お題77. 目標に向かって

香の目標は、早く高校を卒業して就職する事。
今まで兄貴に苦労をかけた分、兄貴孝行する事。
そしてもう1つ、兄貴の相棒に次に会えたら、ちゃんと名前を名乗る事。


僚には、目標なんか無い。
槇村はいつも、志は高く持てと言うケド。
そんなの柄じゃないし、どうでもイイ。
強いて言えば、苦しまずにコロリと死ぬ事。


香の目標は、兄貴のような立派な僚の相棒になる事。
僚と一緒に、兄貴の仇を討つ事。


僚には、目標なんか無いけれど、
当面は、親友の妹に欲情しない事。
一応、ああ見えて磨けば光る上玉だから。
槇村に代わって、悪いムシから守る事。


香の目標は、僚のモッコリから依頼人を守る事。
僚の目標は、香のトラップを掻い潜り、女体の神秘に辿り着く事。


香の目標は、僚をモッコリさせる事。
僚の目標は、成長した相棒を陰ながら見守る事。
余計な手出しは極力しない事。


香の目標は、僚の事を家族のように支える事。
今までつらい過去を背負ってきた、僚の傷を少しでも理解してゆく事。
僚の目標は、飛行機を克服する事。
毎回ちびってたんじゃ、シャレにならん。


香の目標は、美樹さんやソニアさんや、マリーさんみたいに、強くなる事。
僚の目標は、生きて誕生日を一緒に過ごす事。


香の目標は、自分じゃなきゃ僚のパートナーは務まらない事を、証明する事。
僚の目標は、ミックのセクハラから、香を何気に守る事。


香の目標は、僚の戦略をくみ取る事。修羅場でそつなく、サポートに回る事。
僚の目標は、敵を欺くには、まず味方から。
手段を選ばず、まずはクロイツの野郎から香を奪還する事。


2人の目標は、何が何でも生きる事。生き延びて愛する者を守る事。


僚の目標は、香にキスする事。
僚の目標は、香を抱き締める事。
僚の目標は、香とモッコリする事。
僚の目標は、香のゴキゲンを損ねない事。
僚の目標は、香を笑わせる事。
僚の目標は、香を幸せにする事。
僚の目標は、





好きな女の傍で、一生を全うする事。







リョウちゃんの経年変化を、
ダイジェストでお届け致しました。
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[ 2012/07/01 18:54 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題52. ちゅ。

それは、とある平穏な午後の事。
香は、ほぼ日課となっている、
キャッツでのコーヒーブレイクを楽しんでいた。
午前中に1度、駅に行ってみたが依頼は無かった。
まぁ、いつもの事と言えば、いつもの事である。
そもそも、そんなに毎日毎日、
スイーパーを必要としている人が、大挙して押し寄せても、
それはそれで、この国の未来を本気で憂えてしまう。
香にしてみれば、コンスタントに依頼が来れば良いなぁと思うだけで、
何も、他人の不幸を心待ちにしている訳では無いのだ。
依頼など、無けりゃ無い方がそれはイイに決まっている。
死人や怪我人が出るより、貧乏な方がずっとマシだ。
もっとも、そんな事を言ったら、
僚は、お人好しめって、笑うだろうけど。


「香さん、今日はご機嫌ね?依頼あった?」
美樹が楽しげに訊ねる。
「うぅん、無かったわ。まっ、いつもの事だけど。」
そう言うモノの、香は何処となく上機嫌だ。
「まぁ、それなのに何だか楽しそうよ?香さん。何かイイ事あった?」
美樹は興味津々といった体で、カウンターに身を乗り出す。
夫の海坊主は、そんな天真爛漫な妻に内心苦笑する。
「別になぁんにも。相変わらず、貧乏だし、僚はグータラだし、食費は嵩むし、アパートは雨漏りするし、もうすぐクーパー車検だし、別に至っていつも通りよ。」
そう言って、香はニッコリ微笑む。
何だかやけに大変そうだわと、美樹は思わず苦笑する。
「でもね、いつも通りって、1番素敵な事でしょ?」
そう続けた香の言葉に、美樹は心から微笑んで頷く。
あぁ、やっぱり彼女は天使だと、美樹は思う。
きっと、彼女とその彼の2人の生活は、彼がもう少し節制すれば、
もっと、楽に違いないのに、
1番苦労している彼女が、1番彼を甘やかしている。
もっとも、香に言わせれば苦労でも何でも無いのだろう。


彼らはつい数ケ月前、数年越しの恋を実らせて、
漸く、恋人同士に昇格した。
しかし、そもそも、ずっと前から実質恋人のようなモノで、
それを頑として、これまで認めてこなかったのは、
当人達だけであった。
そんな2人の間に、どんなキッカケがあったのかは、
2人にしか解らないが、2人の関係が変わったのは、バレバレである。
意外にも、人前でイチャイチャしたがるのは、僚の方だ。
以前は、散々彼女を悲しませ、泣かせてきたクセに、
今では別人のように、彼女への独占慾と、愛情を隠そうともしない。
香の方は、恋人になる前も、なった後も相変わらずシャイなので、
直球で色んな事を訊かれたり、話題にされるのは苦手なようだ。
折角、収まるべき所に収まって、円満解決かと思いきや、
時折繰り出す、香の恥らいハンマーで、
キャッツの器物損壊事案が、ゼロになる日はまだ遠い。


伊集院夫妻に、客は香1人の、これまたいつも通りの店内には、
ほのぼのとした空気が流れている。
夫妻は、たとえこの店が流行らなくても、
こんないつも通りが、1番イイと思っている。
結構、香の事は言えないのである。
全員が全員、裏稼業の人間とは思えぬ程の、平和主義だ。
そんな中、一波乱起こしそうな2人組が、カウベルを鳴らして入って来た。
僚と冴子だ。
店に入る前から、何やら騒がしく言い合っている。

 
「だぁかぁらっっ、俺に手伝って欲しけりゃ、今までの貸し合計、10発!!耳揃えて払いなって。」
「あらぁ、そんなに貸しは無い筈だわ。この間の事、忘れたとは言わさないわよ?」
何やら、2人にしか解らない、意味深発言である。
勿論この2人は、ワザワザ周りの人間に懇切丁寧に、
『この間の事』を解説する程、親切では無いので、
2人にしか解らない話しは続く。
その合間に、2人はそれぞれオーダーをし、
僚は香に、おぉ、香来てたか。とクシャリと頭を撫で、
冴子は、香さんお久しぶり。と微笑んだ。
そうなのだ。
冴子とは、お久しぶりなのだ。香は。
けれども、僚とは『この間』何かがあったらしい。
香は、それまでの和やかなコーヒータイムが一転、
まるで、喉に何かがつっかえたように、胸が苦しくなった。


僚は、前とは違って香にとても優しくしてくれる。
穏やかな顔で、好きだと言ってくれる。
抱き締めてくれる。
キスだって、いっぱいしてくれる。
大事にされている実感はある。
でも、やっぱり冴子と僚の間には、
香が立ち入れない何かが有るように思えてしまう。
冴子は、美人で優しくて頭が良くて、完璧な女性だと香は思う。
何より、あの兄が好きになった人だ。
悪いヒトである訳がない。
だから、こんな風に醜い気持ちになるのは、自分がいけないんだと香は考える。
それでも。

『ワタシガシラナイリョウヲ、コノヒトガシッテイル』

そう思うと香は、僚にも冴子に対しても、
正体不明の真っ黒い感情が、湧き上がる。
無性に、主張したくなる。
僚は、私の僚なのだと。
頭では、それが子供染みた、馬鹿げた主張だという事は解っているのに。
心がそれに追いつかない。
まるで、心に猛獣を飼っているような、激しい嫉妬。
今まで香は、こんな気持ちを知らなかった。
僚の事を知れば知る程、僚に大切にされればされる程、
香は、欲張りになってしまう。


油断すると、涙が出そうだ。
香は、無意識だった。
突然、スクッと立ち上がると僚の頬を押さえて、顔を近付けた。
ちゅ。
そして、冴子に向き直ると、
「冴子さん、依頼がある時は伝言板の方にお願いします。それと、僚の貸し。残高ゼロですから。」
香は、それだけ言うとカウンターにコーヒー代を置いて店を出た。
いつもはシャイな香が、顔色一つ変えずに行った一連の行為に、
全員がポカンとした。
そして、いつもとは真逆で真っ赤になっているのは、僚だった。
そして暫く放心した後、大きく顔を綻ばせるとだらしなく笑った。
これって、嫉妬だよな、と思いながら。


十数分後、香は自宅キッチンで、夕飯の支度をしていた。
腹立ち紛れに、怒りをぶつける玉ねぎのみじん切りは、
いつもより、数倍細かい。
(僚のやつ、僚のやつ、僚のやつ!!なぁにが貸しよっっ!!!)
涙が溢れるのは、悔しいからじゃない。
玉ねぎのせいだ。
すぐ後ろに僚が帰っていた事には、気付かなかった。
「香、こっち向いて。」
そう穏やかに言った僚の声に、香の包丁がピタリと止まる。
それでも、涙は急に止まらないから、そっちへは向けないと、香は俯く。
そんな香の事を解っていて、僚は背中から香を抱き締める。
包丁と、まな板と、玉ねぎごと全部。


僚は、香の耳元で囁く。
「ヤキモチ、妬いてくれたの?」
昔の僚なら、女にヤキモチを妬かれる事ほど、鬱陶しい事は無かった。
妬かれて嬉しいなんて、変われば変わるモンだ。
香は、小さな声で主張する。
僚は、アタシの僚なんだよ。
「あぁ、そうだ。」
アタシは、僚のモノなの。
「勿論。よく解ってんじゃん、お利口さん。」
そう言って、僚は香のつむじにキスをする。
香が、僚の腕の中でクルリと僚に向き直る。
真っ赤になった頬は涙で濡れている。
大粒の涙が玉になって、今にも溢れそうな眼尻に僚がキスをする。
「他の女に、アタシの知らない僚を見せないで。」
香の口から、よもやそんな言葉が聞けるとは思いもしなかった僚は、
その甘美な束縛の呪文に、眩暈を覚えた。
嫉妬しているのは、
束縛しているのは、
独占慾に苛まれているのは、いつも自分ばかりだと思っていた。
ちゅ。
愛する恋人からの、カワイイ初めての束縛に、
僚は甘んじて従属するつもりだ。
その証として、誓いのキスをする。
「見せてねぇよ。おまぁが知らねぇ俺なんて、いねぇよ。」
そう言って、触れるだけじゃない口付を交わす。


数分後、玉ねぎの薫りが漂うキッチンの、
僚の腕の中で、グッタリとした香に僚が言った。
「でも、おまぁ。明日キャッツ行ったら、絶対冷やかされんぞ。皆の目の前で、堂々のチューと恋人宣言しちゃったからね♪」
僚は、心底楽しそうである。
「あ。そうだった・・・」
一方の香は、漸く一連の自分の行動を思い出し、
今頃、真っ赤になってフリーズしている。
そんな香も、
どんな香でも、僚は可愛くて仕方が無い。
もうこれから先、他の女に現を抜かす暇など、1秒たりとも有りはしないのだ。









ハンマーや、暴力抜きのカオリンのヤキモチ。
こんなだったら、リョウちゃんは美味しいだけでっす。
[ 2012/07/02 22:32 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題10. 家に帰ろう

香がまだ小学校に上がる前、
近所の公園で遊ぶ香を迎えに来てくれたのは、いつも兄だった。
香には、物心ついた頃から、母親の記憶は無いし、
父親はいつも忙しくて、傍に居てくれるのは、いつも兄だった。
香はそれが、淋しいなんて思った事は無かった。
余所のお家が、どんな風なのかなんて知らなかったし、
兄は優しくて、カッコ良くて大好きだった。

父親が仕事中に死んで、兄と2人だけになってからも、
いつも香の傍に居てくれたのは、兄だった。
少しづつ、大きくなるうちに余所のお家には、
お父さんがいて、お母さんがいて、
お兄ちゃんは普通、専らケンカ相手らしいという事が薄々解っても、
香は、兄が大好きだった。
兄とケンカなんかする理由は1つも無かった。
兄はどんな時も、香の憧れだった。

兄が刑事になって、父親と同じように忙しい身になってからは、
兄を支える家族は、自分なんだと頑張った。
それまで兄がしてくれた身の回りの事を、今度は香が兄に返す番だった。
ある時、自分達が血の繋がらない間柄だと判ったけれど、
そんな事は関係無かった。
それより大事な事は、兄が無事に帰って来てくれる事。
この世でたった2人、お互いだけが家族だった。
この世で兄がいる所だけが、香の故郷だ。

香が随分大きくなって、高校生になった頃。
兄が香に内緒で、警察を辞めた。
外の世界で、兄に何が起こっていたのか香には解らなかったけれど、
ただただ、香は兄の身を案じ、無事に家に帰って来る事を祈った。
香が兄の相棒の存在を知ったのは、それから程なくして。
初めは、まるでそいつが兄を自分の元から連れて行こうとする、
悪いヤツに思えた。
香と兄の小さなささやかな世界に、僚という新しいメンバーが現れた。




そして、世界は崩壊した。
兄は香の元から居なくなってしまった。
香がこの世に生まれて、たった20年後の事だった。
香には、まだまだ兄が必要だった。
これから、兄に返さないといけない恩義が沢山あった。
まだまだ、話足りない事が沢山あった。
ただ、純粋に兄が大好きだった。
そして、兄は香に僚を遺して逝った。

僚は風のような男で、掴み処がない。
僚は時々とても冷酷で、何人たりとも寄せ付けない。
僚は時々とても寂しげで、まるで捨てられた仔犬のよう。
僚は時々とても優しくて、香は兄貴を思い出した。
我儘で、意地悪で、スケベで、だらしなくて。
それでも、香は僚の家族になる事に決めた。

家族とは、一緒に過ごす相手。
一緒に食卓を囲み、テレビを見て、ケンカして、仲直りして。
それでも、香は知っているから。
家族になるのに、血の繋がりは関係無いと。
誰でも無い、香の唯一の家族の兄貴が教えてくれた。
だからきっと、いつかは僚とも家族になれると疑わなかった。

勿論、初めから上手くいくワケは無かった。
沢山、嫌な思いもして、
沢山、泣いた。
でも、泣いた香を笑わせてくれるのも僚だった。
何度もケンカをしたし、少しづつお互いの色んな事が解り始めた。

僚の過去も。香の生い立ちも。
全ては、2人が出会う為の布石だった。
きっと、秀幸が生きていれば家族は3人になったのだろう。
それは、何も特別な事では無く、
普通であれば、生まれた時から手にする家族というモノを、
僚と香は、少しづつ自分達の手で作り上げただけの事。
だからこそ、2人にはその大切さが良く解る。
当たり前のように、そこにある幸せは当たり前なんかじゃ無いと言う事。

香が日課のキャッツに居ると、僚が遅れてやって来る。
コーヒー飲んでバカ話をしているけれど、
それは多分、一緒に帰ろうの合図。
不器用な僚なりの、香のお迎え。
これから、買い物をして家に帰って、夕飯を作って2人で食べる。
この世でたった2人、お互いだけが家族だ。
兄貴は香の胸の中にいつもいる。故郷は、胸の奥にある。
だから、
この世で僚の居る所が、香の居場所だ。

伊集院夫妻に聞こえないように、僚がコッソリ香に耳打ちする。
“なぁ、香ぃ。ウチに帰ろう?”
腹も減ったし、
おまぁと、ダラダラ、ゴロゴロしてたいし、
コーヒーも淹れてくれよ?
だから早く、俺達の家に帰ろう。
2人だけの、あのボロアパートに。


この世でたった2人、お互いだけが家族で。
この世で唯一、あの部屋だけが2人の帰る場所。










カオリンが家族になろうと決意した事で、
誰より、リョウちゃんが
最も幸せになれたんじゃないかと思いまっす。
[ 2012/07/03 23:45 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題15. こぼれ落ちる

僚はいつだったか、パートナーになったばかりの香に、
『相棒である以上、女扱いはしない』と言った。
香も異論は無く、“上等だっっ!!”と思った。
僚の“女扱い”というモノが、あの節操の無いモッコリの事ならば、
香としては、むしろご遠慮願いたい。
僚の宣言は、香も望む所だ。
ワザワザ、そんな宣言をした僚の本心は、香を女だと認識していればこそで、
心底、魅力を感じていないのならば、宣言する必要も無い。
しかし、そんな僚の本意を見抜けるほど、香はまだ大人じゃなくて。
正直、僚はホッとした。


それでも2人が時を重ねる毎に、少しづつ気持ちも変化を重ねる。
僚に危ない所を助けられる度、
折れそうになる心を、そっと支えられる度、香は少しだけ淋しくなった。
僚が女扱いしない自分という女に、如何ほどの価値があると云うのだろう。
あの逞しい腕に甘える事を、易々と放棄してしまったあの頃の香は、
まだ、何も知らない世間知らずの小娘だったのだ。
少しづつ大人になって、香は切なくて涙を溢すという事を覚えた。
香に惚れる野郎を蹴散らす度、
真っ黒い心の底に、香の笑顔の陽が射す度、
僚は、過去の己の言葉の呪縛に、雁字搦めになった。
唯一、邪な目で見てはいけない、
穢れない女の価値に、目を背ける事が出来なくて。
あの華奢な背中を、凛とした眼差しを、
いつでも簡単に、手放す事が出来ると思っていたあの頃の僚は、
きっと、世界一の間抜けだ。
夜毎、ネオンの海に溺れては、グラスの底に溜息を零した。





僚の長い指が、華奢な肩紐を滑らすと、
その薄くて軽い光沢を帯びたスリップは、音も無く床の上に落ちる。
香の細く長い脚が、枕を蹴ると、
軽い音を立てて、羽毛の詰まったそれがベッドの下へと落ちる。
波打つシーツの狭間に落ちるのは、2人の湿った吐息。
夜の底で2人は、快楽の海へこぼれ落ちる。





あのジャングルでの飛行機墜落の時に、
僚もまた、その先にあった筈の未来から、こぼれ落ちた。
僚が日本へとやって来て暫く経ってから、
何故だか香が、僚の手の上に堕ちて来た。
きっと、何かの間違いだろうと僚は思った。
羽根の折れた天使が、運命の風に吹かれて迷い込んで来た。
暫く僚が面倒を見て、羽根が治ったらまた空の上へと帰るだろう。
そう思って、僚は香を手元に置いた。
それから何年も、香を天国へ返す為の梯子を探した。
でも、ちょうど良い梯子は、なかなか見付からなかった。
僚の考える香の幸せには、梯子の長さが足りなかった。
どうせなら、もっと安全で、もっと幸せで、もっと丈夫な梯子を。
そうやって、香を手元に留まらせる内に、僚はフト気が付いた。
梯子は、見付からないのでは無くて、
最初から無いのかもしれないと。
僚が考える香の幸せが、
そもそも何処かで、間違っていたのかもしれないと。





僚のシャープな顎を伝って、汗が滴り落ちる。
乳白色の滑らかな肌の上で、香の汗と溶けて混ざり合う。
虚ろな目でその様を眺めながら僚は、香の首筋に吸い付く。
互いの、薄い皮膚1枚が隔てる距離が、もどかしい。
永遠に、1つに混ざり合う事の出来ない、別の人間同士だからこそ、
これ程までに、狂おしく愛しい。
たった1点だけで繋がる、ただそれだけでも、
気が狂いそうな程、我を忘れてしまう。
しかしその行為には、いつも終わりがあって。
僚はいつも、ふわりと香の上に落ちて来る。
まるで真綿のように、香を優しく拘束する。


汗だくになった僚は、ベッドサイドを手探りでエアコンのリモコンを探る。
その僚の気配を察知して、眠りに落ちそうになっていた香が呟く。
「・・・ダメ。」
「あち~~よ、カオリン。」
「でも、ダメ。節電。」
「1時間だけ。」
まるで、ご褒美をねだる子供のような顔で、そう言う僚に。
香は、弱い。
「しょ~がないなぁ。じゃあ、1時間だけだよ?」
僚が本当に嬉しそうに、微笑んでスイッチを入れるから、
香も思わず笑ってしまう。
そんな香がまるで菩薩のようだと、僚が思っている事を香は知らない。


僚は最近、漸く気が付いた。
僚の考える香の幸せ、やっぱりあれは間違っていた事に。
というかそもそも香は、迷い込んで来た訳でもないようだ。
そして、空の上に帰って行く気も無いようだ。
こぼれ落ちて来たと思っていたこの世界こそ、
きっと、2人が辿り着くべき未来だったのだ。
そこは2人にとって、この世で1番の楽園だった。










こんな蒸し暑い夜にエアコン無しでは、リョウちゃんは死にまっす。
この後、カオリンはしっかりブランケットに包まって、
リョウちゃんは全裸で大の字で眠りまっす、きっと。
[ 2012/07/04 21:49 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

番 外 秋の夜長に①

※ このお話しは、オフィス・パラレル『よくある恋の見つけ方』の、
  番外・短編でっす。本編をお読みで無い方は、そちらをお読み戴くと、
  よりお楽しみ戴けるかと思いまっす!!宣伝でっす♪テヘ★
  まずは、カオリン目線で。





11月第1週の、金曜日。
香は僚に、夕食に誘われた。
2人で何度か行った事のある、もつ鍋屋だ。
午前中に、コッソリ誘われた。
勿論、2人の交際は周知の事実で、別にコソコソする必要は皆無だが、
最近、ヘタレの称号を欲しいままにしている僚は、
ミックや伊集院に、いらぬ冷やかしを受けたくないので、
2人の目が無い所(2階・資料室である)に、
用があるフリをして香を連れ出して、誘った。
ついでに、誰もいなかったのでキスもした。職権乱用である。


先週の土曜日、僚の部屋でみんなで、ハロウィンの仮装飲み会をした。
あの日、ドラキュラになった僚はとてもカッコ良くて、
香はずっとドキドキしていた。
香が、キッチンや廊下に出るたびに、僚がやって来て何度もキスをした。
マウスピースを付けた僚とのキスは、とても不思議な感じだった。
だから、キスをした後で、2人でクスクス笑った。


僚はとても優しい。
初めの出会いこそ衝撃的で、
まさか恋に発展するなんて予想だにしなかったけど、
今の香は、どんどん僚を好きになっていて。
多分、こんなに誰かを好きになってしまったのは、香は生まれて初めてだ。
恥ずかしいし、照れ臭いから、
僚の事を、つい『課長』と呼んでしまう。
自分から好きだなんて、言った事はまだ1度だけだ。
あの、雨に濡れて僚がずっと傍に居てくれた、あの時だけ。
でも好きな気持ちは、あの時よりももっと強くなっていると、香は思う。


仕事の時の僚も、週末の2人きりの時の僚も、香は大好きだ。
仮装飲み会の前の日曜日、美樹と一緒にショッピングをした時、
香は、何気ない美樹の一言から、僚との関係の事を考えた。
あれ以来、香は1人きりの時、時々考える。
自分は近い将来、僚と深い関係になって行くんだろうか、と。
香は、正直言うとそれがどういう事か、良く解っていない。
今まで、ちゃんと付き合った人もいなかったし、
こんな気持ちを恋と云うのなら、香の初恋は僚だ。
兄が初恋だと思っていたけど、兄を好きな気持ちと僚を好きな気持ち。
これは、明らかに大きく違う。
やはり、兄は兄だった。
僚の存在が、その事に気付かせてくれた事にも、香は感謝している。
あのまま、死んだ兄だけを想い続けていたら、
香はきっと、心を病んでいたかもしれないと今はハッキリと自覚している。


何より、僚と一緒に居るととても楽しい。
僚は何かというと、すぐに賭けをして、その賞品として香にキスをしてくる。
大抵、僚が勝つような賭けばかりで、
最近ではさすがの香も、
ただキスがしたいだけじゃん、と僚の意図が薄々読めて来た。
勿論、そんな僚も香は好きなんだけど。
香も、実を言うと僚とキスするのは、大好きだから。
だから、賭けなんかしなくても、僚とキスしたいんだって言ってみたいけど、
なかなか、自分から言う勇気は無い。
もしも、勇気を出してそう言ってみたら、僚は何て言うだろう。
そう思うだけで、香は真っ赤になってしまう。


先週の土曜の飲み会で、香はまたも失敗した。
ジュースだと思い込んで飲んでいたモノは、どうやらお酒で。
目が覚めたら、僚のベッドの上だった。
かなり恥ずかしかったけど、不思議とすぐにリラックスしていた。
僚と2人でベッドの上で、クスクス笑ったりもした。
あの時に、香は確信した。
“深い関係”と云うのが、どんな事をするのか。
具体的には良く解らないけれど、もしもそうなるのなら相手は僚以外いない。
僚がもしいつか、香をそういう意味で求めてくれるとすれば、
香は応えようと思っている。
勿論未知の事で、凄く怖いケド。
きっと、僚となら大丈夫だと、何も根拠は無いけれど、香はそう思える。



昼休み、4階女子トイレで香は歯を磨いていた。
いつもお弁当を食べた後には、こうして1人でボンヤリしながら、歯を磨く。
最近は、大体僚の事ばかり考えている。
午前中に、資料室で今夜のデートに誘われた。
そして、キスをした。
いつも、僚の部屋や、小さなカワイイ赤い車の中ではキスをしてばかりだけど、
幾ら誰もいないからといっても、会社の中でキスをするなんて。
香は少しだけ、ワクワクしていた。
前に勤めていた会社で、同期だった女の子で社内恋愛をしているコがいた。
その彼女が良く言っていた。
会社のどこそこで、キスをしただの。それ以上の事も。
その時の香は、まさか会社でそんな事。
きっと、話しを面白おかしくする為の、彼女のリップサービスだと思っていた。
でも香はとうとう、あの彼女の言ってた事と同じ事を、経験した。
そして少しだけ、会社が面白い場所に思えた。


口を濯いで、香は鏡に映る自分の首筋を見た。
今も少しだけ、薄赤く残っている僚の目印。
初め香は、全く気が付かなかった。
確かに先週ベッドの上で、僚から首筋にキスをされたけど、
まさか、痕になってたなんて知らなかった。
週明けに会社に出て来て、僚に教えて貰った。
僚はあの時、怒らないの?と、香に訊いた。
香は不思議に思って、どうして、私が課長に怒るんですか?と訊き返した。
僚が言うには、女の子は目立つ所に、
こんな痕を付けられるの、嫌がるみたいだし。との事。
香は、そんなモノなのかな?と思う。
香にしてみれば、それはまるで僚が付けた目印みたいで、
家で1人で居ても、僚を感じられると思うと、むしろ嬉しかったのだ。
けれど、僚の言葉に寄れば、あまりそういう事を考えるのは、
一般的ではないのかと思われたので、僚には言わずに、1人で喜んでいたのだ。
可愛くて愛おしい、僚の目印。
もう、殆ど消えかけていて、香は少し淋しい。


今夜のデートは、もつ鍋だ。
香もその店は、大好きだ。
最近では、ビールなら少しだけ飲めるけど、
今日は絶対に、アルコールには近付かないと、
香はポーチに歯ブラシを仕舞いながら、心に誓った。
もう、失敗したくない。
晩ご飯を食べたら今日のデートは終わりで、
僚はきっとタクシーで家まで送ってくれる。
まだ、デートが始まってもいないのに、終わりの事なんか考えて、
香は心の何処かで、少しだけ淋しいなと思っていた。
まだそれが、どういう気持ちなのか、香は自分でも良く解ってはいない。


もしも、香の心の中を全部、僚が覗く事が出来たなら。
彼はきっと喜んで、力の限り抱き締めるだろうけれど、
今の所、もどかしい程に純情な駆け引きを、2人は楽しんでいる最中だ。


(つづく)






すみまっせん(汗)
続いちゃいましたっっ(´Д`;)
もっと、頑張りまっす、自分。呆れないで(涙)

番 外 秋の夜長に② 

※ こちらは、オフィスパラレル「よくある恋の見つけ方」及び、
  その番外・短編 “秋の夜長に”の第2話でっす。
  設定など、原作とは全く異なりますので、
  前のお話しを読まれていない方は、是非読まれてみて下さい(´∀`)ノ






冴羽僚は、悶々としていた。
先日、彼の恋人は酔い潰れて、彼の寝室で夜を明かした。
僚が近頃、主に考えている事は、
如何にして彼女と、最後の一線を突破するかという事ばかりだ。
恐らく、彼女が僚を受け入れてくれるだろう事は、僚も解っている。
拙いながらも、香が僚を好いていてくれて、
それを一生懸命、伝えてくれようとしているのも、僚には解っている。
『好き』だという言葉は、たった1度言って貰っただけだ。
だけど、触れる唇や、指先から伝わる彼女の雰囲気で、
彼女が紡ぐ言葉の端々で、
恥ずかしそうに僚を見詰める、潤んだ瞳で、
言葉よりも雄弁に、その好意を僚に伝えてくれる。
精神的には、それだけで僚も十分に満足している。


しかし厄介な事に、男には、物理的本能的欲求というモノもあるワケで。
その点に於いては、今現在の僚は、激しく欲求不満だ。
身も蓋も無い表現で言えば、溜まっているのだ。
僚には、10代のまだ早い内から、セックスフレンドなど掃いて捨てる程いた。
正直、これ程までに飢えているのは、僚の人生で初めての経験だ。
十数年振りにマスターベーションというモノに、
手を出してしまった、三十路の秋である。
哀愁漂う、禁欲生活を送っている。
そしてかの恋人は、そんな男の生理など、
きっと良く理解していない、うぶな相手で。
うぶなクセに、最強で。
その極上のルックスや仕草で、僚のツボをガンガン突いてくる。
それは、一種拷問に近い。


相手が気のおけないセックスフレンドや、
後腐れの無い1晩限りの、ノリのイイ女なら、
僚とて、体裁など繕う必要も無い。
本能の赴くまま、野獣のようなセックスを繰り広げた所で、
誰にも迷惑は掛けない。
むしろ相手も悦んでくれるだろう。愛情なんか必要無い。
しかし、相手が香となると、それは全く別の次元の話しだ。
僚にとっての、香とのセックス。
それは決して、性欲処理の行為であってはならない。
それは、愛情を示す為の行為であり、
何ならそれは、子供を作る為の行為である。
きっと今までのように、奔放な放蕩の結果では無く、
もっと、神聖で崇高な行為でなければいけないのだ。


まぁ、理屈としてはこんなモンで。
要は、香が嫌な思いをしないように、
今後、僚と一生セックスをしていく上で、
まず記念すべき第1回目を大切にしたい、と柄にも無く僚はそう思っている。
僚はこの歳にして漸く、
本来のセックスの意味と目的に、真摯に向き合う事を余儀なくされたのだ。
しかしそれは、僚にとって決して辛い事では無い。
セックスを我慢しているというストレスは勿論あるが、
それ以上に、そんな相手に巡り逢えた事。
そしてそれが、香である事にこの上も無い喜びを、僚は感じている。
己と香を結び付けた、甘美な運命に僚は心から感謝している。


今週末もまた、僚は香と過ごすつもりだ。
いつも土曜日は、ほぼ丸1日を香と2人で過ごしている。
今まで2度、香がお泊りした時には、翌日も一緒に過ごした。
もしもこれから毎週、香がお泊りしてくれれば、
もっと長い時間を、一緒に過ごせる。
それは僚の目下、1番の目標だ。
本当ならば、毎日1日中、一緒にいたい。

一緒に暮らしたい

僚はこの前、天使の寝顔を見ながら、そう思っていた。
僚がこんな事を考えたのもまた、生まれて初めてだった。
香は僚に、今まで知らなかった“生まれて初めて”を、沢山与えてくれる。
僚は今週、金曜日の夜に香を誘おうと思っている。
これはある意味、僚の最大の賭けだ。
もしも上手く、金曜の夜に香を落とせたら、
土曜・日曜と、なし崩し的に丸2日、香と過ごすつもりでいる。
今週末が2人の、大きな山場になる事は必至だ。


僚は今、
甘くて切ないオアズケ期間を、悶々としかし一方では、
甘美な人生の一時として、心ゆくまで堪能している。
本当のお楽しみは、これからだ。




(つづく)







すみませんっっm(_ _)m
また更に、続きまっす(汗)
流石は、秋の夜長でっす(冷や汗)
しかし、次回こそは・・・頑張りまっす!!!
引き続きUPしまっす(´∀`*)

番 外 秋の夜長に③

※ このお話しは、オフィスパラレル「よくある恋の見つけ方」及び、
  番外・短編“秋の夜長に”の、第3話でっす!!
  しつこいようですが、いきなりココからやって来ちゃった人は、
  是非是非、前のお話しから辿って見て下さいね♪その方が、楽しいょ♪







その店は、その日割と混んでいた。
少しだけ、肌寒くなってきた週末の夜。
そこは、もつ鍋と焼酎と、サラリーマンで溢れていた。
僚と香のような、見目麗しい恋人同士という客は、他にはいない。
そもそも、女性客がいない。
そういう店なのだ。


そんな中にあって、香には終始、不躾な視線が集まっている。
それは、そうだ。
彼女は、地味な出版社で、
退屈なOLをやっているのが、不思議なぐらいの上玉だ。
僚としては、こんな予定では無かった。
この店がこれ程混むなんて、滅多に無い珍事だ。
他の店にすれば良かったかなとも思ったが、
ココは香もお気に入りだ。
香が周囲の視線など気にも掛けず、楽しそうにしているので、
僚も、不本意ながら、気にしない事にした。
それに何より、香が僚とのデートを心底楽しんでいる事が、1番重要な事だ。


香は、今日はビールは飲まないと言った。
僚が、どうして?と訊ねても、香ははにかんで答えなかった。
きっと、先週の事を思い出して、恥ずかしがってんだろうと思うと、
僚は香が可愛くて仕方なかった。
それに今日は、僚にとって“勝負デート”の日だ。
また、酔い潰れられるよりは、素面の方が断然助かる。
ただ、
ホンのちょっとだけ酔っ払う程度なら、申し分無いのにと僚は思う。
頬をピンク色に染め、少しだけ呂律の怪しくなった香は、最強だ。
だから僚は和やかなムードを保ちつつ、食事を終える頃には、
小さなグラスに2杯ほどのビールを、香に勧める事に成功した。
かくして、その店を出る頃には、
僚の最も好きな加減に、ほろ酔いの香が出来上がっていた。
帰したくない。
僚は、心からそう思った。


店を出て、2人は少し歩いた。
少しだけ酔っ払った香の手を、自然と僚は繋いだ。
驚くほど、華奢な手だ。
僚の手の中に、すっぽりと収まってしまう。
こうして、ずぅっと繋いでいたいと、僚は思う。
いつか2人とも年を取って、シワシワのじいちゃんと、ばあちゃんになっても。
このまま歩いて、新宿駅のタクシー乗り場に行くのだろうと、香は思っていた。
いつも、外での食事デートの後は、僚は大抵アルコールが入っているから、
香を、タクシーで送ってくれる。
香の自宅も、新宿からはそんなに遠くは無いし、
香が1人で帰れるからと言っても、
僚は必ず香の家の前まで付いて来て、玄関ホールに入って行くまで見届ける。
そして僚はまた1人で、新宿まで帰ってゆく。


店を出た辺りから、香の口数が少なくなっていく。
明日はまた、僚の部屋で逢えるけど、
それでもバイバイするのは、やっぱり少し淋しい。
もっと。
いや、もう少しだけでもイイから。
僚と一緒にいたいなぁと思いながら、香は歩いた。
ふと香が気が付くと僚は、
駅を素通りし、ズンズンと僚の自宅の方へと向かっている。
何気なく香は、車で送ってくれるのかな?とボンヤリ思ったけれど、
次の瞬間、ハッとした。
いけない!!
飲酒運転は、危険だ。
もしも、僚の身に何か起こったらと思うと、
香はそれだけで、目の前が真っ暗になる。


「課長っっ、ダメです!!!」
僚が何と言って、今夜香を引き留めようかと思案していたら、
香が切羽詰った様子で、そう言った。
僚は、え?何が?と、不思議に思って、香の顔を覗き込むと、
香は、今にも泣きそうだ。
やばい、俺のスケベ心、見破られたか?と、一瞬僚は焦ったが、
次の香の一言に、またもや僚の謎が一層深まった。
「車。運転したら、ダメです。」
「ん?どういう事?」
真剣に意味が解らない様子の僚に、香が説明した。
てっきり、タクシーに乗るもんだと思っていたのに、
家に帰っているから、車で送るつもりなんだと思った事。
僚はお酒を飲んでいるから、車に乗せちゃダメだと思った事。
もしも僚の身に、何か怖い事が起こったらと思うと、悲しくなった事。
きっと、少しだけ酔っているからだろう。
そこまで説明すると香は、本当に悲しくなったのか、
ポロリと、涙を1粒零した。
僚は、そんな香を見て堪らない気持ちになった。
胸を締め付けられるような気持ちで、無意識に香を抱き締めていた。


「送ってかないよ。」
そう呟いた僚を見上げて、香は首を傾げる。
僚は苦しげに眉を寄せると、まるで香に懇願するように続けた。
「今夜は、送って行きたくないし、帰したくない。一緒に俺の家に帰ろう?」
そう言って僚は、香を抱き締める腕に力を込めた。
僚の家までは、もうあと少しの所だった。
香は気付いたら涙を流していて、僚の腰にしっかりと腕を回した。
「私も、今夜は帰りたくないです。」
香は、小さな涙声で、けれどしっかりと僚に気持ちを伝えた。
暫く抱き締めあって、お互いに少しだけ恥ずかしくて、
真っ赤になった顔を見る事は出来ないまま、
抱き締めあったままで、2人はクスクス笑った。
2人とも、同じ事を考えていたんだと思った。
2人とも、敢えて何も言わなかったけれど、それが手に取るように解った。
まだ、セックスはこれからやるんだけど、
俺達は絶対に相性はイイ筈だと、僚は確信した。


僚がふと目覚めて、枕元の時計に目を遣ると、時刻はAM4:08だった。
腕の中には、スヤスヤ眠る愛しい人がいる。
僚は自分が、夢を見ているんじゃないかと思った。
それでも腕に乗せられた、軽やかな重みと、柔らかな猫毛が、
それが夢では無い事を、証明している。
この腕の中の存在が、愛しくて堪らない。
数時間前の出来事が、大変じゃ無かったと言ったら、嘘になる。
これまで、あんなに気を遣ってセックスした事なんか無かった。
ヴァージンの子と寝た事なんか無かったし、
本気で好きになった子もいなかった。
香も全てが初めてで、きっと大変だったろうけど、
僚にとっても、それは初めての連続だったのだ。
大切にしたいと思った。
これから先、この愛しいヒトを、
1㎜も傷付ける事の無いようにしたいと、心に誓った。
1秒でも長く、彼女と繋がっていたくて、歯を食いしばって耐えた。
だけどそれを、脆くも決壊させたのは、なんと彼女だった。


それは、小さな小さな声だった。
震える小さな声で、りょお、と名前を呼ばれた。
たったそれだけの事で、僚は自分の意志とは裏腹に、アッサリと果てた。
1番驚いたのは、他でも無い僚自身だ。
これまで、セックスに於いて、僚は多少なりとも自信があった。
逝くタイミングなど、どうにでもコントロール出来るモノだと思っていたし、
実際、出来ていた。
それなのに香にたった一言、名前を呼ばれただけで、我を忘れた。
逝ってしまった後、僚は香を腕に抱いたまま、思わず吹き出してしまった。
香と一緒にいると、自分でも知らなかった自分が見えてくる。
香がぐったりとしつつも、そんな僚を不思議そうに見詰めたので、
僚は、優しく説明した。
カオリンが名前を呼んでくれたから、気持ち良くなっちゃたんだよと。
「そんだけ、カオリンに惚れてんの。」
僚がそう言って、香の額にキスをする。
「名前、呼んだのが、嬉しかったって事ですか?」
香は真っ赤な顔をして、僚に訊ねる。
僚は穏やかに微笑むと、コクンと頷いた。


そうだったんだ、と香は思った。
今まで、照れ臭くて、恥ずかしくて、なかなか名前で僚の事を呼べないでいた。
それでも、自分の大好きなヒトが、
自分に名前を呼ばれた、ただそれだけの事でこんなに喜んでくれるのならば、
これからは、ちゃんと名前を呼ぼうと、ごく自然にそう思えた。
そして香は、僚の耳元に口を寄せると、
まるで内緒話をする子供のように、小さな声で何度も僚の名を呼んだ。
そして、2人でクスクス笑った。
これ程までに、親密で温かいセックスをしたのは、僚はこれが初めてだった。


そして、もう1つ。
香が眠る少し前に、実は・・・と、打ち明けてくれた話しは、更に僚を喜ばせた。
その打ち明け話とは、
またこの前みたいに、僚の目印を付けて欲しいと言う、香のお願いだった。
香には、普通他の女の子がキスマークを付けられて、
どう思うのかなんて知らないけれど。
香は、あの僚の目印がとても大好きで、嬉しかったのだと、告白した。
照れながらそんな事を言う香を、僚はもう1度強く抱き締めて、
お望み通り、『目印』を付けた。
ただし、今度は見えない所に。
香の左胸、ちょうど心臓の真上に印を刻んだ。
ずっと、ずっと。
僚の想いが、香の心に真っ直ぐ届きますようにと願って。


僚は腕の中で眠る香を、もう1度見詰める。
まさか、エレベーターで出逢ったあの時には、
こんな自分達を、想像すら出来なかった。
香がこれまでに遭った辛い出来事を知ってからの僚は、
まるで自分の事以上に、腸が煮えくり返った。
いつか、香の心の傷を、分け合える存在になりたいと願った。
今夜、漸くそのスタートラインに、1歩踏み出せたような気がする。
兎にも角にも、明日と明後日の2日間、香と何をして過ごそうかと、
楽しい考え事をしている内に、
いつの間にか僚も、健やかな寝息を立てていた。
これから、冬がやって来る。
2人がいちゃつく口実も、沢山待っている。
幸せな季節の始まりだ。





(たまに、つづくかも?)








課長、とうとう念願叶って、やっちゃいました♪
とうとう、正真正銘『彼氏』でっす(*´∀`*)
めでたし、めでたし

※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレル設定でっす!!
以下のスペックを必ずチェックして戴いて、
0K!読んでみたい♪という方だけ、第1話へお越し下さいませm(_ _)m


《大きな注意点2点》
槇ちゃんが健在でっす!!(死んでしまうような展開も無しでっす)
カオリンがSugarBoyでっす!!(でもちゃんと、女の子でっす❤)


以下詳細 ↓↓↓↓↓





冴羽 僚(29)   自動車カスタム専門ガレージ『HuntersGarage』オーナ
            ー。
            新宿のど真ん中で、マニアックな商売を展開している。
            所有するビルの1階が、ガレージで、本人は6・7階に居
            を構える。基本、遊び人。

ミック・A(29)   僚とは、幼馴染み。こちらも同ガレージのオーナー。
            僚の共同経営者。ガレージの向かいのビルに恋人と同棲中。
            コチラも、基本、遊び人。

槇ちゃん(29)   僚・ミックとは、学生時代からの親友。
            2人とは違って、ガチガチの堅物で。警察官。
            香の従兄にあたるが、実質ほぼ兄貴。
            同僚の野上冴子と、結婚を視野に入れて交際中。

カオリン(17)   色々とワケあって、プータローの17歳。
            槇ちゃんの、従妹。実質、妹のようなもの。




シュガーボーイなカオリンが書いてみたくて、思い付きました。
もしかすると、糖度は低いかもしれません(汗)
ワタクシも、詳細はこれから書いてくので、何とも言えないのですが・・・
ほのラブな感じが目標でっす!!

[ 2012/07/08 09:22 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

1st. オレ達は、ブースターかっっ!! の巻

8月中旬、新宿某所。
とある7階建てのビルの1階部分。
ビンテージカー専門のガレージ、『HuntersGarage』
働いているのは、オーナー兼従業員の、
冴羽僚と、ミック・エンジェル2名だけの、零細企業だ。

2人は、その道の趣味人には、ちっとばかり名の知れた職人だ。
しかし、なんの興味も無い人間からすれば、
まさかそんな所に、知る人ぞ知る名工房がある事など思いも寄らないだろう。
実際この街の住人は、2人の事を、
自動車整備工で遊び人の兄ちゃん、位にしか思っていない。
まぁ、95%間違ってはいないが。
一応、趣味人からは、一目置かれる男達なのだ。

2人は、子供の頃からの腐れ縁である。
しかし、これ程までに気の合う2人も、そうは居ないだろう。
今まで数年間は、共同経営者としてやってきたが、全くと言っていい程、
トラブルというトラブルは、無い。
仕事の面でも、息は合うようだ。
ミックは現在、かずえという美人女医と同棲中だ。
何でも、稼ぎは彼女が上らしい。
と言っても、2人の稼ぎもまぁ、まずまずではあるのだ。
お陰様で、至って呑気な道楽商売にも関わらず、
クライアントにだけは、恵まれている。
もっとも、この不景気に車道楽に興じる輩など、羽振りがイイ連中なのだ。
僚には今の所、彼女はいない。
というか、これまで彼女などいたためしがない。
別にモテないワケでは無い。むしろ、逆である。
僚も、ミックも190㎝を超える、均整のとれたモデル体型で、
適度に仕事が出来て(あくまでも、女目線でという事だ。)、
適度に遊び慣れしていて、
イケメンでとなれば、彼女など選り取りみどりの選び放題だ。
しかし、選択肢が多すぎると、逆に選べないのも世の常である。
僚は敢えてフリーで、色んな花を渡り歩いて愛でている。
まぁ、それも1つの人生の楽しみ方ではある。

その日の午後、ガレージにやって来たのは、2人の良く知る男だった。
槇村秀幸。
2人とは、学生時代からのこれまた腐れ縁で、もう1人の親友だ。
2人とは対照的に、至って真面目な市民の安全を守る、警察官だ。
平日の午後、私服で彼がやって来た。
「よ、槇ちゃん。珍しいじゃん、昼間っから。」
そう言った僚に、槇村は微笑むと、
「非番だ。」と答えた。
にしても、珍しいじゃん?と言う僚に、槇村も、そうだな。と笑う。

突然の親友の来訪に、
2人は作業の手を休めて、今日はもう仕事は終わる事にする。
ミックがガレージの奥の自動販売機から、
瓶に入ったクラシックなコカ・コーラを、3本取り出す。
コーラは缶よりも、瓶が断然旨いと言うのが、男達の一致した見解だ。
「で?」
僚が、槇村に問う。
槇村が、何が?と言うように首を傾げる。
「用があるから、来たんじゃねぇの?」
そう言って、おっとりとして年中穏やかなその親友に、僚は苦笑する。
「あぁ、実はお前らにちょっと、頼みがあって。」
ま、大した事じゃ無いケド。
そう言った槇村だったが、もうこれだけで既に、
僚とミックにはイヤな予感がしていた。

心が、アメリカの大規模農場並みに広い親友の、
大した事じゃ無い事は、概ね大した事である。
「ちょっとね、1人ココで雇って欲しい子がいるんだ。」
ホラ、この不景気で、おいそれと若い子を雇ってくれる所も、あまり無くてね。
そう言って、眉尻を情けなく垂れる槇村に、僚は内心溜息を吐く。
予感的中だ。
悪ガキの世話を、押し付けたいという事か。
「な~に?補導した悪ガキの、アフターフォロー?どんだけ、お人好しなんだよ。」
すると、槇村はニッコリと微笑んで言った。
「いや、この件は、全くのプライベートなんだ。雇って欲しいのは、実は俺のいとこなんだ。」

槇村の説明によれば、そのいとこ君は17歳で、高校には通って無いらしい。
何でもソイツは多少ワケ有りで、極度の人見知りとの事。
子供の頃から、祖母(槇村の祖母でもある)に育てられてきたが、
先日、その祖母が他界した。
2人は、槇村の祖母が亡くなった話しは、聞いてはいたが、
いとこの件は初耳だった。
その祖母を亡くしたいとこを、今現在槇村が引き取って面倒見ているらしい。
もっとも、今までも頻繁に行き来があり、
実質妹のようなもんだと、槇村が笑った。
「チョイ待ち、槇ちゃん。そのいとこって、まさか女子か?」
「あぁ。何か問題でも?」
冗談じゃないと、僚は思う。
何が楽しくて、気難しい思春期の女子の面倒を見なきゃいけねんだと。
問題、大アリだっっ!!
と、僚が抗議するより早く、ミックが口を開いた。

「ねぇねぇ、ヒデユキ、その子。美人?」
ミックは無邪気に、蒼い瞳をキラッキラ輝かせている。
僚は呆れたが、確かに雇う雇わないは別にして、そこは重要なポイントなので、
槇村の答えを待った。
そんな2人に、更に呆れる槇村。
しかし、これはいつもの事だ。
この2人にとって、女性の1番の重要ポイントは、
美人(この場合、プロポーションも含む)かどうかだ。
香を彼らに預けようと決意するまでに、ギリギリまで悩んだ点。
槇村の、懸案事項はその1点だった。
槇村は、眉を顰めると早口で言った。
「残念ながら、身内の俺が言うのもなんだが、極上の上玉だ。」
途端、2人のテンションが上がる。
気温が1~2度上がったんじゃないのかと思うほど、暑苦しい。
槇村は、一層渋い顔で、
「あのなぁ、香はまだ17歳だ。お前ら、ちょっかい出したら、即刻淫行で連行するぞ。」
と、シャレにもならない事を言う。
僚は仏頂面で、
「ばっバカ、おまぁ。んなジョーク、シャレになんねんだよ。」
と言ったが、槇村にしてみれば、ジョークでは無い。
彼は至って、真剣だ。

「んで?そのワケ有りの、“ワケ”ってのは、何なん?」
一転して、僚が真面目に問う。
槇村は、少しだけ躊躇って思案している。
「槇ちゃんさぁ、雇うとすれば訊いとかないとじゃね?いくら、友達でもそこん所は、キチッとしときたい主義なの、俺。」
槇村もそんな僚に、真剣な表情で頷くと、これまでの香の過去を説明した。
香が2歳の頃、香の両親は強盗に殺された事。
事件現場に、気を失って残されていた香は恐らくは、
両親の悲運を、全て見ている可能性がある事。
その時、香はまだ喋る事も侭ならない幼児だったが、
祖母に引取られて、香が漸く言葉を発したのは、5歳になってからだった事。
恐らくは香は、心の奥底に未だにトラウマを抱えている事。
とは言え、今では至って普通の年頃の女の子である事。
ただ少し、無口で人見知りな故、人付き合いが苦手である事。
中学を卒業する時に、祖母も槇村も高校進学を勧めたが、
本人が頑として、拒否した事。
どうしても、大勢の中で集団行動を強いられる事に耐えられないと。
祖母を亡くした今、香が自分の考えを述べられる相手は、秀幸1人である。
まるで臆病な猫みたいな従妹が、槇村は心配で堪らないのだ。

中学を卒業した香は、今までいくつかアルバイトをした事もある。
しかし年若い少女を雇ってくれる所は、限られていて、
殆どが、健全な飲食店などの接客業だ。
それは、集団行動以上に、香には不得手だった。
そうこうしている内に、祖母が寝たきりになった。
香は、1日中祖母の傍で介護した。
今まで自分を大切に育ててくれた、愛しい祖母が、
恐らくもうじき、召される事を薄々感じとりながら、
香は残り少ない時間を、祖母と過ごした。
祖母が亡くなって3か月。
香は今、祖母の次に大事な家族だと思っている従兄と一緒に暮らしている。
概ね、1日中ボンヤリしている。
そんな自分を、従兄が心配している事は、良く解っている。
秀幸が、これからの香の進路について、今頭を悩ませているらしい事も。

「それだったら、介護とかそっち方面に向いてんじゃね~の?」
そう言った僚に、槇村が、うん、実は俺もそう思って・・・と続ける。
槇村も同じように考え、そういった勉強や資格が取れる、
専門学校に行ったらどうかと香に提案したのだ。
しかし、香の答えは槇村の安易な想像を超えていた。
絶対に嫌だと、香は言った。
あれは、祖母だったから出来たのだと。
愛しているから、出来たし、楽しくて辛かったと。
それを仕事として、毎日もうすぐ召されるお年寄りと過ごすなんて、
胸が痛くて、香には無理だと。
そう言われて、槇村は目からウロコが落ちた。
自分が兄心で、偽善的な将来を示した所で、
果たして従妹は、幸せになれるだろうかと。応えは、否だ。
それだったら堅苦しく考えずに、今はどんどん外の世界を見て貰いたい。
家にふさぎ込んでいるんじゃ無くて、
取敢えず、何でもイイから毎日やってみる。
それには、この親友2人が営む、何ともお気楽なガレージは打ってつけだ。
彼らの軽い人あたりも、世間知らずな妹を世間に慣らすには丁度イイだろう。

そっくり、そのまま槇村は、2人にそう事情を明かすと、
僚は幾分脱力して、
「ウチは、リハビリ施設かっっ」
と笑った。
しかし、その後
「ま、美人サン、大歓迎だし。連れて来りゃいんじゃね?そもそも、本人が気に入るかどうかも解んねぇし。なぁ、ミック?」
と、ニヤッと笑う。
ミックは、コクコクと頷くと、
「本人が気に入るかどうかよりも、まずはボクが気に入るかどうかだけど。」
と、脳天気な発言を繰り出した。
取敢えず、香本人の与り知らぬ所で、明日からの就職先が内定した。

[ 2012/07/08 10:16 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

2nd. ヤツは激マブ。の巻

ガレージに槇村がやって来た翌日、
僚とミックは、AM7:50には出社して待っていた。
これは、2人にとって驚異的な事である。
一応、タテマエでは、このガレージの営業時間は、
AM8:00~PM6:00である。
始業時間から鑑みると、なにも驚愕すべき時間では無いが、
何しろ、2人だけで誰にも迷惑は掛けないのをイイ事に、
営業時間、営業日などの詳細は、至って曖昧なのだ。
その日の気分によって、特に始業時間は変動する仕組みになっている。

あれから槇村は家に帰ると、香に、
明日からとある所でバイトしてみないか?と、切り出した。
そこは、自分の友達がやってるとこだし、気を遣う必要も無いと。
少しだけ、不安だった槇村だが、
香は以外にも、素直に頷いた。
香にしてみれば、別に引き籠るつもりも無いし、
それに少しだけ、その古い車をメンテナンスする工場というモノが、
面白そうだと思った。
そして何より、自分がこうして家に閉じこもっている事が、
従兄に心配を掛けているのなら、心配は無いのだという事を示したかった。

ひとまず安心した槇村は、僚に電話を掛けると、
翌朝の8:00に香を連れて行くと告げた。
僚はそもそも、槇村は心配し過ぎだと思う。過保護なのだ。
昼間の槇村の話しを聞く限り、
自分の意思をハッキリと持った普通の子だと思う。
取敢えず、何の目標も無いから学校に行くというワケでも無い。
中学を卒業してから、苦手なりにもバイトだってしたとの事。
特に僚が好感を持ったのは、祖母の最後を看取った点である。
情の深い、律儀で優しい人間だ。
なかなか、17歳で出来る事では無い。
それは、くだらない高校生活を送っているよりは、
充分に人生の勉強になったに違いない。
確かに、彼女の幼児期に悲惨な事件に巻き込まれたのかも知れないが、
それを、いつまでも引き摺っているのは、むしろ周りの方かも知れない。
学校や組織に属しているだけが、社会人では無い。
祖母の介護をやり遂げ、無事に見送った彼女は、
もう既に、立派に成長しているじゃないかと、僚は思う。

それに美人の事なら、ボクちゃんの専門分野だし?(グフッ)
槇村からの電話の後、僚は密かにそう思った。
別に、自分のとこで働こうが働くまいが、そんな事はこの際、どうでもイイ。
カワイコちゃんと、お近付きになれるチャンスは逃さないのが、冴羽僚なのだ。
一瞬、ミックに抜け駆けして、
翌朝は1人で、定時に出社しようかと思ったが昼間のヤツの様子を思い出した。
僚以上に、香との対面を心待ちにしている、脳天気な友人が、
その事実を知ったら、確実に面倒臭いのは、これまでの付合いで重々承知だ。
僚は軽く溜息を吐いて、やれやれと向かいのヤツの家に電話を掛けた。
かくして、アラサー男2人組は、親友の美人な妹(従妹)と云う、
世間一般では、なかなかの萌えポイント満載の出会いに、
心躍らせて、翌朝を迎えた。




それは、予想をはるかに上回っていた。
ひと言で表せば、
「激マブ」
即時、採用決定だ。
本当に、槇村と血縁なのかと疑いたくなるような、美女である。
17歳と聞いていなければ、間違いを起こしそうな程だ。
僚は今まで、淫行で捕まるヤツなんて、間抜けだと思っていた。
「本人の虚偽の申告もあり、未成年だとは思わなかった。」
よくある、淫行の容疑者の言い訳である。
僚はそんなニュースを見るたび、嘘だろ?と思っていた。
未成年かそうじゃないかなど、見て判るだろ、と。
しかし、本日付でその考えを改める事になった。
そういう事も、あるかもしれない。
いやむしろ、僚にとって彼女は、全然アリだ。
ふと隣の、金髪碧眼の共同経営者を窺う。
厭らしく、頬を緩ませている。
向かいの、スーツ姿の彼女の保護者を見ると、
クッキリと眉間に縦ジワを寄せて、ミックに威嚇している。
きっと、槇村は少しだけ後悔しているに違いない。
でも、と僚は思う。
でも、槇村よ。もう、手遅れだ。
妹はしかと、俺達が預かった。安心して、任せてくれ給へ。

少しだけ、渋い顔で微妙な表情の槇村。
状況が良く飲み込めずに、キョトンとする香。
ガレージには、僚とミックの高笑いが響いた。
彼等は、今日から香の雇い主だ。
[ 2012/07/08 18:51 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

3rd. オジサン臭くは無いケド、オジサンの巻

彼女は一見すると、美しい少年のようにも見える。
凛々しい大人の女にも見えるし。
儚い少女にも、見える。
僚は槇村に聞いていた話から、少し暗い感じの子を想像していたが、
全く暗い感じはしなかった。
確かに、一言も口は利かなかったけど。

チノパンに、白いコットンのシャツ。生成りのハイカットのスニーカー。
化粧は一切無し。
一切、飾り気の無い彼女はしかし、
恐らく僚がこれまで見て来た女の中でも、ダントツの美しさである。
少なくとも、175㎝はあるだろうスラリとした、長身。
赤みの強い、柔らかそうなクセ毛のショートヘア。
血管まで透けて見えそうな程に、白い肌。
印象的な、薄茶色の大きな瞳。
口は利かなかったケド、その瞳を一目見て、
僚は彼女が、好奇心旺盛な子供のような心を持っている気がした。
昨夜も思っていた事だが、
やはり、彼女に対して過剰に庇護するような事は、しないでおこうと考えた。
本人に会って、僚は確信した。
彼女には、しっかりとした芯がある。心配する必要は、きっと無い。

「どうする?ウチで働く?」
僚が香にそう問うと、香はコクンと頷いた。
僚はニヤッと笑って、左手を差し出した。
「ヨロシク、俺は冴羽僚。お前の兄貴と同じ、29歳だ。」
香は少しだけ躊躇いがちに、おずおずと手を出しそれに答えた。
僚は一瞬、お、超スベスベ。と頬が緩みそうになったが、
すんでの所で、気を引き締めた。折角渋く決めたので、第一印象が肝心である。
すると横からミックが、僚の前に割り込んだ。
「ハイ、カオリ。ボクは、ミック・エンジェル。リョウより若い28歳だよ。」
そう言って、ドン引く香の両手を握った。
『幻の旧車カタログ 愛蔵版』と書かれた、分厚い雑誌の角で、
ミックの頭部を強打したのは、僚である。
「テメェ、誰が28だって?サバ読むんじゃねぇっっ!」
冷静に静観していた槇村は、突っ込む所はそこか?と思ったが、
口を挟むのは、止めておいた。
この2人にイチイチまともに取り合っていたら、話しが際限無く脱線してしまう。
「SIT!!暴力反対っっ!!ボクは、来月が誕生日なんだっ!それまでは、28だ。」
「フンッ、もうほぼ29じゃねぇか。往生際が悪ぃんだよっっ、このスケベが!!」
リョウに言われたかぁ無い!!とミックが、ひと声叫んだところで、
槇村が口を挟む。
「・・・コントは、その辺でイイか?」
そう言いながら、眼鏡を外してハンカチで拭いている。
そして、おもむろに眼鏡を掛け直すと、香に向き直りニッコリ微笑む。
「じゃあ、俺はもうそろそろ仕事に行こうと思うが、大丈夫か?」
すると、香もニッコリ笑い、大きく頷いた。
ココに来て、香が初めて笑った。
(か、かわええっっっ!!!)
僚とミックが心の中で同時に叫んだ瞬間である。

「じゃあ、これに着替えておいで。」
そう言って、僚が手渡したモノは黒いツナギだ。
一応、僚とミックも揃いで着ている。
一見何の変哲も無い、ただのツナギだが、
背中には、如何わしいピンナップガールの刺繍が施してある。
『HuntersGarage』のロゴの下に、セクシーなカウガール。
香は僚からツナギを受け取ると、地下に案内された。
地下は、膨大な量の資料や工具類、レアな純正部品など、
マニアにしてみれば、垂涎モノのお宝の山であるが、
素人が見ても何なのか解らないモノで溢れている。
「ここは、誰もいないからここで着替えるとイイ。終わったら、上がっておいで。」
僚がそう言うと、香はコクンと頷いた。
数分後、ツナギを着て現れた香を見て、2人はまた悶絶した。
流石は長身だけあって、丈の長さは少し長いだけで、
恐らく1~2回折れば、問題は無いだろう。
しかし、身幅は大きすぎて香にはブカブカだ。
躰のラインが全く出ない出で立ちは、香を更に中性的に見せた。
「やっぱ、ちょっとデカいな。もう、ワンサイズ小さいヤツ発注しといてやるからな。」
僚は、そう言って香のクセ毛をクシャリと撫でた。
僚の思った通り、非常に柔らかい猫毛だった。

その日から、香は朝8:00に遅刻する事なくやって来た。
初日こそ地下で着替えをしたが、翌日からはツナギ姿で出勤して来た。
片手に弁当箱の入った小さなトートバッグだけを提げて。
何とも、シンプルで潔い彼女だったが、相変わらず口は利かない。
彼女が初めて喋ったのは、3日目の事だった。
香は最初の日から、昼は持参した弁当を食べていた。
僚とミックは、大抵いつも外に出るか、コンビニで買って来るかだ。
香が来てからの2人は、毎日コンビニだ。
勿論、一緒に食べたいからだ。
その日、僚は気になっていた事を香に訊いてみた。
「なぁ、それってカオリンが作ってんの?」
香が頷く。
「もしかして、槇ちゃんの分も?」
香が頷く。
いつも、弁当の中身を観察していた僚は、感心した。
これ程の弁当を作れるのなら、恐らく家庭料理に関しては完璧だ。
「なぁ、僚ちゃんにも作ってよ?」
僚は冗談半分、願望半分でそう言ってみた。
その時、香が初めて口を利いたのだ。
「500円。」
香の初めての言葉は、“500円”だった。

香が来てから5日目に、ミックは1日留守にした。
木更津のとある解体業者から、連絡が入り、
パーツが取れそうな物が出たというので、ミックが見に行った。
昼までは、香と2人僚は坦々と過ごした。
香は目下、工具類の名前と用途をお勉強中だ。
昼食後、僚はガレージの隅に置かれたソファに寝転んで雑誌を読んでいた。
香は、今長期に亘って取り掛かっている1台の車に近付き、観察している。
僚はその香の様子を、素知らぬフリで観察した。
すると香は愛おしげに、その車のボディをそっと撫でた。
「ソイツ、好きか?」
突然、僚に声を掛けられて香はビクッとなった。
香には好きかどうかは、改めて訊かれると良く解らなかったが、
この車が如何に持ち主に愛され、大事にされているかは解った。

僚は香の傍まで来ると、優しく教えた。
「こいつは、72年式のシボレー、モンテカルロ。今は、レストア中。レストアって云うのは、まぁ簡単に言うとエンジンをいっぺん全部ばらして、悪い所直して、組み直す事。こういう古い車は、もうメーカーにも部品は残って無いし、純正の部品は中々手に入んないから、レストアには金も時間も掛かる。コイツは、もうウチに来てから7か月目。」
香は何も言わないが、僚の話をちゃんと聞いている事は僚にも解る。
もう1台、少し離れた所に置いてある車を指差して、僚は説明する。
「あっちは、64年式のシボレー、インパラ。あいつは、足回りの調整と整備だけだから、2~3日中には作業完了。お父さんがお迎えに来る。」
そう言ってニッコリ笑う僚が、
まるで車を人物のように紹介するのが、香は面白いと思った。
きっと、僚は車が好きなんだなと思った。
僚は、ガレージの奥に行くと、香を手招きして呼んだ。
そこにも2台の車が停まっている。
「こっちは、ミックのアストン・マーチン。73年式のヴァンティッジ。世界に数十台しか無い、超希少車。これは元々、ミックのオヤジが所有してたものを、ミックが譲り受けた。で、こっちが僚ちゃんの67年式、BMCクーパーS。こっちは、世界中何処にでもある超大衆車。」
因みに、ミックが朝から乗って出た社用車は、
81年式の、シボレー、エルカミーノだ。

「みぃんな、俺達より、年上の爺さんばっかだ。車の寿命としちゃとっくに終わってんだろうけど、こうやって大事にしてやれば、生涯現役だ。今なんか、エコカーだの何だの言ってけど、日に何万台って大量生産してたら、エコもへったくれもねぇだろうと思うケドなぁ。どうも、新しい車には魅力を感じねぇ。」
そう言って、僚は笑った。
ま、こんな事言ってる俺はオヤジ臭ぇんだろうけど、オヤジ臭い?
僚は香に訊いた。
香は首を横に振った。オヤジ臭くは無いらしい。
じゃあ、まだまだ20歳のモッコリお兄さんでいけるかな?
と訊いたら、これまた香は首を横に振った。
お兄さんでは、無理があるらしい。
やっぱ、カオリンからしたら、29歳の俺って、オッサン?
香が頷く。

結論;オヤジ臭くは無いが、オッサンで間違いは無いらしい。

僚は、軽く凹んだ。



[ 2012/07/09 17:49 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

4th. シスコン兄貴は心配性の巻

『HuntersGarage』が入居する、7階建てのビルの所有者は冴羽僚である。
新宿のど真ん中に、29歳という若さで、
彼がビルを所有しているのには、多少ワケがある。

僚の父親は、海原神という男で、世間一般にその名は知られていないモノの、
政財界では、彼を知らぬ者はいない、大実業家である。
彼は決して、表立って世間に顔を出す事はしないが、
あらゆる分野に於いて、莫大な力を持つ闇多き人物である。
その彼の闇の1つが、僚である。
僚は、彼が愛人に産ませた息子だ。
僚の母親は、
若い頃には銀座の超高級クラブで№1を誇った、絶世の美女だった。
愛人と言えど、海原が生涯心から愛しているのは、僚の母親1人だが、
彼女は僚が高校1年生の時に、若くして癌に侵され亡くなった。

海原は本妻とは、ビジネス色の強い戦略的婚姻関係だが、
一応、嫡男を儲けている。
海原家の跡を継ぐのは、その僚の腹違いの兄である。
僚が母親のお腹の中に居る時から、
海原は母子を認知したいと言い続けたが、
僚の母親はこの申し出を、死ぬ時まで拒み続けた。
彼女曰く、
『貴方との繋がりは、純粋に愛情だけであって、その証はこの息子1人で充分』だと。
母親の死後、海原は僚にも意思を問うたが、僚の考えは母親と同じだ。
僚は母親の姓である、“冴羽”を名乗っている。

僚は、母と同じくらい父の事も愛しているし、尊敬している。
しかし、海原家に関わるつもりは、一切無いのだ。
母親の言う通り、それは愛情の問題であって、
家や財産の問題は、ハッキリ言って僚には何の関係も無い事なのだ。
その父が、半ば押し付けるように僚に与えたのが、このビルだ。
僚は生まれてから、母と死に別れるまで、
海原家の大きな屋敷の目と鼻の先にある、別邸で育った。
一応、使用人もいる、坊ちゃん育ちだったが、
母が死んでからは、このビルで高校生でありながら、1人暮らしを始めた。
僚が唯一、父から譲り受けた財産が、このビルだ。
年に数回、父とは顔を合わせて食事をしたりもするが、
それ以外は、僚は基本的に好きに生きている。

今では僚は、このビルを貰った事を非常に感謝している。
自分の好きな仕事をし、仲間と楽しく暮らす。
この今の気楽な暮らしを、僚はとても気に入っている。
金にも、仕事にも、友人にも、女にも困っていない。
強いて言えば、もうそろそろ30になるのに、
プラプラしてんのも、どうかと思う位で。
あのミックでさえ、ここ数年は1人の女と続いている。
(まぁ、相変わらず、バレない程度の摘み食いはしょっちゅうだが。)
しかしそれとて、もしも僚が真剣に望むのであれば、縁が無いワケでは無く。
とどのつまりは、僚自身、身を固める意思が無いという事に他ならない。

そのビルは地下1階、地上7階建てで、
地下と1Fガレージは、登記上は会社の名義になっている。
2Fから上は、僚個人の名義だ。
2F~5Fは、賃貸物件になってはいるが、今現在すべてを空室にしている。
ただ単に、管理するのが面倒だからだ。
僚は老後、働くのが嫌になったら、
呑気な家賃収入と微々たる年金で暮らすつもりだ。
しかし、今はまだ面倒臭いだけなので、誰にも部屋を貸す気は無い。
6・7Fは、1フロアぶち抜きの、メゾネットになっている。
僚1人で住むには広過ぎるが、僚はそれが淋しいなどとは思った事は無い。
家事だって一通り自分でやるし、苦にならないタイプなのだ。
それよりむしろ、誰かと一緒に暮らす方が、余程苦痛である。
そんなワケで、会社名義のガレージと地下は、
僚とミックの、秘密の隠れ家のようなモノで。
基本的に男達は、子供の頃からあまり変わってはいないのだ。

香が働き始めて、1週間。
3人は地下にいた。
基本的に、僚とミックは1日3時間以上働くのは、働き過ぎだと思っている。
せいぜい、頑張って5時間が限度だ。
もう既に、この日の労働は終了している。
それでは、そこで何をしているのかというと、暇を潰しているのだ。
そもそも、今日は3人だけで香の歓迎会をする予定だった。
しかし、香からその事を聞いた秀幸は、勿論3人だけでなど許可しなかった。
急きょ、兄上同伴と相成った訳である。
けさ朝食の席で、香から今晩の事を聞かされた彼は、
香の前では、素知らぬフリを決め込み、香を笑顔で見送った。
その直後、僚の携帯には怒り心頭の兄上から、苦情の電話が入ったのである。
淫行で逮捕するぞ、と。
僚は内心、何かっちゃあ淫行って。と、己の普段の素行を棚に上げ、苦笑した。
しかし、こんな電話1本で、ハイそうですか。と引き下がる訳にもいかない。
そこで粘る僚と槇村の間で、折衷案が見出された。
それが、兄上同伴である。
それを聞かされたミックも、どんだけ過保護だよと、呆れた。
家から、職場に向かう10分程の間に、
兄達の間で、そんな協議がなされた事など知らない香だったが、
ガレージに着いて、僚から兄貴も来るんだって、と聞かされても、
全くのノーリアクションだった。
香にしてみれば、どうでもイイ事なのだった。

ミックは、ゲームをしている。
ミックの恋人は、家の中にテレビゲームを持ち込むのを嫌がるので、
ゲームがやりたい時、ミックは専らココでやる。
僚は寝転んでマンガを読んでいる。
僚が寝転ぶシェーズ・ロングは、
この空間には全く場違いな、フランス製のアンティークだ。
それは僚の母親が使っていたモノだ。
香は、毛足の長いラグが敷かれた床にペッタリ座り込み、
シボレーの旧車の数々が、美麗なオールカラーのグラビアで印刷された、
絶版の写真集に魅入っている。
彼等は、地下の倉庫兼秘密基地で、各々暇を潰している。
この地下は、1Fのガレージと同じ床面積なので、かなりの広さがある。
ココの半分ほどは、仕事用のスペースだ。
大量の貴重な資料や、工具類、希少性の高い純正部品。
そう言ったモノが、整然と分類され整理されている。
しかし、その更に奥。
一歩足を踏み入れると、その先は男子の夢を全て詰め込んだような、
趣味の部屋が広がっている。
そこで3人は、兄上殿の到着を待っているのだ。

僚はマンガを読んでいる途中から、殆ど手元のマンガでは無く、
僚に背を向けて、床にペッタリと座った香の華奢な背中や、
小さな形のイイ、後頭部を見つめていた。
そっと背後から香の手元を覗き込む。
香が見ている写真集は、僚もいつ見ても溜息の出る1冊だ。
ここ数日、香を観察していて思った事は、
香にはきっと、この職場が合っているという事。
香は車が好きだ。
彼女がそう言った訳では無いが、僚には何となく解るような気がする。
あの、モンテカルロをそっと撫でた手つき。
そして、あの写真集に夢中になっている様子。
それは、僚も少年の頃に通った道なのだ。

「カオリン、18歳になったら免許取るだろ?」
僚が香にそう問い掛ける。
香は希少な書籍を、そっと閉じて傍らに置く。
古いモノを扱う事に、向いているタイプの人間だ。
ホンの些細な事だが、こういう事には向き不向きがある。
香は、古き良きモノが発する小さな声を聞く事の出来る、限られた人間だ。
香は振り返って、僚をじっと見つめた。
今まで話し掛けた中で、もっとも感情の籠ったリアクションだった。
少しだけ、口角を上げて笑うと、頷いた。
「そうか、車乗れたら楽しいぞ。俺達が、運転教えてやるな。」
僚が、ニッコリ笑ってそう言うと、香はもう1度頷いた。
それに、まずはどんな車に乗りたいかだなぁ、という僚の呟きに、
香は更に目を輝かせ、楽しそうに微笑んだ。

僚たち3人に秀幸も加わった4人連れは、キャッツ・アイにいた。
僚とミックの2人、もしくはそれぞれ単独で飲みに行く場合、
大抵は、キャバクラやラウンジである。
しかし、そこに秀幸が加入すると、大抵はキャッツだ。
キャッツ・アイは、彼等3人古くからの行きつけの、ショットバーである。
店の奥には、かなり本格的なダーツを楽しむスペースもある。
この店のオーナーの伊集院夫妻のダーツは、かなりの腕前だ。
「・・・ったく、17歳の香の歓迎会が、ショットバーなんて。やっぱり、ついて来て正解だった。」
秀幸は、苦々しい顔でビールを飲んでいる。
「ま、良いんじゃねぇの?カオリン楽しそうだし。」
僚はそう言って、奥のダーツのコーナーに目を遣る。
香は、ミックと美樹からダーツを教わっている。
余程楽しいのか、少しだけ頬を染めてニコニコと笑っている。
僚達が、今日は香の歓迎会なんだと言ったら、
夫妻はすぐにブラインドを降ろし、貸し切りにした。
彼等は、香の年齢を聞いて驚いたが、すぐに香の事を気に入ったようである。

確かに、楽しそうだ。と秀幸は思う。
今まで、香がまだ口を利けないあの小さい頃から、
秀幸は香を妹のように可愛がってきた。
これまでずっと、香が感情を露わにするのは、祖母か自分の前でだけだった。
2人のガレージに通うようになって、確かに香は少し変わった。
2日ほど前、仕事はどうだ?と訊ねた秀幸に、
香は、楽しい。と一言、答えた。
たった数日でこれ程までに、香が他人に馴染んでいるのは、初めての事だ。
秀幸は、嬉しい反面、何か良く解らない感情に支配された。
少し考えて、それが嫉妬心だという事に気付いて、秀幸は思わず苦笑する。
「カオリン、18になったら、免許取りたいらしいよ。」
僚が、のほほんとした調子でそう言った。
「アイツが、そう言ったのか?」
秀幸が、目を見開いて僚に問う。
「まぁ、言ったっつ~か。殆ど、俺が喋ってるっつ~か。でもさぁ。別に言葉だけが、コミュニケーションじゃないだろ?言葉ぐらい無くても、意思の疎通は図れんだろ?別に。」

僚と秀幸は暫く沈黙した。
そして僚がもう1度、ダーツに興じる3人に目を遣ってから言った。
「あのさぁ、槇ちゃん。俺、初めに聞いたあのカオリンの両親の話し。あれ、聞かなかった事にするわ。」
秀幸は、不思議そうに僚を見つめる。
「俺には、カオリンは何処からどう見ても、普通の17歳の女の子にしか見えねぇよ。ま、普通よりだいぶカワイイけど。」
そう言ってニヤッと笑う僚に、秀幸も薄く微笑む。
「やっぱり、お前らの所に預けて正解だったかもな。・・・でも、手ぇ出したら、淫行だからな。」
シッカリと念を押す事を忘れない極度のシスコン男に、僚は苦笑した。
[ 2012/07/10 19:54 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

5th. カワイイ坊や。の巻

ガレージに置かれた、FAX兼用電話がけたたましく鳴り響いた。
電話を受けたのは、ミックだった。
「は~い。HuntersGarage、ガールハント担当・ミックでぇす❤」
彼らの決まり文句である。
これが僚の場合、ガールハント担当・りょうたんでっす!!となるだけだ。
「ハーイ!ユキナ、久し振り。元気?・・・今夜かい?今夜は、ボクはちょっと無理かも知れないねぇ。でも、多分リョウは、ガラ空きだからアイツを寄越すよ。あぁ、言っとく。ボトルだね♪OK、バーイ。」
相手は、キャバ嬢である。
ココに、まだ明るい時間から、夜の営業電話が入るのは日常茶飯事だ。
僚もミックも、自宅や携帯の番号は絶対に教えない。
連絡先を訊かれたら、必ずガレージの番号を教える。単純に面倒だからだ。
仕事で大事な用件は、大抵メールかFAX、
付合いの深いクライアントは、基本的に携帯に直接連絡が入る。
必然的にココに掛かって来る電話は、キャバ嬢か、それ以外の営業電話だ。

「テメッ、何勝手に返事してんだょ。で、ユキナが何て?」
僚が作業の手を止めて、ミックに訊く。
「ん~、何か今月ノルマ厳しいから、ボトル入れて欲しいんだって。」
そう言って、ミックがニッコリ笑う。
「ま、気が向いたらな。」
そう言って、僚はまた手元の作業に意識を戻す。
香には、これらの電話の意味は、全く解っていない。
幼い頃から、祖母と2人暮らし。
周りの男と言えば、堅物のシスコン従兄貴だけである。
恐らく、一般的な17歳と比べても、こういった方面には全くの無知である。
もっとも、香がココの電話を受ける事は皆無だ。
たとえ電話が鳴っていて、僚もミックも手が離せなくても、
香は一切電話には出ようとしない。放置である。
僚もミックも、別にそれで困りはしない。
そもそも、ココに掛かってくる電話で、重要なモノは殆ど無い。

僚もミックも、キャバ嬢やホステスには、大変評判がイイ。
彼女らにしてみれば、幾ら大金を落とす客でも、
それで偉そうに、ふんぞり返る遊び方しか知らない男は二流だ。
幾ら大枚はたいて、高い酒を飲んだとしても、
如何に彼女たちと一緒に、バカになってオフザケできるかで、男の格は決まる。
盛り場で嫌われる男は、素人の女には、まずモテない。
その点、僚とミックは優秀だ。
彼らは、やらしいけどやらしくない。絶妙なのだ。
もしも誘われたらノッてもイイかな、と思わせる手腕は、その辺のホスト以上だ。
彼女らが、客にそう思わせる側なのに、
気が付くと、僚とミックにはいつも逆に女の子達が乗せられるのだ。
結果、お互いに良い酒が飲める。
彼らは、遊び方を心得ているのだ。

香が働き始めて、約1か月半。
もうすぐ、9月も終わろうかというのに、まだまだ残暑は厳しい。
日中30度越え、熱帯夜なんて日も珍しくない。
最近、歌舞伎町の綺麗所の間で、囁かれている噂がある。
どうやら、僚ちゃんとミックちゃんのとこの新入りクンが、
この世のモノとは思えない程の、絶世の美少年らしい。
とあるキャバ嬢が、昼間ガレージの前を通りかかった時に、偶然目撃したらしい。
思わず、2度見したと。
仕事柄、そんじょそこらの美男子ぐらいじゃ、ビクともしないが、
不覚にも、トキメイタらしい。
あっという間に、そんな噂が歌舞伎町の街を駆け抜けた。
しかし、実際にその噂の真相を確かめに来るモノはいなかった。今までは。

その派手な2人組は、ガレージの前を通りかかる時にあからさまに歩を緩めた。
そして、まずは僚とミックに声を掛ける。
おお、どうしたの?こんな時間に。
なんて言う男らに、適当に答えながらガレージの奥へ、視線を走らす。
いた。派手なアメ車の奥、何やら細かい部品の錆を黙々と落としている。
確かに彼女らにしてみれば、美少年なのかもしれないが、
槇村香は、正真正銘、生粋の美少女なのだ。
「あ、あの~。新人さんですか?」
1人が、勇気を出して香に声を掛ける。
勿論、初対面の人間と、口を利けないという香の生態など、
彼女らは知る由も無い。
僚とミックですら、ココの所漸く少しづつ、
会話が成立つようになってきたばかりだ。
香は、そんな問い掛けに顔を上げるが、無表情に固まっている。
暫し、微妙な空気が流れ、香はまた俯いて作業に戻った。
そんな香を見た2人は、きゃいきゃいとはしゃぐ。
「カワイイ~❤」
「ホントだったんだぁ~、超イケメ~ン」

ココに来て、僚とミックは気が付いた。
彼女らが、香を男の子扱いしている事に。
僚はちょっとだけ、面白くなった。
確かに、見ようによっては、香は絶世の美少年である。
ブカブカのツナギを着ていれば、なおの事である。
僚にしてみれば、ホンのジョークのつもりだったのだ。
「アイツ、童貞だから。キレイなお姉ぇさん方に、声掛けられてビビってんの。」
「うっそぉ~~、やだぁ、マジでカワイイんだけど~。」
「僚ちゃん達、今度彼もお店に連れて来てょ~。皆、喜ぶよねぇ。」
「だね、皆キレイな男の子好きだもんねぇ。」
彼女たちは、大盛り上がりだ。
ミックは、少しだけヤバいんじゃないかと冷や冷やした。
香が泣き出すんじゃないかと。
そんな、ミックの心配をヨソに、香はおもむろにスクッと立ち上がると、
ペタペタと、僚の真横にやって来た。
そして、暫し僚の事をジッと見詰めると、
突然、僚の肩にグーで強烈なパンチをお見舞いした。
あまりの不意打ちに、僚は一瞬息が止まるかと思った。

そして香は、そのまま何も言わずすたすたと地下へ降りて行った。
唖然とする女の子2人に、僚は苦笑しながら本当の事を話す。
「ご、ごめん。嘘。あの子、女の子だから。槇ちゃんの妹。」
2人は、槇村の事も知っている。
ごく偶に、僚やミックと一緒にやって来る、警察官だ。
「うっそぉお~~~???信じらんなぁぁあいっっ」
こうして、この2人の真相究明の行動により、噂は塗り替えられた。
ちょっとボーイッシュだけど、まるで作り物みたいに綺麗な女の子が、
僚ちゃんと、ミックちゃんのとこにいるらしいと。
その日、香は結局仕事が終わるまで、地下に籠城していた。
ドアの鍵を閉め、僚がドアの外で謝り倒しても許してくれなかった。

SB.jpg



それから数日後の事。
その日は、彼らの大好きなコカ・コーラの補充の日だった。
ガレージの奥には、年代物の瓶コーラの自販機がある。
中身は、190mlの瓶入りのコカ・コーラだけだ。
1度の補充で、72本まで容れられる仕様だ。
大体、1か月半か月1回のペースで、
コカ・コーラの営業マンがやって来て補充する。
その担当の営業が、チャラい男なのだ。
香がやって来てからは、初めての巡回だ。
コーラ青年が来た時、香は地下にいた。
僚に頼まれた工具を取りに行っていたのだ。
用事を済ませて、ガレージに上がって来た香を見て、
チャラ男は、一気にテンションが上がった。

「わお、超カワイイ。キミ、名前なんてゆ~の?」
そう声を掛けられた香は、チラッと彼を一瞥して聞こえないフリをした。
「ねぇねぇ、歳いくつ?」
チャラ男は、めげないのだ。
それまで、モンテカルロの車体の下に潜り込み作業していた僚が、
大概で、物申してやろうと顔を出した時に、香がチャラ男に言った。
「俺、男だから。」
如何にもウザそうに、眉根を寄せた不機嫌な香は、そのまま地下へと逃げた。
一瞬、ポカンとした彼だったが、地下に降りる香の背に向かって、
「うっそぉぉお~~!!女の子じゃんっっ!」
と、叫んだ。
その一部始終を、呆れたように見ていた僚とミックに、チャラ男は言った。
「女の子ですよね?」
僚は、至極真面目な表情で答える。
「残念だが、アイツは男だ。諦めろ。」

えぇ~~、マジすかっ?と、諦めの悪いチャラ男を見ながら、
僚は、営業所に電話して、担当を変えて貰おうと思っていた。





“special thanks naseさん
[ 2012/07/11 18:31 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

6th. あにいもうとの巻

香が僚とミックの元で働き始めて、2ヶ月半。もうすぐ10月が終わる。
相変わらず、香はシャイで人見知りだが、少しづつ成長もしていた。
勿論香の中の№1は、従兄の秀幸だが、
僚やミックとも随分打ち解け始めていた。
僚の最近の楽しみの1つは、香を笑わせる事だ。
と言っても、香は声を立てて笑ったりしない。
小さく口角を上げて、微笑むだけだ。
しかし、たったそれだけの事を、
気が付くと僚は、一生懸命になって求めているのだった。
その感情が一体何なのかを、僚はまだ自覚していない。

土曜日、20:00頃、槇村家の茶の間の電話が鳴った。
香は、風呂から上がってもうそろそろ、寝るところだった。
香には子供の頃から、TVを見る習慣が無い。
いつも夜は、遅くとも21:00頃には眠っている。
従兄は夜勤で、今夜は香1人きりだ。
普段なら、香は決して電話には出ない。
でもその時は、何となく気になって出てみたのだ。
・・・・・ハイ。
香が小さな声で応答する。
一瞬、受話器の向こうで間があって、
聞き覚えのある女性の声が、名前を名乗った。
「夜分に、申し訳ありません。野上冴子です。・・・香さん?」

彼女は、秀幸の同僚の警察官であり、恋人だ。
香が初めて冴子に会ったのは、祖母の葬式の時だった。
冴子は会葬の列に並び、祖母に手を合わせ焼香した。
そして、その日一通りの事が済んだ後で、秀幸が香に彼女を紹介した。
ゆくゆくは結婚を考えている恋人だと。
今日び、17歳ともなれば、彼氏の1人位いても不思議は無いが、
香は未だ、誰とも付き合った事など無い。
それ以前に、初恋もまだだ。
香は、『恋人』や『結婚』などというモノは、
秀幸や冴子のような、大人の世界の話しだと思っている。

それから半年弱の間に、2~3度、秀幸と冴子と香の3人で食事に出掛けた。
秀幸と冴子が、色んな話をしている間、香は黙々と食事した。
冴子は時折、香にも笑顔で話し掛けてくれたので、
香は訊かれた事だけに、頷いて答えた。
とても綺麗で優しいヒトだと思う。
優しい従兄には、とてもお似合いだと香は思う。
“ゆくゆく”というのが、いつの事なのかは解らないけれど、
もしも、従兄が結婚する時が来たら、
香はその時は、1人暮らしをしてみようと考えている。
香は小さい頃から、祖母に家の事は一通り出来るように、躾けられてきた。
きっと祖母には解っていたんだと、香は思う。
いつかこんな風に、香を残して逝ってしまう事を。
少しづつ、香が大人になって行く事を。
だから、その時に香が困らないように、教えてくれたんだと。
今なら、解る。

有難い事に、従兄が世話してくれた今の職場は、
香には、とっても合っている気がする。
初めの内には良く解らなかったけど、今ではハッキリ解る。
香は、あの古めかしいおじいさんみたいな車達が、大好きだ。
大きくて、カッコ付けてて、でも何処かユーモラスで。
あの車達は、まるで僚やミックにそっくりだ。
2人は毎日少しづつ、香に新しい事を色々と教えてくれる。
今では少しづつだけど、仕事のお手伝いが出来るようになってきた。
そんな半人前の香に、僚たちはビックリする程沢山のお給料をくれる。
香は元々、あまりお金を使うタイプでは無いので、殆ど丸ごと貯金している。
いつか、従兄が結婚をするまでには、引っ越しをしないといけない。
それまでは、無駄遣いをせずに、引っ越し費用を貯めなくてはと思っている。
香は香なりに、これからの事をボンヤリながら、考えてはいるのだ。
従兄と多少、ビジョンは異なるが。

冴子の電話は、従兄へのモノでは無く、香宛だった。
明日の日曜日、2人だけで少しお話し出来ないかとの事だ。
香は思わず、ハイ。と返事をしたが、一体何を話せばいいのか、
考えれば考える程、良く解らなかった。
冴子が自分に、一体何を話す事があるのだろう?と。
気付いたら、いつの間にか翌日の約束をして、電話を切っていた。


香と冴子が、そんな約束をする数日前、
秀幸と僚は2人で飲んでいた。
珍しい事に、翌日が非番だと言う秀幸の方から、僚を誘った。
初めは他愛のない話をしていた秀幸が、杯を重ねる毎に口数が減り、
やがて、本題を切り出した。
「冴子がさぁ、結婚の話し、少しだけ時間を置きたいらしいんだ。」
そう言って、秀幸は溜息を吐く。
「香の事か。」
僚がポツリと呟いた。
秀幸は驚いて、僚をまじまじと見つめる。僚は思わず苦笑する。
「そんなに、ビックリする事でもねぇだろ?槇ちゃんの事だから、大方、結婚しても香と一緒に暮らすとでも言ったんだろ?」
まさに、図星であった。
その通りだった。祖母が亡くなる以前から、
秀幸と冴子は結婚を視野に入れて、色んな事を話し合って来た。
秀幸としては、もしも祖母が亡くなった時には、
香を迎えて一緒に暮らそうと、冴子に出会う以前から決めていた。
たとえその時、自分が結婚していようと、独身だろうと。
それが、兄として当然だと思ってきたし、今もそう思っている。

香がいつか、何処かに嫁にでも行かない限り、ずっと自分が従妹を支える。
それはそんなに可笑しな事では無いと思うのだが、
冴子にしてみれば、秀幸は過保護だという。
それは、いつまでなの?と。
20歳になるまで?
彼女が、お嫁に行くまで?
もしも、彼女がずっと独身なら、
彼女が30になっても、40になっても、ずっと面倒を見るの?と。
秀幸には、もしもそうなった時には、そうだろうね。としか言えない。
秀幸にとって香は、たとえ幾つになろうとも、大切な妹だから。
その事実と、秀幸が冴子を愛しているという事とは、
全くの別問題なのだという事は、
秀幸本人以外、誰にも通用しない理屈のようだ。

「図星か?」
そう言って僚が苦笑する。
秀幸は、本日何度目かの大きな溜息を吐く。
「・・・なぁ、僚。それはそんなに可笑しい事かな?お互い、たった1人の身内なんだよ。大切に思う事と、過保護っていう事は違うだろ?」
僚は少しだけ考えると、ゆっくり口を開いた。
「ねぇ槇ちゃん、従兄妹同士って結婚出来るんだぜ?幾ら、お前がアイツの事、妹としか思って無くても、冴子から見ればまた違ったように見えてもおかしくは無いわな。」
僚の言葉に、秀幸は少しだけ眉を顰めて答える。
「まさか、冴子がそんな風に俺達を見てるとでも?」
僚は大げさに肩を竦めて、溜息を吐く。
「それは、彼女にしか解らんよ。でもさぁ、もしもだよ。もしも、カオリンが冴子との結婚を取り止めにして、自分と結婚してくれって言ったら、槇ちゃん言う通りにしそうだもん。傍から見てて。あくまで、客観的第3者の意見として。」
そう言って、僚は苦笑した。
どれだけ、シスコンの自覚が無いんだよと。

それにさぁ、と僚は続ける。
1番、肝心な事。忘れてるよ、槇ちゃん。
香がどうしたいか、先々どう考えているのか。
それを一緒に考えてやるのが、兄貴だろ?
ただ、一緒に居たいってだけじゃ、そんなの兄貴でもなんでもねぇよ。
ただの、香に惚れてる男だよ。
そんなんじゃ俺、断然、冴子の肩持つなぁ。

「で?正直な所、どうなの?」僚が問う。
「何が?」秀幸が、首を傾げる。
「だからぁ、カオリンと冴子、おまぁどっちに惚れてんの?」
思わず、秀幸はバーボンを吹き出す。
「ば、ばかっ。香は妹だぞ!! 結婚したいのは、冴子だ。」
それを聞いて、僚はニンマリ笑う。
「あっそ、それ聞いてひと安心❤」
その僚の言葉に、秀幸は顔を顰める。
「言っとくケド、香に手ぇ出したら、淫行で逮捕するよ。」

良くも悪しくも、香の存在が、三十路の彼らの人生を少しづつ動かし始めていた。

[ 2012/07/12 19:12 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

7th. 17歳の進路相談の巻

香は、ガレージの下の地下のスペースがとても好きだ。
そこに置いてあるモノが、どれも古いモノや、貴重なモノだという事は、
香にも何となくだが、解る。
それでも僚とミックは、触っちゃいけないだとかは、一切言わない。
僚は時々、色んな車の写真を香に見せては、
どういうのが好きなの?と訊いてくる。
最近僚と香の間では、専ら、車選びがちょっとしたブームだ。
香が来年、18になって免許を取って、初めて自分で持つ車だ。
僚は香に、色々と教えてくれる。
この車は、一見難しいケド、馴れたらとても扱い易いよ、とか。
あれは、良さそうに見えるケド、意外と電気系統が弱いんだよな、とか。
勿論、2人の選択肢に新車は無い。
あくまでも、旧車が対象だ。

相変わらず、2人の間で喋っているのは、殆どが僚だが、
不思議と、僚には違和感が無い。
香を見ていれば、僚には自然と香の気持ちが良く解る。
考えている事が、理解できる。
きっと、気が合うという事は、こういう事なんだろうと、僚は思う。
もしも香が、秀幸やミックと同じように、同級生の男子だったら、
きっと1番の親友は、香だったと思う。
僚のこれまでの人生では、女の子は友達の対象では無かった。
女の子は、色恋の相手。
女の子は、自分とは全く別の生き物なんだと、思っていた。
地下の遊び場に、香以外の女の子を入れるのは、
多分、とっても居心地が悪いだろう。
これまで誰も連れ込んだ事が無いから、定かじゃ無いケド。

僚にとって香は、不思議な存在だ。
弱冠17歳にして、今まで僚が見て来たどんな女の子より、
美しくて、面白い。
女の子なのに、まるで男の子のようにウマが合う。
出逢って間もないのに、
まるで何年も前から、良く知っているような気分になる。
そしてきっと自分は、
この子の事が、好きなのかもしれない。そう、僚は思う。
こういう気持ちになったのは、初めてだ、とも。
それでも不思議と、邪な気持ちにはならない。
香を、性欲や色恋の対象にしてしまおうとは、思わない。
何故だかそうする事は、酷く勿体無い気がする。
恋愛やセックスという、ある一面だけの付合いの相手にしてしまうには、
香という存在は、釣り合わない。
香はもっと、違う次元の存在なのだ。
最近、僚の心の中には、『かおり』という、新しいカテゴリーが誕生した。

火曜日、夕方。
いつもの地下で、僚はプラモデルを作っている。
シボレー・エルカミーノ、59年式、初代モデルだ。
エルカミーノは、ピックアップトラックだが、
初代モデルのボディのベースは、インパラだ。
地下には、セメダインの科学的な匂いが充満している。
換気扇を回しているが、窓が無いので匂いは籠っている。
ミックは、ついさっきまでゲームをしていたが、
かずえからメールが来て、駅まで迎えに来て欲しいと頼まれたので、
いそいそと、帰って行った。
香は数分前までは、イタリア車の歴史と変遷を綴った、
写真入りの分厚い本を、熱心に読んでいたが、
今はもう、本を閉じてボンヤリしている。
そして、僚はプラモデルに夢中だ。

彼らは最近、ほぼ毎日仕事終わりに、3人でココで過ごしている。
3人一緒にと言っても、3人それぞれが、各々好きな事をするだけだが。
香はこの2ヶ月半で、随分車に詳しくなった。
好きな事を見付けた、17歳の若い脳ミソは、
新しい知識を、まるでスポンジの如く、どんどん吸収してゆく。
それには、この環境はまさに打ってつけで。
このガレージと、地下に居て、香は毎日飽きる事など無いのだ。
元々、いつも終業時間は、僚とミックの気分次第だが、
遅くとも、16:00には大抵終わる。
それから1~2時間、彼らは毎日地下で遊ぶのだ。
精神年齢はきっと、推定で中学生ぐらいだ。

ボンヤリしていた香が突然、僚の目の前までやって来て、口を開いた。
お、珍しい。と、僚は思ったが、余計な事は言わず、香に合せてみた。
「りょお。」
「ん?」
「アタシ、」
「うん。」
「1人暮らし、してみようと思う。」
「・・・!!」
僚は正直、仰天した。
つい数日前、この子の兄は、
ずっとこの先も、彼女の面倒を見て行く気満々だった筈だが。
「何かあった?」
僚は優しく訊ねる。香は何事か、少し考え込んでいた。
「前からね、思ってたから。」
「そうか。良いんじゃねぇか?学校には行ってねぇケド、ちゃんと働いてるんだし。17歳でも、立派な大人だ。」
そう言って僚は、香のクセ毛をクシャッと撫でた。
香が、少しだけ微笑む。香は僚に、頭を撫でられるのが好きだ。
「俺もな、ココで1人暮らし始めたのは、17の時だったよ。」
香は目を丸くした。
「りょおも?」
「あぁ、だから大丈夫だよ。カオリンなら、きっと出来るよ。」

僚がそう言うと、香は微笑んだ。
そして、香の次の発言に、僚は更に驚いた。
「この前、冴子さんに会った。」
僚は、内心穏やかでは無かった。
それでも、そんな事はおくびにも出さずに、僚が問う。
「この前って、いつ?」
「日曜日。」
「2人で?」
「うん。」
2人だけで会って、一体何をしたんだろうと、僚は非常に気になる。
「お兄ちゃんは、結婚するの。」
香はそう言って、ニッコリ笑った。

2日前の、日曜日。
香と冴子は、駅の傍のスターバックスに居た。
冴子は、優しかった。
香はスターバックスに来た事が無かったので、冴子が香の分も注文してくれた。
何だかコーヒーなのに、少しだけキャラメルみたいな風味の、
甘いコーヒーを、手渡された。
概ね、大した話しはしなかった。
僚たちの所で、働いてるんですってね、とか。
もう、学校に行くつもりは無いの?とか。そんな事だ。
香は訊かれた事を、よく考えて慎重に答えた。
これから先、どういう風に考えてるの?と訊かれた時に、
「1人暮らしをしてみたい。」
と、香は答えた。
冴子の質問は、漠然としていたけれど、
きっと、彼女は秀幸との結婚を考えた時、香の存在をどう扱ったらいいのか、
今、沢山悩んでいるんだろうと、香はまるで他人事のようにそう思った。
だから、心配しなくてもイイんだ、と示したかった。
冴子は香の答えを聞くと、微笑んで、応援すると言ってくれた。
やっぱり彼女は、優しいヒトだと香は思う。
従兄の結婚相手が、彼女で良かったと思う。
甘いコーヒーは、冴子が奢ってくれた。

「で?1人暮らしって、何処に越すとか、もう決めてんの?」
そう僚が問うと、香は首を横に振った。
「そうか。まぁ、別に急ぐ必要もねぇし、ゆっくり考えたらイイ。俺に手伝える事があったら、協力するよ。」
そう言った僚に、香は嬉しそうに微笑んだ。
僚ならきっと、そう言ってくれるだろうと、香は思っていた。
「イイ匂い。」
香が言った。僚は、首を傾げる。
「何が?」
「セメダイン。」
「はぁっっ???前から思ってたけど、カオリンて結構変わってんな。」
そう言って、僚は爆笑した。
香も少しだけ、声を立てて笑った。そして、
なんか懐かしい感じがするから。と呟いた。
僚は穏やかに笑いながら、
「あぁ、それは俺も同感。」
と、頷いた。

12歳も歳の離れた女の子と、
こんな風にプラモデルを作りながら、
こんな穏やかな気持ちになれるなんて、僚は目からウロコだった。

懐かしい

セメダインの、何が懐かしいのかは良く解らない。
でもそれは、感覚としては良く解る。的を得ている。
年齢も、性別も、生まれ育った環境も、
何もかもが全く違う2人が、とてもよく似た感性を持っている。
言葉は少なくても、思いは通じる。


僚は、考えていた。
香がもしも、引っ越す先を具体的に考え始めたら、
このビルに来いよ。と、言ってみようと。
それはとても、良いアイデアに思える。
敷金も、礼金も、家賃も、家主である僚は、別に要らない。
真下は、すぐ職場だ。
それでも、そのアイデアを実現する為には、1つ大きな難関がある。
あの、シスコン兄貴だ。
カオリン自立の為には、
何としてもヤツを説得しなければ、先へは進めない。

[ 2012/07/13 18:08 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

8th. お兄ちゃんの巻

槇村秀幸は、落ち込んでいた。
最愛の従妹が、どうやら“1人暮らし”をしたがっているらしい。
秀幸はその話を、婚約者と親友からそれぞれ、個別に聞かされた。
しかし秀幸は、話の内容その物よりも、むしろそんな大事な話を、
香本人では無く、他人から聞かされた事に落ち込んでいる。
香はどうして自分にでは無く、僚と冴子にそんな事を言ったのだろう。
一緒に生活をしていても、別段、香はいつも通りだ。
強いて言えば、僚たちのガレージに通うようになって、少しだけ成長したと思う。
香は、車が好きだという。
香が自ら、何かを好きだの嫌いだの言うのは、非常に珍しい事なので、
秀幸としても、僚とミックには大変感謝している。
しかし感謝している反面、軽く嫉妬している。
彼ら2人は、秀幸の知らない香を知っている。
秀幸は、香と一緒に食卓に向かい合っていると、
“1人暮らし”の話題に触れてみたいとは思うモノの、
心の何処かで、そんな香の希望は聞かなかった事にして、
課題を先送りしたい、と思う自分がいる。
そして、
これじゃ、僚の言ってた事まんまじゃないか。と内心、自分自身を嗤う。
いつまでも、妹離れ出来ない弱虫は、自分だと思う。
香はきっと、少しづつ大人になっている。

秀幸が中学に入学した年に、香が生まれた。
病弱だった秀幸の母は、秀幸が幼い頃に死んだ。
秀幸は弟か妹が欲しかったのを、随分小さい頃に諦めていたので、
たとえ従妹でも、妹が出来て嬉しかった。
香の家と、秀幸の家は同じ町内だったので、
香が生まれてからは、秀幸はしょっちゅう遊びに行った。
香の父は、秀幸の父の弟だ。香の母は、とても美しい人だった。
今にして思えば、香は母親の遺伝子をふんだんに受け継いでいる。
秀幸が遊びに行くと、叔母は、
『秀ちゃんが面倒見てくれて、助かるわ。香は、秀ちゃんが大好きだから。』
と笑った。

絵に描いた様な、幸せな家庭だった。
叔父は小さいながらも、設計事務所を開いたばかりで、
なかなかセンスが良いと、顧客にも恵まれ、事業も軌道に乗り始めていた。
香が可愛い盛りの2歳の頃、
その幸せな家庭は、一瞬にして、外道によって壊された。
家の中の僅かばかりの金品を目当てに、若い夫婦は殺された。
2歳の娘は、たった1人でこの世の中に放り出された。
事件現場で気を失ってグッタリしていた香は、
母親のすぐ傍で血塗れになっていた。

初めに現場に足を踏み入れた警官は、
その可哀相な幼な子も、犠牲者の1人だと思った。
しかし、暫くして気が付いた香は、泣き始めた。『ママ、ママ』と。
当時その場にいた警官と、のちに秀幸は先輩・後輩として、
一緒に働く事になるのだが、彼は今思い出しても涙が出る、と当時を語った。
果たして、
パパとママと一緒に、あの世に送られるのと。
こんな地獄のような状態で、たった1人残されて、命が助かるのと。
どちらがこの子にとって、良かったのだろうと、その時は現場で神を呪ったと。
犯人は未だ捕まっていない。事件は未解決のままだ。

秀幸の父は刑事だったので、殉職するその時まで、
弟一家を襲った外道を、捕まえる事を諦めてはいなかった。
しかしその父も、秀幸20歳、香8歳の夏に、突然、殉職した。
それはあっけないモノだった。
ある事件を内偵中だった父は、夜の繁華街で張り込みをしていた。
そんな父の目に映ったのは、酔ってケンカをする若者たちだった。
警官として、ケンカの仲裁をする。
ただ、それだけの事だった筈が、ある1人の青年が取り出したナイフによって、
父は命を失った。
秀幸は、この世の中が一歩間違えれば、真っ暗闇だという事を、
嫌という程、知っている。
父は命を失ったが、それと同時に、青年は未来を失った。
そのどちらにも、善し悪しなど無い。どちらも、不幸なのだ。
死んでも、生き残っても。

父と秀幸の、男ばかりで慌ただしい家庭の中では、
香が不憫すぎるからと、香は祖母に引取られた。
家は別々だったが、すぐ近所だったので、秀幸は頻繁に香に会いに行った。
小さな香は、事件の後笑わなくなっていた。
きっと、誰も見ていない恐ろしい光景を、香だけは見たのだろう。
あの透き通った、大きな茶色の瞳で。
香が普通の子供のように、喋れるようになったのは、5歳になってからだった。
ただ、秀幸は守りたいだけなのだ。
香のあの瞳に、2度と怖い事や悲しい事を、映す事の無いように。

香は、秀幸が落ち込んでいる等と思いもしていなかった。
香はそもそも、秀幸が結婚するまでには独立しようと考えていたし、
冴子には、訊かれたから答えただけだ。
だけど僚には、自分から話してみた。
少しだけ、僚に自分の考えを聞いて貰いたかったのだ。
僚はいつも、色んな話を香に聞かせてくれる。
大学生の頃、目的も無く何カ月も、海外を放浪した話し。
高校生の頃、ミックや秀幸とした、他愛も無い悪戯の話し。
今までに見た、珍しい希少な車の話し。
魚釣りや、プラモデルや、ゲームの話し。
僚のお父さんとお母さんの、僚曰く、この世で最もホットな恋の話し。
だからたまには香も、僚に何か話したかったのだ。
だからとりあえず、香の中で今1番ホットな話題を選んでみたのだ。
“お兄ちゃんが、結婚するらしいよ”と。
相手は、とても優しくて綺麗な、冴子さんなんだよと。
“1人暮らし”は、あくまでそれに付随するおまけの話しに過ぎない。
香にとっては。

11月は、大変な月だった。
ミックの浮気がかずえにばれて、
今までに無いレベルの大ゲンカが、彼らの間で勃発した。
ミックは3日間、僚の部屋に避難した。
しかし、逃げ廻っていても仕方が無いと、僚に説得され、
ミックはかずえに謝り倒した。
そして今回、最後のチャンスをかずえに貰ったらしい。
もう後が無いミックは、今現在、心を入替えてかずえに尽くしている最中だ。
だから今ミックは、一切夜遊びしていない。
この件には、僚は全く関係無いのだが、何故だか僚もこのところ、
歌舞伎町とは、ご無沙汰だ。
僚には、叱られる相手も、悲しませる相手も、今はいない。
今、僚の心に棲んでいるのは、夜遊びの意味も良く解っていない、
早寝早起きの、SugarBabeだけだ。

しかし、その平和な槇村家にも、今現在何やら色々と問題があるらしい。
コチラの方には、僚も少しばかり関わっていない訳でもない。
件の、カオリン独立問題だ。
秀幸の気に入らない点は、
香がまず冴子と僚に、1人暮らしの話しをした事らしい。
何でそんな大事な事を、1番に自分に言わないんだという事のようだ。
僚は、そんなに順番が大事だろうかと思う。
きっと秀幸は、たとえ1番に香に聞いていたとしても、
反対していたに違いないと、僚は思う。
それとなく、香に探りを入れてみても、秀幸は香には何にも言わないらしい。
どんだけ、ヘタレだよ、と僚は思う。
別に、香が1人暮らしを始めても、
秀幸が香にとって、1番大事な兄貴である事に変わりは無いだろうに。
香よりも、むしろ成長すべきは兄貴である。
香は秀幸が思っている程、幼くも弱くも無い。
これから、自分の足でシッカリ立って歩もうとしている。
勿論、後押ししてやれるのは、秀幸だけだ。
その中で、僚がしてやれる事があるのなら、協力する事は厭わない。
何しろ、槇村兄妹は、僚の大事な親友だ。

11月、中旬。
僚は、秀幸を誘ってキャッツで飲んでいた。
「なぁ、槇ちゃん。そろそろ、カオリンときちんと向き合ったらどう?」
何時に無く、真剣な僚に秀幸も暫し、考え込んでいる。
「・・・僚、俺はさぁ。あの小さい香を、いつも思い出すんだよ。頭では、解ってるんだ。香はもう小さな子供では無いって。・・・いっその事、僚みたいにあの子の両親の事、忘れたって思えたら、知らなかった事に出来たら。もっと、簡単に考える事も出来るかも知れないケド・・・」
僚には、その事に関しては、何も言えない。
それは、秀幸と香だけにしか解らない、家族の問題だ。
それでも、今の香は強い筈だ。
きっと、悪い事が起こっても立ち向かえる筈だ。
それに香には、兄貴が3人もいる。秀幸と僚とミックだ。
これまでより、事態は良くなるはずだと、僚は思っている。
「なぁ、俺達3人で、カオリンの事守っていってやろうよ。カオリンが困った事があれば、俺はいつだって手を貸すよ、きっとミックもそう言う筈だ。俺達は、カオリンを介した兄弟だ。」
僚のこの言葉で、秀幸の中の何かが吹っ切れた。

それから、半月程。
一旦、話しが進み始めると、後はトントン拍子だった。
僚は社宅と称して、自分のビルの空き部屋に香が入居する手筈を整えた。
家賃・敷金・礼金、全てゼロ円。
新宿駅、徒歩3分。
職場まで、徒歩0分。
破格の好条件だ。香は、とても喜んだ。それ以上に、僚が心の中で喜んだ。
「香に手ぇ出したら、逮捕だぞ。」
と、秀幸が口癖のように呟く。
でも、と僚は思う。あと、3年すれば香は立派な成人だ。
淫行の罪には、該当しない。秀幸の呟きの効力も、持ってあと数年だ。
11月の末に、香が僚のアパートに引っ越してくる。

引っ越しを数日後に控えた、槇村家の茶の間。
香と非番の秀幸は、一緒にテレビを観ながらお茶を飲んでいた。
「香。引っ越しても、嫌になったらいつでも帰って来て良いんだよ。」
「うん。」
「たまには、お兄ちゃんが遊びに行ってもイイか?」
「うん。・・・お兄ちゃん。」
「ん?」
「大好き。」
「あぁ、俺も大好きだよ。香。」
2人は、いつまでも兄妹だ。たとえ、別々に暮らしても。
しかし、槇村家と僚のアパートは、徒歩10分の距離である。

[ 2012/07/14 21:40 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

9th. 本日はお日柄も良くの巻

良く晴れた、秋の日だった。
僚とミックは、槇村家の玄関先で拍子抜けした。

「これだけ?」
そう言って、ポカンとした2人に秀幸も苦笑する。
「ん~、俺も荷物纏めるの手伝おうか?って、数日前から言ってて・・・」
少ないから、イイ。と、香は答えた。
何やら、毎日少しづつ1人で片付けていた。
そして、今朝。
僚たちが来るからと、玄関先に香が纏めた荷物を見て、
秀幸も同じ事を、香に訊いた。
香は、何か問題でも?と言わんばかりに、目を丸くして首を傾げた。
いや、香がイイんなら、それでいいケド。としか、彼らは言えない。
香の引っ越しの荷物は、段ボール3個分だった。
これなら、わざわざ社用車で無くても、きっとクーパーでも余裕で積めた。

「それで?カオリンは?」
またも不思議そうな2人に、重ね重ね秀幸も苦笑する。
それが、と秀幸は説明する。
日曜日の午前中は、香はいつも1時間ほど散歩に出るらしい。
何でも、子供の頃からの習慣だと。
それでも一応、今日は引っ越しで。
たとえ、荷物は少しでも、朝から僚とミックが来る事は、香も先刻承知の筈。
どんだけ、マイペースだよっっ!!
それが、彼ら3人の偽らざる本音である。
最近では、香が内気そうに見えて、意外に気が強くてドSである事に、
僚もミックも、薄々気づき始めている。
そして、自分達の中に流れる、微かなMの血にも。
一回り年下の美しい女王様に振り回されて、少しだけ喜ぶ自分達がいる。

「ま、とりあえず上がれよ。」
秀幸は、済まなそうに言うと、僚とミックを家の中へと招き入れた。
秀幸の家に来るのは、僚もミックも随分久し振りだった。
2人はまず、仏壇の前に進み線香をあげると、
2人の祖母と、秀幸の父と香の両親の写真に手を合わせた。
今まで、遊びに来てもこんな事はしなかった気がするが、自然とそうしていた。
「うぉ、カオリン、ママにそっくりじゃん。」
写真を見て、僚が思わず呟いた。
「あぁ、香は母親似なんだ。父親に似てたら、間違い無く俺にも似てた。」
僚もミックも内心、そうで無くて良かったとしみじみ思った。
それ程、外見的には槇村家の遺伝子を感じさせない遺伝だった。
3人は、暫くお茶を飲んで取り留めもない話しをした。
主な話題は、ミックの先の“浮気発覚事件”についてだった。
かずえのこの度の、ミックに対するお仕置きの数々を聞いて、
僚も秀幸も、改めて女の恐ろしさを再認識させられた。
それでも、男は女無しではいられないのだから、因果な定めである。

3人が時間も忘れて、浮気と本命との違いについての激論を飛ばしていると、
3人の大本命であるところの、この日の主役が漸く帰って来た。
茶の間に入って来て、僚とミックを見た香は、ニッコリと笑って、
おはよう、と言った。
待たされていた事も忘れて、おかえり~と声を揃える3人の兄達は、
自覚は無いが、正真正銘、ドMである。
荷物を積むのは、すぐに済んだ。
彼らが、1人1つづつの箱を抱えて終了だ。
香に至っては、ジーンズにパーカーを羽織り、スニーカーで、手ぶらである。
散歩に出たそのままの格好で、まるでちょっとそこまで出掛ける感じで、
引っ越しした。
実に、シンプルで潔いと、僚は思う。
香のこの印象は、初めて会った時から一貫してブレないと、
僚は密かに好感を抱いている。
香は、いつも何処か浮世離れしている。
それでも、別に誰にも迷惑は掛けてない。不思議な魅力だ。

そのピックアップトラックを、ミックが運転した。
秀幸が助手席に乗った。
荷物3つを荷台に乗せた後、香が荷台に上がった。
その時に、僚の手を引いた。
どうやら、一緒に荷台に乗ろうという事らしい。
僚は遠慮なく、女王様のお手を取った。
秀幸は、ホントは道交法違反だぞと、眉を顰めたが誰も聞いちゃいなかった。
目的地は、車で3~4分の僚のアパートだ。
香は僚と2人で、荷台に乗っている時に、
パーカーのポケットから、何やら取り出して僚にくれた。
4つ葉の、クローバーだ。
季節柄、少しだけ茶色くなっている。
先程、散歩の途中で見つけたのだ。
僚は手渡されたモノを見て、思わず微笑む。
「くれるの?」
香が満面の笑みで、頷く。
秋風が、香のクセ毛を揺らす。
新宿の街中でも、ちゃんと季節が変わった事はわかる。
少しづつ、少女は大人になる。

この後、
午後に秀幸が香の為に揃えた家電類が、電気屋から届いた。
よくよく考えたら、香は布団も食器もカーテンも、
何も考えていなかったらしく、3つの箱に入っていたモノは、衣類だけだった。
根本的に香は、引っ越しというモノを理解していなかったようである。
仕方が無いので、今度はミックのアストン・マーチンに乗って、
みんなで買い出しに出かけた。
その時も香は、ニコニコして兄達の後をついて来るだけで、
何処か他人事だった。
それでも、何とか夜までには、1人暮らしの女の子の部屋が出来上がった。
冴羽アパート503号室。
香の新居である。
[ 2012/07/15 19:55 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

10th. プッチンプリンの巻

12月初旬、急に寒くなった。
この冬最初の、寒波到来だ。
いつものように、3人で地下で遊んでいる時に、香がポソッと呟いた。
「コタツ、欲しい。」
すると、ゲームをしていたミックが、間髪入れずに答えた。
「それだっ!ココには何か足りないと、前々から思ってたけど。それだよ。」
何故か、そのままのノリでコタツを買いに行く事になった。
時刻は、17:23。
この季節には、外はとっくに真っ暗だ。
ホームセンターで3人は、色々と見て回って長方形のコタツを1つと、
正方形のコタツを1つ買った。
大きい方は、地下用。小さい方は、香の部屋の分だ。

11月末の香の引っ越し以来、3人はすっかりホームセンターの常連だ。
衣類だけを持って、越して来た香の部屋は、今少しづつ部屋らしくなっている。
僚とミックにとって、香の生態は少しだけ奇妙だ。
引っ越しの日、電気屋が持って来た家電の中には、テレビが無かった。
「槇ちゃん、テレビは?」
そう訊いた僚に、秀幸は笑いながら答えた。
「あぁ、香はテレビ観ないから必要無いんだ。」
僚とミックは、思わず顔を見合わせた。
秀幸の話しによると、香1人の時は全くテレビを観ないという。
秀幸と一緒に居る時は、点ける事もあるが、多分香は全く観ていないようだと。
香が衣類の他に唯一、大事そうに持って来たのは、
象牙色のぽってりした、ファイヤーキングのマグカップだけだ。
それを、タオルでグルグル巻きにして、箱の中に入れておいたようだ。
夜は、20:00~21:00の間には、寝る。
朝は、5:00には起きる。
料理はとても手際よくこなす。
日曜日は毎週、午前中の内に散歩する。
香には、香にしか解らない日常の決まりごとが、何やら沢山ある。

初めは、必要最低限のモノだけだった香の部屋に、
僚は引っ越し祝いに、フランス製のアンティークのドレッサーをプレゼントした。
それは、僚の母親の使っていたモノだ。
僚は生家を出て、ココで1人暮らしをする時に、
母が愛着を持って使っていたモノ達を、全部持って出た。
シェーズ・ロングは、地下に置いて使っている。
そのドレッサーも、僚にとっては母の大事な思い出だ。
僚は子供の頃、母がその鏡に向かって化粧する姿が大好きだった。
僚には必要の無いモノだけど、
何故だか母が死んだ後、処分する事が出来なかった。
だから今その沢山の形見の品々は、
空き部屋の1室に、埃除けのカバーを掛けられて、ヒッソリと佇んでいる。
香が化粧したとこなど、僚もミックも1度も見た事は無いが、
きっと毎朝、髪の毛ぐらいは梳かすだろうから、
無駄ではないだろう、と僚は思う。
何より、そのドレッサー1つで、香の部屋はグッと女の子の部屋らしくなった。
僚がそれを運び込んだ時、香はニッコリ笑った。
そして、飴色に輝くマホガニーをそっと撫でた。
香は古き良きモノを扱う事に向いている。
17歳の美しい彼女に、そのアンティークの家具はとても良く似合っている。

ホームセンターから帰った3人は、まずは地下室にコタツを設置した。
「ますます、ココに居る時間が増えそうだな。」
そう呟いた僚に、ミックと香も無言で頷いた。
今までは、僚とミックの隠れ家だった地下室が、
確実に3人の隠れ家へと進化している。
香のひと言が無ければ、ココにコタツが設置される事は、まず無かっただろう。
そして、僚もミックも、何で今まで気付かなかったんだろうと思った。
毎年、確かに冬は寒かったのだ。
今年の冬は、きっと温かい。
そして次は、香の部屋へと移動してコタツを設置した。
少しづつ、この部屋が香のモノになっていく。
僚は、こうやって沢山の季節を香と過ごしたいと思う。
そして、いつかすっかり大人になった香と、こんな頃があったねと笑っていたい。
未来は、僚の前にも香の前にも、キラキラと輝いて続いている。

「ねぇねぇ、今度この部屋でみんなで、鍋パーティーやろうよ。カズエもヒデユキも呼んでさぁ。」
ミックがそう言った。
お、良いねぇ。と僚が頷いた。
香もニコニコ笑っている。
「カオリは、何鍋が好き?」
とミックが問う。香はニッコリ笑って答える。
「水炊き。」
思わず、肉食獣のような男2人は、う~んと考え込む。アッサリし過ぎである。
しょうがないので、今度は僚がミックに振る。
「そう言う、お前は?」
ミックは暫し考え込み、すき焼きとか?と答える。
香も、僚も少しだけ腑に落ちない表情で、首を傾げる。
まぁ、それも悪くは無いんだけどぉ、ねぇ、と。
「じ、じゃあ、そう言うリョウは何が良いんだよ?」
ミックは、少しだけ子供のようにムキになる。
僚は、色々と考える。
そう言われれば、全員が全員満場一致で納得する答えなど無いように思えた。
「う~ん、キムチ鍋とか?」
すると、ミックは感心したように、ほぉっと声を漏らした。
香も満面の笑みで、コクコクと頷いている。
どうやら、2人には気に入って貰えたようである。
取敢えず、週末にみんなでキムチ鍋をしようと3人は盛り上がった。

キムチ鍋を翌日に控えた木曜日。
香が、8:00になってもガレージに姿を見せなかった。
香が来てから、以前に比べると僚もミックも始業時間を守るようにはなった。
だけど、時々は時間が変動する事もあるので、
そういう時香は、僚かミックのどちらかがやって来るまで、地下に居る。
2人は時計を見た。8:00はとうに過ぎている。
「地下かな?」
ミックが首を傾げる。僚は少しだけ、胸騒ぎがした。
そして、ミックが地下に様子を見に行き、僚が5階の香の部屋を訪ねた。
僚が香の部屋へ入った時、香は布団の中で、真っ赤な顔でうなされていた。
そして僚は、ハッキリと聞いた。
香は小さな声で、『・・・ママ。』と言った。
眠っているようだったが、汗びっしょりだ。
そっと、その滑らかな額に手をやると、僚は顔を顰めた。
高熱だ。

ミックは、僚から電話を受けると、すぐに6階の僚の部屋へ行き、
救急箱を持って、5階に急いだ。
そしてかずえに連絡して、仕事が終わり次第、香を診て貰うように頼んだ。
かずえは今日は、夜勤明けなので昼前には帰って来る。
おでこをそっと触られた感覚に、香はそっと目を開けた。
りょお?
香の声は小さく、掠れていた。
僚は汗を含んでシットリした、柔らかな猫毛を撫でた。
もう、心配いらないから、と。
「風邪、引いたんだな。ついててやるから、大丈夫だ。」
僚がそう言うと、香は安心したように、もう1度眠った。
そこにミックがやって来た。
「Oh,カオリ、可哀相に。カズエには、連絡しといたよ。今、インフルエンザが流行ってるらしいから。検査してみようって。」
僚は香の汗をタオルで拭いてやると、
額に青いジェルの付いた冷却シートを貼った。
キムチ鍋は、来週までお預けだ。

昼頃に、かずえが来て香を診察した。
その頃には目を覚ました香の体温を測り、
何やら喉の奥の方を綿棒のようなモノで、2、3度擦り、
検査薬のようなモノに浸した。
かずえの見立てによると、香はインフルエンザでは無かったらしい。
熱は高いが、2~3日安静にしていれば、治るだろうとの事だった。
僚もミックも、それを聞いてひと安心だった。
そんな2人に、かずえはクスリと笑った。
「2人とも、まるでお兄ちゃんね。」
否しかし、もう1人いるのだ。最も、厄介なお兄ちゃんが。
僚は少しだけ、気が重かったが秀幸に電話した。
香が熱を出して寝込んでいるのに、連絡をしなかったら、
後で何を言われるか、分かったモンじゃない。

案の定、秀幸の動揺ぶりは酷かった。
電話越しにも、その慌て振りが伝わって来て、僚は思わず苦笑した。
一応、彼は警察官なのだ。
そんなに、分かり易く動揺していて、果たして大丈夫なんだろうかと、
僚は要らぬ心配をした。
取敢えず、かずえにも診察して貰ったし、ご飯も食べたし、薬も飲んだから。
だから、安心しろ。てか、落ち着け。
そう言った僚の言葉で、秀幸は何とか我に返った。
そして、
仕事が片付き次第、可及的速やかに現場(503号室)に赴く。と、
その時だけ、警察官らしく言い残して電話を切った。

夕方、慌てふためいた兄上殿がやって来た。
ミックは、昼過ぎにかずえと一緒に帰っていった。
香は起きていて、おでこに冷却シートを貼り付け、
パジャマの上に、僚の大きなウールのセーターを着せられて、
コタツに入っていた。
僚も一緒にコタツに入り、2人でクロスワードパズルをやっていた。
香が意外に元気そうで、秀幸は少しだけ脱力した。
「お、コタツ買ったのか。」
と言う秀幸に、香が頷く。
秀幸は、キッチンから小皿とスプーンを持って来て、コタツに入る。
そして、帰りに寄って来たスーパーのビニール袋を開けると、
袋の中から、プッチンプリンを取り出した。
「香は、熱が出たらいつもプッチンプリンなんだよなぁ~」
と言って秀幸が笑った。
香がこの日、1番の笑みを見せた。
秀幸は、小皿にプリンを盛った。
1日中具合が悪くて、いつにも増して無口だった香が、
小さく、うわぁと感嘆の声を上げた。

僚は少しだけ、プリンと親友に嫉妬した。
やはり、秀幸にだけは、まだまだ敵わない。
「さすが、槇ちゃん。筋金入りのシスコンは、たとえ離れて暮らしても健在だな。」
そう言った僚に、秀幸は少し照れたように頭を掻いた。
「いやぁ、それ程でもないさ。」

イヤイヤイヤ、槇ちゃん。俺、別に褒めてねぇし。
相変わらずのシスコン兄貴と、満面の笑みでプリンを食べる香を見て、
僚は知らず、微笑んでいた。
師走の慌ただしいさなか、彼らだけはいつも何だか、のんびりしているのだった。


[ 2012/07/16 14:48 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

11th. 寒いケド、温かいの巻

木曜日に香が熱を出してから、僚とミックは便乗して、ガレージを閉めた。
1つには、秀幸が非番では無かったからだ。
17歳の従妹が熱を出したからと言って休める程、警察官は暇では無い。
たかだか数日休業した位、何の影響も無いのは、彼ら2人だけだ。
ミックと僚は、喜んで香のお世話に励んだ。
ミックは、誰がそんなに食べんだ?という位、プッチンプリンを買い占めて来た。
僚は香の為に、毎食お粥を作った。
しかしテレビも、ラジオも何も無い香の部屋に、
ミックは数時間で飽きてしまった。当の香は、殆ど眠っている。
しょうがないので、ミックは早々に地下に行ってゲームの続きをした。

僚は香の部屋に居て、全く飽きる事は無かった。
何より、時折香が目を覚ます時に、傍に居てやりたかった。
僚は前日の朝、聞いてしまったのだ。
香が、小さな声でママと呼ぶのを。
それはまるで、小さな子供のようだった。
香の両親の事を、秀幸に聞いてから今まで、
変な先入観を持つ事だけは止めようと、香と向き合ってきた。
自分の中では、聞かなかった事にして、
普通の17歳の女の子として、香を見て来たつもりだ。
でも、香のこれまでの人生の大きな出来事を、無かった事には出来ないのだ。
これから先、香と1人の人間同士として向き合う時、
それは、香を構成する大きな1つのファクターだ。
事件の事を、どこまで見、どこまで記憶し、どんな傷があるのか。
僚には、正直わからない。
けれど、少しづつでも、香の心の支えになれれば。
秀幸以外にも、香の事を応援しているヤツもいるんだよ、という事が、
香に伝われば、僚はそれでイイと思える。
そんな事を、ボンヤリと思いながら僚はのんびりと、看病の週末を過ごした。

日曜日には、香は随分良くなった。熱ももう、殆ど下がった。
それでも、僚だけは香の部屋に通った。
ミックには、一応彼女との生活があるワケで。
何しろ、11月の“例の事件”以来、
まだ完全には、彼女の信頼を取り戻せたワケでは無いのだ。
ミックはココの所、かずえに尽くすのに忙しい。
秀幸は、仕事だ。
日曜日に、これといって用事が無いのは僚だけだ。
僚が日曜日の朝、5階に赴くと、香はパジャマでは無く、
紺色のコーデュロイのスリムパンツに、グレーのウールのセーターを着ていた。
セーターの下には、温かそうなギンガムチェックのネルシャツを着込んでいる。
鴨居には分厚いウールのダッフルコートが、ハンガーに掛けて吊るしてある。
きっと、散歩に行く気である。
玄関には、温かそうなムートンブーツが揃えてある。
「散歩、行く気?」
僚は眉を顰めて、香に問う。
香は、ニッと笑う。
「ダメだ。」
そう言った僚の一言に、香はぷぅっと膨れる。
そして、部屋の奥へと戻ると、体温計を持って戻って来た。
そしてそれを僚へと差し出した。これを見ろという事らしい。
つい先ほど、1人で測ったのだ。

37度2分。・・・微妙だ。
しかしそこは、僚である。
秀幸の事を、散々シスコン扱いする割には、僚とて負けず劣らず過保護なのだ。
「ダメ。」
そう言って、香のクセ毛をワシャワシャかき混ぜる。
香はますます、不機嫌になった。
僚が構わず、
カオリン、クロスワードしようぜ?と言っても、香は首を横に振る。
プリン、食べるか?と言っても、カワイイ唇を小さく尖らせている。
僚は苦笑して、何とか姫のゴキゲンを回復するアイデアを模索する。
じゃあさ、
今週、イイ子にしてウチに居れたら、
来週は、俺と一緒にクーパーに乗って、
遠くにお散歩に行くってのは、どお?
僚のその提案に、香は大きく頷いて、ニッコリ笑った。
その後は、病み上がりの香と健康優良オヤ児の僚の2人で、
プリンを食べながら、クロスワードをして、時々昼寝した。
その夜僚は、自分の部屋に戻った後で、
良く考えたら、来週デートじゃん。と、1人微笑んだ。
取敢えず何処に行こうかと、楽しい考え事をしながら眠った。

週明けには、香もすっかりいつも通りに戻った。
香の部屋の冷蔵庫には、まだ沢山プリンがある。
3人の兄達は、プリン以上に香に甘い。
そういうワケで、その週の週末にはお預けだったキムチ鍋をした。
かずえと秀幸にも声を掛けたが、生憎彼らは週末は夜勤だった。
いつものメンツで、自由なのは結局、彼ら3人なのだ。
週末。結局は香の部屋では無く、地下でキムチ鍋パーティーを開催した。
僚が、アッチのがコタツ広いし、と言ったからだ。
僚と香は、随分辛口が好みだった。ミックは、1人で辛い辛いと半泣きだった。
「Sit!この次は、絶対にすき焼きだっっ。」
それも、イイねぇ~。と僚と香は、他人事なので呑気に笑った。

日曜日、僚と香は約束通り、クーパーでお散歩に出掛けた。
結局1週間の間、2人はアレコレ相談して、
香のリクエストの、井の頭公園に出掛けた。
公園の中の素朴な動物園が、目的地だ。
香はずっと、モルモットふれあいコーナーで、モルモットに夢中だった。
僚は少しだけ、デートだと期待していた当てが外れた。
それはまるで、兄妹の休日のような感覚だった。
それでも、香が作った弁当を外で食べるのは、とても美味しかった。
弁当を食べながら、僚は香が初めて口を利いた『500円』を思い出した。
あの時から、季節は随分変わった。
香は沢山喋るようになったし(あくまで、あの時と比較して。相変わらず無口。)、
沢山、笑うようになった。
初めの頃僚は、香を笑わせるのに必死だったケド、
今では香は、僚には他の誰にも見せない笑顔を見せる。
その事に気付いている人間は、当人同士を含めまだ誰もいないケド。

その週を境に、自然と香の日曜散歩に、僚が同行するようになった。
大抵、いつも近所をブラブラするだけだ。
香は時々、無意識に僚の手を繋いだ。
きっと、そんな些細な事にドキドキしているのは、自分だけだろうなと僚は思う。
きっと、香にしてみれば自分は、秀幸と同じ、もう1人の兄貴なんだろうなと。
でも、それでも良かった。
不思議な事に、そんなガキみたいな、淡い初恋みたいな感情が、
僚にはとても新鮮で、楽しかった。
僚は全く気付いていなかったが、この所僚は、夜遊びも、女遊びもやって無い。
そんな事以上に、香に合わせた規則正しい生活が面白かった。
僚は少しだけ、香に感化されて丁寧に毎日を過ごすようになっていた。

週に2~3回、鍋をした。
大抵は、僚とミックと香の3人だけだったが、
仕事が休みの日は、かずえや秀幸も加わった。
場所も、地下の時もあれば、香の部屋での事もあった。
秀幸がいない時に、僚とミックは少しだけ、香にビールを飲ませた。
彼らも若い頃、
そうやって未成年であっても、先輩たちに軽い悪さを教えて貰った。
それは、秀幸も例外では無い。
今でこそ、堅物の警察官で、香の厳しいお目付け役兼シスコン兄貴ではあるが。
秀幸が夜勤で、ミックとかずえがデートの夜。
1度だけ、
僚と香は、僚の部屋ですき焼きをした。
香は初めて、ワインを飲んだ。
そもそも、元はと言えば、
コタツありきの鍋パーティーだった気がするが、2人にはあまり関係無かった。
僚の部屋の、リビングの、モコモコしたラグの上ですき焼きを食べた。
このイレギュラーな夜の事を、何故だか2人は誰にも話さなかった。
ただ、それだけ。晩ご飯を食べただけ。
特別な事があったワケでは無いけれど、2人にとって、
きっと後から思い返してみれば、それが初デートだった。

こうして、寒いケド温かい12月を過ごすうち、
今年ももう、残す所後数日だった。
[ 2012/07/17 20:19 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

12th. 同じがイイの巻

年が明けて、香が18歳、僚が30歳になる1年が始まった。
ミックは、実家に帰っているので、5日までは顔を出さない。毎年の事だ。
秀幸には、年末年始はあまり関係無いのだが、
今年は珍しく、大晦日から元日に掛けて非番だったので、香と一緒に過ごした。
香が1人暮らしを始めて、初めての帰省だ。
実家までは、徒歩10分だけど。

大晦日。
僚には、毎年帰る場所は無い。
父親には、僚には計り知れない大きな世界があって、僚が帰れる所では無い。
母親が死んでから、僚には帰るべき場所など無いのだ。
だから、これまでは歌舞伎町で過ごした。
飲み屋の女の子達と、面白おかしくその時を過ごしていた。
だけど、もう僚は、
それがただの虚しい現実逃避だという事に、気が付いてしまった。
きっと、飲みに行っても虚しいだけだ。
いつから、夜遊びしても楽しいと思えなくなったんだろう。
どんなに綺麗な女の子でも、
もっと、薄化粧でナチュラルな方がかわいいのに、なんて考えてしまう。
一体、誰と比べているんだろう。
そんな事を思って、僚は自嘲した。
だから、今年の年末年始は1人アパートで、厳粛に迎えてみよう。
もしかしたら、今年は自分自身を、
今一度見詰め直す、転換の時なのかもしれない。
そう思っていた。

正月はいつも、母親が雑煮を作ってくれた。
おせちはいつも、高級料亭に作って貰っていた。
元日というワケにはいかなかったケド、父親もやって来てお年玉をくれた。
いつもは何かと世話を焼いてくれる、家政婦さんも正月は必ず、帰省した。
母親と僚の2人だけの、静かな数日間だった。
僚が、子供の頃を思い出して、ボンヤリしていると、
インターフォンが鳴った。
玄関に立っていたのは、香だった。
時刻は16:30。
香はとっくに槇村家へ帰ったとばかり、僚は思っていた。
手には、おせちが入っているのか、風呂敷に包んだ重箱を抱えている。
分厚いダッフルコートを着て、ニット帽を目深にかぶり、手袋をした香。
「どうした?帰って無かったのか?槇ちゃん待ってるぞ。」
僚がポカンとしてそう言うと、香はニコッと笑って言った。
「りょおも。」
「え?」
「りょおも、一緒に帰ろう?」

思わぬ香の言葉に、何故だか僚は涙が出そうになった。
それをグッと堪えたら、鼻の奥がつんとした。
真冬なのに、僚は夏休みのプールを思い出した。
「槇ちゃん、嫌がるんじゃない?折角、カオリンと2人で水入らずなのに。」
僚がそう言うと、香は首を振った。
「お兄ちゃん、僚も一緒に帰っておいでって。」
ったく、兄妹揃って、お節介な奴ら。
僚は心の中で、そんな照れ隠しを呟いて、
「じゃ、遠慮なく。」
と、ニッコリ笑った。
いつの間にか、僚はすっかり温かい気持ちになっていた。
ちょっと、待ってて。と香を待たせて、僚は煙草と財布と携帯と、
家の鍵だけをポケットに突っ込んで、ダウンジャケットを羽織った。
槇村家へ向かう道すがら、香と並んで歩いた。
重箱は僚が持った。
片手に重箱をぶら下げて、もう片手は香と繋いだ。

「おせち、カオリン作ったの?」
僚の問いに、香が頷く。
「作れんのか。すげえな。」
僚は感嘆した。僚の母親も、料理は上手だったが、おせちは作らなかった。
作れなかったのか、作らなかったのかは、今となっては良く解らない。
けれど、17歳にしておせちが作れる女など、僚は初めて出逢った。
「おばあちゃんが、教えてくれた。」
香はそう言って、微笑んだ。
「そうか、ばあちゃん様様だな。」
「おばあちゃんは、何でも知ってる。」
香は少しだけ、自慢げだ。
僚はそんな香が可愛くて、クシャッと頭を撫でた。
香にとっての祖母と、自分にとっての母親が少しだけ似ていると、僚は思った。
僚も香も、大事なヒトを失った者同士だ。
いつか、香の作ったおせちを食べる正月が、当たり前になる日が来る事。
僚は、それを望んでいる事に気が付いた。
いつか、兄じゃない、男として香の目の中に映りたい。
僚は自分がそう思っている事を、漸く自覚した。
「お雑煮は、お兄ちゃんが作る。」
香が笑いながら、僚にそう言った。
秀幸が、料理が上手な事は、僚も知っている。

槇村家での、大晦日と元日は至って平和なモノだった。
テレビからは、紅白歌合戦が流れ、香は全く観ていなかったけれど、
退屈では無いようだった。
僚と秀幸は、香の作ったおせちを肴に、酒を飲んだ。
香は、9:30頃にウトウトし始めて、コタツで眠ってしまった。
けれど、今日は大晦日なので、
布団へは運ばずに、年越しの10分前に起こすのだと、
秀幸は楽しそうに笑った。昔から、こうなんだと。
秀幸に起こされた香と一緒に、3人で年越しそばを食べた。
そばを食べている途中で、何処からか除夜の鐘が聞こえてきた。
そばを食べた後に、その音の元へと3人で歩いてお参りにいった。
とても小さな近所の神社だったが、結構人は集まっていた。
3人で、手を合わせておみくじを引いた。
秀幸が末吉で、僚は小吉だった。
香は、大吉だった。
毎年こうなんだ、と秀幸が苦笑した。
香はきっと、何か良く解らない強運を持っている。

家に帰ると香は、風呂に入ってすぐに寝た。
僚と秀幸は、それからもう少しだけ、
酒を飲んで、そのままコタツで眠ってしまった。
朝早くに、台所から物音がして僚が目覚めると、
香と秀幸は、2人で一緒に朝食を作っていた。
秀幸は、雑煮を作っていた。
僚の顔を見ると、2人は改まって、明けましておめでとうございますと言った。
何から何まで、普通の家庭の普通の正月。
僚には、初めての事だった。
秀幸は香に、お年玉を渡した。
香はとても喜んだ。
お前には無いぞ、僚。ふふ、要らねえよ。
そんな事を言って、兄2人は笑った。
僚は、とてもとても楽しかった。
夜の蝶を侍らせて、カウントダウンするよりも。
派手なキャバ嬢をお持ち帰りして、新年の姫はじめをするよりも。
何も特別な事など無い、槇村家の正月が楽しかった。

『HuntersGarage』の仕事始めは、1月8日からだ。
毎年、7日間はキッチリ休む。
7日に、僚とミックと香の3人は、等々力不動尊に初詣に行った。
毎年、僚とミックは交通安全祈願として、ココを訪れる。
一応、車を生業としているので、験を担いでいる。
新年早々、1台の車が持ち込まれた。
簡単な内装のカスタムだ。
2~3日で済む予定だ。
香は、そのブラウンメタリックの車を初めて見て、溜息を吐いた。
「カトラス。」
香は、うっとりとそのボディに見入って呟いた。
72年式、オールズモビル、カトラス。
香は、随分車に詳しくなった。
「写真より、綺麗。」
そう呟く香に、僚は思わず微笑む。
僚も昔、香と同じことを思ったからだ。
その独特の、ボディカラーに惹き付けられた。
香は、一体自分で初めて手にする車に、何を選ぶだろう。
僚はそれが、とても楽しみだ。

1月も半ばを過ぎた頃、
地下でいつものように3人で居る時に、香が言った。
「あのね、りょお。」
「ん?」
僚はジグソーパズルのピースを手に、香に向き直る。
香はそれまで読んでいた、『火の鳥 宇宙篇』の単行本を傍らに置き、続けた。
「クーパーがイイ。」
突然だったので、僚は何の話か解らなかった。
「ん?何が?」
「車、クーパーに乗りたい。」
そこで、漸く気が付いた。とうとう、決定したらしい。
香の初めての車。
僚は、意外だった。
香はアメ車が好きなのかと、思っていた。
僚は別にアメ車は嫌いでは無いが(むしろ好きだが)、
大きい車より、小さくてかわいいのが好きだ。
それに、クーパーは小さくても侮れない。
かわいい顔して、なかなかタフな奴なのだ。
「りょおとね、おんなじがイイ。」
香のそのひと言に、僚は思わず固まってしまった。
僚はまるで自分が、手練れのちょい悪オヤジに口説かれる、
うぶな女の子にでもなったような、錯覚を覚えた。
自分と香では、まるで逆なのに。

「あ。」
香は、僚がやっていたゴッホのひまわりの絵のパズルを見て、
1つ、ピースを摘み上げるとサクッと嵌め込んだ。
先程から、僚が苦戦していたエリアの、僚が探していたピースだ。
僚は思わず、苦笑した。
「とびきり、イカしたカオリンの相棒、見付けてやるから。」
香が満面の笑みで頷いた。
[ 2012/07/18 21:25 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

最終話 新しい世界の始まりの巻

2月のバレンタインデーには、
お兄ちゃんたち3人は、香から手作りチョコを貰った。
粗く刻んだナッツがタップリ入った、チョコレートブラウニーだった。
秀幸は毎年、香から何かしら貰っていたので、
嬉しいのは勿論の事ながら、驚きはしなかったが、
僚とミックは、香がバレンタインなどに関心があるとは思っていなかったので、
喜ぶと同時に、非常に驚いた。
まさか、香から手作りチョコを貰えるなんて、夢にも思っていなかった。

冬の間、相変わらず、3人はしょっちゅう鍋をした。
何鍋が好きかなんて関係無い程、色んな鍋をした。
色々試し過ぎて、終いにはチーズ・フォンデュ用鍋まで買ってきてやってみたが、
「これは、鍋料理かなぁ?」
というミックの素朴な質問と共に、1度きりで2回目は無かった。
最終的に、1番飽きずに食べたのは、水炊きだった。

3月になってから、香が教習所に通い始めた。
普通自動車免許は、18歳の誕生日の2ヶ月前から、教習所に入学できる。
最初はアルバイトとして雇った香を、
僚とミックは改めて、社員として採用した。
少しづつ、季節が移ろい始めていた。

教習所での香は、同年代の男子諸君からあからさまに注目を浴びた。
そんな事は想定内だった僚とミックは、香が通う日は厳重に送り迎えをした。
間違っても、送迎用のスクールバスなど利用させなかった。
秀幸の目が届かなくても、香には僚とミックという2人の心強い兄達がいた。

ホワイトデーには、2人から香にお返しをした。
いつも、ボーイッシュな出で立ちの香に、
春らしい甘やかな、淡いベージュのワンピースと、メイク道具一式だ。
これまで散々、色んな美しい女達を見て来た彼らは、
目の前の無色透明で極上の素材を、
これから、最高のレディに育て上げる楽しみを見つけた。

3月の終わりに、香のイカした相棒がガレージにやって来た。
僚と同じ、BMCクーパーで、色は可愛らしい象牙色だった。
香が愛用している、マグカップと同じ色だ。
香は何も言わないし、その愛用品にどんな思い入れがあるのかは解らないが、
僚は、香がその色を大好きな事だけは知っている。
だから、数台見つけた候補の中から、その1台を選んだ。
僚の思った通り、香はとても喜んだ。
そして、香は18歳になった。

秀幸と冴子が、6月に結婚式を挙げる事が決まった。
相変わらず、シスコン振りは健在だが、
それでも少しだけ、秀幸の中の何かが変わったと僚は思う。
それはきっと、兄妹の自然な成長と言えるだろう。
これから先、秀幸は第一に、妻との家庭を重んじるべき立場となるのだ。

4月半ば、
結婚が具体的に進み始めた秀幸と、久し振りに僚はキャッツで酒を飲んだ。
そして、秀幸に
香を、頼む。と言われた。
「どういう意味で?」
と確認する僚に、秀幸はニヤリと笑うと、解ってんだろ?と言った。
「まぁ、まだ今は早いケド。ゆくゆくは、アイツの家族になってやってくれ。」
「本気?」
それでも半信半疑の僚に、秀幸は真剣な表情で答えた。
「あぁ、お前だから、香を託す。香は多分、お前と居れば一生幸せでいられる。」
僚は、何か重いなぁ、兄貴よ。と笑うと、
「ま、俺の方こそ、多分幸せにして貰えるよ。」
と言った。
「でも、ハタチまでは手ぇ出したら、許さんよ?」
相変わらず、そんな事を言うシスコン兄貴は、何処までもシスコンだ。

4月の終わり、その年の上半期で最も驚く出来事が起こった。
秀幸に続き、ミックとかずえも結婚する事になったのだ。
しかし、お堅い秀幸とは対照的に、彼らは所謂、“デキ婚”ってヤツだ。
どうやら、ミックが散々恋人へ尽くした結果が、文字通り実を結んだらしい。
今現在、昨年秋の浮気騒動など、まるで無かったかのようなラブラブ振りだ。
3人の兄達の内、2人は結婚が決まり、
残り1人は、大事なお姫様のナイトとして、一生お仕えする事が、
お姫様の与り知らぬ所で、ほぼ確定した。

5月に入ってから、香の運転するクーパーに乗って、
僚と香はショッピングに出掛けた。
秀幸の結婚式に着て行く、香の衣装を選びにだ。
勿論、見立ては僚だ。
僚はこのうぶでカワイイ、今はまだ妹みたいな将来のパートナーを、
自分好みに育てて行く事に、余念がない。

僚は普段の香には、全く用の無いようなシックな、
セレクトショップに、香を連れ出した。
そこで、あれやこれやと香に試着させた。
張り切っているのは、僚と僚の顔見知りの店員だけで。
香は何処か、不機嫌だった。

最終的に、僚が選んだ香のドレスは、深いネイビーのAラインのモノだった。
タップリとした、シルクサテンの生地は、贅沢にギャザーが取られ、
首元を大きなリボンで結ぶ、ホルタ―ネックになっている。
ランダムに散りばめられた、銀色の大小様々なスパンコールが、
まるで夜空を彩る、星のようだ。

そのドレスを試着した香は、グッと大人っぽく見えた。
ホルタ―ネックから覗く、華奢な肩や鎖骨や首元は、
アクセサリーなど無くても、充分魅力的だ。
スラリと伸びやかな手足も、真っ白で艶やかな肌も、
そのドレスは、香の魅力を存分に引き立てた。
これに、しようよ。カオリン。
そう言って、僚が満足げに笑った。
香は、大きな鏡に映った、いつもとは全く違う自分がとても恥ずかしかった。
靴も、ドレスに合わせてネイビーのTストラップの、
柔らかなエナメルの、8㎝のヒールを僚が選んだ。
首から下は、完璧だ。
首から上、当の香本人は、不機嫌に膨れている。
しかし、このドレスが気に入らないという事では無い。
この着せ替え人形のような状況が、気に入らないのだ。
いつまでも子供みたいな、無邪気で我儘な僚だけのレディが、僚は大好きだ。

「・・・恥ずかしい。」
そう言って、香は困ったように僚を見上げた。
そして、
りょおはナニ着るの?と訊いた。
「あ?俺は、スーツ。」
それを聞いて香は、プゥッと膨れると、
「アタシも、男の子だったら良かった。」
と小さな声でボヤいた。
僚は思わず苦笑して、おまぁが男だったら俺が困るの、と心の中で思った。
「でも、似合ってるよ。」
耳元でそう言った僚に、香は思わず赤面した。
そして少しだけ、僚がそう言うんならそれでイイか、と思う。

世界はまるで、雨上りの晴れ渡った青空のように、僚と香の前に広がっている。
僚はいつか、香の為に真っ白なドレスを選ぶ日を夢見ている。


(おしまい)








SugarBoyなカオリン、漸く完結でっす!!!
ココまで、沢山の拍手やコメントを戴きまして、
誠にありがとうございまっす m(_ _)m

今回のお話しは、ほのラブをテーマに書いてみましたっっ❤
リョウちゃんは、思いっきりカオリンが大好きなんですが、
カオリンは、今の所、リョウちゃん好みに育成中でっす(´∀`*)

槇兄や、ミックにもそれぞれハッピーエンドを迎えて貰いました。
何か今回はいつも以上に、自分の書きたい事だけを書き散らしたワタクシですが、
それでも、温かいお言葉や、拍手や、ご訪問を戴き、
とっても嬉しかったでっぇぇぇっす(≧Д≦)カンシャシマッス

これからも、更新頑張ります!!! ありがとうございまああぁぁぁっす!!!


[ 2012/07/19 21:10 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(1)

お題03. 口笛吹いて

彼女の背後には、不穏な空気を撒き散らす、
無粋な輩が2~3匹、後をつけている。

彼女は、スラリとした華奢な背筋をぴんと伸ばし、
ポケットに手を突っ込んで、真っ直ぐに前を見て歩いてゆく。

駅の構内から、ずっとつけられていた彼女は、今現在、
口笛を吹きながら、昼間の歌舞伎町の人気の無い裏路地に入る。

背後に感じる、ダダ漏れの隠そうともしていない殺気に、
彼女は苦笑しつつも勿論気付いている、何を隠そう彼女は。

シティ・ハンターの相棒、依頼窓口担当・槇村香だから。



悲しいかな、こんな事は日常茶飯事だ。
肝心の、お金になる依頼は全然無いのに、
招かれざるチンピラばっかし、引き寄せる。
香は1人そっと、ごちる。
「はぁ~あ。なんの因果か、こんな奴らばっか・・・」
それでも最近は、凄腕スイーパーの相方なんかやってるのも、伊達では無く、
頭の中で、奴らを片付ける為の算段を始める。
(ま、こんな街中で殺気も消せないような奴ら。僚に頼るまでも無いってか。)
香は、口笛を吹きながら、一見呑気に歩を進め、
路地の奥の、袋小路へと奴らを誘導する。
この辺りは、僚にとっても庭だけど、
僚の夜遊びの手綱を握る、香にとってもまた、遊び(?)慣れた庭なのだ。
ココまで、脳天気に誘導されている彼らには、誠に残念ながら勝ち目は無い。

数分後、
3人の腑抜けた男達は、香の手によって3人纏めて縛り上げられている。
後は、香が匿名で110番通報でもやっとけば、彼らは間違いなく御用だ。
彼らのジャケットの懐の、如何わしい所持品。銃刀法違反の容疑だ。
もっとも、匿名の通報者の方も、同じく銃刀法には違反している。
3人の内のリーダー格(まぁ、彼女に言わせれば、ドングリの背比べだが)と思しき男のコメカミに、兄の形見のローマンを突き付ける。
「アンタ達、アタシ相手で助かったわよ。僚なら今頃、殺られてるよ?取敢えず、おまわりさんに保護して貰うからね♪」
そう言って、彼女は優しく微笑む。
彼女の言葉の裏側に、その相棒の影を感じ、
そして、彼らは確かに己の幸運を噛み締める。
まともに冴羽僚を相手にしていたら、きっと今頃地獄の門を叩いていただろう。
銃刀法で捕まって、これからは更生して生きて行こうとさえ、彼らは思う。
彼女は知らず、また愚かな輩を救っている。
「それじゃ、お元気で。」
そう言って、その場を立ち去りながら、110番する彼女には。
闇の気配など、微塵も無い。

彼女が去った路地裏に、呑気な口笛が響き渡る。
3人の物悲しい輩の目の前に現れた大男、冴羽僚。
今にも、ちびりそうになっている輩を、ニヤリと見下ろす瞳は地獄よりも深淵だ。
彼らに止めを刺す訳でも無く、ニヤニヤして彼女の残して行った、
仕事の手際の良さを、確認している。
警官が駆け付けたところで、自分達の関与を示す証拠は何1つ無い。
ジャジャ馬は、いつの間にか、すっかり頼れる僚の片腕だ。
僚は一言も発さず、ジャケットの懐から、
潰れかけたソフトパッケージの、マールボロを取り出すと、1本咥える。
よれよれの煙草を吹かしながら、僚はその場を後にする。
今頃、香はスーパーで晩飯の買い出しをしている筈だ。



いつものスーパーの入り口。僚が店内を観察すると、
レジ付近に、麗しの相棒の姿を発見する。

先程の3人組との遣り取りよりも、むしろ険しい顔つきだ。
依頼は、今月に入って未だ0件だ。

エコバッグを提げて出て来た香に、僚が軽く口笛を吹く。
気付いた香は、ニッコリ笑う。

「今日の、晩メシ何?」
「肉じゃがと、野菜炒め。お金無いから、あんまり食べないでね♪」

依頼は、今日も無し。
絡んできたチンピラ、3人。
晩メシ、肉じゃがと野菜炒め。
2人はゆっくりと、並んで家まで歩く。
いつの間にか、一緒に口笛を吹いている。

今日も平和な、“いつも通り”の新宿の風景だ。






つおいカオリンが書きたくて。
きっと、カオリンにとっては、チンピラさんよりも、
スーパーでの懐事情の方が、切実でっす(悲哀)
どうか、彼らに依頼の愛の手を・・・
[ 2012/07/21 00:05 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題35. 時間切れ

奥多摩の教会で、海坊主と美樹が結婚式を挙げてもうどの位だろう。
美樹の傷も完治して、もう既に店にも復帰した。
だから僚が香に、また気まぐれに思わせぶりな事を言ってからも、
同じだけ、時が過ぎた。
あんなに嬉しい事を言われたのは初めてだったケド、それと同時に香は思う。
ああ、またかと。僚のいつもの肩透かしだ。
これまで似たような事は何度もあったし、その度に香は、
自分自身が僚に対して抱いている感情と、向き合う事になる。
そしてその度に、諦める。
まさか、あの僚がこの私に、
そう言うつもりであんな事言ったワケじゃ無いだろうと。
都合のイイ解釈をするのは、止めにしようと香は思う。
きっと、相棒以上の感情を持て余して、ウンザリしてるのなんて自分だけだと。

もう、自分の気持ちを押し殺すのなんて、慣れっこだ。いつもの事。



あの湖の畔で、香を抱き締めてからもうどの位だろう。
今までに、あの程度の香との接触なんて、日常茶飯事だった。
自分達の職業上、
危ない所からアイツを抱き上げて、逃げ延びるなんて事も多々あるし。
気のおけない、相棒のフリをして白々しく肩を抱くなんて事も、しょっちゅうだ。
それでも、あの時だけは違うと僚は思う。
明確な意思を持って、香を抱き締めた。
何が何でも、香を守り抜いて、己も生き延びたいと、心からそう願った。
香を愛している1人の男として、あの華奢な体を抱き締めた。
僚は今でも、どれだけ時間が経過しようとも、
あの柔らかな香の感触が忘れられない。
もう1度、イヤ、1度と言わず何度でも、この腕に香を抱き留めたい。
何処にも行くなと、一生俺の元から離れるなと、縛り付けたい。
それでも、僚は自分自身の初めての感情に、正直戸惑っている。
それまで己が香に惚れている事に、重々自覚はあった。
しかしそれを明確に言葉にしてしまうと、もう我慢する事など出来なくなった。
想いは止め処なく溢れ、この1か月半ほど、殆ど病気だ。
朝から晩まで、香、香、香。
純粋な愛情から、邪な劣情、危険極まりない凶暴な独占慾まで。
ありとあらゆる不純な感情を抱いた自分自身に、僚は正直辟易している。
幾ら、香も己に惚れてくれているとしても、こんな男じゃ嫌だろう。
暑苦しすぎる。
自分だったら嫌だもん、と僚は思う。

このまま、家に居たらきっと、いつか香に本格的に嫌われてしまう。




だから僚は、いつも以上に飲み歩いて、現実逃避を図る。
だから香は、いつもの通り、お節介な相棒として制裁を加える。
そうすればまた、不毛な1日が終わって、不毛な1日が始まる。
何も始まりはしないケド、何も失う事も無い。
このスタンスさえ守れば、いつまでも2人、ずっと一緒に居られる。
新しい2人を始めて、何かを失う位なら、少しだけ物足りない今が1番イイ。
たとえそれが、弱虫で臆病な逃げの屁理屈だったとしても。



それでも本心は、2人とも別にあって。
本当は2人とも、欲しがっている。
確かな愛情を。温かな触れ合いを。優しい言葉を。
素直じゃない2人は、
温かな触れ合いを、ハンマーに変えて。
優しい言葉を、酔っ払いの戯言に変える。
たとえそこに、確かな愛情があったとしても。



だから今日も予定調和で、終了する予定だった。
だけど2人は気付いてしまった。
暴力の裏に秘められた切実な想いと、戯言に隠された情熱的な本心に。
だからもう、時間切れ。
気付いたからには、不毛な事をやっている暇など無い。
1分でも1秒でも早く、オマエ(アンタ)に触れなくては。



風呂上りのパジャマ姿で、だらしなく酔っ払った姿で、
鍵も閉めていない玄関先で、

今夜2人は、初めてキスをした。










え~と、必殺・初チュウ噺でっす!!
ワタクシ、色んなパターンの“お初”が書きたいので、
時期的な事とか、他の話しと齟齬があるとかの、
鋭いツッコミは、無しでお願いしまっす(爆)
奥多摩から、1か月と半なら、ワタクシとしては早いと思いまぁっす♪
もっと、ウジウジ・モヤモヤして貰っても、萌えまっす(ポッ)
チュウ噺、好き❤
[ 2012/07/21 22:32 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題14. 目に見えないもの

僚の腕の中で、香は考える。
目に見えなくても大事なモノは、きっとあると。
目には見えなくても、空気はある。
目には見えなくても、風は吹く。
目には見えなくても、匂いがある。
本当に大切なものが、目に見えないって事は結構よくある。


僚の圧倒的な力の前に、香は快楽に飲み込まれる。
きっと今、香が考えている頭の中の事も、僚には見えない。
目に見えなくても、想いはある。
目に見えなくても、絆はある。
目に見えないと解っていても、心の中が知りたい。
本当の中の中まで、知っておきたい。
だからきっと、こうして夜毎確かめ合うのかもしれない。
目に見えない“気持ち”という、曖昧な塊を、
形にして、お互いの心と体を求める。


僚の唇が首筋を上って、香の耳に辿り着く。
熱くて湿った息が、香を擽る。
言葉に出来ない、事がある。
言葉に出来ない、気持ちがある。
言葉にしてしまうと、何かが少しづつ違ってしまう。
頭で思っている事の、100分の1も言葉では表せない。
だから香は、僚に触れる手から、
ホンの少しでも想いが伝わりますようにと願う。
言葉にならない声で、僚を求める。
目を閉じて、見えない僚を感じ取ろうと心がける。


僚が香の髪に顔を埋めて、くぐもった声で楽しげに訊ねる。
「何、考えてた?カオリン」
こんな風に楽しそうに、私を抱くあなたが。
こんな風に愛おしげに、私に触れるあなたが。
とても好きなんだって、考えてた。
絶対に失いたくないと、考えてた。
自分と同じように僚にも、そう思って欲しいと考えてた。


香は僚の厚い胸に顔を埋めて、僚の背中に腕を回す。
「目の前の僚と、目に見えない僚の事考えてた。」
香の声は、先程までの余韻を含んで、甘く僚の耳に絡みつく。
僚の瞳、大きな手、薄い唇、長い脚、柔らかな髪の毛、額に滲む汗。
僚の心の中、考えてる事、感じている事、匂い、鼓動。
僚の全部。
「見える俺も、見えない俺も全部俺で、全部お前のモンだ。」
そう言って香を見詰める僚の眼は、逆もまた然りだと物語っている。
香には何故だか、それが解る。
僚の言葉にしない言葉が、香には解る気がする。
見えている私も、見えない私の心も全部が私で、全部僚のモノだ。
それは多分、傍から見ると狂っている理論かもしれない。
だけど2人にとっては、何より甘くて幸福な、お互いを縛る心の鎖だ。
たとえ目には見えなくとも、お互いが相手を裏切るような事は死ぬまで無い。


昔の2人は、目に見えないお互いの心に臆病になっていた。
目に見えないから、解らなくて、もどかしかった。
目に見えない事が、言い訳や免罪符になって、お互いを傷付けた。
だけど、目に見えなくても、確かにそこには大切なモノがあった。
目に見えない事こそ、むしろ大切で大きな愛の塊だった。

目に映るモノは、時として錯覚も同時に映す。
本当に大切なモノは、きっと目には見えない。








めっちゃ、短い上にお2人セックス中で、
その上、何が言いたいのか良く解らなくなってしまった(汗)
多分、すんごく好きって事。
[ 2012/07/22 19:27 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題83. うたた寝

それは、信じられない程暑い、とある夏の1日。
炎天下の中、ナンパに励む僚であったが、
その日課が不毛な事に、今日ばかりは、ハタと気が付いた。

まず第一に、こんなにギラギラと激しい日差しが照り付ける中に、
まずもって、カワイコちゃんは歩いていない。
たとえ歩いていたとしても、歩みを止めて僚に付き合う子なんかいない。
何しろ、皆一刻も早く日陰と冷房の元に移動したいのだ。

第二に、僚自身このクソ暑い中、いつものジャケットを羽織っている。
しかし、こればっかりは脱ぐワケにもいかない。
何しろ、ジーンズの腰に、“相棒”を携えている。
こんな汗だくの暑苦しい男、きっとモッコリちゃんにしてみれば、
なに、あれ?だっさっぁぁぁぁあいっっ。である。
それ以前に、僚自身、暑さの限界である。

そして第三に、・・・香が歩いていない。
少し暑さがマシな午前中には、1度伝言板を見に行ったらしい。
僚がブランチにありついている時に、香は帰って来た。
そう言えばあの時、香はエコバッグを持っていた。
そして何やら、買い出して来たモノを、冷蔵庫へ仕舞ってたっけ。
香の行動は、いつだって天気予報に基づいている。
きっと午後からのこんな暑さを見越して、
外に出ないで済むようにとの事だろう。

そこまで思い出して僚は、決めた。
だぁぁ~~~っ!!今日は、ヤメだ、ヤメ!!!モッコリちゃんのモの字もねぇ。」
僚は誰に言うでも無く、そんな事をのたまうが、
実際にはこの場合、香に遭遇する見込みが無いと踏んでの事だ。
なのでこの場合のモの字と言うのは、香の事だと解釈するのが妥当である。


そういうワケで、僚はリビングでエロ本を読むべく自宅へ戻る。
帰り着いた我が家は、ヒッソリと静まり返っていた。
まずは、リビングを覗いてみるも、香はいない。
そこでキッチンと、客間を覗いてみても香はいない。
(キャッツか???)
確かにウチでは冷房を入れないので、この暑さに堪りかねて、
冷房ギンギンの、都会のオアシスへと涼みに行ったんだろう。
僚は少しだけ、
なぁんだ、キャッツ行きゃ良かったな。
なんて思うが、今更外には出たくないので、気持ちを切り替える。

「良いモン、良いモン。鬼軍曹カオリンなんていない方が、エロ本だって満喫できるもぉおん!!」
その前に、まずはシャワー、シャワーと。
僚は盛大な独り言と共に、
着替えのボクサーパンツを、人差し指でクルクルと回しながら、
バスルームへと向かう。
いた。
モの字である。バスルームの真ん前。廊下の真ん中で。
まるで真夏の猫のように、ダランと伸びてうたた寝している。
何で???
僚の頭上を、クエスチョンマークが飛び交う。

僚は暫し、香を観察する。
超短いデニムのショートパンツ。そこからスラリと伸びる細くて長い脚。
モチロン、素足でスリッパもなし。つま先を見ると、薄いピンクのペディキュア。
淡い杢グレイの綿のキャミソール。至ってシンプルだが、
裾にクリームイエローのピコットレースがあしらわれている。
キャミソールの肩紐とは別に、薄いピンクの肩紐。
ヒップハングのショートパンツと、ヒラヒラしたキャミソールの間に見え隠れする、
白い肌が眩しい、華奢なウエストライン。
ソファの上から持って来たと思しき、香お気に入りのクッションに顔を埋めて、
俯せでスヤスヤと眠っている。

どうやら、クッション持参の所を見ると、
敢えてここを、昼寝の場所として選んだと思われる。
この廊下は、部屋の内側にあって、窓も無いので直射日光が入らない。
その分少しだけ、薄暗くひんやりしている。
床はフローリングで、壁はコンクリート打ちっぱなし。
窓が無い割に、何処からか風通しはあるらしく、
確かに家中で、1番快適な空間かもしれない。
例えば犬や猫なら、間違いなくココで昼寝しそうだ。
そう思って僚は、思わず苦笑する。

「おまぁは、猫かっつーのっっ。」
そうは言うモノの、僚の口調はあくまでも穏やかで、
香の昼寝を邪魔しないように、優しくその猫毛を撫でる。
僚もついつい、香の横に寝そべる。
「あ、想像以上に、快適。」
気が付くと、僚はうたた寝していた。



数時間後、冴羽アパート前舗道。
少しだけ青い絵の具を薄めたような、夏の宵。
未だ気温は高いが、日差しが無くなった分凌ぎやすくなった。
ミック・エンジェルは、いやらしい笑みを浮かべて、6階を見上げる。
手には、先日の取材土産の立派な白桃の入った、白い箱を持っている。
かずえは、今日は教授宅へ泊まり込みである。
香はきっと今頃、夕飯の支度をしているだろう。
こんな時間を見計らってやって来たのは、夕飯のご相伴にあずかる為である。
カオリを驚かせるために、コッソリキッチンにお邪魔しよう♪グフッ
などと思いながら、ミックは6階へ赴く。



オーマイガッッ!!!
ミックの大声で、僚がガバッと起き上がる。
香もむにゃむにゃ言いながら、目を擦りつつ起き上がる。
「・・・っっんだょ、ぅるせぇなっっ!!!」
僚が迷惑そうに、ミックを睨む。
「何だよは、こっちの台詞だリョウっっ!!!2人してこんなトコで倒れてるから、一瞬何かあったかと思うじゃないかっっ!!!・・・・って、オオゥ。マーヴェラスッッ♪」
途中まで、怒り口調だったミックの視線が僚から香に移った途端、
ミックは、ヨダレを垂らす。
視線の先、寝惚けてポヤンとした香のキャミソールの肩紐は、
片側が完全に肩から落ちて、
淡いピンク色の白いレースで縁取られた、カワイらしいブラジャアが覗いている。
僚は盛大に眉を顰めると、
「テメェ、何しに来たんだょ?っつーか、勝手に人のモン見んじゃねぇ。殺すぞ。」
と寝起きとは思えぬレベルの殺気を放つ。
「相変わらず、狭量だねぇ。リョウちゃんは♪」
ミックはどこ吹く風で、飄々と答える。
恐らく、僚のこのレベルの殺気を受け流せるのは、世界広しと言えど、
ミックか、海坊主ぐらいのモンである。

「何しにって、お土産を持って来たんだよ。」
ミックはそう言って、香に持参した白桃を見せる。
うわぁあ~。
香は寝グセでピンピン跳ねた髪の毛や、
クッションの縫い目がクッキリと痕になった頬など、
微塵も気にする事無く、ニッコリと微笑む。
「いつも、ありがとお~~、ミック♪」
「どう致しまして。」
そんなすっとぼけた遣り取りをする、カワイイ相方に、
僚はブスッとしながら、釘をさす。
「おまぁ、土産はどうでも良いケド。肩紐直せよ。見えてっから。」
香はその事実に初めて気付いて、えへへ。と肩紐を直しながら頭を掻いている。
そんな無防備な彼女に、僚は大きく溜息を漏らし、ミックは苦笑する。

その後案の定、
夕飯は食べたかと訊ねた香に、
今晩は、かずえがいないんだとミックが答え、
予定通りその晩ミックは、冴羽家で夕飯を食べた。







暑いので、こんなうたた寝になっちゃいました♪
でも、きっと2人が廊下で寝転んでたら、
他の人が見たらギョッとしますね~
(((;゜Д゜)))な、なにかあったの?って。
[ 2012/07/23 20:58 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題43. ため息

《槇村 香の場合》

はぁっ~~。
珈琲の薫り漂う店内で、彼女の溜息が零れる。
只今、8回目の溜息である。
彼女が席について、僅か5分14秒後の事だ。
この店が繁盛していて、客の出入りがソコソコあれば、
たった1人の客の、そんな溜息など、響き渡る事も無いのであろうが、
如何せんココは、喫茶キャッツ・アイなのだ。
客は、槇村香ただ1人。
従業員は、伊集院夫妻。
必然的に、その溜息の理由を訊ねる事となる。

「どうしたの?香さん。」
美樹が訊ねる。
「何が?」
香は、キョトンと首を傾げる。自覚が無いようである。
美樹は思わず苦笑する。
「…何がって、溜息8回目よ?何かあった?」
「や、やだ。美樹さん数えてたの?…恥ずかしい…」
香は途端に、赤面する。そして、
まぁ何も無いと言えば無いし、あると言えばあるのよねぇ。
と、意味不明な事を呟く。

「まぁ、まず無いと言えば、依頼よね。
 これは相変わらず、今日も無かったわ。すると、必然的にお金も無い…
(以下、香の際限無い呟き。)
 
 僚のヤツは、ヤル気が無い。
 先週1件だけ、男性からの依頼があるにはあった。
 それを僚は、香の入浴中に勝手に断ってしまった。
 あるのは、僚の有り余る食欲と性欲。
 この間、僚宛に代引きで小包が届いたので、
 なけなしの生活費で支払ったら、ただのエロ本と、エロDVDだった。
 香にはどうしてそうなったのか、未だ理解不能だが、  
 先日、僚が風呂場のドアを破壊した。強靭なモッコリで。
 そのドアの修繕費も捻出しないとだし。
 仕事をヤル気は無いクセに、バカみたいに食べるし。毎晩、飲み歩く。
 それに、やらかすのは僚だけじゃない。
 この前、武器庫を片付けていた香は、誤ってバズーカぶっ放した。室内で。
 その時に、ちょこっと(?)壊した壁の修理もしなきゃだし。
 
 ‥‥ん~~、色々あるっちゃあるけど、ま、いつも通りかな。」
そう言って、ニッコリと微笑む彼女に、伊集院夫妻は深い深い溜息を吐いた。





《冴羽 僚の場合》

ハァッ~~~。
馴染みのバーで、酒を煽りながら僚は、今夜何度目か解らない、溜息を吐く。
溜息と一緒に、煙草のケムリも盛大に吐き出す。
気が付くと煙草は、いつの間にか本日2箱目の封を切っていた。
隣では、腐れ縁で元同業者の、ミック・エンジェルが苦笑する。
辛気臭いなぁ、リョウ、と。
僚は内心、知った事かと呟くが、反論する程の元気も無い。
ガキみたいに元相棒と、言い合いするのも面倒臭い。

大体、アイツは解ってねぇ、と僚は思う。
“アイツ”というのは、現相棒で、相棒以上恋人未満の、槇村香の事だ。
まぁ、恋人未満とはいえ、チュウぐらいはする。ガッツリする。
しかし、僚の考える“未満”というのは、セックスはまだしていないという事だ。
僚にとってそれは、死ぬ程重要な事なのだ。
だから、香とセックスをしない内は、まだまだ死ぬ訳にはいかないのだ。
それなのに、アイツときたら!!!
僚はビシバシ、フェロモンビームを発しているってのに、全く効かない。
未だ嘗て、これ程までに苦戦した女など、僚は初めてだ。

そんな僚の悶々とした葛藤など、知ってか知らずか。
香は平気な顔して、男の依頼など取って来る。
しかも、どう考えても、相手は香への下心満載の、
鼻の下を伸ばした、中年オヤジ(怒)
僚は、込み上げる殺意を何とか押し留めて、
香の居ない隙に、断りの電話を入れた。そしてその晩、簀巻きで吊るされた。
ちったぁ、俺の苦労も解ってくれ、相棒よ、と僚は思う。

この前は、僚の大事なコレクションを、
香は届いたその日に、ゴミ箱にブチ込んでいた。
香としては、このお金の無い時に何無駄遣いしてんだという心情だ。
しかし、一方の僚に言わせれば、
コレクターの心理というモノを、全く理解していないという事らしい。
この価値観に関しては、恐らくどんなに膝を詰めて語り合っても、平行線だ。

それに、アイツは無防備過ぎると僚は思う。
この間僚は、脱衣所で香の下着を発見した。
恐らく、洗った後で干す前の、
その可愛らしい可憐なパンティちゃんは、脱衣所の片隅にヒッソリ落ちていた。
只今、欲求不満全開の僚にとって、それはエサである。
そりゃ、モッコリもするってもんだ。
何処がどうしてそうなったのか。
気付いたら、風呂場のドアは大破していた。
僚は少しだけ、自分のナニが空恐ろしくなった。



そんな日々の色々を考えていると、僚は知らず溜息を漏らしてしまう。
しかし必ずや近い内に、
この溜息を甘い吐息に変えてみせると、
氷が解けて少しだけ薄くなったバーボンを、僚は一息に煽った。









こここ、怖ぇ~っす。
冴羽さんの、もこーり。
(((;゜Д゜)))ガクブル
[ 2012/07/24 22:41 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題17. 照れ隠し

それにしても、変われば変わるもんだと、
2人を知る面々は、皆一様にそう思う。
特に、冴羽僚に関して。
彼がこんな風になってしまうとは、少し前に誰が予測できたろう。
冴羽僚と、槇村香。
彼らが、晴れて公私共にパートナーとなって、早数ケ月。
身も蓋も無い表現をすれば、デキてる2人だが。
ヤル前とヤッタ後で、彼がこれ程豹変した事は、
彼らの数少ない交友関係の中でも、ちょっとした波紋を呼んでいる。

言いだしっぺが誰だったのかなど、もうこの際、どうでもイイのだが、
真夏の熱帯夜、それぞれの家庭でバラバラに過ごす夜を、
たまには1か所に集まり、節電も兼ねて飲み会を開催する事になった。
場所は勿論、キャッツ・アイ。
閉店後の店内で、冷房だけは利かせているが、照明は落としている。
その代わりに、大きなキャンドルを数か所に設置している。
料理は各々持ち寄ったり、買って来たり。
美樹と香は、昼間から張り切って、奥の厨房で作ったりもした。
男達は、皆よく食べるが、それ以上によく飲む。
だがそれに関しては、一切心配ない。
この店の地下には、業務用並みにバーボンが備蓄されている。
それに、ビールやワインや焼酎も、一般家庭とは思えない量のストックがある。

以前の僚は、香を男女呼ばわりしていなかったか?
香を、唯一モッコリしない女だとか。
親友の妹だとか。お節介女だとか、暴力女だとか・・・・・
言ってたんじゃ、なかったのか?
誰もそんな彼の言葉を、そもそも本気にとる者などいなかったが、
それにしても。
僚自身は、以前の己の言動とのあまりの乖離に、矛盾は覚えないのかと、
そちらの方を、皆考えてしまう。
開き直りと言ってしまえば、それまでだが。あまりにも、甚だしい。
今まで散々、心配してきたのは何だったのかと。少しだけ、イラッとする。
何より、その彼の言動に振り回され続けた、彼女の数年間はどうなるのだ。

そして、今この現状である。
香はビールとワインをソコソコ飲んで、ほろ酔いである。
僚はそもそもザルなので、相当に飲んではいるが、
まだまだ酔いは回っていない。
だからこれは、完全なる僚の悪ノリで、
飲み会に乗じて香に甘えているだけである。

香の隣に座り、香の柔らかいホッペをグニグニ摘む。
柔らかい猫毛を、ぐしゃぐしゃとかき回す。
満面の笑みで、肩を抱く。隙あらば、チュウしようとする。
そんな相棒に、香は恥ずかしいやら、暑苦しいやらで、辟易している。
そもそも照れ屋な香は、
そんな事は2人だけのリビングや寝室だけで、やってくれと思っている。
意外にもクールなのは、彼女の方かもしれない。

『もぉ~~、りょお、うざいぃぃっ~~~~!!』
『暑いから、引っ付くなっつーの!!!』
『い~や~だ~、何かりょお、オジサンの臭いがする~。』
ほろ酔いの香に、先程から散々な言われ様だが、
僚は一切、気にしていない。
彼女のそんな一言一言に、ウンウンと頷いて、
しかし、いちゃつくのを止めるつもりは無いらしい。
酔った香は、言葉だけでは無く、手も出るらしい。
唇を突き出して、ん~❤、なんてキスを迫る僚にビンタを喰らわしたり、
カオリン、やぁらかい❤なんて言って、少しだけヒゲの伸び始めた頬で、
頬擦りして、嫌がる香にグイグイ前髪を引っ張られたり。
それでも、僚はニコニコと笑いながら、香の軽い暴力に甘んじている。
むしろ、それを楽しんでいる。



「僚って、意外に甘えただったんだ~。」
そう言って、麗香が唖然とする。かすみは、眉をハの字にして苦笑する。
「なんかあんな冴羽さん見たら、私の数年間の片思いって何だったんだろうって、不思議になりますよね~。今はどう見ても、“他人ん家の旦那さん”なんだも~ん。」
美樹もクスッと笑って、呟く。
「あの位で済めばいいケド。もう少しで、香さん切れそうね。」
かずえは、そんな2人を見て、ミックに訊ねる。
「ねぇ、あれって一応、ドメスティック・バイオレンスって言うのかしら?」
ミックは、ニッコリ微笑んでかずえに答える。
「フフフ、あれはそんなんじゃないさ。見てごらん?リョウったら、スゲェ喜んでるだろう?あれは、プレイだよ、カズエ。アイツ等、アグレッシブだから。」
そう言って、ミックが姦しい女性陣にウィンクを寄越して、
彼女たちが成る程と、頷いた所で、
ドッグワァッァァ~~ン
と、激しい破壊音と、地響きが起こる。

彼らの視線の先には案の定、
いつにも増して大きな恥らいハンマーと、
その下敷きになって、尚もヘラヘラする僚と、
真っ赤な顔をして、肩で息をする香がいた。
「だぁかぁらっっ、そ~ゆう事は、お家でやってって言ってるでしょ??」
そんな事を言われて、僚はハンマーの下で、
お家だったらやってもイイんだぁ、などとにやけている。
海坊主は、フンッと鼻を鳴らすと奥に箒と塵取りを取りに行った。
慣れたモンである。
美樹は予想通りの展開に、ヤレヤレと肩を竦めて、
カウンターの中の、冴羽家専用被害請求メモに、今回の被害額を書き込む。


喫茶キャッツ・アイが、無傷で1日を終える日は、まだ遠い。







カオリンの照れ隠しには、
リョウちゃん(ドM)、命懸けでっす。
[ 2012/07/25 22:24 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題13. 絆創こう

「どうしたの?それ。」
僚がまるで何かのついでみたいに、香にそう問う。
モグモグと、口一杯にご飯と、里芋の煮付けを頬張りながら。
如何にも、どうでも良いんだけど的な空気を出しつつ、
その実、これっぽっちもどうでも良いなんて思ってはいない。

香の指先に巻き付いた、ばんそうこう。
華奢な指を、肌色のテープが護っている。
香の事なら、隅から隅まで自分が守りたいなんて思っている僚は、
だから、そんなちっぽけなテープにも、嫉妬する。
自分でも、馬鹿げている事は自覚している。
自覚していても、改めるつもりはサラサラ無い。

「あぁ、これ。」
香は自分の指先を、じっと見る。
さっきね、と事の顛末を説明する。
今、食卓に並んでいる春雨サラダにかけた、
中華ドレッシングが無くなったので、分別しようと瓶を濯いだ香は、
注ぎ口のプラスチックを外そうとして、フチの鋭くなった部分で切ってしまった。
何てこと無い、家事をやってたら誰しも1度はやリがちな、小さなケガ。
香は気にも留めていなかった。

「消毒は?」
そう言う僚に、香は思わず苦笑する。
普段は香の事を男女呼ばわりして、シレッとしているこの男は、
時々、どういう風の吹き回しか、こんな風に極端に過保護になる。
かの妹バカの兄上ですら、これ程じゃ無かった。
香は笑いながら、大げさだよ。と答える。
僚は眉間に深く皺を寄せて、味噌汁を啜る。

カワイイ僚の相棒は、大げさだよ。と言って笑う。
僚は、自分でも眉間に皺が寄った事を自覚する。
確かに、大げさかもしれない。
ただの小さな切り傷かもしれない。
だけど僚には、それがどんな傷であれ、香がケガする事が許せない。
味噌汁を一口啜ると、僚は救急箱のあるリビングへと席を外す。
消毒液と、換えの絆創こうを取りに。
背中に向かって、香が何やら言ってる事はこの際、無視だ。

灯りを消したリビングの、いつもの場所にそれはある。
その箱を開けて、消毒液の匂いを嗅いだ途端、僚は思わず自嘲する。
目に見える傷だから、許せないのか?
あの真っ白い、華奢な指に傷が付く事が?
それなら、心の傷はどうだ?
見えなければ、良いって事か?
とんだ、ご都合主義だな。
アイツの心を傷付けて、泣かせているのは、いつだって他でも無い、自分だ。
そんな自分が、たったあれ程の小さな傷一つ、許せないなんて。
狭量で、自分勝手にも程がある。
それでも、嫌なモンはヤなの。
誰にともなく呟いて、僚はキッチンへ戻る。

さっきは、如何にも不機嫌に席を立った僚が、
一転、ニタニタしながら戻って来た。手には、消毒液と脱脂綿と絆創こう。
こういう時、香には僚の考えている事が、良く解らない。
別に、今じゃ無くてもイイだろうに。
ご飯位、ゆっくり食べればイイのに、と。
「ホレ、出してみ。」
「ご飯の後でイイよ。」
香は苦笑する。
「良いから、ホレ。」
僚の口調は、有無を言わさない。
こうなった僚は、一歩も引かない事を香は知っている。
香は諦めて箸を置くと、絆創こうを巻いた右手を差し出す。
僚は先程、香が自分で巻いた絆創こうを剥がす。

少しだけ、僚よりも低い体温のひんやりした、指先。
綺麗に切り揃えらえた、艶やかな爪。
その真っ白な肌に、薄っすらと滲む赤。
香が生きている、証。
僚は思わず、その指に口付けたくなる衝動を、必死に抑え込む。
消毒液を浸したら、香が少しだけ眉を顰める。
その表情が少しだけ、僚にイヤラシイ事を連想させる。
僚は勝手に、自分の心の中で誓いを立てている。
この女を傷付ける、全てのモノから守る事。
理不尽な悪意から。偶然の不運から。己の煩悩から。
彼女に、邪な思いを抱く事は、すなわち自分自身の誓いを破る事に他ならない。
だからずっと、僚は香を女扱いしない。
それが、たとえ狭量で我儘な、自己満足でも。

ニタニタしていた僚は、今度は何やら真剣な様子で、香の指を消毒している。
香にしてみれば、こんな些細な切り傷が、
一体、僚にどんな思いを抱かせているのだろう。
そう思うと、香の胸が痛む。
いつだって僚は、香がどんな些細なケガでも、傷付く事を嫌がる。
僚とのこの数年の生活の中で、香はもう既に嫌という程、知っている。
でも、香は思うのだ。
僚のこれまで背負って来た傷に比べれば、この位何だって言うんだろう。

香はいつだって、僚を傷付けたくない。
いつも自分ばかり守られているけれど、ホントは自分が僚を守りたい。
香の目には、僚はいつだって、傷付きやすい繊細な普通の男に見える。
僚は凄く強いんだけど、ホントの僚は、もっと違うと香は思う。
言葉では上手く言えないけれど、僚は多分色んな事に傷付きながら生きている。
香は僚の、目には見えない心の傷を護る、絆創こうになりたいと、思う。
何も言わずに、そっと僚の痛みを受け止めたい。
微力でも僚の傷を癒す、一助になりたい。
いつも、いつも、香はそう思っている。

それは、無意識の行動だった。
俯いて、優しく香の指に触れる僚が、酷く何かに傷付いてるような気がして、
香は思わず、その頬に唇を寄せた。
一瞬、お互いにポカンと見つめ合い、直後、2人して真っ赤に固まる。
「・・・な、何だよ。急に。」
珍しく、僚が動揺している。
香も我が事ながら、軽くパニクッっている。
「・・・お礼、絆創こうの。」
香は、そう言うのが精一杯だった。
「お、おぉ。そうか。」
僚も、そう答えるのが精一杯だった。
「ごごごご飯、食べよう。」
香が、何とか軌道修正を図る。
「そ、そうだな。とりあえず。」
物凄くぎこちないが、僚も香のその提案に、乗っかる事にする。



それでも2人は何だか胸が一杯で、その晩の食事はあまり進まなかった。
2人は敢えて、何も言葉にはしないケド、
お互いが、お互いを護る絆創こうのような存在でありたいと、願っている。








リョウちゃんが、カオリンに過保護な時って萌えまっす♪
カオリンは、守られるよりも、守りたいと思ってそうでっす。
[ 2012/07/26 21:37 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題55. 準備OK?

槇村香は今現在、生まれてからこれまでで、恐らく1番混乱している。


半年ほど前、伊集院夫妻の結婚式の日。
色々とひと悶着あって、辿り着いた湖の畔で、
香は僚に、1番嬉しい言葉を貰った。
これまでの数年間、自分ばかりが叶わぬ恋をしているとばかり、思っていた。
これまでに何度かは、本当に僚の元を離れるべきか、真剣に悩んだ事もある。
それでも、一緒にやって来られたのは、心から僚を尊敬してるから。
スケベで、だらしなくて、意地悪で、どうしようもないヤツだけど。
僚の魂は、崇高で誇り高い。
香は僚が、世界一の腕を持った男だから好きな訳じゃない。
むしろ、そんな風に僚を見た事など、1度も無い。
ただの普通の1人の男として、過酷な運命と真正面から向き合って生きる僚が、
とても、カッコ良くて、愛おしい。

最初は多分、ただの憧れだった。
第一印象こそ最悪の、変顔男だったけど、ホントは強くて優しい男だと知った。
何より、あの兄貴が認めた男だから、それだけで香は僚を信じる事が出来た。
僚の相棒になってから暫くは、僚のようになりたいと、
僚のアシストを上手くこなしたいと、そう言う気持ちだった。
事件を解決して、晴れやかに元の生活に戻る、依頼人たちの笑顔を見て、
自分に出来る事は無いかと、必死で僚の後を追いかけた。
それがいつしか、恋に変わった。
僚のこれまでの人生を、少しづつ知るようになって、
言葉で言わない僚の悲しみや、痛みを理解したいと思った。
理解出来なくても、傍に居たいと思った。
僚も香も、失ってばかりの人生だったから。
香は自分だけでも、僚の傍から離れる事は無いのだと、そう伝えたかった。
本当の家族になりたいと思った。

それでも、それは並大抵の事では無い事も、重々解っていた。
何度、香にはそんな大それた願いなど、無理じゃなかろうかと思ったか。
所詮、僚は孤高の人で。
家族なんて、求めてはいないのかもしれないと、香は涙した。
自分は、僚には必要では無いのかもしれないと。
それでも少しづつ、解って来た。
僚は求めていないのでは無くて、求めてはいけないと思っている事に。
僚がそうやって、これまで色んなモノを諦めて来た事に。
その事に気付いた香は、やはり僚を思って泣いたけど、
その涙は、もう前とは違った。
たとえ僚が自分を必要として無かったとしても、そんな事よりも。
香は絶対に、僚を裏切らない事。僚の元に居続ける事。常に僚の味方でいる事。
その事の方が、大事ではないかと、香はいつしか考えるようになっていた。

香は自分の恋が叶えられる事は、殆ど諦めていた。
別に女として僚に見て貰えなくても、相棒として傍に居れたらそれだけでイイと。
だから、あの日の湖での僚の言葉は、比喩でも何でも無く、
死んでもイイ、とさえ思えた。
僚も、自分と同じように考えていてくれた事。
一緒に生き抜いて、最後には笑って死ねるように、2人で過ごそうと思った。
でも香は、ハッキリ言って奥手なので。
一緒に生きてゆくという事が、どんな事なのか、
具体的には何も、イメージ出来ていなかった。
目の前で、ファルコンと美樹の結婚式を見たけれど。
恋人や夫婦というモノが、実際どういういモノなのか。
ハッキリ言えば、『夜』をどうやって過ごすのかは、全くの無知である。
僚はその道のエキスパートだが、香はカラキシ素人で。
この半年間、香は僚の微妙な変化に戸惑って来た。

少しだけ、僚は前よりも優しくなった。
香を男の子扱いしなくなった。
料理を褒めてくれたり(それでも、一言ウマイって呟くだけだけど。)、
夜遊びしないで、一緒に居てくれる事も、前よりは多くなった(あくまで前よりは)。
今までみた事も無いような顔で、香を見詰める。
香はその度にドキドキして、何か変な感じだった。
女の子として見られるって、こういう事?それはとてもじゃないケド、
心臓に悪い。
正直馴れないせいか、今までの方が香にとっては、居心地が良かった。
1度だけ僚が、悲しそうな顔で香に訊いた。
俺に、こんな風にされるのイヤ?
香には、良く解らなかった。
モチロン、僚が香を思っていてくれる事は、嬉しいし、全然やじゃ無いケド。
でも、ドキドキし過ぎるから。
今まで、6年以上一緒に暮らしてるのに、
まるで、つい最近出逢ったヒトみたいで。
男の顔した僚なんて、香は知らなかった。
香には、心の準備なんか全然出来ていなかった。
『やじゃないケド。』
そう言って俯いた香に、僚は優しく微笑むと、
『けど?』
と先を促す。
『・・・けど、ドキドキし過ぎて、死にそうになる。』
香のその言葉に、僚は満面の笑みで香をそっと抱き締めた。
そして、言った。
『じゃあ、少しづつ馴れていこうか。これから先、俺はおまぁに下心満載だから。』


そんな遣り取りからも、既に1か月ほどが経過していた。
ついさっき夕飯を終えて、僚と香はリビングで寛いでいた。
2人は、香の淹れたコーヒーを飲み、
香は床に直接座って、ソファを背凭れにテレビを観ていた。
僚はソファに寝転んで、新聞を読んでいた。
何の変哲も無い、いつもの2人の夜。
だから香は、油断していた。
まさか僚が、心の中でその時を虎視眈々と狙っているなんて、予想外だった。
「香。」
そう言って、名を呼ぶ僚の声は穏やかだった。
香は僚に、そんな風に名前を呼ばれるのが、大好きだ。
香は振り返って、僚に向き直るとニッコリ笑う。
「ん?コーヒーお替り?淹れて来ようか?」
僚は、そんな香の問いには答えない。表情は、至って穏やかだ。

香の心臓が、ドキンと跳ねる。
あ、まただ。と香は思う。
僚が男の人の顔をして、香を見詰める。
ソファの上と下で、向かい合って座って見詰め合う。
香はドキドキして、耳まで真っ赤だ。
僚は何も言わず、ただニコニコして香の柔らかなクセ毛を撫でる。
そして、どの位そうしていたのか。
香が少し落ち着いて、僚どうしたのかな?という事を考えられる位になった頃、
僚がソファの上から、ズルズルとお尻を滑らせて、床に降りた。
いつの間にか、香は僚の両膝の間にスッポリと収まって、
僚と見詰め合っていた。
僚はゆっくりと、香の躰を抱き締めると、まるでスローモーションみたいに、
ふわりと、香の唇へと降りて来た。
コーヒーと煙草の匂いがして、香の心臓は一気に早鐘を打った。

男の人の、僚の唇が、こんなに柔らかいなんて、香は知らなかった。
悲しくなんて無いのに、香の目から涙が零れた。
僚はクスリと笑うと、香の涙を舐め取った。
そして、もう一度キスをした。
香はその時改めて、僚を誰にも取られたく無いと思った。
他の女(ひと)にも。僚を狙う輩にも。神様にも。
僚を、自分の前から連れてかないでと、心底そう思った。
香の唇から離れた僚は、今度は香の真っ赤になった耳にそっと囁く。
「取敢えず、今日はここまでな♪すこぉしづつ、馴れていこうね、カオリングフッ。リョウちゃん、頑張るねっっ♪」

先程までの男前風の表情が一転、そんな事を言う僚は、
厭らしい程、にやけていて。
香はその見慣れた顔に、嫌な汗が出る。
えーと、この僚って、あの夜這いしてる時とか、ナンパしてる時の、
“変態リョウちゃん”の顔じゃない?
・・・とりあえずって?
・・・今日はって?  
・・・少しづつ、馴れるって?
・・・頑張るって、何を?
香は、まさかと思うも、それはきっと僚の言う“モッコリ”ってヤツで。
想像しただけで(肝心な部分は靄がかかっているのだが)、眩暈を覚える。
今現在、香は軽くパニック状態だ。


もうそろそろ、覚悟を決める時が来たようだ。
僚がもう1度、優しげに目を細めて香の耳元で囁く。
「なぁ、準備OK?」






リョウちゃん、変態モードと、色男モードを、
巧みに使い分けておりまっす(′∀′)もはや、職人芸でっす。
カオリン喰われるの、時間の問題に突入しました♪
[ 2012/07/27 23:57 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題33. 身長差

冴羽アパート7階、寝室。
数ケ月前までは、そこは僚一人の寝室だったが、
今現在そこは、僚と香の2人の寝室になってしまった。
数年前には、考えられないような話だが、香が6階の客間で眠る事はもう無い。
言わずと知れた、新宿の種馬は、きっと性豪で。
毎夜、眠る暇も無くパートナーを愛でるのかと思いきや、
それがそうでも無いのだ。
確かに、一般的に見て回数は多いだろう。
内容も非常に濃く、2人は充実したセックスライフを送っている。

それでも、そんな気分じゃ無く、
ただ2人で寄り添って眠るだけの日も、ちゃんとある。
獣じみたセックスは好きだけれど、僚とて獣では無いのだ。
ベッドに2人で寝転んで、眠るまでの間にお喋りしたり、本を読んだり。
至って普通の、少しだけ仲の良過ぎる夫婦のような、生活だ。
きっと、周りの連中がそんな僚を見れば驚くだろう。
最近では、僚も香もベッドを共にする事が当たり前になって来て、
お互いの腕の中が、1番安眠できる場所だったりする。

その日の昼間、僚は街中で、
見知らぬ男と、にこやかに話しながら歩く香を目撃していた。
2人が恋人同士になる以前から、香は異性からの視線には全くの無頓着で。
僚は何も無いとは解ってはいても、
いつもそんな彼女に、ヤキモキさせられっぱなしだ。
僚がそんな些細な嫉妬をしている事すら、香には自覚が無い。
見掛けたのなら、その場で声を掛ければ良いのだろうが、
そこが僚の意外に気が小さい所で、思わずコッソリ観察してしまった。
きっと恋人になる以前の、長年の哀しい習性が抜けきっていないのだ。
相手は香と同年代ぐらいの、スーツを着た男だった。
身なりを見る限り、
恐らくはそこそこ大きな会社に勤めるサラリーマン風であった。
嫌味では無い程度に、清潔感もあり、女性受けは良さそうな男であった。
ナンパでは無さそうである。
少なくとも、香とヤツは初対面では無さそうだった。

僚はその光景を目にしてからずっと、
香に、アイツは誰だ?と問い質したかったが、なかなか訊けずにいた。
香の態度は、至っていつも通りで。
まさか香が浮気してるなんて、疑ったりはしちゃいないが、
何しろ、ど天然の彼女なのだ。
香にその気が無くても、野郎に惚れられるなんてのは、日常茶飯事で。
僚の知らない人間が、香に気安く声を掛けるなんて事は、
僚にしてみれば、最も不愉快な出来事だ。
夕飯の時も、僚は1番訊きたい事は訊けずに、終始どうでも良い話しをした。
夕飯後は、2人でコーヒーを飲んで寛いだ。
その後、何となく2人で一緒に風呂に入った。
毎日では無いが、時々2人は一緒に入浴する。
大抵そんな時は、入浴だけで終わらないのがデフォルトだ。
今日もやはり、もう既に風呂場で、軽く一戦交えている。

僚はベッドに横になって、読みかけていた本を読んでいる。
香も同じく僚の隣に、寝転んで雑誌を読んでいる。
僚は、やっぱりこのまま何も訊かずに、1日を終えるのは嫌だと思った。
読んでいた本を閉じると、香に声を掛ける。
「なぁ。」
香は僚が本を閉じたのは、気配で分かったので、ニッコリ笑って訊ねる。
「ん?もう寝る?」
「いや、まだ寝ない。・・・あのさぁ。今日の昼間のヤツ、アレ誰?」
香はキョトンとして、首を傾げる。
「昼間?」
「あぁ、公園の近く。歩いてたろ?スーツ着た奴と。」
僚は思わず、眉を顰めて、不機嫌な声になってしまう。
香は、あぁ。と言って、クスリと笑う。
高校の同級生だよ、たまたまばったり会ったの。
香がそう言うのなら、そうなのだろう。
僚はそうは思うが、何となく面白くは無い。

「りょお、ヤキモチ?」
そう言って、香が楽しげに僚の瞳を覗き込む。
「ば、馬鹿。そんぐらいで妬くかっつーの。リョウちゃん、そんなに器の小っさい男じゃないのっっ。」
しかし、そんな僚の言葉に説得力はまるで無い。
どんなににぶい香でも、最近ではその位解るのだ。
そして、そんな僚が少しだけ可愛いと思ったりもしている。
モチロン、僚には内緒だが。
香はニッコリ笑うと、僚の手を掴んでベッドから立ち上がる。
僚は香の意図が読めなかったが、逆らわずに香に従う。

ベッドの傍らに、2人で立っている。
僚は上半身裸で、ボクサーパンツだけ穿いている。
香はクスクス笑う。
「りょお、パンツ一丁。」
僚はニヤッと笑って、
「おまぁだって、似たようなもんじゃん。」
と返す。
香は女の子用のこれまたボクサーブリーフに、タンクトップを着ている。
ブラは着けていない。色はグレーだ。
僚の好きな色っぽい下着とは、かけ離れているけれど、
香には良く似合っている。
セクシーさのセの字も無いが、僚は何故だかムラムラしてしまう。
クスクス笑いながら、そうだね、と言って香が僚の腰に手を廻す。
そして僚の瞳をじっと見詰める。
「背がね、違うなって思ってたの。」

香が昼間、久し振りに会った元クラスメイトは、すっかり大人になっていた。
彼は2年前に結婚して、もうすぐ赤ちゃんが生まれると言って、喜んでいた。
その彼の身長は、香と同じ位かそれとも1~2㎝大きい位かだった。
香は、175㎝なので、彼は男性としては、小さくも無く大きくも無く、
至って普通だろう。
彼と並んで歩いていて、香は妙な違和感があった。
目線がすごく近いのだ。
そして、いつも隣にいる男を、香は思い出していた。
僚と並ぶと、香はいつも僚の事を見上げている。
大きくて優しい僚。可愛い僚。
久し振りに友達に会ったのに、気が付いたら僚の事ばかり考えていた。
そして、思った。
あぁ、アタシ僚にメロメロだ、と。

香はクスッと笑うと、
久し振りに友達に会ったのに、アタシ、僚の事ばっかり考えてたんだよ。
と言った。
「りょお、チュウして?」
香からの嬉しい告白と、おねだりに、僚は我を忘れてリクエストに答えた。
もう、些細な嫉妬など、どうでも良くなった。

2人は本日の、第2ラウンド目に突入した。







リョウちゃんの、ヤキモチが書きたかったんでっす♪
果たして2ラウンドで終わりますでしょうか(汗)
[ 2012/07/28 22:59 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)