ビタースイート(前編)

これにしよう。



そう思って香が買ったチョコレートは、いつもの香なら絶対に選ばない高級なものだった。
香には何処の店が有名なのかとか、どれが美味しいのかなんて良く解らなかった。
良く解らないけれど、華やかな若い女性達が沢山並んで次から次に買っているし、
香も同じように並んでショーケースの中の一粒一粒を眺めていると、全部食べてみたくなったから。
そもそも、一粒幾らで値段の付いたチョコレートを買うなんて、
なんて贅沢な事だろうと罪悪感にも似た気持ちが無いでも無い。
去年までの香は、撩の為に工夫していつも手作りをしていた。
否、それは多分、撩の為ではなく自分の為だったのだろう。
今にして思えば、香はそんな風に思える。
この罪悪感と解放感が綯交ぜになったようなチョコレートは、絵梨子と食べる。
夕食後のデザートだ。
香が絵梨子のマンションに転がり込んで、もうすぐ2週間になる。












よぉ、リョウ。相変わらず不景気な面だなぁ。



そう言ってバーのカウンターの隣の席に断りも無く座ったのは、腐れ縁の元相棒だった。
彼と同じモノを、とミックが撩のグラスを指しながらバーテンに頼むとバーテンは小さく頷いた。
正直、撩は独りで飲みたい気分なのだが、ここ最近ミックはやたらと撩に絡みたがる。
どうやら秋頃から同棲を始めた彼女には、軽く放置されているらしい。
確かに彼女は少々、ドライな性格ではあるなと撩は思う。
まあある面では、ミックの事を信頼してもいるのだろう(なんと、こんなヤツを!)
オンナという生き物に、自分達オトコはもう少し感謝するべきかもしれないと、今更ながら撩は思う。
でもそれは、ホントに今更だ。
撩が感謝すべき女こと槇村香は今現在、家出中である。





カオリは帰って来たか?

・・・・・・・。

返事しないって事は、まだなんだ。






ミックがしつこく絡む原因は、これだ。
撩は返事の代わりに、マールボロに火を点ける。
ミックが来る前から数えて、6本目だ。
香が家を出てからの2週間、煙草の本数だけが右肩上がりに増加している。
居る場所は解っている。
多分、出て行った理由も。
仲間内は迎えに行けと煩いし、この目の前の男に至ってはこうして毎晩のように絡み酒である。
お節介にも程がある。
撩は自分でも良く解らないけれど、何となくあの誰も居ない部屋に帰りたく無くてこうして毎晩飲んでいる。










これは季節限定のヤツだって。




そう言って香が摘んだのは、ビターなダークチョコにカシスのクリームが入ったものだ。
酸味と苦みのバランスが絶妙で、香が淹れたコーヒーと良く合っている。
絵梨子が選んだのは、今シーズンの新作で一番人気のラムの効いたトリュフだ。
どれも選べずに迷っていた香に、有名店の店員らしく懇切丁寧にオススメしてくれた逸品揃いだ。
こういうのを、世間では“友チョコ”と言うらしい。
去年までのバレンタインには、贈る人は決まっていた。
仕事で何かとお世話になる情報屋のおじさん達はじめ、
歌舞伎町の顔見知りにも義理チョコをバラ撒いてたけれど、本命はたったの1つだけ。
けれど今年は彼の傍に、自分は居ない。
今頃、撩は余るほど沢山のチョコレートを貰って、楽しげに過ごしているのだろうと香は思う。
撩に贈らないのなら、それ以外、香にとってチョコを贈る相手など他には居ない。
そんな案外単純な事に、香は昼間気が付いた。

バレンタインデイなんてすっかり忘れていて、
絵梨子のマンションの最寄りのスーパーに行く途中でその有名なチョコレートショップの前を通ったのだ。
オサレな親友は、住んでいる場所までオサレなので。
冴羽アパート付近では考えられないような、オサレなカフェやお菓子屋が軒を連ねている。
2週間もの間、香は何をするでも無く、完全な居候と化している。
大食漢の相棒の胃袋をガッチリと掴んでいる料理の腕前は今の所、
その全精力を親友の朝昼晩の食事に傾けられている。
絵梨子は何処までが本気だか冗談だか解らない口ぶりで、香の逗留を歓迎した。
いつまでだって居ても良いのよ、と笑いながら敢えて、撩の名前を口に出さないで居てくれる。
それでも香が転がり込んだその晩に、
しゃくり上げながら感情を吐き出す香の話しを彼女は全部聴いてくれた。
だから、今の所こうして放っておいてくれるのは、彼女の優しさだという事を香も重々理解している。











サッサとやっちゃえば良いんだよ。




そう言って小さくウィンクするミックに、撩は軽くイラッとする。
それが出来るなら、誰も苦労はしない。
二の腕の怪我はもう随分良くなって、香が家出して2日ほど経った頃には、
射撃の感覚も通常のそれに完全に戻っていたのだ。
だから香が気に病むほどの傷でも無い。
香の不在の方が余程、撩には堪えている。
数日前には、冴子からの依頼で狙撃(ころし)の仕事もやった。
もうほぼ完全に回復したと言っても差し支えないだろう。




男と女はさぁ、リョウ。




さっきから全く言葉を発さない撩に、ミックはそれでも楽しげに語りかける。
撩もうざいなーとか思いながらも、節操無し男の恋愛論とやらを酒の肴に聴いている。
カウンターに客はそんな男2人だけで、バーテンダーは静かに目を瞑ってBGMに耳を傾けている。
静かな夜だ。




何もしてない状態の方が、想いが募るもんさ。オマエもカオリも、ぱっつんぱっつんなんだな、今。




“ぱっつんぱっつん”という語感は、確かに。
今の撩のこの不明確でモヤモヤとした感情の塊を、何となく的確に表しているような気がする。
ミックによれば、やりたくてでもやれなくてそれでもやりたいと思っている今が、
ピークなんだそうな。良くも悪しくも。





だから、迎えに行け。そんでもってやっちゃえ。




酒が入ってミックは更に、やっちゃえを連呼している。
香の事が絡むと面倒臭い男になるなぁ、と客観的に冷ややかに考える撩も。
実の所、香絡みとなると同じなのだという自覚はまるで無い。





じゃあさ、ミック。

ん?

お前の理屈で言えば、やっちゃえばピークは超えるという事か?

うん、そうだね。

・・・なんかさぁ、俺ぁそうは思わないんだよなぁ。

どういうこと?

ますます、執着するもんなんじゃね?何となく。

ほぉ、興味深いねぇ。

ま、相手がどうとかそういうのは、置いといてだな・・・・





終盤はまるで言い訳のように付け足す撩に、ミックが厭らしくニヤケながら撩の顔を覗き込む。
こんな事を言い出すようになったベビーフェイスが、
1人の女に執着している様など、香以外見た事なんか無いじゃないかと言いたいのは、我慢する。





でもまぁ、何はともあれだよリョウ。そうするとそれは、本当の相手だという事でよくない?











そんな風に考えたのは、それが2度目だった。
こうして居心地の良い親友の元へと逃げ込んでも、ただの現実逃避だというのは香も解っている。

自分は撩のパートナーには、相応しくないのかもしれない。
務まらないのかもしれない。

撩の怪我の手当てをする度に、心が悲鳴を上げてはち切れそうだった。
目の前で自分を庇った撩が被弾した。
それと同時に撩は発砲した相手に致命傷を負わせたので、恙なく依頼は完了したけれど。
撩の左の二の腕には、新しい傷が増えた。
風呂上りの撩の腕に、新しい包帯を巻き直す度に香の胸に何度もその想いが押し寄せた。
自分と居る事で撩が背負っているリスク。
その重みに耐えられないのはむしろ、背負っている方よりも寄り掛かっている方だと香は思う。
撩は強いから、強くて優しいからきっと放り出さないのだ。
どんなに重たい枷が嵌っていても。
すぐ傍で弾けた撩の皮膚から跳んだ鮮血が、香の頬を濡らした感触をハッキリと憶えている。
温かかった。
その温もりが喪われる事が無い内に、枷を解き放つのも自分の役目なのかもしれないと、
そんな風に考え出すと、香は居ても立ってもいられず衝動的に絵梨子の元に逃げ込んだ。




美味しいね。

そうね、香あの店知ってたの?

ううん、偶然。前を通ったら一杯お客さん居て、素敵だから買っちゃったの。

そう、あそこ今人気なのよ。




香は初めてそんな高級なモノを食べたけれど、
どうやら絵梨子はちょくちょくお目に掛かる事があるらしい。
やっぱりお金持ちは違うなーなんて、香は呑気にコーヒーをひと口飲んだ。
ほろ苦くて甘いチョコの味は、コーヒーと良く合う。




冴羽さんには?買わなかったの?

・・・・・・え。



突然の絵梨子の振りだった。
それまでその事には触れないでいてくれた親友は、方向転換をしたらしい。
ド直球でいきなり核心に触れた。



ど、うして?


たった一言、彼の名前を聞いただけで心臓が早鐘を打って、
言葉はまるで大きな空気の塊のように、喉を塞いだ。
掠れた声がつっかえて胸の奥が軋んだ。
確かに、綺麗に磨きこまれたショーケースを覗き込みながら。
彼の顔が浮かばなかったと言えば、嘘になる。




どうしても、何も。アナタが渡したい相手なんて、1人だけでしょ?



そう言って、絵梨子は楽しそうに笑った。
香も思わずつられて笑ってしまった。
こんな風に離れている時には、愛おしいと思う気持ちで満たされるのに。
近くに居れば居る程、幸せでだけど同じだけ苦しい。
でも、撩の前では絶対に泣いちゃいけないと思うから。
だから香には、力なく笑うしか出来ない。












本当の相手ねぇ。




男2人はバーを出て自宅の前で別れ、それぞれのねぐらへと帰った。
それからも撩には眠気が一向に訪れない。
ここ数日は何もかもが面倒臭くて、撩は服を着たままソファにごろ寝して眠り込む事も珍しくない。
香が居たら、きっと叩き起こされてお説教である。
ソファの肘掛けに頭を預けて、缶ビールを啜る。
ローテーブルの上の灰皿は、灰がこんもりと溢れている。

あの日いつもの日課のナンパから帰ると、支度された夕飯の匂いだけを残して香が消えていた。
暫く気持ちを整理したいと短い書置きを残して、それっきりだ。
迎えに行きたい気持ちが99%だとすると、残り1%の気持ちが撩に踏ん切りをつけさせないでいる。
もしかするとそのまま、美しいカナリアを鳥籠から解き放ってしまえば。
カナリアはカナリアのまま、美しいままで生きて行けるのかもしれない。
彼女を手に入れてしまえばきっと、撩はもう二度と彼女を解放する事など出来ないだろう。
その予感だけは、妙にリアルに確信を持って想像出来るのだ。
自分から迎えに行くという事は、彼女を鳥籠に閉じ込めて永遠に解けない鍵を掛けるという事だ。
撩は卑怯なようだけど心の何処かで、彼女が自らの意思で戻って来る事を望んでいるのかもしれない。
これまでずっと彼女がそうしてくれたように。
そうすれば、この場所はいつだって彼女の為に開かれている。これまでと同じように。
感謝している。
心の底から。
その事を端的に簡潔に1つも余すことなく伝える事が出来れば。




あ~あ、やれるもんならやりたいなぁ、っと。



独りきりの部屋では、誰からの返事も無い。
撩の半分本音混じりの情けない呟きも、コンクリートの壁に染み込んでしまう。
ビールが温まっても、眠気は来ない。



(つづく)



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[ 2015/02/14 01:43 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

ビタースイート(後編)

明日はお昼までに戻って来れそうだから、ランチはここで食べるわ。



バレンタインデイの晩に、2人でチョコレートを摘みながら絵梨子がそう言ったので。
香は、わかったと小さく頷いた。
2月の初めに衝動的に家出して来た香は毎日、絵梨子の為に食事を作る。
絵梨子はその料理の数々を味わいながら、冴羽撩もこれを普段食べているのかと、
感慨深い気持ちになった。
朝晩は、香と絵梨子は一緒に食事をしたけれど、昼は香が弁当を作った。
弁当箱など絵梨子のキッチンには無いから、
香は適当なサイズのプラスチックの食品用保存容器を使った。
お弁当なんて作るの、高校生の頃以来なんじゃない?と言う絵梨子に、
香は、そうでもないよ?と答えた。
仕事によっては、別々に行動しなきゃいけないパターンもあるからそういう時は作るのだと。


香はあの晩、泣きじゃくりながら撩の傍に居る事が心苦しいと言った後は、
彼の事には言及しなかったので、不意に会話の中で“仕事”の話題が出た時に、
絵梨子は思わず香の顔を見詰めてしまった。
仕事中に彼女と離れて、彼女の弁当を食べるのはあの男しか居ない。
彼女が今現在逃げて来て、それでも愛してやまないあの男は。
普段の食事のみならず、弁当まで食ってやがったかと、絵梨子は何だか複雑な気持ちになった。
人生のある時期、絵梨子と香は確かに親友でお互いの事なら何でも話し合った。
今も大事な親友である事に変わりは無いけれど、
それでも2人の人生は確実に大きく変わってここまできたのだと、絵梨子は実感せずにはいられない。
あの頃のようにもう、自分も彼女も無邪気でも子供でも無い。
恋や仕事やお金の事で、夢を見る事だけでなく思い悩む事だってある。
他人から見れば些細で贅沢でどうでも良い事だったとしても、悩まずにはいられなくて。
その時に頼れる存在が互いであるのなら、絵梨子はいつだって彼女の味方で居たいと思う。
そしてそれと同時に、自分の知らない彼の彼女という一面があるのだという現実が、
少しだけ淋しいと思った。













ふぁい  さえば。




欠伸の混じった寝惚けた声で電話に出たのは、彼だった。
ガサガサという恐らくは寝具の擦れる音とその声で、彼が寝起きだという事が解る。
彼があのリビングで電話を受けたのではなく、
寝床の中から子機で応答している姿がありありと目に浮かぶ。
香が居ない事を知っていてあの部屋に電話を掛けたのは、もしかすると初めてかもしれないと、
絵梨子は思う。




北原絵梨子です。

・・・・・・あ、ども。

まだ寝てるの?こんな時間に。




絵梨子の言葉に、撩は枕元のデジタル表示の置時計を確認する。
時刻は10:38、まだまだ(撩にとっては)夜明け前である。
健全でエネルギッシュで世界を股に掛けるデザイナー先生には、
怠惰な殺し屋の生活リズムなど理解の範疇外なのだろうと、撩は思う。




ホラ、俺らみたいな稼業はさ、昼と夜はほぼ真逆だから。

あら、貴方の相棒は毎朝元気に、6時半には起きてるわよ?

・・・・・・・・・。

それとも、




続く絵梨子の言葉に、撩が黙って耳を傾ける。




もう、相棒だとは考えていないわけ?あのこの事。

・・・いや、   俺の相方はアイツしかいないさ。




受話器の向こうで、小さく息を吐いた撩の佇まいを感じて、
その言葉に嘘が無い事を絵梨子は確信した。
それは勿論、こんな電話を掛ける前から解っていた事だし、
だからこそこんな風にお膳立てしてもいるのだけれど。
実際に、自分の耳で聴いて確信を得ると、やはり心の何処か片隅で絵梨子は安堵した。
自分の知らなかった親友を、たまに垣間見ることは少しだけ淋しいし、
この電話の向こう側の男に妙な嫉妬心が芽生えたりもするけど。
それでも彼女には、幸せになって貰いたいから。
お節介だとは解っていても、絵梨子はついついこうして首を突っ込みたくなるのだ。





そう思うのなら、彼女が大事なら、昼に私のマンションに行ってちょうだい。

・・・どういうこと?

良いから行って。私、貴方みたいに暇じゃないの。じゃあね。





言いたい事だけ言い放って通話を切った小気味良い強気な彼女を思い出しながら、
撩は暫くぼんやりと手の中の子機を見詰めた。
香が彼女の部屋に転がり込んだ事は、撩も解っていた。
香の行く当てなど、心当たりはそう多くは無い。
絵梨子以外の数件の心当たりは、その殆どが撩絡みの人間関係なので、
今度の様な家出の場合、彼女が行くとすれば絵梨子の所以外は無いだろう。











もう九分どこ昼食の支度も出来た頃、玄関の扉の開く音がした。
昼には帰って来ると言っていた絵梨子が、帰って来たらしい。
冴羽アパートと違って豪奢で新しい設備を備えた高級マンションは、
女性の独り暮らしにはうってつけで。
さすがセキュリティが素晴らしいなぁ、と香は毎日のように感心しきりだ。
エントランスには、警備を兼ねた管理人が常駐して住人以外の出入りには気を配っているらしい。






おかえり~~、ちょうど良かった。もう出来るところよ。



背中を向けたままそう言った香に、返事が無いので振り返る。
そこにはスタイリッシュなパンツスーツを着て出掛けた親友の姿は無く。
代わりに良く見知った男の姿があった。
困ったような照れたような薄い笑いを浮かべて、ジャケットのポケットに両手を突っ込んだ、
香の大好きな人。






・・・なん、で?  りょおが此処にいるの?

おまぁの方こそ、なんで帰ってこねえんだよ。













仕方が無いので取敢えず、2人は向かい合って昼食を食べる事にした。
普段、絵梨子が愛用している薄い白磁の小さめのお茶碗を、
撩が手に持っているのを冷静に見ると、香はなんだか妙に可笑しな気持ちになってしまった。





ちゃんと、食べてたの?ご飯。

ああ。

お酒ばっか飲んでたんでしょ。

・・・。







怪我は?






うん、もう治った。教授も、もう心配無いだろうって。






そう、良かった。











撩が里芋と油揚げの味噌汁を啜る音。
濃い目に炊きつけた鶏肉と大根の煮付けの匂い。
ふっくらと絶妙な固さに炊かれた白米の甘み。
窓の外で遠くに、報道用のヘリコプターが通る音。
親友の居ない親友の部屋で、何故だか2週間ぶりにいつも通り食卓を囲む2人。
シュールな光景。
心の中だけは、いつもと何も変わらなかった。
自分が撩の枷になっている事に対する罪悪感や、
撩のパートナーには相応しく無いのではないかという自信の無さに打ちひしがれて逃げてた筈なのに。
すんなりと撩と向かい合わせで食事する事に馴染んでいる自分に、香は驚いた。
どんなに悩んでも迷っても、こうやって2人でご飯を食べて生きている内に、
気が付くと時間が悩みを解決してくれた事も、これまで沢山あった事を思い出す。








泣くなよ。



撩がそう言って箸を置くと、向かい側から手を伸ばして香の頬を撫でた。
気が付くと、涙が溢れていた。
2週間、撩から離れてみて、現実から少しだけ外れてみたけれど。
香の心の中には撩しか居なかったということに、漸く気が付いた。
香はコクンと頷いたけれど、涙は簡単には止まってくれなかった。
困ったように頭を掻いた撩が、しょうがねぇな、と小さく呟いて。
ジャケットのポケットの中から何かを取り出した。





ほら。



首を傾げる香の掌の上に乗せたそれは、
1粒、20円のコーヒーヌガーのチロルチョコだった。




いちんち遅れだけど。




バレンタインに撩からチョコレートを貰ったのは初めてだった。
だから香は涙混じりの鼻声でそう言うと、
撩も、バレンタインに誰かにチョコをあげるのなんて初めてだと言って、ほうじ茶を啜った。





でもさぁ、元々どっちからやらなきゃいけないなんて決まりも無いらしいぜ?




そんな事を言いながら、ご飯を口一杯に頬張る目の前の男が、屈託なく笑うから。
香もつられて笑った。
どさくさに紛れて、帰って来いよなんて言うから。
香には頷く事しか出来なかった。
傍に居て辛い事も沢山あるけれど、結局はこのヒトと一緒に居たいのだと本心では思っていた。






あ。

ん?

絵梨子、どうしたのかな?お昼帰って来るって言ってたんだけど。

・・・それ、俺の事だから。

あっ!? そういうことか~~~~

・・・うん(苦笑)






相変わらず鈍いヤツ、なんて思いながら、撩は久し振りの彼女の手料理に舌鼓を打った。
残されたもう一つの課題は、この後2人で自宅に帰って。
どういったタイミングでやっちゃうか、という事だ。
堕天使の戯言を真に受けるのも変な話しだけれど、冴羽撩は案外その気である。
味噌汁を啜って思わず漏れた、旨い。という言葉に、彼女が本当に嬉しそうに笑うから。
撩も自然と笑顔になっていた。











バレンタイン、1日遅れ話です(*´∀`*)ノシ
[ 2015/02/15 18:21 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

四次創作

こんばんわ、ケシでございます。

このブログに来て戴く皆様方には、もうバレているとは思いますが。
ワタシ、妄想するのが好きなんですよ。
シティハンターの二次創作をするようになって、聴いてる歌の歌詞の世界にRKが嵌ると悶絶したり、
他の映画やアニメ作品を観ても、このシチュエーションにも嵌るなとか考えたりする癖があって。
前からずっと思ってたのが、スタジオジブリの『紅の豚』とか。
ポルコ・ロッソは、勿論りょうちゃん。
フィオ嬢が、カオリン。
カーチス野郎は、ミックで。
マダム・ジーナが、冴子で、その戦死した夫が槇ちゃん。
もう、キャラ設定がばっちり嵌る訳ですよ。

あと、魔女宅も良い線行くんですが、
キキの相手がトンボってのがりょうちゃんぽくないからダメなんです。
ただパン屋のおかみさんとご主人が出てくるんで、伊集院夫妻が登場できるなとか(笑)
もうこうなったら、りょうちゃんはジジでイイかとか(妥協)


それとか、『チャーリーとチョコレート工場』も、嵌りますよね。
まず、ウィリー・ウォンカはりょうちゃんですよね。
チャーリー少年はカオリンで、お兄ちゃんと兄妹2人貧乏生活をしてるんですよ。
で、りょうちゃんが少年時代から確執のあった歯医者のお父さんは、海原神です。
工場で働いてるウンパルンパの皆さんが、教授で(ちっさいから)。
ゴールデン・チケットをGETして世界中からやってくる刺客たちは、数人適当に誰でも嵌るなと。
例えば、ミックがりょうの命(たま)獲ってやろうと思って潜入するんだけど、
いきなりカオリンに一目惚れして目的変更。
それを目敏く嗅ぎ取ったりょうちゃんによって、チョコレートの運河に流されるんですよ。
それ以外にも、マリィとかソニアとか麗香とかかすみとか、それは場面で適当にエピソードは作れるし。
大体が、冴羽のタマ獲ったるでぇ的なもしくは結婚してぇ的な動機で、
姑息にゴールデンチケットを入手するんですよ。
しかし、そこは冴羽撩なので下心はお見通しなのですよ。
結果、純粋にチョコレート凄いわぁってなってるカオリンが、
お兄ちゃんと2人で公団住宅の一室丸ごと越して来るみたいな。
で、桜田門的に、いや自宅がチョコレート工場ってのは如何なもんか?
やって無いって言っても、チョコレート作るの手伝ってんじゃないの?みたいに槇兄が疑われて。
公務員の副業はいかんよ、ってなって、
仕方ないから警察辞めてチョコレート工場でりょうちゃんと一緒に働くんですよ。
(シティハンター結成秘話ですよね)


なんかね、何観てもこの調子で二次創作×二次創作みたいな事になっちゃいます、ケシ子の頭ん中。


そしてここからが、今日思い付いた四次創作(二次×二次)アイデアです。
児童文学作家の山中恒さんの作品で、『おれがあいつであいつがおれで』ってあるじゃないですか。
大林監督の尾道三部作、『転校生』の原作です。
あれって、今まで転校生をはじめとして物凄い数のドラマとか映画とかでリメイクされてるんですけど、
ケシ子が一番好きなのは、やはり尾道三部作の尾美としのり&小林聡美ver.ですね。
神社の階段から転げ落ちた拍子に、男女が入れ替わるってRKでやったら面白そうだなと。
ていうか、アニメの歩道橋からカオリンが落ちた話しで、
記憶喪失じゃ無くて、りょうちゃんとカオリンが入れ替わるみたいにしたら、
結構自然に四次創作出来るなと思います。

こんな事言ってる時点で、俺頭オカシイなと自分でも思いますよ、はい。
まぁ、四次創作はしませんけど、これら上記の作品を観る時に脳内で勝手にRKに変換して観賞してます。
なんなら他の作品でも無意識に、どうにかしてRKに変換出来ないものかと考えております(笑)
ええ、皆さん方と同じように。


いつもいつも沢山、コメントや拍手戴きましてありがとうございます
もう少し、寒さが続きますのでどうぞ皆様方、ご自愛くださいませ~~~


[ 2015/02/17 21:06 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

① 不思議な女 

※原作程度、(中盤、モヤモヤ期くらい)を想定して書いております※




撩は深夜遅く、自宅アパート前で頭上を見上げる。
まただ、と胸の内で呟く。
この感情に名前を付けるとすれば、一体何になるのだろう。
苛立ちでも無く、諦めでも無い、モヤモヤとした気持ちの奥底にチラチラと見え隠れする。
ホンの少しの煌めいた光のようなもの。
ネガティブな感情なのかポジティブな感情なのか、それすらも良く解らない。
それは撩にとっては、未だかつて経験した事の無い現象だ。

自分のねぐらに、何者かが居るという事。
その事自体が、これまでの撩にとってはイレギュラーな事態であり、ちょっとした事件なのに。
その者はまるで無自覚に、無邪気に、すっかり撩の元に居付いてしまった。
そいつの名前は、槇村香という。
ひどく脚の美しい若い娘だ。
生物学上は女で、けれど恐ろしく口は悪い。
ちょっと短気な一面もあって、口より先に手が出る時がある。
複雑な事情や偶然の出会いの集積で、彼女は殺し屋の相棒に名乗りを上げた。
撩は時々、あの晩の事を思い出す。
彼女がそう言った時、自分はそれを受け入れるべきでは無かったのではないかと。




激しい雷雨の晩だった。
彼女の兄は、彼女の行く末を撩に託して死んだ。
それでも、彼が撩に望んだ事は、果たしてこういう事だったのかどうか。
撩には正解が解らない。
彼女は初め、撩の部屋とは別の下の階に住んでいたけれど。
いつの間にか気が付けば、今では撩が生活するフロアと同じ6階にまでやって来て。
いつの間にか撩の身の回りの世話を焼いている。
彼女の真意がどういったものなのか、正確な所は撩には解らない。
恐らくは自分に対して憎からず思っていてくれているだろう事は解る。
けれどその気持ちと行動が、殺し屋で浮浪雲の様な自分に向けられて相応のものなのか、
撩には客観的なジャッジは下せない。
不思議な女である。
束縛をしているようでそうでも無い。
一見、狭量に見えて、実際は恐ろしく懐の深い女だ。
それは計算でも何でも無く、恐らくは彼女の本質的な業である。
彼女は世間をあまり良く知らないちっぽけな女だけど、
男だとか女だとかいう以前に、非常に正直で善良な人間だ。






撩は他人を殺した。
それが生業だから、仕方ない。
良い事か悪い事か、白黒をつけるとするならば。
他人を殺す事は悪い事だろう。
結果、どのように未来が転がろうが、
人殺し以上の何か悪い出来事を食い止める為の悪い事であったとしても、
悪い事に違いは無いのだ。
マイナスとマイナスを掛けてプラスになるのとは違って、
悪事は何処までいっても、どんな大義名分を掲げようと、悪でしかない。






案の定、舗道から見上げた6階のリビングには灯りが灯っていて。
彼女は起きていた。
部屋中に満ちる、淹れたての珈琲の薫り。
アルコールの匂いで擬態して帰った男を出迎えるには、健全すぎる空気。
おかえり、と改めて言いながら、ソファに座る撩の前に小さな音を立ててマグカップを置く彼女は。
パジャマの上に薄手のカーディガンを羽織り、真っ白な頬に睫毛が影を作る。
撩はいつも無意識に、彼女の事をつぶさに観察してしまう。
不思議で今までに出逢った事の無い種類の人間だけど、撩は彼女が嫌いでは無い。
むしろ、居心地は良い。
それでも、どんなに気を許せても。
その少し前に悪い事をして帰って来た自分を、彼女に晒す事は出来ない。
彼女にだからこそ晒せないとも言えるだろう。
その感情がどういった類の物なのかは良く解らないけど、強いて言えば。
撩は彼女に幻滅されたくないのだろう、失望されたり軽蔑されたくない。

撩は本当は理解出来ないわけでは無いし、客観的にジャッジを下せない訳では無い。
白黒つけたくないだけなのかもしれない。
白黒つけてしまえば、自分は黒で、彼女は白だから。
明るいリビングの電灯の下では、その揺るぎ無い2人の立ち位置が明確に暴かれてしまいそうで。
撩はいつも、彼女が起きているかどうか舗道から見上げて確認してしまう。
くっきりと濃い珈琲の薫りは、撩の面倒臭く取り留めも無いしょうも無いわだかまりを融かしてしまう。
そんな撩の心中など我関せずで、彼女もすぐ傍で珈琲を啜る。


こんな時間なのに、たった今豆を挽いたかのような芳ばしい薫りは、
撩を少しづつ穏やかな気持ちにさせる。
彼女には、歌舞伎町の街で飲んだくれて遊び歩いたフリをしてみせても。
本当はちっとも酔ってはいないし、頭の芯は冷えていた。
酔ったフリで水をくれと言った撩に、珈琲を淹れて持って来た彼女の真意は解らないけれど。
でも何となく、撩のそんなデタラメな嘘など、とっくに見透かされているようにも思える。
2人は言葉も無く、夜更けに珈琲を飲んでいる。
こういう時互いに、何のしがらみも興味も関心も無い男と女なら、キスの1つも出来るのだろうけど。
生憎、2人には言葉に出来ない感情が縺れすぎているから何もしない。
これまで簡単に肉体関係を持った女には感じなかった感情を、
撩はキスの1つも出来ないでいる口の悪い中性的な相棒に抱いている。
この感情が飽和した先に何があるのだろうと想像すると、撩は少しだけ恐ろしい。
今まで怖いものなど無かった筈なのに。


少しづつ、まるで生温い湯の中に浸るように、撩は解けてゆく。
それは懐の深い、彼女の温度だ。




[ 2015/02/21 08:54 ] undo | TB(0) | CM(0)

② tears of a clown   

※原作程度、(中盤、モヤモヤ期くらい)を想定して書いております※





香は珈琲をドリップする事だけに集中した。
珈琲を淹れるのは香の日課だけれど、それは概ね相方である冴羽撩の為に淹れられるものである。
真夜中の深い時間、どちらかというと夜よりも朝に近い時間は、
冬の終わりの空気に春の気配が混ざる季節に似ている。

相棒の好みは、深煎りの豆を濃い目に淹れたものだ。
香にはちょっと濃すぎるので、いつも温めた牛乳を入れる。
砂糖を入れないカフェ・オ・レを、香は悪くないと思っているけど(というか、好物だ。)
撩は子供っぽいと言って笑う。
そんな撩を見ると、香はつい数年前の高校2年生の春休みの事を思い出す。
もしかすると、撩にとって自分は未だあの頃のシュガーボーイのままなのかもしれないと思う。
あの時の事を、撩が憶えているのかどうか、
そもそもあの時の男の子(仮)が香だと解っているのかどうか、香には解らない。
あの時、香は名乗った訳でもないし、あの3年後にもう一度男と勘違いされたので、
ひょっとしたらあんな事があった事すら、撩にとってはどうでも良い事で忘れてしまったのかもしれない。
それでも香は、まるで昨日の事のように憶えている。


あの頃から、とっくに知っていた。
撩が“そういう”男だという事くらい。
仕事によっては、命を頂戴する事も厭わない生業。
解っていて尚、香の初恋は撩だったしあれからずっと撩の事を見てきたから。
だから解っている。
撩のデタラメな嘘も、欺瞞的な日常も。
撩が香に対して、無遠慮なようでいてその実、薄い隔たりを決して崩さないのと同じように。
香は自分自身の心を、ずっと欺いている。
本当は撩の本当のパートナーになりたい、兄がそうしていたように撩から信頼される相棒になりたい。
撩の足手纏いでなく、撩の片腕になりたい。
そして、ずっと撩の隣に居たい。
だけどそう思っている気持ちは、見て見ないフリをしている。
言葉はいつも思っている事の半分も表さない。
小難しい事などどうでも良くて本当は、撩が好き。






今夜も、撩が夜の何処かで本来の仕事をしている事は何となく解っている。
こういう晩は、布団に潜り込んでも眠気はやって来ない。
命の遣り取りの現場で、取られるのが撩ではない保証など何処にも無い。
粗挽きの豆がお湯を含んで細かい泡を立てながら、膨らむ。
ただ生きていて欲しいだけだ。
他人が客観的に判断を下せば、彼はただの犯罪人なのかもしれないけれど。
香にとっては、世界中に唯一無二のかけがえのない人間だ。
他のどんな悪人の命を奪っていようと、何百何十という命の重さよりたった1つ、
香にとっては撩の命が一番重い。
それ以外のどんな人間も、香にとってはどれも同じで、どれもどうでも良い。
こんな風に考える事自体、撩が背負っている罪となんら変わりはしないと香は思う。
人間は誰しも同じように汚くて、厭らしくて、利己主義で傲慢だ。
自分にとって大切なものだけが大切で、他の事などどうでも良い。
綺麗事抜きで語れば、それが香の恋心だ。
因果な男に惚れてしまったとは、毎日思う。
それでも不思議と、こんな自分が不運かといえばそうでもないと思っている。



大きめのマグにたっぷりと2杯分、最後の滴がサーバーに落ちる少し前に玄関から相棒の気配がした。
何となくもうすぐ撩が帰って来る気がして淹れ始めた珈琲は、頃合い良く注がれた時だった。
兄が生きていた頃、2人で暮らす部屋で香の淹れた珈琲を兄は褒めてくれた。
香は上手に淹れるな、と兄は微笑んでそう言ってくれたけど。
あの頃よりも、珈琲もお茶も上手く淹れられるようにはなったと、香は思う。




玄関先で酔っ払った振りをする撩を見て、香は確信した。
今夜の撩は、夜遊びでは無い。
キッチンから漂う目の覚める薫りに、一瞬だけ撩の表情が変わったから。
その後すぐに、また元通り酔っ払いの腑抜けた顔をしてみせたけど、
どちらが本当の撩の表情かくらい、香には解る。
香だって、伊達に何年もこの男だけを見てきた訳では無いのだ。






カオリ~~~ン、お水ちょうらい、お水ぅ

ったく、しょうがないなぁ。毎晩毎晩、飲んだくれて。何処にそんなお金があるっていうのよっっ





キッチンに戻った香が、珈琲を手にしてリビングに入ると撩はソファにだらしなく寝そべっていた。
マグカップをテーブルの上に置くと、撩はのそのそと起き上がった。










・・・今日は、牛乳入れてないんだ。




暫く何も言わずに、2人で珈琲を飲んでいたけれど、不意に撩がそんな事を呟いた。
入れようと思ってはいた。
ドリップし終わったら、耐熱グラスに一杯分の牛乳を入れてレンジにかけるつもりだった。
でも、その前に撩が帰って来たから。
そんな事はもう、どうでも良くなった。
外でたとえ何があっても、酔っ払った振りで帰って来てくれる撩の方が。
香にとって優先順位は高い。

果たしていつの日か彼が、自分の事を相棒(シュガーボーイ)ではなく、
1人の“女”として見てくれるようになる日が来るのだろうかと、香は可笑しくなった。






たまにはね、ブラックが飲みたい時もあるのよ。

っかぁ~~~、ガキのくせにいっちょまえに。

っるさい、エロオヤジ。

安心しろ、ガキは対象外だ。







互いに憎まれ口を利いても、それが冗談だというのは暗黙の了解だ。
今夜の仕事が2人にとってそうであるのと同じように。
2人の間にある薄い隔たりを、こうして軽い冗談で薄めて溶かしてゆく。
希釈された日常の欺瞞という名の毒が、いつか致死量を超える時まで。



[ 2015/02/24 22:03 ] undo | TB(0) | CM(3)