6. 決定事項

焼けちまったな。



リビングに現れた相棒の第一声がそう言ったから、香は、ああやっぱり。と思った。
風呂上りに脱衣所の鏡に映った裸の背中を、自分自身で身体を捻りながらチラリと見た時は、
もしかすると照明か何かの光の加減の可能性も無くは無いかもしれないと、往生際悪く考えていたけれど。
やっぱりあれは目の錯覚でも何でも無く、不本意ながら日焼けというのが正解らしい。

昼間、想定外に撩と2人屋外で張り込みをするという展開となった。
もっと言えば、その少し前に家を出た時には曇り空でムシムシとした梅雨独特の天候だったのだ。
少しの布地面積も肌に纏わり付く湿度の高さに朝から嫌気がさして、
香はチノコットンのタイトスカートとシンプルな黒のタンクトップを選んだ。
勿論、日焼け止めはきちんと使っていた。
それでも朝のまま曇り空が続いていてくれれば、まだ少しはマシだったのかもしれない。
正午前から突然、雲は綺麗に流れ去り、一転カンカン照りの梅雨の晴れ間となった。
今が絶賛依頼遂行中の身で無ければ、きっと香は喜んで室内干しの洗濯物をベランダに出しただろう。
けれど、どう足掻いても洗濯物はリビングの扇風機の前で所在無げに揺れていただろうし、
紫外線は容赦なく、香の肌を灼いたのだ。








撩がシャワーを浴びてリビングに入ると、先に風呂を済ませた香が床の上に座っていた。
タオルドライしただけの濡れ髪と、掃出し窓から入る緩やかな風が、
撩の鼻先まで彼女の甘いシャンプーの匂いを運んでくる。
風呂上りの彼女は、ココの所気に入りの部屋着を着ている。
背の高い彼女の踝まであるたっぷりとしたマキシ丈のキャミワンピース。
8.3ozのヘヴィウェイトの杢グレイのTシャツ生地に、赤いコットンのパイピングを兼ねた肩紐。
何の色気も無い、むしろカジュアルな部屋着はしかし。
撩の五感に様々な誘惑を激しく投げ掛ける。
前面に比べて広い背中側の開きから覗く白い背中には肩甲骨と背骨が浮いて、
下着の存在は感じられない。
傍らのローテーブルには汗をかいたグラスが置かれて、
薄いレモンを浮かべた炭酸水がなみなみと注がれている。
数時間前に夕立が降った後は、昼間の暑さが嘘のように冷まされて。
窓からゆるゆると入り込む風は、心地良くリビングの空気を揺らす。

キャミソールのラインとはまた違った形に沿うように、彼女の肌がワントーン暗くなったのは一目で判った。
それでも肌の白い事には変わりは無いけれど、
(勿論、彼女には気付かれないように)撩はいつも彼女を隅々まで舐めるように観察しているのだ。
判らない訳はない。
タンクトップの形に彼女の肌を灼いたのは、間違いなく昼間の強い日差しだ。





うん、日焼け止め塗っといたんだけどね。




香はそういうと、華奢な腕を伸ばしてテーブルの上のグラスを取る。
水滴が滴るのも気に掛けず、炭酸水をコクリと飲む。
香の掌から手首を伝って流れる水滴と喉の動くのを見ながら、撩はどさりとソファに座る。
水を含んだ後の香の濡れた唇を目で追う事を止められない。
さり気なく視線で追いながら、撩は自身の手の中の350ml缶を開ける。
リビングに入る直前に、冷蔵庫から出してきた缶はもう既に汗をかいている。
撩の頭の中を占める思いと、口を吐いて出る言葉はいつも裏腹だ。





カオリンももう若くないんだから、長袖羽織ってお肌を労わらなきゃだね♪




憎たらしい顔をしてそんな事をのたまう男に、香は思わず眉間に皺を浮かべる。
彼の戯言がただの冗談だという事くらいは、香ももうとっくに知ってはいるけれど。
知っていても癇に障るのは仕方ない。
若くないっつーのは、大きなお世話よっっ、と唇を尖らせる香を見て、撩は本当に楽しそうに笑う。
撩の愛情はいつもちょっとだけ歪んでいるので、
香が腹を立てたり少しだけ拗ねた顔を見せると、妙な満足感が湧いてくる。
他人の前では心底お人好しで愛想のいい彼女が、他人には見せない表情を見る事の出来る自分。
その事が彼を満足させるのかもしれない。
それがたとえプラスの感情であれマイナスの感情であれ、撩にとって大切なポイントはそこでは無く。
大事なのは他の誰にも見せない彼女のありのままの表情であり、
それを見せる事を躊躇しない彼女の自分に対する警戒心の無さと、互いの安らいだ関係だ。

安寧を覆す事を良しとはしない。
だから撩は本心を隠して、裏腹な言葉を紡ぐ。
本音を言えば、すぐにでもその唇に齧り付きたい。







撩が他愛も無い憎まれ口を叩くから、香もそれに軽口で応酬する。
呆れたようなムカついたような表情を作る事は、もう殆ど習慣で。
香は本当の事をいうと、それがそれほど嫌な事だという訳でも無い。
風呂上りの撩のビールを飲む喉仏の上下するのが、美しいと思う。
それに、もう20代も半ばを過ぎれば若くないというのも本当の事だ。
例えばお嬢様育ちの上品な女子大生の依頼人とか、
ピチピチのお肌のハタチのキャバクラ嬢とかいう感じの、
撩の大好物と自分とでは、生き物としてのカテゴリーが全く違うのだと香は考察する。

それに少し。
香は想像してみる。
撩はいつも、そのような女性達(モッコリちゃん)を前にして涎を垂らさんばかりの勢いでがっつくけれど。
果たして冷静に考えて、その様な彼女らが撩の隣に並んだとして、果たして似合うのだろうかと。
答えはNOだ。
どんなに若くて美しくて完璧な女性であっても、撩の相手には相応しく無いと香は思う。
撩の隣を歩くのに相応しいのは、勿論、自分でも無い。
それはもっとカッコ良くて強くて、撩と同じだけ温かい人間だ。
今の段階では到底力不足だけれど、そんな人間にいつかは成りたいという事は常に目標としている。
だから、撩に似合う女は香の理想の中だけにある。
若さや勢いだけではその理想には近付けないという事に香が気が付いたのは、
年齢や経験を重ねてきたからだ。
シュガーボーイの頃の自分にも、
不甲斐無い自分に歯噛みして独りでスタンドプレイに走った頃の自分にも、
撩の気持ちを推し量る事が出来なくて傍にいることを辛く感じてしまった頃の自分にも、
決して解らなかったし、多分、今の自分にもまだ解らない事も沢山ある。
だから香は、本当言うと歳を取る事に怖さを感じた事は無い。

力不足には違いは無いけれど、それでもこの数年間、撩の相棒として何とか傍に置いて貰っている。
その事だけが、香の全てだ。
香が歳を重ねれば、その分、撩も同じだけ歳を重ねる。
2人の年齢差は厳然たる決定事項として、2人の間に横たわっている。
それでも経験や能力の差は、その事とは関係無しに少しづつ縮める事は出来るのだ。
これまでも、ずっとそうしてきたように。
負け惜しみでも何でも無く、もう若さだけでない歳になるという事は香にとっては撩との歴史でもあるのだ。





うん、でもホント、実際もう少し自分を労わらなきゃだね。もう、若くないし。





そう言って香が微笑んで、もう一度緩やかな風が癖毛を揺らす。
それを見ながら、撩は手の中で煙草に火を点ける。
少しづつ暑さを増して、季節は梅雨から夏へと変わる。
多分、撩もいつかはこの安寧を覆すのだろう。
そしてそれは、そう長くは続かない。
撩はこれまでもたとえ本音を隠しても、彼女の前ではいつだって最後には腹を暴かれてきた。
真っ直ぐな目をして自分を信じ切る揺ぎの無い相手には、幾ら撩でも向き合わざるを得ない。
ましてや惚れた女になら、尚の事隠し立て出来るような事でも無い。
他でも無い、撩自身が彼女を心底欲しているのだから。

彼女の全てを奪うのは、もう撩の中では決定事項だ。
それを実行に移すまでの僅かな時間の感触を、撩は今、掌の中で楽しんでいる。









ちょっと、続きを書かずにお題。
何となく短いお話が書きたい気分だったので(*´∀`*)


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第9話 限りある不完全な世界

最悪っっ 天気予報、降るなんて言ってなかったじゃん!!





槇村香は、自宅の最寄りの地下鉄の駅から地上に出て空を見上げた。
会社を定時に出た時には、カラッと晴れ渡り気持ちの良い夕方の空の色だった。
鞄の中に、折り畳み傘も入れて無い。
予報で不安がある時は持って出るけれど、
今朝の天気予報では終日晴天に恵まれるという事だったので、完全に油断していた。

駅から自宅アパートまで、駆け足で7分弱。
最悪、濡れて帰る事に関しては、仕方ない。
けれど、香の落胆の原因はその事では無い。
香はいつも、早起きだ。
今朝も例外では無かった。
気持ちの良い初夏の朝日を浴びながら、洗濯物を干した。
日中の天気を思えば、きっと綺麗に乾いていたであろう香の衣類たちは。
多分、今頃ビショ濡れだろう。
こんな事なら部屋の中に干したのに、と溜息を吐くと、香は意を決したように雨の中を走り出した。







へ???

おかえり。





肩で息をしながら、全身ビショ濡れで帰って来た香を待っていたのは、
リビングで洗濯物を畳む、彼女の守護天使・冴羽撩だった。




た  ただいま、帰りました。



香は思わず、赤面する。
何しろ彼は、ちょうど香の下着を手にした所だった。
確か会社を出る頃に彼の気配は感じていたので、今まで一緒に居たのだとばかり思っていた。
どうやら、雨の気配に彼は一足早く帰還して、香の洗濯物を無事サルベージしたらしい。




っだぁぁあ、っちょっとっっ それ、アタシの・・・下着・・・



香が焦って撩に駆け寄ると、撩はニンマリと笑いながらアッサリとそれを香に返した。
その代わりに、ふわりと香の頭に洗い立てのタオルを乗せる。
柔軟剤の薫りが思いがけず、香を包む。



まぁまぁ取敢えず、拭いた方がいいよ?風邪引いたら大変だから。



そう言ってニッコリ笑う天使の男に、香は不覚にもドキドキしてしまう。
下着まで畳んでくれようとするのは、正直有難迷惑だけれど。
気を利かせて洗濯物を取り込んでくれるなんて、少しだけ感激してしまった。
自由自在に瞬時に移動できるなんて、羨ましい能力だと香は思う。




あ、あの。   ありがとう。



香はそれだけ言うと、恥ずかしそうに照れながら、
それでも下着だけはシッカリと握り締めリビングを出て行った。
そんな彼女の後姿を眺めながら、撩は楽しげに口笛を吹いて、残りの洗濯物を畳み始めた。
撩はいつしかこの不思議な関係を、愉しみ始めていた。










冴羽さん。



休日の午後、撩が街路樹の枝の上で昼寝をしていると。
彼女が窓の中から、撩の名を呼んで手を振っていた。
最近の彼女は撩に用がある時、こうして部屋の中から声を掛ける。
すると撩がいつものように一瞬で移動して、次の瞬間には部屋の中に居るのだ。
部屋の中には、淹れ立てのコーヒーの薫りが充満している。




どうした?

コーヒー、一緒にどうですか?



そう言って、香はニッコリと微笑んだ。
撩も遠慮なく呼ばれる事にする。
コーヒーを口にするのは、どれぐらい振りだろうか。
芳ばしい液体をひと口含むと、撩は訳も無く感傷的な気持ちに襲われた。

香が撩に礼を言う為に、あの新宿の街を彷徨い歩いた日に。
昔馴染みのカフェで感じたあの感覚だ。
香の傍で過ごす内に、少しづつ薄れかけている新宿の日々を思い出させる、匂いの記憶。
木製の枠に分厚いソーダガラスの嵌ったドアを、カウベルを鳴らして入ると。
カウンターには、同業者のいかつい男が、
似合わない蝶ネクタイにベストなんか着込んで、グラスを磨いている。
その隣には、これまた同業者でヤツには不釣り合いな別嬪のママが居て。
撩はいつものスツールに腰掛ける。
何も言わなくても、マスターはサイフォンに挽いた豆を入れ火を点ける。
ママは背後のキャビネットからカップを選び、電気ケトルで沸かした湯でカップを温める。
そうこうしていると、背後のドアが開いて相棒がやって来る。
撩の席から椅子ひとつ分空けて、ミックが座る。
いつだって閑散とした店内に、贅沢なコーヒーの薫りが広がる。
あの頃は当たり前の光景だったそれらの事を、撩は鮮明に思い返す。



・・・旨い。




思わず零れた撩の言葉に、香は小さく微笑む。
香の淹れたコーヒーを飲むのは、兄の役目だった。
大抵の事には無頓着で執着しない兄だったけれど、コーヒーだけは豆から挽いたものを好んだ。
香の淹れたコーヒーを、兄はいつも褒めてくれた。




良かった。





匂いは様々な記憶に直結している。
撩も香もそれぞれに思う所はあるけれど、
静かに午後の穏やかな時間が流れてゆくのを感じる。




あのお店。

ん?

あの、新宿の。

あぁ。

行きつけだったんでしょ?冴羽さんの。

ああ、毎日行ってた。

美味しかったなぁ、あそこのコーヒー。




それはたった今、撩が考えていた事と同じで。
彼女も喫茶・キャッツアイの事を考えていた事に、撩は妙に擽ったいような気持ちになる。
2人であのカウンターに並んで座った事など一度も無いのに、
撩は思わず、何故だか2人であの店に通っていたかのような錯覚を覚える。









撩の目の前で寝息を立てる香を、撩はベッドの傍らでジッと見詰める。
彼女に呼ばれなくても、撩は時々、こうして彼女の傍にいる。
穏やかな寝息を立てている彼女の頬には涙の跡が残っていて、
鼻の頭と目の縁は少しだけ赤い。

何が彼女をそういう気持ちにさせるのか、撩にはそのきっかけは良く解らない。
彼女は時々、眠りに就く前のベッドの上で静かに泣く。
寝息を立てて眠る彼女は、写真立てをしっかりと胸に抱いている。
家族を喪った痛みはまだ、彼女の心の中に残っているのだろう。
撩は彼女の柔らかな癖毛をそっと撫でる。


撩には彼女の痛みは解らないし、
彼女にも撩の境遇など理解出来ないであろう。
それでも撩はこの所、解りたいと思い始めている自分が居る事に気が付いている。
この先どんな危険が彼女を待ち受けているのか、
自分の出番が一体いつやって来るのか、何も解らない状況の中で、彼女の事をもっと解りたいと。
彼女を助けて、撩が元居た世界に帰ったら。
誰に守られる事も無く、
彼女はこうしてたった一人で泣くのだろうかと思うと、撩の胸に得体の知れない感情が渦巻く。
その感情に、どんな名前を付けて良いのか撩には解らない。
胸が痛い。


















なぁ、じいさん。

・・・神様な。

俺は、いつあの子を助けんの?

それは儂にもわからん。

・・・ホントに神様なのかよ?

・・・。





街路樹の枝の上に、撩と老人が腰掛ける。
香の寝室の窓には、薄ぼんやりとベッドサイドのランプの灯りだけが浮かぶ。





とにかくじゃ、とにかくその時が来れば、そうと判る。

なんかアバウト過ぎねぇ?

まぁ、世界の成り立ちなどそのようなもんじゃ。

で、どうなんの?

なにが?

彼女を助けた、その後。俺の行く末は。

元の世界に帰るんじゃよ。

殺し屋に?

ああ。

彼女はその後どうなんの?

どうもなりはせん、彼女はそのままじゃ。





俺たちの記憶は、どうなるの?








この数週間の彼女とのあれこれは、撩が人間として戻った後、一体何処へ行ってしまうのか。




残念ながら、消える。

え。

というかな、そもそも。時間が戻る事になるじゃろう。

どういうこと?


お前さんは死ぬ前、彼女は危険に遭遇する前の世界に戻る。
今この世界で彼女を助けた事で、過去にも修正が加わる。
お前さんが死ぬ事も無いし、彼女が死ぬ事も無い。
万事、解決じゃ・・・・・・・・






撩は隣に座る老人の言葉が耳の奥で反響するのを、何処か他人事のように聞いていた。
痛い。
胸が痛い。
痛みの理由は、撩には解らない。
解りたくない。
これまで散々やって来た罪への、これが罰だろうか。
カーテンの向こう側では、何も知らない彼女が穏やかに眠っている。
老人の皺枯れた声が、いつまでも撩の脳内で木霊していた。



(つづく)

愛蔵版 (*´∀`*)

おはこんばんちわ、ケシです。

とうとう Amazon様より届きましたよ、ブツが。
なんだかこれに全プレで付いてくる オマケ が方々で物議を醸しているらしいけど(笑)
確かに、帯に何やらオマケの取得方法と、選べるオマケ2種が発表してありまして。
実を申しますとワタシ、正直どうでも良かったんですよ、オマケは。
原作オタクなので、原作にしか興味無いというかなんというか・・・
それより背表紙とか先生のインタビューの方が楽しみでして。
(所詮、オマケだし・・・というのが本音というか)

でも、複製原画のチョイス見たら、決まったね。

これ、複製原画貰うしかないじゃん(*´∀`*)b
何といっても、唯香ちゃん回の2人で銃を撃つシーンが選ばれてるから、
ワタシ的には、これ一択ですねっっ!!


アニメは・・・・CHとはカンケー無いしねぇ、プロポーズは(笑)
そもそも、アニメの方を選ぶと、AHのBBAみたいなカオリン絵が必然的に描かれておるワケで。
残念ながら、プロポーズは二次創作の方が萌えるし(*´∀`*)はうん
それなら、完全にCH後期の複製原画の方が、ワタシとしては良いかなぁと。

あともう1つ重要な問題点は、残り3巻から12巻までの10冊、何処に置くよ?って事で。
ケシ子はオマケは要らないから、愛蔵版を収納する空間が欲しいデッス(切実)




[ 2015/07/19 18:24 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

第10話 その時

香がその場に居合わせたのは、偶然だった。
その日、同じ部署の先輩女性社員(所謂、お局様である。)の欠勤に伴い、
香に命じられたのは銀行への用事で、
いつもなら先輩社員が行く所を手が空いていた香に、課長が頼んだのである。
これといって難しい用件でも無い。
香は午前中の厳しい日差しの中を、出来るだけ日陰を選んで銀行までの道のりを歩いた。



取引先の銀行は、香のオフィスから歩いて10分程である。
月初の週末、お昼休み前の銀行は混雑していた。
それ程小さな支店でも無い、まあまあの規模の行内には窓口が8つほど用意されている。
その内の2つは融資専用の窓口で、通常業務を行う窓口は5つがフル稼働で対応している。
待合のロビーには順番待ちが出来ている。
香は、整理券を発券機から取り出すと、出口に近いソファに腰掛けた。
香の前には十数人の待ちがあるようなので、香は暇潰しにマガジンラックに置いてある雑誌を手に取る。
何気なく眺めた視線の先のATMにも、行列が出来ている。
個人の客も、如何にも仕事で訪れたような客も、全員が全員憂鬱そうに順番を待っている。
香はこのような用事を言付かるのは偶にの事なので、どちらかといえば良い気分転換だ。

座り心地の良いソファに、程良く効いたエアコン。
雑多な人が行き交う雑音は適度にざわついていながら、どこか整然としていて、誰も声高に話す者はない。
それ程大きくは無いヴォリュームで、ヴィヴァルディのバイオリン・ソナタが流れている。
極々平穏な、よくある光景である。
手に取った雑誌の料理コーナーのレシピを見て、香が覚えておこうと思った時、
視線を落とした香の前に、見慣れたショートブーツの足先が見えた。



黒いサイドゴアの牛革のブーツに、黒いスリムパンツ。
視線を上げるとその先には、赤いインナーとカジュアルなジャケットを着た見慣れた人物。
その彼はきっと、香にしか見えない。
香はニッコリと微笑むと、口の形だけで“冴羽さん”と呼び掛ける。
いつもなら笑顔で応えてくれる筈の彼は、何故だか真剣な表情で香を見詰めた。



逃げろ。



彼はそう言った。
香にしか聞こえない言葉で、彼はそう言った。
状況が呑み込めずに首を傾げた香の腕を掴むと、ソファから腰を上げさせ乱暴に背中を押した。



そのまま、出口に向かって逃げるんだっっ



冴羽さん?と、声に出して呼び掛けようとしたその時、
数m先の窓口のひとつから、男の叫び声が聞こえた。
それと同時に、整然とした行内の空気がピンと張り詰めたものに変わる。
撩の険しい表情に押されるように、香は大きく頷いて出口に向かって走った。









香の姿が見えなくなったのを確認して、撩はジャケットの懐から愛銃を取り出した。
4番窓口の女性行員にライフルの銃口を突き付けて、現金を要求している男に照準を合わせる。
数十人居る客達は、突然の事態に皆凍り付いて彼等の遣り取りを固唾を飲んで見守っている。
撩の姿は、誰の目にも映らない。
撩が迷わずに引き金を引く。









香が弾かれるように銀行の出入り口を飛び出すと、遠くにパトカーのサイレンの音が聞こえた。
香の前にも後にも、同じように逃げて来る人たちがいる。
きっと、あのカウンターの内側の銀行員の誰かが警察に通報できる直通ボタンを押したのだろう。
銀行の外で、携帯電話で誰かに連絡している人たちもいる。
警察が駆け付けるのと、強盗が暴挙に出るのとどちらが早いのか。
騒然とした現場周辺で、香は呆然としていた。
ただ、撩の事だけが気掛かりだった。











(ライフルの銃身に向けて一発。)

行員に向けられたライフルが暴発した。
強盗犯も想定外だったようで、突然の衝撃にライフルを取り落す。



(強盗犯の肩先に掠めるように一発。)

ぶれた筒先から飛び出た弾丸が、コンクリートの壁にぶつかって跳ね返る。
跳弾が犯人の肩先を掠める。





撩の放った弾は、衆人の目には見えない。
間接的に犯人を仕留め、結果的にはライフルなど扱い慣れない素人の独り相撲で幕を閉じた。
肩に弾が掠めて蹲った犯人を、数人の男性行員と警備員で取り押さえた。









銀行内から銃声が聞こえたのと、銀行の周りを数台のパトカーが包囲したのはほぼ同時だった。
平穏な街はたちまち騒然とし、わらわらと野次馬が現場を取り囲んだ。
呆然と立ち尽くした香になど誰ひとり目もくれず、二重三重と野次馬たちが群がり始める。




さ、冴羽・・さん。



香は思わずその場にしゃがみ込んだ。
一体、撩はあの後どうなったのか。
こうなる事が解っていて、彼が香に逃げろと言ったのだという事に、遅れて気が付く。
その後香は、どうやって会社へと戻ったのかよく覚えていない。
会社へ戻ると、社内の人間に酷く心配されたので、改めて事の重大さを認識した。
その辺り一帯では、大変な騒ぎになっていたらしい。
救急車で誰かが運ばれたらしいという情報も駆け巡っていて、社内も騒然としていた。
(怪我人に関しては、後にそれが犯人であった事が判明した)


大袈裟に安堵する同僚や上司たちの中に居て、香はずっと心ここにあらずといった状態だった。







香がいつかのバッティングセンターで、名前を呼んだら出て来て欲しいと言ったら、
撩はいつだって出て来ると言ったのに。
その日、撩の名を何度呼んでも、彼が香の前に姿を現す事は無かった。
それまでの数週間、いつも香の傍で見守ってくれていた気配は、
その事件以降、感じられなくなってしまった。



(つづく)

第11話 約束

ほんとに大丈夫? 一緒に部屋まで帰ろうか?



絵梨子はそう言って、駅で別れるまで香の事を心配していた。
偶然とはいえ怖い出来事を体験した親友が、午後中ずっとボンヤリしているのだから、無理も無い。
犯人は駆け付けた警察官にアッサリと捕まって、そのまま怪我の治療の為救急搬送された。
銀行員にも客にも、怪我人は出なかった。
どうしてあの時、犯人の構えたライフルが暴発したのか、
警察による調べが進んでいるけれど、原因の特定には至っていない。
もっとも原因は冴羽撩にあるのだけど、警察ではそれを突き止める事は永遠に無理である。




ううん、大丈夫。そんなに心配しなくても、平気だよ。



香はそう言って苦笑したけれど、絵梨子は香が地下鉄の駅の階段に消えるまで心配げに見送った。
実際、香は銀行での出来事にはそれほど衝撃を受けた訳でも無い。
午後の間に次々と齎されるニュースは、社内でも皆気に掛けていたから、
それほどの被害も無く、無事解決した事は数時間後には知っていた。
だから、香の気分が何処か晴れないのは、その事とはむしろ関係無い。
香が小さく彼の名を呼んでも、彼の気配が感じられない。
彼は香に、自分は香を助ける為に遣わされた天使だと言っていた。
これから先、香に起こる悪い出来事から香を護る為に現れたのだと。
という事は恐らく、この日起こった事件がその“悪い出来事”なのだろうと思う。

苦しい。
胸が苦しい。

この数週間、当たり前に傍にあった気配が消えた。
それがこんなにも香の感情を揺さぶる事になるなんて、香はこの時まで気が付かないでいた。
少しだけ混み始めた電車内を見渡してみても、香の探す彼はいない。
まるで肺が酸素を取り込む事を拒むように、香の胸は締め付けられた。







撩には、そんな香の事が見えていた。
まだその時はいつも通り、撩はずっと香の傍に居たのだ。
強盗犯が負傷してその場で取り押さえられた時、銀行の外には既に数台のパトカーが駆け付けていた。
そのすぐ後に、撩も銀行を後にした。
建物の外で呆然と立ち尽くしている香を見付けて声を掛けたけど、彼女の耳には届かなかった。
その時初めて、それがいつもと違うのだという事に気が付いた。
“その時”が来たのだと。

その後、彼女を心配する周りの人間の言葉にも、彼女は何処か上の空で。
1人になると、彼女は時折小さな声で撩の名を呼んだ。
すぐにでも彼女の前に姿を現したかったけれど、何故だか思うように自分自身を操る事が出来なかった。
もう撩に残された時間が僅かだという事は、明白だった。
撩は自分自身の両手が少しづつ、透けて見える事に気が付いた。
撩の身体の周りに金色の小さな光の粒が覆い、少しづつ影が薄くなっている。








冴羽さん。




香はアパートの自室の玄関を入るとすぐに、そう呼び掛けた。
けれど返事は無い。
窓際に駆け寄って、部屋から見えるいつもの街路樹を見詰める。
そこにも彼の姿は無かった。



・・・冴羽さん、還っちゃったのかな。



香は自分でそう呟いた言葉で悲しくなった。
お別れも言えなかった。
ありがとうのひと言も。
気が付いたら、涙が溢れていた。




撩は酷くもどかしかった。
すぐ傍に居るのに声の届かない相手は、自分を探して名前を呼んでいる。
届かないと解っていても、撩はちゃんと応えていた。
窓際にしゃがみ込んで嗚咽する彼女の頬に流れる涙を、触れられない手で拭うけれど彼女には届かない。
撩がこの世に生まれて、死んで、天使になって、その使命すらも全うして消えかけようとするこの時。
撩は初めて、失いたくない存在を得た。
神様は初めて撩と対面した時に、撩のこれまでの罪は赦されると言ってたけれど。
多分あれは、嘘だと撩は思う。
今この自分に課された試練こそが、罰だと。
本当に失いたくない相手は、絶対に交差する筈の無い世界に生きる彼女で。

きっと、撩が完全に消えたら、
撩は死ぬ前の自分に戻って、彼女も撩の事など綺麗サッパリ忘れて明るく生きているのだろう。
決して交わる事のない世界の何処かで。



************
******
***
**








気が付いたら香は、高層ビルの屋上に立っていた。
屋上の手摺の僅か幅30㎝ほどのコンクリートの上から、新宿の街を見下ろしていた。
ヘッドライトの河は淀み無く流れ、星のひとつも見えない薄明るい夜空にネオンの灯りが反射する。
怖いとは思わなかった。
まるで背中に羽根が生えて、ふわりと宙(そら)も飛べるような気がした。




かおり



名前を呼ばれて振り返ると、そこには撩が立っていた。
生温い風がビルの合間を縫うように吹いて、撩の見た目よりも柔らかな黒髪を揺らす。
香の傍に歩み寄って、手摺の下から手を伸べる。
香はニッコリと微笑むと、迷わずにその手を取った。





トンと、小さな音を立てて、香が屋上に降り立った瞬間、撩は香を抱き寄せる。
香は少しだけ驚いたように目を丸くしたけれど、撩が笑うとまるで安心したように、
撩の背中へ手を回して、抱き締め返す。
何度呼んでも会えなかった彼と、どんなに傍に居ても届かなかった彼女は、
夢の中でなら、まだ互いを確かめ合う事が出来た。




もう、時間が無い。

うん、今までありがとう。




もう2人には解っていた。
残された時間が、僅かだという事を。
何から伝えれば良いのか解らないけど、伝えたかった。
余すことなく全て。




俺がいなくなっても、君は護られてるから。

私は、絶対にまた逢えるって信じてる。




撩の身体を、明るい光が少しづつ包み始める。
抱き締めあう腕に力が籠る。
少しでも長くこうしていられるようにと、離さないでいようと2人は願う。




次に逢った時にも憶えてるって約束して、撩。

ああ、約束する。





指切りの代わりに、どちらからとも無く2人は自然に唇を重ねた。
潤んだ瞳に、街の灯りと互いが映り込む。
約束が交わされるのを見届けるかのように、撩の身体が徐々に闇に融けて滲んでゆく。
香は愛おしい彼の姿をしっかりと目に焼き付けるように、最後まで泣かなかった。
 

危険を察知した真剣な表情。
コーヒーを飲みながら、懐かしそうに何かを想う淋しげな表情。
洗濯物を畳みながら笑う、悪戯っぽい横顔。
隣に並んで公園を歩く、穏やかな笑顔。
犬に吠えられて困ったように苦笑する顔。
互いに全力で何がなんでも生きなきゃいけないんだと言った、彼の言葉。
腕を掴んで事故から救ってくれた、熱い掌の温度。
穏やかな声。
広い背中。


これまでの撩の全てが、香の脳裏を駆け巡る。
きっとまた逢える。
根拠は無いけれど、香は何故だか強くそう思っていた。





ありがとう、りょお。



そう言って香が笑った時に、撩は消えてしまった。
そして香の視界も、まるで映画のシーンが切り替わるように一瞬にしてブラックアウトした。















目を覚ましたらそこは、リビングのソファの上だった。
開けた覚えのない掃出し窓は全開で、湿った風がカーテンを大きく揺らしていた。
仕事から帰ったそのままの格好で、ソファで眠り込んでいた。
変な時間に眠ったからか、頭は妙にクリアに冴えていて。
少しだけ、喉が渇いた。


香は、電気も点けずに窓際に立つ。
キッチンから持って来た冷えた缶ビールのプルタブを開けながら、窓の外を覗く。
街路樹の枝の上には、数日前からカラスが巣を作り始めた。
真夜中の中でも、カラスはもっと黒くて、その瞳はもっともっと黒い。
カラスが真っ黒な瞳で、香を見ているような気がして。
香は小さく、かぁ、と話し掛けてみた。
カラスは何も言わずに、枝の上から飛び去った。

香は何か大切な事を忘れているような気がしたけれど、それは結構いつもの事なので気にしない事にした。
本当に大事な事はきっと、その時になったらちゃんと思い出すから。
それよりも明日も仕事だし、ビールを飲んでシャワーを浴びたら、
もう一度、今度はちゃんとベッドで寝ようと、香は掃出し窓を閉めた。

(つづく)



原作初期を読み返す。

おはこんばんちわ、ケシです(*´∀`*)ノシ



この2日、久し振りに原作初期の世界を読み返してます。
勿論、愛蔵版XYZeditionで。
後期のイチャラブ期は、適当に手に取った巻数で好きなエピソードだけ読んだりするけれど。
なかなか初期にまで手が出てなかった今日この頃。

あれ?亜月菜摘さんて、ガードする時に亜月さん家に行ってなかった???とか思ったら、
それはアニメの方の設定だったか・・・とか(笑)
結構、細かな描写は原作とアニメがごっちゃになっとる・・・
そして、槇ちゃんがシルキィクラブに行ってから、香を頼むまでの件り。
何度読んでも、胸が苦しくなる。
どうしてたかが漫画なのに(されど漫画だけど)、こんなにも感情移入出来てしまうんだろう。
やっぱり、CHはワタシにとって特別な漫画だなぁ~~~と、再認識しました(*´∀`*)

絵の方は、初めからリョウちゃんは結構安定してるなぁと感じますね。
ボクサーの耳から弾撃ち込む時とか、
BMWの通り魔にクロスボウ撃ち込む時とか、
BM爆破させる時とか、シルキィクラブのオーナーぬっ殺す時とか。
なんとも言えんあの三白眼の眼力が、ゾクゾクしますわ。
今の雑誌連載(しかも少年誌)とかで、あれやったら速攻クレーム来るねっっ!!
でも、あのバイオレンスな感じは、リョウちゃんの根底に常に流れている感じがして、
後々、どんなにギャグ路線・イチャラブ路線に流れても、
何処かで読み手はその部分込みで冴羽撩という男を認識してしまうんだろうなと思う訳ですよ。
(ちょいちょい良い場面で、ダーク感出してくるし・・・)
刷り込みみたいな感じで。

カオリンも、前に読み返した時ほど酷くないじゃんっって、今回思ってしまったです。
髪型と服装が酷いだけで、お顔はかあいい。
ブティックで撩に煽られて、破産させてやるっっってほくそ笑んでいるとことか、
ホテトルキャッツの夕子さんに間違われて、素人さん(童貞)凹るとか(笑)←この部分、昔から好き
竜神組の組長とのプールサイドでの遣り取りとか、
さやかお嬢のお友達を縛り上げて、お説教するとことか。
やはり、勝気なカオリンが好きだ(ケシ子、突然の愛の告白。)

あと、何気に萌えポイントも満載っっ(握拳)
初めの内、カオリンに対して節操なくモッコリしてるってのはもはや当たり前過ぎんだけど。
(そもそも、冴羽撩だから。)
そこじゃなくて、ワタシが注目致しましたのは、先にも述べました竜神組組長とのプールでのシーンです。
竜神側のパレオ巻いたモッコリ美女に、リョウちゃんが鼻の下伸ばしかけてカオリンに突っ込まれる所。
リョウちゃんが苦笑しながら、
ハハハきみはそこまで干渉する気か?という遣り取りが可愛過ぎる(*´∀`*)やばい

なんだよっっ、初っ端からイチャラブやんけっっ

そう思うのは、ワタシだけではありますまい。
撩と香の恋愛関係など考えずに描いてたなんて嘘でしょ、北条先生。と思う訳ですよ。
むしろ本題はそこじゃないですか(笑)
それともワタシが数少ない萌え処を探し出して、独りで萌え狂っておるだけなのか?そうなのか?

やっぱり、初期でも中期でも後期でも、CHは面白いね(*´∀`*)b
多分、しばらくこんな感じでケシ子は原作に萌え萌えしとります。





[ 2015/07/22 09:37 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

最終話 現(リアル) 

“・・・・でね、今からちょっと病院の方に行かなくちゃいけなくて・・・”

うん、全然だいじょうぶだよ。

“ごめんね、久し振りなのに・・”

うん、解ったから気にしないで良いから、急いで行ったげて?

“うん。”

じゃあね、気を付けてね。











香は待ち合わせの新宿駅東口で、腕時計を見遣った。
約束していた観たかった映画は、お昼少し前からの上映回で。
それよりも少し早目に約束していたのは、
絵梨子と一緒に映画の前にカフェにでも入ってお茶するつもりだったからだ。
地下鉄に乗っている間に携帯に着信があった事に気が付かず、改札を出て絵梨子に掛け直したのだ。

絵梨子も約束の新宿へ、山手線で向かっていた途中に連絡が来たらしい。
絵梨子の彼が、軽い交通事故で病院に運ばれた事。
どうやら命に別状は無く軽傷のようだけど、病院で治療中だという事。
地方出身で独り暮らしの彼が今夜、一泊だけだけど医者の勧めで入院するらしいので、
急遽、彼から絵梨子にSOSの要請がきた事。

事情が事情なだけに、勿論、呑気に女友達同士で映画など観ている場合では無い。
絵梨子の彼を、香も知らぬ仲では無い。
絵梨子と彼が初めて出逢った飲み会に、香も居た。
2人が付き合うようになる前もなった後も、3人で食事に行った事は何度もある。
くれぐれもお大事にと、香は電話で絵梨子に言付けた。




どうしよう。



時間は余るほどある。
そのまま予定にしていた映画を観ても構わないけれど、それは次の機会でも良いような気もした。
今日じゃなくても。
絵梨子と一緒にもう一度来て、観たいような気もした。
午前中の新宿に、たった一人で来る事なんてこれまで無かった。
何となくその辺をブラブラしてみようかと思ったのは、
湿度の無い爽やかな初夏の晴天だったからかもしれない。

東口から時間的に閑散とした盛り場を通り抜け、
靖国通りから小さな路地に入り込み、気が付くと神社の境内に出ていた。
香が入り込んだのはどうやら正式な正面からの入り口では無かったけれど、
桜の樹の大きな枝が涼やかな木陰を作って薄っすらと汗ばんだ肌を冷やした。
手水場で手と口を清めて、ハンカチで拭うついでに額の汗も押さえた。
いつ位振りか忘れたけれど、香は神様に手を合わせた。

お願いする事は、何も無い。
香は幸せだ。
だから、怪我をしたという人の良さそうな親友の彼の無事をお願いした。











大丈夫か?リョウ。



ミックはそう言って、心配そうに撩の額の傷を覗き込んだ。
昨夜は大きなタンコブになっていたけれど、朝になるとすっかり腫れは引いた。
撩が自分で作った朝食を食べながら朝刊を読んでいたら、いつもの如くミックがやって来た。
伝言板を確認して来たらしい。
向かいのビルに住んでいるミックは、勝手知ったる相方のキッチンとばかりに冷蔵庫を開けると、
そこから勝手に牛乳のパックを取り出して、グラスに注いだ。
撩は逐一、そんな彼の様子を横目でチェックするが、リアクションはしない。
ミックという男はこういう奴なのだ。

前の日、撩はちょっとした怪我をした。
何の事は無い。
行きつけの飲み屋の照明の取り換え、というしょうもない依頼の最中、
バランスを崩して脚立諸共倒れると、リノリウムの床にデコと右肩を強かに打ち付けた。
すぐにその店のフェロモン駄々漏らしの美人ママが、
ポリ袋に入れた氷とおしぼりで冷やしてくれたのが功を奏したらしい。

目が覚めると腫れも引いていたし、そもそも怪我をしながらも撩とミックは昨夜も飲んだくれていた。
アルコールを摂る時、いつも彼等の摂取量は適量を超える。
帰宅する頃には、浮腫みも手伝ってタンコブは結構な大きさに腫れていたので、
ミックは大げさに心配しているのだ。
撩はそんなミックの視線には気が付かないフリをして訊ねる。




で?依頼は。

無し。




ちょうど良かった、と言って撩はニマァと笑う。
腫れは引いていたけれど、眉毛の上を掠めるように薄く皮膚が切れていた。
心なしか青く痣にもなっている。




美女の依頼は、ベストコンディションで請けたい。顔に傷があったら色男が台無しだからな。



トーストを頬張りながら、そんな事を臆面も無くほざく相棒にミックは呆れながらも共感する。
これがミックなら、もっと大騒ぎして恐らくは傷が治るまで部屋に引き籠るだろう。
どちらかといえば、ミックの方がナルシストだから。
ミックは撩の飲み干したグラスに、牛乳を注ぎ足した。















夏の初めの、羽化したての蝉はどこか鳴き声もぎこちない。
境内を入って来たのと反対の正面の鳥居の方から出ると、香は明治通り沿いを6丁目の方へと進む。
何処かでコーヒーでも飲みながら涼みたいな、と思いながら歩いているとその店を見付けた。
カフェというより、喫茶店というほうがしっくりとくる佇まいのその店内は休日だというのに閑散としていた。
率直に言えば、客は香以外1人も居なかった。
カウンターの中には途轍もない大きさのいかついマスターと、超絶美人のママが居て。
客はいないけれど、店内には芳醇なコーヒーの薫りが満ちていた。
香がカウンターの端の席に座ると、美人ママが人懐こそうな笑顔を向けた。



何にします?

あ、じゃあアイスコーヒーで。



美樹が小さく頷くと、海坊主は背面のキャビネットからグラスを取り出した。
店内に流れる有線からは、小さくボリュームを絞ったジャズが流れている。
ナット・キング・コールのスターダストだ。
この曲がコーヒーを待っている香に、不思議な感覚を思い起こさせた。
香は今まで夜の新宿に来た事など無かったけれど、脳裏には鮮やかな夜景のイメージが広がる。
何処だか解らないけれど、すごく高いビルの屋上から眺めるヘッドライトの河。ネオンの星屑。
生温い風が頬を撫でる感覚。
頬を包む温かい掌。
(てのひら・・?)



お待ちどおさま。


俯いて思考の渦の中で、何かのイメージの欠片を必死で掻き集めていた香の眼前に、
猫のマーク(この店のマークらしい)の付いたコースターが置かれる。
コースターの上に、涼しげなアイスコーヒーの注がれた汗をかいたグラスを置いて、
美樹は、ごゆっくり、と微笑んだ。
何かを思い出せそうになっていたけれど、それは小さなシャンパンの泡のように弾けて消える。
アイスコーヒーは夢のように美味しかった。
香の喉が渇いていた事を差し引いても、なかなかこんなコーヒーを飲ませる店は無い。
香が美味しいです、と感嘆して、美樹がありがとう、と答えた所で、漸く別の客が来た。




背の高い金髪の男と黒髪の男、体格はすこぶる良い。
この暑いのに、2人はジャケットを着用している。
入って来た瞬間から、彼等がこの店の常連だろうという事は解る。
美樹が親しげに挨拶をしながら、驚いたように撩に声を掛ける。



どうしたの?青痣(かお)? 


その問いに撩は応えずに、煙草に火を点けた。
その代わりの様に、口数が多くて愛想の良い相方が昨夜の顛末を大袈裟に説明する。
彼等に怪我は日常茶飯事だけれど、大した事の無い怪我でも派手に見えるのが顔の怪我だ。
食後にココのコーヒーを飲むのが日課の彼等のオーダーは、いつも決まっている。
何も言わずに、海坊主がコーヒーを淹れはじめる。

何気なく、そんな常連たちの遣り取りをぼんやりと見詰めていた香の方へと、撩が向き直る。
煙草を咥えた薄い唇。
真っ黒な瞳。
香はその瞳の中に映った、ネオンの星屑を思い出した。
撩の唇が動いて、“かあ”と言った気がした。背中に黒い大きな翼が広がった様に見えた。
思い出した、夢の中での約束。


撩と香の視線の外側で、美樹とミックがまだ昨夜の顛末の話しに興じている。
冴羽撩は、どうやら死ななかったようだ。
交差する事のない世界から、彼は無事生還を果たしてこのリアルの世界に帰って来てくれたのだ。
高層ビルの屋上での約束を果たす為に。




香が口の形だけで、撩の名を呼んだ。



『さ、え、ば、さん。』



撩が頷いて、微笑んだ。
これが2度目の、2人の出逢いだった。




(おわり)



20万ですってょ(汗)

おはこんばんちわ、ケシです(*´∀`*)ノシ

この度、大変ありがたい事に当ブログカウンターが20万HITを超えましたぁぁぁぁ
つきましては、キリ番の件なのですが。
ゅまま様より、リクエストを頂戴いたしております(´∀`◎)
誠にありがとうございますっっ
ゅまま様、お話考えてみますので、暫しお待ち戴けませんでしょうか?
また、メールの返信の方も、近日中にさせて戴きますm(_ _)m


また、キリ番でなくてもこれまで当ブログにお越し戴いた全ての皆様方に、
改めまして厚く御礼申し上げます。
皆様方の下さる拍手やお言葉が嬉しくて、これまで続ける事が出来たのかもしれません。
そしてそれ以上に、シティーハンターという作品が好きだからだと思います。
なんだか巷では、節目の年とかで色々と盛り上がっていて良い事だなぁと思います。

先日、ワタシの夢の中に神谷明さんが出て来ました(あくまで、個人の睡眠の話しです。)。
何故だか、神谷さんともう1人、誰だか知らないオッサンとワタシはお友達で。
何処かのスーパーでバイトをしておりました。
休憩中に喫煙所で(因みに現実のワタシは、非喫煙者です・笑)、神谷さんに何度も

リョウちゃん、モッコリ~~~

と言って貰って、キャッキャうふふしてる夢でした(*´∀`*)
もしかしたら、30周年だから特別に観れた夢かもしれません。
どちらかというと原作派のワタシですが、
勿論、『生・リョウちゃんモッコリ』には、ドキがムネムネしちゃいました。夢ですけどねっっ
夢なら何でもアリなんだなと、この歳になって実感した次第でございます。


という訳でして、何の話しかってーと、
ああああありがとぉぉございまぁぁっぁぁああっすて事で。
では(*´∀`*)ノシ


[ 2015/07/25 20:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

37. ネバーランド

槇村香は働き者だ。
6年前に、アンタには新しい相棒が必要でしょ?と言われた時には、正直特に必要では無かったけれど。
もう今となっては、必要不可欠だし、何なら生きている理由だとも撩は思っていて。
もしもこれから先、愛想を尽かされて出て行かれたら、きっと冴羽撩は立ち直れない。
毎朝、7時前には起床して洗濯をしながら軽い朝食を済ませ、掃除をして、撩のブランチの準備をする。
新宿駅まで伝言板の確認に赴き、戻ったらブランチの続きを作りながらタイミングを見計らい、撩を起こす。
ぐうたらな相棒の食事の世話をしてやりながら自分も一緒に食事をし、珈琲を豆から挽いて淹れる。
食後は撩にブラックコーヒー、香はスーパーで2割引きだった消費期限直前のプリンを食べる。
勿論、撩にはこれが朝食で香には昼食だ。




ほうれんそうのお浸し

ハムエッグ(香は醤油派で、撩は塩胡椒。)

塩鮭

雑穀米

昨夜の残りの肉じゃが

厚揚げと玉葱の味噌汁




撩は満腹の腹を擦りながら、ソファに寝転んで本日のブランチのメニューを思い起こす。
なんて事無いメニューだが、撩は丼の様な大きな茶碗にご飯を大盛りで4杯食べた。

昼過ぎに香は、(これは毎日では無いけど)アパートの下の階を掃除して回り、表の通りも掃いた。
通りすがる顔見知りの新宿の住人と、軽い世間話を交わし忙しなく掃除を済ませると、
冷蔵庫や食料庫の在庫を確認して、必要な物品をメモに書き出してゆく。
頃合いを見計らって2度目の伝言板へと向かう。
そんなに、日に何度も見なくても、どうせ依頼なんかたまにしか来ないのに。
香は毎日、律儀に駅へと確認に行く。
そのついでに、キャッツに寄るかもしくは買い物に行く。
買い物が無い日は、キャッツで美樹とお喋りに花を咲かせる。

これに依頼が重なれば、こんな日常の雑事の合間に、
撩と一緒に現場を跳ね回りロケットランチャーやサブマシンガン片手に撩を援護し、
イキイキと海坊主直伝のトラップの腕を披露する。
依頼人が美女ならば、この上寝る間を惜しんで撩の夜這いから依頼人をガードする。
今は依頼は抱えていないので、その代わりに香はエコバッグを抱えてスーパーから帰還した。
キッチンに入る前にリビングに顔を出し、撩に依頼が無かった事を伝える表情は、相変わらず冴えない。




この間、冴羽撩はずっと自宅のソファに寝転がってグダグダしていた。
(見る人が見れば、エロ本を読んでいたともいう。しかし、それは実のとこポーズで読んではいない。)
若しくは、瞑想していたともいう。
槇村香の挙動や仕草を脳裏に浮かべては、煩悩を追い払う瞑想だ。
大体いつもはナンパをしている事の方が多いけど、やって無い時はこうして瞑想する。
イメージトレーニングと言い換えても、差し支えないかもしれない。
相棒に欲情しない為の禁欲トレーニングとでも言おうか、撩の不毛な習慣だ。
そもそも、禁欲しなければならない理由は、もう今では殆ど無い。

確かに以前の、香が撩の“新しいパートナー”として認められようと意気込んでいた頃の2人なら、
そこに肉体関係を持ち込む事で、関係が拗れる懼れもあったかもしれない。
それでも、いつしか香は撩の必要不可欠な相棒となり、撩が彼女を手放す理由はひとつも無い。
むしろ彼は彼女に見限られる事だけを、極度に恐れている節すらあるというのに、
不毛な習慣と曖昧な関係だけは依然継続中である。
彼女に対する禁欲を解く事は、彼女を己の元に縛り付ける為の絶好の機会であるにも関わらず、
彼は未だ、それを良しとはしない。
彼という男を良く知る周囲は、彼にも彼なりの某かの流儀というものがありきっとその彼なりの考えの下、
新たな関係を構築する事への相反する課題に煩悶としているのだろうと推測している。
それも踏まえた上で、早くやっちまえよ。というのが、周囲の大方の一致した見解だ。






撩は目を瞑って、脳裏に描く。
香の風呂上りの濡れた癖毛と、それを乾かす生温いドライヤーの温風。
フローリングに新聞を敷いて、立膝で足の爪を切る後ろ姿。
無邪気に寝転んで本を読むTシャツの胸元から覗く、豊かな谷間。
撩に小言を言いながら、尖らせた唇の艶めかしさ。
戦闘モードに突入した時の、レオタード姿のヒップの丸みを帯びたライン。
香は何の自覚も無いままに、撩にだけは肝心な部分で無警戒で。
それの意味するところは要するに、撩の事を完全なる安全牌だとみなしているに違いなく。
それはある意味、信頼と実績の積み重ねの賜物と言っても過言では無いけれど。
禁欲を解くという局面に於いては、完全な足枷とも言える。
相棒の愛すべき姿を脳裏に描いたまま、撩は心の中で、

香のバカ~、アホ~~、おかちめんこ~~~

と、3度づつ唱える。
精神年齢は、小学校低学年である。
何とかしてこの心の中に燻ぶる煩悩を萎えさせようと、策を講じる。
実際、新宿の種馬は、何の気持ちも伴わないセックスはお手の物(むしろ得意)だが、
本気の恋に関しては完全なる初心者で、経験値は小学生といい勝負だ。
気の利いたひと言すらも、一番好きな彼女にだけ言えない。




香がリビングに入って来た時に、撩は心の中で熱心に禁欲の呪文を唱えていたところだったので。
意味も無く、焦った。
それでも例によって、得意のポーカーフェイスなので、香は何も気付かずに撩の横を素通りする。
素通りしてベランダに出ると、朝干した2人の洗濯物を取り込み始める。
香が部屋に入って来るだけで、香水も付けないのに周囲に甘い薫りが漂う。
こういう時撩は煙草の匂いの染み付いた己を、酷く恥じる。
彼女の純粋さや、朗らかさや、優しさに、
恥ずかしいのと照れ臭いのが入り混じった、良く解らない気持ちになる。
男という生き物の本能的な滑稽さや愚かさに、女という生き物の懐の大きさに、
どうしようも出来ない気持ちになる。
彼女が女で自分が男で、それはもう変える事の出来ない事実に違いなく。
その甘やかな現実は煩悩とは別に、何も覚えていない筈の母親という存在を撩に感じさせる。
純粋に無償の愛と尊敬を捧げるべき対象としての、撩の女。
それはある意味では覚えてもいない存在などでは無く、目の前の彼女に違いない。

香は働き者だから、朝から晩まで忙しなく動いて回る。
その殆どは、撩の(香自身のとも言えるが)日常が円滑に進む為の雑事に過ぎず。
それは何の確たる関係すらも明示してやれない煮え切らない男には、身に余るほどの厚遇で、
撩はいつも自分の不甲斐無さを突き付けられているようで、歯痒い気持ちになる。
そしてそれと同時に、そんな女に全力で甘えきってしまう自分もいる。



カオリン、お母さんみたいだな。



ソファの上に寝転んで目を瞑っていた撩が寝ていると思っていたらしい香は、
一瞬驚いたような顔をして洗濯物を畳む手を止めた。
それでも相棒が穏やかに放った言葉の意味を理解すると、眉間に皺を寄せて険しい表情になる。
キッと唇を真一文字に引き結ぶと、勢いよく撩の顔面に3枚1000円のボクサーパンツを投げつける。




だったら自分で畳みなさいよっっ、アタシがいつアンタみたいなモッコリスケベ産んだっていうのよ(怒)




当たり前だ。キスもした事無い女がお母さんな訳ないだろう。と、撩は思う。
己の言動と思考が矛盾していることなど、撩はとうに解り切っている。
香は分り易い。
撩はニタニタ笑いながら起き上がると、パンツを人差し指に引っ掛けてクルクルと回す。
こんな風に言いながらも、香が本気で怒って無い事ぐらい撩には判る。
可愛い。
いじらしい。
美味しそう。
香を形容する言葉なら、溢れる程湧いてくる。
本当は禁欲など忘れて、彼女の心を縛り付けたいのが撩の本心だ。
もう禁欲の呪文では、気持ちを抑えるのは無理かもしれない。






じゃあさ、もうエッチしちゃおうか?




香は一瞬固まって真っ赤になると、今度は撩に靴下を投げつけた。
撩に背を向けて全身で撩のセクハラ発言に対する抗議の意思を表しながら、
大判の撩のバスタオルを畳んでいる。
それでも癖毛の間からチラチラ覗く真っ赤な耳朶や、動揺で震える手元は隠せない。




ばばばば、ばっかじゃないのっっ   順番ってもんがあるでしょうよ・・・




香の小さな呟きを、撩が聞き逃す筈は無い。
抗議の意味で背中を向けても、パンツを投げても、靴下を投げても、香は怒っていない。
撩の口角が不敵に持ち上がる。
調子づいた最愛の男の表情に気付かぬまま、香は家事の手を休めない。




あ、そっか。悪ぃ悪ぃ、キスが先だったか。




こうなると、撩は完全に悪ノリだ。
禁欲の呪文はもう、完全に放棄した。
なるようになれと思いながら、香の反応を楽しんでいる。
香はスゥと小さく息を吸い込むと、洗濯物を畳む手を止めた。
華奢な後ろ姿が、いつもより儚く見えた。





・・・それも違う

えええ、キスじゃ無かったぁ?

その前に

その前に?

・・・ちゃんと、好きって言ってよ。




小さな声は少しだけ震えていたけど、小学生男子の様な中年男にハッキリとした意思を伝えた。
可愛いと、撩は思った。
知っているのだ、互いの気持ちを2人とも。
言葉にすればそれは、形を変えてしまいそうな気がして。
何の根拠も無い不安に負けて、簡単な言葉を避けてきた。
でもちゃんと解っているし、伝わっている。
2人の気持ちは、何も大袈裟な事じゃなくて、この平穏な日常の中にこそ散りばめられていて。
多分、不器用な2人は、大人になり切れないネバーランドの住人なのだ。
撩は迷わずに、香の細い背中を抱き締めた。
耳元に口を寄せて、香がもっとも求めているだろう言葉を囁く為に。














今夜はお題を(*´∀`*)ノシ バカな男だよ、リョウちゃん・・・

リクエスト(´艸`*)

おはよーございまーす。ケシでーす(*´Å`*)ノシ


先日の記事でもチラッと書いたのですが、20万hitのキリリクのお話を書こうと思います。
ゅまま様のご希望は、下記の通りです。


※ カオリンがモテてリョウちゃんが焦るお話

※ 出来れば、長編で。


ざっくり言うとこんな感じです。
詳細は、ケシ子にお任せ戴けるとの事です。
という訳で、キリリクのお話は、パラレルでは無く通常設定いつもの2人、長編で、
という事になりまーす。


カオリンはもちろんリョウちん一筋なのに、
勝手にリョウちんがモテるカオリンに焦れば焦るほど萌えます。


↑これは、ゅまま様から戴いたメールにしたためられたフレイズです。
激しく同意及び、共感を覚えましたので、これをメインテーマに致します。
今の所、ざっくりとした話の筋は考えておるので、近々にアップできると思います(*´∀`*)ノシ
でわ、皆々様方、クソ暑いのでくれぐれも熱中症などにはお気を付けて~~~


[ 2015/07/29 07:50 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

№1 女豹と雌猫 

おはよう、撩。お目覚めの気分は如何?



そう言って38口径の官用回転式拳銃を、シーツを持ち上げる男の下半身に突き付ける女は、
何処からどう見ても警官には見えない程に妖艶で、早朝から只ならぬ色気を放出している警視庁の女豹だ。
深くスリットの入ったタイトスカートに包まれたヒップは、日頃の鍛錬の賜物でツンと上がり、
白い肌に映える黒い絹の網タイツが、見事な脚線美を包んでいる。
華奢な手首には上品なブレスレットが揺れ、
利き手に握られた武骨な装備品とのアンバランスさがより強調される。
野生の動物が発するフェロモンと同義の、ゲランのサムサラが薫る。
片や、最も無防備で攻撃に弱い筈の急所を危機に晒していながら寝たふりをかますのは、
この家の家主でもある、新宿の種馬こと殺し屋兼遊び人の冴羽撩である。
下半身が起き上がる以前から、とっくに目は醒めている。




・・・たはは、男の寝室に入る時くらいノックしたらどうよ、冴子。

あら?貴男こそ、とっくに目覚めてるくせに、礼儀として下着くらい身に着けたらどぉ?

礼儀もなんも、おまぁの方こそ不法侵入のくせして。



そう言いながら起き上った撩は、ふわぁぁぁあ~~と奥歯まで見えそうな勢いで欠伸する。
寝起きにいきなり野上冴子という女を前にして、これほど緊張感に欠ける男もそういない。
そもそもシーツを持ち上げてみせた例の急所云々も、いつもの撩の挨拶の様なもので特に深い意味も無い。
自由自在に操れるのだ。




まぁ人聞きの悪い。この家のセキュリティの最終砦は香さんでしょう?
彼女の顔パスなら、不法侵入にはならないわ。




冴子はニッコリと微笑む。
笑顔すら見せない隙のない氷の様な女から一転、
こうして微笑むとちゃんと可愛らしい女だという事を、彼女の仕事仲間には意外に知られていない。
どうやら今朝は、相棒公認の朝駆けらしい。
香という名を聞いて、撩は突然階下から良い匂いが漂って来たような気がした。
恐らく、相棒は魚を焼いている。
冴子のセキュリティ云々の見解には肯定も否定もせずに、
撩はサイドボードのマールボロとジッポーに手を伸ばす。
寝床で煙草を吸うと相棒は、
まるで母親のように小言を漏らすけど種馬の耳はいつも華麗に聞き流している。
目の前の冴子を見ながらも、頭の中には香のいつもの小言が響くけど、撩はいつも通り聞き流す。






で?なに?こんな朝っぱらから。

依頼よ、撩。大概でシャンとして頂戴、だらしないわね。もう、朝って時間でもないわよ。




撩はフンと鼻を鳴らしながら咥え煙草で、枕元のティッシュを一枚抜き取ると目脂を拭った。
昨夜遅くにシャワーを浴びて髪の毛も碌に拭かずに眠ったので、盛大に寝グセがついている。
鍛え上げられた裸体を包むモノは下半身に申し訳程度被せられたシーツのみで、
それにしたって冴子の来訪を感知して、ついさっき目を瞑ったまま手繰り寄せて適当に纏っただけだ。
焼き魚の匂いを嗅いだら、撩の腹の虫は現金なもので急に騒ぎ始める。





取敢えず、飯喰いながら聞くわ。下で待ってて。












どうぞ。



そういって香が冴子の前にコトンと、マグカップを置く。
撩と冴子の寝室での遣り取りの間に、撩の朝食の支度を一時中断して豆を挽いた珈琲だ。
ありがとう、と言いながら冴子は、
使い込んで味の出て来た紺色のバーキンから茶封筒を取り出す。




冴子さんが来たら、撩起こすの楽だから助かるわぁ。



ニカッと笑った香を見て、撩は得心する。
今朝の物騒な目覚ましは、女豹と雌猫による共同作戦なのだろう。
冴子も香と目を合わせて示し合わせたように、肩を竦める。
撩はムスッとして、小鉢の中の納豆を混ぜる。
撩の好みの固さに炊かれた雑穀米に、お麩と若布と豆腐の入った味噌汁。
常備菜で香がいつも作り置きしている短冊に切った胡瓜の搾菜和え、野沢菜の漬物。
ふっくらと身の厚い鯵の一夜干し。
鯵を焼いた後の焼き網をコンロに乗せて、ししとうと茄子を焼く香の背中を見ながら、
撩は泡立つまで混ぜた納豆を茶碗の飯の上にかける。

白いスキニーパンツにカーキ色の撩のTシャツを着て、紺色のエプロンをしている後ろ姿。
襟足の髪の毛がまた少し伸びたな、と撩は思う。
決意を表すように、髪の毛を切った香が夜更けに撩の寝室へ来てからもう一年になる。
あの日、夜が明けてすぐ海原の船へ向かった。
あれから何度か危機を乗り越えて、色々有った割にはあっさりと何事も無かったように暮らしている。
海坊主と美樹は結婚して、ミックとかずえは同棲を始めた。
怒涛の様な一年はあっという間に過ぎて、香の襟足もまたシュガーボーイから少しだけ女らしくなった。
撩の傍で、香はどんどん大人になっているのに、2人には未だ何の進展も無い。

納豆の混ざった雑穀米をモシャモシャと食べながら、ぼんやりと香の後ろ姿を見ている撩の目の前で、
冴子は呆れたように白木のダイニングテーブルの天板を、綺麗にネイルを施された指先でコツコツと叩く。
小さな音に我に返る撩に、冴子は意味あり気に口角を持ち上げる。
撩は他人の前で、無意識に他の事を考えてしまっていた事に軽く狼狽した。
最近は、専らこうなのだ。
勿論、身の危険を脅かすほどの症状では無いものの、気が付けば相棒の事ばかり考えている。




貴男がそんな目をするようになったのねぇ、意外だわ。



囁くように呟いた冴子の声には、香は全く頓着せずにコンロの上の焼き網に集中している。
ししとうの焼き加減に気を取られているのだ。
それでも撩は、冴子の発言を遮るようにワザとらしく咳払いをしながら、
冴子の手からA4サイズの茶封筒をひったくる。
冴子の面白がるような視線を遮る為に、撩は数枚のレポート用紙で顔を隠す。

そんな撩の前に置かれた鯵の皿の片隅に、
振り返った香が菜箸で焼き網の上の茄子とししとうを盛り付ける。
撩は何も言わずに、依然顔を隠したままで茄子とししとうに出汁醤油を数滴垂らす。
2人の一連の動作に淀みは無く、彼等の年月を否が応でも目の当たりにしてしまう。
彼等がまるで夫婦のように暮らして来たのと同じ年月だけ、
冴子の最愛の男がこの世を去ってからも月日が流れたという事だ。
未だ冴子は、槇村秀幸以上の男には御目に掛かっていない。




・・・大塚健吾、か。

ボディーガードよ。



数枚の資料の内の一枚に、対象者の経歴が仔細に記されている。
護衛対象者は所謂、芸能人と呼ばれる職業だ。
撩はまるで興味が無いけれど、巷では結構な人気を得ている若手俳優らしい。
多分、その男に関しては香の方が詳しいだろうと撩は思う。




その人、今朝テレビに出てたよ。



香がシンクの方から振り返る。
手に泡の付いたスポンジと、用済みの焼き網を握って。
香が見たのは、朝のニュースだ。
ニュースとは言いながら近ごろの朝の番組は、ほぼバラエティ番組の様相を呈している。
エンタメ情報の中で、彼の出演する最新映画の舞台挨拶の様子が放送されたらしい。




少し前まで、彼はその映画の撮影をしててね、昨日まではその映画のPRの仕事で、
そのPRの仕上げが昨夜の舞台挨拶よ。



冴子が香の情報に補足する形で、話しを続ける。
このあと大きな仕事として彼は、次の大河ドラマでの準主役級の役に抜擢されている。
彼の事務所としてはこのチャンスに賭けている。
しかし、それを脅かす事態が勃発し、今回冴子を通じて撩と香の元へとこの件が舞い込んだ。
勿論、事件は複雑に入り組んでいる。
撩に白羽の矢が立ったという事は、それなりの事情があるのだろう。


撩はパサリと軽い音を立てて資料を放ると、ずずずーと味噌汁を豪快に飲み干した。
飲み干したお椀を、無言で香に突き出す。
香は嬉しそうに顔を綻ばせて、蛇口で泡の付いた手を洗うとお椀を受け取った。
お替りの味噌汁をよそう香の背後で、冴子は撩に意味あり気な笑顔を向ける。
撩は終始、苦虫を嚙潰したような表情(かお)でブスッとしているけれど。
多分、惚気ているのだと冴子は受け止めている。
昔の撩を知っている冴子にしてみれば、彼がどんなにぶすくれていても幸せそうにしか見えない。




お替りのごはん、玉子かけにしてあげよっか?



お椀を持って振り返った香がそんな事を言うもんだから、それは冴子の中で確信に変わる。
撩は今、きっと幸せだ。
冴子が唯一無二の男を喪ったのと引き換えに、撩は唯一無二の女を得た。
昔から撩と冴子は、似た者同士の同じ穴の貉だ。
槇村秀幸という、互いにとって大事過ぎた男を巡って火花を散らしたライバル同士だった。
香は思い違いをしているようだけど、撩と槇村と冴子の三角関係の頂点に居たのは槇村だ。
撩と冴子は決して、男と女にはなりようが無い。
だから撩が迫る厭らしい報酬は、香の前で見せる下らない虚勢に過ぎない。
それでもこの数ケ月、撩にはその虚勢を張る気も理由も無いらしい。
少しだけ、撩の肩から力が抜けたのが視線や些細な仕草から窺い知れる。
そういう時、冴子は思い出すのだ。
いつだったか自分も、槇村秀幸とコンビというしがらみを解き放って、別の形の関係になった時の事を。
肩の力が抜けた瞬間の、あの幸福感を。





あぁ、頼む。



撩が香の手に、大振りのご飯茶碗を乗せる。
冴子はここ最近、心の底から同類のこの男の幸せを喜ばしい事だと思える。
後は多分、撩のこの恋心に兄譲りの鈍感な彼女が気が付くまでの辛抱だ。




もうひと息ってとこかしら?



冴子の言葉に、香は首を傾げたけれど。
撩は意味が解っているくせに、何も言わずに焼き魚の身を箸でつついていた。


(つづく)