⑨ 金魚

僚+香






あ゛ぁっっ!!



愛用のLLbeanのトートバッグを探った末に、突然、素っ頓狂な声を上げた香に。
隣を歩いている僚は、飲んでいたボトルのミネラルウォーターを思わず吹き出した。
僚は手の甲で口の端を拭いながら、香に理由を訊ねる。





な、なに?カオリン。急にどうしたの?




隣同士で歩く香と僚は、お互いに仕事帰りのジャージとポロシャツ姿である。
僚はともかく。
香も毎日、通勤は制服のこの姿である。
香は一見、極上の別嬪さんではあるけれど、中身は概ね高校生(男子)に近い。
あまり、服装に気を遣うタイプでは無いらしい。
この日2人は、とある“約束”をしていた為に、駅の傍に有る神社に向かっていた。




冴羽せんせぇ~~~、更衣室にお財布忘れて来ちゃいましたぁ(涙)





香は至極解り易く、落胆している。
小さな声でブツブツと、焼きそばがぁとか、イカ焼きがぁとか、半泣きで呟いてる。
実は、2人は数日前から、神社の縁日に行く事を約束していたのだ。
例の如く、
香が美樹に楽し気に、行きたいんです~~と話していた会話を聞き取った僚が、
何食わぬ顔で、縁日の話しを振ったのだ。
僚の思惑など知る由も無い香は、案の定その話題に食い付き、
何故だか会話をしている内に、じゃあ2人で行こうか?という話しで纏まったのだ。


そして、今のこの状況である。
香は普段、ペットボトルの飲み物を買うぐらいしかお金を使わないので、
いつもは小銭入れしか持ち歩いていないけれど、
この日は僚と帰りに縁日に行く事にしていたので、珍しく財布を持って家を出たのだ。
香は、仕事を終えて更衣室で身支度を整えていた時の事を、時系列で振り返る。


濡れた水着を軽く洗って、丸めてビニールに詰めた。
湿ったバスタオルと濡れた水着を、トートバッグの底に仕舞う為に、
一旦、家の鍵と携帯と財布と空のお弁当箱を、バッグから出したのを覚えている。
鍵と携帯はあるけれど、どうしても財布が見当たらない。
現在地は、ジムと神社の間。
どちらかというと、神社寄りで。
もう周りには、沢山の人で賑わっている。
浴衣姿の人も、かなりいる。





取りに戻ってもイイですかぁ?





香が眉をハの字に下げて、僚に問う。
僚は僅か数秒で、素早く計算を巡らせる。
間違っても、ジムを後にする時に。
ミック・エンジェルや、野上麗香の目に付かないように、慎重に出て来たのだ。
(もっとも、香は全く気付いて無いけれど。)
もしも、不用意に舞い戻って、奴らに掴まったら最後。
せっかくの香との縁日デートは、いつかの飲み会の二の舞になり兼ねない。
脳内の計算は覚らせずに、僚はニンマリと笑うと。
香の柔らかなクセ毛を、クシャリと撫でた。





しゃあねぇな。今日は、冴羽先生が奢ってやろう!!


えっっ!!


だから、気にすんな。な?


・・・いやでも、流石に申し訳ないですし・・・


良いってば。


でもぉ・・・。







いつものラーメンとか、餃子とかチャーハンなら、
僚が奢ってやると言ったら全力で喜ぶ香だが、
流石に縁日で遊ぶお金を奢って貰う事には遠慮がある。





じゃあ、明日返してくれれば良いから。


・・・・。


ホラ、腹減ってんじゃん? もうすぐそこまで来てるし、焼きそばが俺達を呼んでるよ、カオリン。







確かに、夏の夜の湿った空気の中に香ばしいソースが焦げた甘い匂いが混じっている。
途端に、食欲旺盛な2人の腹の虫が盛大に騒ぎ出した。







じゃ、じゃあ。明日、ちゃんとお返ししますから。


んぁ?覚えてたらな♪ ほら行くぞ~~~~


えへへ、冴羽先生、イカ焼きもね。


おお。ラジャー。





やはり、香は僚の胸の内の計算など、一切勘繰る事無く。
楽し気に僚の後に付いて、神社の中へと進む。
鳥居の手前の参道から、境内まで続く夜店に香は小さく感嘆の声を漏らす。
そんな香の横顔をコッソリ見詰めて、僚は思わず頬を緩める。









30分後、僚の手には焼きそばのトレイが乗せられ、香の手にはタコ焼きのトレイが乗っている。


『両方食べたいから、半分コしましょうね♪』


そう言って笑った香に、
僚は思わずキスしそうになるのをグッと堪えて、ああ。というだけで精一杯だった。
氷水の中に浮かんだ350mlの缶ビールを2本買って、お疲れ様の乾杯をして。
境内の隅の石段に腰掛けて交代で、焼きそばとタコ焼きを食べる。
それだけで2人の食欲が満足する訳は無いので、
この後はまだ一通り夜店を巡って買い食いをする予定だ。












あ、チョコバナナだっっ




そう言って、ふと僚の隣からはぐれそうになった香の腕を掴んだのは、
僚の無意識の行動だった。
初めてまともに触れた香の腕は、酷く華奢で。
僚は否が応でも、彼女と自分の身体の違いを意識してしまう。
彼女は女で、自分は男で。
自分は彼女に、もどかしいほどの片思いをしている。
妙に意識してしまったら最後。
掴んだ指先から、まるで全身が心臓になったみたいに、柄にも無くドキドキしてしまう。





????


・・・・/////。




振り返った香が、不思議そうにキョトンとして僚を見詰める。
腕を掴む僚の掌は、妙に熱くて乾いている。







冴羽先生?どうしたの???


あぁぁ、とあれだ。その、はぐれたらいけないから・・・・






僚の頬は薄っすらと赤いけれど、夜の中の提灯の灯りの境内ではそれはさほど目立たない。
香はクスリと笑って、完全に僚を参らせる天然発言を繰り出した。





じゃあ、こうしてましょう?




熱い僚の掌から、まるで金魚のようにするりと抜け出た香は。
次の瞬間。
僚の掌に自分の掌を重ねた。
それはまるで水の中のように、僚の体温よりも少しだけヒヤリとした。
夏の夜の、神社の境内で、提灯の灯りの下で。
2人は初めて、手を繋いだ。
僚は確信した。
これは多分、初恋だ。
今までの遍歴は、多分数だけで言えば人並み以上だろう。
けれど、手を繋いだだけでこんな気持ちになった相手は、これまでいなかった。














地面から数㎝だけ浮かんだような、妙な高揚感を感じながら歩いている僚に。
またしても香が、新たな興味の対象を指し示す。




長方形の白いプールの中で泳ぐ、金魚たち。
沢山の緋色の中に、数匹混ざった黒い出目金。
それはいつ見ても、子供の頃に習った小さなスイミーの話しを香に思い起こさせる。









可愛い。


やる?


うん。


オジサン、2枚ね。










そう言って、僚が一回500円の2人分で、千円札を夜店の親父に渡す。
針金に薄い紙の貼られた、チャチな仕掛けを2枚とプラスチックのお椀を僚が受け取る。
香の結果は、秒殺だった。
一匹目の金魚が跳ねた瞬間に、薄い紙は真ん中から破けてしまった。
















冴羽先生、すごいですね~~~♪




そう言って香が釘付けになっている、僚のお椀の中には。
3匹の赤い金魚と、1匹の黒い金魚が居た。
何日か前に。
フトした会話の中で、香は美樹に聞いた事がある。



『冴羽先生って、結構凄い選手だったらしいわ。
  それがある時突然、競技からアッサリ引退したらしいのよ。』


香はその時は、ふ~~~んそうなんだぁ、と返しただけだったけど。
そんな言葉を急に思い出した。
香には、どんな大会でどんな結果を出せば凄いのかなんて、もう今では良く解らないけど。
人の言葉を鵜呑みにするのは、正直好きでは無い。
相手がどんな人なのかは、結局、自分が判断すべき事で。
香の見た事や、知っている事、感じた事だけで判断したい。



冴羽先生は、ラーメンが好きで。
テトリスが上手で。
ガリガリ君は、ソーダ味が好き。
育成クラスの少年たちには、怖いぐらい厳しいケド。
会員のおばさまたちには、超優しい。
そして。

金魚すくいが上手。












お兄さん、上手いねぇ。別嬪の彼女さんに免じて、おまけ。





そう言って、もう一匹お椀に入れてくれそうだったけれど。
それを香が断った。
すくいながら、カオリンにあげるね、と僚が言ったので。
香は決めていた。






この子だけで、イイの。





それは、黒くて大きな出目金だった。
まるでスイミーみたいで。
優雅に泳ぐ姿は、まるで僚みたいだと思ったのだ。














水槽、持ってる?






空気と水の入った、水草のプリントされたビニール袋を目の前にかざして、
嬉しそうに目を細める香の横顔に、僚が訊ねる。
香は、小さな魚から視線を僚に移すと、コクリと頷く。










小学生の時にも、金魚すくいの金魚をお家に連れて帰ってね、


うん。


1年ぐらい飼ってた事があるから。多分、物置の中にあの時の水槽があると思います。








あまり、プライベートな事を根堀葉堀訊くのに、躊躇いがちな僚だが。
前々から、薄々は感じていた事だが。
恐らく香は、99・9%、
実家住まいであろうという事が、この夜判明した。



(つづく)


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⑩ あぶくの世界で(最終話)

縁日の夜から、数日後。



香はあれから、家に帰って物置から取り出した水槽に金魚を放した。
空気を入れかえるポンプは、壊れて動かなくなっていたので、
仕事のお休みの日に、ホームセンターに買いに行った。
あの黒い出目金には、スイミーという名前が付いた。

『これ、スイミーに。』

と言って、僚は水草をくれた。
スイミーはその水草の周りを、自分の家と決めたようで。
眠るときはいつも、水草の中に身を潜めている。
縁日の次の日、僚は香からお金を受け取らなかった。
僚曰く、“忘れた”そうだけど。
それなのに、何故だかスイミーの事は覚えているから、香は可笑しくて笑ってしまった。




冴羽先生は、優しい。




それは別に、香にだけ特別では無い。(と、香は思っている。)
教え子の少年たちにも。
美樹さんにも。
会員のおばさま方にも。
みんなに優しい。
それが香は。
ちょっとだけ・・・




僚がお金を受け取らなかったから、代わりに香は僚にお弁当を作って来た。
いつも香が作っている量では、到底、僚の腹を満たす事など出来ないので。
(僚はバカみたいに、よく食べる。)
いつもより大量に作った。
香が朝から台所で奮闘していたら、早起きして来た兄に訝しがられたけれど、
香は、何とか上手く誤魔化した。
カモフラージュで兄にも同じモノを作ったら、珍しいなと更に訝しがられた。
なので、香的には上手く誤魔化したつもりではいるけれど、
兄的には、上手く誤魔化されたのかは定かでは無い。
何はともあれ、僚は香の手作り弁当を大層喜んで食べてくれた。











夜店で遊んだ位の金額で、あのお弁当が食べらるならお得だったでしょ?冴羽先生。







美樹が楽しそうに笑みの混じった声音で、
嵌め殺し窓からプールを見詰める僚の背中に声を掛けた。
香はプールの中で、子供たちと一緒になって笑っている。
数時間前の昼休み。
僚は香が作って来た弁当を、控室の自分のデスクで堪能した。
途中、香が温かいお茶を淹れてくれた。


ハンバーグ
玉子焼き(ほんのり塩味)
ゆかりご飯
インゲンの胡麻和え
きんぴらごぼう
その他、色とりどりの惣菜・・・


僚は独り暮らしだから、久し振りにシンプルで贅沢な家庭料理の味を噛み締めた。
確かに、それは。
僚にとっては、想定外のご褒美だった。










んぁ??あぁね。あんなモン喰っちまったら、これから一生俺が昼飯の面倒みてやんねぇとなぁ♪


ヘ~~~、前と違って、否定はしないんだぁ(笑)


前っていつの事ぉ???美樹ちゃん??生憎、リョウちゃんってば忘れっぽいのぉ。







そう言って茶化した男はしかし、
憧れのマドンナとの距離を少しは縮めつつある余裕からか。
憎たらしいほど艶っぽい表情で、微笑んだ。
この男のこういう顔を、果たして槇村香がどの程度知っているのだろうと、
美樹は考えて、思わず苦笑する。
それでも確かにこの目の前の色男と彼女は、充分お似合いで。
それは俗に言う所の、美男美女であろう。
そして恐らく。
近い将来、彼は彼女をモノにするだろう。

(そしたら、私達と一緒に4人でダブルデート出来るわね♪)

なんだかんだで美樹は密かに、可愛い後輩とノリのイイ先輩が結ばれる事を応援している。


























おつかれ~~~





香はその声の主に振り返ると、ニッコリ笑った。
ジャグジーの方の手入れをしていた僚が、点検を終えて後ろに立っていた。
照明は幾つか落とされ、会員の帰った後の営業時間後のプールの水面は滑らかに揺れている。
香は1人で、コースロープを片側に寄せている所だった。
2人とも、水着は来ているけれどキャップは脱いでいる。
美樹は、この日は日報を付ける担当で控室にいる。
営業時間中は、ジムの館内に流れていたノリのイイ音楽は落とされ。
どの部門でもそれぞれ、帰り支度が行われている。






カオリンはさ、元々なんで水泳始めたの?





僚は昼間の、幼児クラスの香を思い出しながら訊ねた。
自分の持ち場を終わらせて、さり気なく香を手伝ってくれる僚に香は笑いながら答える。






小さい頃、お兄ちゃんがスイミングスクールに通ってるのに付いて行ってて。









『お兄ちゃん』

冴羽僚はこの時、最も重要な事柄を思い出した。
槇村秀幸は僚にとっては最大のライバルであり、どうやっても追い越せない大きな壁だった。
同い年で競泳をやっていて、彼と同じ時代に生まれた事をいつも悔しく思っていた。
同じ歳で、同じ種目。
あれは、もう何年前だったか。
数大会前のオリンピック選考前の、代表候補選手合同の強化合宿。
そこに、僚と秀幸は一緒に参加していた。
言葉通り、寝食を共にし同じ釜の飯を喰った仲間だった。
ライバルであり、悔しい思いも沢山あったけれど。
秀幸は、人間的にも僚より1枚も2枚も上手で、早い話しが僚は。

憧れていたのだ、彼に。

同じ仲間内でも、秀幸はもしもオリンピックに進めばメダルは確実だろうと言われていた。
水泳連盟のお偉方も、きっと多大な期待を彼に寄せていた。
けれど。
その翌年の大会に、その種目の代表に選ばれたのは。
秀幸でも僚でもない、まだまだこれからの活躍が期待される10代の選手だった。



突然だった。
自主トレのロードワーク中に、秀幸を交通事故が襲った。
幸い命に別状は無く、それでも2ヶ月の入院生活を余儀なくされ。
そして、彼の競技人生はそこで終了した。
秀幸は周りの困惑にも動じる事無くアッサリと水泳選手としての道を離れ、
今は都立の高校の、体育教師をしている。
水泳部の顧問も任されているらしい。


そして、僚は。
秀幸が引退を決めた直後に、自分も競技を退いた。
大きな目標を失って尚、競技を続けるにはもう、僚の情熱は冷めていた。
それからは気楽に、泳ぐことを楽しんでいる。
僚は競技の世界を離れて、改めて無心に泳ぐ喜びを知った。
初めは誰でもみんな、幼児クラスのあの子たちのように泳ぐことがただ楽しいだけだった。
それを、思い出した時に。
僚は秀幸の選択を、改めて理解し共感できた。
そして最後まで、彼には敵わないと思っていた。
秀幸とは、それっきり会う機会も無く、お互いに違う人生を歩んでここまで来た。








・・・それが、すっかりはまっちゃって。いつの間にか、学生時代は水泳一色。





もう色気も何も無い、超体育会系なんです。と言って、香は笑った。
どうして気が付かなかったんだろう、と僚は思う。
槇村と聞いて。
彼女がヤツの妹だという事に。

そして同時に、いや、気付かんだろうと、自分自身に言い訳をしてみる。
槇村秀幸は、人間の出来た男で、才能に恵まれた天才だったけど。
如何せん、そのルックスは。
お世辞にもイケメンとは言い難い。
普段は分厚いレンズのダサ眼鏡で、ボンヤリしたタイプだった。
だから。
まさかこの目の前の、超絶別嬪娘と兄妹だなんて。
そんな遺伝子の悪戯とも言うべき似て無さ加減に、驚愕した。





ねぇ、カオリン。


ん?


1つ、訊いて良い?


何ですか?


カオリンの“お兄ちゃん”て、もしかして。


はい。


槇村秀幸じゃないよね???


えぇぇぇ~~~!!冴羽先生、ご存知なんですか??お兄ちゃんの事!!


・・・・ん?あぁ、ちょっとね(苦笑)








ちょっとどころでは無かったけれど、僚はそう答えておいた。
何から何までかなわないライバルは、惚れた女の兄だった。
これから先。
もしも。
もしも万が一、香と色々とあって、お互いの家族を含めた付合いへとコマを進めたら。
最強のライバルはきっと、最強の小姑になって立ちはだかるに違いなく。



そんな僚の心の中の大嵐に気が付くはずも無く、香は楽し気に兄の話しをしている。
無意識に、僚の口角は不敵に持ち上がる。
腹の底からむくむくと、闘争心が沸き起こる。
久し振りの感覚。
僚を本気にさせる、唯一の相手。
そして、何が何でも手に入れたい、本気の恋の相手。






カオリン。




ん?と言って、僚の顔を見上げた香の腕を。
グッと引き寄せる。
この天然全開の可愛いヤツを、僚は絶対にモノにしてみせる。
多分、僚の人生に於いて。
何より大切で、誰にも譲れない。

槇村香。




あぶく1






香にとっては、ファーストキスだった。
好きな人など、今まで居た事が無かった。
一番好きなのは、水泳で。
大切なのは、家族だった。
けれど、生れて初めて。



いつも優しくしてくれるお礼に、自分から何かをしたいと思った相手。
みんなに優しい彼に、自分だけに優しいんだったら良いのにと、無意識に嫉妬する相手。
それは。
テトリスが上手で。
ガリガリ君が好きで、うまい棒が好きで。
金魚すくいが上手な、





息継ぎの仕方が解らない。
水の中じゃないのに、溺れそう。






僚が、あ。と思った瞬間。
真っ赤になってのぼせた香が、プールサイドでグラリとよろめいた。
僚の手が香を掴んだまま、2人して派手な水音を立ててプールに落下した。
彼女はまるで。
美しい魚のように。
僚の手をするりとすり抜けて。
銀色のあぶくを立てながら、僚の前を泳ぐ。
僚は彼女の作ったあぶくの世界で、彼女を捕える為に追いかける。




漸く捕まえたプールの真ん中で。
2人は、2度目のキスをした。
恋愛レベルは、超初心者クラスの彼女には。
まずは、息継ぎの仕方を教えなければと。
僚はこれからのレッスンプログラムを、脳内で組み立てる。






























あぶく2










あぁ~~~、冴羽先生、槇村先生。
もうそろそろ、お時間宜しいでしょうかぁ?
施錠できなくて、皆さんお待ちです♪




長いキスを何度も繰り返した頃。
静まり返ったプールの中に、館内放送が響き渡る。
声の主は、美樹である。
2人は真っ赤な顔で、クスクス笑う。

また明日から、新しい1日が始まる楽しい予感に胸を躍らせて。




(おわり)







気が向いたら、番外を書こうと目論んでおりまする(にひひ)

#1. 真剣告白

※ 話数は未定。原作設定な2人、時期的には奥多摩後・モヤモヤ期な感じです。※
















(っっえ?・・・何を言ってるの???僚。)







香は僚の言っている言葉の意味を理解するまでに、数十秒必要だった。

「なぁ、聞いてる?カオリン?」

ひどく穏やかな口調で問い掛ける僚に。
香はコクンと頷く。








ブラックコーヒーとマールボロの薫りの、何の変哲も無い春の午後のリビングで。
テレビを観ていた香に、僚はやけに改まった顔をして。
話しがあるんだと言った。
僚がこんな風に真面目にしているのは、滅多に無い事なので。
香もテレビを消して、僚に向き直った。
元々、その番組に熱心に見入っていたワケでは無い。





俺さ、


うん。


・・・おまぁの事。


・・・。


好きなんだけど、勿論、女として。










なんで、突然今日なんだろう?
なんで、急にこのタイミング?
なんで、わざわざこんな事?
そもそも“好き”って何だろう。




聞きたい事は山ほどあるし、言いたい事も。
けれど僚の言った言葉の意味と、香の脳内のシナプスが上手く繋がらない。
香の知ってる“好き”と、僚の言ってる“好き”が同じ“好き”なのかどうかなんて。
多分、誰にも解らなくて。
今までそれで、散々擦違って来たし、もう期待はしない事に決めていた。
こういう時、どんなリアクションが適切なんだろう。


6年間、好き過ぎた相手に。
好きだと言われて、喜びを通り越して。
理解が追い付かない、けれど何処か頭の片隅は妙に冷静で。





僚の目は、香の次の言葉を待っていた。










・・・りょおとアタシは、パートナーでしょ?






香の声は小さくて、自分自身が思った以上に掠れていた。
香の言葉は、これまでの相棒としてのリアクションだった。
香には、まだ良く解らない。
こう言う場合、どう言えば正しいのか。
嬉しい事を嬉しいと、解らない事を解らないと答える事は香には非常に難しい。
何だか少しでも間違えば、取り返しのつかない事になりそうな。
漠然とした不安。









僚には、あまり怖い事など無い。
けれど、その言葉を紡ぐまで、数カ月掛かった。
否、正式に数えれば、数年越しだ。
怖くなかったと言えば、嘘になる。
香に否定される事。
香との関係が変わる事。
香が自分の元から消える事。
そればかり考えて、なかなか最初の一歩が踏み出せなかった。
奥多摩の湖の畔で、
もうコイツ無しには生きてはいけないと、再認識してから約半年。
僚はこれまでの人生で一番難しい問題を、ずっと思案中だった。
だから、かなりの気合を込めて。
こうして、相棒と向き合ったつもりだけれど。
もしかすると、全くの想定外の事態かもしれない。



香にとって自分は、どうやら、パートナー以外の何者でも無いらしい。






それでも、僚は落胆した顔を隠す事など平気だから。
いつものポーカーフェイスを作ってみる。





『そうか。そんなら、おまぁはずっと俺のパートナーだ。
 どちらかが死ぬまで、それか。
 おまぁが変化を望まない限り、ずっとだ。』




香が自分の事を憎からず想っていてくれている事を、僚はとうの昔から知っている。
僚は多分。
そんな香の気持ち以上に、香の事が好きだ。
奥多摩で香を無事に助け出したあの時に、僚はもう決めた。
今更、香を手放すつもりなど毛頭無い。
だから。
例え今は、相棒にとっての自分が“ただの仕事上のパートナー”だったとしても。
いつか香が自分の事を、好きだと言ってくれる日が来るまで待ち続けようと覚悟している。
今まで散々、香に肩透かしを食わせて来た事に自覚がある。
その分僚は、これからいつまででも香の気持ちを待つしかない。




2人の関係性に於いて、一見、リードしているのは僚のように思えるけれど。
主導権は常に香の手の中にある。
これまでも、これからも。
その事を、槇村香はまだ知らない。



(つづく)
[ 2013/07/09 22:52 ] rhetoric | TB(0) | CM(0)

#2. 臆病風

数日前に、真剣な目をした僚に気持ちを告げられた。





香はそれ以来、あの時の遣り取りを何度も思い返している。
香が僚の言葉に答えられなかったのは。
80%位は、照れ臭かったから。
それに少しだけ、怖かったから。
新しい世界に踏み出す勇気や、強い気持ちを真正面から受け止める事に。


男の人に告白されたのなんて、もしかすると初めてかもしれないと香は思う。
(もっとも、それはあくまで香の認識であって、自覚が無いだけとも言える。)
嬉しくなかったかと言えば、それは嘘になる。
誰だって自分を認めてくれて、あまつさえ好いて貰えて嬉しくないなんて事は無いだろうし。
それに今回の場合は、


相手は僚なのだ。


香は、この世で一番好きな相手から、好きだと言って貰えたのだ。
これ以上の幸運があるのだろうかと、後になって冷静に考えれば気付いた。
香は何であの時、すぐにも僚の気持ちに応える事が出来なかったんだろうと、自己嫌悪に陥る。
けれど。
今更、あの話を香の方から蒸し返すのも、何だかどう切り出せば良いのかも解らない。
何しろ香は色恋全般に於いて、どうやら世間一般とは大きく乖離した感性の持主らしい。
香自身、これまで某デザイナーの親友や僚本人から、そう言われ続けているので、
少しは、そうなのかな?とは思っている。
大体、自分でも26歳にもなって、
未だに初恋を拗らせている事自体、もう既にやばいかもと思っている。








今にして思えば。
あんな風に僚が切り出してくれたのは、千載一遇のチャンスだったのかもしれないのに。
香は、そのチャンスを掴み損ねてしまった。(と、思い込んでいる。残念ながら。)
僚はあの時、ずっと死ぬまでパートナーだと言ってくれた。
ある意味ではそれは、彼の背中をずっと追い続けて来た香にとって、
何より一番のご褒美だった。
これまでの全てが報われた気がした。
香自身が変化を求めない限りは、香を傍に置いてくれるとも言った。
これまでの6年で、香がいつも怯えて来た事。

僚にいつパートナーを解消されるかもしれない、という事だけだった。












だからそれで充分だと思う。
じゅうぶん、しあわせ。
















喜べ、香。
これからもずっと、今まで通りの2人でいられる。
僚の背中をずっと追い続ける、その許しを僚から貰えた。
まさか、自分の方から。
僚の元を離れるだなんて、思うワケなど無い。



これからも、ずっと。









それなのに、何でこんなに胸の奥が痛むんだろう。
そんな気持ちになってしまうのは。
多分、自分が弱いからだと、香は己を責める。




香に唯一、欠落しているのは。


僚の恋愛感情を読み取る能力だったりする。
香は、まさか自分が僚を想っているのと同じだけ、
僚に想われているだなんて、想像だにしていない。



香にとって大切な事は、僚の傍にずっといられるか否かという事だけだ。



だから香は。
自分の中の割り切れない感情や、頑固な臆病風に目を瞑ってやり過ごす事に決めた。


(つづく)

[ 2013/07/11 22:29 ] rhetoric | TB(0) | CM(0)

#3. 恋

僚が突然の告白をしてから、なんだかんだで1週間。





2人の日常に大きな変化は見受けられない。
僚の1日は、基本的にグータラで。
香は一日中、決して“告白”の事には触れないように、細心の注意を払って暮らした。


『ホラッッ、りょお、早く起きて!!』
『ちょっと、顔ぐらい洗って来なさいよ』
『昼間っから、ゴロゴロしてないでよっっ』
『少しは、ビラを配るとかヤル気ないわけぇ???』
『今日の晩ご飯、何食べたい???』


香の言葉には、これといって変化は見られない。
それに対する僚の返答にも。
それでもお互いに、内心では例の真剣な告白について、考えあぐねていた。
どうしたらお互いに。
素直な気持ちを表せるんだろう。
気持ちを正確な言葉に置き換える術を獲得できるんだろう。
幸せになれるんだろう。
2人はただ、お互いの為に思いやって、笑って、泣いて、存在していたいだけなのに。

どうして、そこに理由を求めてしまうんだろう。




























美っ樹っっちゅわぁ~~~~んんん!!
不倫しましょ~~♪
フ・リ・ン




香が午後の伝言板確認を終えてキャッツにいると、いつもの如く。
破廉恥極まりない相方が、唐突に来店した。
ついでに言えば、ホンの数十分前、駅前の通りで。
香は彼が、往来を行くOL風の美女に声を掛けている所も目撃している。
もっとも、この数日の香は。
色々と考える事も山積で、それどころでは無いので相方の所業に関しては、少々放置気味だ。






香はいつもなら、青筋を立ててハンマーをちらつかせる場面で。
チラリと僚を一瞥するだけで、手元のマグカップに視線を落とすと、小さく溜息だけ吐いた。
そうなると僚もちょっと、バカを演じて香の気を引いているのが、アホらしくなる。



(・・・ナンダヨ、オレダケバカミタイニ、ウイテルジャン。)










冴羽さん、いつものでイイ?





美樹は、少しだけ拗ねた様な子供っぽい表情のカウンター越しの色男に、
ニッコリと笑って訊ねる。
片や彼の隣の、麗しのパートナーは。
先程来店して以来、今日は何故だか言葉少なだ。
というよりも、ココの所、彼女はいつもこうなのだ。
悩んでいるという程には、険しい雰囲気でも無いけれど。
何かを考え込んでいる様子。
だから香は、全く気が付いていない。
僚がいつにも増して、香の機嫌を窺うように言葉や態度を選んでいる事に。


2人以外の誰もが判るそんな簡単な事を、2人だけがずっと見てみないフリを決め込んでいる。
もしくは、見えていない。
人間の目と、カメラのレンズの決定的な違いは。
その視点の奥に、無意識の意識があるかどうかで。
視方を変えればとうの昔から固い絆で結ばれた恋人同士の2人は、
何故だか互い同士、その事実には都合よくフィルターが掛かっているらしい。
けれども伊集院美樹の認識に於いては、2人はれっきとした相棒兼恋人同士である。














僚は、ナンパが好き。美樹さんや、冴子さんや麗香さんや、美人な人が大好き。
放って置けば、ゴロゴロしてエロ本ばかり読んでいる。




香は数日前、僚の部屋に散らかされたそんな雑誌の1つを手に取って、しげしげと眺めてみた。

まるで陶器か何かのような、マットで艶やかな皮膚の質感。
はちきれんばかりの丸い胸。
ツンと上がって引き締まったヒップに、くびれたウエストライン。
紙面越しの男を誘惑するような、蠱惑的な表情。
自然界の求愛シグナルを思い起こさせるような、煽情的なメイキャップ。

どれ1つ取ってみても、香には持ち得ない“オンナ”という名の武器。(あくまで、香の見解である)
これらを楽し気に観賞する僚は、多分。
こういうのが好きなんだろうと思われる。
だから。
やはり、香には理解できない。
こういう“オンナ”が好みで有る筈の僚が、
自分の事を、女として好きだなんて。
何かの間違いだろうと結論付けて、香はその雑誌を元有ったベッドの下に収納した。






何やら楽し気に美樹と会話をしている僚を、香はチラリと盗み見る。


美しい男だと思う。
いつもはだらしない感じを装ってはいるものの、いざという時にはまるで。
スーパーマンみたいな、頼れる相方。
香は僚が好きだ。
死ぬほど。
この男のだらけた姿や、打って変わって凛とした姿、その全てを自分は知っているんだぞと、
少しだけ得意な気持ちにもなったりはするけれど。
それでも、僚の“オトコ”の姿だけは。
唯一、知らない。







香は無意識にまた、溜息を零す。
ご馳走様、と言ってカウンターに小銭を置くとキャッツ・アイを出た。







「・・・なんだよ、アタシの事好きだなんて嘘っぱちじゃん。りょおのスケベ。」




香は知らず知らず無意識に、声に出して呟いてからハッとする。
それでも、あの時。
僚の気持ちに答えを出さなかったのは、自分自身で。
そんな自分に、果たして僚を責める資格など有るだろうかと。

これは、ただの嫉妬。

それに気が付いた香は、少なからず後悔している。
もしもあの1週間前のあの午後の平和なリビングに、時間を戻せたら。
その時は、自分も。





それでも、あの時の選択で香は僚の恒久的パートナーの座を獲得した。
でも。
香は気が付いてしまった。
“僚に愛されたい”という気持ちに。
僚はずるい。と、香は思う。



あんなに大切な究極の選択を。
まるで天気雨みたいに、突然に振って来るなんて。
もう少しなんか、心の準備とか、コンディンションとか、タイミングとか。
有るでしょうがっっ、と思うけど。
今となってはもう後の祭りだと、
香は独り、新宿の雑踏の中で涙が出そうになるのを必死に堪えた。



(つづく)



[ 2013/07/14 01:50 ] rhetoric | TB(0) | CM(0)

ケシ子の野望。

おはこんばんちわ。
最近オサボリ気味の、ケシでございます。



またしても、夜更かしさんにLOVEい萌絵を戴きましたぁ~(*´∀`*)
ケシ子、しやわせ

早速、皆さまにも幸せの御裾分けという名の、自慢でっす!!(テヘ)



それでわ、皆さま。
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[ 2013/07/15 19:14 ] GIFT | TB(0) | CM(0)

#4. 愛慾

春の夕方は、もう随分落日までが遅くなった。


ついひと月前の同じ時間には、辺りはすっかり暗くなって気の早い星々が瞬いていた。
多分、あとひと月後には。
香の服装は、もう一段階薄着になって。
更に、もうひと月後には。
汗を掻きながら2人並んでビールを飲むんだろう。


そうやってもう何年も、2人で暮らしてきた。
この屋上に居て、思い返すのは香とのこれまでの色々。
オデコにチュウしたり、ケンカをしたり、泣いてる香に胸を貸したり。
けれど。
抱えきれない程の愛情を貰って来たのは、他でも無い自分の方なんだと僚は思う。
僚の咥えた煙草の先から、ほの白い煙が真っ直ぐに天へと昇ってゆく。




香の愛は、曇りが無く真っ直ぐだ。
それは僚への確固たる信頼の証で、潔い。
尊くて、清廉で、純粋で、揺るぎ無い。



その事が、どれだけ僚の心を救って来ただろう。
疑い深くて真っ暗だった心を、時間をかけて溶かしてくれたのは。
間違いなく、僚の最も愛する相棒だ。
2人の関係を揺るがしかねない事柄が起こる度、香は必ず僚の手の中を選んでくれた。
もうダメかもしれないと、僚が諦めかけても。
香はいつもの笑顔で、そんな事は大した事では無いんだと、笑い飛ばしてくれた。
過去の僚など関係無いと、大切なのは。
今ココに、生きて存在する僚と香なんだと、
言葉は無くともそう言ってくれているのが、痛いほど伝わって来た。
香の真っ直ぐな瞳は、いつでも教えてくれる。



一番大事なモノは、僚の命。



だから僚は、香の為に生きているのだと思う。
これまでの人生で、僚の為に命を賭してくれたのは“オヤジ”の他には、香1人だ。
そして、僚を決して裏切らないのは唯一、香だけだ。
今では僚の命は、香の為に存在する。
香が僚の生きる理由ならば、香の望みが僚の望みに他ならない。







僚は大きく1つ煙を吐き出すと、背筋を伸ばして欠伸した。




でもさぁ~~~、
もうそろそろ限界だよねぇぶっちゃけ。




春の夕方の独り言は、煙草のケムリと一緒に霞のように空に融けた。
もう今更、香を自分の手元から放そうだなんて事は微塵も思わない。
むしろ、僚の考えている事は。

いつになったら相棒と、
くんずほぐれつ仲良しこよしイチャイチャラブラブ出来るのか、
ただそれだけだ。

確か1週間ほど前には、
いつまででも香の気持ちの準備が整うまで待とうと思っていた筈だけど。
僚の本能と煩悩は、それほど堪え性のある方では無い。
むしろ世間一般の健康な成人男子の中でも、群を抜いて耐性は低い。
気が付かないのは、香だけで。
彼女の辞書には、性欲という言葉は無いんじゃないかと僚は予想している。
それはそれで可愛いんだけど。
そんな彼女を、愛慾まみれにしてやりたいという、邪な願望も抱いていたりする。




あの時、僚はあれでもストレートに彼女を口説いたつもりだ。
その言葉に、嘘も、誇張も、見栄もプライドも何も無い。
槇村香を、1人の女として好き。
ただそれだけ。
あまり、ピンと来てない様子の香に言った言葉も、至ってストレートだった。
パートナーという言葉に拘る香に。
それなら一生お前のパートナーは俺だという、シンプルな答え。
それでも香の準備が整い次第、いつだって手は出しますよ、という表明。


それを香がどう受け止めたかは、僚には解らない。
けれど、なんだか。
このまま、香の愛慾に火が点くのを待っていても、一生。
イチャイチャラブラブにはならない気がしてきた。
少しだけ言葉のチョイスを間違ったかも、と僚は漸く気が付き始めた。

















よし、出来た。




香は鰈の煮付けに、煮汁を掛け回してガスの火を消した。
僚の好きなコールスローサラダは、ラップを掛けて冷蔵庫の中で冷やされている。
味噌汁は里芋と油揚げ。
スーパーで初物の鞘付のグリーンピースを見付けたので、今日は薄い塩味の豆ごはん。
初物を食べたら、寿命が75日延びると言うのはただの迷信かもしれないけれど。
だけど香は、迷信でもイイから僚との食卓にはなるべく、旬の彩りを添えたいと思う。



さっき、灰皿と新聞を持って階上(うえ)に歩いて行った僚を見たので。
多分僚は今頃、寝室に居なければ屋上だ。















重いスチールの扉を開けると、案の定、僚は居た。
手摺に頬杖をついて、煙草をふかす後ろ姿。
後ろ姿だけでもカッコイイと思ってしまう香は、思わず真っ赤になってプルルと頭を振る。


この数日の、憂鬱な考え事が脳裏を埋め尽くす。
あの大きな背中に甘える事や、あの逞しい腕に抱き竦められる事を、
香は自ら、放棄した。
香は僚に甘えて寄りかかるだけの関係は嫌だった。
僚の隣を正々堂々と胸を張って歩きたい。
それが女として僚の傍にいる事と矛盾無く両立出来るのかどうなのかなんて、香には解らない。
だから香に解るのは、今まで通りの僚の相棒というポジションだった。



香は唇を噛み締めて、もう一度気合を入れ直す。
何の屈託も無い、気心の知れた相棒を演じる為に。







りょお~~、ご飯出来たよぉ~~~




(つづく)
[ 2013/07/15 19:42 ] rhetoric | TB(0) | CM(0)

#5. 寿命+α  

春の宵に、柔らかな相棒の声が僚を呼ぶ。



もうそろそろだと思っていた通り、夕飯の支度が整ったらしい。
呼ばれてもすぐに向かわなければ、香は自然と僚の傍にやって来る。
それを解っていて、僚は穏やかに微笑みながら手摺に凭れたまま香の方に向き直る。





りょお???




僚は何も言わずに、ただ優しい笑みを湛えたまま、じっと自分の方を見詰めている。
僚は時々、こうしてすごく優しい顔を見せてくれる。
大半が意地悪な僚の方が多いので、
こんな風に見詰められると香は何だかくすぐったい気持ちになる。
唐突に僚が、意味の解らない質問を繰り出す。







で??どうよ?カオリン。


ふぇ???







僚の質問の意味が、香にはまるで解らない。
どうよ?
何がどうよなの?
伝言板の事かな?
それとも、メンテに出してたフィアットの事かな?
もしかすると、今夜の献立の事なのかも。
僚の思考回路と、香の思考回路は。
全く持って綺麗に擦違っていて、見事に交わる事無く回り続ける。










・・・今日の晩ご飯はぁ、鰈の煮付けと豆ごはんだよ。グリーンピースは初物だよ♪


・・・・・・・。


・・・ん???なんか、間違ってた???











頭上に沢山の?マークを飛ばしながら、首を傾げる相棒に。
僚は無意識に、深い深い溜息を吐く。
僚が訊きたいのは、そんな晩ご飯の献立なんかより、(勿論、それも重要だけど。)
この間の真剣告白に対する、相棒の忌憚無いご意見・ご要望である。









り、りょお???


あのさぁ、カオリン。


ん?


この前の、話しの続きだけど。









どの話しの続きなのかは、僚の真剣な瞳を見て流石の香にも察しがついた。
1週間前の、天気雨のような、今後の2人の方向性に関する重要な会議の件だ。
・・・って、あの話に続きがあったの???と、香は思う。











・・・続き?


うん、続き。おまぁさ、どう考えてんのよ、正味な話し。


どうって?


だぁからっっ、オレ、あん時なんて言った?





















・・・あの時・・・???
と、香はあの時の僚の言葉を、じっくりと思い出してみる。




『・・・おまぁの事。
 
 ・・・好きなんだけど、勿論、女として。
 
 

 そうか。そんなら、おまぁはずっと俺のパートナーだ。
 
 どちらかが死ぬまで、それか。

 おまぁが変化を望まない限り、ずっとだ・・・』



僚はあの時、香の事を好きだと言ってくれた。
香が“女として好き”の定義に戸惑っている間に、ずっとパートナーだとも言ってくれた。
死ぬまでか、香が解消を望まない限りずっと。
・・・変化???
解消では無く、変化?

ここで漸く、香は何かが引っ掛かった。
実はそこには。
僚の含みを持たせた、レトリックが潜んでいたのだ。











・・・へんか・・・?


やっと気付いた?カオリン♪







ポカンとする香に、僚はニヤリと笑う。
僚が今更、香をみすみす手放す訳など有り得ないのだ。
たとえ香が僚の元から逃げようと、僚は逃がすつもりなど無い。
香にはまだまだこれから、色々と。
僚が教えてやらなければならない、女の幸せというモノがある訳で。
お楽しみはこれからである。








変化って色々じゃん?
カオリンってば、パートナー解消だなんて悲しいお話しを想像しちゃったみたいだけど。






そう言って僚は、香の華奢な手頸を掴むとポカンとする香を胸の中に抱き寄せた。
一瞬の出来事に、香はアッサリと僚に捕獲される。
僚のTシャツの胸元から薫る仄かな柔軟剤の薫りと、煙草の匂い。







チュウとかモッコリしちゃうのも、充分な2人の変化だと思わない?カオリン。







そんな事を耳元で囁かれて、香は何が何だかワケが解らなくなってきた。
チュウとか。
モッコリとか。
2人って、私と僚の事???
少しづつ、僚の言葉の意味を理解して。
香の指先から耳の先まで、朱に染まる。









で?どうよ?カオリン。変化を望んでみたりしない?







そう言って香の顔を覗き込む僚は、今まで香が見た事の無い僚だった。
多分、それが。
僚の中の“オトコ”の顔。
この1週間、香は色々と考えた。
僚から、ずっとパートナーだと言われて、嬉しかったけど素直には喜べなかった。
香は気が付いてしまった。
パートナーだけじゃ無くて、でもパートナーでもあって僚にも愛されたい。
そして、そんな欲張りな自分が、嫌だった。
こんな気持ちを燻ぶらせている自分は、僚には相応しくなんかないと思っていた。
そんな自分でも、僚が好きだと言ってくれるのか。確かめる事が怖かった。
キチンと僚に向き合って、ホントはこんな風に思ってるんだよ、と言う勇気が無かった。




僚の顔を見るのは恥ずかし過ぎるので、香は僚のTシャツに顔を埋めた。
この際だから、色々と確かめ合おうと決意する。
これからの冴羽商事の方針を決める、重要な会議だから。







あのね、りょお。


ん?


ちゃんと、僚のパートナーじゃなきゃ嫌なの。


勿論、オレもちゃんと今まで通りアシストして貰わなきゃ困る。


男の人の依頼もちゃんと受けるの。


・・・・そら、おまぁ。依頼内容によるな。


女の人の依頼で、鼻の下を伸ばしたら怒るよ?


・・・・善処する(汗)


・・・何処に行っても・・・ちゃんと・・生きて・・帰って来てね。


約束する。







・・・ずっと、ずっと。・・・好きでいてくれる?















小さな小さな聞き取れるか聞き取れないか微妙な声で、香が僚に訊ねる。
僚は思わず小さく吹き出すと、頼りなげに細い、けれど誰より頼れる相棒をキツク抱き締めた。
もう一度、ハッキリと聞こえるように、けれど密やかに。
真っ赤に染まった耳元に囁く。







あぁ、おまぁに嫌われても、死ぬまでずっと好き。








今日の夕飯は初物の、豆ごはんらしい。
初物を食べると、寿命が75日延びるらしい。
ま、迷信だけど。




というワケで、
戴きまぁぁ~~~っす!!





冴羽僚は取敢えず、鞘付の柔らかなグリーンピースの豆ごはんを戴く前に。
柔らかな相棒の唇を戴く事にした。
今晩だけで、初物が2つ。
寿命は、計150日延長だ。
これから先、沢山のお初を戴く度に、冴羽僚の寿命はどんどん延びる。


いつかの湖の畔で、生き抜いて愛する者を守り抜くと誓ったから。






(おしまい)



[ 2013/07/16 21:15 ] rhetoric | TB(0) | CM(2)

番外編 ミック・エンジェルの敗北と復活

大体、冴羽僚という男は抜け目が無いと言おうか。忌々しいと言おうか。
どうしていつもアイツは。

一番イイ女を、モノにするんだ???いつも。

ミック・エンジェルは、独り3階のランニングマシーンの傍に佇み、
ガラス越しに眼下に広がる、25mプールを見下ろした。







数日前、営業終了後のあのプールで。
僚は香を捕まえて、長々と口付を交わしていた。
そもそもいつの間に、彼女を口説き落としたのか。
あれから2人は付き合っているらしく、
終業後の2人は、特に交際を隠し立てするつもりも無いらしく。
毎日、仲睦まじく手を繋いで帰っている。



一度は、ミックが出し抜いた場面もあったのだ。
僚にバレないように、香を食事に誘い、プリクラを撮ったり。映画に誘ったり。
ミックが予想するに。
半月ほど前の、休館日辺りからが何やら怪しいと思う。
あの時、僚はシフトを弄って無理やり香と休日出勤している筈だ。
あの直後、昼休みのラーメン屋で、ミックはその事に関して僚を問い質したけれど。
僚は何やら曖昧に誤魔化して、結局ミックの問いには答えなかった。
けれど確実に、あれ以降。
2人は何だか、他を寄せ付けないオーラを放っていた。



確かにミックは、オンナ癖が良いとは言えないけれど。
それでもこれまでに、真剣な恋愛をしてこなかったワケでは無い。
数多の恋愛遍歴の中には、それなりに心血を注いだ経験もちゃんとあったりする。
けれど、少しばかり派手目なオイタが好きなので、
誰にも理解を得られないだけで、ミックとしてはいつだって真剣勝負のつもりだ。
そして。
この今回の、槇村香に限って言えば。
この数年、類を見ない程の真剣勝負だった。



多分、彼女を落とせていたら。
これから先、一途に彼女だけを慕っていたんじゃないかと思うほどに。
それは、ミックの最後の恋の予感だったのに。
いつの間にか女神は、憎たらしい悪友を選んだ。
夕方の少し手前のプールの中で、彼女が小さな子供たち相手に楽し気に戯れている。
今現在、レッスンはその幼児クラスだけで。
そんな彼女の姿を見詰める影が、インストラクター控室の嵌め殺しの窓の奥に見え隠れする。
ミック・エンジェルは知らず、小さく溜息を零す。










「ミックせんせぇっっ」




背後から声を掛けられ、振り向いた先には。
会員№3042の、名取さんが立っていた。


彼女は50代の主婦で、以前は主にプールに通っていたらしいけれど。
ここ最近、マシントレーニングを始めた。
彼女は初対面でミックに、
エンジェル先生って呼べばいいのかしら?それとも、ミック先生?と訊いて来た。
それから何度か、他愛ない世間話をした後に。
名取さんは、自分の娘を紹介したいのよ。と、ミックに言った。
何でも、彼女の娘さんは27歳で。
名取さん曰く、男っ気も無く仕事一筋なのよ(苦笑)という事らしい。
この2ヶ月程、娘さんを連れて来ると言いながら、なかなか実現の運びとは至っていない。


もっとも。
そう思っているのは、母親だけでは無いのかとミックは思う。
仕事一筋というか、その仕事場に“イイ人”が居るという可能性は大きい。
だからミックは名取さんの話しを、適当に聞いて受け流していたのだ。
今、この時までは。







ハイ、こんにちわ。名取さん♪ 今日は、膝の方は如何です?




それまで、プールの方を見詰めていた野性味溢れた表情を綺麗に隠し、
如何にも、爽やかイケメンインストラクター風の涼やかな笑みを浮かべて、
中高年に良くある諸症状への気配りを見せる。
マシントレーニングを始めた当初、
膝の弱さを気にしていた名取さんに、ミックはなるべく膝への負担の少ないメニューを提案した。






それがねここ最近、随分イイのよぉ♪ミック先生のお陰だわぁ~~~


人間の身体って不思議なモノで、使わないと衰えていくんですよ。
怖がらずに鍛えてあげれば、まだまだ元気になるんですよ。






そう言って、ニッコリと微笑むミック先生は確かに。
冴羽先生の言っていた通り、なかなかいい男だと名取さんは思っている。
是非とも、娘に紹介したいと言い続けて約2ヶ月。
今日漸く、仕事が休みの娘のかずえを連れて来たのだった。






ホントねぇ、これで体重が落ちれば文句無しなんだけどねぇ~~~


アハハ、そればっかりは気長に頑張るしかありません。


そうよねぇ。




ママは、食べ過ぎなのよ。






そう言って、2人の前に現れたのは。
名取かずえ(27)だった。
艶やかな黒髪を1つに束ね、真っ白な肌に大きな黒目がちな瞳が印象的な、
クールビューティー。
ミックは思わず、ガン見した。


(・・・超マブイ。)







もうっっ、かずえちゃんってば意地悪ねぇ。あ、ミック先生?この子が娘のかずえです。









ミックの耳に、会員№3042名取さんの声が、遠く聞こえる。
ミックの意識は全力で、名取(娘)へと注がれている。
ミックの今現在の、最重要課題は。


名取かずえ(27)に、本当の所、彼氏がいるのかいないのかという事実の確認である。
ミック・エンジェルは、予感する。
これはもしや。
最後の恋の訪れかもしれないと。





ミック・エンジェルは、そのアグレッシブさが災いして、玉砕する事も多々あれど。
彼の良さは、
何事にも前向きで、過去を引きずらない所である。
しかし、今のところ。
名取(母)という刺客を送り込んだのが、件の悪友だったという事にはまだ気が付いていない。
こうして、モッコリ男達の今回の攻防は一応の決着をみたのである。




番外編 槇村秀幸の嗅覚

その日冴羽僚は、有り得ない光景を目の当たりにした。













何の変哲も無い午後。
恋人の槇村香は、幼児クラスのレッスンの為に30分程前からプールに居た。
僚はその間、自分の受け持ちの育成クラスの選手たちの、
次の大会への申し込み書類を作成していた。
どの選手が何の種目にエントリーするのか、というようなモノだ。


8割方、事務仕事にも目処が付いた所で時計を確認すると、
あと10分後には、自分の受け持ちの上級者クラスのレッスンの時間になっていた。
一旦、書類の挟まったファイルを閉じ、僚は大きく1つ伸びをして、
デスクの背面、スチールの棚にブラ提げた丸い物干しピンチから、
競泳用水着と、キャップをむしり取って更衣室へと向かった。





夜の閉館後のプールの中で、キスをしてから2ヶ月。


2人は順調に愛を育んでいる。
香と初めてエッチをしたのは、つい10日ほど前の休館日の昼間。
僚の部屋だった。
香と初めて出逢った時から、僚は香にゾッコンだった事には今更、疑念の余地も無いが。
関係を深める度に、僚はますます香に嵌っている。



付き合い始めてから、僚は改めて香の私生活の事を何気なく訊き出した。
もっとも香の方としては、僚が気にするほど何も気にしておらず、
訊かれるまま、素直に家族や友人の話しを楽しそうに話した。
僚の思っていた通り、香は実家住まいで、家族は両親と兄の4人家族だ。
そしてペットは、僚が夜店の金魚すくいでゲットした黒い出目金のスイミーだ。



香は自分自身でも言っていた通り、初めて付き合ったのが僚だった。
勿論、初めてのエッチの相手も僚である。
実家住まいの年頃の一人娘を、流石に外泊させる訳にもいかないので。
2人一緒の休みの僚の部屋で、それとなくそういう雰囲気に持ち込んで美味しく平らげた。
香曰く、2人の付合いはまだ、家族には話してはいないらしい。









だから、僚が水着に着替えてプールサイドに出て来た時に。
僚は我が目を疑ったのだ。









香が赤い上げ底の敷かれた端っこの2レーンで、
幼児クラスの子供たちに教えているその反対側。
まだ上級者クラスの会員さんも来ていない閑散とした、平日午後のコースで。
超本格的なバタフライで華麗に泳ぐのは。
見まごうこと無き、かつてのライバルであった。




確か。
ヤツは。
都立高校の、体育教師では無かったか。





(・・・平日の真昼間に、なんでココに???)




更衣室から出て来た僚に、香が小さく手を振る。
その香を見て、数人の幼児たちも香の真似で小さく僚に手を振る。
思わず頬が緩むのを誤魔化しつつ、僚は香にだけ解るように小さくウィンクする。
もっとも、この1~2ヶ月。
2人が付き合っている事は、もはやバレバレで。
周知の事実である。





しかし、今の僚にとって、そんな事はどうでもイイのだ。
肝心なのは。
奥のレーンの、元日本代表候補である。














槇村秀幸が、ゆっくりと水面から顔を上げると。
頭上に懐かしい知り合いが、険しい表情で仁王立ちしていた。


僚とは昔から、性格も育ちも考え方もまるで違ったけれど、妙に気の合う所があった。
そして何より。
唯一、本気で競い合ったライバル。











よぉ、僚。久し振り。





秀幸が悠然とゴーグルを外しながら、のんびりと言った。
僚は知らず、苦虫を嚙潰したような表情になる。
秀幸はいつだって飄々としていて、その実、腹の底には計り知れない力を秘めている。








・・・てか、槇ちゃん。平日は仕事じゃないの?何やってんの???こんなトコで。


あぁ、今日は学校の方は、創立記念日でな。


・・・・いつの間に、ココの会員に?


ん?今日は、ビジターだ。
何だか、ウチの妹が世話になってるらしいからな。








その時、少し離れた所で、どうやら幼児クラスの授業が終わったらしい。
ザワザワと騒ぎ始めたチビッコの気配に混ざって、良く通る声が2人の耳に届く。



お兄ちゃんっっ



そう言ってにこやかに微笑む香は、親指でちびっ子たちの群れを指し示すと苦笑した。
今から、レッスンよりも大変なシャワーやお着替えの世話が待っているのだ。
秀幸はそんな妹に、手を振って答えた。
正直、そんな槇村秀幸の顔を見たのは、初めての事だった。
僚は内心、見てはいけない場面を垣間見てしまった気がした。
目の前の僚を一切気にも掛けず、子供たちの世話をする妹を相好を崩しながら見詰めている。








それで、随分世話になってるらしいなぁ?・・・さ・え・ば・先生?




視線は香を追ったままの秀幸の言葉に、
妙に棘があると感じるのは僚の気のせいではない筈だ。
僚は盛大に、深い溜息を吐いた。
この男は昔から温厚そうに見えて、瞳の奥に野生の魂を滾らせた猛獣だ。
もっとも、それを見抜いているのはごく限られた僅かな人間だけだ。
勿論。
僚には解る。
きっと、同族嫌悪というヤツだ。











・・・何しにきたのよ、槇ちゃん?


ん?まぁね、今日は軽い挨拶だよ、僚。
妹の彼氏とやらの顔を拝みにね。
















バレている。
シッカリ、ハッキリ、バレている。
香曰く、家族には多分まだ気付かれていないと思う、との事だけど。
この猛獣兄貴の嗅覚を、侮ってはいけない。



冴羽僚の恋の障害物走は、まだスタートを切ったばかりである。







番外編 手料理×邪心=妨害

ただいま~~~~


おかえりなさい、冴羽先生♪









そう言って自分の部屋のキッチンで出迎えてくれたのは、
後輩でもあり、恋人でもある槇村香だ。

この日、シフトの関係で僚よりも数時間早く仕事を終えた香は、
僚の家から最も近いスーパーで、何やら沢山食材を買い込み、
僚から預かった家の鍵を持って、先に一人で帰宅した。

昼休みに、僚にメニューのリクエストが無いか訊いて見たけれど。
“カオリンにお任せ”と言われたので、香は午後の間中ずっと何が良いのか献立を考えていた。
そんな考え事の時間が、とっても幸せだなんて。
香はまだまだ照れ臭くて、僚にはとてもじゃ無いけれど言えない。




























手料理

ねぇ、なんかさ・・・


ん??なぁに???


こういうのってさ・・・・新婚さんみたいじゃね?


///////。






香は普段は、明るくてハキハキしていて元気溌剌だけれど。
こうして付き合うようになってから、僚には解った事がある。
これまで、僚以外の男性との付き合いも無く、
男女交際に関する免疫が一切無い彼女は、僚の他愛の無い一言にさえ真っ赤になって恥らう。
それが可愛過ぎて、僚は時折、萌え死にかけている。










アスパラと牛肉のオイスターソース炒め。
揚げ出し豆腐。
ポテトサラダ。
切り干し大根と油揚げの煮付け。
ほうれんそうのお浸し。
茄子と茗荷の味噌汁。
玄米ご飯。






お米は、キッチンに有るからと僚が言っていた。
冴羽家のキッチンに有ったお米は玄米だった。
この玄米が無農薬有機栽培のこだわりのお米だとは、香は知らない。
僚はああ見えて、意外に健康志向だという事は、誰も知らない。



それにしても、この手料理の数々。
非の打ち所がない。
それに、さっきまでの香のエプロン姿に、
僚が心の中で悶え狂っていた事になど、香はきっと一生気付かないだろう。
僚の脳内では無意識に、如何わしい妄想が暴走する。

















リョウちゃん妄想②
さえばせんせいっっ❤                す❤き❤
リョウちゃん妄想①



(むふふ、今日はこの後・・・いちゃいちゃしちゃうもんね~~~)


僚の邪な妄想など知る由も無い目の前の香は、
ご飯を食べながら楽し気にその日の幼児クラスでの、
可愛らしいエピソードを語っている。





RRRRR  RRRRR  RRRRR



それは、食事もそろそろ終盤を迎えようとしている所だった。
ダイニングテーブルの傍らに置かれた、香のトートバッグの中の携帯電話が着信を知らせる。









あ、電話だ!?   ちょっと、ごめんなさい。






香がそう言って、携帯の液晶画面を確認する。
画面に記された発信者は、『お兄ちゃん』






ん???・・・お兄ちゃん???・・・何だろう?





通話ボタンを押す直前の、香の小さな呟きを、僚は確かに聞いた。
この甘いイチャコラタイムに、まるで嫌がらせのように電話を掛けて来たのは。
どうやら、槇村秀幸。
香の兄である。
僚は思わず、薄っすらと眉根を寄せる。
やはりあの男の嗅覚は、並みじゃないと。







・・・・うん、大丈夫だよ。え?
・・ぅ、うん。お、お友達の所。
いや、大丈夫だから。お迎えは。
うん、ちゃんと1人で帰れるから。
ご飯?ご飯は、食べて帰るから要らないよ。
・・・・さっ冴羽先生ぇっっ?!?!?!
いや、いいいいいいないよっっ!!!なんで?
うん・・・・うん。もう解ったから、うん。
うん、そんなに遅くならないから・・・









僚はもそもそと咀嚼しながら、香の電話の声に耳を欹てる。
どうやら秀幸は、かなりの確率で香の手料理デートの相手を予測しているらしい。
香の受答えだけで、何となく秀幸の発言が読み取れる。
何処まで、妹LOVEな男なんだと、僚は内心呆れ果てている。






・・・・あ、あのぉ。冴羽先生?





気が付くと、香が早々に秀幸の通話を終えていたらしい。
少しだけ伏し目がちに、僚に報告する。







な、なんだって?槇ちゃん(苦笑)


あの、それが・・・初めは迎えに来るって言ってて・・・


・・・まじっ!?


あ、いや。だから、それは何とか阻止したんだけど・・・







何か、良く解らないんですけど。
ちょっと普通じゃない感じなんで
・・・ご飯食べたら、今日は帰りますね。















済まなそうにそう言った香に、僚はガックリと項垂れる。
色々と過剰な妄想と期待を膨らませた直後故、そのダメージは計り知れないモノだった。
冴羽僚の恋の行く手は、まだまだ険しい。









(文:ケシ  絵:nase様)

※ 尚、文中の御絵につきましては、nase様のとある作品をリメイクしたモノです(爆)

意味深№10. いま、好きって聞こえた

・・・クソ暑い。











公園の日陰のベンチに佇み、僚は左手の中のソフトパッケージを弄んでいた。
右手の中には、鈍く光る純銀製のジッポーライター。
こうも暑いと、手と顔の至近距離に熱源を発生させるかどうかですら、軽く躊躇ってしまう。
躊躇って僚は、手の中の嗜好品をジャケットの胸ポケットに仕舞う。
こんな猛暑日の炎天下に、汗だくでいるぐらいならいっそ。
サッサと家に帰ればイイのだろうけど。
まだ、日課のナンパに出てから、さほど時間は経ってない。
もっとも、ナンパしようにも御誂え向きの獲物はいないし、本気で狩る気も無い。


僚はせめて。
脳内だけでも涼しげにと、小一時間ほど前の相棒の姿を思い返す。


昼飯は素麺だった。
ガラスの器には氷水が張られ、キンキンに冷えた白い素麺が揺蕩う。
香は僚の使う蕎麦猪口に、鰹出汁の効いた麺つゆと大きなロックアイスを入れてくれた。
その中に沢山の浅葱と、すりおろした生姜。
冷たい麦茶。
冷たい素麺のツルリとした喉越し。
屋外よりかは幾分涼しい、扇風機が送り込む風。
キャミソールの上に極薄手の麻のシャツを、サラリと羽織った香。






脳内の涼感溢れる追想とは裏腹に、僚のコメカミに汗が流れる。
僚は少しだけ、我が家が恋しくなる。
香はエアコンを極力使わない主義なので、決して快適とは言えないけれど。
少なくとも、このベンチの上よりはマシである。
何より暑苦しいのが、この耳障りな蝉の大合唱。
こんな大都会の真ん中の煤けたような公園の、
何処にそんな野生の生き物がいたのかと思うほど、鳴き喚いている。










・・・・そろそろ帰るか。






誰に言うともなくそう呟いて、立ち上がりかけて僚は思い直す。
その直後、背後に見知った気配がふわりと訪れる。
それと同時に、僚の首筋にそっと当てられる暴力的なまでに冷たいアルミ缶の感触。
僚の口元が無意識に綻ぶ。






良ぉっくこんな暑い中、ボンヤリ出来るわねぇ。





そう言って、僚の後ろをとるのは槇村香。
手には、期間限定増量サイズのコカ・コーラの缶を2本持って(1本は僚に押し当てている)、
にこやかに笑う。
僚にはそれだけで、体感温度が幾分下がった気がする。






ボンヤリはしてねぇさ、モッコリ美女をお誘いする作戦立ててたっつーの。





僚はそう言って、香の手からコカ・コーラ増量サイズを受け取る。
ついでに香の分もさり気なく取り上げると、プルタブを開けて香に渡す。
僚は何故だか、どんな時でも。
缶入りの飲み物を2人で飲む時に、香の分のプルタブを開けてくれる。
それは多分、無意識の所作で。
香は密かに、その僚の優しさが大好きだったりする。
少しだけ照れながら、ありがと。と、口の中でもごもごとお礼を言って、
勢いよく初めのひと口を飲む。
冷たくて、シュワシュワしてて、香は普段炭酸飲料は飲まないけれど。
真夏の増量サイズのコーラだけは、何故だか別格だ。








で?依頼は有ったの?




僚がゴクゴクと一気に半分ほど飲んで、盛大にゲップをした後にそう訊ねた。
この時間に香がこんな所にいるのは、伝言板を見に行った帰りだと相場は決まっている。
香は一瞬だけ、薄っすらと眉を潜める。
けれど、僚のゲップなど今更なので、別段気にもしない。
香は誰もが見惚れてしまうような涼しげな微笑みで、首を横に振る。





うぅん、無かった。これで、前回の依頼から96日連続で、依頼無し。




言葉の内容とギャップの有り過ぎる穏やかな表情で、香はコクリとコーラを飲んだ。
僚は思わず、それに合わせて上下する白い喉元を凝視してしまう。
以前の香なら。
こんなにも落ち着いて余裕のある表情など、僚に見せただろうか。
これもひとえに。
ここ数ケ月に及ぶ、2人の新たなるパートナーシップに関する変化の表れかもしれない。
2人には、仕事も大事だけれど。



仕事の無い日には、もっと大事なスキンシップとかがあったりして、意外と忙しいのだ。

















2人並んでベンチに座って、冷たいモノで涼んだところでそのベンチを後にした。
都会の中で、少しだけ暑さを和らげる樹木の織り成す日陰の下を並んで歩く。
それでも、聴覚から熱さを感じ取る。











ったく、暑苦しい事この上無いなぁ、この蝉の声。






心底イヤそうな僚の声色に、香はクスリと笑う。
何か良い事でも思い付いたとでも言いたげに、ニッコリと笑う。










でもさぁ、この鳴き声って、オスがメスにアピールする為に鳴いてるんでしょ?


んぁ???・・・まぁ、そうだろうな。大概そんなもんだろ、虫なんて。
なんか、そう考えると、尚更暑苦しいな(苦笑)


ププッ、それ僚が言う?蝉の事言えないよ?


・・・・・・。


でもね、そう考えるとさぁ、あれって何か・・・







その後の香の言葉に、僚は一刻も早く家に帰って寝室を23度に冷やし、
2人の大切な親睦を深める為の、パートナーシップ及びスキンシップに勤しむ事に決めた。






好き好き好きって、言ってるように聞こえない?




僚の相棒は無邪気だ。
この猛暑日に、一番暑苦しいのは自分の恋人だという事に気が付かない。
いつだって新鮮に無意識に、好き好き好きって訴える。
その瞳や唇が。
僚は香の細い腰に手を廻し、蝉時雨の中でキスをする。
突然のコーラ味の口付けに、香は真っ赤になって硬直する。
真っ赤に染まった耳元に、僚は厭らしい笑みを浮かべて囁いた。






・・・俺には、モッコリしたいモッコリしたいモッコリしたいって、聞こえた。


・・・・ばか/////




猛暑日のコンクリートジャングルは、また一層熱を帯びてゆく。












暑いので、思わずこんなお話しを・・・
原作で、『お嬢さんにパイソンを!』という女子大生探偵の出て来るお話しがありますが、
このお話しの中で、ワタシが最も萌えるポイントは。
リョウちゃんとカオリンが公園で、依頼の事を話しているシーン。
リョウちゃんがカオリンに、ジュースのプルタブを開けて手渡しているシーンだったりします。
冴羽僚、意外と優しい男だったり致します。
てか、イチャついてんじゃん!!!この時既にっっ。と、思ったりして。