1 槇村香が死にました。

ハロウィンの更新です。続けて何話かになると思います。
パラレル特殊設定ですが、なんらシリアスムードはありません。
タイトルを見ていただけば、お察しの通りです(笑)
某公式パラレルに対する当て付け感は否めませんが、悪意はありません。
死ネタといえばそれまでですが、ほのぼのです(*´∀`*)ノ
そんな話はいやんというお方は、読むのをお控え下さいまし。







槇村香が死んだという衝撃的なニュースが新宿を駆け巡ったのは、陰鬱な雨の降りしきる午後のことだった。
彼らの商売柄から命を狙う輩に殺られた、という訳でもない。
それは呆気ないものだった。
その日は朝から小雨が降り続き、誰もが何かに急き立てられるように街を歩いていた。
誰もが少しづつ注意散漫で、少しでも足並みが乱れると一気に停滞する。
人波や車はまるで濁流のように絶え間なく日常を運ぶ。
飲み込まれたのは香で、自分の命と引き換えに小さな子供を救った。

交差点で車に跳ねられそうになった子供を助けるために、飛び出したのだ。
香らしいといえば香らしい最期だった。
撩は自分を責めた。
いつかの湖の畔で、何がなんでも守り抜くと誓った約束は果たされなかった。
身内だけで簡単な弔いを済ませ、彼女の兄の隣に葬った。
















「ねぇ、りょお。起きて?」



ねぇってばっ、と揺り起こされて目を覚ますと、目の前に居たのはひと月ほど前に死んだ最愛の相棒だった。
確かに、自分の手で弔って、埋葬した墓の前で手を合わせた筈の彼女が。
いつもとなんら変わらない様子で、撩の顔を覗き込んでいた。
確かに、と撩は思う。
彼女が逝ってから、自分が参っているのは重々自覚がある。
これまでの人生でエンジェルダスト以外で食事が喉を通らなかったことなど、
初めてのことだったし、何もやる気が起こらない。
そんな撩の元に、入れ替わり立ち代わり仲間たちが訪問しては様子を窺いに来る。
余程、周囲にも憔悴しきっているように見えるのだろうと、撩はまるで他人事のように思った。
そんな風だから、きっと幻でも見えるんだろうと。
それは相棒に先立たれた寂しい男の願望が見せた、儚い幻だと。


しかし、それにしては妙にリアルな幻だった。
美しく麗しい二人の思い出に美化された感は一切無い。
それは生前の香そのままで、
あの日の数日前から頬にひとつ出来ていた吹き出物まで忠実に再現されている。
幻まで超現実的って何処まで俺はリアリストなのだろうと、撩は寝起きで苦笑した。





幻覚まで見え始めるって、相当やべえな俺。




ボサボサの寝癖頭で呟く撩に、幻の香はにっこりと微笑んで撩の頬を撫でた。





幻覚じゃないよ。幽霊なの、アタシ。

は?

成仏するのやめちゃったの、やっぱり家が一番だから帰って来ちゃった。

え?

生きてるときは、あんなにオバケが怖かったのに不思議ね。自分がオバケになっちゃった。






そう言ってクスクス笑う香は、いつもの香で。
撩は彼女が死んでから初めて、思わず笑ってしまった。
頬を撫でた彼女の手には体温が感じられず、
少しひんやりとした感触がいつまでも撩を捉えて離さなかった。
これが本当に彼女の幽霊だというのなら、このまま憑り殺されても良いような気がした。




酷い顔、何にも食べて無いんでしょ?取り敢えず、朝御飯でも作ろうか?



そう言って香は、心配げに撩の顔を覗き込んだ。
撩にこんな顔をさせて独りで逝ったのは自分のくせに、香は心配していた。





キッチンの主の不在1ヶ月は、結構悲惨な状態だった。
冷蔵庫の中に生鮮品は一切なく、有るのはアルコールの類いだけだった。
香(幽霊)は冷凍庫の中身を確認する。
こちらの方は、あの日香がこの世を去る前の状態と変わりなかった。

(グッジョブ、アタシ。備えあれば憂いなしね♪)

味噌汁に入れる具は、若布とお麩にした。
乾物なら、作り付けの戸棚のいつもの場所にあったから。
冷凍していた鶏肉と、冷凍食品の根菜を煮込んで筑前煮風の煮物を作る。














......旨んめぇ。





それは、心の底から漏れたまごうことなき撩の本音だった。
久し振りに食べる相棒の整えた食卓の向かい側で、
当の相棒(幽霊)がコーヒーミルで、豆を挽いている。
あれから撩が寝ても覚めても願い続けた夢の光景が、今目の前に広がっている。
つい最近まで、それは当たり前のありふれた日常だったのに、
それがどれだけ大切であったのか、撩は喪って初めてリアルに実感したのだ。
それが何故だか不思議なことに、
相棒は家が一番だからという理由であっさりと幽霊になって帰って来た。







ヒゲ、剃った方が良いよ。



香は撩の無精髭を見て苦笑した。
心なしか頬も痩けているし、目の下にも隈が出来ている。





あぁ、飯喰ったらな。取り敢えず、腹一杯喰わせてくれ。

あはは、好きなだけ食べれば良いじゃん。




そう言って香は、明るく笑った。
まるで死んだことが嘘みたいに。
そういえば香は幽霊なのに、出現したのが燦々と朝日が昇る早朝で。
それが香らしいと撩は思う。




こんなに窶れちゃって、アタシが居なくて寂しかった?



明るく問う香に、撩は思わず目を細めた。
涙が出そうになった。当たり前だ、寂しくないわけがない。
以前の二人なら、決して口に出来なかった言葉も、何故だかすんなりと吐いてでる。




あぁ。



たった一言の撩の返答に、香は嬉しそうに頬を染める。
やっぱり家が一番だと思う。





参ったなぁ、アタシってば愛されちゃってる。

ばぁか。




まるで時間が逆戻りしたような食卓だけれど。
冴羽撩の相棒は、幽霊だ。


(つづく)


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2 ファーストキス

カウンターに背を向けてキャビネットの整理をしているときに、美樹は不意に寒気を感じた。
カウベルは微動だにせず、気配だけが訪れた。





「美樹さん」



それは久し振りに耳にする“彼女”の声だった。
少し前ならそれは、いつだって身近にあって、あの日美樹は報せを受けて声を上げて泣いた。
美樹と夫はあれ以来、塞ぎ込む彼女のパートナーにあれこれ世話を焼いている。
入り口の方へ振り返った美樹ににっこりと笑いかけたのは、いつもと全く変わらない槇村香そのものだった。





ごめんね、悲しませちゃって。あの世なんてつまんないから、帰って来ちゃった♪

......え?




えええええぇぇぇぇぇ~~~



美樹の驚きの叫びは、店の外の通りまで響き渡った。



    























りょお、そこんとこ。顎の下の所、剃り残してる。




洗面所に立つ撩の傍らに突如現れて、撩を見上げる上目遣いは愛らしい幽霊のものだ。
己以上に気配を感じさせない彼女の出現は、危うく剃刀を握る撩の手元を狂わせるところだった。




っっ?!?!  おまぁなっっ、いきなり現れんなっつってんだろ。

えへへ、ごめんごめん(笑) 悪気は無いのよ?またやっちゃった。慣れないのよねぇ、なかなか。

おまぁ、幽霊の自覚ねえだろ?

うん、あんまし。







香には、幽霊だという自覚が希薄だった。
撩が目を覚ますと、香は必ず目の前に現れた。
彼女が復活を遂げてから早数日、毎朝撩は自然と目を覚まし、彼女の作る食事を摂った。
彼女は常に居る訳では無かったけれど、
気が付けば撩の隣に現れて何事も無かったようにいつも通りの日常を過ごしている。
撩はそんな彼女の存在に、癒され始めていた。
香が幽霊だろうが、幻覚だろうが、妄想だろうが撩には関係無い。
撩にとって必要なのは、彼女の存在だ。たとえそれが幽霊だとしても。




ねぇ、りょお。

あん?




撩の背後に回った香を、撩が鏡越しに目で追う。
シェービングクリームに塗れた顎に剃刀を当てやすいように、鏡に向かって斜に構える。




撩ってさぁ、こうして見るとけっこう格好いいんだね。

どういう意味だよ?

別に、言葉通りの意味。

はぁ?今更だろ?俺は前からイケメンじゃん?

うん、まぁそうだけど。何て言うの?生きてる時は、正直認めたく無かったていうか。

何だよ、それ。

だって。

ん?

死んじゃってまで、意地張ってもしょうがないでしょ?






香は何の他意もなくそういうと、丸い目を楽しそうに細めてニッコリ笑った。
鏡越しに対峙していた筈の撩は、いつの間にか無意識に振り向いて香を見詰めていた。





ずっと前から大好きだったよ、りょお。





思わず撩は、その細い体をきつく抱き締めていた。
生きていた時よりも、幾分儚さを感じるのは、彼女の体温があまり感じられないからかもしれない。
何で、こんな言葉をこんな風に聴いているんだろうと、撩の胸は締め付けられた。
もう少し、もっと早くに、もっと彼女に近付く努力をしていれば、
今の二人はもっと違うものになったのだろうか。
人生にifなど持ち込んでも、意味などないとは解っている。
それでも、雨の降る交差点の己の腕の中で彼女の命の灯火が消えてゆく感触と、
濡れた茶色の癖毛から滴る雨の雫と、
遠巻きに聞こえる無責任なざわめきを撩はまだ忘れられないでいる。
肩に掛けたタオルで、口元のシェービングクリームを乱暴に拭うと、
撩は躊躇うことなく抱き締めた相棒に、口付けた。
熱の無い唇はそれでも柔らかで、撩のざわついた心を穏やかにした。



ファーストキスだね。



しばらくして唇から離れると、香はそう言ってふふふと笑った。
香は幽霊なのに、幸せそうに笑った。



ああ、そうだな。




かおり
なぁに?
帰って来てくれてありがとう
幽霊でもいいの?
おまぁならなんでもいい
そっか
ああ



















それで?...帰って...来て、どのくらい経つの?




香に遅れること数分後に、撩がキャッツにやって来た。
目を丸くして唖然とする美樹を横目に、撩は香を認めるとなんだ来てたのか、なんて言うから。
それだけで、幽霊で現れた香のことを撩は既に知っていると美樹には解った。
そして今現在、いつものようにカウンターに並んで座る二人にコーヒーを淹れながら情報と心の中を整理する。

二人が店に現れた時に、地下で射撃の訓練をしていた伊集院隼人も店内に戻り、
事の成り行きを無言で見守っている。
極めて冷静な伊集院が表面的には出さずに、静かに混乱しているのを美樹だけが感じ取っている。
それに引き換え、冴羽商事の二人は至っていつも通りである。
美樹の質問に答えたのは、香だった。



4日ほど経つかしら?ねぇ、りょお。

うん、そんぐらいか。




二人のやりとりは、非常にナチュラルで以前のままで。
まるで、あの日の事故のことや、その次の日のお弔いのことや、
それ以降の撩の憔悴しきった日々などが、無かったような錯覚を覚える。
それに、アパートに引きこもって飲んだくれていた撩を、最後に夫妻が見舞った時には、
彼は窶れきって、目の下にはくっきりと隈をこさえ、無精髭をたくわえていた。
それがどうしたことか、今目の前に座った撩はすっかり以前の様子に戻っている。
顔色も良く、目に生気が戻っている。髭も綺麗に剃られている。
香が居ると居ないでこうも違うのかという現実を、夫妻は目の当たりにする。




脚、ちゃんと生えてるのね。

えぇ、前と何処も変わったところなんてないのよ?コーヒーだってすごい美味しいし。

ちゃんと飲めるし、味わえるのね?

えぇ、大丈夫。






そう言って、小さく笑った香は。
それでも、顔色が嘘みたいに真っ白で、確かに昔から色の白い彼女だったけれど、
それとはまた違った、儚さを伴った雰囲気を全身から漂わせていた。
でも、或いはそれは、
彼女が幽霊だと思うが故の先入観に囚われた印象なのかもしれない、とも美樹は考えた。




それなら、




美樹の呟きが、閑古鳥の鳴く、
常連客しか居ない店内にぽっかりと浮かぶ。



生きていることと、死んでいることの境目って何なのかしら?





確かに。
それは、此処に居る香以外の遺された者たち全員が思うところだった。
当の香は楽しげに、コーヒーを味わいながら笑っている。




難しいことはよくわかんないけどね、アタシ死にたくないって思ったの。




香はそう言って、隣に座る撩の手を取った。




撩の傍に、みんなの居るところにずっと居たいって。






ただそれだけなの、と言ってコーヒーを飲む香の横顔を、
撩は愛おしげに黙って見詰めていた。



(つづく)

3 境目の夜

その話を切り出したのは、香だった。
撩は多分、ずっと永遠に、それこそ自分も召されるまで、そのままで構わなかった。
たとえ香がこの世のもので無くても、人外でも、なんでも良かった。
自分の目の前に再び彼女が現れて、ずっと大好きだったと打ち明けてくれて、
それだけで充分だった。
殺し屋と幽霊のカップルも斬新すぎて悪くない。


夜更けの寝室で、撩がベッドに寝転んで煙草を吸っていると彼女が現れた。
突然出現した訳じゃなく、ちゃんとドアをノックして入ってきた。
キッチンで、撩のためのコーヒーを淹れてくれたのだ。
トレイには、二人分の揃いで色違いのマグが乗せられ、温かそうな湯気と芳香を放っている。







りょおは、これから先どうするの?




ベッドの上に寝転んだ撩に、床のラグの上にペタりと座ってベッドの端に頬杖をついた香が純粋な疑問としてそう言ったのだ。



どうって?



サイドボードに手を伸ばして、カップからひとくちコーヒーを含んだ撩が問い返す。





アタシの、ていうか相棒の後釜のこと。

あ。

新しい相棒が必要でしょ?




撩はポカンとした。
正直、何も考えていなかった。
というか、仕事のことなど一切思考の外に置き去りになっていた。





アタシが前にブチ切れて、ミックのとこに転がり込んだ時あったでしょ?

あぁ、あったねえぇ。そんな事も。



撩は思わず笑ってしまう。
今となっては、全てが笑い話で全てが色褪せない思い出だ。





あの時、手帳にメモしてたじゃない?候補の名前。あの中には、一人でも実現可能な人はいそう?

...てか、何でそれをおまえが知ってんだよ(汗)

だって、こっそり見たことあるもん。りょおの手帳。

マジか! いつの間にっっ。

ふふん、りょおは意外と脇が甘いとこあんのよねぇ。アタシの嗅覚舐めんなよ?

なんだよ、おまぁの方こそいっつも詰めが甘ぇんだよ。あんなことで、あっさり死にやがって。

しょうがないじゃん、雨降ってて滑ったのよ!あ、ヤバそうって思ったらもうぶつかってたんだもん、あの車に。





思わぬ会話の展開に、一瞬だけ沈黙が訪れる。
香はそれまでの表情をすっと引き締めて、真面目な顔をして撩の目を見据えた。





でも、真面目なはなし、これから先のこともちゃんと考えなきゃだよ?りょおは生きてるんだから。

......。

相棒もだけど...その、も、もしもこの先、好きなひ





香がそこまで言い掛けたところで、撩が手を伸ばして香の口を塞いだ。
撩の大きな手で顔の下半分を覆われた香が、不思議そうに首を傾げる。
丸い瞳は、どうして?と、無言の内に問い掛ける。
香は何処までも鈍感で、それは幽霊になっても変わらない様子だ。




それ以上は言うな、言わないでくれ。頼む。



香は少しだけ困った顔をして頷いた。
元より撩を悲しませるつもりなど、無いから。
それでも、もう充分、きっと一生分、悲しませてしまったのかもしれないけれど。
それでも、死んでしまった自分に撩を縛り付ける訳にもいかない。と、香は考える。




大丈夫、そのときはきちんと見届けて成仏してみせる。




撩は本当に悲しそうな顔をすると、ベッドを降りた。
香が座ったすぐ傍に腹這いになって、香の膝に顔を埋めた。
両腕を香の腰に回すとしっかりと絡めた。
その仕草がまるで、小さな子供が甘えているようで。
香は今までで初めて、撩の弱さを覗いた気がした。





バカやろ、俺の死に様見届けてやるっつったのは、何処のどいつだよ、忘れやがって。




香だって、忘れてなどいない。
それは銀狐を成敗したあとに、香が撩に吐いた言葉だ。



忘れてないよ、忘れられない、てか忘れられる訳無いじゃん。



撩の髪に触れると思いの外柔らかな感触で、
二人の間には、忘れられない思い出が全てがあるんだと香はふと気が付いてしまった。
言葉で意思を伝えることは、とても不毛なことのように思えた。








なぁ、香。

ん?

俺はお前の気持ちの100倍、お前が好きだ。
今更だろうけど、ほんと馬鹿は俺だけど、こんなことになるならお前のこと、







抱いときゃ良かったよ。





撩は明らかに参っていて、しんみりしそうな空気に一瞬なりかけたけど。
そこはやはり、冴羽撩だ。
香の膝に一段と深く顔を埋めると、カオリンともっこりしたいよー、なんて呟いて香を苦笑させた。









それなら、ちょっとやってみる?

は?何を?



撩は我が耳を疑った。
やるって何を?と、聞き返す自分自身が非常に間抜けに思えた。
それはもしかして、ひょっとすれば、そうなのか。






だから、もっこりに決まってるじゃない。




あはは、と笑う香はいっぺん死んで、なにやらとてもクソ度胸を身に付けて戻ってきたらしい。





出来るのかな?

出来るんじゃない?ご飯だって食べれるし、コーヒーだって飲めるんだし、
こうやって撩に触れることが出来るんだもん。

や、るか?

やってみる価値はある(握拳)

...お、おまぁ。そんなキャラだったっけか?




アタシだって必死なの。りょおの100倍。





そう言って輝いた瞳の色は、少しも以前と変わらずに。
撩を煽るのには、充分過ぎるほど充分だった。






結果、出来たか出来ないかでいえば、無事二人はやれた。
そこは、幽霊とか人間とかにかかわらず、
初めての女と手慣れた男の初めての夜で、長い春ということもあり大いに盛り上がった。


撩は香の様子を見ながら、ゆるゆると抽挿を繰り返す。
あれほど体温を感じないと思っていたのに、
気が付けば彼女の中は、熱く撩に絡み付き、吐息も熱を帯びている。
彼女はもう何度、絶頂を迎えたかしれない。
自分の手で彼女を快楽へと導くことは、撩の快感をも大きく高める。



涙の膜が薄らと覆った虚ろな瞳が、撩に揺さぶられながらも、必死に焦点を結ぼうとして揺らぐ。
撩の頬を撫でようと持ち上げられたほっそりとした腕も、力無く空を掴む。
その手を撩は捕まえて、離さないように指を絡める。
もう、二人とも我慢もそれほど利かないところまで、快感の波が迫ってきている。
香は意識を手放す一瞬手前で、撩に口付けをせがんだ。
彼女が小さな声で、撩も一緒にいこう、と言った言葉を、撩は聞き逃さずにしっかりと目を見て頷いた。
彼女が満足そうに微笑んだのを確認して、撩も快感に身を委ねた。
















オーマイガッッ





翌朝、ミック·エンジェルは冴羽アパート7階寝室で、冴羽撩が死んでいるのを発見した。
喫茶店店主夫妻に聞かされた、噂の初恋の君の幽霊に一目逢いたくてやって来て、
想定外の現場に出くわしたのであった。
これまで散々殺生を重ねた男の死に顔は、意外にも幸せそうに満ち足りていた。



(つづく)

最終話 色即是空

慈しみ深き 友なるイエスは
罪 咎 憂いを とり去りたもう
心の嘆きを 包まず述べて 
などかは下ろさぬ 負える重荷を


慈しみ深き 友なるイエスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩み 悲しみに 沈める時も
祈りにこたえて 慰めたまわん


慈しみ深き 友なるイエスは
変わらぬ愛もて 導きたもう
世の友我らを 棄て去る時も
祈りにこたえて 労りたまわん    (讃美歌 312番)











伊集院美樹は、黒い絹の手袋に包まれた右手で十字を切った。
トークハットのチュールレース越しに、3つ並んだ墓石を睨む。
ひとつは6年以上前、美樹がまだ新宿の住人になる前に建てられたもの。隣のふたつは、真新しい。
兄妹と殺し屋の墓は、仲良く3つ並んで佇んでいる。



なんか、胸騒ぎがするのは私だけかしら?ファルコン。



そう言って彼女が見上げた夫も、この日はダークスーツに身を包んでいる。
それでも、この墓地まで夫婦が連れ立ってやって来たランドクルーザーには、
いつも通り最低限の武器、弾薬、ロケットランチャー、プラスチック爆弾...etcが積まれている。紳士淑女の嗜みである。
言葉にこそしないけれど、美樹が感じる胸騒ぎと同じものは伊集院の胸にも去来していた。
撩と最後の決闘をして引き分けた、教会に隣接して設けられた広大なこの墓地に結局撩は埋葬された。
そもそも、槇村秀幸が埋葬された時点で、訳ありの弔いを何も訊かずに受け入れてくれたここの神父は撩の情報屋でもある。






















こんにちは美樹さん、いつものオリジナル、3杯ね。






槇村香(幽霊)は、そう言っていつもの席に座った。
あれから少しだけ変わったことがある。
香が死んで、更に撩も謎の死を遂げてから(誰も知らないけれど、腹上死である。)49日目に、
ふたりは再び、コーヒーを飲みに喫茶キャッツアイを訪れた。
さすがに2度目は、驚かなかった。
夫妻は墓前で予感していた。
それでも、その予感を上回る想定外も確かにあって、それがコーヒー3杯目の理由である。
彼らはそれ以降、ほぼ連日キャッツに入り浸っている。






撩、俺は確かに香のことをお前に頼みはしたが、手を出しても良いとはひとことも言っとらん。




静かに怒りのオーラを放つ幽霊は、槇村秀幸であった。
香が死んですぐに成仏はしないと決めて、一番に逢いに行ったのが兄の元だった。
どうやら彼も死後6年と数ヶ月、成仏する気など一切無いらしい。
曰く、最愛の妹と手癖の悪い殺し屋が一緒に暮らしていては心配で心配で、おちおち成仏などしていられなかったそうだ。






しつっこいなぁ、槇ちゃんってば。そもそもあん時、香を頼むってひとこと言うのが精一杯だったじゃねぇか。
その“頼む”の意味合いなんて確認してる暇無かったろ?
お陰でどれだけ俺が逡巡したかわかってんの?こっちが謝って欲しいくらいよ?


あぁ、あの時は俺も瀕死だったからなぁ....って、そういうことじゃねぇよっっ。

まぁまぁ、落ち着けよ槇ちゃん。なっ?取り敢えず、コーヒーでも飲んで。熱くなんなよ。






兄と殺し屋兼相棒の恋人が揉めているのを、香は我関せずを決め込みコーヒーを飲んでいる。
幽霊になった香が知ったのは、兄にこれまでの6年数ヶ月の撩とのことを全て知られていたという事実だ。
勿論、あの晩、ふたりが初めて結ばれて、初めての共同作業で逝ったことも知っているらしい。
それを踏まえての、今現在の元相棒同士の言い争いである。
幾ら兄の愛情の賜物とはいえ、撩も香も立派に成人済みの男と女なのだ。
こうなってしまったのは不可抗力だし、一応、撩もギリギリまで手を出すことを躊躇ったのだ。
香が死ぬまでは、一応理性は保っていたのだから、誉めてあげても良いんじゃないかと香自身は思っている。





うげっっ、何でそれを槇ちゃんが持ってんだよ?

撩、これ以上香との仲を深めたいと言うのなら、いっぺん勝負しようじゃないか。




それ、というのは、秀幸が撩に突き付けているコルトローマンである。
何故だか本来の持ち主の手に戻っているそれは、
明らかに香が持っていた頃より入念に手入れが施されているのが見てとれる。




お前が香のために無茶苦茶に狂わせてた照準もきちんと合わせてある。名工、真柴憲一郎(故人)の手によってな。

···っっ?! い、いつの間に、槇ちゃん(汗)っつーか、カオリンどういうこと?





ここで漸く、香が二人の揉め事に言及する。
大体、兄は大袈裟なのだと思う。
香だって、享年26の良い歳なのだ。
そもそも、恋人が出来たくらいで発砲されてはかなわない。




う~んと、返したの。


香は困り顔で、眉尻を下げる。
勿論、こうなると解っていれば返さなかった。





だって、私たちみんな死んでるのよ?
今更、形見とかって必要ないかな?と、思って。護身用にも要らないじゃない?そもそも、もうこれ以上死なないし。




撩は香の言葉に、激しく脱力して項垂れる。
それは確かにそうだけど、
こと妹に関しては、キ○ガイな彼に凶器を持たせてはいけない。
危険すぎる。





待て待て待て、槇ちゃんっっ。落ち着け、話し合いで解決しよう、話せば解る。

知ってるか?撩。俺たちは確かにこれ以上、死にはしないけどなぁ。痛いらしいぞぉ?撃たれたら(嗤)






半分自暴自棄モードに突入した兄の様子に、香が盛大に溜め息を漏らしたところにその男が現れた。
いつだって間の悪い、撩の遺体の第一発見者、ミック·エンジェルだ。
勿論、槇村秀幸が彼を見逃すわけがない。




ハァイ、カオリ。相変わらず、オバケになってもキュートだよ♥



そんなことを言いながら香の隣にしれっと腰掛けたミックのこめかみに、
銃口が突き付けられる。



来たな、二人目の馬の骨が。

ノォォー、ボクはゼンリョウナイッパンシミンですっっ、ブラザー。

香に近付くな、スツール二つ分向こうに座れ。近すぎる。




秀幸の剣幕に怯んだミックは、諸手を挙げて後ずさって席を移動する。
ミックは一応、生きている。彼らと違って命は惜しい。
いつもの挨拶をしただけで殺されては堪らない。





もう、いい加減にしてっっ!!! バカ兄貴!!

か、香ぃ。お兄ちゃんはお前の為を思ってだなぁ...

全っ然っっ嬉しくない。ていうか、迷惑。

め、迷惑って、お兄ちゃん傷付くぞぉ(汗)

もういいから、アタシと撩はちゃんと仲良くやってるから、兄貴も冴子さんとこにでも遊びに行って来なよ、どーせ暇人なんだから。

仲良く!? 仲良くやるって、そんな破廉恥なこと。お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えは無いぞ(涙)

バカじゃないの?仲良くが破廉恥だって考える兄貴の脳ミソの方が、よっぽど破廉恥だよ。

かおりぃぃぃ





妹の冷たいリアクションに咽び泣く秀幸の隙をついて、撩はその手からコルトローマンを取り上げた。
当代一と謳われた名ガンスミス(鬼籍)の仕事振りを、しげしげと眺める。
気付かなかった、そういうことも可能だということに。

(その内、俺も真柴の親父さんとこに顔出すか。)










フンッッ、騒々しい奴等だ。只でさえ客が来ないのに、幽霊が束になって入り浸ってたら他の客が寄り付きゃしねえ。



そう言って、グラスを磨く手を止めたのはマスターの伊集院隼人だ。
そんな彼の腕に凭れるように寄り添った、妻の美樹は楽しげに微笑んだ。




良いじゃない、みんな幸せそうで。



彼らの墓前で、夫婦はこうなることを予感していた。
まさか、ひとり増えるとは予想外ではあったものの、概ね予想通りの未来が訪れた。



ねぇ、ファルコン。私も、もしも貴方よりも先に死んでしまっても、成仏しないで帰ってくるわね。

好きにすれば良い、ここはお前のうちだ。

そうね。






CITY HUNTER  それは都会の片隅で極悪人を始末する、プロの掃除屋。
実働担当、冴羽撩。
受付、交渉担当、槇村香。
監査役、顧問、槇村秀幸。(自分で立候補した。主に、妹とその彼氏の私生活を監視して小言を言うだけの簡単なお仕事だ。)

最強の彼らがタッグを組んで、裏社会では益々手の付けられない存在になっている。
彼らは決して、殺されたって死なない。




(おしまい)






お目汚しスミマセン(*´∀`*)
死にネタというか、ワタシの中ではこれはただのブラックジョークです。
お叱り、苦情など無くて良かったです(あははー)
AHじゃないから、ちゃんと美樹さんもいるし、ミックもいる世界です。
やっぱりCHが好きだぁぁぁぁ