第9話・別にこれはヤキモチとかそう言うんじゃ無くて。

『ねぇ、香?申し訳無いんだけど、明日私の代わりにバイトに出てくれない??』






その電話の相手は、北原絵梨子だった。
香と絵梨子は、小学校から高校までずっと一緒の親友同士だ。
絵梨子は高校を卒業してから、服飾関係の専門学校に通っている。
学費を親に甘えている分、彼女がオシャレに費やす費用はバイトで賄っている。
出勤のシフトが入ってる明日のバイトが、どうしても都合が悪くて行けそうにないらしい。
1日分のバイト代と、今度ご飯奢るからという絵梨子の提案に、
香は二つ返事で、OKした。
バーの方が丁度、週に1度か2度不定期で貰っている休みの日だったのも、幸いした。


香は休みの日が嫌いだ。


別に、お金には困っていない。
元々、あまり浪費はしないタイプだし、余ったお金は全て貯金している。
だから、香が休み無く仕事の予定を入れたいと思うのは、多分お金の為では無いのだ。
香にも自分で良く解らない。
けれど何もする事の無い日に、ボンヤリと1人家の中で過ごしていると。
死んだ兄貴を思い出す。
まだ彼が亡くなって、1年足らずだ。
香は兄が死んでから、ゆっくりと涙を流す事など無かった。
無理に自分を忙しくして、その事を考えるのは脇に追いやった。


ゆっくりと立ち止まってしまうと、多分香は。
きっと孤独な自分の境遇に、もう一歩も身動きが取れなくなりそうで。
立ち止まった足元から、底の無い深い闇に飲まれてしまいそうで。
怖いんだと思う。
それに、ご飯を奢って貰えるのは非常に魅力的な特典だ。








その日の買い出し当番は、ミックだった。
ミックが早目に店に戻ると、僚はまだ出て来てなかった。
ミックが一番乗りに出勤しているという状況は、非常に珍しい。
様々な偶然が重なった結果だ。
ミックが買って来た柑橘類を丁寧に洗って、カゴに盛っている所で僚がやって来た。





やあ、おはよう。リョウ。


おぉ、お疲れ。珍しいな、お前がそんな事してんの。カオルは?


・・・・カオルは今日は休みだろ?


あ、そうだった。








僚は全くの無自覚だが、一瞬だけつまらなそうな表情をしたように、ミックには見えた。
ミックはニヤリと笑う。






何だよ、愛しのカオルがいないからって、ガッカリするなよ。


はぁ?何言ってんの、おまぁ。おかしんじゃねぇの???


まぁまぁ、ムキになりなさんな、リョウ。


あぁ゛?誰がムキになってるっつ~んだよっっ


ハハハ、オマエ。・・・まぁでも、アイツの休みをてっきり忘れてたのは、ボクも同じ事さ。
なんか最近、アイツがいるのが当たり前って感じでさぁ・・・






ミックはそう言って、カウンターの背面の棚に置かれた1枚のDVDのケースをヒラヒラさせる。
僚は意味が解らないので、首を傾げる。





何だよ?それ。


この前、カオルに貸してあげる約束しててさぁ、今日持って来たんだけど・・アイツ休みだし。


いつ、そんな約束したんだよ???


・・・・はぁ?・・仕事終わりに焼き鳥屋で3人で飲んだ時、・・・てか、何だよ?顔近いよ、リョウ。





何故だかは僚は、ムキになって気が付くとミックにグイッと一歩近寄って詰問する。
ミックは、額にイヤな汗を掻きながら顔を顰める。





何のDVDだよ???

映画だよ。

何の?

ゴッド・ファーザーだよ、アイツ観た事無いって言うから。

いつ、そんな話ししたんだよ?

だぁからっっ!!この前、飲みに行った時だよっっ

いつの間に?

・・・・・・・リョウが、トイレに行ってる時だよ。何だよ?なんか問題でもあるのかよ(怒)

あぁ゛?ねぇよ、別に。

・・・フンッッ、妬くなよ(ボソッ)

ああ゛????妬いてねえしっっ

(・・・Oh,リョウ・・・オマエ、面倒臭い・・・)




それ以上不毛な遣り取りをしてもしょうがないので、ミックは僚を無視してサッサと開店準備に励んだ。















なななんか、これ。大丈夫かな(汗)




香は先程、チーフとやらに手渡されたその店の制服を着て。
更衣室の姿見の前で、キッチリ数十秒固まった。
スラリとした長身に、真紅のシンプルなチャイナ・ドレス。
脚の付け根ギリギリのラインまで、深く入ったスリットから覗く白くてスラリとした脚。
華奢な黒いピンヒール。
その店はフレンチと中華を融合した、創作レストランで。
絵梨子はそこで週4日、ウェイトレスのアルバイトをしている。
結構、人気の店らしく。
華やかな業界の人間が、足繁く通う店らしい。
だから、モデル志望やタレント志望の女の子が、結構沢山バイトしているらしい。




やっぱ、お化粧しないとまずいのかな・・・・



香は鏡の中に映った自分の顔を、もう一度しげしげと眺める。
なんで絵梨子のヤツ、ひとこと言っといてくれないかなぁ~~~と、香は溜息を吐く。
生憎店内は、妙に間接照明が多用され、薄暗い。
たかだかウェイトレスの顔など、じっくりと見詰める客もいないだろう、と。
仕方が無いので香は潔く、開き直る。



でも、なんか。こんなカッコしたら、一応女の子に見えるのかな???



香は鏡に映った自分の姿に、そんな事を考える。
いつもは、白いワイシャツと黒いベストに黒いパンツ。臙脂の蝶タイを結んでいる。
コレ、僚やミックが見たらびっくりするかな?
そう考えると、香は妙に可笑しくなった。



やっぱ、オレには男の子の方が似合ってるや。



鏡に向かってそう呟くと、香はフロアに出て行った。
しかし、この晩。
フロアにいる客の多くが若くて美しいモデルのような、凛とした香に目を奪われていた事など、
香自身は知る由も無い。













えぇぇええ~~~、今日カオル君居ないんだぁ。超っっ残念。




僚は表面的にはにこやかに、その客のオーダーのカンパリ・オレンジをビルドして軽くかき混ぜた。
しかし内心は、イライラしていた。
彼女は香の大ファンで、週に2~3度訪れる。
店にとっては、大事な常連客ではあるけれど。
どうせ、酒の味などロクに解りもしないガキなのだ。
先程から僚に、香の事を根堀葉堀訊いて来る。
僚もその度に、のらりくらりと交わしている。けれど、ハッキリ言って面倒臭い。


(アイツ意外と、接客スキル凄ぇな。)


香はいつも、どんなにうざい酔っ払い相手でも、楽し気にあしらっている。
僚やミックを目当てにやって来る常連たちは、多少気取っている。
グラスを重ねても、変に酔い過ぎたりしない大人の飲み方を弁えている。
だから相手をする方も楽なのだ。
でも、明らかに。
この僚の不機嫌は、ただ単に面倒臭いというだけでは無い、何か得体の知れない感情だ。

なんか、ムカつく。

しかし僚は、それ以上深く考えるのは止めた。




(・・・・アイツ、休みの日とか、何してんだろ。)


僚はそんな事を考えながら、しかしそんな事はおくびにも出さず華麗にシェーカーを振っていた。











(うわぁ、ラッキー♪)


香は接客したお金持ちそうなおじさんに、チップを貰った。
生憎、チャイナドレスには、ポケットが無いので香はこっそりフロアの隅で、
その5千円札を、ブラジャーのストラップに挟んだ。
もうそろそろ、閉店時間だけど。
この時間バーならまだまだ、絶賛営業中である。
今日は久しぶりに、早く家に帰り着く。




(お店、忙しいかなぁ・・・・)

香はあのバーテンダーの制服が恋しかった。
チャイナドレスもたまには面白いケド、1日で充分だ。




(つづく)


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[ 2013/03/18 20:09 ] 長いお話“My Naughty Girl” | TB(0) | CM(0)

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