第6話  過去  

岡崎が週の内、3度も背中を押された駅のホームには、防犯カメラが数台設置されている。
勿論、岡崎は仕事柄、あのような目に遭った場合の対処法については心得ている。
すぐに一番近くにいた駅員にことの次第を報告し、警察への被害届を提出している。
怖かったけれど、内心の動揺を押し殺し冷静に対処した。
さすがに同じ人物がごく短期間に、このような被害届を立て続けに出す状況に、警察の動きも迅速だった。
その際、防犯カメラでの検証は警察によって既に行われている。


「ごめんなさいね、確かに不審な人物がカメラには映っていたけど、特定が出来てないの。」


野上冴子はそう言いながら、愛車のルームライトを点けて撩に渡された写真を確認する。
岡崎が例の疑惑絡みで命を狙われていることは明白だ。
彼が疑惑に気付き、追っていた人物は後ろ暗い覚えがあるから動機は充分である。
そもそもその身辺を岡崎は探っていたのだから、彼の取材ノートに基づき、
撩が探るターゲットもある程度、初めから絞られている。
今回の依頼は、その点では非常にスムーズに事が運んでいる。
地元産廃業者と癒着が疑われるのは、関東某県の地方議員で原田という男だ。
元々、土建業から成り上がり、その街ではそこそこの地盤を固めている有力議員である。
そしてその地で最大手の産廃業者は、原田の同級生でもある山岡という男が経営する企業だ。
ただし、その顔は表向きのものだ。
山岡は広域指定暴力団の傘下に下っている小さな組の実質的なトップであり、所謂、組長という立場だ。
ただ、普通の一般市民には、そのような事実は判らない。
反社会勢力が、みかじめ料や用心棒といった昔ながらのしのぎだけで稼いでいける時代ではない。
今の輩は、きちんとした会社組織の体を保った資金源を、ちゃっかり確保していたりする。
山岡の組の構成員について、撩はこの数日間丹念に調べていた。
その中で、撩の琴線に触れた数名をピックアップした写真が、今現在冴子の見ているそれである。


「映像で判るのは、被害者が確かに何者かに背中を強く押された事実と、不審な人物が居たってこと。」

「顔は?」

「判別不能、黒っぽいジャンパーに明るめのボトム、革靴を履いてカーキ色の帽子を目深に被っている位の風体しか特定できないわ。体格からいって恐らくは、男性。」

「3件とも同一人物?」

「えぇ、多分。」


そう言いながら冴子も、数名の中から防犯カメラの犯人に繋がるような手掛かりが無いか、
時間を掛けて観察する。


「これ、一旦持ち帰ってもいいかしら?」

「うん、全然いーよ。俺はもう奴等の情報は、だいたい頭ん中入ってるし。」

「ありがと。」


そんなことより、撩。と、冴子の雰囲気がガラリと変わる。
これは冴子が明らかに面白がっている時の表情だ。
撩の何について冴子が面白がるのかといえば、それは香絡みの事柄しかない。


「今回の依頼人、香さんの同級生ですってね。」

「てか、どこ情報よ?それ。うちの依頼人の素性がそんな易々と漏洩してるなんて由々しき問題だな。」

「新宿の某喫茶店情報。」

「・・・ったく、どいつもこいつも。裏稼業の自覚あんのかね。口軽すぎだろ。」


冴子同様、面白がっているのだろう喫茶店の女主人とゴリラ顔のマスターを思い浮かべて、
撩は溜息をついた。
今に始まったことでもないけれど、彼らは少し誤解していると、撩は考える。
撩と香は確かに相棒ではあるが、あくまでそれだけだ。
それ以上でも以下でも無く、彼らが面白がるようなノリで、どーのこーの出来るような女ではないのだ。
撩にとっての、槇村香という女は。


「だから何?」

「気にならないの?」

「何が?」

「だって、数年振りの運命の再会ってやつでしょ?同窓会で恋が芽生えるなんてよくある話だし。」

「くだらね、たとえそうだとしても俺にゃ関係無ぇし。」



同級生だとか、同窓会だとか。
何がそんなに大切なことなのか、撩にはさっぱり理解不能だ。
そういえば今回のターゲットの原田と山岡も、
『同級生』という名の昔馴染みという繋がりが、重要な意味を持っているのだろう。
もう還暦もとうに超えたようなジジイ同士が、同級の好もなにも関係無いだろうに。
撩はこういう時に、やっぱり自分の生きてきた世界と、今現実を取り巻くこの世界が、
混じり合わない全く別の世界線のように感じてしまう。
撩が幼い頃に一緒に育ったあの貧しい村の少年たちが、今も生きているのかどうかなんてわからない。
多分、大半が生きてはいないだろう。
今日の食事にありつける、明日を生き延びる、ただそれだけのことがラッキーだったような世界だ。
撩にとって過去とは、その時間のその場所にそっくりそのまま置いてくるべき存在だ。
捨ててくるといってもいいだろう。未練などない。
撩には、大半の人間が思い描くであろう些細な未来でさえ、想像するのが難しい。
他人が難しいと感じることを難なくやってのけることが出来るのに、
とても簡単で単純なことが撩には出来ない。
約束を交わすことはきっと、他人の未来を縛り付けてしまうことになってしまう。
3月31日に、3人で誕生日の食事をしようという約束をしたあの時のように。







「はい、どうぞ。」


香が、リビングで寛ぐ岡崎に食後のコーヒーを出すと、岡崎は嬉しそうに微笑んだ。
いつもありがとう、と小さく呟く。
香は思わず、そんな些細なことでさえ、相棒と比べてしまう。
撩はお礼なんて言わない。
当たり前みたいな顔をして、くだらない冗談を言いながら悪態をついたりする。
こうして冷静に思い返してみると、碌な奴じゃないけれど、香はやっぱり撩のいないリビングは淋しいと思う。
憎まれ口を叩く撩が、その同じ唇で香の名を呼ぶその声が好きだ。
この数日、撩は依頼の件で連日労働に勤しんでいる。
近県とはいえ、結構な距離を何度も行き来して、情報収集をしているらしい。
翌朝のブランチを食べながら、進捗を報告してくれる。


「槇村、お兄さんはお元気?」


岡崎は、数日前から気になっていることを訊ねた。
香が毎晩、5階に降りた後、岡崎も客間に戻り寝るまでの時間を過ごす。
その写真立てを毎晩見ていると、香が彼のことを一言も語らないことが不思議に思えた。
当時の香の口振りでは、とても兄妹仲の良い印象だった。
でもその質問をしたことを、岡崎は口にしてすぐに後悔した。
香のそのような顔を見たのは、初めてかもしれない。
一瞬、泣いているのかと思うほどに悲しげな表情は、
その質問に、どのように答えればいいのか考えあぐねているようにも見えた。



(つづく)

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[ 2020/03/15 02:02 ] pretend | TB(0) | CM(1)

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[ 2020/03/16 02:28 ] [ 編集 ]

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