#6.2人の夜

風呂から上がって、僚は香の柔らかなくせ毛にドライヤーをあてる。

香がいつも自分でやっていた、その風呂上りの彼女の日課が、
実は今まで僚は、とても好きだった。
それは、風呂上りの脱衣所か、リビングで行われていたが、
香にしてみれば、場所は何処でも良いのだろう。その日の気分次第だった。
リビングで乾かしている時は、いつもコッソリ観察した。
濡れてペシャンとなった髪の毛が、徐々にふわふわになっていく様や、
彼女から漂う甘いシャンプーと、清潔な石鹸の香りが大好きだった。
脱衣所で乾かしている時は、用がある振りをしてワザワザ見に言った事も、
実は、数知れず。軽く、変態である。

その大好きな日課を、今僚は己の手で執り行っている。
これを幸福と言わずして、何と言おう。
湯船に浸かっている時に、この日課を思い出してから、
僚はずっと、天にも昇る心地である。
そして、香の方も僚の大きな温かな手と、ドライヤーの温風に包まれて、
気持ち良いのだろう。
まるで日溜りの仔猫のように、ウトウトしている。

そういや、風呂入る前に眠たいって言ってたもんな。

僚は半分眠りかけた香を抱き上げ、香の部屋へと向かうと、
いつもの彼女のベッドに寝かせた。
その頃には、香はもうすっかり寝息を立てて眠っていた。
こうして見ると、いつもの香となんら変わり無いように見える。
帰りの遅い僚を待って、リビングのソファで眠り込んでしまった時と同じだ。
その時も、僚がこうして香をここまで運ぶ。

この次目覚めた時は、今のこの世界に戻って来てくれ。

僚はそう願いながら、香の柔らかな唇にそっとキスを落とした。
そして僚は、香の部屋の灯りを消すと、自分の部屋へ帰った。



僚が慌てて飛び起きたのは、それから数時間後の事だった。
階下で、盛大に泣いている香の声がして、目が覚めた。
僚が何事かと、枕元の時計に目を遣ると、まだ真夜中だった。
とりあえず、急いで降りてみると、
リビングの床に座り込んで、香が号泣していた。
僚は慌てて香を抱き上げると、ソファに座った。
香を、僚の膝の上に向い合せに座らせると、宥めるように背中を撫でた。
泣きながら香は、何度も『お兄ちゃん』と、槇村を呼んだ。

僚が、ゆっくりと背中や頭を撫でてやっていると、
暫くして、香は落ち着いてきた。
そして、しゃくり上げながら、
「しらない・・おへやにねてた・・の。りょ・・・おがいなか・・ったから、・・・・こわか・・ったの。」
途切れ途切れに、香がここで泣いていた理由を述べた。
どうやら、目が覚めてたった1人、知らない部屋(彼女の部屋なんだけど)にいて、淋しかったようである。

「そっか、ゴメンな。淋しかったな。」
僚がそう言うと、香がコクンと頷いた。
僚はほぼ無意識のうちに、香にキスをしていた。
思わず我に返って、焦って唇を離した僚を、
香はキョトンとした表情で見上げている。
4歳児にはまだ、キスの意味は解らない。

ま、まぁあれだ。寝惚けてたんだな、俺も。
うん、涙は止まったな。とりあえず。

僚は、1人頭の中で自分自身に、無意味な言い訳をしてみる。

「しゃあねぇな。俺の部屋で寝るか?俺のベッドで眠れるのは、特別な女だけなんだぜ?」
と僚が茶化すと、香はコクンと頷いた。


まぁ、特別な女ってのは、お前なんだけどさっっ。





それから丸2日は、何の変化も無く過ぎて行った。
相変わらず僚は、自分自身の煩悩に苦しめられながらも、
時折ふと穏やかに、自分でもビックリするほど一切のイヤラシイ感情無しに、
香を愛しいと、心底感じる瞬間が訪れた。
いっそ、清らかさとも言うべき愛情。
自分には、一生無縁だと思っていた感情。
もし自分に、娘か妹がいたらこんな気持ちなのかと思う。

3日目、教授の所に診察に連れて行ったが、芳しい結果は得られなかった。
香の健康状態は、すこぶる良好で、
4歳児になってしまった事以外は、全く問題は無い。
当の香自身は、自分が診察を受ける意味すら解って無い。
香は、『おじいちゃん』と『かずえお姉ちゃん』に会えたと、非常に喜んだ。
しばらくは、広い庭を駆け回ったり、
かずえと遊んだりして過ごしたが、
僚が、そろそろ帰ろうか、と言うと少しだけ淋しがった。
それもそうだ。
2日間、僚と香はずっと家の中に、籠り切りだった。
と言うより、僚は家事に追われていた。
いつもなら、香がやってくれていた事を、
今は、僚が香にしてやらなければならない。
改めてやってみると、意外にやる事は多く、3度の炊事の合間に、
掃除や洗濯をするモノの、気付くとあっという間に日が暮れている。
今更ながら、当たり前のように過ごしていた日常を思い、僚は香に感謝した。


まぁ、明日からは少しづつ外出もするか。
いつもなら、キャッツで美樹ちゃんやかすみちゃんとダベッたり、
時には、絵梨子さんとランチに行ったり、
それなりに、少ないながらも友達付き合いしていた香だ。
1日中、家に籠り切りっていうのも、精神衛生上良くねぇな。



その夜、事件と言う程の事でもないが、1つ軽いハプニングが起きた。
いつも通り2人で風呂から上がり、
就寝の為に、僚の部屋のドアを開けて仰天した。
僚の大きなベッドが、一面色とりどりの紙吹雪で覆われている。
勿論、犯人は香しかいない。
香はまるで、テストか何かの結果を待つような、
期待を込めた目で、僚を見上げている。
しかし、今から眠る気満々だった僚は、思わずイラツキが声に出てしまった。
「香!!なんでこんなに散らかしたんだ?これじゃ寝れねえだろ?」

すると、香は大きな目の縁に、みるみる涙を溜め、眉をひそめて、
今にも泣き出しそうに、唇をグッと噛み締めている。
そして、泣くまいと堪えながら、少しづつ事の次第を説明した。
途中、何度も詰まりながら、話も何度も横道に逸れかけ、
それでも辛抱強く、僚は香の話しに耳を傾けた。

その結果、香の話を総合すると、
どうやら以前に、槇村の布団にも同じ事をやったらしい。
その前に、兄妹2人でTVを見ていた時に、アニメの中の主人公が、
お花畑の中で眠るシーンがあったという。
それを見た槇村が、
『お兄ちゃんも、香と一緒にお花の中でねんねしたいね。』
と香に言ったのだ。
それを香は覚えていて、お花は無理だから、
代わりに折り紙でそのシーンを再現したのだ。
その布団を見て、槇村は、
『ありがとう。よく出来ました。』
と言って、褒めてくれたらしい。
それを聞いて僚は、まぁそうだろうなと思った。
槇村なら、きっとそう言うだろう。
多分、僚が見ていたのと同じように、
2~3日かけて、折り紙で夢中になって、お花を作っている香の背中を、
槇村も見ていたに違いない。
ただ、僚や兄を喜ばせる為だけに、夢中になっているあの姿を。
そう思うと、僚は思わず香を抱き締めていた。


おまぁの1番好きは、槇村に譲るよ。
俺は、父ちゃんの次の、3番目でも構わねぇ。


でも、こんな僚を、喜ばせようと考えてくれた。
ただそれだけで、僚は香が愛しくて堪らなかった。
やっぱり、槇村にはいつまで経っても敵わないケド、
僚は耳元で香に囁いた。

「ありがとう。よく出来ました。」

僚がそう言って、クシャクシャと頭を撫でると、香は満面の笑顔で、
「りょお、ねんねしよう?」と言った。
「あぁ、寝よっか。」
2人は、折り紙で散らかったベッドに寝転んだ。
香の顔にも、髪の毛にも折り紙が張り付いている。
しかし、そんな事を気にも掛けずに、香は暫くすると、
スゥスゥと、寝息を立てて眠ってしまった。
僚はそんな香の寝顔を、飽きる事無く眺めた。
それは、とても心が満たされる眺めだった。
槇村が、あれ程までに香を溺愛していた、気持ちの一端が解った気がした。



それにしても、香のヤツいつの間にこんな事したんだ??
あ~あ、明日はまず起きたら、朝メシの前に掃除機かけねぇとな。



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#7.2人の生活

香が4歳児になってしまって、もう早いもので3週間近くが経過した。
相変わらず、3日に1度は教授の元へ通い、
何ら進展の無い状況に溜息を吐いた。
いつも寝る前には、香の寝顔を見ながら、次目覚める時こそ、
26歳の香になって、戻って来てくれと願ってみるが、
やはり、朝起きると4歳のお子ちゃまカオリンなのだった。
俺は無垢な香に、瞳を覗かれる度に心が苦しくなってゆく。

あれは、いつだったか。香が、
『お兄ちゃんたちが、かおりのことを忘れてしまって、迎えにこないかもしれない』
と言った時、俺は香に、
お前の事を、兄貴が忘れるワケがねぇ。
きっと、迎えに来るから。だから、俺は
「お前にだけは、絶対に嘘は吐かない」
と思わず、口走っていた。
でも、俺が今香に吐いている、最大の嘘。
1番吐いてはいけない、バレてはいけない嘘。

槇村が、もうこの世には存在していないという事。

今、この目の前の香は、槇村が世界の全てだ。
槇村がいつか自分の元から、消えてしまう等とは夢にも思っていない。
いつか、必ず自分を迎えに来てくれると信じている。
もしもこのまま、香がずっと4歳のままならば、
果たして俺の元に居て良いのだろうか?
一緒にいる相手として、俺は相応しいのか?
まさかまた、この堂々巡りの日々に、舞い戻るとは思わなかった。

俺はこの数ケ月、少しづつではあるが、
香と共に生きる上での、あらゆる迷いを絶ち、
彼女を、女として見る事に改めて目を向け、
自分なりに、香のペースに合わせ努力してきたつもりだ。
それなりの覚悟を決めて、キスもしたし、
それ以上の事も、アレコレやるつもりでいた。
これからという矢先の、今回のこの一件である。
香が寝ている時や、1人でボンヤリ煙草を吹かしている時など、
ついついまた、手放すべきか?という心が、頭をもたげる。
しかし一方では、香のこの今の状態は、通常の状態では無く、
言ってみれば、原因こそ不明だが病気の様なモノであり、
その様な状態の香を、手放す事は、あまりにも無責任ではないのかとも思う。

いつ元の香が戻って来ても、俺はいつも通り香を迎えてやりたい。
「お帰り。」と言って、抱き締めてやりたい。
ただ、その日がやって来るのか?
それこそが、今俺を最も悩ませている。




しかし、暗い事ばかり考えていても埒は明かない。
特に香と過ごしている間は、そんな事を考えている暇も無い程、
香に振り回されている。
相変わらず香は、突拍子も無い事をやらかしたり、
俺を笑わせたり、和ませたりしてくれている。
本当は、年齢なんか関係無いのかもしれない。
4歳でも、26歳でも香は香に違いない。

この3週間の間に、香と色んな所に出掛けた。
『くーぱー』の助手席がお気に入りの香を乗せて、沢山ドライブをした。
26歳の香なら、きっと大切な場所に違いない、
港の近くの公園や、教会の近くの湖にも足を延してみたりした。
少しでも、何かを思い出すキッカケになればと思ったのだ。
傍から見れば、他愛ないカップルのデートに見えるかもしれないが、
実際は、まるで家族の行楽みたいな気分だ。
それでも、俺は結構楽しんでいる。
香が喜んだり、楽しんだりしている事自体が、俺を楽しませている。

キャッツへも、いつも通り顔を出している。
香は『美樹お姉ちゃん』も『海おじちゃん』も大好きで、
俺と何処へ行って来たとか、何が楽しかったかとか、
まるで、本当の子供のように目をキラキラさせて、2人に話して聞かせる。
今までと違うのは、
話題に俺への愚痴が無い事と、飲み物がコーヒーでは無い事。
初めのうちこそ、おじちゃん呼ばわりされて、傷付いていた海坊主も、
4歳の香にはメロメロで、すっかり骨抜き状態だ。
何かってぇと、ケーキ食わせたり、パフェ食わせたり、甘やかし放題だ。
すっかり、おじちゃんキャラが定着している。

この3週間で1度だけ、冴子の依頼で狙撃の仕事をした。
その夜だけは、キャッツの2人へ香を預けた。
「俺は、大事なお仕事だから、イイ子でお留守番出来るか?」
と訊いたら、香は嫌がるワケでも無く素直に頷いた。
もしも、香が嫌がれば冴子の依頼など、
反故にしてもイイとさえ思えた自分自身に驚いた。
仕事をサッサと済ませて、
冴子との会話もソコソコにその足で伊集院宅へと、香を迎えに急いだ。
香はぐっすり眠っていたが、海坊主は起きて待っていた。
タコは、「きっと、来ると思った。」と言って、ニカッと笑った。
連れて帰る為に抱き上げた、香の柔らかさが想像以上に俺を癒してくれて、
改めて、俺にとっての香という存在の大きさを、思い知らされた。

毎日、朝起きると、まず1番に香にキスをした。
勿論、軽く触れるだけのヤツだ。
さすがに、舌絡めたりすると、それは淫行に該当するような気がする。
まぁ、いつもこれだけ尽くしてんだから、自分へのご褒美だと思ってもバチは当たんねぇだろ?と、自分勝手に解釈している。
香は初めキスする俺に、首を傾げて、
「りょお、なにしてるの?」
と訊いてきたから、俺はさも当然の如く、
「あ?朝のアイサツだ。兄ちゃん教えてくれなかったか?」
と答えておいた。
勿論、槇村が教えるワケねぇんだけど、
この際、槇村をダシにして、それが世の中の常識なのだと強調しておいた。
今後の為だ。
「うぅん。お兄ちゃんはしないよ。あさのアイサツは、かおりのおうちでは、おはようございますだよ。」
「そうか。でも、俺の家ではオハヨウを言った後にチュ―なんだ。覚えとけ。」
「はぁい♪」
香は、俺を全く疑わない。
朝晩のアイサツのチューは、ここ最近の俺の楽しみの1つだ。

そして、不愉快な事も1つある。
向かいの、金髪エロ男が、しょっちゅうウチにやって来るのだ。
「カーオーリちゃんっっ、遊びましょう♪」
と言っては、勝手にウチに上がり込む。
一遍、冴子に不法侵入で逮捕して貰うか?
が、良く考えたら、当の冴子もウチへ来る時は、専ら不法侵入だからな。
教授の家にいる間は、ミックを毛嫌いしていた香だったが、
この所は慣れたのか、元々人見知りするタイプでも無いし、
一緒に絵を描いたり、TVを見たりして仲良くしている。
悔しい事に、ミックも元々、ヒトの心を掴む事に長けた男だから、
すっかり香を、懐柔してやがる。
しかし、ひとたびミックが過剰なスキンシップを図ろうと企むと、
香は途端に、眉を顰めて、
「いやだっっ!!! ミック、さわんないでっっ。」
と、明確に拒絶している。
よし、イイ子だ香。
本能で、良いおじさんと悪いおじさんを、見分けている。
ザマーミロ、ミック。
俺の毎日は、香とのオハヨウのチュ―で始まり、おやすみのチュ―で終わるんだ。風呂だって、毎日一緒に入るんだ。
どんなにお前が足繁くウチに通って、香に媚を売っても、
香は俺のモンなんだよっ!!! 思い知ったか。


初めの内こそ、夜中に目を覚まして、
「お兄ちゃんがいない。」
と言って、槇村を恋しがって泣いた事もあったが、
ココのところ、その回数もグッと減り、俺の隣でスヤスヤと眠ってくれる。
だから、俺は安心していた。
少しづつでも、今のこの俺との生活に慣れていってくれれば、それでいい。
俺も香との関係を考えて、暗くウジウジと悩んだりもしているケド、
何より、今この状況に戸惑っているのは、香本人の筈だ。
突然、
『世界で1番好きなお兄ちゃんと、お父さん』
がいなくなり、得体の知れない筈の、
『りょう』
という男との奇妙な生活。
それでも香は、俺を疑う事無く、真っ直ぐ信じている。
3番目に俺が好きだと言ってくれた。
だから、俺も信じる事にする。
香が、きっと何事も無く、帰って来てくれると。

26歳になって、俺の事を世界で1番好きだと言ってくれる事を。



#8.槇ちゃんの返事

それは、突然の事だった。
もうじき、4歳の香との生活も1か月になろうかという頃、
また夜中に突然目覚めた香が、大泣きしたのだ。
もうそうやって夜泣きするのも、最近ではいつの事だったか分からない程、
この所は、香の様子も安定していたので、正直、俺は驚いた。
いつも、香がぐずったらそうするように、
香を抱き締めて、背中を撫でてやりながら、
「大丈夫だ、大丈夫だから。」
と、耳元で言い続けたが、香はずっと、
「お兄ちゃん。」
と、槇村を呼び続け、泣き続けた。
いつもなら、暫くそうしているうちに、泣き疲れて再び眠ってしまうのだが、
今回はそうはいかなかった。
何か、余程嫌な夢でも見たのか、
夜が明けて部屋が明るくなる頃に、ようやく眠った。

それから、2時間ほど眠って起きて来た香は、
いつもの4歳の天真爛漫な香で、俺は内心ホッとした。
いつものように2人で朝メシを食い、
香が1人で、リビングで歌を歌いながら遊んでいるのを横目に、
俺は洗濯や掃除を片付けていた。
初めの内こそ、時間の使い方に戸惑い、気付くと1日中家事に追われている俺だったが、最近では慣れたモンである。
昼頃までには、一通りの事を済ませ、
さぁ、香と一緒にキャッツにでも行くか。と思って、ふとリビングを覗くと、
香が床の上で、ぐっすりと眠っていた。
まぁ、無理もねぇか。昨日は殆ど、寝て無いもんな。
固いフローリングの上で、爆睡する香を抱き上げると、
寝室に運んで寝かせた。
暫くは起きそうにないので、俺は香をそのまま寝かせて家を出た。




ココへ来たのはどの位振りか。2~3か月振りか。
俺は、槇村の墓の前でボンヤリ煙草を吹かしていた。
正直、昨夜の香の様子に、深く傷付いている俺がいる。
最近では香は、あまり槇村の事は言わなくなっていたし、
前にも増して、俺に甘えてくれるようにもなっていた。
だけど、彼女の心の奥底は、また違うモノだったのかもしれない。
槇村の話をしても、何も変わらない状況に、
もしかすると香自身(たった、4歳なのに!)、心のどこかで諦めようと、
必死に我慢していたのかもしれない。
そもそも、俺が香に吐いた嘘は、正しい事だったのだろうか?
香があんなにも大泣きしたのは、俺にも責任があるんじゃないだろうか?
槇村が迎えになど来てくれない事は、
アイツもどこかで、薄々感じているんじゃないか。
そう思うと、胸が痛んだ。

「なぁ、槇ちゃん。お前、ホント馬鹿だよ。何でアイツ残して、サッサと死んでんだよ?アイツはお前の事、世界で1番好きなんだぜ?何で、俺なんかにアイツ託してんだよ?俺がもしお前なら、絶対に俺みたいな男に、大事な妹預けたりしない。おまぁ、マジで何考えてたんだょ・・・」
俺は気付いたら、冷たい石に向かってぼやいていた。
槇村が答えなどくれる筈もねぇ事は、
百も承知だが、無性に、槇村に逢いたかった。


携帯が鳴ったのは、ちょうどその時だった。
着信は、キャッツからだ。
「もしもし。」
俺が電話に出ると、美樹ちゃんが1つ溜息を吐いて、
「冴羽さん、今どこ?香さんが大変だから、今すぐお店に来て?」
そう言うだけ言って、電話を切った。
美樹ちゃんの声の後ろで、香の大泣きする声が聞こえた。
でも、呼んでいるのは、『お兄ちゃん』では無かった。
聞き間違う事は無い。
確かに、聞こえたんだ。
『りょお』と、俺を呼ぶ声が。
それが全てのような気がした。
それが、槇村からの返事のような気がした。
「すまん、槇ちゃん。俺達のお姫様が、ご立腹だ。ちょっくら、行って来るわ。」
槇村の墓に、煙草を供えると、俺はキャッツへと急いだ。

俺がキャッツに到着した時、香は海坊主の膝の上で、泣き疲れて眠っていた。
キャッツは何故か、準備中の札を出し、ブラインドを降ろしていた。
恐らく2人とも、大泣きする香を宥めるのに必死で、
接客どころでは無かったのだろう。
ボックス席のシートで、香を膝の上に乗せた海坊主は、
疲れ果てて、グッタリしている。コイツのこんな姿、後にも先にも初めて見た。
「悪ぃ、2人とも。迷惑かけた。香のヤツ、あんまりぐっすり昼寝してたもんだから、すぐ戻るつもりで出掛けたんだ。」
そう言う俺に、美樹ちゃんは苦笑しながら、
「いいえ、私達も冴羽さんに電話掛けた時が、1番テンパってたから。」
と言って、溜息を吐いた。
海ちゃん同様、コチラもかなりお疲れのようだ。
グッタリしながらも、俺にコーヒーを淹れてくれた。

「サンキュ。」
コーヒーを飲みながら、俺は昨夜からの事を話した。
果たして俺は、香に本当の事を、槇村はもういないのだという事を、
最初から、話すべきだったんじゃないのかとか。
昨夜香が、一晩中『お兄ちゃん』と呼び続けている間、
まるで俺など、目の前には居ないかのような香の様子に、正直凹んだとか。
すると、美樹ちゃんは俺を見てクスリと笑った。
「バカね、冴羽さん。」
「へ?」
「さっきの香さんの様子、冴羽さんにも見せてあげたかったわ。」
そう言って、美樹ちゃんは視線をぐっすり眠った香へと移す。
「香さん、目が覚めたら僚がいないって言って、わんわん泣きながら、アパートからここまで走って来たのよ。ココに来てもずっと、りょう、りょうってアナタの事だけを呼んでたのよ。一言もお兄ちゃんって言わなかったわ。」
美樹ちゃんは、ニッコリ笑って続けた。
「私ね、そんな香さんを見て、いつもの彼女を思い出したわ。いつも、冴羽さんをハンマー振り回して追っかけてる香さん。・・・冴羽さん、香さんがこんな風になってから、1度だって夜遊びしないし、ナンパもしない。教育上、良くないからって悪い言葉も使わない。私、冴羽さんが空気読んで、口を慎んでるとこなんて初めて見たわ。冴羽さんが、一生懸命パパやってる事、みんな知ってるもの。香さんもきっと、誰より知ってるわ。伝わってるわよ。」
俺は、正直照れ臭かった。
俺が必死に己の煩悩と戦ったり、4歳の香の発言に一喜一憂している姿は、
傍から見ると、パパ業だったのか。そんなつもり、毛頭無かったが。

この際俺は、パパだろうが、兄ちゃんだろうが、彼氏だろうが何でもイイ。
香は、香だ。
たとえ今の香が心の中で、『お兄ちゃん』を1番に慕っていても、
今、一緒に居て、アイツを抱き締めてやれるのは、この俺なのだ。
アイツが、俺を呼ぶのなら、俺はアイツに。
香に、答えてやるだけだ。
お前が愛しいと。

俺は、お前が1番愛しいのだと。


#9.おかえり、香

香が大泣きして、キャッツの2人が天手古舞した、翌日の朝。
俺は香が、ムクッと起き上がる気配で目覚めた。

ん?もうそんな時間か?ブラインドからは、縞々の朝日が差し込んでいる。
俺も起き上がると、まだ寝惚けてボンヤリしている香に、
オハヨウのチュ―をする。
「おはよ。今から、メシ作ってやるから待ってろ。」
と言い残して、先にキッチンに降りた。
大人の香は、いつも早起きでテキパキとしているが、
さすがの香も、4歳の時は、いつも朝はグズグズしている。
1度は起きても、俺が朝メシを作っている間に、また寝てしまっている事もある。
俺にとっては、そんな香も可愛くて堪らない。
まるでこれまでとは、正反対だけど、
朝、香を起こす事は、密かな俺の楽しみだったりする。

スクランブル・エッグを作りながら、ついつい歌を口遊む。
『北風小僧のカンタロー』の歌だ。
4歳の香の、目下お気に入りの1曲で、
このひと月、ずっと聴かされている俺も、自然と覚えてしまい、
気が付くと、歌っている始末だ。どうよ、コレ。
北風小僧の唄、歌いながら、惚れた女の為に朝メシ作る、殺し屋って。
なかなか、支離滅裂だな。
でも今の俺は、こんな自分が結構気に入っている。
ふと、香がキッチンに来る気配がした。

ちぇっ、今日は自分で起っき出来たのね、香ちゃん。
僚ちゃん、つまんなぁい。

キッチンに入って来た香は、真っ赤な顔で、俺をまじまじと見詰めると、
「僚、いったい何やってんの?!」
と訊いた。その一言で、俺には解った。
香が帰って来た。
俺はガスの火を止めると、香の元に駆け寄り、香を抱き締めた。
そして、1番言いたかった言葉を、彼女の耳元に囁いた。

「おかえり、香。」




朝、目が覚めると、何故か僚のベッドで寝ていた。
隣には、僚。
私はしっかりパジャマを着ているし、
真冬でも無い限り、滅多に着ないスウェットを、僚もしっかり着ている。
何なの?この状況。
どんなに必死に思い出そうとしても、昨日の事が思い出せない。
何で私、僚と寝てるんだろう?
お互いに、お酒飲んで酔っ払ってって感じでも無いし、いったい何なの?
寝起きの上手く働かない脳ミソでは、全く思い出せない。
そうやってボンヤリしていると、僚も起き上がった。
きっと僚も、この謎の状況に、驚くに違いないと思ったのも束の間。
僚はさもいつもの事と言わんばかりに、私に軽くキスすると、
「おはよ。今から、メシ作ってやるから待ってろ。」
とだけ言い残して、下に降りて行った。

そそそそ、そりゃあ、最近はその、り、僚と、キ、キスぐらいしてたケド、
こんな風な状況は、正直初めてで・・・・何なの?
きっと、私の顔は今真っ赤だろう。鏡を見なくても解る。
でもまぁ、何か今の様子だと僚は正気のようだし、
これは、アイツに訊いてみるしかなさそうね。
とりあえず、キッチンに行こう。

キッチンの傍まで来ると、何やら良い匂いがする。
僚が、さっき言ってた通り、朝ご飯を作っているらしい。
そして何故か、歌を歌う僚の声が聞こえた。
『北風小僧のカンタロー』の歌。
私が本当に小さな頃、大好きだった懐かしい歌。
でも、何で僚が知ってるんだろう?
そんな歌を、僚が歌っているという事が、とっても不思議な気がした。

それから、キッチンに入って僚に声を掛けたら、
僚は本当に驚いた顔をした。
けれど次の瞬間には、それはそれは嬉しそうに微笑むと、
私に飛び付いてきて、息が止まりそうな程きつく抱き締めてきた。
そして、耳元で優しく囁いた。
「おかえり、香。」

私は、何故だか良く解らないけれど、それを聞いた途端、涙が溢れた。
何故だか、とても大切な事を忘れてしまっている気がした。
でもそれは、覚えていなくても、大丈夫な気もした。
僚のその言葉に、例えようも無い温かさを感じた。
私の細胞レベルにまで染み込んだ、
兄貴やお父さんの記憶と、同じ種類の温かさだ。


あの、不思議な朝から数日経った。
あれから、私の身に起こった不思議な出来事を、
周りのみんなから、聞かされた。
でも、肝心の僚は照れて、あんまり教えてくれない。
美樹さんによると、あの1か月、僚は本当に私を大切にしてくれていたらしい。
まるで、『パパ』みたいだったと。
私は、僚があまり多くを語ってくれなくても、幸せだと思う。
何となく、解る気がするから。
きっと私は、まるで兄貴にしていたみたいに、僚に甘えていたと思う。

1度だけ僚に、
「北風小僧の歌、何で知ってるの?」
と訊ねたら、僚は本当に恥ずかしそうに笑って、
ひと言、
「秘密。」と言って、私に優しくキスをくれた。
そんな僚が、何だかとても可愛くて、愛しかった。

今朝、僚の部屋の掃除をしていたら、
部屋の隅に、小さな折り紙の欠片をみつけた。
私はそれを見て、何だかとても幸せな気持ちに包まれた。
良くは覚えていないケド、
それはきっと、大切な大切な僚との思い出だと思った。
私はそれを、そっとポケットに仕舞うと、
掃除の後で、その赤い小さな折り紙の欠片を、自分の手帳に挟んだ。

ただいま、僚。

(おしまい)






『リョウ、努力する!!』完了致しました。
最後まで、お付き合い戴き、誠にありがとうございますm(_ _)m

え~、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、
今回のタイトル。
原作の、しおりちゃんの話しで、カオリンが子育てに奮闘した回に、
『香、努力する!!』
というタイトルがついていた事に、起因します。

リョウちゃんVer.で、パパ業に奮闘するリョウちゃんを書いてみたくて、
このお話を思いつきました。
かと言って、どこのお子様を育てて貰うか、
思い付かなかったので、カオリンに4歳になって貰いました (´σ´)テヘ
カオリンが、記憶喪失になる経緯や、原因に関しては何も考えてません(汗)
かなり、強引でしたけど、
そんなに都合良くイイ感じの事件は思い付きません(爆)

途中、沢山の拍手やコメント戴きまして、
本当にありがとうございます。
改めて、お返事も書かせて戴きまっす☆
いつも、見に来て戴いて、ありがとうございまっす!!!!
また、いつでも遊びに来て下さいませ。

お待ちしてまぁっす(´∀`)ノ
   ケシ。

金は無くとも楽しい我が家

一体どの位、お金や財産を持っていたら、お金持ちって言うんだろう?
私には縁の無い事で、サッパリ見当も付かない。
それと同じで、どういう生活の事を貧乏って言えるんだろう?
私と僚の生活は、きっと世間的には貧乏って言うんじゃないかなぁ。
エンゲル係数が、異常に高いから。
それでも、家賃は要らないし(この大東京のド真ん中で、家賃ゼロってどうよ?)、
2人だけの慎ましやかな生活で、光熱費も極限まで節約してるから、
結構、地球環境保護には、貢献してるかもしれない。

僚も私も、元々物欲はあんまり無いし、
有り余るのは、体力と、食欲と、性欲(これは僚限定)だけで、
それがイコール、エンゲル係数の高さに直結している。
性欲に関しては、・・・私にはまぁ、関係無いし。
だから、それに関する経費諸々は、僚の完全なるポケットマネーであって、
趣味の世界だ。(ホンッット、悪趣味!!!)

・・・となると、この支出の高さは、所謂“ツケ”である。
僚の唯一最大の浪費が、この飲み歩き。
自分でも、眉間に縦ジワが寄っているのが分かる。
家計簿に挟んだ4色ボールペンは、どの色よりも最速のペースで、
赤色のインクが消耗する。
そんな、赤色のインクを取り換えながら、知らず溜息が零れてしまう。
片や、呑気な当事者は、ソファに寝転んで趣味の世界に没頭している。

「ねえ。」
「ん~?」
「今月のツケは、後どの位増える予定なの?」
「そんなの俺が知るかよ。」
「自分の事じゃん。」
「予定は、未定って言うだろ?」

・・・・ハァ。
訊いた私が、バカだった。
まぁ、何とかなるでしょう。否、何とかしないとダメなんだけど。
これ以上考えたところで、お金が湧いて出るモンでも無し、時間の無駄だわ。

それに不思議と、深刻にお金が無い時には、
いつの間にか、僚が茶封筒に入った結構な額のお金を渡してきたりもする。
まぁ、出所は予想がつくし、私も詮索しないケド。
僚の普段の日常は、途轍もなくグータラだけど、
彼はある面に於いては、
その身体1つ、否、指1本で、それこそお金なんか有り余るほど、
稼ぎ出せる特殊技能の持ち主なので、そして、
そういう依頼は、伝言板を通さなくても、色んなルートから幾らでも入るらしい。
伝言板に依頼が無いのと、僚に依頼が無いってのは、イコールでは無いのだ。

ただそれに関しては、僚も何も言わないから、私も何も訊かない。
僚が考えた上で、私に話す必要のある事は、話してくれるし、
私の知らない事は、つまり、私が知らなくても良い事なのだと理解している。
勿論、気にはなるし、不安が無いと言えば嘘になるケド、
私は僚を信頼しているし、同じように、
僚が私を信頼してくれているのも、解っているつもりだ。
それに何よりも、この世の中で私の1番大切なモノは、僚とのこの日常だ。
それが、私の最大のエゴだとしても、このいつも通りを守る為なら、
耳を塞いで、目を瞑ってやり過ごすのだ。僚が、全てを話してくれるまで。
何ならツケなんか作らないで、
飲み代もそこから捻出してくれれば良いのにと、いつも思う。
情報収集の為の、必要経費だって言うのなら、尚の事だ。
せめて全部とはいかなくても、今の半分位はそうしてくれると助かるのになぁ。

貧乏でも何でも、今月もまた苦しいなんて愚痴っても、
それでも本当は、依頼なんか無かったら良いと思うのが、実は私の本音なのだ。
まぁ、依頼が無いってのは、世の中平和な証拠だし。
僚が、危険な目に遭う可能性も少しは減るし。
(悲しいかな、仕事とは関係ない事で狙われるのも、日常茶飯事なんだけど。)
そんな事は有り得ない事だって、
重々解ってはいるけれど、それでも私は妄想する。

この世の中から、僚への依頼が1件も無くなる事を。

そしたら、私達はただ純粋に、生活の為だけに2人して働くのだ。
普通の、何でも無い仕事をする。
ヒトを殺したり、傷付けたりしない普通の仕事を。
定時で仕事を終えて(時々は残業もして)、
電車で家に帰って、2人でご飯を食べる。そんな生活。
勿論、途方も無い、夢のような妄想に過ぎない。
でもそれが、私の最も萌える妄想のネタなのだ。
生憎、僚のような趣味の世界を、私は持ち合わせていないから。






今日は気分が乗らないので、ナンパは取り止めにして、
リビングで、芸術鑑賞という名の、高尚な趣味の世界へとトリップしている。
するとそこへ、家計簿と電卓とレシートを持った、
我が愛すべき麗しのパートナー殿が登場したので、
俺のもう1つの趣味である、人間(カオリ)観察へと変更する事にした。
しかしこの場合、目的を変更した事を、
標的(カオリ)に覚られては、意味が無いので、
俺の視線は、あくまでも芸術作品へと注がれている。

お、昨日のレシートを見ながら、鼻歌が出たぞ。
まぁ、昨日は特売だったからな。
俺も荷物持ちにお供した、甲斐があったってモンだ。
香は日々のスーパーでの買い物を、ゲームか何かと勘違いしている節がある。
如何に安い予算で大量に買うかが、香の目下の目標であり、生き甲斐だ。
節約術に至っては、達人の域である。
将棋に例えると、永世名人、
野球に例えるならば、終身名誉監督だ。
スーパーマリオブラザーズなら、軽く300面くらいクリアできるな。
もっとも、ピーチ姫が助けを待ってる間に、
歳喰ってシワシワのババァになってるだろうけど。

なんか、微妙に香の表情が険しくなってきたな。
ん?ボールペンのインクが切れたか。溜息まで出たぞ。
こういう時は、十中八九、俺のツケの事で悩んでいるに違いない。

「ねえ。」 そら来た。
「ん~?」
「今月のツケは、後どの位増える予定なの?」 ビンゴ。
「そんなの俺が知るかよ。」
「自分の事じゃん。」 ごもっとも。
「予定は、未定って言うだろ?」
・・・暫し、沈黙。
「・・・ハァ。」 よおぉっっし、勝った!!!

大体香のヤツ、解ってねんだよ。
俺は、わざとツケを作ってんのに・・・。
別に毎回、キチッと払ったって構やしねんだが、そういうモンでもねーしな。

こんなゴミ溜めみたいな街で、
とても堅気とは言えねぇような商売してる連中からすりゃ、
俺みたいなドブネズミじゃ無けりゃ、解決出来ねぇようなゴタゴタは、
日常茶飯事なワケで。
まぁドブネズミの中でも、とりわけ俺なんかバッチシ高性能だから、
引く手数多ってヤツで。
どっかのボーリョク団なんかと違って、
俺には面倒臭いバックなんかも付いてねぇし、
キッカリ、後腐れもねぇから、お互い良好な関係を結べるってワケ。
表向きは、遊び人の常連客みたいなモンだけど、
その実、それだけでもねぇって事。
アチラさんにしてみりゃ、
飲み代ぐらいで『冴羽僚』と、コネがつけれりゃ安いモンって事。
ツケで飲むほど、仲がイイって諺があるように(無かったか?)、
有って無いような、俺のツケ。
その額の増減に一喜一憂するのは、この世でただ1人。
香だけだ。

これは、香の為のツケなのだ。
勿論、香にとっては、こんな俺と歌舞伎町のオアツイ関係なんか、
知ったこっちゃねぇ話しだ。
飲み食いした分はキッチリ耳揃えて支払うのが、香の筋の通し方だ。
そんな俺のツケを、香が律儀に返して回る。
連中からしてみれば、ハナから回収する気の無い金を、
健気に支払いに来る、アイツが可愛くて仕方ないから、街中どこを歩いてても、
香に声を掛ける。可愛がる。
そうやって香は、俺とはまた違った角度で、街中の些細な情報を仕入れて来る。
そしてその価値に気付かずに、夕飯を食いながら世間話として、
俺にその情報を、もたらす。
実際その多くに、ゴタゴタを解決するヒントがあったりもするから、
結構、侮れないのだ。

香は本当に、解ってねぇ。
己が、スイーパーとしての俺の、大事な片腕でもあり、
一方で、有能な俺専属の情報屋の1人だって事が。
まっ、解って無くても困りはしないんだけど。
そんな情報の仕入れ方、俺には逆立ちしたって出来ねぇし、金では買えない。
香にしか出来ない事だ。
要するに、ツケは情報料って事。

それにしても。
悩んで、眉間にシワ寄せてても可愛いってどういう事だよ、オイ。
俺のツケの支払いで悩んでいるお前が可愛い、だなんて本人に言ったら、
筆舌に尽くし難い程の折檻を受けた挙句、メシ抜きの刑に処される。
だから、そんな事は口が裂けても言えねぇ。

大体、俺がお前を飢え死にさせるような事、出来るワケねぇだろ?
本当に金が無けりゃ、・・・まぁ、無い事も無いワケで。
だから、そんなに心配しなくてもイイんだよ、香チャン。
金は天下の回りモノって言うだろ?
俺のツケがこの世にある限り、
それはこのゴミ溜めで、良好な人間関係が循環してる証なのよ、香チャン。
そう思いながら、金髪美女から愛しのパートナー君へ視線を移すと、
バッチリ目が合ったので、軽くウィンクして微笑んでやった。
すると、そんな脳天気な俺の頭に、
超コンパクトサイズ1tハンマーが、飛んで来た。

しゃあねぇな。
今夜は香の機嫌を取る為にも、飲み歩きは止めにして、
おうちで、発泡酒にしとこう。
俺にとって、
金より、名声より、ヨソの女より、何より大事なモノは、
このボロアパートでの、香との日常だからな。

有り得ない事は、百も承知で妄想する。
きっと、香は信じないだろうケド、
俺がいつも妄想している、見果てぬ夢は、
この世界から、俺への依頼が1件も無くなる事なんだ。
そして金が無くなりゃ、俺はドカタでも何でもやって、汗をかいて働くんだ。
きっと香は、貧乏でも何でも、ケ・セラセラで笑っていてくれるだろうから、
俺はそれだけで、幸せになれる。
香とだったら、たとえ夢でも、そんな甘やかな事を考えられる俺がいる。


金は無くとも、楽しい我が家。
たとえツケの支払いに追われようと、
極限まで切り詰めた、節約生活を送ろうと、
大切なのは、お互いが生きて一緒にココにいる事。
ただそれだけ。









冴羽家の家計は、謎だらけでっす。
きっと、カオリンの知らない埋蔵金がごっそりあると思いまっす。
[ 2012/06/04 23:30 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題01. とりあえず

とりあえず、どんな男なのか気になった。
1度だけ逢った事がある、兄貴の相方。
噂では、かなりな女好きのスケベ野郎らしい。

とりあえず、相棒に頼まれたから、ナンパのついでに探しておく。
1度だけ逢った事がある、相棒の妹。
あの時はまだ、俺の管轄外の高校生。シュガーボーイだった。



突然、兄貴が死んで、兄貴の相方はアタシの相方になった。
アタシの事を、2度も男と勘違いした、スケベ野郎。
だけど少しだけ知ってる。ホントは、結構やさしいヤツ。

突然、アイツが言った。アンタには新しい相棒が必要でしょ?
思わず耳を疑った。ジャジャ馬なのは知ってたが、まさかこれ程とは。
だけど案外、気の強い跳ねっ返りに見えて、脆くてか弱かったりする。



いきなり、朝っぱらから僚がパンツ一丁で起きて来た。
そりゃあ僚にしてみれば、アタシなんて唯一モッコリしない女でしょうけど、
アタシだって、一応れっきとした年頃の女子なんだから、目の遣り場に困るのよ。

いきなり、香が風呂上りのイイ匂いをさせてリビングにやって来た。
タンクトップの下は、まさかノーブラじゃねぇよなあ?
そりゃあ、おまぁを女扱いしないって言ったのは、他でもねぇこの俺だけど、
ちったぁ、警戒しやがれっての。俺は、泣く子も黙る、新宿の種馬だぞ?



不意に、淋しいと感じてしまう。真夜中の僚のいないリビングや、
ナンパに出たまま帰って来ない独りぼっちの食卓。
煙草の匂いさえ、恋しいと思えてしまう。

不意に、淋しいと感じてしまう。おまぁの機嫌を、マジで損ねちまった時。
いつもの天邪鬼で、おまぁを悲しませる。解かっていても、ついやっちまう。
単に、おまぁのハンマーが恋しいだけだって言ったら、おまぁは笑うかな?



時々、気まぐれに優しくしてみたりする。思わせぶりな事を言って来る。
ホレ、気にすんな。って言って、頭をぐしゃぐしゃ撫でて子供扱いする。
すっごく、ムカつくし、悔しいケド。それでも、少しだけドキドキしてしまう。

時々、不甲斐ない己を責めて、子供みたいに泣く。悔しい事を悔しがり、
楽しい事を、心の底から楽しみ、笑う。涙を溜めて、唇を噛み締めて、
それでも、いつも真っ直ぐ前だけを見て、立ち上がる。そんな女に逢ったのは、
おまぁが初めてで、強気な目に真っ直ぐ見つめられると、ドキドキする。



いつもの事だから、
依頼人の美女が、アイツに惚れるのは。
いつもの事だから、
依頼人の真面目で堅実な男が、アイツを見染めるのは。



何時からだろう?いつもの事が、物足りなくなった。
相棒。相方。妹、兄貴。家族。パートナー。
都合のイイ、逃げ道。耳触りのイイ、ポジション。
2人には、言葉に出来ない思いが有り過ぎて、
大切な一言は、ずっと心に仕舞ったままだった。

それでも近頃は、少しづつ距離も近付きつつあって・・・



とりあえず、何から始めよう?

とりあえず、一旦相方では無く、ただの男と女になってみようか?

とりあえず、お互いに好きだと言って。

とりあえず、キスしよう。

まずは、第一歩を踏み出すために、
とりあえず、2人は心の中の扉の鍵を開けてみる。

お互いに気になる存在だった、
スケベ野郎と、シュガーボーイは、
気が付くと、いつの間にか、かけがえのない恋人になっていた。










お題初挑戦してみました。
お題サイトさんから、選んでみたのは、
100題もあるんですけど、
地道に挑戦してみまっす (′Å′)
まずは、1つ目。
[ 2012/06/05 21:58 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題18. 気付かない振り

僚が秘密にしている、エロ本やAVの隠し場所。
気付いているケド、気付かない振り。
香が新たに仕掛けた、床下の対夜這い用トラップ。
気付いているケド、気付かない振り。


僚が昨日、ナンパで声を掛けた女の子とお茶した事。
気付いているケド、気付かない振り。
香が昨日、厚かましくもヒトん家で、長話しするミックとお茶した事。
気付いているケド、気付かない振り。


僚が週末、ミックと飲み歩く予定にしている事。
気付いているケド、気付かない振り。
香が何やら、絵梨子さんに仕事を持ち掛けられているらしい事。
気付いているケド、気付かない振り。


僚が女の人の気配と、薫りを纏って帰って来る事。
気付いているケド、気付かない振り。
香は強気に振舞っているけれど、瞳の奥が悲しみに揺れている事。
気付いているケド、気付かない振り。



沢山、沢山気付かない振り。
気持ちを殺して、
涙を堪えて、
心を抉って、気付かない振り。・・・なんて、出来なくて。


僚は思わず、香の華奢な手首を掴む。
香は堪らず、一粒涙を溢す。


香は気付いている。
僚の瞳の奥の、オスの欲望の焔に。
言葉とは裏腹な、その心に。

僚は気付いている。
香の何にも換え難い、その深い愛情に。
未熟で拙いけれども、極上のメスの魅力(フェロモン)に。


もう、無理。
気付かない振りなんて。
2人は気付いてしまったから。
お互いがお互いに、必要不可欠である事に。

だから、気付かない振りは、もうお終い。




僚がジットリとこちらを見ている。
気付かない振り。
さり気無く、寝室へと連れ込むチャンスを窺っている。
気付かない振り。
何だかんだと、私の周りにまとわり付いてくる。
忙しい振り。
だってそうでしょ?こんな、真っ昼間っから。
僚の言う通りに付き合ってたら、1日24時間じゃ足らないし。
私の体力も持たないし。
この場合、ただひたすらに、気付かない振り。


風呂上りの香が、甘えてくる。
気付かない振り。
いつもだったら、自分の部屋にサッサと戻る時間なのに、
どうやら今日は、まだまだ一緒に居たいらしい。
勿論すぐにも応じたいけれど、敢えてグッと堪えて、
気付かない振り。
だってそうだろ?昼間は散々逃げたクセに。
この際、ギリギリまで焦らしてから、喰ってやる。
そんな甘えた瞳で見上げても、
さり気無く、ソファの隣に座って、手なんか繋いで来ても、
気付かない振り。






・・・とか、出来ねぇし。








リョウちゃん、あえなく撃沈でっす。
超短いお話しに、なっちゃいました。
[ 2012/06/06 19:27 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題71. 大きな声で叫びたい

夏の夕方は、少しだけワクワクする。
2~3時間前に1度、スコールのような通り雨が降った。
それから、気温も少し落ち着いて、空気も洗われて、ちょっとだけ清々しい。
僚は雨が降り出してすぐに、ナンパを止めて帰って来た。
それでもやっぱり、ビショ濡れで。
帰って来ると、真っ直ぐバスルームに直行してシャワーを浴びてた。
僚は、今現在リビングで転寝している。

それにしても、いったい僚の1日って何なんだろうと、私は思う。
昼頃、漸く起き出して、ご飯食べて、ナンパして。
昼寝して、エロ本読んで。
またご飯食べて、酒飲んで。朝帰りして。
エンドレスで、その繰り返し。
『寝る・食べる・飲む』
それしか無いんかい!!!と、ツッコミたくなる程ワンパターン。
(そして、その合間のナンパとエロ本。時々、忘れた頃に仕事。)
まぁ今更、ツッコンだところで、仕方ないんだけど。

そんな僚なんか放っといて、私には近頃、密やかな楽しみがある。
晩ご飯もあらかた準備は出来てるし、僚はすっかり爆睡してる。
私は1人、ビール片手に屋上へと向かう。
まだ明るい、夏の夕方のビール。
1日汗だくになった体に、キンキンに冷えたビールが堪らない。
屋上から、夕焼けと、薄っすら青紫になり始めた空を見上げて、
思わず、大きな声で歌ってしまう。
ビール1本と、夕焼けと、一番星。
これだけで楽しくなれる私は、僚と違って随分安上がりにできている。

「なに1人で、盛り上がってんの?」
そう言って僚がやって来たのは、私がビールを半分位まで飲んだ頃。
自分も、ちゃっかりビール持って来てるし。
「1日、ゴロ寝とナンパしかしてないヒトは、ビール飲めないんだぞ~。」
と、半分ジョーク、半分マジで言ってみる。
僚はヒッソリと笑って、聞いてるんだかどうだか、パシュッとプルタブを開ける。
私の隣に並んで、ビールを飲む。
私はついつい、僚の上下する喉仏に見惚れてしまう。
そしたら僚が、ニヤッと笑って、目だけで『何?』と、訊いてくる。
見惚れていた事を、まるで見透かされてしまったようで、一気に酔いが回る。
きっと私は今、耳まで真っ赤だ。
思わず照れ隠しに、私は大声で叫んでみる。

「僚のモッコリバカ~~~」
すると、僚もニヤニヤ笑って、私に続く。
「香の暴力女~~~」
「僚の大メシ喰らい~~~」
「香のケチ~~~」
「僚のグータラ~~~」
「香のブス~~~」
「僚のおたんこなす~~~」
「香のトンマ~~~」
「僚のアホ~~~」
「香が、好きだぁ~~~」

・・・・・って、何よ、調子狂うじゃん。
そういうのって、フェイントって言うんじゃないの?
私が黙っていると、僚が私の真っ赤な顔を覗き込んで、
「続きは?」とか、訊いてくる。
馬っ鹿じゃないの???って思ったけれど、
そんな楽しげな眼で、続きなんか期待されたら、応えるしかないじゃん。
でもさすがに、叫ぶなんて出来なくて。
小さな声で、
「僚が好きだぁ。」
と、ポソッと呟く。それでも僚は、とっても満足そうに微笑むと、
ビール味のキスをしてきた。
そして、真っ赤になってフラフラの、
照れてるんだか、酔ってるんだか判然としない私を後目に、
「俺の方が、100倍好きだぁ~~~」
と叫んでニカッと笑うと、腹減ったからメシ食おーぜ。
と言って、サッサと1人で下に降りてしまった。

何よ!! 何なのよ?!
1日、ゴロゴロして、ナンパして、ビール飲んで。
それでどぉーして、お腹が減るのよ???
・・・それに、ちゃっかりキスまでしちゃったりして。

「僚の、ばか。」

それでも1人でそう呟いた私は、
きっと今、他人には見せられない程、にやけていると思う。
暫く、ぼんやり頭を冷やして、私もご飯を食べる為に下に降りた。





ミック・エンジェルは先程から、
向かいのビルの屋上を、双眼鏡を使って覗いている。
夏になって香は時々、1人夕方の屋上でビールを飲んでいる。
楽しげな香をコッソリ覗くのが、近頃ミックの楽しみの1つになりつつある。
視線を少しだけ下にずらして、6Fのリビングを覗くと、
ソファには、僚が寝そべっているのか、チラッと足先だけが見える。
香は恐らく、楽しそうに歌を歌っている。

(かわいい。かわい過ぎる。何の歌を歌っているのかまでは、分からないケド、カワイイじゃないかっっ!!!)
暫く、そうして眺めていると、僚が現れた。
(クッソー!2人で、仲良さげにビールなんか飲みやがってっっ)
しかし、暫くすると2人して大きな声で、お互いの悪口を叫び始めた。
いくらこの辺が、オフィスビルや雑居ビルばっかりで、
苦情を言うような住人が居ないと言っても、
なかなか、大人げない遊びだと、ついついミックは苦笑する。
ヤレヤレと、半ば呆れてコーヒーを飲みながら、デスクのPCに視線を戻し、
仕事の続きに取り掛かりながら、2人の遣り取りに耳だけ傾ける。

「香が、好きだぁ~~~」

ブッーーーー!!!
ミックは、思わずコーヒーを吹き出した。
(オイオイオイオイ。今のリョウだよなぁ?あのリョウが珍しい?!)
慌てて双眼鏡を手に、もう1度屋上を覗くと、
真っ赤になった香と、香には見えないようにコッソリと、
ミックにパイソンの銃口を向けた僚が、キスをしていた。
(アハ、リョウってば気付いてたんだ。オレが覗いてんの。ジェラシー全開だな。)
ミックは、ヤレヤレと肩を竦めると、本格的に仕事に戻る事にした。
「あ~あ。カズエ早く帰って来ないかな。」
夏の夜は、平和に暮れていく。












ジェラシー全開リョウちゃんと、
真っ赤なカオリンを書いてみました。
冴羽アパートの屋上は、即席ビアガーデンでっす♪
[ 2012/06/07 19:31 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題22. しゃぼん玉

僚が夜中に飲み歩きから帰ると、アパートの入り口付近で、
ふわふわと漂う透明の玉が、2つ3つ、頭上から飛んで来た。

しゃぼん玉?

僚は思わず、首を傾げる。
この時間に、こんな場所で、しゃぼん玉?
僚は自宅リビングを、見上げる。
灯りは消えている。香はもう寝たのだろうか?
とうとう俺、不摂生が祟ってお迎えが来たかな?と、
僚は柄にもなく、日頃の自分を反省してみる。
でもまだ辛うじて、生きてる実感もあるし、
まぁ、とりあえずは家に入んないと。と、考えて6階までの階段を上がる。


玄関に着いたとこで、僚はホッと胸を撫で下ろす。
灯りは消えているけれど、微かにリビングの方から、香の気配がする。
ドアを開けると、香はパジャマ姿で、ベランダに続く掃出し窓の所に座り込み、
夢中になってしゃぼん玉を吹いている。
「何やってんの?」
そう問う僚に、香は振り向きもせず答える。
「しゃぼん玉。」
それは、見れば判る。
僚が言いたいのは、何故に灯りも点けず、
こんな時間に、しゃぼん玉なのかという事だ。


(機嫌悪ィのか?)
僚は、自分の方も見ずにそう答える彼女に、フトそう思うが、
口調は至ってニュートラルで、
そこから機嫌を推し量る事は、残念ながら出来そうにない。
しょうがないので、僚も香の隣に座り込む。
「フフフ。お酒臭い。」
そう言う香は、思いのほか上機嫌で、ニコニコと笑っている。
僚は内心安堵して、
「あぁ、飲んできたし。」と答える。
僚とは対照的に、香からは甘いシャンプーの香りが漂っている。
「おまぁは、シャンプーの匂いだな。」
「うん、さっきお風呂入ったから。沸いてるよ?お風呂。」
何故だか僚は、香が自分によりも、しゃぼん玉の方に夢中な気がして、
少しだけ、しゃぼん玉に嫉妬する。
だから、香の言葉を無視して訊ねる。
「なんで、しゃぼん玉してんの?」
「貰ったの、薬屋のおじさんに。」


香の説明によれば、いつも行く近所の薬局で、
今日は、お客様感謝デーなるイベントが開催されていたらしく、
ポイント2倍サービスと、景品を配っていたらしい。
景品は、しゃぼん玉の他に、コンドームとか、栄養ドリンクとかだったらしいが、
香は、迷わずしゃぼん玉を貰ったらしい。
場所柄、子供連れが行くような店じゃないし、
コンドームや、栄養ドリンクは人気ですぐに無くなったらしいが、
可哀相なしゃぼん玉は、貰い手も無く、
店のオヤジも大盤振る舞いで、結構たくさん香にくれたらしい。
「どーせなら、コンドーム貰ってくれば良かったのに。」
そう言って笑う僚に、香は、
「そう言うと思った。」
と言って、眉を顰めた。
しかし、すぐに笑顔に戻って、
「僚の分もあるよ。」
と言って、ソファの横のローテーブルを、指差す。
確かに、テーブルの上には、
誰がこんなにやるんだよ?と、言いたくなる量のしゃぼん玉が置いてある。
しかし香の説明は、あくまでもしゃぼん玉を入手した経緯であり、
どうしてこの時間、灯りも点けずにしゃぼん玉なのかという説明は、一切無い。


まるで、僚など隣にいないかのように、香は夢中でしゃぼん玉を吹いては、
その儚い球体の行方を、目で追っている。
暫く何も言わずに、そんな香を僚はじっと見つめていた。
香は突然僚に向き直ると、ニコッと微笑み無言でテーブルを指差した。
やりたきゃ、やれ。という事のようだ。
僚は苦笑して、テーブルから1つ、しゃぼん玉を取って来る。
妙な図だな、と僚は思う。
風呂上りの女と、酔っ払った男が、フローリングにペッタリ座り込んで、
2人ともイイ歳こいて、真夜中にしゃぼん玉。
もっと他にやる事があんだろうと、僚の脳内ではもう1人の自分が、毒づく。
もっとやりたい事は、他にある。
けれど僚はまだ、彼女に指1本触れる事が出来ないでいる。
僚が本当にやりたい事は、香に触れる事だ。
その唇に。
その身体に。
その心に。


香が、ふわふわと漂うしゃぼんの玉を見つめながら言った。
「さっきね、灯り点けたままでやってみたんだけど、部屋の方が明るいとね、しゃぼん玉がお外の黒にスッと消えちゃって、すぐに見えなくなっちゃうの。灯りを消したら、お外の方が明るいから、飛んでるしゃぼん玉が良く見えるの。」
確かにそう言われてみれば、そうかもしれない。
ココは、日本一の歓楽街、大遊戯場歌舞伎町とは、目と鼻の先。
一晩中、真っ暗闇には成り得ない。
どんな夜の深い時間でも、薄明るい。
部屋の灯りを消したら、外の方がむしろ明るい位だ。
まぁるい透明のしゃぼんの膜に、街灯やネオンの光が反射して、
鈍色に光りながら、夜の中をふわふわ漂っている。
香の言葉に、他意は無い。
言葉通りの意味である。
それでも僚はその言葉に、まるで自分達を重ねてしまう。


明るい場所に居れば、黒はより黒く見えるから、
おまぁは、自身をもう一段階薄暗い所に置いて、
黒い世界に、眼を慣らしているんじゃないのか?


儚く丸いふわふわは、まるで香そのものに思える。
割れてしまうな。
何処にも行かないでくれ。
と、思わず僚は香を抱き締めた。
香は一瞬驚いたけれど、小さくフフフと笑うと、
「僚、お酒臭いよ。」
と言った。つられて、僚も小さく笑うと、
「へーへー。それじゃあ、風呂にでも入って来ますかね。」
と言って、香から離れた。
少しだけ、離れがたかったけど、
もしも、香にそう言われなかったら、
僚は何を仕出かすか、自分でも解らなかった。
きっと今日の僚は、自分で思っている以上に酔っている。


僚がバスルームに行って暫くして、
香はボンヤリと、さっきまで僚が座っていた場所を見つめる。
さっきまで、僚が吹いていたしゃぼん玉。
香はそれをそっと手に取ると、
僚が口に咥えたストローを、同じように咥えてみる。
「フフフ、間接キッスだ。」
香は1人そう呟いて、楽しげに微笑む。
意気地なしだと、香は思う。自分も、僚も。
それでもこんな風に、ずっと2人で暮らしていけるのなら、
それ以外、何も望みはしないと思う。
ただ1つ、香の願う事は。
どうか、割れないで。
何処にも行ってしまわないで。
いつまでも自分の傍で、ふわふわと軽やかに、佇んでいて欲しい。
そう思いながら香は、
僚のストローで、いつまでもしゃぼん玉を飛ばしていた。









モヤモヤ期の、2人でっす。
しかしきっと、もう少しでくっ付きそうな2人でっす。
この位が、ワタクシもっとも萌えるのでっす。




[ 2012/06/07 21:29 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(2)

槇村香の経済効果

今回、冴羽商事の2人に舞い込んだ依頼は、
とある、IT企業の内部調査であった。
依頼人はその会社の社長、前田貴志(34)である。
彼は、若くして成功を収め、巨万の富を築いている。
と言えば聞こえはイイが、
何を隠そう、この男が成功を収めたキッカケとは、
バーチャルで恋愛を楽しむ類の、僚からしてみれば只々気色の悪いだけのゲームを作って、それが爆発的な大ヒットとなった為である。
そして前田当人も、IT企業社長などという肩書には不釣り合いなほど、
どこからどう見ても、モッサイおたくなのである。
もっとも、前田本人も富や地位などには、何の執着も無く、
好きな妄想を形にしていくことで、結果が付いてきたラッキーボーイなのである。
しかし、成功を収めた今となっては、その得意分野のみならず、
様々な面に於いて事業は拡がりをみせ、
一見地味なおたくも、一応、なかなか切れ者の経営者という顔も持っている。


そんな前田の会社で、この数週間に亘り、ごく一部の幹部社員だけが知り得る、
機密情報が漏洩している可能性があると言うのだ。
僚と香は依頼内容を聴いて、
本来なら、2人が受けるような依頼では無いような気もしたが、
諸々の事情(公共料金の支払期限が差し迫っているなど)により、
やむなくこの依頼を、受ける事とした。
何より2人には、教授という強い味方がいるので、
今回は、80%位の割合で、頼ってしまおうなどという腹積もりである。
まさしく、他力本願とはこの事である。
それでも一応は、人間関係などを探る為、
2人揃って、仲良く潜入調査と相成った訳である。
立場としては、社長室付き秘書。
前田社長の特命により、社内の色んな事を調査しちゃうのだ。

潜入初日。
冴羽家のリビングでは、珍しく早朝から2人揃って出社の準備をしている。
時刻はまだ、AM7:30である。
2人(特に僚)にとっては、驚異的な早さである。
8:03発の、電車に乗らなければ、出社時間に間に合わないからである。
この日の僚のいでたちは、
紺色の細身のスーツに、水色のYシャツ。
ネクタイは、クリームイエローに白のピンドットである。
これで、節操なくモッコリさえしなければ、
なかなか爽やかな、エリートサラリーマンに見えなくも無い。
一方、香の方はと言えば、光沢のあるシルバーに近いグレイのスーツ。
ボトムは、タイトスカートである。
インナーには、白のシンプルなブラウスを選んだ。
普段の香にしては珍しく、薄くメイクも施している。
ごく地味で、控え目なメイクであるにも係わらず、
恐らくは、その辺を歩く男共の視線を、
釘付けにするのは間違いないだろうと思うと、僚は最悪の気分であった。
多分香の中のイメージで、『秘書』と言えば、
『眼鏡』は、必須アイテムなのだろう。
視力2.0の香ではあるが、黒いフチの眼鏡までかけている。
僚はそれが、どうにもエロいと感じてしまうが、
朝っぱらからそんな事を言えば、香にどやされるのは目に見えているので、
ダンマリしている。

それにしても、と僚は思う。
香のスカート、やけに短くないか?と。
「なぁ、香?。」
「なに?」
「おまぁ、そのスカート短くね?」
なるべく嫉妬深い感じにならないよう、あくまでも自然体を装って僚が訊く。
すると暫く間があって、香が、
「・・・・・、やっぱ、そう思う?なんかこのスーツ、結構久し振りに着たんだけど、こんなにスカート短かかったかな?」
と答える。僚は思わず、プッと吹き出すと、
「おまぁ、もしかしてまぁだ背ぇ伸びてんじゃねえの?」
とからかう。香は真っ赤になると、
「もぉっ!!縁起でもない事、言わないでよっっ!!! 冗談じゃない↓↓↓もうとっくに、成長期なんか終わったからっっ。」
そう言って強がるモノの、
自分でもその可能性を、少しは考えたのか、心なしか涙目である。
これで本日履く予定の、8㎝のピンヒールを含めたら、
その身長は、しっかり180㎝オーバーなのだ。
泣きたくなるのも、無理は無い。
朝から、そんな遣り取りをしつつも、無事電車の時刻にも間に合い、
2人はこれから数日、おたく社長の元、
特命秘書として、任務にあたる事となった。

潜入開始から5日後には、事件解決の大体の目処はついた。
専門的な事は、今回殆ど教授に丸投げで、
僚は社内での社長を取り巻く、幹部連中の素性を徹底的に調べていた。
幹部クラスで、情報が漏洩しているのであれば、
まずは1番に、そこから調べるのは当然である。
今回は、肉体労働というよりも、デスクワークが主である。
僚は元々、何をやっても器用だし、飲み込みも早いタチなので、
PCの取り扱いにも、長けている。
教授にも前から教わっていて、教授程では無いにしろ、
ハッキングなども、出来なくは無い。
時と場合によっては、警察のシステムにすら潜り込んだりもしているのだ。
しかし一方の香は、以前のウィークリーニュース社内での一件以来、
PCやOA機器といった、機械モノに極度のアレルギーがある。
異常なまでに、そういうモノに触れる事を怖がる香は、
今回、あまり出る幕は無い。
毎日、僚と一緒に出勤するモノの、
専ら僚と前田にお茶を淹れたり、社長室を掃除したり、
観葉植物の手入れをしたりして、日中を過ごしている。

強いて言えば、今回の香の仕事は、
初日の、グレイのミニスカスーツを筆頭に、ほぼ秘書コスプレである。
紺色のスーツと、胸元にピンタックの入った白いブラウスを着ていた日は、
ストッキングにラメが入っていて、眼鏡はフチが赤いヤツで、
妙にエロくて良かったと、僚は振り返る。
その次の日は、少しラフにチャコールグレイのウールのパンツに、
黒いⅤネックの薄手のニットだった。
その日は眼鏡は無かったが、何故か口紅は真紅で、
ニットから覗く鎖骨と相まって、これまた妙にそそられた。
何度仕事中に、キスしたい衝動に駆られたか。
僚は思い出しただけで、背筋がゾワゾワする。
そして本日は、黒の細身のパンツスーツに、
白いボウタイカラーのブラウスを着ている。
足元はヒールでは無く、エナメルのローファーを履いている。

(カワイイ、カワイ過ぎる。)
少し油断をしたら、間違いなくヨダレを垂れそうな僚であったが、
そう思っているのは、僚だけでは無い。
前田もまた、香の秘書コスプレに妄想を膨らます、1人であった。
1度香は、あまりにもする事が無いので、
自分が出勤する意味があるのかと、前田に訊ねたが、
彼はニコニコ笑って、
「槇村さんが居て下さるから、僕達の仕事が捗っているんです。槇村さんは、大事な戦力です!!!」
と、力説した。
僚としては、このキモオタ社長が、香を妄想のネタにしてそうで、
その事に関しては、非常に遺憾ではあったが、
妄想を止めさす事など不可能であるし、むしろ気持ちは同じで。
またこの社長室という、閉ざされた空間でこの男と2人きりというのも、
想像しただけで、蕁麻疹が出そうなので、口を挟むのは止めにした。
僚としてもこんな依頼、目の保養でもしなければやってられないという事だ。

潜入期間中、ランチはいつも3人分の弁当を、香が作ってくれた。
ここ数日、僚が見たところによると、前田も第一印象は多少キモいモノの、
悪いヤツでは無さそうだし、何より彼と香が2人きりになる事はほぼ無いので、
僚としても、我慢が出来る範囲内である。
香は元々、他人をイメージや外見で判断しないタイプなので、
前田がどう見てもおたくっぽい事などは、さして気にもしてない様子で、
至って普通に接している。
逆に言えば、香にとっては前田個人がどういう人間であろうと、
大して興味など無いのが、本当のところである。

そして、依頼人前田は、1人舞い上がっていた。
かつてこれ程までに、完璧な女性が居ただろうか?否、いまい。
前田はこれまでの人生で、女性にモテたためしがない。
でもそんな事は、前田にとっては痛くも痒くも無い事だった。
何故なら、恋愛ならバーチャルでも出来るから。
そしてそれは、自分の都合に合わせて、如何ようにも進める事が出来るから。
前田自身の思いとは裏腹に、この数年で何故か自身の立ち上げたこの会社は、
メキメキと業績を伸ばし、今ではまるで時代の寵児のように持て囃されている。
そんな『IT企業社長』という肩書に、
まるで蟻のようにたかって、媚を売る女もいるが、
でもそれが、一時のまやかしである事を、前田は知っている。
如何に実体のある、見栄えのする女であっても、心が動かされる事は無かった。
自分がこれまで創り上げた、2次元の恋人たちの方が前田にとっては、
余程、親密であった。
ところがどっこい。この今目の前にいる、槇村香という女性は、
今まで出会った、どんな女性とも違う。
こんな自分の事を、キモいおたくとか、誑し込むのに手っ取り早い金持ち、
などとは、思っていない。
至って普通に、1人の34歳の前田という男として、接してくれている。
こんなにも優しく、楽しく会話も弾み、その上弁当まで作ってくれる。
しかも、美味しい。
そして何より、この抜群のスタイルと美貌。何1つ欠点が無い。
近頃では、色々と余計な事が忙しくて、
本来自分の大好きな分野に没頭出来ないでいたが、
何より彼女を見ていると、前田の創作意欲が激しく刺激されるのだ。

三者三様、様々な思いを抱きつつも、つつがなく依頼も進み、
潜入7日目にして、漸く無事に事件は解決を迎えた。
この際、この様なチンケな揉め事の結果など、僚にとってはどうでも良い事だ。
それよりも重大なのは、この目の前の現状である。
ついさきほど、依頼が片付いて、
「それじゃ、俺たちは帰るわ。」
と言って、社長室を後にしようとした矢先に、これだ。
何故か前田は、真剣な表情で香の手をガッチリ握り、
今しも噛み付かんばかりに、香に迫っている。
「槇村さんっっ!!これからも、是非この会社で、一緒に働いてもらえませんか??この1週間、あなたのお陰で随分、仕事が捗りました!!!」


・・・って、オイ!!!
何やってんだ?このオタ社長は。
チッ、全く油断してたぜ。
この男、バーチャルにしか興味が無いモンだとばかり思ってたケド、
最後の最後でやってくれやがったよ。


当の香は、かなり引き捲っていて、冷や汗をダラダラ流しながら、
僚にSOSの視線を送りつつ、
「で、でもわ、私別に何も、やってませんし・・・い、依頼も僚が殆ど解決し、したので・・・」
と、究極のシドロモドロで答えている。
「いえ!!そんな事ありませんっっ!!あなたは、有能な秘書です!!!」
前田は大真面目に、そう言ってるのだ。
この状況に、僚がとうとう我慢も限界と、切れかけたその時。
この場の空気を一掃したのは、香だった。
突然の、爆笑である。
これ以上無いという程の、大爆笑だ。
お腹を抱えて、ヒーヒー言って笑っている。
これには、前田も僚も思わず、顔を見合わせてキョトンとしてしまった。
暫くして、笑い過ぎで涙を流しながらも、少し落ち着いた香は、
「・・・有能な秘書って・・・プププ。私、デスクワークなんて、絶対にこの世で1番無理なんです。お仕事のお役に立つどころか、この会社に損害を与える事だけは、保証できます。」
と言って、ニッコリ笑った。
それはもう、潔いほどの拒否である。
前田はもうそれ以上、何も言えずポカンとしていた。

数日後、冴羽商事の口座には、破格の依頼料が振り込まれていた。
当初約束していた額の、ゆうに10倍近くの金額だ。
たった1週間の、しかも比較的楽な今回の依頼で、
こんな金額を受け取る訳にはいかない。
香は唖然とし、
「きっと前田さんは、金額を間違っているから、返金した方がイイ。」
と僚に言ったが、僚の答えはアッサリとしたモノで、
「イイんでない?別に。金が余ってんだろ、多分。」
と言って、その話はそれっきり打ち切ってしまった。
しかし、僚には解っていた。
今まで恋をした事の無い悲しい男の、
初恋の君への、それは最初で最後のプレゼントなのだと。
それに1週間、散々香を観賞した、拝観料だ。
決して、貰い過ぎでは無い。

数か月後、前田が約1年振りに手掛けた、バーチャル恋愛ゲームは、
自分好みの秘書を育て上げるというモノで、
何故か、空前の大ヒットとなった。
ハッキリ言って、そんなものに微塵も興味の無い、冴羽商事の2人は、
まさか前田の初恋が、多大な経済効果を世の中にもたらしている事など知る由も無く、今日も平和で退屈な日常を過ごしていた。














ただ、単にカオリンのコスプレが書きたかっただけでっす(^ω^)
リョウちゃんは、きっと涎を垂れながら依頼を遂行しました。
[ 2012/06/09 05:39 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

砂のお家

海開きが宣言されて、1週間ほどした夏のある日。
いつもの面々は、関東某所の浜辺で海水浴を満喫していた。
シーズン真っ盛りにも関わらず、ヒッソリとしたそこは、
盛りの付いた若者や、大騒ぎする家族連れなど一切居ない、超穴場なのである。
それもその筈、実のところその浜は、とある大地主のプライベートビーチ。
私有地なのだ。

何故そんな所へ遊びに来る事が出来るのかといえば、
実はその地主の老人は、僚と香が過去に手掛けた依頼人なのだ。
何故かその時、2人をいたく気に入ったそのご老人は、
まるで2人を孫のように可愛がり、出会ってからは数年の付合いになるが、
今でも事あるごとに、旬の野菜や、新米を送って寄越す。
一見、ただの農家の爺さんにしか見えない彼は、
実は、超が付く程の金持ちなのだが、皮肉なモノで身の回りの世話は、
長年勤めている、家政婦さんが1人いるだけで、
財産はあっても、孤独な生活を送っている。
そんな彼に、香が感情移入しないワケも無く、
色々と季節の品々が送られて来る度に、お礼を返したり、手紙を書いたり、
時には、電話で話し相手などもする仲らしい。

去年の秋に新米が送られて来た時には、
香は1ヶ月ほどかけて、手編みのカーディガンを編んで送っていた。
その時僚は、香が編んでいる毛糸玉を手にとって、
「何かジジ臭くねぇか?この色。」
と言ったら、
「心配しなくても大丈夫だよ。誰も僚には編んでないから。」
とニッコリ顔で返され、
暫く、結構へヴィにへこんでいた。
しかもその同じ毛糸で、ついでに教授にまでマフラーを編んでやっていた。
香曰く、いつもお世話になってるから。
いくらヤキモチ焼きの僚とはいえ、さすがに80オーバーの爺さん2人に、
嫉妬するつもりも無いが、面白くないのは事実で。
その後、マフラーを貰って大喜びの教授に、
「それ、あくまでもカーディガンのついでですから。」
と、言わなくてもいい事を、コッソリ耳打ちし、
己のストレスを、少しだけ発散した。


1週間ほど前に突然、
美樹が、みんなで海水浴に行こう、と言い出した。
時を同じくして、冴羽家には件の地主の爺さんから、
立派なスイカが送られて来た。
そのお礼の電話を香が掛けた時に、何とはなしに、
今度みんなで海水浴に行くんだと、愉しげに話したのだ。
すると彼は、海開きしたばかりで何処も混んでいるから、
好きな時に、ウチの浜へ遊びに来ると良い、と言ってくれた。
香は思わぬ展開に、大喜びし、絶対に行くっっ!!
と、2つ返事で彼と約束をしたのだった。
香は、そんな彼に、
「とても良いヒトで、こんな私達にとても良くしてくれる。」
と感激しているが、僚にしてみれば、
それを言いたいのは、アチラさんの方だろうと思う。
本当の身内でさえ、寄り付きもしない程の頑固ジジイで、
普段は、淋しい生活を送っている。
まるで、本当の孫娘のように懐いている香が、
彼にしてみれば、可愛くて仕方ないのだから。

香が次の日それを美樹に話すと、彼女も大喜びで、
とんとん拍子に計画は進み、爺さんまで巻き込んで、
当初の美樹の計画よりも、遥かに大げさな旅行計画となってしまった。
なんと、爺さんの家に1泊するという。
初日は、まず海に直行して海水浴。
夕方から、爺さん宅にお邪魔する予定らしい。
1年程前に、彼が所用で東京に出て来た時に、3人で一緒に食事をした。
それ以来である。
年齢も性別も超えた『友人』に、
久し振りに会えると上機嫌の相棒を見るにつけ、僚もまた嬉しくなる。
なんせ自分達は、如何にお気楽で脳天気でも、立派な闇の住人なのだ。
こと相棒に関しては、この闇に引き込んだのは自分なのだと、
僚は常々、そう思っている。
元々、誰からも好かれ、人付き合いの大好きな彼女の世界を、
狭めているのは、自分なのだと僚は思っている。
口では、頑固ジジイだの、面倒臭ぇだの言っても、
そんな彼女の、数少ない大切な友人は、僚にとってもまた、大切なのだ。

何はともあれ、海水浴である。
結局、いつもの面々に声を掛け、参加者は僚と香。
伊集院夫妻。それに、ミックである。当初、かずえも参加する予定だったが、
どうしても仕事の都合がつかず、ミックは1人で参加する。
かすみや麗香にも声を掛けたが、かすみは大学のサークルの合宿と重なり、
麗香は生憎、仕事で遠方に行っている。
ビーチでの昼食は、バーベキューをする事になった。
BBQの準備担当は、伊集院夫妻。
ミックが、ビールやジュースの飲み物担当。
冴羽商事の2名は、おにぎりや簡単なオカズを準備する担当だ。
といってもこの場合、作るのは香で、僚の仕事は荷物持ちである。

当日の朝、香はまだ夜も明けきらぬ内から起き出して、
キッチンで1人、昼食作りに取り掛かった。
僚が目覚めて、キッチンへ顔を出した時には既に、
4人掛けのダイニングテーブルの上には、
所狭しと、おにぎりや唐揚げや、玉子焼きが並べられていた。
僚は内心、何人分だよ?と呆れ、
これだけの量の荷物を、ニッコリと微笑みながら、
容赦なく自分に持たせる相棒の姿が、容易に想像できて苦笑した。
きっとこの食い物以外にも、着替えやら、浮き輪やらビーチボールやら、
僚に手渡すのだろう。
香の中では、肉体労働担当、僚。という地位は、絶対的で揺るぎ無いのだ。
毎度の事ながら酷使しやがって、と思う僚ではあるが、
そんな事は、口が裂けても言えない。
言ったが最後、本日のランチは己だけコンビニ弁当になってしまう。

海へ向かう車中、赤いミニクーパーの2人は、
カーラジオに合わせてノリノリで歌を歌い、
取り留めもない、しょうも無いバカ話で笑い転げた。
香は、昼食のBBQを、とても楽しみにしている。
何度か、夏の冴羽アパートの屋上でみんなでやった事がある。
それ以来香は、BBQが大好きだ。
あればっかりは、大勢でやらないと美味しくない料理だ。
香にとって、食事の思い出や記憶の原風景は、
殆どが、兄にまつわるモノである。
兄妹2人の静かな食卓には、BBQの思い出は無い。
BBQだけは、僚が居る風景なのだ。
僚がいて、ミックや美樹やかずえや海坊主がいる。
兄との思い出は、勿論香にとって宝物だけど、
今の香の幸せは、僚がいて、友人たちがいて、みんなで楽しく過ごす事だ。
そこに、兄がいてくれれば、本当はもっと幸せだっただろうけど。

海に着いた頃には、香は助手席でグッスリ眠っていた。
無理もない。
明け方から、早起きして張り切って準備をした上に、
序盤の車内で、異常なハイテンションではしゃぎ過ぎた。
そんな子供みたいな相棒の寝顔を見ていると、
僚は何だか、起こすのが可哀相に思えて、
そのまま寝かせといてやりたい気持ちになったが、
そんな事をしようもんなら、当の相棒に何で起こしてくれなかったのかと、
ハンマーを喰らう事は、目に見えているので、仕方なく声を掛ける。
「お~~い、香ぃ~~。海、着いたぞぉ~~~。」
間延びした僚の声に反応して、香がガバリと起き上がる。
そこは私有地なので、コンクリートで固めたような駐車場など無く、
浜辺のすぐそば、ギリギリまでクーパーを横付けしている。
海坊主達とミックの乗った、ランクルもすぐ近くに停まっていて、
もう既に夫妻は、テキパキとアウトドアの準備に取り掛かっている。
さすがは元傭兵。夫婦揃って手際がイイ。
僚が手伝うまでも無さそうである。
ミックも傍らで、折り畳みのテーブルを組み立てている。
僚はクーパーの後部座席から、香が朝から張り切って作った食料の詰まった、
バカデカいトートバッグを、運び出している。

目を覚ました香が見たモノは、
それはそれは素晴らしい、浜辺の大パノラマだった。
「うぁっ~~~~!!!
すっごいっっ、キレイ~~~!!!」

思わず、大絶叫である。
寝起きとは思えぬ香の大声に、僚は後部座席から取り出したばかりの、
香が丹精込めて作った弁当を、あわやバッグごとぶちまける寸前だった。
少し離れたビーチでは、支度の手を止めて、他の3人もそんな香に目を細める。
香は、寝起きとは思えぬハイテンションで、助手席を飛び出すと、
おもむろにベビーピンクのTシャツの裾に手を掛け、一気に脱いだ。
僚は思わず、意味も無く焦ってしまい、
「お、おまぁっ、何やってんだ??急にっっ!!」
とツッコミを入れるが、香はまるで小学生のような無邪気な笑顔で、
「海に来たんだから、泳ぐのよっっ!!!」
と言うと、助手席のシートにTシャツを放り込み、
デニムのショートパンツも脱ぎ捨てる。
香はアッと言う間に、鮮やかなオレンジ色のビキニ姿になった。
オレンジ色に映える、白いパイピングが施された、
少しだけレトロなフォルムのその水着は、
絵梨子のデザインで、70´sを意識したモノだ。

唖然とする僚にも構わず、香は韋駄天の如く波打ち際まで走り去った。
香の目には、伊集院夫妻もミックも映っては無いらしく、
彼らの前も、楽しげに走り抜け、白い飛沫を上げながら海に飛び込んだ。
そんな彼女に、全員が笑顔になってしまう。
僚は苦笑しながら、
伊集院夫妻が組み立てたタープの下の日陰へ、荷物を運んだ。
随分遠くまで泳いだ香が、
「りょおもおいでよ~~、気持ちい~~よ~~。」
と大声で叫んでいる。
「香さん、ほんとに楽しそうね。来て良かったわ。」
美樹が、ニコニコと笑いながらそう言った。
僚は、小さく笑って美樹の言葉に頷くと、今度は香に向かって、
「かおりぃ~、あんま1人で遠くまで行くんじゃねぇぞ~、危ねぇぞ~~~」
と答える。香はそれを了解したのか、ヒラヒラと手を振って、
その近辺をスイスイと泳いでいる。

1時間ほど、泳いだりして海を満喫したところで、
もうそろそろ、お昼の準備始めましょうか、と美樹が言ったのを機に、
海坊主が、BBQの為の火を起こし始めた。
男達3人は、到着早々からビールを飲んでいるが、
汗と一緒にアルコールも蒸発してしまうのか、殆ど素面同様である。
もっとも、彼等にとって昼間から飲むビールなど、
ミネラルウォーターと、大差ない。
僚とミックは、ビール片手に砂浜に寝転んで、甲羅干しをしている。
少し離れた場所に座り込んで、何やら先程から1人で砂と格闘している香を、
2人は並んで、眺めている。
ミックは、ビキニ姿の香にあらぬ妄想を膨らませている。
僚は、真っ赤になった香の手足を見て、
今夜香はきっと、日焼けが痛いと言って涙目になるなと苦笑した。




香と兄が、父に連れられて海水浴に行ったのは、
香がまだ小学校に上がる前の事だ。
香の記憶の中で、唯一家族3人で楽しんだ行楽の思い出だ。
あの時、どこの海に行ったのか、幼かった香には解らない。
ただ夢中になって、砂遊びをしたのを覚えている。
よく考えるとあの時が、香が生まれて初めて見た海や砂浜だった気がする。
都会の真ん中の団地で育った香は、
団地の中の公園の、砂場の砂しか知らなかったから、
太陽の熱で温められて、サラサラとした海の砂が、
とても綺麗なモノに思えて、帰りに持って帰りたいとぐずって、
父と兄を困らせた。
バケツに汲んだ海の水を混ぜて、色んなモノを作った。
それは、団地の砂場の砂遊びの比じゃ無く、香はすぐに夢中になった。
元々、1人で遊ぶのは慣れっこだ。
いつもと違って、沢山の綺麗な砂を独り占めだと思うと、とても嬉しかった。
兄は高校生で、背だってすごく高いから、
香の足の届かないような、ずっと遠くの方まで泳いで行ってしまった。
父はパラソルの下で、そんな2人の子供たちを眺めながら、
のんびりラジオを聴いていた。
香は、砂でお家を作った。
父と兄と香の3人で、いつまでも仲良く暮らす、大きなお家。
お庭だってあるし、3人で一緒に眠る大きなベッドがある。
アルプスのハイジのベッドは、ワラで出来ているケド、
槇村家のベッドは、海の砂だ。
お昼間に太陽が温めてくれるから、寝る時もポカポカで温かい。
香が夢中でお家を作っていると、いつの間にか海から上がった兄が傍にいて、
「香、何を作ってるの?」
と優しく訊ねる。
優しい兄の笑顔が嬉しくて、香もニコニコ笑いながら説明する。
「これが、おにわでぇ、これはだいどころ。これは、ベッドなの。」
そんな香に、兄は頷きながら一層微笑んだ。
この時の香には、まだ良く解らなかった。
人が死ぬという事を。
父も兄も、永遠に一緒には居られないのだという事を。
この香の作った砂のお家も、風が吹いて、雨が降って、波に浚われると、
跡形も無く、消えて無くなるという事を。



香は、気が付くと砂でお家を作っていた。
あの家族3人で行った、海水浴。
ついさっきまで、すっかり忘れていたのに、サラサラの砂を触っている内に、
鮮明に思い出した。
ココに来てからすぐは、みんな泳いでいたのに、
男達3人は、サッサとビールを飲みだして、折角の海なのに、
砂の上で、ゴロゴロしている。
僚もミックも、若作りしてるけど、実際はオヤジだからね~~、
なんて思いつつ、香は砂を掘る。
表面は太陽の熱で熱くて、サラサラしてるけど、
少し深い所に、手を突っ込むとヒンヤリとして湿っている。
香はその感触が、何かに似ていると思ったけど、その何かが思い出せない。
ボンヤリしながら作る、砂のお家はどことなく、あのボロアパートそっくりだ。
僚と2人のいつもの部屋。

いつか波に浚われて、消えて無くなるのかな。僚も、私も。
もしも、その時が来るのならば、2人一緒が良いな。
お父さんみたいに、兄貴みたいに、たった1人で死んじゃうのはヤダな。
私みたいに、1人取り残されるのも。
だから、その時は2人一緒に、どうか・・・・



「何、作ってんだよ?」
僚がそう声を掛けると、香は虚ろな眼差しで小さく呟いた。
「・・・お家。」
僚には、香の考えている事までは、良く解らないけれど、
何故だか、目の前の香が今にも波に浚われてしまいそうで、
つい1時間ほど前には、まるで子供のようにはしゃぎ、
駆け回っていた彼女とのギャップに、理由の解らない胸の痛みを感じた。
心臓を強く鷲掴みされたような、切ない感情。
雰囲気を変えようと、僚は殊更明るく
「バーベキュー、始めてっぞ。おまぁ、朝から楽しみにしてたろ?」
と言ってみるモノの、香は未だどこか上の空で、うん、と答えるだけだ。
僚は思わず香を抱き締めて、キスをした。
戻って来いと。
彼女の足元に忍び寄る、目に見えない冷たい波から、まるで連れ戻すように。
次の瞬間、唇を離した僚の目に映った香は、
真っ赤になって固まっている、いつもの香で、僚は、ホッとした。
抱き締めた、うなじから背中にかけて真っ赤に日焼けしている香に、
「おまぁ、これ絶対、夜になったら熱出るぞ。」
と僚は苦笑した。


BBQの準備が整って、香を呼びに行く時に、
どちらが行くかで、僚とミックが暫し、くだらない攻防を繰り広げた事。

3人に見られながらキスをした、僚と香が散々冷やかされた事。

夕方、爺さんの家を訪れて、久し振りに再会した香が大喜びした事。

爺さんと妙に意気投合した男達が、
明け方近くまでドンチャン騒ぎで、飲みまくった事。

朝の畑で、香が感激しながら、新鮮な野菜を摘んだ事。

次の日もまた、海に行って沢山泳いだ事。

僚と香は、まるで小学生の夏休みのような思い出をたくさん作った。
2人が子供の頃には、作る事が出来なかった平和な思い出。
それでも今の2人には、これからたくさん作る事が出来るのだ。
これから先も、ずっと。








子供みたいにはしゃぐ、カオリンが好きでっす(′∀′)
でもきっと、そのバディには大人の色香が漂うのでっす。最強でっす♪
この後の後日談も考えているので、また後程UPしまっす♪
[ 2012/06/10 08:21 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

槇村香を巡る変態男と盗撮犯の暑苦しい攻防

※ このお話しは、『砂のお家』という、海水浴のお話しの後日談な感じでっす。それぞれ別々に読んでも、意味は分かりまっす(′∀′)
でも、ぜひぜひアチラのお話しも読んで戴けたら嬉しいでっす☆☆☆

それでは、ど~~ぞ~~↓↓↓↓↓







8月初旬、新宿・歌舞伎町。
季節柄、夜7:00過ぎでも、まだ夕方のように明るい今日この頃。
もっともこの街は、年がら年中一晩中、明るいし、暑苦しい。
そんな不夜城のほど近くに、サエバアパートはある。
さすがに煌びやかなネオン街から、少し離れているモノの、徒歩圏内である。
住宅街とは、言い難い。
この辺りに住まうのは、殆どが夜の世界の人間か、
もしくは、裏稼業の人間ぐらいのものである。
アパートとはいうモノの、
一応、鉄筋コンクリート造7階建ての、住居用ビルである。
部屋数も、そこそこある。
1階には、広々としたガレージもあり、地下には射撃場まで備えているが、
勿論、地下は非合法なので、登記上は地上7階建てとなっている。
地下の存在と、このビルのオーナーの素性については、
文字通り、アンダーグラウンドの世界である。

過去には、6階部分にセスナ機が突っ込むという、珍事にも見舞われた。
家主の職業柄、および彼の相棒による、度重なる破壊活動の結果、
築年数の割に、老朽化が激しいのが玉にキズである。
それでも、立地の良さや利便性を鑑みれば、
募集さえすれば、入居者もそこそこ見込める物件だ。
しかし、このビルの住人はここ数年、たった2人きりだ。
家主である新宿の種馬こと、冴羽僚と、その相方の槇村香だ。
この大都会のど真ん中で、これだけの空き部屋を遊ばせている等、
贅沢と言えば、贅沢な話だが、
如何せん彼らの業務上、このビルに関係者以外を招き入れる事は、
非常に危険なので、致し方ない。
通りすがりの陽気な通行人にしてみれば、ただの寂れたオンボロビルで、
風景の一部と化した、地味なビルに見えるらしい。
好き好んでこのビルに寄って来るのは、
家主の寝込みを襲おうと企てる、愚かな輩ぐらいである。

しかし何故か、関係者である友人・知人の類は、
呼んでも無いのに頻繁にやって来る。
向かいの似たようなビルに居を構える、
見た目だけは完璧な、アメリカ人ジャーナリスト。
怪しげな薬を発明しては、
その効果のほどを人体実験しようとする、女科学者。
見た目だけでは、職業・年齢不詳の、色気全開の女刑事と、その妹たち。
若い女性に人気のブランドを率いて、世界で活躍するデザイナー。
近所で喫茶店を営む、同業者夫妻。
彼等の辞書に、『遠慮』という2文字は存在しない。
ほぼ、我が家同然に、サエバアパート6階へ訪れる。
しかしそんな彼等に、
「少しは、遠慮しろ。」
と苦言を呈するのは、家主である冴羽僚ただ1人で、
彼の最愛にして、最強のパートナー槇村香嬢に於いては、
彼とは、正反対のスタンスを守っている。
千客万来、来る者拒まず。
いつ何時でもホスピタリティ溢れる、おもてなしの心である。
たとえ家主であろうと、彼女に頭が上がらないのが冴羽家の掟である。
実際嬉々として、彼等を迎え入れ、コーヒーを淹れ、お茶うけを出し、
楽しげに談笑するパートナーが、最凶に可愛かったりするもんだから、
僚としては、苦笑しつつも放任主義に徹するしか、術は無いのだ。
彼女がそんな風だから、件のジャーナリストやデザイナーなど、
彼女の信奉者たちは、何時間だろうと構わず長居する事も多々あって、
正直、僚は辟易している。
とりわけ、ミック・エンジェルには。



まだ、外は明るい午後6:00。
僚は早々と、風呂に浸かっていた。
日課のナンパから戻ると、上機嫌の香がニコニコしながら、
「汗掻いたでしょ?お風呂沸いてるよ。」
と言ったからだ。
そんな香のゴキゲンに乗じて、僚が
「んじゃあ、一緒に入ろう♪♪♪」
と鼻の下を伸ばしたら、それは香的には不可だったらしく、
見事な張り手が、僚の左頬にクリーンヒットした。
香、曰く。
「僚と一緒に入浴したら、汗を流しているのか、汗を掻いているのか、分からなくなる。」との事。

夏場になると、香は暑がりの僚の為に、青い入浴剤を入れてくれる。
湯は熱いのに、異常なまでのメンソール成分で、
湯上りはスースーするという、微妙なシロモノである。
しかし僚にとっては、この青い湯の良し悪しは、問題では無いのだ。
大切な事は、香が僚の為だけに、日常の些細な事柄に気を配ってくれる。
その事実だ。
公私ともに正真正銘、僚の良き『相棒』となって、早数ケ月。
極度の恥ずかしがりなので、香の口から、
『好き』だの『カッコイイ』だの『僚が1番』だの、
『僚と同じベッドじゃないと、カオリン夜も眠れないの(はぁと)』だの、
まだ、1度として言って貰った事は、無い。
僚にとっては、こんな風に身の回りの色々を、心を込めてやってくれる、
その事実こそが、彼女からの愛の証なのだ。

それでも、彼は言って貰いたいのである。
『僚と一緒じゃなきゃ、カオリン眠れないの(涙) りょお、一緒に寝よお(ラヴ)』
きっと、相手が彼女なので一生無理である。
したがってこれは、あくまで僚の妄想であり、
僚は日がな1日このような妄想に耽っている。いっそ、変態だ。
僚は脳内で、香に言わせてみたいナイスな台詞BEST5を妄想しながら、
風呂から上がり、脱衣所に用意されたフカフカのバスタオルで、体の雫を拭う。
そんな僚に、そばに置かれた扇風機から、そよそよと心地よい風が当たる。
入浴剤のメンソール成分と相まって、涼しさ倍増である。
この扇風機もまた、僚の為に香が置いてくれたのだ。
時には、ビンタを喰らったり、ハンマーで叩き潰されたり、
簀巻きで屋上から吊るされたりするモノの、
結局のところ、彼が彼女に溺愛されているのは、紛れも無い事実なのだ。

香が用意してくれていた、Tシャツと短パンを身に付け、僚はキッチンへ向かう。
ホントは、風呂上りには全裸が1番なんだけど、
香とのこの数年の生活で、僚はすっかり、躾けられつつある。
キッチンの方から、何やら旨そうな匂いが漂って来る。
(今日は生姜焼きかっっ!GJ、香。)
何はともあれ、まずは風呂上りのイッパツ、もとい、一杯である。
僚がビールを求めて、キッチンのドアを開けると、
香が夕飯の支度に、忙しなく立ち働く後姿が見える。
僚が冷蔵庫から、キンキンに冷えた缶ビールを1本取り出して、 
テーブルに着くと、まるで見計らったかのような絶妙なタイミングで、
これまた絶妙な塩加減の、枝豆がスッと出される。
「ゴメンね。ご飯、もうちょっとで出来るから、先にビール飲んで待っててね。」
そう言って、ニッコリ笑う香。
この日の僚の機嫌は、ココへきてMAXである。
言う事無しじゃね?今日の俺の1日。などと考えながら、僚の頬は自然と緩む。

こんな幸せを自分のような男が、味わってもイイのだろうかと、
有頂天まであと一歩のところで、
フト、僚の視界の片隅に、テーブルの端っこに適当に置かれたモノが映る。
あれはどうやら、写真の束。
結構な枚数あるのが、見て取れる。
それを自分の元へ、手繰り寄せながら、
あくまでも平静を装った僚が香に訊ねる。
「なぁ、香ぃ?」
「ん~~?なぁに~~?」
香は僚に背を向けたまま、手を休める事無くのんびり答える。
「この写真、何?」
手元に引き寄せた、夥しい写真の数々には、
オレンジ色のビキニを身に付け、楽しげにはしゃいでいる香の姿が写っている。
他のメンバーも、チラホラ写ってはいるが、
明らかにピントは、香に合わせてあり、
よくもまぁこんな枚数香だけを写したモンだと、僚は一瞬感心しそうになったが、
この写真の数々を撮影した、エロ天使の事を考えると、
僚のコメカミに、青筋が浮かぶ。
あと一歩で有頂天だった男は、一気に不機嫌モードに突入した。

とりわけ、僚が今手にしている1枚。
BBQの最中である香は、
唇の端にBBQソースを付け、肉を頬張り、満面の笑みである。
まるで子供のような、その表情とは対照的に、
オレンジのビキニ姿のその身体は、
その辺のチンチクリンのグラビアアイドルなど、足元にも及ばない程の、
極上ボディであり、その幼い表情とのギャップが妙にエロい1枚だ。
こんな写真を、アイツ。あのバカ天使が、自分よりも先に目にした事が、
僚は異常に腹立たしい。
そんな僚の苛立ちなど、知ってか知らずか香は相変わらず呑気で、
「あぁ、それね。さっき僚が出掛けてる時に、ミックが持って来てくれたの。この前みんなで、山田さんとこの海に行った時のだよ。」
そう言って振り向くと、香はニッコリ笑った。
その香の微笑みに、多少毒気を抜かれたモノの、
やはりムカつくモノは、ムカつくので。
「何で、おまぁばっかなんだよっっ!!俺、1枚も写ってねぇじゃん。」
と、多少焦点をずらした言い回しで、遺憾の意を顕にする。
確かにこのBBQでの1コマ。
この香の隣には、間違いなく僚がいる筈なのに、
ミックはちゃっかり、フレームの外へ僚を追いやり、
僚は、僅かに左腕が見切れているだけである。

「え~?僚は写真撮られるの嫌いでしょ?私もミックに、僚のは1枚も無いの?って訊いたんだけど、僚は撮られるの嫌いだから、撮らせてくれなかったんだよって、ミック言ってたよ?」
そう言って、香はクスクス笑った。
あの時、ミックが張り切って一眼レフなど準備してきた事を思い出して、
僚は改めて、ミックに対する殺意を覚えた。
(あの野郎、普段は取材の時でも、適当にデジカメで済ますクセにっっ、殺す!)
これは、制裁決定である。
必ずや、ネタ元は根こそぎ没収して、処分してやる。
もしも、パソコンにデータを取り込んで、保存などしていた暁には、
パソコンもろとも、パイソンでハチの巣にしてやる。
そんな僚の、どす黒いヤキモチなど、全く意に介していない香は、
ミックの写真の話題など既に終了した模様で、
話題は、件の山田氏の話しに移行している。
山田とは、元依頼人の爺さんで大地主であり、
先日、彼の私有地の浜で海水浴をしたのが、この写真の発端である。

「・・・それでね、またスイカ送って来てくれたんだよ。今、冷やしてるから、ご飯の後に食べようね♪」
楽しげにそう言いながら、茶碗にご飯をよそう香に、僚は思わず苦笑する。
ミックがどんなに張り切って、香に媚を売ったところで、
まるで、香には通じていないのだ。
香にとっては、生姜焼きも、スイカも、ミックの写真も、どれも同じ。
何ひとつ、特別では無いのだ。
「秋になったら、お芋掘りも出来るんだって。栗拾いも!!!ねっねっ、また行こうね?」
目の前で、ご飯を頬張りながら楽しげな香に、僚は、
「何だよ、食いモンばっかじゃねえか。」
と答えつつも、次の季節の約束を、無意識にねだる香が心底愛おしい。
「おまぁ、ちょっと気が早ぇよ。まぁだ、夏真っ盛りだぜ?」
「じゃあ、また海にも行こうね♪今度は、僚と2人だけで行きたい。」
少しだけ、頬を染めてそう言う香。
図らずも、先程僚が1人、風呂場で妄想していた、
香からのデートのお誘いの台詞を聞く事が出来た。

僚が1番聞きたいのは、ホントは香からのベッドへのお誘いの台詞だが、
この際、贅沢は言わない。
一旦、どん底まで下がった僚の機嫌も、少しづつ浮上して来た。
ミックは、いつだったか僚の事を、
『スケベをこじらせた、変態という名の手の施しようの無い病気』
だと言った事がある。
しかし僚からしてみれば、ミックはストーカーで覗き魔の、盗撮犯である。
変態という犯罪は無いが、ストーカーは立派な犯罪である。

あんの、色魔めっっ!!明日はキッチリ、成敗してやるっっ!!

生姜焼きの横に盛られた、大量のキャベツの千切りを口一杯に頬張り、
気の抜けた表情で、モシャモシャと口を動かす僚は、
その表情とは、裏腹になかなか物騒な事を考えている。




夕食後、洗いモノも済ませ、香はスイカを切っていた。
先程の僚との遣り取りを思い出して、思わずクスリと笑ってしまう。
実を言うと、ミックの写真の件で、
1つだけ、僚には内緒にしている事がある。
午後ミックとお茶を飲みながら、例の写真の数々を見ていた時に、
香は、ミックに訊ねた。
「どうして、僚の写真が無いの?」
ミックが、良かれと思って自分の写真を撮ってくれたのは、嬉しかったけど、
正直言うと、香は少しだけ期待外れだった。
これまで、僚の写真は、香が高校生の時に隠し撮りした、
あの変顔写真、1枚きりだ。
もしかしたら、ミックならもっと上手に、
僚のちゃんとした写真を、撮ってくれているかもしれない。
そう思って、ワクワクしながら写真を見ていたけど、
写っているのは自分ばかりで、ミックには申し訳なかったけど、
ちょっぴり、ガッカリしていた。
訊ねた香に、ミックはニヤッと笑うと、
「ん~~、あるにはあるんだけどね・・・」
と言って、勿体ぶって香に1枚の写真を手渡した。

「・・・っっ!! い、いつの間に、こんなの撮ってたの?!」
「ホラ、リョウのやつ、写真嫌いだろ?まともに写そうとしたら、ヘンな顔ばっかりするからさ、少し油断してる隙にパシャッとね。」
真っ赤になって照れる香に、
ミックは飄々とそう答えると、悪びれもせず香にウィンクを寄越した。
それは、夕日の中で僚と香が並んで座り、キスをしている写真だった。
勿論、そんな事はミックの口から出任せだ。
そもそもミックは、端から香しか写す気は無かったし、
そんなキスシーンの写真を撮ったのも、
こんな風に真っ赤になって、照れる香を見たいが為であり、
それ以外の意図は無い。
「この写真、リョウに見せたら恥ずかしがって、捨てちゃうかもしれないから、カオリが大事にしまっとくとイイよ。」
ミックの邪なスケベ心など、微塵も疑わないピュアな香は、
こんな、天使という名の悪魔の囁きに、素直にコクンと頷いた。
理由はどうあれ、香にしてみれば、その1枚は大切な宝物である。
きっと自分が死ぬまで、誰にも僚にも見せない、大事な宝物。
その写真を、兄の写真が収まったあのフレームの内側に仕舞った。

「お待たせ~~~」
リビングに戻って来た香の手には、
いつもより一回り大きなお盆に乗せた、スイカがあった。
いつもなら、決まって食後のコーヒーを飲む2人だけど、今日はスイカである。
たまには、これもイイかと微笑んだ僚は、その瑞々しい赤い果肉を頬張った。
夏はまだまだ、これからだ。
変態とストーカーの、暑苦しい攻防も、これから一段と、激しさを増す。








リョウちゃん帰宅時の、カオリンの機嫌の良さは、
実は、キッス写真の効果なのでっす(≧ш≦)
ミック氏、裏目。
思いの外、腹黒いミックとリョウちゃんのお話しになっちゃいました♪
[ 2012/06/10 19:56 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

お題06. もう1度だけ

海辺のペンションの夜。
それまでの数日、全国のオーディションを勝ち抜いて来た、
20名のモッコリちゃん達を守る為に、奮闘したワケだけど、
間抜けなアイドル崩れと、悪徳芸能プロの穴だらけの悪巧みが、詳らかになり、
結局、映画も公開オーディションもポシャってしまった。
あんなに一生懸命、お世話に勤しんだのに、
ボクちんの健闘虚しく、モッコリちゃん達は、アッサリ帰ってしまった。
今夜は、香と2人きり。

「あ~~あ。み~~んな、帰っちまって淋しぃなぁ~~。」
「バカね・・・自分からデートのチャンス潰すなんて。」
「ほっとけ!!」
何だよ、いつもはイラッとする位ニブチンのクセに、
今日は、やけに鋭いじゃねぇか。
確かに、今日の様子なら19人の女の子達とのデート、
もしくは、悦ちゃんとのデート。
どちらでも好きに選べたかもしれない。
でもなぁ、最後の最後でちょっとカッコ付けすぎたかなぁ。
「でも・・・そこがアンタの素敵なとこかもね!!」
香は、クスリと笑う。
「バーーカ、ヘンな事いうんじゃねぇ。」
何だよ。いくら、俺の事兄貴の代わりみたいに思っててもなぁ。
軽々しく男に『素敵』とかいうんじゃねぇっての。
「そんな憎まれ口叩いてると、慰めてやんないぞ!! 今夜は2人っきりなんだぜ?」
ドキッッ
何だ何だ何だ??
コイツ。ついこの前まで、シュガーボーイだったクセに。
なんか、妙にイイ女じゃねぇか・・・。
慰めるって、何してくれんだょ?
後もう少しで、香の肩を抱くという所で、幸か不幸か邪魔が入った。
オカマの女子プロレスラー役、なんて話にスッカリ臍を曲げた香は、
それっきり、部屋に籠って不貞寝してしまった。
でもなぁ、香?
俺、ホントはもういっぺんだけ、
お前に、“慰めてやんないぞ!!”って言って貰いたい、
なぁんて言ったら、お前信じる?




麗:「・・・じゃあ、一緒に寝ちゃおーか?」
リ:「わぁお☆もっこりナイト☆になりそぉ~~~!!」
香:「そんなのだめぇ僚はアタシと一緒に寝るからいいの!!!
確かに、コイツは一緒に寝るって言ったけど、
よもや、こんな穴だらけの悲惨なリビングで、
まさか、コイツの膝を枕に寝る事になろうとは。
しかも、俺さっきから目がギンギンに冴えて一向に眠れやしねぇ。
むしろ、窮屈な体勢で、コイツはスヤスヤ眠ってやがる。
なんか、俺って男と見られて無いんじゃないのか?コイツに。
でもなぁ、香?
俺、ホントはもういっぺんだけ、
お前に、“僚と一緒に寝るの!!”って言って貰いたいんだけど?
もしも、もう1度言ってくれたら、その時は膝枕の礼に、
俺が、腕枕してやってもイイぜ?






元米軍基地の滑走路跡地。
まだ、トラップの名残が燻ぶるその場所で、僚が突然言った。
「シティハンターってのはな!!俺達2人の、コンビの事を言うんだぜ!!」
なに?!?!今、なんて言ったの?僚。
僚は、すぐ私に意地悪を言うし、時々、凄く冷たいし。
私が、足手纏いになってるの解ってて、銃の練習だってやらせてくれない。
私には、僚が何を考えてるのかなんて、全然解んなくて。
私に出来る仕事は、身の回りの事と、伝言板の確認。
そんな事、きっと私じゃなくても出来る事。きっと僚、1人でも。
私は、いつ僚に出てけって言われるか、怖くて。
内心、いつもビクビクしている。
それでも、僚は時々こんな風にとびっきり嬉しい事を言ってくれる。
反則だよ、僚。
これじゃあ、ますます好きになるしかないじゃん?アンタの事。
ねえ、僚?
もういっぺんだけ言って?
私達2人でシティハンターなんだって。
そしたら、私もう何も望まない。
ただそれだけで、イイの。
アンタのパートナーとして、これからも頑張ってみせるから。
・・・って、なんでアンタこんな時にまで、私のブラジャー持ってんの?





「調整し直してある。もうガラクタじゃあない。
これを、パートナーとして受け取って欲しい!!
お前がずっと、俺の元にいたいと思うなら・・・

・・・だが、もう2度とこんな無謀な事はしないでくれ。
いや、させない。
この銃で、人を殺させるような事も、絶対にさせない!!
それが、お前をこんな世界に引き込んだ俺の、
せめてもの、お前への・・・・・あ、 だ。」

え?なに?今、僚なんて言ったの?
肝心なとこが、良く解んないよ?僚。
でも、すっごく嬉しい。
これまで、僚の考えてる事全然解んなくて、いっぱい泣いたけど。
今日だけは、嬉し涙だよ。
勿論、私だって兄貴のこの銃で、人殺しなんてしないって決意だけど、
でもね、僚?
これだけは、もういっぺんだけ言わせて?
私は、アンタが危険に曝された時、
僚の敵に弾丸を撃ち込める、パートナーになってみせるわ、きっと。
それが、私のアンタへの愛よ。







「俺は、何が何でも愛する者の為に生き延びるし、
何が何でも、愛する者を守り抜く!!」
それは、初めての愛の告白。
ねぇ、僚?
なぁ、香。
もういっぺん、言って?何度でも、何度でも。
好きだと言って?
好きだと言おう?










相変わらず、依頼の無い昼下がり。
近頃僚は、ナンパに情熱が傾かない。
だって、わざわざナンパなんかしなくても、
極上のもっこりちゃんは、目の前に居たりする。
陽の当たる平和なリビングで、コーヒー片手に読書中の相棒。

「なぁ。」
「ん~?なぁに?」
「キスしよっか?」
・・・いいよ、そう言って真っ赤になる彼女。
僚は満面の笑みで、香を抱き締めると、
コーヒー風味のキスをする。
暫く、キスを味わって唇を離すと、
真っ赤な顔をしながらも、香が囁く。

・・・ねぇ、僚?もういっぺん、キスして?









え~と、原作の台詞の合間を、妄想しちゃいました(汗)
そして、最後はちょこっと進展した、2人。
やっぱり、原作は面白いっす(′∀′)
でも、なんだか原作知らないと意味解んないですよね、この話(´Å`)ショボン
[ 2012/06/11 21:55 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

番 外 ハッピー・ハロウィン 

※ このお話しは、オフィス・パラレル『よくある恋の見つけ方』の、
番外・短編でっす。本編をお読みで無い方は、先にそちらを読まれると面白いかもでっす(´σ`)(てへ。ちゃっかり、宣伝)






10月下旬、僚が香と恋人になってから、早半月。
僚にしては珍しく、スローペースで愛を育んでいる。
今までの僚を知るミックや伊集院は、
そんな僚を、まるで珍獣か何かを見るような目で見ている。
しかしながら、香は至って幸せそうであり、それが何よりなので、
驚愕しつつも、2人の恋路を陰ながら生温く見守っている。

この夏に翻訳課の面々は、何度となく飲み会(BBQ)を重ね、
以前にも増して、すっかり同僚というより、飲み友だ。
何か事あるごとに、口実を付けては集まって酒を飲んでいる。
香の加入により、彼らの絆もより深まった事は確かである。

しかしそんな絆より、香との仲を深めたいのが、冴羽僚である。
今まで、無駄に女性遍歴だけは重ねてきたけれど、
本気の恋愛は、これが初めてである。
しかも、相手は超奥手の生娘である。
これまでの、手練手管など通用しないのだ。
10代の頃に、うぶな恋愛をすっ飛ばして、ヤリまくって来た男は、今。
まるで、中学生のような交際に胸をときめかせている。
この際、外野の奇異の視線は二の次だ。
大切なのは、姫のゴキゲンと、タイミングなのだ。
未だ、キス止まりの、甘酸っぱい関係をもう一歩進展させたいのだ。

今年のハロウィンは、平日のど真ん中なので、
1番近い週末に、僚のアパートで仮装飲み会を催す事となった。
勿論、発案者は伊集院夫人である。
メンバーもいつも通り。
僚と香に、ミック、伊集院夫妻である。
もし、時間が取れれば、かずえも来るかもしれない。
それに先駆けて、先日の日曜日。
香は美樹に呼び出され、ショッピングに出掛けた。
衣装選びだ。

実は美樹には、もう既に今回の仮装のイメージがほぼ固まっていた。
香を連れて行ったのは、下着屋だった。
「これなんか、絶対に似合うわよ♪香さん。」
それは、ふわふわで真っ白な、シフォン素材が幾重にも重なった、
ベビードールと、タップパンツの上下だ。
香は真っ赤になって、固まっている。
「・・・あ、あの美樹さん?こ、これって下着ですよね???」
「ふふふ。本来はね♪でも今回は、アウターよ?仮装ですから。それに、その後普通に使えるでしょ?下着として。冴羽さん、きっと好きだと思うわよ?こういうの。喜ぶわよ♪彼。」
そんな、美樹の言葉に香は更に赤くなる。
課長が、喜ぶ。という事は、つまりは・・・そういう事で。
香には、想像の外の世界で、思わず眩暈を覚えた。

その内いつか、自分も課長とそんな風な関係に、発展するんだろうか?
でも、どうやって?
何がキッカケで?
香には、サッパリわからない。
でも、解らなくてもイイのだという事すら、解って無い。
その様な事は、僚に丸投げで一向に構わない。
香が考えずとも、彼は勝手に考えまくっているのだから、任せればイイだけだ。

香がついボンヤリとしている合間に、美樹はサッサと選んでしまった。
香には、件の白い上下。
片や美樹は、対照的に色違いの真っ黒の同じモノの上下。
「お揃いね♪」
そう言って、ニッコリ笑う美樹に、香も思わず微笑む。
たとえそれがどうであれ、まるで姉のような大好きな美樹に、
選んで貰った、可愛らしい下着。
香は次の週末に、自分がそれを着るのだという事もすっかり忘れ、嬉しくなった。
その後、ヘアアクセサリーが沢山並んだ店に行った。
美樹は自分に、黒いクリスタルガラスのビーズで編まれた、ヘッドドレスを。
香には、ゴールドにこれまたクリスタルガラスで、
キラキラにデコられた、ティアラを選んだ。
香には、美樹の意図は解らなかったけれど、
週末は、僚の家へ行く前に伊集院家に顔を出して、着替えをする事を約束した。

そして、仮装飲み会当日。
伊集院家のインターホンに応えて、玄関ドアを開けたのは伊集院隼人だった。
思わず、香は吹き出した。
「・・・プッ、い、伊集院さん。お似合いです、とっても。」
「おぉ、そ、そうか。美樹が考えてくれたからな。」
真っ赤になって照れる伊集院の出で立ちは、フランケンシュタインだ。
赤と白のボーダーの、だぼっとしたツナギは美樹の手作りだ。
囚人服をイメージしている。
そして、顔や頭には美樹の手で、無数の傷痕がメイクによって描かれている。
何処からどう見ても、立派にフランケンシュタインだ。

数十分後、香は姿見の前で真っ赤になってポカンとしていた。
この間、購入した白い下着の上下。
それと、美樹が用意してくれていた羽根を背中に付ける。
ハーネス状になっている、パーティグッズだ。
パーティグッズを扱う店に行けば、売っているらしい。
仕上げに、キラキラ光るティアラを乗っける。
『天使』の出来上がり。
一方美樹は、香とお揃いの黒の上下。
コチラは、ベルト状になった矢印のシッポ。
黒いヘッドドレスを装着する。
『悪魔』の出来上がり。
「思った通りっっ。完璧だわ!!!」
美樹は、満足そうに微笑む。
かおり天使とみき悪魔の完成だ。

さすがに、この恰好で近所とは言え、
冴羽宅まで歩いて行くにはあんまりなので、
フランケンの運転する車で僚のアパートへ向かった。
あそこの1階には、広々としたガレージがあるので遠慮はいらないのだ。
3人が6階に着いた時、玄関を開けた僚は、激しくドキドキした。
目の前には、リアルな天使が舞い降りていた。

カワイイ、カワイ過ぎて死にそうだ。by.僚

「か、課長。こんにちは。課長の仮装、素敵です★」
そう言って、頬を染めて俯く香の前にいる僚は、ドラキュラ伯爵だ。
黒いタキシードに、カマーバンド、赤い蝶タイ。
黒いマントまで、羽織っている。
普段は、ボサボサの真っ黒の髪の毛は、
キレイにオールバックに撫で付けられている。
瞳には、赤いカラーコンタクト。まるで、本物のドラキュラ伯爵のようだ。
香は、ドキドキしすぎて心臓が止まるかと思った。
「カオリンの方こそ、超カワイイ。すっげぇ、似合ってる。」
そう言った、僚の口には牙の付いたマウスピース。抜かりは無い。

「ハァーイ、やっと来たか・・・ヒュー。カオリもミキも、良く似合ってるよ♪ 
  so,cute!!」
そう言って、奥から登場したのはミックだ。
黒い革のピッタリしたツナギを着ている。
柔らかそうなブロンドを、リーゼントにして、
本物そっくりのブロンドの、もみあげを付けている。
きっと、付髭のようなモノなのだろう。
いつもの、蒼い瞳は黄色いカラーコンタクトで、
まるで猫のような目になっている。
異様なのは耳で、茶色い毛が生えた尖った大きな耳が、ピンと立っている。
そしてミックもまた、牙を生やしている。
「まぁ、ミックは狼男なのね?」
そう言った美樹に、ミックはウィンクをすると、ガルルと、唸ってみせた。

この日の料理は、ドラキュラと狼男のお手製だ。
彼等は、これまでの経験上、モテる事や人を楽しませる事に長けている。
料理だって、器用にこなす。
残念ながら、かずえは来られそうに無かったが、
それでも5人は、よく食べよく飲み、盛り上がった。
初めの内こそ、恥ずかしがってモジモジしていた香も、
仮装も慣れれば平気で、無邪気に楽しんだ。
そんな香の様子は、僚にしてみればまさしく、リアルなエンジェルだった。
何度か、他のメンツの目を盗んで、キッチンや廊下で香の唇を貪った。
バレバレだったけど。




数時間後、リビングのソファにはクッタリと眠り込んで、
スースーと寝息を立てている、天使がいた。
随分無防備な、特上A5ランクの天使。
一体テーブルの上の、何を飲んだのか、
他の全員が気付いた時には、
ビールを1缶飲むのがやっとの天使は、キッチリ酔い潰れていた。
「あら、ホントに気持ち良さそうに眠っちゃたわね♪」
美樹は、まるで悪魔の如き微笑みを浮かべる。
「車から、彼女の荷物を降ろしとくか。」
伊集院は、そう言うと1階のガレージの愛車のトランクから持って来た、
彼女の着替えその他諸々を、僚に手渡す。
「ガルルル~~~」
そう言って、ヨダレを垂らすミックの後頭部を、僚がはたく。

「まぁ、いずれにしてもこの状態じゃ、このまま寝かせといた方が良いわね♪冴羽さん、後はヨロシクね♪そろそろ、帰りましょうか?ファルコン。」
「そうだな。まっ、しっかり頑張れ。」
そう言って、伊集院は僚の肩をポンと叩くと妻と2人仲良く帰って行った。
何を、頑張れと言うのだろう?
僚は、一瞬首を捻ったが、まぁ『ナニ』だろうな、と苦笑した。
相変わらずヨダレを垂れて、香をニヤニヤ見詰めているミックに、
「おら、おまぁもとっとと、帰れ。」
と帰宅を促す。正直これ以上、こんな彼女をミックに見せるのも勿体無い。
「ムフフ。羨ましいな、リョウ。こんな据え膳めったに無いぞ?がんばれよ?」
そう言いながら、帰って行く幼馴染みに、僚は苦笑する。
俺、どんだけこいつらにヘタレ扱いされてんだと。

みんなが帰って行ったリビング。
ソファに猫のように丸くなった天使と、その横で微妙な表情のドラキュラ伯爵。
これで、何も無かったって言ったら、完璧にヘタレ認定だな。
僚はそう思いながら、香の柔らかなクセ毛を撫でる。
でもなぁ、周りは結局関係無ぇしなぁ。
大事なのは、彼女だ。
酔い潰れて眠った彼女にどうこうするなんて、ましてヴァージンだし。
それは僚とて、据え膳喰らいたいのは山々だ。
それでも、もしも彼女の信頼を損なうような事になれば、
きっと僚は、一生立ち直れない。
「2回目だな、お泊り。」
僚は、ヒッソリと笑ってそう呟くと彼女を抱き上げ、自分の寝室へ向かった。



僚は1晩中、香の隣で寝顔を見ていた。
あれから香を、自分のベッドに寝かせた。
1度目と違って、今度は正真正銘『恋人』なんで遠慮は止めた。
僚は香の髪飾りと羽根を外してやり、静かにベッドに横たえた。
そうすると、ただの下着姿の恋人だ。
僚は、途端湧き上がる煩悩に苦笑した。
己の煩悩を鎮める為にも、一旦頭を冷やす為に香をベッドに残し、
シャワーを浴びた。
香はまだ僚の事を、『課長』と呼ぶ。
実際、会社では一応課長なのだから、仕方ないのかとも思うが、
職場の仲間は、アイツらだけである。
誰一人、僚を課長などと呼ぶ人間はいない。
なので、僚は香に名前で呼べ、と言ってはいるが、
週末のリビングでも、相変わらず『課長』だ。
そういう時は、ペナルティとしてキスをする事に2人の間で取り決めている。
だから週末2人は、しょっちゅうキスばかりしている。
それはそれで、僚としてはオイシイのだけど。

香が目覚めると、そこは僚の寝室だった。
と言っても、この部屋へ入るのは初めてだった。
毎週末ここへ来ているけれど、必ず夜どんなに遅くなっても、
僚は香を自宅まで送ってくれた。
そもそも、ここが僚の寝室だと香が認識できたのも、
すぐ隣の至近距離で、
横になった僚が、自分の事をニコニコと見詰めていたからだ。
その事に気付いた香は、たちまち全身真っ赤に染めて起き上がった。
「おはよ。」
僚がニコニコしながら言った。
「か、課長。おはようございます。」
そう言って、香は更に赤くなる。
僚も起き上がると、香を抱き締め口付る。
そして耳元で、まぁた課長って言ったな、ペナルティ。と囁いた。
「昨日、何飲んだの?」僚が訊く。
「なんか、ジュースみたいなヤツです。甘くて。だから、ジュースかと思って。」
そう言って、困ったように眉を下げた香に、
「うん、それ多分ジュースじゃねぇな。」
と言って、僚は爆笑する。ひとしきり笑うと、もう一度香を抱き締めて、
首筋にこれでもかという程、吸い付いた。
唇を離すと、鮮やかなキスマークが残っていた。
真っ白な肌に、真っ白な下着。
そこに、ひと際映える真っ赤なキスマーク。


僚は、必ずや近々に素面の彼女に、お泊りして戴こうと決意を新たにした。
冴羽僚(33)、一応立場は彼氏だが、まだまだ課長だ。











え~、課長と槇村君。
のんびりと愛を育んでまっす♪♪♪
如何せん、付き合い始めが秋口なので、季節外れでっす(爆)
どうか、ご容赦を(´Д`)

お題20. 物足りない

※ このお話しは、原作程度で(′ш′)


近頃、ちっとも物足りない。
街角で、100点満点のモッコリちゃんと出会って、お茶しても。
究極にプレミアモノの、
超お宝DVD(勿論、エロ。つーかほぼ変態。)入手しても。
今月に入って、立て続けに入った依頼の依頼主が、全員超美人でも。
そんなんじゃ、全然物足りない。

綺麗な女の子と、中身の無い空っぽのアホな会話を交わすのも、
まぁ、それはそれで楽しいケド。ついつい、誰かと比べてしまう。
あ~、アイツならこんな事言わねぇなあ、とか。
こういう時アイツなら、もっと上手く切り返すな、とか。

DVDも手に入れるまでは、なんか特別イイ物に思えたケド、
1回観たら、別にどーでもイイし。

たとえ、超美人でも、依頼人は所詮、依頼人だしな。
多分、誰一人信じちゃくれねぇだろうケド、
俺は結構、公私のケジメはキッチリつけるタイプだしぃ?(いや、マジで。)
如何せん、メシの種だからな。メンド臭ぇのは御免だし。
というワケで、物足りないっっ!!!全くもって、物足りない。





近頃、ぜ~~んぜんっっ、物足りない。
今月は依頼には恵まれてるけど、依頼人は何故だか全員、美人だし。
だから、普段以上に僚の監視が大変だし。
超楽しみにしてた特売も、依頼のゴタゴタでそれどころじゃ無かったし。
僚のヤツ。ちょっと依頼が続いたからって、
余裕かまして、いつも以上に順調に、ツケ増やしてるし。
そりゃこの前、事件の黒幕とっ捕まえたのは、アタシで。
僚に『お利口さん』って、頭ナデナデされたケド、あんなのホントにたまたまで。
そんなんじゃ、全っっ然っ、足りない。
足りないよ、まったく。





今夜は珍しく、大人しく家でゴロゴロしながら、TVを観る。
最近、ちっとばかし飲み過ぎてる自覚があるから。
俺はソファに寝転んで、TVを観て、
香はソファを背凭れに、ペッタリ床に座り込んで雑誌を読む。
久々に、こんな時間に素面で。
傍らには、コーヒー。
別に、香と喋るワケでも無いけれど、なんか妙に居心地がイイ。
気付いたら、TV画面なんかまったく見て無くて。
ボケッと、香の後頭部を凝視している。
小さくて、形のイイ頭蓋骨。
頭蓋骨の形に見惚れるって、どうよ?俺。



「なぁ。」
「ん~?なに~?」
香が、俺に後頭部を向けたまま答える。
俺は特に気にしない。
「テレビのビ。」
「は?何言ってんの?」
香は、背中を向けたまま。
「だからぁ、しりとりだよ。おまぁの番、び。」
香は、なんだそれ。と、小さく笑うと、しりとりを続ける。
「貧乏。」
なんだよ、あてつけか?
「おまぁさ?もぉちょっと、カワイイ感じの答えないワケ?」
そう言った俺に、香が漸く振り向く。
少しだけ目をスッと細めて、例えば?と問う。
「ん~、ビーナスとか、ビールとか?」
香は、そっか、と言うから。
俺も、そうだよ、と言う。そして、
「じゃあ、貧乏。」
香は、満面の笑み。うん、きっと確信犯。変更する気は無いらしい。
香はニッと笑うと、
「僚の番だよ、う。」
と言う。
「う~?うさぎ。」
俺が、妙に可愛らしい答えを返したってのに、香のヤツ間髪入れずに、
「銀行預金残高。」
って、だからあてつけかっての。
まぁ、イイ。不正解では無いしな。
「解決。」
俺が答えると、香はおもむろに振り向き、してやったりの笑み。
「何だよ?」
俺の背筋に、訳の解らない悪寒が走る。
「ツ・ケ!!」
グッッ・・・や、やばい。
今のは結構、効いた。ジワジワくる。
クソッ、何とか普通のしりとりに、俺だけでも軌道修正せねばっっ!!
け、けと。
「ケンタウルス!!」
よっしゃあっっ、普通っぽいだろ?
俺は、香の答えに身構える。
さっきの『ツケ』は、結構効いたからな。

「すき。」

え?
・・・べ、別の意味で効くな。
「な、何がだよ?」ん~と、何言ってんでしょ?俺。
「は?」まぁ、香のリアクションが普通だな。
「だからぁ、好きって何がだよ?」重ね重ね、何言ってんの?俺。
香は不審そうに、首を傾げながらも答える。
「スーパーの特売とか?」
何なんだよ?その答えは。
俺は、軽く脱力する。
まっ、良く考えりゃ、まさか香が、
狙ってこんな事言ったつもりもねぇだろうし。
っつーか、俺。なに期待してんだよ。
『りょう』って言うと思ったか?バカか、俺。
「き、だよ?僚の番。」
香のその声に、フト我に返る。
「あ?あぁ。き、ね。金貨。」
香は、少し考えて、
「カレーライス!!」
と言った。
お、漸くまともじゃん。
すると、香は小さな声で、あ!と言った。
「何だよ?」
「明日の晩ご飯、カレーに決めた!!」
俺は、思わず苦笑する。
「何だよ?えらくテキトーだな?」
「だって、毎日献立考えるの、結構大変なんだから。」
そう言って、香は唇を尖らせる。
そして、僚の番だよ、す。と言った。

「すき。」

俺は、ニヤッと笑う。
さっきの仕返しだ。心なしか、香が少しだけ赤くなっている。
「何が?」
お、そう来たか。
「は?」
さっきとは、正反対。
「だからぁ、好きって何が?」
俺は、ニッコリと微笑むと
「決まってんじゃん!!モチ、モッコリちゃん!!!」
そう言うと、香はあからさまにイヤそうに顔を顰め、

「もう、しりとり終了。お風呂入って寝るっっ!!!」

と、宣言してリビングを出て行ってしまった。


香は、風呂場に向かう廊下で、さっきの僚の言葉を思い出した。
『すき』
別に、自分に言ってくれたワケじゃない。
でも、何となく。
一瞬だけ、それは自分に対して言ってくれたように聞こえた。
「ふふふ。」
僚の前では、少しだけ拗ねて見せたけど、香の機嫌は満更でも無かった。



香が出て行ったドアを、見つめながら。
僚はボンヤリ、さっきの香の言葉を思い出していた。
『すき』
たまには、家でゴロゴロすんのも悪く無ぇな。


たった、2文字の言葉が、
少しだけ物足りなかった2人の心を、
驚くほど、満たしてゆく。








カオリンの『あてつけしりとり』でっす。
てか、リョウちゃん 弱っっ!!!


[ 2012/06/13 19:34 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

お題11. 後ろ姿

駅の周りでナンパしてたら、アイツの後ろ姿が視界に映る。
そういや、そろそろ買いモンの時間か。
赤茶色のクリンクリンの髪。
細い肩。キュッと上がった、美味しそうなヒップ。長い脚。
淡いペールピンクのスキニーパンツは、
アイツのここ最近のお気に入りで、とても良く似合っている。
そして、オーバーサイズの俺の白いコットンシャツを羽織っている。
足元は、生成りのオールスター。
手にはいつものエコバッグ。
あの中には、今のところ財布と携帯と家の鍵しか入ってない。
あれが帰り道には、ギュウギュウ詰だ。
その頼もしき袋を、プランプラン下げて足取りも軽く、
いつものスーパーの方面に向かっている。
どうやらまだ、ナンパ中の俺には気付いてないようだ。
気付いていれば、ハンマーを喰らっている筈だから。
俺はこんな風に、何気ないいつものアイツの後ろ姿を眺めるのが好きだ。
俺の存在に気付いて欲しい反面、ずっと気付かないままでいて欲しいとも思う。
ナンパを終了して、魅入ってしまう。華奢な後姿。



敵さんのアジトまで、数百m。
向こうも警戒して、立て籠もったっきりの膠着状態。
奴らが焦れて、飛び出した所を一網打尽にすべく、
俺の頼もしい相棒は、先程からこの辺一帯にトラップを仕掛けまくっている。
平気な顔して淡々とこなしちゃいるが、実はなかなかの腕前。
さすがは、あのタコ坊主の1番弟子。
普段は華奢なあの後ろ姿が、こういう時は誰より頼れるパートナー。
アイツは、自分で足手纏いなんて思い込んでるケド、
何度、アイツのトラップに助けられた事か。
まぁ、夜中には、俺が引っ掛かるワケなんだけど。
相手は大した輩じゃねぇし、
向こうが出て来さえすればサッサと片付く、今回の現場。
本気になるまでも無ぇから、ついついアイツに魅入ってしまう。
誰よりも、信頼できる頼もしい後ろ姿。



俺にとってアイツは、眩しすぎて。
いつも真っ当で。
いつでも真っ直ぐで。
正面切って向かい合うには、俺は汚れきっている。
俺がアイツを、真っ直ぐに見詰める事が出来るのは、いつも後ろ姿。
向き合えば、つまらない事を言って怒らせる。
それでも、後姿にならいつだって本音を言えそうな気がする。
『なぁ、その服似合ってんぞ。』
『ホレ、荷物持ってやっから貸しな。』
『おまぁの事、頼りにしてんだぜ、相棒。』
『大好きなんだ、お前が。』
いつか、正面切ってアイツに、そう言える時は来るだろうか。





伝言板の確認をする為に、駅に向かう。
人波の雑踏の中に、ひと際大きな後ろ姿。
真っ直ぐ伸びた背筋。がっしり広い肩。大きな背中。
長い脚。後ろ姿でも、カッコイイなんて思うのは、ただ単に惚れた慾目か。
ナンパをするでも無く、スイスイと歩いてゆく。
こういう時、大抵は声を掛けて一緒にキャッツに行くんだけど、
たまに、こうしてただ見てるだけの時がある。
ふざけてる時は、ホントどうしようもないヤツだけど、
こんな風に、そっと後ろからアイツを眺めるのが、結構好きだったりする。
どうか、振り向かないで。
このまま、もう少しだけこうして見詰めさせて。
つい、魅せられてしまう。大きな後ろ姿。



私はいつも足手纏いで、まだまだパートナーとしては、半人前。
僚1人ならきっと、何てこと無い事だって、
私がいるだけで、大幅に時間が掛かったり、危険が増したりする。
それでも、僚はいつだって、私に任せてくれる。信じてくれる。
だから私の出来る唯一の事は、僚が信じてくれる以上に、僚を信じる事。
僚が任せてくれる事に、全力で答える事。
いつもあの大きな背中を、追いかけている。
きっと、追いつくなんて一生無理だけど。
せめて、一生追いかけさせて欲しい。
同じ方向を向いて、走り続ける限りずっと一緒にいられるでしょ?



私にとって僚は、いつだって憧れで。
僚の本当を知らないヤツは、僚の事冷酷な殺し屋みたいに言うケド、
私は誰よりも、知ってる。
僚が優しくて、温かい、ただの男だって事。
あの、高校生の頃から知ってた。
僚が教えてくれた。
優しいって事は、強くなきゃダメだって事。
私も僚みたいになりたいって、思った。
向かい合ったら、いつもつい愚痴や小言ばっかり言って、ケンカになるけど、
後ろ姿になら、素直になれるの。
『ねぇ、なんでチャラチャラしてるクセに、カッコイイの?』
『いつも、傍にいてくれてありがとう。』
『いつかきっと、立派なパートナーになってみせるから!』
『大好きだよ、僚。』



口ではいくらでも、嘘を吐けるし、強がれる。
心にも無い事だって、言ってしまえる。
だけど、後ろ姿は嘘を吐かない。
誤魔化しがきかない。
きっと2人は、互いにずっと後ろ姿ばかりを見て来たから、
お互いの、本当の姿を知る事が出来たのだろう。
後は、向かい合って、抱き締めあうだけなのだが、
悲しいかなそれこそが、2人にとって、この世で最も難しい課題である。










リョウちゃんも、カオリンも究極のツンデレだと思いまっす(′~′)ヤレヤレ
世話が焼けるのでっす♪♪♪
[ 2012/06/14 20:16 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)

※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレルでっす。
下記設定をご確認の上、『読んでやってもイイか。』
という方のみ、『① 彼氏?!』 へ、お進み下さいませ
                   m(_ _)m ペコリ



*僚(31)・・・  腕のイイ漁師。
          15歳の頃、父親の親友であった、槇村が死んで、
          残された息子・秀幸(当時15)、娘・香(当時5)を、
          漁師の父、海原 神が引き取る。
          それにより、以前から幼馴染みであった2人と、
          兄弟同然に暮らし始める。
          紆余曲折を経て、今は香と2人暮らし。
          兄妹のようで、そうで無いような微妙な関係。

*香(21)・・・  地元密着型の信用金庫に勤めるOL。
          兄貴のようでいて、そうでも無い僚と、2人暮らし。
          5歳の頃に、海洋学者だった実の父を、海の事故で亡くす。
          それからは、僚の父が父親代わりで、彼を『お父さん』と呼ぶ。
          18歳の時に、兄・秀幸(実父と同じ海洋学者だった)をまたも、
          海の事故で失う。
           
          そして、僚と香にとって父親である海原 神もまた、
          2年前に海上で行方を絶つ。
          依然、行方は解らぬまま今に至る。
          完全に、死亡が確認された訳では無いので、
          香は彼が死んだとは、受け入れていない。
          僚は、時折海の只中で、
          父親に守られている様な気持ちになる事があるが、
          香の心情を慮って、口には出さないでいる。
          そんなワケで家族の中で、唯一僚と香だけが残されて
          2人で暮らしている。




実は、このお話しを思い付いた発端は、『101の質問』の中の、
冴羽僚が、スイーパー以外で似合う職業は?という項目で、
『漁師』と回答した事によりまっす。
漁師のリョウちゃんと、カオリンが嫁になるまでの物語でっすⅤⅤ
        

① 彼氏?!

香は午後の給湯室で、先輩の男性社員・佐藤から呼び止められた。
ちょうど今夜、彼に夕食に誘われていたので、
きっとその件だろうと思い、香は愛想よく振り返った。
「どうしました?佐藤先輩?」
「あ、あのちょっと話があるんだけど、イイ?」
そう言って佐藤は、人差し指を上へ向ける。
恐らくは、屋上に付き合って欲しいというジェスチャー。
タイミング良く、仕事もキリが良い所だったし、今日は暇なので、
数分席を外した所で、咎め立てする様な同僚もいないだろう。
香は、はい。と頷いた。


数分後、香は屋上で1人、怒りに打ち震えていた。
その矛先は、香の唯一の家族であり、兄貴のような男、僚である。
まさか、職場で彼の名前を聞くとは、夢にも思わなかった。
先輩の佐藤とは、ここ数ケ月しばしば食事に誘われる仲だ。
と言っても別に、お互いそこに恋愛感情がある訳ではない。
ただの、先輩・後輩だ。
と、香は思っていた。つい、数分前までは。


「香ちゃん、彼氏いたんなら、そう言ってよ~。分かってたら、夜メシに誘ったりしなかったのに。何かゴメンね、気ぃ遣わせてたみたいで。」
そりゃ、先輩から誘われれば、断りにくいよね?と言って、頭を掻く佐藤。
「はぁ?」
香にすれば、そんな話は寝耳に水である。
突然、そんな事を言われたが、今現在香には彼氏はいない。
否、正確に言えば21年間、彼氏などいた事は無い。
佐藤の言っている事が、いまいち理解出来ない。
「あ、あの~、何の事ですか?」
と訊ねる香に、佐藤は苦笑しながら、
「あの、僚さんだっけ?凄く背が高い、日焼けした超イケメンの。香ちゃんの彼氏さん。」
リョウ?って僚???の事かな?
香は頭から?マークを大量に飛ばして、ココには居ない男の事を思い出す。
ハハハ、そそりゃ、香ちゃんみたいに可愛い子に、
彼氏いないワケ無いよね?ハハハ。
そう言って、引き攣った、笑みで乾いた笑いを漏らす先輩に、
香は只ならぬ何かを感じた。


「あの~、先輩?僚にお会いになったんですか?」
恐る恐る、そう訊いた香に佐藤が答える。
「うん。昨日の昼休みに、携帯に電話が入ってね。近くまで来てるから、是非話がしたいって。一緒にお昼を食べたよ。」
香には、不思議な事だらけだ。
何で僚が、先輩の携帯番号知ってんの?
何で僚が、私の交友関係まで把握してんの?
てか、何で僚が、私の彼氏って事になってんの?
佐藤の説明によれば、
僚は香の彼氏だと自己紹介し、香と一緒に暮らしている事。
たまに、外で食事をして来ていると思ったら、
相手が男性社員という事で、非常に遺憾であるという事。
一応、自分の女なので、出来れば2人きりの状況で誘うのは遠慮して欲しい事。
などを、お願いというか、ほぼ強制に近い勢いで迫って来たのだという。


「あ、あの私、別に・・・」
僚とは付き合ってませんし・・・と、香が言いかけたところで、
佐藤が制した。
「ゴメン、分かってたんだ。香ちゃんが俺の事なんか、ただの先輩としか見てないって事。でも、俺はそうじゃ無いから。香ちゃんの事、好きだからさ。でも、あんなイイ男が彼氏なら、俺なんて到底無理そうだから・・・ハハハ。ゴメンね、なんか今まで無理に付き合わせちゃってたみたいで。」
そう言って、悲しそうに笑う佐藤に、香は何て言っていいか分からなかった。
どさくさ紛れに、佐藤から告られた気がするけど、
そんな事よりも、無性に僚が腹立たしかった。
確かに、香は佐藤の事をただの先輩としてしか見ていない。
だけど、香には香の付合いってもんがあって、ヒトの良い優しい先輩を、
直接では無いにせよ、酷く傷付けてしまったようで、申し訳なかった。



その晩、勿論夕食の約束がご破算になった香は、真っ直ぐ帰宅すると、
真っ直ぐ僚の部屋のドアを、ブチ破らんばかりの勢いで開けた。
僚は毎朝(というよりも、夜中。)早いので、香が帰宅する時間は、
僚にとっての、真夜中だ。
僚はいつも、香の分の晩御飯を作ってから、床に就く。
香が朝起きて、出勤する頃に僚が帰港する。
香は、いつも朝港に寄って、
僚にお昼ご飯のお弁当を渡して仕事に行くのが、日課だ。
いつもの香なら、こんな時間に僚の寝室に入る事はまず無い。
漁師の僚にとって、体は資本だ。
僚の睡眠の邪魔をする事だけは、香は幼い頃から極力避けてきた。
しかし、今日は話が別だ。
昼間、佐藤に聞いた事の真相を確かめねばならない。
何が楽しくて、僚は香の人間関係を、
気まずくするような事を仕出かしてくれたのか。
その回答如何では、しばらく口を利かないという事も視野に入れている。


「りょおっっ!!!」
只ならぬ香の殺気と、怒鳴り声で僚は目覚めた。
「なんだよ?こんな時間に・・・」
ボンヤリと体を起こして、ふわぁぁあ~~と、呑気に欠伸する。
「アンタ、昨日の昼間、何で佐藤先輩に会ったの?てゆうか、なんで先輩の携帯番号知ってんのよ?それにっっ!!・・・いつから、アンタが私の彼氏になったのよ?」
香は、矢継ぎ早に早口で、捲し立てた。
僚は内心、チッと舌打ちすると、何だその事かと思う。
僚にしてみれば、これまで何度もやって来た、言うなれば習慣である。
香の恋愛の芽を、成長する前に引っこ抜く事。
今までこうして僚が、陰ながら努力してきたおかげで、
香はいまだ、ヴァージンだ。
「何でって、決まってんだろ?アイツぁ、下心のカタマリだ。おまぁが2人っきりで、相手してやっていいような男じゃねえ。」
香は、不満げに唇を尖らせると抗議した。
「何よ?それ。意味解んない!! 何でそんな事僚に判るのよ?」
そんな香の様子も、なんら意に介さぬように僚は飄々と答える。
「アイツ、おまぁの事好きだって言わなかった?」
そう言えば、確かに昼間そう言われた気がする。
香は、思わず真っ赤になって黙り込む。
「・・・」
「何だ。図星か?大体なおまぁ、鈍すぎんだよ。おまぁは、イイお友達のつもりでも、相手はそうじゃねえんだよ。・・・高2の冬、コタツで押し倒されそうになった所を助けてやったのは誰だ?高3の夏祭り、あともうちょいでチュ―されそうになった所を助けてやったのは?俺だろうが。おまぁは、警戒心ってもんが無さ過ぎんだよ。大概で、学習しろ。」



そう言って、僚はもう一度ゴロンと寝転がった。
そして、未だ怒りの表情の香に、優しく
「晩御飯、食べな。」
なんて言う。
香としては、少しだけ、
自分にも隙があるのかな?と思って、反省しかけたが、
それにしても、自分の知らないところで、勝手な事をする僚は許せない。
「いつまで、怒ってんの?」
僚がニヤッと笑う。
香は、ぷうっと膨れている。
「アイツの事、好きだった?」
僚が問う。香が、ごく小さく首を横に振る。
「じゃあ、何が気に入らない?俺がおまぁの彼氏だって嘘吐いた事か?」
それも勿論あるので、今度は香は否定しない。


暫く、2人の間に微妙な間があいて、突然僚が起き上がって香を抱き締めた。
「なら、嘘じゃ無くて、ホントにすればイイ。
             ・・・香、おまぁ俺の女に成れ。」

「はぁ?どういう事?!」
香が困惑して、テンパっている隙に、僚が香の唇にキスをした。
これが、僚と香のファーストキスだった。







② ナイスポジション、俺。

僚は1人、船上でボンヤリしていた。
昨夜、初めて香にキスをした。
昨夜といっても、数時間前の事だ。
香の唇は、想像以上に柔らかくて、瑞々しかった。
僚は一瞬、箍が外れて、押し倒しそうになったが、
さすがにそれだけは、何とか我慢して踏み止まった。
何しろ、あの時のトークテーマは、
『僚の害虫駆除と、香の警戒心の無さ及び鈍感さについて』だったから。
まさか、そんな最中に欲情したなんて言ったら、
香にしてみりゃ、僚そのものが害虫である。


僚が10歳の時、香は槇村家の長女として、この世に生を受けた。
僚が物心ついた時から、僚親子と、槇村家はご近所同士の友達家族だった。
そもそも父親同士が、僚と秀幸同様に、幼馴染みの親友だった。
香が生まれて間もなく、元々体の弱かった香達の母親は死んでしまった。
香には、母親の記憶は無いが、
その分彼女は、父親と兄と僚親子と、隣近所のみんなから、
沢山、可愛がられて育った。
勿論僚も、香が生まれたその日の事から、ずっと覚えている。
桜が綺麗に咲き誇った春に、香は生まれた。


香が5歳になった夏のある日、父親が死んだ。
それは突然の出来事で、不慮の事故だった。
幼い香には、まだ父の死の意味は、解っていなかった。
兄妹には、両親以外の身内も無く、放っておけば施設に入れられる事になる。
海原は、迷う事無く2人を引き取った。
そもそも、彼にとって2人は、自分の子供同然だったから。
香は、時々『パパ、パパ』と父親を恋しがって泣いたが、
数ケ月もすると、僚親子との生活にも慣れ、
海原の事を、『お父さん』と呼ぶようになった。
実の父は、パパで。育ての父は、お父さん。
香にとって、お兄ちゃんは秀幸で。
僚は、ずっと『りょう』だった。
りょうという、ポジション。父でも無く、兄でも無く、りょう。
唯一無二の、固有名詞だ。


香と秀幸は、異常に仲の良すぎる兄妹だった。
歳の離れた兄と妹で、兄は妹を溺愛していた。
ケンカにすらならない位、秀幸は香の我儘を何でも聞き入れた。
そんな兄に、香も全幅の信頼を持って心から甘えた。
香の兄妹ゲンカの相手は、専ら僚で。
大体は僚の面白半分なのだが、時には本気になってケンカする事もあった。
それでも、香は何処かしら秀幸とは違う面で、僚に頼り甘えていた。
香の反抗期の矛先は、父でも無く、兄でも無く、りょうだった。
僚に対して口応えをし、毛嫌いをする香をも、僚は可愛かった。
それは、香が成長している証拠だったから。
その頃には、当に大人だった僚は、
そんな事は、一時的な現象に過ぎない事を知っていた。
思春期を過ぎると、逆に香は僚と親友のように親密になった。
休みの日に、ドライブに出掛けたり、家でも沢山お喋りをした。
お互い、何でも言い合う大切な相手。
勿論、家の外には、同級生の友達も沢山いたし、親友と呼べる相手もいたし、
今も友達として親しくしている。
だから、僚は香の友達とも違う。あくまで、りょうだ。


僚は初め、香に対する己の感情は、兄貴としてのそれだと思っていた。
なんせ、香が生まれた時から、良く知っている。
そんな子供を、女として見ているとしたら、絶対にヤバイと思っていた。
ロリコンじゃねえか、と。
僚は非常に恵まれた体躯と、甘いマスクで10代の頃から、モテる男だった。
ギャルから人妻まで、幅広い種類の女達が僚に秋波を送った。
実際、僚も恋愛感情の有る無しに関わらず、幅広くお相手した。
何事も人生経験だ。
そして、香が高校生になった頃、僚はふと気付いたのだ。
もしも、香がもう少し大人になって、何処かの馬の骨とイイ仲になったとする。
その相手が、もし自分みたいな男だったら。
そう考えただけで、寒気がした。
たとえ都合のイイ男だと思われようが、自分は良くても、
香だけは、絶対にそんな不埒な恋愛なんて、ダメだと思った。



多分、父親や兄貴でも、娘に対しては誰しもそういう気持ちだろう。
どんなに、真面目な優しい男でも、娘を掻っ攫う男は、ただの馬の骨なのだ。
それでもいつかは、泣く泣く諦めて嫁に出す。
馬の骨の良い所も、少しは認めて一緒に酒を飲んでみたりする。
そうやって、少女はやがて家庭を築き、嫁になり、母になる。
僚は、そこまで想像して、無理だと思った。
あんなに可愛い香を、大事な妹で、大事な娘で、大事な女だ。
僚は、香の兄では無い。父では無い。

りょう、なのだ。

香が、“僚のような”男に引っ掛かるのは、断じて許されないが、
僚自身なら、話は全く違うモノになって来る。
その自分の気持ちに気付いてからの僚は、特定の彼女を作るのを止めた。
まぁ、たまに後腐れの無いセックスフレンドと、戯れる事はあっても。
その頃から、香の恋愛の芽を潰す、『習慣』も始まった。
香の熟れ頃を見計らって、美味しく己が頂く為だ。
香の初めては、僚が全て貰う事になっている。
勿論、僚の心の中だけで決まっている事だけど。
それが、香が高校生の頃だった。



僚の父は、槇村兄妹を引き取る時、養子にはしなかった。
あくまで、保護者として預かっただけで、戸籍上は他人である。
しかし、その愛情は、実の親子と何ら変わるモノでは無かった。
僚には今となっては、父親が何故2人と養子縁組しなかったか、
その意図は解らないが、むしろその事に今、非常に感謝している。
兄妹のように信頼し合い、頼って甘え、誰よりも近くにいる。
お互いの事なら、何でも知っている。
でも、兄妹では無いただの、男と女。
そんな甘やかな関係は、他には無いだろう。
泣く泣く諦めつつ、嫁に出す必要も無い。
父でも無く、
兄でも無く、
妹でも無く、
ただの、りょうと、かおり。
飛び立って行かないようにしたければ、
いつか結婚して、
自分の腕の中、という鳥籠に一生閉じ込めて囲ってしまえばイイ。
それが可能な、自分のポジションに僚は、幸せ過ぎて身震いする。



「アイツ、朝弁当持って来ねぇかもしんねぇな。」
僚は、クツクツと1人で笑うと、数時間前の香を思い出した。
僚がやった『害虫駆除』への怒りと、ファーストキスへの戸惑い。
そんな何やかやで、香はすっかり拗ねてしまった。
暫くは、口を利いてくれないかもしれない。
でも、僚は知っている。
2人がお互いに、強く求めあっている事を。
勿論、僚は女として。
多分、香は家族として。
でもそれは、あくまで現段階はという事だ。
近い将来、男として己を求めて貰えるよう、昨夜は取敢えずその手付として、
キスを頂戴した。


③ 香の味方・りょう

僚から、どさくさの内にキスをされて、2日。
香は僚と口を利いていない。
というか、顔を合わせていない。
こういう時、僚が漁師で助かると香は思う。
顔を合わせたくなければ、朝港に寄らなければ良いだけの事だ。
勿論、お弁当は作っている。どうせ、自分の分も作るのだから、ついでだ。
僚のお弁当は、台所のテーブルの上。
この2日、きちんと食べてはいるみたいだ。


香が、信用金庫に就職してから、
朝、港で顔を合わせようと提案したのは、僚だ。
昼と夜が全く逆転して、香が淋しがったのだ。
あの頃は、兄の秀幸が亡くなったすぐ後だったし、
高校生から、社会人になって、
香はそれまでの自分の人生が、急に変わった気がして怖かった。
勿論、お父さんもまだいてくれた頃だし、
『何も変わらないよ、香。』
って、お父さんはいつも言ってくれた。
優しくて、大好きなお父さん。
でも、お父さんも海に連れて行かれてしまった。
香の大切な人は、みんな海に連れて行かれてしまう。
僚だけだ。
いつだって、傍にいてくれるのは。


僚が、大切な家族だという事は、間違いない事実だ。
香は僚が大好きだ。
きっと、世界で一番好きだ。
小さい時は、背の高い僚に抱っこをされるのが大好きだった。
時々、ケンカもするけど、僚は優しい。
香が知っている人の中で、多分一番優しい。
子供の頃、学校で友達とケンカをして帰って来て、ワケを話すと、
お兄ちゃんや、お父さんは、
『香にも、悪い所はあった筈だよ。明日、学校でゴメンねって言ってごらん。まずは、香からゴメンねを言うんだよ。そしたら、きっと元通りだよ。』
と、言ってくれた。勿論、香も素直にそのアドバイスを実行した。
今思えば、そう言って貰えたから、今の自分がある。
しつけとは、きっとそういう事だろう。人生に於いて、大事な事を教える。
でも、僚は違った。
たとえ、どんな理由があろうと、香が悪かろうと、
僚は、香の味方でいてくれた。いつだって。
香は、兄や父が言っている事も理解できたし、
それがベストだろうと思っていたから、素直に従ってはいたけれど、
僚が、自分の事を悪い所も含めて、丸ごと全部肯定してくれる事に、
救われてきた。
兄と父、そして僚がいてくれて育ってきた自分は、とても幸せだ、
と香はしみじみ思う。


それでも、僚とは一番近くにいる分、ケンカもしょっちゅうで、
ケンカしたり、気まずい事がある時、香は港に寄らずに仕事へ行く。
そうすると、自分が帰宅した時には、僚はもう眠っている。
丸々1日、顔も合わせず、口も利かなくて済む。
香には、僚に甘えている自覚がある。
そうやって香が意地を張っても、僚は至って普通だ。
香の気が済むまで、好きにさせてくれるし、
香が淋しくなって、何事も無く元通りに戻っても、
何も言わずに、それに合わせてくれる。
友達や、他の人ならこうはいかない。
まずは、ゴメンなさいをしなければ、先へは進めない。
きっと、たとえそれが兄でも。
でも、僚だけは何にも言わずに、そんな香を全て受け止めてくれる。
ケンカをしても、酷い事を言っても、
僚は香の事を、丸ごと全部認めてくれる。
そして、ずっと香の傍にいてくれる。


兄が死に、父が行方不明になり、立て続けに家族を失った時、
香はショックで、半年ほど会社を休職した時期がある。
狭い田舎町の出来事で、会社の人もほぼ、顔見知りだ。
事情なんて、全て筒抜けなので、問題無く香の休職は認められ、
心が癒されるまで、席を空けて待っていて貰った。
その時、僚は香の傍にずっといてくれた。
海には出なかった。
僚は、高校を出てからずっと、漁師をしている。
父はその名の通り、海の神様みたいな人で、生きる伝説みたいな人だった。
そして、僚もシッカリその血を受け継いでいて、
この港では、一番の水揚げを誇る、若手のホープだ。
近頃では、親の跡を継いで漁師になる若者なんて、ごく稀で、
漁師たちも、随分高齢化が進んでいる。
そんな中にあって、僚は多くの漁師たちに頼られ、信頼も厚い。
何より、神サンの息子なのだ。


あの時香は泣きながら、海が嫌いだと言った。
自分の大事な人を連れて行く、海が。
この次に呼ばれるのは、僚かもしれない。
それが、香の最も恐れる事だった。
もしも、僚がいなくなったら、
その時は、自分も海に飛び込んで、きっと僚を追いかける。
父がいなくなったあの時以来、香は誰にも言わないけど、
そう心に誓っている。
そして、僚は香に約束してくれた。
何があっても、香の傍にいてくれると。
何があっても、必ず香の元に帰って来ると。
『それに、俺には海の神様がついてるからな』
そう言って、僚は笑った。
海の神様とは、勿論お父さんの事だ。


確かに僚は、そう約束してくれたけれど、と香は思う。
それって、こういう意味だったの?と。
「・・・香、おまぁ俺の女に成れ。」
そう言って、僚は香にキスをした。
2日前の事なのに、香は未だに思い出しただけで動悸・息切れ・眩暈を覚える。
実際香は、先輩・佐藤に対しての僚の非礼の件については、
もう、すっかり忘れていた。
頭を占めるのは、僚の事1色だ。
そういう意味では、僚の作戦は成功したと言えよう。
僚が有能な漁師であるのは、何も海の上だけでは無いようだ。
陸の上でも、僚は根っからの“ハンター”だ。


香にとって問題は、どのタイミングで朝の日課を再開するかだ。



④ エリコ 弁当 置手紙

キスから、3日目。
香は、朝の日課を再開しようかどうしようか、出勤ギリギリまで悩んで、
結局、お弁当は台所のテーブルに置いて、家を出た。
21歳にもなって、キス1つでこんなに悩むなんて、
そりゃ、彼氏も出来ない筈だと、香は自嘲する。
先日の『害虫駆除』こそ、バレてしまったモノの、
僚のこれまでの、『習慣』を香は知らない。
香に彼氏が出来ない理由は、
香の与り知らぬ所にあるなどと、香は想像だにしていない。


その日は金曜日で、出社して早々に香は更衣室で絵梨子に声を掛けられた。
「ねぇ、香。今夜外で食事しない?」
絵梨子は同期の同僚であり、中学時代からの親友でもある。
中学も高校も、そして職場もずっと一緒だ。
今現在、僚の次に香を良く知る人物だ。
香と絵梨子は、この界隈でも有名な美人2人組で、
香に自覚は無いが、かなりの有名人だ。
隠れファンも、多数存在する。
絵梨子は、どちらかと言うと周りの声には敏感で、
周囲の評判も、重々自覚している。
いつまで経っても、中学生の時と変わらない親友を、
絵梨子は、いつも心配している。


もっとも、あの僚が傍にいる限り、生半可な男は彼女に近付けない。
これまで幾度も、同年代の男達が香に果敢に挑み、
アタックしようとしても、僚に阻まれて来たのを絵梨子は知っている。
知らないのは、香だけだ。
勿論、絵梨子とて詳細は知らない。
噂が漏れ聞こえてくるだけの事だ。
香に近付くと、恐ろしい“彼氏”が控えていると。
でも、香に彼氏は居ない。それは誰あろう絵梨子が、1番良く知っている。
居るのは、あの兄貴のようでそうで無い、僚だけだ。
という事は、つまりそういう事だ。
勘のイイ絵梨子は、何年も前から香はともかく、
僚が香に惚れている事には気付いている。


でもだからと言って、絵梨子の見た所、
僚は香を自分の彼女にする気は無さそうだ。
これまで街中で、綺麗な女性と仲睦まじく歩く僚を見た事は何度もあったし、
(しかも、みんな違う女性で、みんな美人。)
それは香も、勿論知っている。
香にとって、僚は家族に過ぎないようで、
別にそんな僚を気にしている風でも無い。
香と僚が、血の繋がらない家族だという事は、絵梨子も知っている。
そして、香にとって僚が大きな存在だという事も。
先輩の佐藤は、数ケ月前にこの支店に配属されて来た、遠くの街の人だ。
勿論、香と僚のそんな関係なんか知らないし、
佐藤は、ココに来てすぐに香に惚れた。
そして真っ先に相談を受けたのが、親友の絵梨子だ。


佐藤は、あまり目立つようなイケメンでは無いけれど、ソコソコ良い男だ。
何より、とても良いヒトで、香の事も真剣に考えているようだった。
彼氏は居るんだろうか?と聞かれたので、
絵梨子は、居ないようだと答えておいた。
実際、僚は彼氏じゃ無いし。
それに、僚が香の恋愛の邪魔はするけれど、責任を取るつもりが無いのなら、
親友として、それは容認出来ない。
香にだって、恋愛をする自由は有る筈だ。
本当なら、本人が自覚して“兄”離れするのがベターだろうけど、
如何せん親友は、鈍感なのか、ピュア過ぎるのか、
超マイペースで、このままだと完全に嫁き遅れ確実だ。
それでも、絵梨子は思う。
ベストは、僚が香と結ばれる事なんじゃないかと。
こそこそ“妹”を監視している暇があったら、
とっかえひっかえ美人を手玉に取っている暇があったら、
サッサとモノにしちゃえよ、と。


お昼休みも終わった、13:30頃。
香はトイレに行く振りをして、席を外すと僚に電話を掛けた。
もうこの時間なら、家にいる筈だ。
僚と口を利くのは、3日振りだ。少しだけ、ドキドキした。
キスをした事は、必死に頭から追いやった。


昼過ぎに、香から電話が掛かって来た。
その少し前、僚は香の作った弁当を美味しく平らげた。
いつもの事ながら、非常に美味しかったが、
今日はそれだけでは、無かった。
弁当箱の横に置かれた、置手紙。
見慣れた、香の字。
『りょう、元気?
 私は、元気だよ。
 先輩の事、もう怒ってないよ。』
キスの事には、一切触れて無い。でも、と僚は頬を緩める。
怒って無いなら、何で港に来ないんだ?と。
恥ずかしいからだろ?キスしたから。
そう思うと、僚は香が可愛くて仕方ない。
キス1つでこうだったら、もしも抱いたらアイツ寝込むかもな。
僚は、クツクツ笑った。可愛い女だ。


「もしもし。」
「もしもし、僚?」
「あぁ、香か。どうした?」
「うん。」
香は、一瞬沈黙した。
用があったから、わざわざ仕事中に掛けて来たんだろうにと、僚は苦笑する。
暫く待っても、香が無言なので、僚が口を開く。
「俺も、元気だよ。」
僚のその言葉に、香の顔に笑みが広がる。
香と僚にだけ解る、秘密の暗号みたいだ。
僚と話すと、香はいつも小さい頃のままの自分になったみたいに感じる。
次の言葉は、自然と口を吐いて出た。
「今日はね、絵梨子と晩御飯食べて来るから、いらないよ。」
「そうか。久し振りだな、絵梨子ちゃんとメシに行くの。」
「そうかな?そうかも知れないね。」
そう言われてみれば、そんな気がすると香は思った。
最近、絵梨子には新しい彼が出来て、デートが忙しいみたいだ。
「久し振りだな。」
もう1度、僚が言った。
「何が?」
香が訊ねる。
「ん?おまぁの声聞くの。3日振り。」
香は、思わず真っ赤になる。
電話だから、僚には見えるワケは無いのに、
香は誤魔化すように言った。
「たったの、3日じゃん。大げさだよ、僚。」
でも、そう言った後、香は無性に僚に逢いたくなった。
やっぱり、意地を張らずに、朝港に行けば良かった。
香の強がりに、僚はひっそり笑った。
「そうだな、大げさだな。帰り、あんまり遅くなるなよ?遅くなるようだったら、迎えに行ってやろうか?」
「うん。ありがとう、もしもの時はそうする。」
「じゃあな、まだ仕事中だろ?」
「うん、サボってんの。じゃあね。」
「ああ。」


3日振りの仲直りは、電話と置手紙だった。



⑤ ガールズトーク

香と絵梨子は、その夜喫茶キャッツ・アイにいた。
キャッツはこの田舎町にあって、若者達の憩いの場と化している。
香と絵梨子も、高校生の頃からの常連だ。
といっても、この町の若者達は、
誰しも一度はココに入り浸るのが、青春の通過儀礼だ。
僚も秀幸も、学生の頃は良く顔を出した。
店主の伊集院夫妻の事は、僚も良く知っている。
もっとも、僚が学生の頃は、
妻の美樹はまだココのアルバイトのウェイトレスだった。
その後、店主の伊集院と結婚したのだ。
香が絵梨子と食事に行くと言ったら、大抵ココなので、
僚も安心している。


店内に入ると、絵梨子は迷わずボックス席、それも1番奥の席に座った。
それで香は、本日の議題が“恋バナ”なんだな、と察知する。
普段、大した議題で無い時は、
2人はカウンター席に座って、夫妻を交えて、盛り上がる。
でも、“恋バナ”だけは、2人でコッソリ奥の席でやるのが、
高校生の時からの、通例だ。
勿論、店主夫妻にはバレバレだが。
そんないつまでも変わらない、女の子2人が伊集院夫妻は可愛くて堪らない。
大人になると町を出て、都会に出て行きたがる若者が大半な中、
彼女たちは、ずっと地元でのびのびと美しく成長している。
絵梨子は本当は、都会に憧れた1人だが、
彼女の父親が非常に厳しい人間で、
結婚前の娘が1人暮らしなど、以ての外と、
頑として、町を出る事を許してくれなかった。
一方香はというと、地元を離れて何処か知らない土地に、
1人で出て行くなど、1度も考えた事は無かった。
香の居場所は、この町だけだ。
僚がいて、
2人の父達と、兄が愛した大嫌いだけど、大好きな海があって、
絵梨子や、沢山の友達もいる。
それでも、友人たちの半分以上は、都会に出て行ってしまって、
彼らに会えるのは、年2回の帰省のシーズンだけだ。


香はナポリタンを、絵梨子はドライカレーを、それぞれ注文した。
それに、キャッツ名物の“海ちゃんサラダ”。
メガ盛りのそのサラダを、2人で取り分けて食べる。
“海ちゃん”とは、店主の愛称で、
彼には伊集院隼人という、立派な名があるにも関わらず、
何故だか彼は、全町民から親しみを込めて、
“海坊主”もしくは“海ちゃん”と呼ばれている。
しかしそもそも、その仇名を命名したのが僚である事は、
香も絵梨子も、知らない。
2人は、目の前の食事よりも、恋バナに夢中になっている。
前半は殆ど、絵梨子の最近のボーイフレンドとのノロケ話だった。
凄く気が合い、とても優しい彼と、出会って間も無いケド、
絵梨子はゆくゆくは、結婚してもイイかな。と、思っているらしい。
唯一のネックは、やはり厳しい父親のようで、
絵梨子の門限は、未だに20:00なのだ。
唯一の例外が、香との会食で、相手が香だというだけで、
絵梨子パパは途端に、甘くなる。香が大好きなのだ。
実は香にはまだ言って無かったが、何度か香の名前を使って、
父親の目を掻い潜り、彼と夕食を楽しんだ事もある。
もっとも、香に言ったところで、
香が喜んで「全然、OK。いいよ。」と言うのは、目に見えているのだが。



一方、絵梨子のそんな話に、香は ぽけっ~~と聞き入っていた。
結婚かぁ、やっぱり絵梨子は凄いなぁ、と。
自分は結婚どころか、彼氏いない歴21年だ。
そして、ふと。
『・・・香、俺の女に成れ。』
という、僚の言葉が香の頭の中で木霊した。
途端、香は真っ赤になり、1人その思考の渦を消そうと、慌てふためいた。
そんな挙動不審な親友を、絵梨子は不思議に思い訊ねる。
「???どうしたの?顔、赤いよ??」
香は俯いて、アイスコーヒーをグビグビ飲み干すと、
「な、何でも無い。」
と、辛うじてそうひと言、答えるのが精一杯だった。
絵梨子は内心、何でも無いって感じじゃないし。と苦笑しつつも、
もしや!と、閃いた。
そして、ニヤッと笑うと香に訊ねてみる。
「ねぇ、香。もしかして、佐藤先輩となんかあった?」
すると香は、心底不思議そうに、
「へ?何で?」
と答える。
実際はこの数日、キッカケは佐藤の件だった筈だが、
香の意識からは、スッパリと佐藤が抜け落ち、
その後の、僚との事で頭が一杯だったのだ。
そもそも、佐藤の恋心にしても、
当の香本人が、つい数日前に知ったというのに、
何で、この目の前の親友が、その事について訊ねてきたりするんだろう?
と、香は不思議に思う。
「何でって、ココの所、しょっちゅうデートしてたじゃん、先輩と。」
絵梨子にしてみれば、今更何言ってんの?といったところである。
「へ?デートなの?あれ。」
相変わらず、マイペースにもほどがある、香である。
「デートじゃ無いの?」
そんな絵梨子の、もっともな問いに、
香は暫し考え込むと、ゆっくりと答えた。
「多分ね、違うと思う。」
絵梨子は、やれやれと溜息を吐いた。
少しは期待したのだが、
またしても、姫のハートを射止める事は出来なかったか、と。


しかし、今日の香はいつもとは違うのだ。
今までは、親友の数々の恋バナの、聞き役に徹していた香だが、
今日は重大な相談事があるのだ、香にも。
え、絵梨子。私、相談があるんだけど・・・
真っ赤になって、俯く香。何やら、声も一層ひそめている。
思わず、それに合わせて絵梨子もひそひそ声になる。
なぁに?好きな人でも出来た?
更に、香の顔が赤くなる。
絵梨子は、そんな解りやすい親友を、カワイイなと思う。
・・・実はね・・・
香は途中、気絶するんじゃないかという程緊張して、
それでも何とか、
今回の佐藤の件に端を発した、僚との顛末を、絵梨子に説明した。
それを聞いた絵梨子は、とても嬉しかった。
やっぱり、そうでなくちゃ。
収まるべき所に、収まるこの心地良さ。
香に自覚は無いが、誰が聞いても納得の、収まりの良さである。
この際、佐藤はもうこの2人の女子からは、完全に忘れ去られていた。



「良いんじゃない?僚さん、超イケメンだし。何より、香の事この世で1番、良く知ってる人だし。香だって、僚さんの事、大好きなんだし。・・・それに蓄えだって、文句無しだし。」
僚の蓄え情報に関しては、本来顧客情報の漏洩にあたるのかも知れないが、
彼女らに、その意識は無い。
職業上、僚の貯蓄額を知る立場にある2人なのだ。
正直言って、僚の蓄えは、
平均的な31歳男性(独身)と比較しても、桁違いである。
だが、そんな事はこの際、どうでも良いのである。
絵梨子にしてみれば、
漸く始動した、彼女の兄のようでいてそうで無い男に、
(でかしたぞっっ!!!)
と、心の中で賛辞を送っていた。
「・・・でも、僚は何であんな事、言ったのかなぁ?」
絵梨子とは対照的に、香は何処か暗い表情で、そう呟いた。
何でって、そんなのアナタに惚れてるからに決まってんじゃない、
と絵梨子は思うが、言葉に詰まった。
ずっと前から、香に惚れていながら、
何年間も、他の女との間をフラフラと彷徨っていた男の心理など、
絵梨子には、解らない。
まして今更、気持ちを打ち明けた真意など。
「この前、一緒に歩いてたあの人。彼女じゃ無かったのかなぁ?」
香は、遠い目をして呟いた。


香と絵梨子が、駅前で僚を見掛けたのは先月の事だ。
久し振りに、2人でショッピングに出掛けた帰りだった。
最初に気付いたのは、絵梨子だった。
僚に寄り添っていたのは、いかにもけばけばしい、
派手な、水商売風の美女だった。
普通に、何も知らない人が見れば、カップルに見えただろう。
でも絵梨子は、僚が香に惚れている事は知っているので、
また、一味違った見方で見ていた。
絵梨子の視点で見れば、
それは見るからに、只の遊びの相手にしか見えなかった。
それなら、あんな風に堂々としてないで、
少しは香に解らないように、コソコソやってればイイものを、
何故だか、僚はそうはしない。
そんな僚を思い出して、絵梨子は無性に腹が立った。
「あれは、どう見ても飲み屋のお姉さんだったじゃない?営業掛けられてたんじゃないの?よく漁協の人達と、飲みに行くって言ってたじゃない。」
絵梨子は不本意ながら、陰ながら僚のフォローに回る。
「そうなのかな?私、そういうの全然解んないから。」
と言って、香が薄く笑った。
僚は先月のその日その時、
そのセックスフレンドとは、ホテルに行った帰りだったのだ。
漁師の僚にとって、日曜や祭日はハッキリ言って関係無いのだが、
あの香の、半年間の休職の時以来、日曜と祭日は休む事にしていた。
平日はどうしても、香とすれ違いになってしまうからだ。
だからせめて、香の休みの日には、1日一緒に過ごす為だ。
なので、僚がセフレ達と過ごすのは、専ら平日昼間なのだが、
あの日はたまたま、日曜に電話が掛かって来たのだ。
ちょうど香も絵梨子と出掛けてていないし、
する事も無かったので、セックスをした。ただ、それだけだ。
そこに、何の意味も、感情も無い。
マスターベーションと同じだ。


「で、どうする?付き合うの?僚さんと。まっ、でも一緒に住んでるんだし、今更何にも変わらないっちゃ、変わんないかもね。」
そう言う絵梨子の言葉に、香はもう一度よく考えてみる。
自分がどうしたいのか。
自分と僚が、これから先どうなるのが1番良いのか。
「う~~ん、もう少し良く考えてみる。それに僚とは、小さい頃から何でも話し合ってきたし、やっぱり2人でこれからの事、良く話し合ってみた方が良いのかもしれない。」
そう答えた香に、絵梨子もニッコリ微笑んだ。
2人で話し合うとなれば、主導権は僚のモノだ。
まず間違い無く、僚の思惑通り上手く纏まるのは目に見えている。
万事、円満解決だ。
こういう場合、
親友の為を思うならば、何も言わず彼に一任するのがベストだ。
「上手く、良い答えが見つかるとイイね。」
「うん。ありがとう、絵梨子。」

持つべきものは、空気を読める親友である。






⑥ 添い寝

香はキャッツから、歩いて帰った。
香の家、絵梨子の家、港、信用金庫、キャッツ・アイ。
驚くべき事に、全てが徒歩圏内である。
香の愛すべき、狭くて小さな世界。
それでも、その小さな世界は、とてもディープで温かく、
優しく香を包んでいる。
まるで、僚みたいに。


香はゆっくりと歩きながら、家までの道で考え事をした。
確かに、絵梨子が言ってたように、
先月のあの人は、僚の彼女じゃ無いかも知れない。
では、今まではどうなんだろう?
あんな風に、僚が余所の女の人と、
仲良く歩いている所を見た事は、今まで何度もある。
淋しくなかったと言えば、嘘になる。
『りょおは、かおりのりょおなの。』
本当に小さい時には、そう思っていた。


今まで、誰にも打ち明けた事は無かったけれど、
香の初恋は、僚だ。
小学校の頃だった。
ある時友達に、
香ちゃん家は、お兄ちゃんが2人いるんでしょ?
と言われて、その時に香は気が付いたのだ。
そうか、僚はお兄ちゃんだったんだって。
お兄ちゃんとは、結婚出来ない事位、香も知っていたし、
それならば、きっと好きでいちゃいけないんだと思った。
勿論、家族としてならば、大好きだ。世界で1番。
それなら、きっと許されるとそう思った。


そしていつか、僚はお嫁さんを貰って、
私は、お嫁さんに行って、別々の家族になる。
悲しいけれど、いつかはそうしないといけないんだと、思っていた。
でも、もし別々にならなくてもイイのなら。
僚と、死ぬまで家族でいられたら、それはとても幸せな事かもしれない。
でも、僚はこの間、『女』になれって言った。
それは一体、どういう風に受け止めればいいんだろう?
家族じゃ、ダメなのかな?
一体、何が変わって、何が変わらないんだろう?
香は考えれば、考える程、ますます意味が解らなくなってきた。
もう、家はすぐそこだ。



香が家に帰ると、僚が起きていた。
香はビックリして、
「ごめんね、メール見なかった?」
と言った。
昼間の電話で、
もしかしたら、迎えをお願いするかもという事を話していたので、
香は1度、早いうちに僚にメールを送っていた。
歩いて帰るから、大丈夫だよ、と。
僚は、ニッコリ笑うと、
「ううん、見たよ。ちゃんと。」
と答える。
香は、不思議そうに首を傾げると、
「じゃあ、どうして起きてたの?明日、お仕事でしょ?」
と訊ねる。
正確には、明日というより、数時間後だ。
「今日の内に、おまぁの顔見ときたかったからな。ず~~っと、港に来てくんなかったしぃ?」
僚が、意味あり気にニヤッと笑う。
途端に、香が真っ赤になる。
「ずっとって。3日だけだもん。」
香は、少しだけ拗ねたように唇を尖らせる。


僚は、そんな香を可愛いヤツと、思いながら訊く。
「俺が、チューしたの。やだった?」
香は、真っ赤になって俯く。
暫く、香が答えるまで、僚は我慢強く待ってみる。
・・・いやとかじゃ無いケド。
蚊の鳴くような小さな声で、香が言った。
そして、俯いていた顔を上げると、
今度は真っ直ぐに僚を見据えて、質問した。
「どうして、僚は私にキスしたの?僚の女になるって、どういう事?」
僚は、お、えらく直球で来たなと、思って微笑む。
「そりゃ、キスしたかったからしたんだよ。てゆうか、今もしたいよ。」
香が、更に赤くなる。何処まで赤くなれんだよ、と僚は苦笑する。
「僚には、彼女がいるんじゃないの?」
香の意外なその言葉に、僚は少しだけ驚いた。
「いないよ?どうして、そう思う?」
「だって、お外で女の人と歩いてるの、何回も見た事あるし。」
お、妬いてんのか、と思いながら僚は答える。
「トモダチだよ。それも、ほら割とどうでも良い感じの。知り合いと友達の、中間くらい?」
そんな事を言う僚に、香は、何それ?と、眉を顰めた。
それでも、それ以上は深く追求はしなかった。


「じゃ、じゃあ、僚の女になるってどういう事?」
香が訊ねる。
僚は、ますます笑みを深くして、香の髪をそっと撫でた。
「まずは彼女になって、いっぱいキスして、エッチして、嫁さんになる事。」
僚は、サラッと凄い事を言ってのけた。
香の思考回路は、ショート寸前である。
固まった香の瞳を覗き込んで僚は、悪戯小僧のように笑いながら、
「ダメ?」
と訊く。
香にしてみれば、全然ダメじゃない。
僚のお嫁さんになるの?
「あぁ。おまぁが、5歳でウチに来た時から、俺にとっておまぁは特別なの。ずっと、家族なの。」
香は、泣いていた。
ずっとずっと、僚と家族でいられる。
それが、今までとどう変わろうが、もう香にとってそんな事はどうでも良い。
大事な事は、一生死ぬまで僚と家族でいられるという事。



「泣くなよ。」
僚はそう言うと、華奢な香の躰を抱き寄せて、キスをした。
2度目のキス。
香は真っ赤になって、泣き止んだ。
僚は唇を離して、ニッコリ笑うと、
「晩メシ、ナポリタンか?」
と言って、笑った。
香もクスクス、笑った。
「うん。絵梨子は、ドライカレー。」
「そうか。」
笑いながら僚は、香の髪をクシャクシャと撫でると、
「お風呂、沸いてるから。入っといで。」
と言った。


香はお風呂から上がって、台所でミネラルウォーターを飲んでいた。
リビングの電気は消えてたし、僚はもう寝たんだと思っていた。
香も、お水を飲んだら寝よう、と思っていた。
飲み終わったグラスを、濯いでいると後ろからきつく抱き締められた。
「りょお?」
アッと言う間の出来事で、香は僚の逞しい腕の中に囲われていた。
どうしたの?と言おうとした、言葉はそのまま僚の唇に飲み込まれた。
蛇口からは、ジャージャーと勢いよく水が流れている。
香は、少しだけ気になったけど、すぐにそんな事は考えられなくなった。
2度のキスとは、同じモノとは思えない程の、激しいキス。
息が出来なくて、死ぬんじゃないかと思った。
それがどの位の間そうしていたのか、香には時間の感覚すら解らなかった。
漸く、僚の唇が離れた時、香は1人で立っていられなかった。
僚の胸に凭れて、フニャンとなっていた。


「香、一緒に寝よう?」
僚の声も、掠れている。
香は僚の言っている事が、よく考えられないでボンヤリと僚を見上げる。
「寝るの?」
「うん、今日はまだ何もしねぇから。ただ、俺のベッドで寝るだけ。」
ダメ?と、僚が訊く。
香はフルフルと、首を横に振った。
僚は、嬉しそうにニッコリ笑うと、香を抱き上げて僚の部屋へ連れて行った。
さすがに、先程までボンヤリとしていたけれど、
ベッドに横たえられると、香はドキドキしすぎて死ぬかと思った。
それに、さっき僚が言った事を、良く思い出してみたら、
『今日は、』何もしないって言った。
じゃあ、いつかは何かするんだろうか?
何かって、何?
ダメだ、眠れないよっっ。


そう思っていた香だったが、数分後にはスヤスヤ眠っていた。
僚の腕の中は、温かくてとても寝心地が良かったのだ。
香は眠りに落ちる寸前、小さな子供の頃を、思い出していた。
あ、初めてじゃないじゃん。
子供の頃は、僚とこうして、よく眠った。

香はやっと気が付いた。
僚の腕の中は、今までずっと、香の予約席だったという事に。










⑦ 土曜日と、日曜日。

香がゆっくり目覚めると、そこは僚の腕の中だった。
僚はもう起きていて、目を開けた香にそっと口付た。
今日は、多分まだ土曜日だ。
昨日は、金曜日で絵梨子と食事して、帰って来て、
僚と話してたら、いつの間にか、
将来(いつだろう?)僚のお嫁さんになる事に決まって、
そして一緒に寝た。
すごく不思議。
昨日の朝は、まだ港に行くかどうかで悩んでたのに。
今日は、僚とこうしてくっ付いて眠ってる。


でも、土曜日なのに、
「りょお?海に行かなくて良かったの?」
そう訊ねた香に、僚はニッコリ笑うと、
「今日は、都合により臨時休業。」
と言った。香もクスリと笑って、
「連休だね。」
と言った。
何しようか?どっか行こうか?何食べよう?


だけど、2人は何処にも行かなかった。
土曜日と、日曜日の2日間、
90%位を、僚のベッドの上で怠惰に過ごした。
時々、一緒にシャワーを浴びたり、ご飯を食べた以外は、
ずっと、くっ付いて過ごした。


土曜日はずっと、僚が香にキスをしていた。
優しく触れるだけのキスや、息が出来ない位の激しいキス。
それは、僚の気分次第で突然始まっては、突然終わる。
時々、2人でウトウト眠ったりして、
目が覚めると、またキスが始まる。
初めは、唇同士のキスだったけど、少しづつ耳や首や腕や肩にキスされた。
香が気が付いた時には、2人は裸ん坊だった。
パンツすら、穿いていなかった。
香は恥ずかしかったけど、僚と一緒だったから、それ以上に楽しかった。
香はずっと僚に触れていたかったし、
僚は香に触れられて、今までに無いほど興奮した。
香の体中、もう触れて無い所が無いという位、
僚は色んな所に、キスをした。
香はもう何も考える事が出来ないほど、我を忘れた。
感じるのは体温と、声と、お互いの息遣いだけだった。



土曜日と日曜日の境目に、僚が香の中に入って来た。
2人は初めてセックスをした。
僚は、14歳の時にセックスを覚えてから17年間で、
初めて、気持ちの籠ったセックスをした。
それを、メイク・ラブと呼ぶとすれば、
今までのセックスは、ただのオナニーもしくは、ファックだ。
香と初めて繋がったその瞬間に、子供を作りたいと思った。
そんな事を考えてセックスをしたのは、初めてだった。
今までは、むしろそれだけは、マジで勘弁。だったのに。
僚は、そんな自分にひたすら驚いた。
逝く事を目標に、腰を振っていた今までと違い、
丁寧に、大切に香を抱いた。
逝ってしまう事が、勿体無いと思った。
いつまでも、繋がっていたかった。


日曜日は、またベッドの上でゴロゴロして過ごした。
キスして、お喋りして、キスして、転寝して、キスした。
香は鉛みたいに重たい、自分の躰が不思議だったけど、
僚の躰は、もっと不思議だった。
裸のお腹は、ポコポコ割れてて、滑らかな肌の下の筋肉は硬かった。
頬擦りされた、僚の頬はザラザラして無精ヒゲが生えていた。
今まで、色々親友や女友達から聞かされた、
彼氏が出来たんだ。とか、彼とエッチした。って言うのは、
こういう事を言ってたのかな?
それだったら、みんな幸せだったんだね。
やっと、香は自分にも理解できて嬉しかった。
そして、それ以上に相手が僚で、幸せだった。


「りょお?」
「ん?」
「私ね、生まれて初めて、彼氏が出来たよ。」
「そうか、おめでとう。」
「うん。ありがとう。」
「イイ男か?」
「うん、カッコ良くて、優しくて、強くて、世界で1番好き。」
僚は、フフと笑うと、また香にキスをした。
そして、耳元で囁いた。
「間違いない。そいつはおまぁを、幸せにしてくれるぞ。俺が保証する。」
そう言って、香をきつく抱き締めた。
漸く僚と香は、兄妹みたいな2人から、恋人同士になった。
だけど、香がお嫁さんになるのは、まだもう少し先の事だ。
今は、まだ始まったばかりの、2人だ。




⑧ 彼氏と彼女

週明け、朝の更衣室で香は絵梨子に、早速、キスマークを目敏く発見された。
勿論、絵梨子はそれを指摘し、
あの後、僚との『話し合い』が、どういう結果になったのか、
真っ先に聞きたかったが、朝からそんな話をしたら、
きっと、今日1日親友は、仕事どころじゃ無くなって、
業務に支障をきたす事は、目に見えているので、
その話題は、昼休みに持ち越す事にした。
それにしても、と絵梨子は思う。
多分、香は自分がキスマークを付けている事に、全く気付いていない。
無防備すぎる親友に、絵梨子は苦笑する。
せめてもの救いは、
余程、彼女の襟元を覗き込まない限りは、簡単には見えそうも無い事だけだ。


昼の合図とともに、絵梨子は香を誘った。
「香、今日はお弁当屋上で食べない?」
香は特に気にせず、うん、良いよ~。と、呑気に答える。
とても、良い天気だった。
暑くも無く、寒くも無く心地いい風が、時折吹く。
香は、玉子焼きを1口食べて、僚を思い出した。
この玉子焼きも、コロッケも、インゲンの胡麻和えも、他のも全部。
僚も同じモノを食べている。
僚は、その時によって、家で食べたり、漁協の事務所で食べたり、
船の上で食べたり、色々だけど何処に居ても、香と同じモノを食べている。
そう思うと、香は嬉しくなった。
今日は、何処で食べてるんだろう。
天気が良いから、外で食べてるかもしれない。


「ねぇ、香?週末、僚さんと話し合ったの?例のキスの件。」
急に絵梨子に訊かれて、香はコロッケを喉に詰まらせそうになった。
ペットボトルのお茶を含み、息を整えて、うん。と言うのがやっとだった。
「それで?どうなった?」
絵梨子は、心底楽しそうにそう訊いた。
香は、誘導されるまま、観念して少しづつ語り始めた。
帰ったら、僚が起きて待ってた事。
いつの事なのかは不明だが、僚のお嫁さんになるらしい事。
キスしただけで、ナポリタンを食べて来た事を言い当てられた事。
一緒に、寝室に連れてかれた事。
目が覚めて、1日だけ仕事をさぼった僚と、なんだかんだで、エッチした事。
お嫁さんには、まだなっていないケド、僚の彼女になった事。
これからも、ずっとずっと死ぬまで家族だねって約束した事。


絵梨子は、真っ赤に照れながらも、今までで1番幸せそうな親友を抱き締めた。
「おめでとう、香!!」
あ、ありがとう///・・・恥ずかしぃ。
そして、絵梨子はニヤッと笑うと、本題に突入した。
週末に引き続き、ガールズトークはこれからだ。
昼休みも、まだ後、40分近くある。
「で?どうだった?」
「へ?何が?」
相変わらず、香は天然である。
彼氏(旦那?)が出来ても、『女』になっても、基本的には何も変わらないらしい。
「何って、決まってんじゃない。」
エッチよ。そう言った絵梨子に、
香は、やっぱり絵梨子は凄いなぁ、と妙な感心をした。


「ど、どうって?」
「色々あるでしょ?痛かった~とか、思ったより大した事無かった~とか。」
う~~ん、確かに、すっごく痛かったけど、それより幸せだった。
「おお、イイね。それで、それで?」
絵梨子のあまりの食い付きに、香は多少引き気味に、
た、多分、普通だよ。絵梨子の彼と、あまり変わらないんじゃない?
と、答えた。実際、僚しか知らない香には、何が普通なのかは解らないけれど。
絵梨子は、内心そんなわけないじゃん、と思った。
あの、僚である。
全身から、匂い立つような色気を放っている、
あんな男が、普通なワケはないのだ、絶対に。
ある意味、それが普通なのだと思って、
これから長い人生を歩む親友は、
そのまま知らない方が、幸せなのかも知れない。
「でもね、勿論僚が私の彼氏になった事が、1番嬉しいんだけど。」
「うん、うん。」
「こうやって、絵梨子に報告出来る事も嬉しいの。いつも、聞くだけだったから。」
そう言って微笑んだ香を、絵梨子はもう1度抱き締めた。


一方その頃、『彼氏』の方はと言うと、
繋留した船の上で、最愛の女が作った弁当に舌鼓を打っていた。
今朝ほど、ベッドを出るのが嫌だった事は無かった。
すっかり疲れ切った香は、グッスリ眠っていた。
そのあどけない寝顔は、子供の頃からひとつも変わらない。
丸2日、ずっといちゃついて、
慣れない事に、必死でしがみ付く香が可愛くて堪らなかった。
本当は、もっと何回でも抱きたかったけど、それでも心は満たされていた。
1度だけでも、充分だった。
それに、これから先何度でも、香を抱けるのだ。
仕事に行く前に、港に寄った香にキスをしたら、真っ赤になって照れていた。
まだまだ、沢山教えてやりたい事がある。
想像して、僚は1人ニヤニヤしていた。
今日は、人目に付かない所で、弁当を食べて正解だった。
食事を終えて、大きく伸びをした僚は、
「さて、善は急げだな。」
とポツリと呟いて、おもむろにポケットから携帯を取り出すと、
リサイクル業者に電話した。


香が仕事を終えて帰宅して、まずは部屋着に着替えようと、
自室に入って、ポカンとなった。
ベッドが無い。
それ以外は、なんら変化は無い。
唯一、ベッドだけが無い。
布団は、ベッドがあった場所に、綺麗に畳んで置かれていた。
今朝までは、確かにあった。
今朝は、僚のベッドで目覚めた。
目を覚ますと、既に僚はいなかったけど、
布団からは、僚の匂いがした。
それだけで、何故か涙が溢れそうになった。
2日間、あんなにずっとくっ付いていたのに、
数時間(しかも寝てたのに)、離れているだけで僚が恋しかった。
その後、仕事に行く準備の為に、自分の部屋で身支度をしたのだ。
その時には、あった筈だ。
一体、昼間何があったんだろう?


取敢えず、着替えをして香は僚の部屋に行った。
僚は寝ていたけど、香が入ってきた気配で目を覚ました。
「・・・ん、おかえり。どした?」
少しだけ、寝惚けたような僚の口調が、カワイイと香は思った。
「ただいま。」
そう言ったら、僚は起き上がって香に近付くと、キスをした。
香は囲われた僚の腕の中で、話を続けた。
「あのね、僚。」
「何?」
僚は、ニコニコしている。
「何か、私のベッドが無いみたいなんだけど、知らない?」
「あぁ、昼間捨てた。」
「は?」
「今日から、おまぁの寝室はココな。」
「っええぇぇぇ~~~!!」


でも、それじゃ、僚の事起こしちゃうよ?
そう言った香に、僚は、良いよ。と言った。
眠い時は、別に気にせず寝るんだし、大した事じゃ無いと。
それに、一緒に寝たからと言って、
毎日、不眠不休で“やる”ワケじゃねぇし。
と言って、ニヤッと笑った彼の言葉に、信憑性と説得力は、全く無い。


⑨ 花嫁修業(?)

僚と香が、ひょんな事から、恋人になってから、
早1か月近くが経とうとしている。
香はココの所、仕事中に欠伸をかみ殺してばっかりだ。
そんな親友を見るにつけ、絵梨子は微笑ましくなる。
たとえ、多少睡眠不足でも、香の化粧ノリは、抜群だ。
お肌ピカピカで、ホルモンバランスは絶好調のようである。
彼女の幸せそうな、薔薇色の頬を見れば、
『私生活』が充実している事は、一目瞭然である。


ひと月ほど前、何でも僚は香のベッドを勝手に処分してしまったらしい。
その翌朝、香は少しだけ腹を立てて、絵梨子にそう報告して来た。
しかし、香が怒っていた原因は、
僚のスケベ心から来る、その身勝手な所業自体にでは無い。
一緒に眠る事に関しては、全然構わないようである。
では何故、怒っていたのかというと、
実は香は、ベッドとマットレスの間に、コッソリへそくりを隠していたらしい。
そんな事など知らない僚は、香に何の相談も無く、
へそくりごと、ベッドをリサイクル業者へと渡してしまったのだ。
その後、香は仕方なく僚にその事を話して、抗議したモノの、
僚はその話を聞いて、大爆笑したのだという。
香本人は、至極大真面目に腹を立てていたのだが、
それを聞かされた絵梨子も、やっぱり吹き出してしまった。
そんな風で、僚と香の恋人としての、
新しい生活は、実にほのぼのと、平和で、愛に溢れている。


明らかに、このひと月で女っぷりの上がった香を、職場の男性社員たちは、
香が気付いていないのを良い事に、ジットリと見詰めては英気を養っている。
絵梨子は、いつもハラハラしているが、気付いてないのは香だけだ。
相変わらずの、天然だ。





ベッドを処分した時、僚は
何も、毎日“やる”ワケじゃねぇから。と、香に言った。
しかしあれから、香の“女の子の日”以外、ほぼ毎日何かしらやっている。
どうやら僚は毎日、夜に備えてバッチリ昼寝をしているらしい。
夜は至って、元気だ。
初めの内こそ、辛そうだった香も、今では随分慣れてきて、
僚も少しづつ、香の『好み』を判断出来るようになってきた。
どうされたら、嬉しそうにしているか。
逆に、どういうのが苦手そうか。
こうやって少しづつ、香自身ですら解っていない香を見つけていく事が、
僚の今の1番の楽しみだ。
勿論、香には何も言わない。
言ってしまうと、意識するからだ。
無意識の訴えかけこそが、きっと彼女の本音だから。
香の“ツボ”は、僚だけが心得ていればイイ事だ。
だから僚は、セックスをしながら、
香の細かな反応のいちいちに、全神経を集中させている。
そうするうちに、僚はフト気付いた。
もしも、自分に今までの女性経験が無かったら、同じように出来ただろうか?
答えは、否である。
そう考えると、これまでの『人生経験』も、無駄では無かった。
全ては香との、ヰタ・セクスアリスの為の布石であったのだ。


香は1度、頂点まで昇りつめた後、気怠げにうつ伏せてボンヤリしている。
僚は愛おしげに、そんな香の柔らかな猫毛を、弄んでいる。
「最近ね、仕事中超眠いの。」
「そりゃあ、夜更かししてるからなぁ。」
僚は、クククと呑気に笑う。
そして、うつ伏せた香の背中を包み込んで、そっと抱き締めると、
ほっそりとした首筋に、顔を埋める。
香はくすぐったそうに、少しだけ首を竦めたモノの、
僚にされるがまま、クッタリと躰の力を抜いている。
「絵梨子がね。今日の私のアクビの回数、数えてみたら、午前中だけで43回だったって。」
僚は思わず、首筋に顔を埋めたまま、ブッと吹き出す。
「くすぐったいょ。」
と言って、香もクスクス笑う。
「お前ら、ちゃんと仕事してんのか?なんか、あそこに預金してんの、不安になってきたな。」
と、笑いながら僚が言う。
「ちゃんとしてるよ。でも、眠いの。異常に。」
そう言った香の声が、もう既に眠そうに、舌足らずで、カワイイから。
僚は、また抱きたくなる。
「イヤか?毎晩するの。」
僚が問うと、香はクルリと向きを変えて、僚と向かい合う。
「ううん。全然やじゃない。だいすき。」
カワイイ事を言う、カワイイ女を、もう1度悦ばせる為に、
僚は、その唇を塞いだ。
明日は、土曜日で香は休みだ。
僚は海に出るので、僚が出掛けた後は、香は幾らでも眠れる。
ひとまず、もう1回僚は香に溺れる事にした。




僚の漁師仲間たちは、ここ最近僚と香の関係に、
どうやら変化が訪れたらしいと、気付き始めていた。
毎朝、香が僚の元に弁当を届けるのは、前から同じだが、
それに、最近はおはようと、お疲れ様のチュ―が付いてくるらしい。
日曜の早朝などは、時々手を繋いで防波堤の辺りを散歩している。
そして、今までの僚の女遊びの噂が、パッタリと止んだ。
それこそが、彼らの驚く所なのだ。
2人が仲が良いというだけの話しなら、それは昔っからの事だ。
僚はガキの頃から、その性豪振りでここらでは有名だ。
あくまでも、噂の域を出ないが、なかなかの武勇伝の持ち主だ。
かたや香は、父親と兄達(僚も含め)にガッチリ守られ、
未だ純真無垢と言っても良いほど、無邪気な娘だ。
しかも、こんな田舎町にいるレベルでは無い、別嬪だ。
これも、あくまでも噂ではあるが、香に悪いムシが付きそうになると、
僚が、片っ端から駆除して回っているらしい。
それが兄としての行動か、男としての独占慾なのか、
彼らは、これまでも時々酒の肴にして、噂したもんだ。
しかし、ココに来て、とうとうその疑問に、答えが出たらしい。
僚が香を見詰めるその目は、明らかにオスの目だ。


1人の初老の漁師は、僚と香が仲睦まじく、
腕を組んで歩いているのを見て、今更ながら、昔の海原の言葉に驚いている。
あれはまだ、海原が香を引き取って間もなく、
香が小学校に上がるか上がらないかの頃だ。
一緒に酒を飲んでいた海原に、養子にしたらどうだと言った事があった。
今のままでは、これから先学校やなんかで、手続きも面倒だろうし、
何より、海原のその可愛がりようは、
実の子となんら変わり無いのだから、と。
しかし彼は、ハッキリと言ったのだ。
『香は、私にとって娘であり、大事な息子の嫁だからね。』と。
その頃、僚は既に悪ガキで、ケンカはするわ。女遊びはするわ。
酒は飲むわで、やりたい放題だった。
今でこそ、昔の海原にそっくりな、男気溢れる立派な青年に育ったが、
その時は、海原のその言葉に、正気を疑ったモノだ。
でも、今なら思うのだ。
海原には、ずっと先のこの光景が、ハッキリと見えていたのではないかと。





僚が、海に出掛けた後、香は昼近くまで寝てしまった。
最近、いつもこうだ。
僚とエッチばかりしている。
でも、それが嫌かと訊かれれば、嫌じゃない。
むしろ、好きだ。
エッチそのものがというより、僚とマッタリと過ごすあの時間が。
正直、気持ちイイとか、快感とかはまだ良く解らない。
それよりも、むしろ僚の温かい躰に触れたり、
ギュッと抱き締められる事の方が、好きだ。
キスも好きだ。
僚の味がするから。
何より、こんな風に部屋を片付けたり、洗濯をしながらも、
僚の事ばかり、ずっと考えている。
きっと、もうそろそろ帰って来る。
最近は2人でいると、いつもピッタリくっ付いている。
テレビを見る時も。本を読む時も。音楽を聴く時も。
どうして、今までこんなに楽しい事に気が付かなかったんだろう?
香は、生まれてから今までで、今が1番幸せだ。


香が、テキパキと家事を片付けて、
ソファの上で、また少しだけウトウトしていたら、僚が帰って来た。
2人で、遅い昼食を食べる。
明日は、僚も海に行かないから、
今から日曜日の夜中まで、ずっと僚の傍にいられる。
ご飯の後に、香はコーヒーを淹れた。
この家で、コーヒーを淹れるのは、ずっと香の役目だった。
父も兄も、そして僚も香のコーヒーが1番、好きだし、好きだった。
先にリビングで待っていた僚に、コーヒーを手渡して、
香は自分も、ソファの僚の隣に座る。
僚は何も言わず、香を抱き上げると香を膝の上に座らせた。
香の髪の毛を撫でながら、ニコニコしている。
香の昨日の様子からすれば、まだきっと眠い筈だ。
それなのに家事をして、僚が帰る時間に合わせて、食事の準備をしている。
完璧だ。嫁として、修業する事は特に無いだろう。
・・・いや、1つだけあるかと、僚は微笑む。


「なぁ、香?」
「なぁに?」
香は、僚の腕の中で、今にも眠ってしまいそうだ。
何でこんなに温かいんだろうと、香は思う。
「香はさぁ、俺の嫁になるワケじゃん?そのうち。」
「うん。」
「まぁ、家事はさぁ、今更何も勉強しなくても出来るじゃん。」
「うん。」
「1つだけ、練習しないといけない事が、あるよね?」
「何だろう?」
香は、ポヤンとしている。眠る寸前だ。
僚は香の耳元に囁く。
「最近覚えたばっかりで、超初心者で、でもすぅごく大切な事、嫁として。」
「・・・・」
「解んない?」
半分眠りかけた香を、見詰めながら僚は問い掛ける。
辛うじて香は小さく、コクンと、頷く。
「エッチ。」
僚が香の耳を舐めるような近さで、そう呟く。
香は、真っ赤になると小さい声で、・・・僚のバカ。と言いながら、眠りに落ちた。
香が起きたら、また花嫁修業の開始だ。


⑩ この世の果て

フト、僚が目覚めると、ソファの上だった。
夕方の少し手前の太陽の光が、窓から弱く差し込んでいる。
香は僚の膝の上に向い合せで座ったまま、
僚の胸板に躰を預け、スースーと寝息を立てて眠っている。
香の柔らかな髪が、僚の顎をくすぐる。
遅めのランチを終えて、リビングでマッタリするうちに、
2人して、眠ってしまった。
彼らは近頃、真夜中のお楽しみが出来て、常に睡眠不足気味だ。
僚は、香の髪に顔を埋めて、深く呼吸する。
爽やかなシャンプーの香りの奥の、仄かに甘やかな彼女自身の匂い。
僚はまるで自分が、花に引き寄せられる、虫に成ったような気分だ。
香のつむじや、耳や、額や、瞼に、キスを浴びせる。
まるで、花を潤す雨のように。
暫くして、まるで蕾が綻ぶように、ゆっくりと香の瞼が開く。
香が虚ろな瞳で、ボンヤリと僚を見上げたのを合図に、
僚は、その唇にもキスの雨を降らす。


確か転寝する前の僚は、
香が起きたら明るいリビングで、香を抱こうと考えていた。
でも実際目覚めると、セックスは、後でもイイかという気分になっていた。
何となく、2人してマッタリしていたい気分だ。
「なぁ、香?」
「ん~?なぁに?」
「まだ、眠い?」
「ん~ん。だいぶ、スッキリした。」
そう言って、香はニッコリ笑った。
僚が、香の髪の毛や、頬っぺたを柔らかく触りながら、
「明日、久し振りに船に乗るか?」
と訊く。
香は子供の頃から、よく父や僚が操る船に乗せて貰った。
香に魚釣りや、魚の捌き方を教えてくれたのは、僚だ。
泳ぎを教えてくれたのも、船のハンドルを握らせてくれたのも、全部僚だ。
いつだって、香に色んな事を教えてくれるのは、僚だ。
恋も、セックスも。


明日は、天気も良さそうだし、ここん所、
ずっと家ん中に籠ってばっかだからな、と笑った僚に、
香も、嬉しくなって頷く。
「じゃあ、お弁当持って、海にピクニックに行こう?」
と子供のように、香は喜んだ。
「あぁ、そうだな。」
僚は、そう言うと香を抱き締めた。


翌日は、僚の予想通りイイ天気だった。
天気を読む事にかけては、この港の漁師たちの中でも、
僚は、群を抜いて長けている。
もはや、それは才能とも言うべき正確さで、言い当てる。
僚よりも、キャリアの長いベテランの漁師ですら、
僚の天気予報を、当てにしている。
2人は、船に乗り込んで、港を出た。
春と梅雨の間の、今が1番イイ季節だ。
でも、僚に言わせれば、天候が変わりやすい時期でもあるそうだ。
自然をナメちゃいけないと。
それは、僚と香にとっては、重々身に染みている事柄だ。
大切な家族が3人も、大自然の中に飲み込まれてしまったのだから。
2人にとって海は、
大好きな遊び場で、生活の糧を与えてくれる恵みの源で、
思い出の故郷で、大嫌いな自然の化け物だ。
偉大で畏怖すべき、大きな存在だ。


僚が、到着。と言ってエンジンを切って、アンカーを降ろした場所は、
360度、見渡す限り何にも無い場所で、
空の薄い青と、海の深い青と、太陽の光だけの世界だった。
海はベタ凪で、エンジンを切った船は、微かに揺らぐ程度だ。
タプンタプンと、波が船を叩く音。
まるでそこは、この世の果てのようだと、香は思った。
2人はそこで、セックスをした。
太陽と、空と海だけの場所で、2人は真っ裸だった。
陽が傾き始めるまでの、ほぼ半日、沢山セックスをして、お弁当を食べて、
海ピクニックを満喫した。
香はずっと心の中で、海の神様に祈っていた。
どうか僚が、いつも無事で自分の元へ帰って来ますようにと。
いつかのパパみたいに、お兄ちゃんみたいに、お父さんみたいに、
1人で、海の底に連れ去られる事が、ありませんようにと。
もしも、そんな事があるというのなら、
今この瞬間、2人が抱き合ったままで、幸せなままで連れ去って下さいと。
兎にも角にもまた1つ、2人の海のレジャーが増えた。
僚は、気候がイイ時には、また是非海ピクニックをやろうと、心に誓った。


週明け、月曜日。
昨日の海ピクニックに引き続き、天気は快晴だ。
香は、1つ大きく伸びをして玄関を出た。
これから、港に寄って僚にお弁当を渡して、会社に行く。
昨日船の上では、全然気付かなかったけど、香は日焼けしてしまった。
この季節は、日差しは真夏ほど強くは無いけれど、
紫外線の量は、真夏よりも多いらしい。
油断しちゃったなぁ、と香は朝バスルームの鏡を見て、溜息を吐いた。
と言っても、傍から見れば、
元々色の白い香なので、ワントーン暗目のファンデーションを、
薄く伸ばした程度の変化だ。
それに、真っ裸で日焼けしたので、
境目も無く、焼けムラも無く、まるで日焼けサロンで焼いたような状態だ。
香が気にするほど、大した事では無い。


港に着くと、僚は船に装備された、ウィンチの手入れをしていた。
咥え煙草で、黙々と作業をする僚に、香は一瞬見惚れた。
香は船を見ると、昨日の船上デートを思い出し、赤面した。
よく考えたら、幾ら昨日の場所が誰も来ない、大海原の片隅で、
この世の果てだったとしても、お外でエッチしちゃったのだと。
勿論僚は、そんな香の動揺などお見通しで。
ニヤッと笑うと、
「昨日の事、思い出しちゃった?」
と訊いた。
香は、俯いて真っ赤になる。
僚は、ニッコリと微笑むと、またしような。と言った。
そして、香を抱き締めた耳元で、
「俺も思い出して、おまぁの事、抱きたくなった。」
と、囁いた。
香はあり得ないほど、ドキドキして、仕事前から心臓に悪いと思った。


そんな艶めいた会話のすぐ後に、僚はケロッとして、
「あれ、おまぁ傘持って来なかったのか?」
と訊いた。
でも、空は見事に晴天である。
「でも、お天気だよ?」
「ん~、今はな。でも、じき崩れる。午前中一杯持てばいいかな。」
僚は、そう言って海へ目を向けた。
そして、遥か彼方沖の方を指差すと、
「あっちの方は、今頃、時化てんな。こういう日は、海に出ない方が良い。」
「僚は、出なかったの?」
「あぁ、今日はお船の整備。たまには、ゆっくり時間掛けてやってやらんとな。それには、今日みたいな日がベスト。」
そう言って、僚はニッコリ笑った。
「で?おまぁ、傘は?俺のヤツ、持ってけよ。」
「ううん。大丈夫。更衣室に1本置いてるから。」
「そうか。気を付けてな。」
「うん、いってきまぁす!!」
この時の香はまだ、
僚がその日、不本意ながら、海に出る事になろうとは、夢にも思わなかった。


香が更衣室で着替えていると、絵梨子に、
「香、ちょっと日焼けしたぁ?」
と訊かれた。
「やっぱり、判る?やだなぁ。昨日、僚と海に行ったの。」
「へ?海水浴?早くない?」
「違う、違う。船で魚釣りしたんだよ。」
香は、一応誤魔化した。
幾ら絵梨子が親友で、何でも包み隠さず話す仲だとしても、
さすがに、海の上でエッチをした話など、とてもじゃ無いケド、言えない。
「そうなんだ~、僚さんお仕事でも魚獲ってんのに、ワザワザお休みの日まで魚釣りするのね。」

絵梨子は一応、香に合わせて適当に受け流したが、
香の嘘を見破っていた。
制服に着替える為に、下着姿になった親友。
クリームイエローの、カワイらしいスリップ姿。(これは僚もお気に入りだ)
左の肩紐が、落ちている。
無防備で、無邪気な親友。
魚釣りだと、誤魔化しながら着替えているけれど、
絵梨子は、1つ疑問に思う。
肩にも襟元にも、衣類の境目の跡は、一切無い。
ねぇ、香?一体どんな恰好で魚釣りしたら、
そんなに万遍なく、均一に焼けるのかしら?
絵梨子は、思わず苦笑する。
あの僚のどこが普通だというのだろう。
少なくとも、絵梨子とその彼は、屋外でエッチはしないし、
今の所、今後そのような予定も無い。
どうやら親友は、のびのびと自由奔放に、
愛する人とのセックスライフを、満喫しているようである。







⑪ 今すぐに

午前中、まだ早い内から、俄かに雲行きが怪しくなってきた。
気が付くと、激しい風雨が吹き荒れていた。
月曜日は、大体いつも忙しいのだが、天気がこんな風だから、
朝から、来客も殆ど無い。
今日は、絵梨子と香は窓口を任されている。
暇なのをイイ事に、香はポヤァッと、
大きな窓ガラスの外の、通りを眺めていた。
隣の窓口に座っている絵梨子もまた、
先程、1人接客を終えたきりで、手持無沙汰なのか何処かボンヤリしている。
表を眺めながら香は、僚の言ってた通りだ、と思った。
きっと、僚は今頃、早々とウチに帰って、
シャワーを浴びて、昼寝してるかも知れない。
今日の夜に備えて。
そんな事を考えて、香は1人赤面した。
マジで、ヤバイ。と、香は思う。
近頃では、仕事中にまで、少しでも暇があれば、頭の中は僚でいっぱいだ。
まるで、病気だ。


香が、
(ダメだっ!!何か別の事を考えないと。)
と思い直していたら、
1人の男性が勢いよく店内に飛び込んで来た。
彼の事は、香もよく知っている。
僚の、漁師仲間だ。
「香ちゃんっ!!リョウちゃんがっっ、海に出たまま戻って来ないんだっ!!!」
一瞬、香は呆然とした。
彼の言葉が、よく理解できなかった。
しかし、徐々にその意味を呑み込むと、真っ青になって会社を飛び出した。
周りにいた、上司や同僚達も、言葉を失った。
2年前に香が、心を擦り減らして、
半年間、静養した事はほぼ全員が知っている。
あの時は、彼女の父親だった。
更にその1年前には、兄も亡くしていると聞いている。
そして最後の1人、彼女の最愛の家族であり、
この辺りの誰もが良く知る男の、行方不明の報せに誰もが息を呑んだ。
それまでの、何処かのんびりした空気が一転、緊張感が張りつめた。


それは、僚があらかた船の整備も終え、
そろそろ家に帰ろうか、と思っていた時だった。
もう既に、港の周りにも真っ黒な低い雲が、垂れ込めていた。
今にも、雨が降り出しそうだ。
生温い、湿ったイヤな風が、吹き始めた。
長居は無用だ。
こういう時は、確実に波が荒くなる。
僚はもう1度だけ、繋留してあるロープを良く確認した。
大事な商売道具が、転覆でもしたら堪らない。
一旦そうなると、メンテナンスが非常に面倒臭いことになる。
無駄な経費も掛かる。
「リョウちゃんっっ!!」
僚に声を掛けてきたのは、1人の漁師仲間だった。
彼によれば、1人だけ海に出たきり、帰って来ない者がいると言う。
帰って来ない男は、僚よりも5つ年下の若い漁師だ。
僚と同じで、彼の父親もまた、漁師だ。
僚は小さく、チッと舌打ちすると、
先程、入念にチェックを入れたロープを解き、素早く船に乗り込んだ。
周りの誰もが、止める暇も無かった。


彼ぐらいの時は、誰しも丁度、己の腕を過信する頃だ。
男達は皆、初めの内は、恐々海と向き合う。
しかし、何度か正念場を乗り切る内に、
自分だけは大丈夫だ、と何処かで安易に考える。
僚に言わせれば、
正念場など、迎える事の無いようにするのが、一流だ。
危機管理も、仕事の内だ。
引く時は、引く。
所詮、自然のお零れを頂戴して、生業としているのだ。
自然の傘の下に於いて、決して驕ってはいけない。
話しを聞いて、僚の脳裏に真っ先に浮かんだモノは、彼の両親の顔だ。
あの歳で、自慢の跡取り息子を亡くしたら、
これから後、どうやって生きて行くというのだ。
僚はその悲しみを、誰よりも良く知っている。
「・・・チッ、バカが。」
僚はそう呟くと、嵐に向かって船を進めた。


香が港の事務所に着いた時、港では大騒ぎになっていた。
傘も差さずに走って来た、顔面蒼白でズブ濡れの香の姿を見て、
その場にいた全員が、息を呑んだ。
無線の前に立っている、1人の漁師に香が近付いた。
りょおは?
小さい、しかしハッキリと訊ねた香の声は、震えていた。
「・・・さっきまではね、繋がっていたんだけど・・・10分ぐらい前に、彼を無事保護して、今戻っている所だから、心配するな。って言葉を最後に、交信が途絶えて、それっきり・・・」
そう言った男は、香の目を真っ直ぐに見る事は出来なかった。
ココにいる全員が、
香にとって、僚がどれだけ大きな存在か、
海で家族を失う事が、どういう事か、嫌という程知っている。
この華奢で儚い両肩に、その重い記憶を背負ってしまっている、この娘に。
またそれ以上の試練を与えるのかと、
全員が、神を呪いたくなるような気分だった。


香はその言葉に、両脚の力が抜けて、立っていられなくなる感覚を覚えた。
今までに感じた事の無い程の、恐怖。
同じだ。
2年前の父の時と。
『すぐに戻るから、心配するな。』
そう言った父は、2年経った今も帰って来ない。
父が助けようとした、その仲間の漁師は、
数日後に、海上に浮かんでいるのを引き上げられた。
それなのに、父は未だに遺体さえ見付からない。
香は、そのままその場に崩れ落ちて、子供のように泣きじゃくった。
どうして?
なんで、僚なの?
なんで私を置いて、こんな日に海になんか出て行ったの?
言いたい事は、山ほどあるのに。
1つも言葉にはならなくて、全て涙になって流れ出した。
こんなの、酷いよ。りょう。
香は、愛しいその名を呼んだ。
「りょおっっ。」









「はぁ~~~い。」
数秒後、呑気な返事が聞こえた。
全員が、事務所の入り口を一斉に振り返った。
そこには、全身ビショ濡れの件の色男と、
騒動の張本人たる、年若い漁師が立っていた。
若い漁師は、シュンと項垂れ、目元には大きな青痣を作っている。
港から随分離れた沖合で、僚が転覆した一隻の漁船を発見した時、
彼はその船のすぐ傍で、辛うじて浮き輪に掴まり、真っ青になっていた。
僚の到着が、あと少し遅かったら、彼は確実に波に飲まれていただろう。
素早く彼を、自分の船の甲板に引き上げた僚は、
物も言わず、一発殴り付けたのだ。
そして一言、命を粗末にするな、と言った。


僚のあまりにも呑気な声音に、誰もが安堵した。
香の涙も、ピタリと止まり、僚を見上げた。
涙で視界がぼやけてはいたが、確かに僚だった。
僚も真っ直ぐに、小さく蹲った香だけを見つめた。
きっと、怖かったに違いない、震える細い肩。ビショ濡れの、制服姿。
そんな香を目の当たりにして、
僚は改めて、嵐の中から戻って来られた幸運に、心から感謝した。
親父が護ってくれていたと、僚は確かに感じていた。
「りょお」
香は大切なその名を、ポツリと呟くと、
まるで弾かれたように、僚の胸に飛び込んだ。
触れて確かめたかった。
今ココに、確かに僚がいる事を。
「あ~あ~、おまぁ、ビショ濡れじゃん。風邪引くぞ?」
そう言って、僚は香を優しく包むように、抱き締めた。
香は、鼻声の涙声で、
「僚の方こそ。」
と言って、笑った。
そんな香に、僚は軽くキスをして言った。
「香、今からすぐ、結婚するぞ。」
「は?」
キョトンとする香の手を引いて、僚は走ってその場を後にした。
思わぬ展開に、その場にいた全員が、数秒遅れで、
おおぉぉ~~~と、どよめいた。
その時には既にもう、その場に2人の姿は無かった。
ついさっきまでの、嵐の遭難騒動から一転、港は祝福ムードに包まれた。


風は殆ど収まっていたが、相変わらず降りしきる雨の中を、
2人の男女が、駆け抜けていく。
港から、徒歩5分の町役場まで。
途中、信用金庫の前も横切った。
香の心と、僚の安否を心配していた面々の目の前を、
その当人たちが、軽やかに駆け抜けていく。
手だけは、何があっても離さないと、しっかり繋いだまま。
香の制服も、僚のジーンズもビショ濡れで、
2人とも、靴の中までビチョビチョだ。
役場に着いた2人は、その場で婚姻届を提出して、めでたく夫婦となった。
途中、書類に記入しながら、香が気付いた。
「あ、今日6月1日だ。」
「ジューン・ブライドだな。」
僚はニッコリ笑うと、窓口の担当者の目の前で、香にキスをした。
まるで、誓いのキスのように。
ビショ濡れの、6月の花嫁は、この世で1番幸せそうに、微笑んだ。









港~町役場の辺りの件りは、
RCサクセション「June Bride」という曲から、
イメージを戴きました。

次回、いよいよ最終話でっす!!!

最終話 聖(精?)なる夜に、

6月の激しい雨の日に入籍した2人は、
その数日後、海の神様を祀った近所の神社で、ささやかな式を挙げた。
思えば、ファースト・キスから、1カ月と少々、驚異のスピード婚である。
2人は、夫婦であり、家族であり、恋人であり、兄妹のようでもある。
結婚して、何かが変わったようで、その実何も変わっていない。
ずっと、ラブラブだ。


香は、入籍から2カ月後に、信用金庫を退職した。
変則的な僚の生活リズムでは、平日どうしても擦違いがちになるのが、
香は、嫌だった。
少しでも、多くの時間を僚と共有したいと思ったのだ。
そして、港の水産加工場で、パートを始めた。
香が、そこで働きたいと言ったのだ。
パート仲間は、ほぼ全員が漁師の女房である。
そして、ほぼ全員が子供の頃からの、顔見知りである。
僚としても、同じ働くなら、ココだったら安全だと思った。
変な虫が、寄って来る心配も無い。


香にとっては、港での仕事は楽しい事ばかりだ。
元々、身体を動かすのは大好きだし、(信用金庫は、退屈過ぎたくらいだ。)
それに、僚の近くで働けるのがイイ。
僚が獲って来た魚を(勿論、他の漁師さん達のもだけど。)、
仕分けしたり、選別したり。
僚が身体を張って、お仕事をする。
そのお手伝いを、少しだけでも出来てるみたいで嬉しいのだ。
今までよりも、朝は早起きだ。
そのかわり、お昼は僚が迎えに来て、そのまま一緒に家に帰る。


一緒にご飯を食べて、
一緒にお風呂に入って、
一緒にベッドに潜り込む。
そして、一緒に眠る。
もっとも、ベッドに入ってから、眠るまでが長いんだけど。
日が沈んだら、眠って。
日の出とともに、起きる。(僚は、日の出前かな。)
まるで、野生動物のような、僚と香の生活。
それは、この上ない幸せだと、香は考えている。
この世で1番贅沢で、シンプルな愛の生活。


そして、あっという間に、入籍からもうすぐ半年になる。
あと1カ月で、今年も終わりだ。
思えば2人にとっては、大きな変化の1年だった。
まさか去年の今頃に、2人はこんな1年後は、予想出来なかった。
でもきっと、来年の今頃は、今年とあまり変わらないんじゃないかと思っている。
きっと、愛すべき坦々とした日々を、送っているんじゃないかと。
ずっと、ずっと、毎年そうであって欲しいと、2人は願っている。
いつまでも、ずっと傍にいて、愛し合う日々。
神社での結婚式が、功を奏したのか、僚が危険な目に遭う事は、あれ以来無い。


僚と香は数日前、クリスマスの話しをしていた。
その時、僚は香に、何か欲しいものは無いか聞いてみた。
子供の頃なら、お菓子の詰まった赤いブーツをあげれば、喜んでくれていた。
でも、今年は結婚して初めてのクリスマスだから、
何か記念になるモノをあげたかった。
それでも、一応は香のリクエストも無いか聞いてみたのだ。
香は少しだけ考えて、
『何にもいらない・・・けど。』
と言った。
『けど、何?』
楽しそうに問う僚に、
香は、頬を染めて恥ずかしそうに俯くと、小さな声で言った。
他には何もいらないケド、僚の赤ちゃんが欲しい・・・
僚は思いの外、攻撃力の強いその香の言葉を、頭の中で何度も思い返した。


思いも寄らない、斬新なリクエストだった。
少し前の香なら、カワイイお洋服や、新しい靴や、
オシャレなバッグが、大好きだった筈だ。
20歳そこそこの女の子なんて、みんなそんなモンだ。
香もいつも、親友の絵梨子とそんな話しで盛り上がっていた。
だから、もっとアクセサリーだとか、
そういうモノが欲しいんじゃないかと、僚は思っていた。
まさか、『赤ちゃん』が欲しいと、おねだりされるとは、僚は夢にも思わなかった。
OLを辞めて、港で働くようになってから、香は女房の先輩達から、
様々な情報を吹き込まれて、帰って来る。
細々とした節約のアイデアから、夜の夫婦生活の営みに関するアドバイスまで。
そして、それを楽しそうに僚に報告する。
正直、大きなお世話的なアドバイスが、大半だが。
そんな中で、子育ての話しをする彼女たちを見て、
香は、ひどく憧れを抱いているのだ。
いつか、自分も僚の赤ちゃんを、産んで育てたいと。
だから、僚に何か欲しいモノは無いかと訊かれた時、迷わず答えたのだ。
今一番、欲しいのは僚に良く似た、カワイイ赤ちゃんだ。
それ以外、香は何もいらない。


香の無邪気なおねだりから、10日。
僚は、船の上でボンヤリ考え事をしていた。
「・・・でもなぁ、こればっかりは、授かりモンだしなぁ。」
あれ以来、僚はよく考えている。
『赤ちゃん』
というプレゼントは、何も香だけのモノじゃない。
もしも、貰えるものならば、僚だって心底、欲しいと思い始めていた。
香に良く似た、カワイイ赤ちゃん。
それは、僚だって喉から手が出るほど欲しい、贈り物だ。
そして、初めて香を抱いた夜の事を思い出した。
そう言えばあの時僚は、不思議な事に子供が欲しいと直感的に感じた。
それでも僚に出来る事は、毎晩願いを込めて香を抱く事だけだ。
僚の心の中では今、『子作り強化月間』実施中である。
多分、香が妊娠するまで。


香が加工場での仕事を終えて、奥方連中と世間話をしていると、
いつものように、僚が迎えに来た。
香が様々な情報を入手するのも、いつもこの時間だ。
「香ちゃん、ダーリンがお迎えだよ。」
「新婚さんは、イイねぇ。うちにもこんな時が、あったんだけどねぇ。」
おばさま達は、口々に香を冷やかす。
香は、大概で慣れても良さそうなモンを、真っ赤になって照れている。
こんな風に、いつまでも無邪気でうぶな、
カワイイ娘のような香を構うのが、彼女たちは面白いのだ。
僚は、思わず苦笑すると、
「あんま、うちの子に入れ知恵せんでくださいよ?姉さん方。」
とくぎを刺す。半分は、本気だ。
「まぁ、人聞きの悪い。女房が、賢くならないと船乗りの嫁なんて、務まらないよ?亭主なんて、尻に敷いてナンボだよ。」
そう言った彼女の夫の顔を思い浮かべて、僚は心底同情した。
自分の嫁が、香でよかった、と僚は思う。
だけど彼女達にも、うぶな娘時代があったのだという事に、
まだ気付かない僚は、やはり若いのだ。


僚がまるで、香を抱くようにして、腰に手を廻して帰って行く後ろ姿を、
彼女達は、ニヤニヤして見送る。
歳の離れた、カワイイ嫁が大切でしょうがないのだろう。
彼女たちは、僚が悪ガキの頃から、色々と良く知っている。
僚の父親は、僚の腕白ぶりにホトホト手を焼いていた。
やっぱ、男手1つで育てたからかなぁ、と彼女たち相手によく愚痴ったモンだ。
「何か、最近リョウちゃん、早く子供が欲しくて堪んないらしいよ。」
そう言ったのは、この辺でも1番の子沢山の6児の母である。
彼女の言うには、先日夫(勿論、6児の父)が僚に誘われて、
飲みに行った時の事、珍しく泥酔した僚に、
「何食ったら、そんなにポコポコ、ガキが出来んだよ?」
と絡まれたらしい。
僚の目が完全に据わっていて、背筋に寒気が走ったと、
彼は後から、妻にしみじみと呟いた。
「なんか、コツがあるなら教えてやったらどうだい?」
「やぁねえ、ある訳ないでしょう?」
そう言って、彼女たちはカラカラと笑った。


僚の母親、
香の母親、
香の父親、
香の兄、
僚の父親、
これまで2人の家族は、次々と亡くなった。
さよならだけが、人生だった。
せめて2人だけは、お互いを置いて逝く事が無いように、
そう祈り続けて、生きてきた。
だけど、最近気が付いた。
とても、素敵な事実に。
家族は減るだけじゃないんだと。
作る事だって出来るという事に。
その事に気付いた2人は、今現在、一生懸命新しい家族を制作中だ。
まだ完成時期は、未定だが。


実はこの数週間後、
聖なる夜に、僚は見事『種付け』に成功するのだが、
今の所、それを知っているのは、神様だけである。


fin.












漁師パラレル『嫁に来ないか』、終了でっす!!
最後まで、お付き合い戴きまして、ありがとうございまっす m(_ _)m
なんか、今回はスコーンと突き抜けて、
色んな事、実現させちゃいました★★

きっと、原作世界のスイーパーなリョウちゃんには、
色々と難しいだろう、でもごく普通の家庭を築くという幸せ。
パラレルだったら、そんな夢も叶えられちゃうんだっっと、
今回はワタクシ、超楽しんで書き進めちゃいました。
何より、カオリンが幸せだったら、何でもアリのケシなのでっす!!

毎日、見に来て戴いた皆々様。
拍手や、コメントを沢山寄せて戴いた皆々様。
気が付くと、このお話しを書いている途中で、
拍手の総合計が、な、なんとっっ
1000を突破してました。
ブログを始めた1番最初は、
まさかこんなにも沢山の応援を戴けるなど、夢にも思っていませんでした。
これもひとえに、皆様方のお陰でございまっす!!!!

これからも、更新頑張りまっす。         ケシ

お題36. ばいばいまたね

21:15
僚が夜遊びに出掛けた。
ばいばい、りょう。また明日。
香が次に僚に逢えるのは、明日の昼前。
また今日も、2人の不毛な1日が、終わる。
そう思ったら、少し淋しくなって、
香は起きて、僚の帰りを待つ事にした。
名目上は、ツケを増やしてきた事への天誅。
でもね、りょう。ホントは、ばいばいするのが嫌なだけ。
寝る前にもう一度、僚の顔が見たいだけ。


21:18アパートの下で、
僚は灯りの点いたリビングを、見上げる。
ばいばい、かおり。また明日。
僚が次に香に逢えるのは、明日の昼前。
また今日も、夜の街に本音を隠す。
もしも運が良ければ、
寝る前にもう一度、香に逢える。
そのかわり、ズタボロにされるけど。
最強のお転婆と渡り合おうと思ったら、僚はいつでも命懸けだ。
そして更に運が良ければ、
待ち草臥れて、眠りこけた香に逢える。
その寝顔を独り占めして、抱き上げて、客間のベッドへ運ぶ。
それを期待して朝帰りする、30過ぎの男はちょっとだけ、情けない。




お互いに風呂から上がって、何の予定も無い夜。
翌朝のごはんの仕込みも、終わった香。
コレクションの本もDVDも、見飽きた僚。
好きなドラマもやって無いので、退屈な香。
飲みに行こうにも寒すぎて、外に出るのが面倒臭い僚。
あとは、寝るだけ。
ばいばい、おやすみ。また明日。
その一言を言ってしまえば、
2人が次に逢えるのは、明日の昼前。
2人とも、少しだけ淋しくて、物足りない。
だけど、それを言葉にするには、勇気が足りない。
だから、何とも思って無い振りで、おやすみのアイサツ。
おやすみ、りょう。
おやすみ、かおり。
また明日。


お節介で、野次馬な友人たちは、2人の事を。
1つ屋根の下に居ながら、焦れったい、と言うけれど。
同じアパートの、同じフロアに居ても、2人の距離は遥かに遠い。
一度、『おやすみ』を言ってしまえば、別の家に居るのと同じ事。
ばいばい。
おやすみ。おはよう。いただきます。ごちそうさま。おかえり。ただいま。
いつも、朝一番におはようが言いたくて。
いつも、ココへ帰って来て。
いつも、ココで出迎える。
だけど、
おやすみを言うのは、少しだけ切ない。


ベッド脇のサイドボードの上の、ケータイが着信を伝える。
こんな時間に誰だろうと、香は首を傾げる。
発光する画面に、『りょう』の文字。
思わず、香の口元に笑みが広がる。
それでも少しだけ、ぶっきら棒に電話に出る。
「何?」
「寝てた?」
「ん~ん。電気は消してたけど。何?」
「窓の外、見てみ。」
「窓?」
香は体を起こすと、ベッドの上に膝立ちになって、
カーテンの隙間から外を覗く。
「あ、雪。」
「どうりで寒い筈だな。」
「うん。」
2人はそれっきり言葉も無く、
雪の落ちて来る、濃紺の空をずっと見上げる。
話す事など何も無いけど、
2人はお互いに、通話終了のボタンは押せないでいる。
僚の隣で、雪を見たいなと、香は思う。
香と1つの布団にくるまって寝たいなと、僚は思う。
だけど2人は、思っている事のひと欠片も、言葉には出来ないでいる。


「ねぇ。」・「なぁ。」
2人が口を開いたのは、同時だった。
「どうした?」
「ううん、何でも無い。僚は?」
「うん、別に何も。」
「もう、寝るね。おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
通話終了。
もしも同時に重ならなかったら、香は。
『僚の部屋に、行ってもイイ?』と、訊こうと思っていた。
もしも同時に重ならなかったら、僚は。
『俺の部屋に、来いよ。』と、言おうと思っていた。
2人は、ギリギリの紙一重で、未だ迷っている最中だ。


1つ屋根の下。
僚と香を、冷たい雪から守ってくれる、屋根の下。
ばいばい。
おやすみ。
また明日。
2人は心の中で呟いて、そっと目を閉じる。








またもや、季節度外視のケシでっす!!!
もしかすると、
夏には、冬が。
冬には、夏が。きっと、恋しいのかもしれません。
無い物ねだりでっす♪

ここ暫く、甘いお話しを書いてた反動で、少し切な目。
甘いモノの後には、しょっぱいモノ。
しょっぱいモノの後には、甘いモノ。
際限ありまっせん♪

[ 2012/06/25 19:20 ] なんとなく100のお題 | TB(0) | CM(0)