意味深№9 この気持ちは言葉に出来ないよ

真夏の日差しの中を歩いて帰って来て香は、まず1番にベランダへと向かった。
朝の内に洗濯して干しておいた自分と相方の普段着を取り込む為だ。







真夏の日差しの数少ない長所は、洗濯物が良く乾くという事だけだ。
だけだけど、それはこの2人の愛の生活に於ける重要度としては、
なかなかの高位置をマークしている。
シーツが良く乾くという事は、即ち快適な性活の為への第一歩である。
帰宅して真っ先に、リビングの先のベランダへと向かった香だが、
一緒に帰って来たはずのモッコリ馬鹿は、何やら真っ先に寝室へと上がって行った。







別に示し合わせたワケでも無いのに、
伝言板の確認を終えて何となく向かった先の公園に、僚は居た。
半分溶けかかったチョコバーのように、ベンチでボンヤリとする僚の後ろをとって、
冷たい炭酸飲料で、奇襲を仕掛ける。
けれど最終的に、イニシアチブを握るのはいつだって僚で。
蝉時雨に包まれながらのキスで、
まるで溶けかかったアイスクリームのようになってしまったのは、いつもの如く、香だ。
その後、2人で手を繋いで帰って来た。


漸く最近、そんな風に恋人同士みたいに振舞う事に慣れて来た。
それでも、甘い言葉を紡ぐことが極端に苦手な2人だから、
そういう時は専ら、スキンシップとボディランゲージが大活躍する。
公園でのキスを思い返してクスリと笑いながら、
裏返しで干された僚のジーンズに香の手が届くより、一瞬早く。
何故だか上半身裸の僚に、背中から抱き竦められる。






暑いょ、りょお。





香の抗議はアッサリとスルーして、僚は香の外耳を優しく食む。
囁くように掠れた声で、香を誘う。




なら、シャワー浴びようか? 汗を流したらスッキリするぞっっ




暑苦しいのは外気温ばかりでなく、代謝熱を放つ大胸筋だったりするのだけど、
当の本人は至って涼しげな顔をして、そんな事をのたまう。






・・・1人で浴びて来たら??私、今から洗濯物取り込まなきゃだし。


そんなん、後でもイイよっっ  まずはシャワーでしょ?


良くないっっ!! 乾いてる内に早く取り込みたいの!!


まぁまぁ、香チャン。今、乾いてんなら1時間後でも2時間後でも乾いてるから。


・・・何時間シャワー浴びるつもりよ・・・










香の抗議を軽くいなして、今朝干されたばかりのベージュのバスタオルに手を伸ばすと、
それと一続きの流れで、あっという間に僚は香を抱き上げた。






さぁっっ お風呂場行きましょねぇ~~~~~♪♪♪













結局、汗を流すはずのバスルームで2人は。
更に体温を上げ、汗を掻き、最終的に遠回りして汗を流した。
バスルームからまた更に、寝室へと僚に抱えられ連れ込まれた香は、
この時漸く、僚が帰宅後真っ直ぐに寝室へと向かった真意を知る事となる。
外気温36度、猛暑日。
寝室は23度に冷やされ、素肌に当たるピマコットンのシーツ(香が選んだお気に入りだ)が、
サラサラとして気持ちイイ。
僚の行動は唐突だったり、一見、何の計画性も無いように見えるけれど、
実はいつだって、計算ずくで動いていたりする。

特に下半身の指令には、見事に忠実だ。



香は思わず、吹き出してしまう。
昼間っから、この目の前の相方は。
こうして自分とイチャイチャしようと目論んで、着々と準備していたのかと。






なんで、笑ってんのよ?カオリン。





そんな香を僚は優しく組み敷いて両腕の中に囲いながら、訊ねる。
僚はどんな時でも、香のリアクションが最も重要で、香はそんな事は知る由も無い。





ん~?・・・随分、用意周到だなぁと思って。





香が甘ったるい笑みを含んだ声音で囁く。
僚は甘いモノは特に好きでは無いけれど、香だけは別腹だ。





そりゃ、




僚の唇は、甘くて艶やかな香の紅い唇に軽く触れながら、もぞもぞと動く。
乾いた僚の唇の感触と、思いの外熱い僚の吐息が香を擽る。





美味しいモンを喰う為には、まずは下拵えが肝心だからな。







そう言うと、口付は途端に深くなる。
そこから先は2人とも、行動で気持ちを通わす。
せっかくサッパリと汗を洗い流した乾いた皮膚に、また新たな水分が滲む。
僚が起床した後の昼前に、新しく敷いたシーツに複雑な皺が寄る。
時間も忘れてしまうほど、2人は没頭する。



















・・・あぁ、洗濯物がぁ・・・




羽毛の詰まった柔らかな枕に、ポフっと顔を沈めながら香が小さく呟く。
もう、昼とも言えない微妙な時間。
確かにさっき、外から帰って来た時には晴天だったのに。
今現在、どうやら外は土砂降りだ。
夏特有の激しい夕立はきっと、ベランダの庇の中にも容赦無く降り注いでいるに違いない。
1時間後も2時間後も確かに、乾いていた洗濯物は。
3時間半後、また濡れた。





俯せになった香のまろやかな背中の曲線を、僚は満足げに撫でながら煙草を吸う。
ベッドの上で吸うなとか、洗濯物をどうしてくれようとか。
言いたい事は山ほどあるけれど、
僚の乾いて熱い掌の感触が、香の言葉を全て呑み込んでしまう。
そんな事は、些末な事だ。
もう、これだけの土砂降りならどうせ。
洗濯物は全滅だし、それに。


横目でチラリと見遣った視線の先の相方は、壮絶な色気を垂れ流して香を甘やかす。
香は他人の煙草のケムリは嫌いだけれど、
僚が吐き出す芳ばしい薫りは大好きだったりする。
もう今から晩ご飯の準備をしようにも、いつもより取り掛かりは随分遅い。





濡れてるな、洗濯もん。





僚はベッドサイドの灰皿に煙草を押し付けて消すと、香の背中にふわりと覆い被さる。
呑気に呟いて、キツク肩甲骨のすぐ傍に吸い付いて、痕を残す。
香の白い背中に、まるで鮮やかなタトゥのような赤い印が残る。
香は僚に囲われた腕の中で、クルリと躰を反転させる。





だからあの時、取り込もうって言ったじゃない。りょおのバカ。





口では憎まれ口を言いながら、裏腹に。
香の華奢な両腕は僚の首に巻き付けられて、潤んだ瞳は僚を誘う。





・・・責任とって?





そう言って見上げる香に、僚はニヤリと笑う。
この場合、
洗濯のやり直しを迫られているのか、行為の続きを迫られているのか、その両方か。
香は普段、小出しに甘えるのは苦手なクセして、
こうしていきなり、僚の本能を直撃するように全力で甘える。
たったのひと言で。





仰せのままに、まずは如何致しましょう?





ふざけて耳元で囁く僚に香もクスクス笑う。
僚はセックスは勿論好きだけど、それ以上に香のこの笑った顔が好きだ。










じゃあ、チュウして?  それから、


・・・それから?


晩ご飯、りょおが作って♪


何が喰いたい?


・・・チャーハン。


お安い御用で。







香は僚の作るパラパラのチャーハンが大好物だ。
窓の外は未だ、激しい雷雨が打ち付けている。
ベッドルームは、薄暗い。
取敢えず、洗濯物を回収する前の、チャーハンを作る前の。

目の前のスキンシップに、もう一度没頭する事にして、
2人はまたシーツの波間に漂う。



洗濯物よりも、ご飯の支度よりも、
こうして2人ベッドの上で汗を流す方が好きだなんて言えるほど、
香はまだこの関係には慣れてはいないケド、言えない気持ちは躰で伝える。
それが2人のやり方だから。














微妙に、この前の続き。
『意味深な台詞で10のお題』制覇ですっっ
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お久し振りでござんす。

おはこんばんちわっっ



ケシでございます。


この所、仕事に追われて死にそうになっておりましたが、
何とか無事、峠は越えました。
仕事の峠は越しましたが、暑さは一向に衰えることも無く、
日に日に萎びれてゆく今日この頃でございます(T∀T;)
皆様方も、何卒、熱射病など召されませぬようご自愛下さいませ。



ところで、本日は。
皆様方に告知があるのでっす!!


実は何を隠そう、ワタクシこの度



本を作っちゃいましたぁ❤テヘ


というワケで、そのお知らせでございます m(_ _)m
詳細は、下記の通りでっすっっ↓↓↓




☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓

内容: 3冊で、1セット。
    
    ①パラレル長編   『嫁に来ないか』 ・・・26頁
    
    ②中編3部作    『paradox』
                『REMEMBER YOU』
                『Jealous Guy』 ・・・合計44頁

    ③短編集      『吸殻』      ・・・20頁
           これまでに書いた短編の中から、ケシが選ぶ9作。
           そして、書下ろしの新作1作。合計10話の短編集です。


規格: B5判、3冊1組(総ページ数・90頁) 製本は、ケシの完全手作業です(笑)


価格: 1セット/940円、メール便送料/160円  1100円也。


部数: とりあえず10セット限定
    ※ 製本作業が全くの手作業という事と、どれだけの需要があるのか不明な事があり、
      お試しで、取敢えずこの数で行きたいと思います(汗)



《購入方法》

当ブログの、メールフォームをご利用ください。
※稀に、携帯・スマホからだと利用できない場合があるようなので、
 その時はコメント欄などをご利用ください。
 (その際、個人情報などをオープンにしないように気を付けてご利用ください。)
 極力、メールフォームを使われる事をお勧めします。

必須事項: お名前
      ※ 差支え無い方は、HNも書いて戴いても構いません。他意はありません。
        ただ、ケシ子がむふふ❤と思うだけです。
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      ※ その他、必須では無いけれど、これだけは物申したいと仰る事があれば何でも。



注意事項(以下をご了承戴いたうえで、メールをお願い致します。)


※ この度は、数量限定ですので先着順での受付とさせて戴きます。

※ というワケで、お1人様・1セットのみとさせて戴きます。

※ 本の内容は、殆どがこれまでワタシが書いてブログでも読めるお話しです。
  新作は、短編集の中の1作のみとなっております、あしからず。

※ プリントから製本まで、一貫してケシの手作業でございます。
  多少のアラには、目を瞑って戴ける方のご注文お待ちしております(爆)

※ 発送には、ヤマト運輸のメール便を利用します。
  多少の日数が掛かります事をご了承くださいませ。
  
※ お支払方法は、銀行口座へのお振込みをして戴く形になります。
  その際、ご入金の確認が取れ次第の発送となります。

※ 入金確認・発送で、地域によっては4日~7日ほどご猶予を戴く事になります。
  気長にお待ち戴けると幸いでございます。

※ 3冊はセットでの販売になります。バラ売りは致しません。



☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓




こんな感じです。
これまでやった事の無い事で、全くの手探り状態ですが。
この不況の折、それでも買ってやろうという豪気な御方がいらっしゃいましたら、
メールお待ちしております。
      
                (*´∀`*)ノシ  待ってまぁっす  ケシ
[ 2013/08/09 20:47 ] 個人誌 | TB(0) | CM(2)

ありがとうございます(*´∀`*)感激!!

こんばんわ。ケシでございます。



つい数時間前に、告知いたしました個人誌。
あと残り、1冊になってしまいました。


(゜Д゜)!!わお

なんと、ビックリしちゃいましたっっ

え~~~と、今出来上がった本は、10セットなんですが。

お盆休みの間に、あと10セットほど増刷しようかと検討しています。

もし、追加で作る事になったら追々、告知いたします。

なるべくお待たせしないようにスムーズに発送できるよう、

本が出来上がってからの告知にしたいのです。

ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます m(_ _)m





追伸:先程、早速のご注文を戴きましたrumi様、確認メールを送らせて戴いておりますが
   何度送っても返って来てしまいます。
   もしかすると受信拒否設定になっているのかもしれません。
   お手数ですが、今一度メール設定のご確認をお願い致します (*´∀`*)ノ
[ 2013/08/10 00:36 ] 個人誌 | TB(0) | CM(0)

個人誌・受注状況です。

おはようございます、ケシでございます。








昨夜から告知して参りました、個人誌の件ですが。
当初、予定しておりました10部は完売致しました。

誠に有難い事に、増刷を考えておりました追加10部も今のところ、
予約で、6部は埋まっております。
(コチラの方は、少しだけお時間戴きますね。)

残り、4セットとなりました。
先着順となりますので、もし買ってやってもイイよと仰る方は、お早目のご連絡お願い申し上げます。

              ありがとm(_ _)mありがと
[ 2013/08/10 07:42 ] 個人誌 | TB(0) | CM(0)

完売御礼 m(_ _)m 完売御礼

こんちくわ、ケシでございます。




昨夜から告知致しておりました、個人誌の件。

お陰様で、完売致しましたっっ。
メールフォーム・コメント欄での受注を、
締め切らせて戴きます 

                   
m(_ _)m


ご注文戴きました皆様、ココに訪れて戴いている皆様、
沢山の感想や励ましを戴いてる皆様。
全ての皆様に、改めて感謝の想いでいっぱいです。
ブログに来て戴けば読めるお話しを、買って読んで戴けるという事。
その意味を重く受け止めて、心を籠めて製本してお手元にお届けしますっっ

まだまだ猛暑は続きますが、皆様方に於かれましてはお体に気を付けて!!



あああああぁぁぁりがとぉございまぁぁっっす
           愛してまぁぁぁっす


                                ケシ


追伸: F・セレ様、ご連絡ありがとうございます。
    増刷分の予約として受け付けておりますので、改めてご連絡戴けるとありがたいです。
[ 2013/08/10 18:08 ] 個人誌 | TB(0) | CM(0)

お題34. コンプレックス

真夏の熱帯夜は、エアコンを付けていても暑い。
室温27℃は、香の適温で、僚の体感には正直キツイ。





僚はベッドサイドのキャビネットの上に置かれたリモコンを手に取ると、
設定温度を一気に18℃まで下げる。
すぐ横にグッタリと横たわる恋人は、それまでの余韻で夢と現の狭間を微睡んでいる。
何処からこんなに出て来るんだと言いたくなるような汗が、リネンのシーツに滲む。
香はどちらかというと目の詰まったきめ細かい上質のコットンのシーツが好みだけれど、
僚はどちらかというとパリッとしたリネンのシーツが好みだ。
けれど今は、そのパリッと感は全く感じられない。
2人の汗や色んなモノを吸湿して、クッタリと湿っている。


リモコンの小さな電子音で、香の意識が緩やかに覚醒する。
僚の方へ向かって寝返りを打った香が、室温を下げる僚をジッと見詰めるけれど、小言は無い。
きっと、香も暑いからだ。
今年の暑さは異常だ。





・・・のど、乾いた。




小さくポツリと呟いた香の声は、掠れている。
いつも。
夜の始まりには堪えようと抗う香の声は、気が付くと掠れるまで啼かされて。
香はいつもそれが妙に照れ臭いケド、僚にはそれはひどく幸せそうに聞こえる。
汗ばんだ香のコメカミに、小さく1つキスを残して僚はクスッと笑うとベッドを後にする。












冷蔵庫の中には、1・8ℓのガラス製のジャグが3つ。キンキンに冷えている。


濃い茶色の液体。
香はこの夏、麦茶に嵌っている。
なんでも、麦茶には血液をサラサラにする作用があるらしいと、
いつだったか梅雨頃に、朝食の席で力説された覚えがある。
去年は、確か。
夏でも体を冷やすのは良くないと、ホットドリンク攻めだったのを思い出す。
香はテレビや雑誌で、身体にイイと言われたら色々と試すタイプだ。


多分それが、20代半ばの香自身の為というよりは、
推定年齢にして10かひとまわりほど歳の離れた自分の為だという事を僚は薄々知っている。
煙草も酒も食事の量も人並み以上の恋人に、香が人一倍、健康に気遣っている事ぐらい。
せめて。
病気で失う事など無いように。




7分目ほどに減った1本に、冷凍庫からロックアイスを取り出してカラカラと注ぐ。
シンクの傍らに置かれた水切り籠の中の、ピカルディグラスを1つ手に取る。
グラスは1つで充分だ。
どうせ2人で共有して使うから。








キッチンから蒸し暑い廊下を全裸で歩いて戻った寝室は、思いの外冷えていた。


香はシーツに包まっていたけれど、設定温度は上げなかったらしい。
ベッドサイドにジャグとグラスを置いて、僚もシーツに潜り込む。
気が付くと汗は引いている。
寝ていると思っていた香が、僚にピッタリと体を寄せて密着してくる。
僚はホンの一瞬だけ目を丸くして、次の瞬間、盛大に相好を崩す。
シーツの中なら誰にも見られていないし、香ですら僚の大胸筋に顔を埋めているから。
シャンプーの匂いの甘やかな香のクセ毛の感触を、頬擦りで堪能する。






なぁに、カオリン。珍しいじゃん・・・もっかい、する???




こんな風に香から甘えて来るのは、偶にの事で。
あれだけ激しく燃え上がったのに、寝落ちする事無く起きている香に。
僚の煩悩がふつふつと、腹の底から沸き上がる。
けれど、僚の腕の中で香の頭が微かに横に揺れる。
表情は見えない。
先程までの濃密なスキンシップで深い満足を覚えていた筈なのに、
香にこうして甘えられただけで、再び熱を持ち始める現金な自分自身に僚は思わず苦笑する。






お茶、持って来たよ。


・・・飲む。






相変わらずのハスキーボイスの恋人の為に、僚は身体を起こしてグラスを掴んでお茶を注ぐ。
僚の胸から離れた香は、ニッコリと笑いながら並々と麦茶の注がれたグラスを受け取る。
コクコクと喉を鳴らしながら麦茶を飲む香に、僚はまた少しだけ欲情する。
グラス半分ほどまで一気に飲んだ香が、残りを僚に渡す。
僚が受け取って水分補給をしている間に、香がまた僚の胸に擦り寄って来る。
お互いベッドの上に座って向かい合っている。
勿論、裸ん坊だ。
華奢な両腕が僚の厚い背中に回されて、絡み付く。





・・・怖かったの




冷たいモノを飲んだ後のまるで小さな子供のような、湿った声で香が囁く。
僚は一瞬、何の事だか意味を推し量ったけれど。
すぐに香の言葉の意味を理解する。



熱帯夜のリビングで、スイカを食べながらそれを2人で観たのは数時間前だ。
“真夏の心霊特集”と銘打たれたそのバラエティは、
僚にとってはホンの子供騙しで、ありきたりな番組だったけど。
香にとっては違ったようだ。






オバケが?





慎重に香のゴキゲンを損ねないように、あくまでニュートラルに訊ねた筈の僚の声に。
微かな笑みの色が混じっていた事を、香は見逃してはくれない。
胸の中で香が唇を尖らせたのを感じる。




・・・・りょお、子ども扱いしてる(拗)





そう言って膨れる香をもう一度、しっかりと抱き直して僚はクスクスと笑う。
どーでもいーけど、と思う。



どうでもイイけど

尖らせた唇が

俺のビーチクに当たってるんすけど、と。




香にはわざわざ教えてやらないケド、僚のそこは結構敏感で。
それは所謂、性感帯というやつで。
無意識にそこを攻めて来る相棒に、またしても激しく欲情する。
僚の内心の激しい煩悩との死闘など、微塵も気付かない怖がりの恋人は。
囁くような小さな声で、生温い吐息を僚の性感帯に浴びせながら言葉を続ける。





りょおにはさ、怖いモノとか全然無いワケ?いつも、私の事からかうけど。





その言葉に、香を抱く僚の腕の筋肉が一瞬だけピクリと反応する。

怖いものなど、       無かった。前は。
でも。
いまは、
この
腕の中の存在を
喪う事が

怖いよ。



けれど、そんな事はわざわざ、香には教えてやらない。
守り抜けば済む事だ。






・・・ねぇ、カオリン。


ん?


もっかい、しようか?






香は返事はしなかったけれど、返事の代わりに冷たく冷やされた舌で、
猫のように僚のウィークポイントを舐めた。
教えなくても多分、香は知っている。
僚の強さを。
僚の脆さを。
僚の優しさを。
僚の気持ちを。


だから僚はいつも、香の前だけでは普通の男でいられる。
コンプレックスすら曝け出して全てを融かして、また汗が滲む頃にはきっと。
怖いものなど忘れて、2人して快楽を貪る。


確かに麦茶のお陰なのかどうなのか、この夏、僚は例年になくよく汗を掻いている気がする。











最近、猛暑がハンパ無いですねぇ(´Д`;)
多分リョウちゃんの汗は、麦茶とは関係無くやり過ぎです。
[ 2013/08/11 11:37 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

誠に残念ですが。

皆様、こんばんわ。

ケシでございます。


今夜は皆様に、お詫びを申し上げなければなりません。

かねてより、参加すると表明しておりましたアンソロジーの企画を、

辞退させて戴く旨、主催者様へ伝えさせて戴きました。

ワタシの気持ちは多分、ご理解戴けると信じております。

楽しみにして戴いていた皆様には、ご期待に沿えず、申し訳無さで一杯です。

しかぁぁあぁああーーっし

今後も、ケシはこの辺境ブログサイトで、妄想を続けます(むふ)


ヽ(*´∀`*)ノわぁぁ~~い

                あはは(●´∀`●)うふふ


わたしは。
自分の作品を、
発表する場は、
自分で作って行くつもりです。
そこには、ただ。
シティ・ハンターという作品に対する、
強い思い入れがある。
ただそれだけです。
その想いに共感して戴ける皆様方と、
“萌え”を共有できたら幸せです。


                         (*´∀`*人*´∀`*)      ケシ
[ 2013/08/16 20:01 ] ごあいさつとお知らせ | TB(0) | CM(0)

夏休み

カンカン照りの屋外から、駅の構内に足を踏み入れる。
確かに暑い事に変わりは無いけれど、直射日光の直撃よりも遥かにマシで、
香はポケットからハンカチを取り出すと、首筋を拭った。
そもそも、今年の暑さは尋常じゃ無い。
基本的に、夏は暑い方が、冬は寒い方が、季節にメリハリがある方が好きな香だけれど、
それでも最近は、少しだけ食欲が減退気味だ。
季節に関係無く年中無休で食欲旺盛なのは、労働担当の相方だけだ。




日課の伝言板の確認は、今日も平常運転の空振りだった。

香はいつもの如く小さく溜息を吐くと、再び容赦なく照り付ける屋外に向かった。
駅も通りも、心なしか人影がいつもより少ない。
それもその筈、今現在、世間で言う所の“お盆”というヤツで。
東京の人間の多くは、地方都市や海外に脱出する。


香はアパートまで数分の、通い慣れた舗道を歩く。
人が少ない分、視界の開けた道のずっと先のアスファルトが、ゆらゆら揺らめいて見える。
たった数分のこの往復で、Tシャツの背中はビショ濡れだ。
一刻も早くアパートに帰って、扇風機の前で涼みたい。
冴羽家の節約生活に於いて、基本的な冷房装置は扇風機だ。
非常事態に限り、エアコン使用の許可が経理担当の裁量によって下される。
今年の夏はそれでも、非常事態が頻発している。





・・・暑いなぁ。




言っても詮ない事を承知で、不毛な呟きが口を吐いて出る。
子供の頃の夏休み。
一緒に公園で遊んだり、プールに行ったりしていたお友達が。
お盆のお休みに、おじいちゃんやおばあちゃんがいる“田舎”に帰る、
というこの時期が、香は嫌いだった。
いつもなら、公園に行けば誰かが居て虫を捕ったり、鬼ごっこをしたり出来るケド、
この時期だけは、夏休みの公園は静かだった。
それより少し大きくなった中学生ぐらいの頃には、
そうやって帰る所がある友達が羨ましかった。
香と兄の2人の家庭には、帰る場所は古ぼけた公団の2DKの部屋だけだった。



僚は多分、この炎天下でも屈する事無く日課のナンパに励んでいるだろう。
香が通った都立高校の校訓は、“不撓不屈”だったけれど。
その格言を実践して、実りの無いナンパにもめげないのは、
碌に学校になど行った事の無い相方だ。




良くやるよねぇ♪



思わずそんなしょうがない相棒を脳裏に思い浮かべて、香は独り言を呟く。
暑すぎてヤル気の起きない時は、ハンマーを召喚するのも面倒臭い。
けれど。
普段のナンパ姿の僚を思い出すだけで、香の顔に笑みが浮かんでいる事には、
香自身は無自覚だ。
最終的に、冴羽僚という男を甘やかし、手綱を握っているのは彼女自身なのだ。
自覚の有無に関わらず。







居ないものと想定して香が帰宅すると、不屈のナンパ師・RYOは家に居た。
リビングの床の上に寝そべって、エロ本を読んでいた。






あら、珍しい。居たんだ。




リビングに入った香の第一声に、無意識に楽し気な響きが混ざる。
只でさえ暑苦しい時に、ゴロゴロしながら如何わしい本を、
何の躊躇いも無く開く僚が、鬱陶しいと思う反面。
こんな時間に、何処にも行かないでリビングにいる事が嬉しかったりもする。







あぁ~~ん?・・・いちゃ、悪ぃか。


別に、誰もそんな事言って無いじゃん(苦笑)それって、被害妄想だよ。


・・・。


ココまで暑いと、流石の僚でもナンパする気も起きないのねぇ。








香がさも可笑しそうに、扇風機の前で涼みながら感想を述べる。
僚は自分に背を向けたまま、そんな風に笑う相棒が少しだけ不服だ。
ワザと大きな音を立てて愛読書を閉じると、寝そべった体勢から起き上がって胡坐を掻く。







舐めんじゃねぇっつーのっっ。今日の俺はな、読書な気分なの。


・・・読書ねぇ(呆)





僚の傍らに置かれた洋雑誌には、
明らかな人工臭が漂うメロンのようなおっぱいの、金髪美人が。
少しだけ日焼けした肌に、如何にも修正チックな白い歯を覗かせて笑っている。
兎のロゴマークのグラビア雑誌を、僚は芸術だと主張するけれど。
香の見解では、それは由緒正しきエロ本だ。






ねぇ、カオリン。エアコンつけようよ。





この目の前の、大男は。
普段は口が悪くて、素行が悪くて、意地が悪いケド。
妙に律儀な所があって、エアコンの使用許可が下りるまで、
こうして大人しく香の帰りを待っていたりする。
それが少しだけ、可愛かったりするんだけれど、
それを言ったらきっと、馬っ鹿じゃねぇの?なんて言って照れまくる。





しょうがないなぁ、設定は28度だよ。それ以下に下げちゃダメ。





香の言葉にコクコクと頷きながら、僚は部屋中のサッシを閉めてリモコンを操作する。
香はそんな僚に苦笑しながら、キッチンへ冷たい麦茶を淹れに行く。




数十分後。
部屋はすっかり過ごし易くなって、僚の読書も順調に3冊目に突入した。
弱冷房の空気を扇風機で攪拌する。
ソファの前に置かれたローテーブルの上には、麦茶の入ったジャグとグラスが2つ。
大粒の水滴が滴っている。
灼熱地獄だったリビングの革張りのソファも、少しだけマシになったので、
僚は場所を変えて、ソファに寝そべっている。





精霊馬か。





扇風機の前のフローリングにペッタリ座り込んで、何やら作る香の手元を見ながら僚が言った。
キュウリの馬は、少しでも早く帰って来て下さいという願いを込めて。
なすびの牛は、少しでものんびりと帰って下さいという願いを込めて。
香がお迎えするのは、ただ一人。
僚の元相棒だけだ。






うん。





香がそう言って、ニッコリ笑う。
出来上がった精霊の案内係を、香はベランダに置いた。
背後で僚が、
槇ちゃん、帰って来んなら玄関じゃねぇの?とツッコミを入れてたけれど。
香は何となく、ベランダにお供えした。



何だかんだ言っても、僚は優しいからきっと。
明日は多分、お墓参りに誘ってくれる。
ずっと昔に。
帰る場所がある友人達が羨ましかった香は、今。
この家が自分の帰る場所だと、ハッキリと言える。
自分のたった一人の兄を、一緒に迎えてくれる相方がいる。


帰る場所など無いモノ同士の自分と僚が築き上げたこの生活だけが、
2人の唯一の帰るべき場所なんだと、香は僚に背中を向けたまま微笑んだ。







[ 2013/08/18 02:50 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

はじめに

おはこんばんちわ、ケシでございます。


この度、アンソロジー企画を降板した事は、前述の記事でも申し上げましたが、
ご覧になった方もおられるかと存じますが、アンソロジー特設サイト様の方に、
降板の件に関しては直接問い合わせて下さい。という、リンクが貼られております故、
自分なりにこの件に、決着をつける意味でもこの記事を書きます。


アンソロ企画の方に、お声を掛けて戴いたのは正確には記憶しておりませんが春頃の事でした。
恐らくは、4月半ばから5月くらいだったかと記憶しております。
実を申しますと、それから参加者が正式発表される6月末には、
もう既に、原稿を書き上げておりました。
とはいえ、原稿締め切りまでにはまだ1年以上あるので、
その間にまた良いアイデアが浮かべば、
幾つでも書いてその中からベストを選択しよう、というスタンスでアンソロに臨んでおりました。


この度、主催者様には多大な迷惑をお掛けする結果となりましたが、
わがままを承知で、ワタシの考えを受け入れて戴きました。
ワタシが思う事は、そんなに難しい事でも複雑な事でもありません。
書いていて、楽しいから書く。
RKが好きだから書く。
ただ、それだけなのです。
作品を発表する場は沢山あって、色んな媒体で色んな人が好きに創っていて、
その自由さが面白いのであって、
書き手の数だけ色んなRKがいて面白い、というのがワタシの考えです。


そしてこれからも、ワタシはブログで書いていこうと決めたのです。
ただそれだけです。
ココに遊びに来て下さる皆様は、どうしたの?何があったの?なんて詮索される方は、
お一人もいらっしゃいませんでした。
そんな風に、ワタシの気持ちを汲んで戴ける方ばかりに恵まれて、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


ワタシが“アンソロの為に”書いた、最初で最後の作品はアンソロ原稿規格にして、
全11ページ、三部構成からなるお話でした。
それを今日から、三日連続でアップしようと思います。
誰の為でもなく、このお話を書いた自分の為に。
それで、この件に決着をつけようと思います。


また、このお話の挿絵をnase様にお願いする予定にしておりました。
それはワタシとnase様の約束なので、アンソロを降りても続行中です(*´∀`*)
だから、nase様の絵が出来上がり次第、挿絵としてお話の中に組み込みたいと思っております。


いつも、沢山のコメントや拍手に励まされています。
ありがとうございます、という気持ちに変えて
お話を書いていく事でそのお気持ちにお応え出来たらと思います。


                              ケシ
[ 2013/08/22 14:56 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)

昨日見た夢の話し

真っ白な頬が薄ら桃色に染まり、
滑らかな額には玉のような汗が浮かぶ。
額に張付いた一筋の栗色の猫毛を、
僚のしなやかな指先が優しく剥がす。
何度も貪った紅い唇は艶やかに僚を誘惑する。
僚の腕の中で、白い肌は波打ち、薄い背中が甘やかに弓なる。
僚の掌の中に綺麗に収まる丸い膨らみを、柔らかく弄ぶ。
間断なく囀る秘めやかで慎ましやかな嬌声が、
寝室に横たわる湿り気を帯びた親密で濃密な空気が、
僚の理性をも緩やかに蝕む。リミットまで、もうあと僅か―








ホンのあと数秒もすれば、確実にこの上ない快楽を齎したであろうその情事は、
まるでテレビの電源を落とすように、突然消えた。
目を開けた僚の視界にあるのは、いつもの寝室のいつもの乾いた空気と、
真っ暗に成りきれない半端な夜の色だった。
僚の深層に潜む願望が見せた夢は、目覚めた僚を苦しめる。
主に、下半身方面で。


(…夢か。どんだけ溜まってんの、俺。)















香はその最中ずっと、それは夢じゃないのかと半信半疑であった。
結果としてそれは夢だった訳だが、
夢から覚めて以降ドキドキし過ぎて、それから一睡もせずに朝を迎えた。




夢の中の僚の腕の中は、非常に温かで、心地良かった。
これまで幾度か、行きがかり上(主に仕事の場面で。)
僚に抱き止められる事はあったけれど、それは明らかに、異なる種類の抱擁だった。
僚の腕という柔らかな拘束具の中で、香は緩やかに窒息する。
見た目以上に柔らかで肉厚な僚の唇と舌が、遠慮なく香を蕩けさせた。
香の柔らかで敏感な口腔粘膜に、僚という別の個体が侵入する。
歯茎をなぞり、舌を絡め、唾液を啜る。
香がそれを夢だと疑ってかかったのは、マールボロのフレイバーがしなかったからかもしれない。
なにせ香は、これまで生きて来て未だキスという行為を知らない。
まさか、キッスがレモンの味がするだなんて事は、思っちゃいないけれど。
少なくとも、僚とキスをしたとすればきっと。
煙草味なんだろうな、と乙女心に想像していた。



(…やっぱ夢?  どんだけ欲求不満なの、私。)











2人は本人同士の見解はどうあれ、似た者同士だ。
これは周囲の人間(主に人を見る目に関しては長けた同業者諸氏である)
全員の満場一致の見解である。
不本意ながら、如何わしい願望交じりの淫らな夢を見たのも、同じ晩の事であった。



そんな夢を見たちょうど半年ほど前。
同業者であり友人の、伊集院夫妻が奥多摩の教会で結婚式を挙げた。
その日、彼らのラブラブっぷりに中てられたのか、
それともおまけで付いてきたゴタゴタに平常心を欠いていたのか、
僚は柄にも無く本心を吐露してしまった。
これまで長きに亘り、大事に仕舞い過ぎて些か醗酵しかけた僚の恋心である。
それからの2人は、これと言って変化が無いようでも有り、有るようでも無い。
早い話が、まだやって無い。



それでも厳密に言えば、変化は無くも無い。
僚は香に対して、あれから常に悶々と煩悩を滾らせている。
昔から、香相手にモッコリしなかった訳でも無いけれど、
それは理性を働かせて抑え込む事で、ギリギリの均衡を保っていたのだ。
そんな僚の密やかな涙ぐましい努力など、天然全開の相方は毛頭知る由も無い。
今まで6年間、そうやって騙し騙し抑え込んで来た僚の煩悩は、
ここの所一挙に勢力を拡大している。
風船だって、膨らませ過ぎるといつかは破裂する。
地底のマグマだって、度々噴火する。
大雨が降れば、防波堤だって決壊する事も有り得るのだ。
それは僚の煩悩とて、例外では無い。


そもそも、槇村香という女は自覚が足らないのだと、僚は思う。
己がどれだけ、僚の煩悩を刺激しているのかという点に於いて。


風呂上りに、平気な顔でノーブラ及びタンクトップという出で立ちでウロウロしていたり。
何の疑問も抱かずに、僚のエロ本だらけのベッドの下に掃除機をかけたり。
帰りの遅い僚を待ち構える予定が、リビングのソファで無防備に眠りこけたり。
僚の人聞きの悪いジョークに、意外にもニヤッと笑って見せたり。


直接的な視覚を介した刺激もあれば、もっと深い所で。
香の言動が、僚の心に直接的に作用する時もある。
例えば、それこそ仕事の場面で、ここぞという時に絶妙に、
これ以上無いほどのアシストを見せる事がある。
そんな時、僚は無性に心を掻き乱される。軽く絶頂に達してしまいそうな位に。
それを強いて言葉に言い換えるとすれば、一体感。
パートナーは香に限る、という絶対的で揺るぎ無い感覚。
だからこそ僚は、あの湖の畔で宣言したのだ。
香と共に、死ぬまで生きていくという事を。
それが男女の仲であろうが、相棒同士としての絆だろうが、
そんな全てをひっくるめて僚は香が恋しい。


相棒としてのキャリアは、この6年で充分に重ねた。
あともう一つ、僚が重ねたいのは、唇だったり、躰だったりする。
僚の相棒は、無自覚で最強な誘惑者であったりもする。
















ここ数ヶ月、香にはずっと思い返している言葉がある。



『俺は何がなんでも愛する者のために生き延びるし、
何がなんでも愛する者を、守り抜く。』



その言葉は、確かにあの冴羽僚の口から出たのに間違いは無い。  
誰あろう香自身がその耳でハッキリと聴いた。
あの時、あの場所で、あのシチュエーションをもってして、
あの言葉をジョークで言えるほど、僚が軽薄な男だとは思いたくない。
それでもやっぱり、あの日の言葉は。香には、俄かには信じ難い。


これまでの数年間、十代の後半から二十代前半にかけて、
香の最も輝くべき青春は、僚への片想いに彩られている。
男女だと言われた。
僚がこの世で唯一、モッコリしない女だと言われた。
そう言えば、豊満なウェストに引き締まったバストだとも言われた。
だから香は今更、僚に女として見られる事も、
ましてや愛される存在になろうなどという事にも、一切、頓着していなかった。


それよりも大切な事は。
僚の傍で、僚の無事を、ただただ祈り続ける事。
これまで色々な幸せを失い続けて生きて来た僚を、最後まで1人にしない事。
たとえそれが空元気でも、僚の隣でずっと笑い続ける事。


だからあの日、不意にあんな言葉を貰った香は。
未だ、それを自分の中で消化出来ずにいる。
僚の言う【愛する】という言葉の意味を。
【愛する者】という、特別な存在を。


あれから季節も廻って、依頼も数件こなした。
例に漏れる事無き美女からの依頼を、僚は嬉々としてこなし、
如何わしい報酬の無心をしては、香の制裁を余すところなく甘受した。
(表向きは、可哀想な労働担当を装ってはいたけれど。)
そんな僚の本心に気が付かないのは、この世で唯一、香だけで。
依頼人に鼻の下を伸ばし、街行く美女に粉をかけるパートナーに、香の困惑はますます加速した。


根が真面目な香の道徳観念からすれば、【愛する者】とは普通、
好きで好きで仕方無くて、その人以外は眼中に無いという事である。
例えば、香にとっての僚のように。
しかし僚の定義では、どうやら少し意味合いが違うらしい。


【愛する者】と【口説く対象】が、みな並列に存在し得る。
香の拙い脳内イメージとしては、
僚の長年の見果てぬ夢・ハーレムのようなモノであるらしい。
それにしたって、並列に並んでいたとしても、僚は香を選び取ることはしないのだ。
僚の好きなタイプは、自分と違って女らしい大人っぽい色香を纏った女性で。
僚には数多の女性を選べるだけの魅力が有るから仕方無いと、香は頑なに思い込んでいる。
たまさか僚が香を想い、
夜ごと悶々と煩悩と闘っているなどとは露ほどにも気が付いてはいない。





だから香は、あんな夢を見た自分自身に嫌気がさした。
僚とは相棒でいられるだけで充分で、それ以上は何も望まないと心に誓った筈なのに。






本当はきっと、僚に愛されてみたいのだ。




[ 2013/08/22 16:08 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)

昨日見た夢の続き

外は激しい雨が降りしきる。
音の無い、モノクロームの世界で、彼女は静かに扉を閉めた。

取り残された。

何故だか、僚にはそれだけが鮮明に理解出来た。
悲しげな瞳で、彼女は最後に僚を振り返った。
今までだって、別れなど掃いて捨てるほど経験して来た。
それこそ、騙した事も騙された事も有った。
男と女の面倒臭い色恋沙汰など、これまでの僚には何の感慨も、執着も、興味も無かった。
口説いて落とすまでの過程を楽しんだ。
掌の中に収めた勝ち星は、手にした途端すっかり色褪せた。
それなのに、その扉が閉まった瞬間だけは。
何故だか、胸を掻き毟られるような痛みを感じた。
香が行ってしまう。手の届かない何処かへ



……か、おり…



僚は、自分の寝言でハッとして目覚めた。
首筋に冷たい汗がじっとりと滲んでいる。
喉が渇いている。
夢だったと理解しても尚、動悸が治まらない。
同じ屋根の下、6階のあの部屋へと気配を辿る。
脳裏には、何度もあの扉を閉めた瞬間の、少しだけ振り返った香の表情(かお)がちらつく。
それは恐らく、自分が死ぬ事よりも酷い悪夢だ。

窓を打ち付ける雨の音が寝室を包んでいる。














…りょおっ




土砂降りの雨の中をずぶ濡れで、相棒を探して彷徨う。
漸く探し当てた最愛のパートナーは。
真っ赤に染まって、もう既に冷たい。
大きな声でその愛しい名前を何度も呼び続けているのに何故だか、その世界には音も色も無い。
有るのは、雨の音と血の赤。
涙は出ない。
激しい雨と雷が、香の代わりに泣いている。
こんな世界に身を置きながら、香はこんな瞬間を全く想定していなかった。


呼吸の仕方が解らない。
僚がいない世界をどんな風に生きていたのか、もう思い出せない。
出来る事ならこのまま、冷たい雨と一緒に流されて。
2人一緒に、消えて無くなってしまえばいいのにと、
冷たい僚の躰にそっと、寄り添って目を閉じた。


目覚めると、頬には涙が伝って冷たくなっていた。
雨の音は香の部屋を包む。
それが夢だったと解って香は漸く息を吐いた。
痛いほど激しい動悸が胸を締め付ける。
それは、想像もしたく無い程の悪夢で。香は全身汗だくだった。
上の階に眠る彼の事を想う。

どうかこの夜、僚が平らかな夢の世界に居られますようにと、布団の中で香は祈り続けた。
















「おはよう…って、早いわね。珍しい。」


僚が香に起こされるよりも早く、キッチンに顔を出すと、
馥郁とした鰹出汁と葱の薫りが僚の食欲を刺激した。
ニッコリと笑いながら素直な感想を漏らす香は、いつもと何ら変わりない、
否むしろ僚を起こす手間が省けた分、心なしか穏やかな表情だ。


ガスの火を消して、香が味噌を濾す。
途端に、甘い薫りがキッチンを満たす。
豆腐とワカメの味噌汁に、たっぷりの葱。
魚焼きグリルの中では、塩鮭が良い感じに焼けている。
昨夜の残りの煮物に、ニラの卵とじ。
炊飯器からは、炊き立てのご飯を蒸らす湯気が立っている。
僚の座るいつもの席には、朝刊が置いてある。
いつも通りの何の変哲も無い、ありふれた朝。


いつもと違うのは、数時間前、まだ夜も明けきらない暗い寝室で。
嫌な夢を見た事、そしてその後パッタリと睡魔は訪れなかった事。


キッチンに入る前の洗面所で、洗顔と髭剃りを済ませた。
微かに匂う朝餉の薫りに、相棒の存在は間違いなく感じられたけれど。
それでも尚、夢の余韻に引き摺られそうな錯覚を覚えた。
それなのにバカ明るいキッチンで、
ただ一言、「おはよう」と言われただけで、驚くほど僚は安堵した。
夜更けの悪夢を見て以来、漸く現実の世界に帰って来られたと実感する。


香が自分の目の前で生きているという事。
生活を営み、笑って怒って泣く。
それだけで、僚は生きている事を実感する。














僚が起きて来た。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す僚から、
ふわりと、歯磨き粉の薄い薄荷の匂いが薫る。
こんな朝に限って僚は、やけに早起きで。
あんな酷い夢を見た自分を悟られないように、香は精一杯の笑顔で武装する。
そもそも数日前に、僚とキスをする夢を見たあたりから、
この数日、香は自分が自分では無い感覚だった。
僚の前で上手に笑えているか、普段通りに振舞えているのか。
たった2人きりの生活ではそれを判断してくれる相手は、相方だけで。

僚にだけは絶対に知られてはいけないと感じた。
僚と夢の中でキスした事も、僚が夢の世界で死んでしまった事も。

僚に背中を向けて鍋の中のだし汁に味噌を濾しながら、香は小さく息を吐く。
今朝起きて、洗面所で確認した瞼の腫れはそれほど気になるモノでも無かった。
これまでに何回かだけ、同じような夢を見た。
思い出したくなど無いのに、ゾクッとするほど鮮明に記憶している。
夢の最中には気付きもしなかった、濃密な鉄錆のような臭いまで蘇る。
けれど、現実の僚は歯磨き粉のクリアミントと、
プレシェーブローションの懐かしい匂いをさせて、背後で朝刊を読んでいる。
それは香を、ひどく安心させる。
夜の底で香は、まるで大きな男の母親のような気分で安寧な眠りを祈っていた筈なのに、

今は僚の穏やかな気配に、僚に守られている現実を噛み締める。

















「…さんっ、香さん?」


香がハッと顔を上げると、カウンターの向こう側で美樹が心配そうに香を見つめていた。
香は反射的に、笑って誤魔化す。
海坊主はなんでも、【野暮用】とやらで忙しいらしい。
香ばしい薫りの満ちた静かな店内は、そこが新宿のど真ん中である事を忘れさせる。
この無駄に広い店に、人間は美樹と香の2人だけで。
坪効率は、最悪だ。
もっとも呑気なオーナー夫妻は、坪効率を上げるというような、
積極的な商売気は持ち合わせていない。



「どうしたの?…なんか、あった?」



何かを笑って誤魔化そうとしている感みえみえの香に、美樹は穏やかに訊ねる。
香にとって美樹は、他の誰とも違う特別な存在だ。
お互いに暗い影を纏った男を愛してしまった者同士の、連帯感ともいうべき絆で結ばれている。
香は緩やかに首を振る。
特にこれと言って、【何か】があった訳では無い。


伝言板には、今日も依頼は無かったし。それでもここの所、
以前に比べて僚が真面目に働いてくれるようになったので、
(しかしあくまで、以前と比べてという話だ。)生活に支障はない。
元来香は、つましい生活をする事に長けているし、
香が生活全般の諸々を取り仕切っている限り、
僚には節約を強いられているという窮屈さはさほど感じない。

新宿駅東口からこの店を訪れる数分の間に、街中で僚を目撃した。
いつもの彼の日課だ。
街行く美しい女性達に卑猥な口説き文句を浴びせ、
清楚な美人が夜叉のような変貌を遂げるまでの過程を楽しむ、僚の悪趣味なライフワークだ。
取り敢えず香も目撃したからには、
軽い折檻を加えて放置して来たけれど、それはいつもの事なのでどうでもいい。


だから香の思考を捉えて離さないものの正体は、
未明に見た悪夢と、数日前に見た夢の、余韻である。


勿論、香以外の誰も、それを知る者は無い。
誰にもそんな自分の深層心理の表れなど、知られたくない。
というのが、香の気持ちである。
何故だかそれを知られる事は少なからず、
僚と自分の関係に何らかの影響を及ぼすような気がするからだ。
そこまで考えて、香には漸く自分の気持ちに合点が行く。


きっと、怖いのだ。
2人だけの心地良い距離感や、2人の世界が崩壊するのが。
香は弱虫で臆病な自分に苦笑する。


美樹にはその儚い笑顔の意味など読み取れないけれど、
彼女にこんな顔をさせるのは、この世であの男しかいないと、解っている。
しかしそれ以上は追求せずに、香のマグカップにお替わりのコーヒーを注ぐ。
香は注文していないそれに、首を傾げる。
美樹は綺麗なウィンクを見せる。



「…ふふふ。おごりよ。」

「ありがとう。」

香はふんわりと微笑むと、2杯目のコーヒーに口を付けた。

















僚はその街中の公園のベンチにぼんやりと佇み、煙草を吸っていた。

この数年、缶コーヒーは飲まなくなった。
香が自分の元でコーヒーを淹れてくれるようになって、6年と少し。
その間に、何の因果かあの海坊主が超絶別嬪の嫁と呑気に喫茶店なんか始めたから、
外に居たって僚はクソ不味いコーヒーを飲まずに済んでいる。
煙草を吸いながら、何かが足りないと考えて、それがカフェインだという事に思い至るけど。
何故だか今は、誰とも口を利きたくない気分だ。


傍から見れば、能天気で如何わしい新宿の種馬は、意外と繊細な心の持ち主で。
悪友の嫁にお愛想を言う気分でも、
先ほど僚に鈍器を振りかざしてご機嫌斜めの相棒に、
気を遣いながらコーヒーを啜る気分でも無いのだ。

香が恋しい。

この数日、その事ばかりが頭を占領している。
香と夢の中でエッチした感覚が頭から離れてくれない。
そして、僚の手をすり抜けて目の前からいなくなる香の残像が。









怖いのかもしれない。

あんな夢を見た後に、それを全力で否定するかのような夢を見た。
僚には今まで、怖いものなど無かった。
何なら、弾に当たって死んだって構わないと思って生きて来た。でも今は、
香に嫌われるのが、
香に見限られるのが、
香を失う事が怖い。
その夜、僚は一度もアパートには戻らず歓楽街への逃避を試みた。



















あの湖の告白以来、それは初めてだった。
以前には良くある事だった。
遅い時間に起きだして、朝食とも昼食ともつかない食事をして、
少しばかりゴロゴロするとナンパに出掛け、
そのまま何の連絡も寄越さずに、夜中に酔い潰れて帰宅する。
香もいつもの事過ぎて、その事に何の疑問も感じない毎日だったし、
それが冴羽僚という男だと思っていた。
だから偶に、僚が何処にも行かず家でのんびりとテレビなど観ていると、
妙に弾んだ気持ちになったりしていたけれど今頃になって、香は気が付いた。


そう言えば僚はあの日から、
たとえ外に飲みに行ったとしても、必ず夕飯は食べに帰って来ていた。
なんだかんだ言いながら、この半年、
少しだけ2人の距離は縮んでいたのかもしれなかった。
気付かぬほど穏やかなペースで。
香はシャワーを浴びながら、少しだけ泣いた。
頭から降り注ぐ生暖かい滴に紛れて、ホンの数パーセントの涙が香の頬を濡らす。
気付いてしまった後で、またあの淋しい日々に逆戻りする事は、以前にも増してきっと淋しい。










キッチンでは、シンクの上に造り付けられた照明だけが灯されて、
鶏とごぼうの炊き込みご飯と、
新玉葱をたっぷり使ったサラダと、
キャベツと油揚げの味噌汁と、
豚肉の生姜焼きが、テーブルの上で僚の帰りを待っている。




[ 2013/08/23 19:09 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(2)

夢が現実に

とても久し振りだった。
香に連絡もせずに、飲みに出た。
内心では晩飯のメニューが非常に気にはなったけれど、僚の足は何故だか盛り場へと向かった。




奥多摩での例の2人の遣り取りからこっち、僚には気を付けている事が幾つかあった。
昔みたいに、香を貶したり男扱いするのを止める事。
さすがに、香に言えない後ろ暗い依頼を明るみにするのは、
まだ出来そうにないけれど、それでも飲み歩きに行く前には必ず、晩飯は家で食べる事。
少しは、素直になってみる事。


そんな決意がどのくらい実行に移せていたかは、甚だ疑問だが。
それでも僚なりに、変わらなければいけないと思っているのは確かなのだ。
というか、変わらなければ苦しむのは己なのだ。
全くの無自覚で、無邪気に誘惑してくる相棒に平常心を保てるほど、僚は出来た人間では無い。
平たく言えば、煩悩の塊だ。
少しづつ、香にはそうと悟らせぬように、僚は着実に香に近づくつもりだった。
けれど、自分で思っていた以上に限界はすぐに訪れた。
ギリギリの心が見せた夢に、少なからず僚は動揺している。



今、香と普段通りに向き合うと、
なんだか取り返しのつかない事を仕出かしそうだった。



理由は無い。
それは、僚の野生の勘で、それはこれまで滅多に外れる事は無かった。
悶々とした葛藤を抱えながら飲む酒は、全然美味しくない。
隣で、けばけばしい化粧を纏った若い女が、営業トークで何か言ってるけれど、
僚には多分関係の無い世界の話しだ。
今の僚が知りたい事は、香の気持ちで。
今の僚が欲しいものは香の色々だ。
どうでもいい余所の女に求めるモノは、例の悪趣味な駆け引きのみで、後のことなど興味は無い。


けれど、香に関しては。
駆け引きなどどうでも良い。
香が欲しい。


僚がふとその事に気が付いた時には、もう日付を跨いだ後だった。
そう思い始めたら、もういてもたっても居られずに、席を立った。
店を出る僚の後ろで、
女の子達が不思議そうに声を掛けていたけどそんな事に構っている余裕は無かった。

家に帰らないと。













アパートの前の歩道で、僚は6階の2人のリビングを見上げる。
これまでなら、まだ相棒は起きて待っているだろう時間に。
照明は消えていた。
僚の心がざわつく。
何者かに心臓を掴まれるように、キュウと胸が痛む。
何を期待していたんだろう?と、自問する。
無意識に早足で、6階までの階段を一気に上がる。
ジャケットの内ポケットから、鍵を取り出すのももどかしくイラつきながら玄関を開ける。

途端に、少しだけ落ち着く。いつもの、我家の匂いだ。




まず、一番にキッチンに入る。

ここの主は、間違い無く僚ではなくて相棒だ。
香に見られたら小言の一つでも言われそうだけど、
僚は手も洗わずに冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのボトルに直接口を付ける。
少しづつ、普段の自分が戻ってくる。
水を飲みながら、冷蔵庫の中を見る。
ラップを掛けられた、サラダと生姜焼き。
多分、コンロの上の鍋には味噌汁と、炊飯器の中には僚の好きな炊き込みご飯が入っている筈だ。
先ほどから、微かにごぼうの薫りがしている。
焦燥感が薄れるのに比例して、僚の胸に後悔の黒い染みが広がる。
いつもみたいに、夕方に帰って来て香と向かい合って食べれば良かった。
何のオチも無い、いつもの香の世間話を聞きながら。













香は客間で眠っていた。この部屋はいつも、香の匂いがする。
シャンプーと、香の使っているボディクリームの甘やかな薫り。
僚は気配を殺して、香の枕元に近づく。
小さな寝息と、静かに上下する軽い羽毛布団の下の胸元。
香が生きているという証。
それが僚をひどく落ち着かせもすれば、掻き乱しもする。

不思議な存在。
世界で唯一の存在。

僚は無意識に、その柔らかな頬を撫でる。
起きている時には、触れる事を躊躇われるその頬に、
僚はこれまで何度こうして触れて来ただろう。
香は多分、知らない。
自分の存在が、どれだけ僚を支えているか。
愛している、と思う。
人を愛する資格など無い僚が、その人生で唯一、初めて本気で求めている。狂おしいほど。
先ほどの焦燥感とは別の、言葉に形容しがたい衝動が僚を襲う。

もっと、触れたい。

気が付くと僚は、アルコールの匂いの唇で。
小さく生温い寝息を飲み込んだ。
想像通りに柔らかで弾力のある艶やかな唇は、
一瞬だけ触れて離れた瞬間に、もう一度欲しくなる。

もう一度だけ。

僚が邪な欲望に突き動かされそうになったその時、香が小さく身じろいだ。
僚が焦って、香と距離を取ろうとするよりも一瞬早く、香の丸い瞳が、パチッと開いた。
その距離、ホンの十センチメートルほどで、僚の掌に汗が滲む。

















…りょお?











香の声は、寝起きのぼんやりした舌足らずなものだった。
僚はヤバいという気持ちとは裏腹に、そんな香に不覚にもドキドキしてしまう。
ここはひとつ、何か上手い言い訳でもと、目まぐるしく脳内を働かせる。
しかしこの後、僚のなけなしの理性を崩壊させたのは、他でもないこの目の前の相棒だった。






「なんで?」

「へ?」

「なんで、りょおは…」

「…。」


・・・・・・夢の中だけ、優しいの?










香の薄茶色の瞳に、薄らと涙の膜が覆っている。
ハッキリと、でも微かな声で香はそう言った。

本当は、優しくしたい。
大切に自分の腕の中に仕舞って、香を独り占めにしたい。
香の眼に、自分だけが映るように。
香の口から、自分の名だけが紡がれるように。
香の胸を満たすのが、自分であり続けるように。





僚が生まれて初めて望んだ夢は、香に愛して貰う事だけだ。





香の瞳を覆う涙が飽和して、一滴頬を伝う。
僚はもう、何も考えるのは止そうと思う。
喪うかもしれないとか、嫌がられるかもしれないとか、悪い事はすべて。
多分、恐れる事は馬鹿げている。
今までだって、怖いものなど無かった筈だ。


僚は香の頬を両手で包むと、その柔らかで艶やかな唇に口付けた。
柔らかな口付けの合間に、香がはっきりと目覚める。
僚の背中に華奢な腕を回しながら、拙いながらも僚の口付けに精一杯応える。
舌が絡まる。
アルコール風味の僚の唾液を、コクンと飲み下す。
香の唇を舌先を僚が柔らかく甘噛みする。
香が夢の中で見たキスのようで、それは全く違うモノだった。
それは。
僚の感情がダイレクトに、香に伝わるような。
言葉という曖昧で不確かなコミュニケーションをすっ飛ばして、
僚の気持ちを直に感じられるような、
脳味噌に一生忘れない記憶を刻み付けるような、
僚のものになるという甘美な願いを現実のものとするような、
この6年間の2人の全てを一瞬にして甘いものに変える、魔法のようだった。



…香?



僚の声は掠れていた。
長いようで短くて、短いようで長い口付けの後で。
僚は香の耳に口を寄せて、囁く。
耳に掛かる僚の吐息に、香はくすぐったいような、ゾクゾクするような、
今までに感じた事のない感覚に包まれる。



良い?



何が、という事は。
僚が全てを言葉にしなくとも、香に伝わった。
香は真っ赤な顔で、小さく頷いた。






























僚が一旦、香から離れてジャケットとジーンズを脱ぎ捨てる。


香の部屋のシングルベッドの、羽毛の掛布団の中に潜り込む。


Tシャツとボクサーパンツ姿の僚が、


ゆっくりと香のパジャマのボタンに指をかけて寛げてゆく。


その合間にも口付けは交わされ、客間の空気は湿度を増してゆく。


香は不思議と恐れる事無く、自然とそれを受け止める。


きっと相手が、僚だから。


初めての手探りの世界も、怖くない。


いつだって僚が一緒なら、何も怖く無かったし、楽しかった。


香にとって、怖い事は。


この世界から、僚という存在が無くなってしまう事。


だからこれは、







多分、これからの新しい2人の始まり。

















真っ白な頬に朱が混じる。
滑らかな素肌の上に汗が滲む。
襟足の柔らかな癖毛が、しっとりとうなじに張付く。
熟したチェリーのような唇が僚を誘う。
無垢でうぶだった筈のパートナーが、俄かに匂い立つ。
僚のリミッターが砕け散る。
熱がこもり、意識は拡散と集中を繰り返す。
思考よりも速く、本能が僚を支配する。



突き動かす。


魂を揺さぶる。


夢が現実(ほんとう)になる、夜更け。



[ 2013/08/24 18:41 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)

お題41. まだまだ先は長く

真夏の昼下がり。


その部屋は、ブラインドがぴっちりと閉ざされ、
外気温の高さとは対照的に、効き過ぎと言っても過言では無いほどの冷房が効いている。
ベッドサイドに置かれた灰皿には、吸殻が堆く積もり、室内の空気は淀んでいる。
饐えた吸殻とアルコールと、火薬のような匂い。
その部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドに、
全裸で大の字になって鼾を掻く大男。
彼は主に夜行性で、日が昇り始めると同時に床に就く。






彼女は、自分の部屋を朝の内に片付けて、
唯一与えられた仕事である、新宿駅東口伝言板のメッセージの有無を確認しに行く。
この生活を始めて4カ月。
今年は兄の初盆だけれど、特に何かの法要をする訳ではない。
親戚も無い。親兄弟ももういない。
香の傍にいるのは、スケベで大食いの相棒だけだ。
ヤツは今頃、寝室で大の字になって鼾を掻いている筈だ。







僚は眠っていても周囲の気配には、常にアンテナを張っている。
ある意味では、僚は普通の人間では無いので、物心ついた時からそうやって生きて来た。
そうしてないと、今頃この世にはいない。
その足音は、ここ最近このビルに棲み付いた可愛い“仔猫ちゃん”のものだ。
僚の中では、またの名を“SugarBoy”とも言う。
少しづつ、階段を上がって6階の玄関にやって来る気配を感じる。
恐らく彼女は伝言板を見た帰りに、スーパーに立ち寄って食材を買い込んで、
これから6階のキッチンで、自分の為のブランチを作るのだろう。
僚は目を閉じたまま、手探りでブランケットを手繰り寄せる。
一応、形式的に露わになった下半身をブランケットで覆う。
恐ろしく口は悪いケド、彼女はああ見えてなかなか上玉の、正真正銘女の子なのだ。
目を閉じた僚の口元がわずかに綻んでいる事など、誰も知らない。






その部屋のドアを開けた瞬間、香はいつもの如く盛大に溜息を吐いた。

毎日毎日片付けても、次の日にはこの様だ。
前の日に脱いだ衣類は、床の上に脱ぎ散らかされ、
灰皿には吸殻が溢れ、おまけにこの部屋の主は鼻が曲がるほど酒臭い。
香はわざと大きな足音を立てて、ベッドに近付く。
呑気な殺し屋は、大いびきで爆睡している。



香はおもむろに、ベッドサイドのキャビネットの上に置かれたリモコンを手に取ると、
まずは無駄に効き過ぎたエアコンを切る。
盛大にブラインドを上げて、窓を開ける。
まるで凶器のような真夏の日差しと、熱風が窓から差し込む。
それでも僚は、往生際悪くブランケットの中に潜り込んで、香に背を向ける。


しかし。
目は覚めているのだ。
全ては、この次の香の行動を先読みしての行動だ。






ゴルァ、りょおっっ!!起きろぉ~~~~



そう言って、まるで男の子のような香が眠っている僚めがけてダイブする。
僚には香の行動が読めているし、
そもそも華奢でヒョロヒョロの彼女が、飛び乗って来た所で痛くも痒くも無いので、
そこで漸く目が覚めたフリをする。
前もって僚が、ブランケットを掛けておいた僚の太腿を挟むように、
ミニスカートの長い脚が、僚を跨ぐ。





・・・おまぁな、もちっとマシな起こし方出来んわけ???


アンタの方こそ、たまには早起きしろよ。


で?朝メシ出来てんの?


ああ、喰いたきゃサッサと起きな。





彼女はまるで、僚の口真似のような口調でそう言うと、
僚の上からサッサと降りて、寝室を出て行ってしまった。
僚は思わず、苦笑する。
あれさえなきゃ、結構可愛いのになぁ、なんて。



ったく、槇ちゃんのヤツどういう躾してんだか。



しかし、そうボヤく僚は知らない。
香のこの口の悪さに、一役買ったのが自分だという事を。














シャワーを浴びた僚がキッチンに顔を出すと、
本格的な和定食が、結構な大盛りサイズで用意されていた。
香自身はいつも、5階の自分の部屋で規則正しい生活を送っている。
僚にとっては朝食だけど、同じメニューの至って普通サイズが香の昼食として配膳されている。


白飯だけは、僚が来てから香がよそってくれた。
僚の茶碗は、ほぼ丼サイズだ。
香が箸をつける前に、もう既に僚はガツガツと食べている。
いつもの事で、香は半分呆れているので何も言わない。


食事中、話し掛けるのは、いつも香だ。
殆どは数十分前の、伝言板の依頼の有無と街中の顔見知りからの伝言だ。
どうやら僚にはこの街に、色んな“知り合い”がいるらしく。
初めの内こそ、新しい僚の“相棒”を遠巻きに見ていた連中は。
ここ最近、漸く香を見掛けると声を掛けるようになった。
大抵は、香には何の事か解らない暗号のような伝言を頼まれる。
それを聞いた僚は、了解と小さく頷く。


香にはまだ、この目の前の男の事がよくは解らない。
それでも、この数ケ月で。
何となく信頼できる男だという確信めいたものを感じている。
勿論、兄が全幅の信頼を寄せていたという事実は大きいけれど、それだけじゃ無い。
これはきっと、女の第6勘というヤツだ。









起こし方は、多少乱暴だし。
言葉遣いは、絶望的に悪い。
少しボーイッシュ過ぎる感は否めないけれど、磨けば光る玉だ。
それにあのスラリと長い脚は、垂涎モノだ。

教えればまぁまぁ仕事の呑み込みも早いし。
何より、あの一癖も二癖もある情報屋たちとなんだかんだで打ち解けている事に、
僚は、一番驚いた。
普通のハタチの女の子は、まず。
殺し屋の相棒になんて、立候補しないし。
新宿の街中のホームレスに声を掛けられれば、怯むだろう。
彼女の一番の良い所は、変な先入観が無い所。何事にも、物怖じしない所。


香が食後のコーヒーの豆を挽きながら、エアコンの設定について小言を言っている。
あんなに低い温度に設定したら、電気代がバカにならないという事らしいけど。
そんな話しは、僚の左耳から右耳へと華麗に流れてゆく。
エアコンの話しから、灰皿の話しに切り替わった所で、
僚は玉子焼きを一切れ、口の中に放り込む。

その瞬間、無意識に僚の動きが止まった。











でさ、灰ぐらい自分で・・・って、訊いてんの????






香が訝しげに、僚の顔を覗き込む。
僚もそこで漸く、己がフリーズしていた事に気が付いた。







んぁ?ああ。


なんだよ、なんかあった?・・・変だよ?


・・・・・別に。





僚は傍らに置かれた湯呑の中の、温いほうじ茶を飲んで誤魔化したけれど。
それは、多分照れ臭かったからだ。

旨いと思った。

男の子みたいな、子供っぽい相棒の作った玉子焼きが。
これまで僚が誰かに作って貰った食べ物の中で、一番。
物怖じしない自由闊達な仔猫は、
ある意味では酷く無防備で、自分の棲む世界に置いておくには危険が多すぎる。
何も知らない無垢な彼女に、汚い世界など似合わない。


いつか。
自分の元から巣立たせるきっかけを、僚はずっと探している。
この旨くて柔らかな味を楽しむのは、自分のような薄汚れた男で良い筈は無い。















・・・・でね、・・・りょお?聞いてる??






懐かしい記憶に絡め取られて、ボンヤリとしていた僚を香が覗き込む。
箸の先には、僚の好物の玉子焼きが挟まれている。








んぁ?ああ。


なぁに?どうかした?変だよ、りょお。






僚は思わず、ふふ。と小さく笑った。
首を傾げる香に、あの時言えなかった事を、今なら言えそうな気がした。





・・・旨いよ。




僚はそれだけ言うと、コーヒーの豆を挽きながら首を傾げる香を残して、
一足先にリビングへと逃げ込んだ。
あれから随分、時を経て。
彼女の全てを知り尽くし、己の全てを曝け出しても。
やっぱり、玉子焼きが旨いと伝える事は、僚にとっては照れ臭い事だった。


あれから2人は、まだまだ長い葛藤を抱えてここまで来た。
磨けば光る“SugarBoy”は、気が付けば。
僚にとっては、唯一無二の掛け替えの無い存在になっていた。




[ 2013/08/25 21:11 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

彼女がそう言うのなら・・・

30000Hits Req. Vol.7 ケシ meets こちゃまま



皆様、おはこんばんちわ。
忘れた頃にやって来る、参萬打リク企画でございます。
今宵は、こちゃまま様よりのリクエスト。
原作設定な2人でございます。






















夏も真っ盛りの昼下がり。
太陽はちょうど最も高い位置に居座り、容赦無くコンクリートジャングルを照り付ける。





白く無機質なコンクリートと、たっぷりと熱を吸収するアスファルトは、
太陽からの熱エネルギーをそっくりそのまま、照り返すから、
香は駅までの往復だけで、もう既に汗だくだ。
駅からアパートに帰るまでの途中に、喫茶キャッツ・アイは存在するから、
ついつい、香の足はそのガラスのドアの前で止まる。
いずれにしても、真っ直ぐウチに帰った所で、冷房装置は扇風機なのだ。
コーヒー1杯の値段で、ついでに涼もうというのが冴羽家家訓(節約モード)である。


因みに、余談ではあるが。
冴羽家家訓には、この他にも幾つかあって。
その代表例は。
“心が震えた時に、依頼を請ける(お仕事モード)”というモノがある。
そもそも、この言葉を言い出した当の張本人は、香の口からこの言葉を聞かされる度に、
とんだ羞恥プレイに晒されているワケだが、何しろ、香が気に入っているので、
罰ゲーム宜しく、この言葉を聞かされ続けて早数年が経つ。
どうやら今更、家訓の変更は効かないらしい。












カウベルを鳴らしながら、香が店内に入ると。
香と同じ事を考える似たモノ同士の相方が、カウンターのいつもの席に座っていた。
そしてスツールを1つ空けて、隣には向かいに住む金髪男も一緒だ。
2人とも、真夏だと言うのに涼しい顔をして、ジャケットは欠かさない。
彼らの場合。
そう簡単には、クールビズというワケにもいかないらしい。
美樹が、香さんいらっしゃい、という以前に、
数m先から、香の気配に感づいていた男達は、最愛の女の登場に思い思いのリアクションをとる。


僚は何も言わなくても、
彼女が自分の隣(ミックとは反対側だ)に当然座るものだと思っているから、
少し余裕ぶって、チラリといかにも興味無さ気に視線をくれる。
(本当は、興味アリアリだ。)
片や、ミック・エンジェルは、初恋の君の登場に俄かにテンションが上がる。
なんだかんだとお愛想を言いながら、カップを片手に席を移動する。
勿論、香の隣(僚とは反対側だ)に移動する為である。
結局はいつも、こうして香を挟んで男達は無駄な攻防を繰り広げる。

そして、そのしょうも無い一部始終を、苦笑しながらカウンターの中から傍観するのが、
伊集院夫妻の、ある意味では仕事の一部である。








今日の香は、麻のたっぷりとしたフレアパンツに、白いコットンのタンクトップを着ている。
いつもと、何となく雰囲気が違うのは。
極薄手のガーゼのストールを、首筋に巻き付けているせいか。
柔らかなムラ染めの、黄緑色のような水色のような淡い色彩が涼し気だけど。

けれど、流石に。
そんなにシッカリと巻き付けたら、暑いんじゃないかと美樹は思ってしまう。





珍しいわね、それ。





カウンター越しに、ミックと楽し気に言葉を交わす香に美樹はコーヒーを出しながら、
自分自身の首元を指差す。
それが何を意味するのかは、一目瞭然で。
それというのは、香の首に巻かれたストールの事である。



一瞬、香の目が泳いだのを見逃すようなメンツでは無い。










あ、あぁぁ~~~。これ?これねぇ、ほら、あれよ。





香は、そこまで言い掛けて、ひと口コーヒーを啜って唇を湿らす。
それはまるで。
これからの言い訳を述べるにあたっての、準備動作に見えなくも無い。






日差しが強いし、首筋が焼けちゃったらやだからさ。




えへへと笑いながらそう言った香は、しかし。
日焼けもなんのその、至極布地面積の小さなタイトなタンクトップを身に着けており。
その華奢で真っ直で滑らかな二の腕はこの夏、普段の香の肌色よりワントーン暗めだ。
それなのに、首筋だけをガードするなんて。
今更感は否めない。
ちっとも説得力の無い言い訳を必死に並べる香の、
鮮やかなターコイズブルーのミュールの踵がカウンターの下で、
その本当の理由を知っている男の爪先に、グリグリとめり込んでいた事は誰も知らない。
僚は痛みを堪える為に、無言でマグカップに口を付ける。



何となく薄っすらとは、香の“隠し事”の見当がつく彼らだけれど。
それ以上、深くは追及しないでおいた。
香の恥らう姿を観賞して喜ぶのは、彼らの共通する趣味の1つだけど。
それは危険とも紙一重であり、ある一定の水準を超えた香の羞恥心は、
恥らいハンマーという名の凶器に成り代わって、甚大な被害を齎すのは周知の事実だ。


しかしその遣り取りは、この日の槇村香にとって。ホンの序章に過ぎなかった。















「・・・20円のお返しです。いつも、ありがとうございます。」



美樹がそう言ってニッコリと笑いながら、常連客の初老の男性に釣銭を渡す。
いつも、僚と香や、ミック達しか居ないかのように暇な店ではあるけれど。
それでも一応は、赤字が出ない程度には常連客もいる。
その男性には、香も僚も見覚えがある。
彼が店を出ようとした時に、財布を仕舞ったポケットから何かがひらりと落ちた。
本人が気が付く一歩手前で、香が気が付いた。
そしてこれが、この日の彼女の運の尽きだった。
それは、電車に乗る為のICカードの入ったパスケースだった。





あ、落としましたよ。




香は素早くスツールから降りると、屈んでそのパスケースを拾い上げる。
ドアを開ける寸前だった彼は、非常に感謝しながら店を出た。
ココまでは、何の変哲も無いいつもの光景で。
香は元の通り、席に着いてコーヒーを飲もうとマグカップを持ち上げた。
そして、違和感を感じたのはその時だった。



全員の視線が己に集中している。
否、全員というのには些か語弊がある。
1人、僚だけは。
白々しく明後日の方向を向いて、殆ど無くなりかけたコーヒーを啜っている(フリをしている)。






?????




香はその視線の原因を、色々と考えて首を傾げた。
ちょうどその時、エアコンの送風が香の襟元を擽った。




//////////。




巻き付けていた筈のストールは、いつの間にか解け。
香が今朝洗面所で発見した時からずっと、隠し続けたそれが。
努力の甲斐も虚しく、しっかりと全員の知る所となった。



この時の事をミックは後に、こう振り返った。


『カオリのさぁ、真っ白な肌が下の方から順々に真っ赤になっていったんだ。
 それはもう、手に取るように解る変化だったさ。
 カオリほど、嘘の吐けない子は居ないね♪
 まぁ、そういう素直な所全てをひっくるめて、キュートなんだけどね』(ミック談)













・・・虫刺されなの。




香は、しっかりと首筋を手で押さえながら、蚊の鳴くような声でそう言った。
目の縁には、飽和一歩手前の涙が溜まっている。
この期に及んで、言い訳をする必要があるのかと、
僚は内心、自分の所業も棚に上げて、少しだけムッとした。
しかしここで、それを口に出してしまっては、
確実に地獄を見る事だけは予測出来るので、敢えて口は噤む。
美樹は、そんな香がいたたまれなくなってきた。
別に恥ずかしい事じゃないのよ、と言おうとしたのだ。




香さん・・・




しかし香は、目に涙を溜めたままフルフルと被りを振ると、美樹の呼び掛けを遮った。
もうそろそろ、行きつけのスーパーマーケットのタイムセールの時間だ。
香はガタンと派手な音を立てて、スツールから立ち上がると、
もう一度、しっかりとガーゼのストールを巻き直した。




えぇぇぇ~~~っと、お買い物に行かなきゃだった/////





そう言いながら、店を出て行こうとした香は、
ガラスのドアの手前で振り返ると、もう一度繰り返した。







これ、虫刺されなの。




それはやけに力強く、キッパリとした口調だった。
それ以上、その場の全員が何と口を挟めただろう。
そっとしておく以外の選択肢は、無い。

















彼女が去った後のカウベルが、涼やかに鳴る店内で。
裏稼業の彼らが、ヒッソリと呟いた。







ま、まぁ、香さんがそう言うのなら、そうなんでしょ。


ぐふふ、あんなに恥ずかしがっちゃって、かぁいいなぁカオリってば


フンッ、ある意味では、虫刺されには間違いないな。









何となく居心地の悪いカウンターで小さくなって、
“虫刺され”の原因たる、モッコリ虫が小さく1つ咳払いをした。
この日の夜から、数週間。
彼がオアズケを喰らったのは言うまでもない。

















え~~と、こちゃまま様のリクエストは。

原作設定の2人で、両想いになった後、キスマークでひと騒動。

というモノでした(笑)
何だか、カオリンが1人羞恥プレイかと思いきや。
なかなかどうして、リョウちゃんも結構な羞恥プレイだと思います。
こんな感じでどうでしょうかぁぁぁ~~?こちゃまま様ぁ~~~(汗)

#1. 彼女はクイーン

30000Hits Req. Vol.8 ケシ meets カズル



おはこんばんちわ、30000Hitsリク企画。
お次は、カズル様のリクエストでございます。
設定は、基本の2人。関係は原作程度。全8話(予定)のお話しです。
それでわ、スクロールしてご覧ください(*´∀`*)ノシ











































もう今は 彼女はどこにもいない

朝はやく 目覚ましがなっても

そういつも 彼女とくらしてきたよ

ケンカしたり 仲直りしたり

ずっと夢を見て 安心してた

僕は Day Dream Believer そんで

彼女はクィーン
         (作詞・作曲JohnStewart / 訳詞・忌野清志郎)









RRRRRRR


ベッドサイドの目覚まし時計が、けたたましいベルと共に朝7:00を知らせる。
僚は頭まで被ったブランケットから、腕を伸ばして手探りでベルを止めた。






僚にとってこの時間は、無駄に早過ぎる。
あれから、もう1年になる。

1年前、この目覚まし時計は、香の部屋に置かれていた。
香はいつも、この時間に規則正しく目覚め、朝から洗濯をして掃除機をかけ、朝食を作った。
10:00になったら1度、新宿駅に赴き伝言板の確認をして戻り、
11:30に僚を叩き起こした。

毎日同じだけ時間が進み、24時間経ったらまたベルが鳴る。
そこに、香が居ても居なくても。







1年前、香が僚の元を出て行った。



何も言わなかった。
それまで、何の素振りも見せずに、僚が日課のナンパから戻ると居なくなっていた。
最低限の身の回りの物と、着替えを少し。
賊に攫われたとは思わなかった。
何故なら、香と槇村の写った写真立てと、母親の形見の指輪が無くなっていたから。
それらを持って出るという事は即ち、

香が自分の意志で、この部屋を出て行ったという事だ。





置手紙すら無かった。
理由も、別れの挨拶も無い。
彼女と最後に交わした言葉は、何の変哲も無いありふれた言葉だった。
あの時、僚は。
珍しく香の淹れたコーヒーを飲んで、旨いと言った。
香は目を丸くして、雨でも降るのかな、と言った。



けれど。
普段、し慣れない事や言い慣れない事をするもんじゃない。
僚は心底、そう思う。
あの後、僚はナンパに出掛けて、香と言葉を交わしたのはそれが最後になった。









それから、香が何処で何をしていたのか。
僚は香が出て行ってすぐに、手を尽くして調べた。
香の消息や行動を調べる位、僚には容易かった。
けれど、香が去って4か月後。
彼女が普通の暮らしの中で、落ち着いているのを確認してからは。
僚は彼女の事を、詮索する事を止めた。
今現在も、
彼女があの場所で、あのまま独りで、幸せにやっているのかどうか。
もう僚には、解らない。









ブランケットの中で、僚は丸くなってずっと前の事を思い出す。


芳ばしいコーヒーの匂い。
掃除機を掛ける香の気配。
遠くから僚を見付けて、笑いながら駆け寄ってくる香。


香が居なくなったリビングは、何処となく埃っぽいし。
僚が眠るベッドのシーツはいつ変えたのかも覚えていない。
キッチンには生活の匂いはしなくなり、
冷蔵庫の中にはミネラルウォーターと、缶ビールだけが冷えていて。
そのずっと奥に。
1本だけ、付箋の付いたヱビスの350ml缶がある。
付箋には、香の文字で。『飲み過ぎ注意!! 1日1本迄。』と書かれている。

香の部屋は、あの日僚が調べたきり、一度もドアが開かれる事は無い。






今なら、確かにハッキリと解る。
彼女は僚にとって、間違いなくクィーンだった。













香の部屋にあった目覚まし時計を、僚は自分の枕元に置いた。
今でも香は、この時間に規則正しく生活しているのだろうか。
そう思うと、僚の心の奥の奥で小さく何かが軋むように少しだけ、僚の胸を締め付けた。


いつまで自分は、こうしているんだろう。


それは、僚自身にも解らない。
この時計の電池が切れた時、朝7:00のモーニングコールが途切れた時に。
僚に掛かった魔法は、解けるのかもしれない。


(つづく)