初恋がテーマのお題です。

おはこんばんちわ、けしでっす(*´∀`*)ノシ

唐突ですが、新しいお題始めます。
10題しかないので、トントンと更新しようかと思ってます。
お題がどれもカオリンとりょうちゃんにしっくりと来たので、妄想が捗ります。



《お題タイトル》
1.一目で恋に落ちた
2.最初の約束
3.わからない事だらけ
4.戸惑い微熱
5.偶然を装って
6.突然こぼれた涙
7.精一杯の背伸び
8.名前を呼ぶだけで
9.「好き」の一言が宝物
10.独りきりの夜に


恋愛の進捗具合が、番号順に並んでる感じなので番号順で更新しようと思います。
1番から少しづつ進んでいく2人、みたいなイメージで。
とりあえず、今から『 1.一目で恋に落ちた 』 アップします(´∀`◎)




お題配布元:“天球映写機”さま
        (いつもお世話になっておりますm(_ _)m)
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[ 2016/08/27 03:03 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(0)

1.一目で恋に落ちた

まん丸い目をしていた。
この世界の汚い部分などまだ何も知らない目の色で、彼女は撩の胸倉を掴み泣きじゃくった。
彼女は時折しゃくり上げ言葉を詰まらせながら、兄と自分の関係を撩に打ち明けたけれど。
そんな兄妹の血縁の有無などに大した意味は無いだろう?と、撩はハンドルを握りながら内心思っていた。
得体の知れない男に勇気を奮い立たせて掴みかかる。
その行動のその根底にある心情がそのまま、彼女とその兄が家族であるという証だ。
かつて撩を拾い撩を蹂躙したかの男が、敵に捕まった撩を助けに来て脚を失ったのと同じことだ。
そもそも家族というものが撩には良く解らない。
解らないけれど、それは互いの距離が近過ぎて息苦しそうだと撩には思える。
そんな風に自分以外の誰かを“所有”してしまうような類の愛情に、
抵抗感がある反面、憧れの様な気持ちがホンの少しだけ入り混じる。
撩には永遠に持ち得ないもの。
飛行機から放り出された時に、もしくはあの男が撩にあの薬を試した時に、完全に損なわれてしまったもの。
この世で引鉄を引き続ける限り、撩からどんどん遠ざかって行くもの。
それが撩にとって、“家族”というものだろう。
撩は人生で、もう既に二度失った。







気を抜いて街中を歩いているようでいて、実際にはそうじゃないということだけは香にも判った。
人目の無い路地裏で、彼はそれまでと全く違う貌を見せた。
見上げると彼は大きくて、
その鋭い視線は、香が見た事のある他のどんなものとも違っていて、鼓動が跳ねた。
怖いというのとも違っていた気がするけれど、気が付くと腰が抜けて立てなくなっていた。
それでも恐怖より、興味の方が大きく膨らんだ。
兄が警察を辞めてまで巻き込まれてしまうほど、彼に何らかの魅力があるのがわかる気がした。
後に振り返れば、実際には彼の事などまだ何も解ってはいなかったのだけれど、
それでも香がドキドキしたことだけは、紛れも無い事実だった。
兄に対する心配事がそれまでの香の一番の大問題だった筈なのに、
彼の存在とその纏ったオーラは、一瞬だけそんなことをも忘れそうにさせる。
まだまだ狭い香の世界では、一番大きな存在はそれまでは兄だったけれど。
その出逢いが初めての異分子との遭遇で、それは香の世界の変わり目だった。







その存在は、相棒の口から洩れる端々に撩も感じてはいた。それでも、
妹がいて、大切で、目に入れても痛くなくて、失いたくないだなんて、槇村秀幸は言ったりしない。
恐らく、撩のような無法者にその無垢な存在を近付けることを、良しとしなかったのだろう。
彼はそういう男だ。
用心深くて、慎重で、思慮深い。
撩に香を近付けたくないと思っていても、それを言葉にすることで撩を傷付けるのなら、初めから言わない。
そういう全てをひっくるめて撩が感じ取ってしまうのは、そういう男だから仕方の無いことだし、
そもそもそんなことで、撩は傷付かない。
きっと自分がその立場でも、同じことをするだろうと思う。
だから槇村の意を汲んで、撩からもその話題をすることはほぼ無かった。
それでも時々槇村は、何事か深く考え込んでいるようなこともあった。
殺し屋稼業の男と日々、関係を密にしていくことの葛藤を抱えていたのだろう。
だからもしもこの先、槇村の方から相棒関係の解消を申し出たとしても、撩は快諾しようと考えていた。
撩と槇村秀幸の相棒関係には、沢山の暗黙の了解が散りばめられている。
撩は槇村の家族のことには触れないし、槇村も撩の過去には触れないでいてくれる。
互いにあるのは、目の前の片付けるべき依頼と(撩にとっては、可笑しな話だが)友情にも似た絆だ。
だから当の妹本人の登場は、撩にとって想定外の出来事だった。







その3月の晩の出来事を何度思い返してみても、
何故兄が冴羽撩との新たな仕事のことを香に隠すのかが解らなかった。
香には、彼らが悪いことをしているようにはどうしても思えなかったし、
危険が付き纏うのなら尚更、本当のことを全て話して欲しいと思っている。
冴羽撩の愛車に乗り込んでしまったばっかりに、初めての修羅場に紛れ込み、
気が付くと朝帰りなどしてしまったあの日。
兄にそれとなく、仕事のことを認めていると伝えた。
どんなに怪我をして帰って来ようが、ちゃんと自分の元へ帰って来てくれたらそれでイイと思えた。
兄が大切に思っている信条を貫ける仕事が、撩と共にあるのなら仕方がない。
それにきっと、あの男なら兄のことを守ってくれる気がした。














なあ、撩、話があるんだが。







なんて、分厚い度の入ったレンズの黒縁メガネを磨きながら、低く呟く槇村に。
撩は思わず味噌汁をごくりと飲み込んで、息を止めた。
酒臭い息を吐きながら昼過ぎに起きて来た撩に、
その味噌汁を作って差し出した張本人の表情からは、何も読み取れない。
撩に比べればこの世界では素人なのかもしれないが、彼もなかなかの切れ者で。
伊達に警察という組織の中で、この猥雑な街を見てきた訳でも無いのだろう。
彼は温厚そうに見えて、時折、撩が見てもハッとするほど鋭い視線や気配を纏う時がある。
常識人ぶっている分、狂気に満ちているのはむしろ、自分より槇村の方じゃないかと思ってしまう。
相棒が改まった声音でそう切り出したのが、
もしかすると二人のパートナーシップに関する事柄ではないかと撩は予感する。
そしてそのことが、想像以上に撩にはショックだった。
もしも解消を提案されればいつでも応じる気でいたけれど、思いの外それは淋しいことだと気が付いた。
それでも表面上は至って冷静に、一瞬だけ止めた息をもう一度吐き出して吸い込む。








ウチの妹な、どうやら今の仕事認めてくれたみたいだ。
今まで、俺の方からハッキリ言ったことも無かったんだけどな。
お蔭でまだ暫くは、お前のお荷物パートナーで居られそうだよ。







撩の内なる動揺など斟酌せずに、槇村はそう言って柔和な笑みを湛えた。
その顔と数日前の“シュガーボーイ”の面影が重なる。
血の繋がりなど無くても、きっと兄妹はよく似ている。
それまで具体的には何も撩には話さなかったくせに、槇村は突然そんな話を切り出したりして。
改めてよろしくな、と言って3杯目の白飯をよそうべく撩の茶碗を手に取った。

後で思い返せば、やはりこの時に槇村秀幸がパートナー解消を持ち出してくれていれば、
まだ引き返せたのかもしれない。
道はここで岐路を迎えた。
兄妹の運命も決定づけられた。
撩と香の運命も絡まった。
これをきっかけに、秀幸の中で何かが吹っ切れたのだろう。
その本性であるところの、筋金入りのシスコン振りを隠すことをしなくなった。
まだ誰も知らない未来のことだけど、秀幸の寿命へのカウントダウンが始まっていた。
もしかすると撩であれば少し想像すれば、そのリスクを考慮出来ていたのかもしれない。
けれど、そんなことなど考えたくなかったのだ。
撩は夢を見ていた。
それは恋に近い感覚だったのかもしれない。
自分には決して手に入れることの出来ない、“家族”という存在を手にした温かい男の紡ぐ世界に。
そしてその世界の先にある、丸い目をした無邪気な存在を守りたいと思っていた。
そんな思いが裏目に出るとも知らずに。






[ 2016/08/27 03:22 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(0)

2.最初の約束

おまえは今から、女じゃない。俺の相棒だ。


いつだったか撩は香にそう言ったことがある。
あれは確か、兄を殺られた意趣返しのさなか、
ユニオン・テオーペの幹部が経営するカジノバーに行く途中のことだった。
そんなことを言いつつも冗談交じりに、セクハラ発言は繰り返していたわけだけど。
それはホンの最初の内だけで、気が付くと撩は香に対してそんな軽い冗談すら言わなくなっていた。
裏を返せばそれは、撩の本気の表れだとも言えるけれど、
男女の機微にひと際疎い香にしてみれば、至極難解なまるで解けない愛のパズルのようで、
今のところ撩の天邪鬼な想いになど気付く気配は微塵も無い。




はじまりは単に勢いだったと、香は思う。
兄と撩がその強大な組織に目を付けられ、命を狙われ、その矛先が向いたこと。
その中で、兄が死んでしまったこと。
仇を討ちたいと思ったのも正直な気持ちだが、香は何処か心の片隅で覚悟もしていた。
撩という存在が、香の前に登場した時からきっと、大きく世界が変わる予感はあった。
だから、撩がどのように考えていたのかなんて知らないけれど、
香としては仇討ちがひとまずひと段落しても、このアパートから出て行くことなど考えもしなかった。
気が付くと、ここに越して来て二年以上経過している。
依頼が来る方が稀で、大抵暇を持て余している殺し屋とその相棒は、
傍から見れば非常に呑気な生活を日々送っている。
日頃はスケベでぐうたらでどうしようも無い撩だけど、香は知っている。

初めて逢った高校生の時、ひょんなことから“現場”に同行してしまったあの晩。
戦争を喰いモノにしている成金親父に、
本当の戦場はこんなもんじゃないぜ、と言った冷酷なのに熱い不思議な目の色を。
それでいて小さな依頼人を見詰める優しい眼差しを。
兄を殺した組織の末端で、薬漬けにされて飼殺されていた女達を救ったことを。
様々な事情を抱えて助けを求める人たちの悩みを根本から取り去るのは、
法律とか倫理とかの枠の外に居る、撩にしか出来ない仕事だということを。
香は子供の頃から兄のようになりたくて、兄に憧れていた。
そして、兄が心から頼りにしていた撩のようになりたくて、憧れた。







はぁああ、お外出たくないなあ。めっちゃ暑い。






香は午後のリビングの床に転がって、ダラダラしていた。
扇風機が起こす風だけが唯一、香に優しい。
洗濯物など強烈な陽射しの下でとうに乾いて、畳んでクローゼットに仕舞うところまで既に終了した。
後は、本日2回目の伝言板の確認作業とスーパーへの買い出しと夕飯作りが、香のミッションである。
そしてそれ以前に考えねばならないことは、本日の献立である。
こう暑くては、さして食欲も湧かない。
香は最近、麦茶ばかり飲んでいる。
ダラダラしている今現在も、寝転んだ香のすぐそばに水滴を纏って少しだけ温くなったグラスがある。
フロアに直接置かれたグラスの下には、小さな水溜りが出来ている。
夕飯に何を作れば良いのか解らない、というかネタが尽きた。
コンロの前に立ちたくない。
でも洗い物の水が跳ねる感覚はきもちいい、というか水遊びがしたい。
といった風に、まるで現実逃避のように思考はぐんぐん夕飯作りから逸脱してゆく。

それにどうせ、
アタシが何を作ろうと、
撩のヤツ、
ナンパの延長でそのまま飲みに行って、
夕方に作ったはずの夕飯は、冷蔵庫の中で古くなっていく。
それがヤツの胃袋に収まるのは、香が寝静まった夜更けのことだ。











ばかみたい。






声に出してみてそう言うと、本当に馬鹿なのだという気持ちになる。
香自身のことだ。
いっそ、夕飯なんて一日くらい作らなくたって、誰にも迷惑は掛からないだろう。
撩なんて、何処か外で適当に食べて来たらいいのだ。
と思いながら、何故だか香はいつも律儀に作ってしまう。
汗をかきながら、そんなに食欲がなくても、撩が食べるのを想定した膨大な量の食事を。
そしてたった今、香は気付いたことがある。




これは、恋なのかもしれない。
単純に正義の味方みたいな、かっこいい兄貴みたいな撩みたいになりたくて、
憧れているのだと思って来たけれど。
それならどうして、香を放って撩が飲みに行ってしまうことが、こんなにも淋しいんだろう。
どうして、撩は何が食べたいかな?って考えてしまうんだろう。
どうして、たとえ夜中であっても余所の料理じゃなく自分の作った物を食べて欲しいと思ってしまうんだろう。
どうして、こんな気持ちになるんだろう。

最初の約束では、香が彼の相棒でいる為には女であってはいけなかった。
香も勿論、そんなの覚悟の上だった。
兄のようになりたかったんだから、そして撩のようになりたいのだから、
撩の言葉に異論は無かったはずなのに。
その約束は今、香の心を苦しめている。
こんなことに気付かなきゃよかったと、手探りでそばにあるグラスに手を伸ばす。
寝たまま水分を飲むことは難しいけれど果敢に挑戦して、唇から零れた麦茶を手の甲で適当に拭う。






やばい、めんどくさいことになった。






何が面倒って、恋をする相手としてはあれほどの難敵いないんじゃないかと、
香は相棒の顔を思い浮かべる。
今まで好きな男の子なんて出来た事なかったのに、
何でよりによって初恋が撩なのよ、と香は自分自身に憤る。
捨ててしまいたい。
気持ちや感情というものを、もしも自分の都合に合わせて選べるのなら。
こんな気持ちは要らないと思う。
ナンパをする撩や依頼人にデレデレする撩に苛立って、嫉妬をするようなこんな気持ちは要らない。
だってきっと。

撩は多分、香のこんな気持ちを知ってしまったら迷惑だろうから。

香がそう思うのと同時に、ますます起き上がる気力が湧いてこなくなった。
一度、心の奥に芽生えた気持ちはコンコンと湧き出して、要らないのに枯れてくれないくせに。
この優しげな扇風機の風が香を甘やかして、暑苦しい世界に出て行く気力を削ぎ続けている。
子供の頃から、誰も香のことを本当には甘やかしてなんてくれないから。
香は自分自身で浮上する癖をつけてしまった。
自分独りで考えて、自分独りで完結して、
自分独り諦めれば色んなことは丸く収まるということを、経験則から知っている。







それでも、槇村香は大切で単純な世の中の真理を実はまだ知らない。
ひとの気持ちも、考えも、いずれ変わるということ。
それは絶え間ない川の流れのように、巡りゆく季節のように、刻一刻と模様を変えるものなのだ。
現在進行形で香も変わるし、実は当の相棒である冴羽撩なんか、コロコロ日替わりで、
不意に己の人生に登場してきた親友の妹という名の美人の相方と、
どのような距離感を持って接すればいいのか。
日々、検討し、模索し、足掻いている渦中にいるということを、香だけが知らないのだ。
この冴羽アパート601号室に於いて、
初恋という名の青い春が、イイ歳こいた男と女を地味に振り回している。




[ 2016/08/30 00:14 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(1)

3.わからない事だらけ

撩の視線は数枚のレポート用紙の上を走っている。
夏の午後の新宿中央公園は、遠くに陽炎が浮かぶほど熱気が渦巻いている。
夏の盛りのド平日、一番暑い時間帯の炎天下のベンチに座っているような閑人はそう多くない。
今のところ、冴羽撩ぐらいだ。
しかし、微妙な距離を置いた木陰に、関係者がもう一人居る。
その数枚のレポート用紙を持参した張本人、野上冴子だ。
紫外線が気になる彼女にとっては、撩の座るベンチは些か陽当たりが良すぎる。


こうして冴子経由でもたらされる依頼のことを、彼女はまだ知らない。
撩が教えないからだ。
撩が言わない限り、冴子も撩の判断に委ねている。
自分のねぐらに、仔猫のような彼女が居座ってから、撩にはわからない事が増えた。
撩は紙の上から一瞬だけ視線を上げると、冴子を眺める。
少し離れた日陰で撩に背を向けて、携帯電話を使っている。
ああ見えて忙しい身の上であろう彼女は、部下だか同僚だかに電話越しに指示を与えながら、
美しい人差し指と中指の間に細いメンソールの煙草を挟んで、時折燻らす。
冴子は美しい女だけれど、いつも少しだけ何かに苛ついている。

いつでも追い出せると思っていた。
手頃な賃貸物件を見繕ってやって、ついでに仕事も見つけてやって、
餞別代わりに纏まった額の預金通帳を渡す。
たったこれだけの手配なら、数日もあれば容易い事だ。
実際、そうするつもりだった。
槇村秀幸ならばきっと、可愛い妹を溺愛するのと同時に、この世界には絶対に近付けなかっただろうから。
そして、その気持ちが撩にはよく理解できるから。
だから撩には、たとえ嘘でも良いから香を自分から遠ざける為の理由が必要だった。
思い立ち、心を決めさえすれば、2~3日もあれば済むことを。
撩はもう2年も先延ばしにして、気が付くと香と暮らしている。


危ない事が起こる度、彼女の新しい住まいを見つけなければと考え、
後ろ暗い殺し屋本来の仕事を片付ける度、彼女に相応しい仕事をと考える。
けれど、彼女の佇まいに似た健全な朝を(彼女の手荒なモーニングコールによって)迎える度に、
どうでも良いかも、とうやむやにしたくなる。
真剣な表情で、次は上手くやるね、なんて反省する半人前の彼女を前にして。
無情にも次は無いのだなんて、撩は言えなくなってしまう。
昔はもっと違った。
こんな風に感情に基づいた行いは、自分自身はおろか周囲のものまで破滅させてしまう事をちゃんとわかっていた。
この世で最も敬愛していた男に教えて貰った。
その言葉を鵜呑みにして、己の身体を差し出して、
撩が得たものは人生で最も手酷い裏切りと、死よりも辛い麻薬の禁断症状だった。
だから、たとえそれが取るに足らない、ちっぽけな仔猫みたいな小娘だったとしても、
感情に流される愚かさというものを、決して忘れてはいけないと頭ではわかっている筈なのに。
何故だか槇村香という女には、不思議な性質が備わっているらしく。
そのまあるい瞳でじっと見られると、撩の脳内の優先順位は簡単に感情を選びとる。


彼女は、明日という日が必ずやって来ると信じている。
彼女は、撩という薄汚れたただの殺し屋を盲目的に信じている。
真っ直ぐに馬鹿正直にそんな信頼を寄せられても、どうすれば良いのかなんて撩にはわからない。






手元の資料に集中していると思っていた撩が、何やらぼんやりとしているのを見て冴子は溜め息を洩らす。
暑さのせいか部下は些細な失敗を重ねるし、抱えている案件はどれも停滞気味だ。
その腕前を認めざるを得ない凄腕の殺し屋でさえこの有り様だし、撩がこんな風に考え込んでいるのはきっと。
彼女のことだろうと、冴子は推測する。
冴子にとって彼女は、少しだけ特殊な存在だ。
まだ会ったことも無いうちから、冴子は彼女を知っていた。
好きな男の最愛の家族として。
結局、槇村本人から香を紹介されるようなことは無かった訳だけど、
槇村の死後、皮肉にも撩の相方として彼女を知ることとなった。
撩が自覚しているのかどうかは別として、今のところ彼女は周囲の人間に撩の相方として着実に認知されつつある。




依頼の情報に集中してくれないかしら?撩。




そう言って、取り留めの無い思考の渦を断ち切った雌豹の声に、撩は我に返る。
どうやら、職場内での軽い揉め事はひとまず落ち着いたらしく、冴子の手には携帯電話も煙草もない。
冴子は自分の声音に、若干の苛立ちが含まれるのを自覚する。
それは結局のところ、些細な嫉妬なのだと可笑しな気持ちになる。
槇村秀幸とこの目の前の男と、ある時期には彼らは冴子にとって特別な存在だった。
けれど彼らの何より特別な存在は今も昔も、自分ではなくずっと同じ茶色の癖毛の彼女なのだ。
確かに彼女はとても魅力的だ。
けれど、この世界には似つかわしくない。
本業である殺しの仕事を彼女に打ち明けない撩に、そしてそんな撩の本来の姿を知る自分に、
冴子は気持ちの何処かで、少しだけ安堵している。優越感と言い換えても良いかもしれない。
たとえそれがくだらない妬みの気持ちの現れだとしても、
仕事の上では彼女よりむしろ、自分の方が彼らの役に立てていると自負している。






集中してますよ、警部補殿。




おどけた口振りで茶化す撩に、冴子は肩を竦める。
それでも解っている。
どんなに仕事の片腕として、彼ら(秀幸はもうこの世には居ないけれど)の信頼を得ても。
冴子自身が本当に求めていることは、そういうものでは無いということを。
冴子はきっと、秀幸に形振り構わず自分を求めて欲しかったのだと思う、今ではもうそれも叶わぬ夢となった。






で?急ぎ?

えぇ、なるだけ早いに越したことは無いわ。遣り方は、貴方に任せるわ。

りょーかい。






それで、本題なんだけどさ。





それまでと全く顔色も変えずに、男はその話を切り出した。
冴子は内心、また始まったか。と、彼の様式美に呆れを通り越して感嘆する。









報酬のもっこりはいつにする?今日これからでも、りょうちゃん的には全然OKなんだけどぉ、ぐふふ。

絶対にイヤ。





どうしたらここまで緩むのかと、疑問に思うほど厭らしい顔をした男に冴子は短く拒絶の意を伝える。






しょーがねーなー、貯まってるぞぉ。もっこり残高♪

あら、この間の事後処理で、その件は一旦チャラになったはずよ?

えええ、そうだっけ?初耳ぃぃ。





都合の悪いことは無かったことにする調子のいい殺し屋に、冴子は苦笑する。
彼にとって本当に都合の悪いこととは多分、冴子が誘いに応じることだろう。
最終的には、男女の仲などになり得ないからこそ、撩はこうして軽口を叩くのだ。






ホントはそんなこと思ってもないくせに、誘うのね。

そんなこと無いぜぇ、落とせない女ほど燃えるの俺。






それならば、と冴子は思う。
撩が一番燃えている相手は、やはり香に違いない。
彼女が撩を憎からず想っていることは、疑いを差し挟む余地もない。
恐らくは、撩の方も彼女に惚れている。
周囲から見れば、単純明快で一目瞭然な二人の距離は何故だか縮まらない。
落とせないどころか、落とさないこと自体を楽しむように、撩は香を可愛がっている。
もしかすると、それは当人たちにしてみれば楽しむどころではなく、
激しい葛藤と狂おしい感情の狭間で思い悩む日々かもしれないけれど。
それすらも愛おしい日々なのだということに、いつかは撩と香も気が付く日が来るだろう。
そう思うことは、冴子を深い孤独感に苛む。
冴子が想いの丈をぶつけた男は、春の嵐の日にあっさりと死んでしまった。
人生とは、本当に儘ならない。













撩が冴子との手短な打ち合わせを終え、その案件に纏わる情報を軽く仕入れて回ると、
夏の夕暮れの空に小さく一番星が瞬く時間になっていた。
昼間の暑さとは違い、暑さの中に湿度を孕み、撩のジャケットの襟元に汗の染みを作る。
家中に立ち込める夕餉の匂いを期待して帰った自宅リビングには、期待したものは無かった。
その代わりにあったのは想定外の光景だった。


リビングのフロアに丸くなって眠る相棒は、
気に入りの大きめのクッションを枕にして、健やかな寝息を立てている。
恐らくは昼間から開け放したままの掃き出し窓から入る緩やかな風が、レースのカーテンを小さく揺らす。
彼女の傍には、飲みかけた麦茶の入ったグラスが無防備に置かれ、
寝返りでも打てばひっくり返しそうな状況は、辛うじて現状を維持している。
時刻はとうに19時を回り、部屋の中は仄暗い。
撩は仕方がないから、空腹を我慢して彼女を観察することにした。
彼女の小さな頭のすぐ傍に胡座をかいて煙草に火を点けると、彼女が眉根を寄せる。
撩にはわからない。
彼女を何処か安全な世界へと連れていってやらなければいけないと思いながら、出来ないでいる。
至極簡単なはずの事が、撩を逡巡させる。

撩が2本目の煙草に火を点けたところで、香が起きた。
寝惚けた香と腹ペコの撩の視線が絡まる。






···ゃばい。寝てた。

そうみたいだな。





その時、香は転た寝をする前の考え事を思い出した。
思い出して、当の想い人が目の前に突然現れたことに赤面する。






ところで、香。

ん?

晩飯は?

ない。





薄暗い部屋で、無言で向き合う二人の間に、撩の腹の虫が盛大に空腹を告げる。






しゃあねぇな。行くぞ。

え?

ラーメン、喰いに行くぞ。



思考がついていかない、なんなら未だ寝惚けている香は首を傾げて撩を見上げる。






行かないの?

行く!





慌てて首をブンブン振りながら立ち上がる香に背を向けて歩き出した撩の口角が、綺麗に弧を描く。
自覚はない。
けれど、一緒に食事を摂るという単純な喜びを、二人はいつでも無意識に選び取っている。







前回の続きです。
[ 2016/09/23 22:04 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(1)

【お知らせ】こちらのカテゴリーについて追記です

こんちわ、ケシでっす。

『初恋10のお題』

このカテゴリーのお題は途中で更新が止まってしまっていまして、
当初の予定ではお題のナンバリングに合わせて、
カオリンとりょうちゃんの進捗度も進めて書いていこうかなと思っていたのですが・・・

数年間、放置することによって見えてくることもありまして(笑)
お題を何度も何度もじっくり読んでいると、
これはどうも初期から中期にかけてのモヤモヤ期を書くための、
お題な気がしてしょうがなくなってきました。
なので、そういうコンセプトで書いていくための、
お題リストってことにしようと私の中で決めました。
ま、どうでもいいお知らせかもしれませんが、
少しづつ書き進める気になってきたと受け止めて下されば幸いです。

ここ2~3ヶ月の当ブログの動きでもお分かり頂けると思いますが、
少しづつ中途半端だったお話の続きを書き進めて完結させたりと、
今まで忙しさにかまけて放置気味だった二次創作のほうも、
今出来るペースでやっていきたい気持ちになっています。
とはいえ、以前のように毎日更新をやれる生活ではなくなってしまったので、
ゆっくり更新になるとは思いますがまたボチボチ書いていきたいと思います。
それでも期待せずに待ってるぜ、というお方がいらっしゃれば大変嬉しいです。
(私が犬だったら嬉ションして庭駆け回る勢いで嬉しいです。)

それでは、またその内に~~~ヽ(´∀`)ノ
[ 2021/07/14 03:40 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(0)

4.戸惑い微熱

自分自身のことなのにわからないことが沢山あると、槇村香はここ最近気が付いた。
20歳もとうに過ぎ、漸く自覚しつつある初恋が、多分世間一般的にみれば、
随分スロースターターであるらしいことも何となくはわかっている。
特に理由はない。10代の頃、周囲の友人たちが恋愛絡みで一喜一憂している姿を、
ぼんやりと眺めてはいたけれど、それはどこか他人事だったし興味はあまり無かった。
友達としての好きと、恋愛対象としての好きの違いもよくわからなかった。




『香さんって、わかり易いよね。』

そう言いながらニッコリと微笑んだのは、香より少し歳上の(でも撩よりも歳下の)
イケメンの依頼人だった。
自分でも自分のことがよくわからないのに、
大して知りもしない他人には『わかり易い』らしい。
依頼の間の数週間、なにかと一緒に過ごすことの多かった依頼人に、香は何度か口説かれた。
普段は鈍感で、然り気無いアプローチ程度では天然でスルーしてしまう香でも、
流石に理解できるくらい直球で彼は香を口説いた。
曰く、彼の人生の中でも決して逃してはならない運命的な出逢いだと、
初対面の時にそう思ったらしい。


『でも香さんって気持ちが全部、表情(かお)に出るから誰のことを考えてるのかバレバレだもん。』

『ホラ、また。そんなに真っ赤な顔してたら、図星だって言ってるのと同じだよ。』


撩のことを好きだと思う香の気持ちは、傍からみてとてもわかり易いらしい。
仕事の性質上(それだけでもないけれど)、香は出来るだけ自分の気持ちがバレないように、
心に秘めているつもりだったのに、そんなにわかり易いのなら当の撩本人にバレていたらどうしようと、依頼を終えてから数日経過して、ふと心配になったのだ。

仕事の為とはいえ同じ屋根の下で暮らす撩とは、
人生の経験値から、考え方から、行動パターンから、何から何まで全く異なる相手過ぎて、
香にとって撩は未だ未知の領域だ。到底、香の太刀打ち出来る相手ではないので、
気持ちを告げるなど絶対に無理だし、絶対に嫌だ。
そもそもスケベで意地悪でぐうたらな撩なんか、ムカつくことのほうが多いのに。
何故だか香の心の中のずっと奥の奥のほうで、
「でも好き」っていう小さな感情の塊が、香を頑なに支配するのだ。

撩は香が夕食を作っていても、そのまま帰らずに飲みに行ったりする。
香にだけは口が裂けても言わない甘い言葉を、
その辺を歩いている女の人や美人の依頼人には惜しげもなく大安売りしたりする。
そのくせ香には、口を開けば憎まれ口のオンパレードだったりする。
正直、香にしてみれば納得はいかない。
それは自分が日頃やっていることに対してのレスポンスとしては、
とても酷い仕打ちのように感じるけれど、別に誰に強いられている訳でもなく、
香は香自身の意思で撩のそばに居ることを選んでいるので、仕方ない。自己責任だと香は思う。
だからいっそ、好きも嫌いもなく、それこそ友達と恋の違いがわからなかったあの頃に戻れたら、
どんなにか楽だろうと香は思うのだけど、戻り方はわからない。
撩のバカ(でも好き)、撩の意地悪(でも好き)、撩なんて大嫌い(でも好き)。
「でも好き」の力は絶大だ。
完全に香の心を縛り付けて、前にも後にも進めない。雁字搦めだ。



この数日、相棒は何やら思い悩んでいるらしいと、冴羽撩は感じている。
少しだけ機嫌がよろしくないことは、言葉は無くとも肌感覚で察知している。
恐らく不機嫌の始まりは、先日の男の依頼人からの仕事を請けた辺りだったような気がする。
依頼料も入って財政事情は悪くないのに、香の表情は晴れないし、
自分への当たりも普段よりキツいと感じるのは撩の気のせいでは無い筈だ。
直接的に苦情を言われる訳でもないし、自分の為に用意された食事も日常の些細な色んなことも、
至っていつも通りだけれど、時折、視線や言葉の端々に棘を感じる。飯はいつも通り、旨い。
(因みに、この日々の食事に対する撩の感想は、言葉になって香に伝えられることは決してない。)





ちょっと訊きたいことがあるんだけど。



香がこう切り出した時、
撩はちょうどキャベツと油揚げの味噌汁をひとくち口に含んだところだった。
ゴクリと嚥下した撩の喉仏が上下するのを見ながら、香は頬が火照るのを感じたけれど、
たった今、訊こうとしていることを思って気を引き締めた。



何?

···アタシって、わかり易い?

何が?

だから···その、考えてることとか···



そう言った香の目が激しく泳ぐ。
茶色の癖毛から覗く耳朶の先が真っ赤で、今しがたの当人の質問の答えを如実に表している。
ああ、そのことか。と、撩は思う。あの依頼人は胸糞悪い男だった。
表立ってそれに意見する立場に撩は無いので、敢えて静観の構えをとってはいたが、
チャラチャラと香を口説くその男に、撩は内心ムカついていた。
香は撩に気付かれていないと思っているけれど、
撩は香と依頼人のやり取りはきちんと観察し、概ね把握している。
これだから男の依頼人は嫌なのだと、撩は思う。
逼迫した冴羽商事の財政事情を盾に、半ば無理矢理に香によって請けさせられた依頼だったけど、
結果として香はここ数日、色々と思い悩むこととなったらしい。



んなもん、バレバレだろ。

···。



嘘を吐いても仕方が無いので正直に答えた撩を、香は恨めしげに無言で見詰めている。
その無意識の表情は、反則だろうと撩は思う。
薄らと涙を湛えた丸い瞳と染まった頬、眉根を寄せてきつく結ばれた朱い唇。
撩の体温が、0·3℃ほど上昇する。脈が若干、速くなる。
取り敢えず心の安定を図る為、撩は平静を装ってもうひとくち味噌汁を啜る。
やっぱり旨い、出汁が効いている。



ま、でも言わなきゃ無いのとおんなじだ。



撩がニヤリと笑った。わかっている。撩は香の気持ちは知っている。そして自分自身のことも。
二人がこうして共に暮らしていくためには、
互いの感情は秘めたままでいるほうがなにかと都合が良いと思うから。だから言葉にはしない。
言葉は人を縛る枷になる。言葉は難しい。
想いの全てを端的に的確に表すことなど、撩には出来そうにないから、はじめから言わない。
撩は常に、そのスタンスだ。



別に何もかもオープンにする必要も無いだろ。大切なことは自分がわかってりゃ良いんだよ。



確かにその撩の答えは、秘密主義の彼らしいものだと香は思う。
普段は大嫌いな撩の秘密主義だけど、香はその言葉に救われた気がした。
香がどんなに撩を好きでいても、心に秘めて大切にしているだけならば誰にも迷惑は掛けないし、
心は自由だ。
傍からみれば、撩と香の関係は変なのかもしれない。
香の心は他人には丸見えで、わかり易くて馬鹿なのかもしれない。
それでもこの世で一番香の恋心をそっとして放っておいて欲しい当人が、
こうして香の秘密に触れないでいてくれることは、香にとっては有り難いことだ。
もっとも、撩には撩で探られたくない色々があってお互い様ってことかもしれないけれど、
とにかく何であろうと、何事もなく平穏にこの日常を営む為の利害は一致したので、
それで良いと香も納得することにした。

槇村香には、まだまだ沢山わからないことがある。
一番近くにいて生活を共にする男の本心など、
全く気付かずに生きているけれどそれで何の問題もない。




「りょおの秘密主義者め(でも好き)」

「お前がわかり易過ぎるんだよ(可愛いなチクショー)」

「アンタが嘘つきなだけよ(でも好き)」

「お前が単純なんだよ(上目遣いやめれ)」

「アンタが複雑過ぎるのよ(でも好き)」





「ま、でも、それがお前の良さでもあるんじゃねぇの?」
「何よ、急に。調子狂うじゃん。」



香の抗議の声は聞こえない振りをして、撩は肩を竦めるとご飯を口一杯に頬張った。
撩はスケベで意地悪で、労働意欲に欠けるのに遊んでばっかりで大嫌い。でも大好き。

これは恋だ。
香は現在進行形で、全く手応えの無い恋をしている。
友達の好きと恋の好きの違いがわからなかった香には、まだまだ恋の方程式は解けそうにない。


[ 2021/07/15 00:55 ] 初恋10のお題 | TB(0) | CM(1)