ホットチョコレート

撩は目の前に置かれた愛用のマグカップを覗き込んだ。
温かそうな湯気を立て茶褐色の液体を孕んだそれは、いつもの香ばしい薫りとは別の甘い匂いを放っている。


今日はココアにしてみた。


カップを挟んでローテーブルの向こう側に座った香がそう言った。
香の前にも同じように色違いのマグカップが置かれ、湯気を立てている。
今まで市販のココアの粉をお湯で溶いただけの薄甘い飲み物が、ココアだと香は思っていたらしいけど。
テレビでこっくり濃くて美味しい”ホットチョコレート”の淹れ方のレシピを観たらしい。
2月だからだろうか。
撩は日本に来て初めて、2月14日の奇妙な風習を知った。
2月14日がバレンタインデイであることは知っていたけれど、チョコレートと何の因果関係があるのかは不明だ。















私、チョコレートは嫌いなの。


そう言った女の肌は、ミルクチョコレートのように深い褐色をしていた。
どんな顔をしていたのかどんな声だったのか、何という名前だったのかはもう忘れてしまったけれど、
彼女のチョコレート色の肌は弾力に富み、引き締まった形の良いヒップは見惚れるほど美しかった。
彼女は眉を顰めて、馬鹿馬鹿しいほどの値の付いたチョコレートを一粒摘み上げそう言ったのだ。
摘み上げた指先にはゴールドのネイルが施され、それが肌の色を美しく引き立てていた。

中南米からの移民で、ビザも持たずに娼婦まがいの生活をしていた彼女の先祖は、
ヨーロッパの三角貿易によってアフリカ大陸から連れてこられた奴隷だった。
搾取されるためだけに過酷な状況で、カカオ豆を作っていたらしい。
コーヒー豆やバナナと同じように、カカオもまた白人たちの金儲けの材料として扱われた。
過酷な労働や差別が世界中で問題視され、糾弾され始めたことなどつい最近の出来事に過ぎない。
その昔、褐色の肌をした奴隷たちの価値は、1人あたりカカオ豆100粒が相場だったらしい。
ギリシャ語で「神々の食べ物」という名前を持つその樹の果実は、神にも見放された奴隷によって生産され続けてきた。
彼女の言葉の意味や表情を理解することは、撩にも容易かった。
撩が物心つく前に放り出された彼の地も、似たような有様だったから。
かといって当時の撩には、そのメスチソの彼女の自分語りなどには全く興味は無かったので、ベッドの中で聞き流したに過ぎない。







過去のどうでもいい、半ば忘れかけていた記憶は、ふとした瞬間にありありと蘇る。
どんな国にもどんな人間にも歴史はあり、立場や人種が違えば見解の相違が生まれる。
それがどんな犠牲の上に成り立っているのか、普段意識することは少ない。
チョコレートやコーヒーやバナナやゴムや綿花や胡椒だけではない。
ダイヤや金の鉱脈も、石炭や石油も、文明が発展し経済が循環し贅沢品や嗜好品に溢れる世界。
その恩恵に与かろうとすれば、その裏には過酷な生産の現場が存在するのだ。
弱者はどこまで行っても弱者であり、強いものは弱いものを叩く。
その世界の構造だけが、ソフトを変えながら脈々と受け継がれ続ける。
人間の欲は果てることなく、無意識に遠くの無関係な人間を苦しめることもあるのだ。

撩は今も昔も、そんな話にさして興味は無いけれど、
弱い立場の人間がそうして尊厳を踏み躙られている場面なら、幾度となく目撃してきた。
その世の中の仕組みを知っている、ただそれだけだ。









やっぱり、撩はコーヒーの方が良かった?


口数の少ない撩の顔色を窺うようにそう言った香に、撩は小さく笑った。


いや、どっちでもいい。


どちらでも同じことだ。コーヒーでも、ココアでも。
撩も昔はきっと、あちら側に居たに違いない。踏み躙られてただ生き抜くことだけを考えていた。
それでも今ではコーヒーだって飲むし、煙草だって吸う。生きていくのに必要の無い嗜好品を嗜んでいる。
幸せを追求してしまうということは、時に生存には全く必要のない無駄を生み出してしまう。
無駄の中にこそ、秘められた愉しみや美しさを見出してしまう。
人間が人間であることこそが罪悪であり、背徳的であり、同時に甘美でもあるのだろう。
神々の食べ物のはずだったカカオの実を食べてしまった愚かな人間は、
何処かの誰かを犠牲にして生きながら、同時に他の誰かに喰い物にされて、蹂躙され続けている。
神が創った生物の中で人間は、欠陥だらけの失敗作だったのかもしれない。
平和に生きることはとても難しく出来ているらしい。争いや諍いの理由は、この世に数限りなく存在する。




それでも今この目の前にいて、美味しそうにホットチョコレートを飲んでいる香を見ていると、
撩は失敗作で欠陥だらけの人間という生き物に生まれてきて良かったと、柄にもなく思えるのだ。
彼女と同じ人間に生まれてきて、なんとか生き延びてここにいる。
自分がもしも暗黒の海底に棲む深海魚だったならば、
こうして2人で笑い合って言葉を交わすことさえ無かったのだから。
彼女の指の先は何の飾りけもなく短く切り揃えられた爪があるだけだが、
それがとても美しいと撩はマグカップを傾けながら、心の中だけでそう想った。


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[ 2019/02/02 23:20 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

映画観てきました‼

おはこんばんちわ、ケシです。


とうとう来ちゃいましたね、この日が。映画になるよってニュースが出てから、早くも1年。
あんなに待ち遠しかったのに、今はもう封切りされているんだと思うと感慨無量です。
すでに2回観てきましたよ。でも、上映期間中にまた何度でも足を運ぼうと思います。
これまで、おんなじ原作のコミックスがただ無意味に(暴言御免)版を重ねたり、
たまーにしかない特別展みたいなものしか動きの無かった作品のウン十年振りの新作なんだから‼
そりゃ、ファンとしてはここで貢ぐしかない‼という気概で臨んでいます。

色々と作品の内容に言及するのは、やっぱり上映が終了してからにしようと思います。
ただ今は、ファンの皆様も同じ日本の何処かで同じ作品を観ながら、心を熱くしていることが嬉しいです。

本当に嬉しい(*´∀`*)
このブログやってて、今が一番嬉しい。
やっぱり、どんなものであっても公式が新しいことを仕掛けてくれること以上に嬉しいことってないですね。
皆々様、どうか良い夜を。ではまた。


※私信※
やすなおさま、気にしないで下さい。
仕様で多分非公開にしようと思たら消えちゃうと思うのでそのままにしてても大丈夫ですよ。
あいにく当方、ゆるゆる運営で進行しておりますので大丈夫。
誰も気にしない気にしない。
いつも嬉しいコメントありがとうございまっす(*´∀`*)
いつも貰いっぱなしで、お返事滞っててかたじけない。また見に来てね♪

[ 2019/02/12 18:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)