香は靴を履くと、最後に玄関の土間に立って振り返った。 戸締まりをもう一度、頭の中で確認する。 どの部屋も窓を閉めて施錠した。 防犯システムのスイッチも入れた。 後はこの玄関の扉と、1階の表玄関の施錠をすれば終了だ。 香が不在の間、空気の移動もなく淀んでいた時間を、窓を開けて解放した。 キッチンやリビングに掛けてあった(かつて、年の始めに自分が掛けたものだ。)カレンダーは、 時間が止まったまま用を終えていて、香は捨てようかどうしようか迷ってそのままにした。 埃を落として、床を磨いて、カーテンを全て洗う時間もあった。 1週間という時間はあっという間のようで、掃除をするのには充分な時間だった。 これから、最後の撩の夕食を作りに教授の家へと向かう。 それが済んだら、かずえにこの部屋の鍵を渡して撩に返却してもらう。 そして明日からまた、撩のいない世界に帰って普通に暮らすのだ。 香は目を瞑って、様々な出来事を思い返す。 撩の帰りを待ちわびて遅くまで起きて、無事を祈っていた日々のこと。 依頼もなく暇をもて余して、二人で退屈に過ごした平和な日々のこと。 くだらないヤキモチや、しょうもない意地を張り合って喧嘩した日々のこと。 撩の背中を追い掛けて、自分の存在意義を探して、足掻き続けた日々のこと。 いっぱい悩んで傷付いて、撩のことも傷付けたけど、幸せだった日々のこと。 「さようなら」 香はその部屋に別れを告げると、玄関の扉に手を掛けた。 「それは、香さんが直接、冴羽さんに返すべきよ。」 香は夕食作りを終えて、アパートの鍵をかずえに託すべく研究室を訪ねた。 仕事中で白衣を着たかずえは、きっぱりとした口調でそう言った。 かずえの眼差しは、香に有無を言わさないような強い力が込められていて。 終いには撩の休んでいるその部屋の前まで、手を引かれて来てしまった。 さぁ、と小さな声でかずえが先を促す。 香は仕方なく覚悟を決めると、頷いて小さく息を吐いた。 ノックをする手が震えた。 中から撩の返事が聞こえて、香がそのひんやりとした真鍮製のドアノブを握るまでを見届けてからかずえは戻っていった。 1週間振りにみた撩は、随分印象が変わった。 香はかずえや教授とは毎日顔を合わせていたけれど、撩の経過については敢えて何も訊かなかったし、 二人も特に香に聞かせることもなかった。 頭の包帯はとれていて、それだけで随分元気そうに見えた。 それでもまだ、傷にはガーゼが当てられネットで保護はされている。 1週間前に香が持参してかずえに預けた服を、撩は着ていた。 パジャマでもないし、きちんとベッドの端に座位を保って腰掛けていたから、 元気そうに見えたのかもしれない。 「あの、これ。返しに来たの。」 そう言って、香が手に握った鍵を見せると、撩は微笑んで手を差し出した。 あのジャケットはもう、香の目に触れる前に処分した。 「クローゼットに仕舞っておかなくても、大丈夫?」 「ああ。」 香は頷いて差し出された撩の手に、その銀色の小さな鍵を渡した。 これでもう本当に最後なのだとその時に、突然に実感した。 撩は鍵を受け取った瞬間、その小さな金属の塊に香の温もりを感じた。 これをしっかりと握り締めていた香を思うと、愛しさが込み上げた。 「掃除、してくれたんだってな。」 「ごめんなさい、勝手なことして。」 「いや、助かった。すまんな、わざわざ休みまで使わせて。」 「あ、それは別に大丈夫なの。ホントに。どうせ有給貯まってたし、消化してもすること無いから。」 「そっか。」 「うん。」 「飯も、久々に旨かった。ありがとな。」 「あ、うん。」 思いがけない撩の言葉に香は照れて俯いたから、撩の顔を見ていないけれど。 撩は撩で言い慣れない言葉に、真っ赤になっていた。 端から見ればそれはまるで、出逢ったばかりの男女の恋の始まりのような初々しい様子にも見えなくはないのに。 二人はとうに何年も一緒に過ごし、その挙げ句に拗れまくって現在、別居中の間柄だったりする。 客観的視点と、当人達の自覚に、天と地ほどのギャップがあるのが、この二人の難しい所だ。 周りからすればとうに出来上がった二人は、何処までも二人だけの世界の中で彷徨っているだけだ。 香は改めて、前回この部屋を訪れた際に、不覚にも泣いてしまったことを悔いた。 強くあろうと思っていたのに、撩の前で弱さを見せたくはなかったのに、泣いてしまった。 あのジャケットに刻まれたことの全てが、悲しかった。 そんな世界にたった独りで立ち向かわなければいけない撩を思うと、悲しかった。 そこから撩ひとりを残して去った、自分を責めた。 あの時は、泣くべきでは無かったのだ。 毅然とあの撩の世界を直視して、目に焼き付けておくべきだったのだ。 命を懸けた、撩の仕事を。 「この前はごめんなさい。泣いたりして。」 そう言って、顔を上げて撩を見詰める香の目の色に、撩はハッとした。 相棒時代の阿吽の呼吸で立ち回っていた頃の、強い眼差しだった。 銀座で働いていた香とも、女の子らしいカッコで微笑む香とも違う、それは本当の香で。 撩が最も愛しいと思う、香だ。 「いや、俺もさっさと捨てときゃ良かったんだ。あんなもん。」 撩は笑いながら、ガシガシと頭を掻いた。 撩が照れたり動揺しているサインは、香にとっては相変わらず判りにくいけど、 先ほどから何度も、未練がましい気持ちに見舞われて動揺しているのは、撩の方だったりする。 「本当に良かった。元気そうで。」 「あぁ、もう大丈夫だ。」 「うん。」 でも、と続けた撩の言葉が、きっと本音なのだろうと香にもわかった。 「いやぁ、今回ばかりは死ぬかと思った。でも、死ねないと思ったんだ。」 前に、お前に言ったろ? お前に何かあったら、絶対に助けに来るって。 撩のその言葉で、香はあの夜のミニクーパーの中でのキスと撩の掌の熱さを思い出した。 そして、撩という男の本質を思い出す。 撩とは、そういう男だ。 撩が“絶対”と言ったら、それは絶対なのだ。 香は自分でも絶対という言葉を使うけど、その言葉をどこかで信用していない部分がある。 それは、香自身が自分を信用していないことの裏返しだ。 けれど、撩は違う。 撩はいつでも香を助けに来てくれたし、信頼出来る、香のスーパーヒーローだったんだ。 そんな大事なことを、香はようやく思い出した。 「お前のお陰だな、今生きてんのも。」 そう言って笑った撩の顔が、グニャリと歪んだ。 涙が溢れて止まらなくて、香は気が付くとベッドに腰掛けた撩を抱き締めていた。 洗われていない髪の毛はべたついていて、臭かったけれど。 それが撩の生きている証だと思うと、香は愛しいと思えた。 ようやく思い出した。 本当に大切なことを。 撩は、柔らかな彼女に唐突に抱き締められて。 今なら、言えそうな気がした。 「なぁ、香。」 「ん?」 「良いことも悪いこともこれから先も多分、腐るほどあるだろうけど。」 「うん。」 「行ける所まで、一緒に行こうや。」 「え?」 「戻って来いよ。」 撩を抱き締める香の体が緊張して強ばるのを感じた。 撩がタイミングを間違ったかと思ってしまうほどに間をおいて、香は小さく頷いた。 その長い間が、そのまま香の新しい覚悟なのだと思うと、撩の口角は自然と持ち上がり、笑顔を形作った。 香が撩から離れてニッコリ笑った。 もう泣いてはいなかった。 「じゃあ、撩の髪の毛、アタシが洗ってあげるね。」 どこからでもやり直せるんだという、ミックの言葉が香の背中を押した。 かずえの強い眼差しや、美樹の笑顔と珈琲に勇気を貰った。 それら全てを愛情に換えて、撩に返していこうと香は思った。 独りで生きているのではない、そう思えることが自分の幸せなのかもしれないと香は思った。 (つづく)
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香は朝礼の席で、1年と少しの間世話になった人たちの前に立って、 別れの挨拶をしている自分を、どこか客観的に感じていた。 それはまるで、自分のことなのに他人事のような気がした。 1年間の社会経験で、香は様々なことを学んだ。 決して、撩の元を離れて自活した経験は無駄では無かったのだ。 その上で香は改めて、撩のパートナーとして生きることを選んだ。 自分で、望んで選んだのだ。 大切なことは、自分の意思で自分の未来を思い描き、自分で選ぶことなのだとやっと理解した。 7年前の兄の死んだ夜に選んだ彼の相棒という選択肢も、 自分で選んだと言えば、それはそうだけど。 あの頃の香は、まだなにも知らない子供だったと、我が事ながら香は振り返る。 撩のやっている仕事への認識も、撩への想いも、全てが淡く幼いものだった。 今なら、全てを理解した上で、自分の人生の選択として彼の元へと迷わず進める。 撩が、言ったひとことは大きかった。 『お前のお陰だな、今生きてんのも。』 そんな風に撩が思っていたことを、香は全く知らなかった。 これまで自分の存在など、彼の弱点でしかないと思っていた。 自分のせいで撩の身に危険が降り掛かることはあっても、撩を救う一助になるなど香にとっては全くの想定外で。 あの撩の言葉は、どんな甘い言葉より、香の琴線に触れた。 撩に、どんな状況でも何があっても生きていて欲しいと思ったのと同時に、 自分も撩と共に生きていたいと、香は強く思った。 散々、生きて一緒に誕生日を過ごそうとか、 何がなんでも生き延びるとか、言い合った筈なのに。 とっくに解っていた筈なのに。 香は馬鹿だから(撩もかもしれない)、互いに傷付け合って苦しんでみないとわからなくて、 散々泣いて、焦がれて、求め合って、結局は元の場所へと落ち着いた。 教授宅の一室で、撩に戻って来いと言われて了承してから、ひと月後の今。 香は世話になった会社と、周りの人たちへの感謝の言葉を述べていた。 そんなに感慨も無いだろうなんて思っていた筈なのに、香は少しだけ泣いてしまった。 辞める理由は一身上の都合としたけれど、ひと月前の有給休暇の件で周りもそれとなく何かを察してくれたようで、 大変だったね、と何人かの気の良いおじさんたちに気遣われた。 恐らく、若いのに身内の大変な状況を支える為に健気に頑張る女の子、という風に彼らの目には映ったのかもしれない。 しかし香の心境としては、寿退社に近いものがある。 スイーパーの相棒として再就職するなんて、口が避けても言えないけれど、たとえ他人には理解されなくとも香は幸せだ。 デスクの近いいつもの彼ら3人が、示し合わせたように香の前に出てきて花束を渡す。 周りの人たちが、労いとこれからの健勝を祈り拍手を贈る。 朝礼はいつもより5分ほど時間を超過して、恙無く終了した。 退社と同時に可及的速やかに引っ越す、という香に合わせて4人組のいつもの3人は、 既に2日前に、送別会を開いてくれていた。 その席で、田中は香にどストレートな質問を投げ掛けた。 「槇村さんの身内って、もしかして例のこの先どうにもなれないっていう彼のこと?」 ジョッキのビールのアルコール以外のものがもたらす、香の頬の赤みは答えているのも同然で。 香は何も返事していないのに、若い彼等は勝手に盛り上がり、改めて乾杯となった。 そして、失恋仲間の急転直下の元サヤ復活祭に乗じて、田中も打ち明けてくれた。 「実は、僕らも付き合うことになって。」 僕ら、というのは田中とエミちゃんだった。 二人は幸せそうに笑って、頷いた。 田中の失恋を慰めていたエミちゃんとの恋は、つい最近始まったらしい。 何処にでもある単純な始まりだ。 人は皆、安易に単純に恋に落ちるものなのだ。 理由なんかいらないし、幸せならば結果オーライなのだろう。 香は開き直りにも似た気持ちで、今はそう思っている。 もっとシンプルで良いのだ。 ただ、好きな人がスイーパーをやっている。 その人の元で、一緒に生きていたい。ただそれだけだ。 もっと安易に、もっと軽率に、何度でも撩に恋をしようと香は思っている。 教授宅で療養していた撩が新宿に戻ったのは、あの夜から数日後のことだった。 あの夜、撩を抱き締めていた筈の香は、気が付くと撩の腕の中に収まって2度目のキスをされていた。 きつく抱き締め返され、初めての時の比じゃない濃厚なキスをされた。 香は頭の隅でどこか冷静に、撩でもこんな感じで余裕を失うことがあるんだと思っていた。 そのくらい性急な口付けは、痛いほど撩の気持ちが伝わってきて、 香は今まで、どうして撩の気持ちに気付けなかったんだろうと、少しだけ反省した。 きっと二人の関係が停滞していた要因は、自分にもある。と、気付かされた。 その夜の内に、香は今の会社を退職して、冴羽アパートに戻る決意をした。 最後の日でも、香の仕事はいつもと何も変わりなく、平和に定時を迎えた。 同僚たちに別れを告げて、家路に着いた。 引っ越し作業は、このひと月の間に地味に進めていた。 大きな家具類はもう、あの新宿のアパート6階の、客間兼香の部屋に元の通りに収まった。 週末の度に少しずつ荷物を持ってアパートに通い、教授の家から戻った撩も協力してミニで荷物を運んでくれた。 合鍵をもう一度、撩が作ってくれて渡してくれた。 その時に撩が一度だけ、愛している、と言ってくれた。 照れ臭いし、価値が下がるし、いっぺんしか言わねぇからな、と言った撩が真っ赤に照れていて、 内心で可愛いと思ったのは、香だけの秘密だ。 5階建てのもうすぐお別れの、香の独り暮らしのアパートの前に。 赤い小さな車が停まっていた。 香に背を向けて、車に凭れている大きな背中。 肩越しに立ち昇る紫煙。 少しだけ癖のある艶やかな黒髪。 捨ててしまったジャケットの代わりに、香が買ってあげた新しいジャケットを羽織って、 彼が待ってくれていた。 「りょおっっ」 香が彼の名を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。 優雅な仕草で煙草を放ると、ブーツの爪先で踏み消した。 吸い殻は後で拾わせないと、と香は一瞬だけ考えて、けれどもそれよりも真っ先に。 香の5㎝のローヒールのパンプスが、アスファルトを蹴った。 撩の胸に飛び込んだ瞬間に、同僚に貰ったアレンジメントの花束の、薔薇の花びらが1枚散った。 愛は川のように、柔らかで非力な葦の葉を押し流す。 愛は刃のように、鋭く魂を切り付ける。 愛は飢えのように、永遠に満たされることのない苦しみをもたらす。 そして愛は花で、香にとって撩はその種子だ。 哀しみと苦しみと痛みをもたらすこともあるけれど、 見方を変えればそれは、大きな花を咲かせるための小さな種なのだ。 種は香の心に住み着いて、大きく根を張った。 香の想いを糧にして育った種だけが、香を幸福にしてくれるのだ。 ~~後日談~~
香はシーツに残された、煙草の焦げあとを指でなぞる。 撩に愛された後の、ひどく気怠い身体は心地よい眠気を誘う。 この部屋を片付けながら、その煙草の痕を見つけた時、 香はこのシーツを捨てようかどうか迷って、結局、捨てることが出来なかった。 香が家を出て、独りこの部屋で荒んだ生活を送る撩に、踏み込む勇気がまだ持てなかった時の話だ。 あれからここに戻り、撩とこうして新しい関係を築いた今でも。 やっぱり香は、このシーツを捨てられずにいる。 撩の弱さも脆さも、撩の強さや頼もしさと同じくらい愛しい。 このシーツがあの数ヶ月間、その撩の弱さを優しく包んでくれていた。 香はこうして時々、その傷を撫でる。その指先には、薄い桜色のネイルが光る。 撩が、その綺麗な指先が好きだと言ってくれたから。 香は今でも控え目に、指先を彩る。 子供騙しのおまじないは、もう必要ない。 香は撩の手によって、立派に大人の女にされた。 だから、大人なんだからと自分を奮い立たせる必要は無くなった。 怠さと眠気に抗う意識の底で、撩のジッポの蓋の開く硬質な金属の音が聞こえた気がした。 「もぉ、ベッドで煙草は禁止だってば。」 香の小さな苦情に、撩は苦笑いして、一旦口に咥えた煙草をパッケージに戻した。 撩はもう一度ブランケットに潜り込み、香を背中から抱き込んで項に顔を埋めた。 滑らかな肌も、柔らかな髪の毛も、もうすぐ傍に手の届くとこにある。 彼女は確かに、撩の腕の中に居る。 口が淋しいから煙草を吸おうと思ったのに、禁止するのなら。 彼女に責任を取って貰わないといけない、というのは撩の無茶苦茶な理屈だ。 「じゃあ、キスして。」 抱き締められた0㎝の距離から響く撩の声は穏やかで。 香は幸せすぎて、目眩がしそうな気持ちになった。 思わず小さく溜め息が溢れる。 気怠い筈の体に、もう一度小さな火が点る。 撩の腕の中で寝返りをうって、撩と向かい合う。 絡まった視線だけで、互いの求めるものが手に取るように解ってしまう。 種子は芽を出して、花を咲かせた。 きっと、一生枯れない幸福の花だ。 「いいよ。」 香が小さく囁くと、撩は本当に嬉しそうに笑った。 (おわり) 沢山の、拍手やコメントありがとうございます。 ベット·ミドラーの“the Rose”という歌をイメージしながらこのお話を書きました。 また、書いている途中に椎名林檎の“大人の掟”という歌も常に脳内で流れていて、それもちょこっと影響しています。 拍手返信は例のごとく、膨大に溜め込み過ぎておりまして、なかなか儘ならない状態なのですが。 せめて、各記事に寄せられた嬉しいコメントの数々には、 これから地道にお返事させて頂こうと考えておる所存です。 すみません、書き殴るしか能のないダメ人間です。 読んでくれてありがとうございます。 沢山の嬉しいお言葉ありがとうございます(*´∀`*)ノシ では、またお会いしましょ~。
おはこんばんちわ、ケシです。 今ワタシは、地道にこの1年ほどサボっておったコメント返信をこっそりしておるのですが。 ちょうど今書いてたのが、去年の今頃書いたパラレル好きでっす(*´∀`*)ていう記事へのお返事だったんです。 それを書いてる中で、自分自身の二次創作へのスタンスというか捉え方がクリアになったんで、それについて書いてみます。 それというのも、パラレルというカテゴリをどう捉えるかっつーことなんです。 パラレルでもなんでも大好き、原作準拠でも勿論好き~~~(*´∀`*) ていうのがワタシだとすれば、パラレルなんて嫌いって人も居るわけで。 そこは、色んな趣味嗜好の方が居て、全然良いと思うのですよ。 で、ワタシが個人的にパラレル作品についてどういう認識でいるかを、 分かりやすく他のものに例えたらどうなるのか考えたんです。 好きなミュージシャン(CH及びRKとします。)は、普段は原作準拠というバンドで活動しているとします。 そして、彼らはたまにパラレルっていう少しコンセプトの違うバンドもやるんですよ。 で、ワタシは彼らが好きなので、多少表現の仕方に違いがあっても、やはりどれも美味しく戴けるって感じなんです。 そうやって、他のものに例えたら、すごくしっくり来たというか。 ワタシがなんでパラレルに対して、何の抵抗も無いのかって分かったっていうか。 カップリングを弄ったりするのがNGだったり、RK以外のCPに興味が無かったり、 その点のワタシのストライクゾーンは異常に狭いのですが、 パラレルには全く抵抗無いんですよ。 勿論、人それぞれ考え方の違いがあるし、同じCH好きとひとくちにいっても色々なんでしょうが。 あくまでも、ケシ個人としてそう思ったって話です。 で、何が言いたいか。というと、 もっと軽率にパラレル読みなYO‼ってことです(握拳) 1年ぶりにまた、軽率に啓発してみた(*´∀`*)
微妙に間に合いませんでした。 ホワイトデーネタです( ≧∀≦)ノ
よりによってこんな日に、関東の外れの山の中の林道をドライブする羽目になったのは、一週間ほど前の伝言板に遡る。 2ヶ月振りの至極まとも過ぎるほどまともな依頼は、美人の失踪人探しというものだった。 依頼主は、彼女の父親。 香は純粋に依頼が舞い込んだことに喜び、撩は探し人が美女だということを喜んだ。 互いに動機は違えど、やる気は満々でその依頼を遂行した。 依頼着手から1週間目のこの日、探し当てた彼女を家族と引き合わせ、依頼は無事解決した。 依頼の真相というのは、単純明快で。 運命の恋人との結婚を両親に反対された彼女が、恋人と強行手段で駆け落ちしたのだ。 ことの顛末を知り、若い二人の本気の気持ちを理解した両親が折れる形で、無事家族は再会を果たした。 再会の場所が、件の関東の外れの山奥の依頼人の別荘だったというわけだ。 最終的に親子の確執は何だったのかと思うほどに、和気藹々とした空気の中、 撩と香は一組の家族プラス将来の婿に、笑顔で別荘を送り出された。 3月14日の夕刻、何事もなければバレンタインのお返しを抱えて盛り場へと繰り出していたであろう撩も、 お返しの為のクッキーやキャンディの包みを多数準備していた香も。 この日がホワイトデーだということをすっかり忘れていた。 何はともあれこのまま問題なく、二人は新宿に向けて帰路に着く筈だった。 あくまでも、予定としては。 なんでよりによって、こんなときに? 香の虚しい呟きは、林道脇の漆黒の闇に吸い込まれ静かに消えた。 別荘から10㎞以上は進んだ場所の筈だ。 その間、その道で車の1台ともすれ違う事なく、通行人も居ない。 民家やめぼしい建物の存在感もなく、あるのはガードレールに沿って定間隔で据えられた道路標識と、 頭上に大きく輝きはじめた少しだけ欠けたまあるい月だけだ。 ミニがエンストした。 バッテリーがいよいよイカれたか。 撩は呑気に胸ポケットから煙草を取り出して、唇に挟んだ。 直近の車検で、バッテリーを交換するかどうか微妙な感じだったのを。 経理担当の鶴の一声で、見送って後回しになっていた。 だから、言わんこっちゃない。整備はケチったら駄目だっつーの。 だってお金なかったんだもん、仕方無いじゃん。 すっかり日も暮れて、山中は暗い。 偶然の出会いも望み薄で、二人は腹ペコだ。 腹ペコだし、肌寒い。何しろ春まだ浅い3月半ばである。 エンストした車内の温度は、ただボーッとしていては下がるばっかりだ。 寒いね。 だな。 JAF呼ぶ? しかなくね? てか、ここ何処? さぁ?取り敢えず、電話してみるわ。 そだね。 あって良かった、文明の利器という名の携帯電話。 電波は辛うじて、アンテナ1本。 二人の運命は首の皮1枚で何とか外界と繋がった。 撩が別荘の場所とそこから市街地へと続く林道の途中だと説明すると、 その電話口の男は同情混じりの吐息を漏らして、1~2時間は掛かると言った。 マジなの。 マジだ。 電話を終えた撩の報告に、二人の間に微妙な静寂が広がる。 このままでは、責任の擦り付け合いが勃発しかねないので、撩はその前に良いことを思い付いた。 よし、香。焚き火するぞ。 はぁ? 取り敢えず、撩は助手席の?マークの相方にブランケットをぐるぐるに巻き付けて車内に残すと。 ガードレールの内側の、茂みの奥へと分け入った。 仕方がないのだ。 バッテリーがイカれていては、エアコンは使えないし、その状態で待つくらいなら焚き火でもして暖まろうということらしい。 はぁ、暖かい。 十数分後、停車したミニから適度に距離を取って、撩はあっという間にそれをセッティングした。 何処からか、腰掛けるのに丁度い椅子代わりの石と、枯れ枝と落ち葉を拾い集めて来て、手際よく火を点ける。 ライターはあっても、焚き火を作るのには多少の技術が必要に思われたけれど、撩は難なくやってのける。 生きるか死ぬかのサバイバル生活を強いられて育った経歴は伊達ではない。 この程度のことは、新宿の街中のナンパよりも簡単だ。 心の底からの呟きを漏らした香は、相変わらず撩の手によってブランケットを巻き付けられた。 撩曰く、おまぁが風邪引いたら俺がめーわくだからな。ということらしいが、彼は素直じゃないのでそれは建前だ。 腹減ったな、しかし。 うん、もう帰る途中の何処かで何か食べて帰ろう。 だな。 珍しく経理担当が外食という妥協案を提示する程度には、二人の空腹は切実なものである。 如何せん、こんな事態に陥るなんて想定外なので、ミニには食料など積んでいない。 あ。 ん?どうしたの? 撩が突然何かを思い出したらしく、ミニの助手席へと向かった。 ダッシュボードから何かを取り出して戻った撩の手には、派手な模様のビニール袋が握られていた。 撩は辺りを彷徨いて、小さな小枝を数本手折る。 ホレ。 座った香にそう言って撩が差し出したのは、小枝に刺さったマシュマロだった。 香は、思わず首を傾げる。 残念ながら、香にはマシュマロを焚き火で焼いて食べるという行動がピンと来なかった。 日本人の焚き火といえば、焼き芋だ。 焼いてみな、旨ぇから。 そんなの、スヌーピーしかやらないと思ってた。 撩はふんと鼻で笑うと、手本とばかりに自分でも1本焚き火で炙った。 そもそも、あるはずもないマシュマロを買っておいたのは、他でもない撩だった。 依頼の合間に、ホワイトデーのことを思い出していた。 コンビニで煙草を買うついでに衝動的に買ったのだ。 けれど、天の邪鬼過ぎて香に渡せないまま、ダッシュボードに放り込んで数日間、忘れていた。 あ。 どうした? ぅうん、何でもない。 香は2つ目の焼いたマシュマロを口に入れた瞬間に、思い出した。 今日がホワイトデーだということを。 だいたい何で撩がマシュマロなんて持ってるんだろう、と考えていて唐突に思い出したのだ。 これはつまり、そういうことだと思って良いのか。 素直じゃない相方の、バレンタインのお返しのつもりだろうか。 おまぁが風邪引いて寝込まれたら、俺がめーわくだからな、 なんて言いながら香にブランケットをぐるぐるに巻き付ける手付きは意外に優しかった。 撩は概ね、素直じゃないのだ。 ふふふふ。 ぁんだよ、気色悪ぃな。急に笑うなよ。 美味しいね。焼きマシュマロ。 だろ?スヌーピー舐めんなよ? うん。 こくんと頷いた香の頬が、暖かそうに朱に染まる。 空腹に耐え兼ねて摂取する糖分は、幾らか気持ちをハイにする。 目の前で燃え盛る炎を見詰めながら、二人は黙々と熱いマシュマロを貪った。 JAFのロードサービスを待ちながら。
「なぁ、教授?俺は何処から来た何者なんだ?」 黒い瞳で真摯な眼差しを向けるのは、推定年齢15にも満たない少年だった。 身体ばかり大きく育った彼の面差しはまだまだあどけないベビーフェイスだ。 歳上の逞しい男達ばかりの世界にあって、彼は周囲にそう呼ばれることを嫌がる。 たとえそれが、男達の親愛の表現だとしても、思春期の少年は子供扱いが嫌いらしい。 撩は、聡明だ。 そのキャンプで男達から『教授』と呼ばれる軍医の男は、撩が拾われて来た頃からを知っている。 恐らくは、己と海原神と同じ日本人であろうこと。 その当時、2歳~3歳位であったろうこと。 幼子が覚えているのは、「りょう」というファーストネームだけで、身に着けているもので彼の素性を明らかにするものは、何も無かった。 だから、年齢ですら推定でしかない。 その身体つきや、妙に達観したような口振りや、周りの兵士達も舌を巻くほどの銃器や戦闘の腕前や、女の扱い方を見て、 誰が彼を年端もいかない子供だと思うだろう。 彼を取り巻く大人達は、彼の特殊な境遇を知っていて彼が拾われて来たその時から知っているので、彼が少年だと判る。 あどけないと思える。 撩はこんな歳でもう兵士として闘い、時には相手を殺し、時には殺されかける程の痛手も負う。 それはここでは、日常茶飯事だ。 それに、キャンプの周りに出没する娼婦を買って、女を抱くことも知っているらしい。 いっちょまえに、そこそこモテるらしい。子供のくせに。 それでも、こんな世界で歪に育ってしまった少年には、わからない事が色々ある。 撩が聡明なのは、生まれもった彼のポテンシャルの高さだろう。 けれども、人として幼児期に必要な沢山のものを、撩は獲得することなくここまで生きてきた。 撩の黒い瞳は、少年らしい純粋さを湛えて澄んでいる。 けれど、それと同時に何処までも深い底知れなさを孕んでいる。 彼がそんな疑問を抱くに至ったのは、単純に思春期の思考の賜物というわけでは無いらしい。 度々その欲の捌け口として世話になる顔見知りの娼婦と、撩は何気無い会話を交わすようになったらしい。 撩よりも幾つかは歳上だろうその彼女も、大人達から見ればまだまだ年端もいかない少女だが、ここはそれを斟酌するような世界では無いのだ。 少女が家族を養うために唯一の資本である身体を売り、少年は生きるために戦場を駆け回る。 本来、彼等を庇護するべき大人も、彼等に与えられるべき愛情もない。 彼等には自らの足で立ち、身体を張って生きるしか術はない。 男が軍医として、『教授』などと呼ばれている己に一番の無力さを感じるのは、そういう彼等を思う時だ。 男は、日本という国がめきめきと戦後の復興を遂げ、今や先進国と呼ばれつつあることを知っている。 撩の記憶にない、撩の故郷の豊かさを知っている。 撩があのジャングルの中に堕ちてさえ来なければ、手にしただろうもうひとつの人生を思うと、複雑な気持ちになる。 撩はわからないことを訊ねるとき、育ての親よりむしろ、この軍医の元にやって来る。 根っからの兵士である海原に与えられる愛情とは異なる愛情を、撩が欲したときに周りに居るのが己なのだろうと、男は理解している。 撩は、聡明だ。 この何も無い殺伐とした環境下にあって、自分に必要だと思うものを選び取り、自分の力に変えていけるだけの能力を持っている。 「なんじゃ、珍しいの。そんなことを訊くようになるなんて、成長したのぉ。」 いつもはくだらないことばかり喋っている撩の真摯な問いは、自分自身のアイデンティティーを求めるものだった。 自分が何処の国の人間か、自分が誰で、歳は幾つか。 誰もが当たり前に知っていることを、目の前のベビーフェイスは知らない。 こんな少年の内から、知らなくて良いことばかり知っている。 撩にこんな疑問を抱かせたのは、件の少女らしい。 彼女が話す家族の話や、生活のこと。そして、彼女自身の誕生日のこと。 先日、誕生日を迎えた少女に、祝って欲しいとキスをねだられた撩の心に芽生えたものは。 彼女のプライベートな事情に対する想いでもなく、彼女の誕生日を祝う気持ちでもなく、 誕生日を持たない自分という人間に対する、非常に根本的な疑問だった。 それは、答えを持たない謎だ。撩が思い出せるものは、何も無かった。 「お前は、オヤジを恨んどるか?こんな風にしかお前を育てられなかった神を。」 撩は目を見開いて、大きく頭を振った。 撩はここ以外の世界を知らない。 海原神が与えてくれる愛情が、正常なのか異常なのかなど、判別出来ようもない。 撩に選択肢はない。 撩にとって、『オヤジ』の存在は一筋の光だ。 死んだ両親のことは覚えていないのに、焼けたオイルの臭いのする瓦礫の中から自分を抱き上げた逞しい腕の安心感だけは覚えている。 あの時、撩は生まれた。 「のぉ、撩よ。これだけは覚えておくんじゃ。」 撩は瞬きもせずに、男の言葉を聴いた。 小さく頷くと、子供らしいあどけない笑顔を見せた。 残念ながら、お前さんの本当のことは誰にもわからん。 過去は変えられん。 でもな、未来はどうにでも変えられる。 生きておれ、撩よ。 どんな卑怯な手を使ってでも、生きておくれ。 そしたら、いつかわかる日がくる。 太く逞しい腕には、ふっくりとした血管が浮いている。 ゴムのチューブを緩めると、針の先からシリンジへ赤黒い液体が流れ満たされてゆく。 すっかり大人びたベビーフェイスは、涼しい顔をして注射針の先を見詰める。 定期的な血液検査は、撩がエンジェル·ダストの死の淵から生還して10年以上経った今でも続けている。 撩が生きた検体として研究できる唯一の人物であり、また、撩自身の健康の為でもある。 あの少年の頃から幾らも経たないある日、撩の信頼を海原は利用した。 撩はあれ以来、こうして教授の患者でもあるわけだが。 今となっては、身体の方は至って健康だ。 些か、アルコールとニコチンの摂取過剰は否めないが、健康的には問題のない範囲だ。 どちらかといえば、問題は心の方で。 黒い瞳の奥の底知れなさを増幅させたのは、撩を育て上げた『オヤジ』だ。 いつの時代も、何処の世界にも、子供に害を与えるしょうもない親はいるもので、撩もそんな親に育てられた被害者のひとりと言えよう。 けれど、撩はもう年端もいかない少年ではないのだ。 撩は聡明だから、自分自身に必要なものを選び取る能力を持っている。 今、彼に必要なのは、明るい目をした無邪気な仔猫ちゃんらしい。 なんだかんだ憎まれ口を叩きながら、傍に置いて可愛がっているらしい。 「そういえば、お前さん。」 「···なんすか。」 撩の太い血管から針を抜きながら、目の前の老人が厭らしい顔をしてにやけている。 こういうときの教授は十中八九、撩の嫌がる話題を口にするものだ。 撩と教授の付き合いは長い。 「誕生日が出来たらしいのぉ、良かったなぁ、香くんにお祝いして貰えて。」 きっと、こんな余計な情報を教授の耳に流すのは、 サ店で嫁の尻に敷かれているハゲの奴だろうと、撩は舌打ちをする。 さすがに、額にお礼のキスをしたことまでは誰も知らないはずだが、もしも香が美樹に喋っていたらアウトだろう。 情報が漏洩するのも時間の問題だ。 どいつもこいつも裏稼業の自覚が無いのかよ、と言いたくなるほどに、撩と香の恋模様に関しては個人情報の尊重をして貰えない。 「はぁ?あんなオトコオンナに祝って貰っても嬉しくねぇし。どーせなら、歌舞伎町のお姉ちゃんに祝って貰うっつーの。」 針を抜いた穴に、プッと小さく赤い血が玉を作る。 撩は、教授の言葉を守り生き抜いた。 泥水を啜るような、傷口に塩を擦り込むような、地獄のような局面も何度も迎えた。 それでも撩は、時に味方すらも欺き生き抜いた。 ただ、知りたかったのだ。 あのときの、疑問の答えを。 己が何者なのか。 答えなど何処を探しても、無いのかも知れない。 けれど、生きていたいと思えるようになった。 教授の言う通り、どんなに卑怯な手を使ってでも生きてきたら、生きていたいと思えるような出逢いがあった。 ただ撩はまだ、素直にはそれを認めたくはない。 楽しい時間や幸せな瞬間は、その渦中にはそうと気が付かないものだ。 撩にはまだ、その自覚はない。 心にもないことを言う撩の腕に止血用の小さなテープを貼ってやりながら、教授は淡く微笑んだ。 すっかり大人びたなんて思ったけれど、やっぱりまだまだ撩はベビーフェイスだ。 思春期の少年並みに、初恋を拗らせているらしい。 想い人であるパートナーから、誕生日を作ってもらって、言葉とは裏腹に幸せそうに笑っている。 海原に拾われて生まれた撩は、彼女から誕生日を作って貰ってきっと新しく生まれ変わった。 今度こそ、本来与えられるべきであった愛情を溢れるほど享受出来るようにと。 あれから随分時を経て、男は切に願っている。 かつての少年に、愛を。
横向きに寝た背中に、同じように横になって舌を這わせる撩が、 執拗に愛撫を続けながらもヘッドボードの避妊具に手を伸ばす気配を香は感じる。 左手は香の左胸を掬い上げるように包み込みながら、人差し指と中指にその固くなった尖端を挟み込み。 香の隠された性感帯でもある背骨に沿って、器用な舌が繊細なタッチで舐め上げる。 そして撩の右腕は、沢山の意味不明なスイッチの並ぶレトロ感満載のヘッドボードへと伸びる。 避妊具はそのスイッチが並ぶすぐ横に、ファンシーなデザインの小さな籠(一体何の為の籠なのか不明だ。避妊具を入れる為といえば、それ以外に用途は思い付かないほどに。)に入れてある。 薄いラテックスの避妊具が、2回分。 小さな個包装を、更に包む為の厚紙で出来たケースも不思議だと香は思う。 厚紙には不自然に花の絵など描かれているけれど、使い道と使用する場所はあからさますぎて、今更感満載だ。 それよりも香は、過剰包装の方が気になる。 ともあれそんなことは大抵いつも、情事が済んだ後に思うことであり、今現在撩の手と舌によってジリジリと追い詰められている香の脳内は真っ白だ。 ただただ撩によってもたらされる快感だけが、香を埋め尽くし、翻弄している。 ラブホテルなどというものを利用するのは、ごく稀なことだ。 何度か撩に連れられて利用したことがあるけれど、いつも不思議な場所だと香は思う。 墓参りの帰りに、2人は郊外に佇むそのホテルに入った。 どちらからともなく求め合う熱量で浮かされて、撩が道を逸れてハンドルを切っても、 変なゴムのピラピラの下がったエントランスをミニが通過しても、珍しく香は黙りこくって容認した。 というよりも、一刻も早く繋がりたくて2人は焦っていた。 兄の眠る墓に手を合わせる香の背後で、撩が煙草に火を点けたのがわかって香は顔を上げた。 それはいつものパターンだ。 撩はいつも、途中まで吸って火を点けた煙草を、香立ての線香の隣に置く。 数年前に洋式の墓石の前に香立てを用意したのは香だった。 兄が死んだ後、全てのことを撩に任せたので、兄が眠る墓地はカトリックの教会の一画だ。 それでも昔から槇村家の宗派は浄土真宗らしいので、仕方の無いこととはいえせめて線香くらい上げられるようにと、香が仏具屋で購入した。 不思議な組み合わせだけど、ここを訪れるのは彼ら以外には野上冴子だけなので問題はない。 撩が香の横に並んで煙草を供えたのを見届けてから、香は立ち上がった。 撩はしゃがんだままで、元相棒に軽く手を合わせる。 その背中を見詰めていると、香はざわざわと妙な感覚が胸の内に広がるのを感じた。 撩の広い背中に刻まれた無数の傷痕を、今では香も暗記するレベルで覚えている。 いつものようにその細かな皮膚の凹凸に、口付けて指で辿りたい。 これは明らかに、欲情というやつだと香は自覚した。 自覚したら途端に、抑えは効かなくなった。 短い弔いを終えた撩が振り返って驚く程度には、顔に出ていたらしい。 香は今すぐに、撩に触れたいと思って手を伸ばした。 撩はそういう空気を読むことには長けているので、迷わず香の腰を抱き寄せた。 欲しいものを言葉もなしに与えてくれる愛しい男の首に手を回しながら、香は口付けをせがんだ。 誰もいない寂しい墓地で、兄の眠る墓石の前で、2人はキスをした。 予定外に深まった口付けは、2人の導火線に火を点けるのに一役買った。 悪い子だなぁ、兄貴が見てるぞ。 うん、叱られちゃうね。 ね、りょお。 ん? したい。 その一言でもう一度、2人は深くキスをした。 キスをしながら撩が帰り道に点在するラブホテルを脳内で素早く検索したのは、言うまでもない。 という訳で、2人は家に帰り着く間も待てずにこうなった。 時間的に休憩コースが選べなかったので必然的に泊まり料金となったが、そんなことに拘る空気は2人の間に微塵もなく。 撩は適当に空いている部屋を選んでボタンを押した。 薄いゴムの膜を着けている間にも、それと感じさせないテクニックで愛撫は続ける。 横を向いていた香を仰向けに寝かせ、首筋にキスを落とす。 首筋から耳の周辺も、香が悦ぶポイントだ。 口付けて舐め上げて吐息を絡めながら、下腹部を彷徨っていた撩の手は核心へと伸びる。 薄目の上品な叢を掻き分け花芽を摘まみ、優しく撫でて慰めながら、そこが充分に潤んでいるのを何度も確認しながら解してゆく。 撩の誕生日は、新宿のあの2人の部屋で細やかながらお祝いをした。 相変わらず依頼の少ない冴羽商事は、至極平和で。 生きて一緒に誕生日を過ごすといういつもの約束は、今年も恙無く履行された。 香の誕生日であるこの日に、墓参りに行くのは今となっては2人の恒例行事とも言える。 恐らくは、誰より早く訪れたのだろう大きな深紅の薔薇の花束が供えてあって、冴子が来てくれたことが窺えた。 毎年、忘れずにいてくれる彼女は、2人にとっては今では大事な仲間のひとりだ。 撩の誕生日は、生きて一緒に過ごそうという2人の生の象徴だけれど。 香の誕生日はある意味、死が2人を結び付けた日でもある。 だからなのかどうかはわからないけれど、種族維持本能が如何なく発揮されて、香は撩を渇望した。 今生きている撩のかたちを、今生きている己の手で触れて確かめたかった。 香は自分の中で撩が堅さを増し、速度を早めたのを感じながら何度目かの絶頂を迎えた。 堅くなった撩が爆ぜるのを感じると、無意識に力が入って撩を甘く締め付けた。 お、起きたか。 ホンの少しだけ微睡んでいたらしい。 撩が缶ビールのプルタブを起こす音で、香は覚醒した。 香が目蓋を開ける音でも聞こえるのかというくらい絶妙なタイミングで、撩はそう言って香を見ると微笑んだ。 撩はベッドの外で、裸で、腰にバスタオル1枚だけを巻いて、腰に手を当ててビールを飲んでいた。 ビールを嚥下するのに合わせて動く撩の喉の骨にボンヤリと見惚れながら、香は体を起こした。 結局、きっちり2回分の避妊具を使ってようやく落ち着いた気怠い体には、撩が残した鬱血痕が散りばめられている。 色白の香の肌にキスマークは、特に目立つのだ。 撩は片手にビールを持って、香にはオーバーサイズのダンガリーシャツを手渡した。 数時間前まで自分が着ていたものだ。 香も何のてらいもなく、薄い煙草と柔軟剤が薫るそのシャツを羽織る。 今、湯ためてるし、泡のやつ入れといたから、一緒に入ろう。 うん。 どうやら撩は香が眠っている間に、風呂の準備をしていてくれたらしい。 こういうホテルに何故か必ず置いてある泡風呂ができる入浴剤を、 香が喜ぶのを知っていてそんな風に言う撩が可愛いと思って、香は小さく笑った。 おまぁも、なんか飲む? 大きな声で撩に啼かされた香の声が、若干掠れている。 撩は冷蔵庫を開けて、一通りのラインナップを確認する。 泊まり料金を払っているので、時間を気にする必要は無いけれど、風呂に入ったら撩はここを出るつもりだ。 香からのおねだりは理性を揺るがす不可抗力というやつで、仕方なくこんな所に入ったけれど。 流石に彼女の誕生日をこれだけで終わりにするのは、撩が嫌なのだ。 しっかりと祝ってやりたい。彼女の兄の分まで。 実は、家に帰るとサプライズでプレゼントを用意していたりする。 コーヒーが飲みたい。 あいにく、冷蔵庫の中に缶コーヒーは無かった。 その代わり、部屋の片隅にポットと緑茶のパックと、インスタントコーヒーと砂糖とミルクとカップと湯呑みが一通り用意されている。 コンドーム2回分と同じく、部屋料金に含まれたサービスだ。 コーヒーって、インスタントしか無ぇよ? 良いの、りょおが淹れてくれたのが飲みたい。 香の言葉に、撩は思わず笑みを深くする。 初めて2人が出逢ったあの時、彼女は撩の淹れた濃いインスタントコーヒーを吹き出した。 勿論、ブラックコーヒーだから噎せた訳じゃ無いことくらい、撩にもわかっていたけれど。 あの時の香は、可愛かった。 今はただ可愛いだけじゃない、2人には言葉では表せない歴史があって今がある。 撩は香を、心の底から愛している。 ミルクと砂糖はどうする? 入れて欲しい、うんと甘いやつがいいな。 なんか、それエロく聞こえんの俺だけ?(笑) はぁ?バカじゃないの。りょおのエロ親父。 香が掠れた声でクスクスと笑うのが撩は最高に幸せなので、ついいつもこうしてくだらないことを言ってしまう。 でも、あながち間違いでは無い筈だ。 うんと甘いやつを挿れてやったら、あんなに悦んでいたのはつい数十分前のことだから。 はいよ、お待たせ。シュガーボーイ。 そう言って、ベッドに座った香に撩は甘いミルクコーヒーの入ったカップを差し出した。 香が受け取ったのを確認すると、撩もベッドに上がってコーヒーを飲む香を背中から優しく抱き締めた。 香は昔、唯一の家族を誕生日に亡くしたけれど、今はもうこうして優しく包んでくれる新たな家族が出来た。 死んだ兄が出逢わせてくれた愛しい人は、いつも何も言わなくても香の一番欲しいものをくれる。 愛しいと思う世界で一番尊い感情を、香にいつも思い出させてくれる。 こうやってミルクコーヒーを淹れて香を甘やかしてくれる。 香が力を抜いてその胸に凭れても、撩の胸板は香の背中を優しく受け止めてくれる。 おめでとう、香。 香が幸せそうに小さく笑う。 撩にも大切な存在が出来て、ようやく誕生日を祝う意味がわかった。 生きていてくれる、生まれてきてくれた、ただそれだけで幸せになれる存在が己の腕の中にいる。 2人は、無駄にでかい浴槽に湯が貯まるまでの暫しの間、この穏やかな時間を噛み締めた。 ちょっと早いけど、書いちゃったからアップする(*´∀`*) カオリン、おめでとう。
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