※基本スペック※必読※

このお話しは、パラレルでっす。
下記設定をご確認の上、『読んでやってもイイか。』
という方のみ、『① 彼氏?!』 へ、お進み下さいませ
                   m(_ _)m ペコリ



*僚(31)・・・  腕のイイ漁師。
          15歳の頃、父親の親友であった、槇村が死んで、
          残された息子・秀幸(当時15)、娘・香(当時5)を、
          漁師の父、海原 神が引き取る。
          それにより、以前から幼馴染みであった2人と、
          兄弟同然に暮らし始める。
          紆余曲折を経て、今は香と2人暮らし。
          兄妹のようで、そうで無いような微妙な関係。

*香(21)・・・  地元密着型の信用金庫に勤めるOL。
          兄貴のようでいて、そうでも無い僚と、2人暮らし。
          5歳の頃に、海洋学者だった実の父を、海の事故で亡くす。
          それからは、僚の父が父親代わりで、彼を『お父さん』と呼ぶ。
          18歳の時に、兄・秀幸(実父と同じ海洋学者だった)をまたも、
          海の事故で失う。
           
          そして、僚と香にとって父親である海原 神もまた、
          2年前に海上で行方を絶つ。
          依然、行方は解らぬまま今に至る。
          完全に、死亡が確認された訳では無いので、
          香は彼が死んだとは、受け入れていない。
          僚は、時折海の只中で、
          父親に守られている様な気持ちになる事があるが、
          香の心情を慮って、口には出さないでいる。
          そんなワケで家族の中で、唯一僚と香だけが残されて
          2人で暮らしている。




実は、このお話しを思い付いた発端は、『101の質問』の中の、
冴羽僚が、スイーパー以外で似合う職業は?という項目で、
『漁師』と回答した事によりまっす。
漁師のリョウちゃんと、カオリンが嫁になるまでの物語でっすⅤⅤ
        
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① 彼氏?!

香は午後の給湯室で、先輩の男性社員・佐藤から呼び止められた。
ちょうど今夜、彼に夕食に誘われていたので、
きっとその件だろうと思い、香は愛想よく振り返った。
「どうしました?佐藤先輩?」
「あ、あのちょっと話があるんだけど、イイ?」
そう言って佐藤は、人差し指を上へ向ける。
恐らくは、屋上に付き合って欲しいというジェスチャー。
タイミング良く、仕事もキリが良い所だったし、今日は暇なので、
数分席を外した所で、咎め立てする様な同僚もいないだろう。
香は、はい。と頷いた。


数分後、香は屋上で1人、怒りに打ち震えていた。
その矛先は、香の唯一の家族であり、兄貴のような男、僚である。
まさか、職場で彼の名前を聞くとは、夢にも思わなかった。
先輩の佐藤とは、ここ数ケ月しばしば食事に誘われる仲だ。
と言っても別に、お互いそこに恋愛感情がある訳ではない。
ただの、先輩・後輩だ。
と、香は思っていた。つい、数分前までは。


「香ちゃん、彼氏いたんなら、そう言ってよ~。分かってたら、夜メシに誘ったりしなかったのに。何かゴメンね、気ぃ遣わせてたみたいで。」
そりゃ、先輩から誘われれば、断りにくいよね?と言って、頭を掻く佐藤。
「はぁ?」
香にすれば、そんな話は寝耳に水である。
突然、そんな事を言われたが、今現在香には彼氏はいない。
否、正確に言えば21年間、彼氏などいた事は無い。
佐藤の言っている事が、いまいち理解出来ない。
「あ、あの~、何の事ですか?」
と訊ねる香に、佐藤は苦笑しながら、
「あの、僚さんだっけ?凄く背が高い、日焼けした超イケメンの。香ちゃんの彼氏さん。」
リョウ?って僚???の事かな?
香は頭から?マークを大量に飛ばして、ココには居ない男の事を思い出す。
ハハハ、そそりゃ、香ちゃんみたいに可愛い子に、
彼氏いないワケ無いよね?ハハハ。
そう言って、引き攣った、笑みで乾いた笑いを漏らす先輩に、
香は只ならぬ何かを感じた。


「あの~、先輩?僚にお会いになったんですか?」
恐る恐る、そう訊いた香に佐藤が答える。
「うん。昨日の昼休みに、携帯に電話が入ってね。近くまで来てるから、是非話がしたいって。一緒にお昼を食べたよ。」
香には、不思議な事だらけだ。
何で僚が、先輩の携帯番号知ってんの?
何で僚が、私の交友関係まで把握してんの?
てか、何で僚が、私の彼氏って事になってんの?
佐藤の説明によれば、
僚は香の彼氏だと自己紹介し、香と一緒に暮らしている事。
たまに、外で食事をして来ていると思ったら、
相手が男性社員という事で、非常に遺憾であるという事。
一応、自分の女なので、出来れば2人きりの状況で誘うのは遠慮して欲しい事。
などを、お願いというか、ほぼ強制に近い勢いで迫って来たのだという。


「あ、あの私、別に・・・」
僚とは付き合ってませんし・・・と、香が言いかけたところで、
佐藤が制した。
「ゴメン、分かってたんだ。香ちゃんが俺の事なんか、ただの先輩としか見てないって事。でも、俺はそうじゃ無いから。香ちゃんの事、好きだからさ。でも、あんなイイ男が彼氏なら、俺なんて到底無理そうだから・・・ハハハ。ゴメンね、なんか今まで無理に付き合わせちゃってたみたいで。」
そう言って、悲しそうに笑う佐藤に、香は何て言っていいか分からなかった。
どさくさ紛れに、佐藤から告られた気がするけど、
そんな事よりも、無性に僚が腹立たしかった。
確かに、香は佐藤の事をただの先輩としてしか見ていない。
だけど、香には香の付合いってもんがあって、ヒトの良い優しい先輩を、
直接では無いにせよ、酷く傷付けてしまったようで、申し訳なかった。



その晩、勿論夕食の約束がご破算になった香は、真っ直ぐ帰宅すると、
真っ直ぐ僚の部屋のドアを、ブチ破らんばかりの勢いで開けた。
僚は毎朝(というよりも、夜中。)早いので、香が帰宅する時間は、
僚にとっての、真夜中だ。
僚はいつも、香の分の晩御飯を作ってから、床に就く。
香が朝起きて、出勤する頃に僚が帰港する。
香は、いつも朝港に寄って、
僚にお昼ご飯のお弁当を渡して仕事に行くのが、日課だ。
いつもの香なら、こんな時間に僚の寝室に入る事はまず無い。
漁師の僚にとって、体は資本だ。
僚の睡眠の邪魔をする事だけは、香は幼い頃から極力避けてきた。
しかし、今日は話が別だ。
昼間、佐藤に聞いた事の真相を確かめねばならない。
何が楽しくて、僚は香の人間関係を、
気まずくするような事を仕出かしてくれたのか。
その回答如何では、しばらく口を利かないという事も視野に入れている。


「りょおっっ!!!」
只ならぬ香の殺気と、怒鳴り声で僚は目覚めた。
「なんだよ?こんな時間に・・・」
ボンヤリと体を起こして、ふわぁぁあ~~と、呑気に欠伸する。
「アンタ、昨日の昼間、何で佐藤先輩に会ったの?てゆうか、なんで先輩の携帯番号知ってんのよ?それにっっ!!・・・いつから、アンタが私の彼氏になったのよ?」
香は、矢継ぎ早に早口で、捲し立てた。
僚は内心、チッと舌打ちすると、何だその事かと思う。
僚にしてみれば、これまで何度もやって来た、言うなれば習慣である。
香の恋愛の芽を、成長する前に引っこ抜く事。
今までこうして僚が、陰ながら努力してきたおかげで、
香はいまだ、ヴァージンだ。
「何でって、決まってんだろ?アイツぁ、下心のカタマリだ。おまぁが2人っきりで、相手してやっていいような男じゃねえ。」
香は、不満げに唇を尖らせると抗議した。
「何よ?それ。意味解んない!! 何でそんな事僚に判るのよ?」
そんな香の様子も、なんら意に介さぬように僚は飄々と答える。
「アイツ、おまぁの事好きだって言わなかった?」
そう言えば、確かに昼間そう言われた気がする。
香は、思わず真っ赤になって黙り込む。
「・・・」
「何だ。図星か?大体なおまぁ、鈍すぎんだよ。おまぁは、イイお友達のつもりでも、相手はそうじゃねえんだよ。・・・高2の冬、コタツで押し倒されそうになった所を助けてやったのは誰だ?高3の夏祭り、あともうちょいでチュ―されそうになった所を助けてやったのは?俺だろうが。おまぁは、警戒心ってもんが無さ過ぎんだよ。大概で、学習しろ。」



そう言って、僚はもう一度ゴロンと寝転がった。
そして、未だ怒りの表情の香に、優しく
「晩御飯、食べな。」
なんて言う。
香としては、少しだけ、
自分にも隙があるのかな?と思って、反省しかけたが、
それにしても、自分の知らないところで、勝手な事をする僚は許せない。
「いつまで、怒ってんの?」
僚がニヤッと笑う。
香は、ぷうっと膨れている。
「アイツの事、好きだった?」
僚が問う。香が、ごく小さく首を横に振る。
「じゃあ、何が気に入らない?俺がおまぁの彼氏だって嘘吐いた事か?」
それも勿論あるので、今度は香は否定しない。


暫く、2人の間に微妙な間があいて、突然僚が起き上がって香を抱き締めた。
「なら、嘘じゃ無くて、ホントにすればイイ。
             ・・・香、おまぁ俺の女に成れ。」

「はぁ?どういう事?!」
香が困惑して、テンパっている隙に、僚が香の唇にキスをした。
これが、僚と香のファーストキスだった。







② ナイスポジション、俺。

僚は1人、船上でボンヤリしていた。
昨夜、初めて香にキスをした。
昨夜といっても、数時間前の事だ。
香の唇は、想像以上に柔らかくて、瑞々しかった。
僚は一瞬、箍が外れて、押し倒しそうになったが、
さすがにそれだけは、何とか我慢して踏み止まった。
何しろ、あの時のトークテーマは、
『僚の害虫駆除と、香の警戒心の無さ及び鈍感さについて』だったから。
まさか、そんな最中に欲情したなんて言ったら、
香にしてみりゃ、僚そのものが害虫である。


僚が10歳の時、香は槇村家の長女として、この世に生を受けた。
僚が物心ついた時から、僚親子と、槇村家はご近所同士の友達家族だった。
そもそも父親同士が、僚と秀幸同様に、幼馴染みの親友だった。
香が生まれて間もなく、元々体の弱かった香達の母親は死んでしまった。
香には、母親の記憶は無いが、
その分彼女は、父親と兄と僚親子と、隣近所のみんなから、
沢山、可愛がられて育った。
勿論僚も、香が生まれたその日の事から、ずっと覚えている。
桜が綺麗に咲き誇った春に、香は生まれた。


香が5歳になった夏のある日、父親が死んだ。
それは突然の出来事で、不慮の事故だった。
幼い香には、まだ父の死の意味は、解っていなかった。
兄妹には、両親以外の身内も無く、放っておけば施設に入れられる事になる。
海原は、迷う事無く2人を引き取った。
そもそも、彼にとって2人は、自分の子供同然だったから。
香は、時々『パパ、パパ』と父親を恋しがって泣いたが、
数ケ月もすると、僚親子との生活にも慣れ、
海原の事を、『お父さん』と呼ぶようになった。
実の父は、パパで。育ての父は、お父さん。
香にとって、お兄ちゃんは秀幸で。
僚は、ずっと『りょう』だった。
りょうという、ポジション。父でも無く、兄でも無く、りょう。
唯一無二の、固有名詞だ。


香と秀幸は、異常に仲の良すぎる兄妹だった。
歳の離れた兄と妹で、兄は妹を溺愛していた。
ケンカにすらならない位、秀幸は香の我儘を何でも聞き入れた。
そんな兄に、香も全幅の信頼を持って心から甘えた。
香の兄妹ゲンカの相手は、専ら僚で。
大体は僚の面白半分なのだが、時には本気になってケンカする事もあった。
それでも、香は何処かしら秀幸とは違う面で、僚に頼り甘えていた。
香の反抗期の矛先は、父でも無く、兄でも無く、りょうだった。
僚に対して口応えをし、毛嫌いをする香をも、僚は可愛かった。
それは、香が成長している証拠だったから。
その頃には、当に大人だった僚は、
そんな事は、一時的な現象に過ぎない事を知っていた。
思春期を過ぎると、逆に香は僚と親友のように親密になった。
休みの日に、ドライブに出掛けたり、家でも沢山お喋りをした。
お互い、何でも言い合う大切な相手。
勿論、家の外には、同級生の友達も沢山いたし、親友と呼べる相手もいたし、
今も友達として親しくしている。
だから、僚は香の友達とも違う。あくまで、りょうだ。


僚は初め、香に対する己の感情は、兄貴としてのそれだと思っていた。
なんせ、香が生まれた時から、良く知っている。
そんな子供を、女として見ているとしたら、絶対にヤバイと思っていた。
ロリコンじゃねえか、と。
僚は非常に恵まれた体躯と、甘いマスクで10代の頃から、モテる男だった。
ギャルから人妻まで、幅広い種類の女達が僚に秋波を送った。
実際、僚も恋愛感情の有る無しに関わらず、幅広くお相手した。
何事も人生経験だ。
そして、香が高校生になった頃、僚はふと気付いたのだ。
もしも、香がもう少し大人になって、何処かの馬の骨とイイ仲になったとする。
その相手が、もし自分みたいな男だったら。
そう考えただけで、寒気がした。
たとえ都合のイイ男だと思われようが、自分は良くても、
香だけは、絶対にそんな不埒な恋愛なんて、ダメだと思った。



多分、父親や兄貴でも、娘に対しては誰しもそういう気持ちだろう。
どんなに、真面目な優しい男でも、娘を掻っ攫う男は、ただの馬の骨なのだ。
それでもいつかは、泣く泣く諦めて嫁に出す。
馬の骨の良い所も、少しは認めて一緒に酒を飲んでみたりする。
そうやって、少女はやがて家庭を築き、嫁になり、母になる。
僚は、そこまで想像して、無理だと思った。
あんなに可愛い香を、大事な妹で、大事な娘で、大事な女だ。
僚は、香の兄では無い。父では無い。

りょう、なのだ。

香が、“僚のような”男に引っ掛かるのは、断じて許されないが、
僚自身なら、話は全く違うモノになって来る。
その自分の気持ちに気付いてからの僚は、特定の彼女を作るのを止めた。
まぁ、たまに後腐れの無いセックスフレンドと、戯れる事はあっても。
その頃から、香の恋愛の芽を潰す、『習慣』も始まった。
香の熟れ頃を見計らって、美味しく己が頂く為だ。
香の初めては、僚が全て貰う事になっている。
勿論、僚の心の中だけで決まっている事だけど。
それが、香が高校生の頃だった。



僚の父は、槇村兄妹を引き取る時、養子にはしなかった。
あくまで、保護者として預かっただけで、戸籍上は他人である。
しかし、その愛情は、実の親子と何ら変わるモノでは無かった。
僚には今となっては、父親が何故2人と養子縁組しなかったか、
その意図は解らないが、むしろその事に今、非常に感謝している。
兄妹のように信頼し合い、頼って甘え、誰よりも近くにいる。
お互いの事なら、何でも知っている。
でも、兄妹では無いただの、男と女。
そんな甘やかな関係は、他には無いだろう。
泣く泣く諦めつつ、嫁に出す必要も無い。
父でも無く、
兄でも無く、
妹でも無く、
ただの、りょうと、かおり。
飛び立って行かないようにしたければ、
いつか結婚して、
自分の腕の中、という鳥籠に一生閉じ込めて囲ってしまえばイイ。
それが可能な、自分のポジションに僚は、幸せ過ぎて身震いする。



「アイツ、朝弁当持って来ねぇかもしんねぇな。」
僚は、クツクツと1人で笑うと、数時間前の香を思い出した。
僚がやった『害虫駆除』への怒りと、ファーストキスへの戸惑い。
そんな何やかやで、香はすっかり拗ねてしまった。
暫くは、口を利いてくれないかもしれない。
でも、僚は知っている。
2人がお互いに、強く求めあっている事を。
勿論、僚は女として。
多分、香は家族として。
でもそれは、あくまで現段階はという事だ。
近い将来、男として己を求めて貰えるよう、昨夜は取敢えずその手付として、
キスを頂戴した。


③ 香の味方・りょう

僚から、どさくさの内にキスをされて、2日。
香は僚と口を利いていない。
というか、顔を合わせていない。
こういう時、僚が漁師で助かると香は思う。
顔を合わせたくなければ、朝港に寄らなければ良いだけの事だ。
勿論、お弁当は作っている。どうせ、自分の分も作るのだから、ついでだ。
僚のお弁当は、台所のテーブルの上。
この2日、きちんと食べてはいるみたいだ。


香が、信用金庫に就職してから、
朝、港で顔を合わせようと提案したのは、僚だ。
昼と夜が全く逆転して、香が淋しがったのだ。
あの頃は、兄の秀幸が亡くなったすぐ後だったし、
高校生から、社会人になって、
香はそれまでの自分の人生が、急に変わった気がして怖かった。
勿論、お父さんもまだいてくれた頃だし、
『何も変わらないよ、香。』
って、お父さんはいつも言ってくれた。
優しくて、大好きなお父さん。
でも、お父さんも海に連れて行かれてしまった。
香の大切な人は、みんな海に連れて行かれてしまう。
僚だけだ。
いつだって、傍にいてくれるのは。


僚が、大切な家族だという事は、間違いない事実だ。
香は僚が大好きだ。
きっと、世界で一番好きだ。
小さい時は、背の高い僚に抱っこをされるのが大好きだった。
時々、ケンカもするけど、僚は優しい。
香が知っている人の中で、多分一番優しい。
子供の頃、学校で友達とケンカをして帰って来て、ワケを話すと、
お兄ちゃんや、お父さんは、
『香にも、悪い所はあった筈だよ。明日、学校でゴメンねって言ってごらん。まずは、香からゴメンねを言うんだよ。そしたら、きっと元通りだよ。』
と、言ってくれた。勿論、香も素直にそのアドバイスを実行した。
今思えば、そう言って貰えたから、今の自分がある。
しつけとは、きっとそういう事だろう。人生に於いて、大事な事を教える。
でも、僚は違った。
たとえ、どんな理由があろうと、香が悪かろうと、
僚は、香の味方でいてくれた。いつだって。
香は、兄や父が言っている事も理解できたし、
それがベストだろうと思っていたから、素直に従ってはいたけれど、
僚が、自分の事を悪い所も含めて、丸ごと全部肯定してくれる事に、
救われてきた。
兄と父、そして僚がいてくれて育ってきた自分は、とても幸せだ、
と香はしみじみ思う。


それでも、僚とは一番近くにいる分、ケンカもしょっちゅうで、
ケンカしたり、気まずい事がある時、香は港に寄らずに仕事へ行く。
そうすると、自分が帰宅した時には、僚はもう眠っている。
丸々1日、顔も合わせず、口も利かなくて済む。
香には、僚に甘えている自覚がある。
そうやって香が意地を張っても、僚は至って普通だ。
香の気が済むまで、好きにさせてくれるし、
香が淋しくなって、何事も無く元通りに戻っても、
何も言わずに、それに合わせてくれる。
友達や、他の人ならこうはいかない。
まずは、ゴメンなさいをしなければ、先へは進めない。
きっと、たとえそれが兄でも。
でも、僚だけは何にも言わずに、そんな香を全て受け止めてくれる。
ケンカをしても、酷い事を言っても、
僚は香の事を、丸ごと全部認めてくれる。
そして、ずっと香の傍にいてくれる。


兄が死に、父が行方不明になり、立て続けに家族を失った時、
香はショックで、半年ほど会社を休職した時期がある。
狭い田舎町の出来事で、会社の人もほぼ、顔見知りだ。
事情なんて、全て筒抜けなので、問題無く香の休職は認められ、
心が癒されるまで、席を空けて待っていて貰った。
その時、僚は香の傍にずっといてくれた。
海には出なかった。
僚は、高校を出てからずっと、漁師をしている。
父はその名の通り、海の神様みたいな人で、生きる伝説みたいな人だった。
そして、僚もシッカリその血を受け継いでいて、
この港では、一番の水揚げを誇る、若手のホープだ。
近頃では、親の跡を継いで漁師になる若者なんて、ごく稀で、
漁師たちも、随分高齢化が進んでいる。
そんな中にあって、僚は多くの漁師たちに頼られ、信頼も厚い。
何より、神サンの息子なのだ。


あの時香は泣きながら、海が嫌いだと言った。
自分の大事な人を連れて行く、海が。
この次に呼ばれるのは、僚かもしれない。
それが、香の最も恐れる事だった。
もしも、僚がいなくなったら、
その時は、自分も海に飛び込んで、きっと僚を追いかける。
父がいなくなったあの時以来、香は誰にも言わないけど、
そう心に誓っている。
そして、僚は香に約束してくれた。
何があっても、香の傍にいてくれると。
何があっても、必ず香の元に帰って来ると。
『それに、俺には海の神様がついてるからな』
そう言って、僚は笑った。
海の神様とは、勿論お父さんの事だ。


確かに僚は、そう約束してくれたけれど、と香は思う。
それって、こういう意味だったの?と。
「・・・香、おまぁ俺の女に成れ。」
そう言って、僚は香にキスをした。
2日前の事なのに、香は未だに思い出しただけで動悸・息切れ・眩暈を覚える。
実際香は、先輩・佐藤に対しての僚の非礼の件については、
もう、すっかり忘れていた。
頭を占めるのは、僚の事1色だ。
そういう意味では、僚の作戦は成功したと言えよう。
僚が有能な漁師であるのは、何も海の上だけでは無いようだ。
陸の上でも、僚は根っからの“ハンター”だ。


香にとって問題は、どのタイミングで朝の日課を再開するかだ。



④ エリコ 弁当 置手紙

キスから、3日目。
香は、朝の日課を再開しようかどうしようか、出勤ギリギリまで悩んで、
結局、お弁当は台所のテーブルに置いて、家を出た。
21歳にもなって、キス1つでこんなに悩むなんて、
そりゃ、彼氏も出来ない筈だと、香は自嘲する。
先日の『害虫駆除』こそ、バレてしまったモノの、
僚のこれまでの、『習慣』を香は知らない。
香に彼氏が出来ない理由は、
香の与り知らぬ所にあるなどと、香は想像だにしていない。


その日は金曜日で、出社して早々に香は更衣室で絵梨子に声を掛けられた。
「ねぇ、香。今夜外で食事しない?」
絵梨子は同期の同僚であり、中学時代からの親友でもある。
中学も高校も、そして職場もずっと一緒だ。
今現在、僚の次に香を良く知る人物だ。
香と絵梨子は、この界隈でも有名な美人2人組で、
香に自覚は無いが、かなりの有名人だ。
隠れファンも、多数存在する。
絵梨子は、どちらかと言うと周りの声には敏感で、
周囲の評判も、重々自覚している。
いつまで経っても、中学生の時と変わらない親友を、
絵梨子は、いつも心配している。


もっとも、あの僚が傍にいる限り、生半可な男は彼女に近付けない。
これまで幾度も、同年代の男達が香に果敢に挑み、
アタックしようとしても、僚に阻まれて来たのを絵梨子は知っている。
知らないのは、香だけだ。
勿論、絵梨子とて詳細は知らない。
噂が漏れ聞こえてくるだけの事だ。
香に近付くと、恐ろしい“彼氏”が控えていると。
でも、香に彼氏は居ない。それは誰あろう絵梨子が、1番良く知っている。
居るのは、あの兄貴のようでそうで無い、僚だけだ。
という事は、つまりそういう事だ。
勘のイイ絵梨子は、何年も前から香はともかく、
僚が香に惚れている事には気付いている。


でもだからと言って、絵梨子の見た所、
僚は香を自分の彼女にする気は無さそうだ。
これまで街中で、綺麗な女性と仲睦まじく歩く僚を見た事は何度もあったし、
(しかも、みんな違う女性で、みんな美人。)
それは香も、勿論知っている。
香にとって、僚は家族に過ぎないようで、
別にそんな僚を気にしている風でも無い。
香と僚が、血の繋がらない家族だという事は、絵梨子も知っている。
そして、香にとって僚が大きな存在だという事も。
先輩の佐藤は、数ケ月前にこの支店に配属されて来た、遠くの街の人だ。
勿論、香と僚のそんな関係なんか知らないし、
佐藤は、ココに来てすぐに香に惚れた。
そして真っ先に相談を受けたのが、親友の絵梨子だ。


佐藤は、あまり目立つようなイケメンでは無いけれど、ソコソコ良い男だ。
何より、とても良いヒトで、香の事も真剣に考えているようだった。
彼氏は居るんだろうか?と聞かれたので、
絵梨子は、居ないようだと答えておいた。
実際、僚は彼氏じゃ無いし。
それに、僚が香の恋愛の邪魔はするけれど、責任を取るつもりが無いのなら、
親友として、それは容認出来ない。
香にだって、恋愛をする自由は有る筈だ。
本当なら、本人が自覚して“兄”離れするのがベターだろうけど、
如何せん親友は、鈍感なのか、ピュア過ぎるのか、
超マイペースで、このままだと完全に嫁き遅れ確実だ。
それでも、絵梨子は思う。
ベストは、僚が香と結ばれる事なんじゃないかと。
こそこそ“妹”を監視している暇があったら、
とっかえひっかえ美人を手玉に取っている暇があったら、
サッサとモノにしちゃえよ、と。


お昼休みも終わった、13:30頃。
香はトイレに行く振りをして、席を外すと僚に電話を掛けた。
もうこの時間なら、家にいる筈だ。
僚と口を利くのは、3日振りだ。少しだけ、ドキドキした。
キスをした事は、必死に頭から追いやった。


昼過ぎに、香から電話が掛かって来た。
その少し前、僚は香の作った弁当を美味しく平らげた。
いつもの事ながら、非常に美味しかったが、
今日はそれだけでは、無かった。
弁当箱の横に置かれた、置手紙。
見慣れた、香の字。
『りょう、元気?
 私は、元気だよ。
 先輩の事、もう怒ってないよ。』
キスの事には、一切触れて無い。でも、と僚は頬を緩める。
怒って無いなら、何で港に来ないんだ?と。
恥ずかしいからだろ?キスしたから。
そう思うと、僚は香が可愛くて仕方ない。
キス1つでこうだったら、もしも抱いたらアイツ寝込むかもな。
僚は、クツクツ笑った。可愛い女だ。


「もしもし。」
「もしもし、僚?」
「あぁ、香か。どうした?」
「うん。」
香は、一瞬沈黙した。
用があったから、わざわざ仕事中に掛けて来たんだろうにと、僚は苦笑する。
暫く待っても、香が無言なので、僚が口を開く。
「俺も、元気だよ。」
僚のその言葉に、香の顔に笑みが広がる。
香と僚にだけ解る、秘密の暗号みたいだ。
僚と話すと、香はいつも小さい頃のままの自分になったみたいに感じる。
次の言葉は、自然と口を吐いて出た。
「今日はね、絵梨子と晩御飯食べて来るから、いらないよ。」
「そうか。久し振りだな、絵梨子ちゃんとメシに行くの。」
「そうかな?そうかも知れないね。」
そう言われてみれば、そんな気がすると香は思った。
最近、絵梨子には新しい彼が出来て、デートが忙しいみたいだ。
「久し振りだな。」
もう1度、僚が言った。
「何が?」
香が訊ねる。
「ん?おまぁの声聞くの。3日振り。」
香は、思わず真っ赤になる。
電話だから、僚には見えるワケは無いのに、
香は誤魔化すように言った。
「たったの、3日じゃん。大げさだよ、僚。」
でも、そう言った後、香は無性に僚に逢いたくなった。
やっぱり、意地を張らずに、朝港に行けば良かった。
香の強がりに、僚はひっそり笑った。
「そうだな、大げさだな。帰り、あんまり遅くなるなよ?遅くなるようだったら、迎えに行ってやろうか?」
「うん。ありがとう、もしもの時はそうする。」
「じゃあな、まだ仕事中だろ?」
「うん、サボってんの。じゃあね。」
「ああ。」


3日振りの仲直りは、電話と置手紙だった。



⑤ ガールズトーク

香と絵梨子は、その夜喫茶キャッツ・アイにいた。
キャッツはこの田舎町にあって、若者達の憩いの場と化している。
香と絵梨子も、高校生の頃からの常連だ。
といっても、この町の若者達は、
誰しも一度はココに入り浸るのが、青春の通過儀礼だ。
僚も秀幸も、学生の頃は良く顔を出した。
店主の伊集院夫妻の事は、僚も良く知っている。
もっとも、僚が学生の頃は、
妻の美樹はまだココのアルバイトのウェイトレスだった。
その後、店主の伊集院と結婚したのだ。
香が絵梨子と食事に行くと言ったら、大抵ココなので、
僚も安心している。


店内に入ると、絵梨子は迷わずボックス席、それも1番奥の席に座った。
それで香は、本日の議題が“恋バナ”なんだな、と察知する。
普段、大した議題で無い時は、
2人はカウンター席に座って、夫妻を交えて、盛り上がる。
でも、“恋バナ”だけは、2人でコッソリ奥の席でやるのが、
高校生の時からの、通例だ。
勿論、店主夫妻にはバレバレだが。
そんないつまでも変わらない、女の子2人が伊集院夫妻は可愛くて堪らない。
大人になると町を出て、都会に出て行きたがる若者が大半な中、
彼女たちは、ずっと地元でのびのびと美しく成長している。
絵梨子は本当は、都会に憧れた1人だが、
彼女の父親が非常に厳しい人間で、
結婚前の娘が1人暮らしなど、以ての外と、
頑として、町を出る事を許してくれなかった。
一方香はというと、地元を離れて何処か知らない土地に、
1人で出て行くなど、1度も考えた事は無かった。
香の居場所は、この町だけだ。
僚がいて、
2人の父達と、兄が愛した大嫌いだけど、大好きな海があって、
絵梨子や、沢山の友達もいる。
それでも、友人たちの半分以上は、都会に出て行ってしまって、
彼らに会えるのは、年2回の帰省のシーズンだけだ。


香はナポリタンを、絵梨子はドライカレーを、それぞれ注文した。
それに、キャッツ名物の“海ちゃんサラダ”。
メガ盛りのそのサラダを、2人で取り分けて食べる。
“海ちゃん”とは、店主の愛称で、
彼には伊集院隼人という、立派な名があるにも関わらず、
何故だか彼は、全町民から親しみを込めて、
“海坊主”もしくは“海ちゃん”と呼ばれている。
しかしそもそも、その仇名を命名したのが僚である事は、
香も絵梨子も、知らない。
2人は、目の前の食事よりも、恋バナに夢中になっている。
前半は殆ど、絵梨子の最近のボーイフレンドとのノロケ話だった。
凄く気が合い、とても優しい彼と、出会って間も無いケド、
絵梨子はゆくゆくは、結婚してもイイかな。と、思っているらしい。
唯一のネックは、やはり厳しい父親のようで、
絵梨子の門限は、未だに20:00なのだ。
唯一の例外が、香との会食で、相手が香だというだけで、
絵梨子パパは途端に、甘くなる。香が大好きなのだ。
実は香にはまだ言って無かったが、何度か香の名前を使って、
父親の目を掻い潜り、彼と夕食を楽しんだ事もある。
もっとも、香に言ったところで、
香が喜んで「全然、OK。いいよ。」と言うのは、目に見えているのだが。



一方、絵梨子のそんな話に、香は ぽけっ~~と聞き入っていた。
結婚かぁ、やっぱり絵梨子は凄いなぁ、と。
自分は結婚どころか、彼氏いない歴21年だ。
そして、ふと。
『・・・香、俺の女に成れ。』
という、僚の言葉が香の頭の中で木霊した。
途端、香は真っ赤になり、1人その思考の渦を消そうと、慌てふためいた。
そんな挙動不審な親友を、絵梨子は不思議に思い訊ねる。
「???どうしたの?顔、赤いよ??」
香は俯いて、アイスコーヒーをグビグビ飲み干すと、
「な、何でも無い。」
と、辛うじてそうひと言、答えるのが精一杯だった。
絵梨子は内心、何でも無いって感じじゃないし。と苦笑しつつも、
もしや!と、閃いた。
そして、ニヤッと笑うと香に訊ねてみる。
「ねぇ、香。もしかして、佐藤先輩となんかあった?」
すると香は、心底不思議そうに、
「へ?何で?」
と答える。
実際はこの数日、キッカケは佐藤の件だった筈だが、
香の意識からは、スッパリと佐藤が抜け落ち、
その後の、僚との事で頭が一杯だったのだ。
そもそも、佐藤の恋心にしても、
当の香本人が、つい数日前に知ったというのに、
何で、この目の前の親友が、その事について訊ねてきたりするんだろう?
と、香は不思議に思う。
「何でって、ココの所、しょっちゅうデートしてたじゃん、先輩と。」
絵梨子にしてみれば、今更何言ってんの?といったところである。
「へ?デートなの?あれ。」
相変わらず、マイペースにもほどがある、香である。
「デートじゃ無いの?」
そんな絵梨子の、もっともな問いに、
香は暫し考え込むと、ゆっくりと答えた。
「多分ね、違うと思う。」
絵梨子は、やれやれと溜息を吐いた。
少しは期待したのだが、
またしても、姫のハートを射止める事は出来なかったか、と。


しかし、今日の香はいつもとは違うのだ。
今までは、親友の数々の恋バナの、聞き役に徹していた香だが、
今日は重大な相談事があるのだ、香にも。
え、絵梨子。私、相談があるんだけど・・・
真っ赤になって、俯く香。何やら、声も一層ひそめている。
思わず、それに合わせて絵梨子もひそひそ声になる。
なぁに?好きな人でも出来た?
更に、香の顔が赤くなる。
絵梨子は、そんな解りやすい親友を、カワイイなと思う。
・・・実はね・・・
香は途中、気絶するんじゃないかという程緊張して、
それでも何とか、
今回の佐藤の件に端を発した、僚との顛末を、絵梨子に説明した。
それを聞いた絵梨子は、とても嬉しかった。
やっぱり、そうでなくちゃ。
収まるべき所に、収まるこの心地良さ。
香に自覚は無いが、誰が聞いても納得の、収まりの良さである。
この際、佐藤はもうこの2人の女子からは、完全に忘れ去られていた。



「良いんじゃない?僚さん、超イケメンだし。何より、香の事この世で1番、良く知ってる人だし。香だって、僚さんの事、大好きなんだし。・・・それに蓄えだって、文句無しだし。」
僚の蓄え情報に関しては、本来顧客情報の漏洩にあたるのかも知れないが、
彼女らに、その意識は無い。
職業上、僚の貯蓄額を知る立場にある2人なのだ。
正直言って、僚の蓄えは、
平均的な31歳男性(独身)と比較しても、桁違いである。
だが、そんな事はこの際、どうでも良いのである。
絵梨子にしてみれば、
漸く始動した、彼女の兄のようでいてそうで無い男に、
(でかしたぞっっ!!!)
と、心の中で賛辞を送っていた。
「・・・でも、僚は何であんな事、言ったのかなぁ?」
絵梨子とは対照的に、香は何処か暗い表情で、そう呟いた。
何でって、そんなのアナタに惚れてるからに決まってんじゃない、
と絵梨子は思うが、言葉に詰まった。
ずっと前から、香に惚れていながら、
何年間も、他の女との間をフラフラと彷徨っていた男の心理など、
絵梨子には、解らない。
まして今更、気持ちを打ち明けた真意など。
「この前、一緒に歩いてたあの人。彼女じゃ無かったのかなぁ?」
香は、遠い目をして呟いた。


香と絵梨子が、駅前で僚を見掛けたのは先月の事だ。
久し振りに、2人でショッピングに出掛けた帰りだった。
最初に気付いたのは、絵梨子だった。
僚に寄り添っていたのは、いかにもけばけばしい、
派手な、水商売風の美女だった。
普通に、何も知らない人が見れば、カップルに見えただろう。
でも絵梨子は、僚が香に惚れている事は知っているので、
また、一味違った見方で見ていた。
絵梨子の視点で見れば、
それは見るからに、只の遊びの相手にしか見えなかった。
それなら、あんな風に堂々としてないで、
少しは香に解らないように、コソコソやってればイイものを、
何故だか、僚はそうはしない。
そんな僚を思い出して、絵梨子は無性に腹が立った。
「あれは、どう見ても飲み屋のお姉さんだったじゃない?営業掛けられてたんじゃないの?よく漁協の人達と、飲みに行くって言ってたじゃない。」
絵梨子は不本意ながら、陰ながら僚のフォローに回る。
「そうなのかな?私、そういうの全然解んないから。」
と言って、香が薄く笑った。
僚は先月のその日その時、
そのセックスフレンドとは、ホテルに行った帰りだったのだ。
漁師の僚にとって、日曜や祭日はハッキリ言って関係無いのだが、
あの香の、半年間の休職の時以来、日曜と祭日は休む事にしていた。
平日はどうしても、香とすれ違いになってしまうからだ。
だからせめて、香の休みの日には、1日一緒に過ごす為だ。
なので、僚がセフレ達と過ごすのは、専ら平日昼間なのだが、
あの日はたまたま、日曜に電話が掛かって来たのだ。
ちょうど香も絵梨子と出掛けてていないし、
する事も無かったので、セックスをした。ただ、それだけだ。
そこに、何の意味も、感情も無い。
マスターベーションと同じだ。


「で、どうする?付き合うの?僚さんと。まっ、でも一緒に住んでるんだし、今更何にも変わらないっちゃ、変わんないかもね。」
そう言う絵梨子の言葉に、香はもう一度よく考えてみる。
自分がどうしたいのか。
自分と僚が、これから先どうなるのが1番良いのか。
「う~~ん、もう少し良く考えてみる。それに僚とは、小さい頃から何でも話し合ってきたし、やっぱり2人でこれからの事、良く話し合ってみた方が良いのかもしれない。」
そう答えた香に、絵梨子もニッコリ微笑んだ。
2人で話し合うとなれば、主導権は僚のモノだ。
まず間違い無く、僚の思惑通り上手く纏まるのは目に見えている。
万事、円満解決だ。
こういう場合、
親友の為を思うならば、何も言わず彼に一任するのがベストだ。
「上手く、良い答えが見つかるとイイね。」
「うん。ありがとう、絵梨子。」

持つべきものは、空気を読める親友である。






⑥ 添い寝

香はキャッツから、歩いて帰った。
香の家、絵梨子の家、港、信用金庫、キャッツ・アイ。
驚くべき事に、全てが徒歩圏内である。
香の愛すべき、狭くて小さな世界。
それでも、その小さな世界は、とてもディープで温かく、
優しく香を包んでいる。
まるで、僚みたいに。


香はゆっくりと歩きながら、家までの道で考え事をした。
確かに、絵梨子が言ってたように、
先月のあの人は、僚の彼女じゃ無いかも知れない。
では、今まではどうなんだろう?
あんな風に、僚が余所の女の人と、
仲良く歩いている所を見た事は、今まで何度もある。
淋しくなかったと言えば、嘘になる。
『りょおは、かおりのりょおなの。』
本当に小さい時には、そう思っていた。


今まで、誰にも打ち明けた事は無かったけれど、
香の初恋は、僚だ。
小学校の頃だった。
ある時友達に、
香ちゃん家は、お兄ちゃんが2人いるんでしょ?
と言われて、その時に香は気が付いたのだ。
そうか、僚はお兄ちゃんだったんだって。
お兄ちゃんとは、結婚出来ない事位、香も知っていたし、
それならば、きっと好きでいちゃいけないんだと思った。
勿論、家族としてならば、大好きだ。世界で1番。
それなら、きっと許されるとそう思った。


そしていつか、僚はお嫁さんを貰って、
私は、お嫁さんに行って、別々の家族になる。
悲しいけれど、いつかはそうしないといけないんだと、思っていた。
でも、もし別々にならなくてもイイのなら。
僚と、死ぬまで家族でいられたら、それはとても幸せな事かもしれない。
でも、僚はこの間、『女』になれって言った。
それは一体、どういう風に受け止めればいいんだろう?
家族じゃ、ダメなのかな?
一体、何が変わって、何が変わらないんだろう?
香は考えれば、考える程、ますます意味が解らなくなってきた。
もう、家はすぐそこだ。



香が家に帰ると、僚が起きていた。
香はビックリして、
「ごめんね、メール見なかった?」
と言った。
昼間の電話で、
もしかしたら、迎えをお願いするかもという事を話していたので、
香は1度、早いうちに僚にメールを送っていた。
歩いて帰るから、大丈夫だよ、と。
僚は、ニッコリ笑うと、
「ううん、見たよ。ちゃんと。」
と答える。
香は、不思議そうに首を傾げると、
「じゃあ、どうして起きてたの?明日、お仕事でしょ?」
と訊ねる。
正確には、明日というより、数時間後だ。
「今日の内に、おまぁの顔見ときたかったからな。ず~~っと、港に来てくんなかったしぃ?」
僚が、意味あり気にニヤッと笑う。
途端に、香が真っ赤になる。
「ずっとって。3日だけだもん。」
香は、少しだけ拗ねたように唇を尖らせる。


僚は、そんな香を可愛いヤツと、思いながら訊く。
「俺が、チューしたの。やだった?」
香は、真っ赤になって俯く。
暫く、香が答えるまで、僚は我慢強く待ってみる。
・・・いやとかじゃ無いケド。
蚊の鳴くような小さな声で、香が言った。
そして、俯いていた顔を上げると、
今度は真っ直ぐに僚を見据えて、質問した。
「どうして、僚は私にキスしたの?僚の女になるって、どういう事?」
僚は、お、えらく直球で来たなと、思って微笑む。
「そりゃ、キスしたかったからしたんだよ。てゆうか、今もしたいよ。」
香が、更に赤くなる。何処まで赤くなれんだよ、と僚は苦笑する。
「僚には、彼女がいるんじゃないの?」
香の意外なその言葉に、僚は少しだけ驚いた。
「いないよ?どうして、そう思う?」
「だって、お外で女の人と歩いてるの、何回も見た事あるし。」
お、妬いてんのか、と思いながら僚は答える。
「トモダチだよ。それも、ほら割とどうでも良い感じの。知り合いと友達の、中間くらい?」
そんな事を言う僚に、香は、何それ?と、眉を顰めた。
それでも、それ以上は深く追求はしなかった。


「じゃ、じゃあ、僚の女になるってどういう事?」
香が訊ねる。
僚は、ますます笑みを深くして、香の髪をそっと撫でた。
「まずは彼女になって、いっぱいキスして、エッチして、嫁さんになる事。」
僚は、サラッと凄い事を言ってのけた。
香の思考回路は、ショート寸前である。
固まった香の瞳を覗き込んで僚は、悪戯小僧のように笑いながら、
「ダメ?」
と訊く。
香にしてみれば、全然ダメじゃない。
僚のお嫁さんになるの?
「あぁ。おまぁが、5歳でウチに来た時から、俺にとっておまぁは特別なの。ずっと、家族なの。」
香は、泣いていた。
ずっとずっと、僚と家族でいられる。
それが、今までとどう変わろうが、もう香にとってそんな事はどうでも良い。
大事な事は、一生死ぬまで僚と家族でいられるという事。



「泣くなよ。」
僚はそう言うと、華奢な香の躰を抱き寄せて、キスをした。
2度目のキス。
香は真っ赤になって、泣き止んだ。
僚は唇を離して、ニッコリ笑うと、
「晩メシ、ナポリタンか?」
と言って、笑った。
香もクスクス、笑った。
「うん。絵梨子は、ドライカレー。」
「そうか。」
笑いながら僚は、香の髪をクシャクシャと撫でると、
「お風呂、沸いてるから。入っといで。」
と言った。


香はお風呂から上がって、台所でミネラルウォーターを飲んでいた。
リビングの電気は消えてたし、僚はもう寝たんだと思っていた。
香も、お水を飲んだら寝よう、と思っていた。
飲み終わったグラスを、濯いでいると後ろからきつく抱き締められた。
「りょお?」
アッと言う間の出来事で、香は僚の逞しい腕の中に囲われていた。
どうしたの?と言おうとした、言葉はそのまま僚の唇に飲み込まれた。
蛇口からは、ジャージャーと勢いよく水が流れている。
香は、少しだけ気になったけど、すぐにそんな事は考えられなくなった。
2度のキスとは、同じモノとは思えない程の、激しいキス。
息が出来なくて、死ぬんじゃないかと思った。
それがどの位の間そうしていたのか、香には時間の感覚すら解らなかった。
漸く、僚の唇が離れた時、香は1人で立っていられなかった。
僚の胸に凭れて、フニャンとなっていた。


「香、一緒に寝よう?」
僚の声も、掠れている。
香は僚の言っている事が、よく考えられないでボンヤリと僚を見上げる。
「寝るの?」
「うん、今日はまだ何もしねぇから。ただ、俺のベッドで寝るだけ。」
ダメ?と、僚が訊く。
香はフルフルと、首を横に振った。
僚は、嬉しそうにニッコリ笑うと、香を抱き上げて僚の部屋へ連れて行った。
さすがに、先程までボンヤリとしていたけれど、
ベッドに横たえられると、香はドキドキしすぎて死ぬかと思った。
それに、さっき僚が言った事を、良く思い出してみたら、
『今日は、』何もしないって言った。
じゃあ、いつかは何かするんだろうか?
何かって、何?
ダメだ、眠れないよっっ。


そう思っていた香だったが、数分後にはスヤスヤ眠っていた。
僚の腕の中は、温かくてとても寝心地が良かったのだ。
香は眠りに落ちる寸前、小さな子供の頃を、思い出していた。
あ、初めてじゃないじゃん。
子供の頃は、僚とこうして、よく眠った。

香はやっと気が付いた。
僚の腕の中は、今までずっと、香の予約席だったという事に。










⑦ 土曜日と、日曜日。

香がゆっくり目覚めると、そこは僚の腕の中だった。
僚はもう起きていて、目を開けた香にそっと口付た。
今日は、多分まだ土曜日だ。
昨日は、金曜日で絵梨子と食事して、帰って来て、
僚と話してたら、いつの間にか、
将来(いつだろう?)僚のお嫁さんになる事に決まって、
そして一緒に寝た。
すごく不思議。
昨日の朝は、まだ港に行くかどうかで悩んでたのに。
今日は、僚とこうしてくっ付いて眠ってる。


でも、土曜日なのに、
「りょお?海に行かなくて良かったの?」
そう訊ねた香に、僚はニッコリ笑うと、
「今日は、都合により臨時休業。」
と言った。香もクスリと笑って、
「連休だね。」
と言った。
何しようか?どっか行こうか?何食べよう?


だけど、2人は何処にも行かなかった。
土曜日と、日曜日の2日間、
90%位を、僚のベッドの上で怠惰に過ごした。
時々、一緒にシャワーを浴びたり、ご飯を食べた以外は、
ずっと、くっ付いて過ごした。


土曜日はずっと、僚が香にキスをしていた。
優しく触れるだけのキスや、息が出来ない位の激しいキス。
それは、僚の気分次第で突然始まっては、突然終わる。
時々、2人でウトウト眠ったりして、
目が覚めると、またキスが始まる。
初めは、唇同士のキスだったけど、少しづつ耳や首や腕や肩にキスされた。
香が気が付いた時には、2人は裸ん坊だった。
パンツすら、穿いていなかった。
香は恥ずかしかったけど、僚と一緒だったから、それ以上に楽しかった。
香はずっと僚に触れていたかったし、
僚は香に触れられて、今までに無いほど興奮した。
香の体中、もう触れて無い所が無いという位、
僚は色んな所に、キスをした。
香はもう何も考える事が出来ないほど、我を忘れた。
感じるのは体温と、声と、お互いの息遣いだけだった。



土曜日と日曜日の境目に、僚が香の中に入って来た。
2人は初めてセックスをした。
僚は、14歳の時にセックスを覚えてから17年間で、
初めて、気持ちの籠ったセックスをした。
それを、メイク・ラブと呼ぶとすれば、
今までのセックスは、ただのオナニーもしくは、ファックだ。
香と初めて繋がったその瞬間に、子供を作りたいと思った。
そんな事を考えてセックスをしたのは、初めてだった。
今までは、むしろそれだけは、マジで勘弁。だったのに。
僚は、そんな自分にひたすら驚いた。
逝く事を目標に、腰を振っていた今までと違い、
丁寧に、大切に香を抱いた。
逝ってしまう事が、勿体無いと思った。
いつまでも、繋がっていたかった。


日曜日は、またベッドの上でゴロゴロして過ごした。
キスして、お喋りして、キスして、転寝して、キスした。
香は鉛みたいに重たい、自分の躰が不思議だったけど、
僚の躰は、もっと不思議だった。
裸のお腹は、ポコポコ割れてて、滑らかな肌の下の筋肉は硬かった。
頬擦りされた、僚の頬はザラザラして無精ヒゲが生えていた。
今まで、色々親友や女友達から聞かされた、
彼氏が出来たんだ。とか、彼とエッチした。って言うのは、
こういう事を言ってたのかな?
それだったら、みんな幸せだったんだね。
やっと、香は自分にも理解できて嬉しかった。
そして、それ以上に相手が僚で、幸せだった。


「りょお?」
「ん?」
「私ね、生まれて初めて、彼氏が出来たよ。」
「そうか、おめでとう。」
「うん。ありがとう。」
「イイ男か?」
「うん、カッコ良くて、優しくて、強くて、世界で1番好き。」
僚は、フフと笑うと、また香にキスをした。
そして、耳元で囁いた。
「間違いない。そいつはおまぁを、幸せにしてくれるぞ。俺が保証する。」
そう言って、香をきつく抱き締めた。
漸く僚と香は、兄妹みたいな2人から、恋人同士になった。
だけど、香がお嫁さんになるのは、まだもう少し先の事だ。
今は、まだ始まったばかりの、2人だ。




⑧ 彼氏と彼女

週明け、朝の更衣室で香は絵梨子に、早速、キスマークを目敏く発見された。
勿論、絵梨子はそれを指摘し、
あの後、僚との『話し合い』が、どういう結果になったのか、
真っ先に聞きたかったが、朝からそんな話をしたら、
きっと、今日1日親友は、仕事どころじゃ無くなって、
業務に支障をきたす事は、目に見えているので、
その話題は、昼休みに持ち越す事にした。
それにしても、と絵梨子は思う。
多分、香は自分がキスマークを付けている事に、全く気付いていない。
無防備すぎる親友に、絵梨子は苦笑する。
せめてもの救いは、
余程、彼女の襟元を覗き込まない限りは、簡単には見えそうも無い事だけだ。


昼の合図とともに、絵梨子は香を誘った。
「香、今日はお弁当屋上で食べない?」
香は特に気にせず、うん、良いよ~。と、呑気に答える。
とても、良い天気だった。
暑くも無く、寒くも無く心地いい風が、時折吹く。
香は、玉子焼きを1口食べて、僚を思い出した。
この玉子焼きも、コロッケも、インゲンの胡麻和えも、他のも全部。
僚も同じモノを食べている。
僚は、その時によって、家で食べたり、漁協の事務所で食べたり、
船の上で食べたり、色々だけど何処に居ても、香と同じモノを食べている。
そう思うと、香は嬉しくなった。
今日は、何処で食べてるんだろう。
天気が良いから、外で食べてるかもしれない。


「ねぇ、香?週末、僚さんと話し合ったの?例のキスの件。」
急に絵梨子に訊かれて、香はコロッケを喉に詰まらせそうになった。
ペットボトルのお茶を含み、息を整えて、うん。と言うのがやっとだった。
「それで?どうなった?」
絵梨子は、心底楽しそうにそう訊いた。
香は、誘導されるまま、観念して少しづつ語り始めた。
帰ったら、僚が起きて待ってた事。
いつの事なのかは不明だが、僚のお嫁さんになるらしい事。
キスしただけで、ナポリタンを食べて来た事を言い当てられた事。
一緒に、寝室に連れてかれた事。
目が覚めて、1日だけ仕事をさぼった僚と、なんだかんだで、エッチした事。
お嫁さんには、まだなっていないケド、僚の彼女になった事。
これからも、ずっとずっと死ぬまで家族だねって約束した事。


絵梨子は、真っ赤に照れながらも、今までで1番幸せそうな親友を抱き締めた。
「おめでとう、香!!」
あ、ありがとう///・・・恥ずかしぃ。
そして、絵梨子はニヤッと笑うと、本題に突入した。
週末に引き続き、ガールズトークはこれからだ。
昼休みも、まだ後、40分近くある。
「で?どうだった?」
「へ?何が?」
相変わらず、香は天然である。
彼氏(旦那?)が出来ても、『女』になっても、基本的には何も変わらないらしい。
「何って、決まってんじゃない。」
エッチよ。そう言った絵梨子に、
香は、やっぱり絵梨子は凄いなぁ、と妙な感心をした。


「ど、どうって?」
「色々あるでしょ?痛かった~とか、思ったより大した事無かった~とか。」
う~~ん、確かに、すっごく痛かったけど、それより幸せだった。
「おお、イイね。それで、それで?」
絵梨子のあまりの食い付きに、香は多少引き気味に、
た、多分、普通だよ。絵梨子の彼と、あまり変わらないんじゃない?
と、答えた。実際、僚しか知らない香には、何が普通なのかは解らないけれど。
絵梨子は、内心そんなわけないじゃん、と思った。
あの、僚である。
全身から、匂い立つような色気を放っている、
あんな男が、普通なワケはないのだ、絶対に。
ある意味、それが普通なのだと思って、
これから長い人生を歩む親友は、
そのまま知らない方が、幸せなのかも知れない。
「でもね、勿論僚が私の彼氏になった事が、1番嬉しいんだけど。」
「うん、うん。」
「こうやって、絵梨子に報告出来る事も嬉しいの。いつも、聞くだけだったから。」
そう言って微笑んだ香を、絵梨子はもう1度抱き締めた。


一方その頃、『彼氏』の方はと言うと、
繋留した船の上で、最愛の女が作った弁当に舌鼓を打っていた。
今朝ほど、ベッドを出るのが嫌だった事は無かった。
すっかり疲れ切った香は、グッスリ眠っていた。
そのあどけない寝顔は、子供の頃からひとつも変わらない。
丸2日、ずっといちゃついて、
慣れない事に、必死でしがみ付く香が可愛くて堪らなかった。
本当は、もっと何回でも抱きたかったけど、それでも心は満たされていた。
1度だけでも、充分だった。
それに、これから先何度でも、香を抱けるのだ。
仕事に行く前に、港に寄った香にキスをしたら、真っ赤になって照れていた。
まだまだ、沢山教えてやりたい事がある。
想像して、僚は1人ニヤニヤしていた。
今日は、人目に付かない所で、弁当を食べて正解だった。
食事を終えて、大きく伸びをした僚は、
「さて、善は急げだな。」
とポツリと呟いて、おもむろにポケットから携帯を取り出すと、
リサイクル業者に電話した。


香が仕事を終えて帰宅して、まずは部屋着に着替えようと、
自室に入って、ポカンとなった。
ベッドが無い。
それ以外は、なんら変化は無い。
唯一、ベッドだけが無い。
布団は、ベッドがあった場所に、綺麗に畳んで置かれていた。
今朝までは、確かにあった。
今朝は、僚のベッドで目覚めた。
目を覚ますと、既に僚はいなかったけど、
布団からは、僚の匂いがした。
それだけで、何故か涙が溢れそうになった。
2日間、あんなにずっとくっ付いていたのに、
数時間(しかも寝てたのに)、離れているだけで僚が恋しかった。
その後、仕事に行く準備の為に、自分の部屋で身支度をしたのだ。
その時には、あった筈だ。
一体、昼間何があったんだろう?


取敢えず、着替えをして香は僚の部屋に行った。
僚は寝ていたけど、香が入ってきた気配で目を覚ました。
「・・・ん、おかえり。どした?」
少しだけ、寝惚けたような僚の口調が、カワイイと香は思った。
「ただいま。」
そう言ったら、僚は起き上がって香に近付くと、キスをした。
香は囲われた僚の腕の中で、話を続けた。
「あのね、僚。」
「何?」
僚は、ニコニコしている。
「何か、私のベッドが無いみたいなんだけど、知らない?」
「あぁ、昼間捨てた。」
「は?」
「今日から、おまぁの寝室はココな。」
「っええぇぇぇ~~~!!」


でも、それじゃ、僚の事起こしちゃうよ?
そう言った香に、僚は、良いよ。と言った。
眠い時は、別に気にせず寝るんだし、大した事じゃ無いと。
それに、一緒に寝たからと言って、
毎日、不眠不休で“やる”ワケじゃねぇし。
と言って、ニヤッと笑った彼の言葉に、信憑性と説得力は、全く無い。


⑨ 花嫁修業(?)

僚と香が、ひょんな事から、恋人になってから、
早1か月近くが経とうとしている。
香はココの所、仕事中に欠伸をかみ殺してばっかりだ。
そんな親友を見るにつけ、絵梨子は微笑ましくなる。
たとえ、多少睡眠不足でも、香の化粧ノリは、抜群だ。
お肌ピカピカで、ホルモンバランスは絶好調のようである。
彼女の幸せそうな、薔薇色の頬を見れば、
『私生活』が充実している事は、一目瞭然である。


ひと月ほど前、何でも僚は香のベッドを勝手に処分してしまったらしい。
その翌朝、香は少しだけ腹を立てて、絵梨子にそう報告して来た。
しかし、香が怒っていた原因は、
僚のスケベ心から来る、その身勝手な所業自体にでは無い。
一緒に眠る事に関しては、全然構わないようである。
では何故、怒っていたのかというと、
実は香は、ベッドとマットレスの間に、コッソリへそくりを隠していたらしい。
そんな事など知らない僚は、香に何の相談も無く、
へそくりごと、ベッドをリサイクル業者へと渡してしまったのだ。
その後、香は仕方なく僚にその事を話して、抗議したモノの、
僚はその話を聞いて、大爆笑したのだという。
香本人は、至極大真面目に腹を立てていたのだが、
それを聞かされた絵梨子も、やっぱり吹き出してしまった。
そんな風で、僚と香の恋人としての、
新しい生活は、実にほのぼのと、平和で、愛に溢れている。


明らかに、このひと月で女っぷりの上がった香を、職場の男性社員たちは、
香が気付いていないのを良い事に、ジットリと見詰めては英気を養っている。
絵梨子は、いつもハラハラしているが、気付いてないのは香だけだ。
相変わらずの、天然だ。





ベッドを処分した時、僚は
何も、毎日“やる”ワケじゃねぇから。と、香に言った。
しかしあれから、香の“女の子の日”以外、ほぼ毎日何かしらやっている。
どうやら僚は毎日、夜に備えてバッチリ昼寝をしているらしい。
夜は至って、元気だ。
初めの内こそ、辛そうだった香も、今では随分慣れてきて、
僚も少しづつ、香の『好み』を判断出来るようになってきた。
どうされたら、嬉しそうにしているか。
逆に、どういうのが苦手そうか。
こうやって少しづつ、香自身ですら解っていない香を見つけていく事が、
僚の今の1番の楽しみだ。
勿論、香には何も言わない。
言ってしまうと、意識するからだ。
無意識の訴えかけこそが、きっと彼女の本音だから。
香の“ツボ”は、僚だけが心得ていればイイ事だ。
だから僚は、セックスをしながら、
香の細かな反応のいちいちに、全神経を集中させている。
そうするうちに、僚はフト気付いた。
もしも、自分に今までの女性経験が無かったら、同じように出来ただろうか?
答えは、否である。
そう考えると、これまでの『人生経験』も、無駄では無かった。
全ては香との、ヰタ・セクスアリスの為の布石であったのだ。


香は1度、頂点まで昇りつめた後、気怠げにうつ伏せてボンヤリしている。
僚は愛おしげに、そんな香の柔らかな猫毛を、弄んでいる。
「最近ね、仕事中超眠いの。」
「そりゃあ、夜更かししてるからなぁ。」
僚は、クククと呑気に笑う。
そして、うつ伏せた香の背中を包み込んで、そっと抱き締めると、
ほっそりとした首筋に、顔を埋める。
香はくすぐったそうに、少しだけ首を竦めたモノの、
僚にされるがまま、クッタリと躰の力を抜いている。
「絵梨子がね。今日の私のアクビの回数、数えてみたら、午前中だけで43回だったって。」
僚は思わず、首筋に顔を埋めたまま、ブッと吹き出す。
「くすぐったいょ。」
と言って、香もクスクス笑う。
「お前ら、ちゃんと仕事してんのか?なんか、あそこに預金してんの、不安になってきたな。」
と、笑いながら僚が言う。
「ちゃんとしてるよ。でも、眠いの。異常に。」
そう言った香の声が、もう既に眠そうに、舌足らずで、カワイイから。
僚は、また抱きたくなる。
「イヤか?毎晩するの。」
僚が問うと、香はクルリと向きを変えて、僚と向かい合う。
「ううん。全然やじゃない。だいすき。」
カワイイ事を言う、カワイイ女を、もう1度悦ばせる為に、
僚は、その唇を塞いだ。
明日は、土曜日で香は休みだ。
僚は海に出るので、僚が出掛けた後は、香は幾らでも眠れる。
ひとまず、もう1回僚は香に溺れる事にした。




僚の漁師仲間たちは、ここ最近僚と香の関係に、
どうやら変化が訪れたらしいと、気付き始めていた。
毎朝、香が僚の元に弁当を届けるのは、前から同じだが、
それに、最近はおはようと、お疲れ様のチュ―が付いてくるらしい。
日曜の早朝などは、時々手を繋いで防波堤の辺りを散歩している。
そして、今までの僚の女遊びの噂が、パッタリと止んだ。
それこそが、彼らの驚く所なのだ。
2人が仲が良いというだけの話しなら、それは昔っからの事だ。
僚はガキの頃から、その性豪振りでここらでは有名だ。
あくまでも、噂の域を出ないが、なかなかの武勇伝の持ち主だ。
かたや香は、父親と兄達(僚も含め)にガッチリ守られ、
未だ純真無垢と言っても良いほど、無邪気な娘だ。
しかも、こんな田舎町にいるレベルでは無い、別嬪だ。
これも、あくまでも噂ではあるが、香に悪いムシが付きそうになると、
僚が、片っ端から駆除して回っているらしい。
それが兄としての行動か、男としての独占慾なのか、
彼らは、これまでも時々酒の肴にして、噂したもんだ。
しかし、ココに来て、とうとうその疑問に、答えが出たらしい。
僚が香を見詰めるその目は、明らかにオスの目だ。


1人の初老の漁師は、僚と香が仲睦まじく、
腕を組んで歩いているのを見て、今更ながら、昔の海原の言葉に驚いている。
あれはまだ、海原が香を引き取って間もなく、
香が小学校に上がるか上がらないかの頃だ。
一緒に酒を飲んでいた海原に、養子にしたらどうだと言った事があった。
今のままでは、これから先学校やなんかで、手続きも面倒だろうし、
何より、海原のその可愛がりようは、
実の子となんら変わり無いのだから、と。
しかし彼は、ハッキリと言ったのだ。
『香は、私にとって娘であり、大事な息子の嫁だからね。』と。
その頃、僚は既に悪ガキで、ケンカはするわ。女遊びはするわ。
酒は飲むわで、やりたい放題だった。
今でこそ、昔の海原にそっくりな、男気溢れる立派な青年に育ったが、
その時は、海原のその言葉に、正気を疑ったモノだ。
でも、今なら思うのだ。
海原には、ずっと先のこの光景が、ハッキリと見えていたのではないかと。





僚が、海に出掛けた後、香は昼近くまで寝てしまった。
最近、いつもこうだ。
僚とエッチばかりしている。
でも、それが嫌かと訊かれれば、嫌じゃない。
むしろ、好きだ。
エッチそのものがというより、僚とマッタリと過ごすあの時間が。
正直、気持ちイイとか、快感とかはまだ良く解らない。
それよりも、むしろ僚の温かい躰に触れたり、
ギュッと抱き締められる事の方が、好きだ。
キスも好きだ。
僚の味がするから。
何より、こんな風に部屋を片付けたり、洗濯をしながらも、
僚の事ばかり、ずっと考えている。
きっと、もうそろそろ帰って来る。
最近は2人でいると、いつもピッタリくっ付いている。
テレビを見る時も。本を読む時も。音楽を聴く時も。
どうして、今までこんなに楽しい事に気が付かなかったんだろう?
香は、生まれてから今までで、今が1番幸せだ。


香が、テキパキと家事を片付けて、
ソファの上で、また少しだけウトウトしていたら、僚が帰って来た。
2人で、遅い昼食を食べる。
明日は、僚も海に行かないから、
今から日曜日の夜中まで、ずっと僚の傍にいられる。
ご飯の後に、香はコーヒーを淹れた。
この家で、コーヒーを淹れるのは、ずっと香の役目だった。
父も兄も、そして僚も香のコーヒーが1番、好きだし、好きだった。
先にリビングで待っていた僚に、コーヒーを手渡して、
香は自分も、ソファの僚の隣に座る。
僚は何も言わず、香を抱き上げると香を膝の上に座らせた。
香の髪の毛を撫でながら、ニコニコしている。
香の昨日の様子からすれば、まだきっと眠い筈だ。
それなのに家事をして、僚が帰る時間に合わせて、食事の準備をしている。
完璧だ。嫁として、修業する事は特に無いだろう。
・・・いや、1つだけあるかと、僚は微笑む。


「なぁ、香?」
「なぁに?」
香は、僚の腕の中で、今にも眠ってしまいそうだ。
何でこんなに温かいんだろうと、香は思う。
「香はさぁ、俺の嫁になるワケじゃん?そのうち。」
「うん。」
「まぁ、家事はさぁ、今更何も勉強しなくても出来るじゃん。」
「うん。」
「1つだけ、練習しないといけない事が、あるよね?」
「何だろう?」
香は、ポヤンとしている。眠る寸前だ。
僚は香の耳元に囁く。
「最近覚えたばっかりで、超初心者で、でもすぅごく大切な事、嫁として。」
「・・・・」
「解んない?」
半分眠りかけた香を、見詰めながら僚は問い掛ける。
辛うじて香は小さく、コクンと、頷く。
「エッチ。」
僚が香の耳を舐めるような近さで、そう呟く。
香は、真っ赤になると小さい声で、・・・僚のバカ。と言いながら、眠りに落ちた。
香が起きたら、また花嫁修業の開始だ。


⑩ この世の果て

フト、僚が目覚めると、ソファの上だった。
夕方の少し手前の太陽の光が、窓から弱く差し込んでいる。
香は僚の膝の上に向い合せで座ったまま、
僚の胸板に躰を預け、スースーと寝息を立てて眠っている。
香の柔らかな髪が、僚の顎をくすぐる。
遅めのランチを終えて、リビングでマッタリするうちに、
2人して、眠ってしまった。
彼らは近頃、真夜中のお楽しみが出来て、常に睡眠不足気味だ。
僚は、香の髪に顔を埋めて、深く呼吸する。
爽やかなシャンプーの香りの奥の、仄かに甘やかな彼女自身の匂い。
僚はまるで自分が、花に引き寄せられる、虫に成ったような気分だ。
香のつむじや、耳や、額や、瞼に、キスを浴びせる。
まるで、花を潤す雨のように。
暫くして、まるで蕾が綻ぶように、ゆっくりと香の瞼が開く。
香が虚ろな瞳で、ボンヤリと僚を見上げたのを合図に、
僚は、その唇にもキスの雨を降らす。


確か転寝する前の僚は、
香が起きたら明るいリビングで、香を抱こうと考えていた。
でも実際目覚めると、セックスは、後でもイイかという気分になっていた。
何となく、2人してマッタリしていたい気分だ。
「なぁ、香?」
「ん~?なぁに?」
「まだ、眠い?」
「ん~ん。だいぶ、スッキリした。」
そう言って、香はニッコリ笑った。
僚が、香の髪の毛や、頬っぺたを柔らかく触りながら、
「明日、久し振りに船に乗るか?」
と訊く。
香は子供の頃から、よく父や僚が操る船に乗せて貰った。
香に魚釣りや、魚の捌き方を教えてくれたのは、僚だ。
泳ぎを教えてくれたのも、船のハンドルを握らせてくれたのも、全部僚だ。
いつだって、香に色んな事を教えてくれるのは、僚だ。
恋も、セックスも。


明日は、天気も良さそうだし、ここん所、
ずっと家ん中に籠ってばっかだからな、と笑った僚に、
香も、嬉しくなって頷く。
「じゃあ、お弁当持って、海にピクニックに行こう?」
と子供のように、香は喜んだ。
「あぁ、そうだな。」
僚は、そう言うと香を抱き締めた。


翌日は、僚の予想通りイイ天気だった。
天気を読む事にかけては、この港の漁師たちの中でも、
僚は、群を抜いて長けている。
もはや、それは才能とも言うべき正確さで、言い当てる。
僚よりも、キャリアの長いベテランの漁師ですら、
僚の天気予報を、当てにしている。
2人は、船に乗り込んで、港を出た。
春と梅雨の間の、今が1番イイ季節だ。
でも、僚に言わせれば、天候が変わりやすい時期でもあるそうだ。
自然をナメちゃいけないと。
それは、僚と香にとっては、重々身に染みている事柄だ。
大切な家族が3人も、大自然の中に飲み込まれてしまったのだから。
2人にとって海は、
大好きな遊び場で、生活の糧を与えてくれる恵みの源で、
思い出の故郷で、大嫌いな自然の化け物だ。
偉大で畏怖すべき、大きな存在だ。


僚が、到着。と言ってエンジンを切って、アンカーを降ろした場所は、
360度、見渡す限り何にも無い場所で、
空の薄い青と、海の深い青と、太陽の光だけの世界だった。
海はベタ凪で、エンジンを切った船は、微かに揺らぐ程度だ。
タプンタプンと、波が船を叩く音。
まるでそこは、この世の果てのようだと、香は思った。
2人はそこで、セックスをした。
太陽と、空と海だけの場所で、2人は真っ裸だった。
陽が傾き始めるまでの、ほぼ半日、沢山セックスをして、お弁当を食べて、
海ピクニックを満喫した。
香はずっと心の中で、海の神様に祈っていた。
どうか僚が、いつも無事で自分の元へ帰って来ますようにと。
いつかのパパみたいに、お兄ちゃんみたいに、お父さんみたいに、
1人で、海の底に連れ去られる事が、ありませんようにと。
もしも、そんな事があるというのなら、
今この瞬間、2人が抱き合ったままで、幸せなままで連れ去って下さいと。
兎にも角にもまた1つ、2人の海のレジャーが増えた。
僚は、気候がイイ時には、また是非海ピクニックをやろうと、心に誓った。


週明け、月曜日。
昨日の海ピクニックに引き続き、天気は快晴だ。
香は、1つ大きく伸びをして玄関を出た。
これから、港に寄って僚にお弁当を渡して、会社に行く。
昨日船の上では、全然気付かなかったけど、香は日焼けしてしまった。
この季節は、日差しは真夏ほど強くは無いけれど、
紫外線の量は、真夏よりも多いらしい。
油断しちゃったなぁ、と香は朝バスルームの鏡を見て、溜息を吐いた。
と言っても、傍から見れば、
元々色の白い香なので、ワントーン暗目のファンデーションを、
薄く伸ばした程度の変化だ。
それに、真っ裸で日焼けしたので、
境目も無く、焼けムラも無く、まるで日焼けサロンで焼いたような状態だ。
香が気にするほど、大した事では無い。


港に着くと、僚は船に装備された、ウィンチの手入れをしていた。
咥え煙草で、黙々と作業をする僚に、香は一瞬見惚れた。
香は船を見ると、昨日の船上デートを思い出し、赤面した。
よく考えたら、幾ら昨日の場所が誰も来ない、大海原の片隅で、
この世の果てだったとしても、お外でエッチしちゃったのだと。
勿論僚は、そんな香の動揺などお見通しで。
ニヤッと笑うと、
「昨日の事、思い出しちゃった?」
と訊いた。
香は、俯いて真っ赤になる。
僚は、ニッコリと微笑むと、またしような。と言った。
そして、香を抱き締めた耳元で、
「俺も思い出して、おまぁの事、抱きたくなった。」
と、囁いた。
香はあり得ないほど、ドキドキして、仕事前から心臓に悪いと思った。


そんな艶めいた会話のすぐ後に、僚はケロッとして、
「あれ、おまぁ傘持って来なかったのか?」
と訊いた。
でも、空は見事に晴天である。
「でも、お天気だよ?」
「ん~、今はな。でも、じき崩れる。午前中一杯持てばいいかな。」
僚は、そう言って海へ目を向けた。
そして、遥か彼方沖の方を指差すと、
「あっちの方は、今頃、時化てんな。こういう日は、海に出ない方が良い。」
「僚は、出なかったの?」
「あぁ、今日はお船の整備。たまには、ゆっくり時間掛けてやってやらんとな。それには、今日みたいな日がベスト。」
そう言って、僚はニッコリ笑った。
「で?おまぁ、傘は?俺のヤツ、持ってけよ。」
「ううん。大丈夫。更衣室に1本置いてるから。」
「そうか。気を付けてな。」
「うん、いってきまぁす!!」
この時の香はまだ、
僚がその日、不本意ながら、海に出る事になろうとは、夢にも思わなかった。


香が更衣室で着替えていると、絵梨子に、
「香、ちょっと日焼けしたぁ?」
と訊かれた。
「やっぱり、判る?やだなぁ。昨日、僚と海に行ったの。」
「へ?海水浴?早くない?」
「違う、違う。船で魚釣りしたんだよ。」
香は、一応誤魔化した。
幾ら絵梨子が親友で、何でも包み隠さず話す仲だとしても、
さすがに、海の上でエッチをした話など、とてもじゃ無いケド、言えない。
「そうなんだ~、僚さんお仕事でも魚獲ってんのに、ワザワザお休みの日まで魚釣りするのね。」

絵梨子は一応、香に合わせて適当に受け流したが、
香の嘘を見破っていた。
制服に着替える為に、下着姿になった親友。
クリームイエローの、カワイらしいスリップ姿。(これは僚もお気に入りだ)
左の肩紐が、落ちている。
無防備で、無邪気な親友。
魚釣りだと、誤魔化しながら着替えているけれど、
絵梨子は、1つ疑問に思う。
肩にも襟元にも、衣類の境目の跡は、一切無い。
ねぇ、香?一体どんな恰好で魚釣りしたら、
そんなに万遍なく、均一に焼けるのかしら?
絵梨子は、思わず苦笑する。
あの僚のどこが普通だというのだろう。
少なくとも、絵梨子とその彼は、屋外でエッチはしないし、
今の所、今後そのような予定も無い。
どうやら親友は、のびのびと自由奔放に、
愛する人とのセックスライフを、満喫しているようである。







⑪ 今すぐに

午前中、まだ早い内から、俄かに雲行きが怪しくなってきた。
気が付くと、激しい風雨が吹き荒れていた。
月曜日は、大体いつも忙しいのだが、天気がこんな風だから、
朝から、来客も殆ど無い。
今日は、絵梨子と香は窓口を任されている。
暇なのをイイ事に、香はポヤァッと、
大きな窓ガラスの外の、通りを眺めていた。
隣の窓口に座っている絵梨子もまた、
先程、1人接客を終えたきりで、手持無沙汰なのか何処かボンヤリしている。
表を眺めながら香は、僚の言ってた通りだ、と思った。
きっと、僚は今頃、早々とウチに帰って、
シャワーを浴びて、昼寝してるかも知れない。
今日の夜に備えて。
そんな事を考えて、香は1人赤面した。
マジで、ヤバイ。と、香は思う。
近頃では、仕事中にまで、少しでも暇があれば、頭の中は僚でいっぱいだ。
まるで、病気だ。


香が、
(ダメだっ!!何か別の事を考えないと。)
と思い直していたら、
1人の男性が勢いよく店内に飛び込んで来た。
彼の事は、香もよく知っている。
僚の、漁師仲間だ。
「香ちゃんっ!!リョウちゃんがっっ、海に出たまま戻って来ないんだっ!!!」
一瞬、香は呆然とした。
彼の言葉が、よく理解できなかった。
しかし、徐々にその意味を呑み込むと、真っ青になって会社を飛び出した。
周りにいた、上司や同僚達も、言葉を失った。
2年前に香が、心を擦り減らして、
半年間、静養した事はほぼ全員が知っている。
あの時は、彼女の父親だった。
更にその1年前には、兄も亡くしていると聞いている。
そして最後の1人、彼女の最愛の家族であり、
この辺りの誰もが良く知る男の、行方不明の報せに誰もが息を呑んだ。
それまでの、何処かのんびりした空気が一転、緊張感が張りつめた。


それは、僚があらかた船の整備も終え、
そろそろ家に帰ろうか、と思っていた時だった。
もう既に、港の周りにも真っ黒な低い雲が、垂れ込めていた。
今にも、雨が降り出しそうだ。
生温い、湿ったイヤな風が、吹き始めた。
長居は無用だ。
こういう時は、確実に波が荒くなる。
僚はもう1度だけ、繋留してあるロープを良く確認した。
大事な商売道具が、転覆でもしたら堪らない。
一旦そうなると、メンテナンスが非常に面倒臭いことになる。
無駄な経費も掛かる。
「リョウちゃんっっ!!」
僚に声を掛けてきたのは、1人の漁師仲間だった。
彼によれば、1人だけ海に出たきり、帰って来ない者がいると言う。
帰って来ない男は、僚よりも5つ年下の若い漁師だ。
僚と同じで、彼の父親もまた、漁師だ。
僚は小さく、チッと舌打ちすると、
先程、入念にチェックを入れたロープを解き、素早く船に乗り込んだ。
周りの誰もが、止める暇も無かった。


彼ぐらいの時は、誰しも丁度、己の腕を過信する頃だ。
男達は皆、初めの内は、恐々海と向き合う。
しかし、何度か正念場を乗り切る内に、
自分だけは大丈夫だ、と何処かで安易に考える。
僚に言わせれば、
正念場など、迎える事の無いようにするのが、一流だ。
危機管理も、仕事の内だ。
引く時は、引く。
所詮、自然のお零れを頂戴して、生業としているのだ。
自然の傘の下に於いて、決して驕ってはいけない。
話しを聞いて、僚の脳裏に真っ先に浮かんだモノは、彼の両親の顔だ。
あの歳で、自慢の跡取り息子を亡くしたら、
これから後、どうやって生きて行くというのだ。
僚はその悲しみを、誰よりも良く知っている。
「・・・チッ、バカが。」
僚はそう呟くと、嵐に向かって船を進めた。


香が港の事務所に着いた時、港では大騒ぎになっていた。
傘も差さずに走って来た、顔面蒼白でズブ濡れの香の姿を見て、
その場にいた全員が、息を呑んだ。
無線の前に立っている、1人の漁師に香が近付いた。
りょおは?
小さい、しかしハッキリと訊ねた香の声は、震えていた。
「・・・さっきまではね、繋がっていたんだけど・・・10分ぐらい前に、彼を無事保護して、今戻っている所だから、心配するな。って言葉を最後に、交信が途絶えて、それっきり・・・」
そう言った男は、香の目を真っ直ぐに見る事は出来なかった。
ココにいる全員が、
香にとって、僚がどれだけ大きな存在か、
海で家族を失う事が、どういう事か、嫌という程知っている。
この華奢で儚い両肩に、その重い記憶を背負ってしまっている、この娘に。
またそれ以上の試練を与えるのかと、
全員が、神を呪いたくなるような気分だった。


香はその言葉に、両脚の力が抜けて、立っていられなくなる感覚を覚えた。
今までに感じた事の無い程の、恐怖。
同じだ。
2年前の父の時と。
『すぐに戻るから、心配するな。』
そう言った父は、2年経った今も帰って来ない。
父が助けようとした、その仲間の漁師は、
数日後に、海上に浮かんでいるのを引き上げられた。
それなのに、父は未だに遺体さえ見付からない。
香は、そのままその場に崩れ落ちて、子供のように泣きじゃくった。
どうして?
なんで、僚なの?
なんで私を置いて、こんな日に海になんか出て行ったの?
言いたい事は、山ほどあるのに。
1つも言葉にはならなくて、全て涙になって流れ出した。
こんなの、酷いよ。りょう。
香は、愛しいその名を呼んだ。
「りょおっっ。」









「はぁ~~~い。」
数秒後、呑気な返事が聞こえた。
全員が、事務所の入り口を一斉に振り返った。
そこには、全身ビショ濡れの件の色男と、
騒動の張本人たる、年若い漁師が立っていた。
若い漁師は、シュンと項垂れ、目元には大きな青痣を作っている。
港から随分離れた沖合で、僚が転覆した一隻の漁船を発見した時、
彼はその船のすぐ傍で、辛うじて浮き輪に掴まり、真っ青になっていた。
僚の到着が、あと少し遅かったら、彼は確実に波に飲まれていただろう。
素早く彼を、自分の船の甲板に引き上げた僚は、
物も言わず、一発殴り付けたのだ。
そして一言、命を粗末にするな、と言った。


僚のあまりにも呑気な声音に、誰もが安堵した。
香の涙も、ピタリと止まり、僚を見上げた。
涙で視界がぼやけてはいたが、確かに僚だった。
僚も真っ直ぐに、小さく蹲った香だけを見つめた。
きっと、怖かったに違いない、震える細い肩。ビショ濡れの、制服姿。
そんな香を目の当たりにして、
僚は改めて、嵐の中から戻って来られた幸運に、心から感謝した。
親父が護ってくれていたと、僚は確かに感じていた。
「りょお」
香は大切なその名を、ポツリと呟くと、
まるで弾かれたように、僚の胸に飛び込んだ。
触れて確かめたかった。
今ココに、確かに僚がいる事を。
「あ~あ~、おまぁ、ビショ濡れじゃん。風邪引くぞ?」
そう言って、僚は香を優しく包むように、抱き締めた。
香は、鼻声の涙声で、
「僚の方こそ。」
と言って、笑った。
そんな香に、僚は軽くキスをして言った。
「香、今からすぐ、結婚するぞ。」
「は?」
キョトンとする香の手を引いて、僚は走ってその場を後にした。
思わぬ展開に、その場にいた全員が、数秒遅れで、
おおぉぉ~~~と、どよめいた。
その時には既にもう、その場に2人の姿は無かった。
ついさっきまでの、嵐の遭難騒動から一転、港は祝福ムードに包まれた。


風は殆ど収まっていたが、相変わらず降りしきる雨の中を、
2人の男女が、駆け抜けていく。
港から、徒歩5分の町役場まで。
途中、信用金庫の前も横切った。
香の心と、僚の安否を心配していた面々の目の前を、
その当人たちが、軽やかに駆け抜けていく。
手だけは、何があっても離さないと、しっかり繋いだまま。
香の制服も、僚のジーンズもビショ濡れで、
2人とも、靴の中までビチョビチョだ。
役場に着いた2人は、その場で婚姻届を提出して、めでたく夫婦となった。
途中、書類に記入しながら、香が気付いた。
「あ、今日6月1日だ。」
「ジューン・ブライドだな。」
僚はニッコリ笑うと、窓口の担当者の目の前で、香にキスをした。
まるで、誓いのキスのように。
ビショ濡れの、6月の花嫁は、この世で1番幸せそうに、微笑んだ。









港~町役場の辺りの件りは、
RCサクセション「June Bride」という曲から、
イメージを戴きました。

次回、いよいよ最終話でっす!!!

最終話 聖(精?)なる夜に、

6月の激しい雨の日に入籍した2人は、
その数日後、海の神様を祀った近所の神社で、ささやかな式を挙げた。
思えば、ファースト・キスから、1カ月と少々、驚異のスピード婚である。
2人は、夫婦であり、家族であり、恋人であり、兄妹のようでもある。
結婚して、何かが変わったようで、その実何も変わっていない。
ずっと、ラブラブだ。


香は、入籍から2カ月後に、信用金庫を退職した。
変則的な僚の生活リズムでは、平日どうしても擦違いがちになるのが、
香は、嫌だった。
少しでも、多くの時間を僚と共有したいと思ったのだ。
そして、港の水産加工場で、パートを始めた。
香が、そこで働きたいと言ったのだ。
パート仲間は、ほぼ全員が漁師の女房である。
そして、ほぼ全員が子供の頃からの、顔見知りである。
僚としても、同じ働くなら、ココだったら安全だと思った。
変な虫が、寄って来る心配も無い。


香にとっては、港での仕事は楽しい事ばかりだ。
元々、身体を動かすのは大好きだし、(信用金庫は、退屈過ぎたくらいだ。)
それに、僚の近くで働けるのがイイ。
僚が獲って来た魚を(勿論、他の漁師さん達のもだけど。)、
仕分けしたり、選別したり。
僚が身体を張って、お仕事をする。
そのお手伝いを、少しだけでも出来てるみたいで嬉しいのだ。
今までよりも、朝は早起きだ。
そのかわり、お昼は僚が迎えに来て、そのまま一緒に家に帰る。


一緒にご飯を食べて、
一緒にお風呂に入って、
一緒にベッドに潜り込む。
そして、一緒に眠る。
もっとも、ベッドに入ってから、眠るまでが長いんだけど。
日が沈んだら、眠って。
日の出とともに、起きる。(僚は、日の出前かな。)
まるで、野生動物のような、僚と香の生活。
それは、この上ない幸せだと、香は考えている。
この世で1番贅沢で、シンプルな愛の生活。


そして、あっという間に、入籍からもうすぐ半年になる。
あと1カ月で、今年も終わりだ。
思えば2人にとっては、大きな変化の1年だった。
まさか去年の今頃に、2人はこんな1年後は、予想出来なかった。
でもきっと、来年の今頃は、今年とあまり変わらないんじゃないかと思っている。
きっと、愛すべき坦々とした日々を、送っているんじゃないかと。
ずっと、ずっと、毎年そうであって欲しいと、2人は願っている。
いつまでも、ずっと傍にいて、愛し合う日々。
神社での結婚式が、功を奏したのか、僚が危険な目に遭う事は、あれ以来無い。


僚と香は数日前、クリスマスの話しをしていた。
その時、僚は香に、何か欲しいものは無いか聞いてみた。
子供の頃なら、お菓子の詰まった赤いブーツをあげれば、喜んでくれていた。
でも、今年は結婚して初めてのクリスマスだから、
何か記念になるモノをあげたかった。
それでも、一応は香のリクエストも無いか聞いてみたのだ。
香は少しだけ考えて、
『何にもいらない・・・けど。』
と言った。
『けど、何?』
楽しそうに問う僚に、
香は、頬を染めて恥ずかしそうに俯くと、小さな声で言った。
他には何もいらないケド、僚の赤ちゃんが欲しい・・・
僚は思いの外、攻撃力の強いその香の言葉を、頭の中で何度も思い返した。


思いも寄らない、斬新なリクエストだった。
少し前の香なら、カワイイお洋服や、新しい靴や、
オシャレなバッグが、大好きだった筈だ。
20歳そこそこの女の子なんて、みんなそんなモンだ。
香もいつも、親友の絵梨子とそんな話しで盛り上がっていた。
だから、もっとアクセサリーだとか、
そういうモノが欲しいんじゃないかと、僚は思っていた。
まさか、『赤ちゃん』が欲しいと、おねだりされるとは、僚は夢にも思わなかった。
OLを辞めて、港で働くようになってから、香は女房の先輩達から、
様々な情報を吹き込まれて、帰って来る。
細々とした節約のアイデアから、夜の夫婦生活の営みに関するアドバイスまで。
そして、それを楽しそうに僚に報告する。
正直、大きなお世話的なアドバイスが、大半だが。
そんな中で、子育ての話しをする彼女たちを見て、
香は、ひどく憧れを抱いているのだ。
いつか、自分も僚の赤ちゃんを、産んで育てたいと。
だから、僚に何か欲しいモノは無いかと訊かれた時、迷わず答えたのだ。
今一番、欲しいのは僚に良く似た、カワイイ赤ちゃんだ。
それ以外、香は何もいらない。


香の無邪気なおねだりから、10日。
僚は、船の上でボンヤリ考え事をしていた。
「・・・でもなぁ、こればっかりは、授かりモンだしなぁ。」
あれ以来、僚はよく考えている。
『赤ちゃん』
というプレゼントは、何も香だけのモノじゃない。
もしも、貰えるものならば、僚だって心底、欲しいと思い始めていた。
香に良く似た、カワイイ赤ちゃん。
それは、僚だって喉から手が出るほど欲しい、贈り物だ。
そして、初めて香を抱いた夜の事を思い出した。
そう言えばあの時僚は、不思議な事に子供が欲しいと直感的に感じた。
それでも僚に出来る事は、毎晩願いを込めて香を抱く事だけだ。
僚の心の中では今、『子作り強化月間』実施中である。
多分、香が妊娠するまで。


香が加工場での仕事を終えて、奥方連中と世間話をしていると、
いつものように、僚が迎えに来た。
香が様々な情報を入手するのも、いつもこの時間だ。
「香ちゃん、ダーリンがお迎えだよ。」
「新婚さんは、イイねぇ。うちにもこんな時が、あったんだけどねぇ。」
おばさま達は、口々に香を冷やかす。
香は、大概で慣れても良さそうなモンを、真っ赤になって照れている。
こんな風に、いつまでも無邪気でうぶな、
カワイイ娘のような香を構うのが、彼女たちは面白いのだ。
僚は、思わず苦笑すると、
「あんま、うちの子に入れ知恵せんでくださいよ?姉さん方。」
とくぎを刺す。半分は、本気だ。
「まぁ、人聞きの悪い。女房が、賢くならないと船乗りの嫁なんて、務まらないよ?亭主なんて、尻に敷いてナンボだよ。」
そう言った彼女の夫の顔を思い浮かべて、僚は心底同情した。
自分の嫁が、香でよかった、と僚は思う。
だけど彼女達にも、うぶな娘時代があったのだという事に、
まだ気付かない僚は、やはり若いのだ。


僚がまるで、香を抱くようにして、腰に手を廻して帰って行く後ろ姿を、
彼女達は、ニヤニヤして見送る。
歳の離れた、カワイイ嫁が大切でしょうがないのだろう。
彼女たちは、僚が悪ガキの頃から、色々と良く知っている。
僚の父親は、僚の腕白ぶりにホトホト手を焼いていた。
やっぱ、男手1つで育てたからかなぁ、と彼女たち相手によく愚痴ったモンだ。
「何か、最近リョウちゃん、早く子供が欲しくて堪んないらしいよ。」
そう言ったのは、この辺でも1番の子沢山の6児の母である。
彼女の言うには、先日夫(勿論、6児の父)が僚に誘われて、
飲みに行った時の事、珍しく泥酔した僚に、
「何食ったら、そんなにポコポコ、ガキが出来んだよ?」
と絡まれたらしい。
僚の目が完全に据わっていて、背筋に寒気が走ったと、
彼は後から、妻にしみじみと呟いた。
「なんか、コツがあるなら教えてやったらどうだい?」
「やぁねえ、ある訳ないでしょう?」
そう言って、彼女たちはカラカラと笑った。


僚の母親、
香の母親、
香の父親、
香の兄、
僚の父親、
これまで2人の家族は、次々と亡くなった。
さよならだけが、人生だった。
せめて2人だけは、お互いを置いて逝く事が無いように、
そう祈り続けて、生きてきた。
だけど、最近気が付いた。
とても、素敵な事実に。
家族は減るだけじゃないんだと。
作る事だって出来るという事に。
その事に気付いた2人は、今現在、一生懸命新しい家族を制作中だ。
まだ完成時期は、未定だが。


実はこの数週間後、
聖なる夜に、僚は見事『種付け』に成功するのだが、
今の所、それを知っているのは、神様だけである。


fin.












漁師パラレル『嫁に来ないか』、終了でっす!!
最後まで、お付き合い戴きまして、ありがとうございまっす m(_ _)m
なんか、今回はスコーンと突き抜けて、
色んな事、実現させちゃいました★★

きっと、原作世界のスイーパーなリョウちゃんには、
色々と難しいだろう、でもごく普通の家庭を築くという幸せ。
パラレルだったら、そんな夢も叶えられちゃうんだっっと、
今回はワタクシ、超楽しんで書き進めちゃいました。
何より、カオリンが幸せだったら、何でもアリのケシなのでっす!!

毎日、見に来て戴いた皆々様。
拍手や、コメントを沢山寄せて戴いた皆々様。
気が付くと、このお話しを書いている途中で、
拍手の総合計が、な、なんとっっ
1000を突破してました。
ブログを始めた1番最初は、
まさかこんなにも沢山の応援を戴けるなど、夢にも思っていませんでした。
これもひとえに、皆様方のお陰でございまっす!!!!

これからも、更新頑張りまっす。         ケシ

漁師と嫁のクリスマス。(第3弾・嫁に来ないか)

結婚2年目の冴羽家のクリスマスには、家族が1人増えていた。



結婚した年のクリスマス頃に、香のリクエスト通り、赤ちゃんをプレゼントした僚は、
(もっとも、これは後々判明した事だが。)
翌年の9月半ばに、初めて我が子を抱いて、それから1カ月間、海に出なかった。
理由は特に無い。
ずっと、見ていたかったのだ。
その小さな命を。
何時間見詰めても、飽きる事は無かった。


嫁である香の事も、僚は生まれた時から知っている。
でもその時は、僚もまた子供だったのだ。
自分がこの歳になって、自分とこの世で一番大切な女との間に出来た新しい命が。
これ程、愛おしくて、面白い存在だという事に、僚は感激した。
生まれたての乳児の、香に良く似た茶色い瞳が僚を見詰める度に、僚は泣きたいくらいの幸福感を感じる。
そして僚は、以前よりも父親の事を思い出す事が多くなった。








僚の父は香の父でもある。
彼は依然、行方知れずだ。
とは言え海難事故で行方不明なのだから、実質、死亡と同じ事だ。
父は僚に何ひとつ、強制する事は無かった。
己がガキの頃に父親に迷惑や心配を掛け通しだった事は、重々自覚がある。
未成年で酒を飲み、煙草を吸い、女遊びをし、売られたケンカは片っ端から買ってきた。
自分が怪我をする事もあったし、相手に怪我を負わせた事もあった。
警察署に父親が迎えに来てくれた事も、数回あった。
僚の事で、他人に頭を下げた父を見た事も、何度かあった。
十代の頃は、そんな風で近所でも悪名高い悪ガキだった僚は、大人になると。
何故だか自然と、何の疑問も持たないまま父と同じ仕事を始めた。


僚は悪ガキだったけど、元々父親の事は誰より尊敬して敬愛していた。
初めは2人で海に出て、父親の働く背中を見ている内に、僚は気が付くと大人になっていった。
我が子のスベスベとした柔らかな肌や、薄っすらと生えた柔らかで艶やかな髪の毛。
小さな生き物が放つ湿度と、体温。
果たして自分の父親も、同じ様に30数年前にこんな風に自分を抱いたんだろうか。
腕の中の軽くて温かくて、何より自分の命より大切なこの命を携えた者として。
僚はもしも今、父と逢って話す事が出来るモノならば。
きっと心から、ありがとうと言うだろう。
この腕の中の、自分と香の子供を見せてやりたかった。


僚は、この子の為ならば。
きっと、何処へだろうと迎えに行くだろう。
多分頭など、幾らでも下げるだろう。
僚は漸く少しだけ、あの頃の父親に近付く為の、スタートラインに立てたような気がしている。
まだまだ父には到底、遠く及ばないけれど。





1カ月、仕事をさぼって(僚に言わせれば、育児休暇だ。)家に居て、
香以上に、かいがいしくイクメン振りを発揮する僚に、苦言を呈したのは他でも無い嫁の香だ。
大概で、海に出たら?と。
我が子にも嫁にもデレデレの32歳・イクメン漁師の嫁は、母になって少し逞しくなった気がする。
この分では、冴羽家は数年後は確実に、カカァ天下と化している予感が、僚の胸を過る。
しかし、何処か一方では、そんな風に尻に敷かれるのも悪くないと思う自分も居たりする。
数年前に兄と父を続けざまに失って、軽く引き籠り気味になった彼女は、今現在。
子供が産まれて、仕事の合間すら離れがたくてぐずる夫の尻を叩いて、送り出す。
香は確実に、漁師の嫁になりつつある。


今日はクリスマス・イブの夜で。
パパとママになったとは言え、2人はまだまだ新婚さんで。
この分じゃ、2人目が出来るのも時間の問題では?と言いたくなるほど、2人は仲良しこよしである。
勿論、2人のベッドの傍らには、小さなベビーベッドが鎮座しているので。
夫婦2人きりの時と、同じようにとはいかないけれど。


冴羽家は仕事柄、極端に早寝早起きである。
小さな頃から、メリハリのある生活リズムを習慣づける事が好ましいと、
先日、検診の為に訪れた産婦人科の医師が話していた。
昼間はシッカリと起きて、沢山遊んで。夜、しっかりと眠る。
この習慣が当たり前になると、夜泣きが随分楽になるらしい。
といっても、元々僚と香の子供はあまり夜泣きはしない方だ。
もしかすると、朝方漁師生活の2人の生活リズムが良いのかもしれない。
勿論、授乳の回数が多かった頃は、それなりに香も寝不足気味ではあったモノの、
香が気が付かないうちに、僚があやしたり、ミルクを作って飲ませたり、オムツを替えたり。
伊達に、1カ月休業したワケでも無く、一応ちゃんと育休したのである。


子供は、どちらかというと香似だ。
まだまだ生後2ヶ月半で、これから顔かたちは幾らでも変わるだろうケド。
真っ白な肌と、薄茶色の瞳と、同じ薄い色の髪の毛。
これは、確実に香の遺伝子を受け継いでいる。
生まれてからこれまで、見る度見る度、友人知人は香似だと言う。
数時間前、いつもより豪勢な香のクリスマスの夕ご飯を終え、
僚はシャンパンを飲み(香は授乳中なので、アルコールは飲めない。)、家族全員風呂にも入って、
21:00にはもう、寝室にいた。
明日は、僚も休みの予定だ。
ベビーベッドで眠る我が子に、香は目を細めながら言った。




ねぇねぇ、りょお。

ん?

この子のね、耳が僚に似てるの。

耳?

うん、耳の形。そっくりなの、僚に。可愛いんだよ。







そう言ってニッコリ笑う風呂上りの嫁を、僚は優しく組み敷いた。
生憎、子供はついさっき眠ったばかりで、眠る前に充分おっぱいも飲んでいた。
当分、起きる事は無いだろう。
そう脳内で素早く計算した僚は、遠慮なく香を独り占めした。


そしてつい今しがた、
夜泣きを始めた我が子を抱いて、僚はリビングの窓辺で小さく子守唄を歌いながら、
雪の降り始めた外を眺めている。
温かなフランネルのロンパースを着せられ、
厚手のキルトのブランケットにグルグル巻きにされた、赤ん坊は。
先程までの夜泣きが嘘のように。
不思議と父親の腕の中で、大人しくしている。


一家のムードメーカーでアイドルの、母であり嫁である香は。
今頃、2階の寝室でスヤスヤ眠っている。
乳児を抱えた母親は、いつだって寝不足だけれど。
彼女の場合、常にそれだけでは無いのだ。
温かな、暖房の利いた寝室で、彼女は今頃素肌にシーツを纏った姿である。
彼女の左の乳房には、
まるで赤子相手にライバル心を剥き出しにしたかのような、鮮やかなキスマークが付けられている。
父であり夫である僚は、まるで子供のように独占慾が強いのである。




僚は考えている。
失った家族たちの事を。
これまで、香と共に乗り越えて来た哀しみを。
そして、新しく授かった家族の事を。
これからの、長い人生。
こんな愛おしい存在を、まだまだ嫁と2人製造する時間は幾らでもある。
2人でも3人でも。
聖なる夜に冴羽僚は我が子を抱いて、チラチラと降り積もる雪をいつまでも眺めていた。







番外完結編  魚肉の息子

このお話しは、パラレル・嫁に来ないか(漁師と嫁)の番外編、および完結編です。
本編をお読みになられて無い方は、本編から順に読んで戴いた方が楽しめると思います。
今日は、夫婦探偵は1日お休みして、漁師と嫁と息子です(*´∀`*)ノシ











追記から↓↓↓↓