はじめに

おはこんばんちわ、ケシでございます。


この度、アンソロジー企画を降板した事は、前述の記事でも申し上げましたが、
ご覧になった方もおられるかと存じますが、アンソロジー特設サイト様の方に、
降板の件に関しては直接問い合わせて下さい。という、リンクが貼られております故、
自分なりにこの件に、決着をつける意味でもこの記事を書きます。


アンソロ企画の方に、お声を掛けて戴いたのは正確には記憶しておりませんが春頃の事でした。
恐らくは、4月半ばから5月くらいだったかと記憶しております。
実を申しますと、それから参加者が正式発表される6月末には、
もう既に、原稿を書き上げておりました。
とはいえ、原稿締め切りまでにはまだ1年以上あるので、
その間にまた良いアイデアが浮かべば、
幾つでも書いてその中からベストを選択しよう、というスタンスでアンソロに臨んでおりました。


この度、主催者様には多大な迷惑をお掛けする結果となりましたが、
わがままを承知で、ワタシの考えを受け入れて戴きました。
ワタシが思う事は、そんなに難しい事でも複雑な事でもありません。
書いていて、楽しいから書く。
RKが好きだから書く。
ただ、それだけなのです。
作品を発表する場は沢山あって、色んな媒体で色んな人が好きに創っていて、
その自由さが面白いのであって、
書き手の数だけ色んなRKがいて面白い、というのがワタシの考えです。


そしてこれからも、ワタシはブログで書いていこうと決めたのです。
ただそれだけです。
ココに遊びに来て下さる皆様は、どうしたの?何があったの?なんて詮索される方は、
お一人もいらっしゃいませんでした。
そんな風に、ワタシの気持ちを汲んで戴ける方ばかりに恵まれて、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


ワタシが“アンソロの為に”書いた、最初で最後の作品はアンソロ原稿規格にして、
全11ページ、三部構成からなるお話でした。
それを今日から、三日連続でアップしようと思います。
誰の為でもなく、このお話を書いた自分の為に。
それで、この件に決着をつけようと思います。


また、このお話の挿絵をnase様にお願いする予定にしておりました。
それはワタシとnase様の約束なので、アンソロを降りても続行中です(*´∀`*)
だから、nase様の絵が出来上がり次第、挿絵としてお話の中に組み込みたいと思っております。


いつも、沢山のコメントや拍手に励まされています。
ありがとうございます、という気持ちに変えて
お話を書いていく事でそのお気持ちにお応え出来たらと思います。


                              ケシ
スポンサーサイト



[ 2013/08/22 14:56 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)

昨日見た夢の話し

真っ白な頬が薄ら桃色に染まり、
滑らかな額には玉のような汗が浮かぶ。
額に張付いた一筋の栗色の猫毛を、
僚のしなやかな指先が優しく剥がす。
何度も貪った紅い唇は艶やかに僚を誘惑する。
僚の腕の中で、白い肌は波打ち、薄い背中が甘やかに弓なる。
僚の掌の中に綺麗に収まる丸い膨らみを、柔らかく弄ぶ。
間断なく囀る秘めやかで慎ましやかな嬌声が、
寝室に横たわる湿り気を帯びた親密で濃密な空気が、
僚の理性をも緩やかに蝕む。リミットまで、もうあと僅か―








ホンのあと数秒もすれば、確実にこの上ない快楽を齎したであろうその情事は、
まるでテレビの電源を落とすように、突然消えた。
目を開けた僚の視界にあるのは、いつもの寝室のいつもの乾いた空気と、
真っ暗に成りきれない半端な夜の色だった。
僚の深層に潜む願望が見せた夢は、目覚めた僚を苦しめる。
主に、下半身方面で。


(…夢か。どんだけ溜まってんの、俺。)















香はその最中ずっと、それは夢じゃないのかと半信半疑であった。
結果としてそれは夢だった訳だが、
夢から覚めて以降ドキドキし過ぎて、それから一睡もせずに朝を迎えた。




夢の中の僚の腕の中は、非常に温かで、心地良かった。
これまで幾度か、行きがかり上(主に仕事の場面で。)
僚に抱き止められる事はあったけれど、それは明らかに、異なる種類の抱擁だった。
僚の腕という柔らかな拘束具の中で、香は緩やかに窒息する。
見た目以上に柔らかで肉厚な僚の唇と舌が、遠慮なく香を蕩けさせた。
香の柔らかで敏感な口腔粘膜に、僚という別の個体が侵入する。
歯茎をなぞり、舌を絡め、唾液を啜る。
香がそれを夢だと疑ってかかったのは、マールボロのフレイバーがしなかったからかもしれない。
なにせ香は、これまで生きて来て未だキスという行為を知らない。
まさか、キッスがレモンの味がするだなんて事は、思っちゃいないけれど。
少なくとも、僚とキスをしたとすればきっと。
煙草味なんだろうな、と乙女心に想像していた。



(…やっぱ夢?  どんだけ欲求不満なの、私。)











2人は本人同士の見解はどうあれ、似た者同士だ。
これは周囲の人間(主に人を見る目に関しては長けた同業者諸氏である)
全員の満場一致の見解である。
不本意ながら、如何わしい願望交じりの淫らな夢を見たのも、同じ晩の事であった。



そんな夢を見たちょうど半年ほど前。
同業者であり友人の、伊集院夫妻が奥多摩の教会で結婚式を挙げた。
その日、彼らのラブラブっぷりに中てられたのか、
それともおまけで付いてきたゴタゴタに平常心を欠いていたのか、
僚は柄にも無く本心を吐露してしまった。
これまで長きに亘り、大事に仕舞い過ぎて些か醗酵しかけた僚の恋心である。
それからの2人は、これと言って変化が無いようでも有り、有るようでも無い。
早い話が、まだやって無い。



それでも厳密に言えば、変化は無くも無い。
僚は香に対して、あれから常に悶々と煩悩を滾らせている。
昔から、香相手にモッコリしなかった訳でも無いけれど、
それは理性を働かせて抑え込む事で、ギリギリの均衡を保っていたのだ。
そんな僚の密やかな涙ぐましい努力など、天然全開の相方は毛頭知る由も無い。
今まで6年間、そうやって騙し騙し抑え込んで来た僚の煩悩は、
ここの所一挙に勢力を拡大している。
風船だって、膨らませ過ぎるといつかは破裂する。
地底のマグマだって、度々噴火する。
大雨が降れば、防波堤だって決壊する事も有り得るのだ。
それは僚の煩悩とて、例外では無い。


そもそも、槇村香という女は自覚が足らないのだと、僚は思う。
己がどれだけ、僚の煩悩を刺激しているのかという点に於いて。


風呂上りに、平気な顔でノーブラ及びタンクトップという出で立ちでウロウロしていたり。
何の疑問も抱かずに、僚のエロ本だらけのベッドの下に掃除機をかけたり。
帰りの遅い僚を待ち構える予定が、リビングのソファで無防備に眠りこけたり。
僚の人聞きの悪いジョークに、意外にもニヤッと笑って見せたり。


直接的な視覚を介した刺激もあれば、もっと深い所で。
香の言動が、僚の心に直接的に作用する時もある。
例えば、それこそ仕事の場面で、ここぞという時に絶妙に、
これ以上無いほどのアシストを見せる事がある。
そんな時、僚は無性に心を掻き乱される。軽く絶頂に達してしまいそうな位に。
それを強いて言葉に言い換えるとすれば、一体感。
パートナーは香に限る、という絶対的で揺るぎ無い感覚。
だからこそ僚は、あの湖の畔で宣言したのだ。
香と共に、死ぬまで生きていくという事を。
それが男女の仲であろうが、相棒同士としての絆だろうが、
そんな全てをひっくるめて僚は香が恋しい。


相棒としてのキャリアは、この6年で充分に重ねた。
あともう一つ、僚が重ねたいのは、唇だったり、躰だったりする。
僚の相棒は、無自覚で最強な誘惑者であったりもする。
















ここ数ヶ月、香にはずっと思い返している言葉がある。



『俺は何がなんでも愛する者のために生き延びるし、
何がなんでも愛する者を、守り抜く。』



その言葉は、確かにあの冴羽僚の口から出たのに間違いは無い。  
誰あろう香自身がその耳でハッキリと聴いた。
あの時、あの場所で、あのシチュエーションをもってして、
あの言葉をジョークで言えるほど、僚が軽薄な男だとは思いたくない。
それでもやっぱり、あの日の言葉は。香には、俄かには信じ難い。


これまでの数年間、十代の後半から二十代前半にかけて、
香の最も輝くべき青春は、僚への片想いに彩られている。
男女だと言われた。
僚がこの世で唯一、モッコリしない女だと言われた。
そう言えば、豊満なウェストに引き締まったバストだとも言われた。
だから香は今更、僚に女として見られる事も、
ましてや愛される存在になろうなどという事にも、一切、頓着していなかった。


それよりも大切な事は。
僚の傍で、僚の無事を、ただただ祈り続ける事。
これまで色々な幸せを失い続けて生きて来た僚を、最後まで1人にしない事。
たとえそれが空元気でも、僚の隣でずっと笑い続ける事。


だからあの日、不意にあんな言葉を貰った香は。
未だ、それを自分の中で消化出来ずにいる。
僚の言う【愛する】という言葉の意味を。
【愛する者】という、特別な存在を。


あれから季節も廻って、依頼も数件こなした。
例に漏れる事無き美女からの依頼を、僚は嬉々としてこなし、
如何わしい報酬の無心をしては、香の制裁を余すところなく甘受した。
(表向きは、可哀想な労働担当を装ってはいたけれど。)
そんな僚の本心に気が付かないのは、この世で唯一、香だけで。
依頼人に鼻の下を伸ばし、街行く美女に粉をかけるパートナーに、香の困惑はますます加速した。


根が真面目な香の道徳観念からすれば、【愛する者】とは普通、
好きで好きで仕方無くて、その人以外は眼中に無いという事である。
例えば、香にとっての僚のように。
しかし僚の定義では、どうやら少し意味合いが違うらしい。


【愛する者】と【口説く対象】が、みな並列に存在し得る。
香の拙い脳内イメージとしては、
僚の長年の見果てぬ夢・ハーレムのようなモノであるらしい。
それにしたって、並列に並んでいたとしても、僚は香を選び取ることはしないのだ。
僚の好きなタイプは、自分と違って女らしい大人っぽい色香を纏った女性で。
僚には数多の女性を選べるだけの魅力が有るから仕方無いと、香は頑なに思い込んでいる。
たまさか僚が香を想い、
夜ごと悶々と煩悩と闘っているなどとは露ほどにも気が付いてはいない。





だから香は、あんな夢を見た自分自身に嫌気がさした。
僚とは相棒でいられるだけで充分で、それ以上は何も望まないと心に誓った筈なのに。






本当はきっと、僚に愛されてみたいのだ。




[ 2013/08/22 16:08 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)

昨日見た夢の続き

外は激しい雨が降りしきる。
音の無い、モノクロームの世界で、彼女は静かに扉を閉めた。

取り残された。

何故だか、僚にはそれだけが鮮明に理解出来た。
悲しげな瞳で、彼女は最後に僚を振り返った。
今までだって、別れなど掃いて捨てるほど経験して来た。
それこそ、騙した事も騙された事も有った。
男と女の面倒臭い色恋沙汰など、これまでの僚には何の感慨も、執着も、興味も無かった。
口説いて落とすまでの過程を楽しんだ。
掌の中に収めた勝ち星は、手にした途端すっかり色褪せた。
それなのに、その扉が閉まった瞬間だけは。
何故だか、胸を掻き毟られるような痛みを感じた。
香が行ってしまう。手の届かない何処かへ



……か、おり…



僚は、自分の寝言でハッとして目覚めた。
首筋に冷たい汗がじっとりと滲んでいる。
喉が渇いている。
夢だったと理解しても尚、動悸が治まらない。
同じ屋根の下、6階のあの部屋へと気配を辿る。
脳裏には、何度もあの扉を閉めた瞬間の、少しだけ振り返った香の表情(かお)がちらつく。
それは恐らく、自分が死ぬ事よりも酷い悪夢だ。

窓を打ち付ける雨の音が寝室を包んでいる。














…りょおっ




土砂降りの雨の中をずぶ濡れで、相棒を探して彷徨う。
漸く探し当てた最愛のパートナーは。
真っ赤に染まって、もう既に冷たい。
大きな声でその愛しい名前を何度も呼び続けているのに何故だか、その世界には音も色も無い。
有るのは、雨の音と血の赤。
涙は出ない。
激しい雨と雷が、香の代わりに泣いている。
こんな世界に身を置きながら、香はこんな瞬間を全く想定していなかった。


呼吸の仕方が解らない。
僚がいない世界をどんな風に生きていたのか、もう思い出せない。
出来る事ならこのまま、冷たい雨と一緒に流されて。
2人一緒に、消えて無くなってしまえばいいのにと、
冷たい僚の躰にそっと、寄り添って目を閉じた。


目覚めると、頬には涙が伝って冷たくなっていた。
雨の音は香の部屋を包む。
それが夢だったと解って香は漸く息を吐いた。
痛いほど激しい動悸が胸を締め付ける。
それは、想像もしたく無い程の悪夢で。香は全身汗だくだった。
上の階に眠る彼の事を想う。

どうかこの夜、僚が平らかな夢の世界に居られますようにと、布団の中で香は祈り続けた。
















「おはよう…って、早いわね。珍しい。」


僚が香に起こされるよりも早く、キッチンに顔を出すと、
馥郁とした鰹出汁と葱の薫りが僚の食欲を刺激した。
ニッコリと笑いながら素直な感想を漏らす香は、いつもと何ら変わりない、
否むしろ僚を起こす手間が省けた分、心なしか穏やかな表情だ。


ガスの火を消して、香が味噌を濾す。
途端に、甘い薫りがキッチンを満たす。
豆腐とワカメの味噌汁に、たっぷりの葱。
魚焼きグリルの中では、塩鮭が良い感じに焼けている。
昨夜の残りの煮物に、ニラの卵とじ。
炊飯器からは、炊き立てのご飯を蒸らす湯気が立っている。
僚の座るいつもの席には、朝刊が置いてある。
いつも通りの何の変哲も無い、ありふれた朝。


いつもと違うのは、数時間前、まだ夜も明けきらない暗い寝室で。
嫌な夢を見た事、そしてその後パッタリと睡魔は訪れなかった事。


キッチンに入る前の洗面所で、洗顔と髭剃りを済ませた。
微かに匂う朝餉の薫りに、相棒の存在は間違いなく感じられたけれど。
それでも尚、夢の余韻に引き摺られそうな錯覚を覚えた。
それなのにバカ明るいキッチンで、
ただ一言、「おはよう」と言われただけで、驚くほど僚は安堵した。
夜更けの悪夢を見て以来、漸く現実の世界に帰って来られたと実感する。


香が自分の目の前で生きているという事。
生活を営み、笑って怒って泣く。
それだけで、僚は生きている事を実感する。














僚が起きて来た。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す僚から、
ふわりと、歯磨き粉の薄い薄荷の匂いが薫る。
こんな朝に限って僚は、やけに早起きで。
あんな酷い夢を見た自分を悟られないように、香は精一杯の笑顔で武装する。
そもそも数日前に、僚とキスをする夢を見たあたりから、
この数日、香は自分が自分では無い感覚だった。
僚の前で上手に笑えているか、普段通りに振舞えているのか。
たった2人きりの生活ではそれを判断してくれる相手は、相方だけで。

僚にだけは絶対に知られてはいけないと感じた。
僚と夢の中でキスした事も、僚が夢の世界で死んでしまった事も。

僚に背中を向けて鍋の中のだし汁に味噌を濾しながら、香は小さく息を吐く。
今朝起きて、洗面所で確認した瞼の腫れはそれほど気になるモノでも無かった。
これまでに何回かだけ、同じような夢を見た。
思い出したくなど無いのに、ゾクッとするほど鮮明に記憶している。
夢の最中には気付きもしなかった、濃密な鉄錆のような臭いまで蘇る。
けれど、現実の僚は歯磨き粉のクリアミントと、
プレシェーブローションの懐かしい匂いをさせて、背後で朝刊を読んでいる。
それは香を、ひどく安心させる。
夜の底で香は、まるで大きな男の母親のような気分で安寧な眠りを祈っていた筈なのに、

今は僚の穏やかな気配に、僚に守られている現実を噛み締める。

















「…さんっ、香さん?」


香がハッと顔を上げると、カウンターの向こう側で美樹が心配そうに香を見つめていた。
香は反射的に、笑って誤魔化す。
海坊主はなんでも、【野暮用】とやらで忙しいらしい。
香ばしい薫りの満ちた静かな店内は、そこが新宿のど真ん中である事を忘れさせる。
この無駄に広い店に、人間は美樹と香の2人だけで。
坪効率は、最悪だ。
もっとも呑気なオーナー夫妻は、坪効率を上げるというような、
積極的な商売気は持ち合わせていない。



「どうしたの?…なんか、あった?」



何かを笑って誤魔化そうとしている感みえみえの香に、美樹は穏やかに訊ねる。
香にとって美樹は、他の誰とも違う特別な存在だ。
お互いに暗い影を纏った男を愛してしまった者同士の、連帯感ともいうべき絆で結ばれている。
香は緩やかに首を振る。
特にこれと言って、【何か】があった訳では無い。


伝言板には、今日も依頼は無かったし。それでもここの所、
以前に比べて僚が真面目に働いてくれるようになったので、
(しかしあくまで、以前と比べてという話だ。)生活に支障はない。
元来香は、つましい生活をする事に長けているし、
香が生活全般の諸々を取り仕切っている限り、
僚には節約を強いられているという窮屈さはさほど感じない。

新宿駅東口からこの店を訪れる数分の間に、街中で僚を目撃した。
いつもの彼の日課だ。
街行く美しい女性達に卑猥な口説き文句を浴びせ、
清楚な美人が夜叉のような変貌を遂げるまでの過程を楽しむ、僚の悪趣味なライフワークだ。
取り敢えず香も目撃したからには、
軽い折檻を加えて放置して来たけれど、それはいつもの事なのでどうでもいい。


だから香の思考を捉えて離さないものの正体は、
未明に見た悪夢と、数日前に見た夢の、余韻である。


勿論、香以外の誰も、それを知る者は無い。
誰にもそんな自分の深層心理の表れなど、知られたくない。
というのが、香の気持ちである。
何故だかそれを知られる事は少なからず、
僚と自分の関係に何らかの影響を及ぼすような気がするからだ。
そこまで考えて、香には漸く自分の気持ちに合点が行く。


きっと、怖いのだ。
2人だけの心地良い距離感や、2人の世界が崩壊するのが。
香は弱虫で臆病な自分に苦笑する。


美樹にはその儚い笑顔の意味など読み取れないけれど、
彼女にこんな顔をさせるのは、この世であの男しかいないと、解っている。
しかしそれ以上は追求せずに、香のマグカップにお替わりのコーヒーを注ぐ。
香は注文していないそれに、首を傾げる。
美樹は綺麗なウィンクを見せる。



「…ふふふ。おごりよ。」

「ありがとう。」

香はふんわりと微笑むと、2杯目のコーヒーに口を付けた。

















僚はその街中の公園のベンチにぼんやりと佇み、煙草を吸っていた。

この数年、缶コーヒーは飲まなくなった。
香が自分の元でコーヒーを淹れてくれるようになって、6年と少し。
その間に、何の因果かあの海坊主が超絶別嬪の嫁と呑気に喫茶店なんか始めたから、
外に居たって僚はクソ不味いコーヒーを飲まずに済んでいる。
煙草を吸いながら、何かが足りないと考えて、それがカフェインだという事に思い至るけど。
何故だか今は、誰とも口を利きたくない気分だ。


傍から見れば、能天気で如何わしい新宿の種馬は、意外と繊細な心の持ち主で。
悪友の嫁にお愛想を言う気分でも、
先ほど僚に鈍器を振りかざしてご機嫌斜めの相棒に、
気を遣いながらコーヒーを啜る気分でも無いのだ。

香が恋しい。

この数日、その事ばかりが頭を占領している。
香と夢の中でエッチした感覚が頭から離れてくれない。
そして、僚の手をすり抜けて目の前からいなくなる香の残像が。









怖いのかもしれない。

あんな夢を見た後に、それを全力で否定するかのような夢を見た。
僚には今まで、怖いものなど無かった。
何なら、弾に当たって死んだって構わないと思って生きて来た。でも今は、
香に嫌われるのが、
香に見限られるのが、
香を失う事が怖い。
その夜、僚は一度もアパートには戻らず歓楽街への逃避を試みた。



















あの湖の告白以来、それは初めてだった。
以前には良くある事だった。
遅い時間に起きだして、朝食とも昼食ともつかない食事をして、
少しばかりゴロゴロするとナンパに出掛け、
そのまま何の連絡も寄越さずに、夜中に酔い潰れて帰宅する。
香もいつもの事過ぎて、その事に何の疑問も感じない毎日だったし、
それが冴羽僚という男だと思っていた。
だから偶に、僚が何処にも行かず家でのんびりとテレビなど観ていると、
妙に弾んだ気持ちになったりしていたけれど今頃になって、香は気が付いた。


そう言えば僚はあの日から、
たとえ外に飲みに行ったとしても、必ず夕飯は食べに帰って来ていた。
なんだかんだ言いながら、この半年、
少しだけ2人の距離は縮んでいたのかもしれなかった。
気付かぬほど穏やかなペースで。
香はシャワーを浴びながら、少しだけ泣いた。
頭から降り注ぐ生暖かい滴に紛れて、ホンの数パーセントの涙が香の頬を濡らす。
気付いてしまった後で、またあの淋しい日々に逆戻りする事は、以前にも増してきっと淋しい。










キッチンでは、シンクの上に造り付けられた照明だけが灯されて、
鶏とごぼうの炊き込みご飯と、
新玉葱をたっぷり使ったサラダと、
キャベツと油揚げの味噌汁と、
豚肉の生姜焼きが、テーブルの上で僚の帰りを待っている。




[ 2013/08/23 19:09 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(2)

夢が現実に

とても久し振りだった。
香に連絡もせずに、飲みに出た。
内心では晩飯のメニューが非常に気にはなったけれど、僚の足は何故だか盛り場へと向かった。




奥多摩での例の2人の遣り取りからこっち、僚には気を付けている事が幾つかあった。
昔みたいに、香を貶したり男扱いするのを止める事。
さすがに、香に言えない後ろ暗い依頼を明るみにするのは、
まだ出来そうにないけれど、それでも飲み歩きに行く前には必ず、晩飯は家で食べる事。
少しは、素直になってみる事。


そんな決意がどのくらい実行に移せていたかは、甚だ疑問だが。
それでも僚なりに、変わらなければいけないと思っているのは確かなのだ。
というか、変わらなければ苦しむのは己なのだ。
全くの無自覚で、無邪気に誘惑してくる相棒に平常心を保てるほど、僚は出来た人間では無い。
平たく言えば、煩悩の塊だ。
少しづつ、香にはそうと悟らせぬように、僚は着実に香に近づくつもりだった。
けれど、自分で思っていた以上に限界はすぐに訪れた。
ギリギリの心が見せた夢に、少なからず僚は動揺している。



今、香と普段通りに向き合うと、
なんだか取り返しのつかない事を仕出かしそうだった。



理由は無い。
それは、僚の野生の勘で、それはこれまで滅多に外れる事は無かった。
悶々とした葛藤を抱えながら飲む酒は、全然美味しくない。
隣で、けばけばしい化粧を纏った若い女が、営業トークで何か言ってるけれど、
僚には多分関係の無い世界の話しだ。
今の僚が知りたい事は、香の気持ちで。
今の僚が欲しいものは香の色々だ。
どうでもいい余所の女に求めるモノは、例の悪趣味な駆け引きのみで、後のことなど興味は無い。


けれど、香に関しては。
駆け引きなどどうでも良い。
香が欲しい。


僚がふとその事に気が付いた時には、もう日付を跨いだ後だった。
そう思い始めたら、もういてもたっても居られずに、席を立った。
店を出る僚の後ろで、
女の子達が不思議そうに声を掛けていたけどそんな事に構っている余裕は無かった。

家に帰らないと。













アパートの前の歩道で、僚は6階の2人のリビングを見上げる。
これまでなら、まだ相棒は起きて待っているだろう時間に。
照明は消えていた。
僚の心がざわつく。
何者かに心臓を掴まれるように、キュウと胸が痛む。
何を期待していたんだろう?と、自問する。
無意識に早足で、6階までの階段を一気に上がる。
ジャケットの内ポケットから、鍵を取り出すのももどかしくイラつきながら玄関を開ける。

途端に、少しだけ落ち着く。いつもの、我家の匂いだ。




まず、一番にキッチンに入る。

ここの主は、間違い無く僚ではなくて相棒だ。
香に見られたら小言の一つでも言われそうだけど、
僚は手も洗わずに冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのボトルに直接口を付ける。
少しづつ、普段の自分が戻ってくる。
水を飲みながら、冷蔵庫の中を見る。
ラップを掛けられた、サラダと生姜焼き。
多分、コンロの上の鍋には味噌汁と、炊飯器の中には僚の好きな炊き込みご飯が入っている筈だ。
先ほどから、微かにごぼうの薫りがしている。
焦燥感が薄れるのに比例して、僚の胸に後悔の黒い染みが広がる。
いつもみたいに、夕方に帰って来て香と向かい合って食べれば良かった。
何のオチも無い、いつもの香の世間話を聞きながら。













香は客間で眠っていた。この部屋はいつも、香の匂いがする。
シャンプーと、香の使っているボディクリームの甘やかな薫り。
僚は気配を殺して、香の枕元に近づく。
小さな寝息と、静かに上下する軽い羽毛布団の下の胸元。
香が生きているという証。
それが僚をひどく落ち着かせもすれば、掻き乱しもする。

不思議な存在。
世界で唯一の存在。

僚は無意識に、その柔らかな頬を撫でる。
起きている時には、触れる事を躊躇われるその頬に、
僚はこれまで何度こうして触れて来ただろう。
香は多分、知らない。
自分の存在が、どれだけ僚を支えているか。
愛している、と思う。
人を愛する資格など無い僚が、その人生で唯一、初めて本気で求めている。狂おしいほど。
先ほどの焦燥感とは別の、言葉に形容しがたい衝動が僚を襲う。

もっと、触れたい。

気が付くと僚は、アルコールの匂いの唇で。
小さく生温い寝息を飲み込んだ。
想像通りに柔らかで弾力のある艶やかな唇は、
一瞬だけ触れて離れた瞬間に、もう一度欲しくなる。

もう一度だけ。

僚が邪な欲望に突き動かされそうになったその時、香が小さく身じろいだ。
僚が焦って、香と距離を取ろうとするよりも一瞬早く、香の丸い瞳が、パチッと開いた。
その距離、ホンの十センチメートルほどで、僚の掌に汗が滲む。

















…りょお?











香の声は、寝起きのぼんやりした舌足らずなものだった。
僚はヤバいという気持ちとは裏腹に、そんな香に不覚にもドキドキしてしまう。
ここはひとつ、何か上手い言い訳でもと、目まぐるしく脳内を働かせる。
しかしこの後、僚のなけなしの理性を崩壊させたのは、他でもないこの目の前の相棒だった。






「なんで?」

「へ?」

「なんで、りょおは…」

「…。」


・・・・・・夢の中だけ、優しいの?










香の薄茶色の瞳に、薄らと涙の膜が覆っている。
ハッキリと、でも微かな声で香はそう言った。

本当は、優しくしたい。
大切に自分の腕の中に仕舞って、香を独り占めにしたい。
香の眼に、自分だけが映るように。
香の口から、自分の名だけが紡がれるように。
香の胸を満たすのが、自分であり続けるように。





僚が生まれて初めて望んだ夢は、香に愛して貰う事だけだ。





香の瞳を覆う涙が飽和して、一滴頬を伝う。
僚はもう、何も考えるのは止そうと思う。
喪うかもしれないとか、嫌がられるかもしれないとか、悪い事はすべて。
多分、恐れる事は馬鹿げている。
今までだって、怖いものなど無かった筈だ。


僚は香の頬を両手で包むと、その柔らかで艶やかな唇に口付けた。
柔らかな口付けの合間に、香がはっきりと目覚める。
僚の背中に華奢な腕を回しながら、拙いながらも僚の口付けに精一杯応える。
舌が絡まる。
アルコール風味の僚の唾液を、コクンと飲み下す。
香の唇を舌先を僚が柔らかく甘噛みする。
香が夢の中で見たキスのようで、それは全く違うモノだった。
それは。
僚の感情がダイレクトに、香に伝わるような。
言葉という曖昧で不確かなコミュニケーションをすっ飛ばして、
僚の気持ちを直に感じられるような、
脳味噌に一生忘れない記憶を刻み付けるような、
僚のものになるという甘美な願いを現実のものとするような、
この6年間の2人の全てを一瞬にして甘いものに変える、魔法のようだった。



…香?



僚の声は掠れていた。
長いようで短くて、短いようで長い口付けの後で。
僚は香の耳に口を寄せて、囁く。
耳に掛かる僚の吐息に、香はくすぐったいような、ゾクゾクするような、
今までに感じた事のない感覚に包まれる。



良い?



何が、という事は。
僚が全てを言葉にしなくとも、香に伝わった。
香は真っ赤な顔で、小さく頷いた。






























僚が一旦、香から離れてジャケットとジーンズを脱ぎ捨てる。


香の部屋のシングルベッドの、羽毛の掛布団の中に潜り込む。


Tシャツとボクサーパンツ姿の僚が、


ゆっくりと香のパジャマのボタンに指をかけて寛げてゆく。


その合間にも口付けは交わされ、客間の空気は湿度を増してゆく。


香は不思議と恐れる事無く、自然とそれを受け止める。


きっと相手が、僚だから。


初めての手探りの世界も、怖くない。


いつだって僚が一緒なら、何も怖く無かったし、楽しかった。


香にとって、怖い事は。


この世界から、僚という存在が無くなってしまう事。


だからこれは、







多分、これからの新しい2人の始まり。

















真っ白な頬に朱が混じる。
滑らかな素肌の上に汗が滲む。
襟足の柔らかな癖毛が、しっとりとうなじに張付く。
熟したチェリーのような唇が僚を誘う。
無垢でうぶだった筈のパートナーが、俄かに匂い立つ。
僚のリミッターが砕け散る。
熱がこもり、意識は拡散と集中を繰り返す。
思考よりも速く、本能が僚を支配する。



突き動かす。


魂を揺さぶる。


夢が現実(ほんとう)になる、夜更け。



[ 2013/08/24 18:41 ] 夢三夜 | TB(0) | CM(0)