№5 いけ好かない依頼人(やつ)

なぁ、おまー。わざわざあの野郎に別メニューでメシ作ってやってるわけ?




香が伝言板の確認を終えてアパートに戻り、
6階の掃除を終えて7階に取り掛かった所で、撩と大塚は地下のトレーニングルームから戻って来た。
今現在、2人の寝室となっている7階ベッドルームに掃除機を掛ける香の背後から、撩が声を掛けた。
ちょうど香は、ベッドの下に掃除機のヘッドを突っ込んで屈んでいる所だった。
しゃがみ込んだまま振り返り撩を見上げる香が、
一瞬、初めて逢った時の路地裏のシュガーボーイと重なる。





ん?なに~~?



戸口に立った撩の言葉は、掃除機を使う香にはよく聞き取れなかったらしい。
撩は香が出掛けて数分後の、キッチンでの事を思い返す。
依頼人・大塚の前に置かれた皿と、
撩のいつもの指定席に置かれた皿に盛られている朝食は、明らかに別物だった。
朝食のメニューに不満は無い。
むしろ、大塚健吾の前に置かれた皿の中身が己の朝食だと言われた方が厳しいだろう。
だから撩が言っているのは、メニューがどうのという話では無く。
香が朝から負担する、家事の二度手間の話である。
大塚が撩よりも先に席を立って歯を磨いてた間に、
撩は冷蔵庫の扉にマグネットで貼られた数枚の紙の束を発見した。
糖質を制限するタイプの食事メニューのレシピだ。
撩が依頼人に抱いた第一印象の通り、観賞用筋肉を効率的に作り出す為のもっとも簡単なメソッドである。
確かに奴の身の安全が確保されるまで、この家に匿うのが今回の依頼だけれど。
このアパートはあくまで、撩の家であり、香の家なのだ。
自業自得の依頼人が、何の仕事をしていようが、普段どういう生活をしていようが、
ぶっちゃけ自分達にはかんけー無いのだ、と撩は思っていて。
これまでこのアパートに匿い生活した依頼人たちに、わざわざここまでしてやった例もない。
香が考えて立てた献立を、自分達と同じように食べて貰っている。
撩は何故だか妙に、依頼人・大塚についてはそのような些末な事までいちいち癇に障る。




メニュー?

ああ、アイツの喰ってんの、わざわざ別で作ってんのかって訊いてんだよ。





香は掃除機を止めてニッコリと微笑んだ。
掃除機のヘッドが吸引して一緒にくっ付いて来たグラビア雑誌を、
にこやかに微笑みながら(しかし、目の奥は笑っていない)、ベッド脇のゴミ箱に叩き込む。
撩はその一連の流れを目で追いながら、香の掃除が済んだらあの雑誌をゴミ箱から救出しようと考える。





なんかね、マネージャーさんからの書類を渡されたの。大塚さんの食事は、いつもあんな感じだからって。

はんっっ、アホくさ。ったく、いい迷惑だな。

そう?

そう?って、作ってんのおまぁだろうが。面倒臭ぇだろ、わざわざ。






撩が珍しく、香の家事の事を心配しているのが可笑しくて香は思わず笑ってしまった。
普段やれば出来るクセに、全部香に任せっきりで一番手が掛かるのは撩なのに。
自分の事は棚に上げるらしい。





そうでもないよ?結構、勉強になるしダイエットにはイイかもしんない。




そう言って笑う香には、ダイエットなど無縁だ。
さきほど一瞬だけ重ねてしまったシュガーボーイの頃から、華奢な所は変わらない。
唯一、おっぱいが成長したのと、無意識に駄々漏らす媚びない色気を除いては昔のまんまだ。
むしろ、昔よりも性質が悪い。




せっかくだから、依頼の間は撩の分もヘルシーメニューにする?

あ゛? 冗談じゃねぇ。俺を殺す気かっっ

死なないわよ、大げさなんだから。




香はそう言って楽しそうに笑うけど、撩は香ほど脳天気には出来ていないので、
結局のところ、奴だけ特別扱いというのが胸糞悪いのだ。
これだから、冴子の持ち込む依頼なんて、毎回ろくでもないのだとひっそりと溜息を吐いた。
香の知らない、地下室での男同士の遣り取りを思い出す。
妙に張り切って筋トレに励むイケメンを無視して、撩がヤル気無さ気に愛読書を広げていると、
彼はにこやかにその話題を振って来た。

























冴羽さんて、香さんのことどう思ってるんですか?

・・・はあ? どうって?

付き合ってます?

・・・。




なんでお前如きに答えなきゃならんのだ、と言いたくなるような質問を連発しながら、
ヤツは脳天気に腹筋を鍛えていた。
答えても仕方のない事にわざわざ返答してやるほど撩は暇じゃないので、
丸っきり聞こえないフリをして、香の愛用しているヨガマットの上で寝転んでエロ本の続きを読んでいた。
出来る事なら依頼人を放置して、さっさと階上(うえ)にあがってコーヒーでも飲みたかった撩だけど。
すぐ傍に非合法エリアが存在するのでそういう訳にもいかず、不愉快なひと時を過ごしたのだ。




冴羽さんって、すごい身体してますよね。初めてお逢いした時から、すごいなぁって思ってたんですよ。




香の事に関して、一切無視を決め込んだ撩に大塚は、別の切り口でアプローチしてきた。
撩は寝転んだまま、大塚にチラッと一瞥をくれる。
好青年風に猫を被った男は、撩にニコッと微笑みかける。
撩は、意地悪く頬を歪める。



なんだ、オマエ。そっちの組合か?悪ぃけど、俺ぁノンケだから。

あはは、僕もノンケです。強いて言えば、香さんは好みのタイプですけどね。

・・・・・・なんだやっぱ、組合員か。にしても、眼医者行った方が良いんじゃないか?

冴羽さんの方こそ、良い医者紹介しますよ?

いや、生憎間に合ってるから、大丈夫だ。




依頼人は、極上の笑みで。
冴羽撩は鉄壁のポーカーフェイスで、穏やかなやりとりの中に静かな殺気が漂っていた。
依頼自体はしょうもない悪ガキの内輪揉めなのに、肝心の依頼人が面倒臭い男の気がして、
撩は一気に憂鬱になった。




ふ~~~ん、じゃあ良いんですね?

何が?

いや、別に。大した事じゃないですよ。




大塚は、女性ファンを虜にする得意の微笑みを臆面もなく撩に向ける。
胸糞悪い。
その言葉が、香に関係する話の延長線上にあるという事が、撩を苛立たせる。

ガキのくせに。
アイツと俺のあれこれなんて、何も知らないくせに。
アイツの事なんか知らないくせに。
アイツが誰に惚れてるのか・・・もしかすると、それは自分にも解らないかもしれない。

なんて今更な事が、撩の脳裏を過る。
撩はいつも、香に関しては正常な判断能力を無くしてしまう。





オマエがどう思おうが、アイツがどう思おうが、知ったこっちゃないけど。




撩はそう言うと、ダンガリーシャツの胸ポケットから潰れたソフトパッケージの煙草を取り出す。
カチンという高い音が響いて、直後にジッポーのオイルが暖められた匂いが流れる。





付き合ってるっつーか、アイツは家族だからさぁ。半端な真似しやがったら、



”殺すよ?”という言葉は、煙草を咥えながら発せられたので、
大塚が聞き取れたかどうかは不明である。
けれどそれまで行っていたトレーニングの動きを止めて、大塚が撩に真剣な目を向けた。



へー、”家族”って。便利な言葉っすね。












大塚はそう言ったきり、何も言わずにトレーニングを再開したので、
撩もそれっきり、彼の事は無視して読書(エロ本だけどね)を再開した。
寝室の入り口でぼんやりとそんな事を思い出している撩になど、香はお構い無しに掃除機をかけている。
多分、香は自分に惚れているのだろう、と撩は思う。
そして多分、あの状況で家族という言葉を持ち出す自分は確かにズルいんだろう、と思う。
確かに、撩には何も無い。
たった1人の女にくれてやる確かな約束も、言葉も、何も持ち合わせてはいない。
オマケにこの世の中の何処にも属さない人間で、正式に言うと家族にすらなる資格は無い。
それでも、撩には。
この目の前にいる、掃除機をかけるこの女が必要なのだ。
取敢えず今回の依頼料に関しては。
食事の準備の手間賃として幾らか、別途料金をしっかり上乗せさせて貰わなければいけない。




RRRRRR







ちょっと、りょお、電話出て?



ベッドサイドの子機が着信を伝える。
香は寝室の隅を掃除しながら、撩を振り返る。どうやら暇人は、撩一人だけらしい。
撩は苦笑しながら、胸糞悪い依頼人に関する回想を断ち切った。







もしもし。

撩?今夜、逢いたいんだけど 二人っきりで。





電話の相手は、女豹・野上冴子だった。
今回の依頼を持ち込んだ張本人は、撩の嫌がる用件であればあるほど、こうして猫撫で声で媚を売る。
撩は当分、逢いたくはない。
今夜、撩が冴子に呼び出されれば、必然的に香とヤツは二人っきりになる。
撩は無意識に、深く長い溜息を漏らす。



なによ、溜息って。失礼ね。


冴子のツッコミなど、撩は聞いてもいなかった。
問題は、面倒臭い依頼人・大塚健吾対策である。
奴が依頼人でさえなければ、サクッと抹殺するところであるけれど、今回はそうもいかない。
もしかすると唯一の解決策は、本当にシティーハンター同士仲良く付き合っちゃう事ぐらいか。
それでもそれが出来るなら、撩もそもそも悩みはしないのだ。




(つづく)



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愛蔵版の背表紙がカオリンだった記念SS

おはこんばんちわ、ケシでございます(*´∀`*)ノシ
現在発売中のCITYHUNTER XYZeditionなんですが、
現在の6巻までで背表紙の美女の正体が判明いたしまして。
晴れて美女の正体が、カオリンだった事に浮かれてnaseさんとコラボっちゃいました。

取敢えず、今回のnaseさんとのコラボ第1弾ということで・・・
(いやなに、他にも予定してるものがありましてね。)

追記から↓↓↓

[ 2015/09/23 01:46 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

番外特別編  槇村家の幸せ

おはこんばんちわ、ケシでございます(*´∀`*)ノシ

30周年記念の完全読本、CHファンの皆様はもうお読みになられたと思いますのでネタバレです。
完全読本の中の、北条先生への10のインタビューの最後の質問の答えを読んで、
まんまと先生の術中に嵌り、狂喜乱舞致しまして(´艸`*)お子様ネタを書いちゃいました。

当ブログは、色んな設定がありまして、パラレルも沢山書いてまして、
その中で唯一、お子様ネタを書いてたのがこれまで、漁師パラレルの所の息子ちゃんだったのです。
それ以外、今後も書くつもりは無かったのですが。もう1つ、
夫婦探偵の方もチラッとそれっぽい所まで書いて進展してないままだったので、そっちで書いてみました。
これまでの時系列で言ったら、


夫婦探偵夜明け前(結婚前)

不実

偽装

女衒

お子様←NEW


こんな感じです。
それぞれの事件別にカテゴリ分けしてるので、番外を入れるのは夜明け前の所にしました。
夫婦探偵シリーズ未読の方は、時系列に沿って読んで戴けた方がより面白いかと思われます。

そして、前回更新の時に言ってました、もう1つのnaseさんとのコラボはコチラだったのです(*´∀`*)



という訳で、本編は追記で。
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