お久し振りでございます(о´∀`о)

おはこんばんちわ、ケシです。

唐突ではございますが、
当ブログで書きかけになったままだったお話の続きを完結させたい欲に駆られまして、
完結させていこうと目論んでおります。
そのお話というのも、ゴンドラの唄というタイトルの麗香ちゃんとRKのお話です。
超久し振りに続きを書き始めようと思い立ったので、
とりあえずまずは自分が何を書きたかったのかを思い出してみようとノートに書いてみました。
最終的には何だかんだ麗香ちゃんはやっぱり当て馬で、
RKのお話になった気がしないでもないですが、
なんとか最後までどういう風に書くかの道筋は決まりましたので、
近々アップしようと思います。
やっぱり間をあけると良くないなーというのが率直な心情です(笑)
だってあの話の最終の更新は丸3年前ですよ?
サボりすぎてごめんなさい・゜・(つД`)・゜・

今度から長めのお話を思い付いたら、間を開けず一気に突っ走ろうと思ってます。
それではまた、
いつもこんなおサボりブログに来てくれて
どぉぉおおおもありがとぉぉぉぉヽ(o´3`o)ノばいちゃ
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[ 2021/06/02 12:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

№6 恋

不本意ながら麗香が実家で両親のご機嫌伺いをした翌日、
撩からRN探偵社の事務所へと電話が入った。
撩の寝室へ繋がる直通電話や、射撃場に掘って繋げた地下トンネルを、
半ば強引に図々しい振りで利用する麗香とは対照的に、
撩は決して麗香に対する一線を踏み越えてくることはしない。
撩は麗香の自宅のほうの番号はたぶん知らないし、別に知りたくもないらしい。
麗香としては、撩に訊かれれば何だって包み隠さず答えるつもりでいるけれど、
きっと撩は、彼の中で決めたある一定の距離を越えて自分に近付く気は無いのだろうと、
麗香はほんの些細な彼の気配や振舞いを通して悟っている。
撩が決めた撩と麗香の距離は、あくまでも仕事を介した知人。
それ以上でも以下でもないのだろう。
だから撩は用があれば事務所へとアクセスしてくるのだろう。
別に何の矛盾点もないその事柄ひとつに、麗香は毎度思い知らされるのだ。
わかっている、本当は。
彼にとって自分が、取るに足らないその辺の知り合いの一人でしかないことを。
それは麗香が最も受け入れ難い現実だったりする。


「…恐らく、今晩あたりケリがつく」
「そう、じゃあ覚悟してあたるわ」
「それなんだけど、お前は来なくてもいい、俺一人で大丈夫だ」


一瞬、麗香は撩の言葉を上手く飲み込むことが出来なかった。
否、頭ではわかっている。これは彼の優しさだ。
恐らくは修羅場になるであろう今夜の仕事を、彼は独りで被る気でいる。
彼とはそういう男だ。
元はと言えば麗香が持ち込んだ面倒事を、誰に不平を漏らすでもなく、
自身の危険をも顧みることもなく、ただ粛々と片付けていく。
彼のそういうところが好きなのだ。
表面的にはどうしようもないチャラ男にみえる撩の、
この本質こそが他人を惹き付けるのだろうと麗香は思う。

『彼女にあって自分に無いものと、彼女に無くて自分にあるもの』

ここ数日、彼と一緒に仕事をしながら、麗香はそのことをずっと考えていた。
今ここで、お前が来なくても大丈夫だと言われたからといって引き下がってしまえば、
何故だかこのまま一生、彼の核心には迫れないような気がした。
彼の優しさという庇の下で囲われた彼女と、自分は違うのだということを伝えたかった。



「これはうちの案件だから、当然私も同行するわ」
「…危険が伴う現場だ」
「ええ、承知の上よ」


少しの間、撩が何事か思案しているのが、電話越しに伝わる。
麗香は撩の答えを待つ間、受話器を握る手が震えるのを感じた。
本当は怖い。
警察に属していた時も、友村刑事の件でひとり暴走した時も、
本当の意味では、法律や組織や身内に守られていた。
最終的には何処かに、心の拠り所となる何かがあったから、大胆に行動できたのだ。
けれど彼の(彼等の)棲む世界を、本当の意味で麗香はまだよく知らない。
撩が危険だという事柄を、軽視しないほうが良いのではないかという考えも麗香の脳裏に過る。
彼女への対抗心が、己を衝き動かしてはいないか。
それは逆に、この間の晩の出来事のように、撩を危険に晒すことに繋がるのではないか。
撩の腕に弾が掠めた記憶が、一瞬で蘇る。


「俺は俺の仕事をするまでだ、ついてくるのなら自分の身は自分で守れ」
「わかってる」


麗香は撩の言葉を聴いた瞬間に、本能で怖いと感じた己の直感を封印した。
覚悟を固めた。
中途半端な優しさなら、要らない。
自分が巻き込んだ事件で、撩に迷惑を掛けるくらいなら、撩が負傷をするくらいなら、
自分の身を自分で守れないのなら、その時は死ぬまでだ。

撩は彼女に対して、何が何でも守り抜くし、生き延びると誓ったらしい。
奥多摩で派手にやらかして、無事に彼女を奪い返したあの修羅場の後で、
そう言って彼女を抱き寄せたらしい。
別にそんなことは聞きたくもなかったし、興味も無かったけれど、
仲間内では一時期、その話題で盛り上がったので麗香も知っている。
心はもう既に同じ方向を向いたコンビなのだろう、でも恋人としての確固たる進展はまだ無いのだ。
可能性はゼロではない。
きっと撩がその命を懸けて守り抜くのは、彼女だけなんだろう。
それならば自分は、意地でも足手纏いにはならない。
完璧にアシストしてみせる、麗香はそう思った。
何故なら麗香には、その選択肢しか残されていないのだから。







それでも現場は撩が想定した通り、非常にタフなものだった。
自分の身は自分で守れと、麗香に言ったものの、実際には撩は独りで動く時以上に気を遣っていた。
ただ麗香もそれ相応の覚悟をもってこの場に臨んでいるらしいことは、撩にも理解できた。
時折、撩は「大丈夫だから、力を抜け」と、緊張した麗香に助言しなければいけなかった。
今回の仕事の最終局面において、死を予感するほどの身に迫る危険は無かったが、
思いの外、相手方の警戒心は強く想定外の長期戦を強いられていた。
当初の撩の予定としては、
夜の闇に乗じて駆け回り、夜が明ける頃には新宿に帰り着いている筈だった。
けれど気が付くと、もう丸一日が経過しようとしていた。
目に見えて、麗香には疲労の色がみられた。
三日三晩獲物を追ってジャングルの中を彷徨っても堪えない撩とは、そもそも違うのだ。
敵が潜伏している山奥のアジトから、撩はわざと離れた場所へ移動すると、
静まり返った安全な林道の脇道へ、愛車を停めた。
誰も通らない真夜中の林道の奥で、ミニは一時的な避難小屋のような役割を果たしてくれるだろう。


「ここなら安全だから、お前は束の間でも仮眠をとれ」


何かと思えば、撩は林道の片隅の目立たない場所に、隠すようにミニを停車して麗香にそう言った。
麗香の重苦しい雰囲気をまるで和ませるかのように、笑顔を作って見せて冗談交じりに言った。


「もっこり虫はその辺うろついとくから安心して休め、しっかり鍵掛けてブランケットに潜ってな」


ほれ、と言って後部座席に置かれたブランケットを撩が放ると、
ふわりと優しく柔軟剤の薫りが漂った。


「で、でも…撩は?」


すまなそうに眉根を寄せる麗香に、撩は小さく肩を竦めてみせただけで車から出た。
四つのドアの全てがきっちりと施錠されているのを確認して、林の中の暗闇へと消えた。
確かに麗香は、正直クタクタだった。
撩の足手纏いにならない為に、縋り付くだけで精一杯だった。
悔しいけれど、麗香の力ではこれ以上、意地を通して我儘できるのも限界だった。
そんなことは全て、撩には見透かされていたのかもしれない。
窓の外から自分の姿が見えないように、麗香はブランケットを頭から被った。
何処かで嗅いだことのある匂いだと思ったら、それは彼女の匂いだ。
撩と香の生活の匂い。
彼女が洗濯で使う柔軟剤や、二人で使うシャンプーや彼女の使うボディクリームや色々が混ざった。
複雑な気持ちに飲み込まれる暇も与えずに、疲労は麗香を急速に眠りの底へと引き摺り込んだ。


麗香を休ませている間にケリをつけようと、撩は林の中の道を進んだ。
途中、山越えの峠になっている国道へ出た。
これまでの山道とは違い、数は非常に少ないけれど等間隔に道を照らす灯りがある。
そのずっと奥に、薄ぼんやりと電話ボックスの明かりが見えた。
半日ほど経った頃から、度々撩の脳裏を掠めていたのは、撩の身を案じる相棒の顔だった。
撩は無意識に、ポケットの小銭を探る。


(つづく)



[ 2021/06/02 16:38 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)

№7 隙間

その電話があったのは、もう深夜といっても差し支えない時間だった。
前の晩に、いつものように出掛けて行く撩を玄関で見送った。
明け方か、遅くとも昼前までには戻るだろうという、
香の予想に反して撩は暗くなっても戻らなかった。
撩の分もいつも通りに作った夕食は、ラップをかけて冷蔵庫に仕舞った。
何度見たところで変わらないのに、ベランダに出て表の通りを探してしまう。
夜でも煌々と明るい街灯の下を、赤い小さな車が走っていないか目を凝らす。
何度も確認している時計の針は香を焦らすように、遅々として一向に進まない。
そんな時に、リビングの電話が鳴ったのだ。


「…もしもし」
「俺」
「うん」


繋がった瞬間に、小さくプーッという音が聞こえて、
撩が何処かの公衆電話から掛けてきたことがわかった。
それ以前に、そんな時間に電話を鳴らすのは撩だろうと、香には出る前からそれがわかった。


「無事だから、心配すんな」
「うん」
「朝までには、帰る」
「うん」


言いたいことはもっと沢山あるような気がするけれど、
いつも通り言葉に変換できない二人の間には、沈黙が味方する。


「麗香さんは?大丈夫?」
「ああ、二人とも何ともない。ちゃんと戸締りし…」

プツッ、プープープー


撩の声は、中途半端なところで途切れてしまった。
それでも香は、昼間からの心配が少しは軽くなるのを感じた。
電話の向こうの撩は、至っていつも通りで緊迫感の欠片も感じさせてはいなかった。
けれどすぐに帰って来られない程度には、差し迫った状況なのだろう。



NTTの回線によって、二人の会話を強制終了させられた撩は、
暫く緑色の受話器を憮然と睨んでいた。
ポケットの中の小銭ではそれまでが限界だったので、
もっと彼女を安心させることのできる言葉を探っていたかったけど諦めた。
小さな虫が誘われるように群がった強化アクリル製の箱を出ると、撩は気持ちを切り替える。
この数日、撩を煩わせた連中を一人残らずブッ潰す。
撩にしてみれば間の悪いことに、折角の相棒とのデートをふいにさせられたのだから、
三割増しで仕返ししてやる目論見だ。


香は撩のサンダルを突っ掛けて、もう一度ベランダへ出た。
ブカブカの撩のビルケンシュトックは、撩が履くよりむしろ、香が履く頻度のほうが高い。
夜の空気には、夏の終わりの匂いが混ざっている。
朝までには帰ると言った彼の姿が、表の通りにあるわけもない。
さっきまでの胸を引絞られる様な激しい焦燥感は消えた代わりに、
今度はまた、別の感情が香を苦しめ始める。
今回、撩は麗香と行動を伴にしている。
最初、あのデートがドタキャンとなったあの時に、香は自分に出来ることがないか撩に訊いた。
撩の言葉と表情はこういう時、とてもキッパリと香を拒絶する。
その度に香は、相棒という言葉の意味について深く思い悩んでしまうのだ。
香はこの数年間で、その拒絶の瞬間を上手く躱す術だけが上達してしまった。
撩が望まないことには、どんなに心が折れそうになっても決して踏み込まない。
撩が香に詮索されたくないことを、詮索しない。その代わり、撩を信じて撩を待つ。
ただ待つだけじゃ能が無いから、
撩が帰って来た時に心底安心できるように、空かせたお腹を満たせる食事を用意して撩を迎える。
撩の居場所の番人のように留守を守る。
それでも本音を言えば、香は撩の隣に立って撩と一緒に闘いたい。
撩がどんな相手に向かって、孤独な闘いを続けているのか、
相棒としてそれを分かち合いたいと思っている。
先日の麗香からの電話で、今回の件が彼女絡みの依頼であることを知り、
彼女と行動を共にしていることを知らされて、正直、ショックじゃなかったといえば嘘になる。
色々なことを撩と二人で乗り越えて、撩から色んな言葉を貰った筈なのに。
実際には、肝心な時に自分は彼の役に立てないのだ。

いつまでこんな自分なんだろう、麗香や冴子や美樹たちみたいに、
この世界を渡っていける本当の強さを、一体自分はいつになったら持ち得るのだろう。
香がそう思い、涙が零れそうになった時に、またしても電話が鳴った。
一瞬、撩の顔が脳裏に浮かんだけれど、それをあっさりと打ち消した。
すぐ向かいの大きな窓の向こうで、見慣れた友人が電話を片手に手を振っているのが見えたからだ。


「こんばんは、カオリ」
「こんばんは」


明るい友人の声は、沈みがちだった香を少しだけ明るくさせた。
自然と声に笑いが含まれるのを感じる。


「リョウのやつ、まだ帰らないの?」
「…うん、昨夜から帰ってないの」
「Oh そりゃ心配だね、大丈夫?カオリ?」
「さっき  電話があったの、無事だから心配要らないって」
「あぁ、そうか、なら良かった」
「うん」


優しい友人は、優しいうえにとても勘が鋭いので、
少ない言葉の中に隠れた香の感情は、すぐに読み取られてしまう。いつものことだ。


「でもなんだかとても悲しそうだ、カオリ?なにがあったの?」


こういう時に、こんな風に、優しく気遣われると、
堪えようと思っていた涙が思いがけず溢れてしまう。
涙は一度溢れてしまうと止め処なく、感情も一緒に流れ出てしまう。
電話越しに泣きじゃくってしまった香を、ミックは優しく沈黙で包む。
心配でたまらなかった撩の安否は、本人の至っていつも通りの元気な声を聴いて安心できた。
今夜も世界の何処かで彼は、生きて自分に課せられた宿命と向き合っている。
彼はちゃんと生きているから。
だからそれはもっと、別の涙だ。
悔しい気持ちや、嫉妬の気持ちや、不甲斐なさや、自己嫌悪の気持ち。
そういう全部がぐちゃぐちゃに入り混じって、
何処かで今も一生懸命に闘っている撩にだけは、絶対に見せたくない汚い自分。

なんで麗香は連れて行くのに、自分はダメなのか。
彼女にあって自分にないものと、自分にあって彼女にないものの違いについて。




「違うの、アタシはアタシが嫌いなの」
「カオリ?ボクはキミが好きだよ?」



「撩、いま麗香さんと一緒に仕事してるの」



暫く泣いた香が、鼻声でそう言ったので、ミックにもその涙の意味が理解できた。
香を危ないことに近付けたくないのは、単なる撩のエゴだ。
汚い世界を見せたくないのも、罪を犯した自分を見せたくないのも。男のエゴでしかない。
けれども、例えばそれがミックだったとしても、きっと同じようにする。
香には綺麗なものや楽しいものを、沢山みて笑っていて欲しいから。
それというのも、香のことが好きだからそう思うのだ。
でも、撩の全てを知ったうえで、それを分かち合いたいと思う香の気持ちも理解できる。
ましてや周囲の女達と自分自身を比べてしまうだろうことも。


「そっか、ツライね。…でもさ、カオリ」
「ん?」
「リョウが望んでるのは、家に帰った時にキミが居るいつもの日常なんだよ?」
「…でも、アタシは…、撩と一緒に闘いたいの、撩を苦しめる全部と」
「うん、知ってる、でもボクは撩の気持ちがよくわかるんだ、キミのことが好きだから」


そう言ったミックの言葉を、香は泣きすぎて頭痛のする頭で考える。
黙り込んだ香とミックの間に、静かな沈黙が流れる。
そんな時間でさえ、ミックは好きだ。
ミックは彼女が好きだから、どんな彼女であっても常に彼女の味方でいるつもりだ。
どんなに嫉妬に狂っていても、自己嫌悪で泣きじゃくっていても、
撩にはこんな姿を見せられないと言って、苦しむ彼女ですら可愛いと思う程度には頭がおかしい。
それがミック・エンジェルという男だ。


「カオリ、それをリョウは望んでいるんだ。
 キミが無事で、キミに危害が及ばない場所で、キミの元に帰りたい一心で、
 きっと大急ぎで仕事を片付けてるはずさ。」


リョウのやつってば、健気だなー、とミックが笑いながらそう言うので、香もつられて笑った。
ミックの言葉にはきっと、香の気持ちを紛らわせる為のジョークも含まれているので、
香はいつも話半分で聴いてはいるものの、
確かに少し、胸に仕えたモヤモヤは晴れたような気がする。
誰にでも心の中には、他人に見せられない領域というものがあって、
どんなに強く思い合っていたとしても、
互いに埋められない心の隙間というものはどうしようもなくて。
それはきっと、自分以外の誰かに埋めて貰うような性質のものではないのだろう。
それを埋める為の課題には、皆それぞれが向き合わざるを得ないのだ。



「どんなにキミがキミ自身に失望しても、ボクはキミの味方だから、忘れないで」

「ありがとう、ミック」



友人はいつもこうやって、朝を迎える為の勇気を香にくれるから、香もついつい甘えてしまう。
もしも、このミックと香の遣り取りを撩が知ったら、嫉妬しまくって不機嫌になるだろうことなど、
当の香だけが、いつまでも知らないでいる。


(つづく)





[ 2021/06/07 20:20 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(0)

46. 願わくば

「家族の形に決まりってないけど、やっぱり嫌な仕事だったな」


ひとしきり求め合ってようやく熱も収まりかけた寝室で、そう香が呟いたので、
まだそのことを考えていたのかと、撩は苦笑した。
ヘッドボードに凭れて煙草を吸う己の隣で、枕に俯せた彼女の裸の背中と尻は眩いほどに白い。
ベッドサイドのオレンジ色の照明だけが灯った薄暗い部屋で、
彼女の肌はまるで発光しているかのように輝いていて、撩は無意識に彼女の背中を撫ぜた。

依頼人は、親との関係を抹消したいと相談に来た。
子供の頃からあらゆる虐待を受け、まともに育てられた記憶は無いという。
親元を離れられる年齢になって社会に出た時は、清々した気持ちになって自由を味わった。
そして社会に出て、所謂世の中の『普通』というものを知り、
自分の子供時代が如何に失われたものだらけだったのかを知ったという。
そのことが原因で、幾つかの心の病気にも悩まされた依頼人だが、今では仕事での成功を収めた。
親元を出て以降、連絡を取ることは無かったが、何処で嗅ぎ付けたのか、
親は現在の依頼人の居場所と地位と、年収を知っていた。
独りの力で何とかこれまでやってきたと自負する依頼人が、
そろそろ恋人との結婚を考えようかと思い始めた矢先の、最悪のタイミングだった。
依頼人は別に、親に対して暴力的な復讐心がある訳でもない。
ただひたすら、もう関わりたくないのだという。
彼の人生に必要なのは、自分に害しか齎さなかった両親ではなく、
彼を支えてくれた大切な『他人たち』だった。
そういう話なら、うちよりも弁護士事務所のほうが適任では?と提案したのは香だった。
一応、何でもやります、とビラに書いてはいるけれど、
どう考えても冴羽商事に出来ることがあるのかどうか、疑問に思えたからだ。
撩は特に何も言わず、香と依頼人のそんなやり取りを静観していた。

「弁護士を交えて話す、ということは少なからず相手と話し合う余地があるということです」

依頼人は、ジッと香の目を見ると、穏やかにそう言った。
依頼人曰く、彼等(両親)と今更、話し合うことなど何もなく、
ただ生物として親であるという事実だけで、幼い子供を蹂躙し、
その上この先、搾取する気で近付いてくる人間と、まともに話し合う時間や労力を使いたくない。
大切なのは、今自分の傍に居てくれる人間関係だけだという。

「私たちに、何をご依頼ですか?」

そう訊ねた香に彼が言った依頼内容は、彼の両親に彼が死んだと思わせて欲しいというものだった。
自分の存在がこの世から無くなれば、彼等も諦めるだろうと。
実際には、彼は死なないし、これから先もこれまで通り生きていく訳だけども、
彼の両親にだけ、彼が死んだと思わせる。
少しばかりいつもと毛色の違う依頼ではあるものの、
困惑の表情を浮かべる香をよそに、それまで沈黙していた撩があっさりとその依頼を請けたのだ。
彼の両親に突き付ける為だけに、幾つかの公的な書類を偽造し、
SNSなどのネットで拾える彼の情報について、ごく限られた範囲で抹消もしくは捏造する。
それには撩が使える様々なコネクションが活かされた。
彼の毒親の元に、撩と香は弁護士を名乗って訪れた。
彼が死んだという証拠となる偽造された書類を渡し、彼の遺言に則りこちらに赴いたと説明し、
生前の彼の意思に基づき、財産も然るべきところへ寄付し、両親に遺すものは何もないと伝える。
勿論、(書類の偽造以外に)法的に問題が無いかどうかは、
新宿の片隅に怪しげな法律事務所を構えている、強面の不良弁護士の監修済みのシナリオだ。
依頼人の言葉通り、一般的な常識や教養とは無縁の初老の夫婦に、
これ以上ことの真相を追求する能力も熱意もないだろうことは、撩も感じた。
ただ彼等はこれから先、
経済的に世話になろうと目論んでいた当てが外れて苦々しい表情をしただけだ。
依頼人は実際には死んでいないけど、両親の戸籍から分籍し、表面的には姿を消した。
これが今回の依頼の全てだ。


確かに香ははじめから、この依頼に乗り気でなかった。
撩が何も言わずに依頼を請けた後も、何度か件の不良弁護士に振ってはどうかと、
撩に詰め寄ったが撩は頑として首を縦には振らなかった。
香とて、頭では理解している。
生物学的に親子でも、埋まらない溝がある親子など星の数ほどいるし、
本当に子供にとって、悪魔か鬼でしかない親も存在するということは。
それでも親に死んだと嘘を吐かないと生きていけない依頼人も、実の子供に嘘を吐かれる親も、
悲しくて香はやりきれなかった。
関東の北の外れの依頼人の実家から新宿へと戻るミニの車内で、
香は撩に、こんな依頼は二度と請けないから、と言うとすっかり黙り込んだ。
いつもなら仕事で遠出して長丁場のドライブを余儀なくされても、
香が何かと話し掛けてくるから撩が時間を持て余すことは無かったが、
今回の香は色々と思うところがあったらしい。

しかし、思うところがあったのは、撩も同じだ。
望むと望まざるにかかわらず、撩の『親父』はこの世であの男一人だ。
もしも撩が親父に拾われることが無かったら、あの時にとっくに死んでいただけだ。
生きていて何か得があったかと訊かれれば、別に何も無かった気もするけど、
少なくとも生きていなければ、香と出逢うこともなかった。
撩の中には、確かに大きく矛盾する感情が存在する。
ひとつは、海原神に対する愛情と感謝、もうひとつは彼に対する激しい憎悪の感情だ。
海原神は、まるで楽しい玩具を手に入れた撩からそれを取り上げるように、撩の相棒たちを殺した。
海原にとって何の関係もないような人間も、撩が気を許し、好意を向けた瞬間に殺しに来た。
まるで撩が海原以外の誰かを慕い、愛着を抱くことを邪魔するように。
そうする内に、撩は誰かと深く関わることを意識的に避けるようになった。そして、今がある。
海原を己の手で葬って、こうして香を愛するようになった今、
海原によって生かされてきた自分の運命を思うと、
これまでの不幸よりも少しだけ、これからの幸運が上回ってきたように思える。
依頼人が害悪だらけの親を憎む気持ちが、撩にはよく理解できる。
一度リセットして、自分の人生を生きたいと願う依頼人の気持ちを後押ししたかった。
依頼人が両親に対して復讐したいなどとは思わずに、
唯々そっと別の道を歩きたいと願うことが、とても善良に思えた。
撩は海原を殺すことでしか、彼と向き合うことが出来なかったから、尚更そう思うのかもしれない。


撩はサイドボードの上の灰皿で煙草を揉み消すと、彼女の横に寝転んだ。
横向きに肘をついた姿勢で、彼女の背中に見惚れる。


「世の中にはどうしようもない親もいるからな」


撩がそう言うと、香は横目で撩を見詰めた。しばらく二人は言葉もなく見詰めあった。
撩にそれを言われると、香は何も言えなくなる。
きっと二人が思い出すのはあの白い船でのことや、香の兄の死やミックが日本に来た経緯の色々だ。
それにソニアの父であるケニーのことも、海坊主の視力を奪った元々の原因も。
全ての元凶は、あの撩の毒親のせいである。
香が兄と血の繋がりの無いことを知ったのは、高校受験前の中学3年生の時だった。
香は自分の経験上、家族に血の繋がりは必要ないという考えだ。
けれどそれと同時に、槇村家へと養われてくる以前の、本当の自分の親のことは何も知らない。
どんな親であれ、香の親には違いないだろうけど、
その親は香が今こうして生きて、幸せでいることを知らない。
それだけは、とても悲しいことのように思うのだ。
勿論、家族という意味ならば、香の家族は死んだ父と兄と、今は撩だけだ。


「家族ってさ、自分で作れば良いんじゃない?俺たちならば痛いほど良くわかるだろ」


撩は穏やかで、驚くほど心の広い人間だと、香はいつも思う。
香の想像の及ばないほど、過酷な人生を背負ってきた筈なのに、
いやそうだからか、途轍もなく優しい。


「そうだね、彼にも幸せになって貰いたい」
「なるさ」
「うん」


依頼人は毒親ときれいサッパリ縁を切って、恋人にプロポーズをするつもりだと言った。
香は裸のまま俯せているのを肌寒く感じて、
二人して足元に蹴飛ばしたタオルケットを胸元まで引き上げると、包まって仰向けになった。
撩と愛し合った後はいつも、汗をかくほど暑くなるけれど、
だからといって調子に乗って、撩みたいにいつまでも裸でいると風邪を引いてしまう。


「香」
「ん?」


撩はタオルケットの中の香の左手を握ると、そのまま持ち上げた。
隣同士に寝転んだ二人の顔の前に持ち上げた左手を翳す。


「そのまま、腕あげてて」


撩がそう言ってウィンクしてみせるので、香は思わず意味も解らぬままに頷く。
撩は香によく見えるように、自分の右手の親指と人差し指で小さな輪っかを作った。
その撩の作った小さな輪っかが、二人の目の前に翳された香の左手の薬指に嵌められる。
輪っかは、香の薬指を囲むと、少しだけ力を込めて巻き付いた。


「俺の家族になってください」


その言葉の意味を、香は確かに受け止めた。
指輪など要らない。
撩がただ傍に居てくれれば、それでいいと香は思った。
とっくに自分の家族は撩だと思っている。
返事のキスをして、耳元で囁いた。


「勿論、喜んで」






続き物と別の、お題の更新です(о´∀`о)

№8 ここには誰れも来ぬものを

小さくて愛らしい外見には似つかわしくない渋めのエンジン音と小さな振動を感じて、
麗香がブランケットから顔を出すと、赤いミニクーパーは静かに動き始めるところだった。
砂利敷きの林道なのに、驚くほど滑らかに進み出したのは多分、撩の気遣いだ。
助手席へ一瞬チラリと目線を寄越した撩は、信じられないくらい埃まみれだった。


「起こしちまったな、すまん」


仮眠しろ、と言って麗香を置いて暗がりへ消えた撩は、どうやらあの後独りで片付けてきたらしい。
どの位の時間が経ったのか麗香には判らなかったけど、
真夜中だった空の色に少しだけ明るさが混ざり始めていた。
夜明けはまだだけど、少しだけ朝の気配がする。


「ごめんなさい、最後まであなたに頼りっきりで」
「別にぃ、どってことないさ 俺にとっちゃ何てことない相手だ」


麗香が一人で探偵事務所を開いてもう数年になるが、
今回ばかりは己の力量を超えた依頼に関わってしまったと反省している。
基本的に非合法の世界に足を踏み入れるつもりは無い麗香だが、
自分のやっていることが、限りなく黒に近いダークグレイであることを今回、痛感した。
その割には、麗香自身の実力は素人に毛が生えた程度である。
麗香はこれまで、心の何処かで香のことを、
撩に守られているだけの素人だと見下していたことに気が付いた。
それでも麗華自身がこうして、撩の仕事を目の当たりにしてみて少しだけ思い直したことは、
槇村香という人間は、麗香が考えているほど素人という訳でもないのかもしれないということだ。
麗香とて数年間は、警察官として様々な世の中の修羅場を見聞きしてきた自負はあるが、
香が撩の傍で実際に経験してきた全ては、法律の外側の最も暴力的な世界の修羅場なのだ。
同じ場面に遭遇したとして、麗香が香よりも上手く立ち回れるのか、正直麗香にはわからない。
どちらがより彼の役に立てるのかなんて、比べること自体そもそも無意味なことなのかもしれない。
ひとつ確かに言えることは、彼女は彼の隣でずっと彼をサポートしている。
何より、彼がそれを望んでいる、その事実。それが全てだ。



新宿に帰り着いたのは、早朝だった。
冴羽アパートのガレージにミニクーパーがするりと滑り込み、いつもの定位置に収まった。
撩と麗香は示し合わせた訳でも無いけれど、自然と地下の射撃場へと向かった。
撩は今回の仕事で使った銃火器の類を手入れして仕舞う為に、
麗香は地下で繋がった自宅へと帰る為に。


「ありがとう、撩 助けてくれて」
「いや、礼はいい これは俺のやるべきことなんだ」
「…どういう意味?」


麗香には本当に、意味が解らないのだ。
撩が自分自身の危険も顧みず、こうして何も言わずに体を張って協力してくれる意味が。
麗香が初めて撩とあった時の、友村刑事の時のことも、
本当ならば撩には何の得もない、関わりもない事柄をまるでスーパーヒーローのように解決して、
だからといって何の見返りも求めないことが。
確かに表向きには、一発やらせろだの何だのとふざけるけれど、こちらが応じようとすれば、
それはただの冗談に過ぎないことを思い知らせるように、サッと引いていく。
そんなことをされたら、好きになってしまっても仕方ないじゃない?と麗香は思う。

あまりにも真剣な表情で麗香が訊ねるので、撩は思わず苦笑してしまう。
昔の撩ならば多分、不必要な面倒事に首を突っ込むことなど無かっただろう。
海坊主とも、ミックとも、昔のしがらみには、
複雑な事情が絡んでいて、敵対していた時期もあった。
どんなに軽口を叩き合っても、懐の銃の引き金はいつでも引ける心構えでいた。
『仲間』だなんて何の他意もなく言えるようになったのは、本当にこの数年の話だ。
何よりも、海坊主やミックとまた昔のようにやり合えば、香が悲しむ。
撩はまず一番に、そう考えてしまうようになった。


「仲間だから」


きっと香なら、麗香が困っていれば助けてやれと言うだろうから。
今回、撩と麗香が組んで仕事をしていることについて、
恐らく香が多少なりとも傷付いていることは、撩もわかっている。
それでも尚、香なら麗香の窮状に際して、
力になってやれと言うだろうと思ったから、撩は麗香を助けた。
誰かの為に自分の持っている力が役立つのであれば、
それを使うことは当然だと考える相棒に影響されて、撩はこの数年で考え方が変わった。
頑なな撩を変えることの出来る能力を持った強い女は、それでも毎度、己の非力を嘆いている。


「仲間以上には、なれないの?」
「…。」


麗香の視線に含まれる熱の意味を知っている撩には、答えてやれる言葉は持ち合わせていない。



   香さんにあって私に無いものってなに?



麗香の問いは真っすぐに撩を射る。正直、撩にはわからない。
どうして自分がこんなにも香に惹かれるのか。
麗香だって、充分に良い女だということはわかっている。
麗香でもなく、冴子でもなく、他の誰でもなく香でないと駄目な理由。
そんなことは、撩にだってわからない、理由などない。
でも、この期に及んで麗香をこれほどまでに追い詰めてしまっているのは、きっと。
撩の煮え切らなさが招いてしまっている事態には違いない。
言葉や約束で縛れない分、曖昧さと狡さで香に甘えてしまっている撩は、
それと同じだけの残酷さで、『仲間』なんて口当たりのいい言葉を使って麗香を傷付けている。
それは、香に対して『相棒』という言葉を使うのと根本は同じだ。
時にはハッキリと拒絶する優しさも、必要なのかもしれない。


「なれないよ、俺が惚れてるのは香だ」
「はっきり言ってくれたの、はじめてね」
「今更だろ?俺みてたらバレバレじゃん?」
「そうだけど、言って貰わなきゃ諦めがつかないこともあるのよ」
「…そうだな」


好きの気持ちを言ってやらないと伝わらないのと同じように。


「もう此処も塞がなくちゃね」


そう言った麗香は笑っていた。
この恋で人知れず何度も涙を流したけれど、最後に胸に残ったのは不思議な清々しさだった。
もしかすると麗香は、ほかの誰にでもなく、撩自身に引導を渡して貰いたかったのかもしれない。
本当のところでは、撩の気持ちなど、彼自身の言葉通りにバレバレだった。
空気を読んで察して自分から身を引くのと、言葉にして貰ってあっさり振られるのと、
どちらが良いかは人それぞれだろうけど。
麗香が心の奥底で求めていたのは、後者だったのだと麗香自身もやっと気が付いた。
撩が自分のことを仲間だと思ってくれているのなら、それだけで充分だと麗香は思えた。


「ああ、そうして貰えると助かる うちの相棒、やきもち妬きだから」


やっぱりそう言って笑った撩がイケメン過ぎるから、未練がましい気持ちになる前に、
麗香は射撃場に背を向けて何も言わずに手を振った。





(つづく)

[ 2021/06/14 09:36 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)

№9 いのち短し恋せよ少女(おとめ)

「香、仕切り直しさせてくれ」
「は?」


食後のコーヒーを淹れてリビングに持っていくと、
いつになく改まった面持ちの撩が香にそう言った。
麗香からの依頼で撩が奔走した数日後、麗香は改めて依頼料を冴羽商事宛に振り込んできた。
本来の麗香の依頼主も、まさかあれほどの騒動に発展するのは想定外だったらしく、
ずいぶん上乗せされた報酬を支払ってくれたらしい。
報酬は折半で冴羽商事にも齎されたわけだが、それでもまあまあの額だった。
麗香は香にだけ電話を寄越し、しばらく留守にすると告げた。
今回の報酬で、パァーッと気晴らしに一人旅に出るらしい。
傷心旅行よ、と言った麗香に、香は何と答えるのが正解なのかわからなかった。
普通に考えて点と線を繋ぎ、麗香の発言と冴羽撩のこの表情を見れば、
彼が何を言いたいのか、ある程度の察しはつきそうなものだが、
察することが出来ないのが、まあ槇村香らしいといえばらしい。


「何を?」


本当になんの心当たりもないといった様子でキョトンとした香をみて、
撩はここから先の道のりの長さを覚悟した。


「何って、デートに決まってんじゃん」

ブフッ

香は思わず、口に含んだコーヒーを吹き出してしまった。
そういえば今回の件で、せっかくの美樹からのお膳立てがドタキャンになったことすら、
香は忘れかけていた。
あの時、香は撩がなにか奢ってくれたらチャラにしてやると言って、
軽く受け流していたのだ。


「牛丼、奢ってくれるの?」
「京王プラザホテルのラウンジに、今夜19時 粧し込んで来い」

「え? ちょっ なに?急に」


香は香で激しく動揺していたけれど、撩も撩で意を決してデートに誘ったのだ。
用件だけ言うと、まだ冷め切らない熱いコーヒーを一気に飲み干して、リビングから逃げ出した。
撩の耳たぶの先がほんの少し赤かったことに、香は気が付かなかった。
しかし、残された香はぼんやりと撩の言葉を復唱した。


京王プラザホテルの・ラウンジに・今晩・19時


「っって、なんでアイツはいつもいつもいつもこう急なのよ‼ 時間ないじゃん‼」


香はテレビの横に置かれたシンプルな置時計を見遣る。
もう既に昼の13時を回っている。昼ごはんの後のコーヒーを飲んでいるところだったのだ。
仕方ない。
粧し込んで来いと言われても、香は完全にパニックになっていた。
頼れるのは親友の彼女しかいない。
香は早速、多忙を極めているだろうデザイナーの友人へ、連絡を取った。
今夜のデートを成功させる為のコーディネイトを相談するのだ。








端的に言って、約束のラウンジに現れた撩の相棒は、美しかった。
フォーマルに着飾ってもしっくり馴染むその場所で、彼女は一際人目を引いていた。
粧し込んで来いと言ったのは確かに撩だけど、
想定以上に美しく仕上がった香の裏で、北原絵梨子が暗躍したことは想像に難くない。
限りなく黒に近い紺色のオーダーメイドのタキシードを身に纏った撩と、
ローズグレイの光沢のあるタフタ素材のイブニングドレスを着た香は、
まるで誂えたかのように調和がとれていた。
なんの打ち合わせも無いままのデートの約束にしては、上出来だ。


「お待たせ」


ヒールを履いた香が頭ひとつ分背の高い撩を、無意識に誘惑するように見上げる。
ショートヘアの耳元で、いつかの横浜のデートの夜に着けていたゴールドのイヤリングが揺れる。
あの晩、片ほうだけを撩の元へ置き去りにして、帰って行ったシンデレラは、
翌日のジーンズのポケットから出てきたそれのカラクリには言及せずに、
今も撩の傍に居てくれている。


「いや、俺もいま来たとこ」


嘘だ、実をいうと撩はドキドキしながら15分前には到着していた。
そんな素振りも見せずに、撩が右腕を差し出すと香は慣れた手付きでそっと手を添えた。
これまでに何度もこうして腕を組んで歩いたけれど、それは全て仕事の為で。
デートとして撩が香をエスコートするのは、これが初めてだ。
今夜、撩は彼女と公私共にパートナーとなることを誓うつもりでいる。
本当に想っている相手には、きちんと言葉で伝えないと伝わらない。
それを教えてくれたのは、撩に報われない恋をして振られた女探偵だ。
まるで撩の曖昧さを許さぬように、彼女は香にあって自分にないものは何かと、撩に訊いた。
あれからずっとそのことを、撩も考えていた。
撩にもその問いの答えはまだわからないけれど、あえて言うならば、撩にとって香は光だ。
光は希望だ。
真っ暗な夜を照らしてくれるちっぽけな星のひとつだけれど、
沢山ある星々の中で撩は見付けてしまったのだ。
撩の為だけに、撩の行く道だけを、明るく照らしてくれる小さな星を。

撩は彼女がまだ、少年のようなあどけなさを残したあの頃から、彼女のことをずっと見てきた。
撩の傍でどんどん綺麗になっていく彼女は、これまでで今夜が一番綺麗だ。
今日という日は、再び訪れることはない。
きっとこれからも毎晩、今夜の彼女が一番綺麗だと思いながら、歳を重ねていくだろう。
その気持ちが揺るぎの無いものだと確信できたから、撩は香をデートに誘った。

相棒(パートナー)に「愛している」を伝えるために。


(おわり)



え~と、完結までに長々とお待たせしてしまい申し訳ありません(汗)
なんとか当初書きたかったお話には纏まった気がしています。
麗香ちゃんの恋と向き合うのは難しいです。
最終的には、りょうちゃんとカオリンの二人が進んだ関係になるっていうのがもっともしっくりきますね。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます( *´艸`)
[ 2021/06/17 21:26 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)