リクエストの結果発表でございますm(_ _)m

こんばんわ~~~、ケシでございますっっ


30000Hits企画続報でございます!!


昨日、1日限定でリクエスト募集・専用記事を掲載しておりまして。
皆様方の心躍るリクエストの数々を頂戴いたしましたっっ ヽ(*´∀`*)ノうわぁい

結果、総勢29名の方々から、嬉しいコメントを戴きまして。
なんと、1人の方もご要望が被る事も無く、つつがなく終了致しました

下記に、お名前を発表させて戴きますっっ
畳んでおきますので、良かったらご覧になってみて下さい!!
ご協力・感謝申し上げます m(_ _)m


  それでは、ポチッとな 
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[ 2013/03/11 19:30 ] 30000Hits企画 | TB(0) | CM(6)

※基本スペック※必読※

30000Hits Req. Vol.1 ケシ meets nao

                『6年目の相棒』

いよいよ、始動いたしましたっっ。30000ヒット企画!!
第1弾は、naoさんリクエストによる続き物のお話しになります m(_ _)m
尚、このお話しはパラレル仕様となっておりますので、
以下のスペックをお読みなって、OK、大丈夫!!という方のみ、

『① バディ』へと、お進みくださいませっっ





【 槇村 香 】     刑事になって2年目の、新米。
              ずば抜けた身体能力と、モデル並みのルックスの持主。
              お偉方は、イメージアップの為のマスコット的存在として扱いたいけど、
              本人は、“ある目的”の為に刑事になった強い意志があり、
              チャラチャラした雑務をさせられる事への激しい抵抗感がある。
              しかし、人が好いのと、生来の責任感の強さから、結局与えられた仕事はこなす。

              
【ミック A.】      元FBI捜査官を経て、犯罪心理学のスペシャリストとして登用される。刑事。
              とある組織犯罪の捜査で、香とバディを組む事になる。
              香の事が前々から超好きで、狙っている。


【 野上 冴子 】     香とミックの直属の指揮官。先輩刑事。
              父親は警視総監。


【 佐伯 竜馬 】     香とミックが追っている犯罪組織の、キーパーソン。
(冴羽 僚)       その素性は、謎のベールに包まれており、
              どんなデータベースに照会しても身元は明らかにならない。
              警察が把握している限りでは、犯罪歴も無し。
              どうやら偽名の可能性あり。


【 槇村 秀幸 】     6年前のとある捜査の途中で、殉職。
              香の兄。当時は、香がまだ20歳になったばかりだった。






それでわ、皆様。
30000Hitsの感謝を込めて、スタートでっすっっ!!




  

① バディ

「失礼します。すみませんっっ、遅くなりましたっっ」



槇村香が、先輩刑事の野上冴子からミーティング・ルームに来るように言われて、
もう既に、30分以上が経過していた。
それから間の悪いモノで、予定外の電話が入ったり、上司に呼ばれたりで。
気が付くと、冴子を待たせてしまっていた。


「構わないわ、忙しいのは解ってるから。どうぞ。」


香が慌ただしくその手狭な会議室に赴いた時、
冴子は大きめのテーブルに、所狭しと様々な捜査資料を並べ始めた。
その中には、目を背けたくなるような生々しい現場写真も多く含まれており。
香は刑事になりたての頃は、何度見てもイヤな汗が出て直視出来なかったモノだが、
漸く近頃は、慣れつつあった。
その資料の膨大さと、写真の生々しさから、その事件の凶悪さが窺える。
それはとある、人身売買組織の捜査である。
香はこの捜査を担当する為に刑事になった、と言っても過言では無い。


「本当に、イイのね?」

「はい。」

「生半可な事件じゃないわよ。」

「はい。」



香の意志の強い眼差しに、冴子は一瞬、フッと表情を和らげる。
その目に、確かな彼女の兄の存在を感じる。

冴子が少しだけ、表情を軽くする。
綺麗なヒトだと、香は改めて思う。
どんなやり手の刑事とも対等に渡り合い、男性顔負けの仕事をバリバリこなす頼れる先輩。
冴子は、香の憧れで、目標で。
死んだ兄の、元相棒だ。



「私の目標の1つは、この事件を解決する事です。その為に、この部署に配属を望んだんです。」


香がキッパリとそう言った。
冴子が小さく微笑んで、頷いた。
もう、6年になる。


「解ってるわ、一緒に闘いましょう。
 それでなんだけど、貴女の相棒に、ミックを推してるの。
 早速、明日から彼と組んで捜査に当たって頂戴。」


「はい。頑張ります。」










その日、香はそれからの数時間を、これまでの捜査の事務手続きに追われていた。
その案件は、犯人も検挙し大方の目処はついている。
とは言え、翌日から別の事件に当たる事となった為に、引継ぎの為の事務手続きは必要である。
香は残業を覚悟していた。



気が付くと、外はもう真っ暗だった。
仕事柄、昼も夜も関係無い職場だけど、それでも同じフロアには殆ど誰も居なかった。
1人2人と、帰ってゆく度に、先輩たちは苦笑しながら香に同情してくれた。

“あまり無理すんなよ~~~、お疲れさん。”

そういう彼らに、香も笑って応えながら軽く溜息を吐く。
正直言って、香は事務仕事は苦手だ。



香が手元の資料とにらめっこしていると、コトリと傍らにマグカップが置かれた。
香が愛用している、アイボリーの厚手のミルクガラスのカップだ。
中には琥珀色の香ばしい液体が揺れている。



「ハイ、カオリ。お疲れ。」


「あ。ミック、ありがとう。」


香が顔を上げると、明日から己の相棒となるミック・エンジェルが居た。
彼は香の随分先輩だけれど、堅苦しく“先輩”などと呼ばれるのは性に合わないと、
ミックと呼べと、初めて会った時にそう言われた。
ミックは普段、とても紳士的で。
彼の生まれのお国柄、常にレディ・ファーストである。


「どう致しまして。これぐらい、お安い御用さ、相棒。」


「あ、ご挨拶がまだでした。ゴメンなさい。」


香がそう言って、デスクから立ち上がるとペコリと頭を下げた。
ミックは苦笑しながら、被りを振る。


「Oh,堅苦しいのは無しだよ、カオリ。君が忙しくしていたのは知ってるから大丈夫。」


そう言って、爽やかに微笑んだのも束の間。
香の隙をついて、ミックは香との間合いを絶妙に詰める。


「そんな事より、」

「え?」




「今晩、相棒としての親睦を深める為にも、デートしない??カオリン♪グフッッ」


「すみません、お断りします。」






そうなのだ。
ミックは紳士的で、スマートで、頼りがいのある先輩で。
途轍もなく、スケベだった。
何かというと、こうしてデートに誘うのがデフォルトだ。
この時の香は、誰にでもこんな事言ってんでしょ、位にしか捉えてはいなかったけれど。
実の所、ミックが誘うのは香だからである。



こうして、ミックと香のバディが誕生した。



(つづく)


② 影(シャドウ)

その犯罪組織の起源は、中華系マフィアだ。
近年では、中南米の巨大な麻薬密売組織とも、水面下で手を結んでおり。
(とは言え、奴らは私利私欲の為なら、平気で裏切りもすれば抗争も厭わない。)
元々は全く関係の無い、日本のアンダーグラウンド界にも少しづつ根を張りつつある。
その凶悪さ、狡猾さは、“ジャパニーズ・ヤクザ”などの比では無い。


彼らの主なシノギは、人身売買だ。
子供や若者の臓器は高値で取引される。
若い女は、また別の意味で売り買いされる。
勿論、原材料となる“人身”を、日本国内で調達するにはなかなか難しい側面がある。
実際の売買の現場は、主に大陸の彼の国で行われる事が殆どだ。
日本での組織の役割は、主に東アジア全域のマーケットの確保と管理。
そして、中南米系の麻薬絡みの取引の窓口。

彼の国では、僅かな金と世帯の口減らし(タテマエは、1人っ子が原則だ。)と引き換えに、
我が子を売りに出す親もいる。
母体のある彼の国と違い、人1人失踪すれば日本では大騒ぎになるのは必至で。
(それが子供や若者となれば、尚更。)リスクの大きな取引は日本ではしない。
その反面、日本ではクスリ絡みのマーケットは、ある程度確立されている。
また、クスリ欲しさに簡単に、罠にかかる女もいる。
クスリの売買と、高利貸しは表裏一体で。
クスリに溺れて借金を重ねて、売り飛ばされる。
それらの一連の流れは、全てこの組織の中で完結しているのだ。
何処までが嘘か本当か、これはあくまで噂の域をでない情報ではあるが、
酷い話しになると、両手両足を切断されて所謂“ダルマ”という状態で、
富豪の慰み者として、売り飛ばされるケースもあるらしい。


その組織には、秩序も慈悲も無く。
只有るのは、金を生み出すという目的のみである。







それは一見、普通のオフィス・ビルに存在する普通の事務所で。
出入りする人間も見た所、何処にでもいるビジネスマン風の男達である。
一応、登記上は健康食品や健康器具を取り扱う商社。
しかし、その実態は。
企業を隠れ蓑にした、組織の出先機関である。
多くの者が、日本に帰化した中華系の組織の構成員だ。





アイツはこれまで、結構色んな案件で実質手を下していると思われるメンバーだ。




ミックが路肩に停めた捜査車両の中で、遠くから1人の優男風に目を向ける。
香も真剣に、ミックの説明に聞き入る。
この2時間の内、一所にずっと同じ車があると不審がられるので。
少しづつ場所を移動しながら、それでもそのビルを監視出来る所に微妙に移動する。
ミックは数年前から、この件を担当しておりその辺の事情には明るい。


この間、同じビルの中の別会社の人間もいるので、
実際に香が顔を確認できたのは、今の所3人だ。
こんな日常の風景に溶け込んで、凶悪な世界が口を開けて潜んでいるという事に、
香は正直、背筋が凍った。
普通の平和なOLがにこやかに出入りし、仕事をしているその同じ建物の中に。
アジアの様々な場所へと、女を売り飛ばしている鬼畜が潜んでいるのだ。




あ、影(シャドウ)。




それまで、真剣に目を光らせていたミックが小さく呟いた。
香も思わず、訊き返す。





シャドウって?


アイツのコードネームさ、あのダークスーツの。




そう言ってミックが指さした先には、これまでの構成員とは明らかに一線を画した大きな背中が見えた。
香が視線を向けた時には、“影”は背中を向けて立っており、その表情を窺う事は出来なかった。





アイツは、組織の日本支部の中でも結構、重要なポジションにいるらしいけど。
実際の所、素性は良く解っていないんだ。
名前は、佐伯竜馬。でも、偽名を使っている可能性は非常に高い。




ミックの説明を聞きながら、香はシャドウの背中を見詰めていた。
その時、一瞬だけ彼が2人の方へと顔を向けた。
どうやら片手には、携帯電話を握っていて誰かと通話中のようだった。
一瞬、チラリとミックと香の方へ視線を走らせて、シャドウは建物の中へと消えた。





恐らくヤツの素性さえ掴めば、捜査も随分展開するんじゃないかと思うよ。
でも、アイツは一筋縄じゃいかないんだ・・・
何故だかアイツの周辺を探ろうとすると、たちまち煙幕を張ったように不思議と邪魔が入るんだ。
ボクの予想では、警察の中にヤツと内通している者がいるんじゃないかと思う。





香は、ミックのそんな解説を、何処か上の空で聞いていた。
シャドウ。
影と呼ばれるその男の、真っ黒な瞳を直視してしまった。
その一瞬で、彼がどんな顔だったのか、綺麗サッパリ吹き飛んでしまった。
ただ力強い視線だけが、香の脳裏にフラッシュ・バックする。
真っ黒な瞳に、黒く艶やかな頭髪、黒いスーツ。


シャドウという名は、彼にピッタリの通り名だ。



(つづく)

③ 寝覚め

それは季節の変わり目、生温い春の嵐だった。




気温の乱高下の激しい季節に、アイツは着古したトレンチ・コートを羽織っていた。
殉職した偉大な先輩でもある父が目標だと、いつも語っていた表情は穏やかで。
あの日激しい雨の中で、自分の腕の中で、少しづつ冷たくなっていったアイツの事は、
この6年、一時たりとも忘れる事は無かった。





















僚は嫌な汗を掻きながら、妙な時間に目覚めた。


寝室の窓の外では、春の嵐が吹き荒れているようで。
雨粒が窓ガラスを叩く音が聞こえる。
先程の夢の続きとリンクして、心臓が煩いほど脈打つ。
喉の渇きに、この時漸く気が付いた。


あの組織に目を掛けられ、出入りするようになって6年。
僚の生活は、リアリティを無くしている。
全てが虚構で、全てが現実で、結局全てが僚の人生では無い。
















生活感の薄いキッチンの、アンティークばりの年代物の冷蔵庫にはビールと水のボトルがあるだけで。
僚は迷わず、ビールを1本取り出す。
アルコールを摂取すると、そのアルコールを分解する為にそれ以上の水分を身体は必要とする。
だから、渇きを癒す為に酒を飲んでも、最終的には渇きは増すだけだ。
喉の奥を発泡性の冷たいアルコールが通り過ぎる。
心地イイと感じるのは、この時だけで。
これはただの錯覚だ。


目に見える事だけが、物事の真理では無い。


このままもう一度、寝床に潜って二度寝を貪っても、
次、目覚める時には、より強烈な渇きに見舞われる。










昼間、事務所の周りに張っていたシルバーのマークⅡは、恐らく警察車両だ。
何度か見掛けた事のある、ブロンドの男。
まさか日本の警察組織に、欧米人と思しきヤツがいるとは思わないだろうという奴らの腹か。
それでも僚の直感は、結構当たるのだ。
助手席に居た若い女は、初めて見る顔だった。


けれど少しだけ、なにか心に引っ掛かるものを感じていた。


彼女の強い眼差しが印象的だった。
職業柄僚は、一瞬で他人の特徴を覚え、記憶する事を得意としている。
大抵、一度見た顔は忘れない。
けれど、今現在、寝起きの僚の頭の中の彼女は。
ボンヤリとしたイメージの塊で。
真っ直ぐな薄茶色の瞳と、強い視線以外、細部はぼやけている。
多分、このビールを流し込んで、もう一度惰眠を貪れば。
そのイメージすら、霧散してしまいそうな程の感覚だ。



けれどあの強い眼差しだけは、僚の脳内にクッキリと刻み込まれている。
まるで、さっき見た夢の記憶のように。




(つづく)

④ 制服

槇村香は憤慨していた。






この時期は、春の交通安全キャンペーン絶賛実施中だ。
義務教育の子供たちは、概ね春休み中で。
休み明けは、新入学シーズンに突入する。
小学生の通学路は勿論、中高生の自転車にも、運転者は一層気を配らないといけない季節だ。






「・・・だからって、何で私なんですかっっ」


昼食のサンドウィッチを頬張りながら、香は冴子に愚痴る。
その日は朝から、ここ数日の張り込みの経過をミックと2人で冴子に報告していた。
その途中で、香が署長室に呼ばれたのだ。
冴子は思わず苦笑しながらも、香を宥める。




「まぁまぁ、署長直々にご指名なんでしょ?名誉な事よ。」

「・・・全然、嬉しくないです(怒)そもそも、交通課ならもっと可愛い子が沢山いるじゃないですかっっ」



冴子とミックは顔を見合わせて、肩を竦める。
明日、交通安全のキャンペーンのイベントで香が駆り出される事になったのだ。
しかし。
香に自覚は無いが、この署内で香以上にルックスに恵まれた女性署員は居ない。
勿論、この場合冴子は除外する。
求められる人材は、若くて溌剌として、その上美しければ申し分無い。
美しいという項目だけなら、冴子も充分要件は満たしているが、
如何せんフレッシュさというモノは、冴子とは全くの対極にある。


何だかんだ言って、香はこの部署では一番の下っ端だ。
香が丸1日間、署長命令で交通課(ほぼ、キャンギャル)に駆り出されても、他に困る者も居ない。
何しろ、相棒のミックですら快く、頑張っておいで。なんて言っている。
いつもこうなのだ。
香が初めて配属された新人の頃から、お偉方は香の容姿しか見ていないと、香は思う。
もしくは、切れ者で署内でも一目置かれていた、あの槇村秀幸の妹。


勿論、人の評価など一朝一夕に得られるモノでは無い事ぐらいは、香も解っている。
それでも、イベントで愛想を振りまいて盛り上げるくらいの仕事なら、
1年目の新人だって出来るんじゃないかと、香は思うのだ。
結局、香は警察官になってからというモノ、毎年この役を仰せつかっている。












「ふふふ、久し振り。」




婦人警官の制服に袖を通すのは、1年振りだ。
昨年の同じ時期、やはりこうして制服を着た。
普段は専ら、パンツスーツだ。




けれど。
何かが違う。



「ん???この制服、こんなにスカート短かったっけ???」



確か、昨日の午前中の内に総務課にお願いしてクリーニングに出して貰っていた。
そして夕方、ミックが受け取っといたよ。と言って、香のデスクに持って来てくれたのだった。



「????・・・また、背ぇ伸びた?まさかね・・・(苦笑)」








イベント自体は、大したモノでは無い。
警察署の前の公園と舗道で、通行人や信号待ちのドライバーに粗品を手渡して、キャンペーンのPRをする。
午前の部と、午後の部の計2回、自転車のマナー講習を公園内の広場で実施する。
取り仕切るのは、交通課である。
香は主に、ドライバーへのPRとマスコミ向けのインタビュー要員だ。
何だかんだ言って、与えられた仕事はソツ無くこなすのが槇村香だ。
朝一番に制服に着替えた時には、違和感満載だったスカート丈の事も忘れる程にPRに励んだ。


昼下がり、制服の胸のポケットに入れた携帯電話が振動した。
ミックからのメールだ。


『ハァイ、カオリ。
 頑張ってる?
 スカート、似合ってるんだろうな~~~
 たまには、スカートも素敵だよ♪グフッ
  
     君の相棒より、愛を込めて。』




この時、香は漸く気が付いた。
クリーニングが仕上がったと、持って来てくれたのは。
あの相方で。

ヤツは、途轍もなくスケベだったんだ。香はその事を、つい失念していた。



(・・・ミックめっっぬっ殺すっっ)

どうやらスカートは、すり替えられていたらしい。
脳天気な相棒からのメールに香が殺気立っていると、遠くの方から視線を感じた。
香はふとそちらの方へ、意識を向ける。



一瞬だけ、背の高い男性と目が合った。


真っ黒な深い瞳、艶やかな黒髪、スーツでは無くカジュアルな服装だったけれど。
それは。



(・・・シャドウ?)



香はもう一度よく見てみようと、目を凝らしたけれど。
もう彼は、街中の雑踏の中へと紛れていた。





「お~~い、槇村く~~ん。ちょっと、コッチも頼むよ♪」

「・・・あ、はい。副署長。」



香は、後ろ髪を惹かれる思いで、春の交通安全キャンペーンの平和な世界に引き戻された。



(つづく)


⑤ 春の嵐

その時期はいつも、安定しない空模様で。
せっかく綺麗に咲き誇った薄桃色の花びらは、少しの雨風にも惜しげも無く散りゆく。












その年度変わりの最終日、その日が香にとってどうやら特別な日である事はリサーチ済みだ。
何の変哲も無い春の日が。
彼女の誕生日でもあり、一番淋しい日でもあるらしい。

ミックは、朝から天気予報と開花予報をチェックした。

桜の花は八分咲き。
今が一番、美しい。
まるで、初々しい後輩兼相棒のように。






香は毎年、その日をなるだけ平常心で迎えるよう意識している。
生憎、香の選んだ職業は、私事などで心を乱している余裕も無いほどに慌ただしい。

もう、6年になる。

香はこれまで、恋人など作った事は無い。
気持ちを告げられた事は、何度かあった。
同期の警察官だったり、学生時代の同級生だったり、行きつけの美容院の美容師だったり。
それでも。
香の心の中の時間は、きっとあの時のままで止まっている。
兄が亡くなった、あの時で。



だからきっと、この事件が解決するまでは。
香の時計は止まったままで。
過去にも戻れず、未来へも進めない。
涙はとうに、枯れてしまっている。












その新宿の外れにある郵便局の私書箱の名義人は、西村圭介。勿論、偽名だ。





いつものように、僚はその自分だけの郵便受けから分厚い封筒を取り出す。
その郵便局から、自宅アパートまでは目と鼻の先だ。
電話の回線なんて、この世で一番不確かだ。
ネットも信用出来たもんじゃない。
アナログで、単純な手法ほどこれからのご時世、意外と盲点だ。




『・・・今日は、随分と早いのね。シャドウ。まだ、日付を跨ぐ前よ。
            私からのラブ・レター、読んで戴けたかしら?』


・・・あぁ、サムサラ。




僚はストレートのバーボンを舐めながら、電話口の相手へと答える。
相手は女だ。
コードネームは、愛用の香水の薫り。






・・・見ない顔の女を見た。


『彼女は、ニューフェイスよ。』


イイ女だ。


『・・・フフ、相変わらずね。彼女に惹かれるのには、まだワケがあるのよ。その内、全て話せる時が来る。』


是非、早目に知りたいね。もう6年だ。


『・・・そうね。今日は、私も珍しくバーボンを飲んでるの。』


・・・俺も、飲んでた。





電話越しに、沈黙が流れる。
3月の末日は、彼らにとっては忘れ得ぬ日だ。
その酒は、今は亡き男が好んだ飲み物だ。





『資料、目を通しといて。』


・・・解った。・・・なぁ、冴子。


『なぁに、・・・・僚。』



アイツは、







僚が何かを言い掛けて、暫く深い沈黙が続く。
冴子もその沈黙に付き合う。
漆黒の空気が、電話越しの2人の間に横たわる。




・・・いや、イイ。もう切るぞ。


『えぇ、気を付けて。』





短いやりとりを終えて、電気信号を介した音声情報は途絶えた。
まるで真空の闇の中に、ふわりと桜の花びらが散るような静けさで2人の世界が寸断される。













この職業を選んだ時点で、常識的な時間に帰宅できるとは思ってはいない。


己の誕生日と兄の命日の晩餐は、冷蔵庫の中の有り合わせだ。
署に戻る車のハンドルを握るのは、ブロンドの先輩刑事。







ねぇ、カオリ?

はい。

今日はもう、オフィスには戻らずに送って行こうか?

え?

誕生日だろ?

・・・知ってたんですか////

あぁ、こう見えて相棒思いなの、ボク。







そう言って、笑うミックにつられて香も笑う。
そう言えば今日1日、こんなに肩の力が抜けたのは初めてかもしれない。





君んちに送ってく途中に、見事な桜の樹があるんだ。見て行かないか?




香は小さく首を振る。
それが、ミックの優しさだと、重々解っている。
あの職場に居て、この日が何の日か、香にとってどういう日か、みんな知っている。
だからミックも、誰かに聞いたんだろう。



・・・ありがとうございます、お気遣い頂いて。でも、署に戻りましょう。報告書、書かなくちゃ。


フッ、やっぱりカオリは、真面目だな。




そう言って、ミックは笑った。
それ以上、しつこくはしない。
シルバーの捜査車両は、ゆっくりと新宿の街を滑ってゆく。







でもね、カオリ。これって、“お気遣い”じゃ無くて、“下心”って言うんだよ。






ミックが、欧米人特有な綺麗なウィンクを寄越しながら言う。
香は窓の外へ目を向けながら、小さく笑う。









はいはい。解ってます、先輩。






この時の香には、まだ何も解ってはいなかった。
ミックの心も。
終わった事と、始まりつつある事も。



(つづく)




⑥ 白と黒/表と裏

“シャドウ”こと佐伯竜馬が、あの組織の中で突然頭角を現してきたのには、ワケがある。


ヤツはどうやら、複数の言語をネイティブ並みに操るらしい。
南米系の輩とコネをつけるのに、ヤツは随分と重要な役割を担っているという。
しかしその話しもあくまで、噂の域を出ない情報で。
その実態は、その名の通りまるで影のように掴み処が無い。

そしてヤツは、想像をはるかに超えた数の(それも腕利きの)情報屋を抱えている。
この2~3年、ミックが調べただけでも、ヤツの息が掛かった情報屋はかなりの数だ。
しかしそれはホンの一握りで、ヤツの核心に迫れば迫るほど、まるでミックを嘲笑うかのように、
正体の見えない靄のような圧力が掛かる。
それまでのヤツの“影”は、ミックの手の中からスルリと滑り落ちる。













・・・・ぅぅう・・・
ハァッ・・・ハァハァ・・
ぅうっっ


ガバッッ

酷く喉が渇いている。
うなされて目覚めたミックは、枕元の時計に目を遣った。
眠り始めて、まだホンの1時間ほどだ。
近頃は、夢の中にまで“影”が忍び込んで来る。
ミックにとってヤツの存在は、計算外だった。
何としても早急に、ヤツの核心に迫る情報を掴みたい所だ。

そして、もう1つ。

厄介で“計算外”な問題も浮上しつつある。
もっともこちらの方は、専らミックの心の中の問題である。















「・・・サンキュ、テツ。助かったよ。」


「気を付けなよ、影ちゃん。アンタを嗅ぎ回ってるヤツがいるよ。」


「・・・・・ブロンドか?」




その年老いた情報屋は、返事の代わりに片側の口端を小さく持ち上げた。
僚はついさっき手渡した紙幣の束に、もう1枚追加した。
短くなった煙草を捨てると、革靴の先で踏み消した。
そして。
その次の瞬間には、既にもう新宿の雑踏の中に姿を消してしまっていた。


影と日向は表裏一体で、この世に光が無ければ影も無い。
物事には全て、背中合わせの貌がある。













「あの、山下先輩。ミックさん、見掛けませんでした?」


香に呼び止められた30代前半の独身刑事は、その風貌には似合わぬ繊細な心の持主である。
職場の(高嶺の)花に声を掛けられ、柄にも無くときめいていた。
もっともそんな事は、香の知ったこっちゃないが。




「いや、そう言えば小1時間、アイツの姿は見ないな。」


「・・・そうですか。」
(ミック、何処かしら???午後から同行で捜査の筈だったんだけど・・・)


「置いてけぼりか?可哀相に。」


「えぇ、なんか置いてかれちゃったみたいです。」





そう言ってニッコリ微笑む香に、ガッチリとハートを鷲掴みされた山下(彼女いない歴4年目に突入)は。
ワザとらしいスキンシップを図る為に、『元気出せ?』と言いながら香の肩に触れる。
生真面目で男臭い職場の中にも、たまにはこのような心躍るふれあいは大切である。
勿論、香の知る由では無いが。


仕方が無いので香は香で、別角度からの聞き込みに回ろうかと思案する。
池袋に住んでいた元ホステスの女が、借金を重ねた挙句、行方不明になっているらしい。
近隣や身辺の情報によれば、女はコカインの常習者であった可能性が極めて高い。
そうなると、例の組織が動いている可能性が大いにある。



(ヨシッ、今日はそっちから攻めてみるか。)



そう切り替えた香が、デスクで外出の準備をしていると、
ジャケットの内ポケットの中の携帯が振動した。
液晶の画面には『ミック』の文字。
香は、通話ボタンを押す。



「もしもし・・・」






(つづく)


⑦ 堕天使の恋と影の愛

『・・・もしもし、カオリ?』

もうっっ、ミックぅ何処に居るの???探したんだからっっ

『Oh,sorry 済まなかったよ、カオリ。
 君とサエコの打ち合わせ、長くなりそうだったから先に出たんだよ。』

今、どこ?

『大森にある工場跡地なんだけど、出て来られるかな?』

はい、わかりました。急行しますっっ

















香とのやりとりを終えて、通話が途切れた液晶の画面をミックがジッと見詰める。
出来ればこんな形で彼女と出逢いたくなど無かったと、ミックは思う。
香の心は真っ直ぐで、純粋で、真っ白く新しい雪のように美しい。
ミックには香が眩し過ぎて、対等に向き合う資格すら無い。



『良い事だよ、ルシファー。
 君の相棒とやらは、あの仔猫ちゃんだね。
 潰すには、御誂え向きだよ。
 いや何なら、マレイシアの富豪からの注文に彼女を差し出してはどうかね?
 ゆっくりと、見物させて戴くよ』



ミックの手の中の携帯に、メールが届いた。
そのメッセージの送り主は、他でも無い、この1月近く香と2人で追っていた筈の組織の人間だ。
きっと、この近くの何処かでミックは見張られている。
















香はミックから聞いた現場へと、向かった。
目的地は、小規模な町工場が数多く点在する地域だ。
もっとも、近年の不況の煽りを受けて閉鎖する工場も後を絶たず、
何の手入れもされないままの、廃工場も結構な数で存在する。
ミックに指定された現場は、そんな内の1つだった。
恐らくは、何らかの工業用の部品を製造していたと思しきその場所は。
ただただ閑散とし、窓ガラスは割れ、古いコンクリートの床には埃が積もっていた。



「・・・ミック?いるの???」



重たく錆びついた鉄の扉の向こうは、ガランとした薄暗い空間で。
割れた窓ガラスから入る屈折した午後の光が、埃の積もった床に複雑な影を描いている。
それ程大きな声で呼びかけたワケでも無い香の声が、やけに響いて耳に残る。
耳の中に残された残響が消える頃、薄暗い影の中からミックが姿を現した。
















「ハイ、カオリ。ゴメンね、さっきは置いてけぼりにして。」



そう言って薄く笑ったミックに、香はゾクリとする。
何かが、いつものパートナーと違う。
こんなミックは、“あの”香の知っているミックでは無い。




「・・・ミック???何か、・・あった???」

「何も無いさ。ただ・・・」

「ただ?」

「捜査は終了だ、カオリ。ボクは、君を。」



ミックの蒼い瞳に、一瞬仄暗い影が差す。
ジャケットの内のホルスターから、愛用のデザート・イーグルを取り出す。
まさかのミックの行動に、香は固唾を呑んでその場に凍り付く。
その比較的大きな口径のハンドガンの銃口が、香に向けられる。
その刹那、まるで握り潰されるような強い圧迫感を心臓に感じて、
一寸遅れでそれが恐怖心だという事に、香は気が付いた。
気が付いたら、掌は汗でぐっしょり濡れていた。
こんなんでは、まさかの事態には応戦など到底無理だ。
香もジャケットの内側に、ホルスターは身に着けている。
その中に収められた、コルト・ローマン。
兄の形見だ。
きっと汗で濡れた指先では、引金すら引けない。
射撃場の中での、平々凡々な訓練など何の役にも立ちそうにない。




・・・どうして?



香の声は、小さく掠れていた。
漸く出て来た言葉は、心許ない。
まるで喉の奥に何かが痞えたように、言葉にならない。
喉がカラカラに渇いている。




「ボクは、警察官だ。カオリ。」


・・・えぇ、勿論。仲間だわ。


「けれどね、それ以前にボクは・・・組織の人間なんだよ。」


っっ!!!




ミックはまるで、神様に懺悔するような苦しげな表情で香に打ち明けた。




ボクに課された命令はね、カオリ。
君をこの場で始末するか、それとも。
お金持ちのサディストに、君をペットとして売り捌くかのどちらかなんだよ。





香の顔から一気に血の気が引く。
ミックの言葉の意味が理解できない。
だって。
あんなに一生懸命、一緒に聞き込みして歩き回ったのに。
その残酷な所業に、一緒に怒りを燃やしたのに。
何よりミックは、優しくて紳士で後輩想いで・・・


気が付いたら、香の頬には涙が伝っていた。
そんな告白など、聞きたくなかった。





「・・・6年前、君のお兄さんを狙撃したのは。・・・ボクなんだ、カオリ。」






え?





香の表情が強張る。
香は自分の耳を疑った。
先程の恐怖心とはまた違った、異質の胸の痛みが香を襲う。
人間の心とは、
あまりにも強い衝撃には、防御作用が働くらしい。
まるで現実感が、薄らいでゆく。







「・・・でも、ゴメンよ。君を愛する資格の無いボクが・・・

君の事、好きになってしまった。






突然の愛の告白は、最悪のシチュエーションだった。
ミックの蒼白い頬にも、涙が伝っている。
ゆっくりと香に向けられた銃口が、下ろされる。
香は内心、ホッと胸を撫で下ろす。
ホッとしたのも束の間、2人の間に一層の緊張感が漲る。
砂漠の鷲の嘴は、ミックのコメカミに当てられた。







だから、ボクの選択肢はこれしか無いんだよ、カオリ。


・・・そんな、止めて・・・




香の喉の奥がカッと焼けたように熱くなる。
涙は止め処なく溢れる。



止めてぇっっ!!ミックぅ!!!













香の悲痛な叫びとほぼ同時に、埃の堆積したコンクリートを踏みしめる足音が響いた。
ミックも香も思わず、足音の主を辿る。

そこには、黒い目をした見知った男が立っていた。

影と呼ばれるその男は、その手にコルト・パイソンを握っている。
無遠慮に放たれるそのオーラは、彼が只者では無い事の証だ。
















「・・・・コードネーム、ルシファー。ミック・エンジェルか、天使は天使でも、堕天使ってワケか。」


不穏なオーラの割に、飄々とした口調で僚がニヤリと笑う。



「あ、アナタはっっ!!」


香は思わず、懐のローマンに手を伸ばす。
僚がそれを手で制する。










「自己紹介が遅れたな、槇村警部補。」


「へ?」


「俺は、警視庁新宿署組織犯罪対策課内、特命班主任、冴羽僚だ。」





僚はそう言うと、懐から警察手帳を取り出してかざした。





「あ、あの・・・じゃあ・・」


「この6年間、潜入捜査の特命を受けていた。」

・・・因みに、階級は警視ね♪ヨロシク、香ちゃん。





そう言って、冴羽僚はニッコリと笑った。
あれだけシリアスな雰囲気になっていた香とミックも、あまりの急展開に唖然として目を丸くする。














ミックは力無くダラリと肩を落とすと、まるで気でも触れたかのようにクスクスと笑い始めた。
そんな光景を、香はただただいたたまれない気持ちで見詰める。







「ハハ八ッッ  コイツは傑作だ。ボクが、警察組織に潜入して情報を得ていたのと同じように、
 オマエも我々の組織に潜入していたとはなっっ・・・・


・・・・それじゃあ、ボクは一体何の為に・・・・





もう一度、ミックの腕が持ち上がる。
利き手には、デザート・イーグル。





ダメェッッ!ミック!!!



咄嗟の行動だった。
香がミックに駆け寄る。
僚がパイソンで、ミックの握ったハンド・ガンの銃身を弾く。
357マグナム弾の反動をまともに受けて、ミックがバランスを崩す。



そして、ミックに駆け寄ろうとした香の左肩を、暗闇の中から撃ち込まれた銃弾が貫通した。


香がコンクリートに倒れ込むより前に、僚が振り返って闇の中に発砲する。
少し離れた所で、うめき声を上げて倒れ込む男の声がする。
ミックにメールを送った輩だ。
僚が闇の中に歩を進めて、止めを刺す。
命乞いをする声は、皆まで聞き遂げられる事は無く。
銃声にかき消された。





遠くに警察車両のサイレンの音が聞こえていた。




(つづく)

⑧ 相棒 (最終回)

槇村秀幸とは、同期だった。
お互いに大学卒業と共に、警察官を志望した。


府中の警察学校では同期の同教場で、同じ釜の飯を喰った。
最初の2年程は、それぞれ違う署に配属され、3年目に新宿署で同僚になった。
奴ほど気の合うヤツも珍しかった。
だから、6年前のあの事件を受けて、
組織に潜入して内部から切り崩すという捜査方針が固まり、極秘の潜入プロジェクトが発足した時。
僚は迷わず、志願した。


ヤツの妹の存在は、警察学校時代から知っていた。
誰憚る事無く妹自慢を繰り出す槇村に、僚はいつも実物に会わせろと詰め寄っていた。
もっとも、一回り年下のヤツの妹は当時10歳にも満たない子供だった。
一度だけ、警察学校の宿舎の槇村の個室で、写真立てに入った“彼女”の写真を見た事があった。
薄茶色の大きな瞳の、人懐こく微笑む良い写真だった。




初めて香を見た時には、気が付かなかった。
けれど強い光を湛えた大きな目と、眼差しの強さが印象に残っていた。



















槇村ぁっっ!!


薄暗い廃工場の片隅で、嘗て仲間を装った犯罪人を1人始末して、
僚は再び、香とミックの方へ意識を戻した。


埃の積もったコンクリートに、一筋の赤い川が出来ている。
確か、一瞬のうちに確認した限りでは。
銃弾は貫通していた。
恐らく敵の弾は、ミックを狙う筈だった。
命令に背き、自死を選ぼうとした仲間を粛清する為に。

咄嗟に飛び出した香と、バランスを崩したミックの一瞬の立ち位置の変化で、
不運にも銃弾は香を捕えたのだ。





埃だらけの床に倒れ込んだ香の傷に、ミックがハンカチを押し当てて止血処置をしていた。
僚はパイソンを突き付けて香から距離を取るようにミックに命じる。





「手を退けろ、ミック・エンジェル。貴様に、彼女に触れる資格は無い。」



ミックも素直に応じる。
諸手を肩の高さまで上げて、僚に掌を向ける。
パイソンの銃口は、常にミックを指している。
もうすぐそこまで、サイレンの音は迫っている。
後頭部で両手の指を組んで、地べたに俯せるよう命ずるとミックもそれに応じる。
俯せたミックのブロンドの後頭部に、黒い銃口を埋める。



その状態で、素早く香を観察する。
香は気を失ってはいるものの、呼吸も脈もしっかりしている。
ただ予想以上に、出血量が多い。
顔面蒼白で血の気が引いている。




(・・・槇ちゃん、オマエの大事な妹、まだ連れてくんじゃねえぞ・・・)



その時、カツカツとピンヒールの足音が工場内に響く。









「遅ぇ~~よっっ、冴子。取敢えず、詳しい事は後にしてくれ。コイツの身柄確保、頼んだぞ。」


「えぇ、早く香さんを。パトカーが表に停まってるから、好きなの使って?」







僚は香を抱き上げると、表へ飛び出した。

















2カ月後。



香は、あの日から警察病院に入院していた。
全くの独り身の香の世話を、先輩の野上冴子が何かと気に掛けてくれた。
数日に一度、病室を訪れては着替えを置いていってくれたりした。
忙しい身で、面会時間ギリギリに僅かな時間を見付けては来てくれて、
多分これから先香は、一生冴子には感謝してもしきれない。
もっとも、香がそう言うと冴子は笑って、忘れてくれて構わないわ。と言った。


あの日、ミックが語った6年前の兄の件も、ミックの証言に嘘は無かったらしいと、
冴子が教えてくれた。
それは、刑事としてでは無く、遺族として。
貴女にも知る権利があると、冴子はそう言って次々と明らかになる事実を病室で香に教えてくれた。
ミックは今、警察を売った重罪を問われ厳しい事情聴取を受けているらしい。








だから香は、もう事件の事も、ミックの事も案外スッキリとどうでも良くなっていた。
それよりも、日に日に香の心を占めるのは。
1人の上官の面影だった。



初めて見掛けた時から、不思議と惹かれるものはあった。
相手は犯罪組織の幹部で、謎めいていて。
ただその気持ちは、ルパンを追う銭形のようなそんな気持ちの筈だったのに。
あの日、真相が解明した時に。
香の心の何処かで、


・・・あぁ、良かった。


と思う気持ちが、確かに存在した。
もしも彼が本当に組織の人間で、いつか彼の手に手錠を掛ける時が来るとしたら。
その役目をするのは嫌だと思っていた事に、気が付いた。
だから、彼が本当は潜入調査中の刑事で、自分の仲間だと解った瞬間に安堵した。




(さえば・・警視・・・////)


気が付くと彼の事を思い出して、我に返っては、心の中で“今のは無しっっ無しっ”と盛大に打ち消す。
その繰り返しで、退屈な入院生活を送っていた。















「・・・それでだね、冴羽クン。この度の、功労に対する表彰を警視総監直々に・・・」




堅苦しい上司の言葉を聞いているのかいないのか、冴羽僚は盛大に大欠伸をした。
この6年間、完全に犯罪人たちに溶け込む為に、
自分自身もこれまでに無いほど、堕落した日々を過ごしていた。
まるで時差ボケのように、僚は未だ規則正しい生活に慣れない。



「ねぇねぇ、かちょお。」

「なな、なに?」

「あのさぁ、そんな固っ苦しい表彰なんかどうでも良いからぁ、お願いがあるんだけど。」

「なんだよ?」

「一応さ事件は解決したけど、このまま存続するんでしょ?特命班。」

「・・・まぁ、それはだ。君の独立心旺盛な面、にも関わらず忠実に任務をこなす姿勢を高く評価して・・」

「・・・そんな屁理屈はどうでもイイの。班つっても、俺1人じゃん?特命班。」

「・・・・・・(汗)」





だからさ、1人。
刑事課から相棒に指名したいヤツがいるんだけど?
















その日、怪我から復帰した香を、刑事課の面々は温かく迎えてくれた。
ただ、周りの誰もが気遣ってくれればくれる程、
ミックの不在や、事件の真相が香の心に影を落とした。
そしてこの朝、ひとつの辞令が香に言い渡された。
異動だ。
引き継ぎ業務が完了次第、可及的速やかに部署が変わる。




へ???なんで、4課???




ポカァ~~~ンと、呆ける香に冴子が苦笑する。
香の新しい配属先は、組織犯罪対策課、通称:マルボウである。
昔の呼び名なら、捜査4課。
いかつい男達の巣窟だ。
若手の美人女刑事など、海水に浮かぶブイと同じくらい浮いている。
ミスマッチにも程がある。


冴子の説明によれば、何でも香が配属されたのは特殊捜査に当たる部署で。
上官が1人いるだけの、署内の外れに設置された分室らしい。
聞けば聞くほど、何だか『左遷』という言葉が脳内を駆け巡る。


「取敢えず午後にでも、分室の方に挨拶だけでも言って来て頂戴。」


そう言って、野上冴子がニッコリ笑った。
















「・・・失礼します。槇村です、ご挨拶に上がりました。」



どうぞ




遠慮がちなノックの後に、彼女の声が聞こえる。
僚は柄にも無く、ドキドキする。
嘗てこの男ばかりの縦社会に、これ程までのトキメキが存在しただろうか。
ドアに背を向けたまま、だらしなく頬が緩む。





数日後から、自分の直属の上司となる彼は背を向けてパソコンに向かっていた。
香が入室すると、ゆっくりと彼が振り返る。
香はビックリし過ぎて、心臓が止まるかと思った。
せっかく退院したのに、もう一度出戻る所だった。






「ようこそ、槇村警部補。」

「あ、冴・・羽、警視/////」




やぁ、これから先ヨロシクね♪ 相棒。






この後、一生涯、公私共に、冴羽僚の相棒になる槇村香だったが、
今の所、彼女には知る由も無い。










(おわり)
















30000Hitsリクエスト企画、第1回目は。
nao様のリクエストによる、長編作品です。
最後までお付き合い戴き、誠に有難うございます。
因みに、nao様のリクエスト詳細は、以下の通りです。



① カオリン刑事、ミック相棒。

② リョウちゃんは、敵対するマフィアの一員。

③ 香港映画『インファナル・アフェア』の感じで。



拍手コメントで、どなたかがまさに、『インファナル・アフェア』みたいだと仰って下さいまして。
実はワタシ、この映画はザックリとしたあらすじ以外は知りません。
この度、レンタルして元ネタを観ようかどうしようか迷ったのですが、
ヘンに先入観や、映画のイメージに引き摺られてしまうと、
リョウちゃんやカオリンのイメージを出しきれない気がして、敢えて観ずに書いちゃいました(爆)


こんな感じに仕上がっちゃいましたが、nao様いかがでしたでしょうかぁ~~~???


これからまた、他の方のリクエストにも取り掛かって参りたいと思いますっっ
それでわ、改めまして。
最後までお読みいただき、誠に有難うございました~~~~

冴羽探偵と槇村助手

30000Hits Req. Vol.2 ケシ meets びんちゃん



ヒット企画第2弾・短編でございます(*´∀`*)ノ
リクエストの内容は、『君の名は』の槇村さんと冴羽さんのその後。との事。
ご存知無い方は、先にそちらをお読みになった方が良いですよ~~~♪

























新宿・歌舞伎町と目と鼻の先、その何の変哲も無い古ぼけた7階建てのビルに、
探偵事務所『冴羽商事』はある。
槇村香は毎朝、9:00にはこの事務所にやって来て仕事を始める。
と言っても、朝9:00に事務所のオーナー兼探偵兼労働担当の冴羽僚の姿がある事は滅多に無い。


彼が起き出してくるのは、大抵10時過ぎだ。
香が前の職場の時に、早朝のコンビニで見掛けていた彼は殆ど夜遊び帰りの寝る前の彼だったのだ。
事務所は、そのビル(冴羽アパートというらしい)の5階にある。
6・7階が彼の住まいで、このビルは彼の所有らしい。
あの早朝のホテル街で、アシスタントに誘われて早半年。
彼の生態は、なかなかミステリアスだ。










この所の冴羽僚の朝は、以前と違う。
朝9:00になると、階下に人の気配を感じる。
一度、薄っすらと目覚めて、あぁカオリンか。と思ってまた、二度寝する。
このビルの1階から5階までは、一応賃貸物件にはなっているけれど、
今の所、テナントは自分の探偵事務所だけである。
モッコリちゃんなら、いつでも即入居OKなのに何故だかモッコリ美女の借り手は無い。
もっとも、今日びこの物騒な日本一の歓楽街と目と鼻の先で。
その上、オートロックでも無く。
管理人兼オーナーの趣味は覗き、だなんて物件に美女はやって来ない。



しかし、何の間違いか。
美人の入居者はやって来ないケド、美人のアシスタントはGETした。
それも超絶別嬪、スタイルは完璧である。









朝一番に事務所に出て来て香のやる事は、事務所内の掃除だ。
前の日に事務所を出た後にも、僚は遅くまで事務所で過ごしているらしく。
夕方に一度洗った灰皿は、朝来てみるとまた山盛りに灰が溜まっている。
コーヒーを飲んだカップも、デスクの上に放置されている。
毎朝それらを片付けて、床に掃除機を掛ける。
事務所と言っても、普通のマンションの一室で。
3LDK程の部屋を、事務所用に改装してある。
だから、玄関で靴も脱ぐし、普通にキッチンもある。


掃除を終えたら、留守番電話をチェックする。
コチラに依頼をして来る客もいるのだ。
一通り、伝言を確認して行く。
殆どは、キャバクラ嬢の営業電話だ。
重要そうな用件だけメモをして、僚のデスクに置いておく。









5階で香が掃除機をかけ始めたら、僚はベッドをごそごそと這い出してバスルームへ行く。
熱めのシャワーを浴びて、眠気を覚ます。


僚は以前ほど、夜遊びはしなくなった。
前に香が働いていた“例の店”は、実の所あれ以来利用していない。
電話を掛けてももう、香は出ないから。
代わりに昼間、香は自分の事務所にいる。









掃除と留守電のチェックを済ませると、香は一旦ジャケットを羽織って外出の準備をする。
留守電以外にも、この事務所へのコンタクトの方法はもう1つある。


JR新宿駅東口伝言板、そこにXYZというのが合言葉だ。
むしろ留守電よりも、そこに書き込まれる依頼の方が件数は多い。
駅まで歩いて、伝言板を確認してまた戻る。
正味20分程の仕事だ。
けれど、香の一日の仕事はこれがメインなのだ。
依頼は無い事の方が、多い。
午前と午後、一日2回伝言板を確認する。
それでも毎月、僚は一応給料を払ってくれる。
実際、こんなに貰ってイイのだろうかと、不思議になるほどに。








ボクサーパンツ一丁に、首からバスタオルを下げて僚は時間をかけて髭を剃る。
今頃香は、駅の伝言板を確認している時間だろう。
僚はいつも、香が駅から戻って5分ほど経った頃に事務所に顔を出す事にしている。
香はいつも規則正しい。
その香のペースに合わせるようになって、僚もある意味規則正しい。
香が来る前の僚は、適当にその辺にあるものを着ていたけれど。
一応、身だしなみは気にするようになった。


髭を剃った後。
鏡に顔を近付けて、鼻毛が出ていないかどうかもチェックする。
鼻毛が出ていなければ、もう一度鏡に映った上半身を見る。
6つに割れた腹筋を撫でて頷く、こうして自分自身を勇気づけるのだ。










事務所に戻って、オープンの対面式になったキッチンの戸棚から、コーヒーミルを取り出す。
大抵、香が駅から戻った数分後に、僚が起きて来る。
もう1つの香の仕事のメインは、僚のコーヒーを淹れる事だ。


ココで働くようになって数日経った頃、香の淹れたコーヒーを飲んで、
僚が香をコーヒー係に任命した。
内心香は少しだけ、嬉しかった。
自分の淹れたコーヒーを、僚が美味しそうに飲んでくれる事が。









僚が郵便受けから新聞を取って5階に行くと、玄関を開けた途端に香ばしいコーヒーの薫りが出迎える。
アシスタント兼コーヒー係(そして僚の片思いの相手)は、今日も時間通りにコーヒーを淹れる。






「おはよ~」

「…もう、10:30です。」




コーヒーをドリップしながら、香が答える。
これも毎朝のパターンである。
デスクに座った僚が、香の残したメモに目を通していると、熱いコーヒーが目の前に出される。



「…サンキュ。」

「どう致しまして。」



そう言って香がニッコリ笑う。
僚は新聞を読んでいるフリをして、香を観察する。
窓辺に置かれた観葉植物に、声を掛けながら水遣りをする。
前は、そんなモノはこの部屋には無かった。
ある時香が、買って来たのだ。
伝言板を見に行った帰りに。
駅の近くの花屋で見つけたらしい。



僚は、自分に背を向けて植物と会話するアシスタントを見詰める。
華奢な背中と、柔らかなクセ毛。
窓から射す太陽の光が、彼女を美しく照らしている。
初めての出逢いは、電話越しの声だった。
実は彼女とは、別の場所で出逢っていて、カワイイなと思っていた。
初めてキチンと対面して、脊髄反射でアシスタントに誘ってしまった。
アッサリと彼女はOKしてくれたけど、実際の所どう思っているのか。
僚は気になるけど、訊いた事は無い。








とっても暇な、探偵事務所。
なんで彼が、アシスタントを募集していたのか解らない程に、
恐ろしく仕事は暇で。
たまにある依頼も、実際にこなすのは僚の仕事で。
香は退屈過ぎて、観葉植物に目一杯愛情を掛けている。


それでも、香は。

何故だか、この職場に愛着を感じ始めている。
元々、彼の事は。
コンビニで見掛けてた頃から、カッコイイなと思っていて。
それが“あの”噂の冴羽サンだったと解った時には、少しだけビックリしたけれど。
不思議と、嫌悪感は無い。
むしろ、少しだけ。
香の想いは変わりつつある。








ねぇ、カオリン?


何ですか?


今、カオリンが住んでるとこ、家賃幾ら?


は?・・・何でですか?


え、いや、あれだ。あの~~、家賃払うの勿体無いかなぁ~~~とかって思ってさ。


????どういう意味ですか????






香は、首を傾げる。
この数ケ月で、僚は気が付いた事がある。
この目の前の、超絶美人のアシスタントは、超が付く程の天然だ。
殊、僚の気持ちを伝えるという面に於いては。
遠回しな表現では、全く歯が立たない。
それ以外、仕事の面では打てば響く程の勘の良さを発揮する彼女は。
何故だか、色恋方面に於いて中学生程度のスキルしか持ち合わせていないようだ。






ココのビルに越して来ない?


へ???


空き部屋は、沢山あるし。家賃、ただでイイよ?


・・・・・・・(疑)。


な、なに?なんか怖いよ?カオリン(汗)


何を企んでるんですか?


はぁ?


だって、新宿のど真ん中で家賃ゼロなんて、誰が聞いてもおかしいです。


あ、そう?そんじゃ、・・・・2万でイイよ。







香は暫く、思案した。
タダというのは、どう考えても何だかオカシイ。
でも僚は、それなら家賃を貰うと言った。

(・・・2万。)

破格の安さである。
何より、職場まで徒歩0分の好立地。




香が何やら、考え込んでいる。
僚はこの数ケ月で、もう1つ気付いた事がある。
香は、『お買い得』とか『節約』とか『破格』とかに、弱い。
窓辺の観葉植物も、花屋の店先で売れ残っていた可哀相な鉢だった。
最初の値札から、6割引きで叩き売られていた所を、香が救い出したのだ。
恐らく、家賃2万という僚の言葉に、激しく魅せられているに違いない。





・・・・ホントに良いんですか?


ああ。(やった、言ってみるモンだ。)


じゃあ、引っ越して来てもイイですか?


勿論、大歓迎♪ いつにする?

う~~~ん、じゃあ…

いつでもイイよ。

…………




2人はまだ、ただの探偵とアシスタントで。
お互いに、仄かな想いを抱いている。
けれど、その距離は確実に近付きつつある。
今はまだ2人とも、その先の未来など知る由も無い。
退屈で平和な探偵事務所に、香ばしいコーヒーの薫りが漂っている。

















え~~~と、びんちゃん様のご要望は、まだ言葉では気持ちを伝えていない好き同士。との事で。
この位の関係の2人です。
こんなんでどうでしょ~~???びんちゃん様ぁ

お粗末様でした m(_ _)m

kiss in…

30000Hits Req. Vol.3 ケシ meets 華



















依頼の帰り道のクーパーで。
車内のラジオが、ニュースの後道路情報を挟んで、夕方の番組に変わった。




秋と冬の境目の、湖のほとりで。
僚が香に告白してから、約5か月。
季節は冬を越えて、春になった。
あれから2人の関係に、大きな変化は無い。
まるであの嘘みたいなひと時が、本当に嘘だったように。
季節は過ぎた。


クリスマスは、いつものメンバーでキャッツに集まった。
いつもなら、それぞれ別々に過ごす聖夜を。
美樹の復帰祝いを兼ねて、伊集院夫妻、ミックとかずえ、そして僚と香で過ごした。
その前の年までの香は、クリスマスの日の僚を知らなかった。
後から考えると、あれはもしかして。
美樹の事などただの口実で。
悪友たちが仕組んだお節介の1つだったのかもしれないと、僚は思う。
そうでもしないと、多分僚は例年通りクリスマスを飲み屋でドンチャン騒ぎで過ごしただろうから。
けれど、2人には何の進展も無かった。


別に、僚は未だに香との未来に躊躇しているワケでは無い。
進展しても良かったとは思っている。
けれどその反面、焦る必要も無いだろうと思ったのだ。
その後にも、イベントは目白押しだった。
やれ初詣だの、やれバレンタインだの、ホワイトデイだの。
けれど、結局その全てのチャンスをモノにする事無く、あれから3件目の依頼がつい先ほど片付いた。


最近では、僚は少しだけ。
あの時の勢いを残してるうちのイベントシーズンを、無駄に過ごしてしまった事を後悔している。


香は相変わらず奥手で。
2人の今後に関して、どう考えているのかは不明だが。
少なくとも、僚のように愛情とは別の悶々とした“欲”など抱えてはいないだろう。
勿論、僚は香を愛している。
それは時に、相棒として、友達として、兄貴として、父親として、と様々に形を変える。
けれど、その根底にあるものは全て。
1人の男として、香を求めてるという事実だ。




早い話しが、もうそろそろ香と、モッコリしたいのだ。









僚はチラリと横目で、助手席の香を見遣る。
夕方の都会の道は、徐々に滞り始める。
無意識に煙草の本数の増えた僚に、香が窓を開けた。
4月の生温かい風は柔らかく、季節が変わった事を僚に告げる。
薄いピンク色のコットンの長袖シャツの下には、同系色のキャミソールを着ている。
胸元のボタンは無防備に、半分ほど開けている。
窓を開けたドアに頬杖をついて、ラジオから流れる音楽に合わせて香がハミングしている。
春の生温かい風が、僚の鼻腔に香の甘やかなシャンプーの匂いを届ける。
いきなり、モッコリはさすがに無いだろう。
せめてあの柔らかそうな唇に触れる。
まずは、それが第1番目の課題だ。






もう、温かいね。風が吹いても。





そう言って香がニッコリ笑う。
僚は言葉が出て来なくて、変わりに煙草を咥えた。
運転をしながら、まだ明るいこんな時間に。
僚は如何わしい願望が溢れて胸が一杯になりそうで、溺れそうだったのだ。
そんな僚にとっては、唯一、煙草だけが味方に思えた。
もっとも香は。
僚の返事など、初めから期待はしていないようで。
それは、限り無く独り言に近い呟きだったようだ。














・・・それでは、ペンネーム・華さんからのお悩みです。
 
 いつも楽しく番組を聴いてます。
 私には、付き合って5か月の彼がいます。
 彼は優しくて、とてもカッコ良く、私の事を大事にしてくれています。
 幸せな日々を過ごしているのですが、1つだけ彼に不安があるのです。
 付き合ってから未だ、何の進展も無いのです。
 私は彼にとって、魅力的に映っていないのかな?と不安に思います・・・・・
 
 ・・・・・・・・・・・・因みに、私は高校2年生です。











僚は何とはなしに耳を傾けたラジオから流れるお悩み相談に、火の点いた煙草を口から落とす所だった。
ついさっきまで、ただの最新ヒットチャートが流れる音楽番組だった筈のそれは。
いつの間にか、女性DJがズバッとお悩みに答える、
迷える女子(子羊)達の、お悩み相談コーナーへと変貌を遂げていた。
しかも、今日に限ってその相談内容は、まるで今の自分達にそっくりなピンポイントなお悩みで。
その上、相談者は高校生女子である。
片や車内のリスナー2人は、20代半ばと30代半ばのいい歳した男と女である。



何故だか僚は、それ以上その番組を聴いているのが怖くなってしまった。
小さく1つ咳払いをすると、短くなったマールボロを灰皿で揉み消した。
そして。
灰皿に手を伸ばしたついでに、ラジオのスイッチを切った。







あ。


ん?


聴いてたのに。


・・・・・。






僚は香の苦情には、聞こえないフリをした。
香の眉間に薄く小さな、縦ジワが寄る。





聴いてたんだよ?




香はもう一度そう言って、ラジオのスイッチに手を伸ばそうとした。
その時丁度、踏切に引っ掛かる。
そこは開かずの踏切として、有名である。
香の手がスイッチに届く寸前に、僚は無意識に香の手首を掴んだ。
一瞬、2人の視線が絡まる。



咄嗟の僚の行動に、香の目が真ん丸に見開かれる。
手首を掴む僚の手は温かいを通り越して、熱い。
車の外側では、踏切の警報機がけたたましい音を立てている。
少しだけオレンジ色に染まり始めた1日の終わりの太陽の光が、車内に入り込む。





/////どど、どうし…




香の言葉は、最後まで発する事無く僚の唇によって塞がれた。
香には一瞬何が起こったのか、解らなかった。
少しだけ間を置いて、
漸くそれが、柔らくて温かい少しだけ乾燥した煙草の匂いの、僚の唇だという事に気が付いた。
警報機の音と、遮断機の点滅、オレンジ色の世界が。



香にはまるで、夢のように思えた。


夢だったら目が覚めれば消えるから。
いつまでも覚めない夢なら良いのにと、心からそう思った。
あの秋の日の湖で。
僚が告白してくれた事は、まるで嘘のような出来事だった。
本当にあった事なのかどうか。
僚の言葉を信じていいのかどうか。
この数ケ月、香には確認する勇気が無かった。



だけど。
今、香の心は固まった。


このキスが終わって、僚の唇が離れたら。
今度は自分が僚に伝えようと。
僚の事が好きなのだと。
そう思いながら、香はそっと目を閉じた。
それはキスが終わる3秒前の事だった。
警報機はまだ鳴っていた。











今夜は、華様からのリクエスト・短編でっす!!

リクエストの内容は、車の中で初キス。

因みに、お悩み相談に華様のお名前を拝借いたしましたっっ

華様、こんな感じでどうだったでしょうか???

Searching

30000Hits Req. Vol.4 ケシ meets さえ















依頼は、何の変哲も無い美女のボディーガードだった。


依頼人はとある犯罪組織に命を狙われており、僚と香に課せられた任務は彼女の警護と組織の壊滅。
とは言え、裏の世界にその名を轟かせる“シティーハンター”ならば、
特段、難しい依頼というワケでは無い。


彼女の周りに張り付いて、奴らの矢面に立つ。
逆情報を流して、餌を撒いて誘き出す。
舞台は全てセッティングを完了しており、ノコノコ現れるゴミ共を一斉に始末する。
僚が青写真を描き、香が忠実に再現する。
僚がこの世で1位2位を争う腕利きの殺し屋ならば、その相棒たる香は、
トラップの名手・海坊主の1番弟子なのだ。
多少、手荒な真似は承知で依頼人を餌に奴らを誘き出す。
しかしそれも想定の範囲内の計算ずくの計画だった。



開発途中の埋立地は、そんな奴らを一網打尽にするには御誂え向きな立地で、
僚と香が、戦略と腕で勝負するならば。
奴らは人数で、それに対抗する。
もっとも、香の手によるトラップはそんな奴らの中でも、雑魚は簡単にふるいにかける。


それは僚にとって、恐らくは初めての事だった。


通常運転の僚は、コルト・パイソン一丁で敵に切り込む。
そして香は、バズーカなどの銃火器を駆使し奴らを効果的に罠に追い込むべく誘導する。
嘗てはそれらを使っても、あさっての見当違いな方向に砲弾を撃ち込んでいた香も今では慣れたモノで。
僚は無意識のうちに、香の援護に全幅の信頼を寄せていた。
けれどそれを実践で、まざまざと自覚させられたのは。
恐らくそれが最初の事だっただろう。



香はあくまで援護で。
矢面で敵と対峙するのは、僚の役目だった。
僚としては、幾ら相棒だと言え香を無駄に危険に晒す事など、やはり本意では無い。
けれどそれは、単なる僚の思惑で。
当の香は、自分がどう動けばもっとも僚の援護になるのかしか、頭には無かったのだ。
自分の少し後方、敵からは姿が見えないように援護していた筈の香が。
意表を突いて、全く違うポイントから対戦車ロケット弾を発射した時。
虚を突かれたのは、奴らだけでは無かった。
結構な位置まで気配を殺し奴らに近付き、的確に十数人は戦闘不能にする。
残るは僚の目の前の、組織の中心人物のみとなった。
そうなれば、一瞬で片は付いた。
後始末は、冴子に一任するだけだ。



最後の1人を確実に仕留めて、僚は頼もしき相棒へと視線を走らせる。
随分離れた位置、殆ど僚と対面するような場所に佇む香と瞬時に視線が絡まる。
いつの間にか、師匠譲りの的確で絶妙な援護射撃を繰り出すまでに、香は成長していた。
すぐに僚は、依頼人の無事を確認する事に意識を切り替える。
気丈な依頼人に、飄々と冗談交じりに声を掛けながら、
僚の脳裏には香の強い眼差しが、真夏の太陽光線のようにこびり付く。
何度も過る。
何も知らない無垢な“相棒”の妹の筈が、本当の意味で相棒になったと僚が自覚した始まりだった。











大暴れを終えた帰りの車中は、重苦しい空気に包まれていた。
運転席の僚と、助手席の香にひと言も言葉は無い。
いつもならどこまでが冗談か本当かも解らないほど、軽口を叩き合っている2人の重苦しい沈黙に、
後部座席の依頼人も、自然と黙り込む。
だから、現場からは先にアパートへと立ち寄った方が、道順がスムーズだと思ったのは。
もしかしたら、僚の逃避の一端だったのかもしれない。
アパートのガレージに香と銃火器類を一旦降ろして、その足で僚は依頼人を送り届ける事にした。
いつもなら鼻の下を伸ばしていると勘繰った香に、制裁を加えられる場面だけど、
香もすんなりと頷いた。
これまでも何度も。
2人の関係が目に見えない変化を遂げる時には、僚も香も1人の時間をお互いに尊重して来た。
僚は大抵、香をこのまま自分の手元に置いておくか、別の道を歩ませるかの葛藤を抱え。
香は大抵、自分の不甲斐無さを激しく責めた。
けれど今の2人には、以前と確実に違う事がある。


奥多摩の湖の畔で、一緒に生き抜くと心に誓ったから。









香は射撃場の奥の武器庫に、己のもう1つの相方を仕舞う。
この部屋は僚の匂いがする。
火薬とガンオイルの匂い。


香の心を、これまで支えてきたものはきっと。
僚に認められたいというその一心だった。
元相棒の妹でも無く。
足手纏いのお荷物でも無く。
他の誰でも無く、槇村香という1人の人間を。
死んでも香は、僚の味方なんだという事を。







武器庫の扉が静かに開いた。
取り留めもない思考の渦の只中を彷徨っていた香の前に、僚が戻って来た。






ただいま。


おかえり、あら真面目に帰って来たんだ。


・・・なんか、如何にも俺がいつも真面目じゃないみたいな言い方じゃねぇか。






真面目じゃないじゃん、と言いながら香がクスクス笑う。
僚はいつも香の笑い声を聞くと、スッと肩の力が抜けるのを感じる。






家に帰り着くまでが、お仕事だからねぇ。


それ、全然説得力ないよ、りょお。


おまぁさぁ…






和やかな空気の中で、僚が突然真剣な表情をする。
一瞬、あの車内での重苦しい空気に舞い戻る。





急に、あんなやり方するなよ。ビビるじゃねぇかよ。




その僚の言葉で、香もどの事を指しているのか理解する。
そんな程度には、2人の間には余計な言葉は要らない。






あら、でもあれで少なくとも随分手間が省けた筈よ?


・・・・・・・まぁそりゃ、そうだけど。誰も、感謝してねぇとは言ってねぇけどよ。





眉を持ち上げて肩を竦める香に、僚はばつが悪そうに苦笑する。
依頼人を送り届けた後、僚は僚で1人の車内で色々と考えた。
香と生きてゆくと決めた筈なのに、この数ケ月未だに2人は宙ぶらりんの関係で。
ある意味それは、とても居心地が良過ぎて。
けれど時々こうして無性に、香の実体を、彼女が生きている確証を、
この腕に抱き締めて、確認したいという激しい気持ちが沸き起こる。
この居心地の良い繭の中から、羽化してしまいたいと切望する。
もうそんな気持ちに蓋をする理由など何処にも無い筈なのに、躊躇うのは多分。
これまでの悪いクセというヤツで。
僚をこれ程までに、用心深い打たれ弱い男にさせるのは、この世で槇村香ただ1人だ。





・・・怖ぇ、女(やつ)。


当たり前でしょ?アンタの相棒だもん。






そう言った香の笑顔は反則だ、と僚は思う。
香は槇村の目に入れても痛くない妹で、
全く色気もへったくれも無い男女で、
ケチでヤキモチ焼きで我儘なアシスタントで、極上のイイ女だと思う。
強気な瞳にいつも惹き付けられていた。
真っ直ぐな眼差しに、己の後ろ暗さを反省させられた。
そして、柔らかな笑顔に護られていた。












気が付くと香はいつの間にか、僚の腕に囲い込まれていた。
背中はひんやりとした戸棚のスチールの扉に押し付けられて、
香の顔の両横に僚が手をついて、僚の顔がすぐ目の前に有った。
これまで1番に近くで見る僚の顔からは、何を考えているのか読み取る事は難しかった。




りょ・・・




香の言葉は最後まで発する事無く、僚に飲み込まれた。
火薬と硝煙とガンオイルと煙草の匂いの初めてのキスは、
最も2人らしい気がすると、香は心の中で思っていた。
僚が更にその先へと、ふしだらに思いを馳せている事など微塵も思いもせずに。












リクエスト企画第4弾は、さえ様からのリクエストで。

Superflyさんの『Searching』という、曲のイメージで。との事でした。

歌詞の一部にある目の描写を表現して欲しいという事でした。

歌詞のままというワケではありませんが、曲を聴いた時に一番に思い浮かんだのは、

カオリンのしなやかな強さでした。

それを表す事が出来ればと思いながら書いてみました。

さえ様、如何でしょうか???

楽しんで戴けましたら幸いでございます m(_ _)m


※基本スペック※必読※

30000Hits Req. Vol.5  ケシmeets1chan 


                『波間の2人』


このお話しは、3万ヒット企画・第5弾。1chan様よりリクエストの続き物のお話になります。
パラレル設定になるので、以下のスペックをお読みになってご理解戴けた方のみ、
先へお進みくださいませ~~~~。









冴羽僚・・・・私立探偵。HN:マーロウ(勿論、由来はフィリップ・マーロウから。)


槇村香・・・・OL。HN:くろねこ。



僚と香は、チャット仲間です。
お互いに、面識はありません。




※ 話数は、今の所未定です。

① WEBの波間で。

23:14



お風呂から上がって、お肌の手入れを手短に済ませ、日課のストレッチを終えると、
槇村香は、独り暮らしの1Kのアパートの小さな部屋で、愛用のノートPCを開いた。


仕事は可も無く不可も無く、退屈で。
入社4年目の、新人でも無く、かと言ってベテランとも言えない中途半端な年頃だ。
同期の女子達の内、もう既に2人ほど寿退社した。
残された女子達は、このところ婚活に余念がない。
香も時々、合コンに誘われるけど、正直香はいまいち興味が無いのが本音だ。
なんだか、無理やり出会いを求めて突き進むのも、違う気がすると思うのだ。
勿論、友達たちの言うように、待っていても出会いなど、そうそう訪れるモンでも無い事は、
香とてよく解っているつもりだけれど。
それでも、何処かで。


自分だけの、唯一の出会いを心の何処かで夢見ているのかもしれないと、香は思う。子供染みているケド。


香のここ最近の日課は、寝る前の30分程のチャット。
とあるコミュニティサイトの、チャットルーム。
以前は複数の人と、他愛の無いお喋りのつもりでたまに参加する程度だったケド。
今はすっかり、“ある人”と仲良しになってしまった。
どちらから誘うワケでも無く。
毎晩、この位の時間に声を掛ければ、必ずつかまる。
そして30分程、お喋りをしておやすみなさいと言い合って1日を終える。








僚は、仕事関係の書類に目を通しながら、新しい煙草に火を点けた。
ふと、壁に掛かった時計に目を遣ると、23:00を少し過ぎたところだった。


何となく、いつもの日課で。
PCに向かう。
いつものサイトの、いつものチャットルーム。
示し合わせたワケでも無いけれど、いつもの相手との他愛の無い会話。
相手の名前も知らない。
相手の顔も知らない。
けれど何も知らなくても、色々知っている。
好きな本とか、好きな音楽とか、好きな食べ物とか。








  マーロウさん、こんばんわー

  こんばんわ、くろねこさん。

  何してました?

  何もしてませんよ(笑)たばこ、吸ってました。

  そう言えば、この間教えて貰ったベーグルサンドのお店、行ってみました。

  どうでした?

  とても美味しかった(*´∀`*)おともだちにも、好評でしたよ。

  それは、良かった。アソコは、俺もよく行きます。

  そうなんですか!?私はもう何度か行ったんですよ~~~

  知らない内に、会ってるかもしれませんね(笑)

  あはは。そうかも。

  仕事はどうですか?

  相変わらずです。この間は、話しを聞いて頂けて、それだけですっきりしました。ありがとうございました。

  どう致しまして。話し聞くだけなら、いつでも出来ますよ。







そもそもの始まりは、香の勤め先のある新宿で、
何処か美味しいランチのお店が無いかと、ネットで探していたのがキッカケだった。
そのコミュニティは、新宿界隈の情報交換のサイトで。
たまたま、知り合った僚は。
新宿を拠点とする、私立探偵だった。
僚には仕事柄、情報屋と呼ばれる類の知り合いがわんさかいるが、
それと同時進行で、ネットなどの細かな情報も取り入れると、その中にも色々と興味深いモノはある。


沢山いる内の1人に過ぎない顔も名前も知らない人間が、気が付くと。
いつの間にか、良く知った友達のように感じてしまう事だって、たまにはあるのかもしれない。
まだ、2人は出逢っているようで、出逢っていない。
けれど確実に。
1日の終わりに、他愛の無い会話を交わす事が楽しくなっている。




(つづく)


② 現実的生活

お~~~い、香ぃ。置いてくよぉ~~~~




午前中の業務と、昼休みの境目。
間の悪い事に、メール便の集荷がやって来た。
総務課の入り口に設けられたカウンターで、宅配便の担当者の応対をしている香の背後に、
同期で親友の絵梨子の声がする。
香も絵梨子も、基本的に弁当持参の事が多いけれど。
週に1~2度は、外で食べたりもする。
今日は、例のベーグルサンドが美味しいと評判のカフェに行こうと、つい20分ほど前に決定したのだ。
香が秘密のお友達に教えて貰って絵梨子を誘って以来、絵梨子もその店の大ファンだ。




・・・すいません、昼休みに。


あ、いえ。お気に為さらず。大丈夫ですから。本日分は、それだけです。



小さくボソッと呟いたドライバーは、この事務所を担当して数ケ月になるが非常に愛想が悪い。
他の女子社員達は、あまり良く思っていないらしいけれど、香は大して気にも留めていない。
ニッコリと笑いながら、彼に会釈する。



じゃ、お願いしますね。














朝というよりも、ほぼ正午近く。
僚は漸く、ごそごそと起き出す。



香にとっては、深夜のチャットだけれど。
僚にとってのそれは、毎晩宵の口なのだ。
元々、夜行性の私立探偵なので、チャットタイムが終了してから盛り場に繰り出す事も、ままある。
酒臭い息を吐きながら、熱めのシャワーを浴びて目を覚ます。
すっかり眠気を飛ばして、洗面所の鏡に向かう。
電気カミソリは好きじゃないので、シェービングフォーム塗れの顔に丁寧に剃刀を当てる。
冷蔵庫の中にあったものを、もう一度思い返す。
僚はこう見えて、料理の腕はプロ並みだ。
生憎、その腕を披露する相手はいないが。











ねぇ、香。


ん~~??なぁに??





香がモグモグと、ブルーベリーベーグルのクリームチーズサンドを頬張りながら、首を傾げる。
因みに絵梨子は、プレーンベーグルのBLTサンドだ。





中村先輩とは、何も進展ないの?




香は思わずベーグルを喉に詰まらせそうになって、慌ててアイスティーを啜る。
中村とは。
営業部の3年先輩だ。
香はつい最近まで、彼の存在はよく知らなかったのだけど。
数ケ月前に1度、同じ課の女の子に誘われて付いて行った飲み会に、彼も居た。
それから、社内で顔を合わせれば世間話をする程度の付合いだった。


急展開したのは、ひと月ほど前だ。


大事な話しがあると屋上に呼び出された。
そして、交際を申し込まれた。
それは、つい2~3日ほど前の出来事のように思えるけれど。
もう既に1カ月近く、返事をしないまま放置している。
実は、ここ最近の香の心のモヤモヤは、主にこの事だったりする。
彼の事は、別に好きでも嫌いでもない。
ただの会社の仲間だ。
それまでは、社内で顔を見ても何とも思っていなかったのに。
香は無意識に、営業部のあるフロアには極力近付かないようにしている。





進展って、別に。先輩とは何の関係も無いし・・・




確かにあの日、中村は。
嫌なら返事はしてくれなくても良いからと、言った。
結果的には、その言葉に甘える形にはなっているモノの。
それはそれでまた、礼儀を欠いているのではないかとか、逃げているだけでは?と、
遠回しに香にとってのストレスになっているのも、事実だ。



(・・・やっぱり、はっきり断るべきよね・・・気が重い。)



でも別にさぁ。





絵梨子は他人事なので、至って脳天気だ。








香は、彼氏もいないんだし。付き合ってみたって良いんじゃない?
彼、優しそうだし。
営業部では、結構人気あるみたいよ?





絵梨子の言葉には答えずに、香は無言で最後のひと口を飲下す。
香はこういう時、いつも何だか違うと感じてしまう。
周りの友達たちは、こういう時。
そんなに好きじゃなくても、取敢えず付き合ってみたりする。

まぁまぁ、カッコイイし。
優しそうだし。
結構、人気高いし。

一体、そんな事がそんなに大切なんだろうかと、香は思う。
それは。
好きだから、付き合いたい。という事と、どれだけ違うのだろう。




もっとも、こんな事を絵梨子に言うと。
『だからこそ、お試しで付き合ってみるんじゃないの。』
と言われるに決まっているけど。

















昼下がりの新宿界隈をプラプラしていると、僚は様々な人間に声を掛けられる。


ホステスだったり、バーテンだったり、ホームレスだったり、ゲイだったり。
そして、彼らは。
情報屋だったりもする。
僚の事務所にコンタクトを取る手段は、少し特殊だ。
JR新宿駅、東口伝言板。
その伝言板に、XYZの暗号3文字。
この情報化社会に有って、非常にアナログでレトロな通信手段だ。




その日、僚がいつもの如くその黒板の前に立つと。
メッセージが残されていた。

XYZ


それは、もう後が無いという、依頼人からのSOSである。




(つづく)


③ 2つの異なる世界。

定時に仕事を終えて、電車に揺られて新宿から3駅ほどの自宅マンションに戻る。



17:00が終業で、それから徒歩と電車で最寄駅まで20分程度。
駅から家までの間に、スーパーへ寄り道する。
ちょっとした商店街も近くにある。
家に着くのが、18:00前後。
それから、晩御飯を作る。おかずは少しだけ多目に作って、翌日のお弁当の分にする。




香が自宅の玄関ドアを開けたのと、電話の呼び出し音が鳴り始めるのがほぼ同時だった。



(・・・・まただ。)


このひと月ほど、これは毎日の事だ。
まだ、誰にも打ち明けていないケド、このひと月。
香は何者かにストーキングされている。
確たる証拠があるワケでは無い。
それでも、必ずと言っていいほど香の帰宅に合わせて無言電話が鳴り始める。
それは香が受話器を取るまで、鳴り止まない。





・・・・はい。


・・・・・・。


もしもし?


・・・・・・。


あの、どちら様ですか???


・・・・・・。


いい加減にして下さいっっ!!何が目的なんですかっっ


・・・・・・。


・・・け、警察に言いますよ?






香の声は微かに震えていた。
受話器越しに、ストーカーが軽く息を吐いて笑ったのが解る。
しかし、次の瞬間。
掛かって来た時同様、一方的に通話が途切れる。


ツーツーツーという、機械的な音を聴きながら。
受話器を握った香の手が震えている。
確かに電話の向こうの相手は、香がこの部屋に帰宅したタイミングを承知しているのだ。
香は受話器を握ったまま、その場にへたり込む。
自分に向けられたその感情が、悪意なのか好意なのかそれ以外か。
相手が誰なのか。


普段は楽観主義で、プラス思考の香も。
さすがにこの状況は、精神的に堪えている。










遡る事、数時間前。
午後のオフィスで、香の携帯に公衆電話から着信があった。
香は不審に思いながらも、トイレに立つ振りをしながら、
滅多に誰も使わない階段の踊り場で、応答した。





・・・・はい。


槇村さんですか?


はい。


新宿駅東口伝言板にXYZ、こう言えば誰だか解りますね?


あ、えぇ。・・・・探偵サン。


そうです、冴羽と言います。







それは、この一連のストーカー被害の相談をお願いする事にした、探偵からの連絡だった。













好きでも無い相手からの、交際の申し込み。
正体不明の、連日の無言電話。


ここ最近、心がモヤモヤとする様な事ばかり、立て続けに起こって。
正直、さすがの香も気が滅入っていた。
だからますます、香の専らの息抜きと楽しみは、寝る前の数十分のチャットだった。





  こんばんわ、くろねこさん。

  こんばんわ、マーロウさん。

  何してました?

  ちょうど、PC立ち上げたところでした。マーロウさんは?

  ビール、飲んでました。

  え、私も飲んじゃおうかな・・・

  飲んじゃえ、飲んじゃえ。






その晩は、金曜日で。
翌日は会社は休みだけれど。
昼間、連絡を貰った『冴羽さん』という探偵と、午前中に待ち合わせなのだ。
待ち合わせ場所は、新宿のキャッツ・アイという喫茶店だ。
そこなら、入った事は無いケド場所は知っている。
香は冷蔵庫に、1本だけ350mlの麒麟・一番搾りが入っていた事を思い出す。




  ちょっと、待っててくださいね。

  お、飲む気満々だ(笑)

  はい(笑)満々です。




香はこの後、電波の向こうのお友達とビールを飲みながら、
いつもより少しだけ、夜更かしをした。



(つづく)



④ 交差する世界

その喫茶店の前を、これまで香は何度も素通りした事があった。



新宿に勤めるようになって、4年。
見た事はあってもそこは、香にとって風景の一部だった。
その日初めて香は、そのドアを開けた。


軽やかなカウベルの音と、美しい女性と、ギョッとするほどいかついマスターが出迎えてくれた。


広い店内に客は1人も居なかった。
新宿のど真ん中に有って、これ程までに広いカフェがこれ程までに閑散としていて、
商売として成り立つのだろうかと、香は余計な心配をしてしまう。
約束は、午前11:00だった。
香が5分前にそこに到着しても香以外に客の姿は無いので、きっと探偵はまだ来てないらしい。




いらっしゃいませ、どなたかと待ち合わせ?


え?




美しい女主人がニッコリと微笑んで香に訊ねた。
香は一瞬、ビックリする。
どうして解るのだろう、と。
もっとも、香の知る由では無いが、
探偵こと冴羽僚はこの店の常連で、彼が依頼人との接触に使うのはいつもこの店の一番奥のボックス席で、
待ち合わせておきながら遅刻するのは、ヤツのお決まりのパターンで、
彼が受ける依頼は、美女からの依頼に限るという鉄則がある。
この店の一見客で、若くて美人で、店内に入った途端に誰かを探している素振りを見せる場合。
それは十中八九、冴羽商事の依頼人だ。




あ、あの。はい。




香が躊躇いがちにそう答えると、女主人(美樹)は奥のボックス席へと案内した。
店内には、客は誰も居ないのにコーヒーの薫りだけは、心地良く立ち上っている。




もう少し待ってて頂戴ね、冴羽サンもその内来るから。


・・・・・え?



美樹はそう言うと、キョトンとする香を残してカウンターの中へと戻って行った。
香には、全てが異次元の世界のように見える。
あのガラスのドアをくぐった瞬間から、妙な世界に紛れ込んでしまった様な錯覚を覚える。
どうしてあの人は、自分の待ち合わせ相手の名前を知っているのか。
香は不思議な喫茶店の4人掛けのボックス席で、ボンヤリと呆けていた。





はい、どうぞ。




香の意識を引き戻したのは、またしても美樹だった。
香の前に、薫り高い香ばしい液体の注がれたカップが置かれる。
そこで漸く、香は喫茶店に入ったのにオーダーをし忘れていた事に思い当る。




あ、そういえば私。注文、してませんでした。


良いのよ、気にしないで?どうせ、お会計は冴羽商事に回すんだから♪どうせなら、何か食べる?




は???と、香が首を傾げたのとカウベルが鳴り響いたのはほぼ同時だった。
冴羽僚は、約10分の遅刻だった。
店内の一番奥、ボックス席には栗色のショートカットの、色白美人が座っていて、
何やら美樹と話している。




(よっし、モッコリちゃん



僚は心の中で小さくガッツポーズを決めながら、渋い表情を作ってボックス席に近付く。
美樹が僚に向き直って、遅刻よ?と香の代わりに抗議して、僚は思わず苦笑する。





遅くなって申し訳ない、冴羽です。


あ、あの私は。槇村です、槇村香。ヨロシクお願い致します。




香は咄嗟に立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
そんな香に僚は、更に相好を崩す。
申し分ないスタイルの良さである。
遅れてやって来た己へ苦情を言うでも無く、むしろその優しく丁寧な物腰に、好感すら覚える。



(やばい・・・リョウちゃん、超タイプかもぉ


あ、あの。冴羽サン???




僚がふと我に返ると、依頼人・槇村香が訝しむように僚の顔を覗き込んでいた。
僚は冷や汗を掻きながら、軌道修正を図るべく着席するよう促して、香も微笑みながらそれに従う。





それじゃ、改めて。依頼の内容をお伺いしましょうか?






今はまだ2人とも、お互いが深夜のお友達だという事に気が付いてはいない。


(つづく)


⑤ 既視感

・・・・なるほど、ストーカー被害ね。




僚は、目の前の美しい依頼人をじっくりと観察しながら、
しかしそうとは悟らせぬ素振りで、話しを引き出す。
それまで明るい表情だった彼女は、依頼内容を確認し始めると途端に怯えたような表情を見せた。
確かに、都会の真ん中の女性の1人暮らしの部屋で。
何者かの不穏な気配を感じながら暮らす事は、恐怖以外の何物でも無いだろう。
コクンと頷く香に、僚は更に質問を被せる。









それで・・・、何か心当たりは?


心当たりと言いますと?


例えば、最近恋人と別れたとか、身近な人物と揉め事があったとか?






僚の言葉に、香が暫く何事か思案する。
全く無いとは、言えないかもしれない。
気が重い返事を先延ばしにしている事が、1つある。






・・・・あの、実は。もしかすると、全く関係無いかもですケド・・・・


大丈夫ですよ、それを調べるのが私の仕事です。些細な事でも、気になる事があれば話してみて下さい。


ひと月ほど前、職場のある先輩に交際を申し込まれたんです。けれど、まだお返事してなくて・・・


それで?お相手は、しつこく貴女に付き纏っているとか?


あ、いえ。それは無いんです。もしも、その気が無ければお返事は要らないからと仰ってて。


貴女は、その方に何とお応えするつもりなのですか?


え???


あ、いや。べ、別に変な意味じゃありませんよ?あくまで、ストーカーの犯人を探る為に必要な情報です。


あの、私は別に先輩の事をそういう目で見た事無かったので・・・お断りしようかと・・・






僚はふと、最近何処かで聞いた様な話だなと、苦笑する。
あれはいつだったか、数日前。
深夜のチャットの会話の中でも、似たような事を聞いた気がする。









 くろねこさんは、恋人は?

 ・・・いませんよ。マーロウさんは?

 残念ながら、俺も(笑)

 実はまだ今まで、誰かを好きになった事が無くて・・・いい歳して恥ずかしいんですケド

 そんな事に、歳とか関係無いですよ。幾つになっても出逢いはあるし恋はするもんです。

 ・・・そういうモンですか。

 そういうモンです(笑)好きでも無い相手と付き合う必要なんか無いですよ。

 そっか・・・。ありがとうございます。何だか、少しだけ気持ちが晴れました。










香はそれでも、まさかあの先輩とストーカーが関係があるとは思えないので、
一応もう一度、念を押す。







あの、冴羽サン?


はい?


それでも、先輩はそんなストーカーなんてする人では無いと思うんです。


はい、大丈夫です。まだ今の段階で、彼を犯人だと決めつけるのは早計です。
勿論、他の可能性も当たりますから。





僚がそう言うと、香は安堵の表情を浮かべる。
それでも僚は、その職場の先輩とやらを重点的に調べる事にする。
ヤツが彼女に交際を申し込んだのは、ひと月前。
彼女のストーカー被害が始まったのも、ほぼひと月前。
彼女はヤツの気持ちに応える気は無く、返事もしていない。
そもそも、ストーカーなどという陰気な手段を選ぶ人種は、表向きではイイ人を装っている事は珍しくない。





先輩の事に関しては、私もいけないんです。彼の言葉に甘えて、お返事を避けてますから。


好きじゃないんでしょ?その人の事。


え??あ、はい。正直言うと・・・




じゃあ、気にする事は無い。好きでも無い相手と付き合う必要は無いですよ。







そう言ってニッコリ笑った僚を、香は思わず呆然と見詰めてしまった。
つい最近、全く同じセリフを聞いた。
正確には声を聞いたワケでは無い。
パソコンのモニター越しの会話。
今では、香の大事な秘密の友達。
彼も全く同じ事を言ったのだ。
それは不思議な感覚だった。
この台詞の一致を境に、香は画面の中の言葉1つ1つをこの目の前の探偵の声に変換し始めた。




2人はまだ、お互いがくろねことマーロウだという事に気が付いてはいない。
それでもお互い無意識に、初めからまるで初対面だとは思えぬ程、話しやすい相手だと思っていた。



(つづく)


⑥ 1つ屋根の下

冴羽アパートは、新宿歌舞伎町とは目と鼻の先にある。



僚の素性は謎のベールに包まれており。
知人の類は数多くいるものの、本当の事を知っている者は殆どいない。
しかし、巷の噂では。
僚の母親は、銀座の超高級クラブで伝説と謳われた美人ホステスで。
僚はその彼女の私生児で。
その伝説上の人物に僚を産ませた父親は、
政財界を陰で牛耳る超大物フィクサーであるというのが、定説だ。
確かにそれが本当ならば、まるで流行っても居ない探偵事務所をやりながら、
都内の一等地に持ちビルを所有し、呑気に独身生活を謳歌している事も、合点がいく。
もっとも、どんな情報もあくまで噂の域を脱しない。


そんな冴羽アパートの6・7階部分が、僚の自宅だ。
男の独り暮らしには些か広過ぎるその部屋で、僚は好き勝手に生きている。
僚の営む探偵事務所は、5階にある。ガレージは1階だ。
それ以外、テナントは皆無で。
全てが空き部屋だ。


『この部屋、好きに使って良いから。』


僚がそう言って香を案内したのは、5階の事務所と同じフロアにある2LDKのごく普通の一室だった。
仕事柄こんな風に、依頼人を数日間に亘って招き入れる事もままある。
その為に、その部屋だけはすぐに使えるように整えている。












俺の部屋は、すぐ上の6階だから。
何かあったら、気軽に声掛けてね。



その日初めて会った冴羽探偵は、そう言って古いビル特有の薄暗い階段を上がって行った。
その部屋は、思った以上に綺麗だった。
恐らく内装は、定期的にリフォームが施されているらしく、古さを感じさせないモノだった。
香はそこに、数日分の着替えと会社に通うのに必要なモノだけを持ってやって来た。
大抵何でも揃ってるから、という僚の言葉通り。
すぐにでもそこで、普通に生活を始められる状態だ。
僚は2LDKの室内をざっと説明して、自分の部屋に帰って行ったのだ。



香は、薄いグレイのキルトのベッドカバーの掛かったシングルベッドに腰を下ろした。
何だか急な展開で、想像以上に疲れていた事に気が付いた。
そのまま目を瞑って、ゴロンとベッドに横になる。
そして、昼間あった出来事を思い返す。









昼前に不可思議な喫茶店で、僚に初めて会った。
それからそのままあの店で昼食を摂り、その足で香の部屋へと向かった。
大きな背の僚には、些か可愛らし過ぎる愛車のミニクーパーで香のアパートへ向かう途中、
僚は香に部屋に着いたら一切物音を立てない様に、と言った。
香の話しから推察すると、恐らく室内に盗聴器が仕掛けられている可能性が高いので、
ひとまずは、それを撤去するという事だった。


実際、僚が調べてみると計4個の盗聴器が室内から発見された。


その全てを、僚が壊してしまった。
そしてその代わりに、今度は僚が隠しカメラを設置した。
盗聴器を破壊されたと悟った犯人が、もう一度香の部屋へと侵入してくる可能性があるからだ。
そして、香は僚のビルへと暫くの間、避難する事になったのだ。




香は正直、ショックじゃ無かったと言えば嘘になる。
少なくとも一度は、あの小さな忌々しい機械を設置する為に、何者かが香の部屋へと侵入していたのだ。
もしも。
そんな時に、犯人と鉢合わせてしまっていたりしたら。
そう考えると、背筋が凍る。



このビルへ来る前に、僚と一緒に外で夕食は済ませて来た。
取敢えず、土曜日だし。
次の日も休みだし、後はお風呂に入るだけだから。
香は何となく、何もする気になれずそのまま気が付くと転寝してしまっていた。










3時間ほど眠って、香が次に目覚めたのは23:00の少し手前だった。
香は、自宅から持って来たボストンバッグの荷物の中から、
ノートパソコンと、Wi-Fiのルーターを取り出す。
着替えや身の回りの物を纏めながら、香は少しだけ迷ってパソコンも持って来たのだ。
色んな事が起こっている今だからこそ、香には“彼”との電波上の会話がとても大切に思えた。
香に自覚は無いけれど、今では香の心の結構な割合を、マーロウ氏が占めている。










 こんばんわ、マーロウさん。




香の呼び掛けに暫く経ってから、僚が応えた。



 こんばんわ、くろねこさん。すみません、お風呂に入ってました。

 いいえ、コチラこそ。すみません。

 くろねこさんは、何してましたか?

 何もしてなかったんです、ボンヤリしてて。

 今日のお休みは、何処かへ出掛けました?

 何処かへ出掛けたというより、正直、世界の果てに流されてしまったみたいな日でした。

 何か、あった?

 ・・・・色々あって、気持ちが塞いでます。こんなんじゃダメですね。。。

 晴れた日や、雨の日があるのと同じで。そんな日もありますよ、誰でも。

 マーロウさんも?

 そりゃ、勿論。

 そういう時、どうしてますか?

 煙草の本数が増えます(笑)

 そして、飲みに行ってる(笑)

 あはは。どっちも、私には無いなぁ。

 何か、気分転換が出来れば良いんじゃないかな?

 例えば?

 うう~~ん、そう言われてみると難しいけど・・・ま、ありがちなとこでアロマとか?

 あ、好き。アロマ。マーロウさんのお薦めの薫りは?

 そうだな、清々しい感じが好きかな。サンダルウッドとか。

 あぁ、イイですね。落ち着きそう。














結局、香はその後1時間ほど僚とのチャットを続けた。
気が付くと、転寝をする以前の心の状態よりも、随分気持ちが上向いていた。
アロマポットやオイルなんかはさすがに持って来ていない。
アロマは楽しめないけれど、それ以上に気持ちは落ち着いていた。
壁に懸けられたシンプルな時計を見ると、0:00を少し過ぎたところだった。




(お風呂、入ろうかな・・・)












香が風呂から上がって、脱衣所で髪を乾かしている時に、それに気が付いた。
ドライヤーはココにあるから、と僚が教えてくれたその棚の中に。
アロマポットが置いてあった。
オイルも1本だけだけど、ちゃんとあった。
小さな瓶に書かれた文字を、辿る。



“sandalwood”



香は思わず微笑んだ。
それは小さな偶然だったけど、
最悪な土曜日を最悪な気分のまま終える事が無くて良かったと、香は心からそう思った。



(つづく)

⑦ 依頼人と探偵の食卓

香は、1フロア上階の6階玄関の前にやって来ると、
スチール製のドアの横についたインターフォンを鳴らした。





香がこのビルに来たのは、前日の土曜日の事で。
日曜日は、会社は休みだ。
土曜日は、僚との初顔合わせから、盗聴器撤去、そして急遽このビルに避難する事に決まって、
昼も夜も外で食事を済ませた。
一応、すぐに生活できるように何でも揃った(アロマポットまで)部屋だったけど。
流石に食材は、買い出しに行かないとどうしようもない。





『・・・どっか、出掛ける時は声掛けて?車出すから。』



昨夜、僚は香にそう言った。
一応、彼は調査係兼ボディーガードなので、スーパーに行きたいだけとは言え、
勝手に行動するのはまずいだろうと、香は思ったのだ。
時刻は、午前9:00である。












階下の玄関から、何やらチャイムの鳴る音がする。


僚は潜り込んだ布団の中から、ヘッドボードに置かれたデジタル時計に手を伸ばす。
薄暗い布団の中に引き込んだ、赤く光るデジタルの数字は午前9:00をお知らせしている。
僚にとっては、まだ夜明け前に等しい。
けれど、5階に美人の依頼人がいた事を瞬時に思い出す。
僚はガバリと、勢いを付けて起き上がる。









玄関ドアが開けられた時、香は心臓が止まるかと思った。



玄関の向こうから現れた探偵は、上半身裸で、スウェットのボトムだけを身に着け、
盛大に寝グセを付けて、むくんだ寝起きの顔だった。
実際の所、男性のこのような姿に、香はほぼ免疫が無い。
目の遣り場に困るので、不自然に明後日の方向を向いたまま僚に用件を伝える。






あ・・・、すみません。起こしてしまいまして・・


あ、いやぁ。こっちこそ、ゴメンね。寝起きで。





そこまで答えて、どうやら彼女は己のカッコに困惑しているらしいと、
漸く気付いた僚は、苦笑しながらドアの内側に体を隠して顔だけを突き出した。





なんか、あった??


あの、スーパーに行こうと思って。一言、声を掛けてからにした方が良いかなと思って・・・


あ、そか。うん、声掛けて貰って良かった。じゃあ、すぐ支度して来るから階下(した)で待ってて?


1人でも大丈夫ですよ?ここ、会社の近くだし、スーパーの場所も分りますから。


いや、ダメだ。車出すから、部屋で待ってて。


・・・そうですか。なんか、ごめんなさい、日曜日なのに。







香は知る由も無いけれど、僚に日曜日も平日も関係無い。
休日だから朝寝をしているワケでは無く、
毎日がこんな風だとは僚は敢えて言及はせず、曖昧に頷いて見せた。












15分後、5階の香の部屋に僚が迎えに来た。


先程とは打って変わって、
紺色のジャケットの下に淡いピンク色のシャツを身に着け、ジーンズを穿いている。
寝グセはシッカリと整えられ、何故だかむくんでいた顔もスッキリ引き締まりヒゲも剃っている。
仄かにブルガリのブラックが薫る。
香が階下に降りるのを見送って、僚は驚異的なスピードで身支度を整えたのだ。
香はその速さと変わりように、内心驚愕した。








結局僚は、郊外の大型ショッピングモールへと香を連れて行った。
広々した食料品売り場を、一緒に籠を持って並んで歩く。
僚もついでなので、冷蔵庫の中身を思い出しながら、食材を選ぶ。








冴羽さんは、自炊なさってるんですか?


ええ、一応。


そうなんですねぇ、どういうの作るんですか?


普通ですよ、簡単なもの。1人だったら、あまり手の込んだもの作るのも面倒だから。


ふふふ、私も同じです。


いかに洗い物を、最小限に留められるかが重要です。


ですです。







2人は思わず、事件の事も忘れて“独り暮らしあるある”で盛り上がる。
そんな事を言いながら、お互いに野菜や肉を選んでゆく。
香が籠の中のカボチャを見ながら、挽肉を手に取って何やら思案していると、
僚が小さく1つ、咳払いをした。







あ~~~、あの。


はい?なんです??冴羽さん。


・・・いっその事、


はい。


一か所で食事を済ませれば、


・・・。


洗い物、最小限で済みますよ?


・・・・・・・・ですね。









その日の昼食は、僚がペンネ・アラビアータを作り。
香がバジルのサラダと、玉葱とコーンのコンソメスープを作った。


夕食は、
僚が鯵の南蛮漬けを作り、香はカボチャのそぼろあんかけを作った。
味噌汁は相談の上、ワカメと油揚げに決めた。





2人は意外に、食べ物の好みで意気投合した。



(つづく)




⑧ 熱愛疑惑

ねぇ、香?あんた、いつの間に彼氏出来たの???




・・・・・・ふぇ?








その日のランチの途中の、絵梨子の唐突な質問に。
香の口元まで運ばれかけたオムライスが、皿の上に落下する。
香には絵梨子の言葉の意味が、全く理解できない。






どういう事?


どういうって・・・、ココ最近送り迎え付じゃない。みんな、知ってるわよ。


・・・・。





その洋食屋は、香が僚にチャットで教えて貰って、時々通うようになった店である。
勿論香は、マーロウが僚である事には全く気が付いてはいない。


朝と夕方、僚は香を赤いミニクーパーに乗せて送ってくれる。
会社まではむしろ、歩いても行けない距離では無く。
けれど、僚には別の思惑もあるようなので、香は別段拒む事も無く送り迎えに甘えている。
香が仕事をしている日中は、僚もストーカーの方の調べを進めているらしい。






・・・その事なんだけどね・・・、絵梨子。




どうやら香の全く予想だにしていなかった疑惑(恋人発覚)が、一人歩きをしているらしい。
これは可及的速やかに、事の真相を明らかにしておかないと。と、香にしては珍しく計算が働いた。
漸く香は、これまで数週間に亘るストーカー被害らしき事を絵梨子に打ち明けた。
そして僚はただの探偵で。
彼の事務所のビルには、急を要する依頼人などを一時的に匿っておく為に部屋を設けてある事。
すぐ近くなんだけど、用心の為に彼が送り迎えをしてくれている事を説明した。





どうして、相談してくれなかったの?


・・・まだ、ストーカーかどうか良く解らなかったし・・絵梨子に迷惑掛かるといけないからって思って。


ばかっっ、なに遠慮してんのよ!!・・・でも、怖かったでしょ?


うん、すっごく。それに、








・・・それに???


盗聴器がね・・・・・出て来たんだ。4個も。だから、私の思い過ごしでは無かったみたい。


っっ!!!  で?何か心当たりは無いの?







思わず前のめりになって、絵梨子が香に詰め寄る。
香は苦笑しながら、小さくフルフルと首を振る。





まぁ、でも。


ん?


何はともあれ、今現在は探偵サンに調べて貰ってるんだから、少しは心強いわね。


うん、ハッキリと解決するまで、1人で部屋に帰るのは怖いから。






だから、冴羽サンのとこに避難させて貰って感謝してるの、と言って香はオムライスを口に運んだ。
絵梨子も、神妙な面持ちで頷く。絵梨子はハヤシライスを食べている。






冴羽サンって言うんだ、あの人。


うん。


幾つ?


は?知らない。


どう?


何が?


ったく、疎いわね。良い男かって訊いてんじゃない。


????どうだろう。考えもしなかった・・・・







絵梨子は、小さく溜息を漏らす。
同期入社で親友の目の前の彼女は、誰もが振り返るレベルの別嬪だ。
スタイルなど、まるでモデル並みだ。
これまでの4年間、香と仲良しの絵梨子の元には。
香の情報を求めて、何かと社内の男達が寄って来る。
しかし当の香は、傍から見ている限り、色恋沙汰にはてんで興味が無いようで。
実際には、絵梨子の周りにやって来る彼らは、香目当てに他ならないのに。
香は真剣に、絵梨子はモテるから。と思い込んでいる節がある。

けれど槇村香が密かに、深夜のチャット仲間の事を“いいな”と思っている事は誰も知らない。














香の職場は、定時が17:00だ。
後、3分。
香は少し離れた壁に掛けてある、まるで学校の教室にあるのと同じようなシンプルな時計を、
先程から、チラチラと見ている。
今日はもう何も起こらなければ、このまま定時で帰れそうだ。
会社の裏口の方の一方通行の狭い路地には、もうきっとあの赤くて小さな車が停まっているだろう。
香の口角が自然と持ち上がっている事に、誰一人気が付く者はいない。












17:12


地味な制服からカジュアルな私服に着替えた香が、小走りでやって来る。
僚は遠目から、やっぱ超カワイイ、と再認識する。
今まで。
依頼人にこれ程まで心を奪われた事は、無かったかもしれない。
確かに、依頼人が美人じゃないと僚のモチベーションは上がらないけれど。
それはお仕事の合間の、目の保養だったりするワケで。
毎回毎回、口説いていたらキリが無いし。
実際。
これ程までに、僚の理想に適った相手はこれまで残念ながらお目に掛かった事は無かった。


それに何より初対面から、彼女とは初めて会った気がしなかった。









ごめんなさい、冴羽さん。お待たせして。


大丈夫、全然待ってないし。






本当は僚は、16:30からココにいる。
少しだけ、格好付けてみた。
香がシートベルトを着けたのを確認して、僚がゆっくりとクーパーを発進させた。
その様子を、

会社のビルの2階の窓から中村が見ていた事を、2人とも知らない。



(つづく)

⑨ 偶然も重なれば必然

今日は?何処か寄ってく?






夕方の渋滞に軽く嵌った車内で、僚が香に訊ねる。
スーパーには、前の日に寄ったので特に買い物をする必要は無かった。
けれど、1件だけ。
香には、立ち寄りたい所があった。









あの、3丁目のTUTAYAに寄って貰っても良いですか?





そこは、会社と新宿駅の中間地点に有って。
香はDVDをレンタルする時、その店舗を利用している。
自宅近くの店舗でも、一応は会員登録をしているけれど、
このラッシュの時間帯に、少しでも距離がある所に寄って貰うよりは。
帰り道の途中にあるそちらの方が良いかな、と思ったのだ。
それに正直少しだけ、自宅周辺に近付くのが怖いという事もある。






あぁ、アソコは確か駐車場無いから、一遍帰って歩いて行こうか?散歩がてら。





と言っても、冴羽アパートからは徒歩数分の距離である。
もうそうなると、会社の送り迎えとは何ら関係は無く。
ただ単に2人で、レンタルビデオ屋へ行くというだけの事になる。
もはや、探偵と依頼人というビジネスライクな間柄を超越して、
何故だか2人は、普通に日常生活を淡々と送っている。













ここ、会員登録してるの?


えぇ、会社帰りに便利なんで。帰り道に必ず前を通るから、返却忘れないでしょ?





そう言って、店内を目的のDVDを目指しながら、香がニッコリと微笑んだ。
冴羽さんもお近くだし、ココ来られるんでしょ?と、訊ねた香に僚は、若干、曖昧に頷いた。
僚も勿論、ココには来た事はあるけれど。
僚の行きつけは専ら、
歌舞伎町のど真ん中で情報屋を兼ねたオッサンが営む個人経営の、
エロ専門セル専門の如何わしいビデオ屋だ。
僚が密かに苦笑した事に、香は気が付いてはいない。









あ、あった。






香がそう言って手にしたのは、
可愛らしいショートカットの女の子の写真の描かれた、水色のジャケット。
『地下鉄のザジ』
50年以上前のフランスのコメディ映画。
可愛くて何処か懐かしくてスタイリッシュで、甘い。
まるで僚には不似合いだけど。
それは、僚の大好きな映画だった。









 何か最近、モヤモヤする事が多くて。楽しい気分になれる映画が観たいんです。

 う~ん、じゃあ、俺のおすすめ。

 なんて映画ですか?

 『地下鉄のザジ』フランスの古い映画なんだけど、妙に好きで。

 今度、借りてみます。









もしかして。
まさか。
否だって、そんな都合のイイ話しがある訳ないだろ???
でもタイミング的には、恐ろしいまでに一致してるし・・・


僚が思わず脳内で、アレコレと考察する。
固まって眉間に皺を寄せる僚に、香が訝しげに顔を覗き込む。










あ、あの。冴羽さん???どうかなさいました?


ん?あ、いや、ゴメン。ちょっと、ボォッとしてた。


ごめんなさい、何か無理にお付き合いさせてしまって。


いやいやいや、別に全然そんなんじゃ無いから、ってかその映画好きなの?


ううん、今日初めて観るんです。お友達に薦められて。









香がそう言ってニッコリ微笑むと、カウンターの方へと進み始める。
僚もその後に続く。
もしも、彼女が“あの”彼女ならば。
これまでバラバラだった全ての感覚が、妙にしっくりと腑に落ちる。
初めて逢った気がしなかった事。
何処かで聞いた様な、会社の話し。
妙にウマが合う、食べ物の好み。



(・・・てか俺が、好きなんですけど。)


僚の心の声は、映画に対してなのか、香自身に対してなのか。
もしくは、両方か。
僚自身、このまるで映画のような偶然に、まるで夢を見ているような気持だった。


(つづく)

⑩ 彼女は依頼人

新宿3丁目のレンタルビデオ屋で、99・9%の確率で、
香が『くろねこさん』じゃないのかと、僚が思い始めてから3日。




事件が動いた。





香の部屋に仕掛けておいた隠しカメラに、ハッキリと犯人が映ったのだ。
新しく盗聴器を仕掛ける様子。
この数日、香が帰っていない事を既に察知しているのか、
ヤツは油断して、随分長い時間香の部屋で過ごしていた。
香の独り暮らしの1DKのアパートで、
ヤツはベッドに顔を埋め、クローゼットの中を物色し、1人悦に入っていた。

僚は正直その映像を、香にありのまま見せるべきかどうか激しく悩んだ。
それは男の僚から見ても、異様な光景で。
香にとって、ショックが大きいだろう事は明白だった。

この数日。
2人はまるで、友達のように、恋人のように、淡々と過ごしていた。
お互いに、23:00を過ぎるといつものチャットルームで落ち合った。
昼間の僚は、香の身辺を調査しながら、絶対に彼女を守ると思い続けた。
たとえそれが、ただのクライアントと探偵という間柄だったとしても。



犯人からの直接的な危害から香を守る事は、自分のビルに匿う事や送り迎えをする事で果たせても。



この様な、経過報告をする事で。
香の心に傷を残す事からは、どうしても守る事は出来ない。
それは僚に課せられた義務で、依頼人である限り香は現実を知る必要がある。
僚がこれまで似たような依頼に携わって、こんな気持ちになったのは初めてだった。

依頼が終われば、彼女とは何の接点も無い他人同士だ。
香は普通のOLで、僚はしがない探偵だ。

けれどもしも・・・
彼女があのくろねこさんならば。
全く違った世界でもう1度、出逢う事が出来るだろうか。













お昼休みを終えて1~2時間は、マッタリとした空気がオフィスを支配する。


香は気分を変える為に、
デスクの上の文房具と一緒に置かれた、小さなプラスチックのケースを摘む。
カシャカシャと小さな音を立てて、香の掌に、ミント味のタブレットが2~3粒こぼれる。
向かいの席の絵梨子が無言で掌を突き出したので、
香はクスッと笑って絵梨子の手の上にも数粒落とす。


香の携帯に、僚からメールが届いたのはその時だった。


僚に依頼をしてから、何度か連絡を取り合う必要があった。
その度に香は、会社内の人気の無い所に行って応答していた。
そんな事を他愛ない会話の中で、香から聞いた僚は。
何かあったら、メールするから。と、メールアドレスを交換したのだった。





バイブ機能と着信音はオフにしてある。
着信ランプだけが点滅して、メールの着信を伝える。
香は一瞬、少し離れた課長の席へと視線を寄越す。
生憎彼は、デスクの上のPC画面に集中している。
少しだけ書類ファイルの陰に隠すようにして、香は自分の携帯を操作する。





14:37

受信メール:1件

送信元:冴羽さん






槇村さん。
事件の方、進展アリです。
犯人の身元を特定しました。
証拠も押さえてあります。
今夜、報告いたします。
お仕事、お疲れ様です。








たったそれだけの文章に。
香は予想以上のショックを受けた。
犯人が見付かるという事は、今回の件が解決する。
解決するという事は、もう。





あの赤い車に乗って帰りにスーパーに寄ったり。
2人で分担して晩ご飯作る事も無いのか・・・




とそこまで考えて香は、ハッと我に返る。
なんでこんな事考えてるんだろうと、ブルンブルンと大きく頭を振る。
そんな香に絵梨子が、向かいの席から様子を窺う。
声を出さずに、口の形だけで


だ・い・じょ・う・ぶ・?


と訊ねると、香がコクンと頷く。
けれど、香が思っている以上に、香の頬は真っ赤だった。
勿論、解決してくれないと困るんだけど。
けれどそれ以上に。
香はこの時漸く気が付いた不思議な感情に、戸惑って困ってしまっていた。






香は無性に、マーロウさんと話しがしたかった。
WEBの向こう側から送られて来る言葉で、勇気づけて貰いたかった。
いずれにせよ。
あと数時間後には、答えが出る。




(つづく)


⑪ 事件の真相

ストーカー事件が解決して、3日後。



会社の中でも営業部の周りには、極力近寄らないようにしていた香は。
上得意の来客用のお茶受けを買いに行くように命じられて。
新宿駅に隣接する百貨店に、鈴の形を模したモナカ(客人の好物だ)を買いに行った帰りに。



駅前の交差点で、営業部の中村にバッタリ会った。
















午後のもっとも眠気の襲来する時間に、僚からのメールがあった日の夜。


香は僚から、今回の顛末を報告された。
香の身辺にまとわりついて、香を怯えさせていた犯人は。
香の会社が利用している宅配業者の、香の部署を担当するドライバーだった。
犯人の供述によれば。
どいつもこいつもお高くとまった一部上場企業の、こましゃくれたOLの中にあって。
香だけは。
分け隔てなく、笑顔を見せ、親切に応対してくれた。
それで彼にとって香は、最高の出逢いに導かれた唯一無二の女性だそうだ。
例え香が、彼の好意に基づいた行動に、心底恐怖していたとしても。










あ、・・・中村、先輩。


お疲れ様、槇村さん。





中村はニッコリと微笑んで香に、そこらでお茶でもどう?と声を掛けた。
香はモナカの入った上品な紙袋を掲げると、もうそろそろお客様がお見えになるので、と。
遠回しに断った。
じゃ、会社まで一緒してもイイ?と、問われて。
香もそれ以上、断る理由が思い浮かばなかった。







彼氏、居たんだね。


・・・え?


あ、いや、送り迎えして貰ってるの、たまたま見掛けたから。








他愛の無い世間話の合間に、中村がそう言った。

いや、居ない方が可笑しいよね?槇村さんほどの美人さんに・・・とか。
あ、前に俺が言った事、忘れて?とか。
ゴメンね、マジで・・・とか。

すぐ隣でそう言って恐縮する彼の声を遠くに聞きながら、香は僚の事を思い出していた。




当たり前だけど。
事件が解決してから香は、僚所有のあのビルから自宅アパートへと帰宅した。
犯人を特定してからの僚の行動は、迅速だった。
何しろ、犯人が香の部屋へと侵入する事を見越していた僚は、
あらゆる証拠を掴む為の、あらゆる仕掛けを、香の部屋に施していた。
僚の知り合いだという、妙にお色気ムンムンの美人刑事に全てを託して。
今の所犯人は、拘留されている。
恐らく、順当に進めば。
犯人には、香への接近禁止命令が下されるのが妥当だろう。




『また、いつでも相談に乗るから。命令が下っても、アイツが君の事、諦めるとは限らないし。』



そう言って笑った僚の顔が、香の頭に焼き付いて離れない。
今では毎晩の日課になった、“マーロウさん”とのお喋りに。
香は自分でも無意識に。
マーロウ氏と、僚の面影を重ねている。








あ、あの。ワタシの方こそ、長い事お返事もしないまま・・・ごめんなさい。


あぁ、いいのいいの。俺が返事要らないって言ったんだし。謝らないで?









香は、中村が僚と香の関係を誤解したままである事を、敢えて訂正はしないでおいた。
漸くこの時、気が付いたのだ。
毎日の送り迎えの。
ボディーガードとは別の、僚のもう1つの“意図”に。
香は会社内での、中村との事を僚には話した。
きっと僚は機転を利かせて、ワザと架空の恋人役を買って出てくれたのだろう。
あんな風に、あからさまに毎日送り迎えをすれば、否応なく噂が広がるものだ。


傍に居てくれた時には、僚の優しさに気が付かなかった。
どれだけあの数日で、心強くいられたのかという事に。
僚と一緒に食事をしたり、他愛も無い会話を交わしたり。
気が付くと。


いつの間にか、彼の事が好きになってしまっていたのかもしれないという事に。














 ・・・マーロウさんは。

 なぁに?

 これまで、・・・失ってみて初めて気が付いた事とかありますか???

 ありますよ、沢山。

 そういう時、どうしましたか?今まで。

 ・・・今までは。
 諦めた事も、沢山ありました。


 諦め・・・。

 はい(苦笑)・・・ケド。

 けど??

 これからは、納得がいくまでは諦めないつもりなんです。

 そうなんですね。それじゃあ私も、マーロウさんを見習って後悔しないように生きてみます(笑)

 ええ、女は度胸ですょ。男も度胸ですケド(´∀`;)

 ふふふ、じゃあマーロウさんの度胸が、報われますようにお祈りしてます。







それまで続いていた会話のラリーが、ふと途切れる。
香は沈黙の中に身を置いて。
具体的にはどうすれば、後悔の無いように生きられるのか真剣に考えていた。
今、香の心の中で。
もっとも大きな心残りが、何なのか。
誰にどんな思いを伝えれば、幸せに辿り着けるのか。








 ・・・くろねこさん?

 何ですか?

 実は、アナタに色々と打ち明けたいお話しがあるんです。

 え? 
 
 俺は毎日、午後15:00頃には。

 ・・・??

 新宿の喫茶・キャッツ・アイというお店に居ますから。

 っっ!!

 もしも、くろねこさんのお時間のご都合が合えば、1度逢って戴けませんでしょうか?

 あ、あの、

 はい?何ですか?

 ・・・いえ、何でもありません。ど、土曜日でも??

 俺は生憎、曜日にはあまり関係の無い仕事をしてるから。毎日、居ます。






喫茶・キャッツ・アイ。
それは香の世界と僚の世界を繋げる、不可思議な扉のような空間だった。
そして、僚に出逢う以前から、ずっと心の何処かで惹かれていたマーロウ氏も。
この世界の入り口に縁のある人だったようだ。


生憎、明日は土曜日で。
15:00の香には、何の予定も無い。
別に、明らかな約束を交わしたワケでも無い。
けれど、柔らかなパスは。
香に向けられた。
それをゴールへと導くのか、スルーするのか。
それは、香の心1つで。





心1つで、きっと未来は幾通りにも変化し得るのだ。



(つづく)



最終話 改めましての2人

土曜日、午前11時。










僚は異常な喉の渇きで、目が覚めた。
前日の晩、いつものチャットで“くろねこさん”に、とうとう1歩踏み込む覚悟を決めた。
・・・・つもりだったけれど。
チャットを終えてすぐに、激しく後悔もした。


“くろねこさん”が、つい先日までの依頼人の槇村香であるだろう事は。
僚の中では、ほぼ確信には近いのだけれど。
でも決して、100%では無いのだ。
極めて希少な偶然の集積で、たまたまデジャヴを感じていただけだとしたら。
“くろねこさん”は、全くの別人だとしたら。
それはそれで、厄介な事になる。



僚が惚れた女は、あくまで槇村香であって。



彼女の事を全て知っておきたいが故に、己が“マーロウ”だと打ち明ける事に決めたのだ。
僚の最終目標は。
どうにかして、彼女の恋人になる事。
これから先、今回のような事に彼女が巻き込まれる事の無いように、自分が守る事。
だから僚は、“くろねこさん”が槇村香でありますようにと心から願った。

そして、それ以前に。
あんな誘い方で、果たして彼女が自分と向き合ってくれるかどうかも。
全ては、運を天に任せるしかなかった。



そんな事を考えれば考える程、僚にはどうにも我慢が効かなくなって。
昨夜はチャットを終えた後、深酒をした。
どうりで喉も渇くはずである。
















土曜日、午後1時。








香は午前中、久し振りに布団を干した。
僚の所から自宅に戻ってから、初めての週末。
天気予報は快晴。


香の留守中、ストーカーが顔を埋めていたシーツは捨てた。
そこそこ、気に入って使っていたモノだったけど。
思い切って捨ててしまった。
本当言うと、布団すら捨ててしまいたい気持ちだったけれど。
流石にそれは、思い止まった。



昨夜、いつものチャットは。
思いも寄らぬ展開を見せた。
予想外の、マーロウ氏からのオフ会のお誘いである。



香は今朝から、何をしていても何だか何処か落ち着かない。
『喫茶・キャッツアイ』には。
僚と何度か訪れた。
初めて彼に逢ったのも、あの不思議な喫茶店だった。






出逢いの初めから。
彼とマーロウには、色々と似ている所があると感じていた。
何がとは、具体的には思い出せないけれど。
僚の言葉の端々に、マーロウの言葉の断片を感じた。
自分でも無意識に、マーロウには僚の面影を。僚にはマーロウの面影を。
自分勝手に重ねていた。


だから。
マーロウの言葉に、喫茶・キャッツアイの名が出た時。
まさかそんな都合のイイ事と思いながらも、何処か心の片隅でそれを望んでいた。
前からちょっと気になる“マーロウさん”と、さり気ない優しさで接してくれた“冴羽さん”が。
同一人物ならば、多分。



自分は間違いなく、恋に落ちるんじゃないだろうかと。


香は快晴の雲一つない空を見上げて、大きく1つ溜息を吐いた。
3時間ほど干した布団を、ベランダに出て取り込む。
それは少しだけ懐かしい、太陽の匂いがした。



(・・・15:00か。どうしよう・・・)















午後2時30分。







僚はクローゼットの前で、腕組みをして何やら考え込んでいた。
“彼女”が来てくれるとは限らない。
明確な約束があるワケじゃ無し。
それでも、もしも来てくれるとしたら。
せめて少しは身だしなみという物にも、気を配った方が良いのではないだろうかと。
僚は、麻の白い長袖のシャツを手に取った。




行くにしろ、行かないにしろ。
マーロウ氏がいる時間帯まで、もうそろそろだ。
香の自宅から、新宿にある喫茶・キャッツアイまで。
徒歩と電車で、約15分。
お化粧をして出発して、ちょうど良い頃合いだ。
彼は、いつでもそこに居ると言った。
何も今日でなくとも、構わないかもしれない。
もしも、万が一。
“マーロウさん”が、“冴羽さん”では無い全くの別人だったとしても。
それを確かめる事が出来るのは、他でも無い自分自身なのだ。
香は意を決したように、小さく頷くと。
ドレッサーに腰掛けた。












午後3時。













ガラスの向こう側からやって来たのは。
入り口に背を向けて、カウンターに座っていたのは。

ザックリとしたカーキ色のサマーニットに、くすんだ赤のスキニーパンツを穿いた。
チノパンに、白い麻のシャツを羽織った。

彼女





マーロウは彼で、くろねこは彼女だった。
WEBの波間で。
広い世界の片隅で。
都会の不思議な空間で。





「やっと、逢えたね。」
「うん。」



この世の中に沢山いる男と女の中から、たった1つの組み合わせ。
砂漠の砂の中に埋もれたダイアモンドを見付けるように。
広大な海の中の1粒の真珠を見付けるように。

2人は改めて、出逢った。



(おしまい)









大変長らく、お待たせいたしました~~~~~

30000Hits企画・第5弾。

1chan様より戴きましたリクエスト、漸く完結致しました(´∀`;)ゞ

リクエスト詳細は、以下の通りですっっ。



① パラレル(リョウちゃん:探偵/カオリン:OL)
② リョウちゃんは、SNSを利用して情報を拾っている。
  カオリンは、新宿に勤めるOLで美味しいランチ情報を探している。
③ 実はカオリンは、ストーカーに狙われている。
④ ネット上で知り合って、依頼人と探偵という関係になって、次第に惹かれあっていく2人のお話し。



という感じです。
1chan様っっ、こんな感じになっちゃいましたぁぁ
お気に召して戴けたら嬉しいデッス。    
                         ケシ

よくある家族の作り方

30000Hits Req. Vol.6  ケシmeetsもりゅ 



リクエスト企画第6弾は、もりゅ様からのリクエストです(*´∀`*)ノ
『よくある恋の見つけ方』の冴羽課長と、槇村君のその後。近い将来のお話しです。
お時間のある方は、初めから読んでみるのもイイかもですよォ~~~~♪























「綺麗よ、香さん。良く似合ってるわ。」



鏡越しに美樹が、ニッコリと笑う。
こんな真っ白なドレスを着たのは、生れて初めての事で。
香は必要以上に、緊張した。
鏡に映った自分は、いつもより手の込んだメイクを施され、
いつもは短く切り整えられた指先を、白を基調にしてストーンを散りばめたネイルが飾っている。
癖毛のショートヘアはふんわりとカールされて、レースのヴェールを被っている。


香も一応、それなりに。
自分がウェディングドレスを着る所を、どんな風になるんだろうと夢見ていた。


小学校に上がる前は、無邪気にお兄ちゃんのお嫁さんになりたかった。
思春期になって、兄とは血の繋がりが無いと知って。
香は苦しんだ。
お兄ちゃんとは結婚出来ないんだと知って、諦めて。
それなのに本当は兄妹じゃないと解っても、やっぱり自分の気持ちはいけない事なんだと諦めた。
いつかは、誰かを好きになって。
兄と腕を組んでバージンロードを歩くんだろうと思っていた。
でも。
それすら叶わぬ夢となってしまった香には、1年前の今頃にこんな未来は想像していなかった。







3月の終わりの、香の誕生日に結婚しようと言ったのは僚だった。




僚と初めて逢ったのは、ちょうど一年近く前の春の終わりだった。
年季の入った狭いエレベーターの中で、尋常じゃ無いほど酒臭い僚と乗り合わせて、
香は窒息寸前だった。
あの時香は内心、この人と同じ職場だったらどうしよう、と焦っていた。
その相手と、一年後。
こうして愛し合っているという運命に、思わず笑みが零れる。



僚は香にとって、この世界で唯一の香のヒーローで、
二日酔いでサンダル履きの、白馬に乗った王子様だった。












クリスマスをまったりと過ごし、年末の休暇に入った2人は。
僚の部屋で年越しを迎えた。
厳密に言えば、僚のベッドの中で抱き合っていた。
その数日前の、クリスマス。
僚は香に、美しいダイヤのあしらわれたプラチナのリングを贈った。
華奢な香の左手の薬指に、あの日僚が嵌めてから今朝まで一度も外さなかったそれを。
今朝は、鏡台の抽斗の中の、赤いベルベット張りの小さな箱の中に仕舞って来た。
今日からこの同じ指に。
何の飾りも無い、シンプルなプラチナの僚と揃いのリングを嵌める。






正月、僚に連れられて成田に出迎えに行った。
初めて逢う筈の、僚の父親を。



しかし、彼の香に出逢った第一声は。


『やぁ、香。久し振りだね、大きくなったね。』


というモノだった。
そこでまず第一のパニックは訪れた。
その後、数日に亘って3人で休暇を過ごしながら。
香は自分でも知らない自分の過去を、恋人の父親に聞かされた。
香の父親の事、父親同士(何と、勤め先の社長も!!)の絆の事。
僚の境遇と自分の境遇の、意外な共通点。
そして、あの時に出逢えた偶然を想うと。
もしかすると、運命ってあるのかもしれないと香は考えた。
僚も自分もあの時はまだ、何も知らなかった筈だから。



彼は僚が言っていた通り、それから半月ほど日本に滞在した。



それからの2人の変化は、まるで小さな嵐のようだった。
何故だか僚の父は、2人の結婚を前提にどんどんと話しを進めて行った。
一月の終わりには、香は僚のビルに越して来て、結婚を前提とした同棲生活が始まった。
バレンタインデイに、僚が正式にもう一度プロポーズをしてくれた。




3月の香の生まれた日に、家族になろうと。



香がこの世に生まれて来た事を、神様に感謝しているからと。
生れてすぐに交通事故で両親を失った女の子と、
2歳の時に飛行機事故で両親を失った男の子が、漸く自分たちの家族を作る。
香は迷わずOKした。









どうやら僚は、途轍もない事業家の跡取りであるらしいと。
僚と付き合うようになって、香は初めて知った。
僚を引き取って育てた、本当は叔父でもある父親は。
帰る間際の空港で、香にそっと耳打ちした。
香を自分の娘だと思っていると。
だから。
何にも心配せずに、嫁に来てやってくれないかと。



父親が死んだ時、香は幼くて、悲しいという事で精一杯で、周りを見る余裕など無かった。
葬式の席で、そんな香を心配していたという彼は、
これから先、香の父に代わって香の義父になりたいのだそうだ。


『なんなら、先に孫を作っても構わないよ?』


そんな言葉を残して、彼は搭乗ゲートへと吸い込まれるように消えた。










結婚と聞いて、迷いなど無かった香だけれど、少しだけ不安になった。


香の身内は、父も兄ももう既に他界している。
近しい付き合いのある親戚も、全くいない。
友達付き合いも、この数年、色々と傷付く事があって女友達は美樹とかずえ以外いない。
片や、僚の家は。
さぞかし華やかな付き合いをしなければいけないのではないかと思うと、香は不安だった。

けれども僚の提案は、意外だった。





数年前に、伊集院夫妻が挙式したという、奥多摩にある古めかしい教会を僚は押さえて来た。
そこで。
友人だけで、こじんまりと式を挙げようというモノだ。
不思議な事にそんな計画に、義父である海原神も快諾したらしい。
そんなワケで、あれよあれよと言う間に話しは進み。
それでも2人は相変わらず、イチャイチャと仲睦まじく生活し、
会社では香は僚を“課長”と呼んだ。


2人で食卓を囲み、時々一緒に風呂に入って、週に5日はセックスをし、毎日沢山キスをした。








そろそろよ?





そう言って、かずえが控室に声を掛ける。
因みに、ミックとかずえも。
2ヵ月後の6月には、式を挙げる。
僚の真似をして大人になってきたミックは、やっぱり。
僚に倣って、かずえと落ち着いた交際をしてみて、自分には彼女しかいないと悟ったらしい。
これで、翻訳課の奇人変人たちは全員、晴れて既婚者となる。
伊集院夫妻が常々提唱してきた、結婚は、一生続く恋愛。というスローガンは、
編集部別室・翻訳課の合言葉になった。













少しだけ光沢のある、真珠色のドレスがふわりと現れる。
今初めて見る美しい恋人は、これからの1時間ほどのセレモニーを終えた頃には、
妻になる。


愛を誓う。

キスをして、指輪を交わす。

病める時も健やかなる時も、雨の日も晴れの日も。



2人は多分、屋上で星を見て、公園を散歩する。
同じ苗字になって、一緒に会社に通い。
週末には、時間をかけて愛し合う。
友人たちと、BBQをして花火を見上げる。





香が夢見たのは、そんな普通のありふれた結婚。
















この時の2人はまだ。
数か月後、アメリカの僚の実家で、
ド派手なお披露目パーティーが、大々的に企画されている事など知る由も無い。



今はまだ、湖畔の静かな教会で嵐の前の静けさ。













もりゅ様のリクエスト、冴羽課長と槇村さんの結婚式。
もりゅ様は他の人とリクエストが被るのを気にしてらっしゃいましたが、
幸い、皆様一人も重なる事なく、それぞれ独創的なリクエストを戴きましたぁ(о´∀`о)

こんな感じですが、如何でしょうか???もりゅ様っっ
これからも、お話しは勿論の事、お絵描きとか着せ替えとかますます脱線気味の当ブログですが。
更新続けて参りますので、どうぞ遊びに来てやって下さいまし~~~
ありがとうございまぁ~~~っす!

彼女がそう言うのなら・・・

30000Hits Req. Vol.7 ケシ meets こちゃまま



皆様、おはこんばんちわ。
忘れた頃にやって来る、参萬打リク企画でございます。
今宵は、こちゃまま様よりのリクエスト。
原作設定な2人でございます。






















夏も真っ盛りの昼下がり。
太陽はちょうど最も高い位置に居座り、容赦無くコンクリートジャングルを照り付ける。





白く無機質なコンクリートと、たっぷりと熱を吸収するアスファルトは、
太陽からの熱エネルギーをそっくりそのまま、照り返すから、
香は駅までの往復だけで、もう既に汗だくだ。
駅からアパートに帰るまでの途中に、喫茶キャッツ・アイは存在するから、
ついつい、香の足はそのガラスのドアの前で止まる。
いずれにしても、真っ直ぐウチに帰った所で、冷房装置は扇風機なのだ。
コーヒー1杯の値段で、ついでに涼もうというのが冴羽家家訓(節約モード)である。


因みに、余談ではあるが。
冴羽家家訓には、この他にも幾つかあって。
その代表例は。
“心が震えた時に、依頼を請ける(お仕事モード)”というモノがある。
そもそも、この言葉を言い出した当の張本人は、香の口からこの言葉を聞かされる度に、
とんだ羞恥プレイに晒されているワケだが、何しろ、香が気に入っているので、
罰ゲーム宜しく、この言葉を聞かされ続けて早数年が経つ。
どうやら今更、家訓の変更は効かないらしい。












カウベルを鳴らしながら、香が店内に入ると。
香と同じ事を考える似たモノ同士の相方が、カウンターのいつもの席に座っていた。
そしてスツールを1つ空けて、隣には向かいに住む金髪男も一緒だ。
2人とも、真夏だと言うのに涼しい顔をして、ジャケットは欠かさない。
彼らの場合。
そう簡単には、クールビズというワケにもいかないらしい。
美樹が、香さんいらっしゃい、という以前に、
数m先から、香の気配に感づいていた男達は、最愛の女の登場に思い思いのリアクションをとる。


僚は何も言わなくても、
彼女が自分の隣(ミックとは反対側だ)に当然座るものだと思っているから、
少し余裕ぶって、チラリといかにも興味無さ気に視線をくれる。
(本当は、興味アリアリだ。)
片や、ミック・エンジェルは、初恋の君の登場に俄かにテンションが上がる。
なんだかんだとお愛想を言いながら、カップを片手に席を移動する。
勿論、香の隣(僚とは反対側だ)に移動する為である。
結局はいつも、こうして香を挟んで男達は無駄な攻防を繰り広げる。

そして、そのしょうも無い一部始終を、苦笑しながらカウンターの中から傍観するのが、
伊集院夫妻の、ある意味では仕事の一部である。








今日の香は、麻のたっぷりとしたフレアパンツに、白いコットンのタンクトップを着ている。
いつもと、何となく雰囲気が違うのは。
極薄手のガーゼのストールを、首筋に巻き付けているせいか。
柔らかなムラ染めの、黄緑色のような水色のような淡い色彩が涼し気だけど。

けれど、流石に。
そんなにシッカリと巻き付けたら、暑いんじゃないかと美樹は思ってしまう。





珍しいわね、それ。





カウンター越しに、ミックと楽し気に言葉を交わす香に美樹はコーヒーを出しながら、
自分自身の首元を指差す。
それが何を意味するのかは、一目瞭然で。
それというのは、香の首に巻かれたストールの事である。



一瞬、香の目が泳いだのを見逃すようなメンツでは無い。










あ、あぁぁ~~~。これ?これねぇ、ほら、あれよ。





香は、そこまで言い掛けて、ひと口コーヒーを啜って唇を湿らす。
それはまるで。
これからの言い訳を述べるにあたっての、準備動作に見えなくも無い。






日差しが強いし、首筋が焼けちゃったらやだからさ。




えへへと笑いながらそう言った香は、しかし。
日焼けもなんのその、至極布地面積の小さなタイトなタンクトップを身に着けており。
その華奢で真っ直で滑らかな二の腕はこの夏、普段の香の肌色よりワントーン暗めだ。
それなのに、首筋だけをガードするなんて。
今更感は否めない。
ちっとも説得力の無い言い訳を必死に並べる香の、
鮮やかなターコイズブルーのミュールの踵がカウンターの下で、
その本当の理由を知っている男の爪先に、グリグリとめり込んでいた事は誰も知らない。
僚は痛みを堪える為に、無言でマグカップに口を付ける。



何となく薄っすらとは、香の“隠し事”の見当がつく彼らだけれど。
それ以上、深くは追及しないでおいた。
香の恥らう姿を観賞して喜ぶのは、彼らの共通する趣味の1つだけど。
それは危険とも紙一重であり、ある一定の水準を超えた香の羞恥心は、
恥らいハンマーという名の凶器に成り代わって、甚大な被害を齎すのは周知の事実だ。


しかしその遣り取りは、この日の槇村香にとって。ホンの序章に過ぎなかった。















「・・・20円のお返しです。いつも、ありがとうございます。」



美樹がそう言ってニッコリと笑いながら、常連客の初老の男性に釣銭を渡す。
いつも、僚と香や、ミック達しか居ないかのように暇な店ではあるけれど。
それでも一応は、赤字が出ない程度には常連客もいる。
その男性には、香も僚も見覚えがある。
彼が店を出ようとした時に、財布を仕舞ったポケットから何かがひらりと落ちた。
本人が気が付く一歩手前で、香が気が付いた。
そしてこれが、この日の彼女の運の尽きだった。
それは、電車に乗る為のICカードの入ったパスケースだった。





あ、落としましたよ。




香は素早くスツールから降りると、屈んでそのパスケースを拾い上げる。
ドアを開ける寸前だった彼は、非常に感謝しながら店を出た。
ココまでは、何の変哲も無いいつもの光景で。
香は元の通り、席に着いてコーヒーを飲もうとマグカップを持ち上げた。
そして、違和感を感じたのはその時だった。



全員の視線が己に集中している。
否、全員というのには些か語弊がある。
1人、僚だけは。
白々しく明後日の方向を向いて、殆ど無くなりかけたコーヒーを啜っている(フリをしている)。






?????




香はその視線の原因を、色々と考えて首を傾げた。
ちょうどその時、エアコンの送風が香の襟元を擽った。




//////////。




巻き付けていた筈のストールは、いつの間にか解け。
香が今朝洗面所で発見した時からずっと、隠し続けたそれが。
努力の甲斐も虚しく、しっかりと全員の知る所となった。



この時の事をミックは後に、こう振り返った。


『カオリのさぁ、真っ白な肌が下の方から順々に真っ赤になっていったんだ。
 それはもう、手に取るように解る変化だったさ。
 カオリほど、嘘の吐けない子は居ないね♪
 まぁ、そういう素直な所全てをひっくるめて、キュートなんだけどね』(ミック談)













・・・虫刺されなの。




香は、しっかりと首筋を手で押さえながら、蚊の鳴くような声でそう言った。
目の縁には、飽和一歩手前の涙が溜まっている。
この期に及んで、言い訳をする必要があるのかと、
僚は内心、自分の所業も棚に上げて、少しだけムッとした。
しかしここで、それを口に出してしまっては、
確実に地獄を見る事だけは予測出来るので、敢えて口は噤む。
美樹は、そんな香がいたたまれなくなってきた。
別に恥ずかしい事じゃないのよ、と言おうとしたのだ。




香さん・・・




しかし香は、目に涙を溜めたままフルフルと被りを振ると、美樹の呼び掛けを遮った。
もうそろそろ、行きつけのスーパーマーケットのタイムセールの時間だ。
香はガタンと派手な音を立てて、スツールから立ち上がると、
もう一度、しっかりとガーゼのストールを巻き直した。




えぇぇぇ~~~っと、お買い物に行かなきゃだった/////





そう言いながら、店を出て行こうとした香は、
ガラスのドアの手前で振り返ると、もう一度繰り返した。







これ、虫刺されなの。




それはやけに力強く、キッパリとした口調だった。
それ以上、その場の全員が何と口を挟めただろう。
そっとしておく以外の選択肢は、無い。

















彼女が去った後のカウベルが、涼やかに鳴る店内で。
裏稼業の彼らが、ヒッソリと呟いた。







ま、まぁ、香さんがそう言うのなら、そうなんでしょ。


ぐふふ、あんなに恥ずかしがっちゃって、かぁいいなぁカオリってば


フンッ、ある意味では、虫刺されには間違いないな。









何となく居心地の悪いカウンターで小さくなって、
“虫刺され”の原因たる、モッコリ虫が小さく1つ咳払いをした。
この日の夜から、数週間。
彼がオアズケを喰らったのは言うまでもない。

















え~~と、こちゃまま様のリクエストは。

原作設定の2人で、両想いになった後、キスマークでひと騒動。

というモノでした(笑)
何だか、カオリンが1人羞恥プレイかと思いきや。
なかなかどうして、リョウちゃんも結構な羞恥プレイだと思います。
こんな感じでどうでしょうかぁぁぁ~~?こちゃまま様ぁ~~~(汗)

#1. 彼女はクイーン

30000Hits Req. Vol.8 ケシ meets カズル



おはこんばんちわ、30000Hitsリク企画。
お次は、カズル様のリクエストでございます。
設定は、基本の2人。関係は原作程度。全8話(予定)のお話しです。
それでわ、スクロールしてご覧ください(*´∀`*)ノシ











































もう今は 彼女はどこにもいない

朝はやく 目覚ましがなっても

そういつも 彼女とくらしてきたよ

ケンカしたり 仲直りしたり

ずっと夢を見て 安心してた

僕は Day Dream Believer そんで

彼女はクィーン
         (作詞・作曲JohnStewart / 訳詞・忌野清志郎)









RRRRRRR


ベッドサイドの目覚まし時計が、けたたましいベルと共に朝7:00を知らせる。
僚は頭まで被ったブランケットから、腕を伸ばして手探りでベルを止めた。






僚にとってこの時間は、無駄に早過ぎる。
あれから、もう1年になる。

1年前、この目覚まし時計は、香の部屋に置かれていた。
香はいつも、この時間に規則正しく目覚め、朝から洗濯をして掃除機をかけ、朝食を作った。
10:00になったら1度、新宿駅に赴き伝言板の確認をして戻り、
11:30に僚を叩き起こした。

毎日同じだけ時間が進み、24時間経ったらまたベルが鳴る。
そこに、香が居ても居なくても。







1年前、香が僚の元を出て行った。



何も言わなかった。
それまで、何の素振りも見せずに、僚が日課のナンパから戻ると居なくなっていた。
最低限の身の回りの物と、着替えを少し。
賊に攫われたとは思わなかった。
何故なら、香と槇村の写った写真立てと、母親の形見の指輪が無くなっていたから。
それらを持って出るという事は即ち、

香が自分の意志で、この部屋を出て行ったという事だ。





置手紙すら無かった。
理由も、別れの挨拶も無い。
彼女と最後に交わした言葉は、何の変哲も無いありふれた言葉だった。
あの時、僚は。
珍しく香の淹れたコーヒーを飲んで、旨いと言った。
香は目を丸くして、雨でも降るのかな、と言った。



けれど。
普段、し慣れない事や言い慣れない事をするもんじゃない。
僚は心底、そう思う。
あの後、僚はナンパに出掛けて、香と言葉を交わしたのはそれが最後になった。









それから、香が何処で何をしていたのか。
僚は香が出て行ってすぐに、手を尽くして調べた。
香の消息や行動を調べる位、僚には容易かった。
けれど、香が去って4か月後。
彼女が普通の暮らしの中で、落ち着いているのを確認してからは。
僚は彼女の事を、詮索する事を止めた。
今現在も、
彼女があの場所で、あのまま独りで、幸せにやっているのかどうか。
もう僚には、解らない。









ブランケットの中で、僚は丸くなってずっと前の事を思い出す。


芳ばしいコーヒーの匂い。
掃除機を掛ける香の気配。
遠くから僚を見付けて、笑いながら駆け寄ってくる香。


香が居なくなったリビングは、何処となく埃っぽいし。
僚が眠るベッドのシーツはいつ変えたのかも覚えていない。
キッチンには生活の匂いはしなくなり、
冷蔵庫の中にはミネラルウォーターと、缶ビールだけが冷えていて。
そのずっと奥に。
1本だけ、付箋の付いたヱビスの350ml缶がある。
付箋には、香の文字で。『飲み過ぎ注意!! 1日1本迄。』と書かれている。

香の部屋は、あの日僚が調べたきり、一度もドアが開かれる事は無い。






今なら、確かにハッキリと解る。
彼女は僚にとって、間違いなくクィーンだった。













香の部屋にあった目覚まし時計を、僚は自分の枕元に置いた。
今でも香は、この時間に規則正しく生活しているのだろうか。
そう思うと、僚の心の奥の奥で小さく何かが軋むように少しだけ、僚の胸を締め付けた。


いつまで自分は、こうしているんだろう。


それは、僚自身にも解らない。
この時計の電池が切れた時、朝7:00のモーニングコールが途切れた時に。
僚に掛かった魔法は、解けるのかもしれない。


(つづく)



#2. 独り暮らし

目覚ましよりも先に目が覚めてしまう。

香は布団の中で、朝7:00の合図が鳴るまで息を潜めて待つ。
それはまるで執行を待つ死刑囚のようで、もう一度目を閉じるけれど眠気は訪れない。







香が生れて初めて独り暮らしを始めて、もうすぐ11ヶ月になる。
物心ついた時には、香の傍にいるのは兄だった。
その兄を亡くしてからの6年間、香の傍に居てくれた彼を裏切ったのは。
他でも無い自分自身なのに、香は未だにたった独りの生活に何処か馴染めない。
初めの頃は、料理の量をどの程度作れば良いのか解らずに、
絵梨子から、誰がこんなに食べるの?と呆れられた。


今では、1人分の食事を作る事にも慣れたけど、独りで食べる事には未だに慣れない。


僚はいつも。
香の料理の腕が上がらないとぼやいていたけれど、それでも香の作ったモノを、
食べ残した事は、そう言えば6年間一度も無かった。
料理は褒めない僚だったけど、
香の淹れたコーヒーは、ごくまれに美味しいと言ってくれた。







あの日、香が出て行こうと決めたあの日も。

僚は香のコーヒーを飲んで、旨いと言ってくれた。
結局それが、最後に聞いた僚の言葉になったけど。
あの後、日課に出掛けて行った僚の背中を見送って、香はあのリビングで泣いた。
どうしてよりによってこんな日に、
どうせなら嫌いになれるような酷い事を言ってくれればイイのにと思った。




だから多分、香はいつまで経っても、やっぱり僚の事は嫌いにはなれないんだと思う。
香はこの1年、コーヒーは飲んでない。








眠れない頭の中には、取り留めもない記憶が浮かんでは消える。




僚と暮らしたのは、27年の人生の中のたったの6年に過ぎないのに。
香には、僚と出逢う前にどうやって生きて来たのか、どうしても思い出せない。
6年間、冷静に思い返せば酷い事も沢山あったし、
いつだって自分は僚に腹を立ててばっかりだったけど。
思い出すのはいつだって、僚の優しい笑顔や、大好きだった仕草で。
香は思わず自嘲する。
僚が香の頭を撫でるあの大きな掌の感触は、今でも覚えているのに。
もう僚は居ない。
毎朝、それを反芻しないと一日が始められない。






理由はあの暮らし全てであり、そのどれでも無い。
有るようで無い。


香があの日アパートを出る、ひと月ほど前。
僚は左胸に大怪我を負った。
ひとつ間違えば、あの時に僚が死んでいても不思議は無かった。
それでも僚は、致し方の無い“事故”だと言ったけど。
あれは。
間違いなく、自分の判断ミスだったと香は今でも思う。


自分の行動1つ、言葉1つが、僚の生き死にに関わっている。


そんな事は、あのハタチになった晩に解りきっていたつもりでいたけど。
実際には、何にも解っていなかった自分に、香は心底嫌気がさした。
でもそれは。
こうして時間を置いて冷静に考えると、ただの理由の1つに過ぎない。


香は僚を愛していた。
初恋からずっと、好きになった男性は僚1人だ。
香はもしかすると、僚に色々と望んでいたのかもしれない。
相棒としての自分の不甲斐無さ。
ハッキリとしない僚の気持ち。
膨らんでゆくばかりの自分の気持ち。

何よりも束縛を嫌い、自由な風みたいな掴み処の無い彼に、
自分は、大きな枷を嵌めていたのかもしれない。
だから、香はあの日。
僚の手足に嵌った枷を解いた。

否、それは言い訳かもしれない。
香はあの甘やかで非現実的な、僚との6年間から逃げ出したのだ。
あの僚との日々は、今はもうまるで。
夢の中の出来事のように思える。


我儘で欲張りで罪深く業が深いのは、他でも無い自分自身。
相棒として信じてくれた僚を、あの日裏切って家を出た。









RRRRRRR


目覚ましが7:00を知らせる。
アラームのヴォリュームは、一番静かな音に設定していても香は一度も寝坊はしない。
香は布団の中で、もう一度伸びをして。
自分自身に言い聞かせる。



もう、彼は何処にもいない。





朝は必ず規則正しくやって来る。
そこに僚が居ても居なくても。


(つづく)