SSAW

季節が巡るのは、案外あっという間だ。
時間なんて腐るほど有り余っていると思っていると、本当に言いたい事や思っている事は後回しになって、
小さな感情の切れ端なんかはいつしか忘れてしまって、
それはまるで雪のように心の中に降り積もり、心を湿らせて重たくしてしまう。
誰にも踏まれずに積もった真っ白な雪は綺麗だけれど、
現実の世界の雪はいつまでも綺麗なままでは残らないし、いつかは溶けて消えてしまうし、
積もり過ぎれば大きな物でもアッサリと押し潰してしまう。

言いたい事など、山ほどある。
けれど今夜も何も言えなかった香は、屋上で独り溜息を零す。
温かなマイクロフリース上下の部屋着の上に羽織ったちゃんちゃんこは、撩の煙草の匂いがする。
階段へと繋がる鉄の扉の傍に、風を避けるように置いたガーデンチェアは夏に撩が運んでくれたものだ。
見た目よりも軽いアルミのフレームに黒い樹脂の座面のそれを2脚、何処からか運んで来て、
日陰になるそこに置くと、撩は楽しそうに目を細めて椅子に座って、
ビールを飲んだり煙草を吸ったりした。
それ以来、なんとなく2人とも気に入って使っている。
その椅子に香は、身体を小さくして体育座りをする。
今年は暖冬らしいけど、寒いものは寒いのだ。






香は4か月前の出来事を思い返す。
夏、香は今と同じようにこの椅子の上でいじけていた。
自己嫌悪に陥っていたのだ。
依頼の最中に失敗してしまって、依頼人と撩と自分自身の身を危険に晒してしまった。
幸い、その失敗による危険は回避され、事なきを得た訳だけど。
依頼が終わった時に、香は撩にこっぴどく叱られた。
それを1週間以上も引き摺って、鬱々と自己嫌悪に陥っている香の隣に。
撩は後からやって来てドカッと腰を下ろすと、美味しそうに喉を鳴らしてビールを飲んだ。



・・・いつまで、拗ねてんだよ。


ぷはぁ、と息を吐いて盛大にゲップをした後に、撩が口を開いた。
生温い空気の中にビールの匂いが混じって、夏の匂いがした。




拗ねてない、自己嫌悪。

同じだろ?

全然ちがう。 アタシ、いつまで経っても相棒失格だなぁって思ってただけ。



いつもの強気な彼女が何処かに消え失せて、代わりに気弱な言葉とハの字に下がった眉。
香は基本的にポジティブで、怖いものなしで、無鉄砲な所があるけれど。
本当に参っている時は無意識のうちに、撩にだけそんな顔を見せる。
撩は喉の奥で低く笑うと香の癖毛をクシャクシャっと乱暴に撫でた。



俺が全然、気にしてねぇのに?



キョトンとする香に撩は、考え過ぎなんだよおまぁは。と言って、香の頬を摘んだ。
なぁ、香。と、撩が何かを言いかけて、香が首を傾げると、撩は口を噤んだ。
そのまま何も言わずに、空になったビールの缶だけを香に押し付けて。
夜の街に繰り出してしまった。






今夜もだ。
飲みに行くと言って出掛けた男は、きっと今頃何処かで本来の仕事に励んでいるのだろう。
彼はああ見えて、意外と真面目だ。
何がなんでも生き抜いて、何がなんでも守り抜くって言ったくせに。
俺達2人でシティーハンターだって言ったくせに。
未だに、香には何も聞かせてはくれない。
愛する者っていうのがたとえ相棒の意味だとしても、撩との関係はあれから何の進歩も無い。
先月、美樹が結婚1周年の結婚記念日だと言って、嬉しそうにしていたから。
気が付けば、あの湖の畔からも2度目の12月が来た。




クリスマスはどうするの?



1年前の同じ頃、美樹は教授の家の中に設えられた病室のベッドの上で香にそう訊ねた。
どう答えて良いものか返答に詰まった香に、美樹は優しく笑いかけると、
ベッドサイドの折り畳みの椅子に座った香の頭を優しく撫でた。
それ以上、その話しを美樹が蒸し返す事はしなかったけれど。
クリスマスには、傷が塞がりかけて家に戻った美樹のたっての願いという名目で、
いつものメンバーがキャッツに集まって、酒盛りとなった。
1年経って思い返してみると、あれは美樹の作戦だったのじゃないかと香は思っている。
ドンチャン騒ぎの最中、香はふと気が付いたのだ。それは、
撩が新宿の飲み屋に繰り出していない、撩とまともに一緒に過ごすほぼ初めてのクリスマス・イブだと。

アパートまでの帰り道を、千鳥足の撩の隣を歩きながら。
香は澄んだ冬の空に浮かぶ星を見上げた。
大昔、羊飼いたちが馬屋までの道標にしたのはどの星だろうと考えた。
酔っ払って玄関でへたり込んだ撩に、グラスに注いだ水を手渡しながら日付を跨いだ。



なぁ、香。



酔った撩の妙に畏まった声に、香がなぁに?と答えると。
撩は何も答えずに、それっきり黙り込んでしまった。
いつもの撩もいつもの香も、それ以上交わす言葉も無く。
それぞれの部屋へと帰り、何も変わらないいつもの生活に戻って行った。




香は屋上から見える街の灯りを見詰める。
悴んだ指先にはあっと息を吐くと、白い二酸化炭素の塊が目に見える。
撩と違って夜遅くに出歩く習慣の無い香は、イルミネーションで彩られた通りを撩と歩く事も無い。
昼間の寒々しい新宿しか知らない。
人混みと吹き溜まる落ち葉とコートから薫る他人の家の匂いと乾いた空気が、昼間の新宿だ。
あれから2度目の12月が来たけれど、今年もきっとまた。
撩は新宿のキャバクラでイブを過ごすのだろう。
香が夜空を見上げて道標の星を探す頃、撩はキャバクラの星でも探すのだろう。




さぁ、お風呂入るか。



今から風呂を沸かして香が入っている頃には、撩は帰って来るだろう予感がした。
全然酔ってないくせに酔っ払ったフリをして、おどけてみせる撩は少しだけ臆病だと香は思う。
命懸けの闘いに赴く事なんかひとつも怖くないくせに、
誰かの為に体を張る事なんてひとつも怖くないくせに、
そんな撩が、何を怖がる必要があるのだろうと香は思う。
今更、撩のやってきた事を明るみにされたとして、驚くとでも思っているのだろうか。
香には覚悟などとうの昔に出来ている。

冷たいアルミのフレームのガーデンチェアから立ち上がり、空を見上げると。
ほんの小さな白い結晶が、濃紺色の天幕からふわふわと落ちて来た。
今シーズン初めての雪は儚くて、掌に落ちたその瞬間に溶けてなくなる。
この冬の間に、何回雪を見る事が出来るだろう。
香は青黒い夜に降る小さな白い結晶を見詰めながら、春先の桜吹雪を思い出していた。





泣くなよ。

だって。

待ってたんだな、俺らの報告。





その桜を撩と一緒に見たのは、春の終わりの事だった。
郊外の閑静な住宅街の中にひっそりとある、ホスピスの中庭に咲いた桜の木は見事な枝振りだった。
依頼人は、余命幾許もない病床の人で、依頼内容は人探し。
昔、不義理をして生き別れた実の娘に、
最後に一目逢って詫びたいという彼の願いは、ギリギリのタイミングで果たされた。
妻子と別れた当時に散々だった事業は、後に盛り返し、
娘への贖罪の気持ちは遺した財産という形で罪滅ぼしとなった。



よかった、間に合って。



そう言いながら泣く香に、撩は何も言わずに突っ立ったままポケットに手を入れて、ただ桜を見ていた。



なぁ。

ん?

なんでもない。




撩は何かを言いかけて、いつも言い淀む。
香はなるべく次の言葉を待つつもりで、耳を傾けてみるけれど。
いつもそれっきりで、撩がその先の言葉を紡ぐ事は無い。
強い風が吹いて、撩が言いかけた言葉も桜の花びらと一緒に何処かに連れて行ってしまった。
限り無く白に近い薄ピンクの花びらは、儚い雪の結晶に似ている。

香は煙草の匂いのちゃんちゃんこの襟元を掻き合わせると、肩を竦めた。 
春先の出来事を思い出していたけれど、あまりの寒さに現実へと引き戻された。





寒い筈だ、初雪だもん。



こんな夜に撩が何処で何をしているのか、香は本当の所は良く知らない。
それでも今日はきっと、飲み歩いている訳では無いと思う。







熱めに沸かしたさら湯は、香の腕を滑らかに伝って湯船に落ちる。
屋上ですっかり冷えた身体に芯から温もりが戻るまでの約30分。
香はまた、取り留めのない思考の渦に飲み込まれていた。
つい2週間ほど前から、アパートの前の歩道の落ち葉の量が一挙に増えた。
数日前、午前中から表を掃き掃除していた香の背後に、寝起きの撩がのっそりと現れた。



なに?手伝ってくれるの?



そう言って振り返った香の手には箒が握られ、すぐ傍らには落ち葉の詰まったゴミ袋と塵取りがある。
撩はいつも、そこまでやらなくても良いと呆れるけれど、
香はいつもアパートの前の歩道からアパートの空き部屋から屋上から、隅から隅まで掃除して回る。



やだ。



撩の返事など、香にしてみれば想像通りだ。
午前中に自力で起き出して来た時点で、既に驚異的だ。
だから香は撩の返事など構わずに、少し前から思っていた事を言ってみた。




ここで焚火したらヤバイかな?

は?歩道で?

うん。

ダメだろうね、多分。






香曰く、毎日のように降り積もる落ち葉の活用法として、焚火と焼き芋を思い付いたらしい。
じゃあ、屋上は?火点けたら、ヤバイかな?と言いながら、箒片手に笑う香を見ながら。
撩は不覚にも、幸せだと思ってしまった。
ヤバイかどうかは解らないけど、
香が喜ぶのならボロアパートの屋上くらい、燃やそうがどうしようがどうでも良い。
なんて、思っている事など撩はおくびにも出さずに、煙草に火を点けた。




香。

なあに?







風呂の温度が気持ち良くて、香がウトウトし始めた頃。
浴室のドア越しに、名前を呼ばれた気がした。







りょお?帰ったの?

ああ。

おかえりなさい。

ただいま。





やはり、香の気のせいでは無く撩が帰っていた。
何事か用事があるのか、珍しく香の入っている風呂の前で声を掛けた。




どうしたの?なんかあった?



湯気の煙る浴室の中で、自分の声の反響するのを聴きながら、
香は自分の声より小さな撩の言葉を聞き逃さないように、耳を欹てる。
声を掛けといて、いつもみたいに撩は何も言わないから。
香が次の言葉を引き取る形で、会話を繋ぐ。



寒かったでしょ?お外。

ああ。

アタシもうすぐ上がるから、この後りょおも入ったら?

おお、そうしようかな。

うん。じゃあ、なるべく急いで上がるね。





暖まった身体にはずみをつけて立ち上がる。
湯船のお湯が揺れて、ザバリと音を立てる。
お湯の流れる音が落ち着いて静かになっても、扉の向こうには撩の気配があった。
香はずっと思い返していた。
撩と過ごした季節の移り変わりを。
そして今夜、無事に撩が帰って来ますようにと祈っていた。




ねえ、りょお。

ん?

ありがとう。

・・・・・・うん。





ひとことのありがとうの中には、沢山の意味が詰まっている。
生きて帰ってくれてありがとう。
同じ季節を過ごしてくれてありがとう。
傍に居て欲しい時に、一番近くに居てくれてありがとう。
撩が撩であるというその事自体に、香は感謝している。
小さな返事を残して、撩はその場を離れた。




香が風呂から上がった時、撩は7階の自室にいた。
風呂が空いたという事を知らせる為に、7階への階段を昇りながら、香は気が付いた。
撩はいつも何かを言いかけている。
言いかけてやめる。
これまで香も、何となくそれ以上は触れないでいたけれど、ふと訊いてみようと思った。

撩が言えないでいる言葉と感情。
香が触れずにきた本当の気持ち。
撩が言えないのなら、香が訊けば良いと気が付いた。
気が付いて香は弾むように、階段を踏みしめた。
有り余っていると思っている時間も無限では無いのだ。
時間稼ぎの季節は、もう終わりだ。













いやはや、気が付けばもう12月。
自分に言い聞かせながら書きました。
コメント返信、遅くなって申し訳ありませぬ。
殆どコミュ障かってレベルで、一方通行ブログでかたじけない。
お返事は気長にお待ちくださいませm(_ _)m
ご心配戴いた方、元気ですのでご心配なく(*´∀`*)ノシ
初めての方もそうでない方も沢山、コメント下さって嬉しいです。
リクエスト(連載)の続きも鋭意取り組みます(汗)
ゅまま様、遅くなってて申し訳ないです、頑張ります(握拳)
スポンサーサイト



[ 2015/12/09 01:18 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

2015年、クリスマスのお話です。

タイトル思いつきません(笑)

追記からどぞー (*´∀`*)ノシ





[ 2015/12/23 03:52 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

№11 じゃじゃ馬

数日前、ミックが朝から撩の元へ訪れて渡していった資料は、
とある政治家の絡む汚職の疑惑と暴力団との癒着を告発する内容の文書だった。
情報元は、その政治家の元側近。
所謂、内部告発という奴だ。
それが今回の一件にもチラチラと絡んで来ていた。
冴子たちとは別で撩が動いていたのも、それらの件がメインだったりする。
撩はちょうど昨晩、これらの件を一通り裏を取って証拠固めをして冴子にGOサインを出した。
その件も今頃、同時進行で警視庁が動き出しただろう。
香と大塚を拉致したのは、政治家と懇ろの暴力団の下部構成員の筈だ。
これにはただの不良グループの内輪揉め以上の黒い事情が絡んでいたりもするのだ。
政治家の汚職の疑惑を察知していたのは、何も側近だけでは無かった。
彼が大臣を務める某省のお偉方で、その事に気が付いて焦っている男がいた。

大臣の犯罪は、芋蔓式に自分達にも火種が飛んで来る。
探られる腹が痛くないとは言い切れない。
一国を動かす組織では、法の枠内では収まりきれない面倒な案件が山ほどあって、
そのいちいちを杓子定規に解決していたのでは、1日24時間、1年365日では時間が足りない。
予算も足りない。
根回しと話し合いと暗黙の了解が渦巻く、予定調和と同調圧力の世界だ。
数ケ月前に大臣に任命されただけのお気楽な政治家の犯罪に巻き込まれて、
これまでの現実的問題解決の糸口が全てご破算になる事ほど、迷惑な事は無い。
所詮、大臣はエンブレムに過ぎない。

・・・実際に国を動かしてるのは、事務方なんだよ。それで?息子は無事かね?」




そう言って若干、やつれたような表情で撩に訊ねたのは、
大塚健吾の父親で某省で事務次官を務めている、大塚正明であった。
深夜、撩が大塚の家の書斎に忍び込んで面会を叶えたのは、依頼を請けた数日後のことだった。
息子が脅迫されていたのと時を同じくして、父親の元にも不穏な影は忍び寄っていた。
発端は、大塚が大臣に対して進言した事による。
勿論、場と言葉は慎重に弁えた上で、おおごとになる前に鎮火できればと踏んでのことだ。
けれど大臣は、大塚が思った以上に分からず屋だった。
談合と接待と魑魅魍魎の世界の人間に言葉は通じなかった。


「いや、私の認識が甘かったんだろうね。
 所詮、彼等の理屈とコチラの理屈は、交わる事など無い。平行線だよ。」

そんな事を聴かされても、撩にはなんの感慨も湧かなかった。
撩に言わせればどっちもどっちで、どうでも良いから息子の躾をちゃんとしろというのが感想だ。
大塚の息子の遊び仲間の中には、件の政治家の息子もいた。
オヤジ同士のケンカの矛先が、間に暴力団を介して息子に向けられた形である。
大塚正明の元には差出人不明の郵便物が届き、これ以上余計な詮索をするのなら、
息子の過去の悪さから何から明るみにするといった内容が綴られていた。
その事が公になれば、大塚自身が過去に息子を庇って揉み消した大麻事件の事も再浮上する。
息子可愛さのあまり、自身の持てるコネと権限を最大限に濫用した大塚の人生最大の汚点だ。




撩は信号が変わるのと同時に、アクセルを踏み込んだ。
取敢えず、無駄に偉そうなオッサンたちの世界には、サラサラ興味は無い。
向こうさんの要求に応える気の無い大塚父子および芸能事務所に苛立って、血の気の多い連中が暴走した。
結果、こうして冴子たちが動き、撩が動いているのだから、政治家の政治生命もカウントダウン直前だろう。




っとに、いい迷惑はこっちだっつーの。


撩は発信機の示す光点に向けてハンドルを切る。
お陰で、冴羽商事の2人には手癖の悪い坊やのお守りという面倒事が舞い込み、
可愛い相方は、血の気の多いむさくるしい輩に連れ去られたりして。


マジで、冴子のやつ。別途料金請求だな。


撩はこんな風に思っているけれど不思議と、
無理難発の要求をする気が無くなっている最近の自分には、まだ気が付いていないのであった。













ひとまずココに隠れましょ。


銃弾が乱れ飛ぶ中、香は背中で庇った大塚を振り返りニッコリ笑うと、
通路の途中に見付けたその扉を開けた。
その建物が何処なのかは解らないけれど、何かの倉庫のような所だろうという予測はついた。
監禁された部屋の鉄の扉をぶち破った香は、ど素人の大塚を連れて逃亡を試みたものの。
派手な爆発音に誘われてやってきた輩と銃撃戦を余儀なくされた。
生憎、それは香の苦手分野だ。



えへへ、やらかしちゃった。アタシ、銃は苦手なの。


そういって全く悪びれた様子も見せずにペロッと舌を出す香に、大塚は思わず吹き出した。
そこで初めて大塚は、それまでガチガチに緊張していた事に気が付いた。
無理もない。
平和な日本で生まれて育って、本物の銃を見たのも初めてならば銃撃戦なんてもっと初めてだ。
勿論、数年前の香だってそれは同じだったけれど、破天荒な同居人と暮らすようになってからは、
そういった感覚は、若干麻痺している。
今現在、チンピラ連中はコッソリと隠れた香と大塚には気付かずに、
互い同士で無駄な銃撃を繰り広げている。無能な奴らが頭数だけ集まった結果である。
香はあまり心配はしていないけど、
あの銃撃戦の渦中に張本人の香と大塚がいないと知れるのも時間の問題なので、次の手を考える。
逃げ切るのは難しいかもしれないから撩が来てくれるまでの辛抱だと、心の中で自分自身を鼓舞した。
この場で依頼人を護れるのは、自分だけなのだと。



ねえ、香さん。



手榴弾を使うタイミングと、
奴等を攪乱する算段を頭の中でシミュレイトしていた香に大塚が切り出した。



前にさ、友達に狙われてて傷付いてるだろって言ったじゃん?香さん。

うん。



ベランダで大塚に抱き寄せられた夜の事を思い出して、香は思わず赤面する。
たしかあの夜に、香は友達だった連中に裏切られた依頼人が気の毒に思えたのだ。
大塚は色々と自業自得な事も多いけど、それに撩はなんだか彼の事あまり好きじゃないみたいだけど。
香はたとえどんな人であれ、怖い思いや悲しい思いをしている人の力になりたいと思っている。
大塚はおちゃらけて香に迫るフリなんかして誤魔化したけれど、
あの時一瞬笑った顔が淋しそうだったと香は思う。




幼馴染みなんだ。

え?

あの連中と付き合うようになったキッカケ。





彼と大塚健吾は、幼稚園から一貫教育のエスカレーター式の学校でずっと同じ学内に居た。
幼稚園と小学校低学年の頃は、普通の仲良し同士だった。
思春期を迎えた頃には互いに仲良くしているグループも別々になり、自然と疎遠になった。
国会議員を父親に持つ彼が停学になったのは、高等部に入った頃だ。
悪い連中と付き合っているという噂は沢山あったので、その頃にはもう学内で彼と付き合う友人はいなかった。
彼が何をやらかしたのかは解らないけど、
退学ではなく停学で留まれたのは父親のお陰だろうと誰もが口々に噂した。
彼は不良グループの中で、一目置かれた存在になっていた。
彼の背後には父親が懇意にしている暴力団の影が常にあったから、不良の中ではそういう事は有利に働く。
気が付くと大塚も、彼と同じように夜遊びをするようになった。
学校では何の接点も無いただの同級生に過ぎなかったけれど、
夜のクラブでは幼馴染みの友情が復活していた。





そんなに悪い奴じゃないんだよ。周りからは、そうは見られないけどね。




香は何と答えて良いものか解らなかった。
高校生の頃の香は、もっと無邪気だった気がする。
確かに不良のグループもいたし、グレている子もいたけど。
香自身はあまり気にした事が無い世界だった。
香はあの頃、外で働く兄の心配をして、せめて自分は家の事をしっかりやろうと奮起していた。
そして兄の仕事仲間だという得体の知れない男(りょう)に、淡い慕情を抱いていた。




多分、オヤジさんの事が関係あるんだと思う、それとウチのオヤジの事も。



確かに、昨日までに香が撩に聞かされていた話では、
政治家とか官僚とかのなんだかややこしい色々が絡んでいるらしい。
それでもその話をどこまで大塚自身が把握しているのか、
そして誰と未だにつるんでいるのか解らないので、これは内密だと撩に言われていた。
香の中で点と線が繋がる。




その幼馴染みの彼とは?今も仲良くしてるの?

いや、1年前に絶交された。

・・・絶交?

うん、自分と関わると俺を巻き込むからって。






ま、結局こうなった訳だけど。と言って、大塚は小さく笑った。
香は何となくそんな大塚を慰めた方が良い気がして、言葉を探す。
そして言葉が見付からずに笑って誤魔化した。
香には難しい事はよく解らないけれど、取敢えず依頼人だけはしっかり守りたい。




だいじょうぶよ、アナタには怪我ひとつさせないで守ってみせる。撩もアタシも。

・・・それは。依頼人、だから?

え?



言葉の裏が読めなくて首を傾げた香に、大塚が真剣な表情をした。



香さん、俺。 貴女の事・・・



何やら重大発表でもしそうな大塚の言葉を遮ったのは、銃声だった。
烏合の衆共が使っている中国製の劣化版トカレフとは明らかに一線を画するその音に、
香の表情が一気に明るくなる。




りょおっっ

え?



事態が呑み込めない大塚に、香がニッコリと笑いかけた。
もう大丈夫だというように頷いた香が、この世で唯一あの男を信じている事が、
ど素人の大塚にも一目瞭然に見て取れた。




なんで判るの?銃声だけで。

わかるわ、相棒だもの。行こう。



香は、何の躊躇いもなく大塚の手を取った。
こういう時、香は多分最大級にその鈍感ぶりを発揮する。
大塚がこれから起こる危険を覚悟して決死の告白をしようとしたことも、
不意に香に手を引かれてドキドキしていることも、多分彼女は自覚していない。
彼女はいつも、冴羽撩しか見ていないのだ。





香とその背中に隠れるように大塚が通路に姿を現した時、
通路のずっと向こうに待ち焦がれた大きな男の姿が見えた。
烏合の衆たちが、その銃声がする方に四方八方から群がっている。
香はヒップバッグの中のひとつを手にした。
手榴弾に模した閃光弾。香の手作りだ。




大塚さん、目を閉じてっっ

えぇ、なんで?

なんでもイイからっっ、目ぇ瞑ってっっ






大塚が目を閉じたかどうか確かめもせずに、香は次の瞬間、閃光手榴弾を放り投げた。
勿論、撩にはわかっている。
この展開で、香のやりそうなことくらい。
撩とやり合っているチンピラ達の輪の中に、香自慢の自家製手榴弾が着地した。
咄嗟に撩も目を閉じた。













ったく、このじゃじゃ馬がぁ。 大人しく待ってろつーの。

あら、しおらしく待ってるだけで、アンタの相棒が務まるとでも思ってんの?

ま、ちげえねぇな。






一瞬、強くて目映い光を瞼の裏に感じた後に、大塚がゆっくりと目を開けると。
そこには、目を押さえてのた打ち回る烏合の衆と、状況を一切顧みず軽口を叩き合うコンビがいた。
依頼人は確かに香の言うように、怪我ひとつ無くこの状況を切り抜けたけれど。
これまでの己のしてきた事の代償に、大事な心を完全に奪われてしまった。
それが報われる事は今後無いだろうと、ハッキリと解ってしまった。
絶対に報われる事の無い恋心を抱えたまま、暫くは苦しむのだろう。



・・・人生経験、ってヤツか。



苦笑している依頼人をよそに、
撩と香は軽口を叩き合いながら、のた打ち回るチンピラを1人1人ご丁寧に縛り上げている。
その倉庫兼アジトの周りにも頃合いよくパトカーが到着し始めてサイレンの音が響き渡っていた。



(つづく)




続きアップするのお待たせしてます(ノД‘)かたじけない。
もうすぐ終わるよ~~~、もうすぐ。
がんがります(*´∀`*)てへ。