※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレルです。
いつもの2人とは違う2人の棲む世界です。
下記の詳細をお読みになって、OK!大丈夫っっという方のみ、
『① 博士と助手』へお進み下さい(*´∀`*)ノシ





冴羽 僚   (35)  博士、スケベで間抜けだが、結構凄いモンを発明しちゃう。

槇村 香   (26)  高校生の時の偏差値は43だけど、何故だか脚線美だけで僚の助手になる。

じいちゃん  (年齢不詳) 僚の祖父。経済学者、資産家。

TM改良型A1919    僚の発明品。外見は、67年式のオースティンのミニクーパーに酷似している。

ツンデレ治療器      僚の発明品。外見は、ほぼ懐中電灯。スイッチを押すとビームが出る。

神(しん)・沙織     僚の両親。僚が1歳の頃、交通事故で他界。







僚の発明品に関する科学的な裏付けは、全て適当です。
〇ラえもん並みに、ファンタジーな感じだと思って戴けたら幸いです。
えぇと、これだけでは何が何だか解らないかもしれませんが、とにかく始めます。




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① 博士と助手

新宿の繁華街の程近く、周りを超高層ビル群に囲まれてその研究所はある。


とある年季の入ったボロい一軒家の庭の中に、増築されたその研究所には。
可笑しなものばかり発明する博士と、学力は極めて低く直感だけでこれまで生きて来た助手がいる。







ねぇねぇ、カオリン。これなんだと思う?





たった今完成した発明品をそう言って自慢げに披露するのは、冴羽僚(35)である。
無精髭に咥え煙草。
ねずみ色のツナギの上半身部分を脱いで腰の所で括り、白いTシャツを着て、
足元には、5本指ソックスにビルケンシュトックのオヤジサンダルを履いている。
博士というだけあって、日がな一日助手と2人、この研究所に籠っているが。
Tシャツの袖口から伸びる腕や、薄い生地を通して浮き上がった胸板の筋肉は、
必要以上に、鍛え上げられている。
身長は、ゆうに190㎝は超えている。






???なぁに???





そして、そんな僚を見詰めて、首を傾げるのは助手の槇村香(26)である。
スラリとした長身は、僚の隣に並ぶと目立たないが、かなりのものである。
八頭身の見事なボディは、色気もへったくれも無い服装をしていてもハッキリと解る。
黒いピッタリとしたタンクトップに、
ブカブカのエドウィンのオーバーオール(僚のお下がりだ)。
紺色と黄色のナイキのコルテッツを履いている。
殆ど、少年と言っても過言では無いナリの彼女はしかし、何処からどう見ても極上の美女だ。


2人は、この離れの研究所と渡り廊下で繋がった母屋で、暮らしている。
香が僚の助手になって、ちょうど1年になるけれど。
2人は至ってプラトニックであり、あくまで博士と助手である。





何を隠そうこれはっっ!! ツンデレ治療器なりっっ





そう言って、ドヤ顔で捲し立てた僚を、香は至極冷ややかな目で見ている。
僚の手に握られているモノは。
見た感じ、懐中電灯である。
僚の説明によれば、その“ツンデレ治療器”のグリップの所についた白いボタンを押したら、
何とかいう(香には難しくて良く解らない)ビームが出て来て、
そのビームを照射された相手はたちまち、それまで大嫌いだったモノが一転、大好きになるという。
勿論、その名の通り。
本心では好きだけど、素直になれなくて何となく冷たくしちゃう。
などという症状にも効果があるという。





で?それを、何の為に使うワケ?



そう言って香はギロリと、僚を睨む。




そりゃ、おまぁ。これがあればぁ、世界中どんな美人さんとも仲良しになれて・・・モッコ・・
ドゴッッ




僚が皆まで言い終わらぬ内に、香に叩き潰された。






ったくっっ、己にはそれしか無いのかっっ


(・・・まず、一番におまぁの事、治療してやろうか??)





巨大なハンマーの下敷きになりながら、僚が呟いた小さな声が香の耳に届く事は無い。
香は僚の後ろ頭を、グリグリとハンマーで圧迫しながら、
1年前の事を思い出していた。




















てか、何でカフェのウェイトレスをするだけで、こんな卑猥なカッコする必要が有るの?




そう訊ねたのは、そこでアルバイトを始めて1か月ほどの香だった。
そう詰め寄られたのは、その店の主人の男だった。
その店は至って普通のカフェである。
ただ1つ、店主と常連客が変態であるという事を覗いては。
その日香が着ていたのは、メイド服であった。
しかしながら、そんじょそこらのメイド喫茶のような清純そうなコスプレでは無い。
普通メイド服と云えば、襟元はキッチリと首の詰まった立ち襟のワンピースを連想する。
しかし、その制服は胸の谷間を強調するような、深いVネックである。
まるでチョーカーのように、素肌に白いレースの付け襟を巻き付ける。
勿論、スカート丈は超絶ミニだ。
露わになった太腿の中程から、ガーターベルトで吊った白い網タイツを穿く。





ん~~~~、萌えるから?




そう言って気弱そうに微笑む店主と、キッと気の強そうな真ん丸な瞳で抗議する香との遣り取りを。
常連客の、冴羽僚がニヤニヤしながら見守っていた。
実は、香は気が付いていないケド。
その店主の男はドMなので、こうやって香に強い口調で責められる事自体が快楽であった。
片や、至って普通の25歳成人女性の香は。
そんな事とは露知らず、独りで腹を立てていた。
時給の高さに惑わされて、ココでのアルバイトを始めた。
香はハタチの時に、唯一の肉親であった警察官をしていた兄を、殉職で亡くした。
それ以来、仕事を選ぶ基準は時給である。
それでも、変に潔癖な所のある香は、水商売にだけは抵抗がある。
学歴も手に職も無いので、ただひたすら時給の良いアルバイトを続けて、
この歳で貯金の額は、ゆうに7桁は下らない。
しかしながら、このバイトの仕事内容は至って普通のカフェの給仕だ。
それでも時給は相場の、3倍だ。
その時点で気が付くべきだった。








ねぇ、カオリン。






埒の明かない論争を続けて、数十分後。
口を挟んだのは、僚だった。









カオリンさぁ、ココ辞めるならウチで働かない?


え?冴羽さんて、何してるヒトですか?


・・・博士。


・・・・・・・・・は?


だぁかぁらっっ、博士。


なにそれ?それって、なんか、Dr.スランプ的な???


あぁ~~~、まぁ、そんな感じ? だから、ウチで助手やんない???







非常に軽くて薄っすい、認識を頼りに香は脳内で自分なりに、博士の助手をイメージしてみる。
少なくとも、算数は得意じゃないといけなさそうだという結論に至った。








無理無理無理、わたし馬鹿だから。一応、高卒だけど出身校の偏差値43だからっっ。


ヨシッッ!!採用。


はぁ?!


ふっふっふ、香クン。博士の助手などというモノは、ちょっと馬鹿位で丁度良いのだよ。







僚曰く、変に小賢しい奴よりも、多少馬鹿でも柔軟な発想力の持主を求めているらしい。
しかし、これはあくまでもタテマエで。
本音はというと、香の白い網タイツに包まれた脚線美に目が眩んだのである。
勿論、香はそんな事は未だに知らない。
そして、何故に香がこの僚のアシスタントの勧誘に乗ったのかというと。
住み込みで衣食住には困らないという、ただそれだけの理由だった。

やった、家賃が浮く。そう思った香と、香の脚線美に目が眩んだ僚は。
それから1年、案外仲良く共同生活を続けている。
















そんな懐中電灯よりさぁ、コレの研究、もっと本腰入れたら?








香の言うコレとは。
僚の発明した、『TM改良型A1919』である。
御大層なネーミングだが、早い話しがそれはミニクーパーの形をした、タイムマシンだ。
僚のライフワークであり夢でもある研究は、このタイムマシンの発明である。
そう言って運転席に座った香の隣、助手席に僚も座る。





これは懐中電灯じゃねぇっっ、ツンデレ治療器だっつってんだろっっ




そう言う僚の手には、効果のほどがどうなのか怪しい懐中電灯がある。
香は苦笑しながら、クーパーのハンドルをそっと撫でる。
憐れみを含んだような視線を僚に向けながら、A1919号に話し掛ける。







可哀相にねぇ、オマエは。産みの親がとんだスケベ野郎だから・・・


んな事言ってもさぁ、そう簡単じゃないのよぉ?カオリン?






初めの内は、僚が色んな法則や数式を香に聞かせる度に、香を急激な睡魔が襲って来たりした。
けれどこの数ケ月で、それをやり過ごす術を心得てからは、香はこの職場が気に入りつつある。
大事な事は、僚が難しい理論や法則を引用し始めたら、晩ご飯の献立を考える事だ。
そうすると、上手い事眠気を回避出来る。
今では、香の夢もまた、このタイムマシンの完成である。
香が適当に、運転席に有るボタンを幾つか押してみるもA1919号はウンともスンとも言わない。





あ、馬鹿っっ あんま、適当に触んじゃねぇ!!


こら、1919号、何とか言えっっ




香がそう言って、クラクションを鳴らした時にそれは起きた。
1919号の周りの景色が、変な風に歪み、強烈な光が1919号と2人を包んだ。
数十秒後、
この世で初めてタイムトラベルを経験した博士と助手は、40年前の世界に居た。

ワタナベさん博士と助手




(つづく)




② 40years ago

眩しい光が薄れてきて、2人が目を開いた時。


TM改良型A1919号は、夕暮れの街中の道路に停まっていた。
見覚えがあるようで無い、しかしそこが新宿であるという事は、
それが僚の自宅の前だったから解った事だ。
僚と香が暮らす、自宅兼研究所は築45年の木造平屋建てだ。
そのボロ家が、妙に新しい。
所々ひび割れて修繕痕の残る筈のモルタル壁も、妙に白くて新しい。


恐る恐る1919号から降り立った2人は、そっと門扉から中を覗いてみた。


僚が12年前に増築した研究所はまだ無く、広々とした庭が広がっている。
手入れは行き届いている。








りょお? 研究所が無いよ???


うん、無いね。


ココ、ウチだよねぇ?


うん、間違いないね。少なくとも、12年以上前だな。


・・・・まぢ?


うん、まじ。






表札には、「冴羽」の文字がある。
元々その家は、僚の祖父の持ち物で。
それを僚の父が譲り受けた物だ。
そして、今現在(タイムスリップ前という事だ)は僚と香が住んでいる。

暫く門扉の柵越しに、家の中を2人が窺っていると。
庭に面した掃出し窓が開いた。
2人は思わず門柱の陰に身を隠して、コッソリと覗く。
傍から見れば、何処からどう見ても変質者だ。







アルミサッシでは無い、木製の枠のガラス戸を開けて出て来たのは。
僚と同じ顔をした男だった。
香は思わず絶叫しかけたけれど、寸でのところでそんな香の口を僚の大きな掌が塞いだ。
掌に当たる香の唇の感触に、ニンマリと微笑みかけてハッと我に返ると。
そのまま2人でもう一度、家の中を覗き見た。
香が僚の手の甲をペチペチと叩くので、
僚は仕方なく人差し指を口に当てて声を出すなというジェスチャーをしながら解放する。


僚と同じ顔をした男は玄関先の不審者などに気付きもせず、
ぼんやりと庭を眺めながら考え事をしている。
どうやら彼は中々に、勘の鈍いタイプの男らしい。
暫く眺めていても、埒が明かないので2人は1919号へと戻った。











ねぇ、りょお。都庁が無いよ? 損保ジャパンビルも無いっっ!!!


ねぇだろうなぁ、てか、損保ジャパンがまだねぇよ。






助手席から辺りを見回して騒ぐ香に、僚が煙草を咥えながら冷静に答える。
ちょうどツナギの尻ポケットに入れたマールボロが、最後の1本だった。
僚は研究所の机の上に置いた、今朝買ったばかりの新しいソフトパッケージを思い出す。






40年前に来たみたいよ。




僚がまるで他人事のようにそう呟いて、メーターパネルを指差す。
そこには、ガソリンメーターやスピードメーターに混じって、
僚が改造したタイムトラベル時計が内蔵されている。
そのデジタル表示が表す所に寄れば。
今現在2人のいた世界から、ちょうど40年前に当たる計算らしい。





はぁああああ!?


ば、馬鹿っっ。なんつー声出してんだよっっ(汗)






素っ頓狂な声を上げる香の口を、僚がまたしても塞ぐ。
香が苦笑しながら小さな声で、ゴメンと言ったので僚の掌の中で柔らかな唇がもぞもぞ動く。
僚の腰から背筋に掛けて、何やらムズムズした感触が走り抜けた事は、香には秘密だ。
僚も思わず、香の頬から手を離す。






ねぇ。


ん?


じゃあ、あの人はぁ・・?りょおのお父さんか誰かなの???


んぁ?あぁ、多分な。オレ、まだ生まれてねぇけど。


ふ~~~ん。そっくりだね。


うん。そうみたいね。オレ、覚えてねぇけど。


あ、そっか。







そう言った僚の言葉に、香は僚の両親の事を思い出す。
何かの時に聞いた話では、僚の両親は僚が1歳の頃交通事故で亡くなったらしい。
大人になるまでの僚は、祖父と祖父の家の家政婦さんによって育てられた。
暫く、2人の間に沈黙が流れる。
もうすぐ日没だ。







どうする?


どおしよーか?






んじゃまぁ、とりあえず、事実の確認をしようか。僚が呟いてミニを発進させる。
この時初めて、香は1919号が動くのを知った。
普段の博士と助手は、徒歩と電車と自転車で行動している。
進んだかと思われた1919号は、冴羽家のすぐ近くの角で停車した。
その角には確か、セブンイレブンが有った筈だけど。





コンビニが無い・・・・




香はその角のコンビニで、よくプッチンプリンを買っている。
だから、軽くショッキングだった。
有るのは、昔ながらのタバコ屋だ。
ミニから降りて真っ直ぐタバコ屋に向かう僚に、香も後を追う。







すいません、煙草ちょーだい。





僚がそう言うと、奥から一人の年配の女性が出て来た。
そのタバコ屋がコンビニに変わったのが、15年前。
そしてタバコ屋の婆さんが死んだのは、6年前だった。
僚も良く知る顔見知りだった。
その婆さんが生きている、しかも若干若い。





あら、シンさん。あんたタバコなんか吸ったかね?




どうやら彼女は、僚と僚の父親を勘違いしているようだ。
僚は適当にうやむやに誤魔化すと、マルボロ、と呟いた。




はい、180円ね。


安っっ


何言ってんの?前からこの値段だよ。





またしても、僚は適当にその話を誤魔化しながら。
ポケットの中の皺々の千円札を出そうとして、ハッとした。
この世界ではまだ、千円札は伊藤博文だ。
僚の持っている野口英世はこの時代、まだただの紙切れだ。
僚はポケットにそのまま突っ込んだ小銭を掴んで、180円支払った。




ねぇ、おばちゃん。


なんだい?


今日は、何年何月だっけ?


なに?今日はあんた、いつにも増しておかしいね?大丈夫かい?





そう言って、タバコ屋の婆はしげしげと僚を眺める。
ついでに後ろに立っている香を眺める。





その子が噂の、別嬪の彼女かい?


あ?


まぁ、色々有るだろうケド、頑張んな。若い内にはいろいろあるもんさ。


あ、あぁ。まぁ、頑張ります、はい。で?今日はいつ?


・・・・昭和☓☓年、〇月☓日だよ。


しょしょしょしょ昭和ぁあ!!??






それまで黙って僚と婆の遣り取りを見ていた香が、またしても素っ頓狂な声を上げる。
僚は溜息を吐いて、もう軽く諦めかけていた。
僚の可愛い助手は、如何せん、あまり学習能力は無い。


40年前の新宿の街角で、2人は途方に暮れていた。



(つづく)



③ 祖父と孫と助手

40年前の世界に来てから、数十分。


もうそろそろ日没が近い。
見慣れた高層ビル群はまだ無い、ポツリ、ポツリとビルが立ち並び始めた都会の空が。
赤く染まる。
いつもならこの助手席に座る可愛い助手が、晩御飯を作っている頃合いだ。







・・・カオリン、腹減らねぇ???


うん、減った。


幾ら持ってる?今。






そう言う僚に、香がオーバーオールのポケットから小さながま口を取り出す。
中を見ながら、いち、にぃ、さん、よん、と数えてみる。
がま口にぶら下がった小さな鈴が、チリンと涼やかな音を立てる。






548円、とマックのクーポン券。1枚で5名様まで、ポテトLサイズ半額っっ




僚は大げさに、はぁっっ~~と大きく溜息を吐く。
ポテト半額券は、勿論ただの紙屑だ。
僚の助手は時々、その天然振りを如何なく発揮する。
僚の溜息に、香はむぅと唇を尖らせる。




じゃあじゃあ、りょおは幾ら持ってんの?




香の挑みかかるような口調に、僚は苦笑しながらもポケットに突っ込んだ全所持金を、
ダッシュボードの上に広げる。
皺くちゃになった千円札が、3枚。500円硬貨1枚。あと、ゴチャゴチャと小銭各種。
香がそれを数える。






・・・3892円。超お金持ちじゃん、ラーメン食べようよ、りょお。


・・・・・・・この金じゃ、使えねぇから(苦笑)


どおして???





首を傾げる香に、僚は心底信じられないモノを見るように呆れつつも、
ダッシュボードの上の千円札と500円硬貨を、取り上げると噛んで含めるように説明する。








この金は、この時代にはまだ製造されてねぇから。
こんなもん、普通に使ったら不審者扱いされて速攻、通報されるわっっ
それと、マックのクーポン券の有効期限見てみろ?平成だろ?
それ、この世界にはまだ存在しない年号だから。



あ、そか。じゃあ、使えるのはぁ・・・りょおの392円と、私の548円で、・・940円!!


・・・残念、不正解。


えぇぇぇ、何で???


よぉく見てみ、製造年が書いてあんだろ?コインに。昭和☓☓年以降のは、使えねぇ。


・・・・そんなぁぁぁぁぁぁ






またしても香は今度は、コインを一枚一枚確認しながら計上する。
最終的に、香の手元に残った小銭は。







・・・・134円。


なんも食えんな。


・・・・りょお、なんで煙草買ったの???(ジト)


はぁ!?


煙草買わなかったら、何か買えたかもじゃんっっ


・・・・そうだけど、あれはおまぁ仕方ねぇだろ?日にちも訊かなきゃだったし。


そうだけど・・・







腹減ったな。


うん、減った。











こうしてエンドレスで会話が何周か巡った頃、僚が突如閃いた。








じいちゃんとこ、行くか?


あ、・・・・だね。








“じいちゃん”というのは、僚の祖父だ。
僚が大人になるまで一緒に暮らしていたが、僚が新宿のあの家に一人暮らしを始めてからは、
久我山の広々とした純和風家屋の豪邸に一人で暮らしている。
そこなら、大きなガレージがある。


その僚の祖父という人物を、香も良く知っている。
僚の助手になってからすぐ、僚は香を連れて祖父の家を訪れた。
その初対面の時から、その老人はやけにフレンドリーで。
どうやらとっても高名な学者であり、資産家でもあるらしいけれど、今の所。
香の彼に対するイメージは、ただのエロジジィである。
どうやら僚の性質は、間違いなく遺伝子の悪戯だと香は思っている。














「なんじゃ、神。こんな時間にサオリンも一緒に。とうとう、駆け落ちしたかの?」
            ・・・それにしてもなんじゃ?その小汚いカッコは?2人とも。







僚と香を一目見て言った、祖父のひと言はそれだった。
僚と香は、思わず顔を見合わせた。
どうやら、彼は自分の孫を自分の息子と見間違っているらしい。
もっとも、この時点で“孫”はまだこの世に居ない。
同じ顔をしていれば、間違うのも無理はない。




「「はぁ??!!」」  僚と香が綺麗にハモッた。





















それでお前さん達は、40年後の未来から来たワシの孫だということかね?






とっくに夕飯を終えた祖父は、目の前で振舞われた食事にガツガツとありつく2人に訊ねた。
2人は頬袋一杯にご飯を詰めたまま、コクコクと頷く。
僚が湯呑のお茶を一口啜って、口の中の食べ物をゴクンと飲み干す。






うん。正確に言うと、孫は俺で、コッチは俺の助手でカオリン。




そう言って親指でクッと香を指さす僚に、香もコクコクと頷く。
暫く腕を組んで何やら考え事をする祖父を見て、香が僚に耳打ちする。

(ねぇ、おじいちゃんて何歳なの??40年前でも、あんまり変わらないね。)
(・・・・あ、ああ。変わんねぇな、確かに。)








なんだか、解らんが。それは、新作のネタかなんかかね?


はぁ?っちっげぇ~~~よっっ、じいちゃん。俺は、じいちゃんの孫で“僚”だよっっ


りょお?ネタってどういう事??


・・・俺の父ちゃんは、昔、売れない小説家だったの。


ほぇ~~、そうなんだぁ。







祖父は、そんな何だか風変りな2人組を見詰めて、ハタと考え込んだ。
確かにこの2人は、自分の息子とその恋人にそっくりではあるが。
どうやら、話し方から表情・仕草に至るまで、演技にしては恐ろしいまでのキャラ作りである。
少しだけ不可解だとは思うが、この目の前の“僚”と名乗る男が、
もしも息子でないのなら、何らかの血縁関係であろうとは思う。
他人でココまで酷似する事は、恐らく無いだろう。
しかし、未来からやって来たなどという荒唐無稽な話しを鵜呑みにも出来ない。
その時、香が小さく呟いた。







あ。


ん?どした?カオリン。


アレ見せてあげたら良いんじゃない?おじいちゃんに。


アレって、何?


千円札っっ


おぉ、GJカオリン。良い子良い子。







そう言って、僚は香の癖毛を撫でまわす。
時々、突拍子も無い事を言い出す助手は、時々、妙に冴えていたりもする。
取敢えず、僚は箸を置いてポケットの中を探る。
興味津々で僚の手の中を覗き込んだ祖父に、
僚はその野口英世のプリントされた日本銀行券を見せた。



その時代。
夏目漱石の千円札すら、まだ発行されていない。
祖父はしげしげとその紙幣を調べた。
紙質、サイズ、刻印、透かし、文様、全てにおいて何ら不審な点は無い。
このレベルの印刷物を、この時代の技術で生み出せるのか非常に微妙だ。
見れば見る程、その紙幣は未来的であり、確かに彼らが嘘を言っているようには見えない。
息子の神が、ココまでの芝居を打ってこんな真似をする理由もメリットも無い。





お前たち、本当に40年後から来たのかね?





僚と香は、イカと里芋の煮っ転がしと鰯の煮付けを、それぞれ頬張りながら、
ニッコリと微笑んで、頷いた。



(つづく)



④ ロマンス

僚は祖父の家の懐かしい檜風呂で、のびのびと手足を伸ばして寛いだ。


僚が子供の頃は、この風呂に毎日浸かっていた。
10年前に水回りのリフォームをして、
今(タイムスリップ前の事だ)は、その家に似つかわしくないジャグジーバスだ。
結局あれから祖父は、僚たちの言う事を全面的では無いにせよ信じる事にしたらしい。
やはり決め手は、あの千円札だった。
そもそも、祖父は非常に頭の柔軟な人なのだ。
2人の話しを肯定的に受け止めようと切り替えた途端、
3人の雰囲気は、まるで40年後となんら変わらなかった。


食後にお茶を飲みながら、僚と香は僚の父親の神の話しを聞いた。
僚と神が瓜二つなのは、親子だからまぁ不思議は無いとして。
なんと偶然にも、神の恋人・沙織は僚の助手・香と、
そっくりそのまま、まるで、生き写しのようだと言う。











ふぉふぉふぉ。それにしても、血は争えんのぉ。
息子も孫も、そっくりな嫁を娶るんじゃの~~~。




そう言って静かにお茶を啜る祖父とは対照的に、2人は盛大にお茶を吹き出した。



てか嫁じゃねぇ~~しっっ・アシスタントですっっ




2人の声が、見事に重なる。
お互いにほんのりと照れているのは、見ないフリをした。
僚が話しを逸らす。








てか、親父はまだこの時は結婚してねぇだろ??


あ。そう言えばさっき、玄関でなんか“駆け落ち”とか、言ってたかも。






そんな2人の疑問に答えるように、祖父は僚の両親の恋愛沙汰を語って聞かせた。
僚の父・神は大学を出てからずっと、小説家として執筆活動を続けている。
今の所、まともに世間に認められたモノは、1つとしてない。
片や僚の母・沙織は、深窓のご令嬢である。
2人が出逢ったのは、杉並区の図書館だった。
たまたま同じ本を同時に借りようとして、神が沙織に譲った事がロマンスの始まりだった。
2人の交際は3年に亘り、密やかに図書館での逢瀬を重ねた。
そして波乱は、この年の春に起きた。
2人が結婚を考え始めた事で、様々な問題が勃発したのだ。
その最たるものが、沙織の父親の猛反対だった。


これまで、大事に大事に育て上げた娘の惚れた相手が、
売れない物書きでは、納得がいかないのだった。


反対されれば燃え上がるのが世の常で。
2人の意志は今の所、強固だ。
冴羽家としては、1人息子が誰と結婚しようが構わないらしい。
この久我山の家にも、何度か彼女は遊びに来た事がある。
その時の印象で祖父は、沙織を気に入っており。
だから問題は、神の作品が世に認められる事と、
沙織の父に2人の結婚を認められる事なのだ。
祖父だけがただ一人、2人の恋路を応援している。









僚は先程の居間での祖父の話しを思い返して、1人納得した。
新宿の家の縁側で、何やら物思いに耽っていた若き日の父親。
玄関先の明らかに怪しい2人組に気付きもせず、ぼんやりと庭木を眺めていた。
そして、角のタバコ屋の婆の言葉。
きっと、彼女も神と沙織に関する色々を小耳に挟んでいるのだろう。
そう言えば、僚の知っているあの婆さんは確かに噂好きで有名だった。
僚は1つ大きく伸びをして、湯船を出た。














おじいちゃん、結構、肩凝ってるよ。ココの所。


そうかの?わしゃあまり自覚がないからのぉ。








香がそう言いながら、祖父の肩を揉む。
40年後の世界、僚と香の世界でも、香はこうして時々肩を揉んであげていた。
僚が風呂から上がって居間に顔を出した時、
それがよくある光景過ぎて、不意にタイムスリップしたのが錯覚のように思えたけれど。
居間のテレビで、大江戸捜査網をやっているので、
辛うじて今現在自分の置かれている状況を、飲みこんだ。
ココは昭和の世界だった。






あ、りょお。お風呂終わったの? じゃあ、私入って来るっっ





そう言ってニッコリ笑う香が、僚は好きだ。
この1年。
僚はずっとこの気持ちを言えないまま、悶々としている。
目の前の助手は、無邪気で、天真爛漫で。時々、イラッとする。
そして、やっぱり堪らなく好きなのだ。
この家に長い事通って来ている家政婦のおばさんは、ついさっき。
客間に寝床を用意しておくと言って、それを済ますと帰って行った。
風呂に入る前にコッソリ確認すると、10畳の座敷に客布団が並んで敷かれていた。
何となく僚は。
その布団の置かれた間隔を、少しだけ広げた。
いつもなら、部屋は別々だ。
香と、1年一緒に暮らして来て、はじめて今夜同じ部屋で眠る。


僚が取り留めもない考え事に意識を傾けていると、
それまで祖父の肩を揉んでいた香が、風呂場へと行く所だった。
何気なくそれを目で追っていると、同じ方向を目で追う祖父に気が付いた。
僚は、コホンと小さく咳払いをする。





・・・じいちゃん。


なんじゃ、僚。


お風呂場、覗いたら殺すよ?


なんでワシが、あんな娘っ子を覗くんじゃっっ


へぇ~~~、40年後にその娘っ子の尻を隙あらば撫でようとするのは何処の誰ですかね。


・・・・・・・。











その晩。
無邪気にスースーと寝息を立てて眠る助手の気配を感じながら、
冴羽僚は、悶々と眠れぬ夜を過ごした。



(つづく)




⑤ 生命の危機

嫌な夢を見ていた。
誰も知らない世界に迷い込んで、元居た世界への帰り方が解らなくなる。
今まで隣にいた筈の相棒の姿が無い。
つい今しがた、手を繋いでいた筈なのに・・・
僚がその愛しい名前を呼ぼうとした所で、意識が急激に浮上する。
誰かが僚の身体を揺すっている。
















・・・ょお、りょおってば、起きてよ。朝だよ~~~




僚がぼんやりと目を開けると、そこには。
名前を呼ぼうとした最愛の助手が、不思議そうに首を傾げて僚の顔を覗き込んでいた。




どうしたの?うなされてたよ??





そう言った香の顔の向こう側、天井は見慣れないものだった。
寝床もいつもの自分のベッドでは無く、畳の上に敷かれた布団だった。
そう言えば昨夜は、40年前の久我山の祖父宅の客間で寝たんだった。
すぐ近くに、相棒の安らかな寝息を感じながら、
1人、悶々とした夜を過ごし、漸く眠りに落ちたのは明け方近くだった。
一方の、相方は。
そんな僚のモヤモヤとした葛藤など知る由も無く、朝っぱらから清々しい。
僚は少しだけ、憎たらしくなって。
布団の中から手を伸ばすと、自分を覗き込む香の柔らかな頬を抓った。






ひゃぁひ?いひゃいよ?
(なぁに?痛いよ?)


うん、夢じゃないらしい。




そう言って僚は起き上がる。
香は怪訝そうに眉を潜めながらも、僚が起きると同時に布団を片付け始める。
よく見ると相棒は、僚のお下がりのブカブカのオーバーオールの上から、
見慣れないエプロンを着けている。
家政婦のおばさんのものだろう。
客間の片隅には、香が持って来たと思われる掃除機とバケツと雑巾がある。






何やってんの?カオリン。


見て解るでしょ?お掃除よ。





僚の助手は勤勉である。
毎朝、家の事は手抜かりなく整えるのが、彼女のスタイルだ。
それはどうやら、40年前だろうが、余所の家だろうが全く関係無いらしい。
僚はそのまま、洗面所に向かう。
この家は、僚の実家だ。
両親を失ってからずっと、ココで育った。
家の中の勝手は良く解っている。
洗面と用足しを済ませてダイニングへと行くと、
僚の分だけ手の付けられていない朝食が並べられていて、
祖父は食後のお茶をゆったりと飲んでいた。





おはよう、じいちゃん、猫村さん。





“猫村さん”という変わった名前は、僚も良く知る家政婦さんの名前だ。
名前を呼ばれて、彼女は少しばかりビックリする。
昨日は、特に名前を名乗った覚えは無いのに。
未来から来た、ココの主の孫息子とその助手だという2人は何故だか。
そのありふれてもない特殊な名前を、アッサリと呼んだ。
助手の彼女は、朝早くからなんのかのと猫村を手伝い手際よく家事を片付けている。
猫村は、彼らが未来から来たという事を信じている。
昨日、玄関先で見掛けた時には、神と沙織にあまりにもそっくりなので、
普通に彼らだと思って対応した。
僚がこの家の中で、もっとも遅い朝食にありついていると。
香が客間の掃除を終えてダイニングに戻って来た。
掃除道具一式を持っていない所をみると、納戸のいつもの場所に片付けて来たのだろう。
僚と同様、香も何度となくこの家を訪れている、未来に。
勝手知ったる、僚の実家なのだ。







俺さぁ、ちょっと思ったんだけど。





全員がダイニングに揃ったところで、
僚が昨夜眠れぬままに徒然と考えた事を、切り出す。
他3人も、僚の言葉に耳を傾ける。





親父たちは、それで、上手く行きそうなの?ぶっちゃけ。




その素朴な疑問は、この場の誰より僚にとって、最も深刻な問題だ。
もしたとえ、このまま。
神と沙織の仲が認められずに、縁談が成立しなかった場合。
一体、自分はどうなるのだろうと考えたのだ。
僚はこの時まだ、この世には存在すらしていないのだ。
もっと言えば、神と沙織は未だ清らかな付合いだ。
そういう時代だったのかもしれない。




どうかの~~、まぁ可能性は10%ってところかのぉ。ふぉふぉふぉ。




祖父は、実に他人事と言った風情でお茶を啜る。
香はダイニングテーブルの僚の隣で、頬杖をついて何やら考え込んでいる。
僚がこの世に生を受けず、香が僚と出逢わなければ、
一体、自分はこの40年前の世界に来てしまって、どうなるのだろう?
香には、考えれば考える程、こんがらがって頭から湯気が立ち上りそうになる。
それならいっそ、どうにかして2人のロマンスのお膳立てをやって、
確実に縁談を取り持った方が、早くないだろうかと思う。
そして、ふとある事に気が付いた。


もしも、香の記憶が正しければ、“あれ”は1919号の中にあるだろう。
この際、臨床実験も兼ねて、“あれ”を使ってみるのも1つの手かもしれない。







ねぇねぇ、りょお。“あれ”どうした???


何?あれって。


ツンデレ治療器。


あぁっっ、1919号の中かも! 
おぉぉ、おまぁ、頭良いなっっ!! お利口お利口。






そう言うと、僚は香の頭をクシャクシャと撫でた。
取敢えず、僚は残ったご飯を猛スピードで平らげると、
香と2人でガレージに向かった。


















あぁぁぁああ、あったっっ


よっしゃあっっ、でかした!! カオリン




香が大声を上げた。
大きな2人には、多少窮屈な1919号の車内を這いつくばって、
“ツンデレ治療器”なるものを探していたのだ。
それは確か。
タイムスリップ直前に、僚が完成させた懐中電灯型の画期的発明品だった。
それは、助手席のシートの下に転がっていた。
祖父と猫村が、興味深げにガレージの入り口の傍でそんな2人を眺めている。



これで風前の灯火だった僚の生命は、何とか首の皮1枚で繋がった。
ただ。
この発明品が、効果を発揮すればの話しではある。




(つづく)










⑥ 被験者(もう1人の祖父)

僚の母親になる予定の沙織の父親は、とある財閥系銀行の取締役である。
次期頭取候補の呼び声も高い彼は、実直勤勉な真面目人間だ。

もしも未来が正しければ、僚のもう1人の祖父である。

世に認められていない作家など無職と同じだと、
今のところ僚の父親を、一切認めていない張本人だ。












朝から大騒ぎをして、例の“ツンデレ治療器”なるものを探し出した2人は。
祖父と猫村に、その発明品の驚くべき効能を説明した。
面白がって試しにビームを当てて欲しいと言った猫村が、被験者第1号だった。
ビームと言っても、見た目はただの懐中電灯となんら大差無く。
照射前、照射後と何が変わったのかは、いまいち良く解らなかった。






なんか違う??猫村さん?




香がそう言って、キラキラした瞳で訊ねるも。
これと言った手応えは無かった。
何しろ、彼女にはこれと言って嫌いなモノが無い事に、後から気が付いたのだ。






ホントにだいじょうぶなの??


う~~~~ん、何とも言えない(苦笑)





香が今度は怪訝な表情で、僚に訊ねる。
そう言われても、僚だってそれを使うのは初めてなのだ。
自信は無い。
だからと言って、これ以外の方法は無いので、一応4人は計画を練った。
まず一番の目標は、沙織の父親に怪しまれないようにビームを照射する事だ。
彼が今、最も憎き相手は僚の父・神である。
可愛い箱入り娘を、掻っ攫う馬の骨なのだ。
単純にこの理屈で考えて、僚の発明が失敗じゃ無ければ、
娘の憎い恋人が一転、大好きになって2人の縁談もスムーズに運ぶ筈だ。
















ぷぷぷっっ、くすくすくす


・・・カオリン、大概で笑うの止めてくんない?







その日の夜、辺りがすっかり暗くなった頃。
僚と香はとある高級住宅街の街灯の下に居た。
沙織の父の普段の行動を調べたのは、祖父だった。
彼は毎晩、勤め先の手配する運転手付のハイヤーで帰宅する。
2人はそれを密かに待ち伏せている。
作戦に則って、またしても祖父の手配で揃えられた僚の扮装は。
テロテロしたジョギパンに、タンクトップ。
キャップを目深に被って夜の住宅街をジョギングする、ランナーである。
しかし。
見ようによっては、ランナーを装った変態に見えなくも無い。
そして何故だか、首から提げた懐中電灯。
それが例の治療器なのだ。

2人がいるのは、沙織の家のすぐ前の通りだ。
この通りに、送り迎えのハイヤーが到着する。
ターゲットが帰宅した時に、ちょうど横を走りながら擦違って、
擦違い様に、ビームを照射する予定だ。












あ、あれかも。あの黒塗りの車。





香がそう囁いたのは、2人が張り込みを始めて40分程が過ぎた頃だった。
ターゲットの家のエントランスの前で、車が停まった。






ヨシ、行って来る。


うん、頑張って。





僚がタイミングを計りながら、徐々に彼に近付く。
ビームが足元を照らす。
ターゲットが、ゆっくりと車から降りる。
先回りして、後部座席のドアを開けた運転手が深々と礼をして、また座席に戻る。
ターゲットが運転手に向かって軽く手を挙げて、応えているのを眺めながら、
僚はそのすぐ傍で、ワザとらしく転倒した。





君、大丈夫ですか?




案の定、ターゲットは僚を覗き込んで、心配そうに気遣った。
僚は立ち上がる動作と一続きで、さり気なくビームを当てる。
一瞬、ターゲットが眩しそうに眉を潜める。
暗い夜道で、明るい電灯の光を直視して、逆光で僚の顔は良く見えない筈だ。
キャップを目深に被っているし、
まず間違いなく、僚の顔を覚えられる事は無いだろう。





すみません、平気です。ありがとうございます。




僚はそう言って、そそくさとその場を立ち去った。
そんな僚の後ろ姿を見て、ターゲットは少しばかり首を傾げると、
何事も無かったように、エントランスの中へと消えた。
僚の顔を見られる事は無かっただろう、けれど、僚はハッキリと見た。






・・・じいちゃん。





それは。
僚がまだ小学校に上がる前に病気で亡くなった、母方の祖父であった。

じいちゃん、もう少し先の未来でまた逢えるよ。

とても優しい人で、僚の事をとても可愛がってくれた。
この世界にやって来るまで、
両親が結婚を反対されていた事など、全く知らない事だった。
僚が覚えていない程、小さな頃に死んでしまった両親の代わりに、
僚には祖父が2人と、祖母が1人いた。
40年経って僚の肉親は、もうあの久我山の祖父1人だけだ。



その家の前の路地の数十メートル離れた向こう側で、最愛の助手が。
未だに腹を抱えて笑っている。
確かに。
己の命が掛かった緊迫した任務にしては、間抜けなコスチュームに違いないケド。
そこまで笑わなくても、と。
やっぱり大好きだけど、ちょびっと憎たらしい助手に僚は手を振った。



取敢えず、早く帰って着替えたかった。




(つづく)



⑦ 月明かりの宴

変化は、2人がツンデレ治療大作戦を決行した翌日に起こった。



昼間久我山の家に、突然の電話が掛かって来た。
相手は僚の父・神の恋人、沙織の父からであった。
改めて本日、ご挨拶に伺いたい、と。
その直後に、神と沙織からも連絡が来て、
釈然としないままに、両家の初顔合わせがトントン拍子に進んだ。



その晩。

冴羽家の応接間では、初めてとは思えない父親同士の意気投合の結果。
“ご挨拶”はそのまま、和気あいあいとした宴へと進行し。
猫村は忙しなく、キッチンと応接間を行き来した。




一方、その頃。

未来から来た僚と香は、そんな現場に鉢合わせする訳にもいかず、
2人揃って、客間の10畳の座敷に軟禁状態だった。
途中、晩餐のお零れを猫村が運んで来てくれて、状況を聞かせてくれた。
今までのアチラさんの態度が何だったのかと、拍子抜けするほどに良いムードらしい。
恐らく、今回のメンツの中で。
この結果を最も不思議に思っているのは、若いカップルの当人同士だろう。
つい昨日までは、2人の恋路には赤信号が立ちはだかって、
簡単に逢う事すら侭なら無い状態だったのに。
一転、いきなり何故だか。
結婚を前提に、父親同士がノリノリで酒を酌み交わしている。








良かったね、りょお。





僚に背を向けて、香が縁側から庭を眺めながらそう言った。
開け放した縁側からは、応接間からの陽気な声が響いてくる。
庭の片隅の錦鯉の池に、月が揺れながら浮かぶ。
華奢なタンクトップとオーバーオールの背中を見詰めて、
僚は静かに、香の隣に座る。





あぁ、辛うじて命が繋がった。


それもだけど、





と、香がクスリと笑う。
客間の電気は消していて、蒼白い月明かりだけが2人を照らす。
香が好きだ。
いつも、可愛いと思っている。
でも、その晩は。
ゾクリとするほど、美しかった。





ツンデレ治療器、成功だね。
タイムマシンもちゃんと、過去の世界にやって来れたし。
やっぱり、りょおは凄いよ。尊敬してる。
ノーベル賞取れるかな?





僚の研究にこれ程まで、理解を示してくれて、
一緒になってまるで子供のように無邪気に、夢を見てくれるのは。
香だけだ。
僚の父親が死んだ後。
彼が最後に書いた遺作となった小説は、幻の名作と大絶賛されて、
今(40年後だ)では、世界のあらゆる言語で翻訳されている。
僚の父の印税・権利は全て、僚が両親に死なれた直後に相続されている。
だから、僚の研究の一端は両親の残してくれた財産によるモノが大きい。
誰も知らないけれど、都会の真ん中のちっぽけな研究室で。
僚は何気に、すごい発明を生み出したのだ。






ねぇ。


ん?


これから2人は、いつ結婚するの?


・・・俺が結婚4年目で生まれてるから・・あと半年ぐらい?


それで、亡くなったんでしょ?2人とも。


うん。


いつ?


俺が1歳の時。


じゃあ、実質あと5年ちょっとで、あの2人の幸せが終わっちゃうの?


・・・。






香の目の縁に溜まった水滴に、月明かりが反射する。
僚は何か言わなければと、焦燥感が込み上げる。
僚が物心ついた頃には今の境遇だったし、
この世界に来るまで、これ程両親に思いを馳せる事も特に無かった。
それでも。
今の自分が、父親と同じように大人になって。
愛しい女に出逢ってから。
そのヒトを、喪いたくないと心から願う。
だから、これはもしかすると。
両親にというよりも、自分達の事を言ったのかもしれなかった。






でもさ。


うん。


人間、いつかは死ぬじゃん?歳とって。


うん。


その時にさ、一番大好きなヒトを一緒に連れては逝けないし、







だから、一緒に手を取って天国に行けた2人は、幸せだったんじゃないかな。
















それでも。
僚は心の中で、今大人になった自分を、
2人に見せる事が出来たら良かったと、やっぱりそう思った。







おじいちゃんには、黙ってようね。この先の事。


あぁ。そうだな。






香がふんわりと笑う。
ついさっき、目の縁に溜まっていた水滴が、柔らかな頬を伝って月明かりに煌めく。
もう香は庭を眺めながら、
この世界で、初めて観てから虜になっている
大江戸捜査網(杉良太郎・主演)のテーマソングを、ハミングで口遊んでいる。



やっぱり、香は可愛い。



この時の、博士と助手はまだ。
次の悩みが、元の世界に帰れるのかどうかだという事には、気が付いて無かった。
偉大な発明を成し遂げた2人は、意外と間抜けだ。




(つづく)





⑧ スイッチ

それで・・・どうやって帰るの???





前夜に目出度い宴が繰り広げられた屋敷のガレージに、3人は呆然と立っていた。
出身高校の偏差値が43の助手の、至極もっともな呟きがポツリと響く。
40年後からやって来たのは、数日前の事だった。
初めこそ、得体の知れない(しかし外見は良く見知った)2人組に困惑した祖父も。
今では2人が、未来から来た孫とその助手(祖父は、恋人だと思っている。)を、
まるで疑ってはいない。
その不思議な言葉遣いも、仕草も、2人の掛け合いも。
1970年代の、若い男女のモノでは無い。
この世界では、そんな風にコミュニケーションを図る男女は。
恋人同士、もしくは夫婦以外考えられない。
それでも2人は、ただの博士と助手だという。
21世紀から来たというその2人が、祖父にとっては未来への希望のような気がした。
多分。
こんな2人が暮らす世界は、平和な気がする。






ねえ、りょお。未来に戻るスイッチはどれ???





数分前。
香が1919号の助手席に座って、怪訝な表情で僚を見上げる。
1919号の外に突っ立ったままの僚が、苦笑しながら咥え煙草で、頭を掻く。
香と祖父の視線が、僚の返事を待つ。





・・・。


????







ん~~~~と、それが。


それが?


研究室の壁の、照明のスイッチの、隣。







僚が淡々と答えて、シパシパと大きく瞬きをする。
静かにマールボロの煙を鼻から吐き出す。
一瞬、その他2名には、僚の言葉の意味する所が解らなかった。
数十秒の沈黙を破って、香が事態の重大さに漸く気付く。








はぁ?!
なにそれ
有り得ない
やだ
馬鹿なの?
帰れないじゃなぁぁぁぁい!!!






次の瞬間、香の手の中に巨大木槌が出現し、瞬く間に僚を叩き潰した。
僚にとっては、久し振りの慣れた痛みだった。
土煙の上がるガレージの土間にめり込んだ僚が、小さく呻きながら言い訳をする。





いや、だってほら、これ完成品じゃねぇし、そもそも。




その開発者の言い訳を、他2名が聞き取れたかは不明だ。
僚は何故だか、過去や未来にタイムスリップする機能を1919号に搭載はしたが。
肝心の元の世界に帰って来るシステムは、研究室に作りつけてしまった。
これに関しては、僚に言わせれば色々と理由もあるのだが。
一番の理由は、まだその両方の機能を同時に搭載するには、
1919号のサイズにまで小型化するには、至って無いのだ。
そこがこれからの研究課題ではあったのだが、
如何せんその前にタイムスリップしてしまったというワケだ。

















“なに、焦らんでも、良い方法が見付かるまで家に居て構わんぞ?”

祖父はそう言って、2人を取り成す。



“・・・信じらんない(涙)マックのクーポン、今月いっぱい迄なのに・・・”

香はしょんぼりと体育座りで、しょげている。



“だぁああっっ!わぁあったよっっ ちょっと待て、今考えっからっっ”

僚はそう言うと、
ツナギのポケットから何やら愛用のメモ帳とペンを取り出して、複雑な数式を組み立て始める。












しかし。
こういう時に意外に、その柔軟な発想力を発揮するのは、僚の可愛い助手だったりする。
そして、その飽くなき執念の原動力と言うのも。
マクドナルドのフライドポテト半額券の有効期限が切れる前に、
何としても帰らなければという、その一心であったりするから侮れない。






ん?ちょっとまてよ・・・





しょんぼりしていた筈の香の瞳に、力が宿る。
そのキラキラ輝いた紅茶色の瞳で、香は僚の祖父をジッと見詰める。
見詰められて祖父は、頬を染める。
それを見て僚は、眉を顰める。





おじいちゃんっっ!!


なんじゃ?カオリン





香は1人で満面の笑みで口角を持ち上げる。
良い方法を閃いたのだ。
思わず僚と祖父は、顔を見合わせて首を傾げる。






おじいちゃんに、頼めば良いんだよっっ!!


・・・???






だぁからっっ、私達が未来から来た事を知ってて、その上、
元の世界でおじいちゃん、ピンピンしてるじゃんっっ!!



あ。





僚と祖父が同時に、気が付いた。
香はコクコクと頷く。






だから、40年後の今日、この時間、
りょおの研究室のスイッチを、おじいちゃんに押して貰えば良いんだよ。


おぉぉぉぉ、でかしたっっカオリン。お利口お利口。






僚がそう言って、香の柔らかなクセ毛を撫でた。
香は意外と、僚の助手としてなかなかいい仕事をする事もある。



(つづく)




最終話 博士と恋人

その意外にも単純な事に気が付いた3人を、昼飯が出来たと猫村が呼びに来た。




それから、40年前の世界で最後になる食事を、40歳分若い祖父と共にした。
その後、香は一宿一飯(一泊じゃないケド)のお礼だとかで、
一通り、広い屋敷の中を掃除して回った。
だから。
祖父との40年先の約束は、ガレージに居た2時間後に決めた。
僚は色々、話したい事もあったけど。
何も話さずに、静かに祖父とコーヒーを飲んだ。
もし、何かを言ったら。
この先、彼が。
大事な1人息子とその嫁を喪う事を、知られてしまいそうで。
僚には何も言えなかった。















ふぉふぉふぉ、僚よ。お前さん、良い助手を持ったのぉ・・・





祖父がそう言った時、1919号に乗り込んだ2人の景色が。
少しづつ歪み始めた。
目映い光が辺りを包む。




おじいちゃぁぁん、ありがとお~~~




もう既に聞こえているかどうか微妙なタイミングで、香が大きく手を振る。
確か。
この世界に来るまでに、数十秒は掛かった気がする。
来る時は、突然の出来事でシッカリと目を瞑っていたのを覚えているので。
僚は今度は冷静に、周りを見てみた。
周りは真っ白な光の中で、隣の席の相棒は来た時同様、しっかりと目を閉じている。
光の粒を反射して輝く香の白い頬は、僚がきっと今一番欲しいもので。
香と一緒にこんな不思議な体験をした事が、妙に可笑しくて。
気が付くと僚は。





香に口付ていた。



それは、夢に見た以上に柔らかで。
それでいて、僚の唇を小さく押し返した。
自分の無精ひげが、香の柔らかな肌に当たるのが分かる。
まるで子供のように、ギュッと目を瞑っていた香が。
驚いて目を開ける。
僚は香を見詰めて目を細める。





サンキュー、パートナー。おまぁが、相方で良かった。




そう言ってもう一度だけ、軽く触れるだけのキスをすると。
香はクスクス笑いながら、チクチクすると言った。
僚はもう一度、笑う香の吐息ごと飲み込んで深く口付た。
時空の波間を漂いながら、2人は初めてのキスをした。
その頃には、しっかりと閉じた瞼越しに。
少しづつ、光が弱まって行くのを感じた。
















ふぉふぉふぉ、お前さん達、熱いのぉ。




気が付くと、1919号のドアが外から開かれた。
そこに居たのは、いつもの見慣れた白髪の祖父だった。
研究室の真ん中に、2人は帰って来たのだ。
キスをしながら。


















ホンの少し、未来。





相変わらず年齢不詳の祖父は、ボケ知らずで元気だ。
祖父の家に長年勤めて来た家政婦・猫村は。
実は40年前のあの時に、それまで苦手だった椎茸が食べられるようになったらしい。
それに気が付いたのは、僚たちが未来に帰った後だったという。
恐らくは、ツンデレ治療器の効果だろう。
そして、博士と助手も相変わらずの通常運転で、仲良く暮らしている。











ねぇねぇ、カオリン。


なぁに???


これ、何だと思う?






僚の手には、ベルベットのリボンのようなモノが握られている。
真っ赤なリボン。

香は僚のお下がりのブカブカのジーンズに、
ピッタリとした細身のリブ編みの、黒いタートルネックセーターを着て、
いつもの如く、首を傾げて不思議そうにしている。




なぁに??解んない。



僚は本当に楽しそうに、口角を持ち上げて声を立てずに笑う。
こういう時の僚は、十中八九何かを企んでいるのだけれど。
残念な事に、素直で少しおバカな僚の助手は、いつも気付かない。






この首輪(チョーカー)を、着けたらね。キスしたくなっちゃうんだけど、





僚曰く、来る冬のイベントシーズンに向けて、考えた発明品は。
恋人たちの熱いデートを盛り上げる為の小道具だという事だ。






まだ、効果のほどは確認出来てないんだむふ





そう言って厭らしい笑みを漏らす僚に、香が少しだけ眉を潜めた。
しかし。
以前なら、その手の中に召喚されていた特大木槌は、ココ最近鳴りを潜めている。
香は呆れたように、クスッと笑うと。
古ぼけた事務椅子に座る、僚の膝の上に乗っかる。





それだったら・・・




小悪魔のような紅茶色の瞳を潤ませて、僚の首に腕を回す。
仔猫のような仕草で、艶やかな唇を真っ赤な舌でぺろりと舐める。




実験に協力するのも、助手の務めだよね。




香の言葉に僚が小さく、吐息を零す。
手に持ったベルベットのチョーカーを香のセーターの上から、
細い首に巻き付ける。
直後2人がキスを始めたのは、果たして僚の発明の結果なのか。
それは、まだ誰にも解らない。
今後、更なる検証が不可欠だと、僚は考察する。
そして。
そのベルベットのリボンに、白く光るプラチナのリングがぶら下がっている事を、
香はまだ知らない。








あの時間旅行から数ケ月、
果たして僚が香に“ツンデレ治療器”を使ったのかどうか。
それは本人以外、誰も知らない。





(おしまい)