第4話  別居   

「なんか、良かったのか?槇村。」

「何が?」

「いや、この部屋のことで揉めてたろ?冴羽さんと。」

「あぁ~、そのことなら良いのよ。気にしないで。」



槇村香はそう言いながら、必要最低限の身の回りの物を整理していた。
下着を含む衣類は、岡崎を部屋に案内する前に大きめのボストンバッグに詰めた。
それでもタンスの中に残した物に関して、絶対に中を見ないで、と香は岡崎に念を押した。
あいにく、彼は撩と違って下着を物色するような趣味は持ち合わせていないので、
若干心配し過ぎな香に苦笑しながら頷いた。
普段、あまり物を持たないように暮らしている香だが、
それでもこうして急に部屋を移動するために片付けてみると、細々としたものは沢山ある。
結局、依頼人・岡崎健太を今夜から冴羽アパート6階客間に、匿うことになった。
キャッツアイを出た3人は、一旦岡崎の住まいに出向き、
彼が一通りの荷造りを終えるの待って、アパートに戻った。
それからの撩と香は、客間に彼を泊めることについて数十分の検討会議という名の言い争いを再開した。
喫茶キャッツアイでの、言い争いの続きである。
一応は依頼人に聞かせないよう配慮して、撩の寝室で話していたが岡崎にはほぼほぼバレていたらしい。


7階寝室を半分に仕切って撩と香で一緒に使うか、撩の部屋に健太を泊めるか、香の提案はその2択だった。
しかし、撩はそのどちらにも納得する気はない上に、
『アイツをここに泊めるって言い出したのはお前なんだから、お前が一緒に仲良く寝ればぁ?』
などと憎たらしいことを、ニヤニヤしながら言い放ったので、香の堪忍袋の緒は切れた。
確か前にも同じようなことがあって、同じくからかうような撩の言動に怒り心頭になったことを香は思い出した。
あれから随分経ったのに、自分と相棒の距離感は一向に縮まらなくて、
何の成長も進歩もない自分達に、香は無性に悲しくなって言い争いを終えた。


「あっそう、撩の気持ちはよ~くわかりました。もういい、撩にはお願いしない。自分で何とかするから。」

「何とかって、どうするんだよ。」

「撩には、関係無い。」


香とて、無策ではない。
たまに浮上するこの手の問題は、今に始まったことではなくて、香にとって頭の痛い悩みの一つだ。
撩は依頼人が女性なら喜んでアパートに匿うくせに、相手が男性だといつもこの調子だ。
本当に命を狙われていて、危ないからここに居て貰いたいのに、そこに性別は関係無い筈なのに、
撩のわがままに、いつもこうして振り回される。
今回だって、別に香としては何も、依頼人が同級生だから特別に感情移入しているつもりもない。
これが普通に伝言板を介して齎された見ず知らずの依頼人であろうと、香は同じ主張をした筈だ。
香はこのような際にどうすれば良いか、少し前から考えるようになっていた。
冴羽撩という男がどういう思考回路の持ち主なのか、これまでの経験に基づくデータを脳内で分析し、
対策を講じることが、彼との長年に亘る共同生活を維持していくコツである。
香は撩の協力を得られない場合の、自分の居場所についてちゃんと考えていた。
むしろ何故、今までそのことに気が付かなかったのか不思議なくらいだ。5階を使えばいいのだ。

香が撩の相棒に志願してこのアパートに転がり込んだ当初、香は5階の空室を使っていた。
公団住まいだった槇村家の荷物を、選別する間もなく運び込んだ5階の部屋には、
兄が居なくなって以来使われることの無かった、兄のベッドもある。
いつか処分しなくては、と思いながら手を付けられずにいた物だ。
撩も特に何も言わないし、どうせ空いた部屋だから好きに使えばいいというスタンスらしい。
だから、香は好きにさせてもらうことにする。こうなることを予測していた訳でもないが、
各階の空室も月に2~3度は空気の入れ替えと埃落としくらいはやっていたのだ。
備えあれば憂いなし、である。




「でも、正直少し驚いたよ。」

「どうして?こんな仕事してるから?」

「ん~、それもあるけど。」

「けど?」

「まさかあの槇村が、男の人と同棲してるとは思わなかったから。」


香は私物を仕舞っているキャビネットの前に座り込んで、
簡易ベッドを兼ねたソファに座る岡崎には背を向けていた。
それまで荷造りをしながらの会話だったが、思わぬ岡崎の言葉に振り返って固まってしまった。


「え?なんか俺おかしなこと言った?」

「同棲じゃないから。同居よ、ど・う・き・ょっっ!!」

「どう違うんだろう?」

「そんなの、全っ然っっ違うわよ。アタシと撩はただの仕事仲間だから。」

「あ、そう、そうなんだー。付き合ってるのかと思ったー。」


岡崎は香の剣幕に、それ以上はこの話題に触れるのは得策ではないと感じた。
実は内心、香と撩は恋人関係なのかと勘繰っていたのだけど、
今の香の受け答えから察するに、どうもそうではないらしい。
確かに、恋人同士なら部屋の使い方に関して、あれほど揉める必要も無いかと、ようやく合点がいった。
岡崎がその話題に口を噤んだ後も、香は盛大な独り言を呟いている。
曰く、誰があんなクソもっこり馬鹿だとか、あの変態男だとか、もっこり意地悪男、という様なことだ。
どうやら、複雑な事情があるらしい。というのが、岡崎健太の感想だ。


「あ、でも・・・」


と、香は色々を詰め込んだボストンバッグのファスナーを締めながら、
少し言い過ぎたことを反省するようにフォローを開始した。


「ああ見えて、仕事は完璧だから安心して。アタシに対しては意地悪だけど、あれで意外と優しい奴だから。」

「いや、普通に冴羽さんは優しそうにみえるよ。」

「そう?それなら良かった。アイツが健太に何か意地悪したら、ちゃんとアタシに報告してね。」

「子どもじゃないんだから、槇村は変わってないな。」

「健太は知らないからよ、アイツ男には冷たいの。」



そんなことを言いながら、冴羽撩のことを話す時の彼女は、
妙に生き生きしている気がするのは考え過ぎだろうかと、岡崎は思った。
先ほどの件があるので、心の内に留めるけれど彼等には彼等にしか無い繋がりのようなものを感じる。
喧嘩するほど仲が良い、って言葉もあるから。
岡崎は思わず微笑んでいた。
数日前に、偶然再会した槇村香は驚くほど美しく成長していた。並んで歩くのに気後れするほどに。
冴羽撩ならきっと、何の劣等感も抱かずに彼女の隣を歩くのだろう。
少しだけ、彼のことが羨ましいと思ったのが本音だ。
誰にも言ったことは無いけれど、岡崎健太の初恋の人は槇村香だ。
実は高校生の頃には、岡崎自身も自覚はしていなかった。
ずいぶん後になって同窓会が開かれる度に、彼は槇村香の姿を探したけれど再会することは1度も無かった。
皮肉にもこんな形でまた彼女に出会えるとは、岡崎は予想もしていなかった。









「・・・何とかって、どうするつもりだよ。香のやつ。」


寝室を出て行った香が怒るのも、撩だって理解できない訳ではない。
だがしかし、香の提示した2択はどう考えたってどっちも受け入れ難い。
男と同室っていうのが嫌なのは勿論だが、何があっても絶対に手を出せない女と同じ部屋で眠るのは、
前者に輪を掛けて拷問に等しいと撩は思う。
不毛な攻防だとは、常々思っている。けれど、仕方が無いのだ。


槇村香が束の間の別居生活を画策していることなど、冴羽撩はまだ知る由もない。


(つづく)

関連記事
スポンサーサイト



[ 2020/03/12 02:22 ] pretend | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://swimrec.blog.fc2.com/tb.php/941-092efecc