※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレル設定でっす!!
以下のスペックを必ずチェックして戴いて、
0K!読んでみたい♪という方だけ、第1話へお越し下さいませm(_ _)m


《大きな注意点2点》
槇ちゃんが健在でっす!!(死んでしまうような展開も無しでっす)
カオリンがSugarBoyでっす!!(でもちゃんと、女の子でっす❤)


以下詳細 ↓↓↓↓↓





冴羽 僚(29)   自動車カスタム専門ガレージ『HuntersGarage』オーナ
            ー。
            新宿のど真ん中で、マニアックな商売を展開している。
            所有するビルの1階が、ガレージで、本人は6・7階に居
            を構える。基本、遊び人。

ミック・A(29)   僚とは、幼馴染み。こちらも同ガレージのオーナー。
            僚の共同経営者。ガレージの向かいのビルに恋人と同棲中。
            コチラも、基本、遊び人。

槇ちゃん(29)   僚・ミックとは、学生時代からの親友。
            2人とは違って、ガチガチの堅物で。警察官。
            香の従兄にあたるが、実質ほぼ兄貴。
            同僚の野上冴子と、結婚を視野に入れて交際中。

カオリン(17)   色々とワケあって、プータローの17歳。
            槇ちゃんの、従妹。実質、妹のようなもの。




シュガーボーイなカオリンが書いてみたくて、思い付きました。
もしかすると、糖度は低いかもしれません(汗)
ワタクシも、詳細はこれから書いてくので、何とも言えないのですが・・・
ほのラブな感じが目標でっす!!

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[ 2012/07/08 09:22 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

1st. オレ達は、ブースターかっっ!! の巻

8月中旬、新宿某所。
とある7階建てのビルの1階部分。
ビンテージカー専門のガレージ、『HuntersGarage』
働いているのは、オーナー兼従業員の、
冴羽僚と、ミック・エンジェル2名だけの、零細企業だ。

2人は、その道の趣味人には、ちっとばかり名の知れた職人だ。
しかし、なんの興味も無い人間からすれば、
まさかそんな所に、知る人ぞ知る名工房がある事など思いも寄らないだろう。
実際この街の住人は、2人の事を、
自動車整備工で遊び人の兄ちゃん、位にしか思っていない。
まぁ、95%間違ってはいないが。
一応、趣味人からは、一目置かれる男達なのだ。

2人は、子供の頃からの腐れ縁である。
しかし、これ程までに気の合う2人も、そうは居ないだろう。
今まで数年間は、共同経営者としてやってきたが、全くと言っていい程、
トラブルというトラブルは、無い。
仕事の面でも、息は合うようだ。
ミックは現在、かずえという美人女医と同棲中だ。
何でも、稼ぎは彼女が上らしい。
と言っても、2人の稼ぎもまぁ、まずまずではあるのだ。
お陰様で、至って呑気な道楽商売にも関わらず、
クライアントにだけは、恵まれている。
もっとも、この不景気に車道楽に興じる輩など、羽振りがイイ連中なのだ。
僚には今の所、彼女はいない。
というか、これまで彼女などいたためしがない。
別にモテないワケでは無い。むしろ、逆である。
僚も、ミックも190㎝を超える、均整のとれたモデル体型で、
適度に仕事が出来て(あくまでも、女目線でという事だ。)、
適度に遊び慣れしていて、
イケメンでとなれば、彼女など選り取りみどりの選び放題だ。
しかし、選択肢が多すぎると、逆に選べないのも世の常である。
僚は敢えてフリーで、色んな花を渡り歩いて愛でている。
まぁ、それも1つの人生の楽しみ方ではある。

その日の午後、ガレージにやって来たのは、2人の良く知る男だった。
槇村秀幸。
2人とは、学生時代からのこれまた腐れ縁で、もう1人の親友だ。
2人とは対照的に、至って真面目な市民の安全を守る、警察官だ。
平日の午後、私服で彼がやって来た。
「よ、槇ちゃん。珍しいじゃん、昼間っから。」
そう言った僚に、槇村は微笑むと、
「非番だ。」と答えた。
にしても、珍しいじゃん?と言う僚に、槇村も、そうだな。と笑う。

突然の親友の来訪に、
2人は作業の手を休めて、今日はもう仕事は終わる事にする。
ミックがガレージの奥の自動販売機から、
瓶に入ったクラシックなコカ・コーラを、3本取り出す。
コーラは缶よりも、瓶が断然旨いと言うのが、男達の一致した見解だ。
「で?」
僚が、槇村に問う。
槇村が、何が?と言うように首を傾げる。
「用があるから、来たんじゃねぇの?」
そう言って、おっとりとして年中穏やかなその親友に、僚は苦笑する。
「あぁ、実はお前らにちょっと、頼みがあって。」
ま、大した事じゃ無いケド。
そう言った槇村だったが、もうこれだけで既に、
僚とミックにはイヤな予感がしていた。

心が、アメリカの大規模農場並みに広い親友の、
大した事じゃ無い事は、概ね大した事である。
「ちょっとね、1人ココで雇って欲しい子がいるんだ。」
ホラ、この不景気で、おいそれと若い子を雇ってくれる所も、あまり無くてね。
そう言って、眉尻を情けなく垂れる槇村に、僚は内心溜息を吐く。
予感的中だ。
悪ガキの世話を、押し付けたいという事か。
「な~に?補導した悪ガキの、アフターフォロー?どんだけ、お人好しなんだよ。」
すると、槇村はニッコリと微笑んで言った。
「いや、この件は、全くのプライベートなんだ。雇って欲しいのは、実は俺のいとこなんだ。」

槇村の説明によれば、そのいとこ君は17歳で、高校には通って無いらしい。
何でもソイツは多少ワケ有りで、極度の人見知りとの事。
子供の頃から、祖母(槇村の祖母でもある)に育てられてきたが、
先日、その祖母が他界した。
2人は、槇村の祖母が亡くなった話しは、聞いてはいたが、
いとこの件は初耳だった。
その祖母を亡くしたいとこを、今現在槇村が引き取って面倒見ているらしい。
もっとも、今までも頻繁に行き来があり、
実質妹のようなもんだと、槇村が笑った。
「チョイ待ち、槇ちゃん。そのいとこって、まさか女子か?」
「あぁ。何か問題でも?」
冗談じゃないと、僚は思う。
何が楽しくて、気難しい思春期の女子の面倒を見なきゃいけねんだと。
問題、大アリだっっ!!
と、僚が抗議するより早く、ミックが口を開いた。

「ねぇねぇ、ヒデユキ、その子。美人?」
ミックは無邪気に、蒼い瞳をキラッキラ輝かせている。
僚は呆れたが、確かに雇う雇わないは別にして、そこは重要なポイントなので、
槇村の答えを待った。
そんな2人に、更に呆れる槇村。
しかし、これはいつもの事だ。
この2人にとって、女性の1番の重要ポイントは、
美人(この場合、プロポーションも含む)かどうかだ。
香を彼らに預けようと決意するまでに、ギリギリまで悩んだ点。
槇村の、懸案事項はその1点だった。
槇村は、眉を顰めると早口で言った。
「残念ながら、身内の俺が言うのもなんだが、極上の上玉だ。」
途端、2人のテンションが上がる。
気温が1~2度上がったんじゃないのかと思うほど、暑苦しい。
槇村は、一層渋い顔で、
「あのなぁ、香はまだ17歳だ。お前ら、ちょっかい出したら、即刻淫行で連行するぞ。」
と、シャレにもならない事を言う。
僚は仏頂面で、
「ばっバカ、おまぁ。んなジョーク、シャレになんねんだよ。」
と言ったが、槇村にしてみれば、ジョークでは無い。
彼は至って、真剣だ。

「んで?そのワケ有りの、“ワケ”ってのは、何なん?」
一転して、僚が真面目に問う。
槇村は、少しだけ躊躇って思案している。
「槇ちゃんさぁ、雇うとすれば訊いとかないとじゃね?いくら、友達でもそこん所は、キチッとしときたい主義なの、俺。」
槇村もそんな僚に、真剣な表情で頷くと、これまでの香の過去を説明した。
香が2歳の頃、香の両親は強盗に殺された事。
事件現場に、気を失って残されていた香は恐らくは、
両親の悲運を、全て見ている可能性がある事。
その時、香はまだ喋る事も侭ならない幼児だったが、
祖母に引取られて、香が漸く言葉を発したのは、5歳になってからだった事。
恐らくは香は、心の奥底に未だにトラウマを抱えている事。
とは言え、今では至って普通の年頃の女の子である事。
ただ少し、無口で人見知りな故、人付き合いが苦手である事。
中学を卒業する時に、祖母も槇村も高校進学を勧めたが、
本人が頑として、拒否した事。
どうしても、大勢の中で集団行動を強いられる事に耐えられないと。
祖母を亡くした今、香が自分の考えを述べられる相手は、秀幸1人である。
まるで臆病な猫みたいな従妹が、槇村は心配で堪らないのだ。

中学を卒業した香は、今までいくつかアルバイトをした事もある。
しかし年若い少女を雇ってくれる所は、限られていて、
殆どが、健全な飲食店などの接客業だ。
それは、集団行動以上に、香には不得手だった。
そうこうしている内に、祖母が寝たきりになった。
香は、1日中祖母の傍で介護した。
今まで自分を大切に育ててくれた、愛しい祖母が、
恐らくもうじき、召される事を薄々感じとりながら、
香は残り少ない時間を、祖母と過ごした。
祖母が亡くなって3か月。
香は今、祖母の次に大事な家族だと思っている従兄と一緒に暮らしている。
概ね、1日中ボンヤリしている。
そんな自分を、従兄が心配している事は、良く解っている。
秀幸が、これからの香の進路について、今頭を悩ませているらしい事も。

「それだったら、介護とかそっち方面に向いてんじゃね~の?」
そう言った僚に、槇村が、うん、実は俺もそう思って・・・と続ける。
槇村も同じように考え、そういった勉強や資格が取れる、
専門学校に行ったらどうかと香に提案したのだ。
しかし、香の答えは槇村の安易な想像を超えていた。
絶対に嫌だと、香は言った。
あれは、祖母だったから出来たのだと。
愛しているから、出来たし、楽しくて辛かったと。
それを仕事として、毎日もうすぐ召されるお年寄りと過ごすなんて、
胸が痛くて、香には無理だと。
そう言われて、槇村は目からウロコが落ちた。
自分が兄心で、偽善的な将来を示した所で、
果たして従妹は、幸せになれるだろうかと。応えは、否だ。
それだったら堅苦しく考えずに、今はどんどん外の世界を見て貰いたい。
家にふさぎ込んでいるんじゃ無くて、
取敢えず、何でもイイから毎日やってみる。
それには、この親友2人が営む、何ともお気楽なガレージは打ってつけだ。
彼らの軽い人あたりも、世間知らずな妹を世間に慣らすには丁度イイだろう。

そっくり、そのまま槇村は、2人にそう事情を明かすと、
僚は幾分脱力して、
「ウチは、リハビリ施設かっっ」
と笑った。
しかし、その後
「ま、美人サン、大歓迎だし。連れて来りゃいんじゃね?そもそも、本人が気に入るかどうかも解んねぇし。なぁ、ミック?」
と、ニヤッと笑う。
ミックは、コクコクと頷くと、
「本人が気に入るかどうかよりも、まずはボクが気に入るかどうかだけど。」
と、脳天気な発言を繰り出した。
取敢えず、香本人の与り知らぬ所で、明日からの就職先が内定した。

[ 2012/07/08 10:16 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

2nd. ヤツは激マブ。の巻

ガレージに槇村がやって来た翌日、
僚とミックは、AM7:50には出社して待っていた。
これは、2人にとって驚異的な事である。
一応、タテマエでは、このガレージの営業時間は、
AM8:00~PM6:00である。
始業時間から鑑みると、なにも驚愕すべき時間では無いが、
何しろ、2人だけで誰にも迷惑は掛けないのをイイ事に、
営業時間、営業日などの詳細は、至って曖昧なのだ。
その日の気分によって、特に始業時間は変動する仕組みになっている。

あれから槇村は家に帰ると、香に、
明日からとある所でバイトしてみないか?と、切り出した。
そこは、自分の友達がやってるとこだし、気を遣う必要も無いと。
少しだけ、不安だった槇村だが、
香は以外にも、素直に頷いた。
香にしてみれば、別に引き籠るつもりも無いし、
それに少しだけ、その古い車をメンテナンスする工場というモノが、
面白そうだと思った。
そして何より、自分がこうして家に閉じこもっている事が、
従兄に心配を掛けているのなら、心配は無いのだという事を示したかった。

ひとまず安心した槇村は、僚に電話を掛けると、
翌朝の8:00に香を連れて行くと告げた。
僚はそもそも、槇村は心配し過ぎだと思う。過保護なのだ。
昼間の槇村の話しを聞く限り、
自分の意思をハッキリと持った普通の子だと思う。
取敢えず、何の目標も無いから学校に行くというワケでも無い。
中学を卒業してから、苦手なりにもバイトだってしたとの事。
特に僚が好感を持ったのは、祖母の最後を看取った点である。
情の深い、律儀で優しい人間だ。
なかなか、17歳で出来る事では無い。
それは、くだらない高校生活を送っているよりは、
充分に人生の勉強になったに違いない。
確かに、彼女の幼児期に悲惨な事件に巻き込まれたのかも知れないが、
それを、いつまでも引き摺っているのは、むしろ周りの方かも知れない。
学校や組織に属しているだけが、社会人では無い。
祖母の介護をやり遂げ、無事に見送った彼女は、
もう既に、立派に成長しているじゃないかと、僚は思う。

それに美人の事なら、ボクちゃんの専門分野だし?(グフッ)
槇村からの電話の後、僚は密かにそう思った。
別に、自分のとこで働こうが働くまいが、そんな事はこの際、どうでもイイ。
カワイコちゃんと、お近付きになれるチャンスは逃さないのが、冴羽僚なのだ。
一瞬、ミックに抜け駆けして、
翌朝は1人で、定時に出社しようかと思ったが昼間のヤツの様子を思い出した。
僚以上に、香との対面を心待ちにしている、脳天気な友人が、
その事実を知ったら、確実に面倒臭いのは、これまでの付合いで重々承知だ。
僚は軽く溜息を吐いて、やれやれと向かいのヤツの家に電話を掛けた。
かくして、アラサー男2人組は、親友の美人な妹(従妹)と云う、
世間一般では、なかなかの萌えポイント満載の出会いに、
心躍らせて、翌朝を迎えた。




それは、予想をはるかに上回っていた。
ひと言で表せば、
「激マブ」
即時、採用決定だ。
本当に、槇村と血縁なのかと疑いたくなるような、美女である。
17歳と聞いていなければ、間違いを起こしそうな程だ。
僚は今まで、淫行で捕まるヤツなんて、間抜けだと思っていた。
「本人の虚偽の申告もあり、未成年だとは思わなかった。」
よくある、淫行の容疑者の言い訳である。
僚はそんなニュースを見るたび、嘘だろ?と思っていた。
未成年かそうじゃないかなど、見て判るだろ、と。
しかし、本日付でその考えを改める事になった。
そういう事も、あるかもしれない。
いやむしろ、僚にとって彼女は、全然アリだ。
ふと隣の、金髪碧眼の共同経営者を窺う。
厭らしく、頬を緩ませている。
向かいの、スーツ姿の彼女の保護者を見ると、
クッキリと眉間に縦ジワを寄せて、ミックに威嚇している。
きっと、槇村は少しだけ後悔しているに違いない。
でも、と僚は思う。
でも、槇村よ。もう、手遅れだ。
妹はしかと、俺達が預かった。安心して、任せてくれ給へ。

少しだけ、渋い顔で微妙な表情の槇村。
状況が良く飲み込めずに、キョトンとする香。
ガレージには、僚とミックの高笑いが響いた。
彼等は、今日から香の雇い主だ。
[ 2012/07/08 18:51 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

3rd. オジサン臭くは無いケド、オジサンの巻

彼女は一見すると、美しい少年のようにも見える。
凛々しい大人の女にも見えるし。
儚い少女にも、見える。
僚は槇村に聞いていた話から、少し暗い感じの子を想像していたが、
全く暗い感じはしなかった。
確かに、一言も口は利かなかったけど。

チノパンに、白いコットンのシャツ。生成りのハイカットのスニーカー。
化粧は一切無し。
一切、飾り気の無い彼女はしかし、
恐らく僚がこれまで見て来た女の中でも、ダントツの美しさである。
少なくとも、175㎝はあるだろうスラリとした、長身。
赤みの強い、柔らかそうなクセ毛のショートヘア。
血管まで透けて見えそうな程に、白い肌。
印象的な、薄茶色の大きな瞳。
口は利かなかったケド、その瞳を一目見て、
僚は彼女が、好奇心旺盛な子供のような心を持っている気がした。
昨夜も思っていた事だが、
やはり、彼女に対して過剰に庇護するような事は、しないでおこうと考えた。
本人に会って、僚は確信した。
彼女には、しっかりとした芯がある。心配する必要は、きっと無い。

「どうする?ウチで働く?」
僚が香にそう問うと、香はコクンと頷いた。
僚はニヤッと笑って、左手を差し出した。
「ヨロシク、俺は冴羽僚。お前の兄貴と同じ、29歳だ。」
香は少しだけ躊躇いがちに、おずおずと手を出しそれに答えた。
僚は一瞬、お、超スベスベ。と頬が緩みそうになったが、
すんでの所で、気を引き締めた。折角渋く決めたので、第一印象が肝心である。
すると横からミックが、僚の前に割り込んだ。
「ハイ、カオリ。ボクは、ミック・エンジェル。リョウより若い28歳だよ。」
そう言って、ドン引く香の両手を握った。
『幻の旧車カタログ 愛蔵版』と書かれた、分厚い雑誌の角で、
ミックの頭部を強打したのは、僚である。
「テメェ、誰が28だって?サバ読むんじゃねぇっっ!」
冷静に静観していた槇村は、突っ込む所はそこか?と思ったが、
口を挟むのは、止めておいた。
この2人にイチイチまともに取り合っていたら、話しが際限無く脱線してしまう。
「SIT!!暴力反対っっ!!ボクは、来月が誕生日なんだっ!それまでは、28だ。」
「フンッ、もうほぼ29じゃねぇか。往生際が悪ぃんだよっっ、このスケベが!!」
リョウに言われたかぁ無い!!とミックが、ひと声叫んだところで、
槇村が口を挟む。
「・・・コントは、その辺でイイか?」
そう言いながら、眼鏡を外してハンカチで拭いている。
そして、おもむろに眼鏡を掛け直すと、香に向き直りニッコリ微笑む。
「じゃあ、俺はもうそろそろ仕事に行こうと思うが、大丈夫か?」
すると、香もニッコリ笑い、大きく頷いた。
ココに来て、香が初めて笑った。
(か、かわええっっっ!!!)
僚とミックが心の中で同時に叫んだ瞬間である。

「じゃあ、これに着替えておいで。」
そう言って、僚が手渡したモノは黒いツナギだ。
一応、僚とミックも揃いで着ている。
一見何の変哲も無い、ただのツナギだが、
背中には、如何わしいピンナップガールの刺繍が施してある。
『HuntersGarage』のロゴの下に、セクシーなカウガール。
香は僚からツナギを受け取ると、地下に案内された。
地下は、膨大な量の資料や工具類、レアな純正部品など、
マニアにしてみれば、垂涎モノのお宝の山であるが、
素人が見ても何なのか解らないモノで溢れている。
「ここは、誰もいないからここで着替えるとイイ。終わったら、上がっておいで。」
僚がそう言うと、香はコクンと頷いた。
数分後、ツナギを着て現れた香を見て、2人はまた悶絶した。
流石は長身だけあって、丈の長さは少し長いだけで、
恐らく1~2回折れば、問題は無いだろう。
しかし、身幅は大きすぎて香にはブカブカだ。
躰のラインが全く出ない出で立ちは、香を更に中性的に見せた。
「やっぱ、ちょっとデカいな。もう、ワンサイズ小さいヤツ発注しといてやるからな。」
僚は、そう言って香のクセ毛をクシャリと撫でた。
僚の思った通り、非常に柔らかい猫毛だった。

その日から、香は朝8:00に遅刻する事なくやって来た。
初日こそ地下で着替えをしたが、翌日からはツナギ姿で出勤して来た。
片手に弁当箱の入った小さなトートバッグだけを提げて。
何とも、シンプルで潔い彼女だったが、相変わらず口は利かない。
彼女が初めて喋ったのは、3日目の事だった。
香は最初の日から、昼は持参した弁当を食べていた。
僚とミックは、大抵いつも外に出るか、コンビニで買って来るかだ。
香が来てからの2人は、毎日コンビニだ。
勿論、一緒に食べたいからだ。
その日、僚は気になっていた事を香に訊いてみた。
「なぁ、それってカオリンが作ってんの?」
香が頷く。
「もしかして、槇ちゃんの分も?」
香が頷く。
いつも、弁当の中身を観察していた僚は、感心した。
これ程の弁当を作れるのなら、恐らく家庭料理に関しては完璧だ。
「なぁ、僚ちゃんにも作ってよ?」
僚は冗談半分、願望半分でそう言ってみた。
その時、香が初めて口を利いたのだ。
「500円。」
香の初めての言葉は、“500円”だった。

香が来てから5日目に、ミックは1日留守にした。
木更津のとある解体業者から、連絡が入り、
パーツが取れそうな物が出たというので、ミックが見に行った。
昼までは、香と2人僚は坦々と過ごした。
香は目下、工具類の名前と用途をお勉強中だ。
昼食後、僚はガレージの隅に置かれたソファに寝転んで雑誌を読んでいた。
香は、今長期に亘って取り掛かっている1台の車に近付き、観察している。
僚はその香の様子を、素知らぬフリで観察した。
すると香は愛おしげに、その車のボディをそっと撫でた。
「ソイツ、好きか?」
突然、僚に声を掛けられて香はビクッとなった。
香には好きかどうかは、改めて訊かれると良く解らなかったが、
この車が如何に持ち主に愛され、大事にされているかは解った。

僚は香の傍まで来ると、優しく教えた。
「こいつは、72年式のシボレー、モンテカルロ。今は、レストア中。レストアって云うのは、まぁ簡単に言うとエンジンをいっぺん全部ばらして、悪い所直して、組み直す事。こういう古い車は、もうメーカーにも部品は残って無いし、純正の部品は中々手に入んないから、レストアには金も時間も掛かる。コイツは、もうウチに来てから7か月目。」
香は何も言わないが、僚の話をちゃんと聞いている事は僚にも解る。
もう1台、少し離れた所に置いてある車を指差して、僚は説明する。
「あっちは、64年式のシボレー、インパラ。あいつは、足回りの調整と整備だけだから、2~3日中には作業完了。お父さんがお迎えに来る。」
そう言ってニッコリ笑う僚が、
まるで車を人物のように紹介するのが、香は面白いと思った。
きっと、僚は車が好きなんだなと思った。
僚は、ガレージの奥に行くと、香を手招きして呼んだ。
そこにも2台の車が停まっている。
「こっちは、ミックのアストン・マーチン。73年式のヴァンティッジ。世界に数十台しか無い、超希少車。これは元々、ミックのオヤジが所有してたものを、ミックが譲り受けた。で、こっちが僚ちゃんの67年式、BMCクーパーS。こっちは、世界中何処にでもある超大衆車。」
因みに、ミックが朝から乗って出た社用車は、
81年式の、シボレー、エルカミーノだ。

「みぃんな、俺達より、年上の爺さんばっかだ。車の寿命としちゃとっくに終わってんだろうけど、こうやって大事にしてやれば、生涯現役だ。今なんか、エコカーだの何だの言ってけど、日に何万台って大量生産してたら、エコもへったくれもねぇだろうと思うケドなぁ。どうも、新しい車には魅力を感じねぇ。」
そう言って、僚は笑った。
ま、こんな事言ってる俺はオヤジ臭ぇんだろうけど、オヤジ臭い?
僚は香に訊いた。
香は首を横に振った。オヤジ臭くは無いらしい。
じゃあ、まだまだ20歳のモッコリお兄さんでいけるかな?
と訊いたら、これまた香は首を横に振った。
お兄さんでは、無理があるらしい。
やっぱ、カオリンからしたら、29歳の俺って、オッサン?
香が頷く。

結論;オヤジ臭くは無いが、オッサンで間違いは無いらしい。

僚は、軽く凹んだ。



[ 2012/07/09 17:49 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

4th. シスコン兄貴は心配性の巻

『HuntersGarage』が入居する、7階建てのビルの所有者は冴羽僚である。
新宿のど真ん中に、29歳という若さで、
彼がビルを所有しているのには、多少ワケがある。

僚の父親は、海原神という男で、世間一般にその名は知られていないモノの、
政財界では、彼を知らぬ者はいない、大実業家である。
彼は決して、表立って世間に顔を出す事はしないが、
あらゆる分野に於いて、莫大な力を持つ闇多き人物である。
その彼の闇の1つが、僚である。
僚は、彼が愛人に産ませた息子だ。
僚の母親は、
若い頃には銀座の超高級クラブで№1を誇った、絶世の美女だった。
愛人と言えど、海原が生涯心から愛しているのは、僚の母親1人だが、
彼女は僚が高校1年生の時に、若くして癌に侵され亡くなった。

海原は本妻とは、ビジネス色の強い戦略的婚姻関係だが、
一応、嫡男を儲けている。
海原家の跡を継ぐのは、その僚の腹違いの兄である。
僚が母親のお腹の中に居る時から、
海原は母子を認知したいと言い続けたが、
僚の母親はこの申し出を、死ぬ時まで拒み続けた。
彼女曰く、
『貴方との繋がりは、純粋に愛情だけであって、その証はこの息子1人で充分』だと。
母親の死後、海原は僚にも意思を問うたが、僚の考えは母親と同じだ。
僚は母親の姓である、“冴羽”を名乗っている。

僚は、母と同じくらい父の事も愛しているし、尊敬している。
しかし、海原家に関わるつもりは、一切無いのだ。
母親の言う通り、それは愛情の問題であって、
家や財産の問題は、ハッキリ言って僚には何の関係も無い事なのだ。
その父が、半ば押し付けるように僚に与えたのが、このビルだ。
僚は生まれてから、母と死に別れるまで、
海原家の大きな屋敷の目と鼻の先にある、別邸で育った。
一応、使用人もいる、坊ちゃん育ちだったが、
母が死んでからは、このビルで高校生でありながら、1人暮らしを始めた。
僚が唯一、父から譲り受けた財産が、このビルだ。
年に数回、父とは顔を合わせて食事をしたりもするが、
それ以外は、僚は基本的に好きに生きている。

今では僚は、このビルを貰った事を非常に感謝している。
自分の好きな仕事をし、仲間と楽しく暮らす。
この今の気楽な暮らしを、僚はとても気に入っている。
金にも、仕事にも、友人にも、女にも困っていない。
強いて言えば、もうそろそろ30になるのに、
プラプラしてんのも、どうかと思う位で。
あのミックでさえ、ここ数年は1人の女と続いている。
(まぁ、相変わらず、バレない程度の摘み食いはしょっちゅうだが。)
しかしそれとて、もしも僚が真剣に望むのであれば、縁が無いワケでは無く。
とどのつまりは、僚自身、身を固める意思が無いという事に他ならない。

そのビルは地下1階、地上7階建てで、
地下と1Fガレージは、登記上は会社の名義になっている。
2Fから上は、僚個人の名義だ。
2F~5Fは、賃貸物件になってはいるが、今現在すべてを空室にしている。
ただ単に、管理するのが面倒だからだ。
僚は老後、働くのが嫌になったら、
呑気な家賃収入と微々たる年金で暮らすつもりだ。
しかし、今はまだ面倒臭いだけなので、誰にも部屋を貸す気は無い。
6・7Fは、1フロアぶち抜きの、メゾネットになっている。
僚1人で住むには広過ぎるが、僚はそれが淋しいなどとは思った事は無い。
家事だって一通り自分でやるし、苦にならないタイプなのだ。
それよりむしろ、誰かと一緒に暮らす方が、余程苦痛である。
そんなワケで、会社名義のガレージと地下は、
僚とミックの、秘密の隠れ家のようなモノで。
基本的に男達は、子供の頃からあまり変わってはいないのだ。

香が働き始めて、1週間。
3人は地下にいた。
基本的に、僚とミックは1日3時間以上働くのは、働き過ぎだと思っている。
せいぜい、頑張って5時間が限度だ。
もう既に、この日の労働は終了している。
それでは、そこで何をしているのかというと、暇を潰しているのだ。
そもそも、今日は3人だけで香の歓迎会をする予定だった。
しかし、香からその事を聞いた秀幸は、勿論3人だけでなど許可しなかった。
急きょ、兄上同伴と相成った訳である。
けさ朝食の席で、香から今晩の事を聞かされた彼は、
香の前では、素知らぬフリを決め込み、香を笑顔で見送った。
その直後、僚の携帯には怒り心頭の兄上から、苦情の電話が入ったのである。
淫行で逮捕するぞ、と。
僚は内心、何かっちゃあ淫行って。と、己の普段の素行を棚に上げ、苦笑した。
しかし、こんな電話1本で、ハイそうですか。と引き下がる訳にもいかない。
そこで粘る僚と槇村の間で、折衷案が見出された。
それが、兄上同伴である。
それを聞かされたミックも、どんだけ過保護だよと、呆れた。
家から、職場に向かう10分程の間に、
兄達の間で、そんな協議がなされた事など知らない香だったが、
ガレージに着いて、僚から兄貴も来るんだって、と聞かされても、
全くのノーリアクションだった。
香にしてみれば、どうでもイイ事なのだった。

ミックは、ゲームをしている。
ミックの恋人は、家の中にテレビゲームを持ち込むのを嫌がるので、
ゲームがやりたい時、ミックは専らココでやる。
僚は寝転んでマンガを読んでいる。
僚が寝転ぶシェーズ・ロングは、
この空間には全く場違いな、フランス製のアンティークだ。
それは僚の母親が使っていたモノだ。
香は、毛足の長いラグが敷かれた床にペッタリ座り込み、
シボレーの旧車の数々が、美麗なオールカラーのグラビアで印刷された、
絶版の写真集に魅入っている。
彼等は、地下の倉庫兼秘密基地で、各々暇を潰している。
この地下は、1Fのガレージと同じ床面積なので、かなりの広さがある。
ココの半分ほどは、仕事用のスペースだ。
大量の貴重な資料や、工具類、希少性の高い純正部品。
そう言ったモノが、整然と分類され整理されている。
しかし、その更に奥。
一歩足を踏み入れると、その先は男子の夢を全て詰め込んだような、
趣味の部屋が広がっている。
そこで3人は、兄上殿の到着を待っているのだ。

僚はマンガを読んでいる途中から、殆ど手元のマンガでは無く、
僚に背を向けて、床にペッタリと座った香の華奢な背中や、
小さな形のイイ、後頭部を見つめていた。
そっと背後から香の手元を覗き込む。
香が見ている写真集は、僚もいつ見ても溜息の出る1冊だ。
ここ数日、香を観察していて思った事は、
香にはきっと、この職場が合っているという事。
香は車が好きだ。
彼女がそう言った訳では無いが、僚には何となく解るような気がする。
あの、モンテカルロをそっと撫でた手つき。
そして、あの写真集に夢中になっている様子。
それは、僚も少年の頃に通った道なのだ。

「カオリン、18歳になったら免許取るだろ?」
僚が香にそう問い掛ける。
香は希少な書籍を、そっと閉じて傍らに置く。
古いモノを扱う事に、向いているタイプの人間だ。
ホンの些細な事だが、こういう事には向き不向きがある。
香は、古き良きモノが発する小さな声を聞く事の出来る、限られた人間だ。
香は振り返って、僚をじっと見つめた。
今まで話し掛けた中で、もっとも感情の籠ったリアクションだった。
少しだけ、口角を上げて笑うと、頷いた。
「そうか、車乗れたら楽しいぞ。俺達が、運転教えてやるな。」
僚が、ニッコリ笑ってそう言うと、香はもう1度頷いた。
それに、まずはどんな車に乗りたいかだなぁ、という僚の呟きに、
香は更に目を輝かせ、楽しそうに微笑んだ。

僚たち3人に秀幸も加わった4人連れは、キャッツ・アイにいた。
僚とミックの2人、もしくはそれぞれ単独で飲みに行く場合、
大抵は、キャバクラやラウンジである。
しかし、そこに秀幸が加入すると、大抵はキャッツだ。
キャッツ・アイは、彼等3人古くからの行きつけの、ショットバーである。
店の奥には、かなり本格的なダーツを楽しむスペースもある。
この店のオーナーの伊集院夫妻のダーツは、かなりの腕前だ。
「・・・ったく、17歳の香の歓迎会が、ショットバーなんて。やっぱり、ついて来て正解だった。」
秀幸は、苦々しい顔でビールを飲んでいる。
「ま、良いんじゃねぇの?カオリン楽しそうだし。」
僚はそう言って、奥のダーツのコーナーに目を遣る。
香は、ミックと美樹からダーツを教わっている。
余程楽しいのか、少しだけ頬を染めてニコニコと笑っている。
僚達が、今日は香の歓迎会なんだと言ったら、
夫妻はすぐにブラインドを降ろし、貸し切りにした。
彼等は、香の年齢を聞いて驚いたが、すぐに香の事を気に入ったようである。

確かに、楽しそうだ。と秀幸は思う。
今まで、香がまだ口を利けないあの小さい頃から、
秀幸は香を妹のように可愛がってきた。
これまでずっと、香が感情を露わにするのは、祖母か自分の前でだけだった。
2人のガレージに通うようになって、確かに香は少し変わった。
2日ほど前、仕事はどうだ?と訊ねた秀幸に、
香は、楽しい。と一言、答えた。
たった数日でこれ程までに、香が他人に馴染んでいるのは、初めての事だ。
秀幸は、嬉しい反面、何か良く解らない感情に支配された。
少し考えて、それが嫉妬心だという事に気付いて、秀幸は思わず苦笑する。
「カオリン、18になったら、免許取りたいらしいよ。」
僚が、のほほんとした調子でそう言った。
「アイツが、そう言ったのか?」
秀幸が、目を見開いて僚に問う。
「まぁ、言ったっつ~か。殆ど、俺が喋ってるっつ~か。でもさぁ。別に言葉だけが、コミュニケーションじゃないだろ?言葉ぐらい無くても、意思の疎通は図れんだろ?別に。」

僚と秀幸は暫く沈黙した。
そして僚がもう1度、ダーツに興じる3人に目を遣ってから言った。
「あのさぁ、槇ちゃん。俺、初めに聞いたあのカオリンの両親の話し。あれ、聞かなかった事にするわ。」
秀幸は、不思議そうに僚を見つめる。
「俺には、カオリンは何処からどう見ても、普通の17歳の女の子にしか見えねぇよ。ま、普通よりだいぶカワイイけど。」
そう言ってニヤッと笑う僚に、秀幸も薄く微笑む。
「やっぱり、お前らの所に預けて正解だったかもな。・・・でも、手ぇ出したら、淫行だからな。」
シッカリと念を押す事を忘れない極度のシスコン男に、僚は苦笑した。
[ 2012/07/10 19:54 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

5th. カワイイ坊や。の巻

ガレージに置かれた、FAX兼用電話がけたたましく鳴り響いた。
電話を受けたのは、ミックだった。
「は~い。HuntersGarage、ガールハント担当・ミックでぇす❤」
彼らの決まり文句である。
これが僚の場合、ガールハント担当・りょうたんでっす!!となるだけだ。
「ハーイ!ユキナ、久し振り。元気?・・・今夜かい?今夜は、ボクはちょっと無理かも知れないねぇ。でも、多分リョウは、ガラ空きだからアイツを寄越すよ。あぁ、言っとく。ボトルだね♪OK、バーイ。」
相手は、キャバ嬢である。
ココに、まだ明るい時間から、夜の営業電話が入るのは日常茶飯事だ。
僚もミックも、自宅や携帯の番号は絶対に教えない。
連絡先を訊かれたら、必ずガレージの番号を教える。単純に面倒だからだ。
仕事で大事な用件は、大抵メールかFAX、
付合いの深いクライアントは、基本的に携帯に直接連絡が入る。
必然的にココに掛かって来る電話は、キャバ嬢か、それ以外の営業電話だ。

「テメッ、何勝手に返事してんだょ。で、ユキナが何て?」
僚が作業の手を止めて、ミックに訊く。
「ん~、何か今月ノルマ厳しいから、ボトル入れて欲しいんだって。」
そう言って、ミックがニッコリ笑う。
「ま、気が向いたらな。」
そう言って、僚はまた手元の作業に意識を戻す。
香には、これらの電話の意味は、全く解っていない。
幼い頃から、祖母と2人暮らし。
周りの男と言えば、堅物のシスコン従兄貴だけである。
恐らく、一般的な17歳と比べても、こういった方面には全くの無知である。
もっとも、香がココの電話を受ける事は皆無だ。
たとえ電話が鳴っていて、僚もミックも手が離せなくても、
香は一切電話には出ようとしない。放置である。
僚もミックも、別にそれで困りはしない。
そもそも、ココに掛かってくる電話で、重要なモノは殆ど無い。

僚もミックも、キャバ嬢やホステスには、大変評判がイイ。
彼女らにしてみれば、幾ら大金を落とす客でも、
それで偉そうに、ふんぞり返る遊び方しか知らない男は二流だ。
幾ら大枚はたいて、高い酒を飲んだとしても、
如何に彼女たちと一緒に、バカになってオフザケできるかで、男の格は決まる。
盛り場で嫌われる男は、素人の女には、まずモテない。
その点、僚とミックは優秀だ。
彼らは、やらしいけどやらしくない。絶妙なのだ。
もしも誘われたらノッてもイイかな、と思わせる手腕は、その辺のホスト以上だ。
彼女らが、客にそう思わせる側なのに、
気が付くと、僚とミックにはいつも逆に女の子達が乗せられるのだ。
結果、お互いに良い酒が飲める。
彼らは、遊び方を心得ているのだ。

香が働き始めて、約1か月半。
もうすぐ、9月も終わろうかというのに、まだまだ残暑は厳しい。
日中30度越え、熱帯夜なんて日も珍しくない。
最近、歌舞伎町の綺麗所の間で、囁かれている噂がある。
どうやら、僚ちゃんとミックちゃんのとこの新入りクンが、
この世のモノとは思えない程の、絶世の美少年らしい。
とあるキャバ嬢が、昼間ガレージの前を通りかかった時に、偶然目撃したらしい。
思わず、2度見したと。
仕事柄、そんじょそこらの美男子ぐらいじゃ、ビクともしないが、
不覚にも、トキメイタらしい。
あっという間に、そんな噂が歌舞伎町の街を駆け抜けた。
しかし、実際にその噂の真相を確かめに来るモノはいなかった。今までは。

その派手な2人組は、ガレージの前を通りかかる時にあからさまに歩を緩めた。
そして、まずは僚とミックに声を掛ける。
おお、どうしたの?こんな時間に。
なんて言う男らに、適当に答えながらガレージの奥へ、視線を走らす。
いた。派手なアメ車の奥、何やら細かい部品の錆を黙々と落としている。
確かに彼女らにしてみれば、美少年なのかもしれないが、
槇村香は、正真正銘、生粋の美少女なのだ。
「あ、あの~。新人さんですか?」
1人が、勇気を出して香に声を掛ける。
勿論、初対面の人間と、口を利けないという香の生態など、
彼女らは知る由も無い。
僚とミックですら、ココの所漸く少しづつ、
会話が成立つようになってきたばかりだ。
香は、そんな問い掛けに顔を上げるが、無表情に固まっている。
暫し、微妙な空気が流れ、香はまた俯いて作業に戻った。
そんな香を見た2人は、きゃいきゃいとはしゃぐ。
「カワイイ~❤」
「ホントだったんだぁ~、超イケメ~ン」

ココに来て、僚とミックは気が付いた。
彼女らが、香を男の子扱いしている事に。
僚はちょっとだけ、面白くなった。
確かに、見ようによっては、香は絶世の美少年である。
ブカブカのツナギを着ていれば、なおの事である。
僚にしてみれば、ホンのジョークのつもりだったのだ。
「アイツ、童貞だから。キレイなお姉ぇさん方に、声掛けられてビビってんの。」
「うっそぉ~~、やだぁ、マジでカワイイんだけど~。」
「僚ちゃん達、今度彼もお店に連れて来てょ~。皆、喜ぶよねぇ。」
「だね、皆キレイな男の子好きだもんねぇ。」
彼女たちは、大盛り上がりだ。
ミックは、少しだけヤバいんじゃないかと冷や冷やした。
香が泣き出すんじゃないかと。
そんな、ミックの心配をヨソに、香はおもむろにスクッと立ち上がると、
ペタペタと、僚の真横にやって来た。
そして、暫し僚の事をジッと見詰めると、
突然、僚の肩にグーで強烈なパンチをお見舞いした。
あまりの不意打ちに、僚は一瞬息が止まるかと思った。

そして香は、そのまま何も言わずすたすたと地下へ降りて行った。
唖然とする女の子2人に、僚は苦笑しながら本当の事を話す。
「ご、ごめん。嘘。あの子、女の子だから。槇ちゃんの妹。」
2人は、槇村の事も知っている。
ごく偶に、僚やミックと一緒にやって来る、警察官だ。
「うっそぉお~~~???信じらんなぁぁあいっっ」
こうして、この2人の真相究明の行動により、噂は塗り替えられた。
ちょっとボーイッシュだけど、まるで作り物みたいに綺麗な女の子が、
僚ちゃんと、ミックちゃんのとこにいるらしいと。
その日、香は結局仕事が終わるまで、地下に籠城していた。
ドアの鍵を閉め、僚がドアの外で謝り倒しても許してくれなかった。

SB.jpg



それから数日後の事。
その日は、彼らの大好きなコカ・コーラの補充の日だった。
ガレージの奥には、年代物の瓶コーラの自販機がある。
中身は、190mlの瓶入りのコカ・コーラだけだ。
1度の補充で、72本まで容れられる仕様だ。
大体、1か月半か月1回のペースで、
コカ・コーラの営業マンがやって来て補充する。
その担当の営業が、チャラい男なのだ。
香がやって来てからは、初めての巡回だ。
コーラ青年が来た時、香は地下にいた。
僚に頼まれた工具を取りに行っていたのだ。
用事を済ませて、ガレージに上がって来た香を見て、
チャラ男は、一気にテンションが上がった。

「わお、超カワイイ。キミ、名前なんてゆ~の?」
そう声を掛けられた香は、チラッと彼を一瞥して聞こえないフリをした。
「ねぇねぇ、歳いくつ?」
チャラ男は、めげないのだ。
それまで、モンテカルロの車体の下に潜り込み作業していた僚が、
大概で、物申してやろうと顔を出した時に、香がチャラ男に言った。
「俺、男だから。」
如何にもウザそうに、眉根を寄せた不機嫌な香は、そのまま地下へと逃げた。
一瞬、ポカンとした彼だったが、地下に降りる香の背に向かって、
「うっそぉぉお~~!!女の子じゃんっっ!」
と、叫んだ。
その一部始終を、呆れたように見ていた僚とミックに、チャラ男は言った。
「女の子ですよね?」
僚は、至極真面目な表情で答える。
「残念だが、アイツは男だ。諦めろ。」

えぇ~~、マジすかっ?と、諦めの悪いチャラ男を見ながら、
僚は、営業所に電話して、担当を変えて貰おうと思っていた。





“special thanks naseさん
[ 2012/07/11 18:31 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

6th. あにいもうとの巻

香が僚とミックの元で働き始めて、2ヶ月半。もうすぐ10月が終わる。
相変わらず、香はシャイで人見知りだが、少しづつ成長もしていた。
勿論香の中の№1は、従兄の秀幸だが、
僚やミックとも随分打ち解け始めていた。
僚の最近の楽しみの1つは、香を笑わせる事だ。
と言っても、香は声を立てて笑ったりしない。
小さく口角を上げて、微笑むだけだ。
しかし、たったそれだけの事を、
気が付くと僚は、一生懸命になって求めているのだった。
その感情が一体何なのかを、僚はまだ自覚していない。

土曜日、20:00頃、槇村家の茶の間の電話が鳴った。
香は、風呂から上がってもうそろそろ、寝るところだった。
香には子供の頃から、TVを見る習慣が無い。
いつも夜は、遅くとも21:00頃には眠っている。
従兄は夜勤で、今夜は香1人きりだ。
普段なら、香は決して電話には出ない。
でもその時は、何となく気になって出てみたのだ。
・・・・・ハイ。
香が小さな声で応答する。
一瞬、受話器の向こうで間があって、
聞き覚えのある女性の声が、名前を名乗った。
「夜分に、申し訳ありません。野上冴子です。・・・香さん?」

彼女は、秀幸の同僚の警察官であり、恋人だ。
香が初めて冴子に会ったのは、祖母の葬式の時だった。
冴子は会葬の列に並び、祖母に手を合わせ焼香した。
そして、その日一通りの事が済んだ後で、秀幸が香に彼女を紹介した。
ゆくゆくは結婚を考えている恋人だと。
今日び、17歳ともなれば、彼氏の1人位いても不思議は無いが、
香は未だ、誰とも付き合った事など無い。
それ以前に、初恋もまだだ。
香は、『恋人』や『結婚』などというモノは、
秀幸や冴子のような、大人の世界の話しだと思っている。

それから半年弱の間に、2~3度、秀幸と冴子と香の3人で食事に出掛けた。
秀幸と冴子が、色んな話をしている間、香は黙々と食事した。
冴子は時折、香にも笑顔で話し掛けてくれたので、
香は訊かれた事だけに、頷いて答えた。
とても綺麗で優しいヒトだと思う。
優しい従兄には、とてもお似合いだと香は思う。
“ゆくゆく”というのが、いつの事なのかは解らないけれど、
もしも、従兄が結婚する時が来たら、
香はその時は、1人暮らしをしてみようと考えている。
香は小さい頃から、祖母に家の事は一通り出来るように、躾けられてきた。
きっと祖母には解っていたんだと、香は思う。
いつかこんな風に、香を残して逝ってしまう事を。
少しづつ、香が大人になって行く事を。
だから、その時に香が困らないように、教えてくれたんだと。
今なら、解る。

有難い事に、従兄が世話してくれた今の職場は、
香には、とっても合っている気がする。
初めの内には良く解らなかったけど、今ではハッキリ解る。
香は、あの古めかしいおじいさんみたいな車達が、大好きだ。
大きくて、カッコ付けてて、でも何処かユーモラスで。
あの車達は、まるで僚やミックにそっくりだ。
2人は毎日少しづつ、香に新しい事を色々と教えてくれる。
今では少しづつだけど、仕事のお手伝いが出来るようになってきた。
そんな半人前の香に、僚たちはビックリする程沢山のお給料をくれる。
香は元々、あまりお金を使うタイプでは無いので、殆ど丸ごと貯金している。
いつか、従兄が結婚をするまでには、引っ越しをしないといけない。
それまでは、無駄遣いをせずに、引っ越し費用を貯めなくてはと思っている。
香は香なりに、これからの事をボンヤリながら、考えてはいるのだ。
従兄と多少、ビジョンは異なるが。

冴子の電話は、従兄へのモノでは無く、香宛だった。
明日の日曜日、2人だけで少しお話し出来ないかとの事だ。
香は思わず、ハイ。と返事をしたが、一体何を話せばいいのか、
考えれば考える程、良く解らなかった。
冴子が自分に、一体何を話す事があるのだろう?と。
気付いたら、いつの間にか翌日の約束をして、電話を切っていた。


香と冴子が、そんな約束をする数日前、
秀幸と僚は2人で飲んでいた。
珍しい事に、翌日が非番だと言う秀幸の方から、僚を誘った。
初めは他愛のない話をしていた秀幸が、杯を重ねる毎に口数が減り、
やがて、本題を切り出した。
「冴子がさぁ、結婚の話し、少しだけ時間を置きたいらしいんだ。」
そう言って、秀幸は溜息を吐く。
「香の事か。」
僚がポツリと呟いた。
秀幸は驚いて、僚をまじまじと見つめる。僚は思わず苦笑する。
「そんなに、ビックリする事でもねぇだろ?槇ちゃんの事だから、大方、結婚しても香と一緒に暮らすとでも言ったんだろ?」
まさに、図星であった。
その通りだった。祖母が亡くなる以前から、
秀幸と冴子は結婚を視野に入れて、色んな事を話し合って来た。
秀幸としては、もしも祖母が亡くなった時には、
香を迎えて一緒に暮らそうと、冴子に出会う以前から決めていた。
たとえその時、自分が結婚していようと、独身だろうと。
それが、兄として当然だと思ってきたし、今もそう思っている。

香がいつか、何処かに嫁にでも行かない限り、ずっと自分が従妹を支える。
それはそんなに可笑しな事では無いと思うのだが、
冴子にしてみれば、秀幸は過保護だという。
それは、いつまでなの?と。
20歳になるまで?
彼女が、お嫁に行くまで?
もしも、彼女がずっと独身なら、
彼女が30になっても、40になっても、ずっと面倒を見るの?と。
秀幸には、もしもそうなった時には、そうだろうね。としか言えない。
秀幸にとって香は、たとえ幾つになろうとも、大切な妹だから。
その事実と、秀幸が冴子を愛しているという事とは、
全くの別問題なのだという事は、
秀幸本人以外、誰にも通用しない理屈のようだ。

「図星か?」
そう言って僚が苦笑する。
秀幸は、本日何度目かの大きな溜息を吐く。
「・・・なぁ、僚。それはそんなに可笑しい事かな?お互い、たった1人の身内なんだよ。大切に思う事と、過保護っていう事は違うだろ?」
僚は少しだけ考えると、ゆっくり口を開いた。
「ねぇ槇ちゃん、従兄妹同士って結婚出来るんだぜ?幾ら、お前がアイツの事、妹としか思って無くても、冴子から見ればまた違ったように見えてもおかしくは無いわな。」
僚の言葉に、秀幸は少しだけ眉を顰めて答える。
「まさか、冴子がそんな風に俺達を見てるとでも?」
僚は大げさに肩を竦めて、溜息を吐く。
「それは、彼女にしか解らんよ。でもさぁ、もしもだよ。もしも、カオリンが冴子との結婚を取り止めにして、自分と結婚してくれって言ったら、槇ちゃん言う通りにしそうだもん。傍から見てて。あくまで、客観的第3者の意見として。」
そう言って、僚は苦笑した。
どれだけ、シスコンの自覚が無いんだよと。

それにさぁ、と僚は続ける。
1番、肝心な事。忘れてるよ、槇ちゃん。
香がどうしたいか、先々どう考えているのか。
それを一緒に考えてやるのが、兄貴だろ?
ただ、一緒に居たいってだけじゃ、そんなの兄貴でもなんでもねぇよ。
ただの、香に惚れてる男だよ。
そんなんじゃ俺、断然、冴子の肩持つなぁ。

「で?正直な所、どうなの?」僚が問う。
「何が?」秀幸が、首を傾げる。
「だからぁ、カオリンと冴子、おまぁどっちに惚れてんの?」
思わず、秀幸はバーボンを吹き出す。
「ば、ばかっ。香は妹だぞ!! 結婚したいのは、冴子だ。」
それを聞いて、僚はニンマリ笑う。
「あっそ、それ聞いてひと安心❤」
その僚の言葉に、秀幸は顔を顰める。
「言っとくケド、香に手ぇ出したら、淫行で逮捕するよ。」

良くも悪しくも、香の存在が、三十路の彼らの人生を少しづつ動かし始めていた。

[ 2012/07/12 19:12 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

7th. 17歳の進路相談の巻

香は、ガレージの下の地下のスペースがとても好きだ。
そこに置いてあるモノが、どれも古いモノや、貴重なモノだという事は、
香にも何となくだが、解る。
それでも僚とミックは、触っちゃいけないだとかは、一切言わない。
僚は時々、色んな車の写真を香に見せては、
どういうのが好きなの?と訊いてくる。
最近僚と香の間では、専ら、車選びがちょっとしたブームだ。
香が来年、18になって免許を取って、初めて自分で持つ車だ。
僚は香に、色々と教えてくれる。
この車は、一見難しいケド、馴れたらとても扱い易いよ、とか。
あれは、良さそうに見えるケド、意外と電気系統が弱いんだよな、とか。
勿論、2人の選択肢に新車は無い。
あくまでも、旧車が対象だ。

相変わらず、2人の間で喋っているのは、殆どが僚だが、
不思議と、僚には違和感が無い。
香を見ていれば、僚には自然と香の気持ちが良く解る。
考えている事が、理解できる。
きっと、気が合うという事は、こういう事なんだろうと、僚は思う。
もしも香が、秀幸やミックと同じように、同級生の男子だったら、
きっと1番の親友は、香だったと思う。
僚のこれまでの人生では、女の子は友達の対象では無かった。
女の子は、色恋の相手。
女の子は、自分とは全く別の生き物なんだと、思っていた。
地下の遊び場に、香以外の女の子を入れるのは、
多分、とっても居心地が悪いだろう。
これまで誰も連れ込んだ事が無いから、定かじゃ無いケド。

僚にとって香は、不思議な存在だ。
弱冠17歳にして、今まで僚が見て来たどんな女の子より、
美しくて、面白い。
女の子なのに、まるで男の子のようにウマが合う。
出逢って間もないのに、
まるで何年も前から、良く知っているような気分になる。
そしてきっと自分は、
この子の事が、好きなのかもしれない。そう、僚は思う。
こういう気持ちになったのは、初めてだ、とも。
それでも不思議と、邪な気持ちにはならない。
香を、性欲や色恋の対象にしてしまおうとは、思わない。
何故だかそうする事は、酷く勿体無い気がする。
恋愛やセックスという、ある一面だけの付合いの相手にしてしまうには、
香という存在は、釣り合わない。
香はもっと、違う次元の存在なのだ。
最近、僚の心の中には、『かおり』という、新しいカテゴリーが誕生した。

火曜日、夕方。
いつもの地下で、僚はプラモデルを作っている。
シボレー・エルカミーノ、59年式、初代モデルだ。
エルカミーノは、ピックアップトラックだが、
初代モデルのボディのベースは、インパラだ。
地下には、セメダインの科学的な匂いが充満している。
換気扇を回しているが、窓が無いので匂いは籠っている。
ミックは、ついさっきまでゲームをしていたが、
かずえからメールが来て、駅まで迎えに来て欲しいと頼まれたので、
いそいそと、帰って行った。
香は数分前までは、イタリア車の歴史と変遷を綴った、
写真入りの分厚い本を、熱心に読んでいたが、
今はもう、本を閉じてボンヤリしている。
そして、僚はプラモデルに夢中だ。

彼らは最近、ほぼ毎日仕事終わりに、3人でココで過ごしている。
3人一緒にと言っても、3人それぞれが、各々好きな事をするだけだが。
香はこの2ヶ月半で、随分車に詳しくなった。
好きな事を見付けた、17歳の若い脳ミソは、
新しい知識を、まるでスポンジの如く、どんどん吸収してゆく。
それには、この環境はまさに打ってつけで。
このガレージと、地下に居て、香は毎日飽きる事など無いのだ。
元々、いつも終業時間は、僚とミックの気分次第だが、
遅くとも、16:00には大抵終わる。
それから1~2時間、彼らは毎日地下で遊ぶのだ。
精神年齢はきっと、推定で中学生ぐらいだ。

ボンヤリしていた香が突然、僚の目の前までやって来て、口を開いた。
お、珍しい。と、僚は思ったが、余計な事は言わず、香に合せてみた。
「りょお。」
「ん?」
「アタシ、」
「うん。」
「1人暮らし、してみようと思う。」
「・・・!!」
僚は正直、仰天した。
つい数日前、この子の兄は、
ずっとこの先も、彼女の面倒を見て行く気満々だった筈だが。
「何かあった?」
僚は優しく訊ねる。香は何事か、少し考え込んでいた。
「前からね、思ってたから。」
「そうか。良いんじゃねぇか?学校には行ってねぇケド、ちゃんと働いてるんだし。17歳でも、立派な大人だ。」
そう言って僚は、香のクセ毛をクシャッと撫でた。
香が、少しだけ微笑む。香は僚に、頭を撫でられるのが好きだ。
「俺もな、ココで1人暮らし始めたのは、17の時だったよ。」
香は目を丸くした。
「りょおも?」
「あぁ、だから大丈夫だよ。カオリンなら、きっと出来るよ。」

僚がそう言うと、香は微笑んだ。
そして、香の次の発言に、僚は更に驚いた。
「この前、冴子さんに会った。」
僚は、内心穏やかでは無かった。
それでも、そんな事はおくびにも出さずに、僚が問う。
「この前って、いつ?」
「日曜日。」
「2人で?」
「うん。」
2人だけで会って、一体何をしたんだろうと、僚は非常に気になる。
「お兄ちゃんは、結婚するの。」
香はそう言って、ニッコリ笑った。

2日前の、日曜日。
香と冴子は、駅の傍のスターバックスに居た。
冴子は、優しかった。
香はスターバックスに来た事が無かったので、冴子が香の分も注文してくれた。
何だかコーヒーなのに、少しだけキャラメルみたいな風味の、
甘いコーヒーを、手渡された。
概ね、大した話しはしなかった。
僚たちの所で、働いてるんですってね、とか。
もう、学校に行くつもりは無いの?とか。そんな事だ。
香は訊かれた事を、よく考えて慎重に答えた。
これから先、どういう風に考えてるの?と訊かれた時に、
「1人暮らしをしてみたい。」
と、香は答えた。
冴子の質問は、漠然としていたけれど、
きっと、彼女は秀幸との結婚を考えた時、香の存在をどう扱ったらいいのか、
今、沢山悩んでいるんだろうと、香はまるで他人事のようにそう思った。
だから、心配しなくてもイイんだ、と示したかった。
冴子は香の答えを聞くと、微笑んで、応援すると言ってくれた。
やっぱり彼女は、優しいヒトだと香は思う。
従兄の結婚相手が、彼女で良かったと思う。
甘いコーヒーは、冴子が奢ってくれた。

「で?1人暮らしって、何処に越すとか、もう決めてんの?」
そう僚が問うと、香は首を横に振った。
「そうか。まぁ、別に急ぐ必要もねぇし、ゆっくり考えたらイイ。俺に手伝える事があったら、協力するよ。」
そう言った僚に、香は嬉しそうに微笑んだ。
僚ならきっと、そう言ってくれるだろうと、香は思っていた。
「イイ匂い。」
香が言った。僚は、首を傾げる。
「何が?」
「セメダイン。」
「はぁっっ???前から思ってたけど、カオリンて結構変わってんな。」
そう言って、僚は爆笑した。
香も少しだけ、声を立てて笑った。そして、
なんか懐かしい感じがするから。と呟いた。
僚は穏やかに笑いながら、
「あぁ、それは俺も同感。」
と、頷いた。

12歳も歳の離れた女の子と、
こんな風にプラモデルを作りながら、
こんな穏やかな気持ちになれるなんて、僚は目からウロコだった。

懐かしい

セメダインの、何が懐かしいのかは良く解らない。
でもそれは、感覚としては良く解る。的を得ている。
年齢も、性別も、生まれ育った環境も、
何もかもが全く違う2人が、とてもよく似た感性を持っている。
言葉は少なくても、思いは通じる。


僚は、考えていた。
香がもしも、引っ越す先を具体的に考え始めたら、
このビルに来いよ。と、言ってみようと。
それはとても、良いアイデアに思える。
敷金も、礼金も、家賃も、家主である僚は、別に要らない。
真下は、すぐ職場だ。
それでも、そのアイデアを実現する為には、1つ大きな難関がある。
あの、シスコン兄貴だ。
カオリン自立の為には、
何としてもヤツを説得しなければ、先へは進めない。

[ 2012/07/13 18:08 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

8th. お兄ちゃんの巻

槇村秀幸は、落ち込んでいた。
最愛の従妹が、どうやら“1人暮らし”をしたがっているらしい。
秀幸はその話を、婚約者と親友からそれぞれ、個別に聞かされた。
しかし秀幸は、話の内容その物よりも、むしろそんな大事な話を、
香本人では無く、他人から聞かされた事に落ち込んでいる。
香はどうして自分にでは無く、僚と冴子にそんな事を言ったのだろう。
一緒に生活をしていても、別段、香はいつも通りだ。
強いて言えば、僚たちのガレージに通うようになって、少しだけ成長したと思う。
香は、車が好きだという。
香が自ら、何かを好きだの嫌いだの言うのは、非常に珍しい事なので、
秀幸としても、僚とミックには大変感謝している。
しかし感謝している反面、軽く嫉妬している。
彼ら2人は、秀幸の知らない香を知っている。
秀幸は、香と一緒に食卓に向かい合っていると、
“1人暮らし”の話題に触れてみたいとは思うモノの、
心の何処かで、そんな香の希望は聞かなかった事にして、
課題を先送りしたい、と思う自分がいる。
そして、
これじゃ、僚の言ってた事まんまじゃないか。と内心、自分自身を嗤う。
いつまでも、妹離れ出来ない弱虫は、自分だと思う。
香はきっと、少しづつ大人になっている。

秀幸が中学に入学した年に、香が生まれた。
病弱だった秀幸の母は、秀幸が幼い頃に死んだ。
秀幸は弟か妹が欲しかったのを、随分小さい頃に諦めていたので、
たとえ従妹でも、妹が出来て嬉しかった。
香の家と、秀幸の家は同じ町内だったので、
香が生まれてからは、秀幸はしょっちゅう遊びに行った。
香の父は、秀幸の父の弟だ。香の母は、とても美しい人だった。
今にして思えば、香は母親の遺伝子をふんだんに受け継いでいる。
秀幸が遊びに行くと、叔母は、
『秀ちゃんが面倒見てくれて、助かるわ。香は、秀ちゃんが大好きだから。』
と笑った。

絵に描いた様な、幸せな家庭だった。
叔父は小さいながらも、設計事務所を開いたばかりで、
なかなかセンスが良いと、顧客にも恵まれ、事業も軌道に乗り始めていた。
香が可愛い盛りの2歳の頃、
その幸せな家庭は、一瞬にして、外道によって壊された。
家の中の僅かばかりの金品を目当てに、若い夫婦は殺された。
2歳の娘は、たった1人でこの世の中に放り出された。
事件現場で気を失ってグッタリしていた香は、
母親のすぐ傍で血塗れになっていた。

初めに現場に足を踏み入れた警官は、
その可哀相な幼な子も、犠牲者の1人だと思った。
しかし、暫くして気が付いた香は、泣き始めた。『ママ、ママ』と。
当時その場にいた警官と、のちに秀幸は先輩・後輩として、
一緒に働く事になるのだが、彼は今思い出しても涙が出る、と当時を語った。
果たして、
パパとママと一緒に、あの世に送られるのと。
こんな地獄のような状態で、たった1人残されて、命が助かるのと。
どちらがこの子にとって、良かったのだろうと、その時は現場で神を呪ったと。
犯人は未だ捕まっていない。事件は未解決のままだ。

秀幸の父は刑事だったので、殉職するその時まで、
弟一家を襲った外道を、捕まえる事を諦めてはいなかった。
しかしその父も、秀幸20歳、香8歳の夏に、突然、殉職した。
それはあっけないモノだった。
ある事件を内偵中だった父は、夜の繁華街で張り込みをしていた。
そんな父の目に映ったのは、酔ってケンカをする若者たちだった。
警官として、ケンカの仲裁をする。
ただ、それだけの事だった筈が、ある1人の青年が取り出したナイフによって、
父は命を失った。
秀幸は、この世の中が一歩間違えれば、真っ暗闇だという事を、
嫌という程、知っている。
父は命を失ったが、それと同時に、青年は未来を失った。
そのどちらにも、善し悪しなど無い。どちらも、不幸なのだ。
死んでも、生き残っても。

父と秀幸の、男ばかりで慌ただしい家庭の中では、
香が不憫すぎるからと、香は祖母に引取られた。
家は別々だったが、すぐ近所だったので、秀幸は頻繁に香に会いに行った。
小さな香は、事件の後笑わなくなっていた。
きっと、誰も見ていない恐ろしい光景を、香だけは見たのだろう。
あの透き通った、大きな茶色の瞳で。
香が普通の子供のように、喋れるようになったのは、5歳になってからだった。
ただ、秀幸は守りたいだけなのだ。
香のあの瞳に、2度と怖い事や悲しい事を、映す事の無いように。

香は、秀幸が落ち込んでいる等と思いもしていなかった。
香はそもそも、秀幸が結婚するまでには独立しようと考えていたし、
冴子には、訊かれたから答えただけだ。
だけど僚には、自分から話してみた。
少しだけ、僚に自分の考えを聞いて貰いたかったのだ。
僚はいつも、色んな話を香に聞かせてくれる。
大学生の頃、目的も無く何カ月も、海外を放浪した話し。
高校生の頃、ミックや秀幸とした、他愛も無い悪戯の話し。
今までに見た、珍しい希少な車の話し。
魚釣りや、プラモデルや、ゲームの話し。
僚のお父さんとお母さんの、僚曰く、この世で最もホットな恋の話し。
だからたまには香も、僚に何か話したかったのだ。
だからとりあえず、香の中で今1番ホットな話題を選んでみたのだ。
“お兄ちゃんが、結婚するらしいよ”と。
相手は、とても優しくて綺麗な、冴子さんなんだよと。
“1人暮らし”は、あくまでそれに付随するおまけの話しに過ぎない。
香にとっては。

11月は、大変な月だった。
ミックの浮気がかずえにばれて、
今までに無いレベルの大ゲンカが、彼らの間で勃発した。
ミックは3日間、僚の部屋に避難した。
しかし、逃げ廻っていても仕方が無いと、僚に説得され、
ミックはかずえに謝り倒した。
そして今回、最後のチャンスをかずえに貰ったらしい。
もう後が無いミックは、今現在、心を入替えてかずえに尽くしている最中だ。
だから今ミックは、一切夜遊びしていない。
この件には、僚は全く関係無いのだが、何故だか僚もこのところ、
歌舞伎町とは、ご無沙汰だ。
僚には、叱られる相手も、悲しませる相手も、今はいない。
今、僚の心に棲んでいるのは、夜遊びの意味も良く解っていない、
早寝早起きの、SugarBabeだけだ。

しかし、その平和な槇村家にも、今現在何やら色々と問題があるらしい。
コチラの方には、僚も少しばかり関わっていない訳でもない。
件の、カオリン独立問題だ。
秀幸の気に入らない点は、
香がまず冴子と僚に、1人暮らしの話しをした事らしい。
何でそんな大事な事を、1番に自分に言わないんだという事のようだ。
僚は、そんなに順番が大事だろうかと思う。
きっと秀幸は、たとえ1番に香に聞いていたとしても、
反対していたに違いないと、僚は思う。
それとなく、香に探りを入れてみても、秀幸は香には何にも言わないらしい。
どんだけ、ヘタレだよ、と僚は思う。
別に、香が1人暮らしを始めても、
秀幸が香にとって、1番大事な兄貴である事に変わりは無いだろうに。
香よりも、むしろ成長すべきは兄貴である。
香は秀幸が思っている程、幼くも弱くも無い。
これから、自分の足でシッカリ立って歩もうとしている。
勿論、後押ししてやれるのは、秀幸だけだ。
その中で、僚がしてやれる事があるのなら、協力する事は厭わない。
何しろ、槇村兄妹は、僚の大事な親友だ。

11月、中旬。
僚は、秀幸を誘ってキャッツで飲んでいた。
「なぁ、槇ちゃん。そろそろ、カオリンときちんと向き合ったらどう?」
何時に無く、真剣な僚に秀幸も暫し、考え込んでいる。
「・・・僚、俺はさぁ。あの小さい香を、いつも思い出すんだよ。頭では、解ってるんだ。香はもう小さな子供では無いって。・・・いっその事、僚みたいにあの子の両親の事、忘れたって思えたら、知らなかった事に出来たら。もっと、簡単に考える事も出来るかも知れないケド・・・」
僚には、その事に関しては、何も言えない。
それは、秀幸と香だけにしか解らない、家族の問題だ。
それでも、今の香は強い筈だ。
きっと、悪い事が起こっても立ち向かえる筈だ。
それに香には、兄貴が3人もいる。秀幸と僚とミックだ。
これまでより、事態は良くなるはずだと、僚は思っている。
「なぁ、俺達3人で、カオリンの事守っていってやろうよ。カオリンが困った事があれば、俺はいつだって手を貸すよ、きっとミックもそう言う筈だ。俺達は、カオリンを介した兄弟だ。」
僚のこの言葉で、秀幸の中の何かが吹っ切れた。

それから、半月程。
一旦、話しが進み始めると、後はトントン拍子だった。
僚は社宅と称して、自分のビルの空き部屋に香が入居する手筈を整えた。
家賃・敷金・礼金、全てゼロ円。
新宿駅、徒歩3分。
職場まで、徒歩0分。
破格の好条件だ。香は、とても喜んだ。それ以上に、僚が心の中で喜んだ。
「香に手ぇ出したら、逮捕だぞ。」
と、秀幸が口癖のように呟く。
でも、と僚は思う。あと、3年すれば香は立派な成人だ。
淫行の罪には、該当しない。秀幸の呟きの効力も、持ってあと数年だ。
11月の末に、香が僚のアパートに引っ越してくる。

引っ越しを数日後に控えた、槇村家の茶の間。
香と非番の秀幸は、一緒にテレビを観ながらお茶を飲んでいた。
「香。引っ越しても、嫌になったらいつでも帰って来て良いんだよ。」
「うん。」
「たまには、お兄ちゃんが遊びに行ってもイイか?」
「うん。・・・お兄ちゃん。」
「ん?」
「大好き。」
「あぁ、俺も大好きだよ。香。」
2人は、いつまでも兄妹だ。たとえ、別々に暮らしても。
しかし、槇村家と僚のアパートは、徒歩10分の距離である。

[ 2012/07/14 21:40 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

9th. 本日はお日柄も良くの巻

良く晴れた、秋の日だった。
僚とミックは、槇村家の玄関先で拍子抜けした。

「これだけ?」
そう言って、ポカンとした2人に秀幸も苦笑する。
「ん~、俺も荷物纏めるの手伝おうか?って、数日前から言ってて・・・」
少ないから、イイ。と、香は答えた。
何やら、毎日少しづつ1人で片付けていた。
そして、今朝。
僚たちが来るからと、玄関先に香が纏めた荷物を見て、
秀幸も同じ事を、香に訊いた。
香は、何か問題でも?と言わんばかりに、目を丸くして首を傾げた。
いや、香がイイんなら、それでいいケド。としか、彼らは言えない。
香の引っ越しの荷物は、段ボール3個分だった。
これなら、わざわざ社用車で無くても、きっとクーパーでも余裕で積めた。

「それで?カオリンは?」
またも不思議そうな2人に、重ね重ね秀幸も苦笑する。
それが、と秀幸は説明する。
日曜日の午前中は、香はいつも1時間ほど散歩に出るらしい。
何でも、子供の頃からの習慣だと。
それでも一応、今日は引っ越しで。
たとえ、荷物は少しでも、朝から僚とミックが来る事は、香も先刻承知の筈。
どんだけ、マイペースだよっっ!!
それが、彼ら3人の偽らざる本音である。
最近では、香が内気そうに見えて、意外に気が強くてドSである事に、
僚もミックも、薄々気づき始めている。
そして、自分達の中に流れる、微かなMの血にも。
一回り年下の美しい女王様に振り回されて、少しだけ喜ぶ自分達がいる。

「ま、とりあえず上がれよ。」
秀幸は、済まなそうに言うと、僚とミックを家の中へと招き入れた。
秀幸の家に来るのは、僚もミックも随分久し振りだった。
2人はまず、仏壇の前に進み線香をあげると、
2人の祖母と、秀幸の父と香の両親の写真に手を合わせた。
今まで、遊びに来てもこんな事はしなかった気がするが、自然とそうしていた。
「うぉ、カオリン、ママにそっくりじゃん。」
写真を見て、僚が思わず呟いた。
「あぁ、香は母親似なんだ。父親に似てたら、間違い無く俺にも似てた。」
僚もミックも内心、そうで無くて良かったとしみじみ思った。
それ程、外見的には槇村家の遺伝子を感じさせない遺伝だった。
3人は、暫くお茶を飲んで取り留めもない話しをした。
主な話題は、ミックの先の“浮気発覚事件”についてだった。
かずえのこの度の、ミックに対するお仕置きの数々を聞いて、
僚も秀幸も、改めて女の恐ろしさを再認識させられた。
それでも、男は女無しではいられないのだから、因果な定めである。

3人が時間も忘れて、浮気と本命との違いについての激論を飛ばしていると、
3人の大本命であるところの、この日の主役が漸く帰って来た。
茶の間に入って来て、僚とミックを見た香は、ニッコリと笑って、
おはよう、と言った。
待たされていた事も忘れて、おかえり~と声を揃える3人の兄達は、
自覚は無いが、正真正銘、ドMである。
荷物を積むのは、すぐに済んだ。
彼らが、1人1つづつの箱を抱えて終了だ。
香に至っては、ジーンズにパーカーを羽織り、スニーカーで、手ぶらである。
散歩に出たそのままの格好で、まるでちょっとそこまで出掛ける感じで、
引っ越しした。
実に、シンプルで潔いと、僚は思う。
香のこの印象は、初めて会った時から一貫してブレないと、
僚は密かに好感を抱いている。
香は、いつも何処か浮世離れしている。
それでも、別に誰にも迷惑は掛けてない。不思議な魅力だ。

そのピックアップトラックを、ミックが運転した。
秀幸が助手席に乗った。
荷物3つを荷台に乗せた後、香が荷台に上がった。
その時に、僚の手を引いた。
どうやら、一緒に荷台に乗ろうという事らしい。
僚は遠慮なく、女王様のお手を取った。
秀幸は、ホントは道交法違反だぞと、眉を顰めたが誰も聞いちゃいなかった。
目的地は、車で3~4分の僚のアパートだ。
香は僚と2人で、荷台に乗っている時に、
パーカーのポケットから、何やら取り出して僚にくれた。
4つ葉の、クローバーだ。
季節柄、少しだけ茶色くなっている。
先程、散歩の途中で見つけたのだ。
僚は手渡されたモノを見て、思わず微笑む。
「くれるの?」
香が満面の笑みで、頷く。
秋風が、香のクセ毛を揺らす。
新宿の街中でも、ちゃんと季節が変わった事はわかる。
少しづつ、少女は大人になる。

この後、
午後に秀幸が香の為に揃えた家電類が、電気屋から届いた。
よくよく考えたら、香は布団も食器もカーテンも、
何も考えていなかったらしく、3つの箱に入っていたモノは、衣類だけだった。
根本的に香は、引っ越しというモノを理解していなかったようである。
仕方が無いので、今度はミックのアストン・マーチンに乗って、
みんなで買い出しに出かけた。
その時も香は、ニコニコして兄達の後をついて来るだけで、
何処か他人事だった。
それでも、何とか夜までには、1人暮らしの女の子の部屋が出来上がった。
冴羽アパート503号室。
香の新居である。
[ 2012/07/15 19:55 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

10th. プッチンプリンの巻

12月初旬、急に寒くなった。
この冬最初の、寒波到来だ。
いつものように、3人で地下で遊んでいる時に、香がポソッと呟いた。
「コタツ、欲しい。」
すると、ゲームをしていたミックが、間髪入れずに答えた。
「それだっ!ココには何か足りないと、前々から思ってたけど。それだよ。」
何故か、そのままのノリでコタツを買いに行く事になった。
時刻は、17:23。
この季節には、外はとっくに真っ暗だ。
ホームセンターで3人は、色々と見て回って長方形のコタツを1つと、
正方形のコタツを1つ買った。
大きい方は、地下用。小さい方は、香の部屋の分だ。

11月末の香の引っ越し以来、3人はすっかりホームセンターの常連だ。
衣類だけを持って、越して来た香の部屋は、今少しづつ部屋らしくなっている。
僚とミックにとって、香の生態は少しだけ奇妙だ。
引っ越しの日、電気屋が持って来た家電の中には、テレビが無かった。
「槇ちゃん、テレビは?」
そう訊いた僚に、秀幸は笑いながら答えた。
「あぁ、香はテレビ観ないから必要無いんだ。」
僚とミックは、思わず顔を見合わせた。
秀幸の話しによると、香1人の時は全くテレビを観ないという。
秀幸と一緒に居る時は、点ける事もあるが、多分香は全く観ていないようだと。
香が衣類の他に唯一、大事そうに持って来たのは、
象牙色のぽってりした、ファイヤーキングのマグカップだけだ。
それを、タオルでグルグル巻きにして、箱の中に入れておいたようだ。
夜は、20:00~21:00の間には、寝る。
朝は、5:00には起きる。
料理はとても手際よくこなす。
日曜日は毎週、午前中の内に散歩する。
香には、香にしか解らない日常の決まりごとが、何やら沢山ある。

初めは、必要最低限のモノだけだった香の部屋に、
僚は引っ越し祝いに、フランス製のアンティークのドレッサーをプレゼントした。
それは、僚の母親の使っていたモノだ。
僚は生家を出て、ココで1人暮らしをする時に、
母が愛着を持って使っていたモノ達を、全部持って出た。
シェーズ・ロングは、地下に置いて使っている。
そのドレッサーも、僚にとっては母の大事な思い出だ。
僚は子供の頃、母がその鏡に向かって化粧する姿が大好きだった。
僚には必要の無いモノだけど、
何故だか母が死んだ後、処分する事が出来なかった。
だから今その沢山の形見の品々は、
空き部屋の1室に、埃除けのカバーを掛けられて、ヒッソリと佇んでいる。
香が化粧したとこなど、僚もミックも1度も見た事は無いが、
きっと毎朝、髪の毛ぐらいは梳かすだろうから、
無駄ではないだろう、と僚は思う。
何より、そのドレッサー1つで、香の部屋はグッと女の子の部屋らしくなった。
僚がそれを運び込んだ時、香はニッコリ笑った。
そして、飴色に輝くマホガニーをそっと撫でた。
香は古き良きモノを扱う事に向いている。
17歳の美しい彼女に、そのアンティークの家具はとても良く似合っている。

ホームセンターから帰った3人は、まずは地下室にコタツを設置した。
「ますます、ココに居る時間が増えそうだな。」
そう呟いた僚に、ミックと香も無言で頷いた。
今までは、僚とミックの隠れ家だった地下室が、
確実に3人の隠れ家へと進化している。
香のひと言が無ければ、ココにコタツが設置される事は、まず無かっただろう。
そして、僚もミックも、何で今まで気付かなかったんだろうと思った。
毎年、確かに冬は寒かったのだ。
今年の冬は、きっと温かい。
そして次は、香の部屋へと移動してコタツを設置した。
少しづつ、この部屋が香のモノになっていく。
僚は、こうやって沢山の季節を香と過ごしたいと思う。
そして、いつかすっかり大人になった香と、こんな頃があったねと笑っていたい。
未来は、僚の前にも香の前にも、キラキラと輝いて続いている。

「ねぇねぇ、今度この部屋でみんなで、鍋パーティーやろうよ。カズエもヒデユキも呼んでさぁ。」
ミックがそう言った。
お、良いねぇ。と僚が頷いた。
香もニコニコ笑っている。
「カオリは、何鍋が好き?」
とミックが問う。香はニッコリ笑って答える。
「水炊き。」
思わず、肉食獣のような男2人は、う~んと考え込む。アッサリし過ぎである。
しょうがないので、今度は僚がミックに振る。
「そう言う、お前は?」
ミックは暫し考え込み、すき焼きとか?と答える。
香も、僚も少しだけ腑に落ちない表情で、首を傾げる。
まぁ、それも悪くは無いんだけどぉ、ねぇ、と。
「じ、じゃあ、そう言うリョウは何が良いんだよ?」
ミックは、少しだけ子供のようにムキになる。
僚は、色々と考える。
そう言われれば、全員が全員満場一致で納得する答えなど無いように思えた。
「う~ん、キムチ鍋とか?」
すると、ミックは感心したように、ほぉっと声を漏らした。
香も満面の笑みで、コクコクと頷いている。
どうやら、2人には気に入って貰えたようである。
取敢えず、週末にみんなでキムチ鍋をしようと3人は盛り上がった。

キムチ鍋を翌日に控えた木曜日。
香が、8:00になってもガレージに姿を見せなかった。
香が来てから、以前に比べると僚もミックも始業時間を守るようにはなった。
だけど、時々は時間が変動する事もあるので、
そういう時香は、僚かミックのどちらかがやって来るまで、地下に居る。
2人は時計を見た。8:00はとうに過ぎている。
「地下かな?」
ミックが首を傾げる。僚は少しだけ、胸騒ぎがした。
そして、ミックが地下に様子を見に行き、僚が5階の香の部屋を訪ねた。
僚が香の部屋へ入った時、香は布団の中で、真っ赤な顔でうなされていた。
そして僚は、ハッキリと聞いた。
香は小さな声で、『・・・ママ。』と言った。
眠っているようだったが、汗びっしょりだ。
そっと、その滑らかな額に手をやると、僚は顔を顰めた。
高熱だ。

ミックは、僚から電話を受けると、すぐに6階の僚の部屋へ行き、
救急箱を持って、5階に急いだ。
そしてかずえに連絡して、仕事が終わり次第、香を診て貰うように頼んだ。
かずえは今日は、夜勤明けなので昼前には帰って来る。
おでこをそっと触られた感覚に、香はそっと目を開けた。
りょお?
香の声は小さく、掠れていた。
僚は汗を含んでシットリした、柔らかな猫毛を撫でた。
もう、心配いらないから、と。
「風邪、引いたんだな。ついててやるから、大丈夫だ。」
僚がそう言うと、香は安心したように、もう1度眠った。
そこにミックがやって来た。
「Oh,カオリ、可哀相に。カズエには、連絡しといたよ。今、インフルエンザが流行ってるらしいから。検査してみようって。」
僚は香の汗をタオルで拭いてやると、
額に青いジェルの付いた冷却シートを貼った。
キムチ鍋は、来週までお預けだ。

昼頃に、かずえが来て香を診察した。
その頃には目を覚ました香の体温を測り、
何やら喉の奥の方を綿棒のようなモノで、2、3度擦り、
検査薬のようなモノに浸した。
かずえの見立てによると、香はインフルエンザでは無かったらしい。
熱は高いが、2~3日安静にしていれば、治るだろうとの事だった。
僚もミックも、それを聞いてひと安心だった。
そんな2人に、かずえはクスリと笑った。
「2人とも、まるでお兄ちゃんね。」
否しかし、もう1人いるのだ。最も、厄介なお兄ちゃんが。
僚は少しだけ、気が重かったが秀幸に電話した。
香が熱を出して寝込んでいるのに、連絡をしなかったら、
後で何を言われるか、分かったモンじゃない。

案の定、秀幸の動揺ぶりは酷かった。
電話越しにも、その慌て振りが伝わって来て、僚は思わず苦笑した。
一応、彼は警察官なのだ。
そんなに、分かり易く動揺していて、果たして大丈夫なんだろうかと、
僚は要らぬ心配をした。
取敢えず、かずえにも診察して貰ったし、ご飯も食べたし、薬も飲んだから。
だから、安心しろ。てか、落ち着け。
そう言った僚の言葉で、秀幸は何とか我に返った。
そして、
仕事が片付き次第、可及的速やかに現場(503号室)に赴く。と、
その時だけ、警察官らしく言い残して電話を切った。

夕方、慌てふためいた兄上殿がやって来た。
ミックは、昼過ぎにかずえと一緒に帰っていった。
香は起きていて、おでこに冷却シートを貼り付け、
パジャマの上に、僚の大きなウールのセーターを着せられて、
コタツに入っていた。
僚も一緒にコタツに入り、2人でクロスワードパズルをやっていた。
香が意外に元気そうで、秀幸は少しだけ脱力した。
「お、コタツ買ったのか。」
と言う秀幸に、香が頷く。
秀幸は、キッチンから小皿とスプーンを持って来て、コタツに入る。
そして、帰りに寄って来たスーパーのビニール袋を開けると、
袋の中から、プッチンプリンを取り出した。
「香は、熱が出たらいつもプッチンプリンなんだよなぁ~」
と言って秀幸が笑った。
香がこの日、1番の笑みを見せた。
秀幸は、小皿にプリンを盛った。
1日中具合が悪くて、いつにも増して無口だった香が、
小さく、うわぁと感嘆の声を上げた。

僚は少しだけ、プリンと親友に嫉妬した。
やはり、秀幸にだけは、まだまだ敵わない。
「さすが、槇ちゃん。筋金入りのシスコンは、たとえ離れて暮らしても健在だな。」
そう言った僚に、秀幸は少し照れたように頭を掻いた。
「いやぁ、それ程でもないさ。」

イヤイヤイヤ、槇ちゃん。俺、別に褒めてねぇし。
相変わらずのシスコン兄貴と、満面の笑みでプリンを食べる香を見て、
僚は知らず、微笑んでいた。
師走の慌ただしいさなか、彼らだけはいつも何だか、のんびりしているのだった。


[ 2012/07/16 14:48 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

11th. 寒いケド、温かいの巻

木曜日に香が熱を出してから、僚とミックは便乗して、ガレージを閉めた。
1つには、秀幸が非番では無かったからだ。
17歳の従妹が熱を出したからと言って休める程、警察官は暇では無い。
たかだか数日休業した位、何の影響も無いのは、彼ら2人だけだ。
ミックと僚は、喜んで香のお世話に励んだ。
ミックは、誰がそんなに食べんだ?という位、プッチンプリンを買い占めて来た。
僚は香の為に、毎食お粥を作った。
しかしテレビも、ラジオも何も無い香の部屋に、
ミックは数時間で飽きてしまった。当の香は、殆ど眠っている。
しょうがないので、ミックは早々に地下に行ってゲームの続きをした。

僚は香の部屋に居て、全く飽きる事は無かった。
何より、時折香が目を覚ます時に、傍に居てやりたかった。
僚は前日の朝、聞いてしまったのだ。
香が、小さな声でママと呼ぶのを。
それはまるで、小さな子供のようだった。
香の両親の事を、秀幸に聞いてから今まで、
変な先入観を持つ事だけは止めようと、香と向き合ってきた。
自分の中では、聞かなかった事にして、
普通の17歳の女の子として、香を見て来たつもりだ。
でも、香のこれまでの人生の大きな出来事を、無かった事には出来ないのだ。
これから先、香と1人の人間同士として向き合う時、
それは、香を構成する大きな1つのファクターだ。
事件の事を、どこまで見、どこまで記憶し、どんな傷があるのか。
僚には、正直わからない。
けれど、少しづつでも、香の心の支えになれれば。
秀幸以外にも、香の事を応援しているヤツもいるんだよ、という事が、
香に伝われば、僚はそれでイイと思える。
そんな事を、ボンヤリと思いながら僚はのんびりと、看病の週末を過ごした。

日曜日には、香は随分良くなった。熱ももう、殆ど下がった。
それでも、僚だけは香の部屋に通った。
ミックには、一応彼女との生活があるワケで。
何しろ、11月の“例の事件”以来、
まだ完全には、彼女の信頼を取り戻せたワケでは無いのだ。
ミックはココの所、かずえに尽くすのに忙しい。
秀幸は、仕事だ。
日曜日に、これといって用事が無いのは僚だけだ。
僚が日曜日の朝、5階に赴くと、香はパジャマでは無く、
紺色のコーデュロイのスリムパンツに、グレーのウールのセーターを着ていた。
セーターの下には、温かそうなギンガムチェックのネルシャツを着込んでいる。
鴨居には分厚いウールのダッフルコートが、ハンガーに掛けて吊るしてある。
きっと、散歩に行く気である。
玄関には、温かそうなムートンブーツが揃えてある。
「散歩、行く気?」
僚は眉を顰めて、香に問う。
香は、ニッと笑う。
「ダメだ。」
そう言った僚の一言に、香はぷぅっと膨れる。
そして、部屋の奥へと戻ると、体温計を持って戻って来た。
そしてそれを僚へと差し出した。これを見ろという事らしい。
つい先ほど、1人で測ったのだ。

37度2分。・・・微妙だ。
しかしそこは、僚である。
秀幸の事を、散々シスコン扱いする割には、僚とて負けず劣らず過保護なのだ。
「ダメ。」
そう言って、香のクセ毛をワシャワシャかき混ぜる。
香はますます、不機嫌になった。
僚が構わず、
カオリン、クロスワードしようぜ?と言っても、香は首を横に振る。
プリン、食べるか?と言っても、カワイイ唇を小さく尖らせている。
僚は苦笑して、何とか姫のゴキゲンを回復するアイデアを模索する。
じゃあさ、
今週、イイ子にしてウチに居れたら、
来週は、俺と一緒にクーパーに乗って、
遠くにお散歩に行くってのは、どお?
僚のその提案に、香は大きく頷いて、ニッコリ笑った。
その後は、病み上がりの香と健康優良オヤ児の僚の2人で、
プリンを食べながら、クロスワードをして、時々昼寝した。
その夜僚は、自分の部屋に戻った後で、
良く考えたら、来週デートじゃん。と、1人微笑んだ。
取敢えず何処に行こうかと、楽しい考え事をしながら眠った。

週明けには、香もすっかりいつも通りに戻った。
香の部屋の冷蔵庫には、まだ沢山プリンがある。
3人の兄達は、プリン以上に香に甘い。
そういうワケで、その週の週末にはお預けだったキムチ鍋をした。
かずえと秀幸にも声を掛けたが、生憎彼らは週末は夜勤だった。
いつものメンツで、自由なのは結局、彼ら3人なのだ。
週末。結局は香の部屋では無く、地下でキムチ鍋パーティーを開催した。
僚が、アッチのがコタツ広いし、と言ったからだ。
僚と香は、随分辛口が好みだった。ミックは、1人で辛い辛いと半泣きだった。
「Sit!この次は、絶対にすき焼きだっっ。」
それも、イイねぇ~。と僚と香は、他人事なので呑気に笑った。

日曜日、僚と香は約束通り、クーパーでお散歩に出掛けた。
結局1週間の間、2人はアレコレ相談して、
香のリクエストの、井の頭公園に出掛けた。
公園の中の素朴な動物園が、目的地だ。
香はずっと、モルモットふれあいコーナーで、モルモットに夢中だった。
僚は少しだけ、デートだと期待していた当てが外れた。
それはまるで、兄妹の休日のような感覚だった。
それでも、香が作った弁当を外で食べるのは、とても美味しかった。
弁当を食べながら、僚は香が初めて口を利いた『500円』を思い出した。
あの時から、季節は随分変わった。
香は沢山喋るようになったし(あくまで、あの時と比較して。相変わらず無口。)、
沢山、笑うようになった。
初めの頃僚は、香を笑わせるのに必死だったケド、
今では香は、僚には他の誰にも見せない笑顔を見せる。
その事に気付いている人間は、当人同士を含めまだ誰もいないケド。

その週を境に、自然と香の日曜散歩に、僚が同行するようになった。
大抵、いつも近所をブラブラするだけだ。
香は時々、無意識に僚の手を繋いだ。
きっと、そんな些細な事にドキドキしているのは、自分だけだろうなと僚は思う。
きっと、香にしてみれば自分は、秀幸と同じ、もう1人の兄貴なんだろうなと。
でも、それでも良かった。
不思議な事に、そんなガキみたいな、淡い初恋みたいな感情が、
僚にはとても新鮮で、楽しかった。
僚は全く気付いていなかったが、この所僚は、夜遊びも、女遊びもやって無い。
そんな事以上に、香に合わせた規則正しい生活が面白かった。
僚は少しだけ、香に感化されて丁寧に毎日を過ごすようになっていた。

週に2~3回、鍋をした。
大抵は、僚とミックと香の3人だけだったが、
仕事が休みの日は、かずえや秀幸も加わった。
場所も、地下の時もあれば、香の部屋での事もあった。
秀幸がいない時に、僚とミックは少しだけ、香にビールを飲ませた。
彼らも若い頃、
そうやって未成年であっても、先輩たちに軽い悪さを教えて貰った。
それは、秀幸も例外では無い。
今でこそ、堅物の警察官で、香の厳しいお目付け役兼シスコン兄貴ではあるが。
秀幸が夜勤で、ミックとかずえがデートの夜。
1度だけ、
僚と香は、僚の部屋ですき焼きをした。
香は初めて、ワインを飲んだ。
そもそも、元はと言えば、
コタツありきの鍋パーティーだった気がするが、2人にはあまり関係無かった。
僚の部屋の、リビングの、モコモコしたラグの上ですき焼きを食べた。
このイレギュラーな夜の事を、何故だか2人は誰にも話さなかった。
ただ、それだけ。晩ご飯を食べただけ。
特別な事があったワケでは無いけれど、2人にとって、
きっと後から思い返してみれば、それが初デートだった。

こうして、寒いケド温かい12月を過ごすうち、
今年ももう、残す所後数日だった。
[ 2012/07/17 20:19 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

12th. 同じがイイの巻

年が明けて、香が18歳、僚が30歳になる1年が始まった。
ミックは、実家に帰っているので、5日までは顔を出さない。毎年の事だ。
秀幸には、年末年始はあまり関係無いのだが、
今年は珍しく、大晦日から元日に掛けて非番だったので、香と一緒に過ごした。
香が1人暮らしを始めて、初めての帰省だ。
実家までは、徒歩10分だけど。

大晦日。
僚には、毎年帰る場所は無い。
父親には、僚には計り知れない大きな世界があって、僚が帰れる所では無い。
母親が死んでから、僚には帰るべき場所など無いのだ。
だから、これまでは歌舞伎町で過ごした。
飲み屋の女の子達と、面白おかしくその時を過ごしていた。
だけど、もう僚は、
それがただの虚しい現実逃避だという事に、気が付いてしまった。
きっと、飲みに行っても虚しいだけだ。
いつから、夜遊びしても楽しいと思えなくなったんだろう。
どんなに綺麗な女の子でも、
もっと、薄化粧でナチュラルな方がかわいいのに、なんて考えてしまう。
一体、誰と比べているんだろう。
そんな事を思って、僚は自嘲した。
だから、今年の年末年始は1人アパートで、厳粛に迎えてみよう。
もしかしたら、今年は自分自身を、
今一度見詰め直す、転換の時なのかもしれない。
そう思っていた。

正月はいつも、母親が雑煮を作ってくれた。
おせちはいつも、高級料亭に作って貰っていた。
元日というワケにはいかなかったケド、父親もやって来てお年玉をくれた。
いつもは何かと世話を焼いてくれる、家政婦さんも正月は必ず、帰省した。
母親と僚の2人だけの、静かな数日間だった。
僚が、子供の頃を思い出して、ボンヤリしていると、
インターフォンが鳴った。
玄関に立っていたのは、香だった。
時刻は16:30。
香はとっくに槇村家へ帰ったとばかり、僚は思っていた。
手には、おせちが入っているのか、風呂敷に包んだ重箱を抱えている。
分厚いダッフルコートを着て、ニット帽を目深にかぶり、手袋をした香。
「どうした?帰って無かったのか?槇ちゃん待ってるぞ。」
僚がポカンとしてそう言うと、香はニコッと笑って言った。
「りょおも。」
「え?」
「りょおも、一緒に帰ろう?」

思わぬ香の言葉に、何故だか僚は涙が出そうになった。
それをグッと堪えたら、鼻の奥がつんとした。
真冬なのに、僚は夏休みのプールを思い出した。
「槇ちゃん、嫌がるんじゃない?折角、カオリンと2人で水入らずなのに。」
僚がそう言うと、香は首を振った。
「お兄ちゃん、僚も一緒に帰っておいでって。」
ったく、兄妹揃って、お節介な奴ら。
僚は心の中で、そんな照れ隠しを呟いて、
「じゃ、遠慮なく。」
と、ニッコリ笑った。
いつの間にか、僚はすっかり温かい気持ちになっていた。
ちょっと、待ってて。と香を待たせて、僚は煙草と財布と携帯と、
家の鍵だけをポケットに突っ込んで、ダウンジャケットを羽織った。
槇村家へ向かう道すがら、香と並んで歩いた。
重箱は僚が持った。
片手に重箱をぶら下げて、もう片手は香と繋いだ。

「おせち、カオリン作ったの?」
僚の問いに、香が頷く。
「作れんのか。すげえな。」
僚は感嘆した。僚の母親も、料理は上手だったが、おせちは作らなかった。
作れなかったのか、作らなかったのかは、今となっては良く解らない。
けれど、17歳にしておせちが作れる女など、僚は初めて出逢った。
「おばあちゃんが、教えてくれた。」
香はそう言って、微笑んだ。
「そうか、ばあちゃん様様だな。」
「おばあちゃんは、何でも知ってる。」
香は少しだけ、自慢げだ。
僚はそんな香が可愛くて、クシャッと頭を撫でた。
香にとっての祖母と、自分にとっての母親が少しだけ似ていると、僚は思った。
僚も香も、大事なヒトを失った者同士だ。
いつか、香の作ったおせちを食べる正月が、当たり前になる日が来る事。
僚は、それを望んでいる事に気が付いた。
いつか、兄じゃない、男として香の目の中に映りたい。
僚は自分がそう思っている事を、漸く自覚した。
「お雑煮は、お兄ちゃんが作る。」
香が笑いながら、僚にそう言った。
秀幸が、料理が上手な事は、僚も知っている。

槇村家での、大晦日と元日は至って平和なモノだった。
テレビからは、紅白歌合戦が流れ、香は全く観ていなかったけれど、
退屈では無いようだった。
僚と秀幸は、香の作ったおせちを肴に、酒を飲んだ。
香は、9:30頃にウトウトし始めて、コタツで眠ってしまった。
けれど、今日は大晦日なので、
布団へは運ばずに、年越しの10分前に起こすのだと、
秀幸は楽しそうに笑った。昔から、こうなんだと。
秀幸に起こされた香と一緒に、3人で年越しそばを食べた。
そばを食べている途中で、何処からか除夜の鐘が聞こえてきた。
そばを食べた後に、その音の元へと3人で歩いてお参りにいった。
とても小さな近所の神社だったが、結構人は集まっていた。
3人で、手を合わせておみくじを引いた。
秀幸が末吉で、僚は小吉だった。
香は、大吉だった。
毎年こうなんだ、と秀幸が苦笑した。
香はきっと、何か良く解らない強運を持っている。

家に帰ると香は、風呂に入ってすぐに寝た。
僚と秀幸は、それからもう少しだけ、
酒を飲んで、そのままコタツで眠ってしまった。
朝早くに、台所から物音がして僚が目覚めると、
香と秀幸は、2人で一緒に朝食を作っていた。
秀幸は、雑煮を作っていた。
僚の顔を見ると、2人は改まって、明けましておめでとうございますと言った。
何から何まで、普通の家庭の普通の正月。
僚には、初めての事だった。
秀幸は香に、お年玉を渡した。
香はとても喜んだ。
お前には無いぞ、僚。ふふ、要らねえよ。
そんな事を言って、兄2人は笑った。
僚は、とてもとても楽しかった。
夜の蝶を侍らせて、カウントダウンするよりも。
派手なキャバ嬢をお持ち帰りして、新年の姫はじめをするよりも。
何も特別な事など無い、槇村家の正月が楽しかった。

『HuntersGarage』の仕事始めは、1月8日からだ。
毎年、7日間はキッチリ休む。
7日に、僚とミックと香の3人は、等々力不動尊に初詣に行った。
毎年、僚とミックは交通安全祈願として、ココを訪れる。
一応、車を生業としているので、験を担いでいる。
新年早々、1台の車が持ち込まれた。
簡単な内装のカスタムだ。
2~3日で済む予定だ。
香は、そのブラウンメタリックの車を初めて見て、溜息を吐いた。
「カトラス。」
香は、うっとりとそのボディに見入って呟いた。
72年式、オールズモビル、カトラス。
香は、随分車に詳しくなった。
「写真より、綺麗。」
そう呟く香に、僚は思わず微笑む。
僚も昔、香と同じことを思ったからだ。
その独特の、ボディカラーに惹き付けられた。
香は、一体自分で初めて手にする車に、何を選ぶだろう。
僚はそれが、とても楽しみだ。

1月も半ばを過ぎた頃、
地下でいつものように3人で居る時に、香が言った。
「あのね、りょお。」
「ん?」
僚はジグソーパズルのピースを手に、香に向き直る。
香はそれまで読んでいた、『火の鳥 宇宙篇』の単行本を傍らに置き、続けた。
「クーパーがイイ。」
突然だったので、僚は何の話か解らなかった。
「ん?何が?」
「車、クーパーに乗りたい。」
そこで、漸く気が付いた。とうとう、決定したらしい。
香の初めての車。
僚は、意外だった。
香はアメ車が好きなのかと、思っていた。
僚は別にアメ車は嫌いでは無いが(むしろ好きだが)、
大きい車より、小さくてかわいいのが好きだ。
それに、クーパーは小さくても侮れない。
かわいい顔して、なかなかタフな奴なのだ。
「りょおとね、おんなじがイイ。」
香のそのひと言に、僚は思わず固まってしまった。
僚はまるで自分が、手練れのちょい悪オヤジに口説かれる、
うぶな女の子にでもなったような、錯覚を覚えた。
自分と香では、まるで逆なのに。

「あ。」
香は、僚がやっていたゴッホのひまわりの絵のパズルを見て、
1つ、ピースを摘み上げるとサクッと嵌め込んだ。
先程から、僚が苦戦していたエリアの、僚が探していたピースだ。
僚は思わず、苦笑した。
「とびきり、イカしたカオリンの相棒、見付けてやるから。」
香が満面の笑みで頷いた。
[ 2012/07/18 21:25 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

最終話 新しい世界の始まりの巻

2月のバレンタインデーには、
お兄ちゃんたち3人は、香から手作りチョコを貰った。
粗く刻んだナッツがタップリ入った、チョコレートブラウニーだった。
秀幸は毎年、香から何かしら貰っていたので、
嬉しいのは勿論の事ながら、驚きはしなかったが、
僚とミックは、香がバレンタインなどに関心があるとは思っていなかったので、
喜ぶと同時に、非常に驚いた。
まさか、香から手作りチョコを貰えるなんて、夢にも思っていなかった。

冬の間、相変わらず、3人はしょっちゅう鍋をした。
何鍋が好きかなんて関係無い程、色んな鍋をした。
色々試し過ぎて、終いにはチーズ・フォンデュ用鍋まで買ってきてやってみたが、
「これは、鍋料理かなぁ?」
というミックの素朴な質問と共に、1度きりで2回目は無かった。
最終的に、1番飽きずに食べたのは、水炊きだった。

3月になってから、香が教習所に通い始めた。
普通自動車免許は、18歳の誕生日の2ヶ月前から、教習所に入学できる。
最初はアルバイトとして雇った香を、
僚とミックは改めて、社員として採用した。
少しづつ、季節が移ろい始めていた。

教習所での香は、同年代の男子諸君からあからさまに注目を浴びた。
そんな事は想定内だった僚とミックは、香が通う日は厳重に送り迎えをした。
間違っても、送迎用のスクールバスなど利用させなかった。
秀幸の目が届かなくても、香には僚とミックという2人の心強い兄達がいた。

ホワイトデーには、2人から香にお返しをした。
いつも、ボーイッシュな出で立ちの香に、
春らしい甘やかな、淡いベージュのワンピースと、メイク道具一式だ。
これまで散々、色んな美しい女達を見て来た彼らは、
目の前の無色透明で極上の素材を、
これから、最高のレディに育て上げる楽しみを見つけた。

3月の終わりに、香のイカした相棒がガレージにやって来た。
僚と同じ、BMCクーパーで、色は可愛らしい象牙色だった。
香が愛用している、マグカップと同じ色だ。
香は何も言わないし、その愛用品にどんな思い入れがあるのかは解らないが、
僚は、香がその色を大好きな事だけは知っている。
だから、数台見つけた候補の中から、その1台を選んだ。
僚の思った通り、香はとても喜んだ。
そして、香は18歳になった。

秀幸と冴子が、6月に結婚式を挙げる事が決まった。
相変わらず、シスコン振りは健在だが、
それでも少しだけ、秀幸の中の何かが変わったと僚は思う。
それはきっと、兄妹の自然な成長と言えるだろう。
これから先、秀幸は第一に、妻との家庭を重んじるべき立場となるのだ。

4月半ば、
結婚が具体的に進み始めた秀幸と、久し振りに僚はキャッツで酒を飲んだ。
そして、秀幸に
香を、頼む。と言われた。
「どういう意味で?」
と確認する僚に、秀幸はニヤリと笑うと、解ってんだろ?と言った。
「まぁ、まだ今は早いケド。ゆくゆくは、アイツの家族になってやってくれ。」
「本気?」
それでも半信半疑の僚に、秀幸は真剣な表情で答えた。
「あぁ、お前だから、香を託す。香は多分、お前と居れば一生幸せでいられる。」
僚は、何か重いなぁ、兄貴よ。と笑うと、
「ま、俺の方こそ、多分幸せにして貰えるよ。」
と言った。
「でも、ハタチまでは手ぇ出したら、許さんよ?」
相変わらず、そんな事を言うシスコン兄貴は、何処までもシスコンだ。

4月の終わり、その年の上半期で最も驚く出来事が起こった。
秀幸に続き、ミックとかずえも結婚する事になったのだ。
しかし、お堅い秀幸とは対照的に、彼らは所謂、“デキ婚”ってヤツだ。
どうやら、ミックが散々恋人へ尽くした結果が、文字通り実を結んだらしい。
今現在、昨年秋の浮気騒動など、まるで無かったかのようなラブラブ振りだ。
3人の兄達の内、2人は結婚が決まり、
残り1人は、大事なお姫様のナイトとして、一生お仕えする事が、
お姫様の与り知らぬ所で、ほぼ確定した。

5月に入ってから、香の運転するクーパーに乗って、
僚と香はショッピングに出掛けた。
秀幸の結婚式に着て行く、香の衣装を選びにだ。
勿論、見立ては僚だ。
僚はこのうぶでカワイイ、今はまだ妹みたいな将来のパートナーを、
自分好みに育てて行く事に、余念がない。

僚は普段の香には、全く用の無いようなシックな、
セレクトショップに、香を連れ出した。
そこで、あれやこれやと香に試着させた。
張り切っているのは、僚と僚の顔見知りの店員だけで。
香は何処か、不機嫌だった。

最終的に、僚が選んだ香のドレスは、深いネイビーのAラインのモノだった。
タップリとした、シルクサテンの生地は、贅沢にギャザーが取られ、
首元を大きなリボンで結ぶ、ホルタ―ネックになっている。
ランダムに散りばめられた、銀色の大小様々なスパンコールが、
まるで夜空を彩る、星のようだ。

そのドレスを試着した香は、グッと大人っぽく見えた。
ホルタ―ネックから覗く、華奢な肩や鎖骨や首元は、
アクセサリーなど無くても、充分魅力的だ。
スラリと伸びやかな手足も、真っ白で艶やかな肌も、
そのドレスは、香の魅力を存分に引き立てた。
これに、しようよ。カオリン。
そう言って、僚が満足げに笑った。
香は、大きな鏡に映った、いつもとは全く違う自分がとても恥ずかしかった。
靴も、ドレスに合わせてネイビーのTストラップの、
柔らかなエナメルの、8㎝のヒールを僚が選んだ。
首から下は、完璧だ。
首から上、当の香本人は、不機嫌に膨れている。
しかし、このドレスが気に入らないという事では無い。
この着せ替え人形のような状況が、気に入らないのだ。
いつまでも子供みたいな、無邪気で我儘な僚だけのレディが、僚は大好きだ。

「・・・恥ずかしい。」
そう言って、香は困ったように僚を見上げた。
そして、
りょおはナニ着るの?と訊いた。
「あ?俺は、スーツ。」
それを聞いて香は、プゥッと膨れると、
「アタシも、男の子だったら良かった。」
と小さな声でボヤいた。
僚は思わず苦笑して、おまぁが男だったら俺が困るの、と心の中で思った。
「でも、似合ってるよ。」
耳元でそう言った僚に、香は思わず赤面した。
そして少しだけ、僚がそう言うんならそれでイイか、と思う。

世界はまるで、雨上りの晴れ渡った青空のように、僚と香の前に広がっている。
僚はいつか、香の為に真っ白なドレスを選ぶ日を夢見ている。


(おしまい)








SugarBoyなカオリン、漸く完結でっす!!!
ココまで、沢山の拍手やコメントを戴きまして、
誠にありがとうございまっす m(_ _)m

今回のお話しは、ほのラブをテーマに書いてみましたっっ❤
リョウちゃんは、思いっきりカオリンが大好きなんですが、
カオリンは、今の所、リョウちゃん好みに育成中でっす(´∀`*)

槇兄や、ミックにもそれぞれハッピーエンドを迎えて貰いました。
何か今回はいつも以上に、自分の書きたい事だけを書き散らしたワタクシですが、
それでも、温かいお言葉や、拍手や、ご訪問を戴き、
とっても嬉しかったでっぇぇぇっす(≧Д≦)カンシャシマッス

これからも、更新頑張ります!!! ありがとうございまああぁぁぁっす!!!


[ 2012/07/19 21:10 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(1)

番 外 近い将来 (4000ぽち・リクエスト) 

※ このお話はパラレルです。長いお話“SugarBabe”の番外続編です。
  いきなりこのお話を読まれるよりは、本編も読んじゃう方が、
  多分、楽しいですよ〜〜






「オヤジもとうとう、じいちゃんか。」
冴羽僚はごく久し振りに、実の父である大実業家・海原神と、
神楽坂のとある料亭で、食事をしていた。実に4カ月振りの対面である。
「まぁな。お前が30過ぎたんだから、俺だって爺さんにもなる。時間の流れとはそう言うモンだ。」


僚とは腹違いの義兄、海原家の1人息子にもうすぐ子供が産まれる。
僚とは4歳違いの義兄の子で、海原にとっては初孫だ。
「楽しみ?」
「……まぁ、世間一般並みにはな。…ところで、お前は?いつ孫の顔を見せてくれるんだ?いつまでも、車ゴッコもイイが、そろそろ子育ても楽しい年頃だぞ?」

海原がこんな事を僚に言ったのは、それが初めてだったので、
僚は少しだけ、ビックリした。
これまで彼は、僚が何をしようが全くの放任主義だった。
まさか父にそんな気持ちがあったとは、僚には初耳だ。
勿論、父に愛されている自覚はある。
たとえ愛人に産ませた息子とは言え、両親を怨むつもりもない。
何よりそんな事は感じ無い程、大切に育てられてきた自覚もある。

それに少しだけ、近々産まれる初孫よりも、まだ何の予定も無い、
僚の子供の方を、楽しみそうにしている父に、
僚はまた、母の面影を見る。
父が生涯本当に愛した女は、僚の母親1人だ。

「珍しく、入居者が居るらしいじゃないか。別嬪の。」
確かにいる。
503号室、先月20歳になったばっかりのモッコリちゃん。
僚とミックの経営するガレージの、紅一点。
歌舞伎町女子達の隠れアイドル、槇村香だ。

「ミックか?」
僚が険しい表情でそう問うと、海原はさも可笑しそうに破顔する。
ミックと僚は物心ついた頃からの、幼馴染みで。
親同士・家族ぐるみの付合いである。
母親が死んで以降の僚は、あまりミックの親とまでは顔を合わす事も無いが、
ミックと海原は、時折顔を合わすらしい。
僚ですら、4カ月振りなのに。
ミックは何しろ、ファミリー第1主義なので、親や身内に対してはマメなのだ。
ミックにとっても僚にとっても、お互いの親は、いわば身内みたいなモノだ。

「で?孫はまだ作らんのか?」
にしても、いきなり孫は飛躍しすぎだ。
「そんなんじゃねぇし、まだ。」
僚は憮然としたまま、答える。
「彼女はお前のステディだと、ミックは言ってたが?」

クソッ、!やっぱ、ミックの野郎か。余計な事、ペラペラ話しやがって。

僚は内心、ココには居ない幼馴染みに、毒付く。








僚が香と初めて会ってから、もうすぐ3年になる。
今の僚には、ハッキリとわかる。
アレは確かに、一目惚れだった。
早朝のガレージで、無口で大人しかったけれど、
ハッキリとした意思を持った、透明で深い湖のような薄茶色の瞳。

本人に会う前に聞かされていた、彼女自身にはもうどうしようもない、
悲しい過去の記憶。
その詳細を、彼女の従兄から聞いて知っているという事は、
未だに僚は香には言って無い。
言う必要も無いと思っている。
同情する気は無い。傷を舐め合う気も無い。
僚にあるのは、彼女と幸せな未来を作る気持ちだ。
だから僚は、あの美しい瞳に綺麗なモノや、楽しいモノや、
自分だけを映していて貰えるように。いつも彼女を笑わせる。

秀幸の結婚前に、僚は秀幸に香を託された。
“アイツの家族になってやってくれ”と。
それからほぼ丸2年。
僚と香の変化は、ホンのちょっとだけだ。
想像以上の、スローペースに僚は近頃、少しだけ欲求不満だ。

ミックとかずえの家に赤ちゃんが産まれて、1年半。
秀幸と冴子の間には、7カ月後の11月に、赤ちゃんが産まれる。
ちょっと前までは、まるで中学生のように、
地下の秘密の遊び場にたむろしていた3人は、いつしか僚と香の2人になった。
2人だけはいつも、仕事終わりの地下室でまるでいつまでも子供のように、
無邪気に遊んでいる。

香はこの3年で、一通りの仕事はこなせるようになった。
だけど、僚もミックも余程忙しくも無い限り、
香に汚れ仕事も、力仕事もやらせない。
理由はただ1つ。
あの真っ白な指に、オイル汚れを付けたくはない。
洗ってもなかなか落ちない黒いオイルは、香には似合わない。
香はただソコにいてさえくれれば構わないと、2人は真剣に思っている。

日曜日の午前中は相変わらず、僚と香は2人で手を繋いで散歩に出掛ける。
途中見つけたカフェに立ち寄って、ブランチを食べたり。
まるで野良猫の通り道のような、狭い路地に入り込んだり。
散歩に関して、香には特殊な才能がある事に僚は気が付いた。
どんなに狭くて知らない道に入り込んでも、香は帰り道を知っている。
正確に言えば、たとえ知らない道でも、香は絶対に迷わない。
気が付くと知っている道に、帰って来る。
そしてその途中途中で、季節外れの草花や、一風変わった建物や、
僚はまるで知らない、香の顔見知りに出会う。
散歩の国の住人だ。言葉を交わすワケでは無い。ただ静かに会釈する。
香に備わっているのは、まるで猫のような能力。

いつかのあの秋の日の、少しだけ茶色味掛かった4つ葉のクローバーは、
この香の特殊能力で見つけて来たのだろう。
あのクローバーは、今でも僚の部屋の写真のアルバムの中に挟んでいる。
今ではすっかり、枯れて。
香のふわふわの髪の毛と、まぁるい瞳と同じ、薄茶色だ。
あの4つ葉が、僚に運んで来た幸運は、実は香自身であった事など、
きっと、当の香は気付いていない。

この1年半ほど、晩ご飯は香の部屋で2人で食べている。
何となく、どちらからともなく、始まった習慣。
お互いそれぞれ自分の部屋で、1人分づつを作るより、効率がイイ。
なんて、合理的な話ではなく。
僚にとってその時間は、毎夜のデートだ。
香が1人で作ったり、2人で一緒に作ったり、
たまには僚が香の為に、サプライズで腕を振るう。

香が19歳になった誕生日の夜に、僚は初めて香にキスをした。
それから丸1年。
先月20歳になった香と、僚は未だにキスで停滞している。
正直、僚には香が自分の事をどう思っているのかが、いまいち良く解らない。
多分今では、香が最も心を許せる相手は自分ではないかと、僚は思っている。
随分成長したとはいえ、香は未だにシャイで人見知りだ。
そんな彼女が、僚にだけは満面の笑みで語りかける。
手を繋ぐ。キスをする。

けれど2人の間には、明確な言葉も、気持ちの確認も、約束も何も無い。
その事がこれ程までに不安になる事だとは、僚はこの歳になるまで、知らなかった。
昔の僚は、彼女など要らないと思っていた。
特定の相手も、お堅い付き合いも、一途な恋愛も僚には要らなかった。
僚と寝て、遊んで、不安を抱えるのは、いつだって女の子の方だった。
『アタシたちって一体何なの?』
その問いに答えられないのは、いつだって僚だった筈なのに。

近頃僚は、いつでも考える。
香にとって、俺って何だろうと。
兄貴だろうか、友達だろうか、家族だろうか。
そして僚の気持ちは、1つの答えに辿り着く。
香の男になりたい。
父親にとっての母親のように、きっと香は僚の、
運命の、

そして、僚はただ一言、香の言葉を渇望している。
自分を求めてくれる、『好き』という言葉を。









そんな悶々とした心を抱えていた最近の僚に、
あの4カ月振りの父親との会話が、香との距離を縮める為の後押しをした。

しかしテンパった僚には、中間的なアイデアなど浮かぶべくも無く、
それは突拍子も無い提案だった。
食後のコーヒーを飲みながらくつろぐ香の部屋で、
僚は香を抱き寄せた。
ココまでは、よくある事で。
香の髪や頬を優しく撫でたり、額や唇にキスをする。
けれど、今日の僚は違うのだ。

香をきつくシッカリと抱き締めたまま、僚は香のクセ毛に顔を埋める。
気が付いたら、僚の腕は小さく震えている。
一世一代の大勝負なのだから。
「香。」
「なぁに。」
「一緒に、暮らそう。上の部屋で。」
「……うん。」
確かに、香はそう言った。

僚は思わず呆然とする。意外にもアッサリ、香はOKしてくれた。
抱き締めていた香から身体を離すと、僚は香の両肩に手を置いて、
今一度、確認をする。
「…マジで、イイの?」
香はニッコリ笑ってコクンと頷く。
そして真っ赤になった香は、自分から僚の腰に手を廻す。
僚の胸に凭れて、ポツリと呟く。

「りょおが、すき。」

思わず僚は泣きそうになった。
一番欲しかった言葉。
これまで僚は、香を見守り続け、香を幸せにしたいとだけ思ってきた。
香の目に、怖いモノや、悲しいモノを映す事の無いように。
そして香に、自分を好きになって貰いたかった。
「兄貴みたいな好き?」
香は首を振る。
「お父さんみたいな好き?」
香は首を振る。

「じゃ、じゃあ。俺の、嫁さんになる?」
香はコクンと頷いた。
もうそれ以上、僚には我慢など出来なかった。
香のささやかで、慎ましやかな503号室の、
芝生のようなグリーンのラグの上に、僚はそっと愛しい人を押し倒す。



間違い無く、槇村香は冴羽僚のファム・ファタールだ。













『4000ぽち・リク』
え~~、昨日すぐに
N様こと、nagi様よりご連絡を戴きまして、
早速、UPしてみました。
nagi様のご要望は、長編『SugarBabe』のその後。甘々で。
との事で、本日仕事中に考えてみました。(仕事しましょう)

nagi様、リクエストに応えられていますでしょうか???
また、5000ぽちにも、やってみたいなぁ、なんて思っちゃいましたっっ。
[ 2012/09/18 23:21 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(2)

ガレージのクリスマス。(第2弾・SugarBabe)

2人が良く行くホームセンターで、僚が買って来たのは大きなクリスマスツリーだった。
社用車のピックアップトラックの荷台に積んできた大きな箱を抱えて、
僚は軽やかに、6階まで駆け上がる。


売り場にあった組み立て式のツリーの中では、その180㎝のツリーが最も大きかったのだ。
僚はその日、ツリーを買って帰る事は香に内緒にしていた。
昼過ぎから、懇意にしているパーツ屋に出向いた帰りで、外は今にも雪が降りそうな冷え込みだ。
冴羽アパート6・7階。
そこで僚は香と暮らし始めて、約半年になる。
春の終わりに、僚は意を決して香と一緒に暮らそうと提案した。
そして出逢って3年目にして、念願の香の恋人になった。


僚はエルカミーノを運転しながら、香が喜ぶ所を想像して1人でニヤついた。
こんな寒い日に家に帰ると、この世で一番好きな女が温かい夕飯を作って出迎えてくれる。
去年までのクリスマスは一緒には過ごしたけれど、住んでいる部屋は別々だった。
僚は1人暮らしの部屋で、ツリーをデコるようなタイプじゃ無いし。
香も若い女子の部屋とは思えぬ程の、シンプルな暮らし振りだったので。
2人のツリーはこれが、第1号だ。
これから先、あと何回。
このツリーを飾り付ける、冬を迎えるだろう。
出来ればそれが、お互いがお爺さんとお婆さんになるまで続いて欲しいと、僚は願う。





一緒に暮らそう。



僚は香にそう言った時、柄にも無く震えていた。
嫌だ、と言われたらどうしよう。
好きだと思っているのが、自分1人だったらどうしよう。
そんな事を僚が考えたのは、生まれて初めての事だった。
けれど。
そんな僚の心配は、すぐに杞憂に終わった。
香は、りょおがすき。と言ってくれた。
あの時から、半年以上が経った今。
僚はますます、香に惚れている。
四六時中一緒に居て、飽きるどころか、どんどんハマっている。


2人で暮らしてみて、大人しいと思っていた香が、意外とそうでも無い事も判明した。
香は1人で、掃除や洗濯をしながら、僚の知らない歌を良く歌う。
子供の頃に、おばあちゃんが唄ってくれた歌だそうだ。
相変わらず香は、テレビは見ないけど。
僚の部屋の沢山の本(僚は意外にも読書家なのだ)を、熱心に読んでいる。
突然ふと、読んだ本の感想を述べたりもするが。
それが悉く、僚の見解と一致する。
これ程までに、価値観の似通った相手も珍しい、これ以上無いマッチングの2人である。


一緒に暮らし始めて、これまで一度だけケンカした。
原因は些細な事だったけれど、503号室に家出した香を僚が迎えに行って、
その時には空室になっていた、西日の入り込んだ香の以前の部屋で仲直りのセックスをした。
2人はもう。
お互い無くしては、生きては行かれない。
祖母と、母親。
大事な家族を亡くして、全くの天涯孤独ではないモノの頼り過ぎる訳にはいかない、
従兄と父しか持たない2人には、お互いを支え合い、労わり合って生きて行ける相手を漸く見付けた。
2人は最愛の恋人であり、もう既に家族になりつつある。






秋に、僚は初めて父親に香を会わせた。
銀座の寿司屋の個室で、3人で会食した。
海原神という男は、職業柄、社会的立場柄、初対面の人間を観察して値踏みする事に長けた男である。
人間を見る眼は、人一倍肥えている。
その彼が香を見て、言った第一声は。

イイ女だ。

というモノだった。
流石は、俺の息子。女を見る眼は確かだ。そう言って、父は笑った。
海原神は、香の恵まれた容姿についてそう言ったワケでは無い。
むしろ彼は、極上の美女でも、中身が腐った人間には見向きもしない。
海原が気に入ったのは、香の目だ。
薄茶色の真っ直ぐに澄んだ意志の強い瞳に、海原は最愛の息子の母親の面影を見た気がした。


媚びない。
奢らない。
諂わない。
かと言って、生意気でも無い。

無邪気。

その言葉が、ピッタリだった。
僚が彼女を選んだ気持ちは、父にも良く解る。





家族について、海原が香に質問した時。
香の受答えに、一番驚いたのは僚だった。


“父と母は、私が2歳の頃に強盗に押し入られ殺されました。
 私はそれ以降、17歳になるまで父方の祖母に育てられました。”


と今までに無い、シッカリとした口調で香はハッキリとそう言ったのだ。
これまで僚が知っていても、話題に出来なかったその話しを。
香の口から聞くとは、僚は思いも寄らなかった。


で?君はその時、どうしていたんだ?


海原が言うその時とは、香の両親が殺されたその晩の事だ。
僚は内心、なんて質問をする男だと、実の父親ながら我が目を疑って彼を凝視した。
しかしその場で、妙に緊張して喉をカラカラにしていたのは、どうやら僚1人で。
香と父親は、まるで軽い世間話の延長のような雰囲気で、会話を続けた。



私も、その場に居ました。

見たのかね?

・・はい、見ました。今では覚えている所と、忘れている事と半々です。
子供の頃は、ハッキリと記憶していました。

そうか、辛かったね。

・・・そうですね、多分、他の子達とは違う世界に居たような気がします。今思えば。

香さん。

はい。

ありがとう、この世に生きていてくれて。倅と出逢ってくれて。・・・僚を頼むな。

はい。私の方こそ、僚さんに出逢えて幸せです。








僚はあの父と香との遣り取りを思い出す度、香ほど強い女は居ないんじゃないかと思う。
海原神という男は、時に海千山千の手練れ達にも、一目置かれる程の男である。
弱冠ハタチの若い娘が、あんな風に対等に会話をする事など、普段の彼には考えられない事だ。
僚はあの時、2人の傍に居て一言も発する事が出来なかった。
僚が香と出逢った時の、第一印象通り。
香は真っ直ぐ芯の通った、とても強くてシンプルな心の持主だった。


どうやら父は、香をいたく気に入ったらしく。
あれからしばしば、僚の携帯には父からの連絡が入る。
曰く、結婚はまだか、と。
僚をすっ飛ばして、香宛に様々なモノを送って寄越す。
珍しい果物や、お菓子や、産地直送の野菜や魚介類だ。
まるで父にとっては、もう既に香は嫁のような存在らしい。


だから僚は、香と近々結婚しようと思っている。まだ肝心の本人には、申し込んではいないけど。











大きな箱を抱えて玄関を開けた僚を待っていたのは、美味しそうな夕餉の匂いだった。
僚がツリーの箱を、玄関の壁に立て掛けた所で香がスリッパをパタパタと鳴らして駆けて来た。
ツナギの上にダウンジャケットを羽織った僚の胸に、香が飛び込む。



りょお、お外の匂いがする。


香はそう言って僚を見上げると、ニッコリ笑った。
僚はただいまのキスをする。



カオリン。

ん?

これ、見てみ。

わぁぁぁ~~~。ツリーだっっ!!  おぉ~、しかもでっかい(笑)

すげえだろ?あとで、飾り付けような。

うん




香をしっかりと抱き締めたままの僚のお腹が、盛大に鳴る。
2人はクスクス笑う。



カオリン、今日の御飯なに?

煮込みハンバーグ。

よっしゃ、喰うぞっっ。



煮込みハンバーグは、僚の好物である。
僚はキッチンまでの道のりを、香を抱き上げて運ぶ。
香がキャッキャと、はしゃぐ。






そんな僚のツナギのお尻のポケットには小さなビロード張りの、紺色の箱が入っている。
その数時間後。
ツリーを飾り付けながら、オーナメントの入った箱の中に。
その煌めくリングを見付けた香が、嬉しくて泣いてしまう事など。
まだこの時には、知る由も無かった。







[ 2012/12/17 21:29 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(0)

番外 ツナギの中の下心

※ このお話しは、パラレルです。パラレル長編『SugarBabe』の、単発番外です。
  時期的には、最終話から1年ちょっと、2人が同居を始める半年ちょっと前です。
  リョウちゃんが最も、ムラムラしておる時期です。

  nase様のサイト『Live an easy life』の方で、
  只今90000HIT企画という事で、ツナギの2人を描いて戴きました(nagi様リク)
  そちらを拝見しておりますと、ムラムラと創作意欲が沸いて参りまして・・・
  番外編、書いちゃいました(テヘ)

  nase様に捧ぐ・・・・



















9月が、もうすぐ終わる。


僚が香と初めて出逢って、早いモノでもう丸2年が過ぎた。
あの頃の香は、まだ17歳だった。
香は半年前、漸く19に成った。
2年という歳月は、長いようで短くて、それでもやっぱり長い。


まるで根無し草のように、フラフラと遊び呆けていた僚とミックは、30も過ぎ。
この所、すっかり落ち着いている。
ミックに至っては、所帯持ちで一児の父である。
彼の妻は忙しく働く、職業婦人で。
今は大きな総合病院の、麻酔医をしている。
彼女が産休を取ったのは、臨月に入ってからだった。
それから僅かばかりの育児休暇(半年位だったか)を取った後は、また元の職場に復帰したのである。


今現在、もうじき満1歳を迎えるミックの息子は、ほぼ毎日ガレージにいる。
忙しい母に代わり、子育てに勤しむのはどうやら父親の仕事らしい。
生憎、彼らは1日の内4~5時間も働けば、良い方で。
呑気な、道楽商売なのだ。
ミックは毎朝、スリングを肩から下げ、息子を抱いて出社する。
1歳児は、このガレージの制服と揃いの黒いツナギを身に着けている。
僚が面白がって、特注で作ってしまったのだ。
というワケで、今の所。

“HuntersGarage”は、
ヴィンテージカーのカスタムガレージ兼、男達の隠れ家兼、託児所と化している。





そんな乳幼児が最も懐いているのは、このガレージの紅一点。
槇村香である。
意外な事に、とてもシャイな彼女は、器用に赤子の世話をこなす。
僚とミックが、(一応)真剣に仕事をしている間、香は適度に彼の面倒を見ている。
もっとも、ミックの息子はあまり手が掛からない。
車のシートに座らせておくと上機嫌で、1人で遊んでいる。
その点はきっと、父親の遺伝である。



ここ数ケ月、僚は香に帳簿の付け方や、経理全般を教えている。
元々、僚もミックも職人肌で。
こういった事務的な仕事は、正直向いていないのだ。
僚は香に、汚れ仕事をさせるよりも、コチラの方を究めて貰うつもりでいる。
僚は多分、香が思っている以上に、末永く共に働いて貰うつもりでいる。
それでも元々、それほど煩雑な事務仕事があるワケでも無く。
(しかし、保険関係や陸運局関係、許可申請の類、まぁそれなりにやる事はある。)
香は呑み込みが早いタチで、僚が思った以上の働きをしてくれている。



1年半前に僚は、香の従兄である秀幸に、『香を頼む』と託された。
仕事の事だけでなく、人生全般に於いてという意味らしい。
それは、つまり。


人生の伴侶として。


という意味らしいが、如何せんあの兄貴は、当人の意思を確認せずに突っ走る傾向にある。
今でこそ必死に、シスコン発言を我慢して、陰ながら見守っているようだけど。
ココまでなるには、相当な葛藤があったようだ。
勿論、僚としては相手が香で、何の不足も無い。
むしろ、いずれは香とそう成れたらと、相当初期の段階で意識していた。
しかし、僚は思うのだ。
肝心なのは、姫の意向じゃね?と。





3月の終わりの、香の誕生日の夜。
香の部屋の503号室で、僚は香の為に腕によりをかけて、料理をした。
2人はいつからか、夕飯はいつも2人で食べている。
その晩も、少しだけ豪華に、
そして僚が香に内緒で予約していた小ぶりなケーキとシャンパンで、お祝いしたのだ。
そして。
僚は初めて、香にキスをした。
香にとっては、勿論、人生で初めての正真正銘のファーストキスだった。



あれから、半年。
毎晩のように、2人で夕飯を食べ、食後のコーヒーを飲み、
夜の早い香が、そろそろ風呂に入る支度を始める20時頃に、僚は6階の自分の部屋へと戻る。
コーヒーを飲みながら、そっと香を抱き寄せ、頬や唇にキスをする。
香はクスクス笑ったりして、楽しそうにはしているけれど。
僚は心の中に、漠然とした不安を抱えている。



香は美しい。
スタイルも抜群で。
料理を始め、家事全般に於いて、19歳とは思えぬ程の能力を発揮する。
仕事を教えれば、ソツ無くこなし。
赤子の世話も、楽しそうにやっている。
唯一の彼女の肉親は、自分に彼女を託して、所帯を持った。



僚は勿論。
夢を見ないワケでは無い。
もしも、いつか。
香と家庭を築けたら。
自分の子供の頃には縁の無かった、普通の家庭。
父親がいて、母親がいて、子供たちがいて。
食事をしたり、一緒に風呂に入ったりする。
家族で正月を迎えて、誕生日を祝い、クリスマスを過ごす。
僚は香と出逢うまで、そんな事を考えた事は無かった。
自分には、一生そんな人生は縁が無いモノだと思い込んでいた。
でも。
もしも、それを望むとすれば。
相手は、香がイイ。




僚はいつも、香にキスをしながら不安になる。
今この瞬間、0.数秒の間に、こんな妄想ともいうべき未来を思い描いているのは。
果たして、自分だけじゃなかろうかと。
香にとって、一体自分はどんな存在だと言えるのだろうと。
従兄の代わりだろうか。
雇い主だろうか。
歳の離れたマブダチか。


多少はオトコとして、あの薄茶色の瞳に映っているんだろうか。










香の部屋の手狭なキッチンで、2人並んで夕飯を作る。
もうすぐ10月だというのに、まだまだ都会の真ん中は蒸し暑い。
香はガスコンロの前に立って、中華鍋の中で茄子と挽肉の水分の少ないカレーを作っている。
僚は付け合せの為のミモザサラダに盛る、ゆで卵をチーズおろしを使って細かく削っている。



りょお。はい。


香の差し出したホーロー製の白いスプーンには、カレーが乗っている。
言葉は無くとも、意味は解る。
それは、味見してくれという事で。
僚は何も言わず、大きく口を開ける。



あ~~ん♪


スパイスが効いてて、暑い夜にピッタリの夏野菜の入ったカレー。
2人とも、仕事終わりのツナギのままで。
上半身は脱いで、腰の所で結んでいる。
僚は思わず、白いTシャツの香の胸元に視線を泳がせる。
華奢で細い躰に似合わず、意外に豊かなその膨らみは。
まだ誰も触れた事の無い、聖域で。
僚は近頃、少しだけ欲求不満気味である。





そもそも、生涯の伴侶云々以前に。
僚の如何わしい下心は、爆発寸前である。
食事をしながら。
他愛の無い話しをしながら。
コーヒーを飲みながら。
キスをしながら。
僚はいつだって、訊きたい言葉を飲み込んでいる。



“俺の事、愛してくれる?”



今はまだ、ツナギの中に本音は隠したままで。














えへへ、ツナギ話。書いちゃいました。
悪ノリです(テヘ)


[ 2013/01/30 00:07 ] 長いお話“SugarBabe” | TB(0) | CM(2)