① 小さな依頼

※ 何話か続く予定のお話しです。話数はまだはっきりは、未定です(テヘ)
  設定は、いつもの2人。原作以上です。









それは、いつもより少し遅めの夕食の席での事だった。


ここ数日、冴羽家の夕食の開始時間は、いつもより少しだけ遅い。
現在、1件依頼を抱えており、僚は大嫌いなスーツ姿で、
とある企業で、潜入調査中である。
いつもの暇を持て余している2人なら、夕食は大体18:00頃に摂っている。
早目に食事を済ませて、たまに(?)2人で風呂に入り、
それからの2人の夜は、長い。

しかしこの数日は、僚としては甚だ不本意ながら、
そのペースも軽く乱れがちだ。
普通の会社に毎日出勤してれば、仕方の無い事だけれど、
帰り着く時刻は毎日バラバラで、大体家に着いて早くとも、
20:00位から、遅い時は21:00を過ぎて食事を始める時もある。

今回、後方支援という名のお留守番中の香は、
勿論僚が帰るまで食べずに待っている。
「先に、食べてていいぞ。」
1度僚はそう言ったが、香は何も言わずに僚が帰って来るのを待って、
一緒に食べる。
僚としても、そうは言ったモノの、そんな風に僚に合わせてくれる香に、
内心、嬉しさを覚えている。

スーツを着て電車に揺られ、駅からの道をトボトボ1人で歩き、
6階のマイスイートホームまで階段を上り、やっと辿り着いた玄関で。
エプロンを着けた香が。
おかえりなさい、とニッコリ笑って。
僚のスーツのジャケットを脱がせて。
スリッパを揃える。
これは、もしや、世に言うところの、新婚サンってヤツじゃないかまるで。
今回の依頼の中で、僚の楽しみは毎晩のその瞬間だけだ。

その晩のメニューは、
鶏の唐揚げ(衣が3種類。ノリ塩。胡麻。カレー風味。)。
チンジャオロース。
ツナサラダ。
茄子の煮びたし。
イワシのつみれが入った味噌汁。
押し麦が2:8の割合で入った、麦ごはん。

僚は香の料理が好きだ。それは、家庭の味がする。
僚に楽しんで貰おうと、地味に手を掛けている事は、食べれば分かる。
僚は普段、滅多な事では言葉に出して褒めたりしないが、
毎日感謝しながら、平らげている。
僚は唐揚げを頬張りながら、今夜は香と一緒に風呂に入ろうと考えていた。

「ねぇ、僚ぉ?」
「ん~?」
香は僚に何か話したそうにしているが、ほんの少し躊躇っている様に見える。
「どうした?」
「…ん、あのね。実は、もう1件依頼が入ったんだけど…」
上目遣いで、遠慮がちに香が答える。

ブッッ
僚は軽く、味噌汁を吹き出す。
「か、香ちゃん。リョウちゃんに、掛け持ちさせようって気?」
ただでさえ、2人のモッコリタイムが、
犠牲になっているのに。(それでもちゃんと毎晩するが)
この上まだ、案件を抱えようと言うのなら、
きっと毎晩は出来ないと、覚悟するしかない。

「ち、違うのっっ。多分、そのもう1件は、」
アタシでも出来るから・・・・ダメ?

そう言って上目遣いで、小首を傾げる、実質・嫁に僚は食事中なのに、
涎が出そうになる。
この瞬間、今夜は香を眠らせないと、僚は心に固く誓った。
「どういう事?」

香の説明に寄れば、その依頼とはほぼアルバイトで。
とあるカフェのウェイトレスを、依頼された。
そこは店主がアルバイト店員と切盛りする、こじんまりしたカフェで。
昼の11:00から開店で、夕方16:00までランチメニューを出し、
一旦休憩を経て、18:00からはカフェバーとして再開する。

18:00からは、大学生の男の子が毎日アルバイトとして出て来る。
昼間はいつも、20代の女性が開店から、16:00まで出ていたのだが、
ちょっと事情があって、その女性が急遽実家のある関西へ里帰りしたとの事。
その10日間を手伝ってくれないかというモノ。
もう既に、この2日は店主1人で何とかやってみたが、
意外に昼時は混むらしく、これは超短期でバイトを雇うしかないという結論に至った。

店主が本日夕方の休憩時に、たまたま通りがかった新宿駅で、
ビラを配る香と出会ったのだ。
ココの所、僚の帰りはいつもより遅いし、まだご飯の支度をするには早い夕方に、
香はビラを配っていたのだ。
香と、喫茶店店主の利害が一致した瞬間だった。
しかし香は即答せずに、相棒に訊いてみますと言って、連絡先を交換したのだった。

「ね、ダメ?」
香はもう一度、僚に問う。
香としては、滅多に無い事だし、仕事も自分で出来そうだし、
時間的にもちょうどいいし。
きっと、その依頼を受けたいのだろうと、僚は思う。
しかしだ。
店主は、男である。
オッサンか?と訊いた僚に、香は暫し考えてから、
「30代後半から40代位じゃないかなぁ?」
と答えた。

「店は?何処にあんの?」
僚がそう訊くと、香はニッコリ笑って答えた。
「それがね、今僚が行ってる会社のすぐ近くなの。」
まるで、楽しい事を見付けた子供のような、屈託の無い香の笑顔に、
まるで、少しだけでも近くに居られたら嬉しい、とでも言いたげな口振りに、
僚は、反対する事が出来なかった。

「おまぁが出来ると思うなら、やれば良いんじゃねぇか。」
それは実質、異議なしという事だ。
香は満面の笑みで、ありがとう。と言った。
「その代わり。」
僚はニヤリと、イヤラシイ笑みを浮かべる。

今夜は、オールだから。

これから数日、僚の嫉妬の日々が始まる。








次回、カオリン。ウェイトレスです。
見切り発車で、出発進行です…orz
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[ 2012/09/20 22:29 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

② 嫉妬

香が依頼という名の、バイトに通い始めて2日。
僚はもう既に、後悔している。
やっぱり、反対してれば良かった。


田辺洋、40歳、独身、趣味・登山。
2歳のメスのシャム猫と2人暮らし、カフェ経営。

香から訊き出した、今回の雇い主の情報だ。
クソ、独身かよっっ!!
僚のまず第一の感想は、それだった。
勿論、既婚だろうが未婚だろうが、スケベな男にとってそんな事は関係無い。
それは、誰あろう僚が一番良く知っている真理の筈だが、
僚は少しだけ、安心していたのだ。
オッサン(香曰く)なら、嫁ぐらいいるだろうと。

しかしそれは、多少考えが甘かった。
今日び40代未婚なんて、珍しくないし、むしろそれは極端に別れる所だ。
モテないままに婚期を逃したのか、
それとも、敢えて独身に徹して、遊んで暮らすか。
僚は何としても、喫茶店店主がそのどちらなのかを、探る必要がある。

なのでその日の昼間、香には内緒でこっそりその店の様子を探った。
一応、僚は今、潜入調査中で忙しい身なのだが、
そんな事は、取敢えず二の次だ。
僚にとって何より重要な事は、香だ。
それに香が言っていた通り、その店は僚の潜入先と目と鼻の先だ。

結論から言うと、ヤツは中々の男前であった。
趣味が登山というだけあって、少し日焼けした健康的な肌に、
多少は鍛えているのだろう、引き締まった体つきで年齢よりも若く見えた。
まぁ、独身だという事もあるのだろう。
26歳の香と並んでも、違和感は無い。
そこまで考えて、僚は向かいのビルの屋上で、
双眼鏡を握り締める手が、微かに震えた。

そのうえ敵は、店主だけでは無い。
昼の混雑時、常連の殆どは近くの企業のサラリーマン達だ。
OL共はどちらかというと、もっと小ジャレタ感じの『カフェ』の方が好きだろう。
その店は『カフェ』と言うより、『喫茶店』と言った方がしっくりくる。
そんな狼共の群れの中にあって、香はキビキビと立ち働いていた。

真っ白なYシャツに黒いゆったりとしたパンツ。
腰から脛辺りまである、黒いエプロンを巻いている。
店主と揃いの、所謂バリスタ風の衣装。
その店の制服なんだろう。
中性的で長身の香には、似合いすぎるぐらい似合っている。
双眼鏡越しにも、客達が香を2度見しているのが解って、僚は気に食わない。
あと、約1週間。
香はこの危険極まりない環境で、ウェイトレスとして働くのだ。

双眼鏡を覗きながら、僚はこれから数日どうしたもんかと頭を痛めていた。








……どうして、そんな事ばっかり訊くの?
僚の腕の中でクッタリとした香が、漸く荒い息が整った頃、
小さな声でそう言った。

つい先程まで、僚の手によって、良いように翻弄されていた香は、
今は当の僚に、背中から包み込むように抱き締められ、
2人は横向きに並んで、シーツの上に横たわっている。
裸の背中越しに伝わる僚の体温や、滑らかな肌の感覚に、
香はもうすぐ、眠りに落ちる一歩手前だ。

何より、普段の家事労働とはまた違った、アルバイトでの疲れもある。
そのうえ今夜の僚は、いつにも増して情熱的だった。
何故だか僚は、バイト先での色んな事を、セックスの最中に訊きたがった。
香としては、僚にもたらされる快感に翻弄され、
ハッキリ言って仕事の事など、どうでも良い状態で。
そんな事は、食事の時にでも訊いてくれれば良かったのに、
と熱で浮かされたようなボンヤリした頭の片隅で、そう思っていた。

僚は思わず香の首筋に顔を埋めていたままで、ブフッと吹き出す。
確かに今日の僚は、嫉妬に任せて香を攻め立てながら、
件の雇い主情報を、セックスの最中に訊き出した。
冷静に考えたら、やけに子供染みている。
香はこうして、自分の腕の中に居るというのに。
それに相変わらず、香は自分の魅力や僚の嫉妬心や独占慾に、
極端に疎い。
逆に、どうして解らないの?と訊きたいのは、僚の方だ。
しかしそう思う反面、香はずっとこのままでいて欲しいと、僚は思う。
僚の子供染みた、複雑な男心など深読みされるよりは、
このまま、無邪気で天真爛漫な彼女でいてくれればそれが1番イイ。
まぁ、同時に僚は嫉妬で狂いそうになるのだが。

擽ったい、と香が呟く。
僚が首元で吹き出したので、香の耳や首筋を擽ったのだ。
首を竦めた香を、僚はもう一度抱き直すと、
甘えたように掠れた声で、香の耳元で囁く。
「解んない?」
香はコクンと頷く。
「じゃあ、解んなくていいの。」
なに、それ。と香は答える。
もう半分眠りかけている。

穏やかに上下する香の細い肩を見詰めていると、僚にも少しづつ眠気が訪れる。
こうして一緒に眠っている時には、この世で一番安心出来る僚だけど、
あんな風に、自分の手が届かない、普通の世界で笑っている香を、
遠目に観察していると、
まるで自分が香には相応しくないのだという事実を、
神様に突き付けられているようで、僚の心はずっと穏やかでは無かった。
香の中に深く潜り込んでやっと、
僚は本来の居場所に帰って来た気がしたのだ。



僚は完全に、香にイカレテいる。













リョウちゃん、ヤキモチ妬いてます。
考え過ぎです。
[ 2012/09/22 07:41 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

③ 日替わりパスタランチ

香の依頼3日目。


その店は、地味な割に昼時の固定客はそこそこいるようで、
確かにマスター1人では、限界があるだろうと香は思う。
客層は、昼は20代位から30代後半ぐらいのサラリーマン。
ランチのピークを過ぎた昼下がりには、50~60代の初老の男性が多い。
ゆったりとコーヒーを飲みに来る客達は、どうやらマスターと同好の、
登山愛好者が多いようだ。

マスターは、登山の傍ら写真を撮るのも趣味らしく、
店内には、マスターの撮影した尾根の連なる夕景や、
雪の合間から顔を出す高山植物の写真が、店内の壁を彩っている。
客が少ない時間帯には、この常連たちとマスターが、
香に色々と、これまでのトレッキングでの出来事を聞かせてくれる。
そこはのんびりとした空気が流れる、不思議な空間だった。

それに引き換えその日もランチタイムは、なかなかの盛況ぶりだった。
香もマスターも、忙しく動き回る。
そんな中、カウベルを鳴らして入って来た、1人の客に香は暫し呆然とする。
僚だった。
一瞬遅れで、いらっしゃいませと言った香の頬は、
心なしかほんのり染まっている。

窓際の2人掛けのテーブル席に、僚は着席した。
香は水の入ったグラスと、おしぼりとメニューを持って僚の席に行く。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください。」
香は営業スマイルでワザとらしくそう言い残すと、カウンターへと戻った。

カウンターに戻って、香はランチのセットに必ず付く、グリーンサラダを盛り付ける。
どのメニューを注文しても、ランチタイムには必ずそれは欠かせないので、
数皿分ずつ盛り付けておいて、冷蔵庫に入れる。
出た分だけを、香がまた盛り付けて準備する。





初日にマスターから、仕事内容を聞かされて、
まぁとりあえずは、やってみれば解るから、と言われた。
ランチタイムの慌ただしい中で、口頭で説明を受けただけの香が、
手際よくサラダを盛りつけて行く様を見て、
マスターは、感心したように微笑んだ。
「なかなか、手際良いよ。普段、料理し慣れてるのが解る。」
そう言ったマスターに、香は一瞬なんて答えればいいのか戸惑う。
それから、昼のピークを過ぎて、のんびりと2人だけの時に、香は訊かれた。
「そう言えば、香ちゃんって結婚してるの?」
「え?!」
思わず絶句して固まる香に、マスターは苦笑する。
「…いや、さっきの手際見てたら、そうなのかなって思ってね。」
「……え、いや。…あの、け、結婚はしてないですケド、その……」
真っ赤になって、シドロモドロも甚だしい香を横目に見て、マスターはニッコリ笑う。
「ふ~~ん。結婚はしてないケド、同居している彼がいるってとこ?」
香はますます真っ赤になって俯く、これでは肯定しているのと同じ事だ。
マスターは、まるで眩しいモノでも見るかのように、目を細めた。
駅であった時に相談してみると言った相棒とやらは、彼氏でもあるのかと。






香はサラダを盛り付けながら、コッソリ僚を盗み見た。
香の居る場所からは、僚の横顔が見える。
紺色にストライプの織の入ったジャケットは軽く畳んで、椅子の背に掛けている。
香の好きな水色の僚のYシャツ。
白いカフスとカラーは、香が丁寧にアイロンをかけたので、
ピンと清潔に皺も無く整っている。クリームイエローのシルクのニットタイ。
この場に居る誰よりも、僚が一番Yシャツ姿が似合っていると思うのは、
香の贔屓目だろうか。

思わず口元を綻ばせて、たった今盛り付けたサラダを、冷蔵庫へ仕舞う。
その時、すみません、と声が掛かる。僚だ。
香は妙にドキドキしながら、伝票を持って窓際の席へと急ぐ。
何だか、僚と2人で“ウェイトレスさんとお客さんゴッコ”をしているみたいだ。

「お決まりですか?」
香がニッコリ微笑む。さっきの営業スマイルより若干、素の笑顔に近い。
「この、日替わりパスタランチって、今日は何?」
僚もニヤッと笑う。何だか、お昼のオフィス街の喫茶店で。
まるで、2人は秘密を共有した、共犯者みたいだと香は思う。
「本日は、ボロネーゼです。」
「じゃ、それで。」
「かしこまりました。」

そのままカウンターに戻るかと思った香は、意外な事に僚に問う。
で?僚。アンタ、お弁当は?食べなかったの?
香は幾分潜めた声で、僚にそう訊ねる。
「ん?いや、喰ったよ。午前中の内に。」
へ?
多少、呆れ気味にキョトンとする香に、僚は飄々と嘯く。
「いやぁ、今日は何か腹減ってさ。」
そんな僚のすっとぼけた言葉に、香はますます呆れる。
僚は今朝、大ぶりの御飯茶碗に3杯もお替りしたのだ。
幾らなんでも、食べ過ぎだろう。

「彼、知り合い?」
カウンターに戻った香に、マスターは訊ねた。
香は何と答えたもんか、ハハハと笑うと、
「…えぇ、まぁ。ちょっと……」
と言葉を濁す。
勿論、この2人の小声のやり取りなど、僚の地獄耳はバッチリ鮮明に捉えている。
グラスの中の、スライスレモンが浮かんだ水をゴクリと飲み干した、
僚の鳩尾の辺りに、少しづつ黒い感情が溜まって行く。


何だよっっ、まぁ、ちょっとって。
ちょっとじゃねぇだろっつーの。
俺とおまぁは、奥の奥、中の中まで、
よぉく知ってる間柄じゃねぇのかよっっ。
覚えてろょ、香。
今夜は泣くまで、逝かせてやる。



その後、香が運んで来たボロネーゼを、僚は黙々と喰った。
サラダとスープと、食後にコーヒーも付いている。
邪魔くさいタイを、Yシャツの胸ポケットにねじ込んで、僚は事前に、
香手製のボリューム満点のお弁当を平らげたとは思えない、食べっぷりだ。
香は僚がランチを摂っている間も、忙しなく働き続けた。
その間も、コッソリ僚をチラ見したけど、僚と視線が合う事は無かった。

僚は食事しながらも、さり気無く香を観察した。
客に愛想を振りまき、オーダーの合間に空いたテーブルを片し、
カウンターの内側でも、何やら細々と作業しているようだった。
初めこそ、僚の存在を気にしていたようだったが、
忙しくてそれどころでは、無さそうだった。
香と視線が合う事は無かった。

僚が会計に立った時、香は奥のテーブル席の客に応対している最中で、
レジにはマスターが立った。
「また、来て下さいね。」
そう言って、ニンマリと笑ったその山男が、
まるで僚には、不敵な笑みを浮かべている様に感じられて、癇に障った。
彼が差し出すレシートを受け取らずに、最後にもう一度チラリと香を見たが、
香は客に何かを説明している最中で、僚には顔を見る事は出来なかった。

僚が伝票を持って立とうとしたので、香もレジへ向かおうとした時に、
ちょうど奥の席から、すみません、と声が掛かった。
一瞬香が困惑していると、マスターが目配せをして、
自分がレジへ行くと合図をして来たので、香は僚が気にはなったが、
奥の席へと向かった。
接客しながら一瞬だけ、入り口の方へ目を向けると、
少し俯き加減の、ジャケットのポケットから札入れを取り出す僚が見えた。
香が接客を終えて、カウンターへ戻る頃には僚はもう帰った後だった。

トレーを持って、僚が今まで居た席を片付けに行くと、
空いた皿の下に隠すように、紙ナプキンが挟まれていた。
その薄い紙には、見慣れた僚の文字で『おつかれさん』と書かれていた。
香は思わず笑顔になる。
朝もお替りして、お弁当まで平らげて、
そのうえ日替わりパスタランチまで完食する。
食欲旺盛な“彼”の事を、呆れつつも香は大好きなのだ。



「さっきの彼、香ちゃんの彼氏?」
16:00を回って、準備中の札を提げた店内。
香が最後にもう一度、カウンターを拭き上げている時に、
不意にマスターが、そんな事を言った。
真っ赤になって、黙り込んだ香に、
「ホラ、水色のYシャツ着た、日替わりパスタランチの彼。」
香は観念して、小さくコクンと頷く。

マスターは小さく笑って、やっぱり。と言った。
「ど、どうして?」
香は訊ねる。
「解ったかって?」
マスターは可笑しそうに笑う。香も少しだけ可笑しくなって笑う。
「そりゃ、2人ともお互いに、ずっとお互いの事見てるんだもん。解るよ、そりゃ。」
香はまた更に、真っ赤になる。
自分的には、あくまでコッソリ僚を見ていたつもりなのに。

それにしてもお互いって事は、僚も香を見ていたという事だろうか?
そんなマスターの言葉は、俄かには信じがたい香なのだった。











リョウちゃん、食べ過ぎです。
この上、夜はカオリンを戴きます。
[ 2012/09/23 18:29 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

④ 金曜日の熱い夜

僚が家に帰ると、玄関の外まで醤油を煮詰めたような、
甘い薫りが漂っていた。
煮付けか。
僚はそう思って、少しだけホッコリした気持ちになる。
昔の僚はどんなメニューが出されようが、何を食べようが、
季節を感じたり、また自分の体調を鑑みる事は無かった。

だけど不思議と香は、僚が何かアッサリしたもの食べたいなぁ、
という時には、和食を作ってみたり、
腹ペコの時は、ガッツリ肉料理だったり。
まるで僚本人以上に、
僚の事を解っているようにしか思えないメニュー構成で食卓を彩る。

どんな野菜が旬だとか、この日は何を食べる習慣だとか。
僚の知らない事を、香はたくさん知っている。
僚は煮付けの匂いを嗅いで、落ち着く自分がいたなど、
自分自身でも知らなかった。
今となっては真相は藪の中で、誰にもホントの事など解りようも無いが、
自分のルーツが確かにこの国にあるんじゃないかと、香は僚にそう思わせてくれる。
そして、1つだけ確かな事は。
僚にとって、家庭の味、オフクロの味(まぁ、恋人の味だけど)というモノが、
あるとするならば、それは間違いなく香の作る毎日のきめ細やかな食卓だ。

香がキッチンで、カレイの煮付けに煮汁を掛け回していると、
階段を上がって来る僚の革靴の足音がした。
香は知らず笑顔になって、ガスの火を一旦切ると、鍋に蓋をする。
大概、火は通っているので、後は余熱でいけるだろう。
今日のメインは、煮魚だ。
僚はお肉の方が好きだけど、魚でも別段嫌がらずに食べてくれる。
何しろ今日の僚は食べ過ぎだ。
今日のメニューは、魚と野菜が中心の和食にした。






「おかえりなさい」
紺色のボックスプリーツのミニスカートに、薄いグレイの五分袖のニット。
ベージュのシンプルなエプロンを着けた香が、ニッコリと微笑む。
「ただいま」
僚がそう言って、薄い鞄と弁当箱の入った小ぶりなトートバッグを香に渡す。
香は靴を脱ぐ僚の傍に、そっとスリッパを揃える。
確かに、トートバッグは軽い。
お弁当も残さず完食のようだ。

香は無性に嬉しくなる。
僚が香の作るモノに、感想をくれる事は滅多に無いけれど、
その代わり、出されたモノを残すという事も一切無い。
気持ちが良いぐらい綺麗に平らげてくれる。
それこそが、僚の評価だと香は受け止めている。
僚ほど、料理を作っていて、作り甲斐のある相手もそういない。

今日のメニューは、もうほぼ出来上がっている。
後はお皿に盛り付けるだけの料理達が、キッチンで待っている。
香は僚の紺色のジャケットを、腕に掛けて、鞄を提げて、
ひとまず、寝室のクローゼットに向かおうと、玄関を後にする。
僚もその後に続く。
一刻も早く、窮屈なYシャツとタイを脱ぎ捨てたいのだ。

廊下の途中で、香のエプロンの結び目を僚がツッと引っ張った。
リボン結びが、アッサリと解ける。
「なぁに、りょ」
香が振り返りながらそう言いかけた時には、もう既に僚の腕の中に居た。
僚のYシャツの柔軟剤の匂い。
その中に混ざった、僚自身の匂い。
薄っすらと煙草の匂い。
一瞬にして、周りの空気ごと、香は僚に絡め取られる。
香が気付いた時には、僚はもう既に香の口腔に深く潜り込んでいた。

僚は香にディープなキスをお見舞いしながら、
器用に香の手から鞄やジャケットを取り上げると、辺りに放り出した。
片手でガッチリと香を抱いたまま、邪魔くさいタイをせっかちな動作で解く。
Yシャツのボタンも胸の中程辺りまで外す。
ベルトのバックルを緩め、ジャケットと揃いの細身のパンツも脱ぎ捨てる。
その頃にはもう、香の細くしなやかな両腕は、僚の首筋に巻きつき、
その華奢な指先は、僚の癖のある見た目よりも柔らかな黒髪を弄んでいた。





どの位の時間が経ったのか、2人には時間の感覚が麻痺していたけれど、
気付いたら、玄関から幾らも離れていない廊下の真ん中で、
僚と香はせっかちに、一戦交えていた。
今日は金曜の夜で、明日と明後日、僚はお休みだ。
とは言え、潜入以外の調査は明日と明後日でやらないといけないが、
そんな事はまぁ、僚の手に掛かれば大した仕事でも無い。
香は、明日の土曜日までは、カフェの方の仕事だ。
日曜日は、店はお休みだ。

香はクッタリと、僚の胸に未だ熱の籠った体を預ける。
僚は満足げに、香のクセ毛を撫でながら、
その甘いシャンプーと、香自身の甘い地肌の薫りを嗅ぐ。
…どうしたの?…急に。
香が小さな、しかし先程までの甘い余韻の残った声で、僚に問う。
「ん?何か、今日はやけに腹が減ってさぁ。」
ま取敢えず、メインの前の前菜(オードブル)?
僚は先程までの激しい情動がまるで嘘みたいな、
穏やかな調子でそんな事をのたまう。

香は呆れながら、なにそれ。と言って、クスリと笑う。
どんだけ、食いしん坊よ。
香はそう思いながら、僚の胸に頬を寄せる。
けれど、香の頬に当たるのは、僚のインナーの白い肌着だ。
香は少しだけ、僚の滑らかな大胸筋が恋しいと思う。
我に返って、お互いの今の恰好を考えると、
どれだけ焦ってんだ、と言いたくなる。

2人とも、中途半端に衣類を身に付けている。
昼間はあんなにピシッと、如何にも有能なビジネスマン風に整っていた、
僚のYシャツは、胸元がはだけ下半身は何も穿いていない。
(しかし、靴下は履いてる。笑)
香は香で、ミニスカートの下の華奢なレースで縁取られた淡いピンクのパンティは、
片側だけ脚を抜かれて、左脚の太ももでまるでガーターのように、留まっている。
パンティとお揃いの、ブラジャーは僚のボクサーパンツや、ジャケットや、
その他諸々と一緒くたになって、フローリングの床の上に散らばっている。

思わず香は、僚の腕の中でクスクス笑う。
僚と恋人になって、早数ケ月。
一緒に暮らし始めてからは、もう随分経つ。
けれど2人は、どんなに求めても求めても、尽きる事が無い。
2人とも、呆れるほどの食いしん坊だ。
現に香は、この肌着の下の僚の素肌にじりじりと焦がれている。
僚の事は言えない、香も結構食いしん坊なのだ。

きっと僚は、明日と明後日お休みだから、
今日の夜は、秋の夜長のように、いつまでも明けないだろう。
けれど取敢えずは、一旦夕食だ。
つい今しがた、僚の腹の虫が盛大に騒ぎ始めた。
僚の胸に頬をくっ付けて、直にそれを感じた香は思わず吹き出してしまう。
僚もクスクス笑う。

この大きな子供みたいな、食欲旺盛な可愛い“彼氏”を満足させる為に、
後ろ髪を惹かれながらも、香はその腕の中から立ち上がった。



金曜の夜は、熱くて長い。








リョウちゃん、
取敢えず昼間のジェラシーを、
玄関先で解消。
[ 2012/09/25 04:24 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(1)

⑤ その女、売約済みにつき。

土曜日、香はもう少しでカフェの仕事に遅刻する所だった。
結局金曜の夜に、2人はこれでもかという程、張り切り過ぎた。
2人にとって、9月半ばのこの時期は、
食欲の秋であり、嫉妬の秋(僚限定)を経て、
性欲の秋(季節問わずか?)となり、最終的には運動の秋なのだ。
冴羽家寝室では、夜な夜な秋の大運動会が開催されている。
演目は、大人の組み体操だけなのだが。

朝起きれなくなるからと、早々にリタイアしようとする香に、
俺の分は朝メシなんかどうでもいいからと、しつこく粘ったのは僚だ。
結局、2人が泥のように疲れ果て、眠りに就いたのは、
金曜の夜というよりむしろ、土曜の明け方だった。
それから、3~4時間眠っただけの香は、どうでもイイとは言われたモノの、
朝からキチンと、僚の分の朝食も作った。
放って置いたら、まともなモノなんか食べない僚が、香は心配になるのだ。
結局、香はこの世で1番僚に甘い。

それでも寝起きのベッドの中で、少しだけカフェの依頼を受けた事を、
後悔している香がいた。
もしも、何にも無いいつもの朝なら。
こうしてもう少し、僚の腕の中でぬくぬくと甘えていられるのに。
多少、朝ご飯の時間が遅くなっても、
1日洗濯や掃除をしなくても、たまにはイイかなんて思える程、
温かい僚の腕の中は、魅力的だ。

ともすれば負けそうになる誘惑を振りほどいて、香は僚の腕から抜け出した。
僚はすっかり熟睡していて、安らかな寝息を立てている。
僚は基本的に眠らない男だが、香の傍では別である。
このアパートの、この部屋の、香の眠るベッドでだけは、
僚は唯一、心底安心しきったように眠る。
それでも常人よりは、格段に浅い眠りも、
香の気配が、それを邪魔をするような事は決して無い。
それは僚が、香を心の底から信頼し気を許している証拠である。

香は名残惜しい僚の頬に、そっと頬を寄せて寝室を後にした。









慌ただしく最低限の家事を済ませ、慌てて飛び乗った電車は、
いつもより、15分遅い。
お陰で店に着いたのは、ギリギリ11:00、5分前だった。
マスターはニヤッと笑っただけで、特に何も言わなかった。
「土曜日は、どうせ暇だからのんびりイイよ~~~」
と気の抜けた台詞を掛けられた。

確かに土曜日は平日に比べて、拍子抜けするほどのんびりだった。
近隣のオフィスが、軒並み休業日なので、ランチタイムも数える程しか客は来ない。
やって来るお客は、殆どがのんびり派の例の常連のおじ様方だ。
香は朝適当に片してきた、自宅リビングを思い出しながら、
まるで、出来なかった掃除の代わりをココでやっているかのように、
念入りに店内を磨き上げた。

時折、香を構う常連客もいて、マスターと一緒に話の輪に加わったりもした。
何の変哲も無い、普通の喫茶店の普通の風景だったが、香は知らない。
日中、向かいのビルの屋上では、香がこの世で最も愛する件の男が、
双眼鏡片手に、自分の事をジットリと見詰め続けていた事を。










土曜の夜から日曜にかけては、香も心置きなく大運動会を楽しんだ。
勿論、演目は大人の組み体操だ。
翌朝は、2人して朝寝坊をして、その代わりに掃除と洗濯に僚も参戦させた。
セックスだって、2人仲良く協力するのだから、
掃除や洗濯だって、2人仲良くがモットーだ。
というワケで、世界に名だたる凄腕スイーパーは、麗らかな秋の日曜日に、
オノレのボクサーパンツを、彼女と一緒に干したりもする。

週が明けて、月曜日。
僚はまた、香よりも朝早く家を出た。
玄関で香から弁当箱を手渡され、お礼といってきますの、濃厚なチュウをする。
香は僚が乗るべき電車の時間を考えて、よき所で僚を引き剥がす。
それは潜入調査中の、よくある朝の風景だ。
香が止めなければ、永遠にチュウは続くのだ。

ランチタイムには、また僚が来た。
メニューを持って来た香に、僚が訊ねる。
「今日の日替わりパスタは、何?」
「本日は、ボンゴレです。」
香はウェイトレスの顔をして、ニッコリ微笑む。
僚もシレッとした表情で、じゃ、それで。と微笑む。
香の左側の鎖骨のすぐ下のキスマークは、僚が付けた。
僚の右の二の腕の内側のキスマークは、香が付けた。
それを知っているのは、お互いだけで。
この混み合った店内で、2人は秘密を共有した共犯者だ。

それ以上、2人は言葉を交わす事も無く、
香は忙しく立ち働きながら、時折僚をチラ見した。
僚は値段の割に量の多い、本格的なアルデンテのパスタを堪能しながら、
視界の隅で常に、香を観察した。
コストパフォーマンスの高い絶品ランチは、
懐事情が切実なジャパニーズビジネスマンには、大人気で。
お陰で香は忙しそうだ。
僚はまた、薄い紙ナプキンに秘密のメッセージを残して、帰って行った。









潜入先に戻った僚は、真っ直ぐに事務所には戻らず、
透明のガラスの箱のような、明るい牢屋のような喫煙コーナーで煙草を吸った。
少し離れたところで、20代半ばから後半ぐらいの男2人が会話している。
この会社は、世に言うところの一部上場の大企業で。
部署が違えば、お互い顔も名前も良く解らない。



「…あそこの新しいバイトの子、超可愛くね?」
「あぁ、激マブ。でも、前の子が休んでる間の代理らしいよ。」
「マジで?超ガッカリ。でも、あの子いる間は、オレ毎日通おう。」
「っつーか、何ならずっとあの子でイイのに。」
「確かに。」




彼らの会話の合間に聞こえたのは、香が働くカフェの名前だった。
その瞬間、僚のコメカミにクッキリと青筋が浮かぶ。
この潜入調査では、恐らく全く必要の無い殺気を僚は浮かべる。
名前も部署も知らない彼らの背後に立つと、僚は1つ咳払いをする。
たまたま喫煙所で隣り合った、尋常じゃ無い程でかくてハンサムな男が、
何やら不穏なオーラを纏って、自分達を見下ろしている事に気が付いた彼らは、
ななな、何すか?と、焦っている。
無理も無い。彼らには、そんな僚の殺気はオシッコちびってしまうレベルだ。




「てか、そいつ。俺んだから。
        手ぇ出したら、殺すよ?」


僚はそう言うと、ギロリと彼らを睨んで喫煙所を後にした。
香が受けた依頼は、後4日。その週の金曜日までだ。
まだまだ先は長いと、僚は事務所に戻る廊下を歩きながら、溜息を吐いた。











リョウちゃん、狭量にも程があります。
屋上から見詰める彼は、ほぼストーカー。
[ 2012/09/26 19:41 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

⑥ オトコゴコロ・オンナゴコロ

結局その週は連日、僚は香の愛情弁当を食べた上に、
日替わりパスタランチも食べた。
月曜は、ボンゴレ。
火曜は、カルボナーラ。
水曜は、ほうれんそうとツナの和風パスタ。
そして今日木曜は、ペンネ・アラビアータだった。
残すは、後1日。
長い1週間だった。それも、もうあと少しの辛抱だ。

今日は、会計に立った僚の応対をしたのは香だった。
何故か、今までタイミングが悪く、
僚がレジへ向かうと、香は他の客に呼び付けられた。
いつもレジに立つのは、マスターこと田辺(40歳・独身)だった。
僚はゆっくり香を見詰めていられるように、ワザと万札で支払った。
香がお釣り銭を数えている間、僚は少し俯きがちな香を見詰めていた。

お釣りとレシートを渡した香の指が、僚に少しだけ触れた。
香はニッコリ微笑むと、声には出さずに唇を動かした。

『だ・い・す・き』

香の言葉は、ハッキリと伝わった。
たったそれだけの遣り取りで、僚はこの上も無く幸せな気持ちで、
昼からの調査に戻った。
けれど、数時間後にふと気が付いた。

あの時、僚の指に香の指が触れたけど、
あんな風に触れるという事は、
自分以外の奴にも、あの華奢な指が触れる可能性もあるという事で。
その可能性を考え始めたら、僚はまたもや激しい嫉妬に駆られた。
自分でも、馬鹿げているとは思う。
子供染みた、狭量な独占慾。
香が愛しているのは、間違いなく己なのだと、確信は持てる。
けれど僚は、心の何処かでいつも恐れているのだ。

自分の腕の中からすり抜けて、香が何処か遠くへ行ってしまったらどうしようと。
人を殺めるのも、銃弾の嵐も、緊迫した命のやり取りも。
何も怖い事など無い、屈強な男の唯一恐れている事は、
たった1人の女を失う事だけだ。





午後のある時(ふと大変な事実に気付いた時)を境に、
煙草の本数が増えたヤキモチ妬きな僚は、仕事帰りに近くのコンビニに寄った。
煙草を買う為だ。
僚がレジのカウンターで、マールボロのソフトパッケージに付けられた番号を、
未成年と思しきコンビニ店員に伝えていると、1人の男が入って来た。
田辺洋(40歳・独身)だ。

お互いにバッチリ目が合った。
暫し妙な間があって、田辺の方がニヤリと笑うと、どうも。と言った。
僚も曖昧に会釈する。
どうやらカフェから、バーに切り替わる前の休憩時間のようだ。
田辺は、入り口付近のラックから新聞を一部とって、
僚とは別のレジで会計を済ませる。
僚の方のレジの担当は、まごついて、
僚の指定した煙草を見付けるのに手間取っている。
そうこうしている内に、後から来た田辺の方が先に店を出た。

僚が煙草を2箱買って、表へ出ると田辺がいた。
僚に向かって、ペコッと頭を下げた。






その頃、冴羽家のキッチンでは、香がいつもの如く夕飯の準備をしていた。
この所、16:00にカフェの仕事を終えて、
帰りにスーパーに寄って帰る。
この数日、僚はお弁当とは別に、ガッツリとランチメニューを完食している。
僚のお弁当は、ハッキリ言ってボリューム重視だ。
ご飯をギュウギュウに詰めて、オカズも5~6品は入れている。
ご飯は大抵、おかかやそぼろや昆布の佃煮を敷いて、2~3層構造になっている。
僚のお弁当箱は、いつもずっしりと重い。

それでも、しっかりと完食して、
その上パスタ(これも結構量は多い。サラダ・スープ付)まで、食べている。
もしかして、お弁当が足りなかったかな?と、香は少しだけ考えた。
僚に訊いてみた方がイイかなとも思った。
それとも、何も言わずにもう少し大きな弁当箱を用意した方がイイか。

だけど香は訊かなかったし、お弁当の量も今まで通りにした。
何故なら、もしも僚がお弁当だけで満足して、お腹いっぱいになったら、
昼のあの店で、僚に逢えなくなるだろうから。
香は毎日、僚が来てくれるのを心の何処かで楽しみにしていた。
夕飯を作りながら、改めてそんな自分の感情に気が付いて、
香は1人で、クスクス笑った。

いつだって、僚とは逢えるのに。
毎日同じベッドで眠り、同じ食卓でご飯を食べて、
1番におはようを言うのも、おやすみなさいと言うのも、自分なのに。
お昼間、僚が働いてる間の時間さえも、恋しいなんて。
たった、30~40分の逢瀬でも、嬉しいなんて。

あたし、僚にメロメロだ。

鰹節でとっただし汁の中で、半月切りの大根が透き通ってきたので、
香は冷蔵庫から味噌を取り出して、味噌を濾す。
味噌汁を仕上げながら、無意識にそう呟いた香は満足そうに微笑む。


あれはいつだったか、まだ僚と香がお互いの気持ちに蓋をしていた頃。
教授の庭の池のほとりで、コッソリと教授と僚の会話を立ち聞きした。
『あいつ、俺に惚れてメロメロなんです。』
自分のいないとこで、そんな事を自信満々で言う僚に、妙に腹が立った。
悔しかった。
自分ばかり、僚に惚れているのが。

けれど今は、僚にメロメロなそんな自分が、少しだけ好きだ。
僚と相思相愛になれたから?
自分ばかりじゃ無く、僚も自分を愛してくれるから?
多分、そんな単純な事では無いような気がする。

香はあれから数年経った今、僚を好きな気持ちに見返りは要らないと思える。
僚が好きだという、その気持ちひとつで、香は幸せな気持ちになれるし、
とても、強くいられる。
きっと、何も怖いものなど無い。








そのコンビニ(ローソンだ)の前で、僚はつい今しがた買ったばかりの、
マールボロの封を切る。
田辺に1本勧めると、彼はニッコリと笑って遠慮なく1本咥えた。
僚が彼の煙草の先に、火を点ける。
そして僚もまた、1本咥えると深々とその懐かしい煙を肺へと送り込む。

「香さんの、彼ですよね?」
先に口を開いたのは、田辺だった。
「あぁ。」
僚は短く答える。
「すみません、香さんお借りして。随分、ご心配掛けているようで。」
やっぱり、彼は僚の嫉妬や独占慾に気が付いていると、僚は思う。
「別に。謝られる事じゃねぇし。」
田辺はクスリと笑い、まぁそうですね。と呟く。

「あいつ、何か言ったんすか? 俺の事。」
僚がぶっきら棒に、田辺に問う。
「いいえ、何も。」
そう言いながら、田辺はあっと言う。
僚が眉を持ち上げて、表情だけで続きを促す。
「そう言えば、1つだけ。料理の話しをしていた時にね、彼女、とても幸せそうに言ってました。」



うちの人は、何を作っても、どれだけ沢山作っても、
いつも綺麗に平らげてくれるから。
お料理するのが、とても楽しいんです。



「・・・って、のろけられちゃいました。」
そう言って、田辺が笑った。
明日まで、すみません。大切なあなたの彼女、お借りします。
そう言うと、僚を残して彼は去って行った。





僚はこの遣り取りの間、不思議と嫉妬深い感情にはならなかった。
取敢えず、いち早くウチに帰って。
香が楽しんで作った、夕飯を平らげないと。

その後は勿論、彼女を美味しく平らげる予定だ。












結局はリョウちゃん、
夕飯も、カオリンも、
美味しく平らげます。
[ 2012/09/28 00:21 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)

⑦ 週末デート

金曜日、香の依頼最終日。

ランチタイムはいつものように、盛況だ。
今日の日替わりパスタは、ポモドーロ。
僚はトマトソースが好きなので、香は少しだけ嬉しくなる。
12:15、
いつもなら、もうそろそろ僚が来る時間だ。

けれどその日、12:30を過ぎても僚は来なかった。
確かに、お弁当もあるし、朝ご飯だってお替りして朝から沢山食べてるし。
普通の人なら、わざわざ外でランチはしないだろうケド。
僚だって、お仕事中なんだし、手が離せない事だってあるだろうケド。
香は、僚が来ない事がこんなにも淋しいとは思いもしなかった。
夕方になれば、また逢えるのに。

結局、お昼休みの終わる13:00を回っても、僚は来なかった。
香はその頃には、僚の身に何かあったんじゃないかと、不安になった。
大して危険は無い潜入調査と言えど、一応依頼遂行中の身の上だ。
何があってもおかしくは無い。
そう思うと、まだまだ忙しい時間ではあったが、香は知らず気分が重くなる。


田辺は元気の無い香を見て、彼が来ないからかなと思う。
昨日、偶然コンビニで遭遇して、一緒に煙草を吸った彼は、
やはり初めて見た時から思ったように、至極男前で。
この目の前の美しい彼女には、大変良く似合っている。
まるで、テレビドラマの中の登場人物のような美男美女だ。
彼がまるで、恋に夢中な10代の少年のように、彼女に惚れているのは、
傍目にも良く解る。
あんな風に真っ直ぐに、公衆の面前で、恋心を隠さず恋人を見詰める大人の男を、
田辺はあまり見た事が無いような気がする。
そして彼女もまた、彼を愛している事は傍で見ていて良く解る。

香が働いているこの10日ほど、この店のランチの売り上げは、
軽く2割ほど上がっている。
田辺が把握している限り、せいぜい週1、2回来ればいいという感じの常連が、
この所、毎日のように顔を出している。
これが何を意味するのか。
田辺はそれが解らない程、馬鹿では無い。
僚がヤキモキして、香を見詰めているのも理解できるというモノだ。


「彼、来なかったね。」
だいぶ客が引けてきた店内で、香が空いたテーブルを拭き上げていると、
田辺が言った。
香は、何だかガッカリしている自分を見透かされたようで、恥ずかしくなったけれど、
「えぇ。」
と答えて、苦笑する。
「…でも元々、お弁当だっていつも持たせてるんです。そもそも、ここでパスタランチ食べるのも、食べ過ぎな位なんです。晩ご飯も、きっちり食べるし。」
そう言って笑う香を見て、田辺はニッコリ微笑む。
彼女は解っていない。
彼がどうしてココに、ワザワザやって来るのか。
彼がどんなに彼女に惚れて、いつ何時でも傍に居たいと思っているか。
複雑な男心は、男にしか解らない。
それでも、こんな女性に愛される彼と言う男は、きっと幸せ者だろう。
田辺はそう思う。



一方、僚はと言えばその頃、
面倒臭い潜入調査を、一気に片付けている所だった。
香のバイトは、今日で終わる。
ランチタイムに顔を出せなかったのだけは、ちょっと気掛かりだが、
それよりも僚には、今日中にこの依頼を終わらせるという目標があった。
何としても今夜には、香も自分も、お互いに依頼から解放されて、
いつもの2人に戻りたかった。

ウェイトレスで、白いワイシャツに、黒いエプロンを着けた香も悪くは無いが、
そしてまるで本当に、
ウェイトレスと常連サラリーマン、みたいなシチュエーションも悪くは無いが、
僚はやっぱり、いつものリビングの、いつものアパートの、
いつもの2人が、一番イイと思う。
早く、あのぬくぬくとした、2人だけの世界に帰りたかった。
香だけが、僚の帰る場所だ。




「槇村さん、今日まででしたね。折角、楽しいお話相手が出来たと思っていたのに、残念だなぁ。」
そう言ってコーヒーを啜るのは、常連の60代の男性だ。
「岩永さん、明日からはともちゃん来ますから。」
田辺はそう言って、笑う。
“ともちゃん”というのは、この店の本来の従業員である20代の女性だ。
彼女とて、なかなかの器量で、愛嬌のある人柄なのだ。
この常連客も、彼女はお気に入りだった筈なのに、
この10日ほど、すっかり香の事もお気に入りだ。
「いやぁ、そうでした。しかし、アンタが羨ましいね。こんな美人さんにばかり囲まれて。」
田辺はグラスを磨きながら、役得です。と言って笑った。

「でも、マスターの想い人はお家で、お留守番してるんですよ。」
そう言って、香が笑う。
「あぁ、そう言えば、アイツが一番美人に違いない。」
田辺はそう言って頷く。
2歳のメスのシャム猫だ。
「猫ちゃんか、ホントに猫なんだか怪しいモンだ。」
常連客はそう言って、笑った。



あっという間に時間は経ち、16:00を少し過ぎたところで、
香のバイトが終了した。
「ありがとう、香ちゃん。ホントに、助かりました。お陰で、ランチタイムの売り上げも、今まで以上に良かったし。時給、少しだけ多目に計算しておいたから。」
田辺はそう言って、香に茶封筒を渡した。
「っえ?!…あ、あの。コチラこそ、ありがとうございます。とても、楽しかったです。今度は、ゆっくりお客として、私もパスタ食べに来ます。」
「えぇ、是非。お待ちしております。」




香がこの日最も驚いたのは、着替えを済ませて店の裏口を出た時だった。
この店の正面は、大きな通りに面しているが、
裏口は隣接するビルとの間の、狭い路地になっている。
その少しだけ周りよりもひっそりとした路地裏に、僚がいた。

チャコールグレイの三つ揃いのスーツ。
白いワイシャツ。
少しだけ緩めた、臙脂色と紺色のストライプのネクタイ。
ピカピカに磨かれた革靴は、エドワード・グリーンのドーヴァーだ。
完璧だと、香は思う。
この男が自分の恋人だとは、香は今でも少しだけ信じられない。

自分を真っ直ぐに見詰める、射るような強い視線1つで、
香は骨抜きにされる。
どうして、今日はお昼食べに来なかったの?
お仕事、忙しかったの?
どうして、こんな時間にこんな所にいるの?
訊きたい事は、沢山あるのに。

香は何も訊けずに、ただただ今この目の前の美しい男の、
その唇が欲しいと思ってしまう。



そして、何故だか。
そんな思いは、言葉にせずとも伝わるもので。
どちらともなく、2人は引き寄せられる。
薄暗い都会の路地裏にいて。
昨夜も、今朝も、いつもの部屋で沢山キスを交わしたのに。
2人はまるで、砂漠にでも居るかのような渇きを覚える。

一刻も早く、その唇に触れたくて。
噛み付くようなキスをする。
途中、裏口の扉をそっと開けかけた気配が、何かを察してもう一度閉まった事には、
僚だけが気が付いた。
空気の読める男、マスターこと田辺洋(40歳・独身)は、
休憩に外に出るつもりで、裏口を開けようとしたものの、
クスッと笑って、表のガラスの扉から外に出た。


まるで軽い嵐のような口付を交わして、そっと僚の唇が離れて行く様を、
香は目で追った。
あの少しだけ薄い、見た目以上に柔らかな唇はいつでも香を蕩かす。
虚ろな視線で、この世で一番愛しい男を見詰めながら、香は訊ねる。
「…もう、…お仕事‥終わったの?」

少しだけ掠れたそんな声で、まるで誘惑するような水分を湛えた瞳で、
まるで睦言を呟くように、至って普通の質問をする彼女を僚は抱き締める。
「あぁ、依頼完了。明日からは、またプータロー。」

どうしても、おまぁと一緒に帰りたくて。
ちょっとだけ、本気出して頑張っちゃった。
そんな事を耳元で囁く、不埒な恋人に香はまた心の奥を蕩かされる。
キスがしたい。
香はそう思ったので、僚の首に手を廻すと、襟足の柔らかな黒髪を弄ぶ。
「ねぇ、りょお。チュウして?」
強請られた僚の頬が、だらしなく緩む。


2人の渇きが存分に満たされた頃には、秋の空は少しだけ薄青く暮れかけていた。
僚は香の頬を撫でながら、優しく誘惑する。
「今日は、晩メシ。外で食おうか?たまには、デートっつう事で。」
香は満面の笑みで頷く。
2人は手を繋いで、その路地裏を後にした。

その晩は、外で美味しいモノを食べ、
美しい恋人同士の、週末デートを満喫した2人だったが、




本当のお楽しみは、まだこれから。
いつもの2人の甘くて熱い夜は、まだまだ続く。




(fin.)













いやはや、見切り発車で始まった“ヤキモチリョウちゃん”
何とか、7話でフィニッシュです。
しかし、リョウちゃんの欲望は、フィニッシュする事はありません(爆)
いやぁ~~~、秋の夜長ですね~~~。

ただ、ヤキモチ妬くリョウちゃんと、
2人のイチャイチャが書きたかっただけというね(汗)
かたじけない。
[ 2012/09/29 02:38 ] Jealous Guy(全7話) | TB(0) | CM(0)