新宿のジャジャ馬

夕暮れ時、オレンジ色の光が辺りを照らす、一日の内のほんの数十分。
新宿の薄暗いガード下の靴磨きと、その客になど 誰一人注意を払う事などない。

それはいっそ、薄汚れたコンクリートの壁に描かれた、落書きにも溶け込みそうな風景。
時間帯のせいか、場所柄か、人の流れは絶え間無く溢れ返ってはいるものの、澱み無い。
都会に生きる者の習性か、エチケットなのか、はたまた防衛本能か。通りを行く人間の目は、何も見てはいない。それぞれが、己に必要な情報だけを、ピックアップして目的地を目指す。

しかし、靴を手際よく手入れしていく年老いた靴磨きと、小さな椅子に窮屈そうに腰掛けた大柄な男にとって、むしろそれは、好都合である。
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[ 2012/04/14 23:05 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

ピース!!!

僚がまだ少年兵だった頃、オヤジは丸い缶に入った煙草を吸っていた。
僚はいつも、バニラの様な芳香のその紫煙の先を、見つめているオヤジが、何処か僚の知らない遠い景色を見ている様な気がしていた。オヤジの吸う、その煙草がほかの誰とも違っていた事は、僚にとって、幼少期の強烈な記憶である。

当時はその煙草が、遠い日本という島国の『平和』を願って名付けられた、煙草だなどという事は知らなかった。
ある時、僚はオヤジに聞いた事があった。その煙草は、何という銘柄なのかと。
オヤジは、小さく一言『peace』と答えた。
僚が、『piece?』と聞き返したら、オヤジは小さくヒッソリと笑いながら、
『違うよ、僚。欠片という意味では無くて、平和という意味さ。』と、教えてくれた。
しかし少年の僚には、その言葉の意味が、良く解らなかった。
『平和』という概念は、僚のそれまでの人生には、ひと欠片も存在しなかったから。
そんな僚にオヤジは、何も言わずただそっと微笑んだだけだった。
しかしその時の彼の目は、兵士としての鋭いモノでは無く、確かに息子を見つめる父親の瞳であった。

[ 2012/04/15 18:49 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

楽しい夕べに

※前半ちょびっとダークな僚ちゃんでっす。お気をつけて。


俺の生まれた国の夏が、こんなに暑いとは知らなかった。
地図上で見る限り、結構北の方に位置していたような記憶があったので、夏でも多少涼しいのかと思っていた。物心ついた時には、南米のジャングルのど真ん中に居たから、暑さには慣れているつもりだった。
でも、東京の暑さは、俺が全く経験した事の無い種類の暑さだった。
この国に着いた時、まるで違う惑星に来たみたいな錯覚を覚えた。
空気の濃度から、重力に至るまで何から何まで、全てが微妙に違って感じた。
俺がこの国で生まれたのが、本当の事なのかどうか良く解らなくなった気がする。勿論何の確証も無いから、もしかすると、日本人では無いのかもしれない。でも、そもそも俺は何人でも無い気がする。
強いて言えば、地球人だ。
新宿の街に落ち着いて、数ケ月が過ぎた。
俺の周りには、ゴキブリみたいなヤツばっかり寄って来て、依頼を受けて殺るターゲットは、ウジみたいなヤツばっかりだ。
ゴミ箱をひっくり返したみたいな街で、毎晩飲んだくれて、女を漁る俺はまぁ、
ドブネズミなんだけど。

依頼も無くてやる事も無い宵に、酒を飲むためにフラついているけれど、さっきから日本語と中国語と韓国語の洪水で、耳に障る。
酒を飲む前から、悪酔いしそうだ。
ここ数週間、誰ともまともに口を利いていない。
まぁ、それでも別に困らない。女を抱くのにゴチャゴチャぬかす必要も無い。
俺は自分の母国語よりも、むしろスペイン語や英語が懐かしい。
あの、スケベで気障のミックですら懐かしい。
俺はどうしてこの国に来てみようと思ったんだっけか?
特に何も考えていなかった気もするけど。
それでも、こうしてボッ~と人の波に紛れて、仕事帰りのサラリーマンを眺めていたりすると、フト思ったりする。
もし俺があの飛行機に乗って無くて、今も両親とこの国で暮らしていたなら、
俺もあんな風に、普通に働いて帰りに酒を飲むんだろうか?
仲間と楽しげに、笑いながら街を歩くんだろうか?
それは俺にとって、全く違う遠い星の出来事に思える。
俺の周りを、川の様に流れるこの人間全てが、近いようで遠い。空の上のあの星と同じぐらい、遠い。
それでも、もう少し涼しくなって秋になったら、ゴキブリ以外の友達ができねぇかなぁと思う。




「・・・・・暑い。」
ウトウトしていた。
リビングとベランダを隔てる、大きな掃出し窓は朝から全開だが、
そよ風すら吹かない。
しっかり者の相棒は、節約と称してエアコンを作動させる事を許可しないので、
夕方なのに、恐らく体感的には40℃を超えている。
何年経っても、この暑さには慣れる事が出来ない。
お陰で、随分昔の記憶が、気持ち悪いぐらいリアルな夢になって現れた。

「僚ぉ~~?支度できたぁ~~~?」
そう言って、香がリビングにやって来た。
「あ、また煙草吸ってるし。」
そう言いながら、俺の傍まで来ると、俺の髪に手を伸ばし梳かしはじめた。
「寝グセついてるよ。」
と小さく呟いて、ニッコリ笑う。
寝てたの?と、小さく首を傾げる香の質問は、あっさりスルーして、
「涼しそうだな。」
と本日の感想を述べる。
目の前の香は、紺地に赤い金魚の柄の浴衣を纏っている。
素直に、綺麗だなとは言えねぇけど、昔みたいに
「馬子にも衣装」
なんて言って、怒らせる事も無くなった。
一応、地味に進歩はしているのだ、この俺も。
「僚の浴衣も一応用意してるよ、着る?」
と言う香に、
「この次ね。」
と適当に答えておく。それでも、今日の香はご機嫌なので、
「次っていつ~~~?」
と言うフレーズに、色んな音程を付けて口ずさんでいる。
この場合、必ずしも俺の返事は必要無いみたいだ。
香のこんな様子は、子供みたいで可愛い。
当人に自覚は皆無だけど。

あれから暫くして、俺は本当にゴキブリ以外の友達を見つけた。
キラキラ光る星みたいな魂の持ち主は、外見的には、猫背で眼鏡をかけた冴えない地味な男だった。



浴衣の香と並んで、キャッツまでの通い慣れた道を歩く。
もうすぐ七夕なので、みんなで集まって星を見ましょうと言う、美樹ちゃんの提案はあくまで口実で。早い話が、酒を飲んで盛り上がれれば何でも良いと言うのが、俺たちの一致した見解。
「なぁ。」
「なぁに?」
「おまぁ、自分を動物に例えたら何だと思う?」
「なぁに、心理テストか何か?」
楽しげにそう言う香に、俺は自分でも何でそんな事を聞いたのか不思議に思う。
香は少し考えて、
「野良猫。」
とポツリと呟いた。
「それでね、僚は野良犬なの。」
と満面の笑みで付け足した。
「俺が?犬?」
そう問う俺に、
「うん。大きくて優しい野良犬。野良犬は優しいから、迷子になった馬鹿な野良猫を拾ってくれたの。それで、しゃあねぁなって言いながら、自分の寝床を半分空けてくれたの。」
そう言って香は、俺の腕に自分の腕を絡めて楽しそうに歩いている。
俺も思わず、笑顔になる。
少し前の俺は、こういう時どんな顔をして良いのか解らずに、仏頂面をした。
でも、最近は自然と笑えている気がする。

なぁ香、何年か前の俺は、ドブネズミだったんだぜ?
お前の兄貴が、初めての人間のトモダチで、俺がお前に初めて会った時、お前の事天使かなんかじゃねぇかって、思ったんだぜ?
俺にはお前が、キラキラ光るお星さまに見えるんだぜ?
でもお前が俺達の事、『野良猫と野良犬』だって言うんなら、そうなのかもしれないな。
俺の真実は、お前の言葉だけだから。
お前が俺を、野良犬だって言うのなら、きっとそうなんだろう。
お前は、とびきり可愛い野良猫で、俺はお前の忠犬だ。

「・・・暑いよ。」
そう言って、香の腕を解いた俺は、その代わりに手を繋いだ。
手を繋いで、野良犬と野良猫は、女狐や狼や狸やタコの待つ、キャッツへゆっくりと向かった。
今まで俺は、すっかり忘れてたけど、あの時の俺は多分淋しかったんだと思う。
あの時は、淋しいって言う言葉の意味すら解らなかったけれど。
「あっっ!!!」
香が突然、素っ頓狂な声を上げた。
「週末に神社の所で、縁日があるから、次は週末だね。」
週末には、2人で浴衣を着る事が決定した。










RCサクセション「忙しすぎたから」という、曲からイメージ致しました。
季節は無視です。
ワタクシの中で、カオリンは猫のイメージです。
一見可愛いケド、簡単にはなつかない。一筋縄ではいかない感じです。
リョウちゃんは、忠犬です。
[ 2012/04/22 22:42 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

太陽の当たる場所

今日は朝から凄くいい天気だから、家事がはかどった。
2人だけだから、洗濯物も毎日たくさんある訳じゃないんだけど、
やっぱり曇ってるより、晴れてる方が気持ちいい。
洗濯物の他にも、枕やクッションや、僚ちゃん人形も屋上に干してきた。
ここ数日、すっごく寒かったのに、今日はまるで春みたいに温かい。
駅に行った帰りに、公園の方まで足を延してみる。
依頼は無かったけど、
今日はなんかそんな事、別にどうでも良いかなって気分になれる。
いつもなら、キャッツに行くのが恒例なんだけど、
今日は何となく、外で過ごしていたい気分。
太陽が当たってポカポカしている、ナイスなベンチを見付けて、早速座る。
植木も芝生も、茶色く枯れちゃってるけど、
今日は空だけは、真っ青でどこまでも澄み渡っている。
新宿のど真ん中なんだけど、空気までいつもより美味しく感じる。
空を見ていたら、ふと、小さい頃兄貴に教えて貰った
『かげおくり』を、思い出した。
たしか、天気のいい良く晴れた昼間に、自分の影をジッと見る。
瞬きするのを我慢して、ゆっくり10まで数えたら、空を見上げる。
そしたらそこに、自分の影が浮かんで見える。
何だか自分が、本当に空に浮かんでいるみたいで、
小さい頃の私は、このかげおくりが大好きだった。
何より1人でも出来るし、大勢とも出来るのが凄くいいと思う。
私と兄貴は、大きくなってからも時々、2人で手を繋いでやった。
思い出したが、吉日。
私は早速、兄貴を思い出しながら、夢中でかげおくりをやった。




今朝の香は、あまり熱心に俺を起こしてはくれなかった。
いつもなら、俺がベッドから抜け出すまで、しつこく攻撃して来るクセに、
今日は何だか俺よりも、何か他の事で頭がいっぱいの様で、
おざなりに声を掛けて来るだけで、心此処にあらずだ。
多少、不満に感じた俺は、意地で起きなかった。
そして、香の気配が消えた頃に、リビングに下りてみると、
なるほど、納得である。
この数日真冬日が続いて、外に出るのも躊躇うほどの寒さだったのが、
今朝は一転、見事に晴れ渡り、昨日までが嘘みたいな、小春日和だ。
きっと香は朝から、洗濯だの、掃除だの、張り切るイベントが目白押しで、
飲んだくれのデクノボウの世話など、二の次なのだ。
まぁ、それならしょうがねぇ。
お天道様に恥じる生き方しかしていないこの俺が、
お天道様にヤキモチ妬いたところで、どうしようも無い。
飯でも食った方が、より建設的というもの。

飯を食って、シャワーを浴びたら、出掛ける支度をする。
別に今更、この晴天に嫉妬はしないケド、
いつもと違う静かな朝は、物足りない。
香が出掛けた時間から推察すると、今頃は伝言板の確認も済ませて、
キャッツでコーヒーを飲んでいる頃だろう。
まずは1発、香をからかう事から、俺の1日は始まるのだ。

そこにいると思って疑わずに赴いた先に、アイツの姿が無ければ、
がっかりするというモノで。
そんな事おくびにも出さず、美樹ちゃんを口説いてはみるモノの。
「冴羽さん、香さんが居るのと居ないので、全く気合の入れ方違うのね。私たちの前で、そういうポーズは必要ないわよ。」
と、軽く見透かされてしまう。
さすがは、伊集院夫人。並みの女ではないのだ。
極上のモッコリちゃんではあるが、こう見えて冴子と同じぐらい恐ろしいヒト。
本気で口説いたら、最期。
地獄を見る事ぐらい、この万年常春男の俺ですら、重々承知だ。
「香さんなら、まだ今日は来てないわよ?このお天気だから、お散歩でもしてるんじゃない?」
ニッコリ笑う美樹に、
「べっべっつにぃ~~~、アイツがどこに居ようと、俺にゃあ関係無ぇしぃ~?」
と、白々しいセリフを吐いてみるが。
「公園に行ってみたらどうかしら?ねぇ、ファルコン♪」
「そうだな。今日は、いい天気だからな。」
どうやら、俺の演技は完全にスルーらしい。
目当てのアイツが居ないキャッツに長々居ても、
要らぬ詮索を受けるのがオチだ。現段階でこそ、
ほのぼのとした喫茶店店主夫妻の仮面を被ってはいるが、
その実、コイツら2人揃って、香の最大にして最強の味方だからな。
逃げるに限る。
カップの中の、残り少ないコーヒーを一息にあおると、
代金を置いて、店を出た。
「ごっそーさん。」
そう言った俺に、海ちゃんと美樹ちゃんは、
笑いながら、何も言わずに手を振った。

何気なく街をプラプラしている体で、
実際は、油断なく香を探して彷徨う事、十数分。
予想通り、
公園のよく陽の当たるベンチに、お目当てのモッコリちゃんを見付ける。
猫みたいなヤツ。
俺とは真逆で寒がりだから、香は。
太陽の当たる場所を見付けるのが、上手だ。
遠目に観察していると、何やら中空のとある一点を凝視して、ボンヤリしている。
何か怖ぇ。
瞳孔開いてんじゃねえか?って、少し心配になったので、
傍に近寄って、声を掛けた。




私がかげおくりをしていたら、突然僚に声を掛けられた。
私が家を出て来たときは、僚はまだ寝てたから、少しだけビックリした。
「おまぁ、さっきから、一点を凝視してボッーとしてたケド、大丈夫か?なんか、怖ぇえぞ?」
なんて言う、僚を見てたら、少し可笑しくなってしまった。
「フフフ♪かげおくりしてたの。」
と答えるモノの、僚はキョトンとした表情で、
「何だそれ?何かの儀式か?」
と聞いてくるので、私は小さい頃に兄貴が教えてくれたように、僚に説明した。
「今日はすご~~く、いいお天気でしょ?だから、ものすごくハッキリと自分の影が空に浮かぶんだよ。」
そう言ったら、僚が目を細めて薄く笑った。
きっと、私の事、ガキだなって思ってるな。
そう思われる事は、時々すごくムカつくけど、今日みたいな日は全然平気。
だって、僚に比べれば、私はホントにガキだし。
僚の本当の歳なんて、誰にも解らないけれど、
私は勝手に、兄貴と同じぐらいだと思っているので、それならこうして、
たまには子ども扱いされるのも、嫌いじゃない。
それにさっきまで、兄貴の事思い出してたから、
ちょっぴり、兄貴と居るみたいな気分になる。
ベンチの隣に座った僚を、横目で見ると煙草を吸いながら、
足元の自分の影を、目を見開いて凝視している。
…何よ、自分もやってんじゃない、かげおくり。
思わず、笑みが零れてしまう。
いいお天気の日は、やっぱり幸せだ。
まだまだ陽が翳る事は無さそうだし、特にする事も無いし。
お金は相変わらず無いケド、時間だけは沢山あるので、私達は限り無く自由だ。
バッグの中から、読みかけの本を取り出す。
かずえさんに、借りたモノだ。
かずえさんは、頭が良くて物知りだから、面白い本を沢山教えてくれる。
ミックもよく、同じ様に色んな本を薦めてくれるけど、
ミックの読む本は、英語ばかりだから、残念ながら私には読めない。
かずえさんや僚なら、問題無いみたいだけど。
相変わらず、この本もとても面白い。
私はすぐに、本の世界に集中してしまった。
隣では珍しい事に、僚がナンパもしないで、ボンヤリと煙草を吸っている。




俺が声を掛けると、香は一瞬驚いて、すぐにニコニコと笑った。
よし、今日の香のご機嫌は上々だ。
俺が朝起きなかった事は、多分お咎めなしだな。
香の一点を凝視するという、謎の行動はどうやら、
”かげおくり”なるモノらしい。
その説明を聞いて、香に、
「それはな、単なる残像で、目の錯覚ってヤツだぞ。」
と言うのは簡単な事だけど、俺にはそれは言えない。
槇村が幼い香に、それを教えてやって、2人で楽しそうに遊ぶ姿が、
ありありと目に浮かぶ。
香の口から時々聞かされる、槇村と香の思い出は、
何故だか俺に、薄いココアを連想させる。
甘くて温かいんだけど、それは少し物悲しい。
あるいはそれは、ただの俺の、勝手な感傷なのかもしれない。
俺はこいつら兄妹の結末を知っているから。
お互いに、肩を寄せ合って生きてきた、その甘い温かい時間も、
たったの20年で、終わってしまった。
残されたのは、寒がりで淋しがりの猫みたいな、香だけだ。
俺が槇村と同じように、香に温かい場所を与えてやれているのかどうか、
甚だ疑問だ。
むしろ、俺の方が香の与えてくれるモノに、甘えている気がする。
俺の生きてきたこれまでを、誰とも分かち合う事が出来ないのと同じく、
槇村と香の20年もまた、俺には計り知れない。
今の香を創り上げた、その20年。
そこに唯一、絶対的に存在する槇村と言う男に、俺は激しく嫉妬してしまう。
羨望と憧れと嫉妬が綯交ぜになった、嫌らしい感情。
それでも俺は、俺でよかったと思う。
今このとき、生きて香の傍に寄り添って居られるのは、俺だから。
いつまでも香の一番傍に居て、香を守る事。
多分、槇村の望んでいた事はそれだから。
槇村が自分の手でそう出来なくなった、今となっては、
それは俺の役目だから。
そんな事を考えながら、俺は無意識にかげおくりに没頭していた。
恐るべし、かげおくり。
香はとっくに、かげおくりを終了して、何やら本の世界にトリップしている。
たまには、こんな風に過ごすのも悪くない。
もう暫くして、春が来たら、
また何度目かの、槇村の命日がやってくる。







RUFFYTUFFY「太陽の当たる場所」という曲から、イメージ致しました。
またしても、季節度外視。
ケシにとって、忘れられない命日がもうすぐやって来るので、
このお話を書きました。
何度、季節が巡っても忘れる事など無いのでしょう。

Requiescat in Pace
[ 2012/04/29 20:37 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

ひとつだけ

※ このお話は、デキ上がった2人のお話です。お好みじゃ無い方は、スルーでお願い致します。



3月も半ばを過ぎた頃、香から何か欲しいモノは無いかと聞かれた。
毎年の事だ。
3月26日は、アイツが俺に作ってくれた誕生日。
その次の週には、アイツの誕生日も控えている。
毎年、互いに
「何が欲しい?」と尋ねて、
「何でも良い。」と答えている。
本当に何でも良いのだ。アイツが選ぶモノなら何でも。


さっき僚に、誕生日プレゼントのリクエストが無いか聞いてみた。
何だか、毎年聞いているような気がする。
次の週には、私も誕生日なので、僚から
「お前の方こそ、何が欲しいんだよ?」と聞かれた。
これも毎年の事。結局、お互いに
「何でも良い。」が合言葉みたいになっている。
リクエストがあれば、確かに選ぶのはラクだけど、
もしかしたら、私達はお互いに、相手が何を選ぶのか、
密かに楽しみにしているのかもしれない。



壊れてしまった腕時計。黒い革のライダースジャケット。
シンプルなシルバーのジッポ。クラークスのワラビーブーツ。
夏の夜の露店で買ってくれた、安物のサングラス。
香が染めた、サイケデリックなタイダイ染めのTシャツ。
手編みのマフラー。僚の好きな、バーボン。
数え上げたら、キリが無い。
香が僚にくれたモノ。
値段もバラバラ、誕生日とは限らない。
何の時に貰ったのかも、よく分からないモノもある。

凄く温かいムートンのコート。シビラの幾何学模様のワンピース。
クリームイエローのネルのパジャマ。
香がずっと前から狙っていた、僚のお下がりの履き古したジーンズ。
ウールのタータンチェックのブランケット。
軽くて大きな、モヘアのストール。丸っこくて小さなハリネズミの置物。
僚が香にくれたモノ。
誕生日だけじゃない。何でも無い普通の日に、
「ホレ。」
って言って、ぶっきらぼうに、突然くれたりする。

2人にとって、これまでのお互いのプレゼントは、
自分では絶対に買わない様なモノ。
有っても、無くても別に困らないモノ。
だけど今では、2人だけのとても大切な宝物だ。
それはきっと、この世の中で最も贅沢で幸せな事だ。

それでも本当は、何にもいらないと思う。
僚のたった1つ願う事は、
自分の目の前で、香がいつまでも笑っていてくれる事。
香のたった1つ願う事は、
この世の中の悪い事の全てが、僚の身に降りかからない事。
ただ、それだけ。
お互いに生きて、一緒に誕生日を過ごす事。




6月初旬、もうそろそろ梅雨に入ろうかと言う頃、
ジメジメとして、スッキリしない日が続いている。
中途半端な雨が、シトシトと降る昼下がり。
リビングには、僚と香のジーンズと、
数枚のTシャツとタオルが部屋干しされている。
1台の扇風機が、それに一生懸命風を送り、乾燥の手助けをしている。
下着や靴下は、脱衣所に干してある。

僚はナンパには行かず、ソファに寝そべって新聞を読んでいる。
香は窓辺に座り込んで、外を眺めながら冷たい麦茶を飲んでいる。
「なぁ~~んか、楽しい事ないかなぁ。
            やだなぁ、雨ばっかし・・・。」
香は、誰に言うでもなく、そんな独り言を呟く。



楽しい事は、沢山ある。
夜の街で酒を飲んで、キレイなお姉ぇさん達とキャッキャと盛り上がる事。
楽しい事は、沢山ある。
キャッツで、美樹さんやかすみちゃんとガールズトークで盛り上がる事。
楽しい事は、
世界中の厳選された、エッチな雑誌をコレクションする事。
TVで見た初めての料理を、レシピを見ながら作ってみる事。
街中で見かけた、可愛くてノリのイイ子とお茶する事。
まるでゲーム感覚で、スーパーで1円でも安い買い物をする事。

それでも本当に、楽しい事は。
2人で一緒じゃないと、意味が無い。
2人でドライブする事。2人でTVを見る事。2人で散歩する事。
一緒にご飯を食べる事。眠る事。

「そんじゃ、楽しい事しよっか?」
そう言って起き上がった僚が、ニヤッと笑う。
「うん。」
香もそう言って、ソファに近付く。

唇が重なる。
軽く触れ合ったあと、見つめ合ってクスクス笑う。
僚が香を抱き締めて、柔らかな猫毛に顔をうずめる。
自分と同じシャンプーを使っている筈なのに、
不思議と甘く感じる、その香りを深く吸い込む。
抱き締められて香は、僚の胸板にペッタリと頬をくっ付ける。
Tシャツから立ち上る、僚の香りを嗅ぐ。
同じ柔軟剤の筈なのに、僚のTシャツからは、僚だけの匂いがする。
とても安心できる、温度と匂い。

しばらく、何度かキスを楽しんで、僚は香を抱き上げる。
階段を上がり、寝室へむかう。

この世の中で、一番楽しくて、幸せな事をする為に。












矢野顕子「ひとつだけ」という曲からイメージ致しました。
このお話は多分、一線超えて数年経ってます。
だって恋人同士になる前に、リョウちゃんがプレゼントなんて。
想像がつきません(笑)


[ 2012/05/04 23:30 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

イヤな男とイイ女

※ 2人は出来上がっております。そんな2人がお嫌いな方は、Uターンでお願い致します。女探偵、セツナス(´Åδ)



同業者夫妻が営む、喫茶店キャッツアイ。私は月に2~3度ほど、顔を出す。
ウチの隣の万年金欠カップルなんて、ほぼ毎日、数時間ソコで過ごしているのだから、それに比べれば私は特に常連というワケでも無い。
それでもここ暫く、足が遠のいていた。理由はカンタン。
件の金欠カップルと顔を合わせたくなかったから・・・・。

あれはいつだったか、今年のお花見(と言う名の酒盛)に誘われて、教授のお宅のお庭に集まってドンチャン騒ぎをした夜、私は知りたくなかった事実を知る事となった。
お互いこの世で1番大切なクセに、なかなか素直になれない僚と香さん。
それがこの数ケ月ほど、少しづつではあるが距離を縮めつつあるらしい、
という噂は姉貴やお節介な周囲の同業者連中から、チラホラ聞かされてはいたケド・・・。やっぱり、実際にそのラブラブ振りを目の当たりにすると、それなりにショックだった。

例年の公園や御苑でのお花見と違って、今年は趣向を変えて教授のお宅でのお花見(結構立派な桜の樹があるのよね)という気安さもあってか、いつもよりも酔っ払ってしまった香さん。その香さんを、何かと気に掛ける僚。
ミックやファルコンと調子よくおどけているケド、その実、香さんの事もさり気なく気遣っていて。これまでなら、それがたとえ香さんの気を引く為の行動だったにせよ、私達同席した女性陣に調子良く声を掛けていたクセに、今年はまるで人が変わったように、香さんを見詰めるのを隠そうともしない、僚がいた。
当の香さんは、そんな僚の熱い視線に気付いているのかどうか、楽しげにみんなと明るく盛り上がっていた。そして、元々あまりお酒に強くない彼女らしく、一番先に酔い潰れて眠ってしまった。
最も驚いたのは、そんな彼女を僚がずっと膝枕していた事。
自分のジャケットを着せ掛け、まわりと談笑しながらも、眠ってしまった香さんの髪の毛を愛おしげにずっと撫でていた。
そんな僚を見たのは初めてだったけど、伊集院夫妻やミック夫妻、教授、彼らに近しい人達は、みんな別段驚いた風でも無く、穏やかに過ごしていた。
その意味するところは、きっと私なんかの知らないとこで、2人はもうとっくにラブラブだったんだって事。改めて、その夜の事を思い返してみても、私と僚が交わした言葉らしい言葉は、最初の挨拶ぐらい。
そんな事がこれ程までに淋しいのかと、打ちのめされてしまった。
まわりに合わせて相槌を打ったり、笑顔を見せたりしてたケド、実際には何の話も耳には届いていなかった。


『香、おまぁ飲み過ぎだってば。明日、絶対二日酔いだな、こりゃ。』
『わっっ!!!ばかっ!!それ水じゃねぇっ、酒だって!ったく、しゃあねぇな~この酔っ払い!!』
『あーあー、寝ちまって。風邪引くだろぉ…』

『りょお!これ超おいしいよ♪かずえさんが作ったんだって。あ~~~んして?ホラ、あ~~~ん。』
『ねぇねぇ、りょお。この前ドライブの帰りに見付けたカフェ、あれ何処だっけ?美樹さんに教えたげよ~って言ってたじゃん?』
『酔っ払いじゃないもぉ~~ん!りょおのばかっっ。』
『フフフ、りょおだぁいすき♪』


どうして私はこんなにも、この2人の会話に耳をそば立てているんだろう。聞きたくなどないのに。

そして決定的だったのは、その夜その酒盛がお開きになった時、僚はまるで壊れ物でも扱うように、香さんを抱き上げて、教授のお宅の奥へと消えたのだ。
別に不思議ではない。2人は教授の身内みたいなモノだし。恐らく、教授のお宅で花見を計画した時から、2人でお泊りする事は、予定のうちだったのかもしれない。だけど、私は本当にショックだった。
そしてその事を、まるで当たり前の事のように振舞う周りの雰囲気に、この仲間内での私の居場所はまるで無くなってしまった様な、疎外感を覚えた。

それはとうの昔に判り切っていた筈なのに、あの2人の間に入り込む隙など無い事。いつ彼らが恋人同士として、私の目の前に居ても不思議では無かった筈なのに、それでもどこかで僚を諦めきれない私がいた。
香さんの手前のポーズだと、白々しいお芝居だと割り切っていたつもりでも、僚の優しいセリフや眼差しをどこかで期待している私がいた。
香さんにだけ、悪態をついたりからかっている僚を見て、優越感を感じていた。
違うのに、”香さんにだけ”ってところが、そもそも特別なのに。その何よりの証拠だったのに。まんまと勘違いしていた、間抜けな私がいた。
1人の淋しい部屋に帰って、私は泣いた。隣のアパートは当然ながら、誰も居ないので真っ暗だった。もし、私がその酒盛に出席しなければ、知る事は無かっただろう。でも私は知ってしまった。その夜、彼らが一緒に眠る事を。


カラァァアン
「あらぁ、随分お久しぶり。いらっしゃい、麗香さん。お仕事忙しかったの?」
と美樹さんに迎えられた。そして、
「こんにちは、麗香さん。ホントすごい久し振りな気がする~、良いなぁお仕事忙しいなんて、羨ましい!!!」
と香さんが、とびっきりの笑顔でそう言った。そんな2人に、私は曖昧に、
「えぇ、まぁ。お陰様で。」
と答えた。そりゃまぁ、冴羽商事に比べれば、ウチの事務所の方が断然忙しいけれど。でもたとえ、伝言板に依頼が無かったとしても、僚に依頼が無いワケでは無い事を、私は知っている。
あの僚が、彼女を路頭に迷わす事など、決してしない事を。
仕事が忙しい事なんて、ちっとも嬉しくない。私からしてみれば、僚に愛されて、大切にされている香さんの方が、よっぽど羨ましい。そして、こんな私の嫉妬心など香さんは、知らない。

それでも私は、純粋に友人の1人として、香さんの事が好きだ。
彼女には裏表が無い。
いつだって自分の事より、他人の事を思う。
物凄く美人でスタイルだって抜群なのに、その事をひけらかしたり、鼻にかけたりしない。というか、そういう自覚が無い。
大人の女性の魅力があって、子供のように純真で天真爛漫。
僚に愛されるだけの、魅力を持ったヒト。そして、誰よりも僚を想い、僚の為に涙を流してきたヒト。悔しいけど彼の隣を歩けるのは、この世で彼女だけなのだ。
私自身彼女に嫉妬してしまうと同時にまた、その嫌らしい感情をも彼女の笑顔が癒してくれる。不思議なヒト。
きっと、私が一生掛かっても敵わない相手。
だから激しく妬ましい反面、こうして美樹さんと彼女と3人で他愛も無い話をしているうちに、自然と心が穏やかになっていく。

そんな時、ふと私の視線は一点に釘付けになってしまった。
香さんが無意識に襟足の髪の毛に触れたその時、垣間見えた首筋に残る鮮やかなキスマーク。
彼女の真っ白な体にそんな印を残せるのは、勿論この世でただ1人、僚だけで。
私は思わず、あ、と声に出してしまった。
香さんはそんな私に、小首を傾げて瞳だけで、
(どうしたの?)
と問い掛ける。思わず私の悪戯心に火が点いてしまう。もしかしたら、
私も香さんに惚れているのかもしれない、そんな錯覚すら覚えてしまう。
気付いたら、私は次の瞬間、スツールから腰を浮かせて、彼女の首筋のキスマークにピタリと人差し指を当てていた。
「香さん、ここ。キスマーク見っけ♪」そう言って、ウィンクする。
人差し指で軽く触れただけなのに、私は胸が張り裂けそうだ。
そこが、僚の唇の触れた場所だからなのか、それとも香さんの綺麗な首筋だからか。きっと、その両方かもしれない。
それは嫉妬心では無く、まるで切ない恋心だ。
香さんは予想通り、今にも倒れそうなほど緊張して、真っ赤になると、
「あぁぁぁあの、ワタシ、夕飯のぉぉお買いものっ行かなきゃだった!!」
と言って、勢い良くキャッツを飛び出して行ってしまった。

そんな私達の遣り取りに、美樹さんは眉をハの字にして、溜息を吐いた。
「…もう、麗香さんたら意地悪なんだから…。お花見以来ね、ここに来るの。」
香さんの前では、決して触れなかった話題。美樹さんには、お見通し。
「なんだかんだ言って、あの2人幸せなのよ。麗香さんには申し訳無いケド、私は香さんが幸せになってくれる事が、一番嬉しいの。」
そう言って美樹さんが笑った。
「えぇ、私もね、すごく不思議なんだけど、香さんに激しく嫉妬しつつも、彼女が幸せじゃないと何だかすごく納得いかない気がするの。イコール私が失恋するんだけどね。」
言いながら私は、自然と笑っている事に気が付いた。
「ままならないわね、人生って。」
「えぇ、全く。」
やっぱり、美樹さんも私の大切な友達の1人だ。


その時、タイミングが良いのか悪いのか、香さんにキスマークを付けた張本人が現れた。
「ちわっ~、美樹ちゃん。いつものねぇ~」
僚はいつもの席に腰掛けると、
「よぉ、麗香。えらい久し振りじゃん?元気か?」
と私に声を掛ける。なによ、えらく爽やかじゃない。前の僚なら、

『麗香に会えなくてリョウちゃん淋しかったぁん♪モッコリしようぜ~♪』

なんて言ってたクセに。どことなく以前とは、雰囲気が違う。
「えぇ、元気よ。最近失恋したんだけど、すっかり立ち直ったわ。」
と、1番の微笑みでそう返す。私の精一杯の強がり。
「へぇ、麗香ほどの上玉を振るなんて、勿体無い事する男だな。」
僚も分かっているクセに、ワザと茶化す。憎たらしいオトコ。
「僚の方は順調みたいね。彼女の首筋に、これ見よがしなキスマークなんか付けちゃって。教えてあげたら、香さん真っ赤になって、慌てて帰っちゃった。悪い事しちゃった。」
そんな意地悪を言ってみても、当の僚は飄々としてて、ワザとらしく肩を竦めるだけ。
「香さんが気の毒だわ。何年も気のない振りで待たせた挙句、ひとたび想いが通じたと思ったら、今度はすっかり束縛しちゃって。」
本心では、私は僚にそんな事が言いたいんじゃないのに。可愛くない言葉が、口を吐いて出る。そんな私に、僚は哀しそうな顔をして、
「アイツがそう言った?俺に抱かれて全然幸せじゃないって?俺みたいな身勝手な男に惚れて後悔してるって?」
そんなはず無い。香さんが、そんな事思うワケが無い。
これは私の勝手な嫉妬。香さんの名前を出して、僚に嫌味を言っただけ。
ちっとも失恋から立ち直ってなんかいないの。
きっと僚は、そんな事お見通し。
私は悔しいケド、唇を噛んで首を横に振るしかない。
するとやっと僚が笑った。いつもの笑顔。そして、
「俺達の事はさぁ、俺達だけが解ってるんだ。俺が香の事を解っている。香が俺の事を解っていてくれている。それだけで充分なんだよ。」
そう言って、僚は静かにコーヒーを飲んだ。
暫く無言で煙草を吹かしていた僚が、ふと
「もうさ、やめたの。意味の無い悪い癖は。俺からしたらさ、イイ女に声を掛けるのは礼儀みたいなモンで、別に深い意味は無いワケ。アイサツだよ、ただの。でもそれで、アイツが泣くんならそんな事やめるのは、簡単な事だ。」
そう言って、深く吸い込んだ煙草のけむりを吐き出した。
正直、僚の言葉がグサグサ突き刺さる。
私が一喜一憂していた僚の言動に、深い意味なんか無い。
判っていたつもりの事実は、本人にこうもアッサリと言われると、涙も出ない。
きっと、僚の優しさだ。想いが残らない様に、自分の事になんか拘らずに、もっとまともな男を見付けろって、そう言ってくれているのよね?
イヤな男。でも、最高にイイ男。
「ホント、あなたってイヤな男。」
私がそう言うと、僚は煙草を咥えた口元をニヤリと歪めて、
「まぁ、今更だろ?否定はしねぇけど?」
と笑った。つい、つられて私も笑ってしまう。
「まぁ、私もイヤな女だけど。今まで散々、香さんにヤキモチ妬かせて、苛めた自覚はあるもの。だから、僚とはお互い様かな。香さんには、悪い事したけど。」
僚は肩を竦めると、
「別に、良いんじゃねぇ~のぉ?アイツあんまし気にしてねぇと思うケド?その程度の事。ほら、アイツ、イイ女だからさ。超心広いから。」
とこっちが照れてしまう様な、ノロケ発言を繰り出した。
結局私は大好きなのだ、僚の事も香さんの事も。
「そうね。私もそう思う。彼女が、イイ女だって事は、否定しないわ。」
今はまだ辛いけど、きっと近いうちに2人とは純粋に良い友達になれると思う。




その数日後、
新宿の雑踏の中で、香さんのハンマーによって盛大に潰される、件の色男を見掛けた。…えーと、悪い癖はもうやめるんじゃなかったの?
まっ、冴羽僚はいつまで経っても、冴羽僚ってことで。
でもそうやって、大事なヒトのご機嫌をとってるあなたも、充分魅力的よ。
悔しいケド。
もうすぐ、ジメジメした梅雨がやって来る。
私のこの、ジメジメとした未練も、雨と一緒にすっきり洗い流してしまおう♪
夏が来る前に。









リョウ サエバ。罪作りな男です。
でも、麗香ちゃんもかすみちゃんも、
その気になれば、彼氏位すぐ出来ちゃいます。
かぁいいから。
[ 2012/05/06 10:55 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

香ちゃんのアルバイト志願

それは何の変哲も無い、よく晴れた5月の AM11:00。
冴羽僚は、少し遅めの朝食をモクモクと食べていた。
傍らでは彼の相棒が、忙しなくあれこれと世話を焼いている。
僚の視線がふと、テーブルの上を彷徨ったかと思えば、
次の瞬間には、醤油さしが、スッと手渡され、
湯呑のお茶が空になったかと思えば、即座に注ぎ足される。
茶碗が空になって、僚がスッと差し出せば、
何も言わずとも、お替りが盛られる。
この一連の流れに、言葉は必要ない。
2人とも、まるでそれが当然の如く、淀み無く進んでゆく。
彼等を良く知る友人たちは、2人のこんな様子を、
『熟年夫婦』
と揶揄するが、当の本人たちにその自覚は皆無である。

こんな時間に、のんびり朝食を摂っているのは、彼だけで。
彼女に関しては、凄く早めの昼食である。
マイペースな彼等は、お互いの生活リズムの、
規則正しさと、不規則さを妥協する気は無いらしい。
槇村香は、毎朝7:30頃には朝食を済ませる。
実際には、そんなに早く起床する必要も無いと言えば、無いのだが、
自由業で且つ、いつも暇を持て余している彼等にしてみれば、
一旦自堕落な生活リズムを身に付けてしまえば、
際限なくダラけてしまいそうで、根が生真面目な彼女は、
そうなってしまう事を、極端に怯えている。
早起きをすれば、そのついでに家の中の用事もサッサと済ませられるし、
午後からは、自分の時間を自由に過ごせる。
怠惰な相棒に合わせていたら、1日何時間あっても足りない。

テーブルの上には、およそ朝食もしくは、昼食とは思えない程の量の
メニューが並んでいる。
しかし冴羽家では、さして珍しくも無い風景である。
至って普通の兄と、2人暮らしだった香は、
最初のうちこそ、僚のその異常なまでの食欲にゲンナリさせられたモノの、
この数年、生活を共にしている間に、すっかり慣れてしまい、
今ではむしろ、食欲の無い僚など考えられない。
なにしろ、たとえ風邪で寝込んでも、食欲だけは旺盛なのだ。
きっと、代謝が良すぎるのだろう。
廃車寸前のアメ車並みに、燃費が悪いのだ。
香は呆れるのを通り越して、少し同情してしまう。
このエコの時代に、因果な性質である。

香が食事を終えても、僚はまだ新聞を読みながら、旨そうに食事中だ。
食後のコーヒーの為に、香が棚からミルを取り出しながら、
言いにくい事なのか、言葉を選びながら何事か切り出そうとしている。
そんな香の様子を、僚は勿論気付いていないワケは無いが、
手助けする気は無い。
香が言いにくい事、イコール僚には都合の悪い事なのだ、きっと。
墓穴を掘るのは、真っ平御免である。
暫し、2人の間に重い沈黙と、ゴリゴリと豆を挽く音だけが流れる。
「・・・あ、あのさぁ、僚。」
「ん~?何だよ?」 (キタッ~~~~~!!!何言われんの?俺。)
・・・・・・・沈黙。   (っんだょっっ!! 早く言えよ!!!)
「ん~、あのね、2週間だけアルバイトしても良い?」
香には言えない後ろ暗い色々を、頭の中でグルグルと予測していた僚にとって、
それは、青天の霹靂とも言える、言葉であった。
思わずポカンとして脱力する僚に、香は首を傾げながらも、
「ねぇ、僚?聞いてる?僚には迷惑掛けないから、家の事もちゃんとやるし。」
ダメ?と、僚の顔色を窺うように尋ねる、甘えた表情の香に、
僚の頬は一瞬緩みそうになるが、すんでの所で、
僚は気を引き締め、平静を装おう。

「あぁ?バイト?何で、また。 キャッツか?」
2人の限られた世界の中で、香がバイトしたいなどと言い出すのなら、
アソコぐらいか?と思う僚だったが、それは全く予想だにしない事だった。
「うぅん。違くて、一応依頼なんだけど・・・」
「は?伝言板にバイトの求人でも書いてあったか?」
香は、首を横に振ると、
「うぅん。チラシの方。」と言った。
あの、
『何でもやります。
 XYZ印の冴羽商事』

のあれである。
(~~~はぁっっ=З、ウチは何でも屋じゃねぇっつうの)
僚は、ヤレヤレと苦笑しながら、
「ふ~ん。あんなモンでも、一応撒いときゃ、読むヤツもいるんだな。」
そう言うと、香は
「失礼だな!!!アタシはいっつも、そのつもりで配ってるわよ!!!」
プゥッと唇を尖らせて、拗ねている。
僚は眉をハの字に下げて、
「まぁまぁ、香チャン。拗ねない、拗ねない。で?どういう事?」
香を宥めつつ、先を促す。
「うん、それがね・・・・・



香の説明によれば、依頼人、井上(36歳、男、既婚)は、
新宿から3駅ほど離れた所で、妻と2人でペットショップを経営している。
その妻は、現在妊娠中で出産間近である。
先のゴールデンウィークに、実家に帰省した流れで、
そのまま里帰り出産の為に、故郷に戻った妻。
残された井上は、今現在1人で店を切盛りしている。
仕事自体は、それ程忙しいワケでも無いのだが、
なんせ、生き物しかも幼体相手なので、店を全くのカラにする訳にはいかない。
これから数ケ月、乳飲み子を抱えて、妻が以前通りに働くのは、
なかなか難しい事は、初めから解っていた事なので、
夫妻は早めにアルバイトを募集していたのだが、応募者が現れる事も無く、
月日だけが刻々と流れ、妻の出産ももう目前なのだ。
そんな折、待望の応募者が現れた。
しかもその青年は、以前から動物に関わる仕事を探していたという、
大の動物好きで、夫妻も大歓迎だったのだが、
どうしても前職の引継ぎの事情により、2週間後からしか出勤できないのだ。
もしかしたら、というギリギリのタイミングで、
出産日の方が早くなるかも知れず、立ち合いを楽しみにしていた井上は、
半ば、諦めていた。
初めての我が子の誕生に、立ち合いたいのは山々だが、
それと同じぐらい愛情を注いでいる、仔犬や仔猫達の事を考えると、
やむを得ないと、思っていた。
そんな井上が、私用で新宿へ立ち寄った時に、
手にしたのが香の配るビラだった。
『何でもやります』
その一文に、光明を見出した井上は、迷う事無く、
『冴羽商事』
なる会社へ連絡をした。一縷の望みを託して。




「…んで、その2週間の間だけでも、手伝って欲しいと。」
「うん。で、もし赤ちゃん生まれそうになったら、井上さんも急いで奥さんの所に行きたいから、その間ペットちゃん達の世話を任せたいんだって。主な仕事は、定期的なエサやミルクのお世話と、ケージの掃除とかだって。」
そう言って、香はニンマリと笑う。
香のその笑顔の意味が読めずに、僚は怪訝な表情で、
「なぁに、ニヤついてんだょ?おまぁ。」
と尋ねる。
僚は正直、面白くない。依頼人が、男だからだ。
最近の僚は、女でさえあれば、依頼人が美女であろうが、
普通の女であろうが、ハッキリ言ってどうでも良い。
一応、社交辞令として、1度は口説いたりもするが落とす気はサラサラ無い。
しかしながら男だけは、男の依頼人だけはやはり気に食わない。
誰しも自分の女(モノ)を、厭らしい目でニタニタと見られたり、
馴れ馴れしく話し掛けられて、気分が良いワケが無いだろ?と、僚は思う。
たとえ香本人が、一切気にしていなくても、僚は気にするのだ。

いくら依頼主が既婚者で、身重の妻がいて、ラブラブだったとしても、
男は男だ。
1日中、香と2人きり狭い店内で、仲良く生き物のお世話などさせられるか。
それが僚の本音である。
香が1人でバイトをしている間1日中、陰からコッソリ、
野獣(井上)とか、
野獣(男性客)とか、
野獣(仔犬オス、仔猫オスなど)から、香を監視しないといけないと思うと、
(否、するもしないも、僚の勝手なのだが)正直、辟易する。
何としても、もっともらしい理由を付けて、
この依頼を断る事が出来ないモノか、僚は思案していた。
そんな僚の思惑など知る由も無い、天真爛漫な相棒は、
思わずニヤついてしまう、その理由を楽しげに話し始めた。
「それがね、井上さんお店抜けられないって言うから、昨日はお話を聞く為に、そのお店に行ってみたんだけど、超かわいいの♪♪♪ すんごい小っちゃいウサギの赤ちゃんがいて、ふわっふわで、超やわらかくて、モフモフなの♪♪♪」
やはり、と僚は思う。そんな事ったろうと。
可愛い生き物をモフモフした上に、バイト代まで貰える。
香にしてみれば、この上なく好条件のバイトである。
超ノリノリのヤル気満々である。
きっと昨日から半日近く、早いとこ僚に報告したかったのであろう。
一旦、話し出したかと思うと、堰を切ったように次々と、
その小動物たちがいかに可愛かったかという事を、楽しげに語っている。
「…でねぇ、仔猫はね、3頭身ぐらいだから、頭が大きくて重たいの…」
一体、コイツは何を言っているのだろうと、不思議に思いながら、
僚は口を開く。
「なぁ、香。」
「ん?なぁに?」
(ヤ、ヤバイッ!!すっげぇ楽しそうじゃねぇか?コイツ。そんな香に、俺止めとけって言えるのか?)
しかし、罪悪感と嫉妬を天秤にかけた末、
軍配が上がったのは、嫉妬と独占欲だった。
僚は心を鬼にして、至極真面目な表情(勿論、演技)で、香を見詰める。
「おまぁな、可愛いからって、遊び半分でやりたいんじゃないのか?いくら可愛くても、相手は生き物だぞ?責任重大だぞ?」
勿論、98%位は、タテマエである。
そんな僚の言葉に、香は一瞬考え込んでしまう。
でも、と香は思う。
勿論、遊び半分なんかじゃ無いケド、今回の依頼は危険な事も無いし、
井上さんだって凄く喜んでくれて、時給だって弾んでくれるって言ってたし。
シティーハンターって事を抜きにして考えれば、
香だって、立派な一人前の大人なのだ。
ただの職業として考えた場合に、自分にだって出来ると思ったのだ。
僚に頼らなくても、自分の力だけで出来る仕事をやってみたかっただけなのに、
僚のバカ、意地悪。
香は、胸の中だけでそう呟いて、
「でも・・・」
と唇を尖らせる。
「でも何だよ?」
と僚も答える。
「でも、井上さん言ったもん!ココで働けば、思う存分モフモフ出来ますよって!!井上さんだって、毎日モフモフしてるって言ってたよ?別に遊び半分じゃ無いもん!!!」
当の店主がそんな事を言ったのであれば、僚が正攻法で攻めてみても、
説得力に欠けるというモノである。
僚は次の一手を、驚異的なスピードで脳内で模索する。
「あぁ~、でも、あれだ。アイツらはなぁ、一見可愛くてもなぁ、自分の気に食わねぇ事があったら、噛み付いたり、引掻いたりするんだぞ?それに意外と臭ぇぞ?シッコとか、ウンコの世話もすんだぞ?ばっちぃぞ?おまぁ、ばっちぃの嫌いだろ?」
そんな事を言う僚に、香はフフンと鼻で笑う。
「知ってるよ、そんな事。小学生じゃないんだから。それに匂いの事言うんなら、大酒呑んだ次の日の朝のアンタの寝室の方が、よっぽど臭いわよ。」
そんな傷付くような事を、シレッと言われて、僚は思わず泣きそうになった。
今回に関しては、香も一歩も譲らない構えだ。
「それに、井上さんもホントに困ってるんだから。初めての赤ちゃんなのに、立ち合い出来ないって、凄く悲しそうだったんだから!!」
僚も香も、お互い一歩も引かず、暫し睨み合う事、数十秒。
香は何か重大な事に気付いたのか、ハッと息を呑むと、
口元を手で押さえた。
「り、僚、・・・アンタ、まさか・・・。自分がモフモフしたいんじゃないの?可愛いウサギさんに!!!ヤダよっっ。絶対、譲んないんだから!!このバイト、絶対絶対絶対私がやりたいのぉ~~~」
涙目でそんな的外れな事を思い付く相棒に、
もはや冴羽僚は、脱力して苦笑するしか無い。

馬鹿か!!お前はっっ。
俺は、犬猫とモフモフする暇があったら、
お前と、モッコリしたいんだよっっ。


冴羽僚の心の叫びではあるが、
しかし勿論、この男がそんな事を堂々と宣言出来る筈も無く、
口を吐いて出た、力の無い言葉は、

「ハハハ、やりたきゃやれば良いんでねぇの?」

という、何とも情けないモノだった。完敗である。
この際、僚が切に願う事は、その店をしっかり監視出来て、尚且つ、
贅沢を言えば、屋根があるイイ感じの場所が、
近くにあると良いなという事だけである。


香がバイトに通い始めて、10日ほど経った頃、
夕飯の食卓で、香は満面の笑みで僚に言った。
バイト代が入ったら、
僚に発泡酒じゃない、本物のビールを買ってあげると。

約束ね♪

そう言って、僚の小指に自分の小指を絡めると、
楽しそうに、指切りげんまんの唄を歌った。
この依頼での、僚の唯一の報酬は、香のこの楽しげな笑顔だけだった。










え~、ワタクシのイメージでは、
香チャンは、犬猫にモテるんじゃないかなぁって気がします。
アニメの、CH1の中に、未亡人の話があって、
彼女のお屋敷の番犬の、獰猛なドーベルマンが、
香チャンに異常に懐いていたのが、印象的です。
獰猛なヤツを手懐けるのは、すごく上手そう。









[ 2012/05/09 18:57 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

14番目の月

10日程掛かった依頼の帰り道。
僚の運転する、ミニクーパーの助手席。
香はその窓から、丸くて黄色い大きな月を見上げた。
明日の晩が、満月だ。
端っこの方が少しだけ足りない、
限り無く円に近い、お月様。14番目の月。
まるで、私達みたい。と、香は心の中だけで、小さく呟く。

依頼人は、若くて綺麗な女性だった。
いつも通り、僚は彼女に鼻の下を伸ばし、
いつも通り、香は僚に制裁を加えた。
いつも通り、依頼人は僚に惚れ、
僚はまるで何事も無かったように、
いつも通り、彼女を自宅まで送り届けた。

全てがいつも通り。
でもどうして、こんなに切ないんだろう。と、香は思う。
また明日から、全てがいつもと同じ。
2人の退屈で、愛すべき日常がやって来て、何もかもがオールOK。
メデタシ、メデタシ。
なのに、油断をすると涙が零れそう。

このギリギリのいつも通りを、
たとえば、少しだけ壊したら、どうなってしまうだろう?
この今の絶妙な距離を、少しだけ縮めて僚に近づいたら。
そっと、その頬に触れたら。
あの大きくて温かい手に触れたら。
きっと全てが、水の泡のように消えてしまう。
満月だって、たった1晩で、次の夜から少しづつ欠けてゆく。
2人の儚いギリギリの日常なんて、
そんな満月よりも、きっともっと脆い。
2人のいつもの日常は、ギリギリの表面張力で成り立っている。
そこに一滴でも涙を落とせば、
途端に溢れ出てしまう、色んな感情が。




浴びるほど、酒を飲んだ帰り道。
アパートの表の扉を開ける、その瞬間。
僚はふと、夜空を見上げる。
黄色い大きな月が浮かんでいる。
明日は、満月だ。
少しだけ欠けた、14番目の月。
まるで、俺達みたいだ。と、僚は口元だけ歪めて薄く嗤う。
愛しいと思う。
大切だと思う。
失いたくない、心底思う。
だけど、どうする事も出来ない。
こんな自分が手に入れても良い女だとは、到底思えない。

もしも、あの瑞々しい唇に触れる事が出来たなら。
あの華奢でしなやかな身体を、掻き抱く事が出来たなら。
きっと、今までの2人の世界は、崩壊する。
生ぬるい、ほの甘い、居心地の良い真綿のような日常。
その甘露のような幸せを、今更手放す事など不可能だ。
僚はその先の事を、
夢想こそすれど、狡賢い天秤に懸けて、
今はただ甘やかな日常に、溺れている。
まるで、この月のように、大切な最後の1つが欠けている。

愛している。

たった1つ、その真実が。




風呂上がりの香が、ベランダに続く大きな掃き出し窓に凭れて外を眺めている。
リビングの灯りは消したまま。
薄いグレイの、たっぷりとギャザーの入った、
甘やかなワンピースを、身に纏っている。
スリッパを履いていない足元は、素足だ。
首元の大きなリボンで留まった、その軽やかな布地は、
背中が大きく開いている。
滑らかな、真っ白なその背中には、
無粋なストラップなどは、何も無く。
僚はその光景に、思わず頬を緩める。
僚自身、つい今しがた、シャワーを浴びてココに来たばかりで、
手にはビールを持っている。
よく見ると、香の襟足はまだ少し湿っていて、
柔かな癖毛が、くるんと小さくカールしている。

僚はそっと香に近付くと、
その綺麗な背中に、ピタッとビールの缶を押し当てる。
香は小さく、
「ひゃあっっ!」
と悲鳴を上げ僚の方を振り向くと、小さく唇を尖らせる。
「もぉっ!! ビックリしたっ。僚のイジワル。」
しかし、言葉とは裏腹に、その瞳は楽しそうに笑っている。
僚は香の隣に並ぶと、ビールのプルタブを開け、ひと口啜る。
そして片手で、香の細い腰を抱き寄せる。
香はされるがままに、僚に身体を預ける。

「何、見てんの?」
そう問う僚に、香は、
「お月様。」
と、ぽつりと呟く。
僚も空を見上げれば、満月の1つ手前の、14番目の月。
「切ないよね。このお月様が、1番。」
そう言って、ぼんやりと空を見上げる香を、
僚はビールを飲みながら、ぼんやりと見つめる。
多くを語る事はなくても、
僚にもその言葉の意味が、痛いほどよく解かる。
香とのこの数年の暮らしの中で、
何度も見上げたその月に、何度2人の関係を重ねただろう。

ただ怖かった。
満月のように、頂点まで飽和して、
そしていづれまた、欠けていく事が。
だけど、もう知っている。
また、一巡りすれば満ちる事を。
あれはただの影で、本当には月が欠ける事など無い事を。
2人とも、心の中の弱い、暗い影に怯えていた。
闇夜が怖いと怯える、臆病な弱虫だった。
月は、いつでもそこにあったのに。

僚は香に、そっと口付ける。
今はもう、それが2人にも解かっている。
月は欠ける事は無いし、2人が離れてしまう事も無い。
「ふふふ、ビールと歯磨き粉の味がする。」
そう言って笑う香を抱き上げて、僚は寝室へ向かう。

大切な最後のピースが嵌った時から、2人の幸せな時間が流れ始めた。
確かに2人の世界は壊れたけれど、
新しい世界は、もっと甘く、もっと温かいものになって、
今、僚を甘やかしている。

窓の外には、14番目の月が浮かんでいる。








荒井由実「14番目の月」という曲から、イメージ致しました。
この曲は、切なくて可愛くて、原作のカオリンのイメージです。
でも、最終的には幸せな結末の2人であって欲しいです。


[ 2012/05/24 14:00 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

無い物ねだりのミューズ

槇村香は、小さく1つ溜息を吐いた。
物憂げな視線の先には、相棒である“新宿の種馬”こと、冴羽僚が、
今回の依頼人、中村佐和子に鼻の下を伸ばして、擦り寄っている姿がある。
しかしこの際、香の嘆きはこの僚の一連の行動に対するモノでは無い。
それに関しては、いつもの事であり、
殆ど冴羽商事の恒例行事と言っても過言では無い。

僚は馴れ馴れしく佐和子の手を取って、
その容姿や内面の美しさを褒めちぎっている。
しかしその程度の事は全然、香の許容範囲であり、実際、
僚が先程から述べている通り、彼女は美しく聡明で、心優しい女性である。
その点に於いて、香も僚に異論を唱えるつもりは、毛頭無い。

それに、
以前の僚と、今の僚では決定的に違う事が、1つだけある。
以前のように、香を傷付ける言葉は、決して言わなくなった。
たとえ超美人の依頼人であっても、前みたいに香と比べたりして、
からかうなどという事も無くなった。
1つには、2人の関係が大幅に進展した事が、大きな原因であろう。
今では、自他共に認める、恋人関係である。
今にして思えば、あの頃の僚の態度は、
不器用な男の精一杯の強がりであったのだと、さすがの香にももう解る。
「あぁ、なんだ。僚ってば、構って欲しかったのね。」
今ならば、香も素直にそう思う事が出来る。
むしろ、その事に気が付いてからは、
彼の普段とは違って、意外と子供じみたそんな一面ですら、
愛おしく思えるから、不思議である。
長年の苦い思い出も、そうやって1つモノの見方を変えただけで、
今では甘い痛みを伴った、2人の大切な絆だと胸を張って誇れる。

それでは、香のこの晴れない心のモヤモヤは、一体何なのかと言えば、
彼女自身の心の内に巣食う『コンプレックス』によるモノである。
元来、香は明るく前向きな性質である。
彼女の日常生活に於いては、悩みの種など、それこそ星の数ほどある。
けれど、それを笑い飛ばして、蹴散らす程度には、精神的な強さも持ち合わせている。
しかし、ことコンプレックスという事に関しては、
さすがの彼女も、お手上げ状態だ。
一旦、心の奥で目覚めたコンプレックスの小さな芽は、
そう簡単には、眠ってくれなくて。
そんなネガティブな感情に、誰より香自身が、ホトホトうんざりしているのだ。
こんな事はしかし、誰にでもある心の働きで。
気持ちを上手く切り替える事は、頭では解っていても、そう易しい事では無い。

視線の先にいる彼女は、僚の褒め言葉に頬を染めながらも、素直に礼を言い、
僚のくだらないジョーク1つにも、コロコロと笑っている。
彼女は小柄で華奢であり、しかしその割には、豊かな曲線を描くしなやかなスタイル。艶やかなロングヘアーは、サラサラとまるで絹糸の様である。
その女性らしい美しさに、同性の香から見ても、思わず溜息が漏れてしまう。

それに引き換え自分は、と香は思う。
幼い頃から、背の順で整列させられる事が、ひどく恥ずかしかった。
中学・高校時代の初詣では、毎年のように、
「今年こそは、成長が止まりますように。」
と、一心に手を合わせた。
無情にも、その願いが叶えられる事は無かったけれど。
牛乳や小魚は、兄に不審がられない程度に、極力控えた。
今思えば微笑ましいのだが、胸の大きなクラスメートに憧れ、
少し太ったら良いかもと、ご飯を沢山食べてみたりもした。
それでも代謝が良すぎるのか、体質か。
太るどころか、胸だってペタンコのままだった。
しかしどういうワケか、縦方向にばかり、
すくすくヒョロヒョロと大きくなってしまった。
20代も半ばになるというのに、今でも食事を1食でも抜こうもんなら、
すぐに体重が落ちてしまう。
冴羽家に於いて、燃費が悪いのは、何も僚に限った事では無いようだ。

香は、女性らしいふっくらとした美しさには、とても憧れてしまうのだ。
もしも自分が、
もう少し小柄だったら、女の子らしく見えるのではないか。
こんなヒョロヒョロの痩せっぽちじゃ無くて、
もう少し起伏のある体のラインならば、僚の好きなセクシーなオネェさん風にもなれるのではないか。
こんな寝グセみたいな、クリンクリンの癖毛じゃなくて、
つやつやのうっとりするような、手触りの髪の毛だったら。
香が憧れるのはいつも、自分とは正反対のタイプなのだ。
勿論、こんな事を考えても無駄な事は、香とて重々承知である。
すくすくと育ったこの身長が、縮む事など有り得ない。
フニャフニャでこしの無い、猫毛の癖毛も、今更どうなるモノでも無い。
・・・でも、と香は思う。

せめてもう少し、おっぱいが大きくならないかぁ~~~、と。

別に香自身にしてみれば、今更胸のサイズが1~2カップ違った所で、
なんら人生が大きく変わるワケでもないけれど、
でもきっと、僚は喜んでくれるんじゃないかなぁ・・・・
と、ここまで考えた所で、
香は1人、真っ赤になって頭から湯気を噴出した。
(や、やだ。私ったら、真っ昼間から何てこと考えてるのよっっ、バカバカ//)
そんな自分自身の考えに、そろそろ自己嫌悪もピークに達した所で、
香は少し頭を冷やそうと、
そろそろ乾く頃であろう洗濯物を取り込むべく、1人屋上へと向かった。

そんな香の一部始終を、
僚は先程から、佐和子と会話をしながらも、眼の端で観察していた。
1人、ションボリ肩を落としてみたり、
眉間に皺を寄せ、遠い目をしてみたり、
恐らくは悩んでも仕方の無い事を、1人悶々と考え込み、
最終的には、妙に真っ赤な顔をして、焦りながらリビングを後にした。

忙しいヤツ。

僚は内心苦笑しながらも、こんな時己と香が、
別々の脳ミソを持った、別々の人間である事に非常にもどかしさを覚えてしまう。
香の考えている事、丸ごと全部知りたいと思う。
きっと、僚からしてみれば、取るに足らない些細な事を、
1人で一生懸命、真剣に考えているに違いない。
それすら可愛い、と思っている事を、僚は香に伝える術を持たない。
所詮、別の体を持った、別の人間同士。
想いを伝えるには、言葉という不完全なツールしか持っていない。
そして、そのツールは発信しない事には伝わらないし、
発信した所で、その想いの100分の1も伝わらない。
それが僚はいつも、ひどくじれったいと思っている。




そんな事があった数日後、
香と佐和子は、屋上で2人洗濯物を干していた。
その日は日曜日で、佐和子の仕事も休みである。
休みの日くらいゆっくりしてて下さい、と言う香だったが、
「お2人には、お世話になっているので、お手伝いくらいさせて下さい。」
と言った、佐和子の言葉に有難く甘え、2人で朝から家事に勤しんでいる。

一方僚はと言えば、自室のベッドの中で夢心地である。
それもその筈、
昨夜は3人で佐和子の勤め先の企業の、創立記念パーティーに出席し、
そこで、彼女の命を狙っていた黒幕を捕え、事件解決に奮闘したのだ。
肉体労働担当で頑張ってくれた僚に、
今朝くらいはゆっくり朝寝坊させてあげようと、
香は僚を起こすのを、後回しにしたのだ。
黒幕も、無事冴子に引き渡したし、
明日からは佐和子も、漸く普段の日常を取り戻せるだろう。
後は僚が起きて、食事を済ませたら、
彼女を自宅マンションまで送っていくだけである。
そんな平和なひと時に、佐和子もこれまでに無く安堵した表情で、
心底嬉しそうである。
そして香もまた、3人揃って無事で、怪我1つ無く事件が解決した事に、
心から、ホッとしていた。
それに何より、今回の依頼料はもう既に、佐和子が支払ってくれたのだ。
そんなワケで、香の機嫌も上々だ。
つい数日前、自己嫌悪のどん底だった香の心にも、
少しづつ光が差したようで、今は晴れ晴れとしている。

鼻歌を歌いながら、僚のトランクスの皺をパンパンと伸ばす香に、
佐和子が、恐る恐る切り出した。
「あの~、香さん?」
「何です?佐和子さん。」
「ひとつだけ、質問しても良いですか?」
そう言う彼女に、香は一瞬身構えたモノの、
「え、えぇ。私に答えられる事なら・・・」と返す。
「香さんて、エリ・キタハラのショーモデルやってませんか?」
思いも寄らなかった、彼女の問いに、香は一瞬キョトンとして、
みるみるウチに真っ赤になって、照れてしまった。
「・・・ど、どうしてご存知なんですか。あ、あれって私、ただのお手伝いで、本業じゃないので凄く恥ずかしいんですけど・・・」
そう言って、恐縮しきりの香をしり目に、
彼女は、キャアと、黄色い声を上げて香に飛びついた。
「やっぱり、香さんだったんだぁ!!!」
そう言った佐和子の視線は、
明らかに憧れのファッションモデルに対する、ファンのそれである。
香はどうしていいモノか解らず、微妙な表情で訊いた。
「でもどうして?何で佐和子さん分かったんですか?私、モデルのお仕事は、一切名前も出さない。素性も明かさないって条件でやってるのに。」
すると、佐和子はパッと目を輝かせて、語り始めた。
「実は私、エリ・キタハラが大好きで、東京でショーがある時には、必ず見に行ってるんです。いつだったか、クリスマスの水着ショーで、エリ先生ご本人がトリを飾った時があったでしょ?最後に男性モデルの方が、銃を撃ってツリーの飾りがキラキラ飛び散るっていう、あの素敵な演出があった時。あの時のショーで、初めて香さんを拝見して以来、すっかり大ファンになっちゃって。あれから、時々ショーにもお出になるし、ポスターなんかにも起用されてるし、きっとエリ先生のお気に入りのモデルさんだろうなと思って、色々調べたんです。でも、雑誌に写真が出てても、何処にもクレジットが無いし、エリ先生のショーでは殆ど主役級なのに、ファッション誌にも出ない。まして、他のブランドのショーで見かける事は全く無くて。とにかく、すごくミステリアスだなって思って、そう思うとますます、エリ先生のショーだけは、絶対に見逃せなくなっちゃいました。」
そう言って、満面の笑みで、目をキラキラさせる佐和子を見ながら、
香は、ハハハと乾いた笑いを漏らすしかなかった。
(ま、まさか。これ全部、絵梨子の計算ずくだとすれば、恐ろしいわね。)

「初めて香さんにお会いした時から、あのモデルさんに良く似た素敵な人だなぁって思ってて。でも普段の香さんは、お化粧もしてないし、すごくナチュラルで、また全然違う魅力だなって思ってたんですけど、昨日パーティーに出る為に、バッチリお化粧して、何よりあのエリ先生のドレスを着た香さんを見て、確信したんです。あ、あの人だって。」
そう言って、佐和子は昨日の香の姿に思いを馳せる。
それは、長身の香の魅力を最大限に引き出すロングドレスだった。
香の肌の色よりも、ワントーン深い光沢のあるベージュのシンプルなドレス。
袖もロングスリーブで、前から見ると全くシンプルすぎる程だったけど、
圧巻は、そのバックスタイルだ。
首元は、チョーカーのようにシッカリと留まっているにも関わらず、
そのすぐ下から、腰とお尻の境目ギリギリの所まで、大胆に大きく開いている。
香が身に付けていたアクセサリーは、ダイヤのピアスだけだったけど、
一番のアクセサリーは、真っ直ぐに浮き出た芸術的な背骨だった。
あの会場で、色んな人間の目を引いていたけれど、
最も激しく幻惑されていたのは、勿論僚である。
何度、仕事を放り出して、香と2人パーティーを抜け出したいと思った事か。
勿論、そんな事を香は知らない。

「私、憧れの人が作る手料理を食べて、一緒に笑って、沢山お世話になって。最後の最後で、まるでプレゼントみたいに、魔法みたいに、私の目の前に舞い降りて来てくれた。あんなに大好きで憧れだったモデルさんが、傍にいて、ずっと励ましていてくれたんだと思うと、すごく感激したんです。・・・すごく。」
そう言った佐和子は、微笑みながらも涙目であった。
香は、ホンの数日前に自分の方こそ、佐和子を見詰めて溜息を吐いていた事を思い出して、とても不思議な気持ちになった。
「佐和子さん。私ね、自分のこのヒョロヒョロの体型も、この癖っ毛も、子供の頃から、ずっとすごく嫌だったの。もっと、女の子らしく、可愛らしく生まれてきたら良かったのにって。私の方こそ、佐和子さんがウチに来てからずっと、羨ましいって思ってたの。佐和子さんには、私には無い魅力が沢山あるから。でも、今の佐和子さんの話を聞いて、少しだけ心が軽くなった気がします。どんな人にも、自分では気が付かない魅力があるのかもしれないって。私の方こそ、佐和子さんに会えて良かったです。」
2人はお互いに、見つめ合って、クスクスと笑った。
香は、今まで嫌いだった自分のコンプレックスを、
少しだけ好きになれるような気がした。

洗濯物を全部干し終わって、屋上から戻る途中で、香がフト思い出した。
「ねぇ、佐和子さん。あのクリスマスのショーで、拳銃を使ったモデル、誰だと思います?」
そう言って、ニヤリと笑った香に、
佐和子もハッとして目を丸くすると、
「・・・もしかして、・・・冴羽さん?」
半信半疑の佐和子に、
「正解っっ!!! 気付かなかった?」
と、楽しげに香が笑う。
「えぇ、今言われてやっと。言われてみれば、そんな気がするって程度で・・・」
佐和子が、申し訳なさそうにそう答える。
そして、その後の彼女のセリフに、香は堪らず爆笑した。
「だって、ファッションショーってやっぱり、主役は女性モデルでしょ?私の場合、お洋服を見に行くワケだから、どうしても目線は女性モデルにいってしまう気がします。・・・正直、男性モデルって、私あまり見てないかも。」

プププ、僚。残念。やっぱ、パセリだったみたいだよ。

明るく笑っている香の心には、気が付けばいつの間にか、
お日様が顔を出していた。








ワタクシの手元に一冊の、とある写真集がありまして、
その中に、宮沢りえちゃんが、MaxMaraのドレスを着た写真があります。
そのドレスと、背骨の美しさに感動してこんな話を妄想しました。
この写真集では、彼女は9割方ショートヘアで、
ついつい、カオリンに重ねてしまいます。
[ 2012/05/25 19:47 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

世界最強

「ねぇ僚。ミックから、遊園地のプールのチケット貰ったの。一緒に行かない?」
香がお茶を淹れながらそう言ったのは、朝メシを喰っている時だった。
「んぁ~?面倒くしゃあい。」
大欠伸をしながら、取敢えず1度目はこう答えるのが、
俺のいつものパターンである。
そんなのいつもの事なのに、香は唇を尖らせて膨れている。
チクショウ、朝からカワイイじゃねえか。
「えぇ~~~、行こうよぉ~~~。絶~対っっ、楽しいと思うよ?」
ウン、俺もそう思う。
思うケド、
俺の口には恐らく、天邪鬼とかいう妖怪が棲み付いているらしい。
「・・・だって、暑いしぃ~、おまぁとプール行っても、監視されってから、ナンパも出来ゃしないしぃ~。リョウちゃん、つまんないもぉん↓↓↓」
香は、そんな俺をカワイイ顔で睨んでいる。
だぁかぁらぁ、そんな顔で睨むんじゃねえよっっ!!!
カワイイじゃねぇかよ。
何だよ、その冬眠前のリスみたいなホッペは。
「・・・じゃあ、イイ。行かない。」
オイオイオイ、何だよ、アッサリ諦めるなよ。
俺はいつだって、こういう男じゃねぇかよ。
あと1回、おまぁが行こうって言ったら、まぁ、OKする気だったんだぜ?
しかしながら、それっきりご機嫌ナナメの麗しのパートナー嬢は、
すっかり拗ねたまま、伝言板の確認へと出掛けてしまった。
まぁ、しゃーねぇーか。
まだ1日は始まったばかりだ。
アイツの機嫌を窺うチャンスくらい、まだまだタップリある。
取敢えずは、メシだメシ。
チクショウ、旨ぇじゃねぇか、朝から。
取敢えず、おかわりだな、ウン。



私はとても幸せだと思う。
経営する喫茶店は、まぁ繁盛しているとは言い難いケド、
別にそれは、正直あまり気にしていない。
実際に、これ以上忙しくなっても、それはそれで大変そうだし。
夫婦2人、のんびりマイペースでやる方が、私達には性に合っている。
常連さん達も、こののんびりした雰囲気を楽しんで来てくれる人ばかりだし、
何かあまり混雑してたら、そんな彼等に申し訳ない気もする。
別にこの店で利益が出なくても、
私達2人の生活は副業のお陰で困る事は無いし。
もっとも、収入の面からいけば、アチラが本業なのかもしれないケド。
何より、私の1番好きな時間は、こうしてお客さんの全くいない、
ファルコンと2人きりの時間なのだから、これじゃ、繁盛する訳ないわね♪
そんな事を考えていると、表に良く知るヒトの気配がした。
私達2人の次に、恐らくこの店にいる時間が最も長い、1番の常連さん。

カラァァ~~ン

「いらっしゃい、香さん。」
「こんにちは、美樹さん。」
笑顔でそう言ったモノの、彼女のご機嫌があまりよろしくないのは、
長年の付き合いで、なんとなく解る。
「いつもので良い?」
「うん。お願いします。」
ファルコンは何も言わずに、いつものオリジナルのブレンドを淹れ始める。
私もキャビネットから、香さん愛用のカップを準備する。
「それで?今日は何が原因で、冴羽さんとケンカしたの?」
と問えば、彼女は真っ赤になって、
「や、やだなぁ。なんで何も言って無いのに、そんな事訊くの?」
と、慌てふためく。
しかしそこは、彼女の美徳でもある、素直さが勝って、
「・・・ケンカってワケじゃないの・・・」
と、ポツリと小さく呟いた。
「ただ、私が勝手に拗ねてるだけなの。」
と言って、恥ずかしそうに俯いた。まるで小さな子供の様な物言い。

彼女は普段、とてもしっかりした、きちんとした大人の女性である。
だけど時々こんな風に、とてもあどけなく、幼く見える時がある。
時折見せる、この普段とのギャップは、とても可愛いと思う。
多分、こちらがきっと彼女の素なんだな、と思えるから。
時折垣間見える、そんな彼女自身はとても清らかで、魅力的。
これだから、彼女の周りの男性陣は、全員彼女に夢中だ。
「何で拗ねてるの?」
思わず私も自然に、彼女には、まるで小さな妹に問う様な気持ちになってしまう。
惹かれてしまうのは、きっと男性だけじゃないわね。
彼女は、ファルコンの淹れたてのコーヒーを、ひと口飲んで小さく息を吐く。
「昨日ね、ミックからプールのチケット貰ったの。」
「プール?」
「うん。遊園地の中の、プール。だから今朝ね、僚に一緒に行こうって誘ったんだけど、面倒臭いからヤダって。それに、私と一緒だと、ナンパ出来ないからヤダって。」
そう言って彼女は、件の相棒の事でも思い出したのか、
眉を顰めて、小さく唇を尖らせた。
まぁ、いつもの事だけど、冴羽さんも素直じゃないんだから。
「ね?大した事じゃないでしょ?私、自分でも子供みたいだと思うもん。こんな事で拗ねてるの。でも、僚と一緒にプールに行きたかったの。」
と言って、恥ずかしそうに笑う彼女。
「冴羽さんたら、意地悪ね。でも案外行きたがってるんじゃないの?もう1回、香さんが誘ったら、きっとウンって言うわよ。あの人天邪鬼だから、最初の1回は必ず面倒臭いって言うじゃない?いつも。」
「うん、でも良いの。ミックと行くから。」
彼女の答えは、少しばかり予想外だった。
「ミックと?何故?」
「ミックがチケットくれた時にね、多分僚は行かないって言うから、ミックとかずえさんで行っておいでよって、私ミックに言ったの。」
「それで?」
「そしたらミックがね、もし僚が行かないのなら、一緒に行こうって。なんか、かずえさん今お仕事が忙しいんだって。」

ははぁ~~~ん。ミックの狙いはそれね。
ひとまずは、2人にチケットを譲るポーズを見せとく。
冴羽さんが行かないって言うのを見越して、
香さんにはそれと気づかせぬウチに、デートに誘い出す。
香さんの事だから、ミックは単に純粋に、
友達として誘っていると信じて疑っていないのね、きっと。
ファルコンも、ミックの思惑を見抜いた様子で、苦笑いしている。
「そうなの。でもまぁ、この所すごく暑いから、良い気分転換になるんじゃない?」
私もファルコンも、敢えてミックの企みには言及しないでおく。
それは、冴羽さんの役目だわ。
「うん。私プールなんて、すごく久し振りかも。」
そう言って笑った彼女は、いつも冴羽さんとミックが水面下で、
彼女を巡る攻防を繰り広げている事には、きっと気付いてはいない。

そこへ、タイミングが良いのか悪いのか、彼女のパートナーが登場した。
「美っ樹ちゅわ~~ん♪不倫しましょ~、フ・リ・ン♪」
そう言って飛びついて来た所を、
ファルコンの手によって、アッサリと叩き落とされてしまった。
そんな冴羽さんを見て、彼女は大きく1つ溜息を吐くと、また眉を顰めた。
あーあー、折角少しご機嫌直りかけてたのに、これじゃあ火に油だわ。
彼女はギロリと音が出そうな程の、殺気を込めて冴羽さんをひと睨みすると、
「それじゃ、美樹さん、海坊主さんご馳走様。また明日。」
と言って、カウンターにコーヒー代を置いて、帰ってしまった。
残された哀れな彼女の相棒は、所在無さ気にボンヤリと煙草を吹かしている。
全く、ミックといい、冴羽さんといい、しょうがない人達。
それでも私とファルコンは、2人して外野から眺めるこの現状が、
少し面白かったりするのも、事実なのよね。
結局この今回の攻防、どちらに軍配が上がるのか、
香さんの口から聞くのが、また楽しみだわ。
ふふふ、私って少し悪趣味かしら?





予想外の展開を迎えたのは、晩メシ後のリビングでの事だ。
結局香のヤツ、今日は1日ご機嫌ナナメだった。
昼間、キャッツに行った時も、俺の顔見てあからさまに帰って行きやがって。
晩メシの時だって。
まぁ、なんだ。俺が香に合わせてブスッとしてんのも、
大人げ無いかと思って、こっちから色々と話題振ってやってんのに、
いちいち、一言で会話終わらせやがるし。
今だって。
俺の分のコーヒーだけ淹れて、さっさと風呂に入りやがって。
いつもなら2人分淹れて、
グダグダとしょーもねぇ事ばっか、話し掛けて来るクセに。
・・・・まぁ、この場合、アレかね。朝の事、謝った方がイイって事か?
まぁ、そうだな。
香はお子ちゃまだから。ここは1つ、俺が大人の余裕ってヤツで、
心の広い所を、見せてやるべきところかねぇ。
取敢えず、アイツが風呂から上がったら、不本意ながら謝ってやるかね。

そこまで考えた所で、香が風呂上りのイイ匂いをさせて登場した。
チクショウ、機嫌悪いクセに、それでもカワイイじゃねぇか。
つーか、イイ匂いさせてんじゃねぇ。ムラムラする。
「なぁ。」
「なに?」
「おまぁ、朝の事まだ怒ってんのか?いい加減、機嫌直せよ。」
てゆうか俺、全然謝れてねぇし。これって、懇願だし。
「別に、怒ってないよ。もうイイの。私も良く考えたら、子供じみてた。」
「へっ?そうなの?」
おぉ、やばいやばい。気ぃ抜いたら、思いのほか間抜けな声が出た。
「うん。プールには、ミックと行くし。」
何ですと?!
「何で????」
「何でって、チケットくれた時、ミックがね、もし僚が行けなかったら、一緒に行こうって言ってたから。かずえさんは、お仕事忙しくて行けないんだって。・・・どうしたの?なんか顔怖いよ?」

おのれ、ミック。テメェ、そういう腹か。
誰がお前みたいな色魔に、香の水着姿晒すかっての!!!
チクショウ、香も香だよ。少しは、疑えっつ~の。

「あ゛ぁ゛?
 テメッ、最初っから、それを言えよ!!!
 何で、おまぁとミックが2人で行くんだよ?」


って、・・・・ん?何か、様子おかしくねぇか?
また、香チャン怒ってんすケド。逆切れですか?
「僚のバカ。」
「はぁ?」
「どうせ僚は、私と行くより、ミックとプールに行きたいんでしょ?」
あの~~、言ってる意味わかんないすけど・・・。
「私だけミックに誘われたからって、ヤキモチ妬いてんでしょ?そりゃあ、僚の方がミックとのお友達付き合いが長いのは分かってるけど、私だって、ミックの友達なんだよ?自分が誘われなかったからって、そんなに怒鳴るなんて、僚は器が小さいよ!!! 私は、ミックより僚と行きたいんだよ?でも、僚が行かないなら、しょうがないじゃん!!! そんなに、ミックと行きたいなら、2人で行けばいいじゃん!!! 僚のバカッ。」
言うだけ言って、香は自分の部屋へと消えた。

えーと、香サン?
なんか、すっごい勘違いしてません?
イヤイヤイヤ、お友達付き合いって(苦笑)
確かに俺の器が小さいってのは、的を得てるけど、
それ以外、全ぇ~~~部っっ、的外れだから。・・・・はぁ、小学生か?アイツ。
幾ら俺が、アイツに対する邪な気持ちを、ヒタ隠しにしてたとしても、
今の流れで、どこをどう聞いたら、
俺がミックと一緒にプールに行きたい、なんて話しになるんだよ。
俺に、お前とミックを2人で行かせたくないって、気持ちがあるって事に、
思い当んねぇかね、普通。
何も言えねぇ。
今日1日の俺のドキドキを返してくれ、寿命が縮んだわ。
天然にゃ、一生勝てねぇ。
「・・・しゃ~ねぇ。風呂入って寝よ。」




2日後、遊園地のプールサイドには、規格外の大男が、2人並んで座っていた。
僚は、不機嫌極まりない仏頂面。
片やミックは、終始笑顔である。
抜けるような青空や、夏休みの子供たちの楽しげな歓声とは、
全く不釣り合いである。
ココへ向かう車中、ミックは今回の顛末を、僚から聞かされた。
最近の僚は、ミックに対して、己の恋心を隠す事はしなくなった。
良い意味で開き直ったのか、はたまた諦めの悪い悪友への牽制のつもりか。
香当人へは、未だ隠し続けているのを見る限り、恐らくは後者である。

確かに、今回仕掛けたのはミックだ。
ミックにとって香は、相変わらず特別な女性には違いない。
しかし、かずえという愛しい恋人がいる今、
別に本気で香をどうにかしてやろうなどと、虫のイイ事は考えてはいない。
ただ、今回の件はミックにとって、
どちらに転んでもマイナスは無いと、踏んでの事だった。
もしも僚が、すんなり香の提案を飲み、2人で出掛ければ香にとってハッピー。
一方、お決まりの天邪鬼で香を怒らせても、
ミックにとっては、痛くもかゆくもないし、
上手くいって、香と一緒にプールに来れたら、(ミックが)尚ハッピー。
およそ、2:8の割合で、ミックが喜ぶ為の素晴らしいアイデアだった。
・・・筈だけど、どこでどう話がこじれたのか、
いつの間にか、ミックと僚のデートになってしまった。
ミックは前々から、薄々気付いてはいたけれど、今日改めて確信を得た。
香は世界最強だ。
嘗てこれ程までに、僚およびミックという2人の男を、
振り回した女が居たであろうか、否居まい。

「やっぱり、カオリは並みの女じゃないな。面白すぎる。」
「俺は何も面白くねぇ。何で俺がお前と、真っ昼間からデートしなきゃなんねぇんだ?おまけにガキばっかで、モッコリちゃんのモの字もねぇ。」
「たいがいで、観念しろよリョウ。まっ、ボクはカオリのLOVEが詰まった弁当にありつけただけでも、今回の件、無駄では無かったかな。」
心底楽しそうなミックを見るにつけ、
マジで殺ってやろうかと、僚の胸に殺意が過る。
殺らないのは、ただ単に香の悲しむ顔を見たくないからである。

ケッ、言ってろ。エロ外人。テメェなんかに、香の弁当食わしてたまるか。
俺が1人で、2人分食うんだよ。
俺は正直、あの後香の誤解を解いて、香と2人でプールに来るつもりだった。
だがあの翌朝、香は前日の不機嫌などまるで無かった事のように、
満面の笑みを湛えて、
「ミックと、楽しんで来てね♪」
と、止めを刺してきやがった。
勿論、香に他意は無い。心の底からの言葉である。
俺とミックのお友達付き合いへ、
同じお友達としての温かいはなむけの言葉である。
それ以上、この俺に何が言えよう。
ミックの黒い腹や、俺の邪なアレコレを、香にぶちまけた所で、
後に何が残る?
俺とミックに対する、香のケーベツのマナザシが残るだけである。
(この際、ミックの事はどうでも良いんだけど。)
まぁ、それでもハナから、無かった事にして、
プール自体取り止めにすればイイ事で。
俺はこの何処へぶつけて良いモノやら解らない、
もやもやを、自分自身で消化する事を覚悟した。
(ミックへの報復は、キッチリするけどね♪)


しかし、そう思ったのも束の間。
今朝、いつもより随分早目に叩き起こされた俺を待っていたのは、
件の、金髪エロ外人であった。
香は俺の気も知らず、
嬉々として2人分(なんと、ミックの分まで!!)の弁当を作り、
水着や、バスタオルや、着替えの入ったトートバッグを俺に手渡すと、
「いってらっしゃあ~~~い♪」
と嬉しそうに、俺達を玄関先で見送った。
この俺に、拒否する隙を与えなかった。
「で?今日はカオリは留守番なのか?」
「いや、美樹ちゃんと映画観に行くんだと。」

かくして、俺が天邪鬼なばっかりに、香という名の油揚げは、
美樹ちゃんと言う名の、トンビに掻っ攫われてしまった。





「それでね、私にミックを取られたと思って、ヤキモチ妬いてんのよ?僚ってば、小学生みたいでしょ?ホント、あの2人仲良しだから。」
と言うと、香さんはとても楽しそうに笑った。
今回ばかりは、さすがの私も冴羽さんに同情するわ。
普段、私もファルコンも、断然香さんの味方なんだけど、
今回は、あまりにも予想外過ぎるでしょ?
そりゃあ、冴羽さんの愛情表現に問題があるのが、1番の原因なんだけど、
でも、彼が香さんの事、好きでたまらない事くらい、誰の目にも明らかで。
気付いてないのは、彼女だけなんだもの。
そう思ったら、冴羽さんへの同情しか浮かばないもの。
今回の軍配は、言わずもがな、香さんの1人勝ちでしょうね。


ある面に於いては、槇村香は世界最強である。










なんか、サッサとくっ付けばイイと思う反面、
2人には、延々とこんな不毛な攻防を繰り広げて欲しいとも思います。
それを、傍で鑑賞している、伊集院夫妻が1番オイシイと思います。
[ 2012/05/26 20:27 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

金は無くとも楽しい我が家

一体どの位、お金や財産を持っていたら、お金持ちって言うんだろう?
私には縁の無い事で、サッパリ見当も付かない。
それと同じで、どういう生活の事を貧乏って言えるんだろう?
私と僚の生活は、きっと世間的には貧乏って言うんじゃないかなぁ。
エンゲル係数が、異常に高いから。
それでも、家賃は要らないし(この大東京のド真ん中で、家賃ゼロってどうよ?)、
2人だけの慎ましやかな生活で、光熱費も極限まで節約してるから、
結構、地球環境保護には、貢献してるかもしれない。

僚も私も、元々物欲はあんまり無いし、
有り余るのは、体力と、食欲と、性欲(これは僚限定)だけで、
それがイコール、エンゲル係数の高さに直結している。
性欲に関しては、・・・私にはまぁ、関係無いし。
だから、それに関する経費諸々は、僚の完全なるポケットマネーであって、
趣味の世界だ。(ホンッット、悪趣味!!!)

・・・となると、この支出の高さは、所謂“ツケ”である。
僚の唯一最大の浪費が、この飲み歩き。
自分でも、眉間に縦ジワが寄っているのが分かる。
家計簿に挟んだ4色ボールペンは、どの色よりも最速のペースで、
赤色のインクが消耗する。
そんな、赤色のインクを取り換えながら、知らず溜息が零れてしまう。
片や、呑気な当事者は、ソファに寝転んで趣味の世界に没頭している。

「ねえ。」
「ん~?」
「今月のツケは、後どの位増える予定なの?」
「そんなの俺が知るかよ。」
「自分の事じゃん。」
「予定は、未定って言うだろ?」

・・・・ハァ。
訊いた私が、バカだった。
まぁ、何とかなるでしょう。否、何とかしないとダメなんだけど。
これ以上考えたところで、お金が湧いて出るモンでも無し、時間の無駄だわ。

それに不思議と、深刻にお金が無い時には、
いつの間にか、僚が茶封筒に入った結構な額のお金を渡してきたりもする。
まぁ、出所は予想がつくし、私も詮索しないケド。
僚の普段の日常は、途轍もなくグータラだけど、
彼はある面に於いては、
その身体1つ、否、指1本で、それこそお金なんか有り余るほど、
稼ぎ出せる特殊技能の持ち主なので、そして、
そういう依頼は、伝言板を通さなくても、色んなルートから幾らでも入るらしい。
伝言板に依頼が無いのと、僚に依頼が無いってのは、イコールでは無いのだ。

ただそれに関しては、僚も何も言わないから、私も何も訊かない。
僚が考えた上で、私に話す必要のある事は、話してくれるし、
私の知らない事は、つまり、私が知らなくても良い事なのだと理解している。
勿論、気にはなるし、不安が無いと言えば嘘になるケド、
私は僚を信頼しているし、同じように、
僚が私を信頼してくれているのも、解っているつもりだ。
それに何よりも、この世の中で私の1番大切なモノは、僚とのこの日常だ。
それが、私の最大のエゴだとしても、このいつも通りを守る為なら、
耳を塞いで、目を瞑ってやり過ごすのだ。僚が、全てを話してくれるまで。
何ならツケなんか作らないで、
飲み代もそこから捻出してくれれば良いのにと、いつも思う。
情報収集の為の、必要経費だって言うのなら、尚の事だ。
せめて全部とはいかなくても、今の半分位はそうしてくれると助かるのになぁ。

貧乏でも何でも、今月もまた苦しいなんて愚痴っても、
それでも本当は、依頼なんか無かったら良いと思うのが、実は私の本音なのだ。
まぁ、依頼が無いってのは、世の中平和な証拠だし。
僚が、危険な目に遭う可能性も少しは減るし。
(悲しいかな、仕事とは関係ない事で狙われるのも、日常茶飯事なんだけど。)
そんな事は有り得ない事だって、
重々解ってはいるけれど、それでも私は妄想する。

この世の中から、僚への依頼が1件も無くなる事を。

そしたら、私達はただ純粋に、生活の為だけに2人して働くのだ。
普通の、何でも無い仕事をする。
ヒトを殺したり、傷付けたりしない普通の仕事を。
定時で仕事を終えて(時々は残業もして)、
電車で家に帰って、2人でご飯を食べる。そんな生活。
勿論、途方も無い、夢のような妄想に過ぎない。
でもそれが、私の最も萌える妄想のネタなのだ。
生憎、僚のような趣味の世界を、私は持ち合わせていないから。






今日は気分が乗らないので、ナンパは取り止めにして、
リビングで、芸術鑑賞という名の、高尚な趣味の世界へとトリップしている。
するとそこへ、家計簿と電卓とレシートを持った、
我が愛すべき麗しのパートナー殿が登場したので、
俺のもう1つの趣味である、人間(カオリ)観察へと変更する事にした。
しかしこの場合、目的を変更した事を、
標的(カオリ)に覚られては、意味が無いので、
俺の視線は、あくまでも芸術作品へと注がれている。

お、昨日のレシートを見ながら、鼻歌が出たぞ。
まぁ、昨日は特売だったからな。
俺も荷物持ちにお供した、甲斐があったってモンだ。
香は日々のスーパーでの買い物を、ゲームか何かと勘違いしている節がある。
如何に安い予算で大量に買うかが、香の目下の目標であり、生き甲斐だ。
節約術に至っては、達人の域である。
将棋に例えると、永世名人、
野球に例えるならば、終身名誉監督だ。
スーパーマリオブラザーズなら、軽く300面くらいクリアできるな。
もっとも、ピーチ姫が助けを待ってる間に、
歳喰ってシワシワのババァになってるだろうけど。

なんか、微妙に香の表情が険しくなってきたな。
ん?ボールペンのインクが切れたか。溜息まで出たぞ。
こういう時は、十中八九、俺のツケの事で悩んでいるに違いない。

「ねえ。」 そら来た。
「ん~?」
「今月のツケは、後どの位増える予定なの?」 ビンゴ。
「そんなの俺が知るかよ。」
「自分の事じゃん。」 ごもっとも。
「予定は、未定って言うだろ?」
・・・暫し、沈黙。
「・・・ハァ。」 よおぉっっし、勝った!!!

大体香のヤツ、解ってねんだよ。
俺は、わざとツケを作ってんのに・・・。
別に毎回、キチッと払ったって構やしねんだが、そういうモンでもねーしな。

こんなゴミ溜めみたいな街で、
とても堅気とは言えねぇような商売してる連中からすりゃ、
俺みたいなドブネズミじゃ無けりゃ、解決出来ねぇようなゴタゴタは、
日常茶飯事なワケで。
まぁドブネズミの中でも、とりわけ俺なんかバッチシ高性能だから、
引く手数多ってヤツで。
どっかのボーリョク団なんかと違って、
俺には面倒臭いバックなんかも付いてねぇし、
キッカリ、後腐れもねぇから、お互い良好な関係を結べるってワケ。
表向きは、遊び人の常連客みたいなモンだけど、
その実、それだけでもねぇって事。
アチラさんにしてみりゃ、
飲み代ぐらいで『冴羽僚』と、コネがつけれりゃ安いモンって事。
ツケで飲むほど、仲がイイって諺があるように(無かったか?)、
有って無いような、俺のツケ。
その額の増減に一喜一憂するのは、この世でただ1人。
香だけだ。

これは、香の為のツケなのだ。
勿論、香にとっては、こんな俺と歌舞伎町のオアツイ関係なんか、
知ったこっちゃねぇ話しだ。
飲み食いした分はキッチリ耳揃えて支払うのが、香の筋の通し方だ。
そんな俺のツケを、香が律儀に返して回る。
連中からしてみれば、ハナから回収する気の無い金を、
健気に支払いに来る、アイツが可愛くて仕方ないから、街中どこを歩いてても、
香に声を掛ける。可愛がる。
そうやって香は、俺とはまた違った角度で、街中の些細な情報を仕入れて来る。
そしてその価値に気付かずに、夕飯を食いながら世間話として、
俺にその情報を、もたらす。
実際その多くに、ゴタゴタを解決するヒントがあったりもするから、
結構、侮れないのだ。

香は本当に、解ってねぇ。
己が、スイーパーとしての俺の、大事な片腕でもあり、
一方で、有能な俺専属の情報屋の1人だって事が。
まっ、解って無くても困りはしないんだけど。
そんな情報の仕入れ方、俺には逆立ちしたって出来ねぇし、金では買えない。
香にしか出来ない事だ。
要するに、ツケは情報料って事。

それにしても。
悩んで、眉間にシワ寄せてても可愛いってどういう事だよ、オイ。
俺のツケの支払いで悩んでいるお前が可愛い、だなんて本人に言ったら、
筆舌に尽くし難い程の折檻を受けた挙句、メシ抜きの刑に処される。
だから、そんな事は口が裂けても言えねぇ。

大体、俺がお前を飢え死にさせるような事、出来るワケねぇだろ?
本当に金が無けりゃ、・・・まぁ、無い事も無いワケで。
だから、そんなに心配しなくてもイイんだよ、香チャン。
金は天下の回りモノって言うだろ?
俺のツケがこの世にある限り、
それはこのゴミ溜めで、良好な人間関係が循環してる証なのよ、香チャン。
そう思いながら、金髪美女から愛しのパートナー君へ視線を移すと、
バッチリ目が合ったので、軽くウィンクして微笑んでやった。
すると、そんな脳天気な俺の頭に、
超コンパクトサイズ1tハンマーが、飛んで来た。

しゃあねぇな。
今夜は香の機嫌を取る為にも、飲み歩きは止めにして、
おうちで、発泡酒にしとこう。
俺にとって、
金より、名声より、ヨソの女より、何より大事なモノは、
このボロアパートでの、香との日常だからな。

有り得ない事は、百も承知で妄想する。
きっと、香は信じないだろうケド、
俺がいつも妄想している、見果てぬ夢は、
この世界から、俺への依頼が1件も無くなる事なんだ。
そして金が無くなりゃ、俺はドカタでも何でもやって、汗をかいて働くんだ。
きっと香は、貧乏でも何でも、ケ・セラセラで笑っていてくれるだろうから、
俺はそれだけで、幸せになれる。
香とだったら、たとえ夢でも、そんな甘やかな事を考えられる俺がいる。


金は無くとも、楽しい我が家。
たとえツケの支払いに追われようと、
極限まで切り詰めた、節約生活を送ろうと、
大切なのは、お互いが生きて一緒にココにいる事。
ただそれだけ。









冴羽家の家計は、謎だらけでっす。
きっと、カオリンの知らない埋蔵金がごっそりあると思いまっす。
[ 2012/06/04 23:30 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

槇村香の経済効果

今回、冴羽商事の2人に舞い込んだ依頼は、
とある、IT企業の内部調査であった。
依頼人はその会社の社長、前田貴志(34)である。
彼は、若くして成功を収め、巨万の富を築いている。
と言えば聞こえはイイが、
何を隠そう、この男が成功を収めたキッカケとは、
バーチャルで恋愛を楽しむ類の、僚からしてみれば只々気色の悪いだけのゲームを作って、それが爆発的な大ヒットとなった為である。
そして前田当人も、IT企業社長などという肩書には不釣り合いなほど、
どこからどう見ても、モッサイおたくなのである。
もっとも、前田本人も富や地位などには、何の執着も無く、
好きな妄想を形にしていくことで、結果が付いてきたラッキーボーイなのである。
しかし、成功を収めた今となっては、その得意分野のみならず、
様々な面に於いて事業は拡がりをみせ、
一見地味なおたくも、一応、なかなか切れ者の経営者という顔も持っている。


そんな前田の会社で、この数週間に亘り、ごく一部の幹部社員だけが知り得る、
機密情報が漏洩している可能性があると言うのだ。
僚と香は依頼内容を聴いて、
本来なら、2人が受けるような依頼では無いような気もしたが、
諸々の事情(公共料金の支払期限が差し迫っているなど)により、
やむなくこの依頼を、受ける事とした。
何より2人には、教授という強い味方がいるので、
今回は、80%位の割合で、頼ってしまおうなどという腹積もりである。
まさしく、他力本願とはこの事である。
それでも一応は、人間関係などを探る為、
2人揃って、仲良く潜入調査と相成った訳である。
立場としては、社長室付き秘書。
前田社長の特命により、社内の色んな事を調査しちゃうのだ。

潜入初日。
冴羽家のリビングでは、珍しく早朝から2人揃って出社の準備をしている。
時刻はまだ、AM7:30である。
2人(特に僚)にとっては、驚異的な早さである。
8:03発の、電車に乗らなければ、出社時間に間に合わないからである。
この日の僚のいでたちは、
紺色の細身のスーツに、水色のYシャツ。
ネクタイは、クリームイエローに白のピンドットである。
これで、節操なくモッコリさえしなければ、
なかなか爽やかな、エリートサラリーマンに見えなくも無い。
一方、香の方はと言えば、光沢のあるシルバーに近いグレイのスーツ。
ボトムは、タイトスカートである。
インナーには、白のシンプルなブラウスを選んだ。
普段の香にしては珍しく、薄くメイクも施している。
ごく地味で、控え目なメイクであるにも係わらず、
恐らくは、その辺を歩く男共の視線を、
釘付けにするのは間違いないだろうと思うと、僚は最悪の気分であった。
多分香の中のイメージで、『秘書』と言えば、
『眼鏡』は、必須アイテムなのだろう。
視力2.0の香ではあるが、黒いフチの眼鏡までかけている。
僚はそれが、どうにもエロいと感じてしまうが、
朝っぱらからそんな事を言えば、香にどやされるのは目に見えているので、
ダンマリしている。

それにしても、と僚は思う。
香のスカート、やけに短くないか?と。
「なぁ、香?。」
「なに?」
「おまぁ、そのスカート短くね?」
なるべく嫉妬深い感じにならないよう、あくまでも自然体を装って僚が訊く。
すると暫く間があって、香が、
「・・・・・、やっぱ、そう思う?なんかこのスーツ、結構久し振りに着たんだけど、こんなにスカート短かかったかな?」
と答える。僚は思わず、プッと吹き出すと、
「おまぁ、もしかしてまぁだ背ぇ伸びてんじゃねえの?」
とからかう。香は真っ赤になると、
「もぉっ!!縁起でもない事、言わないでよっっ!!! 冗談じゃない↓↓↓もうとっくに、成長期なんか終わったからっっ。」
そう言って強がるモノの、
自分でもその可能性を、少しは考えたのか、心なしか涙目である。
これで本日履く予定の、8㎝のピンヒールを含めたら、
その身長は、しっかり180㎝オーバーなのだ。
泣きたくなるのも、無理は無い。
朝から、そんな遣り取りをしつつも、無事電車の時刻にも間に合い、
2人はこれから数日、おたく社長の元、
特命秘書として、任務にあたる事となった。

潜入開始から5日後には、事件解決の大体の目処はついた。
専門的な事は、今回殆ど教授に丸投げで、
僚は社内での社長を取り巻く、幹部連中の素性を徹底的に調べていた。
幹部クラスで、情報が漏洩しているのであれば、
まずは1番に、そこから調べるのは当然である。
今回は、肉体労働というよりも、デスクワークが主である。
僚は元々、何をやっても器用だし、飲み込みも早いタチなので、
PCの取り扱いにも、長けている。
教授にも前から教わっていて、教授程では無いにしろ、
ハッキングなども、出来なくは無い。
時と場合によっては、警察のシステムにすら潜り込んだりもしているのだ。
しかし一方の香は、以前のウィークリーニュース社内での一件以来、
PCやOA機器といった、機械モノに極度のアレルギーがある。
異常なまでに、そういうモノに触れる事を怖がる香は、
今回、あまり出る幕は無い。
毎日、僚と一緒に出勤するモノの、
専ら僚と前田にお茶を淹れたり、社長室を掃除したり、
観葉植物の手入れをしたりして、日中を過ごしている。

強いて言えば、今回の香の仕事は、
初日の、グレイのミニスカスーツを筆頭に、ほぼ秘書コスプレである。
紺色のスーツと、胸元にピンタックの入った白いブラウスを着ていた日は、
ストッキングにラメが入っていて、眼鏡はフチが赤いヤツで、
妙にエロくて良かったと、僚は振り返る。
その次の日は、少しラフにチャコールグレイのウールのパンツに、
黒いⅤネックの薄手のニットだった。
その日は眼鏡は無かったが、何故か口紅は真紅で、
ニットから覗く鎖骨と相まって、これまた妙にそそられた。
何度仕事中に、キスしたい衝動に駆られたか。
僚は思い出しただけで、背筋がゾワゾワする。
そして本日は、黒の細身のパンツスーツに、
白いボウタイカラーのブラウスを着ている。
足元はヒールでは無く、エナメルのローファーを履いている。

(カワイイ、カワイ過ぎる。)
少し油断をしたら、間違いなくヨダレを垂れそうな僚であったが、
そう思っているのは、僚だけでは無い。
前田もまた、香の秘書コスプレに妄想を膨らます、1人であった。
1度香は、あまりにもする事が無いので、
自分が出勤する意味があるのかと、前田に訊ねたが、
彼はニコニコ笑って、
「槇村さんが居て下さるから、僕達の仕事が捗っているんです。槇村さんは、大事な戦力です!!!」
と、力説した。
僚としては、このキモオタ社長が、香を妄想のネタにしてそうで、
その事に関しては、非常に遺憾ではあったが、
妄想を止めさす事など不可能であるし、むしろ気持ちは同じで。
またこの社長室という、閉ざされた空間でこの男と2人きりというのも、
想像しただけで、蕁麻疹が出そうなので、口を挟むのは止めにした。
僚としてもこんな依頼、目の保養でもしなければやってられないという事だ。

潜入期間中、ランチはいつも3人分の弁当を、香が作ってくれた。
ここ数日、僚が見たところによると、前田も第一印象は多少キモいモノの、
悪いヤツでは無さそうだし、何より彼と香が2人きりになる事はほぼ無いので、
僚としても、我慢が出来る範囲内である。
香は元々、他人をイメージや外見で判断しないタイプなので、
前田がどう見てもおたくっぽい事などは、さして気にもしてない様子で、
至って普通に接している。
逆に言えば、香にとっては前田個人がどういう人間であろうと、
大して興味など無いのが、本当のところである。

そして、依頼人前田は、1人舞い上がっていた。
かつてこれ程までに、完璧な女性が居ただろうか?否、いまい。
前田はこれまでの人生で、女性にモテたためしがない。
でもそんな事は、前田にとっては痛くも痒くも無い事だった。
何故なら、恋愛ならバーチャルでも出来るから。
そしてそれは、自分の都合に合わせて、如何ようにも進める事が出来るから。
前田自身の思いとは裏腹に、この数年で何故か自身の立ち上げたこの会社は、
メキメキと業績を伸ばし、今ではまるで時代の寵児のように持て囃されている。
そんな『IT企業社長』という肩書に、
まるで蟻のようにたかって、媚を売る女もいるが、
でもそれが、一時のまやかしである事を、前田は知っている。
如何に実体のある、見栄えのする女であっても、心が動かされる事は無かった。
自分がこれまで創り上げた、2次元の恋人たちの方が前田にとっては、
余程、親密であった。
ところがどっこい。この今目の前にいる、槇村香という女性は、
今まで出会った、どんな女性とも違う。
こんな自分の事を、キモいおたくとか、誑し込むのに手っ取り早い金持ち、
などとは、思っていない。
至って普通に、1人の34歳の前田という男として、接してくれている。
こんなにも優しく、楽しく会話も弾み、その上弁当まで作ってくれる。
しかも、美味しい。
そして何より、この抜群のスタイルと美貌。何1つ欠点が無い。
近頃では、色々と余計な事が忙しくて、
本来自分の大好きな分野に没頭出来ないでいたが、
何より彼女を見ていると、前田の創作意欲が激しく刺激されるのだ。

三者三様、様々な思いを抱きつつも、つつがなく依頼も進み、
潜入7日目にして、漸く無事に事件は解決を迎えた。
この際、この様なチンケな揉め事の結果など、僚にとってはどうでも良い事だ。
それよりも重大なのは、この目の前の現状である。
ついさきほど、依頼が片付いて、
「それじゃ、俺たちは帰るわ。」
と言って、社長室を後にしようとした矢先に、これだ。
何故か前田は、真剣な表情で香の手をガッチリ握り、
今しも噛み付かんばかりに、香に迫っている。
「槇村さんっっ!!これからも、是非この会社で、一緒に働いてもらえませんか??この1週間、あなたのお陰で随分、仕事が捗りました!!!」


・・・って、オイ!!!
何やってんだ?このオタ社長は。
チッ、全く油断してたぜ。
この男、バーチャルにしか興味が無いモンだとばかり思ってたケド、
最後の最後でやってくれやがったよ。


当の香は、かなり引き捲っていて、冷や汗をダラダラ流しながら、
僚にSOSの視線を送りつつ、
「で、でもわ、私別に何も、やってませんし・・・い、依頼も僚が殆ど解決し、したので・・・」
と、究極のシドロモドロで答えている。
「いえ!!そんな事ありませんっっ!!あなたは、有能な秘書です!!!」
前田は大真面目に、そう言ってるのだ。
この状況に、僚がとうとう我慢も限界と、切れかけたその時。
この場の空気を一掃したのは、香だった。
突然の、爆笑である。
これ以上無いという程の、大爆笑だ。
お腹を抱えて、ヒーヒー言って笑っている。
これには、前田も僚も思わず、顔を見合わせてキョトンとしてしまった。
暫くして、笑い過ぎで涙を流しながらも、少し落ち着いた香は、
「・・・有能な秘書って・・・プププ。私、デスクワークなんて、絶対にこの世で1番無理なんです。お仕事のお役に立つどころか、この会社に損害を与える事だけは、保証できます。」
と言って、ニッコリ笑った。
それはもう、潔いほどの拒否である。
前田はもうそれ以上、何も言えずポカンとしていた。

数日後、冴羽商事の口座には、破格の依頼料が振り込まれていた。
当初約束していた額の、ゆうに10倍近くの金額だ。
たった1週間の、しかも比較的楽な今回の依頼で、
こんな金額を受け取る訳にはいかない。
香は唖然とし、
「きっと前田さんは、金額を間違っているから、返金した方がイイ。」
と僚に言ったが、僚の答えはアッサリとしたモノで、
「イイんでない?別に。金が余ってんだろ、多分。」
と言って、その話はそれっきり打ち切ってしまった。
しかし、僚には解っていた。
今まで恋をした事の無い悲しい男の、
初恋の君への、それは最初で最後のプレゼントなのだと。
それに1週間、散々香を観賞した、拝観料だ。
決して、貰い過ぎでは無い。

数か月後、前田が約1年振りに手掛けた、バーチャル恋愛ゲームは、
自分好みの秘書を育て上げるというモノで、
何故か、空前の大ヒットとなった。
ハッキリ言って、そんなものに微塵も興味の無い、冴羽商事の2人は、
まさか前田の初恋が、多大な経済効果を世の中にもたらしている事など知る由も無く、今日も平和で退屈な日常を過ごしていた。














ただ、単にカオリンのコスプレが書きたかっただけでっす(^ω^)
リョウちゃんは、きっと涎を垂れながら依頼を遂行しました。
[ 2012/06/09 05:39 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

砂のお家

海開きが宣言されて、1週間ほどした夏のある日。
いつもの面々は、関東某所の浜辺で海水浴を満喫していた。
シーズン真っ盛りにも関わらず、ヒッソリとしたそこは、
盛りの付いた若者や、大騒ぎする家族連れなど一切居ない、超穴場なのである。
それもその筈、実のところその浜は、とある大地主のプライベートビーチ。
私有地なのだ。

何故そんな所へ遊びに来る事が出来るのかといえば、
実はその地主の老人は、僚と香が過去に手掛けた依頼人なのだ。
何故かその時、2人をいたく気に入ったそのご老人は、
まるで2人を孫のように可愛がり、出会ってからは数年の付合いになるが、
今でも事あるごとに、旬の野菜や、新米を送って寄越す。
一見、ただの農家の爺さんにしか見えない彼は、
実は、超が付く程の金持ちなのだが、皮肉なモノで身の回りの世話は、
長年勤めている、家政婦さんが1人いるだけで、
財産はあっても、孤独な生活を送っている。
そんな彼に、香が感情移入しないワケも無く、
色々と季節の品々が送られて来る度に、お礼を返したり、手紙を書いたり、
時には、電話で話し相手などもする仲らしい。

去年の秋に新米が送られて来た時には、
香は1ヶ月ほどかけて、手編みのカーディガンを編んで送っていた。
その時僚は、香が編んでいる毛糸玉を手にとって、
「何かジジ臭くねぇか?この色。」
と言ったら、
「心配しなくても大丈夫だよ。誰も僚には編んでないから。」
とニッコリ顔で返され、
暫く、結構へヴィにへこんでいた。
しかもその同じ毛糸で、ついでに教授にまでマフラーを編んでやっていた。
香曰く、いつもお世話になってるから。
いくらヤキモチ焼きの僚とはいえ、さすがに80オーバーの爺さん2人に、
嫉妬するつもりも無いが、面白くないのは事実で。
その後、マフラーを貰って大喜びの教授に、
「それ、あくまでもカーディガンのついでですから。」
と、言わなくてもいい事を、コッソリ耳打ちし、
己のストレスを、少しだけ発散した。


1週間ほど前に突然、
美樹が、みんなで海水浴に行こう、と言い出した。
時を同じくして、冴羽家には件の地主の爺さんから、
立派なスイカが送られて来た。
そのお礼の電話を香が掛けた時に、何とはなしに、
今度みんなで海水浴に行くんだと、愉しげに話したのだ。
すると彼は、海開きしたばかりで何処も混んでいるから、
好きな時に、ウチの浜へ遊びに来ると良い、と言ってくれた。
香は思わぬ展開に、大喜びし、絶対に行くっっ!!
と、2つ返事で彼と約束をしたのだった。
香は、そんな彼に、
「とても良いヒトで、こんな私達にとても良くしてくれる。」
と感激しているが、僚にしてみれば、
それを言いたいのは、アチラさんの方だろうと思う。
本当の身内でさえ、寄り付きもしない程の頑固ジジイで、
普段は、淋しい生活を送っている。
まるで、本当の孫娘のように懐いている香が、
彼にしてみれば、可愛くて仕方ないのだから。

香が次の日それを美樹に話すと、彼女も大喜びで、
とんとん拍子に計画は進み、爺さんまで巻き込んで、
当初の美樹の計画よりも、遥かに大げさな旅行計画となってしまった。
なんと、爺さんの家に1泊するという。
初日は、まず海に直行して海水浴。
夕方から、爺さん宅にお邪魔する予定らしい。
1年程前に、彼が所用で東京に出て来た時に、3人で一緒に食事をした。
それ以来である。
年齢も性別も超えた『友人』に、
久し振りに会えると上機嫌の相棒を見るにつけ、僚もまた嬉しくなる。
なんせ自分達は、如何にお気楽で脳天気でも、立派な闇の住人なのだ。
こと相棒に関しては、この闇に引き込んだのは自分なのだと、
僚は常々、そう思っている。
元々、誰からも好かれ、人付き合いの大好きな彼女の世界を、
狭めているのは、自分なのだと僚は思っている。
口では、頑固ジジイだの、面倒臭ぇだの言っても、
そんな彼女の、数少ない大切な友人は、僚にとってもまた、大切なのだ。

何はともあれ、海水浴である。
結局、いつもの面々に声を掛け、参加者は僚と香。
伊集院夫妻。それに、ミックである。当初、かずえも参加する予定だったが、
どうしても仕事の都合がつかず、ミックは1人で参加する。
かすみや麗香にも声を掛けたが、かすみは大学のサークルの合宿と重なり、
麗香は生憎、仕事で遠方に行っている。
ビーチでの昼食は、バーベキューをする事になった。
BBQの準備担当は、伊集院夫妻。
ミックが、ビールやジュースの飲み物担当。
冴羽商事の2名は、おにぎりや簡単なオカズを準備する担当だ。
といってもこの場合、作るのは香で、僚の仕事は荷物持ちである。

当日の朝、香はまだ夜も明けきらぬ内から起き出して、
キッチンで1人、昼食作りに取り掛かった。
僚が目覚めて、キッチンへ顔を出した時には既に、
4人掛けのダイニングテーブルの上には、
所狭しと、おにぎりや唐揚げや、玉子焼きが並べられていた。
僚は内心、何人分だよ?と呆れ、
これだけの量の荷物を、ニッコリと微笑みながら、
容赦なく自分に持たせる相棒の姿が、容易に想像できて苦笑した。
きっとこの食い物以外にも、着替えやら、浮き輪やらビーチボールやら、
僚に手渡すのだろう。
香の中では、肉体労働担当、僚。という地位は、絶対的で揺るぎ無いのだ。
毎度の事ながら酷使しやがって、と思う僚ではあるが、
そんな事は、口が裂けても言えない。
言ったが最後、本日のランチは己だけコンビニ弁当になってしまう。

海へ向かう車中、赤いミニクーパーの2人は、
カーラジオに合わせてノリノリで歌を歌い、
取り留めもない、しょうも無いバカ話で笑い転げた。
香は、昼食のBBQを、とても楽しみにしている。
何度か、夏の冴羽アパートの屋上でみんなでやった事がある。
それ以来香は、BBQが大好きだ。
あればっかりは、大勢でやらないと美味しくない料理だ。
香にとって、食事の思い出や記憶の原風景は、
殆どが、兄にまつわるモノである。
兄妹2人の静かな食卓には、BBQの思い出は無い。
BBQだけは、僚が居る風景なのだ。
僚がいて、ミックや美樹やかずえや海坊主がいる。
兄との思い出は、勿論香にとって宝物だけど、
今の香の幸せは、僚がいて、友人たちがいて、みんなで楽しく過ごす事だ。
そこに、兄がいてくれれば、本当はもっと幸せだっただろうけど。

海に着いた頃には、香は助手席でグッスリ眠っていた。
無理もない。
明け方から、早起きして張り切って準備をした上に、
序盤の車内で、異常なハイテンションではしゃぎ過ぎた。
そんな子供みたいな相棒の寝顔を見ていると、
僚は何だか、起こすのが可哀相に思えて、
そのまま寝かせといてやりたい気持ちになったが、
そんな事をしようもんなら、当の相棒に何で起こしてくれなかったのかと、
ハンマーを喰らう事は、目に見えているので、仕方なく声を掛ける。
「お~~い、香ぃ~~。海、着いたぞぉ~~~。」
間延びした僚の声に反応して、香がガバリと起き上がる。
そこは私有地なので、コンクリートで固めたような駐車場など無く、
浜辺のすぐそば、ギリギリまでクーパーを横付けしている。
海坊主達とミックの乗った、ランクルもすぐ近くに停まっていて、
もう既に夫妻は、テキパキとアウトドアの準備に取り掛かっている。
さすがは元傭兵。夫婦揃って手際がイイ。
僚が手伝うまでも無さそうである。
ミックも傍らで、折り畳みのテーブルを組み立てている。
僚はクーパーの後部座席から、香が朝から張り切って作った食料の詰まった、
バカデカいトートバッグを、運び出している。

目を覚ました香が見たモノは、
それはそれは素晴らしい、浜辺の大パノラマだった。
「うぁっ~~~~!!!
すっごいっっ、キレイ~~~!!!」

思わず、大絶叫である。
寝起きとは思えぬ香の大声に、僚は後部座席から取り出したばかりの、
香が丹精込めて作った弁当を、あわやバッグごとぶちまける寸前だった。
少し離れたビーチでは、支度の手を止めて、他の3人もそんな香に目を細める。
香は、寝起きとは思えぬハイテンションで、助手席を飛び出すと、
おもむろにベビーピンクのTシャツの裾に手を掛け、一気に脱いだ。
僚は思わず、意味も無く焦ってしまい、
「お、おまぁっ、何やってんだ??急にっっ!!」
とツッコミを入れるが、香はまるで小学生のような無邪気な笑顔で、
「海に来たんだから、泳ぐのよっっ!!!」
と言うと、助手席のシートにTシャツを放り込み、
デニムのショートパンツも脱ぎ捨てる。
香はアッと言う間に、鮮やかなオレンジ色のビキニ姿になった。
オレンジ色に映える、白いパイピングが施された、
少しだけレトロなフォルムのその水着は、
絵梨子のデザインで、70´sを意識したモノだ。

唖然とする僚にも構わず、香は韋駄天の如く波打ち際まで走り去った。
香の目には、伊集院夫妻もミックも映っては無いらしく、
彼らの前も、楽しげに走り抜け、白い飛沫を上げながら海に飛び込んだ。
そんな彼女に、全員が笑顔になってしまう。
僚は苦笑しながら、
伊集院夫妻が組み立てたタープの下の日陰へ、荷物を運んだ。
随分遠くまで泳いだ香が、
「りょおもおいでよ~~、気持ちい~~よ~~。」
と大声で叫んでいる。
「香さん、ほんとに楽しそうね。来て良かったわ。」
美樹が、ニコニコと笑いながらそう言った。
僚は、小さく笑って美樹の言葉に頷くと、今度は香に向かって、
「かおりぃ~、あんま1人で遠くまで行くんじゃねぇぞ~、危ねぇぞ~~~」
と答える。香はそれを了解したのか、ヒラヒラと手を振って、
その近辺をスイスイと泳いでいる。

1時間ほど、泳いだりして海を満喫したところで、
もうそろそろ、お昼の準備始めましょうか、と美樹が言ったのを機に、
海坊主が、BBQの為の火を起こし始めた。
男達3人は、到着早々からビールを飲んでいるが、
汗と一緒にアルコールも蒸発してしまうのか、殆ど素面同様である。
もっとも、彼等にとって昼間から飲むビールなど、
ミネラルウォーターと、大差ない。
僚とミックは、ビール片手に砂浜に寝転んで、甲羅干しをしている。
少し離れた場所に座り込んで、何やら先程から1人で砂と格闘している香を、
2人は並んで、眺めている。
ミックは、ビキニ姿の香にあらぬ妄想を膨らませている。
僚は、真っ赤になった香の手足を見て、
今夜香はきっと、日焼けが痛いと言って涙目になるなと苦笑した。




香と兄が、父に連れられて海水浴に行ったのは、
香がまだ小学校に上がる前の事だ。
香の記憶の中で、唯一家族3人で楽しんだ行楽の思い出だ。
あの時、どこの海に行ったのか、幼かった香には解らない。
ただ夢中になって、砂遊びをしたのを覚えている。
よく考えるとあの時が、香が生まれて初めて見た海や砂浜だった気がする。
都会の真ん中の団地で育った香は、
団地の中の公園の、砂場の砂しか知らなかったから、
太陽の熱で温められて、サラサラとした海の砂が、
とても綺麗なモノに思えて、帰りに持って帰りたいとぐずって、
父と兄を困らせた。
バケツに汲んだ海の水を混ぜて、色んなモノを作った。
それは、団地の砂場の砂遊びの比じゃ無く、香はすぐに夢中になった。
元々、1人で遊ぶのは慣れっこだ。
いつもと違って、沢山の綺麗な砂を独り占めだと思うと、とても嬉しかった。
兄は高校生で、背だってすごく高いから、
香の足の届かないような、ずっと遠くの方まで泳いで行ってしまった。
父はパラソルの下で、そんな2人の子供たちを眺めながら、
のんびりラジオを聴いていた。
香は、砂でお家を作った。
父と兄と香の3人で、いつまでも仲良く暮らす、大きなお家。
お庭だってあるし、3人で一緒に眠る大きなベッドがある。
アルプスのハイジのベッドは、ワラで出来ているケド、
槇村家のベッドは、海の砂だ。
お昼間に太陽が温めてくれるから、寝る時もポカポカで温かい。
香が夢中でお家を作っていると、いつの間にか海から上がった兄が傍にいて、
「香、何を作ってるの?」
と優しく訊ねる。
優しい兄の笑顔が嬉しくて、香もニコニコ笑いながら説明する。
「これが、おにわでぇ、これはだいどころ。これは、ベッドなの。」
そんな香に、兄は頷きながら一層微笑んだ。
この時の香には、まだ良く解らなかった。
人が死ぬという事を。
父も兄も、永遠に一緒には居られないのだという事を。
この香の作った砂のお家も、風が吹いて、雨が降って、波に浚われると、
跡形も無く、消えて無くなるという事を。



香は、気が付くと砂でお家を作っていた。
あの家族3人で行った、海水浴。
ついさっきまで、すっかり忘れていたのに、サラサラの砂を触っている内に、
鮮明に思い出した。
ココに来てからすぐは、みんな泳いでいたのに、
男達3人は、サッサとビールを飲みだして、折角の海なのに、
砂の上で、ゴロゴロしている。
僚もミックも、若作りしてるけど、実際はオヤジだからね~~、
なんて思いつつ、香は砂を掘る。
表面は太陽の熱で熱くて、サラサラしてるけど、
少し深い所に、手を突っ込むとヒンヤリとして湿っている。
香はその感触が、何かに似ていると思ったけど、その何かが思い出せない。
ボンヤリしながら作る、砂のお家はどことなく、あのボロアパートそっくりだ。
僚と2人のいつもの部屋。

いつか波に浚われて、消えて無くなるのかな。僚も、私も。
もしも、その時が来るのならば、2人一緒が良いな。
お父さんみたいに、兄貴みたいに、たった1人で死んじゃうのはヤダな。
私みたいに、1人取り残されるのも。
だから、その時は2人一緒に、どうか・・・・



「何、作ってんだよ?」
僚がそう声を掛けると、香は虚ろな眼差しで小さく呟いた。
「・・・お家。」
僚には、香の考えている事までは、良く解らないけれど、
何故だか、目の前の香が今にも波に浚われてしまいそうで、
つい1時間ほど前には、まるで子供のようにはしゃぎ、
駆け回っていた彼女とのギャップに、理由の解らない胸の痛みを感じた。
心臓を強く鷲掴みされたような、切ない感情。
雰囲気を変えようと、僚は殊更明るく
「バーベキュー、始めてっぞ。おまぁ、朝から楽しみにしてたろ?」
と言ってみるモノの、香は未だどこか上の空で、うん、と答えるだけだ。
僚は思わず香を抱き締めて、キスをした。
戻って来いと。
彼女の足元に忍び寄る、目に見えない冷たい波から、まるで連れ戻すように。
次の瞬間、唇を離した僚の目に映った香は、
真っ赤になって固まっている、いつもの香で、僚は、ホッとした。
抱き締めた、うなじから背中にかけて真っ赤に日焼けしている香に、
「おまぁ、これ絶対、夜になったら熱出るぞ。」
と僚は苦笑した。


BBQの準備が整って、香を呼びに行く時に、
どちらが行くかで、僚とミックが暫し、くだらない攻防を繰り広げた事。

3人に見られながらキスをした、僚と香が散々冷やかされた事。

夕方、爺さんの家を訪れて、久し振りに再会した香が大喜びした事。

爺さんと妙に意気投合した男達が、
明け方近くまでドンチャン騒ぎで、飲みまくった事。

朝の畑で、香が感激しながら、新鮮な野菜を摘んだ事。

次の日もまた、海に行って沢山泳いだ事。

僚と香は、まるで小学生の夏休みのような思い出をたくさん作った。
2人が子供の頃には、作る事が出来なかった平和な思い出。
それでも今の2人には、これからたくさん作る事が出来るのだ。
これから先も、ずっと。








子供みたいにはしゃぐ、カオリンが好きでっす(′∀′)
でもきっと、そのバディには大人の色香が漂うのでっす。最強でっす♪
この後の後日談も考えているので、また後程UPしまっす♪
[ 2012/06/10 08:21 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

槇村香を巡る変態男と盗撮犯の暑苦しい攻防

※ このお話しは、『砂のお家』という、海水浴のお話しの後日談な感じでっす。それぞれ別々に読んでも、意味は分かりまっす(′∀′)
でも、ぜひぜひアチラのお話しも読んで戴けたら嬉しいでっす☆☆☆

それでは、ど~~ぞ~~↓↓↓↓↓







8月初旬、新宿・歌舞伎町。
季節柄、夜7:00過ぎでも、まだ夕方のように明るい今日この頃。
もっともこの街は、年がら年中一晩中、明るいし、暑苦しい。
そんな不夜城のほど近くに、サエバアパートはある。
さすがに煌びやかなネオン街から、少し離れているモノの、徒歩圏内である。
住宅街とは、言い難い。
この辺りに住まうのは、殆どが夜の世界の人間か、
もしくは、裏稼業の人間ぐらいのものである。
アパートとはいうモノの、
一応、鉄筋コンクリート造7階建ての、住居用ビルである。
部屋数も、そこそこある。
1階には、広々としたガレージもあり、地下には射撃場まで備えているが、
勿論、地下は非合法なので、登記上は地上7階建てとなっている。
地下の存在と、このビルのオーナーの素性については、
文字通り、アンダーグラウンドの世界である。

過去には、6階部分にセスナ機が突っ込むという、珍事にも見舞われた。
家主の職業柄、および彼の相棒による、度重なる破壊活動の結果、
築年数の割に、老朽化が激しいのが玉にキズである。
それでも、立地の良さや利便性を鑑みれば、
募集さえすれば、入居者もそこそこ見込める物件だ。
しかし、このビルの住人はここ数年、たった2人きりだ。
家主である新宿の種馬こと、冴羽僚と、その相方の槇村香だ。
この大都会のど真ん中で、これだけの空き部屋を遊ばせている等、
贅沢と言えば、贅沢な話だが、
如何せん彼らの業務上、このビルに関係者以外を招き入れる事は、
非常に危険なので、致し方ない。
通りすがりの陽気な通行人にしてみれば、ただの寂れたオンボロビルで、
風景の一部と化した、地味なビルに見えるらしい。
好き好んでこのビルに寄って来るのは、
家主の寝込みを襲おうと企てる、愚かな輩ぐらいである。

しかし何故か、関係者である友人・知人の類は、
呼んでも無いのに頻繁にやって来る。
向かいの似たようなビルに居を構える、
見た目だけは完璧な、アメリカ人ジャーナリスト。
怪しげな薬を発明しては、
その効果のほどを人体実験しようとする、女科学者。
見た目だけでは、職業・年齢不詳の、色気全開の女刑事と、その妹たち。
若い女性に人気のブランドを率いて、世界で活躍するデザイナー。
近所で喫茶店を営む、同業者夫妻。
彼等の辞書に、『遠慮』という2文字は存在しない。
ほぼ、我が家同然に、サエバアパート6階へ訪れる。
しかしそんな彼等に、
「少しは、遠慮しろ。」
と苦言を呈するのは、家主である冴羽僚ただ1人で、
彼の最愛にして、最強のパートナー槇村香嬢に於いては、
彼とは、正反対のスタンスを守っている。
千客万来、来る者拒まず。
いつ何時でもホスピタリティ溢れる、おもてなしの心である。
たとえ家主であろうと、彼女に頭が上がらないのが冴羽家の掟である。
実際嬉々として、彼等を迎え入れ、コーヒーを淹れ、お茶うけを出し、
楽しげに談笑するパートナーが、最凶に可愛かったりするもんだから、
僚としては、苦笑しつつも放任主義に徹するしか、術は無いのだ。
彼女がそんな風だから、件のジャーナリストやデザイナーなど、
彼女の信奉者たちは、何時間だろうと構わず長居する事も多々あって、
正直、僚は辟易している。
とりわけ、ミック・エンジェルには。



まだ、外は明るい午後6:00。
僚は早々と、風呂に浸かっていた。
日課のナンパから戻ると、上機嫌の香がニコニコしながら、
「汗掻いたでしょ?お風呂沸いてるよ。」
と言ったからだ。
そんな香のゴキゲンに乗じて、僚が
「んじゃあ、一緒に入ろう♪♪♪」
と鼻の下を伸ばしたら、それは香的には不可だったらしく、
見事な張り手が、僚の左頬にクリーンヒットした。
香、曰く。
「僚と一緒に入浴したら、汗を流しているのか、汗を掻いているのか、分からなくなる。」との事。

夏場になると、香は暑がりの僚の為に、青い入浴剤を入れてくれる。
湯は熱いのに、異常なまでのメンソール成分で、
湯上りはスースーするという、微妙なシロモノである。
しかし僚にとっては、この青い湯の良し悪しは、問題では無いのだ。
大切な事は、香が僚の為だけに、日常の些細な事柄に気を配ってくれる。
その事実だ。
公私ともに正真正銘、僚の良き『相棒』となって、早数ケ月。
極度の恥ずかしがりなので、香の口から、
『好き』だの『カッコイイ』だの『僚が1番』だの、
『僚と同じベッドじゃないと、カオリン夜も眠れないの(はぁと)』だの、
まだ、1度として言って貰った事は、無い。
僚にとっては、こんな風に身の回りの色々を、心を込めてやってくれる、
その事実こそが、彼女からの愛の証なのだ。

それでも、彼は言って貰いたいのである。
『僚と一緒じゃなきゃ、カオリン眠れないの(涙) りょお、一緒に寝よお(ラヴ)』
きっと、相手が彼女なので一生無理である。
したがってこれは、あくまで僚の妄想であり、
僚は日がな1日このような妄想に耽っている。いっそ、変態だ。
僚は脳内で、香に言わせてみたいナイスな台詞BEST5を妄想しながら、
風呂から上がり、脱衣所に用意されたフカフカのバスタオルで、体の雫を拭う。
そんな僚に、そばに置かれた扇風機から、そよそよと心地よい風が当たる。
入浴剤のメンソール成分と相まって、涼しさ倍増である。
この扇風機もまた、僚の為に香が置いてくれたのだ。
時には、ビンタを喰らったり、ハンマーで叩き潰されたり、
簀巻きで屋上から吊るされたりするモノの、
結局のところ、彼が彼女に溺愛されているのは、紛れも無い事実なのだ。

香が用意してくれていた、Tシャツと短パンを身に付け、僚はキッチンへ向かう。
ホントは、風呂上りには全裸が1番なんだけど、
香とのこの数年の生活で、僚はすっかり、躾けられつつある。
キッチンの方から、何やら旨そうな匂いが漂って来る。
(今日は生姜焼きかっっ!GJ、香。)
何はともあれ、まずは風呂上りのイッパツ、もとい、一杯である。
僚がビールを求めて、キッチンのドアを開けると、
香が夕飯の支度に、忙しなく立ち働く後姿が見える。
僚が冷蔵庫から、キンキンに冷えた缶ビールを1本取り出して、 
テーブルに着くと、まるで見計らったかのような絶妙なタイミングで、
これまた絶妙な塩加減の、枝豆がスッと出される。
「ゴメンね。ご飯、もうちょっとで出来るから、先にビール飲んで待っててね。」
そう言って、ニッコリ笑う香。
この日の僚の機嫌は、ココへきてMAXである。
言う事無しじゃね?今日の俺の1日。などと考えながら、僚の頬は自然と緩む。

こんな幸せを自分のような男が、味わってもイイのだろうかと、
有頂天まであと一歩のところで、
フト、僚の視界の片隅に、テーブルの端っこに適当に置かれたモノが映る。
あれはどうやら、写真の束。
結構な枚数あるのが、見て取れる。
それを自分の元へ、手繰り寄せながら、
あくまでも平静を装った僚が香に訊ねる。
「なぁ、香ぃ?」
「ん~~?なぁに~~?」
香は僚に背を向けたまま、手を休める事無くのんびり答える。
「この写真、何?」
手元に引き寄せた、夥しい写真の数々には、
オレンジ色のビキニを身に付け、楽しげにはしゃいでいる香の姿が写っている。
他のメンバーも、チラホラ写ってはいるが、
明らかにピントは、香に合わせてあり、
よくもまぁこんな枚数香だけを写したモンだと、僚は一瞬感心しそうになったが、
この写真の数々を撮影した、エロ天使の事を考えると、
僚のコメカミに、青筋が浮かぶ。
あと一歩で有頂天だった男は、一気に不機嫌モードに突入した。

とりわけ、僚が今手にしている1枚。
BBQの最中である香は、
唇の端にBBQソースを付け、肉を頬張り、満面の笑みである。
まるで子供のような、その表情とは対照的に、
オレンジのビキニ姿のその身体は、
その辺のチンチクリンのグラビアアイドルなど、足元にも及ばない程の、
極上ボディであり、その幼い表情とのギャップが妙にエロい1枚だ。
こんな写真を、アイツ。あのバカ天使が、自分よりも先に目にした事が、
僚は異常に腹立たしい。
そんな僚の苛立ちなど、知ってか知らずか香は相変わらず呑気で、
「あぁ、それね。さっき僚が出掛けてる時に、ミックが持って来てくれたの。この前みんなで、山田さんとこの海に行った時のだよ。」
そう言って振り向くと、香はニッコリ笑った。
その香の微笑みに、多少毒気を抜かれたモノの、
やはりムカつくモノは、ムカつくので。
「何で、おまぁばっかなんだよっっ!!俺、1枚も写ってねぇじゃん。」
と、多少焦点をずらした言い回しで、遺憾の意を顕にする。
確かにこのBBQでの1コマ。
この香の隣には、間違いなく僚がいる筈なのに、
ミックはちゃっかり、フレームの外へ僚を追いやり、
僚は、僅かに左腕が見切れているだけである。

「え~?僚は写真撮られるの嫌いでしょ?私もミックに、僚のは1枚も無いの?って訊いたんだけど、僚は撮られるの嫌いだから、撮らせてくれなかったんだよって、ミック言ってたよ?」
そう言って、香はクスクス笑った。
あの時、ミックが張り切って一眼レフなど準備してきた事を思い出して、
僚は改めて、ミックに対する殺意を覚えた。
(あの野郎、普段は取材の時でも、適当にデジカメで済ますクセにっっ、殺す!)
これは、制裁決定である。
必ずや、ネタ元は根こそぎ没収して、処分してやる。
もしも、パソコンにデータを取り込んで、保存などしていた暁には、
パソコンもろとも、パイソンでハチの巣にしてやる。
そんな僚の、どす黒いヤキモチなど、全く意に介していない香は、
ミックの写真の話題など既に終了した模様で、
話題は、件の山田氏の話しに移行している。
山田とは、元依頼人の爺さんで大地主であり、
先日、彼の私有地の浜で海水浴をしたのが、この写真の発端である。

「・・・それでね、またスイカ送って来てくれたんだよ。今、冷やしてるから、ご飯の後に食べようね♪」
楽しげにそう言いながら、茶碗にご飯をよそう香に、僚は思わず苦笑する。
ミックがどんなに張り切って、香に媚を売ったところで、
まるで、香には通じていないのだ。
香にとっては、生姜焼きも、スイカも、ミックの写真も、どれも同じ。
何ひとつ、特別では無いのだ。
「秋になったら、お芋掘りも出来るんだって。栗拾いも!!!ねっねっ、また行こうね?」
目の前で、ご飯を頬張りながら楽しげな香に、僚は、
「何だよ、食いモンばっかじゃねえか。」
と答えつつも、次の季節の約束を、無意識にねだる香が心底愛おしい。
「おまぁ、ちょっと気が早ぇよ。まぁだ、夏真っ盛りだぜ?」
「じゃあ、また海にも行こうね♪今度は、僚と2人だけで行きたい。」
少しだけ、頬を染めてそう言う香。
図らずも、先程僚が1人、風呂場で妄想していた、
香からのデートのお誘いの台詞を聞く事が出来た。

僚が1番聞きたいのは、ホントは香からのベッドへのお誘いの台詞だが、
この際、贅沢は言わない。
一旦、どん底まで下がった僚の機嫌も、少しづつ浮上して来た。
ミックは、いつだったか僚の事を、
『スケベをこじらせた、変態という名の手の施しようの無い病気』
だと言った事がある。
しかし僚からしてみれば、ミックはストーカーで覗き魔の、盗撮犯である。
変態という犯罪は無いが、ストーカーは立派な犯罪である。

あんの、色魔めっっ!!明日はキッチリ、成敗してやるっっ!!

生姜焼きの横に盛られた、大量のキャベツの千切りを口一杯に頬張り、
気の抜けた表情で、モシャモシャと口を動かす僚は、
その表情とは、裏腹になかなか物騒な事を考えている。




夕食後、洗いモノも済ませ、香はスイカを切っていた。
先程の僚との遣り取りを思い出して、思わずクスリと笑ってしまう。
実を言うと、ミックの写真の件で、
1つだけ、僚には内緒にしている事がある。
午後ミックとお茶を飲みながら、例の写真の数々を見ていた時に、
香は、ミックに訊ねた。
「どうして、僚の写真が無いの?」
ミックが、良かれと思って自分の写真を撮ってくれたのは、嬉しかったけど、
正直言うと、香は少しだけ期待外れだった。
これまで、僚の写真は、香が高校生の時に隠し撮りした、
あの変顔写真、1枚きりだ。
もしかしたら、ミックならもっと上手に、
僚のちゃんとした写真を、撮ってくれているかもしれない。
そう思って、ワクワクしながら写真を見ていたけど、
写っているのは自分ばかりで、ミックには申し訳なかったけど、
ちょっぴり、ガッカリしていた。
訊ねた香に、ミックはニヤッと笑うと、
「ん~~、あるにはあるんだけどね・・・」
と言って、勿体ぶって香に1枚の写真を手渡した。

「・・・っっ!! い、いつの間に、こんなの撮ってたの?!」
「ホラ、リョウのやつ、写真嫌いだろ?まともに写そうとしたら、ヘンな顔ばっかりするからさ、少し油断してる隙にパシャッとね。」
真っ赤になって照れる香に、
ミックは飄々とそう答えると、悪びれもせず香にウィンクを寄越した。
それは、夕日の中で僚と香が並んで座り、キスをしている写真だった。
勿論、そんな事はミックの口から出任せだ。
そもそもミックは、端から香しか写す気は無かったし、
そんなキスシーンの写真を撮ったのも、
こんな風に真っ赤になって、照れる香を見たいが為であり、
それ以外の意図は無い。
「この写真、リョウに見せたら恥ずかしがって、捨てちゃうかもしれないから、カオリが大事にしまっとくとイイよ。」
ミックの邪なスケベ心など、微塵も疑わないピュアな香は、
こんな、天使という名の悪魔の囁きに、素直にコクンと頷いた。
理由はどうあれ、香にしてみれば、その1枚は大切な宝物である。
きっと自分が死ぬまで、誰にも僚にも見せない、大事な宝物。
その写真を、兄の写真が収まったあのフレームの内側に仕舞った。

「お待たせ~~~」
リビングに戻って来た香の手には、
いつもより一回り大きなお盆に乗せた、スイカがあった。
いつもなら、決まって食後のコーヒーを飲む2人だけど、今日はスイカである。
たまには、これもイイかと微笑んだ僚は、その瑞々しい赤い果肉を頬張った。
夏はまだまだ、これからだ。
変態とストーカーの、暑苦しい攻防も、これから一段と、激しさを増す。








リョウちゃん帰宅時の、カオリンの機嫌の良さは、
実は、キッス写真の効果なのでっす(≧ш≦)
ミック氏、裏目。
思いの外、腹黒いミックとリョウちゃんのお話しになっちゃいました♪
[ 2012/06/10 19:56 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

スローバラード

依頼を終えた帰り道。
俺達のアパートへはまだ、道のり遠く。
もうそろそろ、日付が変わる。
俺達は、いつにも増して大暴れの末、泥のように疲れていて。
相棒は、助手席でウトウトと舟を漕ぎ始めた。
生憎、体力には自信のあるこの俺も、
正直この数日、事件の正念場で気ィ張りっぱなしの睡眠不足。
このまま居眠りでもして、相棒諸共あの世行きなんて事になるのは、
真っ平御免なので、暫し仮眠を摂る事にした。


残念ながら俺達2人は、
ラブホで仲良くお泊りなんて、色っぽい関係じゃねぇから。
何処か、愛車を停められそうな場所を探す。
そして見つけたのは、郊外の大きな運動公園。
昼間なら、学生野球の試合があったり、
ジョギングやウォーキングに勤しむ、中高年がいたり、
犬の散歩なんかする、近所の住人がいたりするんだろうが。
こんな真夜中には、誰もいない。
結構大きな駐車場もある。
俺は迷わずクーパーを停めた。


車を止めた気配に、相棒が目を覚ます。
「ん~?りょお、ウチ着いたのぉ?」
香が目を擦りながら、訊ねる。
その寝惚けた舌っ足らずが、ガキみてぇだななんて思うと、フト口元が綻ぶ。
「いぃや、まだまだ。俺も眠ィから、ちょっくら仮眠。」
「うん、わかった。ゴメンね、疲れてるのに。りょおばっか、運転させて。」
「ばぁか。気にすんな。おまぁも、もうチョイ寝ろ。」
「・・・ぅん。」
そう返事をしながら、香はまた眠りの中に引きずり込まれていった。


俺は、後部座席に積んである、ブランケットを引っ張り出すと、
半分を香に掛けて、もう半分を自分に掛けた。
助手席のシートを静かに倒してやり、自分のシートも倒す。
眠気覚ましにと、大音量で喚いていたカーラジオのボリュームを絞り、
シートに横たわる。
すぐ傍で微かに寝息を立てる、香の真っ白な頬を見つめる。
長い睫毛が、白い頬に影を落としている。
なんて、無垢なヤツ。
俺は、コイツが好きだ。
あれは、いつだったか。なんかのはずみで、そう言ったら、
この真っ白な頬を、真っ赤に染めて泣いてしまった。
でもそれは、
悲しい涙では無かったから、その後2人して顔を見合わせて笑った。


それまでの俺は、コイツを泣かせてばっかりで。
嬉しくて泣いている香を見たのは初めてで、妙に照れ臭かった。
それまでどうしても言えなかった、一言は。
言ってしまえば、意外と難しい事でも無く。
アッサリと簡潔に、香にも伝わった。
それから暫く、俺達に何か劇的な変化が起こった訳では無い。
それでもこうして、1枚のブランケットを2人で分け合う事や、
そっと手を繋ぐ事を、少しづつ自然と出来るようになってきた。
ブランケットの中で、香の華奢な手をそっと握る。
嘘みたいに、細い指。
俺よりも、少し低い体温。
手の中でヒンヤリとして、妙に心地良い。


ふと、カーラジオから、懐かしい音楽が流れてきた。
それは、俺がまだ、ケニーと組んでやっていた頃。
ケニーがよく聴いていた、オーティス・レディングという黒人歌手。
飛行機事故で若くして死んだという彼を、俺は良く知らない。
だけどケニーは、彼の歌が好きでよく聴いていたし、口遊んでいた。
あの時の俺には、音楽を楽しむ程の、心のアソビは無かった。
俺の心は、パツンパツンの風船みたいに張り詰めていて、
少しでも触れると、破裂しそうだった。
そしてその当時は、その事自体気付いてはいなかったが。
今にして思えば、全く余裕の無い生き方をしていた。
いつ死んでも、イイ。そう思っていた。


今こうして、香を隣に感じながら聴くそのスローバラードは、
あの時ケニーと聴いた、あの曲と同一のモノとは思えない程に、
甘く、切ない。
俺の心に、静かに染み渡って行くのが解る。
あぁ、こんなにも切ない歌だったのかと、今初めて気が付いた。
香と暮らして初めて、
清潔なシーツの心地良さを知った。
炊きたてのメシの旨さを知った。
灯りの点いた家に帰る温かさを知った。
誕生日を祝ってもらう喜びを知った。
無条件に俺という人間を、受け入れてもらえた。
そして、
初恋を知った。
今夜ココで、音楽を知った。
人間らしい心というモノを、俺に教えてくれるのは、いつでも香だ。


疲れているのに、神経は昂ぶってなかなか眠れない。
だから、綺麗な相棒の寝顔を見つめていると、
彼女の唇が小さく震えて、何かを呟いた。耳を澄まして、良く聴いてみる。

「・・・・りょう・・・天誅!!」

って、夢の中でまでハンマー振り回してんの?香チャン。
思わず笑ってしまう。
気が付いたら信じられない程、穏やかな気持ちになって。
自然と眠り込んでいた。



ふと目が覚めると、クーパーの中だった。
そういえばさっき、僚が仮眠するって言ってたっけ?
隣では、僚がスースー寝息を立てて眠っていた。
無理もない。
ココの所、あんまり寝る暇なくて、最後の最後であの大暴れだもんね。
きっと、疲れてるんだろう。
何だか温かいと思ったら、僚の大きな手が私の右手をしっかりと握っている。
僚は体温が高いから、僚の手はいつも温かい。
その上大きくて、こうやって手を繋いでいるだけで、とても気持ちイイ。
何だかとても、安心できる。
僚の傍に居るだけで、どうしてこんなに落ち着くんだろう。
この世の中に、怖いモノなんて無いように思えてくる。
僚と一緒なら、どんな真っ暗闇もきっと、怖くない。
悪い事なんて、1つも無い。


いつもより、少し無防備なその寝顔に、胸が締め付けられる。
その時、僚が小さく呟いた。
それは、私が初めて聞いた、僚の本当の寝言。
とても、幸せな幸せな寝言。
私はきっと、この言葉を一生忘れられないと思う。


香は、微笑みながらもう1度瞼を閉じた。
眠る2人の傍らで、カーラジオからはスローバラードが流れていた。





I've been loving you too long to stop now
You're tired and you want to be free
My love is growing stronger
As you become a habit to me,ooh
Been loving you a little too long
I don't want to stop now,oh

With you my life has been so wonderful
I can't stop now
You're tired and yuor love is growing cold
My love is growing stronger
As our affair,affair grows old

I've been loving you a little too long
I don't want to stop now,oh・・・・・







RCサクセション「スローバラード」
オーティス・レディング「愛しすぎて(邦題)」
という、2曲を絡めてイメージを頂きました。

ワタクシにとっては、神様のような2人のミュージシャンの、
奇跡のような名曲に、余計な駄文をくっ付けてしまいました(汗)

近いうち、天罰が下る事を危惧しておりまっす(((;゜Д゜)))ジーザス
[ 2012/06/28 20:39 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

のら。

鋭い日差しが照り付ける、昼下がり。
太陽はピークを過ぎた筈なのに、一向に気温の変化は無い。
僚は、年がら年中ジャケット着用が、常だけど。
それでも、こんな季節には、耐えられないので、
最近は、長袖のシャツを羽織る事にしている。
さすがにジーンズの腰に差した、『相棒』を人目に晒す訳にはいかない。

こんな日は、とっとと家に帰って、水浴びでもして昼寝をしようと、
僚は、自宅アパートに向かって、歩を進める。
そんな僚の前方に、見知った後ろ姿。
僚のお下がりのジーンズを腰で穿いて、
暑さ対策か、イヤに露出の激しいチャコールグレイのキャミソールを着ている。
素材こそ綿のシンプルなモノだが、
香の白い肌と滑らかな肩甲骨が、健康的な色気を醸し出している。
キャミソールとジーンズの狭間から見え隠れする、腰のライン。
ふとした瞬間、浮き上がる背骨に沿ったえくぼの陰翳。
肩から真っ直ぐに伸びた、スラリと細く長い腕。
その華奢な腕には、重たそうなエコバッグが提げられている。
どうやら、買い物帰りらしい。

僚が後ろ姿を見詰めている事など、全く気付かず、
彼女もまた、自宅アパートへと真っ直ぐ歩を進める。
途中、幾人かの情報屋のオッサン共に声を掛けられ、元気に応える。
彼女は、暑かろうと寒かろうと、いつだって元気だ。
それは、彼女の美徳の1つだと、僚は思う。
香にはチャームポイントが沢山あって、僚は香を愛しているが、
その反面、顔見知りでオッサンとは言え、
気安くその辺の男に、応えてんじゃねぇなどと、少しだけムッとする。
彼女は自身の価値に、全く自覚が無い。
自分がどれだけ、美しいのか。どれだけ、他人を惹きつけるのか。
見ていて僚は、いつもヒヤヒヤしている。
人懐っこいカワイイ仔猫ちゃんが、いつか誰かに気に入られ、
連れて行かれるんじゃないかと。
ソイツは、野良じゃねんだよ、俺んだよ。
こう言えたら、どんなにスッとするだろうかと、僚はいつも思っている。

「香。」
香が顔見知りに声を掛けられる事、5人目。
堪りかねて、僚が香に声を掛ける。
こうして2人で並んで歩いている限り、大した用も無い連中は少しは遠慮する。
良く知った、穏やかな声に香は振り返ると、ニッコリ微笑んだ。
その笑顔が、他のどんな相手に対するよりも、
親密で楽しげに見えるのは、きっと僚の自惚れや思い込みでは無い筈だ。
「りょお、今帰り?」
「あぁ。」
そう言って、僚は自然と香の隣に並ぶ。
未だ、手を繋ぐどころか、その大変そうな荷物を持ってやる事すら、
僚はスマートに出来ないでいる。

これが、飲み屋の女の子や、美樹やかすみや麗香や、何の下心も無い相手なら、
幾らでも、出来るのに。
香にだけ、優しくして遣れない。
僚はそんな自分を、どれだけお子様だよと自嘲するが、
香は不思議と、そんな僚を変だとは思っていないようだ。
恐らく、端から僚に甘える気が無いようだ。
そう考えると僚は、優しくはして遣れないクセして、いっちょ前に僻んだりする。
だって、ミックなんかが香に優しくしたりすると、香はちゃんと喜ぶのだから。
男心は、いつだって複雑なのだ。誰にも、理解と共感は得られないが。
そんな僚の『男心』を知ってか知らずか、
香は隣で、楽しそうに今晩のメニューについて、僚に話し掛ける。
僚は全くの上の空で、話しを聞いてる振りで、
香の華奢な二の腕や、鎖骨や、首筋に見惚れている。

あの真っ白な肌に、紅い鬱血の痕を残したい。
誰の目にも触れないように、自分の部屋に閉じ込めて一生飼っていたい。
暑さのせいか、僚の脳ミソも沸騰寸前だ。
な゛ぁ゛ぁああ~~~
僚の邪念を断ち切るかのように、妖怪のような鳴き声が2人の間に割って入る。
薄汚れて、痩せこけた黒い野良猫。
香の足元に頭を擦りつけて、幸せそうに黄色い瞳を細めている。
喉の奥を小さく震わせて、まるで痰の絡んだジジイのような音を発している。
どうやら、僚の相棒に挨拶をするのは、オッサンたちだけではないようだ。
人間たちには、僚がひと睨み利かせるだけで、威嚇になるが、
幾らこの辺りで、僚の顔が広くても流石に、猫には通用しない。
顔の広さでは、どうやら香が上らしい。

「あら、クロちゃん。久し振り。」
やっぱり、コイツは香の顔見知りだった。
僚は内心苦笑して、立ち止まった香に付き合って、
炎天下の中、灼けたアスファルトの上に立ち止まる。
香は、エコバッグの中を、何やらごそごそ探ると、
ニッコリ微笑んで、あるモノを取り出した。
1回使い切りタイプ、鰹節の小袋だ。
つい今しがた買って来たそれを取り出して、後の荷物は僚に持たせる。
その自然な挙動に、僚も思わず突っ込む事も忘れて、素直に従う。

香の掌をピチャピチャ舐めて、鰹節に舌鼓を打つ野良に、僚は若干嫉妬する。
僚は猫になりたいと思う。
もしも自分が猫なら、香を危険な目に遭わす事も無い。
もしも自分が猫で、香に飼って貰えたら、きっと香を幸せにしてやれる。
香がエサをくれたり、手入れしてくれるお礼に、香に一杯甘えてやる。
香に近付く男を見極めて、くだらない奴だったら、威嚇して噛み付いてやる。
「俺、生まれ変わったら猫になる。」

突然、死後の世界の話しを始めた僚に、香は目を丸くする。
香は僚が、生まれ変わったら、なんて話しをするとは思わなかった。
「どうして?」
香が訊ねる。僚は薄く微笑むと、
「ん~、何となく。」
と、お茶を濁す。
そして、取って付けたような、理由を披露する。
だってホラ、何もしなくても生きてけるじゃん。
俺だったら、旨いモン食わしてくれそうなモッコリ奥さんが居そうな家を、
数件確保してさぁ、エサは毎日ローテーションで各家庭を巡回すんの。
それ以外は、昼寝したり、雌猫さん見つけて交尾したり、平和に過ごすの。

香は、もしも生まれ変われるのなら、もう1度自分になって、
もう1度、僚と出逢って、やっぱり僚と一緒に生きて行きたいと思っていた。
だけど少しだけ、僚の話しを聞いて、猫も良いなと思う。
交尾云々は、ちょっと香には解らないけれど、
1日中、昼寝をして、ご飯を貰って、ナデナデして貰って。
そして、やっぱり同じ猫の僚と、追いかけっこして遊ぶ。
きっと、楽しそうだと香も思う。
「じゃあ、私も猫がイイ。」
香がニッコリ笑う。

ニッコリ笑った香が、じゃあ自分も猫になりたいと言った。
僚は何故だか、胸が一杯になった。
多分、2人とも言葉にしないだけで、思いは同じだと、僚は思う。
この世の中が、自分と香の2人だけだったら、どんなにか幸せだろう。
誰にも邪魔されず、平和で真ん丸な世界。
そこでなら、僚は香に素直になれそうな気がする。
猫になりたい2人は、都会の片隅で今日も静かに日々を暮している。
あのアパート以外、帰る場所など無い2人は、きっと気楽で幸せな、

のらねこだ。








灼けた舗道の上、2人とも熱中症に注意でっす。
私の中でカオリンは、野良猫さんにモテそうなイメージ。
[ 2012/08/02 23:56 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

水遊び

8月某日、15:23、気温35.7℃

僚が日課のナンパから戻り、玄関を開けると、
彼の最愛にして最強の相棒、槇村香嬢の天真爛漫な歌声が響き渡っていた。
きっとその歌声の発生源は、バスルーム。扉は開いているのだろう。

「何してんの?」
僚の問いに、香のゴキゲンな歌声がピタリと止む。
香は泡だらけのスポンジを手に、僚を振り返る。
彼らの部屋の浴室は、よその同じようなアパートに比べると、格段に広い。
バスタブなど、規格外の体格の2人でも一緒に入れるほどだ。
泡だらけの床のタイル。洗面器に、イス。
シャワーホースも、ヘッドも泡だらけ。
ついでに、相棒の鼻の頭にも、チョコンと泡が乗っている。

そして当の相棒の出で立ちは、グレーのフレンチスリーブのTシャツに、
全面にスパイダーマンのプリントが施された、女の子用ブリーフ。
手足は勿論、泡だらけ。
香は、何訊いてんの?とでも、言いたげに首を傾げると、
「ん?お風呂掃除。」
と答える。それ以外、何をやっているように見えるのか、香には疑問だ。

僚は思わず、苦笑する。
いや、そうじゃ無くて、と内心思う。
何で、パンツとシャツだけでやってんのかって事だ。
チラリと、脱衣所を振り返ると、昼飯時に香が穿いていた、
チノのカプリパンツが畳んで置いてある。
まぁ、濡れるから脱いだんだろうケド、なんて無防備なと僚は思う。

生憎この部屋は、彼ら2人の住まいだが、友人知人の類はほぼ無断で上がり込む。
冴子や麗香になら、香のこんな姿を見られた所で構やしないが、
若干1名、油断ならないヤツがいる。
「…おまぁ、いつもそんなカッコで掃除してんの?」
僚は素っ気なさを装いつつも、独占慾丸出しでそんな事を訊く。
一方の香は、さも当然の如くコクンと頷く。
「だって、ズボン濡れるでしょ?」
いや、そうかもしれないケド、と僚は思わず軽く溜息を吐くが、
相変わらず僚の考えている事など、解っていない相棒は、
それが何か?といった風でポカンとしている。

そんな香を見ると、僚は何だか自分1人ヤキモキしているみたいで、
急に可笑しくなって、プッと吹き出す。
香は僚の思考回路の流れなど、理解不能なので更に首を傾げる。
「変なの。暑くてオカシクなったんじゃない?」
ニヤッと笑ってそんな事を言う、泡だらけでカワイイ相棒に、
僚は微笑むと、そうだな。と、小さく呟く。
「おまぁは、涼しそうだな。」
「じゃあ、僚も一緒にやろうよ。」
そう言って、香は自分の持っているスポンジとは異なる形状のブラシを差し出す。

えぇ~~、ヤダよ。
涼しいよ。2人でやればすぐ終わるし。
…っち、しゃあねぇな~~。

僚はブラシを受け取る。
「あ、僚。ジーンズ脱いだ方が良いよ、濡れるから。」
香にそう言われて、僚もパンツとTシャツになる。
香は何の気なしに言った一言だが、僚は脳内が常に発情期なので、
香に脱げと言われただけで、あらぬ事を妄想しニヤリと笑う。
勿論、鈍感で天然な恋人は、
気付くはずも無く、一生懸命風呂場のタイルを磨いている。

僚は香の手の届かない高い場所を磨きながら、コッソリ香を観察する。
一生懸命磨いている香は、薄っすら汗をかいている。
柔らかい襟足のクセ毛が、少しだけ湿って小さくカールしている。
薄手のコットンのTシャツは、香の背中にぴったり張り付き、
ブラジャーのストラップの形が、クッキリ浮き出ている。
泡まみれの真っ白な手足。
今まで僚が遊んだ女の子達は、皆セクシーな下着を身に付けていた。
もしかするとそれには、セックスをするという目的があったからかもしれないが、
スパイダーマンの絵のついたブリーフを穿いてる女の子など、
香以外で、僚は知らない。

勿論香も、カワイらしいレースのヒラヒラした上下を着ている事もある。
僚が香に、少しだけ大人っぽいヤツを買ってやる事もある。
それでも意外と香には、ブリーフやボクサーパンツも似合っていて、
結局の所、香に関して僚は、何でもOKという事である。
香が香である、その事実だけで僚は欲情する。
しかし肝心の香は、僚のそんな性衝動などいつも気付かない。
気付いた時には、僚が押し倒しているので、
香にしてみれば、いつだって突然なのだが、
僚にしてみれば、我慢の末の当然の結果なのだ。

「ふぅ、ま、こんなもんでしょ。」
香が満足げにそう頷いて、蛇口にホースを繋ぐ。
毎日、このレベルで磨いているのだ。
そもそも、それ程汚れてもいない。
香が壁の上の方から、水を掛けていく。
跳ねかえる水飛沫が掛かって、香がきゃあきゃあはしゃぐ。
ある程度流し終えた所で、僚は香の手からホースを奪うと、
香に水を掛ける。

「っきゃ!!冷たぁいっっ。」
香も僚に仕返しとばかりに、ホースを奪い返して冷水を浴びせる。
猛暑日の真昼間なのだ。
水を浴びた所で、気持ちイイだけで、2人はアッと言う間にビショ濡れだ。
僚はホースを握った香の腕をグッと掴むと、
香を抱き寄せて、口付る。
片腕でシッカリと香を捕獲したまま、片手で濡れて張り付いたTシャツを脱ぐ。
あっという間に、ボクサーパンツ1丁になると、
香のシャツの裾にも手を掛ける。

「…ちょっ、りょお。晩ご飯のお買いもの、行かなくちゃ。」
そう言って、困ったように眉をハの字にする香に、
僚は耳元で囁く。

2人でやれば、すぐ終わるよ。多分。
…それ絶対、有り得ない。
イイじゃん、気持ちイイし。

香はやれやれと苦笑すると、しょうがないなぁ、と呟く。
香は咄嗟に、冷蔵庫の中の食料を思い浮かべる。
今日作れる、ありあわせのメニューを考える。
そんな香に、僚はキスをすると囁く。
「…余計な事、考えるなよ。」
香も僚に流される事に決めた。僚の腰に腕を回すと、香は頷いた。
「うん。」




その晩、冴羽家の夕飯は夏らしく、そうめんだった。
それは水遊びに夢中になり過ぎた末の、手抜き料理だった。
夜中に空腹で目が覚めた僚は、
たとえ欲情しても、食料の買い出しだけは邪魔しないでおこうと心に決めた。







夏バテ知らずの2人でっす。
水浴びしながら、イチャイチャでっす。

[ 2012/08/14 20:51 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

幸福論

冴羽僚は、これまでの人生に於いて、
恐らく他人に比べて、悲惨な経験は多い方だと思う。
まず手始めに、飛行機事故に遭った。そして、天涯孤独になった。
しかし幸か不幸か、命は助かった。
命は助かったが、その後生きる為の選択肢は1つしか無かった。
死なない為に生きるしか無かったし、生きている意味は解らなかった。

ある時、別の道が示された。
暑苦しいジャングルから、自由の大国へ飛び出した。
それでも、生きている意味は相変わらず解らなかったので、
それまでと同じ生き方をした。死なない為に生きて、
殺される前に、殺した。
そうやって、生きて来た。

何処に居ても、アメリカにいても、新宿にいても。
誰と居ても、馴れあうのは御免だったし、信じたらバカを見ると思っていた。
昔、一途に信じたばっかりに、酷い目に遭った。
死の淵どころか、おぞましい怪物に成りかけた、いや成った。
だから僚は、誰の事も信じないし、旨い話しには毒が盛られていると思う。
旨い匂いに釣られてやられるなんて、間抜けのする事だ。
生きる意味が解らない僚が、まして幸せの意味など解る筈も無く。
端から僚の辞書には、“幸せ”と言う言葉など無かった。

ある時僚の目の前に、1匹のカワイイ仔猫が舞い込んだ。
可愛いクセに、生意気で。
生意気だけど、素直だった。
ビー玉みたいな、まあるい瞳は嘘や、詭弁や、侮蔑や、悪意を全て呑み込んで、
それでも尚、透き通っていた。
仔猫の辞書には、“疑う”と言う言葉が無かった。
“欺く”と言う言葉も、“背く”と言う言葉も無かった。
何にも信じない僚を、全力で信じた。

だから僚は、世の中の厳しさを教えてやるために、いっぱい嘘を吐いた。
誰かが仔猫を傷付ける前に、自分で傷付けた。
気まぐれにやって来た仔猫が、ヨソに出て行くように。
そうすれば、もっと脳天気な飼い主が見つかるだろうと。
脳天気に、愛し愛され、平和に勝手にやってくれと。
それは僚の役目では、無いと。
それでも仔猫は、僚の傍から離れなかった。
僚の手からじゃないと、エサだって食べなかった。
少しづつ僚は、仔猫に絆された。
時々爪を立てるケド、痛いとは思わなかった。
何故だか、生きている実感が持てた。
時々シッポをピンと立てて、擦り寄って来るけれど、満更悪い気もしなかった。
むしろ僚以外のヤツに、擦り寄ったりしたら無性に腹が立った。

仔猫はいつしか、大人の女になった。
僚はいつの間にか、手なづけた筈の香に、手なづけられ。
どっちが飼い主だか、今では良く解らない。

僚の辞書はどうやら不良品だったようで、本来記載されるはずの言葉が、
幾つか抜け落ちていた。
“幸せ” “信頼” “絆” “愛情” “カオリ”
僚は自分が、どういう時に幸せを感じるか考えてみた。
香が笑った時、泣いた時、怒った時、それは香が生きていると言う証。
僚は自分が、窮地に陥って、もうダメかもと思った時、何を求めていたか顧みた。
見慣れた香の華奢な手、後ろ姿、柔らかに揺れる髪の毛。
香をただ一途に、香だけを求めていた。
そう思ったら、何としても生きて還ってやるという、闘志が湧いて来る。
惚れた女を残してやられるなんて、間抜けのする事だ。

そして、最近ようやく理解した。
僚の求める幸せは、


ただ、今自分の目の前で、香が生きているというその真実だけ。









椎名林檎『幸福論』という曲からイメージ致しました。
この曲は、10代の頃に聞いて、心臓を鷲掴みされました。
もう10代の頃の様な、柔らかな感受性は無い気がするけれど、
この曲を聞いて、涙が出そうになれる内は、
まだ、大丈夫な気がしています。何がかは解らないケド。

[ 2012/08/29 19:38 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

悩める種馬(前篇)

『後悔先に立たず』

そんな諺がある。まさに先人は、よく言ったもんである。
冴羽僚は今、自宅アパートの屋上に佇んで、1人煙草を吹かしながら、
激しく後悔していた。
時刻は深夜、いつもなら僚がキャバクラやゲイバーで、
ドンチャン騒ぎをしている頃合いである。
階下では、最強にして最愛なる麗しのパートナー、
槇村香嬢が、スヤスヤと健やかに眠っている。
その天使のような寝顔が、今日に限っては僚を1晩中苦しめているのだ。

僚と香は、これまで散々周囲をヤキモキさせながら、
漸くこの数ケ月、少しづつではあるが、確実に距離を縮めつつあるらしい。
最近では、仲間内の集まる喫茶キャッツ・アイで、
僚が香にキスをするなどして、恥らいハンマーによって叩き潰されるという、
これまでに無いパターンの、器物損壊事案が発生している。
結局の所、収まるべくして、上手く収まった2人ではあるが、
キャッツの被害がゼロになる日は、まだまだ遠いようである。

それにどうやら、美樹が巧みに香から聞き出した情報に寄れば、
2人はまだ、キスしかしていないようである。
意外にも、香相手に苦戦している冴羽僚に、
周囲の姦しい女達は、当人達の居ない所で言いたい放題である。

『冴羽さんたら、案外口ほどでもないのね。』(美樹)
『あら、僚はあぁ見えて、純情なのよ。』(冴子)
『やだぁ、今まで散々遊びの相手にモッコリし倒して、あの歳で不能になっちゃったとか?』(かすみ)
『ったく、僚のヤツホンット、失礼なんだからっっ!!気の無い女には、散々手ぇ出そうとするクセに、肝心の本命にだけ奥手なんて!!』(麗香)
『ふふふ。昔は冴羽さんの事が好きだった事もあったけど、ミックに出会えてホントに良かったわぁ。ミックなら、ここぞという時には必ずキメテくれるもの。』(かずえ)
『この際取材と称して、2人のお膳立てをするのもイイかもしれないわ。勿論、バッチリ新作の参考にはさせて貰っちゃうけど…』(唯香)

この様な雑音に、香は全く気付いていない。
以前の香は、僚に女扱いされる事に憧れを抱いたものだが、
いざ、されたらされたで、新たな悩みの種がある。
処構わずの僚のキスに、香は1日中怯えて暮らしているのだ。
それが家の中だけなら、まぁ恥ずかしいけれども、何とか耐えられるし、
正直、2人きりなので、嬉しかったりもする。
しかし最近では、
キャッツで美樹や海坊主や、ミックらと楽しく会話している最中ですら、
前触れも無く、それはやって来る。

香はそう思っているが、前触れが無いワケでも無いのも、実際の話しだ。
前触れに気付いていないのは、当の香だけで。
周囲からすると、何故気が付かないのか逆に不思議である。
大抵の場合、僚がそんな風に香の意思を無視して、
事に及ぶのは嫉妬の表れである。
ミックと楽しげに盛り上がる香に、以前の僚ならばそんな時、
心にも無い暴言を吐いて、香を傷付けていた。
しかし、気持ちを隠す必要の無い今となっては、
香は自分のモノだと、ミックに対して主張しているのである。
言うなれば野良犬が、電柱にマーキングして縄張りを示すのと同義である。

片や僚は、周囲の姦しい女共の、この度の自分に対する評価は、
重々、承知している。
しかし、周りの勢いに乗せられて、意地のように香を抱くのは、
何か違うと、僚は思うのだ。
そりゃあ、誰よりも香に惚れているのは、紛れも無い自分自身であって、
他でも無い、僚自身が香を抱きたいのは、やまやまである。
だけどキス1つで、真っ赤になってガチガチに緊張してしまううぶな相棒に、
それ以上の不埒な行いが出来る筈も無い。

はにかむ香を優しく抱き締めて、柔らかな猫毛を撫でながら、
緊張を解してやっている時などに、無性に涙が出そうな程、幸せな気分になれる。
実際、そんなふれあいだけで、僚の心は随分満たされている。
あくまでも、今の所は、という事だが。
しかしそんな生温いイチャイチャでは、今後済まないだろう事は、
誰あろう僚が、1番身に染みて解っている。

人間の慾というモノには、限りなど無いのだ。
その内僚の『相棒』も、香を抱き締めるだけで満足。なんて、
悠長な事も言って居られなくなるのは、目に見えている。
単に、時間の問題なのだ。
ただ、事を焦り過ぎて、香を怖がらせたり、嫌な思いをさせる事だけは、
どうしても、避けて通りたいのである。
周囲の姦しい干渉は、時として奥手な香を刺激する良いスパイスにも成り得るが、
一歩、使い方を誤ると、毒にもなり兼ねない。
だから僚としては、
聞こえていても聞こえないフリで、無視するに限るのである。

そんな微妙な時期の僚と香に、ヤキモキしつつもチャチャを入れたいのが、
ミックと美樹である。
海坊主は大抵、こういった事には無関心で、常に中立な立場を保っている。
その日は、伊集院夫妻に、ミックと僚というメンツで午後のひと時を過ごしていた。
またも話題を、僚と香の進捗状況へと振ったのは、美樹である。
「ねえねえ、冴羽さん。」
「なぁにぃ?美樹ちゅわん❤」
「勿論、もう香さんとは、やる事やったのよね?新宿の種馬だもんね、うぶな香さん落とすぐらい訳ないでしょ?」
目をキラッキラ輝かせてそんな質問をする美樹は、勿論、
僚が未だに香に手を出せないでいる事など、既に確認済みだ。

「コ、コラッ。美樹、はしたないっっ!!コイツらの事は、コイツらに任せて放っとけ。」
そう言って、真っ赤になって妻を嗜める海坊主を後目に、
その言葉に嬉々として乗っかるのは、ミックである。
「Oh~,モチロン相手がカオリなら、そりゃ毎晩ラブラブだろ~~。もし、オレがリョウだったら……グフッ。毎晩、ナニが乾く暇も無いぐらい……」
と、ミックが邪な妄想を開始した所で、僚がミックの額にパイソンを突き付ける。
「Oh,no.リョウ!!あくまで、オレの意見を述べただけじゃないか…その物騒なモノは、仕舞った方がイイよ❤」
今更ミックが可愛らしく言っても、無駄である。
「ガタガタ、うるせぇんだよっっ、お前らはっ!!俺達がやろうがやるまいが、何かお前らに関係あんのか?誰にも迷惑掛けてねえだろうがっっ!!!」

殺気全開で凄む僚ではあるが、彼らは慣れたモノである。
「ハッ!ま、まさか冴羽さん、まだだった?ゴメンナサイ、私ったら…」
ワザとらしく口に手を当てて謝る美樹に、ミックは笑いを噛み殺している。
そんな美樹を、僚はジットリした目つきで睨んでいる。
「ったく、美樹ちゃんも人が悪い。知ってんだろ?ワザワザ、んな事、俺に訊かなくても、香が正直に何でも話すのは、美樹ちゃんだけだからな。」
そう言って、僚は溜息を吐いた。
僚にしては珍しく弱腰な様子に、美樹は追及の手を緩めない。
「ねぇ、どうして?冴羽さんが本気出せば、香さんの全てをモノにする事ぐらい、何でも無い事でしょ?抱きたくないの?香さんの事。」
今度の美樹の質問は、一切おちゃらけ無しの、マジの質問である。
ミックは勿論、海坊主ですら、僚の返答を固唾を呑んで待っている。
そんな彼らの様子に、僚は思わず苦笑する。

「…んなモン、抱きたいに決まってんじゃん。俺を誰だと思ってんの?歩くモッコリだぜ?周りの奴らが、ガヤガヤ言ってんのも、重々解ってんのっっ!!」
僚も半ば、やけくそである。
「じゃあ、どうして?お互い愛し合ってるなら、遠慮なんか要らないんじゃない?」
美樹は、心底不思議そうに訊ねる。
「…んな事、解んねぇじゃん。アイツ、キス1つで尋常じゃねぇほど、緊張して固まってんだぜ?迂闊に今までの遊び相手みてぇに、軽々しく手が出せるかよ。…だから、アイツの心の準備が出来るまでは、俺からは何もしねぇって決めたの。」
そう答えた僚の表情は、いつもの自信に満ちたナンパな顔は一切消え、
まるで、純情な初恋に身を焦がす少年のようである。

「ジーザス!!正気か?リョウ。そんな悠長な事言ってたら、カオリに手ぇ出すまで、あと何年掛かると思ってんだ?ここはひとつ、オマエがバシッとリードすべきじゃないのか?女々しいぞ!!なぁ?ファルコンもそう思うだろ?」
そう言ったミックに、海坊主までもが深く頷く。
「あぁ、そうだな。香は極度の奥手だからな。香の出方を待っていても、まぁ一生、先には進まんだろうな。」
そんな悪友たちを、僚はチラリと一瞥すると、
…っるせぇ、放っとけ。と、小さな声で呟く。

すると、美樹がポツリと呟いた。
「でも、それってずるくない?」
男達はゴクンと、唾を飲む。
「結局、そんな事言ったって、最終的に我慢の限界なんか迎えちゃったりしたら、何だかんだ言って香さんの事、美味しく食べちゃうくせに。そうやって香さんの為みたいな事言ってるケド、ホントは冴羽さん、覚悟が出来て無いんじゃないの?…香さんとこれからもずっと生きてくって!!」
美樹の言葉に、3人とも思わず黙り込む。
この場にいる3人の男達にとって、それはあまりにも重たい言葉である。
愛する者を守りながら、この世界を生き抜く。
それは、言葉で言うほど甘いモノでは無い。その事は、全員が痛いほど解っている。

それでも。
僚は、解っていても香を愛している。
それだけは、相手が誰であろうと、とやかく言われる筋合いは無い。
僚は柄にも無く、感情的になってしまった。
「美樹ちゃん、舐めて貰っちゃ困るよ。俺以外の誰が、アイツを幸せに出来ると思ってんの?俺はこれから先も、アイツと離れる気は無ぇし、アイツを死なせるような事も、俺が死ぬなんてつもりも、毛頭無いってのっっ!!!」
そう言った直後、僚は自分の言った言葉に、ハッと我に返る。
「……なんつって。
僚は小さな声で、誤魔化してみたモノの、美樹には通用しない。
美樹は意味あり気に、ニヤリと笑う。

「へぇ、そうなんだ❤それじゃ、もし明日にでも香さんの心の準備が整えば、ヤレルって事?」
そう言って美樹は、僚に詰め寄る。
そんな美樹に、夫とミックは真っ赤になって声を揃えた。
「「…美樹。……ヤレルって、そんなあからさまな…」」
もうこうなってしまった美樹を、止められる者など居ない事は、
この場にいる全員が知っている。
そして当の僚は、売り言葉に買い言葉で、美樹の口車に乗せられてしまった。
「そそそ、そりゃあ、アイツが望むんなら、俺だって何の問題もねぇしぃ?」
僚がそう言った直後の、美樹の満面の笑みを見て、
僚はもう既に、嫌な予感はしていた。











長くなりそうだったので、
前半と後半に分けました(テヘ)
つづく。
[ 2012/09/02 23:09 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

悩める種馬(後篇)

喫茶キャッツ・アイに於いて、僚がまんまと美樹の口車に乗った翌日。

その日僚は、前日の事もあり、キャッツへ行くのは止めにした。
ここ最近、僚と香の事に関して、やたらと外野が盛り上がっている。
僚としては昨日のように、矢継ぎ早に突っ込まれるのは、真っ平御免である。
後から、よくよく冷静に考えてみたら、
そもそも何で自分が、あそこまで追及されねばならないのか、
僚には全く持って、納得いかない。
これはあくまで、僚と香の極プライベート且つ、ナイーブな問題では無いのか?
是非とも静かに見守って頂きたいと云うのが、僚の本音である。
早い話が、放っとけって事だ。

そんな事を考えながら、日課のナンパにも身が入らず、
公園のベンチに腰かけて、煙草を吹かしている僚の携帯が、
着信を知らせている。
液晶の画面を確認して、僚は小さな声で「げっ。」と呟く。
発信者は、『美樹ちゃん❤』
僚が今最も、避けて通りたい相手である。

彼女、伊集院美樹が、極上のモッコリちゃんであると同時に、
恐ろしい女傑である事は知っていた僚だが、ここ最近、
彼女は筋金入りの、ドSである事も判明した。
そう考えれば、確かに彼女の夫は、ドMな気もする。と、僚は思う。
そしてここ最近の、彼女のマイブームは、
どうやら僚と香の進捗状況の確認、および干渉であるらしい。

僚は大きく1つ溜息を吐いてから、電話に出た。
「……もしもし。」
不機嫌全開の僚などお構い無しに、彼女は至って明るい。
「あ、もしもし冴羽さん?美樹です。昨日の話し覚えてる?」
「あ?何の話し?」
「やだぁ、とぼけちゃって❤香さんの心の準備の話しよ。忘れたとは言わさないわよ?」
明るい声音に反して、有無を言わさぬその響きに、
僚の推測は確信へと変わる。間違いない、彼女はドSだ。
僚は思わず苦笑しつつ、ガックリ項垂れる。
何で、俺らの周りの女ってみんな強えぇんだよと。

「…忘れてないよ。アイツさえその気なら、俺はいつでも準備OKって件だろ?」
この際、無駄な抵抗は、徒にダメージを拡大するだけである。
僚はアッサリ、昨日の話しを蒸し返す。大変、遺憾ではあるが。
「そう、それよ。それなら話しは早いわ…
      






     ……今晩、香さんOKだから❤







「は?」
流石の僚も、この展開には唖然とした。
カッチリ、数秒固まってしまった。
「ちょっとぉ~~?冴羽さん、聞いてんの?だからぁ、香さんの方は、今晩OKだから。冴羽さん、しっかりリードしてあげてね❤」
その後の美樹の話しの続きに、
僚の嫌な予感は、これだったかと僚はこの数分後、天を仰ぎ見る事となる。




伝言板の確認を終えた香は、今日もいつもの様にキャッツへと顔を出した。
昨日の僚たちのやり取りなど、知る由も無い香は、
例によっていつもの如く、
美樹の巧みな誘導に誘われるまま、本音を引き出されていた。
「ねぇ、香さん。」
「ん?なぁに?美樹さん。」
これから先の、美樹の画策など想像だにしていないので、
香は至って穏やかである。

此処の所、香は本当に幸せそうである。
こんな香を見ていれば、僚が香を大事にしている事は明白なのだが、
美樹としては、もっと今以上に2人には幸せになって貰いたいのである。
これから先、お互い何があっても、絶対に決して離れる事など出来ない程の、
強固な絆を、築いて欲しい。
美樹の想いは、ただそれだけなのだ。

「香さん、冴羽さんとは、まだキスしかしてないんでしょ?」
唐突にそちら方面の話しになるとは、予想だにしていなかった香は、
思わず、コーヒーを吹き出してしまう。
「…!?みみみみ美樹さん、ななななな何で急に、そんな話しっっ。」
香は耳まで真っ赤に染めて、俯きながら、
吹き出したコーヒーを、美樹に借りたダスターで拭いている。
「ふふふ。相変わらず、香さんてばシャイねぇ。今日は、ファルコンもかすみちゃんも留守だし、私しか居ないんだから、そんなに恥ずかしがる事無いじゃない。」
そう言って美樹は、ニッコリと微笑む。
「そ、そうだけど、私がこの手の話し、凄く苦手な事。美樹さんも知ってるでしょ?」
香は恥ずかしそうに、モジモジしている。
確かに、こんなにウブな香の相手が、
果たしてあの、モッコリスケベで本当にイイのだろうかと、
美樹は思わなくもないが、何しろ当の香本人があの男に惚れているのである。
こればかりは、どうしようもない事だ。

「えぇ、知ってるケド、こういう話って1人で悶々と考えてても、埒明かないし。色々と話せる女友達が、身近にいるって大切な事だと、私は思うわよ?」
美樹のそんな言葉に、香も釣られて微笑む。
「確かにそうかもしれない。私もなんだかんだ言って、美樹さんには今まで色々と相談に乗って貰ってるし。」
「それでね、香さん。今日の本題なんだけど…」
香は、ウンウンと頷いている。
こうなれば、もう後は美樹の独壇場だ。

「冴羽さんとはこれまで、ハッキリと気持ちも確かめ合って、キスもした。」
香、頷く。
「……後は、肝心の一大イベントを残すのみじゃない?そこんとこ実際、香さんとしてはどう思ってるの?冴羽さんと、そんな風になるのに躊躇いがあったりするワケ?」
香、固まる。
カウンターから身を乗り出さんばかりに、香に詰め寄る美樹であったが、
幸い美樹のそんな様子に気が付く程の余裕は、香には無い。
今この場に海坊主が居たなら、まず間違いなく美樹を嗜めているだろうが、
生憎、彼は不在だ。
今ココには、香と美樹しかいないので、この美樹の暴走を止める者は、
誰1人いない。

「……一大イベント!?」
顔を真っ赤にして、目を白黒させている香に、美樹はニヤリと笑って頷く。
「そ、一大イベント❤さすがの香さんでも、解るでしょ?この意味❤」

数分後。
暫く黙りこくっていた香が、意を決したように、少しづつ本音を語り始めた。

「…べ別に、躊躇いなんて…無いケド。
 それに、その相手だって、僚以外に考えられないし。
 …だけど、私…美樹さんだから、正直に言うケド。
 な、何の経験も無いしっっ。
 今までだって、好きになった男の人なんて、僚だけだし。
 ……キ、キスだって、僚としたのが初めてだし…
 そ、その……いいいいい、一大イベントってのが、
 ぐ、具体的にどういう事をするのか、よく解んないっていうか…
 今更、誰にも訊けないっていうか…
 …どんな流れで、そんな事になるのか…
 
 ハハハ、良く解んないやっっ。」



そう言って、照れたように笑う香に、美樹は優しく声を掛ける。
「初めは、誰だって解らないわ。解らなくても、大丈夫なのよ、香さん。そんな事は、冴羽さんに任せとけば、上手くいくモノなのよ。でもどういう流れで、そんな事になるのかってのは、そうねぇ…まぁ、人それぞれだから、正直、私にも何とも言えないわね。香さんか、冴羽さんのどちらかが、ハッキリと今からしようって提案でもすれば、別でしょうけど?」
そう言って、美樹がクスリと笑う。
「無理無理無理!!そんなの、絶ぇっ対っに、無理っっ!!」
香は目を見開いて、ブルンブルンと頭を振って、涙目で捲し立てる。
「そりゃそうよ。それが出来れば、誰も苦労はしないわ。」
あの種馬ですら、本命のうぶで奥手な彼女を前にして、
大苦戦しているのだ。
そんな提案が出来るぐらいなら、とっくに彼女の貞操は彼によって、
美味しく平らげられているに、決まっている。



でも香さん?
香さんだって、具体的な事は解らなくても、
冴羽さんに抱かれる事が、きっと幸せに違いないって事ぐらいは、
想像つくでしょ?



美樹は、ニッコリ笑ってそう香に訊ねた。
香はそんな美樹の問いに、真っ赤になりながらも、
それでも、小さくシッカリと頷いたのだった。
 
 





「………というワケだから、香さんの意思はしっかり尊重してるのよ。香さんだって、照れてるだけで、どうしていいか解らないだけなの。これ以上、香さんに委ねるのって、男としてあまりにも情けないわよ?冴羽さん。まぁ、今回の“催眠術”は、あくまでキッカケ作りに過ぎないから。後は、冴羽さんの腕次第よ!!頑張ってね❤冴羽さん。」


と、美樹は言いたい事だけを言って、一方的に電話を切った。
美樹の言う、催眠術とは以下の通りである。

① 今夜眠ってから朝起きるまでの間に、
  途中で香を起こしたら、その間催眠状態になる。

② 催眠状態の香は、少しだけセックスに対して開放的になり、大胆になる。
  しかしそれは、あくまでも普段は秘められた願望を、
  理性を取り払う事によって、後押しするモノで、
  無理に香の感情や、行動をコントロールするモノでは無い。

③ 催眠は、香が朝目覚めるとともに切れるようになっており、
  今夜、たとえ何も無かったとしても、これまで通り、何ら変わりは無い。
  勿論、香は自分にそんな催眠が掛けられている事は知らない。


全ては今、僚の手に委ねられた形である。
僚は思わず、己の手の中の携帯へと1人ごちる。
「って、美樹ちゃんっつ!!…これって、犯罪にはなんねぇの?こ怖ぇ、あのヒト…」
 





かくして、前篇冒頭屋上での、冴羽僚へと戻る。
僚は心底、後悔していた。
そもそも美樹相手に、言い合いをした時点で僚の負けは確定していたのだ。
僚とてそれは、香を抱きたいのはやまやまであり、
何ならこのまま、美樹の術中に嵌り、今夜香と・・・なんて思うモノの、
一方では、催眠術の力を借りて、初めてのナニを致すなど、
死んでも御免だと云う気持ちもあり。
いずれにしても今夜は眠れそうにないと、
咥えた煙草のフィルターを、ギリギリと噛み締める僚であった。
 










女王様・美樹の画策により、リョウちゃん拷問ナイトです。
カオリンはそんな事など露知らず、スヤスヤ夢の中でっす。
リョウちゃんに、幸あれ。
[ 2012/09/03 22:13 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

簡単な事

香はいつも、笑ってくれる。

僚の下らないジョークを。小さな我儘を。
もう、しょうがないなぁ。
なんて言いながら、ちっともしょうがなく無さそうに、
僚を受け止めてくれる。

昔の暗い事や、嫌な事を思い出しそうになった時、
香が笑っているのを思い出すと、何故だか僚は心が解けていくのを感じる。
本当は許されるはずも無い大罪も、香には許されている様に思える。




香はいつも、叱ってくれる。

だらしない僚を。1人ぼっちで生きて来た僚を。
シッカリしろよ、って。まるで、よく出来た弟のように。気の利いた妹のように。
愛に溢れた母親のように、まるで家族のように。
僚を諭してくれる。

誰にも迷惑掛けてねぇしとか、他人にゃ関係ねぇしって思う時、
こんな時、香ならどう思うだろうと、僚は考えるようになった。
ヒトは1人で生きている訳では無いと、柄にも無く思えるようになった。




香はいつも、泣いてくれる。

泣き方さえも忘れた僚の代わりに。自分の事以上に。
泣いている香に抱き締められながら、ああ自分は哀しかったのかと、
僚は初めて気付く。
僚の乾いた心を潤してくれる。

僚を手ひどく裏切った奴や、死んでしまった人達を思い出す時、
香の涙が心の中で、僚の代わりに雨を降らせてくれる。
人間らしい心を、香はいつでも僚に思い起こさせてくれる。







だから、1つだけ簡単な事実がある。
この世で唯一僚を、ダメにしてしまう事は。僚を参らせてしまう事は。
暴力でも無く、銃弾でも無く、刃でも無く。




香がこの世界から、居なくなる事。
香が僚の事を、見限ってしまう事。
ただそれだけの事で、
暴力にも銃弾にも刃にも屈しない、“世界で一番強い”男は。
きっと、とても弱くなる。まるで小さな迷子のように。



だから今日も彼は、
世界の片隅で、
彼女に護られながら、
彼女を守り続ける。











RCサクセション「Oh!Baby」という曲から、イメージ致しました。
ちょっと、弱虫なリョウちゃんです。

[ 2012/09/06 23:38 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

中秋の

僚が帰ると、香は起きて待っていた。
リビングの灯りも点けず。
仄暗い窓辺に座り込み、夜空を見上げて。
小さな声で、囁くように何か唄っている。

香は時々、僚の知らない歌を唄う。
僚には故郷と呼べるものは、何一つ無いけれど。
香を見ていると、時々“懐かしい”という感情が沸き起こる。
それはまるで、ジャングルに放り出される前の、
僚がまだ何も知らない、温かな時間を思い出させるような。



僚は何も言わず、香の隣に座る。
「おかえりなさい」
香がニッコリ笑う。
「ただいま」
僚も笑う。
また、ココに帰って来られた事に感謝する。

「お団子、あるよ。食べる?」
香がそう言って、僚の瞳を覗き込む。
黒くて冷ややかで理知的な僚の瞳。香だけを映す瞳。

みたらしと、きなこと、ヨモギにあんこをかけたヤツ。

僚はフッと、頬を緩めて香の髪を撫でる。
柔らかで繊細な甘い香りのする香の髪。僚だけの柔らかな髪。
「おまぁが作ったの?」

うん。
そっか、でも明日にする。もう夜中だし。
そうだね、じゃあ明日の朝ご飯ね。
・・・ちゃんと、飯も作ってね。

2人はクスクス笑う。
月光の下、導かれるように唇を重ねる。
まるで月からの引力で、潮が満ち引きするように、
何度も何度も何度でも、2人は吸い寄せられる。

甘いシャンプーの香りと、濃いアルコールの匂いと。
微かに薫る、硝煙の薫り。

僚の胸に凭れて、香が呟く。
「私、どんな僚でも。僚が好きだよ。・・・


お月様みたいに、まぁるい日も、尖った日も、姿が見えない日も。
どんな僚でも、僚が好き。」


僚はこんな時、香はもしかしたら神様が遣わした天女じゃないかと思う。
まるで今夜、僚が都会の闇に紛れてやって来た、全てを見ていたかのように。
そして何もかもを包み込むように。
こうやって、僚を甘やかす。

僚は柔らかな香を抱き締めて、香の言葉に応えるように、
もう一度、深く口付る。

護られていると感じる。この存在に。
脆くて、儚くて、か弱そうに見えて、
世界で1番強い、この女に。
僚はいつだって、護られている。

それはまるで月の光のように、優しく僚を包む。









今年の中秋の名月は、9/30で満月だそうです。
今日は何故だか気付いたら、爆睡してまして(汗)
更新が微妙な時間に、なっちゃいました・・・
そして気付いたら、カウンター 1000 超えてました(驚)
沢山のご訪問、改めて感謝しまっす!!
これからも、更新頑張りまっす(*´∀`*)
[ 2012/09/12 04:19 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

冴羽僚と愉快な仲間たちのまるで平穏な1日。

※ 少しだけ長い文章です。
  そして毎度おなじみ、季節外れです・・・orz





俺は今まで、自分でも自分の事が良く解って無かったのかもしれない。
香との時間を重ねる度に、新しい自分に気付く俺がいる。
俺は自他共に認める、モッコリスケベである。
それはまるで日の出日の入りの如く、潮の満ち引きの如く、
至極当たり前の、自然の摂理だと思っていた。

昨日は、クリスマス・イブだった。
幸い12月に入ってすぐに、依頼が舞い込んで来て、
しかもえらく気前の良いクライアントで、
俺達の、というか特に香にとっての、今回の年末年始はいつに無く、
穏やかなモノになりそうだ。
香の機嫌がイイと、俺にとってもそれはまぁ、幸せなワケで。

昨日香から、クリスマスプレゼントに、革ジャンを貰った。
黒い上質な革の、シンプルなライダース・ジャケット。
『僚に似合うと思ったの…凄くカッコイイ\\\』
そう言って、はにかみながら笑う香の顔を思い出すだけで、
俺も自然とにやけてしまう。

そして実際それは、俺自身も良いなと思えるモノだった。
相当お気に入りの1着になる事は、まず間違い無い。
何より見た目以上に温かいので、冬でもTシャツ1枚に羽織っただけで充分だろう。
俺は普段暑がりだから、冬の服装は意外に難しい。
寒くても着込む事が、あまり好きじゃないのだ。
外の気候に合わせて厚着をして、いざ屋内に入ると暑過ぎる、
というのはよくある事だ。

そんな俺の日常の微妙な(些細な?)悩みというか、不満さえ、
香が解っていてくれるようで、何だか妙に面映ゆい。
まぁ、もしかすると当人には、そんな考察などは特に無く、ただ単純に。
『似合うと思って』選んだだけかもしれない。
それでも俺にとっては、そんな事は二の次で。
香が俺の為に、俺の事を考えながら、贈り物を選ぶ。
そんなシンプルな事実に、俺は激しく萌える。

斯くいう俺も、香にだけは柄にも無く、
クリスマスプレゼントとやらを、買ったワケだが。
それが意外にも、香が選んだモノに近いというか、何というか。
流石は、パートナー、阿吽の呼吸というか。
俺が香にやったモノは、ムートンのコートだった。
寒がりの香に、良く似合いそうなそのコートを見た瞬間、
今年のアイツへのプレゼントは、それに決めていた。

案の定、昨夜大喜びのリビングで、それを羽織ってみせた香は、
無茶苦茶、可愛かった。
正直、萌え死ぬ。
まさか冴羽僚の最期が、リビングで萌え死にって、それはちょっとあんまりだろう。
まぁ、俺的には、理想的な死に方だが。
どちらかと言えば、幸せなのは腹上死だろうケド、
如何せん、俺達は未だプラトニックなので。
取敢えず、香と1発もしないまま、萌え死ぬわけにはいかない。

秋の初めに、『愛する者』と遠回しに逃げ道満載の告白をして、
早いモノで、今年ももうすぐ終わる。
まだキスもしていないし、押し倒してもいない。
傍から見れば、それは焦れったいだけの関係かもしれない。
勿論俺としても、香とキスだってしたいし、モッコリもしたい。
そんな事は外野に言われなくても、当然だ。
だけど、だからと言って、焦る必要も無い気がしている。
この俺が。
この、下半身に忠実に生きてきた、この俺が。

ハッキリ言って、こんな自分。新発見だ。
美味しいと解り切っている、極上のモッコリちゃんを目の前にして。
こんなに我慢強い自分がいるなんて、一番驚いているのは、他でも無い俺自身だ。
勿論、求めてやまない気持ちと同時に、驚くほど満たされている、心が。
それは多分、俺と香にしか解らない事。

目が合った時、
会話を交わす時、
指がそっと触れた時、
身体よりも、心が満たされる。
がっつく必要は無いのだと、自然と気持ちが穏やかになる。

進展が無いと言いつつも、それでも地味に少しづつ変わってきているのも事実で。
まずは、以前のようなくだらないケンカが随分減った。
それでもゼロでは無いが、何より俺が香を怒らせるような事を言わなくなった。
『男女』だとか、『弟』だとか。
何故かと言えば、ただ単に気付いただけだ。
悲しい顔をさせるより、俺の目の前でいつだって笑っていて欲しいという事に。

俺がそう思っただけで、2人の間にある空気は格段に変わった。
それはホンの薄い薄い膜が剥がれるような、ごく小さな変化だけれど、
それだけの事で、こんなにも幸せな気持ちになれる事に、
今更ながら気付いたのだ。ホント、今更だ。

俺は自分で思っていたほど、スケベでは無いのかもしれない。(多分な)
今までは、心が満たされないモノを、
セックスで埋め合わせていただけなのかもしれない。(希望的観測な)
イイ歳こいて、そんな事に漸く気が付いた俺である。(年齢不詳だけど)










今日は僚と2人で、お昼ご飯を食べた後、伝言板を見に行って、
キャッツに行こうという事になった。
昨日クリスマスプレゼントに、僚がムートンのコートをくれた。
実を言うと私は、ムートンのコートが数年前から凄く欲しかった。
きっと温かいんだろうなと思って。
それでも、我が家の経済事情を鑑みると、
それはとても贅沢な事のように思うし、いつものダッフルコートや、
ダウンジャケットでも、充分温かいから何となく買えずにいた。

そんな私の気持ちを、まるで知ってたみたいに、
僚は私に、そのコートをプレゼントしてくれた。
とても可愛いくて、温かくて、何より僚が選んでくれた。
それが1番嬉しい。
それはきっと、私の一生モノだ。

そしてもう1つ、とても嬉しかった事。
2人で別々にプレゼントを選んだのに、私も似たようなモノを僚に贈った。
まるでお互いが、同じ様な気持ちでいたような気がして、
何だか照れ臭くて、嬉しい。

私が選んだライダースジャケットは、想像通り僚には良く似合っていて、
思わず、僚に『カッコイイ』なんて言ってしまった。
僚がからかったりしないという事は、きっと聞こえなかったんだろうけど、
それだけが、せめてもの救いだ。
いつも私が、密かにカッコイイななんて思いながら、
僚の事を盗み見ている事や、見惚れている事が僚にばれたら、
私は恥ずかしくて、死んでしまう。

最近少しづつ、僚との空気が変わってきている気がする。
お互いにちょっとだけ、優しくなったというか。
上手く言えないケド、すごく穏やかな気持ちというか。
相変わらず、依頼も少ないし、お金に余裕は無いけれど、
それに僚のナンパや夜遊びは、全く変わらずだけど。
それでも、日常のちょっとした瞬間に、お互い同じ事思ってるかも、
と思う事がある。
きっと、私と僚にしか解らない。日常の些細な事。

でも、1番大切な事。
お互いが笑顔でいられるように、少しだけ相手を思いやる事。
ただそれだけの気持ちの持ちようで、
嘘みたいに、幸せな気持ちになれるという事。
それは当たり前過ぎて、少しだけ忘れかけてたけど、
近頃改めて、その大切さを実感している。

『僚とは仕事上のパートナーであって、恋人では無い。』
長年、いろんな人に質問される度、そう答えて来た。
だってそうだから。それでも、そう答える自分が悲しかった。
今現在も、その立場に変化は無い。
恋人では、無い。

だけど気付いたの。
僚とは、家族なの。
これから先、恋人になるのかどうかなんて、正直私には解らない。
でもそれ以前に、僚とはほぼ、家族みたいなモンじゃないかって。
2人の日常があって、お互いを思いやって。
それだけでとても温かい気持ちになれる。
家族であり、仕事仲間であり、そこにもしもう1つ、恋人という肩書が増えても、
私達はきっと、なにも変わら無いような気がする。
大きく変化したとしても、何も変わらない。
矛盾してるケド、そう思う。










カラァァアン。

来客を告げるカウベルと共に、いつもの常連客がやって来た。
「あら、今日はお2人お揃いで。珍しいわね。」
冴羽さんと香さんが、2人同時にやって来るのは珍しい。
大概、時間差でやって来る事が多いんだけど。
大抵は冴羽さんが、香さんの気配を嗅ぎ付けて。

しかも今日は、手を繋いでたし。
店の前で、それとなく解いていたけれど、そんな事はしっかりバレバレよ。
「えぇ、一緒に伝言板を見て来たから。たまにはね。」
香さんがニッコリ笑って、そう答える。
冴羽さんは何も言わずに、ただニコニコと煙草を吹かす。

「雪、まだ降ってる?」
「さっきまで降ってたけど、今はもう止んでる。でも、すっごい寒かった。」
昨日の夜中から、チラホラと雪が降ったり止んだりしている。
さすがにこの大都会の真ん中で、積もるほどの量では無いが、
それでも、この冬1番の冷え込みらしい。
「でも香さん、そのコートすごく温かそうね。とても良く似合ってるわ。」
私がそう言うと、香さんは真っ赤になって照れながらも、
「…僚がプレゼントしてくれたの。」
と嬉しそうに微笑んだ。
贈り主の冴羽さんはというと、飄々とした表情でコーヒーを飲んでいる。
けれど耳の先が少しだけ赤く見えるのは、きっと私の気のせいでは無い筈だ。

そういう彼にしても、今日は初めて見るジャケットを羽織っている。
それはきっと、香さんからのプレゼントなのね。
何しろ昨夜は、クリスマス・イブですもの。
いつもは意地っ張りで、素直じゃない2人もたまには仲良くしないとね。

ここ最近、彼らの間に流れる空気が、
少しづつ、微妙に変わってきている事を感じる。
それはきっと、毎日顔を合わせている私達にしか解らない、些細な変化。
なにか明確なキッカケがあった訳ではないらしい。
現にそれこそ数日前、私は香さんに質問した。

『冴羽さんとは、もうキス位したんでしょ?』
こんな質問に、香さんはとてもシャイだけど、私と2人きりの時なら、
照れながらも真剣に答えてくれる。
うぶでカワイイ香さん。
今日び、中学生や高校生でさえその位の質問、軽くいなせるだろうに、
彼女はいつだって、異常に恥ずかしがりつつも、しかし真摯に答えてくれる。

『み、美樹さんっっ、何で・・・・って、今更か。
 ・・・そんな、き、キスなんて、まだまだそんなんじゃないの。僚とは。
 けど、・・・相手が僚なら、別にいつそうなっても構わないと、私は思ってる。
 
 まっ、そうならなくても、別に全然構わないんだけど。ははは。』

そんな風に誤魔化せるほど、彼女は器用なタイプでは無い。
それが出来れば、彼らはとっくに恋仲だ。
彼女がそう言うのなら、きっと言葉通り2人はプラトニックなんだろう。
けれど最近は以前のように、大げさに恋心を否定したり、動揺したり、
なんて事は無くなった。
とても自然に彼女は、自分の恋に向き合っている様に見える。

何というか、すごく穏やかなのだ。
香さんも、冴羽さんも。
こうして少しづつ、小さな変化を積み重ねて、
いつしか2人は、本当の恋人に変わってゆくんだろうと、自然に理解できる。
そして私達は、その2人の瞬間をいま目の当たりにしている最中なのだ。
そう思うと私も、まるで自分の事のように幸せに感じる。

つい半月程前の2人は、依頼でとても忙しそうにしていたけど、
打って変わって年越しは、いつになく平和に過ごせそうね。
今では2人とも、すっかり身体が温まってきたのか、
件のジャケットとコートは、綺麗に畳まれ、香さんの隣の空いたスツールの上に、
2着重ねて、静かに置かれている。

きっとお互いの贈り物が、余程温かいのだろう。
この寒い中、2人ともやけに薄着で。
冴羽さんなんか、長袖Tシャツ1枚だ。
香さんも、まるで春を先取りしたような、
柔らかそうな、幸せそうな薄手のニット。
思わず私も、口元が綻んでしまう。

「なんか、やけに表が騒がしいわね。何かあったのかな?」
ふと、香さんが表を気にしたのと、店の電話が鳴ったのはほぼ同時だった。
確かに先程から、やたらとパトカーのサイレンが鳴り響いている。
この街ではさほど珍しい事では無いけれど、
それにしても、確かに騒がしいと言えるレベルかも。
そう思っていたら、ファルコンが受話器を置いて戻って来た。

「スグそこの銀行に、強盗が入ったらしい。しかも、犯人取逃がしたそうだ。」
電話はどうやら、ファルコンの情報屋からのモノらしい。
「やだ。年末になると、物騒ね。」
「ま、強盗犯よりも、ある意味物騒な男が、この場に2人もいるけどね。」
眉をひそめる香さんに、冴羽さんはニヤッと笑って言った。
「まぁ、それもそうねぇ。今更、私達に物騒もなにも無いわね。」
と、私が答えたところで、カウベルが派手な音を立てた。

ガラァァ~~~ン
入って来たのは、まるで玩具みたいなチャチなライフルを持った、
まるで素人丸出しの男だった。
あらら、まさかココに逃げ込んで来るなんて。
なんて、運の無い人。








「おいっっ!!お前ら。大人しく言う事を聞け!!でなきゃ、ハチの巣になるぜっっ」
そう言って飛び込んで来た、へっぴり腰のシロートを見て、
俺は心底、呆れた溜息を零す。
どうやったらこんなヤツ、取逃がせるんだ??てか、なに取逃がしてんだか。
大丈夫か、日本警察。
そりゃ検挙率も、年々右肩下がりに落ちるってモンだ。
大体、近頃の警官ときたら、根性が足りねぇんだよ。
少しはあの女狐を見習えっての。
まぁ、あんな奴、あれ以上2人も3人も居たら、それはそれで怖ぇけど。

この場の全員が、俺と同じ事を思った様で、
喫茶キャッツ・アイの店内に、シラ~~ッとした何とも言えない空気が漂う。
香ですら、苦笑いである。
「ご注文は?」
美樹ちゃんが、平然と接客する。
当然だ。バカバカしくて、バカの相手などしていられない。
ココはコーヒーを飲ませて、大人しくお引き取り願おう。邪魔だ。

「はぁ?テメェ、めくらか?この銃が見えねぇってのか?」
といきがるバカに、今度は海ちゃんが答える。
「めくらは俺だ。っつーか、ココはサテンだ。客なら、注文を言え。」
海ちゃんの、異様なオーラに舞い上がったシロート君は、
何を血迷ったか、一番近くに居た香を引き寄せると、
チャチなライフルを、香に突き付けた。

悲しいかな香は経験上、そんな事は日常茶飯事、もしくはそれ以下である。
緊張している素振りも無い。
斯くいう俺も、さっきからニヤついて煙草を吹かしてるだけなんだけど。
「なに?銃ってもしかして、安全装置が掛かったままの、このライフルの事?」
香がバカに向かって、小首を傾げた。
そしてニッコリ微笑むと、バカの鳩尾に強烈なエルボーをお見舞いした。

うん。暴力的な香も、なかなかカワイイな。
でもあれは相当痛いな、なんて同情しつつ、
突然の鳩尾への急襲で呼吸も侭ならない、シロート君の背中に、
俺は躊躇なく足を振り下ろして、蹴りを入れてやる。
たったそれだけで、あっけなく失神しやがった。
もうちったぁ、根性見せろっつーの、つまらん。
わざわざ、汚ねぇ手で香に触りやがって。

伸びた男が、目覚めてまた面倒臭ぇ事にならないように、
海ちゃんが奥から、トラップ用のワイヤーを持って来て、
ぎちぎちに縛り上げている。
あ~あ~、荷物じゃねんだから。
そんなにキツク締め上げてやんなよ、気の毒に。

「もぉっ、お店の中すごく温かかったのに、この人が思いっきりドア開けたから、寒くなっちゃったね。」
香が眉を寄せて、迷惑そうに呟く。
そして、『お手洗い借りまぁす。』と言って、席を立った。
つい数分前に、強盗犯を伸した事など、まるで無かった事のように、
海坊主はグラスを磨いているし、
美樹ちゃんは、俺の目の前の灰皿を交換して、汚れた灰皿を洗っている。
いつもと違うのは、店の片隅に蓑虫みたいになった男が、転がっている事だけだ。

しゃあねぇな。女狐にご足労願うか。
俺はケツのポケットから、携帯を取り出すと冴子の携帯へ連絡を入れた。
冴子は割とすぐ近くで捜索していたらしく、俺が事情を話すと、
「まぁ、手間が省けたわ。すぐ、行きます。」
と、心底嬉しそうに言った。
1~2分もすると、冴子がやって来た。
後輩らしい、頼りなさ気な若い男の刑事と一緒だ。

冴子が来たのと、香が便所から戻ったのが、ほぼ同時だった。
「あら、冴子さん。こんにちは、寒いですね。」
香がニッコリ微笑んで、冴子に挨拶する。
そうこれは、何てこと無い日常の風景。
この中で唯一、呆気に捕られているのは、冴子の後輩の若い刑事だけだ。
つい先程まで、警察と一進一退の攻防を繰り広げていた、
凶悪な強盗犯は、気絶して転がっているし、
それなのに、ココにいる“一般市民の協力者たち”は、
平然とコーヒーを飲み、時候の挨拶なぞ交わしている。

もう既に、強盗犯の事などどうでもイイ香は、俺の隣に座ると、
「ねぇ、僚?今晩は何が食べたい?」
と上目遣いで訊ねたりなんかして。
うう゛っっ
カワイイじゃねぇか、オイ。
つーか、おまぁが喰いたい。
そんな気持ちをグッと押さえて。無表情で、固まる俺。

「そうだな。寒いから、なんか温かいモン。」
漠然とそう答える俺に、暫し冷蔵庫の中身を思い出しながら考える香。
「そうねぇ、豆腐があったから、…チゲ鍋はどう?豆腐チゲ。」
そう言った香に、俺が答える前に美樹ちゃんが答える。
「あら、イイんじゃない?あったまりそう。」
香は美樹ちゃんの言葉に、満面の笑みで答えた。
「よ~し、そうと決まればっっ!!お買い物行って、早く帰ろう?僚?」

決まったんかいっっ!!
しかもまた、俺の理性を揺るがすような、仕草に言動。
だぁかぁらぁ!!上目遣いはよせっつーのっっ!!眩暈がする。
まぁ、しかし。
早く帰る事に異論は無い。勿論、チゲ鍋にも。
「んじゃあまぁ、パートナー殿のご要望にお応えして、ボクちゃんは、荷物持ちでもしましょうかねぇ。」
そう言って、渋々と言った体で、あくまで体で。
俺は腰を上げる。

「あら?お2人には、もう少し詳しい事を訊きたかったんだけど。もう帰っちゃうの?」
冴子がわざとらしく、そんな事をぬかしやがる。
冗談じゃねぇ。俺達は今から家に帰って、チゲ鍋なの!!
暇じゃねぇっつーの。
「あ?別に俺たちゃ、何もしてねえし。この店の中であった事は、店主に訊きな。」
俺がニヤっと笑って、海ちゃんを見ると、
奴も僅かに片方の口端を持ち上げて、フンッ!と、1つ大きく鼻を鳴らす。

「それじゃあ、美樹さん、海坊主さん、ごちそうさま。また、明日。冴子さんも、そちらの方もご苦労様です。お気をつけて。」
香がいつの間にか、上着を着て外に出る準備万端で、ニッコリ微笑んだ。
さっきまで、1人で呆気に捕られてボサッとしていた、若い刑事が、
今度は香を見て、薄っすら頬を染めてやがる。

ったく、しょーがねーな。
これだから、近頃の警官は。
全く、なってねぇ。
もちぃっと、気ィ引き締めろよ。
つーか、
俺の連れ見て、頬染めてんじゃねえ。
殺すぞ。

なんつって。
シャレにならんか。
まぁ、シャレじゃねぇけども。








キャッツを出て、駅の傍のスーパーに寄る為に、2人で並んで歩く。
改めて香の姿を眺めながら、思わず目を細める。
やっぱりコート、良く似合ってんな。
そんな俺の幸せな気分を、知ってか知らずか、
香が自然な動作で、そっと手を繋いできた。
最近は、いつもこんな感じだ。
俺はいつもこの瞬間が、堪らなく好きだ。
胸が張り裂けそうなほど。

高架下の靴磨きの徹っつぁんのすぐ傍を通る時、
俺の手の中にあった小さな温もりが、するりと抜けて。
香が俺の隣から、徹っつぁんの元へ駆け寄って行く。
暫く遠目に眺めていると、香が何やらポケットから取り出して、
徹っつぁんに、何か手渡している。
そしてまた、踵を返して俺の元へと戻って来た。
徹っつぁんは何も言わず、顔を皺くちゃにして笑いながら、
俺と香に手を振った。

先日の依頼の時に、情報を仕入れる為に徹っつぁんの元を訪れた時の、
何気ない会話を思い出す。

カオリちゃんなぁ、いつでも俺の傍を通りかかったら、
ポケットから、カイロを出して渡してくれるんだよ。
手が冷たいだろうって。
カオリちゃんにしてみりゃ、些細な事だろうケドよ。
俺みてぇな、老いぼれのジジィにしてみりゃ、
涙が出る程、嬉しい事なんだよ。
リョウちゃんにゃ、勿体無い娘だねぇ。


あぁ。徹っつぁん、そうだよ。全くその通り。
俺なんかにゃ、ホント、勿体無いほどの幸せなんだぜ?
俺はカイロじゃ無くて、繋いだ手から幸せ貰ってんだ。
マジで、比喩じゃ無くて、胸が張り裂けそうになるんだ。

「なぁ、香。」
「なぁに?」
「寒ぃからさぁ、とっとと買いモン済ませて、早く帰ろーぜ。」
「そうだね。」
「で、家帰ったらさぁ・・・」
「ん?」
「キスしていい?」

一瞬、香は真っ赤になって固まったけど、次の瞬間、
本当に小さな小さな声で、
いいよ。
と答えてくれた。
たったそれだけで、何だか俺の心は、
一足早く春が来たのかと思う位、温かくなった。

まだ、年末なのに。
















えっと、インスパイアオブ“伊集院隼人氏の平穏な1日”でございます。
原作好きな方なら、誰もがあのお話しは好きだと思います。
何を隠そう、隠れ海ファンのワタクシは、あのお話しが大好きです。

何だか、気が付いたら、なななななんとっっ!!!
総拍手数 4000 突破致しておりましたっっ(感激)
この連休で、何とかコメントのお返事を頑張ろうと、目論むケシなのですが。
こんな、お返事も侭ならないワタクシに、
いつもいつも、温かい応援を戴いております事、
心より、有難く思っておりまっす!!!

実はこの話し、初チュウまでのもう一つのお話しまで考えております。
後程、アップ致しますので、そちらの方も是非読んで戴けると嬉しいです。
頑張って書き上げます(*´∀`*)

[ 2012/09/16 09:15 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

今までのようには見れない。

※ このお話しは、『冴羽僚と愉快な仲間たちのまるで平穏な1日。』の続きです。
  これだけで読んでも意味は解りますが、まずはアチラを読む事をお薦めします。
  なんつって、ちょっと宣伝(テヘ)












香のヤツ、明らかに動揺している。
まぁ、原因は、俺なんだけど。
『キスしていい?』
とさっき、訊いてみた。
香は真っ赤な顔で、いいよ。と答えたモノの。
今現在俺達は、いつものスーパーマーケットにいる訳で。
俺は“家に帰って”から“キスしてイイ?”かと訊いたので、
まぁ、予告された香としては、軽くパニック状態へ陥ってる訳だ。

なんか香のヤツ、歩き方までぎこちない。
先程からもう何度目か、
「今日はお鍋をするんだったよね?」
と香に確認されている。
その度に、辛抱強く答えてやる。
「あぁ、チゲ鍋だ。豆腐チゲだぞ。因みに、豆腐はウチの冷蔵庫に2パックあるから買わなくていいぞ。」

恐らくあまりの動揺に、そうやって自分自身に言い聞かせていないと、
今がいつで、どこで、何をしているのか、あやふやになるのだろう。
可哀相な事をしてしまった。
せめて俺がもう少し気を遣って、家に着いてから、
この話題に触れるべきだった。

しかしよくよく考えれば、こんな状態になる事は簡単に想像できた筈なのに。
こうして後から気が付くなんて、俺自身も相当にテンパっていたと思う。
何故だかあの瞬間、“今すぐ伝えないと”という、
切迫感というか、焦燥感というか。
何とも言えない、激しい感情が押し寄せて来た。
本当に、比喩でも何でも無く、胸が張り裂けそうだったのだ。

そして香に、『いいよ。』というたった一言の、
けれど甘い甘い砂糖のような蜂蜜のような、その言葉を貰った瞬間、
それはまるで甘い毒薬のように、俺の心に染み渡って。
まるで嘘みたいに、激情の波は穏やかに凪いでいったのだ。
だが次は、香のこの状態である。

俺は本当に、自分自身が情けなくなる。
こと香の事となると、後先見えない。
本当に香の事を第一に思うのならば、こんな風に緊張を強いる事など無く、
もっとスマートにエスコートするべきなんだろうが、
如何せん、上手くは行かないのだ。マジで情けねぇ。







ついさっき、僚と生まれて初めての、キスをした。
少しでも気を抜くと、ボンヤリしてしまう。
いま自分は、晩ご飯のお鍋の準備をしていて、
そしてリビングのコタツには、腹ペコの僚が待っているのだ。
そう、僚が待ってる。

『家、帰ったらさぁ・・・・・キスしてイイ?』

キャッツの帰りに、2人でスーパーに向かう途中、突然僚がそう言った。
多分今までの僚との会話の中で、1番か2番目に、驚いた。
でも、良くないワケなど、決して無いので。
私は、いいよ。と答えた。
私には、それ以外の答えなど無いから。

それでもその直後から、さっき僚の唇が私の唇に触れたその瞬間まで。
私の記憶は何だか、フワフワしていて、酷く曖昧だ。
スーパーでも気付いたら、ワケの解らないモノを手に取ろうとして、
何度か僚に、
『それ、必要なのか?』
と訊かれて、我に返った。
それでも、何とか無事に家まで辿り着いて、
(今日ばかりは、僚が一緒に居てくれて良かった。まぁ、原因は僚なんだけど。)
買って来た食材を冷蔵庫に仕舞っていると、
不意に背中から、僚に抱き締められた。
それはとても温かくて、涙が出そうだった。

「…りょお?」
「…さっきの約束。」
キスの事だ。
思わず私の身体が固くなる。
全然嫌じゃないのに、むしろ嬉しいのに。
緊張して、どうしようもない。
「やっぱ、ダメ?」
僚の顔は見えないけれど、僚の声は少しだけ残念そうに聞こえる。

私がこのまま何も言わなかったら、僚、誤解しちゃうよね?
それでもなんて言えば良いのかなんて、解んないから。
首を横に振るのが、私に出来る精一杯だった。
すると僚は私の身体を反転させて、向かい合ってジッと見詰められた。
何か僚ったら、今までに見た事無いようなマジな顔してると思ったら、
少しだけ、可笑しくなっちゃって、私の気が緩んだ瞬間だった。

僚の唇が、私の唇に触れた。
その事に気付くまでに、少しだけ時間が掛かったと思う。
想像以上に、男の人の唇が柔らかい事を知って、驚いた。
どの位の時間、そうしていたのか解らなかったけれど、
僚の唇が私から離れた瞬間から、淋しいと感じた。
すぐ傍で僚の顔を見て、目が離せなかった。
それまではボンヤリしていた筈の意識が、やけにクリアになって、
僚の隅々まで、何1つ見逃す事の無いように、じっと僚だけを見詰めた。

僚は少しだけ俯いていて、少し伸びて邪魔っ気な前髪が僚の表情を隠す。
私の目線からは、僚の表情が良く解らなかったけれど、
僚の唇は、少し震えていた。
「…りょお。…震えてる。」
思わずそう呟いて、僚の唇に指で触れていた。
それは、無意識だった。

その直後、顔を上げた僚の瞳が、目に焼き付いて離れない。
今まで見た事の無いような僚。
カッコイイ僚。少しだけ、怖い僚。でも、僚だから怖くない。
僚は何にも言わなかったけれど、何故だか私には解った。
僚が私を欲しいんだと。

そして次の瞬間には、触れるような優しいキスでは無く、
まるで咬みつく様な、キスをされた。
まるで僚に、食べられているみたい。
それでもいいと思った。
腹ペコの僚が、私を食べて、満腹になって、グッスリ眠ってくれたら。
それでも、いいよって。
でも、“美味しい”って言ってくれたら、嬉しいなって思ったの。

気が付いたら私は、全身から力が抜けて、僚の胸に凭れたまま、
キッチンのフローリングの上に、ペッタリと座り込んでいた。
僚が優しく、私の背中を撫でていてくれた。
まるで小さい子供を、あやすみたいに。
私が落ち着くまで、暫くそうしてくれていた僚は、
私の髪の毛をクシャクシャと撫でると、
「メシの準備出来るまで、待ってるから。」
と言って、ニッコリ笑った。
もう僚は、いつもの僚に戻っていた。

何日か前、美樹さんに訊かれた。
『もう、冴羽さんとは、キス位はしたんでしょ?』
自分がその時、何と答えたかは今はハッキリとは思い出せないケド。
(何しろあの時は、そんな事訊かれて照れ臭くてテンパってたし。)
何となく、そうなって構わないと、僚と恋人への一歩を踏み出しても、
全然、構わないと言った様な気がする。

そりゃあ確かに、今まで本当にそう思っていたケド。
思っていた事と、実際は全く違った。
まるで僚という大きな波に、浚われてしまった様な気持ちだ。
そして元居た場所と違う、知らない浜辺に流れ着いた気分。

だけどそこで、僚はちゃんと待っていてくれた。
僚と、私だけの浜辺で。









香の唇に触れた瞬間に、忘れていた事を思い出した。
否、忘れていたんじゃない。
封じ込めた事。
心の奥底の、一番深い所に。
もうずっと以前の事過ぎて、細部は覚えてはいないけれど。
その記憶の手触りだけは、ゾッとする程覚えている。
きっと、俺が生きている限り死ぬまで、その感触を忘れる事は無いだろうし、
忘れてはいけないような気がする。

アレは確か、槇ちゃんが死んだ次の年の、夏だった。
香が傍に居る事が、少しづつ当たり前になって来て、
少しづつ香というヤツが、解り始めていた頃の夏。
どういう流れでそういう事になったのかは、もう忘れたが、
俺も香もお互いに、5~6本缶ビールを空けていて。
俺はその程度で、別に酔うワケでも無く。
今思えば、堂々と飲酒運転なわけだが。妙に楽しくて、ハイで。

クーパー、ぶっ飛ばして、何処か忘れたけど房総の方か何かの海に出掛けた。
真夜中で、他に車なんか走って無くて。
俺がスピードを上げると、香はキャアキャア言って喜んだ。
数年前の出来事だけど、確実にあの頃は今よりも、俺も香も若かった。

海に着いて、まぁ砂掘って寝転んだり、砂に文字描いたり。
まるでガキみたいな他愛も無い遊びだったけど、
ゲラゲラ笑って、2人でじゃれ合った。
そうこうしている内に、香がいきなり泳ぐと言い出した。
香は完全に酔ってたし、夜中だし、流石に危ねぇと思って、
海に向かって、走り出そうとする香の腕を掴んで、俺は言った。

『危ないから、俺の傍から離れるな。』

その時の香は、その言葉の意味をそのまま受け止めた。
ちぇっっ、りょおのケチぃぃ~~~
と言いながら、再び砂浜を転げ回って遊んでいたけれど。
その時の俺は、その言葉を己の口から放った途端、
言いようの無い恐怖が込み上げて来るのを、感じていた。

俺から香への、最初で最後の呪縛の言葉。
俺が香を、離したくないと思った、最初の出来事。
“俺はお前に惚れているから、どうか俺の元から消えないでくれ。離れるな。”
“お前にとって、俺が最も危ねぇヤツだから、とっとと逃げろ。離れてくれ。”
相反した、両極端な気持ちの狭間で、思い悩み始めた1番最初の夜だった。

もうそれから先、コイツの事を、今までのようには見れないと、強く思った。
香の目も、唇も、華奢な肩も、しなやかな指先も、白い肌も。
俺が自分の気持ちを自覚した途端、世界の見え方がまるで変った。
それから今までずっと、俺の目には特殊なフィルターが掛かっている。

香を女として見ませんフィルター

そのフィルターを、ここ最近、少しづつ少しづつ剥がして、
俺達の距離は、随分縮まっていて。
とうとう今夜、あの夜から数年越しに、俺の唇は香の唇に到達した。
それは今までのどんなモノよりも、甘い甘いキスだった。

そして改めて思った。
もう、コイツの事。今までのようには見れない。
その目も、唇も、華奢な肩も、しなやかな指先も、白い肌も、
長い脚も、柔らかそうな胸も、ツンと上がったヒップも、茶色いクセ毛も。
あの夜は、言いようの無い恐怖が込み上げて来たけれど、
今、俺の胸に溢れているのは、言葉では言い表せない幸せだった。

もうあの時とは違うのだ、俺も香も。
香が俺の事を解っていてくれる、俺の過去も罪も全て。
色々な事を2人で乗り越えた。
香だったから、やって来られた。
俺だったから、守って来られた。
そんな色んな、なんやかやが、一気に俺の胸に押し寄せて来た時に、
香の指先が、俺の唇に触れた。

香は何も言わなかったけれど、俺には何故だか解った。
香が俺を欲しがっている。
俺の為だけに、熟したフルーツみたいに。
俺の為だけに、咲いた花みたいに。
己を味わってくれ、己を愛でてくれと。
もう、あの時みたいな、世間知らずの小娘では無いのだと。

香のその俺への想いを、受け取った瞬間から、
あの夜の浜辺で止まった、俺達の時間がまた進み始めた。








ベランダに出て煙草を吸っていると、昨日から降ったり止んだりの雪が、
またチラついて来た。道理で冷えるワケだ。
今月に入ってから、急に寒くなったので、ウチのリビングには今コタツがある。
俺は大して興味も無かったが、香は冬になるとコタツを欲しがった。
槇ちゃんと暮らして居た頃は、毎年冬になるとコタツを出したのだという。
火を使わないから安全だし、何よりすごく温かいからと。

香が、あんまり毎年欲しがるモンで、仕方なく3年前の冬に、
2人でホームセンターに行って、コタツを買った。
そして3年経った今では、すっかり俺も、冬はコタツだろ?が定番化している。
つい最近、なんとミックの所ですら、コタツを導入した。
俺達のコタツライフを見て、すっかり気に入ったミックが、迷わず購入したのだ。

朝メシや、昼メシは、きちんとダイニングのテーブルで食べるケド、
ここ最近、晩メシだけは、2人でコタツで食べている。
それが何とも、家族っぽい感じで。
俺は内心、気恥ずかしくもあるが、結構気に入ってたりもする。

特に今日みたいに寒くて、メニューは鍋で。
ついさっき、初めてのチュウなんかしちゃった、俺達にとって。
コタツで並んで、仲良く晩御飯❤なんて。
嬉し過ぎるだろ?
楽し過ぎるだろ?
忘年会シーズンなのに、リョウちゃんてば飲みに行く回数減っちゃいそう、グフッ。

まぁ、まだまだキスしかしてないしぃ?
カオリンはあの通り、奥手もイイとこだから。
一遍に何でもかんでも、やってやろうとは思ってないケド。
少しづつ、色んな事教えてやんないとね(ニンマリ)
フッフッフッ、香クン。
大人の世界は、まだまだ奥が深いのだよ❤
これからせいぜい、精進してくれ給へ。








やはり、冴羽僚は冴羽僚だ。
比類なき、モッコリスケベである。
一方槇村香は、まさか最愛の男が、そんな物騒な事を考えている等、露知らず。
今晩の夕餉の支度を、着々と進めている。
「りょ~お~、もうすぐ出来るから、お鍋とコンロそっちに運んで~~。」
まるで彼の母親のように、キッチンからお手伝いの要請をしている。
きっと彼らは、恋人同士になってもなんら変わらない。
2人はもう、ずっと前から家族なのだから。










ブハッ、超激甘です。
とうとう、チュウしましたよん。
実はこのお話しの前話に出て来た、2人のコートとジャケット。
短いお話しの中の、『ひとつだけ』っていう、お話しにも登場します。
何だか、お話しが増えていくと同時に、
少しだけそんな風に、2人の生活が繋がって行ったら面白いかなと思いまして。
リョウちゃんのお下がりのジーンズは、ワタクシの十八番ですが。
リョウちゃんのオヤジサンダルも、どっかで2度ほど出演しました。
読んでて気が付いたら、クスッと笑ってやって下さい(ペロ)
[ 2012/09/17 01:26 ] 短いお話 | TB(0) | CM(2)

ブラック・ジョーク

例えば僚が人を殺した夜。
世界の何処かでは、必ず雨が降っている。

例えば僚が浴びるように酒を飲んでいる時。
世界の何処かで、誰かが泣いている。

僚がジョークを言えば、
何故だか、誰かが泣き始める。

不完全なこの世界には、陰と陽があって。
誰かが笑えば、誰かが泣く。
本当は、皆が幸せで、全てが丸く収まれば。
そんなに上等な事は無いのだけれど。
誰かの幸せは、誰かの不幸で。
誰かの都合は、誰かの不都合だ。



降りしきる雨など、僚には痛くも痒くもなくて。
心はとうに、麻痺していた。
僚が放つ黒い銃の先から、真っ黒なジョークが飛び出す。
別に笑ってなど貰えなくても。
無理に理解などして貰えなくても。
僚には関係無かった。
笑顔も泣き顔も、僚にとっては単に。
脳からの電気信号による、表情筋の収縮に過ぎない。

けれど、ただ一人。
僚のブラック・ジョークに、爆笑する奴がいる。
憂鬱なブルースが蔓延る、このつまらない世界にあって。
ファンキーで、アナーキーなロックな女がいる。

飲んだくれの僚を、ハンマー片手に待ち構える最強で最高の僚の相棒。
ロクでも無い僚のこれまでの世界が、少しだけ明るくなる。
他人が眉を顰めるキツイブラック・ジョークが、軽いシャレになる。
まるで何でも無い日常の事のように、受け止めてくれる。

例えば、神様が僚を赦してくれなくても。
例えば、死んだ後永遠に出口のない、地獄に落とされても。
今この目の前の相棒が、笑ってくれるだけで、
僚は何ひとつ後悔は無い。
香の笑顔と泣き顔だけは、きっと何か特別で。
いつでも僚の麻痺した心の奥に、小さなさざ波を立てる。




例えば世界中の人間が、僚を否定しても。
例えば世界中の人間が、僚を惡だと決めつけても。
例えば世界中の人間が、僚を嫌っても。

僚には、僚のジョークを笑ってくれる相棒がいる。
世界でたった1人、僚の最強の味方が付いている。
それだけで僚は、
自分自身の心の中の地獄から、這い上がって来られた。
そして僚は、今密かに感じている事がある。
これも、一種のブラック・ジョークだろうか。










・・・なんだか、地獄に落ちる気がしない。













TIMERS『JOKE』という曲から、イメージ致しました。

よく、死んだら地獄に行くとか、天国に行くとか言うけれど、
死ねば灰になるだけで、地獄も天国も生きている間の、
自分の心の中に存在するモノだと、ワタクシは思います。
だから、カオリンがいる限り、リョウちゃんは地獄には落ちません。
(なんつって。別名、ご都合主義とも申します。テヘ。)
[ 2012/09/29 23:26 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

雪どけ

昨夜、雪が降った。
寒い寒い夜で、俺達は互いを温め合うようにして、眠った。

親友の大事な妹で、俺の大事な相棒で、
暴力女で男女で唯一モッコリしない相棒は、
裏を返せば、俺の唯一のかけがえのない存在で。

気が付くと俺達は、男と女になって、もう数ケ月になる。
暑い暑いと言いながら、イイ汗掻こうかと一緒に寝て、
寒い寒いと言いながら、温め合おうかと一緒に眠る。
こんな日が来る事など、昔の俺が予測出来たろうか。

俺の唯一の不測の事態は、香に惚れて、香を手に入れてしまった事。



俺はいつだって、不器用な男で。
いや、こんな事を言うと、必ず悪友たちはブーイングを垂れるだろうが。
実際、これまでのどうでもイイ女達には、幾らでもお愛想を言えたケド、
大事な1番大事なアイツにだけ、
俺は肝心な一言が言えない。

それはまるで歩き難い雪どけの道で、足を捕られるように、
もどかしく、切なくて、表現し難い。
それでも俺は気が付いたらいつも、香の事ばっかり考えている。
アイツが俺の名を呼ぶ声。
俺の腕の中ではにかむ表情。
少しだけヤキモチを妬いて、拗ねた顔。
帰りの遅い俺を心配して、それでも気丈に明るく振舞う強がりな横顔。
もしも、この俺の心の中の気持ちを、
包み隠さずアイツに見せる事が出来たなら、アイツは何て言うだろうか。
泣くだろうか、それとも笑ってくれるだろうか。

それはとてもシンプルなんだ。
シンプルで、単純で、最も尊い感情。

愛している。

きっと、雑踏に溢れ返る何百、何千の人間一人一人に、それぞれ存在するだろう、
最もありふれた、よくある出来事。
愛する者がいるという事。
そのありふれた『特別』を、香が俺に与えてくれた。
俺に普通の男だったんだと、気付かせてくれる。

最も尊くて、温かい唯一の存在。




昨夜の雪が、珍しくこの街を薄っすらと白く包む。
たったそれだけの事で、駅はいつも以上の人間でごった返す。
駅ビルの陰になった、舗道の上には薄い氷の膜が出来ている。
華奢なピンヒールを履いたお姉さん方は、今にも転びそうな足取りで歩いている。
駅前の少し開けたロータリー。
そこに、ぽっかりと太陽の当たる場所がある。
まぁるい、温かい日差しの当たる所だけ、雪はすっかり溶けている。

俺は思わず、その光にアイツを重ねる。
冷たかった俺の心の暗い影を、いつの間にか時間を掛けて溶かしたアイツ。
それは、言葉でなんか表せる事では無い。
アイツの優しさは、言葉で表すには大きすぎる。
だから、俺はきっと。
アイツの前では、何を言えば良いのか解らなくなる。

ありがとうでは、足りなくて。
愛しているでは、陳腐すぎて。
だからいつも、俺は言葉を探してしまう。
そして諦めるんだ。
香の前では、言葉など何の意味も為さない。
言葉で伝えられる事など、ホンの一部で。
俺の心は伝えられない。

だからきっと、温め合って眠るんだ。




東口の出口に香の姿が見える。
きっと今日も依頼は無い。
温かそうなカーキ色のダウンジャケットのポケットに、手を突っ込み、
スキニーパンツに包まれた華奢な足元は、ムートンブーツで護られている。
雪どけの歩き難い舗道を、まるでものともせず真っ直ぐに歩く、スッと伸びた背筋。
俺は飼い主を見付けた番犬よろしく、香に近付く。

「依頼あった?」
一応は、相棒としての確認。
「ううん。無かった。」
香はニッコリ微笑む。
依頼が無かった割には、機嫌のイイ笑顔。

「ねぇ、りょお。」
「ん?」
「ココア飲みたい。」
「…しゃあねぇな。じゃあ、作ってやるか。リョウちゃん特製、ホットココア。」
「うん。」
香は満面の笑みで頷く。
ポケットの中の手を、自然な動作で俺の手に絡める。
こうして手を繋いで、お互いの心を温める。



よくある出来事なんだ。
ホレた女と、幸せに暮らしているんだ。
香はいつも旨いメシを、俺の為に作り。
俺は時々、香の我儘に付き合う。
時々一緒に、風呂に入って。
俺の髪が伸びたら、香が切ってくれる。そして、たまに失敗する。
朝起きて、頬擦りしたら、ヒゲが痛いと苦情を言われて。
ゲームで負けそうになると、香は間違ったフリでリセットボタンを押す。
夜は一緒に眠って、愛を確かめ合う。

それは本当に、よくある、どこにでもあるありふれた出来事で。
でもきっと俺達にとっては、
そんな何でもない毎日が、一番大切で。

それは、世界で一番幸せな出来事だ。













忌野清志郎『雪どけ』という曲からイメージしました。
冬のお話しを書くのが、どうやら好きなワタクシです。
相変わらずの季節度外視(テヘ)
[ 2012/09/30 22:14 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

nightclubbing

新宿歌舞伎町。
眠らない街では、21:00前なんてまだまだ宵の口。
口煩い相方のお小言を、サラリと受け流しアパートを一歩出れば。
僚の夜が始まる。


街を歩けば、あちこちからお声が掛かる。
「リョウちゃ~~~ん、寄ってかなぁい?」
「リョウちゃん、今月ノルマ厳しいの。ボトル入れてくれない?」
「僚さん、新しい娘入ってますよ♪北〇景子似の、超べっぴん!!」
そのいちいちに、フラフラついて行っては、それこそ相方からの制裁で地獄を見るので、
僚は僚なりに、数多ある行きつけを順繰りで巡っている。
一応、無軌道にも見える僚の夜遊びにも、バランスと計画性があるのだ。
ツケの支払いに関しては、無計画だが。


今夜はココと決めた、キャバクラで。
僚は盛大に羽目を外す。
途中、合流した金髪碧眼の元相棒と共に、
自分達が楽しんでいるのか、楽しませているのか甚だ疑問だが、
いつもの如く、僚は半裸である。
ミックに至っては、パンツ一丁でネクタイだけを締めている。


2軒目は、ゲイバーで。
何故だか僚は、ピンク色のサラサラストレート、セミロングのウィッグを被っている。
ミックはシルバーのボブカットのウィッグだ。
その代わりに、若干2名の自称女子が、硬派な短髪で接客している。


3軒目の、バーで。
2人はしんみりと酒を酌み交わす。
ワケも無く、ひそひそと小声で交わされる会話の大半は、猥談だ。





そんなこんなで、僚が家路に着く頃は、とうに日付も変わり。
相も変わらず、今日も今日とて、僚は玄関先で制裁を喰らう。
この一連の、鉄拳制裁を内包した全てが、僚の“夜”である。



僚曰く、家に帰るまでが夜遊びでっす!!キャハッッ
香曰く、ツケを完済するまでが夜遊びです(怒)

2人の認識のずれが、重なる事は永久に無い。










夜遊びって言えば、
リョウちゃんにとってはクラブじゃ無くて、
飲み歩き。
[ 2012/10/21 23:35 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

lonesome 

「…ねえ、りょお?」

香がその話を始めたのは、2人のにゃんにゃんタイム第1ラウンドを終えて、
漸く、呼吸も落ち着いて来た頃だった。
とは言え、香の声は先程までの甘い余韻を色濃く残し、若干、舌足らずだ。
僚は、薄っすらと全身を桃色に染めた香を腕の中に囲い込み、
香の額に汗で張りついた柔らかな茶色いクセ毛を、そっと指で掻き分ける。
滑らかでまるで殻を剥いたゆで卵のような額に、僚はそっと口付る。
香はクスクス笑いながら、首を竦める。








ねぇ、りょお。
ん?
この世の中にね、1匹しかいない亀さんがね死んじゃったの。
ロンサム・ジョージの事か?
名前は知らないケド。
でね、その亀さんはね、40年前に一緒にいた同じ種類の仲間が死んでから、ずっと、1人なの。
うん。
でね、彼もね、やっと40年経って召されたの。
うん。
それって、どんな気持ちかなぁ。
・・・さぁ。







香の口調は、淡々としたモノだった。
その口振りから、香の心情を推し量る事は、僚には出来そうにない。
だから僚は、ずっと香の肩や背中や髪の毛を、優しく撫ぜる。
おまぁは、1人じゃないだろう?と。
僚は香には、さぁ?と惚けて見せたけど、本当はそれは考えたくも無いほど恐ろしい事だ。
香の質問なのか、疑問なのか、定かでは無いぼんやりとした言葉に、
僚は思わず、想像してしまった。
香のいない世界で、40年1人で生きる事を。
それはきっと、地獄よりも悲惨だ。











・・・私ね。
ん?
幸せだったんじゃないかなって思うの。
何が?
死んじゃって。だって、やっと逢えるでしょ?お仲間に。
・・・
もしもね、もし私だったら。そんな40年も1人で、生きていたく無いモン。
何だか知らない変な動物に囲まれて、誰も自分の仲間がいなくて。
それでも、何だか知らないケド、最後の1匹だからって大事にされて。
勝手にパートナー宛がわれて。
色々、観察されて。
そんなの、堪んない。
たった1人じゃ、生きていたってつまんないょ。









香はそう言って、僚の胸にペタリと頬を寄せた。
「・・・りょお?」
「ん?」
「ずっと、傍に居てね。」
僚は返事の代わりに、香のつむじにキスを落とす。









私、40年も頑張れないから。だから、1人にして置いてかないでね。
・・・そっくりそのまま、その言葉をお前に返すよ。お前こそ、







僚はその先は、言葉に出来なかった。
たとえ言葉だけの事だとしても、そんな事は考えるのも苦しい。
2人の生活は、満たされていて。
たとえ貧乏でも、心は豊かで。
ケンカもするけど、本音でぶつかり合う。
お互いの代わりなど、この世のどこを探したって見当たらない。
だから僚は、何があっても置いて逝かない。


僚は柔らかな唇に、キスを落とす。
薄くて甘やかな舌を絡め取る。
栗色の柔らかな癖毛の、汗でシットリした襟足を弄ぶ。
少しづつ体勢をずらしつつ、優しく組み敷いて、やんわりと拘束する。
ベッドと僚に挟まれて、身動き出来ない香の唇をとことん味わう。
淋しい言葉や、暗い言葉を紡ぐ、恋人の口は塞ぐに限る。
しばらく思うさま唇を貪って、香がグッタリと力を抜いた頃、僚が漸く離れる。
真っ赤に上気した頬。乱された呼吸。ボンヤリと水分の膜を湛えた瞳。
そんな全てが愛おしい女の耳元で、僚はニヤリと笑って卑猥な事を囁く。
「あのさぁカオリン、リョウちゃんの亀さんも、淋しいんだって。」


流石に快感に流されてボンヤリとしていた香も、この僚の台詞には眉を顰める。
「りょおの、エロオヤジ。」
しかし言葉とは裏腹に、香は華奢な両腕を僚の首に巻きつける。
香の茶色の瞳の中には、僚が映り込む。
僚の漆黒の瞳の中にも、香が映り込む。
2人だけの寝室の、お互いの腕の中で、2人はお互いが今日も生きている事を確認する。
その心臓が脈を打って、手や足が滑らかに動いてみせる事を。
肌や匂いや温度で感じる刺激が、脳に正しく伝わっているという事を。
それを確認するために、
2人は第2ラウンド目に突入した。


本当に淋しい時には、その淋しさになど気が付かない。
今2人は満たされているからこそ、失った時の事を想像して苦しくなる。
それはきっと、溺れている証しだろう。
決して、香を置いては逝かないと心に誓った僚だったけど。
それから数分後、アッサリと香に置いて逝かれてしまった。
まぁ、もっとも逝かせたのは、僚自身なのだが。


少しだけ遅れて、僚も“天国”へ逝く為に、ラストスパートをかけた。














はい、下ネタ。
お下劣、ワタシ(恥)

[ 2012/10/25 21:24 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

あけおめ

こんな街の中でも、何処かで鐘を撞いているらしい。
冬の澄んだ冷たい空気を震わせて、冴羽アパート7階寝室にも薄っすらとその音が聞こえる。
一説には人間には、百八つの煩悩があるらしい。




ちょうど今現在。
冴羽商事の2人も頃合いよく、百八つの内のひとつの煩悩の赴くままに、仲良しこよしの真っ最中だ。
先に気が付いたのは、僚だった。
香は無我夢中で、それどころでは無かった。
そもそも、香はいつだって僚に翻弄されてばっかりだ。
それまで、激しく責め立てていた僚の動きがピタリと止まる。
腕の中で香は真っ赤になって、虚ろな瞳に涙を浮かべている。
額と首筋に汗が玉になって浮かんでいる。
まるで、瑞々しい果物だなと、僚は思う。
その赤い唇を啄みながら、僚は表から聞こえる音に耳を欹てる。
煩悩を追い出す、除夜の鐘。
でも、僚は思う。
この世に煩悩が無ければ、生きている意味も無い。



突然荒々しい動きを止めて、穏やかに香を抱き締める最愛の男に。
香は少々訝しむ。
少しづつ呼吸も整って、吸い込んだ空気は濃密な夜の色で。
僚の匂いだ、と香は嬉しくなる。
僚の腕の中の窮屈な世界で、香は溺れる寸前だ。
ずっとこの場所に焦がれていた。
そして辿り着いた今、香には元の場所に戻る術など無い。



10:00には、2人でお風呂に入っていた。
今夜は年越しそばを食べるからと、香はいつもより少なめに夕食を済ませた。僚はいつも通り食べた。

10:50に、香がそばを茹で始め、僚は隣で小葱を刻んだ。
麺を茹でている隣のコンロには、鰹節と昆布で出汁を取ったつゆが湯気を立てて。
トッピングの紅白の蒲鉾も薄くスライスされ、準備万端だった。

11:40に、香が2つの丼を洗い終え、水切り籠に乗せたのを見計らって僚が香を抱き上げた。
それから2人は真っ直ぐ、7階の寝室に直行したのだ。
確かにもう今夜は、その洗い物だけで何にもする事は無いし、
翌日のお節も、お雑煮も、何もかも下拵えは準備万端で。
後は寝るだけだったけど、それにしても僚の手際の良さに香は苦笑した。




この一年は、9件の依頼を受けた。
コンスタントに仕事が入った訳では無かったが、何だかんだ言って1か月半に1件はこなしている。
いつも、依頼が無い無い言ってる割には、こう振り返るとソコソコ働いている
僚が香に秘密にしている方の仕事も、まぁ大体同じぐらいの件数をこなした。
働き過ぎだなと、僚は思っている。




僚は夕方の内から決めていた。
新しい年は、ベッドの中で迎えると。
少しだけ離れた、日本一の大歓楽街・歌舞伎町は、不況とは言え今頃賑わっている頃だ。
あのバカ明るいお祭り騒ぎの中に身を置いていたのは、それ程昔の話しでも無いのに。
僚にはもう、あのネオンの白々しい渦に未練は無い。
それはまるで、遠い太古の昔の話しのように思える。
今の僚には、この温かで親密な2人の寝室があればそれでイイ。



僚が香の猫毛に顔を埋めて、深く息を吸い込む。
甘いシャンプーの薫りを嗅ぎながら、香の汗の浮かんだ滑らかな額にキスを落とす。


カオリン、鐘の音聞こえるょ。


僚が額に唇を付けたままそう言って、漸く香はそれに気づく。
それが言いたくて、僚は一時中断したのだと。
僚には意外と、可愛らしい一面があるのだ。誰も知らないけれど。
香はそう思うと、胸の奥の方がきゅんとする。


ふふふ、僚の鐘だね。


そう言って、香がクスクス笑う。
けれど、香は気付いてない。
まだ繋がったままの2人なので、香がクスクス笑う度に僚の背筋に有り得ない程の快感が走る事を。


それって、俺だけ?


そう言って、僚が悪戯っぽい視線を香に向ける。
途端、香は僚の世界に飲み込まれそうになる。
それはまるで大きな波のように、渦巻く竜巻のように、香を全て心ごと浚ってゆく。




2人はまた、何事も無かったかのように目くるめく煩悩の世界に溺れてゆく。



そんな2人の傍らサイドボードに置かれた2人の携帯が、交互に着信を伝える。
もっとも、マナーモードのそれは点滅だけでそれを知らせる。
暫く、そんなイルミネーションは続く。
それで2人は年が明けた事を知る。
きっとそれは、同業者たちからの“あけおめメール”である。
彼らは皆、裏稼業の人間でありながら、何処か呑気だ。
それは冴羽商事の2人も同じだが。




僚は考える。
この表現し難い感情を、煩悩と呼ぶのなら。
百八つなどでは到底足りない。
この胸の奥をキュッと締め付けるような感情を、煩悩と呼ぶのなら。
追い払うのが惜しい気がする。



僚はいつしか小さな鐘の音も気にならない程に、没頭してゆく。
煩悩の赴くままに。















数時間後には、今年初出社を控えたワタクシですが。
すっかり、この休みで夜型になってしまいました・・・orz
思わず、零時を回った後に更新しちゃいました(汗)
眼が冴えて眠れない(涙)
今年1発目は、下ネタで(爆)

というワケで、あけおめでございます m(_ _)m
[ 2013/01/04 01:59 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

昨今の彼らのマイブーム

時刻は午前2時。
近隣の住民も寝静まった頃。
(とは言えこの界隈は、事業所や商業用ビルが大多数で、住人の方が少ないのだけど。)
深夜のビルの谷間に、陽気な口笛が響き渡る。
デスクトップのパソコンに向かい、〆切間近の原稿に最終チェックを入れていたミック・エンジェルは、
それを聞いて、ニヤリと微笑む。



その口笛の主は、冴羽僚。
ミックの腐れ縁で、長い付き合いの、親友というには些か語弊もあるが、今の所はご近所さんの殺し屋だ。
ここ最近、ミックはこの深夜の口笛を聞くと、
仕事の手を休めて、思わず向かいの7階建てアパートをこっそり観察してしまう。
冴羽アパート、6階リビング。
午前2時現在、どうやら灯りは点っている。
あの淡い玉子色のカーテンの向こう側には、彼女がいる。


槇村香、ミックの初恋の君である。


ミックの仕事部屋の窓は、彼らのあのリビングを若干見下ろす位置にある。
そして勿論、件の口笛男はもっとずっと視線の下、表の通りの舗道の上である。
恐らく今の今まで、大歓楽街・歌舞伎町で散財して帰還したヤツは。
ジャケットのポッケに両手を突っ込み、真っ直ぐ6階の灯りの元を見上げている。


え~~と、あれ何て言うんだっけ???
世界で最も有名な秋田犬、“忠犬ハチ公”だったかな。


ああして、彼女がベランダに顔を見せるまで、真っ直ぐに見上げているアイツはまるで。
忠犬さながらで。
ここ最近のヤツの口笛は、彼女を誘い出す合図なのだ。
ミックの仕事部屋は今、デスクの上のLEDの蒼白い小さなライトが1つ点いているだけで。
きっと向かいの2人は、覗かれている事には気付いていない。



暫くすると、カーテンが細く開く。
そこに現れたのは、若干ご機嫌ナナメのミックの女神。
ベランダの手摺に身を乗り出して、表の忠犬に何事か囁いている。
きっと、時間を弁えろとか、サッサと上がって来いとか、そんなような事。
そんな彼女を真っ直ぐに見上げながら、ヤツはおもむろにポケットから携帯を取り出す。
少しの時間差を置いて、彼女の手の中でまるで蛍のような着信ランプが灯る。
2人の間で何が囁かれているのかは、解らないけれど。
まるでそれは、現代のロミオとジュリエットのようで。



些か酒臭いロミオだけれど、癖毛のジュリエットにはそれでも恋しい男に相違ない。
彼女の口角は楽し気に弧を描く。
きっともうすぐ彼女は、ヤツの誘い文句に負けてきっと表へ出て来るだろう。
ここ最近、深夜の散歩が彼らの一大ムーブメントだ。















もうすぐ、深夜2時を回る所だ。
深夜のバラエティも軒並み終了し、軽くザッピングすると。
懐かしい映画の再放送(一体誰が見るんだろう?湘南爆走族なんて)とか。
オバサマ向けの某国・ドロドロ愛憎ドラマとか。
何でも落ちる魔法のような粉の石鹸を鼻息荒くアピールする、通販番組とか。
香は無意識に小さな溜息を吐いて、テレビのスイッチを切る。
相棒はまだ、帰って来ない。
出て行ったが最後、いつ戻るかなんてアイツの気分次第。
まるで浮浪雲だ。







僚には最近思い付いた、密やかな楽しみがある。

相棒は近頃、ますます綺麗になってきて。
数ケ月前に一度告白したモノの、それ以上の勇気が出せずに悶々としている僚は。
相変わらずの夜遊び三昧で。
しかし心の中の本音は。
毎晩、マッタリ家で過ごしたい。
けれど。
妙に相棒を意識してしまってしょうがない、凄腕スイーパーの冴羽僚は。
2人きりで過ごす時間が猛烈に照れ臭く、殆ど惰性で飲みに繰り出す。







香が何気なく、携帯を取り出して弄り始めた頃。
聞き覚えのある、口笛が聞こえる。
相棒のご帰還だ。
今夜も絶好調で、ツケという名の借金をこさえて来た穀潰しである。
僚は最近、真っ直ぐに玄関へは上がらずに、一度こうして外から香に声を掛ける。
少しだけ待たせて、少しだけ機嫌が悪いフリをして。
香はベランダへ出て行く。
舗道から見上げる僚が、少しだけ可愛くて思わず笑ってしまう。







僚の最近のお楽しみは、香を誘い出して真夜中の散歩をする事。
手を繋ぐでも無く、キスをするでも無く、ハグをするでも無く。
好きだと率直に言う勇気も無く。
酒の力を借りて誘い出し、半ば強引に深夜の街を徘徊する。
神社の方まで歩いたり、公園に行って何も喋らず2人で黙々とブランコを漕いだり。
コンビニに行って立ち読みをして、無駄遣いをしたり。
香は最初は必ず、サッサと家に上がって来いと眉を顰める。
けれど毎晩。
僚はあの手この手で香を笑わせて、どうにかして表に誘い出す。







胸のポケットの中の、携帯を取り出す。
短縮の一番初めに登録してある、相方の携帯番号。


手の中の携帯がブルブルと震える。
液晶の画面には、相方の名前。







『降りておいでよ。』僚ったら、前置きも何も無い。
『もう遅いょ、早く寝なきゃ。』香のヤツ、そう来たか



30分ぐらいなら、平気だよ。

そりゃあ僚は、お昼まで寝てるんだから今頃はまだまだ宵の口だろうケド。

おまぁも、昼まで寝てりゃイイじゃん。

よくそんな事が言えるわね、酔っ払い。

フフッ、相変わらずあ~言えばこ~言う。・・・月が綺麗だよ、今晩は。

・・・・・・。







黙り込んだ相棒の、けれど少しだけ和らいだ雰囲気を、僚は携帯越しに敏感に察知する。
もうこうなれば、すんなりと降りて来るだろう。







・・・じゃあ、ちょっとだけだょ?コンビニ寄るのも無し。僚、無駄遣いするから。

あぁ、解ったから。来いょ。

うん。







それから、2分30秒後。
部屋着のオリーブグリーンのショートパンツとボーダーのロンTの上に、
マウンテンパーカーを羽織った香が降りて来た。
すこしルーズ目のニットのソックスが、クシュクシュになった足元には僚のビルケン・シュトック。
洗い晒しの癖毛から、甘いシャンプーの匂い。







何処行くの?

今日は神社。

ねぇねぇ、じゃおみくじやろう?

あ、無駄遣い。

ふふふ、りょおの奢りね。

なんだょ、それ。

だってアタシ、家の鍵しか持って来てないもん。

・・・しゃあねぇな。貸しといてやる。

ケチ(笑)







そう言って笑いながら、香が何気なく手を繋いできた。
きっと彼女は無意識で。
それを指摘すれば、きっともう2度とこんな美味しい展開は望めそうにないので、
僚は甘んじて受け入れる。
柄にも無く、心臓が煩いほど早鐘を打つ。
あらかた醒めたと思っていたアルコールが、程よく回る。
これまで遅々として、何の進展も無かった2人には、
ある意味では、勢いというモノが必要で。


何故だかこの瞬間、突然僚の心に火が点った。


この後、神社でお参りをして、おみくじを引いたら。
月明かりの下で、相棒にキスをしよう。
僚はそんな事を思いながら、優しく握られただけの華奢な指先に己の指を絡めた。














手を繋ぐ2人の後ろ姿のシルエットを、ミック・エンジェルは窓際で観賞する。
周りがイラつくほど、スローペースな2人の恋は。
どうやらココの所、少しづつではあるが進展しているらしい。
ミックは己の報われない想いなどすっかり忘れて、知らず微笑みを浮かべていた。















RCサクセション『夜の散歩をしないかね』という曲から、イメージしました。
深夜徘徊の2人です。
酒の力を借りないと誘えない弱気なリョウちゃんのお話しです。
[ 2013/01/06 00:09 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)