1st. まじすか。

※  このお話しは、7878でキリ番を踏まれた、ワタシの敬愛するnase様より、
   戴きましたリクエストを元に、書いてみました(*´∀`*)一応、全5話の予定です。
   
   設定は原作の2人、ラブ度は原作終了後~合体未満でっす❤ それでわ、参ります。
   (因みに、nase様の素敵なサイトには、リンクでひとっ飛びです。Here,we go!)















それは、突然の出来事だった。
僚はいつだって香には、慎重に物事に当たれと、口を酸っぱくして言い聞かせている。
けれども。
涙脆くて、情に流され易く、お人好しで、他人が困っていたら放っておけない相棒は。
とても、イイ奴なんだけど。
毎日、心配し過ぎてオカシクなりそうなコッチの身にもなれと、常々僚は思っている。


この数年の長い付き合いの中で、何度香の無鉄砲な振舞で、僚は肝を冷やしたか。
当人は、恐らく解ってない。
小さな子供やお年寄りならまだしも、犬や猫が車に轢かれそうになったからといって、
いちいち、その命を差し出して救出に乗り出していたら、それこそ命が幾つ有っても足りない。
けれど、それを何度香に説いた所で、きっと無駄な事なんだろう。
それは、心根の問題である。
僚は時々本気で、相棒は天使なんじゃないかと思う事がある。
その分、ヤツは何だか良く解らない強運に、護られているような気もするのだ。
だから、大丈夫だと。僚は自分に言い聞かせる。


香が病院に運ばれたとの報せは、
アパートでゴロゴロしていた僚の元への、1本の電話によってもたらされた。
連絡してきた先は、その病院。
そして僚は今現在、若干イライラする心を誤魔化しつつ、ミニを運転しながら煙草を吸っている。
小さな車の、小さな灰皿は、もう既にキャパを大幅にオーバーしている。
相棒に見られたら、小言の1つも言われる状態だ。
しかしそんな事などどうでもイイ僚は、なかなか進まない車の列に、
思わず、コルク色したフィルターをギリギリと噛み締める。









「あ。どうも。」
香はペコリと、まるで男子高校生かというような雰囲気の、軽い会釈をする。
診察室から出て来た香を待っていたのは、見た所30代半ばぐらいのサラリーマンである。
酷く恐縮し、深々と頭を下げている。
「あ、あの。もう結構ですから。・・・掠り傷だし、ははは。」
香はそう言って笑う。







それは香が、午前中の伝言板のチェックに行った帰りの事だった。
香のすぐ後ろで、急ブレーキの音がした。
香が振り返った時、5歳ぐらいの小さな男の子がボールを追って車道に飛び出そうとしている所だった。
少し離れたところで、呆然と顔面蒼白で立ち竦んでいるのは、きっと母親で。
香は頭で考えるより早く、勝手に駆け寄っていた。
これでも、学生の頃は陸上部のエースよりも、早い記録を普通の体育の授業で打ち立てていた。
足の長さと、生まれ持った敏捷性が違うのだ。
いつも僚に言われる言葉は、すっかり忘れていた。


香が男の子を腕に抱いて、辛うじて舗道に滑り込んだのと、小さな黄色い塩ビのボールが、
車に踏まれて乾いた破裂音を立てたのは、ほぼ同時で。
香はあれがボールで良かったと、ホッと胸を撫で下ろしていた。
すぐさま周りには人だかりが出来、破裂音に驚いて泣き出した男の子の元に、
これまた涙を流しながら、母親が駆け寄る。
香に何度もお礼を言いながら、腰を抜かしたように、その場にへたり込む。
そして、ボールを踏みつけた、30代半ばサラリーマン風の運転手も真っ青な顔をして、車から降りて来た。


男の子は、何処にも怪我は無かった。
香も立ち上がって家に帰って、僚のブランチを作らないと、と思ったのも束の間。
いつの間にか現場には、あれよあれよと言う間に救急車が到着し、
香は有無を言わさずストレッチャーに寝かされ、気が付いたらこの病院に運ばれていた。
香は自分が膝や肘やオデコに、擦過傷を負って流血している事にその時初めて気が付いたのだった。
それでも、そんな香が考えていた事は。

あ、救急車初めて乗っちゃった(テヘ)ヘ~~、こんなんなってるんだぁ(驚)。

という、まるで子供のような心境だった。
だからこの時、僚が心配するかもとか。僚のブランチとか。
朝には、僚が起きたら僚のシーツを洗おうと思っていた事なんかは、すっかり忘れていた。
勿論、自分自身の怪我の事も。










「そんなに気に為さらないで下さい。」
「いえ、槇村さんのお陰で、僕はあの坊やを轢き殺さずに済んだんです・・・ホントに申し訳ないです。」
診察室の前の通路で、2人はぺこぺことまるで米つきバッタのように、
お辞儀の応酬を繰り返している。
そこに、件のイライラ男が登場した。



「香。」

あ、りょお。


この時、香は初めて(漸く)相方の事を思い出した。
やべ、また叱られる(テヘ)。と、心の中で舌を出す。









僚がその病院に到着して、外科の外来診察室と書かれた部屋の前に赴くと、
意外に元気そうな相棒の姿を、発見する。
それでも膝と肘とオデコに、白いガーゼを宛がわれ、その白い肌に痛々しい青痣を拵えている。
思わず僚の眉間に皺が寄る。


「僚、どうして?」
「・・・どうしてって、おまぁ。救急隊員に問診された時、連絡先書いたんだろ?だから病院から、電話があったんだろ?」
「・・・そうだっけ?えへへ。救急車なんか、初めて乗ったからなんか舞い上がってた(笑)」


そんな間の抜けた事を言って、えへへと笑う相棒に、僚は心底脱力して、苦笑する。
そんな僚に、運転手の例の彼が声を掛ける。


あ、あの。

なんだ?

貴方は?

あぁ、コイツの同居人。・・・病院から、連絡貰って。

ご主人でしたか。この度は、本当に奥様にご迷惑をお掛け致しまして。
お陰様で、助かりました。本当に、申し訳ありません。

///////(お、奥様って。汗)あ?あぁ。こっちこそ。コイツほんと向こう見ずなんで。



僚は内心、その男の言葉に妙に照れてしまう。
世間一般から見れば、自分達は夫婦なのかと。
まぁ普通、イイ歳こいた男女が“同居人”と言えば連れ合いの事か、と。
しかし、照れているのは、掠り傷の向こう見ずな天使も同じようで。
真っ赤になって、頭から湯気を立ち上らせている。
けれど、彼女の一筋縄ではいかない所は。
そんな状態でも、キッチリと訂正という名の、全否定をする所である。


///////(ご、ご主人て。)あ、あの。私達、別にふ、夫婦じゃないです、から。

あっ。それは。重ね重ね、申し訳ありません。彼氏さんにも、ご心配お掛けしたようで。



再び香は、真っ赤になって沸騰する。
僚はもう既に、諦めて否定も肯定もせずに挨拶だけすると、香を連れて帰ろうとする。
イイ歳こいた同居人の男女が夫婦でなければ、恋人だろう。普通。


あ、あの。

なに?

診察費は、保険で出ますので。

あぁ、そうしてくれると助かる。ウチ、貧乏なんで。

もうっっ、ばかっ。




そう言う僚の脇腹に、すかさず香からの肘鉄が決まる。
これが可愛い攻撃に見えて、意外とじわじわ効いてくるのは僚にしか解らない事である。











病院の駐車場で、ミニの助手席のドアを開けた瞬間。
鼻につく煙草の匂いと、灰皿の惨状に、
香はこの時初めて、相方に心配を掛けてしまっていた事に思い当る。
吸殻の吸い口には、苛立たしげな歯形が残っている。


伊集院夫妻の結婚式の時に僚から、実質“愛の告白”ってヤツを受けてから、早半年。
実は2人は、微々たるものながら少しづつ、その関係を進めてきた。
告白後の、初めてのクリスマスには、初めてデートみたいな感じで食事に行って。
2ヶ月前のバレンタインの日に、初めてのキスをして。
この2ヶ月、
僚は時々、香が忘れた頃に突然不意打ちに、キスをしたりする。
だから香は、ちょっと油断してると、心臓が止まるほどビックリする。


あ、あの。ゴメンね、僚。・・・迎えに来てくれてありがとう。


香がシュンと項垂れて、スンと鼻を鳴らす。
一応は、反省しているらしいと、僚は苦笑する。
前方の信号が折しも、黄色から赤へと変わる。
僚はゆっくりと、ミニを停車させると香の後頭部にスッと左手を添えて、掠めるようにキスをする。


じゃあ、お迎えの駄賃。貰っとく。

/////////。


香は思わず胸に右手を当てて、真っ赤な顔に左手でパタパタと風を送る。
僚はいつもいきなりで、心臓に悪い。
そんな香のリアクションに、僚はクスッと笑うと香に訊ねる。


で?怪我は?どんな風だって?

え、あぁ、え~~と。だだだだ大丈夫、みたい?

・・・なんだよ。みたいって。なんで、半疑問形なんだよ。聞いて無かったのか?医者の説明。

う。ぁあ(汗)いや、その。救急車で、掠り傷で、動揺してて。・・・聞いて無かったかも・・・


僚は思わず、呆れて溜息を吐く。
香はえへへ、と笑いながら頭を掻いている。
このやろ、やっちまうぞ(この場合のヤルは、モッコリね)。なんて、僚は腹の中で思う。


あ、でも。なんか、レントゲンとか色々やって貰ったし。異常は無いって(焦)。

・・・そうか、んなら良かった。おまぁ、あんま無茶すんじゃね~~ぞ(怒)

・・・ごめん。


それでも、僚は意外と怒って無くて。
むしろ心配の方が、ひしひしと伝わって来て。
香は、胸が痛む。
解っている。僚は香が怪我をする事をとても嫌がっている事は。
それでも、あんな状況で見て見ぬ振りなんて、香にはとてもじゃ無いケド出来ないのだ。
香は溢れそうになる涙を誤魔化す為に、ずっと窓の外を眺めている。
暫くして、僚が真っ直ぐ前を向いたまま、ぶっきら棒に呟く。



てか、おまぁ。

へ?

全否定すんじゃねぇよ。

は?なにを?

ご主人と、奥様(ニヤリ)

/////////。

なに?照れてんの?かあ~いい~~~、カオリン♪



僚は自分だって、しっかり照れていた事を棚に上げて、香をからかう。
第一、ちょっとだけ面白くなかったのだ。
自分達の、というか自分の気持ちを、香が気付いて無いようで。
僚は香が思っている以上に、香の事を愛しちゃっているという事に。
あんな風に、気持ちが通じる前の昔みたいに、全否定されると正直凹む。
それが、香の人並み以上の照れ屋な性格から起因するモノだったとしても、それでも。
僚は面白くない、早い話が拗ねているという事だ。



そ、そんな事、言われたら・・・勘違いしちゃうょ?



香のそんな小さな呟きに、僚はハザードランプを点けてミニを路肩に寄せる。
さっきのお駄賃とはまるで違う、香がいつも骨ごと融かされるような激しいキスをする。
横を通り過ぎる他の車のドライバーや、舗道を歩く通行人の視線が僚の横顔に刺さるのが解る。
香はまるで気付いてないし、それどころではないけれど。
息も吐けない程の嵐が去っても、香は暫く放心する。
僚は満足げに、ニヤリと笑うと香のガーゼを当てた額に、チュッと音を立ててキスをする。
またしても、香の体温が急上昇する。


大丈夫、それ、勘違いじゃねぇから❤


僚はそう言うと、何事も無かったかのように口笛を吹きながら、ミニをゆっくりと発進させた。
ドキドキし過ぎて死にそうな香は、もう何も考えるのはよそうと、
窓の方を向いて、目を閉じた。







その晩、眠りに就くまでは、香に異変は無かった。
それでもあとから思い返せば、夕飯はどうも食が進まなかったようで、少しだけ残していた。
何だか怠いから、今日はもう寝るねと、風呂上りいつもより随分早い時間にそう言った香に、
僚もその時は、今日は色々あったから疲れてんだろ、位にしか思わずに、
おぅ、ゆっくり寝とけ。と言って、お互い自室に引き上げたのだ。
それが、21:00を少し回った所だった。





それでも、これはゆっくりし過ぎじゃないだろうかと。
僚は寝床の中で、思案する。
枕元のデジタル時計は、AM10:18を知らせている。
いつもなら、とっくに洗濯や掃除に精を出し、もうそろそろ駅に出掛ける時間だ。
香が呼びに来る昼前まで、寝床の中でウダウダしている僚だけど。
毎日、別に眠っているとは限らないのだ。
階下に香の気配を感じながら、ボンヤリするのが好きなのだ。
そんな時、妙に普通の穏やかな幸せを感じたりするから。
それにしても今日は。
気配すら感じない。否、それにはいささか語弊がある。
感じないワケでは無いが、香はきっとまだ眠っている。


いつもなら、朝寝坊くらい僚とて気にも留めないけれど、何しろ昨日の今日だし。
そう言えば昨夜、食欲も無さそうで、怠いと言っていた。
僚の脳裏に香のオデコのガーゼと、膝小僧の青痣が掠める。
僚はガバリと起き上がると、ジーンズと白いコットンのTシャツを身に着ける。




気配を殺してそろりと侵入した、客間兼香の部屋は。
僚の部屋と違って、甘やかな優しい空気と、
香の愛用しているシャンプーと、ボディクリームの匂いがする。
僚の部屋はいつも乾いた空気の中に、煙草の匂いがする。えらい違いだ。
僚はいつも無意識に、この部屋の中では深く息を吸う。
何故だか、とても落ち着くのだ。
多分、マイナスイオンを発生していると思う、香が。


僚は香のベッドの傍らに腰を下ろす。
香はスピスピと寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている。
僚は起こさないように、そっとその柔らかな癖毛を撫でる。
オデコにそっと手をやってみても、どうやら熱も無いらしい。
薔薇色の頬も、健やかな寝息も、呼吸も脈も、何処もおかしな事は無い。
僚は思わず、ホッと胸を撫で下ろす。
意外と、自分でもそうとは思わぬうちに、香の様子を心配していた自分に僚は苦笑する。
槇村の写った、キャビネットの上の写真立てに目を遣る。

(俺も、槇ちゃんの事とやかく言えねぇな。充分、過保護だ。)

心の中で、今は亡き親友に語りかける。
僚はふふふ。と笑うと、元来たようにそっと部屋を出る。
ただ、疲れて眠っているだけなら、偶にはゆっくり朝寝坊させたってバチは当たらない。


たまにゃ、リョウちゃん特製ブランチでも、作ってやりますかねぇ。


僚は独り言を呟くと、口笛を吹きながらキッチンへ向かった。
この時、冴羽僚はまだ知らなかった。
この後に待ち受ける、大事件を。











もうすぐ、僚の“特製ブランチ”も完成しようかという頃に、漸く香が起き出してきた。
ペタペタというスリッパの音。
少しだけ廊下をウロウロした挙句、僚の居るキッチンの前で足音がピタリと止まる。
遠慮がちにあけられた、ドアの前にはパジャマ姿の香が立っている。
寝惚けているのか、少しだけボンヤリしているように見える。
香が、着替えもせずに、パジャマのまま起きて来るのは珍しい。



おぅ、かおり。おはよ、やっと起きたか。今日は、リョウちゃん頑張ったぞぉ、褒めてくれても良いぞ?

・・・・・・?????

香?どした?

・・・あ、あの。

ん?

アタシ。

うん。

誰なんでしょうか?

・・・・・・・・・はぁっっ???

てか、アナタ誰ですか?

ぇぇぇええ゛~~~~

ココ、何処?

マジすか(呆然)





朝起きると、どうやら香は記憶喪失を患っていた。
あまりの展開に、僚はベーコンが焦げる匂いが発生して我に返るまで、暫し呆然としてしまった。
これから数日間、僚の苦悩と煩悩の日々が始まる。


(つづく)





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2nd. うそでしょ?

「・・・かおりって、アタシの名前なんですか?」





彼女が目覚めたそこは、見知らぬ部屋だった。
というよりも、全てが何もかも、見知らぬ世界だった。
眠りに就く前の世界がどんなで、自分自身が何を覚えていて、何を記憶していないか。
当の彼女本人にも、良く解らない。


その生活感溢れる、8畳ほどの女性らしい室内にも。
自分自身が身に着けている、コットンの紺色に白の水玉のパジャマにも。
鏡台の上の、使いかけの化粧水にも。
鏡に映った自分の顔にも。
ピカピカに磨き上げられた、フローリングの廊下にも。
モダンなコンクリート仕上げの、ねずみ色の壁にも。
廊下の所々に、額装された映画のポスターが飾られていたり、
廊下のコーナーの所に、観葉植物が置かれていたりしているインテリアにも。
一枚のドアの向こうから、良い匂いが漂ってくる事も。
その奥で、朝食を作っていた男性にも。
彼女には、全く身に覚えの無い風景だった。


彼が彼女の事を“かおり”と呼んだので、どうやらアタシは“かおり”なんだと、認識する。

「・・・ああ。おまぁは槇村香、26歳。身長175㎝、体重54㎏、バストのサイ・・」
ぁぁあ゛っといいです、いいです。そこまでは、訊いてませんから・・・・

そう言って香は、真っ赤になってフルフルとかぶりを振る。
取敢えず、起床して来た香が朝っぱらから素っ頓狂な状態なので。
落ち着く為にも、まずは朝メシでもと提案したのは僚で、香も同意した。
焦げたベーコンは自分の皿に入れて、香には粗挽きウインナーを炒めた。



それで、アナタは?
ん?俺?
えぇ。
俺は、冴羽僚。ハタチ、イケメン。ヨロシク。
・・・・・・。



確かにさっき、ドアを開けて一目見た瞬間、ドキドキしたのは否めない。
イイ感じに年季の入ったジーンズに包まれた長い脚。
ピッタリとフィットした白いTシャツから伸びた、筋肉質な逞しい腕。
真っ黒な無造作な髪の毛に、同じだけ真っ黒な切れ長の瞳。
薄い唇と、すっと通った鼻梁。
フライパン片手に、手際よく料理する様。
信じられない程、美しい男。


だけど、こんな風にいけしゃあしゃあと、臆面も無く、自画自賛されると。
彼女は何故だか無性に、むかつく。
そもそも、どう見てもハタチでは無い。
良く解らないケド、どうやら彼は自分の同居人であるらしい。
不思議な事に、何の記憶も無い。
それでも、“りょう”という3文字に、どうも心が騒ぐ。ドキドキする。
その感覚が何なのか、香はまだ解らない。





食後、香は元居たあの部屋に戻った。
僚の説明によれば、そこは“香の”部屋らしい。
僚はクローゼットを開けながら、色々説明した。
何故、人のクローゼットの中の事まで、彼が把握している(爆)のかは知らないけれど、
香は僚を部屋から追い出して、取敢えず着替える事にした。

『この部屋の中のモノ、使わせて貰っても宜しいんでしょうか?』
『・・・イイんじゃねぇの?おまぁのモンだし。』

そう言われても香は、いまいちピンと来ない。
それでも、姿見の前でパジャマを脱いでみる。
身に着けているのは、白いコットンのショーツに、同じくタンクトップ。
まるで幼児が着るような、色気も何も無い下着。
裏側には、名前でも書いてんじゃないかと言いたくなる程、子供染みている(良く言えば、シンプル)。
どうやら、眠る時はブラジャーは着けない派らしい、槇村香という人は。


槇村香は、とっても他人事のような思考回路で、自分自身を分析する。
きっと、彼女の脳内を他人が覗く事が出来たなら、それはとてもシュールな世界だろう。
取敢えず、ブラジャーを着ける為にタンクトップを脱ぐ。
白い肌に、ツンと上向いたやや小ぶりなバスト。
シミ1つない、身体。
やや、痩せ気味だなと思いながら、脇腹に薄っすら浮かぶ肋骨を撫でる。
正面側は、薄っすらと腹筋の筋が浮かぶ。
ダイエットの必要は、無さそうである。


先程、一緒に食事を摂った冴羽氏は、どうやら別の部屋を使っているらしい。
どう見てもこの部屋には、彼の持ち物らしきモノは見当たらない。
自分と彼は、一体どういう関係なんだろうと、香はパンツ一丁の自分自身をボンヤリ眺めながら思う。

・・・恋人???なのだろうか・・・・

さっき、バストのサイズがどうとか言い掛けたけど。
このおっぱいを、あの男は知っているんだろうか?
香は首を傾げると、クローゼットの中の先程僚が嬉々として説明していた、下着の入った引き出しを開ける。
色々ある中から、香はクリームイエローのブラを選ぶと、身に着けてもう一度タンクトップを着る。



もう一度、鏡の中の自分を観察する。
左肘と左膝、額に擦り剥いた痕がある。傷自体は、乾いていて痛みは無いけれど、
その周辺が紫色に痣になっている。

転んだのかな?

左の腰骨の辺りにも、打ち身の痕が痣になっている。
香はタンクトップを捲って、そっと触れてみる。
案の定、痛い。
恐らく昨日か一昨日か、少なくともこの2~3日内に、転ぶか何かしたようである。
後で僚に訊ねて、湿布を貰おうと香は考えて、下着以外の衣類を選ぶ。



クローゼットの中の衣服は、どれもシンプルで。
香が流行とかそういうモノには、関係の無い生活をしている事が窺える。
その中から、香はローライズのブルージーンズと、白いコットンの長袖のシャツを選ぶ。
肘の青ジミが、目立たないように。
それから、鏡台の前に腰掛ける。
髪の毛は栗色だ。癖毛なのかパーマなのか、判別の難しい所だが。
洋服に無頓着な感じからすると、多分癖毛だろうなと推測する。
何だか、定期的に美容室に通うようなタイプでは無い気がする。



引き出しを開けると、必要最低限ともいえる化粧品が入っている。
リキッドファンデーションと、アイブロウペンシルと、口紅が2本と、グロスが1本。
アイメイクに関するモノは、一切無い。
まぁ、確かに。と、香は鏡に映った自分の顔をしげしげと眺める。
それは恐らく寝起きのすっぴんで。
さっき、ご飯の後に僚に教わって洗面所に赴き、洗顔と歯磨きはした。
すっぴんでこれなら、アイメイクは必要無いだろう。
マスカラも、シャドウも、アイラインも何も必要無い位に、目元はハッキリとしている。
これで塗りたくったら、多分くどい。
香は、鏡台の上の化粧水でサッと肌を整えると、ファンデーションとグロスだけを使った。











身支度を整えた香が、リビングに顔を出した。
がしかし、僚は思わずハッとする。
香が薄化粧をしている。
普段、絵梨子との約束の時ぐらいしか使わないグロスを使っている。

『お化粧くらいしなさい。』

と言われるので、香は渋々絵梨子と会う時には、やっつけでメイクする。
それとか、依頼の時の状況で不自然にならないようにしないといけない時とか。
こんな風に、何でも無い時に香がメイクする事なんて、これまで無かった事を僚は思い返す。
ボケッと、見惚れている僚には気付かずに、香が言い出した。



あの。冴羽さん。
ん?
アタシ、なんか怪我してるみたいで。
・・・あぁ、昨日車に跳ねられる寸前のガキを助けたんだよ、おまぁ。擦り剥いてんだろ?
えぇ、何箇所か。・・・あ、湿布ありませんか?
膝?
あ、いえ。膝もですケド、さっき着替えしてたら、腰骨のとこに大きな痣が出来てて・・・
ちょっと、待ってろ。



僚はソファから立ち上がると、電話の置いてあるキャビネットのとある扉を開くと救急箱を取り出した。
僚は箱の中から湿布と、紙テープと鋏を取り出しながら、不覚だったと思った。
目に見える所の怪我は、ざっと確認していた。
まさか、服を脱がないと解らない所を、ぶつけていたとは。
やはり、記憶喪失の件といい、この後から判明した打ち身といい、
今日は教授の元に行く必要がありそうだと、僚はこのあとの予定を組み立てる。




僚はボヤっと突っ立ったままの香を促して、ソファに座らせる。


どこ?
へ?
痣が出来てんの。
////あ、あの。自分でやれますから・・・
イイから、見してみろ。
でも・・・・


僚は躊躇する香の、白いシャツの左側の裾を捲る。
膝も肘も額も、怪我をしたのはいずれも左側なので、打ち身も左側だろう。
案の定、ローライズのウエストのラインの少し上、タンクトップの裾から見え隠れする場所に、
かなり酷い、内出血の跡が見られる。
香は色白なので、痣や傷は余計に目立つ。
実際はそれほどの怪我というワケでは無いのかもしれないけど、僚はその痛々しい傷に、
胸を締め付けられる。



眉間に皺を寄せながら、少しだけヒンヤリとした指先で香の傷痕を確認している男に、
香は妙にドキドキしてしまう。
場所が場所だけに、気恥ずかしいし、香は真っ赤になって俯いてギュッと目を閉じる。
少しだけ、その痣を僚が指で押す。
香の眉間が薄く寄せられる。

「痛い?」

香はコクンと頷く。
それでもそんな痛みよりも耐えられないのは、胸がドキドキする事だなんて香は恥ずかし過ぎて言えない。
暫くすると、ペタリと冷たいモノを貼られる感覚がして、意外と熱を持っていたらしい、
その腰の打ち身が冷やされて、少しだけ気持ちが良かった。
今から、怪我と記憶喪失の事を診て貰いに行くからと、僚が言ったので。
香はてっきり病院に行くのかと思った。
けれど、香が連れられて向かった先は、一軒の大きなお屋敷だった。
ココは本当に都内かと思う程の、大きな庭と日本家屋。
どうやら僚が言うには、ココには香も何度も訪れているらしいが、残念ながらやはり記憶は無い。








診察の結果は、やはり異常無しだった。
脳にも神経にも骨にも何処にも、異常は認められない。
打ち身には、教授が抗炎症の為の飲み薬3日分と、湿布を処方してくれた。
医療的な処置としては、その位しかする事は無いとの事。
記憶喪失に関しては。

『ん~~~、解らん。』

のひと言で、終了した。
教授曰く、世の中の大半の事は解らん事ばっかりじゃ。との事。
その先は、皆までは言わないジジイだったが。
だから、細かいことはいちいち気にすんな、という事かと僚は解釈した。
世の中の解らん事など、僚はハッキリ言ってどうでもイイけど。
香の記憶喪失は、非常にどうでも良くないのだ。


『まぁ、別に命に別状があるワケでも無し。今まで通り、仲良く暮らしておれ、僚よ。』


そう言って高らかに笑う完全に他人事のジジイに、僚は軽く殺意を覚えた。
そもそも、香がこんな状態になった事が判明した直後から、
僚が最も頭を悩ませている事は、2人の今の微妙な関係を香にどう伝えたら的確なのかという事だ。
香は、今までの2人の紆余曲折は全部、綺麗サッパリ忘れている。
そんな2人の歴史があってこその、告白→ハグ→デート→チュウ の一連の流れなワケで。
ただの仕事仲間かと言われればそうでも無く。
じゃあ恋人かと言われればそれだけでも無く。
んなら夫婦なのかと言われれば違うケド、醸し出す空気はむしろ熟年のそれで。
その上、6年以上も同居しておりながら漸くキスするのが精一杯で。
セックスはおろか、僚はまだあのプリプリしたおっぱいすら触った事は無い。


無い無い尽くしだが、それでも他人には持ち得ない2人だけの絆がある、否あったと言うべきか。
香は僚にとって、頼れる相棒で、僚専属の信頼のおける情報屋で、恋人で、妻で、妹で、母親で、親友で。
愛情の全てで。
その中に於いて、むしろこれまでセックスをしなかったのは、それ程。
香とのセックスというものの、優先順位が高くなかったからだ。
それよりも、大切だったのは。
安らげる2人だけの生活や、精神的な支えや、仕事を任せ合える信頼感だった。
その中には、勿論セックスという側面も含まれるだろうケド、それはその一部分に過ぎず。
煩悩という意味では、やりたいのは山々だけど。
それは、全ての愛情や感情や親愛を内包した、スキンシップに過ぎない。
しかもそれら全ての要素が、僚の心の中に占める割合は、
非常に流動的でその時々によって、目まぐるしく変化する。
とってもやりたいと、気が狂いそうなほど悶々とする日もあれば、
一緒の毛布にくるまって眠っても、自慢のモッコリはピクリともしない日もある。
そういう事だ。
他の女でこういう気持ちになった事など無い。
それは相手が香だからだ。



こんな僚の複雑な想いを、余すことなく伝える術など皆無だ。
何しろ、こと相手が香だと、“好き”の2文字すら言えない男が。
そんな複雑かつ曖昧かつ微妙な心情を、説明できるはずは無い。
なので、原因も“解らん”事だし。説明も出来ないし。
かと言って、いきなり襲いかかるような真似をして信用を失った場合、
記憶が突然戻った時に、どんな制裁を受けるか分かったモンじゃ無い。
僚に残された選択肢は、ただ1つ。
いつ戻るかどうかも解らない記憶が戻る事を信じて、ただ大人しく、極力嫌われないように、
どスケベモッコリ変態キャラを、一時封印するだけだ。


するだけだが、それは言葉にすればたったのひと言で済む話だが。
実際には、拷問である。
これまで香には、他人には見せない自分を晒して生活して来た。
お互いがお互いを、深く理解していたからこそ成り立っていた。
そのこれまでの色々を、いきなりリセットされてしまったら、
僚は一体、どういうスタンスで香と過ごせばいいのか、良く解らなくなる。
教授の邸から戻るミニの中で、僚はつい昨日の出来事を思い出す。

『そ、そんな事、言われたら・・・勘違いしちゃうょ?』

真っ赤になって俯いた香の甘い唇を、思うさま味わった。
この2ヶ月ほど、それは僚の生活の中の重要なポイントだった。
香も恥ずかしがりながらも、喜んでいるのは見て取れた。
もう、それ以前の2人に戻るなんて、僚には考えられない。
でも、香であって香では無い今の香に、同じキスは出来ない気がする。
香に覚られないように、チラリと横目で彼女を窺う。
いつもの香となんら変わり無い、横顔は。


知らないのだ。
2人で銃弾の雨の中を走り抜けた事や、夜這いとトラップの攻防を繰り広げた事や、
着飾ってお互い知らない振りをしてデートした事や、僚の生い立ちや悲しみを。



もしもこれが悪い夢ならば、早く醒めて欲しかった。
もしもこれがタチの悪い悪戯ならば、早く香に『嘘だょ。』と言って欲しかった。
現実よりも、嘘を切望する日が来るなんて、僚は思ってもいなかった。


(つづく)






3rd. 信じらんない。

香が突然の記憶喪失になってしまった事は、仲間内にはその日のうちに僚が伝えた。
もしこの今の状況で、何らかの突発的な事象が発生したら、
確実に面倒臭い事になるのが予測出来るので、最低限の連絡は必要と考えたからだ。

例えば、ミックの口から、キャバクラやラウンジやガールズバーでの話しが漏洩したり。
例えば、海坊主の口から、先日の後ろ暗い相棒に言えない仕事の話しが漏洩したり。
例えば、冴子の口から、秘密裏に入国した疑いのある国際手配犯の狙撃を依頼されている事が漏洩したり。
例えば、麗香の口から、下着をちょろまかした事をネタにただ働きさせられた事が漏洩したり。

例えば、美樹の口から、ココの所の2人の微妙な関係について執拗な誘導尋問が掛けられたりすると、

僚は非常に困るので、ここは先手を打って今の香がいつもの香では無い事を伝えたのだ。
要するに。
余計な、チャチャ入れんじゃねぇぞ。おまいら。
という意味だ。




一癖も二癖もある裏の住人達は、
何処か僚と香の恋路をエンターテイメントか何かと、勘違いしている節がある。
たまに、キツク釘を差しておかないと、奴らは勝手に暴走して余計な事をやらかし始める。
僚はこれまで、何度それで痛い目を見てきたか知れない。
何も解っていない、いわば初期設定のパソコンのような状態の香に、
ウィルスなぞ仕込まれたら、かなわない。



しかし、幸か不幸か。
今現在、それを聞きつけた伊集院美樹が冴羽家に来ている。
僚は障らぬ神に祟り無しよろしく、地下射撃場に避難している。
どうやら、家の中の勝手がいまいち解っていない香の手伝いを買って出てくれたようだ。
美樹は以前にも、香が寝込んだ時なんかにちょくちょく手伝いに来てくれた事もあって、
僚よりも家事に関しては、これまでの香のやり方を心得ている。
それに僚とはまた別に、香がまるで姉のように慕っていた彼女と過ごして思い出す事もあるかもしれない。
というのが、表向きの理由で。


実の所、彼らは彼らで面白くないのだ。
僚は診察に顔を出した教授の家からも、香を連れてそそくさと帰ってしまって。
まるで香を隠して独り占めするかのように、2人だけのアパートにすっかり籠ってしまって。
この2~3日、キャッツにさえ顔を出さない。
この際、僚はどうでもイイのだ。
美樹が知りたいのは、香の現状なのだった。
如何せん僚は、過保護にも程がある。
幾ら自分の腕の中で、香を独り占めして囲っておきたいと思っていたとしても、
香は自分達の仲間なのだ、僚だけの香では無い。







あ、あの。美樹さん。

なぁに?

ありがとうございます、ご親切に。お陰様で随分助かりました。

大した事じゃ無いわよ。いつでも言って?このくらい。

は、はい。あ。今度、お店の方にも冴羽さんと一緒に伺います。

・・・ぁあ、“冴羽さん”ね。えぇ、待ってるわ。




思わず、美樹は苦笑する。
あの香の口から、僚の事を“冴羽さん”という呼び名で聞くなんて、斬新だ。
僚から香が記憶喪失になったと聞いた時、どんなもんかと思ったが、予想以上だった。
このキャッツの店休日の午前中、美樹は冴羽家にやって来た。
香は何処に何を仕舞って、何処まで香の管理下の元家事をやっていたのか、何もかも忘れていた。
僚はそんな香に、あまり深く考えずにやりたいようにやれば良いと言ったそうだが、
今の香には、それすらどうしていいモノか解っていないようだった。
重症である。




美樹さん。アタシ・・・訊きたい事が、  あるんです、けど。

なぁに?私で解る事なら、何でも訊いて?

////////あああの。  アタシと、ささ冴羽さんって、どどどどういう・・・・

どういう関係だったか?

/////////(コクン)

何か、気になる事でもあったの?

気になる事って・・・いうか。あの。・・・男の人と同じ家に暮らしてる事自体、気になるっていうか・・・

まぁ、それもそうねぇ(苦笑)冴羽さん、優しい?

は、はいっっ。・・・とても、良い方で(ポッ)

ふふふ。ま、ハッキリ言うと、仕事仲間以上恋人未満かしら。まぁ、限り無く恋人に近いけど。

そそそそうなんですか(汗)

冴羽さんは?何にも言わないの?

・・・・(コクン)。

ダメねぇ、彼肝心な時に、押しが弱いとこがあるから・・・。でも、イイんじゃない?

え?

この際、また新しく一から始めちゃえば♪  で?どう思ってんの?彼の事。

彼の事・・・・。

そうそう、彼の事。好きとか、ドキドキするとか、そういうのないの?






香は美樹にそう言われて、大いに心当たりがあった。
そもそも、あの朝目覚めて、初めて会ったヒトが僚で。僚は優しくて。
どうして、自分が彼と同居しているのかは解らないけれど。
僚は優しいけれど、恋人のように接するワケでも無いし。
かと言って、家族っていうのともまたなんか違うし。
それは、とても不思議で。
そして、何より僚と一緒にいたり、僚に優しくされる度に、煩いほど騒ぐ心臓は。
一体、どういう意味を表しているのか。
もしも、あくまでも例えば。自分と僚が“恋人”だったんなら。
少しだけ、嬉しいかも。なんて、心の何処かで思っていた。
勿論、僚には言えないケド。



そ、それが・・・ドキドキするんです(照)ま、まだ、よく自分でも整理がつかないんですけど。
もしかしたら、好きなのかも(❤)









美樹は、色々と相談に乗ってくれた。
僚によれば、自分と美樹は姉妹のように、前から何でも相談し合っていた、との事で。
香は何だか、それがよく解る気がした。
特に、僚との事に関して、正直な気持ちを打ち明ける事の出来る相手がいて、香は少しだけ安心した。









美樹が用事を終えて、冴羽アパートの階段を降りていると、
地下から上がって来た僚と、4階部分でカチ合った。
僚はジーンズのポケットに手を突っ込んで、鼻歌交じりに一段飛ばしで軽やかに上がって来た。



おう、美樹ちゃん。もう、帰んの? もう少し、ゆっくりして行きなよ。

えぇ、もうすぐファルコンも帰って来るし、それに・・・(ニマニマ)

・・・・なに?その意味あり気な、笑いは。

お邪魔しちゃ悪いでしょ? お2人さんの、“団欒”を。

なにそれ。・・・なんか、勘違いしてない?

・・・あら。勘違いかしら?

・・・・・・。




隠さなくても、良いわよ。と言いながら、美樹は僚の肩をポンポンと叩くと、階段を降り始めた。
僚はそんな美樹に苦笑しながらも、後ろ姿を見送る。
すると、数段下から美樹が振り返る。




あ、それと。

ん?

地下に居たでしょ?冴羽さん。  
香さんにね、地下に何があるのかって訊かれたから、適当に誤魔化しといたから。

・・・悪ぃね。

いいえ、お仕事の事は、冴羽さんの口から話した方がイイと思うもの。

気ぃ、遣わせたな。申し訳ない。

・・・冴羽さん。

ん?

香さんなら、どんな香さんでも。きっと、受け入れてくれるわよ。あなたの事。

・・・・・・そうかね。




僚はフッと、自嘲気味に嗤う。
美樹はそんな僚に、何も言わず手を振って帰って行った。
一癖も二癖もある裏の住人達は。
基本的に、超が付く程のお節介である。






その日の夕方。
僚がキッチンに入ると、香が夕飯を作っていた。
鶏肉と大根の煮付けに、キャベツと油揚げの味噌汁、そのほかにも和食で数品。
その料理に関しては、以前のままの香だ。
僚はコンロの前の香に、そっと近付く。




料理は、覚えてんだな。

あ、えぇ。自分でも良く解らないんですケド、自然と作れてますね。

この煮付け、俺、好物だ。

////そ、そうですかっっ。良かったっ。あ、あの。冴羽さん?

ん?

美樹さんとお話し出来て、随分気持ちが楽になりました。

そうか。そりゃ、良かった。

えぇ。喫茶店の方にも、今度一緒に行きましょうね。

ああ。





あれ以来香は僚の事を、“冴羽さん”と呼ぶ。
それはそれで、僚は嫌じゃないなと思ったりもするし、
丁寧な言葉遣いに、ちょっと萌えなんて思うケド。
それでも時々無性に、記憶を失くす前の香が頭を過る。



『こぉんの、クソモッコリ馬鹿っっ』
『変態男!!』
『テメェ、ゴルァ リョウ(怒)』
『僚』
『りょお』

りょお(照)、えへへ。




香はいつだって、僚の名前を呼んでくれた。
怒っていても。
呆れていても。
ケンカしていても。
照れていても。
助けを求める時も。
香と出逢う前の僚は、“冴羽僚”というよりむしろ、“CityHunter”で。
自分の名前なんて、ただの便宜的な記号のようなモンで。
でも僚は。
香が呼んでくれる、自分の名前は好きだった。
香に出逢って、長い時間をかけて少しだけ自分を好きになれた。


香が僚を忘れてしまっても、僚は香が忘れられない。












なにこれ、信じらんない。


それは、槇村香の心からの乾いた呟きだった。
記憶喪失になって数日、香も少しづつ慣れて、家の事は一通り今まで通りやれるようになった。
やり始めると、体に染み付いたいつもの習慣は、難なく香を動かした。
炊事や洗濯や掃除をこなしながら、香は深く考えるのはよそうと思っている。
僚は時々外出して、1~2時間家を空けて帰って来たりする。
未だ香は、僚が何をやっている人なのかは知らないけれど、それも深く考えるのは止めた。
僚は香が1人で外出するのを心配するけど、スーパーだけは1人で行かせて貰うようにした。
駅前の混雑した所に、僚にワザワザ車を出して貰うのも申し訳無いし、
出来る事から少しづつでも、以前と同じような生活をしたいと思ったからだ。



そして今現在、
香は僚の部屋に掃除機をかけていて、僚のベッドの下から有り得ないモノを発見した。
有り得ないモノだし、有り得ない量だ。
記憶を失くした香に、僚は常に紳士的に振舞い、香もなんて素敵なんだろうとドキドキしていた。
美樹が言うには、彼は自分の(ほぼ)恋人で。
その、ほぼ恋人という言葉の意味する所は。
多分、プラトニックだという事なんだろうと香は解釈していた。
何しろ、プライベートルームは別々だし。
所謂、恋人がする様なスキンシップは一切無い。
だから、これから恋を発展させる前の2人だったんだろうと。


そして、香は。
僚とだったら、イイなと、思っていたのだ。
何がというと、“なに”だ。
僚となら、ほぼ恋人から、正真正銘恋人になっても構わないと思ったりしていた。
というか、むしろ。
少しだけ、そうなりたいな。なんて、思い始めていたのだ。
その矢先の、これである。
信じられないのも無理は無い。









その日の夕食の席で、僚は何かいつもと違う空気をヒシヒシと感じていた。
何だか、香から怒りのオーラが滲み出ているような気がする。
これは。
あの、ハンマーが出現する前の気配だ。



冴羽さん。

ななな何でしょ~(汗)

今日、冴羽さんの寝室を掃除させて戴きました。

へ?

///////ベ、ベッドの下のモノ。申し訳ないとは思いましたが、処分させて戴きました(怒)

・・・・・・・。




思わず僚は味噌汁の入ったお椀をぶちまける所だった。
見られてしまった。
極力嫌われないように、渋く決めていたのに。
モッコリスケベ変態キャラは、一時、封印していたのに。
アッサリと、メッキは剥がれた。努力は、報われる事は無く水泡に帰した。
まぁ、100%自業自得だが。




ぁぁああ~~~、アレ。アレね。うんうんうん、捨ててイイよ、うん。
てか、捨てる予定だったの、マジで(滝汗)




僚は半ば声を裏返しながら、これ以上無い程動揺している。
そんな僚を、香は初めて見た。
最初一目見た時に、香は僚の事をカッコイイなと思った。
パニックになりそうなこの状況の中、支えてくれたのは僚で。
あのドキドキが、間違いなく恋心だと自覚するのに、長くはかからなかった。
優しくて、紳士的で、カッコイイ。
完璧だと思っていた彼の、少しだけ間抜けな姿。
あの山のようなエロ本は、確かに信じられないし、ちょっと幻滅したのは否めない。


けれど。
今、それ以上に信じられないのは。
こんな彼のどうしようもない姿が、思いの外愛おしく思える、自分の心だった。
まぁ別に、エロ本ぐらい。
そう思えるこの恐ろしいほど深い底の見えない、自分自身の感情が香は最も信じられないのだった。



まるで真っ新なパソコンのような香の心に棲み付いたウィルスは、実は僚なのかもしれない。
恋の病に効く薬は、今の所無い。



(つづく)






4th. いいの。

香はその日スーパーで、玉子と豚肩ロースを買う予定にしていた。
晩ご飯は、豚カツにしようと思っている。
僚は香が作ったご飯を、いつも美味しそうに食べてくれる。
スーパーに行く時に持って出る、がま口の中には僚がいつもチェックしてお金を入れてくれる。
槇村香記憶喪失ver.と、エロ本を在庫一掃処分された冴羽僚の新生活は、
もうそろそろ、1週間目に突入する。


未だ、冴羽家の稼業や2人の同居生活に至る経緯については、謎のベールに包まれてはいるが、
香は今の所、僚とのまるで新婚さんごっこのような生活を楽しんでいる。
あのベッドの下の、如何わしい雑誌の件はあったものの、基本的に僚は優しくて。
あれからもう1度だけ、あの最初の日に行ったお屋敷に行った。
打ち身はもうすっかり治ったけど、今度は脳波の検査や催眠療法のようなモノも試された。
意外な事に、催眠療法とやらは美樹がやってくれた。
けれど、それらの方法でも芳しい結果は得られなかった。


香も僚も、今はもうどちらでもイイかと話し合っている。
自然に任せようと。
突然、記憶喪失になったので、突然元に戻る事もあるのかもしれないしね、と。
やけくそとか、そういうモノじゃない。
今のこの生活も、これはこれで楽しもうと思う事にしたのだ。
いつか、そう言えばこんな事があったねと言えるように。
そう思ったら、意外なほど香も僚も気持ちが楽になった。
もしかすると、最初に教授が言っていた事はこういう事なのかもしれないと、僚は思った。
案外、年の功というモノも馬鹿には出来ない。







「オマエ、冴羽の女だな。」


香がそう言って、妙な3人の男達に腕を掴まれたのは、昼間の閑散とした歌舞伎町の裏通りだった。
スーパーまでの道のりで、僚に教わった道は意外に遠回りだと気が付いた香は、
この近道を、昨日発見したばかりだった。
香はこの時漸く、何故僚がわざわざ迂回するような道を教えたのかが解った。





リビングのソファの上で、寝そべって新聞を読んでいた僚が、
時計を気にしたのと、電話が鳴ったのはほぼ同時だった。
香はさっき、スーパーに行って来ると言って出掛けた。
もうそろそろ、戻って来ても良さそうな頃なのに、一向に帰って来ない。
そんな事を思った矢先の電話は、僚の心を波立たせた。


はい、冴羽。
リョウちゃんかい?
あぁ、徹っつぁんか。
リョウちゃん、香ちゃんがっっ。


これだから僚は、香を1人で出歩かせたくは無かったんだ。
万が一に備えて、香の服とバッグには発信機を仕込んでいるし、GPS機能付きの携帯も持たせている。
僚はガレージに向かうと、一番に受信機を作動させ発信源に向けて車を発進させた。









結論から言えば、槇村香(記憶喪失)は自分の意志とは関係無く。
3人のドチンピラを、伸していた。

あれからその男達に誘導されるまま、街の外れの解体寸前の雑居ビルへ連れて行かれた香は、
そのビルのエントランスを潜るや否や、前方を行く1人の膝の裏にローキックを入れ、
怯んでしゃがみ込んだ頭上に踵を落とす。
左にいた男の鳩尾に肘を入れ、右の男の拳を避けつつ、脇に回り急所に膝を入れた。
脳天に踵を落とされたヤツは気絶していたし、金的をもろに喰らった方は戦闘不能なので。
もう1人の、鳩尾の方に正拳突きで止めを刺す。
この間、モノの数秒の出来事だった。


香は辺りを見回して、手近なワイヤーを見付けて来ると3人纏めて括ってしまった。
それ程長いワイヤーが無かったので、
3人をそれぞれ引き摺って座らせ、背中合わせになるようにお互いを凭せ掛けた。
それぞれの手を隣り合う手と、甲で合わせるようにして手首で縛ってしまった。
針金のように細いワイヤーで、ぎちぎちに縛っている為、
誰か1人が動くだけで痛いので、結果3人とも微動だに出来ない。



ココまでやってから、香はハッと我に返った。
一体、どうやってこの男達を片付けたのか、自分でも良く解らなかった。
僚が助けに来たのは、その時だった。


「香。」

僚の声に、香が振り返る。
若干、涙目だ。実際、泣きたいのはチンピラたちの方だが。

「・・・冴羽さん。」

「何処も、怪我は無いか?」


すぐに駆け寄った僚に、香がコクンと頷く。
それを確認してから、僚は足元に団子状になって転がった、今回の被害者を確認する。
3人とも、素手でやられている。
使っているのは、短い廃材のワイヤーだけ。
間違いなく、香の所業だ。
手際といい、括り方といい、申し分ない。


「やるじゃん、カオリン。お利口お利口。」


僚はそう言って、香の癖毛をクシャクシャとかき混ぜたけど、香は何処か沈んだままだった。
記憶の無いまま、ほぼ自然に反撃していた。
それはこれまで、僚のパートナーとして、最低限身に付けてきた自分を守る為の防衛手段だった。
けれど、今現在自分が何者なのか解らない香にとっては、
この目の前の3人を、自分がやっつけたという事実に衝撃を受けていた。
それにその瞬間は、まるで別の人間が自分を操っているような感覚に囚われていた。
僚は香の様子から言っても、早くその場を後にするに越した事はないと思ったので、
香の手を引いて、表に停めたミニに乗り込んだ。
発進させながら、冴子の携帯に連絡を入れ事情を掻い摘んで報告した。
数十分後には、奴らは不燃ゴミとして、無事警察に回収されるだろう。






アパートへと戻る車中で、香は呆然としていた。
そんな香を横目で窺うと、僚は心底後悔していた。
香を1人で出歩かせた事。
否、それ以前に、記憶を失くした時点で香に何も伝えなかった事も。
自分達の稼業も、関係も何もかも。
それはこの世界で生きる上で、ちゃんと知らせておくべき事象だった。
それを怠ったのは、ただ単なる僚の甘さでしかなかった。
怖かったのかもしれない。
何も知らない真っ新な香に、己の正体を知られるのが。殺し屋だと告白するのが。

香は香で、心の中で色んな疑問を抱えていた。
“アタシは、一体何者?”
“アナタは、一体何してる人?”
“あの人たちの目的は、何だったの?”
僚に訊いてみてもイイものか。訊かない方がイイものか。
何度も質問は、浮かんでは消え消えては浮かび。
小さな車の中を、重たい空気が満たしていた。














「・・・冴羽さん、少しだけ1人で考えさせて貰っても良いですか?」








あれからウチに戻り、取敢えず香を落ち着かせる為に、僚はコーヒーを淹れた。
あれがいつもの香なら、あんな事は日常茶飯事で。
1人でサッサと始末して、今頃スーパーからも戻り、夕飯の支度でもしている頃だろう。
香が僚の手を借りずに、初めて危機を乗り越えたのはいつの事だっただろう。
気が付くと香は、か弱そうに見えて、随分怖い女に成長した。
怖くて、強くて、儚くて、ゾクゾクする程イイ女に育った香を、僚は最低限のフォローで見守って来た。



コーヒーを飲みながら、僚は少しづつ香に説明した。
自分の仕事の事。
香の仕事の事。
槇村の事。
同業者たちの事。

2人の関係の事。

その話しを聞いて、香は1人でよく考えたいと言った。
僚が話して聞かせた事も、何一つ思い出せはしなかったようだった。







それから数時間。
自分の部屋のベッドの上で、僚は半ば諦めかけていた。
これまでこんな世界に、香を縛り付けて来たツケが、一気に回って来たような気分になった。
本当の僚を、本当の自分を、本当のこれまでの色々を何も知らない香を、本当の香と呼べるのだろうか。
そのような状態の彼女が生きて行く場所として、自分の元は相応しいのか。
元居た場所に。
太陽の元に、帰すべき時ではないのか。
この数時間で、またしても僚は過去にも散々彷徨った、逡巡の世界を巡っていた。
その時、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。




はい。

良いですか?

どうぞ。

・・・・・・。

どうした?



僚の寝室に赴いた香は、俯いて黙り込んでいた。
しかし、僚が訊ねた瞬間、ハッと顔を上げた。
僚の瞳は、いつものように優しかった。
香は、スゥッと息を吸うと、決意の籠った眼差しで僚の瞳を見据えた。



アタシをこれからもずっと、冴羽さんの傍に置いて下さい。




僚は思わず、ポカンとなった。
それは予想外の出来事だった。
記憶を失った香が選んだモノは、いつもの香が選ぶのと同じ道だった。




あれから僚が1人で色々悩んだように、香も沢山考えた。
僚があの場に迎えに来て、香の頭を無造作に撫でた時、微かに香は何かを思い出せそうな気がしていた。
僚に聞いた兄の話し。
それはとても腑に落ちるモノがあった。
何故だか、あの写真立ての中の写真を見ると、懐かしい温かい気持ちになった。
それが兄だと言われると、それはとても納得のいく感覚だった。
僚の話しに、嘘が無いのがはっきりと確信できた。



自分を殺し屋だと言った、僚。
どうしてそんな彼の元に、自分は6年間もいたのか。
美樹の言っていた、仕事仲間以上恋人未満という言葉。
いい歳をした男女が家族のように暮らしながらも貫き続けた、プラトニックな関係。
何も覚えてはいないケド、きっと自分と僚との間には計り知れない葛藤があったはずだ。
そしてそれを香は今、2人で乗り越えてみたいと、ハッキリと思えた。
何よりもう、香はハッキリと自覚してしまった。

自分は、冴羽僚という男を愛している。

そこに疑問を抱く余地も、迷いを生ずる隙も、気持ちを偽る理由も何も無かった。
ただ、今までの事を覚えていないというだけで、これからの事は記憶に留めて行ける。
覚えている事は、彼を愛しているというその1つで充分だった。
それが、香の答えだった。
バカみたいに放心している、愛しい男に香は声を掛ける。





冴羽さん?

ん?あ、あぁ。香は、・・・本当に、それでいいのか?

はいっっ。それがいいんです。




まだ若干、戸惑いの残る僚の目に、香の真っ直ぐな瞳が映る。
それを見た瞬間。
僚は気が付いてしまった。
香は何ひとつ、変わってはいないという事に。
涙脆くて、お人好しで、困っている人を放って置けない。
イイ奴だけど、バカな相棒。
僚の唯一無二の、怖くて優しい運命の人。
ベッドに腰掛けた僚の前に、佇んでいる香の手首を、僚は思わず掴んでいた。







そこから先は、僚のもっとも得意な分野で。
香は気が付いたら、柔らかくベッドの上に押し倒され、僚に組み敷かれていた。
ただ、香を見詰める僚の目からは。
涙が零れていた。
僚はもしかすると、少しだけ悲しかったのかもしれない。
香がこれまでの、大事な思い出を忘れてしまった事が。

沈みゆく船の中で、ガラス越しにキスした事や。
寒い夜に屋上で、誕生日を作ってくれた事や。
一緒に生きて、誕生日を過ごすと誓った事や。
何が何でも2人で生きて行くと約束した事を、香が忘れてしまった事が。


それでも、僚が覚えていれば充分だと思った。
香が忘れてしまっても、僚は忘れない。
香は無意識に、僚の柔らかな拘束から片手だけ逃れると、手を伸ばして僚の頬を拭った。
そこで初めて、僚は我に返った。
押さえつけていた香の手を解くと、ハッとして上体を起こした。



「ご、ごめん。」



謝る僚に、香はフルフルと首を振った。




「いいの。どんな冴羽さんでも、冴羽さんが大好き。」




もう僚に、歯止めなど利かなかった。
覚えていようが、忘れていようが、病める時も、健やかなる時も。
僚は僚で、香は香だ。
その事実ひとつで、2人には充分だった。
愛を伝えるのは、身体1つで充分だ。




1週間ぶりに、僚は香にキスをした。





(つづく)







5th. 怪我の功名 

冴羽僚は、この時の事をのちに振り返る度。
何だそんな簡単な話だったのかと、脱力してしまう。けれど、それすらもイイ思い出だ。






1週間ぶりのキスは、僚の理性を完全に崩壊させた。
香の唇は絶妙な弾力感で、硬過ぎず柔らか過ぎず、僚の唇を押し返す。
僚はそれを舌先でなぞり、感触を確かめ、軽く歯を立てる。
僚の舌先に誘われるように、薄っすら開いたその上下の隙間から、僚は油断なく滑り込む。
歯並びのイイ前歯と、引き締まった歯茎をなぞりながら擽る。
口の中の天井の、自分では触れる事の無い柔らかな粘膜を刺激する。
止め処なく溢れだす、甘い唾液を啜る。
出逢ってしまった舌と舌とを、挨拶するように絡め合う。



それだけで僚は、腰が砕けそうな快感を感じていた。
香に至っては、まるで竜巻の中心に巻き込まれた落ち葉みたいに、成す術も無く溺れている。
互いの唇がまるで、猿轡のようになっていて、淫らな声こそ漏れないモノの、
僚も香も、鼻から漏れる吐息は濡れている。
それは、ヘタな喘ぎ声よりもよほど、淫靡だ。
香は息継ぎも侭ならず、僚のTシャツの胸元を、無意識のうちに握り締める。
その布地越しの、もどかしい香の指先の動きにすら、僚は欲情する。
一旦、角度でも変えようかと、唇を離した僚の耳に届いた香の小さな声に、僚はピタリと動きを止めた。




っんはっっ、  りょお。




・・・香?




僚は、たった一言名前を呼ばれただけで、気が付いた。
理由など無い。ただの直感だ。






覚えてる?
・・・うん。
おかえり。
/////ただいま。
戻って早々、なんだけど。
???
続けてもイイ?
//////ばか(赤面)




茨の森の奥で眠り続けたお姫様の眠りを覚ましたのは、
毒りんごを食べて死んでしまったお姫様を蘇らせたのは、
それは、ある意味、鉄板ネタで。
どうして、泣く子も黙るモッコリリョウちゃんが、そんな簡単な事に気が付かなかったのか。
余程、動揺していたのかもしれない。
香の記憶喪失という、大事件を前にして。



記憶喪失を患った新宿のジャジャ馬は、新宿の種馬による濃厚すぎるディープキスによって覚醒した。



そして、覚醒と一続きで彼らは次のステージへと、進む事にした。
そもそも、ココ1~2ヶ月、僚の辛抱も限界に達しようとしていたのだ。
いつ事に及んでも不思議は無かったし、むしろやって無いのが不思議だった。
僚は自分が、意外に忍耐強い人間だと思っている。
ナンパなフリはしていても、そんじょそこらの安い女になど食指は動かない。
しかし。
彼女に恥ずかしそうに“ばかっ”なんて囁かれて、落ちない男がいたらお目に掛かりたいと僚は思う。
ついさっき、逡巡の世界を巡礼していた事など、もう無かった事にした。



香以外、俺の相手が務まる女が、この世界の何処にいるというのだ。



僚はニンマリと口角を上げる。
香は最愛の男が、まるで闇の中に浮かぶ、チェシャ猫の生首のように。
物騒な微笑みを湛えた事にも気が付かず、もう一度深い口付に溺れた。
その後は、2人とも無我夢中だった。
ある意味、この記憶喪失騒ぎが無ければ、僚の忍耐の日々はもう少し長期戦に突入していたかもしれない。











翌朝、といってもほぼ昼前。
僚は玄関ドアのチャイムの音で目覚めた。
この家のチャイムを鳴らす人間は、殆どいない。
友人知人も、招かれざる客共も、チャイムがある事すらご存じない。
僚が呑気に眠っていたのは、そのドアの向こうの気配が安全なモノだったからだ。
こういう場合、新聞の集金か、書留の類か。
いつもなら、応対するのは相棒の役目だけれど、如何せん彼女は今現在、僚の腕の中で爆睡中である。
それもその筈。
2人は昨夜、新しいステージへとステップアップを果たしたのだ。
彼女は疲れ果てて眠っている。





僚がボサボサの寝グセのまま、上半身裸のスウェット姿で玄関を開けると。
そこに居たのは1週間ほど前のあの、推定30代半ばの生真面目そうなサラリーマン風の男だった。
そう言えば、あれ以降この男から何度か電話を貰っていたのだ。
改めてお見舞いかたがた、ご挨拶に伺いたいと。
その度に、僚は断っていた。
香の(実際の文言は“嫁の”)体調が悪いから、と。
さすがに、記憶喪失の香と全くの見も知らぬ第3者を会わせるのは、まずいだろうと慮っての事だ。
しかし、体調が悪いという香の件に、気が気では無かったのであろう。
彼は今、大きな菓子折りを抱えて、冴羽アパートを訪れた次第である。





「あ、申し訳ありません。突然、連絡も無しに。」

彼はそう言うと、深々と頭を下げた。
僚も思わず、釣られて軽く会釈する。



あ、いや。別に良いケド。

その後、奥様体調の方は如何でしょう?

ん?ぁあ、大丈夫。全然、元気。元気すぎて、まだ寝てるから。







そう言った僚は、明らかに濃厚な情事の後の空気を纏っており。
普通の成人男性なら、
何故、“奥様”が昼日中に爆睡しているのか、
何故、“旦那”が半裸で応対しているのか、大方の予想は出来る。
しかし、普通の成人男性はそこで、『あ、奥様はセックスで疲れてるんですね。』などとは、
思っても口に出さないのが礼儀である。





それはそれは、私も安心致しました。

・・・はぁ。

あのこれ。大したものではありませんが、奥様とご一緒に。





そう言って、彼は僚に菓子折りを押し付けるように渡すと、また深々と頭を下げ帰って行った。
その男の後ろ姿をボンヤリと眺めながら、僚は考えた。
あの日の事故が、今回の記憶喪失に何処まで関与しているのか定かでは無いが。
もしかすると、彼は自分達のキューピッドかもしれないと。
菓子折りの中身は、バームクーヘンだった。
香が喜ぶな、そう思うと僚は自然と頬が緩む。



まずはキッチンで、ゆっくりとコーヒーを2杯淹れて、ベッドに運ぼう。
お行儀悪いよ、なんて小言を言われながら、
ベッドの上でコーヒーを飲んで、バームクーヘンを食べる。
それから後は、どうするか。
まずはひとまず、相棒次第なのでお伺いを立てる。

もう一回、OKかどうかだ。




僚は鼻歌を歌いながら、キッチンへ向かった。




(おわり)












おはこんばんちわ。ケシでございます m(_ _)m

この度は、『REMEMBER YOU』最終話までお付き合い下さりまして誠に有難うございます。
謹んで、御礼申し上げます。
このお話しは、第1話冒頭にもお知らせさせて戴いた通り、nase様よりのキリ番リクエスト企画であります。
nase様は、CHファンサイトを巡っておられる皆様方には、もうワタシなどが説明するまでも無く、
超カリスマ絵師様なのでございます(*´∀`*)
ワタシも、このブログを始める前から、足繁く通いつめ、御絵を拝見して萌え萌えしておりました。
そんな、ワタシの憧れのnase様の今回の、リクエスト詳細は以下の通りです。


※ 記憶喪失もの、記憶を失くすのはカオリンで。
※ 記憶を失いつつも、リョウちゃんへの想いは覚えている。
※ 時期的には、原作終了後から合体未満の、リョウちゃん悶々期。
※ リョウちゃん、歯痒い感じ。これキッカケで大合体なら尚、良し。
※ キスシーン有りで、ハッピーエンド❤


この様な感じです(´∀`;)ゝ
いやはや、何処までリクエストにお応え出来ていたかは、解りませぬが。
これら盛り沢山の要素を入れてたら、あ~ら不思議。全5話のお話しになっちゃいました(テヘ)
nase様、お気に召して戴けましたでしょうか???
皆様方にも楽しんで戴けましたら、幸いでございまっす♪



因みに、余談ではありますが。
このお話しのタイトル、『REMEMBER YOU』とは、ワタシの大好きな忌野清志郎氏が、
甲本ヒロト氏をゲストに迎え、発表した名曲のタイトルから拝借いたしました(汗)
この曲は、とってもキュートで、愛に溢れており、まさしく名曲です。
2人の類稀なるイカしたヴォーカルに、キヨシローのラブリーな歌詞と音。
そしてヒロトの、ブルースハープが超絶COOLなんです!!
ご興味があられる方は、つべなんかにも動画がアップされてたりするんで、是非1度ご覧になってみて下さい。
オススメでっす。
(因みに、関ジャニ∞?か何かの人が主演した、『ちょんまげプリン』とかいう映画にも使われてます。)