あけおめ 2014

次は、おみくじね。





香より少しだけ早く参拝の列から外れた僚に、香は小走りで駆け寄ってそう言った。
楽しげな香はカーキ色のツナギにワークブーツを履いてダウンジャケットを羽織っている。
片やポケットに両手を突っ込んだ僚のモッズコートからは、濃厚な硝煙の匂いがする。
そこは、初めて訪れる名前も知らない神社だった。
今年も参拝は、花園神社に行く予定だったけれど。
如何せん、予定は未定で。
2人は全く正月らしくない格好で、
ラブホテルの安っぽいシャンプーとボディソープと火薬の匂いがする。


暮れも押し迫ってその揉め事を持ち込んだのは、相変わらずの警視庁の女豹だった。
関東の外れの山奥の廃工場で、銃器の密造をしていた犯罪グループのアジトを破壊したのが、
大晦日31日の、夜だった。
そこから急いで帰っても、どうせ日付を跨ぐのならと。
現場から少し離れた農道の脇にあったラブホテルにクーパーを滑らせた。
料金は正月価格で割高だったケド、意外にも駐車場は埋まっていた。
香は初めて体験するエントランスのヒラヒラや、鏡の貼ってある天井にイチイチ笑ったけど。
その香のリアクションの方がよほど面白いと僚は思った。
どうせロクなもんは置いてないからと、
ホテルに入る前にまた更に離れたコンビニで適当に食料を買い込んで。
何の因果か、大晦日正月の食事はコンビニ弁当だった。




アパートの風呂場の2倍はありそうな大きな風呂に湯を溜めて、珍しく香が一緒に入ろうと言った。
しかしそれは、別に何も色っぽいお誘いという意味で無く。
どうやら初めての場所で、1人で入るには寒々しいほどに広い風呂場が怖かっただけのようだった。
けれど勿論、そんなお誘いを色っぽいモノに変えるのが、冴羽僚の新宿の種馬たる所以だ。
湯船の中で香を抱いている時に、どうやら日付が変わったらしく。
遠くで除夜の鐘が聞こえた。
勿論、防音の効いたラブホテルなので、香の聴覚では聞こえなかったらしい。
ほら、聞こえる。と言った僚を、香は不思議そうな虚ろな目で見つめた。
何だかんだで大晦日の内にケリをつけて、年を跨ぎながらモッコリしてる俺、さすが。と、
僚は自画自賛しながら、訳のわからない事を喘ぎながら脱力している香を責め立てた。







ねぇ、りょお。


ん~~~?





無駄に広いベッドのお陰で、それ程広くない居室はやたらテレビの位置が近い。
僚はまだ眼が冴えているから、照明を落とした部屋の中でボリュームを絞ったテレビをザッピングする。
壁側に背中を凭れて座り、ビール片手に布団から出た上半身は裸だ。
旧い型のエアコンは、微妙な調整が出来ないらしく、暑いほどに効いている。
テレビだけは妙に新しくて、近い上に画面が大きいから遠近感が狂いそうになる。
香は僚の裸の太腿に頬をピッタリと寄せ、顔の半分ほどまで布団の中に居る。
しかも、ご丁寧に脱衣所に用意されていた、なんだか中途半端な寝巻に袖を通している。





暑くねぇの?カオリン。


ううん、暑くない。てか、寒くないの?りょお。


ううん、裸でちょうど良い。






そう言うと、香は子供みたいに笑った。
湿った温い息が太腿に当たって、ムズムズとした快感が背筋を駆け抜けたけど。
香はもう既に眠たそうにウトウトしているので、辛うじて煩悩は抑えた。






あのね。


なに?


ココに入る時さぁ、結構車停まってたでしょ?


あぁ、そうだったね。







確かに、意外にもその田舎のラブホテルはこんな日にも盛況なようで。
満室とはいかないにしても、なかなかの稼働率だろうと僚は予測する。
だからこその正月割増料金なのだろうと考える。
ザッピングしても、しょうも無い番組しかやって無い。
大声を張り上げるだけの芸人と、晴れ着を着た女子アナがバカ騒ぎをしているだけで、
巨額のスポンサーが付くのだから、この国は平和だ。
僚はビールの空き缶をベッド脇のゴミ箱に放り、リモコンでテレビを消した。
途端に、部屋の中には暗闇が訪れる。
僚は枕元の何やら宇宙船の操縦パネルのような意味不明の各種スイッチを捻って、照明を調節する。





カオリン、電気このくらいで良い?




そう言うと、布団から半分だけ顔を出した香がコクンと頷く。
僚はもぞもぞと布団に潜り込み、左側に眠る香の為に左手を伸ばす。
それに合わせるように、香はいつもの定位置の僚の脇の下のちょうど良い窪みに頬を寄せる。
いつもとは違うボディーソープの匂いがするその窪みは。
香の頬の形に、まるで誂えたかのようにジャストフィットする。
それを言い出すと、僚の身体はどこもかしこも香の為に誂えたかのようにピッタリと馴染むと、香は思う。






これだけお客さんがいるって事はさぁ





どうやら、話しの続きを再開したらしいと、僚はその香の眠たげな声に聞き入る。
香が華奢な腕を持ち上げて僚の裸の胸板に、ペタリと掌を乗せる。
香の掌はいつも、しっとりとして温かい。





働いてる人もいるんだよねぇ、お正月でも。





そんな香の言葉に、僚は思わずざっと考えてみる。
まぁこの規模のラブホなら、バイトの3~4人ぐらいはいるんじゃね?と。
何より今の時間帯よりも、朝チェックアウトが済んでからが忙しいだろ、と僚は思う。





そりゃ、いるよ。休んでる人間と働いてる人間と、半々なんじゃね?





俺達だって、数時間前までドンパチやってたじゃん、と言い掛けて僚は静かに微笑んだ。
香は話題を振っておきながら、スヤスヤと寝息を立てていた。
年内ギリギリになって揉め事を持ち込んだ冴子に、不平を漏らしたのはむしろ僚だった。
何故なら、大掃除の合間に少しづつ香がお節の準備をしていたのを知っていたから。
冷蔵庫に仕舞った食材はそのまま使われる事無く、今頃アパートで静かに2人の帰りを待っている。
どういうワケか、ゆっくりとアパートで寝正月だった筈の2人の正月は。
初めての土地の、見知らぬラブホでのゆく年くる年と相成った。
香が作った手の込んだ正月料理の予定は、普段ですら滅多に用の無いコンビニ弁当になってしまった。
この代償は、キッチリ女豹に請求せねばと僚は思っている。
田舎のラブホでも、正月割増料金なのだ。
冴羽商事の依頼料も、正月料金だ。














『仕事  よからぬトラブルに見舞われ一筋縄では行かぬ。』


香は手の中の小さな紙を真剣に読みながら、眉根を寄せている。
一年前のおみくじは、香は大吉、僚は小吉だった。
どうやら、今年は芳しくなかった模様である。
ホテルを出て暫く進んだ所にあったこの神社を見付けて、香はお参りしてから帰ろうと言ったのだ。
片や、僚はと言えば妙にニヤニヤしている。



『縁談  良縁、進めよ。』


縁談も何も僚の相手は香しかいないので、良い縁の相手は即ち香である。
僚は縁(えにし)という言葉を勝手に、モッコリに置き換えている。
僚のも読ませろと迫る香を飄々とかわし、僚は香の手の届かない高さの木の枝に括りつけてしまった。
ついでに香の分も取り上げて、その隣に括る。




ふふふ、私達のが一番高い場所だね。




そう言って香が笑う。
香は幾つになっても、何処か子供っぽい所があると、僚は思う。
もっとも、香のそう言う所が僚をひどく安心させ、信頼に値するのだろうと思う。
意地の悪いことを言ってみたり、僚に対して乱暴を働いたりもするけれど。
香の性根は、まるで子供のように清らかで。
こんな風に凛とした正月の空気に良く似合う。


この後、真っ直ぐに高速をすっ飛ばして新宿に帰る。
却ってこの元日なら、道もまだ空いてるだろう。
これから帰って、改めて仕切り直しのいつもの正月を過ごす。
どうせ、この先暇な冴羽商事だから、長い正月休みを満喫出来るだろう。
僚は無邪気に笑う香を抱き寄せて。
不埒にも神聖なる境内で、口付た。


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[ 2014/01/02 15:46 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題94. 頑張る姿

さぁえばぁ~~~さんっっ、何やってんの?こんな所で。







その聞き覚えのある声に、そう声をかけられた時。
僚は都会の真ん中の雑居ビルと雑居ビルの間の僅かな隙間に隠れて、相方を監視している所だった。





・・・・・・美樹ちゃんこそ、何処から来たの?




僚の背後から来た馴染みの喫茶店の女主人は、どうやらその人1人やっと通れる程度の路地裏の、
もっとずっと奥から出て来たらしい。
その割に、手には店で使うらしいバゲットやフルーツの入った重たそうな紙袋を抱えているし、
強面の旦那と揃いのエプロンも着けている。
どう見ても、お使い帰りだ。
美樹はふふふと、薄暗い路地裏には不似合いな微笑みを浮かべた。




ちょっとね、“お誘い”を受けたから呼ばれて来たの♪



そう言った美樹の言葉に、僚も曖昧に頷く。
彼女も彼女の夫も、僚と同じ種類の人間なので、
その“お誘い”とやらが物騒なモノだという事ぐらいは、察しが付く。
お互い人気者は、楽じゃないねぇ。と言った僚に、美樹は今度はニヤリと含み笑いを向ける。




で?冴羽さんは何してるの?




彼女がこういう表情を浮かべる時、それは8割方状況を察している証拠だ。
僚は内心、“面倒臭ぇ”とぼやく。
僚の肩越し、舗道の少し離れた所には相方・槇村香が居る。
先程、香の少し前を歩いていた1人の青年がポケットからハンカチを落としたのを、香が拾った。
更にその出来事の少し前から、香とつかず離れずの距離を保って後ろを歩いていた僚は。
そんな青年と香の遣り取りを、物陰からこっそりと監視していたのだ。
何を喋っているのかは、2人の口元を見れば大体解る。










ハンカチを落とした男が手にした地図を見た香は、要らぬ親切心を如何なく発揮して。
『何処かお探しですか?』と、尋ねる。
『あ、はい、ちょっとボク、この辺慣れないもので・・』と言う男が、
薄っすら頬を染めている事になど、香が気が付くはずも無い。


何処です?
あ、えーとココなんですケド・・・
あら、それならすぐ近くよ。良かったらご案内しますよ。
あでも、申し訳ないから。
全然平気ですよ、時間だけは沢山あるから。
じゃあお言葉に甘えて。


と、ここまで話しが纏まるまで、ものの数分の出来事だった。
その間冴羽僚もまた数分間、物陰から読唇術などという特殊な技能を発揮しつつ展開を見守った。
男の手にした地図を覗き込む香が、グッとソイツに近寄った事とか。
その瞬間、男が一瞬頬を緩めた事とか。
香がニッコリと笑った時に、男が何やらぎこちなく恐縮しながら真っ赤になった事とか。
そういう色々を見ながら、知らず僚のコメカミには太い動脈が浮き立っていた。
眉間には深い深い皺が寄っている。
この時の僚なら、チンピラの1人や2人程度は視線で殺せる勢いだった。


これまでの状況を要約すると。

青年がハンカチを落として香が拾って僚がそれを後ろから観察して香が青年の地図に目を留めて案内を買って出て青年が恐縮して香が笑って青年が照れて僚がブチ切れて僚がヤキモキして僚がイライラしている所へ美樹が来たのである。

僚は心の中で、似たような童話があったなと思い出す。
確か、爺さんが丹精込めて作ったカブが大きくなり過ぎて、1人では収穫不能だったから。
爺さんが婆さんを呼んで来て婆さんが孫娘を呼んで来て孫娘が犬を呼んで来て犬が猫を呼んで来て。
猫がネズミを呼んで来た話だ。
因みに、美樹はといえば。
しつこく狙って来る格下のチンピラを伸して、店へと戻る為に向かった路地裏の入り口に。
命を狙って来る刺客なんかよりも、余程恐ろしいまでに殺気を垂れ流す常連の男を見付けたのである。
そういう時は大抵、彼の相棒絡みで何かやっていると相場は決まっているから、思わずからかいたくなる。



美樹は一応事実確認の為に、僚の肩越しに舗道へと視線を走らせる。
なるほど、彼の相棒は。
いつもの無防備で無警戒な親切真心キャンペーン絶賛開催中だった。
彼女は、基本的に優しくて親切心に溢れているけれど。
若干1名、相方にだけ残酷だ。
けれどその残酷さは、冴羽僚の狡さの裏返しでもあるので、彼らはまるで表裏一体。
オセロの裏と表のようなモノだ。





あ、香さん達行っちゃうわよ? イイの?


はぁ???何の事ぉ?ボクちん、カオリンの事なんかどうでも良いしぃ?







ここでモッコリちゃんが歩いて来ないか、待ってただけなのぉ。と、おどける男に。
ホラ、また。ズルい男。と、美樹は心の中だけで呟く。
美樹はどちらかというと、香の味方なので遠回しにその気持ちを投げ掛ける。
半ば、呆れているのかもしれない。






冴羽さんも、頑張るわねぇ。


何、美樹ちゃん。どういう意味よ、それ。





余裕たっぷりに微笑んだ美樹に唇を尖らせる男は、まるで悪戯な小学生の悪ガキのようだ。
この男のこういう顔を、件の相棒は知らないのだ。
香だけが、僚の恋心を知らない。






素直になった方が、楽な事もあるって事よ♪


・・・・・。


こんな所でコソコソ見てないで、2人の前に出て行くとか何とかすれば良いのに。


っかぁっっ、なぁんで俺がっっ。どうでも良いっつーの。


ふ~~~ん、どうでもねぇ。まぁ、冴羽さんがそう言うんならそうなんでしょうけど(笑)








頑張ってねぇ~~~、と言いながら美樹はヒラヒラと手を振って、その路地を後にした。
どうやら幾ら暇な喫茶店だとは言え、冴羽商事よりは忙しいらしい。
僚はそこに1人取り残され、おまけに相棒と青年はとっくに居なくなっていた。










夕方、僚が家に帰ると、香は夕飯の支度をしていた。
結局あれから僚は、下降気味のテンションのままナンパをする気にもなれず、
一通りホームレスの仮面を被った情報屋たちの元を巡回し、
堅気に絡んでいたヤクザ1名を諭し(言葉は要らない)、
ミックに飲みに行こうと誘われたのを断って帰路に着いた。
何の変哲も無い、いつもの1日だ。


一方、香の方はあの後道案内をして、お礼にお茶でも、と誘われたのを断ってスーパーに行った。
悠長にお茶などしていたら、タイムセールに間に合わなかったからだ。
晩のおかずは、肉じゃがだ。
道に迷っていた彼の目的地は、とあるビルの1階のテナントのそこそこ大きなギャラリーだった。
彼は日頃、信州の山間の村に暮らし、山里の景色をライフワークに撮っているカメラマンだった。
ギャラリーでは、彼の古い友人の個展が開かれており、そこへ行く為に新宿まで出て来たとの事だった。
ギャラリーまでの道すがら、そんな話しを聞きながら歩いたのだった。








シンクの前に立って香が、調理器具を洗っている。
香は手際良く片付けながら料理を作るので、料理が出来上がる頃にはシンクはいつも片付いている。
どうやらメインの煮物は、後はコンロに任せるだけらしい。
僚はビールでも飲もうと、キッチンに入るなり冷蔵庫へと手を伸ばしかけて、ハタと気付いた。


冷蔵庫の白い扉に、マグネットで留められた1枚のポストカード。山の写真だ。


確か、僚が最後にココに居た昼飯時には、それは無かった。
僚はさっきの、中途半端になってしまった相方の監視を思い出す。
確か、2人の唇を読み取って解読した目的地は、とあるギャラリー。
何やら、ざわざわと僚の心が波立つ。
僚はマグネットを外して、そのポストカードを摘む。
それを目の端に捕えた香が楽しげに、先程の顛末を僚に話して聞かせる。
香はその途中まで、僚が見ていた事などは知らない。






お茶の誘いを断った香に、彼は自分が撮影したポストカードをくれたのだ。
自分の撮った風景が、その土地の土産物として商品化された事を彼は嬉しそうに語っていた。




僚は仏頂面のままどうでも良さ気な振りで、それでも内心は耳を欹てて相方の話しに聞き入った。
香の報告が一通り終わるまで聞いて、その写真を元のように冷蔵庫の扉に貼った。
香もまた、シンクの中の洗い物へと向き直る。






・・・誰にでも、愛想振り撒くんじゃねぇよ。




小さな声でそう言った、僚の呟きは。
バシャバシャと水を使う香には、聞こえなかったらしい。







ん~~?何か言った??? りょお?


べっつにぃ~~~


あああ、冷蔵庫開ける前にちゃんと手ぇ洗ってっっ!!







いつも通り、口喧しい相棒に。
僚は思わず、苦笑する。
ヘイヘイ、と言いながら、洗面所まで行くのが面倒なので、無精をして香の隣に並ぶ。
ワザとらしく、ぐいぐいと香の身体に肩をぶつけて横に割り込むと。
香はクスクス笑うので、僚は手に付いた雫をピンと香のオデコに飛ばす。
香も負けじと、泡の付いた雫で応酬する。
まるで子供のようにじゃれる2人の横で、肉じゃがが煮える。




僚は心の中で、自分はいつまで頑張るんだろうと考える。
でも多分、それはそんなに長くは続かないんじゃないかと思っている。






[ 2014/01/08 20:48 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題66. 花束持って

香さんがちゃんと起きてる時にそうしたら、もっと喜ばれると思うんだけど?








消毒液の匂いと香のパジャマの柔軟剤の匂いのするその部屋の窓辺で、かずえが小さく微笑んだ。
窓には目隠しのレースカーテンが引かれ、部屋の中は薄暗い。
薄暗い部屋の中で、僚が持って来た花束だけが妙に明るい。
白いカラーが5本、ピンクのガーベラが3本、オレンジのガーベラが3本。
僚には、花の良し悪しなど解らないから。
花屋の店先で、一番明るくて、一番元気が良さそうな花を選んだ。
カラーもガーベラも太くて真っ直ぐな茎が、シャキッと立っていて。
それはまるで、凛とした相棒みたいだと思ったのだ。
当の相棒は、頭に白い包帯を巻いてスースーと規則正しい寝息を立てている。










その依頼は、ある企業の研究者が幼い息子を攫われた事から始まった。

彼は犯罪組織の目に、その頭脳と研究実績を見留られ組織への加担を要求されたのだ。
勿論、彼はそれを拒んだ。
そしてその制裁が、幼い一人息子の誘拐だった。
息子を助けたければ、組織の為に働け。という理不尽な状況に、彼は冴羽商事を頼った。
事件が片付くのは、いつも通り迅速だった。
子供が軟禁されている敵のアジトを突き止め、2人で乗り込んだ。
無事、子供を奪還し、雑魚の下っ端を蹴散らし、後は親玉だけだとなって。
僚は、子供を連れて先に車へと戻るように、香に指示をした。
自分もサッサと黒幕を仕留めて、2人に次いで車へと戻るつもりだった。
2人を連れて先を進むよりも、後は香に任せた方が安全だと思ったのだ。

けれど、それが今回ばかりは裏目に出た。
その山の中の一見何の変哲も無い別荘を装ったアジトは、確かに犯罪組織のアジトだったのだ。
豪奢なアンティークの机と椅子の置かれた、書斎という名の黒幕の指令室で。
僚がその男の眉間を撃ち抜いたのと、
その男の人差し指が起爆装置のスイッチを押したのはほぼ同時だった。
僚が短く舌打ちをした時には、その屋敷は崩壊し始めていた。

香と子供を見付けたのは、もう少しで玄関だという手前の階段付近だった。
瓦礫に埋もれながら、香はシッカリと小さな依頼人を守っていた。
幸い子供に怪我は無く、香の上にはちょうど2人を守るように大きな柱が横切り、
それ以上押し潰されるのを防いでいた。
それでも香は頭を強く打ち、意識を失っていた。







それから5日になる。
その事件があった夜に、香は目を覚ました。
依頼人もその息子も無事だ、と言う僚の言葉を聞いて、安堵してまたすぐに眠った。
検査の結果、外傷が見られるモノの重篤なモノは無く、脳波も正常だという事だった。
それでも怪我を負っている事に違いは無く、香はこの5日間、眠りと現の狭間に居る。
3日間は、僚もアパートに帰る事も無く教授宅にいた。
眠ったり起きたりの香は、勿論、そんな状況は一切知らない。
香が起きている間、僚が香の病室にジッといる事は殆ど無かった。
僚は、香が眠っている時だけ、優しい。

4日目、容体が安定したのを見届けて、久し振りに僚は1人でアパートに帰った。
それが昨夜遅くの事で一夜明けて昼頃に、僚はその花束を持って再び香の元を訪れたのだ。
思えば、長い相棒との生活の中で。
花など買ってみたのは、これが初めてだった。
一度湖の畔で、一緒に行き抜こうと誓ってからは、香の事をただの相棒以上として見て来た。
優しくするなら、いつだって良かったのかもしれない。
何も、こんな時じゃなくても。












香が目を覚ました時、僚はベッドの隣に置かれた椅子に座って新聞を読んでいた。
窓の外は曇り始めていて、カーテンを引いただけでは無い薄暗さが部屋の中を支配していた。
その中にあって、窓際のサイドテーブルだけがやけに華やかだった。




・・・りょお。



予想以上に掠れた声が出てしまって、香は小さく1つ咳払いをした。
頭の中では冷静に、何でこんな薄暗い中で僚は新聞を読んでいるんだろうと思っていた。




おぉ、起きたか。


うん。


痛むか?


ううん。


そうか。






お互いに言いたい事は沢山ある2人だけれど、何一つ言葉にはならない。
すぐに訪れる静寂はそれでも、2人にとっては苦痛では無い。
馴染んだ2人の空気みたいで、それすらも実は心地いい。




あれ。


ん?



香が向けた視線の行く先で、“あれ”が“どれ”なのかが解る。
窓辺のクリスタルガラスの花器に活けられた、カラーとガーベラだ。





りょおが持って来てくれたの?


・・・・・・ぁあ~~~と、ミックだ。ミック。


・・そう。  後で、お礼言っとかなきゃだね。


んぁ?ぁああ、ねぇ、あー。良いんじゃねぇの?別に。


良くないでしょ、普通に。






僚は自分でも、何故咄嗟に嘘を吐いたのか解らなかったけど。
香がミックからと聞いて、少しだけ残念そうな表情を浮かべた事には気が付かなかった。
それでも数日前よりも随分、的確な突っ込みが出来るようになっている相棒に、安堵していた。
















数日後、香は窓辺に立ってその花の花びらを、愛おし気に撫でていた。


あの後、お見舞いに顔を出したミックに礼を言った香に、蒼い目の友人は事の真相を語って聞かせた。
そしたら、僚のあの時の不審な言葉の辻褄が合って、妙に可笑しかった。
可笑しくて笑いながら、少しだけ涙が出た。
男の人から花を貰うのが、こんなに嬉しい事だとは思わなかった。
多分、それはお見舞いの意味だろうけど。
それでも、香は僚が愛おしい。


凛として真っ白なカラーの佇まいが、僚に似ていると思った。











もう起きても大丈夫みたいだな。






そう言って入って来たのは、今の今まで香が思い浮かべていた相棒だった。
白いシャツにジーンズを穿いている。








うん、明日か明後日には帰れるみたい。教授が言ってた。


そうか。


りょお。


ん?


ありがとう。








何がありがとうなのかは、言わない。
全ての事にだ。
お花をくれてありがとう。
傍に居てくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。
僚の口角が、知らず弧を描く。
フフと、小さく笑うといつもの憎たらしい口調で、飄々と答える。






礼は良いから、早く帰って来い。洗濯物溜まってんだよ。


しょうがないなぁ~~~






香はそう言いながら、泣きそうになるのを堪えるように俯いて花びらを撫ぜた。
ちっとも、しょうがなくなどないのだ。
香には帰る場所がある。
それは僚の居る場所だと、改めて思った。
アパートに帰ったら、香は僚に愛していると伝えようと思っていた。






[ 2014/01/12 20:00 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

“蜘蛛と蝶”はじめに:注意事項

おはこんばんちわ、ケシでございます。

今回から、連載する『蜘蛛と蝶』ですが。

ワタシとしましては、至って純愛の物語を書いているつもりなんですが。

ちょっと、アブノーマルになってしまいまして(脂汗)

このお話しのカテゴリだけ、パス掛けさせて戴きます m(_ _)m

パスワードは、簡単なクイズ形式になっております。

ヒントを読めば多分、誰でもお解りになるとは思いますので問い合わせは受け付けません。

どんな風にやばいのかを書いちゃうと、ネタバレなので詳しくは書けませんが・・・

エロ、それも偏りがちなエロがお嫌いな方にはお勧めしません(汗)

この注意事項を読んで、それでも大丈夫という方のみ、先へとお進み下さいませ。


※ 連載中は、この記事が一番上に来るようにしておきます。
[ 2014/01/14 10:15 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(0) | CM(0)

第1話 再会

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[ 2014/01/15 01:36 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

第2話 デート

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[ 2014/01/15 19:57 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

第3話 アトリエ

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[ 2014/01/16 19:11 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

第4話 僚の作品

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[ 2014/01/17 21:11 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

第5話 さなぎ

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[ 2014/01/18 17:58 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

最終話 羽化

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[ 2014/01/19 16:22 ] 蜘蛛と蝶(パス記事) | TB(-) | CM(-)

① 不穏

※ 原作程度、一線を超える前の2人。CityHunterの2人で。
  未定だけど、多分、5~6話位になる予定です。











「詳しいトコが解ったら、また連絡するよリョウちゃん。」






そう言って、街角の靴磨きは僚の傍から雑踏の中へと消えた。
恐らく彼はもう、70代近いだろう。
日に焼けて深い皺の刻まれた額に、白髪の前髪。
ああ見えて、彼の齎す情報は正確無比なので、
僚はこの辺りでは最も信頼のおける情報屋として頼りにしている。
僚は胸ポケットの携帯を取り出して、時刻を確認する。

14:28

もうあと15分ほどすれば、相棒がいつもの駅の伝言板に2度目のチェックに行く頃だ。
その後は、スーパーに立ち寄るか、何もなければキャッツに行くか。
香はいずれにしても、17:00前にはアパートに戻り、夕飯の支度を始める。
日常はいつも、淀み無く流れる。













香はアパートを出てから暫く歩いた所で、いつもと違う違和感を感じた。
偶にこういう事がある。
今現在、抱えている案件は無い。
恐らく、“僚の方の”案件も無い筈だ。
僚が伝言板を通さない依頼を、時折受けているらしいことは、香も薄々は解っている。
伊達に6年も相棒はやって無い。
いや6年というか、もうじき7年目に突入する。
春が来たら、7年だ。
僚はああ見えて、何処か香をいつまでも子供扱いしている節がある。

子供扱いというか、親友の妹扱い。

まぁ、確かに香は僚にとって親友の妹に違いは無いんだけど。
当の親友(香の兄)は、とっくの昔に居ないのだ。
香はいつまでも兄貴を忘れずに立ててくれる僚にありがたいと思いながらも、正直ムカついたりしている。
自分はいつまでそのポジションに甘んじていれば良いのかと。
兄の微笑む写真立てを見ながら、香は夜な夜なそんな愚痴を僚の元相棒の兄に聞かせている。
多分、兄は三途の川の向こうで、苦笑いしているだろう。

そういう訳で、僚は香に後ろ暗い案件を抱えていたとしても、それを詳らかにする事は無い。


正式な依頼も抱えて無くて、僚の仕事の方も今は何も無い。
それならば、この違和感は。
もしかすると、仕事とは関係ない怨恨の類なのかもしれない。
悲しいかな仕事柄、僚を恨む人間は星の数ほど居る。
そしてその輩の矛先が、僚へ向くとは限らないのもお約束だ。
そもそも、僚と正々堂々やりあえる相手なら、逆恨みなどしない。















午後のこの時間、常ならば僚は日課のナンパに勤しんでいる頃合いだ。

けれどその日は、轍に声を掛けられて事情が変わった。
どうやら僚の最愛の仔猫ちゃんに付き纏う、不穏な影がチラホラあるらしい。
僚は時間と場所を鑑みて、自宅アパートの表の通りへと戻ってみた。
7階建ての古ぼけた、鉄筋コンクリート造。
一見すると、タダのおんぼろアパートだ。
誰もこのビルに配備された米軍基地並みのセキュリティとか、
地下の射撃場の存在などに気が付く者はいない。
僚は1階・表玄関の扉に手を掛ける。
施錠されている。
その扉を施錠するのは、僚以外では相棒だけだ。



「一歩、遅かったか。」

香はどうやら、日課の伝言板のチェックに出掛けた後らしい。
僚は小さく舌打ちを漏らす。















香はわざと、いつもと違う道を選んでみた。


この数年の、僚との暮らしの中で。
偶に訪れるこの不穏な空気は、香にしてみればもう慣れっこだ。
香は普段、僚というある意味ではスーパーマンの様な男の隣にいるから目立たないけれど。
かなり勘の良い、学習能力に長けたタイプだ。
僚からはいつも半人前扱いをされるから、香自身に自覚は無いけれど。
香は大抵、様々な局面に於いて、僚ならどうするだろうと考える。

僚なら、海坊主なら、美樹なら、ミックなら。

香が手本とするメンツは、その世界では皆、超一流だ。
だから、人ひとり撒く事ぐらいはどうにでもなる。
けれど、相手をするとなれば容易では無い。
まずそもそも、相手の力量を見定める事が肝心なので、下手は打てない。
それこそ捕まって僚をおびき寄せる為の餌にされるのは、香が最も避けたい事態だ。














いつも香が通る道を辿って、まるで野良犬のように僚が辺りを窺う。


時間的にも、いつもならそこを通れば香に遭遇してもおかしくない。
香はよほどの事が無い限り、自分の生活のペースは変えない。
それは、彼女の几帳面な性格に起因するモノでもあるけれど。
それが実の所、シティハンターの相棒としての自覚と計算に依るモノだという事を僚は知っている。
毎日の行動パターンと異なる行動は即ち、何かが起こった証となる。
それは相棒同士にしか解らない、日常の積み重ねだ。
誰にも覚られないお互いだけのサインだ。
僚は取り敢えず、駅に向かう事にした。





















香は走っていた。


相手もかなりしつこく食い下がっている。
けれど、どうやら歌舞伎町の地理に関しては、香には敵わないようだ。
香が小さな路地を折れる度、後手後手に回ってやっとの所で付いて来ているようだった。
香が唯一もどかしいのは、出掛けに突っかけたソールの固いパンプスだ。
常日頃、ヒールの高い靴は避けているので、ペタンコの甲の所にリボンの飾りの付いた香のお気に入りだ。
それでも、追いかけっこには向いてない。
こうと解っていれば、ちゃんとスニーカーを履いて出たのに、後の祭りだ。

香は数m先の路地に視線を走らせる。
あそこを右に曲がった先に、僚の行きつけのゲイバーがある。
小さなカウンターと、ボックス席が2つ。
この時間なら、ママが1人で開店準備をしている筈だ。










「っひゃっっ、ビックリしたぁぁ」



そう言って甲高い声を上げたのは、ニューハーフ歴28年、46歳の緑子ママである。
名前に因んだのかどうなのか、緑色のスパンコールが散りばめられた鱗のようなドレスを着ている。
ウィッグを着ける前の短髪だけれど、3枚重ねの付け睫毛はバッチリ付いている。
突然、敏捷な野良猫の様な身のこなしで、店の中に飛び込んで来たのは。
良く知る男の最愛の相方で、可愛い仔猫ちゃんだ。






なに?香ちゃん。どうしたの?


えへへ、ごめんなさい。ちょっとだけ匿って?





彼らの商売は、この街の人間なら誰しも知っている。
可愛い顔をして彼女は、その辺のチンピラより1枚も2枚も上手だ。
彼女の相棒にも彼女にも、この街の住人には大きな義理がある。
息を切らせて駆け込んだ彼女の、束の間の休憩タイムのお相手位お安い御用だ。












はいどうぞ。




そう言って、ママが出してくれたのは。
ロックグラスに作られた、ラムコークだった。
香はグラスを鼻先にやって、それに気付く。






お酒???

まぁね、イイでしょ?ちょっとぐらい。偶にはね。





香も、少しぐらいは飲めない事も無い。
まだアルコールを呷るような時間でも無いけれど、そう言ってウィンクを寄越すママに、
香もニヤッと笑って、クッとその濃い茶色の液体を飲み干した。



(続く)
[ 2014/01/20 23:17 ] Girl | TB(0) | CM(0)

② 日常

「香、来てない?」





カランとカウベルを鳴らして入って来た男の第一声は、それだった。
結局、僚はその日香の足取りを追って、街中を徘徊したけれど。
それはタッチの差で、悉く擦れ違っていた。
その頃、香が。
開店前の僚の行きつけの飲み屋で、ラムコークを美味しそうに飲んでいた事など。
僚は知る由も無い。




なぁに?珍しい。何かあったの??




訊ねる美樹に、僚は曖昧に言葉を濁す。
ココに来ていないのなら、今はまだ情報を漏らす時では無い。
僚はいつもの呑気でスケベな表情を浮かべて、いつものコーヒーをオーダーした。
しかし、この夫婦がそんな微妙な空気の変化に気が付かない訳は無いのだ。
それでも、同業者として詮索は避ける。
美樹は知らない振りで、会話を続ける。




また、何かやらかしたの?早いトコ、謝っちゃいなさいよ。


嫌だなぁ、美樹ちゃん。なんでいつも俺ばっかり悪者よ?




ニタッと笑う僚に、海坊主がフンと鼻を鳴らした。
お互いに気が付いてはいる。
不穏な空気は、ある時突然満ちるモノだ。
それを嗅ぎ分けられなくては、この世界では生きてはいけない。
この街で、彼女を護っているのはこのカウンターに座った唯一の客・冴羽僚だけでは無い。
香はこの世界に於いては、まるで小さな子供と同じで。
僚がいつも心配しているのと同じように、伊集院夫妻も彼女の事を、まるで妹のように思っている。
そして、もしも彼女の身に何かが起これば、全力で護る事を厭わない。
勿論、それぞれ三者三様そう思ってはいるが、言葉にはしない。
海坊主の脳裏では無意識に、いくつか当たれそうな情報屋をピックアップしていた。








僚が1時間ほど時間を潰してアパートに戻ったのは、16:00過ぎだった。


香はベランダに出て、洗濯物を取り込んでいる所だった。
冬の空気は乾燥しているけれど、洗濯物を乾かすのには向いてない。
香はリビングにエアコンを入れて、もう一度室内に洗濯物を干し直す。

17:00前、キッチンからは僚の空腹に拍車をかける良い匂いが漂って来る。
僚はソファに寝そべって、考え事をしながら。
ボンヤリと室内干しされた、2人の衣類を眺める。
秋の始まり、僚は香に初めて気持ちを打ち明けた。
あれから何1つ変わらない2人だけど、変わらないという事はひどく僚を安心させる。
こうして繰り返される毎日は、まるで夫婦生活のようでいて。
その実、一切、色っぽい事は無いのだ。
僚は香の事が好きだ。
それに間違いはない。
今更昔のように、香を堅気の世界に戻そうとか、槇村からの預かり物だとか言うつもりも無いけれど。
だからと言って、香に対して他の女にしてきたように手を付ける事は、何故だか憚られる。


もしかしたら、初めて逢ったあの少女の頃の面影が未だ、僚の中では鮮明過ぎるのかもしれない。

洗濯物をリビングに干し直して、少しだけ満足そうに頷いた香が。
夕飯の支度をする為に、僚の横を通り過ぎてリビングを出る時に。
少しだけ、ラムの様な甘いアルコール臭が薫った気がしたけれど、気のせいだろうと僚は思い直した。
それでも香はもう、少女でも無いしもうすぐ春が来れば、27になる。










香がその店で、出された酒を飲みながら時間を潰して、表を窺うと。
それまで感じていた違和感は、消えていた。
その後は、真っ直ぐにアパートへと帰った。
本当はスーパーへも立ち寄って、買い物をしたかったけれど。
用心の為、何処にも寄らずに帰った。










ねぇ、香ちゃん。


なぁに?ママ。


貴方達、一体何処まで進んでんのよ?実際の所。





そう言って緑子はニマァッと笑う。
香は手の中のグラスを見る。こうやって好奇心にまかせて、
香の口から色々と訊きだしたいが為にこんな時間からアルコールを勧めたのかと。
薄暗い間接照明の下で、この日初めて香は緑子の顔を正面から見た。
彼女の濃い口紅とグロスは、本来の唇の輪郭よりも遥かに大きく描かれている。
重ねて束になった付け睫毛の接着面は、巧妙に曖昧で。
まるで人工的な毛束は、元より彼女の瞼から生えているように見えた。
だからこそ、額から上の角刈り頭が香は気になった。




ウィッグ、被らないの?


やぁだぁ、被るわよぉ。今日はピンクなの。




緑子の質問には答えずに、質問で返す香に照れ臭そうに答えた彼女の指示した先。
カウンターの端っこに、抜け殻のように放置されたピンク色のストレートボブのウィッグがある。





ふふふ、あのウィッグ緑子さんに良く似合ってる。


あらぁ、ありがとう。褒めても何も出ないわよ?




嬉しそうに笑う女主人に、香はご馳走様、と言ってグラスを押し付けると、
表の様子を探るように確認して出て行った。
この街の住人の関心事の1つ、僚と香の進捗状況は、今日も確認出来ずに終わった。
それでも、何故か。
香には不思議な魅力があって。
あの男の幸運の女神がふらりと開店前に立ち寄るなんて、
今夜は忙しくなるかもしれないと緑子は柏手を打った。















どう?






僚がその甘酢とタルタルのかかったチキンを、一切れ口に入れようとするのを。
香はまん丸い瞳をキラッキラさせて窺っていた。
僚は口に入れるのと皿に戻すのと、どっちつかずな感じになって苦笑した。





あん?あにが?


チキン南蛮。今日の味付け、今までに無いくらい会心の出来だよ。


まだ喰ってねぇよ、てか口に入れた後に訊いてよ。


もぉ~~~ほら、早く早く食べてっっ





僚は薄笑いを浮かべながら、香会心の作を口の中に放る。
確かに、サクサクの衣に甘酸っぱいタレが絡み、
それを濃厚なタルタルソースがまろやかに包み込んでいる。
いつも通り旨いが、いつもとどう違うのかは僚には解らない。








どう?


・・・別に、いつも通り。





本当は、この僚の言葉の後ろには、いつも通り『旨い』と続くのだが、
僚はいつも言葉が足らないので、香はあからさまに膨れる。
これだから、味の判らない男はっっ、と言いながら、まるでガキのようにご飯を頬張る香が可愛いので、
僚は勝手に言わせている。









いつも通りだ。
香の様子は、何も変わらない。
僚はその不穏な情報が、杞憂に終われば良いのだがと豆腐と若布の味噌汁を啜った。


(続く)
[ 2014/01/21 20:30 ] Girl | TB(0) | CM(0)

③ 情報

“…リョウちゃん、あんた4年前に扇龍会の片桐って奴と遣り合って無いかい?”


……片桐?


“あぁ、中肉中背で額に傷のある男だよ。ヤツの右耳はお前さんが切り落としたはずなんだけど。”


んぁああ…確か、台湾からシャブを密輸してた絡みで、ムショ送りにしたヤツかな?


“そうそう、そいつだ。奴さん先月、出所したらしいよ”


なに?今時、お礼参りってヤツ???律儀だねぇ(笑)








僚は左肩と左耳に携帯を挟みながら、クローゼットの前でシャツを選ぶ。
スピーカーの向こうで、轍がひっそりと笑う呼気の音が聞こえた。
相変わらず、轍は仕事が早い。
その日、午後に頼んだ調査報告は。
香が淹れた夕食後のコーヒーを飲む頃に、僚の携帯を震わせた。
僚はテレビを観ている香の前では、キャバ嬢からの営業電話のフリをして誤魔化しながら7階に上がった。





悪ぃね、轍っつぁん、急いで貰って。


“ふっっ、なぁにどってこたぁねぇよ。”


明日、高架下に礼は持ってくから。


“いつでも良いよ、ついでん時で。  それより、リョウちゃん、”


ん?


“香ちゃんの事、守ってやってよ。”









僚は何も言わず、ふふっと笑うと通話を切った。
シルバーグレイの200番手のブロードクロスのドレスシャツを手に取る。















ちょっと、出てくるわ。






僚がリビングに戻って香にそう言うと、香は少しだけ眉根を寄せて、ツケ増やさないでよ?と言った。
僚は曖昧に頷くと、口笛を吹きながら出て行った。




















あら、お珍しい。何事?




僚が1階の階段を降り切って、表玄関のガラス扉を開けようとしたら。
見慣れた巨体が現れた。
カーキ色のツナギに、ごついワークブーツを履いて、むっつりとした表情で突っ立っていた。







はいどーぞ。



僚は、ワイルドターキーを一杯ロックグラスに注ぎ、それを自分の前に置くと、
後の残りはボトルごとファルコンの前に置いた。
ファルコンは無言でそのボトルを手に取ると、一息で半分ほどを流し込んだ。
体に似合わず小さく息を吐くと、ファルコンは懐からA4サイズほどの茶封筒を取り出した。
そこは冴羽アパート地下にある射撃場の奥の武器庫の更に奥、
簡素なスチールのテーブルを挟んで、僚は海坊主相手にバーボンを飲んでいた。
その部屋に、香が立ち入る事はそうそう無い。
僚は大男から受け取った資料に目を通しながら、グラスに口を付ける。


そこに並んだ情報の数々は、概ね数分前に聴いた情報と相違無かった。
ターゲットの名は、片桐泰造。
今はもう既に破門の身だが、
以前は広域指定暴力団・扇龍会の中でも武闘派の最右翼に名を連ねていたキチガイだ。
しかし、ファルコンの情報は更に突っ込んだものだった。







誰が、あんなチンピラにこんなモン売っ払ったんだよ、おっかねぇ(笑)





ファルコンの報告書によれば、先月刑務所を出所した片桐は、
何処ぞで入手した“S&W M29”を所持しているらしい。
その他にも、武装をしている可能性はある。
武闘派として名を売っていただけはあって、武器絡みのコネクションがあるらしい。
そして、ヤツの武装の目的は今の所、
千切れた右耳と4年間のムショ暮らしの恨みを晴らすべく、冴羽僚を殺す事だ。
そして、その前段階として狙うは僚の仔猫ちゃんの捕獲。





それは鋭意調査中だ。
幾ら金を積まれたとしても、武器商には武器商の矜持を持って商売して貰わんとな。
見付けたら、締めてやる。




そう言ったファルコンは、もう既にボトルを空けていた。
僚はスチールのロッカーを開けて、その中に設置されているシュレッダーのスイッチを入れる。
資料の中身は、僚の頭の中にある。









悪ぃね、海ちゃん。手間取らせて。


フンッッ、済まないと思うなら、ツケを払え。




そう言って片頬だけを釣り上げて笑った。
こう見えて、彼は新婚ホヤホヤだ。
年が明けて、新妻が怪我から復帰して幾らも経たない。
用件だけ済ますと、彼は美樹の待つスイートホームへと帰って行った。







その後、2時間ほど。
僚は情報の要所を確認して回った。
それは、一見何の変哲も無いキャバクラであり、ショーパブであり、居酒屋であったりする。
其処此処に、僚の腹心とも云うべき情報屋たちが存在する。
事は香絡みなので、僚はどんな小さな情報でもおざなりにしない。
最後に緑子の店のドアを潜ると、今晩は盛況だった。
僚はカウンターの端の空席に腰を下ろす。





ごめんね、リョウちゃん。今夜はバタバタしてて。




そう言って、緑子が僚のキープしている焼酎をお湯で割った。
今夜のウィッグは、ピンク色だ。
僚の前にグラスを置くと、緑子もグラスを持ち上げて会釈をし、
僚のボトルからロックで1杯、麦焼酎を注いだ。
僚がジャケットの胸ポケットから煙草を取り出すと、
緑子は華奢なカルティエのライターでその先に火を点けた。






今日は平日なのに、香ちゃんのお蔭ね。


あ?どういう意味だよ?それ。





緑子がそんな事を言うモノだから、僚は思わず眉間に皺を寄せる。
それを見て彼女は低い声で、楽し気に笑う。
笑いながら、昼間の顛末を話して聞かせる。
香ちゃんは商売繁盛の女神様なの、と言って緑子がウィンクした。






アイツ、誰かに追われてたのか?


ん~~、多分ね。いきなりココに飛び込んで来たから。何も言わなかったけど。





僚は内心、香が素知らぬフリを決め込んでいた事に苦笑する。
いつの間にか香は、少しづつ成長していて。
僚は正直、複雑だ。
気が付かなかった。





あ。


なに?


お前か?昼間っからアイツに酒飲ませたのっっ





緑子が、バレたか。と、ペロッと舌を出す。
僚はますます苦い顔になって、お湯割りを一気に呷る。
緑子はすかさず、2杯目を作るべくグラスを引き取る。






ラムだろ?


あら、鋭い。もしかして、キスでもしたかしら???


ぶわぁっかっっ、俺の嗅覚を舐めんなっつーの、死ねっっ!!





そう言って、ピンク色のウィッグを取り上げた僚に。
何なのこの羞恥プレイっっ、と角刈りの緑子が大げさにはしゃぐ。
ゲイバー独特の妙なテンションの中で、僚は冷静にこれまでの情報を整理していた。
アパートのセキュリティは万全だけど。
今夜はなるだけ早目に切り上げた方が得策だと、僚は思った。


(続く)
[ 2014/01/22 22:11 ] Girl | TB(0) | CM(0)

④ 接触

香は玄関の三和土に座って、靴の紐をきつく結わえた。
履き慣れた生成りのコンバースのハイカットだ。
昨日の二の舞は御免なので、追いかけっこ向きの一足を選んだ。
香は長身の割に、足のサイズは24㎝と標準的でワイズはかなり細いので。
他のスニーカーに比べると、細身のオールスターが足に合っている。
昨日は、レザーのタイトミニにレギンスとパンプスだったけど。
今日から暫くは、動きやすい服装を心掛けなくてはと朝からクローゼットの前で思案した。

僚の押し掛けパートナーになった初めの頃は。
チャラチャラした格好はするな、と言う僚の言葉が悔しかった事も有ったけれど。
今では自然とその僚の言葉を踏まえて、香は香なりに好きな服を選ぶ事を覚えた。
よくよく考えれば、香自身。
それほど女っぽいなりには、興味も無い。
5年モノのレザーパンツに脚を通すと、それは香の脚に見事にフィットした。
冬場は暖かいし、頑丈なので危ない場面では小さな怪我位なら何度も守られてきた。
スタジャンの内ポケットに兄の形見を忍ばせる。

香が立ち上がって表に出たのが、午前9:20

まだ街は始動し始めたばかりで、人の流れも多い筈で。
まさか相手も昨日の昼下がりの様に、追いかけっこする時間では無いだろうと香は踏んだ。
むしろまた、昨日の時間に表に出る必要の無いように、
お使いもこのついでに済ませようと、昨日行きそびれた買い出しリストを持って出た。









一方、その頃7階寝室では。
玄関扉の閉まる音に、僚が目を開けた。
時刻を確認するまでも無く、香が午前の伝言板チェックに向かう頃合いだ。



昨夜僚が午前零時を少し回ったところで、帰宅すると。
珍しく香は既に眠っていた。
僚ほどでは無いにしろ、香も香で宵っ張りだ。
普段ならまだ眠っている時間でも無い筈だが、香は客間で眠っていた。
緑子から聞いた話を鑑みると、香自身、
万が一を想定して、寝不足など無いように気を付けているのかと、僚はピンときた。

ボディクリームの甘やかな薫りのする部屋は、間違いなく主が女である事を僚に痛いほど知らしめる。
寝息も立てずに静かに眠る相棒の頬を、僚は優しく撫でた。
確かに香は、こうして見ると。
匂い立つようにそそる大人の女だ。
僚が今から直ぐにでも、抱こうと思えば抱ける上玉だ。





黙ってたらイイ女なのにな、おまぁ。




そう言って僚は柔らかな頬をぷにぷにと摘まんでみるが、香が起きる気配は無い。
長い睫毛は、窓から入る月光に照らされて、柔らかな頬に影を作る。







寝グセだらけの頭で起き上がった僚の、股間も先ほどから激しく起き上がっている。
しかしこれはあくまで健康な成人男性の正常な生理現象であると、僚は自分自身に断じて言い聞かせる。
朝っぱらから、相棒の寝顔を思い出した事とは何ら関連性は無いと思う。(多分)
そしてその当の相方は、冴羽アパートという温かな庇護の下を離れて街に出て行った。














伝言板には、今日も依頼は残されていなかった。


香は軽く溜息を吐いたけれど、それでも不穏な空気が拭えない今なら、それもイイかと思う。
面倒事が一時に重なる事は、出来れば避けたいというのが本音だ。
足取りは重いけど、香は気分を切り替えてスーパーに向かう。
僚のブランチは、これから家に帰って作る。
どうせあの男は、昼前にならないと起きては来ないのだと思いながら、香は眉を顰めた。



僚に、話しといた方が良いかな。



昨日の追いかけっこの事はまだ、僚には話していない。
まだ、何か決定的に命の危険を感じた訳では無い。
香自身でも防衛できる程度の出来事だ。
それを逐一、僚に話したところで。
僚はいつも出先で、それ以上に危険な目に遭っている事など日常茶飯事だ。
香の目標は、自分で出来る範囲の防御は自分でやる事。
少なくとも、僚のように敵と対峙する事は無理でも。
せめて自分の身は自分で守れる位にはなりたいのだ。
だから。
ギリギリまで、僚には泣きつかない。





買い物リストに書き出したものは、一通り籠に入れた。
香が立ち止まって悩んでいるのは、果物売り場のグレープフルーツの盛られたコーナーの前だった。
安い。
暫く悩んで、香は自分の分と、僚の分と、もう1つ籠に入れた。
そのまま切って食べるのとは別に。
偶にはミキサーにかけて、フレッシュジュースにして僚のブランチに出そうと思った。
僚はいい歳こいたおじさんなのに、いつまでも万年ハタチとか言って節制しない。
酒も煙草も減らす気も無い。
酒はともかく、煙草の吸い過ぎに関しては、香の心配の種の1つだったりする。




ビタミン、ビタミン。



香はそのまま、レジへと向かった。
時刻は午前9:58
この時までは、何の違和感も無かった。











それは、スーパーを出て暫く。
午前中の人気の少ない歌舞伎町歓楽街付近を通り掛かった辺りで、変化が訪れた。
香は小さく、舌打ちをした。
この時間、歌舞伎町は逆転して真夜中と同じだ。
誰もこの時間に店にはいない。
昨日のように逃げ込む隙は無い。
香の作戦は裏目に出た。



香は早足で気配を背後に感じながら、脳内で目まぐるしく計算する。
昨日も今日も、香の背中を取りながら仕掛けてくる訳でも無い。
やはり、狙いは僚なのだろう。
僚を殺るのが最終的に狙いなら、まさか僚を誘き出すまでに香の命を取られる事までは無いだろう。



(一か八か、やってみっか。)



香は前方に見える路地を左に曲がる事に決めた、その先は袋小路なっている。









片桐が香を追ってその路地を折れると、意外にも香は片桐を待ち構えていた。
左手には、スーパーの袋を提げて、一見すると普通の(否、普通以上に美しい)若奥さんにしか見えない。
けれど、彼女は。
あの殺し屋・冴羽僚の相棒なのだ。








誰?あなた。





そう言った生意気そうな瞳は薄茶色で、片桐はこの女が冴羽の可愛がる最愛の相棒かと思う。
柔和そうな表情と相反して、かなりの跳ねっ返りだという噂は裏の世界では良く知られた話だ。
片桐は、多くを語るのは無用だと、懐から6・5インチの44口径を取り出した。
香は見慣れた光景に、顔色1つ変えない。






ふ~~~ん、M29か。でも、あなたには少し大きいんじゃない?その銃。





男は恐らく、身長170㎝そこそこだろう。
香と並んでも、香より背は低そうだ。
肥ってはいないけど、鍛えている訳でも無さそうだ。
意外に手足は華奢で、普段、周りに居るメンツに見慣れている香とすれば、
男からは何の威圧感も、プレッシャーも感じられない。
見た目だけで判断するのは危険だけれど、確かにこの程度の男なら。
僚と正々堂々張り合うのは無理だろう。
唯一、油断ならないと思わせるのは、狂気じみた目の色と千切れた右耳だ。
勿論、香は。
その右耳を千切ったのが、己の相棒だという事は知らない。

香にその銃口が向けられた瞬間、香は咄嗟に動いていた。
左手の買い物袋は足元に投げ出されて、香はグレープフルーツを1つ握り締めていた。




銃を構えた男の手をめがけて、香は左手でその瑞々しい匂いを放つ黄色い球を思い切り投げつけた。
香が高校生の頃、ソフトボール部の助っ人として駆り出された公式戦で。
ノーヒットノーランを成し遂げた伝説のサウスポーだという事までは、きっと誰も知らない。
恐らくは、僚ですら。

香の計算通り、大げさに馬鹿でかい殺傷能力の高い銃は、グレープフルーツに弾かれ、
地べたに取り落とされ、くるくると回転しながら香の足元近くまで来た所を、
香は茶色いソールのスニーカーで踏み込んで押さえた。
男は苦虫を嚙み潰した様に顔を歪めると、こめかみに青筋を浮かべた。






グッッ、き、貴様っっ  殺すぞ





そう言って、男の眼の色が変わった。
この時、香は何処かで見た事のあるその色に思い当たった。
間違いなく、男は薬物に依存している人間の眼をしていた。
気が付くと男は、革ジャンの懐からサバイバルナイフを取り出して香に近付いた。

近付いて香の頬をぐっと掴む。
思いの外、男の握力は強かった。
幾ら小柄な男とは言え、男女の力の差は歴然だ。
男はサバイバルナイフの切っ先を、香の鼻先にちらつかせる。
香は思わず、息を呑んだ。





さすがはあの男が可愛がって離さない女だ、この綺麗な顔を切り刻んでやろうか?




そう言って男は卑しく嗤った。
香は思わず唇を噛み締めたけれど、頭の片隅は冷静だった。
香の足の裏には、リボルバーの感触がある。
底の厚いハイテクなスニーカーには無い、ちょうど良いソールの接地感覚が、
香がオールスターを愛用する理由の1つだったりもする。
男は凄んで殺すぞと言った割に、次の言葉では、顔に傷を付けると言った。
その言葉の揺らぎはそのまま、彼の揺れ動く精神状態に他ならない。
あくまで、この男の狙いは僚なのだ。

香はそこにヤツの隙を見出す。

履き慣れた靴底で、M29のグリップをグッと斜めに踏み込む。
地面に弾いて香は自分の腰より下、低い位置でそれを右手に掴み取る。
それはホンの一瞬の出来事だった。
香はまさか、自分がそのような事が出来るとは思わなかったけれど。
体は冷静沈着に自動的に動いた。
顎と頬をガッチリと掴まれたまま香は、S&W M29を。
男の柄物の趣味の悪いセーター越しの腹に押し当てた。





アンタこそ、胴体に風穴開けられたいの?







午前中の歌舞伎町。
辺りは静まり返っていた。
野良猫1匹通らない袋小路の路地裏で、香と香を狙うシャブ中は。
お互い睨み合った。



(続く)





[ 2014/01/23 17:44 ] Girl | TB(0) | CM(0)

⑤ 捕獲




いつまでウチのカワイ子ちゃんに触ってんだよ?おまえ。






拮抗を破ったのは、奇妙に間延びした緊迫感に欠ける声だった。
しかし僚は内心、冷や冷やして気が気では無かった。
僚のお転婆は、時々突拍子もない事をやらかしたりするから、油断できないのだ。
僚はコルトパイソンを弄びながら、言葉は穏やかではあったけれど。
尋常ならざる殺気を纏って、その路地の入口に姿を見せた。





生かしておいてやったの生温かったかな? 片桐さんよぉ?


貴様ぁ、冴羽ぁっっ


どうでも良いけど、汚ねぇ手でウチの相方に触るの止めてくんない?






そう言った僚に、片桐の顔が見る見るうちに憤怒に染まり、真っ赤になる。
彼の集中が己から途切れた隙を、香は見逃さなかった。
瞬時に持ち替えたS&Wのグリップを、体重を込めて片桐の鳩尾に捻じ込む。
苦しげに呻いた片桐の右手のナイフの切っ先が天を指して、香から逸れる。
香はすかさず、片桐から適度に距離を取る。
僚と香の視線が絡まる。






4年前のその事件の発端は、この歌舞伎町だった。

僚に助けを求めて来たのは、17歳の未成年にしてファッションヘルスで働かされていた少女だった。
もっと言えば依頼人は、その少女を雇っていた店の店長だった。
店側としても正直な話、未成年を雇う事にいい気はしないのだ。
摘発されれば即、ブタ箱行きだ。
その店は扇龍会の片桐とその舎弟に目を付けられ、
言う事を聞かなければ店に火を点けると脅されていた。
その少女は、その歳にして既に三桁を下らない男たちの相手をさせられ、
オマケに左手の肘裏には、蒼く鬱血した痕が残っていた。
明らかに、シャブで飼い慣らされている証拠だった。

彼女の不運はその1年前に始まった。

高校に進学したばかりの16歳の頃、彼女の父親の事業が立ち行かなくなった。
父親は事業の運転資金を繰る為に、如何わしい相手からも融資を受けていた。
そしていよいよダメだと悟った時に、彼女1人を残して妻と心中を図った。
残された彼女を拾ったのが、融資先の1つでもあった扇龍会の息が掛かった貸金業者だった。
表向き、この平和な世の中には。
人身売買も売春も無い事になっている。
けれど、彼女は売られた。
事件はそれだけに留まらず、片桐が主導で企てていた覚醒剤の密輸事件も絡んできて、
予想以上に大きな案件へと発展したのだ。
扇龍会も片桐を庇いきれずに、あっさりとヤツを破門にした。
僚はその彼女を教授の元へ連れて行き、バックを全て潰した。
どうせ闇から闇に葬った所で、似たようなケースは今でもこの街の何処かで続くから。
いっそ冴子にも1枚噛ませて、正式な法に則って片桐をムショ送りにした。
実刑判決4年など、求刑の半分にも満たない軽すぎる判決だった。
僚はその前に耳を削いだけど、それ以外にもう1カ所、大事な所にも致命傷を負わせてやった。
それは僚と片桐の当人同士と、冴子と一部の捜査関係者しか知らない。
僚の仕業だと知っているのは、片桐と冴子だけだ。

片桐はもう一生、女は抱けない。
だからこそ、これほどまでに僚が恨まれているのだ。





あの頃、僚はいつも香との微妙な関係に揺れていた。
薬中のキチガイの上に、女、それも年端も行かない少女を食い物にしている男を。
香に近付けたくは無かったし、薄汚い世界を見せたくは無かった。
だからその仕事は、僚の単独行動だった。
片桐の方にも、香の存在は覚らせなかった。
けれど、4年塀の中に居れば、必然的にその噂くらい耳にしただろう。


冴羽僚には、大切過ぎて手放せない相棒がいる。
その女は唯一の、冴羽僚のウィークポイントだ、と。


ボンクラ共は、未だ使い古された諺のようにそのお題目を、馬鹿正直に唱えているらしい。
けれど、奴らは知らないのだ。
槇村香の天然全開の恐ろしさを。
彼女は、このところますます発展を遂げている。






僚は一瞬視線の絡まった香を尻目に、片桐の跳ねあがったナイフを持った右手に照準を合わせる。
ナイフに狙いを定めたつもりで、ブツッっという鈍い音は。
片桐の利き手の指を、3本もぎ取った。
僚としては、あくまで照準はナイフに合わせたつもりである。














「……つもり、ねぇ。」




そう言って、冴子が苦々しげに僚を見遣った。
右耳を削がれ局部を落とされ、指を3本失った片桐は先月出て来たばっかりの刑務所に逆戻りだ。
その前に、手厚く治療は受けるだろう。
僚はテヘッと舌を出す。
恐らく、この後。
警視庁の女豹に、隠蔽工作の代償として無理難題を吹っ掛けられるだろう事は否めない。






あまり、街中でオイタしないで頂戴?お2人さん。



冴子は深い溜息を吐きながら、パトカーに乗って帰って行った。
袋小路に残されたのは、僚と香と、香の足元に投げ出された買い物袋だけだった。










あぁぁぁぁ、玉子割れちゃったぁ




香がしゃがみ込んで、情けない声を上げた。
10個入り、М玉、198円也のその玉子の内、4個は。
香が買い物袋を放り出した時の衝撃で、ヒビが入っていた。
僚は地面に転がった、ソフトボール大のグレープフルーツを拾い上げる。
コチラも、思い切り投げ付けられた衝撃で、恐らく分厚い果皮の中の果肉は弾けているだろう。
ぶよぶよしている。
けれど、これはどうせ家に帰ると、僚のビタミン補給の為のジュースに変わるので問題無い。









ねぇ、りょお。


あん?


今日の朝ごはん、オムレツね。


お、おぅ。






僚の腹の虫が盛大に鳴いた。
片桐如き、退治するのは僚としては朝飯前だけれど。
朝飯を喰う前に一仕事をするのは、正直腹が減る。
香がクスクス笑うから。
陰気で陰惨な殺し屋の影を纏った僚は、いつだって香に護られている気になる。





お家帰って、ご飯にしよっか♪



香がまた笑った。



(続く)
[ 2014/01/24 19:54 ] Girl | TB(0) | CM(0)

⑥ かおり






数日後。

香は食後のコーヒーを淹れながら、あの日の事を思い出していた。
結構な犯罪者だったらしい、良く知らない片桐という男相手に。
僚の応援が来るまでの間、孤軍奮闘した香を僚は遅いブランチを頬張りながら褒めてくれた。
香は僚に悪態をついたり、僚の尻を叩いて仕事モードに煽ったりするけれど。
実際の所、仕事の面に於いては。
僚の事を尊敬しているし、僚に心酔している。
世界中が僚を悪だと決め付けても、香にとっては僚の正義は自分自身の正義でもある。
だから香にとって、僚に褒められる事こそが一番のご褒美だ。
この数日、香はそれを思い出してはご機嫌だ。

リビングで待っている僚の為に、香は鼻唄を歌いながらコーヒーを淹れる。











この所、僚は落ち着かない。


僚にはハッキリと解ってしまった。
己が香に対して、明確に欲望を滾らせている事を。
あの日、片桐が香に詰め寄って、あの柔らかな頬を歪めているのを見て、理性は飛んだ。
端からナイフを狙ってなどいなかった。
あの薄汚い指を、香の頬を撫でた指を狙った。
香の目が無ければ、始末してやっても良かったけれど香の手前、それだけは踏み止まった。


あの頬は、僚だけのものだ。
彼女は、僚の唯一の。


僚はソファに寝転んで、目を瞑った。
鼻の利く僚に、キッチンの方から薫るコーヒーのアロマが届く。
僚はイメージする。
キッチンでゆっくりと、コーヒーの滴を落とす香。
戸棚から、自分と彼女のお揃いで色違いのカップを愛おしげに取り出す香。
サーバーに落とされた馥郁とした薫りを湛えた褐色の液体を注ぐ香。
柔らかな色合いの花柄のエプロンを外して、いつも座る椅子の背にかける香。
ゆっくりと慎重に、トレイを持ってここまでやって来る香。

僚だけの香。




「…かおり…」


僚は小さく、そう呟いてみる。
それは僚の口の中で、まるで甘い金平糖のような余韻を残して消えた。








なぁに?何か呼んだ?




香がそう言いながら、コーヒーの薫りと共にやって来た。
可愛くて怖くて甘い彼女は、そう言えば、結構な地獄耳だったりする。
僚はムクリと起き上がると、すっかり板に付いたポーカーフェイスで肩を竦める。




…んにゃ、気のせいだろ?




そう言うと、香が差し出すマグカップを受け取る。
別に知らんフリを決め込むほどの事でも無い。
ただ、名前を呼んでみただけだ。
いつだって、僚は香の名を呼んでいる。
だから何も別に誤魔化す必要も無いかと、ハタと気が付いた。
香は少しだけ首を傾げて見せたけど、さして気にも留めずに僚の隣へ座って雑誌を広げた。





「かおり。」


ん?なぁに?




僚が名前を呼んだので、香が雑誌から顔を上げる。
僚の目は、香を通り越してずっと遠くを見詰めているようで、香は怪訝な顔をする。





かおり


だぁからっっ、なぁに?


かおり


は?


かおり


・・・。


かおりかおりかおりかおり






気が付くと、僚はじっと香を見詰めていて、
香もまた僚の事を心配げに見詰めている。







ホントに、どうしたの?りょお。なんかあっ…





香が言い掛けたのを、遮ったのは僚だった。
気が付くと僚は、ソファに香の両手首を縫い止めて香の瞳の奥を見下ろしていた。
これはもしかすると、もしかしてそういう事かな?と、香の心臓が早鐘を打つ。
僚が薄く目を閉じた。
来るっっと思った瞬間、香はするりと僚の柔らかな拘束をすり抜けて。
両手で僚の頬を包んだ。
掌に、少しだけ伸びた髭がチクチクした。
僚は薄く閉じていた目を開けて、香を凝視した。
珍しく、僚が意表を突かれて驚いていた。
香はニヤッと笑うと僚の鎖骨を柔らかく押し返して、起き上がる。
ソファから立ち上がって、掃出し窓のカーテンの中に潜り込んだ香を。
僚ははにかんだ様に笑いながら目で追う。

香は少しだけカーテンの間から顔を出すと、僚を見てペロッと舌を出した。



僚はまるで思い通りには成らない仔猫の様な彼女に、本気で挑む事を決意した。
ジャジャ馬で奔放でまるで野生動物の様でいて、僚に忠実な犬の様な時もある。
時々、絶妙に僚の腕をすり抜けて、冒険に出掛ける。
そしていつだっていつの間にか、僚の元へと帰って来てあれこれとじゃれついてくる、香。
僚もソファから立ち上がって、カーテンの中の彼女ごと抱き締めると、彼女の耳元にそっと囁いた。
今度こそはトチらずに、遠回しでも無く、正々堂々と真っ直ぐに。

何度目かの愛の言葉を。




(終わり)




[ 2014/01/25 11:47 ] Girl | TB(0) | CM(0)

(追加) カーテンに隠れた相棒とにゃんにゃんする陽気な殺し屋

「…愛してる。」







香の聞き間違いでなければ、今そう聞こえた。
それとも何か?このカーテンが特殊なフィルターとなって、別の言葉をその言葉に変換したのだろうか。
いずれにせよ、冴羽僚の口から飛び出る言葉としては異例過ぎて。
槇村香は思わずカーテンから顔を出した。
そんな訳は無いけど、香はカーテンの表裏をしげしげとチェックしてみる。
そんな香に、僚は小さく1つ咳払いをする。







え~~~~と、槇村香さん?


はい。


そちら行ってもよろしい?






香が答える前に、僚は香の隠れたカーテンの中に潜り込んで来た。
冬の夜。
掃出し窓のすぐ傍は、外気に限りに無く近いのでカーテンの中は寒い。
ローテーブルの上には、淹れたての温かいコーヒーがあるのに。
何故だか2人は、この部屋で一番寒い場所に居る。

距離が近い。

窓が曇る。

心臓が跳ねる。

今度こそ、香には逃げ場は無い。
僚はそっと両腕で香を包む。
今度こそは逃げられないように、柔らかく、しかし本気で。
冷たい窓ガラスと、熱い僚に挟まれて。
初めてのキスをした香は、まるでフォンダンショコラのように内部から蕩かされた。



初めて感じた僚の唇の感触は、想像以上に柔らかく。
これまで散々嗅いできたマールボロの薫りは、味覚を通すとまた違うモノに感じた。
僚の分厚くて長い舌は、言葉の足らない僚以上に饒舌に香の口内を暴れ回る。
歯茎に快感のツボが有っただなんて、香は目からウロコが落ちた。
僚の唾液は、きっと媚薬で。
香は膝から力が抜けるのが解った。

カクンと力の抜けた香の腰に右手を回し、僚はキスを続けながら左手で窓ガラスに手を付いた。
曇ったガラスに、僚の手形だけがくっきりと浮かぶ。
そのまま2人は、ゆっくりと座り込む。
長い口付けは続けたまま、僚の指がガラスを滑ってキュッと音を立てる。

香がそろそろ酸欠状態になり始めた頃、漸く僚は解放してくれた。
虚ろな目をした香が、僚を見詰めると。
僚はそれから先に1人で暴走してしまいそうで、思わず。
柔らかく自分の掌をかざして香の瞳に目隠しをしてしまう。




おまぁ、そんな顔で見んなよ。




珍しく、僚は本気で恥ずかしかった。
香は僚に目隠しされたまま、首を傾げる。
僚の掌を、長い睫毛が擽る。





・・・そんな顔って、どんな顔?




目隠しをされたままの香の言葉は甘い。
キスの余韻で、甘く絡み付いてくる。
それだけで感じてしまう僚は、末期の槇村香中毒患者だ。




エロい顔。


・・・・。



そう言われて、僚の脇腹を抓るのが槇村香だ。
僚の脇腹には、無駄な肉など一切付いてなくて。
固い筋肉の上には滑らかで強靭な皮膚が覆っている。
その皮膚を思い切り抓ると、僚は小さく呻いて目隠しを外した。
それでも、僚は爪を立てる仔猫の様な相棒を心底愛してしまっている。
香は愛しい男を抓っておきながら、キスで蕩かされた脱力した体を、
ふわりと僚の胸に預ける。
僚の長袖のTシャツの胸元に顔を埋めて、深い溜息を漏らす。
煙草の匂いがした。

どうして薄い布地を通すと、吐息は熱く湿って感じられるのだろうと僚は不思議に思う。
香の吐息は、僚の胸の奥深くに行き渡り。
僚の胸をきゅんと締め付けた。
柔らかい癖毛に顔を埋める。










お前さ。


なぁに?


ちゃんと言えよな、なんかあったら。






それが何を指すのか、香にも解る。
あの片桐との追いかけっこの報告は、結局しないままに解決した。






それは、    時と場合による。





生意気にもそんな事を言う相棒の頬を、僚が抓る。
自分がどれだけハラハラさせられ、寿命の縮むような思いをしたかを解らせる為に。









私、僚を信じてるの。
本当に危ない時には、いつだって助けてくれるから。







そう言った強気な茶色の瞳には、先ほどの妖しい艶めきは消え失せて。
僚はあの、パンプスの踵を引っかけてヒヤリとさせられた、いつかの2人の遣り取りを思い出す。
あれからもう、何年経ったんだろう。
でも、目の前の相棒は。
あの頃と何も変わらない。
どうしてこんな自分を全力で信じて疑わないんだろうと思うと、僚は胸が一杯になった。
もう一度、柔らかな頬を両手で包むと。
軽く触れるだけのキスをした。
僚も信じている。
この混じり気の無い、無垢な愛情を。





(ホントに、終わり)







結局、イチャラブ要素を追加するワタシは、カオリスト。
初チュウ中毒患者です。
[ 2014/01/25 23:41 ] Girl | TB(0) | CM(1)

お題87. 好きな髪型

何だよ~~、カオリン。寝室で待ってても良かったのに






そう言った男の声音は、そこはかとなくスケベったらしかったが。
冬の風呂上りだと言うのに、ボクサーパンツ一丁で、
首からバスタオルを下げたその体全体からは、有り得ない程壮絶な色気を発していた。
見た目に反して柔らかな艶のある黒髪の先から、透明の滴が落ちて鎖骨に流れる。
香は、本当は言葉を失ってしまいそうな程魅了されてはいたけれど。
口からは裏腹に、まるでお母さんのような言葉が出てしまう。




なんで、パジャマ着てないの?風邪引くでしょっっ




ブツブツ言いながら、7階へと向かった香は。
多分、僚のクローゼットからスウェットか、もしくは冬用のネルのパジャマを出してくるだろう。
そんな香は、薄いマイクロフリースの紺色に白の水玉のパジャマを着ている。
洗いたてのおでこと頬は、ピカピカ光っていた。

23:14

ちょっとだけ、顔馴染みのバーのマスターに野暮用があって、
済ませて帰って来たのが、30分ほど前だった。
外が尋常じゃ無く寒かったので、早いとこ大好きなカオリンとぬくぬくしようと。
スキップせんばかりのテンションで、帰宅の途に就いた。
帰った僚が目にしたのは、風呂上りの香だった。
リビングのコタツに座り、テレビを観ながら髪の毛を乾かしていた。
あら、カオリン。準備万端じゃん♪さすが俺の相棒、いつでもモッコリ準備OKだねっっ
そう言ったら、グーで殴られて。
湯が冷めないうちに、僚も入って来いと命ぜられたのだ。

この平和な冴羽家に於いて、悲しいかな冴羽僚は相棒・槇村香に対して絶対服従が基本である。
(しかし、セックスに於いてはその限りでは無い。)
こと光熱費が絡む問題では、僚に反論の余地は無い。
反論などしようものなら、間違いなく簀巻きにされて吊るされた挙句、
主義に反するオッサンの依頼などを連続で宛がわれ、こき使われる。
僚は、ボクサーパンツ一丁でコタツに入るという妙な佇まいで、香が戻るのを待った。
僚は今まで香が観ていた、深夜の下らないバラエティを消した。










はい、どうぞ。





香がそう言って、コタツの天板の上に金色の350ml缶を置いた。
片手には、僚のパジャマとインナーのTシャツを持っている。
僚はニンマリ笑うと、缶ビールのプルタブをパシュッと開ける。
冬の風呂上りにコタツに入って飲むビールも、結構旨いと僚は思う。




飲む前に、ちゃんと着なきゃ。



香は時々、僚を子供扱いする。
香が持って来たのは、グンゼの白いTシャツとチャコールグレイのネルのパジャマだった。
香と暮らすまで、僚はパジャマなど着た事は無かった。
1人の時は全裸で寝たし、不穏な時には服を着たまま眠る事も珍しくは無かった。
槇村家では、香も秀幸も寝る時はパジャマだったし、
勿論香は僚と暮らすようになって、何の疑いも無く同じように僚にもパジャマを用意した。
僚は僚で、自分自身不思議で仕方がないが、何故だか香のやる事に何の疑問も抱く事無く。
今では、香が選んだ下着を身に着け、寝巻を着る。
早い話しが、尻に敷かれている。
以前、香に聞いた話では。
槇村秀幸は、パジャマのボトムの中にパジャマの上をinして着るのがデフォルトだったそうだが。
さすがに僚は。
そこまでは出来ないと、密やかに思っている。
そもそも、僚が大人しく着せられているのは寒いからだし、夏場は相変わらず裸かパンツ一丁だ。





カオリンが着せてよ♪




満面の笑みでそんな事を言う僚に、香は心底面倒臭そうな顔をする。
実際、こういう事を言い出す僚は、至極面倒臭い。
僚の言うように、香が着せてやらないと絶対に自分では着ないのだ。
根負けするのは、いつだって香だ。





しょうがないなぁ。




けれど、そう言う香の表情も何処か楽し気で。
結局、香は香でこんな状況をエンジョイしているのは否めない。
コタツに座った僚の背中側、ソファに座って僚の髪の毛を肩に掛かったバスタオルで包む。





ズボンは自分で穿いてよ?


え~~~、どうせすぐ脱いじゃうのにぃ???





そんな事を言う男の後頭部を、パシンと軽い音を立てて叩く。
ふざけながらも僚はビールを一口飲んで、
コタツの中から足を出さずに、器用にパジャマのボトムを穿く。
僚にTシャツを着せる前に、香はもう一度僚の髪の毛を丁寧にタオルドライする。
僚の背中には、沢山の傷痕がある。
香がその1つ1つをこうして目の当たりにするようになってから、それほど時間は経っていない。
僚の身体が、香の知っている唯一の男の人の身体だ。
傷の色は他の滑らかな皮膚と同じ色だ。
ただ、それらは静かに盛り上がり、窪んでいる。
それらは香に、電車の切符売り場の点字ブロックを思い出させる。
香の指先は、その1つ1つの盛り上がりや窪みを、夜の寝室で記憶した。
何を書いてあるのかは読めないけれど、
それでも香はその感触を辿って、僚の抱えた物語を共有出来るような気がしている。






全然、拭いて無いでしょ?びしょびしょだよ?


あ~~~ん?放っときゃ乾くの、髪なんて。





同じシャンプーを使っている筈なのに、
僚から漂うシャンプーの薫りはまるで違うモノのように感じる。
香はタオルで優しく僚の髪の毛を拭いながら、密やかにその薫りを吸い込む。
僚がビールを飲む動きに合わせて、喉仏と首筋が静かに動くのが判る。
香は僚のあの丸くて少しだけ尖った喉の骨が好きだ。
僚に抱かれる時はいつだって齧り付きたくなるけど。
その衝動を抑える代わりに細くて淫靡な声が漏れる。
少しだけ癖のある髪の毛は、普段はいつも軽くワックスでスタイリングされている。
僚は無頓着に見えて、朝は一応髪型を整えるらしい。






はい、じゃあ万歳してくださぁい。





香はついつい無意識に、小さな頃に兄がしてくれたように僚に声を掛けてしまう。
恐らく、この目の前のいかつい身体をした男の年齢は、兄と幾つも変わらない筈だけど。
僚はニヤニヤしながら、このひと時を満喫している。
素直に諸手を挙げて相棒の指示に従う。
上背のある僚にTシャツを着せるのは、正直大変だし、
少しでも大胸筋の上に乗ったお飾りのポッチに触れようもんなら、
僚はふざけて変な声を立てるから、香はホトホト呆れてしまう。
明らかに、僚が自分で着た方が早いのだ。
それでも何とかTシャツを着せたら、後はパジャマを着せるだけだ。




それは、良い。寝る時に着る。




けれど、僚はそう言った。
寝る時って、今じゃないの?と、香は思うケド。
どうやら僚にとっては、今では無いらしい。
僚は上体を捻って香の方へと振り返ると、
香の両脇に手を掛けて、軽々とソファから降ろしてしまった。
僚の隣に香を座らせて、コタツを手で押しやった。
ソファとコタツの僅かだった間隔が広げられると、僚は楽しげに香を優しく押し倒す。
今夜は確かに、あともう寝るだけだったけど。
僚にパジャマを着せたら寝室に行くつもりだったけど。
何故だか香は煌々と灯りの点いたリビングで、楽しそうに微笑む僚に組み敷かれていた。
僚の喉の骨が動く。
ワックスの洗い流された僚の柔らかな前髪が、ハラリと落ちて。
いつもより、僚が幼く見える。
香は実は、前髪を下ろした僚の髪型が好きだったりする。
香だけが知っている風呂上りの僚だから。








りょお、前髪下ろした方が可愛いよ。


ぁあ?可愛いじゃ無くて、カッコイイの間違いだろ?香。






そう言って僚は香のパジャマに包まれた脚を持ち上げると、
モコモコのフリースの靴下を脱がせた。
寒い、と苦情を言った香を視線で縫い止めながら。
そのつま先に噛み付いた。
小さく声を上げた香に、僚は満面の笑みを浮かべた。







大丈夫、カオリン。
俺が責任持って、ちゃあんと着せてあげるから



その言葉通り。
その後、僚は香に着せて貰ったTシャツはシッカリと身に着けて脱ぐ事は無く。
自分で器用に穿いたボトムは、器用に脱いだ。
逆に、灯りの点ったリビングであられもない恰好に脱がされた香は、散々いかされた後で。
風邪を引いたらいけないからと、僚の手でちゃんと寝巻を着せて貰った。

彼らに限っては、寒い冬でも風邪を引く事は殆ど無い。






[ 2014/01/27 22:10 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題60. ヒマな時間

香がまた、余計な事を思い付いた。







「どう?はかどってる??りょお


そう言って満面の笑みでリビングに戻って来た香は、
トレイに載せたマグカップと、先日ミックが北海道のお土産にくれた白い恋人を持っている。
1週間ほど、仕事で北海道に行っていた金髪野郎は、その他にも。
冴羽アパート宛に、現地から大きなカニを送って来た。
それ以来香は、イイなぁ~~~~、行ってみたいなぁ~~~~と連発し、
僚は意味も無く肩身の狭い思いをしたので。
お土産を貰っといてなんだが、ミックが新宿に戻ったその晩にキャバクラに連れ出し、
散々、愚痴を言った挙句に飲み代を支払わせた。


そもそも、冴羽家の2人が近距離の小旅行すらも侭ならないのは、貧乏ゆえだと。
香は奮起し、更なる冴羽商事の宣伝PR活動が必要だと思い至ったらしい。


しかしながら、職業柄。
派手な宣伝をする様な商売でも無い。
それにそもそも、そういった“デート”のようなシチュエーションにまるでならないのは。
何も、金銭的な理由だけでも無い。
ただ単に、僚が照れ臭いのだ。
今ではお互い、身体の隅々まで熟知し、気心の知れた殆ど夫婦の2人だけれど。
否だからこそ、僚は今更ながら恋人同士のような過ごし方に、大きな照れがある。
そういうワケで、香がミックの北海道滞在を羨んでいる間中、僚は無視を決め込んだ。
僚が相手をしないので、香の興味・関心は薄れる事無く膨らみ続ける。

こうなったら旅行に行く為の資金を貯めないといけない
           ↓
となると、依頼をコンスタントに請けなければならない
           ↓
しかし、そう上手くは事は進まない
           ↓
           ↓
           ↓


  もっとPRしなくちゃっっ(握拳)

これが、香の思考の流れだったらしい。








はかどっているのかどうかの質問には答えずに、
僚はホワイトチョコのサンドされたクッキーを咀嚼する。
僚の目の前には、気が遠くなりそうな量のビラが積まれている。
いつものビラ配り用の、冴羽商事のチラシだ。
ブランチを食べ終えて、リビングでゴロゴロしていた僚に、香はそのノルマを発表した。
遠い目をして香の隣に座る僚に、
懇切丁寧にA4判のチラシを三つ折りにするには、どの辺りで折り目を付けた方が良いのか説明した。






この吹き出しのね、『わたしが社長です』ってとこの
わたしがと社長ですの間くらいで折るでしょう?
んで、上の方は『バッチリ』の下辺りに合わせるんだよ?
そしたら、ちょうど三つ折りになるし、りょおの似顔絵が見えるから♪




という香の説明通り、僚は黙々とチラシを三つ折りにしている。
三つ折りにした真ん中部分には、ちょうど香が描いた僚の似顔絵が位置している。
間抜けな顔でピースサインをしている、香曰く“僚”だというそれを見ながら。
僚は正直複雑な気分である。

そのチラシを作るようになったのにも、実はその昔色々とあった。
印刷を頼んでいる下町の印刷工場の社長は、元々依頼人だった。
しかし依頼が舞い込んで来た経緯は、全て香のお節介が元だった。
彼が落とした免許証を香が拾い、
交番に届ければ良いものを、香はわざわざ記載してある住所へと届けたのだ。
その住所にあった小さな零細企業の印刷工場で、香はたまたまその現場を目撃したのだ。
近隣にマンション建設の計画が持ち上がった為、
その周辺の住民は立ち退きの交渉を迫られていた。
中には、喜んで立ち退く者も居たらしいが、彼の場合、何しろ小さいとはいえそこは工場だったので。
そう簡単に頷ける話では無かったらしい。
少なからず機械を動かす騒音の問題もあり、一般の住宅と違って、
おいそれと引っ越す訳にいかなかったのだ。
焦れた建設業者が差し向けたのは、少々手荒な連中だった。
結局は、安易に同情した香が必ず良い方法を模索するとその親父に約束し、
僚の元にその件の調停役という、非常に面倒臭い役回りを押し付けたのだ。
結果、三方良しの精神(?)で丸く収まって(手荒な連中を、僚がやっつけたのは言うまでもない。)、
移転した先の新工場での第1号の印刷物が、冴羽商事のチラシだったのだ。
それ以来、数年来の付き合いだ。
印刷料金は、破格値で。
親父曰く、香チャン価格らしい。

そんな冴羽商事販促チラシを、何故大量に三つ折りにしているのかという事が、
今回の香の思い付きと、深く関わって来る。
いつもなら、そのチラシは折り曲げる事無く、
駅前のロータリー付近や路上で手渡しするのが、香のやり方だ。
それに加えて、香はチラシを近隣にポスティングする事を思い付いたのだ。
毎日の伝言板の行き帰り、買い物の行き帰り、など
外出する際に幾らかづつ持って出て、郵便受けに入れて回る。







けれど、僚は正直な話し。
果たしてそれでどれだけの依頼が見込めるのか、恐らくは徒労に終わるだろう事を予測している。
それでも、僚が黙々と折り続けているのには、ワケがある。
香とモッコリ関係になってから。
僚には香に対して、最大の弱味がある。
香のゴキゲンを損ねる事は、オアズケを言い渡されるリスクに直結しているのだ。
午後のヒマな時間、2人は仲良くリビングのローテーブルに並んで座り、ビラを折る。
時折、香が僚の折り目をチェックして、満足げに頷いて見せたりする。
果たして香は、この大量に折られたチラシを、
更にこの枚数分だけ、ポスティングして回る必要があるという事を理解しているのだろうかと、
僚は不安になる。

香の最終目的は、僚と一緒に旅行に出掛けたりする事、だ。
これではあまりにも、遠回り過ぎる気がしないでも無い。



チラシの山を2人で折り続けて、もうかれこれ3時間ほど経過した。
初め、僚は香のゴキゲンを損ねたくない一心で、チラシを折った。
途中、これを配って回ると言い出すだろう香を思うと、居た堪れない気持ちになり始めた。
何しろ、コストパフォーマンスが悪過ぎる。
そして、もうそろそろ。
僚は発想の転換を図り始めた。


香はそもそも、ミックの北海道行きに感化されて、何処かに出掛けたい欲に駆られたのである。
その為に、お仕事頑張らなくちゃ!と。


それならば。
例えば、北海道が無理だとしても。
もっと近場で香が行きたいと言っていた、日光東照宮とか八景島シーパラダイスとかなら。
すぐにでも、行けんじゃね?と。
ココで2人、暇に任せて不毛なチラシ折り畳み作業をする暇があったら、デートをすれば良いのである。










カオリン、明日どこか遊びに行こうか?





こうしてまた冴羽僚は、相棒の無意識の術中に嵌ってゆく。













このしょうも無い話しを書く為に、
原作のチラシが描かれたコマを探したのはワタシです(笑)
チラシ印刷を外注するまでの経緯を妄想したら、どエライねつ造になってしまいました(汗)


[ 2014/01/28 23:24 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

ダメ人間・ケシ(((;゜Д゜)))

おはこんばんちわ。ケシでございます。

寒い日が続きますが、皆様如何お過ごしで御座いましょうか。

ワタシは、ここ数日。

昨年1年間で、皆様に戴きましたコメントの数々を、整理しておりまして。

丸っと1年、放置プレイだったお返事をこっそりと進めている感じです(*´∀`*)

改めて読み返しますと、これからまたお話しを書いてゆく励みになりました。

決して、忘れていたわけではござんせん(汗)

妄想するのは簡単なんですが、お返事となるとダメ人間・ケシは時間がかかるのです(脂汗)

近日中には、お返事をアップ出来たらイイなと、考えておりますm(_ _)m頑張ります


以下、“お返事”をテーマに、SSを書いてみました。
















それで? 香はなんてお返事したの?


・・・お、へんじ?







午後の陽気が燦々と降り注ぐ、その豪奢な社長室で北原絵梨子はそう言った。
今日は真冬とは思えない小春日和だ。
いつもはコーヒー党の香だけど、絵梨子の秘書が淹れてくれたアールグレイの薫りが、
心を穏やかにしてくれる。

このオフィスに、2時間前に訪れた時には、香の心はささくれ立っていた。
香の相棒は、相変わらずグータラで、昼間からナンパに励み、毎晩夜遊びに余念が無い。
久し振りに一緒にランチを摂ろうと、絵梨子からの誘いの電話があったのは今朝の事だ。
香はてっきり絵梨子の事だから、
何処か外に出て小洒落たレストランにでも行くのだろうと思っていたのだけれど。
次のイベントが間近に迫っていて、オフィスに軟禁状態の絵梨子とのランチは。
イタリアンのケータリングだった。
香には棲む世界が違い過ぎて、
その様なサービスを利用する人種もいるんだな位の認識だったけれど。
普通の“出前”とは、訳が違った。
因みに、冴羽商事の2人がごく偶に利用する出前は、かつ丼が美味しい近所の蕎麦屋さんである。
ランチを堪能した後の2人の話題は、自然と“恋バナ”方面へと傾く。
とは言え、デザインが恋人の絵梨子の話題というよりも。
メインテーマは、槇村香の盛大に拗らせた初恋話になるのが必然といえば必然だ。




秋の終わり。
奥多摩の小さな教会で、伊集院夫妻が結婚式を挙げた。
冴羽商事の2人も勿論、駆けつけて祝った。
それが結果として、大きな騒動を引き起こす発端ともなった訳だが。
この際、それはまた別のお話しである。
すったもんだの挙句、僚は香に湖のほとりで柄にも無く、素直な言葉をくれた。
と、思っていた。その時は。


あれから、1か月半。
僚は相変わらず以前と何も変わらない。
僚が変わらないので、香だけ変に意識するのも妙なので、香も以前のまま変わらない。
結果として2人は、至極中途半端な状態で暮らしている。
年も改まり、新しい1年の幕開けだと言うのに。
2人にはこれまで築いてきた、分厚い壁が立ちはだかっていつも通りの。
昨日の続きの今日を生きている。


お金が無い依頼が無いと、香は目くじらを立てて不満を漏らし。
僚は我関せずで、夜遊びに耽る。
苛立った心は、ついつい言わなくても良い一言をお互いにぶつける。


これがもしも、あの時。
湖のほとりでの遣り取りが無かったと仮定したらどうだったろう。
あの時、変に甘い言葉を貰ったばっかりに、その後の変わらなさに余計に傷付いたと言ったら、
僚はどんな顔をするだろうか、と香は思う。
時間が経って、こんな風に思うくらいなら。
いっそ、何も言われなかった方が良かった。
だから香は、絵梨子にそう言ったのだ。
あの時、僚にあんな風に言われて余計に苦しいと。










ホントにそうなの?


え?


嬉しくなかったの?“愛する者”って言葉。


そ、そりゃあ・・・









嬉しくなかったと言えば、嘘になる。
もう香は、解っているのだ。
これまで何年も、僚が依頼人に手を出そうとすればそれを阻止し。
僚が街中でナンパをしていたら、迷惑行為だとハンマーを振りかざした。
でも、その行動の本当の動機とは。

ただ単なる、嫉妬心だ。

香は僚に愛されたいのだ。
僚が香以外の女性達にするように、香も女として扱われたいのだ。
それでも。
どうやったら、そうして貰えるようになるのかが、香には解らない。
僚が変わらないから、香も変われない。
変わるのが怖い。








案外、冴羽さんもそうなんじゃないの?


りょおも。


うん、どっちから変わらなきゃなんて決まりは無いんだもん。
アナタが変わったって良い筈よ?
彼は“愛する者”だってちゃんと言ったのよ?
意外と、待ってるのかもよ?彼、まるで忠犬みたいな所があるし。









次は、香がお返事する番じゃないの?





怖がってても、何にも進まないわよ?と言って、絵梨子はお茶を飲みながら、香の背中を押した。
上手く行ったら使ってね♪と言って、別れ際にくれたのは。
絵梨子がデザインした、贅沢な素材をふんだんにあしらったセクシーなランジェリーだった。
家に帰ってその紙袋を開けてみて、香は1人客間で真っ赤になって固まった。
絵梨子が言うようにそれらを使う時が、果たして来るのかどうか。
香は些か、気が早いような気がして。
香は当の相棒に気付かれないように、クローゼットの奥深くにその紙袋ごと仕舞い込んだ。
取敢えずは、今夜。
僚の好きなカレーライスを作って、少しだけ勇気を出してみようと思う。
私も、僚の事が好きだよ、って。

























いつも拍手やコメントやメールを戴いて、大変励みにしております(*´∀`*)ノシ
あああああありがとぉございまぁぁぁぁ愛してまっす。
[ 2014/01/29 23:19 ] ごあいさつとお知らせ | TB(0) | CM(0)

お題93. ごめんね

僚の胸ポケットの中の携帯が振動する。

午後のナンパタイム、そんな時間に僚に連絡を寄越すのは大抵、
情報屋の類かもしくは、僚の可愛い相棒か。
それが相棒の場合、概ねしょうもない用事だったりする。
例えば、玉子を買ってきてとか、お葱を買ってきてとかだ。
僚は悪態をつきながらも、結局は毎回相棒のお願いを聞き届ける為にスーパーへと向かうのだ。
しかし僚がその液晶の画面に目を落とすと、それは意外な相手だった。


“まりんちゃん”


キャバクラ嬢である。
営業電話にしては、まだ時間帯が早過ぎる。
僚は訝しみながらも、その着信を受けた。




はいはぁ~~い、りょおちゃんですよ~~どうしたのぉ?

“ちょうど良かった、僚ちゃんっっ!向かい側の歩道見て?”




そう言われて僚は、携帯を耳に当てたまま車道を挟んだ向かい側へと視線を走らせる。
そこには人波に紛れて見知った顔が見える。
彼女は小さく片手を上げる。
夜の薄暗い照明の中では、やけに露出の高いドレスを纏い年齢以上の色気を醸す彼女らは。
昼間の街でこうして顔を合わせると、意外にもあどけない。
彼女は確か、22歳だったか。
真冬だと言うのに、レザーのショートパンツを穿いてスラリと長い素足を惜しげも無く晒している。
足元は若い女子に人気のオーストラリアのブランドのブーツを穿いている。
ムートンとニット地がコンビになったデザインのものだ。
カジュアルだが、色が黒なので全体的に締まったコーディネイトだ。
ショート丈のファーコートを無造作に羽織り、コートの中は無防備に薄着だ。
何が入ってるんだろうと不思議になるほど小さなバッグは、グッチで。
手首には華奢なカルティエの腕時計がはめられている。
明るすぎる茶色の髪色は人工的すぎて、ついつい相方の天然の艶やかな栗毛と比較してしまう。
何故だか彼女らは、いつも奇妙にちぐはぐだ。




何かあった?こんな早くに。

“ゴメン、僚ちゃん。今からそっち渡るからちょっとだけ付き合ってくれない?”




そう言って電話を切ると、彼女は横断歩道を渡って僚の元へと駆けて来た。
彼女が近付いて僚の腕に、自分の腕を絡める。
少しだけきつめのジバンシィの香水が薫る。
きっと傍から見れば、待ち合わせをした男女に見えるだろう。
彼女の爪の先には、ピンクとパープルのグラデーションのネイルが施されている。
僚の脳裏に、何もつけない相方の健康的なピンクベージュの短く切り揃えられた指先がチラつく。
一見、親しげに身を寄せて話し掛ける彼女の声はしかし。
妙に緊迫感が漂っていた。




あのね、コッソリ確認して欲しいんだけど・・・



僚がほんの小さく頷く。
彼女が言うには、先程から妙な男に尾けられていて。
その男は、店に足繁く通う常連客だと言う。
確かに怪しげにこちらを窺う、もっさりとした中年男がいる。
ジットリとした視線が僚に突き刺さる。




ゴメン、アイツが諦めるまでデートのふりしてて欲しいの。

人気商売も楽じゃないねぇ。



なるほど、と僚も合点がゆく。
なかなか面倒臭い事に巻き込まれたと、苦笑しながらその猿芝居の演者になった。
僚はこれで何だかんだ言って、相棒の事は言えない結構なお人好しだ。














その現場に遭遇した時、香は苛立っていた。

前回の依頼から、もう既に2ヶ月が経過している。
つい先程確認した伝言板には、待望の3文字は無かった。
原油高騰の影響は、もろに一般家庭の台所事情にも大打撃で。
光熱費諸々は暖房が必須のこの季節、馬鹿にならない。
そう言って、相方に節約を求めると。
相棒のモッコリ馬鹿は、脳内が常にピンク色なので。
寒い時は、おしくらまんじゅうに限ると言って、寝室に連れ込まれ。
そこから先は、『大人のおしくらまんじゅう大会』が夜な夜な盛大に開催される。
そして、節約云々の話しは、有耶無耶のうちに誤魔化される。

そもそも僚は、家計の厳しさが解っていないのだと香は思う。



そんな事を考えていた矢先だったから。
香の怒りが沸点に到達するまで要した時間は、モノの数秒だった。
にやけた僚が腕を組んでいた相手に、香も見覚えがある。
あれは確か、『キャバレークラブ・ギャラクシー』のまりんちゃんである。
ツケの精算時に、何度か顔を合わせた事がある。
確か、向こうも香の事は知っている筈だ。
こんなに狭い世界で、あの種馬は。
浮気してやがるのかっっ、と香の瞳に紅蓮の炎が揺らめいた。











こんのっ、クソモッコリ馬鹿っっ!ド浮気者がぁっっ




最近とみに気配を隠すのが上手くなった、殺し屋の助手が。
僚の背後を取った時には、もう既に300tはあろうかというハンマーをしっかりと握り締めていた。




あっっ、違うの。香さんっっ



彼女の小さな声は、轟音と地響きに掻き消された。
憐れ、お人好しの用心棒・冴羽僚は無残にも、相方の折檻の前に為す術も無く潰された。
















香は夕飯のロールキャベツを煮込みながら、先程の早合点を思い出して自己嫌悪に陥っていた。

てっきり相棒兼恋人の浮気現場に遭遇したと思い込んだ香だったのだが。
その後、例のキャバ嬢・まりんちゃんから、事情を聴いて香はシュンとなった。
僚はボロボロの姿で、そんな女達の傍らで完全に拗ねていた。
まりんを尾け回していた中年男は、いつの間にか姿を消していた。
思わぬ修羅場を目撃して、今日の所は一旦、退散したらしい。
香の出現により、作戦が失敗に終わったので。
香は何度も彼女に謝った。
彼女も彼女で、自分が誤解を招くような事を僚に頼んだからと恐縮していた。
ストーカーの件は、僚が必ずとっちめてあげるからと、
香はまた、一銭にもならない厄介事に首を突っ込んでしまった。
そして何より、一瞬でも僚を疑った自分自身に香は、酷く落ち込んでいたのだ。

ロールキャベツがことこと踊るホーローの鍋の上に、香の溜息が幾つも落ちる。









僚は太陽の沈んだ冬の夕方の新宿を眺めながら、屋上で煙草を吸っていた。

相棒からの不信に、すっかり拗ねているのかと思いきや。
その頬は、だらしなく緩んでいた。
この数ケ月、漸く男女の仲になった相棒は、極度の恥ずかしがり屋で。
普段、何も意識していない時はナチュラルに束縛するくせに。
一旦、僚を恋人として意識してしまうと、素直に甘えたり妬いたり出来ない性格だ。
もっとも僚は、そんな素直じゃ無い香も可愛くて仕方が無い。
そんな香を、ついつい苛めたくなるのが、冴羽僚の性である。
だからあれから数時間、僚はすっかり拗ねたフリをしている。
しかし本音では、珍しく人前で嫉妬心を隠さなかった香に萌え狂っていたのだ。



ヤキモチ妬いちゃって、カオリンてば、かあいいむふ
















夕飯が完成した。
香は暫し考え込んだものの、意を決して僚を呼びに屋上へ上がる。
屋上へと続くスチールのドアを開けると、僚は入り口に背を向けて煙草を吸っていた。
香がドアを開けても、振り返らない。


(・・・やっぱり、りょお怒ってるんだ。)


香はそっと僚に近付いた。
僚は香の気配に気付いてはいるけれど、悪戯心で拗ねたフリを続ける。
香がどう出るか、僚がニヤニヤしている事を香は知らない。




それは予想外の展開だった。
これだから、僚は香にダダ嵌りしちゃうのだと、改めて思う。
冴羽僚は、狂おしいまでに相棒に溺れている。







・・・ごめんね、りょお。お詫びに今日の夕飯、りょおの好きなロールキャベツだよ。


そう言って、僚の背中を抱き締める香の腕が。
僚の腰に巻き付いて、ほんのりと僚を温めた。
僚の身に着けた長袖のTシャツ越しに、香の生温く湿った吐息が広い背中を擽る。
僚は空腹だったけれど、それ以上に激しく欲情してしまう。
香はいつも、無意識に僚を煽る。
香水もマニキュアも化粧も何も無い、飾り気の無い香の無意識の挑発の方が。
余所のどんな女よりも、僚を燃やす。
香がもう1度、ごめんね。と言った時に。
僚が振り返って、香を腕の中に囲い込む。
その顔はニヤニヤと笑っていて、香は一瞬、狐に摘まれたような気持ちになる。
へ?りょお、怒ってるんじゃなかったの?と。






ロールキャベツも好きだけどさ、コッチのがもっと好きなんだよね。




そう言って僚は、取敢えず香の唇を塞ぐ。
屋上で冷えた身体を暖める為に、温かい食事をして。
2人でお風呂に入ったら、光熱費削減の為、身体が冷えないうちに今日も。
冴羽家7階寝室では、大人のおしくらまんじゅう大会が開催される予定である。





[ 2014/01/31 23:50 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)