10qb様に捧ぐ、お題小噺・・・まあ、アイツという人間を世間一般的な常識の範疇で捉えているつもりは、初めから無かったけど。
と、他人のことをとやかく言えた義理ではない冴羽撩は考える。
梅雨の昼下がり。
窓の外は憂鬱な曇り空で、ナンパに行くには不快指数が高過ぎるし、
撩が遅い朝食兼昼食を平らげて自室のベッドで横になり惰眠を貪っている間に、
相棒は何処かへ出掛けてしまった。
大方、行く当ては決まっている。
きっと、同業者夫婦の営む流行らないカフェだ。
梅雨に突入してからというもの、連日の真夏日が続き、
それに上乗せされた湿度が彼女の足を連日、あの閑古鳥の鳴く喫茶店へと誘っている。
何の事は無い、自宅リビングでエアコンを使う経費を抑え、且つ快適に過ごす為の生活の知恵である。
その上、あの店に足繁く通えば、愚痴の聞き役はいつでも迎えてくれる。
精神衛生的側面からも、彼女の生活の安定を図ってくれるのに、あの店は一役買っているのだ。
ナンパに行くのも面倒臭い。
相棒もいない。
手持ちのエロ本には、もう飽きた。
やること無い。
やる気も出ない。出るのは、欠伸だけ。
そんな時に、彼が時々行う趣味のようなもの(ライフワーク)が、
相棒の部屋に忍び込むことだったりしても、
肝心の相棒である香嬢が不在なので、そこに異議を唱える者は居なかったりする。
目的は勿論、クローゼットとその並びに配された衣類用チェスト。
冴羽撩は自慢ではないが、
直近2ヵ月前までの槇村香のワードローブのことなら全て記憶、把握している。
ここのところ、オサボリ気味だったなぁ、と思い返して客間に向かった。
彼は脳内で自分自身に言い聞かす言い訳を、幾つか用意している。
例えば、万一の不測の事態に備えて、相棒として知っておく必要があるとか。
(実際に過去には、衣服のボタンなどに発信機の細工を仕込んだりもした。)
例えば、友の大事な妹を託された身としては、その成長を見守る責務があるとか。
(しかしそれは、完全なセクハラに過ぎない。彼女は既に立派に成長した成人女性だ。)
現に、彼がその部屋に侵入し、一目散に向かった先は、
下着の類が丁寧に畳まれて収まった、チェストの上から2段目の抽斗だったから。
要するに、早い話しが、それはただの如何わしい変態行為に他ならない。
ぁん? なんだよ、これ(呆) ・・・おニューか・・・
という訳で、冒頭の物思いに耽る冴羽へと繋がるのである。
確かアイツは、今年で26になるはず、と撩は彼女とのこれまでの年月の重みを再認識する。
“アンタには新しい相棒が必要でしょ?”と、勝気に言い放ったあの夜から、もう6年が経つ。
更に遡れば、その3年前、高校2年生春休みの彼女から、撩は知っている。
格段に成長したのはトラップの腕前だけじゃない。おっぱいも飛躍的成長を遂げた。
そういう意味では、撩は確かにずっと彼女の成長を見守って来たのかもしれない。
けれど、彼女の兄が撩に託したのは、恐らくそういうことじゃない。
むしろ、そこだけは託したく無かったとも言える。
槇村秀幸最後の願いは、今のところ見事に裏目に出ている。
キングサイズのベッドに寝転んだ男の指先は、小さな布きれを摘んで広げている。
サラリとした手触りの良いコットンは、清潔感溢れる白色だ。
セクシーさの欠片も無いシンプルな形のパンティのバックプリントには、キュートなパンダのイラスト。
彼女の好みは、デザインよりも着心地、肌触り重視なのだということは、
これまでの調べでも解っていたことだけど。
容易に想像が出来るし、出来てしまう己が悲しいと撩は思う。
香が店先でこの下着を見付けて、嬉々として手に取る姿が。
押収品はそれだけでは無かった。もう1つ、見過ごせないものも発見した。
汗を良く吸収しそうなダブルガーゼ素材の生成り色のタンクトップだった。
因みに、そちらはヒヨコ柄だった。
黄色いヒヨコが全面に散りばめられたそれに、撩が激しく脱力したのは言うまでもない。
数週間前に依頼料が入って、香が夏物の衣料を買いに行った事は知っていた。
撩のクローゼットにも、新しい肌着やボクサーパンツが増えていたから。
きっと、その時に購入されたものだろう。
それにしても、だ。
あんまりなセレクトではないのかと、撩は思う。
一応、アイツは妙齢のモッコリ美女である。(撩が公にそれと認めた事は、残念ながらまだ無いが。)
下着を漁ってはちょろまかしている立場で言えた義理でもないのだが、撩は正直呆れている。
コンビを組んで6年、2人の進展を阻む障害は特に無い。
2人共通の仇ともいえる、ユニオン・テオーペは壊滅に追い込んだし、
ノリと勢いで絶対死なないとか死なせやしないよとか愛する者とか言ってしまった今となっては、
別にモッコリしたって何ら問題はないし、むしろやりたい。と、撩は思っていて。
思っているからこそ、脱力するというものだ。
彼女には少々、大人の色気というヤツが不足しているように撩は思う。
撩が独りで鼻息荒く迫ったところで、セックスというものは2人でやる共同作業なのだ。
それならば、相棒の協力体制というものも必要不可欠だと、撩は思うのだ。
如何せん香は、ムードとか空気とか雰囲気とかに無頓着で。
撩は昨年秋の奥多摩での出来事からこの梅雨時までの間に、
幾度かはそれらしい雰囲気を作ってみた事もあったのだ。
その振り絞った勇気をアホ面の天然ボケ炸裂で、木端微塵に打ち砕くのはいつも香だ。
百戦錬磨の種馬に見えて、撩は意外と繊細だったりもする。
これまでの経験や手管が通用しない本気の相手に、撩だって苦悩しているのだ。
取敢えず、今回。
撩はちょっとした悪戯を仕掛けた。
パンダちゃんのパンツとヒヨコちゃんのタンクトップを押収した代わりに、
撩のコレクションの中でもとりわけセクシーなショーツとベビードールを畳んで入れておいた。
相棒のサイズなど、把握済みだ。
彼女だって撩の下着から何から何まで買って来て、クローゼットの中身を管理しているのだから、
それと同じ事だ、と撩は思うのだが、果たして彼女のリアクションがどうなのかも少し楽しみだったりする。
・・・あれ??? ない。
蒸し暑い外から帰宅してシャワーを浴びようと思った香がチェストを開けても、
目当ての物が見当たらなかった。
少し前に購入した肌着は、少し子供っぽいデザインだったけど、肌触りは最高だった。
特に今のこの蒸し暑い季節には最適で、重宝していたのだ。
取敢えず試しに1枚だけ購入したけど、良かったからもう1枚買おうと思っている程度には気に入っていた。
色違いでピンクのうさぎさんと、水色のぞうさんも売ってたのは前回チェック済みだ。
お気に入りのヒヨコさんタンクトップと、パンダさんパンツで気分あげあげ♪と思っていたのに。
何処を探しても見当たらないので、香は最も考えたく無い可能性を思い浮かべた。
あは、は・・まさか、ねぇ(汗)
撩のクローゼットに紛れ込んでいる、という可能性だ。
確か、昨日洗濯物を畳んでそれぞれの部屋へ片付けたのは、香自身である。
撩のパンツやTシャツと一緒に片付けてしまったのかもしれない。
幸い、香がキャッツから帰宅してみると、撩は地下の射撃場に籠っている最中だった。
暫くは戻って来ないだろう相棒の部屋へ侵入するなら、今がチャンスだ。
やっぱりあった、ふぅ、危なかったぁ。
お気に入りのパンツとタンクトップは、撩の部屋にあった。
ただ、何故そんな所にあったんだろう?と不思議に思う、
撩の冬物のセーターとトレーナーの間に挟まっていた。
でも時々、良く解んないこと自分でもやらかすよなぁ、なんて無理やり納得する。
撩に気付かれる前に無事、回収できたと思っている香はやはりド天然なのだろう。
撩の煩悩や苦悩になど考えが及ぶ兆しは、今のところ皆無だし、
なんなら己のチェストに増えているセクシーランジェリーの存在には気が付いてもいない。
撩の期待するリアクションどころか、その思惑さえも完全スルーである。
無くなったらいけないから、名前書いとかなきゃ♪
そもそも、自分と撩だけのこの住まいに於いて、記名することに何の意味も無いのだが、
彼女の思考回路は、何故だかそんな思い付きまで発動する。
撩の悪ふざけの斜め上を華麗にすっ飛ばしながら、彼女は元気に生きている。
冴羽撩の“相棒と愛のモッコリ生活”までは、まだ道半ばである。
パンダとヒヨコを当ブログ風にアレンジするとこうなります(*´∀`*)ノシ
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ケシでっす(*´∀`*)ノシ
久方振りに記事のコメント欄に戴いたコメントに、お返事を書かねばとPCに向かっております。
今更感ハンパ無いですが、今年のバレンタイン頃に戴いたコメント10件にひとまず書きました(汗)
もう七夕も過ぎ去ったというのに・・・相変わらずのダメ人間っぷりでございますm(_ _)m
数えたら、お返事してないコメントが46件もあってですね(冷汗)
そちらも順次返してゆくつもりだけれど、ひとまずは古い順から10件です。
(ほんとは、拍手コメの方にもお返事しなきゃだけど・・・白目&泡吹き)
ホントにねー、交流ってなに?って言いたくなる程の、一方通行ブログでマジでかたじけない。
苦手なんすよ、こう、リアクション貰って絶妙にレスポンスして、みたいな感じが(汗)
速攻でお返事出来れば、もっとタイムリーに楽しめてイイんだろうな、とは思うのですが・・・
どっちかっていうと、暑苦しく長々と書いてしまう性質でして、時間がかかってしまって。
最近では、PCからも随分遠ざかっておりました。
職場でお仕事で使うことはあっても、自分のPCは閉じられたままでした(嗚咽)
そして気付いちゃいました。この世の真理に。
読むだけなら、スマホで充分。やばいやばいやばい。
すっかり、ここの存在も忘れてROM専時代に戻って、ときめいてました(懺悔)
という訳で、少しづつ書く方もやらなきゃな、という気持ちです。
ええ~~っと、コメントして戴いた方も、どの記事に何書いたのか、もう忘却の彼方だと思いますので、
一応、誰のどのコメントに返信してるか、メモっておきます。
☆ PINさま、(2/11)のコメント返信しましたぁ~~~って記事のコメントに更にお返事してます。
☆ まここさま、
(2/11)のコメント返信しました云々のとこ
『1.Are you ready?』
『続きモノじゃ無いつもりだったけど、続けますという話です。』 の3つにお返事書いてます。
☆ わさびんさま、
『最終話 satisfaction』 にお返事してます。
☆ ばなばなさま、
(2/11)のコメント返信しました云々のところに、お返事してます。
☆ みかんさま、
(2/11)のコメント返信しました云々のところに、お返事してます。
☆ iccoさま、
『67.生返事』にお返事してます。
☆ 奏さま、
『第5話 決壊』(中編:Close to you)にお返事してます。
☆ シルクさま、
『続きモノじゃ無いつもりだったけど、続けますという話です。』にお返事してます。
今後も、お返事書きますゆえm(_ _)mお待たせして非っ常ぉ~~~に申し訳ありません。
それにご訪問、拍手、拍手コメント戴いた皆様にも、沢山の元気を戴いておりまっす(*´∀`*)ノシ
とっても嬉しいです。
この喜びを、その内二次創作にしてお返しいたします(笑)
ビバ、イチャラブ。
香の相棒は秘密主義だ。
相棒だと香は思っているけれど、香はまだ彼のことを本当のところ何もわかっていない。
兄が死んだ。
撩は槇村秀幸という男を、相棒だと認めていたらしい。
どうしたらそのような立場として彼の隣に立っていられるのか、香にはまだわからない。
香は確かに二十歳(はたち)を過ぎて、年齢的には大人になったけれど、
自分があの初めて撩の前に飛び出して抗議した“シュガーボーイ”の頃とどう変わったのか、自覚は無い。
年齢なら時を経れば自動的に加算されていく。
けれど、人間が成長する為には時間だけではどうにもならないことがある。
初めは興味が勝っていた。
警察を辞めたことを香に黙っていた兄だったけれど、暫くすると香も薄々は気が付いた。
極力、それまでの生活パターンを変えないようにと振舞っていた兄の、
それでも極々些細な変化に香はすぐに気が付いた。
香は自分では特別勘の鋭い方でも賢いタイプでも無いと思っていたし、実際そうなのだろう。
だけど物心ついてからそれまで、香の世界の中心に君臨していた絶対的な存在は兄なのだ。
家族だから判るし、その少し前に知った自分の出自について、
儚さ、脆さを感じていた時期でもあったので、兄の変化は香の世界を大きく変える二度目の出来事だった。
遠い記憶の彼方の父以上の愛情を、兄から与えられたことは香も勿論感じていたし、
血の繋がりなど関係無いとも自分に言い聞かせたけれど、あの頃は。
香の思っていた絶対的な世界自体(兄と二人の慎ましやかな穏やかなお金は無いけど幸せな槇村家)が、
実に儚いもののように思えていた。
だから、何が兄を変えてしまったのか。
あんなに仕事熱心で誇りを持っていた警察官という仕事を、アッサリと辞めてしまった理由がなんなのか。
兄の心と本当のことが、香は知りたかった。
香が知りたいと思っていた時に、兄が手帳を忘れて、それを辿って“冴羽撩”という答えに行きついたのは。
だから偶然でもあり、必然のような気もした。
一度目の変わり目が自身の出自を知ってしまった時で、二度目が兄の変化なら。
三度目はきっと、撩に出逢ったことだろう。
大きいと思ったのが第一印象だった。
遠目に見ても背の高さはすぐに判ったけれど、路地裏で腰を抜かしながら見上げた彼は。
背の高さ以上に大きかった。
今にして思えば、撩は香の必死の尾行になど初めから気が付いていて、
わざと秀幸と別れた後の路地裏で香に接触したのだろう。
兄を想う妹の人生相談に付き合わされた態で、撩は兄の仕事の一端を垣間見せてくれた。
それはどんな言葉を尽くして兄に説明されるより、雄弁で、一目瞭然だった。
警察官としての仕事場での兄のことは良く知らなかったけれど、
辞めてやってることもそんなに違いがあるとは香には思えなかった。
それでもそれが非合法であることくらいは解った。それ故、兄は職を辞したのだと。
大きな男の背中は、大きくて温かかった。
言っていることの半分も解らなかったけれど、
彼が見てきた世界が生温いものでは無かっただろうことは、その晩の襲撃で想像できた。
兄が死んだ時、またしても香の世界は変わり目を迎えた。
そこに撩が絡んでくることくらいは、もう香にはちゃんとわかっていた。
そしてその時には、自分が兄の意思を継ごうと覚悟していた。
それでもその瞬間は不意に訪れて、今がある。
あの晩、撩は泣かなかった香を手短に褒めてくれた。それが香の背中を推した。
新しい相棒がこの男には必要だろうと、根拠もなくそう思ったのだ。
でも、こうして秘密主義の男の傍に居て、本当に必要だったのだろうかと、香は不安を覚える。
ここ最近の香の専らの悩み事は、己の存在意義についてという情けなくも重たいテーマだ。
果たして、このアパートでぐうたらな彼の世話を焼き、伝言板に足繁く通い、
一癖も二癖もある情報屋たちにからかわれているんだか構われているんだか良く解らない遣り取りをし、
撩の挙動にいちいち振り回されることが、香の思っていた“相棒”の役目なのか。
香には理解が追い付かない。
何より、香がやっていることが撩の役に立っているのか。
そんな単純な答えにさえ、撩は何も明確には答えてくれないので、香には正解がわからない。
だから香は最近、少しばかり寝不足気味だ。
考え出すと眠れなくなってくる。
いつもは五階の自分用に宛がわれた一室で暮らしている。(とは言え、一日の殆どはこの撩の部屋にいる。)
眠れないままにいつもの馴染んだ六階リビングに上がると、案の定撩は留守だった。
自分の城を留守にして、夜の盛り場に繰り出していた。
彼は毎晩、浴びるほどの酒を呑む。
昼に近い午前中に彼を叩き起こすのも、香の仕事のひとつだったりする。
さすがに深夜にその部屋にいることは今まであまり無かったけれど、来てみると昼間となんら変わりは無い。
撩不在のその場所に違和感なく居られる程度には、香もそのポジションには慣れたけど。
撩にとって、自分がどのような存在なのかは全くわからない。
たまたま香がキッチンに居た時に、撩が帰った気配がした。
どうせ朝食兼昼食は己が作るので、眠れない徒然に簡単な下拵えをしていたのだ。
撩は多分、香が居るなんて思いもせずにいつも通りなのだろう。
スチールの重たい玄関扉(香はまだ知らないけれど、それは防弾仕様だ。)を派手に開けて、
廊下の至る所にぶつかりながら歩いてるだろう遠慮のない足音は、彼がしたたかに酔っている証だ。
香がキッチンを出てリビングに入ると、撩は革張りのソファの上で酔い潰れていた。
乱雑に脱ぎ散らかされたジャケットと、ヌメ革のホルスターに収められた黒光りする撩の分身。
初めて見た時にはギョッとした所持すること自体が違法なそれは、今ではすっかり見慣れたアイテムだ。
目を瞑った撩の吐く息が、恐ろしいまでに酒臭い。
ソファに近寄って床の上にペタリと座って、撩を観察してみる。
間近で見る撩の睫毛は、意外にも長くて濃い。
切れ長の目は起きている時には、強い眼力と意思を持って黒く輝いているけれど。
こうして瞑っていると、撩の寝顔は案外あどけない。
撩のことをもっと知りたいと、香は思う。
そんなに難しいことじゃ無くていい。
自分の存在価値など、そのうち自分で答えを探し出すから、教えてくれなくても良い。
何を食べた時に幸せを感じるのか、一番ホッとできる瞬間っていつなのか、
好きなテレビ番組はなんなのか、どんなお店で毎晩呑んだくれてるのか、
撩の目に映る今の生活と、他愛もないことが知りたい。
撩の感情を揺さぶる対象に、自分は含まれているのだろうかと香は思う。
撩の仕草や言葉や些細なことが香の琴線に触れる瞬間があるように、撩にもそんな場面があるのだろうか。
あるとすれば、それはどんなことなのか。
まるで自分を痛めつけるように、こうして酔い潰れる撩に、少しでも穏やかな眠りが訪れれば良いなと思って、
香は無意識に手を伸ばすと、撩の見た目より柔らかな黒髪を梳いた。
撩の使う男性用の整髪料の匂いが薄っすらと漂う。
(グンナイ、りょう。良い夢を。)
心の中だけで呟いた香の言葉に応えるように、撩の目が薄く開く。
寝顔は嘘みたいにあどけなかったのに、目を開けた撩の白目が充血していて酔っ払いそのものだ。
目の前の香を見て、撩は呆れたように酒臭い溜息をひとつ吐いた。
いつまで起きてんの、お子ちゃまは寝る時間だよ、かおりちゃん。
撩はそう言うと、意地悪な薄い唇をニヤリと持ち上げる。
香はたった今まで、撩の寝顔があどけなくて少し可愛いと思っていた自分の考えを心の中で撤回する。
お子ちゃまじゃないモン、もうとっくにちゃんと成人してますぅ。
でも、香は最近思うのだ。
そうやって生意気に撩に反論するけれど、年齢と成長は必ずしも綺麗には比例しないのだ。
大人になれば解ると思っていたことの半分も、香にはまだわからない。
一番近くに居るはずの、この彼のことですら何も。
高校生の春に、撩に出逢って以来抱き続けているこの感情は、憧れだと自覚している。
撩のように、そして兄のように、強くて優しい大人に自分も成れたら良いと思っている。
撩がいつもそうしている様に、困っている誰かをそれがたとえ非合法のやり方だとしても救えるような、
そんな人間になりたい。
ぐうたらで女好きでどうしようもなくても撩は香にとって、唯一無二、完全無欠のヒーローなのだ。
昔から香は、女の子が好むような少女漫画よりヒーロー物の方が好きだった。
撩の相棒だと、胸を張って言えるようになるには、まだまだ自分では修行が足りないと思っている。
時間だけ無駄に過ごしていても追いつけない大きな広い背中を、いつも追い掛けている。
どこら辺がお子ちゃまじゃないって?ああん?
生意気を言う香の柔らかな頬を、撩の長い指先がむにゅっと摘む。
硝煙の臭いの染み付いた指先は嘘みたいに体温が高くて、その熱が香の頬に伝わる。
だから自分のせいじゃないと、香は高鳴る胸の鼓動の言い訳を自分自身にしてしまう。
この先、何があろうとも乗り越えてみたいと香は考えている。
そして乗り越えた先に見える景色を、撩の隣で見ていたい。
そうやって少しづつ、自分にしか出来ないことを撩の傍で見出したい。
そこにしか答えは無いように思える。
取敢えずは、こうして夜中に六階に上がり込んでも、こうして撩の髪に触れても、拒絶はされなかった。
撩のテリトリーに侵入しても受け入れては貰えているようだと、香は内心安堵していた。
撩も香もこの先の未来など、まだ知らない仄蒼い夜のことだった。
この先、互いに互いの存在が掛け替えの無いものに変わってゆくことを知らない二人は、
小さく笑い合って無自覚な寂しさを慰め合っていた。
相棒になってすぐ、まだシュガーボーイの面影の青いカオリンが書きたかったのさぁ(*´∀`*)