2020 あけおめ

今年は暖冬だから、大晦日にしては温かい。
それでも香は硝煙の匂いが燻ぶるモッズコートに包まれた己の二の腕を無意識に擦った。
コートの中身は体に馴染んで動きやすい作業用のつなぎで、
更にその中には防寒対策の機能性インナーを着込んでいる。足先に鉄板の入った安全仕様のワークブーツは、この半日で仕掛けたトラップの成果を示すように泥だらけだ。
ようやく一仕事終えて緊張の解けた香の隣には、撩が同じように立っていて同じように眼下を見下ろしている。
撩はいつものジャケットの上にモッズコートを羽織ってはいるけれど、
前は全開に肌蹴ていてコートとジャケットの下に赤いTシャツ一枚だ。同じように硝煙の匂いを纏っている。
つい先ほど眼下に広がる広大な敷地を有する廃工場を、爆破してきた。
誰もよりつかない郊外の山の中の古い工場跡をアジトにしていた一味は、撩が殲滅し、
香が広大な敷地の周りに幾重にもトラップを張り巡らして撩を援護した。
勿論、警視庁の女豹、野上冴子の許可は貰っている。
そもそも暮も押し迫って厄介事を持ち込んだのは彼女なので、
冴羽商事の2人共後始末に関しては彼女に丸投げするつもりだ。
大晦日だからという訳でもないが、火薬の量が少しばかり多かったかもしれないと香はその光景を眺めながら苦笑した。



今日はまた、火薬2倍サービスデーかなんかなの?カオリン。



そう言いながら撩はジャケットの内ポケットから取り出したマールボロを1本咥える。
爆風を避けるようにして2人で山道を駆け上り、
上った所の少し開けた高台の雑木林の隙間から、現場は一望できた。
幸い、周りには民家も無いし、あるのは点在する産廃業者のスクラップ置き場だけで、
もうすぐしたら色っぽい刑事のお姉さんが手下を引き連れてやってくるので、多分大丈夫だ。
山火事にはならないだろうと撩は呑気に構えている。
ジッポーの蓋を開ける小さな金属音が、思いのほか澄んだ冬の空気に響いて溶けた。



あはは、ちょっと計算違いしたみたい。てか、寒くないのアンタ?



撩の薄着は今に始まったことでもないけれど、
大きくコートの前を開いた撩の首元を見るだけで香は寒気がした。
対照的な香はコートのファスナーを首の一番上までしっかりと上げて、
ファスナーに被る形で防風も兼ねた前立てのスナップボタンもきっちりと留めている。
つなぎの裾はワークブーツの中に収まっているし、
爪の中に泥が入ってかさついた両手はポケットに突っ込んでいる。



うんにゃ、別に。



撩の表情からは特に何も読み取れなかったけれど、2人は昼過ぎから労働に勤しんで腹が減っている。
12月の頭に1件、依頼をこなしていたし、
撩が香を通さず勝手にやってる”仕事”のほうも年末特需なのか連日立て込んでいた。
表向きにも裏側も冴羽商事的には充分潤っていたので、
今年はぬくぬくと炬燵に入って鍋でも囲んで紅白歌合戦でも観ようかと目論んでいたはずが、
何の因果か大晦日にこの有様だ。
2人とも泥だらけで硝煙の匂いに塗れている。
一応、山火事の心配はなさそうだけど、
冴子たちが到着するまでは遠目に現場を見ていようと、撩は手持無沙汰に佇んでいる。
冴羽商事の代表が現場を後にしないので、部下である香も横に並んで燃え盛る工場跡地を見詰めていた。
蓋を開けたジッポーから煙草に火を点ける一連の動作の中で一瞬だけ、撩は香の横顔を盗み見た。
眼下に広がる炎の赤を映して、オレンジ色に染まる香の頬に、
少しだけ見惚れてしまいそうになって目を逸らした。
まるでカウントダウンの花火を見守るカップルのような高揚感をおぼえる。
大晦日の現場は2人にとってはもしかするとデートみたいなものかもしれない。
撩の命懸けでスリル満点のデートに付き合ってくれるような奇特な女は、槇村香ただひとりだ。


今年の初夏に、香の幼馴染とかいうトチ狂った男とやりあった。
留学先のアメリカで極端な理論の虜になった彼の野望を打ち砕き、
寸でのところで世界中が火だるまになるのを阻止した。
あの男の初恋の相手というのが香だったことはきっと嘘ではなかったのだろう。
もしも彼がウォーフェア理論に染まらずに、真っ当なビジネスだけで成功を収め、
あの時自分たちの前に現れていたら、香の手を離したのだろうかと撩はあれから時々考えてしまう。
行き掛かり上とはいえ、ウェディングドレスを着た香の姿は今でも鮮明に瞼の裏に焼きついている。
いつか誰かがあんな香の隣に並んで幸せを噛み締める日が来るんだろうか。
それは俺じゃ駄目だろうか。などと、撩は今年一年を振り返る。


表情の読めない撩の思考回路など、香に解りようもない。
半分ほど吸った煙草を足元に放るとブーツの先で踏み消した。
香が無意識に両腕を擦りながら白い息を吐いた時、不意に撩が抱き寄せた。
気が付くと香は撩の腕の中に囲われ、撩のコートですっぽりと覆われていた。
驚いて首だけで振り返る香に、撩はニヤリと笑った。



ほら、見てみ。



そう言って撩がポケットの中から取り出したケータイの画面は、もうすぐで午前零時をお知らせしている。
あと5秒。
カウントダウンの花火ではないけれど、廃工場の爆破だけれど。






年が明けた。






綺麗だな。

さすがにそれは悪趣味だってば。




撩の言葉を香はまた誤解している。
撩が綺麗だと言ったのは、腕の中の泥まみれの相棒のことであって、
カウントダウン爆破パーティーの話ではない。
そりゃあ勿論、綺麗な服に身を包んで綺麗に化粧を施せば彼女が何処の誰より美しいことは知っている。
けれど撩は、香が作業着だろうがハンマー担いで走り回っていようが鼻水垂らして泣いていようが大口開けて馬鹿笑いしていようが世界で一番、彼女を綺麗だと思っている。
ただ、それを言葉にするのは照れ臭い。







今年もよろしくな、相棒。

うん、こちらこそどうぞよろしく。



暗闇の林道に赤色灯が連なってやってきた。
そろそろ裏稼業の2人は退散して今度こそ炬燵で寝正月を決め込む為に、デート現場を後にした。










ありがとう、CHY(シテハンイヤー)
ことよろです。
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[ 2020/01/01 00:21 ] 短いお話 | TB(0) | CM(1)

歓迎!

やたっ!待ってましたぁー!
いいお正月をありがとうございます。
。゚(゚´ω`゚)゚。
[ 2020/01/02 20:36 ] [ 編集 ]

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