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よォ~~コソ!!!

はじめまして。ワタクシ、ケシと申します。
このサイトはシティーハンターの二次創作を綴っております。

イチャラブ・メインでっす!!

今後とも、宜しくお願い申し上げます 



※ それから、原作者様並びに関係者様には、一切無関係でございます。
  あくまでも一ファンの妄想の産物でございます。
  また、イメージをさせて戴く楽曲並びに、アーティスト様にも一切無関係でございます。

         どうぞヨロシク m(_ _)m   ペコリ


※ リクエストに関してですが、キリのイイ数字を踏まれたお方は、
  セルフサービス(自己申告)となっておりますので、ご一報下さいませ。
  またその際、死にネタ別離ネタ直接的なエロカオリンがリョウちゃん以外は、
  ワタクシの力量不足故、書けませんのでそれ以外でお願い致します(平謝)
                             (2012.10.15.追記)


※ 当ブログは、リンクフリー・アンリンクフリーです。
tears of a clown

ブログURL: http://swimrec.blog.fc2.com/


※ 尚、当ブログ内の如何なる記事・画像も、著作権はケシ、もしくは絵を描いた絵師様に帰属します。
  無断転載・コピペなど、断じてお断り致します。あしからず。


急に思いついて書いてみた

↓↓↓
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[ 2020/04/14 00:00 ] ごあいさつとお知らせ | TB(0) | CM(24)

№3 味方

「えぇぇ~じゃあ結局、行かなかったの⁉」





目を丸くして問い掛ける美樹に、香はこくんと頷いた。
腰に手を当てて大袈裟に溜め息をつく美樹を横目に、
その夫は、恐らく一連の話の流れを知ってはいるのだろうが我関せずで、黙々とグラスを磨いている。



「ごめんなさい。」



しゅんと項垂れる香を見て、美樹の表情が幾分和らぐ。
美樹が声を荒げて呆れ果てたのは、彼女に対してではなく、彼女の相棒に対してだ。
これまで何度、このような事があっただろうと美樹は思い返す。
一度は思わせ振りに振る舞っておきながら、香の期待はいつだって拍子抜けに終わるのだ。
原因はいつも彼の問題で、美樹には香の気持ちが痛いほど解るので、思わず感情的になりすぎたことを少しだけ後悔する。
カウンター越しの美樹の代わりに、すぐ隣の席から香を慰める白い手袋の手が伸びる。




「残念だったね、カオリ。ったく、リョウは相変わらずバカなヤロウだ。
ボクで良ければ、ディナーくらいいつだってご一緒するよ?」



そう言って、香の癖毛を撫でながら小さくウィンクを寄越すミックに、香は笑いながら首を横に降った。
せっかくのデートのセッティングをふいにしたことについては、済まなそうにしている香だけど、意外にも笑顔は明るかった。
ふふふ、と笑いながら、美樹とミックを見た。



「美味しいお料理を無駄にしちゃったことは、申し訳なかったんだけどね。」



香はいつもと変わりない表情で、そこまで言うとコーヒーをひとくち含んだ。
落ち着いたその物腰で、香が撩に対して怒るどころか失望しているわけでも無いことが判る。
そもそも、その話題にしても。
美樹にどうだったのかと訊ねられ、香も仕方無いので淡々と事実を述べただけで。
いつものような、撩に対する愚痴といった要素は微塵も感じられなかった。
コーヒーを飲みながら、何処か余裕さえ漂わせた表情で、香がにっこりと笑う。
思わず、美樹とミックは互いに顔を見合わせて、首を傾げる。




「仕方無いの、お仕事だから。撩が悪いわけじゃないの。」




けれど美樹の記憶が正しければ、ここ数日、伝言板に依頼は来なかったはずだ。
他の誰でもなく、この目の前の彼女がそう言って溜め息をついていたはずだけど、と考える。
まるで美樹がそう考えたことを察するように、香が補足する。




「まぁ、伝言板にきた正式なって意味では無いんだけどね。あはははぁ。」




最後は、乾いた笑いとひと続きで溜め息に変えるという、香の得意技を駆使している。
香は基本的には正直で、嘘がつけない性格だけれど。
その笑顔の裏側にどんな思いを抱えているのか、他人には見せないところがある、と美樹は思う。
いい意味で我慢強い、言い換えれば他人行儀なのだ。
美樹は本当に、香のことを親身に心配している。
香がたとえ笑っていても、それが心からの笑顔なのか疑ってしまう癖がついてしまった。
それもこれも偏に、あの男の非常に難解な精神世界のお陰だと、美樹は考える。
確かに冴羽撩は、魅力的な男には違いない。
それは美樹も認めるところだ。
けれど彼の抱えた全ての世界、背景が複雑過ぎて、恋愛沙汰に向かないとは思う。
それでも、そんな彼にこそ最も相応しい相手なら、香しかいないだろうと思うのだ。
それは同時に、彼女にとっての茨の道を意味するのだけど。

伝言板を通さずに、撩が携わる仕事。
それがどういうことか、この場にいる香以外3名には解っている。
だから、この話はそれ以上追求も言及も出来ないのだ。
香は残りのコーヒーを飲み干すと、もう一度美樹にディナーをふいにしたことを詫びる言葉を残して、帰っていった。
曰く、スーパーのタイムセールの時間らしい。




残された3人は、それぞれに撩と香の行く末に思いを馳せる。
そして、いつも美樹は反省するのだ。
自分が如何にお節介なのかを。
こういう時、いつでもニュートラルな立場で寡黙な、夫の優しさを実感する。
今のやり取りでも、美樹が根掘り葉掘り訊ねなければ、香が撩の依頼の件を洩らさなくて済んだはずだ。
自分を通り越して、知らない依頼人と撩だけで片付けられる仕事に、香が傷付いていないわけがない。
それを誤魔化すように、笑いながら溜め息をつかせるようなことをさせたのは、
他でもない、美樹自身のお節介の結果だ。



「ファルコン。」

「なんだ?」

「貴方の優しさは特別だわ、いつもそう思うわ、私。」

「···そう思うなら、あいつらのことは少し放っておいてやれ。遠くから見守るのも優しさだ。」

「そうね。」




そんな夫婦のやり取りに、今では唯一の客となったミック·エンジェルが異を唱える。
しかし、彼の言い分は、いつだって正論のように聞こえて自分都合だったりする。





「No、No、No  それは違うね。イジュウイン夫妻。」

「どうして?」

「人にはそれぞれ役割てものがあるのさ、ミキ。」

「···役割。」

「そう。」




つまりこういうことだね、と言いながらミックは持論を展開した。
ミックが言うには、
ウミボーズは遠くで勝手に見守ってれば良いさ。
ミキはあれこれとお節介を焼きながらも、友人として香を支えていてあげなければいけない。
そして、ボクは。リョウの代わりに紳士的にカオリを慰める係なのさ、むふふ。
ということらしい。

尤もらしい持論だが、最後に厭らしい含み笑いを隠せなかったので、下心は見え見えだ。
最後まで真面目に聴いて損した、と思った美樹の代わりに、夫はフンと鼻で笑って一蹴した。
ミックはどこまでいっても、ミックに違いない。
自分都合の男、それがミック·エンジェルなのだ。





それでも、香の味方には違いない、と美樹は思う。
ここにいる3人が3人とも、香のことを友人として大事に思っている。
そして、撩のことも。




「何か飲む?」



仕方無いので、美樹は喫茶店の女主人という本来の立ち位置に戻って、ミックに訊ねる。



「じゃ、もう一杯おかわりを。」




ミックがにっこりと微笑む。
依頼を抱えているという香の言葉を裏付けるように、確かに撩の姿をこの数日見掛けない。
色々と悩ましいことはあるにせよ、新宿界隈は今日も平和だ。



(つづく)
[ 2017/10/18 17:00 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)

№2 朱き唇

麗香はその番号をプッシュするまでに、何度か峻巡した。
これまでにも数度、このような状況におかれたことはある。

はじめて彼に頼ったのは、友村刑事の件で警察官の職を辞した時だった。
はじめはただの軽薄で厭らしいナンパ男だと思っていた。
彼は不思議で、いつの間にか人の心を奪ってゆく才能を持っていると、麗香は思う。
どんな時でも冷静で、深刻な場面で冗談を言いながらもしっかりと状況判断をしている。
その鍛え上げられた逞しい体も、無意識に放つ男性的な色気も、何もかも。
一度、魅力的に思えたら、もう気持ちを止めることなど出来なくなっていった。
たとえ彼が誰かのことを想っていて、それがどんなに真剣なものでも。
その誰かが自分じゃなくても、彼の口から決定的なその事実を聴きでもしない限りは、可能性はゼロではない。
自分でも往生際が悪いとは、麗香も思っている。

今回の仕事(やま)は、非常に深刻な事態に陥っていて、それこそ彼に頼らざるを得ない危険な状況には違いない。
それでも彼へのSOSを少しだけ躊躇わせる麗香の心の揺れはきっと、あの時以来だからかもしれない。
伊集院夫妻の結婚式の日、撩と香の間に何かがあったのだろうことは、今では仲間内でも周知の事実だ。
撩と香の関係が進展することを応援する空気が、仲間内にも蔓延している。
撩に対して報われない恋心を抱いている存在など、空気も同然だと麗香は感じている。
あるいは、自分の考えすぎか、被害妄想か。
あれ以来、片想いはますます苦しさを増し、仲間内での疎外感さえ感じている。

ただひとつ、麗香にとって希望的観測ともいえる要素としては、彼らが未だ決定的な一線を越えてはいないだろうということだ。
たとえどんなに想い合っているとしても、まだあのふたりの間には隙が無いわけではないのだ。
お互いがお互いを想うが故の擦れ違いということもある。
そんなことすら願ってしまう自分に、麗香は正直嫌気が差している。
それでも好きなのだ、冴羽撩のことが。







『どうした?何かあったか?』



そう言って、真剣な眼差しを己に向けてくれる彼が。
自分の置かれた状況に耳を傾けてくれる彼が。
やっぱり、麗香は好きだと思った。

詳しい話を聴かせてくれ、と撩が言うので、地下で逢うことになった。
こんな場合でも、鏡に向かって口紅を塗り直す自分を何処か冷静な頭の片隅で、哀しく思った。
彼の心に、この気持ちの内どれくらいが伝わるというのだろう。
それをリアルに想像することは苦しいので、麗香はそれ以上考えることはやめる。
化粧気の無いあの女(ひと)に対抗する麗香は、逆に化粧で武装する。
彼女にあって自分に無いもの。
自分にあって彼女に無いもの。
何でも良いから、彼の心の琴線に触れてみたい。震わせたい。



『独りで突っ走るんじゃねぇぞ。』


麗香は嬉しかった。
疎外感さえ感じていた片想いの、当の想い人から。
自分は独りでは無いのだと、勇気づけて貰えたような気がした。
彼が単に、依頼の一環でそう言っただけだとしても。
この件に関しては彼に守られ、また、パートナーとして仕事に当たれる。
彼の相棒になるということは、こんな気分になるものだろうかと、
麗香は自分の立場を忘れて浮かれそうになる心を、必死に押さえる。





あ、撩···

ん?

ぁ、いいの。何でもない。





一通り話を終えて、早速これから情報収集にあたるという撩が背を向けて射撃場を後にしようとした瞬間、
麗香はつい、引き留めてしまった。
きっと、彼が戻る上の階には彼女がいて、いつもの日常があるのだろう。
そこに彼を返したく無かった。
彼を引き留めて、自分は何を言いたかったのだろうと、閉まったドアを見詰めながら麗香は考えた。



香さんのところへは帰らないで?それとも、香さんには、依頼のこと秘密にして?


言うまでもなく、撩は彼女にこの事は言わないだろうと麗香は思う。
彼の相棒で、彼の信頼を得て、彼に守られる彼女を。
彼は、本当に危険な状況には近付けない。
彼女の知らないことを、撩とだけ共有したいと思う反面、彼女にそれを知られたいとも思う。
撩と自分が彼女を差し置いて仕事をして、それを知った彼女が落ち込む姿を想像する。
泣けば良いのに。
私がこの恋で泣いたのと同じだけ、彼女も泣けば良い。



「サイテー」


広々とした空間に、麗香の声は反響した。
その言葉が誰に対するものなのか、麗香にもよくわからない。
誰かを好きになるということは、とても傲慢でとてもエゴイスティックだ。
恋は苦しい。
麗香は綺麗に紅を引いた唇を、噛み締めた。



(つづく)

[ 2017/09/24 03:14 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(1)

№1 デートの予定?

「これ、良かったらふたりでどうぞ。」




美樹はそう言って、にっこりと微笑みながら香にその封筒を手渡した。
香の左隣には相棒であるもっこり男が不貞腐れたように珈琲を啜っている。
つい先程、街中での破廉恥なナンパ行為を相方に見咎められて、
手酷い折檻を受けた後、ここに半ば強制的に同伴を求められたのだ。
喫茶キャッツ·アイはいつも通り、閑古鳥が啼いておりママの美樹だけがカウンターの中に静かに佇んでいた。
海坊主は不在で、その理由を美樹が適当に濁したので恐らくは本業の方なのだろうと、撩と香もそれ以上はあえて触れることもない。


???


言葉にはせずとも香は、なぁに?これ、といった感じで首を傾げながらその封筒を開けた。
そこには2枚のチケットが入っていた。
どうやら、有名ホテルの三ツ星フレンチのフルコースディナーを食べさせる、というお食事券らしい。
恐らくは値段にすれば、結構高価な代物だ。



「どうして?」

「頂き物なんだけどね、私たちはちょっと行けそうになくって。無駄にするのも何だしね。」

「で、でも。こんな高価なもの頂けないわ。」

「いーの、いーの。結局、行けなくて無駄になるんだったらもっと勿体無いでしょ?」

「ぅう、それはそうだけど···。」




遠慮が先立ってなかなか美樹の好意に甘えることが出来ないでいる香が、躊躇っていると、
それまで興味無さげにふたりの様子を見ていた撩が、茶化した口調で割って入った。



「美樹ちゃんとふたりでデートすんなら、嬉しいのになぁりょうちゃん。むふ。」

「はぁ?アンタそればっか、大概にしなさいよっっ。美樹さんは人妻なんですからね。それも、新婚さんっっ」


般若のような形相で、ふざける撩の顔面めがけて小さな(それでも重量は1tだ)ハンマーを投げ付ける香と、
それを解っていながらしょうもない戯れ言を繰り返す撩を見ながら、美樹は重たい溜め息を溢す。
どうしても彼らは、素直にはなれないらしい。
美樹が結婚式の時の怪我から喫茶店に復帰してからももう半年以上が過ぎ、もう夏も終わろうかというのに。
撩と香の間には何の進展も見られないし、ふたりを纏う雰囲気にも一切男女の機微を匂わすようなものは感じられない。
奥多摩での、派手な攻防のあとに結構良い感じになりかけたらしいという情報は得ているというのに。
美樹は何も変わらない彼らに、やきもきしている。
夫に言わせれば、それは大きなお世話ということらしいけれど、良い歳をした好き合った男女が何年も一緒にいて、
正直、焦れったいというのが美樹の想いだ。
だからこれは、お膳立ての意味も多分に含んだプレゼント、という訳だったのにふたりは終始この調子なので、
盛大な溜め息も吐きたくなるというものだ。



「でもま、しゃーねーか。旨いもん喰えるんなら、たまには相棒同士で出掛けるのも悪くねぇな。」


香の手から、食事券をスッと奪い取った撩がぬけぬけとそんなことを抜かすので。
撩の髪の毛を掴みながら、香の説教タイムが始まった。
勿論、撩も香のほっぺを摘まみながら応戦している。


「ハンタねぇ、はんでしょんなに、偉しょうにゃのよっっ、しょこははりがとうごじゃいましゅでしょうがぁ。」

「おまえの方こそ、俺がデートしてやるつってんだから、可愛くありがとうって言いやがれっっ」


以下エンドレスでふたりのじゃれ愛が続いたので、美樹は苦笑しながらも放っておいた。
問題は遠慮がちな彼女の方ではなくて、天の邪鬼な彼の方なのだ。
表面上の言葉のチョイスがどうあれ、彼が行く気になりさえすれば後はどうにでもなる。




∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗




香は姿見の前で、考え込んでいた。
朝からもう何度目かの黙考は、それでも幸せな悩みと言えよう。
数着の服をベッドの上に広げている。
依頼などで必要に迫られるので、仕事柄、ドレスの類いも無いではない。
有難いことに友人に、香を飾り立てるのが趣味のようなデザイナー女性もいたりするので、その辺は困らない。
それでも、今夜は仕事では無いのだ。
キャッツでのやり取りから数日、約束の撩とのデート(?)の日を迎えて香は悩んでいた。
あんまり本気でドレスアップしても、何だか気合い入ってるって思われても癪だし。
でも、立派なホテルの三ツ星レストランなので、常識程度には身嗜みを整える必要もある。
その辺りの微妙なバランスを考えるコーディネイトなど、素人にはハードルが高過ぎるので、悩んでいるのだ。
ただ単に、あの大食い男と夕飯を食べるだけだ、いつもとおんなじだ、と思っても、香はやっぱりどうしてもあの言葉を思い返してしまう。

キャッツで散々ふざけあっている間に、撩の口から漏れた『デート』という言葉。

そのワードが無ければ、あるいはもっと気軽に考えることが出来たかもしれない。
撩は、『そういう』認識で今夜一緒に出掛けるつもりなのだろうか。
香はそう考えると、妙にドキドキしてしまう。
湖の畔で、撩に『愛する者』と言われた時も同じように、ドキドキした。
香は何かが変わることも正直少しだけ期待していたけれど、結局は何も変わらないままふたりは暮らしている。
こうしてたまに、ドキドキしたり、恋い焦がれたり、悲しくなったり、愛しい気持ちが溢れたりもするけれど。
基本的には、いつも通りだ。
きっと撩が何気無く発した言葉のいちいちに、香はいつだって一喜一憂してしまう。




∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗



香が自室で、悶々とその晩の外出についてのあれこれを考えているまさにその時。
当の相方·冴羽撩は、地下の射撃場にいた。
その数分前に、撩の寝室に繋がった電話機にその呼び出しの報せが届いて降りてきたというわけだ。
撩が射撃場に着いたのとほぼ同時に、電話をかけてきた彼女も地下トンネルを潜ってやって来た。



「ごめんね、撩。急に呼び出したりして。」


野上麗香は急に撩を呼び出したわけだが、バッチリと決まったメイクとファッションは何時なんどきでも隙はない。
撩に対して抱いている好意が、依然として衰えてはいないであろうことは撩にも判る。
端から撩にはその気持ちに応える気は無いのだけれど、彼女が諦めるかどうかなどは彼女の問題なので撩にはどうすることも出来ない。
あくまで撩としては、知人としてフラットにニュートラルに接しているつもりだ。


「どうした?何かあったか?」


撩は麗香を観察し、恐らくは何か深刻な案件を抱えているのだろうことを直感的にさとる。
いつもはにこやかな彼女が、電話でも若干緊張気味に言葉を選んでいた。
それが判ったからこそ、撩は電話を受けてすぐに応じたのだ。
今晩の予定が、一瞬だけ撩の脳裏を掠める。
奥手な彼女と天の邪鬼な自分を、なんとかして盛り上げようとしてくれる友人たちはお節介とも言えるお膳立てを仕掛けてくれるけど。
この際だから、乗せられてみても良いか。という心境になりつつあったことは否めない。
このところ緊迫した仕事も特になく、平和に過ごしていた矢先だ。


(平和ボケってか···)


麗香の用件を聴きながら、頭の片隅ではついそんなことを考えてしまう。
何もない平和なひとときと、相棒との何も変わらない毎日。
それは結局、撩にとっては余りある贅沢なことなのかもしれない。
何も変わらないことを、廻りの連中はまるでいけないことの様にふたりをくっ付けたがるけれど。
殺し屋稼業なんていう物騒なふたりには、平和なこと、何も変わらないこと、生きていること、そんなことだけでも幸せなはずだ。
それなのに、贅沢な望みを抱いたりするから。
少しだけ油断し始めると、こうして緊迫した空気が何処からともなく迫ったりしてくるのだ。
それを撩は、己の業だと思っている。
これまで奪ってきた魂の報いは、目には見えなくともこうして等分に我が身にも還ってくるのだと。
香に対して抱いているのは、確実に愛情だ。
とっくにそんなことは自覚している。
それでも、先に進むことを簡単に捉えることは、撩にはどうしても難しい。
望むと望まざるに関わらず、撩には仕事は選べない。
そういう性質の仕事を躊躇わずに受けることは、自分に課せられた宿命だと撩は思っている。
これは責任だ、今まで生かされてきたことへの。



「依頼、受けてくれるかしら?」

「あぁ。」

「ありがとう、助かるわ。」

「だから、麗香。独りで突っ走るんじゃねぇぞ。」

「うん。わかってる。」



正直、撩には麗香の慕情など鬱陶しいの一言に過ぎない。
気のない相手から、一途に想われることほど気の重いことはない。
けれど、撩にしか出来ない仕事なら、撩は私情は挟まないことにしている。




∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗




麗香との打ち合わせを終えて、撩がリビングに戻ると、香は洗濯物を畳んでいた。
量販店で3枚1000円で購入した撩のボクサーパンツを畳む香は、心此処にあらずといった感じでボンヤリしている。
今夜の予定が、香をそうさせているのが撩にはよく解っているので、
この上、また更に香を困惑させるのは忍びないと思うのだけど、それは仕方の無いことだ。




なぁ。

ん?

今からちょっと、出てくるわ。

え?

今日の予定な、悪ぃけど····キャンセルな。




香の表情が一気に曇った。
撩の胸も激しく痛む。
それでも撩の表情から、何かを覚ったらしい彼女は気丈に気持ちを切り替える。



何かあった?

···。

アタシに出来ることは?

すまん、大丈夫だ。

···そう、わかった。




香は、それ以上は詮索しなかった。
次にはもう、微笑んでみせる。




あ~あ、ご馳走食べ損なっちゃった。

すまん。

いーよ、今度撩の奢りでどっか連れてってくれたら、チャラにしてあげる。

しゃーねーなぁ、じゃ牛丼な。

しょっぱいなっっ(笑)




笑ってくれる相棒は、聞き分けが良いと撩は思う。
そして撩は、彼女に甘えている。
彼女の寛容さと優しさと強さに。



(つづく)

[ 2017/09/21 02:01 ] ゴンドラの唄 | TB(0) | CM(0)

れーか問題。

おはこんばんちわ、ケシでっす。

ここ数日、モヤモヤとした断片が脳裏を掠めておるのですが、もう少ししたらハッキリとした形になりそうな気がします。
新しいお話の題材です。
カオリンと麗香さんのライバル模様と、周囲の面々とのあれこれを書けたらな。と思います。
これまで当ブログでは、麗香さんがリョウちゃんを諦める時の経緯ってあんまり踏み込んでこなくって、
どちらかというと麗香さんがとっても物分かりが良いか、もしくは少し性悪チックかって感じになってて、
どうしてもそんな風に描いてしまいがちでワンパターンだったので、
この辺をもう少し掘り下げる事が出来たら面白いかな?と思ったわけです。

でも、まだモヤモヤ。
もう少しクリアになったら、書き始めようかと思います。
でもさ、最終的にはカオリンとリョウちゃんはくっ付くわけなので、麗香さんは失恋すんだけどさ。
そして、麗香さんが身を引くわけだからどうしたって、物分かり良く成らざるを得ないわなぁ。
最後の彼女の足掻き方をじっくり考えたいというか、何ていうか・・・
その結果、カオリンとリョウちゃんの絆が深まるっていう話が書けたら良いなと思います(予定)
仕事の合間に考えてます。
ではまた。


[ 2017/09/20 03:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

判明した。

先日、シティーハンターのすべて展に行ってから、改めて原作を読み返しておるケシです。こんばんわ。

そして、判明しました。
前にエスパー魔美ちゃん読んでたら、シティーハンターによく出てくるスクリーントーンが使ってあって、
魔美ちゃん家のダイニングのカーテンと、
シティーハンターの中でトランクスの柄としてよく使われるヤツが完全に一致したって書いたんだけど。
それがどのシーンかまでは、正直調べるのもめんどいなって思ってて調べなかったんですよ。
で、XYZエディションで1巻から読んでると、結構その柄のパンツが出てくるんですけど、ほぼほぼ敵役の皆さんが穿いてらしてですね。
りょうちゃんがそのパンツ穿いてるとこあったはずなんだけどなぁ~~って思いながら読んでました。

そして、とうとう見つけちゃいました。
手塚明美ちゃんがヒロインのお話の中で、明美ちゃんの本音を聞き出すためにりょうちゃんが夜這いをかける振りをするシーンで穿いてました。
やっぱり在りました。ワタシの記憶は間違いではなかった(・e・)

因みに、手塚明美ちゃん回は銀狐が初登場するお話です。
その時にりょうちゃんにやられたのを逆恨みして、その後の銀狐とカオリンのあのお話に繋がるわけで。
非常に重要な伏線なわけです。
アニメ版の手塚明美ちゃん役を、当時おにゃんこクラブだった国生さゆりが声を演じて、その大根っぷりが有名な回でもありますな。



今現在、順調に読み進めて、アルマ王女と侍女のサリナのお話まで読みました。
ここでも、新たな発見が。
XYZエディションで、台詞が一部訂正してあるんです。
以前の版では、マルメス大臣に拉致られたサリナを救出しに行く際に、王女の身代わりとしてカツラを被ったカオリンが、

だぁれが、役不足だって?

と、役不足って言葉の誤用があった所が。力不足という本来の意味に書き換えられてた‼
今更ながら、気が付いてびっくりしました。
いやはや、何回も読んでるのに意外と流して読んでる部分があるなぁって思いますね。あはは。

てか、どの辺りでこの誤用を訂正したのかなぁ?
完全版とかでも訂正されてるのかな?
少なくとも、文庫版では訂正入ってなかったはずです。
めんどいから、調べませんけど。


[ 2017/08/27 23:45 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

満喫した( *´艸`)

こんつわ、ケシでっす。
行ってきました、これに↓。
20170817203910131.jpg

堪能しました、原画の数々。
ミック編と、シンデレラ編はすべての原画をタブレットで写メッて来たので、
後程ファイル整理をして、タブレット上で読む原画シティーハンターを作成しようと思います。

皆様、北九州に行ける方は是非是非、必見ですよ。
実は、ワタシは前回同じ北九州漫画ミュージアムで行われた「2013 北条司&コミックゼノン展」も見に行ったのですが、
その時は、どちらかと言うと表紙や扉に使われたカラーイラストの方が多くて、
実際、漫画原稿は今回の方が多かった気がします。いずれにせよ、死ぬまでに見ておかないと、絶対に後悔しますぜ。

実は、原稿が入れ替えになる9月にもう一度行く予定です。
グッズは、勿論、北九州漫画ミュージアム限定の手拭いとマステと、あとはクリアファイルを購入しました。
手拭いが一番うれすぃ(*´∀`*)お値段も非常にリーズナブルでした。
普段、グッズはどうでも良い派のワタシですが、手拭いとか、的確にツボを押されまして買っちゃいました。

前日に、気分を高めるために原作を読みながら寝落ちしたんですけど、
読んでた部分の原稿も沢山展示されてて、超感激でした。
これからの人も、まだの人も、本当におすすめですよ。



あと、常設展の所でやってた吉田戦車先生の原画展も、感激した~~
ワタシの好きな火星田マチ子とかの原稿もあったし、絵本の原画もあったです。
可愛くて萌え転がったです。


20170817211253176.jpg
次行ったときも、また手拭い買っちゃいそうな気がする(汗)

«追記»
そう言えば、感動したことを書くの忘れてた。
天野翔子さん回の、例の膝枕前後の原稿もあったのですが、
あの膝枕のシーンのみ、1ページ丸ごと唯一全くトーンを使わずに描かれてるんです。
凄い量の網掛けを、手書きしてあって、先生のあのシーンに懸ける熱量が伝わって来るというか。
あのシーンが、如何に大切なシーンなのかよく解るんですよ。
写真撮影が可能だった、ミック編とシンデレラ編ですら、そんな原稿は1枚も無かったし、
もしかするとあの膨大な展示のうち、トーンを使わずに描かれてるのってあれだけでした。
それを見るだけでも、一見の価値有りですよ。
[ 2017/08/17 21:14 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

願い

...ガム?


ポケットに突っ込んだ香の指先に触れたのは、銀色のガムの包み紙だった。
昼間に日課のナンパに出掛けて以降、撩がアパートに戻ったのは日付を越えた後だった。
ここ最近では、そんな風に撩が連絡もなしに帰ってこないということは、殆どなくなっていて、香は撩が帰ってくるまで非常に心配していた。
秋の日に、何が何でも生き延びると誓い合って以降、何が変わった訳でも無いふたりの生活でも、やはり確実に変わったことはあって、
久し振りに撩が夕飯の食卓に居ないということが、香の心に暗い影をもたらしていた。

帰宅した撩は、いつも通りの撩だった。
酒に酔っている訳でもなく、怪我を負っている訳でもなかった。
脂の浮いてテカった額や頬を見て、相当に汗を掻いたのだろう事だけは、香にも見てとれた。
何をしてきたのか、撩が自分から言わない限り、香も訊かない。
その微妙な薄い壁の向こう側は、何となく香には踏み込むことの出来ない撩だけの世界のような気がするから。
香は努めて明るい声を出して、半ば撩の尻を叩くようにして浴室に放り込んだ。
風呂から上がって暑くなるだろう撩に合わせるために、エアコンの設定を22℃に下げた。
香にとって肌寒い室温で、手に取ったのが撩の夏物のコットンのジャケットだった。
ソファの背に無造作に脱いで掛けられたジャケットと、ホルスターに収まった銃を見ると、撩が帰宅したのを漸く実感して香は安堵した。
持ち主が入浴中なのをいいことに、香はこっそりとジャケットを羽織った。

撩自身はあんなに汗を掻いていたのに、不思議とジャケットからは汗の臭いはしなかった。
濃い煙草の匂いの奥に、薄らと硝煙の匂いがした。


ポケットから取り出した銀紙を鼻にくっ付けて、香は嗅いでみる。
薄甘いミントの薫りがした。
子供の頃の香が好きだったガムは、ブルーベリーの味だった。
噛みはじめの濃い味が、口の中でどんどん薄くなっていくのが悲しかった。
ポケットの中にあったのは、その銀紙だけだった。
香は目を瞑って想像する。
銀紙を使っていないということは、撩はきっと噛んだ後の味の無くなったガムを何処かに吐き捨てたのだろう。
コンビニで煙草を買うついでにガムを買う撩を想像してみても、何だかしっくりこないから、
誰かに、1枚どう?と勧められて貰ったという設定で想像してみる。
だとすれば、撩にガムをくれるのは誰だろう。
野上冴子、ミック、海坊主、情報屋のおじさんたちの中の誰か。
それが誰であれ、香の知らない撩の姿を香は想像する。

何年も一緒に暮らして、相棒として働いて、何でも知っているような気がしても、実際には沢山の知らないことがある。
このガムを噛んでいた撩を、香は知らない。





∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗





お前は、犬かっっ。



撩が風呂から上がった時に、香はジャケットの袖口をクンクン嗅いでいたから、少しだけばつが悪かった。
撩のジャケットはブカブカで、袖がとても長い。



臭いから洗ったほーがいーかなって思ってただけよ。



気まずさを誤魔化すために、香はわざとぶっきらぼうに可愛くない返事をした。
こういう所が良くないのよね、と香も内心では自覚している。
ワンワンって返事した方が撩は笑ってくれたかな?と、激しい後悔が香を襲う。
このところ、香はこんな風に思いを巡らすことが増えている。
どういう風に振る舞えば、撩が自分のことを女性として意識してくれるのだろうと思い悩む。
せめて一緒に過ごす時間くらいは、撩の穏やかな笑顔を引き出せる自分でいたい。



へーへー、そんじゃ相棒殿に洗って頂きましょうかね。



撩は確かに笑ったけれど、それは穏やかな笑顔というよりは、苦笑といった方が適切な微妙な表情だった。
そんなやり取りの方が、今のふたりには馴染んでいて、あっという間にいつも通りの空気になる。
いつも通りということは、ひどく安心な気持ちをもたらす反面、軽い絶望に襲われる。
カジュアルなコットンのジャケットを、香はいつも洗濯機で洗ってしまう。
クリーニングになど出していたら、勿体無いのでそうしている。
脱水の時間と、干し方にさえ気を付ければ、型崩れを起こすことなくきれいに洗える。
それはまるで、自分たちみたいだと香は思う。
適切な距離の取り方と、近付き方にさえ気を付ければ、最高に居心地の良いパートナーでいられる。
きっとふたりは型崩れを起こして、2度と元に戻れなくなることが怖いのだ。



香は今から洗濯機を回すために、ジャケットを羽織ったままリビングを後にした。
幸いこのアパートの住人は、自分たち以外にいないのだ。
夜中に洗濯機を回そうが、掃除機をかけようが、ハンマーで床に大穴を開けようが、苦情は出ない。
脱衣所で洗濯機の中にジャケットを放り込んで、お洒落着コースにセットしたら、台所から冷えた缶ビールを持ってくる。
リビングで涼んでいる撩に渡したら、きっと撩は腹へったって言うだろうから、
そしたら香は面倒臭そうな振りをして、しょうがないなぁと言いながら、
撩のためにとっておいたラップの掛かった夕飯を、温め直すのだ。
ビールとご飯を一緒に出さないのは、香の作戦だ。
少しでも多く、撩とのやり取りを楽しめるように。
いかにも面倒臭いという素振りを見せながら、本当は楽しんでいる。
可愛く甘えることが苦手な質なのだ。




∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗




撩は風呂上がりに、台所を経由してビールを持って行こうかと考えて、躊躇した。
きっと撩が何も持たずに手ぶらでリビングに戻れば、香がそれを持って来てくれるだろうと予測はついた。
そして現に今、ジャケットを洗うと言って脱衣所に向かった彼女の次なる足取りは、台所へと進んでいる。
多分、彼女は冷蔵庫の中から、キンキンに冷えた缶ビールを持って来て渡してくれるだろう。
どちらも、素直じゃないのはお互い様で、素直じゃない甘え方までそっくりなのに無自覚だ。

撩は濡れた髪をタオルで乾かしながら、ローテーブルの上のそれに気が付いた。
小さなそれを摘まみ上げると、知らず口許は綻んでしまう。





ごめんな、リョウ。毎度、厄介事持ち込んで。



彼女のことを思ったら、オマエの身を危険に晒してるオレなんか恨まれても文句は言えないんだけどさ。
ミックはそう言いながら、薄い板状のそのガムを撩に手渡した。
この世界から足を洗ったとはいえ、こうしてたまに、昔馴染みに付け回されることも皆無じゃないミックを、撩は軽口を叩きながらも援護してくれる。
口では何だかんだ言いながら、同じ薬に冒されたことのあるミックへの仲間意識なのか、
ミックの引けない引き金に、あれ以来代わりに指を掛けてくれるのはいつも撩だ。





別にぃ、オマエが何処で野垂れ死のうが、俺的にはどーでもいんだけど。
オマエが死んだら、アイツが悲しむからな。




撩がそう言うと、ミックは小さく笑った。
撩の言うアイツとは、勿論、香のことだ。
ミックを狙う輩を、昔懐かしいコンビネーションで退治した男ふたりは、
狭苦しいミニの車内でそんなやり取りをしていた。
ハンドルを握る撩の隣の、いつもの香の指定席にはミックが座っていて、ふたりは珍しく煙草を吸わずにガムを噛んでいた。
撩が剥がした包み紙を、ミックはダッシュボードの上で何やら折り畳んでいる。



オレ達、二人とも。たった独りの女のために、命を粗末に出来ない身の上になっちゃった訳だ。



そう言って、ミックは如何にも楽しげに眉を持ち上げて見せた。
撩はフンと鼻を鳴らしながら、ゆっくりとブレーキを踏み込む。
早く帰りたい気持ちとは裏腹に、さっきからやたらと信号に引っ掛かる。



しょうがねぇな、惚れた弱味ってやつだろ。

ヘェ、前と違って否定はしないんだ? シュゾクイジホンノーじゃないらしいからね。

ああ。



撩は苦々しい顔をして、窓の外に噛みはじめたばかりのガムを吐き捨てた。
代わりに、胸ポケットから煙草を取り出して吸いはじめた。
甘ったるいガムなんかより、よほど煙草の方が撩の気分にはフィットしている。
信号が青に変わるのと、ミックの折り紙が終わるのはほぼ同時だった。
撩がチラリとミックの方へ視線を遣ると、ミックはウィンクをしながらそれを摘まんで見せたのだ。



上手いもんだろ?これ、カオリに折り方教わったんだよ。



ミックは銀紙じゃない方の包み紙で、不格好な折り鶴を作っていた。
いつの間に、香とミックがそんなことをやっていたのか知らない撩の眉間に、無意識に縦皺が刻まれる。
いつだったか、ミックがくれた銃弾のネックレスの御礼にと香が午後のお茶を飲みながら、教えてくれたのだ。
折りながら願を掛けるのだと。
ミックの無事を祈って、と香がその時に折ってくれた黄色い折り鶴を、
ミックはオフィスのデスクの上に、大切に飾っている。



オマモリなんだってさ。









そう言って微笑んだ腐れ縁の悪友の顔を思い出しながら、撩は指に摘まんだ小さなそれを眺める。
銀色の小さな折り鶴は、ミックの折ったあれよりも上手だった。
香が撩の入浴中に、何を祈りながらそれを折ったのか、撩には解らないけれど。
たとえ解らなくても、愛おしいと思った。
今はまだ、抱き締め方の解らない撩だけど、いつかきっと彼女の心ごと全部丸ごと抱き締めて彼女と生きてゆけたらと願っている。
撩の願いはそれだけだ。

ふたりの男の本当の御守りは、実は彼女自身だったりする。



[ 2017/08/11 23:37 ] 短いお話 | TB(0) | CM(0)

19.見解の相違

おまぁ、馬鹿だな。


撩がそう言って、余裕綽々の顔をして胸ポケットから取り出した煙草に火を点けようとしたから、香は正直ムカついた。
いつかの出来事を思い出した。
植え込みの陰に隠れて覗き見した香が見たのは、撩と教授の遣り取りだった。

『あのバカ、俺に惚れてもうメロメロだからですよ』

確かに、香が撩に惚れているのはあの当時から事実なので間違いではない。
でも、惚れられている当人がそれを言うなんて、無神経にもほどがある。





2週間に亘って携わっていた依頼が、無事何事もなく遂行された。
身の危険に迫られた依頼人にも、数ヵ月振りに安穏の日々が訪れて晴れやかな表情で帰って行った。
晴れやかついでに、香への恋心の告白及び交際申し込みというおまけ付きで。
冴羽商事にしては珍しく、依頼人は男性だった。
依頼の合間に何気ない話題を振ることは互いにあったし、香はいつも通りの受け答えをしたまでだ。
依頼人は独身で恋人もいないと言い、香は撩との関係を訊かれたから仕事上の相方だと返した。

『それならば、私生活では僕の相方になってくれませんか?』

いつも通りの受け答え過ぎて、そんな話すら忘れていた香にとってそんな提案は甚だ迷惑なだけだ。





すみません、そのお気持ちにはお応えできません。



真夏の陽射しを遮るものの無い冴羽アパート屋上で、香は暑さからくるのとは別の嫌な汗をかく羽目になった。
悪い人ではない、好い人なんだけど、むしろちゃんとした立派な人なんだけど。
残念ながら、そういう問題じゃ無いのだ。


やっぱり

え?

貴女にとって、冴羽さんが特別な人には違いないんですね。恋人ではなくても。



その人はそんな風に言って、笑った。
何となく薄々は判っていたと。
けれどこの先もう逢うことも無いのなら、一か八か当たって砕けてみようと思ったのだと。





依頼人を送り出し、何事も無かったように家事を片付けて、香はまた屋上にいた。
陽は随分翳り、生温いけど風も出てきた。
あっさりと終わった話だし、別に香にしてみれば痛くも痒くも無いんだけれど、後味は悪い。
他人の好意を無下に断る。しょうが無いこととはいえ、それは香の気持ちを重くする。


依頼人と香との遣り取りを、どの辺りから撩が見ていたのかは知らないけれど。
独りになりたい時に限って、撩は嫌がらせのように香を放っておいてはくれない。
物思いに耽る香の隣に立って、そう言ったのだ。
お前は馬鹿だって。



折角の超優良物件だったぜ?アイツ。もったいないお化けが出ちゃうよ、カオリン。



ニヤニヤ笑いながら関係無いくせに、何でそんな風に言うのだろうと香は思う。
彼が遣り手の所謂エリートで、年収が良いからだろうか?
顔も今風の2枚目で爽やかな好青年だからだろうか?
香のことを好きだと言ってくれたからだろうか?
そんなこと、香にとってはひとつも重要なことじゃ無いというのに。



俺みたいな男に惚れてさ、馬鹿だなお前。



確かに香は撩に、惚れてはいる。
だから、撩以外の相手など眼中には無い。
けれどそれを余裕ブッこいた張本人から言われると、軽く殺意が沸くのは自分が短気だからではないと、香は思う。

奥多摩の湖の畔で、甘いことをほざいた自分を棚に上げて、撩は相変わらずだ。
香には指一本触れようともしないし、あれ以来何の進展もない。
そのくせこんな風に、妙に自惚れ屋で自信家だ。
そんなに自信があるのならいつでもかかってこいよ、と香はいつだって臨戦態勢だというのに。






勘違いしないで?別にアンタの為じゃ無いわ。



そう言った香の瞳は澄んでいて、まるで深い湖の底に吸い込まれそうな錯覚を、撩は覚えた。
目を逸らそうとしても、出来なかった。
彼女が美しいことくらい、撩にももう良くわかっていることだけど。
こうして改めて対峙すると、その凛とした美しさに、撩はいつも飲まれそうになる。
馬鹿馬鹿しい戯れ言で本心を覆い隠す自分を、全て見透かされているような気がして撩は怯える。
こんな風に自信の無い撩の内面など、香は知らない。
撩は虚勢を張って、火を点けた煙草を深く吸い込む。
煙草の匂いに混ざって、空気には夏の宵の匂いがした。
なんて返せば良いのかわからなくなって、撩は煙草に逃げた。
撩も香も、正面切って相手を見据えたのはホンの短い時間だった。
自分から仕掛けたしょうもない遣り取りは、自分の首を絞めている。
本当を言えば、彼女の思考の中に1秒でも他の男の存在があるのが許せないのだ。
たとえあっさりと、彼女に振られた男だとしても。

ほどなくして、香の表情が柔らかく緩む。
小さく息を吐くように笑ったのは、諦めとも自嘲ともとれる。
互いに屋上の柵に凭れて、輝き始めた新宿の街と薄紺色に染まり始めた空のコントラストを眺めていた。




自分の為よ、アンタを好きな自分の為。



だから、香は撩のせいにするつもりはない。
この数年間、撩の傍に居て、他のどんな男の人にも興味が湧かないことも。
きっとこの先、たとえ撩との関係が進展しなくても、時間を無駄にしたなんて言わないから傍に置いて欲しいと思っている。
奥多摩での撩の言葉を信じても良いのなら、何年掛かっても良いから撩の家族になりたい。
ただそれだけだ。






撩は短くなった煙草を、コンクリートで踏み消した。
明るい夏の夜に、彼女は良く似合う。
袖の短い麻のシャツから伸びる彼女の華奢な二の腕を見ると、撩は無性に抱き締めたくなった。




後悔しても知らねぇぞ。

後悔なんかしないわ。



どちらからともなく近付いたふたりの距離はゼロになり、唇が重なる。
気の早い星たちが、明るい夜空で小さく瞬いた。






久々にお題やってみた(*´∀`*)
二次創作するしかねぇな、やっぱり。

完結ですってよ(・e・)

こんちわ、ケシでっす。
やっと某A○Hのセカンドシーズン16巻(最終巻)読みました。
実は、買ってても13巻から読んでなくて本棚にぶっ込んでたんですけども。
(13巻のカラスが喋ったのと、猫やらカラスやらガンガンぶっ殺す辺りで、辟易してまして。)
十数年間に亘る公式DV(10qbさん命名)の結末を見ずして、あの作品を否定も肯定も出来ないなと思いまして。
しょうがなしに休日の貴重な時間を割いて読んでやりましたよ。(上から目線)
もうね、この歳になるとさコミックスを買うくらいの金程度なら惜しくないのさ。
惜しいのはどちらかと言うと、読む時間の方ね。



感想は、ただただ  ふ~~~ん  としか。
最終回に向けて、怒濤のように辻褄合わせにきたね。
シャンインの二十歳の誕生日に接触を試みたカメレオンに、CHの銀狐エピを彷彿とさせるりょうちゃんの発砲シーンとか。
14巻~最終巻にかけて、なんか正直ちょいちょいCHファン受けも気にしてんのかな?って感じちゃった。
別に気にせず書きたいよーに書きゃ良いじゃん、とそれはそれで微妙な気持ちになるね(苦笑)
なんか、台詞の随所に二次創作でも読んでんのか?って勘繰ってしまったですよ。
どこがとは具体的には言えないんだけど。


結局、最後まで読んで思ったことは、私たちファンは勿論だけど、
誰より北条先生自身が、シティーハンターという作品の呪縛から逃れられなかったんじゃないかということ。
それだけ、前作のシティーハンターが大きな作品過ぎたのかもしれないってこと。
それを越える何かを産み出さないといけないプレッシャーに加えて、
北条先生自身がジャンプに連載していた頃とは、立場、責任の在り方が変わってしまったこと。
そういう諸々の事情が、AHを純粋に新たな物語として読むことを難しくさせてたのかなって、感じました。


何れにせよ、終わったね。
そして思ったね。あの作品は、シティーハンターとは関係ない。
公式では、あれをパラレルだっていうらしいけど。
パラレルですらない。
もう一度言うけど、パラレルじゃない。
そういう、都合の良いワードを使わずに、逃げないで欲しい。
あれはれっきとした別世界の別作品だよ。もっと胸を張れば良いのにね。
混ぜるな危険、という標語でも掲げといたらいーよ。
きちじょーじのご立派なビルディングに。


ただ、ワタシの個人的な好みとして、あの作品には魅力を感じなかった。
シティーハンターを越えることは無かった。
あの作品の中には、ワタシの求めるりょうも香も居ないし。
それを凌駕してくれる魅力的なヒーローもヒロインも正直存在しなかった。
観たいのは完璧超人で無感動な可哀想な女の子じゃないんだよ。
残念だけど、シャンインに感情移入は一切出来なかった。魅力も感じなかった。
最後まで、あの娘を突き動かしてた衝動は心臓じゃん?香じゃん?
最後、辻褄合わせるみたいに、やたら香に似てきた、もう本当の娘と遜色ないって演出してたけど。
読者はそういう風には読み取れないよ。少なくとも、一読者のワタシは読み取れなかった。
だらだらと冗長に、香に似た何かを作るために香は死んだの?なんだそれ。
ただの感動ポルノと何が違うのだろう。


でも、そのAHが好きな人も居るんだろうから、プライドを持って別作品だと表明していただきたい。
パラレルだとか中途半端に謳って、昔の作品の力に頼らないでいただきたい。
そして、改めて。
別にそれで良いんだと思う。
色んな作品を描いてる漫画家さんの、そのすべてのお話のファンである必要も無いし。
描いてる方も、全部が全部好かれる必要も無い。
同じ次元で語るのも烏滸がましいけれど、二次創作でも多かれ少なかれ同じことは言えると思う。
何かを産み出すということは、きっとそういうことだ。
常に賛否両論あって、他人の心を動かしている。
ワタシはこの十数年間良くも悪くも、充分AHに心を揺さぶられ続けてきた。
そういう意味では、北条先生の掌の上でまんまと踊らされてしまったし、なんならダンスを楽しみました。
次は、CHでもないAHでもない、新しい北条作品が読めるのかな?
それに期待したいなって思ってます。

あと、この間荒ぶった某公式二次創作の転生物語、カオリンは死なないみたいで安堵しました。


やっぱ、踊らされてんな。チクショー( ・∀・)

[ 2017/07/25 20:29 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

多分、何処かのシーンのパンツの柄と一致。

こんちくわ、ケシでっす。
シティーハンターとは微妙に関係があるような無いような話です。


昔から、藤子F不二雄先生の作品のエスパー魔美ちゃんが好きなのですが、
(小学生の頃に、アニメを観てました。)
なんか今年が原作40周年&アニメ化30周年らしくて、コミックスの新装版がてんとう虫コミックスから販売されているんです。
全9巻で今現在6巻まで刊行中なので、即購入いたしまして6巻まで通して読んだのです。
そこでね、気が付いたことがありまして。
魔美ちゃんとパパとママは仲良しな家族で、平和に暮らしているんですがそのお宅のダイニングのカーテンの柄がね。
シティーハンターのある部分と完全一致したんです。



えぇ、スクリーントーン的に。
以下、追記にて。
↓↓↓
[ 2017/07/19 04:32 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

何に対しての所感なのかは、お察し頂きたい。

ちょっと口が悪いので、折り畳んでます(テヘペロ)

最近、ちょっと逃げ恥の恋ダンスを覚えるというような仕事がありまして(←どんな?笑)
膝が悲鳴をあげました(年齢)
しかし、お陰様ですっかり恋ダンス踊れるようになりました。
[ 2017/06/11 02:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

5周年です( *´艸`)

おはこんばんちわ、ケシでっす。

本日、4月14日は当ブログの開設日です。
今日で丸5年が経ち、6年目に突入致します(*´∀`*)ノシ
まさかこんなに続けることが出来るとは、思ってもいませんでした。
お話の数としてはもう充分に書いたとは思いますが、
未だ突如として書きたいことが溢れたりもするもので、
今後もこんな感じで気ままにやらせて頂ければ、幸いです。

しかも、この開設記念日にもしかするとカウンターが30万Hitを記録しそうな感じです。わお、ミラクル。
はじめは、こんなにも沢山の皆様に閲覧して頂けるようになるなど、想像しておりませんでした。
ひとりで楽しんでいた、北条先生のシティーハンターという作品を、
同じくシティーハンターが大好きな方々と、一緒に共感するという楽しみを知って、
とても幸せです アハハ(○´∀`人´∀`○)ウフフ
特別なことは何も無い、個人の妄想駄々漏れブログですが、
それなりに愛着と原作に対するリスペクトを持って続けてきたつもりです。
その気持ちは、きっとこれからも変わりませんし、何よりカオリンが大好きです( *´艸`)←ここ重要
勿論、りょうちゃんも好きです。

しかしこの1~2年は、リアルが充実し過ぎておりますので(真実)更新の方はスローペースとなっております。
更新を待っていてくださる方々には、申し訳なく思っておりますが。
ケシは多分、忙しくも面白おかしく何処かで生きておるのだろうと、生温く見守って頂ければ幸いです。
思えば5年前には、更新を続けてくださっていた書き手様は、本当に数えるほどしかいませんでした。
ワタシが二次創作の世界を知って、そして沢山の作品を見せて下さった大半の方々は創作をやめてしまった後でした。
それならば、自分でやろうと思ったのが始まりでした。
自分で思う、自分の中にある、りょうちゃんとカオリンと新宿の面々を書いてみようと思いました。
書き続けていたら、いつのまにか5年経ってました。
その間、原作の30周年のアニバーサリーがあり、上川さんのドラマがあり、
沢山の書き手様が戻ってきて下さったり、始めて下さったりで、今は半分ROMに戻って楽しんでます。

中学生の時に初めてドキドキしながら原作を読んだあの時の気持ちと、
同じ気持ちを遠い何処か他の場所で味わっていた皆様に、楽しいって思ってもらえるようなお話を、
これからも書けたらいいなぁ、と思います。
上手い文章など書けないし、はなから書く気も無いのですが、
下手の横好きなので楽しいのが一番かと思っております。
軽率に書き殴っておりますので、どうか皆様も軽率に楽しんで読んでってくださればありがたいです。


それと、図らずも1年前の今日、熊本地震があった日です。
きっと熊本からアクセスして下さってる方もおられるでしょうし、大分の方もおられるでしょう。
ワタシはあの日の昼間、イチゴ狩りをして天気の良い春の日を楽しんでいました。
その夜、ワタシの住む街も結構揺れました。
天災ばかりは予測などつかないし、それは幸せな平凡な日々のすぐそばにあるのだなぁ、とこんなことがある度に思います。
被害に遭われた方に対して、口先だけのお見舞いの言葉などワタシには言えません。
だから、熊本の物を買おうと思います。
大分や福島や宮城や岩手や新潟や神戸の物を買おうと思います。
これから先、遊びに行ける機会があれば行こうと思います。
生きている今を楽しもうと思います。
自分の幸せを追求したあとに、それが他の誰かの幸せでもあったらベストだと思います。
そんな風に生きていこうと思います。
ずっと昔に、熊本城に遊びに行ったことがあります。
今はあの立派でカッコイイお城が、カッコ良く再建されるのが楽しみです。


[ 2017/04/14 05:18 ] 未分類 | TB(0) | CM(7)

シュガーボーイ

横向きに寝た背中に、同じように横になって舌を這わせる撩が、
執拗に愛撫を続けながらもヘッドボードの避妊具に手を伸ばす気配を香は感じる。
左手は香の左胸を掬い上げるように包み込みながら、人差し指と中指にその固くなった尖端を挟み込み。
香の隠された性感帯でもある背骨に沿って、器用な舌が繊細なタッチで舐め上げる。
そして撩の右腕は、沢山の意味不明なスイッチの並ぶレトロ感満載のヘッドボードへと伸びる。
避妊具はそのスイッチが並ぶすぐ横に、ファンシーなデザインの小さな籠(一体何の為の籠なのか不明だ。避妊具を入れる為といえば、それ以外に用途は思い付かないほどに。)に入れてある。
薄いラテックスの避妊具が、2回分。
小さな個包装を、更に包む為の厚紙で出来たケースも不思議だと香は思う。
厚紙には不自然に花の絵など描かれているけれど、使い道と使用する場所はあからさますぎて、今更感満載だ。
それよりも香は、過剰包装の方が気になる。
ともあれそんなことは大抵いつも、情事が済んだ後に思うことであり、今現在撩の手と舌によってジリジリと追い詰められている香の脳内は真っ白だ。
ただただ撩によってもたらされる快感だけが、香を埋め尽くし、翻弄している。

ラブホテルなどというものを利用するのは、ごく稀なことだ。
何度か撩に連れられて利用したことがあるけれど、いつも不思議な場所だと香は思う。
墓参りの帰りに、2人は郊外に佇むそのホテルに入った。
どちらからともなく求め合う熱量で浮かされて、撩が道を逸れてハンドルを切っても、
変なゴムのピラピラの下がったエントランスをミニが通過しても、珍しく香は黙りこくって容認した。
というよりも、一刻も早く繋がりたくて2人は焦っていた。




兄の眠る墓に手を合わせる香の背後で、撩が煙草に火を点けたのがわかって香は顔を上げた。
それはいつものパターンだ。
撩はいつも、途中まで吸って火を点けた煙草を、香立ての線香の隣に置く。
数年前に洋式の墓石の前に香立てを用意したのは香だった。
兄が死んだ後、全てのことを撩に任せたので、兄が眠る墓地はカトリックの教会の一画だ。
それでも昔から槇村家の宗派は浄土真宗らしいので、仕方の無いこととはいえせめて線香くらい上げられるようにと、香が仏具屋で購入した。
不思議な組み合わせだけど、ここを訪れるのは彼ら以外には野上冴子だけなので問題はない。


撩が香の横に並んで煙草を供えたのを見届けてから、香は立ち上がった。
撩はしゃがんだままで、元相棒に軽く手を合わせる。
その背中を見詰めていると、香はざわざわと妙な感覚が胸の内に広がるのを感じた。
撩の広い背中に刻まれた無数の傷痕を、今では香も暗記するレベルで覚えている。
いつものようにその細かな皮膚の凹凸に、口付けて指で辿りたい。
これは明らかに、欲情というやつだと香は自覚した。
自覚したら途端に、抑えは効かなくなった。
短い弔いを終えた撩が振り返って驚く程度には、顔に出ていたらしい。
香は今すぐに、撩に触れたいと思って手を伸ばした。
撩はそういう空気を読むことには長けているので、迷わず香の腰を抱き寄せた。
欲しいものを言葉もなしに与えてくれる愛しい男の首に手を回しながら、香は口付けをせがんだ。
誰もいない寂しい墓地で、兄の眠る墓石の前で、2人はキスをした。
予定外に深まった口付けは、2人の導火線に火を点けるのに一役買った。




悪い子だなぁ、兄貴が見てるぞ。

うん、叱られちゃうね。  ね、りょお。

ん?

したい。




その一言でもう一度、2人は深くキスをした。
キスをしながら撩が帰り道に点在するラブホテルを脳内で素早く検索したのは、言うまでもない。
という訳で、2人は家に帰り着く間も待てずにこうなった。


時間的に休憩コースが選べなかったので必然的に泊まり料金となったが、そんなことに拘る空気は2人の間に微塵もなく。
撩は適当に空いている部屋を選んでボタンを押した。
薄いゴムの膜を着けている間にも、それと感じさせないテクニックで愛撫は続ける。
横を向いていた香を仰向けに寝かせ、首筋にキスを落とす。
首筋から耳の周辺も、香が悦ぶポイントだ。
口付けて舐め上げて吐息を絡めながら、下腹部を彷徨っていた撩の手は核心へと伸びる。
薄目の上品な叢を掻き分け花芽を摘まみ、優しく撫でて慰めながら、そこが充分に潤んでいるのを何度も確認しながら解してゆく。

撩の誕生日は、新宿のあの2人の部屋で細やかながらお祝いをした。
相変わらず依頼の少ない冴羽商事は、至極平和で。
生きて一緒に誕生日を過ごすといういつもの約束は、今年も恙無く履行された。
香の誕生日であるこの日に、墓参りに行くのは今となっては2人の恒例行事とも言える。
恐らくは、誰より早く訪れたのだろう大きな深紅の薔薇の花束が供えてあって、冴子が来てくれたことが窺えた。
毎年、忘れずにいてくれる彼女は、2人にとっては今では大事な仲間のひとりだ。
撩の誕生日は、生きて一緒に過ごそうという2人の生の象徴だけれど。
香の誕生日はある意味、死が2人を結び付けた日でもある。
だからなのかどうかはわからないけれど、種族維持本能が如何なく発揮されて、香は撩を渇望した。
今生きている撩のかたちを、今生きている己の手で触れて確かめたかった。


香は自分の中で撩が堅さを増し、速度を早めたのを感じながら何度目かの絶頂を迎えた。
堅くなった撩が爆ぜるのを感じると、無意識に力が入って撩を甘く締め付けた。











お、起きたか。





ホンの少しだけ微睡んでいたらしい。
撩が缶ビールのプルタブを起こす音で、香は覚醒した。
香が目蓋を開ける音でも聞こえるのかというくらい絶妙なタイミングで、撩はそう言って香を見ると微笑んだ。
撩はベッドの外で、裸で、腰にバスタオル1枚だけを巻いて、腰に手を当ててビールを飲んでいた。
ビールを嚥下するのに合わせて動く撩の喉の骨にボンヤリと見惚れながら、香は体を起こした。
結局、きっちり2回分の避妊具を使ってようやく落ち着いた気怠い体には、撩が残した鬱血痕が散りばめられている。
色白の香の肌にキスマークは、特に目立つのだ。
撩は片手にビールを持って、香にはオーバーサイズのダンガリーシャツを手渡した。
数時間前まで自分が着ていたものだ。
香も何のてらいもなく、薄い煙草と柔軟剤が薫るそのシャツを羽織る。





今、湯ためてるし、泡のやつ入れといたから、一緒に入ろう。

うん。



どうやら撩は香が眠っている間に、風呂の準備をしていてくれたらしい。
こういうホテルに何故か必ず置いてある泡風呂ができる入浴剤を、
香が喜ぶのを知っていてそんな風に言う撩が可愛いと思って、香は小さく笑った。



おまぁも、なんか飲む?



大きな声で撩に啼かされた香の声が、若干掠れている。
撩は冷蔵庫を開けて、一通りのラインナップを確認する。
泊まり料金を払っているので、時間を気にする必要は無いけれど、風呂に入ったら撩はここを出るつもりだ。
香からのおねだりは理性を揺るがす不可抗力というやつで、仕方なくこんな所に入ったけれど。
流石に彼女の誕生日をこれだけで終わりにするのは、撩が嫌なのだ。
しっかりと祝ってやりたい。彼女の兄の分まで。
実は、家に帰るとサプライズでプレゼントを用意していたりする。



コーヒーが飲みたい。



あいにく、冷蔵庫の中に缶コーヒーは無かった。
その代わり、部屋の片隅にポットと緑茶のパックと、インスタントコーヒーと砂糖とミルクとカップと湯呑みが一通り用意されている。
コンドーム2回分と同じく、部屋料金に含まれたサービスだ。




コーヒーって、インスタントしか無ぇよ?

良いの、りょおが淹れてくれたのが飲みたい。





香の言葉に、撩は思わず笑みを深くする。
初めて2人が出逢ったあの時、彼女は撩の淹れた濃いインスタントコーヒーを吹き出した。
勿論、ブラックコーヒーだから噎せた訳じゃ無いことくらい、撩にもわかっていたけれど。
あの時の香は、可愛かった。
今はただ可愛いだけじゃない、2人には言葉では表せない歴史があって今がある。
撩は香を、心の底から愛している。





ミルクと砂糖はどうする?

入れて欲しい、うんと甘いやつがいいな。

なんか、それエロく聞こえんの俺だけ?(笑)

はぁ?バカじゃないの。りょおのエロ親父。





香が掠れた声でクスクスと笑うのが撩は最高に幸せなので、ついいつもこうしてくだらないことを言ってしまう。
でも、あながち間違いでは無い筈だ。
うんと甘いやつを挿れてやったら、あんなに悦んでいたのはつい数十分前のことだから。





はいよ、お待たせ。シュガーボーイ。



そう言って、ベッドに座った香に撩は甘いミルクコーヒーの入ったカップを差し出した。
香が受け取ったのを確認すると、撩もベッドに上がってコーヒーを飲む香を背中から優しく抱き締めた。
香は昔、唯一の家族を誕生日に亡くしたけれど、今はもうこうして優しく包んでくれる新たな家族が出来た。
死んだ兄が出逢わせてくれた愛しい人は、いつも何も言わなくても香の一番欲しいものをくれる。
愛しいと思う世界で一番尊い感情を、香にいつも思い出させてくれる。
こうやってミルクコーヒーを淹れて香を甘やかしてくれる。
香が力を抜いてその胸に凭れても、撩の胸板は香の背中を優しく受け止めてくれる。



おめでとう、香。



香が幸せそうに小さく笑う。
撩にも大切な存在が出来て、ようやく誕生日を祝う意味がわかった。
生きていてくれる、生まれてきてくれた、ただそれだけで幸せになれる存在が己の腕の中にいる。
2人は、無駄にでかい浴槽に湯が貯まるまでの暫しの間、この穏やかな時間を噛み締めた。







ちょっと早いけど、書いちゃったからアップする(*´∀`*)
カオリン、おめでとう。


[ 2017/03/29 09:40 ] 短いお話 | TB(0) | CM(3)

ベビーフェイス

「なぁ、教授?俺は何処から来た何者なんだ?」



黒い瞳で真摯な眼差しを向けるのは、推定年齢15にも満たない少年だった。
身体ばかり大きく育った彼の面差しはまだまだあどけないベビーフェイスだ。
歳上の逞しい男達ばかりの世界にあって、彼は周囲にそう呼ばれることを嫌がる。
たとえそれが、男達の親愛の表現だとしても、思春期の少年は子供扱いが嫌いらしい。
撩は、聡明だ。
そのキャンプで男達から『教授』と呼ばれる軍医の男は、撩が拾われて来た頃からを知っている。
恐らくは、己と海原神と同じ日本人であろうこと。
その当時、2歳~3歳位であったろうこと。
幼子が覚えているのは、「りょう」というファーストネームだけで、身に着けているもので彼の素性を明らかにするものは、何も無かった。
だから、年齢ですら推定でしかない。
その身体つきや、妙に達観したような口振りや、周りの兵士達も舌を巻くほどの銃器や戦闘の腕前や、女の扱い方を見て、
誰が彼を年端もいかない子供だと思うだろう。
彼を取り巻く大人達は、彼の特殊な境遇を知っていて彼が拾われて来たその時から知っているので、彼が少年だと判る。
あどけないと思える。
撩はこんな歳でもう兵士として闘い、時には相手を殺し、時には殺されかける程の痛手も負う。
それはここでは、日常茶飯事だ。
それに、キャンプの周りに出没する娼婦を買って、女を抱くことも知っているらしい。
いっちょまえに、そこそこモテるらしい。子供のくせに。
それでも、こんな世界で歪に育ってしまった少年には、わからない事が色々ある。
撩が聡明なのは、生まれもった彼のポテンシャルの高さだろう。
けれども、人として幼児期に必要な沢山のものを、撩は獲得することなくここまで生きてきた。
撩の黒い瞳は、少年らしい純粋さを湛えて澄んでいる。
けれど、それと同時に何処までも深い底知れなさを孕んでいる。


彼がそんな疑問を抱くに至ったのは、単純に思春期の思考の賜物というわけでは無いらしい。
度々その欲の捌け口として世話になる顔見知りの娼婦と、撩は何気無い会話を交わすようになったらしい。
撩よりも幾つかは歳上だろうその彼女も、大人達から見ればまだまだ年端もいかない少女だが、ここはそれを斟酌するような世界では無いのだ。
少女が家族を養うために唯一の資本である身体を売り、少年は生きるために戦場を駆け回る。
本来、彼等を庇護するべき大人も、彼等に与えられるべき愛情もない。
彼等には自らの足で立ち、身体を張って生きるしか術はない。
男が軍医として、『教授』などと呼ばれている己に一番の無力さを感じるのは、そういう彼等を思う時だ。
男は、日本という国がめきめきと戦後の復興を遂げ、今や先進国と呼ばれつつあることを知っている。
撩の記憶にない、撩の故郷の豊かさを知っている。
撩があのジャングルの中に堕ちてさえ来なければ、手にしただろうもうひとつの人生を思うと、複雑な気持ちになる。
撩はわからないことを訊ねるとき、育ての親よりむしろ、この軍医の元にやって来る。
根っからの兵士である海原に与えられる愛情とは異なる愛情を、撩が欲したときに周りに居るのが己なのだろうと、男は理解している。
撩は、聡明だ。
この何も無い殺伐とした環境下にあって、自分に必要だと思うものを選び取り、自分の力に変えていけるだけの能力を持っている。



「なんじゃ、珍しいの。そんなことを訊くようになるなんて、成長したのぉ。」


いつもはくだらないことばかり喋っている撩の真摯な問いは、自分自身のアイデンティティーを求めるものだった。
自分が何処の国の人間か、自分が誰で、歳は幾つか。
誰もが当たり前に知っていることを、目の前のベビーフェイスは知らない。
こんな少年の内から、知らなくて良いことばかり知っている。
撩にこんな疑問を抱かせたのは、件の少女らしい。
彼女が話す家族の話や、生活のこと。そして、彼女自身の誕生日のこと。
先日、誕生日を迎えた少女に、祝って欲しいとキスをねだられた撩の心に芽生えたものは。
彼女のプライベートな事情に対する想いでもなく、彼女の誕生日を祝う気持ちでもなく、
誕生日を持たない自分という人間に対する、非常に根本的な疑問だった。
それは、答えを持たない謎だ。撩が思い出せるものは、何も無かった。



「お前は、オヤジを恨んどるか?こんな風にしかお前を育てられなかった神を。」



撩は目を見開いて、大きく頭を振った。
撩はここ以外の世界を知らない。
海原神が与えてくれる愛情が、正常なのか異常なのかなど、判別出来ようもない。
撩に選択肢はない。
撩にとって、『オヤジ』の存在は一筋の光だ。
死んだ両親のことは覚えていないのに、焼けたオイルの臭いのする瓦礫の中から自分を抱き上げた逞しい腕の安心感だけは覚えている。
あの時、撩は生まれた。




「のぉ、撩よ。これだけは覚えておくんじゃ。」



撩は瞬きもせずに、男の言葉を聴いた。
小さく頷くと、子供らしいあどけない笑顔を見せた。




残念ながら、お前さんの本当のことは誰にもわからん。
過去は変えられん。
でもな、未来はどうにでも変えられる。
生きておれ、撩よ。
どんな卑怯な手を使ってでも、生きておくれ。
そしたら、いつかわかる日がくる。











太く逞しい腕には、ふっくりとした血管が浮いている。
ゴムのチューブを緩めると、針の先からシリンジへ赤黒い液体が流れ満たされてゆく。
すっかり大人びたベビーフェイスは、涼しい顔をして注射針の先を見詰める。
定期的な血液検査は、撩がエンジェル·ダストの死の淵から生還して10年以上経った今でも続けている。
撩が生きた検体として研究できる唯一の人物であり、また、撩自身の健康の為でもある。
あの少年の頃から幾らも経たないある日、撩の信頼を海原は利用した。
撩はあれ以来、こうして教授の患者でもあるわけだが。
今となっては、身体の方は至って健康だ。
些か、アルコールとニコチンの摂取過剰は否めないが、健康的には問題のない範囲だ。
どちらかといえば、問題は心の方で。
黒い瞳の奥の底知れなさを増幅させたのは、撩を育て上げた『オヤジ』だ。
いつの時代も、何処の世界にも、子供に害を与えるしょうもない親はいるもので、撩もそんな親に育てられた被害者のひとりと言えよう。
けれど、撩はもう年端もいかない少年ではないのだ。
撩は聡明だから、自分自身に必要なものを選び取る能力を持っている。
今、彼に必要なのは、明るい目をした無邪気な仔猫ちゃんらしい。
なんだかんだ憎まれ口を叩きながら、傍に置いて可愛がっているらしい。



「そういえば、お前さん。」

「···なんすか。」



撩の太い血管から針を抜きながら、目の前の老人が厭らしい顔をしてにやけている。
こういうときの教授は十中八九、撩の嫌がる話題を口にするものだ。
撩と教授の付き合いは長い。



「誕生日が出来たらしいのぉ、良かったなぁ、香くんにお祝いして貰えて。」



きっと、こんな余計な情報を教授の耳に流すのは、
サ店で嫁の尻に敷かれているハゲの奴だろうと、撩は舌打ちをする。
さすがに、額にお礼のキスをしたことまでは誰も知らないはずだが、もしも香が美樹に喋っていたらアウトだろう。
情報が漏洩するのも時間の問題だ。
どいつもこいつも裏稼業の自覚が無いのかよ、と言いたくなるほどに、撩と香の恋模様に関しては個人情報の尊重をして貰えない。



「はぁ?あんなオトコオンナに祝って貰っても嬉しくねぇし。どーせなら、歌舞伎町のお姉ちゃんに祝って貰うっつーの。」



針を抜いた穴に、プッと小さく赤い血が玉を作る。
撩は、教授の言葉を守り生き抜いた。
泥水を啜るような、傷口に塩を擦り込むような、地獄のような局面も何度も迎えた。
それでも撩は、時に味方すらも欺き生き抜いた。
ただ、知りたかったのだ。
あのときの、疑問の答えを。

己が何者なのか。

答えなど何処を探しても、無いのかも知れない。
けれど、生きていたいと思えるようになった。
教授の言う通り、どんなに卑怯な手を使ってでも生きてきたら、生きていたいと思えるような出逢いがあった。
ただ撩はまだ、素直にはそれを認めたくはない。
楽しい時間や幸せな瞬間は、その渦中にはそうと気が付かないものだ。
撩にはまだ、その自覚はない。


心にもないことを言う撩の腕に止血用の小さなテープを貼ってやりながら、教授は淡く微笑んだ。
すっかり大人びたなんて思ったけれど、やっぱりまだまだ撩はベビーフェイスだ。
思春期の少年並みに、初恋を拗らせているらしい。

想い人であるパートナーから、誕生日を作ってもらって、言葉とは裏腹に幸せそうに笑っている。
海原に拾われて生まれた撩は、彼女から誕生日を作って貰ってきっと新しく生まれ変わった。

今度こそ、本来与えられるべきであった愛情を溢れるほど享受出来るようにと。
あれから随分時を経て、男は切に願っている。
かつての少年に、愛を。





[ 2017/03/26 09:11 ] 短いお話 | TB(0) | CM(3)

マシマロ

微妙に間に合いませんでした。
ホワイトデーネタです( ≧∀≦)ノ
[ 2017/03/15 00:44 ] 短いお話 | TB(0) | CM(1)

しっくり来たぞ。

おはこんばんちわ、ケシです。
今ワタシは、地道にこの1年ほどサボっておったコメント返信をこっそりしておるのですが。
ちょうど今書いてたのが、去年の今頃書いたパラレル好きでっす(*´∀`*)ていう記事へのお返事だったんです。
それを書いてる中で、自分自身の二次創作へのスタンスというか捉え方がクリアになったんで、それについて書いてみます。



それというのも、パラレルというカテゴリをどう捉えるかっつーことなんです。
パラレルでもなんでも大好き、原作準拠でも勿論好き~~~(*´∀`*)
ていうのがワタシだとすれば、パラレルなんて嫌いって人も居るわけで。
そこは、色んな趣味嗜好の方が居て、全然良いと思うのですよ。
で、ワタシが個人的にパラレル作品についてどういう認識でいるかを、
分かりやすく他のものに例えたらどうなるのか考えたんです。

好きなミュージシャン(CH及びRKとします。)は、普段は原作準拠というバンドで活動しているとします。
そして、彼らはたまにパラレルっていう少しコンセプトの違うバンドもやるんですよ。
で、ワタシは彼らが好きなので、多少表現の仕方に違いがあっても、やはりどれも美味しく戴けるって感じなんです。


そうやって、他のものに例えたら、すごくしっくり来たというか。
ワタシがなんでパラレルに対して、何の抵抗も無いのかって分かったっていうか。
カップリングを弄ったりするのがNGだったり、RK以外のCPに興味が無かったり、
その点のワタシのストライクゾーンは異常に狭いのですが、
パラレルには全く抵抗無いんですよ。
勿論、人それぞれ考え方の違いがあるし、同じCH好きとひとくちにいっても色々なんでしょうが。
あくまでも、ケシ個人としてそう思ったって話です。

で、何が言いたいか。というと、
もっと軽率にパラレル読みなYO‼ってことです(握拳)
1年ぶりにまた、軽率に啓発してみた(*´∀`*)

[ 2017/03/14 04:56 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

№14 薔薇(最終話)

香は朝礼の席で、1年と少しの間世話になった人たちの前に立って、
別れの挨拶をしている自分を、どこか客観的に感じていた。
それはまるで、自分のことなのに他人事のような気がした。
1年間の社会経験で、香は様々なことを学んだ。
決して、撩の元を離れて自活した経験は無駄では無かったのだ。
その上で香は改めて、撩のパートナーとして生きることを選んだ。
自分で、望んで選んだのだ。

大切なことは、自分の意思で自分の未来を思い描き、自分で選ぶことなのだとやっと理解した。
7年前の兄の死んだ夜に選んだ彼の相棒という選択肢も、
自分で選んだと言えば、それはそうだけど。
あの頃の香は、まだなにも知らない子供だったと、我が事ながら香は振り返る。
撩のやっている仕事への認識も、撩への想いも、全てが淡く幼いものだった。
今なら、全てを理解した上で、自分の人生の選択として彼の元へと迷わず進める。
撩が、言ったひとことは大きかった。

『お前のお陰だな、今生きてんのも。』

そんな風に撩が思っていたことを、香は全く知らなかった。
これまで自分の存在など、彼の弱点でしかないと思っていた。
自分のせいで撩の身に危険が降り掛かることはあっても、撩を救う一助になるなど香にとっては全くの想定外で。
あの撩の言葉は、どんな甘い言葉より、香の琴線に触れた。
撩に、どんな状況でも何があっても生きていて欲しいと思ったのと同時に、
自分も撩と共に生きていたいと、香は強く思った。
散々、生きて一緒に誕生日を過ごそうとか、
何がなんでも生き延びるとか、言い合った筈なのに。
とっくに解っていた筈なのに。
香は馬鹿だから(撩もかもしれない)、互いに傷付け合って苦しんでみないとわからなくて、
散々泣いて、焦がれて、求め合って、結局は元の場所へと落ち着いた。

教授宅の一室で、撩に戻って来いと言われて了承してから、ひと月後の今。
香は世話になった会社と、周りの人たちへの感謝の言葉を述べていた。
そんなに感慨も無いだろうなんて思っていた筈なのに、香は少しだけ泣いてしまった。
辞める理由は一身上の都合としたけれど、ひと月前の有給休暇の件で周りもそれとなく何かを察してくれたようで、
大変だったね、と何人かの気の良いおじさんたちに気遣われた。
恐らく、若いのに身内の大変な状況を支える為に健気に頑張る女の子、という風に彼らの目には映ったのかもしれない。
しかし香の心境としては、寿退社に近いものがある。
スイーパーの相棒として再就職するなんて、口が避けても言えないけれど、たとえ他人には理解されなくとも香は幸せだ。
デスクの近いいつもの彼ら3人が、示し合わせたように香の前に出てきて花束を渡す。
周りの人たちが、労いとこれからの健勝を祈り拍手を贈る。
朝礼はいつもより5分ほど時間を超過して、恙無く終了した。



退社と同時に可及的速やかに引っ越す、という香に合わせて4人組のいつもの3人は、
既に2日前に、送別会を開いてくれていた。
その席で、田中は香にどストレートな質問を投げ掛けた。

「槇村さんの身内って、もしかして例のこの先どうにもなれないっていう彼のこと?」

ジョッキのビールのアルコール以外のものがもたらす、香の頬の赤みは答えているのも同然で。
香は何も返事していないのに、若い彼等は勝手に盛り上がり、改めて乾杯となった。
そして、失恋仲間の急転直下の元サヤ復活祭に乗じて、田中も打ち明けてくれた。

「実は、僕らも付き合うことになって。」

僕ら、というのは田中とエミちゃんだった。
二人は幸せそうに笑って、頷いた。
田中の失恋を慰めていたエミちゃんとの恋は、つい最近始まったらしい。
何処にでもある単純な始まりだ。
人は皆、安易に単純に恋に落ちるものなのだ。
理由なんかいらないし、幸せならば結果オーライなのだろう。
香は開き直りにも似た気持ちで、今はそう思っている。
もっとシンプルで良いのだ。
ただ、好きな人がスイーパーをやっている。
その人の元で、一緒に生きていたい。ただそれだけだ。
もっと安易に、もっと軽率に、何度でも撩に恋をしようと香は思っている。




教授宅で療養していた撩が新宿に戻ったのは、あの夜から数日後のことだった。
あの夜、撩を抱き締めていた筈の香は、気が付くと撩の腕の中に収まって2度目のキスをされていた。
きつく抱き締め返され、初めての時の比じゃない濃厚なキスをされた。
香は頭の隅でどこか冷静に、撩でもこんな感じで余裕を失うことがあるんだと思っていた。
そのくらい性急な口付けは、痛いほど撩の気持ちが伝わってきて、
香は今まで、どうして撩の気持ちに気付けなかったんだろうと、少しだけ反省した。
きっと二人の関係が停滞していた要因は、自分にもある。と、気付かされた。
その夜の内に、香は今の会社を退職して、冴羽アパートに戻る決意をした。





最後の日でも、香の仕事はいつもと何も変わりなく、平和に定時を迎えた。
同僚たちに別れを告げて、家路に着いた。
引っ越し作業は、このひと月の間に地味に進めていた。
大きな家具類はもう、あの新宿のアパート6階の、客間兼香の部屋に元の通りに収まった。
週末の度に少しずつ荷物を持ってアパートに通い、教授の家から戻った撩も協力してミニで荷物を運んでくれた。
合鍵をもう一度、撩が作ってくれて渡してくれた。
その時に撩が一度だけ、愛している、と言ってくれた。
照れ臭いし、価値が下がるし、いっぺんしか言わねぇからな、と言った撩が真っ赤に照れていて、
内心で可愛いと思ったのは、香だけの秘密だ。


5階建てのもうすぐお別れの、香の独り暮らしのアパートの前に。
赤い小さな車が停まっていた。
香に背を向けて、車に凭れている大きな背中。
肩越しに立ち昇る紫煙。
少しだけ癖のある艶やかな黒髪。
捨ててしまったジャケットの代わりに、香が買ってあげた新しいジャケットを羽織って、
彼が待ってくれていた。


「りょおっっ」


香が彼の名を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。
優雅な仕草で煙草を放ると、ブーツの爪先で踏み消した。
吸い殻は後で拾わせないと、と香は一瞬だけ考えて、けれどもそれよりも真っ先に。
香の5㎝のローヒールのパンプスが、アスファルトを蹴った。
撩の胸に飛び込んだ瞬間に、同僚に貰ったアレンジメントの花束の、薔薇の花びらが1枚散った。


愛は川のように、柔らかで非力な葦の葉を押し流す。
愛は刃のように、鋭く魂を切り付ける。
愛は飢えのように、永遠に満たされることのない苦しみをもたらす。
そして愛は花で、香にとって撩はその種子だ。

哀しみと苦しみと痛みをもたらすこともあるけれど、
見方を変えればそれは、大きな花を咲かせるための小さな種なのだ。
種は香の心に住み着いて、大きく根を張った。
香の想いを糧にして育った種だけが、香を幸福にしてくれるのだ。






~~後日談~~
[ 2017/03/03 23:14 ] the Rose | TB(0) | CM(14)

№13 絶対

香は靴を履くと、最後に玄関の土間に立って振り返った。
戸締まりをもう一度、頭の中で確認する。
どの部屋も窓を閉めて施錠した。
防犯システムのスイッチも入れた。
後はこの玄関の扉と、1階の表玄関の施錠をすれば終了だ。

香が不在の間、空気の移動もなく淀んでいた時間を、窓を開けて解放した。
キッチンやリビングに掛けてあった(かつて、年の始めに自分が掛けたものだ。)カレンダーは、
時間が止まったまま用を終えていて、香は捨てようかどうしようか迷ってそのままにした。
埃を落として、床を磨いて、カーテンを全て洗う時間もあった。
1週間という時間はあっという間のようで、掃除をするのには充分な時間だった。
これから、最後の撩の夕食を作りに教授の家へと向かう。
それが済んだら、かずえにこの部屋の鍵を渡して撩に返却してもらう。
そして明日からまた、撩のいない世界に帰って普通に暮らすのだ。

香は目を瞑って、様々な出来事を思い返す。
撩の帰りを待ちわびて遅くまで起きて、無事を祈っていた日々のこと。
依頼もなく暇をもて余して、二人で退屈に過ごした平和な日々のこと。
くだらないヤキモチや、しょうもない意地を張り合って喧嘩した日々のこと。
撩の背中を追い掛けて、自分の存在意義を探して、足掻き続けた日々のこと。
いっぱい悩んで傷付いて、撩のことも傷付けたけど、幸せだった日々のこと。

「さようなら」

香はその部屋に別れを告げると、玄関の扉に手を掛けた。




















「それは、香さんが直接、冴羽さんに返すべきよ。」



香は夕食作りを終えて、アパートの鍵をかずえに託すべく研究室を訪ねた。
仕事中で白衣を着たかずえは、きっぱりとした口調でそう言った。
かずえの眼差しは、香に有無を言わさないような強い力が込められていて。
終いには撩の休んでいるその部屋の前まで、手を引かれて来てしまった。
さぁ、と小さな声でかずえが先を促す。
香は仕方なく覚悟を決めると、頷いて小さく息を吐いた。
ノックをする手が震えた。
中から撩の返事が聞こえて、香がそのひんやりとした真鍮製のドアノブを握るまでを見届けてからかずえは戻っていった。

1週間振りにみた撩は、随分印象が変わった。
香はかずえや教授とは毎日顔を合わせていたけれど、撩の経過については敢えて何も訊かなかったし、
二人も特に香に聞かせることもなかった。
頭の包帯はとれていて、それだけで随分元気そうに見えた。
それでもまだ、傷にはガーゼが当てられネットで保護はされている。
1週間前に香が持参してかずえに預けた服を、撩は着ていた。
パジャマでもないし、きちんとベッドの端に座位を保って腰掛けていたから、
元気そうに見えたのかもしれない。



「あの、これ。返しに来たの。」



そう言って、香が手に握った鍵を見せると、撩は微笑んで手を差し出した。
あのジャケットはもう、香の目に触れる前に処分した。



「クローゼットに仕舞っておかなくても、大丈夫?」

「ああ。」



香は頷いて差し出された撩の手に、その銀色の小さな鍵を渡した。
これでもう本当に最後なのだとその時に、突然に実感した。
撩は鍵を受け取った瞬間、その小さな金属の塊に香の温もりを感じた。
これをしっかりと握り締めていた香を思うと、愛しさが込み上げた。



「掃除、してくれたんだってな。」

「ごめんなさい、勝手なことして。」

「いや、助かった。すまんな、わざわざ休みまで使わせて。」

「あ、それは別に大丈夫なの。ホントに。どうせ有給貯まってたし、消化してもすること無いから。」

「そっか。」

「うん。」

「飯も、久々に旨かった。ありがとな。」

「あ、うん。」





思いがけない撩の言葉に香は照れて俯いたから、撩の顔を見ていないけれど。
撩は撩で言い慣れない言葉に、真っ赤になっていた。
端から見ればそれはまるで、出逢ったばかりの男女の恋の始まりのような初々しい様子にも見えなくはないのに。
二人はとうに何年も一緒に過ごし、その挙げ句に拗れまくって現在、別居中の間柄だったりする。
客観的視点と、当人達の自覚に、天と地ほどのギャップがあるのが、この二人の難しい所だ。
周りからすればとうに出来上がった二人は、何処までも二人だけの世界の中で彷徨っているだけだ。

香は改めて、前回この部屋を訪れた際に、不覚にも泣いてしまったことを悔いた。
強くあろうと思っていたのに、撩の前で弱さを見せたくはなかったのに、泣いてしまった。
あのジャケットに刻まれたことの全てが、悲しかった。
そんな世界にたった独りで立ち向かわなければいけない撩を思うと、悲しかった。
そこから撩ひとりを残して去った、自分を責めた。
あの時は、泣くべきでは無かったのだ。
毅然とあの撩の世界を直視して、目に焼き付けておくべきだったのだ。
命を懸けた、撩の仕事を。



「この前はごめんなさい。泣いたりして。」



そう言って、顔を上げて撩を見詰める香の目の色に、撩はハッとした。
相棒時代の阿吽の呼吸で立ち回っていた頃の、強い眼差しだった。
銀座で働いていた香とも、女の子らしいカッコで微笑む香とも違う、それは本当の香で。
撩が最も愛しいと思う、香だ。



「いや、俺もさっさと捨てときゃ良かったんだ。あんなもん。」



撩は笑いながら、ガシガシと頭を掻いた。
撩が照れたり動揺しているサインは、香にとっては相変わらず判りにくいけど、
先ほどから何度も、未練がましい気持ちに見舞われて動揺しているのは、撩の方だったりする。



「本当に良かった。元気そうで。」

「あぁ、もう大丈夫だ。」

「うん。」



でも、と続けた撩の言葉が、きっと本音なのだろうと香にもわかった。



「いやぁ、今回ばかりは死ぬかと思った。でも、死ねないと思ったんだ。」




前に、お前に言ったろ?
お前に何かあったら、絶対に助けに来るって。



撩のその言葉で、香はあの夜のミニクーパーの中でのキスと撩の掌の熱さを思い出した。
そして、撩という男の本質を思い出す。
撩とは、そういう男だ。
撩が“絶対”と言ったら、それは絶対なのだ。
香は自分でも絶対という言葉を使うけど、その言葉をどこかで信用していない部分がある。
それは、香自身が自分を信用していないことの裏返しだ。
けれど、撩は違う。
撩はいつでも香を助けに来てくれたし、信頼出来る、香のスーパーヒーローだったんだ。
そんな大事なことを、香はようやく思い出した。




「お前のお陰だな、今生きてんのも。」



そう言って笑った撩の顔が、グニャリと歪んだ。
涙が溢れて止まらなくて、香は気が付くとベッドに腰掛けた撩を抱き締めていた。
洗われていない髪の毛はべたついていて、臭かったけれど。
それが撩の生きている証だと思うと、香は愛しいと思えた。
ようやく思い出した。
本当に大切なことを。


撩は、柔らかな彼女に唐突に抱き締められて。
今なら、言えそうな気がした。



「なぁ、香。」

「ん?」

「良いことも悪いこともこれから先も多分、腐るほどあるだろうけど。」

「うん。」

「行ける所まで、一緒に行こうや。」

「え?」

「戻って来いよ。」




撩を抱き締める香の体が緊張して強ばるのを感じた。
撩がタイミングを間違ったかと思ってしまうほどに間をおいて、香は小さく頷いた。
その長い間が、そのまま香の新しい覚悟なのだと思うと、撩の口角は自然と持ち上がり、笑顔を形作った。



香が撩から離れてニッコリ笑った。
もう泣いてはいなかった。


「じゃあ、撩の髪の毛、アタシが洗ってあげるね。」



どこからでもやり直せるんだという、ミックの言葉が香の背中を押した。
かずえの強い眼差しや、美樹の笑顔と珈琲に勇気を貰った。
それら全てを愛情に換えて、撩に返していこうと香は思った。
独りで生きているのではない、そう思えることが自分の幸せなのかもしれないと香は思った。



(つづく)


[ 2017/03/01 09:12 ] the Rose | TB(0) | CM(6)

№12 弱音

その晩かずえは夕食に、香の作った食事を撩の部屋へ運んだ。
香からは、それを作ったということを撩には伏せて欲しいと言われていた。
それでもそれは、意味を成さないことだろうと、かずえは思っていた。
香にはあえて言わなかったけれど、撩が香の料理に気付かないとでも本気で思うのだろうかと、かずえは香の正気を疑った。
そもそも香は、自分の存在価値を理解して無さすぎるのだ。
撩にとって彼女がどんな存在かなんて、かずえは二人に初めて会った時から解っていた。
撩がどれだけ他の女に甘い言葉を並べても、香に対する軽口の100分の1も気持ちは籠っていないというのに。
何故その違いを香だけが解らないのか、時々、不思議に思う。
きっと、好きでも嫌いでも、その感情があまりにも大き過ぎると、その大きさに惑わされて正常な判断能力を失うのだろう。
恋をすると誰しも、自分をコントロールするのが難しくなるものだ。


メインの鰈の煮付けに、茄子のそぼろ餡掛けと、きんぴらごぼう。厚揚げと玉葱の味噌汁。


まだまだベッド上で食事を摂る撩の為に、可動式のテーブルにかずえが一品づつ並べてゆく。
並べ終わると撩が箸をつけるのを横目で見ながら、サイドテーブルに置いた茶器で茶を淹れる。
まず始めに汁椀に手を掛けた撩に、かずえは内心それに行くかぁぁあ、と呟く。
味噌汁なら一発だ。気付くに決まっている。
実のところ、かずえも教授も今のこの状況を密かに楽しんでいたりする。
撩のリアクションを、ドキドキしながら窺っているのだ。
たとえ今現在、実質別居状態でも、離れても離れられない二人だということくらい、周りが一番よく解っている。
一体、何年前からこの焦れったい一進一退の攻防を続けているのか。
本当に手の焼ける二人である。



撩の表情が変わる。
ひとくち味噌汁を含んで、動きが止まる。
暫く何事か考え込んで、もうひとくち啜る。
煮付けもひとくち、口に入れる。
またしても、動きが止まる。



「ねぇ、かずえちゃん。これって。」

「ま、判るわよね。普通。」



香さんよ、と言って頷きながら、かずえは湯呑みをテーブルに置いた。
苦笑するかずえに、撩もつられて情けなく笑う。
久し振りに食べて、相変わらず旨いと撩は思った。



「なぁ、ちょっと弱音吐いてもいい?」



撩にしては殊勝な態度だった。
こんな冴羽撩が見られるのは、レアケースだろうとまたしてもかずえは考えてしまう。


「お好きにどうぞ、聞かなかったことにするわ。」


かずえがにっこりと微笑む。
ミックの時もそうだった。
ここで教授の助手でいる限り、普段は見られない彼等の本音も時として垣間見てしまう時がある。
けれど、その部分は医者として守秘義務を守る必要がある。
ミックが禁断症状で魘されているとき、彼は譫言でずっと“彼女”の名前を呼んでいた。
彼に理性が戻り、禁断症状も落ち着いたものになるにつれて、彼女の名を呼ぶことは無くなった。
けれど、だからといって彼の中にその存在が消えたなんて、かずえは思っていない。
大人の分別というやつだ。
それでも、かずえはミックに惹かれた。それでも良いと思えるほどに。
彼女への想いを心の奥に仕舞い込んだ彼ごと全て、愛そうと思った。
けれど、撩は違ったのだ。
確かに以前、少しだけ撩にも惹かれた。
けれど撩の心に居るのは、あの頃から変わらず彼女だけだ。
そこに他者が介入する余地など、少しもない。



「···俺さぁ。 やっぱ、アイツじゃなきゃダメだわ。」

「何?今頃、気付いたの?  冴羽さんて、結構バカよね。」



呆れたように腕を組む白衣の彼女の言葉が正論過ぎて、撩は吹き出した。
馬鹿なのだ、確かに。
一番大切なものを簡単に手放して、そのくせずっとそれを悔いている。
大切なものを大切にする方法など、簡単なことだ。
それすら、怠った。
目の前にある時には安心しきって、それが当たり前だと錯覚していた。
撩の幸福は、ちっとも当たり前なんかではなかったはずだ。
決して、その手を放すべきではなかったのだ。


「でも、良いのよ。バカでも幸せになったって。私達は皆、少しづつバカよ。」


香さんもね、と言って、かずえは笑った。
勿論、ミックも私も。とは、心の中だけで呟いた。












数日後、香は冴羽アパートを隅々まで掃除しながら、
晴天に任せてリネン類やタオルなどを、一斉に洗濯した。
どうやら撩は、全く交換していない訳でもなさそうだったけれど、
明らかに収納された一番上の1~2枚を、非常にスローなペースで使い回し、
挙げ句、収納の中全体の循環が停滞した状態になっていた。
1年間、使わずに仕舞いっぱなしのタオルやリネンは、心なしか微かに湿気ていた。
アイロンを掛けて仕舞っていた筈の、パリッとしたシーツもくったりとなっていた。
ベランダに出てタオルを干す横顔に、香は視線を感じた。


通りを隔てた向かい側のビルの窓だ。
彼は窓際に立って、マグカップを握ったまま片手をヒラヒラと降っていて。
香が気付いたら嬉しそうに笑った。











「ワォ、カオリ帰って来たなら来たと、早く教えてくれよ‼」


彼は数分後、そう言いながらリビングに飛び込んできた。
ミックはちっとも変わっていなくて、1年経ったとは思わせないほどにいつも通りだった。



「あ、あの、ミック、違うの。そうじゃなくて。」



香は第1陣として、午前中に干した分の乾いたタオルを畳んでいたのに、
ミックの乱入により一時中断を余儀なくされる。
教授宅に訪れてからのことを、説明した。


「そうか、じゃあリョウの奴にももう会ったんだね。」

「···うん。」

「酷い有り様でビックリしただろ?」



香は俯いて、小さく頷いた。
ミックは慰めるように、香の癖毛を撫でた。

あれでも、少しはよくなったんだよ。
食欲もあるみたいだし。
冗談なんかも言える程度には、回復したし。

ミックはニッコリ笑うと、香の頭を数回ポンポンと叩いて、すっかり埃を払ったリビングを見渡した。


「だいぶ、スッキリしたね。」

「うん、なにしろ埃だらけで。散らかっては無かったけど、結構汚れてて。」




アイツ、キミがいない間サボりまくってたからね。
お仕置きしてやんないとなぁ。
ほんとはキミに帰ってきて欲しいんだと思うよ?カオリ。



香はミックの言葉を降り解くように、首を大きく横に降る。

「嘘だと思うかい?そんなこと、リョウが思うはず無いって。」

今度は香は大きく縦に首を降る。

「アイツ、キミが見舞いに行っても、何も言わなかったの?」

「言うって、何を?」

「帰って来いって。」

香は苦笑しながら、首を横に降った。
そんな話になるわけなど無い。
1年前に、きちんと話し合って決めたことなのだ。
二人にとって、いい結果となるように。

「ったく、馬鹿だな、アイツは。いざとなったら、肝心なことが言えないんだから。」



ミックは呆れたように笑って、カオリもそう思うだろう?と、訊いたけど。
香には解らなかった。


「アイツが言わないなら、ボクが言うけどさ。帰っておいでよ、カオリ。キミが居ないと淋しいよ?」



「ダメなの。」

「どうして?」

「前に、二人で話し合ってそう決めたんだもの。」


ミックはやれやれという表情を作って、大袈裟に溜め息を吐いた。
撩も香も、結局は似た者同士だ。



「その決めたことが、間違いじゃないって、どうして言い切れる?」

「え?」

「1度決めたとしても、それが違うと思えばどこからだって、やり直せるだろう?」



一旦、離れてみて、気が付く互いの良さだってあっただろう?
ここでの6年間で、キミにとっての幸せだってあっただろう?
この1年、淋しくてリョウに会いたくなることもあっただろう?
その気持ち全部に、嘘はなかったはずだよ?



「ねぇ、カオリ。ボクの話をしてもいい?」

香はミックの畳み掛けるような言葉に、気圧されそうになりながらも、それでもちゃんと聴いている。
香はしっかりと、頷いた。

「うん。」

「ボクの初恋はキミだ。知っての通り。でも、叶わなかった。何故ならキミは、リョウのことが大好きで、ボクに恋愛感情は無かったからだ。」


うわ、改めて言葉にすると、結構抉られるね。と、言いながら、ミックは笑った。


「でね、それならばこの先、本気で好きになれる相手なんて現れないって思ったんだよ。キミ以外に。」

「···でも、」


香が言い掛けた言葉に、ミックは頷く。


「でも、カズエが現れたんだ、ハートブレイクしちゃったボクの元に。ボクはちゃんとカズエを愛することが出来た。だから、何が言いたいかっていうとさ、1度決めたことでも、それがダメならそれに縛られる必要は無いってことさ。」



香は俯いていた。
ミックの言っていることは、きっと正論だ。
建設的意見だ。
少なくとも、本心を押し殺して泣いて暮らしているよりは、まともな考え方だ。
涙が溢れてしまいそうで、香はミックの顔が見れなかった。


「アイツも大概、馬鹿だけどさ。キミも結構、馬鹿だよね?」


ミックはそう言うと、香を優しく抱き締めた。
香の細い背中を撫ぜると、香は力を抜いてミックに凭れた。
鼻声の涙声は、くぐもってミックの耳まで届く。



「ミック?少しだけこのままで、泣いてもいい?」

「良いよ、貸しといてやるね。」

「ふふふ、なんか、この借り、高くつきそうだわ。」



泣きながらでも、香が冗談を返せたから、ミックは安堵していた。
もう一歩、香が踏み出す為には結局、撩が何らかのアクションを起こすしかないとミックは思っている。
互いに、死ぬほど好き合っているのだから、単純な話だ。


(つづく)

[ 2017/02/27 06:33 ] the Rose | TB(0) | CM(2)

№11 痕跡

香が想像していた以上に、部屋の中は秩序が保たれていた。
というよりもむしろ、香が去ったその時のまま放置しているといった方が適切かもしれない。
リビングで寛ぐこともしないのか、テレビを観ることも無いのか、
テレビの画面には1年分の埃が薄く積もり、リモコンは香がいた頃からの定位置の籠の中に収まったままだ。
カーテンがいつから閉められたままなのかは定かでないけれど、空気は淀んでいて。
窓を開けたら、昼下がりの陽が反射して埃が舞うのが見えた。
リビングで灰皿を使った様子すらなく、ガラスのローテーブルの上に乗った灰皿ですら埃が均等に積もっている。

客間兼香の部屋として使っていたあの部屋も、
香が引っ越しのために家具や私物を搬出したあの日そのままに、埃だけが全てを薄く覆い尽くしていた。

キッチンにも、生活感は皆無だった。
なるだけそのままを保っていようという撩の意図は感じられるものの、
冷蔵庫の中には食材の類いは一切無く、有るのは缶ビールだけでアルミ缶は凶暴なほどキンキンに冷えていた。
分別式のゴミ箱には可燃物は無く、不燃物の方には同じ銘柄のビールの空き缶の潰されたものだけがびっしりと詰まっていた。
造り付けの棚の中のいつもの場所の銀色の缶の中の、珈琲豆は湿気て固まっていた。

浴室のタイルの目地には所々黒いものが浮かび、カランと鏡は水垢で曇っていた。
洗面所に置かれた歯ブラシも剃刀も、最後にいつ交換されたのかすら不明で。
タオルハンガーには、タオルすら掛かっていなかった。
戸棚の中には、使われている様子の無いタオルが恐らく香が洗って畳んだ時の状態で、綺麗に収まっていて。
もう洗剤の薫りも柔軟剤の薫りも飛んでしまって、埃臭い湿気た匂いがした。
洗濯籠には意外にも洗濯物は無く、乾燥機を開けると撩のティーシャツとパンツとジーンズと靴下と数枚のタオルが入っていた。
乾かしてそのままで放置されたそれらは、皺々になっていたもののちゃんと洗剤の匂いがした。

7階の寝室には、濃密な空気がそのまま閉じ込められていた。
ベッドサイドに置かれた灰皿には、数本の吸殻が残されていて。
そのコルク色の吸い口の強く噛み締められた跡に撩を思い出して、香の胸の奥が切なく締め付けられた。
ベッドに張られたシーツは皺を描き、定期的に張り替えられた形跡は無かった。
シーツにひとつだけ、煙草で焦がした跡を見付けた。




香は、家中の窓という窓を全て開けて、空気を入れ換えた。
生活感が無い訳ではない。
撩が独りで暮らしているという空気は、痛いほど感じられた。
それがとても味気無い、ただそれだけだ。
やはり、教授の家で香が言い残して来たことは正解だったと、香は思い直した。
撩の休んでいる部屋を出て、すぐに香は決めた。
1週間、仕事を休む。
幸い先日、有給を消化するようにと上司に言われていたばかりだった。
すぐに会社に電話を入れて、休暇を願い出た。
見舞った身内の世話を暫くしないといけなくなった、と嘘を言ったら却って心配されて恐縮した。

それでも、撩にはもう会わない。
1週間もあれば綺麗に、元の通りに掃除出来るだろう。
物は弄らない。
ゴミを纏めて、埃を落として、空気を入れ換えて、水回りを磨いて、タオルのストックを洗い直す。
意外と広いこの家に、1週間通えばそれくらい出来るだろう。
撩から頼まれた身の回りの物ならば、撩に会わなくともかずえに言付ければいい。
鍵はここの掃除が終わった時に、またかずえか教授に言付けて撩へ返しといて貰うようにする。それをお願いしたのだ。
それともうひとつだけ、それはかずえに。
今現在、撩の食事をかずえが作っているらしいので、それを1週間だけ自分に作らせて欲しいと頼んだ。
だから、これから1週間、香は冴羽アパートと教授宅に通う。
毎日、撩とはニアミスするけれど、会わないつもりだ。
撩のピンチに駆け付けはしたけれど、決意が揺らいだ訳ではない。
教授も美樹も、撩はすぐによくなるのだと言った。
それだけでいい。
彼が早く日常を取り戻し、軽口を叩きながらあのカウンターのいつもの席に座って、珈琲を飲んで元気でいてくれれば、それだけで。
そこに自分が居なくても、日常は廻るし、季節は巡る。
人生は長くて世界は広いし、撩には撩の香には香の、幸せや目標はやっぱり。
互いがそれぞれに見付けてゆくしか無いのだと、香は思う。
どちらかがどちらかに寄り掛かってばかりなのは、フェアじゃない。








香はキッチンにいて日にちを確認しようと思って、つい癖で冷蔵庫の脇の壁を見遣る。
そこに掛けられたカレンダーはしかし、去年の香が出ていった月から進んでいなかった。
癖や習慣は、思考を鈍らせる。
香は少しだけ考えて、不燃物の回収日を思い出す。
3日後のその日に備えて、ゴミ箱に掛けられた不燃物を袋ごと引っ張り出す。
量の割に軽いのは、全てアルミ缶だからだろう。
ろくに食事も摂らずに、ビールを飲んでいるのだろう撩が香には容易く想像できた。
1年離れたその部屋での家事だけど、その何倍も淡々とこなしてきた日々の方が長い。
その日々の積み重ねは、香を無意識に効率的に動かした。
1袋分の空き缶を提げて、ガレージに向かう。
3日後の回収日まで、そこに置いておくためだ。

ガレージもまた、香にとっては懐かしい場所だ。
撩を見送る時も、撩と一緒に出掛ける時も、撩の制止を避けるためにこっそりとミニに隠れて乗り込んだことだってあった。
その小さな赤い車は、いつものようにそこに停まっていて。
主の不在を知っているのか、少しだけ淋しそうに見えた。



思い出すのは、3ヶ月前のあの夜の出来事だ。
きっと香の唇に触れるのは、後にも先にもあの夜のキスだけで。
香はもう誰とも恋をする気はない。
けれど、あの撩の唇がいつか、何処かの誰かに優しく触れるのだろうと思うと、胸が軋んだ。
優しく触れた唇の感触は、もう記憶から薄れかけているけれど。
強く掴まれた手首の感触と撩の手の熱さの方が、不思議と記憶に残っている。
あの時、撩は困ったら伝言板を使えと言ったのに。
何故だか今、香が撩からの依頼に応えている。

全力で応えようと思っている。
あの頃、撩の傍にいて、自分にしか出来ないことを必死に足掻きながら探し続けていた。
病室で撩は、こういうことはお前が一番解っているから、と言ってくれた。
報われないと思っていた日々の些末な事柄が、報われたと思った。
自分にしか出来ないことはきっと、自分の足元に沢山転がっていたのだ。
だから、香はこの1週間を精一杯、撩の為に使おうと思っている。


(つづく)

[ 2017/02/26 15:42 ] the Rose | TB(0) | CM(6)

№10 珈琲

香は撩に背中を向けたまま、手の甲で涙を拭うと、多少無理矢理ではあったものの笑顔を作った。
撩からの依頼は、確かに受けた。
厳密にいえば、香はもうシティーハンターでは無いのだから、可笑しな話だけれど。
もしかすると、こんな風に撩が香に頼み事をしたのは初めてかもしれない、と思ったら。
何としても応えたかった。
血塗れのジャケットのポケットから、見慣れたキーケースを取り出すと、その中の1本、アパートの鍵を取り外した。
冷たく鈍く光る銀色のそれを、香はギュッと握り締める。

「じゃあ、確かに。借りていきます。」

強がりの笑顔で振り返った香は、撩にそう言うとその部屋を出た。
残された撩は、力無くぐったりとベッドに横たわる。
背中に当てられていた大きなクッションを、脇へ追いやる。
実をいうと、そんなに元気な訳でもない。正直、今回の怪我はそう生易しいモノではなかった。
それでも撩が、最後の力を振り絞って此処まで還って来たいと思った原動力は、彼女だ。




















「それで?どのくらいで、回復しそうなんですか?」


香の問いに、教授はにっこりと笑うと、薫り高い玉露を啜った。
空を見詰めて、考える素振りをみせる。


「そうじゃのぉ…1週間か、10日、といったところかのぅ?」


教授の説明によれば、常人なら全治2カ月は余裕でかかるところだという。
しかし、撩の回復力と生命力をもってすれば、その位が妥当だろうということだ。
とはいえ、それは完治という訳ではなく、ベッドから起き上がって自由に動けるという意味だけど、
教授が言うには、ベッドから起き上がればあの男は、新宿に帰るじゃろ。とのことだった。

香はその屋敷の応接間に、教授とかずえと向かい合って座っている。
二人を見据えて、香は深々と頭を下げた。


「お二人に、お願いしたい事があるんです。」

















カウベルを鳴らして、午後の喫茶店を訪れたのは懐かしい常連客だった。
何しろ、1年振りだ。
美樹は扉の向こう側から現れた彼女を見て、一瞬、言葉を詰まらせた。
彼女の顔を見て、美樹は自分がどれだけ彼女のことを心配していたのか、改めて自覚する。







「残念ね、せっかく香さんが来てくれたのに、ファルコン今日は“仕事”なのよ。」

「こちらこそ、ご無沙汰してて申し訳ないです。たまには、顔を出さないとって思いながら、つい。」

「すごく、…すごく会いたかったわ、香さん。」

「ごめんなさい。」



香は、今日は謝ってばかりだと思った。
久し振りに出向いた教授宅でも、かずえに同じことを言われ、同じように謝った。
気が付かないでいた。
この街で出会った彼女たちが、これほどまでに自分を気に掛け、心配していてくれたことに。
きっと、彼女たちだけじゃない。ミックや海坊主も同じように思ってくれているだろうことは、わかる。
独り暮らしを始めて、撩と離れて、新宿を離れて、それでも人との縁までが切れることにはならないのだ。
教授が香のアパートを訪ねて来てくれた時、撩のことに関係無く顔を出しなさいと言ってくれたのは、こういうことだったのだ。
香は今更ながら、この街と、撩を介して繋がった人たちの温かさを思い知る。
この1年、香は自分のことで精一杯で、そのことに思い至ることなどほぼ無かった。

珈琲の薫りが懐かしかった。
撩と離れて以来、自分で豆を挽くなんてこともなく、殆どインスタントコーヒーで済ませていた。
美樹が丁寧にドリップする手元を眺めながら、色んなことを思い出す。
香は無意識にいつも座っていたスツールに腰掛けたけれど、その隣りにはいつも、撩が座っていた。
撩とこの席に座って、暇に任せて他愛もない話ばかりしていた。
喧嘩ばかりして皆に呆れられながら、それでも珈琲を飲みながらうやむやの内に仲直りしたりして。




「どう?独り暮らしは、楽しい?」



美樹は互いにしんみりしないように、努めて明るい口調で香に訊いた。
シンプルなデザインのマグカップに注がれた珈琲を、香の前に置く。
美樹が珈琲を淹れる間、物思いに耽っていた彼女は、この1年で随分女らしくなっていた。



「どうだろう。アタシ物心ついてから、全くの独りって初めてだから。」



そう言って、薄く笑って香はカップに口をつけた。
小さく美味しいと呟いて、コクリと一口飲み込んだ。
目を瞑って、深く溜め息を漏らす。
楽しいのか楽しくないのかの、質問の答えにはなっていない。



「よく、わからない。」

「そう。」



香の他に客の居ない喫茶店は静かで、絞ったボリュームの有線が、クラシックのチャンネルに合わせてある。
美樹が本当に訊きたいことは、そんなことじゃ無いような気がして、香は美樹を見詰めた。




「教授のお宅に行ってきたの。」

「会ったの?冴羽さんに。」




香はコクンと頷いた。
美樹は自分のマグカップにも珈琲を注ぎながら、撩のことを考えていた。
香が出ていってからの撩は、いつも通りを演じているようでいて、全然いつも通りでは無かった。
いつも通りを崩さないのに、いつも隣にいる存在が居ないのは不自然だった。
むしろ、彼女が居なくなって変わらない方がおかしいのに。
むしろ撩は、頑なに香の不在を認めたくないように、美樹には見えた。



「1年振り?」

「実はね、違うの。」

「どういうこと?」



香は、夜の銀座8丁目で偶然再会してからのことを美樹に説明した。
さすがに、ミニの中でのキスのことは端折ったけれど。



「道理で、なんか香さん綺麗になったなぁって、第一印象で思ったの。」

「え?な、なに言ってんの?美樹さん。アタシ、何も変わってないでしょ。」



香は真っ赤になって、ぶっきらぼうに照れている。
確かに、そんなところは何も変わってない。
元々、顔もスタイルも美しいのは前からだけど、雰囲気が違っているのだ。
撩といた頃にはあまり見なかった、化粧と服装だからかもしれない。



「誰かいい男性(ひと)はいた? 冴羽さん以上に、良いなと思えるひと。」



香は苦笑して、首を横に降った。
残念ながら居なかった。
そもそも、目が外に向いていないのだから、何処に居たって同じことなのだ。
香は、美樹と話している間に、そう気が付いてしまった。
撩の作ってくれた柔らかな拘束の中から、外の世界に出たはずなのに。
物理的距離がいくら離れても、心は彼に縛り付けられたまんまだ。
そして、それを望んで選んでいるのは、香自身に他ならない。



「香さん?今、幸せ?」



美樹にそう問われて、香は考え込んだ。
幸せと言えば、幸せなんだろうと思う。
独りで生きているように見えて、実際には色んな人に支えられて生きている。
過去も、今現在も。
随分、時間差遅れで気が付くこともある。
例えば、昔の撩の言葉の裏に隠された優しさとか。
もしもその時に、その場で気付くことが出来ていたのなら、今がもう少し違ったものになっていたのだろうかと、時々考える。
でも、もしもを言っても仕方がないし、たとえ手遅れでもそれに気付ける自分になったことに、意味があるように思う。
けれど、幸せじゃないと言えば、幸せじゃない。
最近の香は、泣いてばかりだ。
心から、心を空っぽにして笑ったのが、最後いつだったのかもう記憶は定かじゃない。


店内には、珈琲のいい薫りが満ちていて、これからあのアパートに1年振りに帰る。
ここでこうして奮起しないと、勇気が出そうに無かった。
この1杯の珈琲に、勇気を貰う。
思えばあの頃、伝言板に依頼が無いと落ち込んでは、この珈琲に元気を貰い、
撩と喧嘩してイライラしては、この珈琲に慰められていた。
香はいつもほんの目の前だけの幸せを掻き集めて、自分をなんとか奮い立たせていたのだ。
そのことに草臥れてしまった。目の前の良かった探しをすることに。
撩と二人の世界を離れてみれば、何かが変わるとでも思ったんだろうあの時の自分は馬鹿だと香は思う。
たとえ離れても、決して離れらないことが解らなかった。



「美樹さん、幸せって何なんだろう?」



難しいね、と言って香はまたカップに口を付けた。
美樹も、そうね、と言いながら微笑んだ。



「でもこの際、冴羽さんのことはどうでも良いから、たまには此処にもいらっしゃいよ。」

「うん。」


教授宅の重傷の撩のことを知っているはずの美樹の言葉が、妙に可笑しくて。
香は、飲みかけの珈琲を吹き出しそうになって、思わず笑った。
美樹がこんな風に言えるということは、きっと撩は大丈夫なのだという裏返しなのだろう。
結婚式のあの怪我の最中で誰より冷静だったのが、美樹自身だったのだ。
香はかつて、美樹の強さに憧れて、目標としていたことを思い出した。
香が小さな声で、ありがとうと言うと。
美樹は悪戯っぽい表情で、ウィンクしてみせた。
撩も早くよくなって、この珈琲を飲むことが出来れば、元気になるはずだと香は思った。


(つづく)


[ 2017/02/25 19:00 ] the Rose | TB(0) | CM(1)

№9 依頼

広い庭に降り注ぐ午前の陽光を遮るように和らげるレースカーテンの引かれたその部屋で、撩は静かに寝息を立てて眠っていた。
部屋に入った途端に鼻をつくのは濃い消毒薬の臭いで、その奥にうっすらと血の匂いも混ざっている。
撩の顔には無精髭がポツポツと生え、頭に巻かれた包帯の厳重さに香は眉根を寄せる。
教授の話によれば、撩の回復力ならばすぐに治るだろうと言うことだが、やはり見るからに重傷なのは、さすがに香でも判る。
窓辺の小さなテーブルには、花が活けられている。
香がベッドの傍らに置かれたシンプルな椅子に掛けると、その気配で撩の瞼が薄らと開いた。
こんな状態でも、撩の眠りが浅く気配に敏感なことに、香の胸は痛む。
どんな壮絶な過去が今の撩を作り上げたかを知っている香にとっては、それは時に頼もしくもあり、悲しくもある。
こんな時くらいゆっくりと休んで欲しいのに、自分の来訪が撩の安眠を妨げたことに香は少しだけ緊張した。



ぼんやりと開いた撩の目がしばらく天井を眺めた後で焦点を定め、傍らに座る香を見つめた。
一瞬、驚いたような顔をした後で、撩の口角が緩やかに上がる。



····来てたのか。



そう呟いた撩の声は、少しだけ掠れていた。
少し強めに設定された空調のせいで、その部屋は少し乾燥している。



「教授か?」



香がこくりと頷くと、撩は呆れたように笑った。



「ったく、あの狸ジジイ。大袈裟だっつーの。」



そう言いながら、起き上がろうとする撩に、香は咄嗟に椅子から腰を上げた。
香の心配を余所に、撩は意外にもしっかりと起き上がったので、香は撩の背中を軽く支えた。
ベッドの足元の方に大きめのクッションが置いてあるのを見て、香は瞬時に状況を覚る。
クッションに手を伸ばして掴むと、それを撩の背中とヘッドボードの間に差し入れる。
普段は起きている時にこうしているのだと、直感的に気が付いたのだ。



「ありがとな。」


撩の口から漏れた意外にも素直な謝意に、香は一瞬驚いて、ほんのりと頬を染めた。
頭をふるふると降って、撩の言葉に応える。



「大丈夫なの?」

「んぁ? あぁ、大したこたぁねぇよ。」



言葉の割に、手当ては物々しい。
起き上がった撩の裸の上半身には、厳重に包帯が巻かれ、所々薄らと赤いものが滲んでいる。
撩は、慣れた手つきでヘッドボードの端に掛けられていた白いシャツを取ると、包帯の巻かれた体の上に羽織った。




互いにすぐに、言葉は尽きた。
久し振りに会って、何を言えば良いのか撩も香もよくわからなかった。
けれどこうして会って、顔を見て声を聞くと、香はひどく安堵した。
やはり香は自分で思っていた以上に、心配していたのだと改めて自覚した。
香の胸の奥を支配していたネガティブな気持ちの塊が解けて、長い溜め息に変わる。
部屋を満たす消毒液の臭いで、暗い考えが洗い流されるような気持ちになる。




「この前は悪かったな。急に。」

「え?」



突然、撩がそう言って謝るから、香は一瞬何のことか解らずに首を傾げる。
この前、の出来事について思い返して、ミニの中でのファーストキスを思い出した。
よくよく考えたら、撩に会うのはあれ以来で、撩の大怪我の報せに我を忘れていたけれど。
そういえば撩とキスしたんだった。と意識したら最後、香はみるみる内に真っ赤に変色して頭から湯気を上げる勢いで恥ずかしくなった。




「あの、ぅん。だいじょーぶ、だから。」

「そうか。」

「うん。」



撩は、真っ赤になって照れている香を、優しげに微笑みながら見詰めているけれど。
そんな話を蒸し返されて、恥ずかしさに俯いた香には撩の表情などを確認する余裕など無かった。
こういうことかも知れないと、撩は穏やかに分析した。
色んな経験や知識や性格の違いは、こうやって同じ出来事でも二人の気持ちの違いを生む。
撩がどんな表情をしていて、香がどんな気持ちでいるのか、
互いが自分の感情に精一杯で余裕を失ってしまえば、気が付くことなど出来ないのだ。
他人同士なのだから、それはどうしても仕方の無いことで、どちらが悪いわけでも良いわけでもない。
単純な話で、それを伝え合えば済むことなのだ。
伝え合えばきっと、互いが同じ方向を向いているということにも気付くことが出来る。




「XYZだ、香。お前に頼みがある。」

「なぁに?」




撩の依頼は、大したことでは無かった。
怪我を負って、それでも最後の力を振り絞って此処に辿り着くと、
意識を失っている間に教授による治療が施されていた。
最低限の着替えだけは、ミックがアパートから持ってきてくれたけれど。




「アイツ、全っ然っっ気が利かなくてさぁ。」



そう言って、撩は笑った。
怪我はしているけれど、本当にいつも通りの彼の様子に、香もつられて笑う。



「わかった。じゃあ、着替えとか身の回りの必要なもの用意してくれば良いのね?」

「悪ぃな、やっぱこういうことは、おまぁが一番よくわかってるから。」



撩の言葉に思わず涙腺が緩みかけたけれど、次の言葉に教授の言っていたことを理解する。



「それと、ついでにタバコも買ってきてくんない?」

「それは、駄目。」

「ちぇ、ケチ。」




そんなやり取りに、香は懐かしさを覚える。
でも、今の香にはこのやり取りの裏に隠された、撩の優しさがちゃんと伝わっている。
涙が出そうになった香を先回りして、きちんと逃げ道を用意してくれている。
思えば、いつだってそうだったのかもしれない。
香が落ち込んでいても、失敗しても、泣いていても。
口は悪いし素行も悪いけど、いつだって撩は自分から香に隙を見せておどけてくれていた。
香にハンマーを繰り出させ、気持ちをリセット出来るように逃げ道を用意してくれた。
本当なら隙なんて無いほぼ完全無欠な彼のどうしようも無い部分を、彼は自分にだけは見せていてくれたのだ。いつだって。
そのことに気が付いたのが、撩と離れて独りになった後だったのが皮肉だ。




「あ、でも、アタシ。···アパートの鍵、持ってない···」



そう言って、表情を曇らせる香に、撩はクローゼットの方を指差した。
香がその扉を開けると、がらんとした空間にはハンガーに掛けられた、撩のジャケットとホルスターだけがあった。
ホルスターの中には、撩の大事な愛銃が収まっていて、その革製の重厚な装具とジャケットは。
血に染まって、所々赤黒く変色していた。
特にジャケットは撩が流した血液をしっかりと吸い込み、殆ど元の色が判らなくなっていて、穴や綻びが無数にあった。



「ポケットの中に、鍵が   」


途中まで言って、撩は香がそのジャケットの惨状にショックを受けているのに気付く。
確かにそれは、包帯を巻かれた彼自身を見る以上に凄惨だった。
撩本体は生々しい傷も包帯で隠され、そのいつもと変わらぬ口調で思いの外元気そうに見える。
けれど香は改めて、今回の事の大きさを目の前に突き付けられた思いだった。
彼の棲む世界をゾッとするほど、意識させられる。
香はその世界に彼独りを置き去りにして、あの日逃げ出してしまったのだ。
香の胸が鋭く痛む。





「そのジャケット、気に入ってたけどな。もう駄目だな。」




そう言って、撩が笑った。
その言葉を背中で聞きながら、香は堪えきれずに声を上げて泣いてしまった。
撩はそのジャケットを、香の目に触れさせてしまった失態を後悔した。

どうして人間に感情なんていう最高に面倒臭いものがあるのだろうと、撩は思う。
沢山の後悔と悲しみと涙と痛々しさと愛しさが、ぐちゃぐちゃで。
今この場で、香の細い背中を抱き締めてやれない自分が悔しいと撩は思った。
自分が小さな虫けらで、香が幸せな薔薇の花ならばこんなにも苦しくて泣くことも無いだろう。
それでも、撩は香がこの世にいる限り、自分も生きていたいと願っている。



(つづく)


[ 2017/02/23 12:32 ] the Rose | TB(0) | CM(2)

№8 客人

バイトを辞めて、撩に会わない決意をもう一度固めた夜からも3ヶ月が過ぎていた。
香は休日のスーパーマーケットの入り口に、フリーペーパーの求人誌を見付けて思わず手にとっていた。
銀座の店でのバイトのお陰で貯金は捗ったけれども、また何かしらバイトはやろうかと思い始めていた。
香は時々、あの夜のミニの中での出来事を思い出すけど、なんとか冷静でいられる程度に時間は経った。
いつの間にか、独り暮らしをはじめて1年だ。
スーパーマーケットに行って、一人分の食材を買うことにも慣れた。
おかずを作り過ぎることもない。

買い物から帰ると、朝の内に干した洗濯物を取り込む為にベランダへ出た。
何気無しに前の通りを見下ろしてしまう。
最後にミニが停まっていたあの同じ場所に、黒塗りの高級車が停まる。
見慣れないその光景に、洗濯物を取り込む手を動かしながら香は横目でその車を眺めていた。
高級車の後部座席のドアが開いて出てきたのは、香のよく知る相手だった。
彼は3階南向き角部屋のベランダを見上げると、小さく片手を上げてにっこりと微笑んだ。







「いやこちらこそすまんのぉ、急に来て。」



ごめんなさい生憎、お茶請けが何にも無くて、と言いながら香が淹れたての緑茶を出すと教授はそう言って笑った。



「元気かね?」

「はい。」

「仕事は順調かい?」

「はい、とても。いい人たちばかりに恵まれて、助けられてます。」

「そうかい、安心したよ。」



そう言って微笑んだ老人につられて、香も警戒心の無い打ち解けた笑みを漏らす。
この目の前の老人には、返しきれない程の恩がある。
撩と一緒にいた頃にも、出ていくと決めた時にも、そのあとも。
けれど、香が何より一番に感謝していることは、ずっと昔に撩をエンジェルダストの死の淵から助け出してくれたことだ。
彼が居なければ、香が撩に出会うこともなかった。



「もう、1年になるのぉ。」

「···そうですね。」


必然的にその話になるのは、香も覚悟していた。
撩は、香にとっても教授にとっても、大事な存在であるのには変わりがない。



「どうじゃね?何か心境の変化はあったかの?」

「そうですね、沢山覚えたことはあるし、学んだこともあるけど···」



香はゆっくりと言葉を選ぶように、俯いた。
教授は香の言葉の続きを、気長に待っていてくれる。
撩と離れた生活は、確かに淋しいけれど、それだけでもない。
香は、この1年で自分が如何に世間知らずだったのかを痛感した。
でも、悪いことばかりでも無かった。
沢山の素敵なことも経験した。同年代の友人たちと楽しむことや、おしゃれをすること。
自分の気持ちに向き合うこと。
撩の気持ちを想像すること。
今思えば、撩の発した言葉のひとつ、撩の行いひとつひとつに、撩からの優しさが満ちていた。
撩の元に居ては気付けなかった、キラキラと輝くような宝物に気が付くことが出来た。


「基本的には、何も変わってないような気がします。」


香の言葉に、教授が深く笑んだ。
そして、教授が今ここへ香に何を伝えに訪れたのか、その瞬間に悪い予感がした。













「何か、あったんですか?」

「あやつが怪我をしてな。深傷を負って今はウチに居る。」

「······‼  怪我って、酷いんですか?」

「ま、命に別状は無いけど、暫くはベッドから降りられんじゃろうな。」





香は、絶句して呆然としていた。
確かにあの頃、それをいつも心配していた。
あの生活から離れて1年、今の生活は平和すぎて、忘れかけていたことを思い出す。
ヒリヒリとした、世界No.1の凄腕スイーパーの助手としてのあの頃の生活を。
疲れ果てて逃げ出したあの場所に、その知らせひとつでリアルに引き戻される。
冷静で居られるようになってきたと思っていたのに、胸の奥を握り潰されるような痛みが走った。




「あやつに、会いに来ては貰えんかのぉ?」



目を見開いて顔面蒼白になった香の目の縁に、涙が溜まる。


「あ、いや。勘違いはせんで欲しい。元気は元気じゃ。死に目に会いに来いという訳じゃありゃあせん。何しろ、我が儘でな。ちいとばかり、香くんにお灸を据えて貰わんとな。あやつには、怪我人の自覚が足りんでのぉ。ふぉふぉふぉ。」







少し独りで考えさせてください、と言った香に、待っとるよ、と言い残して老人は帰って行った。
撩のこと抜きでもたまには顔を出しなさい、とも言ってくれた。
教授の前では気丈に振る舞って、玄関先まで見送った香だったけれど。
ドアを閉めた途端、玄関の土間に座り込んでしまった。





撩が怪我をした。
それも、暫くは教授にお世話になるくらいの大怪我。
我儘を言う程度には元気でも、ベッドで過ごす程の怪我。
撩の体に、また傷が増えてしまった。
そう思うと、香の胸はうるさいほど騒いだ。




しばらく放心して、香は意を決したように立ち上がると、部屋に戻って電話を掛けることにした。
取り敢えず明日、3ヶ月振りに撩に会うために仕事を休む。
上司には、身内が入院したことにして、嘘をつく。
決意は揺るがない、けれど教授が恩人で撩が大切な存在だということは、香にとっては一生変わらない事実なのだ。
言い訳なのかもしれない、けれどこのまま何もしなければきっと後悔するような気がした。



(つづく)

[ 2017/02/21 11:29 ] the Rose | TB(0) | CM(4)

№7 本音

撩はハンドルに頬杖をついて、大きく息を吐いた。
多分、困らせてしまったのは自分の方だと撩は思う。
もう充分に自覚している。
あの店に勤める香を指名して訪ねていたのも、今夜のキスも、全て己の未練からくる行動に過ぎない。
はじめの内は、自分の未練がましさを認めるのが嫌で、別の言い訳を自分自身に言い聞かせていたけれど。
それは全て自分の心の中の状態の話で、解りきっているのに自分を誤魔化すのが馬鹿らしくなって、途中から撩はほぼ敗けを認めている。
全てのはじまりから、今も尚、撩は香に惚れている。
そして気が付くといつの間にか、彼女は撩の両手をするりと抜け出して、手の届かない場所へと行ってしまった。



あの頃の撩は、まさか香が自分の元を離れたいと言い出すとは思いもしていなかった。
けれど香の言い分に、ぐうの音も出なかった。
これまでどんなに彼女に感謝していても、惚れていても、
その事実を彼女に“伝える”ことを怠ったのは、撩の落ち度だった。
彼女が撩の元を出ていった理由はひとつでなく色々あって、そのどれもが正論だった。
仕事に関して、自分をパートナーとして信頼してくれていないと言われれば、そんなことはないと答えたけれど、
実際に香に隠している後ろ暗い事柄は腐るほどあって、それら全てを白日の下に晒すことはほぼ無理だった。
互いの恋愛感情に関しても、全ての感情を撩にぶつけてくる彼女に対して、撩が応えてやれることは、ホンの少しだけだった。
それでもこの数年、香と暮らしを共にするようになって、何度もこれではいけないと思いながら、
一進一退を繰り返し、歩みは亀のように鈍いけど、撩にしては随分進歩はしていたはずだ。
後にも先にも、香以上に己の腹の中を晒して見せた相手はいない。
けれど、それだけでは足りなかったのだ。
本来なら対等であるべき関係に於いて、撩と香のスタンスは違い過ぎた。

まるで腹も胸も切り裂いて、全てを捧げるように本心から相手に尽くせる香と、
物心ついた頃から相手を疑うことしか知らなかった、心や弱味を見せることに不慣れな撩だから、
その溝は初めは小さな一筋の分かれ目だったとしても、数年をかけて大きく深く育ってしまった。
恋心と愛情を育みながら、深刻な溝をも産み出していたのだ。
その部分を見て見ぬ振りをして後回しにした結果、二人は今こうして、等しく罰と痛みを背負っている。



香の部屋なら、どの窓か判っている。
引っ越しの時に、何より安く済ませようとする香に断固抵抗して、この比較的セキュリティのしっかりしたアパートを薦めたのは撩だ。
この5階建ての3階南向き角部屋が、今現在の香の住まいだ。
振り返りもせずにエントランスに消えた彼女の細い背中が、瞼の奥に焼き付いて離れない。
それから数分、前の舗道に停めた愛車の中から彼女の部屋の窓に灯りが点るのを見守る。
それで良いと、あの時に決心したのだ。
大切なものを手に入れるのを諦めたことも、失ったことも初めてではない。
何より、彼女が元気で幸せならば、遠くから彼女を見守ることが出来ればそれで良いと。
そう決めて、彼女を囲いの外へ解いたのだ。
だからこの先、彼女を害するものは全て排除する。
彼女に対する悪意の芽は、片っ端から潰してやる。
彼女を守る楯になる。
たとえ彼女に伝わらなくても、それがこれまで伝えることを疎かにしてきた自分への罰だと思っている。

けれど撩が少しばかり傷付いたのは、彼女が新宿のあの部屋の鍵を処分していたことだった。
何も考えずに、合鍵を持っているだろうと思い込んでいた脳天気な撩の発言に、少なからず香の言葉はショッキングだった。
まるで冷水を浴びせられるように、撩は今の自分の立場を思い知らされた。
撩はまたしても、心の何処かで香が自分を忘れる訳はないと思い込んでいた。
何も求めない、彼女の幸せだけを願う、そう自分に言い聞かせても。
それでもまだ、心の何処かで彼女との未来を期待している。
未来なんて、昔の撩には存在さえ疑うレベルの夢物語だったはずなのに。
昔の撩の前には、無数の死の臭いが立ち込めていて、いつ死んでもおかしくないレベルだったのに。

香と出会って初めて、撩は未来を信じられた。
初めて、死にたくないと強く願った。
香だけが、撩の生きる理由で、それだけは今現在も変わらない。
見守る撩の目に、窓の中の暖かい温白色が灯る。
今頃彼女は、撩の仕掛けた口付けを持て余しているかもしれない。
そう思うと、撩は自分の余裕の無さに苦笑した。

撩は改めて、香が好きだと強く思った。撩の願いは、ただただ彼女が幸せで笑っていてくれることだ。









香はどうにか家の中に辿り着いて、灯りを点けるのが精一杯だった。
床にへたり込んで、膝を抱えた。
どうして初めてのキスが最後のキスなんだろうと思うと、涙が溢れた。
この部屋の中でだけは、香は誰にも遠慮せずに声を上げて泣くことが出来る。
明日が休日で良かったと、香は何処か冷静な気持ちで思った。
きっと、明日の朝は目が腫れて酷いことになるだろう。
でも、沢山泣いたら、気持ちを切り替えようと香は思った。

布団を干して、洗濯をして掃除をして、新しい自分に生まれ変わろう。
撩のことはきっとこれから死ぬまで忘れるなんて出来ないから、その気持ちを抱えたままで自分らしさを追求してみせる。強くなる。
フレンチネイルの指先で、唇に触れる。
撩からの最後の贈り物をお守りにして、香は強くなりたいと心から願った。




(つづく)

[ 2017/02/20 02:49 ] the Rose | TB(0) | CM(4)

№6 接吻(キス)

香はもう既に後悔していた。
よく解らない衝動に突き動かされて、久し振りにその7階建てのビルの前に立っていた。
夜の深い時間に、彼が帰っている気配は無く、
舗道から灯りの点らない6階のリビングと7階の寝室の窓を見上げる。
以前は自分の家でもあったこのビルの601号室の鍵は、あの日ここを出てから捨ててしまった。
二度と戻らない決意で、今現在の自宅近くに流れる小さな川の中に投げ捨てたのだ。
あの時、強く強く決心したはずなのに、香は今、自分の中の矛盾と闘っている。
今夜、銀座の店でのアルバイト最終日の仕事を終えて、新宿までタクシーを飛ばしてやって来た。













「どうしても、辞めるの?」



香が辞めさせて欲しいと相談したら、ママは淋しそうな顔をした。
出勤日数を増やして、もっと頑張って欲しいと期待されることは、香にとっては重荷でしか無かった。
撩の元にいた間はずっと、自分の仕事を撩に認めて貰いたい一心だった。
それは撩から離れて、自分で見付けた仕事だったはずなのに、自分の頑張りを認めてくれた場所なのに。
香は全然嬉しくなかった。
それ以上に、何ひとつ覚悟など出来ていない自分が、怖くなったのだ。
自分の接客と自分自身に、客が高い金額を払うだけの値打ちがあるとは、香には思えなかった。


「はい。でも今月末までは、ちゃんと働きます。」

「どうしてなの?」

「アタシ、考えが甘かったんです。アタシに務まる仕事ではないって、痛感して。」

「そう。残念だけど、仕方無いわね。この世界、来るものは拒まず、去るものは追わずよ。色んな事情の子が働いてるから。」





ママはそれ以上は踏み込まず、香の要望に応じてくれた。
それからの半月は、いつも通り週3日で2週間ほど働いた。
その間、店に撩がやってくることは無かった。
それならそれで、また元通り撩に会うこともないいつもの日常が戻るだけの話だ。
そう考えると、香は居ても立ってもおられず、気付くと店を出たすぐ前の通りでタクシーを拾っていた。




6階のベランダを見上げる。
あの場所は確かに、数ヶ月前までは香の唯一の居場所だった。
撩の傍を離れるなんて、香には絶対に出来ないことだと思っていたのに。
絶対という言葉は、絶対ではない。







「何やってんの?おまぁ。」




飄々とした声がして香が振り向くと、驚きを隠さない撩が立っていた。
黒いコートに、黒い革のパンツ、酒を飲んでいた気配は微塵もない。
微かに薫る硝煙の匂い。
それだけで、今夜の撩が何をしていたのか想像できた。恐らくは“仕事”だったのだろう。



「どうした?なんかあったか?」



撩の問い掛けが優しくて、香は言葉に窮した。
やっぱり来るべきでは無かったと、改めて思い知る。



「用があったなら、上で待ってりゃ良かったのに。」



先程から、撩ばかりが言葉を発していた。
何があったのかと問われても、答えようがない。
バイトを辞めただけだ。たまに来てくれた撩に、もう会えなくなると思ったら急に淋しくなった。
ただそれだけだ。それにもう、




「鍵は持ってないの。」



撩の眉間に薄らと、皺が寄る。
捨てたという言葉は、何故だか使えなかった。


「処分したの。もう使うことも無いだろうから。」



撩が一瞬だけ顔を伏せて、小さく息を吐いた。
眉間の皺と溜め息と、撩の仕草のいちいちが香の後悔を加速させる。
もしも数分前に戻ることが出来たなら、撩と鉢合わせする前に香はさっさとその場を去っただろう。
こうして急に訪れた元相棒に、撩は呆れているのだろうと思うと、香を動かしていた衝動の塊が急速に萎えてしまう。



「ま、取り敢えず上がれよ?···ったく、俺が何時に帰るかも解んないのに、こんな所でボーッとして。」

「あ、あああの。ごめんなさい、もう帰るからっっ。」

「帰るって、どうやって?」

「えへへ、その辺でタクシーでも拾うから、だいじょーぶ。」





またしても、撩は小さく溜め息を溢す。
鋭い目付きをして香の手首を乱暴に掴む。



「しょうがないから、送ってく。」



そう言って、連れて行かれたのはガレージだった。乗れよ、と言いながら撩は、さっさとミニの運転席へと滑り込む。
前までは、そこは自分の場所で、当たり前に座っていたその席に、香は躊躇いがちにドアを開けて座った。



こういうつもりじゃなかった。
仕事を終えた後の撩を煩わせるつもりでは。
じゃあ、どういうつもりで、この新宿の冴羽アパートを訪れたのか。
香は自分の中途半端さに、涙が出そうになって、情けなくて、
ハンドルを握る撩の横顔は見れないから、窓の外を眺めた。
撩には会わないと決めた決意も、アルバイトも、そしてずっと昔に心に誓った生きて誕生日をずっと一緒に迎えるという約束も。
簡単に翻して、全部から、ただ逃げているだけだ。
多分、物事の限界を作ってしまっているのは、香自身の心だ。



窓の外を流れる景色は、キラキラと光るネオンと街灯とテールランプで滲み、一筋の光の河になる。
時速60㎞のスピードで、香は新宿から遠ざかる。






「それで?何があった?」

「え?」

「何かあったから、わざわざ来たんだろ?」



そんな風に言われると、理由など何でも良かった気がした。
ただ単純に、撩の顔が見たかっただけなのかもしれない。
香は、俯いてじっと指先を見詰める。



「辞めたの、銀座のお店。」

「そうか。」

「うん。」






撩は、それ以上は何も訊かなかった。
互いに何も言わないまま、香の住む街へと辿り着く。
香が新しい家を探す時に、撩も色々と骨を折ってくれたので場所はわかっている。
住宅街の隙間を縫いミニがアパートに近付くにつれて、香はもう一度決意を固める。
一瞬だけ揺らぎかけた、独りで生きてゆく決意を。
撩が滑らかな操作でミニを路肩に寄せた。
小さな路に面して建つ5階建てのアパートが、香の帰るべき場所だ。
この助手席を降りれば、もう会わない。もう二度と。
香がドアに手を掛ける一瞬前に、香の鼻先にふわりと硝煙と煙草が薫る。


一瞬遅れで、それがキスだと気が付いた。
予想以上に柔らかな撩の唇は、熱かった。
それは、数十秒間柔らかに香に触れて、離れていった。


「も···ぅ、会わないから。ごめんね、最後まで撩を困らせて。」

「·······あぁ。」


自分では気が付かない内に、香の頬に涙が一粒転がった。
一言だけ、絞り出したような撩の返事は掠れていた。
これで本当に最後だと、香は自分を奮い立たせてドアに手を掛けた。
ドアが半分開いたところで、撩が香の手首を掴む、掴まれた手首は燃えるように熱い。
鼓動は高鳴る。




「香、  もしも何か困ったことがあったら、伝言板を使え。絶対に助けに来るから。」



香が撩の言葉に頷くことは無かった。
ただ、淡い微笑みだけを返して、ドアの外へ飛び出した。
小さな赤い車と撩を残して。


(つづく)


[ 2017/02/18 19:25 ] the Rose | TB(0) | CM(2)

№5 乖離

今からヘルプにつくお客様、あけぼのフーズの会長さんだから。
くれぐれも失礼の無いようにね。






香はメイクルームで口紅を直しながら、そんな忠告をするベテランのホステスに鏡越しに小さく頷いた。
その会社は、テレビを点ければ有名芸能人が起用されたCMを観ることが出来る、誰もが名前を聞いたことのある大企業だ。
とりわけ主力の即席麺の分野では、売上は業界№1のシェアを誇る。
その会社の専務はもともと、この店の常連でママの客だ。
その専務に連れられて、その晩一緒に訪れたのが会長はじめその会社のお偉方連中ばかり4名だ。
店側としても、なんとしても満足をして帰って貰わねばならない上得意の客という訳だ。
香はママのヘルプの一人として、そのテーブルに着くことになった。



「へぇ、アタシ、あそこのカップラーメンよく食べるんですよ。」



そう言ってにっこり笑う香に、先輩ホステスは苦笑した。
撩と暮らしていた頃、伝言板に依頼の無い日が連続更新されて財布の中身が乏しくなると、
撩と二人でぼやきながらその会社のカップラーメンのお世話になったものだ。
撩が気に入っていたのは味噌味で、香は醤油味だ。カップ焼そばもよく食べた。
実は袋入りのラーメンもよく活用していた。鍋の〆にもぴったりだ。
しかし、よく食べる。と、言いながら香はこの数ヶ月、思い返せば即席麺を食べてなかった。
あれらはきっと、万年金欠の冴羽商事の救世主だったのだ。



数十分後、香の隣にはその会長と呼ばれるじい様が座り、嬉しそうに相好を崩して香の華奢な手の甲を包むように撫で回していた。
何故だかその老人は香をいたく気に入り、二人は妙に意気投合している。
大きな会社のお偉方だというわりに彼はどこにも偉ぶった様子はなく、香は何処か教授に似た雰囲気の好好爺をすっかり懐柔していた。
香はもとより、このタイプの相手には好かれる傾向にある。
香が即席袋麺に合うトッピングのレシピを熱く語ったのを、どうやら気に入ったらしい。
定番の商品から期間限定商品に至るまで幅広く、味の感想を香に求め、香の聡明且つ的確な返答に満足げに頷いていた。
図らずも、撩との万年金欠生活の賜物が役立つこともあったのだ。
香が幾つか挙げたトッピングのレシピを、その会社の公式ホームページの調理例として掲載しても良いかと問われ、香は快諾した。
香の生活の知恵は、企業のトップに認められ、その結果の今この状況だ。
他3名のお偉方が引くほどの、会長の喜びぶりだった。
まるで孫ほどの香を隣に座らせ手を握り、楽しそうに酒を飲んでいた。





「今日は、ご苦労様。本当に喜んで頂けて、良かったわ。貴女のお陰よ。」



香がバイトを終えて店を出る間際に、ママは香を呼び止めてそう告げた。
普段、1アルバイトの香がわざわざこうしてママに声を掛けられることは、殆ど無い。
シフトや業務に関する細かいことは、支配人である年配の男性が一手に引き受けて行っており、
普段はそちらとやり取りするのが主で、ママはどちらかというと教育係のようなものだ。
接客中の各々のホステス達を、彼女は然り気無く観察していて、それぞれの個性にあった付け回しを行い店を切り盛りする。
不味い接客があったりすると、やんわりとホステス達に接客を指南する。
幸いにしてこれまで、香は接客に関して指導されることもなかった。
別に自分を取り繕うこともなく伸び伸びと働いているが、店にとって特に不都合は無いらしい。



「あ、いえ、はい。ありがとうございます。」



香はその美しい人の前では、無駄に緊張してしまう。
高そうな着物をいつも身に纏い、立ち居振舞いと言葉遣いは優美の一言だ。
何より、他人の本質を見極めるような、全てを見透かされてしまいそうな雰囲気を漂わせていて、
香は彼女と対面すると、自然と背筋の伸びる感じがする。



「貴女に一度、ちゃんとお話ししておかないと、って前々から思ってたのよ。」



労いの言葉の後に続いたママの言葉に、香は恐怖を覚えていた。
よく解らないけれど、叱られるのだろうと思った。
そもそも、叱られる原因に全く心当たりがなく、解らないけど叱られるということ自体で香はもう既に自己嫌悪に陥る一歩手前だった。
撩の傍に居る頃、それは香を悩ませる一番の原因に他ならなかった。
失敗をした時に、自分自身で何が悪かったのか、原因と対策を自分なりにでも分析出来ている時は、それほど落ち込むことも無かった。
一番凹むのは、自分の何処が悪かったのかを自覚出来ずに、言われてはじめてその事に思い至る、という場合だ。
叱られるかもしれないという雰囲気だけで、香を過去のトラウマが一気に襲う。
けれど、それは完全な勘違いで、香の杞憂に過ぎなかった。











え、出勤日数······のこと?




香は、拍子抜けした小さな声でそう呟いた。
そんな香の様子を見て、ママは楽しそうに笑った。


「えぇ、今の週3日から、少しだけでも増やすことは出来ないかしら?という相談よ。」

「はぁ。」



緊張して青ざめた表情から一転、安堵で気の抜けたような表情を経て、最終的には困惑の表情を浮かべる香は確かに見ていて飽きず、
ただ見た目が美しいだけではない独特な魅力と、素直で気負った所がなく、
専業のホステスたちと違う素人っぽさが良い意味でウケているのだろうとママは分析している。


「叱られるとでも思ったの?」

「あの、ええっと、はい。正直いうと。」

「うふふ。貴女、嘘の吐けないヒトなのね。」



ママのいうには、このところ香を目当てに来店する客が右肩上がりに増加していること。
どうしてもとは言わないが、出来る範囲で出勤を増やせれば店側としても香にとっても悪い話では無いだろうということだった。
指名の数はそのままホステスの成績として反映され、毎月のその数で給料も変わるのだ。



「ここ最近、新しく来てくださるようになったお客様もいらっしゃるでしょう?」



そのママの言葉で、香が脳裏に思い浮かべたのは撩のことだった。
店の前の通りで偶然再会して、その後唐突に撩が来店して以来、実をいうと撩は何度か香を指名して来店している。
撩が何を考えてここを訪れるのか、香にはよく解らないけれど、初めの内は顔を見れただけで嬉しかったというのが本音だ。
けれども、回数を重ねる毎に、香の胸の内には言い様の無い感情が蓄積されていた。
化粧をして、着飾って、撩に酒を作りながら、現実感は薄らいでいた。
撩も香も、互いに今とは全く違った顔をよく知る間柄だったはずなのに。
それは撩だけど、撩じゃない。香だけど、香では無かった。
二人が望んで納得して出した答えは、少なくともこういうことでは無かった気がする。



「あ、あの、すぐにはお返事出来ないかもしれません···」

「えぇ、それはわかってる。貴女はお昼間のお仕事もあるんだし。ゆっくり考えてくれれば良いわ。」



香には手に負えないことが多すぎる。
自分の感情と現実の表している事柄がどう結び付き、本当のところ何を求めているのか。
解らないから、いっそ全てを放り出してしまいたかった。


どうしてこんなに遠くまで来てしまったのだろう。
香は確かにあの時、自分には全く違う見たことのない世界へ踏み出すことが必要だと思っていた。
撩と香の二人だけの世界に張り巡らされた囲いの外へ出て生きていると、世界の果ては遠く何処まで行っても正解など無い。
囲いの内側でさえ、答えなど見付けられずにいたのに。
どうして広がった世界の外に答えが見付かるなんて錯覚していたのだろう。
それでも、踏み出してしまったからには、進むしかないのだ。
何処かにあるのかもしれない、そして何処にも無いのかもしれない場所に向かって。


(つづく)

[ 2017/02/16 16:52 ] the Rose | TB(0) | CM(1)

№4 好意

やっぱりここに居た。




その声に座ったまま振り返った香の栗色の癖毛を、屋上を吹き抜ける風が揺らす。
いつも事務所の自分の席で、向かいの彼女とお喋りしながら摂る昼食は、本日ボッチ飯になってしまって気分転換がてら屋上の青空の下でのランチになった。
向かいの席の彼女は、病欠だ。
そういえば数日前から、鼻声だった。
香に声を掛けたのは田中といって、香より2つ年下の同僚だ。
彼と香と向かいの席の彼女も含め、4人ほどがひとつのデスクの島として一塊で仲が良い。
大体、職場絡みで食事や飲みに行くのもその4人一緒でということがこのところデフォルトになりつつある。

まだ若い目の前の男のスーツ姿に、青さが感じられると思ってしまう香が無意識に思い浮かべてしまっているのは、多分。
冴羽撩の残像だ。
彼は左手にコンビニの弁当の入った薄茶色のビニール袋を提げて、断るでもなく香の隣に座った。
屋上にはベンチと灰皿代わりの、水の入った防火用の赤いバケツがあるけれど、喫煙者はほぼ居ない。
屋上は香と田中の貸しきり状態で、気分転換の時間が一転、香にとっては多少気詰まりな時間となる予感がした。
友達としてのグループ付き合いは全然構わないし、むしろ楽しいとさえ香は思っているけれど。
こうして男性と二人きりという状況は、正直面倒臭いというのが香の本音だ。




「珍しいのね、コンビニのお弁当なんて。」



彼のランチの定番が、近所の定食屋だということは解っている。
今日に限って行かなかったらしいけど。



「ま、たまにはね。なんか飽きちゃって。」



そう言った彼の言葉は、香に昔のどうでもいいほど些細な記憶を呼び起こさせ、一瞬だけ時間を止めた。

午後の退屈な時間に気分転換を兼ねていつものコーヒーではなく紅茶を淹れた香に、俺も同じものを飲むと言った撩は、優しく笑っていた。
それならば、撩の分のコーヒーを淹れて来るよ?とソファを立とうした香に、撩は目の前の田中と同じ言葉を発したのだ。
そんな些細なやり取りなど、今の今まで忘れていたのに。
撩との6年間は、ふとしたきっかけで香の中から溢れ出してきて、いつも香の思考回路を寸断してしまう。
それが良い、と言って香のマグカップを横取りして残りの紅茶を飲み干した撩に、頬を膨らませた香が拗ねて怒る所までがセットで思い出される。




「そういう槇村さんは、いつも手作り弁当なんだね。」

「うん、大したものは詰めてないけどね。昨夜の残り物がメインなの。節約の為にね。」

「エミちゃんは、ダイエットの為だって言ってたなぁ。そういえば。」




エミちゃんとは、向かいの席の病欠の彼女のことだ。
彼女も毎日弁当を持参しているものの、それは多少、香とは趣が違っていて。
お洒落なランチボックスには彩り重視の温野菜や、低カロリー高蛋白の蒸し鶏なんかが多い。
そういえば、炭水化物は入っていない。
弁当箱代わりのジップロックコンテナーに、煮物や和え物や玉子焼きを入れて、ご飯に紫をかけた香の弁当は。
エミちゃんのそれと較べると、些かお母さんじみている気がしないでもないけれど、香は自分で作った弁当が意外と好きだ。
旨ぇ、とまるで何処かの誰かさんみたいに心の中で自画自賛しながら、毎日食べている。
それに生憎、香にはダイエットは必要ない。むしろ、この数ヶ月で漸く元に戻したのだ。
撩のパートナーを辞める話が俄に浮上してから、実際に独りになるまでに、気が付くと香の体重は随分減少した。
精神的なストレスの影響だ。香は、そんな自分に正直驚いたりした。
自分としてはもう少し図太い性格だと思っていて、自分にもそのような繊細な一面があったんだと、他人事みたいに妙に可笑しな気持ちがした。



「そうね、女の子ならそういう意味合いもあるのかもね。」



向かいの席の彼女は、甘いものが好きで、可愛いものが好きで、ダイエットが好きだ。
別にダイエットなどしなくても、充分に健康的で魅力的なのに。
何処か他人事のように呟いた香に、田中は少しだけ言葉を探す。




「槇村さんだって、女の子じゃん。」

「まぁ、一応そうなんだけどね。」





あはは、と笑う香はきっと自分自身が、どういう印象を周りに与えているのか自覚は無さそうだと、田中は思う。
こういう槇村香の一面が、年上のはずなのに守ってやりたくなる理由なんだよな。と、男が常々考えていることなど、勿論、香は知らない。

気詰まりだなんだと思いながらも、香は基本的にはひとが好いので気が付くと誰とでも同じ距離でコミュニケーションを図る。
時々、思い出す撩の欠片だけ、表に溢れ出すことの無いように気を付けさえすれば、それは簡単なことだ。





「あの、槇村さん。」



それまで、先日の飲み会での他愛もない話題で盛り上がっていたはずの田中が、突然、緊張した面持ちで姿勢を正した。
香は未だに弁当を食べている途中だというのに、彼はもう既に早々と食べ終えてゴミはビニールの中に一纏めにしてある。



“ちょっとっっ、食べるの早過ぎだよっっ。ちゃんと噛んでんの?”


香の脳裏には、呆れたように笑いを含んだ自分の声と、口一杯に香が作った食事を頬張る撩の姿がちらつく。
撩はいつも子供みたいにガツガツと掻き込んで、旨いっていうくせに味わっているのかどうかすら不明な勢いで、食べていた。
でも、呆れながらそれがとても嬉しかった。





「ん?」

「あの、突然申し訳ないんだけど。」

「なぁに?」

「好きです。槇村さんのこと。出来れば、付き合いたいと思うくらい。」




香は唐突すぎる話題に、箸を取り落とす寸前ではっと我に返り、ぎゅっと箸を握り直した。
動揺を覚られぬよう、小さく呼吸を整える。
笑顔を作る。大人だから、大丈夫。




「あはは~ホントに、突然。」

「あ、ご、ごめん。  なさい。」

「でも、何で?」

「え?」

「アタシの何処が?」





香の質問はむしろ、田中にとっては意外だった。
香ならば、これまでだって少なからず、こうして異性に気持ちを打ち明けられることくらいあっただろうに、と。



「どこがっていうと、はじめに入社してきた時から綺麗な人だなぁって思ったし。」

「見た目がタイプなの?」

「あ、いや、勿論、それだけじゃない。内面も素晴らしいなって思ってる。」





香は無言だった。
ぼんやりと、田中の言葉の意味を考えているようでもあり、何も考えてないようでもあった。
失恋の覚悟を僅か数秒で固め沈黙に耐え兼ねた田中が、
笑って前言撤回を求めようと口を開きかけた僅か手前で香が口を開いた。








アタシね、好きな人が居るの。
その人とはもう、これから先どうにもなれなくて。
でも本当に大好きだったし、今も大好きなの。
だから、田中さんとはお付き合い出来ないです。ごめんなさい。





そう言って、申し訳なさそうに苦笑した香に、田中は全力で頭を降った。



「いやいやいや、僕の方こそ急にこんな話しちゃったから。まじでホント気にしないで?  下さい、はい。」

「あ、はい。あの気にしないから、良かったら今まで通り皆でご飯行ったりとかは、出来ればそのままで。」

「勿論、それは。そうしてくれると、僕としても非常にありがたく存じます、ええ。」

「ふふ、良かった。」

「うん、良かった。」





多少の強引さは否めないけれど、なんとか告白以前の状態に互いにリセットすることで話は纏まった。




「···でも、内面なんて簡単にわかるものかしら?」

「え?」

「アタシは最後までわかることが出来なかったように思うわ。」

「その彼のこと?」

「うん。わかりたかった、誰よりもわかりたかったの。でも、他人が他人をわかるってこと自体、不可能に思えるわ。」

「どこが好きだった?」

「え?」

「その彼のこと。見た目?」



田中がそう問えば、香がプッと吹き出して、二人はしばらく声を立てて笑った。
どちらも、失恋した者同士だ。
香は撩の端正な横顔を思い出す。
温かくてがっしりと大きな手と、それでいて美しい彫刻のような指先も。
香の胸の内を騒がしいほどざわめかす、セクシーな喉仏の骨も。
伏し目がちな時にだけ気付く、意外に長い睫毛も。
確かに全部が美しくて、全部が好きだった。
でも、見た目は関係ないとも思う。




「うん、カッコいいよ。でもそれだけじゃないわ。ひとことで、この気持ちを表すなんて無理。」




撩を好きな理由なら沢山ある、でも、好きになるのに理由など無い。
香は撩への気持ちを言葉にする術を、残念ながら持っていない。
でも心の奥に確かに、その想いの塊は存在している。
それはもう既に香自身の一部と化していて、香から切り離して考えることなど到底不可能なことのように思える。



「良いんじゃない?」

「え···」

「人を好きになるのに、理由なんて必要ないよ。僕は、それで良いと思う。」




香はもうそれ以上、喉を通る気のしない食べかけの弁当に蓋をして、俯いた。
両手の爪の先を見詰めて、自分に言い聞かす。
撩の欠片が香を突き破って、暴れ出さないように。
それでも、もう手遅れだった。
子供騙しのおまじないでは、どうしようも無い場合もある。

溢れる涙の粒は、香の中に存在する撩の分身だから、他の誰にも見られたくなくて。
それが例えば、気を許した失恋仲間でも見られたくなくて。
香は両手で顔を覆うと、声を立てずに静かに泣いた。


(つづく)
[ 2017/02/13 23:06 ] the Rose | TB(0) | CM(1)

№3 故意

仕事を終えてからバイト先へと出向く香は、他のホステスたちよりも必然的に始動は遅くなる。
店内のバックヤードに設けられたメイクルームには、香と同じように専業ではないホステスの為に結構な数のドレスが用意されている。
それは袖を通す度にクリーニングに出され、いつ誰が身に着けても構わない状態でスタンバイしている。
香はその中から、その夜に纏う1着をいつも適当に選ぶ。
化粧は、昼間の食品会社に勤めている内に自然と覚えた。
自分には無理だと思っていたことは、やってみれば意外と日常の一部となって、香には全く自覚は無いけれど、彼女は以前に比べて女らしくなった。
香はバイト仕様の少しだけ濃い目のメイク直しを終えて、ふと両手の爪先を見詰める。


だって、ネイルなど施しているのだ。あの槇村香が。
そんなに派手でもない控え目なピンクベージュのフレンチネイルだけれど、香はそれを見るたびに今の自分を再認識する。
爪は伸ばさない。
撩と暮らしていた時には気付いていなかったけれど、
香は自分で思っていた以上に料理をするのが好きだったことに、独り暮らしを始めて気が付いた。
爪を伸ばしていたら、料理がし辛いので伸ばさない。
でも、何かしら以前と違う自分を確認する為のものが自分には必要だという気持ちに駆られて、香はこうしてネイルを施している。
さすがに化粧は出来るようになっても、ネイルは難しかったので、香は食品会社の向かいの席の同僚に格安でセンスのよいと評判のサロンを紹介してもらった。
コケティッシュな彼女に誘われ、休日の昼間に度々サロンを訪れ、好きな色を選び、綺麗なお姉さんと他愛もない世間話をしながら過ごす。
そんな世界があったということを、香は撩の造ってくれた穏やかな囲いの外へ出て初めて知った。



オーライ、だいじょーぶ、アタシは大人なんだから。
密やかに煌めく爪の先を見て、香は勇気を貰う。
メイクの最後の仕上げに、ルージュを引いた唇の上にグロスを載せる。





「かおりさん、ご指名のお客様がお待ちです。」



ノックをしてメイクルームに顔を出したのは、ボーイの男性だった。
香は背後のドアから顔だけを覗かせた彼に、鏡越しに微笑むとはぁい今いきますと答える。
週に3日しか出勤しない香には、固定客がそれほど多いわけでも無いけれど、店側が扱いに苦慮するほどの成績というわけでも無いらしい。
一応は、及第点といったところのようだ。
香も子供ではないので、さすがにこういう世界で働く上で求められる成果を知らないわけではない。
それでも、他のホステスの話しによれば、この店はその面では比較的良心的なのだそうだ。厳しいノルマが課せられるということもない。
本業ではないので、同伴もアフターも一切出来ないという香の条件を受け入れてくれたので、働いても良いかなと思ったのだ。
借り物のドレスに薫りが移らないように気を付けながら、香は露出した肘の裏に控え目に香水をつける。





フロアにはマホガニーのバーカウンターがあって、バカラのグラスと洋酒の瓶がずらりと並ぶ。
深い緋色の絨毯は、短いけれど緻密な毛足でピンヒールが床にぶつかる高い音を掻き消すように出来ている。
店内の中央に吊るされた豪奢なシャンデリア以外は、間接照明が使われている。
幾つかのテーブル席の奥、少人数用の席にその見知った男は座っていた。
香を指名した、張本人だ。










本当は来るつもりなど無かった。
あの時に、全ては終わったはずだった。
彼女を害する全てから彼女を遠ざけたくて、自分の元からも遠ざけたのに。
何故だか撩は吸い寄せられるように、その晩その店を訪れて、香を指名した。
数日前に通りで鉢合わせたのは単なる偶然だった。けれど、この夜は故意だ。
故意に香に近付いてしまった。
香がその席に来るまでに、撩は何度も逡巡した。自分自身の理解不能な行動に目眩を覚えた。
自分は何がしたくてここに来たのか。
自分は槇村香という女にこれ以上何を求めているのか。
その先にあるものが、何なのか。
そもそもその先、などというものが存在するのか。
これは未練なのか。
悶々と考えていると、身に覚えのある柔らかな気配がすぐ傍にやって来た。





香は一瞬だけ驚いて目を見開いたけれど、すぐににっこりと微笑んで撩の隣に座った。
ヌーディーなシャンパン色をしたドレスは、シンプルだけれど背中が大きく刳れたデザインで、
香は惜し気もなくその美しい背骨と肩胛骨の陰影を衆目に曝している。
撩が細心の注意を払って、大事に大事に自分以外の者の目に留まらぬように、閉ざされた温室で育てた薔薇の蕾のようだった香は。
いつの間にか、撩の知らない内に咲いていた。





「ていうか、何で源氏名じゃねんだよ。本名じゃん。ダメじゃん、危機管理。」




暫くの気まずい沈黙の後、撩は香の作った水割りで口を湿らすと一息でそう言った。
香は思わず笑ってしまった。
眉をハの字に下げて苦笑しながら、香は懐かしかった。
こうして照れ混じりに香を叱る撩が懐かしくて、嬉しかった。




「だって。」

「だって、何?」

「3日3晩考えたんだけど、なんにも思い浮かばなくって。」




思い浮かばなかったのは本当で、でも心の何処かでは淋しかったのかもしれない。
撩と離れて始めた新しい生活では、みんな香のことを“槇村さん”と呼んだ。
親しみを込めてファーストネームを呼んでくれる相手など、数ヶ月経ってみてもまだ居ない。
今はもうここだけだ、香を香と呼んでくれる居場所は。





アホか。




そう言って呆れたように笑いながら、グラスに口を付けた撩を見ていると香は自分が今居る場所を忘れそうになる。
まるで新宿のあの部屋のあのリビングに居て、笑っているような。




「香。」

「ん?」

「綺麗になったな。」



撩は願わくば、その花の綻ぶのを目の前でリアルタイムで見届けたかったのかもしれない。
知らない内に咲いてしまった可愛い花を、撩は愛でるように目を細めた。



香は思わず俯いて、両手の爪先を見詰めた。
だいじょーぶ、アタシは大人なんだから。
そう言い聞かせると、溢れそうになった涙は自然と引っ込んだ。
久し振りに、撩が自分の名を呼ぶのを聞いた。



「ありがとう。」



香は自分でも驚くほど自然に、これ以上無いほどに綺麗に笑顔を作れた。



(つづく)

[ 2017/02/13 16:01 ] the Rose | TB(0) | CM(0)

№2 矜持

香の銀座のクラブでのアルバイトは、週に3日ほどの頻度だ。
昼間はちゃんと本業があるからだ。
撩と自分の二人でシティーハンターだった香が、それを解散するにあたって一番にしないといけないことは求職活動だった。
撩は香とパートナー解消したところで、転職する必要など無い。
でも、香には撩から離れてあの裏稼業を続ける理由など無い。
撩も幾つか香に合いそうな職場を提案してくれたけれど、香は教授が紹介してくれた小さな食品メーカーの事務の仕事を選んだ。
至極地味で、真っ当な仕事だ。そして、それが初めての香の実質的社会人経験だった。
撩は餞別に、驚くほど高額な“退職金”入り香名義の預金通帳を香にくれた。
これは撩は知らないことだが、その通帳を香は教授に任せた。
そんなお金を受け取れないし、だからといって香が突き返しても撩は絶対に受け取らないから、教授の方から撩にそれとなく返して欲しいと懇願した香に、
教授は最初、しれっとした口調で貰っておいて損は無いじゃろ?と笑った。
けれど香は引かなかった。
それならば、寄附でも何でも良いから何処かの知らない人の為に役立つことに使って欲しいと言った。
香の強情な様子に折れたのは、教授だった。

二人の行く末を蔭ながら見守っていこうと決めている老人は、苦笑してその香の言葉に頷いたのだ。
そして、ひとつだけ提案をした。提案というより、むしろ願いだったのかもしれない。
香と同じかもしくはそれ以上に、冴羽撩という男を知っている老人には、餞別を受け取れない香の気持ちにも理解は出来るが、
それ以上に、それを用意した男の気持ちの方が良く解る気がしていた。
だから、それからの新生活の為に必要な経費だけは、その金を遣うように勧めた。
そのあとの残りは、香くんの望むようにしようと笑って。


香が今現在独りで暮らしている1LDK、築15年のアパートへの入居、引っ越し費用と新生活の為に揃えた細々した物は全て“退職金”を遣った。
地味な仕事で得る報酬は慎ましいけれど、香の第2の人生のスタートはお蔭で何ひとつも不自由は無かった。
香は今でも、撩の全てに感謝している。
香を愛する者だと言って抱き締めておきながら、それでも尚、二人の関係を曖昧なものとしようとした撩に心が折れてしまったのが発端で、この現状があったとしても。
そしてあの当時は、それが香の中では途徹もなく大きな問題だったのは事実だけれど。
今こうして離れてみて、香には撩の目一杯の優しさが身に沁みて理解できる。
あの時は、互いにギリギリの精神状態で、こんな風にしか互いの想いを実現できなかったけど、でもこれが二人の愛情と尊重の形なのだ。
あれから数ヶ月、仕事にも慣れ、職場には数人の友人も出来、撩が傍に居ないということ以外は何の問題もない。
もう二度と二人の生き方が交わることなど無くても、香は確かに撩に愛情を抱いている。
けれど、彼の傍に居て彼の愛を乞うことだけが全てでは無いと思っている。
これから先、多分、香は撩以外の男性に興味が持てる気がしない。
きっと恋愛も結婚もしないと、頑なに思い込んでいる。




ということは、これからの独り身で俄に問題となってくるのは老後のことだった。
まだまだ20代の香には、些かフライング気味な悩みと言えなくもないが、当人にしてみれば大切なことなのだ。
ただでさえ社会人としては、スロースターターなのだ。
厚生年金にしても、普通に勤めてきた人間と較べても納付出来る額は限られている。
始まりが遅くても、定年は同じところで訪れるのだ。
そもそもこれからずっと、安定的な生活を営めるという保証もない。
色々を考えた末に辿り着いた解決策が、本業とは別のアルバイトだった。
はじめ、水商売は選択肢の中に存在しなかった。
しかしあらゆる求人情報を比較検討し、時間に対しての対価など合理的に判断した結果、今の店に世話になることとなった。

きっと他人から見れば、アホなんだろうと香は思う。
片意地を張って、撩のくれた大きな餞別という名の最後の愛情を手放して。
それならば、素直にあの金を受け取っていた方が賢かっただろうと。
理屈では解っている。
けれど、香は自分の人生を自分の手で拓きたいと思っている。
撩の傍に居たあの頃も同じように考えて、そして散々足掻いていた。
撩の傍で、自分に出来ること、自分にしか出来ないことを必死で探していた。
けれど、今なら解るのだ。
あの撩の目一杯の優しさは、優しいけれど決して香を独りの人間として自立させてはくれないものだった。
香がたとえ知っていても決して触れられない撩だけの領域があって、撩はそこを頑なに守っていたし、香はそれを見ないふりをして感情を殺した。
あのまま今でも同じことを続けていたら、それはそれで不可能なことでもないかもしれなかったれど、現実は違うのだ。
二人で死ぬほど考えて出した結論が今なのだ。


今は、撩の思惑や優しさに囚われず、自分の人生の舵を自分が握っていられる立場だ。
そして、こうなる為に二人で苦しんで結論を出したのだから、香は自分の人生のけりは自分で着けてやるという気持ちで今を生きているのだ。
あのお金を、当の撩から受け取るということは、そんな香の気持ちに矛盾する。
だから教授に我儘を言って、無理を通した。
二人で出した答えの良い面は勿論、淋しさや悲しみや全てのマイナス面も互いが等分に引き受け背負わなければ、
二人の別れもそれこそこれまでの数年間さえも、意味の無いものになってしまう。
それに香は、撩の居ない淋しさだけは別として、今のこの生活は嫌いじゃない。
何より、全てのことを自分で選び、自分の責任において行動することの自由を感じている。
決して撩が香の自由を奪っているという訳では無かったけれど、実際には香は雁字絡めだった。
撩の気持ちや自分自身の気持ちが、香を本来の香として動けなくしていた。
そういうことはきっと、渦中に居ては気付けないものなのだ。
台風の目の真ん中が、驚くほど静かなことと同じように。





「槇村さぁん。」



不意に向かいの席の同僚に声を掛けられて、香は書類の上から目線を正面に上げた。
彼女は、香のひとつ年下だけど、香の3年先輩だ。
可愛らしい愛嬌のある顔立ちに、ピンク色のフレームの眼鏡を掛けている。
身長が小さくて、女の子らしくて、コケティッシュな魅力に溢れている。
そんな彼女はいつも、背の高い香をモデルさんみたいと言って、羨ましがる。



「なぁに?」

「今晩、飲みに行かない?田中君達も一緒だけど。」

「いーよ。」

「りょーかい。」




普通の生活だ。
何処にでもあるありふれた、普通の平和で長閑な。
普通の仕事と、それに支障の無い程度のアルバイト、自分を害するつもりの無い善良な人間関係。
でも、香の前には撩が居ない。ただそれだけだ。

オーライ、上手く両足で地面に立って歩を進めている。

香はあれからそれだけを意識して生活している。
撩はもう居ない、何がなんでも香のことを守ってくれる正義のヒーローは居なくなったけれど、
きっとあの街で、世界の何処か片隅で、彼もそして香も元気に生きている。
それだけで良い。



(つづく)

[ 2017/02/12 19:42 ] the Rose | TB(0) | CM(1)



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