№9 いのち短し恋せよ少女(おとめ)

「香、仕切り直しさせてくれ」
「は?」


食後のコーヒーを淹れてリビングに持っていくと、
いつになく改まった面持ちの撩が香にそう言った。
麗香からの依頼で撩が奔走した数日後、麗香は改めて依頼料を冴羽商事宛に振り込んできた。
本来の麗香の依頼主も、まさかあれほどの騒動に発展するのは想定外だったらしく、
ずいぶん上乗せされた報酬を支払ってくれたらしい。
報酬は折半で冴羽商事にも齎されたわけだが、それでもまあまあの額だった。
麗香は香にだけ電話を寄越し、しばらく留守にすると告げた。
今回の報酬で、パァーッと気晴らしに一人旅に出るらしい。
傷心旅行よ、と言った麗香に、香は何と答えるのが正解なのかわからなかった。
普通に考えて点と線を繋ぎ、麗香の発言と冴羽撩のこの表情を見れば、
彼が何を言いたいのか、ある程度の察しはつきそうなものだが、
察することが出来ないのが、まあ槇村香らしいといえばらしい。


「何を?」


本当になんの心当たりもないといった様子でキョトンとした香をみて、
撩はここから先の道のりの長さを覚悟した。


「何って、デートに決まってんじゃん」

ブフッ

香は思わず、口に含んだコーヒーを吹き出してしまった。
そういえば今回の件で、せっかくの美樹からのお膳立てがドタキャンになったことすら、
香は忘れかけていた。
あの時、香は撩がなにか奢ってくれたらチャラにしてやると言って、
軽く受け流していたのだ。


「牛丼、奢ってくれるの?」
「京王プラザホテルのラウンジに、今夜19時 粧し込んで来い」

「え? ちょっ なに?急に」


香は香で激しく動揺していたけれど、撩も撩で意を決してデートに誘ったのだ。
用件だけ言うと、まだ冷め切らない熱いコーヒーを一気に飲み干して、リビングから逃げ出した。
撩の耳たぶの先がほんの少し赤かったことに、香は気が付かなかった。
しかし、残された香はぼんやりと撩の言葉を復唱した。


京王プラザホテルの・ラウンジに・今晩・19時


「っって、なんでアイツはいつもいつもいつもこう急なのよ‼ 時間ないじゃん‼」


香はテレビの横に置かれたシンプルな置時計を見遣る。
もう既に昼の13時を回っている。昼ごはんの後のコーヒーを飲んでいるところだったのだ。
仕方ない。
粧し込んで来いと言われても、香は完全にパニックになっていた。
頼れるのは親友の彼女しかいない。
香は早速、多忙を極めているだろうデザイナーの友人へ、連絡を取った。
今夜のデートを成功させる為のコーディネイトを相談するのだ。








端的に言って、約束のラウンジに現れた撩の相棒は、美しかった。
フォーマルに着飾ってもしっくり馴染むその場所で、彼女は一際人目を引いていた。
粧し込んで来いと言ったのは確かに撩だけど、
想定以上に美しく仕上がった香の裏で、北原絵梨子が暗躍したことは想像に難くない。
限りなく黒に近い紺色のオーダーメイドのタキシードを身に纏った撩と、
ローズグレイの光沢のあるタフタ素材のイブニングドレスを着た香は、
まるで誂えたかのように調和がとれていた。
なんの打ち合わせも無いままのデートの約束にしては、上出来だ。


「お待たせ」


ヒールを履いた香が頭ひとつ分背の高い撩を、無意識に誘惑するように見上げる。
ショートヘアの耳元で、いつかの横浜のデートの夜に着けていたゴールドのイヤリングが揺れる。
あの晩、片ほうだけを撩の元へ置き去りにして、帰って行ったシンデレラは、
翌日のジーンズのポケットから出てきたそれのカラクリには言及せずに、
今も撩の傍に居てくれている。


「いや、俺もいま来たとこ」


嘘だ、実をいうと撩はドキドキしながら15分前には到着していた。
そんな素振りも見せずに、撩が右腕を差し出すと香は慣れた手付きでそっと手を添えた。
これまでに何度もこうして腕を組んで歩いたけれど、それは全て仕事の為で。
デートとして撩が香をエスコートするのは、これが初めてだ。
今夜、撩は彼女と公私共にパートナーとなることを誓うつもりでいる。
本当に想っている相手には、きちんと言葉で伝えないと伝わらない。
それを教えてくれたのは、撩に報われない恋をして振られた女探偵だ。
まるで撩の曖昧さを許さぬように、彼女は香にあって自分にないものは何かと、撩に訊いた。
あれからずっとそのことを、撩も考えていた。
撩にもその問いの答えはまだわからないけれど、あえて言うならば、撩にとって香は光だ。
光は希望だ。
真っ暗な夜を照らしてくれるちっぽけな星のひとつだけれど、
沢山ある星々の中で撩は見付けてしまったのだ。
撩の為だけに、撩の行く道だけを、明るく照らしてくれる小さな星を。

撩は彼女がまだ、少年のようなあどけなさを残したあの頃から、彼女のことをずっと見てきた。
撩の傍でどんどん綺麗になっていく彼女は、これまでで今夜が一番綺麗だ。
今日という日は、再び訪れることはない。
きっとこれからも毎晩、今夜の彼女が一番綺麗だと思いながら、歳を重ねていくだろう。
その気持ちが揺るぎの無いものだと確信できたから、撩は香をデートに誘った。

相棒(パートナー)に「愛している」を伝えるために。


(おわり)



え~と、完結までに長々とお待たせしてしまい申し訳ありません(汗)
なんとか当初書きたかったお話には纏まった気がしています。
麗香ちゃんの恋と向き合うのは難しいです。
最終的には、りょうちゃんとカオリンの二人が進んだ関係になるっていうのがもっともしっくりきますね。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます( *´艸`)
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[ 2021/06/17 21:26 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)

いつもありがとう♪

楽しく読みました!
とても素敵なデートになっただろうなあ♪
[ 2021/06/24 23:13 ] [ 編集 ]

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