2016 あけおめ

「・・・What!?  リョウ、今なんつった???」



美しい天然のブロンドが自慢の美丈夫な相棒は、その碧い瞳を丸くして撩の発言に驚いた。
その冬のニューイヤーズイブは2人、
アメリカ南西部のクソ田舎でメキシコ訛りのヤクザ者をやっつけるお仕事に精を出していた。
隣国メキシコから流入するメタンフェタミンとヘロインの流通を一手に引き受けて、
国境近くで金にモノを言わせて好き放題やっていた連中だ。
最後の親玉の眉間を撃ち抜いて、長居は無用とばかりに草臥れたシボレーモンテカルロに乗り込んだ。
2シーターのオンボロで66号線を走りながら、年を越した。




「だぁからっ、日本に行くっつってんだよ。」



撩はモンテカルロに給油しながら、素っ頓狂な声を上げる相棒に呆れ顔で応える。
給油ノズルを片手に咥え煙草の撩は、ついさっき心を決めた。
ミックがトイレで用を足している間に、ラッキーストライクメンソールとバドワイザーを2缶買った。
だらしない体型のスタンドオーナーが、南部訛りでハッピーニューイヤーと言ったから、
年を越したのだと知った。




「何しに?」



撩の投げて寄越したバドワイザーを飲みながら、ミックが問う。
明らかに非難めいた口振りで投げ掛けられた質問に、撩は答えを持ち合わせてはいなかった。
少し前から考えていた事なのだ。
この2年ほど、一緒に組んでやっている目の前の男に、特に不足は無い。
腕は良いし、相性も良い、撩に変に指図する事も無い。
女好きが唯一の欠点だが、撩の女の趣味とは少しだけ趣が異なるので、互いに揉める事は無い。

初めての出逢いで、強く興味を抱いて撩に惹かれたのはミックの方だった。
半年間ほど、互いの現場でニアミスする事が続いた。
撩の行きつけの酒場に顔を見せたミックに、撩が酒を奢ったのが始まりだった。
それから暫くして、手を組もうとミックが撩をしつこく口説いた。
ケニー父娘の事があり、マリィーには言い寄られ、
誰かとコンビを組む事に嫌気がさして独りでやってきた撩にとって、
ミックのオファーは馬鹿げたジョークにしか思えなかった。
それでもこの2年、気が付くと済し崩し的に手を組んで一緒に依頼をこなしてきたのだ。
撩は相棒になった覚えは無かったけれど、
いつしか周囲は、2人を”CITYHUNTER”と呼んでコンビだと認識していたし。
ミックは予想以上に有能だったので、それなりに上手くやってきた。
ミックは何処からか金になる依頼を請け負ってきては、
何事にもヤル気の無い撩の尻を叩いて儲け話を持ち掛けた。
仕事だけでなく女遊びのいちいちにも撩を誘い、いつも楽しそうに笑っている。
撩と対極にあるような明るい雰囲気を纏った男だけれど、ある面では撩以上に非情で冷酷だ。
その碧い目の奥にある彼の地獄が一体どういうものなのか、撩は詮索しようとは思わなかったから。
ミックの過去については、何も知らない。
知っている事といえば、ミックが初めて仕留めた獲物が父親に連れられて行った狩猟での、
美しい雌鹿だったという事くらいだ。
撩が子供の頃に初めて仕留めた獲物とは、えらい違いだった。





「さあな、特に何があるって訳でもねぇさ。」



なら、なんでっっ、とスチールの缶を握り潰す男の碧い目は、これまでになく真剣だ。
別にミックに不満がある訳ではないし、殺し屋という生業を辞めようと思っている訳でもないし、
辞められるとも思っていない。
だから、なんでミックがこんな風に傷付いたような目をして撩を睨むのか、撩には解らなかった。
これはミックには関係の無い、撩自身の問題なのだ。



なぁ、ミック。
何も無いから行くんだよ。
先の事なんか、誰にもわからないだろ?





その数日後に、撩は知り合いの船に乗せて貰って太平洋を渡った。
ミックが撩の言った言葉に納得したかどうかは、撩には解らなかった。
撩自身にも理由など無かったのだ。
自分が知りもしない、多分自分の生まれた国にいつかは行くのだろうと、漠然と思っていた。
その数年後に、重いミッションを呑んでミックが撩を追って来るなんて、
この時の撩はまだ知らずにいた。

















ねえねえ、りょおはおみくじの結果どうだった?




春が来たら、コンビ歴7年目に突入する丸い目をした相棒が、含み笑いで訊いて来る。
これだけで彼女のおみくじがまずまず良い結果だったのが、撩には訊かなくとも解る。
香のおみくじは、中吉だった。
それ以上に香を上機嫌にさせたのは、詳細な運勢の中身だった。
”仕事・交渉・取引”のところに書いてあったのは、”迷わず邁進せよ”という言葉だった。
秋に湖の畔で、互いに何がなんでも生き延びようと、撩と約束した。
その為にも香は撩の相棒として今まで通り邁進しようと、新年早々、決意を新たにした。

一方の撩はといえば、末吉だった。
”待人”コーナーには、”手近にあり、雑念を捨てよ”という当たらずも遠からずな言葉が並ぶ。
因みに”縁談”コーナーでは、”自己を抑えよ、平凡な形で纏まる”という軽く拷問めいた予言が為された。
ここ数年、撩がどれだけ自己を抑えてきたか。
この期に及んでまだ抑えないといけないのかと、上目遣いで楽しげに笑う女を見て苦笑する。



あぁ?秘密だよ。



撩はそう言うと、香の手の中から薄っぺらい小さな紙切れを取り上げた。
香の手の届かない場所に括りつけるついでに、チラッと覗き見ると、
”迷わず邁進せよ”の文言が目に入る。
香を上機嫌にさせたのが仕事運だという事に、撩は少しだけ複雑な気持ちになる。
そういえば撩は、末吉の仕事運を読むのを忘れていた。
もう一度読み返そうと、香の中吉だけを括りつけた所で。
背後からスッと、その紙切れを奪い取られた。









ふ~~~ん、自己を抑えよ。か、ジゴウジトクってやつだね。明けましておめでとう、リョウ。





撩が振り返ると、そこには晴れやかに笑うミック・エンジェルがいた。
一緒に初詣に来たらしい晴れ着を着たかずえは普段着の香と、にこやかに新年の挨拶など交わしている。
元日の花園神社には、顔見知りの姿もちらほら見える。
アパートを出る少し前に、香は美樹と電話で話していて。
美樹さんたちも後から行くんだって花園神社、と撩に楽しげに報告してきたから。
ボヤボヤしていたら新婚夫婦に中てられてしまうなんて思って焦っていた筈なのに、
油断していたらミックとかずえの同棲カップルに捉まった。




仲間を信じよ、だってさ。



そう言って、ミックが小さくウィンクした。
数年前の年明けに、ミックを置いて日本に行くと言い出した撩に、ミックは怒っていた。
66号線を走る車の中で、拗ねて急に黙り込んだ。
撩はそれでもミックなら、いつかきっと機嫌を直して女遊びに誘ってくれるだろうと楽観していた。




は?

仕事運のところ。良いおみくじ引いたな、リョウ。




何をしに行くんだと、ミックはあの時撩に訊いたけど。
実際に撩に遅れること数年後に日本に来てみて、自分と組んでいた頃よりも生き生きした撩に会って。
撩の選択は間違いではなかったのだろうと、確信した。
撩の可愛い仕事仲間は、今では撩とミックのコンビ歴を遥かに超えて、
誰より撩の事を知り尽くした№1のパートナーだ。
如何せん、彼女自身にその自覚は乏しいけれど、彼女がいるから撩はきっと今日も生きている。
果たして引いたのは、良いおみくじだったのか、良い相棒だったのか。
ダイヤの原石のようなキラキラ光る男の子の様な女の子は、
今では匂い立つような良い女になって撩の隣を歩いている。
女の趣味がまるで被らない筈の2人だったのに、ミックも一度は香に惚れた。




なあ、リョウ。



ミックの手から奪い返した紙切れを括りつける撩に、
ミックはお守りを選ぶ香とかずえを遠目に見ながら切り出した。





んー?

先の事なんか、誰にもわからないんだしさ。





ニヤリと厭らしく、ミックが笑う。




自己抑制もほどほどにして、本能に忠実になれよ。

・・・っるせぇ、大きなお世話だ。







10年前には、こんな日が来る事など知らずに生きていた。
新しい1年もその先の1年も、何も無いから生きていける。
先の事など誰にもわからないから、きっと面白いんだと撩もミックも今ならそう思える。









遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
ことよろー(*´∀`*)ノシ

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[ 2016/01/10 01:14 ] 短いお話 | TB(0) | CM(1)