第9話  奪還

「確かに奴らはここに現れるんだろうな。」

「・・・フンッ しつこい。何度も言わせるな。奴はこの女を連れ戻しに来る。その時に全員まとめて片付ける。」


山岡と原田はその男の放つ独特な空気に気圧されて、それ以上は口を出せなかった。
山岡が雇ったヒットマンは、人質に女をひとり連れて来ていた。
女は身動きが取れないように両手を後ろ手に組む形で、上半身を縛り上げられていた。
彼女は例の、岡崎というライターが雇ったボディーガードの仲間らしい。
ヒットマンの言うには、男にとって重要な相方だという彼女を必ず連れ戻しに来るのは間違いないという。
女は妙に落ち着き払っていて、涙ひとつ見せるわけでもなく、
気の強そうな目付きで、ただ黙って山岡と原田を見据えている。
山岡は、万が一に備えて倉庫の周辺に、組の男たちも配備させている。






到着するとそこは、埠頭の端にある裏寂れた倉庫だった。
どうやらあの赤い光点は、その場所を表していたらしい。
岡崎は如何にもな場所に誘われたことに少しの恐怖を感じたのと同時に、高揚感を覚えていた。
勿論、実際に標的に対峙するのは撩ではあるが、せめて足手纏いにならないように、
もしも可能であれば、なにか少しでも彼らの為に協力出来たらと考えて、
考えた途端にガタガタと奥歯が鳴った。武者震いというやつだ。
早朝、岡崎が5階の部屋へ香の様子を見に行って、撩と現場へ駆け付けるまでに1時間と経っていない。
遠目に、都会に架かった高速道路の橋脚が見える。
街にはいつも通りの一日が動き始め、静かに渋滞が始まっている。
近いような遠いようなよくわからない場所から、今朝はやけにサイレンが聴こえる。
けれど東京の街中にあって、昼夜を問わず警察車両のサイレンの音が聴こえることは、別に珍しくもない。


「行くか。」

「はい。」

「しっかり俺の後ろに付いてこい。離れるなよ。」


岡崎は神妙な面持ちで頷く。
撩が錆びの浮いた重たい鉄のシャッターを持ち上げると、埃っぽくて薄暗い空間に大きな音が響いた。
恐らく、長いこと使われていないような古い倉庫だ。
周囲の現役感が漂うメンテナンスの生き届いた倉庫とは、明らかに違っていて異様な雰囲気が漂っている。
所狭しと古い木箱が重ね置かれ、一見して奥まで見通すことの出来ない中を、撩の後に続いて奥へと進んだ。

突然、照明が点いたのと、視界が開けたのはほぼ同時だった。
目の前には、自動小銃を構えた大きな男と、縛り上げられた香の姿があった。
男の後ろに隠れるように、原田と山岡の姿がある。



「遅いぞ、撩。」

「悪ぃ悪ぃ、海ちゃん。こんな朝っぱらから呼び出すんだもん、道混み始めてたからさ。」


撩もそう言いながら、コルトパイソンを構えている。互いに向き合って獲物を構えながら、軽口を叩いている。
岡崎は面食らった。
向かい側で自動小銃を構えている彼は確か、撩と香の行きつけの喫茶店のマスターだった気がするが。
どういうことなのか、理解が追い付かない。
岡崎同様、殺し屋同士の会話に山岡と原田は合点がいかない表情を浮かべ始めている。










遡ること数時間前。
冴羽アパート5階の1室の呼び鈴を押したのは、海坊主だった。
香はもう既に身支度を整えていて、すぐに応じた。


「すまんな、ちょっとそこまでドライブに付き合ってくれ。」

「喜んで。」


全てシナリオ通りだ。
この日のこの時間、海坊主が冴羽アパートを訪れることも。香が人質役として連れ去られることも。
何なら、岡崎が冴羽撩というボディーガードを雇ったらしいという情報も、撩があえて相手方に流した。
相手の出方くらい読めている。
山岡の組の若い衆が、撩と渡り合える裏の人間を探している所に、
撩は懇意にしている情報屋を使って、海坊主を紹介したという訳だ。
だからこれは全て、シティーハンターとファルコンの張った、巧妙なトラップなのだ。






「で?野上冴子のほうには?」

「連絡した、今こっちに向かってる。」


撩はアパートを出発する前に、岡崎に原稿をメールで雑誌編集部に送るよう指示し、
自分はすぐに警視庁の牝豹へゴーサインを出した。
今遠くで聴こえているサイレンはきっと、その内この埠頭の周辺へ収斂されて来るだろう。
役者が揃った所で、あとは全員まとめて片付けるだけだ。



「お、おい、ききき貴様らっっ どういうことだっっ。」


薄々、気が付き始めた山岡が、怒声を上げた。原田はいまだ状況が飲み込めずにいる。


「悪ぃね、おっさん。もうすぐしたら、あんた等の悪事、全部残らず世の中に知れ渡ることになってっから。」


撩の言葉を聴いて、山岡は合図した。
木箱の陰に隠れていた組の男たちが、一斉に姿を現す。
さすがにやくざの世界で長年生きてきただけあって、
昨日今日会った殺し屋を、丸ごと信用していた訳では無いらしい。
まあほぼほぼ素人同然の田舎ヤクザ達の殺気はダダ漏れで、
撩も海坊主も、倉庫に入る前からこうなることは予測していた。


「おーおー、流石やることが汚いねぇ、まぁ化かし合いはお互い様ってか。」


撩は軽口を叩きながら、海坊主の背後に配置した組員をひとりづつ仕留めていく。
海坊主は黙々と、撩の周囲に潜んでいる組員を仕留めた。
後々、警察が出張ってくる案件なので、あくまで生け捕りにこだわって、軽く動きを封じる程度でおさめておく。
ものの数分で、片は付いた。
呻き声を上げながら蹲るやくざ達と、青い顔をして震え上がっている黒幕のおっさん2名。
岡崎は一連の流れるような展開に、狐に摘ままれたように呆けていた。
海坊主は既に、おっさん2名が逃走を図るのを予防するために縛り上げている。
銃撃戦の真ん中で拘束されていたはずの香は、自力で縄を解き椅子に座って呑気に背伸びをしていた。
演技とはいえ数時間、拘束されていて両肩が強張っていた。

撩は何も言わず、まっすぐに香の元へと向かった。
手を差し出すと、香も何も言わず撩の手を取った。



「お疲れ。」

「どういたしまして。」

「腹減ったぁ~~。」

「帰って朝ごはんにしよっか。」

「ああ。」



そのやり取りを、岡崎健太はただ見ているだけだった。
気が付くとすぐ傍で、大きなサイレンの音が鳴り続けている。
ようやく終わった。
この数カ月、追い続けてきた事件が解決した。


「健太も、お疲れ。」


冴羽撩を見ていたはずの彼女の視線が岡崎に向けられ、彼女はニッコリと笑った。
本当に、彼女は驚くほど綺麗だ。
岡崎健太の胸の中には、一連の事件のことなど綺麗さっぱり消え失せ、そのことだけが強く印象に残った。
朝の光の輪の中に舞う埃すらも、彼女を包んでキラキラと美しく見えた。



(つづく)

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[ 2020/03/19 04:12 ] pretend | TB(0) | CM(0)

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