猫改め、香と殺し屋。ネコ科の女、野上冴子。

香。今日は車に乗って、どっか行くか?



2人で朝食を終えて、リビングで寛いでいる時に僚がそう言った。
香はラグの上に寝転んで、ミックに貰ったビー玉とおはじきで遊んでいたけれど、
僚の言葉を聞いた途端、目を輝かせてソファの上の僚の膝の上に飛び乗った。
香は僚と出掛けるのが大好きだ。
歩いてアパートのすぐ傍の公園や、キャッツ・アイの行くのも好きだけど、
車に乗って出掛ける所は、あの老人の大きな庭のある家や、
近所の公園よりも広い、とても大きな公園だったりする。
たまにしか行かないけれど、それが香にとっては大きな楽しみなのだ。


膝の上の香に僚は苦笑すると、ホラ、出掛けるんならお片付けして。と、まるで父親のような事を言う。
こんな僚を、友人知人が見たら卒倒モンである。
香は僚の言う事になど耳を貸さず、僚の頬や鼻先をぺろぺろ舐める。
嬉しい時の香の感情表現だ。
そんな事をされれば、僚とて黙ってやられているワケにはいかない。お礼をしないと。
出掛ける前の、お片付けの前の、取敢えずイチャイチャタイムに突入だ。
今現在、午前9:00を少し回った所だが、恐らく家を出るのは昼前だろう。


彼女、野上冴子が突然やって来たのは、そんなイチャイチャタイム真っ最中の事だった。
まだ2人とも服こそ身に着けてはいたモノの、これからしようとしていた事は明白で隠しようも無い。
冴子がやって来るのは、香が人間になる前の3月下旬以来だ。
あの香の誕生日に、僚が冴子の依頼をすっぽかして暫くは、執拗に冴子から電話が掛かっていたが、
この所、それも無かったので僚はすっかり忘れていた。




あら、僚。いい気なもんね、ヒトの依頼すっぽかしといて、カワイコちゃんとイイ事してるなんて(怒)


どうせ、俺が殺んなくても他にもいんだろ?あの程度の仕事。俺にはコッチのが大事なの。




冴子が家に上がり込んで来た時点で、気配に気付いていた僚は別段驚くワケでも無く、飄々と答える。
香は冴子の声にピクンと驚いて、チラッと冴子の顔を見るや否や。
僚の膝から飛び降りて、掃出し窓に掛けられたカーテンの中に隠れてしまった。
僚はそんな香を目で追うと、溜息を吐いて苦笑する。
仔猫の時から、香は冴子が苦手だ。異常に怖がるのだ。
冴子は、同じネコ科でも正真正銘、肉食獣だからな。と、僚は思う。
仔猫ちゃんが怖がるのも無理も無い。
野上冴子の別名は、警視庁の女豹なのだ。喰われたらひとたまりも無い。




あら?あの仔。 もしかしたら、あの仔猫ちゃんじゃなくて?

っっ!!! お前、解るのか?

まぁ、やっぱり。眼が同じだもの。これでも一応刑事ですから、一度見た顔は忘れないの。

・・・刑事ねぇ、殺し屋と通じてる不良刑事が。

まぁ、人聞きの悪い。捜査活動の一環よ。アナタはあくまで、一般市民の協力者。

・・・・“一般市民”ねぇ。



僚は溜息を吐きながら、胡散臭いモノを見るように、野上冴子をジットリと見詰める。
冴子は、そんな僚にはお構い無しに、香の隠れたカーテンの方を見遣るとニヤリと嫌な笑みを浮かべる。




ねぇ、前々からアナタの節操の無さは、知ってたけど・・・

うるせぇっっ、放っとけ。

アナタ、美人なら人間でも猫でも何でも良いワケ?

・・・・・・・はぁ、あんまし気にした事ねぇかな。

ま。確かに彼女は極上ね。今までの中でも、ダントツじゃない?

・・・・・・で? 何の用なんだよ?用がねぇなら、とっとと失せろよ。今からイイとこだったのに。

おお怖ぁ。 用も無くてこんな所に来るワケ無いでしょ?

こんなトコで悪かったな。

依頼よ、またまた狙撃。アナタなら、それこそイチャイチャしながらでも出来るような現場よ。




そう言って、冴子が妖艶に微笑む。
僚は意外にもアッサリ、そうか。と答えた。詳しい事はFAXしてくれ、と。
冴子は思わず、まじまじと僚を見詰めた。
今までの僚なら、何かと難クセ付けては“モッコリ”報酬の話しになったのに。
今日はやけにアッサリと、商談成立だ。
しかも、サッサと追い払いたいのか、詳細はFAXだなんて。
冴子は思わず、首を傾げる。



何だよ?まだなんかあんの?

いいえ、何も。  ・・・僚、アナタ。

ん?

なんか、変わったわね。

そうかぁ? 気のせいだろ?

・・・・・・フッ。そうね、気のせいね。じゃあ後程、資料は送るわ。

あぁ、そうしてくれ。




用が済んで、リビングを出ようとした所で、冴子が思い出したかのように振り返る。



あ、そうだ。僚、

ぁん?

彼女、なんて名前なの?

・・・香。



冴子はニッコリ微笑むと、香の隠れたカーテンの膨らみに向かって声を掛ける。



香さん、怖がらなくても大丈夫よ、何も獲って喰おうなんて思っちゃいないわよ。安心して?



香は恐る恐る、カーテンから少しだけ顔を覗かせる。
顔面蒼白だ。
僚は思わず苦笑する。僚の交友関係の中で、香がこれ程怯えるのは冴子だけだ。
あの海坊主でさえ、怖がる事無く懐いているのに。
冴子の何がこれ程までに、香の恐怖心を煽るのか僚は少しだけ不思議に思う。
僚と冴子は顔を見合わせて、肩を竦める。
私、随分嫌われちゃったわね、と言いつつも楽し気に冴子は帰って行った。




冴子が帰って、僚の膝に戻って来た香は甘えるように僚の胸に顔を埋める。
冴子の香水の残り香に、香は何度もクシャミをした。
僚は香の耳元で優しく訊ねる。



なぁ、香。冴子のナニがそんなに怖いの?

・・・・・・・・・つめ。

爪ぇ??? なんで?

ながくて、へんないろで。 あれ、毒がある。それに、へんなにおい。



香の答えに、僚は一頻り爆笑した。
キャリア・ウーマンのマニキュアも、香水も。仔猫にとっては、“毒”があるように見えるらしい。
確かに、香にはそんなものは必要無い。
けれど、僚は思う。
そんな人工的な色香よりも、香の放つ天然のフェロモンの方がよっぽど恐ろしい。
気が付くと、どっぷり嵌っている。


現に僚は笑いながら、可笑しな事を言う唇を塞いだ。
このまま、リビングのソファの上で柔らかで温かい僚だけの猫を抱く。
今日のお出掛けは、午後からになるだろう。
殺し屋と仔猫は、いつだって仲良しだ。















香が人間に変わって、数ケ月が経った。
もう周りの人間は、香があの猫だったという僚の言葉を疑うモノはいない。
あれだけ遊び人でどうしようもなかったダメ男は、元猫の美人の彼女にゾッコンで。
女遊びも、夜遊びもしなくなった。
いま冴羽僚は、香の為に生きている。
香が待つ2人のアパートへ、何が何でも生き延びて帰って来ると心に決めている。
そんな決意を秘めた僚は、ますます手が付けられない程の最強の殺し屋になりつつある。


僚を変えたのは、1匹の小さな仔猫だった。














どんな設定でも、リョウちゃん最後の恋は、カオリンで。
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[ 2012/12/01 18:55 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

お題19. いくらなんでも

冴羽僚は今、これまでで最も難しい敵に相対している。

その昔、
組んでいたパートナーと撃ち合いをさせられた時より。
強大な組織に目を付けられて、付き纏われた時より。
恐ろしい女達の間に挟まれ、修羅場を見た時より。
何より、難しい敵の名は。

槇村香、最愛にして最強の冴羽僚のパートナーである。




数ケ月前、同業者のとある夫婦が奥多摩の教会で挙式した。
その式に呼ばれた2人は、色々有った(長くなるので割愛)後に、晴れて気持ちを確かめ合った。
つもりだった。
冴羽僚としては。
そもそも、あれだけ解り易く、かみ砕いて、単刀直入に愛の言葉を切り出したのに。
何処をどう解釈すれば、あれが家族としての人間愛だとか、兄貴の代わりにだとか。
そんな崇高なプラトニックな宣誓に受け止められるってんだよ、と僚は思う。


愛する者って事は、即ち、モッコリ仲良し恋人同士って事だろうがよ。
などと言おうもんなら、速攻でコンパクトサイズのミニハンマーが飛んで来る。
だからと言って、実力行使とばかりにキスを迫れば。
この通りである。



冴羽僚は今、2人の愛の巣のリビングの天井から、簀巻きにされて吊るされている。
それでも少しだけ相棒の愛を感じるのは、吊るされたのが屋上からでは無いという点のみだ。
僚は香の頭上から、コーヒーを飲んでいる彼女に向けて、猫なで声で機嫌を取る。




ねぇ~~~、かぁ~おりぃん。降ろしてよ~~~。もう、しないからさぁ(泣)

うっさいっっ。信用できるかっっ!! このモッコリスケベ!!

しょ、しょんなぁぁ~~~(涙) パートナーでしょお? ひどいわぁ。

・・・フンッッ。都合のイイ時だけ、何がパートナーだ!! このド変態!!




キスを迫っただけで、この有様である。
幾ら、冴羽僚が百戦錬磨のエキスパートでも。
ハンマーでど突かれながら、愛を囁くほど強靭では無い。何しろ、100tなのだ。
命懸けである。




なぁ、香(キリッ)。



こうなれば、作戦変更である。
少しだけ渋めの声で、真剣に迫る。香がこの声に弱い事は、僚は重々承知である。
香が少しだけ頬を染めて、頭上の僚を見上げる。
どんなにカッコ付けても、所詮は簀巻き姿である。
しかし、その滑稽さに気が付くモノは、この場にはいない。



な、なぁに?

そんなにいやか? 俺とキスするの。

//////////。

俺は、おまぁとキスしたいんだけど。




真っ赤になって俯いた香に、僚は内心、よっしゃもう一声。と、次の言葉を考える。
香も内心、簀巻きは流石に可哀相かな、なんて少しだけ心が揺れる。
けれど、そう簡単に落ちないのが槇村香の、槇村香たる所以である。




//////やぁだぁっっ!! やっぱ、無理 ❤



そう言って、天井から吊るされた僚に向けて思いっきり振りかぶったのは。
『乙女の恥らいハンマー 200t』 であった。
冴羽僚は、簀巻き姿のまま天井とハンマーに挟まれて、涙に咽ぶ。
そんな哀愁漂う彼を放置して、槇村香は恥ずかしそうに自室へと引き上げた。



冴羽僚の『最愛なるパートナーとの愛の生活』実現までには、まだ幾多の困難が待ち受けている。
いくら彼が、強靭な肉体とハートの持ち主でも。
もうそろそろ、限界である。
いくら彼女が、極度の照れ屋で恥ずかしがりでも。
もうそろそろ、本気を出して掛からないと、
モッコリする前に殺されると、冴羽僚は本気で危惧している。




取敢えずはこの多少、変態めいた拘束を解いて、姫のお許しを戴かなくては。
もうこれから何ヶ月も、待つつもりは無いと。
いくらなんでも、モッコリという名の人参を鼻先にぶら提げられたまま、
新宿の種馬は、そうそう大人しくはいられないのだ。
冴羽僚は、美しき標的を前に舌舐めずりをする。











原作後、こんなパターンがあってもイイのではないかと(汗)
そんなに簡単に落ちないのが、香嬢です。
[ 2012/12/02 19:14 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレルです。
いつもの面々が、高校の先輩・後輩でっす(*´∀`*)
パラレル苦手な方は、ご遠慮ください。 m(_ _)m
OK!! ドンと来いっっ!!という方のみ、以下の詳細設定をお読みになって、

『① 4月 新生活。』へ、お進みくださいませ♪




《生徒会・先輩グループ》

 僚 (高3)・・・風紀委員長。秀幸と香は家がお隣同士の幼馴染み。

秀 幸(高3)・・・生徒会副会長。香の兄。僚とはクラスは別。

伊集院(高3)・・・生徒会書記。無口。僚と同じクラス。

冴 子(高3)・・・生徒会長。才色兼備。実はコッソリ、副会長とデキている。

かずえ(高2)・・・生徒会会計。生徒会執行部の中で、唯一2年生。ミックと付き合っている。

ミック(高3)・・・写真部。生徒会役員ではないが、何故か生徒会室の常連。僚と同じクラス。


《1年生・後輩グループ・クラスメイト》

 香 ・・・風紀委員。明るくて可愛くて運動神経抜群、しかし成績が・・・残念。

美 樹・・・クラス委員(女子の方)。初めての委員会召集の時に、伊集院に恋をする。

絵梨子・・・香と美樹の親友。3人でいつもお弁当を食べる。

麗 香・・・冴子の妹。姉と比べられるのが、コンプレックス。香たちとは、若干違うグループ。






一応、カオリン入学から、兄貴たち卒業までの1年間のお話しです。


  

① 4月 新生活。

その日、生徒会役員である槇村秀幸と冴羽僚は、
講堂の入り口に立って、入学式が始まるのを待っていた。

一段高いステージ上には、日の丸と創立57年の歴史を誇る古めかしい校旗が掲げられ、
会場は、準備万端整っている。
ステージに一番近い場所に設置された、パイプ椅子の空席が新入生の座る席で、
その後ろには、父兄が座っている。
向かって右手側には、教職員一同。左手側に、来賓席。
新入生以外の、唯一の生徒としての参加者は生徒会役員たちである。
新入生が入場した後続いて入場し、目立たぬように教職員席の末席に座る。



なぁ、槇ちゃん。

ん~?

カオリン、何組?

1-3、だったけかな?確か。

ほぉ。

何だよ?

俺、3組だから、運動会同じ組だ(ニヤリ)

・・・・・・お前、香の事苛めたら殺すぞ?

何だよ、人聞きの悪い。可愛がるって言ってくれ。

それはそれで、殺す(睨)

・・・・・(汗)。



新入生たちは今朝登校したら、一番に昇降口に貼り出されたクラス分けの一覧を確認する。
そして自分のクラスの靴箱の自分の番号の下駄箱で上履きに履き替えて、自分の教室に行く。
今頃は、各自それぞれの教室で点呼が行われ、もう後5分ほどでこの廊下の向こうからやって来る筈だ。
上履きの底のゴムの色は、僚たち3年生は緑で、香たち1年生は赤だ。
因みに、この学校の運動会は毎年5月に行われており、
クラスを縦割りにした、3学年合同チームで勝敗を競う事になっている。
どうやら朝一でクラス分けの表を確認した秀幸情報によると、香は1-3なので、
3-3の僚とは、同じチームになるのだ。


僚と秀幸がぼそぼそと小さな声で囁き合っていたら、隣の大男から頭を叩かれた。
とても高校生には見えないが、一応高3の伊集院隼人である。
強面の寡黙な男だが、茶道部に所属する繊細な一面も持ち合わせている。
因みに彼も3-3なので、同じチームである。


ぃって~~なっっ!!海ちゃんっ!! 馬鹿力で叩くんじゃねぇ!!

フンッッ。お前こそ、アホ面で脳天気に騒ぐんじゃねぇ。

んだと?ゴルァ。このハゲッッ。


ドゴッッ


僚の後頭部に直撃したのは、
生徒会長であり秀幸の恋人でもある、野上冴子が手にした分厚いファイルケースだ。
この中に、本日の生徒会長挨拶のスピーチ原稿や、式次第、式手順要項など諸々の書類が入っている。
彼らは一応、生徒を代表して諸々の重要な役割(雑用)を任されているのだ。



・・・お願い、どうでもイイから静かにしてて。

・・・・・・しゅびばせん(涙目)



そんなこんなで、彼らがいささか暇を持て余して来た頃、
漸く、新入生の一団が見えて来た。
同じデザインの制服の筈だけど、3年生のそれと、今日初めて袖を通されたモノでは、初々しさが違う。
1年1組の生徒から順番に、講堂の中へと入場してゆく。
2組の途中辺りから、秀幸と僚はある1人の女生徒の存在に気が付く。
周りから数段飛び抜けた長身、栗色の癖毛。真っ白な肌。
秀幸の妹で、僚の幼馴染み。
1年3組の、槇村香だ。


香も、兄達の存在に気付く。
お兄ちゃん、と言って手を振る。
秀幸は苦笑しながらも、小さく手を挙げて応える。
擦違い様、僚が挙げた手に香がハイタッチする。

よぉっ、僚。おはよう。

彼女は、少しだけボーイッシュで。
兄は妹に、もう少し女の子らしくなって欲しいと思っている。
香は中学生の時に上級生(男子)とタイマン勝負をして、制服のスカートを破いて帰って来た逸話の持主だ。
この真新しい制服が、どうか3年間無事でありますようにと、秀幸は香の後ろ姿を見送りながら願った。




入学式も佳境に入って、校長から新入生代表に校章を手渡す時になって、秀幸と僚は驚いた。
新入生代表で名前を呼ばれたのは、香だったのだ。
名前を呼ばれた香の返事は、清々しく講堂に響き渡る。
スッと立ち上がった彼女の凛とした佇まいに、周りの生徒から軽い溜息が漏れる。
恐らく、その殆どが男子生徒。
秀幸の最も心配するのは、その点だ。
香自身は全くと言っていいほど無頓着だが、中学の3年間で、香が受け取ったラブレターはおよそ300通。
バレンタインの時期になると、決まって秀幸よりも貰って来るチョコの数が上回る。(桁が違う)
高校生になった香は、また少しだけ背が伸びてますます綺麗になっている。
兄の心配は尽きない。
秀幸が思わず零した小さな溜息を、僚は聞き逃さなかった。


大変だな、槇ちゃんも。目立つ妹を持って。

まぁな・・・・(諦)



この日から、彼らの甘酸っぱい1年間が始まった。









入学式から、1週間。
香は中学の時から一緒だった、絵梨子と同じクラスになった。
そして新たに、美樹という子と友達になった。
香と絵梨子と美樹は見事に意気投合し、3人でいつもお弁当を食べる仲になった。
その日の午後のホームルームで、各委員会の委員決めが行われた。
どうやら、クラス委員は入試の時の成績順で、
あらかじめどのクラスも担任の教師によって、決められているらしい。
美樹は、女子のクラス委員に決まった。
それぞれ、自薦他薦で委員が決められていく中で、どうしても風紀委員だけがあぶれてしまった。

『誰か、やりたい者はいないのか?』

そう言った担任教師は、教師生活4年目の若手男性教諭で少しだけ気弱そうである。
『やりたい者』
と言われて、手を挙げる人間もそうそう居ない。
こうなったら、くじ引きか・・・という空気になった所で、香がスッと手を挙げた。


じゃあ。私、やります。


香はこういう時、放って置けないタチなのだ。
お節介は重々承知で、いつも貧乏くじを引いてしまうのだけど、つい引き受けてしまうのだ。



おぉ、槇村。やってくれるか?

はい。

すまんな。みんな、賛成の者は手を挙げて?



先程とは打って変わって、満場一致である。
絵梨子は思わず苦笑する。
中学を卒業した春休み、香は。

高校生になったら、絶対に委員会もクラス役員も引き受けない!!

と、決意表明していたのだ。絵梨子の家の絵梨子の部屋で。
多分、つい半月程前のあの決意表明を、槇村香はすっかり忘れている。
結局は、委員に立候補してしまっている。
それも一番人気薄の、風紀委員などに。







更に、その数日後。
今期初の委員会が、放課後に召集された。
香が呼ばれた風紀委員会の、会合場所は3年3組教室。
香は、イヤな予感がした。
その教室に入った時、まだ委員たちは5割ほどしか集まっていなかった。
そして、そこで黒板の前に立って、それぞれのクラスと名前を確認していたのは。

冴羽僚、槇村香の幼馴染みであった。




なんで、僚がいるの?

・・・・・・なんでって。俺が、風紀委員長だから(半笑)

・・・え?

知らなかった?

うん。

ま、そういう事だから。よろしくな、カオリン。

・・・う、うん。



僚は席に着く香の後ろ姿を見ながら、ニヤリと笑う。
よろしくな。と言った僚に香は今確かに、うん。と言った。
これから1年間、冴羽僚は本当にヨロシクして貰うつもりである。
その日の会合は、初顔合わせのようなモノで。
各自簡単な自己紹介と、大まかな1年間のスケジュールが確認されただけだった。
しかし、会の最後に僚が発表した人事によって、香のこれから1年間の命運が決まった。



え~~と、今日はこんなモンで。
後は、委員会内で書記・その他雑務担当を決めようと思うんだけど。
これは、まぁ俺の独断と偏見で。
1-3、槇村香クン。ヨロシク、頼まぁ。


ふぇ?



香はハッキリ言って、ボッサリしていたのだ。
委員会なんて、2・3年生が主導で考えて、1年生は指示通り動くだけだ。
早い話が、パシリである。
だから自己紹介を終えた今、何も考えずただボンヤリしていた。
否、強いて言えば、今晩の献立を考えていた。
槇村家は父子家庭である。
父親は警察官僚で、仕事人間なのでいつも帰りは遅い。
兄が高校生になって、大学受験を控えてからは家の事は、香がやっている。
とは言え、家族3人だけで食事の支度は、ほぼ2人分なので大した労力でも無い。
何より、香も秀幸も料理は得意なので苦にはならない。



聞いてた?

・・・・????

カオリン、この後居残りね(苦笑)

え?



この後、委員長の愛の制裁が、槇村香を待ち受けていた。
香は少しだけ、風紀委員に立候補した事を悔やんだ。
そう言えば春休み。
高校生になったら、委員会には関わらないと心に決めていた筈なのにと、今更ながら思い出していた。
後の祭りである。



(つづく)



② 5月 体操服

4月半ばに、初めての委員会の会合が開かれた後、美樹は茶道部に入部した。
風紀委員を統括するのが風紀委員長ならば、
クラス委員を統括するのは、生徒会執行部である。
実は美樹は、その初めての会合で運命の出会い(本人談)を果たしたのだ。
その相手というのは、3年3組の伊集院隼人。生徒会執行部書記、茶道部部長であった。
委員会以外での、接触の場を求めて彼女は迷わず茶道部に入部した。


その美樹の打ち明け話に、絵梨子は弁当を食べる手を休めて興味津々である。
根堀葉堀、彼の情報を聞き出す絵梨子とは対照的に、香は目を丸くして放心している。
香などあの会合の後、話しを聞いて無かった罰としてホッペを抓られ、
僚と一緒に帰宅する事を命じられ、
学校から家まで(何しろ槇村家と冴羽家はお隣同士だ)僚の鞄持ちをさせられた。
幾ら僚が風紀委員長でも、あれは職権乱用だったと香は思っている。




か:ほぇ~~(感心)

み:どうしたの?香ちゃん、大丈夫?

え:大丈夫よ、美樹ちゃん。香ってば、この手の話しになるといつもこうなの。お子ちゃまだから。

み:・・・そ、そうなんだ。

え:で、その彼ってどんな人なの?

み:生徒会の人なの。3年生で茶道部の部長さん。伊集院隼人先輩。

え:ふ~~ん。で、カッコイイの?

み:んふふ。とっても❤

え:ヘ~~、今度教えてね。どの人か。

み:分ったわ。私、絶対彼の恋人になるの(握拳)

え:頑張ってね!! 応援する♪

み:ありがとう、絵梨子ちゃん。




か:こここ、恋人ぉっ~~~?!?!




そんな、2人の友人の話しを放心しながらも、
所々聞いていた香は、思わずイスから立ち上がる。
一気に教室中の視線が、3人に集まるのが解る。
絵梨子は香の制服の裾をクイッと引っ張ると、無理やり座らせる。
香も頭を掻きながら周囲のクラスメイトに、何でも無いの、テヘへ。と、笑って誤魔化す。



え:もうっ、香ってば動揺しすぎ(呆)

か:えへへ、ゴメン(汗) で、でも、凄いね。好きな人が出来たなんて。

み:そうかしら?みんな、居るでしょ?好きな人ぐらい。香ちゃんは?いないの?

か:・・・・・・好きな人??? う~~~ん。お兄ちゃんかな??

え:美樹ちゃん、この話しを香に振ってもしょうがないのよ。いつもこうだから。
  香、この場合はお兄ちゃんじゃ、可笑しな感じよ? いいの。香にはまだ早いから。

か:む~。なんか、むかつく。絵梨子の意地悪~~~。



しかしそれは、本当の事なので香も否定はしない。
絵梨子は、中学の時にはもう既に彼氏がいた。
卒業を機に、絵梨子の方からお別れを告げたらしいけれど、香にはそんな事は全く良く解らないのだ。
付き合うとか、告白するとか、お別れするとか。
中学生の時に、香は沢山手紙を貰ったけどそれはどれも開封される事の無いまま、
クッキーの空き缶に入れて、香の部屋のクローゼットの奥深くに仕舞ってある。
香とて馬鹿では無いので、流石にあれらがラブレターであった事ぐらいは解る。
けれど、どれか1通を開いて読めば、全部読まなくちゃという風に思ってしまうし、
かと言って、読んだところで困るのは目に見えているので、初めから開封しないのだ。
けれどせっかく、何処かの誰かが気持ちを込めて書いたモノを捨てる訳にもいかずに、
そのまま保管しているのだ。
ハッキリ言って、その問題は香には難し過ぎる。
出来ればこのまま、死ぬまでそんな事(色恋)で悩む事無く生きて行きたいと香は思っている。


香と絵梨子は、伊集院を知らない。
しかし、伊集院隼人は3年3組なのだ。
もう半月程もすれば、嫌でも彼を知る事となる。運動会の、同じグループの一員として。











僚のクラスが体育の授業でサッカーをしている時に、1年生女子の何処かのクラスが体力測定を行っていた。
3年生男子は普通、それが1年のどのクラスなのかなんて興味は無いものだ。
けれど僚には、それが1年3組だと言う事がハッキリと解る。


1人だけ目立って背が高く、華奢でスラリと長い手足。
春の陽気の中で、輝く程白い肌。
周りの生徒が長袖のジャージ姿にも拘らず、唯一、半袖体操服にショートパンツ。
特に女子は、好き好んでその恰好で授業を受ける者など殆どいない。
しかし彼女は、至って元気だ。
どの教科より、体育が好きなのは小学校の頃から一貫している。
そんな彼女は、先程の100m走のタイム測定で、非公式ながら高校新記録をマークした。
今現在は、5000mのタイムを測る為、トラックを周っている。
殆どの生徒がヘロヘロになって走っている中で、槇村香だけは顔色一つ変えず颯爽と走り抜ける。
もう既に、最後尾の生徒とは4~5周ほどの差をつけて、先頭をひた走っている。
この分では、全員が走り終えるまで、香は暫く休憩時間が取れそうである。





お~~い、カオリン。

あ。りょお。りょおのクラスは何?サッカー?

ああ。・・・・てか、なんでおまぁ、半袖に短パンなんだよ。

へ?




案の定、香は早々に計測を終えて、トラックの内側で体育座りをしてボンヤリしていた。
僚のクラスがいた事になど、声を掛けられるまで香は一切気が付いてはいなかった。
それに、僚の質問の意味が解らない。




だって原則、体操服は4月~10月までの時期は半袖・短パン。冬季のみ、ジャージ可って書いてあったよ?

なんに?

生徒手帳、校則のとこに。・・・大丈夫??委員長様(ニヤリ)

あ? 良いんだよ、別に。そんなモンくそ真面目に守らなくても。

何だよそれ、この前はちょっとだけ話聞いて無かっただけで、罰ゲームだったくせに。




そう言った僚は、ボトムだけジャージを穿いて、上は半袖の体操服を着ている。
左胸には、学年カラーの緑色の刺繍で『冴羽』と書いてある。
プゥッと膨れっ面の幼馴染みの茶色いクセ毛を、ぐしゃぐしゃに掻きまわす。



あぁ~~ん? あれはおまぁが人の話聞いてねぇからだろうがっっ。

なんだよ。勝手に雑用係に決めたクセにっっ!! イジワルばか僚っっ!!!



2人は授業中だという事も忘れて、まるでお家気分でじゃれ合っている。
それは子供の頃からの、2人のノリだ。
香は兄とはベタベタに仲良しな代わりに、兄妹ゲンカはいつも僚とやっている。
もうすぐ、運動会の季節である。














運動会当日。
香は、フル出場で目一杯出られるだけの種目に参加しながら、涼しい顔をして次々と1着でゴールした。
1-3には香がいてほぼ無敵であったし、
3-3には僚とミック・エンジェルと、伊集院隼人がいた。
彼らはそれぞれ、帰宅部と写真部と茶道部であるが、体育会系の生徒を突き離し、
ダントツの1位で優勝した。


ミック・エンジェルは、すっかり香を気に入り何かと口実を付けては、体操服姿の香の写真を撮影した。
そんなミックに、香も微塵も疑う事など無く、絵梨子や美樹や他のクラスメイト達と沢山写して貰った。


香と絵梨子は、噂の美樹の『運命の人』の正体を知り、
2人とも心の中で美樹の好みのタイプについて、少しだけ驚いた。
しかも彼は、茶道部部長である。
あの大きな手で、小さなお茶碗を持ってお茶を点てる所を想像して、香はニヤニヤしてしまう。


運動会が終わったあと、香には運動部からのスカウト陣が殺到した。
全校生徒の目の前で、香が只者では無い事が証明されたのである。
是非、ウチの部にと、上級生と顧問たちは色めき立ったが香は何処の部にも入らなかった。
香の考えている事はただ1つ。
部活をやっていたら、晩ご飯の支度が出来無くなってしまう、という事だけだ。誰も知らない事だが。


しかし、香に注目したのは、なにも運動部に限った事では無い。
大半の男子生徒が、この1日で香に魅了された。
その事で憂鬱な気持ちになっているのは、兄である槇村秀幸と、幼馴染みの冴羽僚である。
彼らにとって香がモテるという事は、ただただ不愉快でしかない。



まず間違いなく、槇村香は全校生徒の中で最も体操服の似合う女子である。



(つづく)




③ 6月 校内放送

え:ねぇねぇ、あの3年の冴羽先輩って、結構人気あるらしいわよ。

み:ホント~? まぁ、確かにルックスがイイのは認めるわ。私はタイプじゃ無いケド。

え:・・・タ、タイプ(汗)そうでしょうねぇ・・私はカッコイイと思うなぁ。ちょっと、チャラいけど。

か:・・・・モグモグ(唐揚げウマー)←他人事&聞いてない

え:ね、香は彼と幼馴染みなんでしょ?

か:・・・・モグモグ(玉子焼きウマー)←満面の笑み 

え:か・お・りっ

か:ん?なに?

え:さっきから、アナタ人の話し全然聞いてないでしょ?

か:?????

え:冴羽先輩、幼馴染みなんでしょ?

か:へ?りょお?  うん、そうだけど。それが何か?

み:彼がね、結構下級生から人気だって話し。

か:ふ~~ん。そうなの?(興味無し)




そう言って、ゆかりご飯のおにぎりを頬張る香は、この話題には一切興味が無いようである。
そもそも香は、恋バナ一般にさして興味は無いのだ。
それよりも、目の前の弁当だ。
今日の弁当は、秀幸が作った。
香にとって、僚の下級生人気よりも兄の弁当の方が優先順位は上である。



か:・・・って、僚のどこら辺が???

え&み:・・・どこら辺がって(苦笑)色々有るんじゃないの?カッコイイとか、優しいとか・・・

か:意地悪だよ、アイツ。



そう言ったっきり、香は美味しそうに弁当を堪能した。
絵梨子も美樹も、苦笑する。
そうは言ったモノの、この2ヶ月ほどで香がどうやら僚ととても仲が良いらしいと言う事だけは知っている。



香が“秀幸特製ランチ”を綺麗に平らげて、
ご馳走様の手を合わせたところで、校内放送のチャイムが鳴った。


“あ~、1-3の槇村香、槇村香。
 大至急、昨日の委員会の議事録を持って生徒会室へ来い。繰り返す、1-3の槇村香。
 風紀委員会の議事録のノートを持って、至急生徒会室までっっ!!以上。”



噂をすれば影である。
それは聞き間違うワケも無く、正真正銘、幼馴染みのヤツの声であった。
昼休みは、まだ後40分少々ある。
香は一気にブルーな気持ちで、カバンから一冊のノートを取り出す。


ね、意地悪でしょ?僚のヤツ!!


香は絵梨子と美樹にそれだけ言い残すと、重い足取りを引きずって生徒会室へと向かった。
残された親友たちは、乾いた笑いを漏らす。
頑張って~~、と言いながら、ヒラヒラと手を振る。
そんな昼休みの教室の片隅。
彼女たちとは少しだけ離れた席から、野上麗香が香の事を見詰めていたなどとは、
この時の香は知る由も無かった。












生徒会室は、北側校舎の1階の一番奥、校内で最も日当たりの悪い場所にある。
その隣は、写真部の暗室である。
写真部に所属しているミック・エンジェルは、生徒会のメンバーでも無いのに、
ほぼ毎日、放課後は生徒会室に入り浸っている。
その甲斐あって今現在のミックの彼女は、生徒会執行部会計担当の2-4、名取かずえである。
香がその部屋に赴くと、僚が1人で焼きそばパンとコーヒー牛乳の昼食を摂っていた。
勿論、それだけでは無い。
先程学食で、和定食大盛りも完食済みだ。


・・・・・・(怒)

なんだよ、挨拶ぐらいしろよ。愛想ねぇの、カオリン♪

なんでわざわざ、校内放送で呼び付けるんだよっっ!! 僚のバカッッ

だって、おまぁ。携帯持ってないじゃん?


香は今時では珍しく、未だ携帯を持った事が無い。
父親と兄曰く、香にはまだ早い。という事らしい。
勿論この親子2人の真意は、ただ単なる溺愛の結果である。
携帯→不純異性交遊。もしくは携帯→援助交際、などという良からぬ事にならない為の予防である。
もっとも香自身、携帯が欲しいと思った事はまだ無いし、
たとえ所持しても良からぬ事にはならないのだ、残念ながら。



てか、校内で携帯電話は禁止だよ。委員長様っっ!!(ベ~~~だっっ)

だろ?だぁかぁらっ、校内放送じゃん? お分かり?香クン。

・・・なんか、ムカつく。

まぁまぁ、そんなに拗ねんなって。ホレ。



そう言って僚が香にくれたモノは、チロルチョコのミルク味である。
その牛柄の包装紙に、わぁあい。と喜ぶ香は、20円でアッサリと手なづけられる。



で?やって来たんだろうな?昨日言ってたやつ。

・・・えへへ(汗) そそそれがさぁ。・・・やってるうちに寝ちゃってて(笑)・・・まだ。

てめ、コンニャロ。



香に課せられた僚からの命令は、昨日の委員会の内容を議事録から抜粋して簡潔に纏めておく事だった。
家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入って、寝る前になってその事を思い出した香は、
慌てて机に向かったモノの。
忍び寄る睡魔には勝てず、気が付くと布団の中で朝を迎えていた。
しかもいつもよりゆっくり眠った香を待っていたのは、兄の手作り弁当だったので、
僚の委員長命令など、すっかり忘れていたのだ。今の今まで。



ったく、しょ~がねぇな。ホラ、出してみな。ノート。



香はオズオズと、議事録を差し出す。
僚はパラパラと捲って、昨日のページを開く。
書かれているのは、ホンの数行。
ページの隅には、デッサンの狂ったドラえもんと思しき落書きと、
吹き出しには『ハイ、どらやき~~~♪』の文字。
これはきっと、(お腹が減ったよドラえもん、どうしよう?)という己の内なる呟きへの答えであろう。


推定 ドラえもん



僚は激しく脱力する。
昨日の会合は、時間にして1時間20分ほど。
どんだけ端折ったら、こうなるのか。謎である。



・・・・・・カオリン、罰ゲームな。

・・・・(ショボン)

今日の放課後、マックでビッグマック。カオリンの奢りな。



罰ゲーム兼、放課後デートというお楽しみを獲得した僚である。



(つづく)





④ 7月 夏期講習

7月に入ってから行われた、1学期の期末テストの槇村香の結果は惨憺たるものだった。
学年順位で、下から数えた方が早くて、クラスではぶっちぎりの最下位であった。


天は二物を与えずとはよく言ったモノで、
香は魅力的なルックスと抜群の運動神経を持って生まれて来たが、
学力面では、あまり恵まれなかったようだ。
けれど、何も香が努力をしていないワケでは無いのだ。
授業も真面目に聴いている方だろう。
一応、家に帰って予習復習もやっている。
香の学習法のどこに問題があるのか、それは深い謎である。


試験の結果を見せられた父親の厳命により、香はこの夏休みに予備校の夏期講習に参加する事になった。
元々は、秀幸と僚の2人が通う予定にしていた同じ予備校の、
1年生クラスに、香も強制的に申し込まれてしまった。
これで香は否が応でも、夏休みは兄と僚に監視されサボる事も侭ならず、勉強三昧が決定した。


夏休み初日を翌々日に控えたその日、3人連れ立って帰宅した幼馴染みたちは、
エアコンと扇風機全開の槇村家のリビングで、だらけたパンダのような様相で涼んでいる。
香はソファの前に敷かれたラグに寝転んで、ボンヤリしている。
秀幸は、大きめのグラス3つに、冷凍庫から氷を取り出してこれでもかと放り込む。
朝のうちに沸かして冷蔵庫に入れておいた、冷たい麦茶をグラスに注ぐ。
僚は余所の家にも拘らず、玄関で靴を脱ぐなり靴下を脱いで裸足になっている。
夏服の校章のマークの刺繍が入った、カッターシャツの裾をボトムから出し、ボタンは全開である。
その恰好で、ソファの上に胡坐をかいている。


ねぇ、お兄ちゃん。

ん~~?何だい。



香がボンヤリしたまま、その話題に触れた。
秀幸はキッチンカウンター越しに、制服のスカートのまま寝転んだ妹に苦笑しながら応える。



夏休みの夏期講習、行きたくないよ(涙)お兄ちゃんも一緒に、パパに抗議してくれないかなぁ?

香、スカート皺になるよ。・・・父さんには、逆らえないなぁ。幾らお兄ちゃんでも(苦笑)

でもだって、予備校なんて受験生が通うとこじゃんっっ。
絵梨子と美樹ちゃんと遊ぶ約束してたのに、全部予定が狂っちゃったんだよ。

でもなぁ。あの成績見せられると、お兄ちゃんも同情の余地は無いなぁ(半笑)



槇村父は仕事人間でありながら、男手1つで子育てをしてきた子煩悩でもある。
香が生まれて間もなく妻を病気で失って、再婚もせずにこれまで精一杯2人の子供を躾けてきた。
最愛の亡き妻に良く似た面差しの香を、目の中に入れても痛くない程の溺愛振りで、
日頃は甘やかし放題の父親ではあるが、こと学習面に関しては異常に厳しいのだ。
その点に於いては、兄も妹も否応なく絶対服従なのだ。


なに?カオリン、そんなに言うほど成績悪かったの(ニヤニヤ)


僚がリビングのマガジンラックに差してあった団扇で仰ぎながら、ニヤニヤして訊ねる。
香はそれだけで、ウンザリする程暑苦しくなる。
この僚の表情は、香を散々からかう時の前兆だ。


秘密。僚は絶対にバカにするから、教えない。お兄ちゃん、教えちゃダメだよ?

お兄ちゃんが、可愛い妹のプライバシーをこんな苛めっ子に教える訳ないだろ?


秀幸がそう言いながら、トレーに乗せた冷たい麦茶と、ピーナッツのまぶされたかりんとうを持って来る。
食べるのは、殆ど僚である。
香はご飯の方が好きなので、この時間あまり間食はしない。



誰が、苛めっ子だっつ~のっっ。俺だって、カオリンの事溺愛してるっつ~の。

オマエだよ、僚。・・・・・・それに、その愛は余計だ(殺意)



香が寝転んだ体勢から起き上がって、麦茶をコクコクと飲む。
トレーの上のかりんとうをチラリと見るも、興味無さ気にまたゴロリと寝転ぶ。
そんな妹に、秀幸は苦笑しながら優しく問う。




なぁ、香。お前、授業はちゃんと聴いてるか?

聴いてる。すっごい、聴いてる。

毎晩、ご飯の後に予習復習やってるんだろう?

うん。やってる。

じゃあ、何でテストであんな事になるんだろうね。お兄ちゃん、不思議だよ。

あのね。

ん?

忘れるの。

どういう事?

ご飯食べて、勉強するでしょ。で、お風呂入って、寝て。起きたら、忘れちゃうの(テヘ)

・・・・・・・・。

ねぇねぇ、カオリン。ご飯食べた事自体は、忘れてないよね?

・・・・僚、香は痴呆症では無いから。

あ~ね~。




槇村香は絶望していた。
高校生になって初めての夏休みには、夏期講習地獄が待ち受けている。
絵梨子と美樹と3人で行く筈だった、海もプールも映画も買い物も。
全て香は不参加だ。
最後の望みの綱の、お兄ちゃんに甘えて何とかして貰おう作戦も、今回ばかりは使えそうにない。
何よりそのお兄ちゃんが、今回はパパサイドに寝返ったのだ。
状況は、絶望的である。


まだ、夏はこれからが本番である。


(つづく)









⑤ 8月 キャンプ

夏休みに突入してからの槇村兄妹と隣の1人っ子は、仲良く朝から予備校通いをしている。
9時から1コマ目の授業が始まるので、遅くとも8:30前には家を出て電車で通っている。
ハッキリ言って、夏休みなのに休み前と何一つ変わらない上に、輪を掛けて面白くない。
秀幸と香は毎日、交代で弁当を作る。
僚はいつも、コンビニで何か買って済ませている。
昼に1時間ほど休憩してまた午後からみっちり5時間、勉強漬けの毎日だ。


同じ1年生クラスとは言え、学校とは全く違ってそこではレベル別にキッチリとクラス分けされている。
早々と受験を見据えて有名一流大学を目指す秀才クラスと、
香と同じような経緯で、まるで収監されるように送り込まれてしまった生徒とでは、
授業内容は違って当たり前だ。
お陰で香は、今の所何とか授業に付いて行く事は出来ている。
それに解らない事を質問すると、解るまで懇切丁寧に教えてくれる。
香は別に不真面目でも、勉強が嫌いなワケでも無いのだ。
何故だか、勉強した事がテストに反映されないだけである。原因は不明だが。


秀幸と僚は土・日も関係無く通っているけれど、流石に香は土・日だけは自由行動のお許しが出た。
だから土曜日と日曜日だけは、絵梨子と美樹と3人で夏休みを満喫している。
友人2人は、この夏の香の境遇に心底同情してくれている。
父親からは、休み明けの実力テストで結果が良ければ、冬休みは自由にして良いと言われている。
香の当面の目標は、実力テストで順位が真ん中位になる事だ。
せめて、クラス内でぶっちぎり最下位、という事だけでも何とかしたい所である。






それは8月初旬のある晩の事だった。
秀幸と僚も、8月の10日から17日までは勉強は一旦お休みだ。
中にはお盆も何も関係無しに、受験勉強に明け暮れるガリ勉クラスもあるようだが、
秀幸も僚も元々、成績は上位なのだ。
キッチリこの1週間の、純粋な休みを満喫する予定である。




香。お兄ちゃんたち、11日と12日の2日間でキャンプに行く予定だけど。香も参加ね。

へ?なんで?

泊まりがけだから香が1人になるじゃないか。防犯上、良くない。

え~、パパがいるよ?

父さんは、香が寝た後で帰って来るじゃないか。アテになんないから。それにもう、香も頭数に入れてある。

む~~。いっつも私抜きで勝手に決まってるんだもん。それに予備校に通うのだって・・・勝手に・・・ブツブツ



香のボヤキは聞こえないフリをして、秀幸は味噌汁を啜る。
夏期講習の申し込みも、こんな調子で香の与り知らぬ所で決定し、香には事後報告だった。
しかし父と兄の判断はいつも、概ね的を得ており香もブチブチとぼやきながらも、丸く収まるのだ。







キャンプに参加したメンバーは、秀幸と香と僚と伊集院と冴子と麗香とミックだった。
このメンツなら、かずえが参加しても不思議では無いが、
彼女は超が付く程の秀才で、夏休みは全くの趣味で勉学に勤しんでいるらしい。
そして、香が驚いた意外な参加者は、野上麗香だった。


あ。野上・・さん?

お久し振り、槇村さん。


彼女は、香のクラスメイトである。
あまり接点は無いけれど、香はいつも彼女の事を美人だなぁと、密かに見惚れていたのだ。



何で?・・・・あっ。もしかして、野上さんって。会長さんの?

えぇ、妹よ。面白そうだから、参加させて貰ったの♪

そうなんだぁ~~~~。ヨロシクぅ♪ あ、私は副会長の妹ね。

えぇ、知ってるわ。こちらこそ、ヨロシクね。




香が秀幸の妹で僚の幼馴染みだという事は、もはや学校中の誰もが知っている周知の事実だ。
自分が如何に目立っているのか、自覚が無いのは香だけである。
しかし。
実は麗香は、香ほど脳天気な性質ではない。
麗香が高校に入学してからの4カ月間、密かに恋心を抱いて来たのは、実は冴羽僚なのだ。
彼と幼馴染みだと言う、クラスメイトの槇村香はいつでも屈託無い。
スタイルが良くて、まるで美少年のように美しく爽やかで、中性的な雰囲気。
誰とでもすぐに打ち解ける、気さくな性格。
完璧かと思いきや、成績はいまいちでそんな部分さえどこか憎めない。
まるで野生の猫のようにしなやかで、奔放で、人を惹き付ける。
きっともしも彼女が僚の“特別”でなければ、麗香もきっと仲の良い友人になれたかもしれない。
けれど友人になる前に、麗香の心には嫉妬心が芽生えてしまった。
だから彼女は、麗香にとっては純粋な意味では腹を割った付き合いの出来る相手では無い。
勿論、香はそんな事は知らない。


香は昼休みに、しょっちゅう僚から呼び出されている。
名目上は委員会の用事だと言う事だけれど、
1年生のただの委員にわざわざ委員長が、用事を言付ける事もあまり無い気がすると麗香は思う。
香は放課後、時々秀幸と僚と連れ立って帰っている。
確かに、家が隣同士らしいけど。
高校生にもなった兄妹が、ましてお隣さんが楽しそうにじゃれ合いながら歩いているのも、
麗香にしてみれば、それって恋愛感情じゃないの?と思う所だ。
それに。
香と僚の2人だけの時もある。
駅前のマックで、仲良さ気にハンバーガーを食べているのを見た事もある。
学校の近くの本屋で、2人並んで立ち読みしていた事もあった。


それに、5月の体育の授業で。
風を切って走る香の姿を、遠くからジッと見詰めている僚を、麗香はそっと見詰めていた。
麗香は僚が好きだから、学校の中で僚を見付けると遠くからそっと眺める。
その僚の視線の先には、いつだって香がいる。
きっと槇村香は、冴羽僚の“特別”なんじゃないかと、麗香は思っている。
そう思う事は、恋する人間にとっては辛い事だ。
だから。
この2日間、姉がキャンプに行くと聞いて。
そこに、件の彼と彼女も参加すると聞いて、麗香は思わず自分も行きたいと言っていた。
冴子は不思議そうな顔で笑った。
そもそも普段の麗香は、キャンプだなんてキャラじゃないのだ。
どちらかというと、学校帰りは渋谷で遊んでいる方のタイプなのだから。



伊集院を筆頭に頼もしい男の子たちで、バーベキューのセッティングや、テントの設営を行った。
野上姉妹と香は、水場で米を研いだり、食材の下拵えをした。
意外な香の手際の良さに、麗香は驚いた。



槇村さん、料理上手なのね。

う~~ん。上手かどうかは、良く解んないケド。毎日やってるから。

え。お母さんは?

・・・ママは。  私が赤ちゃんの頃に病気で亡くなったから。

・・・そ、そうなんだ。ごめんなさい。

ふふ、良いんだよ。謝んなくても。ウチはね、お兄ちゃんが1番料理が上手なの♪



お米を研ぎながら、冴子はそんな妹たちの会話を聞いている。
勿論、槇村家が父子家庭だという事は、知っている。
秀幸が誰より1番に大切なのが、この妹だという事も。


ミック・エンジェルは、頼もしい男の子たちのメンバーの中には含まれていないらしく、
カメラ片手に、香に付き纏っている。
香も楽しそうに、レンズを向けられる度にピースサインを寄越したり、ワザと変な顔をしてみせる。
僚は正直、それが面白くないので自分もカメラに映り込むフリをして、香とミックの間に割り込む。
必然的に真面目に火を起こして、アウトドア活動に邁進しているのは、秀幸と伊集院である。



7人は、終始和やかなムードで屋外でのディナーを楽しみ、
薪を組んで作った櫓を囲んで、夜遅くまでバカ話に興じた。
テントは、全部で3つ。
女の子たちの分と、僚と秀幸、伊集院とミックだ。
火が鎮まって来た頃には、もう少しで日付が変わる頃だった。



寝る前にトイレに行こうと思い立った香は、キャンプ場の管理棟の横にあるトイレに行った。
僚に声を掛けられたのは、トイレからテントに戻る途中だった。



カオリン。

あ、りょお。まだ、寝て無かったの?

あぁ。カオリン、アッチで一緒にお星様見よう?




そう言って、僚はテントとは反対方向を指差す。
香は嬉しそうにコクンと頷く。
確かに、家の周りではこんな満天の星空は拝めない。
僚の後について香は、フカフカの草地の上を歩く。



夏休みのキャンプ場とは言え、お盆の前のこの時期は少しだけ閑散としている。
これがお盆を過ぎると、また混雑するらしい。
一番暇で、人の少ない日がこの日だったのだ。
僚は立ち止まると、草の上に寝転んだ。自分の隣をポンポンと叩く。
香も隣に寝転ぶ。



すっごいねっっ!! プラネタリウムみたいっっ

そうだな。ウチの近所じゃ、見れねえな。

来て良かったぁ~~~~



そんな香を、僚は横目で眺める。
香はいつでも、どんな時でも、場の雰囲気を盛り上げるムードメーカーだ。
天真爛漫で、明るくて、悩みなど無い。
けれど、そんな風に見えるのは、ただのイメージで。
僚は香の心の小さな変化だって、良く解る。
なんせ、香0歳の時からの付合いだ。
イメージなんてものは、受け手側の勝手な思い込みで。
あの遠くに光る星に、昔の人間が勝手に物語を作ってしまった事に少しだけ似ている。



カオリン。

ん~~?

何があった?

・・・・。

元気ないだろ、さっきから。

・・・お兄ちゃん、

槇ちゃんがどうした?

さっきね、・・・・・野上先輩と手繋いでたの。それにね、冴子って呼んでたの。いつもは、野上なのに。

・・・・・(見たのか。)

ねぇ、りょお。

あ?

お兄ちゃんと、野上先輩。  付き合ってるの?




僚は何も答えずに、そっと香の手を握った。
香は別段、驚く事も無い。
香と僚は、子供の頃からいつだってこんな調子だ。
手だって繋ぐ。



良いんじゃん?手ぐらい繋いでも。 仲良しなら、繋ぐだろ?

そうかな。

そうだよ、俺と繋いでんじゃん。カオリンも。

それは。

それは?

僚だからだよ。僚だから、イイの。





僚は少しだけ拗ねた顔でそっぽを向いて、なんだょそれ。と呟く。
それでも、手だけは離さずに黙って星を眺めていた。
暫くして、香がボンヤリしながら呟いた。



私も野上先輩や麗香ちゃんみたいに、可愛く生まれて来たかったなぁ。

なに?妬いてんの?

そんなんじゃないよ、私、男の子みたいだから。ちょっと、羨ましいだけ。

ま、今更だな。

・・・・解ってるし。一言多いし、僚。




けれど僚が本当に言いたい事は、そんな言葉じゃないのだ。
僚には、冴子よりも麗香よりも、香の方がよほど魅力的だ。
好きなのだ、香が。
子供の頃からずっと。
けれど、今更なのは僚の方だ。
付合いが長過ぎて、深過ぎて、まるでもう1人のきょうだいのような自分と彼女には、
『好き』の2文字だけでは、表せない沢山の気持ちが有り過ぎて。
僚はいつだって、茶化してしまう。

(本当は、オマエが好きなんだぜ。俺。)

僚は星を見ようと誘った筈なのに、星は見ずに、星を見ている香ばかり見詰めていた。





そしてテントの中から、そんな風に草の上に寝転ぶ2人の事を麗香が見詰めていた。
冴子は秀幸と外に出ている。
多分彼らも今頃、何処かその辺で同じように星を見ているのかもしれない。
3人用のテントの中で、麗香は1人ぼっちだった。
少しだけ、キャラじゃないキャンプになんか来てしまった事を、麗香は後悔していた。


そして、男臭い伊集院とミックのテントからは、もう既に鼾が聞こえ始めていた。
誰の上にも等しく、星は瞬いている。



(つづく)






⑥ 9月 実力テスト

夏休みが終わったその週に、実力テストが行われた。
槇村香的には、まぁまぁ出来たんじゃないかという手応えを感じていた。
結果がついて来るかどうかは、また別の話しではあるが。



その同じ週に、2学期第1発目の委員会の会合が開かれた。
その翌日、昼休み。
またしても、風紀委員恒例・校内放送が流れる。
ここ最近では周りの方が、委員会の翌日にはそれが来ると予測しているのに、
いつでも新鮮に驚いて慌てふためいているのは、当人の槇村香だけである。


“1-3、槇村香~~~。昨日の委員会で決まった例の予定表、
 原稿を持って大至急、3-3、冴羽まで。
 繰り返す、1-3、槇村。原稿を持って、3-3、冴羽まで。
 あ、あと。ついでに焼きそばパンと、コーヒー牛乳もヨロシク~~~♪大至急な~~~。”



やはり、香はその放送を聞いて慌てていた。
その例の“原稿”とやらを、家に忘れて来たらしい。
鞄をひっくり返し、隅々まで確認したがそんなモノは入っていなかった。
香はガックリと肩を落とし、小銭入れだけを握って、親友2人の励ましの声を背に教室を出た。










数分後、3年3組の教室にズカズカと入り込んで冴羽僚を尋ねたのは、3年1組の槇村秀幸だった。
何やら手には、1枚の紙が握られている。




ゴルァ、僚っっ。テメェ、人の妹をパシリに使うんじゃねぇっっ!!

だぁってぇ~~~、1年の教室の方が購買に近いじゃ~ん? ついでだよぉ、つ・い・で❤

っるせぇ、焼きそばパンは、テメェで買いに行けっっ!!




そう言って、秀幸が僚の側頭部に鋭いツッコミを入れたその時、
『失礼しまぁ~~ッす』と言って入って来たのは、渦中のパシリ要員である。
手には律儀にも、焼きそばパンとコーヒー牛乳を持っている。
激しく脱力するのは、兄である。



って、買って来るんかいっっ!! お前もっっ(苦笑)

よぉおし、イイ子だ。カオリン。



そう言って、僚は香の頭を撫でまわす。
そんな僚を秀幸はもう一度、小突く。触るなという意味だ。



ヨッシ、カオリン。ご褒美だ♪



そう言って僚が香に手渡したモノは、チロルチョコのコーヒーヌガー味だ。
またしても彼女は、20円で嬉しそうに小躍りする。
しかし次の瞬間、本来の目的を思い出してシュンとする。



あ、あの~~~。り、僚ぉ?

ああ~~ん?

れ、例の予定表なんだけど・・・・、ちゃ、ちゃんとやったんだよ、昨日は。・・・けど、忘れて来ちゃった、家に。

・・・・・・(怒)


僚は一瞬、チロルチョコを没収しようかどうか迷う。
そんな風紀委員と風紀委員長の間に、秀幸が割って入る。



あ~~~、それなんだけど。これ、今朝ダイニングのテーブルの上に忘れてたぞ。



秀幸の手に握られていたモノは、昨夜香が作成した秋の校則遵守運動の計画予定表である。
毎年10月中旬の10日程、風紀委員が毎朝交代で校門に並び、
挨拶の奨励と、軽い風紀検査を行う。
検査と言っても、引っ掛かるのはあからさまに違反が見られる場合のみで。
毎年この期間に、わざわざ違反をして登校する者もいない。
それでも、担当教諭と僚と交代で当番になった2~3名の風紀委員で行われる。
早い話が、その当番表である。
例年委員長は、原則毎日参加なので、僚はこの期間毎日早起きを余儀なくされる。
因みに、僚の予定では槇村香は、否応なく当番に関係無く、毎日参加決定である。



わぁ。ありがとうっっ、お兄ちゃんっっ!! 大好き❤


そう言ってヒシと抱き付く妹に、秀幸はデレデレと相好を崩す。
僚の眉間に、嫉妬による深い縦ジワが刻まれる。
その教室内の男子生徒の視線が、仲良しイチャイチャ兄妹に降り注ぐ。
超絶鈍感及びマイペースな兄と妹だけが、そんな周りの温度など物ともせずイチャついている。
地味で温厚な槇村秀幸は現在、校内で最も羨望の眼差しを受けている男子生徒である。
これで、生徒会長との交際まで明るみになれば、彼はきっと夜道で襲われかねない。



はい。というワケで、委員会の業務連絡終了。戻ろうか?香。

うん(頷)



秀幸は妹の手を引いて、3-3の教室を後にした。
予想外の幼馴染み(兄)の出現により、今回の僚の幼馴染み(妹)丸め込み作戦は、敢え無く撃沈した。
秀幸が余計なお節介をしなければ、
放課後は香と2人で、罰ゲームという名のデートを楽しむ予定だったのだ。
次からは、呼び出し方にもう一工夫必要だと、冴羽僚は拳を握り締めた。









翌週、帰宅部の香が帰り支度をしていると、野上麗香に呼び止められた。
美樹はいつも部活で、大抵一緒に帰る絵梨子はその日、母親と何だかの展示会に赴くとやらで早退していた。



槇村さん。ちょっと、いい?

あ、麗香ちゃん。なぁに?



香はあのキャンプ以来、麗香の事を“麗香ちゃん”と呼ぶ。
もっとも香は、クラスの誰とも同じスタンスで。
特に仲の良い絵梨子と美樹は別にして、誰の事も 〇〇ちゃん、〇〇くん。と呼ぶ。
クラスメイト達も、香を嫌うモノはいない。
女子とは大抵、好みや共通の話題や性格などで、細かく派閥を作る生き物であるけれど。
不思議と槇村香は、どのグループにも違和感なく溶け込む事の出来る才能を持っている。
それどころか、男子相手でも不思議と違和感なく過ごしている。
何しろ香は幼少の頃から、遊び相手は秀幸と僚だったのだ。
男子的要素も多分に持ち合わせている。
それは女姉妹の中で育った野上麗香にとっては、全くと言って良いほど理解できない世界である。



あの。良かったら、ちょっとお茶して帰らない?



麗香はそっと、周りを見回す。
まだ部活に行く前の運動部員や、これから街に繰り出す予定の数名の女子のグループが談笑している。
香は内心、何だろう?珍しいな。と思いながら、首を傾げる。
しかしつい数日前に、ミック・エンジェルから受け取ったモノの存在を思い出す。


うん、イイよ~。それと、そう言えばこの前、ミック先輩にこの前の写真、現像出来たヤツ貰ってたの。


ちょうど良かった、と言って微笑む香に、麗香の胸がチクリと小さく痛む。
“この前”というのは、例のキャンプの事である。
きっと香は僚の事を、幼馴染みとかお兄ちゃんだとしか思っていないだろう。
麗香はあのキャンプで、少しだけ期待もしていたのだ。
少しでも、憧れの冴羽僚に近付けたらと。
けれど解った事は、冴羽僚にとっての香の存在の大きさである。
野上麗香は冴羽僚に恋をしている。
そして冴羽僚は多分、槇村香に恋をしている。









学校から少し離れた場所にある、喫茶キャッツ・アイは美樹の両親が営む店である。
この店の1人娘は今、高校で茶道部に所属してその部の部長に恋をしている。
夏休みに何度か香と絵梨子は、この店に訪れた。
美樹の父母とも、すっかり顔見知りだ。



あら、香ちゃん。いらっしゃい。

こんにちわ、お父さん、お母さん。コチラは、クラスメイトの野上麗香さん。

まぁ、初めまして。ゆっくりして行ってね。

あ、ありがとうございます。





2人は奥のボックスシートに座った。
ココに来る道すがら、そこが美樹の家だという事は香が説明済みだ。




彼女、お母さん似なんだね。



そう言って、麗香が微笑む。そう言えば、そうだね、と言って香もニッコリ笑う。
彼女のお母さんは至極美しい。そしてお父さんは、大柄で少し強面で。
何処となく、件の茶道部部長に似てなくも無い。
娘というモノは、何処かで理想の男性像に父親を重ねるのかもしれない。
香は早速、学校指定の鞄の中から、何やらごそごそと取り出す。
例のミック・エンジェル撮影による、キャンプでのスナップだ。
結構な枚数が取られている。
現像に関しては、彼は自分で行えるので問題無いらしい。
その殆どは、香を写したもので。
だから必然的に、僚も写っている。
その写真の束の中から、香は麗香が写っているモノを選り分けてくれた。
それでも、結構沢山あって麗香も少しだけ嬉しかった。


(・・・あ。)


麗香の手がフト、1枚の写真の上で止まる。
1枚だけ、自分と僚が2ショットで写ったモノがあったのだ。
麗香が喜びに打ち震えている事など、目の前で楽しそうに写真を見ながら笑っている香には解らない。
それはきっと、麗香の宝物になる。
あのキャンプで辛い気持ちもあったけど。
それだけで、麗香は付いて行って良かったと思えた。



どれか、イイのあったぁ?



屈託なく笑いながらそう訊ねる香に、麗香は少しだけ良心が咎める。
咄嗟に例の宝物の2ショット写真の上に、当たり障りのない写真を重ねて束ねる。
香はきっと。
こんな風に友達のフリをして心の中では、醜い嫉妬を抱いている自分の事など想像だにしていない。
他の友達と居る時に、心とは裏腹に演技をしていても、別段、麗香の心は咎めない。
けれど何故だか、香の前だと麗香は本心を別の場所に置いている自分が、
とても醜いものに思えてならない。
香に酷く嫉妬すると同時に、彼女の自分を微塵も疑っていない心が手に取るように伝わる。
きっと自分が男の子なら、彼女に恋をすると思う。



うん。嬉しい、沢山あって。今度ミック先輩にもお礼言わなきゃ。

だね~。

ねぇ、槇村さん。

ん?なぁに?

槇村さんって、好きな人とかいないの?



唐突な麗香の質問に、香はコーヒーを飲もうとしていた体勢のままピキッと固まる。
麗香は香が、この手の話しに全く弱いという事を知らないので、何事かと驚く。
麗香の感覚としては、女の子同士集まれば=恋バナ、というのはお約束で。
特に、珍しい話しの流れでは無かったつもりだった。
それに、1つは。
香にもし好きな人がいて、それが僚でなければ。
自分にも、まだまだ可能性があると思ったのだ。
好きな人の失恋を願っている自分を、麗香は嫌な奴だなと思う。
それでも、彼が失恋しなければ、自分が失恋する。
自分の恋が叶うという事は、即ち彼が失恋するという事。



だ、大丈夫? 槇村さん?

///////あ、う、うん。大丈夫。・・・・すすすす好きなひと?

うん(苦笑)好きな人。いないの?

お兄ちゃん以外で?

・・・・・・えぇ、出来れば。それ以外で(汗)

男の子限定?

・・・・・・えぇ。

別に、いない。

そ、そうなんだ~~~。




香の答えは即答だった。
否、こういうパターンも麗香は想定はしていた。
少なくとも。
香には僚に対する恋心は無いらしい。
その時は、ぶっちゃけてみようと、麗香は予定していたのだ。
よくよく考えたら、彼女は彼と1番近い位置にいるのだ。
打ち明けて協力を仰げば、最も心強い味方になるかもしれない、と麗香は思う。
そんな風に思う自分も、実はちょっとだけ嫌いだったりする。
きっと今は好きな人のいない香だけど、もしも好きな人がいればこんな風に根回ししたり、
ヒトを利用しようなんて、多分考えないだろう。
きっと彼女なら、素直に正直に恋に相対し、真正面から挑んでゆくんだろう。
何もかも自分とは違い過ぎると、麗香は思う。



槇村さん、私ね。  冴羽先輩の事が好きなの。



香は一瞬、何の事だか解らなかった。
言葉の意味を理解した後も、麗香が自分にそんな事を打ち明けた意味が解らなかった。
そう言えば僚が密かに下級生に人気だと言う、絵梨子と美樹の言葉を思い出した。



僚の、どこら辺が?

え?

アイツ、結構意地悪だよ。



香はそう言ってニヤリと笑うと、漸く飲もうとしていたコーヒーを口にする。
香は解っていないと、麗香は思う。
僚は相手が香だから、意地悪するのだ。
意地悪の裏側には、好きの気持ちが有るのだ。
その意地悪さえも特別で。
それが麗香には、羨ましくて仕方が無いという事を。
キャンプの時に、麗香は何度か僚に話し掛けられた。
僚はとても優しく、気配りの出来るタイプだと思った。
でも。
どんなに気を遣って、優しく声を掛ける彼よりも。
香に意地悪を言ったり、さり気なく頭を撫でたり、頬を摘んだり、肩を組む僚が。
きっと本当の僚のような気がした。


アイツ、可愛い子の前では猫被るんだよ。


そう言った香に、本当に恋心が無いのかどうか。
麗香の気になる点は、そこである。












香が、麗香の僚への片思いを打ち明けられて数日後。
今度は香に、新たなる色恋沙汰が勃発した。
高校に入学して以来、中学の時と同様に香の下駄箱には、しばしば手紙が入っている。
香の部屋のクローゼットの中の空き缶は、1つ増えた。
中学の時にも手紙以外で、直接気持ちを告げられる事も時々あった。
それでも。
高校に入ってからは、それが初だった。


相手は、同じクラスの男子クラス委員長。
入学してすぐの委員決めの時に、香が自ら風紀委員を買って出た事が切っ掛けで、イイ人だなと思ったらしい。
彼はとても真面目で。
香がぶっちぎり最下位だった期末テストでは、クラストップの成績だった。
一度だけ、香が数学の時間にどうしても解らない事を、丁寧に教えてくれた。
けれど、香にしてみれば。
ただそれだけの事で。
自分がどうして彼に好かれるのか、てんで心当たりは無い。


香には良く解らない。
ヒトを好きになる(恋愛という意味で)とか、ヒトに好かれるとか。
僚を好きだと言う麗香も。
自分を好きだと言う委員長も。
友達ではダメなんだろうか、友達の好きとどう違うのか。
だから、勿論香には告白された時に、何と言えば良いのかなんて事も、全然解らない。





9月の半ばに、休み明けの実力テストの結果が発表された。
香は何とか、学年で真ん中とは行かなかったけれど、それに近い所にまでは順位を上げる事が出来た。
とは言え、まだまだ後ろから数えた方が早いけれど。
クラスの順位でも、随分頑張って後ろから10番目ぐらいにはなった。
そもそも初まりが酷過ぎたから、と言ってしまえばそれまでだが。
香的には、充分過ぎる程の大躍進である。(あくまで、香の見解である。)



勉強は、頑張れば結果が出る事は解った。
けれど、香には難しいもう一つの問題がある。


恋愛問題


それだけは、香にはどうしても克服できない大きな難題である。
取敢えず、委員長の件をどうしたモノか。
香は秋めいた気持ちのイイ季節に、無い知恵を絞っている最中だ。


(つづく)





⑦ 10月 早起き

冴羽僚は、まだ夜も明けきらぬ早朝5時半に、槇村家のダイニングテーブルに着いていた。
迷惑そうな顔で、その日の昼食の弁当を手際よく詰めるのは、幼馴染みの槇村秀幸である。
先程、美味しそうな玉子焼きを、横から摘み食いしようとして秀幸に叩かれた。



・・・・てか、早過ぎじゃないのか? オマエが張り切るのは勝手だが、香を巻き込むのは止めてくれ。

お、出ましたよ、副会長の公私混同。これは、あくまでも委員会活動なのっっ。

・・・(怒)、あの予定表ではオマエ以外の委員は、交代制のようだったけど?何で、香だけ毎日なんだよ。



僚はニヤリと、何やら底意地の悪い笑みを浮かべると、人差し指を振って舌打ちをする。
制服の胸ポケットから、四つ折りのコピー用紙を取り出す。
秀幸の前に掲げられたそれは、いつぞやの香の作成した当番表である。
僚はその表の枠外、余白部分を指差しながら勝ち誇ったように言い放った。



ふっふっふ。槇村君、君の目は、あ、失礼。眼鏡は、節穴かね。ここを良く見給え。



その指差された場所には、極々小さな文字で『尚、一部生徒を除く。』と書いてある。
それはどう見ても僚の字で、以前にこの用紙を見た時には書かれていなかった一文が書き足してあった。
明らかな、早起き詐欺である。



で?この一部生徒ってのが、香か?

流石、槇ちゃん。 呑み込みが早い。



思わず秀幸は、手近にあった擂り粉木棒で1発、幼馴染みをど突いた。
漸く香が起きて来たのは、その時だった。
香はたった今起床したようで、髪の毛は寝グセでボサボサ。
クリーム色に白の水玉のパジャマを着て、まだ半分眠ったようにボンヤリしている。
無理も無い。
この4日間、この調子で僚に付き合わされ、毎朝1時間以上の早起きだ。




おはよ~、お兄ちゃん。

おはよう、香。顔洗っておいで。

なんだよ、カオリン。まだそんな状態かよ、あと15分で出発だぞ?てか、俺にはおはよう無しかよ。

あ、おはよ。 ハリキリ空回り委員長(薄笑)




香は完全に、ご機嫌ナナメだ。
それはそうだろう。
そもそも香のクラスの誰も、風紀委員のなり手がいなかったから、しょうがなく引き受けたのに。
委員長が、幼馴染みの腐れ縁というだけで、何かとこき使われ。
挙句、当番でも無いのに連日の早起きである。
ちょっと不公平なんじゃないのかと、流石の香も薄々思い始めていた。
しかしそんな至極真っ当な意見を、当の委員長にぶつけてみるといつの間にか香は綺麗に丸め込まれて、
朝の校門で、張り切って大きな声で挨拶していたりする。
そして、毎朝布団を出る頃には、どうしてだろう?と不条理に思うのだ。






そのキッカリ15分後、槇村香は完全に覚醒し、いつもの清々しいオーラを纏っていた。
いつもの通学の道を僚と並んで歩く香は、すっかりご機嫌も回復して楽し気に僚に話し掛ける。



ねぇねぇ、りょお?

ん~~?

りょおのパパ、今度いつ戻るの?

う~~ん、多分年末ぐらいじゃね?




冴羽家と槇村家は、一戸建てのお隣同士だ。
槇村家の父もなかなかどうして仕事人間だが、僚の父はまた更にその斜め上をゆく仕事人間だ。
彼は外資系の商社に勤めており、1年の大半を日本国外で過ごしている。
実は僚もまた、香と同じで。
赤ん坊の頃に母親を事故で亡くしており、父1人、息子1人の父子家庭だ。
しかし冴羽家の放任主義は徹底しており、僚が小学校を卒業するまではシッターが通いで来ていたけれど、
中学生になってからは、僚は全て1人で家の事をこなしている。
もっとも、僚自身はそれが気楽でちょうど良いと思っている。
生憎隣に行けば、暇潰しの相手には事欠かない。



あのね。もしも、オジサンがクリスマスも帰って来られなかったら、ウチにおいでね。

・・・・・・あぁ?まぁだ、2ヶ月も先の話しかよ(呆)気が早いっつ~の、カオリン(苦笑)

えぇ~~、2ヶ月なんてアッと言う間だょ?昨日、パパに訊いたら僚も呼んだらいいって。

おお、サンキューな。まぁ、毎年の事だな。

まぁ、そうだけど。




香はそう言って笑うと、無意識に僚と手を繋ぐ。
恐らく、ドキドキしているのは僚だけだ。
香は時々僚に子供みたいに悪態をつくクセに、時々、こんな風に甘えたりもする。
意地悪だと言って文句を言うクセに、考え事がある時には僚に相談したりする。
僚は兄とも違う、香にとっては唯一無二の存在だ。
今の所香は、僚が身近に居過ぎて、その事にすら気が付いてはいない。


ねぇ、りょお。しりとりしよう?


まだ、明けきらない薄暗い朝の道を、2人はしりとりしながら歩く。
何だかんだで、2人は仲良しだったりする。













「槇村っっ。」

聴き慣れた声に背後から名前を呼ばれて、秀幸が振り返ると野上冴子が立っていた。
学校までは、あと500mといった所か。




おはよう。

おはよう。香さん、今朝も付き合わされてんの?僚に。

あぁ。アイツ、キッチリ5時半にウチに上り込んで迎えに来るから、今のとこ俺達はウンザリしてる。




いつもなら、高3にもなって妹と2人で通学する生徒会副会長は、
ココの所、幼馴染みに妹を独占されて、心なしかご機嫌ナナメだと、冴子は思う。




ねぇ、僚と香さんって付き合ってんの?

・・・・・・・・・(憤怒)

あ、あら。違ったのね。

朝から、笑えないジョークだよ。冴子。

あはは。・・・・・・でも。香さんはともかく、僚は好きなんじゃないの?彼女の事。

どうかな? 妹みたいなモンじゃ無いの? 




秀幸は、希望的観測を込めた言葉を返す。
そんな秀幸に、冴子はヒッソリ苦笑する。
彼は相変わらず、妹LOVEで。別に、僚で無くとも妹に近付く男は皆、敵である。



ウチの方の妹なんだけど。

麗香ちゃん?

えぇ。・・・・・・どうも、僚の事が好きみたいなの。

・・・・アイツの、どこら辺が???

さぁ? でも、下級生には人気みたいよ。

アイツ、可愛い子の前では猫被るからなぁ。

コロッと、騙されるのよね。なまじルックスがイイだけに。

だな。怖い怖い。






その頃、そんな噂をされているとも知らない風紀委員長は、立て続けに5回クシャミをした。
それを少し離れたところで見ていた香は、僚がもし明日風邪を引いて学校を休んだら、
自分も当番じゃないので、ゆっくりお兄ちゃんと一緒に登校しようと目論んでいた。
僚の純愛は、なかなか周りに理解して貰えないのであった。



(つづく)







⑧ 11月 文化祭

2学期に入ってから香は週2回、夏休みから通っている予備校に引き続き通っている。
9月の実力テストで、多少は良くなったモノの、未だ香の成績はイイとは言い難い。
なので短期集中というよりも、中長期的に様子を見ていく方向で、父親より決定が下された。
これが意外と香には合っているようで、
通う日以外に自分で勉強していて解らなかった事を、色々質問出来るので重宝している。
これが秀幸や僚だと、こうはいかない。
まず手始めに、何でこんな事が解らないんだ???というお話から始まる。
そう言われても、しょうがないのだ。解らないんだから。
理解が深まれば、面白味も出てくる。
そういうワケで、香は前に比べて少しだけ、勉強が好きになりつつある。




前に麗香から片思いの打ち明け話を聞かされて以来、香は度々麗香にお茶に誘われる。
話しの内容は、専ら僚の事である。
香にしてみれば、僚に訊けば良いような事をわざわざ香に訊いて来る麗香の意図は良く解らないけれど、
僚に訊いてみれば?とは言ってはいけないのだという事だけは、何となく解る。
恋バナの面倒臭いのはこう言う所だ。
必要以上に、空気を読むという事を求められる。
空気を読み違えてないだろうかと、香は話しの本筋とは違った部分で妙に緊張する。
だから、半分は良く聞いていないのだ。
時々ふと、適当な相槌を打っている自分に気が付いて、香は冷や汗をかく。


大体、麗香は解っていないのだ。
香は僚のただの幼馴染みで、隣人と言うだけで。
僚が好きな本とか、映画とか、服の趣味とか、そんな事を訊かれても。
ハッキリ言って、知らない。
僚が漫画以外の本を読んでいる所は、あまり見た事無いし。
映画館に行くより、TUTAYAに行く方が頻繁だし。
それにしたって、映画を借りているとは限らないし。他にもイロイロあるだろうし。
それに、僚が何処で服を買っているのかなんて、香の知ったこっちゃないのだ。
多分、何かしら着ているので、何処かで買ってるんだろう。
麗香に訊かれるまで、香はそんな事など考えた事自体無かった。
本当に、僚に直接訊いた方が早いのだ、そんな事は。


一度、折衷案で、僚に訊いといてあげようか?と、提案したけれど、
麗香曰く、それじゃダメらしい。


『・・・訊くって、香ちゃん。どういう風に?』

『ん~~と、僚って何処で服とか買ってんの?とか?』

『何でそんな事、知りたいの?って訊かれたら?』

『へ? え~~~~とぉ、うぅ~~ん。な、何か知りたいらしい人が居てぇ・・・』

『・・・誰?って言われたら?』

『・・・・・・・・・麗香ちゃん?

『ダメじゃんっっ!! ダメだよ、絶対。香ちゃん、嘘吐けないから。』





どうやら香には、麗香が納得するような諜報活動は向いていないようだ。
それに香は思うのだ。
どうして、そんな事が知りたいんだろう。
それが好きって事なんだろうか。
僚が持っている漫画の、香の好きなシーンを僚も好きだったり。
別々にTUTAYAに行って、後で聞いたら同じ映画を同時に借りていたり。
僚の持っているジーンズで、イイ感じに草臥れているボロなヤツがあって、それが香は妙に好きだったり。
そんな事はあるけれど。
それが一体、何なんだろう。
恋をするという事は、そんな色々が特別に見えたりするって事なんだろうか。
いずれにせよ、香に訊くよりは僚に訊いた方が早いような事を、麗香は延々悩み続けている。



香はそろそろ恋バナに疲れて来ている頃だったし、それは適当に打った相槌の1つだった。
1週間後に迫った文化祭の日に、麗香は僚に告白するらしい。
僚は3年生だし、もう11月だし。
麗香はダメ元で、付き合って欲しいと言ってみるらしい。
それで。
香にも協力して欲しいと。
香たちのクラスは、文化祭は焼きそばを作る事にした。
文化部に所属している生徒は、原則そちらが優先だけど、特に何も発表する事が無い生徒たちは、
焼きそばを焼くのだ。
勿論、香も焼きそば係だ。


その模擬店に、僚を誘って欲しいとの事。
香は内心、呼ばなくても僚は勝手に来るだろうし(何しろ、焼きそばパン大好物である。)、
それ位ならまぁ協力できない訳でも無いし、と思いながら気付いたら頷いていた。
僚がやって来た所で、麗香は人気の無い所に連れ出して告るらしい。
麗香ちゃん、勇気があるんだなぁ、と香は思う。
香には好きな人はまだ出来た事が無いけれど、告白するってのが勇気を要するって事だけは予想できる。








文化祭、当日。
僚は香のクラスがやっている、中庭のテントの下の焼きそば屋に行ってみる事にした。
香は珍しく前の日に、僚も絶対来てね。と、槇村家のリビングで3度も念を押した。
勿論、そんな事言われなくても、僚は行くつもりだったが。
そんな挙動不審な香に、僚は一体何があるんだろうと、つい深読みする。
どちらかと言えば、絶対に行くと言う僚に、
げっっ、来なくてイイよ~~~と言う香というパターンの方がデフォルトのような気がするのに。
今回はどうやら、様子が違うと、僚は思っている。
完全に、麗香の協力要請は裏目である。




僚がそのテントの下に行った時、香は鉄板の前にいた。
明らかに、数m手前で僚と目が合ったのに、香は不自然に目を逸らした。
いつもなら、ニヤッと笑って軽口の1つでも交わす所なのに、
香は忙しくて、僚に気が付いていないフリをしているようだ。
前日からの香の様子がおかしな事に、僚は首を捻る。
そんな僚に声を掛けたのは、野上麗香だった。



冴羽先輩。

あ、君は確か冴子の。

はい、妹の麗香です。

あ、そうそう。麗香ちゃん。



あの。ちょっと、お話しがあるんですケド。




僚は、コレかと腑に落ちた。
僚はハッキリ言って、チャラい。
香は知らないけれど、これまで結構な人数の女の子と付き合った。
けれど、僚が好きなのは今も昔も、香ただ1人だ。
別に心から好きじゃなくても、付き合えるのだ。否、付き合えると思っていた。
以前の僚は。
だけど、やっぱり無理だと気が付いたのだ。
好きでも無い相手に合わせるのは、意外に苦痛だし。時間の無駄だった。
何より、相手に対して失礼だ。
初めのうちは彼女たちは、僚と付き合って喜んでくれる。
けれど暫くすると、僚の心の中にはたった1人しかいないという事が、どうやら解るらしく。
自然と別れてしまう結果となった。
だから僚は、もう誰とも付き合うのは止めにした。



僚が付き合いたいのは、槇村香ただ1人である。



僚は鉄板の前の香が気になったけど、香はクラスメイトに声を掛けられて違う方向を向いてしまった。
自分の隣でジッと見上げて来る、ダチの妹。
僚は仕方なく、彼女の後についてその場を離れた。





麗香に声を掛けられて、麗香の後について歩き出した僚の背中を、香はボンヤリ見詰めた。
麗香に色々と訊かれている時は、特に何とも思わなかった。
麗香に協力して?とお願いされてからは、何とかして2人きりにさせないと、と思っていた。
麗香が無事、僚の隣に走り寄って行った時にはホッとした。
でも。
僚が背中を向けた途端、少しだけ淋しいと香は思った。
麗香が僚への恋心を打ち明けて、僚がそれに応えたら。
僚と麗香はやっぱり、恋人同士になるんだろうか?
僚は麗香と楽しそうに手を繋ぐんだろうか?



何故だか香は、僚と手を繋ぐのは自分なのに。と思ってしまった。
この気持ちが何なのか、香にはまだ解らなかった。
夏休みのキャンプの時に、星を見ながら僚と手を繋いだ事を思い出していた。
ボンヤリする香に、クラスメイトの女の子が声を掛ける。
コッチは代わるから、槇村さんも他の展示見ておいでよ~、と言ってくれている。
香はお礼を言って、テントを出ようとした。
クラス委員男子に声を掛けられたのは、その時だった。



槇村さん。

あ、田中君。

他のクラスの展示、見た?

あ、ううん。今から。

そっか、僕も今からだから、良かったら一緒にどう?




彼に9月の半ばに告白をされて以来、香はキッパリとは返事を出来ずに何となく気まずさを感じていた。
それは向こうも同じだったようで、意を決して香を誘っているのは、一目瞭然だ。
こんな時、美樹や絵梨子が近くに居れば、適当に誤魔化して貰えるだろうケド、
美樹は茶道部の方が忙しいし、
絵梨子は美術部にこそ入っていないけれど、
趣味の絵がプロ並みに上手いので、個人的に展示スペースを設けてそちらに籠っている。
香は取敢えず、絵梨子の絵を観に行きたかったのだ。



あの。絵梨子の展示を観に行こうと思ってたんだけど。じゃあ、一緒に行く?

うん。僕も北原さんの絵、楽しみだったんだ。



香はクラス委員・田中と、絵梨子の展示がある図書室へ向かった。
一方その頃、僚は麗香に誘導されて学食の裏の人気の無い場所まで来ていた。
そこは、学食のおばちゃん達が出入りする通用口の傍で、生徒は殆ど近付かない。



ああああの、冴羽先輩。

ん?

あの、私。

・・・・・・。

せ、先輩の事が。・・・ずっと前から、好きでした////

・・・・・・。

あの、良かったら。付き合って貰えませんか?




僚は俯いて、麗香の告白を聞いていた。
多分、あの香の様子からすれば、麗香の気持ちを香が知っている可能性はある。
どういう経緯があるのかは知らないけれど、香は他人の色恋沙汰には無関心なので、
恐らく、香が知っている=麗香が自分から話した、と見るのが自然だろう。
麗香がキャンプに突然付いて来た事や、
あの時の己に接する態度から僚は薄々、麗香の気持ちが解らないでも無かった。
そして僚が感じる麗香の雰囲気から言って、鈍感な感じでも無い。
それを踏まえた上で、香に自分の気持ちを打ち明けるという行動の真意を探れば、牽制の意味か。


麗香は多分、僚にとって香が特別だという事は解っているのだろう。
だから敢えて、先手を打ったのだろう。
でもそんな事、僚に言わせれば無意味な事だ。
恋愛は、早い者勝ちでも、先手必勝でも無い。
順番など、何の意味も為さないのだ。
それが解ってないヤツは、意外に多い。



・・・ごめん。俺、好きな女がいるから。付き合えない。



僚はそれだけ言うと麗香を残して、1-3の焼きそばテントのある中庭へ戻った。
だけど、もう鉄板の前には僚の幼馴染みは居なかった。
香と田中は、図書室から茶道教室へと移動していた。
その道々の廊下の壁にも、写真部の展示や、生物部の研究発表が貼り出されていて、
立ち止まっては、眺めながら歩いていた。
初めの気まずさは何処へやら、香はキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。
そんな香の横顔を、田中が眩しそうに見詰めている事になど、香は気が付かない。
香は写真部が撮影した、風景の写真に見入っていた。
中には、ミックの名前もチラホラあった。



あの、槇村さん。

ん?なあに? 田中君。

あの、いつかの返事。 聞かせてくれる?

・・・・・・あ。



途端に香は俯いて、シュンとしてしまった。
香は思わず、自分の手を見詰める。
僚と麗香は、あれからどうなったんだろうと、急に思い出す。
僚は、仲良しなら手ぐらい繋ぐだろ。と、いつか言った。
でも。
違うのだ。今まで香は気が付かなかった。
さっき僚の背中を見て、ハッキリ解った。
僚だからだったんだ。
香が手を繋いで、楽しいと思えたのは。
これを好きという言葉に置き換える事が出来るのならば、

香は僚が好きだ。




田中はそれまで楽しそうにしていた香が、急に表情を曇らせてしまった事で、
あの告白の件を蒸し返してしまった、一瞬前の自分を悔いた。
別に良いのだ。
彼女のような高嶺の花と、どうこうなろうなんて事は端から諦めている。
そう思いながら、心の何処かで、彼女の笑顔をもっと見てみたいと望んでしまった。
でも結局は、彼女の顔からは笑顔は消えてしまった。
それこそが、何より1番の答えである。



ねぇ、田中君。 友達じゃダメかなぁ? 今まで通り。



田中にしてみれば、そう言って貰えただけで御の字だ。
田中はニッコリ笑って、右手を差し出す。香も笑って右手を差し出した。
2人はこれからもヨロシクと、友情の握手を交わした。










結局その日1日、僚と香は広い校内をすれ違い続け、
2度目に逢ったのは放課後の校門の前だった。
僚が香のクラスの片付けが終わるのを待っていた。
逢えるかどうか、何も保証は無かったけれど。
それでも僚は、何としても香に逢いたかった。
香と麗香の間に、何があったのかなんて訊く気は無い。
2人はクラスメイトだし、女子同士色んなシガラミもあるのだろう。
ただ香とバカな話しをしながら、家に帰りたかった。


あ。りょお。


校門の前で僚を見付けて、香は間抜けな顔で放心していた。
多分、僚が自分を待っていたとは思っていない。
案の定、香の口を吐いて出た言葉に、僚は顔を顰めた。



あ、麗香ちゃん、まだ教室にいたよ? もう少し、時間掛かると思う。



僚は思わず、香の手首を掴んでいた。
次の瞬間、弾かれたように香を連れて駆け出した。
出来るだけ学校から離れた場所に行きたかった。
気が付くと、2人は学校から少しだけ離れた所にある、大きな公園に居た。
わざわざココまで来る生徒は、殆ど居ない。
まして、今日は文化祭終わりで。
まだ多くの生徒は、後片付けをしながら余韻に浸っている。
僚は香の手を引き寄せると、香を抱き締めた。
流石に、香には僚の行動の意味は解らない。



りょお?

・・・カオリン。

ん?

逢いたかった。・・・ずっと。





僚はそう言って、香の額にキスをした。
ちょうど数時間前、香は少しだけ、僚の事を意識し始めたばっかりだ。
一連の僚の行動に、香は真っ赤になって固まっている。


香にとってただの幼馴染みのお隣さんが、少しづつ恋に変わろうとしていた。



(つづく)








⑨ 12月 冬休み

冬休みに入った初めの週末は、クリスマスだった。
秀幸と僚は、冬休みには予備校には通わない事にした。
年が明ければセンター試験まではアッと言う間だけど、彼らは既に臨戦態勢である。
年末年始に焦って詰め込むような事はもう、殆ど無い。
後は各自のペースで、復習するだけだ。
そもそも2人は、そんな風に余裕を持って構えるだけの学力なのだ。
香は、2学期の期末テストで、自分自身の目標であった“真ん中ぐらい”の所までは何とか頑張った。
高校に入学して初めて学習面で、父親に頑張ったな、と褒められた。
実際は言うほど、褒められた成績でも無いのだが、そもそも父は娘には激甘だから、しょうがない。
そういうワケで、夏休みとは対照的に3人は冬休みに突入するや否や、
槇村家リビングこたつ内で、ゴロゴロしている。



しかし、今日だけは違うのだ。
香が張り切って、昼頃からキッチンに立っている。
僚も強制的に、手伝わされている。
香曰く、働かざる者喰うべからず。なのだ。
夜ご飯のメニューは、下拵えだけして仕上げは夕方からだ。
香が作っているのは、手作りのクリスマスケーキだ。
今ちょうど、オーブンの中には丸い25㎝のケーキ型が熱されている。


生クリームを泡立てるのは、手が怠くなるという香に代わって、肉体労働担当は、僚である。
スポンジが焼き上がって、粗熱が取れるまで冷ましたら、幼馴染み3人でデコレーションする。
・・・予定だった昼下がり、突然秀幸が外出した。
つい数分前に、秀幸の携帯に着信があったのだ。





香、お兄ちゃんちょっと、出て来るから。

えぇ~~~、何処に行くのぉ?お兄ちゃん。 もうすぐ、焼けるよ?スポンジ。

ん?ぁあ、ちょっとクラスのヤツが近くまで出て来てるって言うからさ。

すぐ戻るの?

う~~ん、夕方には帰って来るよ。 ケーキは、僚と2人で頑張ってくれ(笑)

何それ~~~~。お兄ちゃんと一緒に、飾り付けしたかったのにぃ。

良いじゃん、カオリン。薄情なお兄ちゃんは放っといて、2人で仲良く愛のデコレーションだっっ。

ゴルァ、その愛は余計だっっ(殺)






プゥッと頬を膨らませて拗ねる香に、僚が95%本気の冗談を言う。
香は“愛の”という部分に、過剰反応して真っ赤になる。
秀幸も“愛の”という部分に、過剰反応して僚の後頭部をはたく。
それでも秀幸は2人を残して、出掛けてしまった。
僚にとっては、願ったり叶ったりである。
イチャイチャ・愛のデコレーションタイムの幕開けだ。



11月の文化祭の日、僚は香のオデコにチュウをした。
はずみだったと言えば、それまでだ。
確かに僚は、香の事が死ぬほど好きだけど。
けれど好きだと告白する前に、思わずあのような行動に出てしまった。
あれから1カ月。
僚は未だ、ハッキリとは告白出来ずにいる。
だから、麗香始め、これまで自分に告白してくれた女の子達の事を、僚は密かに尊敬している。
上手くその気持ちに答える事が出来なかった事を、本当に申し訳なく思っている。一応は。



そんな彼女たちの想いに報いる為にも、何としても香に告白しないといけない僚なのだが。
いざ、香と向かい合うと、ついついふざけてみたり、バカバカしい冗談を言ったり。
“いつも通り”を演じてしまう。
だから、2人がちょっとだけ“恋愛”みたいな雰囲気になったのは、あの時だけだ。
あれ以降2人は、いつも通りの仲良し幼馴染みのままだ。
僚は、己がこれ程までにヘタレだと言う自覚は、これまで無かった。
香に対してだけ、僚は極端に奥手だ。
そんな僚は、香が少しだけ僚に対してドキドキし始めている事など知る由も無い。




お兄ちゃんの電話の相手、野上先輩かな?




香がそう言ったのは、デコレーションもほぼ完成に近付いた時だ。
イチゴは3粒余った。
僚も内心、そうだろうと思っていた事だったけど、否定も肯定もしない。
己と香のこれからに、秀幸から過剰な干渉など受けたくは無いので、
僚も、秀幸の色恋沙汰には干渉しない。
もっとも、そんな理屈が通る様なシスコン兄貴ではないけれど。
僚は余ったイチゴに、ボウルの中の少しだけ残ったクリームを付ける。
ニヤッと笑いながら、それを香の口元に差し出す。



別に良いんじゃね、仲良しだったらデートぐらいするだろ? はい、カオリン。あ~~~~ん



香は思わず口を開けて、イチゴを頬張る。
僚の言った言葉に反論したいけど、口一杯に頬張ったイチゴに反論する機を逃す。
漸く呑み込んだと思ったら、次のイチゴを摘んだ僚の指が待ち構えていた。
香は少しだけ、その僚の指先にドキドキしてしまう。
今までは、僚の指先なんて気にして見た事など無かった。
ドキドキしているから余計に、イチゴを飲下すのに時間が掛かる。
続けざまに2粒、僚に食べさせられたイチゴを漸く呑み込むと、香は素朴な疑問を投げかける。



お兄ちゃん、デートなのかな?

・・・・良いんじゃないの?クリスマスなんだし。それに。

それに?

俺らも、イチャイチャしてるじゃん?2人で仲良くケーキ作ったりして♪




そう言うと僚は、3粒目のイチゴは自分の口に放り込んだ。
けれどそれは。
僚が自分で食べるんだと思った香の予想に反して、結果、口移しで香が食べる事になった。
結局、変態ヘタレ委員長は、告白の言葉も無いままに。
クリスマスのデコレーションケーキにかこつけて、幼馴染みの唇を奪った。



2人のファースト・キッスは、イチゴ味(生クリーム付)だった。



(つづく)














⑩ 1月 学業御守

僚の父親が帰国したのは、暮れも押し迫った30日の事だった。
彼は帰国するや否や、槇村家に大量のお土産を届け、
そのまま僚を連れて、群馬県の伊香保温泉へと出発してしまった。
南米の赤道直下の赴任先から極寒の成田空港に降り立った瞬間に、温泉に行こうと思い立ったらしい。
相変わらずの、マイペース振りである。
彼の息子は、僚以外務まらない。


居たら居たで鬱陶しい幼馴染みも、居ないと淋しいモンで。
槇村兄妹は、静かな年末を過ごしていた。
と言っても、僚親子が不在になってから入れ替わりで、槇村父もごく短い休暇に入った。
もっとも槇村家の3人は、お隣とは違って元々静かな住人なので、至って穏やかに過ごしていた。
秀幸と香は、2人で一緒にお節を作った。
母親が死んだ時は、まだ香は赤ん坊で秀幸にしても幼児だった。
彼らにお節の作り方など教える人間はいない筈なのに、シッカリした兄妹たちは料理は全て本で覚える。



僚が何もする事が無く(何しろ周りには何も無い!!)、お湯に浸かってゴロゴロしている時に、
槇村家は、学業成就と家内安全と娘の虫除け(これは父と兄限定)を祈願する為、初詣に出掛けた。
秀幸は紺色の学業成就のお守りと、香はピンクの交通安全のお守りを父に買って貰った。
香は父から貰ったお年玉で、僚に秀幸と同じお守りを買った。
香の引いたおみくじの、“縁談”の所には、『良縁、進めよ。』と書かれてあった。
縁談というには、まだ早い幼馴染みとのイチゴ味のキスを思い出して、香は1人で真っ赤になっていた。
もう既に、香には良く見知った虫が忍び寄りつつある事など知る由も無い、兄と父は。
真っ赤になった香を見て、寒いから熱が出たのかもしれないので、早く帰ろうという話で纏まった。


僚たちが東京に戻ったのは、2日の事だった。
3日にはもう、僚は父親を送りに空港に行った。
だから、1月4日にはもう、いつもの幼馴染み3人のいつもの冬休みに戻っていた。
テレビは正月特番ばっかりでウンザリなので、3人でTUTAYAへ行ってDVDを借りた。
1人1つづつ、好きな映画を選んだ。
秀幸は、山田洋二監督・高倉健主演の『幸せの黄色いハンカチ』
僚は、監督・脚本・主演・音楽、ヴィンセント・ギャロの『バッファロー'66』
香は、『ロッタちゃんのはじめてのおつかい』という、スウェーデンの映画を選んだ。
秀幸と僚はそれなりに勉強もしたけど、香は気が付くと冬休みの間一度も、机には向かわなかった。


秀幸は冬休みの最終日に、冴子と一緒に参拝に行った。
やはりその日も、槇村家のリビングに香と僚は2人きりになった。
その時になって初めて、香は僚に買ったお守りの事を思い出した。
あっっ!!という言葉を残して、自分の部屋に行った香が戻って来た時には。
手に小さな白い袋が握られていた。


りょお、はい。

なに? くれんの?

うん。



袋の中から出て来たのは、『学業御守』と書かれた紺色のお守り。
僚は一応、受験生なのだ。



試験、頑張ってね。

おぉ、サンキュー。・・・じゃあ、やっぱお礼しないとな(笑)

へ???



香が呆けている隙に、僚は新年初にして、2回目のチュウをした。
前回よりも少し長めの口付けを終えて、僚は香の顔を見詰める。
真っ赤になって放心しながらも、僚のタータンチェックのネルシャツの胸元をギュッと握っている。
心から、愛しいと思った。
僚は恥ずかし過ぎて挫けそうになりながらも、初めてその言葉を口にした。



カオリン。

///////ん?

すき。

////////。

俺、カオリンの事、大好き。




香は何も答えなかったけれど、黙って僚の胸に顔を埋めて、僚の腰に腕を回した。
僚のシャツからは、柔軟剤の匂いがして。
香は、懐かしい気持ちになった。
文化祭の時に、今までとは違う気持ちの存在に気が付いた。
あの時、僚が麗香の恋人になるのかもしれないと思ったら、淋しいと思った。
あれから更に1カ月半。
今の香は、僚が誰かの恋人になってしまったら、多分泣くだろう。
この温かな腕の中や、繋いだ手や、見た目より柔らかな唇を。
香は誰にも取られたくないと思った。



今まで当たり前のように、目の前にあった僚の手や瞳や唇は、多分他の誰とも違う。
それはきっと、特別だ。
だから、自分も僚の特別になりたいと思っている。
秋の頃にはまだ、麗香が僚の色々を知りたいと思う気持ちが、良く理解できなかった香だけど。
今なら、少しだけその気持ちが解る。
香は別に僚の趣味や、好みなんかはどうでもイイ。
多分そんな表面的な事は、他の人より多少は知っているだろう。
そんな事よりも、香が知りたい事は。



僚の目には、一体自分がどのように映っているんだろうという事。
今僚が何を感じ、何を見て、何に心動かされているのか。




僚の心の奥の誰も踏み込めない、降ったばかりの真っ新な雪のような今日1日に。
楽しい足跡を残したい。
これから始まる楽しいキャンプファイアーのように、僚の心に焔を点したい。
香が僚を思うように、僚が香を思うように。
2人で同じだけ、思っていたい。
僚と手を繋いで歩くのは、いつだって自分でありたい。
それを言葉にするには、香には難しいので。
そんな全部を込めて、香は僚を抱き締めた。








年が明けて暫く経って、落ち着きを取り戻しつつある神社の参道は、
身の引き締まる様な清々しい寒さも手伝って、人影もまばらだ。
秀幸はそっと、冴子の手を取った。
普段は、恐ろしいほどにシャイな秀幸は、いつもなら積極的な生徒会長に押され気味だが、
今日はやけに、攻めている。
冴子は嬉しくなってテンションが上がるけれど、表面的にはいつも通りだ。
そんな事を指摘しようモンなら、彼はきっと我に返って、いつもに戻ってしまうだろう。
そんな勿体無い事は、冴子には出来ないのだ。
嬉しさを噛み締めながら、冴子は秀幸と並んで参道を歩く。



受験、上手く行きますようにって、お願いしたわ。



冴子は、そう言って笑った。
彼女は、赤い色の学業成就のお守りを買った。
秀幸は、元日に父に買って貰ったお守りがあるので買わなかった。
冴子は受験の事をお祈りしたけど、秀幸は妹の事をお祈りした。



どうか香に、悪いムシが付きませんように。



そんな彼のシスコン振りなど、誰も知る由など無い。
秀幸にしてみれば、受験の事はイイのだ。
あれはあれだ。神頼みは1度で充分である。
秀幸にとって一番重要な事は、無病息災(主に妹の)、家内安全だ。
家族(主役は妹)の幸せが、秀幸の幸せだ。




しかしどうやら槇村父子の切なる祈願のご利益は、あまり無さそうである。




(つづく)






⑪ 2月 純粋異性交遊

槇村香には、男女交際というモノの基準が良く解らない。

生徒手帳には、『不純異性交遊を禁ず』と謳われている。
不純に異性と交遊する事を禁止するという事だ。
まず、“不純”の定義が曖昧だ。
辞書で調べてみると、純粋・純真で無い事。と書いてある。
援助交際はまず、不純だろう。
心や身体をお金で売ってはいけない事は、香でも知っている。
それならば、例えば。
まぁ、嫌いじゃないケド別に特に好きでも無い相手に告白されたとして。
嫌だったら、いつでも別れれば良いんだし。というスタンスで交際するのは不純だろうか。微妙な所だ。
高校生で親に養われている立場のクセに、エッチをするのは、不純だろうか。
それともめちゃめちゃ好きなら、純粋なのか?
キスをするのは不純だろうか。手を繋ぐのは?ハグは?友達ならイイの?


異性というのは、違う性別。
香から見た僚であり、僚から見た香である。
交遊というのは、遊ぶ事、交際する事、付き合う事。


異性交遊。
単にこれなら、問題は無さそうだ。
友達は同性に限るなんて、規則で決める方がどう考えてもおかしいからだ。
やはり、キモは“不純”の2文字のようである。
しかしもっとも難解なのが、“不純”と“純粋”の定義である。
もしも、である。
キスをする事とか。
手を繋ぐ事とか。
ハグする事が、“不純”な行為に抵触するのなら。
風紀委員と元風紀委員長の2人は、完全に校則違反を犯している。







香と絵梨子と美樹は、2月の寒空の中、屋上で弁当を食べている。
幾ら小春日和とは言えども、こんな季節にココで弁当を食べる生徒はいない。
むしろそうだから、3人はココに来たのである。
絵梨子には、高校に入ってから新たに付き合い始めた、大学生の彼がいる。
美樹はどうやら、秋の文化祭以降、伊集院隼人と付き合っているらしい。
文化祭を口実に、連日2人で遅くまで校内に居残って活動する内に、自然と距離が縮まったらしい。
そして、香は。
文化祭終わりのオデコへのチュウに始まり、今では僚に何かと口実を作られては唇を奪われ続けている。
クリスマスケーキのデコレーションついでに。
お守りを買って来たお礼に。
唇が、寒そうだったから。
漢字の小テストで全問正解だった、香へのご褒美に。
ご飯のお供に。おつまみに。お子様のおやつ代わりに・・・・
数え上げたらキリがない。
僚に掛かれば、理由など星の数ほどあるらしい。





美樹ちゃんはどうするの?チョコレート。

ん~~、一応、ママに教えて貰って、フォンダンショコラを作ってみようかなと思ってるの。
でも先輩の事、パパには内緒だから、パパが居ない時にコッソリやらないと(苦笑)
絵梨子ちゃんは?

私は、手作りなんて到底無理だし、何か子供っぽいと思われたらヤダから、デパ地下で高っいヤツ買う予定(笑)




翌週に迫った、バレンタインの予定。
この議題を論じる為に、今日の3人はわざわざ屋上ランチなのだ。
香は毎年、兄と父と幼馴染みに同じ物を作って渡す。
今年もそのつもりだ。
僚が2月14日という日を、香が想像する以上に楽しみにしている事を、香は知らない。




香は?どうするの?

ん~~、いつも通り。パパとお兄ちゃんと僚には作ろうかなって思ってるケド?




絵梨子は、そんな答えが聞きたいワケじゃないのだ。
巧みに誘導して、聞き出した情報によれば、香は僚とキスをしたらしい。
そして『大好き』と、言われたらしい。
となれば、パパとお兄ちゃんと、彼が全く同じモノで良いんだろうか。
絵梨子の感覚からすれば、否である。
しかし親友は、冴羽先輩と付き合ってるんでしょ?という問いには、何故だか曖昧な返事しかしない。




ねぇ、香。

ん~~?

冴羽先輩とは、付き合ってるんでしょ? (この質問は、実に通算18回目である。)






・・・・・・・どうなのかな?   わかんない。






香はそう言ってニッコリ笑うと、お弁当箱の中の小さいトマトを頬張った。
興味津々で、香の答えを期待した絵梨子と美樹は、盛大な肩透かしを喰らう。
香が解らないのは、厳密に言えば、男女交際の定義の事である。



あのさぁ、絵梨子。

ん?

付き合うって、どういう事かな。





健康で若い男女にとって、キスする事も、抱き締める事も、容易い。
1つ間違えば、心など二の次でも行為には及べる。
けれど。
付き合うという事と、友達や幼馴染みという事の違いは何なのか。
キスをすれば、恋人なのか。
そしたらもう、幼馴染みには戻れないのか。
僚とキスをして香は、お互いに大きく変わった気がする反面、何1つ変わらない気もしている。
それは矛盾している理屈に見えて、そうでも無い。
香は、親友2人から訊かれる度に、僚との関係についてしばしば考え込んでしまう。
それでも不思議と、僚と一緒に居る時は、そんな小難しい事など全く気にならない。










校門の傍に僚がいた。
3年生はもう殆ど、登校も不定期で。
秀幸も僚も、危なげなく第1志望の私立大学に合格した。
たまにしか登校しなくなった僚は、この所たまに学校に来るとこうして香の下校を待っている。





ねぇ、僚。

ん?

不純異性交遊の、不純って何すると不純なの?

なんで、急にそんな事訊いてんの?




不思議そうな僚に、香は2人の繋がれた手を持ち上げて、目の高さに掲げる。
最近では、ごく自然に2人は手を繋ぐ。



これ。不純?

ううん。

ぎゅってする事は?

ううん。

・・・・・・キスは?




僚は突然立ち止まる。
香は不思議そうに、僚を見詰める。
僚がニヤッと笑う。




なぁ、カオリン。

なぁに?

俺の気持ちは何処までも、純粋で透明なの。限り無く透明に近いブルーなの。

何それ????意味解んない????

うん。言ってて俺も解んねぇけど。少なくとも、断言できることはな、
俺達の付合いは、純粋異性交遊だから。気にすんな。


・・・・・・・う、うん、わかった(汗) もう、考えない事にする・・・







幼馴染みの言葉の意味は良く解らないけれど、何故だかそれは妙な説得力を放っていて。
槇村香の小難しい考え事をする意欲を、確実に減退させた。
僚は僚なのだ。
恋人だろうが、幼馴染みだろうが、隣人だろうが、仲良くケンカするトムとジェリーだろうが。
それは、それ程重要ではない。


(つづく)




最終話 3月 卒業式

3月に入ってすぐに、秀幸と僚の卒業式が行われた。
講堂に入れるのは、基本的に卒業生と父兄と教師と生徒会と来賓だけなので、下級生は本来、休日だ。
それでも、最後にお世話になった先輩に挨拶したいと思う生徒たちは、
登校して、式が終わるのを待っている。
香は一応、秀幸の家族でもあるので父兄席に座っても問題無いが、
在校生なので遠慮して、美樹と2人で中庭の渡り廊下の横の日溜りでガールズトークをしていた。
絵梨子はこの日、平日の休日を遠慮なく満喫して、彼とデートだそうだ。
美樹には伊集院がいるので、学校生活内でのお別れを言いに来た。勿論、付き合いは続く。


香には兄と、僚がいる。
父親は生憎、仕事で出席していない。僚の方も言わずもがなである。
しかし、高校の卒業式。
しかも独立心旺盛な男子2人は、父兄の列席など正直、どうでもイイ。
2人とも、香に父兄席に座れば?と言ったが、
美樹も居たし、大人の中に混ざってあそこに座るのも、妙に浮いてしまいそうで丁重に辞退した。
それでも槇村家・冴羽家の歴史の1ページの、記念撮影というミッションは全うせねばならない。


講堂の出入り口がざわつき始めたのは、正午を少し回った所だった。
初めにフォーマルスーツのおばさま方が、ゾロゾロと出て来た。
何故だか彼女たちと擦違うと、皆同じような匂いがする。
お化粧の匂いというか、樟脳の匂いというか、余所の家の匂いというか。
それでも、集団で似た匂いを発している。
それは、母親を知らない香にとっては、不思議な光景だ。
恐らく、僚にとっても同じだろう。
母親という生き物は、未知の生物である。






香がデジタルカメラを片手に、校門をバックに兄と幼馴染みを撮影し始めたのは、
更にそれから、小一時間ほど経過した頃だった。
その頃には僚は、空腹による不機嫌がピークに達していて、写真はどれも写りは最悪だ。
僚はいつも、そうなのだ。
小学校入学も、卒業も。
中学校入学も、卒業も。
高校入学も。
今日も。
何故だか式次第は、ちょうどお昼時で閉式で。
その後の何だかんだで、完全に昼をまたぐ。
僚の機嫌が悪くなるのは、決まって空腹の時だ。


僚と秀幸を、香が写す。
秀幸と香を、僚が写す。
僚と香を、秀幸が写す。
3人一緒の所は、ミックが写してくれた。
何故かこの日の主役は両脇に控え、香を間に挟んで3人で写った。
そして、何故だかミックのカメラでも香とミックで並んで写った。
僚の上着のボタンは、完売だった。
香は本当は、記念にボタンを頂戴と言おうと思ったけれど。
下級生に囲まれて、戻って来た僚の上着にはもう既に、ボタンが無かった。
因みに秀幸は、全て綺麗に揃って並んでいた。
冴羽僚と、ミック・エンジェルは何故か下級生だけには人気なのだ。
秀幸曰く、アイツ等は良く知らない女子の前では猫被るから。との事。


僚の周りの下級生女子の中には、麗香もいた。
美樹と伊集院は楽し気に、2人で帰って行った。
秀幸が、自分のクラスの友人に呼ばれてそちらへ行ってしまったので、僚と香は2人になった。
秀幸のクラスメイト達の輪の中には、冴子もいる。
香は遠目に、兄と彼女を眺めた。
未だ秀幸に、ハッキリと訊いた事は無いけれど、恐らく兄の彼女は野上冴子だろう、と香は思う。
秀幸は誰にでもモテる訳では無いケド、超絶イイ女にモテるのだと、香は少し誇らしく思う。




カオリン。



ボンヤリと兄の方を見詰めている香に、僚が呼び掛ける。
相変わらず香は、兄貴大好きで。
どんなに僚が好きだと言っても、キスをしても。
幾ら香に、バレンタインの時に初めて、僚が好き。と言われても。
やっぱり、秀幸にはまだ敵わないと、僚は痛感する。
それでも。
僚の目標は、いつか将来的には秀幸を超える事。
今は香の家族は父と兄で、僚の家族は父だけど。
いつか必ず、両家が本当に家族になる事。
それは僚にとって、受験や就職などちっぽけな目標では無く、人生で最も壮大な目標なのだ。
今はまだ、漸くスタートラインに就いたばかりだ。



ん?



僚の方に向き直った香に差し出された僚の掌の上には、小さなピン。
僚の襟元で3年間の任務を全うした、桐の葉をモチーフにあしらわれた校章だ。




それ、私に?

あぁ。ボタンは、他の奴らに獲られたけど。これだけは死守した(笑)

///////ありがとう(涙)




意外にも香は真っ赤に頬を染めたまま涙を溢すと、僚の胸に顔を埋めた。
見通しはとてもイイ少し遠くに兄がいる事など、香はすっかり忘れているようだ。
僚は香のつむじにキスをすると、香の耳元でそっと囁く。




カオリン。槇ちゃんは放っといて、腹減ったから帰ろうぜ?




そう言うが早いか、僚の腹時計が盛大に13:00をお知らせする。
香は思わず、プッと吹き出す。
つい今しがた、デジカメに収められた僚の空腹不機嫌記念写真を思い出したからだ。
そして今までの、小さい僚から大きい僚の同様の写真を。
香はこの目の前の、写真映りの悪い幼馴染みが大好きだ。
きっと、ずっと、この先も。



うん、お家に帰ってお昼ご飯にしようか。



2人はいつも通り、手を繋いで帰った。
遠くから兄が妹を見詰めていた事など、まだ香も僚も知らない。
制服の2人は、今日が最後だ。



明日からは、また新しい1日が始まる。





(おしまい)











制服の2人、終了でっす(*´∀`*)
2人とも高校生なので、ほのラブで。
いつものパターンだと、槇兄もリョウちゃんもカオリンと随分歳の差がある設定だけど、
今回は年齢が近いし、2人ともまだまだ学生さんなのでエロ度0%の、純愛です♪
まぁ、エロくても何でも、いつも2人は純愛なんすケドね、一応。(ワタシ的には)

きっとこの先、まだまだ試練があるでしょう。
(槇ちゃんとか、パパとか、槇ちゃんとか、槇ちゃん・・・・)


ココまでお付き合い下さり、どうもありがとうございまあぁぁぁあっす!!!
もうそろそろ、クリスマスの方取り組んで参りまっすっっ
それでわ。
                      ケシ

年末年始の予定でございます(あくまで予定・汗)

こんちわっっ ケシでっす。


毎日、寒いですね~~~。
ウチの犬が、電気ストーブの前に陣取って片時も離れません(笑)
先日、なんか焦げ臭いなぁと思ったら、ねずみ色のヤツの体毛が若干焦げておりました。

どんだけ近付くんかいっっ!! オノレはっっ

それ以来、チラチラと監視をしながら、あまりにも近付いている時は教育的指導を施します。
それでも目を離したすきに、べったりくっ付いております(呆)
幸い焦げ目は、毛先のほんの一部ですが、彼はミディアム・レア位になってみないと懲りないのかもしれません。
嫌ですよ、犬のミディアム・レアなんて。どう考えても・・・・


ま、そんな事はどうでもイイんですがっっ!!(良いんかい)
年末年始ですよ。
え~~と、因みに当ブログは、今夜の更新より誠に勝手ながら。
“クリスマス祭り”に、突入する事に決定いたしましたっっ(´∀`◎)

期間と致しましては、本日より12/24のクリスマス・イブの更新まで。
(↑ あ、あんたクリスマスの予定無いのかい(涙)とお思いの方、正解。ありません、テヘ。)
まぁ、ワタクシが勝手に個人的に1人で盛り上がるだけですので、何卒、生温く見詰めてて下さいませ。

その後、クリスマス~年越しにかけては、更新は一足先にお正月休みを戴きまして、
溜めに溜めまくった、拍手コメントのお返事更新をさせて戴こうと考えております(ニヤリ)
実は、ワタシの本当の野望は これなんですよ(にひひ)
題して、『今年のお返事、今年のうちに計画』を発動させる次第です。
ただ、侭ならないのが世の定め。
その通りに行くモノかどうか、それは神のみぞ知る。なんつって。
ワタシの闘うべき相手は、忘年会と称したアルコール攻撃の襲来です(焦)

あくまで、予定です。予定です予定です予定です・・・・


頑張れ、ワタシ。    取敢えずマニュフェストを言ってみた  ケシでした。




P.S.  あ、年末年始って言いながら、来年の事なんも考えて無いや(爆)
     それは、まぁ。おいおい・・・・


[ 2012/12/16 16:34 ] ごあいさつとお知らせ | TB(0) | CM(0)

猫と殺し屋のクリスマス。(第1弾・猫と殺し屋)

僚は親の顔を知らない。
僚は日本人だけれど、南米のとある国で生を受けた。
どうやら僚の両親は、南米の治安の悪いその国で、貿易を営む事業家だったらしく。
羽振りのイイ生活をしていた両親は、僚がまだ赤ん坊の頃に、金品目的の強盗に遭って殺された。
路頭に迷った僚を育てたのは、両親と付き合いのあった日系人の男で、名を海原神と言った。


彼はそこら一体のギャングの元締めのような存在で、僚は血生臭い世界を観ながら育った。
僚に銃の扱いを教えたのは、育ての父であった。
銃の名手と謳われた海原も舌を巻く程の天性の才能を持った僚はしかし、
ギャングにも、殺し屋にも、なるつもりなど毛頭無かった。
僚は元来、穏やかな性格の持主で、諍いは好まない。


しかし、時に運命は残酷で。
ある時、そんな僚のアイデンティティを覆すような事件が起きてしまった。
育ての親である海原神が、仲間の裏切りによって何もかも奪われた上で、惨殺された。
その時に初めて、僚は己の中の鬼の存在を知った。
その時を境に、手加減や筋道などというモノは、僚の頭の中からスッパリと抜け落ち、
気が付いた時には、そこら中のギャング達を1人残らず始末していた。
それは、瞬く間に裏の世界の伝説となって、そこから僚は好むと好まざるとに関わらず、
様々な『仕事』に、手を染めてゆく事となった。
その時の僚は、弱冠17歳の少年であった。


それからの僚が、どうやって生きて来たのか。
正確な所は、誰にも解らない。
北米に渡って、一夜にしてマフィアの勢力図を塗り替えたとか。
メキシコの巨大なコカイン密売組織を、たった1人で壊滅に追い込んだとか。
噂か本当か定かでは無い逸話は、数多ある。
ただ1つ言える事は。
世の中の暗闇で、何か大きな変化があった晩。
僚が飄々と、仕事していたりする事もあるという事だ。









そんな僚が、幸せなクリスマスを過ごした思い出は皆無だ。
もっとも、新宿を根城にしているこの数年は。
クリスマスに別嬪さんとヨロシクやっている。なんて事もあったりするから、
それはそれで、エンジョイして無くも無いのだが。
けれど。
僚が心の奥底で無意識に求める、幸せで心温まる穏やかなクリスマスというのとも、それは少し違う。
僚は家族の温かさを知らない。
僚を育ててくれたのはギャングで。
僚は彼を敬愛していたし、彼も僚を愛してくれた。
けれど僚に必要だったのは、もっと普通の、何処にでもある、ありふれた温もりだったのだ。


それでも今年は、そんな僚にも家族が出来た。
彼女は。
1年前のクリスマスにはまだ、小さな仔猫だったので、
僚と2人、一緒に過ごしはしたけれど、僚にしてみれば1人で過ごしたのと同じようなモノだった。
猫と殺し屋の聖夜には、ケーキも無ければ会話も無い。
ただいつものソファに座り、柔らかで小さな丸い頭を撫でるだけだった。
仔猫が人間に成長した今年は、何やら彼女からの贈り物があるらしい。
つい先日、僚の行きつけでもある、同業者の喫茶店のママが。
『冴羽さん、楽しみにしててね。』
と意味あり気な笑みを寄越していた。














12/24、クリスマス・イブ。
リビングで待たされていた僚に、香は大きな器一杯の、何やら良く解らない食べ物を持って来た(謎)


どうやらそれは。
牛乳を混ぜるだけで簡単に作れる、“フルーチェ”なるものらしい。
ハウス・フルーチェ いちご味を、丼一杯。
その上に、スライスされたイチゴのトッピング。
仔猫が初めて作った、デザートだ。


見た目こそ、モデルばりの超絶別嬪の僚の恋人は、その実、中身は殆ど猫である。
しかし、3月末に人間になってから約9か月。
それでもココの所少しづつ、人間らしくなりつつある。
けれど彼女には、まだまだ料理は難し過ぎるので、炊事は専ら僚の担当だ。
そんな香が美樹に相談して作ったのが、猫にも作れる簡単デザートというワケだ。
僚はそのモノ自体というよりも、むしろ香のその気持ちに心が温かくなるのを感じる。
これまで知らなかった、普通のありふれた温もり、平穏。
香といると僚は、いつも心が穏やかになる。
何の価値も無い無為な人生を、さも価値ある有意義なモノであるような錯覚にして魅せてくれる。
香の為に生きようと思わせてくれる。
だから僚は香の前では、随分無防備に笑う。




「これ、おまぁが作ったのか?」   香が楽しそうに、コクコク頷く。
「包丁、上手に使えたんだな。」   香が嬉しそうに、僚の胸に擦り寄る。


りょお、あとこれ。


香がそう言って、何やら僚に差し出した。
油断していた。
僚の頬に、思いがけない涙が伝った。





香に貰ったそれは、色画用紙で作られたクリスマス・カードだった。
緑色の2つ折りにされた画用紙の外側には、折り紙を小さくちぎって貼った猫の絵。
中を開くと、そこには。
ヘタクソなたどたどしい、文字。
太い油性ペンの、大きさもまばらな、まるで幼稚園児が書いた様な、猫が初めて書いた文字。


『りょお だいすき  メリクリすマス  かおり』 


たったそれだけの、猫から殺し屋に宛てた恋文に、冷酷で非情な殺し屋は、温かい涙を流した。
美樹が言っていた、楽しみにしててね。というのは、ハウス・フルーチェでは無く、コチラの方だったのだ。
僚の頬を伝う涙を、香がペロペロ舐める。




字、練習したの?
みきちゃんが、おしえてくれた。
そうか、上手だぞ。



香は今までで、一番嬉しそうに笑う。
僚は温かで柔らかな香を抱き締める。
暖かい部屋の外では、真っ白な雪が降り始めた。
僚は香の唇を塞いだ。
柔らかで愛しいヒトを、僚は毛足の長いラグの上に押し倒す。









僚には、家族が1人いる。
彼女は昔、猫だった。
猫として生まれたけれど、待ち受けていたのは哀しい運命で、兄を失った。
そして、僚に拾われた。
香には、家族が1人いる。
彼は殺し屋だ。
心根の優しい彼だったけれど、運命に翻弄されて殺し屋になった。
そして、香を拾って。本当の幸せを手に入れた。


猫だった女と鬼になった男は、ただの普通の男と女になった。
きっといつかは。
誰の元にも、温かなクリスマスはやって来る・・・・・・・







[ 2012/12/16 18:09 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

ガレージのクリスマス。(第2弾・SugarBabe)

2人が良く行くホームセンターで、僚が買って来たのは大きなクリスマスツリーだった。
社用車のピックアップトラックの荷台に積んできた大きな箱を抱えて、
僚は軽やかに、6階まで駆け上がる。


売り場にあった組み立て式のツリーの中では、その180㎝のツリーが最も大きかったのだ。
僚はその日、ツリーを買って帰る事は香に内緒にしていた。
昼過ぎから、懇意にしているパーツ屋に出向いた帰りで、外は今にも雪が降りそうな冷え込みだ。
冴羽アパート6・7階。
そこで僚は香と暮らし始めて、約半年になる。
春の終わりに、僚は意を決して香と一緒に暮らそうと提案した。
そして出逢って3年目にして、念願の香の恋人になった。


僚はエルカミーノを運転しながら、香が喜ぶ所を想像して1人でニヤついた。
こんな寒い日に家に帰ると、この世で一番好きな女が温かい夕飯を作って出迎えてくれる。
去年までのクリスマスは一緒には過ごしたけれど、住んでいる部屋は別々だった。
僚は1人暮らしの部屋で、ツリーをデコるようなタイプじゃ無いし。
香も若い女子の部屋とは思えぬ程の、シンプルな暮らし振りだったので。
2人のツリーはこれが、第1号だ。
これから先、あと何回。
このツリーを飾り付ける、冬を迎えるだろう。
出来ればそれが、お互いがお爺さんとお婆さんになるまで続いて欲しいと、僚は願う。





一緒に暮らそう。



僚は香にそう言った時、柄にも無く震えていた。
嫌だ、と言われたらどうしよう。
好きだと思っているのが、自分1人だったらどうしよう。
そんな事を僚が考えたのは、生まれて初めての事だった。
けれど。
そんな僚の心配は、すぐに杞憂に終わった。
香は、りょおがすき。と言ってくれた。
あの時から、半年以上が経った今。
僚はますます、香に惚れている。
四六時中一緒に居て、飽きるどころか、どんどんハマっている。


2人で暮らしてみて、大人しいと思っていた香が、意外とそうでも無い事も判明した。
香は1人で、掃除や洗濯をしながら、僚の知らない歌を良く歌う。
子供の頃に、おばあちゃんが唄ってくれた歌だそうだ。
相変わらず香は、テレビは見ないけど。
僚の部屋の沢山の本(僚は意外にも読書家なのだ)を、熱心に読んでいる。
突然ふと、読んだ本の感想を述べたりもするが。
それが悉く、僚の見解と一致する。
これ程までに、価値観の似通った相手も珍しい、これ以上無いマッチングの2人である。


一緒に暮らし始めて、これまで一度だけケンカした。
原因は些細な事だったけれど、503号室に家出した香を僚が迎えに行って、
その時には空室になっていた、西日の入り込んだ香の以前の部屋で仲直りのセックスをした。
2人はもう。
お互い無くしては、生きては行かれない。
祖母と、母親。
大事な家族を亡くして、全くの天涯孤独ではないモノの頼り過ぎる訳にはいかない、
従兄と父しか持たない2人には、お互いを支え合い、労わり合って生きて行ける相手を漸く見付けた。
2人は最愛の恋人であり、もう既に家族になりつつある。






秋に、僚は初めて父親に香を会わせた。
銀座の寿司屋の個室で、3人で会食した。
海原神という男は、職業柄、社会的立場柄、初対面の人間を観察して値踏みする事に長けた男である。
人間を見る眼は、人一倍肥えている。
その彼が香を見て、言った第一声は。

イイ女だ。

というモノだった。
流石は、俺の息子。女を見る眼は確かだ。そう言って、父は笑った。
海原神は、香の恵まれた容姿についてそう言ったワケでは無い。
むしろ彼は、極上の美女でも、中身が腐った人間には見向きもしない。
海原が気に入ったのは、香の目だ。
薄茶色の真っ直ぐに澄んだ意志の強い瞳に、海原は最愛の息子の母親の面影を見た気がした。


媚びない。
奢らない。
諂わない。
かと言って、生意気でも無い。

無邪気。

その言葉が、ピッタリだった。
僚が彼女を選んだ気持ちは、父にも良く解る。





家族について、海原が香に質問した時。
香の受答えに、一番驚いたのは僚だった。


“父と母は、私が2歳の頃に強盗に押し入られ殺されました。
 私はそれ以降、17歳になるまで父方の祖母に育てられました。”


と今までに無い、シッカリとした口調で香はハッキリとそう言ったのだ。
これまで僚が知っていても、話題に出来なかったその話しを。
香の口から聞くとは、僚は思いも寄らなかった。


で?君はその時、どうしていたんだ?


海原が言うその時とは、香の両親が殺されたその晩の事だ。
僚は内心、なんて質問をする男だと、実の父親ながら我が目を疑って彼を凝視した。
しかしその場で、妙に緊張して喉をカラカラにしていたのは、どうやら僚1人で。
香と父親は、まるで軽い世間話の延長のような雰囲気で、会話を続けた。



私も、その場に居ました。

見たのかね?

・・はい、見ました。今では覚えている所と、忘れている事と半々です。
子供の頃は、ハッキリと記憶していました。

そうか、辛かったね。

・・・そうですね、多分、他の子達とは違う世界に居たような気がします。今思えば。

香さん。

はい。

ありがとう、この世に生きていてくれて。倅と出逢ってくれて。・・・僚を頼むな。

はい。私の方こそ、僚さんに出逢えて幸せです。








僚はあの父と香との遣り取りを思い出す度、香ほど強い女は居ないんじゃないかと思う。
海原神という男は、時に海千山千の手練れ達にも、一目置かれる程の男である。
弱冠ハタチの若い娘が、あんな風に対等に会話をする事など、普段の彼には考えられない事だ。
僚はあの時、2人の傍に居て一言も発する事が出来なかった。
僚が香と出逢った時の、第一印象通り。
香は真っ直ぐ芯の通った、とても強くてシンプルな心の持主だった。


どうやら父は、香をいたく気に入ったらしく。
あれからしばしば、僚の携帯には父からの連絡が入る。
曰く、結婚はまだか、と。
僚をすっ飛ばして、香宛に様々なモノを送って寄越す。
珍しい果物や、お菓子や、産地直送の野菜や魚介類だ。
まるで父にとっては、もう既に香は嫁のような存在らしい。


だから僚は、香と近々結婚しようと思っている。まだ肝心の本人には、申し込んではいないけど。











大きな箱を抱えて玄関を開けた僚を待っていたのは、美味しそうな夕餉の匂いだった。
僚がツリーの箱を、玄関の壁に立て掛けた所で香がスリッパをパタパタと鳴らして駆けて来た。
ツナギの上にダウンジャケットを羽織った僚の胸に、香が飛び込む。



りょお、お外の匂いがする。


香はそう言って僚を見上げると、ニッコリ笑った。
僚はただいまのキスをする。



カオリン。

ん?

これ、見てみ。

わぁぁぁ~~~。ツリーだっっ!!  おぉ~、しかもでっかい(笑)

すげえだろ?あとで、飾り付けような。

うん




香をしっかりと抱き締めたままの僚のお腹が、盛大に鳴る。
2人はクスクス笑う。



カオリン、今日の御飯なに?

煮込みハンバーグ。

よっしゃ、喰うぞっっ。



煮込みハンバーグは、僚の好物である。
僚はキッチンまでの道のりを、香を抱き上げて運ぶ。
香がキャッキャと、はしゃぐ。






そんな僚のツナギのお尻のポケットには小さなビロード張りの、紺色の箱が入っている。
その数時間後。
ツリーを飾り付けながら、オーナメントの入った箱の中に。
その煌めくリングを見付けた香が、嬉しくて泣いてしまう事など。
まだこの時には、知る由も無かった。







[ 2012/12/17 21:29 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

漁師と嫁のクリスマス。(第3弾・嫁に来ないか)

結婚2年目の冴羽家のクリスマスには、家族が1人増えていた。



結婚した年のクリスマス頃に、香のリクエスト通り、赤ちゃんをプレゼントした僚は、
(もっとも、これは後々判明した事だが。)
翌年の9月半ばに、初めて我が子を抱いて、それから1カ月間、海に出なかった。
理由は特に無い。
ずっと、見ていたかったのだ。
その小さな命を。
何時間見詰めても、飽きる事は無かった。


嫁である香の事も、僚は生まれた時から知っている。
でもその時は、僚もまた子供だったのだ。
自分がこの歳になって、自分とこの世で一番大切な女との間に出来た新しい命が。
これ程、愛おしくて、面白い存在だという事に、僚は感激した。
生まれたての乳児の、香に良く似た茶色い瞳が僚を見詰める度に、僚は泣きたいくらいの幸福感を感じる。
そして僚は、以前よりも父親の事を思い出す事が多くなった。








僚の父は香の父でもある。
彼は依然、行方知れずだ。
とは言え海難事故で行方不明なのだから、実質、死亡と同じ事だ。
父は僚に何ひとつ、強制する事は無かった。
己がガキの頃に父親に迷惑や心配を掛け通しだった事は、重々自覚がある。
未成年で酒を飲み、煙草を吸い、女遊びをし、売られたケンカは片っ端から買ってきた。
自分が怪我をする事もあったし、相手に怪我を負わせた事もあった。
警察署に父親が迎えに来てくれた事も、数回あった。
僚の事で、他人に頭を下げた父を見た事も、何度かあった。
十代の頃は、そんな風で近所でも悪名高い悪ガキだった僚は、大人になると。
何故だか自然と、何の疑問も持たないまま父と同じ仕事を始めた。


僚は悪ガキだったけど、元々父親の事は誰より尊敬して敬愛していた。
初めは2人で海に出て、父親の働く背中を見ている内に、僚は気が付くと大人になっていった。
我が子のスベスベとした柔らかな肌や、薄っすらと生えた柔らかで艶やかな髪の毛。
小さな生き物が放つ湿度と、体温。
果たして自分の父親も、同じ様に30数年前にこんな風に自分を抱いたんだろうか。
腕の中の軽くて温かくて、何より自分の命より大切なこの命を携えた者として。
僚はもしも今、父と逢って話す事が出来るモノならば。
きっと心から、ありがとうと言うだろう。
この腕の中の、自分と香の子供を見せてやりたかった。


僚は、この子の為ならば。
きっと、何処へだろうと迎えに行くだろう。
多分頭など、幾らでも下げるだろう。
僚は漸く少しだけ、あの頃の父親に近付く為の、スタートラインに立てたような気がしている。
まだまだ父には到底、遠く及ばないけれど。





1カ月、仕事をさぼって(僚に言わせれば、育児休暇だ。)家に居て、
香以上に、かいがいしくイクメン振りを発揮する僚に、苦言を呈したのは他でも無い嫁の香だ。
大概で、海に出たら?と。
我が子にも嫁にもデレデレの32歳・イクメン漁師の嫁は、母になって少し逞しくなった気がする。
この分では、冴羽家は数年後は確実に、カカァ天下と化している予感が、僚の胸を過る。
しかし、何処か一方では、そんな風に尻に敷かれるのも悪くないと思う自分も居たりする。
数年前に兄と父を続けざまに失って、軽く引き籠り気味になった彼女は、今現在。
子供が産まれて、仕事の合間すら離れがたくてぐずる夫の尻を叩いて、送り出す。
香は確実に、漁師の嫁になりつつある。


今日はクリスマス・イブの夜で。
パパとママになったとは言え、2人はまだまだ新婚さんで。
この分じゃ、2人目が出来るのも時間の問題では?と言いたくなるほど、2人は仲良しこよしである。
勿論、2人のベッドの傍らには、小さなベビーベッドが鎮座しているので。
夫婦2人きりの時と、同じようにとはいかないけれど。


冴羽家は仕事柄、極端に早寝早起きである。
小さな頃から、メリハリのある生活リズムを習慣づける事が好ましいと、
先日、検診の為に訪れた産婦人科の医師が話していた。
昼間はシッカリと起きて、沢山遊んで。夜、しっかりと眠る。
この習慣が当たり前になると、夜泣きが随分楽になるらしい。
といっても、元々僚と香の子供はあまり夜泣きはしない方だ。
もしかすると、朝方漁師生活の2人の生活リズムが良いのかもしれない。
勿論、授乳の回数が多かった頃は、それなりに香も寝不足気味ではあったモノの、
香が気が付かないうちに、僚があやしたり、ミルクを作って飲ませたり、オムツを替えたり。
伊達に、1カ月休業したワケでも無く、一応ちゃんと育休したのである。


子供は、どちらかというと香似だ。
まだまだ生後2ヶ月半で、これから顔かたちは幾らでも変わるだろうケド。
真っ白な肌と、薄茶色の瞳と、同じ薄い色の髪の毛。
これは、確実に香の遺伝子を受け継いでいる。
生まれてからこれまで、見る度見る度、友人知人は香似だと言う。
数時間前、いつもより豪勢な香のクリスマスの夕ご飯を終え、
僚はシャンパンを飲み(香は授乳中なので、アルコールは飲めない。)、家族全員風呂にも入って、
21:00にはもう、寝室にいた。
明日は、僚も休みの予定だ。
ベビーベッドで眠る我が子に、香は目を細めながら言った。




ねぇねぇ、りょお。

ん?

この子のね、耳が僚に似てるの。

耳?

うん、耳の形。そっくりなの、僚に。可愛いんだよ。







そう言ってニッコリ笑う風呂上りの嫁を、僚は優しく組み敷いた。
生憎、子供はついさっき眠ったばかりで、眠る前に充分おっぱいも飲んでいた。
当分、起きる事は無いだろう。
そう脳内で素早く計算した僚は、遠慮なく香を独り占めした。


そしてつい今しがた、
夜泣きを始めた我が子を抱いて、僚はリビングの窓辺で小さく子守唄を歌いながら、
雪の降り始めた外を眺めている。
温かなフランネルのロンパースを着せられ、
厚手のキルトのブランケットにグルグル巻きにされた、赤ん坊は。
先程までの夜泣きが嘘のように。
不思議と父親の腕の中で、大人しくしている。


一家のムードメーカーでアイドルの、母であり嫁である香は。
今頃、2階の寝室でスヤスヤ眠っている。
乳児を抱えた母親は、いつだって寝不足だけれど。
彼女の場合、常にそれだけでは無いのだ。
温かな、暖房の利いた寝室で、彼女は今頃素肌にシーツを纏った姿である。
彼女の左の乳房には、
まるで赤子相手にライバル心を剥き出しにしたかのような、鮮やかなキスマークが付けられている。
父であり夫である僚は、まるで子供のように独占慾が強いのである。




僚は考えている。
失った家族たちの事を。
これまで、香と共に乗り越えて来た哀しみを。
そして、新しく授かった家族の事を。
これからの、長い人生。
こんな愛おしい存在を、まだまだ嫁と2人製造する時間は幾らでもある。
2人でも3人でも。
聖なる夜に冴羽僚は我が子を抱いて、チラチラと降り積もる雪をいつまでも眺めていた。







リョウたん&カオリンのクリスマス。(第4弾・夫婦探偵)

香は乱れた呼吸を整えるように、クッタリと僚の滑らかな大胸筋に凭れ掛かる。
寝室の照明は、部屋のコーナーに置かれた電気スタンドだけで。
オレンジ色の仄暗い灯りの中で、結婚半年の新婚夫婦はつい先程まで熱心にセックスに励んでいた。
僚は香の華奢な腰に逞しい腕を巻き付けると、柔らかなクセ毛に顔を埋める。
自分と同じシャンプーの薫りが彼女から薫って来ると、不思議とひと際甘く感じられる。
そのキングサイズのベッドは、2人が結婚するのに合わせて新調したモノだ。


ヘッドボードに体を預けて座った僚の膝の上に、香は座っている。
というよりも、完全に脱力している。勿論、2人して全裸である。
無理も無い。
夫は精力絶倫で。
今夜はもう既に、嫌と言うほど啼かされてもうこれ以上は、続行不能だ。
香はもうへとへとで、今にも眠ってしまいそうな状態なのに。
片や相方の僚はと言えば、香の髪に顔を埋めながら、またしてもムラムラしている。
それでも、基本的に妻を溺愛する夫は、彼女の状態はいつもきちんと見定めている。
今夜はもう、セックスはおしまいだ。
続きは、明日(夜とは限らない)のお楽しみである。
もうこれ以上は無理だ、というギリギリの所まで、香はほぼ毎晩愛されている。







香が僚と寝るようになって、まだ2年に満たない。
けれども今では、香は僚がいないと淋しくて寝られないと思う。
勿論、たまには何もしない夜もある。
ただ同じ布団に包まって、僚の匂いを嗅ぐだけで香は安心する。
これまでの人生で、僚とこうして寝ている時間の方がまだまだ短いのに。
香はもう、実家のあの自分の部屋のシングルベッドでの寝心地は忘れてしまった。


2人は6月に結婚して、新しい生活の中で初めての冬を迎えている。
寒いケド、エアコンは乾燥するから嫌だという嫁に、僚が買って来たのはデロンギ社のオイルヒーターだった。
空気を汚さないそれは、地味に部屋を暖める優れもので。
火照った2人の寝室には、強すぎず乾燥しない、優しい暖房がとても効果的である。
それでも、ココまでの状態にまで持って来れば、暖房要らずだ。
僚は大抵暑くなって、香が眠った後にヒーターを切る。
香は僚をカイロ代わりにして、一晩中ポカポカだ。
以前の香は冬は毎年、寝る時に厚手の靴下を履かないと足元から冷えて眠れなかったケド。
今では“カイロ”のお陰で心地良い疲労感を感じながら、素っ裸で寝てしまってもちっとも寒くは無い。
2人は専ら、地球に優しい新婚生活を送っている。


12月になって、冴羽家のリビングにはコタツが登場した。
僚はこれまで、1人で暮らしていた時はエアコンだけで過ごしてきた。
この部屋のリビングに、コタツが1つ増えただけで結婚生活の実感を得て、僚は幸せを感じている。
香とこうして暮らしている事が。
香にメロメロに愛されている事が。
香を骨の髄まで愛している事が。
僚は幸せで仕方ない。


香が物心ついた時から、大事にしてきたクリスマス・ツリーは実家に置いて来た。
あれは、大事な槇村家の歴史なので。
この冬からは、僚と香の冴羽家の歴史を始める為に、新しいツリーを購入した。
2人で仲良く飾り付けをして、今年から仕上げの星を飾るのは僚の担当になった。




はい、リョウたん。お星様、お願いします(笑)

ラジャー。それでは、参ります。




僚はおどけながらも、厳かな気持ちでてっぺんに銀色のプラスチックの星を飾る。
これは1年前まで、秀幸の役目だった。
結婚式で、秀幸の手から僚へ託された彼女の人生を。
僚は思いがけず、その12月の何でも無いありふれた晩に、今一度噛み締めた。
大事な兄妹たちの冬の儀式を、親友から取り上げたからには。
僚には何としても、香を世界一幸せにする使命がある。
そして勿論自分も、何としても宇宙一幸せになるつもりだ。


お兄ちゃん、どうしてるかなぁ。ツリー。



香が淋しげに呟く。
11月には、週に1度ほど2人の新婚家庭に夕飯を食べに来ていた秀幸だけど、
12月になってから、まだ1度も顔を見せていない。
師走の刑事に、プライベートなど皆無だ。
まず間違いなく、槇村家のツリーは納戸のいつもの場所に眠っている筈だ。
僚は思わず、淋しげな最愛の妻を抱き寄せてキスをした。
そして。
彼女を甘やかす提案をする。
僚はこの世で一番、香に甘い。















よし、完成。



香がそう言って微笑んだのは、槇村家のリビングのいつものツリーの前だった。
僚と香は完全なる自由業の人間なので、冴羽家の飾り付けをした翌日は。
朝から2人は香の実家へ帰って、ツリーを飾り付けた。
僚は前の晩、香を抱き締めて耳元で囁くように提案したのだ。


『じゃあ、たまには俺達が槇ちゃんとこ、行こうか?』


香はその僚の言葉に、満面の笑みで頷いたのだ。
結婚してもなお、シスコンはシスコンだし。ブラコンはまた、ブラコンなのである。




ついでに、冷蔵庫には大量のホーロー容器に保存した、様々な常備菜。
冷凍庫には、カレーとシチュー。
秀幸は日頃、家事や炊事など不自由なく自分でこなす。
けれど年末のこの時期、きっと出来合いや外食で済ませている事は、冷蔵庫を見れば一目瞭然だった。
だから香は、久し振りに夫抜きの純粋に秀幸の為だけの、手料理を作った。
それも、ほんの数年前までは当たり前の事だったけど、
気が付くとこうやって実家に戻って来たのすら、物凄く久々の事だった。



その日1日、香のアシスタントを務めた僚は、
香の詰めたおかずの最後の容器を冷蔵庫に押し込んで、香を見遣る。
コタツに座って、秀幸宛てのメモをしたためている。
リビングのコタツの天板の上に置かれた、“お兄ちゃんのお星様”と置手紙。


『お兄ちゃん、
 
 お仕事、お疲れ様です。

 おかず、作っといたから食べてね。

 外食やお惣菜は、なるべく控えてね。
 
 時間が空いたら、ウチに食べに来てね。

 それと今年も。

 お兄ちゃんのお星様、お願いします。置いておきます。

                        かおり』



2人がツリーを飾って、おかずを作って、置手紙を残した頃にはもう外は真っ暗になっていた。
今日の冴羽家は秀幸とは逆に、
いつもはこれでもかと腕を振るって食卓を整える奥方を労う為に、外食だ。
そして僚は、香に内緒で横浜の港の傍のホテルに部屋を取っている。
(昼間、香の目を盗んで予約した)
これがクリスマスだったら、予約など取れないだろうケド。
何の変哲も無い、不景気真っ只中の師走のど平日のホテルのスイートルームなど、余裕で空いている。
たまには場所と気分を変えて、でもやる事はいつも通り、夫婦の愛のスキンシップである。
僚はクリスマスには、家でのんびり香と過ごすつもりでいる。
でも、恋人同士のように甘いデートをするのも捨て難い。
だからデートは、世間様より一足先にがら空きでサービスも良いこの夜に実行する事に決めたのだ。
そんな僚の今夜の予定など。
香はまだ知らない。







数時間後。
サプライズの平日デートで、すっかり盛り上がった新婚さんたちが唇を重ね合った頃。

クタクタになって帰宅した秀幸は、リビングに灯る電飾の灯りに頬を緩めながら、
今年も、安物の銀色のお星様を飾り付けた。







課長と槇村君のクリスマス。(第5弾・よくある恋の見つけ方)

12月初旬。
僚は生まれて初めて本気で惚れた女に、プレゼントを選んでいた。


今まで特定の彼女など作らない主義で、遊び倒して来た男は。
いざ選ぼうと思うと、一体何を贈れば良いのやら正直迷いに迷った。
香に出逢うまでの僚なら、こういう事を非常に面倒臭いと思っていた筈だ。
だからこそ、遊びの相手にしか興味が無かったのだ。
それが、変われば変わるモノで。
今の僚は、手に取って見たモノを香に渡した瞬間のリアクションを想像しただけで、笑みが零れる。
僚がプレゼントを吟味するなど、
子供の頃、ミックの家で毎年開催されたクリスマスパーティの時のプレゼント交換以来だ。
(因みに、ミックは今でも律儀に僚にプレゼントをくれる。)


その辺のキャバ嬢や、今まで散々遊んで来たセフレなら、
きっとヴィトンのバッグやら、エルメスのスカーフやら、カルティエのアクセサリーやら。
そんなものが欲しいんだろう。
でも。
香はそんなもの、きっと確実に喜ばない。
贈られたモノの金額で、自分の価値や相手からの想いの大きさを計算する女もいるけれど。
香に限っては、きっとそんな物差しは通用し無さそうである。
香とて、年頃の女子だし、ファッション誌を熟読している事だって知っているケド。
香の場合却って、あからさまな“ブランドもの”なんか貰った日にゃ、恐縮して謝りそうだ。
だから彼女が喜ぶかどうかは、金額の問題では無いのだ。



最終的に僚が手に取って選んだモノは、そんなに高額なモノでは無い。
けれど、多分。
香を喜ばせる事は出来るんじゃないかと僚は考えた。
金額には、意味など無いのだ。
その物自体の本質的な価値や意味や、美しさの方が大切なのだ。







香は僚に贈るプレゼントを何にするか、ココの所ずっと考えている。
男の人に贈り物をするなんて、香には初めてで。
僚が喜びそうなものが、あまり良く解らなかった。
ネクタイやカフスボタンや、仕事で使いそうなものは僚はきっと嫌だろう。
ネクタイなんか以ての外だ。
僚は重要な会議以外は、スーツを着ててもネクタイは外している。
何なら、スーツさえ着ない時もある。
だから、仕事以外の僚を思い返してみた。


私服は意外に、シンプルでデザインより着心地重視のように思える。
けれど身に付けるモノを選ぶなんて、束縛しているような感じじゃないだろうか。
アロマオイルや、バスソルトみたいなリラックス系のモノはどうだろうと考えたけど、
ああいうモノは、好みが分かれそうだし。
女の子になら喜ばれそうだけど、男の人にはどうだろう。


色々と考え過ぎとも言える熟考を経て、香は意外な場所で良いモノを見付けた。
2人で楽しめるモノで。
話題が広がりそうなモノ。
ロマンチックで、2人の大好きな場所でそれを使ってみたかった。
だからそれを見付けた時、意外と高かったけど香は迷わず買った。




2人とも、お互いに秘密で。
数日間、悩みに悩んだけれど、それはとても幸せで悩ましい時間だった。
2人とも、知っているからだ。
結局の所、何を貰ったとしても、お互いが相手の事を想って選んだと言うだけで価値がある。
だから悩ましいケド、幸せだ。
何より、何の約束をしたわけでもないけれど、2人はクリスマスを一緒に過ごすのが前提なのだ。









24日。
2人は、僚の部屋で過ごした。
前日に僚が告げた時間に、香が僚の部屋を尋ねると、
キッチンには、テーブルが完璧にセッティングされ、シャンパンは氷の中でキンキンに冷えていた。
料理は僚が腕を振るったので、ケーキは香が買って来た。
ケーキの箱と、もう1つ。
玄関に立った香は、大きな包みを抱えていた。
僚が作ったのは、牡蠣と鮭を入れたみそ仕立ての豆乳鍋だった。
鍋を食べながら、シャンパンで乾杯して、食後にはケーキを食べた。
香は豆を挽いて、コーヒーを淹れた。
リビングでコーヒーを飲みながらケーキを食べて、2人でプレゼントを交換した。







「あの、課・・じゃなかった、り、僚。」

「はい(笑)」

「これ、クリスマスのプレゼントです////」




そう言って香が差し出したのは、やけに大きな包みである。
玄関で嵩張るその包みを持った香を見て、僚はやっぱり車で迎えに行けば良かったかな、と思ったほどだ。
それでもその箱とケーキの箱を、
一生懸命、傾けないように抱えている香が妙に可愛くて、僚は数時間前玄関先で濃厚なキスをしたのだ。
そして、その箱の中身がとても気になっていたのだ。




「何だろう。開けてもイイ?」

「うんっっ、開けてみて?」



香が楽しそうに微笑む。
可愛らしい赤い包装紙を剥ぐと、出て来たのは星空の絵が描かれた箱。
天体望遠鏡だった。




何にしようか、すっごく迷って・・・
でも、それ見付けた瞬間、これだって思ったの。
一緒に屋上で、星を観ようって。




そう言ってニッコリ笑う香に、僚がお礼のキスをする。
それは、この上なくロマンチックな贈り物だった。
冬には冬の、春には春の、夏には夏の、季節ごとに巡る星々を2人で観ようという約束。
その未来という時間と約束を贈られたようで、僚は予想を遥かに超えた香からのプレゼントが嬉しかった。
そして僚は香の耳元で、ちょっと待ってて。と囁くと、寝室に置いていた香へのプレゼントを持って来た。




「じゃ、俺からはコレ。」

「開けてもいい?」

「どうぞ、お姫様。」



香が楽しそうに、シルバーの包装紙を丁寧に剥がす。
中から出て来たのは、辞書ぐらいのサイズと厚みのベルベット貼りの赤い箱。
見た目より、意外と重い。
香がその蓋を、そっと開く。
中に入っていたのは。
天然のクリスタルを、綺麗な多面体にカットしたモノが幾つか。
綺麗に澄んだ透明のものや、薄っすらピンク色を帯びたもの。
金色の結晶が混ざり込んだ針水晶もある。
どれも丁寧に、それぞれの輝きを引き立てるカッティングが施されている。


僚がその綺麗な透き通った不思議な石を、箱の中から摘み上げた。
その複数の石は銀色のワイヤーで連結されており、絶妙なバランスを保って揺れた。
それは太陽の光を集める、モビールだった。




「これをね、カオリンの部屋の寝室の窓に吊るしたら、朝お日様が昇った時にきっと綺麗だと思って。」



そう言った僚の言葉に、香は泣きそうになった。
兄が死んで、僚に出逢うまでの5年間。
香はずっと、死にたいと思っていた。
朝など来なければイイと思っていた。
眠りに就いたまま、兄の元へ行けたらどんなに幸せだろうと思っていた。
でも。
あの春の終わりの朝のエレベーターで、初めて僚に出逢った日から。
朝が来るのが楽しかった。
会社に行くのが、苦痛じゃ無くなった。
皆で、バーベキューをしたり、花火をしたり、パーティーをしたり。



そして、僚が恋人になって。
香の世界は、180度変わった。
僚がいるだけで、朝が来るのも、過ぎゆく季節を感じる事も、全てが愛おしく思えた。
世界の全てが輝いて見えた。
それでも、そんな事は香が心の中だけで思って来た事で。
誰にも言った事など、無かった筈なのに。
まるで僚は香のそんな心を知っていたかのように、そう言った。
僚はいつもそうだ。
香のこの世に1人ぼっちになって、淋しい気持ちとか。
信じていた同僚に、苛められた悲しい気持ちとか。
全て包み込んでくれるように、こうして温かい言葉をくれる。
香は僚の言葉に、これまで何度も救われて来た。



そのモビールは本当に素敵だし、とっても気に入ったけど。
それ以上に、僚の気持ちが香は嬉しかった。
もう、朝が来るのは怖くないんだよ、と香は心の中で呟いた。
僚がいてくれれば、もう何も怖くない。









僚は、お正月はアメリカに帰るんでしょ?



それはお互いにプレゼントも交換した後の、何気ない会話の中の香の何気ない一言だった。
勿論、僚の父はアメリカにいる訳だし、クリスマスはこうして幸せを一杯貰ったから。
香はそれで、充分だった。
秋に2人が付き合い始めて、殆ど毎日一緒に過ごしている。
もしも、年末年始の会社の休みの間、僚が里帰りをするのなら、暫くはお別れだ。
淋しくないと言えば嘘になる。
香には、お正月を一緒に過ごす家族も友達もいない。
でも、僚には家族がいるし。
それは仕方の無い事だ。
僚と逢えない数日は、モビールを見てきっと僚を思い出す。




ううん、帰らないよ。


へ?そうなの?



僚の予想外の言葉に、香はキョトンとする。
僚は苦笑すると、説明する。



オヤジは、毎年正月はこっちに来んの。で、半月ぐらいはこっちで色々と仕事もあるらしくて。


そうなんだ。でも、ご実家には帰るんでしょ?




僚には一応、麻布に日本での実家がある。
もっとも、そこで過ごすのは年に数日。
父親が帰国した時だけだ。
それ以外そこには、誰も居ない。
僚はむしろ、アメリカの家の方が実家という感覚に近い。



うん、てか。カオリンも一緒だけどな。


え?


オヤジも楽しみにしてるし。カオリンに会うの。


は?


ふふふ、カオリン。さっきから、頭上にクエスチョンマークだらけだぞ?


だだだだだだってっっ。ど、どういう事????


・・・・・こういう事。




そう言って僚は、小さなダイヤモンドが輝くプラチナのリングを、香の左手の薬指に嵌めた。
暫くの間、香には状況が掴めなかった。
それでも。
この指に嵌ったリングの意味する所は。
たった1つで。




正月は未来の嫁さんを、連れて帰る予定。




その言葉によって、香の疑問はアッサリと解決した。
僚は涙を浮かべて真っ赤になった、大切な婚約者をそっと抱き締めた。
もう香は、1人じゃない。
朝が来るのを怯える事も無いのだ。









第1話 変わり映えのしない冬。

ちぇ、つまんないのぉ~~~。




槇村香は、冬の午後のリビングで大きな独り言を呟く。
本当のところ、それは。
つい数分前に出掛けた、相棒のスケベ野郎に言いたい言葉だ。
香はベランダに続く大きな掃出し窓から、表の通りを見遣る。
灰色の空に、寒々しく枯れた舗道の植込み。
天気は悪くは無いけれど、乾燥しているから香は外に出たくない。
だから今日は、ちょっとだけズルをして乾燥機を使った。
寒いばっかりで、乾燥した木枯らしは。
洗濯物は乾かすけれど、何故だかタオルや靴下をパリパリのバサバサにしてしまう。


こんな日に、懲りない相棒は日課のナンパに出掛けた。
ばっかじゃないの。
僚のスケベ、どエロ、ばかばかっっ。
さっきの僚の言葉が、まるで木枯らしみたいに。
香の心を、パリパリのバサバサにしてしまう。
部屋の中は温かいのに。






まだ寒くなる前の気持ちのイイ秋の日に、香と僚の友人でもあり同業者でもある伊集院夫妻が式を挙げた。
奥多摩の小さな教会で、ごく親しい友人だけのささやかな式の筈が。
メンツがメンツなだけに、いつもの彼ららしいド派手な演出付だった。
そして、大混乱の中。
僚が香に、愛の告白とやらをしてくれた。
それ以来、別段変化の無い2人だけれど。
香はちょっと、思っただけなのに。



もしも、少しのきっかけさえあれば。僚と、キス(きゃっ)。とか出来ないかなぁ。。。。なんて・・・



だから、あと半月ほどに迫ったクリスマスを前にして。
今年は僚と一緒に過ごせたらいいなぁ、と思っただけだ。
例年、僚のクリスマスは、歌舞伎町との需要と供給・凸と凹が上手い事噛み合って。
帰りはいつも午前様だった。
それでも香は、一応大げさにはならない程度に、さり気なく小さなケーキとかチキンとかを用意した。
僚もベロンベロンに酔って帰っても、香の用意したモノを綺麗に平らげて眠った。
別に大きな進展は無くてもイイけど。
ご飯位は、一緒に食べたっていいんじゃないの?と香は思う。



僚の言う、愛する者って何だろう。



性別を超えて、バカ話で笑い転げられる相手かな?
心置きなく、我儘が言える相手かな?
憎まれ口を叩いても、結局は何だかんだで信頼している相棒かな?
僚の目には、
私はどう映ってるんだろう。未だに、SugarBoyなら、流石の香もちょっと泣ける。
もう、26歳なのに。
僚に片思いしてるクリスマス、もう何年目になるだろう。
香は外を眺めながら、無意識に小さな溜息を零す。







ねぇねぇ、りょお。
ん~~?
クリスマス、何が食べたい?
・・・・・。





香はつい15分ほど前の、己の不用意な発言を激しく後悔していた。
こんな悔しい思いをする位なら、例年通りで全然構わなかった。
そんな事、訊かなくても。
僚はきっと、ケーキだろうがチキンだろうがサバの味噌煮だろうがタコライスだろうがトムヤムクンだろうが。
きっと、綺麗に平らげてくれただろうから。
暫し沈黙して、無表情で数回パチパチと瞬きした僚は。
いつもの意地悪で、スケベな憎たらしい相棒だった。




んなもん、おまえ。



自分の食いたいモン、作りゃ良いんでないの?

へ?

俺ぁ、ホラ。 歌舞伎町のモッコリちゃん達が待ってるしぃ?(にまぁ)

♨♨♨(怒)





僚はそれだけ言うと、ナンパに繰り出したのだ。
この今にも雪の降りそうな、寒空に。
馬鹿だと思う。
成功しないナンパを性懲りも無く繰り返す男も、その男にどうしようもなくメロメロな女も。

ただ一緒に過ごしたい、っていう一言が言えない意気地なしだ。






pipipipipi


香の携帯が着信を知らせたのは、そんな香のモヤモヤした昼下がりだった。
液晶の画面には、見慣れた3文字。























「もしもし?絵梨子ぉ? どうしたの~~?」

「香ぃ、クリスマス暇?」




それは相変わらずデザイン命のお友達からの、クリスマスショー参加へのお誘いだった。



(つづく)












おはこんばんちわ、ケシでっす。
クリスマス祭りのトリを飾るのは、やっぱり原作設定で。
パラレルは勿論好きだけど、やっぱり2人の原点はスイーパーな2人あってこそですので。
ま、仕事なんてしてないんすケド、当サイト(テヘ)
今夜から、イブの更新まで。全4話です!!



第2話 あまのじゃく。

ぴゅーぴゅーと木枯らしが吹く、都会の舗道の上で僚は6階のガラスサッシを見上げる。


つい今まで自分のいた場所。
暖かい暖房の利いたリビング。
コポコポと音を立てて室内を潤す加湿器。
午後の退屈な情報番組が流れるテレビ。
相棒の淹れた馨しいコーヒーの香り。
赤いタータンチェックのネルのシャツワンピースに、辛子色の厚手のタイツを穿いて、
僚が数日前にプレゼントした、モコモコのスリッパを履いた香。


秋が深まって来た頃。
香は夕飯を食べながら、ぼやいたのだ。

“足元が冷えるから、温かいスリッパが欲しいんだけど。
   良いなぁ、と思うヤツは全ぇ~~部っっ高いんだよね~~~~”

スリッパぐらいケチらず買えよ、と喉元まで出掛るが、僚はそれを呑み込む。
香の次の言葉が容易に想像出来るからだ。
『そういう事は、依頼を選り好みせずに働いてから言え。』
至極、もっともなご意見である。
せいぜい高いと言っても、スリッパなんて数千円だろう。
僚にとっては、毎夜、アルコールにつぎ込む金額のホンの一部だ。
けれど、香にとってはそれが何日分の食費に回せるだろうと計算するのだろう。
多分、余裕があったとしても、香はその些細な贅沢をきっと躊躇うのだろう。

まぁ、イイか。今のもまだまだ使えるし。
まぁ、イイか。寒いのも今の間だけで、またあっという間に春が来るんだし。
まぁ、イイか。それより、今日のお肉をもう少し買っちゃおう。
まぁ、イイか。

そうやって香は、きっと色々やり過ごして歳月を重ね。
多分、色々と損してるんじゃないかと僚は思う。
こんな己のような、薄汚れた男の傍に居ても香はきっと。
損する事や失うモノを見詰めるよりも、楽しい事や嬉しい事ばかりを見て生きているように見える。
香に甘やかされている。
僚はこの数年で、すっかり香に甘えている。
香は自分の欲しい温かいスリッパを我慢して、僚の為に安くて美味しい食事を作る。
それは少しだけくすぐったい感情を僚にもたらす反面、小さな痛みを僚の胸に残す。
素直に香に優しく出来ない、もどかしさ。情けなさ。不甲斐なさ。
そうは思っても、長年染み付いた己の捻くれた性格を変える事は、口で言うほど簡単な事じゃ無い。


その後、香自身もそんな事を言ってた事自体忘れた頃に、僚はスリッパを買って来た。
勿論、香の為に買っただなんて言わない。
値段も言わない。
僚は一言、パチンコの景品だと言っておいた。
僚はこの手を良く使う。
香は眉間に皺を寄せて、何処にパチンコに行くお金があるのよ(怒)と、凄んで来るけれど。
聞かない振りは、僚の得意技の1つである。
もしも、誰それに貰っただのと嘘を吐こうもんなら、香は律儀にお礼をしなきゃとなってしまう。
そうなると、話しはややこしい事になるので。
“景品作戦”が、もっとも有効だ。
誰も巻き込まないし、僚が香に小言の1つも言われて終わりだ。
プレゼントを贈っても、僚は素直に言うぐらいなら、嫌味を言われる方を選んでしまう。
実は僚は、今まで一度もパチンコをした事は無い。香は知る由も無いが。








『りょお、クリスマス何が食べたい?』



香にそんな事を訊かれたのは、初めてだった。
少しだけ照れ臭くて、
どんな顔をすればいいのか解らなくって、
でも、死ぬほど嬉しくて、
だから僚は、取敢えずいつも通りのフリをした。
正直、6階のベランダを見上げながら、挙動不審じゃ無かったろうかと考える。


香には、今の俺。どんな風に見えたろう?


もう少し、あの暖かいリビングに居たかった。
何を話す訳でもなく、コーヒーを飲みながらゴロゴロしていたかった。
香の髪の毛から薫る、甘やかなシャンプーの匂いを感じたり。
乾燥機から取り出した洗濯物を畳む、香の小さくて形のイイ後頭部を眺めたり。
香の他愛のない話しを、興味のないフリをしながら聞いていたかった。
けれど思いとは裏腹に。
僚の口を吐いて出る言葉は、いつも通りの戯言だ。







少し前に、自分の気持ちを漏らしてしまってからの僚は。
実は毎日揺れている。
香の些細な言葉や、仕草や、表情に。
それでもまだ、僚の心の何処かには越えられない明確なラインが有って。
そこを踏み越える事は、僚にとっては他人を殺める事より難しい。
そして、そのライン際をまるで門番のように管理しているのが、僚の中に棲む天邪鬼という鬼である。
この厄介なヤツは。
素直な気持ちを表す事を一切認めない。
そのクセ、言い訳や秘密を隠す引き出しは無数に持っている。


自分でクリスマスに飲みに行くと言っときながら。
僚は今、如何に飲みに行かずに家に籠る事にしようかなどと、対策を練っている。
香に不審に思われず、且つ飲みに行かない理由として相応しい言い訳。
やっぱ、おまぁと一緒の方が楽しいから飲みには行かない。
などとは、口が裂けても言えないのだ。



何でもイイから、オマエの作った飯がイイ。


僚が本当に言いたかったのは、たったそれだけだ。
まだこの時の僚は、香が決めてしまったクリスマスの予定を知らないでいた。




(つづく)






第3話 すれ違い。

クリスマスイブの2日前。
僚は原宿の、とある豪奢なビルを見上げて盛大な溜息を吐いていた。



ある冬の午後の、僚の天邪鬼からなる第1番目のボタンのかけ違いは。
予想以上の展開を見せて、目下最大の悩みとなって己の身に還って来た。
四字熟語で端的に表すと。

自業自得、である。













あの昼下がりから数日。
香はあれ以来、クリスマスの話しはしないし。
だから僚も、藪の蛇は突かない。
ただ脳内では目まぐるしく、クリスマスをお家で暖かホッコリと過ごす言い訳、を常に模索中であった。
そんな風に頭を考え事で一杯にした僚は、
例年に比べて“忘年会という名の飲み歩き”の回数が少ないという事実には、未だ無自覚であった。
そして言い訳を考えるより、素直になる為に腹を括る方が早いという事にも、未だ気が付いてはいない。


そんな真冬のとある夕餉。
メニューは、おでんである。
安上がりで、簡単で、大量に作れて、僚も満足して、香にとってはある意味手抜き料理である。
とは言え、普段が手を掛け過ぎなのだ。
おでんだけでは、あんまりかな?と思った香が作ったのは、鶏とゴボウの炊き込みご飯だった。
僚が香の衝撃的報告に、数十秒固まったのは。
出汁がシッカリ染みた、アツアツの丁寧に面取りされた大根を頬張ろうとした時だった。






あ、そう言えば。りょお。

んぁ~~??(今まさに大根を口に入れる所だった)

あのね、24日なんだけど・・・

っっ!!!   なななな、なに?(激しく動揺)

私、ちょっとお仕事してくるから。

・・・ほぇ????(ポッカァァ~~~~ン)






香の突然の発言に、僚は暫し呆然となって虚空を見詰める。
僚の口に放り込まれる予定だった、湯気を立てる大根はホロホロとイイ感じに柔らかく煮えており、
ボンヤリした僚の箸先でホロリと崩れ、僚の取皿の上にピチャッと出汁を跳ねながら落ちた。




ちょっとぉ、りょお。聞いてる?




香は無表情で虚空を凝視している相棒(スケベ)を、訝しげに覗き込む。
香は気が付いてはいないが、僚は薄っすら涙目で。
心の中で、ううん。聞いてない、てか聞きたくない。と、呟いた。
構わず、可愛い相棒は話しを続ける。




絵梨子がね、どうしても人が足りないって言うから・・・
こないだ、僚も飲みに行くって言ってたし・・・
私も1人でボンヤリしてるより、OKしちゃったらギャラも貰えるし❤
ギャラ入ったら、美味しいもの食べに行こうね♪




ニッコリ笑って美味しいモノを奢ってくれると言う相棒を見ながら、
僚は心底、己の捻くれた性格を呪った。
そんな僚に、自覚の無い可愛い小悪魔は止めの一撃を加える。




ショーは夜からなんだけど、
色々と準備もあるし、私はお昼過ぎには出掛けるね。
私は居ないケド、
クリスマスイブ、僚は心置きなく楽しんで来てね♪





この瞬間、愛の告白をしてから初めてのクリスマスは。
2人別々に過ごす事が決定した。
僚は、言い訳を考える必要も無くなった。
けれど。
言い訳を考える時間すら、悩ましくも幸せであった事に今更ながら気が付いた。
それは、温かいアパートに香が居てくれる事が大前提のお話しだ。
香が居なくては、お話にならない。


(・・・っとに、今更だっつ~~の。)


僚はただ呆然として、アツアツに煮えた各種練り物を咀嚼した。
真っ白に燃え尽きて、味覚も麻痺したかと思える程の衝撃であったが。
それは気のせいで。
どんなにテンションは下がっても、
おでんも炊き込みご飯も、いつも通り旨かった。
その後僚は、香の支度した“登別の湯”という入浴剤の入った湯船に浸かって、
少しだけ、泣いた。
身体は芯から温まったけれど、心の中には隙間風が吹き抜けていた。







そんなあれこれを経て、僚は相棒の手前、寒空の下ナンパに出掛けるフリをして、
赴いたのは、エリ・キタハラ デザインオフィスの前である。
今から向かい合う相手は、極上のモッコリちゃんでありながら、ある意味では最大のライバル。
香の親友であり、香を愛する者同士としてはお互いが目の上のタンコブ。
このクリスマスに、平和な(?)冴羽商事に波風を立てる、北原絵梨子。その人である。






それで?・・・私にどうしろと?




受付で名前を告げると、アッサリと通された応接室で。
香と同い年の、新進気鋭の世界的デザイナーは、悪戯っぽい笑みを含んだ声音でそう言った。
僚がグダグダと、この暮れの押し迫った時に急にそんな事言って・・・とか。
香がなんて言ったか知らないケド、俺は聞いてないとか。
つまり僚は、香のクリスマス・ショーへの参加を取り止めてくれるよう、駄々を捏ねに来たのである。







なぁに? 冴羽さん、淋しいんだ(笑)クリスマス、香に放置されて。

っっ馬ぁっ鹿っっ。っ違ぇっっよっ!! ただ、ホラ。なんだ、その~~なぁ。あれだ・・・

要するに、淋しいいんでしょ?早い話が。

・・・・・・・。





僚は香より1枚も2枚も上手の彼女を相手に、グゥの音も出ない。
絵梨子はとっくにお見通しである。
そもそもの、あの時。
香を怒らせた昼下がりの、僚のお決まりの天邪鬼から、
その後の都合のイイ、言い訳なし崩し的・クリスマスナイトの計画まで。全て。






じゃあさ、四の五の言わず、香と一緒に過ごしたら良いんじゃないの?クリスマス。

・・・・モデル、他を当たってくれんの?

っっまさか!! もう、香には重要なトリを飾って貰う事に決まってるの(得意気)

・・・・・・・・・・んなら、俺の出る幕じゃ無いじゃん(怒)



だぁかぁらっっ!! 
    冴羽さんも、ショーに出れば万事解決でしょ?



は?






満面の笑みを浮かべるデザイナー殿の隣で、冴羽僚は呆然と立ち尽くす。
ミイラ取りが、ミイラになってしまった。
強引なデザイナー先生主導の下、僚はトントン拍子に専属モデル契約書へサインをさせられた。
香はきっと喜ぶだろう。
冴羽家の家計が、一気に潤う。
己がキャバクラで散財するよりは、ギャラをクリスマスプレゼントだと思って捧げた方がイイかもしれない。
僚はそう思って、この想定外の現実を受け入れる事にした。



こうして、クリスマスは2人揃って出稼ぎナイトと相成った。



(つづく)






第4話 クリスマスは一緒に。

舞台袖の端と端。
華やかなショーのトリに相応しい、美男美女。
ステージの中央、高さ3mの巨大なツリーの前で落ち合って、
バージンロードに見立てた、ランウェイを歩く。



・・・・・・・というのが、昼間のリハーサルで香が絵梨子に受けた説明である。



でも。
相方が僚だとは聞いてない。















2日前。
契約書にサインした僚が見せられたのは、何処からどう見ても結婚式で新郎が着る、
フロックコートである。






え、絵梨子しゃぁあん(汗) ひとつ訊いてもイイ?

なぁに?

今度のショー、水着じゃないのぉ???

んふふふ。毎年同じじゃ、芸が無いでしょ・・・・・・・






そう言って得意気に解説を始めた絵梨子の、壮大な長話を簡潔に纏めると、
今年のテーマは、『愛し合う男女』
普段なら、レディースラインとメンズラインを分けて発表する所を、今回は1つにしてみたという。
必ず男女1組対にして、ランウェイを歩く。
それぞれ全く違うデザインだけれど、男女並んで歩くと調和のとれたバランスでデザインする。
デザインとコーディネイトの提案を、1つのショーとして考えたわけである。
そして。
“愛し合う男女”の最終形として、香と僚がトリを飾るらしい。






・・・・て、事は。香は?

勿論。ウェディング・ドレス(クスッ)





僚はガックリと項垂れ、深い深い溜息を吐いた。
もしかしたら今回の一件は、初めから絵梨子の罠だったんじゃないかと深読みしてしまう。
しかしこの時には既に、あまのじゃくは契約書を交わした後で。
後の祭りであった。






更にその数日前。
1人で絵梨子のオフィスに呼ばれた香も、心境は僚と同じく複雑であった。




こ、これ。私が着るの?

ええ、そうよ。綺麗でしょ?





確かに綺麗だった。
上質なシルクサテンの、真珠のような艶やかなドレスはしかし。
どう見ても、ウェディングドレスだ。
この他にも、数着見せられた衣装は、どれも春夏物の可愛らしい服ばかりで。
(勿論、それにしたってテーマは、デートの勝負服なのだ。香は知らないけれど。)
その白いドレスに。
香は、胸の奥が小さく痛んだ事には、知らないフリをした。


1か月半前の、美樹と海坊主の結婚式。
美樹の冗談に乗せられて、香は美樹が着る予定のドレスを試着させて貰った。
その姿を鏡で見て、香は自分の瞼の裏に焼き付けた。

これが最初で最後だ。

僚が自分をどう思ってるかは、深い所までは解らない。
けれど香は、たとえ一生僚とは相方のままでも。
否、一生相方として、認めて貰えるのならば本望だ。
多くは望まない。
僚の傍に居られるのなら。

平凡な結婚も、ドレスも、子供も。そんなものは必要無い。

香に必要なモノは、僚との絆だけだ。
それにその後。
美樹にちょっかいを出しに来た僚にも、香の姿を見せる事が出来た。
あの時は、ハンマーを振り回して制裁を加えたけれど。
本当を言うと、香は少しだけ嬉しかった。
自分と同じように、僚にも覚えていて欲しかった。
たった一度の、借り物のドレス姿を。
だから、もう二度と自分には縁の無いモノだと、香は思っていた。



香にとって、白いドレスは。
もしかすると、普通の結婚適齢期の女性達とはまた一味違った意味で、重大な意味を持つ。
それは。
僚と生きて行くという決意と共に、切り捨てなければならない選択肢。
香の人生には必要無い、セレモニー。
けれど、また。
どうやら袖を通す事になったらしい。
クリスマスの夜に。














舞台袖の向こう側、数m先に居る香はポカンとしている。
僚は思わず、苦笑する。
それでも。
真っ白いドレスを着て、綺麗にメイクを施され、呆然と己を見詰める相棒は。


この世で一番、美しい。


2日前に、絵梨子の術中に嵌った僚は、契約書の事など無視してすっぽかす事も考えたけど。
冷静になって考えれば、
自分が出なければ、あの相棒の隣には、にやけたモデル野郎が並ぶワケで。
それはそれで、胸糞悪い。
あの香の隣を歩くのは、俺しかいねぇだろ?と、僚は思う。



僚は自分も、絵梨子のショーに参加する事は香には言わなかった。
昼過ぎに香が出掛ける時も、何食わぬ顔で見送った。
だから香は、今頃相方は歌舞伎町で飲んでいると思っていただろう。
先程までで、僚も香も数着の衣装を替えて登場していた。
勿論、お相手はそれぞれバラバラだ。
今僚は、改めてすっぽかさなくて良かったと、心底思っている。
こんな相方を拝めるのならば、夜の街のネオンにも、くだらないナンパにも。
これっぽっちも未練は無い。















香は正直、朝から気が重かった。
“あの”ドレスを着る事が。それでも、
お仕事だし。と、何処かで割り切ろうと、この数日ワザと気分を変えて明るく振舞った。
もしかしたら、今年のクリスマスは。
ここ数年で、もっとも悲しいクリスマスかもしれない。


僚にこれ以上を望んではいけないと、物解りのイイ相棒のフリをして。
本当を言うと、香は沢山の事を望んでいるのかもしれない。
もしも、サンタクロースがいるのなら。


香は、僚の心が欲しい。
香は、僚との時間が欲しい。
香は、僚の言葉が欲しい。
香は。

僚に愛されたいのだ。多分。



自分の心に目を背けて、イイ子のフリをしている悪い子には。
悲しいクリスマスを、神様が運んで来たんだろう。
こんな事なら。
なんにもなくても、ただ香の作った晩ご飯を、
酔っ払って午前様の僚が、薄暗いキッチンでもそもそと食べるいつものクリスマスの方が、100倍幸せだ。















つい先程、控室でその白いドレスに袖を通すその時まで、香はそんな事を考えていた。
けれど、舞台袖で香が見たモノは。
いつものボサボサの無造作ヘアーを、きちんとセットして、フロックコートを着た。


僚だった。


香は頭の中が真っ白になった。
ねぇ、僚。
『クリスマスナイトinねこまんま』じゃなかったの?
歌舞伎町のネオンが、呼んでるんじゃなかったの?
クリスマスなんて、柄じゃねぇ。んじゃなかったの?

ねぇ、どうして。いつもいつも、僚はそうやって。
私の事、この上ない絶妙なタイミングで迎えに来てくれるの?















音楽の転調とフロアディレクターの合図をキッカケに、香がステージへと押し出される。
同時に僚も、反対側の舞台袖から現れる。
観客席からは、静かな溜息が漏れる。

ステージの中央、大きな樅の木の前で2人は向かい合う。
僚が腕を差し出したのを合図に、香も僚の腕に手を添える。
バージンロードに見立てた、ランウェイへと足を踏み出す。

ステージの上は、目映いライトが照らしていて。
真っ暗に見える観客席に向かって、光るランウェイはまるで。
夜空に伸びる滑走路みたいで。
油断すると眩暈を起こして倒れそうなほど、香はこの夜で一番緊張していた。


僚の腕が、とても頼もしかった。












なんで?

は?

なんで、僚がいるの?

・・・俺、言わなかったっけ?

聞いてない。

そうだっけ。・・・ま、でも。

???

クリスマスをモッコリちゃんと過ごすって事は、言ってた気がするけど?

////////。

香。

/////ん?

綺麗だ。

ふぇ?

今夜、おまぁが一番綺麗だ。

ば、馬鹿っっ///////






どうやら、僚の中の天邪鬼も、クリスマスの夜にはさすがに退散したらしい。
2人はにこやかに、堂々とランウェイを歩きながら。
ヒソヒソとお喋りしている。
滑走路の先端でターンして、樅の木の前までゆっくりと歩く。


リハーサルでは、そこで観客席を振り返って一礼すると、それぞれ元来た舞台袖へ帰る。


・・・・筈が。
樅の木の前で、僚は香を抱き寄せた。
繊細なベールを捲って。
僚は初めて、この6年間恋い焦がれ続けた唇に口付る。
観客席からは、ひと際大きな溜息とも嬌声ともつかない声が上がる。




舞台袖でアシスタントが焦って、絵梨子に駆け寄る。
「せ、先生!! あれ、リハーサルには無かったですケド、演出ですかっっ???」
絵梨子はペロッと舌を出すと、飄々と答える。
「良いんじゃない? 盛り上がってるみたいだし?問題無く、進めて。」

その絵梨子の言葉を合図に、2人が袖へ戻った後に降らせる筈だった雪に見立てた紙吹雪が舞い降りてくる。



会場中の割れんばかりのスタンディング・オベーションの中。
僚と香はもう一度、口付た。








ねぇ、香。

ん?

家帰ったら、クリスマスの続きしてもイイ?

//////////うん、いいよ。







つい数十分前は、今までで一番悲しいクリスマスだと香は思っていた。
心の中の醜い自分が嫌いだった。
嫉妬する心や、独占慾や、僚に色々望む欲張りな心を悔いていた。
そんな心を持て余しながら、素直になれない自分は。
僚を責める資格など、僚に愛される資格など無いと思っていた。




だけど。
香をそんな風に凹ませるのも僚ならば、香をこの世で一番の幸せ者にするのも、冴羽僚なのだ。



香に幸せを届けるサンタクロースは、フロックコートを着た目の前の相棒だった。




(おしまい)

















いやはや。
というワケで、このクリスマスの聖なる夜に。
当ブログのクリスマス祭りも、無事千秋楽を迎えました m(_ _)m
生温~~~い感じで、約10日間。
クリスマスばかりの更新でした。
どれか1つでも、皆様のお気に召して戴けるものがあれば幸いでございまっす!!
それでわ。どなたさまも。



Merry,Christmas!!!!       ケシ