第1話 変わり映えのしない冬。

ちぇ、つまんないのぉ~~~。




槇村香は、冬の午後のリビングで大きな独り言を呟く。
本当のところ、それは。
つい数分前に出掛けた、相棒のスケベ野郎に言いたい言葉だ。
香はベランダに続く大きな掃出し窓から、表の通りを見遣る。
灰色の空に、寒々しく枯れた舗道の植込み。
天気は悪くは無いけれど、乾燥しているから香は外に出たくない。
だから今日は、ちょっとだけズルをして乾燥機を使った。
寒いばっかりで、乾燥した木枯らしは。
洗濯物は乾かすけれど、何故だかタオルや靴下をパリパリのバサバサにしてしまう。


こんな日に、懲りない相棒は日課のナンパに出掛けた。
ばっかじゃないの。
僚のスケベ、どエロ、ばかばかっっ。
さっきの僚の言葉が、まるで木枯らしみたいに。
香の心を、パリパリのバサバサにしてしまう。
部屋の中は温かいのに。






まだ寒くなる前の気持ちのイイ秋の日に、香と僚の友人でもあり同業者でもある伊集院夫妻が式を挙げた。
奥多摩の小さな教会で、ごく親しい友人だけのささやかな式の筈が。
メンツがメンツなだけに、いつもの彼ららしいド派手な演出付だった。
そして、大混乱の中。
僚が香に、愛の告白とやらをしてくれた。
それ以来、別段変化の無い2人だけれど。
香はちょっと、思っただけなのに。



もしも、少しのきっかけさえあれば。僚と、キス(きゃっ)。とか出来ないかなぁ。。。。なんて・・・



だから、あと半月ほどに迫ったクリスマスを前にして。
今年は僚と一緒に過ごせたらいいなぁ、と思っただけだ。
例年、僚のクリスマスは、歌舞伎町との需要と供給・凸と凹が上手い事噛み合って。
帰りはいつも午前様だった。
それでも香は、一応大げさにはならない程度に、さり気なく小さなケーキとかチキンとかを用意した。
僚もベロンベロンに酔って帰っても、香の用意したモノを綺麗に平らげて眠った。
別に大きな進展は無くてもイイけど。
ご飯位は、一緒に食べたっていいんじゃないの?と香は思う。



僚の言う、愛する者って何だろう。



性別を超えて、バカ話で笑い転げられる相手かな?
心置きなく、我儘が言える相手かな?
憎まれ口を叩いても、結局は何だかんだで信頼している相棒かな?
僚の目には、
私はどう映ってるんだろう。未だに、SugarBoyなら、流石の香もちょっと泣ける。
もう、26歳なのに。
僚に片思いしてるクリスマス、もう何年目になるだろう。
香は外を眺めながら、無意識に小さな溜息を零す。







ねぇねぇ、りょお。
ん~~?
クリスマス、何が食べたい?
・・・・・。





香はつい15分ほど前の、己の不用意な発言を激しく後悔していた。
こんな悔しい思いをする位なら、例年通りで全然構わなかった。
そんな事、訊かなくても。
僚はきっと、ケーキだろうがチキンだろうがサバの味噌煮だろうがタコライスだろうがトムヤムクンだろうが。
きっと、綺麗に平らげてくれただろうから。
暫し沈黙して、無表情で数回パチパチと瞬きした僚は。
いつもの意地悪で、スケベな憎たらしい相棒だった。




んなもん、おまえ。



自分の食いたいモン、作りゃ良いんでないの?

へ?

俺ぁ、ホラ。 歌舞伎町のモッコリちゃん達が待ってるしぃ?(にまぁ)

♨♨♨(怒)





僚はそれだけ言うと、ナンパに繰り出したのだ。
この今にも雪の降りそうな、寒空に。
馬鹿だと思う。
成功しないナンパを性懲りも無く繰り返す男も、その男にどうしようもなくメロメロな女も。

ただ一緒に過ごしたい、っていう一言が言えない意気地なしだ。






pipipipipi


香の携帯が着信を知らせたのは、そんな香のモヤモヤした昼下がりだった。
液晶の画面には、見慣れた3文字。























「もしもし?絵梨子ぉ? どうしたの~~?」

「香ぃ、クリスマス暇?」




それは相変わらずデザイン命のお友達からの、クリスマスショー参加へのお誘いだった。



(つづく)












おはこんばんちわ、ケシでっす。
クリスマス祭りのトリを飾るのは、やっぱり原作設定で。
パラレルは勿論好きだけど、やっぱり2人の原点はスイーパーな2人あってこそですので。
ま、仕事なんてしてないんすケド、当サイト(テヘ)
今夜から、イブの更新まで。全4話です!!



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第2話 あまのじゃく。

ぴゅーぴゅーと木枯らしが吹く、都会の舗道の上で僚は6階のガラスサッシを見上げる。


つい今まで自分のいた場所。
暖かい暖房の利いたリビング。
コポコポと音を立てて室内を潤す加湿器。
午後の退屈な情報番組が流れるテレビ。
相棒の淹れた馨しいコーヒーの香り。
赤いタータンチェックのネルのシャツワンピースに、辛子色の厚手のタイツを穿いて、
僚が数日前にプレゼントした、モコモコのスリッパを履いた香。


秋が深まって来た頃。
香は夕飯を食べながら、ぼやいたのだ。

“足元が冷えるから、温かいスリッパが欲しいんだけど。
   良いなぁ、と思うヤツは全ぇ~~部っっ高いんだよね~~~~”

スリッパぐらいケチらず買えよ、と喉元まで出掛るが、僚はそれを呑み込む。
香の次の言葉が容易に想像出来るからだ。
『そういう事は、依頼を選り好みせずに働いてから言え。』
至極、もっともなご意見である。
せいぜい高いと言っても、スリッパなんて数千円だろう。
僚にとっては、毎夜、アルコールにつぎ込む金額のホンの一部だ。
けれど、香にとってはそれが何日分の食費に回せるだろうと計算するのだろう。
多分、余裕があったとしても、香はその些細な贅沢をきっと躊躇うのだろう。

まぁ、イイか。今のもまだまだ使えるし。
まぁ、イイか。寒いのも今の間だけで、またあっという間に春が来るんだし。
まぁ、イイか。それより、今日のお肉をもう少し買っちゃおう。
まぁ、イイか。

そうやって香は、きっと色々やり過ごして歳月を重ね。
多分、色々と損してるんじゃないかと僚は思う。
こんな己のような、薄汚れた男の傍に居ても香はきっと。
損する事や失うモノを見詰めるよりも、楽しい事や嬉しい事ばかりを見て生きているように見える。
香に甘やかされている。
僚はこの数年で、すっかり香に甘えている。
香は自分の欲しい温かいスリッパを我慢して、僚の為に安くて美味しい食事を作る。
それは少しだけくすぐったい感情を僚にもたらす反面、小さな痛みを僚の胸に残す。
素直に香に優しく出来ない、もどかしさ。情けなさ。不甲斐なさ。
そうは思っても、長年染み付いた己の捻くれた性格を変える事は、口で言うほど簡単な事じゃ無い。


その後、香自身もそんな事を言ってた事自体忘れた頃に、僚はスリッパを買って来た。
勿論、香の為に買っただなんて言わない。
値段も言わない。
僚は一言、パチンコの景品だと言っておいた。
僚はこの手を良く使う。
香は眉間に皺を寄せて、何処にパチンコに行くお金があるのよ(怒)と、凄んで来るけれど。
聞かない振りは、僚の得意技の1つである。
もしも、誰それに貰っただのと嘘を吐こうもんなら、香は律儀にお礼をしなきゃとなってしまう。
そうなると、話しはややこしい事になるので。
“景品作戦”が、もっとも有効だ。
誰も巻き込まないし、僚が香に小言の1つも言われて終わりだ。
プレゼントを贈っても、僚は素直に言うぐらいなら、嫌味を言われる方を選んでしまう。
実は僚は、今まで一度もパチンコをした事は無い。香は知る由も無いが。








『りょお、クリスマス何が食べたい?』



香にそんな事を訊かれたのは、初めてだった。
少しだけ照れ臭くて、
どんな顔をすればいいのか解らなくって、
でも、死ぬほど嬉しくて、
だから僚は、取敢えずいつも通りのフリをした。
正直、6階のベランダを見上げながら、挙動不審じゃ無かったろうかと考える。


香には、今の俺。どんな風に見えたろう?


もう少し、あの暖かいリビングに居たかった。
何を話す訳でもなく、コーヒーを飲みながらゴロゴロしていたかった。
香の髪の毛から薫る、甘やかなシャンプーの匂いを感じたり。
乾燥機から取り出した洗濯物を畳む、香の小さくて形のイイ後頭部を眺めたり。
香の他愛のない話しを、興味のないフリをしながら聞いていたかった。
けれど思いとは裏腹に。
僚の口を吐いて出る言葉は、いつも通りの戯言だ。







少し前に、自分の気持ちを漏らしてしまってからの僚は。
実は毎日揺れている。
香の些細な言葉や、仕草や、表情に。
それでもまだ、僚の心の何処かには越えられない明確なラインが有って。
そこを踏み越える事は、僚にとっては他人を殺める事より難しい。
そして、そのライン際をまるで門番のように管理しているのが、僚の中に棲む天邪鬼という鬼である。
この厄介なヤツは。
素直な気持ちを表す事を一切認めない。
そのクセ、言い訳や秘密を隠す引き出しは無数に持っている。


自分でクリスマスに飲みに行くと言っときながら。
僚は今、如何に飲みに行かずに家に籠る事にしようかなどと、対策を練っている。
香に不審に思われず、且つ飲みに行かない理由として相応しい言い訳。
やっぱ、おまぁと一緒の方が楽しいから飲みには行かない。
などとは、口が裂けても言えないのだ。



何でもイイから、オマエの作った飯がイイ。


僚が本当に言いたかったのは、たったそれだけだ。
まだこの時の僚は、香が決めてしまったクリスマスの予定を知らないでいた。




(つづく)






第3話 すれ違い。

クリスマスイブの2日前。
僚は原宿の、とある豪奢なビルを見上げて盛大な溜息を吐いていた。



ある冬の午後の、僚の天邪鬼からなる第1番目のボタンのかけ違いは。
予想以上の展開を見せて、目下最大の悩みとなって己の身に還って来た。
四字熟語で端的に表すと。

自業自得、である。













あの昼下がりから数日。
香はあれ以来、クリスマスの話しはしないし。
だから僚も、藪の蛇は突かない。
ただ脳内では目まぐるしく、クリスマスをお家で暖かホッコリと過ごす言い訳、を常に模索中であった。
そんな風に頭を考え事で一杯にした僚は、
例年に比べて“忘年会という名の飲み歩き”の回数が少ないという事実には、未だ無自覚であった。
そして言い訳を考えるより、素直になる為に腹を括る方が早いという事にも、未だ気が付いてはいない。


そんな真冬のとある夕餉。
メニューは、おでんである。
安上がりで、簡単で、大量に作れて、僚も満足して、香にとってはある意味手抜き料理である。
とは言え、普段が手を掛け過ぎなのだ。
おでんだけでは、あんまりかな?と思った香が作ったのは、鶏とゴボウの炊き込みご飯だった。
僚が香の衝撃的報告に、数十秒固まったのは。
出汁がシッカリ染みた、アツアツの丁寧に面取りされた大根を頬張ろうとした時だった。






あ、そう言えば。りょお。

んぁ~~??(今まさに大根を口に入れる所だった)

あのね、24日なんだけど・・・

っっ!!!   なななな、なに?(激しく動揺)

私、ちょっとお仕事してくるから。

・・・ほぇ????(ポッカァァ~~~~ン)






香の突然の発言に、僚は暫し呆然となって虚空を見詰める。
僚の口に放り込まれる予定だった、湯気を立てる大根はホロホロとイイ感じに柔らかく煮えており、
ボンヤリした僚の箸先でホロリと崩れ、僚の取皿の上にピチャッと出汁を跳ねながら落ちた。




ちょっとぉ、りょお。聞いてる?




香は無表情で虚空を凝視している相棒(スケベ)を、訝しげに覗き込む。
香は気が付いてはいないが、僚は薄っすら涙目で。
心の中で、ううん。聞いてない、てか聞きたくない。と、呟いた。
構わず、可愛い相棒は話しを続ける。




絵梨子がね、どうしても人が足りないって言うから・・・
こないだ、僚も飲みに行くって言ってたし・・・
私も1人でボンヤリしてるより、OKしちゃったらギャラも貰えるし❤
ギャラ入ったら、美味しいもの食べに行こうね♪




ニッコリ笑って美味しいモノを奢ってくれると言う相棒を見ながら、
僚は心底、己の捻くれた性格を呪った。
そんな僚に、自覚の無い可愛い小悪魔は止めの一撃を加える。




ショーは夜からなんだけど、
色々と準備もあるし、私はお昼過ぎには出掛けるね。
私は居ないケド、
クリスマスイブ、僚は心置きなく楽しんで来てね♪





この瞬間、愛の告白をしてから初めてのクリスマスは。
2人別々に過ごす事が決定した。
僚は、言い訳を考える必要も無くなった。
けれど。
言い訳を考える時間すら、悩ましくも幸せであった事に今更ながら気が付いた。
それは、温かいアパートに香が居てくれる事が大前提のお話しだ。
香が居なくては、お話にならない。


(・・・っとに、今更だっつ~~の。)


僚はただ呆然として、アツアツに煮えた各種練り物を咀嚼した。
真っ白に燃え尽きて、味覚も麻痺したかと思える程の衝撃であったが。
それは気のせいで。
どんなにテンションは下がっても、
おでんも炊き込みご飯も、いつも通り旨かった。
その後僚は、香の支度した“登別の湯”という入浴剤の入った湯船に浸かって、
少しだけ、泣いた。
身体は芯から温まったけれど、心の中には隙間風が吹き抜けていた。







そんなあれこれを経て、僚は相棒の手前、寒空の下ナンパに出掛けるフリをして、
赴いたのは、エリ・キタハラ デザインオフィスの前である。
今から向かい合う相手は、極上のモッコリちゃんでありながら、ある意味では最大のライバル。
香の親友であり、香を愛する者同士としてはお互いが目の上のタンコブ。
このクリスマスに、平和な(?)冴羽商事に波風を立てる、北原絵梨子。その人である。






それで?・・・私にどうしろと?




受付で名前を告げると、アッサリと通された応接室で。
香と同い年の、新進気鋭の世界的デザイナーは、悪戯っぽい笑みを含んだ声音でそう言った。
僚がグダグダと、この暮れの押し迫った時に急にそんな事言って・・・とか。
香がなんて言ったか知らないケド、俺は聞いてないとか。
つまり僚は、香のクリスマス・ショーへの参加を取り止めてくれるよう、駄々を捏ねに来たのである。







なぁに? 冴羽さん、淋しいんだ(笑)クリスマス、香に放置されて。

っっ馬ぁっ鹿っっ。っ違ぇっっよっ!! ただ、ホラ。なんだ、その~~なぁ。あれだ・・・

要するに、淋しいいんでしょ?早い話が。

・・・・・・・。





僚は香より1枚も2枚も上手の彼女を相手に、グゥの音も出ない。
絵梨子はとっくにお見通しである。
そもそもの、あの時。
香を怒らせた昼下がりの、僚のお決まりの天邪鬼から、
その後の都合のイイ、言い訳なし崩し的・クリスマスナイトの計画まで。全て。






じゃあさ、四の五の言わず、香と一緒に過ごしたら良いんじゃないの?クリスマス。

・・・・モデル、他を当たってくれんの?

っっまさか!! もう、香には重要なトリを飾って貰う事に決まってるの(得意気)

・・・・・・・・・・んなら、俺の出る幕じゃ無いじゃん(怒)



だぁかぁらっっ!! 
    冴羽さんも、ショーに出れば万事解決でしょ?



は?






満面の笑みを浮かべるデザイナー殿の隣で、冴羽僚は呆然と立ち尽くす。
ミイラ取りが、ミイラになってしまった。
強引なデザイナー先生主導の下、僚はトントン拍子に専属モデル契約書へサインをさせられた。
香はきっと喜ぶだろう。
冴羽家の家計が、一気に潤う。
己がキャバクラで散財するよりは、ギャラをクリスマスプレゼントだと思って捧げた方がイイかもしれない。
僚はそう思って、この想定外の現実を受け入れる事にした。



こうして、クリスマスは2人揃って出稼ぎナイトと相成った。



(つづく)






第4話 クリスマスは一緒に。

舞台袖の端と端。
華やかなショーのトリに相応しい、美男美女。
ステージの中央、高さ3mの巨大なツリーの前で落ち合って、
バージンロードに見立てた、ランウェイを歩く。



・・・・・・・というのが、昼間のリハーサルで香が絵梨子に受けた説明である。



でも。
相方が僚だとは聞いてない。















2日前。
契約書にサインした僚が見せられたのは、何処からどう見ても結婚式で新郎が着る、
フロックコートである。






え、絵梨子しゃぁあん(汗) ひとつ訊いてもイイ?

なぁに?

今度のショー、水着じゃないのぉ???

んふふふ。毎年同じじゃ、芸が無いでしょ・・・・・・・






そう言って得意気に解説を始めた絵梨子の、壮大な長話を簡潔に纏めると、
今年のテーマは、『愛し合う男女』
普段なら、レディースラインとメンズラインを分けて発表する所を、今回は1つにしてみたという。
必ず男女1組対にして、ランウェイを歩く。
それぞれ全く違うデザインだけれど、男女並んで歩くと調和のとれたバランスでデザインする。
デザインとコーディネイトの提案を、1つのショーとして考えたわけである。
そして。
“愛し合う男女”の最終形として、香と僚がトリを飾るらしい。






・・・・て、事は。香は?

勿論。ウェディング・ドレス(クスッ)





僚はガックリと項垂れ、深い深い溜息を吐いた。
もしかしたら今回の一件は、初めから絵梨子の罠だったんじゃないかと深読みしてしまう。
しかしこの時には既に、あまのじゃくは契約書を交わした後で。
後の祭りであった。






更にその数日前。
1人で絵梨子のオフィスに呼ばれた香も、心境は僚と同じく複雑であった。




こ、これ。私が着るの?

ええ、そうよ。綺麗でしょ?





確かに綺麗だった。
上質なシルクサテンの、真珠のような艶やかなドレスはしかし。
どう見ても、ウェディングドレスだ。
この他にも、数着見せられた衣装は、どれも春夏物の可愛らしい服ばかりで。
(勿論、それにしたってテーマは、デートの勝負服なのだ。香は知らないけれど。)
その白いドレスに。
香は、胸の奥が小さく痛んだ事には、知らないフリをした。


1か月半前の、美樹と海坊主の結婚式。
美樹の冗談に乗せられて、香は美樹が着る予定のドレスを試着させて貰った。
その姿を鏡で見て、香は自分の瞼の裏に焼き付けた。

これが最初で最後だ。

僚が自分をどう思ってるかは、深い所までは解らない。
けれど香は、たとえ一生僚とは相方のままでも。
否、一生相方として、認めて貰えるのならば本望だ。
多くは望まない。
僚の傍に居られるのなら。

平凡な結婚も、ドレスも、子供も。そんなものは必要無い。

香に必要なモノは、僚との絆だけだ。
それにその後。
美樹にちょっかいを出しに来た僚にも、香の姿を見せる事が出来た。
あの時は、ハンマーを振り回して制裁を加えたけれど。
本当を言うと、香は少しだけ嬉しかった。
自分と同じように、僚にも覚えていて欲しかった。
たった一度の、借り物のドレス姿を。
だから、もう二度と自分には縁の無いモノだと、香は思っていた。



香にとって、白いドレスは。
もしかすると、普通の結婚適齢期の女性達とはまた一味違った意味で、重大な意味を持つ。
それは。
僚と生きて行くという決意と共に、切り捨てなければならない選択肢。
香の人生には必要無い、セレモニー。
けれど、また。
どうやら袖を通す事になったらしい。
クリスマスの夜に。














舞台袖の向こう側、数m先に居る香はポカンとしている。
僚は思わず、苦笑する。
それでも。
真っ白いドレスを着て、綺麗にメイクを施され、呆然と己を見詰める相棒は。


この世で一番、美しい。


2日前に、絵梨子の術中に嵌った僚は、契約書の事など無視してすっぽかす事も考えたけど。
冷静になって考えれば、
自分が出なければ、あの相棒の隣には、にやけたモデル野郎が並ぶワケで。
それはそれで、胸糞悪い。
あの香の隣を歩くのは、俺しかいねぇだろ?と、僚は思う。



僚は自分も、絵梨子のショーに参加する事は香には言わなかった。
昼過ぎに香が出掛ける時も、何食わぬ顔で見送った。
だから香は、今頃相方は歌舞伎町で飲んでいると思っていただろう。
先程までで、僚も香も数着の衣装を替えて登場していた。
勿論、お相手はそれぞれバラバラだ。
今僚は、改めてすっぽかさなくて良かったと、心底思っている。
こんな相方を拝めるのならば、夜の街のネオンにも、くだらないナンパにも。
これっぽっちも未練は無い。















香は正直、朝から気が重かった。
“あの”ドレスを着る事が。それでも、
お仕事だし。と、何処かで割り切ろうと、この数日ワザと気分を変えて明るく振舞った。
もしかしたら、今年のクリスマスは。
ここ数年で、もっとも悲しいクリスマスかもしれない。


僚にこれ以上を望んではいけないと、物解りのイイ相棒のフリをして。
本当を言うと、香は沢山の事を望んでいるのかもしれない。
もしも、サンタクロースがいるのなら。


香は、僚の心が欲しい。
香は、僚との時間が欲しい。
香は、僚の言葉が欲しい。
香は。

僚に愛されたいのだ。多分。



自分の心に目を背けて、イイ子のフリをしている悪い子には。
悲しいクリスマスを、神様が運んで来たんだろう。
こんな事なら。
なんにもなくても、ただ香の作った晩ご飯を、
酔っ払って午前様の僚が、薄暗いキッチンでもそもそと食べるいつものクリスマスの方が、100倍幸せだ。















つい先程、控室でその白いドレスに袖を通すその時まで、香はそんな事を考えていた。
けれど、舞台袖で香が見たモノは。
いつものボサボサの無造作ヘアーを、きちんとセットして、フロックコートを着た。


僚だった。


香は頭の中が真っ白になった。
ねぇ、僚。
『クリスマスナイトinねこまんま』じゃなかったの?
歌舞伎町のネオンが、呼んでるんじゃなかったの?
クリスマスなんて、柄じゃねぇ。んじゃなかったの?

ねぇ、どうして。いつもいつも、僚はそうやって。
私の事、この上ない絶妙なタイミングで迎えに来てくれるの?















音楽の転調とフロアディレクターの合図をキッカケに、香がステージへと押し出される。
同時に僚も、反対側の舞台袖から現れる。
観客席からは、静かな溜息が漏れる。

ステージの中央、大きな樅の木の前で2人は向かい合う。
僚が腕を差し出したのを合図に、香も僚の腕に手を添える。
バージンロードに見立てた、ランウェイへと足を踏み出す。

ステージの上は、目映いライトが照らしていて。
真っ暗に見える観客席に向かって、光るランウェイはまるで。
夜空に伸びる滑走路みたいで。
油断すると眩暈を起こして倒れそうなほど、香はこの夜で一番緊張していた。


僚の腕が、とても頼もしかった。












なんで?

は?

なんで、僚がいるの?

・・・俺、言わなかったっけ?

聞いてない。

そうだっけ。・・・ま、でも。

???

クリスマスをモッコリちゃんと過ごすって事は、言ってた気がするけど?

////////。

香。

/////ん?

綺麗だ。

ふぇ?

今夜、おまぁが一番綺麗だ。

ば、馬鹿っっ///////






どうやら、僚の中の天邪鬼も、クリスマスの夜にはさすがに退散したらしい。
2人はにこやかに、堂々とランウェイを歩きながら。
ヒソヒソとお喋りしている。
滑走路の先端でターンして、樅の木の前までゆっくりと歩く。


リハーサルでは、そこで観客席を振り返って一礼すると、それぞれ元来た舞台袖へ帰る。


・・・・筈が。
樅の木の前で、僚は香を抱き寄せた。
繊細なベールを捲って。
僚は初めて、この6年間恋い焦がれ続けた唇に口付る。
観客席からは、ひと際大きな溜息とも嬌声ともつかない声が上がる。




舞台袖でアシスタントが焦って、絵梨子に駆け寄る。
「せ、先生!! あれ、リハーサルには無かったですケド、演出ですかっっ???」
絵梨子はペロッと舌を出すと、飄々と答える。
「良いんじゃない? 盛り上がってるみたいだし?問題無く、進めて。」

その絵梨子の言葉を合図に、2人が袖へ戻った後に降らせる筈だった雪に見立てた紙吹雪が舞い降りてくる。



会場中の割れんばかりのスタンディング・オベーションの中。
僚と香はもう一度、口付た。








ねぇ、香。

ん?

家帰ったら、クリスマスの続きしてもイイ?

//////////うん、いいよ。







つい数十分前は、今までで一番悲しいクリスマスだと香は思っていた。
心の中の醜い自分が嫌いだった。
嫉妬する心や、独占慾や、僚に色々望む欲張りな心を悔いていた。
そんな心を持て余しながら、素直になれない自分は。
僚を責める資格など、僚に愛される資格など無いと思っていた。




だけど。
香をそんな風に凹ませるのも僚ならば、香をこの世で一番の幸せ者にするのも、冴羽僚なのだ。



香に幸せを届けるサンタクロースは、フロックコートを着た目の前の相棒だった。




(おしまい)

















いやはや。
というワケで、このクリスマスの聖なる夜に。
当ブログのクリスマス祭りも、無事千秋楽を迎えました m(_ _)m
生温~~~い感じで、約10日間。
クリスマスばかりの更新でした。
どれか1つでも、皆様のお気に召して戴けるものがあれば幸いでございまっす!!
それでわ。どなたさまも。



Merry,Christmas!!!!       ケシ