① 不穏

※ 原作程度、一線を超える前の2人。CityHunterの2人で。
  未定だけど、多分、5~6話位になる予定です。











「詳しいトコが解ったら、また連絡するよリョウちゃん。」






そう言って、街角の靴磨きは僚の傍から雑踏の中へと消えた。
恐らく彼はもう、70代近いだろう。
日に焼けて深い皺の刻まれた額に、白髪の前髪。
ああ見えて、彼の齎す情報は正確無比なので、
僚はこの辺りでは最も信頼のおける情報屋として頼りにしている。
僚は胸ポケットの携帯を取り出して、時刻を確認する。

14:28

もうあと15分ほどすれば、相棒がいつもの駅の伝言板に2度目のチェックに行く頃だ。
その後は、スーパーに立ち寄るか、何もなければキャッツに行くか。
香はいずれにしても、17:00前にはアパートに戻り、夕飯の支度を始める。
日常はいつも、淀み無く流れる。













香はアパートを出てから暫く歩いた所で、いつもと違う違和感を感じた。
偶にこういう事がある。
今現在、抱えている案件は無い。
恐らく、“僚の方の”案件も無い筈だ。
僚が伝言板を通さない依頼を、時折受けているらしいことは、香も薄々は解っている。
伊達に6年も相棒はやって無い。
いや6年というか、もうじき7年目に突入する。
春が来たら、7年だ。
僚はああ見えて、何処か香をいつまでも子供扱いしている節がある。

子供扱いというか、親友の妹扱い。

まぁ、確かに香は僚にとって親友の妹に違いは無いんだけど。
当の親友(香の兄)は、とっくの昔に居ないのだ。
香はいつまでも兄貴を忘れずに立ててくれる僚にありがたいと思いながらも、正直ムカついたりしている。
自分はいつまでそのポジションに甘んじていれば良いのかと。
兄の微笑む写真立てを見ながら、香は夜な夜なそんな愚痴を僚の元相棒の兄に聞かせている。
多分、兄は三途の川の向こうで、苦笑いしているだろう。

そういう訳で、僚は香に後ろ暗い案件を抱えていたとしても、それを詳らかにする事は無い。


正式な依頼も抱えて無くて、僚の仕事の方も今は何も無い。
それならば、この違和感は。
もしかすると、仕事とは関係ない怨恨の類なのかもしれない。
悲しいかな仕事柄、僚を恨む人間は星の数ほど居る。
そしてその輩の矛先が、僚へ向くとは限らないのもお約束だ。
そもそも、僚と正々堂々やりあえる相手なら、逆恨みなどしない。















午後のこの時間、常ならば僚は日課のナンパに勤しんでいる頃合いだ。

けれどその日は、轍に声を掛けられて事情が変わった。
どうやら僚の最愛の仔猫ちゃんに付き纏う、不穏な影がチラホラあるらしい。
僚は時間と場所を鑑みて、自宅アパートの表の通りへと戻ってみた。
7階建ての古ぼけた、鉄筋コンクリート造。
一見すると、タダのおんぼろアパートだ。
誰もこのビルに配備された米軍基地並みのセキュリティとか、
地下の射撃場の存在などに気が付く者はいない。
僚は1階・表玄関の扉に手を掛ける。
施錠されている。
その扉を施錠するのは、僚以外では相棒だけだ。



「一歩、遅かったか。」

香はどうやら、日課の伝言板のチェックに出掛けた後らしい。
僚は小さく舌打ちを漏らす。















香はわざと、いつもと違う道を選んでみた。


この数年の、僚との暮らしの中で。
偶に訪れるこの不穏な空気は、香にしてみればもう慣れっこだ。
香は普段、僚というある意味ではスーパーマンの様な男の隣にいるから目立たないけれど。
かなり勘の良い、学習能力に長けたタイプだ。
僚からはいつも半人前扱いをされるから、香自身に自覚は無いけれど。
香は大抵、様々な局面に於いて、僚ならどうするだろうと考える。

僚なら、海坊主なら、美樹なら、ミックなら。

香が手本とするメンツは、その世界では皆、超一流だ。
だから、人ひとり撒く事ぐらいはどうにでもなる。
けれど、相手をするとなれば容易では無い。
まずそもそも、相手の力量を見定める事が肝心なので、下手は打てない。
それこそ捕まって僚をおびき寄せる為の餌にされるのは、香が最も避けたい事態だ。














いつも香が通る道を辿って、まるで野良犬のように僚が辺りを窺う。


時間的にも、いつもならそこを通れば香に遭遇してもおかしくない。
香はよほどの事が無い限り、自分の生活のペースは変えない。
それは、彼女の几帳面な性格に起因するモノでもあるけれど。
それが実の所、シティハンターの相棒としての自覚と計算に依るモノだという事を僚は知っている。
毎日の行動パターンと異なる行動は即ち、何かが起こった証となる。
それは相棒同士にしか解らない、日常の積み重ねだ。
誰にも覚られないお互いだけのサインだ。
僚は取り敢えず、駅に向かう事にした。





















香は走っていた。


相手もかなりしつこく食い下がっている。
けれど、どうやら歌舞伎町の地理に関しては、香には敵わないようだ。
香が小さな路地を折れる度、後手後手に回ってやっとの所で付いて来ているようだった。
香が唯一もどかしいのは、出掛けに突っかけたソールの固いパンプスだ。
常日頃、ヒールの高い靴は避けているので、ペタンコの甲の所にリボンの飾りの付いた香のお気に入りだ。
それでも、追いかけっこには向いてない。
こうと解っていれば、ちゃんとスニーカーを履いて出たのに、後の祭りだ。

香は数m先の路地に視線を走らせる。
あそこを右に曲がった先に、僚の行きつけのゲイバーがある。
小さなカウンターと、ボックス席が2つ。
この時間なら、ママが1人で開店準備をしている筈だ。










「っひゃっっ、ビックリしたぁぁ」



そう言って甲高い声を上げたのは、ニューハーフ歴28年、46歳の緑子ママである。
名前に因んだのかどうなのか、緑色のスパンコールが散りばめられた鱗のようなドレスを着ている。
ウィッグを着ける前の短髪だけれど、3枚重ねの付け睫毛はバッチリ付いている。
突然、敏捷な野良猫の様な身のこなしで、店の中に飛び込んで来たのは。
良く知る男の最愛の相方で、可愛い仔猫ちゃんだ。






なに?香ちゃん。どうしたの?


えへへ、ごめんなさい。ちょっとだけ匿って?





彼らの商売は、この街の人間なら誰しも知っている。
可愛い顔をして彼女は、その辺のチンピラより1枚も2枚も上手だ。
彼女の相棒にも彼女にも、この街の住人には大きな義理がある。
息を切らせて駆け込んだ彼女の、束の間の休憩タイムのお相手位お安い御用だ。












はいどうぞ。




そう言って、ママが出してくれたのは。
ロックグラスに作られた、ラムコークだった。
香はグラスを鼻先にやって、それに気付く。






お酒???

まぁね、イイでしょ?ちょっとぐらい。偶にはね。





香も、少しぐらいは飲めない事も無い。
まだアルコールを呷るような時間でも無いけれど、そう言ってウィンクを寄越すママに、
香もニヤッと笑って、クッとその濃い茶色の液体を飲み干した。



(続く)
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[ 2014/01/20 23:17 ] Girl | TB(0) | CM(0)

② 日常

「香、来てない?」





カランとカウベルを鳴らして入って来た男の第一声は、それだった。
結局、僚はその日香の足取りを追って、街中を徘徊したけれど。
それはタッチの差で、悉く擦れ違っていた。
その頃、香が。
開店前の僚の行きつけの飲み屋で、ラムコークを美味しそうに飲んでいた事など。
僚は知る由も無い。




なぁに?珍しい。何かあったの??




訊ねる美樹に、僚は曖昧に言葉を濁す。
ココに来ていないのなら、今はまだ情報を漏らす時では無い。
僚はいつもの呑気でスケベな表情を浮かべて、いつものコーヒーをオーダーした。
しかし、この夫婦がそんな微妙な空気の変化に気が付かない訳は無いのだ。
それでも、同業者として詮索は避ける。
美樹は知らない振りで、会話を続ける。




また、何かやらかしたの?早いトコ、謝っちゃいなさいよ。


嫌だなぁ、美樹ちゃん。なんでいつも俺ばっかり悪者よ?




ニタッと笑う僚に、海坊主がフンと鼻を鳴らした。
お互いに気が付いてはいる。
不穏な空気は、ある時突然満ちるモノだ。
それを嗅ぎ分けられなくては、この世界では生きてはいけない。
この街で、彼女を護っているのはこのカウンターに座った唯一の客・冴羽僚だけでは無い。
香はこの世界に於いては、まるで小さな子供と同じで。
僚がいつも心配しているのと同じように、伊集院夫妻も彼女の事を、まるで妹のように思っている。
そして、もしも彼女の身に何かが起これば、全力で護る事を厭わない。
勿論、それぞれ三者三様そう思ってはいるが、言葉にはしない。
海坊主の脳裏では無意識に、いくつか当たれそうな情報屋をピックアップしていた。








僚が1時間ほど時間を潰してアパートに戻ったのは、16:00過ぎだった。


香はベランダに出て、洗濯物を取り込んでいる所だった。
冬の空気は乾燥しているけれど、洗濯物を乾かすのには向いてない。
香はリビングにエアコンを入れて、もう一度室内に洗濯物を干し直す。

17:00前、キッチンからは僚の空腹に拍車をかける良い匂いが漂って来る。
僚はソファに寝そべって、考え事をしながら。
ボンヤリと室内干しされた、2人の衣類を眺める。
秋の始まり、僚は香に初めて気持ちを打ち明けた。
あれから何1つ変わらない2人だけど、変わらないという事はひどく僚を安心させる。
こうして繰り返される毎日は、まるで夫婦生活のようでいて。
その実、一切、色っぽい事は無いのだ。
僚は香の事が好きだ。
それに間違いはない。
今更昔のように、香を堅気の世界に戻そうとか、槇村からの預かり物だとか言うつもりも無いけれど。
だからと言って、香に対して他の女にしてきたように手を付ける事は、何故だか憚られる。


もしかしたら、初めて逢ったあの少女の頃の面影が未だ、僚の中では鮮明過ぎるのかもしれない。

洗濯物をリビングに干し直して、少しだけ満足そうに頷いた香が。
夕飯の支度をする為に、僚の横を通り過ぎてリビングを出る時に。
少しだけ、ラムの様な甘いアルコール臭が薫った気がしたけれど、気のせいだろうと僚は思い直した。
それでも香はもう、少女でも無いしもうすぐ春が来れば、27になる。










香がその店で、出された酒を飲みながら時間を潰して、表を窺うと。
それまで感じていた違和感は、消えていた。
その後は、真っ直ぐにアパートへと帰った。
本当はスーパーへも立ち寄って、買い物をしたかったけれど。
用心の為、何処にも寄らずに帰った。










ねぇ、香ちゃん。


なぁに?ママ。


貴方達、一体何処まで進んでんのよ?実際の所。





そう言って緑子はニマァッと笑う。
香は手の中のグラスを見る。こうやって好奇心にまかせて、
香の口から色々と訊きだしたいが為にこんな時間からアルコールを勧めたのかと。
薄暗い間接照明の下で、この日初めて香は緑子の顔を正面から見た。
彼女の濃い口紅とグロスは、本来の唇の輪郭よりも遥かに大きく描かれている。
重ねて束になった付け睫毛の接着面は、巧妙に曖昧で。
まるで人工的な毛束は、元より彼女の瞼から生えているように見えた。
だからこそ、額から上の角刈り頭が香は気になった。




ウィッグ、被らないの?


やぁだぁ、被るわよぉ。今日はピンクなの。




緑子の質問には答えずに、質問で返す香に照れ臭そうに答えた彼女の指示した先。
カウンターの端っこに、抜け殻のように放置されたピンク色のストレートボブのウィッグがある。





ふふふ、あのウィッグ緑子さんに良く似合ってる。


あらぁ、ありがとう。褒めても何も出ないわよ?




嬉しそうに笑う女主人に、香はご馳走様、と言ってグラスを押し付けると、
表の様子を探るように確認して出て行った。
この街の住人の関心事の1つ、僚と香の進捗状況は、今日も確認出来ずに終わった。
それでも、何故か。
香には不思議な魅力があって。
あの男の幸運の女神がふらりと開店前に立ち寄るなんて、
今夜は忙しくなるかもしれないと緑子は柏手を打った。















どう?






僚がその甘酢とタルタルのかかったチキンを、一切れ口に入れようとするのを。
香はまん丸い瞳をキラッキラさせて窺っていた。
僚は口に入れるのと皿に戻すのと、どっちつかずな感じになって苦笑した。





あん?あにが?


チキン南蛮。今日の味付け、今までに無いくらい会心の出来だよ。


まだ喰ってねぇよ、てか口に入れた後に訊いてよ。


もぉ~~~ほら、早く早く食べてっっ





僚は薄笑いを浮かべながら、香会心の作を口の中に放る。
確かに、サクサクの衣に甘酸っぱいタレが絡み、
それを濃厚なタルタルソースがまろやかに包み込んでいる。
いつも通り旨いが、いつもとどう違うのかは僚には解らない。








どう?


・・・別に、いつも通り。





本当は、この僚の言葉の後ろには、いつも通り『旨い』と続くのだが、
僚はいつも言葉が足らないので、香はあからさまに膨れる。
これだから、味の判らない男はっっ、と言いながら、まるでガキのようにご飯を頬張る香が可愛いので、
僚は勝手に言わせている。









いつも通りだ。
香の様子は、何も変わらない。
僚はその不穏な情報が、杞憂に終われば良いのだがと豆腐と若布の味噌汁を啜った。


(続く)
[ 2014/01/21 20:30 ] Girl | TB(0) | CM(0)

③ 情報

“…リョウちゃん、あんた4年前に扇龍会の片桐って奴と遣り合って無いかい?”


……片桐?


“あぁ、中肉中背で額に傷のある男だよ。ヤツの右耳はお前さんが切り落としたはずなんだけど。”


んぁああ…確か、台湾からシャブを密輸してた絡みで、ムショ送りにしたヤツかな?


“そうそう、そいつだ。奴さん先月、出所したらしいよ”


なに?今時、お礼参りってヤツ???律儀だねぇ(笑)








僚は左肩と左耳に携帯を挟みながら、クローゼットの前でシャツを選ぶ。
スピーカーの向こうで、轍がひっそりと笑う呼気の音が聞こえた。
相変わらず、轍は仕事が早い。
その日、午後に頼んだ調査報告は。
香が淹れた夕食後のコーヒーを飲む頃に、僚の携帯を震わせた。
僚はテレビを観ている香の前では、キャバ嬢からの営業電話のフリをして誤魔化しながら7階に上がった。





悪ぃね、轍っつぁん、急いで貰って。


“ふっっ、なぁにどってこたぁねぇよ。”


明日、高架下に礼は持ってくから。


“いつでも良いよ、ついでん時で。  それより、リョウちゃん、”


ん?


“香ちゃんの事、守ってやってよ。”









僚は何も言わず、ふふっと笑うと通話を切った。
シルバーグレイの200番手のブロードクロスのドレスシャツを手に取る。















ちょっと、出てくるわ。






僚がリビングに戻って香にそう言うと、香は少しだけ眉根を寄せて、ツケ増やさないでよ?と言った。
僚は曖昧に頷くと、口笛を吹きながら出て行った。




















あら、お珍しい。何事?




僚が1階の階段を降り切って、表玄関のガラス扉を開けようとしたら。
見慣れた巨体が現れた。
カーキ色のツナギに、ごついワークブーツを履いて、むっつりとした表情で突っ立っていた。







はいどーぞ。



僚は、ワイルドターキーを一杯ロックグラスに注ぎ、それを自分の前に置くと、
後の残りはボトルごとファルコンの前に置いた。
ファルコンは無言でそのボトルを手に取ると、一息で半分ほどを流し込んだ。
体に似合わず小さく息を吐くと、ファルコンは懐からA4サイズほどの茶封筒を取り出した。
そこは冴羽アパート地下にある射撃場の奥の武器庫の更に奥、
簡素なスチールのテーブルを挟んで、僚は海坊主相手にバーボンを飲んでいた。
その部屋に、香が立ち入る事はそうそう無い。
僚は大男から受け取った資料に目を通しながら、グラスに口を付ける。


そこに並んだ情報の数々は、概ね数分前に聴いた情報と相違無かった。
ターゲットの名は、片桐泰造。
今はもう既に破門の身だが、
以前は広域指定暴力団・扇龍会の中でも武闘派の最右翼に名を連ねていたキチガイだ。
しかし、ファルコンの情報は更に突っ込んだものだった。







誰が、あんなチンピラにこんなモン売っ払ったんだよ、おっかねぇ(笑)





ファルコンの報告書によれば、先月刑務所を出所した片桐は、
何処ぞで入手した“S&W M29”を所持しているらしい。
その他にも、武装をしている可能性はある。
武闘派として名を売っていただけはあって、武器絡みのコネクションがあるらしい。
そして、ヤツの武装の目的は今の所、
千切れた右耳と4年間のムショ暮らしの恨みを晴らすべく、冴羽僚を殺す事だ。
そして、その前段階として狙うは僚の仔猫ちゃんの捕獲。





それは鋭意調査中だ。
幾ら金を積まれたとしても、武器商には武器商の矜持を持って商売して貰わんとな。
見付けたら、締めてやる。




そう言ったファルコンは、もう既にボトルを空けていた。
僚はスチールのロッカーを開けて、その中に設置されているシュレッダーのスイッチを入れる。
資料の中身は、僚の頭の中にある。









悪ぃね、海ちゃん。手間取らせて。


フンッッ、済まないと思うなら、ツケを払え。




そう言って片頬だけを釣り上げて笑った。
こう見えて、彼は新婚ホヤホヤだ。
年が明けて、新妻が怪我から復帰して幾らも経たない。
用件だけ済ますと、彼は美樹の待つスイートホームへと帰って行った。







その後、2時間ほど。
僚は情報の要所を確認して回った。
それは、一見何の変哲も無いキャバクラであり、ショーパブであり、居酒屋であったりする。
其処此処に、僚の腹心とも云うべき情報屋たちが存在する。
事は香絡みなので、僚はどんな小さな情報でもおざなりにしない。
最後に緑子の店のドアを潜ると、今晩は盛況だった。
僚はカウンターの端の空席に腰を下ろす。





ごめんね、リョウちゃん。今夜はバタバタしてて。




そう言って、緑子が僚のキープしている焼酎をお湯で割った。
今夜のウィッグは、ピンク色だ。
僚の前にグラスを置くと、緑子もグラスを持ち上げて会釈をし、
僚のボトルからロックで1杯、麦焼酎を注いだ。
僚がジャケットの胸ポケットから煙草を取り出すと、
緑子は華奢なカルティエのライターでその先に火を点けた。






今日は平日なのに、香ちゃんのお蔭ね。


あ?どういう意味だよ?それ。





緑子がそんな事を言うモノだから、僚は思わず眉間に皺を寄せる。
それを見て彼女は低い声で、楽し気に笑う。
笑いながら、昼間の顛末を話して聞かせる。
香ちゃんは商売繁盛の女神様なの、と言って緑子がウィンクした。






アイツ、誰かに追われてたのか?


ん~~、多分ね。いきなりココに飛び込んで来たから。何も言わなかったけど。





僚は内心、香が素知らぬフリを決め込んでいた事に苦笑する。
いつの間にか香は、少しづつ成長していて。
僚は正直、複雑だ。
気が付かなかった。





あ。


なに?


お前か?昼間っからアイツに酒飲ませたのっっ





緑子が、バレたか。と、ペロッと舌を出す。
僚はますます苦い顔になって、お湯割りを一気に呷る。
緑子はすかさず、2杯目を作るべくグラスを引き取る。






ラムだろ?


あら、鋭い。もしかして、キスでもしたかしら???


ぶわぁっかっっ、俺の嗅覚を舐めんなっつーの、死ねっっ!!





そう言って、ピンク色のウィッグを取り上げた僚に。
何なのこの羞恥プレイっっ、と角刈りの緑子が大げさにはしゃぐ。
ゲイバー独特の妙なテンションの中で、僚は冷静にこれまでの情報を整理していた。
アパートのセキュリティは万全だけど。
今夜はなるだけ早目に切り上げた方が得策だと、僚は思った。


(続く)
[ 2014/01/22 22:11 ] Girl | TB(0) | CM(0)

④ 接触

香は玄関の三和土に座って、靴の紐をきつく結わえた。
履き慣れた生成りのコンバースのハイカットだ。
昨日の二の舞は御免なので、追いかけっこ向きの一足を選んだ。
香は長身の割に、足のサイズは24㎝と標準的でワイズはかなり細いので。
他のスニーカーに比べると、細身のオールスターが足に合っている。
昨日は、レザーのタイトミニにレギンスとパンプスだったけど。
今日から暫くは、動きやすい服装を心掛けなくてはと朝からクローゼットの前で思案した。

僚の押し掛けパートナーになった初めの頃は。
チャラチャラした格好はするな、と言う僚の言葉が悔しかった事も有ったけれど。
今では自然とその僚の言葉を踏まえて、香は香なりに好きな服を選ぶ事を覚えた。
よくよく考えれば、香自身。
それほど女っぽいなりには、興味も無い。
5年モノのレザーパンツに脚を通すと、それは香の脚に見事にフィットした。
冬場は暖かいし、頑丈なので危ない場面では小さな怪我位なら何度も守られてきた。
スタジャンの内ポケットに兄の形見を忍ばせる。

香が立ち上がって表に出たのが、午前9:20

まだ街は始動し始めたばかりで、人の流れも多い筈で。
まさか相手も昨日の昼下がりの様に、追いかけっこする時間では無いだろうと香は踏んだ。
むしろまた、昨日の時間に表に出る必要の無いように、
お使いもこのついでに済ませようと、昨日行きそびれた買い出しリストを持って出た。









一方、その頃7階寝室では。
玄関扉の閉まる音に、僚が目を開けた。
時刻を確認するまでも無く、香が午前の伝言板チェックに向かう頃合いだ。



昨夜僚が午前零時を少し回ったところで、帰宅すると。
珍しく香は既に眠っていた。
僚ほどでは無いにしろ、香も香で宵っ張りだ。
普段ならまだ眠っている時間でも無い筈だが、香は客間で眠っていた。
緑子から聞いた話を鑑みると、香自身、
万が一を想定して、寝不足など無いように気を付けているのかと、僚はピンときた。

ボディクリームの甘やかな薫りのする部屋は、間違いなく主が女である事を僚に痛いほど知らしめる。
寝息も立てずに静かに眠る相棒の頬を、僚は優しく撫でた。
確かに香は、こうして見ると。
匂い立つようにそそる大人の女だ。
僚が今から直ぐにでも、抱こうと思えば抱ける上玉だ。





黙ってたらイイ女なのにな、おまぁ。




そう言って僚は柔らかな頬をぷにぷにと摘まんでみるが、香が起きる気配は無い。
長い睫毛は、窓から入る月光に照らされて、柔らかな頬に影を作る。







寝グセだらけの頭で起き上がった僚の、股間も先ほどから激しく起き上がっている。
しかしこれはあくまで健康な成人男性の正常な生理現象であると、僚は自分自身に断じて言い聞かせる。
朝っぱらから、相棒の寝顔を思い出した事とは何ら関連性は無いと思う。(多分)
そしてその当の相方は、冴羽アパートという温かな庇護の下を離れて街に出て行った。














伝言板には、今日も依頼は残されていなかった。


香は軽く溜息を吐いたけれど、それでも不穏な空気が拭えない今なら、それもイイかと思う。
面倒事が一時に重なる事は、出来れば避けたいというのが本音だ。
足取りは重いけど、香は気分を切り替えてスーパーに向かう。
僚のブランチは、これから家に帰って作る。
どうせあの男は、昼前にならないと起きては来ないのだと思いながら、香は眉を顰めた。



僚に、話しといた方が良いかな。



昨日の追いかけっこの事はまだ、僚には話していない。
まだ、何か決定的に命の危険を感じた訳では無い。
香自身でも防衛できる程度の出来事だ。
それを逐一、僚に話したところで。
僚はいつも出先で、それ以上に危険な目に遭っている事など日常茶飯事だ。
香の目標は、自分で出来る範囲の防御は自分でやる事。
少なくとも、僚のように敵と対峙する事は無理でも。
せめて自分の身は自分で守れる位にはなりたいのだ。
だから。
ギリギリまで、僚には泣きつかない。





買い物リストに書き出したものは、一通り籠に入れた。
香が立ち止まって悩んでいるのは、果物売り場のグレープフルーツの盛られたコーナーの前だった。
安い。
暫く悩んで、香は自分の分と、僚の分と、もう1つ籠に入れた。
そのまま切って食べるのとは別に。
偶にはミキサーにかけて、フレッシュジュースにして僚のブランチに出そうと思った。
僚はいい歳こいたおじさんなのに、いつまでも万年ハタチとか言って節制しない。
酒も煙草も減らす気も無い。
酒はともかく、煙草の吸い過ぎに関しては、香の心配の種の1つだったりする。




ビタミン、ビタミン。



香はそのまま、レジへと向かった。
時刻は午前9:58
この時までは、何の違和感も無かった。











それは、スーパーを出て暫く。
午前中の人気の少ない歌舞伎町歓楽街付近を通り掛かった辺りで、変化が訪れた。
香は小さく、舌打ちをした。
この時間、歌舞伎町は逆転して真夜中と同じだ。
誰もこの時間に店にはいない。
昨日のように逃げ込む隙は無い。
香の作戦は裏目に出た。



香は早足で気配を背後に感じながら、脳内で目まぐるしく計算する。
昨日も今日も、香の背中を取りながら仕掛けてくる訳でも無い。
やはり、狙いは僚なのだろう。
僚を殺るのが最終的に狙いなら、まさか僚を誘き出すまでに香の命を取られる事までは無いだろう。



(一か八か、やってみっか。)



香は前方に見える路地を左に曲がる事に決めた、その先は袋小路なっている。









片桐が香を追ってその路地を折れると、意外にも香は片桐を待ち構えていた。
左手には、スーパーの袋を提げて、一見すると普通の(否、普通以上に美しい)若奥さんにしか見えない。
けれど、彼女は。
あの殺し屋・冴羽僚の相棒なのだ。








誰?あなた。





そう言った生意気そうな瞳は薄茶色で、片桐はこの女が冴羽の可愛がる最愛の相棒かと思う。
柔和そうな表情と相反して、かなりの跳ねっ返りだという噂は裏の世界では良く知られた話だ。
片桐は、多くを語るのは無用だと、懐から6・5インチの44口径を取り出した。
香は見慣れた光景に、顔色1つ変えない。






ふ~~~ん、M29か。でも、あなたには少し大きいんじゃない?その銃。





男は恐らく、身長170㎝そこそこだろう。
香と並んでも、香より背は低そうだ。
肥ってはいないけど、鍛えている訳でも無さそうだ。
意外に手足は華奢で、普段、周りに居るメンツに見慣れている香とすれば、
男からは何の威圧感も、プレッシャーも感じられない。
見た目だけで判断するのは危険だけれど、確かにこの程度の男なら。
僚と正々堂々張り合うのは無理だろう。
唯一、油断ならないと思わせるのは、狂気じみた目の色と千切れた右耳だ。
勿論、香は。
その右耳を千切ったのが、己の相棒だという事は知らない。

香にその銃口が向けられた瞬間、香は咄嗟に動いていた。
左手の買い物袋は足元に投げ出されて、香はグレープフルーツを1つ握り締めていた。




銃を構えた男の手をめがけて、香は左手でその瑞々しい匂いを放つ黄色い球を思い切り投げつけた。
香が高校生の頃、ソフトボール部の助っ人として駆り出された公式戦で。
ノーヒットノーランを成し遂げた伝説のサウスポーだという事までは、きっと誰も知らない。
恐らくは、僚ですら。

香の計算通り、大げさに馬鹿でかい殺傷能力の高い銃は、グレープフルーツに弾かれ、
地べたに取り落とされ、くるくると回転しながら香の足元近くまで来た所を、
香は茶色いソールのスニーカーで踏み込んで押さえた。
男は苦虫を嚙み潰した様に顔を歪めると、こめかみに青筋を浮かべた。






グッッ、き、貴様っっ  殺すぞ





そう言って、男の眼の色が変わった。
この時、香は何処かで見た事のあるその色に思い当たった。
間違いなく、男は薬物に依存している人間の眼をしていた。
気が付くと男は、革ジャンの懐からサバイバルナイフを取り出して香に近付いた。

近付いて香の頬をぐっと掴む。
思いの外、男の握力は強かった。
幾ら小柄な男とは言え、男女の力の差は歴然だ。
男はサバイバルナイフの切っ先を、香の鼻先にちらつかせる。
香は思わず、息を呑んだ。





さすがはあの男が可愛がって離さない女だ、この綺麗な顔を切り刻んでやろうか?




そう言って男は卑しく嗤った。
香は思わず唇を噛み締めたけれど、頭の片隅は冷静だった。
香の足の裏には、リボルバーの感触がある。
底の厚いハイテクなスニーカーには無い、ちょうど良いソールの接地感覚が、
香がオールスターを愛用する理由の1つだったりもする。
男は凄んで殺すぞと言った割に、次の言葉では、顔に傷を付けると言った。
その言葉の揺らぎはそのまま、彼の揺れ動く精神状態に他ならない。
あくまで、この男の狙いは僚なのだ。

香はそこにヤツの隙を見出す。

履き慣れた靴底で、M29のグリップをグッと斜めに踏み込む。
地面に弾いて香は自分の腰より下、低い位置でそれを右手に掴み取る。
それはホンの一瞬の出来事だった。
香はまさか、自分がそのような事が出来るとは思わなかったけれど。
体は冷静沈着に自動的に動いた。
顎と頬をガッチリと掴まれたまま香は、S&W M29を。
男の柄物の趣味の悪いセーター越しの腹に押し当てた。





アンタこそ、胴体に風穴開けられたいの?







午前中の歌舞伎町。
辺りは静まり返っていた。
野良猫1匹通らない袋小路の路地裏で、香と香を狙うシャブ中は。
お互い睨み合った。



(続く)





[ 2014/01/23 17:44 ] Girl | TB(0) | CM(0)

⑤ 捕獲




いつまでウチのカワイ子ちゃんに触ってんだよ?おまえ。






拮抗を破ったのは、奇妙に間延びした緊迫感に欠ける声だった。
しかし僚は内心、冷や冷やして気が気では無かった。
僚のお転婆は、時々突拍子もない事をやらかしたりするから、油断できないのだ。
僚はコルトパイソンを弄びながら、言葉は穏やかではあったけれど。
尋常ならざる殺気を纏って、その路地の入口に姿を見せた。





生かしておいてやったの生温かったかな? 片桐さんよぉ?


貴様ぁ、冴羽ぁっっ


どうでも良いけど、汚ねぇ手でウチの相方に触るの止めてくんない?






そう言った僚に、片桐の顔が見る見るうちに憤怒に染まり、真っ赤になる。
彼の集中が己から途切れた隙を、香は見逃さなかった。
瞬時に持ち替えたS&Wのグリップを、体重を込めて片桐の鳩尾に捻じ込む。
苦しげに呻いた片桐の右手のナイフの切っ先が天を指して、香から逸れる。
香はすかさず、片桐から適度に距離を取る。
僚と香の視線が絡まる。






4年前のその事件の発端は、この歌舞伎町だった。

僚に助けを求めて来たのは、17歳の未成年にしてファッションヘルスで働かされていた少女だった。
もっと言えば依頼人は、その少女を雇っていた店の店長だった。
店側としても正直な話、未成年を雇う事にいい気はしないのだ。
摘発されれば即、ブタ箱行きだ。
その店は扇龍会の片桐とその舎弟に目を付けられ、
言う事を聞かなければ店に火を点けると脅されていた。
その少女は、その歳にして既に三桁を下らない男たちの相手をさせられ、
オマケに左手の肘裏には、蒼く鬱血した痕が残っていた。
明らかに、シャブで飼い慣らされている証拠だった。

彼女の不運はその1年前に始まった。

高校に進学したばかりの16歳の頃、彼女の父親の事業が立ち行かなくなった。
父親は事業の運転資金を繰る為に、如何わしい相手からも融資を受けていた。
そしていよいよダメだと悟った時に、彼女1人を残して妻と心中を図った。
残された彼女を拾ったのが、融資先の1つでもあった扇龍会の息が掛かった貸金業者だった。
表向き、この平和な世の中には。
人身売買も売春も無い事になっている。
けれど、彼女は売られた。
事件はそれだけに留まらず、片桐が主導で企てていた覚醒剤の密輸事件も絡んできて、
予想以上に大きな案件へと発展したのだ。
扇龍会も片桐を庇いきれずに、あっさりとヤツを破門にした。
僚はその彼女を教授の元へ連れて行き、バックを全て潰した。
どうせ闇から闇に葬った所で、似たようなケースは今でもこの街の何処かで続くから。
いっそ冴子にも1枚噛ませて、正式な法に則って片桐をムショ送りにした。
実刑判決4年など、求刑の半分にも満たない軽すぎる判決だった。
僚はその前に耳を削いだけど、それ以外にもう1カ所、大事な所にも致命傷を負わせてやった。
それは僚と片桐の当人同士と、冴子と一部の捜査関係者しか知らない。
僚の仕業だと知っているのは、片桐と冴子だけだ。

片桐はもう一生、女は抱けない。
だからこそ、これほどまでに僚が恨まれているのだ。





あの頃、僚はいつも香との微妙な関係に揺れていた。
薬中のキチガイの上に、女、それも年端も行かない少女を食い物にしている男を。
香に近付けたくは無かったし、薄汚い世界を見せたくは無かった。
だからその仕事は、僚の単独行動だった。
片桐の方にも、香の存在は覚らせなかった。
けれど、4年塀の中に居れば、必然的にその噂くらい耳にしただろう。


冴羽僚には、大切過ぎて手放せない相棒がいる。
その女は唯一の、冴羽僚のウィークポイントだ、と。


ボンクラ共は、未だ使い古された諺のようにそのお題目を、馬鹿正直に唱えているらしい。
けれど、奴らは知らないのだ。
槇村香の天然全開の恐ろしさを。
彼女は、このところますます発展を遂げている。






僚は一瞬視線の絡まった香を尻目に、片桐の跳ねあがったナイフを持った右手に照準を合わせる。
ナイフに狙いを定めたつもりで、ブツッっという鈍い音は。
片桐の利き手の指を、3本もぎ取った。
僚としては、あくまで照準はナイフに合わせたつもりである。














「……つもり、ねぇ。」




そう言って、冴子が苦々しげに僚を見遣った。
右耳を削がれ局部を落とされ、指を3本失った片桐は先月出て来たばっかりの刑務所に逆戻りだ。
その前に、手厚く治療は受けるだろう。
僚はテヘッと舌を出す。
恐らく、この後。
警視庁の女豹に、隠蔽工作の代償として無理難題を吹っ掛けられるだろう事は否めない。






あまり、街中でオイタしないで頂戴?お2人さん。



冴子は深い溜息を吐きながら、パトカーに乗って帰って行った。
袋小路に残されたのは、僚と香と、香の足元に投げ出された買い物袋だけだった。










あぁぁぁぁ、玉子割れちゃったぁ




香がしゃがみ込んで、情けない声を上げた。
10個入り、М玉、198円也のその玉子の内、4個は。
香が買い物袋を放り出した時の衝撃で、ヒビが入っていた。
僚は地面に転がった、ソフトボール大のグレープフルーツを拾い上げる。
コチラも、思い切り投げ付けられた衝撃で、恐らく分厚い果皮の中の果肉は弾けているだろう。
ぶよぶよしている。
けれど、これはどうせ家に帰ると、僚のビタミン補給の為のジュースに変わるので問題無い。









ねぇ、りょお。


あん?


今日の朝ごはん、オムレツね。


お、おぅ。






僚の腹の虫が盛大に鳴いた。
片桐如き、退治するのは僚としては朝飯前だけれど。
朝飯を喰う前に一仕事をするのは、正直腹が減る。
香がクスクス笑うから。
陰気で陰惨な殺し屋の影を纏った僚は、いつだって香に護られている気になる。





お家帰って、ご飯にしよっか♪



香がまた笑った。



(続く)
[ 2014/01/24 19:54 ] Girl | TB(0) | CM(0)

⑥ かおり






数日後。

香は食後のコーヒーを淹れながら、あの日の事を思い出していた。
結構な犯罪者だったらしい、良く知らない片桐という男相手に。
僚の応援が来るまでの間、孤軍奮闘した香を僚は遅いブランチを頬張りながら褒めてくれた。
香は僚に悪態をついたり、僚の尻を叩いて仕事モードに煽ったりするけれど。
実際の所、仕事の面に於いては。
僚の事を尊敬しているし、僚に心酔している。
世界中が僚を悪だと決め付けても、香にとっては僚の正義は自分自身の正義でもある。
だから香にとって、僚に褒められる事こそが一番のご褒美だ。
この数日、香はそれを思い出してはご機嫌だ。

リビングで待っている僚の為に、香は鼻唄を歌いながらコーヒーを淹れる。











この所、僚は落ち着かない。


僚にはハッキリと解ってしまった。
己が香に対して、明確に欲望を滾らせている事を。
あの日、片桐が香に詰め寄って、あの柔らかな頬を歪めているのを見て、理性は飛んだ。
端からナイフを狙ってなどいなかった。
あの薄汚い指を、香の頬を撫でた指を狙った。
香の目が無ければ、始末してやっても良かったけれど香の手前、それだけは踏み止まった。


あの頬は、僚だけのものだ。
彼女は、僚の唯一の。


僚はソファに寝転んで、目を瞑った。
鼻の利く僚に、キッチンの方から薫るコーヒーのアロマが届く。
僚はイメージする。
キッチンでゆっくりと、コーヒーの滴を落とす香。
戸棚から、自分と彼女のお揃いで色違いのカップを愛おしげに取り出す香。
サーバーに落とされた馥郁とした薫りを湛えた褐色の液体を注ぐ香。
柔らかな色合いの花柄のエプロンを外して、いつも座る椅子の背にかける香。
ゆっくりと慎重に、トレイを持ってここまでやって来る香。

僚だけの香。




「…かおり…」


僚は小さく、そう呟いてみる。
それは僚の口の中で、まるで甘い金平糖のような余韻を残して消えた。








なぁに?何か呼んだ?




香がそう言いながら、コーヒーの薫りと共にやって来た。
可愛くて怖くて甘い彼女は、そう言えば、結構な地獄耳だったりする。
僚はムクリと起き上がると、すっかり板に付いたポーカーフェイスで肩を竦める。




…んにゃ、気のせいだろ?




そう言うと、香が差し出すマグカップを受け取る。
別に知らんフリを決め込むほどの事でも無い。
ただ、名前を呼んでみただけだ。
いつだって、僚は香の名を呼んでいる。
だから何も別に誤魔化す必要も無いかと、ハタと気が付いた。
香は少しだけ首を傾げて見せたけど、さして気にも留めずに僚の隣へ座って雑誌を広げた。





「かおり。」


ん?なぁに?




僚が名前を呼んだので、香が雑誌から顔を上げる。
僚の目は、香を通り越してずっと遠くを見詰めているようで、香は怪訝な顔をする。





かおり


だぁからっっ、なぁに?


かおり


は?


かおり


・・・。


かおりかおりかおりかおり






気が付くと、僚はじっと香を見詰めていて、
香もまた僚の事を心配げに見詰めている。







ホントに、どうしたの?りょお。なんかあっ…





香が言い掛けたのを、遮ったのは僚だった。
気が付くと僚は、ソファに香の両手首を縫い止めて香の瞳の奥を見下ろしていた。
これはもしかすると、もしかしてそういう事かな?と、香の心臓が早鐘を打つ。
僚が薄く目を閉じた。
来るっっと思った瞬間、香はするりと僚の柔らかな拘束をすり抜けて。
両手で僚の頬を包んだ。
掌に、少しだけ伸びた髭がチクチクした。
僚は薄く閉じていた目を開けて、香を凝視した。
珍しく、僚が意表を突かれて驚いていた。
香はニヤッと笑うと僚の鎖骨を柔らかく押し返して、起き上がる。
ソファから立ち上がって、掃出し窓のカーテンの中に潜り込んだ香を。
僚ははにかんだ様に笑いながら目で追う。

香は少しだけカーテンの間から顔を出すと、僚を見てペロッと舌を出した。



僚はまるで思い通りには成らない仔猫の様な彼女に、本気で挑む事を決意した。
ジャジャ馬で奔放でまるで野生動物の様でいて、僚に忠実な犬の様な時もある。
時々、絶妙に僚の腕をすり抜けて、冒険に出掛ける。
そしていつだっていつの間にか、僚の元へと帰って来てあれこれとじゃれついてくる、香。
僚もソファから立ち上がって、カーテンの中の彼女ごと抱き締めると、彼女の耳元にそっと囁いた。
今度こそはトチらずに、遠回しでも無く、正々堂々と真っ直ぐに。

何度目かの愛の言葉を。




(終わり)




[ 2014/01/25 11:47 ] Girl | TB(0) | CM(0)

(追加) カーテンに隠れた相棒とにゃんにゃんする陽気な殺し屋

「…愛してる。」







香の聞き間違いでなければ、今そう聞こえた。
それとも何か?このカーテンが特殊なフィルターとなって、別の言葉をその言葉に変換したのだろうか。
いずれにせよ、冴羽僚の口から飛び出る言葉としては異例過ぎて。
槇村香は思わずカーテンから顔を出した。
そんな訳は無いけど、香はカーテンの表裏をしげしげとチェックしてみる。
そんな香に、僚は小さく1つ咳払いをする。







え~~~~と、槇村香さん?


はい。


そちら行ってもよろしい?






香が答える前に、僚は香の隠れたカーテンの中に潜り込んで来た。
冬の夜。
掃出し窓のすぐ傍は、外気に限りに無く近いのでカーテンの中は寒い。
ローテーブルの上には、淹れたての温かいコーヒーがあるのに。
何故だか2人は、この部屋で一番寒い場所に居る。

距離が近い。

窓が曇る。

心臓が跳ねる。

今度こそ、香には逃げ場は無い。
僚はそっと両腕で香を包む。
今度こそは逃げられないように、柔らかく、しかし本気で。
冷たい窓ガラスと、熱い僚に挟まれて。
初めてのキスをした香は、まるでフォンダンショコラのように内部から蕩かされた。



初めて感じた僚の唇の感触は、想像以上に柔らかく。
これまで散々嗅いできたマールボロの薫りは、味覚を通すとまた違うモノに感じた。
僚の分厚くて長い舌は、言葉の足らない僚以上に饒舌に香の口内を暴れ回る。
歯茎に快感のツボが有っただなんて、香は目からウロコが落ちた。
僚の唾液は、きっと媚薬で。
香は膝から力が抜けるのが解った。

カクンと力の抜けた香の腰に右手を回し、僚はキスを続けながら左手で窓ガラスに手を付いた。
曇ったガラスに、僚の手形だけがくっきりと浮かぶ。
そのまま2人は、ゆっくりと座り込む。
長い口付けは続けたまま、僚の指がガラスを滑ってキュッと音を立てる。

香がそろそろ酸欠状態になり始めた頃、漸く僚は解放してくれた。
虚ろな目をした香が、僚を見詰めると。
僚はそれから先に1人で暴走してしまいそうで、思わず。
柔らかく自分の掌をかざして香の瞳に目隠しをしてしまう。




おまぁ、そんな顔で見んなよ。




珍しく、僚は本気で恥ずかしかった。
香は僚に目隠しされたまま、首を傾げる。
僚の掌を、長い睫毛が擽る。





・・・そんな顔って、どんな顔?




目隠しをされたままの香の言葉は甘い。
キスの余韻で、甘く絡み付いてくる。
それだけで感じてしまう僚は、末期の槇村香中毒患者だ。




エロい顔。


・・・・。



そう言われて、僚の脇腹を抓るのが槇村香だ。
僚の脇腹には、無駄な肉など一切付いてなくて。
固い筋肉の上には滑らかで強靭な皮膚が覆っている。
その皮膚を思い切り抓ると、僚は小さく呻いて目隠しを外した。
それでも、僚は爪を立てる仔猫の様な相棒を心底愛してしまっている。
香は愛しい男を抓っておきながら、キスで蕩かされた脱力した体を、
ふわりと僚の胸に預ける。
僚の長袖のTシャツの胸元に顔を埋めて、深い溜息を漏らす。
煙草の匂いがした。

どうして薄い布地を通すと、吐息は熱く湿って感じられるのだろうと僚は不思議に思う。
香の吐息は、僚の胸の奥深くに行き渡り。
僚の胸をきゅんと締め付けた。
柔らかい癖毛に顔を埋める。










お前さ。


なぁに?


ちゃんと言えよな、なんかあったら。






それが何を指すのか、香にも解る。
あの片桐との追いかけっこの報告は、結局しないままに解決した。






それは、    時と場合による。





生意気にもそんな事を言う相棒の頬を、僚が抓る。
自分がどれだけハラハラさせられ、寿命の縮むような思いをしたかを解らせる為に。









私、僚を信じてるの。
本当に危ない時には、いつだって助けてくれるから。







そう言った強気な茶色の瞳には、先ほどの妖しい艶めきは消え失せて。
僚はあの、パンプスの踵を引っかけてヒヤリとさせられた、いつかの2人の遣り取りを思い出す。
あれからもう、何年経ったんだろう。
でも、目の前の相棒は。
あの頃と何も変わらない。
どうしてこんな自分を全力で信じて疑わないんだろうと思うと、僚は胸が一杯になった。
もう一度、柔らかな頬を両手で包むと。
軽く触れるだけのキスをした。
僚も信じている。
この混じり気の無い、無垢な愛情を。





(ホントに、終わり)







結局、イチャラブ要素を追加するワタシは、カオリスト。
初チュウ中毒患者です。
[ 2014/01/25 23:41 ] Girl | TB(0) | CM(1)