お題49. 眉間に寄るシワ

ミック・エンジェルはまるで、
皿に残された料理を貰ってイイか、と訊ねるように、
軽いノリでそう言った。

新宿・歌舞伎町、とあるバー。
2人はこの1時間ほど、他愛の無い話しをしながらグラスを傾けていた。
どういうはずみか、ミックの個人的趣味か、話題は香の事になる。
そして、ミックは言ったのだ。
「なぁ、リョウ?」
「あん?」
「オマエが喰わないんならさぁ、オレがカオリ喰ってもイイ?」
ブッッ~~~~
さながら噴水である。
僚は口に含んだバーボンを、殆ど吹き出した。

Oh~~~,リョウ汚いなぁ。全く…
ミックはそんな事を呟きつつ、で?どうなの?と、更に僚に詰め寄る。
勿論、ミックが本気でその気なら、わざわざ僚に伺いなど立てるつもりは無い。
むしろ、バレ無いように、コッソリやる。
まぁ、100パー無理だけれど。
ミックがこんな事を言うのは、僚があまりにも焦れったいからである。
なんの気持ちも無い、どうでもイイ相手なら散々ヤリまくるクセに、
いざ本命となると、この種馬は途端、可愛らしいポニーへと早変わりする。

僚も香もお互いに、ガッツリ惚れ合っているのは、紛れもない事実である。
そこに疑いの余地は無い。
ポーカーフェイスが板に着いた僚はともかく、香に至っては、
口では何と言おうが、僚への恋心はダダ漏れである。
漏れていないと思っているのは香本人だけで、僚にすらバレている。
それならば、何を躊躇う事があるのか、サッサと喰えばイイ物を、
僚はのらりくらりと、曖昧に暮らしている。
それはミックにとっては、お伽噺のような世界だ。

目の前に、ガッツリ惚れた、めちゃめちゃマブイ相方がいて、
その子も自分に惚れていて、毎日1つ屋根の下で生活を共にし、
料理が神がかり的に上手くて、周りの男が涎を垂らして狙っている。
そんな状況下で、手を出さずにいるなんて、
ミックだったら、発狂する。
というか、手を出す。絶対に出しまくる。自分好みに、色々仕込む、きっと。



「ぶわぁっかかっ、テメェ。ぶち殺すぞっっ」
テメェは、家帰ってかずえちゃんだけ喰っとけ、この色ボケがっっ



そう言った僚は、一応は香に対する気持ちを暗に認めたという事か。
「Why?なんで、今カズエの名前が出るんだよ?オレは、カオリの話しをしてるんだぜ?リョウ。カズエとの事は、オレと彼女の問題だ。オマエには関係無いよ、リョウ。それに、愛する女が1人じゃないといけないなんて決まりは、無いしね。」
そう言って、ミックは僚にウィンクする。
「ケッ、この節操無しが。」
僚は心底イヤそうに、眉間に皺を寄せる。
「節操の無さを、リョウにとやかく言われる筋合いは無いよね。」
そう言って、ミックは綺麗な顔で微笑む。
話しの内容はともかく、それだけで軽く2~3人は落とせそうな笑顔だ。




昼間、ミックは冴羽家のキッチンで、香と午後のティータイムを満喫した。
それはいい。いつもの事だ。
ミックは時々、僚の目を盗んでは香とのひと時を、楽しんでいる。
香は大抵いつも、アッサリとしたボーイッシュな恰好をしているが、
今日は少し違った。
玄関先でミックを迎えた香は、異常に可愛かった。
白い涼しげな、柔らかそうなワンピース。
ノースリーブのそれは、香の華奢な長い腕や、芸術的な鎖骨を、
一層引き立て、まるで香は妖精のようだった。

これじゃ、まるでホントに女神じゃないか。

「ハァイ、カオリ。今日は随分、カワイイ恰好じゃないかぁ、とても似合ってるよ。」
そう言って、直球ど真ん中で褒めちぎるミックに、香は俯いて頬を染める。
そんな表情がまた、男をそそるのだなんて、香は全く解っていない。
「…ははは、ス、スカートだからねっっ」
と言って、香は照れる。

香曰く、暑いので涼しいカッコで家事をしていたとの事。
今日は買い物に出る必要も無いし、伝言板はもう見に行ったし。
あとは家から出る予定も無いので、このカッコなのだという事だ。
もしもこんなカッコで、外に出たら僚からチャラチャラすんなって怒られちゃう、
と香は苦笑した。
僚が怒る要因が、他にもあるという事に気が付かないのが、香である。
他でも無い、僚は自分以外の野郎の目に、こんな香を触れさせたくは無いのだ。

「僚は何て言ってた?香のこの服見て。」
ミックが訊ねると、香は不思議そうに首を傾げた。
何でここで、僚の話しになるの?とでも言いたげに。
「別に、何も?どうして?」
香はポカンとしている。
「ん?そりゃあ、僚もさぞかしドキドキしたんじゃないかと思ってね。カワイイから。」
そう言って、ミックは香にウィンクを飛ばす。
「まさか。僚に限って、それだけは有り得ない。僚は私がどんなカッコでも、興味無いのよ?ジャージでも何でも、裸じゃ無ければ何でも一緒よ?」
そう言って、香はミックのウィンクごと一蹴する。
そして、ケラケラと楽しそうに笑う。
こういう時だけは、ミックは僚に少しだけ同情する。
もしかしたら、僚が香を女扱いしていないのでは無く、香が僚を、
男として見ていないんじゃ無いのか?と。
だとすれば、結構な大惨事だ。




「オマエさぁ、リョウ。」
ミックがニヤッと笑う。僚の眉間の皺がより深くなる。
「あ゛あ゛?ぁんだよ?」
「カオリのあんなカッコ見といて、手も出せねぇなんてまさか……
                    EDじゃないよね?
ミックは、クスッと笑ってバーボンを飲み干すと、
僚の肩を、ポンポンと軽く叩いてバーを出た。
完全に僚は、同情されている。




残された僚の眉間には、ますます深く皺が刻まれる。

っつ~かアイツ、
何で香の今日の恰好知ってんだよっっ。
ぬっ殺す。


お外に出ようが出るまいが、明日っから香のチャラチャラしたカッコは、
全面禁止が、今決定した。











カオリンの与り知らぬ所で、
暑苦しい攻防は、続いております。
ご愁傷様です。
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[ 2012/09/01 21:01 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

悩める種馬(前篇)

『後悔先に立たず』

そんな諺がある。まさに先人は、よく言ったもんである。
冴羽僚は今、自宅アパートの屋上に佇んで、1人煙草を吹かしながら、
激しく後悔していた。
時刻は深夜、いつもなら僚がキャバクラやゲイバーで、
ドンチャン騒ぎをしている頃合いである。
階下では、最強にして最愛なる麗しのパートナー、
槇村香嬢が、スヤスヤと健やかに眠っている。
その天使のような寝顔が、今日に限っては僚を1晩中苦しめているのだ。

僚と香は、これまで散々周囲をヤキモキさせながら、
漸くこの数ケ月、少しづつではあるが、確実に距離を縮めつつあるらしい。
最近では、仲間内の集まる喫茶キャッツ・アイで、
僚が香にキスをするなどして、恥らいハンマーによって叩き潰されるという、
これまでに無いパターンの、器物損壊事案が発生している。
結局の所、収まるべくして、上手く収まった2人ではあるが、
キャッツの被害がゼロになる日は、まだまだ遠いようである。

それにどうやら、美樹が巧みに香から聞き出した情報に寄れば、
2人はまだ、キスしかしていないようである。
意外にも、香相手に苦戦している冴羽僚に、
周囲の姦しい女達は、当人達の居ない所で言いたい放題である。

『冴羽さんたら、案外口ほどでもないのね。』(美樹)
『あら、僚はあぁ見えて、純情なのよ。』(冴子)
『やだぁ、今まで散々遊びの相手にモッコリし倒して、あの歳で不能になっちゃったとか?』(かすみ)
『ったく、僚のヤツホンット、失礼なんだからっっ!!気の無い女には、散々手ぇ出そうとするクセに、肝心の本命にだけ奥手なんて!!』(麗香)
『ふふふ。昔は冴羽さんの事が好きだった事もあったけど、ミックに出会えてホントに良かったわぁ。ミックなら、ここぞという時には必ずキメテくれるもの。』(かずえ)
『この際取材と称して、2人のお膳立てをするのもイイかもしれないわ。勿論、バッチリ新作の参考にはさせて貰っちゃうけど…』(唯香)

この様な雑音に、香は全く気付いていない。
以前の香は、僚に女扱いされる事に憧れを抱いたものだが、
いざ、されたらされたで、新たな悩みの種がある。
処構わずの僚のキスに、香は1日中怯えて暮らしているのだ。
それが家の中だけなら、まぁ恥ずかしいけれども、何とか耐えられるし、
正直、2人きりなので、嬉しかったりもする。
しかし最近では、
キャッツで美樹や海坊主や、ミックらと楽しく会話している最中ですら、
前触れも無く、それはやって来る。

香はそう思っているが、前触れが無いワケでも無いのも、実際の話しだ。
前触れに気付いていないのは、当の香だけで。
周囲からすると、何故気が付かないのか逆に不思議である。
大抵の場合、僚がそんな風に香の意思を無視して、
事に及ぶのは嫉妬の表れである。
ミックと楽しげに盛り上がる香に、以前の僚ならばそんな時、
心にも無い暴言を吐いて、香を傷付けていた。
しかし、気持ちを隠す必要の無い今となっては、
香は自分のモノだと、ミックに対して主張しているのである。
言うなれば野良犬が、電柱にマーキングして縄張りを示すのと同義である。

片や僚は、周囲の姦しい女共の、この度の自分に対する評価は、
重々、承知している。
しかし、周りの勢いに乗せられて、意地のように香を抱くのは、
何か違うと、僚は思うのだ。
そりゃあ、誰よりも香に惚れているのは、紛れも無い自分自身であって、
他でも無い、僚自身が香を抱きたいのは、やまやまである。
だけどキス1つで、真っ赤になってガチガチに緊張してしまううぶな相棒に、
それ以上の不埒な行いが出来る筈も無い。

はにかむ香を優しく抱き締めて、柔らかな猫毛を撫でながら、
緊張を解してやっている時などに、無性に涙が出そうな程、幸せな気分になれる。
実際、そんなふれあいだけで、僚の心は随分満たされている。
あくまでも、今の所は、という事だが。
しかしそんな生温いイチャイチャでは、今後済まないだろう事は、
誰あろう僚が、1番身に染みて解っている。

人間の慾というモノには、限りなど無いのだ。
その内僚の『相棒』も、香を抱き締めるだけで満足。なんて、
悠長な事も言って居られなくなるのは、目に見えている。
単に、時間の問題なのだ。
ただ、事を焦り過ぎて、香を怖がらせたり、嫌な思いをさせる事だけは、
どうしても、避けて通りたいのである。
周囲の姦しい干渉は、時として奥手な香を刺激する良いスパイスにも成り得るが、
一歩、使い方を誤ると、毒にもなり兼ねない。
だから僚としては、
聞こえていても聞こえないフリで、無視するに限るのである。

そんな微妙な時期の僚と香に、ヤキモキしつつもチャチャを入れたいのが、
ミックと美樹である。
海坊主は大抵、こういった事には無関心で、常に中立な立場を保っている。
その日は、伊集院夫妻に、ミックと僚というメンツで午後のひと時を過ごしていた。
またも話題を、僚と香の進捗状況へと振ったのは、美樹である。
「ねえねえ、冴羽さん。」
「なぁにぃ?美樹ちゅわん❤」
「勿論、もう香さんとは、やる事やったのよね?新宿の種馬だもんね、うぶな香さん落とすぐらい訳ないでしょ?」
目をキラッキラ輝かせてそんな質問をする美樹は、勿論、
僚が未だに香に手を出せないでいる事など、既に確認済みだ。

「コ、コラッ。美樹、はしたないっっ!!コイツらの事は、コイツらに任せて放っとけ。」
そう言って、真っ赤になって妻を嗜める海坊主を後目に、
その言葉に嬉々として乗っかるのは、ミックである。
「Oh~,モチロン相手がカオリなら、そりゃ毎晩ラブラブだろ~~。もし、オレがリョウだったら……グフッ。毎晩、ナニが乾く暇も無いぐらい……」
と、ミックが邪な妄想を開始した所で、僚がミックの額にパイソンを突き付ける。
「Oh,no.リョウ!!あくまで、オレの意見を述べただけじゃないか…その物騒なモノは、仕舞った方がイイよ❤」
今更ミックが可愛らしく言っても、無駄である。
「ガタガタ、うるせぇんだよっっ、お前らはっ!!俺達がやろうがやるまいが、何かお前らに関係あんのか?誰にも迷惑掛けてねえだろうがっっ!!!」

殺気全開で凄む僚ではあるが、彼らは慣れたモノである。
「ハッ!ま、まさか冴羽さん、まだだった?ゴメンナサイ、私ったら…」
ワザとらしく口に手を当てて謝る美樹に、ミックは笑いを噛み殺している。
そんな美樹を、僚はジットリした目つきで睨んでいる。
「ったく、美樹ちゃんも人が悪い。知ってんだろ?ワザワザ、んな事、俺に訊かなくても、香が正直に何でも話すのは、美樹ちゃんだけだからな。」
そう言って、僚は溜息を吐いた。
僚にしては珍しく弱腰な様子に、美樹は追及の手を緩めない。
「ねぇ、どうして?冴羽さんが本気出せば、香さんの全てをモノにする事ぐらい、何でも無い事でしょ?抱きたくないの?香さんの事。」
今度の美樹の質問は、一切おちゃらけ無しの、マジの質問である。
ミックは勿論、海坊主ですら、僚の返答を固唾を呑んで待っている。
そんな彼らの様子に、僚は思わず苦笑する。

「…んなモン、抱きたいに決まってんじゃん。俺を誰だと思ってんの?歩くモッコリだぜ?周りの奴らが、ガヤガヤ言ってんのも、重々解ってんのっっ!!」
僚も半ば、やけくそである。
「じゃあ、どうして?お互い愛し合ってるなら、遠慮なんか要らないんじゃない?」
美樹は、心底不思議そうに訊ねる。
「…んな事、解んねぇじゃん。アイツ、キス1つで尋常じゃねぇほど、緊張して固まってんだぜ?迂闊に今までの遊び相手みてぇに、軽々しく手が出せるかよ。…だから、アイツの心の準備が出来るまでは、俺からは何もしねぇって決めたの。」
そう答えた僚の表情は、いつもの自信に満ちたナンパな顔は一切消え、
まるで、純情な初恋に身を焦がす少年のようである。

「ジーザス!!正気か?リョウ。そんな悠長な事言ってたら、カオリに手ぇ出すまで、あと何年掛かると思ってんだ?ここはひとつ、オマエがバシッとリードすべきじゃないのか?女々しいぞ!!なぁ?ファルコンもそう思うだろ?」
そう言ったミックに、海坊主までもが深く頷く。
「あぁ、そうだな。香は極度の奥手だからな。香の出方を待っていても、まぁ一生、先には進まんだろうな。」
そんな悪友たちを、僚はチラリと一瞥すると、
…っるせぇ、放っとけ。と、小さな声で呟く。

すると、美樹がポツリと呟いた。
「でも、それってずるくない?」
男達はゴクンと、唾を飲む。
「結局、そんな事言ったって、最終的に我慢の限界なんか迎えちゃったりしたら、何だかんだ言って香さんの事、美味しく食べちゃうくせに。そうやって香さんの為みたいな事言ってるケド、ホントは冴羽さん、覚悟が出来て無いんじゃないの?…香さんとこれからもずっと生きてくって!!」
美樹の言葉に、3人とも思わず黙り込む。
この場にいる3人の男達にとって、それはあまりにも重たい言葉である。
愛する者を守りながら、この世界を生き抜く。
それは、言葉で言うほど甘いモノでは無い。その事は、全員が痛いほど解っている。

それでも。
僚は、解っていても香を愛している。
それだけは、相手が誰であろうと、とやかく言われる筋合いは無い。
僚は柄にも無く、感情的になってしまった。
「美樹ちゃん、舐めて貰っちゃ困るよ。俺以外の誰が、アイツを幸せに出来ると思ってんの?俺はこれから先も、アイツと離れる気は無ぇし、アイツを死なせるような事も、俺が死ぬなんてつもりも、毛頭無いってのっっ!!!」
そう言った直後、僚は自分の言った言葉に、ハッと我に返る。
「……なんつって。
僚は小さな声で、誤魔化してみたモノの、美樹には通用しない。
美樹は意味あり気に、ニヤリと笑う。

「へぇ、そうなんだ❤それじゃ、もし明日にでも香さんの心の準備が整えば、ヤレルって事?」
そう言って美樹は、僚に詰め寄る。
そんな美樹に、夫とミックは真っ赤になって声を揃えた。
「「…美樹。……ヤレルって、そんなあからさまな…」」
もうこうなってしまった美樹を、止められる者など居ない事は、
この場にいる全員が知っている。
そして当の僚は、売り言葉に買い言葉で、美樹の口車に乗せられてしまった。
「そそそ、そりゃあ、アイツが望むんなら、俺だって何の問題もねぇしぃ?」
僚がそう言った直後の、美樹の満面の笑みを見て、
僚はもう既に、嫌な予感はしていた。











長くなりそうだったので、
前半と後半に分けました(テヘ)
つづく。
[ 2012/09/02 23:09 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

悩める種馬(後篇)

喫茶キャッツ・アイに於いて、僚がまんまと美樹の口車に乗った翌日。

その日僚は、前日の事もあり、キャッツへ行くのは止めにした。
ここ最近、僚と香の事に関して、やたらと外野が盛り上がっている。
僚としては昨日のように、矢継ぎ早に突っ込まれるのは、真っ平御免である。
後から、よくよく冷静に考えてみたら、
そもそも何で自分が、あそこまで追及されねばならないのか、
僚には全く持って、納得いかない。
これはあくまで、僚と香の極プライベート且つ、ナイーブな問題では無いのか?
是非とも静かに見守って頂きたいと云うのが、僚の本音である。
早い話が、放っとけって事だ。

そんな事を考えながら、日課のナンパにも身が入らず、
公園のベンチに腰かけて、煙草を吹かしている僚の携帯が、
着信を知らせている。
液晶の画面を確認して、僚は小さな声で「げっ。」と呟く。
発信者は、『美樹ちゃん❤』
僚が今最も、避けて通りたい相手である。

彼女、伊集院美樹が、極上のモッコリちゃんであると同時に、
恐ろしい女傑である事は知っていた僚だが、ここ最近、
彼女は筋金入りの、ドSである事も判明した。
そう考えれば、確かに彼女の夫は、ドMな気もする。と、僚は思う。
そしてここ最近の、彼女のマイブームは、
どうやら僚と香の進捗状況の確認、および干渉であるらしい。

僚は大きく1つ溜息を吐いてから、電話に出た。
「……もしもし。」
不機嫌全開の僚などお構い無しに、彼女は至って明るい。
「あ、もしもし冴羽さん?美樹です。昨日の話し覚えてる?」
「あ?何の話し?」
「やだぁ、とぼけちゃって❤香さんの心の準備の話しよ。忘れたとは言わさないわよ?」
明るい声音に反して、有無を言わさぬその響きに、
僚の推測は確信へと変わる。間違いない、彼女はドSだ。
僚は思わず苦笑しつつ、ガックリ項垂れる。
何で、俺らの周りの女ってみんな強えぇんだよと。

「…忘れてないよ。アイツさえその気なら、俺はいつでも準備OKって件だろ?」
この際、無駄な抵抗は、徒にダメージを拡大するだけである。
僚はアッサリ、昨日の話しを蒸し返す。大変、遺憾ではあるが。
「そう、それよ。それなら話しは早いわ…
      






     ……今晩、香さんOKだから❤







「は?」
流石の僚も、この展開には唖然とした。
カッチリ、数秒固まってしまった。
「ちょっとぉ~~?冴羽さん、聞いてんの?だからぁ、香さんの方は、今晩OKだから。冴羽さん、しっかりリードしてあげてね❤」
その後の美樹の話しの続きに、
僚の嫌な予感は、これだったかと僚はこの数分後、天を仰ぎ見る事となる。




伝言板の確認を終えた香は、今日もいつもの様にキャッツへと顔を出した。
昨日の僚たちのやり取りなど、知る由も無い香は、
例によっていつもの如く、
美樹の巧みな誘導に誘われるまま、本音を引き出されていた。
「ねぇ、香さん。」
「ん?なぁに?美樹さん。」
これから先の、美樹の画策など想像だにしていないので、
香は至って穏やかである。

此処の所、香は本当に幸せそうである。
こんな香を見ていれば、僚が香を大事にしている事は明白なのだが、
美樹としては、もっと今以上に2人には幸せになって貰いたいのである。
これから先、お互い何があっても、絶対に決して離れる事など出来ない程の、
強固な絆を、築いて欲しい。
美樹の想いは、ただそれだけなのだ。

「香さん、冴羽さんとは、まだキスしかしてないんでしょ?」
唐突にそちら方面の話しになるとは、予想だにしていなかった香は、
思わず、コーヒーを吹き出してしまう。
「…!?みみみみ美樹さん、ななななな何で急に、そんな話しっっ。」
香は耳まで真っ赤に染めて、俯きながら、
吹き出したコーヒーを、美樹に借りたダスターで拭いている。
「ふふふ。相変わらず、香さんてばシャイねぇ。今日は、ファルコンもかすみちゃんも留守だし、私しか居ないんだから、そんなに恥ずかしがる事無いじゃない。」
そう言って美樹は、ニッコリと微笑む。
「そ、そうだけど、私がこの手の話し、凄く苦手な事。美樹さんも知ってるでしょ?」
香は恥ずかしそうに、モジモジしている。
確かに、こんなにウブな香の相手が、
果たしてあの、モッコリスケベで本当にイイのだろうかと、
美樹は思わなくもないが、何しろ当の香本人があの男に惚れているのである。
こればかりは、どうしようもない事だ。

「えぇ、知ってるケド、こういう話って1人で悶々と考えてても、埒明かないし。色々と話せる女友達が、身近にいるって大切な事だと、私は思うわよ?」
美樹のそんな言葉に、香も釣られて微笑む。
「確かにそうかもしれない。私もなんだかんだ言って、美樹さんには今まで色々と相談に乗って貰ってるし。」
「それでね、香さん。今日の本題なんだけど…」
香は、ウンウンと頷いている。
こうなれば、もう後は美樹の独壇場だ。

「冴羽さんとはこれまで、ハッキリと気持ちも確かめ合って、キスもした。」
香、頷く。
「……後は、肝心の一大イベントを残すのみじゃない?そこんとこ実際、香さんとしてはどう思ってるの?冴羽さんと、そんな風になるのに躊躇いがあったりするワケ?」
香、固まる。
カウンターから身を乗り出さんばかりに、香に詰め寄る美樹であったが、
幸い美樹のそんな様子に気が付く程の余裕は、香には無い。
今この場に海坊主が居たなら、まず間違いなく美樹を嗜めているだろうが、
生憎、彼は不在だ。
今ココには、香と美樹しかいないので、この美樹の暴走を止める者は、
誰1人いない。

「……一大イベント!?」
顔を真っ赤にして、目を白黒させている香に、美樹はニヤリと笑って頷く。
「そ、一大イベント❤さすがの香さんでも、解るでしょ?この意味❤」

数分後。
暫く黙りこくっていた香が、意を決したように、少しづつ本音を語り始めた。

「…べ別に、躊躇いなんて…無いケド。
 それに、その相手だって、僚以外に考えられないし。
 …だけど、私…美樹さんだから、正直に言うケド。
 な、何の経験も無いしっっ。
 今までだって、好きになった男の人なんて、僚だけだし。
 ……キ、キスだって、僚としたのが初めてだし…
 そ、その……いいいいい、一大イベントってのが、
 ぐ、具体的にどういう事をするのか、よく解んないっていうか…
 今更、誰にも訊けないっていうか…
 …どんな流れで、そんな事になるのか…
 
 ハハハ、良く解んないやっっ。」



そう言って、照れたように笑う香に、美樹は優しく声を掛ける。
「初めは、誰だって解らないわ。解らなくても、大丈夫なのよ、香さん。そんな事は、冴羽さんに任せとけば、上手くいくモノなのよ。でもどういう流れで、そんな事になるのかってのは、そうねぇ…まぁ、人それぞれだから、正直、私にも何とも言えないわね。香さんか、冴羽さんのどちらかが、ハッキリと今からしようって提案でもすれば、別でしょうけど?」
そう言って、美樹がクスリと笑う。
「無理無理無理!!そんなの、絶ぇっ対っに、無理っっ!!」
香は目を見開いて、ブルンブルンと頭を振って、涙目で捲し立てる。
「そりゃそうよ。それが出来れば、誰も苦労はしないわ。」
あの種馬ですら、本命のうぶで奥手な彼女を前にして、
大苦戦しているのだ。
そんな提案が出来るぐらいなら、とっくに彼女の貞操は彼によって、
美味しく平らげられているに、決まっている。



でも香さん?
香さんだって、具体的な事は解らなくても、
冴羽さんに抱かれる事が、きっと幸せに違いないって事ぐらいは、
想像つくでしょ?



美樹は、ニッコリ笑ってそう香に訊ねた。
香はそんな美樹の問いに、真っ赤になりながらも、
それでも、小さくシッカリと頷いたのだった。
 
 





「………というワケだから、香さんの意思はしっかり尊重してるのよ。香さんだって、照れてるだけで、どうしていいか解らないだけなの。これ以上、香さんに委ねるのって、男としてあまりにも情けないわよ?冴羽さん。まぁ、今回の“催眠術”は、あくまでキッカケ作りに過ぎないから。後は、冴羽さんの腕次第よ!!頑張ってね❤冴羽さん。」


と、美樹は言いたい事だけを言って、一方的に電話を切った。
美樹の言う、催眠術とは以下の通りである。

① 今夜眠ってから朝起きるまでの間に、
  途中で香を起こしたら、その間催眠状態になる。

② 催眠状態の香は、少しだけセックスに対して開放的になり、大胆になる。
  しかしそれは、あくまでも普段は秘められた願望を、
  理性を取り払う事によって、後押しするモノで、
  無理に香の感情や、行動をコントロールするモノでは無い。

③ 催眠は、香が朝目覚めるとともに切れるようになっており、
  今夜、たとえ何も無かったとしても、これまで通り、何ら変わりは無い。
  勿論、香は自分にそんな催眠が掛けられている事は知らない。


全ては今、僚の手に委ねられた形である。
僚は思わず、己の手の中の携帯へと1人ごちる。
「って、美樹ちゃんっつ!!…これって、犯罪にはなんねぇの?こ怖ぇ、あのヒト…」
 





かくして、前篇冒頭屋上での、冴羽僚へと戻る。
僚は心底、後悔していた。
そもそも美樹相手に、言い合いをした時点で僚の負けは確定していたのだ。
僚とてそれは、香を抱きたいのはやまやまであり、
何ならこのまま、美樹の術中に嵌り、今夜香と・・・なんて思うモノの、
一方では、催眠術の力を借りて、初めてのナニを致すなど、
死んでも御免だと云う気持ちもあり。
いずれにしても今夜は眠れそうにないと、
咥えた煙草のフィルターを、ギリギリと噛み締める僚であった。
 










女王様・美樹の画策により、リョウちゃん拷問ナイトです。
カオリンはそんな事など露知らず、スヤスヤ夢の中でっす。
リョウちゃんに、幸あれ。
[ 2012/09/03 22:13 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題84. 寝グセ

香がキッチンで朝食を作っていると、僚が起きて来た。
いつもいつも、香が僚をハンマーで叩き起こしている様に、
思われがちな冴羽家の朝の風景だが、
たまには僚だって、自分で起きて来る事だってあるのだ。

「あら、お珍しい。今日は、雨かなぁ?」
そんな憎まれ口を利く香は、けれども何処か楽しそうだ。
「あぁ、降るぞ。大雨だ。洗濯いちから、やり直しだ。」
そう言って、僚もニヤニヤ笑っている。

トーストと、ジャガイモとチーズのオムレツに、グリーンサラダ。
プレーンヨーグルトには、メープルシロップが掛かっている。
この他に、僚の皿にはカリカリに焼いたベーコンが大量に乗っている。
豆から挽いた、濃いめのコーヒー。
トーストの上で溶ける、バターの薫り。
新しい新聞のインクの匂い。

香と暮らして、もう数年になるのに僚は未だに、
この朝の匂いが、夢じゃないのかと軽く不安になる。
逆に言えば数年前まで、こんなありふれた朝など、僚は知らなかった。
しこたま浴びるように酒を飲んで、汚れたシーツに包まって、
朝も無く昼も無く、太陽の出ている時間をただ無為に過ごし、
夜が来るのを待った。

知らないなら知らないで、別に困る事も無かった。
依頼は大抵、夜の闇に紛れたような後ろ暗いモノばかりだったし、
コンビニだってあるし、飲み屋だってある。
ネオンが街の隅々を照らして、僚にとっては、
ホステスこそが、アマテラスオオミカミだった。

だけど、この朝の清々しさを知ってしまったら。
お腹を空かして食べる、朝食の旨さを知ってしまったら。
きっともう、失う事など考えられない。
だから僚は、不安になるのだ。幸福過ぎて。


「ふふ。寝グセついてる。」
香がそう言って微笑むと、テーブルを挟んで向かい側から手を伸ばす。
僚の少しだけ癖のある、見た目よりも柔らかな髪の毛の中を、
香の華奢でしなやかな指が、滑ってゆく。
いつの間にか、親友の妹で、触れてはならない太陽の女神で、
カワイイ仔猫だった香は、
僚の女になっていた。

擽ったいと、僚は思う。
朝の眩しい光も、旨そうな匂いも、香の華奢でしなやかな指も。
香は僚よりも、随分年下で、世間知らずで、天然なはずなのに。
僚が知らなかった色んな事を、教えてくれたのは全部香だ。
朝の清々しさを。
夜の静謐を。
食事の美味しさを。
会話の大切さを。
甘い胸の痛みを。
尽きる事の無い愛しさを。

甘い甘い甘すぎて、窒息しそうな2人の生活を。


まさか僚は、10年前のアメリカでこんな未来など、思い描けなかった。
15年前の戦場では、いつか弾に当たって死ぬんだろうと思っていた。
勿論、今でもその可能性はゼロでは無い。
今まで散々、銃弾を浴びせて奪って来た。
いつでも、逆の立場に成り得るのだ。


それでも僚は思う。
もしかしたら、鉄砲に当たって死ぬ前に、
幸せ過ぎて、死にそうだと。
いっそ、香と一緒ならそれも悪くない。



「ふふふ。」
香が小さく笑っている。
「何だよ?」
僚はトーストを齧りながら、訝しむ。
何でも無い、と言いながらそれでもなお、香は笑っている。



じゃあ、なんで笑ってんの?
ん?思い出したの。
何を?
兄貴。
槇ちゃん?
うん。…いつも、寝グセついてたなって。
あぁ、そう言われてみりゃ確かに。
僚、兄貴みたい。



以前の僚は、自分の中に兄の面影を見ている香に、少しだけ腹が立ったりした。
それは多分、香が僚に妹扱いされて、腹を立てるのと似ていたのかもしれない。
それでも今は2人とも、解っている。
それは親愛の情を示す、最大の表現だと。
何より、家族になったのだ。


それでも一応、きちんと立場というモノを明確にしとかないとな。



僚は長い腕を伸ばして、向かいに座る香の柔らかな頬を摘む。
「ほぉ、カオリン。“兄貴”とモッコリするんだぁ?ああ゛?」
どの口が、そんな事言ってんの?
と眉を顰める僚に、香はアッサリと降参する。
きっと朝食が終わったら、煌々と明るい午前中のリビングで、
2人はまたお互いを、求め合うだろう。
昔の僚には、朝も昼も無く、ただ夜の暗さだけが友人だったが。
今では僚は、昼も夜も関係無く、カワイイ彼女とふれあっている。
変われば変わるモンである。



確かに僚は、兄貴では無い。
兄貴とは似ても似つかない。
香は本当に、兄貴を愛していたけど、
いつの間にか、兄貴以上に愛すべき存在に、僚はなっていた。
この優しく頬をつねる、繊細な指先も。
柔らかな黒髪も。
優しくて深い瞳も。



寝グセすらも、愛おしい。
そう言ったら、僚は何て言うだろうか。
香は目の前で、美味しそうに食事している愛しい彼を見ながら、
コーヒーを、コクリと飲み干した。








朝ご飯が美味しいのは、
健康な証拠でっす。
[ 2012/09/04 23:37 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題44. 体調不良

AM10:45

いつものように、乱暴に起こされる。
香曰く。
天気が良いので、シーツを洗ってついでにマットレスを干したいそうだ。
ダメだ、視界がグラグラする。
眩しすぎる。
昨夜の酒が、まだ残っている。
多分、動悸がするのはそのせいだ。
ショートパンツから覗く、香の脚とか。
タンクトップから覗く、鎖骨や肩の艶やかさとかは、きっと無関係のはず。



AM11:30

朝メシを食った俺に、家事の合間にコーヒーを淹れた香は、
たった今、伝言板を確認しに駅へ行った。
やべぇ、何か胸がいっぱいだ。
ちょっと、食べ過ぎたかもしれない。
きっと、それだけだ。
『もうちょっと、早く起きてくれたらイイのに』
なんて言いながらも、何だかんだ言って世話を焼いてくれる。
単純にそれが嬉しいという事とは、きっと無関係のはず。




PM15:20

ダメだ。今日は、全然調子が出ねぇ。
こういう日のナンパは、早めに切り上げるに限る。
さっきからモッコリちゃんを見付けては、片っ端から声を掛けるも、連敗続きだ。
今日は、最初が良くなかった。
えらく気の強い子で、いきなりビンタをお見舞いされた。
きっと、それが良くなかったんだな。
どうもいまいち、調子が出ない。
いつもならこの辺で、香が出没するはずが今日は一向に現れない事とは、
決して、無関係のはず。




PM16:00

ヤバイ、耳鳴りがする。
ナンパを止めてちょっと立ち寄ったキャッツには、
生憎、金髪碧眼の堕天使しかいなかった。
せっかく美樹ちゃんと、愉しくお喋りでもしながら一服と思ったのに、
ミックの下らないトークに掴まってしまった。
何だか知らないが、ムカムカする。
何か変なモンでも、喰ったっけか?
ヤツがさっきから、カオリカオリと馬鹿の一つ覚えのように、
香の話ししかしないのは、今に始まった事では無いし、別に俺には関係ないしぃ?




PM17:30

家に帰ったら、何やら良い匂いがしている。
今日の晩メシだ。
きっと何かの煮付けだろう。醤油を煮詰めたような甘くて食欲をそそる匂いが、
部屋中に充満している。
何故だか一気に、力が抜ける。
急に腹が減って、眩暈を憶える。
嗚呼、腹減ったなぁ。なんて、独り言を呟きながら、
脳裏に香の美味しそうな唇が過るのは、きっと空腹だからだ。
そうに違いない。





PM20:30

食後のコーヒーを淹れた香は、そのまま風呂に入って、
そして今現在、テレビを観ながらドライヤーで髪の毛を乾かしている。
早々と、パジャマ代わりのTシャツと、短パンに着替え、
テレビを観て、時々笑いながら、ドライヤーを当てている。
しかしコイツは気付いていない。
ソファに寝転んで、芸術鑑賞に夢中な俺に、
ダイレクトで、シャンプーの甘い匂いのする生温い風が当たっている事に。
っつーかっっ。





なんの拷問だよっっ






「なぁ、香ぃ?」
「ん~~?何ぃ?」
香はテレビへ視線を向けたまま、答える。

「何か俺、今日体調悪いみたい。」
ポソリと俺がそう言うと、香はドライヤーを切って心配そうに俺を見詰める。
「え?ホント?? ご飯は美味しそうに食べてたよね?お替りもしてたし。何処が悪いの?大丈夫?」

全力で心配する香に、思わず頬が緩みそうになるのを堪えて、
眉根を寄せる。
「んぁ、ちょっとな。……胸が痛いんだ。」
「マジッッ!!!」
香は暫く絶句して、
「胸って、心臓かな??と、取敢えず、お酒と煙草は当分控えた方が、   」

なんて言いながら、ヒトを疑う事を知らない無垢な仔猫の唇を、
今夜初めて、奪ってみる。
案の定、真っ赤になって固まっている。



朝から感じた、胸の痛みや、ムカツキや、動悸・息切れは、
驚くほどスッキリと、治ってしまった。
「お薬、戴きました。」
香の耳元でそう囁いた俺に、香は真っ赤になって俯いていたけど、
蚊の鳴くような小さな声で、
お大事に。
と、答えてくれた。


多分このお薬は、俺限定で大概の症状には効果があると思われる。


PM20:40
冴羽家の常備薬に、『香の唇』が採用された。








リョウちゃんの都合のイイ、病気です。
症状が悪化したら、モッコリに移行します。
[ 2012/09/05 23:43 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

簡単な事

香はいつも、笑ってくれる。

僚の下らないジョークを。小さな我儘を。
もう、しょうがないなぁ。
なんて言いながら、ちっともしょうがなく無さそうに、
僚を受け止めてくれる。

昔の暗い事や、嫌な事を思い出しそうになった時、
香が笑っているのを思い出すと、何故だか僚は心が解けていくのを感じる。
本当は許されるはずも無い大罪も、香には許されている様に思える。




香はいつも、叱ってくれる。

だらしない僚を。1人ぼっちで生きて来た僚を。
シッカリしろよ、って。まるで、よく出来た弟のように。気の利いた妹のように。
愛に溢れた母親のように、まるで家族のように。
僚を諭してくれる。

誰にも迷惑掛けてねぇしとか、他人にゃ関係ねぇしって思う時、
こんな時、香ならどう思うだろうと、僚は考えるようになった。
ヒトは1人で生きている訳では無いと、柄にも無く思えるようになった。




香はいつも、泣いてくれる。

泣き方さえも忘れた僚の代わりに。自分の事以上に。
泣いている香に抱き締められながら、ああ自分は哀しかったのかと、
僚は初めて気付く。
僚の乾いた心を潤してくれる。

僚を手ひどく裏切った奴や、死んでしまった人達を思い出す時、
香の涙が心の中で、僚の代わりに雨を降らせてくれる。
人間らしい心を、香はいつでも僚に思い起こさせてくれる。







だから、1つだけ簡単な事実がある。
この世で唯一僚を、ダメにしてしまう事は。僚を参らせてしまう事は。
暴力でも無く、銃弾でも無く、刃でも無く。




香がこの世界から、居なくなる事。
香が僚の事を、見限ってしまう事。
ただそれだけの事で、
暴力にも銃弾にも刃にも屈しない、“世界で一番強い”男は。
きっと、とても弱くなる。まるで小さな迷子のように。



だから今日も彼は、
世界の片隅で、
彼女に護られながら、
彼女を守り続ける。











RCサクセション「Oh!Baby」という曲から、イメージ致しました。
ちょっと、弱虫なリョウちゃんです。

[ 2012/09/06 23:38 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

お題09. 汗拭きタオル

香に散々叩き起こされて、渋々起きてきた僚が、キッチンで見たモノは。
1人分のブランチと、傍らに置かれた朝刊。
肝心の香が居ない。
少しだけ淋しいけれど、洗濯モンでも干してんだろと、
僚は旨そうな朝食に、手を付ける。

朝刊の一面は至って平和。
政治家というよりもむしろ、政治屋サンと言った方がしっくりくるオッサン達の、
見苦しい足の引っ張り合い。
幾ら足が短いからって、引っ張ったって伸びはしないのに。
その他には、恐らく殆ど出来レースで勝負は始めから決まっている経済ニュース。
まるで箱庭のような、巧妙に練られた台本で動いているような世界。

まぁでも、そんな事はどうだって良い。
外の世界がどんなだろうと、冴羽商事は万年不景気だ。
今に始まった事でも無い。

僚がのんびり食事を片付けても、香はなかなかキッチンに現れない。
僚と違って、幾ら朝からやる事が沢山あると言ったって、
いつもこの時間なら、洗濯モノもとっくに干し終わっているし、
僚の食事の途中には、キッチンにやって来て、食後のコーヒーの為の、
豆を挽き始める頃だが、今朝はまだだ。

それに途中から、何となくは感じていたが、同じフロアに気配は無い。
屋上か、
表の舗道か、
地下か、ガレージか。
とにかく、室内の掃除だけでは飽き足らず、
気が付けば香は、このオンボロビルの周辺に至るまで、
ゴミを拾ったり、箒で掃いたりと忙しない。

別にそこまでやらなくてもイイのに、なんて僚は思うケド、
言っても無駄である。
それは香の性分なので、好きにさせている。
どうせ万年暇なのは、今に始まった事でも無い。

それでも僚は、少しだけ面白くない。
食後はいつだって、香の淹れたコーヒーが飲みたいのに。





屋上にはいない。
屋上から下を見下ろしてみても、表の通りにもいない。
とすると、
地下か、ガレージか。
結局食事を終えた僚は、コーヒーも飲まずに所在無げに、香を探す。
もう正直、コーヒーなんてどうでもイイのだ。
僚は、カフェインよりも重い、香中毒を患っている。

僚が階段を下りて、2階を過ぎた辺りで香の気配を感じる。
…ガレージか……
その気配だけで、僚の頬は自然に緩むが、僚にその自覚は皆無である。

階段を1階まで降りたドン突きに、重たい鉄の扉がある。勿論、防弾加工済み。
ガレージへと続く扉だ。
そのガレージを経由して、更に地下へと進むのだが、
この扉は見た目からは想像がつかないレヴェルの、セキュリティが施されている。
普段出入りするのは、殆ど僚と香の2人だけだが、何しろそこは、
冴羽商事の企業秘密で、大半は非合法なのでセキュリティは必須である。
冴羽家のそんな物々しいガレージで、一体、姫は何をして遊んでいるのやら。

僚が扉を開けてガレージに入ると、香は居た。
入口に背を向ける形で、何やらしゃがみ込んでいる。

僚のお下がりの、年季の入ったジーンズに、
香の華奢な背中にフィットした、カーキ色のタンクトップ。
僚のビルケンシュトックの、オヤジサンダルを履いている。
長くて細い首には白いタオルが掛けられているし、
チラチラと見え隠れする手元には、軍手を嵌めている。
至極オヤジ臭いナリをした彼女はしかし、只者では無い。

短い丈のタンクトップと、腰ばきしたジーンズの狭間から露わに見える、
真っ白なお尻というか、腰というか、背中というか、
妙にエロいある意味、僚にとっての絶対領域。
あれ程の浅穿きで下着が見えないという事は、
パンティもまた、ローライズ仕様の浅穿きタイプである。
どんなに色気の無いカッコでも、着る人間によって、
何を着ても滲み出る色気が隠せない、まさしくその典型である。

「何してんの?おまぁ。」
そう言って僚が声を掛けると、香は一瞬ビクッとなって振り返る。
僚は特に気配を消していたつもりも無いが、
香はどうやら夢中になっていて、
僚がガレージに入って来た事に気付いていなかったようだ。
少しだけ伸び気味の猫毛を耳に掛け、前髪は無造作にピンで留めている。
襟足のクセ毛は、薄っすら湿ってくるんとカールしている。
額にも薄っすら、汗が浮かんでいる。

「何って、今週末、廃品回収だから。冷蔵庫のドアに貼ってたでしょ?町内会のお知らせ。今回は、麗香さんが担当なのよ。」
そう言いながらも、香は器用に手元の作業を続けている。
どうやら大量の紙類を一纏めにして、紐を掛けているらしい。
まぁ、平たく言えば、その紙類の大半は僚の愛読書たちである。
どちらかというと、廃品回収よりも、
有害図書撲滅の回収ボックスにでも叩き込んだ方がイイ代物である。

「あぁ゛?で?何捨ててくれてんの?もしかしてこれって、俺の大事なコレクションじゃないよね?」
まさにその、“もしかして”なのだが、香は動じない。
「良く解ったね。」
と、眉1つ微動だにせず、シレッと答える。

「おまぁっっ!!勝手な事すんじゃねぇよっっ!!っつーか、これ何処から持って来たんだよ!!」
鼻息も荒く詰め寄る僚に、香は冷静かつ投げやりに答える。

「ソファの座面の下。」 ギクッ
「オーディオのスピーカーの中」 ギクッ
「額縁の裏」 ギクッ
「アンタのベッドの下」 ギクッギクッ

「家ん中、誰が掃除してると思ってんの? バレバレよ?」

そう言って、非情で冷酷な瞳で僚を見詰める香に、
僚は滝のような脂汗を流す。
香は基本ドMだが、こういう時だけはその片鱗は全く消え失せる。
きっとそういうモノは、紙一重の表裏一体なのだろう。
僚は基本ドSだが、こうなった香には絶対に逆らえないし、絶対服従である。
この世でただ1人、冴羽僚を飼い馴らす事が出来るのは、彼女だけである。

「もう、充分読んだでしょ?捨てましょうね?」
まるで精神科のベテラン看護師のような口振りで、僚に否を言わせない。

…ハ、ハイ。
ガックリと項垂れて、しょんぼりしている僚に、香は少しだけ、
可哀相かななんて思いも過るが、ココで情けを掛けるワケにはいかないのだ。
心を鬼にして、黙々と古雑誌の山を形成してゆく。
このまま僚の収集を黙認すると、その内、隠しきれないコレクションの一部が、
リビングを占領しかねない。
だからこうして、半期に一度香は纏めて一掃する。

それでもまた、次の廃品回収には同じだけ、捨てている。
ある意味、僚のコレクションも、香のお陰で上手い事、新陳代謝しているのである。


しかし僚は、根っからのM男では無いのだ。
額に汗して、自分のエロ本を小積上げていく相棒に、
沸々と腹の底から、加虐心が沸いて来る。
あのほっそりとしたうなじに掛けられたタオルになりたい。
やんわりと、あの首筋に巻きついて、うなじに浮かぶ薄い汗を舐めてやりたい。
ついでにうなじに、齧り付きたい。

そんな妄想で頭を一杯にして、ボケッと香の作業する手元を見詰める。
「なに?見てるんなら、手伝ってよ。元々は僚のモノなんだし。」
そんな可愛げの無い事を言う口を、僚は暫し塞いでから、クスリと笑う。
「ぜってぇ、ヤダっっ!!」
僚はそう言った後で、香の耳元で囁く。






それ、捨ててもイイけど。その代わり、
リョウちゃんの有り余るエネルギー消費のお手伝い、
頑張って貰うから。








僚はそう言い残すと、香の首から汗でほんのり湿ったタオルをスッと奪うと、
自分の首に掛けて、口笛を吹きながらガレージを後にした。


真っ赤になって固まった香は、ガレージに1人取り残され、数分遅れで、
僚のモッコリ馬鹿ぁぁぁああ~~~~
という情けない叫びが、ガレージに響き渡ったのだった。










この後カオリンは、リョウちゃんが美味しく戴きました。
(バラエティ・テロップ風)
[ 2012/09/07 21:49 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題16. 我慢しないで

香とケンカした。
始めは他愛も無い、些細な事だった。
それが気付いたら、俺は心にも無い事を口走っていた。



俺の自由恋愛に口出しすんな。
おまぁは、仕事上のパートナーであって、
それ以上でも以下でもねぇ。




俺はそんな事、こっれぽっちも思ってねえクセして、
口だけは、簡単に滑る。
昔の俺なら、こんな事言ったぐらい平気だった。
実際、同じことを何度も言って来た。

それでも一応、今の俺と香はプラトニックとは言え、
海坊主の結婚式の時に、それなりに気持ちを伝えたりもして、
最近では、イイ感じになりつつあったのだ。
その矢先の、ケンカの末の暴言。

きっと、香は今までに無い程傷付いていると思う。
しかし俺自身、同じように自分の言葉に傷付いた。
自己嫌悪で死にそうだった。
6年間の不毛な習慣が、完全に裏目に出た。
人間、そう簡単に変われない。
特に俺みたいな、欠陥だらけの半人前なら尚の事。

その上、謝り方が解らない。
絶句して、目の縁に涙を溜めて歯を食いしばりながら、
『解ったわよっっ!!もう、僚の事なんて一切心配も干渉もしないからっっ』
と言った香を思い出す度、まるで心臓発作のように動悸がする。
イヤな汗が噴き出る。






もしも、本当に。
香が俺の事を、心配してくれなくなったら。
香の干渉が俺から、別のモノに変わったら。
香が俺に、見切りをつけて出て行ったら。

きっと俺は、淋しくて発狂する。





3日前、僚とケンカした。
始まりは些細ないつもの事過ぎて、今ではもう忘れてしまった。
それよりも、僚に言われた言葉がきつ過ぎて、
他の事なんか、綺麗サッパリ抜け落ちた感じだ。

一応、家の事はキチンとするつもり。
ご飯だってちゃんと作る。
伝言板も、1日2回欠かさず確認する。

だって、私は僚の“仕事上の”パートナーだから。
アイツの体調・栄養管理は、私にも責任があるし、伝言板は私の唯一出来る仕事。
だから一応、手は抜かない。
それでも何だか、心は空っぽになってしまって、涙も出ない。

1か月ほど前に、海坊主さん達の結婚式の日に、まぁ色々あって。
僚の素直な気持ちを聞かせて貰えたと思っていた。
少しだけれど、何だか僚との距離も近付きつつあると思っていた。
それでもそれは、またしても私の勘違いだった事が、3日前に判明した。

『 俺の自由恋愛に口出しすんな。
  おまぁは仕事上のパートナーであって、
  それ以上でも以下でもねぇ。  』

それを聞いて、泣きそうになったけど、必死で堪えた。
あれから僚の言葉を、何度も思い返した。
そして私が出した結論。

もう何も言わない。
仕事の事以外、口出ししない。
僚の事が死ぬ程好きだけど、急には無理だけど、

もう、僚の事は諦める。

そしていつか、僚の望むように僚から離れて自立しよう。
それを僚が望むなら、本望だ。
僚の望みは、私の望みだ。
だから少しづつ、自分1人で生きてけるように心構えを固めよう。



淋しいけれど、僚がそう望むなら。私に出来ない事は無い。






あれから3日。
香に謝れずに、ウダウダと時間だけが過ぎている。
飲みに行っても、ツケを増やしても一切お咎め無し。
あれから香は、朝も起こしに来ない。
だから香が伝言板の確認に行った気配を見計らって、俺は起床する。
食事はいつも通り、作ってある。
昼間、虚勢を張ってナンパをしても、香は現れない。
しょうがないのでキャッツに行っても、香は来ていない。
食事は一緒に食べてくれない。
俺がいる限り、香はリビングには出て来ない。客間で大半の時間を過ごしている。

多分家に戻れば、香は居るかもしれないが、
正直、顔を合わせるのが、怖い。
あの発言をなんと言って詫びたらいいのか。
そもそも、もう既にこの状況は、
香に見放されつつあるという事じゃ無いのか。

俺はその事が、これ程までにキツイという事に、今まで気が付かなかった。
口煩いと思っていた、香との遣り取りが、
実は幸せだったのだと、今更ながらに思い知らされた。


自由恋愛なんて、どうでもイイ。
ナンパも、夜遊びも必要無い。
手近にあるチンケなお遊びよりも、何より、

香が大切、だなんて。

今更、アイツは信じてくれるだろうか。
本当は、死ぬ程アイツが欲しい。俺の望みは、1つだけだ。






ウジウジ考えてもしょうがないので、僚は意を決して家に帰る事にした。
ケンカも3日目に突入して、
僚は漸く、香に向き合う心を固めた。


香は案の定、キッチンで夕食の準備をしていた。
僚がキッチンに顔を出すと、香は背を向けたまま、
「ゴメン、まだ出来てないから。あっちで待ってて。」
と素っ気なく言った。

それでも僚がその場を離れられずにいると、
香は振り向いて、怪訝そうに眉をひそめた。
「なに?」
僚は少しだけ怯んだが、口を開いた。
「…この前の事、言い過ぎた。ゴメン。」

香は暫く考えてから、答える。
「僚の言う、この前の事ってのがどの事かは知らないケド。」

…1度言った言葉はね、もう元には戻らないんだよ。
…言い過ぎたって事はね、勢い余ってホントの事を言いました。って言ってるのと同じ事だよ。


香はそう言って、ニッコリと微笑むと、
食事の用意の為にまた僚に背を向けた。







それは、無意識だった。
気付いたら僚は、背を向けた香を抱き締めていた。

あれ程、触れる事に躊躇っていた女を。
大切過ぎて、壊してしまう位なら、いっそ手放そうかと悩んだ女を。
好きで好きで、愛しくて堪らない女を。
不用意な発言で、終始苦しめて来た、

この女を。

僚は今、腕の中に抱き締めている。
それは柔らかく、温かく、抱き締めていながら、
僚は、自分が抱き締められているような錯覚を覚えた。



「我慢すんなよ。」
そんな風に、無理に笑ってんじゃねぇよ。



香の耳元でそう囁いた僚の声は、掠れていた。
我慢しているのは、無理しているのは、僚の方だ。
今まで数年間、香の傍で必死に気持ちを抑え。
時には限界を迎えそうになりながら、香を傷付け続けた。
香を傷付けながら、同時に僚も傷付き続けた。


しかしながら、本日をもって、その我慢もとうとう限界に達した。



僚は夢中で香の唇を貪った。
まるで飢えた、獣だ。
気が付くと、僚が香を腕の中に囲ったまま。
2人はキッチンの床にしゃがみ込んでいた。
香はシンクの下の収納庫の扉に、背中をくっ付けて、荒い息を吐きながら、
呆然と僚を見詰めている。
僚もまた真剣な眼差しで、香を見詰める。

2人の頭上では、シンクの蛇口からジャージャーと水が流れ続けている。
いつもの香なら、勿体無いと言って眉を顰める所だが、
今の2人には、そんな余裕は微塵も無い。

「なぁ?」
「ん?」
2人とも、声は掠れている。
「俺さぁ。自由恋愛を模索した結果、相手はおまぁ以外いないって結論に達したんだけど。異議ある?」
そう言っておどける僚に、香は真っ赤になったモノの、
僚の背中に腕を回すと、僚の胸に顔を埋める。

「…口出ししちゃいけないんでしょ?だから、異議なし。」
香は小さな声でそう言った。
結局の所、僚の望む事は、香の望む事で。



今日漸く、僚の自由恋愛が動き始めた。











雨降って、地固まりました。
まどろっこしい2人です。

[ 2012/09/09 18:11 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(6)

お題48. 猫舌

僚は猫舌では無い。
香は猫舌だ。
まぁ彼女は、仔猫ちゃんのようなモノなので、それで間違いでは無い。

僚は香と舌を絡めながら、思う。
甘い。
柔らかい。
心地イイ。
まるでベルベットのような、柔らかでシックな香の舌先は、
僚を悦ばせる為の、器官だ。

僚は香の躰中を隈なく堪能しながら、思う。
甘い。
柔らかい。
心地イイ。
まるで羽毛のようなタッチで蠢く、僚の真っ赤な舌先は、
香を悦ばせる為の、器官だ。




香がどんなに熱くて、火傷しそうな程イイ女でも。
僚は猫舌じゃないから、平気だ。
僚の舌で、その熱を冷ましてやれる。

僚がどんなに燃えて奮闘しても、
香は猫舌だから、僚を冷ます事など不可能だ。
だから僚は、ますます燃え盛る。
香はいつだって、僚の心に火を点ける。
沈火の仕方も知らないクセに。

香は猫舌で、僚は猫舌じゃない。
ヒトにはそれぞれ、得意分野と不得意分野があって、
僚はアツアツでホットなオイシイモノは、大の得意で、
大好物だ。




「なぁ、カオリン。」
僚は腕の中でグッタリと脱力をした、愛しい彼女の髪に頬擦りする。
香は返事の代わりに、涙で潤んだまぁるい瞳で僚を見詰める。

ほら、また点火した。

僚は心の中でそう呟くが、逆に言えば僚が燃え易い男だという事でもある。
香がマッチなら、僚はアルコールランプだ。
こんな組み合わせの2人だから、毎晩盛大に燃え盛る。
それはもう、仕方の無い事。



猫舌ってね、食べ方の問題らしいよ?
舌の使い方が、ヘタクソらしいんだ。
・・・・・だから。
俺が、上手な食べ方を教えてやるからね。




流石の香も、この状況で。
この雰囲気で、この声音で。この男が。
食事のマナーについて言っている訳では無い事ぐらい、察しが付く。
その程度には、香も僚に仕込まれている。

香を腕に抱き込みながら、僚は思う。
香に色んな食べ方を、色々教え込んで。
最終的には、ホットでアツアツな食べ応えのある『僚』という男を、
残さず全部、美味しく平らげて戴こうと。

そして僚は香を、香は僚を。
お互い残さず平らげて、



いつか、お互いの血となり肉となって。
いつか、1つに融け合おう。
それはきっと、この世で1番のご馳走になるに違いない。
ひとまず僚は、


今夜も熱くて旨い極上な彼女を、堪能する。











まぁ、ハッキリ言えば、エロです。
リョウちゃん、色んな食べ方教え込みます。
カオリンの為というより、むしろ自分の為に。
[ 2012/09/09 21:15 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題54. 買い出し

今日の買い物は、3件。
いつものスーパーと、薬局に、駅の近くのテーラー。

チラシを見た限りでは、今日は豚肉小間切れと、ジャガイモがお買い得。
因みに、ポイント5倍なので、マヨネーズとお味噌は今日買っておく。
後は行ってみて、考える。
冷蔵庫にキムチが残っているので、酸味が出る前に豚キムにするか。

薬局は、シャンプーの詰め替えと、歯磨き粉。
歯ブラシの買い置きも買っとかないと。
そう言えば、トイレットペーパーもそろそろ買い置きが無くなりそうだ。
コッチは、ポイント2倍デーは週末なので、
今日の所は、必要最低限のモノだけ買っとくか。

後は、駅裏のいつものお店。
僚のスーツやYシャツは、全て誂えだ。
その辺に売ってる既製のヤツで間に合えば、それに越したことは無いんだけど、
如何せん、僚の躰のサイズに合ったモノは、売って無い。
先々週、依頼料が振り込まれたので、新しく僚のYシャツを新調した。
滅多に着ないとはいえ、もうそろそろ買い替え時だったし、
この前の依頼で、2枚ほどダメになった。
ダメになった分だけ、お金のあるウチに補充しないと、
後から纏めて新調する方が、物入りだ。

結局、そういうモノだって消耗品なので、先入れ先出し。
在庫管理は、食料品と同じ事。

僚のサイズは、この店の親父さんは把握してくれているから、
注文は、香が1人で出向いて布地を選ぶだけでOKだ。
今回ダメになったのは2枚だけど、もう1枚古いモノがあったので、
その分も見越して3枚注文した。
薄いピンクのモノと、水色でカフスとカラーが白の切り替えのヤツと、
薄いグレイのラインのストライプのヤツ。
それが出来上がったとの事なので、取りに行かないと。






香はいつも、こんな事を考えながら買い出しをしている。
何処のポイントが、いつだったらお得に溜まるか。
何を何曜日に買えば、安く買えるか。
冷蔵庫や、納戸や、家の中にある色んなモノの在庫を常に頭に入れて、
無駄なく補充してゆく。

これは意外と、ゲームみたいな感覚で。
香はテトリスに似ていると思う。
周りの皆は、そんな香を所帯染みているとか、主婦みたいとか言うけれど、
それとは少しだけ、違う気がすると香は思う。

たとえ香が独身(あ、実際そうか)の1人暮らしだとしても、
きっと自分の為に同じ事をやる筈なのに、そこに僚との暮らしがあるだけで、
どうしてそんな風に言われるのか、香には解らない。

僚との暮らし。

恐らくは、そこに論点があるのだろう。
しかしそれにしたって、香以外そんな日常の細かな管理をする者など、
居ないからしているだけで、実際、僚1人に任せていると、
ご飯だって、適当にしか食べないし、
洗濯だって、いつしたのかも解らないという有様になってしまう。

事実、兄貴とコンビを組む前の僚は、そんな感じだったみたいだし。
だから主婦みたいとか、所帯染みてると言うのとは、少し違う。
全く同じだとは思わないけれど、それは少し伝言板を確認するのと似た感覚だ。
香に任された、数少ない大切な“仕事”。
きっと、それだと香は思う。

でも、香は思う。
その仕事は、案外嫌いじゃない。
だってこの仕事には、僚への気持ちが込められる。
どんな料理を作っても、どれだけ家の中を片付けても、
僚にとっては、大した事では無いかもしれないし、
それに気付いて、大げさに褒めてくれるようなタイプでも無い。
それでも、僚が使うモノを揃え、僚の食事を作り、
何より、無意識のうちに生活を円滑に取り仕切る。

あくまでも、無意識というのが重要だと香は考える。
何も考えなくても、食事がある。
風呂に入ると、着替えとタオルがあって、歯ブラシが定期的に交換される。
淀みなく進む日常。
それこそが、日々の積み重ねで、それが365回重なったら、1年になる。


そして、それがきっと人生になる。
それは仕事だけど、それだけでも無い。
だから香は、家の中の事を丁寧にこなす事が大好きだ。

香が提げているエコバッグの中に、2人の生活がある。
夫婦でも無い、兄妹でも無い、恋人でも無い。
ただのスイーパーと助手の、しがない節約生活。
けれどそれは、香にとって







最も大切で、かけがえのない宝物だ。







まぁ、早い話が夫婦って事で。
[ 2012/09/11 00:34 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

中秋の

僚が帰ると、香は起きて待っていた。
リビングの灯りも点けず。
仄暗い窓辺に座り込み、夜空を見上げて。
小さな声で、囁くように何か唄っている。

香は時々、僚の知らない歌を唄う。
僚には故郷と呼べるものは、何一つ無いけれど。
香を見ていると、時々“懐かしい”という感情が沸き起こる。
それはまるで、ジャングルに放り出される前の、
僚がまだ何も知らない、温かな時間を思い出させるような。



僚は何も言わず、香の隣に座る。
「おかえりなさい」
香がニッコリ笑う。
「ただいま」
僚も笑う。
また、ココに帰って来られた事に感謝する。

「お団子、あるよ。食べる?」
香がそう言って、僚の瞳を覗き込む。
黒くて冷ややかで理知的な僚の瞳。香だけを映す瞳。

みたらしと、きなこと、ヨモギにあんこをかけたヤツ。

僚はフッと、頬を緩めて香の髪を撫でる。
柔らかで繊細な甘い香りのする香の髪。僚だけの柔らかな髪。
「おまぁが作ったの?」

うん。
そっか、でも明日にする。もう夜中だし。
そうだね、じゃあ明日の朝ご飯ね。
・・・ちゃんと、飯も作ってね。

2人はクスクス笑う。
月光の下、導かれるように唇を重ねる。
まるで月からの引力で、潮が満ち引きするように、
何度も何度も何度でも、2人は吸い寄せられる。

甘いシャンプーの香りと、濃いアルコールの匂いと。
微かに薫る、硝煙の薫り。

僚の胸に凭れて、香が呟く。
「私、どんな僚でも。僚が好きだよ。・・・


お月様みたいに、まぁるい日も、尖った日も、姿が見えない日も。
どんな僚でも、僚が好き。」


僚はこんな時、香はもしかしたら神様が遣わした天女じゃないかと思う。
まるで今夜、僚が都会の闇に紛れてやって来た、全てを見ていたかのように。
そして何もかもを包み込むように。
こうやって、僚を甘やかす。

僚は柔らかな香を抱き締めて、香の言葉に応えるように、
もう一度、深く口付る。

護られていると感じる。この存在に。
脆くて、儚くて、か弱そうに見えて、
世界で1番強い、この女に。
僚はいつだって、護られている。

それはまるで月の光のように、優しく僚を包む。









今年の中秋の名月は、9/30で満月だそうです。
今日は何故だか気付いたら、爆睡してまして(汗)
更新が微妙な時間に、なっちゃいました・・・
そして気付いたら、カウンター 1000 超えてました(驚)
沢山のご訪問、改めて感謝しまっす!!
これからも、更新頑張りまっす(*´∀`*)
[ 2012/09/12 04:19 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

お題30. 風の強い日

「っあ!!」

それは一瞬の出来事だった。
残暑厳しいこの季節、どうやら大型で非常に強い台風が、
今夜から明日の未明にかけて、通過するらしい。

15:23現在、空の方は雲1つ無いイイ天気。
それでも風は少しづつ強くなってきた気がする、と香は思う。
数日前から、来る来るとはニュースでやってたので、
今朝はいつもより早めに洗濯物を干したのだった。
お陰で、カラッとイイ感じに仕上がっている。

そろそろ風も強くなってきたし、取り込もうかなと思った矢先の事だった。
ジーンズやバスタオルなど、大きめのモノを先に取り込んで、
リビングのラグの上に置くと、次は靴下や下着の小さめのモノを取りに出た。

その時1つ大きな突風が吹きつけた。
そして、

手を伸ばしかけた、香のブラジャーがひらりと宙を舞った。
「っあ!!」
香は思わずベランダの手すりに身を乗り出して、
そのクリームイエローに、ごく控え目な白いレースの縁取りの、
ガーリーな下着の行方を目で追った。

それはどうやら、
すぐ真下の5階の1室の、ベランダの手すりに引っ掛かって止まった。
「あ~~あ、やっちゃった。」
香は取敢えず、他のモノを取り込んでから5階に取りに行く事にした。

「何をやっちゃったの~~?カオリ~~ン?」
僚が背後でニヤニヤしながら声を掛けて来る。
さっきまで、香には全くの無関心でエロ本なんか読んでたクセに、
こういう時だけは、妙に勘の良い相方に、
香は苦笑しつつ、答える。
「なな、何でも無いっっ。僚は、気にしなくてイイからっっ。」



僚は内心、何もそこまで挙動不審にならなくても、と思いつつ、
ふ~~~ん、なんて言って、香を泳がせる。
僚のこんな小芝居で、ホッと胸を撫で下ろす香は、相変わらずド天然だ。
香にとっては、何とか上手く誤魔化して。
僚にしてみれば、至極不自然な態度で、香は大慌てで5階へと向かった。

リビングの真下に当たる、5階の空き部屋。
時々は空気を入れ換えに、空き部屋の様子を見たり、掃除もしたりするけれど、
やっぱり、誰も住んでいない部屋の空気は、淀んでいる。
それでも、今日は掃除に来た訳では無いので、急いでベランダへ向かう。

サッシを開けてベランダへ出ると、そこには先程落としたブラジャーがあった。
良かったぁ~~~、舗道に落ちなくて。
と香がそれを手にした瞬間、頭上から呑気な相方の声が降ってくる。
「カオリン、ブラちゃん救出成功~~~~」

香がハッとして、上を見上げると如何にも楽しそうな、
満面の笑みの僚と目が合った。
その瞬間、香は爪の先まで真っ赤になる。
別に今更、下着なんかよりも、
その中身の中の中まで、お互い良く知り尽くした仲である。
それでもこんな風に、下着1つで照れ捲る香が可愛くて、
僚はついつい、からかってしまう。

「っもう!!り、僚には関係無いでしょっっ!!」
香はそう言うと、ベランダから室内に戻ってしまった。
確かに、と香は思う。
この下着だって、僚は何度も見てるし。他のだって。
今この手の中のモノは、香が自分で選んだモノだ。
たまに僚は、自分で選んだ下着を買って来てくれる事がある。
けれど僚の趣味はいささか派手過ぎて、香が身に着ける事は、あまり無い。

てゆうか、そもそも。
今では僚とは、裸の付合いだけど。
それでもこういう時ばっかり、妙に勘が鋭くて、あんな風にからかう僚が、
香は時々、妙に憎たらしくなる。
かわいさ余って、憎さ100tである。



「ったく、僚のヤツ!!」
香はブツブツ呟きながら、階段を上がって来る途中で、
ふと数年前の事を、思い出した。

あの時は確か、ビックリして落としてしまったんだった。
彼があまりにも、兄貴に似ていて。
そしてあの時は、下の舗道まで落ちて行った所を、僚がサルベージした。
そんな懐かしい出来事を思い出して、いつしか香は笑顔になっていた。

てっきり拗ねた香が、リビングへ帰って来ると思っていた僚の予想を裏切って、
香は妙にニコニコしていた。
鼻歌を歌いながら、先程取り込んだ洗濯物を畳み始める。
僚は少しだけ、肩透かしを喰らった気分だ。
僚の予定としては、拗ねた香を宥めつつ、
昼下がりのイチャイチャタイムに、なだれ込むつもりだったのだ。

まぁでも、香の機嫌がイイのも僚としては、それはそれで気分がイイので、
あえて何も言わず、僚もソファに寝転んで読書に勤しむ。
何しろ今夜は台風なのだ。
今、イチャイチャに持ち込まなくても、僚は今から今夜が楽しみだ。
こういう日は香は必要以上に怯えるので、早めに2人で風呂に入って、
サッサと床に就くに限る。

まだ煌々と太陽が照らすこんな時間から、
僚が今夜の予定を立てている事など、香は勿論知らない。
この数ケ月の僚の行動の主たる目的が、香とのイチャイチャタイムである事に、
香はまだ、気が付いてはいない。
否、香の鈍感振りからいけば、恐らく一生気が付かない。

「ねぇねぇ、僚。私さっき、北尾さんの事思い出しちゃった。」
僚の独占慾や執着心になど、まるっきり無頓着な香は、
ニコニコ笑いながら、そんな事を言う。
何でなんて訊かなくても、僚とて解る。
あの北尾という槇村によく似た刑事が、
こそこそアパートの周りを嗅ぎ回っていたあの日、今日と同じように、
香のブラジャーがベランダから、落ちて来た。
あの時僚は、舗道で見事キャッチしたのだ。

正直、僚は面白くない。
香が笑っていた理由はこれか。
自分以外の男の事を思い出して笑う香に、どす黒い嫉妬の感情が渦巻く。
何も香は、北尾の事を特別な事として思い出した訳でも無い事は、
僚も解っている。
数年前の、他愛も無い出来事だ。
しかし香はあの時、束の間でも兄を思い出したりしていたので、
香にとってあの出来事は、僚以上に思い入れが強いのかもしれない。

「あぁ?北尾ってあの、槇村似の冴子の見合い相手か。」
「うんうん。」
少しだけ、不機嫌な僚の声音など、微塵も気付かない香は、
間違いなく、ド天然だ。




そう言えば、アイツ・・・
なぁに、どうしたの?
・・・おまぁに、惚れてたもんな。
・・・・・・・はっ??
気付いてなかった?カオリン。
嘘でしょ~~(笑)
いやいやいや、惚れてたって。マジで。
何言ってんの?僚。気にし過ぎだって。
おまぁが、気付かな過ぎなの。




「・・・ホント?」
そう言って首を傾げる、鈍感で天然なカワイイ相棒に、
僚はソファから降りて近付く。
香の手から、畳んでいる途中のボクサーパンツを取り上げて、
僚は腕の中に囲い込むと、ホント。と言って、キスをする。
一旦、唇が離れた時に香が呟く。
「全然、気付かなかった。」
僚がもう1度、唇を塞ぐ。
香と舌を絡めて、甘い麻薬のような唾液を啜る。
「気付いてないのは、おまぁだけだっつ~の、いつも。」
そう言ってまた、唇を重ねる。


少しづつ、2人は溺れて行く。
過ぎた日の出来事にまで嫉妬する自分に、僚は内心苦笑する。
それでも、今ココにいるのは。
香が選んだ男は。
他でも無い己なのだと、僚は香の柔らかな舌を甘噛みしながら、確認する。
何度でも何度でも、僚は確認してしまう。
今でも少し、この幸福が信じられないから。


本日のイチャイチャタイムは、予定よりも早まりそうだ。









え~~い、この鈍感娘。
[ 2012/09/12 21:57 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

お題80. のんびりいこう

今日もまた、伝言板に依頼は無かった。
それでも、今月は1件もう既に依頼をこなしているので、
香の心にも余裕がある。

依頼なんて、僚と香の2人が最低限食べて行かれるだけ、あればイイ。
常日頃、香はそう思っている。
まぁ、その肝心の相方が、馬車馬のように食べるんだけど。
それでも以前はあんなに悩まされていた、
僚の飲み屋でのツケも、今では随分少なくなった。
これに関しては、僚の夜のお楽しみが、
アウトドア派(飲み屋もインドアっちゃ、インドアだが)から、
インドア派に、方向転換したからだ。
まぁそれでも、全くのゼロってワケでも無いけれど。

僚の目下の夜のお楽しみは、盛り場には無い。
自宅アパートが、今の僚の最も楽しめるモッコリテーマパークだ。
アトラクションは、相棒1人だが。
そんな僚の無邪気なテンションを、一身に浴びる香は、
体力面では大変だけど、精神面では今までに無い程、幸せに満たされている。
幸せ過ぎて、泣きそうな程。

だから実際の所、
香としては、困らない程度に依頼が来てくれれば、
後は僚と2人、まるでプータローのようにプラプラ暮らしているのが、
実は結構、楽しかったりする。
家でゴロゴロしながら、2人でテレビを観たり。
明るいリビングで、突然イチャイチャタイムに突入したり。
いきなり気まぐれに、家事を手伝ってくれる僚と、
2人で屋上で、洗濯物を干したり。
近所をアテも無く、プラリと散歩したり。たまには、ドライブしたり。

恋人同士になる前の僚からは、信じられない変化だけど、
僚は意外と尽くすタイプだ。
例えば、付き合ったり、結婚する前には散々尽くして甘やかす男性が、
いざ彼女を手中に収めた途端、掌を返すように豹変するなんて良く聞く話だが、
僚の場合、その逆バージョンである。

あの昔の意地悪な僚からは、想像もつかない程、僚は香を解り易く溺愛している。
まぁ、セックスの時は、相変わらず意地悪でスケベだが。
今では香は、あの以前の意地悪も、僚の愛情の裏返しだったという事は、
もうとっくに、解っている。
そんな何もかもをひっくるめて、香は僚を愛している。
それは毎日毎日、深く大きなモノになって、香を満たす。

だからもう、前みたいな焦燥感や苛立ちは、香には無い。
しかし勿論、嫉妬はする。
僚がもしも、他の誰かと。
なんて考えただけで、気が狂いそうになる。
それはむしろ、恋人になってからの方が、よりリアルで生々しい感情だ。
まだ色恋の何たるかを、一切知らなかった時の香には、
解らなかった感情だ。

今なら香には、あの“僚の親父”こと、海原神の言葉が良く解る。
深く愛すれば愛する程、同時に醜い負の部分も成長する。
愛情と憎悪は、表裏一体。
もしも今、僚が香を裏切ったら、香は僚を殺して自分も死ぬ事ぐらい、
きっと、平気だ。
こんな事を考える自分がいた事に、香は少しだけ怖い気もするけれど、
至極、当然な事のようにも思える。





「香。」
背後から、香の大好きな声が聞こえる。
自分の名を呼ぶ、穏やかで柔らかな、僚の声。
香は自分でも意識しないうちに、極上の笑みを浮かべて振り返る。
香のこんな顔を見られるのは、この世で僚だけだ。

「依頼、あった?」
「うぅん、無かった。」
自営業で仕事が無いのに、死活問題なのに、2人はクスクス笑う。
だって誰にも邪魔されずに、2人でいられる。
依頼が無いのは、そういう事。
それは、非常に喜ばしい。

キャッツ行こうか?
僚がそう言って、自然な動作で香の手を取る。
気が付くと、2人は手を繋いで歩いている。
取り留めのない話しで、クスクス笑う。
忙しそうな人々の流れに逆らって、2人は何処か浮世離れしている。


のんびり行こうと、香は思う。
たとえ依頼がたまにしか無くて、貧乏でも。
たとえ僚がスイーパーでも。
たとえ香が、いつまで経っても足手纏いの相棒でも。

たとえ2人が歳を取って、

皺くちゃのおじいちゃんと、おばあちゃんになっても。

いつか死んで、あの世に旅立っても。

ずっとずっと、手を繋いで、のんびりいこう。














何故だか2人は、ヤラレテ死ぬ気がしないです。
きっと、天寿を全うする気がします。
[ 2012/09/13 22:43 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

お題57. 中途半端

家族でも無い1組の男女の、仲睦まじ気な共同生活と掛けて。
肉体関係は有りませんと、解く。
はて、そのこころは?



彼らの周りの誰もが、その謎解きの明快な答えなど、知る由も無いままに、
この数年、至極無責任にその成り行きを、ニマニマしながら窺っている。

そりゃあ、答えなど誰にも解るはずなど無い。
何しろ、当の2人でさえもう何年も、答えの無いパズルを抱いて、
都会の片隅で生きている。

例えば僚が、
己のこれまでの深い業に、その手に染み付いた罪の色に、
香を巻き込む事を恐れているだとか。
例えば香が、
未だに頑なに、自分は不美人で何の取り得も無い、
足手纏いの押しかけパートナーに過ぎないと思い込んでいるとか。

邪推をすれば、2人がなかなか一線を超えられずにいる理由付けは、
出来そうではあるが。
本当の所は、当人達にしか解らない。

解っている明確な事実は、お互いに一途に思い合っている、という事だけ。
何しろ男は、鉄壁のポーカーフェイスの持ち主で。
何しろ女は、嘘は超絶ヘタクソだけれど、なかなかの天然っぷりで、
突飛な発想の持ち主だ。

まぁ、大方の理由は、周りの邪推の通りだろうが、
果たしてそれだけなのか、そこは度々仲間内でも議論を呼ぶ所だ。
早い話が、野次馬根性だ。

くっ付きそうでくっ付かない。交わりそうで交わらない。
盛大にケンカをしていると思ったら、その直後にはケロリとじゃれている。
いい歳をした、男と女が。
そんな無邪気な様を、周りに見せつけて、何も無いなんて。
ある意味それは、大人として2人には説明責任があるのではないかと、
悪友たちは、都合よく考えている。




「あぁ゛?高校の同級生たちとランチって、野郎もいるんだろうが。」
「なぁに、デレデレ鼻の下伸ばしてんのよ。みっともない。」

この様に、文言だけで解釈すれば、それは明らかに恋人同士のあからさまな、
嫉妬の言葉のはずが。
何故だか2人は、その嫉妬の根源たる感情に向き合う事は決してない。

普通の順序でいけば、一般的な男女交際などと云うモノは、
まずは大概、お互いの明確な立場の位置づけに始まる。
要するに、本日をもって交際をスタートするという、ハッキリとした区切りである。
それがあって初めて、普通はお互いを束縛するし、嫉妬を露わにするモノだ。

塗り絵に例えると、普通は輪郭をなぞってから初めて、
その中身を徐々に埋めていく。
しかし僚と香に限って言えば、
中身だけは、ガッチリ、しっかり、隙間なく塗り込めているクセに、
異常に輪郭だけが曖昧で、あやふやだ。
周りが、ヤキモキするのも、無理からぬ事である。




は?勝手にしろよ。俺にゃ、関係ねぇしぃ?

こぉんの、モッコリ馬鹿がっっ。キャバクラでもどこでも勝手に行きやがれ。

なに、チャラチャラしたカッコで表出てんだよ。もうちっと、自覚しろ。

アンタ、大体いつまでハタチのつもりよ。いつまでも若くないんだから、もう少し身体を労わりなさいよ。

ホレ、おまぁこれ好きだろ?買って来てやったぞ。喜べ。

ねぇねぇ、この前テレビで観たんだけど、僚これ知ってる?

でかした、香。お利口さん。

僚、傍に居てくれて、ありがとう。


ありがとう。だいすき。ゴメンね。おはよう。おやすみ。ただいま。おかえり。




きっと2人には、今更明確な輪郭など、必要無いのかもしれない。
一般的な普通の輪郭などには、収まりきれない色々が、
2人の日常には、散りばめられていて。
2人は、家族で兄妹で夫婦で恋人で友達で相棒で。
その全部であり、そのどれにも当て嵌まらない。

毎日塗り重ねられる2人の歴史は、輪郭を大きくはみ出して、
とても大きくて、のびのびとした絵を描いているのかもしれない。
周りの誰にも、理解はされないけれど。

セックスをするとかしないとか。
愛を囁くとか囁かないとか。
デートをするとかしないとか。
そんな一面的な事では無くて、もっと中途半端で。
名前の付けられない、形容しがたい、


解けない愛のパズルを抱いて、2人はそれはそれとして、
そこそこ幸せに暮らしている。










一線超えたら勿論、幸せラブラブな2人だろうケド、
別にそこまで行かなくても、充分幸せじゃん?
って、思いまして。
[ 2012/09/15 00:04 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

冴羽僚と愉快な仲間たちのまるで平穏な1日。

※ 少しだけ長い文章です。
  そして毎度おなじみ、季節外れです・・・orz





俺は今まで、自分でも自分の事が良く解って無かったのかもしれない。
香との時間を重ねる度に、新しい自分に気付く俺がいる。
俺は自他共に認める、モッコリスケベである。
それはまるで日の出日の入りの如く、潮の満ち引きの如く、
至極当たり前の、自然の摂理だと思っていた。

昨日は、クリスマス・イブだった。
幸い12月に入ってすぐに、依頼が舞い込んで来て、
しかもえらく気前の良いクライアントで、
俺達の、というか特に香にとっての、今回の年末年始はいつに無く、
穏やかなモノになりそうだ。
香の機嫌がイイと、俺にとってもそれはまぁ、幸せなワケで。

昨日香から、クリスマスプレゼントに、革ジャンを貰った。
黒い上質な革の、シンプルなライダース・ジャケット。
『僚に似合うと思ったの…凄くカッコイイ\\\』
そう言って、はにかみながら笑う香の顔を思い出すだけで、
俺も自然とにやけてしまう。

そして実際それは、俺自身も良いなと思えるモノだった。
相当お気に入りの1着になる事は、まず間違い無い。
何より見た目以上に温かいので、冬でもTシャツ1枚に羽織っただけで充分だろう。
俺は普段暑がりだから、冬の服装は意外に難しい。
寒くても着込む事が、あまり好きじゃないのだ。
外の気候に合わせて厚着をして、いざ屋内に入ると暑過ぎる、
というのはよくある事だ。

そんな俺の日常の微妙な(些細な?)悩みというか、不満さえ、
香が解っていてくれるようで、何だか妙に面映ゆい。
まぁ、もしかすると当人には、そんな考察などは特に無く、ただ単純に。
『似合うと思って』選んだだけかもしれない。
それでも俺にとっては、そんな事は二の次で。
香が俺の為に、俺の事を考えながら、贈り物を選ぶ。
そんなシンプルな事実に、俺は激しく萌える。

斯くいう俺も、香にだけは柄にも無く、
クリスマスプレゼントとやらを、買ったワケだが。
それが意外にも、香が選んだモノに近いというか、何というか。
流石は、パートナー、阿吽の呼吸というか。
俺が香にやったモノは、ムートンのコートだった。
寒がりの香に、良く似合いそうなそのコートを見た瞬間、
今年のアイツへのプレゼントは、それに決めていた。

案の定、昨夜大喜びのリビングで、それを羽織ってみせた香は、
無茶苦茶、可愛かった。
正直、萌え死ぬ。
まさか冴羽僚の最期が、リビングで萌え死にって、それはちょっとあんまりだろう。
まぁ、俺的には、理想的な死に方だが。
どちらかと言えば、幸せなのは腹上死だろうケド、
如何せん、俺達は未だプラトニックなので。
取敢えず、香と1発もしないまま、萌え死ぬわけにはいかない。

秋の初めに、『愛する者』と遠回しに逃げ道満載の告白をして、
早いモノで、今年ももうすぐ終わる。
まだキスもしていないし、押し倒してもいない。
傍から見れば、それは焦れったいだけの関係かもしれない。
勿論俺としても、香とキスだってしたいし、モッコリもしたい。
そんな事は外野に言われなくても、当然だ。
だけど、だからと言って、焦る必要も無い気がしている。
この俺が。
この、下半身に忠実に生きてきた、この俺が。

ハッキリ言って、こんな自分。新発見だ。
美味しいと解り切っている、極上のモッコリちゃんを目の前にして。
こんなに我慢強い自分がいるなんて、一番驚いているのは、他でも無い俺自身だ。
勿論、求めてやまない気持ちと同時に、驚くほど満たされている、心が。
それは多分、俺と香にしか解らない事。

目が合った時、
会話を交わす時、
指がそっと触れた時、
身体よりも、心が満たされる。
がっつく必要は無いのだと、自然と気持ちが穏やかになる。

進展が無いと言いつつも、それでも地味に少しづつ変わってきているのも事実で。
まずは、以前のようなくだらないケンカが随分減った。
それでもゼロでは無いが、何より俺が香を怒らせるような事を言わなくなった。
『男女』だとか、『弟』だとか。
何故かと言えば、ただ単に気付いただけだ。
悲しい顔をさせるより、俺の目の前でいつだって笑っていて欲しいという事に。

俺がそう思っただけで、2人の間にある空気は格段に変わった。
それはホンの薄い薄い膜が剥がれるような、ごく小さな変化だけれど、
それだけの事で、こんなにも幸せな気持ちになれる事に、
今更ながら気付いたのだ。ホント、今更だ。

俺は自分で思っていたほど、スケベでは無いのかもしれない。(多分な)
今までは、心が満たされないモノを、
セックスで埋め合わせていただけなのかもしれない。(希望的観測な)
イイ歳こいて、そんな事に漸く気が付いた俺である。(年齢不詳だけど)










今日は僚と2人で、お昼ご飯を食べた後、伝言板を見に行って、
キャッツに行こうという事になった。
昨日クリスマスプレゼントに、僚がムートンのコートをくれた。
実を言うと私は、ムートンのコートが数年前から凄く欲しかった。
きっと温かいんだろうなと思って。
それでも、我が家の経済事情を鑑みると、
それはとても贅沢な事のように思うし、いつものダッフルコートや、
ダウンジャケットでも、充分温かいから何となく買えずにいた。

そんな私の気持ちを、まるで知ってたみたいに、
僚は私に、そのコートをプレゼントしてくれた。
とても可愛いくて、温かくて、何より僚が選んでくれた。
それが1番嬉しい。
それはきっと、私の一生モノだ。

そしてもう1つ、とても嬉しかった事。
2人で別々にプレゼントを選んだのに、私も似たようなモノを僚に贈った。
まるでお互いが、同じ様な気持ちでいたような気がして、
何だか照れ臭くて、嬉しい。

私が選んだライダースジャケットは、想像通り僚には良く似合っていて、
思わず、僚に『カッコイイ』なんて言ってしまった。
僚がからかったりしないという事は、きっと聞こえなかったんだろうけど、
それだけが、せめてもの救いだ。
いつも私が、密かにカッコイイななんて思いながら、
僚の事を盗み見ている事や、見惚れている事が僚にばれたら、
私は恥ずかしくて、死んでしまう。

最近少しづつ、僚との空気が変わってきている気がする。
お互いにちょっとだけ、優しくなったというか。
上手く言えないケド、すごく穏やかな気持ちというか。
相変わらず、依頼も少ないし、お金に余裕は無いけれど、
それに僚のナンパや夜遊びは、全く変わらずだけど。
それでも、日常のちょっとした瞬間に、お互い同じ事思ってるかも、
と思う事がある。
きっと、私と僚にしか解らない。日常の些細な事。

でも、1番大切な事。
お互いが笑顔でいられるように、少しだけ相手を思いやる事。
ただそれだけの気持ちの持ちようで、
嘘みたいに、幸せな気持ちになれるという事。
それは当たり前過ぎて、少しだけ忘れかけてたけど、
近頃改めて、その大切さを実感している。

『僚とは仕事上のパートナーであって、恋人では無い。』
長年、いろんな人に質問される度、そう答えて来た。
だってそうだから。それでも、そう答える自分が悲しかった。
今現在も、その立場に変化は無い。
恋人では、無い。

だけど気付いたの。
僚とは、家族なの。
これから先、恋人になるのかどうかなんて、正直私には解らない。
でもそれ以前に、僚とはほぼ、家族みたいなモンじゃないかって。
2人の日常があって、お互いを思いやって。
それだけでとても温かい気持ちになれる。
家族であり、仕事仲間であり、そこにもしもう1つ、恋人という肩書が増えても、
私達はきっと、なにも変わら無いような気がする。
大きく変化したとしても、何も変わらない。
矛盾してるケド、そう思う。










カラァァアン。

来客を告げるカウベルと共に、いつもの常連客がやって来た。
「あら、今日はお2人お揃いで。珍しいわね。」
冴羽さんと香さんが、2人同時にやって来るのは珍しい。
大概、時間差でやって来る事が多いんだけど。
大抵は冴羽さんが、香さんの気配を嗅ぎ付けて。

しかも今日は、手を繋いでたし。
店の前で、それとなく解いていたけれど、そんな事はしっかりバレバレよ。
「えぇ、一緒に伝言板を見て来たから。たまにはね。」
香さんがニッコリ笑って、そう答える。
冴羽さんは何も言わずに、ただニコニコと煙草を吹かす。

「雪、まだ降ってる?」
「さっきまで降ってたけど、今はもう止んでる。でも、すっごい寒かった。」
昨日の夜中から、チラホラと雪が降ったり止んだりしている。
さすがにこの大都会の真ん中で、積もるほどの量では無いが、
それでも、この冬1番の冷え込みらしい。
「でも香さん、そのコートすごく温かそうね。とても良く似合ってるわ。」
私がそう言うと、香さんは真っ赤になって照れながらも、
「…僚がプレゼントしてくれたの。」
と嬉しそうに微笑んだ。
贈り主の冴羽さんはというと、飄々とした表情でコーヒーを飲んでいる。
けれど耳の先が少しだけ赤く見えるのは、きっと私の気のせいでは無い筈だ。

そういう彼にしても、今日は初めて見るジャケットを羽織っている。
それはきっと、香さんからのプレゼントなのね。
何しろ昨夜は、クリスマス・イブですもの。
いつもは意地っ張りで、素直じゃない2人もたまには仲良くしないとね。

ここ最近、彼らの間に流れる空気が、
少しづつ、微妙に変わってきている事を感じる。
それはきっと、毎日顔を合わせている私達にしか解らない、些細な変化。
なにか明確なキッカケがあった訳ではないらしい。
現にそれこそ数日前、私は香さんに質問した。

『冴羽さんとは、もうキス位したんでしょ?』
こんな質問に、香さんはとてもシャイだけど、私と2人きりの時なら、
照れながらも真剣に答えてくれる。
うぶでカワイイ香さん。
今日び、中学生や高校生でさえその位の質問、軽くいなせるだろうに、
彼女はいつだって、異常に恥ずかしがりつつも、しかし真摯に答えてくれる。

『み、美樹さんっっ、何で・・・・って、今更か。
 ・・・そんな、き、キスなんて、まだまだそんなんじゃないの。僚とは。
 けど、・・・相手が僚なら、別にいつそうなっても構わないと、私は思ってる。
 
 まっ、そうならなくても、別に全然構わないんだけど。ははは。』

そんな風に誤魔化せるほど、彼女は器用なタイプでは無い。
それが出来れば、彼らはとっくに恋仲だ。
彼女がそう言うのなら、きっと言葉通り2人はプラトニックなんだろう。
けれど最近は以前のように、大げさに恋心を否定したり、動揺したり、
なんて事は無くなった。
とても自然に彼女は、自分の恋に向き合っている様に見える。

何というか、すごく穏やかなのだ。
香さんも、冴羽さんも。
こうして少しづつ、小さな変化を積み重ねて、
いつしか2人は、本当の恋人に変わってゆくんだろうと、自然に理解できる。
そして私達は、その2人の瞬間をいま目の当たりにしている最中なのだ。
そう思うと私も、まるで自分の事のように幸せに感じる。

つい半月程前の2人は、依頼でとても忙しそうにしていたけど、
打って変わって年越しは、いつになく平和に過ごせそうね。
今では2人とも、すっかり身体が温まってきたのか、
件のジャケットとコートは、綺麗に畳まれ、香さんの隣の空いたスツールの上に、
2着重ねて、静かに置かれている。

きっとお互いの贈り物が、余程温かいのだろう。
この寒い中、2人ともやけに薄着で。
冴羽さんなんか、長袖Tシャツ1枚だ。
香さんも、まるで春を先取りしたような、
柔らかそうな、幸せそうな薄手のニット。
思わず私も、口元が綻んでしまう。

「なんか、やけに表が騒がしいわね。何かあったのかな?」
ふと、香さんが表を気にしたのと、店の電話が鳴ったのはほぼ同時だった。
確かに先程から、やたらとパトカーのサイレンが鳴り響いている。
この街ではさほど珍しい事では無いけれど、
それにしても、確かに騒がしいと言えるレベルかも。
そう思っていたら、ファルコンが受話器を置いて戻って来た。

「スグそこの銀行に、強盗が入ったらしい。しかも、犯人取逃がしたそうだ。」
電話はどうやら、ファルコンの情報屋からのモノらしい。
「やだ。年末になると、物騒ね。」
「ま、強盗犯よりも、ある意味物騒な男が、この場に2人もいるけどね。」
眉をひそめる香さんに、冴羽さんはニヤッと笑って言った。
「まぁ、それもそうねぇ。今更、私達に物騒もなにも無いわね。」
と、私が答えたところで、カウベルが派手な音を立てた。

ガラァァ~~~ン
入って来たのは、まるで玩具みたいなチャチなライフルを持った、
まるで素人丸出しの男だった。
あらら、まさかココに逃げ込んで来るなんて。
なんて、運の無い人。








「おいっっ!!お前ら。大人しく言う事を聞け!!でなきゃ、ハチの巣になるぜっっ」
そう言って飛び込んで来た、へっぴり腰のシロートを見て、
俺は心底、呆れた溜息を零す。
どうやったらこんなヤツ、取逃がせるんだ??てか、なに取逃がしてんだか。
大丈夫か、日本警察。
そりゃ検挙率も、年々右肩下がりに落ちるってモンだ。
大体、近頃の警官ときたら、根性が足りねぇんだよ。
少しはあの女狐を見習えっての。
まぁ、あんな奴、あれ以上2人も3人も居たら、それはそれで怖ぇけど。

この場の全員が、俺と同じ事を思った様で、
喫茶キャッツ・アイの店内に、シラ~~ッとした何とも言えない空気が漂う。
香ですら、苦笑いである。
「ご注文は?」
美樹ちゃんが、平然と接客する。
当然だ。バカバカしくて、バカの相手などしていられない。
ココはコーヒーを飲ませて、大人しくお引き取り願おう。邪魔だ。

「はぁ?テメェ、めくらか?この銃が見えねぇってのか?」
といきがるバカに、今度は海ちゃんが答える。
「めくらは俺だ。っつーか、ココはサテンだ。客なら、注文を言え。」
海ちゃんの、異様なオーラに舞い上がったシロート君は、
何を血迷ったか、一番近くに居た香を引き寄せると、
チャチなライフルを、香に突き付けた。

悲しいかな香は経験上、そんな事は日常茶飯事、もしくはそれ以下である。
緊張している素振りも無い。
斯くいう俺も、さっきからニヤついて煙草を吹かしてるだけなんだけど。
「なに?銃ってもしかして、安全装置が掛かったままの、このライフルの事?」
香がバカに向かって、小首を傾げた。
そしてニッコリ微笑むと、バカの鳩尾に強烈なエルボーをお見舞いした。

うん。暴力的な香も、なかなかカワイイな。
でもあれは相当痛いな、なんて同情しつつ、
突然の鳩尾への急襲で呼吸も侭ならない、シロート君の背中に、
俺は躊躇なく足を振り下ろして、蹴りを入れてやる。
たったそれだけで、あっけなく失神しやがった。
もうちったぁ、根性見せろっつーの、つまらん。
わざわざ、汚ねぇ手で香に触りやがって。

伸びた男が、目覚めてまた面倒臭ぇ事にならないように、
海ちゃんが奥から、トラップ用のワイヤーを持って来て、
ぎちぎちに縛り上げている。
あ~あ~、荷物じゃねんだから。
そんなにキツク締め上げてやんなよ、気の毒に。

「もぉっ、お店の中すごく温かかったのに、この人が思いっきりドア開けたから、寒くなっちゃったね。」
香が眉を寄せて、迷惑そうに呟く。
そして、『お手洗い借りまぁす。』と言って、席を立った。
つい数分前に、強盗犯を伸した事など、まるで無かった事のように、
海坊主はグラスを磨いているし、
美樹ちゃんは、俺の目の前の灰皿を交換して、汚れた灰皿を洗っている。
いつもと違うのは、店の片隅に蓑虫みたいになった男が、転がっている事だけだ。

しゃあねぇな。女狐にご足労願うか。
俺はケツのポケットから、携帯を取り出すと冴子の携帯へ連絡を入れた。
冴子は割とすぐ近くで捜索していたらしく、俺が事情を話すと、
「まぁ、手間が省けたわ。すぐ、行きます。」
と、心底嬉しそうに言った。
1~2分もすると、冴子がやって来た。
後輩らしい、頼りなさ気な若い男の刑事と一緒だ。

冴子が来たのと、香が便所から戻ったのが、ほぼ同時だった。
「あら、冴子さん。こんにちは、寒いですね。」
香がニッコリ微笑んで、冴子に挨拶する。
そうこれは、何てこと無い日常の風景。
この中で唯一、呆気に捕られているのは、冴子の後輩の若い刑事だけだ。
つい先程まで、警察と一進一退の攻防を繰り広げていた、
凶悪な強盗犯は、気絶して転がっているし、
それなのに、ココにいる“一般市民の協力者たち”は、
平然とコーヒーを飲み、時候の挨拶なぞ交わしている。

もう既に、強盗犯の事などどうでもイイ香は、俺の隣に座ると、
「ねぇ、僚?今晩は何が食べたい?」
と上目遣いで訊ねたりなんかして。
うう゛っっ
カワイイじゃねぇか、オイ。
つーか、おまぁが喰いたい。
そんな気持ちをグッと押さえて。無表情で、固まる俺。

「そうだな。寒いから、なんか温かいモン。」
漠然とそう答える俺に、暫し冷蔵庫の中身を思い出しながら考える香。
「そうねぇ、豆腐があったから、…チゲ鍋はどう?豆腐チゲ。」
そう言った香に、俺が答える前に美樹ちゃんが答える。
「あら、イイんじゃない?あったまりそう。」
香は美樹ちゃんの言葉に、満面の笑みで答えた。
「よ~し、そうと決まればっっ!!お買い物行って、早く帰ろう?僚?」

決まったんかいっっ!!
しかもまた、俺の理性を揺るがすような、仕草に言動。
だぁかぁらぁ!!上目遣いはよせっつーのっっ!!眩暈がする。
まぁ、しかし。
早く帰る事に異論は無い。勿論、チゲ鍋にも。
「んじゃあまぁ、パートナー殿のご要望にお応えして、ボクちゃんは、荷物持ちでもしましょうかねぇ。」
そう言って、渋々と言った体で、あくまで体で。
俺は腰を上げる。

「あら?お2人には、もう少し詳しい事を訊きたかったんだけど。もう帰っちゃうの?」
冴子がわざとらしく、そんな事をぬかしやがる。
冗談じゃねぇ。俺達は今から家に帰って、チゲ鍋なの!!
暇じゃねぇっつーの。
「あ?別に俺たちゃ、何もしてねえし。この店の中であった事は、店主に訊きな。」
俺がニヤっと笑って、海ちゃんを見ると、
奴も僅かに片方の口端を持ち上げて、フンッ!と、1つ大きく鼻を鳴らす。

「それじゃあ、美樹さん、海坊主さん、ごちそうさま。また、明日。冴子さんも、そちらの方もご苦労様です。お気をつけて。」
香がいつの間にか、上着を着て外に出る準備万端で、ニッコリ微笑んだ。
さっきまで、1人で呆気に捕られてボサッとしていた、若い刑事が、
今度は香を見て、薄っすら頬を染めてやがる。

ったく、しょーがねーな。
これだから、近頃の警官は。
全く、なってねぇ。
もちぃっと、気ィ引き締めろよ。
つーか、
俺の連れ見て、頬染めてんじゃねえ。
殺すぞ。

なんつって。
シャレにならんか。
まぁ、シャレじゃねぇけども。








キャッツを出て、駅の傍のスーパーに寄る為に、2人で並んで歩く。
改めて香の姿を眺めながら、思わず目を細める。
やっぱりコート、良く似合ってんな。
そんな俺の幸せな気分を、知ってか知らずか、
香が自然な動作で、そっと手を繋いできた。
最近は、いつもこんな感じだ。
俺はいつもこの瞬間が、堪らなく好きだ。
胸が張り裂けそうなほど。

高架下の靴磨きの徹っつぁんのすぐ傍を通る時、
俺の手の中にあった小さな温もりが、するりと抜けて。
香が俺の隣から、徹っつぁんの元へ駆け寄って行く。
暫く遠目に眺めていると、香が何やらポケットから取り出して、
徹っつぁんに、何か手渡している。
そしてまた、踵を返して俺の元へと戻って来た。
徹っつぁんは何も言わず、顔を皺くちゃにして笑いながら、
俺と香に手を振った。

先日の依頼の時に、情報を仕入れる為に徹っつぁんの元を訪れた時の、
何気ない会話を思い出す。

カオリちゃんなぁ、いつでも俺の傍を通りかかったら、
ポケットから、カイロを出して渡してくれるんだよ。
手が冷たいだろうって。
カオリちゃんにしてみりゃ、些細な事だろうケドよ。
俺みてぇな、老いぼれのジジィにしてみりゃ、
涙が出る程、嬉しい事なんだよ。
リョウちゃんにゃ、勿体無い娘だねぇ。


あぁ。徹っつぁん、そうだよ。全くその通り。
俺なんかにゃ、ホント、勿体無いほどの幸せなんだぜ?
俺はカイロじゃ無くて、繋いだ手から幸せ貰ってんだ。
マジで、比喩じゃ無くて、胸が張り裂けそうになるんだ。

「なぁ、香。」
「なぁに?」
「寒ぃからさぁ、とっとと買いモン済ませて、早く帰ろーぜ。」
「そうだね。」
「で、家帰ったらさぁ・・・」
「ん?」
「キスしていい?」

一瞬、香は真っ赤になって固まったけど、次の瞬間、
本当に小さな小さな声で、
いいよ。
と答えてくれた。
たったそれだけで、何だか俺の心は、
一足早く春が来たのかと思う位、温かくなった。

まだ、年末なのに。
















えっと、インスパイアオブ“伊集院隼人氏の平穏な1日”でございます。
原作好きな方なら、誰もがあのお話しは好きだと思います。
何を隠そう、隠れ海ファンのワタクシは、あのお話しが大好きです。

何だか、気が付いたら、なななななんとっっ!!!
総拍手数 4000 突破致しておりましたっっ(感激)
この連休で、何とかコメントのお返事を頑張ろうと、目論むケシなのですが。
こんな、お返事も侭ならないワタクシに、
いつもいつも、温かい応援を戴いております事、
心より、有難く思っておりまっす!!!

実はこの話し、初チュウまでのもう一つのお話しまで考えております。
後程、アップ致しますので、そちらの方も是非読んで戴けると嬉しいです。
頑張って書き上げます(*´∀`*)

[ 2012/09/16 09:15 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

今までのようには見れない。

※ このお話しは、『冴羽僚と愉快な仲間たちのまるで平穏な1日。』の続きです。
  これだけで読んでも意味は解りますが、まずはアチラを読む事をお薦めします。
  なんつって、ちょっと宣伝(テヘ)












香のヤツ、明らかに動揺している。
まぁ、原因は、俺なんだけど。
『キスしていい?』
とさっき、訊いてみた。
香は真っ赤な顔で、いいよ。と答えたモノの。
今現在俺達は、いつものスーパーマーケットにいる訳で。
俺は“家に帰って”から“キスしてイイ?”かと訊いたので、
まぁ、予告された香としては、軽くパニック状態へ陥ってる訳だ。

なんか香のヤツ、歩き方までぎこちない。
先程からもう何度目か、
「今日はお鍋をするんだったよね?」
と香に確認されている。
その度に、辛抱強く答えてやる。
「あぁ、チゲ鍋だ。豆腐チゲだぞ。因みに、豆腐はウチの冷蔵庫に2パックあるから買わなくていいぞ。」

恐らくあまりの動揺に、そうやって自分自身に言い聞かせていないと、
今がいつで、どこで、何をしているのか、あやふやになるのだろう。
可哀相な事をしてしまった。
せめて俺がもう少し気を遣って、家に着いてから、
この話題に触れるべきだった。

しかしよくよく考えれば、こんな状態になる事は簡単に想像できた筈なのに。
こうして後から気が付くなんて、俺自身も相当にテンパっていたと思う。
何故だかあの瞬間、“今すぐ伝えないと”という、
切迫感というか、焦燥感というか。
何とも言えない、激しい感情が押し寄せて来た。
本当に、比喩でも何でも無く、胸が張り裂けそうだったのだ。

そして香に、『いいよ。』というたった一言の、
けれど甘い甘い砂糖のような蜂蜜のような、その言葉を貰った瞬間、
それはまるで甘い毒薬のように、俺の心に染み渡って。
まるで嘘みたいに、激情の波は穏やかに凪いでいったのだ。
だが次は、香のこの状態である。

俺は本当に、自分自身が情けなくなる。
こと香の事となると、後先見えない。
本当に香の事を第一に思うのならば、こんな風に緊張を強いる事など無く、
もっとスマートにエスコートするべきなんだろうが、
如何せん、上手くは行かないのだ。マジで情けねぇ。







ついさっき、僚と生まれて初めての、キスをした。
少しでも気を抜くと、ボンヤリしてしまう。
いま自分は、晩ご飯のお鍋の準備をしていて、
そしてリビングのコタツには、腹ペコの僚が待っているのだ。
そう、僚が待ってる。

『家、帰ったらさぁ・・・・・キスしてイイ?』

キャッツの帰りに、2人でスーパーに向かう途中、突然僚がそう言った。
多分今までの僚との会話の中で、1番か2番目に、驚いた。
でも、良くないワケなど、決して無いので。
私は、いいよ。と答えた。
私には、それ以外の答えなど無いから。

それでもその直後から、さっき僚の唇が私の唇に触れたその瞬間まで。
私の記憶は何だか、フワフワしていて、酷く曖昧だ。
スーパーでも気付いたら、ワケの解らないモノを手に取ろうとして、
何度か僚に、
『それ、必要なのか?』
と訊かれて、我に返った。
それでも、何とか無事に家まで辿り着いて、
(今日ばかりは、僚が一緒に居てくれて良かった。まぁ、原因は僚なんだけど。)
買って来た食材を冷蔵庫に仕舞っていると、
不意に背中から、僚に抱き締められた。
それはとても温かくて、涙が出そうだった。

「…りょお?」
「…さっきの約束。」
キスの事だ。
思わず私の身体が固くなる。
全然嫌じゃないのに、むしろ嬉しいのに。
緊張して、どうしようもない。
「やっぱ、ダメ?」
僚の顔は見えないけれど、僚の声は少しだけ残念そうに聞こえる。

私がこのまま何も言わなかったら、僚、誤解しちゃうよね?
それでもなんて言えば良いのかなんて、解んないから。
首を横に振るのが、私に出来る精一杯だった。
すると僚は私の身体を反転させて、向かい合ってジッと見詰められた。
何か僚ったら、今までに見た事無いようなマジな顔してると思ったら、
少しだけ、可笑しくなっちゃって、私の気が緩んだ瞬間だった。

僚の唇が、私の唇に触れた。
その事に気付くまでに、少しだけ時間が掛かったと思う。
想像以上に、男の人の唇が柔らかい事を知って、驚いた。
どの位の時間、そうしていたのか解らなかったけれど、
僚の唇が私から離れた瞬間から、淋しいと感じた。
すぐ傍で僚の顔を見て、目が離せなかった。
それまではボンヤリしていた筈の意識が、やけにクリアになって、
僚の隅々まで、何1つ見逃す事の無いように、じっと僚だけを見詰めた。

僚は少しだけ俯いていて、少し伸びて邪魔っ気な前髪が僚の表情を隠す。
私の目線からは、僚の表情が良く解らなかったけれど、
僚の唇は、少し震えていた。
「…りょお。…震えてる。」
思わずそう呟いて、僚の唇に指で触れていた。
それは、無意識だった。

その直後、顔を上げた僚の瞳が、目に焼き付いて離れない。
今まで見た事の無いような僚。
カッコイイ僚。少しだけ、怖い僚。でも、僚だから怖くない。
僚は何にも言わなかったけれど、何故だか私には解った。
僚が私を欲しいんだと。

そして次の瞬間には、触れるような優しいキスでは無く、
まるで咬みつく様な、キスをされた。
まるで僚に、食べられているみたい。
それでもいいと思った。
腹ペコの僚が、私を食べて、満腹になって、グッスリ眠ってくれたら。
それでも、いいよって。
でも、“美味しい”って言ってくれたら、嬉しいなって思ったの。

気が付いたら私は、全身から力が抜けて、僚の胸に凭れたまま、
キッチンのフローリングの上に、ペッタリと座り込んでいた。
僚が優しく、私の背中を撫でていてくれた。
まるで小さい子供を、あやすみたいに。
私が落ち着くまで、暫くそうしてくれていた僚は、
私の髪の毛をクシャクシャと撫でると、
「メシの準備出来るまで、待ってるから。」
と言って、ニッコリ笑った。
もう僚は、いつもの僚に戻っていた。

何日か前、美樹さんに訊かれた。
『もう、冴羽さんとは、キス位はしたんでしょ?』
自分がその時、何と答えたかは今はハッキリとは思い出せないケド。
(何しろあの時は、そんな事訊かれて照れ臭くてテンパってたし。)
何となく、そうなって構わないと、僚と恋人への一歩を踏み出しても、
全然、構わないと言った様な気がする。

そりゃあ確かに、今まで本当にそう思っていたケド。
思っていた事と、実際は全く違った。
まるで僚という大きな波に、浚われてしまった様な気持ちだ。
そして元居た場所と違う、知らない浜辺に流れ着いた気分。

だけどそこで、僚はちゃんと待っていてくれた。
僚と、私だけの浜辺で。









香の唇に触れた瞬間に、忘れていた事を思い出した。
否、忘れていたんじゃない。
封じ込めた事。
心の奥底の、一番深い所に。
もうずっと以前の事過ぎて、細部は覚えてはいないけれど。
その記憶の手触りだけは、ゾッとする程覚えている。
きっと、俺が生きている限り死ぬまで、その感触を忘れる事は無いだろうし、
忘れてはいけないような気がする。

アレは確か、槇ちゃんが死んだ次の年の、夏だった。
香が傍に居る事が、少しづつ当たり前になって来て、
少しづつ香というヤツが、解り始めていた頃の夏。
どういう流れでそういう事になったのかは、もう忘れたが、
俺も香もお互いに、5~6本缶ビールを空けていて。
俺はその程度で、別に酔うワケでも無く。
今思えば、堂々と飲酒運転なわけだが。妙に楽しくて、ハイで。

クーパー、ぶっ飛ばして、何処か忘れたけど房総の方か何かの海に出掛けた。
真夜中で、他に車なんか走って無くて。
俺がスピードを上げると、香はキャアキャア言って喜んだ。
数年前の出来事だけど、確実にあの頃は今よりも、俺も香も若かった。

海に着いて、まぁ砂掘って寝転んだり、砂に文字描いたり。
まるでガキみたいな他愛も無い遊びだったけど、
ゲラゲラ笑って、2人でじゃれ合った。
そうこうしている内に、香がいきなり泳ぐと言い出した。
香は完全に酔ってたし、夜中だし、流石に危ねぇと思って、
海に向かって、走り出そうとする香の腕を掴んで、俺は言った。

『危ないから、俺の傍から離れるな。』

その時の香は、その言葉の意味をそのまま受け止めた。
ちぇっっ、りょおのケチぃぃ~~~
と言いながら、再び砂浜を転げ回って遊んでいたけれど。
その時の俺は、その言葉を己の口から放った途端、
言いようの無い恐怖が込み上げて来るのを、感じていた。

俺から香への、最初で最後の呪縛の言葉。
俺が香を、離したくないと思った、最初の出来事。
“俺はお前に惚れているから、どうか俺の元から消えないでくれ。離れるな。”
“お前にとって、俺が最も危ねぇヤツだから、とっとと逃げろ。離れてくれ。”
相反した、両極端な気持ちの狭間で、思い悩み始めた1番最初の夜だった。

もうそれから先、コイツの事を、今までのようには見れないと、強く思った。
香の目も、唇も、華奢な肩も、しなやかな指先も、白い肌も。
俺が自分の気持ちを自覚した途端、世界の見え方がまるで変った。
それから今までずっと、俺の目には特殊なフィルターが掛かっている。

香を女として見ませんフィルター

そのフィルターを、ここ最近、少しづつ少しづつ剥がして、
俺達の距離は、随分縮まっていて。
とうとう今夜、あの夜から数年越しに、俺の唇は香の唇に到達した。
それは今までのどんなモノよりも、甘い甘いキスだった。

そして改めて思った。
もう、コイツの事。今までのようには見れない。
その目も、唇も、華奢な肩も、しなやかな指先も、白い肌も、
長い脚も、柔らかそうな胸も、ツンと上がったヒップも、茶色いクセ毛も。
あの夜は、言いようの無い恐怖が込み上げて来たけれど、
今、俺の胸に溢れているのは、言葉では言い表せない幸せだった。

もうあの時とは違うのだ、俺も香も。
香が俺の事を解っていてくれる、俺の過去も罪も全て。
色々な事を2人で乗り越えた。
香だったから、やって来られた。
俺だったから、守って来られた。
そんな色んな、なんやかやが、一気に俺の胸に押し寄せて来た時に、
香の指先が、俺の唇に触れた。

香は何も言わなかったけれど、俺には何故だか解った。
香が俺を欲しがっている。
俺の為だけに、熟したフルーツみたいに。
俺の為だけに、咲いた花みたいに。
己を味わってくれ、己を愛でてくれと。
もう、あの時みたいな、世間知らずの小娘では無いのだと。

香のその俺への想いを、受け取った瞬間から、
あの夜の浜辺で止まった、俺達の時間がまた進み始めた。








ベランダに出て煙草を吸っていると、昨日から降ったり止んだりの雪が、
またチラついて来た。道理で冷えるワケだ。
今月に入ってから、急に寒くなったので、ウチのリビングには今コタツがある。
俺は大して興味も無かったが、香は冬になるとコタツを欲しがった。
槇ちゃんと暮らして居た頃は、毎年冬になるとコタツを出したのだという。
火を使わないから安全だし、何よりすごく温かいからと。

香が、あんまり毎年欲しがるモンで、仕方なく3年前の冬に、
2人でホームセンターに行って、コタツを買った。
そして3年経った今では、すっかり俺も、冬はコタツだろ?が定番化している。
つい最近、なんとミックの所ですら、コタツを導入した。
俺達のコタツライフを見て、すっかり気に入ったミックが、迷わず購入したのだ。

朝メシや、昼メシは、きちんとダイニングのテーブルで食べるケド、
ここ最近、晩メシだけは、2人でコタツで食べている。
それが何とも、家族っぽい感じで。
俺は内心、気恥ずかしくもあるが、結構気に入ってたりもする。

特に今日みたいに寒くて、メニューは鍋で。
ついさっき、初めてのチュウなんかしちゃった、俺達にとって。
コタツで並んで、仲良く晩御飯❤なんて。
嬉し過ぎるだろ?
楽し過ぎるだろ?
忘年会シーズンなのに、リョウちゃんてば飲みに行く回数減っちゃいそう、グフッ。

まぁ、まだまだキスしかしてないしぃ?
カオリンはあの通り、奥手もイイとこだから。
一遍に何でもかんでも、やってやろうとは思ってないケド。
少しづつ、色んな事教えてやんないとね(ニンマリ)
フッフッフッ、香クン。
大人の世界は、まだまだ奥が深いのだよ❤
これからせいぜい、精進してくれ給へ。








やはり、冴羽僚は冴羽僚だ。
比類なき、モッコリスケベである。
一方槇村香は、まさか最愛の男が、そんな物騒な事を考えている等、露知らず。
今晩の夕餉の支度を、着々と進めている。
「りょ~お~、もうすぐ出来るから、お鍋とコンロそっちに運んで~~。」
まるで彼の母親のように、キッチンからお手伝いの要請をしている。
きっと彼らは、恋人同士になってもなんら変わらない。
2人はもう、ずっと前から家族なのだから。










ブハッ、超激甘です。
とうとう、チュウしましたよん。
実はこのお話しの前話に出て来た、2人のコートとジャケット。
短いお話しの中の、『ひとつだけ』っていう、お話しにも登場します。
何だか、お話しが増えていくと同時に、
少しだけそんな風に、2人の生活が繋がって行ったら面白いかなと思いまして。
リョウちゃんのお下がりのジーンズは、ワタクシの十八番ですが。
リョウちゃんのオヤジサンダルも、どっかで2度ほど出演しました。
読んでて気が付いたら、クスッと笑ってやって下さい(ペロ)
[ 2012/09/17 01:26 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

番 外 近い将来 (4000ぽち・リクエスト) 

※ このお話はパラレルです。長いお話“SugarBabe”の番外続編です。
  いきなりこのお話を読まれるよりは、本編も読んじゃう方が、
  多分、楽しいですよ〜〜






「オヤジもとうとう、じいちゃんか。」
冴羽僚はごく久し振りに、実の父である大実業家・海原神と、
神楽坂のとある料亭で、食事をしていた。実に4カ月振りの対面である。
「まぁな。お前が30過ぎたんだから、俺だって爺さんにもなる。時間の流れとはそう言うモンだ。」


僚とは腹違いの義兄、海原家の1人息子にもうすぐ子供が産まれる。
僚とは4歳違いの義兄の子で、海原にとっては初孫だ。
「楽しみ?」
「……まぁ、世間一般並みにはな。…ところで、お前は?いつ孫の顔を見せてくれるんだ?いつまでも、車ゴッコもイイが、そろそろ子育ても楽しい年頃だぞ?」

海原がこんな事を僚に言ったのは、それが初めてだったので、
僚は少しだけ、ビックリした。
これまで彼は、僚が何をしようが全くの放任主義だった。
まさか父にそんな気持ちがあったとは、僚には初耳だ。
勿論、父に愛されている自覚はある。
たとえ愛人に産ませた息子とは言え、両親を怨むつもりもない。
何よりそんな事は感じ無い程、大切に育てられてきた自覚もある。

それに少しだけ、近々産まれる初孫よりも、まだ何の予定も無い、
僚の子供の方を、楽しみそうにしている父に、
僚はまた、母の面影を見る。
父が生涯本当に愛した女は、僚の母親1人だ。

「珍しく、入居者が居るらしいじゃないか。別嬪の。」
確かにいる。
503号室、先月20歳になったばっかりのモッコリちゃん。
僚とミックの経営するガレージの、紅一点。
歌舞伎町女子達の隠れアイドル、槇村香だ。

「ミックか?」
僚が険しい表情でそう問うと、海原はさも可笑しそうに破顔する。
ミックと僚は物心ついた頃からの、幼馴染みで。
親同士・家族ぐるみの付合いである。
母親が死んで以降の僚は、あまりミックの親とまでは顔を合わす事も無いが、
ミックと海原は、時折顔を合わすらしい。
僚ですら、4カ月振りなのに。
ミックは何しろ、ファミリー第1主義なので、親や身内に対してはマメなのだ。
ミックにとっても僚にとっても、お互いの親は、いわば身内みたいなモノだ。

「で?孫はまだ作らんのか?」
にしても、いきなり孫は飛躍しすぎだ。
「そんなんじゃねぇし、まだ。」
僚は憮然としたまま、答える。
「彼女はお前のステディだと、ミックは言ってたが?」

クソッ、!やっぱ、ミックの野郎か。余計な事、ペラペラ話しやがって。

僚は内心、ココには居ない幼馴染みに、毒付く。








僚が香と初めて会ってから、もうすぐ3年になる。
今の僚には、ハッキリとわかる。
アレは確かに、一目惚れだった。
早朝のガレージで、無口で大人しかったけれど、
ハッキリとした意思を持った、透明で深い湖のような薄茶色の瞳。

本人に会う前に聞かされていた、彼女自身にはもうどうしようもない、
悲しい過去の記憶。
その詳細を、彼女の従兄から聞いて知っているという事は、
未だに僚は香には言って無い。
言う必要も無いと思っている。
同情する気は無い。傷を舐め合う気も無い。
僚にあるのは、彼女と幸せな未来を作る気持ちだ。
だから僚は、あの美しい瞳に綺麗なモノや、楽しいモノや、
自分だけを映していて貰えるように。いつも彼女を笑わせる。

秀幸の結婚前に、僚は秀幸に香を託された。
“アイツの家族になってやってくれ”と。
それからほぼ丸2年。
僚と香の変化は、ホンのちょっとだけだ。
想像以上の、スローペースに僚は近頃、少しだけ欲求不満だ。

ミックとかずえの家に赤ちゃんが産まれて、1年半。
秀幸と冴子の間には、7カ月後の11月に、赤ちゃんが産まれる。
ちょっと前までは、まるで中学生のように、
地下の秘密の遊び場にたむろしていた3人は、いつしか僚と香の2人になった。
2人だけはいつも、仕事終わりの地下室でまるでいつまでも子供のように、
無邪気に遊んでいる。

香はこの3年で、一通りの仕事はこなせるようになった。
だけど、僚もミックも余程忙しくも無い限り、
香に汚れ仕事も、力仕事もやらせない。
理由はただ1つ。
あの真っ白な指に、オイル汚れを付けたくはない。
洗ってもなかなか落ちない黒いオイルは、香には似合わない。
香はただソコにいてさえくれれば構わないと、2人は真剣に思っている。

日曜日の午前中は相変わらず、僚と香は2人で手を繋いで散歩に出掛ける。
途中見つけたカフェに立ち寄って、ブランチを食べたり。
まるで野良猫の通り道のような、狭い路地に入り込んだり。
散歩に関して、香には特殊な才能がある事に僚は気が付いた。
どんなに狭くて知らない道に入り込んでも、香は帰り道を知っている。
正確に言えば、たとえ知らない道でも、香は絶対に迷わない。
気が付くと知っている道に、帰って来る。
そしてその途中途中で、季節外れの草花や、一風変わった建物や、
僚はまるで知らない、香の顔見知りに出会う。
散歩の国の住人だ。言葉を交わすワケでは無い。ただ静かに会釈する。
香に備わっているのは、まるで猫のような能力。

いつかのあの秋の日の、少しだけ茶色味掛かった4つ葉のクローバーは、
この香の特殊能力で見つけて来たのだろう。
あのクローバーは、今でも僚の部屋の写真のアルバムの中に挟んでいる。
今ではすっかり、枯れて。
香のふわふわの髪の毛と、まぁるい瞳と同じ、薄茶色だ。
あの4つ葉が、僚に運んで来た幸運は、実は香自身であった事など、
きっと、当の香は気付いていない。

この1年半ほど、晩ご飯は香の部屋で2人で食べている。
何となく、どちらからともなく、始まった習慣。
お互いそれぞれ自分の部屋で、1人分づつを作るより、効率がイイ。
なんて、合理的な話ではなく。
僚にとってその時間は、毎夜のデートだ。
香が1人で作ったり、2人で一緒に作ったり、
たまには僚が香の為に、サプライズで腕を振るう。

香が19歳になった誕生日の夜に、僚は初めて香にキスをした。
それから丸1年。
先月20歳になった香と、僚は未だにキスで停滞している。
正直、僚には香が自分の事をどう思っているのかが、いまいち良く解らない。
多分今では、香が最も心を許せる相手は自分ではないかと、僚は思っている。
随分成長したとはいえ、香は未だにシャイで人見知りだ。
そんな彼女が、僚にだけは満面の笑みで語りかける。
手を繋ぐ。キスをする。

けれど2人の間には、明確な言葉も、気持ちの確認も、約束も何も無い。
その事がこれ程までに不安になる事だとは、僚はこの歳になるまで、知らなかった。
昔の僚は、彼女など要らないと思っていた。
特定の相手も、お堅い付き合いも、一途な恋愛も僚には要らなかった。
僚と寝て、遊んで、不安を抱えるのは、いつだって女の子の方だった。
『アタシたちって一体何なの?』
その問いに答えられないのは、いつだって僚だった筈なのに。

近頃僚は、いつでも考える。
香にとって、俺って何だろうと。
兄貴だろうか、友達だろうか、家族だろうか。
そして僚の気持ちは、1つの答えに辿り着く。
香の男になりたい。
父親にとっての母親のように、きっと香は僚の、
運命の、

そして、僚はただ一言、香の言葉を渇望している。
自分を求めてくれる、『好き』という言葉を。









そんな悶々とした心を抱えていた最近の僚に、
あの4カ月振りの父親との会話が、香との距離を縮める為の後押しをした。

しかしテンパった僚には、中間的なアイデアなど浮かぶべくも無く、
それは突拍子も無い提案だった。
食後のコーヒーを飲みながらくつろぐ香の部屋で、
僚は香を抱き寄せた。
ココまでは、よくある事で。
香の髪や頬を優しく撫でたり、額や唇にキスをする。
けれど、今日の僚は違うのだ。

香をきつくシッカリと抱き締めたまま、僚は香のクセ毛に顔を埋める。
気が付いたら、僚の腕は小さく震えている。
一世一代の大勝負なのだから。
「香。」
「なぁに。」
「一緒に、暮らそう。上の部屋で。」
「……うん。」
確かに、香はそう言った。

僚は思わず呆然とする。意外にもアッサリ、香はOKしてくれた。
抱き締めていた香から身体を離すと、僚は香の両肩に手を置いて、
今一度、確認をする。
「…マジで、イイの?」
香はニッコリ笑ってコクンと頷く。
そして真っ赤になった香は、自分から僚の腰に手を廻す。
僚の胸に凭れて、ポツリと呟く。

「りょおが、すき。」

思わず僚は泣きそうになった。
一番欲しかった言葉。
これまで僚は、香を見守り続け、香を幸せにしたいとだけ思ってきた。
香の目に、怖いモノや、悲しいモノを映す事の無いように。
そして香に、自分を好きになって貰いたかった。
「兄貴みたいな好き?」
香は首を振る。
「お父さんみたいな好き?」
香は首を振る。

「じゃ、じゃあ。俺の、嫁さんになる?」
香はコクンと頷いた。
もうそれ以上、僚には我慢など出来なかった。
香のささやかで、慎ましやかな503号室の、
芝生のようなグリーンのラグの上に、僚はそっと愛しい人を押し倒す。



間違い無く、槇村香は冴羽僚のファム・ファタールだ。













『4000ぽち・リク』
え~~、昨日すぐに
N様こと、nagi様よりご連絡を戴きまして、
早速、UPしてみました。
nagi様のご要望は、長編『SugarBabe』のその後。甘々で。
との事で、本日仕事中に考えてみました。(仕事しましょう)

nagi様、リクエストに応えられていますでしょうか???
また、5000ぽちにも、やってみたいなぁ、なんて思っちゃいましたっっ。
[ 2012/09/18 23:21 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(2)

お題88. パーフェクト

夕食後のリビングでは、珍しく香がクイズ番組を観ていた。
2人でコーヒーを飲みながら、マッタリと過ごす夜。
テレビの前の視聴者の大多数がそうであるように、2人も自然と、
答えを予想して言い合っている。

僚は生憎、知っている問題ばっかりだったので、ほぼ全問正解。
香は生憎、クイズは好きだが、ほぼ不正解。てか、珍解答続出。

香はついつい、悔し紛れに僚に八つ当たりをしてしまう。
「僚はずるいよ。」
「あ?何が?実力だよ、香クン。」
「なんか、ムカつく。」
僚は何でも知ってるし。何だって出来るし。自信満々だし。カッコイイし。
完璧でなんか、ムカつく。

何だか、最後の方にチラッと“カッコイイ”とか聞こえたけれど、
僚は敢えて、聞こえなかった事にする。
「はぁ?なんだよ?その八つ当たり。おまぁ、幾らなんでもそれは。」
ホレた慾目ってヤツだろ?
最後の言葉は、己の胸の中だけで呟く。

「・・・飲み行って来るわ。」
思わず僚は立ち上がる。
「あんまり、ツケ溜めないでよ?この前やっと、払い終わったんだから。」
「へいへい。」
香はそれ以上は、何も言わなかった。
少し前に僚が譲歩して、男の依頼を受けたので、ここ暫くは夜遊びに寛容だ。




居心地の良いリビングを、僚は思わず飛び出してしまった。
今夜は飲みに行く気など無かったのに。
思わずアパートの前の舗道で、さっきまで自分が居た灯りの下を見上げる。
完璧なんかじゃねぇよ。
何も知らない。
何も出来ない。
自信なんか、これっぽっちもねぇよ。

もしも自分が完璧ならば、とっくの昔に香をモノにしている、と僚は思う。
僚の腕は、香を抱き寄せる事すら、出来ない。
僚の頭は、香を喜ばせる言葉すら、知らない。
僚の心には、いつだって香に対して臆病な自分がいる。
香に関して、僚には自信なんてひと欠片も無い。

「・・・んだょ、ひとの気も知らねぇで。」
それでも僚は、香からの何気ない一言に、ちっぽけな勇気を貰う。
“カッコイイ”
火を点けたばかりの煙草を、深く吸い込む。
僚はその苦くて甘い感情を、静かに呑み込むと、夜の闇に紛れた。






僚は何でも器用にこなす。
僚はいつだって、完璧主義で。
僚は強くて、優しい。
僚はユーモアがあって。
僚は女性にもてる。
僚はカッコイイ、そしてずるい。
香はこんなにも雁字搦めに、僚が好きなのに。
当の本人は、いつも飄々としてどこ吹く風。

「なによ、ひとの気も知らないで。」
香はポツリと、呟く。
もしも自分がもっと、僚好みの美人だったなら。
もっと上手く、僚をアシスト出来たなら。
香はこんなにも、僚に対して臆病にならずに済むんだろうか。

香はすっかり冷めたコーヒーを、一息に飲み干す。
テレビを消して、僚と自分の揃いで色違いのマグカップを手にキッチンに向かう。
後はカップを洗って、お風呂に入ったら寝るだけだ。

パーフェクトな1日。
2人とも無事で、ご飯が美味しくて、僚が飲みに行く。
そしてまた、明日がやって来る。
完璧で退屈で、少しだけ物足りない1日。不毛な1日。



2人は何処かで、もっと違う1日を求めながら、未だ勇気を出せずに躊躇っている。









ここ暫く、甘いお話しが続いたので、
反動で、モヤモヤ期の2人。
サッサとくっ付けです。
[ 2012/09/20 04:19 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

① 小さな依頼

※ 何話か続く予定のお話しです。話数はまだはっきりは、未定です(テヘ)
  設定は、いつもの2人。原作以上です。









それは、いつもより少し遅めの夕食の席での事だった。


ここ数日、冴羽家の夕食の開始時間は、いつもより少しだけ遅い。
現在、1件依頼を抱えており、僚は大嫌いなスーツ姿で、
とある企業で、潜入調査中である。
いつもの暇を持て余している2人なら、夕食は大体18:00頃に摂っている。
早目に食事を済ませて、たまに(?)2人で風呂に入り、
それからの2人の夜は、長い。

しかしこの数日は、僚としては甚だ不本意ながら、
そのペースも軽く乱れがちだ。
普通の会社に毎日出勤してれば、仕方の無い事だけれど、
帰り着く時刻は毎日バラバラで、大体家に着いて早くとも、
20:00位から、遅い時は21:00を過ぎて食事を始める時もある。

今回、後方支援という名のお留守番中の香は、
勿論僚が帰るまで食べずに待っている。
「先に、食べてていいぞ。」
1度僚はそう言ったが、香は何も言わずに僚が帰って来るのを待って、
一緒に食べる。
僚としても、そうは言ったモノの、そんな風に僚に合わせてくれる香に、
内心、嬉しさを覚えている。

スーツを着て電車に揺られ、駅からの道をトボトボ1人で歩き、
6階のマイスイートホームまで階段を上り、やっと辿り着いた玄関で。
エプロンを着けた香が。
おかえりなさい、とニッコリ笑って。
僚のスーツのジャケットを脱がせて。
スリッパを揃える。
これは、もしや、世に言うところの、新婚サンってヤツじゃないかまるで。
今回の依頼の中で、僚の楽しみは毎晩のその瞬間だけだ。

その晩のメニューは、
鶏の唐揚げ(衣が3種類。ノリ塩。胡麻。カレー風味。)。
チンジャオロース。
ツナサラダ。
茄子の煮びたし。
イワシのつみれが入った味噌汁。
押し麦が2:8の割合で入った、麦ごはん。

僚は香の料理が好きだ。それは、家庭の味がする。
僚に楽しんで貰おうと、地味に手を掛けている事は、食べれば分かる。
僚は普段、滅多な事では言葉に出して褒めたりしないが、
毎日感謝しながら、平らげている。
僚は唐揚げを頬張りながら、今夜は香と一緒に風呂に入ろうと考えていた。

「ねぇ、僚ぉ?」
「ん~?」
香は僚に何か話したそうにしているが、ほんの少し躊躇っている様に見える。
「どうした?」
「…ん、あのね。実は、もう1件依頼が入ったんだけど…」
上目遣いで、遠慮がちに香が答える。

ブッッ
僚は軽く、味噌汁を吹き出す。
「か、香ちゃん。リョウちゃんに、掛け持ちさせようって気?」
ただでさえ、2人のモッコリタイムが、
犠牲になっているのに。(それでもちゃんと毎晩するが)
この上まだ、案件を抱えようと言うのなら、
きっと毎晩は出来ないと、覚悟するしかない。

「ち、違うのっっ。多分、そのもう1件は、」
アタシでも出来るから・・・・ダメ?

そう言って上目遣いで、小首を傾げる、実質・嫁に僚は食事中なのに、
涎が出そうになる。
この瞬間、今夜は香を眠らせないと、僚は心に固く誓った。
「どういう事?」

香の説明に寄れば、その依頼とはほぼアルバイトで。
とあるカフェのウェイトレスを、依頼された。
そこは店主がアルバイト店員と切盛りする、こじんまりしたカフェで。
昼の11:00から開店で、夕方16:00までランチメニューを出し、
一旦休憩を経て、18:00からはカフェバーとして再開する。

18:00からは、大学生の男の子が毎日アルバイトとして出て来る。
昼間はいつも、20代の女性が開店から、16:00まで出ていたのだが、
ちょっと事情があって、その女性が急遽実家のある関西へ里帰りしたとの事。
その10日間を手伝ってくれないかというモノ。
もう既に、この2日は店主1人で何とかやってみたが、
意外に昼時は混むらしく、これは超短期でバイトを雇うしかないという結論に至った。

店主が本日夕方の休憩時に、たまたま通りがかった新宿駅で、
ビラを配る香と出会ったのだ。
ココの所、僚の帰りはいつもより遅いし、まだご飯の支度をするには早い夕方に、
香はビラを配っていたのだ。
香と、喫茶店店主の利害が一致した瞬間だった。
しかし香は即答せずに、相棒に訊いてみますと言って、連絡先を交換したのだった。

「ね、ダメ?」
香はもう一度、僚に問う。
香としては、滅多に無い事だし、仕事も自分で出来そうだし、
時間的にもちょうどいいし。
きっと、その依頼を受けたいのだろうと、僚は思う。
しかしだ。
店主は、男である。
オッサンか?と訊いた僚に、香は暫し考えてから、
「30代後半から40代位じゃないかなぁ?」
と答えた。

「店は?何処にあんの?」
僚がそう訊くと、香はニッコリ笑って答えた。
「それがね、今僚が行ってる会社のすぐ近くなの。」
まるで、楽しい事を見付けた子供のような、屈託の無い香の笑顔に、
まるで、少しだけでも近くに居られたら嬉しい、とでも言いたげな口振りに、
僚は、反対する事が出来なかった。

「おまぁが出来ると思うなら、やれば良いんじゃねぇか。」
それは実質、異議なしという事だ。
香は満面の笑みで、ありがとう。と言った。
「その代わり。」
僚はニヤリと、イヤラシイ笑みを浮かべる。

今夜は、オールだから。

これから数日、僚の嫉妬の日々が始まる。








次回、カオリン。ウェイトレスです。
見切り発車で、出発進行です…orz
[ 2012/09/20 22:29 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

② 嫉妬

香が依頼という名の、バイトに通い始めて2日。
僚はもう既に、後悔している。
やっぱり、反対してれば良かった。


田辺洋、40歳、独身、趣味・登山。
2歳のメスのシャム猫と2人暮らし、カフェ経営。

香から訊き出した、今回の雇い主の情報だ。
クソ、独身かよっっ!!
僚のまず第一の感想は、それだった。
勿論、既婚だろうが未婚だろうが、スケベな男にとってそんな事は関係無い。
それは、誰あろう僚が一番良く知っている真理の筈だが、
僚は少しだけ、安心していたのだ。
オッサン(香曰く)なら、嫁ぐらいいるだろうと。

しかしそれは、多少考えが甘かった。
今日び40代未婚なんて、珍しくないし、むしろそれは極端に別れる所だ。
モテないままに婚期を逃したのか、
それとも、敢えて独身に徹して、遊んで暮らすか。
僚は何としても、喫茶店店主がそのどちらなのかを、探る必要がある。

なのでその日の昼間、香には内緒でこっそりその店の様子を探った。
一応、僚は今、潜入調査中で忙しい身なのだが、
そんな事は、取敢えず二の次だ。
僚にとって何より重要な事は、香だ。
それに香が言っていた通り、その店は僚の潜入先と目と鼻の先だ。

結論から言うと、ヤツは中々の男前であった。
趣味が登山というだけあって、少し日焼けした健康的な肌に、
多少は鍛えているのだろう、引き締まった体つきで年齢よりも若く見えた。
まぁ、独身だという事もあるのだろう。
26歳の香と並んでも、違和感は無い。
そこまで考えて、僚は向かいのビルの屋上で、
双眼鏡を握り締める手が、微かに震えた。

そのうえ敵は、店主だけでは無い。
昼の混雑時、常連の殆どは近くの企業のサラリーマン達だ。
OL共はどちらかというと、もっと小ジャレタ感じの『カフェ』の方が好きだろう。
その店は『カフェ』と言うより、『喫茶店』と言った方がしっくりくる。
そんな狼共の群れの中にあって、香はキビキビと立ち働いていた。

真っ白なYシャツに黒いゆったりとしたパンツ。
腰から脛辺りまである、黒いエプロンを巻いている。
店主と揃いの、所謂バリスタ風の衣装。
その店の制服なんだろう。
中性的で長身の香には、似合いすぎるぐらい似合っている。
双眼鏡越しにも、客達が香を2度見しているのが解って、僚は気に食わない。
あと、約1週間。
香はこの危険極まりない環境で、ウェイトレスとして働くのだ。

双眼鏡を覗きながら、僚はこれから数日どうしたもんかと頭を痛めていた。








……どうして、そんな事ばっかり訊くの?
僚の腕の中でクッタリとした香が、漸く荒い息が整った頃、
小さな声でそう言った。

つい先程まで、僚の手によって、良いように翻弄されていた香は、
今は当の僚に、背中から包み込むように抱き締められ、
2人は横向きに並んで、シーツの上に横たわっている。
裸の背中越しに伝わる僚の体温や、滑らかな肌の感覚に、
香はもうすぐ、眠りに落ちる一歩手前だ。

何より、普段の家事労働とはまた違った、アルバイトでの疲れもある。
そのうえ今夜の僚は、いつにも増して情熱的だった。
何故だか僚は、バイト先での色んな事を、セックスの最中に訊きたがった。
香としては、僚にもたらされる快感に翻弄され、
ハッキリ言って仕事の事など、どうでも良い状態で。
そんな事は、食事の時にでも訊いてくれれば良かったのに、
と熱で浮かされたようなボンヤリした頭の片隅で、そう思っていた。

僚は思わず香の首筋に顔を埋めていたままで、ブフッと吹き出す。
確かに今日の僚は、嫉妬に任せて香を攻め立てながら、
件の雇い主情報を、セックスの最中に訊き出した。
冷静に考えたら、やけに子供染みている。
香はこうして、自分の腕の中に居るというのに。
それに相変わらず、香は自分の魅力や僚の嫉妬心や独占慾に、
極端に疎い。
逆に、どうして解らないの?と訊きたいのは、僚の方だ。
しかしそう思う反面、香はずっとこのままでいて欲しいと、僚は思う。
僚の子供染みた、複雑な男心など深読みされるよりは、
このまま、無邪気で天真爛漫な彼女でいてくれればそれが1番イイ。
まぁ、同時に僚は嫉妬で狂いそうになるのだが。

擽ったい、と香が呟く。
僚が首元で吹き出したので、香の耳や首筋を擽ったのだ。
首を竦めた香を、僚はもう一度抱き直すと、
甘えたように掠れた声で、香の耳元で囁く。
「解んない?」
香はコクンと頷く。
「じゃあ、解んなくていいの。」
なに、それ。と香は答える。
もう半分眠りかけている。

穏やかに上下する香の細い肩を見詰めていると、僚にも少しづつ眠気が訪れる。
こうして一緒に眠っている時には、この世で一番安心出来る僚だけど、
あんな風に、自分の手が届かない、普通の世界で笑っている香を、
遠目に観察していると、
まるで自分が香には相応しくないのだという事実を、
神様に突き付けられているようで、僚の心はずっと穏やかでは無かった。
香の中に深く潜り込んでやっと、
僚は本来の居場所に帰って来た気がしたのだ。



僚は完全に、香にイカレテいる。













リョウちゃん、ヤキモチ妬いてます。
考え過ぎです。
[ 2012/09/22 07:41 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

③ 日替わりパスタランチ

香の依頼3日目。


その店は、地味な割に昼時の固定客はそこそこいるようで、
確かにマスター1人では、限界があるだろうと香は思う。
客層は、昼は20代位から30代後半ぐらいのサラリーマン。
ランチのピークを過ぎた昼下がりには、50~60代の初老の男性が多い。
ゆったりとコーヒーを飲みに来る客達は、どうやらマスターと同好の、
登山愛好者が多いようだ。

マスターは、登山の傍ら写真を撮るのも趣味らしく、
店内には、マスターの撮影した尾根の連なる夕景や、
雪の合間から顔を出す高山植物の写真が、店内の壁を彩っている。
客が少ない時間帯には、この常連たちとマスターが、
香に色々と、これまでのトレッキングでの出来事を聞かせてくれる。
そこはのんびりとした空気が流れる、不思議な空間だった。

それに引き換えその日もランチタイムは、なかなかの盛況ぶりだった。
香もマスターも、忙しく動き回る。
そんな中、カウベルを鳴らして入って来た、1人の客に香は暫し呆然とする。
僚だった。
一瞬遅れで、いらっしゃいませと言った香の頬は、
心なしかほんのり染まっている。

窓際の2人掛けのテーブル席に、僚は着席した。
香は水の入ったグラスと、おしぼりとメニューを持って僚の席に行く。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください。」
香は営業スマイルでワザとらしくそう言い残すと、カウンターへと戻った。

カウンターに戻って、香はランチのセットに必ず付く、グリーンサラダを盛り付ける。
どのメニューを注文しても、ランチタイムには必ずそれは欠かせないので、
数皿分ずつ盛り付けておいて、冷蔵庫に入れる。
出た分だけを、香がまた盛り付けて準備する。





初日にマスターから、仕事内容を聞かされて、
まぁとりあえずは、やってみれば解るから、と言われた。
ランチタイムの慌ただしい中で、口頭で説明を受けただけの香が、
手際よくサラダを盛りつけて行く様を見て、
マスターは、感心したように微笑んだ。
「なかなか、手際良いよ。普段、料理し慣れてるのが解る。」
そう言ったマスターに、香は一瞬なんて答えればいいのか戸惑う。
それから、昼のピークを過ぎて、のんびりと2人だけの時に、香は訊かれた。
「そう言えば、香ちゃんって結婚してるの?」
「え?!」
思わず絶句して固まる香に、マスターは苦笑する。
「…いや、さっきの手際見てたら、そうなのかなって思ってね。」
「……え、いや。…あの、け、結婚はしてないですケド、その……」
真っ赤になって、シドロモドロも甚だしい香を横目に見て、マスターはニッコリ笑う。
「ふ~~ん。結婚はしてないケド、同居している彼がいるってとこ?」
香はますます真っ赤になって俯く、これでは肯定しているのと同じ事だ。
マスターは、まるで眩しいモノでも見るかのように、目を細めた。
駅であった時に相談してみると言った相棒とやらは、彼氏でもあるのかと。






香はサラダを盛り付けながら、コッソリ僚を盗み見た。
香の居る場所からは、僚の横顔が見える。
紺色にストライプの織の入ったジャケットは軽く畳んで、椅子の背に掛けている。
香の好きな水色の僚のYシャツ。
白いカフスとカラーは、香が丁寧にアイロンをかけたので、
ピンと清潔に皺も無く整っている。クリームイエローのシルクのニットタイ。
この場に居る誰よりも、僚が一番Yシャツ姿が似合っていると思うのは、
香の贔屓目だろうか。

思わず口元を綻ばせて、たった今盛り付けたサラダを、冷蔵庫へ仕舞う。
その時、すみません、と声が掛かる。僚だ。
香は妙にドキドキしながら、伝票を持って窓際の席へと急ぐ。
何だか、僚と2人で“ウェイトレスさんとお客さんゴッコ”をしているみたいだ。

「お決まりですか?」
香がニッコリ微笑む。さっきの営業スマイルより若干、素の笑顔に近い。
「この、日替わりパスタランチって、今日は何?」
僚もニヤッと笑う。何だか、お昼のオフィス街の喫茶店で。
まるで、2人は秘密を共有した、共犯者みたいだと香は思う。
「本日は、ボロネーゼです。」
「じゃ、それで。」
「かしこまりました。」

そのままカウンターに戻るかと思った香は、意外な事に僚に問う。
で?僚。アンタ、お弁当は?食べなかったの?
香は幾分潜めた声で、僚にそう訊ねる。
「ん?いや、喰ったよ。午前中の内に。」
へ?
多少、呆れ気味にキョトンとする香に、僚は飄々と嘯く。
「いやぁ、今日は何か腹減ってさ。」
そんな僚のすっとぼけた言葉に、香はますます呆れる。
僚は今朝、大ぶりの御飯茶碗に3杯もお替りしたのだ。
幾らなんでも、食べ過ぎだろう。

「彼、知り合い?」
カウンターに戻った香に、マスターは訊ねた。
香は何と答えたもんか、ハハハと笑うと、
「…えぇ、まぁ。ちょっと……」
と言葉を濁す。
勿論、この2人の小声のやり取りなど、僚の地獄耳はバッチリ鮮明に捉えている。
グラスの中の、スライスレモンが浮かんだ水をゴクリと飲み干した、
僚の鳩尾の辺りに、少しづつ黒い感情が溜まって行く。


何だよっっ、まぁ、ちょっとって。
ちょっとじゃねぇだろっつーの。
俺とおまぁは、奥の奥、中の中まで、
よぉく知ってる間柄じゃねぇのかよっっ。
覚えてろょ、香。
今夜は泣くまで、逝かせてやる。



その後、香が運んで来たボロネーゼを、僚は黙々と喰った。
サラダとスープと、食後にコーヒーも付いている。
邪魔くさいタイを、Yシャツの胸ポケットにねじ込んで、僚は事前に、
香手製のボリューム満点のお弁当を平らげたとは思えない、食べっぷりだ。
香は僚がランチを摂っている間も、忙しなく働き続けた。
その間も、コッソリ僚をチラ見したけど、僚と視線が合う事は無かった。

僚は食事しながらも、さり気無く香を観察した。
客に愛想を振りまき、オーダーの合間に空いたテーブルを片し、
カウンターの内側でも、何やら細々と作業しているようだった。
初めこそ、僚の存在を気にしていたようだったが、
忙しくてそれどころでは、無さそうだった。
香と視線が合う事は無かった。

僚が会計に立った時、香は奥のテーブル席の客に応対している最中で、
レジにはマスターが立った。
「また、来て下さいね。」
そう言って、ニンマリと笑ったその山男が、
まるで僚には、不敵な笑みを浮かべている様に感じられて、癇に障った。
彼が差し出すレシートを受け取らずに、最後にもう一度チラリと香を見たが、
香は客に何かを説明している最中で、僚には顔を見る事は出来なかった。

僚が伝票を持って立とうとしたので、香もレジへ向かおうとした時に、
ちょうど奥の席から、すみません、と声が掛かった。
一瞬香が困惑していると、マスターが目配せをして、
自分がレジへ行くと合図をして来たので、香は僚が気にはなったが、
奥の席へと向かった。
接客しながら一瞬だけ、入り口の方へ目を向けると、
少し俯き加減の、ジャケットのポケットから札入れを取り出す僚が見えた。
香が接客を終えて、カウンターへ戻る頃には僚はもう帰った後だった。

トレーを持って、僚が今まで居た席を片付けに行くと、
空いた皿の下に隠すように、紙ナプキンが挟まれていた。
その薄い紙には、見慣れた僚の文字で『おつかれさん』と書かれていた。
香は思わず笑顔になる。
朝もお替りして、お弁当まで平らげて、
そのうえ日替わりパスタランチまで完食する。
食欲旺盛な“彼”の事を、呆れつつも香は大好きなのだ。



「さっきの彼、香ちゃんの彼氏?」
16:00を回って、準備中の札を提げた店内。
香が最後にもう一度、カウンターを拭き上げている時に、
不意にマスターが、そんな事を言った。
真っ赤になって、黙り込んだ香に、
「ホラ、水色のYシャツ着た、日替わりパスタランチの彼。」
香は観念して、小さくコクンと頷く。

マスターは小さく笑って、やっぱり。と言った。
「ど、どうして?」
香は訊ねる。
「解ったかって?」
マスターは可笑しそうに笑う。香も少しだけ可笑しくなって笑う。
「そりゃ、2人ともお互いに、ずっとお互いの事見てるんだもん。解るよ、そりゃ。」
香はまた更に、真っ赤になる。
自分的には、あくまでコッソリ僚を見ていたつもりなのに。

それにしてもお互いって事は、僚も香を見ていたという事だろうか?
そんなマスターの言葉は、俄かには信じがたい香なのだった。











リョウちゃん、食べ過ぎです。
この上、夜はカオリンを戴きます。
[ 2012/09/23 18:29 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

④ 金曜日の熱い夜

僚が家に帰ると、玄関の外まで醤油を煮詰めたような、
甘い薫りが漂っていた。
煮付けか。
僚はそう思って、少しだけホッコリした気持ちになる。
昔の僚はどんなメニューが出されようが、何を食べようが、
季節を感じたり、また自分の体調を鑑みる事は無かった。

だけど不思議と香は、僚が何かアッサリしたもの食べたいなぁ、
という時には、和食を作ってみたり、
腹ペコの時は、ガッツリ肉料理だったり。
まるで僚本人以上に、
僚の事を解っているようにしか思えないメニュー構成で食卓を彩る。

どんな野菜が旬だとか、この日は何を食べる習慣だとか。
僚の知らない事を、香はたくさん知っている。
僚は煮付けの匂いを嗅いで、落ち着く自分がいたなど、
自分自身でも知らなかった。
今となっては真相は藪の中で、誰にもホントの事など解りようも無いが、
自分のルーツが確かにこの国にあるんじゃないかと、香は僚にそう思わせてくれる。
そして、1つだけ確かな事は。
僚にとって、家庭の味、オフクロの味(まぁ、恋人の味だけど)というモノが、
あるとするならば、それは間違いなく香の作る毎日のきめ細やかな食卓だ。

香がキッチンで、カレイの煮付けに煮汁を掛け回していると、
階段を上がって来る僚の革靴の足音がした。
香は知らず笑顔になって、ガスの火を一旦切ると、鍋に蓋をする。
大概、火は通っているので、後は余熱でいけるだろう。
今日のメインは、煮魚だ。
僚はお肉の方が好きだけど、魚でも別段嫌がらずに食べてくれる。
何しろ今日の僚は食べ過ぎだ。
今日のメニューは、魚と野菜が中心の和食にした。






「おかえりなさい」
紺色のボックスプリーツのミニスカートに、薄いグレイの五分袖のニット。
ベージュのシンプルなエプロンを着けた香が、ニッコリと微笑む。
「ただいま」
僚がそう言って、薄い鞄と弁当箱の入った小ぶりなトートバッグを香に渡す。
香は靴を脱ぐ僚の傍に、そっとスリッパを揃える。
確かに、トートバッグは軽い。
お弁当も残さず完食のようだ。

香は無性に嬉しくなる。
僚が香の作るモノに、感想をくれる事は滅多に無いけれど、
その代わり、出されたモノを残すという事も一切無い。
気持ちが良いぐらい綺麗に平らげてくれる。
それこそが、僚の評価だと香は受け止めている。
僚ほど、料理を作っていて、作り甲斐のある相手もそういない。

今日のメニューは、もうほぼ出来上がっている。
後はお皿に盛り付けるだけの料理達が、キッチンで待っている。
香は僚の紺色のジャケットを、腕に掛けて、鞄を提げて、
ひとまず、寝室のクローゼットに向かおうと、玄関を後にする。
僚もその後に続く。
一刻も早く、窮屈なYシャツとタイを脱ぎ捨てたいのだ。

廊下の途中で、香のエプロンの結び目を僚がツッと引っ張った。
リボン結びが、アッサリと解ける。
「なぁに、りょ」
香が振り返りながらそう言いかけた時には、もう既に僚の腕の中に居た。
僚のYシャツの柔軟剤の匂い。
その中に混ざった、僚自身の匂い。
薄っすらと煙草の匂い。
一瞬にして、周りの空気ごと、香は僚に絡め取られる。
香が気付いた時には、僚はもう既に香の口腔に深く潜り込んでいた。

僚は香にディープなキスをお見舞いしながら、
器用に香の手から鞄やジャケットを取り上げると、辺りに放り出した。
片手でガッチリと香を抱いたまま、邪魔くさいタイをせっかちな動作で解く。
Yシャツのボタンも胸の中程辺りまで外す。
ベルトのバックルを緩め、ジャケットと揃いの細身のパンツも脱ぎ捨てる。
その頃にはもう、香の細くしなやかな両腕は、僚の首筋に巻きつき、
その華奢な指先は、僚の癖のある見た目よりも柔らかな黒髪を弄んでいた。





どの位の時間が経ったのか、2人には時間の感覚が麻痺していたけれど、
気付いたら、玄関から幾らも離れていない廊下の真ん中で、
僚と香はせっかちに、一戦交えていた。
今日は金曜の夜で、明日と明後日、僚はお休みだ。
とは言え、潜入以外の調査は明日と明後日でやらないといけないが、
そんな事はまぁ、僚の手に掛かれば大した仕事でも無い。
香は、明日の土曜日までは、カフェの方の仕事だ。
日曜日は、店はお休みだ。

香はクッタリと、僚の胸に未だ熱の籠った体を預ける。
僚は満足げに、香のクセ毛を撫でながら、
その甘いシャンプーと、香自身の甘い地肌の薫りを嗅ぐ。
…どうしたの?…急に。
香が小さな、しかし先程までの甘い余韻の残った声で、僚に問う。
「ん?何か、今日はやけに腹が減ってさぁ。」
ま取敢えず、メインの前の前菜(オードブル)?
僚は先程までの激しい情動がまるで嘘みたいな、
穏やかな調子でそんな事をのたまう。

香は呆れながら、なにそれ。と言って、クスリと笑う。
どんだけ、食いしん坊よ。
香はそう思いながら、僚の胸に頬を寄せる。
けれど、香の頬に当たるのは、僚のインナーの白い肌着だ。
香は少しだけ、僚の滑らかな大胸筋が恋しいと思う。
我に返って、お互いの今の恰好を考えると、
どれだけ焦ってんだ、と言いたくなる。

2人とも、中途半端に衣類を身に付けている。
昼間はあんなにピシッと、如何にも有能なビジネスマン風に整っていた、
僚のYシャツは、胸元がはだけ下半身は何も穿いていない。
(しかし、靴下は履いてる。笑)
香は香で、ミニスカートの下の華奢なレースで縁取られた淡いピンクのパンティは、
片側だけ脚を抜かれて、左脚の太ももでまるでガーターのように、留まっている。
パンティとお揃いの、ブラジャーは僚のボクサーパンツや、ジャケットや、
その他諸々と一緒くたになって、フローリングの床の上に散らばっている。

思わず香は、僚の腕の中でクスクス笑う。
僚と恋人になって、早数ケ月。
一緒に暮らし始めてからは、もう随分経つ。
けれど2人は、どんなに求めても求めても、尽きる事が無い。
2人とも、呆れるほどの食いしん坊だ。
現に香は、この肌着の下の僚の素肌にじりじりと焦がれている。
僚の事は言えない、香も結構食いしん坊なのだ。

きっと僚は、明日と明後日お休みだから、
今日の夜は、秋の夜長のように、いつまでも明けないだろう。
けれど取敢えずは、一旦夕食だ。
つい今しがた、僚の腹の虫が盛大に騒ぎ始めた。
僚の胸に頬をくっ付けて、直にそれを感じた香は思わず吹き出してしまう。
僚もクスクス笑う。

この大きな子供みたいな、食欲旺盛な可愛い“彼氏”を満足させる為に、
後ろ髪を惹かれながらも、香はその腕の中から立ち上がった。



金曜の夜は、熱くて長い。








リョウちゃん、
取敢えず昼間のジェラシーを、
玄関先で解消。
[ 2012/09/25 04:24 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(1)

⑤ その女、売約済みにつき。

土曜日、香はもう少しでカフェの仕事に遅刻する所だった。
結局金曜の夜に、2人はこれでもかという程、張り切り過ぎた。
2人にとって、9月半ばのこの時期は、
食欲の秋であり、嫉妬の秋(僚限定)を経て、
性欲の秋(季節問わずか?)となり、最終的には運動の秋なのだ。
冴羽家寝室では、夜な夜な秋の大運動会が開催されている。
演目は、大人の組み体操だけなのだが。

朝起きれなくなるからと、早々にリタイアしようとする香に、
俺の分は朝メシなんかどうでもいいからと、しつこく粘ったのは僚だ。
結局、2人が泥のように疲れ果て、眠りに就いたのは、
金曜の夜というよりむしろ、土曜の明け方だった。
それから、3~4時間眠っただけの香は、どうでもイイとは言われたモノの、
朝からキチンと、僚の分の朝食も作った。
放って置いたら、まともなモノなんか食べない僚が、香は心配になるのだ。
結局、香はこの世で1番僚に甘い。

それでも寝起きのベッドの中で、少しだけカフェの依頼を受けた事を、
後悔している香がいた。
もしも、何にも無いいつもの朝なら。
こうしてもう少し、僚の腕の中でぬくぬくと甘えていられるのに。
多少、朝ご飯の時間が遅くなっても、
1日洗濯や掃除をしなくても、たまにはイイかなんて思える程、
温かい僚の腕の中は、魅力的だ。

ともすれば負けそうになる誘惑を振りほどいて、香は僚の腕から抜け出した。
僚はすっかり熟睡していて、安らかな寝息を立てている。
僚は基本的に眠らない男だが、香の傍では別である。
このアパートの、この部屋の、香の眠るベッドでだけは、
僚は唯一、心底安心しきったように眠る。
それでも常人よりは、格段に浅い眠りも、
香の気配が、それを邪魔をするような事は決して無い。
それは僚が、香を心の底から信頼し気を許している証拠である。

香は名残惜しい僚の頬に、そっと頬を寄せて寝室を後にした。









慌ただしく最低限の家事を済ませ、慌てて飛び乗った電車は、
いつもより、15分遅い。
お陰で店に着いたのは、ギリギリ11:00、5分前だった。
マスターはニヤッと笑っただけで、特に何も言わなかった。
「土曜日は、どうせ暇だからのんびりイイよ~~~」
と気の抜けた台詞を掛けられた。

確かに土曜日は平日に比べて、拍子抜けするほどのんびりだった。
近隣のオフィスが、軒並み休業日なので、ランチタイムも数える程しか客は来ない。
やって来るお客は、殆どがのんびり派の例の常連のおじ様方だ。
香は朝適当に片してきた、自宅リビングを思い出しながら、
まるで、出来なかった掃除の代わりをココでやっているかのように、
念入りに店内を磨き上げた。

時折、香を構う常連客もいて、マスターと一緒に話の輪に加わったりもした。
何の変哲も無い、普通の喫茶店の普通の風景だったが、香は知らない。
日中、向かいのビルの屋上では、香がこの世で最も愛する件の男が、
双眼鏡片手に、自分の事をジットリと見詰め続けていた事を。










土曜の夜から日曜にかけては、香も心置きなく大運動会を楽しんだ。
勿論、演目は大人の組み体操だ。
翌朝は、2人して朝寝坊をして、その代わりに掃除と洗濯に僚も参戦させた。
セックスだって、2人仲良く協力するのだから、
掃除や洗濯だって、2人仲良くがモットーだ。
というワケで、世界に名だたる凄腕スイーパーは、麗らかな秋の日曜日に、
オノレのボクサーパンツを、彼女と一緒に干したりもする。

週が明けて、月曜日。
僚はまた、香よりも朝早く家を出た。
玄関で香から弁当箱を手渡され、お礼といってきますの、濃厚なチュウをする。
香は僚が乗るべき電車の時間を考えて、よき所で僚を引き剥がす。
それは潜入調査中の、よくある朝の風景だ。
香が止めなければ、永遠にチュウは続くのだ。

ランチタイムには、また僚が来た。
メニューを持って来た香に、僚が訊ねる。
「今日の日替わりパスタは、何?」
「本日は、ボンゴレです。」
香はウェイトレスの顔をして、ニッコリ微笑む。
僚もシレッとした表情で、じゃ、それで。と微笑む。
香の左側の鎖骨のすぐ下のキスマークは、僚が付けた。
僚の右の二の腕の内側のキスマークは、香が付けた。
それを知っているのは、お互いだけで。
この混み合った店内で、2人は秘密を共有した共犯者だ。

それ以上、2人は言葉を交わす事も無く、
香は忙しく立ち働きながら、時折僚をチラ見した。
僚は値段の割に量の多い、本格的なアルデンテのパスタを堪能しながら、
視界の隅で常に、香を観察した。
コストパフォーマンスの高い絶品ランチは、
懐事情が切実なジャパニーズビジネスマンには、大人気で。
お陰で香は忙しそうだ。
僚はまた、薄い紙ナプキンに秘密のメッセージを残して、帰って行った。









潜入先に戻った僚は、真っ直ぐに事務所には戻らず、
透明のガラスの箱のような、明るい牢屋のような喫煙コーナーで煙草を吸った。
少し離れたところで、20代半ばから後半ぐらいの男2人が会話している。
この会社は、世に言うところの一部上場の大企業で。
部署が違えば、お互い顔も名前も良く解らない。



「…あそこの新しいバイトの子、超可愛くね?」
「あぁ、激マブ。でも、前の子が休んでる間の代理らしいよ。」
「マジで?超ガッカリ。でも、あの子いる間は、オレ毎日通おう。」
「っつーか、何ならずっとあの子でイイのに。」
「確かに。」




彼らの会話の合間に聞こえたのは、香が働くカフェの名前だった。
その瞬間、僚のコメカミにクッキリと青筋が浮かぶ。
この潜入調査では、恐らく全く必要の無い殺気を僚は浮かべる。
名前も部署も知らない彼らの背後に立つと、僚は1つ咳払いをする。
たまたま喫煙所で隣り合った、尋常じゃ無い程でかくてハンサムな男が、
何やら不穏なオーラを纏って、自分達を見下ろしている事に気が付いた彼らは、
ななな、何すか?と、焦っている。
無理も無い。彼らには、そんな僚の殺気はオシッコちびってしまうレベルだ。




「てか、そいつ。俺んだから。
        手ぇ出したら、殺すよ?」


僚はそう言うと、ギロリと彼らを睨んで喫煙所を後にした。
香が受けた依頼は、後4日。その週の金曜日までだ。
まだまだ先は長いと、僚は事務所に戻る廊下を歩きながら、溜息を吐いた。











リョウちゃん、狭量にも程があります。
屋上から見詰める彼は、ほぼストーカー。
[ 2012/09/26 19:41 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

⑥ オトコゴコロ・オンナゴコロ

結局その週は連日、僚は香の愛情弁当を食べた上に、
日替わりパスタランチも食べた。
月曜は、ボンゴレ。
火曜は、カルボナーラ。
水曜は、ほうれんそうとツナの和風パスタ。
そして今日木曜は、ペンネ・アラビアータだった。
残すは、後1日。
長い1週間だった。それも、もうあと少しの辛抱だ。

今日は、会計に立った僚の応対をしたのは香だった。
何故か、今までタイミングが悪く、
僚がレジへ向かうと、香は他の客に呼び付けられた。
いつもレジに立つのは、マスターこと田辺(40歳・独身)だった。
僚はゆっくり香を見詰めていられるように、ワザと万札で支払った。
香がお釣り銭を数えている間、僚は少し俯きがちな香を見詰めていた。

お釣りとレシートを渡した香の指が、僚に少しだけ触れた。
香はニッコリ微笑むと、声には出さずに唇を動かした。

『だ・い・す・き』

香の言葉は、ハッキリと伝わった。
たったそれだけの遣り取りで、僚はこの上も無く幸せな気持ちで、
昼からの調査に戻った。
けれど、数時間後にふと気が付いた。

あの時、僚の指に香の指が触れたけど、
あんな風に触れるという事は、
自分以外の奴にも、あの華奢な指が触れる可能性もあるという事で。
その可能性を考え始めたら、僚はまたもや激しい嫉妬に駆られた。
自分でも、馬鹿げているとは思う。
子供染みた、狭量な独占慾。
香が愛しているのは、間違いなく己なのだと、確信は持てる。
けれど僚は、心の何処かでいつも恐れているのだ。

自分の腕の中からすり抜けて、香が何処か遠くへ行ってしまったらどうしようと。
人を殺めるのも、銃弾の嵐も、緊迫した命のやり取りも。
何も怖い事など無い、屈強な男の唯一恐れている事は、
たった1人の女を失う事だけだ。





午後のある時(ふと大変な事実に気付いた時)を境に、
煙草の本数が増えたヤキモチ妬きな僚は、仕事帰りに近くのコンビニに寄った。
煙草を買う為だ。
僚がレジのカウンターで、マールボロのソフトパッケージに付けられた番号を、
未成年と思しきコンビニ店員に伝えていると、1人の男が入って来た。
田辺洋(40歳・独身)だ。

お互いにバッチリ目が合った。
暫し妙な間があって、田辺の方がニヤリと笑うと、どうも。と言った。
僚も曖昧に会釈する。
どうやらカフェから、バーに切り替わる前の休憩時間のようだ。
田辺は、入り口付近のラックから新聞を一部とって、
僚とは別のレジで会計を済ませる。
僚の方のレジの担当は、まごついて、
僚の指定した煙草を見付けるのに手間取っている。
そうこうしている内に、後から来た田辺の方が先に店を出た。

僚が煙草を2箱買って、表へ出ると田辺がいた。
僚に向かって、ペコッと頭を下げた。






その頃、冴羽家のキッチンでは、香がいつもの如く夕飯の準備をしていた。
この所、16:00にカフェの仕事を終えて、
帰りにスーパーに寄って帰る。
この数日、僚はお弁当とは別に、ガッツリとランチメニューを完食している。
僚のお弁当は、ハッキリ言ってボリューム重視だ。
ご飯をギュウギュウに詰めて、オカズも5~6品は入れている。
ご飯は大抵、おかかやそぼろや昆布の佃煮を敷いて、2~3層構造になっている。
僚のお弁当箱は、いつもずっしりと重い。

それでも、しっかりと完食して、
その上パスタ(これも結構量は多い。サラダ・スープ付)まで、食べている。
もしかして、お弁当が足りなかったかな?と、香は少しだけ考えた。
僚に訊いてみた方がイイかなとも思った。
それとも、何も言わずにもう少し大きな弁当箱を用意した方がイイか。

だけど香は訊かなかったし、お弁当の量も今まで通りにした。
何故なら、もしも僚がお弁当だけで満足して、お腹いっぱいになったら、
昼のあの店で、僚に逢えなくなるだろうから。
香は毎日、僚が来てくれるのを心の何処かで楽しみにしていた。
夕飯を作りながら、改めてそんな自分の感情に気が付いて、
香は1人で、クスクス笑った。

いつだって、僚とは逢えるのに。
毎日同じベッドで眠り、同じ食卓でご飯を食べて、
1番におはようを言うのも、おやすみなさいと言うのも、自分なのに。
お昼間、僚が働いてる間の時間さえも、恋しいなんて。
たった、30~40分の逢瀬でも、嬉しいなんて。

あたし、僚にメロメロだ。

鰹節でとっただし汁の中で、半月切りの大根が透き通ってきたので、
香は冷蔵庫から味噌を取り出して、味噌を濾す。
味噌汁を仕上げながら、無意識にそう呟いた香は満足そうに微笑む。


あれはいつだったか、まだ僚と香がお互いの気持ちに蓋をしていた頃。
教授の庭の池のほとりで、コッソリと教授と僚の会話を立ち聞きした。
『あいつ、俺に惚れてメロメロなんです。』
自分のいないとこで、そんな事を自信満々で言う僚に、妙に腹が立った。
悔しかった。
自分ばかり、僚に惚れているのが。

けれど今は、僚にメロメロなそんな自分が、少しだけ好きだ。
僚と相思相愛になれたから?
自分ばかりじゃ無く、僚も自分を愛してくれるから?
多分、そんな単純な事では無いような気がする。

香はあれから数年経った今、僚を好きな気持ちに見返りは要らないと思える。
僚が好きだという、その気持ちひとつで、香は幸せな気持ちになれるし、
とても、強くいられる。
きっと、何も怖いものなど無い。








そのコンビニ(ローソンだ)の前で、僚はつい今しがた買ったばかりの、
マールボロの封を切る。
田辺に1本勧めると、彼はニッコリと笑って遠慮なく1本咥えた。
僚が彼の煙草の先に、火を点ける。
そして僚もまた、1本咥えると深々とその懐かしい煙を肺へと送り込む。

「香さんの、彼ですよね?」
先に口を開いたのは、田辺だった。
「あぁ。」
僚は短く答える。
「すみません、香さんお借りして。随分、ご心配掛けているようで。」
やっぱり、彼は僚の嫉妬や独占慾に気が付いていると、僚は思う。
「別に。謝られる事じゃねぇし。」
田辺はクスリと笑い、まぁそうですね。と呟く。

「あいつ、何か言ったんすか? 俺の事。」
僚がぶっきら棒に、田辺に問う。
「いいえ、何も。」
そう言いながら、田辺はあっと言う。
僚が眉を持ち上げて、表情だけで続きを促す。
「そう言えば、1つだけ。料理の話しをしていた時にね、彼女、とても幸せそうに言ってました。」



うちの人は、何を作っても、どれだけ沢山作っても、
いつも綺麗に平らげてくれるから。
お料理するのが、とても楽しいんです。



「・・・って、のろけられちゃいました。」
そう言って、田辺が笑った。
明日まで、すみません。大切なあなたの彼女、お借りします。
そう言うと、僚を残して彼は去って行った。





僚はこの遣り取りの間、不思議と嫉妬深い感情にはならなかった。
取敢えず、いち早くウチに帰って。
香が楽しんで作った、夕飯を平らげないと。

その後は勿論、彼女を美味しく平らげる予定だ。












結局はリョウちゃん、
夕飯も、カオリンも、
美味しく平らげます。
[ 2012/09/28 00:21 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

⑦ 週末デート

金曜日、香の依頼最終日。

ランチタイムはいつものように、盛況だ。
今日の日替わりパスタは、ポモドーロ。
僚はトマトソースが好きなので、香は少しだけ嬉しくなる。
12:15、
いつもなら、もうそろそろ僚が来る時間だ。

けれどその日、12:30を過ぎても僚は来なかった。
確かに、お弁当もあるし、朝ご飯だってお替りして朝から沢山食べてるし。
普通の人なら、わざわざ外でランチはしないだろうケド。
僚だって、お仕事中なんだし、手が離せない事だってあるだろうケド。
香は、僚が来ない事がこんなにも淋しいとは思いもしなかった。
夕方になれば、また逢えるのに。

結局、お昼休みの終わる13:00を回っても、僚は来なかった。
香はその頃には、僚の身に何かあったんじゃないかと、不安になった。
大して危険は無い潜入調査と言えど、一応依頼遂行中の身の上だ。
何があってもおかしくは無い。
そう思うと、まだまだ忙しい時間ではあったが、香は知らず気分が重くなる。


田辺は元気の無い香を見て、彼が来ないからかなと思う。
昨日、偶然コンビニで遭遇して、一緒に煙草を吸った彼は、
やはり初めて見た時から思ったように、至極男前で。
この目の前の美しい彼女には、大変良く似合っている。
まるで、テレビドラマの中の登場人物のような美男美女だ。
彼がまるで、恋に夢中な10代の少年のように、彼女に惚れているのは、
傍目にも良く解る。
あんな風に真っ直ぐに、公衆の面前で、恋心を隠さず恋人を見詰める大人の男を、
田辺はあまり見た事が無いような気がする。
そして彼女もまた、彼を愛している事は傍で見ていて良く解る。

香が働いているこの10日ほど、この店のランチの売り上げは、
軽く2割ほど上がっている。
田辺が把握している限り、せいぜい週1、2回来ればいいという感じの常連が、
この所、毎日のように顔を出している。
これが何を意味するのか。
田辺はそれが解らない程、馬鹿では無い。
僚がヤキモキして、香を見詰めているのも理解できるというモノだ。


「彼、来なかったね。」
だいぶ客が引けてきた店内で、香が空いたテーブルを拭き上げていると、
田辺が言った。
香は、何だかガッカリしている自分を見透かされたようで、恥ずかしくなったけれど、
「えぇ。」
と答えて、苦笑する。
「…でも元々、お弁当だっていつも持たせてるんです。そもそも、ここでパスタランチ食べるのも、食べ過ぎな位なんです。晩ご飯も、きっちり食べるし。」
そう言って笑う香を見て、田辺はニッコリ微笑む。
彼女は解っていない。
彼がどうしてココに、ワザワザやって来るのか。
彼がどんなに彼女に惚れて、いつ何時でも傍に居たいと思っているか。
複雑な男心は、男にしか解らない。
それでも、こんな女性に愛される彼と言う男は、きっと幸せ者だろう。
田辺はそう思う。



一方、僚はと言えばその頃、
面倒臭い潜入調査を、一気に片付けている所だった。
香のバイトは、今日で終わる。
ランチタイムに顔を出せなかったのだけは、ちょっと気掛かりだが、
それよりも僚には、今日中にこの依頼を終わらせるという目標があった。
何としても今夜には、香も自分も、お互いに依頼から解放されて、
いつもの2人に戻りたかった。

ウェイトレスで、白いワイシャツに、黒いエプロンを着けた香も悪くは無いが、
そしてまるで本当に、
ウェイトレスと常連サラリーマン、みたいなシチュエーションも悪くは無いが、
僚はやっぱり、いつものリビングの、いつものアパートの、
いつもの2人が、一番イイと思う。
早く、あのぬくぬくとした、2人だけの世界に帰りたかった。
香だけが、僚の帰る場所だ。




「槇村さん、今日まででしたね。折角、楽しいお話相手が出来たと思っていたのに、残念だなぁ。」
そう言ってコーヒーを啜るのは、常連の60代の男性だ。
「岩永さん、明日からはともちゃん来ますから。」
田辺はそう言って、笑う。
“ともちゃん”というのは、この店の本来の従業員である20代の女性だ。
彼女とて、なかなかの器量で、愛嬌のある人柄なのだ。
この常連客も、彼女はお気に入りだった筈なのに、
この10日ほど、すっかり香の事もお気に入りだ。
「いやぁ、そうでした。しかし、アンタが羨ましいね。こんな美人さんにばかり囲まれて。」
田辺はグラスを磨きながら、役得です。と言って笑った。

「でも、マスターの想い人はお家で、お留守番してるんですよ。」
そう言って、香が笑う。
「あぁ、そう言えば、アイツが一番美人に違いない。」
田辺はそう言って頷く。
2歳のメスのシャム猫だ。
「猫ちゃんか、ホントに猫なんだか怪しいモンだ。」
常連客はそう言って、笑った。



あっという間に時間は経ち、16:00を少し過ぎたところで、
香のバイトが終了した。
「ありがとう、香ちゃん。ホントに、助かりました。お陰で、ランチタイムの売り上げも、今まで以上に良かったし。時給、少しだけ多目に計算しておいたから。」
田辺はそう言って、香に茶封筒を渡した。
「っえ?!…あ、あの。コチラこそ、ありがとうございます。とても、楽しかったです。今度は、ゆっくりお客として、私もパスタ食べに来ます。」
「えぇ、是非。お待ちしております。」




香がこの日最も驚いたのは、着替えを済ませて店の裏口を出た時だった。
この店の正面は、大きな通りに面しているが、
裏口は隣接するビルとの間の、狭い路地になっている。
その少しだけ周りよりもひっそりとした路地裏に、僚がいた。

チャコールグレイの三つ揃いのスーツ。
白いワイシャツ。
少しだけ緩めた、臙脂色と紺色のストライプのネクタイ。
ピカピカに磨かれた革靴は、エドワード・グリーンのドーヴァーだ。
完璧だと、香は思う。
この男が自分の恋人だとは、香は今でも少しだけ信じられない。

自分を真っ直ぐに見詰める、射るような強い視線1つで、
香は骨抜きにされる。
どうして、今日はお昼食べに来なかったの?
お仕事、忙しかったの?
どうして、こんな時間にこんな所にいるの?
訊きたい事は、沢山あるのに。

香は何も訊けずに、ただただ今この目の前の美しい男の、
その唇が欲しいと思ってしまう。



そして、何故だか。
そんな思いは、言葉にせずとも伝わるもので。
どちらともなく、2人は引き寄せられる。
薄暗い都会の路地裏にいて。
昨夜も、今朝も、いつもの部屋で沢山キスを交わしたのに。
2人はまるで、砂漠にでも居るかのような渇きを覚える。

一刻も早く、その唇に触れたくて。
噛み付くようなキスをする。
途中、裏口の扉をそっと開けかけた気配が、何かを察してもう一度閉まった事には、
僚だけが気が付いた。
空気の読める男、マスターこと田辺洋(40歳・独身)は、
休憩に外に出るつもりで、裏口を開けようとしたものの、
クスッと笑って、表のガラスの扉から外に出た。


まるで軽い嵐のような口付を交わして、そっと僚の唇が離れて行く様を、
香は目で追った。
あの少しだけ薄い、見た目以上に柔らかな唇はいつでも香を蕩かす。
虚ろな視線で、この世で一番愛しい男を見詰めながら、香は訊ねる。
「…もう、…お仕事‥終わったの?」

少しだけ掠れたそんな声で、まるで誘惑するような水分を湛えた瞳で、
まるで睦言を呟くように、至って普通の質問をする彼女を僚は抱き締める。
「あぁ、依頼完了。明日からは、またプータロー。」

どうしても、おまぁと一緒に帰りたくて。
ちょっとだけ、本気出して頑張っちゃった。
そんな事を耳元で囁く、不埒な恋人に香はまた心の奥を蕩かされる。
キスがしたい。
香はそう思ったので、僚の首に手を廻すと、襟足の柔らかな黒髪を弄ぶ。
「ねぇ、りょお。チュウして?」
強請られた僚の頬が、だらしなく緩む。


2人の渇きが存分に満たされた頃には、秋の空は少しだけ薄青く暮れかけていた。
僚は香の頬を撫でながら、優しく誘惑する。
「今日は、晩メシ。外で食おうか?たまには、デートっつう事で。」
香は満面の笑みで頷く。
2人は手を繋いで、その路地裏を後にした。

その晩は、外で美味しいモノを食べ、
美しい恋人同士の、週末デートを満喫した2人だったが、




本当のお楽しみは、まだこれから。
いつもの2人の甘くて熱い夜は、まだまだ続く。




(fin.)













いやはや、見切り発車で始まった“ヤキモチリョウちゃん”
何とか、7話でフィニッシュです。
しかし、リョウちゃんの欲望は、フィニッシュする事はありません(爆)
いやぁ~~~、秋の夜長ですね~~~。

ただ、ヤキモチ妬くリョウちゃんと、
2人のイチャイチャが書きたかっただけというね(汗)
かたじけない。
[ 2012/09/29 02:38 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

ブラック・ジョーク

例えば僚が人を殺した夜。
世界の何処かでは、必ず雨が降っている。

例えば僚が浴びるように酒を飲んでいる時。
世界の何処かで、誰かが泣いている。

僚がジョークを言えば、
何故だか、誰かが泣き始める。

不完全なこの世界には、陰と陽があって。
誰かが笑えば、誰かが泣く。
本当は、皆が幸せで、全てが丸く収まれば。
そんなに上等な事は無いのだけれど。
誰かの幸せは、誰かの不幸で。
誰かの都合は、誰かの不都合だ。



降りしきる雨など、僚には痛くも痒くもなくて。
心はとうに、麻痺していた。
僚が放つ黒い銃の先から、真っ黒なジョークが飛び出す。
別に笑ってなど貰えなくても。
無理に理解などして貰えなくても。
僚には関係無かった。
笑顔も泣き顔も、僚にとっては単に。
脳からの電気信号による、表情筋の収縮に過ぎない。

けれど、ただ一人。
僚のブラック・ジョークに、爆笑する奴がいる。
憂鬱なブルースが蔓延る、このつまらない世界にあって。
ファンキーで、アナーキーなロックな女がいる。

飲んだくれの僚を、ハンマー片手に待ち構える最強で最高の僚の相棒。
ロクでも無い僚のこれまでの世界が、少しだけ明るくなる。
他人が眉を顰めるキツイブラック・ジョークが、軽いシャレになる。
まるで何でも無い日常の事のように、受け止めてくれる。

例えば、神様が僚を赦してくれなくても。
例えば、死んだ後永遠に出口のない、地獄に落とされても。
今この目の前の相棒が、笑ってくれるだけで、
僚は何ひとつ後悔は無い。
香の笑顔と泣き顔だけは、きっと何か特別で。
いつでも僚の麻痺した心の奥に、小さなさざ波を立てる。




例えば世界中の人間が、僚を否定しても。
例えば世界中の人間が、僚を惡だと決めつけても。
例えば世界中の人間が、僚を嫌っても。

僚には、僚のジョークを笑ってくれる相棒がいる。
世界でたった1人、僚の最強の味方が付いている。
それだけで僚は、
自分自身の心の中の地獄から、這い上がって来られた。
そして僚は、今密かに感じている事がある。
これも、一種のブラック・ジョークだろうか。










・・・なんだか、地獄に落ちる気がしない。













TIMERS『JOKE』という曲から、イメージ致しました。

よく、死んだら地獄に行くとか、天国に行くとか言うけれど、
死ねば灰になるだけで、地獄も天国も生きている間の、
自分の心の中に存在するモノだと、ワタクシは思います。
だから、カオリンがいる限り、リョウちゃんは地獄には落ちません。
(なんつって。別名、ご都合主義とも申します。テヘ。)
[ 2012/09/29 23:26 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

雪どけ

昨夜、雪が降った。
寒い寒い夜で、俺達は互いを温め合うようにして、眠った。

親友の大事な妹で、俺の大事な相棒で、
暴力女で男女で唯一モッコリしない相棒は、
裏を返せば、俺の唯一のかけがえのない存在で。

気が付くと俺達は、男と女になって、もう数ケ月になる。
暑い暑いと言いながら、イイ汗掻こうかと一緒に寝て、
寒い寒いと言いながら、温め合おうかと一緒に眠る。
こんな日が来る事など、昔の俺が予測出来たろうか。

俺の唯一の不測の事態は、香に惚れて、香を手に入れてしまった事。



俺はいつだって、不器用な男で。
いや、こんな事を言うと、必ず悪友たちはブーイングを垂れるだろうが。
実際、これまでのどうでもイイ女達には、幾らでもお愛想を言えたケド、
大事な1番大事なアイツにだけ、
俺は肝心な一言が言えない。

それはまるで歩き難い雪どけの道で、足を捕られるように、
もどかしく、切なくて、表現し難い。
それでも俺は気が付いたらいつも、香の事ばっかり考えている。
アイツが俺の名を呼ぶ声。
俺の腕の中ではにかむ表情。
少しだけヤキモチを妬いて、拗ねた顔。
帰りの遅い俺を心配して、それでも気丈に明るく振舞う強がりな横顔。
もしも、この俺の心の中の気持ちを、
包み隠さずアイツに見せる事が出来たなら、アイツは何て言うだろうか。
泣くだろうか、それとも笑ってくれるだろうか。

それはとてもシンプルなんだ。
シンプルで、単純で、最も尊い感情。

愛している。

きっと、雑踏に溢れ返る何百、何千の人間一人一人に、それぞれ存在するだろう、
最もありふれた、よくある出来事。
愛する者がいるという事。
そのありふれた『特別』を、香が俺に与えてくれた。
俺に普通の男だったんだと、気付かせてくれる。

最も尊くて、温かい唯一の存在。




昨夜の雪が、珍しくこの街を薄っすらと白く包む。
たったそれだけの事で、駅はいつも以上の人間でごった返す。
駅ビルの陰になった、舗道の上には薄い氷の膜が出来ている。
華奢なピンヒールを履いたお姉さん方は、今にも転びそうな足取りで歩いている。
駅前の少し開けたロータリー。
そこに、ぽっかりと太陽の当たる場所がある。
まぁるい、温かい日差しの当たる所だけ、雪はすっかり溶けている。

俺は思わず、その光にアイツを重ねる。
冷たかった俺の心の暗い影を、いつの間にか時間を掛けて溶かしたアイツ。
それは、言葉でなんか表せる事では無い。
アイツの優しさは、言葉で表すには大きすぎる。
だから、俺はきっと。
アイツの前では、何を言えば良いのか解らなくなる。

ありがとうでは、足りなくて。
愛しているでは、陳腐すぎて。
だからいつも、俺は言葉を探してしまう。
そして諦めるんだ。
香の前では、言葉など何の意味も為さない。
言葉で伝えられる事など、ホンの一部で。
俺の心は伝えられない。

だからきっと、温め合って眠るんだ。




東口の出口に香の姿が見える。
きっと今日も依頼は無い。
温かそうなカーキ色のダウンジャケットのポケットに、手を突っ込み、
スキニーパンツに包まれた華奢な足元は、ムートンブーツで護られている。
雪どけの歩き難い舗道を、まるでものともせず真っ直ぐに歩く、スッと伸びた背筋。
俺は飼い主を見付けた番犬よろしく、香に近付く。

「依頼あった?」
一応は、相棒としての確認。
「ううん。無かった。」
香はニッコリ微笑む。
依頼が無かった割には、機嫌のイイ笑顔。

「ねぇ、りょお。」
「ん?」
「ココア飲みたい。」
「…しゃあねぇな。じゃあ、作ってやるか。リョウちゃん特製、ホットココア。」
「うん。」
香は満面の笑みで頷く。
ポケットの中の手を、自然な動作で俺の手に絡める。
こうして手を繋いで、お互いの心を温める。



よくある出来事なんだ。
ホレた女と、幸せに暮らしているんだ。
香はいつも旨いメシを、俺の為に作り。
俺は時々、香の我儘に付き合う。
時々一緒に、風呂に入って。
俺の髪が伸びたら、香が切ってくれる。そして、たまに失敗する。
朝起きて、頬擦りしたら、ヒゲが痛いと苦情を言われて。
ゲームで負けそうになると、香は間違ったフリでリセットボタンを押す。
夜は一緒に眠って、愛を確かめ合う。

それは本当に、よくある、どこにでもあるありふれた出来事で。
でもきっと俺達にとっては、
そんな何でもない毎日が、一番大切で。

それは、世界で一番幸せな出来事だ。













忌野清志郎『雪どけ』という曲からイメージしました。
冬のお話しを書くのが、どうやら好きなワタクシです。
相変わらずの季節度外視(テヘ)
[ 2012/09/30 22:14 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)