№10 似た者同士

ふうん、詰めが甘いわね。
携帯もバッグも、銃を持ってるかどうかも調べずに、監禁するなんて。









後ろ手に縛り上げられたまま香と2人で、ヒンヤリとした場所に閉じ込められてから数分後。
大塚はそんな香の言葉に我に返った。
未だ自分の両腕はきつく縛り上げられたまま、目隠しと猿轡も噛まされたままだ。
しかしすぐ傍で、香が動いている気配はする。
同じ様に縛り上げられて連れて来られたはずの彼女が今、どういう状態なのか大塚には解らない。
何しろ、質問しようにも言葉すら発する事は出来ないのだ。





ごめんね、今すぐ解いてあげるから。




しかしすぐ後に香はそう言うと、まずは大塚の目隠しと猿轡が外された。
大塚が声を上げようとする前に、目の前には口に人差し指を立てた香がニッコリと微笑んでいた。
どうやら声を立てるなという合図らしいと察すると、大塚は恐る恐る頷いた。
流石にこの展開はまずい事になったという自覚はあるらしく、彼にしては殊勝な態度だ。
香はこんな状況なのに、何処か楽し気で。
縛り上げられた大塚の両腕を、手際よく解放した。
無言で腕を曲げ伸ばしながら、香の言葉を待つ大塚に香は声を潜めて説明した。






ココは多分、東京湾に面した何処かだと思うわ。恐らく、人目につかない様な倉庫街ね。

どうしてわかるの?





香につられるように声を潜めて訊いた大塚に、香はニッコリと微笑みながら腕時計を指差した。
自分達が拉致された時間帯。
ココに着いて縄を解いてからすぐに確認した、これまでの所要時間。
新宿から幾度か進行方向を変えた車が向かった、大まかな方角。
そして2人の人間を隠せるような、人目を避ける事の出来る場所。
そういう諸々を考察した結果、香はそう推理しただけだ。
多分、それ程的外れな分析でも無いだろうとは思っている。






奴等、殺しのプロって訳でもないと思うわ、詰めが甘いし。けどただの素人でもないと思う。





拳銃やナイフを所持していたし、それなりに手際も悪くなかった。
恐らく、今回の依頼の件で拉致された事は明白なので、狙いは大塚なのだろう。
香には何の根拠も無いけれど、それが撩を狙うプロの殺し屋の仕業では無いだろうという確信があった。
ただの勘だ。せいぜいが、暴力団の構成員だろう。
奴等には自分達を殺す気はないだろうというのが、香が導いた結論だ。
大塚をネタにゆすっている連中なら、みすみす切り札を殺したりはしない筈だから。
何より撩がこの場所を嗅ぎ付けるのも、時間の問題だ。







準備が出来たら、ここから逃げ出してみようと思うの。

は?

撩もその内来てくれるから、その前に自分で出来る事は自分でやんなきゃね。





キョトンとする大塚に、香はまるで今日のランチの献立でも発表するかのような口振りだった。
香は羽織っていたスタジアムジャンパーの内ポケットから、
ローマンを取り出すと弾が込めてあるのを確認した。
大塚が意外なモノでも見るかのように目を見張って、息を呑んだ事には気が付かなかった。
撩のする事に倣って、実はジャンパーの内側には予備の銃弾まで忍ばせている。
愛用のカーキ色のポーターのヒップバッグの中には、
閃光手榴弾から本物の手榴弾(火薬少な目)まで準備万端だ。
内ポケットには極細で軽い、しかし強度は抜群のカーボンファイバーのワイヤー、
スパイダルコ社の小型のフォールディングナイフ。
ホンの少しだけだけどプラスチック爆弾と簡単な仕組みの起爆装置もある。
追手を撒くくらいの簡単な自衛手段程度なら、充分過ぎる装備だ。





さ、冴羽さんがココに来るって・・・何故わかるの?




香は大塚の質問に、これ以上無いと言うほど神々しい笑みを浮かべた。
ジャンパーの下に着込んだ、白いコットンのシャツを捲る。
ピッタリとした細身の革パンツに、シルバーの大きなバックルの付いたヌメ革のベルト。
そのバックルには装飾が施され、ターコイズの小さな欠片が埋め込まれている。
その石の内の1つは、イミテーションだ。






これに、発信機が仕込んであるの。撩にはアタシ達の居場所なんて、すぐに判るってわけ。






ワンボックスカーに押し込まれる直前、香は雑踏の切れ間に撩が懇意にしている情報屋を見付けた。
香が右手で軽く拳を作って振ると、彼は小さく頷いた。
それは、撩にも内緒で彼と香の間でだけ決めている符牒だ。
掌を見せて手を振る時は、撩に連絡を取ってくれの合図。
拳の場合は、撩と冴子に。
極々小さな合図だから、雑然とした人混みの中で香と轍にしか伝わらない、
シンプルだけど非常に効果的な合言葉だ。
今回撩は、香にも依頼の進捗をこまめに情報共有していた。
冴子たちの捜査と足並みを揃える事で今回撩は動いていたので、
敢えて香は冴子にも連絡を取ってくれるように、合図を送った。
そうすれば冴子の事だから、まずは撩と連携して現場に向かうだろう。
撩が出張るついでに奴等も検挙できれば手間が省けるし、
奴等と対峙するのが1度で済めば、それだけリスクを負う確率も少なくなる。
















ミニクーパーの助手席に設えた受信装置の光点を睨みながら、撩がアクセルを踏み込む。
香の発信機と大塚の携帯から発せられる位置情報は、2つ同じ場所に表示されている。
昼間の幹線道路の渋滞に引っ掛かり、一進一退を繰り返す。
撩は気持ちを落ち着ける意味を込め、火を点けたコルク色のフィルターを噛み締める。
撩が出掛ける支度を終えた頃、自宅の電話に轍からの連絡が入った。
香と依頼人が、駅前で白昼堂々拉致られたこと。
相手は、堅気では無さそうな男5人で、車は湾岸方面に向けて発進したことが告げられた。
4台先前方の赤信号は時差式で歩車分離になっているせいか、なかなかゴーサインが出ない。
苛つく撩のジャケットの胸ポケットから、神経に障る振動が伝わる。
携帯の液晶画面には、野上冴子の名前が表示される。










ほわぁい、どーしたぁー?

えらく呑気な声ね、アナタ今何処なの?

なんで?

向かってるんでしょ?香さんの所に。

・・・なんとまぁ、早耳ですこと。

私達も急行するわ、目的地を教えて。

はいはい、なんなりと。警部補様。







冴子が電波の向こう側で、呆れたように溜息を吐く。
彼女は恐らく今、電話をしながら法定速度上限ギリギリでポルシェを飛ばしているのだろう。
撩の方も漸く、青信号に変わる。







早耳云々に関しては、アナタが思ってるよりアナタの相棒が優秀な証よ。

・・・どういう意味だよ。

そんなの、香さんに直接訊きなさいよ。





急がないと私の方が先に着いちゃうわよ?カッコ良くお迎えに行きたいでしょ?頑張って。
と、余計な言葉を言い残して、冴子は電話を切った。
ひとまず撩は、無心でアクセルを踏み込む。
そもそもポルシェと、ミニクーパーでは到底勝負にならないけれども、
早々に現場に到着したところで囚われの姫を救出できるのは撩だけなのだ。
唯一の懸念は、囚われの姫がじゃじゃ馬だという事だ。
彼女が大人しく待っているキャラじゃ無い事は、誰より撩が一番よく解っている。
















何やら小さな仕掛けを弄っている香を見ながら、大塚に素朴な疑問が浮かんだ。





ねぇ、香さん。

ん?なぁに?

そもそも、縛られてた縄をどうやって解いたの?



大塚の質問に、香は作業の手を止めてニンマリと口角を上げる。
スッと上げられた利き手の人差し指と中指の間に挟まれた薄い刃物を、大塚に見せる。
袖口に仕込んでいた剃刀の刃は、香が良く使ういつもの手だ。




車に乗り込んでる時からね、コッソリばれないように少しづつ切ってたの。






ヨシ、出来た。香はそういうとニッコリと大塚に微笑みかけた。
手には小さな起爆装置と、ほんの少しのC4を握っている。
使用量は香のこれまでの経験と勘に基づいている。





今からあのドア吹き飛ばすから、一番奥の突き当りの壁の所にいて、動かないで。





そう言った香の目の色に、大塚は見覚えがあった。
彼女は、冴羽撩と同じ目をしている。
夫婦は長年同じモノを食べ、住まいを同じくしていると似てくると聞いた事がある。
大塚の香に対する第一印象は、『イイ女』だった。
一見純粋そうで素直そうに見える目の奥に、野性的に光る何かを感じていた。
ただの美人ではない、凄みのある魅力を孕んでいた。
大塚は確信した。





かっこいいわー、香さん。惚れてもいい?

駄目。




そう言って悪戯小僧のように笑う女に、完全に落とされた。



(つづく)

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67. 生返事

ねえ、りょお。

んぁ?





朝食というには些か遅すぎる食卓で、口一杯に白米を詰め込んだ撩が気の抜けた声を出す。
いつもの事だから、香はまるで気にしない。
お彼岸はとっくに過ぎたし、命日でも何でもない。
でも香は何となく、この日久し振りに墓参りに行きたいと思ったのだ。





連れてってくれる?

ぁあ?別にいーけど、すぐ出れんの?





おまぁの支度は無駄に長ぇからなぁ、と言いながら味噌汁を啜る撩に。
香はニッコリと笑って見せた。
撩の言い出しそうな事など、2~3手先は読んでいる。
この後、撩があと何度かご飯をお替りして、空になった器をシンクの中の洗い桶に浸けて、
撩が歯磨きでもしている間に、客間にバッグと上着を取りに行けばすぐにでも出発準備OKだ。
姿見の前に立って身だしなみを整えて、リップを塗り直す余裕くらいはあるだろう。
先の先を読みながら、香は撩の食後の珈琲を淹れる為の豆を挽いている。

昔は難しくて計り知れなかった男の行動パターンも、数年経って香の生活の一部と化してしまった。
彼の言いそうなこと、彼のやりそうなこと、自分がどう言えば彼が動いてくれるのかを。
最近の香は自然と察する事が出来るようになった。
その要因のひとつに、2人の関係がもう昔とは違っているという事もあるのかもしれない。
以前は香の言葉に対する、僚の受け答えひとつひとつが良く解らなくて歯痒かった。
解るようで解らなくて、いつも生返事のようにみえてちゃんと聴いてたりする。
聴いてるのかと思えば、全く聞いてない事だってあって、その境目が香には判別不能だった。
2人の関係性も境目があやふやで、だから以前の香は撩の生返事が大嫌いだった。
きっとあの頃は、明確な現実が欲しかったのだと、今になれば香も解る。
そしてある意味、それは決して白黒つけない撩の優しさだったのだと、解っている。
撩が決意を固めて香を抱いたタイミングについては、今思えばやはり絶妙で。
香はその大切な思い出を何度思い返してみても、
撩への気持ちが色褪せる事など無い事に喜びを感じている。

生返事は、未だに治らない。
でも香は気が付いてしまったから、もうそれが嫌いでは無い。
撩が生返事を返す時、それは撩が秘密にしたい事がある時。
都合が悪い時。
照れ臭くて、きまりが悪い時。
その時々で色々だけど、でもその全てに共通している事は。
撩の感情が揺れたという事実で、
香の言葉や行動が撩の心に小さなさざ波を立てる事が出来るのだというただそれだけで、
香はとても撩の事を愛おしく感じたりする。
今となれば、彼の肌に触れたり彼を独占出来る事など、ホンの些細な変化に過ぎない。
公私共に彼の相棒になっても、何も変わらなかったというのが香の気持ちだ。
逆に言えば、昔から撩は香に対して、ずっと同じだったのだ。
強いて言えば、その撩の愛情に気付けた事が香にとっては、一番の変化だった。













途中で立ち寄った花屋にあった立派な鶏頭と藤袴を、束にして真紅のリボンを掛けて貰った。
蘭や百合も豪華で綺麗だけれど、兄には少しだけ派手すぎる気がした。
連休の高速道路は、秋の行楽日和も手伝って混んでいた。
辿り着いた時にはもう、夕方の少し手前で墓地には2人の他に人影は無かった。





やっぱり、このお花にしてよかったね。すごく綺麗。

うん。





花屋の店先で何の興味も無さ気に佇んでいた撩の返事など、
何の期待もしていなかった香の呟きに、意外にも撩は返事した。
残念ながら生返事だけれど、香はそれでも良いと思う。
一緒に来てくれるだけで嬉しいし、意味がある。
白檀の薫りのお香の白い煙が真っ直ぐに、秋の空に昇ってゆく。

出掛ける前、撩が歯磨きをしている間に。
香は客間の鏡台の前で少しだけ迷って、口紅では無く、色付きの薬用リップを手に取った。
撩がジャケットを羽織って、車の鍵を握って玄関に来る頃には、
香は既に玄関の土間で靴を履いて待っていた。



準備完了だよ。


そういって小さく笑った香を撩は抱き締めると、出がけだというのに歯磨きの匂いのキスをした。
撩にキスをされながら、香は撩の頬や顎を滑らかな指でなぞって。
顎の下の見えにくい場所に、小さな剃り残しを見付けた。
香にだけ解る撩の小さな隙に、香にはなんだか特別な感情が湧いてくる。
その後、ミニクーパーの助手席に座った香が、
くふふと変な風に笑いながら色付きの薬用リップを塗り直すのを、撩は横目で見て、怪訝な顔をした。
撩は多分、キスをすると思ったのだ。
だから香は、少しだけ迷って口紅をやめた。
秋になったら、少し深めの赤い口紅を使いたくなるけど。
香は撩とキスするようになって、あまり濃い色の口紅を使わなくなった。
撩はきっと、香のこんな些細な変化の理由など知らない。




熱心に兄に手を合わせる香の背後で、撩が煙草に火を点けたのが解る。
ライターの蓋が開くカチンという高い音が響いたすぐ後に、オイルの匂いとマールボロの匂いがする。
一瞬だけ匂った煙草の薫りは、すぐに消えた。
線香の煙も風に揺れて融ける。
墓の周りを掃除して、花を活けて、手を合わせていたらいつの間にか夕方が迫って来ていた。
秋の夕暮は随分早いから、香は立ち上がると煙草を咥えた撩の手を取った。








少し、風が出てきたね。

ああ。帰るか?

りょおはいいの?もう。

うん。




撩は頷くと、火を点けたばかりの煙草を香立てに置いた。
香の薄手のカーディガンの上に自分のジャケットを掛けると、何も言わずにスタスタと歩き始めた。
そのとき不意に、香は思ってしまった。
現実的な問題なんてどうでも良いから。
その事に意味なんてなくても良いから。





りょお。

ん?




撩が立ち止まって、顔だけで振り返る。
夕陽が撩の輪郭を少しだけ朱く染めて、嘘みたいにカッコイイと香は少しだけ見惚れてしまう。





アタシを、あんたのお嫁さんにして。

うん。




撩はそういうと、フフッと笑いながらまた何事も無かったように背中を向けて歩き始めた。
また生返事だけど、それ位で丁度イイと香は思った。
不意に思って不意に口走ってしまった事だから、それでいい。
ただあの赤い車に乗って、2人の帰る所が同じであればそれでいい。

香はまだ知らないでいた。
この香の言葉を受けて、数週間後。
撩が突然、気が向いたように香を写真館に連れ出し、
絵梨子の用意した白いドレスとタキシードを着て、2人で写真を写す事など。
生返事のようでそうでも無い、聴いて無いようでいてその実、
香の言葉をひとつも聞き漏らす事など、決してしない男の底力を。











いーふーふの日を記念してお題。遅くなったけど。
AHじゃない2人のウェディングが見たいです(*´∀`*)