最終話 色即是空

慈しみ深き 友なるイエスは
罪 咎 憂いを とり去りたもう
心の嘆きを 包まず述べて 
などかは下ろさぬ 負える重荷を


慈しみ深き 友なるイエスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩み 悲しみに 沈める時も
祈りにこたえて 慰めたまわん


慈しみ深き 友なるイエスは
変わらぬ愛もて 導きたもう
世の友我らを 棄て去る時も
祈りにこたえて 労りたまわん    (讃美歌 312番)











伊集院美樹は、黒い絹の手袋に包まれた右手で十字を切った。
トークハットのチュールレース越しに、3つ並んだ墓石を睨む。
ひとつは6年以上前、美樹がまだ新宿の住人になる前に建てられたもの。隣のふたつは、真新しい。
兄妹と殺し屋の墓は、仲良く3つ並んで佇んでいる。



なんか、胸騒ぎがするのは私だけかしら?ファルコン。



そう言って彼女が見上げた夫も、この日はダークスーツに身を包んでいる。
それでも、この墓地まで夫婦が連れ立ってやって来たランドクルーザーには、
いつも通り最低限の武器、弾薬、ロケットランチャー、プラスチック爆弾...etcが積まれている。紳士淑女の嗜みである。
言葉にこそしないけれど、美樹が感じる胸騒ぎと同じものは伊集院の胸にも去来していた。
撩と最後の決闘をして引き分けた、教会に隣接して設けられた広大なこの墓地に結局撩は埋葬された。
そもそも、槇村秀幸が埋葬された時点で、訳ありの弔いを何も訊かずに受け入れてくれたここの神父は撩の情報屋でもある。






















こんにちは美樹さん、いつものオリジナル、3杯ね。






槇村香(幽霊)は、そう言っていつもの席に座った。
あれから少しだけ変わったことがある。
香が死んで、更に撩も謎の死を遂げてから(誰も知らないけれど、腹上死である。)49日目に、
ふたりは再び、コーヒーを飲みに喫茶キャッツアイを訪れた。
さすがに2度目は、驚かなかった。
夫妻は墓前で予感していた。
それでも、その予感を上回る想定外も確かにあって、それがコーヒー3杯目の理由である。
彼らはそれ以降、ほぼ連日キャッツに入り浸っている。






撩、俺は確かに香のことをお前に頼みはしたが、手を出しても良いとはひとことも言っとらん。




静かに怒りのオーラを放つ幽霊は、槇村秀幸であった。
香が死んですぐに成仏はしないと決めて、一番に逢いに行ったのが兄の元だった。
どうやら彼も死後6年と数ヶ月、成仏する気など一切無いらしい。
曰く、最愛の妹と手癖の悪い殺し屋が一緒に暮らしていては心配で心配で、おちおち成仏などしていられなかったそうだ。






しつっこいなぁ、槇ちゃんってば。そもそもあん時、香を頼むってひとこと言うのが精一杯だったじゃねぇか。
その“頼む”の意味合いなんて確認してる暇無かったろ?
お陰でどれだけ俺が逡巡したかわかってんの?こっちが謝って欲しいくらいよ?


あぁ、あの時は俺も瀕死だったからなぁ....って、そういうことじゃねぇよっっ。

まぁまぁ、落ち着けよ槇ちゃん。なっ?取り敢えず、コーヒーでも飲んで。熱くなんなよ。






兄と殺し屋兼相棒の恋人が揉めているのを、香は我関せずを決め込みコーヒーを飲んでいる。
幽霊になった香が知ったのは、兄にこれまでの6年数ヶ月の撩とのことを全て知られていたという事実だ。
勿論、あの晩、ふたりが初めて結ばれて、初めての共同作業で逝ったことも知っているらしい。
それを踏まえての、今現在の元相棒同士の言い争いである。
幾ら兄の愛情の賜物とはいえ、撩も香も立派に成人済みの男と女なのだ。
こうなってしまったのは不可抗力だし、一応、撩もギリギリまで手を出すことを躊躇ったのだ。
香が死ぬまでは、一応理性は保っていたのだから、誉めてあげても良いんじゃないかと香自身は思っている。





うげっっ、何でそれを槇ちゃんが持ってんだよ?

撩、これ以上香との仲を深めたいと言うのなら、いっぺん勝負しようじゃないか。




それ、というのは、秀幸が撩に突き付けているコルトローマンである。
何故だか本来の持ち主の手に戻っているそれは、
明らかに香が持っていた頃より入念に手入れが施されているのが見てとれる。




お前が香のために無茶苦茶に狂わせてた照準もきちんと合わせてある。名工、真柴憲一郎(故人)の手によってな。

···っっ?! い、いつの間に、槇ちゃん(汗)っつーか、カオリンどういうこと?





ここで漸く、香が二人の揉め事に言及する。
大体、兄は大袈裟なのだと思う。
香だって、享年26の良い歳なのだ。
そもそも、恋人が出来たくらいで発砲されてはかなわない。




う~んと、返したの。


香は困り顔で、眉尻を下げる。
勿論、こうなると解っていれば返さなかった。





だって、私たちみんな死んでるのよ?
今更、形見とかって必要ないかな?と、思って。護身用にも要らないじゃない?そもそも、もうこれ以上死なないし。




撩は香の言葉に、激しく脱力して項垂れる。
それは確かにそうだけど、
こと妹に関しては、キ○ガイな彼に凶器を持たせてはいけない。
危険すぎる。





待て待て待て、槇ちゃんっっ。落ち着け、話し合いで解決しよう、話せば解る。

知ってるか?撩。俺たちは確かにこれ以上、死にはしないけどなぁ。痛いらしいぞぉ?撃たれたら(嗤)






半分自暴自棄モードに突入した兄の様子に、香が盛大に溜め息を漏らしたところにその男が現れた。
いつだって間の悪い、撩の遺体の第一発見者、ミック·エンジェルだ。
勿論、槇村秀幸が彼を見逃すわけがない。




ハァイ、カオリ。相変わらず、オバケになってもキュートだよ♥



そんなことを言いながら香の隣にしれっと腰掛けたミックのこめかみに、
銃口が突き付けられる。



来たな、二人目の馬の骨が。

ノォォー、ボクはゼンリョウナイッパンシミンですっっ、ブラザー。

香に近付くな、スツール二つ分向こうに座れ。近すぎる。




秀幸の剣幕に怯んだミックは、諸手を挙げて後ずさって席を移動する。
ミックは一応、生きている。彼らと違って命は惜しい。
いつもの挨拶をしただけで殺されては堪らない。





もう、いい加減にしてっっ!!! バカ兄貴!!

か、香ぃ。お兄ちゃんはお前の為を思ってだなぁ...

全っ然っっ嬉しくない。ていうか、迷惑。

め、迷惑って、お兄ちゃん傷付くぞぉ(汗)

もういいから、アタシと撩はちゃんと仲良くやってるから、兄貴も冴子さんとこにでも遊びに行って来なよ、どーせ暇人なんだから。

仲良く!? 仲良くやるって、そんな破廉恥なこと。お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えは無いぞ(涙)

バカじゃないの?仲良くが破廉恥だって考える兄貴の脳ミソの方が、よっぽど破廉恥だよ。

かおりぃぃぃ





妹の冷たいリアクションに咽び泣く秀幸の隙をついて、撩はその手からコルトローマンを取り上げた。
当代一と謳われた名ガンスミス(鬼籍)の仕事振りを、しげしげと眺める。
気付かなかった、そういうことも可能だということに。

(その内、俺も真柴の親父さんとこに顔出すか。)










フンッッ、騒々しい奴等だ。只でさえ客が来ないのに、幽霊が束になって入り浸ってたら他の客が寄り付きゃしねえ。



そう言って、グラスを磨く手を止めたのはマスターの伊集院隼人だ。
そんな彼の腕に凭れるように寄り添った、妻の美樹は楽しげに微笑んだ。




良いじゃない、みんな幸せそうで。



彼らの墓前で、夫婦はこうなることを予感していた。
まさか、ひとり増えるとは予想外ではあったものの、概ね予想通りの未来が訪れた。



ねぇ、ファルコン。私も、もしも貴方よりも先に死んでしまっても、成仏しないで帰ってくるわね。

好きにすれば良い、ここはお前のうちだ。

そうね。






CITY HUNTER  それは都会の片隅で極悪人を始末する、プロの掃除屋。
実働担当、冴羽撩。
受付、交渉担当、槇村香。
監査役、顧問、槇村秀幸。(自分で立候補した。主に、妹とその彼氏の私生活を監視して小言を言うだけの簡単なお仕事だ。)

最強の彼らがタッグを組んで、裏社会では益々手の付けられない存在になっている。
彼らは決して、殺されたって死なない。




(おしまい)






お目汚しスミマセン(*´∀`*)
死にネタというか、ワタシの中ではこれはただのブラックジョークです。
お叱り、苦情など無くて良かったです(あははー)
AHじゃないから、ちゃんと美樹さんもいるし、ミックもいる世界です。
やっぱりCHが好きだぁぁぁぁ

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