このお話しは、パラレルです。 いつもの面々が、高校の先輩・後輩でっす(*´∀`*) パラレル苦手な方は、ご遠慮ください。 m(_ _)m OK!! ドンと来いっっ!!という方のみ、以下の詳細設定をお読みになって、『① 4月 新生活。』へ、お進みくださいませ♪
《生徒会・先輩グループ》 僚 (高3)・・・風紀委員長。秀幸と香は家がお隣同士の幼馴染み。 秀 幸(高3)・・・生徒会副会長。香の兄。僚とはクラスは別。 伊集院(高3)・・・生徒会書記。無口。僚と同じクラス。 冴 子(高3)・・・生徒会長。才色兼備。実はコッソリ、副会長とデキている。 かずえ(高2)・・・生徒会会計。生徒会執行部の中で、唯一2年生。ミックと付き合っている。 ミック(高3)・・・写真部。生徒会役員ではないが、何故か生徒会室の常連。僚と同じクラス。 《1年生・後輩グループ・クラスメイト》 香 ・・・風紀委員。明るくて可愛くて運動神経抜群、しかし成績が・・・残念。 美 樹・・・クラス委員(女子の方)。初めての委員会召集の時に、伊集院に恋をする。 絵梨子・・・香と美樹の親友。3人でいつもお弁当を食べる。 麗 香・・・冴子の妹。姉と比べられるのが、コンプレックス。香たちとは、若干違うグループ。
一応、カオリン入学から、兄貴たち卒業までの1年間のお話しです。
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その日、生徒会役員である槇村秀幸と冴羽僚は、 講堂の入り口に立って、入学式が始まるのを待っていた。 一段高いステージ上には、日の丸と創立57年の歴史を誇る古めかしい校旗が掲げられ、 会場は、準備万端整っている。 ステージに一番近い場所に設置された、パイプ椅子の空席が新入生の座る席で、 その後ろには、父兄が座っている。 向かって右手側には、教職員一同。左手側に、来賓席。 新入生以外の、唯一の生徒としての参加者は生徒会役員たちである。 新入生が入場した後続いて入場し、目立たぬように教職員席の末席に座る。 なぁ、槇ちゃん。 ん~? カオリン、何組? 1-3、だったけかな?確か。 ほぉ。 何だよ? 俺、3組だから、運動会同じ組だ(ニヤリ) ・・・・・・お前、香の事苛めたら殺すぞ? 何だよ、人聞きの悪い。可愛がるって言ってくれ。 それはそれで、殺す(睨) ・・・・・(汗)。 新入生たちは今朝登校したら、一番に昇降口に貼り出されたクラス分けの一覧を確認する。 そして自分のクラスの靴箱の自分の番号の下駄箱で上履きに履き替えて、自分の教室に行く。 今頃は、各自それぞれの教室で点呼が行われ、もう後5分ほどでこの廊下の向こうからやって来る筈だ。 上履きの底のゴムの色は、僚たち3年生は緑で、香たち1年生は赤だ。 因みに、この学校の運動会は毎年5月に行われており、 クラスを縦割りにした、3学年合同チームで勝敗を競う事になっている。 どうやら朝一でクラス分けの表を確認した秀幸情報によると、香は1-3なので、 3-3の僚とは、同じチームになるのだ。 僚と秀幸がぼそぼそと小さな声で囁き合っていたら、隣の大男から頭を叩かれた。 とても高校生には見えないが、一応高3の伊集院隼人である。 強面の寡黙な男だが、茶道部に所属する繊細な一面も持ち合わせている。 因みに彼も3-3なので、同じチームである。 ぃって~~なっっ!!海ちゃんっ!! 馬鹿力で叩くんじゃねぇ!! フンッッ。お前こそ、アホ面で脳天気に騒ぐんじゃねぇ。 んだと?ゴルァ。このハゲッッ。 ドゴッッ僚の後頭部に直撃したのは、 生徒会長であり秀幸の恋人でもある、野上冴子が手にした分厚いファイルケースだ。 この中に、本日の生徒会長挨拶のスピーチ原稿や、式次第、式手順要項など諸々の書類が入っている。 彼らは一応、生徒を代表して諸々の重要な役割(雑用)を任されているのだ。 ・・・お願い、どうでもイイから静かにしてて。 ・・・・・・しゅびばせん(涙目) そんなこんなで、彼らがいささか暇を持て余して来た頃、 漸く、新入生の一団が見えて来た。 同じデザインの制服の筈だけど、3年生のそれと、今日初めて袖を通されたモノでは、初々しさが違う。 1年1組の生徒から順番に、講堂の中へと入場してゆく。 2組の途中辺りから、秀幸と僚はある1人の女生徒の存在に気が付く。 周りから数段飛び抜けた長身、栗色の癖毛。真っ白な肌。 秀幸の妹で、僚の幼馴染み。 1年3組の、槇村香だ。 香も、兄達の存在に気付く。 お兄ちゃん、と言って手を振る。 秀幸は苦笑しながらも、小さく手を挙げて応える。 擦違い様、僚が挙げた手に香がハイタッチする。 よぉっ、僚。おはよう。 彼女は、少しだけボーイッシュで。 兄は妹に、もう少し女の子らしくなって欲しいと思っている。 香は中学生の時に上級生(男子)とタイマン勝負をして、制服のスカートを破いて帰って来た逸話の持主だ。 この真新しい制服が、どうか3年間無事でありますようにと、秀幸は香の後ろ姿を見送りながら願った。 入学式も佳境に入って、校長から新入生代表に校章を手渡す時になって、秀幸と僚は驚いた。 新入生代表で名前を呼ばれたのは、香だったのだ。 名前を呼ばれた香の返事は、清々しく講堂に響き渡る。 スッと立ち上がった彼女の凛とした佇まいに、周りの生徒から軽い溜息が漏れる。 恐らく、その殆どが男子生徒。 秀幸の最も心配するのは、その点だ。 香自身は全くと言っていいほど無頓着だが、中学の3年間で、香が受け取ったラブレターはおよそ300通。 バレンタインの時期になると、決まって秀幸よりも貰って来るチョコの数が上回る。(桁が違う) 高校生になった香は、また少しだけ背が伸びてますます綺麗になっている。 兄の心配は尽きない。 秀幸が思わず零した小さな溜息を、僚は聞き逃さなかった。 大変だな、槇ちゃんも。目立つ妹を持って。 まぁな・・・・(諦) この日から、彼らの甘酸っぱい1年間が始まった。 入学式から、1週間。 香は中学の時から一緒だった、絵梨子と同じクラスになった。 そして新たに、美樹という子と友達になった。 香と絵梨子と美樹は見事に意気投合し、3人でいつもお弁当を食べる仲になった。 その日の午後のホームルームで、各委員会の委員決めが行われた。 どうやら、クラス委員は入試の時の成績順で、 あらかじめどのクラスも担任の教師によって、決められているらしい。 美樹は、女子のクラス委員に決まった。 それぞれ、自薦他薦で委員が決められていく中で、どうしても風紀委員だけがあぶれてしまった。 『誰か、やりたい者はいないのか?』 そう言った担任教師は、教師生活4年目の若手男性教諭で少しだけ気弱そうである。 『やりたい者』 と言われて、手を挙げる人間もそうそう居ない。 こうなったら、くじ引きか・・・という空気になった所で、香がスッと手を挙げた。 じゃあ。私、やります。 香はこういう時、放って置けないタチなのだ。 お節介は重々承知で、いつも貧乏くじを引いてしまうのだけど、つい引き受けてしまうのだ。 おぉ、槇村。やってくれるか? はい。 すまんな。みんな、賛成の者は手を挙げて? 先程とは打って変わって、満場一致である。 絵梨子は思わず苦笑する。 中学を卒業した春休み、香は。 高校生になったら、絶対に委員会もクラス役員も引き受けない!! と、決意表明していたのだ。絵梨子の家の絵梨子の部屋で。 多分、つい半月程前のあの決意表明を、槇村香はすっかり忘れている。 結局は、委員に立候補してしまっている。 それも一番人気薄の、風紀委員などに。 更に、その数日後。 今期初の委員会が、放課後に召集された。 香が呼ばれた風紀委員会の、会合場所は3年3組教室。 香は、イヤな予感がした。 その教室に入った時、まだ委員たちは5割ほどしか集まっていなかった。 そして、そこで黒板の前に立って、それぞれのクラスと名前を確認していたのは。 冴羽僚、槇村香の幼馴染みであった。 なんで、僚がいるの? ・・・・・・なんでって。俺が、風紀委員長だから(半笑) ・・・え? 知らなかった? うん。 ま、そういう事だから。よろしくな、カオリン。 ・・・う、うん。 僚は席に着く香の後ろ姿を見ながら、ニヤリと笑う。 よろしくな。と言った僚に香は今確かに、うん。と言った。 これから1年間、冴羽僚は本当にヨロシクして貰うつもりである。 その日の会合は、初顔合わせのようなモノで。 各自簡単な自己紹介と、大まかな1年間のスケジュールが確認されただけだった。 しかし、会の最後に僚が発表した人事によって、香のこれから1年間の命運が決まった。 え~~と、今日はこんなモンで。 後は、委員会内で書記・その他雑務担当を決めようと思うんだけど。 これは、まぁ俺の独断と偏見で。 1-3、槇村香クン。ヨロシク、頼まぁ。 ふぇ? 香はハッキリ言って、ボッサリしていたのだ。 委員会なんて、2・3年生が主導で考えて、1年生は指示通り動くだけだ。 早い話が、パシリである。 だから自己紹介を終えた今、何も考えずただボンヤリしていた。 否、強いて言えば、今晩の献立を考えていた。 槇村家は父子家庭である。 父親は警察官僚で、仕事人間なのでいつも帰りは遅い。 兄が高校生になって、大学受験を控えてからは家の事は、香がやっている。 とは言え、家族3人だけで食事の支度は、ほぼ2人分なので大した労力でも無い。 何より、香も秀幸も料理は得意なので苦にはならない。 聞いてた? ・・・・???? カオリン、この後居残りね(苦笑) え? この後、委員長の愛の制裁が、槇村香を待ち受けていた。 香は少しだけ、風紀委員に立候補した事を悔やんだ。 そう言えば春休み。 高校生になったら、委員会には関わらないと心に決めていた筈なのにと、今更ながら思い出していた。 後の祭りである。 (つづく)
4月半ばに、初めての委員会の会合が開かれた後、美樹は茶道部に入部した。 風紀委員を統括するのが風紀委員長ならば、 クラス委員を統括するのは、生徒会執行部である。 実は美樹は、その初めての会合で運命の出会い(本人談)を果たしたのだ。 その相手というのは、3年3組の伊集院隼人。生徒会執行部書記、茶道部部長であった。 委員会以外での、接触の場を求めて彼女は迷わず茶道部に入部した。 その美樹の打ち明け話に、絵梨子は弁当を食べる手を休めて興味津々である。 根堀葉堀、彼の情報を聞き出す絵梨子とは対照的に、香は目を丸くして放心している。 香などあの会合の後、話しを聞いて無かった罰としてホッペを抓られ、 僚と一緒に帰宅する事を命じられ、 学校から家まで(何しろ槇村家と冴羽家はお隣同士だ)僚の鞄持ちをさせられた。 幾ら僚が風紀委員長でも、あれは職権乱用だったと香は思っている。 か:ほぇ~~(感心) み:どうしたの?香ちゃん、大丈夫? え:大丈夫よ、美樹ちゃん。香ってば、この手の話しになるといつもこうなの。お子ちゃまだから。 み:・・・そ、そうなんだ。 え:で、その彼ってどんな人なの? み:生徒会の人なの。3年生で茶道部の部長さん。伊集院隼人先輩。 え:ふ~~ん。で、カッコイイの? み:んふふ。とっても❤ え:ヘ~~、今度教えてね。どの人か。 み:分ったわ。私、絶対彼の恋人になるの(握拳) え:頑張ってね!! 応援する♪ み:ありがとう、絵梨子ちゃん。 か: こここ、恋人ぉっ~~~?!?!そんな、2人の友人の話しを放心しながらも、 所々聞いていた香は、思わずイスから立ち上がる。 一気に教室中の視線が、3人に集まるのが解る。 絵梨子は香の制服の裾をクイッと引っ張ると、無理やり座らせる。 香も頭を掻きながら周囲のクラスメイトに、何でも無いの、テヘへ。と、笑って誤魔化す。 え:もうっ、香ってば動揺しすぎ(呆) か:えへへ、ゴメン(汗) で、でも、凄いね。好きな人が出来たなんて。 み:そうかしら?みんな、居るでしょ?好きな人ぐらい。香ちゃんは?いないの? か:・・・・・・好きな人??? う~~~ん。お兄ちゃんかな?? え:美樹ちゃん、この話しを香に振ってもしょうがないのよ。いつもこうだから。 香、この場合はお兄ちゃんじゃ、可笑しな感じよ? いいの。香にはまだ早いから。 か:む~。なんか、むかつく。絵梨子の意地悪~~~。 しかしそれは、本当の事なので香も否定はしない。 絵梨子は、中学の時にはもう既に彼氏がいた。 卒業を機に、絵梨子の方からお別れを告げたらしいけれど、香にはそんな事は全く良く解らないのだ。 付き合うとか、告白するとか、お別れするとか。 中学生の時に、香は沢山手紙を貰ったけどそれはどれも開封される事の無いまま、 クッキーの空き缶に入れて、香の部屋のクローゼットの奥深くに仕舞ってある。 香とて馬鹿では無いので、流石にあれらがラブレターであった事ぐらいは解る。 けれど、どれか1通を開いて読めば、全部読まなくちゃという風に思ってしまうし、 かと言って、読んだところで困るのは目に見えているので、初めから開封しないのだ。 けれどせっかく、何処かの誰かが気持ちを込めて書いたモノを捨てる訳にもいかずに、 そのまま保管しているのだ。 ハッキリ言って、その問題は香には難し過ぎる。 出来ればこのまま、死ぬまでそんな事(色恋)で悩む事無く生きて行きたいと香は思っている。 香と絵梨子は、伊集院を知らない。 しかし、伊集院隼人は3年3組なのだ。 もう半月程もすれば、嫌でも彼を知る事となる。運動会の、同じグループの一員として。 僚のクラスが体育の授業でサッカーをしている時に、1年生女子の何処かのクラスが体力測定を行っていた。 3年生男子は普通、それが1年のどのクラスなのかなんて興味は無いものだ。 けれど僚には、それが1年3組だと言う事がハッキリと解る。 1人だけ目立って背が高く、華奢でスラリと長い手足。 春の陽気の中で、輝く程白い肌。 周りの生徒が長袖のジャージ姿にも拘らず、唯一、半袖体操服にショートパンツ。 特に女子は、好き好んでその恰好で授業を受ける者など殆どいない。 しかし彼女は、至って元気だ。 どの教科より、体育が好きなのは小学校の頃から一貫している。 そんな彼女は、先程の100m走のタイム測定で、非公式ながら高校新記録をマークした。 今現在は、5000mのタイムを測る為、トラックを周っている。 殆どの生徒がヘロヘロになって走っている中で、槇村香だけは顔色一つ変えず颯爽と走り抜ける。 もう既に、最後尾の生徒とは4~5周ほどの差をつけて、先頭をひた走っている。 この分では、全員が走り終えるまで、香は暫く休憩時間が取れそうである。 お~~い、カオリン。 あ。りょお。りょおのクラスは何?サッカー? ああ。・・・・てか、なんでおまぁ、半袖に短パンなんだよ。 へ? 案の定、香は早々に計測を終えて、トラックの内側で体育座りをしてボンヤリしていた。 僚のクラスがいた事になど、声を掛けられるまで香は一切気が付いてはいなかった。 それに、僚の質問の意味が解らない。 だって原則、体操服は4月~10月までの時期は半袖・短パン。冬季のみ、ジャージ可って書いてあったよ? なんに? 生徒手帳、校則のとこに。・・・大丈夫??委員長様(ニヤリ) あ? 良いんだよ、別に。そんなモンくそ真面目に守らなくても。 何だよそれ、この前はちょっとだけ話聞いて無かっただけで、罰ゲームだったくせに。 そう言った僚は、ボトムだけジャージを穿いて、上は半袖の体操服を着ている。 左胸には、学年カラーの緑色の刺繍で『冴羽』と書いてある。 プゥッと膨れっ面の幼馴染みの茶色いクセ毛を、ぐしゃぐしゃに掻きまわす。 あぁ~~ん? あれはおまぁが人の話聞いてねぇからだろうがっっ。 なんだよ。勝手に雑用係に決めたクセにっっ!! イジワルばか僚っっ!!! 2人は授業中だという事も忘れて、まるでお家気分でじゃれ合っている。 それは子供の頃からの、2人のノリだ。 香は兄とはベタベタに仲良しな代わりに、兄妹ゲンカはいつも僚とやっている。 もうすぐ、運動会の季節である。 運動会当日。 香は、フル出場で目一杯出られるだけの種目に参加しながら、涼しい顔をして次々と1着でゴールした。 1-3には香がいてほぼ無敵であったし、 3-3には僚とミック・エンジェルと、伊集院隼人がいた。 彼らはそれぞれ、帰宅部と写真部と茶道部であるが、体育会系の生徒を突き離し、 ダントツの1位で優勝した。 ミック・エンジェルは、すっかり香を気に入り何かと口実を付けては、体操服姿の香の写真を撮影した。 そんなミックに、香も微塵も疑う事など無く、絵梨子や美樹や他のクラスメイト達と沢山写して貰った。 香と絵梨子は、噂の美樹の『運命の人』の正体を知り、 2人とも心の中で美樹の好みのタイプについて、少しだけ驚いた。 しかも彼は、茶道部部長である。 あの大きな手で、小さなお茶碗を持ってお茶を点てる所を想像して、香はニヤニヤしてしまう。 運動会が終わったあと、香には運動部からのスカウト陣が殺到した。 全校生徒の目の前で、香が只者では無い事が証明されたのである。 是非、ウチの部にと、上級生と顧問たちは色めき立ったが香は何処の部にも入らなかった。 香の考えている事はただ1つ。 部活をやっていたら、晩ご飯の支度が出来無くなってしまう、という事だけだ。誰も知らない事だが。 しかし、香に注目したのは、なにも運動部に限った事では無い。 大半の男子生徒が、この1日で香に魅了された。 その事で憂鬱な気持ちになっているのは、兄である槇村秀幸と、幼馴染みの冴羽僚である。 彼らにとって香がモテるという事は、ただただ不愉快でしかない。 まず間違いなく、槇村香は全校生徒の中で最も体操服の似合う女子である。 (つづく)
え:ねぇねぇ、あの3年の冴羽先輩って、結構人気あるらしいわよ。 み:ホント~? まぁ、確かにルックスがイイのは認めるわ。私はタイプじゃ無いケド。 え:・・・タ、タイプ(汗)そうでしょうねぇ・・私はカッコイイと思うなぁ。ちょっと、チャラいけど。 か:・・・・モグモグ(唐揚げウマー)← 他人事&聞いてないえ:ね、香は彼と幼馴染みなんでしょ? か:・・・・モグモグ(玉子焼きウマー)← 満面の笑み え: か・お・りっか:ん?なに? え:さっきから、アナタ人の話し全然聞いてないでしょ? か:????? え:冴羽先輩、幼馴染みなんでしょ? か:へ?りょお? うん、そうだけど。それが何か? み:彼がね、結構下級生から人気だって話し。 か:ふ~~ん。そうなの?(興味無し) そう言って、ゆかりご飯のおにぎりを頬張る香は、この話題には一切興味が無いようである。 そもそも香は、恋バナ一般にさして興味は無いのだ。 それよりも、目の前の弁当だ。 今日の弁当は、秀幸が作った。 香にとって、僚の下級生人気よりも兄の弁当の方が優先順位は上である。 か:・・・って、僚のどこら辺が??? え&み:・・・どこら辺がって(苦笑)色々有るんじゃないの?カッコイイとか、優しいとか・・・ か:意地悪だよ、アイツ。 そう言ったっきり、香は美味しそうに弁当を堪能した。 絵梨子も美樹も、苦笑する。 そうは言ったモノの、この2ヶ月ほどで香がどうやら僚ととても仲が良いらしいと言う事だけは知っている。 香が“秀幸特製ランチ”を綺麗に平らげて、 ご馳走様の手を合わせたところで、校内放送のチャイムが鳴った。 “あ~、1-3の槇村香、槇村香。 大至急、昨日の委員会の議事録を持って生徒会室へ来い。繰り返す、1-3の槇村香。 風紀委員会の議事録のノートを持って、至急生徒会室までっっ!!以上。”噂をすれば影である。 それは聞き間違うワケも無く、正真正銘、幼馴染みのヤツの声であった。 昼休みは、まだ後40分少々ある。 香は一気にブルーな気持ちで、カバンから一冊のノートを取り出す。 ね、意地悪でしょ?僚のヤツ!! 香は絵梨子と美樹にそれだけ言い残すと、重い足取りを引きずって生徒会室へと向かった。 残された親友たちは、乾いた笑いを漏らす。 頑張って~~、と言いながら、ヒラヒラと手を振る。 そんな昼休みの教室の片隅。 彼女たちとは少しだけ離れた席から、野上麗香が香の事を見詰めていたなどとは、 この時の香は知る由も無かった。 生徒会室は、北側校舎の1階の一番奥、校内で最も日当たりの悪い場所にある。 その隣は、写真部の暗室である。 写真部に所属しているミック・エンジェルは、生徒会のメンバーでも無いのに、 ほぼ毎日、放課後は生徒会室に入り浸っている。 その甲斐あって今現在のミックの彼女は、生徒会執行部会計担当の2-4、名取かずえである。 香がその部屋に赴くと、僚が1人で焼きそばパンとコーヒー牛乳の昼食を摂っていた。 勿論、それだけでは無い。 先程学食で、和定食大盛りも完食済みだ。 ・・・・・・(怒) なんだよ、挨拶ぐらいしろよ。愛想ねぇの、カオリン♪ なんでわざわざ、校内放送で呼び付けるんだよっっ!! 僚のバカッッ だって、おまぁ。携帯持ってないじゃん? 香は今時では珍しく、未だ携帯を持った事が無い。 父親と兄曰く、香にはまだ早い。という事らしい。 勿論この親子2人の真意は、ただ単なる溺愛の結果である。 携帯→不純異性交遊。もしくは携帯→援助交際、などという良からぬ事にならない為の予防である。 もっとも香自身、携帯が欲しいと思った事はまだ無いし、 たとえ所持しても良からぬ事にはならないのだ、残念ながら。 てか、校内で携帯電話は禁止だよ。委員長様っっ!!(ベ~~~だっっ) だろ?だぁかぁらっ、校内放送じゃん? お分かり?香クン。 ・・・なんか、ムカつく。 まぁまぁ、そんなに拗ねんなって。ホレ。 そう言って僚が香にくれたモノは、チロルチョコのミルク味である。 その牛柄の包装紙に、わぁあい。と喜ぶ香は、20円でアッサリと手なづけられる。 で?やって来たんだろうな?昨日言ってたやつ。 ・・・えへへ(汗) そそそれがさぁ。・・・やってるうちに寝ちゃってて(笑) ・・・まだ。てめ、コンニャロ。 香に課せられた僚からの命令は、昨日の委員会の内容を議事録から抜粋して簡潔に纏めておく事だった。 家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入って、寝る前になってその事を思い出した香は、 慌てて机に向かったモノの。 忍び寄る睡魔には勝てず、気が付くと布団の中で朝を迎えていた。 しかもいつもよりゆっくり眠った香を待っていたのは、兄の手作り弁当だったので、 僚の委員長命令など、すっかり忘れていたのだ。今の今まで。 ったく、しょ~がねぇな。ホラ、出してみな。ノート。 香はオズオズと、議事録を差し出す。 僚はパラパラと捲って、昨日のページを開く。 書かれているのは、ホンの数行。 ページの隅には、デッサンの狂ったドラえもんと思しき落書きと、 吹き出しには『ハイ、どらやき~~~♪』の文字。 これはきっと、(お腹が減ったよドラえもん、どうしよう?)という己の内なる呟きへの答えであろう。  僚は激しく脱力する。 昨日の会合は、時間にして1時間20分ほど。 どんだけ端折ったら、こうなるのか。謎である。 ・・・・・・カオリン、罰ゲームな。 ・・・・(ショボン) 今日の放課後、マックでビッグマック。カオリンの奢りな。 罰ゲーム兼、放課後デートというお楽しみを獲得した僚である。 (つづく)
7月に入ってから行われた、1学期の期末テストの槇村香の結果は惨憺たるものだった。 学年順位で、下から数えた方が早くて、クラスではぶっちぎりの最下位であった。 天は二物を与えずとはよく言ったモノで、 香は魅力的なルックスと抜群の運動神経を持って生まれて来たが、 学力面では、あまり恵まれなかったようだ。 けれど、何も香が努力をしていないワケでは無いのだ。 授業も真面目に聴いている方だろう。 一応、家に帰って予習復習もやっている。 香の学習法のどこに問題があるのか、それは深い謎である。 試験の結果を見せられた父親の厳命により、香はこの夏休みに予備校の夏期講習に参加する事になった。 元々は、秀幸と僚の2人が通う予定にしていた同じ予備校の、 1年生クラスに、香も強制的に申し込まれてしまった。 これで香は否が応でも、夏休みは兄と僚に監視されサボる事も侭ならず、勉強三昧が決定した。 夏休み初日を翌々日に控えたその日、3人連れ立って帰宅した幼馴染みたちは、 エアコンと扇風機全開の槇村家のリビングで、だらけたパンダのような様相で涼んでいる。 香はソファの前に敷かれたラグに寝転んで、ボンヤリしている。 秀幸は、大きめのグラス3つに、冷凍庫から氷を取り出してこれでもかと放り込む。 朝のうちに沸かして冷蔵庫に入れておいた、冷たい麦茶をグラスに注ぐ。 僚は余所の家にも拘らず、玄関で靴を脱ぐなり靴下を脱いで裸足になっている。 夏服の校章のマークの刺繍が入った、カッターシャツの裾をボトムから出し、ボタンは全開である。 その恰好で、ソファの上に胡坐をかいている。 ねぇ、お兄ちゃん。 ん~~?何だい。 香がボンヤリしたまま、その話題に触れた。 秀幸はキッチンカウンター越しに、制服のスカートのまま寝転んだ妹に苦笑しながら応える。 夏休みの夏期講習、行きたくないよ(涙)お兄ちゃんも一緒に、パパに抗議してくれないかなぁ? 香、スカート皺になるよ。・・・父さんには、逆らえないなぁ。幾らお兄ちゃんでも(苦笑) でもだって、予備校なんて受験生が通うとこじゃんっっ。 絵梨子と美樹ちゃんと遊ぶ約束してたのに、全部予定が狂っちゃったんだよ。 でもなぁ。あの成績見せられると、お兄ちゃんも同情の余地は無いなぁ(半笑) 槇村父は仕事人間でありながら、男手1つで子育てをしてきた子煩悩でもある。 香が生まれて間もなく妻を病気で失って、再婚もせずにこれまで精一杯2人の子供を躾けてきた。 最愛の亡き妻に良く似た面差しの香を、目の中に入れても痛くない程の溺愛振りで、 日頃は甘やかし放題の父親ではあるが、こと学習面に関しては異常に厳しいのだ。 その点に於いては、兄も妹も否応なく絶対服従なのだ。 なに?カオリン、そんなに言うほど成績悪かったの(ニヤニヤ) 僚がリビングのマガジンラックに差してあった団扇で仰ぎながら、ニヤニヤして訊ねる。 香はそれだけで、ウンザリする程暑苦しくなる。 この僚の表情は、香を散々からかう時の前兆だ。 秘密。僚は絶対にバカにするから、教えない。お兄ちゃん、教えちゃダメだよ? お兄ちゃんが、可愛い妹のプライバシーをこんな苛めっ子に教える訳ないだろ? 秀幸がそう言いながら、トレーに乗せた冷たい麦茶と、ピーナッツのまぶされたかりんとうを持って来る。 食べるのは、殆ど僚である。 香はご飯の方が好きなので、この時間あまり間食はしない。 誰が、苛めっ子だっつ~のっっ。俺だって、カオリンの事溺愛してるっつ~の。 オマエだよ、僚。・・・・・・それに、その愛は余計だ(殺意) 香が寝転んだ体勢から起き上がって、麦茶をコクコクと飲む。 トレーの上のかりんとうをチラリと見るも、興味無さ気にまたゴロリと寝転ぶ。 そんな妹に、秀幸は苦笑しながら優しく問う。 なぁ、香。お前、授業はちゃんと聴いてるか? 聴いてる。すっごい、聴いてる。 毎晩、ご飯の後に予習復習やってるんだろう? うん。やってる。 じゃあ、何でテストであんな事になるんだろうね。お兄ちゃん、不思議だよ。 あのね。 ん? 忘れるの。 どういう事? ご飯食べて、勉強するでしょ。で、お風呂入って、寝て。起きたら、忘れちゃうの(テヘ) ・・・・・・・・。 ねぇねぇ、カオリン。ご飯食べた事自体は、忘れてないよね? ・・・・僚、香は痴呆症では無いから。 あ~ね~。 槇村香は絶望していた。 高校生になって初めての夏休みには、夏期講習地獄が待ち受けている。 絵梨子と美樹と3人で行く筈だった、海もプールも映画も買い物も。 全て香は不参加だ。 最後の望みの綱の、お兄ちゃんに甘えて何とかして貰おう作戦も、今回ばかりは使えそうにない。 何よりそのお兄ちゃんが、今回はパパサイドに寝返ったのだ。 状況は、絶望的である。 まだ、夏はこれからが本番である。 (つづく)
夏休みに突入してからの槇村兄妹と隣の1人っ子は、仲良く朝から予備校通いをしている。 9時から1コマ目の授業が始まるので、遅くとも8:30前には家を出て電車で通っている。 ハッキリ言って、夏休みなのに休み前と何一つ変わらない上に、輪を掛けて面白くない。 秀幸と香は毎日、交代で弁当を作る。 僚はいつも、コンビニで何か買って済ませている。 昼に1時間ほど休憩してまた午後からみっちり5時間、勉強漬けの毎日だ。 同じ1年生クラスとは言え、学校とは全く違ってそこではレベル別にキッチリとクラス分けされている。 早々と受験を見据えて有名一流大学を目指す秀才クラスと、 香と同じような経緯で、まるで収監されるように送り込まれてしまった生徒とでは、 授業内容は違って当たり前だ。 お陰で香は、今の所何とか授業に付いて行く事は出来ている。 それに解らない事を質問すると、解るまで懇切丁寧に教えてくれる。 香は別に不真面目でも、勉強が嫌いなワケでも無いのだ。 何故だか、勉強した事がテストに反映されないだけである。原因は不明だが。 秀幸と僚は土・日も関係無く通っているけれど、流石に香は土・日だけは自由行動のお許しが出た。 だから土曜日と日曜日だけは、絵梨子と美樹と3人で夏休みを満喫している。 友人2人は、この夏の香の境遇に心底同情してくれている。 父親からは、休み明けの実力テストで結果が良ければ、冬休みは自由にして良いと言われている。 香の当面の目標は、実力テストで順位が真ん中位になる事だ。 せめて、クラス内でぶっちぎり最下位、という事だけでも何とかしたい所である。 それは8月初旬のある晩の事だった。 秀幸と僚も、8月の10日から17日までは勉強は一旦お休みだ。 中にはお盆も何も関係無しに、受験勉強に明け暮れるガリ勉クラスもあるようだが、 秀幸も僚も元々、成績は上位なのだ。 キッチリこの1週間の、純粋な休みを満喫する予定である。 香。お兄ちゃんたち、11日と12日の2日間でキャンプに行く予定だけど。香も参加ね。 へ?なんで? 泊まりがけだから香が1人になるじゃないか。防犯上、良くない。 え~、パパがいるよ? 父さんは、香が寝た後で帰って来るじゃないか。アテになんないから。それにもう、香も頭数に入れてある。 む~~。いっつも私抜きで勝手に決まってるんだもん。 それに予備校に通うのだって・・・勝手に・・・ブツブツ香のボヤキは聞こえないフリをして、秀幸は味噌汁を啜る。 夏期講習の申し込みも、こんな調子で香の与り知らぬ所で決定し、香には事後報告だった。 しかし父と兄の判断はいつも、概ね的を得ており香もブチブチとぼやきながらも、丸く収まるのだ。 キャンプに参加したメンバーは、秀幸と香と僚と伊集院と冴子と麗香とミックだった。 このメンツなら、かずえが参加しても不思議では無いが、 彼女は超が付く程の秀才で、夏休みは全くの趣味で勉学に勤しんでいるらしい。 そして、香が驚いた意外な参加者は、野上麗香だった。 あ。野上・・さん? お久し振り、槇村さん。 彼女は、香のクラスメイトである。 あまり接点は無いけれど、香はいつも彼女の事を美人だなぁと、密かに見惚れていたのだ。 何で?・・・・あっ。もしかして、野上さんって。会長さんの? えぇ、妹よ。面白そうだから、参加させて貰ったの♪ そうなんだぁ~~~~。ヨロシクぅ♪ あ、私は副会長の妹ね。 えぇ、知ってるわ。こちらこそ、ヨロシクね。 香が秀幸の妹で僚の幼馴染みだという事は、もはや学校中の誰もが知っている周知の事実だ。 自分が如何に目立っているのか、自覚が無いのは香だけである。 しかし。 実は麗香は、香ほど脳天気な性質ではない。 麗香が高校に入学してからの4カ月間、密かに恋心を抱いて来たのは、実は冴羽僚なのだ。 彼と幼馴染みだと言う、クラスメイトの槇村香はいつでも屈託無い。 スタイルが良くて、まるで美少年のように美しく爽やかで、中性的な雰囲気。 誰とでもすぐに打ち解ける、気さくな性格。 完璧かと思いきや、成績はいまいちでそんな部分さえどこか憎めない。 まるで野生の猫のようにしなやかで、奔放で、人を惹き付ける。 きっともしも彼女が僚の“特別”でなければ、麗香もきっと仲の良い友人になれたかもしれない。 けれど友人になる前に、麗香の心には嫉妬心が芽生えてしまった。 だから彼女は、麗香にとっては純粋な意味では腹を割った付き合いの出来る相手では無い。 勿論、香はそんな事は知らない。 香は昼休みに、しょっちゅう僚から呼び出されている。 名目上は委員会の用事だと言う事だけれど、 1年生のただの委員にわざわざ委員長が、用事を言付ける事もあまり無い気がすると麗香は思う。 香は放課後、時々秀幸と僚と連れ立って帰っている。 確かに、家が隣同士らしいけど。 高校生にもなった兄妹が、ましてお隣さんが楽しそうにじゃれ合いながら歩いているのも、 麗香にしてみれば、それって恋愛感情じゃないの?と思う所だ。 それに。 香と僚の2人だけの時もある。 駅前のマックで、仲良さ気にハンバーガーを食べているのを見た事もある。 学校の近くの本屋で、2人並んで立ち読みしていた事もあった。 それに、5月の体育の授業で。 風を切って走る香の姿を、遠くからジッと見詰めている僚を、麗香はそっと見詰めていた。 麗香は僚が好きだから、学校の中で僚を見付けると遠くからそっと眺める。 その僚の視線の先には、いつだって香がいる。 きっと槇村香は、冴羽僚の“特別”なんじゃないかと、麗香は思っている。 そう思う事は、恋する人間にとっては辛い事だ。 だから。 この2日間、姉がキャンプに行くと聞いて。 そこに、件の彼と彼女も参加すると聞いて、麗香は思わず自分も行きたいと言っていた。 冴子は不思議そうな顔で笑った。 そもそも普段の麗香は、キャンプだなんてキャラじゃないのだ。 どちらかというと、学校帰りは渋谷で遊んでいる方のタイプなのだから。 伊集院を筆頭に頼もしい男の子たちで、バーベキューのセッティングや、テントの設営を行った。 野上姉妹と香は、水場で米を研いだり、食材の下拵えをした。 意外な香の手際の良さに、麗香は驚いた。 槇村さん、料理上手なのね。 う~~ん。上手かどうかは、良く解んないケド。毎日やってるから。 え。お母さんは? ・・・ママは。 私が赤ちゃんの頃に病気で亡くなったから。 ・・・そ、そうなんだ。ごめんなさい。 ふふ、良いんだよ。謝んなくても。ウチはね、お兄ちゃんが1番料理が上手なの♪ お米を研ぎながら、冴子はそんな妹たちの会話を聞いている。 勿論、槇村家が父子家庭だという事は、知っている。 秀幸が誰より1番に大切なのが、この妹だという事も。 ミック・エンジェルは、頼もしい男の子たちのメンバーの中には含まれていないらしく、 カメラ片手に、香に付き纏っている。 香も楽しそうに、レンズを向けられる度にピースサインを寄越したり、ワザと変な顔をしてみせる。 僚は正直、それが面白くないので自分もカメラに映り込むフリをして、香とミックの間に割り込む。 必然的に真面目に火を起こして、アウトドア活動に邁進しているのは、秀幸と伊集院である。 7人は、終始和やかなムードで屋外でのディナーを楽しみ、 薪を組んで作った櫓を囲んで、夜遅くまでバカ話に興じた。 テントは、全部で3つ。 女の子たちの分と、僚と秀幸、伊集院とミックだ。 火が鎮まって来た頃には、もう少しで日付が変わる頃だった。 寝る前にトイレに行こうと思い立った香は、キャンプ場の管理棟の横にあるトイレに行った。 僚に声を掛けられたのは、トイレからテントに戻る途中だった。 カオリン。 あ、りょお。まだ、寝て無かったの? あぁ。カオリン、アッチで一緒にお星様見よう? そう言って、僚はテントとは反対方向を指差す。 香は嬉しそうにコクンと頷く。 確かに、家の周りではこんな満天の星空は拝めない。 僚の後について香は、フカフカの草地の上を歩く。 夏休みのキャンプ場とは言え、お盆の前のこの時期は少しだけ閑散としている。 これがお盆を過ぎると、また混雑するらしい。 一番暇で、人の少ない日がこの日だったのだ。 僚は立ち止まると、草の上に寝転んだ。自分の隣をポンポンと叩く。 香も隣に寝転ぶ。 すっごいねっっ!! プラネタリウムみたいっっ そうだな。ウチの近所じゃ、見れねえな。 来て良かったぁ~~~~ そんな香を、僚は横目で眺める。 香はいつでも、どんな時でも、場の雰囲気を盛り上げるムードメーカーだ。 天真爛漫で、明るくて、悩みなど無い。 けれど、そんな風に見えるのは、ただのイメージで。 僚は香の心の小さな変化だって、良く解る。 なんせ、香0歳の時からの付合いだ。 イメージなんてものは、受け手側の勝手な思い込みで。 あの遠くに光る星に、昔の人間が勝手に物語を作ってしまった事に少しだけ似ている。 カオリン。 ん~~? 何があった? ・・・・。 元気ないだろ、さっきから。 ・・・お兄ちゃん、 槇ちゃんがどうした? さっきね、・・・・・野上先輩と手繋いでたの。それにね、冴子って呼んでたの。いつもは、野上なのに。 ・・・・・(見たのか。) ねぇ、りょお。 あ? お兄ちゃんと、野上先輩。 付き合ってるの? 僚は何も答えずに、そっと香の手を握った。 香は別段、驚く事も無い。 香と僚は、子供の頃からいつだってこんな調子だ。 手だって繋ぐ。 良いんじゃん?手ぐらい繋いでも。 仲良しなら、繋ぐだろ? そうかな。 そうだよ、俺と繋いでんじゃん。カオリンも。 それは。 それは? 僚だからだよ。僚だから、イイの。 僚は少しだけ拗ねた顔でそっぽを向いて、なんだょそれ。と呟く。 それでも、手だけは離さずに黙って星を眺めていた。 暫くして、香がボンヤリしながら呟いた。 私も野上先輩や麗香ちゃんみたいに、可愛く生まれて来たかったなぁ。 なに?妬いてんの? そんなんじゃないよ、私、男の子みたいだから。ちょっと、羨ましいだけ。 ま、今更だな。 ・・・・解ってるし。一言多いし、僚。 けれど僚が本当に言いたい事は、そんな言葉じゃないのだ。 僚には、冴子よりも麗香よりも、香の方がよほど魅力的だ。 好きなのだ、香が。 子供の頃からずっと。 けれど、今更なのは僚の方だ。 付合いが長過ぎて、深過ぎて、まるでもう1人のきょうだいのような自分と彼女には、 『好き』の2文字だけでは、表せない沢山の気持ちが有り過ぎて。 僚はいつだって、茶化してしまう。 (本当は、オマエが好きなんだぜ。俺。) 僚は星を見ようと誘った筈なのに、星は見ずに、星を見ている香ばかり見詰めていた。 そしてテントの中から、そんな風に草の上に寝転ぶ2人の事を麗香が見詰めていた。 冴子は秀幸と外に出ている。 多分彼らも今頃、何処かその辺で同じように星を見ているのかもしれない。 3人用のテントの中で、麗香は1人ぼっちだった。 少しだけ、キャラじゃないキャンプになんか来てしまった事を、麗香は後悔していた。 そして、男臭い伊集院とミックのテントからは、もう既に鼾が聞こえ始めていた。 誰の上にも等しく、星は瞬いている。 (つづく)
夏休みが終わったその週に、実力テストが行われた。 槇村香的には、まぁまぁ出来たんじゃないかという手応えを感じていた。 結果がついて来るかどうかは、また別の話しではあるが。 その同じ週に、2学期第1発目の委員会の会合が開かれた。 その翌日、昼休み。 またしても、風紀委員恒例・校内放送が流れる。 ここ最近では周りの方が、委員会の翌日にはそれが来ると予測しているのに、 いつでも新鮮に驚いて慌てふためいているのは、当人の槇村香だけである。 “1-3、槇村香~~~。昨日の委員会で決まった例の予定表、 原稿を持って大至急、3-3、冴羽まで。 繰り返す、1-3、槇村。原稿を持って、3-3、冴羽まで。 あ、あと。ついでに焼きそばパンと、コーヒー牛乳もヨロシク~~~♪大至急な~~~。”やはり、香はその放送を聞いて慌てていた。 その例の“原稿”とやらを、家に忘れて来たらしい。 鞄をひっくり返し、隅々まで確認したがそんなモノは入っていなかった。 香はガックリと肩を落とし、小銭入れだけを握って、親友2人の励ましの声を背に教室を出た。 数分後、3年3組の教室にズカズカと入り込んで冴羽僚を尋ねたのは、3年1組の槇村秀幸だった。 何やら手には、1枚の紙が握られている。 ゴルァ、僚っっ。テメェ、人の妹をパシリに使うんじゃねぇっっ!! だぁってぇ~~~、1年の教室の方が購買に近いじゃ~ん? ついでだよぉ、つ・い・で❤ っるせぇ、焼きそばパンは、テメェで買いに行けっっ!! そう言って、秀幸が僚の側頭部に鋭いツッコミを入れたその時、 『失礼しまぁ~~ッす』と言って入って来たのは、渦中のパシリ要員である。 手には律儀にも、焼きそばパンとコーヒー牛乳を持っている。 激しく脱力するのは、兄である。 って、買って来るんかいっっ!! お前もっっ(苦笑) よぉおし、イイ子だ。カオリン。 そう言って、僚は香の頭を撫でまわす。 そんな僚を秀幸はもう一度、小突く。触るなという意味だ。 ヨッシ、カオリン。ご褒美だ♪ そう言って僚が香に手渡したモノは、チロルチョコのコーヒーヌガー味だ。 またしても彼女は、20円で嬉しそうに小躍りする。 しかし次の瞬間、本来の目的を思い出してシュンとする。 あ、あの~~~。り、僚ぉ? ああ~~ん? れ、例の予定表なんだけど・・・・、ちゃ、ちゃんとやったんだよ、昨日は。 ・・・けど、忘れて来ちゃった、家に。・・・・・・(怒) 僚は一瞬、チロルチョコを没収しようかどうか迷う。 そんな風紀委員と風紀委員長の間に、秀幸が割って入る。 あ~~~、それなんだけど。これ、今朝ダイニングのテーブルの上に忘れてたぞ。 秀幸の手に握られていたモノは、昨夜香が作成した秋の校則遵守運動の計画予定表である。 毎年10月中旬の10日程、風紀委員が毎朝交代で校門に並び、 挨拶の奨励と、軽い風紀検査を行う。 検査と言っても、引っ掛かるのはあからさまに違反が見られる場合のみで。 毎年この期間に、わざわざ違反をして登校する者もいない。 それでも、担当教諭と僚と交代で当番になった2~3名の風紀委員で行われる。 早い話が、その当番表である。 例年委員長は、原則毎日参加なので、僚はこの期間毎日早起きを余儀なくされる。 因みに、僚の予定では槇村香は、否応なく当番に関係無く、毎日参加決定である。 わぁ。ありがとうっっ、お兄ちゃんっっ!! 大好き❤ そう言ってヒシと抱き付く妹に、秀幸はデレデレと相好を崩す。 僚の眉間に、嫉妬による深い縦ジワが刻まれる。 その教室内の男子生徒の視線が、仲良しイチャイチャ兄妹に降り注ぐ。 超絶鈍感及びマイペースな兄と妹だけが、そんな周りの温度など物ともせずイチャついている。 地味で温厚な槇村秀幸は現在、校内で最も羨望の眼差しを受けている男子生徒である。 これで、生徒会長との交際まで明るみになれば、彼はきっと夜道で襲われかねない。 はい。というワケで、委員会の業務連絡終了。戻ろうか?香。 うん(頷)秀幸は妹の手を引いて、3-3の教室を後にした。 予想外の幼馴染み(兄)の出現により、今回の僚の幼馴染み(妹)丸め込み作戦は、敢え無く撃沈した。 秀幸が余計なお節介をしなければ、 放課後は香と2人で、罰ゲームという名のデートを楽しむ予定だったのだ。 次からは、呼び出し方にもう一工夫必要だと、冴羽僚は拳を握り締めた。 翌週、帰宅部の香が帰り支度をしていると、野上麗香に呼び止められた。 美樹はいつも部活で、大抵一緒に帰る絵梨子はその日、母親と何だかの展示会に赴くとやらで早退していた。 槇村さん。ちょっと、いい? あ、麗香ちゃん。なぁに? 香はあのキャンプ以来、麗香の事を“麗香ちゃん”と呼ぶ。 もっとも香は、クラスの誰とも同じスタンスで。 特に仲の良い絵梨子と美樹は別にして、誰の事も 〇〇ちゃん、〇〇くん。と呼ぶ。 クラスメイト達も、香を嫌うモノはいない。 女子とは大抵、好みや共通の話題や性格などで、細かく派閥を作る生き物であるけれど。 不思議と槇村香は、どのグループにも違和感なく溶け込む事の出来る才能を持っている。 それどころか、男子相手でも不思議と違和感なく過ごしている。 何しろ香は幼少の頃から、遊び相手は秀幸と僚だったのだ。 男子的要素も多分に持ち合わせている。 それは女姉妹の中で育った野上麗香にとっては、全くと言って良いほど理解できない世界である。 あの。良かったら、ちょっとお茶して帰らない? 麗香はそっと、周りを見回す。 まだ部活に行く前の運動部員や、これから街に繰り出す予定の数名の女子のグループが談笑している。 香は内心、何だろう?珍しいな。と思いながら、首を傾げる。 しかしつい数日前に、ミック・エンジェルから受け取ったモノの存在を思い出す。 うん、イイよ~。それと、そう言えばこの前、ミック先輩にこの前の写真、現像出来たヤツ貰ってたの。 ちょうど良かった、と言って微笑む香に、麗香の胸がチクリと小さく痛む。 “この前”というのは、例のキャンプの事である。 きっと香は僚の事を、幼馴染みとかお兄ちゃんだとしか思っていないだろう。 麗香はあのキャンプで、少しだけ期待もしていたのだ。 少しでも、憧れの冴羽僚に近付けたらと。 けれど解った事は、冴羽僚にとっての香の存在の大きさである。 野上麗香は冴羽僚に恋をしている。 そして冴羽僚は多分、槇村香に恋をしている。 学校から少し離れた場所にある、喫茶キャッツ・アイは美樹の両親が営む店である。 この店の1人娘は今、高校で茶道部に所属してその部の部長に恋をしている。 夏休みに何度か香と絵梨子は、この店に訪れた。 美樹の父母とも、すっかり顔見知りだ。 あら、香ちゃん。いらっしゃい。 こんにちわ、お父さん、お母さん。コチラは、クラスメイトの野上麗香さん。 まぁ、初めまして。ゆっくりして行ってね。 あ、ありがとうございます。 2人は奥のボックスシートに座った。 ココに来る道すがら、そこが美樹の家だという事は香が説明済みだ。 彼女、お母さん似なんだね。 そう言って、麗香が微笑む。そう言えば、そうだね、と言って香もニッコリ笑う。 彼女のお母さんは至極美しい。そしてお父さんは、大柄で少し強面で。 何処となく、件の茶道部部長に似てなくも無い。 娘というモノは、何処かで理想の男性像に父親を重ねるのかもしれない。 香は早速、学校指定の鞄の中から、何やらごそごそと取り出す。 例のミック・エンジェル撮影による、キャンプでのスナップだ。 結構な枚数が取られている。 現像に関しては、彼は自分で行えるので問題無いらしい。 その殆どは、香を写したもので。 だから必然的に、僚も写っている。 その写真の束の中から、香は麗香が写っているモノを選り分けてくれた。 それでも、結構沢山あって麗香も少しだけ嬉しかった。 (・・・あ。) 麗香の手がフト、1枚の写真の上で止まる。 1枚だけ、自分と僚が2ショットで写ったモノがあったのだ。 麗香が喜びに打ち震えている事など、目の前で楽しそうに写真を見ながら笑っている香には解らない。 それはきっと、麗香の宝物になる。 あのキャンプで辛い気持ちもあったけど。 それだけで、麗香は付いて行って良かったと思えた。 どれか、イイのあったぁ? 屈託なく笑いながらそう訊ねる香に、麗香は少しだけ良心が咎める。 咄嗟に例の宝物の2ショット写真の上に、当たり障りのない写真を重ねて束ねる。 香はきっと。 こんな風に友達のフリをして心の中では、醜い嫉妬を抱いている自分の事など想像だにしていない。 他の友達と居る時に、心とは裏腹に演技をしていても、別段、麗香の心は咎めない。 けれど何故だか、香の前だと麗香は本心を別の場所に置いている自分が、 とても醜いものに思えてならない。 香に酷く嫉妬すると同時に、彼女の自分を微塵も疑っていない心が手に取るように伝わる。 きっと自分が男の子なら、彼女に恋をすると思う。 うん。嬉しい、沢山あって。今度ミック先輩にもお礼言わなきゃ。 だね~。 ねぇ、槇村さん。 ん?なぁに? 槇村さんって、好きな人とかいないの? 唐突な麗香の質問に、香はコーヒーを飲もうとしていた体勢のままピキッと固まる。 麗香は香が、この手の話しに全く弱いという事を知らないので、何事かと驚く。 麗香の感覚としては、女の子同士集まれば=恋バナ、というのはお約束で。 特に、珍しい話しの流れでは無かったつもりだった。 それに、1つは。 香にもし好きな人がいて、それが僚でなければ。 自分にも、まだまだ可能性があると思ったのだ。 好きな人の失恋を願っている自分を、麗香は嫌な奴だなと思う。 それでも、彼が失恋しなければ、自分が失恋する。 自分の恋が叶うという事は、即ち彼が失恋するという事。 だ、大丈夫? 槇村さん? ///////あ、う、うん。大丈夫。・・・・すすすす好きなひと? うん(苦笑)好きな人。いないの? お兄ちゃん以外で? ・・・・・・えぇ、出来れば。それ以外で(汗) 男の子限定? ・・・・・・えぇ。 別に、いない。 そ、そうなんだ~~~。 香の答えは即答だった。 否、こういうパターンも麗香は想定はしていた。 少なくとも。 香には僚に対する恋心は無いらしい。 その時は、ぶっちゃけてみようと、麗香は予定していたのだ。 よくよく考えたら、彼女は彼と1番近い位置にいるのだ。 打ち明けて協力を仰げば、最も心強い味方になるかもしれない、と麗香は思う。 そんな風に思う自分も、実はちょっとだけ嫌いだったりする。 きっと今は好きな人のいない香だけど、もしも好きな人がいればこんな風に根回ししたり、 ヒトを利用しようなんて、多分考えないだろう。 きっと彼女なら、素直に正直に恋に相対し、真正面から挑んでゆくんだろう。 何もかも自分とは違い過ぎると、麗香は思う。 槇村さん、私ね。 冴羽先輩の事が好きなの。 香は一瞬、何の事だか解らなかった。 言葉の意味を理解した後も、麗香が自分にそんな事を打ち明けた意味が解らなかった。 そう言えば僚が密かに下級生に人気だと言う、絵梨子と美樹の言葉を思い出した。 僚の、どこら辺が? え? アイツ、結構意地悪だよ。 香はそう言ってニヤリと笑うと、漸く飲もうとしていたコーヒーを口にする。 香は解っていないと、麗香は思う。 僚は相手が香だから、意地悪するのだ。 意地悪の裏側には、好きの気持ちが有るのだ。 その意地悪さえも特別で。 それが麗香には、羨ましくて仕方が無いという事を。 キャンプの時に、麗香は何度か僚に話し掛けられた。 僚はとても優しく、気配りの出来るタイプだと思った。 でも。 どんなに気を遣って、優しく声を掛ける彼よりも。 香に意地悪を言ったり、さり気なく頭を撫でたり、頬を摘んだり、肩を組む僚が。 きっと本当の僚のような気がした。 アイツ、可愛い子の前では猫被るんだよ。 そう言った香に、本当に恋心が無いのかどうか。 麗香の気になる点は、そこである。 香が、麗香の僚への片思いを打ち明けられて数日後。 今度は香に、新たなる色恋沙汰が勃発した。 高校に入学して以来、中学の時と同様に香の下駄箱には、しばしば手紙が入っている。 香の部屋のクローゼットの中の空き缶は、1つ増えた。 中学の時にも手紙以外で、直接気持ちを告げられる事も時々あった。 それでも。 高校に入ってからは、それが初だった。 相手は、同じクラスの男子クラス委員長。 入学してすぐの委員決めの時に、香が自ら風紀委員を買って出た事が切っ掛けで、イイ人だなと思ったらしい。 彼はとても真面目で。 香がぶっちぎり最下位だった期末テストでは、クラストップの成績だった。 一度だけ、香が数学の時間にどうしても解らない事を、丁寧に教えてくれた。 けれど、香にしてみれば。 ただそれだけの事で。 自分がどうして彼に好かれるのか、てんで心当たりは無い。 香には良く解らない。 ヒトを好きになる(恋愛という意味で)とか、ヒトに好かれるとか。 僚を好きだと言う麗香も。 自分を好きだと言う委員長も。 友達ではダメなんだろうか、友達の好きとどう違うのか。 だから、勿論香には告白された時に、何と言えば良いのかなんて事も、全然解らない。 9月の半ばに、休み明けの実力テストの結果が発表された。 香は何とか、学年で真ん中とは行かなかったけれど、それに近い所にまでは順位を上げる事が出来た。 とは言え、まだまだ後ろから数えた方が早いけれど。 クラスの順位でも、随分頑張って後ろから10番目ぐらいにはなった。 そもそも初まりが酷過ぎたから、と言ってしまえばそれまでだが。 香的には、充分過ぎる程の大躍進である。(あくまで、香の見解である。) 勉強は、頑張れば結果が出る事は解った。 けれど、香には難しいもう一つの問題がある。 恋愛問題それだけは、香にはどうしても克服できない大きな難題である。 取敢えず、委員長の件をどうしたモノか。 香は秋めいた気持ちのイイ季節に、無い知恵を絞っている最中だ。 (つづく)
冴羽僚は、まだ夜も明けきらぬ早朝5時半に、槇村家のダイニングテーブルに着いていた。 迷惑そうな顔で、その日の昼食の弁当を手際よく詰めるのは、幼馴染みの槇村秀幸である。 先程、美味しそうな玉子焼きを、横から摘み食いしようとして秀幸に叩かれた。 ・・・・てか、早過ぎじゃないのか? オマエが張り切るのは勝手だが、香を巻き込むのは止めてくれ。 お、出ましたよ、副会長の公私混同。これは、あくまでも委員会活動なのっっ。 ・・・(怒)、あの予定表ではオマエ以外の委員は、交代制のようだったけど?何で、香だけ毎日なんだよ。 僚はニヤリと、何やら底意地の悪い笑みを浮かべると、人差し指を振って舌打ちをする。 制服の胸ポケットから、四つ折りのコピー用紙を取り出す。 秀幸の前に掲げられたそれは、いつぞやの香の作成した当番表である。 僚はその表の枠外、余白部分を指差しながら勝ち誇ったように言い放った。 ふっふっふ。槇村君、君の目は、あ、失礼。眼鏡は、節穴かね。ここを良く見給え。 その指差された場所には、極々小さな文字で 『尚、一部生徒を除く。』と書いてある。 それはどう見ても僚の字で、以前にこの用紙を見た時には書かれていなかった一文が書き足してあった。 明らかな、早起き詐欺である。 で?この一部生徒ってのが、香か? 流石、槇ちゃん。 呑み込みが早い。 思わず秀幸は、手近にあった擂り粉木棒で1発、幼馴染みをど突いた。 漸く香が起きて来たのは、その時だった。 香はたった今起床したようで、髪の毛は寝グセでボサボサ。 クリーム色に白の水玉のパジャマを着て、まだ半分眠ったようにボンヤリしている。 無理も無い。 この4日間、この調子で僚に付き合わされ、毎朝1時間以上の早起きだ。 おはよ~、お兄ちゃん。 おはよう、香。顔洗っておいで。 なんだよ、カオリン。まだそんな状態かよ、あと15分で出発だぞ?てか、俺にはおはよう無しかよ。 あ、おはよ。 ハリキリ空回り委員長(薄笑) 香は完全に、ご機嫌ナナメだ。 それはそうだろう。 そもそも香のクラスの誰も、風紀委員のなり手がいなかったから、しょうがなく引き受けたのに。 委員長が、幼馴染みの腐れ縁というだけで、何かとこき使われ。 挙句、当番でも無いのに連日の早起きである。 ちょっと不公平なんじゃないのかと、流石の香も薄々思い始めていた。 しかしそんな至極真っ当な意見を、当の委員長にぶつけてみるといつの間にか香は綺麗に丸め込まれて、 朝の校門で、張り切って大きな声で挨拶していたりする。 そして、毎朝布団を出る頃には、どうしてだろう?と不条理に思うのだ。 そのキッカリ15分後、槇村香は完全に覚醒し、いつもの清々しいオーラを纏っていた。 いつもの通学の道を僚と並んで歩く香は、すっかりご機嫌も回復して楽し気に僚に話し掛ける。 ねぇねぇ、りょお? ん~~? りょおのパパ、今度いつ戻るの? う~~ん、多分年末ぐらいじゃね? 冴羽家と槇村家は、一戸建てのお隣同士だ。 槇村家の父もなかなかどうして仕事人間だが、僚の父はまた更にその斜め上をゆく仕事人間だ。 彼は外資系の商社に勤めており、1年の大半を日本国外で過ごしている。 実は僚もまた、香と同じで。 赤ん坊の頃に母親を事故で亡くしており、父1人、息子1人の父子家庭だ。 しかし冴羽家の放任主義は徹底しており、僚が小学校を卒業するまではシッターが通いで来ていたけれど、 中学生になってからは、僚は全て1人で家の事をこなしている。 もっとも、僚自身はそれが気楽でちょうど良いと思っている。 生憎隣に行けば、暇潰しの相手には事欠かない。 あのね。もしも、オジサンがクリスマスも帰って来られなかったら、ウチにおいでね。 ・・・・・・あぁ?まぁだ、2ヶ月も先の話しかよ(呆)気が早いっつ~の、カオリン(苦笑) えぇ~~、2ヶ月なんてアッと言う間だょ?昨日、パパに訊いたら僚も呼んだらいいって。 おお、サンキューな。まぁ、毎年の事だな。 まぁ、そうだけど。 香はそう言って笑うと、無意識に僚と手を繋ぐ。 恐らく、ドキドキしているのは僚だけだ。 香は時々僚に子供みたいに悪態をつくクセに、時々、こんな風に甘えたりもする。 意地悪だと言って文句を言うクセに、考え事がある時には僚に相談したりする。 僚は兄とも違う、香にとっては唯一無二の存在だ。 今の所香は、僚が身近に居過ぎて、その事にすら気が付いてはいない。 ねぇ、りょお。しりとりしよう? まだ、明けきらない薄暗い朝の道を、2人はしりとりしながら歩く。 何だかんだで、2人は仲良しだったりする。 「槇村っっ。」 聴き慣れた声に背後から名前を呼ばれて、秀幸が振り返ると野上冴子が立っていた。 学校までは、あと500mといった所か。 おはよう。 おはよう。香さん、今朝も付き合わされてんの?僚に。 あぁ。アイツ、キッチリ5時半にウチに上り込んで迎えに来るから、今のとこ俺達はウンザリしてる。 いつもなら、高3にもなって妹と2人で通学する生徒会副会長は、 ココの所、幼馴染みに妹を独占されて、心なしかご機嫌ナナメだと、冴子は思う。 ねぇ、僚と香さんって付き合ってんの? ・・・・・・・・・(憤怒) あ、あら。違ったのね。 朝から、笑えないジョークだよ。冴子。 あはは。・・・・・・でも。香さんはともかく、僚は好きなんじゃないの?彼女の事。 どうかな? 妹みたいなモンじゃ無いの? 秀幸は、希望的観測を込めた言葉を返す。 そんな秀幸に、冴子はヒッソリ苦笑する。 彼は相変わらず、妹LOVEで。別に、僚で無くとも妹に近付く男は皆、敵である。 ウチの方の妹なんだけど。 麗香ちゃん? えぇ。・・・・・・どうも、僚の事が好きみたいなの。 ・・・・アイツの、どこら辺が??? さぁ? でも、下級生には人気みたいよ。 アイツ、可愛い子の前では猫被るからなぁ。 コロッと、騙されるのよね。なまじルックスがイイだけに。 だな。怖い怖い。 その頃、そんな噂をされているとも知らない風紀委員長は、立て続けに5回クシャミをした。 それを少し離れたところで見ていた香は、僚がもし明日風邪を引いて学校を休んだら、 自分も当番じゃないので、ゆっくりお兄ちゃんと一緒に登校しようと目論んでいた。 僚の純愛は、なかなか周りに理解して貰えないのであった。 (つづく)
2学期に入ってから香は週2回、夏休みから通っている予備校に引き続き通っている。 9月の実力テストで、多少は良くなったモノの、未だ香の成績はイイとは言い難い。 なので短期集中というよりも、中長期的に様子を見ていく方向で、父親より決定が下された。 これが意外と香には合っているようで、 通う日以外に自分で勉強していて解らなかった事を、色々質問出来るので重宝している。 これが秀幸や僚だと、こうはいかない。 まず手始めに、何でこんな事が解らないんだ???というお話から始まる。 そう言われても、しょうがないのだ。解らないんだから。 理解が深まれば、面白味も出てくる。 そういうワケで、香は前に比べて少しだけ、勉強が好きになりつつある。 前に麗香から片思いの打ち明け話を聞かされて以来、香は度々麗香にお茶に誘われる。 話しの内容は、専ら僚の事である。 香にしてみれば、僚に訊けば良いような事をわざわざ香に訊いて来る麗香の意図は良く解らないけれど、 僚に訊いてみれば?とは言ってはいけないのだという事だけは、何となく解る。 恋バナの面倒臭いのはこう言う所だ。 必要以上に、空気を読むという事を求められる。 空気を読み違えてないだろうかと、香は話しの本筋とは違った部分で妙に緊張する。 だから、半分は良く聞いていないのだ。 時々ふと、適当な相槌を打っている自分に気が付いて、香は冷や汗をかく。 大体、麗香は解っていないのだ。 香は僚のただの幼馴染みで、隣人と言うだけで。 僚が好きな本とか、映画とか、服の趣味とか、そんな事を訊かれても。 ハッキリ言って、知らない。 僚が漫画以外の本を読んでいる所は、あまり見た事無いし。 映画館に行くより、TUTAYAに行く方が頻繁だし。 それにしたって、映画を借りているとは限らないし。他にも イロイロあるだろうし。 それに、僚が何処で服を買っているのかなんて、香の知ったこっちゃないのだ。 多分、何かしら着ているので、何処かで買ってるんだろう。 麗香に訊かれるまで、香はそんな事など考えた事自体無かった。 本当に、僚に直接訊いた方が早いのだ、そんな事は。 一度、折衷案で、僚に訊いといてあげようか?と、提案したけれど、 麗香曰く、それじゃダメらしい。 『・・・訊くって、香ちゃん。どういう風に?』 『ん~~と、僚って何処で服とか買ってんの?とか?』 『何でそんな事、知りたいの?って訊かれたら?』 『へ? え~~~~とぉ、うぅ~~ん。な、何か知りたいらしい人が居てぇ・・・』 『・・・誰?って言われたら?』 『・・・・・・・・・ 麗香ちゃん?』 『ダメじゃんっっ!! ダメだよ、絶対。香ちゃん、嘘吐けないから。』 どうやら香には、麗香が納得するような諜報活動は向いていないようだ。 それに香は思うのだ。 どうして、そんな事が知りたいんだろう。 それが好きって事なんだろうか。 僚が持っている漫画の、香の好きなシーンを僚も好きだったり。 別々にTUTAYAに行って、後で聞いたら同じ映画を同時に借りていたり。 僚の持っているジーンズで、イイ感じに草臥れているボロなヤツがあって、それが香は妙に好きだったり。 そんな事はあるけれど。 それが一体、何なんだろう。 恋をするという事は、そんな色々が特別に見えたりするって事なんだろうか。 いずれにせよ、香に訊くよりは僚に訊いた方が早いような事を、麗香は延々悩み続けている。 香はそろそろ恋バナに疲れて来ている頃だったし、それは適当に打った相槌の1つだった。 1週間後に迫った文化祭の日に、麗香は僚に告白するらしい。 僚は3年生だし、もう11月だし。 麗香はダメ元で、付き合って欲しいと言ってみるらしい。 それで。 香にも協力して欲しいと。 香たちのクラスは、文化祭は焼きそばを作る事にした。 文化部に所属している生徒は、原則そちらが優先だけど、特に何も発表する事が無い生徒たちは、 焼きそばを焼くのだ。 勿論、香も焼きそば係だ。 その模擬店に、僚を誘って欲しいとの事。 香は内心、呼ばなくても僚は勝手に来るだろうし(何しろ、焼きそばパン大好物である。)、 それ位ならまぁ協力できない訳でも無いし、と思いながら気付いたら頷いていた。 僚がやって来た所で、麗香は人気の無い所に連れ出して告るらしい。 麗香ちゃん、勇気があるんだなぁ、と香は思う。 香には好きな人はまだ出来た事が無いけれど、告白するってのが勇気を要するって事だけは予想できる。 文化祭、当日。 僚は香のクラスがやっている、中庭のテントの下の焼きそば屋に行ってみる事にした。 香は珍しく前の日に、僚も絶対来てね。と、槇村家のリビングで3度も念を押した。 勿論、そんな事言われなくても、僚は行くつもりだったが。 そんな挙動不審な香に、僚は一体何があるんだろうと、つい深読みする。 どちらかと言えば、絶対に行くと言う僚に、 げっっ、来なくてイイよ~~~と言う香というパターンの方がデフォルトのような気がするのに。 今回はどうやら、様子が違うと、僚は思っている。 完全に、麗香の協力要請は裏目である。 僚がそのテントの下に行った時、香は鉄板の前にいた。 明らかに、数m手前で僚と目が合ったのに、香は不自然に目を逸らした。 いつもなら、ニヤッと笑って軽口の1つでも交わす所なのに、 香は忙しくて、僚に気が付いていないフリをしているようだ。 前日からの香の様子がおかしな事に、僚は首を捻る。 そんな僚に声を掛けたのは、野上麗香だった。 冴羽先輩。 あ、君は確か冴子の。 はい、妹の麗香です。 あ、そうそう。麗香ちゃん。 あの。ちょっと、お話しがあるんですケド。 僚は、コレかと腑に落ちた。 僚はハッキリ言って、チャラい。 香は知らないけれど、これまで結構な人数の女の子と付き合った。 けれど、僚が好きなのは今も昔も、香ただ1人だ。 別に心から好きじゃなくても、付き合えるのだ。否、付き合えると思っていた。 以前の僚は。 だけど、やっぱり無理だと気が付いたのだ。 好きでも無い相手に合わせるのは、意外に苦痛だし。時間の無駄だった。 何より、相手に対して失礼だ。 初めのうちは彼女たちは、僚と付き合って喜んでくれる。 けれど暫くすると、僚の心の中にはたった1人しかいないという事が、どうやら解るらしく。 自然と別れてしまう結果となった。 だから僚は、もう誰とも付き合うのは止めにした。 僚が付き合いたいのは、槇村香ただ1人である。 僚は鉄板の前の香が気になったけど、香はクラスメイトに声を掛けられて違う方向を向いてしまった。 自分の隣でジッと見上げて来る、ダチの妹。 僚は仕方なく、彼女の後についてその場を離れた。 麗香に声を掛けられて、麗香の後について歩き出した僚の背中を、香はボンヤリ見詰めた。 麗香に色々と訊かれている時は、特に何とも思わなかった。 麗香に協力して?とお願いされてからは、何とかして2人きりにさせないと、と思っていた。 麗香が無事、僚の隣に走り寄って行った時にはホッとした。 でも。 僚が背中を向けた途端、少しだけ淋しいと香は思った。 麗香が僚への恋心を打ち明けて、僚がそれに応えたら。 僚と麗香はやっぱり、恋人同士になるんだろうか? 僚は麗香と楽しそうに手を繋ぐんだろうか? 何故だか香は、僚と手を繋ぐのは自分なのに。と思ってしまった。 この気持ちが何なのか、香にはまだ解らなかった。 夏休みのキャンプの時に、星を見ながら僚と手を繋いだ事を思い出していた。 ボンヤリする香に、クラスメイトの女の子が声を掛ける。 コッチは代わるから、槇村さんも他の展示見ておいでよ~、と言ってくれている。 香はお礼を言って、テントを出ようとした。 クラス委員男子に声を掛けられたのは、その時だった。 槇村さん。 あ、田中君。 他のクラスの展示、見た? あ、ううん。今から。 そっか、僕も今からだから、良かったら一緒にどう? 彼に9月の半ばに告白をされて以来、香はキッパリとは返事を出来ずに何となく気まずさを感じていた。 それは向こうも同じだったようで、意を決して香を誘っているのは、一目瞭然だ。 こんな時、美樹や絵梨子が近くに居れば、適当に誤魔化して貰えるだろうケド、 美樹は茶道部の方が忙しいし、 絵梨子は美術部にこそ入っていないけれど、 趣味の絵がプロ並みに上手いので、個人的に展示スペースを設けてそちらに籠っている。 香は取敢えず、絵梨子の絵を観に行きたかったのだ。 あの。絵梨子の展示を観に行こうと思ってたんだけど。じゃあ、一緒に行く? うん。僕も北原さんの絵、楽しみだったんだ。 香はクラス委員・田中と、絵梨子の展示がある図書室へ向かった。 一方その頃、僚は麗香に誘導されて学食の裏の人気の無い場所まで来ていた。 そこは、学食のおばちゃん達が出入りする通用口の傍で、生徒は殆ど近付かない。 ああああの、冴羽先輩。 ん? あの、私。 ・・・・・・。 せ、先輩の事が。・・・ ずっと前から、好きでした////・・・・・・。 あの、良かったら。付き合って貰え ませんか?僚は俯いて、麗香の告白を聞いていた。 多分、あの香の様子からすれば、麗香の気持ちを香が知っている可能性はある。 どういう経緯があるのかは知らないけれど、香は他人の色恋沙汰には無関心なので、 恐らく、香が知っている=麗香が自分から話した、と見るのが自然だろう。 麗香がキャンプに突然付いて来た事や、 あの時の己に接する態度から僚は薄々、麗香の気持ちが解らないでも無かった。 そして僚が感じる麗香の雰囲気から言って、鈍感な感じでも無い。 それを踏まえた上で、香に自分の気持ちを打ち明けるという行動の真意を探れば、牽制の意味か。 麗香は多分、僚にとって香が特別だという事は解っているのだろう。 だから敢えて、先手を打ったのだろう。 でもそんな事、僚に言わせれば無意味な事だ。 恋愛は、早い者勝ちでも、先手必勝でも無い。 順番など、何の意味も為さないのだ。 それが解ってないヤツは、意外に多い。 ・・・ごめん。俺、好きな女がいるから。付き合えない。 僚はそれだけ言うと麗香を残して、1-3の焼きそばテントのある中庭へ戻った。 だけど、もう鉄板の前には僚の幼馴染みは居なかった。 香と田中は、図書室から茶道教室へと移動していた。 その道々の廊下の壁にも、写真部の展示や、生物部の研究発表が貼り出されていて、 立ち止まっては、眺めながら歩いていた。 初めの気まずさは何処へやら、香はキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。 そんな香の横顔を、田中が眩しそうに見詰めている事になど、香は気が付かない。 香は写真部が撮影した、風景の写真に見入っていた。 中には、ミックの名前もチラホラあった。 あの、槇村さん。 ん?なあに? 田中君。 あの、いつかの返事。 聞かせてくれる? ・・・・・・あ。 途端に香は俯いて、シュンとしてしまった。 香は思わず、自分の手を見詰める。 僚と麗香は、あれからどうなったんだろうと、急に思い出す。 僚は、仲良しなら手ぐらい繋ぐだろ。と、いつか言った。 でも。 違うのだ。今まで香は気が付かなかった。 さっき僚の背中を見て、ハッキリ解った。 僚だからだったんだ。 香が手を繋いで、楽しいと思えたのは。 これを好きという言葉に置き換える事が出来るのならば、 香は僚が好きだ。 田中はそれまで楽しそうにしていた香が、急に表情を曇らせてしまった事で、 あの告白の件を蒸し返してしまった、一瞬前の自分を悔いた。 別に良いのだ。 彼女のような高嶺の花と、どうこうなろうなんて事は端から諦めている。 そう思いながら、心の何処かで、彼女の笑顔をもっと見てみたいと望んでしまった。 でも結局は、彼女の顔からは笑顔は消えてしまった。 それこそが、何より1番の答えである。 ねぇ、田中君。 友達じゃダメかなぁ? 今まで通り。 田中にしてみれば、そう言って貰えただけで御の字だ。 田中はニッコリ笑って、右手を差し出す。香も笑って右手を差し出した。 2人はこれからもヨロシクと、友情の握手を交わした。 結局その日1日、僚と香は広い校内をすれ違い続け、 2度目に逢ったのは放課後の校門の前だった。 僚が香のクラスの片付けが終わるのを待っていた。 逢えるかどうか、何も保証は無かったけれど。 それでも僚は、何としても香に逢いたかった。 香と麗香の間に、何があったのかなんて訊く気は無い。 2人はクラスメイトだし、女子同士色んなシガラミもあるのだろう。 ただ香とバカな話しをしながら、家に帰りたかった。 あ。りょお。 校門の前で僚を見付けて、香は間抜けな顔で放心していた。 多分、僚が自分を待っていたとは思っていない。 案の定、香の口を吐いて出た言葉に、僚は顔を顰めた。 あ、麗香ちゃん、まだ教室にいたよ? もう少し、時間掛かると思う。 僚は思わず、香の手首を掴んでいた。 次の瞬間、弾かれたように香を連れて駆け出した。 出来るだけ学校から離れた場所に行きたかった。 気が付くと、2人は学校から少しだけ離れた所にある、大きな公園に居た。 わざわざココまで来る生徒は、殆ど居ない。 まして、今日は文化祭終わりで。 まだ多くの生徒は、後片付けをしながら余韻に浸っている。 僚は香の手を引き寄せると、香を抱き締めた。 流石に、香には僚の行動の意味は解らない。 りょお? ・・・カオリン。 ん? 逢いたかった。・・・ずっと。 僚はそう言って、香の額にキスをした。 ちょうど数時間前、香は少しだけ、僚の事を意識し始めたばっかりだ。 一連の僚の行動に、香は真っ赤になって固まっている。 香にとってただの幼馴染みのお隣さんが、少しづつ恋に変わろうとしていた。 (つづく)
冬休みに入った初めの週末は、クリスマスだった。 秀幸と僚は、冬休みには予備校には通わない事にした。 年が明ければセンター試験まではアッと言う間だけど、彼らは既に臨戦態勢である。 年末年始に焦って詰め込むような事はもう、殆ど無い。 後は各自のペースで、復習するだけだ。 そもそも2人は、そんな風に余裕を持って構えるだけの学力なのだ。 香は、2学期の期末テストで、自分自身の目標であった“真ん中ぐらい”の所までは何とか頑張った。 高校に入学して初めて学習面で、父親に頑張ったな、と褒められた。 実際は言うほど、褒められた成績でも無いのだが、そもそも父は娘には激甘だから、しょうがない。 そういうワケで、夏休みとは対照的に3人は冬休みに突入するや否や、 槇村家リビングこたつ内で、ゴロゴロしている。 しかし、今日だけは違うのだ。 香が張り切って、昼頃からキッチンに立っている。 僚も強制的に、手伝わされている。 香曰く、働かざる者喰うべからず。なのだ。 夜ご飯のメニューは、下拵えだけして仕上げは夕方からだ。 香が作っているのは、手作りのクリスマスケーキだ。 今ちょうど、オーブンの中には丸い25㎝のケーキ型が熱されている。 生クリームを泡立てるのは、手が怠くなるという香に代わって、肉体労働担当は、僚である。 スポンジが焼き上がって、粗熱が取れるまで冷ましたら、幼馴染み3人でデコレーションする。 ・・・予定だった昼下がり、突然秀幸が外出した。 つい数分前に、秀幸の携帯に着信があったのだ。 香、お兄ちゃんちょっと、出て来るから。 えぇ~~~、何処に行くのぉ?お兄ちゃん。 もうすぐ、焼けるよ?スポンジ。 ん?ぁあ、ちょっとクラスのヤツが近くまで出て来てるって言うからさ。 すぐ戻るの? う~~ん、夕方には帰って来るよ。 ケーキは、僚と2人で頑張ってくれ(笑) 何それ~~~~。お兄ちゃんと一緒に、飾り付けしたかったのにぃ。 良いじゃん、カオリン。薄情なお兄ちゃんは放っといて、2人で仲良く愛のデコレーションだっっ。 ゴルァ、その愛は余計だっっ(殺) プゥッと頬を膨らませて拗ねる香に、僚が95%本気の冗談を言う。 香は“愛の”という部分に、過剰反応して真っ赤になる。 秀幸も“愛の”という部分に、過剰反応して僚の後頭部をはたく。 それでも秀幸は2人を残して、出掛けてしまった。 僚にとっては、願ったり叶ったりである。 イチャイチャ・愛のデコレーションタイムの幕開けだ。 11月の文化祭の日、僚は香のオデコにチュウをした。 はずみだったと言えば、それまでだ。 確かに僚は、香の事が死ぬほど好きだけど。 けれど好きだと告白する前に、思わずあのような行動に出てしまった。 あれから1カ月。 僚は未だ、ハッキリとは告白出来ずにいる。 だから、麗香始め、これまで自分に告白してくれた女の子達の事を、僚は密かに尊敬している。 上手くその気持ちに答える事が出来なかった事を、本当に申し訳なく思っている。一応は。 そんな彼女たちの想いに報いる為にも、何としても香に告白しないといけない僚なのだが。 いざ、香と向かい合うと、ついついふざけてみたり、バカバカしい冗談を言ったり。 “いつも通り”を演じてしまう。 だから、2人がちょっとだけ“恋愛”みたいな雰囲気になったのは、あの時だけだ。 あれ以降2人は、いつも通りの仲良し幼馴染みのままだ。 僚は、己がこれ程までにヘタレだと言う自覚は、これまで無かった。 香に対してだけ、僚は極端に奥手だ。 そんな僚は、香が少しだけ僚に対してドキドキし始めている事など知る由も無い。 お兄ちゃんの電話の相手、野上先輩かな? 香がそう言ったのは、デコレーションもほぼ完成に近付いた時だ。 イチゴは3粒余った。 僚も内心、そうだろうと思っていた事だったけど、否定も肯定もしない。 己と香のこれからに、秀幸から過剰な干渉など受けたくは無いので、 僚も、秀幸の色恋沙汰には干渉しない。 もっとも、そんな理屈が通る様なシスコン兄貴ではないけれど。 僚は余ったイチゴに、ボウルの中の少しだけ残ったクリームを付ける。 ニヤッと笑いながら、それを香の口元に差し出す。 別に良いんじゃね、仲良しだったらデートぐらいするだろ? はい、カオリン。あ~~~~ん 香は思わず口を開けて、イチゴを頬張る。 僚の言った言葉に反論したいけど、口一杯に頬張ったイチゴに反論する機を逃す。 漸く呑み込んだと思ったら、次のイチゴを摘んだ僚の指が待ち構えていた。 香は少しだけ、その僚の指先にドキドキしてしまう。 今までは、僚の指先なんて気にして見た事など無かった。 ドキドキしているから余計に、イチゴを飲下すのに時間が掛かる。 続けざまに2粒、僚に食べさせられたイチゴを漸く呑み込むと、香は素朴な疑問を投げかける。 お兄ちゃん、デートなのかな? ・・・・良いんじゃないの?クリスマスなんだし。それに。 それに? 俺らも、イチャイチャしてるじゃん?2人で仲良くケーキ作ったりして♪ そう言うと僚は、3粒目のイチゴは自分の口に放り込んだ。 けれどそれは。 僚が自分で食べるんだと思った香の予想に反して、結果、口移しで香が食べる事になった。 結局、変態ヘタレ委員長は、告白の言葉も無いままに。 クリスマスのデコレーションケーキにかこつけて、幼馴染みの唇を奪った。 2人のファースト・キッスは、イチゴ味(生クリーム付)だった。 (つづく)
僚の父親が帰国したのは、暮れも押し迫った30日の事だった。 彼は帰国するや否や、槇村家に大量のお土産を届け、 そのまま僚を連れて、群馬県の伊香保温泉へと出発してしまった。 南米の赤道直下の赴任先から極寒の成田空港に降り立った瞬間に、温泉に行こうと思い立ったらしい。 相変わらずの、マイペース振りである。 彼の息子は、僚以外務まらない。 居たら居たで鬱陶しい幼馴染みも、居ないと淋しいモンで。 槇村兄妹は、静かな年末を過ごしていた。 と言っても、僚親子が不在になってから入れ替わりで、槇村父もごく短い休暇に入った。 もっとも槇村家の3人は、お隣とは違って元々静かな住人なので、至って穏やかに過ごしていた。 秀幸と香は、2人で一緒にお節を作った。 母親が死んだ時は、まだ香は赤ん坊で秀幸にしても幼児だった。 彼らにお節の作り方など教える人間はいない筈なのに、シッカリした兄妹たちは料理は全て本で覚える。 僚が何もする事が無く(何しろ周りには何も無い!!)、お湯に浸かってゴロゴロしている時に、 槇村家は、学業成就と家内安全と娘の虫除け(これは父と兄限定)を祈願する為、初詣に出掛けた。 秀幸は紺色の学業成就のお守りと、香はピンクの交通安全のお守りを父に買って貰った。 香は父から貰ったお年玉で、僚に秀幸と同じお守りを買った。 香の引いたおみくじの、“縁談”の所には、『良縁、進めよ。』と書かれてあった。 縁談というには、まだ早い幼馴染みとのイチゴ味のキスを思い出して、香は1人で真っ赤になっていた。 もう既に、香には良く見知った虫が忍び寄りつつある事など知る由も無い、兄と父は。 真っ赤になった香を見て、寒いから熱が出たのかもしれないので、早く帰ろうという話で纏まった。 僚たちが東京に戻ったのは、2日の事だった。 3日にはもう、僚は父親を送りに空港に行った。 だから、1月4日にはもう、いつもの幼馴染み3人のいつもの冬休みに戻っていた。 テレビは正月特番ばっかりでウンザリなので、3人でTUTAYAへ行ってDVDを借りた。 1人1つづつ、好きな映画を選んだ。 秀幸は、山田洋二監督・高倉健主演の『幸せの黄色いハンカチ』 僚は、監督・脚本・主演・音楽、ヴィンセント・ギャロの『バッファロー'66』 香は、『ロッタちゃんのはじめてのおつかい』という、スウェーデンの映画を選んだ。 秀幸と僚はそれなりに勉強もしたけど、香は気が付くと冬休みの間一度も、机には向かわなかった。 秀幸は冬休みの最終日に、冴子と一緒に参拝に行った。 やはりその日も、槇村家のリビングに香と僚は2人きりになった。 その時になって初めて、香は僚に買ったお守りの事を思い出した。 あっっ!!という言葉を残して、自分の部屋に行った香が戻って来た時には。 手に小さな白い袋が握られていた。 りょお、はい。 なに? くれんの? うん。 袋の中から出て来たのは、『学業御守』と書かれた紺色のお守り。 僚は一応、受験生なのだ。 試験、頑張ってね。 おぉ、サンキュー。・・・じゃあ、やっぱお礼しないとな(笑) へ??? 香が呆けている隙に、僚は新年初にして、2回目のチュウをした。 前回よりも少し長めの口付けを終えて、僚は香の顔を見詰める。 真っ赤になって放心しながらも、僚のタータンチェックのネルシャツの胸元をギュッと握っている。 心から、愛しいと思った。 僚は恥ずかし過ぎて挫けそうになりながらも、初めてその言葉を口にした。 カオリン。 ///////ん? すき。 ////////。 俺、カオリンの事、大好き。 香は何も答えなかったけれど、黙って僚の胸に顔を埋めて、僚の腰に腕を回した。 僚のシャツからは、柔軟剤の匂いがして。 香は、懐かしい気持ちになった。 文化祭の時に、今までとは違う気持ちの存在に気が付いた。 あの時、僚が麗香の恋人になるのかもしれないと思ったら、淋しいと思った。 あれから更に1カ月半。 今の香は、僚が誰かの恋人になってしまったら、多分泣くだろう。 この温かな腕の中や、繋いだ手や、見た目より柔らかな唇を。 香は誰にも取られたくないと思った。 今まで当たり前のように、目の前にあった僚の手や瞳や唇は、多分他の誰とも違う。 それはきっと、特別だ。 だから、自分も僚の特別になりたいと思っている。 秋の頃にはまだ、麗香が僚の色々を知りたいと思う気持ちが、良く理解できなかった香だけど。 今なら、少しだけその気持ちが解る。 香は別に僚の趣味や、好みなんかはどうでもイイ。 多分そんな表面的な事は、他の人より多少は知っているだろう。 そんな事よりも、香が知りたい事は。 僚の目には、一体自分がどのように映っているんだろうという事。 今僚が何を感じ、何を見て、何に心動かされているのか。 僚の心の奥の誰も踏み込めない、降ったばかりの真っ新な雪のような今日1日に。 楽しい足跡を残したい。 これから始まる楽しいキャンプファイアーのように、僚の心に焔を点したい。 香が僚を思うように、僚が香を思うように。 2人で同じだけ、思っていたい。 僚と手を繋いで歩くのは、いつだって自分でありたい。 それを言葉にするには、香には難しいので。 そんな全部を込めて、香は僚を抱き締めた。 年が明けて暫く経って、落ち着きを取り戻しつつある神社の参道は、 身の引き締まる様な清々しい寒さも手伝って、人影もまばらだ。 秀幸はそっと、冴子の手を取った。 普段は、恐ろしいほどにシャイな秀幸は、いつもなら積極的な生徒会長に押され気味だが、 今日はやけに、攻めている。 冴子は嬉しくなってテンションが上がるけれど、表面的にはいつも通りだ。 そんな事を指摘しようモンなら、彼はきっと我に返って、いつもに戻ってしまうだろう。 そんな勿体無い事は、冴子には出来ないのだ。 嬉しさを噛み締めながら、冴子は秀幸と並んで参道を歩く。 受験、上手く行きますようにって、お願いしたわ。 冴子は、そう言って笑った。 彼女は、赤い色の学業成就のお守りを買った。 秀幸は、元日に父に買って貰ったお守りがあるので買わなかった。 冴子は受験の事をお祈りしたけど、秀幸は妹の事をお祈りした。 どうか香に、悪いムシが付きませんように。 そんな彼のシスコン振りなど、誰も知る由など無い。 秀幸にしてみれば、受験の事はイイのだ。 あれはあれだ。神頼みは1度で充分である。 秀幸にとって一番重要な事は、無病息災(主に妹の)、家内安全だ。 家族(主役は妹)の幸せが、秀幸の幸せだ。 しかしどうやら槇村父子の切なる祈願のご利益は、あまり無さそうである。 (つづく)
槇村香には、男女交際というモノの基準が良く解らない。 生徒手帳には、『不純異性交遊を禁ず』と謳われている。 不純に異性と交遊する事を禁止するという事だ。 まず、“不純”の定義が曖昧だ。 辞書で調べてみると、純粋・純真で無い事。と書いてある。 援助交際はまず、不純だろう。 心や身体をお金で売ってはいけない事は、香でも知っている。 それならば、例えば。 まぁ、嫌いじゃないケド別に特に好きでも無い相手に告白されたとして。 嫌だったら、いつでも別れれば良いんだし。というスタンスで交際するのは不純だろうか。微妙な所だ。 高校生で親に養われている立場のクセに、エッチをするのは、不純だろうか。 それともめちゃめちゃ好きなら、純粋なのか? キスをするのは不純だろうか。手を繋ぐのは?ハグは?友達ならイイの? 異性というのは、違う性別。 香から見た僚であり、僚から見た香である。 交遊というのは、遊ぶ事、交際する事、付き合う事。 異性交遊。 単にこれなら、問題は無さそうだ。 友達は同性に限るなんて、規則で決める方がどう考えてもおかしいからだ。 やはり、キモは“不純”の2文字のようである。 しかしもっとも難解なのが、“不純”と“純粋”の定義である。 もしも、である。 キスをする事とか。 手を繋ぐ事とか。 ハグする事が、“不純”な行為に抵触するのなら。 風紀委員と元風紀委員長の2人は、完全に校則違反を犯している。 香と絵梨子と美樹は、2月の寒空の中、屋上で弁当を食べている。 幾ら小春日和とは言えども、こんな季節にココで弁当を食べる生徒はいない。 むしろそうだから、3人はココに来たのである。 絵梨子には、高校に入ってから新たに付き合い始めた、大学生の彼がいる。 美樹はどうやら、秋の文化祭以降、伊集院隼人と付き合っているらしい。 文化祭を口実に、連日2人で遅くまで校内に居残って活動する内に、自然と距離が縮まったらしい。 そして、香は。 文化祭終わりのオデコへのチュウに始まり、今では僚に何かと口実を作られては唇を奪われ続けている。 クリスマスケーキのデコレーションついでに。 お守りを買って来たお礼に。 唇が、寒そうだったから。 漢字の小テストで全問正解だった、香へのご褒美に。 ご飯のお供に。おつまみに。お子様のおやつ代わりに・・・・ 数え上げたらキリがない。 僚に掛かれば、理由など星の数ほどあるらしい。 美樹ちゃんはどうするの?チョコレート。 ん~~、一応、ママに教えて貰って、フォンダンショコラを作ってみようかなと思ってるの。 でも先輩の事、パパには内緒だから、パパが居ない時にコッソリやらないと(苦笑) 絵梨子ちゃんは? 私は、手作りなんて到底無理だし、何か子供っぽいと思われたらヤダから、デパ地下で高っいヤツ買う予定(笑) 翌週に迫った、バレンタインの予定。 この議題を論じる為に、今日の3人はわざわざ屋上ランチなのだ。 香は毎年、兄と父と幼馴染みに同じ物を作って渡す。 今年もそのつもりだ。 僚が2月14日という日を、香が想像する以上に楽しみにしている事を、香は知らない。 香は?どうするの? ん~~、いつも通り。パパとお兄ちゃんと僚には作ろうかなって思ってるケド? 絵梨子は、そんな答えが聞きたいワケじゃないのだ。 巧みに誘導して、聞き出した情報によれば、香は僚とキスをしたらしい。 そして『大好き』と、言われたらしい。 となれば、パパとお兄ちゃんと、彼が全く同じモノで良いんだろうか。 絵梨子の感覚からすれば、否である。 しかし親友は、冴羽先輩と付き合ってるんでしょ?という問いには、何故だか曖昧な返事しかしない。 ねぇ、香。 ん~~? 冴羽先輩とは、付き合ってるんでしょ? (この質問は、実に通算18回目である。) ・・・・・・・どうなのかな? わかんない。 香はそう言ってニッコリ笑うと、お弁当箱の中の小さいトマトを頬張った。 興味津々で、香の答えを期待した絵梨子と美樹は、盛大な肩透かしを喰らう。 香が解らないのは、厳密に言えば、男女交際の定義の事である。 あのさぁ、絵梨子。 ん? 付き合うって、どういう事かな。 健康で若い男女にとって、キスする事も、抱き締める事も、容易い。 1つ間違えば、心など二の次でも行為には及べる。 けれど。 付き合うという事と、友達や幼馴染みという事の違いは何なのか。 キスをすれば、恋人なのか。 そしたらもう、幼馴染みには戻れないのか。 僚とキスをして香は、お互いに大きく変わった気がする反面、何1つ変わらない気もしている。 それは矛盾している理屈に見えて、そうでも無い。 香は、親友2人から訊かれる度に、僚との関係についてしばしば考え込んでしまう。 それでも不思議と、僚と一緒に居る時は、そんな小難しい事など全く気にならない。 校門の傍に僚がいた。 3年生はもう殆ど、登校も不定期で。 秀幸も僚も、危なげなく第1志望の私立大学に合格した。 たまにしか登校しなくなった僚は、この所たまに学校に来るとこうして香の下校を待っている。 ねぇ、僚。 ん? 不純異性交遊の、不純って何すると不純なの? なんで、急にそんな事訊いてんの? 不思議そうな僚に、香は2人の繋がれた手を持ち上げて、目の高さに掲げる。 最近では、ごく自然に2人は手を繋ぐ。 これ。不純? ううん。 ぎゅってする事は? ううん。 ・・・・・・キスは? 僚は突然立ち止まる。 香は不思議そうに、僚を見詰める。 僚がニヤッと笑う。 なぁ、カオリン。 なぁに? 俺の気持ちは何処までも、純粋で透明なの。限り無く透明に近いブルーなの。 何それ????意味解んない???? うん。言ってて俺も解んねぇけど。少なくとも、断言できることはな、 俺達の付合いは、純粋異性交遊だから。気にすんな。・・・・・・・う、うん、わかった(汗) もう、考えない事にする・・・ 幼馴染みの言葉の意味は良く解らないけれど、何故だかそれは妙な説得力を放っていて。 槇村香の小難しい考え事をする意欲を、確実に減退させた。 僚は僚なのだ。 恋人だろうが、幼馴染みだろうが、隣人だろうが、仲良くケンカするトムとジェリーだろうが。 それは、それ程重要ではない。 (つづく)
3月に入ってすぐに、秀幸と僚の卒業式が行われた。 講堂に入れるのは、基本的に卒業生と父兄と教師と生徒会と来賓だけなので、下級生は本来、休日だ。 それでも、最後にお世話になった先輩に挨拶したいと思う生徒たちは、 登校して、式が終わるのを待っている。 香は一応、秀幸の家族でもあるので父兄席に座っても問題無いが、 在校生なので遠慮して、美樹と2人で中庭の渡り廊下の横の日溜りでガールズトークをしていた。 絵梨子はこの日、平日の休日を遠慮なく満喫して、彼とデートだそうだ。 美樹には伊集院がいるので、学校生活内でのお別れを言いに来た。勿論、付き合いは続く。 香には兄と、僚がいる。 父親は生憎、仕事で出席していない。僚の方も言わずもがなである。 しかし、高校の卒業式。 しかも独立心旺盛な男子2人は、父兄の列席など正直、どうでもイイ。 2人とも、香に父兄席に座れば?と言ったが、 美樹も居たし、大人の中に混ざってあそこに座るのも、妙に浮いてしまいそうで丁重に辞退した。 それでも槇村家・冴羽家の歴史の1ページの、記念撮影というミッションは全うせねばならない。 講堂の出入り口がざわつき始めたのは、正午を少し回った所だった。 初めにフォーマルスーツのおばさま方が、ゾロゾロと出て来た。 何故だか彼女たちと擦違うと、皆同じような匂いがする。 お化粧の匂いというか、樟脳の匂いというか、余所の家の匂いというか。 それでも、集団で似た匂いを発している。 それは、母親を知らない香にとっては、不思議な光景だ。 恐らく、僚にとっても同じだろう。 母親という生き物は、未知の生物である。 香がデジタルカメラを片手に、校門をバックに兄と幼馴染みを撮影し始めたのは、 更にそれから、小一時間ほど経過した頃だった。 その頃には僚は、空腹による不機嫌がピークに達していて、写真はどれも写りは最悪だ。 僚はいつも、そうなのだ。 小学校入学も、卒業も。 中学校入学も、卒業も。 高校入学も。 今日も。 何故だか式次第は、ちょうどお昼時で閉式で。 その後の何だかんだで、完全に昼をまたぐ。 僚の機嫌が悪くなるのは、決まって空腹の時だ。 僚と秀幸を、香が写す。 秀幸と香を、僚が写す。 僚と香を、秀幸が写す。 3人一緒の所は、ミックが写してくれた。 何故かこの日の主役は両脇に控え、香を間に挟んで3人で写った。 そして、何故だかミックのカメラでも香とミックで並んで写った。 僚の上着のボタンは、完売だった。 香は本当は、記念にボタンを頂戴と言おうと思ったけれど。 下級生に囲まれて、戻って来た僚の上着にはもう既に、ボタンが無かった。 因みに秀幸は、全て綺麗に揃って並んでいた。 冴羽僚と、ミック・エンジェルは何故か下級生だけには人気なのだ。 秀幸曰く、アイツ等は良く知らない女子の前では猫被るから。との事。 僚の周りの下級生女子の中には、麗香もいた。 美樹と伊集院は楽し気に、2人で帰って行った。 秀幸が、自分のクラスの友人に呼ばれてそちらへ行ってしまったので、僚と香は2人になった。 秀幸のクラスメイト達の輪の中には、冴子もいる。 香は遠目に、兄と彼女を眺めた。 未だ秀幸に、ハッキリと訊いた事は無いけれど、恐らく兄の彼女は野上冴子だろう、と香は思う。 秀幸は誰にでもモテる訳では無いケド、超絶イイ女にモテるのだと、香は少し誇らしく思う。 カオリン。 ボンヤリと兄の方を見詰めている香に、僚が呼び掛ける。 相変わらず香は、兄貴大好きで。 どんなに僚が好きだと言っても、キスをしても。 幾ら香に、バレンタインの時に初めて、僚が好き。と言われても。 やっぱり、秀幸にはまだ敵わないと、僚は痛感する。 それでも。 僚の目標は、いつか将来的には秀幸を超える事。 今は香の家族は父と兄で、僚の家族は父だけど。 いつか必ず、両家が本当に家族になる事。 それは僚にとって、受験や就職などちっぽけな目標では無く、人生で最も壮大な目標なのだ。 今はまだ、漸くスタートラインに就いたばかりだ。 ん? 僚の方に向き直った香に差し出された僚の掌の上には、小さなピン。 僚の襟元で3年間の任務を全うした、桐の葉をモチーフにあしらわれた校章だ。 それ、私に? あぁ。ボタンは、他の奴らに獲られたけど。これだけは死守した(笑) ///////ありがとう(涙) 意外にも香は真っ赤に頬を染めたまま涙を溢すと、僚の胸に顔を埋めた。 見通しはとてもイイ少し遠くに兄がいる事など、香はすっかり忘れているようだ。 僚は香のつむじにキスをすると、香の耳元でそっと囁く。 カオリン。槇ちゃんは放っといて、腹減ったから帰ろうぜ? そう言うが早いか、僚の腹時計が盛大に13:00をお知らせする。 香は思わず、プッと吹き出す。 つい今しがた、デジカメに収められた僚の空腹不機嫌記念写真を思い出したからだ。 そして今までの、小さい僚から大きい僚の同様の写真を。 香はこの目の前の、写真映りの悪い幼馴染みが大好きだ。 きっと、ずっと、この先も。 うん、お家に帰ってお昼ご飯にしようか。 2人はいつも通り、手を繋いで帰った。 遠くから兄が妹を見詰めていた事など、まだ香も僚も知らない。 制服の2人は、今日が最後だ。 明日からは、また新しい1日が始まる。 (おしまい) 制服の2人、終了でっす(*´∀`*) 2人とも高校生なので、ほのラブで。 いつものパターンだと、槇兄もリョウちゃんもカオリンと随分歳の差がある設定だけど、 今回は年齢が近いし、2人ともまだまだ学生さんなのでエロ度0%の、純愛です♪ まぁ、エロくても何でも、いつも2人は純愛なんすケドね、一応。(ワタシ的には)
きっとこの先、まだまだ試練があるでしょう。 (槇ちゃんとか、パパとか、槇ちゃんとか、槇ちゃん・・・・)
ココまでお付き合い下さり、どうもありがとうございまあぁぁぁあっす!!! もうそろそろ、クリスマスの方取り組んで参りまっすっっ それでわ。 ケシ
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