※基本スペック※必読※

※このお話しはパラレルです※

いつもの2人とは、設定が異なりますので、くれぐれもご注意を!!
以下、スペック詳細をお読みになって、OK,問題無しっっ。
と思われる方のみ、


『第1話 通り魔事件』へ、お進み下さいませ。





❤僚(夫)❤   

凄腕探偵。(あくまでも探偵、スイーパーでは無い。)
別名:新宿の元種馬。今は、嫁一筋。(一応)
頭脳明晰で超強いケド、カオリンにだけ弱い。
カオリンLOVEだけど、セクシーお姉さんに釣られる事、多々有り。(弱点)           
妻の呼び方は、カオリン、鬼嫁、鬼軍曹など。基本、尻に敷かれている。



❤香(妻)❤

探偵助手。おっちょこちょいで、お人好し。
料理上手なので、フラフラと落ち着きない夫のを胃袋からガッチリ掴んでいる。
抜群のルックスと、愛嬌の良さでご近所のアイドル。(ファンクラブ有)
リョウちゃんLOVEだけど、怒らせると凶暴。
夫の呼び方は、リョウたん、リョウちん、りょお(怒)、モッコリバカなど。



❤槇ちゃん❤
カオリン兄。警視庁刑事部捜査第1課、刑事。
基本、妹に激甘なので、しばしば情報を漏らす。(無意識に)
僚とは、幼馴染み。



❤ミック❤
新聞記者。事件の臭いを嗅ぎつける嗅覚は犬並み。
僚とは、学生時代からの友達。飲み・遊び仲間。女好き(弱点)
只今、警視庁・鑑識班のかずえちゃんに猛アタック中。



❤野上冴子❤
槇ちゃんの上司。女豹。僚は、時々彼女に釣られて利用される。カオリンの天敵。



❤かずえちゃん❤
警視庁・鑑識班。知的なクールビューティー。



❤伊集院夫妻❤
冴羽家とご近所の、仲良し夫婦。カフェ経営。
カオリンと、美樹ちゃんは、町内会のゴミ出しマナー向上委員会のメンバー。
ゴミ出しマナーには煩い。



❤教授❤
僚の祖父。世界のあらゆる情報を覗ける凄い男らしいが、詳細は不明。
実は、冴羽家の嫁であるカオリンのファンクラブの会員でもある。





リョウたん&カオリンの、
夫婦探偵シリーズ、第2弾です!!
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[ 2013/01/31 20:01 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第1話 通り魔事件

久し振りの、非番の朝だった。


槇村秀幸は、ゆっくりと朝寝を貪る予定だったけれど。
無粋な携帯電話は、ベッドの脇の小さなサイドテーブルの合板をカタカタと耳障りに震わせた。
着信音はオフにしてある。
電話が入ると、その小さな精密機械は振動で、主人に着信を伝える。
仕事柄、音が出ては都合の悪い局面というモノが、往々にしてあるのだ。


秀幸の携帯電話は、骨董品並みに年季が入っている。
最近、バッテリーの持ちが極端に悪くなっている。
そろそろ買い替え時なのかもしれない、その古い携帯の電池カバーの部分には。
最愛の妹と2人で写したプリクラが貼ってある。
妹は23歳で、今はもう人妻だ。
妹夫婦は結婚4年目に突入して、目下、子作りキャンペーン・絶賛実施中だ。




・・・はい。

ゴメン槇村、寝てた?

冴子か。何?事件。

えぇ、殺しよ。来られるかしら?

あぁ、直接現場へ向かう。

じゃあ、場所を言うわね・・・・





こうして18日振りの槇村秀幸の休日は、無期限延期となった。
秀幸は小さく溜息を吐くと、充電器の傍らに置かれた眼鏡をかけた。














・・・・ガイシャは、平沢未央・25歳、女性。
所持品の免許証から、身元と品川区に在住だという事が判明してるわ。
死因は、首を絞められた事による窒息死。
性的暴行の形跡も有り。
所持品には手は付けられていないから、物盗りの犯行というよりも暴行目的の可能性が高いわね。






現場は、新宿署管内のとある公園だった。
街中にしては比較的大きなその公園には、意外に緑も茂っていて。
犯行の死角となる場所は、容易に見付かる。
被害者の遺体が発見されたのも、そんな都会の盲点とも言うべき場所であった。
思いの外、自宅からも程近いその現場に赴いた秀幸に、冴子が淡々と状況を説明する。
朝早くに、犬の散歩をしていた近所の老夫婦が第1発見者だ。
淡々とした冴子が、静かに怒りを滲ませている事は、
長年バディを組んで来た秀幸には、手に取るように解る。


公園の入り口から随分奥まった茂みの廻りの、
黄色い規制線のテープと、青いブルーシートで覆われた一帯。
今回の秀幸の、仕事場だ。
冴子に連れられてブルーシートの前まで来ると、制服を着た警官が敬礼をする。




槇村警部、おはようございます。お休み、また流れましたね。

・・・あぁ、俺の非番狙って、事件起こしてんじゃないかと疑いたくなるね。こんなに続くと。




秀幸は苦笑しながら、ブルーシートを潜る。
紺色のツナギを着て、現場を保全している鑑識班が総勢7~8名は来ている。
現場の周りを警備する制服組もかなりの数が応援に来ている。
早朝にも関わらず、もう既に野次馬もチラホラ現れている。
場所が場所なだけに、重要な手掛かりの採集は時間との勝負だ。
初動捜査が、その後の捜査の進捗を大きく左右する。



秀幸がガイシャの前に到着した所で、後輩の刑事がブルーシートを捲る。
秀幸は無言で、まずは手を合わせる。



若い女性だった。
25歳、妹と幾らも違わない。
スラリとした長身と、カジュアルな服装。
衣服はあられもなく乱され、激しく抵抗した様が窺える。
きっと、生前の彼女は美しかったに違いない。
けれど、苦悶の表情を浮かべ、固くなった屍は。
決して美しいとは言い難い。
白い肌は、泥で汚され。髪の毛は乱れて、湿った土の上で乾いて広がっている。
秀幸はこれまで、幾度となくこんな現場を目にしてきた。
無念の内にこの世を去った人達は皆、もう何も語る事は無い。
美しい若い女も、死ねば朽ちてゆくだけの屍に過ぎない。
魂の宿っていない肉体は、ただの空の器だ。



本来、神にだけ与えられた、人の命の遣り取りを。
己の慾の為に、人間の領分を踏み越えて昨夜、執り行った輩がこの街の何処かにいるのだ。
秀幸は冷静に腸が煮えるのを感じながら、昨夜の事を思い出していた。










『・・・・ねぇ、お兄ちゃん。明日、お休みでしょ? 晩ご飯、食べにおいでよ。』



香から電話が入ったのは、昨日の夕方の事だった。
その後、数件の事務処理を済ませ、18時過ぎに署を出て、
香の好きな、カラメルの付いてない代わりに、白いクリームの乗ったプリンをコンビニで買って、
ついでに、親友の為にビールも買って。
あの2人の事務所兼、愛の巣の7階建アパートに着いたのが、19時頃。
疲れた秀幸を待っていたのは、妹の手料理だった。
グリンピースご飯に、キャベツと豚肉の味噌炒め、春雨と青梗菜とハムのスープ、
オニオンスライスとオカカ醤油を和えたサラダ、レバーの竜田揚げ。
その他にも、小皿に盛られた彩り豊かな惣菜数品。


香と別に暮らすようになってから、秀幸の食卓は以前に比べて随分おざなりだ。
香がまだ小さかった頃の、秀幸は。
香の健康と食事の楽しさを教える為に、かなり手の込んだ料理を作ったものだ。
その頃はまだ、食育なんて言葉は無かったけれど。
妹は、そんな兄を見て、自然と料理を学んだ。
お陰で、今現在。
香は大食漢の亭主を、ガッチリと胃袋から押さえて上手い事、操縦している。
彼らには、倦怠期という言葉など当て嵌まらないらしい。
結婚4年目にして、兄の自分の目からしても、目の遣り場に困るほどのイチャつき振りだ。







・・・・えぇ、恐らくは、通り魔の犯行とみて間違いは無さそうです。




冴子が携帯で誰かと話す声で、秀幸は昨日の妹夫婦宅での回想から、
目の前の仏さんに意識を引き戻される。
冴子の相手は、多分、自分達の上司である一課の課長であろう。
まずは、ガイシャの所持品から身元と身辺の捜査、現場周辺での聞き込み。
鑑識の結果とガイシャの身辺調査の結果によっては、怨恨の線での捜査の可能性も充分有り得る。
何故だか秀幸は。
今回のこの事件が、大きなヤマに繋がりそうな予感がしていた。















事件発生から、1週間後、平日午後2時40分頃。
冴羽家、リビングでは。








リョウたん、待って。・・・ぁんっ、カーテン・・・閉めないと、っやぁ。




夫婦探偵こと、冴羽商事の2人は昼の日中から、
リビングのラグの上で向い合せに座り、イチャイチャタイムに突入する所だった。
脚を伸ばして座った僚の太ももを跨ぐ形で、香が座っている。
2人とも、まだ辛うじて衣服は身に着けている。


10日ほど前に、1カ月近くかかった依頼が無事完了してからは、
2人はのんびりと過ごしている。
洗濯物を干す香を手伝って、2人でベランダに並んだり。
香が丹精している、屋上の家庭菜園の手入れをしたり。
2人で車に乗って、横浜の中華街までドライブデートしたり。
郊外のショッピングモールで、買い物のついでにフードコートでタコ焼きを食べて、
ついでに映画も観たりして。
まるで2人は、いつまで経っても恋人のようで。
それでいて、子作りプロジェクト・絶賛発動中の永遠の新婚さんなのだ。





良いょ、カーテンなんか、どうでも。集中して?カオリン。




僚は香の耳元で囁きながら、柔らかな香の胸を薄いニットの上からやわやわと揉む。
弾力と柔らかさの黄金バランス。
僚は掌でその感触を楽しみながら、香の耳朶を優しく含む。
この10日、僚は遠慮無しに、家中の色んな場所で、好きな時間に、本能の赴くまま。
香としょっちゅう、セックスしている。



直近の依頼は、当初の予定を遥かに上回って手こずった。
その分、依頼料も追加で上乗せされたけど。
僚はそんな事よりも、依頼人が滞在しているという、イレギュラーな状況で。
妻にオアズケを喰らってしまった、正味2週間の禁欲生活が辛かった。
正直、依頼などどうでもイイから、1泊だけどっかヨソに泊まって来てくんない?と、
何度、依頼人に言ってしまいそうになるトコだったか。
だから、依頼の切れ間のこの10日は、まるで箍が外れたように僚は香に溺れているのだ。



RRRR・・・



もうすぐで、香が陥落するというタイミングで、電話が鳴った。
このリビングには、電話が2台ある。
1台は冴羽家プライベート専用。
もう1台は、冴羽商事の代表電話。
依頼の窓口ダイアルだ。
そして、そのコールは冴羽商事の電話。
僚は思わず、小さく舌打ちする。
2人のイチャイチャホリディは、じき終わりを告げ、また新しい事件の始まりの合図だ。



・・・ぁんっっ、り・・リョウたんっっ。で・・んわ、出ないと・・・。



力の入らない腕で、香が僚の胸板を押す。
今では既に、ニットの内側に手を滑り込ませ、
レースの下着越しにやわやわと撫でさする僚の手首を、香が掴んで制止する。
ココで、無理に香の制止を聞かず続けたら、きっとご機嫌を損なうのは間違いない。
僚は一旦、動きを止め、香に従う。
未だ、忌々しい電話は鳴り響いている。
香は捲れたニットを整え、僚の膝の上から立ち上がると、多少フラつきながらも受話器を取った。



ははははい、さ、冴羽商事でっす/////



若干、焦り過ぎの感は否めない。
電話の向こうには、探偵と探偵助手がイチャついている事など、見えはしないのだ。
正々堂々、応対すればいい話しなのだが、それまでの愛撫の余韻で彼女の息は上がっている。
電話が入った今日の今日で、クライアントとコンタクトなんて事は無いだろう。
僚は電話が終わった後、もう一度ゆっくりと仕切り直しをする為に、掃出し窓のカーテンを閉め、
大きなクッションをソファの上から、ラグの上に置いた。

カワイイ嫁を、押し倒す為に。






(つづく)






[ 2013/01/31 20:29 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(2)

第2話 婚約者

午前10時30分


僚と香の2人は、喫茶・キャッツ・アイに居た。
前日のリビングでの、イチャイチャタイムに水を差すような電話を寄越した主は。
やはり、依頼人であった。
性別は男。
しかも香が昨日電話で聞いた感じによると、歳は私達とあんまり変わらない感じかなぁ???との事。
僚は勿論、朝からすこぶる機嫌が悪い。
仕事とはいえ、オトコとの待ち合わせは気分が悪いと僚は思う。
僚のカワイイ嫁は、残念ながら自分がカワイイという事に自覚が無い。
オトコの依頼人というモノはどいつも、香を厭らしい目で見ている気がすると僚は思っている。
(しかし僚は知る由も無いが、2割ぐらいは被害妄想である。)


僚は美味しそうにコーヒーを飲む妻を、横目でチラリと窺う。
右手は先程から、カウンターの下で僚の手と繋がれている。
僚が暇潰しに、香の華奢な白い指や、その先の桜貝のような薄ピンクの爪を弄っているのだ。
優しく撫で、時々持上げ、つるつるの手の甲を擦る。
何なら、食べてしまいたいくらいの勢いだ。
香は仕方が無いので、左手でマグカップを握る。
もっともそれはいつもの事なので、全く無意識で2人とも極々自然だ。
そんな2人を、カウンターの向こう側の、これまたイチャラブ夫婦が気付いてないワケも無く。
伊集院美樹は、そんな2人の様子に微笑ましい気持ちになる。


僚は香のマグカップを持った左手を見る。
薬指には、プラチナのリングが嵌っている。
あの輪っかの内側には、『R&K』と2人のイニシャルが彫ってある。
勿論、同じモノでサイズ違いの輪っかは、自分の左手薬指に収まっている。
幼馴染みから始まった2人は今、正真正銘、夫婦なのだとその輪を見る度、僚は噛み締める。


僚の視線に気が付いて、香が僚に瞳だけで問い掛ける。
薄茶色の瞳が、なぁに?と言っているのが分かる。
僚は言葉も無く流れる2人の会話に、自然と笑みが零れる。
特に用は無い。
ただ、かわいいなと思っていただけだ。
繋いだ右手の指を絡ませて、少しだけギュッと力を入れる。
すると香も、ニッコリ笑う。
僚は心底、この依頼の切れ間の休日が終わる事がイヤになっている。


後30分で、永遠の新婚さん2人は、探偵と探偵助手に変身する。













「どうしても、腑に落ちないんだ。この件を、通り魔事件と位置付けるのが。」


秀幸の言葉に、冴子は耳を傾ける。
1週間前に新宿の公園で起きた、婦女暴行及び殺人事件の担当刑事として、2人は捜査にあたっている。
今の所、変質者による通り魔的場当たり的犯行と見て、捜査が進められている。
しかし、何故だか秀幸は初動の現場検証の時から、妙な胸騒ぎを覚えている。
これはただの“通り魔”では無いような予感とも言うべき、胸騒ぎ。
刑事ドラマ風・推理小説風に言えば、叩き上げデカの野生の勘とでも言うのか。


それでも、冴子はこの信頼のおける恋人兼相棒の、
一見、無意味にも思える勘が、これまで難解な事件を解決してきた事を目の当たりにしている。
槇村秀幸という男は、極端に自己評価の低い男だと、野上冴子は思う。


良く言えば謙虚、うがった見方をすれば過剰な謙遜。
冴子はどちらかというと自信家なので、
秀幸のこういう面は奥ゆかしいと思う反面、ホンの少しだけイラッとする。
でもそれは、いつまで経っても追い付けない出来る男の背中を追う様でもあり、
それは秀幸が冴子を惹き付けて止まない魅力の1つである事は、間違い無い。
地味でさえない風貌に反して、頭が良く思慮深い秀幸のような男はそうざらにはいない。




「でも、今の所、彼女の周辺ではこれといって大きな動きは無いわ。」


勿論、秀幸とてそれは解っている。
被害者の彼女は、モデルで。
仕事も順調、プライベートでもカメラマンの恋人と婚約中で、至って順風満帆だった。
それは一見すると、彼女にとっては只々不運な事件だったというようにも見える。
けれど秀幸の脳内では、何かが違うと警告が鳴り続けている。
何がとは今はまだ判らない、それでも言葉では言い表せない違和感が、秀幸を支配している。















依頼人は、11時10分頃やって来た。


10分の遅刻である。
しかし、僚も香も別段急ぐ理由も無いので、大した問題では無い。
どうやら彼は、地下鉄の駅から走って来たらしく、息を弾ませてキャッツへとやって来た。
いつものボックス席に着いてからも、暫く彼の息が整うのを待った。




す、すみません、遅くなりまして。



恐縮する依頼人に、香はニッコリと微笑みかける。
それと時を同じくして、美樹がコーヒーを運んで来た。
ごゆっくり、と言ってカウンターに戻って行く美樹の後ろ姿を見ながら、僚は煙草に火を点ける。



それで?この度はどのようなご依頼ですか?



香が至極事務的な笑顔を湛えて、本題に突入する。
僚は先程から、終始無言である。
煙草を燻らせながら、依頼人を隈なくしかしさり気なく、観察する。
今の所、不穏な気配は微塵も無い。
もっとも、僚の考える“不穏な気配”とは主に、香に妙な下心を抱いていないかどうかという事だ。
そんな労働担当の心中など知ってか知らずか、
窓口担当とクライアントは、淡々と話しを先に進める。
依頼人は香の問い掛けに、無言で小さく頷くとダンガリーシャツの胸ポケットから何かを取り出した。


コトリと、乾いた音を立ててテーブルの上に置かれたそれは。
小さなプラチナのリングだった。
控え目ながら、丁寧なカッティングを施されたダイアモンドが、輝いている。
リングの内側には、『I to M』の文字。
何処からどう見ても、エンゲージリングだなと、僚は思う。
香はそのリングを見て、4年と少し前のクリスマスに僚から贈られたリングの事を思い出す。
それは今、あの小さな箱に収まって、寝室のドレッサーの引き出しの中で保管されている。
香の宝物だ。




これは。1週間前に何者かに殺された、ボクの婚約者の遺品です。




依頼人の名は、高橋勇、年齢は29歳、職業・カメラマン。
新宿の公園で惨殺体となって発見された、平沢未央の恋人であり、婚約者である。
この時の夫婦探偵の2人は、未だその事件の根の深さなど知る由も無かった。


(つづく)




[ 2013/02/02 22:22 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(2)

第3話 事件の幕開け

午後3時。


2人はあれから依頼人との1回目の接触を終え、昼時という事もあってキャッツでランチを済ませた。
僚は普通にナポリタンとサラダとコーヒーのセットメニューの他に、クラブハウスサンドを食べた。
香もツナと玉子のサンドウィッチを注文したけれど、半分も食べられずに殆ど僚が食べた。
すっかり落ち込んでしまった香を、労わるように肩を抱いて僚は自宅に戻った。
とてもじゃ無いけれど、今日の香は皆で楽しくお喋りなどという心境では無いようだった。


家に戻ってからの2人は、口数も少なくリビングでボンヤリ過ごした。
ソファに座った僚の膝を枕にして、香はソファに寝そべっている。
僚には香が今、何を思っているのかは正確な所は判らなかったけど、酷く悲しんでいる事だけは解った。
香は優し過ぎる、と僚は思う。
柔らかな猫毛を撫でながら、僚は香の細い肩を見詰める。







依頼人は、1週間ほど前に新宿区内で起きた殺人事件の被害者の恋人だった。
その事件は、2人も知っていた。
テレビのニュースと新聞にも出ていた。
けれど、その扱いはホンの小さなもので。
きっと忙しい都会の人々は、次の日には忘れてしまいそうなモノだろう。
政治家の悪事や、企業の倒産や、株価の下落や、芸能人の色恋沙汰。
そんなニュースに埋もれて、忘れ去られてしまう。
一生忘れられないのは、きっと遺された家族や恋人や友人だけだ。


香は僚からエンゲージリングを贈られた時の事を思い返していた。
それから結婚式を挙げて、夫婦になると誓った日までの約半年。
兄の消極的な反対という、もどかしい日々はあったものの。
今となってみれば、それすらも良い思い出で、笑い話だ。
きっと、あの頃の1日1日はこれまでの人生の中で一番幸せだった。
勿論今でもずっと幸せだけど、今の穏やかな幸せとは違う特別な日々だったと今なら解る。





多分、誰にとってもその時間は、きっと輝いている筈。
今回の依頼人の彼は、そんな最中に婚約者を失った。
まだ、その日から10日と経っていない。


『真相を解明して頂きたいんです、何故彼女があんな目に遭わなければならなかったのか。』


警察はどうやら、今回の事件を通り魔の犯行と見て捜査にあたっているらしい。
けれど、彼にはどうしても腑に落ちないというのだ。
確たる証拠は、何も無い。
警察でそう言った所で、相手にされない事は重々承知している。
だから警察とは別で、何とか事件を自分の納得いく形で解明したい。
それが、彼の依頼内容だった。







・・・・で?アンタがそう思うからには、何か心当たりがあるんだろ?



暫く、じっと依頼人の言葉に耳を傾けていた僚が、そう訊ねた。
新聞やニュースで聞いた範囲の情報では、警察の捜査の方向性としては妥当なような気もする。
けれど、彼は被害者の婚約者で、もっとも身近な存在なのだ。
何か彼女が狙われる心当たりがあったのならば、事件はそう単純なモノでは無いかもしれない。




・・・実は、あの事件があった前夜、ボクは彼女と逢う予定だったんです。

『予定だった』という事は・・・

逢えませんでした。何度も電話を掛けたんですが・・・繋がらなかった・・・





その晩、彼を誘ったのは彼女の方だった。
アナタに打ち明けたい事がある、と。
その深刻そうな電話越しの声に、彼は胸騒ぎを覚えた。


モデルとカメラマンという2人の出逢いは、仕事を通してのモノだった。
彼は、一目惚れだった。
彼女を口説かなければ、きっとこれから先ずっと後悔すると思った。
散々猛アタックを繰り返し、漸く恋人に成れたのが2年前の事だった。
出逢って1年が経っていた。
良く知り合って、彼はますます彼女に惹かれた。
美しい外見以上に、彼女の心が美しかった。
2人は順調に交際を進め、今年の秋に結婚する事が決まっていた。


彼女がどうやら、何かに悩んでいるらしい雰囲気だったのはココ1月程の事だった。
最初は、マリッジブルーかと思った。
彼女はモデルという仕事に、心底やりがいを感じていた。
彼としても結婚しても続けて貰いたいと思っていたけれど、
やはり独身のモデルと既婚者のそれとでは、今までとは仕事のイメージも変わって来るであろう。
だから、そういう事で悩んでいるのではないか、と初めはそう思っていた。
それとなく、相談に乗るべく水を向けた事もあったが、何処か彼女も煮え切らない。
まるで何か、隠し事をしているかのように。
それまでの付合いの内で、そんな事は初めての事だった。


実は彼女は3ヶ月ほど前に、所属事務所を移籍していた。
元同じ事務所のモデル仲間に誘われる形で、新しい事務所に移ったのだ。
その時には、彼も報告を受けていた。
以前の事務所よりも、規模の大きなモデル事務所だった。
ファッション誌で人気のモデルや、テレビなどにも出演するようなモデルも数多く在籍している。
しかし彼も一応、業界と密接に関わる仕事柄、多少なりともその事務所の評判は耳にしていた。
大した事では無い。
やはり、在籍している人数が多い分、
1人1人に丁寧に行き届いたマネージメントが出来ているかと言えば、そうとも言い難いようだった。
やはりドル箱と言われるトップモデルも居れば、パッとしないメンバーもいるモノだ。
大所帯になれば、それだけ待遇に波があるのはある程度は仕方の無い事なのかもしれない。


彼は、君には今までの事務所の方が向いてるんじゃないかな?とは言ったモノの。
前向きに頑張ろうとしている彼女を見ていると、無理に反対する理由も見付からなかった。
確かに移籍後の彼女には、これまでよりも大きな仕事の依頼が舞い込んだ。
けれど、今にして思えば彼の胸騒ぎは、この時もう既に始まっていたのかもしれない。
何処がどうというワケでも無いけれど、忙しく充実している反面、彼女の表情は何処か冴えないモノだった。
そして。




何か打ち明けたい事が有る筈だった彼女は、もう2度と届かない遠い場所へと行ってしまった。



カメラマンである高橋勇は、この事件の真相はもしかしたら、
彼女のその“打ち明け話”と、何か密接な関係があるのではないかと思っている。
今はまだ何の証拠も無い。
言うなれば、本当に彼の正真正銘、ただの勘。
けれど、もしも彼女の死の理由に何らかの秘密が隠されているのなら、
それを全て白日の下に晒したい、ただそれだけだ。











・・・・リョウたん。

「ん?」




ポツリと小さく自分の名を呼んだ香の髪を、僚は優しく撫でながら次の言葉を待つ。
暫く待ってみても、なかなか続きの言葉は聞こえない。
僚は柔らかく微笑みながら、問い掛ける。



「・・どうした?」



それまで寝転んでいた香が、ゆっくりと体を起こす。
何処か虚ろな表情で、僚の目を見詰める。
僚は頬を撫でながらもう一度、どうした?と訊ねる。
香は何も答えずに、僚の膝の上に跨ると僚の胸板に顔を埋める。
香のクセ毛が、僚の顎を擽る。
僚はまるで温めるように、両腕で香を包む。
優しく背中を撫でると、香が小さく震えるのが分かる。
Tシャツ越しに、湿った熱い感触が伝わる。
泣いている香の髪の毛に、僚は顔を埋めた。


生きている。
自分も、彼女も。
涙は熱くて湿っていて、抱き締める腕には血が流れている。
僚は無言で背中を擦りながら、心の中では『大丈夫だから』と呟いていた。
哀しい事件にショックを受けて、酷く落ち込んでいる
確かに、僚も内心ではショックだった。
喫茶店のボックス席のテーブルの上に置かれた、プラチナ色のリングを見た時。
胸が締め付けられた。
2人の寝室の、香の鏡台の引き出しに仕舞われた、あのリングに重ねて見ていた。
幸せの象徴とも言うべき丸い輪が、持ち主を無くして冷たく光っていた。



もしもこれが、自分の境遇だったなら。
僚は多分、発狂する。
死に物狂いで、自分の手で犯人を見付け出し、殺す。
だから、彼が藁をも掴む思いで依頼をしてきた気持ちが、痛いほど良く解った。
僚は香が結婚前に遭った、ストーカーの被害を思い出していた。
暗くて深い落とし穴は、いつどこで口を開けて待っているか誰にも解らないのだ。




僚は香の華奢で温かな体を、ギュッと抱き締めた。
今ココにお互いが生きている事を、確かめるように。




(つづく)






[ 2013/02/04 21:22 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第4話 義兄弟間取引

新宿区の某公園内での殺人事件発生から、10日。
秀幸は漸く、念願の非番を何事も無く迎える事が出来そうだった。
翌日が非番だと思うと、いつもは面倒臭い事務処理もサクサクはかどった。
警官になってからつくづく痛感するのは、意外にも多い事務仕事と、その煩雑さである。
もっとも、職業柄、それは致し方の無い事だ。
犯罪者の人生も、また被害者の人生も、一生を左右する局面に立ち会う仕事なのだから、
それは、当然と言えば当然なのかもしれない。













依頼が舞い込んでから、2日。
香は夕飯の支度をしていた。
僚はまず、依頼人自身と被害者であるその婚約者の周辺の調査に当たっている。
その日、朝から途中2時間ほどの食事を兼ねた休憩を挟み、午後からもずっと5階の事務所に籠っている。
初めて依頼人と顔合わせをしたあの日、あれから香は1日中酷く落ち込んでしまった。
あまりに哀しい事件と、依頼人の彼の悲痛な表情もさることながら。
こんな事では僚の助手失格だと思って、更に自己嫌悪に陥るという負のスパイラルによって、
香のテンションは、一時どん底まで下がってしまった。
けれど香の取り得は、そこはかとないポジティブ・シンキングである。
もう今では、気持ちもすっかり切り替えて、
依頼人の希望通り、真相解明する僚を全面的にアシストする事だけに集中するつもりだ。




香はキャベツと油揚げの入った鍋に、味噌を濾しながら考える。
味噌は麦と米の合わせで、今日の出汁は鰹節だ。

もしも香の人生から、老衰以外で僚が居なくなったら。

きっと、生きている意味は無い。
そうハッキリと断言出来てしまう。
この4年間の結婚生活の中で、香にとって僚は世界で一番大切で、掛け替えの無い存在になった。
今日この時、香が生きていられるのは、僚と2人でいて幸せだからだ。
そして、香は自分だけがそう思っている(というか、僚がどう思っているかという事はあまり考えていない)
と考えているけれど、それは僚とて同じ事で。
2人は同じだけ、お互いを愛し、愛され、2人で生きている幸せを噛み締めている。



だからこそ、香は今回の件であれ程までに酷く落ち込んだのだ。
その事件の当事者が、自分で無い、僚で無い、という保証は何処にも無い。
そしてまた、高橋勇と平沢未央にもまた、自分達と同様に幸せな未来が待っていた筈なのだ。
そう思うと、何としても今回の依頼を一刻も早く解決しなければと、香はグッと唇を噛んだ。



味噌漉しのステンレスの網の中で、大方の味噌が溶けた頃。
冴羽家プライベート用電話の、キッチンに置かれた子機が鳴り響いた。
香は火を消した鍋に蓋をすると、子機に手を伸ばし通話ボタンを押した。














僚は5階の一室で、資料に目を通していた。
今回の依頼は、警察も鋭意捜査中の、タイムリーな事件である。
事件現場から察するに、管轄は新宿署。
殺人事件なので、捜査1課だ。
僚の脳裏に、義理の兄であり、親友兼幼馴染みの、眼鏡の刑事の顔がチラつく。



まさかねぇ(苦笑)



捜査1課と言えど、刑事は沢山いるのだ。
事件も沢山、起こるのだ。
別に、秀幸が担当とは限った事では無いだろう。
僚は壁に掛かったシンプルな掛時計を、チラリと見遣る。
17時25分。
時間を見たら、途端に腹の虫が騒ぎ出した。
今頃、カワイイ嫁は夕飯の支度に忙しくしているだろう。


落ち込んでいた香は、翌日にはすっかり元通りに元気になっていた。
資料を集めに祖父の家に行った時も、いつもとなんら変わり無かった。
けれど今日の昼食の時、香がポツリと言ったひと言を僚は思い出す。


『私、リョウたんがいつも傍に居てくれる事に、改めて感謝したの。』


それは僚も同じだ。
事故や事件や病気や怪我や、悪い事を想像したらキリがない。
僚はただただ、祈る事しか出来ない。
どうか、香と一生一緒に、天寿を全う出来ますように、と。



RRRRRRR・・・



デスクの上の電話が鳴る。
内線だ。
相手は、今の今まで思い出していた香である。






はぁい。

リョウたん、お疲れ様。ご飯出来たよ。

うん、コッチもちょうどキリが良い所だから、今日はもうここまで。

うん、待ってるね。

あぁ。






僚が6階に上がって、キッチンに入って行くともう既に良い匂いが立ち込めていた。
押し麦の混ざったご飯。
ワカメと春雨と細切りされたハムの酢の物。
甘酢とタルタルソース(香お手製・ピクルス多目)のタップリかかったチキン南蛮。
と、その付け合せの水菜と人参と玉ねぎのサラダ。
蓮根と里芋の煮物。
仕切りの付いた長細い皿に盛り付けられた、漬物や箸休めの常備菜。
キャベツと油揚げの味噌汁。
香の向かい側に自分の少しだけ大きめで、お揃いの伊万里焼きのお茶碗。
そしてもう1つ。
香の隣の席に、伏せて置かれた来客用の茶碗と湯呑。
これだけで、僚には解る。




槇ちゃん、来んの?



先程、少しだけ脳裏を過った義兄、槇村秀幸である。
ヤツは、妹LOVEの病的なまでのシスコンで。
それは香が結婚して、4年経った今でも何ら変わりは無い。



うん、さっき電話あったの。明日、お休みなんだって。



秀幸は月に2~3度は、こうして妹夫婦の食卓に割り込んで夕飯を食べて行く。
大したモノでは無い、香が気を遣わない程度の土産を持参して、香を相手に鼻の下を伸ばす。
恋人でもあり、同僚の女刑事とは、随分長い付き合いだけど、未だ結婚の予定は無いらしい。
義兄に負けず劣らず筋金入りのブラコンである香が、そう言ってニッコリ微笑む。












秀幸がやって来たのは、それから30分程経った頃だった。
手には香の好きな、5種類の果物の入ったミックスヨーグルトの入った手提げビニールを持って。
3人は久し振りに、笑いながら他愛の無い話しをし、良く食べ良く笑い、食事を終えた。
食後、キッチンでコーヒーの支度をする香を残して、僚と秀幸はリビングにいた。
秀幸はいつも、この部屋の変わり様に驚く。


長い付き合いの親友のこの部屋は、学生時代・独身時代と勝手知ったる悪友の部屋だった。
割かしいつも片付いている方だったけれど、独身男1人の部屋は何処か生活感が無かった。
それが今では。
その部屋はまるで、別の場所だった。
生活感に溢れ、清潔で、明るくて。
それは秀幸に、否応なく香の存在を意識させる。
妹はいつの間にか、立派に奥さんになってしまった。
それは想像していたよりも、ずっと幸せな事だった。




なぁ、僚。

ん~~~?なにぃ?



ソファに並んで座り(勿論、適度な距離は置いている。)、秀幸は義弟への重要な話しを始める。
今日の訪問の目的の半分は、この話しをする事だったのだ。
そうとも知らず、僚は呑気に雑誌を捲っている。



ちょっとな、お前に折り入って頼みたい事があるんだが・・・



そう言って神妙な面持ちの秀幸に、僚は咄嗟に身構える。
彼のその表情に何だか悪い予感がする。



なな、何だよ。改まって(汗)


んん、まぁ、大した事では無いんだけどな。
ちょっと、家出少女を1人、数日ばかり預かって貰えないだろうか。


はぁっっ???




大した事である。
何が楽しくて、自分と妻の愛の巣に、
“家出少女”などと言う、この世で1位、2位を争う面倒臭い人種を招き入れねばならぬのか。
この男は常識人に見えて、時々、こんな突拍子の無い事を言い出すのだ。





やぁだよっっ!! 面倒臭ぇ。ナニが楽しくて、そんな子守みてぇな真似しなきゃなんねんだよ。


・・・子守。良いじゃないか。お前ら今、絶賛子作り中だろ?予行演習みたいなもんだ。


・・・・何年先の話しだよ。まだ、種付けも済んでねぇっつーの。


・・・ほぉ、種付けねぇ(ムスッ)





少しだけムスッとした幼馴染みに、僚は意味も無く冷や汗を掻く。
しかし、次の瞬間ハッと思い直す。
何を遠慮する事があるのかと。
己と香は、正真正銘、正々堂々、何処からどう見ても夫婦なのだ。
子作りぐらいするのが当然である。
否、むしろ子を作らなかったとしても、セックスはする。当然だ。





僚、残念ながら、この件。お前には断る権利は無いんだよ。





秀幸は妙にキッパリと、しかし不気味なほど満面の笑みでそう言った。
その笑顔が逆に恐ろしいと、僚は思いつつも訊く事は訊く。





何それ?どういう意味。


先月の23日、歌舞伎町のキャバレー、メビウス。


・・・・・・(脂汗)




その秀幸のひと言で、僚の形勢は一気に不利に傾いた。
実は先月のその日、その場所で。
僚はまたしても冴子に乗せられ、事件解決の為に半強制的に協力させられていたのだ。
勿論、香には絶対秘密である。
バレたら、半殺しの目に遭う。
勿論、エッチはお預けだ。






いや、なに。刑事としての立場からなら、助かった。お前のお陰で、予想以上の成果があった。


・・・なら、イイじゃねぇか。こんな脅迫染みた真似しやがって(怒)


でもなぁ、義兄の立場からするとなぁ・・・妹にとっては不愉快な事案だからなぁ。


・・・・バラすっつ~事か?


お前の返事次第だ(ニヤリ)


・・・・ったく。その腹黒さを、カオリンには欠片も見せねぇトコが、槇ちゃんの恐ろしいトコだよな。


まぁ、家内安全、夫婦円満の為にも、この件はYESだろ?


・・・・・・・・・しゃあねぇだろうが、こんの腹グロ兄貴がっっ


恩に着るよ、僚。





秀幸がそう言ってニッコリ笑った所で、香がトレイに載せたマグカップを3客持って来た。
恐らく、今から2~3時間、幼馴染み3人はゲームをするだろう。
いつもの穏やかで平和な、夜の家族団欒だ。









零時を回る少し手前。
流石に、ゲームは終了した。
各自電車に乗って、サイコロを振って日本各地を巡る、テレビゲーム版すごろくは、
香の1人負けで、今日も幕を閉じた。





ねぇ、お兄ちゃん。今日は泊まってくでしょ?


え? ちょっ、カオリン。まじ???





満面の笑みで秀幸にそう言った香に、僚が心底イヤそうに切り返す。
秀幸を客間(6階)に泊めた晩は、これまでの経験上、エッチ(7階・寝室)は大抵盛り上がりに欠ける。
香曰く、お兄ちゃんに声が聞こえたらイヤだから(照)。
でも、僚は思うのだ。
あの結婚前の約1年と数ケ月。
槇村家の端と端。
秀幸の部屋から水回りや茶の間を隔てた香の部屋で、何度となくエッチしたじゃん、と。
何を今更。


しかし彼女は、この様な理屈を並べて通じるような相手では無いのだ。
機嫌を損ねて、オアズケを喰らう方が僚としては、大打撃である。
だから、もっとも良い解決策は、秀幸が空気を読んで自宅へ帰る事である。
しかし、そんな僚の思惑など、秀幸は既にお見通しである。





あぁ、明日は休みだし。今日はじゃあ、お言葉に甘えようかな。




秀幸が憎たらしいほどに、満面の笑みを浮かべる。
香も嬉しそうに、微笑む。
香はトレイに、カップやグラスなどを乗せ片付け始める。




じゃあ、ちょっと客間の準備してくる。




そう言ってトレイを持ってリビングを出て行った。
残された男達の表情は、対照的だ。





・・・・ワザとだろ、槇ちゃん。


何がぁ?





槇村秀幸、幼馴染みにして、親友。
そして、義理の兄。
冴羽僚が、この世で唯一逆らえない相手である。






(つづく)


[ 2013/02/06 22:26 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第5話 他人様の家庭の事情

秀幸はその日、非番にも拘わらず香の作った朝食を食べ終えると、勤務先へと向かった。


朝食の席で軽く秀幸の方から、冴羽家で2~3日“ある女の子”を預かって欲しいと、香には伝えた。
秀幸の話しに、僚がひと言も口を挟まなかったのを見て、
彼等同士で事前に何らかの打ち合わせがなされたのだろう事を、香も覚る。
これが秀幸抜きで僚からの報告なら、どういう事なのか徹底的に問い質す所だが、
どういうワケか、香は秀幸からの頼み事なら何の違和感も無く頷くのだ。
僚は内心、義兄に嫉妬する。
三つ子の魂、百まで。とは、良く言ったモンである。
香にとって兄は、絶対的に正義で。僚はまだ、秀幸に敵わないと痛感する瞬間が不意にあったりする。
しかもそれは、兄妹にとっては全くの無自覚なのだ。
うん、わかった。お兄ちゃん。
そう言って頷く香を見ながら、僚はポリポリと大きな音を立てて沢庵を噛み砕いた。






前夜、香が風呂に入っている間に、僚と秀幸は少しだけ酒を飲んだ。
その時に、秀幸が詳しい事情を語った。


その少女の名は、日下部 茉莉。
秀幸が捜査の為に訪れた六本木のとあるクラブで遊んでいた、15歳、中学3年の女の子だ。
時刻はとうに深夜と言える時間帯。
一見すると年齢は判断しかねるが、何故だか秀幸の勘が働いた。
声を掛けると、彼女は意外にも素直に応じた。
平日、深夜。
普通で考えたら、中学生が遊び呆けている時間でも、場所でも無い。
この様子では、学校にもまともには通って無いだろうと秀幸は推測した。
そもそも、捜査1課の仕事では無いのだが、行き掛り上秀幸は彼女を補導して取敢えず署へ連れ帰った。



それが一昨日深夜の事である。
彼女の家は、都内の高層タワーマンションで。
家族は父親だけだ。
母親は、彼女が幼稚園の頃に離婚して離れて暮らしており、
親権を持った父親が男手1つで、彼女をこれまで養育して来た。
父親は某テレビ局に勤めるプロデューサーで、朝も無く夜も無く働いている。
母親はと言えば、コチラも都内の某高級住宅街で、輸入家具の店を営む女社長である。
幼稚園児の娘の親権を、父親が取る辺りで。
この元夫婦の事情が垣間見れるような気もしないでもないが、とにかく両親は。
彼女に関して、無関心とも言える放任振りだ。


取敢えず保護者は父親なので連絡を取ってみると、
彼はバラエティ番組の取材で、ほぼ地球の真裏に居た。
どうやっても、あと数日は帰って来られそうに無いとの事。
電話だけで掻い摘んで事情を話した秀幸に、父親は信じられない事をのたまった。

『娘はもう、自分の事は自分で出来る歳ですから、放っといて戴けませんか?
                      私がいない間の生活費は渡してありますから。』

秀幸は思わず、そういう事じゃ無いだろうっっ、と声を荒げてしまったが、
電話の向こうの、地球の裏側の相手は、何処か無責任で。
それ以上、相手にするのも面倒になって、秀幸も早々に電話を切った。
仕方が無いので、本人に母親の連絡先を問うと、頑なにそれを拒んだ。
それまで大抵の事に、素直に応じていた彼女は意地で母親に関しては口を割らなかった。
余程、触れられたくは無いのだろう事を、秀幸もそれ以上は突っ込めなかった。
そんなこんなで、補導されて来てほぼ丸1日、彼女は警察署で過ごしている。




「まさか、15の女の子を拘置する訳にもいかんしなぁ。
 かと言って、家に帰したらまたクラブ通いは目に見えてるしなぁ・・・・」



秀幸がそう言って、氷を浮かべたウィスキーを呷る。
僚は思わず苦笑してしまう。
秀幸らしい。
そんな事は、そもそも自分の管轄外なのだ。
サッサと担当の部署に引き渡して、知らぬ振りを決め込めば良いモノを。
放って置けない性質なのだ。



「・・・んなもん、ほっときゃ良いのに。オヤジがそう言ってるんだから。」


「あのなぁ、僚。そうもいかんだろう? 相手は、思春期の最も多感な女の子だぞ?
 もしも、あんな如何わしい場所で夜遊びを続けて、チャラい男の食い物にでもされてみろ。
 泣くのは、彼女なんだ。
 お前は、あの年頃の女の子の事なんか何も解っちゃいないんだ。俺はあの子が香だったらと思うと・・・」


「ったく、結局それかよ(呆) 二言目には香、香って。
 カオリンは、そんな非行少女じゃ無かったよっっ!!
 アイツは小さい頃から、ずっとお利口さんだったからな。」


「そりゃ、そうだ。俺とオヤジの躾けの賜物だ。」


「い~や。あれは、カオリンの元々の性格が素直だからだっっ」


「香は俺に似て、真面目っ娘だからな。」


「外見は似なくて良かったケドな、槇ちゃんとオヤジさんに。お袋さん似で良かった。」


「何言ってるんだ、ああ見えて赤ちゃんの頃は俺にそっくりだったんだぞ?香は。」


「イヤイヤイヤ、俺も知ってるし。カオリン産まれた時から。てか、似てた時ねぇしっっ。」


・・・・・以下、エンドレス。









その後、話しは見事に脱線し、親友同士の取引に関しての話しはそれで全部だった。
そんな兄バカ・夫バカの男2人が、口角泡を飛ばして香に対する愛情を張り合っている内に、
当の香はとっくに風呂から上がり、寝室のベッドに入ってスヤスヤと寝息を立てていた。
勿論、それから数十分後。
僚は、寝惚けた香をキス攻めで起こし、毎晩恒例の子作り活動に勤しんだのは言うまでもない。














「で、この2人が、俺の妹夫婦だよ。お父さんが帰るまで、ここで過ごすと良い。」



秀幸は、午前中の内に警察署へ行き、昼過ぎに戻って来た時には1人の少女を連れて来た。
気難しそうではあるが、やけに派手である。
中学生と言われなければ、恐らくは解らないだろう。
非情に大人びた表情をする子供だった。
香は、ヨロシク。と言って、ニッコリ笑った。
彼女は、小さく頷くだけだった。
僚は内心、こんな相手から色々訊き出す義兄に、感心していた。
職業柄もあるだろうが、秀幸は何処か“兄貴”の雰囲気をいつも漂わせているのだ。
彼女にも、それは伝わったのだろう。


これから数日、冴羽商事の2名は。
依頼の調査の方を進めながら、不良娘の面倒を見る事になってしまった。


(つづく)




[ 2013/02/08 21:43 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第6話 予行演習?

香は夕飯を作りながら、自分の15歳の頃を思い出していた。



香の誕生日は3月31日なので、15歳の頃は高校1年生だった。
15歳の香は、僚に恋をしていた。
もっともそれは、恋と呼べるかどうかも怪しいほどの仄かな想いだった。
今でこそ2人は夫婦だけれど、良く考えればあの頃からまだたったの8年しか経っていないのだ。
それに、香は僚とよりも、茉莉との方が年齢は近いのだ。
それが何だか不思議な気がして、香は思わず笑ってしまう。


年数に意味などきっと無いのだ。
僚と恋人になって、結婚して夫婦になって、2人で過ごしてきた時間は、
香の人生の中では、何か他の時間とは全く違う次元のモノなのだ。
そして。
これから、きっと死ぬまでこの時間の中で生きてゆくのだろう。
多分、どちらかが先に死んでも、香にはこの幸せな2人の世界から外に出る道筋を忘れてしまった。




香が制服姿のあの頃の事を、懐かしく思い返していると、
僚と茉莉の言い争うような声が、キッチンに聞こえてきた。
何を言ってるかまでは良く解らないけれど、彼女が大声を上げているのを昨日対面して以来、
初めて聞いた気がした。
香はビックリして、煮物に入れる予定だった人参の乱切りの手を止めると、廊下に出た。
どうやら、2人の声は客間から聞こえて来たらしい。
客間を覗いてみようと廊下を進んだところで、僚がトイレに入ってゆくのを見付けた。
もう彼女の声はしない。
香がトイレの前に近付くと、僚はドアを開けたまま便器の前に屈み込んで何かしていた。





りょおたん?何してるの??? 何か、あった?




そう声を掛けた香を振り返った僚の手には、白い紙に巻かれた細いモノが数本握られていた。
僚は器用にその白い紙を剥がし、中に詰められた茶色い葉っぱのようなモノを便器に捨てていた。

(・・・タバコ???)

香は状況が掴めずに、ポカンとして首を傾げる。
僚は眉間に皺を寄せると、溜息を吐きながら呟いた。




・・・・ガンジャだよ、あのジャジャ馬、客間で吸ってやがった。臭ぇからすぐわかるっつ~の(青筋)


ガンジャって・・・マリファナだよね?


ああ。


なんで・・・彼女、まだ15よ?


・・・・クラブで遊び回ってるような輩は、ガンジャぐらい煙草と同じ感覚だよ。


てか中学生なら、煙草だって法律違反だよ(怒)



そりゃま、そうだけど(苦笑)・・・でもまぁよく、槇ちゃんにバレなかったよ。
・・・ったく、ウチはいつ捜査一課の刑事さんがやって来るかもしれねぇとこなのに。
こんなモン、堂々と吸いやがって。


親御さん、知ってるのかなぁ・・・


さぁな。槇ちゃんの話しじゃ、子供にゃ金さえ与えとけばいいと思ってるような親らしいから。




話しながら僚は、淡々とその白い巻き紙を剥いでゆき、
サラサラと乾燥した大麻の葉を洋式便器の中に沈めた。
最後の一本は、先端が焦げて灰皿に押し付けたように潰れている。
きっと彼女が、客間で吸っていたモノだろう。
それも、紙を剥ぎ便所に流す。




・・ヨッシ、これで全部。 あとこの紙は、屋上で燃してくるわ。



僚はそう言って立ち上がると、手の中のヨレヨレとした紙クズをクシャッと丸めた。
僚が水洗のレバーを倒し、2人で並んで渦に飲み込まれて流れてゆく葉っぱを暫し眺めた。
少なくとも香が15の頃は、この葉っぱが何なのかという事すら知らなかった。












「ねぇ、返して。」


香が味噌汁の味噌を濾していると、不意に茉莉に声を掛けられた。
隣の鍋の中には、筑前煮が出来上がっていて。
キッチンには、煮詰まった甘い醤油の薫りと、鰹と昆布で取った出汁の良い薫りが充満している。
もうあと数分で、炊飯器の中の御飯も炊き上がる。
香は味噌汁に集中しながらも、茉莉の言葉の意味を考える。


「・・・何を????」


首を傾げながら、香が漸く振り返る。
茉莉は怒ったような、膨れたような、拗ねた様な表情で香を睨みつけている。




・・・さっき。オッサンが取り上げたでしょ? 葉っぱ。



そこで、香は漸く彼女の言葉の意味を呑み込む。
しかし。
残念ながら、もうここには“ブツ”は無い。






あぁ。・・・多分、もう無いと思うわよ?ここには。


何それ?どういう事?信じらんないっっ!!あんなの、煙草と大して変わり無いじゃないっっ
偽善者ぶって取り上げてさっっ!!
あのオッサンだって、煙草吸ってんじゃん。





香にしてみれば、彼女の言葉には突っ込み所が満載だ。
香は愛する夫が、オッサン呼ばわりされて、静かにキレている。
香はシンクの中に、そっと味噌漉しと菜箸を置くと、ゆっくりと振り返って茉莉に向き合う。





ん~~~とね、まずは訂正ね。リョウたんは、オッサンじゃないの。
確かに、お兄さんって歳では無いケド、オッサンて歳でも無いの。
それと一応、貴女は曲がりなりにも他人の家にお世話になってる立場なの。
だから、オッサンじゃ無くて、冴羽さんって呼んだらどうかしら?一応、礼儀として。
それから、リョウたんが吸ってるのは、マールボロね。因みに合法よ。
そこの角のコンビニでいつも買ってんの。
持ってるだけで捕まっちゃうような、葉っぱとは違うんだよ?
15歳なら、もう解るよね?それからたまに、
マリファナは煙草よりも害が少ないとか、外国では合法の所もあるとか、
そういう議論をしたがる人もいるケド。
申し訳ないケド、私は貴女とそういう議論をする気もサラサラ無いし、興味も無いの。
この家には、刑事である私の兄も出入りしてるの。
だからここで、法を犯すような真似をされたら迷惑なの。
因みに。
残念ながら貴女には、マールボロすら吸う権利は無いのよね、今の所(ニッコリ)








今まで向けられた事の無い種類の怒りは、15歳の少女を戦慄させる事など造作も無かった。
怒っている様に見えないのに、今までの誰に叱られた時よりもそれは少女の心に響いた。
何故だか、妙に素直な気持ちが湧いて来る。




・・・ご、ごめんなさい。


解ってくれれば、それでいいのよ。




香は素直に謝った茉莉に、そう言ってニッコリ微笑んだ。
ココに連れて来られた時には、ギトギトにメイクをしていて、
まるでキャバクラ嬢のように、擦れた風情を醸していた彼女は。
香に勧められて、メイクを落とした途端、あどけない年相応の女の子になった。
こうしてきちんと話せば、素直に謝る。
きっと今まで、彼女の周りには。
キチンと叱ってくれる相手も。
対等に話しが出来る相手も。
適切なメイクを教えてくれる相手も。
居なかったんじゃないのかな、と香は思う。



香が15の頃は。
お父さんもお母さんも、もうこの世には居なかったけれど。
香には兄も居たし、僚も居た。





・・・良い匂いがする。




茉莉がポツリと呟く。
コンロの前の香の隣に立つ。
175㎝の香の隣に立つと、彼女は小さくて、誰が見ても中学生の女の子だ。





お腹減った?


うん。


もうすぐ、出来るよ。


ねぇ、カオリン。


なぁに?


あ、カオリンって呼ぶのは怒らないんだ。


ははは。怒らないよ、別に。みんなそう呼んでるし。


そっか。・・・・私ね、昨日から思ってたんだけど。


なにを?


カオリンってお料理上手だね。


えへへ、ありがとう///// 茉莉ちゃんは、お父さんと2人暮らしでしょ?


うん。


お料理は?パパがするの?それとも、茉莉ちゃん?


・・・・・たまぁに、パパが。昔はよく作ってくれたけど。今は殆ど、家には居ないから。


じゃあ、自分の分だけ自分で作るの?







香の質問に、茉莉が俯く。
何事か考え込んでいる様子である。
香は別段、気にする訳でも無く、食卓を整えながら彼女の言葉を待つ。





・・・・作った事無い。


そう。


カオリン、珍しいね。


何が?


だってね、こういうと大抵、大人の人は呆れるか怒るかなの。じゃあ、何食べてるんだって。


そうだろうね。気になるんだよ、大人は。貴女が成長期だから。・・・・作ってみればイイのに。


ご飯を?


ええ。


出来ないよ、やった事無いし。



だから、やるんだよ。ウチもね、お兄ちゃんとずっと2人だったの。
お母さんは、私が赤ちゃんの頃に亡くなって、お父さんも私が中学1年生の時に亡くなったの。
その時には、お兄ちゃんは警察官だったから、家の事は私がやったのよ。


・・・・そうなんだ。難しかった?


そうでも無いわよ? 誰でも出来る。


本当?


ホント。やれば解る。


そっか、今度帰ったらやってみる。


そうだね、それが良いよ。








そんな2人の会話を、僚はキッチンの外で聞いていた。
親友の妹に対する躾けと愛情は一見過剰にも思えるけれど、あながち無駄では無かったのだろうと思う。
そして近日中にも、
本来あの不良娘に適切な躾けを施すべき当該人物に、接触せねばと目論んでいる。
結局僚も香も、槇村秀幸の事は言えない。
結構なお節介焼なのだ。




(つづく)









[ 2013/02/09 19:48 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第7話 親子

「・・・後でアイツと、ちょっと出掛けるから。」



昼食の準備をしていた香に、僚が背中からそう声を掛ける。
香は振り向いて、首を傾げる。
ちょうど、茹で上がったパスタをざるに上げている所だった。
シンクの上に白い湯気が上がる。



何処に?

ん?  アイツの母親んとこ。このまま、連絡もしないっつ~のも、な。

・・・そう。そうだね、お父さんの方も予定より帰国が遅くなってるみたいだしね。

ああ、このまま長々居座られちゃカオリンとイチャイチャ出来ないし、リョウちゃんメーワクだから。

//////あ、あんまり関係無いよ?それ。

あら、そう?




実際、茉莉が居ようが居まいが、僚のイチャイチャに関係は無いのだが、
どうやら本人的には、かなり自制しているつもりらしい。
僚はそっと香の腰に腕を回すと、耳にキスをする。
香は構わず料理を続けるが、擽ったそうに首を竦める。




今日の昼メシは、パスタ?

うん、ボロネーゼ。




耳元でわざと、香の好きな低めのザラッとした声で僚が訊ねる。
香が指さした先には、香手製のミートソースが入ったホーロー鍋。
香の作るミートソースは具沢山で、お肉のソースなのに野菜も一杯取れる。
いつも多目に作って冷凍するけれど、作ったその日は必ず出来たてでパスタを食べる。
僚の好きな、香の料理のひとつだ。



で、今は?何作ってんの?

ブロッコリーとアスパラガスとベーコンの温かいサラダ。スープは、コーンと玉子のコンソメスープ。

カオリン。

ん?

俺、カオリンが嫁さんで良かった。・・・・でも、喰い過ぎてデブになっても、嫌いにならないでね。

あはは。大丈夫だよ、リョウたんは。太んないから。





そんなの、解んねぇぞ?禿げるかもしれないし?と言いながら、僚は香の鼻先にキスをする。
何だかんだで、家の中に誰が居ようと、結局は2人はイチャついているのだが、自覚は無い。
気が付くと、2人の背後の4人掛けのテーブルには茉莉が座っている。
この数日で、2人のイチャイチャ生活にすっかり慣れた彼女は、呆れ顔で頬杖を付いている。
思えば彼女には、こんな風に仲の良い夫婦というモノを目の当たりにした事は無かった。
幼稚園の頃に父と離婚した母との生活は、もう殆ど覚えてはいない。
母親とは会わないワケでは無い。
別に面会を禁止されているワケでも無い。
けれど茉莉は、正直母親を親だと思った事は今の所、1度も無い。








昼食を終えて、茉莉はリビングで雑誌を読んでいた。
退屈だろうからと、香は先日夕飯の買い出しの時に、数冊のファッション誌を買って来てくれた。
カラーグラビアのブランド広告の中には、エリ・キタハラの名前もある。
香はあまり、雑誌は読まないタイプだけれど、たまにこうして目にする度に、
着実にキャリアを重ねている親友に、思わず笑顔になる。
勿論、そんな事は15歳の不良娘には知る由も無い。



おい、ジャジャ馬。出掛けるぞ~~~。



突然そう言って現れた僚は、ジャケットを羽織り出掛ける支度をしている。
2日前に、この男をオッサン呼ばわりして、香に叱られた。
実際には、彼自身はどんなふうに呼ばれようが大して気にも留めていないようだけど。
彼の妻は、彼を悪く言われる事が我慢ならないらしい。
まぁ確かに、と15歳の少女は思う。
オジサン(僚が幾つかは知らないケド)の中では、カッコイイ部類かな。と。














言われるがままに、僚の後に付いて乗り込んだミニクーパーの助手席で。
茉莉はボンヤリと外を眺めていた。
僚は何処に行くとは言わなかったけれど、目的地に着く少し手前で茉莉は気が付いた。
このまま行けば、母親の経営する家具屋に着く。
もっとも、あの女に店を持つだけの力などそもそも無いのだ。と、娘は思う。
厭らしいジジイのパトロンに色目を使い、手に入れたのがあの店と、オシャレセレブな女経営者の肩書で。
手放したのは、夫と子供。




着いたぞぉ。



そう言って僚が車を停めたのは、やはり母親の営む輸入家具と輸入インテリア雑貨の店の前だった。
今日び、嫌味なほどにゴージャスな金額の家具を売る店。
そしてそのモノ自体より、金額だけで有難がっているバカな成金趣味の常連客。
娘の目に映る母親の背中は、そんな感じだ。







「・・・それで?私にこの子を預かれと?」


日下部茉莉の母親は、そう言ってやけに甘ったるい芳香の煙草の煙を吐き出した。
家具屋のバックヤードである事務所部分は、まるで趣味の悪い女優の控室のようだ。
そこでその店のオーナーであるその女は、昼間から酒を呑んでいたらしい。
いい気なもんである。



「まぁ、端的に言えばそうですね。アンタの元ご亭主は、彼女を放ったらかして海外に行ってまして。
 何の因果か、何の縁もゆかりも無い俺達夫婦が面倒見る羽目になっちまってね。
 まぁ、物事の筋道からいけば、母親のアンタがこんなに近くに居るのなら、
 何も他人に委ねる事でも無いでしょう??」



茉莉はこの店に着いた時点で、一切口を利いていない。
その表情を見ただけで、彼女が母親を良く思っていない事ぐらい、僚にだって重々承知である。
しかし。
これはそもそも、彼女の家族関係の問題である。
1人のお節介刑事のせいで、この親子に関わり合ってしまった冴羽家であるが、
彼女の境遇に同情こそすれ、所詮、彼女の人生の責任など到底負えるモノでは無いのだ。
結果はどうあれ、1度、筋だけは通しておかないと、
この手の身勝手な親は都合良く難癖付けてきかねない。
その意味も込めて、僚はわざわざここへ足を運んだのだ。
上手くすれば、元旦那が海外ロケから帰るまでの数日は、面倒を見るかもしれないし。
まぁ、ダメだったとしても、一応は僚とすれば筋は通したのである。
その時は仕方が無いので、父親が帰るのをイチャイチャ夫婦と不良娘の疑似家族で待つだけだ。







あの人は、なんて言ってるのかしら?

なんせ地球の裏側ですからね、電話で話すのが関の山だったらしいケド。放っといてくれと。

じゃあ、私の方もそうとしか言えないわね。

はぁっ???

茉莉はもう、15よ。子供じゃないわ。自分の事ぐらい自分で出来るわ。





何故だか僚は、無性にムカついていた。
腸が煮えるとはこういう事だろう。
自分の事が出来ねぇから、こうなったんだろうがっっ、と。



ガキだよ。コイツは、まだまだオヤジとお袋が必要な、ガキなんだよ。



気が付くと、無意識に腹の底から低い声が出ていた。
父親が渡しているクレジットカードで、茉莉はジャンクフードを買い。
クラブ遊びをして、マリファナを買っている。
父親は仕事にかまけて、彼女を放置して。
母親は昼の日中から、己の責任を放棄して酒に浸っている。
母親は一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、次の瞬間には薄く笑みを浮かべた。
燻らせていた煙草を揉み消すと、趣味の悪い長椅子から立ち上がる。
僚の鼻腔を、不快な香水の匂いが直撃する。
彼女は己の娘の前で、雌の顔をするのに躊躇いは無いらしい。




残念だわ、アナタ良い男だから、こんな事でお近付きになりたくは無かったわね。




そう言って、僚の胸板に手を触れそうになる直前。
僚は女の手を、パシンと払いのける。
まるで氷のような冷たい目で、冷ややかに女を見ている。
流石に厚顔無恥な女も、少しだけ青褪めている。
気が付いたのだ。
この男は、こんな風に誤魔化してはいけない種類の男であると。
僚はこの瞬間、この女のパトロンとやらを徹底的に潰す事を決めた。
調べればすぐに解る事だ。
そして、祖父の手に掛かれば、成金の1人や2人潰す事ぐらい簡単な事だ。
こんな安い女を囲っている程度の男など、大したレベルでは無いだろう。
ハッキリ言って、生物学的母親はこの女でも。
もはや、この女は茉莉の母親では無い。
僚はそう判断した。




気安く触らないで貰いたいね、そら娘にも嫌われるわな。15の娘の前で色仕掛けか。
ッフン。でも残念だが、俺ぁ、スケベジジイの御手付きの年増女になんか興味無いんでね。



僚はそう言って、ジャケットの胸ポケットから潰れかけたマールボロのソフトパッケージを取り出す。
一息に肺に煙を入れると、長くゆっくりと吐き出す。
母親はもう、開き直ったかのように酒を呷っている。
それは、1人の人間の親というよりも。
憐れなアバズレの成れの果てであった。
若い頃、ヘタに綺麗でチヤホヤされて勘違いをすると、人生を棒に振る事がある。
誰でもいつかは歳を取るのだ。
その時に、中身の無い人間ほど憐れなモノは無い。
そして近い将来、パトロンを失った彼女の拠り所は、完全に消失する予定だ。
僚はその部屋の床に敷かれた、無駄に高そうな薄い絨毯に煙草を放ると革靴の先で踏み消した。




帰るぞ。



僚はそう言うと、それまで黙り込んで俯いていた茉莉の髪の毛をクシャリと撫でた。
ふわりと薄い煙草の臭いのする僚の手は大きくて。
たったそれだけの事で、茉莉は涙が出そうだった。
自分の父親が僚だったら、自分の母親が香だったら、きっと幸せだろうと茉莉は思った。











帰りの車の中で僚は、ラジオから流れる曲に合わせて鼻歌を歌っていた。
茉莉は、知らない歌だった。
僚は何も訊かなかったけれど、茉莉はポツリポツリと話し始めた。





あの人ね、私生活が充実してる時には冷たいの。



あ、私生活ってのは主に男関係の事なんだけど。



パトロンの爺さんとは別で、恋人はいつもいるの、まぁ長続きした例は無いんだけど。



で、普段は好き勝手にやってるクセに、オトコに振られる度に連絡してくるの。



ご飯でも食べに行こうって。



・・・多分、あの人にとって・・わ・・たしはっっ





茉莉は泣いていた。
親になる資格の無い人間が子供を作ると、迷惑するのは子供自身だ。
子供は親を選んで産まれて来る事は出来ないのだ。
産むだけなら、野良猫にでも出来る。
僚は何も言わず、茉莉の話しに耳を傾けていた。
親があんななら、子供が賢くなればイイだけだ。
後もう少し。
成人して大人になれば、子供の時には想像もしていなかったほどに自由になれる。
その時までに、自分1人で生きて行くだけのスキルさえ身に着けていれば、どうにでもなる。
僚はもう一度、茉莉の頭をクシャクシャと撫でた。





ぶっ飛ばして、帰るぞ。カオリンが晩メシ作って待ってる♪




この2日後、漸く父親が茉莉を迎えに来て、冴羽家に夫婦2人きりの時間が戻って来た。
しかし、殺人事件の真相解明の方の依頼は、まだまだ続行中だ。
もう暫く忙しい日々が続きそうである。


(つづく)


[ 2013/02/10 19:16 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第8話 繋がり

僚はその日、六本木のとあるクラブの前にいた。


時刻は昼を少し過ぎた辺り、勿論その店はまだひっそりとしている。
そこは日下部茉莉が補導された店であり、槇村が何らかの捜査に訪れていた店である。
僚も少なからず、噂ぐらいは聞いた事がある。
どれもロクな話しでは無い。
少なくとも、15歳の中学生が入り浸るような店では無いのだ。
大麻などという、かわいいドラッグでは無い。
その店の裏取引の主力商品は、主に覚醒剤と、コカインだという専らの噂だ。
そして、この数日の調べで分かった事が。
この店の実質的オーナーは、平沢未央が移籍した先のモデル事務所のオーナーでもあるというものだ。
何故だか僚は、そこに微かな繋がりがあるように思えてならない。





週末はカオリンとクラブ遊びでもしましょうかねぇ





時には、敵陣に乗り込んでみるのも一興だ。
上手くすれば、モデルクラブ絡みの情報が手に入る可能性もある。
僚は煙草を咥えながら、その店のドアを見詰める。
昼の日差しの中では、そのドアは薄汚れてくすんでいる。
きっと、あの扉1枚隔てた向こう側に、何か新しい事実が隠されているのかもしれない。











「じゃあ、そのキャベツを千切りにしてくれる? ゆっくりでいいから。」

「うん。」




僚が外から戻ると、キッチンでは香ともう1人。
お家に帰ったはずの中学生が、晩ご飯の支度をしていた。
どうやら今日は、僚の好きなメンチカツと、コロッケらしい。
香がバットの中の卵液に丸めたネタを潜らせている。






てか、なんでおまぁがいるんだよ。家出娘。






キッチンの入り口でそう言った僚を、2人は振り返って、おかえりーと声を揃える。
茉莉が制服を着ているのを、僚は初めて見た。







茉莉ちゃんね、ご飯の作り方を習いに来たんだよ。

ちゃんと、後でパパが迎えに来んの。心配しないで、2人の邪魔はしないから。

/////べべ、別に、邪魔じゃないよね? り、リョウたん??

・・・・泊まって行かれると、邪魔だな。飯食ったらサッサと帰れよ?

へへへ、分ってるよ。スケベオヤジ(ベェ~~~だっっ)

/////////。







不良中年と、不良中学生との遣り取りに、唯一香だけが真っ赤になって俯いている。
1人黙々とメンチカツの中身である所の、挽肉と玉葱などを丸めたモノにパン粉をまぶしている。
香はメンチカツを作る時、すりおろした蓮根とダイス状にカットした蓮根の2種類を使う。
すりおろしはツナギになるのと、ダイス状の方は食感が良いからだ。

















で?もう夜遊び、してねぇだろうな?


してないよ、もう懲り懲り。あれから、嫌ってほどパパに叱られたし。






僚がサクサクのコロッケの衣を箸で割りながら、茉莉に訊ねる。
ウスターソースとハインツのトマトケチャップを混ぜたのが、コロッケには一番合うと僚は思う。




茉莉ちゃんは、今お料理の特訓中なのよ。


そう。カオリンが先生だよ。


ほぉ、先生だけは一流だな。


今度パパにコロッケ作ったげたら、喜ぶよきっと。メンチカツの方は、揚げずに焼いたら、ハンバーグだよ。


うん、今度やってみる。レシピありがとう、カオリン。


どう致しまして。コロッケ作り、健闘を祈る!!


はい、センセー(笑)







僚は女子2人の、まるで姉妹のような会話に知らず微笑む。
香はずっと兄妹2人きりで暮らして来て、お姉ちゃんが欲しかったと前に言っていた。
今では、喫茶キャッツ・アイのママ、伊集院美樹がまるで姉のような存在で。
食事の献立から、ゴミの分別から、子作りに関する豆知識まで。
人妻同士の濃い情報交換が、昼下がりの喫茶店で行われている。
(僚も伊集院氏も、それらに関しては聞こえて無いフリを決め込んでいる。)

でも、こうして中学生相手だと、香はお姉さんの立場だ。
これまで、秀幸や僚といる時の香は、いつまでも小さな妹のような感覚だけれど。
こうしてみると、香は立派に大人の女で。
もういつ母親になっても大丈夫だと、僚は思う。
後は、コウノトリのご機嫌次第だ。














『・・・・・・・これまで、放任主義という都合のいい言い訳で、娘と向き合って来なかったのは、
 私のただ単なる、甘えだったのかもしれません。
 槇村さん・・・でしたっけ? あの、刑事さん。
 電話口で、叱られました。この歳になって、叱られるなんて思ってもみませんでしたけど。
 何か、あれで一気に目が覚めたような気がします。
 あれから、帰国するまでの数日。私なりに、色々と考えました。
 もう一度、娘ときちんと向き合おうと思います。
 これは、娘に貰った最後のチャンスだと思っています。娘に教えられました・・・・・・・・・・』




僚は茉莉の父親が帰国したその日、1人で彼に会っていた。
空港の中にある、混み合ったカフェで煮詰まったコーヒーを飲みながら、
僚は、茉莉が六本木のクラブで補導されて、自分達夫婦のとこに連れて来られるまでの事。
そして冴羽家に来てからの事、母親に会いに行った事、勿論、マリファナの事も。
全て説明した。
件のクラブの名前を聞いた時、彼の表情が強張った。
業界人ならば、当然のリアクションだろう。
15の娘が入り浸る場所では無い。
薬物の噂が囁かれる芸能人やモデルの大半は、その店の常連だ。



僚はあの母親の件もあるし、父親という人物にも過度な期待はせずに対面した。
どんな人間かは解らないが、母親と同類のようであればもう一度。
茉莉の事は、秀幸に相談してみる必要があるかもしれないと思ったのも事実だ。
しかし、想像以上に彼は優しそうで、真面目そうな父親で僚は安心した。
30%は、茉莉の為に。
70%は、漸く夫婦2人きりの時間が戻って来るという事に安堵したのだ。
思春期の女子がいるという状況は、義兄が泊まっている時以上に、香のノリが悪いのだ。













僚は満面の笑みで、メンチカツを頬張る。
衣はサクサクなのに、中はジューシーで。
角切りされた蓮根の歯触りが、何とも言えず病み付きになる。

週末は、夫婦2人でクラブに繰り出す予定だ。





(つづく)












[ 2013/02/11 21:55 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第9話 夜遊び

槇村秀幸はこの連日、目を付けている店がある。
場所は、六本木。
以前からその店の如何わしい噂は、チラホラ耳にはしていた。
今の所、その店の関係者に、秀幸の面は割れてはいない。
途中その店で、ひょんな事から1人の中学生を補導したが、
その子が無事父親の元へ戻った事は、先日、妹からの電話で聞かされた。


新宿の公園内で絞殺体で見つかった、平沢未央が所属していたモデル事務所のオーナーは、
この六本木の如何わしい店のオーナーでもある事が、この所の調べで明らかになった。
もっとも、この手の組織にはありがちな、複雑な人間関係の流れによって、
当該人物の名前に行き当たるまでは、容易ではなかった。
この店の周辺では、以前から薬物事犯による内偵を何度となく受けているが、
いざ、事件の核心に迫ったところで、何度も難を逃れている。
過去の例は恐らく、捜査情報が漏洩していたか、捜査上の何処かの段階で圧力が掛かったかだろうと、
秀幸は推測している。











リョウたん、どぉ?



そう言って、楽し気に顔を見せた香は、いつもとまるで雰囲気が違う。
冴羽商事の2人は、揃って北原絵梨子のオフィスに赴いていた。
決して、暇では無い彼女はしかし、親友が遊びに来ると言えば無理くり時間を空けるのが常だ。


いつもの栗色のショートカットは、
エクステンションを付けられて、肩甲骨辺りまでのロングヘアーになっている。
毛先は綺麗に巻かれ、それだけで随分印象が違う。
メイクは目元を強調する、小悪魔系だ。
何もしなくても長い睫毛は、付け睫毛で更に増量されている。
勿論、メイク担当は青木繁である。
“クラブで夜遊び”という、本日のテーマに沿って絵梨子がコーディネイトしたのは、
レザーのショートパンツに、ピンヒールの編上げブーツ。
ラメの入ったシルバーグレイのニットは、背中が大きく開いている。
インナーには、黒のチューブトップのみ。勿論、ノーブラである。



・・・・やばい、お仕事忘れそう(汗)



そう呟いて、生唾を呑み込んだ僚はと言えば。
グレンチェックの、ピタッとした細身のパンツにこれまた細身の、黒いベロアのジャケット。
インナーの白のシャツに、極々細いシルバーのタイを、緩めに結んでいる。
僚の方もまた、髪の毛をカーリーヘアにセットしている。
最も印象を変えるのが、黒縁で大きめの眼鏡である。



なんか、リョウたん。いつもと全然違ぁ~~う♪

カッコイイ???

う~~~~ん、いつものがイイ(苦笑)

・・・・・。



何処からどう見ても、夫婦に見えない2人は今夜だけ薬指の指輪を外した。
絵梨子と青木は、満足げに2人の姿を観察している。
完全に、コスプレ状態である。
















僚はカウンターに凭れて、酒を呑みながら少しだけ離れた場所にいる香を油断なく見ている。
時刻は、0:00を回った。
この店が盛り上がるのは、これからだ。
香は時々踊って、疲れるとバーに戻ってドリンクを注文している。
僚は前もって、なるべくアルコールを避けるようには言っている。
この店には、国籍も様々なモデルの類は、ウジャウジャいる。
香だけが、特別目立つわけでは無いが、僚の見た所数人の男が香を値踏みしているのが判る。



香が今夜着けている、シルバーの大振りのリングのピアスには。
キャッチ部分に、ちょっとした細工が施してある。
超小型高性能マイクが仕込まれているのだ。
そして、そのマイクの受信装置は、僚の眼鏡のフレームの中だ。



香に誰かが近付いて声を掛けると、その会話は僚へと筒抜けだ。
そして僚が、眼鏡を直す振りをして、極々小さなボタンを押すと会話を録音する事も可能だ。
僚から香に連絡したい場合は、メールか電話を使う。
香は内心ビクビクだったけど、僚が見守っていてくれる事で、不思議と落ち着いて行動出来た。
一度香がトイレに消えて、その直後、僚にメールが届いた。
相手は香だった。
早速、トイレ内の洗面所でコカインと思しき粉末を吸引している女を発見。という報告だった。
香が隣に立ってグロスを塗り直している間も、気にも掛けずに吸引していたらしい。




その後、香に向かって売人と思しき男が声を掛けた。
“S”という隠語を使った所をみると、どうやらシャブの売人らしい。
僚は声を掛けた人物を、素早く記憶する。
香は口を利かずに、首だけ振る。
男もしつこくはしないようで、アッサリと別の客を求めてフロアに紛れる。




2人がそんな調子で、2時間ほど店内で過ごした頃。
僚の電話に着信があった。
相手は、秀幸だった。





お前ら、何やってるんだ?デートか?




そう言って低く笑った義兄は、僚とは正反対のカウンターの隅で瓶に入ったビールを飲んでいた。
僚はもうその時には、ほぼ確信していた。
今度の平沢未央の事件の担当は、恐らく警視庁の月とすっぽんコンビだと。




ちょっと、出ようか。



僚が短くそう言うと、秀幸は一旦電話を切って、僚にメールを寄越す。

『この店を出て左折、大通り沿いのセブンイレブン。』

秀幸のメールには、それだけが記してあった。
僚はそれを確認すると、香に電話を掛ける。
香は2コール目で出た。



もしもし。聞こえてたら、声を出さずに頷いて。



僚は遠目に香を見詰めながら、続ける。
香も僚を見て小さく頷く。



今から、出るから。店を出て左、大通り沿いのセブンイレブン。



香が頷く。
僚はそれを確認すると、店を出た。
香も、不自然にならない程度に後へ続く。







(つづく)

[ 2013/02/12 21:44 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第10話 ロングヘアー

香が僚の背中を見送りながら、ワンテンポ遅れてそのドアを開けると、
店の前の通りで、僚が待っていた。



リョウたんっっ



満面の笑みで、僚の腕の中に飛び込んで来た香を僚も抱き締める。
秀幸は恐らく、一足早くコンビニだろう。
もう既に、この路地に姿は見えない。
僚はいつもと違う雰囲気を纏った香に、キスをする。
繁華街の薄暗い路地の片隅。
時刻は深夜。
何処からどう見ても、クラブで盛り上がった男女にしか見えないだろう。


2人の結婚指輪は、外して無くさないように。
ミニクーパーのキーと一緒に、リングに通して僚のキーケースに収まっている。


キスの途中で、香が苦しそうに僚のジャケットを握り締めたので、
一旦、インターバルを置く。
派手目の化粧。
上気した頬。
大きく上下する、チューブトップと薄いニットだけの形の良い胸。
僚はもう1度続けたくなる欲望をグッと堪え、香の手を取る。




ダメだっっ。続きは、後で。・・・槇ちゃん、待ってるからな・・・




そう言ってポツリと呟いた僚の言葉に、香が首を傾げる。
(・・・槇ちゃん??? って、お兄ちゃんの事???)
大通りに向かって、僚に手を引かれながら香が訊ねる。




ねぇ、リョウたん?


ん~~? 何ぃ?カオリン。


何で、お兄ちゃん???







まぁ、確かに。香にしてみれば、何故ここで秀幸の名前が出て来るのか謎だろう。
僚はコンビニに向かいながら、掻い摘んで説明する。




槇ちゃんも、あの店にいたらしいよ。


え?ホント?? 全っっ然っっ、気付かなかった!!


・・・ありゃ、完璧に気配消してたな(苦笑) 取敢えず、そこのコンビニで落ち合う事にしたんだ。
幾らなんでも、店ん中じゃまずいだろうから。


そ、そうなんだ。






僚は心の中で、大まかな予測を立てる。
あの店の中で、秀幸は気配を殺していた。
僚でさえ、あの電話が無ければ気が付かなかったろう。
という事は、捜査と言えど秀幸はあの店の関係者には、刑事としては面識が無く。
所謂、内偵という段階だろう。
尚且つ、捜査内容は極めて重大な案件。
恐らくヤクか殺しか、その両方か。
そしてそれはきっと、自分達の今回の仕事にガッツリ関係あるに違いない。
コチラの手の内を明かすかどうかは、秀幸の出方次第である。









槇村秀幸は、コンビニで立ち読みをして時間を潰すという行為が、少し苦手だ。
コンビニで買い物もせず、長時間居座るのが心苦しいのだ。
仕方が無いから、新聞ラックに立てられた新聞を1部と、セブンスターを1箱買う。
コンビニの外のゴミ箱付近の、店内の照明で煌々と明るい場所で、小さく畳みながら器用に新聞を読む。
買ったばかりの煙草を開けて、1本咥えている。
基本的に、家では煙草を吸わない秀幸だが、仕事中は結構なヘビースモーカーだ。
1面の政治面には、とある大物代議士が、
その豊富な人脈を活かして、お隣の国のお偉方と満面の笑みで握手を交わす写真が掲載されている。
今現在、閣僚でも何でも無い、一議員のスタンドプレーにも映るそれは。
秀幸に言わせれば、95%はただの政治ショーだ。


ゆっくりと、その記事を読んで鼻から煙を吐く。
それにしても、妹夫婦は何をしているのか。
そもそも、あの店で。
あんな扮装紛いの恰好で。(香に至っては、ロングヘアーだった)
あの店がどういう場所か、知らない僚では無い筈だ。
それを考えると、あれは彼らの仕事の一環だろう。
秀幸の野生の勘が、何となく。
今回の彼らの仕事と、今回の自分の捜査とが被っているのではないかと、警鐘を鳴らす。



・・・にしても、ちょっと遅くないか?アイツら。



秀幸は胸ポケットから取り出した、携帯の液晶画面に記された時刻を確認する。
この時、当該クラブの前の路地にて。
秀幸を待たせた僚と香が、濃厚な口付を交わしていた事は秀幸の知る由では無い。
















お兄ちゃん。




数分後、社会面に目を通していた秀幸に、香が声を掛ける。
やけに短くてピタピタの革のパンツに、攻撃的で刺激的な華奢なヒールのブーツ。
キラキラのスパンコールで装飾された、クラッチバッグ。
肩の下で緩く巻かれた栗色のロングヘアー。
まるで香は、香のようで香では無い、知らない女(ヒト)のようで、一瞬秀幸は頭が混乱する。
隣に立つコチラも相当に軽薄なカッコの義弟に目が行ったのは、随分後の事だ。




どうしたんだ?2人とも、そんなカッコで。


えへへ、リョウたんと夜遊びしてたの♪


ふふふ、不良娘だな。お兄ちゃんは、そんな子に育てた覚えはありません(笑)


若い頃は真面目っ子だったからね。大人になって、目覚めたの。








そう言って悪戯っぽく笑う香はしかし、どんな格好でも無邪気な香だ。
僚も笑いながら、胸ポケットからマールボロを取り出す。
香を挟んで、両脇に僚と秀幸。
コンビニ入り口付近のゴミ箱の横の、異常に背の高い3人連れは意外と目立っている。





ま、どっちにしても、一遍アパート帰るか。車出してくるわ。待ってて。




僚は3分の1ほど吸った煙草を踏み消すと、そう言ってすぐ近くのパーキングへ向かった。
店の前には、兄妹が残される。
思いっきり飲酒運転なのだが、このメンツでそれを突っ込む者はいない。




これ、ウィッグなのか?




秀幸が香の巻き髪の毛先を弄びながら、訊ねる。
内心、秀幸は気になっている。
今の香の、非常に無防備なファッションが。




ううん、エクステだよ。でも、本物っぽいでしょ?青木さんにやって貰ったの。




香は兄貴の複雑な心中など知るべくも無く、ニッコリ笑いながら答える。
秀幸がまたしても、何か訊こうとした所で赤いミニクーパーがやって来て、秀幸は思わず黙り込む。















私、後ろ~~~~。




香はそう言うと、後部座席を1人で占領した。
仕方が無いので、大男2人が運転席と助手席で肩を寄せ合って、キツキツに座る。
せいぜい、六本木から新宿のアパートまでの距離だ。
時刻はもうすぐ、深夜3時を回る。
この時間なら、アパートまで飛ばせばすぐだ。
姫の我儘を、男達は何の疑問も抱かずに、アッサリと受け入れる。



香は車に乗り込むや否や、ピッタリとした黒い革のブーツを脱いでしまった。
ほっそりとした長い脚を伸ばして、横向きに座る。
秀幸はバックミラー越しに香を見ながら、先程言い掛けて止めた質問の続きを訊く。



香?


ん?なぁに?


お兄ちゃんな、お前がそんな服を着ているのを初めて見たけど、それ自前か?


これ??  違うよ、絵梨子が選んでくれたの。私、こんなの持ってないよ~~~(笑)


だよなぁ~~~、香の趣味と全然違うもんなぁ。







そう言ってホッとした顔で笑った秀幸が、
極々小さな声で“良かったぁ”と言ったのを、僚は聞き逃さなかった。
僚はアパートに向けて飛ばしながら、内心呆れていた。
もうとっくに嫁に出して、今や人妻である妹のワードローブを把握している義兄。
少しだけ過激なファッションの妹が、心配で堪らない義兄。
僚はここ数年、気付いた事がある。
例え別に暮らしても、妹が嫁に行っても。
親友のシスコン魂は、衰えるという事が無いという事実だ。













到ぉ~~~着っっ






僚が1階のガレージに車を止めて、エンジンを切った。
秀幸は車を降りる。
僚は後部座席を振り返ると、香が脱いだブーツをスッと取り上げる。
首を傾げる香に、僚がにまぁっと笑う。



履かなくてもイイよ、玄関までエスコートさせて戴きます、姫。



僚はそう言うと、一旦車から降りて後部座席の香を抱き上げる。
所謂、お姫様抱っこというヤツだ。
香を抱いて、片手には纏めてブーツを握っている。
普通に6階までの階段を上がる秀幸の後ろを、イチャイチャ夫婦がきゃいきゃい言いながら上がって来る。
相変わらずだと、秀幸は思う。
2人は、恋人の頃からずっと変わらない。
否、もっと言えば。
香がまだ本当に小さい子供の頃から、ひとつも変わらない。














で? お前ら、一体あそこで何してたんだ?




秀幸が本題を切り出す。
香はもう、眠たげに半分ウトウトしている。
僚は慎重に、言葉を選ぶ。





お仕事の一環ですよ、刑事さん。刑事さんこそ、何を?


まぁ、ちょっとな。色々とキナ臭い店だって事は、お前も知ってる筈だ。


まぁ、小耳に挟んだ程度には。


あの店はなぁ、これまで散々捜査対象として浮上して来たんだが、肝心の所で何かと立ち消えになってな。


・・・情報が漏れたか、圧力か、そんなトコ?


フッ、流石親友。話しが早い。でも、今回ばっかりは上手く切り込んでやるつもりだ。


そうそう、逃げ得は許さんってか。


あぁ。


あ~~~、そう言えば。





僚がガシガシと頭を掻きながら、白々しく話し始める。
秀幸は次の言葉を待つ。





圧力の線が濃厚かもな、例のあの店。


どういう事だ?


あの店の常連客に、あ、VIPルームの方ね、代議士の黒田の三男坊がいる。


・・・マジか?


あぁ。確かな情報だ。











因みに黒田という男は。
先程、秀幸が読んでいた新聞の一面で満面の笑みで微笑んでいた、ショーの主役だ。
今現在は特に重要な役職に登用されている訳では無いが、
これまでには、閣僚なども歴任した事もある、一応は大物議員の1人だ。
派閥の一派も、形成している。
華々しい表の顔の裏では、結構黒い噂も囁かれる一筋縄ではいかない人物だ。


その黒田には、息子が3人いる。
長男は既に議員として若手の有望株と目されている。
二男は黒田の側近として、秘書を務めている。
そして、その黒田の黒い噂の1つにも挙げられるのが、例の三男坊だ。
その放蕩振りは、結構有名らしい。
そして。
黒田が率いる派閥の№2の、磯島という議員は、警察に顔が利く所謂、警察族議員というヤツで。
そうなると、俄然、僚の言うように“圧力説”が濃厚であると秀幸も思えた。






それで?そちらサンの、依頼人とやらは一体誰だよ?どうせ、俺らとやってる事は被ってんだろ?


それは、明かせませんよ、お義兄さん。
何しろウチは、桜田門とは違って、信用商売ですからねぇ。


こういう時ばっかり、お義兄さんなんて呼びやがって、気色悪ぃ。


ははは。でもまぁ、やってる事は同じでも、
求める結果が違えば畑違いと同じ事だ。お互い干渉は無しにしようや。








その晩は、秀幸はまだ署に戻ってやる事があるとかで、小1時間ほど情報交換をして帰って行った。
秀幸が帰ってからすぐに、2人は一緒にお風呂に入った。













なんか、髪の毛長いと洗うの大変。






2人で湯船に浸かって、マッタリしながら香がそう言った。
冴羽家のバスタブは、そこそこ大きくて。
デカいモデル体型の2人が一緒に浸かっても、平気だ。
座った僚の胸に、香が背中を預けた形で座っている。
つい先ほど、もう既に軽く1ラウンド交えており、香は眠たげに舌足らずだ。
濡れた髪の毛は、後頭部の辺りでクルクルと団子状に纏められ、クリップで留めている。



後れ毛が一筋残った首筋に、僚が鼻先を押し付ける。
うなじの真っ白な肌の上には、赤紫色の鬱血痕が1つクッキリと鮮やかに残されている。
2人の左手の薬指には、キーケースから戻されたプラチナの輪が嵌っている。
人工的で蠱惑的なメイクは、帰って来るや否や落としていた。
香はあまりメイク自体が好きでは無い。
今はいつもの、つるんとしたナチュラルな美しさだ。





これって、痛くは無いの?




僚は香の地毛とエクステの付け毛の境目を、しげしげと眺めながら香に訊ねる。



ううん、全然。青木さんにね、もうそろそろカットしに行こうと思ってたんだ、って言ったら。
それなら、いっその事、冒険してみない?って言われたの。



それで、ロングヘアー?


そう(笑) えへへ、生まれて初めて。


たまには、いいな。こんな感じも。似合ってるょ。


/////あ、ありがとう(照)






僚は、香の腰に巻き付けた腕に力を込める。
うなじから少しだけ、移動して耳朶を優しく食む。
右手を腰から少しづつ上に滑らせ、香の左の乳房を下から掬い上げるように優しく包む。
もうすぐ、夜が明けるけれど。
ベッドに入る前に、もう1回。
僚は自分の手で、カワイイ妻を悦ばせる事にした。





(つづく)



[ 2013/02/14 21:03 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第11話 確認事項

僚は、渋谷にある某写真スタジオを訪れていた。
その日はそこで、依頼人の高橋が1日中撮影をしている筈だ。
30分程、スタジオの隅で彼の仕事ぶりを観察していた僚に、
撮影の合間の休憩がてら、高橋がコーヒーを淹れた。
男2人、向かい合ってコーヒーを啜る。
沈黙を破ったのは、僚だった。




・・・今日は、確認に来たんだ。


確認・・・と言いますと?





僚はこれまでの経緯を、掻い摘んで説明した。


そもそも依頼の発端は、彼・高橋勇の婚約者である、平沢未央が殺された殺人事件である。
当初、警察は通り魔的な犯行という見方を強めていたが、
一部捜査員(月とすっぽんである)の、もう少し視野を広げるべきでは?という提案に基づき、
今の段階では、例のモデル事務所と六本木の某クラブへの内偵捜査へと発展している。
そして先日、僚が秀幸にもたらした情報によって、捜査は黒田代議士周辺へも及ぶだろう事が予想される。
しかしこれは、あくまで極秘裏にごく一部の精鋭によって進められている。
上層部にはもしかすると、都合の悪い連中もいるかもしれないが、かねてより現場では、
黒い噂の絶えないあのクラブを手始めとする、一連の薬物の流れを掃討するのは1つの目標でもあった。
勿論、別の捜査員は当初の可能性も含め、現場の公園周辺の訊き込みなど地道な捜査も進めている。
事件から約1カ月が経過して、依頼人と探偵にとっても追い風となり得る捜査の展開なのだ。





でもどうして、アナタ方に警察の捜査の進捗状況がお分かりになるんです?


・・・嫁の兄貴が、ガッツリ捜査担当の張本人でね。まぁ、ホントなら他言無用なんだが。




僚はそこで一旦言葉を噤んで、煙草に火を点ける。
高橋が、スッと灰皿を差し出す。
大きく一息吸い込んだ僚が、灰皿に煙草を置いて言葉を続ける。





事情が事情なんでね、恐らく俺の読みでは黒幕は相当にヤバイ相手だ。
警察でも、この件は相当に大きなヤマになると踏んでると思う。
真相解明するには、上層部との衝突は避けられないだろう、と。
そこで、アンタの意向をもう一度確認に来たわけ。


ボクの意向・・・・。


アンタの目的が、真相を解明して、腐った奴らを糾弾したいってんならこの際、
警察も幸い、そっちの方向で動きつつある。
その場合、上手くすれば黒幕は逮捕されて正当な手続きを踏んで、社会的制裁を受ける。
けれど最悪なら圧力に屈して、事件は中途半端な形で幕引きとなる。


つまり、警察に対してそれだけのプレッシャーを与えられる相手だと?


ああ。・・・もしもだけど・・・、もしもアンタの目的が。
婚約者の怨みを晴らすだけでイイってんなら。
黒幕に対して、法に則って罪を背負って貰わなくてもイイ。
地獄を味わわせてやれれば・・なんて思ってるんなら。
まぁ、方法は色々あるって事だ。





そう言って僚が、ニヤリと笑う。
腕のいい探偵だと聞いて、高橋は僚に依頼をしたが。
2回目の面会で、彼が只者では無い事は理解できた。
気が付くと、高橋はゴクリと唾を飲んでいた。





俺がアンタの立場でさぁ、もしも嫁を殺されたりしたら・・・復讐しても足りねぇからさ、多分。




そう言って、僚は半分ほどになった煙草を灰皿に押し付けた。
高橋は1度だけあの喫茶店で顔を合わせた、背の高くて美しい目の前の男の妻を思い出した。
そして、自分の恋人を。




どうする? さっきも言ったように、警察の内部、
それも今回の件では、最前線に強い味方がいるにはいる。
問題は、最後まで警察がこの件に切り込めるかどうかだ。
警察の良心を信じるか、それとも復讐か。
アンタの選択に従うよ、俺らは。アンタの気持ちは、痛いほど解るし。
依頼を受けたからには、俺達のやるべき事はアンタの望みを最優先する事だ。





高橋は暫く、僚の言葉の意味を考える。
恋人の死の報せを聞いて、しかもそれが殺人事件だと聞いて。
1番初めに彼の中に過った感情は、紛れも無く復讐の2文字だった。
僚が言うように、復讐でも足りない。
1番に願ったのは、元通り、愛する人を自分の手に返して欲しいという事だった。
この1カ月、これが悪い夢で、目覚めれば隣に彼女が眠っているという事をどれだけ願ったか。
けれど。
彼女は居ない、それが現実だった。
暫くして、司法解剖を終えて帰って来た彼女のお葬式にも参列した。
彼女の家族と一緒に、やりきれない涙を静かに流した。


復讐
真相解明
仇討
性的暴行
後追い
絞殺
黒幕
モデル事務所
薬物
圧力
悪夢
憎悪



高橋には、もう何を選択するのが最良なのか、良く解らない。
解っている事は、彼女がもう2度と帰って来ないという事だけだ。
彼女の笑顔も、笑い声も、手の温もりも、もうこの世の何処にも存在しない。
気が付くと、高橋は号泣していた。
今日の撮影は、あるインテリア雑誌に使われるインテリア雑貨の写真を延々と写すもので。
自分1人で、朝から黙々とこなしていて。
この少し手狭なスタジオの中に、薄らデカい探偵と2人向き合って。
煙草とコーヒーの薫りに包まれながら、恋人が死んで初めて人目も憚らずに泣いた。
彼女の家族の前でだって、これ程取り乱しはしなかった。




もう1択、選択肢はある。



そう言って、口角を上げてチェシャ猫のように微笑んだ僚が。
高橋には、意地の悪い天使に見えた。
見ようによっては、死神にも見えるだろうが今の彼にとって僚は、間違いなく天使だろう。




取敢えず、警察の捜査と同時進行で、コチラも真相に迫る。
この場合、義兄とも協力体制を整えて、お互いに情報は共有する。
上手く行って、黒幕を社会的に葬り去る事が出来れば、上々。
もしもダメなら・・・



高橋が息を呑む。
涙はもう止まっていた。
僚の次の言葉を待つ。



俺たちゃ、警察じゃないんだ。生憎、正義の味方ってワケじゃ無いんでね。
強いて言えば、依頼人の味方だ。
そん時ゃ、俺達にしか出来ないやり方で葬ってやるまでだ、生き地獄にね(嗤)



高橋は無意識に、頷いていた。
勿論、死んだ恋人はもう戻らない。
ベストは法など犯さず、黒幕に正々堂々と裁きを受けて貰えるのならそれが1番だ。
遺された者の復讐など死者も望まないなんて、綺麗事で。
そんな事を言えるのは、遺された事など無い者だけだ。



煙草、1本貰ってもイイですか?



そう言った高橋に僚は目を細めると、
テーブルに置かれたマールボロのパッケージを、差し出した。



















ねぇねぇ、このパイのレシピ教えて?美樹さん。



香がそう言って、美味しそうにサツマイモのパイを頬張る。
喫茶・キャッツ・アイには、いつもの平和な午後の時間が流れている。
そのパイは売りモノでは無く、店主夫妻の全くの趣味であるお菓子作りの成果だ。






コレ、実はね。ファルコンが作ったのよ♪美味しいでしょ?

ほんとぉ??? うん、すんごい美味しい

冴羽さんは、あんまり甘いもの食べないんでしょ?

うん、そんなには。でも、これなら多分食べると思う。お芋とバターの甘さだし。





人妻2人がそんな会話で盛り上がっているのを傍目に、
一旦奥に引っ込んだ巨漢のマスターが、小さな紙切れを持って再び店内へと戻って来た。
それは、お芋のパイのレシピである。



うわぁい、ありがとう♪伊集院さん♪



伊集院隼人の事を、冴羽僚は海坊主と呼ぶ。
略して、『海ちゃん』と。
由来は言わずもがな、見た通りのイメージである。
香と結婚する前から、僚はこの店の常連だ。
香の実家も、同じ新宿区内ではあったものの、この辺りからは少し離れている。
僚とミックは、昔からあのお向かい同士のビルに住んでいて。
僚・ミック・秀幸の3人は昔から、伊集院夫妻とは顔馴染みなのだ。
僚と付き合うようになってから、香は初めてこの店へ来た。
それ以来、夫妻は香の事をまるで妹のように可愛がってくれる。


伊集院隼人は極度の照れ屋で、妻以外の女性には極端に無口だ。
凶悪そうに見える外見も相まって、良く知らない女性からの評価はすこぶる低いのがデフォルトだ。
しかし、彼には全く悪気は無いし、評判についても全くの無関心である。
けれど初めて会った時から、香だけは他の誰とも違った。
香の辞書には、人見知りとか、先入観というような言葉は無い。
伊集院が妻の次に心を許している女性は、香である。
お礼を言う香に、彼は口元を僅かに綻ばせる。



その時、軽やかなカウベルの音を響かせて、ご近所サンがやって来た。
コチラは、香も4歳児の頃からの付合いだ。




ハ~~~イ、カオリ、ミキ。2人とも、相変わらず綺麗だね。




胡散臭い程の満面の笑みを湛えた、金髪のジャーナリスト。ミック・エンジェルだ。
ミックは、カウンター席のいつもの席に腰掛けた香を見て、目を見張る。



ワァオ、どうしたんだい?カオリ。イメチェンってやつ?



香は例の『夜遊び』の為に付けた、エクステのロングヘアーが気に入って、今現在あのままなのだ。
否、正確には。
実は香としては、それほどでは無いのだ。
髪の毛を洗うのに手間が掛かるし、ドライヤーで乾かす時間もいつもの倍は掛かる。
屋上で土いじりをする時にも、意外と邪魔になるし。
鏡を見る度に、まるで自分じゃ無いみたいで一瞬ドキリとする。
では何故、美容院に行かないのか。

多分、僚が気に入ってるんじゃないかなぁ、と思うからだ。

あれから僚はニコニコしながら、香の髪に触れる。
束ねた髪を、とても楽しそうに解いてみせる。
一緒にお風呂に入れば、楽し気に香の髪の毛をシャンプーする。
勿論、ショートヘアでも、僚は香の柔らかな髪の毛は大好きで。
何かというと、クシャクシャと頭を撫でるし、顔を埋めて甘えてみせる。
でも、何となく。
僚は長い髪の毛の方が嬉しそうだと、香は思い込んでいるのだ。
実際には、僚的にはどちらでもイイと思っている。
香が気に入ってるから、暫くロングヘアーを楽しんでるんだろうと。
だから僚もこの際、いつもと違う感じで楽しんでいるだけだったりする。



あの時、青木がヘアアイロンを貸してくれた。
これが有れば、色々アレンジできるから、と。
今まで髪の毛を伸ばした事の無い香は、髪の毛をクルクルと纏めてクリップで留めるか、
シュシュで一つに束ねるぐらいしか出来ない。
だからこの日朝から、香の毛先を綺麗なカールに巻いてくれたのは、他でも無い僚だ。
僚は器用なので使い方だけ青木に習うと、まるで美容師のように香の髪の毛を巻いてくれる。
そしてそんな僚は只今、依頼人・高橋のスタジオへ出掛けている。



へ、変かな?


ううん、全然変じゃないさ。キュートだよ。凄く似合ってるよ。



そう言って目を細めたミックは、自然な動作で香のくるんとカールした毛先に触れる。
揺れる髪の毛から、甘やかなシャンプーの薫りが漂う。
ミックが厭らしい笑みを浮かべるが、当の香はそんなエロオヤジの下心になど疎いので、
ニコニコ笑いながら、会話を続行する。
勿論、ミックは先程から毛先を弄んでいる。




エクステだね。

うん、そう。

綺麗にカールして、可愛い♪

リョウたんががやってくれたの。

ホントかい??? Oh,アイツってば、意外な才能だな(笑)






そんな遣り取りをしていると、噂の彼が帰って来た。
カウベルを鳴らして店内へと入ってきた途端、鬼のような形相でミックの後頭部を叩く。
香も唖然としている。




オーマイガッッ!! 何だよ、リョウッッ。暴力反対!!

勝手に人の嫁に触るんじゃねぇ、殺すぞテメェ(怒)




そう言って、香とミックの間に割り込んだ。
仕方が無いので、ミックは苦笑しながら席を1つ隣にずらす。
香はいつもの2人の遣り取りなので、気にもせずに僚にニッコリと笑いかける。




おかえり、リョウたん。

ただいまぁ~~~、カオリン。




つい先ほどの、悪友への恫喝とはまるで別人のような変わり身である。
昔からの顔馴染み達は、そんな僚に苦笑しながらも、微笑ましい気持ちになる。
昔の僚は、手が付けられない程の遊び人で。
この界隈では、新宿の種馬などという通称で呼ばれていた。
そんな彼が今では、この目の前の恋女房相手に子作りに励んでいるらしい。
変われば変わるモンである。




リョウたん、このパイ美味しいよ。

どれ。

あ~~んして?

あ~~ん♪  んん、んまい。

レシピ貰ったから、今度お家でも作ったげる

うん、サンキュ。




2人の遣り取りを聞きながら、ミックはキリマンジャロを堪能する。
美樹は店内に流れる有線を、静かなクラシックのチャンネルに変える。
伊集院は黙々とグラスを磨く。
僚はカウンターの下でいつものように、香の右手をそっと握る。
香は僚の大きな手が、いつも自分の傍にある事の幸せを噛み締める。


静かな午後のひと時だった。



(つづく)







[ 2013/02/17 18:58 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第12話 女を売り物にする商売

遡る事、2か月前。





平沢未央は、悩んでいた。
更にその2ヶ月前に、以前の事務所で仲良くなったモデル仲間に紹介されて、
彼女はその事務所に移籍した。
前の事務所とは、比べ物にならない程の待遇。
仕事の質も、以前とは格段に違う。
何だか、これまでの仕事を評価して貰えたようで、成功への道が示されたようで、
未央は移籍当初、本当に嬉しかった。
婚約者の高橋も、未央の活躍を喜んでくれた。
事務所へ最初の不信感を抱いたのは1週間前の事だった。



『ねぇ、未央ちゃん。
 今度、大きなCM出演のチャンスがあるんだけど・・・
 スポンサーさんがね、よその事務所の子と未央ちゃんと、最終的に決めかねてるらしくてね。
 もしも良かったら、実際に直接会って、どちらがイメージに合うのか確認したいそうなんだ。
 先方と、顔合わせのスケジュール調整してもイイかなぁ?夜になりそうなんだけど・・・・・』



そんな風にマネージメント担当の男性社員に言われたら、
ハイと返事する以外、何か方法が有っただろうか。
未央は信じ切っていたし、そのスポンサーだという企業は誰もが知っているような有名な企業で。
恐らくは、その会社にでも呼ばれて軽い面談のようなモノを受けるのだろう、と思っていた。


その翌日、件の男性社員に伴われ向かった先は、赤坂の料亭だった。
そんな所に呼ばれたのも初めてならば、料理から、店構えから、何から何まで初めてで。
緊張してしまった彼女は、一体何の話しをして、何を食べたのかさえも良く解らなかった。
帰りのタクシーの中で、事務所の人に上機嫌で。
先方さんは、未央ちゃんの事気に入ってくれたみたいだよ、と言われて初めてホッとした。
そしてその2日後にCMが決まったと言われて、嬉しかったけれど。
その時にはほんの少し、嫌な予感もしていた。


今までの経験上では、大きな仕事が決まる時には大抵はオーディションがあった。
オーディションというと、何だか大げさに聞こえるけれど。
実際、普通の事務所やスタジオで、候補のモデルが全員集められ、品定めされた。
けれど、今回は違う。
彼女と事務所の人間が1人、先方はその会社の常務だという父親と同年代位のオジサンが1人。
未央と競り合っているという、ライバルの子すら居なかった。


そんな、仕事の決まり方なんて普通なんだろうか・・・・


それが最初の不信感だった。
それから数日経ったある夜、未央には誰にも言えない秘密が出来た。
仕事の打ち合わせだと聞かされていた。
後から僕も行くからロビーで待ってて、と件の男性社員に指定されたのは品川にある高級ホテルだった。
そして、結局。
やって来たのは、マネージャーでは無く、件のスポンサー企業のお偉方だった。
常務さんは、優しくて紳士的だった。
前に雑誌で一目見て、綺麗な子だなと思ったんだよ、と言われた。
けれど、しっかりとやる事はやって帰って行った。
残されたホテルの豪奢な客室で。
彼女は泣いた。


別に、こんな事をしてまで取りたい仕事など無かった。
けれどここの場所まで来て、逃げ帰る術が解らなかった。
怖かったのだ。
大きな会社のお偉いさんと、事務所との間の密約。
知っていて逃げ出せば、どんな結果が待っているのか想像も出来なかった。
経緯や本人の意思はどうあれ。
彼女は、『スポンサーと寝てCMの仕事を貰ったモデル』になった。
些かメタボリック気味の父親のような男に、顔色を窺うように優しく触れられながら。
彼女は無表情で、恋人を想っていた。
彼女が身支度を整えて、ロビーへ降りた時。
事務所の人間が迎えに来ていた。


『お疲れ様です。』


そう言って笑った彼は、有無を言わさず一緒にタクシーに乗り込むと彼女を自宅に送り届けた。
その数日後。
彼女は、撮影に臨んだ。
その一連の出来事は、彼女1人で誰にも言わないでおこうと決めた。
この事を公にする事イコール、恋人の耳にもこの事が伝わるという事で。
それだけは、絶対に嫌だった。


そのCMは、沢山流れた。
家族や友達が、観たよ~~~と連絡をくれた。
でも未央は、全く嬉しくなかった。
その対価に自分は、身体を売ったのだ。
何より辛かったのが、恋人と2人で居る時にそのCMを目にする事だった。
何も知らずに笑っている彼に、手酷い裏切りをしているようで。
未央の精神状態は、ほぼ限界だった。


その約1カ月後、彼女は新宿区内のとある公園内で、絞殺体となって発見された。


















冴羽アパート5階、冴羽商事事務所。



僚のデスクの上には、3枚の名刺が置かれている。
全て違う名称のモデル事務所、名前の男達はスカウトマンだ。
ここ数日の調べで、その3つの事務所はそれぞれ違う会社に見せかけて、
結局の所、ある1つの事務所の傘下のグループ企業となっている。
その事務所とは、平沢未央が所属していた事務所である。


その3枚は、先日の夜遊びの収穫だ。


シャブの売人から、ナンパから、ブラック事務所のスカウトマンまで。
あの夜、僚の監視が無ければ、結構な危険地帯に足を踏み入れていたのだ。






ねぇ、りょおたん。

ん?なぁに。

この名刺が、結局あの事務所に繋がってるって事はぁ、やっぱり潜入してみるの?





僚の膝の上に座った香が、僚に訊ねる。
先日の夜遊びの最大の目的は、実の所これだったのだ。
モデル級の美女たちがうようよしている店内で、取り立てて香だけが目立っていた訳でも無いケド。
あの中で、間違いなく香は最高クラスのルックスだった。
何より数年前には、完全なる匿名でデザイナー専属のモデルを務めていた香は。
下着のカタログのモデルや、雑誌の片隅のモデルとは格が違うのだ。
だから、香に名刺を渡したスカウトマンは、見る眼が肥えていると僚は思う。
それでも、あれ以上の危険地帯に、みすみす大事な女を派遣するわけにはいかない。
それに関しては、適任がいるのだ。




カオリンは、ダメだよ。危ないから。


でも、そこ女の子ばっかりの事務所だよ?リョウたんは入れないよ???




僚はニマァと口角を持ち上げる。
どうせ、スカウトマンなどと言う奴らは。
挨拶代わりに、名刺など何処ででもばら撒いているのだ。
奴らの事務所のやり口で行けば、モード系の本格派モデルよりも。
むしろ色気ムンムンの鋼の女でも寄越しておいた方が、適役だろう。



何の為の、冴子姐さんだよ? ここらで、今まで利用された分返して貰おうじゃないの(笑)



その僚の微笑みには、多少の怨みが籠っていない事も無くは無い。
思わず香は苦笑する。





でもぉ・・・冴子さんやってくれるかなぁ?


そら、やんだろうよ。アイツ等だって、この件を追ってるんだ。敵の懐に入り込むチャンスだ。




香の心配は無用だと、僚は思う。
冴子の事だから、きっと2つ返事で乗り込んで行く事は目に見えている。
そして彼女なら、キッチリと必要な証拠は抜かり無く押さえて来るだろう事も。
そうと決まれば(決まったのか?)、これから僚のする事は1つだ。


僚は左手で、膝の上に座った香のミニスカートから伸びた膝頭を優しく撫でながら、
右手は香の背中に添えて、香の唇にそっと口付る。
初めは穏やかに優しいキスを繰り返す。
角度を変える度に、見詰め合う香がニッコリと笑う。
徐々に深いキスへと進むにつれて、僚の胸に添えていた香の手は。
所在無げに彷徨った挙句に、僚の首へと回される。
僚の襟足を優しく弄び、時折、僚の耳たぶに触れる。
膝を撫でていた僚の左手は、徐々に上へと移動して香のTシャツの中へと滑り込む。
縦長の綺麗なお臍をなぞり、薄っすらと浮かんだ腹筋を撫で、ブラジャーのレースに触れる。
弾力のある抵抗感をやり過ごし、そのままブラジャーを押し上げる。
窮屈な布地から零れた柔らかな乳房を、柔らかく掌で包み込む。
2人とも衣類を身に着けたままで、直にお互いの身体を弄る。
濃厚なキスは続けつつ、焦れたように香のひんやりとした手が僚の胸板に触れる。
それだけで、僚の腰に痺れたような快感が走り抜ける。




カオリン、ベッドに行こうか?



香は、コクンと頷いた。
まだ時刻は、14時28分である。
昼食を終えて、2人で仕事をしている筈だったのに。
いつの間にか、イチャイチャタイムに突入してしまった。
このフロアの端に、ベッドルームがある。
普段、滅多に使う事は無いけれど、お仕事は一時中断して、暫し休憩する事にした。
取敢えず近々に、冴子に潜入して貰う段取りを、僚は頭の中で組み立てながら、
柔らかな香の身体を抱き上げる。


兎にも角にも、今はベッドに向かうのが先決だ。



(つづく)
[ 2013/02/19 20:20 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第13話 潜入捜査

野上冴子はこの1週間、疑惑のモデル事務所へ潜り込んでいた。


僚に渡された名刺のスカウトマンと接触し、連れて行かれた先は案の定、例の事務所だった。
ただ、この一連の流れで。
冴子が最も屈辱的だったのは、モデルとしては些か年齢的にキツイと言われた事だった。
しかし、好都合な事に。
冴子の学歴(勿論、経歴は嘘八百だ。まさか、警視庁捜査一課警部とは書けない)と、
極上のルックスと、そつのない受け答えに、
マネージャーとして働いて貰えないだろうか、と打診された。
改めて、事務所で立ち働く他の社員へと何気なく目を向けると。
確かに彼らは男女とも、タレントやモデルでは無いものの皆一様に、ルックスは人並み以上だ。
所属のタレント・モデルとして入り込んだところで、所詮内情までは解らない。
むしろ、この事務所内で様子を探った方が、取引先、社内の人間関係など観察するには手っ取り早い。
冴子は、2つ返事で了承した。


そしてこの1週間で冴子は、まずまずの収穫の手応えを感じていた。
















へぇ~~~、リョウちゃんが結婚したってのは、風の便りに聞いてたけど・・・





そう言ってニヤニヤと微笑むのは、29歳の若さで銀座の超高級クラブを営む美人ママである。
その昔、彼女がまだ駆け出しのホステスの頃、僚はそのキャバクラの常連客だった。
歌舞伎町時代の2年間で女王の座に昇り詰めた彼女は、とんでも無い上客のパトロンをモノにした。
パトロンの力添えを得て、銀座へ乗り込んだ彼女は。
今では銀座でも一位、二位を争う、人気店のママへと成長したのだ。



何だよ、その何か言いたげな表情は?



ボソッとそう呟いて、僚は憮然としている。
白のYシャツに、黒のスラックス、黒のベストに、臙脂の蝶タイ。
僚は今日から、この店でバーテンダーとして潜入調査に当たる事に成ったのだ。
そして。
僚と、この店のママの視線の先には。
同じく、この店で潜入調査をする事に成った、僚の妻・香(23)の姿があった。
勿論、ホステスとして。
真っ白な肌に深紅のドレスを纏い、それと同じく深い赤のルージュをキリリと引いて。
シルバーのスパンコールが輝く、ヒールを履いている。
ラインが出ないように、下着は身に着けていない。
先日来、イメージチェンジとして楽しんでいたロングヘアーは、潔くカットし、
今は元通り、栗色のショートヘアだ。
いつもはふわふわの軽やかな髪の毛を、ワックスでタイトに押さえ、いつもより濃い目のメイクをしたら。
途端に、妖艶な色気を放ち始めた。





人妻にしとくには勿体無いわぁ、彼女ならすぐにでも良いお客様に恵まれるわ、きっと。


冗談じゃねえ、潜入じゃ無けりゃ誰がこんなトコで働かせるかっつ~の。


あら、これでも客層はイイのよ。勿論、この商売ルックスだけじゃ勝負できないケド。
香さんは間違いないわね、天然で№1になるタイプよ。
ホステスには、2種類いるの。
常にお客様の心理を読んで先回りして、綿密な戦略に基づいた接客に徹する策士タイプと。
天然の振る舞いや言動が、自然とお客様を惹き付けるタイプ。
香さんは後者ね、因みに私は前者。


あぁ、知ってる。


でも、流石に種馬ね♪ リョウちゃんの女を見る眼に狂いは無いわ。


っちょっっ、ばかっっ、千明。カオリンの前で、そのワードはNGだからっっ(汗)


へ???“新宿の種馬”禁句なの??変われば変わるもんね~~~


・・・・っるせぇ、とにかく禁句!!




僚は更にもう一段階、仏頂面になる。
千明ママは、完全に遊んでいる。
そんな僚の表情を見て、爆笑している。
2人がそんな会話を繰り広げている事など知る由も無く、
香は先輩ホステスから、簡単なレクチャーを受けている。
何しろこの様な世界は初めてで、香には見るモノ全てが面白い。
しかし、この日香が身に着けているダイヤのピアスは。
例の如く、超小型マイク内臓で。
受信機は僚の耳の中に仕込まれた、超小型イヤホンだ。
僚はカウンターの中から常に、香に付く客を監視し、香は新人ホステスとして働く。



この店は、黒田代議士の秘書で二男の光郎が週に2~3度訪れる。
黒田3兄弟に関しては、真っ黒な噂が絶えない。
それを単なる噂で留めておく気は、僚にはサラサラ無い。
1つづつ、彼らの弱味を検証してゆく作戦だ。
この件で、僚は千明に潜入の目的を話した所、彼女は2つ返事でOKしてくれた。
実際、彼女も客とは言えど、黒田の傍若無人ぶりに辟易していたのだ。
彼のオンナ癖の悪さは、この界隈では有名で。
数々の女達に執拗に迫り、肉体関係を強要するのは日常茶飯事で。
噂では、結構な数の女達を孕ませ堕胎させては、金にモノを言わせて黙らせていたりするらしい。















ミック・エンジェルは、新宿2丁目の売り專バーにいた。
ココのオーナーは、ミックの顔見知りだ。
ミックは少しだけ、このオーナーから好意を寄せられているような気がしないでもないが。
勿論、ミックはゲイでは無い。
しかしここ連日、この界隈の同じような店を巡回しては夜遅くまで獲物を探している。


ターゲットは、黒田代議士の長男、輝夫だ。
彼は以前から、ゲイだという噂なのだ。
勿論、彼には妻も子もいる。
彼の妻もまた大物議員の娘で、それは政略的婚姻関係というヤツで。
ゲイの男の中には、そうやって普通に家庭を儲けて暮らしている者も少なからずいる。
黒田輝夫もその1人だ。
ちょくちょく、彼ではないかという目撃情報が流れるが、
流石に国会議員の先生だけあって、結構な厳重警戒体制のようである。
こういった売り專バーだけでなく、ハッテン場に顔を出す事もあるという噂だ。
ミックは、何としてもこの噂の真相を突き止めたいと、以前から張っているのだ。


それと並行して、歌舞伎町の某会員制ホストクラブにも、先日潜入した。
コチラのオーナーもやはり、ミックの顔馴染みだ。
コチラには、黒田輝夫の妻が足繁く通っているのだ。
何でも、その店の№1ホストに入れ込んでいて、かなりの金額を貢いでいるらしい。


マスコミの前では、しおらしい貞淑な議員の妻と、爽やかな若手議員を演じているが、
その実、この夫婦は結構な仮面夫婦なのだ。
別にそれ自体、法律違反でも何でも無いし、否定はしないとミックは思うケド。
こういう事は、世の中の大半の人には受けるネタなのだ。
という事は、金になる。
どうやら、ミックが嗅ぎ回っていた黒田の件と、今回の僚たちの案件とは、見事に利害が一致したようで。
どうせなら、黒田一家全員のネタを掴んで、纏めて公表してやろうという壮大な作戦となったのだ。















カオリン。





新人ホステスとして、ひっきりなしにテーブルを回って紹介されていた香が、
数時間振りに、バックヤードへと戻って来た。
暫しの休憩だ。
そもそも、本当のホステスというワケでも無いし、馴れない香にママが気を利かせたのだ。
僚もコッソリとカウンターを抜け出し、香のいる控室に入る。



あ、リョウたん。



香がニッコリ笑う。
僚が思ったほど、疲れてはいないようだ。
千明の言うように、確かに客層は悪くは無いようで。
ピアスのマイク越しに聞こえる香と客との会話は、至って健全で(きっと、香のキャラの為せる技だろう)
客達は皆、紳士的である。今の所は。
早くも、客の心を掴みつつあるカワイイ嫁に、僚はカウンター越しにヤキモキしていた。



疲れてない? 大丈夫?


うん、大丈夫だよ。意外と、思ってたよりも楽しいよ。お客さんのお話しが、面白い。


うん、聞こえてるから。


あ、そっか///






僚がそっと抱き寄せながら、ピアスを撫でてそう言う。
香は少しだけ頬を染めながら、笑う。
しかし次の瞬間、香は頬を膨らませて拗ねてみせた。





・・・・リョウたん。さっき、ママさんとすっごい楽しそうだった(拗)


さっきって、いつ?





僚は香の華奢な二の腕を撫でながら、訊ねる。






お店が開く前に、私が佐和子さんから水割りの作り方とか教わってた時。





それは、例の千明ママの僚いじりの時だ。
楽しいというか、僚的には全然不本意だった。





カオリン、妬いてんの?


////だって・・・、ママさん超美人だし。お店のお姉さんたちもみんな美人だし、優しいし。


カオリン、知ってた?


ん?なにを?


この店の中で、カオリンが一番綺麗だって事。


/////////。








僚は時々こうして、サラリと香が照れてしまうような事を言う。
確かに香は、妬いている。
銀座のクラブというだけあって、女性達はキャバクラやラウンジよりも年齢層も高めで。
皆、落ち着いた大人の色気を醸している。
香は僚と、12歳も歳が離れている。
香がいつも悩むのは、自分が僚にとってはいつまで経っても幼い妹のような感覚ではないかという事だ。
香にとっては、僚は昔から大人の男だった。
僚に釣り合うのは、もしかしたらあんな風に大人っぽいカッコイイ女性なのでは、と。
この店に入った時から、少しだけ落ち込んでいた。
勿論、そんな香の心配は全く的外れだけど。




カオリン、あともう少し頑張ろうか。帰ったら目一杯、可愛がってやる♪



僚はそう言うと、軽く香を抱き締めて頬にキスをする。
唇に触れると、我慢が効かなくなりそうだったのだ。
それに、口紅を直さないといけなくなる。



////うん、が、頑張る。



2人はニッコリ笑うと、もう一度ハグをしてフロアに戻った。




(つづく)

[ 2013/02/21 20:11 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第14話 圧力

ほ、ほんとに、戴いてもイイんですか???



そう言った香に手渡されたのは、厚みのある茶封筒。この10日間の給料だった。
因みに、香ほどではないが、僚の手の上にも同じく茶封筒が乗せられている。



コチラが無理を言って、潜入させて戴いたのに・・・



開店よりも3時間ほど早い店内には、まだ誰もいない。
ホステスたちは今頃、同伴客と軽いデートに勤しんでいるか、美容院でセットをしている頃だろう。
1人恐縮する香に、千明がニッコリ微笑む。



良いのよ、お客様も喜んでたし。
明らかに香さん目当てで、日参してたお客様もいらっしゃったでしょ?
ウチとしては、普通に働いて欲しいくらいよ。・・・・誰かさんが居なけりゃ(笑)



そう言ってチラリと僚に視線を寄越す千明に、僚が眉間に皺を寄せる。
それを見たやり手ママは、笑みを含んだ声で香をそそのかす。




でも、ホントに。リョウちゃんに愛想が尽きたら、いつでも待ってるわ(笑)
もしも、別れるような事があったらね。



その言葉に、2人は唖然とする。
あまりの事に僚は、言葉を失ってコメカミに青筋を立てている。
しかし香は満面の笑みで微笑むと、平然と全否定した。




ふふふ。それなら、一生あり得ません。でも、とても楽しい経験になりました。ありがとうございます。




そう言って深々とお辞儀をする香に、千明はますます目を細める。
僚も思わず微笑む。
いつだって僚は、自分の方が香に惚れてメロメロなんじゃないかと感じている。
過去を振り返れば、幼い香に全力で恋心を植え付けたのは自分だから、
今、香が自分を好いてくれるのは、偶然でも無く運命でも無く、必然で。己の努力の賜物だと思っていて。


だから時折こうして、香の口から自分を愛してくれているという実感を得られる発言を耳にすると、
僚は堪らなく幸せを感じる。
自分だけが香に溺れている訳じゃない、愛されているという事実に。
僚は前日の事を思い出す。













『か・お・る・ちゃ・ん』




レストルームから出て来た香を待っていたのは、今回のターゲット・黒田光郎だった。
彼は、噂に違わぬ女好きで。
この潜入期間の内に5回ほどこの店を訪れたけれど、潜入2日目にして初めて同席した香に、
案の定、目を付けた。


初々しい受け答えに相好を崩し、執拗に下ネタを連発した。
イヤホン越しに僚は、何度殺意を覚えたか知れない。
同席していた先輩ホステス達も、ドン引きしていた。
そんな中で香だけが、その下劣なオヤジ発言の意味を理解していなかったのが、唯一の救いだった。
逐一、卑猥なジョークの意味を訊ね、首を傾げる。
黒田に連れられてくる腰巾着も、先輩ホステス達も、
黒田に対する軽蔑と失笑を交えながら、
それと悟らせないように笑うという、高度な技術を要するリアクションに徹していた。
彼だけがその笑いの意味をはき違えて、盛り上がっていると思い込んでいた。
そして僚は家に帰った後、2人のベッドの中で香にその下ネタの意味を教えてやった。
そこで初めて赤面して固まっている香に、僚はこの潜入期間中に一度は、
黒田にハッキリと解らせる必要がある、と思っていた。






あ。黒田さま、どうなさいましたか?


むふふ。かおるちゃんが居ないから淋しくて、迎えに来ちゃったんだよぉ。




トイレ前の人目の少ない通路で、厭らしい黒田の声音に香の背筋に虫唾が走った。
過去4回彼を接客して、その厭らしい言動に香は多少なりとも警戒していたつもりだった。
もっとも、彼の発言の意味は、帰宅後僚に教わるのが殆どだけれど。




かおるさん、ママがお待ちですよ? 3番席にお願いします。



そう言って黒田と香の間に割って入ってくれたのは、僚だった。
香は内心ホッと胸を撫で下ろし小さく頷くと、小走りでフロアへと戻った。
残された黒田は、忌々しげに僚を睨みつけた。
たかだかバーテン風情に自分の楽しみを邪魔をされた、プライドだけはいっぱしの代議士秘書は、
この時はまだ、それが生き地獄への序章だとは微塵も気が付いてはいない。





貴様、俺を誰だと思ってるんだ? 無粋な真似しやがって・・・ココで働けないようにしてやるぞ。




そんな間抜けな脅し文句は、僚にとっては痛くも痒くもない。
いずれにしろ、潜入は今日までだ。
黒田の発言が間抜けすぎて、僚は吹き出しそうになるのを堪えながら、
これまでの胸糞悪い、嫁に対するセクハラを思い返して表情に殺気を込める。





黒田さん、勘違いして痛い目を見るのは、アンタの方じゃありません?
オイタも大概にしないと、黒田代議士の顔に泥を塗る事になるんじゃないですか?


き、貴様、どういう意味だっっ。





ヤツの頭が悪過ぎて、僚は相手にするのもバカバカしかったが、
バカにも解り易いように、彼らの世界の力関係で易しく説明してやった。





ご存知でしょう? この店のパトロンは、館野虎之助氏ですよ。有名な話しです。
まさか、それすら知らずにここに出入りしていたワケでは無いでしょう?





見る見るうちに黒田の顔色が青褪める。
本当に知らなかったようである。
僚は内心、どんだけ御目出度い奴なんだと呆れる。



千明ママのパトロンは、某企業の創業者であり、
黒田代議士よりも力も財力も強大な、とある派閥を率いる代議士の最大の支援者でもあり、
僚の祖父とは、数十年来の盟友であり、
数年前に千明と彼とを引き合わせたのは、他でも無い僚なのだ。
一代議士の単なる秘書、それも息子というだけでその立場にあるボンクラにとっては、
震えが来るほどの人物である。






黒田さん、イイ歳こいてご存知無いので、教えてあげますケド。
ここいらで店を出して、何年も一線で渡り合ってる女なんてのは。
その辺の代議士秘書よりも、1枚も2枚も上手ですよ?性根も人脈もね。
親父さんに迷惑が掛かる前に、自重した方が賢明ですよ。





勿論、僚の素性など彼は知らない。
けれど、僚がただのバーテンダーでは無い事は、薄々理解した。
ガックリと項垂れると、彼は数分後会計をして店を後にした。











僚は昨夜の黒田との遣り取りを思い出していた数秒の回想から、ふと現実に引き戻される。
香と千明は楽しそうに笑いながら、世間話をしている。
香は誰とでもすぐに打ち解けるし、誰からも可愛がられる。
初日こそ、僚と千明の遣り取りに軽いヤキモチを妬いていた香も。
この10日、ココで働くうちにそんな事は気にしなくなっていた。


黒田光郎に対する僚の行動は、何も精神的に追い込む事だけでは無い。
むしろあれは、香へのセクハラに対する報復で、今回の件で言えばホンのおまけだ。
本当の調査の目的は、彼の金銭の出所である。
彼は毎回、領収書を受け取っている。
その領収書を、何処の経費で落とすのか。
黒田代議士事務所の経費なら、公私混同で、業務上横領もしくは背任容疑である。
まぁ、事が公にならない限りは、身内で内内に処理をされるような事であろうが。
だからこういう情報は、第3者がキャッチするに限るのだ。






カオリン、今日は晩メシ、寿司喰って帰ろうか?臨時収入もあるし♪




僚がそう言って、香の頬にキスをした。
香は他人の目の前でイチャイチャする夫に、真っ赤になって固まっている。




あらま、お熱いことで。



楽しそうに笑うママを残して、僚は香の手を引いてその場を後にした。
















ミック・エンジェルはその晩も、例の売り專バーに立ち寄っていた。
軽く常連になりつつあるミックに、声を掛けて来る男も結構いるが、
ミックは楽しく談笑するに留めている。
ミックは別に、大人の自由恋愛をどうこう言うつもりも無いし、タブーも無ければ、偏見も無い。
けれど、ハッキリと言える事は。
ミックは正真正銘、ノン気である。
女が大好きだ。
だからお誘いは、丁重にお断りしている。



その晩、漸く。
ミックの大本命が姿を現した。



黒田輝夫、国会議員。
髪型も、服装もカジュアルな出で立ちで、一見すると判別し難いけれど。
ミックはこれまで、様々な彼の写真をチェックして来た。
顔の造作、ホクロの位置、背格好。
間違いなく、本人である。
ジャケットの胸ポケットから、煙草を取り出す振りで。
ミックは懐の、高性能ボイスレコーダーのスイッチを入れる。



煙草を吹かすミックの横顔に、不躾な視線が突き刺さる。
これは間違いなく、品定めをされている予感。
ミックは気付かれないように、横目でチラリと視線を走らせる。
その視線の先には。

ターゲット、黒田輝夫。




(キタ―――――――ッッ!!) by.ミック・A




ねぇ、君。1人?



黒田がミックの座るカウンター席の隣に座る。
ボイスレコーダーをONにしておいて正解だった。
この後、数十分に亘って、
ミック・エンジェルは、アグレッシブな恋の狩人・輝夫君と熱く恋愛観を語り合う事に成功した。
















その事務所の実態を垣間見るには、10日もあれば充分だった。


新宿署捜査1課・刑事、野上冴子は、
今現在、身分を偽って疑惑の温床であるモデル事務所へと潜り込んでいる。
この事務所のオーナーは、例の六本木のクラブも陰で経営している。
今、ハッキリと判っている事は。


六本木のクラブでは、コカインや覚醒剤を始めとする各種違法薬物が蔓延している事。
そしてそれには、店側が深く関与している事。
早い話しが、薬物自体の出所がこの店である事。
薬物使用の疑いのあるモデルやタレントが、連日通い詰めている事。
またそのモデルの多くが、その事務所に所属している事。
しかも、その店に訪れる若い女性を、モデルとしてスカウトする事もある。
需要と供給、その一端をそのクラブが担っている事。(勿論、それはホンの一部に過ぎないが。)
所属するモデルたちの仕事の中には、所謂“枕営業”と呼ばれる売春婦紛いの仕事も含まれている事。



モデルの大半は、クスリ欲しさに従う者か、泣き寝入りしてでも有名になりたい者ばかりで。
先日、殺害された平沢未央は、殺害のひと月ほど前に大きなCMの仕事を取っている。
この陰に、枕営業があったのかどうかは、
今の所藪の中だが、冴子は恐らく“あった”のではないかと踏んでいる。
彼女には婚約者がいて、彼女の遺体からは薬物反応は検出されなかった。
その事務所からの指示が、本人の意向では無く強要されたモノだったとすれば。
そこに、彼女が殺害された真相があるのかもしれない。
冴子はそう推測すると、腸が煮えくり返った。



そしてこの事務所が、これ程までに悪質な犯罪に手を染めているにも関わらず、摘発されない理由。



代議士である、磯島が関与している。
枕営業の得意先は恐らく、民間企業だけでは無いだろう。
摘発など受ければ、どの政治家が何の見返りにどんな女を宛がわれたか、全て露見する。
一見、モデル事務所に見せかけたそこは。
クスリと女を売買する、女衒だ。








冴子がモデル事務所の方の潜入に当たっている間、秀幸は件のクラブの方の背後関係に迫っていた。
事は薬物事犯である。
何処かに、その薬物の入手ルートがあるに違いないのだ。
そこで今の所、浮上して来たのが、関東一円を拠点とする暴力団である。


ある朝、美しい女が殺された。
一見すると、それはただの通り魔殺人にも思われた。
しかし、フタを開けてみると。
それは政界、財界、芸能界、暴力団、真っ黒な暗黒の世界を繋げる、1本の細い糸だった。

それは無念の内に殺害された彼女の、最後のSOSだったのかもしれないと、秀幸は思った。















「どうしてっっ!!納得いきませんっっ」


捜査1課に、野上冴子の声が響く。
10日間、例の事務所に入り込み、得た手応えは、極めて黒に近いダークグレイ。
無いのは、確固とした証拠だけ。
捜査令状さえあれば、彼らの犯罪を白日の下に晒す事は容易に可能だ。
秀幸の方も、大方目処はついた。
都内に蔓延る薬物の大半の出所は、例の暴力団では無いかという噂は、かねてから存在した。
今回が、一気に片を付けるチャンスでもある。


その矢先の、捜査の中断。上からのお達しだそうだ。
課長が渋い表情で、腕を組んでいる。
やはり、誰もが予測していた通り、上層部との衝突は避けられないようだ。
恐らく、腐っているのはホンの一部なのだ。
大多数の捜査員は、この不条理に腸が煮えている。
若くて未来のある女性が、1人死んでいるのだ。
夢を見ている若くて無知な彼女らが、クスリを餌に食い物にされているのだ。
それが解っていて、捜査の続行は風前の灯火だった。



上って、何処です?磯島ですか。



秀幸がおっとりと、眼鏡を拭きながらそう言った。
課長は目を見張って、汗を拭く。




ま、槇村っっ、滅多な事言うモンじゃないっっ。

フン、みんな知ってる事でしょう?・・・揉み消したい事があるズブズブなヤツは、あれ以外いない。

槇村、短気にはなるなよ?お願いだから、穏便に事を進めてくれ。




情けない発言の課長の息子は来年、大学進学だ。
自分の身がカワイイ人間は、公明正大という言葉を忘れがちになる。
けれど、物事の本質を考えれば。
それが大きな間違いだと気が付くはずだ。


この世の中に、不幸な出来事は数限りなく存在する。
悪魔はそこら中で、口を開けて獲物を待っている。


自分の娘が食い物にされても。
自分の息子が手先に使われても。
果たして、平静でいられるのか。
その時にも、同じように穏便に、などと言えるだろうか。
少なくとも秀幸は、そんなお人好しでは無い。





敵さん次第ですよ。鬼畜相手に穏便になんて、バカのする事です。




秀幸はそう言い残すと、またしても昨日の続きの捜査に出掛けた。
上からのお達しほど、ご都合主義で、日和見主義で馬鹿馬鹿しいモノは無い。
そんなモノを相手にするほど、刑事という仕事は暇では無いのだ。
秀幸の背中に、数人の後輩刑事が続く。
課長は、眉を下げて弱く微笑む。
彼自身、己がカワイイのは確かだ。

けれど、部下も可愛いのだ。

彼等は、圧力を無視する事にした。




(つづく)





[ 2013/02/23 18:50 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第15話 総監

野上冴子は、その部屋の前で一旦深呼吸をした。


これは、公私混同では無い。
冴子は“上からのお達し”とやらについて、警視総監である“彼”の忌憚ない意見を拝聴したいのだ。
唇を真一文字に引き結ぶと、そのやけに重厚なドアをノックした。
少しだけ間を置いて、家に居る時とは違う父の返事が聞こえる。



はい。


失礼します。



冴子が警視総監室に入ると、総監である彼女の父がニッコリと微笑む。
冴子がいつでも捜査1課の刑事としてここを訪れるのに反して、彼はいつでも父親の顔だ。



やぁ、冴子。どうした?


総監、ココでは野上刑事とお呼びください。


なんだ、堅苦しいなぁ。




キャリアウーマン然とした娘を前にして、父は肩を竦める。
冴子は子供の頃から、優等生だった。
数年前に実家を出て、職場に近い場所にマンションを購入した娘は、
未だ、結婚よりも仕事一筋らしい。
惚れた男がいない訳でも無いらしい事は、父も知っている。




総監。本日は、新宿署管内で先月発生した、
婦女暴行殺人事件に関する上層部からの通達に関して、
どうしても納得がいかないので、総監のご意見を賜りたく参った次第です。


は?何の事???


ご存知無いのですか?


うん、初耳。




冴子は大きく溜息を吐くと、こんな事もあるかと準備してきた、今回の事件の一連の捜査資料を渡す。
総監が資料に目を通している間に、冴子はそのフロアの給湯室へ行きコーヒーを淹れる。
静かな室内に戻り、総監のデスクにコーヒーの入ったカップを置くと、
老眼鏡越しにチラリと冴子を見上げた父は、小さな声で、すまんなと呟いた。
暫く、乾いた紙をめくる音だけが、室内に響く。
冴子は大きなガラス張りの窓から、外を眺める。


冴子はただ、真実が知りたいだけだ。
彼女が死の間際、何を想い、何を見、何を知っていたのか。
それを追求し、解明できるのは自分たち以外、誰の役目だというのだろう。
それには、組織一丸となって事件に向かわなくてはならないのに。
この組織の中には、事実を隠蔽しようと企んでいる輩が紛れている。
それは本質的には、殺人者と同類だ。
冴子が事件に関する色々や、午前中の槇村と課長のやり取りなどを思い出していると、
漸く、総監が息を吐いたのが解った。
冴子が振り返ると、父もまた冴子を見詰めていた。


それは、紛れも無い警察官の先輩としての顔だった。







君はどう思うかね?この件には、磯島、黒田両代議士が深く関わっていると?


はい、そう思います。現に今朝、捜査1課に捜査を取り止めるよう通達が来ました。


私は、聞いていない。


その様ですね。


恐らく事は、2名の国会議員及び、彼らと繋がりのあるモデル事務所経営者、暴力団以外にも波及するだろう。“取引”の相手となっている企業のお偉方、芸能各社、芸能人、マスコミ。
闘う覚悟はあるか?


それが、仕事ですから。






そう言って冴子は、微笑んだ。
父は娘がそう言うだろう事は解っていた。
もしも、自分の背中を見て彼女が警察官を志望したのなら、
こういう時、父親として、先輩として。
手本となる男でありたいと、改めて気付かされる。
闘う覚悟があるかどうか、それはむしろ自分自身への問いだ。
とは言え、何処までを落とし処とするか。
それが思案の為所だ。





お父様、いつまでも尊敬できる父親でいて下さいね。期待してます。





そう言って、その部屋を後にした娘の後ろ姿に警視総監は大きく溜息を吐いた。
















その日の昼下がり、都内某所。



その屋敷の庭園は見事に手入れが施され、そこが都内だという事を忘れさせる。
見事な枝ぶりの松。
苔むした灯篭。
丸々と肥った錦鯉が泳ぐ池と、その周りを彩る楓。
桜の樹は、すっかり青々とした葉桜になっている。
警視総監である野上は、この屋敷の主とは旧知の仲だ。
縁側でその庭を眺めていると、ご隠居自ら湯呑の乗ったトレイを持って現れた。
確か、ココには長年勤めている家政婦さんがいた筈だがと首を捻る。



やぁ、待たせたねぇ。久し振りじゃな♪ 


そのご隠居とは、誰あろう、不良探偵・冴羽僚の祖父。その人である。















・・・・・というワケでして。勿論、両代議士に関しては、圧力に屈するつもりは毛頭無いのですが。
ただ、それから先の取引先ですね、企業のお偉方から、政治家まで。
相当数の人間がこの件には、関わっていると思われます。
恐らく、全てを明るみにする事は、市場経済から何から何まで混乱をきたす恐れがあるかと・・・
そこで、何処までを本件の落とし処として視野に入れれば得策かと、お知恵を拝借に伺いました。



ほほほ。そうじゃの、思案の為所じゃ。大体の事はウチのチビにも聞いておる。


・・・・チビ(苦笑)。




野上は、この老人の孫息子を思い出す。
未だ御大がチビ呼ばわりしている当人は、薄らデカい体躯の眼光鋭い私立探偵だ。
数年前に結婚した彼の細君は、野上の同期で親友でもあった今は亡き槇村刑事の愛娘だ。
野上にとっても、色々と感慨深いものがある。
因みに、冴子の惚れているらしい相手の男というのは、槇村の息子・秀幸だ。
彼は父親に似て、なかなか切れる男である。





ま、今回は、直接関わりの有った所までを、捕まえたらどうかね?
関係先の資料を押収すれば、その“取引先”とやらも把握できるんじゃろ?
それは、おいおい先々の切り札として、有効活用すれば一石二鳥じゃ。
後ろ暗い覚えがあれば、人間ヘタに悪さも出来んモンじゃ。フォフォフォ。


何か、奴らを効果的に取り押さえる手立ては無いでしょうか・・・


そうじゃのぉ、最近ちょっと暇じゃったから、パーチーでも開くかの。


は、はぁ。・・・パーチー???





野上がまたしても首を捻った所で、何やら玄関の方から騒々しい気配がする。
つい先ほど思い出していた、孫息子とその嫁が遊びに来たらしい。





おじいちゃ~~~ん、こんにちわ~~~~




その声に、ご隠居が相好を崩す。
祖父は孫息子よりもむしろ、冴羽家の嫁の方にメロメロなのだ。
広い屋敷の廊下を孫夫婦が歩く気配がして、漸く座敷の縁側へと顔を出した。




あ。お客様だったんですね、ごめんなさい。



そう言って、香がニッコリと会釈をする。
その後ろから、僚がのっそりと顔を出す。
野上が笑いながら、声を掛ける。



やぁ、ボンボン。久し振り。


・・・・ちわ。


リョウたん、どなた?


・・・警視総監。


へ?


因みに、冴子女史の御父上。


えぇぇぇえええ~~~~、ホントっっ???


うん。


あ、あの。い、いつも、冴子さんにお世話になってます。





そう言って、香がペコリと頭を下げる。
野上は、懐かしい親友を思い出す。
彼は愛する娘をこの世に残し、殉職してしまった。
槇村ならきっと、迷わず先陣を切って、事件に向かっていただろう。
野上は改めて、今回の事件を闇に葬るような真似だけはしないと、心に固く誓った。





こちらこそ、冴子がいつもお世話になってます。秀幸君にも。



ほぇ????




そう言って笑った総監の言葉の意味が解らないのは、香だけである。
その後、忙しい警察のお偉方は、職務に戻り。
祖父と孫夫婦は、仲睦まじく晩御飯を共にした。



祖父は、嫁の手料理に舌鼓を打ちながら、“パーチー”の算段を脳内で企てていた。


(つづく)


[ 2013/02/24 21:38 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

第16話 余興

やっほぉ~~~、虎ちゃん♪


お疲れ~~~、冴ちゃん♪





政財界の陰で糸を引くこの宴会の主催であるじいさん2名が、軽いノリで挨拶を交わしているのは。
某ホテル、飛〇の間。
言わずと知れた、大宴会会場である。
招待客はわらわらと集まって来る。
政治家。
企業のトップ。
右翼。
新聞社社長。
学者。
銀座のママ&綺麗処。
夫婦探偵。
ジャーナリスト。
警視総監。
身分を偽った捜査員。


それに、
女衒と、
モデルとは名ばかりのコンパニオン。


会の名目は、チャリティーを兼ねた懇親パーティー。
その実。

『女を食い物にして、クスリを鬻ぐ女衒を掃討する会』
乾杯の音頭を取るのは、主催のじいさん2名。
銀座の美人ママ千明のパトロン館野氏と、僚の祖父。


パーティーは招待客を全員会場へと誘うと、時間通りに幕を開けた。
それと同時に、会場となったホテルの裏口には。
窓に金網が張られ、屋根に赤色灯の乗った、大きなバスが横付けされる。
コチラは、超厳戒態勢。
ピリピリムード満載である。









一方、都内某所。
広域指定暴力団の下部組織・雲竜会の組事務所前には、
捜査1課から、今回の件を託された組織犯罪対策部の精鋭たちが、
今か今かと号令を待って、各々待機している。

雲竜会の主なシノギは、コカインと覚醒剤。
噂によれば、ブツの出所は海を挟んで、近くて遠い謎多き某国。
純度は至って高い、ヤク中垂涎の品らしい。

今回のGOサインは、某ホテル・飛〇の間での余興が始まった時と同時刻である。







そして、六本木。
件の、乱痴気ヤク祭りが夜な夜な行われているクラブ前には、
槇村秀幸を筆頭に、捜査1課の猛者たちがこちらも、号令を待っている。
今現在、そんな事など知る由も無い連中は。
通常運転で、ノリノリに極めて盛り上がっている。

VIPルームには、黒田代議士の三男・黒田晴喜がいつもの如く、モデルを侍らせてコカインを極めている。

秀幸のジャケットの懐には、黒田晴喜に対する逮捕状が仕舞ってある。
容疑は、麻薬取締法違反及び、婦女暴行、殺人。
平沢未央殺しの容疑者として、この日、正式な逮捕状が出された。








彼らは都内3か所で、虎視眈々とその時を待っている。
それは警視総監直命の、超極秘・掃討作戦であり、任務にあたる捜査員は、総勢数百名にのぼる。
一大逮捕祭りの幕開けである。











パーティーの始まりを告げる乾杯もつつがなく済み、
冴羽家の若夫婦と祖父は楽し気に、ビュッフェの色とりどりの料理を満喫している。
珍しくシャンパンを飲みながら、人目も憚らずイチャつく孫夫婦に祖父は目を細める。
そこへやって来たのは、先日、この会の発端ともなる相談事を持ち掛けてきた警視総監であった。





ご隠居。

お、野上ちゃん♪ 楽しんどるかね?

・・・・こんなにドキドキするのは、久し振りです。

フォッフォッフォ、たまには現場も良かろう? 若返ったみたいで。

ですね。血が騒ぎます(笑)





老人は、至極楽しそうに微笑む。
彼は孫の探偵事務所絡みで、何だかんだ言って、年に1度程度はなにがしかの宴を催す。
屑共を懲らしめる為のトラップだ。
少年の心を忘れない祖父と孫は、こうした企画を打ち立てるのが半ば趣味である。






そう言えば、ご隠居。


ん~~~?


お宅の家政婦さん、辞められたんですか?


へ???なんで?いるよ。トメさん、バリバリ元気じゃ。


そうですか、いや、この間伺った時、姿が見えなかったもので。
もう御歳を召してあるから、引退されたのかと・・・


ほほほ。なに、最近は週に1回は休養して貰っとるんじゃ。










そう言ってニッコリ笑った老人の微笑みは、恐らく心からのモノだろうと野上は思う。
なかなかの狸ジジイの彼は、何が本音なのか他人には簡単には計り知れない所がある。
微笑みにも、何通りもの含みがあるのが常だ。





カオリンが嫁に来てからは、週に1回は一緒に夕飯を食べようと言ってくれての。





そう言って彼は、少し離れた場所で仲良く真鯛のカルパッチョを食べている若夫婦を見遣る。
その視線の先を、野上も追う。


息子夫婦を亡くして、早三十数年。
彼のせめてもの支えは、彼らが残してくれた僚だった。
僚がまだ幼い頃は、毎日一緒に食卓を囲んだ。
僚が大学に通い始めてからは、新宿のあのビルを与えた。
男の子は少しばかり、腕白な位がイイと思っていたけれど。
それにしても僚の奔放さには、内心少しだけ心配もしていたのだ。
それから僚と一緒に食事をする事など、ごく偶にの事になってしまっていた。
それが。
死んだ息子とあまり違わない歳になった僚は、立派な男に成長した。
そして、申し分のない嫁を娶った。
僚の嫁としてやって来たのは、子供の頃から良く知る香で。
香と結婚した僚は、まるで早死にした1人息子そっくりで。
香を介して、祖父と孫の団欒は十数年振りに蘇ったのだ。



視線の先の、仲睦まじい若くて美しい夫婦。
野上家は娘ばかり5人も居るが、未だ1人も嫁には出していない。
残念ながら、息子には恵まれなかったので、嫁の可愛さを味わう事は自分には出来ないが。
その代わりに、本当の息子のように酒を酌み交わしたい男は1人いる。
親友の面影を纏った、優秀な後輩だ。





今は、早くひ孫の顔を見るのが楽しみじゃ




老人と警視総監は、やけにほのぼのとした空気を纏って、
やけに贅沢なローストビーフの挟まったサンドウィッチを摘む。
先程、香が皿に取り分けて来てくれたモノだ。









その時、会場の照明のトーンが数段階落とされ、広間の前方に、大きなスクリーンが準備される。



少しだけ和やかムードな歓談になりつつあったが、本日のメインイベントはこれからである。
僚が香の耳元に口を寄せる。





カオリン、俺頑張って来るね。 ちょっとだけ、じいちゃん達とここでお利口さんしてて?


うん、わかった。頑張ってねリョウたん。




僚は香に軽くキスをして、余興の為にスクリーンの前に進む。
途中、ミックと合流する。
さり気なく会場に目を遣ると、抜かり無くポイントを押さえて捜査員が配置してゆく。
招待客に紛れた捜査員は、黒田・磯島一派の関係者の周りにそれとなく配備する。
同時にコンパニオン代わりのモデルと、モデル事務所社長にもそれぞれ捜査員がマークする。
ホテル関係者に扮した捜査員は、広間の出入り口という出入り口を一斉に封鎖する。
会場の外にも、捜査員が待機している。
余興が終わった後には、裏口の大型送迎バス(赤色灯付き)に、スムーズに連行する運びだ。
事前にミックと連携している報道関係者も、各所配置に付く。








一旦、照明が落とされて、スポットライトが一組の夫婦を照らす。
国会議員・黒田輝夫と、妻・美由紀の仮面夫婦だ。
それと同時にスクリーンに、数枚の隠し撮り写真が写される。
売り專バーに出入りする夫の写真と、ホストクラブに出入りする妻の写真数枚だ。
一段高くなった壇上に、僚とミックが登場する。
仮面夫婦の2人は、ハッと息を呑む。



ミッちゃ~~~ん♪ カッコイイぞぉ。


そう言って、野次を飛ばしたのは僚の祖父である。
思わず僚は、ミックの隣で苦笑する。
ミックは準備万端、マイクを握ってそんな声援に応える。



ハァイ、グランパ♪ これからがお楽しみだよ。



ミックはそう言ってウィンクをしながら、スポットライトの方へと向き直る。
この数週間、ミックはこの夫婦をそれぞれ誑し込んでいたのだ。
輝夫にノン気である事を隠し、気のある素振りを見せてラブメールを交わしつつ、
美由紀には偶然を装ってフィットネスジム内で近付き、
№1ホストに入れ込んでいた彼女を、自分に惚れさせた。
勿論、2人とのデート中の会話は全て録音しているし、証拠に残せるものは全て証拠と裏を取った。


スクリーンに映し出される写真の数々は、上手い事編集され段々過激さを増してゆく。
映像と同時に音声も流される。
若手有望株議員の熱い恋愛観(同性愛)と、その妻の夫との冷え切った関係に対する愚痴。
トラップとも知らず、目の前に現れた美しい男に対する、両者の甘言。
スポットライトの中心で渦中の2人は、真っ青になって固まっている。
一気に会場がざわめくが、まだまだ祭りは始まったばかりだ。





・・・・うげっ、おまぁ。あのオバハンと寝たのかよ?


隣のミックに、僚が囁く。
ミックはそれには答えずに、肩を竦めてみせる。



・・・俺、ぜってぇ~~ 無理だわ。

ふふふ、ボクは生憎、好き嫌いは少ないタイプでね。ま、流石に旦那の方は無理だったケド♪



何処までが、冗談か本当か判然としない遣り取りを終えて、ミックがマイク越しに話しを先に進める。





え~~~、会場にお集まりの皆様。
実はボク彼らに、とても高価なプレゼントも沢山貰っちゃいまして。
デートの費用含め、諸々の遊興費全て、出所は黒田代議士の事務所費だという事まで調べております。
せめて、美由紀夫人に戴いたロレックスの腕時計などその他色々は、換金して、
このパーティーの趣旨でも有ります、チャリティとして然るべき所に寄付させて戴きます。
て事で、ごめんね、美由紀さん、輝ちゃん。







そして、司会進行を僚にバトンタッチする。
スポットライトは、黒田家次男、光郎を炙り出す。
光郎は、壇上の僚を見て青褪める。
銀座のクラブのバーテンをしていた男が、何故だか今自分と対峙している。




よぉ、また会ったね。黒田光郎さんよ。
この前言い忘れてた事、ついでに教えてやるよ。
実は俺、バーテンに見えて、その正体は私立探偵だったりする訳よ。
人間、見た目で判断すると、痛い目に遭うよ?・・・・って、もう手遅れか(笑)




僚は淡々と、これまでの光郎の悪事を発表してゆく。
これまでに、20名近くの女を手籠めにし、孕ませて堕胎させた事実。
その全てを、金を握らせて揉み消していた事。
夜の街で散財して来た金銭の出所は全て、父親である黒田氏の事務所の経費として計上されている。
しかし、それは黒田氏にもこれまで何度も見咎められており、
その都度、事務所側は内内に処理をして、事を収めてきた事。






因みにこれ、これまで黙らせられて来た女の子たちの個人情報ね。
全て、綿密にインタビューしてるから、言い逃れできないよ?
それと、アンタが銀座で飲み食いした際の領収書の控え、銀座のママたちに協力を仰ぎました。
これも全部、経費で落とされてるから。
いっぺん、国税の方にも調べて貰った方が良いんじゃないかなぁと思ってます♪クスッ






僚は次に、3兄弟の父親である黒田恭三に向き直る。
長男・次男は、まだ良い。
夫婦間の問題や、金銭絡みならそれこそ、金で片が付く話だ。
これから、後。
黒田恭三本人と、三男・晴喜に関しては。
シャレにならない犯罪が控えている。
そして、この黒田家を全面的に擁護する為に、
警察とのパイプを最大限利用して散々甘い汁を吸ってきた、黒田の太鼓持ちの磯島暁。





なぁ、オッサン。子は親の背中を見て育つって、全くその通りだよなぁ。
お前の三男坊、逮捕状が出たよ。




僚の言葉に、会場中が水を打ったように静まり返る。
ざわつくのは通り越し、もう後はこの余興が何処まで続くのか。
観衆たちは、その行方を固唾を呑んで見守っている。
そんな中、スクリーンにテレビ電話の画像が映し出される。
例の六本木のクラブだ。
地味な風貌の、猫背の男が映し出される。






お~~~い、槇ちゃ~~~ん


『はいコチラ、新宿署刑事部捜査一課、槇村。』


今、どんな感じ~~??


『・・・常連客、従業員併せて36名、麻薬取締法違反で検挙しております。
 そして、常連客のうち1名に関しては、婦女暴行、殺人の容疑でも逮捕しております。
 当該人物は、黒田晴喜、無職、黒田恭三議員のご子息です。これから、署に連行いたします。』







秀幸の報告を伝えて、電話はぷつんと切れた。
一連の流れに会場は、またしてもざわめき始める。
祭りが始まって1時間弱、心に後ろ暗いモノがある招待客たちの中には、
コッソリと、逃げ帰ろうとする者も出始めた。





ハ~~イ、皆さん静粛に。
残念ながら、この会場はもう既に警視庁の心強い捜査員の方々によって、全面的に封鎖されてマッス。
今じたばたしちゃうと、却って己の悪事、自白してるようなもんよ?




僚が楽し気にそう言うと、再び会場は静まり返る。
ココで一旦僚は、これまでの事実を整理する。





え~~と、ひとまず黒田息子①・②に関しては、恥ずかしい私生活とお金の問題ね。
息子③は、ヤク中と強姦と殺しね。
で、黒田オヤジはね、国際問題にも発展しかねない犯罪に加担してますよ、皆さん。
実は今、六本木のイカレクラブだけでは無くて、もう1か所ガサが入ってますょ~~。

もう、アンタは解ってんじゃねぇの?黒田さん。






僚が黒田恭三をじっと見据える。
つい数週間前、黒田は某近隣の国のお偉方と、個人的に会談をした。
ココの所、火種が絶えない両国間の雰囲気を友好ムードにする為に、一肌脱いだ。
というのが、タテマエだ。
しかし、内情は。
黒田がその国を訪れた主な目的は、とある真っ黒いビジネス。
ヤクの買い付けだ。
黒田恭三は、雲竜会と完全に癒着していて、
クスリと女を巧みに利用しながら、政治家や企業やマスコミや芸能の世界を、都合よく動かしていた。
その裏の商売で得た利益は、相当なモノである。


結局、六本木のクラブも、モデル事務所も、裏で糸を引いて絵を描いていたのは。
某国の麻薬市場と、黒田・磯島両代議士と、雲竜会であり、
複雑な利害関係が入り乱れ、あらゆる政治家、企業のお偉方、芸能人らがその恩恵を受けて来た。
1人の女が死ぬ事によって、その悪事の歯車が軋んだのだ。
冴子が、黒幕の黒田、磯島、モデル事務所社長に念願の手錠を掛けた。





その晩、犯罪人たちを乗せた護送車は夜の中を、
まるで大きな深海魚のように、滑らかに走リ抜けた。






(つづく)
[ 2013/02/26 19:55 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)

最終話 キャンペーン終了

平沢未央が何もかもを恋人に告白しようと決心した、その夜。


彼女にとって、2度目の悪夢が訪れる。
例のCMで知名度を上げた彼女に目を付けたのは、
代議士の三男坊で、麻薬中毒のサディスト、黒田晴喜だった。
彼女の幸運は、持って生まれた美貌とスタイルで夢を叶えた事、愛する恋人に巡り逢えた事。
彼女の不運は、持って生まれた美貌とスタイルが、人間のナリをした鬼畜の目に留まった事。


その晩、彼女は仕事を終えたら恋人に逢う筈だった。
けれど、事務所の迎えの車は事務所に戻る事は無く、連れられたのは開店前のクラブのVIPルームだった。
モデル事務所も、クラブも、形は普通の会社という体裁を繕っているモノの、
実際には、非常に曖昧でダークな人種の集まりだった。
やくざとチンピラと会社員と政治家の境目が、存在しない世界。
黒田親子はその世界で、全てを繋げる要だった。
極上のブツをを入手する為の人脈、売り捌く為の人脈、警察を近付けないだけの社会的な力。
そして黒田家の三男坊は、上得意の顧客でもあったのだ。
クスリと女を買う。


彼にとって、その事務所の女達は皆、手に取って選ぶべき商品で。
その事務所の一部の黒い社員たちは、女衒だった。
彼女がその事務所へと移った事は、完全に間違いだったのだ。
それはもはや、仕事ですら無い。
1度目の地獄とは、明らかに種類の違う相手。
彼女は抵抗した。
そしてそれが、仇になった。
相手はサディストで、正気を失った畜生で。
彼女は乱暴された挙句、2度と戻れない川を渡ってしまった。







真実を突き止めた所で、誰にも得は無かった。
真実を知る事で、余計に痛みを増す事もある。
何より、もう2度と彼女は元に戻らない。
それでも、高橋勇は。
知らないままでいるよりも、真実を暴く事が出来て良かったと思っている。
本心では、奴ら全員漏れなく殺してやっても、足らない。
けれど、それをする価値すら無い相手だという事も解っている。
今はただ、
彼女の冥福を祈っていた。



















『ありがとうございました、お2人にはどれだけお礼を言っても足りない気がします。』


依頼人は、そう言って薄く微笑むと頭を下げて帰って行った。
彼女の苦しみに気付いてやれなかったと、唇を噛み締めていた。
事務所を変わる事に、もっと強く反対していればよかったと、涙を浮かべた。
本当は殺してやりたいぐらい憎いんですと嗤いながら、瞳の色は怒りに染まっていた。

それでも、生きるしかないんですよ、と彼は呟いた。

彼女を死ぬまで忘れずに、彼女の面影と共に。





依頼人が去って残されたボックス席で、2人は冷めたコーヒーに初めて口を付けた。
知り合い夫婦のいるカウンターには背を向けたその席に、2人並んで座り。
目の前の悲しみに、打ちのめされた。
依頼人が手を付ける事の無かったコーヒーは冷め、
グラスの氷は溶けて、大きな水滴の粒が滑らかなガラスを覆っている。


それが。
彼女でなければならない理由があったのだろうか。
彼でなければならない理由が。
もっと他に、奴らの利害に一致した商品(おんな)だって居た筈で。
何故、結婚を間近に控えた彼らが巻き込まれなければならなかったのか。
考えれば考える程、香はどうしようもない不条理に涙が零れた。


すぐ隣の頼もしいひとの肩に、グッタリと頭を預ける。
声を立てずに泣きながら、大きな左手をそっと握るとプラチナのリングの感触が掌に触れる。
僚が自分の隣で生きている証を、香は今すぐにでも確かめたかった。
繋がれた手に力を込めると、僚がもう片方の手で、クシャッと香の頭を撫でた。
やっと、依頼が終わった。
















1週間後。

依頼の狭間の休日の僚と香は、いつだってイチャついている。
2人で一緒に料理を作り、リビングのラグの上で昼寝をして、ドライブデートをする。
香が屋上で育てた野菜を摘み、天日干しした布団を抱えて寝室に運ぶのは僚の役目だ。
深夜まで2人でテレビを観たり、一緒にお風呂に入ったり、喫茶キャッツ・アイに行く。
毎日、何度もキスをして、夜は疲れ果てて眠った。




僚はリビングのソファに俯せて、新聞を読んでいた。
つい30分程前に、2人で昼食を食べた。
カオリン特製担担麺と、棒棒鶏サラダであった。
前の晩に、祖父から貰った完熟マンゴーを食後に食べようと、
満面の笑みで笑っていた香が、未だリビングに顔を出さない。
いつもの濃くて熱い食後のコーヒーも、僚は目下オアズケだ。
僚はふと顔を上げて、テレビの傍に置かれたシンプルな置時計に目を遣る。


(・・・カオリン、遅くね? 何やってんだ???)


気配は感じる。
何やら、パタパタと廊下を行き来する音。
何だかやけに忙しない、いつもの嫁と少しだけ違うそわそわした気配。
僚は首を捻る。




もうそろそろ、様子を窺いに香の元へ行こうかと腰を上げかけた矢先。
香が漸く、リビングにやって来た。
手にはコーヒーの乗ったトレイも、マンゴーを盛ったお皿も持っていない。
両手をエプロンのポケットに突っ込んで、僚の寝そべるソファの傍らのラグの上にぺたんと座る。
何故だか少しだけ頬を染めて俯いて、モジモジしている。




り、りょおたん。


どうした?なんか、変だよ?カオリン。何かあった?


//////あ、の。こここ、これ。





そう言って、香がエプロンのポケットから取り出したそれは。
只今、冴羽家は子作りキャンペーン絶賛開催中で。
2人が、赤ちゃん欲しいねと言い始めて、少なくとも半年は経過している。
僚の祖父も、香の兄も、ハッキリと言葉にこそしないが、
コウノトリがやって来るのを心待ちにしているらしい。
この数ケ月。
それは何度か、2人の間で使用されて来た。
そして、結果を見てはガックリと項垂れた。
次こそ頑張ろうと、ポジティブに奮起して来た。
白いプラスチックの、細長い棒状の。


妊娠検査薬。


もっと以前は、コンドームを買っていた2人の行きつけの薬局で。
1箱に2本入ったそれを、この数ケ月で1~2度買った。
細長い筒の片側の丸い窪みの中に、青紫色のクッキリとした目印。
それは紛れも無く、キャンペーン終了のお知らせだった。
僚は思わず、ポカンと放心する。
けれども、その青い丸の意味する所を理解するにつれて、徐々に僚の頬が緩む。
座り込んだ香が真っ赤になって、僚を見上げる。



僚は無意識だった。
フッと寝転んだ体勢から起き上がり、ソファを降りると香の座ったラグの上に香と向かい合って座る。





・・・カオリン、まじ?


うん、まじ。みたい・・・




嫁のひと言に満面の笑みを浮かべた僚は、愛しい人を抱き寄せてシッカリと抱き締めた。
家族3人が今この時を、生きている事を噛み締める為に。






(おしまい)















何とか、無事依頼を解決、そしてキャンペーン終了でっす
今回、事件は延々と深刻にシリアスに続いて参りましたので、
せめて夫婦探偵の2人だけでも、脳天気にイチャラブで猪突猛進、突き進めてみました。
長々とお付き合いくださいまして、誠に有難うございます m(_ _)m
2月は更新が少なくて申し訳ありませんでした(脂汗)
3月はもう少し、気合を入れ直して頑張ります!!

で、近々 30000HITS企画の方も、取り組んで参ります!!
それでわ。

[ 2013/02/28 21:53 ] 夫婦探偵社「女衒」 | TB(0) | CM(0)