※基本スペック※必読※

※このお話しはパラレルです※

いつもの2人とは、設定が異なりますので、くれぐれもご注意を!!
以下、スペック詳細をお読みになって、OK,問題無しっっ。
と思われる方のみ、


『第1話 町内会青年部の場合』へ、お進み下さいませ。





❤僚(夫)❤   

凄腕探偵。(あくまでも探偵、スイーパーでは無い。)
別名:新宿の元種馬。今は、嫁一筋。(一応)
頭脳明晰で超強いケド、カオリンにだけ弱い。
カオリンLOVEだけど、セクシーお姉さんに釣られる事、多々有り。(弱点)           
妻の呼び方は、カオリン。



❤香(妻)❤

探偵助手。おっちょこちょいで、お人好し。
料理上手なので、フラフラと落ち着きない夫のを胃袋からガッチリ掴んでいる。
抜群のルックスと、愛嬌の良さでご近所のアイドル。(ファンクラブ有)
リョウちゃんLOVEだけど、怒らせると凶暴。
夫の呼び方は、リョウたん、りょお(怒)、モッコリバカなど。



❤槇ちゃん❤
カオリン兄。警視庁新宿署刑事部捜査第1課、刑事。
基本、妹に激甘なので、しばしば情報を漏らす。(無意識に)
僚とは、幼馴染み。



❤ミック❤
フリージャーナリスト。事件の臭いを嗅ぎつける嗅覚は犬並み。
僚とは、学生時代からの友達。飲み・遊び仲間。女好き(弱点)
只今、警視庁・鑑識班のかずえちゃんに猛アタック中。



❤野上冴子❤
槇ちゃんの上司。女豹。僚は、時々彼女に釣られて利用される。カオリンの天敵。



❤かずえちゃん❤
警視庁・鑑識班。知的なクールビューティー。



❤伊集院夫妻❤
冴羽家とご近所の、仲良し夫婦。カフェ経営。
カオリンと、美樹ちゃんは、町内会婦人部のゴミ出しマナー向上委員会のメンバー。
ゴミ出しマナーには煩い。



❤教授❤
僚の祖父。世界のあらゆる情報を覗ける凄い男らしいが、詳細は不明。
実は、冴羽家の嫁であるカオリンのファンクラブの会員でもある。





またもや、夫婦探偵です。
前回、リョウちゃんが種付けに成功しましたが、その後のお話しを書くつもりは今のところ無いので。
今回の事件は、子作りに励む以前の新婚さんの2人のお話しです。
カテゴリの夫婦探偵シリーズを分り易いように時系列に並べました。





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[ 2014/07/05 19:57 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第1話  町内会青年部の場合

リョウちゃん、ブイヤベースとかレンズ豆のサラダとかそんな小難しい感じじゃなくてさ。
                                     もっと初心者向けのヤツにしてね。










喫茶キャッツアイのカウンター席でそう言ったのは、町内会副会長の薬局のオヤジだ。
このオッサンの店は冴羽夫妻の行きつけで、とある商品の売り上げには随分と貢献している。
そもそも事の発端は、年度末の収支報告を兼ねた町内会の寄合での事だった。
彼らの町内会には、場所柄、子供会が無い。
子供がいるような世帯はこの辺には無いのだ。
最も多いのが、夫婦だけの世帯か単身者で単身者の殆どは、町内会の活動などに参加しない。
高齢者も殆どいない。
一般家庭から集める町内会費とは別に、町内にある企業からは協賛町費というものを集める。
あくまで任意だが、それでも結構な額が集まる。
その割に、老人会・子供会の無い町内会なので町費が余るという現象が毎年起きる。
とは言え、町内会メンバーもかなりの割合で個人事業主なので、協賛町費を納めている立場だ。
青年部・婦人部しかない6丁目町内会では、毎度の事ながらその使い道が主な議題なのだ。


今年の寄合で、会長が提案したのが何らかのセミナーを、講師を招いて行おうというものだった。
そして実際に何をするのかという段になって、青年部に提案されたのが、
『たまには妻を労おう・男だらけの料理講座』なるものだった。

これに異を唱えたのが、撩だった。
曰く、何で料理教室なんて今更・・・かったるい。という訳だ。
ここで、嫁・香も援護した。



りょうたんは、お料理出来るもんね♪習わなくても。



その香の言葉に感嘆したのは、町内会長の酒屋のオヤジだった。
何故だか話しは妙な方向に転がり、喫茶・キャッツアイに於いて、
撩は近所のオッサン共に、料理をレクチャーし、
ついでに伊集院隼人はお菓子作りをレクチャーする事になった。











・・・初心者向けねぇ、っつーかいつの間にそんな話しになってんの?




ていうか、どっからその献立が出て来るのさ?という、撩の質問に。
薬局のオヤジが得意気に答えたところによれば。
どうやら、香に訊ねたらしい。
撩の作った料理の中で、何が一番おいしいのかと。
それが、ブイヤベースとレンズ豆のサラダだったらしい。




いやぁ、やっぱ新婚家庭の献立は違うねぇ。
しかも旦那の手料理だよ?
そりゃあ、コンドームもせっせと使うわなぁ。
ウチの女房なんか、毎日煮しめだよ?
食卓、茶色一色だよ?
色っぺぇ事なんか、とんとご無沙汰よ。




そう言って高笑いする町内会副会長に、撩は軽く殺意を覚えた。
幸い嫁のカオリンは、今日は親友の絵梨子と繁と一緒に女子会ランチに行ったのでこの場にはいない。
だからこそ撩は、この店で1人ランチを摂っていたのだ。
きっと香が居ても、この空気の読めないオッサンは同じ発言をしただろうと撩は考える。
撩は話題を変えるべく、伊集院隼人に水を向ける。
彼はこのカフェに於いて、スイーツ部門を担当している。
何故だか今回のオッサンたちのお料理教室に関しては、ある意味、撩の巻き添えを食った形だが。
意外にもやる気満々で、乗り気である。





海ちゃんは何作るの?

スイートポテトだ。



そう言って、無口な彼は黙々とグラスを磨き始めた。
非常に解り難いが、表情の読めない濃いサングラスの彼は今とても上機嫌だ。




ファルコンのスイートポテト、絶品よ?ここで出しても凄い評判なの♪



香と負けず劣らず旦那LOVEな伊集院美樹は、すかさず夫を褒めちぎる。
撩はそんなラブラブバカップル夫婦に苦笑しながら、副会長に向き直る。




で?どういうのがイイの?献立。



結局は撩も、数日後のお料理教室に備えて、青年部部長として協力するつもりらしい。
町内会の会合が終わった後、香が嬉しそうにしていたのを思い出す。



りょうたん、お料理の先生なんてなんかカッコ良いね♪



人の気も知らず、カワイイ嫁は可愛いけれど脳天気だ。
それにしても、ブイヤベースが好きだったんだ・・・と、撩は香の事を思い出して頬を緩める。
伊集院夫妻の事は言えない、撩と香も中々のラブラブバカップルである。
今日の晩ご飯は、自分が作ろうとにやける冴羽撩(町内会青年部部長)であった。




(つづく)

[ 2014/07/05 19:58 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第2話  町内会婦人部の場合

彼女の名は、唐沢妙子という。

料理研究家であり、節約術、収納術、家事のエキスパートとして数冊の本を出版し、
テレビ出演もこなす。
主婦の間ではカリスマ的な人気を誇り、いくつかの雑誌には連載も持っている。
そんな彼女の一番の仕事は、そういった人気を利用した各種セミナー、講演会だったりする。
彼女の夫・真一は、そもそもあらゆる方面のセミナーなどを企画するコンサルタント業で成功した男だ。
一般企業新入社員向けの社員教育を目的とした、ビジネスマナー講座。
中小企業経営者向けの節税対策セミナー。経費削減対策セミナー。
広い範囲の社会人を対象とした自己啓発セミナー。
主婦向けの人気講座の中には、妙子が講師として携わる収納術セミナーや料理講座などもある。
どんな内容であれ、その道にはそれぞれ専門家という肩書の人間が居て。
唐沢真一はそのような人間を講師として招き、その教えを乞おうという参加者を募る。
妙子のように著作を持ち、テレビや雑誌で名前の知れた講師には必然的に参加者も殺到する。
需要と供給に応じて、講師と参加者をセッティングして講習料を徴収する。
場所代、講師へのギャラなどをざっと差っ引いても、充分な利益の得られる商売だ。
元手となるものは殆ど要らない。
必要なのは、クリーンなイメージと時流を読む勘だけだ。
こういう商売は、不況な時ほど儲かる。
羽振りの良い時には誰しも自分磨きなど目もくれない、世の中に多少不安を抱いている時こそ。
抜け目ないと自分で思っている輩は、何か次に飛躍する為の糧を求めて他人に教えを乞う。
それでも、唐沢真一に言わせればその発想こそが凡人に過ぎない。
本当に抜け目のない人間は、そのような輩の心理を先読みして金を儲けるのだ。









町内会の会合で、青年部のメンバーは撩と伊集院による料理教室をする事になったが、
(しかし、結局のところ当初の目的の、町費の使い道としてはやけに安上がりに纏まった。)
婦人部のメンバー8名は、主婦のカリスマ・唐沢妙子の節約収納術講座へ参加する事になった。
この日の講座は比較的小規模で、婦人部8名以外の参加者は7名。計15名の会だった。
講座の名目が“節約”収納術にも関わらず、会場となった貸し切られた小洒落たビストロは、
雑誌や情報番組でも度々注目を集める、人気店だ。
参加費が幾らするのかなんて、婦人部の面々は知らない。
言い出しっぺの町内会長(酒屋のオヤジ)が、申し込んだのだ。
噂では、酒屋の女将さんは典型的な収納下手で、家の中が年中とっ散らかっているらしい。
いずれにしても、青年部とはえらい違いだ。


参加者は初めに、各人前もって準備されたネームカードを首から提げる。
メンバーはランダムにシャッフルされ、
5人1組でグループに分かれ実演を交えた様々な講義を受ける。
講義は午前と午後に振り分けられ、合間には勿論、人気店のランチで和気藹々と盛り上がる。
もしかすると、本日のメインテーマはこれなのかもしれない。
だとすれば、酒屋のオヤジには気の毒だが、とっ散らかった家の中が片付くかどうかは保証できない。


偶然にも、香と美樹は5人グループも同じになった。
この日、香は唐沢妙子の料理本を鞄に忍ばせて来ていた。
隙を狙ってサインを貰おうと思ったのだ。
香は元々、料理は好きだ。
結婚前は主に、仕事の忙しい兄の為に。結婚してからは、食いしん坊の夫の為に香は料理をする。
毎回、気持ちよく平らげてくれる最愛の夫は、出がけにいつまでも甘えて抱き付いて来たので。
美樹が迎えに来るまで、2人は玄関先でイチャイチャしていて、美樹に呆れられた。
香は色んな料理本の中でも、妙子の本は比較的気に入って読んでいたので、
本当は料理講座の方が良かったけれど、
収納術講座でも本人に逢える機会が持てて数日前から喜んでいた。



これにね、サイン書いて貰うの♪



そう言って、彼女の著作の中でも一番のお気に入りの料理本を、
セミナー前日の喫茶キャッツ・アイで、撩や伊集院夫妻に見せていた。
そして幸いな事に、ランチの席で妙子のすぐ傍に陣取った香は、予定通りサインを貰った。




あの、もしも人違いでしたら申し訳ないんですけど。



ランチも終盤に差し掛かった頃、妙子が香に切り出した。
冴羽という苗字が、あまり何処にでもいる名前では無い事。
どうやらこの美しい若妻は新婚ホヤホヤで、
一緒に参加している仲良しの友人にしきりに夫の話しをしている事。
彼女らが、新宿6丁目の町内会という単位で参加している事。
その全てが当て嵌まるのだ。




もしかすると貴女、冴羽教授のお宅のお嫁さんではないですか?

・・・冴羽・・教・・授???



唐突な質問に、香はキョトンとして首を傾げた。
香の最愛の夫は、生憎、私立探偵だ。
暫く考えて、あっと思い出したのは、今では自分の祖父でもある、撩の祖父だ。




教授って、おじいちゃんの事ですか?



香はそういうと、祖父の名前を出してみる。
すると、妙子はやはりという風に大きく頷いた。
世界は狭いもので、意外な所に繋がりがあるモノだ。




私、教授の教え子なんです。もう随分昔の話しですけど・・今でも、お世話になってて。
少し前に、可愛いお嫁さんの話しを楽しそうになさってたから、もしかしてと思ったんです。







それから、楽しげに盛り上がる他の参加者を後目に、香は妙子と意気投合して語り合った。
元々香は、人見知りはしないタイプだ。
どういう訳かいつの間にか、香は収納術よりも料理講座の方に興味があったという話になって。
妙子が良かったら今度、ウチで気軽なホームパーティをするから、
その時一緒に料理を手伝ってくれないか、という話になっていた。
彼女の料理教室は人気で、随分先まで予約で埋まっている。
そんな彼女に、直接教わる事が出来るチャンスに、香は2つ返事で頷いた。
一緒に話に加わっていた美樹も誘われ、勿論美樹も喜んで頷いた。


こんな楽しい展開になった事を、帰ったらりょうたんに報告しなきゃっっ。と、
香はピスタチオのクリーム・ブリュレを堪能しながら、考えていた。




(つづく)




[ 2014/07/06 22:59 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第3話  冴羽家寝室

ホームパーティー?

うん、美樹さんと一緒に。厳密には、お客さんでもあり妙子先生のお手伝いでもあるの。

他はどんなメンバーなの?





風呂上りの半乾きのままの香のブラウンの癖毛が、撩の顎を擽る。
キングサイズのベッドの上で抱き込んだ嫁は、
グレイのシンプルなタンクトップ(ブラジャーは着けてない)に、
撩と揃いの(カップル用にデザインされているのだ)ピンクのボクサーショーツ姿で、
無防備に撩の脚に滑らかでしなやかな脚を絡めてくる。
肌の色も皮膚の質感も体温も違う互いの脚は絡み合い、
至って普通の夫婦の会話をしているだけなのにやけに淫靡だ。
もっとも当事者たちは無自覚だけど。

2人は毎晩、一緒に風呂に入る。
結婚して2人で暮らし始めた時から、それはいつもの冴羽家の習慣だ。
お互いに体を洗いっこして、髪の毛を洗ってあげる。
気が付くと彼らのバスタイムは、いつも長時間だ。
つい先程も、2人は仲良くお風呂で一戦交えてきた所である。




ん~~、良く解んないけど、みんな妙子先生と親しい間柄の方ばかりだから気兼ねは要らないって。

ふぅん、男も来んの?



柔らかな癖毛に顔を埋めて、撩はさり気無く言ったつもりだったけど。
思いの外子供っぽい口調になってしまった。
りょおたんヤキモチ妬いてるっっ、と言いながら撩の裸の胸板に頬をくっ付けた香がクスクス笑う。
うるさい、と言いながら撩は照れ隠しに香の鼻を抓む。



でも、男の人はいないみたいだよ。女子会だって言ってたもん。



鼻を抓まれたままの鼻声でそういう香に、撩は頬を緩める。
こんな風に何の変哲も無いのんびりした時間が、撩の一番好きな時間だ。
19になったばかりの香と結婚して1年。
香はまだまだ漸くハタチになったばかりで、2人のこれからの人生は長い。
毎日、撩は彼女と結婚出来て良かったと思っている。





世間は狭いよなぁ、まさかじいちゃんの知り合いだったなんて。

ねぇ、ビックリしちゃったぁ。お陰で、お料理を直接教えて貰えんるんだもん、超ラッキーだよ。

何、作るの?

まだ解んない、当日のお楽しみ。・・あっっ!!

ん?どうした?





突然、素っ頓狂な声を上げる香のおでこに、撩は優しく口付る。
香は擽ったそうに首を竦めただけで、何も言わずにされるがままなので。
それを良い事に、撩は軽いキスの範囲を徐々に広げてゆく。





そう言えば夕方ね、八百屋のオジサンに会ってね。
すっごく喜んでたよ。
りょうたんに教わったあんかけ茶碗蒸しと、高野豆腐の含め煮、奥さんに褒められたんだって。





婦人部のセミナーに先立つ事2日前。
例の青年部のお料理教室が、喫茶・キャッツアイにて行われたのだ。
あんかけ茶碗蒸しは一見難しそうに見えて簡単なので、男の手料理としてはもってこいの1品だ。
香はまるで自分の事のように誇らしげだ。
撩は華奢な香の左手をしっかりと握る。
指同士をしっかりと絡め、薬指のリングの感触を確かめる。
楽しそうな香の話し声を聴きながら、彼女の手の甲を口元へと引き寄せる。
そのスベスベで真っ白な手の甲は、風呂でもキッチンでも水滴を玉のように弾く。
その手の甲にも口付を落とす。






カオリンはさぁ。

なぁに?

別に習わなくても上手じゃん?料理。

・・ほ、ほんと?///

ああ、完璧。俺には、カオリンが作るご飯が一番。

りょおたんっっ





そこから先、新婚バカップル夫婦に言葉は要らなかった。
撩の胸板に顔を埋めた香を抱いたまま、体勢を入れ換えて組み敷く。
口付ける。
呼吸も侭ならないほどに激しく求めれば、華奢な指先は行き場を求めて撩の胸板を擽る。
邪魔なタンクトップをせっかちに脱がせ、柔らかな双丘に顔を埋める。
甘やかなボディソープの匂いのする肌を舐め上げる。



気が付くと2人はいつもこんな風で。
何の話しをしていても結局は、いつの間にやらイチャコラタイムへと突入してしまう。


兎にも角にも次の週末に、香は憧れの料理研究家の先生宅へ招かれたらしい。




(つづく)






[ 2014/07/07 20:54 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第4話  パーティー

ねぇねぇ、美樹さん。

ん?どうしたの?




夫の真一に声を掛けられて、妙子がキッチンを出て行ったのを確認して香が小声で耳打ちする。
妙子に招かれた2人は、都心の某高級住宅街の豪奢な住まいを訪れていた。
なんでも撩によれば、妙子の夫はコンサルタント業で成功している実業家らしい。
広々とした邸内には、そこかしこに贅沢な暮らしぶりが窺われる。
家政婦などを雇っている風ではない屋敷の中は、
隅々まで磨き上げられまるでインテリア雑誌の中から飛び出したような世界だ。
さすがは主婦のカリスマ。
どんなに多忙を極めても、家の中の事には手を抜かないのだろうと。
香と美樹は何を見ても感心した。
彼女たちは極度に愛妻家の夫を持っている2人だ。
主婦の鏡のような妙子を尊敬の眼差しで見詰めてはいても、
2人が2人とも、改めて己の旦那の優しさをこういう時に再認識する。
私立探偵も喫茶店のマスターも、いつだって自分から進んで妻の手伝いをしてくれる男達だ。





こんなお家だったらね、節約収納術とかそもそも必要無いよね。

そうね、羨ましい限りね。




キッチンもユーティリティーも全てが、家事を行う者にとって使い易いように作り付けられている。
きっとこの家を建てる段階で、妙子の意見や要望が随所に採用されたのであろう事は一目瞭然だ。
香は広々とした(如何にも料理研究家らしい)キッチンの、
壁一面に作り付けられた棚を見ながら、溜息を吐く。
過不足無い収納スペース、棚や引き出しの大きさや形状の使い勝手。それらは本当に見事だ。





やぁ、いらっしゃい。



香と美樹が、良いわねぇと言いながら溜息を吐いている所に現れたのは。
この家の主人である、真一だった。
スーツ姿で現れた彼は精悍な体つきに自信の漲った表情で、如何にも実業家といった風情だ。




すみません、折角お越し戴いたのに何のおもてなしも出来ませんで。
生憎、私は今から仕事に向かわねばなりません。出来れば、貴女方とご一緒したい所なんですが。




日本人男性(それも、中高年)としては、珍しくソフトで社交的な物腰である。
商売柄、そういう事には長けているのだろう。
そんな彼の横でブリーフケース片手に微笑む妙子は、幸せそうな奥さんという感じで。
香は単純に、幸せそうなご夫婦だなと目を細める。




あら、今日は女子会なのよ?たとえ貴方でも男子禁制ですから。

はいはい、奥様。男は退散しますよ。



彼はそう言って笑うと、妙子から鞄を受け取って行ってきますと言って出て行った。
その時にさり気なく頬にキスをする仕草に、香は思わず視線を彷徨わせ赤面した。
香自身の日頃の夫とのスキンシップはそんな生易しいモノでは無いのだが自覚は無いので、
目の前で余所の夫婦のそんなシーンを目の当たりにして、自分の事は棚上げして狼狽する。
そんな香の表情の移り変わりが手に取るように解るので、美樹は美樹で苦笑する。
この日も、美樹が冴羽家に迎えに行くと撩と香は玄関先でイチャイチャしていた。
それはもはや、冴羽家の習慣と言っても過言では無い。

まだ、この後に起こる事など予想だにしない程、出だしは穏やかな週末だった。











コチラは、冴羽香さんと伊集院美樹さん、今日のお料理を手伝って下さったのよ。




そう言って妙子は2人を、その他のメンバーに紹介した。
香、美樹、妙子の他に、参加者は4名いた。

真一の秘書だという、野村麻衣子。
妙子の料理教室の信奉者でもありプライベートでも仲の良いモデルの、桜井栞。
妙子の古い友人だというイラストレーターの、野口環。
真一の会社で受付嬢をしている、佐々木亜矢。


年齢も職業もバラバラだ。
全員、唐沢夫妻と親交の深い顔ぶれらしい。
4人はお互い同士もそれぞれ面識があるようで、仲の良い友達同士というような雰囲気だった。
事前に妙子から聞かされていた通り、気兼ねせずに和やかな雰囲気だった。
香も美樹もすぐに打ち解けた。









綺麗なお庭ですね。


20畳ほどの広いリビングにサンルームが続いている。
サンルームの中には、様々な種類の美しい花が幾つも活けられている。
どうやら妙子は、植物を愛でる趣味もあるらしい。
香はサンルームの窓から、手入れの行き届いた庭を眺める。
香も撩と暮らすあの愛の巣の屋上で、家庭菜園をやっている。
そもそもコンクリートの屋上の上なので、プランターで育てている。
香は花よりも、実を付ける植物が好きだ。
勿論、育てたモノを美味しく頂けるのもそうだけど、
花を付けて実が徐々に大きくなっていく姿は、得も言われず可愛いものだ。
それに、祖父の家の立派な日本庭園も思い出すし。
秀幸の暮らす実家の庭の桜の木も思い出す。
その家の庭は、立派な英国式のガーデニングだ。
薔薇の蔓の伸びる棚や、背丈の低い常緑の木が綺麗に刈り込まれて植えられ、
その合間を縫うように様々な花が植えられている。
広い庭の数箇所に、可愛らしいバードバスが置かれている。
芝生の緑も素敵だと香は思う。
ウチの屋上にも芝生が生えていたら素敵だろうなと思う。



香さん、お花は好き?



香の言葉に、妙子が微笑みながら答える。







香が妙子と庭の事について話しているのを横目に、
美樹はイラストレーターの彼女に、色々と質問されていた。
夫と営む喫茶・キャッツアイに興味があるという。
夫婦で一緒に、同じ仕事を持つ事に憧れているらしい。
穏やかな午後の空気が一変したのは、そんな時だった。



まず苦しみ始めたのは、秘書の野村だった。
その次に、モデルの桜井も同じように苦しみだした。
少し遅れて、窓辺で香の隣にいた妙子も心臓の辺りを押さえて蹲った。


何が起こったのか解らなかった。
野村と桜井の苦しみように圧倒されたその他4名だけれど、彼女らも徐々に気分が悪くなりだした。
吐き気もするしお腹も痛い。
香が蹲った妙子を心配して、肩を貸してリビングのソファまで運ぶ。
明らかに全員、パニックだった。
それでも香は気丈に振舞わなければと、撩の事を思い出しながら考えた。
自分の具合も何だか悪いような気がするけれど。
まずは何とかしなきゃと、必死に思い巡らせて。
自分のバッグから携帯電話を取り出すと、119番通報をした。



(つづく)



[ 2014/07/09 23:36 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第5話  事件の幕開け

気分はどう? カオリン。



そう言って寝室に入って来た撩は、トレイに冷たいじゃがいものスープを乗せていた。
これ以上無いというほどに滑らかに裏濾しされたじゃがいもと、コンソメの風味が胃に優しい。

麗らかな午後のパーティーが嵐のような騒ぎに包まれて、2日。
香は寝込んでいる。撩の聞いてきた処によると、美樹も同じような状態らしい。
香と美樹の診断は、軽い食中毒。
抗生物質の服用と、安静と、食事に留意すること。
しかし、それだけで済んで幸いだったというべきかもしれない。




あの日、あの騒ぎの最中。
救急車が到着する前に、秘書の野村とモデルの桜井は亡くなった。
2人だけは、苦しみ方が尋常では無かった。
その次に酷い状態だったのは、唐沢妙子だった。
彼女はどうやら、軽い心臓発作のような状態になったらしい。
香と美樹を含むその他4名は、比較的軽度の食中毒で済んだようだ。



撩はあの時の事を思い返す。
撩は香から妙子の家に招かれたと聞いた時点で、唐沢家の場所は前もって調べていた。
もしも、帰りが遅くなったら迎えに行こうと思っていたのだ。
それが功を奏した。
香は救急車を呼んだ直後に、撩にも連絡を取っていた。
非常に慌てふためき普通でない香の様子に、
何か良からぬ事が起きているという事だけはハッキリと解った。
電話口の香を宥めながら落ち着かせ、撩は伊集院と連れ立って唐沢家へと向かった。

その豪奢な佇まいには似つかわしくない、救急車とパトカーが門の前に停まっていた。
撩と伊集院がその場に着いた時、妻たちは蒼白い顔で事情聴取を受けていた。
遺体と思われる2つの塊には、白い布が掛けられ。
この日のホストである、この家の主婦は重篤な症状だと判断され先に緊急搬送されていた。
撩たちが到着するのと入れ違いに、野口と佐々木の2人は搬送された。
比較的症状が軽いという事に加え、この日の料理を妙子と共に作ったとして、
2人は執拗に、何度も同じ事を聴かれていた。

見かねた撩と伊集院が、
警官と彼女たちの間に割って入って診察の後にしてくれと申し出たけれど、
警官は無愛想に、こういう事は初動が肝心なので、と取り付く島も無かった。
しかしながら、この事態は刑事が現場に到着した事で急転した。





あぁら、世間って狭いのなぁ。



そう言った私立探偵に、刑事が苦笑する。
彼らは幼馴染みで、今現在は義理の兄弟だったりする。



何やってんだ?お前ら。  マスター夫妻も・・・



けれど、槇村秀幸が呑気に構えていたのは、この時までだった。
制服を着た警官が事情聴取をしていた相手は、蒼白い顔で項垂れている最愛の妹だった。
見るからに具合が悪そうで、秀幸は眉間に深い皺を寄せる。


何やってるんだ?彼女たちも、被害者だろうがっっ 手当が先だ。




秀幸の剣幕で、現場の空気は一瞬にして引き締まった。
ここで漸く、香と美樹は聴取から解放され、夫に付き添われて病院に運ばれた。
秀幸は撩にも怒号を浴びせた。
曰く、何でお前が居ながら、さっさと香を病院に連れて行かないっっ。と。



いや、でもさ国家権力には逆らえないからさ。


そう言いながらも、2組の夫婦は現場を後にした。
それに、香も美樹も出来るだけ自分達が解る範囲で、捜査に協力しようとしていた空気だったので、
撩も伊集院も、その様子を静観していたのだ。









食欲は?どう?



撩は訊ねながら、香が起き上がるのを助ける。
背中を支えながら、香の背中とヘッドボードの間にクッションを差し入れる。
薄いレースのカーテンだけを閉め切った薄暗い午後の寝室の中で、
香の頬だけが柔らかそうな色合いをしている。
2日前よりも、顔色は随分良くなっている。
それでも、香は小さく首を横に振る。



顔色は、だいぶ良くなったね。



そう言って、撩は香の柔らかな癖毛を撫で、一続きに頬も優しく撫でる。
香は未だ、固形物は受け付けない。
この数日、撩は少しでも栄養が摂れるようにと、スープばかり作っている。
クイジナート社のフードプロセッサーが大活躍である。



じゃがいもの冷たいスープ、作ったよ。

わぁ。



それは、香のリクエストだった。
食欲は無いと言いながら、リクエストする程度には回復したらしい。
喜ばしい事だ。
撩は香の身体的症状もさることながら、実のところ、その精神的ショックの方を心配している。
原因は不明だとは言え、目の前で人が2人も死んでいるのだ。
暫くはこのまま、看病ゴッコをしながら可愛い嫁を甘やかそうと、撩は考えている。






お兄ちゃん、来たの?

あぁ、カオリンが寝てる時に。

そっか。




撩は秀幸から聞いた事を、思い返す。
死亡した、野村、桜井両名と、重症の唐沢妙子。この3人と、他4名の症状は明らかに違う。
香を含む4名は、診察の結果からも判る通りただの食中りだ。
しかし、野村、桜井に関しては明らかに、毒物による意図的な関与が疑われる。
また、妙子に関しては別の物の作用が働いているようだとの事だ。
同じ食卓を囲んだ7人が、それぞれ違った要因によって倒れたのだ。
この事からも、今回のケースは偶然の事故などでなく、
傷害致死、もしくは殺人・殺人未遂事件として捜査が進められる方針に決まったという事らしい。
2遺体の司法解剖の結果と妙子の診察の結果は鑑識に回され、精密な鑑定が進められている段階だ。




妙子先生は?どうなったの?

うん、意識は戻ったらしいけど、まだICUだって。

・・・。




香が一番に心配したのは、美樹の事だった。
撩が伊集院との電話のやりとりで聞いた所では、香と同じような状態らしい。
それを聞いて、香は顔を顰めたものの、安堵の表情を見せた。
その次に、気に掛けたのが妙子の事だった。
あの時、大騒ぎになる直前。
香は妙子と窓辺で、庭に咲く花の話しをしていたのに。
隣で幸せそうに微笑んでいた彼女は、見る見るうちに具合が悪くなって、
救急車で運ばれる頃には、意識を失っていた。





大丈夫なのかなぁ、妙子先生・・・

さぁ?どうかな? 何か解ったら、槇ちゃんが連絡くれるって言ってたから。




撩はベッドの端に腰掛けて、膝の上にトレイを乗せる。
お嫁ちゃんリクエストのビシソワーズを、一掬いスプーンで掬って香の口元へ運ぶ。
1人で食べれるよ?と言って、クスクス笑う香の言葉をスルーして。
過保護とも言うべき看病ゴッコを続行する。




そんな事より、カオリン。栄養摂取だよ。ほら、あ~~~~ん。
(あ~~、早くエッチしたい。)


素直な彼女は、撩の言葉に従って大きく口を開ける。
撩の切実な心の叫びなど知る由も無い。
早く普段通りに回復するように、撩は彼女に栄養を与える。
普通通りに回復したら、いつも通りにイチャイチャするつもり満々である。
撩としては、この件にこれ以上関わって行くつもりは、まだ無かった。
香の体調さえ回復すれば、一件落着。



けれど、物事はそう単純でも無いのが世の常である。




(つづく)


[ 2014/07/17 21:59 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第6話  依頼


「 赤や青の灯のともつた
  低い街の暗らがりのなかに
  倒(さか)しまになつたまま落ちてしまひそうになつてゐる三日月は
  いそいでゆけば拾ひそうだ

  三日月の落ちる近くを私の愛人が歩いてゐる
  でも きつと三日月の落ちかかつてゐるのに気がついてゐないから

  私が月を見てゐるのを知らずにゐます    」






明るいベランダに出て、洗濯物の揺れるの見ながら香は氷の入ったグラスを持っていた。
グラスの中身は冷たく冷やした玉露で、香は素足に撩のビルケンシュトックを突っ掛けている。
香は時々、ぼんやりしながら撩には良く解らない詩を暗誦している事がある。
数日寝込んで元に戻った香は、あれ以来テレビをあまり見ない。



良い天気だな。



声を掛けた撩に、香は振り返るとニッコリ笑った。
昨夜撩に抱かれながら、香が寝室の窓の外を見ると、三日月が出ていた。
撩はいつだって、香の事ばかり見ているから。
きっと昨夜が三日月だった事も知らない。
香はそんな撩を、心底愛している。
撩が裸足で、ペタペタとベランダに出て背中から香を抱きしめる。
香の手からグラスを取ると、香の飲み差しのお茶を飲み干す。
エアコンの室外機の上に空になったグラスを置くと、残った氷が澄んだ音を立てる。




ねぇ りょうたん。後で、お散歩行こう?

うん、いいよ。何処行く?




香がどうしてテレビを点けないのか、撩は知っている。
例の唐沢妙子宅で起こった一連の事件を、ワイドショーは連日、面白おかしく報道している。
何処までが本当の事かは、解らないけれど。
亡くなった2人は、妙子の夫・真一と不倫関係にあったと報道する所まである。
また、亡くなった桜井栞は人気の雑誌モデルでもあったので、そちら方面での動揺も広がっている。
いずれにしても、香が病み上がりでテレビを見た途端、その様な情報が嫌でも目に入って来て。
香はこの数日、すっかりテレビを見なくなってしまった。










一昨日、秀幸が夕飯を食べに来た。
どうしても話題は妙子の事件の話しになる。
秀幸の話しによれば、報道で言われているような事実は、今のところ裏付けは無いらしい。
鋭意、捜査中という事らしい。
しかし夫の真一は、その様に疑われても仕方の無いような女好きだという事に間違いはないらしい。



・・・・かわいそう、妙子先生。


秀幸の話しを聞いた後でそう言うと、香は黙り込んでしまった。
誰もが羨むような、仲睦まじい夫婦に見えたのに。
幸せそうなお家に、仲の良い友人に囲まれて、仕事も成功して。
それなのにたった数日で、今ではスキャンダルの渦中に巻き込まれている。
テレビや雑誌は今まで、彼女を女性のお手本、主婦の鑑のように持上げていたのに。
一瞬で掌を返したように、口汚く罵っているように香には聞こえる。
警察だって、まだ何の証拠も無いと言っているのに。
まるで彼女は犯人扱いされている。













新宿御苑。

りょーかい。




撩が冷たいお茶を飲んだ後の冷たい唇で、香の額にキスを落とす。
クスクス笑う香を見ながら、撩はもう一度、室外機の上のグラスに手を伸ばす。
透き通った氷を、ひと欠片口に含むと。
そのまま香に口付る。
冷たい欠片が、お互いの口の中を何度も行き来する。
暫くそんな風にふざけ合いながらキスを愉しむ。
小さくなった欠片を、香がコクンと飲み込んだ時に、電話のベルが鳴った。
リビングに2台ある内の、1台。
仕事用の冴羽商事専用電話だ。
それでも、香を拘束する撩の両腕の力は緩まない。




りょおたん、 でん・・わ鳴ってる。

良いよ、ほっとこうよ。



不真面目な夫は、冷たい舌先で妻の耳たぶを舐める。
けれどそんな事はいつもの事だし、依頼を請けないと食べてはいかれないので。
香は意を決して、撩の腕の中から脱出を試みる。
撩もあまりふざけていると、香を本気で怒らせるので良き所で香を解放する。
香は慌ててリビングに駆け込むと、受話器を握った。





はい、コチラ。夫婦探偵社・冴羽商事です。




それは、スキャンダルの渦中に飲み込まれた彼女からのSOSだった。




(つづく)

引用詩:尾形亀之助【月が落ちてゆく】




[ 2014/07/20 20:35 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第7話  新婚夫婦の意見の相違

すみません、わざわざご足労戴いて。



そう言って唐沢妙子は、トレイに乗ったハーブティを撩と香の前に置いた。
カップはロイヤルコペンハーゲンのアンティークだ。
中には赤い液体が注がれている。
ローズヒップのハーブティだというそれを香は、うわぁ綺麗。と言って美味しそうに飲んだ。
撩はそんな香を横目で見ながら、カップには手を付けなかった。
2人が妙子に呼び出されたのは、例の事件現場でもある唐沢邸だ。
妙子はあの事件で病院に運ばれて治療を受け、昨日退院した。
退院したその日に、冴羽商事へと依頼の電話を寄越したのだ。



お加減は如何です? もう大丈夫なんですか?



香はまず一番に、妙子の体調を心配そうに訊ねた。
香はこういう言葉を社交辞令で掛けるタイプでは無いので、それはつまり。
本気で心配しているという事だ。
妙子は病院に運ばれて2日後、意識を戻した。
その後、医師が面会が可能だと判断した段階で、警察から事情を聴かれた。
その時に初めて、妙子は野村と桜井の事を聞かされた。



えぇ、もう大丈夫です。・・でも、まさかあんな事になってたなんて知らなかったから・・・



そう言って妙子は表情を曇らせると、言葉を詰まらせた。
妙子の夫の真一は、事件が起こって以来、オフィスのある麻布の近くのホテルに寝泊まりしているらしい。
警察はあの時に、この家で事件に関連のありそうな物は全て押収したらしい。
もっともその頃、妙子は病室に軟禁状態だった。



野村さんは・・主人の仕事の面だけでなく、・・・色々と頼りにして・・いましたから
し、栞さんは・・・・・大事なお友達だったから・・悲しいとか残念とかそういう
簡単なこ、・・・言葉ではっっ



そこまで一息に話すと、妙子は小さな声でごめんなさいと呟いて、大粒の涙を流した。
撩は思わず反射的に、香を窺った。
案の定、今にも泣きそうになっているけれど、必死に堪えていた。
堪えながら、回りを見渡してティッシュボックスを見付けて妙子に手渡した。
またしてもごめんなさいと謝る妙子に、まるで気にするなとでも言う様に背中を擦りながら頷いた。



それじゃあ、今回のご依頼は、この事件の真相を解明するという事でよろしいですか?



香が訊ねると、妙子はコクリと頷いた。
やはり、妙子から電話が掛かって来た時から予測していた通り、
今回の妙子からの依頼は、妙子自身の身の潔白の証明と真犯人の究明である。
正直、撩は全然乗り気では無いけれど、香は請ける事に決めているらしい。
暫く妙子の様子が落ち着くのを待って、撩は気になっている事を訊いた。




事件以来、ご主人とは?お会いになられたんですか?

いいえ、実はまだ。
病院に居る間は、警察の方もずっと居られましたし大変な騒ぎになっているから・・・来ない方がって。

じゃあ、面会には来られなかったんですね?

えぇ、幸い身の回りの最低限の事はアシスタントの子が、色々と気を回してやってくれて。

連絡は?

電話で、何度か。

でも、もう奥さんも退院して戻られたのに、ココに帰って来ないのもおかしいですよね?






撩の質問に、妙子は苦笑する。
眉根を寄せて、俯いた。




あの人は、仕事が大事な人だから・・・


小さく呟いた自分の言葉に、
妙子は無理やり明るい雰囲気を取って付けたように微笑みながら補足する。



あ、彼の事業は何よりクリーンなイメージが大切なので。
今回の件で、マスコミの報道では酷い言われ様でしたから。
私達2人だけの問題では無いんです、会社のスタッフへも責任を負ってる立場ですし。






撩は妙子の言葉に耳を傾けながらも、本当にそれだけだろうかと考える。
もしもそれが自分で、数日もの間入院している妻に逢えない状況になったら。
取敢えずは、仕事など後回しにして一番に顔を合わせるのが当然では無いのだろうかと思う。
撩は目の前に置かれた華奢なカップの中の赤い液体を眺める。
昨夜の寝室での事を思い出す。
初めは仄白い香の肌は、撩に抱かれながら上気して少しづつ桃色に染まる。
頬も膝の裏も首筋も。
それは香に、赤い血が通っている証だ。
もしも、麻布のビジネスホテルとやらが、不倫相手のマンションだったとしたら。
それはこの事件に、何を示唆するのだろう。



撩がそこまで考えた所で、話しを遮るようにドアベルが響いた。
小さく断って妙子が玄関へと出て行ったのを見計らって、香は撩の脇腹を肘で小突いた。
しかし非難がましいその言葉は、あくまで小声だ。




ちょっと、りょおたんっっ

ん?どうした?

どうして飲まないの?冷めてるじゃん。失礼だよ、折角淹れて下さったのに。




撩は香のその問いに、
意地悪そうな笑みを浮かべて香の耳元で囁いた。




・・・どうする? 毒が盛られてたら。

なっっ!?   なんて事言うのっっ

解んないよ? カオリン、どうする?またお腹痛くなったら。





香が撩の脇腹を思いっきり抓る。
ホンのジョークのつもりだったが、思いの外香の機嫌を損ねてしまったので。
撩は慌てて、言い訳した。


いたた、冗談だって。ホラ、俺あんまハーブティって柄じゃねぇだろ?苦手なんだよ。

//////。




香が唇を尖らせて、そっぽを向いた所で妙子が戻って来た。
しかし、陽当たりの良いリビングに顔を出したのは、彼女1人では無かった。





何やってんだ?お前ら、毎度毎度。



夏物の薄いグレイのスーツを着た、眼鏡の刑事。
槇村秀幸である。



















だいたい、りょおたんは。始めっから疑ってたでしょ?妙子先生の事。





パジャマを着た香は、ベッドの上で胡坐をかいて腕組みしたまま膨れている。
いつもは一緒に入るバスタイムも、今夜は断固、拒否されてしまった。




ん~~~、んなこと無いよぉ。俺は至ってニュートラル、今の状況じゃ疑うも何もまだ何にも解って無いし。


撩はそう言いながら、香のパジャマに包まれた太腿に頬を寄せると、細い腰に腕を回した。
可愛い嫁は、夕方家に戻って以来ご機嫌ナナメだ。
依頼人との打ち合わせの席に突如現れた兄は、刑事の顔で唐沢妙子に任意同行を求めた。
あの家の台所から押収された瓶詰のハーブ類の中に、洒落にならない奴が出て来たらしい。






ジギタリス????


香は初めて聞くその植物の名前に、ポカンとして首を傾げた。
撩はその名前を聞いた途端、眉間に深い皺を刻んだ。
その場の全員の顔を窺いながら、秀幸は香にゆっくりと説明した。
それは秀幸の、撩と妙子に関しては説明しなくても解っているだろうという態度の現れでもあった。
ジギタリスとは多年草の植物で、全草に猛毒を有する。
初夏から夏にかけて花を咲かせる。
古代より薬草として栽培されてきたけれど、現代医学では化学合成で同等の薬品が作られるため、
主な栽培目的は、観賞用だ。
薬効としては主に、心臓の疾患への強心効果。
しかし猛毒なので、素人が扱える代物では無い。
恐らくは、妙子の心臓発作の要因はこれにある。
しかし、亡くなった2人から検出された毒物はまた違うものらしい。
今のところ、特定には至っていないが解剖の結果は青酸系の毒物による所見が多く見られている。
しかしそうなってくると、苦しみ始めるまでの時間の掛かり方に齟齬が生ずる。
現場に残された食器や食べ物に、それらしいものは検出されなかった。

けれど、今のところ。
あの家の台所の中の物に関して、妙子以外にその詳細を知る者はいないのだ。
重要な物的証拠が出て来たからには、警察としては彼女に出頭を求めるより他、手立ては無い。









しばらくお兄ちゃんは、出入り禁止にする。



香の不機嫌の矛先は、秀幸にも向かっている。
撩は思わず同情の苦笑いを漏らす。
槇村秀幸にとって、忙しい毎日の中の唯一の潤いと言っても過言では無い妹との食事の機会は。
当の妹の匙加減で、どうとでもなる。
今やその存続はまるで、風前の灯火である。



あ~あ~、槇ちゃん可哀相。

だってっっ!!妙子先生の事、連れて行っちゃうなんてっっ 彼女だって酷い目に遭ったのに。

でもなぁ、別に命に別条があった訳じゃないしなぁ。

・・・・・・・何が言いたいの? りょおたん?

良くある話ではあるよね、
真犯人が己を捜査の目から逸らす為に自分自身も軽く被害に遭った振りするってのは。




バフッッ
羽毛の詰まった枕で、香の太腿に摺り寄せていた頭部を撩は思い切り殴られた。




やっぱ、疑ってんじゃんっっ!!今日はお預けっっ




香はそう言い残すと、腰に回された撩の腕を解いて、
枕とブランケットを抱えると寝室を出て行ってしまった。
恐らく今夜、香は6階の客間で寝るつもりなのだろう。

新婚夫婦がたとえどんなに仲睦まじくとも、時には意見の相違が生ずる場合もある。
したがって、毎晩の日課が疎かになる夜もあったりもするのだ。





あ~あ~、俺 可哀相(くすん)


私立探偵の虚しいボヤキが、ぽつんと寝室に響いた。



(つづく)



[ 2014/07/31 22:39 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第8話  圧倒的不利

確かに




午後の西日が射し込む取調室で、槇村秀幸は。
女という生き物の業の深さと、芯の強さを見た気がした。
その女は今、もっとも疑われている人物の1人で。
秀幸自身がこの場所に連れて来た。




私は




何故だか妹夫婦があの場に居て、可愛い可愛い妹は完全に立腹していた。
後輩の刑事が運転するシルバーのセダンの捜査車両の助手席で、
秀幸はどうやって妹の怒りを鎮めようかと、思案した。




夫の不貞には、気が付いておりました。



あの大きな屋敷の中で、庇護される貞淑な妻の顔をしていた彼女は。
悲嘆にくれ、儚さを漂わせていたのに。
この煙草の匂いの染み込んだ取調室に於いて、一切怯む事無く。
彼女は秀幸を正面から見据えた。
それはさも、自分の潔白を自らの態度で示そうという意思の現れにも見える。
けれど。
秀幸は、何処か刑事の勘とも言うべき直感で。
何かをこの女から感じる。
たとえば、殺人には関与していなくとも。
彼女は何か、秘めた物を呑み込んで隠している様に。




けれど、だからと言って。それが人を殺すという事の免罪符にはならない事は、理解しております。



勿論、彼女は。
重要参考人の1人に過ぎない。
彼女の居住するあの家で、事件が起きたからには。
彼女から事情を質すのは、順当な捜査の一過程に過ぎず。
あの家の居住者は彼女1人では無く、もう1人。
世帯主の男たる彼女の夫にも、警察はきちんとそれなりに着目している。












香は朝食の目玉焼きに醤油を掛けながら、昨日の続きの話しを持ち出す。
香の目玉焼きはいつも、黄身が半熟で。
2人とも目玉焼きには、数滴の醤油を垂らす。
焼く時にフライパンに薄くバターを引いて塩コショウを振る。
その上にそっと卵を落とすので、バターの薫りに醤油が合うのだ。

唐沢家のキッチンから押収されたジギタリスだが、実は。
あの色とりどりの花や緑が植えられた庭に、その株が植えられていたというのも。
昨日、秀幸から聞かされた情報だ。
その時の香は、妙子が連れて行かれてしまうというその事だけで頭が一杯になって忘れていたけれど。
昨晩、久し振りに夫と離れて床に就きながら、非常に重要な事を思い出したのだ。
恐らく、あのまま撩の誘惑に流されて、いつものようにイチャイチャしていたら。
きっと、思い出したのはもう少し先の事になっただろう。





ねぇ、りょおたん。

ん?

私さぁ、忘れてたんだけど思い出した事があるの。

なにを?

あの妙子先生のお家のお庭なんだけど、

うん。

アソコからあの、なんだっけ・・キルギスタン?ん?ジンギスカン・・じゃない、え~~~と・・

ジギタリス。

そうそれ、それが出て来たってお兄ちゃんが言ってたでしょ?

うん。





香はキャベツと油揚げの味噌汁を一口啜って、唇を湿らせた。
ふぅと、1つ息を吐いて撩を見る。
撩も箸を止めて、香の話しに聞き入る。




あのお庭、誰が作っていると思う?

彼女じゃないの?



撩はあの屋敷の庭を思い出す。
薔薇の蔓が巻き付いた棚や、繊細なデザインのバードバス。
庭の広さに合わせて、低木を中心にセンス良く配され、
芝生を敷き詰めた中心には、見るからに値の張りそうなガーデンチェアとテーブルが置かれていた。
撩はこの香の質問に、まさかと思う。
時々、撩は自分が先入観をもって物事を見ている事を思い知らされる事がある。
というか、今回に関して。
あの庭についてはそれ程、意識の端に上らなかったというのが正直な所だった。
改めてそんな風に質問されて、初めて。
その事に思い当った。
家の中の細々とした手仕事、彼女の趣味が反映されたインテリア、服装、ティーカップ。
立ち居振る舞い、言動。
人間は、明確な言葉としてそこに示されなくとも、時に総合的な材料として、
物事を見て判断している場合がある。
例えば、唐沢妙子が薔薇の蔓を手入れしている光景は、実際に見ていなくとも。
勝手に脳内で想像出来る。



じゃあ、もしかして?



香は小さく、頭を縦に振る。
艶やかに光る香の唇を、撩はジッと見詰める。
屋上の一角で、香が丹精している野菜たちに声を掛けながら水遣りしている姿を思い出す。
そう言えば、去年の秋。
祖父の家の庭で、赤い掌の様な形の楓の葉を。
香は愛おしげに集めて押し花にしてラミネートすると、撩に透明の栞を作ってくれた。
桜の時期には2人で奥多摩の湖の傍の公園に、花見に行った。
草花を愛でるのは、いつも香で。
撩は香よりも基本的には賢いけれど、香に教わる事は沢山ある。
香自身は、知らないけれど。




ガーデニングは、ご主人の趣味なの。妙子先生は、虫が苦手で土いじりは全くしないんだって。



あの事件が起こる前。
香は窓際で、妙子の話しを聞いていた。
花が好きな彼女の夫は、忙しい仕事の合間にあの庭の手入れをするのが唯一の趣味だと。
他の事は何にも出来ないのよ?と、言いながら。
香がその前に話していた撩の事を褒めていた。
余所の家庭の旦那様を集めて料理を教える事が出来るなんて、素晴らしいと。

香はどうやら、撩が妙子を犯人ではないかと疑っていると思い込んでいるけど。
実際には、昨夜の言葉通り、撩の見解は至ってニュートラルだった。
この事を香に聞くまでは。
夫の不倫の果てに嫉妬に狂って凶行に出るという可能性もあるけれど。
適当にあちこちの花に手を付けて、収拾がつかなくなって愛人を整理するという可能性だってある。
ただ状況は、唐沢妙子にとって圧倒的に不利である。
撩が解せないのは、何故、彼女は昨日秀幸にその話をしなかったかという事だ。
それを言えば、例のジギタリスの瓶詰を制作した人間を解明する重要なキーになるのは間違いない。



けれど、今現在。
妻は警察の取調室に居て、夫は“麻布のホテル”に居るらしい。
それが本当に“ホテル”なのかどうかは、別にして。
冴羽商事の依頼人は、捜査本部に横から掻っ攫われた形だ。
ココで焦って足掻いても仕方ない。
一番手っ取り早いのは、真犯人を挙げる事だ。
仕方がないから、ゆっくり行こうと撩は思う。

取敢えずは、食事が済んだら。
昨夜の続きだ。





カオリン。

なぁに?

ご飯食べたら、エッチしよっか?




別にそれが、夜でなくとも寝室でなくとも。
愛さえあれば、やる事はいつでもどこでもやれるのだ。
それが、私立探偵・冴羽撩(愛妻家)の信念だ。



(つづく)





[ 2014/08/02 20:47 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第9話  人を殺す為の動機

秀幸は捜査車両の助手席で、唐沢妙子の言葉を思い出していた。
ここ数日、組んでいる後輩はあまり気の利かない体育大学出のラガーマンだ。
代謝が良いらしく暑がりで、馬鹿みたいに車内の冷房を利かす。
お陰で秀幸はこの所、夏バテ気味だ。
車を一歩出た時の気温差で、余計に疲れるなどと言ったら、年寄り扱いされるのだろうか。




  人を殺したらいけない事くらい解っています。
  私には、彼女たちを殺す理由なんてありません。
  たとえ彼女たちが、あの人の不倫相手だとしても。
  私が殺すとすれば、それは彼女たちなんかじゃなくて・・・

  まずあの人の方でしょ?違います?




秀幸には人妻の身内など、妹以外いないので未知の世界だけど。
正直、腹を決めた女の恐ろしさを垣間見た気がした。
勿論、彼女にも事情を聴いたけど、こうして夫の方の調べも進めている。
取敢えず向かっているのは、三鷹に住む妙子の親友で野口というイラストレーターの家だ。
彼女はあの日、救急車で運ばれた内の1人だ。
妙子とは高校時代からの仲らしい。



昼飯、どうします?何処か適当に入りますか。



運転席の後輩がそう訊ねる。
関係者に聞き込みをするにしても、時間はよくよく見計らった方が良い。
朝の忙しい時、昼食時、夕飯の支度時、これらは意図して外した方が良い。
人は誰でも、忙しい時には機嫌が悪くなるし、口が重くなる。
秀幸は腕時計に視線を落とす。
正直、食欲は無い。隣の男は脳天気に、腹減りましたねー。などと、言っている。

午前中、事務処理をしながら久し振りに香の作った手料理が食べたいと思って、
あの2人の愛の巣へ電話を掛けた。
いつもなら2つ返事でOKする香は、心なしか不機嫌だった。
まさか嘘などでは無いだろうけど、今日は都合が悪いと言った。
なんでも、撩の祖父と(要するに、撩の実家だ)夕飯を食べる事になっているらしい。
それならば仕方ない。一応、妹は冴羽家に嫁いだ身で、
幾ら嫁ぎ先が気の置けない旧知の間柄だとしても、秀幸も一応は遠慮する。




何処でも良い。

うっす。


秀幸は、どうでも良さ気に窓の外を見遣る。
今回、冴子は別の事件に掛かりきりで、秀幸は別に1人でも良かったけれど。
課長にこの後輩と組んで行動するように、指示された。
正直、暑苦しい。
車内は寒いほど冷房が効いているのに、秀幸はとても暑苦しいと思った。
これまで何の意識もしていなかったけれど、やはり、相棒は野上冴子がイイなと思っていた。























彼女は、早くに母親を亡くしての。



祖父は、湯呑の中の玉露を啜りながら彼女の事を語り始める。
実家の応接間の古めかしい革張りのソファに寝転んで、撩は祖父の話しに耳を傾ける。
俯せて頬杖を付きながら、煙草を吹かす。




結婚するまでは長い事、父親と2人暮らしじゃった。
彼女の父親もよう知っておるけど、そりゃあ人の良い商売人じゃった。
定年になったらスッパリ未練なく引退してのぉ、若いモンに跡を譲るとサッサと隠居して。
見事な引き際じゃった。





唐沢妙子の父親は、隠居と共に大部分の財産を整理し、
自分の老後の為に使う分を計算して残すと、余ったものは然るべき所に気前よく寄付し、
それでも残った土地などの財産は、娘に残した。
それだけでも、結構な物だったんじゃないかというのが、祖父の見解だ。
その妙子の父は去年の冬に、肺炎を拗らせて亡くなったらしい。
勿論、都内の一等地を含むかなりの土地を、妙子が相続した。
唐沢夫妻には、子供は無い。
財産は夫婦のもので、どちらかが亡くなれば遺言でも無い限り、それを引き継ぐのは互いだけだ。















・・・いつも、申し訳ないと思ってました。主人にも、妙子にも。




野口環はそう言って、俯いた。
その古い賃貸マンションは、彼女が仕事場として生活の場とは別に借りているものだった。
彼女には夫がいる。
雑誌の編集者で、生活は不規則だという。
ほぼ擦れ違いだらけの夫との住まいには、あまり帰る事は無い。
彼女はこの仕事場で、猫まで飼っているのだ。
仕事場とは言え、普通の賃貸マンションなので。
生活するのに不便は無い、夫とは違う男を連れ込むのにも。
けれど彼女の不貞の次に大きな罪は、連れ込んだ男が、親友の夫だったという事だ。
生温い風が吹いて、ベランダの物干し竿に吊るされた風鈴がチリンと鳴った。
秀幸と後輩の刑事は並んでダイニングテーブルに座り、
目の前には汗をかいた麦茶のグラスが置かれている。
ラガーマンは、先程からしきりにハンカチで汗を拭っている。
野口はエアコンを使わない主義らしい。





妙子さんが、旦那と貴女の関係を知っていたのはご存知ですか?

・・・・・・・え。



秀幸がそう訊ねた時、野口は放心したように、静かに驚いていた。
どうやらバレていないと思っていたらしい。
しかしそんな表情も、数秒後には様々に変化する。
力なく笑う彼女の眼は、何処も見てはいなかった。
恐らく、人間は誰しも。
何が大切で何を守らなければならないのか、見失う事が時としてあるのかもしれないと秀幸は思う。
本来は、自分の夫に埋めて貰うべき感情が燻ぶったまま行き場を無くした時。
傍で優しく誘惑されたなら、何もかも失う危うい橋を渡ってでも一時の寂しさを紛らわすのかもしれない。




・・・・・・殺されても、仕方のない事をしたんだと思います。



今更ですけど、と言ったっきり彼女はもう何も語らなかった。
けれど、少なくとも唐沢真一が野口環に手を出していた事の裏は取れた。
秀幸は他3名、殺された2人と受付嬢の佐々木も真一の愛人だと踏んでいる。














おじいちゃん、この本借りてもいい?



撩と祖父が妙子の身上に関する話しをしている間、香は何やらずっと書庫に籠っていた。
祖父の書斎と一続きの書庫には、かなりの蔵書がある。
撩は度々、そこから必要な本を借りたりもするけれど、香が借りるのは珍しい。
祖父はニッコリと満面の笑みで微笑むと頷いた。




構わんよ、何でも好きなのを持って行きなさい。




そもそもこの日、2人がココに来ているのは。
祖父へと届いた、夏の付け届けの御裾分けに与る為である。
これまで2人が結婚してから、夏に1度、暮れに1度、この季節がやって来て、夏はこれが2度目だ。
ついでに晩ご飯まで家族水入らずで一緒に過ごして、もしかすると泊まって帰る予定だ。
2人がココに泊まる時は、いつも撩が子供の頃に使っていた部屋を使う。
広い屋敷に新婚夫婦と、年寄りと家政婦が1人。
香はこの家の撩が昔使っていたシングルベッドで、撩とセックスするのが意外と好きだ。
屋敷の中は広過ぎて、声が漏れるのを気にする必要すら無いし。
撩は狭いベッドを嫌がるけれど、
香は撩の子供の頃からの賞状や写真立てや、
子供っぽい壁紙の中にいて、まるで香のまだ知らなかった頃の幼い撩に逢える気がして好きなのだ。




カオリン、晩メシなに?



2人がこうして祖父の元で夕飯を食べる時、それを作るのは香の担当だ。
いつもは家政婦と老人だけの静かな家だけど、その日だけ家政婦もゆっくり休めるし、
孫娘の様な可愛い嫁の手料理を、何より祖父が喜ぶ。
香が撩の寝転ぶソファに座ると、撩は吸い差しの煙草を灰皿で揉み消し、
自然な動作で香の太腿を枕にして仰向けた。
撩は祖父の目の前だろうが、嫁とイチャつくのに躊躇いは無いらしい。




すき焼き。



引っ切り無しに届く夥しい数のお中元の中に、霜降りの松坂牛が入った桐の箱があったのだ。
今晩は、家族プラス長年ここに勤める家族同然の家政婦を交えた4名で、豪勢なすき焼きだ。
撩は腕を伸ばして、香の柔らかな頬を抓む。
人を殺す為の動機など、星の数ほどある。
もしもこの愛おしい存在が、撩を裏切るような事があれば。
愛の深さの分、もしかすると殺意に変わらないとは言えない。
勿論、撩は絶対に香を殺したりはしないけど、この世に絶対は無いとも思う。
愛が人を殺す事もある。
それはとても悲しい事だけど。




(つづく)





[ 2014/08/05 23:36 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第10話  町内会トラップ

どお? ちゃんと映ってる??




そう言って香が、観葉植物の前で手を振る。
公民館の応接室には、都合4ヵ所に隠しカメラを設置した。
超高感度マイクも組み込まれている。
これらは全て、冴羽商事の備品だ。
応接室からは一番遠い倉庫に、今回の司令塔がある。
公民館内の館内放送から、撩の返事が聞こえる。




OK、バッチリ。感度良好。



倉庫の中のモニターの前には、撩が座っている。
そしてその横に伊集院夫妻、ミック・エンジェル、果ては町内会長、副会長まで集まっている。
町内会のアイドル、カオリン&ミキちゃんの食中毒被害に対する報復、という大義名分を掲げ、
公民館をそのトラップの場として快く提供してくれたオッサンたちは。
しかしながら実際のところ、完全に面白がっている。
町内会長は協賛(何の?)と称して、ビールの中瓶(ご丁寧にも冷やしてある)をケースで持参し、
早くも伊集院氏はラッパ飲みでビールを飲んでいる。
狭い倉庫の中に、大人がひしめき合ってパイプ椅子に座り、
背後には、福引のガラガラや紅白の横断幕、くすだまなど雑多なものが押し込まれている。
この後、この公民館の応接室で。
撩は唐沢真一と会う事になっている。











唐沢さんは、いらっしゃいますか?




そのオフィスのフロントに。
尋ねて来た刑事は眼鏡を掛けていて、一見、刑事とは思えぬような柔和な表情で微笑んだ。
佐々木亜矢は、この会社に入社して1年半になる。
社長の唐沢に目を掛けられて、男女の仲になって1年。
あの事件以来唐沢は家には帰らず、
付き合うようになって麻布に借りてくれた佐々木のマンションにずっと居る。
いつかこんな風に警察が尋ねて来るんじゃないかという事は、佐々木自身薄々感じていた事だ。




生憎、唐沢はお客様との打ち合わせの為、外出しておりますが。

そう。  何時ごろ戻ってきます?

それは、打ち合わせの進捗次第と伺っておりますので、今のところは未定ですが。

そうですか、まぁ、唐沢さんにはまた日を改めてじっくりお話しを伺うとして。





そう言うと秀幸は、たっぷりと間を置いて暫し、周りを見渡す。
都心の高層ビルの中の、1フロア。
唐沢の会社はその中にある。
同じビルのテナントには、誰もが聞いた事のあるような外国の企業の日本オフィスや、
飛ぶ鳥を落とす勢いのベンチャー企業の名前がずらりと並んでいる。
彼の会社も同じようなものだ。
この数年で、飛躍的に業績を伸ばし、良いイメージを定着させつつあった。
そこに来て、今回の事件である。
小綺麗なフロントには、高そうな胡蝶蘭の鉢が置かれ、佐々木の背後の真っ白な壁には、
一見何の会社かは判然としないスタイリッシュなロゴマークの看板が掛かる。
そう大きくはないオフィスのフロントの前には、斬新なデザインの椅子が待合の客用に置かれている。
ごくごく絞ったヴォリュームで流れている曲は、モーツァルトだ。
その先のオフィスに、何人くらいのスタッフが居て、何の仕事をしているのかすら解らない程。
フロントはモーツァルト以外は無音で、空調で完全にコントロールされた空気に、
秀幸にはまるでそこが、モダンな宇宙船の中のように感じられた。
警察署の中とはえらい違いだと思う。
引っ切り無しに鳴り響く電話に、同僚たちの半ば怒号の様な掛け合い、
暑苦しい男達が、執念を燃やして働く槇村秀幸の愛すべき職場。
どっちが良いとも思わない、ただ秀幸は世の中にはこういう職場もあるのだと思うだけだ。




貴女にも、一度お話しをお伺いしたかったんですよ、佐々木亜矢さん。



心の中で佐々木は、やっぱりと思う。
佐々木は本当に唐沢が好きだ、好きだったという方が適切かもしれない。
面識もある彼の妻の妙子に対し、後ろめたい思いも確かにあった。
自分の恋が許されない類のものである事は、重々解っていた。
彼の家庭を壊すつもりは無いと、自分に言い聞かせながら付き合って来た。
何故だか、自分と妙子を臆面も無く引き合わせた唐沢真一に対して、
佐々木は小さな違和感を初めて感じた。
それが半年ほど前だった。
それから何度も、あの屋敷に呼ばれた。
嘘くさい幸せを塗り固めたような、幸せで愛される妻を演じているような妙子を。
佐々木は、同情の気持ちで眺めていた。そしてそう思う自分を嫌悪した。
そんな状況をお膳立てした真一に、不信感を抱いた。
こんな関係が健全な人間関係だとは毛頭思っていなかった。
いつか、破たんする。
そう思って日々を過ごす事は、色んな感情を麻痺させた。
自分が傷つく事、他人を傷付ける事に、鈍感になっていたと今なら解る。
可笑しな感覚だけど、佐々木はこの刑事が。
ゲームセットを告げる公正な審判のように思えた、漸く終わる。











その話しは、妙子の昔の恩師だという老人から持ち込まれた。
それまでも何度か、妙子からその人の事は聞いた事があった。
なんでも凄い人らしい、財界にも政界にも顔の利く大物で、
去年亡くなった、義理の父とも親交があったという。
新宿のとある町内会青年部からの依頼。
その青年部長を務めるのが老人の孫であり、
件の事件の際に、妙子に呼ばれていたあの長身美女の夫らしい。
不幸にもあの件に巻き込まれた彼女を、真一は良く覚えている。
非常に美しい女性だった。
もしも彼女が、自分の会社のスタッフだったなら、間違いなく手を出しただろう。
その夫だという男が、どんな男なのか興味が無い訳でも無かった。








すみません、お呼び立てして。




そう言って名刺を差し出した彼の名は、冴羽撩という。
名刺の肩書には、町内会に関する事だけしか記載されてはいない。
恐らくは、ビジネス用では無いのだろう。
これだけでは、何の商売をしているのかは判らない。
非常にカジュアルだ。
ラルフローレンの淡いピンク色の綿のシャツにチノパンツ。
長い脚に短めの丈のパンツの裾から見え隠れする裸の踝。
裸足に履いたトッズのモカシンは、ふざけたような奇抜なオレンジブラウンだ。
ただ、異常に男前だ。
これ程整った顔をした男を、見た事があっただろうかと思う。
小さくて精悍な顔の乗った身体は、服の上からでも判るほど鍛え上げられている。
こういう男だったなら、彼女の様な上玉を娶る事が出来るのだろうかと想像する。
なんでも、町内会の半数以上が自営業者との事で。
経営者の為の節税対策セミナーを開きたいとかいうのが、今回の趣旨だった。
という事はこの男も何か商売をしているのかと、もう一度撩をさり気なく観察する。

その値踏みをする様な唐沢の視線を、勿論、撩が気付かない訳も無く。
撩は内心、唐沢をいけ好かない男だと思う。
香から聞いていた彼の印象は。

“優しそうで、良い旦那さんに見えたんだけどなぁ?”というものだ。

基本的に、男から見た男と、女から見た男のイメージというものには、
埋まらない価値観の溝があると撩は思う。これは、逆もまた然り。
女同士が可愛いとか綺麗と褒めそやす女が、必ずしもイイ女だとは限らないというのは定説だ。
少なくとも唐沢は、いかにも小賢しい他人を見下したような空気を纏った男だった。
こんな男が何人もの女を手籠めにしているというのが、俄かには信じ難い。
それとも、女の前では違った顔を見せるのか。
いずれにせよ、男も女も、異性の前でだけ態度を変えるのは良くないと撩は思うのだ。




初めまして、唐沢と申します。
先日は、奥様とお友達の奥様に大変な迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。




そう言った男に、撩は曖昧に頷く。
何から切り出そうかと、撩は考える。
この男が事件の鍵だという事は、これまでの調べで十中八九間違いは無い。
動機はある。
犯行を執り行う事に関しても、無理なく可能である。
節税対策など、ただの口実で。
実際の所、この男の口から犯人以外知りえない情報。
所謂、秘密の暴露というヤツを引き出したいが為にこのトラップを張った。












佐々木亜矢は、やけにアッサリと自身と唐沢の関係について認めた。
秀幸が予想していた通り、唐沢は今現在、彼女の住まい(名義は会社のものだ)に入り浸っている。
どうやら、数々の愛人の中での佐々木のポジションとしては、今のところ最上位であるらしい。
事件の渦中で、奴が逃げ込んだのは20以上も歳の離れたこの若い女の元だった。
しかし、先程の軽いやりとりの彼女の言葉の端々には。
男に対する幻滅と諦念と、道ならぬ不倫の果ての疲れが滲み出ていて。
きっと男が信頼しているほど、女の方はその信頼に応える気は無いという印象だった。



哀れだな。


誰に言うでも無く、秀幸は呟く。
この商売をしていると、独り言が増える。
ラガーマンを待たせたあの冷蔵庫の様な車内に戻るのが、憂鬱だった。
そう思っていると、秀幸の胸ポケットで携帯が震えた。
液晶画面には、腐れ縁の旧友の名前。
秀幸は通話ボタンを押した。








はあい、ヒデユキ。今、電話平気?



秀幸はその呑気な声と共に、金色をした彼の髪の毛を思い出す。
今夜、飲みにでも行こうという誘いの電話かと、秀幸は思ったけれど。
結果としてそれは全く見当違いであった。




今さぁ、リョウたちと面白いことやってんだけど、ヒデユキもおいでよ。

あのなぁ、俺はお前らと違ってだな・・

ミスター・カラサワも居るよ、君らも彼には色々と訊きたい事があるんじゃない?

・・・お前ら、何処にいる?

何処って、コーミンカン。

はあ?公民館?? 何やってんだ・・・って訊く方が野暮か。

ふふふ、そういう事。

ったく、唐沢のクライアントってお前らかよっっ  しょうがない奴らだな。





そう言いながらも、秀幸は言葉とは裏腹に笑っていた。
そう言えば、冴羽商事もこの件を追っているんだった。
義弟はああ見えて、のほほんと仕事をやっつけているようでいて、なかなかの切れ者だ。
けれど、事件を追及して真実を暴く事は出来ても、彼に犯人を逮捕する権限は無い。
その為に自分達が居るのだと、秀幸の士気が急上昇する。
この後予定していた聞き込みは、一旦キャンセルにして向かう先は変更する。
向かうはコーミンカンである。
秀幸は先程まで憂鬱に思えていた捜査車両の助手席のドアを、勢いよく開けた。




(つづく)


[ 2014/08/09 05:41 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

第11話  秘密の暴露

そもそも撩は、チャラチャラした見かけに相反して結構賢かったりするので、
このような節税対策セミナーや経費削減セミナーなどというものに、皆目興味は無い。
そういう事は、自分で学んだ方が余程、コストもかからないし自分の実になる。
唐沢が幾つかのプランを提案しながら退屈なセールストークをしている間、撩は彼を観察した。
撩は正直、今回の事件の犯人はこの男だと思っている。
一見すると、身近で浮気を繰り返され殺人の現場となったホームパーティを取り仕切っていた、
この男の妻の方が疑われそうな気もするけれど。(そして、現にそういう状況だけど。)
よくよく考えれば、この男の方にこそ動機は腐るほどあるのだ。

妻の相続した義父の遺産。
拗れた愛人関係の整理。

面倒な女達を始末した上に、その罪を妻に被せ、そのうえ遺産も手に入る。
確かに、不貞を働いたという汚名はついて回るけれど、
それを以ってしても余りあるほど得る物は大きい。
何しろ、妻の譲り受けた不動産の価値はゆうに数十億は下らない。
彼はそれが目当てだったと、撩は予想している。





・・・こちらの講師の先生は、非常に分り易いお話しで好評を得ております。人気ですよ。

唐沢ちゃんが、何かみんなに教えてよ?

え?




いきなりの撩の言葉に、唐沢は虚を突かれてポカンとする。
撩は悪びれもせずにニッコリと微笑む。
それは、男の目から見ても完璧とも言える優雅さで、言葉の軽薄さからは想像が出来ない程、
目には力強い光を宿している。















秀幸がそこに到着すると、いい大人が大勢で狭い倉庫の中でビールを飲んでいた。
伊集院隼人とミック・エンジェルは、差し入れの中瓶を既に数本開けていたが、
何食わぬ顔でモニターを見詰めていた。
その後ろで、キャッキャ言いながら酔っ払っているのは最愛の妹で。
そんな彼女にビールを勧めているのは、町内会長と副会長だった。
なんでも伊集院美樹は、調理場でつまみを作っているらしい。




何やってんだ、何を。

お兄ちゃんっっ



秀幸は苦々しい顔を作って登場してみたモノの、
陽気に抱き付いて来た妹によってアッサリと懐柔される。
この数日、なんだか素っ気なかったような気がする妹に、秀幸は軽く落ち込んでもいたのだ。
これだから、受け持ちの事件に冴羽商事が絡んで来るのは嫌なのだとも思っていた。
けれどこんな風に可愛い妹が猫のように擦り寄って来るパターンは、満更でも無い。
これで香が人妻でなければ完璧なのにと考える兄は、なかなかどうして往生際が悪い。
香が結婚して人の妻になろうが、シスコンはシスコンのままなのだ。更生はしない。
こう見えて秀幸は、そのシスコン振りは世間的にはひた隠している(つもりだ、本人は。)ので。
捜査車両に待たせている後輩には、決してこんなにやけた顔は見せられない。












ははは、私は何の取り柄も無い男ですので、皆さんにお教えする事など何も。



そう言った唐沢の微笑みは明らかに引き攣っており、撩は内心、ユーモアに欠けるなぁと思う。
色も金も好むのなら、人生を愉しむ余裕が必要だというのが撩の持論なので。
この男の野心は、この男の器には到底相応しくない大望でしかないと撩には思える。
だから人を殺したりするんだけど、と。






またまたぁ、例えばさ  ガーデニング教室とかさ。良いと思うんだけど?

・・・。

あ、それに税金って言えば。 莫大な相続税のあれこれに関しても、是非聞いときたいね。
ウチも、じいちゃんの身内俺らだけだし。

何を仰っているのか、私には良く解りませんが・・・





唐沢の表情が、一瞬でサッと曇る。
そもそも、この商談を持ち込んだ件の老人は妙子の恩師なのだ。
唐沢もこれまで数度、面識はあったが、
このタイミングでこのような話しを持ち掛けられた事を疑わなかったと言えば、嘘になる。
老人は、今回の件はお前さん方が一番苦しい時じゃろうて、などと優しげな事を言っていたけれど。
あれはきっと、狸ジジイの演技だと唐沢も気が付いてはいた。
けれど彼の提案は、ある意味では命令でもあるのだ。
唐沢も噂ぐらいは聞いた事がある。
あの老人が、政財界を闇で意のままに操る事の出来る怪物だという事を。
選択肢に、否は無いのだ。





解るように説明してやってもイイけど、そしたら唐沢ちゃん、困るんじゃない?




唐沢は絶句して言葉を詰まらせるが、脳内では目まぐるしく返答を考える。
この場合、何をどう応えるのが得策なのか、
そもそも、この冴羽という男の目的は何なのか、一体何者なのか。
下手を打ったら、墓穴を掘りかねない。
何処に地雷が埋まっているのか解らないまま、唐沢の思考は半ば混乱する。
どうやら完全に何の武装も無しに敵地に乗り込んでしまった事に、ココで漸く気が付いた。





・・・私が?困る? 何が仰りたいのですか、貴方失礼ですよ。



声が震える。
掌に汗が滲む。
唐沢真一は、自分が悪い男だという自覚を持っているつもりだった。
その自覚を持った上で、全てを手に入れる事の出来る選ばれた人間だと思っていた。
今、この時まで。
完全にコントロール出来ていると思っていた。
けれど今、目の前で飄々としている男に完全にコントロールされている。





唐沢ちゃん、アンタは他人に色々と教授出来る素晴らしい経験の持主じゃん?

・・・何を知ってる?

知らないから、訊いてんじゃん?       どうやってあの2人を 殺したのか












桜井栞との出逢いは、仕事を介したモノだった。
とある学生向けの就職情報誌の対談コーナーで、顔を合わせたのだ。
女子学生に人気の雑誌モデルと、今を時めく経営コンサルティングのカリスマとかなんとか、
そういうものだった。

唐沢の好みのタイプは、脚の美しい女だ。
その出逢いから2週間後には、桜井栞は愛人になった。
初めは何とも気楽な女だった。
全く束縛も干渉もしない、互いに遊ぶには最適だった。
その彼女がいつの間にか自分の妻に近付いたのがいつの事だったのかは、もう定かでは無い。
芸能人と半分タレントの料理研究家の友人関係。
料理好きキャラのモデルとしての売り方なのだろうと、唐沢は納得していた。
どんな世界も、売り出し方、自分のキャラクターイメージの方向性、
こういうものが確立していた方がビジネスとしては成功を収めやすい。

テレビ画面の中で、料理教室で、栞と妙子は仲良さそうに振舞っていたけれど。
実際は、夫を寝取られた女と夫の不倫相手の女だった。
真一の目にだけ、世間の解釈とは違った人間関係が映っていた。

あの女が悪いのだ。
都内の無駄に高級なアパートメントの家賃を出してやり、細々と金をせびられ、
あの日、唐沢が彼女を殺そうと決意したのは、彼女からある提案を持ち掛けられたからだった。
整形費用とそれに伴って数ケ月休業する為の資金援助。
それまでとは比べようの無いほどに、莫大な金額だった。
女が妻に自分から近寄ったという事実も、唐沢には何より不気味に思えた。
女が実際には菜食主義の健康的美人などでは無く、
数種類の(それも、極めて如何わしい)ダイエットサプリメントの使用者である事を、唐沢は知っていた。
当人でも何を何種類飲んでいるのかなど、とうに把握出来ていないそのピルケースの、
パーティー当日に飲む分の仕切りの中に、シアン化合物を固めた劇薬を混ぜた所で気が付かれない。
そう思った唐沢の思惑は、怖いほどに的中した。




野村はついでだった。
仕事の面で考えると、殺すのには惜しい女だったけれど。
彼女は完全に会社側の人間であり、妙子側の人間だった。
それでいて、唐沢自身のメンツも立ててくれてはいた。
会社の資金で女遊びをしている事、会社名義で愛人の住まいを契約している事。
それらは全て、唐沢の計算の範囲内で会社の運営に支障をきたす様な額では無かった。
そんな私的流用に一番に気が付いたのが、野村麻衣子だった。
仕事が出来過ぎるのも考え物だ。
彼女はそれを唐沢に直接指摘し、今からでも改めるよう進言した。
唐沢自身が改心して、事業に専念する事を願っているのだと切々と訴えた。

けれど、唐沢真一のもっとも嫌いなタイプの女は、口煩い女だ。
野村が持病を患っていたのは知っていた。
1日に3度、医者から処方された薬を服用していた事も。
そもそも桜井のピルケースに忍ばせた錠剤も、野村の薬に似せて作ったものだ。

多分、あの日の朝。
2人とも何の疑いも持たず、あの薬を飲んだのだろう。
という事しか、唐沢自身も知らない。






悪いのは、あの女達だよ。
私に、指図するから。
2人とも、誰から貰った金で生きているのか忘れるのがいけない。



そう言った唐沢真一の表情は虚ろで、頭の中では桜井の事も野村の事も考えては無かった。
唐沢が思い出すのは、5年前の夏の病室だった。
個室の一番高い部屋で昏々と眠る母親の、人工呼吸機のスイッチを。
深夜、静まり返った病室で、唐沢は切った。
口煩い自分勝手な女は大嫌いだった。
子供の頃に散々、暴虐の限りを尽くされ痛めつけられた。
外面だけは良い母親で、母子家庭で女手1つで息子を育てる感心な母親を演じていた。
誰も虐待を受けている息子の事など、気付きもしなかった。
息子が大人になって事業に成功すると、育ててやった恩を着せるように纏わりついた。
脳卒中で意識不明になった時、唐沢は迷う事無くその機械を止めた。
一切の迷いは無かった、むしろ清々しかった。
葬式で唯一の肉親を亡くした息子を演じる事など、容易かった。
これまで唐沢がやって来たいつもの事だった。
悪いのは、あの女だ。






アンタもいつか、女房の事をそう思う日が来るさ。



唐沢が無表情で、撩にそう言った。
完全に目が逝ってしまっている男に、これ以上撩が掛ける言葉など無いけれど。
その言葉だけは、聞き捨てならなかった。





フン、悪いケド。それだけは、地球が滅亡しても無いね。
胸糞悪いから、アンタと一緒にしないでくれる?






ついでに全部、アンタの話しは記録されてるから逃げても無駄よ?
とは、心の中だけで呟いた。
因みに、司令塔である倉庫の中で、最愛の嫁がべろべろに酔っ払っている事を。
彼はまだ知らない。



(つづく)


[ 2014/08/15 19:37 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)

最終話  冴羽家の場合

やけに熱心に読んでるねぇ、カオリン。

ん~~~、面白いよ。




新婚夫婦の寝室には、キングサイズのベッドが幅を利かせている。
風呂上りの2人のこの後のご予定はもう、“寝る”だけである。
2日前に依頼を解決して、今のところ2人には翌朝に早起きしないといけない用事も無い。




一旦、口を割った唐沢真一は、
後はまるで開き直ったかのように自身の犯行を淀み無く自供しているらしい。
野村・桜井両名のみならず、過去の実母の件まで調べを進める必要がありそうだ。と、
秀幸が眉を潜めて話していた。
恐らく、唐沢真一の人格形成及び犯罪に対する罪悪感の希薄さは、
幼少期からの母親との関係性が大きな影響を及ぼしているのだろうというのが専門家の見解だ。
勿論、依頼人・唐沢妙子の殺人での容疑は晴れ、弁護士を通じて離婚の協議に入るらしい。


白いTシャツに、ブラジャーは無し。白いショーツ。
半乾きの癖毛を乾かす事も無く、香はベッドに俯せて熱心に読書をしている。
同じく風呂上りの撩が、寝室に戻る前にキッチンにミネラルウォーターのボトルとグラスを2つ、
取りに行っている間に香は先にベッドに寝転んでいた。
2人はいつも一緒に風呂に入り、まず軽くイチャイチャしてから、2回戦以降はベッドに場所を移す。
暫く夫婦のお喋りタイムや、各々の読書タイムを経て、
大抵は撩が良き所で照明を落とし、本格的に“続き”が始まるのが通例だ。

この所、香は髪の毛を乾かす間も惜しんで本を読んでいる。
祖父の書庫から借りて来た、『野草・毒草辞典』である。
事件以来香は、ジギタリスに始まり毒草全般に興味を持っているらしい。
何れにせよ撩は、香が自分以外のものに興味を持って熱中する事に嫉妬する性質なので。
そんな香の横顔を寝転んで眺めるけれど、香は一向に構わずに読書に没頭している。
撩は視線の中に念(コッチ、向け~~~)を込めながら、
絶対、10秒以内にカオリンはコッチを向く。と言い聞かせて脳内でカウントダウンを始める。

10秒経っても、香の視線は紙の上を走っているので。
仕方ないので撩は、自分から動く事にする。
俯せている香の背中を覆うように、香の上に被さる。
体重は掛けないように肘で体を支えながら、ブラウンの濡れた髪の毛に顔を埋める。
撩がわざと、犬のようにクンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いだら、香は漸くクスクス笑う。
諦めたように擽ったそうに首を竦めると、本を閉じる。
こうなると撩のペースだ。

香は閉じた本をベッドサイドのキャビネットへ置こうと手を伸ばす。
けれど僅かに届かないもどかしい距離に、撩が背中から本を取り上げて香の手が届かない所に置いた。
本を置いて、香の首筋に唇を這わす。
柔らかく押し当てるだけの微かな接触にも、枕に顔を埋めた香の吐息が零れる。
そのまま流される事に抗うように、香が寝返りを打って撩と向かい合う。
絡まる視線はいつものように艶を含み、華奢な腕が撩の首に回される。




怖ぇなぁ、カオリン。最近、毒草に夢中だもん。



おどけてそう言う撩に、香は撩の柔らかな毛先を弄びながらクスッと笑う。
右手で撩の頬を撫でる。
頬を撫でた指先が鼻先を撫で瞼を撫でる。
撩はされるがままに、軽く目を閉じる。
指先が見た目より柔らかで肉厚な唇を撫でた時、撩が香の指先をパクッと口に入れる。




ねぇ、りょおたん。

ん~~?



香の声は笑みを含んで幸せそうに響き、
撩の声は香の指先を舐めながら湿っている。




もしもね、もしも、りょおたんが浮気したら、

しないよ。

だから、もしもの話し。




あまりの撩の即答振りに、香は思わず笑ってしまう。
こういう時、とても幸せだと思う。
この目の前の愛しい人と結婚出来た事に、もう殆ど神に祈るような勢いで感謝してしまう。




もしもね浮気したら、屋上でトリカブト育てるね



撩は香の胸に顔を埋めて、クククと笑う。
撩の可愛い人は、可愛くて独創的で恐ろしい。
恐ろしいほどに愛されている。





私ね、考えたんだけど。



そう言って香は、深呼吸すると目を閉じた。
深く息を吸い込むと、寝室の空気は2人のシャンプーと石鹸の匂いで充ちてとても幸せな気持ちになる。




妙子先生はやっぱり、ご主人のこと愛してたんだと思うの。







目を閉じた香が、何の事を言っているのかは撩には解る。
あの日、公民館の応接室の撩の前で本性を現した唐沢を秀幸が連行したのを受けて、
妙子はその数時間後に取り調べから解放された。
撩と二日酔いの香が、例の唐沢邸を訪れたのは翌日の事だった。

殺人での容疑は晴れたものの、妙子はある事実を懺悔と共に取調室で告白していた。

夫と愛人関係にある女ばかり(結論として、野村は違ったが。)を招いてのホームパーティで、
妙子は日頃の苛立ち紛れにやってはいけない事をやってしまっていた。
野村と桜井を死に至らしめたのは、真一がすり替えた毒薬のせいだった。
妙子自身は、実は直近の健康診断で軽い狭心症の疑いがあるとの診断を受けていて、
それを知っているのは夫だけだった。
心臓に不安を抱えている人間に、ジギタリスを使うという事は明らかな殺意の現れである。
ココまでは、真一の仕業で。

けれどそれ以外の4人にも、食中毒の症状は表れた。
そしてそれは、妙子のやった事だったのだ。
料理に使った豚の挽肉に、故意に腐った物を使用した。
自分の身近な人間(学生の頃からの親友にまで)ばかりに手を出す夫にも、
その甘言に乗って自分を騙している卑怯な女達にも、妙子は静かに怒りを覚えていた。
どうにかして仕返ししてやろうと思っていた。
初めは、自分がやった事で2人が死んでしまったと思った。
けれど、警察から事情を聴く内に、どうやら自分の悪意とは別の殺意が隠されている事が解った。

妙子の夫への疑念が確信に変わったのは、秀幸からジギタリスの話しを聞いた時だった。
その毒草の株が庭から出て来たという事。
それをハーブに隠して、キッチンに忍ばせていたという事。
妙子の健康診断の結果、冬に相続した父の遺産、
結婚してすぐの時期から今まで、悩まされて来た夫の不倫。
夫の愛人関係の清算のみならず、自分に対する殺意を妙子は明確に理解した。
手に取るように解った。
こんな夫婦でも、20年近く夫婦をしてきたのだ。誰よりもお互いを知っている。
そして、妻として夫を誰より理解した瞬間がその時だった事に、妙子はもっとも打ちひしがれた。
結局、妙子の罪としては、傷害罪に相当する。
しかし事情が事情であり、犯行には同情の余地もあるという事と、
罪を認めている上に逃亡などの可能性も極めて低いだろうという警察の判断で、家に帰された。
秀幸の話しによれば、罰則自体もさして重いものにはならないだろうという事だった。
解放されたその足で、妙子は伊集院家と冴羽家に謝罪に訪れたけれど。
生憎、香は酔っ払って眠っていた。




『私達夫婦には、愛情なんて初めから無かったんですよ。』



唐沢家の物悲しいリビングで、そう言って妙子は小さく笑った。
その笑顔が何処と無く晴れやかで、香は悲しくなった。
余所の家の事だから良く解らないけれど、せっかく結婚したのならみんな幸せにならないと悲しい。







・・・やっぱり、愛してたんだと思うの。じゃなきゃ、仕返ししてやろうなんて思わないでしょ?

そうだね。




香の囁くような声を呑み込んで、撩が口付る。
撩のカワイイ嫁兼探偵助手は、いつも関わった事件に必要以上に感情移入する。
もうこれ以上、撩はこの件で香が胸を痛めるのを見たくはない。
その為には、次の依頼が舞い込んで来るまで、
そんな事など考える暇も無い位にイチャイチャするしかない、と冴羽撩は真剣に考えている。




りょおたん、ジギタリスの花言葉知ってる?

知らない。

あの本に書いてあったの。

なに?花言葉。

不誠実。





それは何て、あの仮面夫婦にお似合いの言葉だろうと、撩は皮肉な気持ちになる。
公民館での唐沢の胸糞悪い言葉が甦る。
あの遣り取りを、酔っ払った香が聞いてなくて良かったと、撩は心からそう思う。
あの時、指令室の倉庫に戻った撩に、香はビール臭い息を吐きながら楽しげに擦り寄って来た。
人目も憚らず、早くお家に帰ろう?と言いながらとろんとした目つきで、首に手を掛けた香を。
撩がすぐさまこの寝室に連れ帰ったのは言うまでもない。




ねえ、カオリン



撩はお喋りはもうお終いと言わんばかりに、ベッドサイドのシェードランプの灯りを消した。
寝室は一転して暗くなり、ブラインドの隙間から新宿の街の灯りが入り込む。
お互いの輪郭は闇に溶けて曖昧になるから、その肌を撫でて存在を確認し合う。
瞳に映り込む微かな光がまるで星空のように煌めく。
撩は香の耳元に唇を寄せて、形の良い耳たぶに口付る。



俺がカオリンに花言葉を贈るとしたら、何の花にすると思う?

なぁに?



香の瞳の中の光が楽しげに揺れる。





真っ赤な薔薇。




それ以上、2人には言葉は要らない。
柔らかなベッドに埋もれて、2人はいつまでも口付けあった。



(終り)




[ 2014/08/16 22:37 ] 夫婦探偵社「不実」 | TB(0) | CM(0)