№6 さざ波

んな、顔すんなよ。 大した用件じゃねえし、大丈夫だから。

・・・うん、解ってるけど。





乱暴に香の癖毛を掻き混ぜる撩の手つきは、見た目以上に優しい。
顔には出していないつもりでも、香の表情の曇りは撩には隠せないらしい。
玄関先でサイドゴアブーツに足を入れる撩を見ながら、
パーカーのポケットに両手を突っ込んだ香を撩はまるで宥めるようにそう言った。
履き口にあるタブを引っ張ってジャストサイズのブーツを履く撩の仕草が香は好きだ。
撩の身に着けるものや、撩が選ぶものは、全部撩の身体に馴染んでいて見ていて気持ちが良い。
ジャケットの下に装着したヌメ革のホルスターですら、何か神々しい物のように見える。
昼間の電話で、冴子から撩にお呼びが掛かった。
こういう時は大抵、香は独りで取り残される。

年代物のミニクーパーも、撩自身の分身とも言えるコルトパイソンも、細かな傷が沢山入ったジッポーも、
飴色になるまで使い込んで撩の肩口と胸板に絶妙にフィットしたホルスターも、
香が丁寧に靴墨で磨いて手入れするブランドストーンの細身のブーツも。
撩が選んで身に着けて愛用しているものは、香にとっても愛着のあるものだ。
それでも、それと同時にそれらに対して嫉妬する気持ちもある。
それらはいつも、撩の身の回りにあって何処に行くにも撩と一緒だ。
撩の身近に居て一番近くて遠いのはきっと自分だと、香は思う。






気を付けてね。

ああ、おまぁも戸締りシッカリしとけよ。

うん、わかってる。




撩はもっと他に言いたい事が無い訳でもなかったけれど、呑み込んで玄関を出た。
口先からはいつもと変わらない言葉しか出て来なかった。
本当は、今夜の撩の懸念は戸締りをした家の中にこそある。
家族ゴッコが嫌いだそうなイケメン君が、ひとつ屋根の下に居候中だ。
不要不急の外出を控えたいのは山々だけど、女豹のご機嫌を損ねるのも後々面倒なので仕方ない。





















もうちょっと真剣にやって頂戴よ、顔に出てるわよ?早く、帰りたいって。




野上冴子がポルシェの運転席の窓から、路上に立つ撩を見上げて苦笑した。
その店は六本木の片隅にあって、小さなクラブながら異様に繁盛している。
撩を呼び付けた女とその手下達(公務員)は、ここ数週間その店を遠目から張り込んでいる。
所謂、内偵捜査という奴だ。
冴子はちょっと人目を引き過ぎるから、店内に潜り込むのは無理らしい。
その為の人員は適材適所というわけで、不自然にならない程度の若手を用意している。
4課の刑事が見た目だけで言えばヤクザにしか見えないのと同じ理屈だ。
生憎、撩も繁華街の暗部では何処で顔見知りと遇うともしれないので、迂闊には近寄れない。
内偵中となれば、尚更だ。
撩が冴子に協力を迫られているのは、ガキ共とは別口だ。
不良集団の上には、洒落にならない黒幕が控えているらしい。
秘密裏にガッチリと証拠固めをして、一気に攻め込むのがいつもの冴子のやり方だ。






リョウちゃんはいつだって真剣だっつ~の、舐めんな。

あら、全然説得力無いわよ?




ふふ、と笑う冴子に撩は肩を竦めると、今夜の本題に入る。
冴子とその薄暗い路地で合流する前に、ネタは仕入れて来た。
警察が掴める情報と、撩にしか掴めない情報がある。
冴子からの協力要請で動いている限り、互いに情報を共有しておく必要がある。

















気になる?冴羽さんのこと。





ベランダに出て表の通りを眺めていた香が振り返ると、リビングに大塚が居た。
香は風呂上りのパジャマの上に、
着古したオーバーサイズのパーカーを羽織ってフードを目深に被っていた。
仕事に出た撩を待つのはいつもの事だ。
連れて行って貰えない“パートナー”は、相方を信じて待つしかやる事は無い。
気になるか、と問われたら、気にならない訳がない。
大した用事じゃないと撩は言うけど、コンビニに行くのとはワケが違う。
香にとって一番大事な事は、撩の身の安全だけだ。
撩が死ねば、それは香が死ぬ時でもある。その程度の覚悟なら、もう何年も前から出来ている。
香にとっては、至極真っ当な何でも無いそんな覚悟でも、
昨日今日逢ったばかりの依頼人に語って聞かせる筋合いでも無いので、彼の言葉は聞こえないフリをした。






大塚さん、眠れないんですか?




時刻はとうに、深夜2時を回っている。
普段なら、依頼人は眠っている時間だ。
何となく、香は居心地の悪さを感じた。
撩を待っているこの時間を、たとえ依頼人であれ邪魔されたくない。




いや、トイレに起きたらリビングに灯りが点いてたから。




大塚はそう言って、ニッコリと笑った。
大塚が室内で、自分がベランダで、香はその距離を自分のテリトリーのように守りたかったけれど、
大塚はアッサリとその境界を超えて、裸足でベランダのコンクリートの上に出てきた。
香は無意識にフードの端を引っ張って、俯いた。
大塚は構わず香の隣に並んで、ベランダの手摺に頬杖を付く。




あ、あの。ひとつ、訊いても良いですか?

ボクの解る事なら。

貴方を狙ってるって人達、貴方のお友達なんでしょ?

・・・どうなのかな?正直、よく解りません。





曖昧な笑みを浮かべた大塚の横顔から、香は何も読み取る事は出来なかった。
香自身は撩の相棒になってから、友人達とは全くの疎遠になってしまった。
1人だけ、北原絵梨子とだけはひょんな事から再会して親交が続いている。
香には良く解らなかった。
仲良くしていた友人に、脅迫されるという事が。
香はそれでも大塚の心情を想像すると、いたたまれない気持ちになる。





あの。

ん?

傷付きますよね、そういうの。 何ていうか、その、元気出してください・・・





俯いてモゴモゴとそんな事を言う香に、大塚は声を立てて笑った。
本当に、良く解らないのだ。
いつも馴れ合っていた頃は、確かに大事に思えた繋がりも、今となっては別にどうだっていい。
香の生真面目さは、大塚には新鮮に思える。
大塚自身にも、彼の周りにも、そんな風に考える人間などいないだろう。
笑っている大塚に、香はキョトンとした表情で首を傾げる。





香さんは、優しいよね。

そそ、そんなことない。

そういう優しさは、不幸になるよ。

どういう意味?

もっと、我儘で良いってこと。




そう言いながら、大塚が一歩間合いを詰める。


「もっと、」


慣れた手つきで香の腰に手を回す。



「楽しめば良いと思う。」



気が付くと香は、すっぽりと大塚の腕の中に囲われていた。
彼はきっとそうやって、刹那的に生きて来て今があるのだろう。
そんな風に言われても、きっと香には出来ない生き方だ。





別に、冴羽さんじゃなくても、

やめてっっ!



香は我に返って、大塚の胸板を押しやった。
柔らかな拘束から逃れて、振り返る事無くそのまま7階の寝室へと逃げた。
テリトリーへの侵入を許したのが間違いだったと、香は思った。
何となく、この事は撩には言わない方が良いだろうと考えながら、
香は7階寝室のソファの上のブランケットに潜り込んだ。












香が7階に駆け上がったのと入れ違いに、この家の主が帰って来た。
ベランダの入り口とリビングの入り口で、撩と大塚が対峙する。
撩の視線の鋭さから鑑みて、つい今しがたの一部始終を見られたのだろうと大塚は覚った。
撩は何も言わずに、ソファにどさりと腰を下ろすとジャケットの内ポケットから煙草を取り出した。
煙草に火を点けてゆっくりと吸い込んで、深く吐き出す。
先に口を開いたのは撩だった。






確かに、家族って言葉は便利かもしれないけどさ。




コルク色のフィルターを撩が噛み締める。
無表情だった大塚の眉が、ピクリと動く。
昼間の続きのその話は、確かに。
撩にとっても大塚にとっても、非常に意味のある話題なのかもしれない。






オマエの言う便利と、俺達にとっての便利とでは全く意味合いが違うな。

・・・何が言いたいんですか。




撩の瞳は、まるで氷のように冷たい。
請けてしまった依頼だから仕方がないけど、撩は本当にこの依頼人が嫌いだ。





もっと、大人になれっつーことだ。その“家族”に、オマエはどれだけ庇われてきた。




どんなに愛情を受けても、響かない奴もいる。
決して恵まれているとは言えない境遇で育っても、溢れるほど愛情深い奴もいる。
愛情がなんなのか解らなくても、少しづつ解ってきた奴もいる。
人は皆それぞれだ。
正解など無いのだろう。





オマエがどう思おうが知ったこっちゃ無いけどさ、俺は大事なモンは自分で守る主義なんだわ。






(つづく)








ケシ子の個人的な萌えとしてアニメのOPのAngelNightの時に、
サイドゴアブーツ履いてホルスター着けるリョウちゃんがカッコイイと思うのです。

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例のやつ(;・∀・)

ケシでごわす。

AHのドラマ見ました。
逆光でシルエットの上川さんが、リョウちゃんぽかったのと意外とシャンイン役の人が良かったなぁという印象です。

後、久々に高島礼子さんをテレビで見たけど老けたなぁぁぁあ、と思っちゃった。
ワタシの中のベスト高島礼子は、呑キングです。
高知東生さんが高島礼子さんのお父さんを介護するために俳優を休業したのが、
ええ男やなぁと思います。(AH関係無い)

⬆とんだダメ男だったことが、後程判明。前言撤回です。


カオリン役については....あははー( ;∀;)
これに関しては多分、相武さんがどーこーでなく。
誰がやっても納得いかないと思うカオリストです、はい。

ところでワタクシ、AHはこう見えて全巻購入してるのですが。
第2シーズンは買うだけでどこまで読んでるかも疑問なほど読んで無かったのです。
ドラマ見て、読んでみたけど。
うん、そうかそうか家族愛かっつってね。
でもリョウちゃんにとっての唯一の家族居なくなって、家族愛もへったくれも無かろう。



やっぱり、シティーハンター原作以上のモノは無いかな。ワタシにとっては。
結局、アニメだろうと実写だろうと、北条先生の手から離れたら別もんだし。
それを再認識する良い機会でした( ´∀`)ノシ




※ でも、屋上のシーンのみCHのRKに脳内変換して満喫しました。
   CHを好きでいる限り、永遠に脳内変換独り上手です(笑)
[ 2015/10/15 06:17 ] 未分類 | TB(0) | CM(10)

№7 何処にでもあるありふれた愛

香は勢いよく寝室のドアに飛び込んで、ドアをしっかりと閉めると思わずその場にへたり込んだ。
こんな風に直球で自分と撩の事について逆撫でするような男は、ミック以外では初めてだ。
ドキドキは全然しなかった。
ただただ動物的なまでの警戒心が騒いだ。
ベランダで隣に立つ事を許したのが敗因だと、香なりに分析する。
今後、彼が己のパーソナルスペースを侵害する事の無いよう自衛しなければ、と自分に言い聞かせる。
撩がいつ帰って来るのか解らないけれど、香はこの事を撩には知られたくないと思った。
強くあらねば、撩の相棒は名乗れないから。
易々と己のパーソナルスペースに他人を招き入れてしまう無防備さを、香はいつも反省するけれど。
その時になると、なかなか気が付かないのだいつも。
香は決意を新たに立ち上がると、撩のブランケットと枕のあるソファの方に潜り込んだ。

撩は今夜、香の知らない世界の闇で1人労働に励んでいる。
部屋を共有しようと言ったあの時は、
強引に自分が撩の大きなベッドを奪い取って、必然的に撩がコチラのソファに寝ることになったけど。
そもそも体の大きさに照らし合わせると、香がコチラに寝るのが妥当なのだ。
疲れて帰って来る相棒にはゆっくりと身体を休めて欲しいので、香は今夜からソファで寝る事にする。
それ程小さくも無いソファの寝心地は、意外にも悪くない。
しっかりとした背凭れに背中をくっ付けて横向きで目を閉じると、香は安心できるのを感じた。
撩の匂いのする枕とブランケットに包まって力を抜くと、
堅めのウレタンのソファは香をしっかりと包み込んでくれた。



















『・・・大事なものって何ですか?』

『オマエには関係無いもんさ。』


大塚が撩の言葉をどう受け止めたのかは解らないけれど、撩の返答を聴くと淡く微笑んだ。
もう寝ます。と言った大塚に、撩は返事もせずにヒラヒラと手を振った。







撩は数十分前の大塚との遣り取りを、リビングのソファに深く座って思い返していた。
手の中のロックグラスの氷が融けて、小さく澄んだ音を立てる。
いつもなら一仕事終えて外で一杯引っ掛けて帰って来るのがデフォルトだけれど、
何となくそんな気になれずに早目に帰った。
帰って来て正解だったのかどうかを考えると苛つくので、撩は煙草のフィルターを噛み締める。
どうやら香は無事、自力で大塚の魔の手から逃れたようだし、
お陰で撩はなんだか見たくもない現場を覗き見状態でヒヤヒヤさせられて、
おまけに胸糞悪い男と、寝る前のこんな時間に対峙せねばならなかった。
煙草の煙とバーボンの匂いの混ざった息を、深く吐き出す。
ソファの隅には、乱暴に脱ぎ捨てられたジャケットと放り出されたホルスターに収められた愛銃。

撩はいつも考えている。
自分と相棒の関係と、これからについて。
6年間、自分の気持ちを誤魔化してシラを切った事もあったし、気持ちが揺れた事もあった。
かと思えば、自分でも驚く程素直になれる事もあった。
多分、この地球上で今の所、撩という男の深い所も脆い所も一番よく知っているのは槇村香だろう。
そして、一番近くにいるのも。
けれどそんな香だけが、唯一気付いて無いのが撩の恋愛感情だ。
香が思っているより自分は単純な男なんだけど、と撩自身は思っている。
普通に思い悩む何処にでもいる冴えない男だ。
名前は冴羽だけど。

確かに、“家族愛”だなんて卑怯な逃げ口上なのかもしれない。
家族が大事なモノだって事ぐらい撩にだってわかるけど、撩自身にこれまで家族なんて居た例は無いのだ。
居たとすれば、闘いに明け暮れていかれて死んだ(ていうか、撩が殺した)熱すぎるオヤジだけだった。
本当はまだ、撩自身にも良く解っていないのかもしれない。
照れとか意地とか見栄とかそういう無駄なモノを削ぎ落して、言葉にすればそれは。
ただ単なるありふれた感情だ。
何処にでもいる普通の男の、たった一人の女に対する愛情だ。
関係性とか定義とかそういう事を考えるのは面倒で、撩はあまり得意ではないけれど。
仕事上のパートナー以外の部分で、それを恋人とか夫婦とか家族と呼ぶのなら何でも良いと思う。
この場合、肝心の既成事実(所謂、もっこりですね)が2人の間に何も無い事が最も大きな課題なのだ。





・・・そろそろ、姫も眠りに就いたかねぇ。




撩は天井の隅を見上げた。
あの天井の上の寝室で、きっと女は小さな寝息を立てているのだろう。
そう思うと撩の口角は自然と持ち上がるのだけど、
それを知っているのは今の所リビングの片隅の観葉植物だけだ。











翌朝、撩を起こしたのはブラインドから漏れる凶暴な朝の光と、旨そうな朝食の匂いと、
良く見知った知人(変態)の暑苦しい気配だった。
そいつは冴羽アパートの道を挟んで向かい側の雑居ビルに住居兼事務所を構えていて、
何かというと口実を見付けては、香に逢いに来る。
目的は初めから香だ。
撩は朝が苦手なので頭痛を覚える。
勿論、香の気配とそれに面倒臭い依頼人大塚の気配、
その上、大塚に輪を掛けて斜め上に面倒臭いミック・エンジェルの気配までキッチンにある。
朝から地獄絵図だ。

いつも使っているモノとは違う、彼女の枕を抱き込んで深呼吸すると、
少しだけ頭痛が和らぐような気がしないでもないけれど多分、気のせいだ。
昨夜、リビングで酒を呑んだ後、グラスを片付けて寝室へ入ると香は既に眠っていた。
何故だか香はソファの方で眠っていて、撩の枕もブランケットも彼女に占領されていたので仕方なく、
撩はベッドの方の彼女の枕と羽根布団で眠った。
それは明らかに撩のモノとは違って、甘い女の匂いがした。
香がいつも使っているボディクリームやシャンプーや石鹸の匂い。
その全てが調和よく混ざり合った香の匂い。

眠りに就くまで、撩は寝転んだままソファの上の香の寝顔を見詰めていた。
あんな事があったのに、香はまるで何事もなかったような安心しきった顔で眠っていた。
幸せそうですらあった。
カーテンの間仕切りは、いつの間にか用を為していない。
香自身、その事はもう忘れているのかもしれない。




撩はただ守りたいだけだ。
その健康的で幸せそうな寝顔や、笑顔を。
撩を信じて疑わない真っ直ぐな瞳を。
撩に寄せられる無垢な信頼にただ応えたいだけだ。
失望されたくない。
裏切りたくない。
そして、愛されたい。
ただそれだけだ。







ったく、なんで朝っぱらからあのヤローがいるんだよ。面倒臭ぇ。







撩と香の平和なアパートには、時としてこのような招かれざる面倒事(きゃく)が訪れたりする。
敬遠しているのは主に家主の撩1人だけで。
香は意外と楽しんでいたりするから、尚更撩は苛つくのだ。
本当ならもう少し、この香の布団に包まって朝寝を貪りたいのは山々だけど。
撩は仕方なく起床する事にした。


(つづく)


№8 撩を悩ます相棒(おんな)

何、探してんの?




吹き抜けの奥の書棚と睨めっこしている香に、撩は背後から近寄って声を掛けた。
水色と白のボーダーのカットソーに、ルーズフィットなジーンズを穿いた香が振り返る。
腰穿きしたジーンズは踵でたるんで、解れた裾が良い味を出している。
それは数年前までは撩が穿いていたモノだけど、香は随分前からそのジーンズを狙っていたらしい。
ここ最近クローゼットで見ないと思ったら、香がなぁなぁの内に愛用していた。
香は撩の気持ちなど微塵も気付かぬくせに、無邪気にそういう事をする。
その度に、撩が激しく心を揺さぶられている事など、きっと自覚に無い。
撩の声に、柔らかな表情で振り返ったり、無防備に笑って見せたりして。
撩を揺さぶる。
撩は多分、神様に試されている。





ん?ほら、前にりょおが教授のとこから借りたままの歴史の本があったなぁ、と思って。古いやつ。

んぁ?ぁあ、あったっけか? んなモン。

あったよ、まだ返してなかったはず。






どうしてそんなモノが、と訊くのも野暮だと、撩は鼻白んだ。
その日の朝、嫌な金髪(おとこ)の気配に起こされて不機嫌なまま赴いたダイニングキッチンで。
撩を除く3人が盛り上がっていたのは、依頼人の男が次に出演するドラマの歴史上の人物の話題だった。
大塚は売り出し中とはいえ、まだまだその枠で主演を張れるほどの器では無いので二番手だ。
それでも異例の大抜擢だと言える。
彼は予定外のこの休暇を利用して、台本を頭に入れているらしい。
だから、その歴史の流れが頭に入っているのは当然と言えば当然なのだが、
意外にもその博識ぶりを発揮したのが、ミック・エンジェルである。
香は学生時代、勉強が出来ない訳でもなかったけれど、取り立てて賢い訳でもなかった。
歴史の授業で習った事よりも、憶えているのは休み時間のガールズトークが楽しかった事ばかりだ。
香にドラマの筋を丁寧に説明する大塚に合わせて、
その都度ミックが、歴史に纏わる雑学ネタを披露する。
そして香が大袈裟に(香にそのつもりは無いが、撩にはそう見えた。)感心して見せる。
感心しながら、その時代の出来事に深く興味を抱いたらしい。
その一連の流れが不愉快過ぎて、今朝の撩は3杯しかご飯が喉を通らなかった。


6階と7階を繋ぐ階段を上がった突き当りの、壁一面に配された書棚には、
仕事用の資料から各種専門書、雑誌のバックナンバー、果ては新聞記事をスクラップにしたものまで。
撩の琴線に触れる物がぎっしりと詰め込まれている。
香の腰の高さほどの所から広い天板の書き物机になっていて、その上にも沢山の本が積まれている。
大抵は撩が読みかけている物だ。
大きな回転式の革張りの椅子がひとつと、欅の踏み台がひとつ。
天井高いっぱいまで造り付けられた書棚の一番上は、さすがの撩も踏み台を使う。
香の頭の少し上、日に灼けて如何にも古めかしいその背表紙が、香の探しているものだ。
香は撩に背を向けて、一生懸命お目当てのそれを探している。





ホラよ。

あ、ああありがとお。





香の目の前にその本を差し出した撩の声が、耳のすぐ後ろで聴こえて香はその距離の近さに狼狽えた。
香の背中にピッタリとくっ付くように、
撩がすぐ後ろから手を伸ばして香の頭より少し上の段の、教授から借りパクしている書物を探し当てたのだ。
香は俯いて小さく息を整える。
顔が赤いのが治まるまでは、撩の方を振り返れない。
すると背後で、ドスッと重たい音がする。
革の座面が軋む音と、キャスターが滑らかに転がる音。
撩が椅子に座った気配に香が振り返ったのと、香が撩に捕捉されたのは同時だった。

香は椅子に座った撩と机の天板に完全に挟まれていた。
撩は逞しい大胸筋の上に両手の指を合わせるようにして静かに手を置いて、
長い両脚は、香の両横を包囲して机の下に投げ出している。
香の腰と撩の座る椅子の前面は、距離にして数㎝しかない。
香は無意識に距離を取ろうとして、後ろの机の天板に尻をついた。
撩が何を思っているのか、瞳の色だけでは判断できずに香は困惑する。



香は分り易いと、撩は思う。
不思議そうな困ったような顔をして、撩の瞳を覗き込んでいる。
それでも、撩の突然の行動に何と言えばよいのか解らないのだろう。
撩が何かを言うのを待っている。
可愛いと、撩は思う。
撩が棚の中から取ってやった古い本を大事そうに胸に抱いて困っている、可愛くて悩ましい相棒。







午前中には、日課だという男の筋トレにまたしても付き合わされた。
というか、撩が自分からその役を買って出た。
ドア1枚挟んで、商売道具の格納庫兼射撃場がある所へ、大塚を1人で近付けたくはないし、
かと言って香に任せて、あの密室に2人きりにする訳にもいかない。
朝食の席で、他愛もない話しで無難に盛り上がりつつも、
香が何処か大塚に対してぎこちなさをみせていた事に、撩は勿論気が付いていた。
香が昨日の今日で、何事もなかったように振舞えるわけなど無いのだ。
一方の大塚は、平然と何事も無かったかのように撩にも香にも振舞った。
今日ばかりは撩が起きて来るまでの間、ミックが居てくれて香は助かったかもしれない。
結局、ミックの用件は、
撩に頼まれていたある官庁と政治家に纏わる色々を取材した際の資料を持って来たというものだった。
依頼人の前では都合の悪いその用件を、互いに咥え煙草で屋上でやりとりしながら、
撩はミックに同情された。
大変だな、オマエも。なんて、詳細は語らずとも、撩と香と大塚の三つ巴の微妙な空気を読むくらいの事は、
ミックにとっては朝飯前だ。
因みに、朝メシはしっかりと香の手料理を食べて帰って行った。






『外、出たらヤバイっすかね?』

大塚はトレーニングしながら、飄々とそんな事を撩に訊いた。
己の状況が解っていないらしい。
ヤバイから、こんな所で休暇とは名ばかりの軟禁状態にあるのだ。
撩は応えるのも面倒臭かったけれど、たっぷりと間を置いて一言だけ答えた。

『・・・当り前だ、ばか。』

大塚はそんな撩に、フフッと笑った。
何処か楽しげに、退屈なんですよね~~と言いながらルーティンをこなしていく。
そんな退屈しのぎに、相棒を誑かされたら堪らない。
撩はもうそれ以上、相手にするのも嫌になって聞こえないフリをした。







撩は香の薄茶色の瞳を見ながら、昨夜の出来事を思い出していた。
細いけどマッチョな大塚の腕が、香の腰を抱き寄せていた光景。
恐らく香は、リビングの扉の向こう側で撩に見られていた事には気が付いてはいない。
あともう少し、香が抵抗するのに手間取ったら妨害に入る所だった。
自力で大塚の手から逃れた香を、撩が心の中で励ましたのは言うまでもない。
今撩が両脚で囲い込んで目の前で困惑する香は、
撩に捕えられても、困ったような顔をするだけで逃げようとはしない。
香は無意識のうちにパーソナルスペースに撩が入る事を、許しているのだ。
勿論、逆も然り。
撩は己のパーソナルスペースに香が侵入しても、不快な気持ちにはならない。





おまぁ、太った?



本当は、自分も抱き寄せてみたかった。
けれど撩の出来る限界は、今日の所はこれまでだった。
細い腰を抱き寄せる代わりに、ガッと両側からジーンズ越しの腰骨を掴んで言ったひとことがそれである。
デリカシーの欠片も無い。
次の瞬間、慣れた衝撃と共に轟音と震動と埃が撩を襲った。



失礼ねっっ  変わんないわよっっ!!



実際の所、香の体重に変化はない。
香よりも調子を狂わせているのは、むしろ撩の方だ。
大塚をアパートに置いて以来、焦燥感とイラツキが半端無い。
煙草の消費量が増している。
もっと他に、言いたい事は山ほどあるのに、撩は肝心な言葉が言えないでいる。
大きなハンマーの下敷きになって、撩は盛大に溜息を漏らした。
この世で唯一、撩を悩ませるのは他の誰でも無い可愛い相棒だ。


(つづく)


超超超超・久々に描いてみた。

シャーペンと色鉛筆で落書きしました。

折り畳んどきます。
[ 2015/10/25 18:42 ] お絵描き練習 | TB(0) | CM(0)

№9 想定外 

依頼人・大塚健吾をアパートに匿って、もうじき10日近くになる。
その間、撩はほぼ毎晩、冴子の捜査と足並みを揃えるように独自に仕事を進めている。
今の所、香の出番は殆ど無い。
香にとってはいつも通り家の中の事を整えて、そこに1名居候が増えただけの事である。
依頼の主目的は、大塚の身の安全を確保しつつ、脅迫犯とその背後にある人間関係を炙り出す事である。
この数日の間に、香は断片的な情報だけは撩に聞かされていた。
どうやら例の六本木や渋谷を根城とした不良集団の大元には、やはり反社会的な組織も関わっている事。
今回の大塚と彼の所属事務所に対する脅迫事件は、
しかしそれとはまた違った要因も複雑に絡んでいる事。
大塚は、アパートに居る間、地下のトレーニングルームか客間に居る事が殆どだ。
それでも撩は、事件捜査に関する進捗状況を大塚の耳には入れないよう、慎重を期して避けている。
昔の連れと大塚が何処でどう繋がっているのか、警察が把握しているその交友関係は、
あくまでも大塚の自己申告でしかないのだ。
今回のようなケースは、脅迫を受けている被害者も少なからず、叩けば埃の出る身だ。
撩の見立てでは、彼自身それほどの危機感を感じている様子もない。
もしも大塚自身からあちら側へ、安易にこちらの動きが漏れるような事になれば、
これまで秘密裏に進めている事案が全て無駄になる。
早い話しが、依頼人・被害者とは言え、今回に限って撩は日頃の行い含め、彼を全く信用していないのだ。

そうなると自然、撩と香が事件の事について情報を共有する場は、7階寝室か吹き抜けの書斎になる。
香が掃除の手を動かしながら、撩がその周りに纏わり付くように前日の夜の経過を報告するという形だ。
相変わらず、毎朝毎夕伝言板の確認に行く香に、
撩は別に行かなくても構わないと言ったけれど、香が行きたいと言うと止めはしなかった。
撩は毎晩、労働をして帰って来るのだ。
香としては、自分だけ何もしない訳にはいかない、という気持ちだった。






相変わらず、伝言板にはXYZの3文字は無かった。

香は軽く落胆の溜息を吐いたけれど、すぐに気持ちを切り替えた。
依頼の切れ目が無い事は非常に喜ばしい事なのかもしれないけれど、
この状況で新たな依頼を抱える事は、現実的には撩の負担が増えるだけだ。
だから、香がどうしても伝言板を確認に行きたいと思ってしまうのは、
ある面、生活のリズムという意味合いもあるのかもしれない。
撩から調整し直したコルトローマンを受け取って、射撃の練習もさせて貰えるようになったとはいえ、
香はまだまだ、この世界では素人に毛が生えたレベルだ。
香が胸を張って、撩の相棒だと言える事はまだ何も無い。
撩は香を何がなんでも守り抜くし、互いに何がなんでも生き延びようと誓ってくれたけど、
肝心の香自身が撩の足を引っ張ったら何にもならないのだ。
今の香に出来る事は、いざという時の為の鍛錬を怠らないことと、今出来る事に専念することだ。
伝言板を確認して、新宿の街の空気を自分なりに読み取ること。
今では香が街を歩けば、
撩が日頃懇意にしている情報屋たちが、香にも何らかの情報を世間話に織り交ぜて齎したりする。
そういうことなら、自分にも出来るはずだと香は考えている。









え、どうして???




新宿駅東口を出て駅前の雑踏を抜けた所で、香は目の前で微笑む大塚に驚いた。
この所、深夜遅くに帰宅した撩は午前中、香が伝言板を確認して帰る頃には起床して、
大塚の日課に付き合っているらしい。
だから普段なら今頃、ちょうど撩が起きるか起きないかといった所だろう。
こんな場所で依頼人がひとりで佇んでいる事に、香は意表を突かれた。






りょおは?一緒じゃないの?

ふふふ、寝てる間に抜け出して来ちゃった。

はぁ?

今日はちょっと、香さんの日課のほうにボクがお付き合いしたいなぁ、なんて。

駄目よっっ、勝手なことしちゃ。何かあってからでは遅いわ。







ふふ、大げさだなぁ。と、大塚は呑気に笑った。
そうは言っても、この雑踏の中に彼はもうやって来てしまったのだ。
屈託のない笑顔で楽し気な大塚は、人気俳優の自覚が有るのか無いのか隠す気も無いのだろう。
堂々といつも通りの姿だ。
却ってそれが良いのかもしれない、不思議と道行く人も誰も気にも留めない。
香も仕方なさ気に肩を竦めると、呆れたように微笑んで家路に着く事にした。
本当はこのあと、スーパーでの買い出しも済ませておきたかったけれど、それは後回しにする。






ねえ、香さん。

なぁに?

せっかくだから、デートしようよ。

・・・駄目。

じゃあ、お茶しよう。

無理。

今までではじめてかもしんない、こんなに女の子に拒絶されたの。





凹むなぁ、と言いながら、
全然凹んで無さそうなイケメンに、香は立ち止まって向き直ると盛大な溜息を吐く。
どうして香の周りには、こうも軽薄な男しか寄りつかないのか。
他に誰がいるのかと言われれば、思い当るのは1人だけだが。






あのねぇ、アナタ自分の状況わかってるの? 狙われ・・・




そこまで言った所で、香は口を噤んだ。
気が付くと香と大塚の周りを、4~5人の柄の悪そうな輩が取り囲んでいた。
一見すると街中の破落戸風だが、目の奥の鋭さはただの不良ではなさそうだった。






あ~あ、何か起こっちゃったね。

アナタのせいよ。




2人が軽口を叩くのもそれまでだった。
輩のリーダー格と思しき男が、懐に手を入れて慇懃に挨拶をする。




ちょっと、ご足労願えませんか?












香はよくある展開に、またしても苦々しい気持ちになった。
こうなってしまえば、素直に撩の助言に従って伝言板の確認は控えておけばよかったと後悔する。
駅前の人の波は、誰も周囲の事になど注意を払わない。
都心の平日午前中の人たちは皆、忙しいのだ。
香と大塚は、微妙な間合いで取り囲む男達に誘導されるまま、
全面スモークガラスのワンボックスカーの後部座席に誘われた。
車に乗り込む直前香は、雑踏の切れ間に見えた靴磨きの情報屋と目が合った。


相手の懐の物が拳銃なのかどうかは、香には判断付かない。
けれど、香1人では依頼人まで庇ってハッタリで切り抜ける自信も無い。
相手に従うしか手立ては無かった。
全員が乗り込むと、車は滑らかに滑り出した。
他の男達も、それぞれに武装はしていた。
香と大塚はそれぞれ背中にサバイバルナイフを突き付けられて、手首を後ろ手で拘束された。
猿轡を噛まされ、目隠しもされた。
香はこのような状況には、悲しいかな慣れっこなので。
土地勘のある新宿を中心とした、東京23区の地図を頭の中に思い浮かべる。
車が交差点を曲がる度に、方角を予測する。
車に乗り込む前に、さり気なく腕時計にも目を走らせた。
この後、どの程度の時間この車で運ばれるのか。
自分でもある程度の予測を立てられるように、得られる情報は逐一脳内にインプットする。
運が良ければ、命までは獲られずに何処か人目につかない所に監禁されるのだろう。
そうなれば、香にも勝機はある。
彼等を相手に反撃するわけでは無い。
自分も依頼人も、命が無事ならそれで良いのだ。
せめて隙をついて逃げる事が出来れば、上々だ。










くそっっ、あんの依頼人(ばぁか)




撩がいつものように起床したら、アパートは無人だった。
初めの内こそ、撩を起こして伝言板の確認に行った香だったが、
この所、連日の深夜の労働に重ねて、午前中早起きの撩を案じて無理に起こす事はしなくなっていた。
香が伝言板の確認を欠かさないのも、撩を気遣って起こさないようにしているのも、
香の意図は撩には、解り過ぎるほど解っているので、これは致し方の無い事だ。
これは撩のミスだった。
数日前から、大塚は外出したがっていた。
退屈だとふざける彼の言葉を聞き流したのは、撩だ。
香が恐らく、駅の付近にいる事は間違いないだろう。
撩は瞬時に様々なパターンを、想定する。
大塚健吾なら、どういった行動を起こすだろう。
取敢えずは着替えないと、撩が今身に着けているのはボクサーパンツ1枚だ。




撩がホルスターに愛銃を捻じ込んで、ジャケットを羽織ったタイミングで、寝室の子機が着信を伝えた。
シティーハンター出陣の合図だ。



(つづく)



naseさんから、またカオリン貰っちった(´艸`*)

おはこんばんちわ、ケシです。

朝晩、すっかり涼しくなりまして日中との寒暖差が大きいですが、皆様いかがお過ごしでございましょう。
ワタシは元気です。風邪ひとつ引いておりません(*´∀`*)ノシ
皆様も、何卒ご自愛くださいませ。

いつも仲良くさせて戴いてる、naseさんにまたカオリンを描いて貰っちった(むふ)
naseさんの描くカオリンとリョウちゃんは、すごく可愛くてかっこいいのです(握拳)
まぁ、ココに見に来てる人は大抵、naseさんの所にも行ってるだろうから今更説明は不要だぜ。
ケシ子の説明なんて蛇足だぜ、見れば良いんだぜ。
リンクからサクッと飛べばいいんだぜ。



続きにかわゆいカオリン↓

[ 2015/10/28 20:11 ] GIFT | TB(0) | CM(0)

トリック・オア・トリート

っま、まさかっっ  アンタがっっ

すまんな、悪く思うなよ。






死ぬ間際の男を見下ろしながら、撩は薄く嗤った。
苦悶の表情を浮かべて死にゆく男に致命傷を与えたのは、他でも無い撩だ。
有象無象が蠢く盛り場でその男とはこの数ケ月、
行きつけの飲み屋で顔を合わせれば、後腐れなく酒を酌み交わす顔見知りだった。
恐らく男は、冴羽撩の事を殺し屋だとは思いもしなかっただろう。
職業・年齢・住所不詳の遊び人、きっとそういう風にしか思っていなかっただろう。
けれど撩はこの晩の仕事(ころし)を予定して、はじめて顔を合わせた時から罠を張っていた。
男が殺し屋の巧妙なトリックに気が付いたのは、残念ながら命を失う直前の事だった。





油断したな、オッサン。








撩は懐から煙草を取り出すと、火を点けて男の足元に置いた。
ビルとビルの隙間の暗がりで真っ直ぐに昇ってゆく弔いの紫煙と、
ひび割れたコンクリートに凭れて死んだ男を残して、撩は足早にその場を去った。
一本表の通りに出れば、嘘のように別の世界が広がる。
深夜にも関わらず、いつもよりも人通りが多いのは浮かれたお祭り騒ぎの晩だからだ。
どいつもこいつも浮かれた仮装に身を包み、本来の意味も理解せぬままに飲みの口実に利用している。
もしかすると奴らの頭の中身は、南瓜のワタと種で出来ているのかもしれない。
こんな晩なら、たとえ撩が銃を所持して歩いていても誰も本物だと思うものなどいないだろう。
擬態するには、御誂え向きの夜だ。平和な街だと、撩は思う。
オイタをした晩は、おやつが欲しい。

真っ直ぐに帰っても、現場からは目と鼻の先。
寝静まる自宅アパートを、撩は見上げる。
今夜、撩はキャバクラで夜通しハロウィンナイトだと思い込んでいる相棒は、とっくに寝ているはずだ。














寝室のベッドの上には、愛しい女が穏やかな寝息を立てて眠っている。
まるでジャックオランタンの様な、オレンジ色の丸いベッドサイドの灯りが、
香の寝顔を柔らかく照らしている。
撩はジャケットとホルスターをソファに脱ぎ捨てると、Tシャツとジーンズを身に着けたままベッドに潜り込む。
硝煙の臭いのする撩とは対照的に、香からシャンプーと石鹸が薫る。
寝ている香に構わずに、撩は強引に抱き寄せる。
突然の安眠妨害に、香の意識が徐々に覚醒する。
寝息は止まり、眉根を寄せ、唇が開く。




・・・おかえり。



小さな声は、乾いて掠れている。
ただいま、と答える撩の声は茶色の癖毛に埋もれてくぐもる。
渇いたものは元の通り、潤さないといけない。






カオリン、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。




香の瞳が潤んで揺れる。
抱き寄せられた撩の腕の中で身じろぐと、両手で撩の頬を包む。
吐息の掛かるほどの距離で、硝煙の臭いの残る撩の前髪がふわりと香に触れる。





していいよ。





まるで砂糖菓子のように甘い女に、撩は口づける。
もどかしげに布団の中で少しづつ衣服を寛げてゆく。
渇きは、可及的速やかに潤さねばならない。
本来の撩の役回りは、死出の旅路を案内する死神だった筈なのに。
香に出逢ってからの数年で、いつの間にか撩自身が罠にかかっている。
可愛くて怖い罠に引っ掛かって、撩は気が付くと香に惚れていた。
もしかすると香は惚れ薬を使いこなす、魔女なのかもしれない。
何重にも張り巡らされた香のトリックに絡め取られて、たぶん撩は香の掌で転がされている。
トリックもトリートも紙一重で、撩に何かをもたらす事の出来る女は香だけだ。




さすが、トラップの名手だな。




撩の言葉を呑み込むように、二度目のおかえりなさいのキスは香が仕掛けた。









ハロウィンですねー、短編です(*´∀`*)ノシ

[ 2015/10/31 04:27 ] 短いお話 | TB(0) | CM(1)