あけおめ

こんな街の中でも、何処かで鐘を撞いているらしい。
冬の澄んだ冷たい空気を震わせて、冴羽アパート7階寝室にも薄っすらとその音が聞こえる。
一説には人間には、百八つの煩悩があるらしい。




ちょうど今現在。
冴羽商事の2人も頃合いよく、百八つの内のひとつの煩悩の赴くままに、仲良しこよしの真っ最中だ。
先に気が付いたのは、僚だった。
香は無我夢中で、それどころでは無かった。
そもそも、香はいつだって僚に翻弄されてばっかりだ。
それまで、激しく責め立てていた僚の動きがピタリと止まる。
腕の中で香は真っ赤になって、虚ろな瞳に涙を浮かべている。
額と首筋に汗が玉になって浮かんでいる。
まるで、瑞々しい果物だなと、僚は思う。
その赤い唇を啄みながら、僚は表から聞こえる音に耳を欹てる。
煩悩を追い出す、除夜の鐘。
でも、僚は思う。
この世に煩悩が無ければ、生きている意味も無い。



突然荒々しい動きを止めて、穏やかに香を抱き締める最愛の男に。
香は少々訝しむ。
少しづつ呼吸も整って、吸い込んだ空気は濃密な夜の色で。
僚の匂いだ、と香は嬉しくなる。
僚の腕の中の窮屈な世界で、香は溺れる寸前だ。
ずっとこの場所に焦がれていた。
そして辿り着いた今、香には元の場所に戻る術など無い。



10:00には、2人でお風呂に入っていた。
今夜は年越しそばを食べるからと、香はいつもより少なめに夕食を済ませた。僚はいつも通り食べた。

10:50に、香がそばを茹で始め、僚は隣で小葱を刻んだ。
麺を茹でている隣のコンロには、鰹節と昆布で出汁を取ったつゆが湯気を立てて。
トッピングの紅白の蒲鉾も薄くスライスされ、準備万端だった。

11:40に、香が2つの丼を洗い終え、水切り籠に乗せたのを見計らって僚が香を抱き上げた。
それから2人は真っ直ぐ、7階の寝室に直行したのだ。
確かにもう今夜は、その洗い物だけで何にもする事は無いし、
翌日のお節も、お雑煮も、何もかも下拵えは準備万端で。
後は寝るだけだったけど、それにしても僚の手際の良さに香は苦笑した。




この一年は、9件の依頼を受けた。
コンスタントに仕事が入った訳では無かったが、何だかんだ言って1か月半に1件はこなしている。
いつも、依頼が無い無い言ってる割には、こう振り返るとソコソコ働いている
僚が香に秘密にしている方の仕事も、まぁ大体同じぐらいの件数をこなした。
働き過ぎだなと、僚は思っている。




僚は夕方の内から決めていた。
新しい年は、ベッドの中で迎えると。
少しだけ離れた、日本一の大歓楽街・歌舞伎町は、不況とは言え今頃賑わっている頃だ。
あのバカ明るいお祭り騒ぎの中に身を置いていたのは、それ程昔の話しでも無いのに。
僚にはもう、あのネオンの白々しい渦に未練は無い。
それはまるで、遠い太古の昔の話しのように思える。
今の僚には、この温かで親密な2人の寝室があればそれでイイ。



僚が香の猫毛に顔を埋めて、深く息を吸い込む。
甘いシャンプーの薫りを嗅ぎながら、香の汗の浮かんだ滑らかな額にキスを落とす。


カオリン、鐘の音聞こえるょ。


僚が額に唇を付けたままそう言って、漸く香はそれに気づく。
それが言いたくて、僚は一時中断したのだと。
僚には意外と、可愛らしい一面があるのだ。誰も知らないけれど。
香はそう思うと、胸の奥の方がきゅんとする。


ふふふ、僚の鐘だね。


そう言って、香がクスクス笑う。
けれど、香は気付いてない。
まだ繋がったままの2人なので、香がクスクス笑う度に僚の背筋に有り得ない程の快感が走る事を。


それって、俺だけ?


そう言って、僚が悪戯っぽい視線を香に向ける。
途端、香は僚の世界に飲み込まれそうになる。
それはまるで大きな波のように、渦巻く竜巻のように、香を全て心ごと浚ってゆく。




2人はまた、何事も無かったかのように目くるめく煩悩の世界に溺れてゆく。



そんな2人の傍らサイドボードに置かれた2人の携帯が、交互に着信を伝える。
もっとも、マナーモードのそれは点滅だけでそれを知らせる。
暫く、そんなイルミネーションは続く。
それで2人は年が明けた事を知る。
きっとそれは、同業者たちからの“あけおめメール”である。
彼らは皆、裏稼業の人間でありながら、何処か呑気だ。
それは冴羽商事の2人も同じだが。




僚は考える。
この表現し難い感情を、煩悩と呼ぶのなら。
百八つなどでは到底足りない。
この胸の奥をキュッと締め付けるような感情を、煩悩と呼ぶのなら。
追い払うのが惜しい気がする。



僚はいつしか小さな鐘の音も気にならない程に、没頭してゆく。
煩悩の赴くままに。















数時間後には、今年初出社を控えたワタクシですが。
すっかり、この休みで夜型になってしまいました・・・orz
思わず、零時を回った後に更新しちゃいました(汗)
眼が冴えて眠れない(涙)
今年1発目は、下ネタで(爆)

というワケで、あけおめでございます m(_ _)m
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[ 2013/01/04 01:59 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題70. 堪らなく愛しい

とある昼下がり、依頼も無く時間を持て余したリビングで、香はふと我に返る。

僚は昨夜も午前様だった。
呑み代は勿論、ツケである。
前回の依頼はもう、20日前の事である。
4日後に電気代が引き落とされたら、口座の残高はほぼゼロだ。







ナンパの合間の一休み、僚は公園のベンチで一服する。

昨夜、キャバクラで良い気分になって帰って来た僚を待ち受けていたのは、
凶暴な相方の、手酷い仕打ちだった。
少し油断していて、受け身が甘かったのか。
未だ右肩の辺りに違和感を残している。





香は何度思い出しても、イライラする。

前回の依頼では、珍しく積極的な依頼人に僚は始終鼻の下を伸ばしまくっていた。
隙あらば風呂を覗こうとしたり、夜這いをかけようとしたり。
当人以外が聞けば、セクハラ以外の何物でも無い卑猥な口説き文句を連発したり。
誰も頼んでいないのに、逐一香と比較したり。
何より香の心を波立たせたのは、そんな風に僚に迫られて満更でも無さそうな、超美人の依頼人。




僚には時々、香の考えている事が不意に解らなくなる時がある。

同じ様なリアクションや、毎回お決まりの行動パターンに則って行動しても。
いつもは平然としている場面で、突如逆鱗に触れる時がある。
これは、お決まりのヤツだろう?と、暗黙の了解の筈が。言わなくても通じる相方の筈が。
時々突然、全く理解不能に陥る。
前回の依頼が片付いた後の数日、香は僚と口を利いてくれなかった。
そんな無言のお仕置きは、数日後には解除されたけれど。
あれ以来、香のゴキゲンがヨロシクないのを、僚は薄々感じている。





今の所、冷凍庫・冷蔵庫にある食材で1週間ほどのメニューを組み立てるだけの備蓄はある。

けれどそれを過ぎれば、冴羽商事の財政は風前の灯火である。
もしも今日もまた伝言板に依頼が無ければ、今後の見通しは全く立たない。
結構、ギリギリの状態だけれど。
香はこの数年の、こんなその日暮らしも板に付いていて。
この程度の危機は、慣れっこだ。





ここ数日、家計の方もいよいよレッドゾーンに突入しつつあるようだ。

ここはひとつ、5日前に飲みに行くフリをして受けた、教授経由の如何わしい内職の報酬を。
“バイト代”と称して、家計の方に供出しようかと考えている。
今までもそうやって、本当にやりくりが利かない時には僚からは何も言わず、香にお金を渡した。
香も何も訊かないし、訊かれないから僚も説明しない。
じゃあ、訊かれれば話すのかと言われれば、それはまた別の話しだ。





香は考える。
僚は意地悪で、スケベで、貧乏なのにツケで呑んだくれるし。
こうして冷静に考えると、何一つ良い所が無いようにも思えるけれど。
どうして香はこうも、僚の事が好きで堪らないのだろうと。
どうしてこうも、女扱いすらしてくれない、
香にだけ意地悪な男じゃないとダメだと思ってしまうんだろう。
そして、僚は。
そんな自分の事を、どう思っているんだろうと。
僚の目に映る自分は、どんなだろう。
頼りない相方か。親友の弟か。口煩い同居人か。
一体、僚にとって自分は、どの程度の存在価値なのか。香には全く解らない。





僚は思う。
香は多分、何処に居て何をやっても、きっと誰からも可愛がられる。
きっと、どんな仕事でもソツ無くこなすだろうし、何をやっても食いっぱぐれるなんて事は無いだろう。
恐らく香は、自分の元で。
する必要の無い苦労をしている。
そう思うと僚は、まるで呼吸困難にでもなったかのように、胸が苦しくなる。
香に苦労をさせたくないと思えば、答えは明快で。
多分、相棒という鳥籠の中から、放してやれば良いだけの事だ。
それでも僚は心の何処かで。
その籠の中に、一生閉じ込めてしまいたいと思ってしまう。
それに、何だか。
もしも籠の出入り口を開け放っても、香は飛び立って行かない気がする。
・・・と思うのは、自惚れだろうか。と僚は苦笑する。
そろそろ、認めてしまえよと、もう1人の自分が己を嘲る。
香自身がどうこうというよりも。
僚が愛しているのだ、香を。











夕飯を食べながら、2人は妙に口数少なめで。
ただ黙々と、炊き立ての白飯を頬張る。
考えている事は、それぞれ午後の続きで。
この目の前の相方にとっての、己の存在価値。
僚が香に求めている事と、香が僚に求めている事。
近いようで遠くて、実は同じだったりするたった1つの、愛。




香。

ん?

明日、カレー喰いたい。

・・・うん、りょーかい。











たったそれだけの会話で、香のテンションはひっくり返る。
表面上は淡々と答えたけれど、香は静かに喜んでいた。
この財政難の中、カレーなら節約に一役買ってくれるメニューだし。
何より。
香が僚の傍にいる些細な理由が、1つ出来た。
僚の為にカレーを作る。



己の一言で、香の機嫌が上向いた事は僚にも解った。
まるで些細なホンの短いやりとりで、香の気持ちが手に取るように伝わる。
久し振りに、何も言わなくても通じているという感覚を取り戻す。
そして、僚は思うのだ。
小難しい事を考えだしたらキリがない。
籠はいつでも開いている。
でも、多分香は出て行かないだろう。それは、半分は僚の希望的観測で。
それでも僚は、香を信じてさえいれば多分、笑っていられる。
香は僚にとって、唯一信用に値する存在だ。





憎たらしい事や、不満は数あれど。
結局2人はお互いが、堪らなく愛おしい。














久々に、モヤモヤ期の2人を書いてみました。
最近、甘々ばっかりだったので、意外に新鮮(笑)
[ 2013/01/04 22:51 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

昨今の彼らのマイブーム

時刻は午前2時。
近隣の住民も寝静まった頃。
(とは言えこの界隈は、事業所や商業用ビルが大多数で、住人の方が少ないのだけど。)
深夜のビルの谷間に、陽気な口笛が響き渡る。
デスクトップのパソコンに向かい、〆切間近の原稿に最終チェックを入れていたミック・エンジェルは、
それを聞いて、ニヤリと微笑む。



その口笛の主は、冴羽僚。
ミックの腐れ縁で、長い付き合いの、親友というには些か語弊もあるが、今の所はご近所さんの殺し屋だ。
ここ最近、ミックはこの深夜の口笛を聞くと、
仕事の手を休めて、思わず向かいの7階建てアパートをこっそり観察してしまう。
冴羽アパート、6階リビング。
午前2時現在、どうやら灯りは点っている。
あの淡い玉子色のカーテンの向こう側には、彼女がいる。


槇村香、ミックの初恋の君である。


ミックの仕事部屋の窓は、彼らのあのリビングを若干見下ろす位置にある。
そして勿論、件の口笛男はもっとずっと視線の下、表の通りの舗道の上である。
恐らく今の今まで、大歓楽街・歌舞伎町で散財して帰還したヤツは。
ジャケットのポッケに両手を突っ込み、真っ直ぐ6階の灯りの元を見上げている。


え~~と、あれ何て言うんだっけ???
世界で最も有名な秋田犬、“忠犬ハチ公”だったかな。


ああして、彼女がベランダに顔を見せるまで、真っ直ぐに見上げているアイツはまるで。
忠犬さながらで。
ここ最近のヤツの口笛は、彼女を誘い出す合図なのだ。
ミックの仕事部屋は今、デスクの上のLEDの蒼白い小さなライトが1つ点いているだけで。
きっと向かいの2人は、覗かれている事には気付いていない。



暫くすると、カーテンが細く開く。
そこに現れたのは、若干ご機嫌ナナメのミックの女神。
ベランダの手摺に身を乗り出して、表の忠犬に何事か囁いている。
きっと、時間を弁えろとか、サッサと上がって来いとか、そんなような事。
そんな彼女を真っ直ぐに見上げながら、ヤツはおもむろにポケットから携帯を取り出す。
少しの時間差を置いて、彼女の手の中でまるで蛍のような着信ランプが灯る。
2人の間で何が囁かれているのかは、解らないけれど。
まるでそれは、現代のロミオとジュリエットのようで。



些か酒臭いロミオだけれど、癖毛のジュリエットにはそれでも恋しい男に相違ない。
彼女の口角は楽し気に弧を描く。
きっともうすぐ彼女は、ヤツの誘い文句に負けてきっと表へ出て来るだろう。
ここ最近、深夜の散歩が彼らの一大ムーブメントだ。















もうすぐ、深夜2時を回る所だ。
深夜のバラエティも軒並み終了し、軽くザッピングすると。
懐かしい映画の再放送(一体誰が見るんだろう?湘南爆走族なんて)とか。
オバサマ向けの某国・ドロドロ愛憎ドラマとか。
何でも落ちる魔法のような粉の石鹸を鼻息荒くアピールする、通販番組とか。
香は無意識に小さな溜息を吐いて、テレビのスイッチを切る。
相棒はまだ、帰って来ない。
出て行ったが最後、いつ戻るかなんてアイツの気分次第。
まるで浮浪雲だ。







僚には最近思い付いた、密やかな楽しみがある。

相棒は近頃、ますます綺麗になってきて。
数ケ月前に一度告白したモノの、それ以上の勇気が出せずに悶々としている僚は。
相変わらずの夜遊び三昧で。
しかし心の中の本音は。
毎晩、マッタリ家で過ごしたい。
けれど。
妙に相棒を意識してしまってしょうがない、凄腕スイーパーの冴羽僚は。
2人きりで過ごす時間が猛烈に照れ臭く、殆ど惰性で飲みに繰り出す。







香が何気なく、携帯を取り出して弄り始めた頃。
聞き覚えのある、口笛が聞こえる。
相棒のご帰還だ。
今夜も絶好調で、ツケという名の借金をこさえて来た穀潰しである。
僚は最近、真っ直ぐに玄関へは上がらずに、一度こうして外から香に声を掛ける。
少しだけ待たせて、少しだけ機嫌が悪いフリをして。
香はベランダへ出て行く。
舗道から見上げる僚が、少しだけ可愛くて思わず笑ってしまう。







僚の最近のお楽しみは、香を誘い出して真夜中の散歩をする事。
手を繋ぐでも無く、キスをするでも無く、ハグをするでも無く。
好きだと率直に言う勇気も無く。
酒の力を借りて誘い出し、半ば強引に深夜の街を徘徊する。
神社の方まで歩いたり、公園に行って何も喋らず2人で黙々とブランコを漕いだり。
コンビニに行って立ち読みをして、無駄遣いをしたり。
香は最初は必ず、サッサと家に上がって来いと眉を顰める。
けれど毎晩。
僚はあの手この手で香を笑わせて、どうにかして表に誘い出す。







胸のポケットの中の、携帯を取り出す。
短縮の一番初めに登録してある、相方の携帯番号。


手の中の携帯がブルブルと震える。
液晶の画面には、相方の名前。







『降りておいでよ。』僚ったら、前置きも何も無い。
『もう遅いょ、早く寝なきゃ。』香のヤツ、そう来たか



30分ぐらいなら、平気だよ。

そりゃあ僚は、お昼まで寝てるんだから今頃はまだまだ宵の口だろうケド。

おまぁも、昼まで寝てりゃイイじゃん。

よくそんな事が言えるわね、酔っ払い。

フフッ、相変わらずあ~言えばこ~言う。・・・月が綺麗だよ、今晩は。

・・・・・・。







黙り込んだ相棒の、けれど少しだけ和らいだ雰囲気を、僚は携帯越しに敏感に察知する。
もうこうなれば、すんなりと降りて来るだろう。







・・・じゃあ、ちょっとだけだょ?コンビニ寄るのも無し。僚、無駄遣いするから。

あぁ、解ったから。来いょ。

うん。







それから、2分30秒後。
部屋着のオリーブグリーンのショートパンツとボーダーのロンTの上に、
マウンテンパーカーを羽織った香が降りて来た。
すこしルーズ目のニットのソックスが、クシュクシュになった足元には僚のビルケン・シュトック。
洗い晒しの癖毛から、甘いシャンプーの匂い。







何処行くの?

今日は神社。

ねぇねぇ、じゃおみくじやろう?

あ、無駄遣い。

ふふふ、りょおの奢りね。

なんだょ、それ。

だってアタシ、家の鍵しか持って来てないもん。

・・・しゃあねぇな。貸しといてやる。

ケチ(笑)







そう言って笑いながら、香が何気なく手を繋いできた。
きっと彼女は無意識で。
それを指摘すれば、きっともう2度とこんな美味しい展開は望めそうにないので、
僚は甘んじて受け入れる。
柄にも無く、心臓が煩いほど早鐘を打つ。
あらかた醒めたと思っていたアルコールが、程よく回る。
これまで遅々として、何の進展も無かった2人には、
ある意味では、勢いというモノが必要で。


何故だかこの瞬間、突然僚の心に火が点った。


この後、神社でお参りをして、おみくじを引いたら。
月明かりの下で、相棒にキスをしよう。
僚はそんな事を思いながら、優しく握られただけの華奢な指先に己の指を絡めた。














手を繋ぐ2人の後ろ姿のシルエットを、ミック・エンジェルは窓際で観賞する。
周りがイラつくほど、スローペースな2人の恋は。
どうやらココの所、少しづつではあるが進展しているらしい。
ミックは己の報われない想いなどすっかり忘れて、知らず微笑みを浮かべていた。















RCサクセション『夜の散歩をしないかね』という曲から、イメージしました。
深夜徘徊の2人です。
酒の力を借りないと誘えない弱気なリョウちゃんのお話しです。
[ 2013/01/06 00:09 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題51. 勘弁してください

ある日の昼下がりにナンパに出掛けたまま行方不明になった、4日後深夜。
冴羽僚は、ポツポツと無精ひげを生やして帰宅した。








流石の僚も、こんな予定では無かった。
予定は未定とはよく言ったモンである。
真昼間の新宿の雑踏の中で、その4日間のお招きのアイサツを受けた時には、
ナンパの最中に邪魔しやがって、無粋な奴らめ程度だった僚の感想は。
つい2時間ほど前には、余計な手間掛けさせやがって。
ぶち殺すぞっっ
というモノに変化していた。
まぁ実際には、その僚の感想は大半がお亡くなりもしくは瀕死の重傷を負った奴らの前だったから。
奴らにしてみれば、そういう事は始めに言ってね、という所だろう。



この間常に、僚の脳裏を掠めていたのは。
あのいつもの平和なアパートに残してきた、愛しい相棒の事。
何も告げず、何の連絡も寄越さず、
いつもの日課に出掛けたまま姿を消した相方を心配する、最愛の女の姿。
泣かしただろうな、と僚は心を痛める。
帰ったらきっと、ハンパ無いお仕置きが待ち受けているに違いない。
思わず僚の背筋に悪寒が走るが、それを甘んじて受ける自分が、僚は嫌いじゃない。
それはある意味、僚のもっとも端的な愛情表現なのだ。



4日間、まともに食事もしなかった。
4日間、風呂にも入らなかった。
4日間、まともに睡眠も摂らなかった。
腹が減って死にそうで。
自分自身が臭過ぎて吐きそうだった。
取敢えず、何か喰らってコンコンと眠りたかった。
そして何より。
心配を掛けた相方を、抱き締めたかった。
飯より何より。
今の僚には、香の唇が欠乏している。
症状は、重篤で深刻である。











帰宅した僚がリビングで遭遇したモノは。
角を生やした相棒でも無く、総重量数百tもの巨大ハンマーでも無く、トゲの生えた鉄球でも無い。


ブランケットに包まって、まるで猫のように丸くなって眠る香の姿。


頬には涙の跡が幾筋も残り。
閉じた瞼の先の、長い睫毛の先には乾ききらない涙の雫。
4日前、昼飯を食べながら近所の野良猫の話しをしていた時と同じ、
紺色の色の褪せたトレーナーに、僚のお下がりのジーンズを穿いている。
ただ1つ。
ただでさえ、華奢で痩せ気味の相棒の。
頬が少しだけ、こけたような気がする。食わないとすぐに痩せる体質なのだ、彼女は。
恐らく、僚と同じく。
この4日、まともに食わず、風呂にも入らず、ココでこうして泣き暮らしていたのだろう。
僚の携帯電話は、4日前から電源がオフになっている。



僚はソファの前のラグに座り込み、香の頬を撫でる。
涙で濡れたその柔らかな皮膚は、すっかり冷たくなっていて蒼白い。
僚は硝煙の匂いの染み付いた両手で、香の頬を包み込む。
己の寝室が香の寝室を兼ねるようになって、早数ケ月。
恐らく彼女がこのソファの上で眠っているのは、きっと初めてかもしれない。
彼女を泣かせる自分という男が、僚は許せない。
けれど。
もっと許せないのは、彼女に危害が及ぶ事。



僚の手に温められて、少しだけ赤みの差した頬の彼女が。
微かに身じろぎをして、薄く目を開ける。
現れたのは、いつもの紅茶色の澄んだ瞳。
ガラスのような滑らかな表面を、涙の膜が覆っている。


・・・・・りょぉ。


彼女の声は、小さく掠れて。
目を開けた途端、飛び込んで来た最愛の男の姿に、
表面張力を超えた涙の一粒がポロリと零れて、頬を伝って僚の手を濡らした。
次の瞬間、香が僚の胸の中に飛び込んで来る。
僚は頭の片隅で、いつかの船から脱出した時のあのボートでの事を思い出して、苦笑する。


カオリン、俺風呂入ってねぇし、臭ぇから(苦笑)


そう言った僚の言葉など、まるで無視で。
香は僚の背中に腕を回すと、一層強く抱き締める。
ごめんな、連絡も無しに。そう呟いた僚に、香は首を振ると小さく答える。


うぅん。良かった、僚が生きてて。


腕の中で、己の胸に顔を埋めてそう言った相棒のくぐもった声に。
僚の内側で激しい性欲が昂ぶる。
疲れている筈なのに。
腹が減って死にそうなのに。
風呂にも入りたいし。
眠たいし。
けどその前に、





僚は4日ぶりに、香の唇を貪った。








その最中、正直な僚の腹時計は深夜3時を知らせる。
もう香は、泣きながら笑っていた。
久し振りのキスは、涙の味がして、しょっぱくて胸に甘い痛みを残す。
香が僚のヒゲの伸びた頬を撫でる。
まるで、生きている証を確認するように。






ねぇ、カオリン。

ん?

一緒に風呂入って、何か喰って、早く寝よ~~ぜ。

うん///






僚はもう一度、香をきつく抱き締める。
漸く全身から、余計な力が抜ける。
生きてもう一度、この温かな世界に帰って来られた事に安堵する。
香だけが、僚の生きるモチベーションだと、再認識する。
香が笑ってくれた事で、罪深い己が救われるような気さえする。
僚は疲れた頭で考える。








神様、勘弁してください。
俺のような男が。
彼女に深く愛されてしまっています。
どうか、地獄に落とすのは俺1人にしてください。


たとえ都合のイイ考えだとしても、僚にはそう願わずにはいられない。
















そしてきっとカオリンは、地獄に行く時は2人で。
なんてお願い知っちゃってます(テヘ)
[ 2013/01/06 20:44 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

万年ハタチのお祝いに絆を深めて参ります (noko様リク)

新しい年が明けた、1月初旬。




喫茶キャッツ・アイの新年第1日目の営業日には、いつもの常連が訪れていた。
もうそろそろ、2人だけでゴロゴロ過ごす寝正月にも飽きてきた頃合だったのだ。

「やっと、本格的に通常通り街が動き出したかと思ったら、また来週早々祝日ね。やんなっちゃう。」

そう言って、眉尻を下げた美樹が苦笑する。
ココの所のキャッツは、暇だ暇だと言いながらランチタイムにはそこそこ賑わっている。
近隣のオフィスで働く、サラリーマンやOLに割と人気なのだ。
ランチタイム以外で、ココに長居する常連は目の前の殺し屋カップル(たまに器物損壊)か、
もしくは、白いスーツが胡散臭い、金髪碧眼のジャーナリスト(軽くセクハラ)ぐらいのモンで。
祝日ともなれば、完全に彼らしか来ないのだ。



もっとも、彼女の夫である伊集院隼人は、もっと別の事を考えていた。
何ならもう数ケ月、店は休んでも良いぐらいだ。
2か月前の結婚式の日、予期せぬ銃撃に巻き込まれて美樹が負傷してから、
店を再開したのは、僅か1カ月後の12月の頭の事だった。
彼は美樹に、せめて後2~3ヶ月休んではどうかと提案したが、
当の美樹本人のたっての希望で、想定外に早い復帰と相成ったのである。
何より2人でカウンターに立って、幸せそうにしている妻に異論を唱える事は、彼には出来ない。
とどのつまり海坊主は、顔に似合わずパートナーにはメロメロなのだ。
その辺り、僚と海坊主は似た者同士なのかもしれない。



「成人式か・・・」

香がポツリと呟く。

「正直、成人式って言われても、あんまりピンと来ないのよね。ハタチの頃なんて、外国にいたし。」

美樹がそう言いながら、僚の目の前の灰皿を交換する。



香は思わず、そんな美樹の何気ない一言に考え込んでしまう。
美樹は勿論、僚も。
日本人でありながら、外国、それも考えられないような戦乱の中で育ち、
過酷な運命を背負って生きて来たのだ。
ハタチまで生きて来られたのが、幸運なほどに。



ともすれば暗くなってしまいそうな香の思考を、知ってか知らずか。
脳天気な発言を繰り出したのは、当の幸運の持主・冴羽僚だった。


「そっかぁ、成人式かぁ。んなら、リョウちゃんもハタチのお祝いに、カオリンから何か貰わなきゃ♪」

「・・・・てか、アンタ。ハタチ、何年目よ。」


香は心底呆れた視線を、相方に注ぐ。
それまで、黙々とグラスを磨いていた海坊主も同様に呆れつつ、フンッッと鼻を鳴らす。


「何がハタチだ。お前は多分、俺の推定によれば35は下らん。」

「んだとぉ、ゴルァ。こんのタコがぁ。テメェは、もうハタチは2度目だろうがっっ」


フンッッ、俺はまだ辛うじて30代だ。
っるせぇ、テメェが30代なら、俺は10代だっつ~の。
何だとぉ、このクソモッコリ。
表出んのか?このハゲっっ
おぉ、やってやろうじゃねぇか。この色ボケ。
・・・・・以下エンドレス。






いつも通りの、似た者同士のじゃれ合いに。
香と美樹は、お互いのパートナーを横目で窺いながら苦笑する。
いつもの事なのだ。
何だかんだで、気持ち悪いほど仲が良いのだこの2人は。



香はボンヤリとコーヒーを飲みながら、自分がハタチになった頃の事を思い出していた。
ハタチの誕生日に、この世で一番大切な人を亡くした。
そして、
その頃には思いもしなかったけど、後々、この世で一番大切な人になるヤツとの生活が始まった。
今にして思えば。
あの頃の香の傍に、ずっと居てくれたのは僚だった。
何を言うワケでも無い、何をするでも無い。
何も言わず、付かず離れずの距離で、香を1人にしないでくれた僚の、
家族のような愛情は、今の香だからこそ気付く事が出来る。
当時の香には、そんな事に気が付く余裕も無かった気がする。
香のハタチはそんな感じだった。



香は、未だ店主と不毛な言い争いをする相棒を見遣る。
きっと、ついさっきの脳天気な発言も。
香の暗くなりそうな思考回路を察しての発言だったのだろう。
僚の優しさは、一見解り難い。
だから、香はその優しさに気が付くまでに、結構な年数を費やした。
理解できない僚の複雑な言動に、その手を離しかけた事もある。
けれど。
もう香は解っている。
僚はいつだって、優しいのだ。
こうして香の傍に居てくれる。
香は少しだけ、ハタチのお祝いをしてあげてもイイかな、なんて思った。
僚がこれまで生き抜いて来てくれたお礼に。














その日の夕食は、至って普通だった。
ブリの照り焼きに、根菜の煮付け、豆皿に盛られた数品の常備菜、豚汁に、麦ごはん。
僚は相変わらず、黙々と平らげ(ご飯は5杯食べた。)今現在、リビングでテレビを観ている。
香は僚がお替りをしている間に、とっくに食べ終わり、片付いた食器から次々洗いながら、
その合間に、ミルでコーヒー豆を挽いた。
今頃は、一人静かにドリップしている頃で。
もうじき食後のコーヒーを持って、リビングに現れて2人で一緒にテレビを観るだろう。



僚は内心、今か今かと香の来るのを待っている。
最近の僚は、年末年始というお祭りムードにも惑わされる事無く、夜遊びせずに家にいる。
というのも、つい2週間ほど前のクリスマスの夜、初めて香にキスをしたのだ。
美樹が負傷した2か月前のあの日、僚は香に初めてストレートに思いのたけをぶちまけた。
その後はもう、僚の気持ちは留まる事を知らず。
まるで決壊したダムのように、朝から晩まで僚の脳内は香色に染められ。
ひとたび口を開けば、うわ言のように“かおり”と呟く始末で。
イブの夜。
とうとう僚は、これまでの己に厳しく戒めて来た誓いを破り、香のファーストキスを頂戴した。
それ以来、完全に僚の箍は外れてしまっている。
テレビを観ながらチュウ。
キッチンに立っている香を抱き締めてはチュウ。
朝、己を起こしに来た香を捕まえてはチュウ。
1人チュウ祭り開催中である。



始めは困惑気味だった香も、今では少しづつ馴れつつあって。
嬉しそうに頬を染めて、ニッコリ笑ってくれる。
またそんな表情が、もろに僚のツボで。
思わずチュウも、エンドレスである。
キッチンとリビングで離れている、こんな数分すら恋しいなんて。
僚は多分、軽く病気である。
もっとも、医者に罹っても治る見込みは無いけれど。







そんな事をボンヤリ考えながら、僚は。
未だ正月気分の抜け切らないやけにめでたいバラエティ番組を観ていた。
バカバカしいとは思いつつも、気が付くと爆笑したりして。
そこへ、トレイにマグカップを2つと、食後のデザートに苺を盛った皿を乗せて香がやって来た。
思わず僚の口元が綻ぶ。
ローテーブルの上に、香がそっとトレイを置いたのを確認して、
僚は香の手首を引き寄せる。
すんなりと自分の腕の中に納まる香を抱き締める。
癖毛に顔を埋めて、香に甘える僚に香はむずかりながら、辛うじてリモコンに手を伸ばしテレビを消す。


「あ、観てたのに。」


そう言った僚に香はニッコリ笑うと、僚の言葉はアッサリスルーする。


「ね、りょお。目、閉じて?」

「んぁ?何で?」

「良いから、何でも。閉じて?」


上目遣いでそう言う可愛い相棒の要望通り、僚は首を傾げながらも目を閉じる。
まさか、ハンマーでど突かれるワケでも無いだろうけど。
一体何が起こるのか、多少ドキドキしながら僚は大人しくその時を待つ。





ちゅ。





一瞬、僚には何が起こったのか解らなかった。
けれど今確かに、己の唇に触れた柔らかい物体は、紛れも無く愛しの相棒の唇で。
思わず目を開けた僚は、真っ赤になって数秒キッチリ固まった。
それは常ならば、香の役回りの筈で。
それは。

初めての香からのキスだった。

張本人の香は。
やはりいつもの如く、これ以上無い程耳まで真っ赤にしながらも。
その初めてのキスの理由を述べる。








昼間、言ってたでしょ?
僚の万年ハタチのお祝い。
あれからずっと、何をあげようか考えてたの。
何回目のハタチでも、僚が元気で傍に居てくれるだけで嬉しいから。






そんな最愛の女の言葉に、僚の中の何かが弾けて飛んだ。(多分、理性。)
僚はキツク香を抱き締めて、耳元で囁く。



じゃあもう1つ、リクエストしてもイイ?

???なぁに???

カオリンと、エッチしたい。

////////(噴火)



不埒な彼は、淹れたてのコーヒーと苺を残したまま、彼女の返事も待たずに。
相棒を抱き上げて寝室へと向かった。




何度目かのハタチのお祝いに、晴れて2人は正真正銘恋人になった。







え~~と、このお話しは。
いつもこのブログにお越し戴いているnoko様のリクエストを受けて、書いてみました。
noko様ご指定のキーワードは、

①カオリンからリョウちゃんへキス。

②海ちゃんも登場させて。

③出来れば、成人式を絡めて。


先程、詳細を戴いてお風呂の中で考えてみて、思い付きました。
最近、めっきり夜更かしが過ぎるワタシでっす(涙目)
正月気分が抜けていないのは、ワタシですYOっっ、なんつって。
因みに、このお話しのタイトルは。

『この子の七つのお祝いにお札を納めに参ります』的なリズムで読んで戴けると、しっくりくると思います。
お粗末様でしたぁ~~~。


だだだ、大丈夫っすかね?nokoしゃん。こんなんで(汗)







[ 2013/01/07 01:10 ] 短いお話 | TB(0) | CM(4)

SOS…もう後が無い。昼下がりの怪しい喫茶店、XYZは墓穴の薫り… (もりゅ様 7777キリリク)

それは至って退屈な、麗らかな小春日和の昼下がりの事だった。





冴羽商事・代表取締役種馬の冴羽僚と、同じく経理担当の槇村香は。
その日も仕事が無かったのでいつもの如く、行きつけである喫茶キャッツ・アイでウダウダしていた。
後から思い返せば、それがいけなかった。
2人はその日、如何に暇であっても、とっとと帰るべきだったのだ。
その店から徒歩約3分の、7階建ての愛の巣へ。
しかし、冴羽僚が幾ら勘の鋭い野良犬のような男でも。
彼はスイーパーであって、エスパーでは無い。
流石に予知能力までは、持ち合わせていない。


悲劇の始まりは、誰にも予測できない。落とし穴は意外と身近で牙を剥いていたりするものなのだ。

















…でねでね、明日の特売の目玉は何といっても、
お1人様お1つ限りのエキストラバージンオリーブオイル700ml、398円。なのよ。
ウチは、僚と私で2本ゲットよっっ(握拳)





流石は経理担当、槇村香のテンションはMAXである。
それを聞いて冴羽僚は、深々と吸い込んだマールボロの煙を、
両鼻の穴から盛大に吹き出しつつ抗議する。


…てか、俺、それ聞いて無いんだけど。

うん。言って無いモン。…てか、今聞いたからイイじゃん。


香のひと言で、特売の件はアッサリ解決である。
もう既に香は、伊集院美樹と話の続きに夢中である。
どうやら美樹の明日の予定は。
店番を夫に任せ、麻生かすみを動員して冴羽家同様、オリーブオイル2本ゲット作戦らしい。
明日は月に3度ある安売りの中でも、最も正念場なのだ。
彼女らは何が何でも、パートナーを上手い事操縦してお得なお買い物をしなければならない。
その為の傾向と対策は抜かり無い。
早い話しが、
世界に名だたるスイーパーの1人が奥様連中に混ざって、午後の混み合ったスーパーのレジに並び、
コチラも世界屈指のトラップの名人は、妻が特売に行く為に独り店番を任されると言う事だ。
恐らく、闇の世界の№1に実質的に君臨するのは、彼女たちかもしれない。
ほぼ世界最強である。


しかし、この時まではまだ平和だったのだ。
幾ら冴羽僚にとって、不当極まりないぞんざいな扱いを受けた所で、
所詮彼は、こと槇村香に対してだけは、徹底的にドMである。
むしろ自ら喜んで、甘んじて隷属していると言っても過言では無い。
口先では威勢のイイ言葉を吐いてみても、結局は香の思うままに操縦されてしまうのだ。好き好んで。
そして、当の香本人は。
嬉々として、明日の特売への闘志を燃やしている。
スーパーの特売への挑戦は冴羽家の節約の為でもあるが、8割方は香の趣味である。
この話題が続いている限り、彼女の機嫌は上々だ。









まず一人目の刺客は、警視庁の女豹・フェロモンダダ漏れ刑事、野上冴子だった。
彼女は白いジャケットに、深くスリットの入った紫色のタイトスカートに身を包んで現れた。
インナーは際どい襟ぐりの、深いⅤネックのシルクのシャツだ。
安物のパンティストッキングなど穿かない彼女の、一目見て上等と判るガーターストッキングのシームは、
彼女の脚線美に合わせ、真っ直ぐスカートの奥へと続いている。




あら、冴子さんお珍しい。

えぇ。たまには、息抜き。はぁい、僚、香さん。



冴子は軽い挨拶をしながら、香とは反対側の僚の隣に座る。
しかし彼女の過剰な香水の薫りは、相棒の巨体を通り越して香の鼻腔を直撃する。
この瞬間から、香にはコーヒーの味が分らなくなってしまった。



ねぇ、僚。こないだは、ごめんなさいね。ワザとじゃないのよ?



科を作った冴子の言葉に、僚はギョッとする。
“こないだの件”に該当する、後ろ暗い覚えが1つ僚にはあるのだ。



はぁあ? 何の事だょ(脂汗)

やだ。まだボケるには早いんじゃなくて?それとも拗ねてるの?私が酔い潰れ無かったからって(クスッ)

ブッッッーーーー




盛大にコーヒーを吹き出した僚に、美樹が黙ってダスターを手渡す。
もう既に、僚は相棒の方へは顔を向けられないでいる。
何やら怨念の塊のような空気が、左隣から発生している。
実は数日前、たまたま行きつけのバーで遭遇した2人は。
ひょんな話の流れから、これまでのツケを返す云々となったのだ。
僚は日頃、ツケを作る側の人間だが。
対冴子に限り、僚が返済を迫る立場である。
そもそも。
まぁそう焦らず、ゆっくり飲みましょ?
なんて言う冴子の言葉を、真に受けたのが間違いだった。
ついウッカリ僚は忘れていたが、冴子は僚以上の酒豪である。
新宿広しと言えど渡り合えるのは、海坊主ぐらいのモンである。
否、忘れていたのでは無いのかもしれない。

アルコールの勢いと、目先のモッコリに目が眩んだのである。

今ならそれがはっきりと解る。
ただあの時は、解らなかっただけだ。
魔が差したのだ。
嘘では無い。

僚がぐでんぐでんに正体を無くすまで飲んで帰って来たのが、5日前の明け方の事だった。



そんな話を、冴子が楽しそうに披露した。
香には確かに心当たりがある。
5日前の朝、僚は泥酔状態で帰って来た。
その日は結局、晩御飯が出来たと呼びに行くまで寝ていた。
そんな僚の、滅多に無い飲み方に香はハッキリと不審を覚えていたのだ。









ははは。おもしろーい。よかったじゃん、僚。
これで少しは、ツケ踏み倒される側の気持ちが解ったんじゃないのー?




と、ちっとも面白く無さそうに、淡々と言ったのは香だ。
僚の背筋は凍り付く。
どう考えても、香の顔を見る勇気は無い。
僚は脂汗をダラダラ流しながら、引き攣った笑みを浮かべながら答える。



だろー?笑えるよなぁーーーー(汗)



この妙に白々しい遣り取りに、口を挟める者は誰1人いない。
誰も皆、巻き添えは喰らいたく無いのだ。
この時、この場の誰も知る由も無いが、
確かに店内の温度計(レジの後ろの壁に懸けてある。)が、1℃下がった。








その時、カウベルを鳴らしながら2番目の刺客が登場した。


ハァイ、皆揃ってどうしたんだい♪ Oh~、なんか寒いなこの店の中。


冬でも淡い色のコーディネイトに身を包んだ、気障なジャーナリスト。
ミック・エンジェルである。
ハイ♪ カオリ。今日も、キュートだょ。
と言わなくても良い事を言いながら、香の隣に座る。
ついでにさり気なく、香の手を握って手の甲にキスをする。
香はミックの登場で、少しだけ冷静さを取り戻す。
僚は今現在の己の置かれた状態を一瞬忘れそうになって、懐のパイソンに手が伸びかけるが、
香の方を向けないんだった事を思い出し、寸での所で思い止まる。
ミック・エンジェルは運の良い男なので、今日もまた命拾いした。
ミックがいつもの、とキリマンジャロを海坊主にオーダーしてから、
ふと思い出したかのように、僚に言った。



あ、そう言えばリョウ。オマエ、こないだ貸したDVD早く返せよな。あれ、超レア物なんだから。



またしても、僚の額に脂汗が滲む。
それは今、自宅リビングのDVDレコーダーに詰まったまま抜き差しならない状態になっている。
お陰で観たいドラマが録画出来ないと、香が苦情を申し立てている最中なのだ。
またしても、左側から殺気がビシビシと伝わる。



ねぇ、ミック。

何だい?カオリ。

そのDVDって、エロいやつ?


ブッッッーーーー




またしてもコーヒーを吹いた僚に、美樹が無言でダスターを渡す。
処置無しである。



Oh,カオリ!! レディが“エロいの”とか言っちゃダメだょ。あれは、芸術・・・



ミックが皆まで言う前に、香が放った1tハンマーが直撃してミックは床にめり込む。
(Oh,my God!! ボ、ボクが何したって言うんだぃ・・・カオリ)
香はそんなミックはスルーして、僚と向かい合う。
僚は香の顔を見る勇気は無いので、ガックリ項垂れている。




僚?

はいっっ。

近々に、DVDレコーダー新しいの買って来てね。

はいっっ。

最新のやつね。

はいっっ。

HDD容量が最大のヤツだょ。

はいっっ。

ちゃんと、ポイントカード、私の使ってね。

はいっっ。

あ。やっぱ、この際ブルーレイにしようか。

えっっ・・・・

何?なんか不満?

いえ、あの、いやぁ・・・

買って来てね。

はいっっ。





下田港に降り立ったペリー提督並みの香の不平等条約に、流石の一同も僚への同情を禁じ得ない。
ハイという返事しか許されない僚の背中には、薄っすら哀愁すら漂っている。
僚の主に下半身のだらしなさに起因する一連のゴタゴタも、
一瞬忘れかけ、皆が涙すら浮かべそうになったその時、第3の刺客が現れた。









野上麗香、美人探偵である。
冴子ほどの手練れでは無いが、親しみ易さに惑わされ油断をすると、なかなか手強い悪女である。
弱みを握られたが最後、骨の髄までしゃぶり尽くされる。
冴子とはまた違った種類の恐ろしさを秘めている。




えぇ~~~、何?このメンツ。何かの打ち合わせ???
てか、ココ。冷房入ってる?寒くない?




麗香は店内に足を踏み入れた途端、その底冷えのする寒さを感知した。
彼女もまた、裏稼業の人間なのだ。
気配を読む事が基本だ。

しかし、空気は読めない。基本、自己中なので。






あ、そだ。僚、こないだ言ってた合コンのメンバーの件なんだけど・・・・・
・・・え?アタシ、なんかヤバい事言った???




その時、冴羽僚は確かに聴いた。
ブチッという鈍い音を。
相棒のコメカミ辺りから。
そう、それはきっと。


堪忍袋の緒。が切れた音である。


















僚が恐る恐る顔を上げると。
鬼のような形相で、爆発寸前の相棒がわなわなと震えていた。
両手はシッカリ握り拳を、形作っている。
誰もが、次に来る衝撃に身構えた。
伊集院夫妻は、最悪、器物損壊最高レベルの、30万円規模の被害を覚悟した。
請求書は冴羽僚に回す事で、夫婦が言葉も無くアイコンタクトだけで合意する。
ココにいる裏の住人全員が、咄嗟に受け身を取れるよう身構えたその時。
槇村香が意外な反撃に出たのだった。






りょおのバカ(泣)





槇村香は泣いていた。
まるで小さな子供のように、しゃくり上げて。
そして、次の瞬間。
確かに全員が聞いた。





もう、りょおなんて。
オアズケなんだから。
もう今日から無期限でオアズケだからっっ







一同、ポッカァァ~~~ンである。
“オアズケ”とは、何ぞや???
それはもしかしたら、もしかして・・・・・もっこりの事だろうか。
しかし、この2人がそういう関係になったなどとは、聞いてない。
(いや、報告の義務は無いんだけど。)
しかし。
冴羽僚が、この日1番慌てふためいている。
泣きじゃくる相方を前にして、何とか宥めすかそうと必死で何やら弁明している。
彼らは確信を深める。

間違いない、オアズケとは、もっこりの事に違いない。

あれ程までに冴羽僚が焦っているのには、それ以外考えられない。
それが、超一流の裏稼業の人間たちの導き出した結論である。
一同は顔を見合わせて、深く頷く。
切り込み隊長は、麗香だった。






ね、ねぇ香さん?



恐る恐る声を掛けた麗香に、香はポカンと首を傾げる。
涙は一瞬止まったようだ。


なに?


恐ろしいほどの鼻声で、香が答える。


あの~~~、“オアズケ”って、何がオアズケなの?


単刀直入に訊いた麗香の言葉に、槇村香は石化した。
冴羽僚はまた更に、今までとは違った意味合いの脂汗を流す。



(ハッッ!! バレた)←僚&香、心の声。




石化した香が一瞬にして真っ赤になると、ココから冴羽商事2名の怒涛の言い訳ラッシュが開始した。




ぇえええぇ~~~とねっっ、ごごごごご飯ょ。ご飯の事。ご飯がオアズケなの(テヘ)

そそそそおだょな。そぉなんだよ、俺今日ご飯オアズケなの(脂汗)



でもなんか、ご飯だったら“抜き”だよね?普通。 オアズケって、犬じゃないんだから(笑)



いいいい犬と一緒ょ? 僚なんて。ねぇ?

あああああ、あぁそそそうそう。俺、犬みたいなモンだし。


僚なんて、番犬みたいなもんだから。
俺なんて、狂犬みたいなもんだから。
    ※ 同時にハモる。




ハモッて思わず、僚と香は顔を見合わせる。
顔を見合わせて、香が真っ赤になって沸騰する。僚の目が激しく泳ぐ。
もうこの時点で、9割9分9厘、自白に等しいが、彼らの悪あがきはまだ終わっていない。
ミックがニヤニヤして、続ける。



何だかリョウのヤツ、叱られるような事ばっかやってるね♪
もうこの際ずぅっと、ご飯“オアズケ”で良いんじゃない?カオリ。



う、うんうん。そそそそうする事にする(頷)


でもね、カオリ。


な、なぁに?


もっと、良く効くお仕置き。教えてあげようか?


え?


簡単だょ モッコリをオアズケすれば良いんだょ(クスッ)


////////。






香はそれっきり、カウンターのテーブルの上に突っ伏したまま、ピクリとも動かなくなった。
どうやら香の羞恥心のレベルを、遥かに超えてしまったらしい。
一切、周りの呼び掛けには反応しないモノの、所々見える本来の肌色部分は真っ赤で。
まるで、釜茹でされたタラバガニである。
ミックは内心、非常に美味しそうだなと思うケド、僚の手前口が裂けても言葉にはしない。



ふ~~~ん、僚も大概ヘタレだと思ってたけど、決めたのね。見直したわ。

そう言って、細いメンソールの煙草を燻らすのは、野上冴子である。
イイ息抜きになったと、満面の笑みを浮かべる。



野上麗香は、予定していた合コンは延期だなと、早速友達にメールする。
そもそも、集まる女子達は20代前半の子がメインで。
僚やミックとじゃ、正直話が噛み合わないかもな、なんて思っていたからちょうど良かった。



美樹はカウンターに突っ伏してもうもうと、湯気を上げる香をメニューで仰いでいた。
ココにいる誰も、知る由は無いが。
レジの後ろの壁にかけられた温度計は、先程より 2℃上昇した。



海坊主は、取敢えず器物損壊が回避されて、安堵した。
今はただ黙々と、グラスを磨いている。
この騒ぎが収束して、香が笑って話せる時が来たら、
海坊主はこの時の事を師匠として褒めてやろうと思う。
よくハンマーを振り回すのを我慢したな、と。まだ、当面先の事にはなるだろうが。






そして、当の冴羽僚はと言えば。
独り、スツールに腰掛けたまま。
真っ白い灰になって、燃え尽きていた。









翌日の特売には、香と僚は姿を見せなかった。
特売に臨めるような、コンディションでは無かったのだ。(主に精神面で)
オリーブオイルは、買い損ねた。
そしてこの日から2ヶ月弱、冴羽僚の禁欲生活は続いた。
確かに、ミックの言葉通り。
僚にはそのお仕置きが、もっとも効果的だったのだ。




何の変哲も無い、何処にでもある喫茶店の、それはいつもの出来事だ。






こんばんわ。
このお話しは、もりゅ様が7777キリ番踏まれたリクエストでっす。
ちょっと長め、ラブ度低し、です orz

こ、今回は、難しかったでげす(汗)
もりゅ様の、リクエスト内容は以下の通りです。

① 設定はいつもの2人。

② 時期的には、一線は越えてるケド、まだ誰にも気づかれて無いくらい。

③ シチュエーションは、なるべくたくさんのメンツが登場、キャッツか何処かで。

④ バレてなかったのに、2人で自ら墓穴を掘ってばれちゃう。

⑤ 冷やかされたり、開き直ったり、独占慾全開なリョウちゃん。


・・・・おぉう、ダメだ。
⑤は、全然クリア出来て無いや・・・(遠い目)
リョウちゃん、全編に亘ってダメダメだし。燃え尽きてるし。

すすす、すみません。もりゅ様。
ワタシには、かっこいいリョウちゃんの書き方が解りません(滝汗)
お許し下さいませ(涙)

あ、因みに非常にどうでもイイのですが。
タイトルは、アニメ風に決めてみました。



[ 2013/01/08 20:03 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

お題59. 今一番欲しいもの

自分の欠点は、思っている事がすぐに顔に出る所だと香は思っている。



伝言板には今日も、“XYZ”の3文字は無かった。
もうこれで連続53日間、依頼が無い。
口座の残高を見る度に、嫌な汗を掻いている香の気も知らずに、
至って呑気なのは、相棒の冴羽僚である。
僚曰く。
依頼など、放っときゃ舞い込む。との事。
いい気なもんでヤツは、毎日フラフラと遊び歩いている。
労働意欲に欠けるのは、まぁ妥協して大目に見たとしても。
(実際に仕事となると、何だかんだ言ってキッチリやる男なのは、香が一番よく知っている。)


香が納得できないのは、僚の浪費癖である。
それも何の形も残らない、もっとも無駄な使い方。
深夜の飲み歩き。
満たされるのは、僚のスケベ心だけである。
依頼の無かった駅の帰り道、だから香が思わず眉間に皺を寄せるのも無理からぬ事なのだが。
こうも知り合いと擦違う度に、まるで挨拶のように依頼が無かった事を言い当てられては、
流石の香も、自己嫌悪に陥ってしまいそうである。
曲がりなりにも一応、香は殺し屋の相棒なのだ。
依頼が無いだけでも、泣きそうなのに。
ポーカーフェイスのひとつも作れない半人前だと言われているようで、正直更に凹む。













自分の欠点は、言っている事と思っている事が真逆で天邪鬼な所だと僚は思っている。



ナンパという名の、情報収集活動及びテリトリー内の巡回活動を行っていると。
前方に、超絶別嬪のパートナーの姿をキャッチする。
アチラからやって来るという事は、本日2度目の伝言板チェックの帰りか。
ダウンベストのポケットに両手を突っ込んで、足取りは軽いモノの。
表情は至って、不景気だ。
本日も、依頼無しか。訊かずとも解る。
僚の相棒は、超が付く程の正直者で。
僚は時々、訳も無く申し訳ない気持ちになる。
僚には、言えない事や秘密が多過ぎて。
何の隠し事も無い(当人はバレているとは微塵も思っていない恋心まで)オープンな、
まるで子供のような香に、何か酷い裏切りをしているような気持ちになってしまうのだ。


香の美点は、正直で嘘がつけない所だと僚は思う。


つくづく、殺し屋の相方という職業が似合わない女で。
ずっと自分の傍に居て欲しいと願いながら、無垢でいて欲しいと願う大きな矛盾を僚はいつも抱えている。







「よぉ、・・・依頼は、今日も無しか。」



顔を見るなりそう言った僚に、香はあからさまに不機嫌になる。
柔らかそうな頬をプゥッと膨らませ、まるでサクランボのような艶やかな唇を尖らせる。
眉間にはクッキリと皺を寄せる。
見ようによっては、泣いている様に見えなくも無い。



「・・・僚までそんな事いうんだもんなぁ。やんなっちゃう。」



香が何について不機嫌なのかは、皆まで言わずとも僚には解る。
依頼が無かった事だけでは無い。
こういう時の香は、大抵、自己嫌悪に陥っている。
香には、香自身の良さがまるで解っていないと、僚は思う。



「まぁまぁ、そうイライラしないの。依頼なんか、来る時ゃ来るの。」



いつもの口癖を呟きながら、
ポケットから潰れかけたマールボロのソフトパッケージを取り出す相棒に。
香は無意識に溜息を零す。
僚は家計の逼迫状況がまるで解っていないと、香は思う。






女の子がね、そんな顔しないの。・・・しゃあねぇから、コーヒーでも奢ってやるょ。




煙草の煙を優雅に吐きながら。
僚がそのセクシーな人差し指で、香の眉間をそっと撫でる。
眉間を通り過ぎた指は、優しく額をツンと突く。
思わず香の頬が桜色に染まる。
僚の今一番欲しいものは、この柔らかそうな頬。艶やかな唇。温かな相棒の心。槇村香の全て。










香はドキドキして死にそうで、一瞬にして依頼が無い事とか、口座の残高の事を忘れてしまった。
いつもは自分の事を、弟扱いしている変態スケベオヤジは。
こうして時々、ふと女の子扱いする瞬間がある。
とても気まぐれに、ある時突然に。
香は自分の額に触れた、体温の高い指先の感触を何度も思い返して、記憶に刻む。
当の相棒は、喫茶キャッツ・アイに向けて、煙草を吸いながらすたすたと数歩先を歩いている。
香は僚が背を向けているのをイイ事に、盛大に表情を綻ばせる。


どうしたって香には、ポーカーフェイスなど出来そうにない。


香が今一番欲しいものは。
前を歩くあの大きな背中。セクシーな指先。意地悪な唇。
僚の心、冴羽僚の全て。




2人の一番の願いは、いつか並んで手を繋いでこの道を歩く事。





僚と香は今日も、退屈で長閑な開店休業日を満喫している。













何だかんだで、両想い
[ 2013/01/10 20:54 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題56. 料理は愛情

磨き上げられた、コンロ周り。
その傍らにある、スパイスラック。
多種多様なスパイス類。
換気扇には油汚れの痕跡すら無い。
磨き上げられた年季の入ったステンレスのシンクは、鈍く白く光っている。


冷蔵庫の中には、整理整頓されて整然と片付けられた各種常備菜。
ひじきの煮つけ。
カブの浅漬け。
豆もやしのナムル。
きんぴらごぼう。
切り干し大根。
食材もそれぞれ、買って来てすぐに下処理を施され、無駄なく活用されている。
過不足無い在庫管理、庫内のスペースも適度に余裕が保たれ冷気は効率良く巡っている。







僚は、相棒がシステマティックに整頓した冷蔵庫の扉を開けると、
ドアポケットの内側の丸い穴の中から、Mサイズの玉子を1つ取り出す。
まず一番初めに冷蔵庫から出しておいて、常温にしておく。
僚に玉子のMサイズとLサイズの違いを教えてくれたのは、香だ。
雌鶏は、歳を重ねるほど大きな玉子を産む。
若い鶏は、玉子も小さいのだ。
MもLも、黄身の大きさはほぼ同じで、違いは白身の量。
だから、白身を使ってメレンゲを作る時はLサイズ、
コクのある黄身の濃い玉子料理の方が好きな人にはMサイズがお勧めなのだそうだ。
冴羽家はいつも、Mサイズ。
でも。
香のオムレツが美味しいのは、玉子のサイズとは関係無いような気がするのは僚だけだろうか。
香は時々、意外な事を良く知っている。


そんな事を考えながら、僚は知らず笑っている。
この場所は、いつの間にか。
相棒の城になっている。
このビルを手に入れて、この街に長居する事を決めた時。
僚はまだ、槇村とも知り合っては無かった。
この部屋には、冷蔵庫すら無く。
このキッチンに有ったのは、やかんと電気コンロとホーローのマグカップが2つだけ。
(因みにそのカップは今現在、シンクの隣でハーブを植えた鉢になっている。)
相棒になった香の兄は、僚の食生活を見かねて少しづつまともなキッチンへと改造した。
何処からか冷蔵庫を買って来て(それは今でも現役だ)、ダイニングテーブルとベンチを選んで来て。
僅かながら、食器も持ち込んで。
それでも自炊などする気の無かった僚に呆れながら、お節介な元相棒は楽し気に台所に立った。
槇村の手料理に馴らされた僚が、香の料理に馴染めない筈も無く。
今では、ガッチリと胃袋を握られている。




僚は大きめの鍋にたっぷりの湯を沸かし、鰹節と昆布で出汁を取る。
その合間に、米を研ぐ。




僚が香の前で初めて料理を作ってみせたのは、いつだっただろうか。
香は驚きながらも、少し感心していた。
『なんだ、アンタ。料理出来るんじゃん。』
そう言ってニッと笑ったあの頃の香は、まだまだ青い少年のようだった。
それでも。
今思い返してもやっぱアイツはカワイイなと思う僚は、大概、彼女に溺れている。


今朝、目覚めた僚はまるで湯たんぽを抱いているようだった。
香と寝ていると、確かに温かいのはいつもの事だけど。
今朝の布団の中の温度は、いつもとちょっと事情が違った。
明らかに相棒は、発熱していて。
グッタリしながらも昨夜の続きで全裸の彼女に、床の上に散らばった下着とパジャマを着せ。
慌ててリビングの救急箱の中から、体温計と冷却ジェルシートを掴んで戻った時には、
香は布団の中に潜り込んで、再び寝息を立てていた。
体温、38.7度。
流石の香もダウンである。




研いだ米を土鍋に移して、タップリ取った出汁でお粥にする。
土鍋をコンロにかける。




確かに2~3日前から時々、咳をしていた。
空気が乾燥していて、喉が痛いとも言っていた。
昨夜は2人で風呂に入って。
芯から温まったまでは良かったけれど、
その後、2人して裸ん坊で張り切り過ぎた。
滑らかな皮膚の感触を感じながら、お互いにお互いを抱き枕のようにして眠った。
明け方、やけに咳き込む相棒の気配で目を覚ますと、
相棒はまるで湯たんぽ並みに、発熱していたというワケだ。




小葱を小口切りにカットする。
常温に戻しておいた玉子を、割りほぐす。
お粥が炊けたら、玉子を回し入れて、葱を散らして、生姜醤油を数滴垂らす。
そのまま、余熱で数分蒸らす。




僚も、料理ぐらい作れないワケでは無い。
けれど僚は自分の作る料理などよりも、香の作る料理を食べたいのだ。
このキッチンは、香の場所であって欲しいのだ。
これから先もずっと。
だから僚は、作れるけど作らない。
香が僚の為の食事を作ってくれる限り、僚は食べる方専門でいたいのだ。
香が愛情を込めて作ったモノを、僚は全く残さずに平らげたいのだ。
全て自分の身体に取り込んで、血となり肉となって。
いつしか。
僚の身体を構成する全ての細胞に、香の愛情が染み渡ってゆく。
それは、とても甘やかな幻想で。
香になら、細胞ごと乗っ取られても構わないと僚は思う。
けれど、たまにはこうやって。
香の栄養補給の為に、僚が愛情を注ぐのも悪くない。
僚が作ったモノから、香の身体に栄養が届く。
それは。
とても画期的で官能的な喜びだ。



何より、早くよくなって貰わないと、イチャイチャ出来ない。



僚はアツアツの土鍋をトレーに乗せて、7階・愛のベッドルームへと向かう。
寝息を立てている相棒を起こして、アツアツの玉子粥を食べさせる。
寝惚けて舌を火傷してはいけないので、勿論、僚の『フーフー』もオプションで付いている。
本当はもっと、濃~~~~いオプションもあったりするけれど。
それはもう少し、熱が下がってからだ。
今は取敢えず。
過保護な看病ゴッコに勤しむ、冴羽僚(推定30代半ば)であった。











濃~~~~いオプション。
きっとカオリン熱が、更に上がります。
リョウちゃん、逆効果・・・orz
[ 2013/01/11 20:16 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。生き別れた兄と妹。

僚と香が桜の樹の下で出逢ってから、3度目の桜が咲く頃。



僚の部屋に、見知らぬ男が訪ねて来た。
見ようによっては若く見えなくもないが、至極親父くさいナリの眼鏡を掛けた地味な男だった。
彼の言うには。


『ココに、生き別れた妹がいる。』


との事。
彼の妹が何者なのかは知らないが、取敢えず僚には関係無い。
ココにいる“女”は、香だけで。
香は極上の別嬪さんだが、元々は猫である。
まぁ、1,000,000歩譲って、香がこの男の妹だったとして。
それではこの男は、何なのか?
香が猫から人間に変わっただけでも、充分不可解なのに。
そんな事例が他でもあるなら、より一層不可解な事になってくる。
何より僚は、面倒臭い事と頭の可笑しな奴に関わる事だけは、真っ平御免だ。


「そんな人いません。何処か別の家と間違ってんじゃねぇの?」


僚はそう言って、素早く玄関の扉を閉めた。・・・・つもりだった。








一瞬僚は、目の前で何が起こったのか、理解が出来なかった。
確かに扉を閉めたと思った僚の脇をするりとすり抜け、その男は玄関の内側に入り込んだのだ。
そして僚の顔を見ると、ニッコリと笑った。


「多分、人違いでは無いと思います。」


穏やかにそう言う男に、僚の心臓がザワザワと波立つ。
この男には、殺気や悪意などといった気配は、微塵も感じられない。
けれど、彼の身のこなしには、何処か人間離れしたモノを感じる。
廊下の奥のリビングでは、香が昼寝をしている。
僚は直感的に身構えるが、不思議と危険な感じはしない。
非常に不思議なその男は、終始ニコニコと不気味なほどに笑っている。
僚が内心、どうしたもんかと困っていると、最も面倒臭い状況になった。






ペタペタという足音と共に近付く気配、どうやら香が目を覚ましてしまった。
(香はスリッパを履くのを嫌がる。)
眠そうな目を擦りながら僚の隣にやって来た香は、その客人を一目見るなり、目を丸くした。
まるで明るい所から、暗い所に移動した猫のように、香の黒目が一回り大きくなる。
そして、おもむろに彼の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
僚はビックリして、そんな香をヤツから引き離そうとしたが、それを制止したのは当の客人だった。
香はくんくんと一頻り匂いを嗅いだ末に、パァッと顔を輝かせて嬉しそうに言った。


「お兄ちゃん。」


























はぁああ~~~~?!まぢっっ???? (僚)



呆然とする僚の目の前で。
香はその親父くさい男に、まるで猫のようにスリスリする。
香の『兄』であるらしいヤツも、ニコニコ笑いながら香の頭を愛おしげに撫でている。
どうやら、一層不可解な事が起こっているらしい。











「・・・で?どういう事?」



僚の問いに、彼は淡々と説明した。
2年前の今頃、彼らは3匹纏めてすぐそこの公園の桜の樹の根元に箱に入れて捨てられた事。
1匹は香。
もう1匹は、僚があの霧雨の降る明け方に埋めた怪我を負ったオス猫。
そしてもう1匹が、今目の前で旨そうに僚の淹れたコーヒーを啜る、“秀幸”である。

僚が香ともう1匹を家に連れ帰った時を遡る事、数時間前。
秀幸は箱の前を通りかかった1人の老人に連れて行かれた。
初め、その老人が箱の方に手を伸ばした時、彼らは必死で抵抗した。
世の中の事など何も知らない、自分達の境遇すら良く解っていない彼らは、
3人寄り添って、誰か1人でも見知らぬ場所へ連れて行かれる事を恐れた。
老人は1匹1匹、丹念に調べると独り言を呟いたのだ。

『メスは、避妊手術をせにゃならんからダメだ。』

秀幸には、“避妊手術”というモノが何なのか良く解らなかったけれど。
もしも妹が連れ去られると、何かひどい目に遭わされるかもしれないと直感的にそう思った。
だから秀幸は妹を守る為に、自らその老人の生贄として老人に連れ去られる事を選んだのだ。
その後は、僚の知っている通りだ。
もう1匹のオス猫は、何者かによって怪我を負わされ。
香と2匹揃って、僚に拾われた。





「良かった。妹がアナタのような方に引取られ、幸せそうで。弟は残念だったけれど、仕方ないです。」

「・・・・はぁ。」


僚はまるでシュールな夢のような話に、それ以上言葉も無い。
辛うじてその秀幸の話しが、信用出来るのかもしれないと思えるのは。
僚自身、香との一件で、摩訶不思議な体験を経験済みだからだろう。
香はいつものように、ニコニコして僚の膝の上に座っている。



「それで?アンタを連れてったその爺さんとやらは?どうしてんの?」


僚の問いに、秀幸の表情が曇る。


「先日、亡くなりました。」



秀幸の飼い主は、秀幸をとてもよく可愛がってくれた。
秀幸が拾われて、数か月後。
やはり香と同じく彼もある朝突然、人間に変わった。
飼い主は別段驚く事も無く、その元飼い猫に“秀幸”と名付けた。
随分昔に死んだ、飼い主の1人息子の名前だった。
この2年間。
秀幸は秀幸で、可愛がられて暮らしてきたけれど。
その飼い主が、ある朝起きる時間になっても目を開けなかった。
秀幸には良く解らなかったけれど。
どうやら彼は、死んだのだそうだ。


独居老人だった彼の死に、役所の人間が訪れて死後の処理を済ませた。
秀幸は勿論色々と訊かれたが、秀幸の答えに理解を示してくれた人間は1人も居なかった。
飼い主の死因に事件性こそ無いモノの、何の縁もゆかりも無い成人男性と思しき同居人に。
役人は訝し気だった。
彼らからすれば、縁もゆかりも無いと思えるだろうが。
秀幸にとってみれば、飼い主は親のようなモノで。
哀しかったけれど、秀幸はその家を出て来た。




「で?行く当てはあんの?」


僚の問いに秀幸はニコニコ笑いながら、首を横に振った。








僚と香の2人の世界に。
兄貴が登場した、春の日の事だった。











槇ちゃん、生きてました。
このシリーズ、気まぐれに続きます。

[ 2013/01/12 19:26 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

お題07. 苦笑い

僚がいつも日課のナンパから帰ると、玄関ドアの外まで美味しそうな匂いが漂っている。


あ~~~、今日は腹ペコだぁなんて思った日には。
ガッツリと揚げ物がメインだったり。

なんか、昨夜飲み過ぎたから、アッサリしたモンが喰いたいなぁなんて思った日には。
アッサリした野菜中心の和食だったり。

今日は寒ぃな、と背中を丸めて帰った日には。
モクモクと湯気を立てたアツアツの鍋料理だったり。


相棒の言葉に従って(まるで子供扱いだ)、洗面所で手を洗いながら。
僚は気が付くと、苦笑する。
どうして香は。
こんなにも、自分の食べたいモノが解るんだろう。
まるで、超能力者だ。
こんな所は妙に鋭いクセに、肝心な所が鈍感で。
自分の気持ちを言葉にするのが、人一倍苦手な僚は。
どうせなら。
俺のこの気持ちも、その超能力で嗅ぎ取って欲しい。と思う。















香はいつも、何か起こる度に。自分自身の不甲斐無さを責める。
僚の相棒として、力不足の役立たずだと思っている。
僚を危険に曝す、弱点だと思っている。


依頼を終えた帰り道の車の中で。
地下の射撃場で。
夕暮れの屋上で。


必死に涙を堪えている香を、僚は知っている。
少しでも追いつこうと的を睨む香を、僚は知っている。
どうしても堪えきれない気持ちを1人吐き出す香を、僚は知っている。
だけど。
知らないフリをする。
そっとその背中を見守りながら、苦笑する。


守ってやれば済むのかもしれない。
依頼人の女達のように。
けれどそれは多分、香に対する冒涜だ。
どうして香は。
こんなにも、自分の力が解っていないのだろう。
僚にとって、依頼人にとって、香が居る事で救われた事は幾らでもある。
思っている事を素直に言えない僚は、いつだって心の中では相棒に感謝している。
相棒を信じている。
この世で誰よりも。



僚はいつも、苦笑する。
自分ではそんな自分の表情など、無意識だ。
擽ったくて、照れ臭くて、遣る瀬無くて、居た堪れなくて、痛々しくて、愛おしい。
好きだけど、ムカつくし、バカじゃねぇのと思うケド、神々しい。
結局の所、好き過ぎて狂おしい。
泣きたいような笑いたいようなそんな気持ちを、表情1つで表せば。

苦笑い。













今日もまた、飲んだくれて帰った僚を待っていたのは。
半分眠りこけた、パートナー。
随分無防備に、風呂上りのパジャマ姿でソファに丸くなっている。
シャンプーの甘い薫りを漂わせ、酔った僚を強力に誘惑してくる。

どうして香は。

僚は思わず、フラフラとソファに近付いて、その柔らかな薔薇色の頬をそっと撫でる。






香が小さく身じろぎをして、薄く目を開ける。
ギョッとした僚はしかし、思わず固まってしまい身動きが取れない。
薄い瞼が持ち上がり、赤茶色の澄んだ瞳が僚を映す。
映り込んだ僚は、苦笑い。




どうして、りょおは。



香は寝起きの良く回らない舌と頭で、ボンヤリと言った。
寝起きの制裁ハンマーは、今日は無いらしい。
僚は思わず、ホッと胸を撫で下ろす。



どうして、いつもそんな。  困ったみたいな顔で笑うの?



撫で下ろした僚の胸は、再びざわざわとイヤな感じに騒ぐ。
苦笑いの根源は、そもそも己の情けなさの表れで。2人の関係の曖昧さの象徴で。
そんなド直球で訊かれて答える事が出来るのなら、そもそも苦笑いなんかしない。



そんな顔って、俺どんな顔してる?



そう言って、ますます苦笑する僚に。
香がふわりと近付いた。
石鹸の匂いの両手で、酔っ払って火照った頬を包む。
僚の内側が、ざわざわと波を立てる。心に火が点る。



こんな顔。



僚は多分、酔っていて。
相手は、ここ何年も焦がれに焦がれ続けた最愛の女で。
火照った頬に、ヒンヤリした指先が妙に心地良くて。
だから。
もう我慢をするのは、止めようと思ってしまった。







じゃあ、俺の事。笑わせてよ、心から。




そう言うと、僚は艶やかな唇に口付た。
もう、苦笑いはしない。












必殺・初チュウ噺♪
今回は、酔いに任せて・ヘタレ仕立てで。(テヘ)
“苦笑い”って、意外に難しいテーマでしたっっ
[ 2013/01/13 18:52 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題78. え?

・・・今、なんて言ったの?僚。











それは、何の変哲も無い、いつもの夕食後のリビングでの事だった。
香は毎週何となく惰性で見ている、バラエティ番組を見ていた。
僚は隣でボンヤリと、香の淹れたコーヒーを飲んでいた。
時刻は、21:00を過ぎた頃。
いつも通りなら、そのコーヒーを飲み干したら、僚は出掛けるだろう。
香は少しだけ淋しいと思うケド、僚のプライベートには干渉しない。
ツケでさえなければ、香に僚をとやかく言う筋合いは無い。(・・・と思う、多分。)


5日ほど前に、少しだけ大きな依頼を解決した。
暫くは、依頼が無くても困らない程度には、報酬も頂戴した。
この数日の僚の飲み代は、どうやら現金で支払われているらしい。
それ以前のツケも、結構な金額だったけれど報酬が支払われてすぐに、香が返して回った。
僚が歌舞伎町のあらゆる店で、ツケで飲食をすれば、
店側から香に、直ちに連絡が行くシステムになっている。
香が僚の相棒になって、早数年。
僚の立ち回り先の飲み屋で、香の息がかかっていない所はほぼ無い。
僚とてそれは、先刻承知で夜遊びをしているのだ。


果たして僚が、香の掌の上で上手い事転がされているのか。
はたまた、裏の裏を書いた僚の相棒に対する、遠回しの絶対服従の姿勢なのか。
誰にも、本当の事は解らない。
しかし、ツケが膨らんで来た頃に、絶妙なバランスでそれは回収され。
そしてまた、数カ月かけて膨らむ。
その繰り返しで。
歌舞伎町と冴羽商事の、絶妙な関係が保たれている。


僚はチラッとテレビの置かれたキャビネットの上の、置時計を見遣る。
香は楽しそうに、時々声を立てて笑いながらテレビを観ている。
いつもなら、もうそろそろ。
僚は外に出る時間だ。
それは、僚にとって惰性の習慣で。
僚とてたまには、何となくこうして相棒の隣に座って、ボケッとしていたい時も実はあったりするのだ。


一度だけ。
勢いで僚は香に、“愛する者”だと言ってしまった事がある。
あの時はお互いに、少しだけ盛り上がっちゃってたし。
目の前で、結婚式なんか見たすぐ後だったし。
周りの悪友たちから、そうで無くても散々冷やかされたりしてもいたし。

だから、多分。あの時は僚も香も、少しだけ冷静じゃ無かったんじゃないかと、僚は考えている。

否、香に惚れている事は今更、僚とて自覚していない訳では無い。
勿論、あの時の言葉には嘘は無い。
僚にとって香は、相棒であり最愛の女であり、家族で。
香を守る為ならば、僚は何だってするつもりだし。
何が何でも生き延びるつもりだ。


けれど。
それと、日常生活はまた別の話しで。
だからと言って、急にオトコ面して香に手を出してイイもんか。
僚には正直、良く解らない。
今の所、表面上は2人の間には、何ら色っぽい変化は無い。
むしろ、僚は以前にも増して、香に対してはストイックである。
しかし、以前のように香に対して、男扱いするような言動はさすがに控えている。
というより、出来なくなった。


香がどうこうという以前に、僚が我慢できないのだ。
惚れた女を侮辱するような言動は。たとえ、自分自身であっても。
勿論、ハッキリ言って手を出したいのは、やまやまである。
けれど。
馬鹿げているかもしれないが、僚は畏れているのだ。
香を傷付けるのではないかと。
香に否定されるのではないかと。
香を失ってしまったらどうしようと。
だから、頭の中は煩悩で溢れているにも関わらず、どうしていいのか解らないのだ。


僚はこうして、ぬくぬくと平和なリビングに居て。
隣で香が笑っていて。
ずっと、その場に居たいという反面、何かを壊してしまいたい衝動に駆られる。
だから、取り返しのつかない事になる前に、飲みに行く。

飲みに行く⇒朝帰り⇒叱られる

このパターンなら、僚もお馴染みで。
明日を怖がらずに、夜を越せる。
香はきっと知らないだろう。
百戦錬磨の遊び人の、凄腕の殺し屋が。
毎晩、怖くて堪らないほど、相棒に惚れているなんて。


壊してしまいたいモノは。きっと、
2人の間の年月という名の古い壁。
正直になれない臆病な自分。


唯一、必要なモノは。
今というぬるま湯を飛び出す勇気。


唯一の光明は。
100%じゃないかもしれないケド、多分、相方も同じ事を考えているんじゃないかという淡い期待。






試しに、ちょっとだけ。
カマをかけてみようかと、カップの残り少ないコーヒーを眺めて僚は思う。
丁度良く、相棒はイイ感じにテレビに意識を傾けている。
不都合な事態になれば、適当に誤魔化してしまおうか・・・


なぁ。


ん~~?なぁに?


相棒は、テレビに視線を寄越したまま、返事する。
その直後、笑いの神が降臨したリアクション芸人のハプニングに、
香はまたしても、声を立てて笑う。


好きだ。


自分でも、せこいな。と、僚は思う。
器小さすぎだろ?と。
確信犯だ。
相棒が爆笑した隙に、一番大切な言葉を呟く。
聴き取って貰いたいような、聴かれたく無いような。
伝えたいようで、秘密にしときたい。
惚れているけれど、一番近くでひっそり見ていたい。
やりたいけど、嫌われたくはない。
矛盾した無数の僚の、感情と願望。


・・・え?今、なんて言ったの?僚。


もう香は、テレビ画面は観ていなかった。
澄んだ茶色の瞳が、僚を見詰める。
一瞬だけ、2人の視線が絡まる。
僚はワザと、視線を外す。
喉が有り得ない程に、乾いている事に気付く。


え~~と、風呂沸いてるか?


へ?お風呂?・・・うん、沸いてる。


じゃ、じゃあ風呂入るわ。


あ、うん。今日は、飲み行かないの?



僚は思わず苦笑する。
そりゃあ、毎晩あんだけ夜遊びしてりゃ仕方が無いケド。
たまには、家に居たっていいだろ?と。
まぁ、自業自得だけれど。


あ?たまにはね。


ふ~~~ん、珍しい。


悪かったな。


僚はそういうと、香の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
こんな風に、如何にも妹扱いなら、すっかり板に付いている。
香もキャイキャイ言いながら、訝しむ事も無い。
けれど、油断は禁物だ。
不用意に香に触れ過ぎては、僚の歯止めが効かなくなる。
良き所で、理性という名のブレーキをかける。
その度に、僚の胸の奥が悲鳴を上げる。


ふふ。似合ってるぞ、爆発ヘアー。


ベェッだっっ、僚のばか、ばか。


いつもの空気に戻した所で、僚は腰を上げる。
この後は、風呂場で自己嫌悪を洗い流すだけだ。
けれど、僚がリビングから出る直前。
僚のリミッターを壊したのは、相棒だった。



私も好きだよ、僚。



振り返った僚に、香はまるで出逢った頃と変わらない悪戯っこのような眼差しでそう言った。
言った後で照れ臭そうに、えへへ。と、鼻の頭を掻いている。
僚は無意識だった。
部屋の中へ踵を返すと、相棒を抱き締めた。
勢いじゃない。
ただの種族維持本能でも無い。
平和なリビングで。
いつものテンションで。
まるで呼吸をするように、気持ちを伝えたかったんだと、僚は漸く気が付いた。













カオリンの方が、意外に潔い気がします。
リョウちゃんがヘタレなほど、萌えるんです(あぅ)




[ 2013/01/14 22:46 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題65. 憧れの存在

その日、ミック・エンジェルは大手町のとある新聞社での用事を済ませた帰りだった。
午後の中途半端な時間にも拘わらず、新宿駅は行き交う人でごった返している。
そんな中に、彼女はいた。



遠目にも良く判る、ミックの憧れの人。
それはホントに、ただの憧れで。
今となっては、淡い初恋の面影を纏った、捻くれ者の悪友の最愛のパートナー。
ミックの初恋は、叶わぬ恋だった。
けれど、初恋の君は。
想いを受け止めてくれる事こそなかったけれど、ミックの命を救ってくれた。


真っ白な透き通るような肌。
赤茶色の柔らかなクセ毛。スラリとした、長身の均整のとれたスタイル。小さな顔。
くすんだ赤のスキニーパンツを穿いて、黒い革のサイドゴアのブーツを履いている。
今日は珍しくピッタリとした、黒い革のライダースジャケット。
首にはグルグル巻きにした、薄いグレイのモヘアのロングマフラー。
ジャケットのポケットに両手を突っ込んで歩くかの初恋の君は、まるで美少年のようだけど。
正真正銘、れっきとした大人の、それも超が付くほどイイ女である。


ミックには、この世で一番大切な恋人がいる。
自分の命を引き換えにしてでも、護りたい彼女がいるけれど。
それとはまた違う次元で、香に惹かれている。
ミックにとって、香は。
1人だけ、どういうカテゴリーにも分類する事が出来ない。
香は、香で。
それはもう、もはや恋では無い。

真理だ。

星がそこに存在するように。
地球上に空気が満ちている様に。
満開の花がいつかは萎むように。
水が高い所から、低い所へ流れるように。
まるで当然の如く、槇村香はミックの五感に激しく訴えかける。
ただ、そこに居るだけで。



多分、彼女は。
ミックが声を掛ければ、パァッと輝くような笑顔を見せて人懐こく笑うだろう。
今帰り?なんて言って、さり気なく隣に並んで他愛も無い話しに華が咲くだろう。
もしも、この近くにヤツがうろついてたら。
そんな2人を見付けるや否や飛んで来て、何だかんだ言いながら間に割り込んで来るだろう。
こんな、未来を。
昔のミックと、元相棒(現・彼女の相棒)は一体、思い描いていただろうか。
こんな、まるで。
青いガキみたいな、透き通った憧れを抱くなんて。


ミックはもう少しだけ、彼女に気付かれないように、静かに見詰める事にする。
星や花を愛でるような気持ちで。















香は洗濯物を干そうと思って、籠を抱えてリビングに足を踏み入れた。
まだ午前中早い時間。
僚が珍しく、起床している。


何度だって、いつだって、誰より一番見慣れている筈の男は。
フトした瞬間に、香を魅了する。
肌寒い冬の朝のリビングで、僚はジーンズに白いTシャツ1枚で。
ソファに座って、新聞を読みながら、煙草を吸っている。
香の淹れた熱いコーヒーを、時折口に運ぶ。


薄っすらと陰翳を作る、形の良い喉仏。
Tシャツから伸びた、まるで標本のような、人体の見本のような、筋肉を纏った両腕。
煙草を咥えた、薄いようで意外と肉厚な柔らかな唇。
新聞を捲る、しなやかで大胆でセクシーな指先。
起きて来てすぐにシャワーを浴びまだ少し湿った、黒くて艶やかな癖のある髪の毛は、
見た目以上に柔らかい。


あの身体全てが。
昨夜は香を翻弄して、満たした。
それは、つい数時間前の出来事で。
香はまるで、自分だけがいつだって僚に魅了されていると感じる。
気が付くと香は、ホンの一瞬で僚を観察し、妄想を巡らす。
その手の感触や、唇の柔らかさや、絡み付く腕の力強さを思い出す。
まだまだ、今からやらなきゃいけない家事は山ほどあるのに。
あの腕の中が、恋しいと思う。そこは、香だけの場所で。
もう香は。
僚に抱かれる以前の世界を、忘れてしまった。


それはきっと、言葉で表すなら憧れで。
香は初めて僚に逢った、あの10代の頃から、ずっと僚に憧れていて、恋している。
今現在もまだ。




なに?


僚がニヤッとして香に問う。
まるでたった今香が考えていた事を、見透かすように。
香は少しだけ、ドギマギする。
まさか、こんな朝っぱらから、もう僚が恋しいだなんて。
何もかも放り出して、あの腕の中で甘えていたいなんて。
バレたら、恥ずかし過ぎて死んでしまう。


・・・珍しいな、と思って。こんな時間に僚が起きてるの。

じゃ、もう一遍、二度寝する?2人で。


ふふ、と笑いながら、僚は冗談とも本気ともつかない事を言う。
多分、香の深層心理などすっかりお見通しだ。



私は僚みたいに、暇じゃないの。



自分でも可愛くないな、と思いながら香はベランダへと出る。
でも少しだけ、口元が綻ぶ。
憧れ続けた男は今、自分の恋人で。
毎晩、一緒に眠り。
毎朝、一番に顔を合わせて。
毎日、彼の食べる食事を整え。こうして、パンツを洗う。
優しい所も、偉大な所も、ムカつく所も、しょうも無い所も全部、解っている。


解っていても尚、憧れを抱き続けられる存在。
香は一生のうちに、そんな相手に巡り逢えた事に感謝している。















僚には、ずっと焦がれ続けて手に入れられない、大事過ぎる女がいた。
大事にし過ぎて、極限まで我慢して、結局の所耐えかねて手に入れた、最愛の相棒。
彼女は僚の、神様だ。
本人に言ったら、嫌がるだろうケド僚はそう思っている。


朝、飲み過ぎて混濁した意識の中で。
彼女の気配を階下に感じる。
掃除機をかける音、スリッパの軽い足音が廊下を行き来する。
仄かな朝食の匂い。
清潔な石鹸と柔軟剤の匂い。
ブラインドの隙間から入り込む、朝陽に似合う彼女の気配。


昼、住み慣れた街の雑踏の中で。
彼女の存在を常に意識する。
人混みに呑まれそうな駅の構内で。
通い慣れたいつもの喫茶店で。
最寄りのコンビニで。
行きつけのスーパーで。
彼女の残像を、捕える。無性に、彼女を求めてしまう。


夜、温かで親密なベッドの中で。
確かな彼女の生身の体を抱き締める。
昼間の、己の手の中からすり抜けて行ってしまいそうな、不確かな残像を払拭する。
シッカリと抱き留めて、その存在を心に刻む。
彼女の澄んだ、潤んだ瞳に、自分だけが映っている事を確認する。
何度でも。


僚は香に憧れている。香の澄んだ瞳と心に。
香のようになりたいと、香のようでありたいと、心から願っている。
僚は香の存在に、人間がどうあるべきか。その生き方、死に方を考えさせられる。
自分のような人間にも、何らかの与えられた使命があるのではないかと思い起こさせる。
初めて逢ったあの時から、ずっと僚は。
香に憧れている。






青く輝く惑星の、猥雑で濃密な都会の片隅に。
透き通った純度の高い憧れの結晶が、今夜もネオンに紛れて瞬いている。














皆、心の中に何がしかの憧れを抱いているのだと思います。
[ 2013/01/15 20:42 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

雪の日の過ごし方

肩口にスゥッと、冷たい空気が触れて僚は目覚めた。
ついさっきまで、ポカポカと温もっていた布団の中は、少しだけ心許ない。
瞼はまだ閉じたまま、僚は片手だけで熱源を探る。
ほんのり温かい相棒の気配と共に、僚の手に触れたモノはネルの厚手のパジャマと、
モコモコの靴下に包まれた香のふくらはぎ。


???


昨夜2人は珍しく、一緒にお風呂に入った後は何もせずに眠った。
(しかし勿論、チュウはしたし。そもそも、お風呂の中でやる事はやった。)
香は湯船の中に、オレンジ色のバスソルトを溶かした。
柑橘と松脂が混ざったような爽やかな薫りとは裏腹に、芯から体が温まるので、
香は寒い日は、そのバスソルトがお気に入りだ。
湯船の中で2人は、ゆっくりと時間をかけてセックスをした。
風呂上りの洗面所では、お互いの髪の毛を乾かし合って。
お揃いで色違いの歯ブラシで念入りに歯磨きをし。
シッカリとパジャマを身に着けると、そのまま抱き合って眠った。


だから僚も今朝は、キッチリとスウェットを着ている。
流石に僚は香のように靴下までは履かないけれど、スウェット上下とインナーにTシャツというのは、
僚にとっては、真冬の装備である。
布団の中で僚がもぞもぞと動く気配に、窓の外の光景に釘付けだった香が、ベッドの方を振り返る。
少しだけ眠たそうな目をした、いつもより無防備な僚と目が合う。
柔らかで真っ黒な髪の毛は、寝グセでボサボサだ。



おはよう、りょお。

ぉはよ、・・・ぁふっっ。何してんの?

雪が、降ってるの。



もう既に、しっかりと目覚めている香は。
ブラックウォッチのネルのパジャマの上に、頭から毛布をスッポリと被って、
ニッコリと笑いながら、そう言った。
(肌寒い原因は、これだった。すっかり温まった毛布は、熱源と共に布団から抜け出していた。)
香はベッドのすぐ上の窓の外を、飽きる事無く眺めている。
昨日の夕方のニュースでは、確かに今朝は冷え込むとは言っていたけれど。
この雪に関しては、言及していなかった気がする。
ブラインドは半分ほど上げられ、枕の上に膝立ちになった香の長い膝下だけが、布団の中にいる。
時間の割に、心なしか明るい外光に。
きっと、積もっているだろう事は予想がつく。



さみぃよ、カオリン。

凄いょ、積もってる♪

風邪、引くよ?

ねぇねぇ、僚も見てみて?



まるで小学生並みにテンションの上がった彼女は、会話が噛み合っていない事すら気にしてない。
思わず僚は、苦笑する。
口を薄っすら半開きに開いて、窓の外に夢中な恋人の横顔に見惚れる。
僚は、自然現象にまで嫉妬する己に、内心呆れてしまう。


僚は意を決すると、勢いをつけてガバリと起き上がる。
軽い羽毛布団を頭から被って、そのまま香を背中から抱き締める。
外側から、羽毛布団⇒僚⇒毛布⇒香という、4層構造だ。
香の頭に掛かった毛布を捲って、寝グセで落ち着きのない柔らかな猫毛に顔を埋める。
深く息を吸い込んで、甘やかなシャンプーの薫りを楽しむ。



こんなに降ったのいつ以来かなぁ、凄いねぇ、りょお。舗道も真っ白だよ?

んん。そうだね。



僚は勿論、窓の外など見ずに答える。
ちょうど香のうなじ辺りに、僚が端正な鼻筋を埋める。
ほっそりと長い首筋に、優しく唇を這わす。
香はクスクス笑いながら、擽ったそうに首を竦める。



・・・って、見てないでしょ?りょお(笑)



そう言うと香は、僚の腕の中でクルリと振り返る。
温かな繭のような寝具の中で、2人は見詰め合う。
言葉も無く、僚が香に口付る。
一体どの位、窓辺でそうしていたのか。
艶やかなジェリービーンズのような唇は冷えていて、僚の頬に当たる鼻先も真っ赤だ。
しかしながら。
僚の濃厚な朝のアイサツは、あっという間にそんな彼女に火を点ける。


冷え込み厳しい真冬の早朝に、2人は自前で温め合う。
暖房は要らないらしい。
外には相変わらず、冷たい雪が降り続けているけれど。
温かなベッドの中で、2人はまるでチョコバーみたく、少しづつ甘く溶け始める。
我を忘れる。
2人には、時間など幾らでもあって。
雪が降ろうが、嵐だろうが、電車が止まろうが、路面が凍ろうが関係無くて。
こんな日は、この温かな我が家に籠るに限る。


彼らがその温かなベッドを抜け出すのは、まだもうあと数時間後の事である。











夜しなくても、朝するんです(笑) 多分。
[ 2013/01/17 14:33 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

続・雪の日の過ごし方

年季の入ったダルマストーブの上に、ステンレスの薬缶が乗せられ加湿器代わりに湯気を上げている。
冴羽アパートのダイニングキッチンは、雪が降るような寒い日には底冷えがする。
その古めかしい石油ストーブは、槇村家で香が物心つく以前から使われてきたモノだ。
それでもここ数年、灯油の価格は以前よりも高騰しているので、
本当に寒い日にしか、香の使用許可は下りない。
いつもならエアコンで我慢する所だが、
流石に今日は香のお許しも出るだろうと思いながら、僚はスウェットのままでキッチンに立っている。


昼とも朝とも言えない、午前11:00
香は未だ、7階寝室のベッドの中にいる。
窓の外には、久し振りの大雪。
毎年、雪がちらつく事はあっても、これだけ降り積もるのは数年振りだ。
この時間でも溶ける様子も無いし、時々、思い出したかのようにまた降り出す。
きっと、今日は1日こんな調子だろう。
僚はオムレツを作りながら、香が起きて来たら多分。
屋上に行こう。と言うだろうと予想している。
屋上には恐らく、真っ白な雪が積もっているだろう。


明け方、香は寝室の窓から外を眺めていた。
僚よりも随分早起きした香は、今はすっかり夢の中だ。
昨夜、早目に寝た2人は、早起きしてエッチした。
僚の愛撫に翻弄されながらも、香は途切れ途切れに、後で雪だるま作ろうね。と言った。
どうやらこの大雪が楽しくて、頭の中は雪の事で一杯だったらしい。
僚はそんな事を思い出しながら、1人ニヤニヤしている。
冷蔵庫の中を確認して、僚は余った残り野菜を取り出す。
寒いので、ミネストローネを作る。


僚が初めて雪を見たのは、大人になってからだった。
北米に渡ってすぐの1~2年ほどは、殆ど南部に居たので南米とさして気候的には変わらなかった。
東部に移ってから(ちょうどミックと組んでいた時だ)、初めて雪を見た。
僚にとって雪は、ただ寒くて不便なだけで。
香のように雪にまつわる楽しい出来事など無く、少しだけ。
無邪気な香が羨ましかった。
それでも、香と過ごしているこの数年。
何度か、こんな風に雪が積もった事もある。
2人の関係が恋人に変わってからは、もしかすると初めてかもしれないけれど、
プラトニックな時代も、はしゃぐ香に付き合って屋上で雪遊びをしてきた。
面倒臭ぇな、なんて言いながら。
それは結構、楽しい思い出だ。
僚の冬の日の雪の思い出は、全部香と一緒だ。


僚は小さめの片手鍋にミルクを温めながら、ミルでコーヒー豆を挽く。
サーバーもセットして、大きめのカフェオレボウルを2つ、薬缶のお湯を入れて温める。
カフェオレを淹れて、パプリカを入れたオムレツと、ミネストローネ。
トーストは、香が起きて来てからトースターに入れる。
起き抜けの濃厚なスキンシップに、グッタリと疲れて二度寝した恋人をベッドに残して。
世界№1の呼び声高いスイーパーが、恋人の為にブランチを作る。
僚が作ったオムレツを食べる事が出来るのは、この世でただ1人、槇村香だけだ。


カフェオレボウルの中で、濃い茶色とアイボリーが混ざる頃。
香が、漸く起きて来た。
ドアを開けてキッチンに登場した香もまた、パジャマ姿で。
パジャマの上から、僚の大きなウールのセーターを着ている。
キッチンに入って真っ直ぐに、ストーブの前に座り込む。



おはよう、ご飯ありがとぉ。

まぁ、たまにはね 御代はチュウでイイよ。

/////よ、よかった。僚が先に起きててくれて。キッチンが温かい。

・・・話し、逸らしたな(笑)



香は僚の言葉は聞こえなかったフリをする。
クンクンと、鼻を鳴らして。
お腹減ったぁ~~、と笑う。
僚は天真爛漫な相棒にクスリと笑いながら、食パンをトースターに入れる。
いつもなら、逆の立場だけれど。
こうして惚れた女に尽くす事が、結構幸せなのだという事に香と暮らして初めて気が付いた。


誰かと食事を共にする。
誰かと会話する。
誰かと雪を眺める。
誰かが思いやってくれる。
誰かが気に掛けてくれている。
誰かに必要とされている。
誰かに愛されている。
誰かを愛している。
誰かと生活する。


それは僚が昔、想像していたモノより。
快適で、暖かく、心強く、幸せで満たされる事だった。
雪の日が寒くて、不便なだけでは無くなった。
寒ければ寒いほど、2人の距離は近くて温かい。



カオリン。 パン、焼けたよ。

ねぇ、りょお。ご飯食べたら、屋上で雪だるま作ろう?



思い描いた通りに、幸せな日常が流れてゆく。
僚は想像通りの香の言葉に、一頻り爆笑した。










雪の朝のお話し、続いちゃいました(テヘ)

(追記)
※ダルマストーブなんですが、調べてみたら薪ストーブの事を言うらしいです。
 ワタシのイメージとしては、石油の、昔学校の教室とかに置いてあったヤツです。
 あれの事、ダルマストーブって呼んでたような気がします・・・
 あのストーブ、ウチに欲しいなと思うケド。
 如何せん、電気ストーブでも要監視状態なので無理でごわす


[ 2013/01/18 22:48 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

三度・雪の日の過ごし方

ねぇ、りょお? 晩ご飯なに食べたい?



香がリビングに置かれた長方形のコタツに潜り込んだまま、僚に訊ねる。
香はコタツの短辺側に、肩までキッチリ潜って、
お気に入りのクッションを枕に、半分眠ったような表情で僚を見上げる。
僚は長方形の長辺側、テレビの真向いに座って新聞を読んでいた。
コタツが出されている冬季限定で、リビングは禁煙だ。
香曰く、コタツ布団に引火して火事になったら大変だから、との事。
ニュアンスとしては、ベッドで禁煙というのと近い感じか。
お陰でこの1~2ヶ月、僚はベランダか、屋上か、キッチンの換気扇の下で煙草を吸っている。
何処のホタル族かって言う話である。
2人に自覚は無いが、もはや彼らは立派な夫婦である。
僚は香の問いに、新聞から視線を移して香を見遣る。
眠たげにボンヤリした瞳に、思わず笑みが零れる。



ん~~、何でもイイけど。なんか、温まるモンが喰いたい。

・・・うん。それに関しては、異議なし・・・ふぁっ(欠伸)



リビングの片隅。
ベランダに続く掃出し窓のカーテンレールに、丸いプラスチックの洗濯ハンガーがぶら提げられている。
そこには、2人の毛糸の手袋にニット帽、マフラーがピンチに挟まれて吊るされている。
2人は僚お手製のブランチを食べた後、屋上に上がって雪だるまを作った。
途中、どっちが上手く作れるか勝負しようと香が言い出して。
今現在、冴羽アパート屋上には2体の雪だるまが鎮座している。
その他にも、香は手摺の上にも小さな雪だるまを並べ、時間を忘れて雪遊びをした。
2人が再び、キッチンのストーブの前に戻って体を温めながら、
ココアを飲んだのは、雪遊び開始から2時間後の事だった。
それから、リビングのコタツに場所を移し、少しだけ昼寝して。
今現在、16:07
いつもなら、もうそろそろ夕飯の準備に取り掛かる頃合いだ。



買い物行くの、お外寒いなぁ。



そう言ってポツリと呟く香の声は、クッションに埋もれてくぐもっている。
その上、まるで寝起きの子供のように、眠たそうに舌足らずだ。
僚は新聞を折り畳むと、ゴロリと寝そべる。
コタツの脚が2人の間に立ち塞がってはいるものの、香のふわふわの猫毛に頬を寄せる。
すっかり温まって薔薇色の頬を撫でながら、僚が香を甘やかす。



たまには、車で遠くのスーパー行く?

・・・ん~~、でも混んでるよ。この調子じゃ。

あ、そっか。



僚は香の額にキスをする。
確かに、積雪に不慣れなこの大都市の住人達は、雪道の運転にも勿論、不慣れで。
常日頃より夥しい渋滞の街並は、更に輪をかけて混んでいるだろう。
やっぱり、寒い中徒歩で買い出しか。



冷蔵庫の在庫一掃を兼ねて、お鍋にする?

お、それはそれでアリだな(笑)

じゃあ、そうする。



香はそう言って、ニンマリ笑う。
肉・魚は、大抵冷凍してストックしてある、せめて野菜だけでも新鮮なモノを使いたいけど。
寒い中の買い出しと、冷蔵庫にある在庫を天秤にかけて。
香はもう少し、この温かなリビングでぬくぬく過ごす事を選択する。
豆腐もあるし、締めのうどんは冷凍も乾麺も両方ある。
ご飯を入れて、雑炊という選択肢もある。
今日は手抜きと経費節減を兼ねて、カオリン特製残り物鍋に決定だ。



カオリン、眠そうだな。

・・・うん。ちょっと、調子に乗ってはしゃぎ過ぎた(反省)

やっと気付いたか(苦笑)



僚はそんな事は、明け方のベッドの中でとっくに気付いていた。
この少し、天然のいつまでも可愛い恋人(実質・嫁)が、僚は大切なのだ。
自分の命より。
額にくっ付けたままの唇を、少しだけ下に移動させる。
柔らかな口付をゆっくりと繰り返す。
途中、お互いにクスクス笑いながら。
今夜の予定は。この後、





18:40頃、コタツで鍋を食べる。
21:00頃、2人で風呂に入る。
       入浴剤は、クナイプのオレンジリンデンバウム。
       湯船の中で、時間をかけてセックスをする。
22:15頃、脱衣所で2人、髪を乾かして、歯磨きをする。
22:30頃、戸締りと火の元を確認して、警報装置を深夜警戒モードに切り替える。
22:35頃、就寝。
       寝るとは限らない。何しろ2人は、昼寝し過ぎだ。


今夜はきっと、長い夜になるだろう。
2人の温かなベッドルームで。











おおっっと、雪の1日で3話も続いちゃった(汗)
結局、1日イチャついてるだけの2人です(爆)
[ 2013/01/19 20:09 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

第1話 気付いてしまった事

※ このお話しは、全4話のお話しです。設定は、いつもの2人。
  原作以上、恋人未満。モヤモヤ期の2人です。


















槇村さん。

はい。



ボクと、結婚を前提にお付き合いして戴けませんか?









え?








3日前、僚がナンパに繰り出し、香が1人ののんびりした午後をリビングで過ごしていると。
1本の電話が入った。
元依頼人からだった。
香に折り入って、話したい事があると。

『僚も、同席した方がイイですか?』

そう訊いた香に、電話口で彼がフッと笑った気がしたけれど。
その時の香は、さして気にも留めなかった。
いえ、槇村さんに用があるので。
そう言った彼の言葉を、香は深く考えもせずに待ち合わせの時間と場所をメモした。




そして今、香の目の前には爽やかに微笑む元依頼人の男が座り、薫り高いコーヒーを飲んでいる。
僚ほどでは無いけれど、スラリとした長身。
柔和なタイプだけれど、世間一般的にはイケメンと呼ばれるだろう面差し。
見るからに上等な恐らくは、オーダーメイドのスーツ。
襟元に、ひまわりと天秤をモチーフにした、金色のバッヂ。
彼は香と結婚したいらしい。

香にとっては、まさに青天の霹靂である。

ポカンとして虚空を見詰める香とは対照的に、彼はニコニコと笑っている。
依頼遂行中に香は、彼がフト亡き兄とよく似た雰囲気を醸していると思った事があったと思い返す。
とても真面目で、優しいヒトだったと記憶している。
しかし、一方で。
何故???
という言葉が、今現在香の脳内を駆け巡っている。
3か月前、彼が冴羽アパートに泊まり込んでガードをしていた2週間の間。
そんな素振りは勿論、色恋めいた話題すらした覚えは無い。
それが今になって、何故。突然。





あの~~~。

はい。

何で、でしょうか?

何が?

いや、だから。どうして、ワタシ???



香はあんまり呆けていても埒が明かないので、取敢えず事の全容を把握するために訊いてみた。
彼は、そんな香にニッコリと微笑むと、簡潔に答え始めた。






槇村さんは、スタイルが良くて美人だし、
お料理もお上手で、
明るくハキハキしていて、優しくて、笑顔が美しいからです。
アナタとこれから先、生きて行かれたらきっと幸せになれるだろうと思ったからです。
初めてお会いした時から、素敵な人だと思ってました。






あまりの褒め言葉の連発に、香は徐々に真っ赤になる。
普段、褒められ慣れていないので、あからさまに動揺する。
内心では、少しだけ訝しむ。
この人、何が目的なんだろうと。
そして、そんな自分に嫌気がさす。
人の言葉を、額面通りに受け取る事を、最近少しだけ忘れ気味だ。



・・・ボクはむしろ、どうしてアナタがあのような仕事をしておられるかの方が不思議です。



彼がそう言ってニッコリと笑うのを見て、香は突然冷静になった。
一気に、気持ちが固まった。
この目の前の、常識的で良心的で友好的で好意的な彼は。
完全に。
棲む世界の違う、生き物だ。と。














香はキッパリと、彼の申し出を断った。
彼もそれ以上は、深く追求する事も無く話しは済んだ。
せめて何か奢らせて下さいという彼の言葉に甘えて、
若い女性になかなかの人気だという、そのカフェのワッフルをご馳走になった。
きっともう、二度と会う事も無い人。
香の人生には一切関係の無い人。
甘いモノをご馳走してくれた人。



香は何故だかハッキリと、この事は僚には言ってはいけない事だと思った。
帰り道。
ふと立ち止まって、香は少しだけ泣いた。
気が付いてしまったのだ。
わざと見ないようにして、これまで生きてきたある事に。









数ケ月前、奥多摩の湖の畔で。
僚に『愛する者』と、言われた。
お互いに生き延びて、何が何でも生き抜こうと約束した。
香はあの時に、改めて僚のパートナーとしてこの世界で生きて行く事を決意した。
兄の代わりでは無い。
足手纏いにはなりたくない。


僚が自分の相棒として、己を選んでくれた事実に少しづつでも応えようと思った。


だから、これから先の人生。
香は僚と同じラインの上に立っていられるように、一切の甘えは捨てようと思った。
結婚や、子供や、家庭や、そんなものと、僚との絆を天秤に掛けた時。
香にとって大事だと思えたモノは、僚との絆とこの仕事だった。
それはきっと。
出家をする尼僧のような心境なのかもしれない。
この世で幸せとされるものが。
僚の傍には無いのなら、そんなものは要らない。


そして、この数ケ月。
そう思いながら生活してきて、それが苦痛だったのかと言われれば、全くそんな事は無く。
むしろ、充実していた。
相変わらず少ない依頼の中でも、全力で僚のサポートをしたつもりだ。
その甲斐あって、ミスする事も無く。
少しは、僚の助けに成れたという実感もあった。


だからその事に気が付いて、香は余計にショックだった。











彼の申し出を断った理由。
彼とは棲む世界が違うから。
彼の事を、あくまでも元依頼人という観点でしか見れないから。
彼の事を、この先もっと知りたいとはどうしても思えないから。
彼の事は、好きでも何でも無いから。

好きな人がいるから。

好きな人は、殺し屋で。

自分はその相棒で。

僚の傍にずっといる為には。




香は僚が好きだ。
愛している。
だから、他人に交際を申し込まれて断った。
そこに僚は関係無い。
香自身の問題だ。
だけど、香は心の奥底で。
望んではいけないと封印してきた気持ちに出逢ってしまった。




僚に愛されたい。


自分が僚を想っているのと同じように、僚に想われたい。
そう思う事は、香に罪悪感をもたらした。
きっと、そんな邪な考えは。
僚が自分を相棒として受け入れてくれた事を、裏切る事では無いのだろうかと思う。

何が何でも生き延びる。

僚とそう約束したからには、それは守られなければならない。
自分の不手際で、自分が死ぬ訳にも、僚を危険に晒す訳にもいかない。
その為には、自分の我儘な恋愛感情など、邪魔なだけだと香は思う。
それでも、香にはそれを完全に捨て去る事など出来そうも無い。










あの時僚は、決してそんなつもりで香に愛する者と言った訳では無い。
ただ純粋に、愛しているからそう言ったのだ。
けれど、相手は槇村香である。
何処でどう間違って伝わったモノか。
香は今、僚の相棒としてこれまでに無く奮起している。
しかしそれは、香の心の中での出来事なので、周りの誰も知る由も無い。
勿論、僚も。




香は夕暮れ始めた街角で、罪悪感に苛まれながら涙を堪えるだけで精一杯だった。






(つづく)








カオリンの勘違いが、あらぬ方向に向いてます(合掌)
“愛する者”という言葉の解釈を巡る、彼女の勘違い噺は結構あるけれど、
コチラ方面は、あまり無いかなと思いまして・・・
元依頼人さんは、あくまでもそのキッカケ作りです(汗)

[ 2013/01/21 19:14 ] paradox(全4話+) | TB(0) | CM(0)

第2話 人伝に聞くと不愉快な話し

冴羽僚は今夜も、盛り場を徘徊している。


それは何も今に始まった事でも無いが、ここ最近は特に酷い酔い方をすると、
歌舞伎町界隈では、専らの噂だ。
まるで、愛しの相棒が待つあのアパートへ帰る事を、引き延ばすかのように。
しかし、そんな彼が最近よく行く立ち回り先は、ゲイバーか、至って普通のバーである。
綺麗なお姉様方が接客してくれる類の店へは、パッタリと足が遠のいている。
理由は特にない。
気乗りがしないだけだ。
厚化粧の、相棒と同年代かそれ以下の女たちを見て、僚が思うのは化粧っ気の無いパートナー。


化粧などしなくても、艶やかで紅い唇。長い睫毛。肌理細かい肌。
僚は近頃、己の忍耐力の限界を感じる瞬間がある。


数ヶ月前。
僚は気持ちの一端を解いてしまった。
ホンの一部。
僚の心のホンの氷山の一角が、水面に顔を出しただけなのに。
このたった数ヶ月で、僚の心は完全に溶解寸前だ。
こんな気持ちを僚は、今まで生きてきて初めて味わっている。
嫌なわけじゃない。
むしろ、心地良い。否、こそばゆい。切なくて、もどかしい。
多分それは、恋だ。


僚は香を愛しているし、そして同時に狂おしいまでに恋焦がれている。
湖の畔で言葉にしてから、なお一層恋は加速しつつある。


その店は、こじんまりとしてカウンターにボックス席が3つだけの、小さなゲイバーで。
その日僚が店に入ると、もう既にボックス席は埋まっていて、賑やかに盛り上がっていた。
僚はカウンターに座る。
ニッコリと微笑みながら、ママが僚のブランデーのボトルを棚から取り出す。
何も言わずとも、琥珀色の液体がグラスに注がれ、綺麗な丸に削られた氷が落とされる。
僚は受け取ると、クッと3分の1ほど呷る。
この店のママ(元男)が、細いメンソールの煙草を燻らす。
煙草を挟んだ指の先には、毒々しいまでのラメを含んだマニキュアが施されている。



ねぇ、リョウちゃん。

あ~~ん?何?

私この前、香ちゃんが男の人と一緒の所見掛けたのよ。

・・・男ぉ?

ええ、すっごいイイ男。あ、勿論、リョウちゃんもイイ男よ?でも、なんて言うの?知的な感じ?

・・・悪かったな。どうせ俺は、筋肉バカっぽいょ

誰もそんな事言って無いじゃなぁい(笑)ふふふ。リョウちゃんの場合、ワ・イ・ル・ドって言うの

フン・・・モノは言いようだな。




相方の目撃情報、しかも知らない男との密会現場と聞いて、僚の機嫌が一気に悪くなる。
無意識に眉間に皺が寄る。
ママ(元男・46歳)は煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、クスリと笑う。



そんなに心配なら、モノにしちゃいなさいな。香ちゃんの事。

あん?誰が? アイツが誰と会おうが知ったこっちゃねぇっつ~~の(苦笑)

あら。でも、そんな顔じゃ無いじゃない。ココん所、険しいわよ?



ママはそう言って、自分の眉間を指でさしながら笑う。
僚はますます、不機嫌になる。
残りの酒を一息に呷ると、ガタンと音を立てて席を立つ。



帰る。



そう言って店を出る僚の背後に、ママがにこやかに手を振りながら。
元気出してねぇ~~~、と脳天気な声を掛ける。




僚はトボトボと歩きながら、考える。
知的なイケメン。
一体、何処のどいつだと。


俺の女に近付こうなんて、良い度胸してんじゃねぇか(怒)


しかし、僚がこう思うのはあくまで心の中だけである。
これを言葉にして、相棒に伝えれば済む話だが、
そんなに簡単に済む話なら、6年間もモヤモヤしていない。







僚がその日2軒目のバーの、分厚いオーク材の扉を開けるとカウンターに見慣れた金髪が座っていた。
僚は何やら嫌な予感めいたモノを感じて、そのドアを開けた事を若干後悔した。
しかし入った瞬間に、堕天使とはシッカリ目が合った。
ココでUターンしたら、後々ますます面倒臭いので、何食わぬ顔でミックの隣に座る。



よぉ。

おぅ。



出だしは通常通り、大した事も無く淡々と言葉が交わされる。
主に、猥談である。
1時間ほどは、何事も無くゆっくりと酒を呑んだ。



あ、そう言えば。リョウ、お前。

あん?何?

カオリに捨てられるのも、時間の問題だな

・・・・・何だょ、それ(ムスッ)

実は、カオリのデート現場の目撃情報が、オレの元に続々と寄せられている。

・・・・何で、お前の元なんだょ。テメェにゃ関係ねぇだろうが

Oh,リョウ。ファンクラブのネットワークを舐めて貰っちゃ困るよ。

ハンッ! まぁだそんなモンあったのか。とっとと解散しろ、馬鹿馬鹿しい。

それは、君に言われる筋合いの話しでは無い。

・・・・フンッ、どいつもこいつも香、香って馬鹿じゃねぇの。




僚はそう言うと、苦々しい顔でグラスの酒を飲み干した。
そして2軒目も、不機嫌になって後にした。
まだ時刻は、日付をまたぐかどうかで。
ここ最近の僚にしては、まだまだ宵の口である。
けれど、その日はもう外で飲む気にはなれなかった。
仕方が無いので、僚の足は自宅方面へと向かう。












冴羽アパート前の舗道で、僚はふと立ち止まる。
6階リビングには、灯りが点っている。
時刻は0:07
まだまだ、香は起きている時間だ。
ちょうど、風呂上りくらいか・・・。
僚は無意識の内に、軽く溜息を漏らす。


リビングの扉を開けると、僚の予想通り風呂上りでパジャマ姿の相棒が髪の毛を乾かしていた。
部屋中に立ち込める、甘いシャンプーと石鹸の薫り。
パジャマから覗く、温まってほんのりと色づいた首筋。
潤って艶やかな肌。
パジャマの肩に掛けられた、ベージュのバスタオル。
己の発する色香に全く無頓着な、無防備な相方。



おかえり~~、今日は早いね。

あ、あぁ。たまにはな。



ニッコリ笑って香が言った。
僚の目には、香はいつもとなんら変わり無いように見える。
僚の脳裏に、奴らの目撃情報とやらが掠める。
ココに帰り着くまでの数分間。
僚はそれらの情報に都合良く自分なりの解釈を付けて、自分を誤魔化してみた。
どうせ、依頼人との顔合わせだろう、と。
しかし、いつもなら。
それならそれで、その前に僚には報告が有る筈なのだが、
その点は忘れたんだろう、とこれまた都合良く解釈する。
数十秒、僚はそんな事を思い返しながら、ぼんやりと香の方を見詰める。



なぁに?どうかした?



そう言う香の声で、僚はハッと我に返る。
香はドライヤーのスイッチを切り、訝しげに僚を見ながら首を傾げている。




あ?・・いや、別になんも。

・・・そう?何か、変だょ?具合でも悪いの?

ああ。どうもしねぇって(苦笑)

そう、何か僚がこんなに早く帰って来ると、却って心配になるね。どっか悪いんじゃないかって(笑)

・・・・・どういう意味だょ(膨)

あはは、そのまんまの意味。




香は至って明るい。
実は香は、数日前の突然の元依頼人からの交際の申し込みで、
気が付いてしまった己の本心を誤魔化す為に、必要以上に明るく振舞っているのだけど、
生憎僚は僚で、件の目撃情報とアルコールのせいで鈍った判断能力では気が付かない。
今の所、完全に誤魔化されてしまっている。





あ~、お前さぁ。

ん~~?

あぁ、え~~と。依頼とか、なんか入ってる?

どうして???無いわよ。あったら言うでしょ?

ん、ぁあ。まぁ、そうだけど。

僚から、仕事の話しなんて珍しい。お早い御帰りといい、今の発言といい、明日は雨かな(笑)

・・・・なんか、それすっごい皮肉に聞こえるんだけど。

あ、解った? 一応、日頃の行いに自覚はあるんだ。良かった良かった。

・・・・・、もう寝るわ



僚は苦笑しながら、リビングを後にした。
今なら、風呂も温め直さずに沸いている。
僚は風呂に入って寝るべく、ガックリと肩を落としてバスルームに向かう。


香は僚の出て行ったドアを暫く見詰めた。
この数日、香はあの日気付いてしまった事に絡め取られそうになる思いに蓋をするのでやっとだった。
僚と向かい合っていると、僚が好きだと言う気持ちで一杯になる。
歯止めが効かなくなっていると、自分でも感じる。
だから、さっきは少しヤバかった。
まさか僚がこんなに早く帰宅するとは思ってもみなかったので、油断していた。


/////やばい、ドキドキして死にそう






一方、バスタブに身を沈めた僚は、知らず溜息の連発である。
直球で、デートの件を問い詰める勇気も無く。
かと言って、気にしないでおく事など出来そうも無い。
明日にでも情報屋をあたって、詳細な情報を引き出す段取りをとる己の姿が容易に想像出来る。


知的な感じのイケメンねぇ・・、こりゃ参りましたね、と。


僚の虚しい呟きが、バスルームのタイルに木霊して、湯気と共にお湯に消える。








勿論僚はまだ、香の身に起こったそんな出来事と、心の状態など知る由も無い。
彼らは、その夜もすれ違い続けていた。
結論は、2人して同じだ。
相方を愛している、ただそれだけの単純な事だ。
けれど、それが真っ直ぐに結論へと帰結するとは限らない。



彼らはもう6年も、この不可思議なパラドックスの世界で悶々としているのだ。




(つづく)





[ 2013/01/23 21:58 ] paradox(全4話+) | TB(0) | CM(0)

第3話 狼は付け入る隙を見逃さない

更に数日後。


僚は馴染みの情報屋から、詳しい事が判ったとの報告を受け、
早速、詳細を聞き出す為にその情報屋と接触していた。
勿論、香にだけは知られてはならない。
香は今頃、僚は街中でナンパしていると思っている筈だ。










その頃、冴羽アパートには良く見知った男が訪れていた。



ゴメンね、ミック。お茶受け何にも無かったから、早速これ開けちゃった。



そう言って香が、リビングのソファに掛けたミックの元へと戻って来た。
手には淹れたてのコーヒーと、ミックが手土産に持って来たマドレーヌを乗せたトレイを持っている。
僚がナンパに出ている時に、良くありがちな午後の一コマである。
始まりは和やかムードの、ご近所さん同士のティータイムだった。












・・・どうやら、お相手はお宅らの元依頼人だよ。野村って弁護士、覚えてるかい?


そう言った情報屋が、気の毒そうな同情混じりの視線を寄越してくるのを、
僚は曖昧な笑みで受け流しながら、彼に数枚の紙幣を握らせる。
覚えていない筈は無い。
香には常日頃、オトコの依頼人の事など仕事が済んだ時点で記憶から抹消する、などとのたまう僚だけど。
実際には、そうもいかない。
忘れたフリをする事はあっても、僚はこれまでに受けた依頼の大半は明瞭に覚えている。






『ボクは、香さんに惚れてます。』




その男は、依頼を終えてアパートを去る間際に、僚にそう言った。
確か、3ヶ月ほど前。
彼は当時、抱えていた裁判絡みで命を狙われており、教授経由でガードの依頼を受けたのだ。


あ、そう。
でもアイツぁ、誰のモンでもねぇから。
俺のモンでも、勿論アンタのモンでも無い。


そう答えた僚に彼はフフと笑うと、それ以上は何も言わず男2人で屋上で煙草を吹かした。





僚はその時の事を思い出して、忌々しげに顔を顰める。
最近では、もう大概でこの類の話しが心底イヤでしょうがない。
依頼人の男。
ミック率いる、近所の自称ファンクラブ会員の男共。
香の立ち回り先に潜む、様々な男。
そのいちいちに、僚の監視が行き届くとは限らない。
その忌々しい男共が、相棒の事をどういう目で見ているのか。
その全てを把握する事など、完全には不可能で。
僚は香を、誰の目も届かない場所に閉じ込めておきたいという危険な衝動に駆られる。


クソッ、アイツか


僚は煙草のフィルターをギリギリと噛み締める。
ナンパをする気力など、とっくに失せている。











ミック、これ凄く美味しい 

そうかい?お気に召して貰えて何より(クスッ)

ミックが持って来てくれるお菓子、必ず美味しいモンハズレなしだょ~~~

ふふふ。ボクとカオリは、好みが合うのかもしれないね。





勿論、好みが合うというよりは、むしろミックが香に合せているのだ。
目的はただ単に、気に入られたいからである。
モグモグと焼き菓子を食べながら、幸せそうに微笑む初恋の君に。
ミックは少しだけ、加虐心を擽られる。
ミックの悪い癖なのだ。
さり気なく、この日の訪問の最大の目的へと話しを誘導する。



カオリ、君ココの所何か悩んでるんじゃないかい?

・・・・・え?! なななな、何の事?


相変わらず、香は嘘を吐くのがヘタクソで。
思わずマドレーヌを喉に詰まらせそうになって、慌ててコーヒーを啜る。





誤魔化さなくても平気だよ、カオリ。君を見てれば分かる事さ。ボクで良ければ相談に乗るよ?

・・・・・、ホントに何も無いわ。  でも、ありがとうミック。

ホントに? 例えば、元依頼人の男性に告白されたとかかなぁ、なんて思ったんだけど?

・・・!!!

図星かな?




ミックは楽し気に香を翻弄する。
元来ミックは狼のような男で、香は仔兎のような女なのだ。
ミックは時々、その生来の狩猟本能とも言うべき鋭い牙を、柔らかな初恋の君の喉元に立てたくなるのだ。
本能なので仕方ない。



・・・・・・なんで?



香の声は、小さく掠れている。
その様子は、酷く怯えている様にも見える。
すると途端にミックは、今度はそんな香を慰めたくなってくる。
ミックほど、面倒臭くて厄介な相手もいない。
世慣れた大人の女ですら簡単に手玉に取る男なのだ。
香がミックの術中に嵌められる事など、容易い事だ。



カオリ、ボクもこう見えてリョウと同類の男だって事、知ってるだろ?

・・・・誰にも、話すつもりは無いの。

どうして?リョウの為? でもそれなら何も悩む事は無いよね、断ればそれで終わりだ。

断ったわっっ!!




ミックの誘導につい乗せられて、香が声を荒げる。
直後に、ハッと気が付いて己の口を手で塞ぐ。



じゃあ、どうして悩む事があるんだい?



ミックの言葉が、香の心に突き刺さる。
そうかもしれない。
僚が好き。
単純な話しなのかもしれないけれど、それは香にとっては簡単な事では無いのだ。
そうやって、正々堂々胸を張って言えるというのは、きっと強い人の論理で。
香には出来ない事だ。
恋愛感情以前に、2人は仕事のパートナーだ。
仕事と言っても、そんじょそこらのサラリーマンとOLでは無いのだ。
香は俯いて黙り込んでしまう。
またあの日の帰り道のように、涙が出そうになる。


ミックは俯いてしまった香を見て、泣かしちゃったかな?と、少しだけ反省する。
どうやら、このポイントは香にとっても僚にとっても、非常に脆いエリアらしい。
傍から見れば、もう既に完成された2人なのに。
こうして無意識に隙を見せたりするから、狼は付け込みたくなったりする。
ソファの上で少しだけ、ミックが香との距離を詰めた事に、動揺している香は気が付かない。



カオリ?君は、どうしてそこまで。なんで、アイツじゃなきゃダメなんだい?



ミックは名前こそ言わないモノの、それは僚の事で。
それこそ香には、触れられたくない事。
香の僚への恋愛感情。




わ、私は、前と何にも変わらないわ。前にミックに言ったのと同じように、私は僚のパートナーなの。
僚の敵には、迷いなく弾丸を撃ち込むし、僚の敵は私の敵。それだけよ。




それはいつか、壊れかけた廃ビルの屋上で香がミックに言った事である。
ミックはあの時の事を、鮮明に思い出す。
追い詰められれば追い詰められるほど、香はぞくぞくするほど美しい女になる。
僚も筋金入りの天邪鬼だが、香とて素直じゃないのは明白だ。



ボクも、あの頃と何も変わらないさ。今でも、君の事が・・・

それ以上言わないでっっ!!



香は思わず、両手でミックの口を塞ぐ。
この時漸く、ミックが思いの外近くに座っている事に気が付いた。
とうとう堪え切れなくなった涙が、頬を伝う。



ミックも、かずえさんも、私の大事なお友達なの。お願いだから、そんな事言わないで?



ミックは口に当てられた香の手を、やんわりと掴む。
次の瞬間、あっという間にソファの上に香を組み敷く。



ごめんよ、カオリ。君を泣かすつもりは無かったんだよ。



そう言って、香の頬に伝う涙をそっと指で拭う。
香は突然のミックの行動に、唖然として固まっている。
まるで、あの廃ビルでの決闘の時のようで。
あの時は、ここで僚が来たんだっけ、なんて思い出す。


香にも、ミックにも、僚にも、あれから随分時間が経って色々と変化はあった。
ミックにも、初恋とはまた違った形の愛が訪れた。
勿論、彼女の事はミックにとって、何より大事で。
香が言うようにこれ以上踏み込むと、自分達の関係に深刻な亀裂が生まれる事は間違いない。
そんな事は重々承知の筈だけど、ミックにはどうしても解せないのだ。


ミックが必死の思いで諦めた、この目の前の初恋の君は。
いつだって、自分の気持ちを抑えようと我慢している。
あの天邪鬼の僚相手にとても敵うはずなど無いのに、一生懸命抗っている。
自分の恋心に。
それはそばで見ていて、痛々しくて。
いっそ、諦めなければ良かったか、なんて未練たらしい事を考えてしまう。
香が幸せじゃ無ければ、自分が身を引いた意味が無いではないかと。












ヒトん家のリビングで、良い度胸じゃねぇか ミック。




ご機嫌ナナメで帰宅した僚を待ち受けていたモノは、更にその不機嫌に輪を掛けるモノだった。
組み敷かれた香の頬には、涙が伝っている。
それだけで、僚の喉の辺りがカッと焼けたように熱くなる。


こんな状態で僚の声がして、香は一気に冷静になる。
ミックの腕から身を捩って自分の腕を振り解くと、ドンとミックの胸を突き飛ばして起き上がる。
そのまま僚の顔を見る事も出来ずに、香は客間兼自分の部屋へと駆け込んだ。


僚は香の事が気掛かりだったけれど、
ひとまずはこの目の前の、元相棒・現間男のミック・エンジェルに殺気全開で向き合う。



どういう事だ?テメェ 死にたくなったか?

熱くなんなよ、リョウ。ただの、恋愛相談さ。

テキトーな事、抜かしてんじゃねぇ。



普通の人間なら、その殺気だけで怯んでしまいそうな気配にも、ミックは動じない。
飄々と僚の殺気を受け流し、ソファから立ち上がると僚と擦違い様に僚の肩に拳を入れる。



テキトーなのは、テメェの方だろうが。これ以上、カオリを苦しめるのなら、
マジでカオリに手ぇ出すぞ。



ミックも負けず劣らずの殺気を放って、そう言った。
しかしそれも一瞬の事で、玄関に向かって廊下を歩きながらミックは背中を向けたまま僚に手を振る。



ま、せいぜい頑張んな。新宿のお馬ちゃん

っるせぇ、大きなお世話だっつ~の!!



ミックが出て行ったリビングで、僚は盛大な溜息を吐く。
この世の中に、男など自分1人で充分だ。
モッコリスケベの自分の事は棚上げして、
僚は香に近付く可能性のある全ての男の煩悩が、消え去ればイイのにと本気で思う。



もうそろそろ、覚悟決めなきゃいかんって事か。



僚は誰に言うでもない言葉を、ポツリと漏らす。
ミックに言われるまでも無く、僚とてそう易々と自分の女を他人に掻っ攫われる気はサラサラ無い。
この世の中で、誰よりも深く香を愛しているのは己だと思っている。
後はその気持ちを、言葉にして伝えるだけなのだ。






(つづく)










あわわ、カオリン泣かせちった(反省)
こんなのイヤンなカオリスト様、おられましたら申し訳ありません(汗)
次回、ちゃんと幸せ展開になる予定ですので、ご容赦を~~
[ 2013/01/24 13:50 ] paradox(全4話+) | TB(0) | CM(0)

第4話 ただ単純に好きってだけ

僚は、客間兼香の部屋の前で、もう1度小さく深呼吸した。


ついさっき、リビングで意を決した筈が。
香の部屋のドアをノックしようとして軽く握った左手が、若干震えている。
僚は自分でも、何だか可笑しくなる。
たかだか、女1人に。
こんな風に、心を掻き乱されるなんて。
まるで、初恋じゃねぇかと。



ミックとソファの間に挟まれて、泣いていた所を見ただけで。
僚の本能は、ミックを撃ち殺す寸前だった。
寸での所で、僚の理性を繋ぎ止めたモノは、それはやはり香で。
冴羽僚は、槇村香が居るから。
牙を剥いた猛獣にもなるし、飼い馴らされた番犬にもなる。


僚の心を動かして、掻き乱して、操縦する事が出来るのはこの世で唯一、香だけだ。



僚には正直言って、香に訊きたい事が山ほどある。
元依頼人のあの男に呼び出されて、一体何の話しをしたのか。
ミックとどういう流れで、あんな“恋愛相談(ミック曰く)”になったのか。
更に言うなら恋愛相談って、誰と誰の?とか。
俺とこの先、どういうスタンスで生きて行く心積もりなのか。
俺の言った“愛する者”と云う、決死の告白の台詞を一体どう考えているのか。
俺がお前を置いて、飲みに行く事やナンパに行く事には、正直どこまで妬いてんのか。
大体、お前は俺の事好きなのか?って事とか。



色んな事をグルグルと考えながら、僚は思わず客間のドアを開ける。
ノックをしようと思って準備したはずの左手は、行き場を失ってジーンズのポケットの中に収まる。



あ、え~と。その、入ってもイイか?



先程のミックに対する番犬振りとは、まるで別人の頼りない感じの言葉と勢いに、流石の僚も。
どんだけヘタレなんだと、自分自身で内心激しく突っ込む。



って、もう半分、入ってんじゃん(鼻声)



そう言って、盛大な鼻声でツッコミを入れる相棒に、僚は内心ホッとする。
ベッドの傍らのラグの上に、ペタリと座り込んで。
ティッシュボックスを抱えて、僚を見上げる涙を湛えた大きな目の縁は赤く。
涙と鼻水を噛んだのであろう丸まったティッシュが、香の傍に小山を形成している。


あ、まぁ、そうだな(苦笑)



そう言って、決まりが悪そうに頭を掻く僚に。
香は泣き笑いの顔で、クスリと笑う。
結局僚はいつだって、あんな風にちょうど良い所で現れて、香の事を助けてくれる。
きまり悪そうに苦笑するスケベでぐうたらな、でも心強いパートナーなのだ。
きっと僚も昔から、何にも変わって無い。
そう思うと香は嬉しくなった。


あの屋上で、ローマンを渡してくれた、
いつだったか、2人でシティハンターだって言ってくれた、
誕生日を必ず生きて迎えようと誓った、何が何でも生き延びると言ってくれた、
色んな僚がいて、今この目の前の僚がいる。
それだけで。
この数日、悩んでいた事などもう馬鹿馬鹿しく思えた。
僚の愛はいつでもココにある。
この2人のありふれた日常に。
香は突然、その事に気が付いた。
気が付くと、自然に笑顔になっていた。






涙で頬を濡らして、洟をスンと啜る香がしゃくり上げながらニッコリ笑った。
それだけで僚の頭の中の、香に訊いてみたい事の色々が。
まるで霧が晴れて行くように、消えてしまう。
もうそんな事はどうでも良くなってしまう。
今ココに、香と2人でいて。
誰かが香にちょっかいを出そうとしているとか、
その事に香自身は全く気が付いていないとか、
香は男というモノを全く解っていないとか、
大体、香自身は俺を何処まで男として見ているんだろうという素朴な疑問なんかより。
もっと大事で単純な事は。
僚自身が、香を好きで堪らないという事。


世界はもっとシンプルでも成り立つし、回っていくんじゃないかと僚は思う。
口にする言葉は必ずしも、真っ直ぐな結論を導くとは限らない。
それを複雑にするのも、遠回りするのも、素直になるのも。
それは多分、お互いの心1つでどのようにも変わる。
その事に、僚は香の笑顔を見て突然気が付いた。







りょお。

ん?

・・・ありがと。

なにが。

ん、色々。

お、おぅ。

私、僚がすきだょ。

・・・・・・。(呆然・照)

ぁ、いや、あれだょ、あ~~の LIKEの方だょ、LIKE





僚はもう、迂回路は選ばない。
今この瞬間から、2人のパラドックスのような世界をシンプルにしてしまおうと決めた。
真っ赤になって素直じゃない言い訳をする相棒に近付くと、座った姿勢で抱き寄せた。


香は一瞬、何が起きたのか解らなかった。
僚が急に近寄って来たから、香の傍にあった丸めたティッシュの山がフワリと散らばる。
香は思わず、あ。と思ったけれど。
僚に抱き寄せられたのだという事に気が付いて、それどころでは無くなった。




因みに俺は、LOVE の方だ。




香の耳元で、僚が囁いた。
望んではいけないと勝手に思い込み、言葉はいつだって裏腹だった。
香の頬に、新しい涙の粒が転がる。



ごめん、嘘吐いた。私もやっぱり、・・・LOVE の方で//////


香のその言葉を聞いて、僚は漸くその艶やかな唇に辿り着いた。
シンプルで純粋な、2人の愛情を確認する為に。






(おしまい)







えへへ、結局はこうなるんすょ。
ミック残念(笑)
カオリンが泣いてばっかりでした orz
でも最後は、うれし泣きで(*´∀`*)
[ 2013/01/25 22:51 ] paradox(全4話+) | TB(0) | CM(2)

+オマケの話し  制裁はお早目に

「Sorry,カオリっっ 許してくれよぉ~~。もう絶対しないから(誓)、ねっ」




午後の喫茶キャッツ・アイ。
今現在、来客は2名。カウンターの内側には、この店の店主夫妻。
カウンターを挟んで、何やら揉めているのは。
この店1番の常連客・槇村香と、ソコソコ常連のジャーナリスト、ミック・エンジェルである。
しかしこの光景は、結構珍しい。


日頃、香のお怒りに触れるのは専ら、彼女の相棒の冴羽僚であり、
香とミックは、大抵仲良くお喋りしている事が殆どで。
このいつもと違う、香とミックのケンカの成り行きを、伊集院夫妻は興味深く傍観している。
しかし、あくまでもコッソリと。
ココでヘタにどちらかの肩を持てば、この揉め事に巻き込まれかねない。
全員が全員、裏稼業の人間だがこのメンツを持ってしても、
香がキレた時の、ハンマーやコンペイトウの矛先が自分に向くのは恐ろしいのだ。
ある意味では、香は世界最強だと全員確信している。
そしてまたこの恐怖を、愛故に、日常的に、
全て甘んじて受け止めている冴羽僚の愛の深さは、偉大だと再認識している。
もっとも、彼女を怒らせなければ全く問題無いのだけれど。



ミックが来店して、9分と34秒。
ミックは香に、謝り倒している。
それまで美樹と楽しそうに、ベランダで育てている野菜たちの生育具合を話していた香は。
ミックに挨拶すらせず、一切目も合わせず、そっぽを向いて黙り込んでしまった。
どうやら香は、ミックとは口を利く気も、許す気も無いらしい。


かれこれ10分近くの、そんな膠着状態に美樹が香の前にコトリとカップを置いた。
それまで飲んでいたいつものブレンドとは違う、薫り高い薄い茶色の液体。



アールグレイよ、たまにはお茶もイイでしょ? 私からの奢りょ♪

あ、ありがとう、美樹さん。 良い薫り。

そうでしょ?



そう言って美樹がニッコリ微笑む。
香も漸く微笑む、しかしミック・エンジェルの存在は空気と見なす事にしたらしい。
香が美味しそうに、コクリと紅茶を一口飲む。
少しだけ思い出しかけて不機嫌になった、自宅リビングソファでのミックとの顛末を頭の隅へ追いやる。



それで?何があったの?あなたたち。



美樹は少しだけ楽しそうだが、香はその事には気が付かない。
少しだけ眉根を寄せて、唇を尖らせると、香はチラリとミックの方を見る。
ミックは眉をハの字に下げ、両手を合わせて香を拝んでいる。
まるでアメリカ的とは言えない、謝罪の作法である。
なんなら土下座でもしそうな勢いだ。
香は美樹に向き直ると、ますます眉を潜めて短く答える。



この前、ウチのリビングで・・・ミックに押し倒されたの。

まぁ。・・・幾らなんでも、直球ね(汗)



美樹の言葉に、ミックがたはは、と乾いた笑いを漏らす。
香は、どうしてそこに至ったかの説明は避けた。
そこから話すと、長くなる。
香には解り易く簡潔に、端折るという事が不可能に思えたのだ。
この問題を初めから話す場合、弁護士・野村の件まで話す必要が出て来る。


それに香が僚を『好き』って、話しも。
勿論そんな事は、香以外の全員が知っている周知の事実だけども、香はバレていないと思っている。
今更、恥ずかしがって照れているのは、当の香本人だけだ。



それで、ミックが謝ってるってこと。
でもアナタ、良く無事だったわね?冴羽さんに殺されても文句は言えないわよ?



美樹は面白そうに、ミックに言った。
ミックは、僚の名前を聞いてあからさまに顔色が悪くなる。
只でさえ白い顔が、白を通り越して蒼白い。
額には、妙な汗を流している。



ハハハ、ミキ。それは今ボクが、最も考えたくない事柄の1つだよ。

ミックが変な事するからでしょ? 僚は悪くないわ。



漸く香が放った一言で、ミックはまたもガックリと肩を落とす。
どうやらあの後、香と僚は何やら小さな進展があったらしい。
元依頼人のアプローチや、ミックのけしかけが功を奏して、
漸く、本命にだけ奥手な種馬が、覚醒したという事か。



だぁかぁらっっ、それはボクの作戦だったんだって!!

どおいう意味?



ミックをキッと睨んでそう訊ねる香に、ミックは不覚にもきゅんとする。
気が強そうでそのクセ、恋の駆け引きや手管を一切理解できない初恋の君は、
たとえ怒っていても、可愛いモノは可愛いのだ。
ミックは思わずニヤケてしまう。
ニヘラァと笑っただらしない顔で、香に言った。



だぁってぇ、あの後。モヤモヤしたリョウがカオリに、チュばこんっっ



皆まで言わさず、香がミックめがけて『不埒者天誅・ハンマー/200t』を振り降ろしていた。
真っ赤になった香は、全身からもうもうと湯気を上げている。
どうやら、ミックの謝罪は受け入れて貰えなかったらしい。



もうっっ!!ミックのバカッッ!エッチ!! 絶交よっっ。



香はそれだけ言うと、カウンターにコーヒー代を置いて出て行った。
美樹は呆れたように笑いながら、毎度ありがとうございましたぁ~~と呟いた。
海坊主は、フンッと鼻を鳴らすと奥に箒と塵取りを取りに行った。
この床に大きく開いた穴の修理代は、ミック・エンジェル・オフィス宛に請求書を回す事になる。




しょ、しょんなぁ~~~。カオリ~~、絶交は嫌だぁ~~~(泣)



大きな木槌の下で、ミックはさめざめと咽び泣いた。
しかし、この時のミック・エンジェルはまだ知らない。
そんな事があった昼下がり、冴羽僚が教授宅を訪れていた事を。


僚が会いに行った相手は、教授では無くかずえだ。
数日前の、冴羽家リビングでのミックの所業。
先月半ばに開催された、キャビン・アテンダントとのミック主催の合コン。
ここ最近の、ミックご贔屓のキャバ嬢の源氏名一覧。
まだまだ、僚が知り得るミックの叩いて出る埃は数多あれど、
今回の件は、その位の情報と等価だと僚が判断した。
お互い色々と、切り札を手の内に隠している。



ミック・エンジェルの受難は、もう少し続く。









ミック、踏んだり蹴ったり(合掌)
[ 2013/01/26 21:18 ] paradox(全4話+) | TB(0) | CM(0)

お題85. 慌てふためく

ヤバイッッ!!




香がそう言って飛び起きたのは、午前11時40分を回った所だった。
香の起きた気配につられて、僚ものっそりと起き上がると呑気に大欠伸をした。
勿論2人は、真っ裸である。
普段の香なら、シーツを巻いて恥ずかしそうに照れる所だが。
今はそれどころでは無いらしい。
顔面蒼白で、しかし何からどうすればイイものか、ベッドの上でオロオロしている。
そんな香を後目に僚は至って呑気に、
香の白い肌に残された鮮やかなキスマークを目を細めて、ニタニタと眺めている。
勿論それは、昨夜自分が残した、独占慾の名残だ。



今日は、依頼人と喫茶キャッツ・アイに於いて、午前11時30分に待ち合わせだ。
依頼人の名は、松田 和弘(32)。男だ。



もう既に、10分の遅刻である。
昨夜2人は、一緒に風呂に入り、イイ感じに盛り上がりながらベッドに縺れ込んだ。
そこからの流れは言うまでも無く、主に僚が先導して事を進めた。
全ては僚の、計算通りである。
勿論、香には気付かれてはいない。



「どどどどうしよう、りょおっっ。遅刻だぁっ(汗)あ、とりあえず、キャッツに電話だ



そう言って閃いた相棒に、僚は枕元にあった己の携帯をポイっと投げて寄越す。
香も馴れたモノで、僚の携帯の短縮3番に入っている、キャッツに電話を入れる。
相棒とは対照的に、僚は坦々とベッドの傍らに落ちたボクサーパンツを拾い上げ、脚を通す。
ベッドから立ち上がると、ついでに自分のTシャツと、
香のショーツと、ブラジャーと、タンクトップを集める。
グレイとネイビーの厚手のバスタオル2枚も回収して、ベッドの隅に置く。コチラは洗濯機へ放る方。



あ、もしもし?美樹さん?香です。・・・うん、ええ。そうなの・・・それが。寝坊して(汗)//////
あの、いつものボックス席に、・・・・うん、そうそう、男性の方、いる?ありがとう、美樹さん。
えぇと、名前は松田さん。



どうやら電話の向こうで美樹が、
待ちぼうけを喰らっている依頼人と思しき人物に、確認を取ってくれるらしい。
香は携帯を耳から少しだけ離すと、
美樹さんが訊いてくれるって、と小さな声で僚にそう言う。
僚は軽く頷く。



ま、取敢えず。パンツ穿け?



頷きながら僚は、拾い集めた香の下着類を手渡す。
香は真っ赤になりつつ、しかしジロリと僚にメンチを切る。
香はハンマーを出そうにも、電話中なのでそういうワケにもいかない。
僚は真っ赤になった香をサラリと受け流して、クククと笑いながらクローゼットの方へと向かう。
今日の香の下着は、ピンクに白いレースの付いた上下と、薄いラベンダー色のタンクトップだ。
僚はパンツと白いTシャツ姿で、クローゼットの中から2人分の衣類を選ぶ。
基本的に、香のクローゼットは6階の客間にあるが、7階寝室にも香の衣類は置いてある。



自分用にチノパンと、ダンガリーシャツ。
香には僚のお古のジーンズ(香のお気に)と、カーキ色の麻のプルオーバーシャツを取り出す。
被りのシャツにはボタンは無く、胸元は広めに開いている。
薄いラベンダーとカーキの組み合わせに、首元の紅いキスマーク。
完璧だ。
恐らく、シャワーを浴びる暇は無い筈だ。
僚の口角が不自然に持ち上がる。




僚がベッドに戻ると、下着とタンクトップを身に着けた香が髪の毛を梳かしていた。
ブラシで梳かすだけでは、寝グセは直らない。お互いに。
僚は微笑みながら、選んだ服を香に渡す。
香は、ありがと、と言って何の疑問も無く身に着ける。
僚の計算通り、首元のキスマークに目が行くコーディネイトだ。
香はそんな事には、微塵も頓着しない。(気付いていないと云うべきか。)




美樹さんにね、電話替わって貰って、待ってて貰うように言ったから。急がないと。




着替えながらそう言った香に、僚もそうか、と呟く。
それからの2人は素早かった。
バスタオルを持って洗面所へ行って、洗濯機に放り込み。
2人並んで顔を洗って、歯を磨き、必要最低限のモノを持って玄関を出たのは。
起床後、12分と48秒後だった。




万事オーライ。
全てが僚の計算通りの、パーフェクトライフだ。
全ては昨日の夕方、香が僚に男性からの依頼が入った事を報告した時から。
この朝は、計画されたモノだった。
昨夜、香が限界を迎えるまで、散々啼かせた事も。
実は目覚ましが鳴る数分前に起きた僚が、アラームを意図的に止めた事も。
見える場所に残した、キスマークも。
全ては、鈍感で無防備な相棒を、依頼人という名の野獣から守る為。
わざわざ言葉にしなくても、コイツは己の女だから。と見せつける為。

だから、朝一から慌てふためいているのは、香1人で。

テンパっている香は、妙に落ち着き払った僚の態度とかには、気が付かない。
僚の遠回しな虫除け対策など、微塵も疑わないまま。




今日も快調に、冴羽商事の1日が始まる。









余計な事を考える隙を与えない。
流石、裏の世界№1です(笑)
[ 2013/01/27 21:23 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

お題40. 結構しんどい

新宿歌舞伎町、時刻は17時38分。
もうそろそろ、街も始動し始める頃合い。
夕闇迫る薄暮の中、冴羽僚は路地から路地へと逃げ惑っていた。



この街は、僚にとってねぐらであり、遊び場であり、庭である。
僚ほどこれらの路地裏を熟知し、究めているモノもそういない。
しかし。
今回の追手は、なかなかの強敵である。
まるで、僚の行く手を完全に読み切ったが如く、追跡の手を緩めない。
まるで僚の身体に発信機でも取付けているかのように、正確に僚の背中を追って来る。
しかし、発信機を付けているのは追手の方である。
追手の名は、槇村香。
冴羽僚の相棒であり、実質的にはほぼ、嫁である。



勿論、香が僚の後を正確に追って来るのに、明確なセオリーなど何ひとつ無い。
全ては、彼女の野生の勘である。
僚は時々、彼女の素人染みた普段の素行に、つい油断し舐めてかかるが、
侮ったら最後、これまで幾度となく地獄を見て来た。
伊達に、世界最高峰とも謳われる殺し屋の助手はしていないのだ。
しかしそんな彼女の暴力の矛先は、99.9%、当の世界的殺し屋・冴羽僚に注がれる。
早い話しが、冴羽僚には学習能力が欠乏している(彼女に関して)と、言わざるを得ない。



この街の住人は、至って冷静である。
逃げ惑う冴羽僚に、匿ってやろうかなどと、救いの手を伸べる者など皆無だ。
皆、知っているのだ。
夫婦喧嘩は犬も喰わない、と云う使い古された諺を。
あまつさえ、日頃は懇意にしているキャバ嬢たちまでもが、
『リョウちゃん、今日は何したのぉ?早く香さんに、謝んなさいよ。』
などと、のたまうのだ。



僚は逃げ惑いながら、世の無常を感じる。
どんなに請われるままに、ボトルをキープしようが、指名をしようが。
最終的に、女達は所詮、女(相棒)の味方なのだ。
彼女たちの売掛金を、毎月精算に訪れるのは香なのだ。
諸行無常である。



逃げる歩調は緩める事無く、冴羽僚は1本の路地に視線を走らせる。
そこをまがった先は袋小路。
しかしそのドン突きに、薄汚れた煮込み屋の暖簾が有る筈だ。
そこの主は、僚とは長い付き合いだ。
店主と客という間柄とは別に、情報屋と用心棒という裏の顔を持つ。
尚且つ、裏モノ無修正海外ポルノ同好会という、非常にプライヴェートな同好の志でもあるのだ。
僚の口角が、不敵に吊り上る。


勝算、我に有りっっ!!


この先の暖簾の奥の店内の更に奥。
壊滅的に汚い、この店の便所の窓を抜ければ、そこから先は幾ら香でも追っては来られまい。
僚は迷う事無く、その路地に向けて左折する。











































『本日、都合によりお休みします。  店主』





・・・嘘ぉぉおお~~~~~ん

生も渾も尽き果てガックリと肩を落とす冴羽僚の背後に、悪寒が走る。
オズオズと僚が振り返った視線の先には、
有り得ない程の重量を有した木槌を肩に担ぎ、仁王立ちの長身美女。
槇村香である。




もう、逃げられないわよ 僚ぉ(憤怒)


香の背中から禍々しいオーラが渦巻き、今にも雷鳴が轟きそうな黒雲が夕暮れの歌舞伎町に垂れ込める。
もはや僚に、逃げ道は残されていない。
オトコたるモノ。どうやら、潔く腹を括る事も時には必要であるらしい。



申し訳ありませんっっ 香様、香大明神、神様、仏様っっゴスッッ



言い訳も虚しく。
鈍い音と振動と共に、憐れ冴羽僚は見事に木槌の下敷きと相成った。




その数分後。
片手にハンマーを担ぎ、片手で僚のシャツの襟首を掴みズルズルと引き摺って帰途に着く女が1人。
それはまるで、狩猟の民が獲物を仕留めてねぐらに帰るが如く。
まさに、都会の狩人。
シティーハンターとは、冴羽僚と槇村香の2人、コンビの事を指すコードネームである。



今夜も平和な新宿・歌舞伎町に、夜の帳が降りる。















えっと、前回『お題85.慌てふためく』の拍手コメントに、
リョウちゃんたら、鬼畜!!お仕置き求むっっ!!
のお声が寄せられましたので、お仕置きver.という事で(合掌)
[ 2013/01/28 19:45 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

番外 ツナギの中の下心

※ このお話しは、パラレルです。パラレル長編『SugarBabe』の、単発番外です。
  時期的には、最終話から1年ちょっと、2人が同居を始める半年ちょっと前です。
  リョウちゃんが最も、ムラムラしておる時期です。

  nase様のサイト『Live an easy life』の方で、
  只今90000HIT企画という事で、ツナギの2人を描いて戴きました(nagi様リク)
  そちらを拝見しておりますと、ムラムラと創作意欲が沸いて参りまして・・・
  番外編、書いちゃいました(テヘ)

  nase様に捧ぐ・・・・



















9月が、もうすぐ終わる。


僚が香と初めて出逢って、早いモノでもう丸2年が過ぎた。
あの頃の香は、まだ17歳だった。
香は半年前、漸く19に成った。
2年という歳月は、長いようで短くて、それでもやっぱり長い。


まるで根無し草のように、フラフラと遊び呆けていた僚とミックは、30も過ぎ。
この所、すっかり落ち着いている。
ミックに至っては、所帯持ちで一児の父である。
彼の妻は忙しく働く、職業婦人で。
今は大きな総合病院の、麻酔医をしている。
彼女が産休を取ったのは、臨月に入ってからだった。
それから僅かばかりの育児休暇(半年位だったか)を取った後は、また元の職場に復帰したのである。


今現在、もうじき満1歳を迎えるミックの息子は、ほぼ毎日ガレージにいる。
忙しい母に代わり、子育てに勤しむのはどうやら父親の仕事らしい。
生憎、彼らは1日の内4~5時間も働けば、良い方で。
呑気な、道楽商売なのだ。
ミックは毎朝、スリングを肩から下げ、息子を抱いて出社する。
1歳児は、このガレージの制服と揃いの黒いツナギを身に着けている。
僚が面白がって、特注で作ってしまったのだ。
というワケで、今の所。

“HuntersGarage”は、
ヴィンテージカーのカスタムガレージ兼、男達の隠れ家兼、託児所と化している。





そんな乳幼児が最も懐いているのは、このガレージの紅一点。
槇村香である。
意外な事に、とてもシャイな彼女は、器用に赤子の世話をこなす。
僚とミックが、(一応)真剣に仕事をしている間、香は適度に彼の面倒を見ている。
もっとも、ミックの息子はあまり手が掛からない。
車のシートに座らせておくと上機嫌で、1人で遊んでいる。
その点はきっと、父親の遺伝である。



ここ数ケ月、僚は香に帳簿の付け方や、経理全般を教えている。
元々、僚もミックも職人肌で。
こういった事務的な仕事は、正直向いていないのだ。
僚は香に、汚れ仕事をさせるよりも、コチラの方を究めて貰うつもりでいる。
僚は多分、香が思っている以上に、末永く共に働いて貰うつもりでいる。
それでも元々、それほど煩雑な事務仕事があるワケでも無く。
(しかし、保険関係や陸運局関係、許可申請の類、まぁそれなりにやる事はある。)
香は呑み込みが早いタチで、僚が思った以上の働きをしてくれている。



1年半前に僚は、香の従兄である秀幸に、『香を頼む』と託された。
仕事の事だけでなく、人生全般に於いてという意味らしい。
それは、つまり。


人生の伴侶として。


という意味らしいが、如何せんあの兄貴は、当人の意思を確認せずに突っ走る傾向にある。
今でこそ必死に、シスコン発言を我慢して、陰ながら見守っているようだけど。
ココまでなるには、相当な葛藤があったようだ。
勿論、僚としては相手が香で、何の不足も無い。
むしろ、いずれは香とそう成れたらと、相当初期の段階で意識していた。
しかし、僚は思うのだ。
肝心なのは、姫の意向じゃね?と。





3月の終わりの、香の誕生日の夜。
香の部屋の503号室で、僚は香の為に腕によりをかけて、料理をした。
2人はいつからか、夕飯はいつも2人で食べている。
その晩も、少しだけ豪華に、
そして僚が香に内緒で予約していた小ぶりなケーキとシャンパンで、お祝いしたのだ。
そして。
僚は初めて、香にキスをした。
香にとっては、勿論、人生で初めての正真正銘のファーストキスだった。



あれから、半年。
毎晩のように、2人で夕飯を食べ、食後のコーヒーを飲み、
夜の早い香が、そろそろ風呂に入る支度を始める20時頃に、僚は6階の自分の部屋へと戻る。
コーヒーを飲みながら、そっと香を抱き寄せ、頬や唇にキスをする。
香はクスクス笑ったりして、楽しそうにはしているけれど。
僚は心の中に、漠然とした不安を抱えている。



香は美しい。
スタイルも抜群で。
料理を始め、家事全般に於いて、19歳とは思えぬ程の能力を発揮する。
仕事を教えれば、ソツ無くこなし。
赤子の世話も、楽しそうにやっている。
唯一の彼女の肉親は、自分に彼女を託して、所帯を持った。



僚は勿論。
夢を見ないワケでは無い。
もしも、いつか。
香と家庭を築けたら。
自分の子供の頃には縁の無かった、普通の家庭。
父親がいて、母親がいて、子供たちがいて。
食事をしたり、一緒に風呂に入ったりする。
家族で正月を迎えて、誕生日を祝い、クリスマスを過ごす。
僚は香と出逢うまで、そんな事を考えた事は無かった。
自分には、一生そんな人生は縁が無いモノだと思い込んでいた。
でも。
もしも、それを望むとすれば。
相手は、香がイイ。




僚はいつも、香にキスをしながら不安になる。
今この瞬間、0.数秒の間に、こんな妄想ともいうべき未来を思い描いているのは。
果たして、自分だけじゃなかろうかと。
香にとって、一体自分はどんな存在だと言えるのだろうと。
従兄の代わりだろうか。
雇い主だろうか。
歳の離れたマブダチか。


多少はオトコとして、あの薄茶色の瞳に映っているんだろうか。










香の部屋の手狭なキッチンで、2人並んで夕飯を作る。
もうすぐ10月だというのに、まだまだ都会の真ん中は蒸し暑い。
香はガスコンロの前に立って、中華鍋の中で茄子と挽肉の水分の少ないカレーを作っている。
僚は付け合せの為のミモザサラダに盛る、ゆで卵をチーズおろしを使って細かく削っている。



りょお。はい。


香の差し出したホーロー製の白いスプーンには、カレーが乗っている。
言葉は無くとも、意味は解る。
それは、味見してくれという事で。
僚は何も言わず、大きく口を開ける。



あ~~ん♪


スパイスが効いてて、暑い夜にピッタリの夏野菜の入ったカレー。
2人とも、仕事終わりのツナギのままで。
上半身は脱いで、腰の所で結んでいる。
僚は思わず、白いTシャツの香の胸元に視線を泳がせる。
華奢で細い躰に似合わず、意外に豊かなその膨らみは。
まだ誰も触れた事の無い、聖域で。
僚は近頃、少しだけ欲求不満気味である。





そもそも、生涯の伴侶云々以前に。
僚の如何わしい下心は、爆発寸前である。
食事をしながら。
他愛の無い話しをしながら。
コーヒーを飲みながら。
キスをしながら。
僚はいつだって、訊きたい言葉を飲み込んでいる。



“俺の事、愛してくれる?”



今はまだ、ツナギの中に本音は隠したままで。














えへへ、ツナギ話。書いちゃいました。
悪ノリです(テヘ)


[ 2013/01/30 00:07 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(2)

※基本スペック※必読※

※このお話しはパラレルです※

いつもの2人とは、設定が異なりますので、くれぐれもご注意を!!
以下、スペック詳細をお読みになって、OK,問題無しっっ。
と思われる方のみ、


『第1話 通り魔事件』へ、お進み下さいませ。





❤僚(夫)❤   

凄腕探偵。(あくまでも探偵、スイーパーでは無い。)
別名:新宿の元種馬。今は、嫁一筋。(一応)
頭脳明晰で超強いケド、カオリンにだけ弱い。
カオリンLOVEだけど、セクシーお姉さんに釣られる事、多々有り。(弱点)           
妻の呼び方は、カオリン、鬼嫁、鬼軍曹など。基本、尻に敷かれている。



❤香(妻)❤

探偵助手。おっちょこちょいで、お人好し。
料理上手なので、フラフラと落ち着きない夫のを胃袋からガッチリ掴んでいる。
抜群のルックスと、愛嬌の良さでご近所のアイドル。(ファンクラブ有)
リョウちゃんLOVEだけど、怒らせると凶暴。
夫の呼び方は、リョウたん、リョウちん、りょお(怒)、モッコリバカなど。



❤槇ちゃん❤
カオリン兄。警視庁刑事部捜査第1課、刑事。
基本、妹に激甘なので、しばしば情報を漏らす。(無意識に)
僚とは、幼馴染み。



❤ミック❤
新聞記者。事件の臭いを嗅ぎつける嗅覚は犬並み。
僚とは、学生時代からの友達。飲み・遊び仲間。女好き(弱点)
只今、警視庁・鑑識班のかずえちゃんに猛アタック中。



❤野上冴子❤
槇ちゃんの上司。女豹。僚は、時々彼女に釣られて利用される。カオリンの天敵。



❤かずえちゃん❤
警視庁・鑑識班。知的なクールビューティー。



❤伊集院夫妻❤
冴羽家とご近所の、仲良し夫婦。カフェ経営。
カオリンと、美樹ちゃんは、町内会のゴミ出しマナー向上委員会のメンバー。
ゴミ出しマナーには煩い。



❤教授❤
僚の祖父。世界のあらゆる情報を覗ける凄い男らしいが、詳細は不明。
実は、冴羽家の嫁であるカオリンのファンクラブの会員でもある。





リョウたん&カオリンの、
夫婦探偵シリーズ、第2弾です!!
[ 2013/01/31 20:01 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第1話 通り魔事件

久し振りの、非番の朝だった。


槇村秀幸は、ゆっくりと朝寝を貪る予定だったけれど。
無粋な携帯電話は、ベッドの脇の小さなサイドテーブルの合板をカタカタと耳障りに震わせた。
着信音はオフにしてある。
電話が入ると、その小さな精密機械は振動で、主人に着信を伝える。
仕事柄、音が出ては都合の悪い局面というモノが、往々にしてあるのだ。


秀幸の携帯電話は、骨董品並みに年季が入っている。
最近、バッテリーの持ちが極端に悪くなっている。
そろそろ買い替え時なのかもしれない、その古い携帯の電池カバーの部分には。
最愛の妹と2人で写したプリクラが貼ってある。
妹は23歳で、今はもう人妻だ。
妹夫婦は結婚4年目に突入して、目下、子作りキャンペーン・絶賛実施中だ。




・・・はい。

ゴメン槇村、寝てた?

冴子か。何?事件。

えぇ、殺しよ。来られるかしら?

あぁ、直接現場へ向かう。

じゃあ、場所を言うわね・・・・





こうして18日振りの槇村秀幸の休日は、無期限延期となった。
秀幸は小さく溜息を吐くと、充電器の傍らに置かれた眼鏡をかけた。














・・・・ガイシャは、平沢未央・25歳、女性。
所持品の免許証から、身元と品川区に在住だという事が判明してるわ。
死因は、首を絞められた事による窒息死。
性的暴行の形跡も有り。
所持品には手は付けられていないから、物盗りの犯行というよりも暴行目的の可能性が高いわね。






現場は、新宿署管内のとある公園だった。
街中にしては比較的大きなその公園には、意外に緑も茂っていて。
犯行の死角となる場所は、容易に見付かる。
被害者の遺体が発見されたのも、そんな都会の盲点とも言うべき場所であった。
思いの外、自宅からも程近いその現場に赴いた秀幸に、冴子が淡々と状況を説明する。
朝早くに、犬の散歩をしていた近所の老夫婦が第1発見者だ。
淡々とした冴子が、静かに怒りを滲ませている事は、
長年バディを組んで来た秀幸には、手に取るように解る。


公園の入り口から随分奥まった茂みの廻りの、
黄色い規制線のテープと、青いブルーシートで覆われた一帯。
今回の秀幸の、仕事場だ。
冴子に連れられてブルーシートの前まで来ると、制服を着た警官が敬礼をする。




槇村警部、おはようございます。お休み、また流れましたね。

・・・あぁ、俺の非番狙って、事件起こしてんじゃないかと疑いたくなるね。こんなに続くと。




秀幸は苦笑しながら、ブルーシートを潜る。
紺色のツナギを着て、現場を保全している鑑識班が総勢7~8名は来ている。
現場の周りを警備する制服組もかなりの数が応援に来ている。
早朝にも関わらず、もう既に野次馬もチラホラ現れている。
場所が場所なだけに、重要な手掛かりの採集は時間との勝負だ。
初動捜査が、その後の捜査の進捗を大きく左右する。



秀幸がガイシャの前に到着した所で、後輩の刑事がブルーシートを捲る。
秀幸は無言で、まずは手を合わせる。



若い女性だった。
25歳、妹と幾らも違わない。
スラリとした長身と、カジュアルな服装。
衣服はあられもなく乱され、激しく抵抗した様が窺える。
きっと、生前の彼女は美しかったに違いない。
けれど、苦悶の表情を浮かべ、固くなった屍は。
決して美しいとは言い難い。
白い肌は、泥で汚され。髪の毛は乱れて、湿った土の上で乾いて広がっている。
秀幸はこれまで、幾度となくこんな現場を目にしてきた。
無念の内にこの世を去った人達は皆、もう何も語る事は無い。
美しい若い女も、死ねば朽ちてゆくだけの屍に過ぎない。
魂の宿っていない肉体は、ただの空の器だ。



本来、神にだけ与えられた、人の命の遣り取りを。
己の慾の為に、人間の領分を踏み越えて昨夜、執り行った輩がこの街の何処かにいるのだ。
秀幸は冷静に腸が煮えるのを感じながら、昨夜の事を思い出していた。










『・・・・ねぇ、お兄ちゃん。明日、お休みでしょ? 晩ご飯、食べにおいでよ。』



香から電話が入ったのは、昨日の夕方の事だった。
その後、数件の事務処理を済ませ、18時過ぎに署を出て、
香の好きな、カラメルの付いてない代わりに、白いクリームの乗ったプリンをコンビニで買って、
ついでに、親友の為にビールも買って。
あの2人の事務所兼、愛の巣の7階建アパートに着いたのが、19時頃。
疲れた秀幸を待っていたのは、妹の手料理だった。
グリンピースご飯に、キャベツと豚肉の味噌炒め、春雨と青梗菜とハムのスープ、
オニオンスライスとオカカ醤油を和えたサラダ、レバーの竜田揚げ。
その他にも、小皿に盛られた彩り豊かな惣菜数品。


香と別に暮らすようになってから、秀幸の食卓は以前に比べて随分おざなりだ。
香がまだ小さかった頃の、秀幸は。
香の健康と食事の楽しさを教える為に、かなり手の込んだ料理を作ったものだ。
その頃はまだ、食育なんて言葉は無かったけれど。
妹は、そんな兄を見て、自然と料理を学んだ。
お陰で、今現在。
香は大食漢の亭主を、ガッチリと胃袋から押さえて上手い事、操縦している。
彼らには、倦怠期という言葉など当て嵌まらないらしい。
結婚4年目にして、兄の自分の目からしても、目の遣り場に困るほどのイチャつき振りだ。







・・・・えぇ、恐らくは、通り魔の犯行とみて間違いは無さそうです。




冴子が携帯で誰かと話す声で、秀幸は昨日の妹夫婦宅での回想から、
目の前の仏さんに意識を引き戻される。
冴子の相手は、多分、自分達の上司である一課の課長であろう。
まずは、ガイシャの所持品から身元と身辺の捜査、現場周辺での聞き込み。
鑑識の結果とガイシャの身辺調査の結果によっては、怨恨の線での捜査の可能性も充分有り得る。
何故だか秀幸は。
今回のこの事件が、大きなヤマに繋がりそうな予感がしていた。















事件発生から、1週間後、平日午後2時40分頃。
冴羽家、リビングでは。








リョウたん、待って。・・・ぁんっ、カーテン・・・閉めないと、っやぁ。




夫婦探偵こと、冴羽商事の2人は昼の日中から、
リビングのラグの上で向い合せに座り、イチャイチャタイムに突入する所だった。
脚を伸ばして座った僚の太ももを跨ぐ形で、香が座っている。
2人とも、まだ辛うじて衣服は身に着けている。


10日ほど前に、1カ月近くかかった依頼が無事完了してからは、
2人はのんびりと過ごしている。
洗濯物を干す香を手伝って、2人でベランダに並んだり。
香が丹精している、屋上の家庭菜園の手入れをしたり。
2人で車に乗って、横浜の中華街までドライブデートしたり。
郊外のショッピングモールで、買い物のついでにフードコートでタコ焼きを食べて、
ついでに映画も観たりして。
まるで2人は、いつまで経っても恋人のようで。
それでいて、子作りプロジェクト・絶賛発動中の永遠の新婚さんなのだ。





良いょ、カーテンなんか、どうでも。集中して?カオリン。




僚は香の耳元で囁きながら、柔らかな香の胸を薄いニットの上からやわやわと揉む。
弾力と柔らかさの黄金バランス。
僚は掌でその感触を楽しみながら、香の耳朶を優しく含む。
この10日、僚は遠慮無しに、家中の色んな場所で、好きな時間に、本能の赴くまま。
香としょっちゅう、セックスしている。



直近の依頼は、当初の予定を遥かに上回って手こずった。
その分、依頼料も追加で上乗せされたけど。
僚はそんな事よりも、依頼人が滞在しているという、イレギュラーな状況で。
妻にオアズケを喰らってしまった、正味2週間の禁欲生活が辛かった。
正直、依頼などどうでもイイから、1泊だけどっかヨソに泊まって来てくんない?と、
何度、依頼人に言ってしまいそうになるトコだったか。
だから、依頼の切れ間のこの10日は、まるで箍が外れたように僚は香に溺れているのだ。



RRRR・・・



もうすぐで、香が陥落するというタイミングで、電話が鳴った。
このリビングには、電話が2台ある。
1台は冴羽家プライベート専用。
もう1台は、冴羽商事の代表電話。
依頼の窓口ダイアルだ。
そして、そのコールは冴羽商事の電話。
僚は思わず、小さく舌打ちする。
2人のイチャイチャホリディは、じき終わりを告げ、また新しい事件の始まりの合図だ。



・・・ぁんっっ、り・・リョウたんっっ。で・・んわ、出ないと・・・。



力の入らない腕で、香が僚の胸板を押す。
今では既に、ニットの内側に手を滑り込ませ、
レースの下着越しにやわやわと撫でさする僚の手首を、香が掴んで制止する。
ココで、無理に香の制止を聞かず続けたら、きっとご機嫌を損なうのは間違いない。
僚は一旦、動きを止め、香に従う。
未だ、忌々しい電話は鳴り響いている。
香は捲れたニットを整え、僚の膝の上から立ち上がると、多少フラつきながらも受話器を取った。



ははははい、さ、冴羽商事でっす/////



若干、焦り過ぎの感は否めない。
電話の向こうには、探偵と探偵助手がイチャついている事など、見えはしないのだ。
正々堂々、応対すればいい話しなのだが、それまでの愛撫の余韻で彼女の息は上がっている。
電話が入った今日の今日で、クライアントとコンタクトなんて事は無いだろう。
僚は電話が終わった後、もう一度ゆっくりと仕切り直しをする為に、掃出し窓のカーテンを閉め、
大きなクッションをソファの上から、ラグの上に置いた。

カワイイ嫁を、押し倒す為に。






(つづく)






[ 2013/01/31 20:29 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(2)