※注意事項※必読※

このお話しは、

超・超・超パラレルです。


いつもの2人のお話しとは全く違う風味ですので、ご注意ください。





★登場人物★

冴羽 僚 ・・・殺し屋。

  猫  ・・・捨て猫。薄茶色の仔猫。

僚の友達 ・・・ミックとか、冴子とか色々。



僚が雨の日に、猫を拾うお話しです。 
スポンサーサイト



[ 2012/10/02 19:23 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の壱. 猫の兄妹 

それはまるで煙のような霧雨が降る晩の事だった。
僚はその日、人を殺した帰りだった。
と言っても、血生臭い修羅場では無い。
高層ビルの屋上から、超高性能スコープを取り付けたライフルで、
一発発射しただけだ。
僚はこの晩の依頼程度でなら、弾丸は一発あれば充分だった。


もうすぐでねぐらのアパートに着く手前に、公園がある。
昼の日中には、僚はこの中を通る気にはなれないが、
夜、もう深夜と言ってもいい時間には、時々ここに足を踏み入れる。
この中を突っ切れば、自分のアパートまで最短距離で帰れる。
だから僚はこの晩も、同じようにここを突っ切った。


それは、近付いてみるまで何なのか、僚には良く解らなかった。
小さなみすぼらしい箱に入れられた、2匹の仔猫。
1匹は衰弱して丸くなっている。
そして、もう1匹。
薄茶色の小さな仔猫は、背筋をピンと伸ばし僚を見上げた。
どうして解るのか、己の薄茶色の眼と僚の漆黒の眼が、
対応した同じ器官である事を、本能で覚っていて。
僚の瞳を真っ直ぐに見詰めて、にゃあと鳴いた。


霧のような軽い雨にも拘わらず、この2匹はどれだけの間、
ココでこうして濡れていたのか。
その頼りなげな体毛は、しっとりと濡れそぼりカタカタと小刻みに震えている。


その時何故、僚がその箱を拾い上げる気になったのか。
後から思い返してみても、僚自身サッパリ解らない。
僚は骨の髄まで殺し屋だ。
僚には物心ついた時から、それ以外の選択肢は無かったし、
また、殺し屋としての才能には恵まれ過ぎる程、恵まれていて。
日頃は陽気な遊び人にしか見えないが、れっきとした暗黒サイドの人間だ。


僚は基本的に陽気で、楽観的で。
女に弱い。それが唯一の弱点と言っても、過言では無い。
僚が街を歩いていて目に留まるものは、カワイイモッコリちゃん。
ガキと年寄りと動物は、僚の3大無関心事項だった筈なのに。
何故だかその晩、深夜の公園で僚は。
猫を拾った。







取敢えず僚は、自宅に戻ると小さなその生き物たちを、子細に観察した。
1匹は薄茶色の毛と瞳のメス猫。
もう1匹は、
ねずみ色で、目の周りがまるで眼鏡でも掛けているかのような、
黒い縁取り模様の、オス猫。
どうやら2匹は、兄妹のようだ。
しかし、オスの方はよく見ると傷を負っており、完全に衰弱している。
怪我した上にこの雨に降られて、今にも死にそうな状態だ。


僚の見た所、野良犬か何か、コイツらよりも強いヤツに甚振られたような傷跡。
きっとこのオス猫は、もう1匹を庇う為自ら怪我を負ったように見える。
片や、メスの薄茶は傷一つなく元気そうだ。
それでも相方の状態は解るのだろう。
しきりにその身体を舐めてやっている。


僚は1匹づつ手に取ると、その濡れた毛並みをタオルで拭いてやった。
元々2匹が入っていたチャチな箱は捨てて、
代わりにバーボンの入っていた木箱に、クッションとタオルを敷いてやる。
仔猫が何を食べるのかなんて知らない僚は、
その晩は、そのまま自室のベッドに潜り込んで眠った。
あのまま、公園で濡れたまま一夜を明かすよりは、マシだろうと。







翌朝、僚が起きてみると、残念ながら衰弱していた1匹は冷たくなっていた。
それでもその相方を、まるで温めるように薄茶のチビは寄り添って眠っていた。
昨夜の雨はもうすっかり止み、朝日が昇る少し手前だった。
この2匹を拾ったのは、昨夜というよりもまだホンの数時間前の出来事だ。
僚は2匹を腕に抱え、ガレージからスコップを取り出すと、
昨夜2匹に出会った公園へと向かった。


その公園は、僚のねぐらから歩いて数十秒の所にある。
昼間は何処からともなく、OLやサラリーマンがやって来て昼飯を食ったり、
こんな街にも子供はいるらしく、
僚の嫌いな、甲高い声を響かせて遊んだりしている。
けれどこんな早朝とも言える時間には、まだ誰もいない。


僚は公園の1番奥、大きな桜の樹の根元に穴を掘った。
昨夜の雨で幾分柔らかな土の上に、ホンの短い生涯を閉じた亡骸を横たえる。
もう1匹は、僚の足元でじっとその様子を窺っている。
まるで、僚と2匹のひっそりとした葬式のように、
その朝、その樹の根元に小さな墓が出来た。
僚が埋めたばっかりの湿った色の土を、薄茶はくんくんといつまでも嗅いでいた。
僚にはそれは、幼いながらも猫の弔いの儀式のように思えた。







「ホレ、行くぞ。」
僚がそう言って猫を抱き上げた時には、完全に空は白み、
街は少しだけ、動き始めていた。
僚は昨夜、風呂にも入らず眠りに就いたので、
取敢えず家に帰って、
自分もシャワーを浴びるついでに、猫を洗おうと思う。
そして、仔猫が一体何を食べるのか、まずは調べないといけない。


猫と一緒に風呂から上がった僚は、
ドライヤーでその綿毛のような猫毛を乾かす。
猫は怯える事も無く、僚の大きな手の中ですっかり気を抜いている。
薄茶色の大きくて丸い瞳。
同じ薄茶色で柔らかな毛並み。
ピンク色の鼻先と、肉球。
いっちょまえに尖った、小さな牙。


柔らかな毛並みは、ゆるくウェーブの掛かったような癖毛だ。
「おまぁ、猫のクセに天パなんだな。」
そう言って僚は笑った。


僚は何の疑問も無く、この小さな猫と同居生活を始めた。






[ 2012/10/02 20:09 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の弐. 僚の猫

猫はすぐに僚に懐いた。
僚はエサをくれるし、抱っこしてくれる。
いつも僚と一緒にシャワーを浴びて、僚の眠るベッドで丸くなる。
僚がソファに座って、テレビを観ている時は、
猫は僚の膝の上に座った。
僚がソファに寝転んで、本を読んでいる時は、
猫は僚の背中の上で丸くなった。


僚は僚で、そんな猫の事が気に入っていた。
膝や背中に猫が飛び乗って来たところで、猫はまるで羽毛のように軽いし、
むしろじんわりと温かくて、心地良かった。
僚はホームセンターで、キャットフードを真剣に選んだ。
猫が喜びそうな缶詰を、何種類も買ってみたりした。
もっとも当の猫は、僚の手から与えられるモノなら、
何だって、喜んで食べた。


僚が人を殺したり、酒を飲んで遅くに帰って来ると、
猫は玄関先で丸くなって、僚を待っている。
僚が帰って来ると、真っ先に擦り寄って出迎えた。
僚の帰りを待っていてくれる存在は、今までで猫が初めてだった。
僚はそんな時、今まで知らなかった感情に包まれる。
嬉しそうに擦り寄って、グルグルと喉を鳴らす猫を抱き上げて、
その鼻面に頬擦りをした。
すると猫も僚の顔を舐めてくれた。


僚はこれまで1人で生きていた頃は、いつ死んでも構わないと思っていた。
けれど猫がいる今、僚はいつも頭の片隅で猫の事を考えていた。
もしも自分がこのまま野垂れ死んで、あの部屋に帰らなかったら。
きっと猫はいつまでも、
あの玄関マットの上で、ずっと自分の事を待つのだろうと。
その光景を想像しただけで、
僚は何としても、無事にあの部屋に帰りたいと切望する。


猫は僚を信じていた。
猫が箱に入れられて捨てられていたのは、まだホンの赤ちゃんの頃で、
その時に猫を助けてくれた僚は、猫にとっては親も同然で。
猫にとっては、僚が世界の全てだ。
だから猫はいつだって、僚を信じている。
鉄の扉の向こう側から、僚はいつだってちゃんと帰って来る。


僚は時々、猫と外出した。
アパートのすぐ傍の公園や、
近所の喫茶店(因みにこの店のマスターは猫嫌いの猫アレルギーだ)や、
時々は赤い小さな車に乗せて、大きな庭のある老人の家に出掛けた。
猫は何処に行っても人見知りはしなかった。
僚の腕の中にいれば、この世の中で一番安全だという事を、
猫は知っている。







ファルコンは筋金入りの猫嫌いだが、不思議とその猫は平気だった。
僚の部屋にいつの間にか居ついた仔猫を、僚はとても可愛がっており、
そんな僚の様子はあまりにも意外で、ファルコンも美樹も内心かなり驚いている。
僚に生き物を可愛がるという概念があったのが、とても新鮮だったのだ。
美樹は1度、僚に訊ねた。

“その猫ちゃん、お名前なんて言うの?”

僚曰く、猫には今の所名前は無いし、名前を付ける予定は無いとの事。
僚にしてみれば、猫に名前など必要無かった。
美樹にそう問われるまで、その事にまで思いは及ばなかった。


そもそも、言葉の必要無い僚と猫の間には、名前すらも要らなくて。
名前など呼ばなくても、猫はいつでも僚の隣にピタリとくっ付いている。
だから僚はその柔らかな毛並みや、
小さな頭を撫でてやればそれで充分だった。
その小さな薄茶色の猫に、名前はまだ無い。


それは、僚だけの猫なのだ。名前は、まだ無い。









[ 2012/10/03 02:31 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の参. 猫の記憶

すっかり油断していた。
その晩、僚は馴染みの店でしたたかに酔い、
それでも上機嫌で帰っている時だった。


その店のママ(元は男だ)は、無類の猫好きで。
僚が数ケ月前から、小さな猫を可愛がっていると聞いて、
勝手に親近感を覚えているらしく、その日は僚に(正確には猫に)、
枕崎産の最高級鰹節を、1本くれたのである。
勿論、猫は大喜びするに違いない。
という事は、結果的に僚もまた大喜びなのだ。


猫はいつも大好物を食べる時、むにゃむにゃと何事か言いながら食べる。
僚にはまるでそれが、猫がお礼を言っている様に聞こえたりする。
そんな猫を見ながら、僚はいつも『喰うか喋るかどっちかにしろ』と言って笑う。
小脇に抱えた鰹節を、猫に与えた時の様を想像して、
僚はニヤニヤしながら、アパートへの帰り道を急いだ。


そんなワケで、僚は酔っていた上に、頭の中は猫と鰹節で一杯だったので、
おかしなヤツが近寄って来た事に気付いたのは、一寸遅れだった。
サッと何かが僚の長袖のシャツを掠めた瞬間、その部分がカッと熱くなった。
すぐに白いシャツが、紅く滲んだのを見て切り付けられた事に気が付いた。
その後の僚の反撃は、もう殆ど本能のそれだった。


酔っていて、力加減を斟酌する余地など無かった。
恐らくは、1発目に殴った顎への一撃は、
相手の顎の骨を砕いてしまったかもしれない。
僚が覚えているのは、グジャッと言う得も言われぬ音と感触。
たかだか、ナイフで軽く切られた位で、少し悪い事をしたと僚は思った。
が、反省はしない男なのだ。
せいぜいが心の中で、テヘペロと舌を出して、頭を掻くぐらいである。


僚の足元に力無く脱力する輩を放置して、僚は転がった鰹節を拾い上げると、
またそれまで同様、ニヤニヤして帰途を急いだ。







僚が鉄の扉を開けると、いつもの如く、猫が一目散に擦り寄って来た。
しかし、次の瞬間猫はピタリと動きを止めて、僚の瞳をジッと見詰めた。
いつもと様子の違う猫に、僚はつい今しがた貰って来た、
最高級枕崎産・鰹節を見せる。
猫は一瞬、パッと目を輝かせ、しなやかなシッポをピンと立てて見せたが、
それも一瞬の事で、またすぐに僚をジッと見詰める。


「ん~?どうしたぁ、おまぁ?こぉんな鰹節、俺は買ってやらねぇだろ?もちっと、喜べよ?」
僚がそう言いながら、猫を抱き上げる。
猫は抱かれた僚の腕を、くんくんと嗅いでいる。
シャツが薄っすら紅く染まっている。血はもう止まった。
僚にしてみれば、ほんの掠り傷で。痛みも無い(酔ってるし)。
それでも猫は、僚の異変を敏感に察知したのである。


僚のシャツを嗅いで、猫は僚を見上げる。
「何だよ?心配してんのか?こん位、掠り傷だっつーの。」
僚はそう言って、猫の鼻先にキスをする。
猫も僚の頬を、ペロッと舐める。
僚はまさか、己の人生に於いて、
猫に心配される日が来る事など、思ってもみなかった。
けれど、たとえ相手が猫であれ、気にかけてくれる相手がいるという事が、
僚は妙に嬉しかった。







猫が僚の帰宅を喜んで、擦り寄って行くと、
何だか不吉な匂いを感じた。
猫は意外に鼻が利くのだ。
猫にはそれが、何の匂いかは解らなかったけれど、
ずっと昔、まだ赤ちゃんだった頃、
そうだった。
あのみすぼらしい箱に入れられて、僚に拾われたあの晩も、
きょうだいの猫から、おんなじ匂いがした。


そしてあの朝、僚が土の中にきょうだいを埋めてしまって以来、
彼には一度も会えないままだ。
だから、猫は急に不安になった。
もしも僚が、何処かに埋まったままこの家に帰って来られなくなったら、
猫は、独りぼっちになってしまう。
何より僚と居られなくなってしまったら、
猫にはそれから先、どうして生きて行けばイイのか全く解らない。


猫には生きる事とか、死ぬ事とかの意味は全然解らないけれど、
この目の前の僚がいなくなったら、きっと悲しいと思う。
悲しくて悲しくて、きっと生きていられない。
だから猫は、僚を見上げてにゃあと鳴いた。
ずっと傍に居てと。
居なくならないでと。
僚に猫の言葉が通じないのが、猫はとても悔しかった。


僚が猫を助けてくれたように、猫も僚を守りたいと思うケド、
非力な猫には、僚には何もしてあげられない。
だから猫はいつまでも、僚の頬を舐め続けた。





[ 2012/10/03 18:41 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

其の肆. 猫とは異なる生き物たち

猫が僚に拾われたのは、夏の始まりの頃だった。
あれから季節は移ろい、気が付けば春が始まろうとしていた。


仔猫だった猫も今では、若い美しい雌猫に成った。
手足はしなやかにスラリと伸び、丸く幼かった顔もハッキリと引き締まった。
元々彼女は、愛嬌のある可愛らしい顔立ちであるが、
成長してからは、
可愛らしい中にも、何処か凛とした野性的な美しさを秘めている。
けれど薄茶色の透き通った瞳と、緩やかなウェーブの柔らかな毛並みは、
仔猫の時のまま、1つも変わらない。


成長したのは、身体だけでは無い。
猫はこれまでに、随分沢山の事が解るようになってきた。
どうやら、自分と僚は種類の違う生き物であるらしい事。
僚の周りにいる生き物達は、どうやら僚と同じ種類の生き物であるらしい事。
猫にはあまり難しい事は解らないけれど、
どうやら彼らが、雄か雌かぐらいの区別は付くようになった。


コーヒー屋の、異常に大きいオスを初めて見た時、
幾ら人見知りをしない猫とは言えど、流石に少しだけビビった。
それでも彼は、不思議と怖くない。
彼には、僚と同じような温かさが感じられた。
そんな大きな彼は、猫が僚にあの店に連れて行かれる度、
誰も見ていない時を狙って、猫の頭をそっと撫でたりする。
猫にはそれがとても不思議に思えた。
誰かが見ていると、猫の事なんか全く興味の無い素振りなのに、
誰も見ていない時にだけ、彼は猫を構う。


もっとも、ファルコン的には、
何故だか、他の猫と少しだけ異なる彼女に慣れる事によって、
少しでも、猫嫌いの克服に繋がればと思っている。
彼は普段は、喫茶店のマスターの仮面を被ってはいるが、
れっきとした殺し屋なのだ。
どんな弱点であれ、克服するに越したことは無いのだ。


金毛でブルーの目をしたオスは、いつも突然現れる。
僚と猫の2人の静かなアパートに、突然やって来て、
いつもは猫の領域の筈の、大好きなリビングのソファに断りも無く座る。
そして何も言わずに、猫の事を馴れ馴れしく抱き上げたり、
撫でまわしたりする。
猫はいつも死ぬ程、ビックリさせられる。
基本的に、人見知りしないとはいえ、猫とは臆病な生き物だ。
突然やって来る、厚かましいオスの事は、猫は正直言うと少し苦手だ。


それでも金毛のオスは、そんな猫に対して特段、失礼な振舞いをしたとか、
済まない事をしたという風には、捉えていないようだ。
もしかすると金毛は、僚たちともまた違う種類の生き物かもしれない。
それに少しだけ、この金毛には注意しないといけない点がある。
彼は猫の何処をどう撫でたら、一番気持ちイイのかを熟知している。
猫はいつも、気持ちとは裏腹に油断すると、彼の腕の中でウトウトしてしまう。
金毛には要注意だと、猫は常々肝に命じている。


「なぁ、リョウ。飲みに行こーぜ。この前、情報流した見返りに、オマエが奢る約束だろ?」
突然やって来たミックが、そう言った。
言いながらミックは、馴れ馴れしく猫を抱き上げると、ソファに座った。
猫は激しく嫌がっているが、ミックは一切構わない様子だ。
「あぁ?めんどくせぇ。行きたきゃ、勝手に行け。飲み代なら、俺の名前で勝手にツケとけ。」
僚はどうにも、飲みに行きたい気分では無いのだ。
今までまったりと、猫と一緒にソファに寝転んで、本を読んでいた。
何故だか、邪魔されたような気分だ。


しかも、さっきまで激しく抵抗していた僚の猫は、
今ではすっかり、ミックの手によって懐柔され、ウトウトし始めた。
僚としては、非常に遺憾である。
「Oh、リョウ。何か最近オマエ、付き合い悪ぃぞ。」
そんなミックの不満げな声になど耳を貸さず、
僚はミックの腕から、大事な猫を奪い返す。
「勝手に触んじゃねぇ。」
俺の猫を。
最後のひと言は、胸の内で呟く。


猫は一瞬、ビックリして目を開けたが、
自分が僚の腕の中にいると解って、
先程よりも一段と安堵した表情で、ウトウトし始めた。
僚が猫を取り扱う手つきは、一見乱暴で手荒にも見えるが、
それが誰より優しい事は、他でも無い猫が1番良く知っている。


猫には唯一、雄か雌か判別できない生き物が1匹いる。
大きな庭のある家に住む、小さな生き物だ。
勿論、小さいと言っても猫に比べれば、随分大きいのだけど、
背丈は、僚の半分ほどに見える。
どうやら、だいぶん年老いた生き物のようだ。
猫の事は優しくじっと見詰めるだけで、特に何も害は無い。
けれど猫は、あの家に連れて行って貰えるのは、大好きだ。


僚の周りには、メスもいる。
あのコーヒー屋には、あの大きなオスとは別にもう1人メスがいる。
猫はあのメスの事が、僚の次に好きだ。
金毛とは対照的に、非常に礼儀に厚く、
猫の事を撫でる前に、必ず一言アイサツがある。
それだけでも、猫としては随分気分的に違うモノである。
誰だって断りも無しに、自分のプライベートな距離に入って来られると、
いい気分はしないモノだ。
その点、彼女は申し分無い。
猫の尊厳を尊重してくれているのが、伝わってくる。
だから猫は、彼女が好きだ。


もう1匹別に、アパートにやって来るメスがいる。
コチラは、もしかすると金毛と同じ種類かもしれない。
彼女もいつも勝手に入り込んで来ては、
僚と何やら、良く解らない話しをしている。
(猫は解ってないが、その話しとは例のモッコリ〇〇発の貸し借りの件だ。)

そのメスは、他のどんな生き物とも違った印象の変なメスだ。
細い指の生えた毛の無い手の先には、鋭い爪が生えている。
爪に関しては猫も負けてはいないが、恐ろしいのはその色だ。
毒々しい色の長い爪を持っている。
あれにはきっと毒があるに違いない。
猫は僚に、あの爪には注意した方がイイと教えてあげたいけれど、
如何せん猫の言葉は、僚には通じない。


彼女は時折、猫の事を撫でたりもする。
その手つきは意外にも優しいが、猫はどうにもあの爪に気を取られて、
生きた心地がしなくなる。
油断して爪を立てられたら、きっと毒が回る。
そう思うと、猫は彼女に対して必要以上に緊張する。


それに彼女は、いつも嗅覚を麻痺させられるほどに、
不自然な甘い匂いを漂わせている。
時々僚の帰りが遅い時にも、似たような不思議な匂いがする事がある。
何故だかそんな時、猫は妙に腹が立つ。
大好きな僚に、嫌な匂いが付いているのは非常に気に食わないのだ。


「クソッ、しゃあねぇな。モッコリ3発ツケとくからな。」
僚は忌々しげにそう言った。
「それじゃあ、僚。3月31日よ、ヨロシクね。」
僚の言葉には興味無さ気にそう言って、冴子は帰って行った。
猫はそんな2人の遣り取りに首を傾げる。





猫には、種類の違う彼らの言葉は半分も理解できないが、
どうやら彼らの世界は、色々と忙しそうだ。
猫は自分が、彼らと違う生き物で良かったと思う。
猫の世界はシンプルだ。
僚がいて、自分がいて。
僚が好きだから、僚に甘える。
だけど少しだけ、僚と同じ種類になってみたいとも思ったりする。
そしたら今よりもっと沢山、伝える事が出来る。


一緒にいてくれてありがとう。
大好きだよ、僚、って。





[ 2012/10/04 18:45 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

其の伍. 3月31日生まれの、香。

3月31日、早朝。

僚は肌寒さを感じて、目覚めた。
寝惚けたまま手探りで辺りを探る。猫を抱き寄せる為だ。
肌寒いのは、無理も無い。
昨夜、いつもの如く酒を飲んで深夜に帰宅した僚は、
酔っ払って猫を抱いたまま、上半身だけ裸になるとベッドに倒れ込んだ。
確か、寝室に入って来た時に、窓を開けたような記憶が微かにある。


春とは言え、まだまだ冷える。
桜は五分咲きといったところだが、花冷えという言葉もある通り、
この季節に、窓を開け放って裸で寝るなんて、僚ぐらいのモノだ。
それでもまだ、僚は完全に目覚めたワケでは無く、
こんな中途半端な、フワフワした意識のまま、もう一度猫を抱き込んで、
二度寝を決め込みたいというのが、僚の本音である。
冷静に考えれば、一旦窓を閉めてブランケットを羽織れば済む話だけど。


目を瞑ったまま、僚の手はベッドの上を探っていく。
・・・・・・・・????
僚の手が、何かに触れた。
柔らかで、温かで、スベスベとまるで赤ちゃんの肌のような。
・・・・・・・肌?????
僚は驚いて、飛び起きた。















僚の目に映ったモノは。
真っ白な肌で、栗毛のクセ毛の。
極上のオンナ。


まるで、猫のように丸くなって眠っている。全裸だ。
そして、僚の猫は。


・・・・いない。




僚はもしかしたら、まだリアルな夢を見ているのかもしれないと、
大きく頭を振ってみた。
けれど、どうやら夢では無さそうだ。
思わずゴクンと呑み込んだ唾が、喉に引っ掛かる。
その時初めて、僚は酷く喉が渇いている事に気が付いた。
この女は、誰だろう。
僚の猫は、何処だろう。
現実感が、妙に薄らいでゆく。


僚が1人、ボンヤリと目の前の状況にパニックに陥り掛けた時、
彼女の肩が、僅かに震えた。
彼女はゆっくりと体を起こしながら、目を開けた。
真っ白な肌に、小さめの形の良い乳房。
淡いピンクベージュの乳首。
柔らかそうな緩やかなウェーブの栗毛の髪の毛。
紅茶色の大きな丸い瞳。
僚にはハッキリと解った。


彼女は、僚の猫だ。


何故だか、猫は女になっていた。
それも、この上なく極上の。
文句無しの、モッコリちゃん。
この不思議な出来事に、普通の人間ならば間違いなくパニックになるだろう。
しかし、そこは冴羽僚なのだ。
先程までは、素性の知れない女の出現に、一瞬パニックを起こしかけたが、
他でも無い、この女の正体が、あのカワイイ僚の猫ならば、
何ひとつ問題は無い。


僚の口角が、不自然に吊り上る。
このピュアで、無垢な僚の猫に、まずは色々と教え込みたい。
鳥の雛が、卵から孵ってまず1番最初に見た者を、親だと認識するように、
この猫に、僚の存在を刷り込みたい。

まずは、俺の名前だな。

僚はそう思って、ニヤリと笑う。
猫はそんな僚を、じっと見詰める。
そして、小さく首を傾げると僚よりも先に口を開いたのは、彼女だった。


「・・・りょお。」
彼女はそう言って、ニッコリ微笑んだ。
彼女の第一声は、僚の名を呼ぶものだった。
僚は思わず絶句する。
たった今、自分が教え込もうと思っていた、自分の名前を。
猫は誰に教わるともなく、口にした。


「おまぁ、俺の名前が解るのか?」
僚が訊ねると、猫はコクンと頷いた。
僚は無意識に、猫を抱き寄せる。
いつもと同じように、猫は温かかった。
その時、開け放たれた窓の外から、新鮮な朝の空気と一緒に、
桜の花の匂いが薫った。
あの猫のきょうだいのお墓がある、桜の樹だ。


僚の脳裏に、猫の名前が浮かぶ。
これまで猫には、名前が無かった。
僚は誰よりこの猫を愛しているし、大切だけれど。
何故だか名前は付けなかった。
特に理由も無いけれど、2人には特に必要も無かった気がする。
けれどたった今、僚はこの猫に相応しい名前を考えた。
窓の外からは、新しい空気と、春の香り。


「お前は、今日から香だよ。ヨロシクな、香。」
僚は“香”の耳元で優しく囁く。
猫はジッと僚を見詰める。
「ねこじゃなくて、かおり?」
香は首を傾げている。
どうやら彼女は、今まで自分の事を“ねこ”という名前だと思っていたようだ。
無理も無い。
これまで名前の無かった彼女を、みんな“猫ちゃん”と呼んでいた。


「そうだ。お前は、今日から猫じゃなくて、香だ。」
僚はそう言って大きく頷くと、香に口付た。
人間になった香との、初めてのキスだった。
香は、ニッコリ微笑んでお返しに僚の頬を舐める。
どうやら教え込まないといけない事は、まだまだ山ほどありそうだ。
僚は思わず笑ってしまう。


「香、ホッペにチュウもイイけど、これからはココだ。」
そう言って満面の笑みの僚は、己の唇を指差す。
香は何の疑いも無く、僚の言葉にこっくりと頷く。
刷り込みも何も、僚があの晩、公園で猫の兄妹を拾った時から、
僚は2匹の親なのだ。
香は僚を疑わない。


僚は香を抱き上げると、ベッドに潜り込んだ。
温かなブランケットの中で、無垢な猫に色んな事を教える為に。











因みに僚は、この日の冴子の依頼などこの香の一件で、
すっかり忘れてしまい、すっぽかしたのだが、
実は、この事が僚の命を長らえた。

この日の神様の死亡者リストには、
『冴羽僚(34)職業:殺し屋』
との記載があったのだが、僚は香に夢中で家から一歩も出なかった。
これが功を奏したようである。

僚が死ぬ予定だった死亡原因は、歩道橋からの転落死。
散った桜の花びらが、路面を滑り易くしていて、僚は足を滑らせる予定だった。
殺し屋としては、何とも間抜けな死に様だ。
けれど、未来は変わったのだ。
1匹の小さな猫のお陰で。



僚の命日になる筈だったその日は、香の誕生日になった。
誰にも解らない事だけれど、香は僚に助けられた恩返しに、僚の命を救った。
2人はそれから、ずっとずっと末永く、仲良く暮らした。




(終)













今回は、いつもと全く違ったお話し。
でも結末は、幸せになりましたよ。
カオリン、願いが叶ってリョウちゃんの傍にずっといられます。
リョウちゃんも、カオリン助けたお陰で、命拾いしちゃいまいた。
元猫の、天然カオリンのその後の生活も書いてみたいけど、
今の所は、ココまでで終了です。
[ 2012/10/04 21:58 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。その変わらぬ日常

その時僚は、トイレで用を足していた。
いつもの如く、突然のミックの気配。
彼はまた、勝手に僚の部屋へと上がり込んで来た。


3月31日に、猫が香になってから1週間。
僚は電話にも出なかったし、外出もしなかった。
香と2人の食事位、僚が適当に間に合わせで作ったし、
この都会の真ん中で、電話1つで何だってデリバリーされて来る。
たかだか1週間家に籠ったところで、全く困らない。


リビングの電話の留守電と、僚の携帯の留守電には、
冴子からの苦情電話が殺到したが、それも3日目を過ぎた辺りから、
生存確認の連絡に変わっていた。
それでも、いつものようにココまで出向いて来ない所をみると、
アチラはアチラで、忙しいのだろう。
とは言え、僚の知った事では無いが。


ただ単に僚は、香と2人でマッタリ過ごしていたかっただけだ。
猫の時代も、香は充分美猫ではあったが、
それを人間の姿かたちに変換すると、これ程までの美女になるものかと、
正直、僚は度肝を抜かれた。
どうしてモッコリ美人にしか興味の無い僚が、あの晩猫を拾ったのか。
今にして思えば、僚のモッコリセンサーは正確に作動していたのだ、きっと。


あの日、肌寒い朝に香を抱き込んでブランケットに潜り込んだ僚は、
何も知らない、天真爛漫・純真無垢な猫に、
『色々』と教え込んだ。
主に、色んな愛情表現の方法についてだ。
ホッペ以外への、正しいチュウのやり方から、
猫の世界で言うところの、『交尾』のイロハまで。
猫には春と秋の年2回、発情期があるが、
人間は(特に、僚は)、いつでも発情期である。
これから先、人間としてやって行くには、
教えてやらないといけない事は沢山ある(あくまでも、僚にとって)。


そんなワケで、僚は周りの心配(自宅で変死してるんじゃないかとか)をヨソに、
カワイイ僚だけの猫改め、香と文字通りにゃんにゃんしていたのだ。


そして今、便座にしゃがむと云う、僚にとっては最も無防備な状況で、
ミックはずかずかと、僚の部屋へと侵入してきやがった。
僚は1人トイレの個室で、非常に焦っていた。
あのまま行けば、リビングで寛ぐ香と顔を合わせるだろう。
僚は猛スピードで、トイレットペーパーを巻き取った。














「Hi♪ ボクはミック、君だぁれ?可愛いね。リョウのトモダチ?」
ミックが僚の部屋の無駄に広いリビングに顔を出すと、
件の殺し屋はいなかったが、代わりにソファの上には、
超美人の女の子が座っていた。
明るい栗色の柔らかそうな、ショートカット。
印象的な大きくて澄んだ、薄茶色の瞳。
抜けるように真っ白な肌。
僚の大きなグレイのTシャツを着て、
ブカブカのこれまた僚のジーンズを穿いている。
どう見ても、“色んな意味”での“オトモダチ”のようだ。


ミックはこう見えても、一応僚の事を心配していたのだ。
幾ら好き勝手に生きているあの男でも、1週間もの間、電話にも出ず。
かと言って、仕事を受けている気配も無く。
街にも出ていない。
もしかすると、このアパートの一室で変死してこの数日の陽気で、
異臭を放っているかもしれないと。


それがどうだ。あの男は。
呑気に、こんな美人を連れ込んで、ヒトの気も知らず。
にゃんにゃんしてやがったのか。
ミックの青い瞳の中に、蒼白い焔が揺らめく。
しかし、それはそれとして。
まずはこの目の前の、カワイコちゃんと愛の自己紹介を交わさなくては。
ミックのプライドに懸けても。


「君、お名前は?」
ミックはワザとらしいまでの笑顔で、香に訊ねる。
しかし、香にとってミックは、あの少しだけ苦手で要注意キャラの、
『金毛の生き物』なのだ。
ミックを見ただけで混乱してしまい、ソファの上でピキンと固まっている。
ミックはそんな香の様子に、いささか不満を覚える。
このミックの最高の笑顔に、
心を開かない女性は、そう居ない(ミックは自信家だ)。


ミックとやらはどうも、香が無視しようと思っても無駄なようである。
香は先程から、この金毛のミックというオスがニッコリと笑いながら、
無言のプレッシャーで、迫って来るのを感じていた。
何としても、香が名乗るのを待っている風情である。
仕方が無いので、香は名前だけは教えてやる事にした。
この間、僚が名付けてくれた名前。


「……かおり。」
「そうかぁ、カオリちゃんかぁ。かあいいなぁ♪今後とも、ヨロシクね。」
ミックはそう言って、馴れ馴れしく香の手を握る。
香は、やっぱりと思う。
香が猫だろうが、人間だろうがこのオスは、油断ならない。
香はトイレに行ったはずの僚がサッサと戻って来るのを、心から願った。











僚がトイレから戻ると、案の定ミックはソファの香の横に馴れ馴れしく座り、
香の手を握っている。
僚は思わず条件反射で、スリッパを片方脱ぐとミックの後頭部をはたいた。
まるで、ゴキブリ退治である。
「よぉ、リョウ。久し振りの親友へのアイサツが、それかい?」
ミックは苦笑した。


「るせぇ、勝手に触んじゃねぇ。」
俺のオンナに。
後半のひと言は、胸の内で呟く。
「で?この子、誰?」
当然、ミックは訊ねる。
僚は改めてそう訊かれると、思わず考え込んだ。
しかし取敢えず僚は、香とミックの間に割り込んで座り、
ミックから香を遠ざけた。


それにしても、多分突拍子も無いのは僚とて、重々承知だ。
ある日突然、猫が人間になるなんて。
きっと、ありのままを話した所で、キチガイ扱いをされるのがオチである。
しかし、嘘の言いようも無い。
これから先、僚は香の事を養っていくワケで。
それが猫なら、ただのペットと飼い主で済む話だが、
若くて別嬪の香と暮らすという事は、要するに。


世間的には。
『同棲』とか『結婚』とか云う状態なワケで。
そんな事を、ミックや、伊集院夫妻や、野上姉妹が、面白がらないワケも無く。
僚としては、その状況が非常に面倒臭いのだ。
だからこそこの1週間、誰とも顔を合わせたく無かったのに。
とうとう、沈黙は破られる時が来たようだ。


「猫だよ。」
「What???」
「だぁかぁらっっ、猫なんだよ。コイツは。」
「はい?・・・んーと、リョウ。まずは、教授に脳の検査して貰った方が良いぞ♪」
予想通りの展開に、僚は深く長い溜息を漏らした。




俺は別に、キチガイでは無い。





これから暫く、周りの連中が落ち着くまで、
僚にとっては、ストレスの増える日々が始まった。











猫カオリン。
人間に生まれ変わって、ミックと初対面です。
リョウちゃん、今からが大変。
気が向いたら、このお話し続きます。
[ 2012/10/06 19:35 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

猫改め、香と殺し屋。かおりはしんじるよ(ペロ)

「まぁ、結論から言うとじゃな、僚。」
教授は、様々な検査結果の書かれた書類を見ながら言った。
「この子は、れっきとした人間じゃ。」
お前さんも、ちと検査しておくかの?…主に脳方面。


ニッコリと笑うその老人に、至って悪気は無さそうだ。
僚は、もう何度目か解らない溜息を吐く。
猫から、ある朝突然カワイコちゃんになった香を、
僚は念の為、教授に診察して貰った。


……結果は、至って健康な若い女の子。


むしろ、僚の脳の検査を勧められた。
まぁ、そりゃそうだろう。
誰がこんな突飛な話を信じるだろう。非科学的過ぎる。
僚とて、これが自分の身に起きた話でなければ、一笑に付した所である。
悔しいけれど、あの可愛らしい僚の猫が、
この目の前の、モッコリ美女に変身した事を証明する術は無い。
今の所僚は、ただ単に若くて美しい彼女を紹介しに来た、
顔馴染みの兄ちゃんである。


しかし脱力して、説明する意欲も減退した僚に代わり、
口を利いたのは、香だった。
「…かおり、ココになんかいも来た。あっちに、おさかながいる。」
そう言って、香が窓の外を指差す。
確かにその方向には、教授が可愛がっている錦鯉の棲む池がある。
「あっちは、りょおと一緒じゃなきゃ、いっちゃダメ。」


香がまだ、仔猫の頃。
この屋敷に、2回目に訪れた時の事だ。
僚と2人暮らしのアパートには、庭など無いし、
アパートのすぐ傍の、あの公園は小さな子供たちの遊び場で、
香がのびのびと外で遊べるのは、ココの大きな庭だけだった。
そういうワケで、香はココがすぐに気に入った。
初めて見る池と、錦鯉。
それはきっと、猫の本能だったのかもしれない。
スイスイ泳ぐ錦鯉を捕まえてみたくなって、香は池に飛び込んだ。
もう少しで、溺死寸前の仔猫を僚が池から引き揚げた。
それ以来、あの池には1人で近付いてはいけないと、香はキツク僚から叱られた。
その事を知っているのは、僚と教授と、猫だけだ。


「あの木の下に、おもちゃうめた。」
そう言って、香が次に指差したのは、池とは反対側の植栽に植えられた金木犀だ。
僚と教授は首を捻りながらも、香に導かれるままその木の根元までやって来た。
「ココに何か埋めたのか?」
僚が問うと、香はコクンと頷いた。
「うん、きんぎょ。」
僚は良く解らないまま、スコップで木の根元を掘った。


それ程深くも無い、土の中からそれは現れた。
柔らかいソフビの、金魚の形をした猫のオモチャ。
それは確かに、僚が猫に買い与えたモノだ。
そう言えば、いつの間にか見掛けなくなっていた。
「おまぁが、埋めたのか?」
僚が問うと、香はニッコリ笑って頷いた。
「たからもの。」


「うむ。確かに、あの猫ちゃんじゃ無けりゃ解らん事を、この娘さんが知っておるとなると、お前さんが言っとる事も、あながち出鱈目とも言えんのぉ。」
教授は、不思議そうに呟いた。
「だろ?だから、コイツはあの猫なんだってば。原因なんか、俺の方こそ知りてぇし。」
僚が不貞腐れたように、そう言った。
香だけがニコニコしながら、久し振りに掘り出した金魚を持って嬉しそうにしている。
「りょおは、ウソいわない。」


「まぁ、確かにこの子が嘘を言っておるようには見えんしのぉ。」
教授は、科学的根拠は何処にも無いが、
僚と、この元猫の女の子のいう事が、何故だか本当のように思えて来た。




結局、香が猫から人間になった事の真相は不明だが、
香が健康であるという事だけは解ったので、僚はひとまず安心した。
教授の家から、アパートに戻る車の中で、香は僚に訊いた。
「あの人は、オスなの?メスなの?」
「あの人って、教授の事か?」
香はコクンと頷く。
僚はひとしきり、腹を抱えて笑うと香のクセ毛をクシャッと撫でた。


香の今のマイブームは、会う人間会う人間、オスかメスか確認する事らしい。
大抵は理解しているようだが、どうも年寄りになると判断が難しいらしい。
確かに年寄りになればなるほど、性別など超越してしまうのかもしれない。
「アイツはなぁ、オスだ。随分、皺枯れちゃいるが、ああ見えて油断ならねえぞ、アイツは。俺と一緒じゃ無きゃ、近付いたらダメだぞ?」
僚はシッカリと、香に言い聞かせる事だけは忘れない。
本当に、あのエロジジイには油断出来ないのだ。
香はまるで、僚からとても重要な事を教わるかのように、
神妙な面持ちで、コクンと頷いた。








また別の日には、香を連れて僚はキャッツへ行った。
僚は何度も、香は元々あの薄茶色の猫だと説明したが、
いつもの面々は、またまたぁ~~~。などと言って、まともには取り合わなかった。
どうして彼女を紹介するのに、そんなふざけた冗談を言う必要があるのか、
彼らには、理解不能だった。


それでも、美樹は意外だった。
僚がこれまで、連れて歩いていた女達は、皆一様に派手でゴージャスなタイプであった。
それにしたって、僚が1人の特定の相手と付き合っているなんて、
今まで、一度だって聞いた事は無かった。
それがいきなり、本命ど真ん中、もう既に同棲中の彼女を連れて来るなんて。
しかもその子は、今まで僚が遊んでいた女達とは、明らかに違う。
確かに非常に魅力的な子ではあるが、どちらかというと不思議ちゃんタイプだ。
まさか僚が、その様なタイプと付き合うなんて、美樹は意表を突かれた。


いずれにしても、周りの連中は香が猫だとは信じてくれなかった。
もう僚としても、別に良いかと思えるようになって来た。
まぁ、確かに。
香が元々は、猫だろうが犬だろうが、何だろうが。
今現在、香が僚の大事な“彼女”である事に違いは無い。
それでも僚は思わず、ぼやいてしまう。

「ったく。俺のいう事、ちったぁ信じてくれてもイイじゃねえかょ。」

2人のソファに座って、ブツブツとぼやく僚に、僚の膝の上に座った香が言った。
「かおりは、しんじる。」
そう言った香に、僚は思わず目を見開いて、まじまじと香を見詰める。
「おまぁ、俺の事信じるって言ったのか?」
そう訊ねる僚に、香はコクコク頷く。
人間に変身した今、香には猫の耳もシッポも無い。
その代わりに、香はいつも微笑みながら頷いて見せる。


そして、嬉しそうに僚の頬をぺろぺろ舐める。
そんな仕草は、猫の頃から全く変わらない。
僚はもう、どうでもイイかと思っている。



香が信じてさえくれたら、僚はそれだけで充分だ。













リョウちゃんとカオリン、
何だかんだ言って、幸せです。
[ 2012/10/17 20:23 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。伊集院隼人の野生の勘

「わりぃ、海ちゃん。すぐ戻るから。」
そう言って僚は、キャッツに香を残し出て行った。


今日の店番は、ファルコン1人だ。
伊集院夫妻は、表向きはカフェのオーナーという事になってはいるが、
その実、2人して殺し屋だ。
僚とは古い付き合いの、同業者なのだ。
大抵は、ファルコン単独での依頼か、もしくは彼らコンビに対しての依頼が主だが、
ごく稀に、美樹単独の依頼が入る事もある。


今日がその、偶になのだ。
繁盛しているとは言い難い、喫茶キャッツ・アイの昼下がり。
つい先ほど、僚と香が2人でやって来た。
僚が香を連れて初めてやって来てから、早2週間。
ほぼ毎日、2人はやって来る。
今までの、オンナ癖の悪い僚を知っているファルコンにしてみれば、
それはまさしく、奇跡である。
確かに香には、そんじょそこらにいる女達とは一線を画した不思議な魅力があるとは思う。
しかし、あの僚がこれ程までに、1人のオンナに入れ込んでいるのは初めての出来事だ。


それにしたってここ最近、僚は猫には飽きたのか、とんと猫の姿を見掛けない。
まぁ、僚がいうには。


この目の前の香が、あの猫だという事だ。


まだ、ボケが始まるには早過ぎるだろうと、周りの連中は訝しんでいる。
この数ケ月、ファルコンは随分猫に馴れつつあった。
もう少しで、苦手を1つ克服出来そうな予感があったのに、
ココの所、僚は香に夢中でココに猫を連れて来る事を止めた。
初めの内こそ、猫嫌いのファルコンは激しく抗議して、店に連れて来る事を非難したが、
今となっては、あの小さくてふわふわな猫の事が気掛かりだった。
あんなに可愛がられていたのに、僚の関心が猫から香に移ったのではないか。
猫が淋しがっているんじゃないかと。


僚はたった今まで、コーヒーを飲んでいたが、
携帯に連絡が入り、急遽、歌舞伎町のとある一件の開店前のゲイバーへと呼び出された。
何やら、店の“女子”達の間で、揉め事が勃発しているらしい。
その揉め事のネタに、僚も絡んでいるらしくママからお呼びが掛かった次第である。
僚は、ゲイに大変良くモテる。
僚自身は、まるっきりのノン気で、根っからの女好きだが、
しばしば(数ケ月に1度)僚を巡るゲイたちの激しいバトルが、繰り広げられるのだ。
それを沈静化出来るのは、当の僚だけだ。
彼女らは、僚のいう事なら素直に聞くらしい。
僚は心底イヤそうに、渋々といった体で出掛けて行った。
その店のママには、僚も色々と無下に出来ない付合いというモノがあるらしい。


香は少し変わった女の子だと、ファルコンは思う。
ファルコンが知っている限り、女の子という生き物は大概、姦しい。
2~3人集まれば、何処から湧いて出るんだと問いたくなるほど、
話題は次々に、繋がってゆく。
それは、彼の妻も決して例外では無く。
ファルコンは今まで、それが女というモンだと認識して来た。
正直、そんな女性のテンションの高さは、ファルコンは苦手だ。
1つには、ファルコン自身が恐ろしく寡黙な男だという事もあるのかもしれないが。


しかし、香は。
不思議と、そんな雰囲気が感じられない。
あの僚の奇跡のような色恋沙汰に、興味津々のオンナ連中から、
色んなインタビューをされても、淡々と解っている事だけを答えるだけだ。
その解っている事というのも、不思議なほど少ない。
まるで小さな子供のように。
僚と知り合うまで、どんな環境で何をしていたのかという想像が全く付かない。
そこの所を僚に訊ねてみても、だからコイツは猫だったんだって。の一点張り。
香は話し掛けられない限り、ただニコニコして僚の隣に座っているだけだ。
そして時折、僚にコッソリ触ってみたりして(耳を引っ張ったり、鼻を摘んだり。)、
イチャイチャしているだけだ。
だからファルコンは、不思議と香に対してはヘンに緊張しなくて済む。
こんな女は、あまりいないとファルコンは思う。


「うみちゃん。」
突然、香がそう言った。
ファルコンは、いきなり自分の名を呼ばれてビックリした。
僚はいつも、彼の事をそう呼ぶ。
だから香にとっても、ファルコンは“うみちゃん”なのだ。
「うみちゃん、いっぱいオイシイものくれて、どうもありがとう。」
そう言って香はニッコリ笑う。
濃いサングラスの奥の、ファルコンの瞳が見開かれる。
「オマエ、猫か?」
ファルコンの問いに、香はコクンと頷く。
「りょおは、ウソいわない。」
それまでは、ただの僚の新しい恋人だと思っていた彼女が、
実はあの僚のとこの、薄茶色の猫だと、ファルコンはその時ハタと気が付いた。
根拠など無い。勘である。


ファルコンは、猫がまだ猫だった頃の事を思い出していた。
今日と似たようなシチュエーションが、何度かあった。
美樹が依頼では無く、ショッピングの時もあれば。
僚がゲイバーからの呼び出しでは無く、情報屋からのモノだった事もあるが。
いずれにしても、猫とファルコンが2人きりになった事が、
これまでに、そう言えば何度かあったんだった。
そしてそんな時、チャンスとばかりにファルコンは猫を手なづけようと、
色んな方法を試した。
その1つに、色んなモノ(主に茹でた肉や魚など)を食べさせる作戦があったのだ。


もっとも当の香は、手なづけるも何も、
ファルコンに対しては、初めから好印象を持っている。
だからファルコンがくれる美味しいモノを、香は遠慮なく食べた。
僚が買ってくるキャットフードは、味よりも素材重視だ。
初めの内こそ、何を与えればいいのか解らなかった僚も、
この数ケ月は慣れたモノで、
何より香の健康を重視した、フード選びを心掛けていたのである。
お陰で、教授の所での健康診断では、香は至って健康だった。
しかし、ココでそうやってたまにファルコンが与える食べ物は、
香にとっては新鮮で、とても楽しみだったのだ。


けれどそんな時は大概、僚にはばれた。
猫の鼻先をクンクン嗅いで、僚は眉を顰めると、
「海ちゃん、コイツに何か喰わした?」
と、訝しげに訊ねたりした。
ファルコンは決まって、知らん。と答えたが、それはハッキリとバレていた。
そして、ファルコンの答えなど無視するかのように、
「あんまり、何でもやんないでよ。エサ食べなくなるから。」
と迷惑そうにしていた。






「…そうか。オマエ、猫だったんだな。」
ファルコンは、自分でも無意識に微笑んでいた。
僚に飽きられて、淋しい思いをしているんじゃないかと、とても心配していたので、
ファルコンは、香が猫だと解って心底ホッとした。
香はニッコリと笑って頷く。
「じゃあ、良いモン作ってやろう。」
ファルコンがそう言って、暫くして香の前に出したのは、チョコレートパフェだった。
大きくて丸い脚付きのグラスの中には、チョコレートブラウニーや、
マシュマロや、斜め薄切りにされたバナナや、チョコフレークや、チョコアイスや、
生クリームが、これでもかと盛り付けられている。
香は嬉しそうに、うわぁ。と感嘆の声を上げた。


香がパフェを、ぺろりと平らげた頃、漸く僚が戻って来た。
戻って来るや否や、僚は眉を顰めた。
「海ちゃん、コイツに何か喰わした?」
「フンッ、知らん。」
しかし、ハッキリとバレバレだ。
香の唇の端には、生クリームが付いている。
香は僚を見詰めながら、ペロンとクリームを舐め取ると、
おいしかった、と言ってニッコリ笑った。












師匠と弟子は、
猫とオヤジになっても仲良しだったりする。
[ 2012/10/20 18:38 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。邪な男、ミック・エンジェル。

あの金毛のオスは、どうやらミックと云うらしい。
香は初めの内は、ミックが苦手だと思っていたが、最近では、少しづつ馴れてきた。
初めのアイサツが妙に馴れ馴れしいけれど、
それさえ我慢すれば、どうという事も無い。
それに何故だか、僚が一緒にいる時はそれほど馴れ馴れしくも無い。




香が猫から人間になってから、ミックの急な来訪ほど僚にとってイヤなモノは無い。
相変わらずミックは、スケベな奴で。
(僚がそれを言う筋合いは無いのだが、それを指摘する者も残念ながらいない。)
香が何も知らない、人間初心者なのをイイ事に、
ハグはするわ。手ぇ握るわ。挙句、チュウしようとするわ。
一瞬でも目を離そうもんなら、何を仕出かすか解ったモンじゃない。
それに、初めはミックに警戒していた香も、
最近では、害を為すものと見なさなくなったのか、随分打ち解けている。
たとえ香が害だと思っていなくても、セクハラ野郎ミックは、
僚にとっては、タチの悪い害虫と同じだ。
ノミを退治する首輪は売っているが、ミックを退治する首輪など無いので、
ミックの駆除には今の所、僚のパイソンによる威嚇がもっとも効果的だ。




ミックは、冴羽アパートのコンクリートの階段を、軽やかに1段飛ばしで駆け上がった。
手には、本日の香への貢物を提げている。
池袋にある、とあるケーキ店のシフォンケーキだ。
フレイバーはプレーンと、チーズと、カボチャだ。
僚は香に何でも滅多やたらに食べさせるのを、とても嫌がる。
それはまるで恋人というより、父親のようだ。
一方、香の方はというと、この所随分打ち解けてくれてミックの手土産にも喜んでくれる。
それでもミックの手土産は、僚の厳しいチェックが入るので、
ミックもなるべく、添加物が使われていないモノを選ぶようになった。




気が付くと、僚の部屋にはいつの間にか、超キュートな香が棲み着いていて。
この所、あの可愛い仔猫を見掛けない。

僚曰く、香があの猫だという事らしいが。・・・そんな事は、現実的に考えて有り得ない。

ミックは正直、僚抜きで香ともっと親睦を深めたいのだが、
今の所僚は一切の隙を見せず、ミックが香に取り入る余地は無い。




ミックがリビングに入ると、僚はソファに座って本を読んでいた。
香は。
僚の太腿を枕にして、スヤスヤと眠っている。
ミックは内心、少しだけガッカリする。
ミックの目当ては香なのに、肝心の彼女はお昼寝中だ。
「何の用だよ?」
僚は眉を顰めて、迷惑そうにそう言う。
「Oh,親友にその言い草はないだろ?リョウ。遊びに来たんだよ。」
ミックはシレッと調子のイイ事を言う。
「フン、気持ちの悪ぃ事言うんじゃねぇ。どうせ、香目当てだろうが。このスケベ。」
シッカリばれている。
ミックは心の中で、ペロッと舌を出す。




「ところで。カオリはお昼寝かい?」
そう言って、ミックが若干近寄って香を覗き込んだ気配に、
香がピクンと反応し、一瞬薄っすら目を開く。
しかし、相手がミックだと解ると、小さく欠伸をしてまたスヤスヤと眠ってしまった。
この時ミックは、妙なデ・ジャヴを感じた。
何だか、今の一連の香の挙動は、激しく何かを思い出させる。
ミックの脳裏を、茶色い柔らかな綿毛が掠める。
ミックは少し前の事を思い返してみる。



ミックがこの前、買って来たビー玉をあげたら、香は嬉しそうに笑って、
猫の絵の付いた大きな缶の中に仕舞った。
ミックが、それは何が入ってるの?と訊いたら、
香はニコニコとフタを開けて中身を見せてくれた。
その中には、たった今仲間入りした色とりどりのビー玉や、
小さなフェルトで出来た黒い目をしたネズミ(シッポの代わりにピンクの鳥の羽が付いている)や、
ペットボトルのコーラのおまけについていた、世界一有名なビーグル犬のマスコットや、
ミニクーパーをリアルに再現したミニカーや、
金魚の形の可愛らしいソフビのオモチャや、
その他諸々、何なのか理解不能の細々としたモノがごちゃまぜで。
それはまるで。
おもちゃ箱だった。



「たからもの。」
香はそう言って、ニッコリ笑った。
まるでモデルのように長身の抜群のスタイルで、キリッとした美しい顔立ちで、
何処からどう見ても、完璧なモッコリ美女の香だが。
ミックにはどうしても、香が幼い子供のように見える時がある。
一体、僚の部屋に転がり込むまで、このこは何処でどういう生き方をしていたのか。
ミステリアスにも程がある、とミックは思う。
ミックがそこの所を、僚に問い詰めても、
だぁかぁらっっ、コイツは猫だったんだよっっ!!
の、一点張りで埒が明かない。



また別の日は、
今日のように一緒にお茶でもと、和菓子を持って突撃したミックだったが、
やはり今日のようにリビングに顔を出すと、香は僚の膝の上に座っていた。
ちょっと変だな、とミックは終始訝しんでいたが、結局ミックが帰るその時まで、
香はずっと、僚の膝の上に座っていた。
まるで、そこが自分の定位置だとでも言うかのように。
まるで。
猫みたいに。




・・・猫みたいに???? What!!!!



って、まさか。
「えええぇぇぇぇ~~~~」
ミックは思わず、素っ頓狂な声を上げる。
「っんだよっ(怒)っるせぇな。サッサと、帰れよオマエ。」
僚は心底迷惑そうな顔をしている。
流石の香も、ミックの大声に目を覚まし、キョトンとミックを見上げている。
ミックは、そんな香の薄茶色の瞳を見て、そのデ・ジャヴの正体を悟る。



栗色のカールをした柔らかそうなクセ毛。
しなやかでのびやかな手足。
まるで猫のオモチャのような、香曰く“たからもの”の数々。
僚に擦り寄って甘える仕草。
それをごく自然に受け止める僚。
僚の初めから一貫した主張。
そしてこの、真ん丸で透き通った薄茶色の瞳。



間違いない。
彼女はあの、僚の猫だ。



「…カ、カオリ。キミは、あの仔猫ちゃんかい?」
ミックがそう問うと、香はニッコリ微笑んでコクンと頷く。
「りょおは、うそいわない。」
その香の言葉を聞いて、僚だけが勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っている。
だから、言ってんだろうが、と。




ミックは暫し呆けたように、この不可思議な現実を己の頭の中で整理する。
しかし、最終的に導いた、ミックの見解は。

ま、モッコリちゃんなら何でも良しっっ!!ノー・プロブレムッッ!!!である。


ミック・エンジェルとは、そういう男なのだ。
これから先、僚とミックの香を巡る暑苦しい攻防は、果てしなく続く。












結局、リョウちゃん、カオリン、ミックの3者が揃えば、
関係性は、こうなってしまうようです(汗)
[ 2012/10/23 20:27 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

猫改め、香と殺し屋。おさんぽ

「みきちゃん。」

伊集院美樹が、買い出しの途中に背後からそう声を掛けられたのは、
ランチタイムも一段落した、15:00を少し回った頃だった。
あまり繁盛しているとは言い難い、夫と2人で営む喫茶店はこの時間最も暇で。
いつも駅の傍のパン屋に焼いて貰っている、
サンドイッチ用の食パンや、玉子を切らしていたので、買いに出た。
ついでに、自宅用の今晩のお使いも済ませたので、荷物は両手一杯になった。



「あら。香さん、1人?」

彼女はコクンと頷く。
美樹が声のする方を振り返ると、冴羽僚のどうやら恋人で、目下同棲中の香が立っていた。
僚はいつも美樹の事を『美樹ちゃん』と呼ぶので、香にとっても美樹は『みきちゃん』なのだ。
彼に言わせれば、彼女は元々は自分の飼い猫で自分は飼い主だという事だ。
あの男は多少変わっていると、美樹は前々から思っていたが、まさかそれ程とは思わなかった。
そして大抵は、彼と彼女は行動を共にしているのが、ここ最近ではデフォルトで。
香が1人でフラフラと歩いているのは、非常に珍しい。



「いっこ、もつ。」

香はそう言うと、美樹の手から袋を1つ奪った。

「大丈夫よ、そんなに重たく無いもの。」

そう言って、美樹は苦笑する。
明らかに、手伝いを買って出てくれた香の方が重たそうにしている。
美樹は表向きは喫茶店のママとして生活しているが、実の所、殺し屋だ。
ある程度、鍛練は積んでいるし、何処からどう見てもヒョロヒョロで真っ白な香の方がか弱そうだ。

「大丈夫?・・・随分、重そうだけど?」

苦笑する美樹に、香はコクンと頷く。

「美人さんには、やさしくしないといけない。」

「なぁに?それ。」

「りょおがいってた。」

美樹は思わず吹き出す。

「じゃあ、香さんは優しくされる方じゃないの。」

香はキョトンとして、首を傾げる。
不思議そうな顔で自分を見詰める香に、美樹はそんなに可笑しな事言ったかしらと、考える。



それで?今日は、冴羽さんは?

りょおは、おしごと。

“お仕事”?

うん。

それじゃあ、香さん1人で出掛けてたの?

おさんぽ。



そう言って香は、ニッコリ微笑む。
同性の美樹でさえ、見惚れてしまいそうな微笑みだ。
僚はこの日、付き合いのある武器商人と会う約束だったのだ。
お利口さんしてるんだぞ、という僚の言葉にこっくり頷いた香は、1人で散歩に出掛けた。
猫だった時の香は、分厚い防弾加工のドアの前で丸くなって僚の帰りを待つ事しか出来なかったけど、
今の香は、1人で散歩にだって行ける。
勿論、僚は知らないけれど。


美樹はこの隣を歩く彼女が、とても不思議な存在に思える。
僚が彼女を喫茶店に連れて顔を出すようになってから、もうひと月ほど経つ。
ミックの話しによれば、香は僚と一緒にあのビルに住んでいるらしい。
これまで、数年に亘る僚との付合いで、僚が特定の女と付き合う、しかも部屋に置くなど、
美樹は初め自分の耳を疑った。
冴羽僚という男が、その持前のルックスを最大限活かし、遊び倒していた事は周知の事実だ。
しかし、誰かと同棲するのはおろか、あの部屋に女を連れ込むなど初耳だったのだ。


しかも、僚曰く“元猫”だという彼女は、何処か不思議な魅力を持っている。
勿論、ルックスは最上級だ。
これまでの僚の相手とは、多少タイプは違うモノの、
さすがに眼の肥えたあの男が愛でるだけあって、まるでモデルのような容姿である。
そんな香は、しかしひとたび口を利くと、まるで幼い子供と一緒だ。
何を訊いても、返って来る答えは非常に不可解で。
何故だか、僚が教えたと思われる事柄以外には、ほぼ無知である。
僚と出逢うこれまで、どんな風に育って来たのか皆目見当がつかない、というのが彼女の印象だ。
まず、彼女の年齢も良く解らない。
僚曰く、もうすぐ1歳ぐらいじゃね?との事だったが、美樹はそれには聞こえなかったフリをした。



そして、美樹が一番不思議に思った事は。
初めは美樹同様、香が一体何者なのか訝しんでいたはずの夫が、
ある日を境に、僚が言っているように香は猫なんだ、と言い始めたのだ。
間違いなく香は、僚の“あの猫”だと。
これまで美樹は夫の事を、超現実主義者だと思っていた。
夢見がちなのはむしろ、自分の方で。
ある日突然、シュールな主張を展開し始めた夫に、美樹は疑問を感じると共に、
香への興味が、ますます深まった。




ねぇねぇ、香さん。

???

香さんて、幾つなの?

いくつ???

年齢の事よ。

ねんれい???

えぇ。何歳かってこと。

・・・・・・・わかんない。

・・・・・・・・・。

ん~~~と、雨がいっぱいふってたときにうまれて、そのあと、りょおに拾われたの。
それで、お花がいっぱいさいてるときに、おっきくなったの。

・・・そう。



相変わらず、美樹の質問に対する答えは、不可解だった。
彼女には、年齢という概念そのものが無いように見受けられた。
これまでどうやって生きてきたら、そんな事になるのか。
美樹には、想像もつかない。
見た目だけで言えば、彼女は多分22~24歳ぐらいか。
若くて見目麗しい、長身美女だ。



おっきくなりたかったの。

え?

いつも、りょおに抱っこしてもらってばっかりだったから、
りょおとならんであるいてみたかったの。

・・・それが、香さんが猫さんから人間に変わった理由?



香は満面の笑みで、コクンと頷く。
美樹は別に、夫や僚の言うように香が猫だと、100%信じたワケではない。
けれど。
今までの会話の行きがかり上、思わずそんな事を訊いてみたのだ。
香自身の口から出た『拾われた』という言葉。
僚の隣を歩きたいと思ったという、『おっきく』なりたかったという彼女は。
一体、どれだけ小さな生き物だったのだろうか。

(・・・猫・・・なのかな?)

美樹は少しだけ、自分の持っている世界観が変わってしまうような、微かな違和感を感じた。
けれど、美樹もだてに殺し屋などしているワケでは無い。
これまで、信じられないような現実を色々と見て来たのだ。
もしかすると。
猫が人間に変わってしまう事も、無いとは言い切れないかもしれない。
何より、この目の前の美しい彼女が、嘘を吐いているようには見えない。
そんな嘘を言うメリットというモノも、皆無なのだ。




かみさまにね、おねがいしたんだよ。

何を?

りょおと同じいきものになって、おはなしがしたいって。

・・・・・・・じゃあ、願いが叶ったのね。




香は満面の笑みで、こっくり頷く。
美樹はそれ以上、深く考えるのはよそうと思う。
香が例えば昔、猫だったとしても。犬だったとしても。小鳥だったとしても。
彼女の過去が何であろうが、彼女が魅力的である事に何ら関係無い。
美樹はこの素っ頓狂で可愛らしい、一流の殺し屋の恋人が、結構好きだったりする。
それに夫と違って、美樹は猫好きだ。
店の名前に、使うくらい。
だから、何一つ問題は無い。













件の殺し屋の男が、血相を変えて香と美樹に近付いて来た時。
2人は、昨夜の冴羽家のお風呂タイムの話しをしている最中だった。
香曰く、みみにみずがはいったまま。だと言う。
僚が香の髪の毛を洗う時に、ワシャワシャと乱暴に流したので水が入ったのだと言う。
香はまるで普通の事のように、サラリと言ったけれど。

(あら。意外と赤裸々に話しちゃうのね♪)

美樹は内心、興味津々だった。
あの男が一体、元猫の美人の彼女とどんな生活を送っているのか。
もっとも香にしてみれば、それは至って普通のいつもの出来事だ。
香は僚に拾われて来た仔猫の頃から、毎日一緒にシャワーを浴びている。



香っっ!!
あ。りょお。




香は突然の僚の出現に、嬉しそうに僚に駆け寄る。
僚は汗だくで、どうやらこの辺りを香を探して彷徨っていたらしい。




おまぁ、何処行ってたんだよ?

おさんぽ♪

お利口さんしてろっつったろ?

おりこうさんに、おさんぽしてた。

・・・この、減らず口め。




香は最近、言葉を随分覚えて、反論するという術を身に付けつつある。
僚はそんな香の事が、可愛いのは大前提ではあるが、少しだけ憎たらしい。
僚は香の頬を軽く抓りながら、香が抱えた美樹の荷物をさり気なく取り上げる。
香はその事にさえ気づかずに、楽しそうに僚の胸に擦り寄る。
傍でそんな2人の遣り取りを眺めている美樹は、一瞬だけ。
香の頭とお尻に、薄茶色のピンと立てた耳とシッポが生えているような気がした。
勿論、錯覚だったけど。



冴羽さん、お仕事だったんですって?

んぁ? ああ、ちょっとモグラんとこ。

そう。香さん、お利口さんだったわよ?ただ、ちょっとお耳に水が入ったんだって。昨日のバスタイムに。



通称:モグラというのは、件の武器商人である。美樹も時々、彼に会う。
美樹の意味あり気な微笑みと、“昨夜のバスタイム”発言に、
僚はもう一度、香の頬を抓る。
余計な話をした罰だ。
そして、1人でフラフラ散歩に出たお仕置きは、今夜ベッドの中でシッカリするつもりだ。
勿論、香の脳内は猫なので、僚がそんな夜の事まで考えているなどとは思いもしていない。
楽しそうに、僚の荷物を持っていない方の手に、自分の手を繋ぐ。
僚もされるがまま、むしろしっかりと指を絡めて、所謂『恋人ツナギ』という状態で、並んで歩く。



美樹はそんな2人に、そっと目を細める。
僚の隣を歩く為に大きくなりたかった仔猫は、今楽しそうに手を繋いで歩いている。
僚とお喋りする為に同じ生き物になりたかった仔猫は、今嬉しそうに僚に語りかける。



りょお、きゃっつにいこう。

あぁ。



3人は、通い慣れた都会の道を、喫茶キャッツ・アイ目指し、ゆっくりと歩いた。










カオリンのボキャブラリーと、知識が順調に増えています。
しかし、手本がリョウちゃんなので微妙です。
[ 2012/11/29 20:53 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。ネコ科の女、野上冴子。

香。今日は車に乗って、どっか行くか?



2人で朝食を終えて、リビングで寛いでいる時に僚がそう言った。
香はラグの上に寝転んで、ミックに貰ったビー玉とおはじきで遊んでいたけれど、
僚の言葉を聞いた途端、目を輝かせてソファの上の僚の膝の上に飛び乗った。
香は僚と出掛けるのが大好きだ。
歩いてアパートのすぐ傍の公園や、キャッツ・アイの行くのも好きだけど、
車に乗って出掛ける所は、あの老人の大きな庭のある家や、
近所の公園よりも広い、とても大きな公園だったりする。
たまにしか行かないけれど、それが香にとっては大きな楽しみなのだ。


膝の上の香に僚は苦笑すると、ホラ、出掛けるんならお片付けして。と、まるで父親のような事を言う。
こんな僚を、友人知人が見たら卒倒モンである。
香は僚の言う事になど耳を貸さず、僚の頬や鼻先をぺろぺろ舐める。
嬉しい時の香の感情表現だ。
そんな事をされれば、僚とて黙ってやられているワケにはいかない。お礼をしないと。
出掛ける前の、お片付けの前の、取敢えずイチャイチャタイムに突入だ。
今現在、午前9:00を少し回った所だが、恐らく家を出るのは昼前だろう。


彼女、野上冴子が突然やって来たのは、そんなイチャイチャタイム真っ最中の事だった。
まだ2人とも服こそ身に着けてはいたモノの、これからしようとしていた事は明白で隠しようも無い。
冴子がやって来るのは、香が人間になる前の3月下旬以来だ。
あの香の誕生日に、僚が冴子の依頼をすっぽかして暫くは、執拗に冴子から電話が掛かっていたが、
この所、それも無かったので僚はすっかり忘れていた。




あら、僚。いい気なもんね、ヒトの依頼すっぽかしといて、カワイコちゃんとイイ事してるなんて(怒)


どうせ、俺が殺んなくても他にもいんだろ?あの程度の仕事。俺にはコッチのが大事なの。




冴子が家に上がり込んで来た時点で、気配に気付いていた僚は別段驚くワケでも無く、飄々と答える。
香は冴子の声にピクンと驚いて、チラッと冴子の顔を見るや否や。
僚の膝から飛び降りて、掃出し窓に掛けられたカーテンの中に隠れてしまった。
僚はそんな香を目で追うと、溜息を吐いて苦笑する。
仔猫の時から、香は冴子が苦手だ。異常に怖がるのだ。
冴子は、同じネコ科でも正真正銘、肉食獣だからな。と、僚は思う。
仔猫ちゃんが怖がるのも無理も無い。
野上冴子の別名は、警視庁の女豹なのだ。喰われたらひとたまりも無い。




あら?あの仔。 もしかしたら、あの仔猫ちゃんじゃなくて?

っっ!!! お前、解るのか?

まぁ、やっぱり。眼が同じだもの。これでも一応刑事ですから、一度見た顔は忘れないの。

・・・刑事ねぇ、殺し屋と通じてる不良刑事が。

まぁ、人聞きの悪い。捜査活動の一環よ。アナタはあくまで、一般市民の協力者。

・・・・“一般市民”ねぇ。



僚は溜息を吐きながら、胡散臭いモノを見るように、野上冴子をジットリと見詰める。
冴子は、そんな僚にはお構い無しに、香の隠れたカーテンの方を見遣るとニヤリと嫌な笑みを浮かべる。




ねぇ、前々からアナタの節操の無さは、知ってたけど・・・

うるせぇっっ、放っとけ。

アナタ、美人なら人間でも猫でも何でも良いワケ?

・・・・・・・はぁ、あんまし気にした事ねぇかな。

ま。確かに彼女は極上ね。今までの中でも、ダントツじゃない?

・・・・・・で? 何の用なんだよ?用がねぇなら、とっとと失せろよ。今からイイとこだったのに。

おお怖ぁ。 用も無くてこんな所に来るワケ無いでしょ?

こんなトコで悪かったな。

依頼よ、またまた狙撃。アナタなら、それこそイチャイチャしながらでも出来るような現場よ。




そう言って、冴子が妖艶に微笑む。
僚は意外にもアッサリ、そうか。と答えた。詳しい事はFAXしてくれ、と。
冴子は思わず、まじまじと僚を見詰めた。
今までの僚なら、何かと難クセ付けては“モッコリ”報酬の話しになったのに。
今日はやけにアッサリと、商談成立だ。
しかも、サッサと追い払いたいのか、詳細はFAXだなんて。
冴子は思わず、首を傾げる。



何だよ?まだなんかあんの?

いいえ、何も。  ・・・僚、アナタ。

ん?

なんか、変わったわね。

そうかぁ? 気のせいだろ?

・・・・・・フッ。そうね、気のせいね。じゃあ後程、資料は送るわ。

あぁ、そうしてくれ。




用が済んで、リビングを出ようとした所で、冴子が思い出したかのように振り返る。



あ、そうだ。僚、

ぁん?

彼女、なんて名前なの?

・・・香。



冴子はニッコリ微笑むと、香の隠れたカーテンの膨らみに向かって声を掛ける。



香さん、怖がらなくても大丈夫よ、何も獲って喰おうなんて思っちゃいないわよ。安心して?



香は恐る恐る、カーテンから少しだけ顔を覗かせる。
顔面蒼白だ。
僚は思わず苦笑する。僚の交友関係の中で、香がこれ程怯えるのは冴子だけだ。
あの海坊主でさえ、怖がる事無く懐いているのに。
冴子の何がこれ程までに、香の恐怖心を煽るのか僚は少しだけ不思議に思う。
僚と冴子は顔を見合わせて、肩を竦める。
私、随分嫌われちゃったわね、と言いつつも楽し気に冴子は帰って行った。




冴子が帰って、僚の膝に戻って来た香は甘えるように僚の胸に顔を埋める。
冴子の香水の残り香に、香は何度もクシャミをした。
僚は香の耳元で優しく訊ねる。



なぁ、香。冴子のナニがそんなに怖いの?

・・・・・・・・・つめ。

爪ぇ??? なんで?

ながくて、へんないろで。 あれ、毒がある。それに、へんなにおい。



香の答えに、僚は一頻り爆笑した。
キャリア・ウーマンのマニキュアも、香水も。仔猫にとっては、“毒”があるように見えるらしい。
確かに、香にはそんなものは必要無い。
けれど、僚は思う。
そんな人工的な色香よりも、香の放つ天然のフェロモンの方がよっぽど恐ろしい。
気が付くと、どっぷり嵌っている。


現に僚は笑いながら、可笑しな事を言う唇を塞いだ。
このまま、リビングのソファの上で柔らかで温かい僚だけの猫を抱く。
今日のお出掛けは、午後からになるだろう。
殺し屋と仔猫は、いつだって仲良しだ。















香が人間に変わって、数ケ月が経った。
もう周りの人間は、香があの猫だったという僚の言葉を疑うモノはいない。
あれだけ遊び人でどうしようもなかったダメ男は、元猫の美人の彼女にゾッコンで。
女遊びも、夜遊びもしなくなった。
いま冴羽僚は、香の為に生きている。
香が待つ2人のアパートへ、何が何でも生き延びて帰って来ると心に決めている。
そんな決意を秘めた僚は、ますます手が付けられない程の最強の殺し屋になりつつある。


僚を変えたのは、1匹の小さな仔猫だった。














どんな設定でも、リョウちゃん最後の恋は、カオリンで。
[ 2012/12/01 18:55 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫と殺し屋のクリスマス。(第1弾・猫と殺し屋)

僚は親の顔を知らない。
僚は日本人だけれど、南米のとある国で生を受けた。
どうやら僚の両親は、南米の治安の悪いその国で、貿易を営む事業家だったらしく。
羽振りのイイ生活をしていた両親は、僚がまだ赤ん坊の頃に、金品目的の強盗に遭って殺された。
路頭に迷った僚を育てたのは、両親と付き合いのあった日系人の男で、名を海原神と言った。


彼はそこら一体のギャングの元締めのような存在で、僚は血生臭い世界を観ながら育った。
僚に銃の扱いを教えたのは、育ての父であった。
銃の名手と謳われた海原も舌を巻く程の天性の才能を持った僚はしかし、
ギャングにも、殺し屋にも、なるつもりなど毛頭無かった。
僚は元来、穏やかな性格の持主で、諍いは好まない。


しかし、時に運命は残酷で。
ある時、そんな僚のアイデンティティを覆すような事件が起きてしまった。
育ての親である海原神が、仲間の裏切りによって何もかも奪われた上で、惨殺された。
その時に初めて、僚は己の中の鬼の存在を知った。
その時を境に、手加減や筋道などというモノは、僚の頭の中からスッパリと抜け落ち、
気が付いた時には、そこら中のギャング達を1人残らず始末していた。
それは、瞬く間に裏の世界の伝説となって、そこから僚は好むと好まざるとに関わらず、
様々な『仕事』に、手を染めてゆく事となった。
その時の僚は、弱冠17歳の少年であった。


それからの僚が、どうやって生きて来たのか。
正確な所は、誰にも解らない。
北米に渡って、一夜にしてマフィアの勢力図を塗り替えたとか。
メキシコの巨大なコカイン密売組織を、たった1人で壊滅に追い込んだとか。
噂か本当か定かでは無い逸話は、数多ある。
ただ1つ言える事は。
世の中の暗闇で、何か大きな変化があった晩。
僚が飄々と、仕事していたりする事もあるという事だ。









そんな僚が、幸せなクリスマスを過ごした思い出は皆無だ。
もっとも、新宿を根城にしているこの数年は。
クリスマスに別嬪さんとヨロシクやっている。なんて事もあったりするから、
それはそれで、エンジョイして無くも無いのだが。
けれど。
僚が心の奥底で無意識に求める、幸せで心温まる穏やかなクリスマスというのとも、それは少し違う。
僚は家族の温かさを知らない。
僚を育ててくれたのはギャングで。
僚は彼を敬愛していたし、彼も僚を愛してくれた。
けれど僚に必要だったのは、もっと普通の、何処にでもある、ありふれた温もりだったのだ。


それでも今年は、そんな僚にも家族が出来た。
彼女は。
1年前のクリスマスにはまだ、小さな仔猫だったので、
僚と2人、一緒に過ごしはしたけれど、僚にしてみれば1人で過ごしたのと同じようなモノだった。
猫と殺し屋の聖夜には、ケーキも無ければ会話も無い。
ただいつものソファに座り、柔らかで小さな丸い頭を撫でるだけだった。
仔猫が人間に成長した今年は、何やら彼女からの贈り物があるらしい。
つい先日、僚の行きつけでもある、同業者の喫茶店のママが。
『冴羽さん、楽しみにしててね。』
と意味あり気な笑みを寄越していた。














12/24、クリスマス・イブ。
リビングで待たされていた僚に、香は大きな器一杯の、何やら良く解らない食べ物を持って来た(謎)


どうやらそれは。
牛乳を混ぜるだけで簡単に作れる、“フルーチェ”なるものらしい。
ハウス・フルーチェ いちご味を、丼一杯。
その上に、スライスされたイチゴのトッピング。
仔猫が初めて作った、デザートだ。


見た目こそ、モデルばりの超絶別嬪の僚の恋人は、その実、中身は殆ど猫である。
しかし、3月末に人間になってから約9か月。
それでもココの所少しづつ、人間らしくなりつつある。
けれど彼女には、まだまだ料理は難し過ぎるので、炊事は専ら僚の担当だ。
そんな香が美樹に相談して作ったのが、猫にも作れる簡単デザートというワケだ。
僚はそのモノ自体というよりも、むしろ香のその気持ちに心が温かくなるのを感じる。
これまで知らなかった、普通のありふれた温もり、平穏。
香といると僚は、いつも心が穏やかになる。
何の価値も無い無為な人生を、さも価値ある有意義なモノであるような錯覚にして魅せてくれる。
香の為に生きようと思わせてくれる。
だから僚は香の前では、随分無防備に笑う。




「これ、おまぁが作ったのか?」   香が楽しそうに、コクコク頷く。
「包丁、上手に使えたんだな。」   香が嬉しそうに、僚の胸に擦り寄る。


りょお、あとこれ。


香がそう言って、何やら僚に差し出した。
油断していた。
僚の頬に、思いがけない涙が伝った。





香に貰ったそれは、色画用紙で作られたクリスマス・カードだった。
緑色の2つ折りにされた画用紙の外側には、折り紙を小さくちぎって貼った猫の絵。
中を開くと、そこには。
ヘタクソなたどたどしい、文字。
太い油性ペンの、大きさもまばらな、まるで幼稚園児が書いた様な、猫が初めて書いた文字。


『りょお だいすき  メリクリすマス  かおり』 


たったそれだけの、猫から殺し屋に宛てた恋文に、冷酷で非情な殺し屋は、温かい涙を流した。
美樹が言っていた、楽しみにしててね。というのは、ハウス・フルーチェでは無く、コチラの方だったのだ。
僚の頬を伝う涙を、香がペロペロ舐める。




字、練習したの?
みきちゃんが、おしえてくれた。
そうか、上手だぞ。



香は今までで、一番嬉しそうに笑う。
僚は温かで柔らかな香を抱き締める。
暖かい部屋の外では、真っ白な雪が降り始めた。
僚は香の唇を塞いだ。
柔らかで愛しいヒトを、僚は毛足の長いラグの上に押し倒す。









僚には、家族が1人いる。
彼女は昔、猫だった。
猫として生まれたけれど、待ち受けていたのは哀しい運命で、兄を失った。
そして、僚に拾われた。
香には、家族が1人いる。
彼は殺し屋だ。
心根の優しい彼だったけれど、運命に翻弄されて殺し屋になった。
そして、香を拾って。本当の幸せを手に入れた。


猫だった女と鬼になった男は、ただの普通の男と女になった。
きっといつかは。
誰の元にも、温かなクリスマスはやって来る・・・・・・・







[ 2012/12/16 18:09 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

猫改め、香と殺し屋。生き別れた兄と妹。

僚と香が桜の樹の下で出逢ってから、3度目の桜が咲く頃。



僚の部屋に、見知らぬ男が訪ねて来た。
見ようによっては若く見えなくもないが、至極親父くさいナリの眼鏡を掛けた地味な男だった。
彼の言うには。


『ココに、生き別れた妹がいる。』


との事。
彼の妹が何者なのかは知らないが、取敢えず僚には関係無い。
ココにいる“女”は、香だけで。
香は極上の別嬪さんだが、元々は猫である。
まぁ、1,000,000歩譲って、香がこの男の妹だったとして。
それではこの男は、何なのか?
香が猫から人間に変わっただけでも、充分不可解なのに。
そんな事例が他でもあるなら、より一層不可解な事になってくる。
何より僚は、面倒臭い事と頭の可笑しな奴に関わる事だけは、真っ平御免だ。


「そんな人いません。何処か別の家と間違ってんじゃねぇの?」


僚はそう言って、素早く玄関の扉を閉めた。・・・・つもりだった。








一瞬僚は、目の前で何が起こったのか、理解が出来なかった。
確かに扉を閉めたと思った僚の脇をするりとすり抜け、その男は玄関の内側に入り込んだのだ。
そして僚の顔を見ると、ニッコリと笑った。


「多分、人違いでは無いと思います。」


穏やかにそう言う男に、僚の心臓がザワザワと波立つ。
この男には、殺気や悪意などといった気配は、微塵も感じられない。
けれど、彼の身のこなしには、何処か人間離れしたモノを感じる。
廊下の奥のリビングでは、香が昼寝をしている。
僚は直感的に身構えるが、不思議と危険な感じはしない。
非常に不思議なその男は、終始ニコニコと不気味なほどに笑っている。
僚が内心、どうしたもんかと困っていると、最も面倒臭い状況になった。






ペタペタという足音と共に近付く気配、どうやら香が目を覚ましてしまった。
(香はスリッパを履くのを嫌がる。)
眠そうな目を擦りながら僚の隣にやって来た香は、その客人を一目見るなり、目を丸くした。
まるで明るい所から、暗い所に移動した猫のように、香の黒目が一回り大きくなる。
そして、おもむろに彼の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
僚はビックリして、そんな香をヤツから引き離そうとしたが、それを制止したのは当の客人だった。
香はくんくんと一頻り匂いを嗅いだ末に、パァッと顔を輝かせて嬉しそうに言った。


「お兄ちゃん。」


























はぁああ~~~~?!まぢっっ???? (僚)



呆然とする僚の目の前で。
香はその親父くさい男に、まるで猫のようにスリスリする。
香の『兄』であるらしいヤツも、ニコニコ笑いながら香の頭を愛おしげに撫でている。
どうやら、一層不可解な事が起こっているらしい。











「・・・で?どういう事?」



僚の問いに、彼は淡々と説明した。
2年前の今頃、彼らは3匹纏めてすぐそこの公園の桜の樹の根元に箱に入れて捨てられた事。
1匹は香。
もう1匹は、僚があの霧雨の降る明け方に埋めた怪我を負ったオス猫。
そしてもう1匹が、今目の前で旨そうに僚の淹れたコーヒーを啜る、“秀幸”である。

僚が香ともう1匹を家に連れ帰った時を遡る事、数時間前。
秀幸は箱の前を通りかかった1人の老人に連れて行かれた。
初め、その老人が箱の方に手を伸ばした時、彼らは必死で抵抗した。
世の中の事など何も知らない、自分達の境遇すら良く解っていない彼らは、
3人寄り添って、誰か1人でも見知らぬ場所へ連れて行かれる事を恐れた。
老人は1匹1匹、丹念に調べると独り言を呟いたのだ。

『メスは、避妊手術をせにゃならんからダメだ。』

秀幸には、“避妊手術”というモノが何なのか良く解らなかったけれど。
もしも妹が連れ去られると、何かひどい目に遭わされるかもしれないと直感的にそう思った。
だから秀幸は妹を守る為に、自らその老人の生贄として老人に連れ去られる事を選んだのだ。
その後は、僚の知っている通りだ。
もう1匹のオス猫は、何者かによって怪我を負わされ。
香と2匹揃って、僚に拾われた。





「良かった。妹がアナタのような方に引取られ、幸せそうで。弟は残念だったけれど、仕方ないです。」

「・・・・はぁ。」


僚はまるでシュールな夢のような話に、それ以上言葉も無い。
辛うじてその秀幸の話しが、信用出来るのかもしれないと思えるのは。
僚自身、香との一件で、摩訶不思議な体験を経験済みだからだろう。
香はいつものように、ニコニコして僚の膝の上に座っている。



「それで?アンタを連れてったその爺さんとやらは?どうしてんの?」


僚の問いに、秀幸の表情が曇る。


「先日、亡くなりました。」



秀幸の飼い主は、秀幸をとてもよく可愛がってくれた。
秀幸が拾われて、数か月後。
やはり香と同じく彼もある朝突然、人間に変わった。
飼い主は別段驚く事も無く、その元飼い猫に“秀幸”と名付けた。
随分昔に死んだ、飼い主の1人息子の名前だった。
この2年間。
秀幸は秀幸で、可愛がられて暮らしてきたけれど。
その飼い主が、ある朝起きる時間になっても目を開けなかった。
秀幸には良く解らなかったけれど。
どうやら彼は、死んだのだそうだ。


独居老人だった彼の死に、役所の人間が訪れて死後の処理を済ませた。
秀幸は勿論色々と訊かれたが、秀幸の答えに理解を示してくれた人間は1人も居なかった。
飼い主の死因に事件性こそ無いモノの、何の縁もゆかりも無い成人男性と思しき同居人に。
役人は訝し気だった。
彼らからすれば、縁もゆかりも無いと思えるだろうが。
秀幸にとってみれば、飼い主は親のようなモノで。
哀しかったけれど、秀幸はその家を出て来た。




「で?行く当てはあんの?」


僚の問いに秀幸はニコニコ笑いながら、首を横に振った。








僚と香の2人の世界に。
兄貴が登場した、春の日の事だった。











槇ちゃん、生きてました。
このシリーズ、気まぐれに続きます。

[ 2013/01/12 19:26 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。つがいと1匹。

この数日、僚はどうしたもんかと悩んでいる。



新聞を読んでいるフリで、コッソリとその男を盗み見る。
彼の名は、秀幸。
僚の猫(香だ)の兄貴だというそいつは、日がな一日。
陽当たりの良いベランダの傍のフローリングの上に座り込み、外を見上げている。



そして。
僚の愛する恋人・カオリン(猫である)は、
彼がやって来てからこっち、すっかり彼に懐いている。
秀幸の隣に座り、スリスリと身体を寄せて甘えている。
少なくともこれまで僚は、己が香にとって絶対的存在であるという自負があった。
それがこの数日で、少しだけ揺らいできた。
非常にマズイと、僚は焦っている。
勿論、香は僚にも甘えるし、秀幸がそれをどうこう言うワケでも無い。
ただ僚一人が、悶々としているのだ。



秀幸が尋ねて来たその日、彼の素性と事情を一通り聞いた後で。
僚は秀幸に訊かれた。
曰く、妹と貴方は“つがい”という事ですか?と。
まぁ、猫の世界で言えばそういう事なので、僚は深く頷いた。
という事は、もう既に交尾もなさっているのですね?と重ねて訊かれて、
僚は思わず、複雑な気持ちになった。
まぁ、交尾と言えば交尾だが、人間の世界ではそれをセックスという。
しかも、僚としては。
香とのそれに限って言えば、セックスというよりもむしろ、メイク・ラブだと思っている。
それを交尾と言われたら、なんとも複雑な感じだ。
勿論、彼の言葉に他意が無い事は、重々承知だが。





りょお??こうびってなあに???




僚の膝の上で、2人の会話を聞いていた香に。
そんな事を、まん丸いキラッキラした瞳で訊かれても、返答に困るので聞こえないフリをした。
まさか秀幸を目の前にして、俺達が毎日してる事だとも言えまい。









数日前の遣り取りを思い返して、僚は再び新聞に目を落とす。


猫がある日突然、人間に生まれ変わるなんて奇妙な話しは。
何処を読んでも書かれていない。
香は人間になったとはいえ、中身は本当に子供のようで。
今では僚の周りの仲間たちも、香があの仔猫だった事を疑う者はいない。
それがどうだ。
香の兄貴だという、ヤツは。
香より随分大人びていて、僚と香のつがい生活には何ら異存は無いらしい。



だから、僚の不満は。
香が秀幸に懐いているという事だけだ。
これまで、あんなに一日中、僚の周りにくっ付いて片時も離れなかった香が。
今では、僚と秀幸に甘える比率は半々だ。
これがただのヤキモチだと言うのは、自分でも良く解っているし、
よく考えたら、不毛な事だというのも解っている。
けれど、僚にとってそれは、非常に重要な問題だ。








早くヤツに、新しい棲みかを与えなくては。
このままこの香との愛の巣に居座れたら、堪ったモンじゃ無い。




(・・・やっぱ、こういう時は亀の甲より歳の功か。)



取敢えず僚は、この煙草を吸い終わったら。
兄妹たちを車に乗せて、郊外の大きな屋敷へ出向く事にしようと思っている。










久々に、猫と殺し屋とお兄ちゃん。
[ 2013/10/08 22:03 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(2)

猫改め、香と殺し屋。マッチング

僚はその屋敷の応接間の窓際で、広い庭を駆け回る愛猫を見詰めた。


彼女は、元々猫だけど。
今現在の彼女の姿は、何処からどう見てもモデル顔負けの長身美女だ。
庭の片隅に大きな桜の樹がある。
九分咲きの枝から、ハラハラと薄ピンクの花びらが舞い、
彼女は嬉しそうに、それを追いかける。

この庭には池がある。
香が仔猫時代に溺れかけた、錦鯉の池である。
香は素直だから、僚の言いつけを守り、今でも一人ではその池には近付かない。
もっとも。
今の香ならむしろ、その池で溺れる事も無いだろうケド。

香は遠くから僚に見られているとも思わずに、無邪気に遊んでいる。
昔から、この庭は香のお気に入りだ。
僚は頬の緩むのを押さえつつ、背後を振り返る。






純和風の趣のこの屋敷で唯一(研究施設はまた別だ)の、洋間仕様である応接間にて。


アンティークの豪奢なソファに座った小さな老人は、眉をハの字に下げて苦笑している。
原因は、老人の隣に座る青年(元猫)である。
ニコニコと満面の笑みを湛え、
普通の成人男性同士の距離とは思えぬ近さで、老人に擦り寄っている。
つい先程、秀幸(元猫)の里親が決まったのだ。














香、お外で遊んでおいで。





僚がそう言うと、香は嬉しそうにコクコクと頷いて庭へと駆け出した。
開放的に見えて、常人には計り知れないセキュリティを擁したこの屋敷の庭は。
僚が安心して香を遊ばせてやれる、数少ない場所なのだ。
香が無邪気に遊んでいる間、
正体不明の学者の老人と、殺し屋と、元猫の青年の三者会談が開かれた。



教授は、僚が拾った仔猫の香が人間に生まれ変わるという、
科学的に不可思議な事例を目の当たりにした直後から、類例がないか研究を続けている。
そして時々、なにか関係がありそうな事柄があれば、僚にも教えてくれた。
秀幸を連れ立って現れた僚が、秀幸から聞いた顛末を報告すると、
教授はふと考え込んで、2人を書斎というには立派過ぎる電算室へと案内した。









これなんじゃが・・・




そう言って彼が立ち上げたパソコンは、
某自治体の管理システムとその地区の管轄の警察のシステムへと侵入していた。
意外にもそれは、僚のアパートがある新宿ともそう遠くは無い。
勿論、それらのシステムへ侵入する事自体は、違法である。
それでも、僚と教授の間には法など有って無いようなモノだし。
そもそも猫には、法律などというものの概念すら無いので、誰もそこには突っ込まない。




今聞いた、お前さんの身の上話とそっくりな事例があるのぉ。



そう言って、教授は秀幸をジッと見詰める。
そこに記載されたのは、とある独居老人の死にまつわる不審な同居人の報告だった。
行政が近隣の通報により、その老人の死亡を確認した時。
その一軒家には、独居であったはずの老人の他にもう1名、成人男性が同居していた。
彼は、家主の死んだはずの1人息子の名を名乗っており、
不審に思った役人は、一通り彼の言い分を聞いて取敢えずは役所にその案件を持ち帰った。
家主の死に、事件性があるような気配は無かったし、
最寄りの交番の警察官も同伴だったので、その時には多少引っ掛かるものがあったものの、
経過を見ようという判断で落ち着いたのだ。
何よりこの時青年が、少しだけ奇妙な話しをしており、
この後、カウンセリング等の必要性と福祉的なケアも視野に入れた対応を心掛けたのだ。
少しの不手際で後々、役所や警察の対応のまずさをマスコミなどに騒ぎ立てられては事だからだ。



そんな大人の事情など知る由も無く、謎の同居人は。
翌日に役人が再度訪れた時には、忽然と消えていた。


その同居人の男性曰く、自分はただの捨て猫で、家主は自分のご主人だという事だった。


この件は、なんら進展が見られないまま、警察署へも一応の報告がなされ、
今現在、引き続き経過を見守るとして、処理されている。
教授はこの男性の、自分は元々猫だったという証言にピンとくるものがあって覚えていた。
この警察と行政との内部的遣り取りが、日付を確認すると数日前で。
時系列としても、秀幸の話しと合致する。




ところで、君は。何と言ったかね?名前は。


秀幸です。




楽し気にもう一度訊ねた教授に、秀幸がニッコリと笑って答える。
画面に映し出された、資料には。
老人の1人息子の名は、“秀幸”とある。
僚が画面を見詰めて、ヒュウと口笛を吹いた。
小さな声で、ビンゴ。と呟くと煙草に火を点けた。
苦々しく笑いながら、僚が目じりのすぐ脇をポリポリと掻く。



・・・・ぁんだよ、厄介だな。お尋ね者かよ(笑)


まぁ、仕方ないのぉ。ある意味、逃げて来て正解じゃったかもしれんぞ。



ははは、あの日猫を拾った時から、こうなる運命だったのかもね。







そう言って力無く笑う僚が、それでも。
その猫によって命拾いした事は、神様だけが知っている。






それでじゃ、彼のこれまでの経緯はこんなモンで解ったんじゃが・・・
これは・・・どうしたもんかのぉ??????僚よ。











実はこの屋敷に訪れて、秀幸が教授を目にした時から。
秀幸はずっと、ゴロゴロと喉の奥から妙な音を出し、
自分よりも随分小さな老人に、ピッタリと身体を寄せて懐いている。
刷り込みとは恐ろしいもので。
香が僚の事を、何があっても信用して、慕っているのと同じように、
秀幸にとってのご主人は、あのお爺さんだったのだ。
だからもしかすると秀幸は、
嘗てのご主人の面影を、この目の前の老人に重ねているのかもしれない。
普段なら、得体の知れ無さと底の深さを併せ持った狸ジジイが、
この時ばかりは困惑しているのを見て、僚は思わずニヤニヤしてしまう。




モテモテですね、教授♪



そう言って笑いながら、僚の脳裏に1つのアイデアが浮かぶ。
何より猫と里親とのマッチングは、猫が気に入るかどうかが重要なポイントだ。
ココにいるのは老人一人と、通いの家政婦一人。
部屋は腐るほど余っているし、
お尋ね者で中身が猫の青年を養う程度の金なら捨てるほどある。
そして、





そう言えば、教授。なんかこの間、助手が欲しいとか仰ってませんでした?




僚がニヤリと笑う。
そして同時に、それまでだらしなく相好を崩して教授に擦り寄っていた秀幸の、
眼鏡の奥の瞳が、きらりと光る。




私ではいけませんか?その、助手。




そう言った秀幸に、僚がニンマリと口角を上げる。
計算通りだ。
この一連の遣り取りに、教授は仕方無さ気に苦笑する。
僚の腹は読めている。
きっと、香の兄である秀幸に、このまま居座られては居心地が悪いのだろう。
教授は暫く、様々な事柄を天秤にかけて考察する。
それを拒否と受け取ったのか、秀幸が必死の形相で懇願する。




なんでもお手伝い致します。ココに置いて戴けるのなら、私には・・・
白ご飯と、味噌汁と、鰹節だけ戴ければ、後は何も要りませんっっ





老人は、その提案が。
満更、悪い話しでも無さそうだと思い始めている。
生真面目そうな青年(例え猫だとしても)。
何より、彼自身が猫から人間に生まれ変わった当事者なので、
その詳しい生態など、ちょうど良いサンプルになる。
(これに関して、香を色々と調べる事に僚はイイ顔をしないので、正直非常に助かる。)
謙虚な彼は、白ご飯と味噌汁と鰹節さえあれば良いという。
勿論、これに焼き魚くらいは、毎日焼いてあげても問題無いなと、老人は思わず笑った。














香、帰るよ?





そう言った僚の元へと、すっ飛んで来た香は。
まるで当然のように、秀幸の手も取った。
屋敷の大きな玄関先で、
土間に立った自分と飼い主。
兄はまだ靴を履いていない。
三和土の上に立って、少しだけ困ったような笑みを浮かべている。





お兄ちゃん、かえらないの???




香が不思議そうに首を傾げる。
そこで、僚が噛んで含めるように香を説得した。
お兄ちゃんは、今日から教授の元で“助手”になるんだよ?と。
ココに来たらいつでも会えるから、と僚が言ったら、香は満面の笑みで微笑んだ。

このお屋敷は、前から大好きだったケド。
また1つココに来る楽しみが出来た。

またね~~~と言って、楽しそうに出て行く2人を。
助手と里親は、並んで見送った。










お兄ちゃん、アッサリ里親見付かりました。


[ 2013/10/11 20:13 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

年越し番外 猫の雑煮

このお話しは、パラレル長編・猫と殺し屋の番外編です。
詳細設定は、そちらをお読みください(*´∀`*)ノ
たまに、読み返したりすると暇潰しになったりするかもですよ・・・てへ









僚の猫・香は、料理など作れない。
これまでに、何度か簡単な物なら僚が作り方を教えて2人で作った事はあるものの。
難しいモノを、1人で作れと言ってもそれは無理な話だ。
何しろ、元々猫だから。
だから、猫と殺し屋のこの家の中では、料理は専ら僚の担当だ。
香が人間になって初めてのクリスマスの時には、美樹に教わってフルーチェを作ってくれたけれど。
あれは料理では無いし、日頃食べる必要の無い食べ物だ。

片や、南米生まれ南米育ち新宿在住の冴羽僚には、別に取り立てて盆も正月も特別な感慨は無い。
それは勿論、元猫の香にしても同じ事で。
これまで2度迎えた2人の正月は、他の364日となんら変わり無い、冬の1日に過ぎなかった。
これまでは。




しかし、どうやら今年は少しだけ事情が違うらしい。


今現在、リビングの僚の膝の上で昼寝をする香と、香を膝の上に抱いて読書をする僚をヨソに。
冴羽家キッチンでは、1人の元猫の男が雑煮作りに励んでいる。
秀幸曰く、正月といえば雑煮らしい。



秀幸も元は、香と同じ親猫から生まれた兄妹だ。
それでも、初めに引取られた先の躾によってこうも違うのかと言うほど。
その特性は見事に違う。
秀幸は、老人、それもジジイに目が無い。
これもある意味では、刷り込みと言っても過言では無い。
初めに可愛がられた記憶は、いつまでも秀幸の心の中に残っているらしい。
今現在、秀幸は教授の元で暮らしている。
けれど、時折こうして冴羽家にも遊びに来るのだ。
厄介な事に、香以上に人間界に順応した秀幸は。
今では山手線や都バスに乗る方法を完全にマスターし、
以前は僚の送り迎え無しには自由に行き来出来なかったその距離を、
自分でやって来るようになってしまった。
そして、更に厄介な事に。
秀幸は香に電話の使い方を教えてしまい、兄妹は今では頻繁に電話でやりとりをする事を覚えたらしい。


その日も、秀幸は何の予告も無しに冴羽家にやって来た。
その僅か10分ほど前まで香と、秀幸の言う所の“交尾”に励んでいた僚は。
嫌な汗を掻きながら、1人焦っていた。
気にしないのは、猫の兄妹だけだ。
秀幸は何やら、スーパーの袋を持っていて来るなり雑煮を作ると言ってキッチンに籠ったのだ。
それからもう既に、数十分が経過している。
教授から聞く、秀幸の暮らしぶりは至って普通の成人男性のそれらしい。
IQはむしろ、高い位だと。
教授の所での生活を所望した時の宣言通り、秀幸が一番好む食べ物はご飯と味噌汁と鰹節らしく。
金もかからんぞ、と言って教授は高らかに笑った。


一度だけ、秀幸は冴羽家で冴子に逢った。


香は相変わらず、冴子が来た途端カーテンの中に潜り込んでしまって警戒していたけれど。
秀幸はむしろ、興味深げに冴子に近付いた。
後から僚に語った所によれば、初めて見るタイプだが悪くないという感想を抱いたらしい。
流石秀幸も、オスだなと、僚が感じた唯一の出来事だった。




それにしても、と僚は思う。
まぁ、百歩譲って雑煮を作ってくれるのは良しとしよう。
秀幸に、僚と香の団欒を邪魔する意図は無いらしい。
それでも、さっきから。
キッチンの方から、何やら甘ったるい匂いが漂って来ているのは、気のせいだろうか。
僚も、血統的には純然たる日本人には違いないけれど。
如何せん、育ちは異国だ。
それでもこれまで、雑煮を食した事ぐらいはあった。
確か、僚の記憶が正しければ。
僚の知る雑煮とは、出汁と醤油のすまし汁に何がしかの肉もしくは魚と野菜と餅が入ったもので。
地域差で、それが味噌仕立てであったり、中に入った具が違うらしいという程度の知識ぐらいはある。



しかし、そんな些細な違いで。
こんな甘ったるい匂いがするのだろうか。
これは明らかに、甘味の匂いだ。














わぁ~~~い  おぞーにー




香はそう言って目の前に置かれた汁椀を見て喜んだ。
確かに、それには焼き目が香ばしい四角い切り餅が入っている。
汁物にも違いない。
けれど、何かが違うと僚は思う。
その料理は確か、僚の記憶が正しければ、お汁粉と呼ばれた筈だ。
ご丁寧に、小さな薬味皿には。
それぞれ沢庵が2切れづつ乗っている。


これを作った当の張本人は、美味しそうに目を細めて“雑煮”を食べている。
香はと言えば、喜んだ割にはまずは警戒してクンクンとお椀を嗅いでいる。
もっとも香は、極度の猫舌なのでもう少し冷まさないと“おぞーに”は食べられない。
僚はと言えば。
静かに箸を取って、粛々とその猫の作った雑煮を戴いた。
味は完璧だった。
けれど、何かが違うと思いながら沢庵まで完食した。



それでも、まぁ良いかと思っている。
そもそも、猫が人間になった時点で普通では無いのだ。
雑煮だろうが、お汁粉だろうがどうでも良い。
僚はある意味、この兄妹に出逢って人間が一皮むけた気がしている。






香、もう少し、フーフーして。まだ熱いよ。


僚はそう言うと、ニッコリ笑った。






[ 2013/12/31 20:19 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)

猫改め、香と殺し屋。猫に嫉妬する女、野上麗香。

このお話しは、パラレル長編“猫と殺し屋”の番外編です。
まだお読みで無い方は、そちらも合わせてお読み戴けると、
その世界観がよりお解り戴けると思いまぁっす(*´∀`*)ノシ(宣伝)













その駅前のカフェの喫煙席で、2週間ぶりに彼の大きな背中を見付けた。


たまたまだった。
長引いていた依頼は、後味の悪い結果に終わり。
苦々しい気持ちのまま事務所兼自宅に戻るのが嫌で、そこに立ち寄った。
勿論1人だったけど、贅沢を言えば誰かと他愛も無い話しをして気分を変えたかったから。
そこに彼を見付けた時、麗香は無意識に頬を緩めた。
見慣れたツイードのジャケットに、草臥れたジーンズ。
癖のある黒髪は、襟足で小さくカールしている。
広い肩越しに揺らめく紫煙が、天井の空調に吸い込まれる。
あのジャケットの内側には、
使い込まれたホルスターと拳銃が忍ばせてある事を麗香は知っている。
麗香は煙草を吸わないけれど、
空調とガラスの衝立で分煙された、喫煙席へと迷わず進んだ。







その店に、僚は初めて入った。
新宿駅のすぐ傍、近所と言えば近所だが僚の行きつけは同業者夫妻の暇な喫茶店なので。
その全国にチェーン展開するようなカフェには、普段は用は無い。
それでも、その日の打ち合わせでクライアントからその店を指定されたからそこに居たのだ。
打ち合わせ自体はすぐに済み、クライアントは帰った後だった。
僚はオーダーしたコーヒーをゆっくりと飲みながら、
その1本を喫い終わったら帰ろうと思っていた。
そんなタイミングで声を掛けて来たのは、隣に住む女探偵だった。







久し振り、僚。元気してた?


おお、麗香。随分、久し振りじゃね?






僚は数年来、この女探偵に惚れられている。
それに気が付かない程、僚も鈍くはない。
上品なブランド物のスーツ、バッグ靴メイク。
誰もが振り返って、2度見3度見してしまうような上玉だけど。
僚はこの女の好意には、気が付かないフリを決め込んでいる。
生憎、ご近所さんという以外の感情は僚には無い。
それに何より、彼女はかの警視庁の女豹・野上冴子の妹なのだ。
安易に思わせぶりに弄ぼうもんなら、地獄を見る事ぐらい想像に難くない。
だから、面倒臭い事はシラを切って、気付かないフリに限る。
それもある種の優しさだ。





麗香はオーダーを取りに来たウェイトレスに、カプチーノを注文する。
注文しながら、僚の言葉を脳内で反芻する。

『随分、久し振りじゃね?』

なんて言うけれど、久し振りにしちゃったのは何処のどいつよ、と麗香は胸の内で毒づく。
カウンターの僚の隣の席で、携帯の画面を確認するフリをしながら、
声のトーンを慎重に吟味しながら、質問する。
あくまで、嫌な女にならない程度に、けれど棘は含ませて。




仔猫ちゃんは?お元気?




麗香の訊ねる“仔猫ちゃん”には、“香”という名前がある。
仔猫ちゃんが香になって、もう2年程になる。
僚と香の周りの人間はもう、誰も香の事を猫ちゃんとは言わない。
“香”と呼ぶ。
その中にあって、麗香だけは未だ香の事を仔猫ちゃんと呼ぶのだ。
麗香は僚に、香の事を訊ねるけれど。
僚とはお久し振りにも係わらず、香とは週に2度は必ず顔を合わせるのだ。
だから、香が元気な事は知っている。
昨日の朝も会ったから。



















れーか、おはよう。





背中にそう声を掛けられて、麗香は朝から少しだけイラッとする。
振り返ると、燃えるゴミの袋を手にした香が立っていた。
スラリとしたモデル体型に、ノーブラで僚のブカブカのTシャツを着て。
僚のボクサーパンツ(白にピンクのハート柄だ)を穿いている。
足元には、僚のビルケンシュトックのサンダルを突っかけている。
その柔らかそうな子供の髪の毛のような栗色の癖毛は、寝グセで盛大に跳ね返り、
Tシャツからスラリと伸びた二の腕は、驚く程華奢だ。
その首筋に鮮やかなキスマークを残したのはきっと、麗香が片想いをしているあの男だ。
明らかに彼女の着ているものは、寝る前に僚が着ていたTシャツであり、パンツなのだろう。
そう考えると、麗香は無性にこの目の前の猫娘に苛立ちを覚える。
彼女は何故だか、僚がそう呼ぶのを真似るように。
麗香の事を、“れーか”と呼び捨てにする。


近隣にあるのは、事業所や店舗ばかりで。
この近所に、普通の家庭は意外に少ない。
その集積所は、近隣の4軒で使っている。
半年づつ持ち回りで、その集積所の管理をそれぞれ担当する。
ちょうど今は麗香の担当で、収集車が出て行った後の掃き掃除などをやらなくてはいけない。
香が良い子で、麗香を呼び捨てにする事に何の悪意も他意も無い事は。
その掃き掃除を、毎回楽しげに手伝ってくれる事でも良く解る。
だからこのイラツキは、ただ単に麗香の嫉妬でしかない。
麗香が惚れている男に愛されている女(元猫)。
しかも、無邪気。
麗香が掃いたゴミをしゃがんで、塵取りで受けてくれる。
けれどそのしゃがんだ彼女の癖毛から、彼の匂いがふわっと薫る。
それを憎らしいと思う自分が、醜くて麗香は嫌いだ。




香には元々猫だから、出来る事と出来ない事がある。
料理は火も使うし、刃物も使うからと、僚は香にはやらせない。
それでも、家の中の掃除とか、洗濯とか、少しづつ教えると、
香は難なくそれをこなせるようになってきた。
ゴミ捨てもその1つだ。
毎週、月・木。朝7:00までに、集積所に出す。
昼夜逆転している男が、恋人に任せるようになった家事の内、
ゴミ捨てがこれまで一番の苦痛だったのだ。
飲み過ぎて帰れば、ゴミの事などすっかり忘れるし、
いつも朝起きてというよりも、朝寝る前の雑用だったのだ。
それを香に教えると、香はいつもゴミ出しの日にはもぞもぞとベッドを抜け出して、
ゴミを出しに行くようになった。
もっとも、半分寝惚けた僚は。
香がその辺に脱ぎ捨てられた、己のシャツやパンツを身に着けて外に出ている事は知らない。

麗香にしてみたら、ゴミ捨て場で僚と朝から一言二言会話を交わすのが、
日常の些細な楽しみの1つだったのに。
いつからか僚が現れなくなった代わりに、現れるのは彼女になったのだ。
しかも、濃密な2人のスキンシップの名残を纏ったままで。

もっと以前、彼女がまだ猫だった頃。
麗香は猫を可愛がった。
好きな男が可愛がる猫が可愛かった。
けれど、それは猫だからで。
猫がある時、超絶別嬪の彼の彼女になっちゃったりしちゃったりしたら、
それはもう、全く太刀打ちできない強力な恋敵だ。
けれど、香にしてみればまた見方は変わる。
仔猫の頃に可愛がってくれた麗香に、香は懐いている。
香には恋敵とか嫉妬とか、そういう事は解らない。

麗香も頭では重々解ってはいるのだ。
この恋に幸せな結末は無いし、彼は彼女のモノだという事ぐらい。












あぁ、元気元気。多分、今頃昼寝してんじゃねえかな。





僚は香の事を話す時、本当に楽しげに笑う。
それは香が仔猫の頃から変わらない。
猫だろうが人間だろうが全く気にせず愛し合っているのは、当人たちで。
それって究極の愛じゃないの?とか思ったら、麗香は嫉妬している自分が馬鹿馬鹿しくなる。
麗香が香の事を頑なに、仔猫ちゃんと呼ぼうが。
そんな事に拘っているのは、麗香1人だ。
けれど今はまだ、その気持ちに踏ん切りを付けられないでいる。


まだまだ当分、麗香は彼女の事を“香さん”とは呼べそうも無い。
苦々しい気持ちを、ほろ苦いカプチーノで流し込んで、
麗香は訓練された美しい作り笑顔で、彼の吐く煙草の匂いを嗅いだ。








幸せな2人を他人目線で書いてみるとこうなる(笑)
という、一例です。


[ 2014/03/28 23:33 ] 長いお話“猫と殺し屋” | TB(0) | CM(0)