① 油断大敵~フトした時に、気持ちが醒める事もある。~

※  全4話のお話しです。設定はいつもの2人。
   奥多摩後、進展の無いモヤッとした2人です。









香が楽しそうに、その話しを切り出したのは、
2人で食後のコーヒーを飲んでいる時だった。
その時の僚には、まさかこの一時が、
これから数日の、悪夢の幕開けとなる事など、知る由も無かった。









「……だからね、絵梨子が私達も一緒にどうぞって、招待してくれたの。」

この万年金欠2人組の彼らが、一体何に招待されたのかと云うと、
華やかな芸能の世界の、立食パーティーにである。
半年ほど前、2人は絵梨子の仲介で、1人の男性のボディーガードの仕事を受けた。
その男性というのは、絵梨子一押しの男性モデルで、
香も彼とは何度か、絵梨子のショーで共演をしており、顔見知りだった。

実はその彼がこの度、モデル業の傍ら、俳優業にもチャレンジをしたらしく、
彼の主演する映画が、数日前無事クランク・アップを迎えた。
それを機に、彼のこれからのますますの活躍と発展を祈って、
モデル仲間が集まって、“こじんまりと”ホテルのホールを貸し切って、
お祝いの内輪だけの、“ささやかな”パーティーを開くとの事。

そこに2人も呼ばれたというワケだ。
そしてどうやら、絵梨子曰く、
彼が直々に、香にも参加して欲しいと言って来たようだ。





僚は、どう考えてもそんな話し、面白くも何とも無い。
不愉快なだけだ。
半年前のあの依頼の時にも、僚は散々イヤな思いをさせられた。
そりゃあ、確かに。
僚と香は、何の関係も無い。
ただの殺し屋とその助手に過ぎない。
恋人でも無ければ、夫婦でも無い。

だけど、と僚は思う。
大事なんだ。
今まで組んで来た、元相棒たちと明らかに違う何かが、
2人の間にはあると、僚は思っていて。
だから、明らかに香を落とそうと狙っている、あの男が僚は気に食わない。
だけど、そんな事を素直に言える僚ならば、
今頃香と、キスの1つもしている。
香とは、未だプラトニックな関係を続けている。
それは、軽度の奇跡だ。


「あぁ?面倒臭ぇ。そんなチャラチャラした集いに参加できるかっての。」
僚はさも面倒臭げに、眉間に皺を寄せる。
「でも、美味しいモノ食べれるよ?」
香は楽しげにそう言って、僚を窺う。
香は相変わらずで、イケメン野郎の下心など微塵も疑ってはいない。
「りょうちゃん、パァ~~~ッス!!」
僚はそう言って、ソファに寝転ぶと片方の肘に頭を乗っけた姿勢で、
香にニヤリと笑いかける。


「それにさぁ、カオル君。何が楽しゅうて、ボクちん男の子をエスコートせなならんワケ?男同士でパーティーに参加しても、ゲイのカップルと間違われるのがオチよ?」

それは、いつもの僚の意地の悪いジョークだった。
ただただ、もう、あの自意識過剰で自信満々の、
ルックスしか能の無いあの男に、大事な香を近付けたくない。
ただそれだけの筈が。
僚が吐く言葉は、そんな風に香を傷付ける言葉の刃となって、
香の心に深く、突き刺さる。

僚は己の狡さを自覚している。
卑怯者だと言われれば、それまでだ。
それでも、こんな不愉快な話しは、香を怒らせてハンマーの一発でも喰らって、
無かった事にして、終わりにしたい。
だから、必要以上に香を貶めて、怒らせようとする。
本当の気持ちを告げれば、何の問題も無く解決するのに。














香は僚のひと言に、とても悲しい気持ちになった。
別に、いつもの事だ。
数ケ月前に、僚から“愛する者”なんて言われたところで、
そんな事、真に受けるほど香もおめでたくは無い。
僚は時々、凄く優しいクセに、時々ビックリするくらい意地悪だ。
だから香も、話し半分で必要以上に深く考えないように心掛けている。

別に僚から、女の子扱いなどされなくてもイイ。
むしろ対等に、同志のように扱って貰えたら、パートナーとしては本望だ。
それでも。
やっぱり。
香は女の子なので、
こんな風に貶されて、傷付かないワケでは無い。
誰より好きな彼だけが、唯一いつも香に酷い事ばかり言う。

それは幾ら、気にしないようにしようと思った所で。
やっぱり、悲しいモノは悲しくて。
それでも、香は。
“今の言葉、凄く傷付いたよ。”
とすら、僚には言えない。
簡単に傷付けられて、その理不尽な思いすら伝える事の出来ない関係は、
もはや、対等ですら無い。


僚と恋人関係になるだなんて大それた望みなど、とうの昔に諦めた。
家族のような存在でも、別に構わない。
僚がどんな形であれ、香を必要としているのであれば、
香は何でも構わなかった。
けれどたった今、香はふと気が付いた。
僚には、自分などきっと。
必要無いんだろうと。

そう思うと、嘘みたいに香の気持ちも醒めたモノに変わっていった。
その引き潮のような気持ちの変化を、
香自身まるで他人事のように味わっていた。














僚が幾ら待っても、いつものあのハンマーの重みは訪れなかった。
香は暗い顔で、何やら考え込むと一転、
ハタと顔を上げて、今まで座っていたラグの上から立ち上がった。
そして、僚とは視線すら合わせる事無く、哀しげに呟いた。

「安心してイイよ、僚。私、死んでもアンタの事なんか、好きになんないから。」

そう言って彼女は、リビングを出て行った。
僚は思わず、身震いした。
香は淡々と、そう言った。
いつもみたいに怒っている感じでも無い。
意地を張って、強がりを言っている風でも無い。
まるで、当然の話しをする時のように。
今日はイイ天気ね。とでも言うようなテンションで。




死んでも、僚の事なんか好きにならないと、宣言した。



まさか、こんな不意打を喰らうとは。
僚は自分が、何か大きな過ちを犯した気がした。
どうやら目に見えない、大きな地雷を踏んでしまった様である。

(つづく)












リョウちゃん、大失敗。
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[ 2012/10/10 20:03 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

② 五里霧中~本当の恐怖は、沈黙だったりする。~

香のいつもと違うリアクションに、
僚が背筋を凍らせた、あの晩から数日。


香は僚の行動に一切、干渉しない。
僚が街中で、どんなに派手にナンパを繰り広げようとも。
毎夜の如く、これ見よがしに夜遊びしても。
ハンマーどころか、お説教の1つも無い。

正直僚はあの夜から、言い知れぬ香の変化に慄いていた。
これまで煩わしいと思っていた香の小言も、
いつか殺されるんじゃないかと思っていた、あのハンマーも。
無いなら無いで、
何故だかとても、淋しく感じられた。


2人の生活に関しては、一見何ひとつ変わらないように見える。
けれど、僚にはハッキリと感じられる。
多分今回ばかりは、僚は香に完璧に見限られつつあるようだ。
表向き平気な顔をしている僚だったが、
その実、結構へヴィに凹んでいた。


事の発端となった、立食パーティーには、結局参加しなかった。
というか、僚はあの後香と一言もその事について話しをしていないので、
結局どうなったのか、僚には解らない。
恐らく、香は絵梨子に断りの電話でも入れたに違いない。
というかあれから、
僚は香と、殆どまともに口を利いていない。
更にいうなら、香が口を利いてくれない。

勿論、必要な事は言って来る。
例えば、今日は(も?)依頼無かったよ、とか。
駅の近くで、情報屋さんが僚に話があるって言ってたよ、とか。
あくまでも業務連絡は、きちんと交わしている。
けれど、僚が聞きたいのは、そんな事なんかじゃ無くて。
僚が見たいのは、そんな相棒の顔をした香じゃ無い。


例えば、今日はスーパーで何が安かったから、今日の献立はこれにしたとか。
テレビでこんな事を言ってたから、うちも今日から実践するとか。
真剣な顔をして、雑誌の星占いを読んでいる姿とか。
街中で卑猥なナンパを繰り広げる僚に、天誅を下す鬼のような形相とか。
半分眠りこけながら、夜遊びから帰る僚を待ち伏せしている事とか。
屈託なく笑う笑顔とか。
恥ずかしそうに照れる横顔とか。
そんな、
何でも無い、普通の香が見たいだけなのに。

あれ以来、香は僚に対して酷く素っ気ない。
きっと僚の思い過ごしや、勘違いでは無いと思う。
現についさっき、とある情報屋から、
“最近、香ちゃんと何かあったの?リョウちゃん。”
などと、僚は要らぬ心配をされた。
どうやら、ナンパをしても全く干渉しない香に、
周りの連中も、薄々2人の変化を感じているようだ。

かと言って、僚はなかなか謝れずにいた。
今回2人は、ケンカをしたワケでも無い。
香がどういう心理状態なのか、僚には正確な所は解らない。
怒っているのか、呆れているのか、諦めているのか。
少なくとも、イイ気分で無いだろう事は確かだけど。














「ねぇ、香さん。」
「なぁに?」
香がキャッツでコーヒーを飲んでいると、美樹が訊ねた。
「冴羽さんと何かあったの?」


「……何かって?どういう意味?」
香が逆に美樹に問い返す。
「…この所、香さん。冴羽さんがナンパしてても、素通りでしょ?結構、話題になってたりするのよ?」
……一体、どこら辺で。どんな話題になっているのだと思う香だったが、
自分達2人が、無駄に目立っている自覚はあるので、苦笑する。


「別に、何にも無いわよ。至っていつも通り。…ただね、馬鹿馬鹿しくなっただけなの。私と僚は、ただの仕事上のパートナーであって、別に僚が何処で何しようと私の知ったこっちゃないのよね。その事に、最近気付いただけよ。僚は喜んでるんじゃない?邪魔者がいなくて。」

美樹は香のそんな言葉に、曖昧に微笑む。
その喜んでいるだろう当の男は、喜ぶどころか、ここ数日覇気が無い。
多分今なら、チンピラにでも簡単にやられそうな気を放っている。
否もしくは、この数日の鬱憤を晴らすかのように、手加減しないか。
恐らくそのどちらかだろう。

彼の心をそれ程までに揺さぶるのは、この目の前の彼女しかいないのだけれど。
彼女だけがその事を知らない。
美樹はそう考えると、上手くはいかないモノねと、ヒッソリと溜息を漏らす。
それでも“最近”彼女がその“バカバカしい事”に気付くまでには、
彼と“何か”あった事には、間違いは無いはずだろうケド。
今の香は、その何かを話す気分では無いようだった。















香が夕飯の買い出しに行く為に、キャッツを出て暫くしてから、
今度は僚がやって来た。
辛気臭い顔で煙草を吹かす僚に、美樹は香に訊いた事と同じ質問をする。
「ねぇ、冴羽さん?」
「なぁに、美樹ちゅわん♪」
僚の場合、声だけは脳天気だ。
空元気とはこういう事を言うのだろうと、美樹は思う。


「香さんと、何かあったの?」
「何かって?」
こういう切り返しから何から、2人は似た者同士なのに。
その事実に気が付いていないのは、当人達だけだ。
美樹は思わず苦笑しながら、答える。


「最近、専らの噂よ。冴羽さんがとうとう、香さんに愛想尽かされたらしいって。」
ココでこんな風に話題にされるという事は、
もう既に、馴染みの情報屋連中の間では、余計な尾ひれが付いて、
瞬く間に、週刊誌も真っ青な根も葉もない噂話が、飛び交っているに違いない。
僚は軽く溜息を漏らす。

「愛想尽かすもなんも。そもそも、俺らは別にそんなんじゃねぇし。幾ら一緒に住んで、仕事で組んでるからって、プライベートは別だっつーの。噂話だか何だか知んないけど、勝手にやってくれって感じ?どうでもイイし。」

僚がフフンなんて、鼻で笑って余裕ぶっていると、
美樹は僚に輪を掛けて、ニヤリと含み笑いをする。
「イイのぉ?そんなに余裕ぶってて。」
「どういう意味よ?」
「だって、冴羽さん。どうでもイイなんてお顔じゃないわよ~?さっきから。」
そう言って笑う美樹に、僚はプゥッと膨れる。

「俺は、昔っからこういう顔なの。カッコイイでしょ?」

美樹は心底呆れたように、肩を竦めて見せる。
今まで沈黙していたファルコンも、フンッと言って口元を歪めた。
「さっき、香さんにも同じ事訊いたのよね。」
美樹がシレッと呟く。
僚は香の名前に思わず、ドキドキと動悸が激しくなる。


一体、香は何て答えたんだろう。


僚は激しく気になる。
「アイツは?何だって?」
マグカップで顔を隠しながら、如何にもさり気なく。
傍から見れば、この上なく不自然に僚が問う。
「やっぱり、冴羽さん。気になるんだ?」
美樹が悪戯っぽく笑う。
「ば、ばっかっっ。べ、別にどうでもイイんだけどよ。まぁ、何だその。一応、参考までにね。」



だから美樹は、参考までに僚に教えてあげた。


香さんはね、
冴羽さんとはただの仕事上のパートナーであって、
別にそれ以上でもそれ以下でも、何でも無いから、
冴羽さんが、何処で誰と何をしていようが、
知ったこっちゃないんだって。


多少、香の言葉の足りない部分を、美樹の解釈を踏まえて補った感はあるが、
大筋の意味としては、僚に香の思う所は伝えられたと、
伊集院夫妻は思っている。

(つづく)











リョウちゃん、超焦る(汗)
[ 2012/10/10 21:46 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

③  絶体絶命~大切なモノは失いかけて気付く~

僚はキャッツを出てから、
ぼんやりしたまま、気付くと公園のベンチに座っていた。
先ほどから、遠目にホームレス達がチラチラと、
視線を寄越している事には気付いている。
彼らはああ見えて、僚が懇意にしている情報屋でもあり、
香贔屓の喰えない奴らだ。
多分、僚のこんな様子は、また更に噂話に拍車をかけるのだろう。
それでも僚はそんな事、もうどうでも良かった。


『俺達は仕事上のパートナーで、それ以上でも以下でも無い。』
『俺が何処で何をしようが、俺の勝手だ。』


香が言ったとされる文言は、これまで僚が何度ものたまって来た事だ。
本心からの言葉では無いにせよ、それは今まで僚の台詞だった。
僚がそう言うと、問答無用で僚に天誅を下すのが、香の役回りだった筈。
そうやっていつも、ギリギリの均衡が保たれていた。
だから、香に先手を打たれた今回、僚は途方に暮れていた。
一体どうしたら、元のように香が笑ってくれるのか、
僚には、皆目見当が付かなかった。


家に帰ると、夕飯の支度をしているだろう筈の、香の姿を想像する。
まだ支度が済まないウチに、キッチンに顔を出すと、
香はいつだって、ニッコリ笑って。
“なぁに?もう、待てないの?これでも食べてて”なんて言って、
先に出来たビールのつまみになりそうなおかずと、
冷蔵庫から、キンキンに冷えたビールを1本だけ出してくれる。


僚は知っている。
香はいつも、僚がそうやってまとわりついては、軽口を利くので、
わざとビールに合いそうな一品目は、先に作っている事を。
結婚どころか、男と付き合った事も無い、無垢でうぶな彼女を。
そんな風に気の利いた女にさせている自分が、僚は少しだけ誇らしかった。
けれど香が喜びそうな言葉や、約束なんか、それは僚にとっては、
香を縛り付ける為の、足かせに過ぎないと思っているから、口が裂けても言えない。


それでも香が、まるで嫁のようにかいがいしく世話を焼く事や、
僚の身を案じて、祈りを捧げる事は、もう既に言葉など無くても、
きっと、とっくに僚の家族も同然だったのだ。
それを僚はいつだって、感謝こそすれど。
表立ってその努力を認める事はおろか、労った事など無かった。
傷付ける事はあっても。


その事の意味する所は、結局、僚の驕った心の表れだ。
香がまさか自分から、僚を見放すなんてあるワケ無いと。
そんな確証など、何処にも無いのに。
いつもと同じ筈の煙草が、今日はやけに苦いと感じる。
これまで僚は、1人になる事など、全くどうとも思わなかった。
むしろその方が、気楽で心地良かった。
けれども、今の僚は。


香を失う事を、恐れている。
あれ程、縛り付けてはいけないと思いながら。
反面、香を雁字搦めに縛り付けて、
何処にも行けないように、閉じ込めておきたい。なんて、物騒な事を考えている。

「…っんだよ、それは俺の台詞だっつーの。」

僚の虚しい呟きは、秋のどこまでも高い夕方の空に吸い込まれて、消えた。











美樹が、2人のいつもと違う様子を聞いたのは、ミックからだった。
ミック曰く、今回ばかりはマジで僚が凹んでいるらしい。
あんな痛ましい僚は、未だかつてお目に掛かった事は無かったと。
そしてミックの結論としては、
もしもこれが香の作戦ならば、香の圧勝だという事。
幾ら香贔屓のミックでも、今回ばかりは香に、
“お願いだから、もう少し手加減してあげて?”
と、僚の援護に回る一歩手前だという。
何だかんだ言って、ミックは今や、僚と香をくっ付けようと目論む1人だ。


それでも、美樹は香との遣り取りを思い返して思う。
香は別段、いつもと変わらない。
ミックが言うように、僚にお灸を据える為の作戦だとは、どうしても考えにくい。
美樹の印象では、たとえ僚がどうあれ、香の気持ちが少し変化したように見えた。
美樹とて、香と僚の事はこれまで応援して来た1人だ。
出来る事なら2人にも、自分たち同様、幸せなカップルになって貰いたいと思う。
けれど、香の気持ちが変わったのなら、それは他人がとやかく言う事では無い。


むしろこれまで香が、あの根無し草のようなフラフラした男に、
純粋に尽くして来た事の方が、驚異的な事であって。
いつ香が僚を見限っても、それは誰にも非難は出来ない事なのだ。
むしろこれまで良く頑張ったと、褒めてやる所だろう。
だから美樹は、今回は香の心の整理が付くまでは、
外野がゴチャゴチャ言うべきで無いと判断した。
その結果が、香と僚の決別であったとしても。
そしてその時は、美樹も海坊主もいつだって、香の味方だ。
それだけは、ハッキリしている。














僚が公園からアパートに帰り着く頃には、
少しだけ深くなった紺色の空に、小さな星が瞬いていた。
玄関を開けると、夕飯のイイ匂いが立ち込めていて。
どんなに深刻に凹んでいても、ゲンキンな僚の腹時計は、
盛大なアラームを鳴らし始めた。


あれ以来、業務連絡以外は無駄口を利かない香だけど、
相変わらず、食事には手を抜かない。
それは僚の為というよりも、むしろ長年の習慣によるモノのように僚には思える。
つい数日前は、僚の好きなおかずが並ぶと、僚は自分の為だと思っていた。
この食卓も、明るいリビングも、清潔なシーツも。

香の笑顔も。

けれどそれは、もしかすると。
ただの僚の思い違いで、ただの思い上がりだったのかもしれない。
もう何処を探しても、僚の求める香の笑顔は無いのかもしれない。


キッチンに顔を出しても、香は居なかった。
ただ僚の分として、テーブルに並べられた数品の料理と、伏せられた茶碗。
それと美味しそうな匂いだけを、キッチンに置いたまま香の姿は無かった。
気配はある。
きっと、客間だ。
1人で食えという事らしい。
僚は折れそうな心をグッと堪えて、今では唯一香から与えられる(と僚は信じている。)
料理という名の愛情を、受け取る為に箸を握った。













僚が半分ほど、食事に手を付けたところで、香が客間から出て来た。
「…おかえり。」
香は僚の顔も見ずにそう言った。
僚も茶碗の白飯に集中しているフリで、ただいま。と返す。


「僚、依頼が入ったんだけど。」
香がごくビジネスライクに、切り出す。
「どんな?」
僚は肉じゃがの、大振りに切られたじゃがいもを頬張りながら訊ねる。
「山中明彦さん、36歳。報道カメラマン。依頼内容はボディガード。」
香は淡々と、客観的事実のみを告げる。
「っかぁ~~、男かよっっ。ヤル気出ねぇ。」
内心は死にそうなほど、心が折れている僚も、
表面上は、いつもと変わらない自分を演じている手前、
いつもと同じような戯言を繰り出す。
いつもと同じように、香に尻を叩かれるのを期待して。


けれど物事は、そう単純にはいかない。
香は小さく、はぁ。と溜息を漏らすと、僚に最後通牒を突き付けた。




……依頼、受けるも断るも僚の自由だけど。
私が僚の仕事上のパートナーでいる限り、僚が仕事をしないのなら、
私がココにいる理由は無いから。
いずれにしても、明日の朝にでもどうするか教えて。
どっちにしても、先方には連絡しなきゃだし。
私もこれからの事、考えたいから。







香はそう言うと、シルク混の柔らかな黒いカーディガンを羽織った。
そう言えば客間から出て来た時に、小さなバッグも持っていた。
「…どっか行くの?」
こんな時間に?一体何処に?誰と?
僚の頭には、訊きたい事が山ほどあったけれど、何一つ言葉には出来ずに、
やっとの思いで、それだけを訊く事が出来た。


「…ちょっと、飲みに。僚も出掛ける時は、ちゃんと鍵掛けて出てね。」


香はそれだけ言い残すと、僚を1人キッチンに残したまま出て行った。
確かに、僚に香の行動をとやかく言う権利など無い。
別に、夜出掛けようが、飲みに行こうが、誰と会おうが。
誰と、付き合おうが。
僚に香を縛る権利など、初めから無かったのだ。
僚はその事実に、今頃になって打ちのめされた。



それは6年前、
香が僚のパートナーになったあの夜から、解り切っていた事なのに。


「マジかよ。……シャレになんねぇっての。」














香はアパートの階段を降りて、舗道に出ると6階を見上げた。
僚と香の暮らす、部屋の灯り。
いつもこんな時間にあの灯りを見上げるのは、きっと僚だろう。
今夜は香が、あの灯りの下に僚を独りぼっちで置いてきた。
けれどきっと、僚は淋しくなんかないんだろうと、香は思う。
香はこれまで、いつも淋しかった。
僚が出掛けた後の、あのバカにテレビの音だけが大きい、
1人では広過ぎるリビングが。


香が夕飯の支度をしている時に、美樹から電話を貰った。
たまには、女同士で飲みましょうと。
別に何処に行くワケでも無い。
閉店後のキャッツで、美樹と2人で他愛も無い話しをしながら飲むだけだ。
それでも香は少しだけ、思ったのだ。
僚は何て言うだろうと。
少しは、心配してくれるんだろうか。
誰と?とか、何処に?とか。
気にはならないのだろうかとか。
僚は、何も訊かなかった。


「…何にも、訊かれなかったな。」


香はポツリと呟いて、キャッツへ歩き出した。

(つづく)













リョウちゃんきっと、
キッチンに1人残されて、
ちょっぴり泣いてます(憐)
[ 2012/10/12 18:37 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

④ 九死一生~放置プレイ終了~

キャッツでの美樹との、飲み会という名のガールズトークを終えて、
香はアパートまでの道のりを歩いて帰った。
夜遅いからと、海坊主と美樹も一緒に付いて来てくれて、
3人で、夜道を並んで歩いた。


今日は昼間、美樹から僚との事を訊ねられたし、
香は内心、美樹から僚と何があったのか、
色々と訊ねられるんじゃないかと思っていた。
けれど美樹は、何も訊かなかった。
それでも多分、この数日の香の色んな葛藤を、
まるで解っていてくれるように、遠回しに慰めてくれた。




香さん。色々あると思うケド、
どんな気持ちになったとしても、貴方は貴方よ。
自分を責める必要は無いのよ。
私とファルコンは、いつでも貴方の味方だから。
もしも、香さんがどうしていいのか解らなくなった時には、
いつだって逃げ込んで来て構わないのよ。
……人間なんだから、身体が疲れるのと同じように、
目には見えなくても、たまには心が疲れちゃう時もあるわ。



美樹はそう言って、香の隣のスツールに腰掛けると香の肩を抱き寄せた。
随分久し振りに、香もお酒を飲んだ。


多分夫妻は、香と僚の事を心から心配してくれているのだろうと思うと、
香は心配を掛けて申し訳ない気持ちになった。
そしてそれと同時に、まるで兄姉のように気に掛けてくれる彼らに、
とても温かい気持ちになった。
香の周りには、僚以外にも、大切な人たちが居てくれるんだという事を、
改めて、実感した。
そしてこの数日の、香の心の中の晴れないモヤモヤが、軽くなったのを感じる。


僚はどうせ、今夜も飲みに行ってるんだろう。
香はココ最近、
本当に嘘みたいに僚の夜遊びについて、全くどうでもイイと思っている。
ツケの額の事にしても、よくよく考えたらあれは。
別に香の負債でも何でも無いし、僚本人の問題なんだしと思ったら、
驚くほど、スッキリした。


ある意味では、これまで確かに香は、
僚のプライベートに、干渉し過ぎていたのかもしれないと思う。
別に自分は、僚の彼女でも奥さんでも、何でも無いのに。
香には、僚の行動を制限する権利など、そもそも無いのだ。
一歩退がった視点で冷静に考えてみると、
これはこれで、丁度イイ距離感なのかもしれないと、香は思う。
(…そりゃあ、ウザいよね。あんだけ干渉されたら。)
当の僚は、その干渉を一身に受けたがっているらしい、などと云う事には、
香には毛頭、思いも寄らないのだった。


アパートの入り口で、伊集院夫妻にお礼を言って、手を振って別れると、
香は6階まで、軽やかに駆け上がった。
今夜は何だか久々に、グッスリ眠れそうな気がした。
玄関のドアを開けて、香は驚いた。


……僚の靴が、ある。


いつもの僚愛用の、クラークスのワラビーブーツ。
ここ数日、ホンの少し忘れ掛けていた、僚への想いが少しだけ香の心を過る。
乱雑に脱ぎ捨てられたその靴を、香は揃える。
確かに香は、恋をしている。
報われない、哀しい恋を。
数日前香は、
死んでも僚の事など、好きにはならないと、偉そうに宣言したけれど。
香は死ぬほど、僚が好きだ。


たとえ僚からどんなに酷い事を言われても、僚に何とも思われて無くても。
香が僚を嫌いになどなれるワケは、初めから無いのだ。
「ばかみたい。」
香は誰に言うともなく、ポツンと呟いた。
どうせ僚は、もう眠ってるんだろう。
香が誰と何処に行くのかも、訊ねようともしなかった。
きっと香の事になど、微塵も興味は無いのだろう。
ついさっき、丁度イイ距離感、なんて思ったりもした香なのに。
やっぱり結局は、僚の事が好きなのだ、悔しいけれど。






きっと、久し振りに口にしたアルコールに、
少しだけ参っているだけに違いないと。
香はキッチンで、冷えたミネラルウォーターを一息にグラスから飲み干した。
もう寝よう、と思った。
シャワーを浴びてからと思っていたけど、
家に着いた途端に、急激な睡魔に襲われた。
香は、シャワーは取敢えず朝起きてからでもイイや、とグラスを濯いだ。


「…香。」
香がシンクに向かっていると、背後から声を掛けられた。
「…ゴメン、起こした?」
香は僚に背を向けたまま、そう言った。
「んにゃ、起きてた。」
「そう。」
それ以上言葉は続かず、2人の間に暫し沈黙が流れる。
口を開いたのは、香だった。


「…何?」
少しだけ、苛立っている様に聞こえるのは、僚の気のせいだろうか。
緊迫した空気が、2人を包む。
香は蛇口を締めて、漸く僚を振り返ったけれど、
顔は俯いたままで、僚とは視線を合わせない。
もうどれ位、香のあの真っ直ぐで澄んだ眼差しを見ていないだろうと、僚は思う。
僚は恋しかった。


「お前さ、…怒ってる?」
僚にしては珍しく、恐る恐るといった雰囲気で、漸くそれだけ訊ねるのが精一杯だ。
香は思わずハッとして、顔を上げる。
「…アタシが、僚の事?」
「…怒ってんじゃなかったの?」
香はキョトンとして、僚に訊ねる。
僚も拍子抜けしたように、問い返す。


そう問われて、香は改めて自分の心を振り返る。
そして、気が付いた。
別に香は、怒ってなどない。
ただとても、傷付いたのだ。
大好きなヒトから、“男の子”とからかわれて。
ただそれだけの、単純な事に。


でもどうして僚は、私が怒っているなんて思ってるんだろう???


香には理解できない。
「どうして、怒ってるって思ったの?」
香の声のトーンに、僚を非難したり、責めたりするような色は感じられない。
なので僚も知らず、意地など張らずに素直に答える。
「…どうしてって。そりゃ、おまぁ……あんだけ俺が、ナンパしたり、ツケ溜めまくってたら、いつもならハンマー確実じゃん?…でもここ最近、なんか俺、放置プレイ喰らってるしぃ…」
言いながら僚は、ゴニョゴニョと口籠もる。
これじゃまるで、香にお仕置きされてぇみたいじゃないか、俺。
と、ハタと気が付いたのだ。
まぁ事実、お仕置きされたいのだが。


ばつが悪そうな僚の顔を見て、香は思わずプッと吹き出す。
「ヘンなの。それって、逆じゃないの?ハンマーしないって事は、怒って無いんじゃない?てか、僚って。怒られたいの?怒られたくないの?どっちなの?」
そう言って香は、ケタケタ笑う。
そして、笑いながら泣いていた。


この時、漸く僚は気が付いた。
香が怒っているんじゃ無く、酷く傷付いていたんだという事に。
まるで目に見えない所から血が流れるように、
今こうして、香の大きな澄んだ瞳から、止め処なく涙が溢れている。
僚は自分の事ばかり考えていた。
不愉快な話しを切り上げたいばっかりに、不用意で手っ取り早い方法で、
香を傷付けた。
傷付いてどうしようも出来ずに、蹲って震えていた香に気付きもせず、
自分ばかり、放置プレイを喰らっていると拗ねていた。


香になら、何を言ってもジョークで済まされると。
許してもらえると、高を括っていた。
香に甘えていた。
香に依存していた。
そして、香を追い込んでいた。
誰よりも、大切な女の筈なのに。


もうこれ以上、僚には意地もプライドも、何もかも必要無い。
何より大事な事は。
香のこの傷をいち早く手当しないと、手遅れになってしまう。
僚は目の前の傷付いた、この世で一番大事な女をそっと抱き締めた。


「香、ごめんな。俺が酷い事言った。」
僚は香のクセ毛に顔を埋めて、小さな声でそう言った。
「…りょお?」
香は突然僚に抱き寄せられ、ビックリしながらも、
少しづつ心が解けていくのが、わかった。
心の中で、固くわだかまっていた、冷たくて固いシコリが、
たった一言の、“ごめん”という僚の言葉で一瞬にして溶解してゆく。



あのね、僚。
悲しかったの。
それでも、もうあれ以上僚に意地悪言われるのが、怖かったし。
僚とケンカしたくなかったから。
何にも言えなかったの。



僚は自分の腕の中で、切れ切れにそう言う香に、
またしても胸の奥が、張り裂けそうに痛む。
好きな女を、こんな風に怖がらせるなんて。
何も言えなくなるまで、追い詰めるなんて。
こんなになるまで、悲しませるなんて。
僚は激しく後悔した。
それでも一度放った言葉は、もう二度と取り消される事など出来ないのだ。
僚に出来る事は、心から赦しを乞う事だけだ。


そして目一杯、香を愛する事だけだ。


もう僚に、迷いなど無かった。
僚は香とあの奥多摩で、
何としても守り抜いて生き抜くとそう約束したはずだ。
それは何も、2人を狙う連中からばかりでは無い。
香を傷付ける全てのモノから、僚は香を守らなくてはいけないのだ。
それがたとえ、僚自身からであっても。


なぁ、香?
なぁに?






「俺、おまぁの事。アイシテルんだけど、赦して貰える?」


勿論、先の暴言の話しでは無い。
全ての事にだ。
香を愛するという、ある意味でこの世で一番の禁忌に対する赦しを、
僚は香に乞うている。
神様に赦して貰えなくても、香にさえ赦されれば。
僚はそれで充分だ。


香は大きく目を見開いて、真っ赤になって固まっている。
無理も無い。
ついさっきまで、僚に男の子扱いされた事に深く傷付いていた香が、
一転、僚から思ってもみない言葉を告げられた。
すぐには、言葉の意味が呑み込めない。


愛してる?僚が?私を?
それ逆だよ、僚。
愛してるのは、私の方だよ。
ヘンなの、今日の僚。


それでも香は、返事の代わりに僚の事をそっと抱き締め返した。
恥ずかしいので、僚の顔は見れない。
突然の事で、上手く返事が思い付かない。
僚の胸にピタリとくっ付いたまま、香はコクンと頷いた。
言葉は無くても僚には、伝わった。
香の“愛情”が。


元々お互いに対してだけは、極端に口下手な2人だ。
言葉よりも。
手の温もりや、その眼差しの方が、
余程雄弁にお互いの心を物語る。
2人は、言葉で伝える事よりも、身体で伝える事の方が元来得意なのだ。
だから、僚は。




香に初めて、唇で触れた。
香の唇に。




ホンの短い、軽く触れるだけのキスを交わして。
2人は、クスクス笑う。
いつの間にか、香の涙は止まっていた。
もう僚の意地の悪いジョークの事など、すっかり忘れていた。
いや、忘れる事にした。


香は根っからの、ポジティブ・シンキングだ。
イヤな事を引きずってわだかまっているよりも、楽しい事を見て笑っていたい。
もうとっくの昔に、香は僚を赦している。
むしろ、僚と同じ地獄にでも何でも、堕ちて行きたい。
僚と一緒なら、何だって構わないのだ。
怖いのは、
僚と離れ離れになる事。




なぁ、香。
俺さぁおまぁに、なるべく怒られたくは無いケド。
でも、たまには怒られたいの。
ホラ、俺って馬鹿じゃん?
懲りない男だからさ。




「ヘンなの。でも、私で良かったら……」


死ぬまでアンタの事、ハンマーしていてあげる。








(おわり)










リョウちゃん、結局オイシイとこ取りです。
2人が離れられるワケはありません。




[ 2012/10/14 00:16 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)

おまけ  後日談・その後の2人

未だ嘗て無かった、この度の2人の未曾有の冷戦状態は、
呆気なく、仲直りのチュウで幕を閉じた。


僚にとっては念願の。
香のとっては青天の霹靂とも言える、初めてのチュウは少しだけ、
涙の味がした。
仲直りの夜、香は僚の腕の中で泣いたけれど、
実は僚もその数日間、コッソリ、ほんの少しだけ泣いた。


香の気持ちが、離れて行ってしまうんじゃないかという予感は、
僚にとっては、思いの外、恐ろしい出来事だった。
どんな緊迫した銃弾の嵐の中でも、どんなに手強い相手との勝負でも、
僚は怖いなどとは、思った事など無かった。
まぁ、最悪運が悪くても、死ぬだけだろ?なんて思ったら、
大概の事には、恐怖など感じない。


けれど香が自分の意志でもって、僚の元を離れて行く事を、
シミュレートしただけで、僚は涙が出るほど怖かった。
香の存在しない世界を、1人で生きる。
それはまるで、真空状態の宇宙の果てに、丸裸で放り出されるのに等しい。
きっと呼吸も侭ならず、もがき苦しみながら死んでゆく。
コメカミに一発浴びれば、一瞬で終わる事を。
そうやってじわじわと、真綿で絞め殺されるような苦しみなど、僚は真っ平御免だ。


けれど恐らくこの数年間、
僚はそれに等しい苦しみを、香に与えて来たのかもしれないと思う。
お互いに一時でも離れられない程、好きで堪らないのに。
僚の決断1つで、2人の世界は天国にも地獄にもなる。
どうせあの世で地獄に堕ちるのならば、
せめて2人で生きている間ぐらいは、天国を味わってもイイだろうと。
僚にも漸く、そう思える時が来た。





あの晩、僚はもう一度許しを乞うた。
香は別に、怒ってなどいないからと、微笑んだ。
今はまだ少しだけ早いケド、いつか香の全てをこの手の中に収めたいと、
僚は初めて、前向きに考える事が出来た。
あの晩は別々の部屋の、別々のベッドで眠ったけれど。
もう決して1人では無いのだと、2人は何だかとても安心して眠れた。


翌朝僚は、香に起こされる前に起床して、
キッチンで朝食を作る香を、コッソリ眺めた。
暫くして、僚の気配に気が付いて、おはよう。と、
ニッコリ笑った香を抱き締めて、2度目のキスをした。
仲直りのキスとは違う、正式で濃厚なチュウである。


1度心を決めた僚は、180度変わった。
その朝からも数日が経過して、今現在僚は。
日中ナンパにも行かず、香の隙を見付けては、捕獲しキスを浴びせている。
一体どの口が、“男の子”だの“ゲイカップル”だのほざいたのか。
僚は都合の悪い事は、綺麗サッパリ忘れる主義だ。


香は初めの方こそ、恥ずかしがりながらも嬉しそうにしていたが。
今現在では、半ば呆れている。
でも、仕方無いのだ。
僚は、決めたのだ。
これからは香を、目一杯愛すと。
仲直りのチュウを経て、罪滅ぼしのチュウを終え、
僚は今、香の唇を、思うさま味わっている。
元々彼は身勝手な男で、元々彼女は彼にゾッコンなのだ。
しょうがない。


そんなこんなで、
冷戦中に舞い込んだ、僚曰く、“ヤル気の萎える男の依頼”も無事解決し、
気付いたら2人はもう、仕事上だけのパートナーでは無くなっていた。
もう気持ちを押し殺す事も、
お互いをむやみに傷付ける事も無くなった。
後の残された課題は、モッコリをする事だけだと、
僚はその日に向けて着々と、計画及び香の洗脳活動に着手している。
一旦方針が決まれば、抜かりの無い男なのである。
香が喰われるのも、時間の問題だ。






この数日、また更に2人の様子が変わったと、伊集院夫妻は感じている。
僚がこの所、ナンパに繰り出していないようである。
僚の生き甲斐、僚のライフワーク、僚の唯一の趣味は、
今の所、パッタリと鳴りを潜めている。
初めの内こそ、香に構って貰えない僚が、
とうとう壊れたかなどという憶測が飛び交ったが、
この数日で、徐々に尾ひれが長くなり。
僚重病(ED)説、僚男色に目覚める説、などなど好き勝手な事を言われ放題であった。
しかしどうやらそれは、全くの見当外れのデマらしいと、夫妻は確信した。


今、この目の前のカウンターを挟んだ向こう側の2人は、
どうやら1つ大きなヤマを乗り越えたらしい。
雨降って地固まるの言葉通り、あんなに切羽詰っていた彼らは、
今では何やら楽しげに、クスクス笑いながら他愛の無い話しで盛り上がっている。
その合間に、僚は何やらケータイを弄っている。
どうやらメールを打っているらしい。


暫くして、香のケータイが着信を知らせる。
香はケータイを開いて画面を確認している。
どうやらコチラも、メールらしい。
画面を見詰めて数秒後、香は真っ赤になって俯いている。
片や、彼女のパートナーは、何やらニヤニヤと笑っている。
どうやら口に出して言いにくい遣り取りを、
メールを介して交わしているらしい事に、美樹も気が付いた。


「なぁに?2人とも何だか、楽しそうじゃない?何かあったの?」

ついこの間、ギクシャクしていた2人に訊いた事と同じ事を、美樹は訊いた。
すると香は顔を真っ赤にして、がたんとスツールから立ち上がると、

「なななな何でも無いのっっ、美樹さん!!あ、あたし。お買いもの行かなくちゃ。」

と、全く説得力の無い言葉を吐いて、派手にカウベルを鳴らしながら、
僚を残して、キャッツを出て行った。
残された僚のマグカップに、海坊主が奢りでお替りのコーヒーを注ぐ。
何があったかを話せという事だ。
「…で?何があったの?実際の所。」
美樹が僚に訊ねる。


僚は一息に、琥珀色の液体を飲み干すと、ニヤッと笑って立ち上がった。
「べぇっつに、なぁにも~~。」
そう言って店を出ようとして、入り口のドアの前で夫妻を振り返る。



ま、強いて言えば。
チュウはしたけどね。


そう言って僚は、唖然とする夫婦を残し店を出て行った。



香は勢いで、キャッツを慌てて出て来てしまった。
不審に思われ無かっただろうかと気にする香だが、
残念ながら、思いっきり不審であった。
キャッツからだいぶ離れたところで、
香はもう1度手の中のケータイを見詰める。
さっき、僚からメールを貰った。


これまでも2人は、メールのやり取りをしないワケでは無かった。
例えば、何時に帰って来んの?とか。
ついでにお醤油買って来て。とか、ツケ増やしてたらぶっ殺す。とか。
大抵は、そんな感じだ。
僚の返事も、あぁ。とか、うん。とか、りょーかい。とかそんなモンだ。
だから、まさか僚が。
あんなメールを寄越すなんて、思いもしなかった。
香は照れ臭くて、僚の顔も見れないまま、キャッツに置き去りにして来てしまった。


今日の晩御飯は、僚の好きな豚カツにしようと、
香はスーパーまでの道のりを、軽やかに歩いて行った。




『〇月☓日 15:38
 To;香
 From;りょお。
 件名;カオリンへ

 本文;サッサとウチに帰って、チュウしよーぜ(-。-)y-゜゜゜
                        リョウちゃんより



冴羽僚は今、自宅アパートのリビングにて、
忠犬の如く愛する女の帰りを待ちわびている。








雨降って地固まるって事で。
リョウちゃん、調子に乗ってます(笑)
[ 2012/10/15 20:28 ] Partner (全4話+α) | TB(0) | CM(0)