※注意事項※必読※

このお話しは、

超・超・超パラレルです。


いつもの2人のお話しとは全く違う風味ですので、ご注意ください。





★登場人物★

冴羽 僚 ・・・殺し屋。

  猫  ・・・捨て猫。薄茶色の仔猫。

僚の友達 ・・・ミックとか、冴子とか色々。



僚が雨の日に、猫を拾うお話しです。 
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[ 2012/10/02 19:23 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の壱. 猫の兄妹 

それはまるで煙のような霧雨が降る晩の事だった。
僚はその日、人を殺した帰りだった。
と言っても、血生臭い修羅場では無い。
高層ビルの屋上から、超高性能スコープを取り付けたライフルで、
一発発射しただけだ。
僚はこの晩の依頼程度でなら、弾丸は一発あれば充分だった。


もうすぐでねぐらのアパートに着く手前に、公園がある。
昼の日中には、僚はこの中を通る気にはなれないが、
夜、もう深夜と言ってもいい時間には、時々ここに足を踏み入れる。
この中を突っ切れば、自分のアパートまで最短距離で帰れる。
だから僚はこの晩も、同じようにここを突っ切った。


それは、近付いてみるまで何なのか、僚には良く解らなかった。
小さなみすぼらしい箱に入れられた、2匹の仔猫。
1匹は衰弱して丸くなっている。
そして、もう1匹。
薄茶色の小さな仔猫は、背筋をピンと伸ばし僚を見上げた。
どうして解るのか、己の薄茶色の眼と僚の漆黒の眼が、
対応した同じ器官である事を、本能で覚っていて。
僚の瞳を真っ直ぐに見詰めて、にゃあと鳴いた。


霧のような軽い雨にも拘わらず、この2匹はどれだけの間、
ココでこうして濡れていたのか。
その頼りなげな体毛は、しっとりと濡れそぼりカタカタと小刻みに震えている。


その時何故、僚がその箱を拾い上げる気になったのか。
後から思い返してみても、僚自身サッパリ解らない。
僚は骨の髄まで殺し屋だ。
僚には物心ついた時から、それ以外の選択肢は無かったし、
また、殺し屋としての才能には恵まれ過ぎる程、恵まれていて。
日頃は陽気な遊び人にしか見えないが、れっきとした暗黒サイドの人間だ。


僚は基本的に陽気で、楽観的で。
女に弱い。それが唯一の弱点と言っても、過言では無い。
僚が街を歩いていて目に留まるものは、カワイイモッコリちゃん。
ガキと年寄りと動物は、僚の3大無関心事項だった筈なのに。
何故だかその晩、深夜の公園で僚は。
猫を拾った。







取敢えず僚は、自宅に戻ると小さなその生き物たちを、子細に観察した。
1匹は薄茶色の毛と瞳のメス猫。
もう1匹は、
ねずみ色で、目の周りがまるで眼鏡でも掛けているかのような、
黒い縁取り模様の、オス猫。
どうやら2匹は、兄妹のようだ。
しかし、オスの方はよく見ると傷を負っており、完全に衰弱している。
怪我した上にこの雨に降られて、今にも死にそうな状態だ。


僚の見た所、野良犬か何か、コイツらよりも強いヤツに甚振られたような傷跡。
きっとこのオス猫は、もう1匹を庇う為自ら怪我を負ったように見える。
片や、メスの薄茶は傷一つなく元気そうだ。
それでも相方の状態は解るのだろう。
しきりにその身体を舐めてやっている。


僚は1匹づつ手に取ると、その濡れた毛並みをタオルで拭いてやった。
元々2匹が入っていたチャチな箱は捨てて、
代わりにバーボンの入っていた木箱に、クッションとタオルを敷いてやる。
仔猫が何を食べるのかなんて知らない僚は、
その晩は、そのまま自室のベッドに潜り込んで眠った。
あのまま、公園で濡れたまま一夜を明かすよりは、マシだろうと。







翌朝、僚が起きてみると、残念ながら衰弱していた1匹は冷たくなっていた。
それでもその相方を、まるで温めるように薄茶のチビは寄り添って眠っていた。
昨夜の雨はもうすっかり止み、朝日が昇る少し手前だった。
この2匹を拾ったのは、昨夜というよりもまだホンの数時間前の出来事だ。
僚は2匹を腕に抱え、ガレージからスコップを取り出すと、
昨夜2匹に出会った公園へと向かった。


その公園は、僚のねぐらから歩いて数十秒の所にある。
昼間は何処からともなく、OLやサラリーマンがやって来て昼飯を食ったり、
こんな街にも子供はいるらしく、
僚の嫌いな、甲高い声を響かせて遊んだりしている。
けれどこんな早朝とも言える時間には、まだ誰もいない。


僚は公園の1番奥、大きな桜の樹の根元に穴を掘った。
昨夜の雨で幾分柔らかな土の上に、ホンの短い生涯を閉じた亡骸を横たえる。
もう1匹は、僚の足元でじっとその様子を窺っている。
まるで、僚と2匹のひっそりとした葬式のように、
その朝、その樹の根元に小さな墓が出来た。
僚が埋めたばっかりの湿った色の土を、薄茶はくんくんといつまでも嗅いでいた。
僚にはそれは、幼いながらも猫の弔いの儀式のように思えた。







「ホレ、行くぞ。」
僚がそう言って猫を抱き上げた時には、完全に空は白み、
街は少しだけ、動き始めていた。
僚は昨夜、風呂にも入らず眠りに就いたので、
取敢えず家に帰って、
自分もシャワーを浴びるついでに、猫を洗おうと思う。
そして、仔猫が一体何を食べるのか、まずは調べないといけない。


猫と一緒に風呂から上がった僚は、
ドライヤーでその綿毛のような猫毛を乾かす。
猫は怯える事も無く、僚の大きな手の中ですっかり気を抜いている。
薄茶色の大きくて丸い瞳。
同じ薄茶色で柔らかな毛並み。
ピンク色の鼻先と、肉球。
いっちょまえに尖った、小さな牙。


柔らかな毛並みは、ゆるくウェーブの掛かったような癖毛だ。
「おまぁ、猫のクセに天パなんだな。」
そう言って僚は笑った。


僚は何の疑問も無く、この小さな猫と同居生活を始めた。






[ 2012/10/02 20:09 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の弐. 僚の猫

猫はすぐに僚に懐いた。
僚はエサをくれるし、抱っこしてくれる。
いつも僚と一緒にシャワーを浴びて、僚の眠るベッドで丸くなる。
僚がソファに座って、テレビを観ている時は、
猫は僚の膝の上に座った。
僚がソファに寝転んで、本を読んでいる時は、
猫は僚の背中の上で丸くなった。


僚は僚で、そんな猫の事が気に入っていた。
膝や背中に猫が飛び乗って来たところで、猫はまるで羽毛のように軽いし、
むしろじんわりと温かくて、心地良かった。
僚はホームセンターで、キャットフードを真剣に選んだ。
猫が喜びそうな缶詰を、何種類も買ってみたりした。
もっとも当の猫は、僚の手から与えられるモノなら、
何だって、喜んで食べた。


僚が人を殺したり、酒を飲んで遅くに帰って来ると、
猫は玄関先で丸くなって、僚を待っている。
僚が帰って来ると、真っ先に擦り寄って出迎えた。
僚の帰りを待っていてくれる存在は、今までで猫が初めてだった。
僚はそんな時、今まで知らなかった感情に包まれる。
嬉しそうに擦り寄って、グルグルと喉を鳴らす猫を抱き上げて、
その鼻面に頬擦りをした。
すると猫も僚の顔を舐めてくれた。


僚はこれまで1人で生きていた頃は、いつ死んでも構わないと思っていた。
けれど猫がいる今、僚はいつも頭の片隅で猫の事を考えていた。
もしも自分がこのまま野垂れ死んで、あの部屋に帰らなかったら。
きっと猫はいつまでも、
あの玄関マットの上で、ずっと自分の事を待つのだろうと。
その光景を想像しただけで、
僚は何としても、無事にあの部屋に帰りたいと切望する。


猫は僚を信じていた。
猫が箱に入れられて捨てられていたのは、まだホンの赤ちゃんの頃で、
その時に猫を助けてくれた僚は、猫にとっては親も同然で。
猫にとっては、僚が世界の全てだ。
だから猫はいつだって、僚を信じている。
鉄の扉の向こう側から、僚はいつだってちゃんと帰って来る。


僚は時々、猫と外出した。
アパートのすぐ傍の公園や、
近所の喫茶店(因みにこの店のマスターは猫嫌いの猫アレルギーだ)や、
時々は赤い小さな車に乗せて、大きな庭のある老人の家に出掛けた。
猫は何処に行っても人見知りはしなかった。
僚の腕の中にいれば、この世の中で一番安全だという事を、
猫は知っている。







ファルコンは筋金入りの猫嫌いだが、不思議とその猫は平気だった。
僚の部屋にいつの間にか居ついた仔猫を、僚はとても可愛がっており、
そんな僚の様子はあまりにも意外で、ファルコンも美樹も内心かなり驚いている。
僚に生き物を可愛がるという概念があったのが、とても新鮮だったのだ。
美樹は1度、僚に訊ねた。

“その猫ちゃん、お名前なんて言うの?”

僚曰く、猫には今の所名前は無いし、名前を付ける予定は無いとの事。
僚にしてみれば、猫に名前など必要無かった。
美樹にそう問われるまで、その事にまで思いは及ばなかった。


そもそも、言葉の必要無い僚と猫の間には、名前すらも要らなくて。
名前など呼ばなくても、猫はいつでも僚の隣にピタリとくっ付いている。
だから僚はその柔らかな毛並みや、
小さな頭を撫でてやればそれで充分だった。
その小さな薄茶色の猫に、名前はまだ無い。


それは、僚だけの猫なのだ。名前は、まだ無い。









[ 2012/10/03 02:31 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の参. 猫の記憶

すっかり油断していた。
その晩、僚は馴染みの店でしたたかに酔い、
それでも上機嫌で帰っている時だった。


その店のママ(元は男だ)は、無類の猫好きで。
僚が数ケ月前から、小さな猫を可愛がっていると聞いて、
勝手に親近感を覚えているらしく、その日は僚に(正確には猫に)、
枕崎産の最高級鰹節を、1本くれたのである。
勿論、猫は大喜びするに違いない。
という事は、結果的に僚もまた大喜びなのだ。


猫はいつも大好物を食べる時、むにゃむにゃと何事か言いながら食べる。
僚にはまるでそれが、猫がお礼を言っている様に聞こえたりする。
そんな猫を見ながら、僚はいつも『喰うか喋るかどっちかにしろ』と言って笑う。
小脇に抱えた鰹節を、猫に与えた時の様を想像して、
僚はニヤニヤしながら、アパートへの帰り道を急いだ。


そんなワケで、僚は酔っていた上に、頭の中は猫と鰹節で一杯だったので、
おかしなヤツが近寄って来た事に気付いたのは、一寸遅れだった。
サッと何かが僚の長袖のシャツを掠めた瞬間、その部分がカッと熱くなった。
すぐに白いシャツが、紅く滲んだのを見て切り付けられた事に気が付いた。
その後の僚の反撃は、もう殆ど本能のそれだった。


酔っていて、力加減を斟酌する余地など無かった。
恐らくは、1発目に殴った顎への一撃は、
相手の顎の骨を砕いてしまったかもしれない。
僚が覚えているのは、グジャッと言う得も言われぬ音と感触。
たかだか、ナイフで軽く切られた位で、少し悪い事をしたと僚は思った。
が、反省はしない男なのだ。
せいぜいが心の中で、テヘペロと舌を出して、頭を掻くぐらいである。


僚の足元に力無く脱力する輩を放置して、僚は転がった鰹節を拾い上げると、
またそれまで同様、ニヤニヤして帰途を急いだ。







僚が鉄の扉を開けると、いつもの如く、猫が一目散に擦り寄って来た。
しかし、次の瞬間猫はピタリと動きを止めて、僚の瞳をジッと見詰めた。
いつもと様子の違う猫に、僚はつい今しがた貰って来た、
最高級枕崎産・鰹節を見せる。
猫は一瞬、パッと目を輝かせ、しなやかなシッポをピンと立てて見せたが、
それも一瞬の事で、またすぐに僚をジッと見詰める。


「ん~?どうしたぁ、おまぁ?こぉんな鰹節、俺は買ってやらねぇだろ?もちっと、喜べよ?」
僚がそう言いながら、猫を抱き上げる。
猫は抱かれた僚の腕を、くんくんと嗅いでいる。
シャツが薄っすら紅く染まっている。血はもう止まった。
僚にしてみれば、ほんの掠り傷で。痛みも無い(酔ってるし)。
それでも猫は、僚の異変を敏感に察知したのである。


僚のシャツを嗅いで、猫は僚を見上げる。
「何だよ?心配してんのか?こん位、掠り傷だっつーの。」
僚はそう言って、猫の鼻先にキスをする。
猫も僚の頬を、ペロッと舐める。
僚はまさか、己の人生に於いて、
猫に心配される日が来る事など、思ってもみなかった。
けれど、たとえ相手が猫であれ、気にかけてくれる相手がいるという事が、
僚は妙に嬉しかった。







猫が僚の帰宅を喜んで、擦り寄って行くと、
何だか不吉な匂いを感じた。
猫は意外に鼻が利くのだ。
猫にはそれが、何の匂いかは解らなかったけれど、
ずっと昔、まだ赤ちゃんだった頃、
そうだった。
あのみすぼらしい箱に入れられて、僚に拾われたあの晩も、
きょうだいの猫から、おんなじ匂いがした。


そしてあの朝、僚が土の中にきょうだいを埋めてしまって以来、
彼には一度も会えないままだ。
だから、猫は急に不安になった。
もしも僚が、何処かに埋まったままこの家に帰って来られなくなったら、
猫は、独りぼっちになってしまう。
何より僚と居られなくなってしまったら、
猫にはそれから先、どうして生きて行けばイイのか全く解らない。


猫には生きる事とか、死ぬ事とかの意味は全然解らないけれど、
この目の前の僚がいなくなったら、きっと悲しいと思う。
悲しくて悲しくて、きっと生きていられない。
だから猫は、僚を見上げてにゃあと鳴いた。
ずっと傍に居てと。
居なくならないでと。
僚に猫の言葉が通じないのが、猫はとても悔しかった。


僚が猫を助けてくれたように、猫も僚を守りたいと思うケド、
非力な猫には、僚には何もしてあげられない。
だから猫はいつまでも、僚の頬を舐め続けた。





[ 2012/10/03 18:41 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の肆. 猫とは異なる生き物たち

猫が僚に拾われたのは、夏の始まりの頃だった。
あれから季節は移ろい、気が付けば春が始まろうとしていた。


仔猫だった猫も今では、若い美しい雌猫に成った。
手足はしなやかにスラリと伸び、丸く幼かった顔もハッキリと引き締まった。
元々彼女は、愛嬌のある可愛らしい顔立ちであるが、
成長してからは、
可愛らしい中にも、何処か凛とした野性的な美しさを秘めている。
けれど薄茶色の透き通った瞳と、緩やかなウェーブの柔らかな毛並みは、
仔猫の時のまま、1つも変わらない。


成長したのは、身体だけでは無い。
猫はこれまでに、随分沢山の事が解るようになってきた。
どうやら、自分と僚は種類の違う生き物であるらしい事。
僚の周りにいる生き物達は、どうやら僚と同じ種類の生き物であるらしい事。
猫にはあまり難しい事は解らないけれど、
どうやら彼らが、雄か雌かぐらいの区別は付くようになった。


コーヒー屋の、異常に大きいオスを初めて見た時、
幾ら人見知りをしない猫とは言えど、流石に少しだけビビった。
それでも彼は、不思議と怖くない。
彼には、僚と同じような温かさが感じられた。
そんな大きな彼は、猫が僚にあの店に連れて行かれる度、
誰も見ていない時を狙って、猫の頭をそっと撫でたりする。
猫にはそれがとても不思議に思えた。
誰かが見ていると、猫の事なんか全く興味の無い素振りなのに、
誰も見ていない時にだけ、彼は猫を構う。


もっとも、ファルコン的には、
何故だか、他の猫と少しだけ異なる彼女に慣れる事によって、
少しでも、猫嫌いの克服に繋がればと思っている。
彼は普段は、喫茶店のマスターの仮面を被ってはいるが、
れっきとした殺し屋なのだ。
どんな弱点であれ、克服するに越したことは無いのだ。


金毛でブルーの目をしたオスは、いつも突然現れる。
僚と猫の2人の静かなアパートに、突然やって来て、
いつもは猫の領域の筈の、大好きなリビングのソファに断りも無く座る。
そして何も言わずに、猫の事を馴れ馴れしく抱き上げたり、
撫でまわしたりする。
猫はいつも死ぬ程、ビックリさせられる。
基本的に、人見知りしないとはいえ、猫とは臆病な生き物だ。
突然やって来る、厚かましいオスの事は、猫は正直言うと少し苦手だ。


それでも金毛のオスは、そんな猫に対して特段、失礼な振舞いをしたとか、
済まない事をしたという風には、捉えていないようだ。
もしかすると金毛は、僚たちともまた違う種類の生き物かもしれない。
それに少しだけ、この金毛には注意しないといけない点がある。
彼は猫の何処をどう撫でたら、一番気持ちイイのかを熟知している。
猫はいつも、気持ちとは裏腹に油断すると、彼の腕の中でウトウトしてしまう。
金毛には要注意だと、猫は常々肝に命じている。


「なぁ、リョウ。飲みに行こーぜ。この前、情報流した見返りに、オマエが奢る約束だろ?」
突然やって来たミックが、そう言った。
言いながらミックは、馴れ馴れしく猫を抱き上げると、ソファに座った。
猫は激しく嫌がっているが、ミックは一切構わない様子だ。
「あぁ?めんどくせぇ。行きたきゃ、勝手に行け。飲み代なら、俺の名前で勝手にツケとけ。」
僚はどうにも、飲みに行きたい気分では無いのだ。
今までまったりと、猫と一緒にソファに寝転んで、本を読んでいた。
何故だか、邪魔されたような気分だ。


しかも、さっきまで激しく抵抗していた僚の猫は、
今ではすっかり、ミックの手によって懐柔され、ウトウトし始めた。
僚としては、非常に遺憾である。
「Oh、リョウ。何か最近オマエ、付き合い悪ぃぞ。」
そんなミックの不満げな声になど耳を貸さず、
僚はミックの腕から、大事な猫を奪い返す。
「勝手に触んじゃねぇ。」
俺の猫を。
最後のひと言は、胸の内で呟く。


猫は一瞬、ビックリして目を開けたが、
自分が僚の腕の中にいると解って、
先程よりも一段と安堵した表情で、ウトウトし始めた。
僚が猫を取り扱う手つきは、一見乱暴で手荒にも見えるが、
それが誰より優しい事は、他でも無い猫が1番良く知っている。


猫には唯一、雄か雌か判別できない生き物が1匹いる。
大きな庭のある家に住む、小さな生き物だ。
勿論、小さいと言っても猫に比べれば、随分大きいのだけど、
背丈は、僚の半分ほどに見える。
どうやら、だいぶん年老いた生き物のようだ。
猫の事は優しくじっと見詰めるだけで、特に何も害は無い。
けれど猫は、あの家に連れて行って貰えるのは、大好きだ。


僚の周りには、メスもいる。
あのコーヒー屋には、あの大きなオスとは別にもう1人メスがいる。
猫はあのメスの事が、僚の次に好きだ。
金毛とは対照的に、非常に礼儀に厚く、
猫の事を撫でる前に、必ず一言アイサツがある。
それだけでも、猫としては随分気分的に違うモノである。
誰だって断りも無しに、自分のプライベートな距離に入って来られると、
いい気分はしないモノだ。
その点、彼女は申し分無い。
猫の尊厳を尊重してくれているのが、伝わってくる。
だから猫は、彼女が好きだ。


もう1匹別に、アパートにやって来るメスがいる。
コチラは、もしかすると金毛と同じ種類かもしれない。
彼女もいつも勝手に入り込んで来ては、
僚と何やら、良く解らない話しをしている。
(猫は解ってないが、その話しとは例のモッコリ〇〇発の貸し借りの件だ。)

そのメスは、他のどんな生き物とも違った印象の変なメスだ。
細い指の生えた毛の無い手の先には、鋭い爪が生えている。
爪に関しては猫も負けてはいないが、恐ろしいのはその色だ。
毒々しい色の長い爪を持っている。
あれにはきっと毒があるに違いない。
猫は僚に、あの爪には注意した方がイイと教えてあげたいけれど、
如何せん猫の言葉は、僚には通じない。


彼女は時折、猫の事を撫でたりもする。
その手つきは意外にも優しいが、猫はどうにもあの爪に気を取られて、
生きた心地がしなくなる。
油断して爪を立てられたら、きっと毒が回る。
そう思うと、猫は彼女に対して必要以上に緊張する。


それに彼女は、いつも嗅覚を麻痺させられるほどに、
不自然な甘い匂いを漂わせている。
時々僚の帰りが遅い時にも、似たような不思議な匂いがする事がある。
何故だかそんな時、猫は妙に腹が立つ。
大好きな僚に、嫌な匂いが付いているのは非常に気に食わないのだ。


「クソッ、しゃあねぇな。モッコリ3発ツケとくからな。」
僚は忌々しげにそう言った。
「それじゃあ、僚。3月31日よ、ヨロシクね。」
僚の言葉には興味無さ気にそう言って、冴子は帰って行った。
猫はそんな2人の遣り取りに首を傾げる。





猫には、種類の違う彼らの言葉は半分も理解できないが、
どうやら彼らの世界は、色々と忙しそうだ。
猫は自分が、彼らと違う生き物で良かったと思う。
猫の世界はシンプルだ。
僚がいて、自分がいて。
僚が好きだから、僚に甘える。
だけど少しだけ、僚と同じ種類になってみたいとも思ったりする。
そしたら今よりもっと沢山、伝える事が出来る。


一緒にいてくれてありがとう。
大好きだよ、僚、って。





[ 2012/10/04 18:45 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

其の伍. 3月31日生まれの、香。

3月31日、早朝。

僚は肌寒さを感じて、目覚めた。
寝惚けたまま手探りで辺りを探る。猫を抱き寄せる為だ。
肌寒いのは、無理も無い。
昨夜、いつもの如く酒を飲んで深夜に帰宅した僚は、
酔っ払って猫を抱いたまま、上半身だけ裸になるとベッドに倒れ込んだ。
確か、寝室に入って来た時に、窓を開けたような記憶が微かにある。


春とは言え、まだまだ冷える。
桜は五分咲きといったところだが、花冷えという言葉もある通り、
この季節に、窓を開け放って裸で寝るなんて、僚ぐらいのモノだ。
それでもまだ、僚は完全に目覚めたワケでは無く、
こんな中途半端な、フワフワした意識のまま、もう一度猫を抱き込んで、
二度寝を決め込みたいというのが、僚の本音である。
冷静に考えれば、一旦窓を閉めてブランケットを羽織れば済む話だけど。


目を瞑ったまま、僚の手はベッドの上を探っていく。
・・・・・・・・????
僚の手が、何かに触れた。
柔らかで、温かで、スベスベとまるで赤ちゃんの肌のような。
・・・・・・・肌?????
僚は驚いて、飛び起きた。















僚の目に映ったモノは。
真っ白な肌で、栗毛のクセ毛の。
極上のオンナ。


まるで、猫のように丸くなって眠っている。全裸だ。
そして、僚の猫は。


・・・・いない。




僚はもしかしたら、まだリアルな夢を見ているのかもしれないと、
大きく頭を振ってみた。
けれど、どうやら夢では無さそうだ。
思わずゴクンと呑み込んだ唾が、喉に引っ掛かる。
その時初めて、僚は酷く喉が渇いている事に気が付いた。
この女は、誰だろう。
僚の猫は、何処だろう。
現実感が、妙に薄らいでゆく。


僚が1人、ボンヤリと目の前の状況にパニックに陥り掛けた時、
彼女の肩が、僅かに震えた。
彼女はゆっくりと体を起こしながら、目を開けた。
真っ白な肌に、小さめの形の良い乳房。
淡いピンクベージュの乳首。
柔らかそうな緩やかなウェーブの栗毛の髪の毛。
紅茶色の大きな丸い瞳。
僚にはハッキリと解った。


彼女は、僚の猫だ。


何故だか、猫は女になっていた。
それも、この上なく極上の。
文句無しの、モッコリちゃん。
この不思議な出来事に、普通の人間ならば間違いなくパニックになるだろう。
しかし、そこは冴羽僚なのだ。
先程までは、素性の知れない女の出現に、一瞬パニックを起こしかけたが、
他でも無い、この女の正体が、あのカワイイ僚の猫ならば、
何ひとつ問題は無い。


僚の口角が、不自然に吊り上る。
このピュアで、無垢な僚の猫に、まずは色々と教え込みたい。
鳥の雛が、卵から孵ってまず1番最初に見た者を、親だと認識するように、
この猫に、僚の存在を刷り込みたい。

まずは、俺の名前だな。

僚はそう思って、ニヤリと笑う。
猫はそんな僚を、じっと見詰める。
そして、小さく首を傾げると僚よりも先に口を開いたのは、彼女だった。


「・・・りょお。」
彼女はそう言って、ニッコリ微笑んだ。
彼女の第一声は、僚の名を呼ぶものだった。
僚は思わず絶句する。
たった今、自分が教え込もうと思っていた、自分の名前を。
猫は誰に教わるともなく、口にした。


「おまぁ、俺の名前が解るのか?」
僚が訊ねると、猫はコクンと頷いた。
僚は無意識に、猫を抱き寄せる。
いつもと同じように、猫は温かかった。
その時、開け放たれた窓の外から、新鮮な朝の空気と一緒に、
桜の花の匂いが薫った。
あの猫のきょうだいのお墓がある、桜の樹だ。


僚の脳裏に、猫の名前が浮かぶ。
これまで猫には、名前が無かった。
僚は誰よりこの猫を愛しているし、大切だけれど。
何故だか名前は付けなかった。
特に理由も無いけれど、2人には特に必要も無かった気がする。
けれどたった今、僚はこの猫に相応しい名前を考えた。
窓の外からは、新しい空気と、春の香り。


「お前は、今日から香だよ。ヨロシクな、香。」
僚は“香”の耳元で優しく囁く。
猫はジッと僚を見詰める。
「ねこじゃなくて、かおり?」
香は首を傾げている。
どうやら彼女は、今まで自分の事を“ねこ”という名前だと思っていたようだ。
無理も無い。
これまで名前の無かった彼女を、みんな“猫ちゃん”と呼んでいた。


「そうだ。お前は、今日から猫じゃなくて、香だ。」
僚はそう言って大きく頷くと、香に口付た。
人間になった香との、初めてのキスだった。
香は、ニッコリ微笑んでお返しに僚の頬を舐める。
どうやら教え込まないといけない事は、まだまだ山ほどありそうだ。
僚は思わず笑ってしまう。


「香、ホッペにチュウもイイけど、これからはココだ。」
そう言って満面の笑みの僚は、己の唇を指差す。
香は何の疑いも無く、僚の言葉にこっくりと頷く。
刷り込みも何も、僚があの晩、公園で猫の兄妹を拾った時から、
僚は2匹の親なのだ。
香は僚を疑わない。


僚は香を抱き上げると、ベッドに潜り込んだ。
温かなブランケットの中で、無垢な猫に色んな事を教える為に。











因みに僚は、この日の冴子の依頼などこの香の一件で、
すっかり忘れてしまい、すっぽかしたのだが、
実は、この事が僚の命を長らえた。

この日の神様の死亡者リストには、
『冴羽僚(34)職業:殺し屋』
との記載があったのだが、僚は香に夢中で家から一歩も出なかった。
これが功を奏したようである。

僚が死ぬ予定だった死亡原因は、歩道橋からの転落死。
散った桜の花びらが、路面を滑り易くしていて、僚は足を滑らせる予定だった。
殺し屋としては、何とも間抜けな死に様だ。
けれど、未来は変わったのだ。
1匹の小さな猫のお陰で。



僚の命日になる筈だったその日は、香の誕生日になった。
誰にも解らない事だけれど、香は僚に助けられた恩返しに、僚の命を救った。
2人はそれから、ずっとずっと末永く、仲良く暮らした。




(終)













今回は、いつもと全く違ったお話し。
でも結末は、幸せになりましたよ。
カオリン、願いが叶ってリョウちゃんの傍にずっといられます。
リョウちゃんも、カオリン助けたお陰で、命拾いしちゃいまいた。
元猫の、天然カオリンのその後の生活も書いてみたいけど、
今の所は、ココまでで終了です。
[ 2012/10/04 21:58 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

お題25. 迷路

僚はこれまで、道に迷った事など無かった。

ジャングルの鬱蒼とした緑の中でも。
物心ついた頃には、“オヤジ”が星の読み方を教えてくれたお陰で、
道など無い場所ででも、居場所を見失う事は無かった。

広大な北米大陸では。
大雑把でのびのびとした、国道の道路の番号さえ解れば行先など、
すぐに解った。
目的地は遠すぎて、すぐには到着しなかったけれど。

雑然とした歌舞伎町の、猥雑な小さな路地など。
僚にとっては、遊び場で。
ウザったいチンピラ共を撒くには、最適で。
今では僚の、ホームグラウンドだ。



僚はこれまで、決断に迷う事など無かった。

“オヤジ”が、部隊の為だと言えば、悪魔の生贄になる事すら厭わなかった。
後になって、自分のやった事の大きさに打ちひしがれても、
後悔はしなかった気がする。
僚にはそれしか、選べなかった。

アメリカで、どんな相棒と組んでも僚のやり方は一貫した。
自分の気に入らない時に、自分の思ったように動く。
誰の指図も受けないし、誰の事にも干渉しない。
それはたとえ相棒であっても、踏み込む事など出来ない領域だった。

日本という、良く解らない土地に行ってみようと決断した時も、
一切、迷いは無かった。
そこに何かが待っている気がした。

実際、待ってたんだけど。



僚はこれまで、女に振り回された事など無かった。
僚はこれまで、修羅場や、嫉妬や、独占慾や、執着心には無縁で生きてきた。
否むしろ、意識的に避けて通って来た。
そんな僚は何故だか今現在、





彼女の泣き顔を見て、ハラハラしている。
また何か、やらかしてしまったんじゃないかと。

彼女の笑顔を見て、心底ホッとしている。
あぁ、俺でもコイツを喜ばせる事ぐらいは出来るんだと。

彼女を怒らせて、死ぬ程ビビっている。
今まで見て来た女の中で、彼女ほど強くて恐ろしい女はいない。

彼女の淋しそうな横顔を見ると、胸が張り裂けそうになる。
俺みたいな男で良ければ、いつだって傍に居てやると心に誓う。



僚は今、
彼女に恋をして、彼女を愛して、彼女に執着して、
嫉妬して、独占慾を抱いて、彼女を束縛し。
彼女に愛されている。





けれど僚は、いつも迷う。
道にも、決断にも、路頭にも迷わなかった僚が。
思い悩む。
俺で良いのかと。
彼女に愛される資格が、自分にあるのかと。

彼女の前だけで、僚はまるで優柔不断で気の優しい、純朴な青年のようになる。
まるで彼女のハンマーが、運命を指し示す羅針盤のように、
2人のこれまでを導いて来た。
ひと言で言えば、
“かかぁ天下”というヤツか。



けれども僚は、この今が。
迷路の出口であって欲しいと、心から願っている。












リョウちゃん、最初で最後の恋って事で。
カオリンは言わずもがな。
[ 2012/10/05 20:18 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。その変わらぬ日常

その時僚は、トイレで用を足していた。
いつもの如く、突然のミックの気配。
彼はまた、勝手に僚の部屋へと上がり込んで来た。


3月31日に、猫が香になってから1週間。
僚は電話にも出なかったし、外出もしなかった。
香と2人の食事位、僚が適当に間に合わせで作ったし、
この都会の真ん中で、電話1つで何だってデリバリーされて来る。
たかだか1週間家に籠ったところで、全く困らない。


リビングの電話の留守電と、僚の携帯の留守電には、
冴子からの苦情電話が殺到したが、それも3日目を過ぎた辺りから、
生存確認の連絡に変わっていた。
それでも、いつものようにココまで出向いて来ない所をみると、
アチラはアチラで、忙しいのだろう。
とは言え、僚の知った事では無いが。


ただ単に僚は、香と2人でマッタリ過ごしていたかっただけだ。
猫の時代も、香は充分美猫ではあったが、
それを人間の姿かたちに変換すると、これ程までの美女になるものかと、
正直、僚は度肝を抜かれた。
どうしてモッコリ美人にしか興味の無い僚が、あの晩猫を拾ったのか。
今にして思えば、僚のモッコリセンサーは正確に作動していたのだ、きっと。


あの日、肌寒い朝に香を抱き込んでブランケットに潜り込んだ僚は、
何も知らない、天真爛漫・純真無垢な猫に、
『色々』と教え込んだ。
主に、色んな愛情表現の方法についてだ。
ホッペ以外への、正しいチュウのやり方から、
猫の世界で言うところの、『交尾』のイロハまで。
猫には春と秋の年2回、発情期があるが、
人間は(特に、僚は)、いつでも発情期である。
これから先、人間としてやって行くには、
教えてやらないといけない事は沢山ある(あくまでも、僚にとって)。


そんなワケで、僚は周りの心配(自宅で変死してるんじゃないかとか)をヨソに、
カワイイ僚だけの猫改め、香と文字通りにゃんにゃんしていたのだ。


そして今、便座にしゃがむと云う、僚にとっては最も無防備な状況で、
ミックはずかずかと、僚の部屋へと侵入してきやがった。
僚は1人トイレの個室で、非常に焦っていた。
あのまま行けば、リビングで寛ぐ香と顔を合わせるだろう。
僚は猛スピードで、トイレットペーパーを巻き取った。














「Hi♪ ボクはミック、君だぁれ?可愛いね。リョウのトモダチ?」
ミックが僚の部屋の無駄に広いリビングに顔を出すと、
件の殺し屋はいなかったが、代わりにソファの上には、
超美人の女の子が座っていた。
明るい栗色の柔らかそうな、ショートカット。
印象的な大きくて澄んだ、薄茶色の瞳。
抜けるように真っ白な肌。
僚の大きなグレイのTシャツを着て、
ブカブカのこれまた僚のジーンズを穿いている。
どう見ても、“色んな意味”での“オトモダチ”のようだ。


ミックはこう見えても、一応僚の事を心配していたのだ。
幾ら好き勝手に生きているあの男でも、1週間もの間、電話にも出ず。
かと言って、仕事を受けている気配も無く。
街にも出ていない。
もしかすると、このアパートの一室で変死してこの数日の陽気で、
異臭を放っているかもしれないと。


それがどうだ。あの男は。
呑気に、こんな美人を連れ込んで、ヒトの気も知らず。
にゃんにゃんしてやがったのか。
ミックの青い瞳の中に、蒼白い焔が揺らめく。
しかし、それはそれとして。
まずはこの目の前の、カワイコちゃんと愛の自己紹介を交わさなくては。
ミックのプライドに懸けても。


「君、お名前は?」
ミックはワザとらしいまでの笑顔で、香に訊ねる。
しかし、香にとってミックは、あの少しだけ苦手で要注意キャラの、
『金毛の生き物』なのだ。
ミックを見ただけで混乱してしまい、ソファの上でピキンと固まっている。
ミックはそんな香の様子に、いささか不満を覚える。
このミックの最高の笑顔に、
心を開かない女性は、そう居ない(ミックは自信家だ)。


ミックとやらはどうも、香が無視しようと思っても無駄なようである。
香は先程から、この金毛のミックというオスがニッコリと笑いながら、
無言のプレッシャーで、迫って来るのを感じていた。
何としても、香が名乗るのを待っている風情である。
仕方が無いので、香は名前だけは教えてやる事にした。
この間、僚が名付けてくれた名前。


「……かおり。」
「そうかぁ、カオリちゃんかぁ。かあいいなぁ♪今後とも、ヨロシクね。」
ミックはそう言って、馴れ馴れしく香の手を握る。
香は、やっぱりと思う。
香が猫だろうが、人間だろうがこのオスは、油断ならない。
香はトイレに行ったはずの僚がサッサと戻って来るのを、心から願った。











僚がトイレから戻ると、案の定ミックはソファの香の横に馴れ馴れしく座り、
香の手を握っている。
僚は思わず条件反射で、スリッパを片方脱ぐとミックの後頭部をはたいた。
まるで、ゴキブリ退治である。
「よぉ、リョウ。久し振りの親友へのアイサツが、それかい?」
ミックは苦笑した。


「るせぇ、勝手に触んじゃねぇ。」
俺のオンナに。
後半のひと言は、胸の内で呟く。
「で?この子、誰?」
当然、ミックは訊ねる。
僚は改めてそう訊かれると、思わず考え込んだ。
しかし取敢えず僚は、香とミックの間に割り込んで座り、
ミックから香を遠ざけた。


それにしても、多分突拍子も無いのは僚とて、重々承知だ。
ある日突然、猫が人間になるなんて。
きっと、ありのままを話した所で、キチガイ扱いをされるのがオチである。
しかし、嘘の言いようも無い。
これから先、僚は香の事を養っていくワケで。
それが猫なら、ただのペットと飼い主で済む話だが、
若くて別嬪の香と暮らすという事は、要するに。


世間的には。
『同棲』とか『結婚』とか云う状態なワケで。
そんな事を、ミックや、伊集院夫妻や、野上姉妹が、面白がらないワケも無く。
僚としては、その状況が非常に面倒臭いのだ。
だからこそこの1週間、誰とも顔を合わせたく無かったのに。
とうとう、沈黙は破られる時が来たようだ。


「猫だよ。」
「What???」
「だぁかぁらっっ、猫なんだよ。コイツは。」
「はい?・・・んーと、リョウ。まずは、教授に脳の検査して貰った方が良いぞ♪」
予想通りの展開に、僚は深く長い溜息を漏らした。




俺は別に、キチガイでは無い。





これから暫く、周りの連中が落ち着くまで、
僚にとっては、ストレスの増える日々が始まった。











猫カオリン。
人間に生まれ変わって、ミックと初対面です。
リョウちゃん、今からが大変。
気が向いたら、このお話し続きます。
[ 2012/10/06 19:35 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

お題81. 手を伸ばせば届く距離

もうそろそろ、夕飯が出来る。
今日はクリームシチューだ。エビとブロッコリーが入っている。
香は大きな寸胴鍋をかき回しながら、考える。

カレーを食べさせる店は結構有るけれど、
シチューはなかなか外では食べないかもしれない。
ビーフシチューなら、洋食屋さんなんかによくあるけど、
クリームシチューは、家庭料理のような気がする。
最近、少し秋らしくなってきて涼しいし。
ホントはもっと、寒くなって来たら文句無しなんだけど、
それでも香は、シチューが好きだ。
僚は相変わらず、香の作る料理にはノーリアクションなので、
好きなのかどうか良く解らないけど、残す事は無い。

香は最後に牛乳を入れた。
あと5分ほど弱火で煮込めば完成だ。







僚は屋上で煙草を吸っていた。
吸殻を散らかすと香が煩いので、リビングから灰皿持参だ。
ついこの間まで、暑い暑いと騒いでいたのが嘘のように、朝晩涼しい。
夕方のまだ早い内から、空の上の方にはもうそろそろ夜の帳が降りて来ている。
気の早い星達が、煌めいている。

手を伸ばせば届きそうな、小さな星。

それでもそれは、ただの錯覚だ。
すぐ傍に見えるあの星は、きっと有り得ないほど遠い。
上空でいかにも遠く見える星の方が、意外と近いかもしれない。
そればっかりは、誰にも解らない。
そもそも、名前すらもあるのかどうか良く解らないような、小さな星だ。

空の高さと夜の蒼さに、距離感を惑わされる。
何が正解で、何が間違いで、何を望んでいるのか。
僚には時々、
解らなくなる。
星に手を伸ばそうとする、土の中のモグラはきっと愚か者なんだろう。

それはきっと、ただの錯覚だ。

温かな食事や、清潔な住まいや、曇りの無い信頼や、
見返りを求めない真っ直ぐな愛情。
きっとそれらは、自分なんかに向けられて良い種類の事柄では無い。
僚は常にそう思っているけれど、哀しいかな先程から、
腹の虫が大騒ぎしている。

昔はいつ食事を摂るなんて、決まった時間など設けて無かった。
腹が減れば食べるし、眠たければ眠った。
いつからだろう。
3食きちんと食べて、朝になると起こされる。
気が付けば、こうしてバイオリズムまで、ガッチリ掴まれている。
これは果たして、幸せなのか不幸なのか。
僚にはやっぱり、正解が解らない。






晩ご飯が出来上がって、僚を呼びにリビングに向かうと、
リビングは無人だった。
テレビは点いたまま。
夕方のニュースが、憂鬱な殺人事件を知らせている。
ベランダに続く掃出し窓のカーテンが揺れている。
サッシはさっき閉めた筈なので、僚はベランダか、と香はベランダを覗く。

僚はいない。
僚の空のマグカップと畳まれた夕刊だけが、
ベランダの手すりの上に置かれている。
「もう、危ないなぁ。落ちたらどうすんのよ。」
香は1人ごち、カップと新聞を回収する。

何気なしに向かいを見れば、
ミックは窓際のデスクに座って、真剣な表情でパソコンを睨んでいる。
香の視線に気が付いたミックは、
手を振ると人差し指を上に向け、ウィンクをした。
どうやら僚は、屋上にいるらしい。
香もミックに右手で、“OK”のサインを出すと、笑いながら手を振った。








「りょ~おぉ~。晩ご飯出来たよぉ~~~」

屋上の入り口の扉を開けて、半身だけ覗かせた相棒がそう声を掛けて来た。
実は僚は、この時を待っていたのだ。
別に自分から、リビングに降りても全く構わなかったけれど。
リビングにいなければ、じきに相棒がここまで呼びに来るだろう。
こんな風にアイツの手を煩わせる事は、甘えているという事なのだろうかと、
僚は少しだけ、自分の子供染みた振る舞いが可笑しくなる。

手の中の煙草を、灰皿に押し付けて足早に相棒の方へと向かう。
「今日は、なに?」
「クリームシチュー」
香の言葉に、僚は知らず頬が緩む。
僚の好物だ。
「それとねぇ、カボチャのコロッケ。この前作った時、僚が甘いって言ってたから、今日はちょっとスパイシーにしてみた。」
香が楽しそうに、料理の話しをしているのを聞きながら、
僚は無言で後に続く。
まるで家族みたいじゃないかと、僚は擽ったい気持ちになる。
それでも。









……錯覚したらいけない。
僚は口の中で、ボソッと呟く。
「んん~~?何か言った?りょお。」
香がニッコリして、振り返る。
「…いや、別に何も。」







それより、おまぁ。シチューってまだ、早くね?ありゃ、冬の食いモンだろ。

何よ。文句があるなら、食べなくて良いわよ。

っばかっっ、別に文句じゃねぇっつーの。

アンタ。ひと言、多いのよ。

何だよ、おまぁだってな……   

なによ?






手を伸ばせば届くかもしれないけれど、
今はまだお互いに、
触れそうで触れない微妙な距離感を、
楽しんでいるのかもしれない。











リョウちゃん、悶々と考えながらも、
しっかり、胃袋押さえられてます。
カオリンの圧勝です。
[ 2012/10/08 12:07 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

お題05. 触れる指先

御飯のお替りの茶碗を受け取る時。
風呂の切れかけた石鹸を受け取る時。
そっと俺の指に、香の指が触れる。
ちょっと待ってよと、暗い夜道で俺のジャケットの裾をキュッと掴む。
キャッツに行こうと、昼下がりの通りで何気なく腕を絡める。
香は俺が思うより、きっとずっと無防備だ。


多分香は、兄貴の延長線上のような気持ちで、そうやっているんだろうケド。
そんな風に無意識に触れて来られちゃ、
意識しまくりの俺にしてみりゃ、堪ったモンじゃない。
無表情のツラの下で、俺がどんだけビビってんのか、きっとアイツは知らない。
まるで童貞のガキみたいに、ドキドキしてるなんて。
カッコ悪くて、誰にも言えやしねぇ。


多分、アイツの指の先からは、目には見えない微弱な電流が走っていて。
触れた傍から、俺はアイツに感電してしまっている。

きっと、アイツの指の先からは、麻薬物質が染み出していて。
触れた傍から、俺はアイツに依存してしまっている。

アイツの指の先には、秘めた力がある。
何も無い所から、未来を紡ぎだす。
いつの間にか、俺の世界は何も無い砂嵐から、
色彩溢れる総天然色の世界に様変わりした。









淹れたてのコーヒーの入ったマグカップを渡す時。
たまたまだ、なんて言いながらスーパーの前で、
重たい買い物袋を持ってくれたりする時。
そっとアタシの指に、僚の指が触れる。
危ねぇぞ、って言いながら、ガシッと腕を掴まれる。
無茶しやがってと、大きな手でアタシの髪の毛をガシガシかき回す。
僚はアタシが思うより、きっとずっと無神経だ。


多分アイツは、アタシの事なんてこれっぽっちも、女扱いしてないから、
平気なんだろうケド。
そんな風に、何の気構えも無くスキンシップされたら、
アイツにガッツリ惚れてるアタシにしてみたら、堪ったモンじゃない。
憎まれ口を利きながら、アタシがどれだけドキドキしてるのかなんて、
アイツはきっと知らない。
気のおけない相棒の顔をして、ホントは僚が好きで堪らないなんて、
口が裂けても言えないし、誰にも知られちゃいけない。


多分、アイツの指の先からは、甘いフェロモンが放たれていて。
触れた傍から、アタシはアイツの罠にかけられた、小さな虫ケラだ。


きっと、アイツの指の先からは、効き目の緩やかな毒が染み出していて。
気付いた時には、アイツの手の中に絡め取られている。


アイツの指の先には、不思議な魅力と魔力がある。
一見、武骨にも見える大きな手と、長い指の先から繰り出される魔法で、
非現実が、現実になる。
恋愛なんて、興味も関心も無かった、男の子みたいだった女の子も。
いつの間にか、恋い焦がれる1人の女になっていた。







アイツの指に触れたら、きっと世界は変わる。

世界が変われば、きっと2人は素直になれる。

素直になれたら、きっと心が近くなる。

心の距離が近づけば、きっとお互いの境が曖昧になって、もう何も。

きっと、怖いモノなんて無くなる気がする。

きっと、俺もアイツも、アイツもアタシも。

無敵になれる気がする。




それでも、そもそも。
相棒に触れる勇気を、僚も香も持ち合わせていないから。
心の中で、いつも願う。
正々堂々と、触れる理由さえ見付かれば。











アイツの指の先に、
自分に繋がる赤い糸があればイイのにと。












お互いに意識しすぎて、
全く相手が見えていない、2人。
てか、気付けよ。
[ 2012/10/09 20:48 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

① 油断大敵~フトした時に、気持ちが醒める事もある。~

※  全4話のお話しです。設定はいつもの2人。
   奥多摩後、進展の無いモヤッとした2人です。









香が楽しそうに、その話しを切り出したのは、
2人で食後のコーヒーを飲んでいる時だった。
その時の僚には、まさかこの一時が、
これから数日の、悪夢の幕開けとなる事など、知る由も無かった。









「……だからね、絵梨子が私達も一緒にどうぞって、招待してくれたの。」

この万年金欠2人組の彼らが、一体何に招待されたのかと云うと、
華やかな芸能の世界の、立食パーティーにである。
半年ほど前、2人は絵梨子の仲介で、1人の男性のボディーガードの仕事を受けた。
その男性というのは、絵梨子一押しの男性モデルで、
香も彼とは何度か、絵梨子のショーで共演をしており、顔見知りだった。

実はその彼がこの度、モデル業の傍ら、俳優業にもチャレンジをしたらしく、
彼の主演する映画が、数日前無事クランク・アップを迎えた。
それを機に、彼のこれからのますますの活躍と発展を祈って、
モデル仲間が集まって、“こじんまりと”ホテルのホールを貸し切って、
お祝いの内輪だけの、“ささやかな”パーティーを開くとの事。

そこに2人も呼ばれたというワケだ。
そしてどうやら、絵梨子曰く、
彼が直々に、香にも参加して欲しいと言って来たようだ。





僚は、どう考えてもそんな話し、面白くも何とも無い。
不愉快なだけだ。
半年前のあの依頼の時にも、僚は散々イヤな思いをさせられた。
そりゃあ、確かに。
僚と香は、何の関係も無い。
ただの殺し屋とその助手に過ぎない。
恋人でも無ければ、夫婦でも無い。

だけど、と僚は思う。
大事なんだ。
今まで組んで来た、元相棒たちと明らかに違う何かが、
2人の間にはあると、僚は思っていて。
だから、明らかに香を落とそうと狙っている、あの男が僚は気に食わない。
だけど、そんな事を素直に言える僚ならば、
今頃香と、キスの1つもしている。
香とは、未だプラトニックな関係を続けている。
それは、軽度の奇跡だ。


「あぁ?面倒臭ぇ。そんなチャラチャラした集いに参加できるかっての。」
僚はさも面倒臭げに、眉間に皺を寄せる。
「でも、美味しいモノ食べれるよ?」
香は楽しげにそう言って、僚を窺う。
香は相変わらずで、イケメン野郎の下心など微塵も疑ってはいない。
「りょうちゃん、パァ~~~ッス!!」
僚はそう言って、ソファに寝転ぶと片方の肘に頭を乗っけた姿勢で、
香にニヤリと笑いかける。


「それにさぁ、カオル君。何が楽しゅうて、ボクちん男の子をエスコートせなならんワケ?男同士でパーティーに参加しても、ゲイのカップルと間違われるのがオチよ?」

それは、いつもの僚の意地の悪いジョークだった。
ただただ、もう、あの自意識過剰で自信満々の、
ルックスしか能の無いあの男に、大事な香を近付けたくない。
ただそれだけの筈が。
僚が吐く言葉は、そんな風に香を傷付ける言葉の刃となって、
香の心に深く、突き刺さる。

僚は己の狡さを自覚している。
卑怯者だと言われれば、それまでだ。
それでも、こんな不愉快な話しは、香を怒らせてハンマーの一発でも喰らって、
無かった事にして、終わりにしたい。
だから、必要以上に香を貶めて、怒らせようとする。
本当の気持ちを告げれば、何の問題も無く解決するのに。














香は僚のひと言に、とても悲しい気持ちになった。
別に、いつもの事だ。
数ケ月前に、僚から“愛する者”なんて言われたところで、
そんな事、真に受けるほど香もおめでたくは無い。
僚は時々、凄く優しいクセに、時々ビックリするくらい意地悪だ。
だから香も、話し半分で必要以上に深く考えないように心掛けている。

別に僚から、女の子扱いなどされなくてもイイ。
むしろ対等に、同志のように扱って貰えたら、パートナーとしては本望だ。
それでも。
やっぱり。
香は女の子なので、
こんな風に貶されて、傷付かないワケでは無い。
誰より好きな彼だけが、唯一いつも香に酷い事ばかり言う。

それは幾ら、気にしないようにしようと思った所で。
やっぱり、悲しいモノは悲しくて。
それでも、香は。
“今の言葉、凄く傷付いたよ。”
とすら、僚には言えない。
簡単に傷付けられて、その理不尽な思いすら伝える事の出来ない関係は、
もはや、対等ですら無い。


僚と恋人関係になるだなんて大それた望みなど、とうの昔に諦めた。
家族のような存在でも、別に構わない。
僚がどんな形であれ、香を必要としているのであれば、
香は何でも構わなかった。
けれどたった今、香はふと気が付いた。
僚には、自分などきっと。
必要無いんだろうと。

そう思うと、嘘みたいに香の気持ちも醒めたモノに変わっていった。
その引き潮のような気持ちの変化を、
香自身まるで他人事のように味わっていた。














僚が幾ら待っても、いつものあのハンマーの重みは訪れなかった。
香は暗い顔で、何やら考え込むと一転、
ハタと顔を上げて、今まで座っていたラグの上から立ち上がった。
そして、僚とは視線すら合わせる事無く、哀しげに呟いた。

「安心してイイよ、僚。私、死んでもアンタの事なんか、好きになんないから。」

そう言って彼女は、リビングを出て行った。
僚は思わず、身震いした。
香は淡々と、そう言った。
いつもみたいに怒っている感じでも無い。
意地を張って、強がりを言っている風でも無い。
まるで、当然の話しをする時のように。
今日はイイ天気ね。とでも言うようなテンションで。




死んでも、僚の事なんか好きにならないと、宣言した。



まさか、こんな不意打を喰らうとは。
僚は自分が、何か大きな過ちを犯した気がした。
どうやら目に見えない、大きな地雷を踏んでしまった様である。

(つづく)












リョウちゃん、大失敗。
[ 2012/10/10 20:03 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

② 五里霧中~本当の恐怖は、沈黙だったりする。~

香のいつもと違うリアクションに、
僚が背筋を凍らせた、あの晩から数日。


香は僚の行動に一切、干渉しない。
僚が街中で、どんなに派手にナンパを繰り広げようとも。
毎夜の如く、これ見よがしに夜遊びしても。
ハンマーどころか、お説教の1つも無い。

正直僚はあの夜から、言い知れぬ香の変化に慄いていた。
これまで煩わしいと思っていた香の小言も、
いつか殺されるんじゃないかと思っていた、あのハンマーも。
無いなら無いで、
何故だかとても、淋しく感じられた。


2人の生活に関しては、一見何ひとつ変わらないように見える。
けれど、僚にはハッキリと感じられる。
多分今回ばかりは、僚は香に完璧に見限られつつあるようだ。
表向き平気な顔をしている僚だったが、
その実、結構へヴィに凹んでいた。


事の発端となった、立食パーティーには、結局参加しなかった。
というか、僚はあの後香と一言もその事について話しをしていないので、
結局どうなったのか、僚には解らない。
恐らく、香は絵梨子に断りの電話でも入れたに違いない。
というかあれから、
僚は香と、殆どまともに口を利いていない。
更にいうなら、香が口を利いてくれない。

勿論、必要な事は言って来る。
例えば、今日は(も?)依頼無かったよ、とか。
駅の近くで、情報屋さんが僚に話があるって言ってたよ、とか。
あくまでも業務連絡は、きちんと交わしている。
けれど、僚が聞きたいのは、そんな事なんかじゃ無くて。
僚が見たいのは、そんな相棒の顔をした香じゃ無い。


例えば、今日はスーパーで何が安かったから、今日の献立はこれにしたとか。
テレビでこんな事を言ってたから、うちも今日から実践するとか。
真剣な顔をして、雑誌の星占いを読んでいる姿とか。
街中で卑猥なナンパを繰り広げる僚に、天誅を下す鬼のような形相とか。
半分眠りこけながら、夜遊びから帰る僚を待ち伏せしている事とか。
屈託なく笑う笑顔とか。
恥ずかしそうに照れる横顔とか。
そんな、
何でも無い、普通の香が見たいだけなのに。

あれ以来、香は僚に対して酷く素っ気ない。
きっと僚の思い過ごしや、勘違いでは無いと思う。
現についさっき、とある情報屋から、
“最近、香ちゃんと何かあったの?リョウちゃん。”
などと、僚は要らぬ心配をされた。
どうやら、ナンパをしても全く干渉しない香に、
周りの連中も、薄々2人の変化を感じているようだ。

かと言って、僚はなかなか謝れずにいた。
今回2人は、ケンカをしたワケでも無い。
香がどういう心理状態なのか、僚には正確な所は解らない。
怒っているのか、呆れているのか、諦めているのか。
少なくとも、イイ気分で無いだろう事は確かだけど。














「ねぇ、香さん。」
「なぁに?」
香がキャッツでコーヒーを飲んでいると、美樹が訊ねた。
「冴羽さんと何かあったの?」


「……何かって?どういう意味?」
香が逆に美樹に問い返す。
「…この所、香さん。冴羽さんがナンパしてても、素通りでしょ?結構、話題になってたりするのよ?」
……一体、どこら辺で。どんな話題になっているのだと思う香だったが、
自分達2人が、無駄に目立っている自覚はあるので、苦笑する。


「別に、何にも無いわよ。至っていつも通り。…ただね、馬鹿馬鹿しくなっただけなの。私と僚は、ただの仕事上のパートナーであって、別に僚が何処で何しようと私の知ったこっちゃないのよね。その事に、最近気付いただけよ。僚は喜んでるんじゃない?邪魔者がいなくて。」

美樹は香のそんな言葉に、曖昧に微笑む。
その喜んでいるだろう当の男は、喜ぶどころか、ここ数日覇気が無い。
多分今なら、チンピラにでも簡単にやられそうな気を放っている。
否もしくは、この数日の鬱憤を晴らすかのように、手加減しないか。
恐らくそのどちらかだろう。

彼の心をそれ程までに揺さぶるのは、この目の前の彼女しかいないのだけれど。
彼女だけがその事を知らない。
美樹はそう考えると、上手くはいかないモノねと、ヒッソリと溜息を漏らす。
それでも“最近”彼女がその“バカバカしい事”に気付くまでには、
彼と“何か”あった事には、間違いは無いはずだろうケド。
今の香は、その何かを話す気分では無いようだった。















香が夕飯の買い出しに行く為に、キャッツを出て暫くしてから、
今度は僚がやって来た。
辛気臭い顔で煙草を吹かす僚に、美樹は香に訊いた事と同じ質問をする。
「ねぇ、冴羽さん?」
「なぁに、美樹ちゅわん♪」
僚の場合、声だけは脳天気だ。
空元気とはこういう事を言うのだろうと、美樹は思う。


「香さんと、何かあったの?」
「何かって?」
こういう切り返しから何から、2人は似た者同士なのに。
その事実に気が付いていないのは、当人達だけだ。
美樹は思わず苦笑しながら、答える。


「最近、専らの噂よ。冴羽さんがとうとう、香さんに愛想尽かされたらしいって。」
ココでこんな風に話題にされるという事は、
もう既に、馴染みの情報屋連中の間では、余計な尾ひれが付いて、
瞬く間に、週刊誌も真っ青な根も葉もない噂話が、飛び交っているに違いない。
僚は軽く溜息を漏らす。

「愛想尽かすもなんも。そもそも、俺らは別にそんなんじゃねぇし。幾ら一緒に住んで、仕事で組んでるからって、プライベートは別だっつーの。噂話だか何だか知んないけど、勝手にやってくれって感じ?どうでもイイし。」

僚がフフンなんて、鼻で笑って余裕ぶっていると、
美樹は僚に輪を掛けて、ニヤリと含み笑いをする。
「イイのぉ?そんなに余裕ぶってて。」
「どういう意味よ?」
「だって、冴羽さん。どうでもイイなんてお顔じゃないわよ~?さっきから。」
そう言って笑う美樹に、僚はプゥッと膨れる。

「俺は、昔っからこういう顔なの。カッコイイでしょ?」

美樹は心底呆れたように、肩を竦めて見せる。
今まで沈黙していたファルコンも、フンッと言って口元を歪めた。
「さっき、香さんにも同じ事訊いたのよね。」
美樹がシレッと呟く。
僚は香の名前に思わず、ドキドキと動悸が激しくなる。


一体、香は何て答えたんだろう。


僚は激しく気になる。
「アイツは?何だって?」
マグカップで顔を隠しながら、如何にもさり気なく。
傍から見れば、この上なく不自然に僚が問う。
「やっぱり、冴羽さん。気になるんだ?」
美樹が悪戯っぽく笑う。
「ば、ばっかっっ。べ、別にどうでもイイんだけどよ。まぁ、何だその。一応、参考までにね。」



だから美樹は、参考までに僚に教えてあげた。


香さんはね、
冴羽さんとはただの仕事上のパートナーであって、
別にそれ以上でもそれ以下でも、何でも無いから、
冴羽さんが、何処で誰と何をしていようが、
知ったこっちゃないんだって。


多少、香の言葉の足りない部分を、美樹の解釈を踏まえて補った感はあるが、
大筋の意味としては、僚に香の思う所は伝えられたと、
伊集院夫妻は思っている。

(つづく)











リョウちゃん、超焦る(汗)
[ 2012/10/10 21:46 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

③  絶体絶命~大切なモノは失いかけて気付く~

僚はキャッツを出てから、
ぼんやりしたまま、気付くと公園のベンチに座っていた。
先ほどから、遠目にホームレス達がチラチラと、
視線を寄越している事には気付いている。
彼らはああ見えて、僚が懇意にしている情報屋でもあり、
香贔屓の喰えない奴らだ。
多分、僚のこんな様子は、また更に噂話に拍車をかけるのだろう。
それでも僚はそんな事、もうどうでも良かった。


『俺達は仕事上のパートナーで、それ以上でも以下でも無い。』
『俺が何処で何をしようが、俺の勝手だ。』


香が言ったとされる文言は、これまで僚が何度ものたまって来た事だ。
本心からの言葉では無いにせよ、それは今まで僚の台詞だった。
僚がそう言うと、問答無用で僚に天誅を下すのが、香の役回りだった筈。
そうやっていつも、ギリギリの均衡が保たれていた。
だから、香に先手を打たれた今回、僚は途方に暮れていた。
一体どうしたら、元のように香が笑ってくれるのか、
僚には、皆目見当が付かなかった。


家に帰ると、夕飯の支度をしているだろう筈の、香の姿を想像する。
まだ支度が済まないウチに、キッチンに顔を出すと、
香はいつだって、ニッコリ笑って。
“なぁに?もう、待てないの?これでも食べてて”なんて言って、
先に出来たビールのつまみになりそうなおかずと、
冷蔵庫から、キンキンに冷えたビールを1本だけ出してくれる。


僚は知っている。
香はいつも、僚がそうやってまとわりついては、軽口を利くので、
わざとビールに合いそうな一品目は、先に作っている事を。
結婚どころか、男と付き合った事も無い、無垢でうぶな彼女を。
そんな風に気の利いた女にさせている自分が、僚は少しだけ誇らしかった。
けれど香が喜びそうな言葉や、約束なんか、それは僚にとっては、
香を縛り付ける為の、足かせに過ぎないと思っているから、口が裂けても言えない。


それでも香が、まるで嫁のようにかいがいしく世話を焼く事や、
僚の身を案じて、祈りを捧げる事は、もう既に言葉など無くても、
きっと、とっくに僚の家族も同然だったのだ。
それを僚はいつだって、感謝こそすれど。
表立ってその努力を認める事はおろか、労った事など無かった。
傷付ける事はあっても。


その事の意味する所は、結局、僚の驕った心の表れだ。
香がまさか自分から、僚を見放すなんてあるワケ無いと。
そんな確証など、何処にも無いのに。
いつもと同じ筈の煙草が、今日はやけに苦いと感じる。
これまで僚は、1人になる事など、全くどうとも思わなかった。
むしろその方が、気楽で心地良かった。
けれども、今の僚は。


香を失う事を、恐れている。
あれ程、縛り付けてはいけないと思いながら。
反面、香を雁字搦めに縛り付けて、
何処にも行けないように、閉じ込めておきたい。なんて、物騒な事を考えている。

「…っんだよ、それは俺の台詞だっつーの。」

僚の虚しい呟きは、秋のどこまでも高い夕方の空に吸い込まれて、消えた。











美樹が、2人のいつもと違う様子を聞いたのは、ミックからだった。
ミック曰く、今回ばかりはマジで僚が凹んでいるらしい。
あんな痛ましい僚は、未だかつてお目に掛かった事は無かったと。
そしてミックの結論としては、
もしもこれが香の作戦ならば、香の圧勝だという事。
幾ら香贔屓のミックでも、今回ばかりは香に、
“お願いだから、もう少し手加減してあげて?”
と、僚の援護に回る一歩手前だという。
何だかんだ言って、ミックは今や、僚と香をくっ付けようと目論む1人だ。


それでも、美樹は香との遣り取りを思い返して思う。
香は別段、いつもと変わらない。
ミックが言うように、僚にお灸を据える為の作戦だとは、どうしても考えにくい。
美樹の印象では、たとえ僚がどうあれ、香の気持ちが少し変化したように見えた。
美樹とて、香と僚の事はこれまで応援して来た1人だ。
出来る事なら2人にも、自分たち同様、幸せなカップルになって貰いたいと思う。
けれど、香の気持ちが変わったのなら、それは他人がとやかく言う事では無い。


むしろこれまで香が、あの根無し草のようなフラフラした男に、
純粋に尽くして来た事の方が、驚異的な事であって。
いつ香が僚を見限っても、それは誰にも非難は出来ない事なのだ。
むしろこれまで良く頑張ったと、褒めてやる所だろう。
だから美樹は、今回は香の心の整理が付くまでは、
外野がゴチャゴチャ言うべきで無いと判断した。
その結果が、香と僚の決別であったとしても。
そしてその時は、美樹も海坊主もいつだって、香の味方だ。
それだけは、ハッキリしている。














僚が公園からアパートに帰り着く頃には、
少しだけ深くなった紺色の空に、小さな星が瞬いていた。
玄関を開けると、夕飯のイイ匂いが立ち込めていて。
どんなに深刻に凹んでいても、ゲンキンな僚の腹時計は、
盛大なアラームを鳴らし始めた。


あれ以来、業務連絡以外は無駄口を利かない香だけど、
相変わらず、食事には手を抜かない。
それは僚の為というよりも、むしろ長年の習慣によるモノのように僚には思える。
つい数日前は、僚の好きなおかずが並ぶと、僚は自分の為だと思っていた。
この食卓も、明るいリビングも、清潔なシーツも。

香の笑顔も。

けれどそれは、もしかすると。
ただの僚の思い違いで、ただの思い上がりだったのかもしれない。
もう何処を探しても、僚の求める香の笑顔は無いのかもしれない。


キッチンに顔を出しても、香は居なかった。
ただ僚の分として、テーブルに並べられた数品の料理と、伏せられた茶碗。
それと美味しそうな匂いだけを、キッチンに置いたまま香の姿は無かった。
気配はある。
きっと、客間だ。
1人で食えという事らしい。
僚は折れそうな心をグッと堪えて、今では唯一香から与えられる(と僚は信じている。)
料理という名の愛情を、受け取る為に箸を握った。













僚が半分ほど、食事に手を付けたところで、香が客間から出て来た。
「…おかえり。」
香は僚の顔も見ずにそう言った。
僚も茶碗の白飯に集中しているフリで、ただいま。と返す。


「僚、依頼が入ったんだけど。」
香がごくビジネスライクに、切り出す。
「どんな?」
僚は肉じゃがの、大振りに切られたじゃがいもを頬張りながら訊ねる。
「山中明彦さん、36歳。報道カメラマン。依頼内容はボディガード。」
香は淡々と、客観的事実のみを告げる。
「っかぁ~~、男かよっっ。ヤル気出ねぇ。」
内心は死にそうなほど、心が折れている僚も、
表面上は、いつもと変わらない自分を演じている手前、
いつもと同じような戯言を繰り出す。
いつもと同じように、香に尻を叩かれるのを期待して。


けれど物事は、そう単純にはいかない。
香は小さく、はぁ。と溜息を漏らすと、僚に最後通牒を突き付けた。




……依頼、受けるも断るも僚の自由だけど。
私が僚の仕事上のパートナーでいる限り、僚が仕事をしないのなら、
私がココにいる理由は無いから。
いずれにしても、明日の朝にでもどうするか教えて。
どっちにしても、先方には連絡しなきゃだし。
私もこれからの事、考えたいから。







香はそう言うと、シルク混の柔らかな黒いカーディガンを羽織った。
そう言えば客間から出て来た時に、小さなバッグも持っていた。
「…どっか行くの?」
こんな時間に?一体何処に?誰と?
僚の頭には、訊きたい事が山ほどあったけれど、何一つ言葉には出来ずに、
やっとの思いで、それだけを訊く事が出来た。


「…ちょっと、飲みに。僚も出掛ける時は、ちゃんと鍵掛けて出てね。」


香はそれだけ言い残すと、僚を1人キッチンに残したまま出て行った。
確かに、僚に香の行動をとやかく言う権利など無い。
別に、夜出掛けようが、飲みに行こうが、誰と会おうが。
誰と、付き合おうが。
僚に香を縛る権利など、初めから無かったのだ。
僚はその事実に、今頃になって打ちのめされた。



それは6年前、
香が僚のパートナーになったあの夜から、解り切っていた事なのに。


「マジかよ。……シャレになんねぇっての。」














香はアパートの階段を降りて、舗道に出ると6階を見上げた。
僚と香の暮らす、部屋の灯り。
いつもこんな時間にあの灯りを見上げるのは、きっと僚だろう。
今夜は香が、あの灯りの下に僚を独りぼっちで置いてきた。
けれどきっと、僚は淋しくなんかないんだろうと、香は思う。
香はこれまで、いつも淋しかった。
僚が出掛けた後の、あのバカにテレビの音だけが大きい、
1人では広過ぎるリビングが。


香が夕飯の支度をしている時に、美樹から電話を貰った。
たまには、女同士で飲みましょうと。
別に何処に行くワケでも無い。
閉店後のキャッツで、美樹と2人で他愛も無い話しをしながら飲むだけだ。
それでも香は少しだけ、思ったのだ。
僚は何て言うだろうと。
少しは、心配してくれるんだろうか。
誰と?とか、何処に?とか。
気にはならないのだろうかとか。
僚は、何も訊かなかった。


「…何にも、訊かれなかったな。」


香はポツリと呟いて、キャッツへ歩き出した。

(つづく)













リョウちゃんきっと、
キッチンに1人残されて、
ちょっぴり泣いてます(憐)
[ 2012/10/12 18:37 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

④ 九死一生~放置プレイ終了~

キャッツでの美樹との、飲み会という名のガールズトークを終えて、
香はアパートまでの道のりを歩いて帰った。
夜遅いからと、海坊主と美樹も一緒に付いて来てくれて、
3人で、夜道を並んで歩いた。


今日は昼間、美樹から僚との事を訊ねられたし、
香は内心、美樹から僚と何があったのか、
色々と訊ねられるんじゃないかと思っていた。
けれど美樹は、何も訊かなかった。
それでも多分、この数日の香の色んな葛藤を、
まるで解っていてくれるように、遠回しに慰めてくれた。




香さん。色々あると思うケド、
どんな気持ちになったとしても、貴方は貴方よ。
自分を責める必要は無いのよ。
私とファルコンは、いつでも貴方の味方だから。
もしも、香さんがどうしていいのか解らなくなった時には、
いつだって逃げ込んで来て構わないのよ。
……人間なんだから、身体が疲れるのと同じように、
目には見えなくても、たまには心が疲れちゃう時もあるわ。



美樹はそう言って、香の隣のスツールに腰掛けると香の肩を抱き寄せた。
随分久し振りに、香もお酒を飲んだ。


多分夫妻は、香と僚の事を心から心配してくれているのだろうと思うと、
香は心配を掛けて申し訳ない気持ちになった。
そしてそれと同時に、まるで兄姉のように気に掛けてくれる彼らに、
とても温かい気持ちになった。
香の周りには、僚以外にも、大切な人たちが居てくれるんだという事を、
改めて、実感した。
そしてこの数日の、香の心の中の晴れないモヤモヤが、軽くなったのを感じる。


僚はどうせ、今夜も飲みに行ってるんだろう。
香はココ最近、
本当に嘘みたいに僚の夜遊びについて、全くどうでもイイと思っている。
ツケの額の事にしても、よくよく考えたらあれは。
別に香の負債でも何でも無いし、僚本人の問題なんだしと思ったら、
驚くほど、スッキリした。


ある意味では、これまで確かに香は、
僚のプライベートに、干渉し過ぎていたのかもしれないと思う。
別に自分は、僚の彼女でも奥さんでも、何でも無いのに。
香には、僚の行動を制限する権利など、そもそも無いのだ。
一歩退がった視点で冷静に考えてみると、
これはこれで、丁度イイ距離感なのかもしれないと、香は思う。
(…そりゃあ、ウザいよね。あんだけ干渉されたら。)
当の僚は、その干渉を一身に受けたがっているらしい、などと云う事には、
香には毛頭、思いも寄らないのだった。


アパートの入り口で、伊集院夫妻にお礼を言って、手を振って別れると、
香は6階まで、軽やかに駆け上がった。
今夜は何だか久々に、グッスリ眠れそうな気がした。
玄関のドアを開けて、香は驚いた。


……僚の靴が、ある。


いつもの僚愛用の、クラークスのワラビーブーツ。
ここ数日、ホンの少し忘れ掛けていた、僚への想いが少しだけ香の心を過る。
乱雑に脱ぎ捨てられたその靴を、香は揃える。
確かに香は、恋をしている。
報われない、哀しい恋を。
数日前香は、
死んでも僚の事など、好きにはならないと、偉そうに宣言したけれど。
香は死ぬほど、僚が好きだ。


たとえ僚からどんなに酷い事を言われても、僚に何とも思われて無くても。
香が僚を嫌いになどなれるワケは、初めから無いのだ。
「ばかみたい。」
香は誰に言うともなく、ポツンと呟いた。
どうせ僚は、もう眠ってるんだろう。
香が誰と何処に行くのかも、訊ねようともしなかった。
きっと香の事になど、微塵も興味は無いのだろう。
ついさっき、丁度イイ距離感、なんて思ったりもした香なのに。
やっぱり結局は、僚の事が好きなのだ、悔しいけれど。






きっと、久し振りに口にしたアルコールに、
少しだけ参っているだけに違いないと。
香はキッチンで、冷えたミネラルウォーターを一息にグラスから飲み干した。
もう寝よう、と思った。
シャワーを浴びてからと思っていたけど、
家に着いた途端に、急激な睡魔に襲われた。
香は、シャワーは取敢えず朝起きてからでもイイや、とグラスを濯いだ。


「…香。」
香がシンクに向かっていると、背後から声を掛けられた。
「…ゴメン、起こした?」
香は僚に背を向けたまま、そう言った。
「んにゃ、起きてた。」
「そう。」
それ以上言葉は続かず、2人の間に暫し沈黙が流れる。
口を開いたのは、香だった。


「…何?」
少しだけ、苛立っている様に聞こえるのは、僚の気のせいだろうか。
緊迫した空気が、2人を包む。
香は蛇口を締めて、漸く僚を振り返ったけれど、
顔は俯いたままで、僚とは視線を合わせない。
もうどれ位、香のあの真っ直ぐで澄んだ眼差しを見ていないだろうと、僚は思う。
僚は恋しかった。


「お前さ、…怒ってる?」
僚にしては珍しく、恐る恐るといった雰囲気で、漸くそれだけ訊ねるのが精一杯だ。
香は思わずハッとして、顔を上げる。
「…アタシが、僚の事?」
「…怒ってんじゃなかったの?」
香はキョトンとして、僚に訊ねる。
僚も拍子抜けしたように、問い返す。


そう問われて、香は改めて自分の心を振り返る。
そして、気が付いた。
別に香は、怒ってなどない。
ただとても、傷付いたのだ。
大好きなヒトから、“男の子”とからかわれて。
ただそれだけの、単純な事に。


でもどうして僚は、私が怒っているなんて思ってるんだろう???


香には理解できない。
「どうして、怒ってるって思ったの?」
香の声のトーンに、僚を非難したり、責めたりするような色は感じられない。
なので僚も知らず、意地など張らずに素直に答える。
「…どうしてって。そりゃ、おまぁ……あんだけ俺が、ナンパしたり、ツケ溜めまくってたら、いつもならハンマー確実じゃん?…でもここ最近、なんか俺、放置プレイ喰らってるしぃ…」
言いながら僚は、ゴニョゴニョと口籠もる。
これじゃまるで、香にお仕置きされてぇみたいじゃないか、俺。
と、ハタと気が付いたのだ。
まぁ事実、お仕置きされたいのだが。


ばつが悪そうな僚の顔を見て、香は思わずプッと吹き出す。
「ヘンなの。それって、逆じゃないの?ハンマーしないって事は、怒って無いんじゃない?てか、僚って。怒られたいの?怒られたくないの?どっちなの?」
そう言って香は、ケタケタ笑う。
そして、笑いながら泣いていた。


この時、漸く僚は気が付いた。
香が怒っているんじゃ無く、酷く傷付いていたんだという事に。
まるで目に見えない所から血が流れるように、
今こうして、香の大きな澄んだ瞳から、止め処なく涙が溢れている。
僚は自分の事ばかり考えていた。
不愉快な話しを切り上げたいばっかりに、不用意で手っ取り早い方法で、
香を傷付けた。
傷付いてどうしようも出来ずに、蹲って震えていた香に気付きもせず、
自分ばかり、放置プレイを喰らっていると拗ねていた。


香になら、何を言ってもジョークで済まされると。
許してもらえると、高を括っていた。
香に甘えていた。
香に依存していた。
そして、香を追い込んでいた。
誰よりも、大切な女の筈なのに。


もうこれ以上、僚には意地もプライドも、何もかも必要無い。
何より大事な事は。
香のこの傷をいち早く手当しないと、手遅れになってしまう。
僚は目の前の傷付いた、この世で一番大事な女をそっと抱き締めた。


「香、ごめんな。俺が酷い事言った。」
僚は香のクセ毛に顔を埋めて、小さな声でそう言った。
「…りょお?」
香は突然僚に抱き寄せられ、ビックリしながらも、
少しづつ心が解けていくのが、わかった。
心の中で、固くわだかまっていた、冷たくて固いシコリが、
たった一言の、“ごめん”という僚の言葉で一瞬にして溶解してゆく。



あのね、僚。
悲しかったの。
それでも、もうあれ以上僚に意地悪言われるのが、怖かったし。
僚とケンカしたくなかったから。
何にも言えなかったの。



僚は自分の腕の中で、切れ切れにそう言う香に、
またしても胸の奥が、張り裂けそうに痛む。
好きな女を、こんな風に怖がらせるなんて。
何も言えなくなるまで、追い詰めるなんて。
こんなになるまで、悲しませるなんて。
僚は激しく後悔した。
それでも一度放った言葉は、もう二度と取り消される事など出来ないのだ。
僚に出来る事は、心から赦しを乞う事だけだ。


そして目一杯、香を愛する事だけだ。


もう僚に、迷いなど無かった。
僚は香とあの奥多摩で、
何としても守り抜いて生き抜くとそう約束したはずだ。
それは何も、2人を狙う連中からばかりでは無い。
香を傷付ける全てのモノから、僚は香を守らなくてはいけないのだ。
それがたとえ、僚自身からであっても。


なぁ、香?
なぁに?






「俺、おまぁの事。アイシテルんだけど、赦して貰える?」


勿論、先の暴言の話しでは無い。
全ての事にだ。
香を愛するという、ある意味でこの世で一番の禁忌に対する赦しを、
僚は香に乞うている。
神様に赦して貰えなくても、香にさえ赦されれば。
僚はそれで充分だ。


香は大きく目を見開いて、真っ赤になって固まっている。
無理も無い。
ついさっきまで、僚に男の子扱いされた事に深く傷付いていた香が、
一転、僚から思ってもみない言葉を告げられた。
すぐには、言葉の意味が呑み込めない。


愛してる?僚が?私を?
それ逆だよ、僚。
愛してるのは、私の方だよ。
ヘンなの、今日の僚。


それでも香は、返事の代わりに僚の事をそっと抱き締め返した。
恥ずかしいので、僚の顔は見れない。
突然の事で、上手く返事が思い付かない。
僚の胸にピタリとくっ付いたまま、香はコクンと頷いた。
言葉は無くても僚には、伝わった。
香の“愛情”が。


元々お互いに対してだけは、極端に口下手な2人だ。
言葉よりも。
手の温もりや、その眼差しの方が、
余程雄弁にお互いの心を物語る。
2人は、言葉で伝える事よりも、身体で伝える事の方が元来得意なのだ。
だから、僚は。




香に初めて、唇で触れた。
香の唇に。




ホンの短い、軽く触れるだけのキスを交わして。
2人は、クスクス笑う。
いつの間にか、香の涙は止まっていた。
もう僚の意地の悪いジョークの事など、すっかり忘れていた。
いや、忘れる事にした。


香は根っからの、ポジティブ・シンキングだ。
イヤな事を引きずってわだかまっているよりも、楽しい事を見て笑っていたい。
もうとっくの昔に、香は僚を赦している。
むしろ、僚と同じ地獄にでも何でも、堕ちて行きたい。
僚と一緒なら、何だって構わないのだ。
怖いのは、
僚と離れ離れになる事。




なぁ、香。
俺さぁおまぁに、なるべく怒られたくは無いケド。
でも、たまには怒られたいの。
ホラ、俺って馬鹿じゃん?
懲りない男だからさ。




「ヘンなの。でも、私で良かったら……」


死ぬまでアンタの事、ハンマーしていてあげる。








(おわり)










リョウちゃん、結局オイシイとこ取りです。
2人が離れられるワケはありません。




[ 2012/10/14 00:16 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

ブログ始めて、半年です(*´∀`*)

今晩はぁぁぁ~~~~。
ケシでっす!!

なんと10月14日は、このブログを開始して丁度、半年でしたっっ!!
思えば半年前、まさか半年後まで更新続けられるなんて、
てゆうか、半年後の事など、なんも考えてはおりませんでした(汗)

このブログの中のお話しは、中にはブログを始める前に思い付いて、
ノートに書き留めておいたものも、何話かありますが。
基本的には、殆どのお話しがいつも仕事から帰って来て寝るまでの間の、
数時間で考えて書いております。

この半年、仕事しながら頭の片隅で、
リョウちゃんとカオリンが動き回っている事も、多々ありました(テヘ)
しかし元々、ワタクシ。
要領だけはイイ、ちゃっかり者でして。
今の所、社会生活には影響は出ておりませぬ。

自分でも意外な事に、ここ最近はキッチリ毎日ではござんせんが、
ほぼ毎日更新、続けられている事に。
改めて、見に来て戴く皆様に深く感謝申し上げます。

ここのところ、拍手コメントのお返事を溜めに溜めまくっている、
ダメ人間ですが、皆様からお寄せいただくコメント。
とても励みに、更新の糧となっております。
9月の初めに、アクセス解析カウンター機能の設置方法を覚え、
内心、もっと早くに覚えるべきだったと反省しております。

というのも、初めはそういった機能の使い方が解らなかった事もあるのですが、
あまり興味が無かったというか。
正直、こんな妄想全開な、自己満足なブログに来て戴く方も限られた、
コアな方々ばかりだろうと思っていたのです。(すんません、マジで。)


ところがどっこい、あーた。
意外や意外。
意外にも連日、沢山の方々にお運び戴き。
改めて、ネットの世界の奥深さに、目からウロコが落ちた思いです。
兎にも角にも、ココまで半年。
何だかんだで、更新続ける事が出来ましたのも。
ひとえに、皆様のお陰でございます。

だって、見に来てくれる人が居なければ。
チラシの裏でも、ノートの隅でも、好き勝手に書いてればイイんですもんね。
それでもワタクシは、思い付いた他愛も無い妄想話を、
沢山の方々に読んで戴ける喜びを、知ってしまいましたっっ。
もう、後戻りは出来ませぬ。

これからも、出来得る範囲でじゃんじゃん更新続けられたらと、思っています。
勿論、今まで巡っていた大好きな色んなCHサイト様巡りも、
毎晩欠かさず、何処かしら巡ってます。
その上、ブログを始めてからは、
CHジャンル以外の方のサイトにお伺いする機会も増えました。
楽しみながら、日々新しい事を勉強させて戴いております。

全てのご訪問者様、
拍手やコメントをして戴いた皆様に、
心より、感謝いたしておりまっす!!!

まずは、もうあと半年。
1年という節目を迎えられたら良いなと、当面の目標としたいでっす



え~、それとですね。
実は先日、5000拍手目(感激でっす><)をポチして戴いた、
のぶ様より、リクエストしてもイイですか?
とのコメント戴き、リクエストは全然構わないのですが、


……その、戴いた内容が、別離ネタ含みってヤツでして…
スミマセン(滝汗)
たとえ、最終的にハッピーエンディングであっても。
それだけは、どうしても書けそうにありません(土下座)
リクエスト構わないと言いながら、条件付けてごめんなさい。
でも、やっぱり自分の中に無い世界は、多分書けません。


なので、もしよろしかったら。
もう一度、第2候補位のヤツでお願い出来ませんでしょうか???
良かったら、ご連絡お待ちしております(ペコリ)
因みに、ワタクシ的NGを書いておきますね。



◎  死にネタ、別離ネタ。
◎  エロ(直接的描写の有るもの)。
◎  カオリンが、リョウちゃん以外のカップリング。


こんなもんですかね。すみません、ヘタレで。
でも、書けないモノをお受けして、“結局書けません”の方が申し訳ないので。

あと、こんな風に例えばキリのイイ何らかの数字を踏まれた方で、
今後こんなワタクシの妄想ヨタ話でも、問題無い、
リクエストしてみたいという方が、おられればですが、
踏んだよ、とご一報下さればありがたいです。

それで、ブログ冒頭のご案内の記事(『よォ~~コソ!!!』)にも、
改めて上記のNG事項も追記しておきまっす。
のぶ様ぁ~~~、もし良かったらまた連絡お願いいたしまぁぁぁあっす。


2012.10.15. 深夜。       ケシでしたっっ
[ 2012/10/15 01:36 ] ごあいさつとお知らせ | TB(0) | CM(2)

おまけ  後日談・その後の2人

未だ嘗て無かった、この度の2人の未曾有の冷戦状態は、
呆気なく、仲直りのチュウで幕を閉じた。


僚にとっては念願の。
香のとっては青天の霹靂とも言える、初めてのチュウは少しだけ、
涙の味がした。
仲直りの夜、香は僚の腕の中で泣いたけれど、
実は僚もその数日間、コッソリ、ほんの少しだけ泣いた。


香の気持ちが、離れて行ってしまうんじゃないかという予感は、
僚にとっては、思いの外、恐ろしい出来事だった。
どんな緊迫した銃弾の嵐の中でも、どんなに手強い相手との勝負でも、
僚は怖いなどとは、思った事など無かった。
まぁ、最悪運が悪くても、死ぬだけだろ?なんて思ったら、
大概の事には、恐怖など感じない。


けれど香が自分の意志でもって、僚の元を離れて行く事を、
シミュレートしただけで、僚は涙が出るほど怖かった。
香の存在しない世界を、1人で生きる。
それはまるで、真空状態の宇宙の果てに、丸裸で放り出されるのに等しい。
きっと呼吸も侭ならず、もがき苦しみながら死んでゆく。
コメカミに一発浴びれば、一瞬で終わる事を。
そうやってじわじわと、真綿で絞め殺されるような苦しみなど、僚は真っ平御免だ。


けれど恐らくこの数年間、
僚はそれに等しい苦しみを、香に与えて来たのかもしれないと思う。
お互いに一時でも離れられない程、好きで堪らないのに。
僚の決断1つで、2人の世界は天国にも地獄にもなる。
どうせあの世で地獄に堕ちるのならば、
せめて2人で生きている間ぐらいは、天国を味わってもイイだろうと。
僚にも漸く、そう思える時が来た。





あの晩、僚はもう一度許しを乞うた。
香は別に、怒ってなどいないからと、微笑んだ。
今はまだ少しだけ早いケド、いつか香の全てをこの手の中に収めたいと、
僚は初めて、前向きに考える事が出来た。
あの晩は別々の部屋の、別々のベッドで眠ったけれど。
もう決して1人では無いのだと、2人は何だかとても安心して眠れた。


翌朝僚は、香に起こされる前に起床して、
キッチンで朝食を作る香を、コッソリ眺めた。
暫くして、僚の気配に気が付いて、おはよう。と、
ニッコリ笑った香を抱き締めて、2度目のキスをした。
仲直りのキスとは違う、正式で濃厚なチュウである。


1度心を決めた僚は、180度変わった。
その朝からも数日が経過して、今現在僚は。
日中ナンパにも行かず、香の隙を見付けては、捕獲しキスを浴びせている。
一体どの口が、“男の子”だの“ゲイカップル”だのほざいたのか。
僚は都合の悪い事は、綺麗サッパリ忘れる主義だ。


香は初めの方こそ、恥ずかしがりながらも嬉しそうにしていたが。
今現在では、半ば呆れている。
でも、仕方無いのだ。
僚は、決めたのだ。
これからは香を、目一杯愛すと。
仲直りのチュウを経て、罪滅ぼしのチュウを終え、
僚は今、香の唇を、思うさま味わっている。
元々彼は身勝手な男で、元々彼女は彼にゾッコンなのだ。
しょうがない。


そんなこんなで、
冷戦中に舞い込んだ、僚曰く、“ヤル気の萎える男の依頼”も無事解決し、
気付いたら2人はもう、仕事上だけのパートナーでは無くなっていた。
もう気持ちを押し殺す事も、
お互いをむやみに傷付ける事も無くなった。
後の残された課題は、モッコリをする事だけだと、
僚はその日に向けて着々と、計画及び香の洗脳活動に着手している。
一旦方針が決まれば、抜かりの無い男なのである。
香が喰われるのも、時間の問題だ。






この数日、また更に2人の様子が変わったと、伊集院夫妻は感じている。
僚がこの所、ナンパに繰り出していないようである。
僚の生き甲斐、僚のライフワーク、僚の唯一の趣味は、
今の所、パッタリと鳴りを潜めている。
初めの内こそ、香に構って貰えない僚が、
とうとう壊れたかなどという憶測が飛び交ったが、
この数日で、徐々に尾ひれが長くなり。
僚重病(ED)説、僚男色に目覚める説、などなど好き勝手な事を言われ放題であった。
しかしどうやらそれは、全くの見当外れのデマらしいと、夫妻は確信した。


今、この目の前のカウンターを挟んだ向こう側の2人は、
どうやら1つ大きなヤマを乗り越えたらしい。
雨降って地固まるの言葉通り、あんなに切羽詰っていた彼らは、
今では何やら楽しげに、クスクス笑いながら他愛の無い話しで盛り上がっている。
その合間に、僚は何やらケータイを弄っている。
どうやらメールを打っているらしい。


暫くして、香のケータイが着信を知らせる。
香はケータイを開いて画面を確認している。
どうやらコチラも、メールらしい。
画面を見詰めて数秒後、香は真っ赤になって俯いている。
片や、彼女のパートナーは、何やらニヤニヤと笑っている。
どうやら口に出して言いにくい遣り取りを、
メールを介して交わしているらしい事に、美樹も気が付いた。


「なぁに?2人とも何だか、楽しそうじゃない?何かあったの?」

ついこの間、ギクシャクしていた2人に訊いた事と同じ事を、美樹は訊いた。
すると香は顔を真っ赤にして、がたんとスツールから立ち上がると、

「なななな何でも無いのっっ、美樹さん!!あ、あたし。お買いもの行かなくちゃ。」

と、全く説得力の無い言葉を吐いて、派手にカウベルを鳴らしながら、
僚を残して、キャッツを出て行った。
残された僚のマグカップに、海坊主が奢りでお替りのコーヒーを注ぐ。
何があったかを話せという事だ。
「…で?何があったの?実際の所。」
美樹が僚に訊ねる。


僚は一息に、琥珀色の液体を飲み干すと、ニヤッと笑って立ち上がった。
「べぇっつに、なぁにも~~。」
そう言って店を出ようとして、入り口のドアの前で夫妻を振り返る。



ま、強いて言えば。
チュウはしたけどね。


そう言って僚は、唖然とする夫婦を残し店を出て行った。



香は勢いで、キャッツを慌てて出て来てしまった。
不審に思われ無かっただろうかと気にする香だが、
残念ながら、思いっきり不審であった。
キャッツからだいぶ離れたところで、
香はもう1度手の中のケータイを見詰める。
さっき、僚からメールを貰った。


これまでも2人は、メールのやり取りをしないワケでは無かった。
例えば、何時に帰って来んの?とか。
ついでにお醤油買って来て。とか、ツケ増やしてたらぶっ殺す。とか。
大抵は、そんな感じだ。
僚の返事も、あぁ。とか、うん。とか、りょーかい。とかそんなモンだ。
だから、まさか僚が。
あんなメールを寄越すなんて、思いもしなかった。
香は照れ臭くて、僚の顔も見れないまま、キャッツに置き去りにして来てしまった。


今日の晩御飯は、僚の好きな豚カツにしようと、
香はスーパーまでの道のりを、軽やかに歩いて行った。




『〇月☓日 15:38
 To;香
 From;りょお。
 件名;カオリンへ

 本文;サッサとウチに帰って、チュウしよーぜ(-。-)y-゜゜゜
                        リョウちゃんより



冴羽僚は今、自宅アパートのリビングにて、
忠犬の如く愛する女の帰りを待ちわびている。








雨降って地固まるって事で。
リョウちゃん、調子に乗ってます(笑)
[ 2012/10/15 20:28 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。かおりはしんじるよ(ペロ)

「まぁ、結論から言うとじゃな、僚。」
教授は、様々な検査結果の書かれた書類を見ながら言った。
「この子は、れっきとした人間じゃ。」
お前さんも、ちと検査しておくかの?…主に脳方面。


ニッコリと笑うその老人に、至って悪気は無さそうだ。
僚は、もう何度目か解らない溜息を吐く。
猫から、ある朝突然カワイコちゃんになった香を、
僚は念の為、教授に診察して貰った。


……結果は、至って健康な若い女の子。


むしろ、僚の脳の検査を勧められた。
まぁ、そりゃそうだろう。
誰がこんな突飛な話を信じるだろう。非科学的過ぎる。
僚とて、これが自分の身に起きた話でなければ、一笑に付した所である。
悔しいけれど、あの可愛らしい僚の猫が、
この目の前の、モッコリ美女に変身した事を証明する術は無い。
今の所僚は、ただ単に若くて美しい彼女を紹介しに来た、
顔馴染みの兄ちゃんである。


しかし脱力して、説明する意欲も減退した僚に代わり、
口を利いたのは、香だった。
「…かおり、ココになんかいも来た。あっちに、おさかながいる。」
そう言って、香が窓の外を指差す。
確かにその方向には、教授が可愛がっている錦鯉の棲む池がある。
「あっちは、りょおと一緒じゃなきゃ、いっちゃダメ。」


香がまだ、仔猫の頃。
この屋敷に、2回目に訪れた時の事だ。
僚と2人暮らしのアパートには、庭など無いし、
アパートのすぐ傍の、あの公園は小さな子供たちの遊び場で、
香がのびのびと外で遊べるのは、ココの大きな庭だけだった。
そういうワケで、香はココがすぐに気に入った。
初めて見る池と、錦鯉。
それはきっと、猫の本能だったのかもしれない。
スイスイ泳ぐ錦鯉を捕まえてみたくなって、香は池に飛び込んだ。
もう少しで、溺死寸前の仔猫を僚が池から引き揚げた。
それ以来、あの池には1人で近付いてはいけないと、香はキツク僚から叱られた。
その事を知っているのは、僚と教授と、猫だけだ。


「あの木の下に、おもちゃうめた。」
そう言って、香が次に指差したのは、池とは反対側の植栽に植えられた金木犀だ。
僚と教授は首を捻りながらも、香に導かれるままその木の根元までやって来た。
「ココに何か埋めたのか?」
僚が問うと、香はコクンと頷いた。
「うん、きんぎょ。」
僚は良く解らないまま、スコップで木の根元を掘った。


それ程深くも無い、土の中からそれは現れた。
柔らかいソフビの、金魚の形をした猫のオモチャ。
それは確かに、僚が猫に買い与えたモノだ。
そう言えば、いつの間にか見掛けなくなっていた。
「おまぁが、埋めたのか?」
僚が問うと、香はニッコリ笑って頷いた。
「たからもの。」


「うむ。確かに、あの猫ちゃんじゃ無けりゃ解らん事を、この娘さんが知っておるとなると、お前さんが言っとる事も、あながち出鱈目とも言えんのぉ。」
教授は、不思議そうに呟いた。
「だろ?だから、コイツはあの猫なんだってば。原因なんか、俺の方こそ知りてぇし。」
僚が不貞腐れたように、そう言った。
香だけがニコニコしながら、久し振りに掘り出した金魚を持って嬉しそうにしている。
「りょおは、ウソいわない。」


「まぁ、確かにこの子が嘘を言っておるようには見えんしのぉ。」
教授は、科学的根拠は何処にも無いが、
僚と、この元猫の女の子のいう事が、何故だか本当のように思えて来た。




結局、香が猫から人間になった事の真相は不明だが、
香が健康であるという事だけは解ったので、僚はひとまず安心した。
教授の家から、アパートに戻る車の中で、香は僚に訊いた。
「あの人は、オスなの?メスなの?」
「あの人って、教授の事か?」
香はコクンと頷く。
僚はひとしきり、腹を抱えて笑うと香のクセ毛をクシャッと撫でた。


香の今のマイブームは、会う人間会う人間、オスかメスか確認する事らしい。
大抵は理解しているようだが、どうも年寄りになると判断が難しいらしい。
確かに年寄りになればなるほど、性別など超越してしまうのかもしれない。
「アイツはなぁ、オスだ。随分、皺枯れちゃいるが、ああ見えて油断ならねえぞ、アイツは。俺と一緒じゃ無きゃ、近付いたらダメだぞ?」
僚はシッカリと、香に言い聞かせる事だけは忘れない。
本当に、あのエロジジイには油断出来ないのだ。
香はまるで、僚からとても重要な事を教わるかのように、
神妙な面持ちで、コクンと頷いた。








また別の日には、香を連れて僚はキャッツへ行った。
僚は何度も、香は元々あの薄茶色の猫だと説明したが、
いつもの面々は、またまたぁ~~~。などと言って、まともには取り合わなかった。
どうして彼女を紹介するのに、そんなふざけた冗談を言う必要があるのか、
彼らには、理解不能だった。


それでも、美樹は意外だった。
僚がこれまで、連れて歩いていた女達は、皆一様に派手でゴージャスなタイプであった。
それにしたって、僚が1人の特定の相手と付き合っているなんて、
今まで、一度だって聞いた事は無かった。
それがいきなり、本命ど真ん中、もう既に同棲中の彼女を連れて来るなんて。
しかもその子は、今まで僚が遊んでいた女達とは、明らかに違う。
確かに非常に魅力的な子ではあるが、どちらかというと不思議ちゃんタイプだ。
まさか僚が、その様なタイプと付き合うなんて、美樹は意表を突かれた。


いずれにしても、周りの連中は香が猫だとは信じてくれなかった。
もう僚としても、別に良いかと思えるようになって来た。
まぁ、確かに。
香が元々は、猫だろうが犬だろうが、何だろうが。
今現在、香が僚の大事な“彼女”である事に違いは無い。
それでも僚は思わず、ぼやいてしまう。

「ったく。俺のいう事、ちったぁ信じてくれてもイイじゃねえかょ。」

2人のソファに座って、ブツブツとぼやく僚に、僚の膝の上に座った香が言った。
「かおりは、しんじる。」
そう言った香に、僚は思わず目を見開いて、まじまじと香を見詰める。
「おまぁ、俺の事信じるって言ったのか?」
そう訊ねる僚に、香はコクコク頷く。
人間に変身した今、香には猫の耳もシッポも無い。
その代わりに、香はいつも微笑みながら頷いて見せる。


そして、嬉しそうに僚の頬をぺろぺろ舐める。
そんな仕草は、猫の頃から全く変わらない。
僚はもう、どうでもイイかと思っている。



香が信じてさえくれたら、僚はそれだけで充分だ。













リョウちゃんとカオリン、
何だかんだ言って、幸せです。
[ 2012/10/17 20:23 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

お題46. ちょっと一休み

豆は深煎り。
粗めにたっぷりと挽く。
摩擦による熱が加わると、コーヒーの美味しさは半減するから、
心を落ち着けて、ゆっくりとミルを回す。


ネルの中で、熱湯を含んだ豆が膨らむ。
琥珀色の雫がサーバーに落ちるのを、ゆったりと眺める。
続けて、二度三度とお湯を回しかける。
コーヒーを淹れるのは、もはや香の日課で。
香の淹れたコーヒーを飲むのは、僚の日課だ。


コーヒーを淹れるのは(これはお茶にも言えるかもしれない)、
一見簡単なようで、意外と難しい。
イライラしている日のコーヒーは、苦くて渋い。
心をゆったり落ち着けて淹れた日は、驚くほどまろやかだ。
たまに気まぐれで、僚が淹れたりすると、バリスタもお手上げと言いたくなるほど、
美味しくなったりもする。
香はいつも、コーヒーを淹れる事だけに集中しようと心掛ける。


例えば、僚のツケの金額とか。
例えば、洗濯前の僚のジーンズのポケットから出て来た、意味深な携帯番号とか。
例えば、美人の依頼人から言われた、無性にイラッとする言葉とか。
例えば、冴羽商事宛のメッセージが無い伝言板とか。
見るつもりは無かったけど、目に入った深夜のホラー映画の映像とか。
いつまで経っても向上しない、射撃の腕とか。
ワンパターンになりがちな、晩ご飯の献立とか。


掴み切れない、相棒の気持ちとか。


取敢えず、心の隅に追いやって。
豆を挽く事や、ドリップする事に集中する。
香ばしい匂いの中で、ちょっとした気分転換を図る。
それは香にとって、
ちょっとした一休み。









銃撃戦は、気配を読んだモン勝ちで、気配を消したモン勝ち。
まるで弾の無駄遣いの、数撃ちゃ当たる方式でバカスカ撃ってきやがる輩など、
僚に言わせれば、雑魚で。


奴らが明後日の方向へと、無駄に弾を使っている間に、
僚はいつも間合いを計って、奴らの後ろを取る。
財政状況厳しき昨今、無駄弾使おうもんなら、経理担当のお小言を頂戴する。
僚は気配を消した物陰で、リロードしながら考える。


例えば、今夜何も言わずに出て来た、あのリビングの灯りとか。
例えば、風呂上りの香の、甘いシャンプーの匂いとか。
例えば、男の依頼人に正々堂々と、ライバル宣言された事とか。
例えば、香の知らない所で、香のストーカーを退治している事とか。
ついつい香に重ねて観てしまう、如何わしいDVDとか。(バレたら、殺される。)
近頃、ますますレベルが上がって来た、対夜這い防止トラップの数々とか。
今夜食べた、晩ご飯のメニューとか。


今夜の相棒への、言い訳とか。


それでも、サッサとこんなバカバカしい事は切り上げて、家に帰りたいから。
装填を終えた、もう1つの相棒を握り直すと、
嵐の合間のちょっとした一休みを終えて、本気を出してかかる。
もしも今夜、無事に帰れたら。
香にご褒美を貰おうと、僚は考えていた。









深夜というよりも、もはや明け方。
きっと相棒はお冠だと、僚は足音を忍ばせて階段を上がる。


東の空が薄っすらと白み始める頃、
ベランダから見下ろすと、大きな人影が見える。
何も言わずに出掛けたけれど、きっと今夜の僚は夜遊びでは無い。


なんて言って誤魔化そうか。
なんて言って出迎えようか。
2人の思惑は、全く逆方向で等しい大きさののベクトルによって、均衡を保っている。
均衡を壊す為には、
どちらか一方が、方向転換を試みる必要がある。
そして僚は、
今夜どうやら無事に帰って来られたので。


方向転換してみる事にした。











玄関のドアの内側で、仁王立ちした相棒を、
僚は真剣な顔をして、抱き寄せる。


腕の中で真っ赤になって、硬直した相棒に優しく頬を寄せる。
耳元でそっと、許しを乞う。
けれど返事は訊かずに、そっと口付る。
均衡はアッサリと、破られる。


今夜、いつもの2人のアパートで。
いつもの2人は、ちょっとだけ一休み。
殺し屋と、アシスタントという関係は、少しだけ忘れて。
ただの男と女になって、気分転換。













で、気分転換のつもりが、
本業を忘れちゃうってのが、理想的(笑)
[ 2012/10/18 20:44 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

猫改め、香と殺し屋。伊集院隼人の野生の勘

「わりぃ、海ちゃん。すぐ戻るから。」
そう言って僚は、キャッツに香を残し出て行った。


今日の店番は、ファルコン1人だ。
伊集院夫妻は、表向きはカフェのオーナーという事になってはいるが、
その実、2人して殺し屋だ。
僚とは古い付き合いの、同業者なのだ。
大抵は、ファルコン単独での依頼か、もしくは彼らコンビに対しての依頼が主だが、
ごく稀に、美樹単独の依頼が入る事もある。


今日がその、偶になのだ。
繁盛しているとは言い難い、喫茶キャッツ・アイの昼下がり。
つい先ほど、僚と香が2人でやって来た。
僚が香を連れて初めてやって来てから、早2週間。
ほぼ毎日、2人はやって来る。
今までの、オンナ癖の悪い僚を知っているファルコンにしてみれば、
それはまさしく、奇跡である。
確かに香には、そんじょそこらにいる女達とは一線を画した不思議な魅力があるとは思う。
しかし、あの僚がこれ程までに、1人のオンナに入れ込んでいるのは初めての出来事だ。


それにしたってここ最近、僚は猫には飽きたのか、とんと猫の姿を見掛けない。
まぁ、僚がいうには。


この目の前の香が、あの猫だという事だ。


まだ、ボケが始まるには早過ぎるだろうと、周りの連中は訝しんでいる。
この数ケ月、ファルコンは随分猫に馴れつつあった。
もう少しで、苦手を1つ克服出来そうな予感があったのに、
ココの所、僚は香に夢中でココに猫を連れて来る事を止めた。
初めの内こそ、猫嫌いのファルコンは激しく抗議して、店に連れて来る事を非難したが、
今となっては、あの小さくてふわふわな猫の事が気掛かりだった。
あんなに可愛がられていたのに、僚の関心が猫から香に移ったのではないか。
猫が淋しがっているんじゃないかと。


僚はたった今まで、コーヒーを飲んでいたが、
携帯に連絡が入り、急遽、歌舞伎町のとある一件の開店前のゲイバーへと呼び出された。
何やら、店の“女子”達の間で、揉め事が勃発しているらしい。
その揉め事のネタに、僚も絡んでいるらしくママからお呼びが掛かった次第である。
僚は、ゲイに大変良くモテる。
僚自身は、まるっきりのノン気で、根っからの女好きだが、
しばしば(数ケ月に1度)僚を巡るゲイたちの激しいバトルが、繰り広げられるのだ。
それを沈静化出来るのは、当の僚だけだ。
彼女らは、僚のいう事なら素直に聞くらしい。
僚は心底イヤそうに、渋々といった体で出掛けて行った。
その店のママには、僚も色々と無下に出来ない付合いというモノがあるらしい。


香は少し変わった女の子だと、ファルコンは思う。
ファルコンが知っている限り、女の子という生き物は大概、姦しい。
2~3人集まれば、何処から湧いて出るんだと問いたくなるほど、
話題は次々に、繋がってゆく。
それは、彼の妻も決して例外では無く。
ファルコンは今まで、それが女というモンだと認識して来た。
正直、そんな女性のテンションの高さは、ファルコンは苦手だ。
1つには、ファルコン自身が恐ろしく寡黙な男だという事もあるのかもしれないが。


しかし、香は。
不思議と、そんな雰囲気が感じられない。
あの僚の奇跡のような色恋沙汰に、興味津々のオンナ連中から、
色んなインタビューをされても、淡々と解っている事だけを答えるだけだ。
その解っている事というのも、不思議なほど少ない。
まるで小さな子供のように。
僚と知り合うまで、どんな環境で何をしていたのかという想像が全く付かない。
そこの所を僚に訊ねてみても、だからコイツは猫だったんだって。の一点張り。
香は話し掛けられない限り、ただニコニコして僚の隣に座っているだけだ。
そして時折、僚にコッソリ触ってみたりして(耳を引っ張ったり、鼻を摘んだり。)、
イチャイチャしているだけだ。
だからファルコンは、不思議と香に対してはヘンに緊張しなくて済む。
こんな女は、あまりいないとファルコンは思う。


「うみちゃん。」
突然、香がそう言った。
ファルコンは、いきなり自分の名を呼ばれてビックリした。
僚はいつも、彼の事をそう呼ぶ。
だから香にとっても、ファルコンは“うみちゃん”なのだ。
「うみちゃん、いっぱいオイシイものくれて、どうもありがとう。」
そう言って香はニッコリ笑う。
濃いサングラスの奥の、ファルコンの瞳が見開かれる。
「オマエ、猫か?」
ファルコンの問いに、香はコクンと頷く。
「りょおは、ウソいわない。」
それまでは、ただの僚の新しい恋人だと思っていた彼女が、
実はあの僚のとこの、薄茶色の猫だと、ファルコンはその時ハタと気が付いた。
根拠など無い。勘である。


ファルコンは、猫がまだ猫だった頃の事を思い出していた。
今日と似たようなシチュエーションが、何度かあった。
美樹が依頼では無く、ショッピングの時もあれば。
僚がゲイバーからの呼び出しでは無く、情報屋からのモノだった事もあるが。
いずれにしても、猫とファルコンが2人きりになった事が、
これまでに、そう言えば何度かあったんだった。
そしてそんな時、チャンスとばかりにファルコンは猫を手なづけようと、
色んな方法を試した。
その1つに、色んなモノ(主に茹でた肉や魚など)を食べさせる作戦があったのだ。


もっとも当の香は、手なづけるも何も、
ファルコンに対しては、初めから好印象を持っている。
だからファルコンがくれる美味しいモノを、香は遠慮なく食べた。
僚が買ってくるキャットフードは、味よりも素材重視だ。
初めの内こそ、何を与えればいいのか解らなかった僚も、
この数ケ月は慣れたモノで、
何より香の健康を重視した、フード選びを心掛けていたのである。
お陰で、教授の所での健康診断では、香は至って健康だった。
しかし、ココでそうやってたまにファルコンが与える食べ物は、
香にとっては新鮮で、とても楽しみだったのだ。


けれどそんな時は大概、僚にはばれた。
猫の鼻先をクンクン嗅いで、僚は眉を顰めると、
「海ちゃん、コイツに何か喰わした?」
と、訝しげに訊ねたりした。
ファルコンは決まって、知らん。と答えたが、それはハッキリとバレていた。
そして、ファルコンの答えなど無視するかのように、
「あんまり、何でもやんないでよ。エサ食べなくなるから。」
と迷惑そうにしていた。






「…そうか。オマエ、猫だったんだな。」
ファルコンは、自分でも無意識に微笑んでいた。
僚に飽きられて、淋しい思いをしているんじゃないかと、とても心配していたので、
ファルコンは、香が猫だと解って心底ホッとした。
香はニッコリと笑って頷く。
「じゃあ、良いモン作ってやろう。」
ファルコンがそう言って、暫くして香の前に出したのは、チョコレートパフェだった。
大きくて丸い脚付きのグラスの中には、チョコレートブラウニーや、
マシュマロや、斜め薄切りにされたバナナや、チョコフレークや、チョコアイスや、
生クリームが、これでもかと盛り付けられている。
香は嬉しそうに、うわぁ。と感嘆の声を上げた。


香がパフェを、ぺろりと平らげた頃、漸く僚が戻って来た。
戻って来るや否や、僚は眉を顰めた。
「海ちゃん、コイツに何か喰わした?」
「フンッ、知らん。」
しかし、ハッキリとバレバレだ。
香の唇の端には、生クリームが付いている。
香は僚を見詰めながら、ペロンとクリームを舐め取ると、
おいしかった、と言ってニッコリ笑った。












師匠と弟子は、
猫とオヤジになっても仲良しだったりする。
[ 2012/10/20 18:38 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

お題21. お楽しみはこれから

秋の日の、少しだけ肌寒い夜明け前。
まだ羽毛布団を出すほど寒くは無いケド、夏布団じゃもう寒い。
この数週間、僚のベッドではシッカリとした厚みの、ウールのブランケットと、
サラリとしたタオルケットの2枚が合わせ技で、大活躍してくれている。
もっとも、6階の香の寝室兼客間では、もう既に羽毛布団が登場している。
香は寒がりだ。


まだ夜も明けきらない、薄暗く蒼い時間帯に僚は喉が渇いて目が覚めた。
昨夜、ベッドに入ったのは、いつもより随分早い時間だった。
この所、この2枚の寝具で丁度イイ温度を保っていたが、
今日は少しだけ僚には、温かすぎた。
道理で喉も渇く訳だ。







腕の中には、この数年焦がれ続けたオンナがスヤスヤと眠っている。







昨夜珍しく、夜遊びもせず真面目に早々と床に就いた僚はしかし、
真面目に眠りに就いたワケでは無い。
否、至極真面目に、セックスはしたけれど。香と初めて。
僚としても、大変気遣って、恐る恐る探り探りの“初めて”を終えて。
2人は完全燃焼の末、数時間前に眠りに落ちた。
まさしく、“落ちた”という表現がぴったりの、深い深い眠りだった。
香に至っては、未だその深い眠りの只中だ。


道理で、温かいわけだ。

僚は無意識にポツリと呟く。
僚のそんな独り言は、誰の耳にも届かない。
聞いているのは、窓辺の観葉植物ぐらいのモンだ。
数年前の荒んだ僚の寝室には、観葉植物など無かった。
脱ぎ捨てられた衣類や、バーボンの空き瓶が転がっていた。
フロアには、薄っすらと埃が積もっていて。
僚はアメリカ式に、土足で生活していた。


それが気付いたら、この部屋にはグリーンが置かれ。
埃はすっかり払われ。
シーツはいつも清潔に保たれ。
夏には夏用の、冬には冬用の寝具が整えられ。
腕の中には、
最愛のオンナが、眠っている。


それはまるで、別世界だ。
それは僚が、望んではいけないと思っていた世界だ。
それは甘ったるくて。
それは幸福で。
それは。


一度手にしたら、もう二度とあの荒んだ世界には戻れない。


僚は喉が渇いている。
今までずっと、渇いていた。
干上がって、カラカラだった。
けれど荒んだ荒野に、昨夜初めて雨が降った。
途端に、僚の世界は一変した。
もう、水分を補給さえすれば、渇きは癒される。
そんなシンプルな世界へと、僚は漸く辿り着いた。


腕に掛かる小さな重みを、起こさないように優しく枕に委ねる。
つい今まで、僚がその両腕で囲んで温めていた、華奢な肩に。
ブランケットをそっと掛ける。
規則正しい寝息を立てる愛しい彼女の、柔らかなクセ毛をゆっくりと撫でると、
僚はそっとベッドを離れ、階下へと降りた。






きっと香は、何もかもが初めてで。
多分、その体力的な負担も、心理的な負担も、僚の比では無いだろう。
それでもスヤスヤ眠る香が、幸せそうに見えたのは僚の願望混じりの幻だろうか。
僚はそんな事を考えながら、
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのボトルに、直接口を付ける。
薄暗いキッチンで、僚は全裸だ。
この場に香がいれば、突っ込み所満載で制裁確定だ。


しかしそんなキッチンの主は、今現在7階寝室で爆睡中だ。
冷たい水を一気に煽って、僚は一気に冷えた。
プルリと震えると、己の二の腕を少しだけ擦り、
これからまたあの温かいベッドで、香と2人で二度寝を貪る事に決めた。
温かい寝室の。
温かいベッドの中の。
温かい女を抱き締めて。
僚はこの世で一番甘やかなひと時を過ごす。


人生で一番の、快楽。
人生で一番の、幸福。
人生で一番の、運命のオンナ。
僚のお楽しみは、今始まったばかりだ。












とりあえず、折り返しの初めの一歩に相応しいお題で。
お楽しみはこれから。





[ 2012/10/21 20:47 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

nightclubbing

新宿歌舞伎町。
眠らない街では、21:00前なんてまだまだ宵の口。
口煩い相方のお小言を、サラリと受け流しアパートを一歩出れば。
僚の夜が始まる。


街を歩けば、あちこちからお声が掛かる。
「リョウちゃ~~~ん、寄ってかなぁい?」
「リョウちゃん、今月ノルマ厳しいの。ボトル入れてくれない?」
「僚さん、新しい娘入ってますよ♪北〇景子似の、超べっぴん!!」
そのいちいちに、フラフラついて行っては、それこそ相方からの制裁で地獄を見るので、
僚は僚なりに、数多ある行きつけを順繰りで巡っている。
一応、無軌道にも見える僚の夜遊びにも、バランスと計画性があるのだ。
ツケの支払いに関しては、無計画だが。


今夜はココと決めた、キャバクラで。
僚は盛大に羽目を外す。
途中、合流した金髪碧眼の元相棒と共に、
自分達が楽しんでいるのか、楽しませているのか甚だ疑問だが、
いつもの如く、僚は半裸である。
ミックに至っては、パンツ一丁でネクタイだけを締めている。


2軒目は、ゲイバーで。
何故だか僚は、ピンク色のサラサラストレート、セミロングのウィッグを被っている。
ミックはシルバーのボブカットのウィッグだ。
その代わりに、若干2名の自称女子が、硬派な短髪で接客している。


3軒目の、バーで。
2人はしんみりと酒を酌み交わす。
ワケも無く、ひそひそと小声で交わされる会話の大半は、猥談だ。





そんなこんなで、僚が家路に着く頃は、とうに日付も変わり。
相も変わらず、今日も今日とて、僚は玄関先で制裁を喰らう。
この一連の、鉄拳制裁を内包した全てが、僚の“夜”である。



僚曰く、家に帰るまでが夜遊びでっす!!キャハッッ
香曰く、ツケを完済するまでが夜遊びです(怒)

2人の認識のずれが、重なる事は永久に無い。










夜遊びって言えば、
リョウちゃんにとってはクラブじゃ無くて、
飲み歩き。
[ 2012/10/21 23:35 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。邪な男、ミック・エンジェル。

あの金毛のオスは、どうやらミックと云うらしい。
香は初めの内は、ミックが苦手だと思っていたが、最近では、少しづつ馴れてきた。
初めのアイサツが妙に馴れ馴れしいけれど、
それさえ我慢すれば、どうという事も無い。
それに何故だか、僚が一緒にいる時はそれほど馴れ馴れしくも無い。




香が猫から人間になってから、ミックの急な来訪ほど僚にとってイヤなモノは無い。
相変わらずミックは、スケベな奴で。
(僚がそれを言う筋合いは無いのだが、それを指摘する者も残念ながらいない。)
香が何も知らない、人間初心者なのをイイ事に、
ハグはするわ。手ぇ握るわ。挙句、チュウしようとするわ。
一瞬でも目を離そうもんなら、何を仕出かすか解ったモンじゃない。
それに、初めはミックに警戒していた香も、
最近では、害を為すものと見なさなくなったのか、随分打ち解けている。
たとえ香が害だと思っていなくても、セクハラ野郎ミックは、
僚にとっては、タチの悪い害虫と同じだ。
ノミを退治する首輪は売っているが、ミックを退治する首輪など無いので、
ミックの駆除には今の所、僚のパイソンによる威嚇がもっとも効果的だ。




ミックは、冴羽アパートのコンクリートの階段を、軽やかに1段飛ばしで駆け上がった。
手には、本日の香への貢物を提げている。
池袋にある、とあるケーキ店のシフォンケーキだ。
フレイバーはプレーンと、チーズと、カボチャだ。
僚は香に何でも滅多やたらに食べさせるのを、とても嫌がる。
それはまるで恋人というより、父親のようだ。
一方、香の方はというと、この所随分打ち解けてくれてミックの手土産にも喜んでくれる。
それでもミックの手土産は、僚の厳しいチェックが入るので、
ミックもなるべく、添加物が使われていないモノを選ぶようになった。




気が付くと、僚の部屋にはいつの間にか、超キュートな香が棲み着いていて。
この所、あの可愛い仔猫を見掛けない。

僚曰く、香があの猫だという事らしいが。・・・そんな事は、現実的に考えて有り得ない。

ミックは正直、僚抜きで香ともっと親睦を深めたいのだが、
今の所僚は一切の隙を見せず、ミックが香に取り入る余地は無い。




ミックがリビングに入ると、僚はソファに座って本を読んでいた。
香は。
僚の太腿を枕にして、スヤスヤと眠っている。
ミックは内心、少しだけガッカリする。
ミックの目当ては香なのに、肝心の彼女はお昼寝中だ。
「何の用だよ?」
僚は眉を顰めて、迷惑そうにそう言う。
「Oh,親友にその言い草はないだろ?リョウ。遊びに来たんだよ。」
ミックはシレッと調子のイイ事を言う。
「フン、気持ちの悪ぃ事言うんじゃねぇ。どうせ、香目当てだろうが。このスケベ。」
シッカリばれている。
ミックは心の中で、ペロッと舌を出す。




「ところで。カオリはお昼寝かい?」
そう言って、ミックが若干近寄って香を覗き込んだ気配に、
香がピクンと反応し、一瞬薄っすら目を開く。
しかし、相手がミックだと解ると、小さく欠伸をしてまたスヤスヤと眠ってしまった。
この時ミックは、妙なデ・ジャヴを感じた。
何だか、今の一連の香の挙動は、激しく何かを思い出させる。
ミックの脳裏を、茶色い柔らかな綿毛が掠める。
ミックは少し前の事を思い返してみる。



ミックがこの前、買って来たビー玉をあげたら、香は嬉しそうに笑って、
猫の絵の付いた大きな缶の中に仕舞った。
ミックが、それは何が入ってるの?と訊いたら、
香はニコニコとフタを開けて中身を見せてくれた。
その中には、たった今仲間入りした色とりどりのビー玉や、
小さなフェルトで出来た黒い目をしたネズミ(シッポの代わりにピンクの鳥の羽が付いている)や、
ペットボトルのコーラのおまけについていた、世界一有名なビーグル犬のマスコットや、
ミニクーパーをリアルに再現したミニカーや、
金魚の形の可愛らしいソフビのオモチャや、
その他諸々、何なのか理解不能の細々としたモノがごちゃまぜで。
それはまるで。
おもちゃ箱だった。



「たからもの。」
香はそう言って、ニッコリ笑った。
まるでモデルのように長身の抜群のスタイルで、キリッとした美しい顔立ちで、
何処からどう見ても、完璧なモッコリ美女の香だが。
ミックにはどうしても、香が幼い子供のように見える時がある。
一体、僚の部屋に転がり込むまで、このこは何処でどういう生き方をしていたのか。
ミステリアスにも程がある、とミックは思う。
ミックがそこの所を、僚に問い詰めても、
だぁかぁらっっ、コイツは猫だったんだよっっ!!
の、一点張りで埒が明かない。



また別の日は、
今日のように一緒にお茶でもと、和菓子を持って突撃したミックだったが、
やはり今日のようにリビングに顔を出すと、香は僚の膝の上に座っていた。
ちょっと変だな、とミックは終始訝しんでいたが、結局ミックが帰るその時まで、
香はずっと、僚の膝の上に座っていた。
まるで、そこが自分の定位置だとでも言うかのように。
まるで。
猫みたいに。




・・・猫みたいに???? What!!!!



って、まさか。
「えええぇぇぇぇ~~~~」
ミックは思わず、素っ頓狂な声を上げる。
「っんだよっ(怒)っるせぇな。サッサと、帰れよオマエ。」
僚は心底迷惑そうな顔をしている。
流石の香も、ミックの大声に目を覚まし、キョトンとミックを見上げている。
ミックは、そんな香の薄茶色の瞳を見て、そのデ・ジャヴの正体を悟る。



栗色のカールをした柔らかそうなクセ毛。
しなやかでのびやかな手足。
まるで猫のオモチャのような、香曰く“たからもの”の数々。
僚に擦り寄って甘える仕草。
それをごく自然に受け止める僚。
僚の初めから一貫した主張。
そしてこの、真ん丸で透き通った薄茶色の瞳。



間違いない。
彼女はあの、僚の猫だ。



「…カ、カオリ。キミは、あの仔猫ちゃんかい?」
ミックがそう問うと、香はニッコリ微笑んでコクンと頷く。
「りょおは、うそいわない。」
その香の言葉を聞いて、僚だけが勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っている。
だから、言ってんだろうが、と。




ミックは暫し呆けたように、この不可思議な現実を己の頭の中で整理する。
しかし、最終的に導いた、ミックの見解は。

ま、モッコリちゃんなら何でも良しっっ!!ノー・プロブレムッッ!!!である。


ミック・エンジェルとは、そういう男なのだ。
これから先、僚とミックの香を巡る暑苦しい攻防は、果てしなく続く。












結局、リョウちゃん、カオリン、ミックの3者が揃えば、
関係性は、こうなってしまうようです(汗)
[ 2012/10/23 20:27 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

お題99. 空を見上げて

18:00過ぎ。
僚がアパートに帰宅した時、家の中は無人だった。
この数日すっかり秋めいて、日没もやけに早い。
いつもなら、玄関の外にまで良い匂いをさせて、香が夕飯の支度をしている時間だ。
僚は1日の内で、何気にその時間が好きで。
自分がまるで小さな子供になった気がする。
勿論、僚の子供の頃には、そんな平和な思い出など無かった。
けれど、無かった分余計に憧れるのかもしれない。


僚にとって香は、相棒で。
未だ手を出すのに躊躇っている、惚れた女で。
でもこの時間にキッチンに立つ香は、まるで。
僚自身全く覚えてはいない、母親の幻を見るような気持ちだ。
勿論そんな事は、本人には口が裂けても言えない。
何で彼氏も出来た事無いのに、いきなり三十路男の母親役よ?と、ど突かれるのがオチだ。
何にしても今現在、香は居ない。


「っち。いねぇのかよ。」
僚はブスッとして独り言を呟くと、
手も洗わずに冷蔵庫からビールを1本出して、パシュッとプルタブを開ける。
それにしても香は、一体何処に居るのか。
ビールを飲みながら、僚は家中探し回る。
もしも香にこんな姿を見られたら、手を洗って無い時点で既に、確実に僚は説教される。
もっとも、気配自体が無いので、きっとアパートには居ない。
僚は色々と考える。
今の所自分達の周りに、不穏な気配は無かったと思うが、もしや連れ去られたか?とか。
何か用があるのなら、携帯に連絡を寄越すだろうし、とか。
それとも、もしかして。
今まで僚が、ちょっとばかし一仕事して来たのがばれたか?とか。


取敢えず、2、3、情報屋を当たってみようかと思いかけたところで、
僚の胸ポケットに、振動が走る。携帯だ。
液晶の画面には、『キャッツ』の文字。
「もしもし。」
「もしもし?冴羽さん?」
電話の主は、美樹だった。
「ああ。」
「今何処に居るの?」
「あ?…家だけど。てか、香知らない?美樹ちゃん。」
僚がそう言った途端、美樹が凄い勢いで謝った。


ごめんなさいっっ!!冴羽さんっっ(汗)


美樹のあまりの剣幕に、僚は一瞬、携帯を耳から遠ざける。
「……何だよ?急に。」
僚は思いっきり訝しげな声音で、謝罪の理由(恐らく香絡み)を問う。
「ぇえと、わ、私もまさかこうなるとは、思って無かったのよ、ハハハ・・・・・」









僚がキャッツに香を迎えに行った時、香はカウンターに突っ伏して爆睡していた。
カウンター越しには、苦笑交じりに恐縮する伊集院夫妻。

美樹の説明に寄れば、今日の昼下がり、いつものように香が伝言板の確認を済ませ来店した。
そして、いつものように話題は止め処なく、淀みなく流れ。
流れ着いた先は、やはりいつもの如く、香の相方に対する愚痴のオンパレードで。
僚はつい先ほど、電話越しの美樹との会話を思い出す。



冴羽さん、一昨日ねこまんまで、よそのテーブルのお客さんにまでお酒振舞って、ツケ増やしたでしょ?

・・・う゛ぅっっ、そそそれ、香知ってんの゛???

何?冴羽さんのツケの事で、香さんに知らない事があるとでも思ってんの?甘いわよ。

み、美樹ちゃん(汗)な、何か怖いんすケド・・・

それと、

な、何?まだ、何かあんの?

4日前、伝言板先回りして、男の人の依頼勝手に断ったでしょ?

・・・・・・あ。ぇぇぇええと、そそそれはですねぇ。まぁ、その~~~、つまり・・・

そのうえ、

は、はいっっ

昨日は、女の人の依頼、先回りして1人で顔合わせ済ませたでしょ?

あ、あの~~~。つかぬ事お伺いしますが、美樹しゃん。

何かしら?(メラメラ)

それは、全ぇ~~~部っっ。香しゃん情報かなぁ?

それ以外に何があって? 冴羽さん。

タハハ。(ガックシ)






そんなこんなで、香の愚痴は延々と続き。
初めは美樹も、軽いノリで憂さ晴らしにビールを振舞った。
今日は生憎、ファルコンは仕事で。
先程帰って来たら、軽く酔っ払った妻と、完全に酔い潰れた弟子のコンビが居たというワケだ。
因みに、店は16:00を回った段階で、早々と早仕舞いしていたそうだ。
ファルコンが帰って来た時には、バーボンのボトルも1本転がっていたらしい。
まぁその殆どは、美樹が飲んだのだが、酔い潰れている所をみると、
香も多少は飲んでいる筈だ。


ファルコンが帰宅して、何の騒ぎだ?と美樹に問うと、
美樹はシレッと、ん~~~。冴羽さんが悪いのよ。と答えた。
確かに、香が潰れている所をみると、婉曲的に僚が悪いんだろう事は察しが付く。
彼は、大きく溜息を吐いて、カウンターを片付けながら、美樹に僚に連絡するように言った。
「取敢えず、騒ぎの原因の男に、責任持って香を引き取りに来させろ。」


そして今現在、僚がキャッツに到着したというワケだ。
すっかり酔いの醒めた美樹は、ご、ごめんねぇ冴羽さん。と、苦笑いしている。
男達は、ヒッソリ小さく溜息を漏らす。
「…いや、こちらこそ。コイツが迷惑掛けた。すまん。」
ファルコンも美樹も、僚から薫る硝煙の匂いに気が付いていた。
すっかり脱力してフニャフニャの香を、背負った僚が店を出る前に、美樹が呟いた。
「冴羽さん、今日はナンパじゃ無かったのね。」
きっと僚は、昼日中から命懸けの綱渡りをしていたはず。
美樹の言葉に、僚は顔だけ向けてニヤッと笑うと。
「まぁ、俺だって偶にゃ真面目に働きますよ。んじゃね~~♪」
と言って、出て行った。








キャッツを出て、香を背負って秋の宵の街を歩く。
まさか香が、4日前の僚の所業から全て把握していたなんて。
迂闊だったと、僚は思う。
完全に香に、泳がされていた形である。
冴羽僚という男を、これ程までに掌の上で転がす事の出来る女など。
世界広しと言えど、まず香1人だ。

「〇$▼☆♫~~♯※」

背中で香が、何事か寝言を言う。
「何言ってっか、解んねぇぞ。おまぁ。」
僚は温かい背中越しの体温と、柔らかに凭れ掛かる心地イイ重みと、
カワイイ寝言に、思わず笑みを漏らす。

「・・・*♪☆♯・・りょお、のバカ。」

ある一部分だけ妙にクッキリした寝言を、またしても香が繰り出す。
「・・・・やなトコだけ、妙にはっきり言うんじゃねぇよ。」
僚は苦笑する。
もうじき、2人のアパートが見えてくる。
寝言に返事をしちゃいけないと、聞いた事があるが。
僚は返事をせずにはいられない。
起きている時には、素直な言葉がどうしても上手く出て来ない。
今のように、微笑みたいのに、ワザと仏頂面をしてしまう。
香の寝言にだけは、香が寝ていると解っている時だけは。
僚は安心して、素直になれる。


「・・・りょお・・・」

香は眠りの狭間に、僚の名だけを呼んで、またすぐに自分だけ夢の世界を彷徨っている。
僚は少しだけ、続く言葉を待ってみたけれど、香はスピスピと寝息を立てるだけだ。
「何ですか、姫。何か御用でしょうか?」
そう言って僚は、薄く笑う。
僚は空を見上げる。
秋の昼間の空は、何処までも澄んで蒼く高いけれど。
夜空もまた、夏とは違って少しだけ黒く深く見える。
黒い天の幕は、まるで己の心だと僚は思う。
その中に、キラキラと煌めく小さな星。
空が星を捕まえて飲み込んでしまえば、きっと星は輝きを失う。
だから、天はそのまま、あるがままに星を散りばめる。





香は僚にとって、相棒で。
時には、ダチで。母親のようでもあり。こんな風に、まるで妹のような時もある。
けれど、本当は。
恋い焦がれてどうしようもない、僚だけの一等星だ。



ねぇ、カオリン。俺、腹減ってんすケド。
やっぱ、飯抜きかな?











はい、飯抜きです。
自業自得。
[ 2012/10/24 20:46 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

lonesome 

「…ねえ、りょお?」

香がその話を始めたのは、2人のにゃんにゃんタイム第1ラウンドを終えて、
漸く、呼吸も落ち着いて来た頃だった。
とは言え、香の声は先程までの甘い余韻を色濃く残し、若干、舌足らずだ。
僚は、薄っすらと全身を桃色に染めた香を腕の中に囲い込み、
香の額に汗で張りついた柔らかな茶色いクセ毛を、そっと指で掻き分ける。
滑らかでまるで殻を剥いたゆで卵のような額に、僚はそっと口付る。
香はクスクス笑いながら、首を竦める。








ねぇ、りょお。
ん?
この世の中にね、1匹しかいない亀さんがね死んじゃったの。
ロンサム・ジョージの事か?
名前は知らないケド。
でね、その亀さんはね、40年前に一緒にいた同じ種類の仲間が死んでから、ずっと、1人なの。
うん。
でね、彼もね、やっと40年経って召されたの。
うん。
それって、どんな気持ちかなぁ。
・・・さぁ。







香の口調は、淡々としたモノだった。
その口振りから、香の心情を推し量る事は、僚には出来そうにない。
だから僚は、ずっと香の肩や背中や髪の毛を、優しく撫ぜる。
おまぁは、1人じゃないだろう?と。
僚は香には、さぁ?と惚けて見せたけど、本当はそれは考えたくも無いほど恐ろしい事だ。
香の質問なのか、疑問なのか、定かでは無いぼんやりとした言葉に、
僚は思わず、想像してしまった。
香のいない世界で、40年1人で生きる事を。
それはきっと、地獄よりも悲惨だ。











・・・私ね。
ん?
幸せだったんじゃないかなって思うの。
何が?
死んじゃって。だって、やっと逢えるでしょ?お仲間に。
・・・
もしもね、もし私だったら。そんな40年も1人で、生きていたく無いモン。
何だか知らない変な動物に囲まれて、誰も自分の仲間がいなくて。
それでも、何だか知らないケド、最後の1匹だからって大事にされて。
勝手にパートナー宛がわれて。
色々、観察されて。
そんなの、堪んない。
たった1人じゃ、生きていたってつまんないょ。









香はそう言って、僚の胸にペタリと頬を寄せた。
「・・・りょお?」
「ん?」
「ずっと、傍に居てね。」
僚は返事の代わりに、香のつむじにキスを落とす。









私、40年も頑張れないから。だから、1人にして置いてかないでね。
・・・そっくりそのまま、その言葉をお前に返すよ。お前こそ、







僚はその先は、言葉に出来なかった。
たとえ言葉だけの事だとしても、そんな事は考えるのも苦しい。
2人の生活は、満たされていて。
たとえ貧乏でも、心は豊かで。
ケンカもするけど、本音でぶつかり合う。
お互いの代わりなど、この世のどこを探したって見当たらない。
だから僚は、何があっても置いて逝かない。


僚は柔らかな唇に、キスを落とす。
薄くて甘やかな舌を絡め取る。
栗色の柔らかな癖毛の、汗でシットリした襟足を弄ぶ。
少しづつ体勢をずらしつつ、優しく組み敷いて、やんわりと拘束する。
ベッドと僚に挟まれて、身動き出来ない香の唇をとことん味わう。
淋しい言葉や、暗い言葉を紡ぐ、恋人の口は塞ぐに限る。
しばらく思うさま唇を貪って、香がグッタリと力を抜いた頃、僚が漸く離れる。
真っ赤に上気した頬。乱された呼吸。ボンヤリと水分の膜を湛えた瞳。
そんな全てが愛おしい女の耳元で、僚はニヤリと笑って卑猥な事を囁く。
「あのさぁカオリン、リョウちゃんの亀さんも、淋しいんだって。」


流石に快感に流されてボンヤリとしていた香も、この僚の台詞には眉を顰める。
「りょおの、エロオヤジ。」
しかし言葉とは裏腹に、香は華奢な両腕を僚の首に巻きつける。
香の茶色の瞳の中には、僚が映り込む。
僚の漆黒の瞳の中にも、香が映り込む。
2人だけの寝室の、お互いの腕の中で、2人はお互いが今日も生きている事を確認する。
その心臓が脈を打って、手や足が滑らかに動いてみせる事を。
肌や匂いや温度で感じる刺激が、脳に正しく伝わっているという事を。
それを確認するために、
2人は第2ラウンド目に突入した。


本当に淋しい時には、その淋しさになど気が付かない。
今2人は満たされているからこそ、失った時の事を想像して苦しくなる。
それはきっと、溺れている証しだろう。
決して、香を置いては逝かないと心に誓った僚だったけど。
それから数分後、アッサリと香に置いて逝かれてしまった。
まぁ、もっとも逝かせたのは、僚自身なのだが。


少しだけ遅れて、僚も“天国”へ逝く為に、ラストスパートをかけた。














はい、下ネタ。
お下劣、ワタシ(恥)

[ 2012/10/25 21:24 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題97. 数え切れないほどの

香が目覚めて布団から出た時、思ったよりも肌寒かった。
思わず、隣でまだ爆睡中の男を見遣る。
肌寒いのは、無理も無い。
2人とも昨夜の名残で、素っ裸だ。
それでも僚の腕の中にいる間は、寒さなど感じなかった。
体温の高い、人間湯たんぽのような恋人を見詰め、香はそのヒゲの伸び掛けた頬に口付る。
案の定、香の唇にチクチクとした感触が残る。


僚と一緒のベッドで眠るようになって、解った些細な事の1つが、この無精ヒゲ。
僚は元々、そんなに濃い方では無いし、毎朝きちんと剃刀をあてるので、
僚のヒゲの事など、一線を越える前の香にはサッパリ解らなかった。
ちょっと見だけでは解り得ない、愛しい男の細かな生きている証が。
香には、いつまで経っても新鮮だ。
それに僚はもっと、神経質に眠るのかと思っていたけれど。
意外にも、香の気配が僚の睡眠を妨げる事はないようだ。


もっともそれに関しては、勿論、不穏な気配があればすぐにでも、僚は目覚める。
けれど相手が香で、平和な長閑な2人の寝室に於いて、何も問題が無ければ。
僚はこの世で一番安らげる。
むしろ香だから、これ程までに無防備な僚を拝む事が出来るのだ。
それは僚が香の事を、心の底から信頼している証拠だ。当の香は、知る由も無いが。
まるで少年のような顔をして、スースーと寝息を立てて眠る僚を香は暫く眺める。
この寝室が自分の寝室であると言えるぐらいには、香も馴れてはきたけれど。
それでもまだ香は、少しだけ信じられない。
この憎らしいぐらいに美しい男が、自分の恋人だという事を。


香はもう少し、その温かな腕の中でぬくぬくと甘えていたい誘惑を振り解き、
ベッドの傍に落ちた、シンプルなコットンの白いショーツを拾い上げる。
昨夜、お風呂上りに穿いてからものの数分で脱いだ(脱がされた?)己の下着だ。
それをサッサと身に着けると、次は同じく白いコットンのTシャツを拾う。
以下同文。
ブラは無し。後は、オリーブグリーンのグラミチのショートパンツだけ。
今朝、床に放られた香の衣類はそれだけ。
少しだけ肌寒い朝には、非常に心許ない。


香はその部屋の奥の、カーテンで仕切られた小部屋へ入る。
僚のウォークインクローゼットだ。
ココのどこに何を仕舞っているのか、香は僚よりもむしろ詳しい。
作り付けの棚の中から、分厚いトレーナーを引っ張り出す。
僚のサイズなので、恐ろしいほどブカブカで、けれどとても温かい杢グレイのそれは。
香の密かなお気に入りだ。
そしてそれは、勿論僚もまたお気に入りで。
僚がそれを、いつから愛用しているのか香は知らない。
きっとそのトレーナーと僚との付合いは、香と僚よりも長い。
袖口は所々、綻び、色も褪せている。
だけど大切に清潔に何度も洗い晒されたそれは、妙にしっくりと肌に馴染むのだ。
香はそれを着ていると、まるで僚に抱き締められているようで。
それも気に入っている、1つの要因かもしれない。


まだ、朝ご飯を作るには、少し早い。
どうせ僚はまだ起きないので、香は先に洗濯を始める。
漸く秋らしい気候になって来たので、タオルケットを洗おうと思っていたのだ。
だから昨夜から2人の寝室には、冬仕様の毛布が数か月ぶりに登場した。
夜の間にタイマーでセットしておいたタオルケットを、洗濯機から取り出す。
たった1枚なのに、キングサイズのそれは、水分を含んでずっしり重い。
軽く八つ折りにして、洗濯籠へ入れる。
それを抱えて屋上に上がるのだ。
日頃のシャツやジーンズや下着ぐらいなら、ベランダ干しで充分だけど、
こういった寝具やシーツを洗った時には、屋上に干す。
この所、ずっと晴天が続いているので、香は安心して屋上へ向かう。










屋上で一仕事やり終えた香は、手摺に凭れて暫し休憩する。
爽やかな秋の朝の、けれど少しだけ冷たい風に乗って、柔軟剤が薫る。
ボンヤリと香は、取り留めもない事を考える。
この屋上での僚との色んな思い出。
初めての僚からのチュウは、オデコだった。
あの時、寒さも忘れて小1時間突っ立っていた香は、しっかりと風邪を引いて寝込んだ。
あの時の自分が、今の自分を知ったらどう思うだろうと、香はクスリと笑う。
今では夜毎、温もりを分け合っている。
全裸で寝ても、風邪知らずだ。


勿論、あのオデコのチュウから月日は流れ、ホントのチュウでさえココで何度もやった。
時には、コンクリートの上に寝転んで、星を見たり。
寒い夜に、季節外れの花火をしたり。
ホースを握って、半分ケンカ腰で水遊びをしたり。
泣いたり、ケンカしたり、慰め合ったり、笑ったり、拗ねたり。
その度に、抱き締めあったり。
数え切れないほど、ココで過ごした。
ココに何度も2人の洗濯物を干し、何度もタオルケットと毛布の入れ替わりを迎えた。
何度だって、季節の移り変わりを僚と過ごした。
その積み重ねが、愛なんじゃないかなと、香は思う。










寝起きの僚が香の気配をたどって、屋上の扉を薄く開けた時、
香は扉に背を向けて、ボンヤリと手摺に凭れていた。
恐らくは、ココに来た目的であろう、風に揺られるタオルケットから、柔軟剤が薫る。
オリーブグリーンのショートパンツに、僚のオーバーサイズのトレーナー。
足元に転がった、ランドリーバスケット。
普通で考えれば、全く色気度外視のそのカッコに僚が妙にドキリとしたのは、
そのショートパンツからすらりと伸びた、美しい素足のせいかもしれない。
僚は思わず、ゴクンと唾を飲む。
(・・・腹減った。)


「お~~い、香ぃ。おまぁ、ボケッとしてたら風邪引くぞ?」
僚のその声に、香は満面の笑みで振り返る。
逆光の朝日がまるで、後光のようだと思って、僚は思わず目を細める。
僚には香が眩しすぎる。
僚は今でも少しだけ、信じられない。
己の腕の中に、香を囲っている事が。
この目の前の奇跡のように美しい女が、自分のオンナだという事が。









香は足元の籠を拾い上げると、小走りで僚に駆け寄る。
もう起きたの?早いね。
そう言って僚の腕の中にするりと入り込むと、僚の腰に腕を回す。
僚の背中に、空のランドリーバスケットがぶつかる。
僚は軽く口付ると、腹減った。と、甘える。



あ、ご飯まだ作って無いや。
げ、まじ?
ふふふ。てかなんで、作って無い時に限って早起きなの?
だって。・・・カオリンがホッペにチュウで起こしてくれたじゃん?



僚が耳元で囁くと、香は真っ赤になった。
起きていたのだ、この狸は。
香は小さな声で、意地悪。と呟いて、プゥッと膨れるとキッチンに向かった。
その後を、僚が付いて来る。
香は少しだけ拗ねて見せたけど、本当は少しも拗ねてなどいないのだ。
こうして、数え切れないほどの朝と夜と毎日を、僚と積み重ねていく事が。



きっと、自分がこの世に生まれて来た意味なのかなと、香は思っている。












カオリンは、
良い匂いがしそうだなと思います。
[ 2012/10/26 20:34 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題24. 戻らないもの

僚はいつでも冷静で。
僚はいつでも完璧。
僚は強くて、僚はいつでも生きて還ってくる。
僚はお調子者で、スケベで、楽観主義で、悲観主義で、浪費家で・・・・
でも。
それは、多分。
本当の僚じゃない。


本当の僚は、優しくて繊細なただのオトコ。





香は夢と現の狭間で、まどろんでいた。
いつも以上に、まるで乱暴な子供のような僚に抱かれて、翻弄された。
香はその行為の途中で、

僚が泣いているような気がした。

それでも。
涙は流していなかったから、本当のとこは良く解らない。
香が俯せで枕に顔を埋めて、あともう一歩で眠りに引き込まれかけたその刹那、
僚が香の髪を撫ぜながら、呟く。





・・・どうして、おまぁはココにいるんだ?どうして、俺なんかの傍に。





思わぬ僚の言葉に、香の眠気は一気に醒める。
ガバリと寝返りを打って、僚と向かい合う。
僚は一瞬驚いて、目を丸くする。
そして次の瞬間、とても優しい目をして香を抱き締める。
香は僚の背中を優しく撫でる。
いつもは大きくてタフな背中が、今日は何かに怯えているように見える。
僚は香の髪に顔を埋めて、じっとしている。
香は心の中で、何度も僚に問い掛ける。




ねぇ、僚?まだそんな事、考えてるの?
私の事、一生縛り付けてくれるつもりで、抱いたんじゃないの?
あのさぁ、僚。
私がアンタから離れてくと思ったら、甘いわよ?
私は何があっても僚の傍を離れない、きっと死ぬまで。






「りょお。」
「ん?」
「ずっと、居るから。・・・何処にも行かないよ、ワタシ。」
さっきまでの甘えた仔猫のような彼女とは別人のような、凛とした香の声音に、
僚は優しく目を細めると、フフと笑う。
香の好きな、少しだけガサガサしたセクシーな声で、
「あぁ、解ってる。」
と言って、僚は香にキスをする。











僚はとても物知りで。
僚は頭の回転が速くて、多分天才だけど。
時々とってもバカだと、香は思う。
香が何度伝えても、時々本当に忘れてしまう。
香が何処にも行かないのだという事を。
僚の傍に居るのが幸せなんだという、とても簡単でシンプルで当たり前の事を。
だから香は、何度でも伝える。
僚が忘れてしまうのならば、香が覚えてさえいればそれで良い。
香には。
戻る場所も、戻る世界も何も無い。
僚にも。
戻るべき所など、何処にも無い。
2人には、この2人のアパートがあるだけだ。
それだけで充分なのだという事を、
僚は時々ど忘れするので、香はいつも傍で伝え続ける。






ねえ、僚。
過去は変えられないし、戻れないんだよ。
まして心なんて、今更変えられないし。
出逢ってしまったからには、出逢う前には戻れないの。戻りたくないの。
だから。
ずっとずっと一緒にいよう?
一緒に眠って、一緒に食べて、
ずっと一緒に笑って、泣こう?
ずっと一緒に生きてこう?


ねぇ、僚。もう、戻る事なんて考えるのは、止めにしよう?













自分の腕の中のこの美しい女を、このまま誰の目にも触れさせず、独占していたい。
まるで魔物のように、凶暴で狂おしい欲望。
僚は自分が自分である事を、憎んでいる。



香の隣に並ぶ男として、俺は相応しくないと思う。
それでもどうしても、諦める事の出来ないオンナ。
香は慈愛に満ち、聡明で、美しい。
そして、救いようの無い大馬鹿だ。
俺がどんなに突き放そうとも、どんなに離れようと思っても、
まるでアヒルの子のように、俺の後を付いて来た。
俺なんかの傍に居ても、何ひとつイイ事なんかありゃしねぇのに。
辛い目に遭うだけなのに。
それなのに、香は。
過酷な時ほど、笑って見せる。
だから、俺も釣られて笑ってしまう。
泣いてるよりかは、笑ってる方が幸せだから。
俺の都合とエゴだけで考えれば、俺は香の傍に居るだけで幸せだ。



それでも、もしも。
もしも俺が今の俺じゃ無くて、普通の男で、こんな汚れた手じゃ無くて、
心に一点の曇りも無いままに、香を愛せたなら。
きっと、もっと幸せだったろう。




香はいつも僚を幸せにして、それと同時に哀しくさせて、
そしてその哀しみさえも、癒してしまう。
僚は香と出逢うまで、己の過去を顧みた事など無かった。
そんな事をしても無意味だと思っていた。
けれど今は、やり直せるものなら、真っ新になりたい。
香に似合う男になりたいと、僚は心底思っている。



俺で良いのだろうか。
何かの間違いじゃないのか。
香は後悔しないのか。
こんな風に幸せを感じる資格が、一体俺にあるのだろうか。


僚は飄々とした顔の下で、いつもまるで迷子の子供のように彷徨っている。
それでも。
先に進んでも、後に戻っても、哀しい事が沢山あるのがこの世の常なら。
いっそ、2人でその波間を漂って行くのも、悪くは無いかもしれない。
哀しければ、2人で泣けばいいのかもしれない。


香はいつも、僚にそんな風に思わせてくれる、唯一の人間だ。

戻ったって辛いだけなら、
        2人で哀しい方がずっとイイ。











ちょっと、弱ったリョウちゃん。
本当に強いのは、きっとカオリンの方だと思う。
[ 2012/10/27 20:44 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレルです。
夫婦探偵シリーズの2人が、夫婦になる前のお話しです。
高校生(その前から)のカオリンを、リョウちゃんが大人げなく洗脳して、
夫婦になるまでのお話しです。


パラレル、全然OKな方だけ『第1話 初恋の彼』にお越し下さいませ。





リョウちゃん(29歳)・・・新宿の種馬。探偵(独身)。槇村兄妹とは、幼馴染み。
              カオリンが幼少の頃より、嫁として娶る事を勝手に決意。
              決して、ロリコンのつもりは無いが、
              シスコンの秀幸からは、ロリコンの認定を受ける。
              

カオリン  (17歳)・・・高校3年生。3月生まれなので、18歳になるのは卒業式の後。
              小さい頃は、僚はただの兄貴のお友達のお兄ちゃんだったが、
              思春期を迎え、僚の努力の甲斐もあり、晴れて初恋の人になる。
              自覚は無いが、極度のブラコン。


秀幸    (29歳)・・・香の兄、僚の親友。警察官。自他共に認める、極度のシスコン。
              母親は香が物心つく前に他界、
              父親は香が中学に上がった年に殉職。
              その頃には既に秀幸も警察官だった為、兄であり槇村家の大黒柱でもある。


ミック   (29歳)・・・僚と秀幸の高校時代からの親友。フリーのジャーナリスト。
              僚とは双璧を成す、プレイボーイ。無駄に男前。
              香の事も、4歳の頃から知っている。
              最近すっかり超絶別嬪に育ったとはいえ、
              さすがに高校生はまずいだろと思いながら、密かに僚を観察している。
              とは言え、香を見て可愛いなあとは考える、完全なる色魔。


伊集院隼人&美樹・・・僚のビルのすぐ近くにある喫茶店キャッツ・アイを営む夫婦。
              僚は暇な時、大抵ココに入り浸っている。
              僚と香の恋愛を、陰ながら応援している。


じいちゃん(教授) ・・・僚の祖父。香の事を、孫である僚以上に溺愛する爺さん。
              なにやら凄い人らしいが、その片鱗は無し。






伊集院夫妻や、じいちゃんは出演の機会があるかどうか今の所未定ですが、
どっかでブッ込んでいけたら良いなぁと、目論んでおりまっす。

夫婦の“リョウたん&カオリン”の恋人時代です。

第1話 初恋の彼

「香ぃ~~、またお迎えに来てるわよ。香の か・れ・し

今週の教室の掃除当番である香が、教室の床を掃いていると、
そう言って親友の絵梨子が教室へ駆け込んで来た。
先程ホームルームを終え、まばらとは言え、未だ数人のクラスメートは残っている。
めいめいが部活に行く前だったり、放課後の課外に行く前だったりするこの時間。


香も絵梨子も、この後の予定は無い者同士だ。
2人とも、進学は希望していないので、わざわざ課外など受けない。
帰宅部なので、部活にも出ない。
至って地味な高校生活も、もう残すところ1年を切った。高校3年生の4月半ばである。
部活にも、委員会にも、面倒臭い事には何ひとつ参加しない地味な彼女らだが、
彼女たち自身は、決して地味では無い。
香も絵梨子も、校内で知らぬ者はいないほどの、美人2人組だ。
特に香は、男女問わずモテまくっているが、本人にその自覚は無い。


絵梨子の言葉に、数名の男子が無表情に固まっている。
何処かで机の上から、派手に筆記用具を取り落す音が聞こえるが、2人は無関心だ。
そして当の香は、絵梨子の言葉にキョトンと首を傾げる。
「???かれし・・・???」
そんな香に、絵梨子は窓際で校門を指差す。
「ほら、あの人。こないだもお迎えに来てたじゃん?彼氏さんなんでしょ?」
後は部室に行くだけの数人の運動部男子が、話の続きを聞く為に、
無駄な時間稼ぎをしている事など、彼女たちは全く気付いていない。


絵梨子に釣られるように、香も窓際に近付く。
遠くに見える校門の傍に佇んでいるのは、薄らでかい大男、冴羽僚だ。
「あ、リョウたん。・・・ふふふ。違うよ、絵梨子。リョウたんは、彼氏じゃ無いんだよ。」
そう言って、香がニッコリ微笑む。
この無敵の微笑みが、一体何人の男子を参らせているのだろうと、絵梨子は思う。
「じゃあ、あの人は香の何なの?一体。」
そんな絵梨子の質問は、どストレートで、
時間稼ぎ男子たちは、心の中で絵梨子に賞賛の拍手を送る。
「・・・?何?・・・って、何だろう、解んないや。えへへ。」
そんな風に笑う香は、一見美少年にも見えるほど、涼やかな印象の爽やかショートヘア美人だ。
実際、下級生女子からの香のモテ方は、異常である。
時間稼ぎ男子たちは一転、答えの出ない一連の2人の遣り取りに、落胆の溜息を漏らす。
勿論、彼女たちの知った事では無い。










僚は、香の初恋の人だ。
それまでただの幼馴染みのお兄ちゃんだったケド、
中学生の時初めて僚を好きだと、香は自覚した。
でも、その時には僚はもう大人の男の人で。
とてもカッコイイし、きっと彼女さんぐらいいるに決まっていると、
香は最初からそう思っている。
僚と兄の秀幸は親友で、僚はしょっちゅう槇村家へ遊びに来るし、時には泊まってゆく。
だから香にとって僚は、初恋の人であり、兄貴みたいなモンである。


香が高校生になってから、秀幸は刑事になった。
それまでは比較的、時間に余裕のあった兄が一転、
超多忙になり、家に帰って来る時間はまちまちだ。
独身の働き盛りの刑事など、こき使われるのが当たり前で。
香も淋しいなんて言えない事は、百も承知だ。
傍から見ると槇村兄妹は、異常なまでの仲良し兄妹なのだ。
特に兄の妹に対する溺愛振りは、時に周りがドン引く程である。


しかし兄妹にとっては、子供の頃からのその距離感は当たり前で、
香は初めの内は、兄のいない夕食のテーブルが淋しくて辛かった。
そんな香の傍に居てくれるのは、いつだって僚だった。
僚は秀幸の次に、香の事なら何でも知っている。
香が淋しがっている事も、そしてそれを決して表には出さない健気な所も。
そして何より、僚はいつだって暇だし、香は僚にとって将来の嫁なのだ。
僚以外、誰も知らない事だが。


今現在、秀幸は大きなヤマを抱えていて、家に戻るのはせいぜい2~3日に一度だ。
だから僚は最近、堂々と香を誘っては夜の街に連れ出している。
勿論、いつもの僚のテリトリーのような、如何わしい場所では無い。
至って健全なデートである。
食事に連れて行ったり、映画を見たりだ。
傍から見れば、単なる兄妹か援交にしか見えないデートだが、僚は虎視眈々と狙っている。
香をモノにする日を。


普段、槇村兄妹は外食などしないので、香には全く縁の無いようなイタリア料理屋に、
僚は制服姿の香を連れて行った。
食事をしている間ずっと、香はその味に感動し、家で兄に作ってやるんだと微笑んでいた。
それはいつもの事だ。
兄妹、仲が良過ぎるのだ。
そこに有るのは純粋な家族愛だと、僚も重々理解はしているが、
この様な香を見るにつけ、僚は心の底から親友に嫉妬する。
しかしその一方で、親友に対して優越感も覚える。
何しろ兄貴では、どんなに愛していても結婚は出来ないのだ、永久に。
兄貴のような信頼を得、その実、恋人にも夫にもなれる自分のポジションが、
実は最も美味しいのではないかと、僚は密かに思っている。
今はまだ香の様子を見ながら、少しづつ手なづけている段階だ。
僚の最終目標は、香を娶る事だ。それ以外、僚の望む事など無い。





食事を終えて、僚は香を家まで送る。
住宅街の中の公園を2人で歩いている時だった。
もう槇村家は、目と鼻の先だ。
香は学校での他愛ない出来事を話して聞かせていた。
僚はそんな香の言葉を、一言一句漏らすまいと、相槌を打ちながら必死に聴いている。
男子高校生になど、負ける気などしないが、万一香に手を出す輩がいては大変だからだ。
何事にも、リサーチは大切だ。
「・・・でね、絵梨子ったらね、リョウたんの事“かれし”だなんて言うんだよ?」
香はそう言って、可笑しそうに笑った。
香にとっては、きっと自分は兄貴のようなもんなんだろうと、僚は少し遺憾に思う。
しかし思うだけでは終わらないのが、冴羽僚である。


僚はいきなり、香の華奢な手頸を掴むと、自分の胸に抱き寄せてキスをした。


香の手から、重たい学校指定の通学用バッグが落ちる。
子供の頃から何度も、兄や僚と遊んだこの公園で、香は突然僚にキスされた。
その事を理解するまでに、少しだけ時間が掛かった。
触れるだけのキスを終えても、僚は香を抱き締めている。
辺りはすっかり真っ暗で、公園の隅にある街灯だけが2人を照らしている。
香は何だか妙に照れ臭かった。
キスをした事もだけれど、僚の腕の中に囲まれている事が。


「あ、あああの。・・・リョウたん?」
「ん?」
「・・・・ど、どうしたの?急に・・・」
「・・・嫌か?」
僚は優しい目をして香に問う。
香は思わず、フルフルと首を振った。
嫌なワケでは無い。僚は大好きな、初恋の人で、今現在も片思いの人なのだから。
僚はフッと笑うと、噛んで含めるように香に言った。


俺は・お前の・彼氏だから。


「・・・ふぇ?」
香はまさに狐に摘まれたかのように、ポカンとしている。
僚はそんな可愛い女に苦笑する。
もう一度、柔らかそうなホッペに軽くキスをすると、OK?と訊ねる。
香は見る見るうちに真っ赤になるものの、小さくコクンと頷いた。
そんな香に、僚はますます笑みを深くすると、
今度は触れるだけじゃない、舌を絡めるようなキスをした。


すっかり息が上がって、グッタリした香を抱っこして僚はブランコに腰を下ろす。
香を膝の上に乗せて、香の躰を己の胸に凭せ掛ける。
少しだけブランコを揺らしながら、香の髪を優しく撫でる。
暫く2人とも言葉も無く、ボンヤリする。
香の呼吸が整った頃、ポツリと呟く。
「・・・知らなかった。リョウたんが彼氏だったなんて。」
「・・・そうか?」
「・・・うん。」
「じゃあ、今日1つ勉強になったな。」
そう言って僚が、ニヤリと笑う。





それが2人のファースト・キスだった。
槇村香はまだ知らない。
近い将来、この男が己の生涯の伴侶となる事を。



(つづく)


第2話 リョウたんの彼女

「で?香はどう思ってんの?その、リョウたんさんの事。」

お弁当箱の中の薄焼き卵を纏ったチキンライス(完全なるピカチュウの形である。)を、
惜しげも無くフォークで崩しながら、絵梨子は香にそう訊ねた。
香は絵梨子の質問の内容よりも、絵梨子のお弁当箱に釘付けになる。
(あ、ピカチュウ・・・・)
絵梨子のママが作るお弁当は、毎日完璧なキャラ弁だ。
香は毎日それを見て感嘆の声を上げるが、当の絵梨子は子供っぽい、と言って眉を顰める。
香の作るお弁当の方が、よっぽど美味しそうだという。
確かに香の作る弁当は、何日かに一度、朝一緒に家を出る兄の分の弁当も一緒に作っており、
まさか捜査一課の刑事の弁当がキャラ弁というワケにもいかないので、至って普通の弁当だ。


2人は中庭の芝生の上で、脚を投げ出して弁当を食べている。
梅雨の少し手前の、気持ちのイイ春の日差しが2人に降り注ぐ。
2人は恋バナをする時には、お弁当はココと決めている。
教室で食べる時には、いつも不定期で5~6人の女子で輪になって食べるので、
聞かれたくない女友達も中には居るのだ。
まるでスピーカーみたいに、お喋りなヤツとか。
今日の議題は、香と例の“リョウたん”という彼についての筈だが、
当の香は、何やらポケッと他人事だ。


「ちょっと、香?聞いてんの?」
「ん?何が?」
ブロッコリーを頬張りながら、キョトンと首を傾げる親友に、絵梨子は溜息を漏らす。
「どうしたの?溜息なんか吐いて。何か、悩んでんの?」
そんな事を言う香は、先程の絵梨子の質問など聞いちゃいないのだった。
「私は何にも悩んでないわよ。悩んでんのは、香の方でしょ?」
「ほぇ?」
「愛しのリ・ョ・ウ・た・ん
絵梨子がニヤリと笑って香の耳元で囁くと、香は途端真っ赤になる。


数日前、香は家の近所の公園で、僚にキスされた。
そして、僚は香の彼氏なんだという事実を知らされた。
そんな一方的な通達は、香にとってはまさに青天の霹靂で。
この数日は1人悶々と、その僚の言葉の意味について考え続けた香だが、
結果、絵梨子に相談しようという、何の解決にもならない答えを導き出した。
そして、この日の午前中の授業4コマを最大限に使っての手紙のやり取りによって、
数日前、香の身に起きた重大事件(彼女たちにとって、ファースト・キスは事件だ。)は、
絵梨子にも知らされる事となる。
因みに、絵梨子と香の席は隣同士なので、手紙のやり取りが教師にばれる事はまず無い。


「・・・い、愛しのって・・・」
香は真っ赤になって、遠い目をしている。
「で?どう思ってんの?香自身は。」
香の極度の奥手っぷりには、絵梨子は慣れている。
香の動揺など軽く無視して話しを進める。そうじゃ無いと、昼休みだけでは時間が足りないのだ。
「どどどどうって???」
あまりの香のドモリ方に、絵梨子は思わず苦笑する。
「だからぁ、そのリョウたんさんの事。好きなの?どうなの?」
香はいきなり素に戻って、絵梨子、リョウたんにサン付けはヘンだよと、ヘラヘラ笑う。
絵梨子はそんな親友の頭を軽くはたいて、そんな事はどうでもイイからと先を促す。


「どっちなのよ?」
「な、何か絵梨子怖いよ?・・・・好き。」
眉間にシワを寄せた親友のあまりの剣幕に、香は漸く質問に答える。

いつから?

ん~~~、解んない。生まれた時からずっと知ってるし。お兄ちゃん的な意味ならずっと昔から。でも。

でも?

恋って意味なら、・・・中学ん時から。あ、でも、リョウたんは大人だし。
私の事なんか、ただの妹だと思ってんじゃないかと思ってたんだけど・・・何か違ったらしくて・・・

いくつ?

へ?誰が?

そのリョウたんに決まってんじゃん。

29。

大人だね。

うん、大人。

彼女とか、居るんじゃない?

・・・・

香?

そこ、一番気にしてんの(鬱)

よし。訊いてみよう。

は?

香、携帯出して。

え?

いいから、携帯。

今?

そう、今。

ええぇぇぇ~~~、今?







有無を言わせぬ親友の剣幕に慄いて、香は今携帯電話の呼び出し音を聞いている。
相手は勿論、私立探偵の冴羽僚である。
5回目のコールで、僚は出た。
「もしもし、どうした?カオリン。学校じゃないの?」
学校の中で僚の声を聞くのは初めてで、何故だか香はものすごくドキドキした。
「うん。学校。」
「なに?何かあったか?」
「ううん、別に何も無いケド。」
香がそう言った瞬間、絵梨子が隣で香の肩を小突く。
肝心な事を訊けとの、無言の圧力である。


「何だよ、カオリン。何にも無いのに、リョウたんの声聞きたかったんだ?かぁいい♪」
香が電話を寄越した経緯など知る由も無い僚は、電話の向こうで脳天気な事を言っている。
「あああぁのさぁ、リョウたん。」
「ん~~、マジでどうした???カオリン?」
「ちょ、ちょっとね。リョウたんに訊きたい事があって・・・」
「・・・何?」
「・・・・ん~~と。リ、リョウたんって、彼女さんとかいるの?かなぁ・・・なんて。


香がわざわざ僚の携帯に電話して来る事など滅多に無いので、僚は内心何事かと心配していた。
そして一体何を訊かれるのかと、妙に緊張していたが。
何の事は無い。
カワイイ僚の未来の嫁は、何とも可愛い質問を引っ提げて、電話を寄越してきた。
思わず僚の顔に笑みが広がる。
この前の夜の、公園でのキスが脳裏に甦る。
「いるよ。」


え?

香は僚のそのひと言に、泣きそうになった。
あの夜、香は一晩中眠れなかった。
嬉しくて、ドキドキしていた。
でもやっぱり、リョウたんにとって自分は、妹だったんだ。
香の目の縁に、ジワリと涙が滲む。


「どんなヒト?」
「誰が?」
「リョウたんの、彼女さん。」
「・・・・・・かわいいよ。」
「そっか。」
「うん。てか、おまぁだけどね。」
「え?」


だからぁ、この前言わなかった?
俺がカオリンの彼氏なら、カオリンは俺の彼女じゃん?
違う?



「そ、そうなの?」
「そうじゃないの?」
「そうなんだ。」
「そうだよ。・・・OK?」
「は、はい。」
僚は何だか妙なやり取りに、クツクツと笑う。
「なぁ、カオリン。おまぁは、俺の彼女なんだから。いつでも、電話しろよ。待ってるから。」
・・・うん。ありがとう。じゃあ、また。
「あぁ、しょうもねぇ事ばっかしてないで、ちゃんと勉強しろ?」
「えへへ。じゃあね。」
「ああ。」




“彼氏”との通話を終えた香を待ち受けていたのは、瞳をキラッキラさせた親友だった。
「何だって?やっぱ、居るって???」
そう言って身を乗り出す絵梨子に、香は苦笑しながら答える。

「・・・なんかね。」
「うんうん。」
「・・・私だって。」

ヤッタじゃぁぁ~~~ん!!!
そう言って親友は、香を抱き締めて、自分の事のように喜んでいる。
香はそれを見て、嬉しくなった。
さっき電話で言われた僚の言葉が、本当の事なのだと実感できた。



しかし、2人はまだ気が付いていない。
昼休みはとうに終わり、とっくに午後の授業が始まっている事に。





(つづく)




第3話 幼馴染みの夜

「ごめんな、香。今日はホントに早く帰れると思ったんだよ、お兄ちゃん。・・・すまない。」


お兄ちゃん、大丈夫だから。
ホントに、気にしてないから。
お仕事頑張ってね。気を付けてね。


「あぁ、なるべく早く帰るから。」


うん、待ってる。
もう切るよ?


「あぁ、後でな」


うん、じゃあ。







秀幸からそんな電話が掛かって来たのは、18:30を回った頃だった。
下校時間の16:30頃に、香の携帯に秀幸から電話があった。
今日は久々に、早く帰れそうだと。
久し振りに一緒に夕飯を食べようと。
だから香はとても嬉しくて、兄の好物ばかり沢山作った。
ちょうど兄の好きな鶏の唐揚げを揚げている時に、その電話が入ったのだ。
帰る間際に入った、緊急通報。
今夜は遅くなりそうだと、秀幸は言っていた。
香は思わず、ダイニングテーブルの上を見詰める。


もう殆ど、支度は出来ている。
粉をまぶした唐揚げを揚げてしまえば、後は食べるのを待つばかりだ。
けれど。
香1人じゃ食べきれない。
今日は金曜日で、明日は学校がお休みだし。
お弁当も作らない。この大量の料理をどうやって片付けようか。
「・・・・・・どうしよう。」
香は受話器を握ったまま、暫し呆然とする。
取敢えず、唐揚げ粉をまぶした鶏肉だけでも揚げてしまおうと、香は受話器を置いた。










香は槇村家の小さなリビングで、電気も点けずにボンヤリしている。
ご飯はすっかり完成しているけれど、全く食べる気になれない。
この小さいけれど、一応庭もある古ぼけた一軒家は、両親が2人に残してくれたモノだ。
香は3人掛けのベージュのソファに座り、色んな事を考える。
死んでしまったお父さんの事や、写真でしか知らないお母さんの事や、
まだ、刑事になる前に交番で働いていたお兄ちゃんの事。
夕方に1人で家族の帰りを待つのは、淋しい。
それでも、香には待つ事しか出来ない。
香との生活を守る為に、兄は大変な仕事を頑張ってくれている。
勿論、その為だけじゃないけれど。
でも、兄が頑張ってくれているお陰で、香はご飯が食べられるのだ。
淋しいは、禁句だ。


そんな事を考えながら、香はいつの間にか眠っていた。


ピンポ~ン
玄関のチャイムの音で、香は目を覚ました。
一体、今が何月何日の何時なのか、ヘンな時間にうたた寝をした香は良く解らないまま、
兄が帰って来たと思って、玄関に向かった。











僚が槇村家の玄関のチャイムを鳴らして待っていると、暫くしてドアが開いた。
開いたと同時に僚の胸に飛び込んで来たのは、将来の僚の嫁。
香だ。

お兄ちゃん!!

そう言うなり、突進してくる香。
どうやら、人違いらしい。
僚は苦笑する。


「・・・カオリン、俺だ。」
その声に、香はハッと我に返る。
「あ、リョウたん。」
どうやら、少し寝惚けているらしい。
寝グセの付いた、柔らかいクセ毛。
少しだけ舌足らずな、鼻声。
そして。
頬についた涙の跡。
玄関から先は、電気が点いている気配も無く真っ暗だ。
僚は後ろ手に玄関のドアを閉めると、鍵を掛ける。


真っ暗な玄関先で、香の細い身体を抱き締める。
「寝てたの?」
香の背中を優しく撫でながら、僚が訊ねる。
香はコクンと頷く。
「槇ちゃんは?まだ、帰ってねぇの?」
「・・・うん。遅くなるって。」
香は心なしか涙声だ。
「それで?淋しくて泣いてたのか?」
そう言いながら、僚は香の涙の跡の付いた柔らかな頬にそっと口付る。
「・・・泣いてないもん。」
香はそう言いながらも、大きな瞳に見る見るうちに涙を溜める。
僚はニッコリ微笑むと、優しく口付る。
香の目からは涙が溢れて、キスは少しだけ涙の味がした。




お兄ちゃんが早く帰ってくると思ってね。

うん。

ご飯作り過ぎちゃって。

うん。

どうしていいか、解らなくなっちゃったの。

・・・・・・・カオリン。

ん?

俺、この前言わなかったっけ?

何を?

いつでも電話しろって。

あ。

淋しいよ~って泣く前に、俺に電話しろ。

////うん。

槇ちゃんはさぁ、オマーリサンだから、皆の正義の味方だけど。
俺はカオリン専用の正義の味方だから、電話1本で駆けつけるぜ?槇村家に。





そんな事を言っておどける僚に、香は漸く笑った。
「で?今日の晩ご飯のメニューは何?」
「ん~~と、鶏の唐揚げと、肉じゃがと、ツナサラダと、出汁巻き卵と、つみれ汁と・・・・」
「って、何人分?カオリン。」
「だから、作り過ぎたの。・・・食べてくれる?リョウたん?」
僚は満面の笑みで答える。
「喜んで。」










22:00を回ろうかという頃、秀幸が帰って来た。
リビングからは、賑やかなテレビの音と、妹と親友の笑い声。
秀幸がリビングに顔を出すと、香は満面の笑みでおかえりなさいと言った。
僚も、おかえり~~槇ちゃん、と言いながら、秀幸のカップでコーヒーを飲んでいる。


「来てたのか?」
「ああ。」
「何しに?」
「あ?飯食いに。」
「何でだよ。」
嬉しそうにキッチンで、料理を温め直す香に聞こえぬように、
兄達2人は、小声でぼそぼそと言い合う。
「食ったら、サッサと帰れよ。」
「何で?」
「・・・・こんな夜遅くに。香と2人きりなんて不謹慎だ。」
そう言って、苦々しい顔をしている秀幸をヨソに、僚は飄々としている。
「出たよ、シスコン発言。」
「僚、オマエなぁ・・・」
お兄ちゃあん、ご飯出来たよ~~~
何やらまだ言いたげな秀幸だったけど、香の声で兄達はいそいそとキッチンへ移動する。






「・・・・で?オマエ、もう食べたんじゃないのか???」
遅い夕食にありつきながら、秀幸が向かいに座った親友に至極真っ当な質問をする。
その質問に僚が答える前に、香が別の質問を被せる。
「リョウたん、ビール飲む?」
「おぅ、飲む。」
僚の前には、先程大量に揚げた唐揚げが置かれる。
秀幸の質問は、あっさりスルーである。
「お兄ちゃんは?どうする?」
そう言って、小首を傾げる可愛い妹に、秀幸はニッコリ笑うと、
「じゃあ、お兄ちゃんも飲もうかな。」
と答える。
「りょーかい。」
香はそう言って、冷蔵庫から冷えた缶ビールを2本取り出すと、テーブルの上に置いた。
お風呂沸かしてくるね。
香はそう言うと、キッチンから出て行った。



2人きりになると、再び先程からの親友同士の会話が始まる。
「それで?今日は何の用だ?」
「なに?槇ちゃん。そんなに自分の留守中に俺が来てたのが気に入らないワケ?」
「当たり前だ。オマエみたいな野獣が、香と2人きりなんて黙認できるか。」
「ひでぇ言われ様だな。今日あたり、槇ちゃんも事件一段落して、家に居るかなぁと思って来ただけじゃん。そしたら、カオリンが淋しいよ~~~って泣いてるしさぁ。」
「泣いてたのかっっ?!」
「あ?まぁ。多分な。頬っぺたに、涙の跡ついてた。」
「・・・そうか。」
「槇ちゃん、そんなしょげんなよ。仕方ないじゃん、仕事なんだし。」
「まぁ、それはそうなんだが・・・でも、香には悪い事した。」
「イイんじゃね?その分、俺が充分可愛がっといたから。」


僚のそんな言葉に、秀幸はあからさまにイヤな顔をする。
「・・・余計な事は、しなくてイイ。」
「何もしてねえし。」
キス以外は。
勿論、僚のその後半のひと言は、心の中で呟く。
ニヤニヤ笑う親友に、軽く溜息を吐きながら秀幸はじゃがいもを頬張る。
その時、廊下からペタペタという香のスリッパの足音が聞こえたので、
2人の会話も、自然と中断する。
兄達の攻防など知る由も無い香は、ニコニコしながら僚に問う。
「ねぇ、リョウたん。泊まってくでしょ?」
「おお。」
「じゃあ、客間にお布団敷いて来る。」
そう言うと、上機嫌の香は再び客間へと飛んで行った。


「・・・どういう事だ?」
「ま、まぁ。良いんじゃね?金曜日だし。」
たとえ世の中は週末、金曜の夜とは言え。
槇村秀幸に関しては、週末も日曜も祝日も関係無い。
片や冴羽僚に関しても、根無し草の自由業なので右に同じ。
今この家の中で、金曜の夜に自由になれる身分なのは、高校生の香だけである。
もっとも冴羽僚に関しては、週末は関係無いがむしろ毎日が日曜日みたいなモンである。
「オマエに、週末も平日も休日もあったなんて初耳だな。」
「うん。俺も初耳♪」
何を言われても飄々とした親友に、秀幸は半ば呆れている。


「でも。お兄ちゃん恋しさに、泣いてるなんて。カオリンもまだまだお子ちゃまだな。あの分じゃ、当分“彼氏”なんか出来んな。」
僚が楽し気な表情で呟く。
秀幸は口に含んだつみれ汁を、ブッと吹き出す。
ばっ、ばかっっ。かかか彼氏なんて、まぁだ早いっっ!!
真っ赤になってそう言う秀幸に、僚は呆れたように笑う。
「槇ちゃん、きょうび中学生でも色々やってるよ?カオリン、もう高3だぜ?」
「よよよよその子は、よその子だっっ。ウチは、不純異性交遊は断じて禁止だっっ。」
「ふ~~~ん、そんなもんかね。」
「そんなモンだっっ。一人っ子のオマエに、可愛い妹を持った兄の気持ちが解るかっっ。」
「・・・へいへい、さいですか。お兄様。」


僚は内心、不純異性交遊がダメなら、結婚前提のお付き合いは?と訊いてみたかったが、
まだまだ命は惜しいので、そんな言葉は呑み込んだ。
僚は時々、こうして秀幸の事を探っている。
香を手に入れるという事は即ち、もれなく兄貴も付いて来るという事だ。
香を手なづける事よりもむしろ、難関はコチラの方だ。
秀幸とは、物心ついた頃からの付合いだ。
一見温和そうに見えるこの男が、実は相当な手練れだという事は、
誰あろう幼馴染みの己が、一番良く知っている。
しかも、こと妹に関する事に、幼馴染みも親友もきっと関係無い。
手を出しているのがバレた暁には、きっと地獄を見るに違いない。
しかしそんな事で諦めていては、一生香を娶る事など出来ないので、
こうして少しづつ様子を見る作戦だ。
多分、香が高校生、否、未成年のうちは、この兄貴は要厳重警戒だ。
だからその前に、外堀をしっかり固める意味でも、香の方から攻めている訳である。
秀幸の唯一の弱点は、香である。香が白いモノを黒と言えば、頷く兄である。
一番の攻略法は、香を味方に付ける事なのだ。


「僚、もうこれ以上メシが不味くなる様な話しは、止めてくれないか?」
「相変わらず、シスコン振りがハンパねぇな、槇ちゃん。カオリンの将来が心配だわ。」
「大丈夫だ。オマエに心配されなくとも、香の将来は安泰だ。」
そう言って秀幸は、ニッコリ微笑む。
同じ兄妹でも、これ程までに笑顔の表す意味が異なる2人も珍しい。
秀幸のそれは、半分威嚇だ。
僚も仕方なく、はははと乾いた笑いを漏らす。








そこに客間で僚の布団を敷いていた香が戻って来た。
そんな2人の微妙な空気など、全く気が付かない香は僚の隣に座る。
「ねぇ、リョウたん。DVD借りに行こう?」
「お、良いぞ。何借りる?」
「怖いのと、エッチぃの以外。」
「いつ俺が、そんなん借りたよ?」
「いつもじゃん。」
楽し気な会話が弾む2人に、秀幸が咳払いをする。
「あ~~、香?もう、夜遅いから。止めた方がイイんじゃないかな?」
僚に対峙していた時とは、まるで別人の弱腰なお兄ちゃんである。
「えぇ~~良いでしょ?お兄ちゃん。明日はお休みだし。てか、お兄ちゃんも一緒に行こうよ♪」
そう言って甘える香に、秀幸は既にデレデレである。
「ん~~、お兄ちゃんは明日も朝早いからなぁ。あんまり、夜更かしするんじゃないよ?」
「はぁ~~い」
アッサリ、許可する兄である。
僚は、秀幸のそのあまりの豹変ぶりに、毎度の事ながら仰天する。
やはり僚にとって、敵は槇村秀幸、その人である。








翌日、早朝。
秀幸が起床してリビングを覗くと、ラグの上に最愛の妹と、破天荒な親友が雑魚寝していた。
テレビの画面は、とっくにその洋画を流し終え、盛大な砂嵐が吹いている。
2人ともスヤスヤと爆睡している。
そんな2人を見て、秀幸はクスリと笑う。
昔から、僚と香は妙にウマが合う。
まだホンの小さい頃、泣き出した香に、
秀幸が何をしても泣き止まないのに、
僚がアッサリと香を笑わせる事に、秀幸はいつも嫉妬した。
香は母親の顔を覚えていない。
僚もまた、赤ん坊の頃に事故で亡くした両親の事は覚えていない。
きっと2人には、誰にも解らない秀幸にさえ解らない、
特別な絆があるのではないかと、秀幸はいつも思っている。
秀幸は香の事が可愛くて仕方ないが、同時にロクでも無い親友の事をもまた、
出来の悪い弟のように思っている。






しかし、槇村秀幸はまだ知らない。
昨夜、24時間営業のレンタルビデオ店への行き帰り、仲良く手を繋いで歩く2人を。
ビデオ屋の出入り口付近に置かれたプリクラ機で、仲良く記念撮影した2人を。
家のすぐ傍の、例の公園で、またしてもキスした2人を。

そして近い将来、彼が義理の弟になる事を。





(つづく)